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世界の標準時の決め方
世界 の 標準時 の 決め方 独立行政法人 情報通信研究機構 今村國康 Kuniyasu Imamura て,この時点では時間の単位である 1 秒は,平均太陽日の ま えが き 1/86,400(1 日は 86,400 秒です)として定義されたことに なります.こうした時刻の決め方を天文時といいます. 「今年の 7 月 1 日は 3 年半ぶりに 1 秒長い日となりました」 これを受けて日本では,1886 年に勅令第 51 号が出され, とお聞きになった人もいらっしゃるかと思います.そう, 「東経 135 度の子午線の時」を本邦の標準時とする標準時 2012 年はうるう秒が実施されました. 制度が確立しました. うるう秒ってうるう年とは違うの? 時間はイギリスが しかしながら,秒の定義が天文観測結果に依存しており, 基準だよね? 日本標準時(JST:Japan Standard Time)は明 石で決めているの? 等々,標準時がどのように決められ 地球の自転が不規則に変化していることから,長さや重さ ているかについて,曖昧な方も多いかと思います.本稿で などと並ぶ物理量である「秒」が,正確に決まらない(変 は,世界の標準時がどのように決められているかについて 化する)という問題がありました. 1950 年代には,マイクロ波の技術進展や原子物理学の 解説します. 発達により,原子周波数標準器が相次いで開発されました. 中でも英国と米国の実験により,セシウム原子周波数標準 標準時の歴史 器は高い正確さで秒が実現できたことから,1967 年の国 人類は昔から自然界の物理現象を利用して,時間を正確 際度量衡総会で秒の定義はセシウム原子を基にしたものに に計る努力をしてきました.古代エジプトから,天体観測 改訂されました.この 1 秒を基に作られる時刻は国際原子 によって暦が発達したことはよく知られています.18 世 時(TAI:Temps Atomique International)といい,1958 年 1 紀には,機械式時計が普及することで,安全な航海が行え 月 1 日 0 時のそれまでの天文時を原点として,以降,セシ て交易が発達するようになると,時間や時刻の定義が問題 ウム原子標準器により定義に基づいて作り出された 1 秒を となるようになりました. 積み重ねていくことで,決められた時刻です(図 1) . 1884 年 10 月に開催された「万国子午線会議」によって, このように正確な秒が作り出せるようになったものの, グリニッジ子午線(北極と南極を結ぶ,赤道に直交した線: 天文時の秒とは異なることから,当初は定義の秒をわざと グリニッジ子午線は本初子午線ともいう)が決められ,世 ずらして運用するということが続けられました.しかし, 界日が採用されました.この世界日は平均太陽日(1 年を 国際的な論争の末にずらす方式は廃止され,後に述べます 平均した太陽日=太陽が南中したときが昼の 12 時)であっ 協定世界時(UTC:Coordinated Universal Time)が誕生して, (TAI) 58 ’ 59 ’ 60 ’ 61 ’ 62 ’ 63 ’ 64 ’ ’ 65 −1 −2 66 ’ 67 ’ −3 −4 68 ’ 69 ’ 70 ’ 71 ’ −5 −6 −7 −8 1961 1971 1972 1 1 73 ’ −9 74 ’ 75 ’ −10 76 ’ −11 77 −12 ’ 78 ’ −13 79 ’ −14 80 ’ −15 −16 −17 −18 −19 −20 −21 , (TAI) (TAI) 0 (UTC) 72 ’ 10 (UTC) 82 ’ 83 ’ 84 ’ 85 ’ (TAI) 86 ’ ’ 87 88 ’ ’ 89 −22 90 ’ 91 ’ −23 -24 −25 (UTC) ,1 0.9 , 1972 81 ’ 92 ’ 93 ’ −26 −27 −28 −29 −30 94’ 95 ’ UT1 96 ’ 97’ 98 ’ 99’ 00’ 01’ 02’ 03’ 04’ 05 ’ 06’ 07’ 08 ’ −31 10 ’ 09’ 11’ 12’ 13 ’ −32 −33 −34 −35 図 1 国際原子時と協定世界時 88 © 電子情報通信学会 2012 通信ソサイエティマガジン No.22[秋号]2012 1972 年から運用されるようになりました. 