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第2章 プロジェクトの概要

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第2章 プロジェクトの概要
第2章 プロジェクトの概要
7
目次
頁
用語集・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
9
1.事業の目的・政策的位置付け
1-1 事業の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24
1-2 政策的位置付け・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26
1-3 国の関与の必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 35
2.研究開発目標
2-1 研究開発目標・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36
2-1-1 全体の目標設定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 36
2-1-2 個別要素技術の目標設定・・・・・・・・・・・・・・・ 46
3.成果、目標の達成度
3-1 成果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50
3-1-1 全体成果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 50
3-1-2 個別要素技術成果・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53
3-1-3 論文、外部発表等・・・・・・・・・・・・・・・・・
274
3-1-4 OECDでの活動・・・・・・・・・・・・・・・・・
275
3-2 目標の達成度
3-2-1 全体の目標達成度・・・・・・・・・・・・・・・・・
276
3-2-2 個別研究開発項目の目標達成度・・・・・・・・・・・
278
4.標準化等のシナリオ、波及効果
4-1 標準化等のシナリオ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
283
4-2 波及効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
286
4-3 成果の発信と広報活動・・・・・・・・・・・・・・・・・・
288
5.研究開発マネジメント・体制・資金・費用対効果等
5-1 研究開発計画・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
291
5-2 研究開発実施者の実施体制・運営・・・・・・・・・・・・・
292
5-3 資金・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
296
5-4 費用対効果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
297
5-5 変化への対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
299
8
用語集
ADMER-PRO
2次生成対応広域大気モデル。産業技術総合研究所が開発した、光化学反応モデルの導入に
より、化学物質に加えてオゾンなど2次生成物質を含む複数物質の大気環境中濃度推定と暴
露評価を同時に行うモデルとシステム。産総研安全科学研究部門のサイト
(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/software/)で公開している
AIST-ADMER
産総研-暴露・リスク評価大気拡散モデル。産業技術総合研究所が開発した、化学物質の大
気環境濃度推定および暴露評価を行うモデルと一連のシステム。産総研安全科学研究部門の
サイト(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/software/)からダウンロードで
きる
AIST-CBAM
有害化学物質生物蓄積モデル。産業技術総合研究所が開発した、化学物質の東京湾内に生息
する生物体内濃度を推定するモデルと一連のシステム。産総研安全科学研究部門のサイト
(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/software/)で公開している
AIST-MeTra
産業技術総合研究所が開発した、金属類の農・畜産物中濃度およびそれらを経由しての摂取
量を推定する環境媒体間移行暴露モデル
AIST-RAMTB
産総研-東京湾リスク評価モデル。産業技術総合研究所が開発した、化学物質の海水中濃度
および底泥中濃度を算定し、生物へのリスク評価を行うモデル。ほかに、伊勢湾(RAM-IB)、
瀬 戸 内 海 (RAM-SIS) を 対 象 と し た モ デ ル も あ る 。 産 総 研 安 全 科 学 研 究 部 門 の サ イ ト
(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/software/)で公開している
AIST-SHANEL
産総研-水系暴露解析モデル。産業技術総合研究所が開発した、化学物質の水系環境濃度推
定および暴露評価を行うモデルと一連のシステム。産総研安全科学研究部門のサイト
(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/software/)で公開している
ECETOC
European Centre for Ecotoxicology and Toxicology of Chemicalsの略。化学物質から生
ずるヒト健康や環境への潜在的な影響を最小化するため、化学物質を扱う欧州産業界が設立
した非営利団体(http://www.ecetoc.org/)。化学物質の有害性情報等をまとめた技術レポ
ートや科学的文書を作成し、産業界に情報を提供している。ECETOC Aquatic Toxicity(EAT)
という生態毒性データベースがある
9
ECOTOX
ECOTOXicological database の略。米国環境保護庁が開発した、化学物質による生態影響に
関する知見を提供する包括的なデータベースシステムで、米国環境保護庁が、化学物質によ
る生態影響に関する既知見を収集・レビューし、水生生物、陸生植物、野生動物に関する毒
性データがそれぞれAQUIRE、PHYTOTOX、TERRETOXの3つのデータベースに収録されている
(http://cfpub.epa.gov/ecotox/)
ESD
⇒排出シナリオ文書
GIS
⇒地理情報システム
iAIR
室内暴露評価ツール。産業技術総合研究所が開発した、室内の製品からの化学物質の放散量
と吸入経路での暴露量を推定するモデルと一連のシステム。産総研安全科学研究部門のサイ
ト(http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/software/)からダウンロードできる
IUCLID
International Uniform Chemical Information Database の略。欧州各企業が提出した化学
物質の有害性情報等のデータを欧州委員会欧州化学物質事務局( European Chemicals
Bureau)がデータベース化し、REACHにおける化学物質の登録、OECD のHPV(高生産量)プ
ログラムの有害性初期評価(SIDS)で利用されている(http://iuclid.echa.europa.eu/)
OECD
Organisation for Economic Co-operation and Development(経済協力開発機構)の略。OECD
では、環境政策委員会傘下の化学品・農薬・バイオテクノロジー作業部会と化学品委員会と
の合同により、1970年代から化学物質の試験方法の確立、化学物質管理を効率的かつ有効に
行うための取り組み等を継続している
OECD 暴露評価タスクフォース
環境政策委員会傘下の化学品・農薬・バイオテクノロジー作業部会と化学品委員会との合同
会合(環境健康安全プログラムを統括する意思決定機関)の下部で活動している12の作業グ
ループの1つ。暴露評価を行うに際しての技術的なガイダンスを提供するために、主に以下
の活動を行っている
・特定の産業または化学物質の使用カテゴリーの排出シナリオ文書の作成
・暴露モデルのデータベースの開発
・モニタリングデータを暴露評価に用いる際のガイダンスの作成
PRTR
Pollutant Release and Transfer Register(化学物質排出移動量届出制度)の略称。人の
10
健康や生態系に有害なおそれがある化学物質について、事業所からの大気・水域・土壌環境
への排出量および廃棄物に含まれる移動量を事業者が自ら把握して国に届出を行い、国は事
業者からの届出データや推計により排出量・移動量を集計し、公表する制度。日本では1999
年7月13日に公布された化管法により制度化され、2001年4月から実施された
QALY
⇒質調整生存年数
QOL
⇒生活の質
QSAR
Quantitative Structure Activity(定量的構造活性相関)の略。化学物質の毒性とその構
造や物性の間の定量的な関係を意味する。この相関を導出し、化学物質の有害性を予測する
モデルをQSAR モデルと呼ぶ。これまでに数多くのQSARモデルが開発されている。フリーの
ソ フ ト ウ ェ ア と し て 開 発 、 配 布 さ れ て い る も の に 、 米 国 環 境 保 護 庁 の ECOSAR
(http://www.epa.gov/oppt/newchems/tools/21ecosar.htm)や国立環境研究所の生態毒性
予測システム(KATE)(http://kate.nies.go.jp/)がある
