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玉田康成研究会 オークションパート> 赤星 仁 田中 さゆり 若森 直樹
玉田康成研究会 <オークションパート> 赤星 仁 田中 さゆり 若森 直樹 目次 1 問題意識の所在と全体の構成 2 2 現在の制度 2.1 入札契約の種類 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.1.1 公共調達の流れ∼プロジェクトの決定から施工まで∼ 2.1.2 一般競争入札 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.1.3 指名競争入札 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.1.4 随意契約 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.1.5 その他の入札契約方式 . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.2 入札契約を補完する制度 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.2.1 予定価格制度 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.2.2 完成保証人制度 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.3 現在の状況 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2.3.1 現在の各入札契約の使用頻度 . . . . . . . . . . . . . 2.3.2 落札効率に見る談合の可能性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3 3 3 3 4 4 4 5 5 5 6 6 6 . . . . . . . . 8 8 8 9 10 10 10 11 13 . . . . . 15 15 15 16 17 18 . . . . . 20 20 20 20 21 22 3 4 5 6 理論分析のための枠組み 3.1 オークションとは . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3.1.1 オークションの望ましさ . . . . . . . . . . . 3.1.2 4つの標準的なオークションと収益均等定理 3.1.3 私的価値と共通価値 . . . . . . . . . . . . . 3.2 オークション理論 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 3.2.1 オークションモデルの仮定 . . . . . . . . . . 3.2.2 FPAにおける買い手の最適戦略 . . . . . . 3.2.3 SPAにおける買い手の最適戦略 . . . . . . 現在のシステムの理論的分析とその評価 4.1 談合の分析 . . . . . . . . . . . . . . 4.1.1 企業間談合の種類 . . . . . . . 4.1.2 企業間談合のインセンティブ 4.1.3 留保価格の設定 . . . . . . . . 4.2 現在のシステムの評価 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . これからの公共調達 5.1 公共調達の方向性∼費用便益的な発想の必要性∼ 5.2 地方自治体や海外の入札制度 . . . . . . . . . . . . 5.2.1 地方自治体の入札制度改革の事例 . . . . . 5.2.2 横須賀市の取り組み . . . . . . . . . . . . 5.2.3 海外の入札制度 . . . . . . . . . . . . . . . まとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23 1 問題意識の所在と全体の構成 1 現在,日本の政府は巨額な財政赤字を抱えている.そしてこれからの高齢化に向けて社 会保障費の増大が大きく見込まれており,財政再建や財政構造改革が叫ばれている.その 中で特に注目されているのは,公共事業の効率化であろう. 公共事業はそのプロセスの時間軸の観点から見たときに2つの非効率的な源泉を含んで いる.一つは,公共事業の計画自体の問題である.近年叫ばれるようになった,高速道路の 建設に関する議論などがこれらに該当する.そしてもう一つは,計画が決定し,それを工 事・建設段階に移す調達時における非効率性である.煽情的に取り上げられる企業間の談 合や, 「天の声」に代表される調達者である役人と企業の癒着の問題などがこの範疇にある. 談合の摘発や官製談合はしばしばメディアで散見されるが,その多くが入札制度に深く立ち 入ったものではない.そこで,この論文では後者の“ 調達段階での非効率性 ”に着目する. 公共調達は基本的に競争入札で行われることが大原則となっている.競争入札とは,言 い換えればオークション1 である.それでは,そもそもオークションという入札契約方式は, どのような利点を持っているのであろうか.またオークションには,さまざまな形態が存 在しているが,政府の用いているオークション形態は政府の期待利得を最大化するような ものなのであろうか.さらに,現実に起こっていると言われている談合は,企業にとって も本当に利潤最大化行動の結果なのであろうか.なぜ談合を裏切らないのであろうか.そ のような点に関して,経済理論的にアプローチするのが本論文の問題意識である. この論文の全体の構成は以下のようになっている.まず,現在のシステムの理論的評価 を行うために,第2章では現在の制度の側面を重点的に見ることにする.第3章では調達 のメインとも言える競争入札を分析するためにオークションの理論を導入し,続く第4章 でその理論的枠組みの中で,現在のシステムの評価を行っていく.そこでは,オークション は本来望ましい調達方法であるのかということから,企業にとって談合は期待利得を最大 化しているのか,などを検証していく.さらに,第5章では,現在までの公共事業に欠け ていた費用便益的な発想を導入する.そして同時に,国よりも踏み込んで入札制度改革を 行っている地方自治体の取り組みを見ていく.最後に,今までの議論を踏まえて,これか ら公共調達を効率化していくためにはどのような政策を行っていけば良いのかを,第6章 で政策提言という形でまとめる. 1 この場合は First Price Auction(後述) 2 2 現在の制度 この章では,現在のシステムの理論的評価のために,どのようなメカニズムがデザイン されているかを概観しよう.まず 2.1 では現行の入札契約方式の形態を紹介する.2.2 では, 入札契約を補完する目的で行われている制度について,それらの特徴とともに見ていく.最 後に 2.3 では,実際にどのように制度が運用されているのかという検証を行う. 2.1 2.1.1 入札契約の種類 公共調達の流れ∼プロジェクトの決定から施工まで∼ まず最初に,どのように公共調達が実施されるのかを時系列に沿って見てみよう.まず, 工事の決定があり,その工事についての公告がなされる.そして,その際に一般競争入札 か,指名競争入札かで行われることが決定する.公告には,契約内容(具体的には,競争入 札に付される事項,参加に必要な条件等)が書かれている.一般競争入札の場合,まず参 加を希望する企業が参加の意思表明をし,その後参加資格に該当するかどうかの政府の調 査がある.