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[5]口蹄疫等海外悪性伝染病の疫学的解明
48 8)Krakowka S., Ellis J. A., McNeilly F., Gilpin D., Meehan B., Mccullough K., Allan G. Immunologic features of porcine circovirus type2 infection. Viral Immunol. 15; 567-582, 2002 [5]口蹄疫等海外悪性伝染病の疫学的解明 5010.口蹄疫のリスクマネージメント手法の開発 ア)研究目的 ク)研究発表 口蹄疫ウイルスは株によって病原性,伝播力,感 口頭発表 受性動物に対する親和性等が異なることが知られて 1)Kawashima K., Tsunemitsu H., Katsuda K., おり,その防疫にもそれぞれ異なったアプローチが Onodera T., Shouji T. Epidemiological analysis of 必要と考えられる。このため,本研究においては, post-weaning multisystemic wasting syndrome in 口蹄疫侵入時にわが国が選択しうるサーベイやまん Japan. 83rd Annual CRWAD Meeting, 2002 延防止の方法を評価・分析する手法を確立し,本病 2)川嶌健司,恒光 裕,勝田 賢:豚呼吸器病症 候群の病理学的診断.第 58 回日本家畜衛生学会 発生時の有効な防疫対策の選択に資することを目的 とした。 2003 3)川 嶌 健 司:離 乳 後 多 臓 器 性 発 育 不 良 症 候 群 イ)研究方法 (PMWS).日本産業動物獣医学会平成 15 年度年 (ア)サーベイの量的評価を目的として,平成 12 年 次大会 2004 の宮崎県での口蹄疫発生時に実施したサーベイや口 蹄疫の流行に関するデータを用いて,モンテカルロ 誌上発表 法による確率モデルを構築した。これを用いて,口 1)Kawashima K., Tsunemitsu H., Horino R., Katsuda 蹄疫発生時に実施したサーベイによって感染農場を K., Onodera T., Shoji T., Kubo M., Haritani M., 摘発できる確率を推定し,また,警戒地域において Murakami Y. Effects of dexamethasone on the 感染農場が見逃された可能性をベイズの手法を用い pathogenesis of porcine circovirus type 2 infection て推定した。 in piglets. J Comp Pathol 129: 294-302, 2003 (イ) 確立されたモデルを用いて,口蹄疫の伝播 2)Kawashima K., Tsunemitsu H., Katsuda K. 力,農場の飼養規模,感染からの日数など,血清 Epidemiological situation of PMWS in Asia. In: サーベイに影響を与える要因について分析した。特 PCV2 Disease: Intimate Relationship between Host に,小規模密集地域として宮崎県,大規模地域とし and Pathogen & a Close-up on Asia. Proceedings て北海道を例にとって分析した。また,わが国での of the Symposium in the 1st Asian Pig Veterinary 今後の防疫措置を検討するために,海外の口蹄疫発 Society Congress, Seoul 2003. Merial, Lyon, pp 45- 生事例について,防疫措置の実施状況,問題点など 53, 2004 の調査分析を行った。 (川嶌健司,勝田 賢,恒光 裕) (ウ)口蹄疫の伝播に関する要因の分析手法を確立 するため,酪農家 13 軒を訪問・面接し,家畜,人, 車両など口蹄疫を伝播させる可能性のある媒介物の 出入りの状況を調査分析した。また,主に酪農家を 往診する獣医師の行動記録を調査分析し,獣医師の 行動距離と訪問パターンをシミュレーションモデル 化して分析した。 ウ)結 果 (ア)平成 12 年の口蹄疫発生時に用いたサンプリ ング方法(表 5010-1)に基づく血清学的検査と臨床 検査によって感染農場を摘発できた確率は,農場内 での口蹄疫の伝播力にかかわらず 80%以上と推定 された(図 5010-1)。発生時に実施した監視地域内の 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 表 5010-1 サンプリング頭数 飼養頭数 1 ∼ 10 頭 11 ∼ 30 頭 31 ∼ 100 頭 101 頭以上 49 約 15,000 戸の牛飼養農場のサーベイによって,1 戸 検査頭数 の感染農場も見逃さなかった確率は 60%以上,1 戸 1頭 2頭 3頭 5頭 は見逃すものの 2 戸以上の感染農場を見逃さなかっ た確率では 90%以上であったと推定された。 (イ)血清サーベイの感度に影響を与える要因とし ては,農家の飼養規模と発生から採材までの日数が 与える要因が大きいと考えられた(図 5010-2)。これ は,血清の採取時点での農場内抗体陽性率がこの 2 つの要因に大きく影響を受けることを示している。 このため,宮崎と北海道の飼養規模で移動制限開始 から採材までの日数の影響を比較したところ,宮崎 では仮に感染があった場合,10 日目以降に農場内抗 体陽性率が 20%を超える農家がほとんどを占める が,北海道では約半数にとどまった(図 5010-3)。 (ウ)今回調査した酪農家では,牛の導入回数は非 常に少なかった(表 5010-2)。獣医師の訪問回数は平 図 5010-1 宮崎県での口蹄疫発生時に実施したサーベ イの農場レベルでの感度 均 2 回と多く,High Risk の 68%を占めた。Medium Risk では酪農の特徴として集乳車の訪問が平均 15.1 回と全体の 76%を占めた。Low Risk では畜産関係 図 5010-2 各種の要因が血清サーベイの感度に及ぼす影響 注:(a)農場内で1頭が5日間に感染させる頭数を4から20頭に変化させた場合 (b)1農家当たりの検査頭数を–1から +3頭まで変化させた場合 (c)血清採取日を実際の採取日から–3から +9日まで変化させた場合 図 5010-3 感染農場内の口蹄疫抗体陽性率が一定水準(20%,10%,5%,2%)を上回る確率の推移 50 表 5010-2 酪農家における口蹄疫伝播ルート Risk Very high High Medium Low 伝播ルート 家畜 獣医師,人工授精師など 集乳車,飼料運搬車など セールス,他農家訪問など め,一定の地域内の多くの農家の調査を行うととも 回 /2 週間 に,集乳車などの移動パターンの分析も行う必要が 0.07 2.98 19.95 5.66 ある。これにより,わが国における口蹄疫等の伝染 性疾病の拡大の様相の詳細な検討が可能となり,防 疫対策の比較分析に有効となると思われる。また, 口蹄疫発生時の対策に要したコストを基礎データと して活用することにより,今後の予防・防疫対策の セールスの訪問と他畜産農家への訪問がそれぞれ平 費用対効果分析も可能となると考えられる。 均 1.9 回,1.6 回と多かった。訪問先の農家は 75%が 3km 以内の距離にあった。また,62%の農家は他の カ)要 約 農家と農業機械を共有しており,それらの農家は全 大規模なサーベイの量的評価を行う手法を確立 て 3km 以内にあった。獣医師の往診した農家間の距 し,平成 12 年の口蹄疫発生時に実施したサーベイの 離は平均 19.0km(最小値 0.4,最大値 47.9)であっ 評価を行った。九州で実施したサーベイは感染農家 た。シミュレーションの結果,ある特定の農家を往 の摘発のみならず,清浄性の確認としても十分な感 診後訪問する農家戸数は平均 4.1 戸 /2 週間で,当該 度を持っていたと考えられた。血清学的サーベイの 農家からの距離が 10km,30km を超える戸数はそれ 感度に影響を与える要因を分析したところ,飼養規 ぞれ平均 2.1 戸と 0.7 戸であった。 模や感染からの採材までの日数が大きな影響を与え ることが明らかになった。今後,これらの要因を考 エ)考 察 慮してサーベイを実施する必要があると考えられ 平成 12 年の口蹄疫発生時に監視地域内で実施し た。また,パイロットスタディを通じて,わが国に たサーベイは感染農場の摘発のみならず,清浄性の おける口蹄疫等の伝染病の伝播様式を分析するため 確認にも有効な精度を持っていたものと推察され の手法を明らかにした。今後,これらの手法を応用 た。したがって,九州で実施された大規模なサーベ して,広範囲の地域を対象とした分析を行う必要が イは口蹄疫の早期撲滅に貢献したと考えられた。一 ある。 方,口蹄疫摘発のための抗体検査は感染から抗体上 昇までの時間差に大きく影響を受けるため,抗体検 キ)引用文献 査を実施する場合には,地域の飼養規模,検査能力, 初発農家の感染時期などを考慮する必要があると考 ク)研究発表 えられた。21 日間の移動禁止期間を考慮すると,飼 口頭発表 養規模の小さい地域(宮崎)であれば抗体検査によ 1)筒井俊之:世界の口蹄疫発生状況とリスク評 る摘発は有効であるが,飼養規模の大きい地域(北 価.日本産業動物獣医学会要旨集 p35-38.2003 海道)では抗体検査による感染農場の摘発には限界 2)Yamane I., Tsutsui T., Sakamoto K., Yoshida K., があるため,抗体検査を実施するに当たっては,狭 Tsuda T. and Nishiguchi A. A foot and mouth い範囲の全戸検査と広範囲の抽出検査の組み合わせ disease outbreak (2000) in Japan and a trial of a を検討する必要があると考えられた。また,諸外国 geographic information system application for の発生事例を考慮すると,今後,わが国の防疫対策 monitoring an eradication program. 10th Conference を検討する上で,家畜の移動や狭い地域内での伝播 of the International Society of Veterinary Epidemiology に関与するルートの把握,ワクチンによる防疫の可 and Economics, 2003 能性の検討,経済的な側面からの防疫対策の評価が 重要であると考えられた。 誌上発表 1)Tsutsui T., Minami N., Koiwai M., Hamaoka T., オ)今後の問題点 Yamane I. and Shimura K. A stochastic-modeling 伝播ルートの調査はパイロットスタディとして小 evaluation of the foot-and-mouth-disease survey 規模な調査を実施したのみであったが,今後,今回 conducted after the outbreak in Japan in 2000. 確立した手法を用いて,肉用牛農家,養豚農家も含 Preventive Veterinary Medicine 61, 45-58, 2003 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 2)筒井俊之:シミュレーションモデルによる口蹄 疫摘発検査の評価.動物衛生研究所研究成果情報. 5020.越境性疾病媒介節足動物の生態と媒介能に関 する研究 (3)43-44 2003 3)筒井俊之:口蹄疫の疫学(英国及び韓国の発生 51 ア)研究目的 を中心に).日本豚病研究会報.(42)13-16 2003 アルボウイルスは,節足動物によって媒介され, 4)筒井俊之,坂本研一,村上洋介,吉田和生,志 近年の温暖化などの環境変化とともに流行が拡大 村亀夫,浜岡隆文,山根逸郎:韓国で発生した口 し,新興・再興感染症として注目を受けるように 蹄疫とわが国への侵入リスクについて.日本獣医 なっている。 