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同潤会上野下アパート 材料調査報告
同潤会上野下アパート 材料調査報告 2015 年 3 月 20 日 (一社)日本建築学会 材料施工本委員会 鉄筋コンクリート造建築物の耐久性調査 WG 1 鉄筋コンクリリート造建築物の耐久設計研究小委員会 委員長 野口貴文 幹事 兼松学 委員 石川嘉崇,井上和政,今本啓一,親本俊憲,楠原 文雄,黒田泰弘,河野 政 典,長谷川拓哉,濱崎仁,福山智子,細川佳史,松本利昭,山田義智 鉄筋コンクリート造建築物の耐久性調査 WG 主査 今本啓一 委員 梅津裕二,兼松学,楠浩一,佐藤幸恵,下澤和幸,寺西浩司,野口貴文,濱崎 仁,早野博幸,平岩陸,福山智子,山田義智 執筆担当 第1章 1.1 濱崎仁 1.2 野口貴文,中田清史 第2章 2.1 野口貴文,栢木まどか(執筆協力) ,今本啓一 2.2 野口貴文,今本啓一 2.3 野口貴文,今本啓一 第3章 3.1 濱崎仁,中田清史 3.2 兼松学 3.3 濱崎仁,伊代田岳史(執筆協力) 3.4 石原力也(執筆協力),寺西浩司 3.5 今本啓一,清原千鶴 3.6 早野博幸 3.7 山本一雄(執筆協力) 3.8 寺西浩司 第4章 野口貴文,今本啓一 付録 今本啓一 2 調査協力 田村正道(東京大学),西尾悠平(東京大学),金谷瞳(東京大学),坂本篤(東京大 学),八重樫涼(東京大学),松本悠実(東京大学),中田清史(東京大学),河邊俊希 (当時,名城大学),佐藤雄介(当時,名城大学),竹内義博(当時,名城大学),武 田明憲(当時,名城大学),堀淳一(菊水化学工業),棚橋泰士(菊水化学工業),石 原力也(日本ヒルティ) ,橋本智子(日本ヒルティ) ,白石聖(東京理科大学理工学部), 内田貢(当時,東京理科大学理工学部),伊藤聖和(当時,東京理科大学理工学部), 草場達也(当時,東京理科大学理工学部),高森慎(当時,東京理科大学理工学部), 猪瀬亮(東京理科大学理工学部),座安広朗(当時,東京理科大学理工学部) ,高橋祥 平(当時,東京理科大学理工学部) ,清原千鶴(東京理科大学工学部) ,楠麻希(当時, 東京理科大学工学部) ,鳴澤岳(当時,東京理科大学工学部),庭野究(当時,東京理 科大学工学部),荒井圭子(東京理科大学工学部) ,小川裕史郎(東京理科大学工学部) , 中井明日香(東京理科大学工学部) ,石川あゆこ(東京理科大学工学部),岩月万祐子 (東京理科大学工学部) ,越中谷光太郎(東京理科大学工学部) ,金澤光穂(当時,東 京理科大学工学部),金子宝以(東京理科大学工学部),木野瀬透(東京理科大学工学 部),関新之介(東京理科大学工学部),中嶋彪(当時,東京理科大学工学部),本名 英理香(芝浦工業大学大学院) ,阿久津裕則(芝浦工業大学工学部),氏原菜摘(芝浦 工業大学工学部) (敬称略順不同) 3 目 次 第 1 章 近現代鉄筋コンクリート造建築物の施工技術を取り巻く技術的変遷 1.1 仕様書および法的変遷・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.1 1.2 躯体施工技術の変遷・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.5 第 2 章 調査概要 2.1 調査対象建物の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.12 2.2 調査組織の構成・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.13 2.3 調査計画・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.14 第 3 章 調査結果 3.1 コンクリートの圧縮強度・ヤング率・・・・・・・・・・・・・・・p.16 3.2 中性化およびコンクリートの水分状態・・・・・・・・・・・・・・p.22 3.3 地中環境におけるコンクリートの中性化進行抑制効果の検討・・・・p.28 3.4 配筋状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.32 3.5 ひび割れと鉄筋の腐食状況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.34 3.6 コンクリートコアの分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.38 3.7 仕上げ材料の成分分析・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.42 3.8 外壁汚れと色・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.47 第 4 章 おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・p.53 付録 4 1章 近現代鉄筋コンクリート造建築物の 施工技術を取り巻く技術的変遷 1.1 法的規制および仕様書の変遷 同潤会アパートが建設された大正の終わりから昭和の初期にかけては,関東大震災(1923 年・大 正 12 年)からの震災復興のため,多くの鉄筋コンクリート造建築物が建設された時期である.当時 の建築規制として,市街地建築物法が 1919 年(大正 8 年)に交付され,施工技術としては,1923 年(大正 12 年)に日本建築学会より建築工事仕様書 1)が発行されている.ここでは,市街地建築物 法および施行規則による鉄筋コンクリート造に関する規定および日本建築学会の建築工事仕様書の 制定当時の内容および昭和初期の変遷について述べる. 1.1.1 市街地建築物法 市街地建築物法は,大正 8 年法律第 37 号として交付された 26 条からなる法律である.これ以前 の建築規制としては,1889 年(明治 22 年)頃から日本建築学会によって東京市建築条令案が検討 されたものの制定されるまでには至らなかった.建築学会は,その後も行政(東京市)に対して建 築規制を求めた続けたものの条例化することはなく,1918 年(大正 7 年)に警察命令として実行す るための警視庁建築取締規則案を作成した.一方,当時内務省では,建築物規制を法制化する案が 進行しており,建築学会提案の取締規則案を改める形で法制化したのが市街地建築物法(以下,物 法と記す)であると言われている.物法の交付翌年の 1920 年(大正 9 年)には,市街地建築物法施 行令および市街地建築物法施行規則(以下,物法施行規則と記す)が制定され,以後,昭和 25 年に 建築基準法が制定されるまで,日本における最も上位の建築規制として運用された. 物法では,構造関係の規定は第 12 条において,主務大臣ハ建築物ノ構造,設備又ハ敷地ニ関シ衛 生上又ハ保安上必要ナル規定ヲ設クルコトヲ得(主務大臣は,建築物の構造,設備または敷地に関 して衛生上または保安上必要な規定を設けることができる)と規定されている.この規定は,現在 の建築基準法第 20 条に相当し,具体の規定は物法施行規則において定められている. 同潤会上野下アパートが建設された 1929 年(昭和 4 年)当時の物法施行規則は,1926 年(大正 15 年)に改正された内容が適用される.表 1.1.1 に物法施行規則の鉄筋コンクリート造に関連する 部分を抜粋し,規定の項目を追記する. 材料の規定としては,セメントはポルトランドセメントもしくは高炉セメントとされている.コ ンクリートの調合は,泥分などが混入しないこと,煉瓦くずや石炭くずを使わないことの不純物の 使用に関する規定,粗骨材が硬質で 2.5cm 以下であること,調合は容積調合で,セメント:粗骨材 比が 6 を超えないことなどが規定されている. 1 表 1.1.1 市街地建築物法施行規則第二節構造強度の内容 条番号 第 44 条 第 88 条 第 89 条 第 89 条の 2 第 90 条 第 90 条の 2 第 91 条 第 91 条の 2 第 92 条 第 93 条 第 94 条 条文 「コンクリート」及「モルタル」ノ原料ト爲スヘキ「セメント」ハ農商務省告示 「ポルトランド,セメント」試驗方法 又ハ商工省告示高爐「セメント」試驗方法 ノ規定ニ依リ合格シタルモノナルコトヲ要ス 鐵筋「コンクリート」構造ニ使用スル「コンクリート」ハ左ノ規定ニ依ルヘシ 但 シ其ノ用途ニ依リ已ムヲ得ス且構造上支障ナキモノニ在リテハ地方長官ノ許可ヲ 受ケ第三號及第四號ノ規定ニ依ラサルコトヲ得 一 砂ハ泥土,鹽分等ヲ含マサルモノナルコト 二 砂利又ハ碎石ハ硬質ニシテ二糎二分ノ一目篩ヲ通過シ且鐵筋相互間及鐵筋ト 假構トノ間ヲ自由ニ通過スルモノトナルコト 三 煉瓦屑,石炭燼ノ類ハ之ヲ使用セサルコト 四 「コンクリート」ノ調合割合ハ「セメント」ノ容積一ニ對シ砂ト砂利又ハ碎 石トノ容積ノ和六ヲ超過セサルコト 但シ「セメント」ハ千五百五十瓩ヲ以テ一立 方米トス 鐵筋「コンクリート」構造ニ使用スル鐵筋ノ品質ハ第八十二條ノ規定ニ依ルヘシ 鐵筋「コンクリート」構造ニ於テハ鐵筋ノ兩端ヲ他ノ構造部ニ緊結スルカ又ハ之 ヲ曲ケテ適當ニ「コンクリート」中ニ碇著スヘシ 鐵筋「コンクリート」構造ニ於ケル主筋ノ繼手ノ長ハ之ヲ主筋直徑ノ二十五倍以 上ト爲スヘシ 鐵筋「コンクリート」ノ梁,版等ニ生スル應剪力度「コンクリート」ノ許容應剪 力度ヲ超過スルトキハ其ノ部分ニ左記ノ定ニ依リ繋筋ヲ配置スヘシ 一 繋筋ハ應剪力ノ分布ニ從ヒ適當ニ之ヲ配置シ其ノ間隔ハ梁,版等ノ厚ノ三分 ノ二ヲ超過セサルコト 二 繋筋ハ應張鐵筋下端ヨリ應壓力中心迄達スルコト 主筋ヲ適當ニ曲ケタルモノハ其ノ部分ヲ繋筋ト看做ス 鐵筋「コンクリート」ノ主要ナル梁ニハ全張間ニ渉り複筋及繋筋ヲ配置スヘシ 鐵筋「コンクリート」柱ノ構造ハ左ノ規定ニ依ルヘシ 一 主筋ハ四本以上タルコト 二 繋筋ノ中心距離ハ一尺以下トシ且主筋直徑ノ十五倍ヲ超過セサルコト 三 柱ノ小徑ハ其ノ主要支點間距離ノ十五分ノ一以上ナルコト 四 主筋ノ斷面積ノ和ハ「コンクリート」ノ有効斷面積ニ對シ八十分ノ一以上ナ ルコト 第八十六條ノ三及第八十七條ノ規定ハ之ヲ鐵筋「コンクリート」造建物ニ準用ス 鐵筋「コンクリート」構造ニ於テ主筋ニ對スル「コンクリート」ノ被覆厚ハ版ニ 在リテハ二糎未滿ト,梁及柱ニ在リテハ三糎未滿ト,基礎ニ在リテハ五糎未滿ト 爲スヘカラス 鐵筋「コンクリート」ノ床,屋根其ノ他ノ横架材ノ上ニ假構ヲ設クルトキハ其ノ 假構ヲ除去スルニ先チ其ノ下階ノ主要假構ヲ除去スヘカラス 但シ「コンクリー ト」施工後二月ヲ經過セルモノニ在リテハ此ノ限ニ在ラス 高十二尺未滿ノ墻壁其ノ他建築上輕微ナルモノニ在リテハ地方長官ノ許可ヲ受ケ 第八十八條乃至第九十二條ノ規定ニ依ラサルコトヲ得 規定項目 使用材料 (セメン ト) コンクリー トの調合 ・不純物等 の混入 ・粗骨材 ・調合割合 (容積調 合) 鉄筋 鉄筋の定着 鉄筋の継手 長さ あばら筋の 配筋 梁の配筋 柱の構造 他条項の適 用 かぶり厚さ 水平部材の 型枠の存置 期間 例外規定 鉄筋コンクリート構造としての規定は,鉄筋の定着が他部材の鉄筋への緊結か曲げて定着させる こと,鉄筋の継手長さを 25d 以上とすること,あばら筋の配筋,柱および梁の構造,配筋などが規 定されている.また,かぶり厚さはスラブが 2cm 以上,柱,梁が 3cm 以上,基礎が 5cm 以上とす ることが規定されている.その他,水平部材の型枠の存置期間が定められている.このような規定 の内容は,現代の建築基準法の施行令の内容とも類似しており,建築基準法のルーツとなっている ことが分かる. コンクリートの強度については,第 102 条に許容応力度が定められており,当時は水セメント比 2 ではなく,容積比によって許容応力度が定められていた.容積比と許容応力度を表 1.1.2 に示す.な お,コンクリートの強度に水セメント比が考慮されるようになったのは,1932 年(昭和 7 年)の法 改正の時からであり,その詳細については,1.2.3 項で述べる. 表 1.1.2 物法施行規則 1926 年改正時における許容応力度 調合 (容積比) セメント:1 砂:2 粗骨材:4 セメント:1 砂:3 粗骨材:6 圧縮 45.0 30.0 許容応力度(kgf/cm2) 引張 せん断 4.5 4.5 (主筋と交差する 面は 9.0) 3.0 3.0 曲げ 4.5 3.0 1.1.2 建築工事仕様書 物法は,建築規制として材料や構造計算の規定をしたものであり,施工技術については,現代と 同様に建築学会の仕様書が標準となる.建築学会の仕様書は 1923 年(大正 12 年)の建築雑誌 6 月 号 1)に掲載されている.その内容は表 1.1.3 に示すとおりである. 材料の規定について,セメントはポルトランドセメントのみで高炉セメントは含まれていない. コンクリートの調合については,当時の物法と同様にセメントと骨材の体積割合による調合となっ ている.練混ぜは,ミキサおよび手練りがいずれも規定されている.打込みについては,部位ごと に打込み手順が定められている.打込みは混練後 15 分以内とされており,打込み終了後は濡れむし ろで養生することとされている.養生は,打込み後 7 日間は養生すること,炎暑の場合には散水す ることなどが規定されている.また,環境条件としては,降雨時および華氏 38 度(摂氏 3.3 度)以 下での施工が禁止されている. 供試体は,1 日につき 5 寸(約 15cm)の立方供試体 2 体ずつを係員に提出することとされている. なお,型枠工事は仮設工事,鉄筋工事は鐵工事として定められており,現在の JASS 5 の構成と概 ね同様の項目の仕様が定められていたことになる. コンクリート強度について,Abrams の水セメント比説の発表は 1918 年である.しかしながら, 日本において水セメント比による強度管理が行われるようになったのは,濱田稔博士によるコンク リート強度に関する論文 2)および日本建築学会のコンクリート及鉄筋コンクリート標準仕様書 3)の 制定などの後,実質的には 1930 年頃からであろう.したがって,同潤会上野下アパートの施工当時 については,当時の物法の規定から,体積調合による強度管理が行われていたと推察される. なお,コンクリート及鉄筋コンクリート標準仕様書 3)では,セメント強さ,養生期間中の気温, コンクリートの所要強度によって表 1.1.4 に示すような水セメント比が定められていた 法令および仕様書の変遷は,当時の施工技術のレベルとその進歩に密接に関わっており,当時の 規定を紐解くことによって,建設当時の姿を窺い知ることができよう. 