晴れてその調査において参加資格を認められたものは入札に参加し,その後落 札者を決定する.指名競争入札では,予め企業が登録されている名簿から該当する企業が 選出され,それらの企業を競争入札に参加させ落札者を決定する.随意契約では,政府が ある企業に直接的契約をもちかけ,そこで合意がなされれば契約成立となる.契約が成立 した後,企業による契約の履行があり,履行が完了したら検査が入る.そして,その工事 が適切に行われたか否かについての報告がなされ,次回以降の入札の際の資料となる.以 上のようにして,公共調達は行われる. 次節では,今述べた「一般競争入札」「指名競争入札」「随意契約」の3つの入札契約方 法について詳しく見ていくことにする. 2.1.2 一般競争入札 一般競争入札とは,まず契約に関する告示を行い,参加資格のある不特定多数の企業す べてを競争させ,調達者である国に最も有利な条件を提供するもの(工事の場合ならばもっ とも価格を安く提示する入札者)との間に契約を結ぶ方法である.原則的に公共調達はこ の一般競争入札を用いることになっている.後でみていく指名競争入札に比べると,一般 競争入札のメリットは, (1)基本的に受注を希望する企業のすべてが参加できること (2)そのため,より競争的な発注が可能になること (3)そして指名などをしないために透明性があること に集約される.基本的に参加意思のある企業全てが参加できることになっているが,2年間 以内に契約を不履行したり著しく粗雑な工事をしたもの,公平な競争を妨げるような行為 をしたもの,などに該当する場合は参加することができない.また,一般競争入札におい ては参加を希望する企業について,参加資格(工事などの過去の実績,資本金の額,従業員 数など)を満たしているか審査する必要がある.参加者が多いと,これらの審査にかかる 時間と費用が膨れ上がることが予想される.つまりデメリットとして,入札の事務手続き が煩雑化する.また,価格の過当競争に陥った場合,品質の保証が困難になる恐れもある. 3 2.1.3 指名競争入札 指名競争入札とは,入札者を指名して特定多数人を競争させ,契約主体に最も有利な条 件を提供するものとの間に締結する契約を言う.指名競争契約は,予め指名するというこ とで特定の多数人をして競争させる点において一般競争入札とは異なり,また競争させる 点においては後述の随意契約とは異なる.一般競争入札は理論上最も公正かつ契約主体に 有利な契約方法であるが,入札資格を有する限り一般的に誰でも参加できるので,信用が 不確実な者が落札して履行の確実を期し得ないようなことになる場合がある.また,契約 価格が寡額であるため一般競争入札の煩雑な手続きに付するだけの意義が乏しい場合等が あるので,指名競争入札の制度が設けられている.例えば,国の場合において(1)契約の 性質または目的により競争に加わるべき者が少数で一般競争に付する必要がない場合, (2) 一般競争に付することが不利と認められる場合, (3)契約に係る予定価格が少額である場 合はは,より手続きが簡単で,しかも入札参加者を特定することができる利便のある指名 競争入札によることができる.つまり特殊な技術を要するような工事や,500万円以下 の工事などが上記の条件に該当する. また,指名のプロセスは以下の方法による.まず,契約の種類ごとに指名競争に参加する ものに必要な資格を定め,その資格を有する者の名簿を作成する.そして,ある契約が指 名競争入札を用いると決定した場合,なるべく10人以上のものを指名し入札を行うこと になっている.指名競争入札制度は,人数が限られるため競争の機能が著しく低下し,さら に入札参加者間の接触を密にするため,談合の温床となると言われている.その反面,一 般競争入札に比べると工事の品質が保障されやすい傾向をもっている. 2.1.4 随意契約 随意契約とは,公共事業発注主体である国(あるいは地方公共団体)が競争によらない 方法で契約相手を選択し,締結する契約方式を指す.国(地方公共団体)等の公の機関の契 約締結方法の原則は,一般競争契約であって,随意契約等は例外的方法である.この随意 契約が認められているのは,競争契約の方法によることが契約の性質または目的上不可能, 不利,または無意義である場合があるからである.国について随意契約を結ぶことはでき るのは,契約の性質または目的が競争を許さない場合,緊急の必要により競争に付するこ とができない場合,競争に付することが不利と認められた場合である2 .具体的には,予定 価格が250万円を超えない工事又は製造をさせるときなどであり,競争入札には入札参 加者の審査などの事務作業が必要なので,それほど高額ではないものは随意契約を用いる 方が望ましいということである.また,すでに述べた競争入札に付しても入札者がいない とき,又は再度の入札を行っても落札者がいないときは,随意契約を用いることになって いる. 2.1.5 その他の入札契約方式 今まで見てきた「随意契約」「一般競争入札」「指名競争入札」が基本的な入札・契約方 式である.しかし,近年はそれらの3種類に加え,それらのバリエーションとも言える契 約方式が用いられてきているようになっている. 「工事希望型指名競争入札」や「公募型指 名競争入札」などである.これらは基本的には上述の競争入札を踏襲しており細部のルー 2 法律上の規定では25種類の場合がある,予算決算及び会計令の第九十九条参照 4 ルが変わっただけであるが,後述するように国や地方自治体において取り入れられるよう になってきている. 「工事希望型指名競争入札」とは,建設業者の入札意欲を反映するとともに,当該工事 の施工に係る技術的適性を把握するために,指名業者の選定に先立って,相当数の建設業 者に対して,工事受注希望の確認と技術資料の提供を求める入札形式である. 「公募型指名 競争入札」とは,指名に先立って一般的な参加資格のほかに,入札参加対象とする業者の ランク・その他特殊な条件があれば事前にその条件を公表し,入札参加者を募り,申請が あった業者で資格・条件を満たす業者は原則すべて指名する方式のことである. 2.2 2.2.1 入札契約を補完する制度 予定価格制度 予定価格制度とは,競争入札において予め調達者である国が落札価格の幅を決定してお き,その幅に入っていないような入札者を落札者としない制度ことを言う.日本では,こ の予定価格は事前には公表せず,入札後に公表することにしている.この予定価格はどの ようなものか,簡単なケースで考えてみよう. 例えば,予定価格を100万円としてお いたとし,A建設が110万円,B建設が120万円,C建設が105万円と入札してき たとする. (公共調達では安い価格で入札してきた人が落札権利を得るので)C建設が落札 するはずだが,そのC建設も予定価格の100万円を上回っているので,この場合は入札 不調(入札が無効)となる. このような予定価格の上限は,企業の談合・カルテルへの対抗策として機能する.次の ような例を考えてみよう.予定価格は誰も知らず90万円だったとする.a建設が90万 円,b建設が75万円,c建設が80万円と評価していたとしよう.本来談合が起こらな ければb建設が落札するはずである.しかし,ここで談合が起こり,予定価格を95万円 だと予想して全員で95万円と入札したとしよう.すると,予定価格を超えているため入 札は不調となり談合が阻止でき,高止まりを防ぐことになる. 逆に下限を決めるのにはどのような意味があるのかを考えるために,次の例を考えてみ よう.先程と同じく,予定価格が100万円で下限が50万円であったとする.この時,D 建設が90万円,E建設が30万円,F建設が60万円で入札してきたとしよう.すると 本来ならば最低落札価格が30万円のE建設が落札するはずだが,E建設は最低価格を下 回っているので入札できず,F建設が落札することになる.