師会雑誌 55 (6)387-390 2002 ヌカカは,双翅目に属する体長 2 ∼ 3 mm ほどの 微細な昆虫で,その内,Culicoides 属ヌカカ(以下 特許公開 ヌカカ)は,恒温動物から吸血する種を多く含む。 なし ヌカカの一部の種では,吸血活動により,人や家畜 (筒井俊之) のアルボウイルスを伝播することが知られている。 我が国においては,ヌカカが媒介するとされるアル ボウイルス(アカバネ,アイノ,チュウザンウイル ス等)による家畜の被害が増加傾向にあり,特に九 州・沖縄地域では毎年のように,牛の流・早・死産 および先天的体形異常(いわゆる異常産)の発生や 原因ウイルスの分離が報告されている。これらのア ルボウイルスの流行は,媒介昆虫であるヌカカの活 動と密接に関係しており,疾病の発生予察や防除の ためには,ヌカカの活動状況や生態の調査,ウイル ス媒介能の研究が不可欠である。本研究では,牛の アルボウイルス病の発生および流行を予察するた め,主要な媒介昆虫であるヌカカの分布および生態 を明らかにするとともに,脊椎動物への伝播様式を 解明することを目的とした。 イ)研究方法 (ア)2000 年 5 月より九州支所(鹿児島市)内の牛 舎でおよそ週 2 回夜間にライトトラップを用いてヌ カカの採集を行い,活動消長を調査した。採集した ヌカカは,北岡の検索表に従って,主に翅の紋様の 違いをもとに種分類を行った。また,支所から約 5km 離れた農場でも,5 ∼ 11 月にヌカカを採集し, ウイルス分離に用いた。 (イ)長崎,沖縄および北海道でライトトラップを 用いてヌカカを採集し,それぞれの採集地のヌカカ の種類と活動消長を調査した。 (ウ)ハムスター由来の培養細胞を用いて,長崎, 沖縄,鹿児島で採集したヌカカからのウイルス分離 を試みた。 (エ)野外でヌカカを採集,飼育後,湿った濾紙上 に産卵させた。卵をふ化させ,幼虫を水田より採取 した泥を満たしたプラスチック容器の中で飼育し 52 た。飼育容器中の泥に,乾燥を防ぐため,2,3 日お (ウ)鹿児島で採集したヌカカから,5 種 29 株のウ きに水を補給した。 イルスを分離した(表 5020-1,-2)。そのうち,2001 ウ)結 果 は,九州以北で初めて流行が確認され,ウシヌカカ (ア)鹿児島におけるヌカカの活動を周年調査し, が日本における主要な媒介種であるとが推測され ヌカカの種類とその活動時期を明らかにした。採集 た。ま た,2002 年 に,オ ル ソ ブ ニ ヤ ウ イ ル ス 属 地での優占種のウシヌカカ(Culicoides oxystoma)の Shamonda virus が日本ではじめて分離された。 活動のピークは,7 ∼ 10 月であり,ウイルスの流行 (エ)ウシヌカカの実験室内飼育を行い,野外ヌカ も 活 動 時 期 と 一 致 し て い た。ミ ヤ マ ヌ カ カ(C. カからの採卵,孵化および幼虫から成虫までの飼育 maculatus)やホシヌカカ(C. punctatus)は,冬季 が可能になった(図 5020-3)。 年に分離されたオルビウイルス属 D’Aguilar virus でも温暖な日には採集されるが,ウシヌカカの活動 は,おおむね 4 ∼ 12 月に限定されていた。 エ)考 察 (イ)長崎,沖縄では,ウシヌカカが採集された 鹿児島におけるヌカカの活動状況の周年調査によ が,北海道では本種は認められなかった。沖縄では り,それぞれの種の活動時期および活動個体数の増 年間を通じて,ウシヌカカとオーストラリアヌカカ 減が明らかになった。調査期間中,ウシヌカカが最 (C. brevitarsis)が活動していることを明らかにした も多く採集され,7 ∼ 10 月に活動が盛んであった。 (図 5020-1,-2)。また,沖縄で採集したオーストラリ また,調査期間中に九州支所内で採集したヌカカよ アヌカカより,ブルータングウイルスを分離した。 り分離したアルボウイルス 21 株のうち,19 株はウ 図 5020-1 沖縄県家畜衛生試験場内でのウシヌカカと オーストラリアヌカカの採集数の変化 図 5020-2 石垣島でのウシヌカカとオーストラリアヌ カカの採集数の変化 *は,採集を行わなかった月を示す。 *は,採集を行わなかった月を示す。 表 5020-1 ウイルス分離に用いた九州支所の牛舎で採集された Culicoides 種 Culicoides 種 供試個体数 プール数 ウイルス分離数 (陽性プール率%) Culicoides actoni C. arakawae C. cylindratus C. jacobsoni C. lungchiensis C. maculates C. matsuzawai C. oxystoma* C. punctatus C. sumatrae 6 11 37 3,885 58 21,427 742 221,370 17,722 711 5 5 22 184 36 202 106 219 214 142 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 0(0) 19(8.7) 1(0.5) 1(0.7) Total 265,969 1,135 21(1.8) * ウイルス分離には,一部の個体を用いた。 53 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 表 5020-2 鹿児島で採集したヌカカから分離されたウイルス Culicoides 種 Orthobunyavirus Akabane Aino 4** 1 1 Culicoides oxystoma C. punctatus C. sumatrae Culicoides spp.* 4 Total 8 Orbivirus Shamonda D’Aguilar Bluetongue 14 2 1 1 1 2 1 16 2 * 複数の Culicoides 種を含む ** 株数 図 5020-3 ウシヌカカの各生育ステージ シヌカカから分離された。以上のことから,鹿児島 いることが明らかになった。このことから,牛のア においてはウシヌカカが牛のアルボウイルスの主要 ルボウイルス病の流行パターンは,九州以北とは異 な媒介種であることが推測された。ウシヌカカは, なる可能性があり,今後,詳細な疫学的調査が必要 中東からアジア,オセアニアの熱帯から温帯域にか になると考えられる。また,オーストラリアヌカカ けて分布する。日本では,関東以南で分布が確認さ からブルータングウイルスを分離したことは,本種 れており,比較的温暖な地域が生息域になっている がオーストラリア同様,日本においても媒介種とな と考えられている。また,ウシヌカカの分布域とア り得ることを示唆している。オーストラリアヌカカ カバネウイルスの流行地域とは重なっていることが は,九州以北では希であり,今後,気候の変動によ 指摘されている。今回,北海道では採集したヌカカ る活動地域の拡大の有無を注視することが必要とな の中に,本種は含まれていなかった。しかし,1998 ろう。 ∼ 1999 年にかけて,アカバネ病の流行が北海道で 今回の調査期間中に,日本ではじめて Shamonda も確認されたことから,ウシヌカカの活動地域が, virus が分離された。また,2002 年の初頭から春に 以前に調査された時点よりも拡大している可能性が かけて,水無脳症などのチュウザン病に類似した先 ある。 天異常の流行が南九州で認められ,2001 年にヌカカ 沖縄でのヌカカの活動消長の調査により,九州以 およびおとり牛から分離された D’Aguilar virus との 北と異なり,沖縄本島および石垣島では,年間を通 関連が示唆された。近年,これらのウイルスに加え じてウシヌカカとオーストラリアヌカカが活動して て,Peaton virus やイバラキウイルス変異株の流行 54 が南日本で認められるようになったことから,温暖 れている D’Aguilar virus が含まれていた。ほとんど 化などによるアルボウイルスの流行域の拡大が起き のウイルスが,ウシヌカカから分離されたことか ていることが示唆された。 ら,鹿児島においては,本種が主要な媒介種である ウシヌカカの飼育は,ニワトリヌカカ(C. arakawae) ことが推測された。沖縄では,オーストラリアヌカ で確立されている方法に準じて行った。その結果, カからブルータングウイルスが分離され,オースト ウシヌカカの飼育が卵から成虫まで可能になり,ウ ラリア同様,本種が日本においても媒介種となり得 イルス媒介能を精査するうえで,有効な手段になる ることが示唆された。ウシヌカカの飼育が卵から成 と考えられた。しかし,ニワトリヌカカのように安 虫まで可能になり,ウイルス媒介能を精査するうえ 定して増殖させることが難しく,飼育には今後様々 で,有効な手段になると考えられた。 な点で改良を加えていく必要がある。 キ)引用文献 オ)今後の問題点 1)北岡茂男.わが国のヌカカ科 Culicoides 属の種 (ア)国内でのヌカカの活動状況をより正確に把握 類とその検索表.農林水産省家畜衛生試験場研究 するためには,今回よりも多くの地点でのヌカカの 報告 87: 73-108,1984 採集,調査が必要である。 2)Kurogi H., Inaba Y., Goto Y., Miura Y. and (イ)沖縄と九州以北の地域との間のヌカカの種類 Takahashi H. Serologic evidence for etiologic role および活動時期の違いが,流行ウイルスの種類や疾 of Akabane virus in epizootic abortion-arthrogryposis- 病発生時期と関連があるかどうか,今後調査する必 hydranencephaly in cattle in Japan, 1972-1974. 要がある。 Arch. Virol. 47(1): 71-83, 1975 (ウ)課題実施期間中に,新たに 2 つのウイルス 3)Muller M. J. Veterinary arbovirus vectors in (D’Aguilar virus および Shamonda virus)がヌカカ Australia - a retrospective. Vet. Microbiol. 46: 101- から分離されており,今後も新たなウイルスの進入 16, 1995 が予想される。そのため,流行ウイルスとその媒介 種を把握するため,ヌカカからのウイルス分離を継 続する予定である。 4)津田知幸.アルボウイルスによる牛の異常産. 山口県獣医学雑誌 27: 1-18,2000 5)Wirth W. W. and Hubert A. A. The Culicoides of (エ)ヌカカの実験室内飼育法を改良し,実験に供 Southeast Asia (Diptera: Ceratopogonidae). Mem. 試するヌカカを安定的に供給出来るようにする。ま Amer. Ent. Ist. 44: 1-508, 1989 た,ヌカカの培養細胞系を作出し,in vitro の系でウ イルスの動態などを解明できるような系の作出を行 ク)研究発表 う予定である。 口頭発表 1)梁瀬 徹,久保智美,加藤友子,大橋誠一,吉 カ)要 約 田和生,津田知幸.鹿児島県の牛舎で採集された 鹿児島において,Culicoides 属ヌカカの活動状況 ヌカカの季節消長.第 45 回日本応用動物昆虫学会 を周年調査し,それぞれの種の活動状況明らかにし 2001 た。調査地点での優占種は,ウシヌカカ(Culicoides 2)梁瀬 徹,加藤友子,久保智美,大橋誠一,津 oxystoma)であり,7 ∼ 10 月に活動が盛んになるこ 田知幸.鹿児島の牛舎で採集された Culicoides 属 とがわかった。また,北海道,長崎,沖縄において からのアルボウイルスの分離.第 55 回日本衛生動 ヌカカの採集,調査を行った。沖縄においては,ウ 物学会大会 2002 シヌカカとオーストラリアヌカカ(C. brevitarsis) 3)加藤友子,梁瀬 徹,大橋誠一,山川 睦,吉 が周年を通じて活動していることが明らかになっ 田和生,津田知幸.鹿児島におけるウシおよびヌ た。採集したヌカカからウイルス分離を試み,鹿児 カカ(Culicoides 属)からのアルボウイルスの分離. 