3 表 1.1.3 建築工事仕様書(大正 12 年制定)におけるコンクリート工事に関する内容 項 目 (1)セメント (2)砂 (3) 凝原體 (粗骨材) (4)調合 (5)練方 (混練) (6)打方 (打込み) (7)無筋コンク リート (8)打込み時間 (9)養生等 (10)供試体 条 文 特ニ示定スルモノノ外,基礎工事(8)項(い)ニ示シタルト同質ノモノ (基礎の規定:国産の「ぽーとらんどせめんと」 ) 一方吋十六孔ノ篩ヲ通過シ,同二千五百孔ノ水篩ニ残留シタル川砂,其他ノ硬質粒ニシテ,酸 氣,盬氣,泥粉等ノ混入,附着等無キモノ (い)川砂利,碎石 六分目篩ヲ通過シ,二分目篩ニ残留スル,硬質ノ川砂利又ハ碎石 鐵筋「こんくりーと」工事ニ於テ筋鐵ノ密集部等ニハ四分目篩ヲ通過シ,二分目篩ニ残留スル モノヲ使用スベシ (ろ)石炭滓 八分目篩ヲ通過シ二分目篩ニ残留スル石炭滓 割合ハ左記ノ通リ,量器ハ一々係員ノ検査ヲ受ケ,正確ニ計量スベシ (い) 鐵筋入「こんくりーと」 「せめんと」四分ノ一樽(九十五听),砂二立方尺,凝原體四立方 尺 (ろ) 鐵筋ヲ入レザル「こんくりーと」「せめんと」四分ノ一樽(九十五听),砂(三)立法尺,凝 原體(六)立法尺 (は) 石炭滓「こんくりーと」「せめんと」四分ノ一樽(九十五听),砂(二)立法尺,石炭滓(六) 立法尺 混和機ハ係員ノ承認スル分回混和機ヲ使用シ,毎回練量ハ混和機ノ容量ヨリ約四分ノ一ヲ減 ジタルモノトシ,水量ハ係員ノ示定ニ相違無ク,充分ニ混和スベシ,但シ夏期ニ於テ炎天ニ 曝サレタル砂,砂利等ハ混和前之二冷水ヲ撒加セシムルコトアルベシ,又手練ノ場合ハ基礎 工事(10)項(い)ニ準ジテ施工スベシ (手練りの規定:適当な練壺を使用し,セメントと乾燥した砂を全部同時に混和し,これを 動圧にならした砂利の上に撒き均し,切返しを 3 回以上行う.所定の水量を追加して切返し 3 回以上を繰り返す) 假枠内に鉋屑,鋸屑,塵芥等無キヤウ充分ニ掃除ヲ爲シ,枠材ニ適量ノ濕氣ヲ加ヘ,漏水ノ 虞アル箇所ハ示定ノ方法ヲ以テ之ヲ防ギ,打方ハ左記ノ通リ施工シ,打終面ハ濡莚等ヲ以テ 養生ヲ爲スベシ (い)柱脚 斜面部トモ同時ニ打込ミ,上ばハ中央部ヲ淺キ皿形ニ打立ツベシ (ろ)柱,壁 孤立柱,片蓋柱,壁トモ一回ノ打込高ハ(六尺)以内トシ適當ノ工具ヲ以テ「こん くりーと」中ニ少シモ氣泡,滯水無キヤウ充分突立,各回打終リハ略水平ニ均シ,上層打込 ハ上ば充分ニ水洗ヲ爲シ,緩硬「せめんと」一,川砂一ノ「もるたる」ヲ厚約二分敷均ラシ タル上之ヲ行フベシ (は)大小梁, 「すらぶ」大小梁ト「すらぶ」の連續スルモノハ,大梁下ばヨリ「すらぶ」上ば マデ全厚ヲ一回ニ打立テ,梁, 「すらぶ」トモ打纘ノ位置ハ係員ノ指圖受テオクベシ (に)屋根「すらぶ」 打込ハ床「すらぶ」ニ準ジ,((「すらぶ」ニ伸縮纘ヲ設クル塲合,並ニ 「すらぶ,こんくりーと」ノ調合ヲ變更スル塲合ハ,大小梁トモ打立テタル後)),打纘ハ段形 トシ,不陸無打立テ,((勾配用ニ石灰滓「こんくりーと」打立ノ塲合ハ「すらぶ,こんくりー と」ノ硬化前ニ,勾配正確ニ打均ラシ)),樋,吐口桝等圖面ノ通リ,「ぱらぺっと」取合其他 必要ノ箇所ニ雨押及ビ葺物止メ木片ヲ埋込ムベシ (ほ)階段 側板,段形,踊塲トモ「正確ニ」,全部ヲ一回ニ打込ミ,圖面ニ據リ手摺其他取合 穴,溝等取設ケ,段毎ニ上ば水平ニ均シ,板類ヲ以テ養生ヲ爲スベシ 練方ハ基礎工事(10)項ニ據リ,假枠内ノ掃除,假枠ノ濕潤,打込後ノ突立,養生等(6)項ニ準ジ, 壁,柱等ハ一回ノ打込高ヲ三尺以内トシ,同全部ヲ通ジ三尺以上ノ高差ヲ附セズ,圖面ニ據 リ木煉瓦,蘩鐵物等ノ積込爲シ,不陸無ク打立ツベシ 「こんくりーと」ノ打込ハ總テ練合後十五分以内ニ,打込及ビ搗固等ヲ終ルベシ 左記事項ハ一々係員ノ指圖ヲ受クベシ (い)雨天 完全ナル上ワ屋ノ設備アル塲合ノ外小雨ニテモ施工ヲ禁止スベシ (ろ)氣温 華氏三十八度以下ニ下リタル時ハ施工ヲ中止スベシ (は)養生 「こんくりーと」打立後約七日間ハ降雨,寒氣,日光ニ對シ,相當ニ養生ヲ爲シ, 炎暑ノ時期ニ施工ノ塲合ハ時々之ニ撒水スベシ 鐵筋入「こんくりーと」ハ,日々ノ打立料ヲ以テ,五寸立方ノ供試體二個ヅツ作リ,之ニ日附 皮ビ番號ヲ明記シテ係員ニ差出スベシ 4 表 1.1.4 強度と水セメント比(コンクリート及鉄筋コンクリート標準仕様書 3) 第 3 表) 使用するセメント強度(kgf/cm2) 打込後 4 週迄に月平均温 打込後 4 週迄に月平均温 度 10℃以下の月を含ま 度 10℃以下の月を含む ざる場合 まざる場合 コンクリートの所要強度(kgf/cm2) 600 210 195 180 165 150 135 58 61 63 66 69 73 55 57 60 63 67 50 53 56 60 - - - 50 500 600 53 400 500 - 300 400 - - 備考 月平均温度は最新版理科年表による 参考文献 1) 日本建築学会:建築工事仕様書,建築雑誌第 37 集 444 号,pp.1-30,1923.6 2) 濱田稔:コンクリートの配合に関する研究,建築雑誌第 43 集 520 号,pp.325-345,1929.10 3) 日本建築学会:コンクリート及鐵筋コンクリート標準仕様書,1929.4 1.2 躯体施工技術の変遷 1.2.1 戦前の鉄筋コンクリート造の歴史 日本に鉄筋コンクリート造がもたらされたのは 20 世紀初頭とされている.この頃は耐火構造物と して煉瓦造建築物が盛んに建設された時代であり,鉄筋コンクリートは部分的に登場するのみであ った.しかし,1891 年の濃尾地震や 1906 年のサンフランシスコ地震を経て構造物の耐震性が注目 されるようになると,構造力学とコンクリート調合理論の発展と相まって鉄筋コンクリート造が 徐々に現れるようになる.さらに,1923 年に発生した関東大震災を機に鉄筋コンクリート造は煉瓦 造に代わって都市建築の主流となっていく.表 1.2.1 は 1940 年以前の東京市における建築棟数の推 移である.以下ではこの表を基に戦前の RC 造の歴史を 3 つに区分しそれぞれについて考察する. (1) 煉瓦造の部材としての鉄筋コンクリート(~1910 年代) 鉄筋コンクリートの建築物への利用は煉瓦造建築物の部材として始まる.1872 年に発生した火災 を契機として日本政府は都市不燃化の重要性を認識する.これに対する政策の一環として東京では 煉瓦造建築が次々と建てられることとなり,この流れは 1910 年代まで続くことになる.鉄筋コンク リートはというと,このころはまだ躯体材料としての実績はほとんどなく煉瓦造建築物の基礎とし て無筋コンクリートが使われる程度であった. しかし次第に鉄筋コンクリートの利用は広がっていく.煉瓦造建築物の床や階段を鉄筋コンクリ ートにすると構造・耐火的に有利でありかつ経済的であると認識されるようになると煉瓦造建築の 5 床材としてそれまで使われてきた木材に代わって鉄筋コンクリートが採用され始める.1910 年の建 築雑誌では佐野利器が設計にかかわった東京丸善株式会社(鉄骨煉瓦造)が紹介されており,床と 階段には鉄筋コンクリートが用いられたとされている. 表 1.2.1 東京市建築棟数(東京市統計年表:東洋経済社刊)1) 年度 1887 1892 1897 1902 1907 1912 1917 1921 1923* 1926 1930 1935 1940 棟 数 土造 煉瓦造 石造 コンクリート造 木造 その他 計 28869 29884 30194 20639 18282 18103 24202 23016 4170 3452 3477 5524 5606 1574 2331 2890 3532 3979 4823 6760 6969 1745 1828 1675 3601 3469 1301 1479 1700 2162 2901 2192 1870 1693 505 436 445 921 896 - - - - - - 124 281 457 1583 3631 8350 10329 218051 249814 211716 233794 259361 286971 312717 326231 135350 319632 291377 950107 1088495 - - - 113 218 50 196 251 197 347 365 1550 1805 249795 283508 246500 260240 284741 312139 345869 358441 327278 300970 970053 1110598 1932 年に市の周辺町村を合併した. *関東大震災 (2) 鉄筋コンクリート造の広がり(1910 年代~関東大震災) 鉄筋コンクリートが建物全体を構成するようになるには構造力学とコンクリート調合理論の発達 を待つ必要があった.RC 造建築物として最初期のものは 1904 年の佐世保港内潜水器具庫や 1906 年の神戸和田岬東京倉庫などがあげられる 2).また,1920 年代になると内田祥三や内藤多仲らの設 計によって丸の内ビル,郵船ビル,東京会館,有楽館などの鉄骨造オフィスビルが相次いで竣工す る.鉄筋コンクリートはこれらの床材としても用いられた. (3) 関東大震災と鉄筋コンクリート造(1923 年~) 1923 年に発生した関東大震災は東京市の建築物に甚大な被害をもたらした. 表 1.2.1 によれば 1923 年を境にして多くの構造種でその棟数が大幅に減少しているが,コンクリート造に関しては増加し ており被害が比較的少なかったことが分かる.震災以降は都市建築の耐震耐火構造として鉄筋コン クリートが増えていったと考えられる.さらに 1928 年には濱田博士による「コンクリートの配合に 関する研究」が発表され,Abrams 氏の水セメント比説を取り入れたコンクリート調合が行われるよ うになる. 6 1.2.2 施工現場の技術変遷 コンクリートの製造,運搬,締固めの技術変遷 に関しては松岡・新藤によって図 1.2.1 のようにま とめられている.戦前の技術に注目すると,戦前 はレディーミクストコンクリートが普及しておら ずコンクリートはすべて現場で練混ぜられたと考 えられる. 「製造」においては RC 造が躯体材料と して使われ始める 1910 年前後から手練とミキサ ー練が混在しているが,RC 造の竣工が本格化す る関東大震災後は手練が少なくなりミキサー練が 図 1.2.1 コンクリート工事とその技術の変遷 3) 主流になっているのが分かる.これは原因として 大規模な RC 工事が増加していく中で,より効率 の良いミキサー練にシフトしていったと考えられ る. 「運搬」に関しては人力による担ぎ上げからエ レベータータワーによるシュート打ち,猫打ちが 主流になっている.この変化も 1920 年あたりで起 きており,関東大震災後の RC 造建設本格化が影 響していると考えられる.図 1.2.2 は 1927 年竣工 図 1.2.2 同潤会代官山アパートの現場 4) の同潤会代官山アパートの建設に用いられたエレベータータワーである. 「締固め」に関しては突き 固めから棒突き,さらに振動締固めへとシフトしていく. 1.2.3 コンクリート調合理論の変遷 (1) 経験則に基づいた調合 日本にコンクリートが伝わった頃,コンクリート調合はセメント,細骨材(砂) ,粗骨材(砂利ま たは砕石)の 3 種類の割合を容積比で表されていた.その調合は現場によってまちまちであり,例 えば煉瓦造の基礎コンクリートは日本銀行では 1:2.5:6.5,東京府庁では 1.5:3:10,住友銀行で は 1:3:6 などと記載されている 1).調合に関する記述は建築雑誌のなかでも多く登場しており技 術者の間ではその 3 種の割合に興味が注がれたと考えられる.また,1907 年発行の『建築土木材料 便覧』5)によれば柱・梁に対しては 1:2:4,壁・床・壁脚には 1:2.5:5 のようにするべきである とされている.以上のようにコンクリートの調合として様々な割合が紹介されていたが,次第にセ メント:砂:砂利=1:2:4 あるいは 1:3:6 が「規則」になったとされている 6).1925 年発行の 鉄筋コンクリートに関する理論書,『鉄筋混凝土の理論及其応用』にも 1:2:4 あるいは 1:3:6 の調合が推奨されており,特に RC 施工の経験が乏しい者はこの調合を用いる方が安全であるとさ れている 7).一方で水量の割合に関しては水セメント比説が紹介されるまではほとんど記載がなく, 7 現場によってあるいは施工のしやすさによってコンクリート練混ぜ時に加える水量が異なっていた と考えられる.当時このような調合方法に警鐘を鳴らしたのが土居松市博士であり,1917 年以降「コ ンクリート強度試験報告」と題して建築雑誌で研究報告を行っている 8). ポンド また, 柱梁断面構の造計算におけるコンクリート強度は 1910 年前後の建築雑誌によれば 500 听 / インチ 平方 吋 と設定されている 9).この値は 1 听=453.24g,1 吋=2.5cm と換算すると約 3.6N/mm2 であ りこの時期のコンクリートはそれほど信頼性の高いものではなかったと考えられる.1923 年の関東 大震災以降,コンクリート強度と配合に関する研究が土居博士や濱田博士らによってさらに進めら れていくことになる. (2) 水セメント比説の導入 戦前のコンクリート調合理論においてもっとも重要な出来事として,濱田稔による「コンクリー トの配合に関する研究」の発 10)があげられるだろう.この研究は 1918 年に発表された Abrams 氏の 水セメント比説を適用したもので,その後のコンクリート強度設計の概念や当時の建築法規・建築 工事標準仕様書に盛り込まれることになる. コンクリート強度に水セメント比の考え方が導入されたのは 1932 年(昭和 7 年)の改正であり, 第 88 条は改められ,第四号の容積比の上限に関する規定が削除され,均質なコンクリートとするた めに適当な軟度を得ること,とワーカビリティに関する規定が盛り込まれた. 法改正に当たって濱田博士は市街地建築物法の改正の理由を解説するため,1932 年当時の警視庁 建築課に招かれて大工・職人 172 人に対して講演を行っている 6).この講演の中で濱田は従来のコ ンクリート練混ぜについて以下のように述べている. 其の調合に就きましては永い間一つの規則みた様なものがあつて,其の規則と申します のは所謂一,二,四,と一,三,六,のコンクリートであります.一,三,六,と云ふ方 は余り重要な處へは使わないのでありまして重要な處へは凡て一,二,四のコンクリート を使います.即ちセメント一,と砂が二,砂利が四,と夫れに水を良い加減に加えて適當 の軟らかさに練りまして使つて居りました. この方法の問題点として濱田博士は「強度」と「軟度」の 2 点を挙げている.すなわち,水セメ ント比が一定しないために得られる強度が分からない上,仮に水セメント比だけを同じにしても使 用する骨材種類によっては施工が不便になるという点である.改正はこの 2 点を軸に行われたと述 べている.また,上記の改善策として「軟度」を測定するためのスランプ試験や水セメント比及び スランプ値に基づいたコンクリート調合表が紹介されている.日本においてスランプ試験や水セメ ント比に基づいたコンクリート調合表が用いられ始めたのはこの頃である. 鉄筋コンクリート構造以外の構造は,表 1.1.2 の容積調合が残されたものの,鉄筋コンクリート構 造に使用するコンクリートについては新たに 102 条の 2 項が追加された.102 条の 2 項では,許容 応力度はコンクリート強度に対して,圧縮が 1/3,引張とせん断が 1/30 とされ,それぞれの上限値 として圧縮 70kg/cm2,引張およびせん断が 7kg/cm2 とされた.