ひょっとするとE建設は素晴ら しい技術を持っているために,入札額が低いのかもしれない.しかし,まずそのような状況 は想定しにくく,公正な入札を阻害するために行われることが多い3 .このように,談合対 策としての価格上限,公正な競争の維持のための価格下限として予定価格制度が存在して いる.しかし,予定価格は明確な基準で設定されるため,企業から予測が可能であり,そ のために予定価格付近で談合が起こる場合があり,それについては4章で詳しく検討する ことにする. 2.2.2 完成保証人制度 完成保証人制度とは,主に指名競争入札のときに用いられる制度である.入札で落札し た契約者が工事を完遂できないようになった場合,これに代わって工事を完成するものを 3 ダンピング入札などがその例 5 工事完成保証人と言い,これを入札参加者の中から選ぶことを義務付けていたのが完成保 証人制度である.発注者のサイドから見れば,そもそも当該の工事をするのに適したと認 めて指名しているので,その中から保証人を選定するのは妥当な選択であり,さらに企業 からみても高額な金銭的負担を必要とする保険に入らなくて済むと言うことで,お互いに とって望ましい制度に見える.しかし,この制度のために談合が強固に守られてしまうと いうことがある.というのも,談合を遵守しないような企業には,次回以降完成保証人に ならないような戦略を全企業がとったとすると,明らかに談合を遵守する方が得になるか らである.このように,談合を促進する機能も持っている. 現在の状況 2.3 2.3.1 現在の各入札契約の使用頻度 この節では,上述の各入札契約が実際にどのように運用されているのかを見て行くこと にしよう.まず,公共調達は各省庁別に行われているためにすべてのデータベースが存在 していないのが現状である.そこで,この論文では公共工事の予算の大部分を占める国土 交通省の入札・契約のデータベースの資料を用いることにする. 一般競争入札 指名競争入札 随意契約 計 件数 277 20445 683 21405 1.29 95.51 3.19 100.00 割合 (%) 入札情報サービス(http://www.ppi.go.jp)より作成 [11月7日現在] 上表を見ると,かなりのものが指名競争入札で行われていることがすぐにわかる.金額ベー スで見ると異なる結果が得られるが,基本的には指名競争入札が支配的である. また,指名競争入札も3種類に分かれており,それらは以下の通りである. 公募型指名競争入札 工事希望型指名競争入札 指名競争入札 計 件数 2821 2987 14637 20445 13.8 14.6 71.6 100.0 割合 (%) 入札情報サービス(http://www.ppi.go.jp)より作成 [11月7日現在] 公募型指名競争入札や工事希望型指名競争入札が用いられるようになってきているが,ま だ多くは従来の指名競争入札を用いていることがわかる. 2.3.2 落札効率に見る談合の可能性 落札率は以下の式で定義されるものである. 落札率(%)= 落札価格 × 100 予定価格 つまり,落札率が 100 %に近いというのは,工事が予定価格付近で落札されたことを示し, 逆に落札率が低いということは,予定価格よりかなり低い価格で落札されたことを示して いる. この値は談合の有無を調べるのに用いられることが多い.それは,3章で見るよ うに談合が存在した時は,買い手は予定価格を入札するのが最善の選択肢であり,そのた 6 め多くの入札者が予定価格付近を書いていれば,談合があった可能性を示唆しているから である.それでは実際の落札率はどうなっているのであろうか.現在,12年度の国土交 通省管轄の平均落札率は 97.1 %である4 . 4 財団法人日本建設情報総合センター資料より 7 理論分析のための枠組み 3 この章では,次の第4章で取り扱う談合を分析するために,オークション理論の基本モ デルを導入する.まず,3.1ではオークションの持つ望ましい性質と,オークションに対 する一般的な議論を整理する.3.2では,First Price Auction と Second Price Auction に焦点をあて,さまざまな状況下での競り手の最適ビッドを求めていく. 3.1 3.1.1 オークションとは オークションの望ましさ なぜ公共調達ではオークションの一種である競争入札を用いるのであろうか.競争入札 を用いる理由は,オークションのどのような性質によるのであろうか.その疑問に答える ために,オークションについての簡単な考察をしてみよう. 今,あなたはある財を売ろうと思案している.あなたにとってその財の評価額は100 円である(これを留保価格と呼ぶ).つまり,少なくとも100円以上の買い手が存在しそ の買い手と取引したならば,正の余剰が生じることになる.次に需要サイドを考えてみよ う.その財に対して100円まで払っても良いと考えている買い手が5人,200円まで 払って良いと考えている買い手が4人,300円まで払って良いと考えている買い手が3 人,400円まで払って良いと考えている買い手が2人,500円まで払って良いと考え ている買い手が1人いたとする.このような場合,あなたはどのようにこの財を売ったら 良いのだろうか. もし,あなたが買い手についての情報を全て知っているならば,恐らく最も高く評価し ている人と直接交渉を行うだろう.そして交渉によって500円で売ることが可能であり, あなたはこの取引から生じる余剰 500―100=400 円をすべて手に入れることにな る.しかし,残念ながら買い手に関する情報を全て知ることは現実的には起こりえない状 況である.それでは,このように情報の非対称性が存在する時,売り手はどのように財を 売ったら良いのであろうか. もし, ある価格を付けて売った場合どうなるのかを考えてみよ う. 仮に300円という価格を付けて売り出した場合,需要者は6人いて誰が購入するかは わからない.しかし,その6人が等確率で購入するならば,売り手の期待収入は以下のよ うに求められる. 3 2 1 200 (300 − 300) + (400 − 300) + (500 − 300) = 6 6 6 3 次に800円と値段をつけて売り出したならば,どうなるだろうか.この場合,誰も最大支 払額を超えている買い手がいないので取り引きは成立しないだろう.以上のように,仮に ある価格を付けて売り出すことは,売り手にとって望ましい方法とは言えない.そこで登 場するのがオークションというメカニズムである.実際に上述のケースでオークション5 を 用いたとすれば,500円まで払って良いと考えている買い手が,400円プラスアルファ で落札し,売り手が約300円の余剰を得ることになる.このように,オークションは売り 手が情報に対して劣位に置かれているとき,それを挽回する働きを持っている.政府の公共 調達はこの望ましい性質を用いている.すなわち,政府は競争入札を用いることによって, 政府にとってより望ましい条件で契約をするものを引き出すことが可能なのである.また, 落札者以外の入札価格から,その企業の持つ生産に対する技術レベルなども推し量ること 5 ここではイングリッシュオークション(後述)を用いるとする 8 が可能になる.これらの点から,競争入札は企業の生産に関する情報に対して劣位に置か れている政府にとって,望ましい調達方法であると言える. 3.1.2 4つの標準的なオークションと収益均等定理 オークションは大別すると以下に挙げる4つのパターンが存在している. • English Auction (イングリッシュオークション) • Dutch Auction (ダッチオークション) • First Price Auction (ファーストプライスオークション) • Second Price Auction (セカンドプライスオークション) まず English Auction とは,クリスティーズやサザビーで用いられている方式である.