島のヌカカからは 5 種 29 株のウイルスを,沖縄のヌ 第 136 回日本獣医学会学術集会 2003 カカからは 1 種 1 株を分離した。鹿児島のヌカカか ら 分 離 さ れ た ウ イ ル ス の 中 に は,日 本 初 分 離 の 誌上発表 Shamonda virus および,異常産との関連が示唆さ 1)Yanase T., Maeda K., Kato T., Nyuta S., Kamata 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 H., Yamakawa M. and Tsuda T. The resurgence of Shamonda virus, an African Simbu group virus of 55 5030.翼手目由来のウイルス感染症の疫学的解明 the genus Orthobunyavirus, in Japan. Archives of ア)研究目的 Virology (in press) 近年,ヒトが感染した場合に致命的となる,ラブ 2)Yanase T., Kato T., Kubo T., Yoshida K., Ohashi ドウイルスに属する狂犬病を含めたリッサウイル S., Yamakawa M., Miura Y. and Tsuda T. Isolation ス,およびパラミキソウイルスに属するニパウイル of bovine arboviruses from Culicoides biting midges スやヘンドラウイルスなど翼手目に由来するウイル (Diptera: Ceratopogonidae) in southern Japan: ス感染症が世界的に問題となっている。またメナン 1985-2002. Journal of Medical Entomology (in press) グルウイルスなど,これら以外の病原体も翼手目か 3)Ohashi S., Matsumori Y., Yanase T., Yamakawa ら分離されており,翼手目がこれまで考えられてい M., Kato T. and Tsuda T. Evidence of an antigenic た以上に,病原体の宿主動物である可能性が指摘さ shift among Palyam serogroup Orbiviruses Journal れている。 of Clinical Microbiology 42: 4610-4614, 2004 それにも拘らず,これまで翼手目を対象とした研 4)梁瀬 徹,加藤友子,大橋誠一,津田知幸.南 究は,その超音波機能や生殖戦略,社会行動などに 九州におけるヌカカの活動状況.鹿児島県家畜疾 限られており,感染症という視点からの基盤的研究 病診断研究会会報 第 64 巻:15-17,2002 は世界的にも欠落していた。したがって,翼手目の 5)梁瀬 徹.牛異常産の流行要因∼ベクターを中 系統分類・生態・免疫機能・感染病原体等について 心として∼.臨床獣医 第 21 巻:14-17,2003 の研究は極めて稀であり,またそれらの統合的評価 (梁瀬 徹,加藤友子,大橋誠一, も行われていない。そこで本研究では,翼手目に由 山川 睦,津田知幸) 来する感染症の疫学的解明を目的として,そのため の基礎技術の開発および翼手目に関する統合的基盤 研究を進めた。 イ)研究方法 (ア)翼手目の系統学的解析:翼手目は大きく,小 翼手亜目と大翼手亜目に分類されており,ルーセッ トオオコウモリは大翼手亜目に分類されている。し かし,ルーセットオオコウモリは,唯一小翼手亜目 が行うエコロケーション機能を保持しており,大翼 手亜目のなかでは特異な存在である。そこで,エジ プトルーセットオオコウモリの肝臓凍結サンプルよ り抽出したミトコンドリア DNA(mtDNA)につい てその全長塩基配列を決定し,データベースより得 た,翼手目および他動物種の mtDNA のシークエン ス・データとともに系統学的解析を行った。 また,食虫コウモリである小翼手亜目は眼球の神 経投射が完全に交差しており,果食コウモリである 大翼手亜目は眼球の神経投射が霊長目と同様,両側 に投射している。前述したように大翼手亜目の中で 唯一,小翼手亜目の特徴であるエコロケーションを 行うルーセットオオコウモリについては,これまで 眼球の神経投射に関しては報告がなされていない。 そこで抱水クロラール麻酔下で網膜に WGA-hRP を 注入し視神経から中脳上丘への神経投射を検索し た。さらにエコロケーションを行う小翼手亜目では 56 蝸牛と頭蓋骨が分かれているが,エコロケーション 広がったという新たな可能性が示唆された。この結 を行わない大翼手亜目では霊長目と同様に蝸牛は頭 果は翼手目の特性を明らかにし,比較動物学的な検 蓋骨に陥入している。しかし,ルーセットオオコウ 索を行っていく上で重要である。また翼手目の分布, モリの蝸牛については詳細な記載がない。ルーセッ 生態とウイルスの分布の相関を検索していく上で非 トオオコウモリの系統発生上の位置を明らかにする 常に有益であると考えられる(図 5030-1)。 ため,聴覚系構造についても検討した。 眼球からの神経投射を検索する目的で,視神経か (イ)IgG 抗原エピトープの交差性から見た翼手目 ら中脳上丘への神経投射を検索した結果,ルーセッ と他動物種の系統学的解析:これまでに行われてい トオオコウモリは他の大翼手亜目のオオコウモリと る翼手目に関する感染病原体の疫学調査は,主とし ともに,霊長目と同様な両側性の神経投射回路を示 てウイルスに対する中和抗体法によるもので特異的 す事が明らかとなった(図 5030-2)。今後,他のオオ な抗翼手目抗体を用いた広範な検索は行われていな コウモリ・小型コウモリに関する同様な検索を進め い。また,国内に生息する翼手目に関しても今後綿 る。また,エコロケーションを特性とする小翼手亜 密な疫学調査を行う必要がある。 目のコウモリの聴覚に関する組織解剖学的な検索を そのための第一段階としてルーセットオオコウモ 行う事により,翼手目におけるルーセットオオコウ リ IgG に対する特異抗体を作成した。作成した抗オ モリの系統学的特徴をさらに明らかにしていく予定 オコウモリ IgG 抗体が,広く小翼手亜目のコウモリ である。 IgG にも反応し汎用性を持つか否かを検討した。ま プレリミナリーなデータではあるが,これまでの たこの抗 IgG 抗体を用いて IgG の抗原エピトープの mtDNA 塩基配列の検索結果,および眼球からの神 交差性から見た翼手目と他動物種との関係を競合性 経投射回路や蝸牛の構造特性に関する研究結果か ELISA 法により検索した。 ら,ルーセットオオコウモリは,キクガシラコウモ (ウ)翼手目免疫機構の特性解析:免疫機能に関連 リ上科とオオコウモリが分岐した時の,最も古いオ する主要な因子として CD4,IFN- α ・βの遺伝子 オコウモリである(オオコウモリと小型コウモリの について蛋白コード領域の全塩基配列を決定し,比 ミッシング・リング)可能性が高い。 較動物学的な検索を行った。また,免疫担当器官で (イ)IgG 抗原エピトープの交差性から見た翼手目 ある脾臓・リンパ節等についての病理学的な検索を と他動物種の系統学的解析:抗オオコウモリ IgG 抗 行うとともに,前述の,抗 IgG 抗体を用いてリンパ 体は霊長目,齧歯目,食虫目の IgG に対して 5 ∼ 組織内の免疫グロブリン陽性細胞の分布を免疫組織 20%以下と低い交差性を示した。これに対し,翼手 化学(IHC)的手法で検索した。 目内では大翼手亜目,小翼手亜目ともに 95%以上の (エ)翼手目由来初代培養細胞を用いたウイルス感 高い交差性を示した(図 5030-3)。これらの結果か 受性の検索:翼手目由来腎臓および肺の初代細胞培 ら,IgG の分子進化という観点から見ると大翼手亜 養系を確立した。これらの初代培養細胞を用いて, 目は小翼手亜目とかなりの近縁種で単系統と考えら 家畜伝染病の病原体を含む各種ウイルスに対する感 れ,翼手目は霊長目,齧歯目,食虫目とかなり以前 受性について,ウイルスの増殖曲線,細胞変性効果 に分岐した可能性が示唆された。この結果は mtDNA (CPE)の出現の有無,インターフェロン mRNA の 発現などについて検索を進めた。 ウ)結 果 (ア)翼手目の系統学的解析:mtDNA の塩基配列 を用いた解析の結果は,大翼手亜目が小翼手亜目と 共に単系統をなしており,齧歯目や食虫目ではなく 偶蹄目・奇蹄目・食肉目からなる群と近縁であると いう説を支持するものであった。さらに翼手目内で は,大翼手亜目は小翼手亜目のキクガシラコウモリ 上科群と同一の祖先から分岐し,それがアフリカを 起源として熱帯及び熱帯雨林に沿って東アジアへと 図 5030-1 mtDNA 塩基配列による翼手目と他動物種間 (左樹) ,および翼手目内(右樹)の系統樹(略図) 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 図 5030-2 57 ルーセットオオコウモリの視神経回路,および中脳上丘への投射 またその構造について検索を行った結果,ルーセッ トオオコウモリ CD4 はヒトやマウスと異なり細胞 外 Ig-like C2 type1 領域に存在するシステイン対の片 側がトリプトファンに置換され,ブタ,イヌ,ネコ, クジラなどと同様,同領域においてジスルフィド結 合を作らないことが予想された(図 5030-4)。この特 徴は翼手目 CD4 がヒト,マウスとは異なった構造を 作ることを示唆し,感染病原体のエピトープに対す る結合や MHC class Ⅱとの結合,T 細胞の活性など 図 5030-3 の交差性 抗オオコウモリ IgG 抗体の他動物種 IgG と ルーセットオオコウモリ(レーン 1,2),小型コウモリ(未 同定種) (3) ,フィリピンオオコウモリ(4-6),モグラ(711),ジャコウネズミ(12-15),キツネザル(16,17) ,カニ クイザル(18),リスザル(19)ヒト(20). に影響を及ぼしている可能性が示唆された。 IFN- α,βはそれぞれアミノ酸 561,558 個から なる蛋白で,N 末端側の 23 個,21 個がシグナルペ プチドとなる疎水性アミノ酸配列からなり,CD4 同 様,偶蹄目,奇蹄目,食肉目との間に高い相同性が 見られた。今後ウイルス感染初期の宿主の反応を検 塩基配列による分析結果と一致するものであった。 索する場合に,これらの情報が有用であると考えら 本研究で作成された,この抗オオコウモリ IgG 抗体 れる。 は汎翼手目 IgG 抗体として,今後疫学調査に用いる ルーセットオオコウモリを中心に,免疫担当器官 上で有用であることが示された。 の組織学的検索を行った。その結果,6 個体中すべ (ウ)翼手目免疫機構の特性解析:遺伝子解析の結 ての個体で白脾髄胚中心の明瞭化が観察され,マッ 果,ルーセットオオコウモリの CD4 はアミノ酸 473 ソン・トリクローム染色および抗オオコウモリ IgG 個からなる蛋白であった。他動物種の CD4 と系統学 抗体を用いた免疫染色の結果,胚中心の明瞭化は細 的比較を行った結果,塩基配列・アミノ酸ともに, 胞質の豊富な抗 IgG 抗体陽性 B 細胞であることが分 偶蹄目,奇蹄目,食肉目との高い相同性が見られた。 かった。さらに,リンパ節やパイエル板においても 58 図 5030-4 ルーセットオオコウモリ CD4 Ig like C2 type1 domain のアミノ酸配列 同様の変化が観察された。これらの状態が,オオコ ウモリにおいて正常なものであるのか,何らかの病 原体の持続感染状態が成立したために起こったもの であるかについて,現在解析を進めている。初代培 養細胞におけるインターフェロン mRNA の発現も, 病原体による誘導,あるいは免疫学的な異常性の可 能性を示唆している。今後の解析が必要である。 (エ)翼手目由来初代培養細胞を用いたウイルス感 受性の検索:ルーセットオオコウモリの腎臓,肺よ り初代細胞培養を行うための条件を確立した。DEM に 10% FCS を添加したものを増殖用培地とし,2% FCS 添加培地を細胞の維持培地とした。 