国際的に使われている,いわゆる世界の標準時とは,こ の協定世界時のことをいいます. 協定世界時の決め方とうるう秒 協定世界時は,1972 年から天文時に近似させている原 子時で 1 秒の長さは国際原子時と同一であることが特徴で す.天文時は地球の自転(姿勢)を観測することで決めら れます.この観測は国際協力により行われ,国際地球回転・ 基準系事業(IERS)が解析しています. この天文時は,国際原子時とは関係がないため,地球自 図 2 原子泉型一次周波数標準器 CsF1 転の変動で国際原子時からだんだんとずれていってしまい ます(図 1 の黒破線) .UTC は,天文時とのずれが 0.9 秒 しないといけません.市販の原子時計では,こういった評 以内に収まるように運用される時系(図 1 の赤線)で,必 価をすることができないため,単に平均で決めた原子時に 要に応じてうるう秒を挿入したり削除したりすることで調 はずれが生じます. 整します.今年 2012 年 7 月には,3 年半ぶりとなるうる う秒挿入による調整が,世界中で一斉に行われました. これに対し,一次周波数標準器と呼ばれるものは,考え られる全ての効果による,1 秒の長さのずれを評価できる このように,うるう秒は地球自転の影響で行われるので ように作られたものです.国際原子時の決定に寄与してい 不定期です.時刻の流れから見ると不連続となります.ま る一次周波数標準器を運用している国は,この 1 年間で見 た,最近ではコンピュータをはじめとする精密機器類の普 ると 5 か国 10 台だけであり,当機構もそのうちの 1 台を 及により,秒単位で正確な運用が要求される一方,うるう 運用しています.その装置は原子泉型一次周波数標準器 秒への対応が困難なケースも増えてきたため,うるう秒制 CsF1 といい, 能力は 1,500 万年に 1 秒の確かさです(図 2) . 度の変更(廃止)について世界で論議が起こり,現在も論 議が続けられています. 一次周波数標準器で決定された国際原子時は,平均で決 −13 めた原子時との差が約 6 × 10 (約 5 万年に 1 秒のずれに 相当)に及びます.補正されて決定した国際原子時の確度 正確な国際原子時の維持 −15 は約 4×10 (約 800 万年に 1 秒のずれに相当) となります. 実はこうした高精度な周波数標準器を用いて決定される 国際原子時の決定は,どこかに基準となる原子時計があ 協定世界時そのものは,リアルタイムには存在しません. るのかと思われるかもしれませんがそうではなく,こちら 世界各国からデータを集め,高精度な計算によって確定さ も国際協力の下で国際度量衡局(BIPM)が決定しています. せるため,正確な時刻決定に一月を要します.このため今 世界各国の標準時機関が保有する原子時計(現在, 約 400 台) の時刻は,各国の標準時機関が,協定世界時から大きくず のそれぞれの時刻差データを寄せ集め,平均値(重み付け れないように,予測しながら原子時計を精緻に調整して作 平均)を取ることで決めます.ここで使われているセシウ り出して,供給しています. ム原子時計は,市販されている原子時計がほとんどであり, 十分な安定性をもっていますが,残念ながら定義に基づく 1 秒を作り出すには, 確かさ(確度)が十分ではありません. む す び 1 秒 の 定 義 は, 「 セ シ ウ ム 133 の 原 子 の 基 底 状 態 の 二 日本標準時は,当機構が作り出した協定世界時から,東 つの超微細構造準位の間の遷移に対応する放射の周期の 経 135 度の時差に当たる 9 時間を進めた時刻です.誌面の 9,192,631,770 倍の継続時間である」と決められていますが, 都合で詳しくは説明できませんが,ウェブの情報などを参 もっと正確に言うと原子が静止した状態である必要(運動 照して下さい. するとドップラー効果が起きる)や, 場所が特定される(相 対性理論の効果で,標高が変わると時計の進みが変わる) 参 考 などの制約があります.実際の原子時計の運用では,この ・日本標準時グループ,独立行政法人情報通信研究機構, ような条件を満たすことができないので,実際に運用する http://jjy.nict.go.jp/ 状態においての 1 秒の長さのずれがどれだけあるかを評価 子どもに教えたい通信のしくみ 89