競 売人(オークショニアー)が最低限の価格をコールすることで始まり,その後競り手がこ の価格なら買っても良いという額をコールし,どんどん値が上がっていき,最終的にそれ 以上高い価格を誰も言わなくなった時点でオークションが終了する.一番高い価格をコー ルした人が,その価格を払って財を落札する. 一方,Dutch Auction では競売人が高い価格からコールをはじめる.そして,いちばん 最初にコールをした競り手が,その価格で落札する.つまり,最初に競売人が「100万 円」などとコールし, 「90万円」 「80万円」…と下がって行き, 「50万円」といった時に 初めて競り手が手を挙げたとすると,その人が50万円払って落札するという方式である. 因みにこの方式の名前はオランダの花卉市場で用いられることに由来する.日本の花卉市 場でも用いられており,我々には馴染みがないものの,広く普及しているオークション形 態である. First Price Auction(以下,FPAと省略することにする)とは,オークションに参加 している全ての競り手が,各自の入札額を書いた紙を封印して提出する.そのため封印入 札 (sealed bid auction) とも言う.そして,最高入札額を書いた競り手が,その価格で財を 落札する.公共調達は,このオークション形態を採用している. Second Price Auction(以下,SPAと省略することにする)とは,オークションに参 加している全ての競り手が,各自の入札額を書いた紙を封印して提出する.ここまではF PAと全く同じ手順で行われ,財を落札する人も最高入札額を提示した人だが,その人は, 2番目に高く書かれた価格を支払って財を落札するのがSPAである.このオークションは Vickrey によって発明されたオークションであり,そのことから Vickrey Auction とも言う. 以上見てきたように,オークションにも様々な形態が存在している.それでは,売り手は どのようなオークションを用いれば,より期待収益をあげることができるのだろうか.FP Aでは最高落札価格で落札されるが,SPAでは2番目の人の価格なので,FPAの方が 期待収益があがるのであろうか.残念ながら,そのような推測は誤りである.なぜならば, FPAでの最適戦略とSPAでの最適戦略は異なるものだからである.そして驚くべきこ とに,オークションの参加者が同一であれば,上記の4つのオークションは売り手にとって 同じだけの収益をもたらすことが知られている6 .つまり,参加者が同一であれば,どのよ うな売り方をしても売り手の期待利得は一定なのである. 6 収益均等定理,あるいは収益同値性定理と言う,証明は Matthews[4] などを参照されたい 9 3.1.3 私的価値と共通価値 前節まで,売り手の観点からオークションを見てきたので,この節では買い手の観点か らオークションを考えてみよう.買い手にとってのオークションの一番の興味は,恐らくど のように入札額を決めるかということであろうが,それを論じるためには,各自の持つ評 価額が重要になってくる.そこで,評価額がどのように決定されるのかを考えてみよう. オークションにおいて買い手の評価額が異なるのは2つの理由による.一つは参加者間 の固有の相違である.例えば,ピカソの絵に1億円の価値を見出す収集家もいれば,自分 でも描けると言って5千円の価値しか見出さない人もいるだろう.そしてもう一つは,売 りに出された財は共通の真の価値を持つが,情報が不完備なためその財に対する参加者の 推測に相違がある場合である.例えば,石油の採掘権をめぐる入札では,誰が落札したと しても,すべての参加者が同一の利益をあげることになる.そのため本来ならば,すべて の参加者の評価額は同一になるはずである.ところが,入札参加者は埋蔵量や売るときの 石油価格などを推測する必要があり,それらの情報は不完備であることが多い.そのため 評価額が異なってくる可能性があるのだ.前者のように,評価額が入札者に固有のもので, 評価額の違いが入札者の特性に基づく場合を,私的価値のケースと呼ぶ.それに対して後 者のように,財の共通の真の価値について入札者がそれぞれ異なる情報を得ているために 評価額が異なるケースを共通価値のケースと呼ぶ.これら私的価値のケースと共通価値の ケースは,お互いに相容れないものではなく,同時に存在することもある. 3.2 3.2.1 オークション理論 オークションモデルの仮定 これからオークションを詳しく分析していくために基本モデルを導入する.売り手は分 割不可能な財を1つ持っていて,今それをオークションにかけたとする.買い手 n 人いて, 各人その財に対する評価額 vi i = 1, …, n を持っている.各自の評価はその人だけが知って おり,他人の評価額については知らない.さらにモデルを簡潔にするため,以下に示す4 つの仮定をおいておこう. Assumption 1 私的価値:買い手の私的情報は自分自身のつけた評価そのものである Assumption 2 独立性:v1 ,…,vn はそれぞれ独立に分布している Assumption 3 対称性:ランダムな変数 vi は同じ分布関数 F (・) に従う Assumption 4 危険中立性:すべての買い手はリスク中立的である これらの仮定についていくつかの注意点があるので,それを見てみよう. 仮定1で主張している内容は,以下の通りである.前節で買い手の評価額の決定要素と して,私的価値と共通価値のケースがあり,それらは入り混じっていることが多いとした が,この場合は私的価値にのみによって決定するということである.公共調達に置いて,こ の仮定が適切かどうかという点に関しては,3章で議論することにする.仮定4はそれぞ れの買い手が利得の期待値を最大化していることを示している.すなわち,買い手は以下 の式で求められる値を最大化するとする. P rob[win](vi − pw ) + P rob[lose](−pl ) 10 ここで P rob[win] とは落札する確率,pw とは落札した時に支払うべき額,P rob[lose] は落 札できない確率,pl は落札できなかったときに支払うべき額であるとする.落札できなかっ たときの支払額とは,オークションに参加するための費用などであり,以下では参加費用 は考えないので,その部分に 0 を代入すれば,これから求めていく買い手の最大化問題は P rob[win](vi − pw ) max と定式化できる.それでは準備が整ったところで,FPAにおける買い手の最適戦略と,そ の時の売り手の期待収益を求めてみよう. 3.2.2 FPAにおける買い手の最適戦略 ここでは,First Price Auction について,買い手がどのような戦略を採ったら良いのか を考察してみよう.まず,簡単な例を考えてみよう.今,あなたはオークションに参加して いて,その財に対して1万円まで払って良いと考えている(つまり,あなたの財に対する評 価額が1万円ということである).また,そのオークションにはもう一人の参加者Bさんが いたとし,彼の評価額は5千円だったとする.あなたがAさんの評価額を知っていて,な おかつあなたが合理的なプレーヤーならばどのような額を提示したらよいだろうか?答え は簡単で,5千円にプラス1円を付け値とすれば,確実に勝つことができる.なぜならば, Aさんの評価額は5千円なので,期待利得を最大化するためには5千円以下のビッドをし なければならないからである.