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CRP triangle - J
巻 頭 言 CRP triangle 酒 井 文 和 CRP triangle clinic-radiologic-pathologic triangle いう言葉は,間質性 肺炎を中心とするびまん性肺疾患の診療に当たっておられる先生方にはおな じみの言葉かもしれません。びまん性肺疾患においては,経過,症状,検査 所見などの臨床所見,画像診断所見,病理所見の三者を総合して初めて的確 な診断に至ることができるという え方です。筆者の専門領域とするびまん 性肺疾患診断の原則となる言葉であり,また個人的に好きな言葉の一つです。 現在,特発性間質性肺炎の分類に関する世界標準は,American Thoracic Societyと European Respiratory Societyが2002年に共同で発表した特発 性間質性肺炎に関する consensus statement です(ATS/ERS Statement : International Multidisciplinary Consensus Classification of Idiopathic Interstitial Pneumonias.Am J Respir Crit Care Med 165:277-3042002)。 膠原病肺などの二次性間質性肺炎などは特発性間質性肺炎とはいえませんが, 病理パターンなどは consensus statement による分類が準用されることが多 く,全体として,病理パターンや画像パターンの記載はこの分類に基づくこ とになります。 びまん性肺疾患の診断では,まずは,当然のことながら臨床所見の解析が 最も重要なfirst stepになります。ときに特徴的な所見を示すことがあります が,症状や検査所見は多くは非特異的です。次に HRCT(高分解能 CT) を中心とする画像診 断 が 行 わ れ ま す。HRCT は 特 発 性 肺 線 維 症(UIP/ IPF)の一部などの比 的特徴的な所見を示す状態を除いて特異的な所見を 示す疾患は少なく,多くの疾患は非特異的な所見の集合でしかありません。 臨床所見と画像所見から診断が難しければ外科的生検が行われます。一部の 疾患,たとえば典型的な臨床,画像所見を示す IPF/UIP は外科的肺生検な しに診断してもかまわないとされています。これは,IPF/UIP が予後不良 な疾患であり適切な治療手段のないことから侵襲的な外科的肺生検により診 断が確定しても,患者の与えるメリットが少ないという点も 慮され,外科 的肺生検なしの診断が認められています。びまん性肺疾患に対する外科的肺 生検は多くは胸腔鏡下に行われ,採取される標本の大きさはせいぜい示指頭 大です。病理医は,採取された標本の範囲内で,病理パターンを判断します が,採取された部位がその患者さんの病変の全体像を示す部位であるのかど うかの判断は画像所見に求められます。生検では,肺の全体像をみることが できませんので,HRCT を中心とする画像所見は,病理医にとって肉眼標 本の代わりになるものでもあります。病理診断が確定しても,病理パターン からその原因を特定できることは少なく,総合的な判断には臨床所見が必須 です。すなわち病理所見は最終診断ではなく,最終診断は CRP の三者を総 No. 6, 2008 345 合して行われなければなりません。 非特性間質性肺炎 NSIP nonspecific interstitial pneumonia という疾患 を例にとって えて見ましょう。臨床症状は非特異的です。画像所見は,す りガラス陰影や浸潤影を中心とし,画像診断からある程度その診断を疑うこ とができますが,確定診断には病理所見を必要とします。画像所見,病理所 見から NSIP という判断が下されても,それが最終診断になるわけではあ りません。NSIP パターンを示す病態は特発性から,膠原病肺,慢性過敏性 肺炎など多数あり,この患者さんが特発性 NSIP なのか,膠原病などの二 次性の NSIP パターンを示す間質性肺炎なのかの確定診断は病理所見のみ からは困難で,臨床所見が重要です。また病理所見での肺障害の程度や線維 化の程度は,治療薬の選択や予後の判定などに大きな情報を与えます。つま り臨床,画像,病理は単独では,最終診断にいたることは困難であるものの, 三者を総合し互いに補完しあうことによって初めて的確な診断と適切な治療 方針の選択が可能になります。これを CRP triangle とよびますが,この え方は ATS/ERS の consensus statement に明瞭に記載されており,間質 性肺炎やびまん性肺疾患診断の大きな原則になっています。 医学のどの分野においても同様でしょうが,一つの疾患や病態について多 角的,多義的なアプローチが必要であり,自己の専門領域あるいは専門とす る手法が全てであると思いこむことは大変危険なことだと思います。勿論自 己の専門領域や手法を研鑽し,そのレベルを高める努力が必須であることは いうまでもありませんが,自己の専門とする領域あるいは手法に限界がある ことを恒に謙虚に受け入れ,他の専門家の意見や手法を尊重することが必要 です。自分のもっている方法論,役割の重要性を認識し,それを高める努力 を恒に行うと同時に,しかし,それに驕ることなく,自己の限界をわきまえ, 他の手法や専門家の意見を謙虚に聞き入れる態度こそ最も重要なことではな いかと思います。このことは,単に医学のみならず,何かのことをなすとき に最も重要なことの一つだと思っています。 多数の科にわたる専門医をうまく総合して全体として優れたシステムを作 ろうとする え方は,主に欧米で素直に受け入れられています。本邦でも最 近は抵抗なく受け入れられ始めていますが,ややもすると患者を直接に見て いる医師のみの意見が重要視され,これをサポートする医師の意見が受け入 れられにくい状況がまだ残っていないわけではありません。たとえば,放射 線診断医,病理診断医,感染症専門医など臨床各科の医師をサポートする立 場の中央部門の医師,いわば doctor of doctors の立場は,本邦ではさほど 強いものではありませんでした。とくに保険診療の面からは,現在でも評価 されていない面が少なからずあります。 これからは,診療の場で,過去の日本の医学では,ややもすると日陰にお かれていた中央部門に属する医師の必要性は,ますます大きくなるものと思 いますし,その重要性を目に見える形で示してゆくことが,我々にとって必 要であると思っています。ただ一人の主治医が全ての領域あるいは手法の専 門家になれないことは明らかだからです。 (埼玉医科大学国際医療センター画像診断科教授) 346 信州医誌 Vol. 56