図 5030-5 コウモリ由来初代培養細胞における Yokose virus の感受性について 初代培養細胞を用いてコウモリの関与が疑われる ウイルスおよびコウモリより分離されたウイルスに めるための基盤技術の開発を主目的に,系統分類, 対する感受性や感染時の細胞反応について検索を 免疫機能の分子特性,初代培養細胞系の確立,ウイ 行った。これまで,日本のコウモリより分離された ルス感染試験などを進めてきた。翼手目はほぼ全世 Yokose virus を用いた実験の結果,肺由来細胞に比 界に分布し,齧歯目についで種の多い哺乳類であ べて腎由来細胞がより感受性が高く,肺由来細胞に り,感染症疫学を研究するにあたって最も適した種 おいては上清中のウイルス titer は上昇したが CPE であると考えられる。 が観察されなかった(図 5030-5)。インターフェロン 翼手目に関する基礎研究として行ってきたミトコ の産生を含め,この由来細胞間の差が何によるもの ンドリアや種々の免疫関連因子を対象とした遺伝子 か現在解析を行っている。オーエスキーウイルスは 解析および抗原エピトープの解析,視覚・聴覚など コウモリ由来の両初代培養細胞において比較的よく の感覚器の構造特性から,ルーセットオオコウモリ 増殖した。 属は大翼手亜目,小翼手亜目の中間的特徴を備えて また,牛流行熱ウイルス,アカバネウイルス,ア いることが示唆された。今後,オオコウモリと小型 イノウイルス,ラブドウイルス福岡株,チュウザン コウモリの病原体に対する特性を比較研究する上で ウイルス等を用いた同様の実験も現在進行中であ 非常に貴重な存在である。 る。 免疫関連因子の遺伝学的解析の結果から,翼手目 が偶蹄目・奇蹄目・食肉目といった群と近縁関係に エ)考 察 あり分子構造などの特徴が類似していることから, これまで感染症からの視点で系統立てた解析が行 感染病原体に対する結合や反応に分子構造が大きく われてこなかった翼手目を対象に,感染症疫学を進 関与する可能性があることをふまえると,翼手目が 59 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 小動物を含めた産業動物全般のウイルスベクターと からの研究を進め,グローバルなリスク評価を行 なりうることが示唆された。さらに,リンパ組織に い,その対策をたてることが求められているのかも おける抗コウモリ IgG 抗体陽性 B 細胞の活性化は, 知れない。 ある種の病原体の持続感染の可能性を示唆してい る。通常の細胞株で CPE を示さなかったウイルス カ)要 約 が,翼手目由来腎臓初代培養細胞の IFN- β/β-actine 近年,翼手目由来もしくは翼手目の関与が疑われ 比の増大を誘導したことからも,翼手目が何らかの るウイルス感染症が世界的に問題となっている。そ ウイルスベクターとしての役割を担っている可能性 れにも拘らず,これまで翼手目の分類・生態・免疫 が考えられた。また,翼手目腎臓由来初代培養細胞 機能・感染病原体等を含めた統合的研究は行われて を 用 い た Yokose virus 感 染 実 験 に お い て Yokose いない。そこで翼手目に由来する感染症の疫学的解 virus が肺において潜伏感染する可能性を示唆する 明のための基礎技術の開発および翼手目に関する基 結果を得たことから,これらの細胞を用いた感染実 盤研究を進めた。 験を行うことは,今後翼種目由来ウイルス感染症を 分子遺伝学的および分子生物学的検索から翼手目 検索していく上で有用な研究手段となることが示さ は偶蹄目・奇蹄目・食肉目からなる群に近縁で,免 れた。 疫応答に関連する蛋白の分子構造にもそれらの群と 今後これまでの研究成果を基にして,様々な角度 類似した特徴を持つことが明らかとなった。病理学 から翼手目の特徴を解明することによって翼手目由 的解析の結果から,リンパ組織における抗 IgG 抗体 来感染症の疫学的解明に貢献したいと考える。 陽性 B 細胞の活性化が観察された。In vitro におい ては,日本の小型コウモリ由来 Yokose virus が肺由 オ)今後の問題点 来初代培養細胞において CPE を示さないウイルス 感染症法の見直しにより,平成 16 年 11 月から翼 増殖が観察された。これらの結果は,翼手目が小動 手目の輸入は全面禁止となり,輸入動物によるリス 物を含めた産業動物全般のウイルスベクターとなり クは回避できたと考えられる。しかし,わが国には うることを示唆するものと考える。 土着のコウモリが生息し,また沖縄や小笠原諸島に はオオコウモリも生息している。さらに野生のオオ キ)引用文献 コウモリの飛翔能力を考慮すると台湾やフィリピン なし から野生動物として侵入してくる可能性もある。類 似のリスクは小型翼手亜目について韓国などからの ク)研究発表 飛翔も考える必要がある。 口頭発表 こうした点を考慮すると,今後はアジア諸国との 1)大松 勉,西村順祐,石井寿幸,寺尾恵治,久 積極的な共同研究,特に翼手目の生態学,感染症疫 和 茂,吉川泰弘 翼手目免疫分子の特性解析に 学が必要になる。既にタイ国カセタート大学,ある ついて 第 138 回日本獣医学会 2004 いはフィリピンの国立熱帯病研究所(RITM)との 研究を進めているが,1 つの病原体に限らず,広い 誌上発表 視野にたった共同研究のネットワークを確立して行 1)Omatsu T., Ishii Y., Kyuwa S., Milanda E. G., く必要がある。 Terao K., Yoshikawa Y. Molecular Evolution Inferred いまや感染症,特に動物由来感染症は従来型の人 from Immunological Cross-reactivity of Immunoglobulin やペットを対象とした下流の感染症対策や研究室の G among Chiroptera and Closely Related Species 分析研究だけでは限界にきているにかも知れない。 Experimental Animals 52(5), 425-428, 2003 これからは環境科学,野生動物及び自然宿主に寄生 する病原体の生態学やフィールド科学といった上流 (大松 勉,吉川泰弘) 60 5 040.人獣共通感染症としてのカリシウイルスの家 畜における疫学調査と病原性の解析 検体(12%)と B 県由来 6 検体(7%)から増幅産 物を得た。データベース検索の結果,本遺伝子は 2002 年に米国で新たに報告された BEC である NB ア)研究目的 株 7 に高い相同性を示した(図 5040-1)。NV に近縁 カリシウイルスは直径 27 ∼ 40nm で,エンベロー の BEC 用のプライマーペアを用いた RT-PCR では, プを持たない小型球形ウイルスであり,ゲノムとし 5 検体から NV 特異的増幅産物が得られ,日本に 2 て,7 ∼ 8 キロベースの直鎖状,プラス鎖 RNA を有 種の BEC が存在することが明らかとなった。 している。現在,カリシウイルス科は Norovirus(NV) (イ)ブタ糞便材料中のカリシウイルス遺伝子の検 属,Sapovirus(SV)属,Lagovirus 属,Vesivirus 属 の 索:P289/290 を用いた RT-PCR により,8 検体に 3 4 属に分類されている。このうち,NV と SV はヒト 種のカリシウイルス遺伝子が検出された。1 つは の非細菌性胃腸炎の原因として公衆衛生上重要なカ NV に,もう 1 つはブタの SV である porcine enteric 1 calicivirus (PEC)3 に分類されたが,残りの 6 検体に 2 リシウイルスである 。NV と SV は細胞培養での分 離・継代が不可能で ,その研究は困難であったが, ついては新たなカリシウイルスである可能性が示唆 分子生物学的手法の発達,特に PCR 法によるゲノ された(図 5040-1)。 ム RNA の検出法の開発により,その病原体として (ウ)NB-like BEC の全塩基配列の決定とカプシド 1 のヒトにおける重要性が確立された 。NV と SV は 遺伝子の比較:A 県由来株について全塩基配列(7453 従来ヒト特有のウイルスと考えられていたが,近 塩基)を決定した(図 5040-2)。各遺伝子のアミノ酸 年,ウシやブタの腸管材料からも NV や SV に類似 配列を米国株と比較したところ,比較的高い相同性 3-5 の遺伝子が検出され ,両ヒトカリシウイルス類似 を有していたが,カプシド蛋白の一部の領域(300 ウイルスが各種動物の腸管に存在する可能性が示唆 ∼ 400 番目)にアミノ酸配列の相違が集中する傾向 されている。本研究は,NV と SV を含むカリシウ が認められた(図 5040-3)。 イルスの家畜における実態を疫学的に解明し,人獣 (エ)ブタ由来カリシウイルスのカプシド遺伝子の 共通感染症としての病原学的意義を追求するととも 比較解析:ブタ由来 SV である PEC のカプシド蛋白 に,その診断・予防法を開発することを最終目的と のアミノ酸配列は米国株と比較して,370 から 400 番 する。 目のアミノ酸に相違が多く認められた(図 5040-4)。 ブタ由来 NV は既報の健康豚由来日本株 2 株 5 と相同 イ)研究方法 性が高く,特に N 末側 10 から 230 番目のアミノ酸 (ア)日本国内の 3 つの県(関東,関西および九 配列は完全に保存されていた(図 5040-5)。一方,ポ 州)の家畜保健所で採材された糞便材料(ウシ由来 リメラーゼ遺伝子の比較では新規のカリシウイルス 152 検体,ブタ由来 95 検体)より RNA を抽出し, と考えられたブタ由来ウイルスのカプシド遺伝子は 相同性の高いポリメラーゼ遺伝子を標的とするユニ SV に近縁であることが示されたが,その相同性は低 バーサルなカリシウイルス検出用プライマーペア く(32 ∼ 37%) ,SV の新たな genogroup を形成す 6 (P289/290) を用いて RT-PCR を行ない,増幅産 物の塩基配列を決定した。 (イ)検出された NB-like ウシ腸管カリシウイルス (BEC)について全塩基配列を決定するとともに, カプシド遺伝子に着目し,検出された他の NB-like BEC についても解析を行なった。 (ウ)ブタ由来 NV と SV のカプシド遺伝子を主に 3’RACE 法を用いてクローニングし,塩基配列を決 定した。 ウ)結 果 (ア)ウシ糞便材料中のカリシウイルス遺伝子検 索:P289/290 を用いた RT-PCR により,A 県由来 8 図 5040-1 本研究で検出されたカリシウイルス(下線) を加えた系統樹(ポリメラーゼ遺伝子) 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 図 5040-2 図 5040-3 NB-like BEC のゲノム構造 日本と米国の NB-like BEC VP1 のアミノ酸配列の比較 図 5040-4 日本と米国の PEC VP1 のアミノ酸配列の比較 図 5040-5 ブタ由来 NV VP1 のアミノ酸配列の比較 61 62 る可能性が示された。 れず,ヒトの腸管感染に直接関与する可能性は低い ものと推定された。 エ)考 察 本研究により日本のウシ並びにブタ腸管材料中に キ)引用文献 多様なカリシウイルスが存在することが示された。 1)Atmar R. L. and Estes M. K. Diagnosis of NB-like BEC の遺伝子が検出されたウシ個体のほと noncultivable gastroenteritis viruses. Clin. Microbiol. んどが弱齢(7 ∼ 28 日齢)であり,その内 12 頭が Rev. 14:15-37, 2001 下痢を呈していた。しかし,BEC 以外の病原体との 2)Duizer E., Schwab K. J. et al. Laboratory effort to 共感染も病性鑑定時に認められており,この NB- cultivate noroviruses. J. Gen. Virol. 85: 79-87, 2004 like BEC が野外で単独で病気を引き起こしうるかに 3)Guo M., Chang K. O. et al. Molecular 関しては今後の検討が必要である。