また,コンクリート強度の下限値は 90kgf/cm2 とされた.したがって,この時すでに 90~210kg/cm2 のコンクリートが使用できる状況に 8 あったことになり,この時の改正は日本における鉄筋コンクリート構造の材料規定の大きな転機で あったと言える. また,コンクリート強度の管理には,水セメント比の考え方が導入され,102 条の 2 では,圧縮 強度 F を(1.2.1)式で算定することとしている. F 2K 20 x (1.2.1) ここに, K:セメント強度(商工省告示日本標準規格第 28 号または第 29 条の試験によって得ら れたセメントの 4 週圧縮強度) (kgf/cm2) x:水セメント比 ここで,セメント強度の試験方法として規定のある商工省告示日本標準規格第 28 号または第 29 条とは,現在のポルトランドセメントおよび高炉セメントの JIS の前身となるものである.ここで, セメント強度は,いずれも 300kgf/cm2 以上と定められている.濱田博士の論文 10)によれば,当時の セメント強度は,セメント工場や時期によって,300~600kgf/cm2 程度まで幅広い範囲にあったよう である.仮にセメント強度を 500kgf/cm2 として(1.2.1)式に代入すると,(1.2.2)式のような強度式とな るが,後述の建築学会の仕様書から,水セメント比の下限は 50%程度だと思われるため,この式に よる場合には,許容応力度は低く抑えられていたと考えられる. F 50 1 x (1.2.2) また,但し書きとして,適用な試験方法によってコンクリート強度を試験したものについてはこ の限りではないとされており,別途強度管理を行うことによってコンクリート強度を設定すること ができたことになる. コンクリート強度については,同時に行政上の管理についても規定されており,102 条の 3 にお いて,地方長官必要ト認ムルトキハ建築材料ノ提出又ハ强度試驗ノ施行ヲ命ズルコトヲ得(地方長 官が必要と認めるときには, 建築材料の提出または強度試験の実施を命じることができる)とされ, まるで現代の指定建築材料の体をなしている. 1.2.4 同潤会江戸川アパートとの比較 ここまでは,当時の資料や建築雑誌を基に戦前の施工現場の技術やコンクリート調合理論の変遷 についての考察を行ってきた.以下では実際の工事記録と比較することでさらに考察を行う.比較 対象のとして 1934 年竣工の同潤会江戸川アパートにおける新築工事仕様書を用いる. 9 (1) 仕様書の概要 11),12) RC 造同潤会アパートは関東大震災後の復興事業の 一環として 1926 年から 1934 年にかけて都内計 16 か所 に建設された.竣工年代は RC 造建築物が本格的に用 いられ始めた時期に当たる.解体時の調査は青山,代 官山,鶯谷,上野下,大塚,江戸川では少なくとも行 表 1.2.2 型枠存置期間(日) 部位 基礎 柱,壁 版 壁梁,小梁 階段打ち出し版,大梁 われ報告がなされており 13),江戸川アパートでは新築 12~3 月 6 10 18 21 28 4~9 月 4 7 14 18 21 工事仕様書が発見されている.この仕様書によれば型枠存置期間に関しては表 1.2.2 のように記載さ れており,部材や打ち込む季節によって型枠存置期間を変えていたようである.コンクリートと鉄 筋は以下の表 1.2.3 のように記載されていた.また,練混ぜの設備環境については「ウォーセクリー ター」と「自動式軽量給水槽コンベーヤー」などが用いられ,コンクリートの運搬は「コンクリー ト引揚塔」を中央に建設し,ここから練りあがったコンクリートを勾配 5 寸以下の丸形の鉄樋を通 して「ポッパー」に受け, 「鉄製車」で打ち込み箇所に運搬するとされていた.さらに,打ち込み時 の気温についても記載があり,4.5℃以下の場合あるいは 4 時間以内に 4℃以下になる可能性がある 表 1.2.3 コンクリートや鉄筋に関する取り決め 練混ぜ 調合 水セメント比 スランプ 継手長さ 定着長さ 型枠 現場機械練 セメント:川砂:川砂利=1:3:6 65%以内(4~9 月) ,58%以内(12~3 月) 22 ㎝以上 30D 以上 引張 40D 以上,圧縮 25D 以上 エゾ松製 場合は打ち込みを行わないとされている. (2) 仕様書に関する考察 コンクリートの調合は 1:3:6 が採用されており当時の法令通りである.水セメント比は 1934 年ということもありこの工事では水セメント比説が取り入れられ,その上限値がそれぞれ定められ ている.季節によって上限値が異なるのは練上がり温度の上昇によりスランプ値が低下することを 考慮したものと考えられる.また,型枠存置期間に関しては,冬季は 2~7 日程度長く設定されてい るが,これは低温によってコンクリートの硬化が遅れることを考慮したものと考えられる.ただ, 冬季にコンクリート打設が行われた場合,打設しない気温の基準が設定されているものの,打設さ れた場合には少なからず影響が出ていたと考えられる. コンクリートの運搬には「コンクリート引揚塔」が建設されており,代官山アパート(図 1.2.2) と同様な工事風景であったと考えられる.この方法は重力を利用した方法が用いられており,スラ ンプ値を 22 ㎝以上と設定することで工事のスピード化を図ったものと考えられる.また,このよう な運搬方法の場合,塔からの距離によってコンクリート品質が異なる可能性がある. 10 1.2.5 まとめ 日本における鉄筋コンクリートの初期の歴史をまとめ,それに付随する施工記録や実用書を手掛 かりに考察を行った.以下にその結果をまとめる. 1) 鉄筋コンクリートははじめ煉瓦造建築物の基礎や床部材として用いられ 1910 年前後から鉄筋 コンクリート造建築物が現れるようになる. 2) 1923 年の関東大震災以降,鉄筋コンクリート造は煉瓦造に代わって本格的に用いられるよう になった. 3) 鉄筋コンクリート建築物建設の本格化に伴ってコンクリートの製造,運搬,締固めの方法はよ り効率的な方法が採用されるようになったと考えられる. 4) コンクリート調合の割合は当初は一定しなかったが,1920 年前後からセメント:砂:砂利=1: 2:4 または 1:3:6 が主流になっていった. 5) 1930 年以降は水セメント比を考慮したコンクリートの調合管理が行われていたと考えられる. 6) 冬季のコンクリート打設と夏季のコンクリート打設とで脱型時期や水セメント比は異なるも のの,打設されたコンクリートには少なからず影響が出ていたと考えられる. 7) コンクリート打ち込み時に設営された「コンクリート引揚塔」からの距離によってコンクリー ト品質に影響があると考えられる. 参考文献 1) 吉田辰夫:コンクリートと施工法―その移り変わり―その 1 建築におけるコンクリート施工の 移り変わり, コンクリート工学, vol.18, no.5, 1980 年 5 月 2) 友澤史紀:建築用コンクリート技術の変遷とこれからの展望, セメントコンクリート, No.774, 2011 年 8 月, p.27-44 3) 松岡康訓ら:施工入門①コンクリート施工の変遷(総論), コンクリート工学 4) 住宅・都市整備公団:同潤会代官山アパートの建築技術に関する報告書 5) 中村達太郎・田口俊一:建築土木材料便覧, 博文刊, 1907 年 9 月発行 6) 濱田稔:コンクリートの調合及施工に就て, 警視庁保安部建築課, 1932 年 8 月講演 7) 日比忠彦:鉄筋混凝土理論及其応用, 丸善株式会社, 1925 年発行 8) 例えば,土井松市:コンクリート強度試験報告, 建築雑誌, 1917 年 1 月 30 日 9) 例えば,佐野利器:コンクリート床計算用の新しき簡式及び表, 建築雑誌, 1908 年 7 月 25 日 10) 濱田稔:コンクリートの配合に関する研究, 建築雑誌, 1929 年 4 月 25 日 11) 日本建築学会関東支部:同潤会江戸川アパートメント記録保存調査報告書 12) 江戸川アパートメントハウス新築工事仕様書 13) 例えば,古賀一八:同潤会アパートの施工技術に関する調査研究, コンクリート工学年次論文 集,Vol.26,No.1,2004 11 2章 調査概要 2.1 調査対象建物の概要 旧同潤会上野下アパートの概要を以下に示す. 所在地:台東区東上野 5−4 (竣工時 下谷区北稲荷町 34) 敷地面積:347 坪 敷地買収:昭和 2 年 5 月 3 日 起工:昭和 3 年 8 月 14 日 竣工:昭和 4 年 4 月 30 日 貸付開始:昭和 4 年 5 月 1 日 申込倍率:14.9 倍 住棟構成:4 階建て 2 棟 総延床面積:2,093.99 ㎡ (1号館 556.80 ㎡/2 号館 1,537.19 ㎡) 住戸構成:総戸数 76 戸 (家族向 47 戸/独身向 24 戸/店舗 4 戸/集会室 1戸 含) 図 2.1 上野下アパート配置図 建替え後 計画概要(三菱地所レジデンス株式会社 ザ・パークハウス上野公式 HP より http://www.mecsumai.com/tph-ueno/) 名称:ザ・パークハウス上野 竣工:平成 27 年 8 月下旬(予定) 住棟構成:地上 14 階 地下 1 階 塔屋 1 階 総延床面積 8,415.84 ㎡ 住戸構成:総戸数 128 戸(事業協力者住戸 52 戸含む)(+ 店舗 4区画/集会室 1区 画) 上野下アパートは,財団法人同潤会によるアパートメント事業のひとつとして昭和 4 年に竣工し た.土地の買収は,この地区(第 36 地区)の区画整理事業が済んだ昭和 2(1927)年 5 月 3 日であ る.最寄り駅の銀座線稲荷町駅までは徒歩1分ほどの好立地であり,銀座線は昭和 2 年 12 月末に, 稲荷町を通る浅草から上野まで開通している.建設着工は翌昭和 3 年 8 月 14 日,竣工が昭和 4 年 4 月 30 日,貸付開始は昭和 4 年 5 月 1 日である.申し込み倍率が 14.9 倍と高いのは,同潤会会報に もある 「交通の便利な点に於いては本会経営アパート中随一」 という立地の良さによるものだろう. 4 階建 2 棟,総戸数 76 戸は小規模なほうとなるが,家族と単身者との異なる世帯像が混在し,店舗 も含まれる,同潤会設計のアパートの特徴を備えている. 同潤会アパートの中で最後まで残った背景には,小規模敷地による物理的・経済的な建て替えの 12 困難さのほかに,居住者組織による細やかな管理が行き届き,維持されてきたことが挙げられる. 下町に位置しながら戦災も免れており,同潤会アパートの中でも比較的戦前からの居住者が多く, 一貫して,増築を許可しないなどの厳しい住宅管理を行ってきたため,竣工時の佇まいを色濃く残 していた. 戦前から続く潤隣会という居住者組織が,昭和 26 年に協和会,その後上野下アパート団地管理組 合へと継承されていたが,近年は住民の高齢化,またアパートの空室化が進み,管理がままならな くなってきていた. 建て替えについては昭和期より継続的に要望されてきた. 住民の意見がまとまらないこともあり, 何度かの計画の頓挫を経て,上野下アパート団地管理組合は,平成 23 年 3 月に UG 都市建築をコン サルタントに選定し,10 月には三菱地所レジデンスを事業協力者として選定,平成 24 年 4 月に建 替え決議が成立した.同年 10 月 9 日にはマンション建替組合の設立が台東区長より認可され,平成 25 年 5 月に解体工事に着手した.建替え後の「ザ・パークハウス上野」の竣工は平成 27 年 8 月の 予定である. 2.2 調査組織の構成 本調査は, (一社)日本建築学会・鉄筋コンクリート造建築物の耐久設計研究小委員会の傘下に設 置された「鉄筋コンクリート造建築物の耐久性調査 WG」にて実施した.本建物の調査組織図を以 下にします. 現場作業所:東亜建設工業 建築保全センターG 責任者:友澤史紀 総括責任者:野口貴文 現場責任者:田村政道 構法調査G 責任者:志壱祐一 日本建築学会・耐久性調査WG 東京大学G 責任者:田村政道 東京都市大学G 責任者:佐藤幸恵 東京理大・工学部G 責任者:今本啓一 副責任者:清原千鶴 名城大学G 責任者:寺西浩司 建築研究所G 責任者:濱崎仁 東京理大・理工学部G 責任者:兼松学 副責任者:白石聖 横浜国大G 責任者:楠浩一 図 2.2 調査体制 13 太平洋コンサルG 責任者:早野博幸 2.3 調査計画 調査においては以下の項目について調査を行った. コンクリートの強度・力学特性(ヤング率) コンクリートの中性化 コンクリートの物性(透気性,吸水性等) コンクリートの調合推定 鉄筋の配筋状況 鉄筋の腐食状況 仕上材料の調査・劣化状況 各調査部位は以下の通りである. 汚れ調査位置 コア採取位置 (数値はコア直径と本数) 壁 柱 梁 壁(乾式) 柱(乾式) 床 1号館 ≧φ80×1 ≧φ80×3 ≧φ80×3 ≧φ80×3 φ50×3 213 ≧φ80×3 ≧φ80×1 ≧φ80×3 2階平面 1階平面 316 φ50×2 φ50×3 315 φ50×3 314 φ50×1 φ50×3 φ50×2 313 φ50×3 ≧φ80×3 ≧φ80×3 φ50×2 ≧φ80×5 φ50×7 φ50×3 φ50×2 4階平面 3階平面 図 2.3 1 号館における調査部位 14 2号館 φ50×5 φ50×5 φ50×1 103 102 104 105 107 106 108 109 111 110 ≧φ80×3 φ50×1 ≧φ80×3 101 φ50×2 φ50×2 φ50×3 112 1階平面 ≧φ80×1 203 202 204 205 206 207 208 209 211 210 201 212 2階平面 φ20×6 303 302 304 305 306 307 308 309 311 310 φ20×7 φ50×2 301 312 ≧φ80×3 3階平面 φ50×3 406 404 408 410 412 414 416 φ50×4 418 φ50×4 420 φ50×3 φ20×6 ≧φ80×1 φ50×3 421 φ20×6 403 422 405 ≧φ80×3 ≧φ80×3 φ20×6 407 409 411 413 401 419 424 4階平面 φ20×6 φ20×7 φ50×3 417 ≧φ80×1 φ50×1 402 415 φ50×2 φ50×1 φ50×2 屋上平面 図 2.4 2 号館における調査部位 15 423 3章 調査結果 3.1 コンクリートの圧縮強度・ヤング率 3.1.1 コンクリートコアの採取と調整 コンクリートコアの採取には,湿式のコアドリルを用いた.採取したコアの直径は 45mm から 100mm の範囲とし,コアの直径と高さの比は,極力 1.5~2.0 の範囲になるように調整した.表 1 に 建物および部位ごとの強度試験に供したコンクリートコアの本数を示す. 3.1.2 試験方法 圧縮強度試験は,JIS A 1107 に準拠して実施した.