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リスクマネジメント時代

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リスクマネジメント時代
リスクマネジメントの時代
リスクマネジメント時代
明治大学国際総合研究所 林 良造
New Era of Risk Management
Meiji Institute for Global Affairs, Meiji University Ryozo HAYASHI
キーワード
規制緩和,グローバリゼーション,コーポレートガバナンス,内部統制,政府のリスク
1. 多様なリスクの出現
2. 新たな時代のリスクマネジメント
近年企業の経営陣にリスクマネジメントの視点が求められ
リスクマネジメントの手法という点からみるとその基本構
るケースが急増している。すぐに思い浮かぶものでも,たと
造が大きく変わったわけではない。すなわち,機会の裏にあ
えば,アルジェリアでのテロリストによる人質事件,急速に
るリスクを,避けるのか,転化するのか,制御するのかなど
悪化した日中関係に起因する暴動,東日本大震災,タイの洪
である。
水,リーマンショックやユーロ危機のような金融危機,など
ただ従来の事業会社の多くは,リスクの可能性を極限まで
があり,少しさかのぼれば,食品・製品の品質にかかわる事
減らすアプローチを中心としてきており,そのための行動計
件や財務運用にかかわる巨大損失など,経営陣が様々なステー
画を綿密に作る一方で,そのリスクの発現した時の対応は十
クホルダからマネージすることが要求されるリスクの種類も
分に考えられていない場合も少なくはなかった。他方,現在
急速に多様化していることが分かる。
のリスクマネジメントにおいては,しっかりとした危機対応,
これらの事象の共通点は,本来の事業の遂行にとって中核
復旧計画をもちそれが有効に機能していることが極めて重要
的なものと意識されてきたものでもなく,従来想定すべき範
となっており,また,組織のリスク対応能力を高めることな
囲と認識されていなかったにもかかわらず,企業の命運を左
どが求められている。
右するインパクトを持っている点である。
最初にリスクマネジメントが全社的課題として認識され,
すなわち,ビジネスに伴うリスクやそのマネジメントとい
手法が開発されたのは金融の世界であった。世界的にも,金
う考え方自身は特に新しいわけではないが,従来は事業に密
融が各国ごとのがんじがらめの規制のもとで安全性が最優先
接にかかわる特定のリスクに対して,対応する部局がいわば
されていた時代から,収益機会のシグナルとして金利をはじ
プロとしてリスクを認識し,評価し,対応を決める全権をゆ
め様々な規制が緩和されるようになり,活動の地域もグロー
だねられていた。しかしながらこれらの新たなリスクは,そ
バルになりスピードも急速に加速化した。そして,金融機関
の性格,影響の大きさ・広がりから,担当部局で処理しきれ
の資産においても,デリバティブなどの急速に変動する商品
るものではなく,マネジメントが把握し,判断し,場合によ
が生み出されそれらが複雑に組み合わされた結果,価値が急
ると外部のプロの知見を活用しコントロールしないと思わぬ
速に変動する資産が大きな割合を占めるようになった。それ
損失を生み,起きた場合の対応,備えの有無や戦略が企業の
に伴って常にリスクの変化に目配りをし見極めをすることが
生死を分けるような性格を持っている。
企業価値に直結するようになり,それを一歩誤ると企業の存
このようなリスクに対する対応が近年になって急激に多く
続自身を危うくすることが常態となった。
の企業に求められるようになった背景には,企業経営の環境
その後,このような規制環境の変化,自己管理と自己責任
の大きな変化がある。まず,第一に,Globalization の進展によ
の分野の拡大,地理的活動範囲の拡大,変化のスピードの激
り,企業活動も国境を超えることが日常化し,企業にとって顧
化はその他の多くの事業にも当てはまるところから,金融に
客も,サプライチェーン,株主などステークホルダが世界中に
限らず他の事業においてもきめ細かいリスクマネジメントが
広がり,影響を受ける範囲も当然拡大してきたことがあげられ
要求され,また,その手法を持つことが競争上の優位につな