REACH
既存化学物質の安全性評価が進まないこと等を克服するため、欧州において2007年6月に施
行された新たな化学物質規制への取組。REACH規則の主な特徴として、既存化学物質と新規
化学物質の扱いをほぼ同等に変更、これまで政府が実施していたリスク評価を事業者の義務
に変更、サプライチェーンを通じた化学物質の安全性や取扱いに関する情報の共有を双方向
で強化、成型品に含まれる化学物質の有無や用途についても情報の把握を要求する等がある
(http://echa.europa.eu/reach_en.asp)
Read across法
対象とする事象空間全体を俯瞰的に見渡して意味を読み取るデータマイニング手法の総称。
クラスター解析等もこの手法の一つ
SAICM
⇒国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ
SIET
地域特異的経口摂取量推定ツール。産業技術総合研究所が開発した、有機化学物質の農・畜
産物中濃度と農・畜産物経由の摂取量を地域特異的に推定するモデルと一連のシステム。産
総 研 安 全 科 学 研 究 部 門 の サ イ ト ( http://www.aist-riss.jp/main/modules/
product/software/)からダウンロードできる
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SSD
⇒種の感受性分布
因果モデル
実験データに基づいて統計的に推定されたエンドポイント間の因果順序や関連の強さを表
すモデル。回帰分析がよく知られているが、本プロジェクトで提案する共分散構造分析・ベ
イジアンネットワークはパス図を明示することで視覚的な理解を助ける
エンドオブパイプ対策
工場や事業場内の生産設備等で発生した有害な化学物質を外部に排出させない対策で、排ガ
ス処理装置、中和処理装置の設置等があげられる
エンドポイント
リスクを評価する対象として設定する事象(特定の病気の発病、またはそれによる死亡等)
ガウシアンネットワーク
ベイジアンネットワークを実際に適用する場合に連続変量を扱うための手法。確率密度関数
として正規分布(ガウス分布)を用いる。化学物質の投与量は連続変数であるために、ガウ
シアンネットワークを用いることは妥当と思われている
化管法
⇒特定化学物質の環境への排出量の把握等および管理の改善の促進に関する法律
化学物質の審査および製造等の規制に関する法律(化学物質審査規制法、化審法)
難分解性で、かつ、ヒトの健康を損なうおそれ、または動植物の生息や生育に支障を及ぼす
おそれがある化学物質による環境の汚染を防止するため、新規化学物質の製造や輸入に際し
事前にその化学物質を審査し、その有する性状等に応じ、化学物質の製造、輸入、使用等に
ついて必要な規制を行うことを目的として制定された法律
確率密度関数
例えば、体重のように集団内の個人間で変動があるような変数について、その変動を確率分
布で表現する際に用いられる関数。数学的には、確率変数X の累積分布関数F(x)が微分可能
な場合、その導関数が確率変数X の確率密度関数である
換気回数
居室等の室内空間の空気が一定時間内に入れ替わる回数。単位は「回/時間」であるが、一
般的には換気係数と同じ意味で使われることが多い
環境動態
大気、水、土壌等自然環境における、移流、拡散、分解等の物質の振る舞い
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環境排出量
大気、水、土壌等の環境媒体へ発生源から物質が排出される量
環境媒体
環境を構成する大気、水、土壌、底質、生物等の要素
環境媒体間移行暴露
ある環境媒体中の化学物質が、他の媒体に移行し、その移行先の媒体によりヒトが被る暴露
環境モニタリングデータ
測定された環境媒体中の化学物質濃度
揮発性有機化学物質
常温常圧で大気中に容易に揮発する有機化学物質の総称。揮発性有機化合物ともいう。略称
は、VOCs、VOC
基本データセット
化学物質の生態毒性影響推定手法を開発するために必要な検討用ソースデータ。本事業では、
4つの用途群物質やそれらの構造類似物質を対象に、国内外の既存生態影響データベース
(ECOTOX、IUCLID、ECETOC、環境省)やリスク評価書(NEDO、化学物質総合評価管理プログ
ラム「化学物質のリスク評価およびリスク評価手法の開発」プロジェクト)から、各種水生
生物種(魚類、ミジンコ、藻類)に関する有害性情報(LC50やEC50、NOEC等)、各物質の物
性および構造に関する基礎情報を収集・作成したもの
吸着係数
吸着剤への化学物質の吸着の強弱を表す指標。数字が大きいほど吸着しやすい。化学物質の
濃度上昇や濃度減衰等のチャンバー試験におけるデータから推定する
グリッド
格子。メッシュとも言われる。濃度分布等を離散的に計算する場合の最小単位。例えば、
AIST-ADMERでは5 km×5 kmであり、この解像度で濃度の分布が得られる
クロス集計
カテゴリーデータを含む2つの項目の関連性を明らかとするための解析方法の一つ。行と列
に異なる項目を配置し、集計する
光化学反応
物質が紫外線や可視光により励起されることに因る化学反応。大気汚染物質の一つであるオ
ゾンは、主として二酸化窒素(NO2)の光化学反応により生成する
13
工業用洗浄剤
工業用洗浄剤とは、工業製品や材料等に対し、衛生的な品質、機能・精度の向上、剥離・エ
ッチング等を目的として製品の汚れや付着物を除去するため使用される化学物質。本事業で
は機械・金属系業種で用いられる物質に限定して使用している
塩素系:ジクロロメタン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレンが代表的。不燃性で
油分溶解力が強い。蒸留再生可能、浸透性がよく、低コスト、乾燥性良好であ
るが、毒性が高く法規制対象という特徴がある
炭化水素系:ノルマルパラフィン系、イソパラフィン系、ナフテン系、芳香族系に大別され
る。油分溶解力が強く、蒸留再生可能。毒性が低く、引火性、乾燥が遅い。固
形物汚れ・イオン性汚れには不向きで、金属腐食性は低いが、樹脂を侵食する
場合がある
ハロゲン系:フッ素系と臭素系がある。不燃、細孔浸透性がよく、乾燥性良好。塩素系と同
じ設備が使用可、蒸留再生可能であるが再生ロスが多い。高コスト。フッ素系
は低毒性であるが、臭素系は毒性に不明点がある
水系:無機・有機ビルダー、界面活性剤、防錆剤等で構成され、アルカリ、中性、酸性に分
類される。濃縮液や粉末で供給され水で希釈して用いられる。有機酸や無機塩
類等の電解質に対する溶解力が優れ粒子汚れを容易に水に分散できる、細孔浸
透性に劣る、乾燥が遅い、排水処理が必要、設備が大型になる、コストは比較
的安価等の特徴がある
準水系:非水系洗浄剤で洗浄し、すすぎを水で行う可燃物型と洗浄剤に水を尐量加えること
で消防法上の非可燃物に対応させた非可燃物型に大別される。比較的低温で重
質な油脂の除去が可能で、水溶性汚れも除去可能。洗浄工程が長く、乾燥が遅
い。金属の防錆・樹脂の耐溶剤試験が必要。洗浄液は再生困難で、汚れ混入量
以外に水分管理等洗浄液のメンテナンスが難しい
国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ
2002年の持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)で定められた「2020年までに化学物
質の製造と使用による人の健康と環境への悪影響の最小化を目指す」ための行動の一つとし
て、取りまとめることとされた。2006年2月、国際化学物質管理会議(ICCM)において取りま
とめられ、国連環境計画(UNEP)において承認された
最尤推定値
得られているデータが観察される確率(尤度)を最大とするように決定されたモデル等のパ
ラメータの値
三次元オイラー型の気象・拡散モデル
大気空間を三次元のグリッド(格子)で区切り、各グリッド間の物質の移流拡散を時間積分
により、数値的に解くタイプの大気拡散モデル。このタイプのモデルでは、局地気象を再現
する詳細なメソスケール気象モデルや数十~百物質の反応式を同時に解く詳細な化学反応
モデルが、組み合わされるのが一般的である
14
質調整生存年数
近年、医療分野において用いられることが多くなった健康指標。余命年数だけでなく、その
生活の質(QOL)を加味していることが特徴。健康状態のQOLは、死亡を0、通常の健康を1 と
して、その間の数値で表現される。患者や一般人へのアンケートや、医療関係者の判断によ
り数値が求められる。リスクの大きさは、化学物質暴露によるQALYの損失量、すなわち損失
QALYの大きさとして表現されることになる
化学物質暴露による損失QALYの概念図
室内暴露
室内に滞在する間に化学物質に接すること。広範には室内での接触による暴露等も含まれる
と考えられるが、一般的には、室内の空気を経由した暴露を指す
社会経済分析
政策や事象が社会に与える影響を定量的に分析する手法であり、主に、費用と効果の関係に
ついて分析するものである。費用効果分析は、得られる効果をかけられる費用で割ることで
相対的な効率性を判断する。費用便益分析は、得られる効果を金銭換算し、かけられる費用
との大小関係で、絶対的な効率性を判断する。また、費用や効果の帰着を予測することで、
分配面への影響の検討も可能となる
重篤度
化学物質により生じる健康影響の程度のこと。生死にかかわるような疾病は重篤度が高く、
自覚症状もないような変化は重篤度が低いと見なせる
種の感受性分布
化学物質に対する感受性は生物種ごとに異なり、避けたい事象(例えば、個体の死亡や繁殖
阻害)を生起する濃度も一般的に、種ごとに異なる。その種ごとの感受性のばらつきを確率
分布で表現したものを種の感受性分布と呼ぶ。一般に、対数正規分布を仮定することが多い
15
詳細リスク評価
化学物質の暴露を被る可能性がある集団全体の暴露分布を推定し、集団内の高リスク亜集団
を確認するとともに、高リスク亜集団のリスク削減対策を提言するリスク評価
初期リスク評価