圧縮強度試験のほか,静弾性係数(ヤング率) の測定(JIS A 1149)および共鳴振動法による動弾性係数の測定(JIS A 1127)を行った. 3.1.3 調査結果 (1) 建物,部位,階ごとのコンクリート強度 表 2 に建物ごと部位ごとの圧縮強度の平均値,標準偏差,最大置,最大値を示す.また,図 3.1.1 に建物ごとの強度分布, 図 3.1.2 に部位ごとの強度分布を示す. コア本数は表 1 に示すとおりである. 建物ごとの強度は平均的に見ると同程度であるが,2 号館では,後述する床のデータが突出して 強度が大きいこともあり,床のデータを除外した場合には,平均が 19.5N/mm2,標準偏差が 6.1N/mm2 となり全体的に強度が小さい傾向にある. 上野下アパートの構造計算に用いられた設計基準強度は不明であるが,竣工当時の市街地建築物 法施行規則(1924 年改正)では,セメント:砂:砂利=1:2:4(容積比)のコンクリートの許容 応力度が 45kgf/cm2,セメント:砂:砂利=1:3:6 のコンクリートが 30kgf/cm2 と定められていた. また,1932 年に改正された市街地建築物法施行規則第 102 条においては,許容応力度の上限値が定 められ,圧縮強度の 1/3 かつ 70kgf/cm2 以下とされ,圧縮強度の下限値は 90kg/mm2 とされていたこ となどから,必要な強度は概ね満足できていたものと思われる. 部位別の強度を見た場合,壁以外は試料数が少ないものの,柱,梁,壁については概ね同様の強 度分布となり,床のみが 40N/mm2 を超える高い強度となっている.このような傾向は,同時期の他 の建築物の調査結果例えば 4)などでも指摘されている傾向である. その理由としては,水平部材では比較的打込みが容易なため,硬練りのコンクリートでも施工が 可能であり,水量が少なく,結果的に水セメント比が小さくなること,水平部材の方が湿潤養生が 容易であり,強度発現がしやすかったことなどが考えられる. 図 3.1.3 および図 3.1.4 に建物別に階ごとの強度分布を示す.部位の違いによる影響を除くため, 壁のデータのみを対象としている.今回の調査結果からは,4 階の強度が若干小さい傾向にあるも 16 のの,試料数が少ないこともあり明瞭な傾向は見られなかった.例えば夏季に打ち込まれたコンク リートは水量が多くなり強度が小さくなることなどが考えられるが, 施工時期等が明らかになれば, それらとの関連も検証したい. 建物 1 号館 2 号館 計 建物 表 3.1.1 強度試験に供したコンクリートコアの本数 部位 柱 梁 壁 床 3 2 33 - 3 5 20 3 6 7 55 3 38 31 69 表 3.1.2 建物ごと部位ごとのコンクリート圧縮強度 圧縮強度(N/mm2) 平均 標準偏差 最大 全体 21.6 6.3 37.9 全体 20.9 9.5 44.8 柱 15.9 3.0 19.9 梁 22.5 7.0 29.7 壁 20.4 6.4 37.9 床 43.5 1.4 44.8 最小 10.1 7.5 11.0 10.0 7.5 41.9 部位 1 号館 2 号館 1 号館およ び 2 号館 12 6 1号棟全体 10 1階 2階 3階 4階 5 2号棟全体 8 4 度数 度数 計 6 3 4 2 2 1 0 0 圧縮強度の範囲 (N/mm2) 圧縮強度の範囲 (N/mm2) 図 3.1.1 建物ごとの圧縮強度の分布 図 3.1.2 部位ごとの圧縮強度の分布 4 12 柱 10 壁 梁 1階 3階 床 4階 R階 3 度数 度数 8 6 2 4 1 2 0 0 圧縮強度の範囲 (N/mm2) 圧縮強度の範囲 (N/mm2) 図 3.1.3 階ごとの強度分布(1 号館) 図 3.1.4 階ごとの強度分布(2 号館) 17 (2) 部材内の強度のばらつき 当時のコンクリートの練混ぜは,手練りも しくはミキサによる機械練りであるが,当時 のコンクリートミキサの容量は 4~6 立方尺 (約 110L~160L)程度が主流 5)だったようで ある.また,当時の建築工事仕様書 1)では, 柱,壁部材の 1 回の打込み高さは 6 尺(約 1.8m)以内とすることが記述されているが, 一部の打放し面の観察からは,1 層の打ち込 み高さは 30~50cm 程度であった(写真 1 参 写真 3.1.1 居室内の打放しコンクリートの状況 考) .したがって,現在のレディーミクストコ ンクリートによる打込みと比較して同一部材内での強度のばらつきも大きくなることが予想される. 今回の調査では,同一壁面内で採取高さおよび水平位置を変えてコアを採取し,同一部材内での 強度のばらつきについて確認した.コア採取は,1 号館 3 階の 2 つの戸境壁(313-314 号室,315-316 号室)において行った.表 3.1.3 に調査結果を示す. 両壁面でコンクリート強度の平均は異なるものの,それぞれの標準偏差はいずれも 3.5N/mm2 程 度であった.現在のコンクリート強度のばらつきと比較すると若干大きめではあるが,同一部材内 では,監督員からの水量の指示は同じであったと考えられるため,当時の容積調合でも,一定程度 のばらつきに押さえられていることが分かる.なお,コアの採取高さとコンクリート強度の明瞭な 傾向は確認されなかった. 表 3.1.3 同一壁面内でのコンクリート強度 採取箇所 313-314 号室 圧縮強度(N/mm2) 採取高さ(FL+ mm) 梁 壁 壁 壁 壁 壁 壁 21.5 - 15.4 16.6 17.3 23.5 22.4 平均 標準偏差 19.4 3.4 2100 - 1300 1170 1150 920 900 315-316 号室 圧縮強度(N/mm2) 採取高さ(FL+ mm) 27.6 27.3 26.7 19.5 22.3 26.3 20.2 2110 1660 1380 950 940 940 500 24.2 3.5 (3) 他の集合住宅のコンクリートとの比較 上野下アパートのコンクリート強度の特徴を把握するため,大正~昭和初期に建設された集合住 宅のコンクリート強度との比較を行った. 比較した集合住宅は,古石場住宅(1926 年竣工),同潤会鶯谷アパート(1929 年竣工) ,同潤会青 山アパート(1926~1927 年竣工) ,同潤会大塚女子アパート(1930 年竣工),同潤会江戸川アパート 18 (1934 年竣工)である.古石場住宅および同潤会鶯谷アパートについては著者らの調査結果 6),7) , 8) 同潤会青山,大塚女子,江戸川アパートについては古賀氏らの調査結果 による. 表 3.1.4 に古石場および鶯谷アパートにおける全体および部位別のコンクリート強度の調査結果, 表 3.1.5 に青山,大塚女子,江戸川アパートにおける調査結果を示す.表 5 の結果については,試料 数および部位別の内訳については不明である. 前述の通り,古石場住宅および鶯谷アパートの部位別の強度では,床の強度が大きく,この傾向 は上野下アパートと一致する.したがって,コア試料の採取箇所によって強度の平均値は左右され るが,部位別に見た場合には,鶯谷アパートと上野下アパートは概ね同程度の強度であることが分 かる. 古石場住宅については時代が遡るにもかかわらず全体的なコンクリート強度は高めであるが, 床については同程度であり, 壁のコンクリート強度が上野下アパートに比べて大きいことが分かる. 当時の調合の考え方や水量管理を考慮すると,垂直部材にも比較的硬練りのコンクリートが打ち込 まれた可能性などが考えられる. 青山,大塚女子,江戸川アパートについては,部位別の内訳が不明なため強度や標準偏差の単純 比較は出来ないものの,全体的には上野下アパートと比較して強度が大きい傾向にある.なお,江 戸川アパートでは,当時の標準仕様書 3)が適用され,水セメント比による調合設計が実施されたと いわれている.青山,大塚女子アパートについては,水セメント比による調合設計は行われていな いと推測されるが,強度としては同程度が確保されているようである. 表 3.1.4 古石場住宅および同潤会上野下アパートにおけるコンクリート強度の調査結果 圧縮強度(N/mm2) 建物 部位 試料数 (竣工年) 平均 標準偏差 最大 最小 壁 25 33.1 7.1 50.1 19.7 古石場 床 13 41.1 8.3 54.0 28.1 住宅 (1926) 全体 38 35.9 8.4 54.0 19.7 壁 39 19.6 4.3 39.5 14.0 鶯谷 床 15 36.2 4.8 45.3 29.5 アパート 基礎 6 16.0 2.9 18.6 10.4 (1929) 全体 60 23.4 8.7 45.3 10.4 表 3.1.5 同潤会青山,大塚女子,江戸川アパートにおけるコンクリート強度の調査結果 アパート名 (竣工年) 圧縮強度(N/mm2) 標準偏差 最大 6.3 41.7 青山(1927) 平均 31.9 大塚女子(1930) 28.9 9.2 45.7 15.3 江戸川(1934) 29.1 6.1 20.2 39.7 19 最小 18.7 (4) コンクリートのヤング率 コンクリートの力学特性の評価項目の一つとして,ヤング率がある.ヤング率は,コンクリート 強度と一定の相関があり,日本建築学会 JASS 5 においても,(3.1.1)式のような関係式 9)が示されて いる. 2 B E 3.35 10 2.4 60 1/ 3 (3.1.1) 4 ただし,E:コンクリートのヤング率(N/mm2) γ:コンクリートの単位容積質量(t/m3) σB:コンクリートの圧縮強度(N/mm2) そこで,上野下アパートに使用されたコンクリートの強度とヤング率の関係についてもこの関係 について確認した.表 3.1.6 にコア試料の単位容積質量と静弾性係数(ヤング率)および共鳴振動法 による動弾性係数の調査結果を示す.また,図 3.1.5 に圧縮強度と静弾性係数および動弾性係数の関 係,JASS 5 における関係式による. 推定値もあわせて示す.式中の単位容積質量には,採取したコアの表乾状態における単位容積質 量を用いている.また,静弾性係数については,測定上の問題があると思われるデータについては 除いた. 静弾性係数(ヤング率)のばらつきは大きいものの,圧縮強度との関係は概ね JASS5 で示されて いる関係に近い範囲に分布している.静弾性係数(ヤング率)のばらつきについては,コアの寸法 の景況により正確な測定が困難であったこともばらつきが大きくなった理由の一つであると考えら れる.動弾性係数については,一般に静弾性係数(ヤング率)と比較して 10%程度大きくなると言 われており,本調査からもそのような傾向が確認される. 表 3.1.6 単位容積質量,静弾性係数(ヤン 50 グ率)および動弾性係数の調査結果 弾性係数 (kN/mm2) 40 測定項目 2 静弾性係数 (kN/mm ) 30 2 20 静弾性係数 動弾性係数 10 JASS 5関係式 0 0 10 20 30 圧縮強度 (N/mm2) 40 50 図 3.1.5 圧縮強度と弾性係数の関係 20 平均 標準偏差 23.4 6.8 動弾性係数 (kN/mm ) 25.4 3.9 単位容積質量 (t/m3) 2.312 0.080 3.1.4 まとめ 同潤会上野下アパートに用いられたコンクリートの圧縮強度とその分布,ヤング率との関係等に ついて,以下のような結果を得た. 1) コンクリート強度は部位によって異なり,柱,梁,壁などでは 20N/mm2 前後,床部材では 40N/mm2 以上であり,この傾向は同時期の他の建築物でも同様であり,当時の調合管理の方法に起因する と思われる. 2) 同一部材内での強度のばらつきは,約 3.5N/mm2 であり,一定の範囲に収まっていた. 3) 同時期の他の建築物と比較して,コンクリート強度は同程度か若干小さいものの,法令や仕様書 等で求められている強度は満足していると思われる. 4) 強度とヤング率の関係は,日本建築学会 JASS 5 式により概ね評価可能である. 参考文献 1) 日本建築学会:建築工事仕様書,建築雑誌第 37 集 444 号,pp.1-30,1923.6 2) 濱田稔:コンクリートの配合に関する研究,建築雑誌第 43 集 520 号,pp.325-345,1929.10 3) 日本建築学会:コンクリート及鐵筋コンクリート標準仕様書,1929.4 4) 濱崎仁,阿部道彦,木原孝:築後 70 年を経過した RC 造集合住宅の劣化度調査 その1外観の 劣化状況および構造体コンクリート強度の調査結果,日本建築学会大会学術講演梗概集 A-1, pp.1113-1114,1999.9 5) 烏田専右:コンクリートと施工法-その移り変り-(その 10)建築における練りまぜ・締固め・ 養生方法の移り変り,コンクリート工学,Vol.19,No.4,pp57-62,1981.4 6) 建設省建築研究所:建設省総プロ「長期耐用都市型集合住宅の建設・再生技術の開発」ストック 長命化技術の開発 平成 10 年度報告書,1999.3 7) 建設省建築研究所:建設省総プロ「長期耐用都市型集合住宅の建設・再生技術の開発」ストック 長命化技術の開発 平成 11 年度報告書,2000.3 8) 古賀一八,吉岡昌洋,長谷川直司:同潤会アパートの施工技術に関する研究,コンクリート工学 年次論文集,Vol.26,No.1,2004.7 9) 日本建築学会:建築工事標準仕様書 鉄筋コンクリート工事 JASS5,日本建築学会,2009.2 21 3.2 コンクリートの中性化および水分状態 本調査では, 同潤会上野下アパートメントの中性化状況について, コア採取により明らかにした. また,部位の置かれた環境の影響について明らかにするため含水状態について実測し,中性化との 関係について考察した.さらに,3.1 でも報告した圧縮強度との関係 1)についても検討した.表 3.2.1 および表 3.2.2 に中性化および含水率測定用の試験体の採取箇所および採取箇所数を示す.また,表 3.2.3 に仕上げ厚さの測定結果を示す.なお,一部サンプルにおいては採取時の損耗等があったため 統計からは除外した. 表 3.2.1 中性化測定箇所 屋内 階数 屋外 号棟 合計 壁 柱 梁 1 8(2) 0 2 22(1) 5(3) 2 1 23(8) 0 0 2 0 3 1 25 0 2 19(13) 1 床 壁 0 6(3) 14 0 14 43 1 57 0 7 30 0 0 3 5 0 1 31 0 0 0 3 22 7 8(1) 0 0 0 15 2 31(2) 4(1) 10(6) 6 6 57 1 0 0 0 0 23(2) 23 1 63 8 5 0 37 113 2 72 12 12 6 23 125 合計 135 20 17 6 60 238 2 33 3 53 4 屋上 72 23 238 合計 注:( )内は全面中性化していた箇所数. 