ブタ由来カリシ characterization of a porcine enteric calicivirus ウイルスに関しても病気との関係は不明の点が残さ genetically related to Sapporo-like human calicivirus. れているが,PEC と考えられるブタ由来 SV につい J. Virol. 73: 9625-9631, 1999 ては下痢症例より遺伝子が検出され,他の病原体は 4)Van der Poel W. H. M., Vinje J. et al. Norwalk- 病性鑑定時に検出されていないことより,下痢症の like calicivirus genes in farm animals. Emerg. 原因になりうるものと考えられた。一方,本研究で Infect. Dis. 6: 36-41, 2000 得られた家畜由来の各カリシウイルス遺伝子はヒト 5)Sugieda M. and Nakajima S. Viruses detected in 由来のものと同一のクラスターを形成することは認 the caecum contents of healthy pigs representing められず,各動物固有のカリシウイルスであると考 a new cluster in genogroup II of the genus えられ,ヒトの腸管感染症への関与の可能性は低い ‘Norwalk-like viruses’. Virus Res. 165-172, 2002 ものと推定された。 6)Jiang X., Huang P.W. et al. Design and evaluation of a primer pair that detects both Norwalk- and オ)今後の問題点 Sapporo-like caliciviruses by RT-PCR. J. Virol. (ア)得られた遺伝子情報をもとに,ウイルス種に Methods 83: 145-154, 1999 特異的で感度の高いプライマーを設計し,RT-PCR 7)Smiley J. R., Chang K. O. et al. Characterization でのウイルス遺伝子検出法を改良する。 of an enteropathogenic bovine calicivirus representing (イ)各ウイルスのカプシド遺伝子を組換え発現さ a potentially new calicivirus genus. J. Virol. 76: せ,抗原性状を比較解析するとともに,血清診断法 10089-10098, 2002 を開発して血清調査を行なう。 (ウ)培養細胞でのウイルス増殖系の樹立を試みる ク)研究発表 とともに,動物感染実験により病原性を検討する。 口頭発表 1)沼澤大輔,下島昌幸,松浦裕一,遠矢幸伸,明 カ)要 約 石博臣 ウシ・ブタ糞便中のカリシウイルス遺伝 ヒトの胃腸炎の原因であるカリシウイルスの日本 子の検索 第 134 回日本獣医学会学術集会 2002 の家畜における実態を解明するために,ウシおよび 2)沼澤大輔,下島昌幸,松浦裕一,遠矢幸伸,明 ブタの糞便材料中のカリシウイルス遺伝子を RT- 石博臣 日本におけるウシ腸管カリシウイルス遺 PCR 法により検索した。得られた増幅産物の塩基配 伝子の検索と解析 第 51 回日本ウイルス学会学 列を決定し,主にカプシド遺伝子の解析を進めたと 術集会 2003 ころ,ウシからは 2 種類(NB-like,NV),ブタから 3)尹益哲,遠矢幸伸,明石博臣 ブタ腸管由来カ は 3 種類(NV,SV genogroup III,SV new genogroup) リシウイルスの遺伝子検索 第 52 回日本ウイル のカリシウイルスの存在が示された。しかし,ウ ス学会学術集会 2004 シ・ブタ由来の各カリシウイルス遺伝子はヒト由来 のものと同一のクラスターを形成することは認めら (遠矢幸伸) 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 5 050.牛疫ウイルスの性状および発病機構の解明 63 ウ)結 果 (ア)RPV-L 接種後 3 日目に採取したリンパ系臓器 ア)研究目的 (脾臓,腸間膜リンパ節,膝下リンパ節,パイエル 牛疫は,反芻獣に伝播力の強い全身性・致死性感 板)および PBMC からは共培養によってウイルスが 染症を引き起こす疾病で,現在でもアフリカや中近 分離されたが,脳,肺,腎臓などからは分離されな 東,南アジアで流行が見られ,FAO の撲滅対象最重 かった。また,N 遺伝子内の配列を用いた RT-PCR 要ウイルス病にあげられ,OIE のリスト A にランク 法により,感染ウサギの腸間膜リンパ節において効 されている。我が国には現在発生はないが発生すれ 率良く増幅産物を検出できた。すべての感染ウサギ ばその被害は甚大となるため,研究の必要性の高い において同様の結果が得られた。 重要なウイルス疾患である。我々は近年開発された (イ)我々がウイルスクローニングした RPV-Lv 株 モノネガウイルス群のリバースジェネティックス系 の全塩基配列を決定した。その後,ウイルスゲノム を牛疫ウイルス(RPV)において確立し,我々のも 全長を組み込んだプラスミドを作製し,リバース つ優れた動物実験系と組み合わせることにより,病 ジェネティックス法によりこの全ゲノムプラスミド 原性発現や免疫応答の分子機構を解明することに から感染性ウイルス rRPV-Lv の回収に成功した。得 よって,総合的理解に基づく疾病診断法や予防法の られた rRPV-Lv の B95a 細胞での増殖は元株 RPV-Lv 開発に役立てることを最終目的とする。 とほぼ同じであった。また rRPV-Lv をウサギに接種 したところ,激しい病原性を示し,レスキューした イ)研究方法 ウイルスが元株と同等の病原性を保持していること (ア)実験感染動物からのウイルス分離と診断法の も確認できた。 確立 (ウ)RPV-Lv 株のフルゲノムプラスミドを用いて, 牛疫ウイルスのウサギ馴化株である RPV-L 株を V 蛋白欠損ウイルス rRPV-Lv(V-) をレスキューする ウサギに接種し,臨床症状の極期である接種 3 日 ことに成功した。rRPV-Lv(V-) の病原性をウサギの 後に各種臓器と末梢血細胞(PBMC)を採取する。 感染実験により解析した結果,RPV においては V 蛋 各臓器乳剤および PBMC を B95a 細胞と共培養す 白は病原性にあまり関与していないと考えられた。 ることにより感染動物からのウイルス分離を試み (エ)RPV-L 株のクローニングの際に,Lv 株と同時 る。RT-PCR による効率的なウイルス診断法を確 に得られたウサギに対し非常に病原性が弱いクロー 立する。 ン La 株について全塩基配列を決定し Lv 株と比較し (イ)ウサギ馴化株でのリバースジェネティックス た。変異の認められた遺伝子について,Lv 株のリ 系の確立 バースジェネティックス系を用いて組換えウイルス RPV-L 株から限外希釈によってウイルスクローニ を作出し,2 つのクローンの病原性の違いを規定す ングしたウイルス株のうち最も病原性の強いウイル る遺伝子の同定を試みた。その結果,Lv 株と La 株 スクローン(RPV-Lv 株)について,全ゲノムの塩基 の病原性の違いは N 蛋白中の 1 アミノ酸の変異によ 配列を決定する。ウイルスゲノム全長を組み込んだ ると考えられた。 プラスミドを作製する。このフルゲノムプラスミド をサポーティングプラスミドとともに 293 細胞にト エ)考 察 ランスフェクションすることにより,感染性ウイル RPV 感染動物からのウイルス分離法およびウイル ス rRPV-Lv のレスキューを試みる。 ス遺伝子検出法を確立することができた。これらは (ウ)RPV の病原性発現に関与するウイルス蛋白 現在日本には牛疫の発生はないが万が一入ってきた の検索 場合に迅速なウイルス検出に役立つと考えられる。 (イ)で 確 立 し た RPV-Lv 株 の リ バ ー ス ジ ェ ネ 強 い 病 原 性 を 保 持 し た 株 で の RPV の リ バ ー ス ティックス系を用いて,個々の遺伝子に改変または ジェネティックス系の開発に成功した。この系は未 欠損を与えたウイルスを作出し感染実験を行なうこ だ明らかにされていない RPV の病原性発現機序の とにより,RPV の病原性に関与するウイルス構成蛋 解明のために有用と考えられる。このリバース系を 白を検索する。 用いた結果,RPV-L 株のような極めて強い病原性を 示すウイルスにおいては V 蛋白の病原性への関与は 64 小さいことが明らかになった。また RPV-L 株のク 3)甲斐知恵子 モービリウイルス新リバースジェ ローニングにより得られた病原性の異なる 2 株の比 ネティックス系の開発と獣医学への応用 第 132 較を行なった結果,N 蛋白中の C 末端付近の 1 つの アミノ酸の変異がウイルスの増殖性,病原性に影響 を与えることを明らかにすることができた。 回日本獣医学会 2001 4)Yoneda M. and Kai C. Host specificity and pathogenicity of Rinderpest virus. International Symposium on Reverse genetics of mononegavirales. オ)今後の問題点 2001 3 年間の研究期間を通じて,当初の計画を順調に 5)Yoneda M., Shimizu F., Seki T., Tshukiyama- 進めることができた。リバースジェネティックス系 Kohara K. and Kai C. Rescue of pathogenic を開発できたことにより,これまでモノネガウイル rinderpest virus and function of the V protein for スで提唱されていた V 蛋白が,牛疫の激しい病原性 virulence. 12th Int. Congress of Virology, 2002 にはあまり影響しないことを明らかにできた。また 6)米田美佐子,関 貴弘,池田房子,三浦竜一, この成果を得たことで,本系は病原性発現に関わる 小原恭子,甲斐知恵子 牛疫ウイルス L 株クロー ウイルス蛋白の同定に極めて有効であることが示さ ンの reverse genetics 系の確立と V 蛋白の病原性 れた。今後は RPV のどのウイルス蛋白が激しい病 への関与 第 50 回日本ウイルス学会 2002 原性に関与しているか,またどのような機序により 7)米田美佐子,関 貴弘,池田房子,三浦竜一, 病原性が発現されるのかを同様にして解明していき 小原恭子,甲斐知恵子 牛疫ウイルス Lv 株を用 たい。 いた新 reverse genetics 系の確立 第 135 回日本 獣医学会 2003 カ)要 約 8)Yoneda M., Barrett T., Kohara K. and Kai C. OIE のクラス A に分類される牛疫ウイルス(RPV) The effect of Rinderpest virus nucleocapsid について,ウイルス分離法およびウイルス遺伝子検 protein and phosphoprotein on the species specific 出法を確立した。続いて遺伝子から感染性ウイルス pathogenicity 12th Negative Strand Viruses 2003 を作出する新技術であるリバースジェネティックス 9)Kai C., Yoneda M., Seki T., Ikeda F., Sato R., 系の開発に成功した。この系と,優れた動物実験モ Kohora K. Recombinant Rinderpest viruses with デル系と組み合わせることにより,病原性発現に関 mutations in the N, P, L genes have altered 係するウイルス蛋白を検索した。他のウイルスから pathogenicities in vivo. 12th Negative Strand 予想されていた V 蛋白の病原性への関与は小さく, Viruses 2003 また弱毒化したウイルス株においては N 蛋白の変 10)米田美佐子,甲斐知惠子 牛疫ウイルスの種を 異であることを解明した。