化学物質の暴露を被る可能性がある集団の合理的最大暴露(RME)のみを推定し、リスクを判
定する評価。暴露マージン(MOE)が所定の不確実性係数積(UFs)よりも大きい場合、集団
全体として、リスクは懸念されないレベルにあると判断される。一方、MOEがUFsよりも小さ
い場合は、暴露集団の全体または一部にリスクが懸念されることになり、詳細リスク評価が
必要となる
消費者製品からの暴露
消費者が製品を使用することによって受ける暴露。例えば、スプレーや電化製品、防虫剤等
の使用時の暴露がある
推論アルゴリズム
モデルを特徴づける未知パラメータ等を、データに基づいて推し測る(すなわち推論する)
ための統計学的な数値処理の手続きや数式を一つのセットとして定めたもの。多種多様なも
のが存在し、データマイニングにおいて、計算の自動化や簡略化のため必要不可欠となって
いる
ステークホルダー
利害関係者のこと。狭義では、直接影響を受ける主体であるが、広義では、国民まで含める
場合もある
生活の質
一般的には人の幸福度の包括的な指標であるが、特に、健康状態について用いられる場合(=
健康関連QOL)は、特定の疾病に限定した使い方と、通常の健康を1、死亡を0 として、様々
症状についてその間で点数を付けるという一般化された使い方とがある
市中ストック量
経済学的には、ストックとは住宅総戸数、自動車の保有台数、預金残高等、経済財の存在量
のことをいう。そこで、ある物質を含む製品が建築物や機械・電子部品として使用されてい
るときに、その物質の市中における存在量のことをいう
生態影響
化学物質が環境中に排出された後、生態系の中の様々な生物種に悪影響を及ぼすこと。生態
系は植物から動物、微生物等多様な生物種を有するほか、様々な物質循環やエネルギーの流
れといった複雑な非生物的要素が絡み合う高度な機能系である。このため、化学物質による
生態影響を評価するには、実験室の中で生態系を構成する重要な生物種または代表的な生物
種に対する生態毒性試験を実施し、その影響を把握することが一般的である
16
摂取量
ヒトの外部暴露境界である口を通過する一日当たりの平均的な化学物質量であり、消化器官
に到達し得る最大化学物質量である
ソースコード
ソフトウェア(コンピュータプログラム)の元となるテキストデータのこと。プログラミン
グ言語(Fortran、Basic、C言語等)に従って書かれており、コンピュータに対する一連の指
示を記述したものである
損失余命
化学物質暴露による余命の短縮のこと。化学物質暴露による健康影響の重篤度や健康リスク
の大きさを、物質や健康影響の種類によらず定量的に比較可能にするため、Gamoらにより導
入された
化学物質リスクの統一尺度(損失余命)による比較の例 (Gamo et al. 2003)
化学物質
損失余命(日)
化学物質
損失余命(日)
クロルピリフォス
ラドン
9.9
0.29
(処理家屋)
ホルムアルデヒド
4.1
ベンゼン
0.16
ダイオキシン類
1.3
メチル水銀
0.12
カドミウム
0.87
キシレン
0.075
ヒ素
0.62
DDT類
0.016
トルエン
0.31
クロルデン
0.009
地域特性パラメータ
本事業で構築する環境媒体間移行暴露モデルで使用するパラメータの中で、地域特異的なパ
ラメータを指す。例えば、気温、降水量、農作物の生産量等が地域特性パラメータとなる
チャンバー試験
換気回数、温度や湿度が制御可能な容器(チャンバー)を用いて、建築材料等からの放散速
度等を測定する試験
直接暴露
発生源から直接暴露されること。例えば消費者では、化学物質が含まれる製品への接触、化
学物質が放散する製品や化学物質を放出する製品からの吸入等による暴露
地理情報システム
コンピュータ上に地形や建物の位置座標等の地理情報をもたせ、作成・保存・利用・管理し、
地理情報を参照できるように表示・検索機能をもったシステム
17
沈着
大気中に存在するガス状の化学物質や浮遊粒子に吸着された化学物質が地表面に移行する
過程。降水に伴って生じる湿性沈着と大気の乱れや粒子の重力沈降等により非降水時にも生
じる乾性沈着の2 種に大別される
底質
河川、湖沼、海洋、水路等の水域において、水底を構成している表層のこと
データマイニング
大規模データから有用な情報を抽出すること。近年、計算機の発展・データベースの整備に
伴い、データの収集・蓄積が可能となり、そこに内在する規則性や因果関係を見出す様々な
統計手法が提案されている
デフォルト
利用者が何も操作や設定を行わなかった際に使用される、あらかじめ組み込まれた設定値。
「初期設定」、「既定値」もほぼ同義
動物試験
動物個体に化学物質を与えて、有害性の種類や有害性が生じる量について調べる試験のこと。
ラットやマウスの齧歯類の動物が多用されるが、ウサギ、イヌ、サル等も用いられる。短期
の高用量暴露による影響を観察する急性毒性試験から、長期の低用量暴露による影響を観察
する慢性毒性試験、発がん性、生殖毒性等の多様な試験がある。化学物質の種類や懸念され
る暴露経路に応じて、経口(消化器官を経由)、吸入(呼吸器を経由)、経皮(皮膚への塗
布)といった投与方法がとられる
毒性作用機序
⇒有害性の機序
毒性等価係数
化学物質の有害性(毒性)の相対的な強さを数値として表したもの。代表的な化学物質の毒
性の強さを1とした相対値として表す。ダイオキシン類の評価における TEQ(Toxicity
Equivalence Factor)が有名である。この場合、2,3,7,8-TCDD(テトラクロロジベンゾ-p-ジ
オキシン)を1としている。相互比較や加算が可能となる
特定化学物質の環境への排出量の把握等および管理の改善の促進に関する法律
(化学物質把握管理促進法、化管法)
有害な化学物質の環境への排出量を把握する等により、化学物質取り扱い事業者の自主的
な化学物質の管理の改善を促進し、化学物質による環境の保全上の支障が生ずることを未
然に防止することを目的として制定された法律
18
2次生成
大気中の反応によって、排出された化学物質から新たな化学物質ができることをいう。2次
生成された化学物質による大気汚染を2次汚染(secondary pollution)と呼び、直接排出さ
れた物質による大気汚染(1次汚染、primary pollution)と区別することがある。2次汚染
の典型的な例として光化学スモッグをあげることができる
ニューラルネットワークモデル
動物の神経系を模した、非線形モデル。最小単位としてニューロンのモデルを持ち、ニュー
ロンを多数組み合わせることで構築される。ニューロン間の結合係数を変えることでモデル
の応答パターンが変わり、うまく結合係数を選ぶことで望ましい応答を起こすように学習さ
せることができる。また、動物の認知システムと同様に、近い刺激にもある程度応答すると
いう、般化性を持ち、この性質を利用し、隠れたルールを見いだすデータマイニングの手法
に応用される
排出係数
ある物質の排出量が何らかの量(活動量、重量、走行量、面積等)に比例するとみなされる
場合の、その単位量当たりの着目物質の排出量
排出シナリオ文書
化学物質の排出量推計を目的として、排出を定量化する手法・情報を一般化して記述した文
書。化学物質について特定した用途において、製造(調合・加工)、使用/消費、リサイク
ル/廃棄等のライフサイクルの各段階から、大気・水域等環境中への排出量が推計の対象と
される
媒体間移行モデル
化学物質の移行元の環境媒体中濃度を基に、移行先の媒体(本事業では、土壌、植物、家畜)
への移行量を推定し、さらに、移行先の媒体内での動態プロセスを考慮して、移行先媒体中
の化学物質量や濃度を推定する数理モデル
暴露
生体の外部境界(鼻/口/皮膚)での化学物質との接触
暴露係数
暴露濃度や摂取量を推定する際に使用される様々な係数や原単位のこと
暴露濃度
ヒトの外部暴露境界である鼻付近の空気中の化学物質濃度。または、水生生物が生息する水
中や底質中の化学物質濃度
暴露評価
化学物質と接触に関する定量的または定性的な評価を意味し、吸入、経口および経皮暴露経
19
路での暴露濃度や摂取量を推定すること
光分解
物質が光を吸収して化学反応を起こし、別の物質に変化する現象
非線形モデル
非線形項を持つモデル。通常、予測力は線形モデルよりも上がり、非線形項をより多く加え
るほど予測力は上がる。しかしながら、加えた非線形項に何らかの意味があるのかどうかは
別途議論が必要である。ニューラルネットワークは非線形モデルの一つ
費用対効果
政策や対策によってかかる費用と、それによって得られる効果を比較すること。通常は、費
用を効果で割って、1 単位の効果を得るためにかかる費用、という形で表わされる
不確実性
用いる情報の限界や、それらを組み合わせるモデルの限界から、評価や推定は否応なく不確
かなものとなる。不確実性の大きさは、評価や推定の結果を用いて、何らかの判断や意志決
定を行う際に重要な情報となる
プラスチック添加剤
加工性や特性を改良し、プラスチックをそれぞれの用途に適するようにするための物質。
可塑剤:プラスチックに柔軟性をはじめ、必要とする各種の性能を附与し、その性能を持続
させるための可塑化のために添加させる物質である。可塑剤が使われる樹脂
は、ポリ塩化ビニル(PVC)が圧倒的である
難燃剤:燃焼を広がらないようにするか、または広がりにくくする物質である。電気絶縁材
料、建材、車両用等に使われるプラスチックでは、難燃性を要求される場合
が多い。難燃剤はハロゲン系、リン系、無機系、シリコーン系等が開発され
ている。需要量は無機系、ハロゲン系、リン系と続いている
安定剤:PVC は熱や光で劣化するため、加工時と製造後の着色、分解を防ぐために使用され
る。主成分で安定剤を分類すると、鉛、バリウム、カルシウム、亜鉛および
有機スズ等の金属系安定剤と、純有機安定化助剤に分けられる
酸化防止剤:プラスチックの成形時等に、空気中の酸素によるラジカル連鎖反応で起こる酸
化劣化を防止または抑制するために使用される。酸化防止剤は約350種あり、
そのうち一次酸化防止剤としてのフェノール系が約100 種あり、需要量も酸
化防止剤の約半分を占めている
紫外線吸収剤:紫外線吸収剤は、それ自身が紫外線を吸収し、分子内で熱、リン光、ケイ光