表 3.2.2 含水率測定箇所 階数 1 号棟 合計 壁 柱 1 3 0 3 2 1 0 1 3 3 0 3 4 1 1 2 屋上 0 0 0 合計 8 1 9 22 表 3.2.3 仕上げ厚さ測定結果 部位 雨がかり 屋外 屋内 仕上厚さ[mm] データ数 平均値 標準偏差 最大値 最小値 無し 14.7 5.7 28 8 13 有り 16.1 5.0 25 8 37 - 13.4 6.6 31 2 117 3.2.1 コンクリートコアの採取と測定方法 (1) 中性化測定 中性化の試験体は,φ106mm,φ80mm,φ50mm,φ22mm のコアビットを用いて湿式(切削水を 用いてコア採取する)により実施した.コア採取後,水道水で洗浄し,フェノールフタレイン 1%ア ルコール溶液を噴霧し,コア側面の呈色領域による中性化深さを,10 分程度経過後にノギスを用い て測定した.なお一部試験体においては強度試験後の破壊断面を用いた.本来,コア径の違いや測 定面の違いによる影響などについても考慮すべきであるが,本報告では全て同一として扱うことと した. (2) 含水率測定 含水率はコア採取時の試験体への水分供給を避けるため,乾式で切削水を用いずにコア(φ 106mm)を採取した.採取コアはコンクリートカッターを用いて乾式で厚さ 20mm に切断し,105℃ 乾燥により絶乾質量を求め,各試験片の質量含水率を(3.2.1)式により算定した.なお,コア採取時 やコンクリートカッターによる切削時に発生する熱が測定結果に影響を与えると考えられるが,こ こでは相対的には評価可能と判断した. 質量含水率(%) = ((測定質量)-(絶乾重量))/絶乾質量×100 (3.2.1) 3.2.2 結果および考察 (1) 中性化測定結果 中性化の測定結果について表 3.2.4 に,採取した試験体の例を写真 3.2.1 に示す.なお表に( )書き で示した全面中性化箇所は,平均値の算定には用いないこととし,表 3.2.4 では全面中性化箇所が全 体の半数を超えている箇所につては*印を付した. 全体の中性化深さの平均は 22.5mm であるのに対し,屋内全体では 26.0 ㎜,屋外全体では 13.6 ㎜ となり,従来言われているように総じて屋内のほうが中性化の進行が速い結果となった.屋内の全 面中性化箇所数を考慮するとさらに大きい値となることが考えられる.また,1 号棟,2 号棟では採 取箇所に違いがあるため一概に比較はできないが,部位別に比較した場合,室内側は 2 号棟の方が 23 中性化深さは大きい傾向にあると考えられる. 逆に屋外は 1 号館のほうが中性化の進行が速かった. 次に,全試験体の中性化深さの分布を図 3.2.1 に示す.図 3.2.1 では採取コア表面の置かれる環境 に応じて,屋内および雨係の有る屋外(以下,屋外(雨有)),雨がかりの無い屋外(以下,屋外(雨無)) と区分して示した.なお,サンプル数は屋内 178 ヶ所,屋外(雨有)41 ヶ所,屋外(雨無)29 ヶ所であ る.また,同一コアであっても,貫通コアについては両端の環境条件に応じてそれぞれの面の中性 化深さをそれぞれの箇所でカウントした.2 号棟 4 階に見られるような中廊下および 4 階張り出し 部分下の 3 階外壁は,屋外(雨無)とした. 結果より,中性化深さは 50mm 程度の範囲で多く確認されたのに対し,全面中性化も屋内側で 20.8%,屋外(雨無)で 5.3%,屋外(雨有)で 9.8%見られた.全面中性化を除くデータによる平均中性 化深さは,屋外(雨有) 1.62mm,屋外(雨無) 38.4mm,屋内 26.0mm,全体平均 22.5mm であり,屋内 に加え雨がかりの無い屋外の中性化進行が卓越して大きくなっていることが確認された. また,雨がかりがある屋外では測定箇所の 70%が中性化深さ 0mm と判定されているのに対し, 同じリソイド風仕上げであっても雨がかりの無い屋外では中性化深さ 0mm となった箇所が 0%であ ったことを踏まえると,雨水の供給に伴う高含水率の維持が中性化の進行に大きく影響を与えたも のと思われる. AIJ 耐久設計指針式(岸谷式)によると,w/c 60%と仮定した場合,屋外の中性化深さは 15.8mm, 二酸化炭素濃度の高い屋内 は 31.6mm となる.これら室内外の違いは主として二酸化炭素濃度に起 因するものと表現されているが,今回の調査で雨がかりの無い屋外と屋内が同等の中性化が確認さ れたことを鑑みると,雨がかり(乾燥)と二酸化炭素の寄与度についてより注意深く検討する必要が あると考える. 写真 3.2.1 試験体概要(1 号館 3 階 階段室内壁) 24 表 3.2.4 中性化測定箇所 階数 屋内 号棟 1 2 3 4 屋上 合計 壁 柱 屋外 梁 床 壁 合計 1 10.2 - - - 25.8 15.4 2 42.6 60.9 32.3 - 7.8 30.5 1 19.0 - - - 1.8 13.5 2 - 28.3 - - 10.0 28.3 1 17.8 - 33.8 - 7.0 20.0 2 9.7 - - - 8.5 9.3 1 20.6 8.8 - - - 14.7 2 33.5 5.7 14.4 38.4 8.6 27.7 1 - - - - 22.3 22.3 1 17.6 8.8 33.8 - 17.6 17.8 2 34.3 28.0 20.3 38.4 8.1 27.1 部位別 26.2 19.0 26.4 38.4 屋内外 13.6 26.0 13.6 27.7 15.3 17.6 24.7 22.3 22.5 22.5 注:全面中性化箇所は平均値の算定には用いていない.*は全面中性化箇所が半数を超えたが箇所(表 3.2.1 参照). 75% 標準化頻度(%) 屋内 屋外(雨がかりなし) 50% 屋外(雨がかり有り) 25% 0% 0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100 110 120 130 中性化深さ(mm) 全面 中性 化 図 3.2.1 中性化深さの分布(全体) (2) 中性化と強度の関係 コア採取した圧縮強度の試験結果と中性化速度係数の関係について図 3.2.2 に示す.中性化速度係 数は,中性化深さを材齢の平方根で除して求めた.参考に,2009 年版 JASS52)に示される式(28 日標 準養生圧縮強度と試験体の実暴露により求めた中性化速度係数の関係式)を示す. 結果からは,強度と中性化速度係数は明確な相関は確認されなかった.実環境下で測定される中 性化速度係数は一般に環境条件等で大きくばらつくことが知られているが,それに加えてサンプル の強度レベルの偏りなどもあり傾向が確認されなかったものと考える. 屋内および屋外(雨無)に対して,JASS5 式は概ねばらつきの中央に位置したが,屋外(雨有)は大幅 に小さな値となった. 25 中性化速度係数[mm/√年] 25.0 屋外(雨有) 屋外(雨無) 屋内 JASS5 式 20.0 15.0 10.0 5.0 0.0 0.0 10.0 20.0 コア圧縮強度[N/mm2] 30.0 40.0 図 3.2.2 コア圧縮強度と中性化速度係数の関係 (3) 含水率測定結果 含水率は,壁 8 ヶ所,柱 1 か所の計 9 か所について実施した(表 3.2.2 参照). 図 3.2.3 に含水率の実測結果の一例を示す.また参考として,同図中に含水率用コア採取位置の直 近で測定した中性化深さを示す. 結果より,貫通したコアにおいては屋内側に向かって乾燥が進む一方で,屋外側は含水率が高い 状況にあることがわかる.概ね他の試験体についても同様の傾向が確認された.雨の作用する外装 部の場合,表層から数十㎜の範囲で水分供給があることが想定されるが,室内側はほぼ完全に乾燥 が進んでいる様子が捉えられた. 最後に,中性化深さと中性化位置までの平均相対含水率の関係を示す.各部位の平均相対含水率 と中性化深さは定性的には相関がみられ,含水率が高いほど中性化深さが小さくなえる傾向を示し た,含水状態が中性化深さに影響をおよぼすことを示唆する結果が得られたと考える. 26 5.00 50.0 表面からの中性化深さ 40.0 4.00 30.0 3.00 20.0 2.00 質量含水率 相対含水率 10.0 1.00 相対含水率 [%] 質量含水率 [g/g] 表面からの中性化深さ 0.00 0.0 0.00 50.00 ← 屋内側 100.00 150.00 200.00 コンクリート表面(屋内側)からの距離 [㎜] 屋外側→ 図 3.2.3 含水率分布の実測例(1 号棟 3 階 壁) 70.0 屋内 屋外(雨有) 中性化深さ [mm] 60.0 50.0 40.0 30.0 20.0 10.0 0.0 0.00 10.00 20.00 30.00 40.00 50.00 60.00 中性化位置までの平均相対含水率 [%] 図 3.2.4 中性化深さと中性化位置までの平均質量含水率の関係 3.2.4 まとめ 1) 同潤会上野下アパートメントの中性化状況を調査した結果から,雨がかりの無い屋外および屋内 の中性化の進行が速いことが確認された.一方で雨がかりのある屋外では中性化の進行が遅い 傾向を確認した. 2) 含水率分布を測定した結果,室内側が乾燥している傾向が明らかとなった. 3) 中性化位置までの平均相対含水率と中性化深さには定性的には相関を有することが示唆された. 参考文献 1) 中田清史ほか:同潤会上野下アパートの建築材料に関する調査その 2 強度・ヤング係数, 日本 建築学会大会梗概集,2014 2) 日本建築学会:建築工事標準仕様書 鉄筋コンクリート工事 JASS5,2009 27 3.3 地中環境におけるコンクリートの中性化進行抑制効果の検討 コンクリートの中性化は含水状態が大きく寄与するとされ,一般的には高湿度環境下では中性化 しにくいと報告されている. よって,高湿度である地中環境では中性化が進行しにくいと予測され, 地中構造物の中性化進行の把握は重要視されてこなかった.しかし藤倉ら1)は,地中コンクリート 構造物は季節変化に伴う緩やかな乾湿繰り返しを受け,一般構造物と同様に中性化が進むことがあ ると報告している.本研究では地中環境におけるコンクリートの中性化進行を把握するため,長期 間供用されたコンクリート構造物の地下構造躯体を対象に,実環境の中性化進行,および圧縮強度 との関係を検討した.また,地中環境での中性化抑制効果を検討するために,同一コンクリートコ アを用いて,促進中性化試験を同様に行った. 3.3.1 実験概要 (1) コアサンプル概要 試料には供用から約 80 年経過した普通ポルトランドセメントコンクリートコアを用いた. 表 3.3.1 に示すように,土との接触がある箇所を中心に直径 100mm のコアを採取した. 表 3.3.1 コアサンプルと測定項目 試料番号 採取箇所 測定項目 中性化試験 部材名 土の接触 基礎梁 あり 基礎梁 あり 基礎梁 あり ○ C-1 基礎コンクリート あり ○ C-2 基礎コンクリート あり 基礎フーチング あり 基礎フーチング あり 柱 地中露出 基礎梁 両面 基礎コンクリート あり N-1 N-2 N-2' ※1 N-3 北側 中央 C-5 C-6 ※2 S-2 S-5 S-5' ※1 S-7 南側 圧縮強度 暴露 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ※1 コア採取中にわれにより分裂したコアのコア先部分 ※2 C-5の比較用とし、同一構造体から抜いたコア 図 3.3.1 時間経過に伴う中性化深さの変化 28 促進 ○ 図 3.3.2 促進試験概要 (2) 中性化深さ試験 試験は JIS A 1152 に準じて行った.中性化深さの測定は,フェノールフタレイン溶液を噴霧後, 30 分,1 時間,3 時間,6 時間,1日,2 日後に,各試験体 6 カ所の測定を行った.図 3.3.1 に時間 経過に伴う中性化深さの変化を示す.中性化深さは時間経過とともに大きくなり,誤差が少なくな ったと考えられる 1 日後を中性化深さの値として本研究では採用した. (3) 促進中性化試験 試験は JIS A 1153 に準じて行った.前養生として,温度 20℃,湿度 60%環境下で,恒量となるま で静置した.前養生終了後,切断面を除いた面をシーリングし,温度 20℃,湿度 60%,CO2 濃度 5.0%で,一面開放として促進試験を行った.中性化深さの測定は図 3.3.2 に示すように促進開始日 より 7,14,28,56 日後に行った.中性化深さ測定は,(1)を参考に 1 日後に行った. (4) 圧縮強度 試験は JIS A 1108 に準じて,暴露環境での中性化部分を対象に行った. 3.3.2 実験結果 (1) 中性化進行と圧縮強度の関係 図 3.3.3 に促進試験より求めた中性化速度係数と,暴露環境での圧縮強度の関係を示す.中性化速 度係数は,CO2 濃度の影響を考慮し,魚本らの研究 2) をもとに,(3.3.1)式,(3.3.2)式のように CO2 濃度による係数を算出し,これを除することで実環境での中性化速度係数に換算した. (3.3.1) (3.3.2) ここに, K*c:CO2 濃度が C のときの係数 C:CO2 濃度(%) Kc:地上の CO2 濃度を1としたときの CO2 濃度による係数 29 図 3.3.3 圧縮強度と中性化速度係数の関係 既往の研究 3)にある曲線と類似する関係式を得ることができ,コンクリートの強度が大きいほ ど中性化速度係数が小さくなるという一般的な傾向が得られた. (2) 地中環境と促進環境の中性化進行 図 3.3.4 に地中暴露環境と促進環境の中性化深さを示す.促進環境の中性化深さは,中性化速度係 数より実環境での供用年数の平方根を乗じて求めた.さらに,地中暴露の中性化深さを促進環境で の換算中性化深さで除することで地中中性化率とした. 梁では約 0.15, フーチングでは 0.07 となり, 地中環境では中性化が大きく抑制されている. 図 3.3.4 中性化環境による中性化深さの変化 (3) 地中コアと地上コアにおける中性化進行 図 3.3.5 に暴露環境ごとの,促進と暴露環境下の中性化深さの関係を示す.環境比較として,同 構造物の地上部のコアの中性化試験の結果 4)を示す.地上コアはリソイド仕上げ等が施されている にもかかわらず,地中コアよりも中性化が進行している.また,地上コアでは地中コアと比較して 30 ばらつきが大きく,これは気候などの環境変動の影響と考えられる. また地中コアの未中性化領域において,示差熱分析を用いて水酸化カルシウムと炭酸カルシウム の定量を行った.その結果,中性化領域と未中性化領域において,水酸化カルシウム量に変化があ まり見られなかった.この原因について,今後検討していく必要がある. 図 3.3.5 中性化環境による中性化深さの変化 3.3.2 まとめ 本研究で得られた知見を以下に示す. 1) 地中環境での未中性化部分を,促進環境下で中性化させた場合,従来どおり圧縮強度と相関がと れた. 2) 建築物の地下構造躯体(地中環境)では,中性化率が 0.07~0.17 となり,中性化進行が抑制され た. 3) 地中環境では,環境変動の影響を受けにくいため,場所によるばらつきが出にくく,また仕上げ が施されている地上コアよりも中性化が抑制された. 