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Feel the music in my heart

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Feel the music in my heart
Feel the music in my heart
中川
恵美里
この度、熊本市人づくり基金のご支援を頂き、2013年9月より、東京にて声楽家マ
ルチェッラ・レアーレ女史の個人レッスンを受講致しております。まずはこの場をお借り
して、貴重な学びの機会を与えて頂いたことを、心から御礼申し上げます。
「Welcome, my dear(いらっしゃい)!」熊本から飛行機と電車を乗り継ぎ4時間半。やっ
と辿り着いた東京のレッスン室のドアを開けると、レアーレ女史の人懐っこい笑顔が出迎
えてくれました。私は、現在、レアーレ女史の
指導の元、イタリアオペラの伝統的な歌唱法で
ある“ベル・カント唱法”と、伊・仏・独・英
のオペラ作品と芸術歌曲について、演奏技術と
表現技法を学んでいます。
長年ヨーロッパを中心に、世界の主要劇場で
プリマドンナの賞賛を得た女史は、20年前、
私の出身大学である東京藝術大学に客員教授と
して招聘されて以降、現在まで日本や世界各地
レアーレ先生の熱心な演技指導
の音楽大学並びにマスターコースで、精力的に後進の指導を行われています。
私にとって1回2時間のプライベートレッスンは、まさに己との戦いです。一般的に“ベ
ル・カント唱法”と言っても、例えばピアノのバイエル教本のように、明確なメソッドは
ありません。オペラの本場イタリアで、
「理想的な発声」として、師から弟子へ口伝され続
けた伝統の歌唱法は、現代でも指導の際には、師弟共に大変な集中力を必要とします。
ほんの僅かな舌の位置、顎や上半身の緊張、下腹部の支えの乱れも、一瞬で見抜くレア
ーレ先生からは、レッスン中何度も「それはイタリアの音の響きじゃないわ!」と、鋭い
指摘が飛びます。ほんの短いフレーズを、理想的な音色になるまで繰り返し、その感覚を
体に叩き込む。単純なようで最も根気と集中力のいる作業です。
また声楽に欠かせないものが、各国の言語で書かれた「歌詞」と、それを表現する「正
確な発音」です。初めての先生のレッスンで、大学で4年間学んだイタリア語のアリアを
歌った時、最初の数フレーズで「まるでドイツ人が歌っているみたいね。イタリア語はそ
んなに暗い母音の発音じゃないわ」と一蹴され、途方に暮れたのをよく覚えています。特
に大変だったのは、フランスオペラのアリアと歌曲を初めて勉強した時です。フランス語
を全く読めない私に、先生の与えた宿題は、
『次のレッスンまでに、完璧にフランス語の読
み方と発音をマスターする事』でした。それからの2週間はもう大変!熊本でフランス語
のプライベートレッスンを受け、耳を微妙な発音の違いに慣れさせる為に、フランスの映
画を観て、先生が一度だけ手本を示して下さった録音を、ひたすら何度も聞き返して練習
する毎日。そして臨んだレッスンで、歌い終わった後に先生が仰った「You did it very
well(とても良いわ)!」の一言は、今でも忘れることが出来ません。
このように厳しいレッスンの中でも、レアーレ先生が特に重点を置いて指導されるのが、
「自然な感情表現」です。フィクションの世界であるオペラや歌曲作品の、その中に登場
する人物を、いかに生身の人間として、内面から生き生きと表現するか。先生の指導を受
け、私は自分がこれまで、どれほど表面だけを取り繕う演奏をしてきたのかと思い知らさ
れました。
プッチーニのオペラ『マノン・レスコー』の中で、
主人公マノンが死の淵で歌うアリア“Sola, perduta
abbandonata(一人寂しく見捨てられ)”をレッスン
していた時の事です。ただただ短調のメロディーに
併せ、重々しくセンチメンタルに歌っていた私に、
先生は「あなたの目には今、どんな風景が見えてい
るの?」と仰いました。主人公マノンは、流刑に処
されたアメリカの荒野の中でたった一人、全ての望
みを無くして死を受け入れる他無いのに対し、私は
全身を使って、役になり切ることを学ぶ
ただ表情や声色だけで、表立って分かりやすい「恐
怖心」を表現していたのです。
「想像力を使いなさい、あなたはもうすぐ死ぬの!砂漠の砂
埃を感じて、ピアノの伴奏の中に、死の近付いてくる足音を感じなさい!」と、先生は私
に、前奏から床に倒れ込んで歌うように指示されました。すると、不思議なことに、自分
の周りを囲んでいたレッスン室の風景が、一瞬で見渡す限りの荒れ地に形を変えたように
感じたのです。無我夢中で歌い終わった後、自然に涙が溢れた私を見て、先生は「わかっ
た?これが『オペラを歌う』という事なのよ。」と仰いました。その言葉の重みに、私は、
一流のオペラ歌手として数えきれない役を演じ続けた先生の、歌手としての生き様を垣間
見た気がしました。
レアーレ女史と学んだこの1年間は、今後の私の声楽家として歩む人生の中で、決して
忘れることの出来ない、本当に大切な時間です。
『素晴らしい演奏』とは、聞き手と演じ手が劇場という空間の中で、どこまで一つにな
り切れるか。その為に私たち演奏家は、作曲家が楽譜に遺した意図を正確に読み取り、オ
ーケストラやピアノの共演者と心を合わせ、何より常に、観客に誠実でなければなりませ
ん。
タイトルの“Feel the music in my heart(心で音楽を感じて)”は、レアーレ女史がレッ
スンの度に繰り返し、私に言って下さった言葉です。私も女史の、今なお真摯に音楽に向
き合う姿勢に倣い、これからも常に謙虚な姿勢で音楽を学び続けたいと思います。そして、
今回このような貴重な機会を与えて頂いた故郷・熊本に、1回でも多くの演奏を通じて恩
返しが出来るよう、これからも精進して参ります。
熊本県立劇場コンサートホールで演奏する様子
中川
恵美里(なかがわ
えみり)
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。
現在、声楽を佐久間伸一、河野克典、松本美和子、マルチェッ
ラ・レアーレの各氏に師事。
熊日学生音楽コンクール最優秀並びに熊日大賞、全日本高等学
校声楽コンクール第1位、全日本学生音楽コンクール第2位他
多数受賞。2013 年、熊本県新人演奏会出演。
これまでに九州交響楽団、東京交響楽団、ニューフィルハーモ
ニーオーケストラ千葉と共演し、ソリストを務める。震災後、
東日本大震災の被災地で、ボランティアコンサートや追悼記念
コンサートに定期的に出演。2013 年 10 月には、山形交響楽団
定期演奏会・オペラ『フィガロの結婚』スザンナ役を務め、好
評を博する。現在県内外で、精力的に演奏活動を行っている。
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