等の無害なエネルギーに転換し、プラスチック内に存在する発色団が紫外線
で励起されるのを防止する
プロトタイプ
一般的には、デモンストレーション目的や新技術・新機構の検証、量産前での問題点の洗い
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出しのために設計・仮組み・製造された試験機・試作回路・コンピュータプログラムのこと
を指す。本事業の環境動態モデルの場合は、機能や適用地域が限定されたものをプロトタイ
プと呼び、主に本事業内での解析に用いる
ベイジアンネットワーク
因果関係を確率論的にモデル化する手法であるグラフィカルモデリングの一つである。エン
ドポイント間の因果関係を、例えば無毒性量(NOAEL)、最小毒性量(LOAEL)の相関関係に
基づき、ベイジアンネットワークとして構成することが可能である。ほかにも、化学物質間、
動物種間の関係をベイジアンネットワークにより表現することが可能である
ベースライン死亡者数
ある汚染物質に暴露することによって死亡者数が増加する場合、その汚染物質への暴露がゼ
ロであったとしたときの死亡者数。その汚染物質の暴露による追加的な死亡者数が、ベース
ライン死亡者数のパーセントで示される場合を、相対リスクモデルと呼ぶ。ベースライン死
者数と無関係であるモデルは、絶対リスクモデルとなる
放散速度
一定量(一般的には面積のことが多い)の建築材料等から一定時間内に放散される化学物質
の量
放散量試験
建築材料や電気電子材料から空気中へ放散する揮発性物質を測定する方法。ここでは特に、
マイクロチャンバーを用いて材料から空気中へ放散する準揮発性有機化合物の測定(JIS A
1904、マイクロチャンバー法)を指す
ボックスモデル
化学物質等が出入りする一つの単位を箱(ボックス)で表現したモデル。室内をボックスと
して、空気の流入、流出、ボックス内の反応等で構成され、室内空間の化学物質濃度等を推
定するために用いる
マテリアルフロー解析
ライフサイクル評価(LCA)では、マテリアルフロー解析(Material Flow Analysis、 MFA)
とは、区域および期間を区切って、当該区域への物質の総投入量(エネルギー使用量等)、
区域内での物質の流れ(製品等)、区域外への物質の総排出量(二酸化炭素等)等を集計す
ることを意味する。しかし、リスク評価では、製品だけでなく化学物質そのものにも焦点を
あてた解析(Substance Flow Analysis、 SFA)を意味し、区域および期間を区切って、区
域内での製品および化学物質の流れと区域内での化学物質の環境中への排出量を推定する
ことである
マクロマテリアルフロー解析:物質の生産量や使用量、製品における成分や配合率、製造加
工工程の状況、PRTRでの排出移動量の情報にもとづき、マテリアルフロー解析
によって経験的に排出係数を類型化すること
21
ミクロマテリアルフロー解析:マクロマテリアルフロー解析において排出量に係る主要なパ
ラメータを抽出するとともに、工程における操業状況や製品使用状況等をもと
に排出の実態を実測値等にもとづいて解析して、理論的な排出量推定式へと数
式化を行うこと
無毒性量
毒性試験において、暴露群での有害な影響の重症度や頻度が統計学的または生物学的に対照
群よりも有意に増加しない最も高い投与量
無影響濃度
毒性試験において暴露群と対照群との間で有意な有害影響がみられなかった被験物質の最
高濃度
有害性評価
化学物質に暴露することによりヒトや環境生物に生じ得る有害な影響の種類を確認し、どの
程度の濃度で暴露またはどの程度の量を摂取すると有害な影響が生じるのを明らかにする
こと
用量
経口毒性試験における化学物質の投与量(単位は、体重当たりの化学物質量)または吸入暴
露試験における化学物質の空気中濃度
リスクトレードオフ
削減の直接的な対象であるリスク(目的リスク)を削減させるための行為により、新たにリ
スク(対抗リスク)を生じた際のリスクの変化をいう。このリスクトレードオフには以下の
ように4つの種類がある(Graham、 Wiener編、 菅原監訳 リスク対リスク 昭和堂)
目的リスクと比較
して、対抗リスク
が;
目的リスクと比較して、対抗リスクが;
同じ種類
異なる種類
同じ集団
リスク相殺
リスク代替
異なる集団
リスク移動
リスク変換
本事業では、同一用途群の物質の代替に伴うヒト健康リスクの変化または生態リスクの変化
に限定している
リスクトレードオフ解析
物質代替前後のヒト健康または生態リスクの大きさを比較する「リスクトレードオフ評価」
と、削減リスクとそのための費用増分を比較する「経済分析」を合わせた解析をリスクトレ
ードオフ解析とする
22
リスクトレードオフ評価書
本事業では、4つの用途群についてそれぞれ、代替しないというベースラインシナリオとと
もに、複数の代替シナリオを設定し、排出量、環境媒体中濃度、ヒトや生物への暴露量、ヒ
ト健康リスク、生態リスク、代替のための追加的な費用を推計し、リクトレードオフ解析を
実施する。これらをすべてまとめて記述したものを評価書とする
リスク評価
製造、使用、廃棄等の各ライフサイクル段階から屋内外環境に排出された化学物質にヒト等
が直接または間接的に暴露することにより発現する有害な事象(死亡、疾病等)の発生確率
(可能性)とその重大さ、すなわちリスクを評価すること。有害性評価、暴露評価およびリ
スク判定の要素で構成される
23
1.事業の目的・政策的位置付け
1-1 事業の目的
化学物質管理はこれまで、有害性の強さを基準とする規制や管理が主流であったが、リス
ク評価の概念やリスク評価手法の発達を受けて、2002 年の「持続可能な開発に関する世界首
脳会議(WSSD)」
(ヨハネスブルグ・サミット等とも呼称される)において、
「透明性のある科
学的根拠に基づくリスク評価手順とリスク管理手順を用いて、化学物質がヒトの健康と環境
にもたらす著しい悪影響を最小化する方法で使用、生産されることを 2020 年までに達成す
る」との化学物質管理に関する国際合意がなされた。また、2006 年には、この合意を具体化
するために、
「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ(SAICM)
」が取りまとめられ
ている。
これを受けて世界的な化学物質管理はリスク評価に基づく管理へとシフトしており、
例えば、米国では、上市前審査で政府がリスク評価を実施し、リスクが高いとの懸念がある
化学物質については、取扱い等に関する規則等を定めて、物質ごとに適切な管理措置を講じ
ており、リスクが高い疑いがある場合には、上市後に追加的な情報提供を事業者に求めるこ
とがある。また、欧州で導入された REACH は、新規および既存の化学物質について事業者が
リスクの評価・管理を行う仕組みとなっており、適切な安全性情報の収集とサプライチェー
ンを通じた情報共有により、適切なリスク管理を求めている。さらに、懸念が高いと行政が
判断する物質については製造、使用等を認可制とし、特定の物質の製造、上市および使用に
制限をかけることも可能となっている。
わが国でも 2009 年 5 月に公布された改正化審法では、
一定数量を超えて上市される全ての化学物質を対象に、そのライフサイクル全般にわたるリ
スクが低いと判断できない「優先評価化学物質」を指定・公表し、国が一次リスク評価を実
施し、リスクの懸念が高く、詳細なリスク評価が必要となる化学物質については、その製造・
輸入事業者に対して長期毒性試験結果の収集・提出を求める制度となっている。
リスク評価に基づく管理は、暴露を考慮したリスクの大きさの評価に基づくライフサイク
ルを通じた適切な管理、またはリスクの尐ない代替物質を選択し、化学物質の利用に伴う便
益を最大限に活用するとともに、
そのリスクを許容範囲内に抑える管理である。物質代替は、
リスク評価に基づくリスクの最小化に向けた最適な管理の一つであるが、代替物質を選択す
る際、安易な代替物質の使用や適切なリスク評価を伴わない代替物質の使用によって、当初
のリスクに替わり別のリスクが発生し、リスク削減効果が相殺(リスクのトレードオフ)さ
れたり、リスクが増大したりすることは、回避しなければならない。わが国のリスク評価技
術は、PRTR データ等評価に必要な情報がある程度存在する化学物質に対しては定性的な評価
が可能な水準に達しているものの、多くの化学物質に対しては評価に必要な暴露情報等が不
十分であり、異なる化学物質間のリスクの定量的な比較は困難な状況にある。このため、事
業者自らが化学物質のリスクを高精度かつ定量的に評価し、それぞれのリスクを統一指標で
比較、検討しながら、適切な代替物質を選択することが可能となるリスクトレードオフ解析
手法を開発することが必要である。
24
本事業は、リスクが懸念される物質の代替化が同一用途の物質群(以下、
「用途群」という)
で検討されることに着目し、用途群内の物質を対象として、リスクを科学的・定量的に比較
でき、費用対効果等の社会経済分析をも行える「リスクトレードオフ評価手法」を開発し、
行政や事業者(団体)が活用できるように公開することを目的とする。そのため、用途群ご
との特徴を踏まえて、環境排出に大きく寄与する化学物質の製造、使用、消費、廃棄等のラ
イフステージにおける暴露情報の欠如(データギャップ)を補完し得る暴露評価手法を開発
する。さらに、ヒトや生態系に対する有害性情報については既存の情報を活用しつつ、必要
に応じて情報の欠如(データギャップ)を補完し得る手法を開発する。そして、これらの暴
露および有害性の情報を補完する手法を用いて、代表的な化学物質用途である洗浄剤、プラ
スチック添加剤、溶剤・溶媒および金属類の4つの用途群ごとのリスクトレードオフ評価書
を作成し、併せて、リスクトレードオフ評価指針を作成し、行政等による規制や事業者(団
体)による評価に広く活用できるように公開する。
25
1-2 政策的位置付け
(1)第3期科学技術基本計画の分野別推進戦略
(http://www8.cao.go.jp/cstp/kihon3/bunyabetu5.pdf)
(http://www8.cao.go.jp/cstp/kihon3/bunyabetu6.pdf)