参考文献 1) 藤倉規雄,岩崎英樹,福手勤ら:コンクリート含水状態の季節変動が地中構造物の中性化進行 特性に及ぼす影響,土木学会論文集 E,Vol.65,No.4,pp.564-576,2009 2) 魚本健人,高田良章:コンクリートの中性化速度に及ぼす要因,土木学会論文集,No.451/Ⅴ- 17, pp.119-127,1992 3) 川西泰一郎,濱崎仁,桝田佳寛:実構造物調査に基づくコンクリートの中性化進行に関する分 析,日本建築学会構造系論文集,第 608 号,pp.9-14,2006 4) 兼松学,白石聖,庭野究ら:同潤会上野下アパートに関する調査研究 その 3:中性化および 水分状態について,日本建築学会大会学術講演梗概集 A-1,pp.1131-1132,2014 31 3.4 配筋状況 3.4.1 調査概要 (1) 配筋の調査方法 本調査では,電磁波レーダー法に基づく非破壊検査装置の 1 種である X-Scan PS 1000(日本ヒル ティ社製)により RC 部材中に存在する鉄筋の探査を行った.この装置は,3 個のアンテナが平面 配列されているため,複数層の鉄筋配列の探査が可能なものである.図 3.4.1 および写真 3.4.1 に, 同装置による探査データ例および探査状況を示す. 図 3.4.1 探査データの例 写真 3.4.1 探査状況 (2) 調査位置 本調査では,312 号室壁,413 号室柱,207 号室床スラブ,および 107 号室天井スラブの計 4 箇所 の配筋状況を調査した.壁および柱では屋内側の面を,床スラブでは上面を,また,天井スラブで は下面を探査した. 3.4.2 調査結果 表 3.4.1 に調査結果の一覧を示す.312 号室壁はダブル配筋であったため,屋内側,屋外側の両 方の調査結果(いずれも屋内側からの探査結果)を表中に示す. かぶり厚さに関しては,上野下アパートの竣工年(昭和 4 年)に発表された建築學會「コンクリ ート及鐵筋コンクリート標準仕様書」1)に表 3.4.2 に示す規定値が示されている.調査した範囲で は,かぶり厚さは,いずれの部位においても表中の規定値を満足している. 表 3.4.2 主筋の保護として必要なコンクリートの厚さの最小値 (単位:cm) 区分 普通の場合* 部材の種類 版 梁および柱 基礎その他土に接する部分 2 4 7 海中工事の場合 8 *特にコンクリート面の摩滅を予想し得る部分および直接風雨に曝される部分は さらに 1cm 増加する. 32 表 3.4.1 調査結果一覧 部屋 No. 部位 312 号室 413 号室 207 号室 107 号室 壁 柱 床スラブ 天井スラブ 主筋@180~200mm 帯筋@140~180mm タテ筋@190~250mm ヨコ筋@150~170mm タテ筋@190~250mm ヨコ筋@150~170mm 58mm(屋内面) 200mm(上面) 28mm(下面) 外観 屋内側 タテ筋@280~330mm ヨコ筋@290~320mm ピッチ 屋外側 タテ筋@280~330mm ヨコ筋@290~320mm かぶり 厚さ タテ筋 56mm(屋内面) ヨコ筋 45mm(屋内面) 屋内側 屋外側 配筋 状況 参考文献 1) 建築學會:コンクリート及鐵筋コンクリート標準仕様書,1929.4 33 3.5 ひび割れと鉄筋の腐食状況 3.5.1 調査項目 表 3.5.1 に調査項目を示す.本調査では任意の箇所,部位でコアの採取を行うとともに,材料特性 および劣化状況に関する情報を得ることを目的に以下の調査を行った. 表 3.5.1 調査項目 調査種別 調査項目 外壁および躯体のひび割れ,外壁の剥離・汚れ 外壁の浮き,非破壊透気試験 目視調査 非破壊試験 透気試験(RILEM 法),中性化深さ測定 強度試験,斫り出しによる鉄筋の腐食状況確認 含水率測定,鉄筋かぶり厚さ測定 破壊試験 (コア採取含む) 3.5.2 調査結果 (1) 外壁のひび割れおよび剥離状況 外壁のひび割れおよび貫通の有無を目視により確認するとともに,外壁の浮き剥離については赤 外線サーモグラフィを用い,図面にそれぞれ位置の記入を行った. 図 3.5.1 に 2 号棟南面におけるひび割れ状況を示す.外壁のひび割れは大きく 4 種類の原因が推 測できる. ①コンクリートとモルタル間による窓枠に沿った縦方向のひび割れ,②コンクリートの 乾燥収縮による窓のコーナー部分にみられるひび割れ,③サッシ下部の縦方向のひび割れ,④その 他の原因によるひび割れ,が考えられる. なかでも①によるものが最も多く,仕上げ材が原因で生 じたひび割れは少ないと考えられ,浮き・剥落もほぼ認められないことから経年 80 年の仕上げと しては良好な状態であったと考えられる. ひび割れ確認箇所 外壁浮き確認箇所 図 3.5.1 2 号棟南面ひび割れおよび浮き状況図 (2) 鉄筋の腐食状況 鉄筋をはつり出し,日本コンクリート工学会「コンクリートのひび割れ調査,補修・補強指針 2009」 に基づきに示すように腐食グレードを付すこととした. また,はつり片により鉄筋周辺のコンクリ ートの含水率の測定を行った. 34 図 3.5.2 に鉄筋の腐食グレードの割合を示す. 多くは腐食グレードⅠ・Ⅱであった. 鉄筋の腐食は 一般的に含水率 3 .5%以上で生じると言われている 1). したがって,中性化が鉄筋に到達しているに もかかわらず鉄筋腐食が進行していない箇所については,含水率が低く(はつり調査によって 1~3%),比較的コンクリートが乾燥状態にあり,このため鉄筋の腐食が進行していなかったと考え られる. 表 3.5.3 に示したように,鉄筋の腐食が進行している部位については,開口部周辺等に貫通 ひび割れが生じており,ここから水分が侵入したためと考えられる. またひび割れが見られないに もかかわらず鉄筋の腐食が進行している箇所については,水周り周辺であり,使用当時に漏水など コンクリートの含水率が高い状態にあったためと考えられる. 表 3.5.3 鉄筋腐食状況確認結果 中性化深 調査部位 かぶり厚 さ さ 含水率 腐食 グレード 備考 棟 階 方位 部位 (mm) (mm) (%) 1 1.5 S 内壁 32.8 35 3.02 1 2 4 E 内壁 33.3 40 1.62 1 2 4 N 内壁 8.3 38 1.68 2 1 1.5 N 内壁 16.2 - 2.04 1 1 2.5 N 内壁 15.3 - 3.83 1 1 2.5 S 内壁 6.5 - 3.00 2 1 3.5 N 内壁 6.0 - 3.29 0 1 3.5 S 内壁 7.2 - 2.34 2 1 3 N 雑壁 15.2 55 1.35 1 2 4 E 雑壁 6.8 30 1.41 1 1 2 N 雑壁 全面 85 3.04 2 1 4 N 雑壁 18.5 - 1.29 3 2 RF W 外壁 11.3 40 3.19 1 2 1 E 外壁 8.6 40 1.29 0 2 RF S 外壁 全面 58 3.38 0 2 3 N 内壁 - - 1.45 4 ひび割れ有 2 4 S 梁 - - 2.16 4 ひび割れ有 35 雨がかり有 Ⅲ 6% Ⅱ 23% 写真 3.5.1 腐食グレードⅣの実例 Ⅳ 0 12% 18% Ⅰ 41% 図 3.5.2 腐食グレード割合 (3) 透気試験 採取したコアを切断(主に仕上げ部位)し, RILEM CEMBUREAU 法(以下 RILEM 法)によ り透気性の評価を行った. 透気試験を実施するにあたり,切断したコアは 50℃の環境下で 2 週間, もしくは 20℃60%R.H.の環境下で 1 カ月存置し,含水状態を安定させた状態で透気係数を測定した. 図 3.5.3 に,RILEM 法により本調査対象の透気係数の分布および既往調査対象との比較図を示す. 建物 A は築年数 46 年の RC 造建築物,建物 B は築年数 42 年の RC 造(一部 SRC 造)建築物で ある.建物 A および建物 B と比較すると,同潤会上野下アパート内壁の仕上げは透気係数が大き い.コンクリートを対象とした RILEM 法の閾値において,透気係数 K は 100~1000(×10-16m2) の範囲に集中しており,本調査対象の内装仕上げ材は全体的に粗であると考えられる. 図 3.5.4 に本調査対象表層の透気係数と中性化速度係数の関係を示す.外壁側については,透気 係数が比較的小さく中性化もほぼ進行していないことから,リソイド仕上げにより中性化の進行が 抑制されていたと推察される. 0.5 0.4 頻度 0.3 0.2 0.1 0 透気係数K(10‐16m2) 上野下同潤会アパートメント内壁 外壁(リソイド) 図 3.5.3 RILEM 法透気試験結果 36 建物A 建物B 12 中性化速度係数(mm/√年) 内壁 外壁 10 8 6 4 2 0 1 10 100 1000 10000 透気係数K(×10‐16m2) 図 3.5.4 透気試験-中性化速度係数の関係 3.5.3 まとめ 1) 外壁リソイド部のひび割れは,仕上げ材によるものではなく,コンクリート躯体によるものが多 数を占める. 2) 同潤会上野下アパートの外壁リソイド仕上げの透気係数は小さく,非常に緻密であった.このこ ともコンクリートの中性化が抑制されていることにつながったと推測される. 3)中性化が鉄筋に到達しているケースでも,コンクリート内の含水状態によって鉄筋の腐食が進行 しないケースがある. 参考文献 1) 古賀一八,林典男,平田延明:高濃度塩化物イオン含有 RC 建築物の含水率および鉄筋腐食調査, コンクリート工学年次論文集,Vol.30,No.1,2008. 2) 日本コンクリート工学協会:コンクリートのひび割れ調査,補修・補強指針,2009. 3) 古賀一八,吉岡昌洋,長谷川直司:同潤会アパートの施工技術に関する調査研究,コンクリート工 学年次論文集,Vol.26,No.1,2004. 37 3.6 コンクリートコアの分析 RC 建築物から採取したコンクリートコアを分析することにより,コンクリートの調合や当時の 使用材料,セメント硬化体の空隙構造,化学的変状など様々な情報を得ることができる.そこで, 同潤会上野下アパートの解体時に伴い採取した複数のコンクリートコアについて,圧縮強度試験, 調合推定の分析,ポロシメータによる細孔構造の特性ならびに骨材の岩種判定について検討を行っ た. 3.6.1 調査概要 調査対象としたコンクリートコアの概要を表 3.6.1 に示す.コアは部位ごとに,近傍で直径 80~ 100mm として 2~3 本採取し,表 3.6.1 に示す分析を行った.試験方法については,圧縮強度は JIS A 1107,調合推定はセメント協会コンクリート専門委員会報告 F-18 に準拠した. 骨材の種類と岩石種の分析を行う岩種判定は,コアの切断面について実体顕微鏡観察を行った. また,一部の試料はコンクリートコアからモルタル部分を採取し,水銀圧入式ポロシメータによっ て細孔径分布測定を行った. 表 3.6.1 調査対象としたコアの概要,分析項目および結果 記号 コアの採取場所 分析項目 結果 A-1 1 号棟-2F-A 室-南側-壁-1 調合推定 W/C 61.5% A-2 1 号棟-2F-A 室-南側-壁-2 圧縮強度 33.1N/mm2 B-1 1 号棟-2F-B 室-南側-壁-1 調合推定 W/C 62.4% B-2 1 号棟-2F-B 室-南側-壁-2 圧縮強度 32.3N/mm2 C-1 2 号棟-1F-C 室-東側-壁-1 調合推定 W/C 59.7% C-2 2 号棟-1F-C 室-東側-壁-2 圧縮強度 15.7N/mm2 C-3* 2 号棟-1F-C 室-東側-壁-3 圧縮強度 16.5N/mm2 D-1 2 号棟-1F-D 室-東側-壁-1 圧縮強度 12.1N/mm2 D-2 2 号棟-1F-D 室-東側-壁-2 混合して調合推定 D-3 2 号棟-1F-D 室-東側-壁-3 W/C E-1 1 号棟-1F-E 室-西側-壁-1 岩種判定 写真 1 E-2 1 号棟-1F-E 室-西側-壁-2 岩種判定 - *C-2 が A-2,B-2 に比べて著しく圧縮強度が低かったため,再度別のコアで試験 38 102% 3.6.2 調査結果および考察 (1) 調合推定と圧縮強度 調査対象としたコアの概要,分析項目およびその結果を表 3.6.1 に示す.コアの圧縮強度は 12~ 33N/mm2 で,同時期に建てられた同潤会アパートの他 3 棟の圧縮強度についても 15~45N/mm2 とな っており 1),ほぼ同様の結果であるといえる.また,調合推定による W/C はコア 3 本が 60%程度, 1 本は 102%と大きな差異がある.同じ同潤会江戸川アパートの仕様書 1)によると,水セメント比は 冬季 58%以内,その他 65%以内となっており,102%というのは極めて大きな値であるが,強度が 12 N/mm2 ということを考えるとその値は妥当であり,当時の施工方法を鑑みるとこの程度のばらつ きが実際にはあったということになる. コアの C/W と圧縮強度の関係を図 3.6.1 に示す.併せて,JASS 5 2003 の普通ポルトランドセメン トを使用した水セメント比算定式に基づくラインも図中に記載した. なおセメント強さについては, 当時は W/C28%のモルタルをハンマーで叩いて成形・試験しており 2),現在と異なり参照できない ため,最近のデータとの比較ということで JASS 5 2003 当時の平均的な値の 62N/mm2 とした. 圧縮強度(N/mm2) 70 上野下コア 60 JASS5 2003 50 40 30 点線は 外挿範囲 20 10 0 A B C D 図 3.6.1 コンクリートの C/W と圧縮強度の関係 JASS 5 のラインは材齢 28 日の調合強度と C/W の関係であり,本結果の構造体コンクリートの強 度と意味合いは異なるものであるが,強度が低いコア C を除き,概ね JASS 5 のラインまたは延長 上に位置している.すなわち,調合推定結果が正しければ,JASS 5 の比較的最近の材料を対象にし たコンクリートの平均的な C/W と 28 日圧縮強度の関係と,85 年前に作られたコンクリートのコア の C/W と構造体コンクリートの強度の関係がほぼ一致することを示している. 調合推定した結果の各種材料の構成割合は,水セメント比が 60%程度であった A~C は,W:145 ~147,C:234~243,G+S:1993~2028(kg/m3),D は W:169,C:165,G+S:2035(kg/m3)となった. (2) 細孔構造 調合推定の結果,水セメント比が近い値になったコア A,B,C を対象に,水銀圧入式ポロシメ ータによって細孔径分布測定を行った.