本系は,今後のウイルス 越えた病原性発現に関与するウイルス構成蛋白 蛋白機能の解析に極めて有用である。 第 136 回日本獣医学会 2003 11)米田美佐子,三浦竜一,小原恭子,甲斐知恵子 キ)引用文献 牛疫ウイルス N 蛋白および P 蛋白の種特異的病原 性発現機構への関与 第 51 回日本ウイルス学会 ク)研究発表 口頭発表 2003 12)米田美佐子,関 貴弘,池田房子,三浦竜一, 1)米田美佐子,清水房子,塩谷元宏,関 貴弘, 小原恭子,甲斐知恵子 牛疫ウイルス L 株におけ 藤田賢太郎,三浦竜一,小原恭子,甲斐知恵子 る N,P,L 遺伝子中の変異が病原性に与える影響 reverse genetics 法を用いた牛疫ウイルス L 株ク 第 51 回日本ウイルス学会 2003 ローンの作製とその病原性解析 第 131 回日本獣 医学会 2001 誌上発表 2)佐藤玲子,星 美穂,米田美佐子,塩谷元宏, 1)Shiotani M., Miura R., Fujita K., Wakasa C., 小原恭子,甲斐知恵子 牛疫ウイルス L 株からク Uema M. and Kai C. Molecular properties of the ローニングされたウサギに対する弱毒株の遺伝子 matrixprotein (M) gene of the lapinized rinderpest 解析 第 132 回日本獣医学会 2001 virus. J. Vet. Med. Sci., 63(7): 801-5, 2001 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 2)Yoneda M., Bandyopadhyay S. K., Shiotani M., Fujita K., Nuntaprasert A., Miura R., Baron M. D., 65 5060.悪性カタル熱ウイルスの生態学的解析 Barrett T. and Kai C. Rinderpest virus H protein: ア) 研究目的 role in determininghost range in rabbits. J. Gen. 悪性カタル熱(malignant catarrhal fever, MCF) Virol., 83, 1457-1463, 2002 は,牛・鹿などの大型反芻動物に散発的に発生する 3)Yoneda M., Miura R., Barrett T., Kohara K. and ウイルス性疾病で,OIE のリスト B 疾病の一つに定 Kai C. Rinderpest virus phosphoprotein gene is a 義されている。臨床症状として発熱,食欲廃絶,流 major determinant of species-specific pathogenicity. 涙,流涎,膿性鼻汁の他,口腔粘膜のびらん,体表 J. Virol. 78(12): 6676-6681, 2004 リンパ節の腫大,角膜の混濁等を示し,多くは発病 後短期間で死亡する。MCF には,ウシカモシカ型 (wildebeest derived-MCF, WD-MCF)と羊型(sheep 特許公開 associated-MCF, SA-MCF)の 2 つの病型が存在し, なし (米田美佐子,甲斐知恵子) それぞれの病原ウイルスは近縁ながらも別種とされ ている。WD-MCF は主にアフリカで発生しており, ウ シ カ モ シ カ に 潜 伏 感 染 し て い る alcelaphine herpesvirus-1(AlHV-1)に,牛などの感受性動物が 感染すると MCF を発症する。一方,SA-MCF は世 界各地において発生が見られる。その発生には羊が 関与することが疫学的に知られているが,病原ウイ ルスは未だ分離されていない。しかし,羊および発 症動物において,AlHV-1 に対する抗体や AlHV-1 と ホモロジーのあるウイルス遺伝子が検出されること などが明らかとなっている。そのため,羊に潜伏感 染し牛などに MCF を引き起こすウイルスは,未分離 ながら ovine herpesvirus-2 (OvHV-2)と仮称されて いる。これらのウイルスは,レゼルボアであるウシ カモシカや羊に対しては病原性を示さない。 SA-MCF の感染伝播様式に関しては不明な点が多 い。筆者らはこれまでに,羊と感受性動物の同居に よる SA-MCF 発症試験を試みた 1。しかし,羊とニ ホンシカの同居試験では 2 回中 1 回の発症にとどま り,また,羊と牛の同居試験では最長 18 ヶ月間同居 させたが,これらの牛は発症しなかった。MCF 再 現が困難なことも,本ウイルスの感染様式解明を妨 げている。一方,レゼルボアである羊での伝播様式 については,いくつかの知見が得られている 2,3。通 常,群で飼育されている羊のほぼ全頭が OvHV-2 に 感染しているが,AlHV-1 と異なり経胎盤感染はほと んど起こらないため,新生羊はウイルスに感染して いない。しかし,そのまま群内で育てられると半年 以内にほぼ全頭が感染する。子羊の感染時期は群や 年によって大きく異なり,早い場合は生後 1 ヶ月で ほぼ全頭感染していた例も見られた。しかしなが ら,その感染経路については未だ明らかではない。 本研究では,レゼルボア間及び発症動物における 66 ウイルスの動態を解析し,OvHV-2 の生態解明を図 として用いる AlHV-1 Minnesota 株は輸入禁止品の ることを目的とした。 ため,すでに国内に輸入されていた AlHV-1 WC-11 株を用いた。 イ)研究方法 (イ)羊における OvHV-2 伝達試験 (ア)OvHV-2 持続感染牛の摘発と免疫抑制剤投与 (1)OvHV-2 陰性羊の作出 試験 OvHV-2 陽性羊(コリデール種)から生まれた子 (1)MCF 発生例の概要 羊を,生後 5 日以内に親から隔離し,別棟の施設で 繁殖用および肥育用黒毛和種 26 頭を飼養する一貫 人工哺育により飼育した。定期的に血液と鼻スワブ 経営農家で,5 年前より 9 頭の羊を冬季間のみ預か を採材し,PCR 法により OvHV-2 に感染していない り,牛舎の一角に飼育していた。当該牛は 11 才の繁 ことを確認した。3 年にわたり合計 14 頭の OvHV-2 殖用黒毛和種で,平成 13 年 3 月 24 日から発熱,食 陰性羊を作出したが,伝達試験開始前に自然感染し 欲不振,発咳等の症状を示し,5 日後に死亡した。こ た個体はいなかった。 の牛は 5 月 9 日分娩予定の妊娠牛であった。家畜保 (2)同居試験および鼻スワブ伝達試験 健衛生所による病理組織学的検査では,腎の小動脈 羊における OvHV-2 感染経路を特定するために, 血管壁に軽度の類線維素壊死が認められ,血管周囲 作出した OvHV-2 陰性羊を用いて,伝達試験を行っ および中膜にリンパ球浸潤が確認された。血管炎病 た。同居試験では,妊娠羊を含む 3 − 8 才の OvHV- 変は他の臓器にも認められ,SA-MCF と診断された。 2 陽性羊と陰性羊を同居させた(Exp.1-3)。また,他 胎子には特に病変は見られなかった。なお,同居牛 農場から感染直後の陽性子羊(3 ヶ月齢)を導入し, 25 頭においても臨床的な異常は見られなかった。 陰性羊と同居させた(Exp.4)。さらに,Exp.4 で感 (2)MCF 発症牛および胎子臓器中の OvHV-2 遺 染が確認された 2 頭を別室に移動し,別の陰性羊と 同居させた(Exp.5)。鼻スワブ伝達試験では,陽性 伝子の検出と定量 死亡牛の各臓器(心,肺,肝,腎,脾,大脳,小 羊の鼻スワブを 4 週ごとに 5 日間陰性羊の鼻腔に注 脳,下垂体,気管,扁桃,肺リンパ節,腸骨下リン 入した(Exp.6-7)。全頭から毎週血液と鼻スワブを パ節)および胎児臓器(胎盤,心,肺,肝,腎,脾, 採取し,PCR 法によりウイルスが伝達されたかどう 脳)から DNA を抽出し,PCR 法により OvHV-2 遺 か確認した。 伝子の検出と定量を行った。 (ウ)OvHV-2 PCR 産物の塩基配列比較 (3)同居牛の追跡調査 1991 − 2001 年における SA-MCF 国内発生例およ 同居牛 25 頭から約 2 ヶ月間隔で血液と鼻汁を採取 び健康羊の試料(組織または白血球)を,合計 20 例 し,OvHV-2 遺伝子の検出を行った。 を集めた。それらの PCR 産物(423bp)の塩基配列 (4)OvHV-2 持続感染牛の免疫抑制剤投与試験 をサイクルシークエンス法により決定し,それぞれ 同居牛の中から摘発した OvHV-2 持続感染牛 1 頭 の相違点を解析した。 を購入し,さらに 1 年間経過観察を行い,持続感染 を確認した。その後,免疫抑制剤(デキサメタゾン) ウ)結 果 0.1mg/kg 体重 /day を 5 日間静脈投与し,白血球中 (ア)OvHV-2 持続感染牛の摘発と免疫抑制剤投与 の OvHV-2 遺伝子量の変動を調べた。 試験 (1)MCF 発症牛および胎子臓器中の OvHV-2 遺 (5)OvHV-2 遺伝子検出および抗体検査 白血球および各臓器からはセパジーン(三光純薬) 伝子の検出と定量 を用い,鼻汁からはフェノール法により,それぞれ 死亡牛および胎児の各臓器のうち,母牛の全臓器 DNA を抽出した。PCR 法による OvHV-2 遺伝子の と胎盤,胎児の肺・脾から OvHV-2 遺伝子が検出され 4 1 検出は,Baxter らの方法を一部改変して行った 。 た。胎盤と胎児臓器の一部からウイルス遺伝子が検 また,Competitive DNA Construction Kit(Takara) 出されたことから,経胎盤感染の可能性も考えられ を用いて OvHV-2 用 Competitor を作製し,競合 PCR た。しかし,競合 PCR 法により OvHV-2 遺伝子量を定 法により OvHV-2 遺伝子を定量した。また,Li らの 量した結果,母牛臓器と胎盤では106-8copies/μg DNA Competitive Inhibition-ELISA 法 5 を用いて,血清中 だったのに対し,胎児臓器では103-4 copies/μg DNA の OvHV-2 に対する抗体を測定した。ただし,抗原 と極めて低かった。したがって,これらは採材時の 67 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 母牛血液の汚染に因るものという可能性も否定でき 示さず,不顕性感染例と考えられた(表 5060-2)。な なかった(表 5060-1)。 お,鼻汁からは 1 例も検出されなかった。 (2)同居牛の追跡調査および OvHV-2 持続感染牛 (3)OvHV-2 持続感染牛の免疫抑制剤投与試験 上記の持続感染牛のうち 1 頭を購入し,さらに 1 の摘発 同居牛については,発生直後 25 頭中 10 頭の白血 年間経過観察したが,白血球中 OHV-2 遺伝子は,約 球から OvHV-2 遺伝子が検出されたが,そのうち 8 2 年間を通じて nested PCR でようやく検出されるレ 頭は翌月以降 PCR 陰性となった。残る 2 頭は出荷ま ベルだった。しかし,デキサメタゾン投与後 8 − 25 でそれぞれ 11 ヶ月,13 ヶ月の間低レベルながら 日の間 1st PCR で充分検出できるまで増加し,その PCR 陽性を示し,持続感染牛とみなされた。しか 後減少し投与前のレベルに戻った(図 5060-1)。