これは,あなたがAさんの評価額を知っている場合である. このように,FPAでは各自の評価額からある一定の値を割り引いて入札しなければ,最 適な入札とは言えないことがわかる. そこで今度は,お互いに評価額がいくらだか判らないような状況を想定しよう.自分の評 価額のみがわかっていて V自分 円であるとし,Aさんの評価額はわからず,それを VA 円と しよう.そして,二人の評価額は [0, 1] 区間に基準化してあるとし,さらに,Aさんの割り 引きの値を k としよう.つまり,VA = 0.6 万円, k = 0.8 ならば,Aさんの入札の値は 0.48 万円となるということである.そして,Aさんの評価額は一様分布に従うと考え,あなた は B 円という入札額を書く戦略を採ることにする.すると,この時のあなたの解かなけれ ばいけない問題は,以下のように定式化できる. max (V自分 − B)P rob[B > kVA ] B ところで,B > kVA となる確率は B/k > VA となる確率に等しく7 ,これは B/k である. よって上の式は, max (V自分 − B) B B k V自分 を導くことができる. 2 つまり,2人でFPAを行う時の期待利得を最大化するような戦略とは,自分の評価額の ちょうど半分を書いて入札するということになる. さて,ここからは少し一般的な議論に移ろう.参加者は n 人,お互い自分の評価額 vi は 私的情報であるとする(先に仮定した通り).また,vi は区間 [0,1] に基準化し,一様分布 となり,これを B について偏微分をすれば一階の条件より B = 7 一様分布の仮定による 11 であるとする.つまり,分布関数 F (・) は F (v) = P rob[ṽ ≤ v] で定義され,一様分布の仮定 より F (v) = v であり,F 0 (・) = f (・) で定義される密度関数 f (・) は f (v) = 1 であるとする. このような状況下で,企業 i(評価額は vi )は,どのようなビッドをするのが最適であるか を考えてみよう.まず,均衡における相手の戦略を B(・) とし(評価額が高まるに連れて付 け値も高くなることから,B(・) は厳密に増加関数である),自分の付け値を bi とする.す ると,企業 i がオークションで落札する確率は, P rob[ bi > B(vj ) ] f or all j 6= i である.ここで逆関数の関係を用いれば, bi > B(vj ) ⇔ vj < B −1 (bi ) f or all j 6= i となり,さらに分布関数の定義に従えば, P rob[vj < B −1 (bi )] f or all j 6= i ⇔ [F (B −1 (bi ))]n−1 と書き換えることができる.以上の議論より,企業 i の解くべき最大化問題は,以下の様に 定式化できる. max πi = max (vi − bi )[F (B −1 (bi ))]n−1 (1) ∂π =0 ∂bi (2) bi よって,企業 i は となるような bi を選択しなければならない.ところで,包絡線定理より dπ/dvi = ∂πi /∂vi + (∂πi /∂bi )(∂bi /∂vi ) が成立している.そのため, (2)式は dπi ∂πi = = [F (B −1 (bi ))]n−1 dvi ∂vi (3) を満たせばよいことになる.ところで,企業 i の用いる戦略は,他の企業が用いた場合でも最 適な戦略になっている必要がある.対称な均衡が存在するためには,他の企業の用いている 戦略 B も彼らの最適戦略になっていなければならない.つまり,ナッシュ均衡では bi = B(vi ) が成立していることになる.よって, (1)式の一部分は B −1 (bi ) = B −1 (B(vi )) = vi と書 き換えられ,これと(3)より, dπi = [F (vi )]n−1 dvi (4) となる.両辺について積分すれば8 ,次式で示される最適な入札の関数が求められる. Z vi [F (u)]n−1 du r B(vi ) = vi − (5) F [vi ]n−1 ところで,一様分布の仮定より [F (vi )]n−1 = (vi )n−1 であり,留保価格がなかったとする (vl = 0) と, B(vi ) = 8 n−1 vi n 最低限の評価額の時は 0 の利潤を得る,つまり最低価格を vl 1 とした場合は B(vl ) = vl を利用する 12 となる.また,ここで仮に留保価格が r であったとすると, B(vi ) = n−1 rn vi + n n(vi )n−1 これらの式からわかる重要なことは,FPAの最適戦略は参加者によって変化すること である.仮に2人しか参加者がいないならば,互いに各自の評価額の半分ずつでしか入札 せず,結果として売り手はあまり期待利潤を得ることができないであろう.しかし,参加人 数が多いならば,参加者全員が自分の評価額に近い入札額で入札してくるので,売り手の 期待利潤は大きいものになるであろう. このことは競争入札における人数の制限と密接に関係している.つまり,一般競争入札 のように参加人数を制限しなければ,政府の期待利得は上昇するが,指名競争入札のよう に 10 社しか参加させなければ価格競争が起こりにくいことを示している. 3.2.3 SPAにおける買い手の最適戦略 SPAは最も高い入札をした者が2番目に高い入札額を支払って,その財を受け取る というオークションである.ここでは買い手が期待利得の最大化を実現するためにSPA においてどのような戦略をとるべきかを考察していく. 例えば,あなたがSPAに参加していて,あなたの財に対する評価額は5000円だと する (留保価格,参加料は0とする).この場合あなたはどのような額で入札すべきなのだ ろうか.あなたは落札する確率を高めるために自分の評価額より高い7000円と入札す るかもしれない.果たしてこれは最適な戦略なのだろうか.確かにより高い入札をするこ とで落札する確率は上昇するが,自分の評価額よりも高い入札をした場合,2番目に高い 入札額(落札した時に実際に支払う金額)があなたの評価額を上回る可能性が発生する.仮 に2番目に高い入札額が6000円だったとすると,あなたの期待利得は6000円−7 000円=−1000円となり1000円の損をすることになってしまう.また,2番目 に高い入札額があなたの評価額よりも低い4000円だとすると,自分の評価額5000 円を入札すれば落札できるので,自分の評価額よりも高い入札をする必要はない.よって 評価額以上の入札は最適な戦略ではない.今度は,自分の評価額よりも低い額,例えば3 000円と入札したとする.この時,4000円が最も高い入札額だったとすると,あな たは評価額通りに5000円と入札していれば得られたであろう1000円分の利得を逃 してしまうことになる.よって,自分の評価額より低い入札もまた最適ではない. さて,今までの議論を少し一般化してみよう.あなた以外の買い手で,最も高い評価額 を z とし,あなたはそれを知っているとする. 1. z >5000 円の時 落札するには z 以上の入札を行う必要がある.落札した場合あなたの利得は評価額 5000 円から2番目に高い入札額である z を引いたものであるが,z > 5000 円なので負の利 潤となる.よって z より低い入札をすべきである(落札すべきではない). 2. z =5000 円の時 落札するには z 以上の入札を行う必要がある.落札した場合 5000 円 = z なので利得 は0である.z よりも低い入札,または入札に参加しなかった場合も利潤は0である. よって,あなたはどのような戦略をとっても利潤は0である. 3. z <5000 円の時 (5000 落札するにはz以上の入札を行う必要がある.落札した場合は z <5000 円なので, 13 − z )の正の利潤が得られる.zより低い入札をすると落札できず,利潤0となってし まう.