2006 年3月に閣議決定された「第3期科学技術基本計画」を受けて総合科学技術会議が策
定した「分野別推進戦略」では、その環境分野で重要な研究開発課題に該当するものとして
本事業を位置付けている。
環境分野では、個別政策目標として「環境と経済の好循環に貢献する化学物質のリスク・
安全管理を実現する」を掲げている。この政策目標のために設定した「化学物質リスク・安
全管理研究領域」では、戦略重点科学技術として「リスク管理に関わる人文社会科学」、「新
規の物質・技術に対する予見的リスク評価管理」、
「国際間協力の枠組みに対応するリスク評
価管理」を選定するとともに、
「有害性評価・暴露評価・環境動態解析」および「リスク評価
管理・対策技術」の2つのプログラムを設定している。
「化学物質の有害性評価・暴露評価・環境動態解析」プログラムの下の重要な研究開発課
題の1つとして「環境動態解析と長期暴露影響予測手法」を選定し、
「残留性物質や過去から
の負の遺産のヒトおよび生態系への影響評価とそれらの長期予測を行うため、発生源や暴露
経路、暴露量等を推定可能な高度動態モデルを開発する」としており、研究開発目標として
「ESD(Emission Scenario Document)ベースの精緻な排出量推計手法を開発する」、「製品から
の直接暴露に対応する暴露評価手法・リスク評価手法を開発する」および「地域レベルから
広域レベルまでの地域スケールに応じた環境動態モデルを開発する」ことが掲げられている。
また、
「化学物質のリスク評価管理・対策技術」プログラムの重要な研究開発課題の「新規
の物質・技術に対する予見的リスク評価管理」では、
「ナノテクノロジー等の新技術によって
生成する物質や新規に開発される物質等による新たなリスクを予見的に評価し、管理する手
法を開発する」とされており、研究開発目標として、
「同質の化学物質群ごとのリスク評価手
法を開発する」が掲げられている。さらに、
「リスク管理に関わる人文社会科学」では、「リ
スク管理の優先順位と手法を選択する際に重要となるリスク便益分析、より効果的なリスク
コミュニケーション手法、より満足度の高い合意形成の手法等、広く人文社会科学的な見地
から開発する」とされており、研究開発目標として、
「マルチプルリスク社会におけるリスク
トレードオフに対応した社会経済分析手法を開発する」ことが掲げられ、また成果目標とし
て、
「健康改善効果等の費用便益分析による異種のリスクの比較を行い、リスク受容に係る社
会を醸成する」が掲げられている。
さらに、2011 年度から 2015 年度を計画期間とする「第4期科学技術基本計画」
(2011 年8
月 19 日閣議決定)においても、産業競争力の強化にむけた共通基盤の強化として、安全に関
する評価手法の確立が位置付けられている。
(2)本事業に関連する経済産業省の技術戦略マップとイノベーションプログラム
経済産業省では、革新的技術の研究開発を通じて、わが国産業の国際競争力の強化と、わ
が国を巡る経済・社会的課題の解決を実現すべく、研究開発政策を戦略的に実施するための
26
技術戦略マップとイノベーションプログラムを策定している。
①技術戦略マップ
経済産業省は、産業技術政策の研究開発マネジメント・ツール整備、産学官における知
の共有と総合力の結集および国民理解の増進を実現するために技術戦略マップを策定して
いる。技術戦略マップ2011(2011 年 4 月)の「環境領域」の「化学物質総合評価管理
分野」の化学物質リスク評価・管理技術開発に係る技術ロードマップでは、2010 年頃から
2020 年頃までの期間は化学物質管理の第3世代(リスクトレードオフに基づく管理)と位
置付けられており、リスクとベネフィットとのバランスを考慮し、リスクコミュニケーシ
ョンを通じてリスクと向き合う社会を構築することを目標にしている。
このため、技術ロードマップでは、図1-1~図1-4に示すように、2010 年から 2020
年までをリスクトレードオフに基づいて管理を行う第三世代の化学物質管理と位置付け、
「(1)リスク管理のあり方のフレームワーク(方針と選択方法)の提示」の中で「化学物質
間のリスクのトレードオフ」に係るリスク管理の重要技術課題として、(5)化学物質間のリ
スク(代替物質のリスク等)のトレードオフを考慮したリスク管理手法、(13)費用対効果
の評価手法、(10)人の健康リスク・生態系リスクの統一指標、(11)人の健康の様々なエン
ドポイント(例:発がん性、感作性等)の統一指標および(14)データ等の不確実性を前提
としたリスク管理手法を掲げている。また、これらの重要技術課題に関連する技術課題と
して、(15)目的やデータの質や量によって最適なモデルを選択する方法、(16)不確実性を
反映したリスク指標および(17)不確実性を反映した暴露指標を揚げている。
さらに、
「(3)現象の解析・分析技術」に係るリスク管理の重要技術課題として、(54)分
解や反応生成(生体中含む)を考慮した環境中運命モデル、(94)シックハウス症候群・化
学物質過敏症の暴露評価手法を掲げており、これらの重要技術課題に関連する技術課題と
して、(27)製品からの直接暴露の評価手法を掲げている。
これらの開発・実用化によって、ヒト健康や生態への有害性情報や暴露情報が不足して
いる化学物質に対しても不確実性を考慮しつつリスク評価が可能となり、異なる化学物質
間のリスクを統一指標で比較するリスクトレードオフ解析が可能となるとしている。
27
図1-1 化学物質総合評価管理分野の技術ロードマップ(リスク評価管理)
(出典:技術戦略マップ2011)
図1-2 化学物質総合評価管理分野の技術ロードマップ(リスク評価管理)
(出典:技術戦略マップ2011)
28
図1-3 化学物質総合評価管理分野の技術ロードマップ(リスク評価管理)
(出典:技術戦略マップ2011)
29
図1-4 化学物質総合評価管理分野の技術ロードマップ(リスク評価管理)
(出典:技術戦略マップ2011)
本事業が目指すものは、技術戦略マップにおいて第三世代の化学物質管理に必要とされ
る化学物質間のリスクのトレードオフに係るリスク管理の重要技術課題の(5)化学物質間
のリスク(代替物質のリスク等)のトレードオフを考慮したリスク管理手法、
(13)費用対
効果の評価手法、
(11)人の健康の様々なエンドポイントの統一指標として位置づけられる
とともに、現象の解析・分析技術に係るリスク管理の重要技術課題である(54)分解や反
応生成(生体中含む)を考慮した環境中運命モデル、
(94)シックハウス症候群・化学物質
過敏症の暴露評価手法として位置付けられ、政策的位置付けは明確である。
②イノベーションプログラム基本計画
経済産業省が実施している 200 以上の研究開発事業は、2008 年 4 月に 7 つの政策目標の
30
下にまとめられ、市場化に必要な関連施策(規制改革、標準化等)と一体となった施策パ
ッケージである「イノベーションプログラム」として推進されている(2010 年 4 月改定)
。
従前の「化学物質総合評価管理プログラム」の内容を含む環境安心イノベーションプロ
グラムの目的は、
「資源制約を克服し、環境と調和した持続的な経済・社会の構築と、安全・
安心な国民生活の実現を図るため、革新的な技術開発や低炭素社会構築等を通じた地球全
体での温室効果ガスの排出削減、廃棄物の発生抑制(リデュース)、製品や部品の再使用(リ
ユース)
、原材料としての再利用(リサイクル)推進による循環型社会の形成、バイオテク
ノロジーを活用した環境に優しい製造プロセスや循環型産業システムの創造、化学物質の
リスクの総合的な評価およびリスクを適切に管理する社会システムの構築を推進する」と
なっている。
この「環境安心イノベーションプログラム」の「4.研究開発内容 Ⅳ-1.化学物質総
合評価管理」において、本事業は、
「化学物質のリスクを共通指標で比較、検討し、事業者
等における代替物質の選択の際に、リスクの相互比較が可能となるリスク評価手法および
社会経済分析等リスクトレードオフ解析手法を構築する」として位置付けられている。
環境安心イノベーションプログラム基本計画の原文を添付資料①にあげた。その概要を
図1-5に示す。
31
図1-5 環境安心イノベーションプログラムの概要
32
③「化学物質の審査および製造等の規制に関する法律(化審法)の一部を改正する法律」
(2009 年 5 月公布)
図1-6に示すように、化学物質管理に関する国際目標を達成し、国際条約との不整合
を解消するために、化審法の改正が行われ、2011 年 4 月より新しい体系での審査が行われ
ている。
化審法改正の背景等
1.
2.
3.
化審法改正の概要
化学物質に対する関心の増大'国民の安
心・安全(
化学物質管理に関する国際目標達成の
必要性
•
2020年までに、全ての化学物質に
よるヒトの健康や環境への影響を
最小化'2002年環境サミット(
 欧州ではREACHが施行
•
化審法'1973年制定(では、それ以
降の新規化学物質について全て事
前審査を実施
•
法制定前の既存化学物質について
は、国が一部安全性評価を行って
きたが、多くの化学物質の評価は
未了
国際条約との不整合
既存化学物質対策
•
既存化学物質を含む全ての化学物質に
ついて、一定数量以上製造・輸入した事
業者に対して、その数量等の届出を新た
に義務付け
 国は上記届出を受けて、 詳細な
安全性評価の対象となる化学物質
を、優先度を付けて絞り込む。これ
らについては、製造・輸入業者に有
害性情報の提出を求め、ヒトの健
康等に与える影響を段階的に評価
 その結果により、有害化学物質お
よびその含有製品を製造・使用規
制等の対象とする
国際的整合性の確保
図1-6 化審法改正の概要
改正された化審法の審査体系では、リスク評価(一次)において、優先評価化学物質の
優先順位付けの評価Ⅰに始まり、評価Ⅱ、評価Ⅲと段階的により詳細にリスクが評価され
る(図1-7)
。このようなリスク評価を行う優先評価化学物質中には、暴露や有害性の情
報が不足している化学物質が多く存在し、評価Ⅱおよび評価Ⅲに適用可能なリスク評価法
が必要であり、さらに、無機化学物質や金属類に対する評価Ⅰにおける評価方法も現時点