し し,この 2 頭を含めすべての同居牛は MCF 症状を か し な が ら,そ の 遺 伝 子 量 は ピ ー ク 時 で も 103 表 5060-1 MCF 発症牛臓器中の OvHV-2 遺伝子量(copies/μg DNA) 母牛 心 肺 肝 腎 脾 107.3 107.6 106.2 106.6 105.9 大脳 小脳 下垂体 気管 扁桃 胎児 胎盤 肺 107.0 103.8 脾 107.1 106.5 106.8 107.8 107.3 肺リンパ節 腸骨下リンパ節 107.7 107.8 < 103.2 表 5060-2 同居牛白血球からの OvHV-2 遺伝子検出 平成 13 年 平成 14 年 牛 No. 4月 5月 7月 9月 11 月 1月 3月 5月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 − ○ − − ○ ○ − ○ − − − ○ − ○ ○ − − − ○ − − − ○ − ○ − − − − − ○ − ○ − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − ○ − ○ − − − − − − − − − − − − − − − − NT − − − − − ○ − ○ − − − − − − − − − − − − − − − − NT − − − − − ○ − ○ − − − − − − − − − − − − − NT − − NT − − − − − ○ NT ○ NT NT NT − − − − − − − − − − NT − − NT − − − − − ○ NT ○ NT NT NT − − − − − − − − − − NT − − NT − − − − − ○ NT NT NT NT NT − NT − − − − − − − NT NT − − NT −:PCR 陰性 ○:PCR 陽性 NT:出荷のため検体なし 備考 6 月に出荷 68 図 5060-1 デキサメタゾン投与後の白血球中 OvHV-2 遺伝子検出 0* ∼ 4*days;デキサメタゾン 0.1mg/kg 体重を経静脈投与 表 5060-3 羊における OvHV-2 伝達試験 exp. No. 羊 No. OvHV-2 性 別 開始時年齢 試験期間 結 果 1 (同居) 955 146 + − ♂(去勢) ♀ 3才 0 才 5 ヶ月 8 ヶ月 感染せず 2 (同居) 957 116 + − ♀(妊娠) ♂ 3才 0 才 11 ヶ月 8 ヶ月 感染せず 3 (同居) 148 149 150 151 152 140 143 + + + + + − − ♀(妊娠) ♀(妊娠) ♀(妊娠) ♀(妊娠) ♀(妊娠) ♀ ♀ 8才 〃 〃 〃 7才 0 才 9 ヶ月 〃 6 ヶ月 感染せず 4 (同居) 170 171 172 165 167 + + + − − ♀ ♀ ♀ ♀ ♀ 0 才 3 ヶ月 〃 〃 0 才 4 ヶ月 〃 3 ヶ月 165,167 とも同 居後 10 週に感染 5 (同居) 165 167 140 143 + + − − ♀ ♀ ♀ ♀ 0 才 7 ヶ月 〃 1 才 6 ヶ月 〃 4 ヶ月 140,143 とも同 居後 12 週に感染 6 (鼻スワブ) 114 117 − − ♂ ♀ 0 才 11 ヶ月 1 年 3 ヶ月 〃 7 (鼻スワブ) 166 168 − − ♂ ♂ 0 才 4 ヶ月 0 才 3 ヶ月 8 (control) 113 115 − − ♀ ♂ 別棟隔離 9 (control) 163 164 − − ♀ ♀ 〃 copies/μg DNA と,健康羊の 104-5,MCF 発症動物 5-8 の 10 copies/μgDNA に比べてかなり低いレベル 備 考 同居 8 ヶ月後に出産・そ の後死亡 同居 2 ヶ月後に出産 〃 〃 〃 〃 exp. 4 の陽転羊を使用 9 ヶ月 感染せず 6 ヶ月後に感染 8 ヶ月後に感染 exp. 1 と 3 の陽性羊の鼻 スワブを経鼻接種 exp. 4 と 5 の陽性羊の鼻 スワブを経鼻接種 3 才まで OvHV-2 陰性 12 ヶ月まで OvHV-2 陰性 伝達試験の結果を表 5060-3 に記した。3 − 8 才の OvHV-2 陽性羊(妊娠羊を含む)と同居させた陰性 だった。一方,鼻スワブでは OvHV-2 遺伝子は一度 羊は,1 頭も感染しなかった(Exp.1-3)。一方,感染 も検出されなかった。また,実験期間中臨床症状は 直後の子羊(3 − 7 ヶ月齢)と陰性羊と同居させた 示さず,抗体も陰性のままだった。 ところ,全頭 10 − 12 週後に感染した(Exp.4, 5)。 (イ)羊における OvHV-2 伝達試験 また,鼻スワブによる伝達試験においても,3 − 8 才 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 69 の陽性羊の鼻スワブを用いた場合には感染しなかっ オ)今後の問題点 た(Exp.6)が,感染直後の子羊の鼻スワブを用いた SA-MCF の発生では,羊と感受性動物(牛,鹿な 場合は,6 − 8 ヶ月後に感染が確認された(Exp.7)。 ど)が同一農場内に飼養されている場合が多いが, (ウ)OvHV-2 PCR 産物の塩基配列比較 中には近隣に羊がいない状況の例もある。持続感染 健康羊(8 例)および羊から感染したと思われる 牛の存在はその問題を説明できる可能性があるが, MCF 発 症 動 物(牛,鹿,計 6 例)の OvHV-2 PCR 例数が少ないため調査が困難である。今後は MCF 産物はすべて同じ塩基配列であり,Baxter らの報告 発生を疑う場合,当該牛のみならず同居牛の検査も と比較すると,423 塩基中 346,353 番目の 2 塩基に 必要と考える。 相違が見られた。一方,サファリパークや動物園で の発生例(鹿,シフゾウ,カモシカ,計 5 例)では, カ)要 約 5 例とも 112, 113, 346 番目の 3 塩基に共通の相違が 1) SA-MCF 発生農家の同居牛から OvHV-2 持続感 あった。シフゾウとカモシカは,西アジア原産のム 染牛を摘発し,免疫抑制剤投与試験を行った。デキ フロン(野生羊 1 例)から OHV-2 が伝播したことが サメタゾンを投与しても MCF 発症には至らなかっ 分かっており,両者は配列が一致した。 たが,OvHV-2 遺伝子量は投与後一定期間増加した。 2)OvHV-2 陰性羊を作出し,感染経路特定のため エ)考 察 の伝達試験を行った。その結果,陽性羊の年齢ある SA-MCF の発生は散発的で,しかも 1 頭のみの発 いは感染後の時間経過によって感染性が異なること 症であることが多い。通常は死亡牛のみ精密検査を が示唆された。また,鼻スワブによる伝達が成立 行い診断するが,今回同居牛の検査も同時に行うこ し,感染経路の一部が解明された。 とで,集団的不顕性感染およびそれに続く持続感染 3)SA-MCF 国内発生例 OvHV-2 PCR 産物の塩基配 と思われる症例について調査することができた。臨 列は 2 種類に分かれ,レゼルボア畜種によって保有 床的な異常はなかったとはいえ,25 頭中 2 頭の持続 ウイルスの塩基配列に差異があることが明らかと 感染牛が存在したという事実は,SA-MCF の病態を なった。 理解する重要な知見であると思われる。さらに,そ の持続感染牛への免疫抑制剤投与試験において,今 キ)引用文献 回の投与条件では MCF 発症には至らなかったが, 1)Imai K., et al. Vet. Microbiol. 79: 83-90, 2001 持続感染ウイルスが何らかのきっかけで活性化し, 2)Li H., et al. J. Clin. Microbiol. 36: 223-226, 1998 発症へとつながる可能性が示唆された。 3)Li H., et al. Vet. Microbiol. 71: 27-35, 2000 以前から SA-MCF の発生要因として,周産期スト 4)Baxter S. I. F., et al. Arch. Virol. 132: 145-159, レスにより羊体内の OvHV-2 が活性化し,体外に排 出されるという仮説も考えられていた。しかし,本 試験において周産期の陽性羊と同居させた陰性羊は 1993 5)Li H., et al. J. Clin. Microbiology 32: 1674-1679, 1994 感染せず,感染直後の子羊と同居させた場合は,比 較的容易に感染した。また,鼻スワブによる伝達試 ク)研究発表 験においても,同様の結果が得られた。したがっ 誌上発表 て,OvHV-2 陽性羊の年齢あるいは感染後の時間経 1)葛城粛仁,中村和典,笠原香澄,谷村英俊,西 過によって,感染性が異なることが示唆された。 森知子,今井邦俊 牛における羊型悪性カタル熱 20 例の OvHV-2 PCR 産物の塩基配列は,2 種類に の発生と同居牛における不顕性感染 日本獣医師 分かれた。家畜の羊およびそれらから感染した発症 会雑誌 56, 793-797, 2003 例のグループと,サファリパークなどでの発生例 2)Nishimori T., Ishihara R., Kanno T., Jayawardane (一部はムフロンから感染したことが判明)のグ G. L., Nishimori K., Uchida I., Imai K. Experimental ループである。したがって,レゼルボア畜種によっ transmission of ovine herpesvirus-2 in sheep. J. て保有ウイルスの塩基配列に差異があることが明ら Vet. Med. Sci. 66(10): 1171-1176, 2004 かとなった。 (西森知子,菅野 徹,石原涼子,葛城粛仁, 内田郁夫,西森 敬,今井邦俊) 70 5 070.H9N2 亜型トリインフルエンザウイルスの性 状および生態解明 を用いて既知の株と共に分子系統的に解析した。 Neighbor-Joining 法を用いて,得られた結果から分 子系統樹を各遺伝子について作成した。 ア)研究目的 (イ)分離された H9N2 亜型ウイルス 7 株及び H9 1999 年,新たなヒト新型インフルエンザとして 標準株の A/turkey/Wisconcin/66 株について鶏抗血 H9N2 亜型ウイルスが分離された。これらの株は 清を作成し,交差 HI 試験によりその抗原性を検討し 1997 年ウズラから分離された A/quail/HongKong/ た。 G1/97 株に近いことが示されており,トリからヒト (ウ)分離された H9N2 亜型ウイルスから 3 株を選 へ伝播したと考えられている。一方,輸入愛玩鳥や 択して静脈内接種試験によりその病原性を評価し 輸入鶏肉材料から H9N2 亜型のウイルス株が動物検 た。 疫所等で分離されている。しかし,H9N2 亜型ウイ (エ)分離された H9N2 亜型ウイルス 3 株を選択し ルスのトリやマウス等哺乳類などへの感染性や病原 てマウスに対する感染性を調べた。マウスは 5 週令 性などに関してはあまり解析されてきておらず,ま Balb/c(♀)を用いネンブタール麻酔下にてウイル たその性状解析も不十分な点が多い。国内でもこの スを経鼻接種した。接種 3,6 日後に安楽死後主要 ようなウイルス株が分離されていることはわが国に 臓器を採材し,ウイルス分離を行った。 於いても流行の可能性が危惧されることから,本課 題では収集した分離 H9N2 亜型ウイルス株の遺伝学 ウ)結 果 的特性や抗原性および鶏やマウスを用いてその感染 (ア)輸 入 愛 玩 鳥 分 離 株 は A/quail/HongKong/ 性などについて検討し,その性状を解明することを G1/97 株やヒトから分離された A/HongKong/1073/ 目的とした。 99 株(内部遺伝子 6 分節が香港 H5N1-1997 インフ ルエンザウイルスにも極めて近縁関係にある)と全 イ)研究方法 分節の分子系統樹解析で同一クラスタを形成した (ア)パキスタン由来輸入愛玩鳥(parakeet)から (表 5070-1,図 5070-1)。しかし,愛玩鳥由来株は 分離された H9N2 亜型ウイルス 2 株については,RT- NAHA において A/quail/HongKong/G1/97 株や A/ PCR 法を用いてその全遺伝子の塩基配列を決定し HongKong/1073/99 株と異なり stalk 領域のアミノ た。動物検疫所にて中国由来輸入鶏肉材料から分離 酸の欠損が認められなかった。 された 11 株については HA, NA, NP 遺伝子について (イ)一方,動物検疫所にて鶏肉由来材料から分離 は全塩基配列,残りの PB2, PB1, PA, M, NS 遺伝子 された 11 株の H9N2 亜型ウイルスは,その HA 遺伝 については部分塩基配列を決定した。