細孔直径と積算細孔容積の関係を図 3.6.2,細孔直径と細孔 容積の関係を図 3.6.3,コアの細孔構造に関する測定結果を表 3.6.2 に示す. 39 0.16 A B C 積算細孔容積(ml/g) 0.14 0.12 0.10 0.08 0.06 0.04 0.02 0.00 0.001 0.01 0.1 1 10 細孔直径(μm) 100 1000 図 3.6.2 細孔直径と積算細孔容積の関係 細孔容積(ml/g) 0.020 A B C 0.015 0.010 0.005 0.000 0.001 0.01 0.1 1 10 細孔直径(μm) 100 1000 図 3.6.3 細孔直径と細孔容積の関係 表 3.6.2 コアの圧縮強度と細孔構造に関する測定結果 A-2 B-2 C-2 圧縮強度(N/mm2) 33.1 32.3 15.7 全細孔容積(ml/g) 0.0979 0.1135 0.1493 かさ密度(g/ml) 1.978 1.912 1.761 項目 記号 空隙率(%) 19.35 21.71 26.29 0.1μm 以上の細孔容積(ml/g) 0.0761 0.0887 0.1296 コア 3 本の中で C のみ著しく強度が低かったが,表 3.6.2 より全細孔容積,空隙率ともに C が A, B に比べて大きい.また,0.1μm 以上の細孔は主として水和物粒子の間隙や骨材界面に存在する毛 細管空隙に相当するものであり,その細孔容積も C が著しく大きいことから,この空隙構造が強度 低下に影響を及ぼしている要因の一つと考えられる. (3) 骨材観察 骨材の種類や形状,岩石の種類を分類するために実体顕微鏡で観察を行った.観察には写真 3.6.1 のようにコンクリートコアの切断面を用い,短径 5mm 以上の骨材を粗骨材,それ以下を細骨材と して扱った. 40 Ch Ch Ch Gr Ch Gr Ss Qs Ch Ss Ss Um Qz Ch Ch Gr Ch Ss Ch Ms Qz Bs Ch Gr And Ss Gr Ss Gra Ss Gs Gr Ch Ss And Ch Qz Ss 写真 3.6.1 コアの切断面(コア E-1) ※Ch:チャート,Ss:砂岩,Gr:緑色岩,Ms:白雲母片岩,Bs:黒雲母片岩,Qs:石英片岩, Gra:花崗岩,And:安山岩,Um:超苦鉄質岩,Gs:緑色片岩,Qz:脈石英 2 つのコアを総合すると,粗骨材は最大寸法 20-25 mm(短径)程度で,チャート・砂岩・安山岩・ 緑色岩・雲母片岩・石英片岩などの多種の岩石からなる砂利であった.細骨材は,石英・長石・輝石・ 雲母・不透明鉱物などの結晶片,および頁岩・安山岩・チャート・軽石などの岩片からなる砂であっ た(写真 3.6.1) .粗骨材は,砂岩,チャートを含む地層,および様々な結晶片岩を含む変成帯を流 域に持つ河川から採取したものと考えられる.東京周辺を流れる河川に限定した場合,流域にこの ような岩相の地層を有する河川として荒川が合致する.荒川は関東山地を浸食して流れ下るため, 砂利には花崗岩類,秩父帯と呼ばれる付加体(ジュラ系:砂岩・泥岩・チャート・緑色岩など) ,白亜 系の砂岩や泥岩,高圧型の変成岩(主に結晶片岩)からなる三波川変成帯が含まれる 3).このよう に変化に富んだ地質の山地を流れ下る荒川では,さまざまな種類の岩石が認められる. 3.6.3 まとめ 同潤会上野下アパートのコンクリートコアの圧縮強度は 12~33N/mm2,調合推定による W/C は 60~102%となり,細孔構造と圧縮強度の関連が認められた.また,使用骨材は,粗骨材は多種の岩 石からなる砂利,細骨材も同様に多種の岩片からなる砂であった. 参考文献 1)古賀一八ほか:同潤会アパートの施工技術に関する調査研究,コンクリート工学年次論文集,Vol.26, No.1,pp.939-944,2004. 2)セメント協会:C&C エンサイクロペディア,pp.82-83,1996. 3)千葉とき子,斎藤靖二:かわらの小石図鑑,東海大学出版会,1996. 41 3.7 仕上げ材料の成分分析 3.7.1 試料と試験方法 試料は,上野下アパート1号棟1階の西側壁面から,壁を貫通するように採取したコンクリート コアの No.151 と No.152 とした.そのうち,No.151 は雨掛かりのある部分から,No.152 は雨掛かり の無い部分からそれぞれ採取されたものである.また試料の外壁側と内壁側には,それぞれ表面仕 上げ材が認められた. 使用材料の化学成分とその劣化状態の確認を目的として,電子線マイクロアナライザー(EPMA) の面分析と反射電子像観察による元素濃度分布と組織観察,および走査型電子顕微鏡(SEM)によ る仕上げ材の形態観察を行った.EPMA による分析は,コア試料の外壁側から深さ方向に平板状試 料を切り出し,その切断面を鏡面研磨したものを分析試料とした.仕上げ材から躯体まで広範囲の 分析は面分析により行い,測定条件は,加速電圧:15 kV,照射電流:200 nA,測定元素:C,Ca,Cl,Na,S,Si, ピクセルサイズ:100m,分析範囲:深さ 40 mm×幅 40 mm とした.仕上げ材の詳細な観察について は,反射電子像(BEI)観察から物質の分布を観察するとともに,定性分析により構成元素の確認 とその化学組成の半定量分析を行った.また仕上げ材の形態観察は,走査型電子顕微鏡による二次 電子像(SEI)観察により行い,必要に応じて SEM 付属のエネルギー分散型 X 線分析装置(EDS) により,そこに見られる物質の構成元素の確認を行った. 3.7.2 試験結果 (1) EPMA による面分析 図 3.7.1 に試料の断面写真を示す.いずれも写真の上端が外壁であり,上側にある白色や茶色の骨 材を含む層がリソイド仕上げである.リソイド仕上げと躯体コンクリートとの間には,濃い灰色の セメントペーストと思われる層,そして No.151 には不陸調整のモルタルと思われる暗い灰色の層が それぞれ認められた.リソイド仕上げの表面には,凹凸があり,骨材が露出しているが,製作時に 10mm 図 3.7.1 No.151(左)と No.152(右)の試料断面写真 42 行われた表面をコテによる掻き取りやささらで突く等の処理 1) によるものと思われる.No.151 と No.152 を比較すると,雨掛かりのある No.151 のペーストの表面部分が少し脱落しているようであ るが,仕上げの厚さは同程度であること,また骨材の抜けた跡やペースト部分に変色が見られない 事から,リソイド仕上げの劣化の程度は小さいものと思われる. EPMA による面分析結果を図 3.7.2 と図 3.7.3 にそれぞれ示す.なお図では,セメントペースト に相当する部分の元素濃度分布の変化をわかりやすく表示するため, 8.0≦SiO2≦35.0 mass%かつ 15.0≦CaO≦64.0 mass%の条件に合致するピクセルのみを表示した.どちらの試料とも,リソイド仕 上げから躯体コンクリートまで CaO と SiO2 が主な元素であり,さらに SO3 も含まれていた.また リソイド仕上げにおける濃度は,セメントペーストやモルタルと同程度であった.このため,リソ イド仕上げを含め,仕上げ材はいずれも CaO と SiO2 が主体の材料,すなわちセメント系材料を用 いたと考えられる. 各元素の濃度分布より,リソイド仕上げの最表面においては CaO と SO3,Cl の濃度が低く,CO2 と Na2O の濃度がやや高かった.またその内部側には,やや高い SO3 濃度の領域が見られた事から, 表面では炭酸化(中性化)が生じていると考えられる.炭酸化が生じた場合,CO2 濃度が高くなる とともに,SO3 と Cl を含む水和物が分解,移動する事により濃度が低くなり,周囲の未炭酸化部で 濃縮されて濃度が高くなる.またアルカリ金属イオンは炭酸化部に移動するため 2),Na2O 濃度が高 くなる.同時に,炭酸化部の CaO の濃度が低くなる現象も良く見られる.リソイドの内部や,その 内部側にあるセメントペースト層やモルタル層にも,同様な特徴が見られる事から,仕上げ材の内 部でも部分的に炭酸化が生じていると考えられる.躯体コンクリートでも,その表面側に SO3 の濃 度が低く Na2O 濃度のやや高い領域が見られる事から炭酸化していると考えられるが,その範囲は No.151 に比べて No.152 の方が広かった.なお,躯体コンクリートの CO2 濃度は仕上げ材よりも高 図 3.7.2 No.151 の EPMA 面分析結果 43 図 3.7.3 No.152 の EPMA 面分析結果 く,炭酸化していない領域にも高い部分が見られた.本試料のコンクリートはやや疎な組織であっ た事から,含浸させた樹脂を反映して高い濃度になった可能性が考えられる.Cl の濃度は,リソイ ド仕上げ表面が高く,内部に向かって低くなっており,外部から Cl-が侵入した可能性が考えられる. しかし,Cl 濃度が高い領域は,リソイドとセメントペーストに限られており,その内部にあるモル タルや躯体コンクリートの濃度が低かった.このため,Cl-の侵入は仕上げ材の部分に限られており, 躯体コンクリートへは侵入していないものと考えられる. (2) 仕上げ材料の像観察 リソイド仕上げ表面の BEI による観察結果を図 3.7.4 に示す.画像の右方が表面であり,左方が 内部側である.また図中の丸数字は定性分析位置を示す.画像の左側は全体的に明るく,白色と暗 い灰色の角張った粒子が見られ,それらの周りを灰色の組織が満たしている様子が見られた.これ に対して右側は,左側に比べて全体がやや暗く疎な様子で有り,白色の粒子が見られなかった.BEI では,原子番号の大きな元素を多く含む方が,また組織が疎な状態よりも密な状態の方が明るく表 示される性質がある.このため,特に暗い表面部分では,成分の溶出が生じていると推測される. 白色粒子(①)とその周囲の灰色の組織(②)の,定性分析結果から求めた半定量値を表 3.5.1 に示 す.なお,分析時の電子ビーム径は,可能な限り拡げることにより,粒子およびペースト部の平均 的な結果が得られるようにした.表 3.7.1 より,どちらも Ca と Si が主な元素であり,その他に Al と Fe,Mg が共通して含まれていた.①の化学組成は,現在の普通セメント 3)と比較しても大きな 違いは無く,②も普通セメントのセメントペーストとしてもおかしくないと思われる化学組成であ った.このため,リソイド仕上げに使用されている結合材は, Ca と Si が主成分であり,セメント 44 系の材料と考えられる.リソイド仕上げにはマグネシアセメントが使用されている 1)とされている が,少なくとも本試料ではセメント系材料であった.また,図 3.7.4 からは,ポゾランなどの混和材 料らしきものは観察されなかった. ←内部 表面 ② ① 図 3.7.4 No.151 のリソイドの反射電子像 表 3.7.1 リソイド仕上げの化学組成(mass%) 現代の普通ポルトラ 測定位置 ① ② CaO 65.7 47.0 63~65 SiO2 26.4 22.7 20~23 Al2O3 7.5 7.9 3.8~5.8 Fe2O3 4.7 3.5 2.5~3.6 MgO 1.4 1.1 SO3 - 2.7 K2O 1.5 - Cl - 1.9 ンドセメント 3) 1.5~2.3 注:①と②の濃度は定性分析結果から求めた半定量値 リソイド仕上げとモルタルの SEI による観察結果を図 3.7.5 に示す.リソイド仕上げの表面は,炭 酸カルシウムで覆われており,炭酸化した状態と考えられる.しかし,表面から 5 mm 程度内部で は,水酸化カルシウム(H)やカルシウムシリケート水和物(S)が見られており,炭酸化していな かった.またモルタル部の空隙の内面は炭酸カルシウムで覆われていたが,そのすぐ内部には水酸 化カルシウムが見られ,炭酸化していたのは空隙内面のごく表層だけであった.これらの事から, リソイド仕上げ表面や仕上げ材内部の空隙などでは炭酸化が生じているが,その範囲はそれらの表 層に限られていると考えられる. 45 リソイド表面 リソイド内部 H C S S H モルタル内の気泡 凡例 V C C:炭酸カルシウム H H:水酸化カルシウム S S:カルシウムシリケート S 水和物(C-S-H) 図 3.7.5 No.151 のリソイド(上)とモルタル内の気泡(下)の二次電子像 3.7.3 まとめ 上野下アパート外壁表面に見られるリソイド仕上げは,従来から言われていたマグネシアセメン トではなく,通常のセメント系材料を結合材として使用していた.リソイド仕上げは,雨掛かりの ある部分で表面の脱落が少し見られる程度であり,比較的健全な状態であった.仕上げ材および躯 体コンクリートに炭酸化した領域が見られたが,その範囲は表面などの一部に限られていた.表面 からの Cl-の浸入も見られたが,その範囲は仕上げ材にとどまっており,躯体コンクリートには達し ていなかった.建築後 80 年以上にわたって大きな改修をせずに使用されていたことを考えると,仕 上げ材と躯体コンクリートの劣化の程度は小さいと言える. 参考文献 1) 古賀ら,同潤会アパートの施工技術に関する調査研究,コンクリート工学年次論文集,Vol.26, No.1 pp.939-944,2004 2) 小林ら,炭酸化によって引き起こされるコンクリート中の塩化物,硫黄化合物及びアルカリ化合 物の移動と濃縮,コンクリート工学論文集,Vol.1 No.2 pp.69-82,1990 3) セメント協会編,セメントの常識,2002 46 3.8 外壁汚れと色 3.8.1 調査目的 同潤会アパートの特徴の一つに,外壁がリソイド仕上げであることが挙げられる 1).この仕上げ は,セメントに顔料や種石を混ぜた調合済左官材を吹き付けて,未硬化のうちに鋸歯状の道具で表 面を搔き落とすという,リシンに似た仕上げ方法である 1).また,仕上げ面が丈夫で補修不要とい われている.上野下アパートの場合も,外壁面を大規模に補修した形跡は見当たらず,外壁面には, 1929 年に竣工してから 84 年間の長きにわたって蓄積された汚れが付着しているものと推測される. これらのことを踏まえ,本調査では,建築物の外壁の維持保全技術を今後より改善していくため の基礎資料収集を目的として,上野下アパートの外壁の汚れ状況を調査した. 3.8.2 調査概要 (1) 調査日および調査対象 2013 年 5 月 16 日および 17 日に,上野下アパート 1 号館および 2 号館の外壁 1 階部分を対象とし て調査を実施した. (2) 調査項目および調査方法 ①色の測定 外壁面の汚れと色の関係を検討するために,2 号館南,東,北外壁面(西面は解体作業中につき 測定できなかった)および 1 号館西外壁面の色の分布を,色差計を用いて測定した.測定位置を図 3.6.1 に示す.測定は,1 階外壁面の地上から 1.2m 程度の高さで,建物の周囲に沿って 2〜3m ごと の間隔で行い(1 箇所につき 1 回の測定とした),色の変化が著しい箇所や構造上入り組んだ場所で は測定間隔を狭めた.また,局所的な汚れが見られる部分は避けて測定を行った. ) なお,本調査では,L*a*b*表色系で色を表示し,各測定点の明度(L*)および彩度( を求めた. ②汚れ原因物質の分析 建物の外壁仕上げ部分からサンプルを採取し,外壁に付着した汚れ原因物質を推定するための各 ③ ⑧ ⑥ N ② ⑤ ① ⑦ ・ 色の測定位置 ①~⑧ 汚れ分析用サンプルの採取位置 ④ 2 号館 1 号館 図 3.8.1 色の測定位置およびサンプル採取位置 47 種分析を行った.