では定まっておらず、金属類を含む化学物質の暴露と有害性の情報を補完する手法を開発
する本事業の成果が期待されている。
2009 年 5 月に成立した改正化審法に係る国会の附帯決議において、「すべての化学物質
が製造・輸入数量等の届出対象となることにより、収集・分析される情報が格段に増える
ことを踏まえ、関係事業者の協力を広く求め、有害性調査指示を的確に行うとともに、国
においてもリスク評価を着実に進めること。このため、事業者に対して新たな制度の十分
な周知徹底に努めるとともに、自主的なリスク評価・管理を推進するため、低コストのリ
スク評価手法の開発・普及、データ収集作業の定型化等、事業者の負担軽減に努め、中小
企業を始めとする事業者への効果的な支援策を実施すること」
(参議院の附帯決議。衆議院
の附帯にもほぼ同趣旨の記述あり)とされており、本事業の成果は、国のリスク評価や事
業者の自主的なリスク評価・管理に活用されることが期待できる。
33
図1-7 改正化審法における化学物質のリスク評価の流れ
34
1-3 国の関与の必要性
2002 年の持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)において、わが国は「透明性のあ
る科学的根拠に基づくリスク評価手順とリスク管理手順を用いて、化学物質がヒトの健康と
環境にもたらす著しい悪影響を最小化する方法で使用、生産されることを 2020 年までに達成
する」ことに国際合意した。この国際合意を受けて世界的な化学物質管理はリスク評価に基
づく管理へとシフトしており、わが国でも 2009 年に化審法が改正され、約 7,000~8,000 物
質と推定されている全ての一般化学物質を対象に段階的なリスク評価が 2011 年から鋭意、実
施されており、2020 年までにリスク評価を完了し、リスク評価結果に応じて製造・使用を規
制する等を行うことが求められるため、迅速に評価することが求められている。また、企業
においても長期暴露によるリスクが懸念される化学物質を、十分にリスクが低いと評価され
るより安全な化学物質に代替することが不可欠である。
本事業で研究開発を実施する化学物質へのヒトと環境生物の暴露情報を補完する手法、ヒ
トと環境への有害性の情報を補完する手法、化学物質間のヒト健康リスクや生態リスクをそ
れぞれ共通指標で比較し、代替の費用対効果を評価する手法は、排出量削減に加えて、物質
代替も含めて、リスクを低減するための最適な対策を可能にし、2020 年までに全ての化学物
質によるヒト健康や環境への影響を最小化するという WSSD の合意を達成し、国民や社会のニ
ーズにも応える上で、重要かつ、時代に即したものである。
さらに、改正化審法の附帯決議(参議院)において、
「関係事業者の協力を広く求め、国に
おいてもリスク評価を着実に進めること。このため、低コストのリスク評価手法の開発・普
及等により、事業者による自主的なリスク評価・管理を推進する際の事業者の負担軽減に努
めること」等が求められている。
国民の安心・安全に大きく寄与する最新の科学的知見に基づく透明性の確保された上記の
研究開発を実施するには、リスク評価・管理に係る様々な分野の研究機関の参加が必要であ
り、また、多額の研究開発費が必要である。国の積極的な支援により研究開発を開始、そし
て加速化することにより、リスクトレードオフに基づく第三世代の化学物質管理の実現を早
めることができる。
このため、本事業によって委託事業として、実施したものである
35
2.研究開発目標
2-1 研究開発目標
化学物質総合評価管理分野の技術ロードマップにおいて位置付けられているリスクトレー
ドオフに基づく第3世代の化学物質管理の構築に寄与するために、本事業では、リスクが懸
念される物質等の代替化が同一用途の物質群(以下、用途群)で検討される点に着目し、
・同一用途群内での物質代替を対象として、被代替物質と代替物質のリスクを科学的・定量
的に比較でき、費用対効果等の社会経済分析も行える「リスクトレードオフ解析手法」を
開発する
・事業者(団体)や行政等によるリスクトレードオフ解析や化学物質管理に広く活用できる
ように公開する
ことを目標とした。
2-1-1 全体の目標設定
上記の研究開発目標を達成するために設定した本研究開発全体の具体的な目標は、以下の
とおりである。
(1)暴露情報の補完手法の開発
・同一用途群での物質代替に伴うヒト健康と生態のリスクトレードオフを評価する際に必要
となる被代替物質と代替物質の暴露情報(暴露濃度や経口摂取量)を補完するために、環
境排出量推計手法、室内暴露評価ツール、環境動態モデル(大気、河川、海域性潰蓄積)
および環境媒体間移行暴露モデルを開発し、既存情報がない化学物質の濃度や摂取量を推
定できるようにする
・これらの補完手法の開発に際しては、最低限、暴露濃度や摂取量を既報の実測値の±1桁
の精度で推定できることをめざし、推定の不確かさはリスク評価で考慮する
・開発したツールやモデルを公開する。
(2)有害性情報の補完手法とリスク比較手法の開発
・物質代替に伴うリスクトレードオフを評価する際に必要となる被代替物質と代替物質の有
害性情報(無毒性量、無影響濃度等)を補完するために、ヒト健康影響と生態影響の無毒
性量や無影響濃度等を推論できる手法を開発する
・有害性エンドポイントが異なる化学物質間のヒト健康リスクや生態リスクを各々、統一の
リスク指標(以下、統一指標)で比較できる手法を開発する
・開発した手法を公開する。
(3)4つの用途群での物質代替に伴うリスクトレードオフの評価
・開発した暴露と有害性の情報を補完する手法とリスクを比較する手法を用いて、4用途群
36
(工業用洗浄剤、プラスチック添加剤、溶剤・溶媒、金属類)における物質代替に伴うリ
スクトレードオフを経済分析も含めて解析し、リスクトレードオフ評価書を作成し、公開
する
・リスクトレードオフ解析に関連する指針等も作成し、開発した手法、モデル、評価書等と
ともに、公開する。
上記の目標設定時の化学物質リスク評価の状況と設定根拠は、以下のとおりである。
(1)化学物質リスク評価の状況
2001~2006 年度に、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「化学物質のリスク
評価およびリスク評価手法の開発」プロジェクト(実施者:産業技術総合研究所、製品評価
技術基盤機構、化学物質評価研究機構)において、暴露評価のための濃度推定が可能な環境
動態モデル(AIST-ADMER、AIST-SHANEL 等)が開発され、これらを活用して、150 物質の初期
リスク評価書と 27 物質の詳細リスク評価書が作成された。
これにより、化管法第一種指定化学物質(PRTR 対象物質、354 物質(2010 年度より 462 物
質)の総環境排出量の 90%をカバーする 150 物質の初期リスク評価が完了した。また、詳細
リスク評価により、排ガス/排水処理装置の導入と運転、装置の密閉化等のエンドオブパイプ
対策による排出削減対策の社会経済分析が可能になった(表2-1)
。
表2-1 発がん 1 件あたり削減費用
物質
1,3-ブタジエン
ジクロロメタン
アクリロニトリル
塩化ビニルモノマー
アセトアルデヒド
内容
自主管理計画
自主管理計画
自主管理計画
自主管理計画
自主管理計画
室内対策
費用、億円
1.9~2.7 億円
60~8,000 億円
3~30 億円
45~210 億円
128 億円
11~13 億円
NEDO「化学物質のリスク評価およびリスク評価手法の開発」詳細リスク評価書よ
り、産総研 安全科学研究部門の岸本がまとめた値
また、環境省においても、130 物質の経口および吸入(一般環境と室内環境)暴露による
ヒト健康リスクと 220 物質の生態リスクを環境リスク初期評価として実施しており(2008 年
10 月時点)
、NEDO の初期/詳細リスク評価や環境省の環境リスク初期評価の成果は、改正され
た化審法でのリスク評価にも活用されている。
(2)同一用途群での物質代替に伴うリスクトレードオフを対象とする理由
化学物質排出把握管理促進法(化管法)の第一種指定化学物質(PRTR 対象物質)の排出量
削減に関する環境省の調査(2004 年)によれば、事業所からの対象物質の排出量が削減され
た理由は、
「事業内容の変更・縮小等による使用量減尐」
(44%)、
「削減対策の実施」
(39%)、
「算定方法の精度向上等による見かけ上の算出値減尐」
(15%)の順である(表2-2)。
37
表2-2 用途別・削減理由別回答事業所数
削減理由
用途(H14)
製造
製造品
の原材
料
資材と
して使
用
製造
副生成
合成原料
有機添加剤
無機添加剤
電子
塗料
印刷インキ
接着剤
洗浄剤
溶剤
メッキ剤
その他
無回答
合計
割合(%)
算定方法
の精度向
上等
10
6
11
22
6
5
24
3
7
8
11
10
24
9
156
15
事業内容
の変更・
縮小等
10
8
21
74
18
4
100
15
19
54
48
18
41
17
447
44
削減対策
の実施
その他
13
11
17
46
11
7
67
13
13
79
33
14
63
11
398
39
無回答
1
1
1
1
1
1
1
2
4
<1
1
1
6
13
1
合計
33
26
49
144
36
17
191
31
40
142
92
43
131
43
1,018
100
出典:環境省(2004)PRTR 届出対象化学物質の排出量削減に関するアンケート調査
また、上記調査で「削減対策の実施」した事業所では、
「工程の管理・運用の改善」
(51%)
、
「原材料の転換」
(36%)
、
「排ガス/排水処理装置の導入等」
(33%)等の削減対策が実施され
(表2-3)
、
「原材料を転換」した事業所では、転換に伴う機器の変更があり(37%)
、原材
料の単価も高くなった(53%)と回答しているが(表2-4)、削減対策を講じた理由は、全
ての用途において、ほとんどが自発的行為(275 事業所/398 事業所)で、次いで、取引先の
要請(25 事業所/398 事業所)
、業界団体の指導(16 事業所/398 事業所)となっており、事業