得られた塩基 子の塩基配列を基にした分子系統樹解析では,上述 配列からアミノ酸配列を推定すると共に,Clustal X の輸入愛玩鳥分離株や A/HongKong/1073/99 株と 表 5070-1 パキスタンからの輸入愛玩鳥から分離された H9N2 亜型ウイルスと他の H9N2 亜型ウイルスとの比較 % Homology with A/parakeet/Chiba/1/97 No. of nucleotides Segment sequenced A/Hong Kong/1073/99 Nucleotides PB2 PB1 PA HA NP NA M 2280 2277 2151 1629 1497 1407 982 98.5 98.9 97.6 97.7 98.9 97.9 99.1 NS 838 98.2 Amino acids 99.1 99.7 98.7 97.5 99.4 97.7 99.6 (M1) 96.9 (M2) 96.1 (NS1) 98.3 (NS2) A/quail/Hong Kong/G1/97 Nucleotides 98.5 98.9 98.4 98.0 99.3 98.1 99.1 98.6 Amino acids 98.7 99.6 99.2 97.4 99.4 97.4 99.6 (M1) 97.9 (M2) 96.5 (NS1) 99.2 (NS2) A/chicken/Hong Kong/G9/97 Nucleotides 98.2 98.4 89.0 92.5 90.6 94.0 96.4 93.3 Amino acids 98.3 99.1 94.2 92.9 96.3 93.4 98.0 (M1) 96.9 (M2) 92.5 (NS1) 95.7 (NS2) A/duck/Hong Kong/Y439/97 Nucleotides 87.6 90.6 89.9 85.1 94.7 89.7 92.9 91.1 Amino acids 96.4 97.3 96.1 88.1 97.0 89.3 95.6 (M1) 93.8 (M2) 89.5 (NS1) 97.5 (NS2) 71 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 図 5070-1 パキスタンからの輸入愛玩鳥から分離された H9N2 亜型ウイルスを中心とした HA と NP 遺伝子の分子系統樹 注 . 下線はヒトから分離された株を示す。 表 5070-2 Genotype Strain 中国からの輸入鶏肉から分離された H9N2 亜型ウイルス株の遺伝子型 Origin PB2 a PB1 PA HA NP NA M NS Ia Os-48/97 Y-45/02 上海 山東 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280* Y280* Y280 Y280 Y280 Y280 Ib Y-120/01 Y-144/01 吉林 吉林 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 II Os-58/01 遼寧 Dk b Y280 Dk Y280 H5/01-Ed Y280* Y280 Y280 III Os-19/01 Y-55/01 Y-135/01 深川 深川 吉林 Dk Dk Dk Y280 Y280 Y280 AVL(H5)e AVL(H5) AVL(H5) Y280 Y280 Y280 H5/01-E H5/01-E H5/01-E Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 Y280 IV Os-69/01 上海 Dk Gs/GDc AVL(H5) Y280 H5/01-E Y280* Y280 Y280 V K-26/01 Y-134/02 山東 山東 Dk Dk Gs/GD Gs/GD AVL(H5) AVL(H5) Y280 Y280 H5/01-E H5/01-E Y280* Y280* Y280 Y280 Dk Dk a Y280: 1994 年以降鶏で認められている系統の一つ Dk: 水禽類由来 c Gs/GD: Gs/GD/1/96 (H5N1)-like virus に属する系統 d H5/01-E,新たに 2001 年の H5N1 亜型ウイルスに導入が認められた遺伝子分節 e AVL(H5),新たに 2001 年のアヒル肉由来 H5N1 亜型ウイルスに導入が認められた遺伝子分節 * ストーク領域に欠損を有する b は全く異なる系統(Y280 系統)に属した。 子型とする)に分類され(表 5070-2),これまで報告 (ウ)動物検疫所にて鶏肉由来材料から分離された された H9N2 亜型ウイルスの遺伝子型とはやや異 11 株の HA 遺伝子以外の 7 分節の分子系統樹解析の なった型も確認された。分離株の NA 遺伝子は全て 結果,これら 11 株は 5 種類の遺伝子型(この遺伝子 Y280 系統に属していたが,stalk 領域に欠損を有す 型とは分節が異なる系統であった場合,異なる遺伝 る系統と認められない系統に大きく分かれた。また 72 表 5070-3 交差 HI 試験 Antisera Antigen Lineage Ty/Wis/1/66 North America Pa/Chiba/1/97 G1 Pa/Narita/92A/98 G1 Ck/Os/aq48/97 Y280 Ck/Yo/aq55/01 Y280 Ck/Os/aq58/01 Y280 Ck/Ko/aq26/01 Y280 Ck/Os/aq69/01 Y280 Ty/Wis/1 Pa/Chiba Pa/Narita Ck/Os/aq Ck/Yo/aq Ck/Os/aq Ck/Ko/aq Ck/Os/aq 48/97 58/01 26/01 69/01 /66 /1/97 /92A/98 55/01 2560 640 320 1280 1280 640 320 320 320 5120 640 160 1280 640 320 320 640 2560 5120 640 2560 2560 1280 2560 320 640 640 5120 5120 10240 2560 2560 640 2560 1280 1280 5120 5120 2560 5120 1280 1280 1280 5120 5120 10240 5120 5120 1280 5120 2560 5120 5120 10240 5120 5120 640 1280 2560 5120 5120 5120 5120 10240 内部遺伝子では NP 遺伝子にみられたように,最近 離された H9N2 亜型ウイルスを対象に,遺伝学的性 の香港 H5N1-01(H5/01-E)に近縁な NP 遺伝子を 状および病原性等について解析を行った。パキスタ 有するウイルス株も認められた。これらの知見は近 ンから輸入された愛玩鳥から分離されたウイルス株 年の中国本土の鶏で流行している H9N2 亜型ウイル は 1999 年にヒトから分離されたウイルス株と全分 スが頻繁に遺伝子交雑を起こしている可能性を示唆 節において極めて近縁であったことは,このような した。 愛玩鳥の輸出入によってウイルスが拡散しうること (エ)交差 HI 試験の結果,HA 遺伝子で分類された が改めて証明された。 系統において,同一系統内のウイルス株間では交差 一方,中国から輸入された鶏肉製品から分離され 性が高かったが,異なる系統に対しては交差性が低 たウイルス株はその遺伝子型が 5 種類に分類され, かった(表 5070-3)。 これまで報告された H9N2 亜型ウイルスの遺伝子型 (オ)マウスを用いた感染試験の結果,ウイルスは とはやや異なった型も確認されている。そのなかに 肺からのみ回収されたことからその病原性は高くな は 2001 年に分離された H5N1 亜型ウイルス 3, 8 と近 いと考えられた。また鶏を用いた感染試験の結果で 縁な遺伝子分節を有するウイルス株も存在する。ま も発症鶏はみられなかったことから,ウイルス単独 た 2001 年広東省に存在する生鳥市場で分離された の病原性は高くないと考えられた。 H9 亜型ウイルスも複数の遺伝子型に分けられてい る 4。1998 年から 1999 年に中国本土で鶏から分離さ エ)考 察 れた H9N2 亜型ウイルスはこのような複数の遺伝子 H9N2 亜型トリインフルエンザウイルスは,1990 型の存在は報告されていなかった 5 ことから,これ 年代以降アジアを中心に急速に広がってきている 1。 以降急速に遺伝子交雑が進んだと考えられ,中国本 そのさなか,1999 年,2003 年に香港でヒトへの感染 土の幅広い地域で流行していると考えられる。 6 例も報告された 。特に 1999 年にヒトから分離され たウイルス株はその 8 本の遺伝子分節のうち 6 本が オ)今後の問題点 1997 年にヒトに初めて直接感染した H5N1 亜型ウイ 分離された H9N2 亜型ウイルス株は単独感染では 2 ルス株のものと近縁関係にあった 。つまり 1997 年 病原性がそれほど高くないと考えられるが,他の病 の 18 名のヒトに直接感染し内 6 名を死亡せしめた 原体との複合感染によって悪化するとの報告もある H5N1 亜型ウイルスは H9N2 亜型ウイルスを含めた, ことから,この点に関しては人獣プロ等の中で解析 2 ないし 3 株の遺伝子交雑によって生じたものと考 していきたい。 7 えられた 。従って H9N2 亜型ウイルスはヒトへの 新型インフルエンザへの候補のみならず,他のイン カ)要 約 フルエンザウイルスへの遺伝子供与体としても存在 輸入愛玩鳥や輸入鶏肉製品から分離された H9N2 しうることから,その遺伝子解析は重要なものと 亜型トリインフルエンザウイルスの遺伝学的性状お なってきている。 よび鶏やマウスへの病原性を検討した。愛玩鳥由来 本課題では輸入愛玩鳥および輸入家禽製品から分 株はヒトから分離されたウイルスと遺伝学的に近縁 口蹄疫等の海外悪性伝染病の性状解明と高度診断技術の開発 であり,輸入鶏肉製品から分離されたウイルス株は 複数の遺伝子型に分けられた。マウスや鶏への感染 試験の結果,単独での病原性はそれほど高くないと 73 10, 337-48, 2000 8)Tumpey T. M., Suarez D. L., Perkins L. E., et al: J. Virol. 76, 6344-55, 2002 考えられた。 ク)研究発表 キ)引用文献 誌上発表 1)Alexander D. J.: Vet. Microbiol. 74, 3-13, 2000 1)Mase M., Imada T., Sanada Y., Etoh M., Sanada 2)Guan Y., Shortridge K. F., Krauss S., et al: Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 96, 9363-7, 1999 3)Guan Y., Peiris J. S., Lipatov A. S., et al: Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 99, 8950-5, 2002 4)Li K. S., Xu K. M., Peiris J. S. et al: J. Virol. 77, 6988-94, 2003 5)Liu J., Okazaki K., Ozaki H., et al: Avian Pathol. 32, 551-60, 2003 6)Peiris M., Yuen K. Y., Leung C. W., et al: Lancet 11, 916-7, 1999 7)Subbarao K., and Shaw M. W. Rev. Med. Virol. N., Tsukamoto K., Kawaoka Y., Yamaguchi S. Imported parakeets harbor H9N2 influenza A viruses that are genetically closely related to those transmitted to humans in Hong Kong. Journal of Virology 75: 3490-4, 2001 2)衛藤真理子,真瀬昌司.中国産輸入鶏肉からの ニューカッスル病ウイルスおよび H9N2 インフル エンザウイルスの分離.日本獣医師会雑誌 56:333339,2003 (真瀬昌司)