る。時期を同じくして,機械的な規制に代わって企業の判断
がるようになっていった。
と自己責任のもとで従来の規制目的を達成する行動が求めら
また,巨額の賠償を求められる訴訟リスクやレピュテーショ
れる制度への変化も進行した。その上に,インターネットをは
ンリスクの拡大などは,オペレーショナルな問題やコンプラ
じめとする IT の進展もあいまって,技術変化のスピードが速
イアンスの問題が,会社の屋台骨を揺るがせる問題に発展す
くなり,新しい技術の導入も従来と桁違いに多くなっている。
るケースも急増させた。
そして何より変化の速さは,リスクの種類・蓋然性・被害の
大きさの予測が極めて難しい世界へと変えている。その結果,
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従来の感覚ではありえなかったようなリスクに対しても備え
3. リスクマネジメントの外延
ることが要求されるようになっている。他方,企業活動からみ
このように,リスク管理が企業価値に密接にかかわるよう
ると,変化は同時に機会の表れであり,リスクを積極的に取っ
になるに伴って,経営者が企業価値に敏感かどうかというこ
ていかないと生き残っていけない状況も作り出している。
とが,企業価値に直結することとなる。すなわち,経営陣が,
非破壊検査第 62 巻 5 号(2013)
リスクマネジメント時代
変化するリスクをフォローし,自己の業績に直結するような
また,大きな環境の変化とリスクの多様化にさらされてい
リスクの監視に十分注意を払っているか,また,その対応を
る点では,政府も同様である。政府は,そもそも,自然災害,
企業全体として最適化する ERM(全体最適志向)的手法に通
国家間の紛争,経済の内的・外的混乱,新たな技術・製品の
じているか,十分に現場を把握し,統制しているか,十分な
安全性などの多様なリスク,急速に変化する環境の中で,国
戦略的対応とオペレーションの統制(内部統制)がとられて
民の生命・財産を守る使命を持っている。政府の場合には,
いるかなどである。
リスクの回避や転化は難しく必然的に被害の可能性を,事前
そして,リスクマネジメントの経営への浸透に大きな役割
にあるいは緊急時対応として最小化させ,あるいは復旧の迅
を果たしているのが,企業価値に軸を置いたコーポレートガ
速化が中心になる特徴がある。また,トップにあたる大統領
バナンス体制である。すなわち,企業価値の保全・最大化を
や首相も企業のトップと比較すると,議会など広く合意を取
軸に経営方針が評価されることによって,リスクと収益力の
り付ける手続きなどから様々な制約を強く受けている点で異
バランスが取れた合理的な経営が根付いていくことになる。
なる。ただ,環境の変化は同様に作用しており,その責務の
このような視点から有価証券報告書においても,ガバナンス
遂行のために継続的なリスクの把握評価体制,部局横断的な
体制と内部統制についての記載を義務付けていることも意味
対応,内部統制,リスクコミュニケーションなど様々な新た
を持っている。
な工夫が要求されていることには全く変わりはない。このよ
ただ,この点に関して,日本の場合には,株式の持合いの
うな背景のもとに,広く先進国において,リスクマネジメン
伝統が根強く少数株主の経営に対する監視が弱いこと,年金
トの視点から政治・行政改革が試みられている。
基金の株主としての主張が不活発なことなどから,株主から
このように,現代は政府・民間を問わず,トップがリスク
の企業価値最大化の追求が十分強くない土壌があり,日本の
マネジメントの視点を持つことが欠かせない時代に入ったと
大きな課題の一つともなっている。このようなところも,日
いって過言ではないであろう。
解説
本において,リスクマネジメントが今一つ経営の中核的事項
と意識されることが遅れていることにつながっていると思わ
れる。
林 良造 明治大学国際総合研究所
(101-8301 東京都千代田区神田駿河台 1-1 グ
ローバルフロント 16 階) 所長
1970 年通商産業省入省。経済産業省経済産
業政策局長,東京大学公共政策大学院教授
を歴任
伊藤忠商事独立社外監査役
シティバンク銀行社外取締役
http://www.meiji.ac.jp/miga/index.html
平成 25 年 5 月
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