者による自主的な物質代替が活発に行われていることがわかる。
38
表2-3 用途別・削減対策別回答事業所数(複数回答あり)
用途(H14)
原材料転換
製造
副生成
合成原料
有機添加剤
無機添加剤
電子
塗料
印刷インキ
接着剤
洗浄剤
溶剤
メッキ剤
製造
製造品の
原材料
資材とし
て使用
削減対策
管理・運用 処理装置の
の改善
導入等
9
5
6
5
8
8
25
23
7
4
4
5
30
9
4
5
7
5
43
19
15
10
9
8
30
18
5
8
202/398
132/398
51
33
その他
無回答
5
11
1
38
10
6
37
13
19
2
142/398
36
合計
割合(%)
その他
1
1
1
2
1
8
3
2
4
2
11
36/398
9
出典:環境省(2004)PRTR 届出対象化学物質の排出量削減に関するアンケート調査
表2-4 用途別・原材料転換に伴う機器の変更の有無等別回答事業所数
原材料転換に伴う機器
の変更
無
あ
な
合
回
り
し
計
答
用途
原材料の単価
ア
ッ
プ
同
程
度
ダ
ウ
ン
原材料の使用量
無
回
答
合
計
増
え
た
同
程
度
減
っ
た
無
回
答
合
計
製造
副生成
合成原料
2
3
5
1
2
2
5
有機添加剤
3
8
11
5
4
2
11
2
1
1
1
1
1
38
18
11
38
4
19
10
7
3
10
1
9
無機添加剤
2
3
6
2
5
1
11
1
電子
塗料
9
印刷インキ
22
7
10
3
6
9
6
38
10
接着剤
4
2
6
6
6
1
4
1
洗浄剤
18
15
4
37
20
5
8
4
37
8
10
15
4
37
6
5
2
13
6
3
2
2
13
8
3
2
13
11
7
1
19
10
5
3
1
19
10
7
1
19
2
1
1
1
溶剤
6
メッキ剤
その他
無回答
2
1
1
2
2
合計
53
75
14
142
75
33
21
13
142
18
69
41
14
142
割合(%)
37
53
10
100
53
23
15
9
100
12
49
29
10
100
出典:環境省(2004)PRTR 届出対象化学物質の排出量削減に関するアンケート調査
また、環境省 PRTR 対象物質の代替物質に関する調査結果(2006)では、図2-1のように、
39
・調査した全業種で代替事例がある
・化学工業と電気機械器具製造業で代替事例が多い
・塗料・接着剤・印刷インキ、洗浄剤・表面処理剤、原材料・添加剤用途で代替事例が多い
・第一種指定化学物質から対象外物質への代替が 84 物質中 69 物質である
ことが報告されている。第一種指定化学物質から対象外物質への代替の例としては、塩化
メチレンやトリクロロエチレンから炭化水素系溶剤への転換、トルエンやキシレンからブタ
ノ―ル、メチルエチルケトン、酢酸エチル等への転換、鉛およびその化合物から銅やスズお
よびそれらの化合物への代替等が把握されている。
15
15
12
12
10
7
4
4
5
4
3
3
2
1
1
1
その他の製造業
8
窯業・土石製品製造業
代替事例
16
1
輸送用機械器具製造業
一般機械器具製造業
高等教育機関
電気機械器具製造業
金属製品製造業
非鉄金属製造業
ゴム製品製造業
プラスチック製品製造業
化学工業
木材・木製品製造業
出版・印刷・同関連産業
パルプ・紙・紙加工品製造業
家具・装備品製造業
0
業種
図2-1 化管法第一種指定化学物質の代替動向
出典:環境省(2006)PRTR 対象物質の代替物質に関する調査結果、第1回化学物質排
出把握管理促進法に関する懇談会資料、2006 年 5 月 10 日
しかし、物質を代替することにより、代替される元の化学物質(被代替物質)のリスク(目
的リスク)は低減されるものの、導入される代替物質のリスク(対抗リスク)が新たに発生
するため、物質代替に伴うリスクの変化(リスクトレードオフ)を定量的に把握し、代替前
後でリスクが低減することを確認することが、2002 年の WSSD の国際合意を果たす上で必要
となるが、リスクベースでの物質代替評価手法は世界的にも未だ開発されていないため、本
事業で同一用途群内での物質代替を対象とした「リスクトレードオフ解析手法」を開発し、
代表的な 4 用途群での物質代替の事例に解析手法を適用し、リスクトレードオフを解析する。
(3)暴露情報および有害性情報の補完手法を開発する理由
化学物質によるヒト健康リスクを評価する際には、空気、飲料水、食物等の暴露媒体中の
化学物質の濃度が、吸入暴露濃度や経口摂取量を推定する暴露評価に必須であり、生態リス
40
ク評価においても環境媒体中濃度(PEC)が必要不可欠である。本事業に先立って 2001~2006
年度に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業として実施された「化学物
質のリスク評価およびリスク評価手法の開発」プロジェクト(実施者:産業技術総合研究所、
製品評価技術基盤機構、化学物質評価研究機構)では、これらの濃度は既報の環境モニタリ
ング情報を用いるか、環境への排出量情報がある場合は環境動態モデルにより推定されてい
る。
また、有害性情報(ヒトに対する無毒性量(NOAEL)や水生生物に対する無影響濃度(PNEC)
等)も暴露情報とともに、ヒト健康リスクや生態リスクの判定に必要不可欠である。
しかし、図2-2、図2-3および図2-4のように、暴露や有害性に関する既存情報が
比較的多いと考えられる化管法の第一種指定化学物質のヒト健康リスク初期評価に際しても、
暴露評価に必要なモニタリング情報や有害性情報が欠如している物質も多く、その結果、リ
スク評価が不可能な物質も多く見られる。
環境リスク初期評価対象の化管法第一種指定化学物質【88物質】
適切なモニタリング
情報なし
【27物質】
適切な有害性
情報なし(吸入)
【33物質】
吸入暴露経路
(室内除く)
のリスク評価
済【45物質】
17物質
10物質
16物質
図2-2 環境リスク初期評価での吸入暴露によるヒト健康リスクの評価状況
備考:2008 年 10 月時点での結果
図2-3 環境リスク初期評価での室内吸入暴露によるヒト健康リスクの評価状況
備考:2008 年 10 月時点での結果
41
図2-4 環境リスク初期評価での経口暴露によるヒト健康リスクの評価状況
備考:2008 年 10 月時点での結果
同様に、生態リスクの初期評価においても、図2-5のように、暴露や有害性に関する既
存情報がなく、リスク評価が不可能な物質も多い。
環境リスク初期評価対象の化管法第一種指定化学物質【160物質】
適切な暴露
情報なし
【47物質】
適切な有害性
情報なし(生態)
【11物質】
生態リスク評価
済【103物質】
1物質
46物質
10物質
図2-5 環境リスク初期評価での生態リスクの評価状況
備考:2008 年 10 月時点での結果
したがって、化管法の第一種指定化学物質が対象外物質への代替される多くの場合では、
物質代替に伴うリスクトレードオフを解析する際に、環境排出量や環境中濃度等の暴露に関
する情報や有害性の情報が欠如している化学物質を対象として解析を行うことになると想定
され、暴露情報および有害性情報を補完する手法を開発する必要がある。
暴露情報の補完手法開発に際しては、
環境動態モデル(大気モデル、
河川モデル)に加えて、
・環境動態モデル等による濃度推定に必須である環境排出量を推計する手法を開発する
・一般環境よりも室内での吸入暴露がヒト健康リスクに、大きく寄与する場合もあることか
ら、室内吸入暴露情報を補完する手法も開発する
・モニタリング情報がない場合でも、化学物質の食品経由の経口摂取量を適切に推定可能と
するために、海域生物中濃度を推定する環境動態モデルと農・畜産物経由の化学物質摂取
量を推定するモデルを開発する
こととした。
一方、有害性情報の補完手法に関しては、
42
・有害性のエンドポイントが異なる化学物質間のヒト健康リスクを比較可能にするために、
「質調整生存年数(QALY)
」を統一指標として用いることとし、この QALY を算出するため
に、主要臓器ごとに化学物質間の相対毒性値を推論する手法を開発する
・生態リスク評価については、
「影響を受ける種の割合」を統一指標として用いることとし、
この影響を受ける種の割合を算出するために、種の感受性分布を推論する手法を開発する
こととした。
(4)リスク比較手法を開発する理由
化学物質のリスクを低減する対策には、排ガス処理装置や排水処理装置の導入等のエンド
オブパイプ対策と物質代替がある。対策を実施する際には、複数の対策オプションの中から
費用対効果に優れている対策を選択する必要がある。
このためには、図2-6のように、被代替物質による現状のリスク(ベースラインリスク)
に加えて、同じ評価エンドポイントのエンドオブパイプ対策、異なる評価エンドポイントの
物質代替によるリスク変化量をお互いに比較できるように統一指標で推定する必要がある。
統一指標で表されたリスク
リスク削減量
被
代
替
物
質
の
リ
ス
ク
ΔRE
ベース
ライン
エンドオブ
パイプ対策
統一指標(損失QALY、
影響を受ける種の割合)
で表された
リスク削減量 (ΔR)
ΔRA
代
替
物
質
の
リ
ス
ク
増分費用(ΔCE)
・排ガス・排水処理装置
の導入と運転
・装置の密閉化
等
物質代替
増分費用(ΔCA)
・原材料の価格や
使用量
・装置の変更 等
費用効果分析の指標
ΔCA/ΔRA (ΔCE/ΔRE)
による比較
図2-6 統一指標によるリスク削減対策の費用効果分析
しかしながら、従来よりヒト健康リスク評価で用いられているリスク指標は、有害影響が
発がんか、それ以外かで大きく異なり、閾値がないと考える発がん影響のリスク指標は、が
ん過剰発生確率であり、閾値あると考える非発がん影響のリスク指標は、暴露量がヒト無毒
性量を超えるか否かを表すハザード比(HQ)である。HQ は、影響の発生確率を表す指標では
ない。これらのために、発がんリスクと非発がん影響リスクの比較、エンドポイントが異な
る非発がん影響リスク同士の比較はできない状況にある。このため、上記の(3)暴露情報およ