またzと同じ額を入札すると落札する確率が低くなる(同じ額を入札した場合は 抽選で,どの買い手が落札するのかが決まる)ので,z より高い入札をすべきである. 実際には,他の買い手の評価額はわからない場合が一般的なので1,2,3の全ての場 合を考慮する必要がある.その結果,あなたは自分の評価額通りに入札すべきだという事 がわかる.以上のことからこの場合,あなたは自分の評価額である5000円を入札する のが弱支配戦略(他の買い手の行動に関わらず実現できる戦略)であることがわかる.こ の戦略は他の買い手についても同様であるから,留保価格,参加料が0であるSPAでは, 買い手は自分の評価額通りに入札することが弱支配戦略均衡となる.この場合,最も高い 評価額の買い手が落札し,取引で生じる余剰のうち,2番目に高い評価額との差額分の余 剰を受け取る. ここからは少し一般化して,SPAの最適戦略を考えてみよう.v という評価額を持つ入 札者が b と書いて入札したときの期待利潤を B(b, v) と表すことにする.また,2番目に高 い評価額を z とし,密度関数 h(・) に従う確率変数であると仮定する.この時の期待利潤は B(b, v) は, Z ∞ B(b, v) = π(b, z, v)h(z)dz −∞ と表される.任意のペア (b, z, v) に対して, π(b, z, v) ≤ π(v, z, v) が成立し,密度関数は非負なので, Z ∞ Z π(b, z, v)h(z)dz ≤ −∞ ∞ π(v, z, v)h(z)dz −∞ となる.これは B(b, v) ≤ B(v, v) という関係が成立することを示している.従って,b = v のとき最大の期待利潤を得ること になる.ここで重要なのは上式の関係は密度関数 h(・) の性質には依存していないことであ る.つまり,b = v が支配戦略であり,SPAにおける最適戦略は評価額を正直に付けるこ とであることが証明された. 14 現在のシステムの理論的分析とその評価 4 我々は3章でオークションを分析するための基本的事項を導入した.そしてこの章では その枠組みを用いて,現在の制度を分析していくことにする. 4.1 4.1.1 談合の分析 企業間談合の種類 理論的に考えるてみると,談合には2つの方法− Strong Cartel と Weak Cartel −があ る.この2つの違いは Side Payment の有無である.Side Payment とは談合形成によって 得られた利益の参加者へ分配される“ 分け前 ”のことである.Side Payment のある談合の 形態を Strong Cartel,Side payment がない談合の形態を Weak Cartel と言う.それぞれ の談合の流れは以下に示す通りである. Strong Cartel 談合を形成するために談合参加者全員が自らの評価額を「談合メカニズム」へ報告 する.談合参加者のうち一番評価額が高い参加者は留保価格 r で入札する.その他の 談合参加者は入札を行わない.入札が終了し財を落札した後,一番評価額が高い参加 「談合メカニズム」に支払わなければならない.そし 者は談合から得られた利益9 を, て,この談合によって得られた利益を談合参加者間で均等に分配,すなわち各企業は T (v) − r/n − 1 を得る. この Strong Cartel を一般的な例で見てみよう.売り手は限定販売のCDを 2000 円以上で売っても良いと考えている.このCDを欲しがっているA,B,Cの3人は 談合を Strong Cartel の方法で形成する.A,B,CはそのCDに対して,それぞれ vA = 2600 円,vB = 2400 円,vC = 2100 円という評価額を持っている.A,B,C はこのことを全員で話し合い,一番評価額の高いAに 2000 円で落札させることにし た.入札の結果,無事Aは 2000 円でCDを落札することができた.談合形成によっ て 600 円を売り手に支払う金額を少なく済ませることができたので,それを 3 人で分 配した. Weak Cartel まず入札希望者のうち v < r のものは入札に参加しない.そして,入札参加者(v ≥ r の者)は暗黙のうちに r で入札する.買い手による入札価格が同一であるため,落札 者は売り手によって任意に選ばれる.その結果,入札参加者全員に対して(v − r)分 だけ談合形成によって利益が生じ,これが談合参加者 n 人に均等な確率で回るので, 各々の期待利得は (v − r)/n ということになる.しかし,Weak Cartel においては Side Payment が存在しないため,それ以上の利益の再分配はなされない. Strong Cartel はその過程において談合参加者同士で密接に接触する必要がある.そのた め談合の存在が発覚してしまう可能性が高い.また,Strong Cartel のように利益の分配が 行われないため談合参加者の間の接触も必要がない上に, “ 不透明な利益 ”として証拠に残 9 T (v) は以下の式で定義される T (v) = [F (v)]n−1 × 15 Z r v (u − v)(n − 1)[F (u)]n−1 f (u)du + r ることもない.このような理由から,現実の入札における談合形式には Weak Cartel の手 法が採用されていると考えられる10 . 4.1.2 企業間談合のインセンティブ それでは Weak Cartel に入ることは企業にとって本当に合理的な行動と言えるのかを 見てみよう.そのために,まず「談合メカニズム」において正直な評価額 vi を報告される ための条件を考えてみよう.企業 i の評価額を vi ,企業 i 以外の評価額(のベクトル)を v−i ,他の企業の評価額が v−i となる確率を E−i ,自分の評価額を wi と報告した時に財を 落札できる確率 h(wi , v−i ) 自分が wi と報告して落札した時に談合メンバーへの所得移転を T (wi , v−i ),企業 i の期待利得を πi とすると,企業 i の期待利得は πi = E−i [vi h(wi , v−i ) − T (wi , v−i )] となる.正直に言わせることが,企業 i にとって期待利得の最大化となればよいので,πi の wi についての一階の条件,及び二階の条件より, dπ = E−i h(vi , v−i ) dvi ∂ E−i h(vi , v−i ) ≥ 0 ∂vi が成立していれば,誘因両立的なメカニズムであると言える.よって,談合メカニズムは この条件を満たしている必要がある.実際に行われていると考えられる Weak Cartel はこ の条件を満たしている. さて,次に不完全な談合について考えてみよう.企業にとって談合を組むインセンティブ が存在するためには, (純粋な競争入札による期待利得)≤ (談合を組むことによって得られる期待利得) が成立していなければならない.このことについて,詳しく見ていこう. 入札には n 人の参加者がいる.入札参加希望者の中で談合が存在した時に,談合に参加 するべきか否かを選ぶことができる.その結果,全体のうち k 人が談合を形成し,n − k 人 は純粋な競争入札を行う.参加者の評価額 v は談合に参加しているか否かに関わらず [0, 1] の基準化された区間に分布する.評価 v で落札できる確率を p = P rob[v] とする.このよう な仮定のもとで競争入札を行う n − k 人と,k 人の談合参加者の期待利得と確率分布は以下 のようになる. 