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地震被災地(中山間地)の復興に関する調査
地震被災地(中山間地)の復興に関する調査 木村 浩和 (社)北陸建設弘済会北陸地域づくり研究所 (950-0197 新潟市亀田工業団地 2-3-4) 本研究では、中越地震被災地(中山間地)復興に関する検討として、「成熟社会における復興概念の比 較研究」「中越の復興プロセスの研究」「市民参画によるまちづくりモデルの研究」を基本テーマに掲 げ、欧米諸国の災害復興プロセスと中越の災害復興プロセス等を比較検討、研究している。 そこで 1989 年に発生したサンフランシスコ地震について、成功的な復興を遂げた町としてアメリ カ・サンタクルーズ市へ調査団を派遣し、復興プロセスについて現地の関係者からヒアリングを行い、 「ものがたり復興」と呼ばれている一つの復興手法を現地調査した。そこで得られた手法を中越沖地 震の復興に活用できないか、柏崎市の「えんま通り商店街」の復興プロセスで実践することとした。 キーワード : 地震、復興、まちづくり 1. アメリカ・サンタクルーズ市の視察 (1) サンタクルーズ市の概要 アメリカ西海岸のカリフォルニア州の一都市で、 (2) サンフランシスコ地震 1989 年 10 月 17 日の午後 5 時 4 分、ロマプリー サンフランシスコから南に約 74 マイル(約 120km) タ山の地下 11.5 マイル(約 18.5km)を震源としたマ に位置する。州の中ではサンタクルーズ郡の郡庁 グニチュード 7.1 の地震がこの地域を襲った。 所在地である。市全体の広さは 12.5 平方マイル(約 32 平方キロ)。人口は約 57,000 人で、そのうち約 10,000 人がカリフォルニア大学サンタクルーズ校 の学生であり、平均年齢は 31.5 歳と、非常に若い 街である。 サンタクルーズ郡の約 10%が州公園。特にサン タクルーズでは 1 年のうち 300 日が快晴と言われ、 サーフィンのメッカとしても有名な観光地である。 崩落したハイウェイとベイブリッジ 震源に近いサンタクルーズ郡では最大の被害を 受け、都市部の 50%が壊滅し、671 名の負傷者と、 6 名の死者を出した。そのうちサンタクルーズ市 内での死者は 3 名。ロマプリータ地震全体での死 者は 62 名、負傷者は 3,700 名にのぼり、総額では 70 億ドル以上の損害を引き起こした。 復興の舞台となった「パシフィック通り」 (3) 「ものがたり復興手法」の調査 ①復興までのプロセス ここでは、2007 年と 2008 年にサンタクルーズ市に調査団を派遣し、当時の関係者からヒアリング を行った結果より、地震発生から復興までの道のりをまとめる。 ①地震発生~被害調査 89/10/17(火) 地震発生。15 秒間の揺れが続く。サ 17:04 ンフランシスコ市内と対岸にあるオ ークランドをつなぐベイブリッジは 崩落、多数の死者が出る。 10/20(金) ブッシュ大統領が現地視察。 10/21(土) 市議会 ②仮設店舗の設営 NPO グループ「フェニックスパート ナーシップ」立ち上げ 89 年 11 月 フェニックスパビリオン設営 第一週 (Sprung Instant Structure 社製品) ③復興の始まり 89 年 12 月 商店街による短期的な復興戦略 90 年 1 月 9 日 復興計画策定開始 ④物語の話し合い 300 回を超えるワークショップやイ ベントの開催 ⑤ビジョンの共有 90 年 2 月頃 都市再開発部(Redevelopment Agency : RDA)に新部長を招致。 サン フ ラ ン シス コ 球 場 でワ ー ル ド シリ ー ズ の第 三 戦 目 の試 合 を 見 るた め に 家 で観 戦 し ていた市民が多く、これが幸いして橋梁の崩 落による被害者が少なかったと。 感謝 祭 を 目 前に す ぐ に でも 商 売 を 再開 し た いと欲求が高まる。 満員の市議会で、ビル撤去、仮設店舗設営な どの再建プランを緊急検討することを約束。 商工会、文化協会、環境団体等などからなる。 地元労働組合の寄付などで運営される。 市と 2 つの非営利団体との共同で、駐車場跡 地(約 4,000 平米)を利用して 7 つのテントを設 置。被災企業の仮事務所のほか、40 の店舗と 7 つのレストランが約 3 年間利用した。 「Shop Local:地元で買い物を」「Buy Santa Cruz:サンタクルーズで買い物を」などのキャ ンペーン開始し、クリスマスのショッピング シーズンを前に、客を街に呼び寄せる。 民間+行政=36 名が選出される。 市民の希望や将来像を自由に述べさせ、市民 に対し「自分達も復興プロセスの一部」であ る認識を持たせる。街に情報センターを設置 し、ワークショップの内容を常に市民に公開 したり、復興計画の模型を作ったりして、復 興に向けた話し合いの結果を具体的に明示。 ワー ク シ ョ ップ を 通 し て自 由 に 意 見を 述 べ させる。キーワードは「Civic Living Room : ダウンタウンを市民の憩いの間にしよう」 36 人のメンバーと都市再開発部によって、 徐々に具体的なビジョンがまとまっていく。 ⑥ビジョンの明文化 90 年 5 月 8 日 「Vision Santa Cruz:ビジョンサンタクルーズ」の第一版が完成 91 年 9 月 市街地復興プラン完成 復興計画の巻末に資料として、市民の希望を まとめた「復興ビジョン」がまとめられる。 ⑦復興の媒介役 95 年 5 月頃 映画館がダウンタウンに完成 撤退したデパート跡地に完成。復興計画の則 り、ビルの高さや入口の明るさなどが設計さ れる。映画館の完成によって、夜間にも人が 集まるようになり、夜もカフェや他の店も開 店し、「Bring your love downtown」を合言 葉にして人々が街に集まる。 ⑧18 時間元気な街が作り上げられる 現在 結果として、ビジョンサンタクルーズに描いた街が完成する。 ②復興プロセスのポイント ③経済的な支援の導入 i) 市民と行政の距離 サンタクルーズは地震が発生する前から、もと サンタクルーズ郡では、地震から 1 年後の 1990 年 11 月に有権者によって市街地再建の財政的基 もと市民の声を聞いてくれる市議会などの基盤が 盤を確保するための特別な「地震復興税」として できており、誰もが行政に近く、自由に参加でき 「地方税:Measure E」を採択し、これによる 1991 る街であった。また、もともと政治的には様々な 年 4 月 1 日から 1997 年 3 月 31 日までの税収は、 意見が対立した街でもあったため、復興プロセス 2,032 万 4 千ドルに達した。 の中では、この風潮が逆に市民からの意見を活発 にさせた。この背景には、カリフォルニア州では、 2. 中越沖地震における復興 (1) 衰退する中心市街地における復興 住民に身近な課税や増税に関する議案などは、住 民投票によって決められるため、市民は税制に関 する住民投票法案に関して自らが判断することに 慣れているなど、日常において地方自治に参加し ているという意識が高かったためである。 ~まちづくり組織の設立 中越沖地震では、アメリカ、サンタクルーズと 同様に衰退する地方の中心市街地が被災した。こ ii) 地震が「きっかけ」 のような都市における震災復興は、単純な復旧・ 地域経済は決してよい状態ではなかったが、地 生活再建では地域の本質的課題解決には至らず、 震をきっかけとして、街全体が商店街を復興させ、 これまでと同じ状況を生み出すだけである。その 結果として地震前より活発な街になった。また、 ため、中心市街地の抱える慢性的な課題を解決し 避難場所や仮店舗、通りのあちらこちらで、これ たうえで、新しい「まちなか空間」の創造が必要 までになかった市民の間のつながりが生まれた。 であった。ただし地震からの復旧だけを目的に、 iii)オープンなワークショップ ただ「建て替え」をするだけでは、衰退する中心 300 回以上にわたるワークショップや、情報セ 市街地の本当の復興とは言えない。そこで、復興 ンターの設置によって、つねに復興プランの進捗 プランを中心となって考える若手中心のグループ を公開するなど、すべての市民を復興プロセスの 「えんま通り街づくりの会」が発足した。 中に巻き込む姿勢が見られた。 誰もがわかりやすいビジョンの策定においては、 適度な時期、タイミングにおいて都市計画の専門 家や建築コンサルタントなどをファシリテータと して介入させ、意見を調整し、徐々に具体的なプ ランを策定していった。 復興に向けた会議 (2) 復興ビジョンの策定 復興計画の策定段階において、具体的事業では 「総論賛成、各論反対」となるケースが多い。そ のため、まず合意が得られやすい総論でのビジョ ンを策定し、各論である具体的整備計画の前に策 定、合意をめざした。これはサンタクルーズの復 実際に模型を作ってビジョンを描いた 興の過程で生まれた「ものがたり復興」手法と呼 ばれるもので、各論に入る前の総論として「言葉」 ナー、建築設計事務所ともに専門家支援チームを による復興ビジョンを語ることで、住民が共通の 結成して、現在もビジョンの具体化に取り組んで イメージを持つことから始まった。 いる。 そこでは、地元大学の専門家がビジョン作りに ついて議論のスケジュール、各回の進行役、とり まとめなどをサポートしながら、例会の中でビジ ョン策定を進めた。 その結果 10 月から 14 回の議論を経て、12 月末 にビジョンが完成した。これが市民自身による復 興ビジョン「新生!えんま通りプロジェクト」で ある。これはサンタクルーズの復興過程で生まれ た「Vision Santa Cruz(ビジョンサンタクルーズ)」 そのものである。 模型を使ったシミュレーション この論文は「北陸地域の活性化に関する研究助 成事業」共同研究プロジェクトの「地震被災地(中 山間地)の復興に関する調査」(委員長: 室崎益輝) を参考に、筆者が取りまとめたものである。 参考文献 「アメリカ・サンタクルーズ市の復興調査報告書」 関西学院大学教授 「新生!えんま通りプロジェクト」 室崎益輝 大阪大学大学院准教授 渥美公秀 長岡技術科学大学准教授 4. 「ものがたり復興手法」の実践 新潟大学特任准教授 福留邦洋 中越復興市民会議事務局長 サンタクルーズ市の調査では、結果として市民 長岡造形大学准教授 上村靖司 稲垣文彦 澤田雅浩 の間では「ものがたり復興」手法という認識はな 人と未来防災センター研究副主幹 かったが、その復興の過程の中では、いわば「復 新潟工科大学准教授 興ものがたり」として、市民の心の中に語り継が れる過程が存在した。 それを中越地域における復興プロセスとの比較 検討しながら「ものがたり復興」という一つの復 興手法としてとらえ、中越沖地震においてその手 法を柏崎市「えんま通り商店街」における復興プ ロセスで実践した。 復興ビジョン「新生!えんま通りプロジェクト」 の策定後は、具体的な計画策定に向けて、街並み 整備経験のある大学及び大学関係者、事業プラン 田口太郎 永松伸吾