図 3.8.1 中および表 3.8.1 にサンプルの採取位置を示す.サンプルは,表 3.8.1 に示 すように,4 方向の外壁面(色の測定を実施した面と同一の面)をそれぞれ代表するような,局所 的な汚れの見られない部分(以下,標準位置という)4 箇所からと,様々なタイプの汚れが局所的 に観察された部分 4 箇所から採取した.また,サンプルは,小径のコアマシーンまたはディスクグ ラインダを用いて,表面から 10〜20mm 程度の深さまで乾式で採取した. 採取したサンプルに対しては,光学顕微鏡および電子顕微鏡(SEM)による観察を行った.また, エネルギー分散型 X 線分光法(EDX)による元素分析を実施し,サンプル表面の元素の定量分析お よび面分析を行った.なお,建物の外壁面の付着汚れは,一般に,表 3.8.2 に示すような原因物質に より発生するものと考えられる 2).そこで,本調査では,同表を参考に,サンプルの各種分析結果 から,上野下アパートの外壁に付着した汚れ原因物質の推定を試みた. 3.8.3 色の測定結果 図 3.8.2 に,各外壁面の明度および彩度の測定結果を示す(図の下部に,測定結果を基に再現した 表 3.8.1 汚れ分析用サンプルの採取位置 ①2S-S ②2E-S ③2N-S ④1W-S 標準位置 2 号館東面 2 号館北面 1 号館西面 全体的にやや灰色 全体的に灰色 全体的にやや灰色 ⑤2S-O ⑥2N-O ⑦2S-G ⑧2N-M 2 号館南面・開口部周辺 2 号館北面・開口部下部 2 号館南面・地面付近 黒色の汚れ 黒色の汚れ 黄土色の汚れ 局所的な汚れ 2 号館南面 目立った汚れなし 2 号館北面・ ダストシュート排出口 苔が付着 表3.8.2 付着汚れの一般的な原因物質 種 別 詳 細 一酸化炭素(CO),硫黄酸化物(SOx),窒素酸化 大気汚染物質 物(NOx),炭化水素,鉛化合物,硫酸ミスト,有 機塩素化合物,過酸化物,重金属など 生物系物質 かび,藻類,苔,鳥糞害など 土・砂埃 土・砂微粒子 もらい錆 − 48 各測定点の色を表示する) .図(a)および(b)より,2 号館の南面および東面では,彩度に大き なばらつきがあり,明度にも多少のばらつきがあることがわかる.それに対し,2 号館の北面では, 図(c)からわかるように,彩度および明度のばらつきが小さい.すなわち,北面の色の分布は他の 面に比べて一様になっており,これは,本来の壁面が何らかの汚れ物質により全体的に覆われてし まった結果ではないかと推察される. 図 3.8.3 に,明度および彩度の外壁面ごとの平均値および標準偏差を示す.2 号館に着目すると, 北面では,明度および彩度が他の面より小さくなっている.すなわち,より暗く,くすんだ色合い となっている.なお,図 3.8.2(d)によると,1 号館の西面では,ばらつきは見られるものの,南側 から北側になるほど,明度および彩度が小さくなる傾向となっており,このことも,調査建物の北 側ほど,暗くてくすんだ色合いになっていることを示している. 3.8.4 汚れの分析結果 70 35 60 60 30 25 50 20 40 15 30 1 2 →東 3 4 5 6 7 8 9 20 40 10 30 5 20 15 南← 1 10 11 12 13 2 3 (a)2 号館南面 4 5 6 7 5 8 (b)2 号館東面 70 35 70 35 60 30 60 30 50 20 40 15 30 20 明度 25 彩度 明度 10 →北 西← →東 20 40 10 30 5 20 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 25 50 15 南← 1 (c)2 号館北面 2 →北 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 (d)1 号館西面 図 3.8.2 明度および彩度の測定結果 標準偏差 図 3.8.3 明度および彩度の外壁面ごとの平均値および標準偏差 49 10 5 彩度 西← 20 25 50 彩度 35 明度指数 明度 30 彩度 明度 70 彩度 明度 表 3.8.3 に,光学顕微鏡および SEM による観察結果,ならびに EDX による元素の面分析結果を 表 3.8.3 分析結果 ①2S-S ③2N-S ⑤2S-O ⑦2S-G 顕微鏡写真(500 倍) ベース ⑧2N-M 顕微鏡写真(100 倍) ベース 顕微鏡写真(100 倍) 顕微鏡写真(100 倍) SEM 写真 ベース SEM 写真(2500 倍) ベース SEM 写真 骨材:灰色(大粒状) SEM 写真 骨材:灰色(小粒状) SEM 写真 SEM 写真 ベース SEM 写真 ベース EDX 面分析結果 (緑 Fe, 赤 Si) 骨材:灰色(大粒状) EDX 面分析結果 (緑 C, 赤 Si) 骨材:灰色(小粒状) EDX 面分析結果 (緑 S, 赤 Si) EDX 面分析結果 (緑 Ca, 赤 Si) ベース EDX 面分析結果 (緑 C, 赤 Si) ベース SEM 写真(2500 倍) 骨材 50 顕微鏡写真(100 倍) 示す.ここで,表中の「骨材」および「ベース」は,リソイド仕上げにおける種石部分とそれ以外の部分をそれぞれ 指し示している.また,表 3.8.4 に,EDX による元素の定量分析結果を示す.表中には,検出された種々の元素の中 から付着汚れに直接的に関係しそうな元素のみを抜粋して示してある. 表 3.8.4 EDX による元素の定量分析結果 サンプル 分析位置 炭素 21.3 22.3 33.0 31.0 表面 ベース 2S-S 断面 骨材 表面 ベース 灰色(粒状) 灰色(大粒状) 標 2E-S 骨材 灰色(小粒状) 16.1 準 位 32.7 ベース 灰色(粒状) 置 2N-S 灰色(大粒状) 骨材 灰色(小粒状) 52.8 22.3 ベース 濃緑色(粒状) 濃緑色(大粒状) 13.0 1W-S 骨材 濃緑色(小粒状) 36.1 2S-O ベース 灰色 24.9 局 ベース 緑色 34.6 所 緑色 36.3 的 2N-O 骨材 灰色(大粒状) な 灰色(小粒状) 36.5 汚 黄土色(粒状) 11.3 れ 2S-G ベース 2N-M ベース 黒色 64.1 *網掛けは,多く検出された元素を示す. 検出元素(%) 珪素 硫黄 8.4 0.5 3.7 11.8 7.2 1.0 8.7 8.0 12.0 3.9 9.9 9.1 7.2 3.7 3.6 1.9 8.7 7.6 12.3 2.8 鉄 0.8 0.2 0.8 0.7 21.8 0.5 1.3 15.8 1.1 8.6 5.1 4.3 6.3 0.5 0.4 21.3 1.4 0.5 (1) 標準位置の分析結果 ①南面 2 号館南面の標準位置(2S-S)では,表 3.8.3 に示したように,顕微鏡や SEM では,特に目立った汚れは観察され なかった.ただし,このサンプルのベース部分では,表面だけでなく,断面に対しても元素分析を行っており,表 3.8.4 によると,表面では断面に比べて高濃度の硅素が検出されている.このことから,南面の外壁には,硅素由来の物質 の例えば土・砂埃などが,全面的に付着している可能性がある. ②南面以外 2 号館北面の標準位置(2N-S)には,表 3.8.3 中の顕微鏡写真からわかるように,灰色の物質が斑点状に付着してい た.また,SEM による観察結果によると,この灰色の付着物には大粒状と小粒状の 2 種類が存在し,それらの主成分 は,EDX 面分析の結果によると,それぞれ鉄と炭素であった.なお,2 号館東面および 1 号館西面の標準位置(2E-S および 1W-S)においても同様の分析結果が得られており,調査建物の南面以外の外壁面には,同一の汚れ物質が付 着していたものと考えられる. また,上記の炭素由来の付着物質は,日当たりの悪い面の外壁から検出されたことも考え合わせると,かび・藻類 などの生物系物質である可能性が高い.表 3.8.4 によると,北面の標準位置(2N-S)では,灰色(小粒状)の部分で 高濃度の炭素が検出されている.これらのことを踏まえると,調査建物の北面の外壁が暗くてくすんだ色合いとなっ ていた原因は,かび・藻類の付着であると推察される.また,鉄由来の付着物に関しては,明確ではないが,飛来鉄 である可能性などが考えられる. (2) 局所的な汚れの分析結果 ①開口部周辺および下部の黒色の汚れ 2 号館南面・開口部周辺の黒色の汚れ部分(2S-O)では,表 3.8.3 および 3.8.4 からわかるように,斑点が密集した ような,硫黄由来の灰色の付着物が観察された.また,2 号館北面・開口部下部の黒色の汚れ部分(2N-O)からも同 様に硫黄が検出された(ただし,北面なので,2N-S などと同様に,炭素,鉄も併せて検出された) . 硫黄由来の汚れ原因物質としては,表 3.8.2 に示したように,一般に,大気汚染物質の硫黄酸化物 SOx(亜硫酸ガ 51 スなど)が考えられる.上野下アパートの場合,例えば,排気ガス,火事・空襲などに伴う煤煙などが建物の一部に 堆積し,それらが雨水とともに流れ出して外壁を局部的に黒く汚したなどの状況が想像される. ②地面付近の黄土色の汚れ 2 号館南面・地面付近の黄土色の汚れ部分(2S-G)では,表 3.8.3 および 3.8.4 からわかるように,硅素由来の黄土 色の粒状付着物が観察された.この付着物は,地面付近に生じた汚れであることを考え合わせると,土・砂埃である と推定される. ③苔による汚れ 2 号館北面・ダストシュート排出口の汚れ部分(2N-M)では,表 3.8.3 中の顕微鏡写真からわかるように,苔が観 察された.また,苔のない部分も黒く汚れていた.EDX 面分析の結果によると,苔のない部分でも炭素が全面的に検 出されており,このことから,この部分では,苔との共存により,北面の他の部分よりもかび・藻類が盛んに増殖し ていたものと推測される. 3.8.4 まとめ 1) 上野下アパートの外壁は,北面ほど暗く,くすんだ色合いとなっていた.また,北面は,他の面に比べて色の分布 が一様であった.このような状況になっていた原因は,かび・藻類の付着であると推察される. 2) 上野下アパートの外壁面では,大気汚染物質,土・砂埃,苔などが原因と考えられる局所的な汚れが観察された. 参考文献 1) 古賀一八,吉岡昌洋,長谷川直司:同潤会アパートの施工技術に関する調査研究,コンクリート工学年次論文集, Vol.26,No.1,pp.939-944,2004. 2) 内藤龍夫,井上容實:建物の汚れの原因と対策シート,彰国社,1996.2 52 4章 まとめ 上野下アパートは,財団法人同潤会によるアパートメント事業のひとつとして昭和 4 年に竣工した.下町に位置し ながら戦災も免れており,同潤会アパートの中でも比較的戦前からの居住者が多く,竣工時の佇まいを色濃く残して いたが,本建物が平成 25 年に解体されることとなった.本調査は(一社)日本建築学会・鉄筋コンクリート造建築物 の耐久設計研究小委員会の傘下に設置された「鉄筋コンクリート造建築物の耐久性調査 WG」において実施したもの であり,以下の材料的な観点での調査を行った.本調査の結果を以下にまとめる. コンクリートの圧縮強度とその分布,ヤング率との関係等について 1) コンクリート強度は部位によって異なり,柱,梁,壁などでは 20N/mm2 前後,床部材では 40N/mm2 以上であり, この傾向は同時期の他の建築物でも同様であり,当時の調合管理の方法に起因すると思われる. 2) 同一部材内での強度のばらつきは,約 3.5N/mm2 であり,一定の範囲に収まっていた. 3) 同時期の他の建築物と比較して,コンクリート強度は同程度か若干小さいものの,法令や仕様書等で求められてい る強度は満足していると思われる. 4) 強度とヤング率の関係は,日本建築学会 JASS 5 式により概ね評価可能である. コンクリートの中性化について 1) 同潤会上野下アパートメントの中性化状況を調査した結果から,雨がかりの無い屋外および屋内の中性化の進行が速 いことが確認された.一方で雨がかりのある屋外では中性化の進行が遅い傾向を確認した. 2) 含水率分布を測定した結果,室内側が乾燥している傾向が明らかとなった. 3) 中性化位置までの平均相対含水率と中性化深さには定性的には相関を有することが示唆された. また地中環境下については, 1) 地中環境での未中性化部分を,促進環境下で中性化させた場合,従来どおり圧縮強度と相関がとれた. 2) 建築物の地下構造躯体(地中環境)では,中性化率が 0.07~0.17 となり,中性化進行が抑制された. 3) 地中環境では,環境変動の影響を受けにくいため,場所によるばらつきが出にくく,また仕上げが施されている地上 コアよりも中性化が抑制された. 配筋状況に関して かぶり厚さに関しては,上野下アパートの竣工年(昭和 4 年)に発表された建築學會「コンクリート及鐵筋コンク リート標準仕様書」に規定値が示されているが,調査した範囲では,かぶり厚さは,いずれの部位においてもこの規 定値を満足する結果となった. ひび割れと鉄筋腐食について 1) 外壁リソイド部のひび割れは,仕上げ材によるものではなく,コンクリート躯体によるものが多数を占める. 2) 同潤会上野下アパートの外壁リソイド仕上げの透気係数は小さく,非常に緻密であった.このこともコンクリートの 中性化が抑制されていることにつながったと推測される. 3) 中性化が鉄筋に到達しているケースでも,コンクリート内の含水状態によって鉄筋の腐食が進行しないケースがあ る. 調合配合(W/C)について 同潤会上野下アパートのコンクリートコアの圧縮強度は 12~33N/mm2,調合推定による W/C は 60~102%となり, 53 細孔構造と圧縮強度の関連が認められた.また,使用骨材は,粗骨材は多種の岩石からなる砂利,細骨材も同様に多 種の岩片からなる砂であった. リソイド仕上げについて 1) 上野下アパート外壁表面に見られるリソイド仕上げは,従来から言われていたマグネシアセメントではなく,通常 のセメント系材料を結合材として使用していた. 2) リソイドおよび躯体コンクリートに炭酸化した領域が見られたが,その範囲は表面などの一部に限られていた.一 方,表面からの Cl-の浸入も見られたが,その範囲は仕上げ材にとどまっており,躯体コンクリートには達していな かった.全般に,リソイド仕上材には雨掛かりのある部分で表面の脱落が少し見られる程度であり,建築後 80 年以 上にわたって大きな改修をせずに使用されていたことを考えると,仕上げ材と躯体コンクリートの劣化の程度は小 さいと言える. 外壁汚れと色について, 1)上野下アパートの外壁は,北面ほど暗く,くすんだ色合いとなっていた.また,北面は,他の面に比べて色の分布 が一様であった.このような状況になっていた原因は,かび・藻類の付着であると推察される. 2)上野下アパートの外壁面では,大気汚染物質,土・砂埃,苔などが原因と考えられる局所的な汚れが観察された. 54