競争入札を行う n − k 人について k = p(1 − r)(1 − p)n−k 期待利得:πN 1 1 − r n−k 1−p ) − 1] 確率分布:GN (b) = [( 1−b p 10 当然,現実に行われる談合はさらに緻密なものになるが,基本的には Weak Cartel の一種だと考えられる 16 談合を形成している k 人について 1 k = (1 − r)(1 − p)n−k ( )[1 − (1 − p)k ] 期待利得:πC k 1 n−k − (1 − p)k (1 − p)( 1−r 1−b ) 確率分布:GC (b) = 1 − (1 − p)k 上式から以下の3点がわかる. ● GC (r) > 0; 談合に参加しているならば,留保価格 r で入札を行っても落札できる確率 がある. ● 談合によって得られる総利益は,談合に参加していない人が入札を行った場合の期待 利得と等しい.すなわち,談合を一人の参加者とみなして n − k + 1 人で競争入札が 行われることと等しい. ● 談合への参加者が多いほど期待利得は増加する ここで最も注目に値するのは3点目の「談合への参加者が多いほど期待利得は増加する」で ある.この論拠は, k+1 k k (k + 1)πC > kπC + πN (6) が成立するからである. (6)式の右辺は k 人の談合により生じる余剰と談合に参加してい ない人の余剰の和である.これに対し左辺は,k + 1 人の談合が存在する時の余剰である. つまり,右辺で談合に参加していない人が談合に参加することによって全体の余剰を大き くすることができるのである.これらのことから,談合に参加しない入札者がいる状況よ り,入札者全員が談合を形成した方が総余剰が大きくなるため,全体の余剰の観点から全 員で談合を形成することは合理的といえる. では,各企業レベルではどうだろうか.同様に(6)式から見てみよう.両辺とも k + 1 人の参加者である.このことから一人当たりの平均の期待利得を考えるには,両辺をそれ ぞれ 1/(k + 1) 倍すれば,それぞれ個人で入札を行った場合と談合を形成した場合の個人の 平均的な期待利得が求められる.よって,平均化した一人当たりの期待利得の比較におい てもわかるように,談合をすることは各企業のレベルから見ても合理的であるということ ができる. 4.1.3 留保価格の設定 売り手にとっては談合が存在することによって期待収入が減少してしまう.談合が存在 するとき,談合で生まれる余剰を最大にするために,留保価格をつけてくることがわかっ た.これは売り手にとって留保価格が“ 最低価格 ”になることを意味する. こういった期待収入の減少を防ぐために,理論的に売り手は下記のような対策をとるこ とができる. • 留保価格 r を上げる • 留保価格 r を公開しない • カルテル強制メカニズムに干渉する 17 これらの対策の効果をそれぞれ見ていこう. ●留保価格 r を上げる 談合の参加者は v ≤ r である必要がある.なぜなら b = r で入札するため v < r の 入札者は談合に参加することによって (v − b)P rob[win] < 0 によって損失が発生して しまう.そこで,売り手が留保価格 r を上げることによって談合に参加できる買い手 は減少する.また,留保価格 r を上げた分売り手の期待収入も増加する. ●留保価格 r を公開しない 談合の参加者にとっては留保価格 r の公開が入札額の決定 (b = r),すなわち談合 の同額入札価格の暗黙の了解を意味していたため,留保価格 r が非公開になるとカル テルのメンバーが接触して留保価格 r を決定しなくてはならない. ●カルテル強制メカニズムに干渉する カルテル強制メカニズムとは,談合に参加するメンバーに裏切りが発生しないように 強制する仕組みのことである.具体的には,同一入札額の場合はランダム(同確率) に決定しないようにすること等である.これによって談合から得られる期待利得が変 化するため,談合が成立しなくなる. 現実的にこれらを見ていくと,留保価格は上げることができない.なぜならば全ての場 合において談合が行われているわけではなく,談合が行われていないような場合には適切 な留保価格(予定価格)をつける必要があるからである.また,留保価格を公開しないとい うのは現実的に行われているが,予定価格は公開されている規則に厳格に従っているので, 入札者にとってある程度の予想がついてしまっている.そして,最後のメカニズムへの干 渉は現実的には行うことができない.仮に同一入札額の場合,恣意的に入札者を決定する というのは法律上禁止されており,また最も高い者を入札者にしないのも法律上禁止され ている.このように,現在の制度下では談合を防ぐのは容易なことではないことがわかる. 4.2 現在のシステムの評価 さて,こでは2章で見てきた現在の制度を,理論的に解釈ながらまとめてみよう. まず,3.2.2 で求めたように,FPAにおける最適入札価格は参加人数に比例して大きく なる.つまり,FPAは人数が多いほど政府の期待収入は大きくなり,一般競争入札を原則 とすることが望ましいと言える.しかし,現在の日本では指名競争入札が一般的となって おり,期待収入を最大化できていないことがわかる.このような背景には,一般競争入札 の事務の煩雑さと,政府の品質の重視の姿勢が挙げられる. 次に 4.1.1 より,企業にとって合理的な行動の結果として談合をすることがわかった.一 般的には繰り返しゲームで説明されることが多いが,たった1回限りの入札でも談合をす ることが企業にとって利得の最大化行動なのである.そして,談合では予定価格を入札す ることになる.つまり 2.3.2 で見た落札率がほぼ100%に近い値であることは,談合が行 われていることを示唆していると考えられる. さらに,現在の制度では調達者に高価格を抑制するというインセンティブもまったく不 在である.そのようなことから,調達者である政府の役人が調達価格を抑えることが自分 の利益をも増加させるような,誘因両立的(インセンティブコンパティブル)なシステム 18 を設計する必要があると言える. 以上の議論をまとめると,現在のシステムはモラルハザードが起こらないことを前提と すると望ましい制度と言える.しかし,現実には情報の非対称性によりそれらの問題が生 じており, “ 談合インセンティブの存在 ”と ”調達者の価格抑制インセンティブが欠如して いる ”制度と総括することができる. 19 5 これからの公共調達 この第5章では,これからの公共調達がどうあるべきかを論じていく.特に,5.1 では費 用便益的な発想の意味とその必要性について議論する.また 5.2 では,地方自治体での取り 組みとして横須賀市の例を取り上げ,同時に海外の入札制度の概観も行う. 5.1 公共調達の方向性∼費用便益的な発想の必要性∼ 戦後から現在に至る日本の成長を支えてきた背景には,公共事業の果たす役割は大きかっ た.そして,それら公共事業のうちで最も重要視されてきたのは品質であり,コストでは なかった.一般競争入札の特性上,コストは安く抑えられるものの,品質の低下は避けら れない.そこで,戦後の日本は指名競争入札を中心に,談合による高止まりを防ぐための 予定価格制度を用いてきた.それによって,高品質な公共財を世の中に送り出してきたの である.しかしながら,予定価格制度だけでは談合を防ぎきることができなかった. そのような中,日米構造協議で建設業界の談合が取りざたされたり,財政赤字が叫ばれ るようになり,政府の歳出構造に関して議論が多くなされるようになってきた.そのよう な中で,費用便益的な発想の必要性が説かれている.工事・建設などにかかる費用(コス ト)と受益者の便益(ベネフィット)のバランスを考えようというものである.元来,公共 財の供給量に関わる概念であるが,これは公共調達にも応用できる.便益を品質と捉え直 せばよいのである.このような観点を導入することで,限界的なベネフィットと限界的なコ ストが一致するような品質・コストを選ぶのが経済学的には最適なことがわかる. また,近年の経済学の発展も注目に値する.特に, “ 情報の非対称性 ”が存在する場合の メカニズムデザインに関する研究の成果を積極的に取り入れて行く必要があるだろう.ア メリカの軍需産業で用いられているようになってきた,インセンティブ契約などの新たな 契約方法も,視野にいれるべきだろう. 5.2 5.2.1 地方自治体や海外の入札制度 地方自治体の入札制度改革の事例 国は入札契約に関して法律で定められており,その改正がなかなか難しい.その点,地 方自治体では改正がそれほど困難ではなく,そのため地方自治体では入札改革が進んでい る.以下のような地方公共団体で,各種の取り組みが行われている. 20 地方公共団体 措置 導入時期 岡崎市 制限付一般競争入札の実施 鎌倉市 条件付一般競争入札,及び,工事希望型指名競争入札 座間市 条件付一般競争入札及び指名競争入札の導入 平成10年 埼玉県 抽選による指名業者の決定 平成12年 岐阜県 一般競争入札の対象拡大 平成12年 制限付一般競争入札の拡大,指名業者の3割増加 平成12年 公募型指名競争入札の適用対象拡大 平成12年 抽選による指名業者の決定 平成12年 福岡市 公募型指名競争入札の対象拡大 平成13年 宮城県 一般競争入札の適用範囲の拡大 平成13年 宇都宮市 大阪府 和歌山市 昭和56年 平成7年 これらの自治体で行われている取り組みは,功を奏しているのだろうか.4章で示した理 論に従えば,一般競争入札の導入や,入札参加者を増やすことは確かに自治体の期待収入 を上げるだろう.ただし,それはあくまでも談合が起こらない場合の話である.そこで,次 節では入札制度改革の先駆的事例である横須賀市の例を見てみよう. 5.2.2 横須賀市の取り組み 談合によって入札が非効率に行われることを防ぐため横須賀市は入札制度改革に取り組 んだ.入札制度改革の内容は,談合による高値安定の防止,そのための透明性・公平性を 高める仕組み作り,落札価格の下落に伴う工事品質の低下を防ぐ取り組み,入札事務の省 略化である.その効果は以下の通りである. 年度 H9 H10 H11 H12 H13 落札率 95.7 % 90.7 % 85.7 % 87.4 % 84.6 % (横須賀市 入札制度改革資料より) 横須賀市の導入したもっとも大きな取り組みは,電子入札による一般競争入札事務の省 力化であると分析できる.今までは指名競争入札を多用していたが,改革後はできる限り 一般競争入札を導入している.さらに,談合の さらに,新たな手法として“ 予定価格のくじによる決定 ”がある.談合が存在するとき, 売り手による留保価格の公開は談合の統一入札価格の決定を意味した.すなわち売り手の 留保価格の公開が談合のメカニズムとして機能していたのである.その方法は設計価格は 公開するが,予定価格(予定価格の説明)はくじで決定するというものである.具体的には 公表されている設計価格にくじで決定した率11 と最低制限価格の範囲内で一番低く入札し た者に決定する.たとえば設計価格が1000万円である場合を考える.くじによって率 が99.80%に決定したならば予定価格は998万円となる.もし談合による統一入札 価格が予定価格以上に設定されていた場合には入札は成立しない.一方談合による統一入 札価格が予定価格以下,たとえば995万円だとすると,この場合には,3万円分効率化 がなされていることになる.横須賀市はこれに対して,くじによって予定価格に不確実性 を加えることにより,談合から完全に予定価格の推測がなされることを防止したのである. また,同時に調達者と入札者間の官製談合を防ぐ効果も考えられ,その点に関しても評価で 11 くじは 98.00∼99.99 %になるよう設定されている 21 きる政策である.ただ,このくじによる効果はあくまでも談合を防止するメカニズムでは なく,談合を所与とした上でいかにして落札率を下げるかを考えた政策であるとも言える. 5.2.3 海外の入札制度 最後に海外の事例についても少し触れておこう.ここでは,主要先進国であるアメリカ・ フランス・ドイツ・イギリスの入札制度の例を見てみたい. アメリカでは,一般競争入札が主である.連邦政府(日本で言うところの国)の場合,公 示を行った後に入札を行い,最低落札価格を入札した企業が落札する.各州政府(日本で 言う地方自治体)の場合, (一部の州政府のみ)業者登録があり,公示・入札,落札と進ん でいく. フランス,ドイツでは一般競争入札と指名競争入札の併用をしている.まずフランスで は,業者の資格審査を民間に委託して行う.その後公示をし, (指名競争入札の場合)業者 に参加意欲を確認し,入札,落札とプロセスが進んでいく.ただし落札者は最低価格を付 けた者ではなく,技術や工期などを加味する場合もある.ドイツでは,政府が業者の資格 審査・格付けを行い事業者名簿を作成する.そして,一般競争入札の場合は公示,入札,落 札と進んでいく.指名競争入札では有資格者名簿からローテーションで指名業者を選定し, 入札を行う.一般競争入札は大型公共工事,指名競争入札は小規模工事に多い. 最後にイギリスだが,我が国とは少し形式の異なる指名競争入札を行っている.まず,政 府が業者の資格審査・格付けを行い事業者名簿を策定する.無論,無作為に選定する際に は公平性を期すような配慮がある.そして,その名簿から無作為に業者を選定し,さらに 業者に入札参加意欲を確認し,入札を行う.また,最低入札者は入札後に公示価格の明細 書を提出し,審査の上落札する. これらのように,現在でも指名競争入札は使われている国は存在しているものの,その 運用に当たっては,資格審査を民間業者に委託したり,業者の選定に注意を払ったりする ことが,最低限の常識になっている. 22 6 まとめ 現在の日本の公共調達制度は,指名競争入札制度を中心に,予定価格制度を用いること で談合を防ぎながら高品質な財を提供しようとしている.予定価格は厳格な方法によって 決定されるために,入札参加者は容易に推測することができる.そのため,談合が生じて しまい,調達価格は高くならざるを得ず,現在のシステムを総じて言えば高価格・高品質 な公共調達とまとめられるだろう. これからの公共調達で重要なのは,コストと品質のバランスであると我々は考える.そ こで,これから政府が改革すべき点をまとめてみよう. 一般競争入札拡大の推進 より競争的な発注を促進するため,一般競争入札の導入を促進すべきである.しかし, ただ一般競争入札制度を導入するだけでは不十分である.それは,煩雑な入札事務が 膨張し,結果的に効率的な公共調達が成されないからである.そこで,同時に電子入 札を促進することにより,煩雑な入札事務の簡略化することを提言する. 最低価格の設定と検査の強化 一般競争入札導入の際の懸念材料となっている品質の低下に対しても,厳格な最低価 格を設けること,完成後の検査等を強化し,問題があるような企業は公共調達の市場 から撤退させるようにする重要である. 予定価格の取り扱い 予定価格の取り扱いについても,現在のように事後公表型では,調達者の職員が談合 に巻き込まれる可能性があり,事前に公表すべきだと考える.しかし,それでは入札 参加者の見積もり努力が損なわれることや,談合がよりいっそう容易に行われる可能 性があることから,横須賀市が導入しているくじの導入を推進したい.事前に公表し た価格の90%∼100%を予定価格とすれば,かなりの効率化がなされるだろう. 以上のように,公共調達を改革することによって,より効率的な調達が可能になるであ ろう. 23 参考文献 [1] Gibbons, R. 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