び有害性情報の補完手法を開発する理由に記載したように、損失 QALY をヒト健康リスクの統
一指標とした。
43
また、生態リスクについても、影響を受ける種の割合を統一指標とした。
これらの統一指標の導入により、統一指標で表されたリスク変化量と増分費用から費用効
果分析の指標を算出し、費用対効果に優れている対策を選択することが可能となる。
(5)4つの用途群の選定根拠
環境排出量推計手法の開発およびリスクトレードオフ解析を実施する代表的な用途群とし
て、工業用洗浄剤、プラスチック添加剤、溶剤・溶媒および金属類の4つの用途群を選定し
た。これらの用途群を選定した根拠を表2-5と図2-7に示す。
表2-5 4つの用途群を選定した根拠
用途群
工業用洗浄剤
プラスチック添加剤
溶剤・溶媒
金属類
選定根拠
・環境排出量が多い
・物質代替の事例が多い
・塩素系洗浄剤から、物性と反応性が大きく異なる炭化
水素系、水系および準水系への代替が進められており、
それぞれの特性を考慮した解析手法を開発する必要が
ある
・様々な機能を有するプラスチック添加剤が存在する
・物質代替の事例が多い
・プラスチック製品は我々の身の周りの多くの場所で長
期間使用され、廃棄されるため、これらのライフステ
ージを含む解析手法を開発する必要がある
・一般に疎水性であるため、環境から食品を経由する経
口暴露が主たる経路である上に、室内にプラスチック
製品が大量に存在するため、室内暴露も重要であり、
これらの経路の暴露解析手法を開発する必要がある
・環境排出量が多い
・物質代替の事例が多い
・環境排出量が多い
・電気・電子部品材料として製品に含有され、製品使用後
の廃棄段階での排出が大きいと想定される上、環境中
に継続して存在し、環境経由の暴露が懸念される
44
触媒
1,178
加硫促進剤
5,398
加硫剤
0
重合開始剤
59
架橋剤
891
可塑剤
1,403
帯電防止剤
硬化剤
64
安定剤
103
難燃剤
用途
プラスチック添加剤
0
531
染料
2
香料
6,545
洗浄剤
36,015
界面活性剤
21,104
洗浄剤
溶剤・溶媒
溶剤・溶媒
加工剤
237,607
8,448
紙加工剤
1,420
繊維処理剤
2,064
金属表面処理剤
8
メッキ
0
潤滑油
0
防錆剤
106
26,484 金属
金属及び金属化合物
0
10,000
20,000
30,000
環境排出量,トン
40,000
50,000
図2-7 用途別の環境排出量からみた4用途群
45
2-1-2 個別要素技術の目標設定
本事業では、以下の6つの要素技術(研究開発項目)ごとに目標を設定し、効果的に研究
開発を推進し、着実な全体目標達成を目指した。研究開発項目ごとの最終目標は表2-7の
とおりである。
①排出シナリオ文書(ESD)ベースの環境排出量推計手法の確立
②化学物質含有製品からヒトへの直接暴露等室内暴露評価手法の確立
③地域スケールに応じた環境動態モデルの開発
④環境媒体間移行暴露モデルの開発
⑤リスクトレードオフ解析手法の確立
⑥4つの用途群の「用途群別リスクトレードオフ評価書」の作成
研究開発項目①~④は、同一用途群内での物質代替時の被代替物質や代替物質の暴露情報
を補完する手法等の開発である。
研究開発項目⑤は、被代替物質や代替物質のヒト健康影響や生態影響に係る有害性情報を
補完し、ヒト健康リスクや生態リスクをそれぞれ統一指標で比較する手法の開発である。
研究開発項目⑥は、研究開発項目①~⑤で開発した手法等を活用した、4つの用途群での
物質代替事例のリスクトレードオフ解析の実践とリスクトレードオフ評価書の作成である。
46
表2-7 個別研究開発項目の最終目標
研究開発項目
排出シナリオ
文書(ESD)ベ
ースの環境排
出量推計手法
の確立
最終目標
設定理由・根拠等
・4用途群(工業用洗浄剤、プ ・暴露情報がない化学物質では、環境動態モ
ラスチック添加剤、溶剤・溶
デルと環境媒体間移行暴露モデルで暴露
媒、金属類)の化学物質を対
情報を補完する必要があり、そのために
象とした環境排出量推算式
は、環境排出量データが必須である
・工業用洗浄剤:関連する OECD の ESD「№12 金
を導出するとともに、ESD を
属表面仕上げ」が既にあるが、メッキ等の表
作成し、公開する
面処理プロセスが主対象で、洗浄プロセスは
主対象ではないため、ESD の開発が必要であ
る
・プラスチック添加剤:関連する OECD の ESD
が既にあるが、製品消費段階では物質に依ら
ず同じ排出量推定式であり、トレードオフ評
価に使用できないため、物性を考慮した ESD
の開発が必要である
・溶剤・溶媒(工業用塗料溶剤)
:関連する OECD
の ESD「№22 塗装業」が既にあるが、溶剤
使用量を所与の値とする必要があるため、溶
剤の使用量と排出量を同時に推定する ESD
の開発が必要である
・金属:工場の分析データに基づく経験的な排
出係数の報告が欧米であるが、トレードオフ
評価に応用できないため、物性を考慮する
ESD の開発が必要である
化学物質含有
製品からヒト
への直接暴露
等室内暴露評
価手法の確立
・ESD で推定される排出量を既 ・推定した排出量を基に環境動態モデルや環
報のデータ等を用いて検証
境媒体間移行暴露モデルを用いて暴露情
し、妥当性を確認する
報を補完し、意思決定に使用するため、±
1 桁の精度を最低限の目標とした
・化学物質の室内挙動に影響す ・総暴露量への室内暴露の寄与は大きく、特
る因子で最適化しつつ、製品
に室内使用製品からの暴露は重要である
からの室内吸入暴露モデル
が、化学物質の室内挙動に影響する因子を
を開発し、公開する
適切に反映し、製品からの暴露を推定でき
るモデルはない
・放散量等の推定式を作成し、 ・室内暴露評価を簡易かつ的確に行うために
上記モデルに組み込む
は、製品からの化学物質の放散量を推定す
る必要がある
・生活・行動パターン等の情報 ・室内暴露評価を簡易かつ的確に行うために
を収集し、データベース化
は、生活・行動パターン等に関する情報(製
し、公開するとともに、モデ
品の使用頻度データ等を含む)を収集し、
ルに組み込む
暴露係数を決定する必要がある
・モデルの開発に際しては、最 ・本モデルは、意思決定の判断材料を得るた
低限、暴露濃度を既報値の±
めに使用されることを想定し、±1 桁の精
1 桁の精度で推定可能とする
度を最低限の目標とした
47
地 域 ス ケ ー ル ・有機化学物質の光分解、二次
に応じた環境
生成および沈着過程をモデ
動態モデルの
ル化し、気象・拡散モデルに
開発
組み込み、汎用パソコンで日
本全国の任意の地域の濃度
分布推定が可能な大気モデ
ルを開発する
・日本全国の全1級水系での金
属を含む化学物質の水中濃
度分布推定が可能な河川モ
デルを開発する
・海域内湾の海洋生物中の金属
を含む化学物質の濃度分布
推定が可能な海域生物蓄積
モデルを開発する
・モデルの開発に際しては、最
低限、濃度を既報値の±1 桁
の精度で推定可能とする
環 境 媒 体 間 移 ・農・畜産物の生産地、流通経
行暴露モデル
路、消費地を考慮して有機化
の開発
学物質と金属の地域特異的
な経口摂取量推定モデルを
開発し、公開する
・本事業で対象とする工業用洗浄剤と溶剤・
溶媒の2用途群のリスクトレードオフ評
価で、揮発性有機化学物質に加えて、二次
生成過程で生じるオゾン等の分解物の大
気中濃度を推定する必要があるが、一般ユ
ーザーが利用できる汎用的な大気モデル
はない
・本事業で対象とするプラスチック添加剤と
金属類の2用途群のリスクトレードオフ
評価で、全国の主要河川水中濃度および海
域生物中濃度の分布を推定する必要があ
るが、利用可能なモデルはない
・各モデルは、意思決定の判断材料を得るた
めに使用されることを想定し、±1 桁の精
度を最低限の目標とした
・本事業で対象とするプラスチック添加剤や
金属類は、環境に排出された後、環境媒体
間を移行し、農作物や家畜に蓄積されるた
め、これらを経由する経口摂取量を地域特
異的に推定できるモデルが必要である
・農・畜産物中濃度を葉菜類、根菜類、肉類、
乳製品の 4 分類で推定するモデルはあるが、
個別の農・畜産物中濃度を推定可能なモデル
はない
・農・畜産物経由の摂取量を生産地、流通経路、
消費地を考慮して地域特異的に推定できる
暴露モデルはない
・地理情報システム(GIS)を ・地域特異的な摂取量推定には、土壌、気象、
生産/出荷量、農・畜産物消費量、体重等
用いて、モデルの地域特性パ
の地域特異的なモデルパラメータが必要
ラメータをデータベース化
である
し、モデルに組み込む
・モデルの開発に際しては、最 ・本モデルは、環境媒体移行、流通、暴露の
各モデルを統合して作成するため、推定の
低限、濃度や摂取量を既報値
不確かさが大きくなる可能性があるが、推
の±1 桁の精度で推定可能と
定結果が意思決定に使用されることから、
する
±1 桁の推定精度を最低限の目標とした
48
リ ス ク ト レ ー (ヒト健康)
・有害性の推論手法の開発およびリスク比較
ド オ フ 解 析 手 ・限られた動物試験の情報から
手法の開発が必要な理由については、2-
法の開発
ヒト健康影響の種類と無毒
1-1節に記載した
・有害性のエンドポイントが異なる化学物質間
性量等を推論する手法を開
のヒト健康リスクのトレードオフを解析す
発する
るために、物質間のリスクを比較できる統一
・化学物質のヒト健康リスクを
指標が必要である
比較できる統一指標を決定
・ヒトでの用量-反応関係が明確な物質に対し
する
てのみ算出できる質調整生存年数(QALY)を
・推論手法と統一指標を4用途
統一指標として、限られた動物試験結果のみ
群のリスクトレードオフ評
が存在する化学物質に対して算出可能にす
価に適用する
るために、動物試験結果からヒト健康影響を
(生態)
推論する手法を開発する必要がある
・化学物質間の生態リスクのトレードオフの解
・生態影響の無影響濃度等を推
析のために、統一指標が必要である
論する手法を開発する
・影響を受ける種の割合が指標となり得るが、
・化学物質の生態リスクを比較
その算出には、多数の生物種に対する生態毒
できる統一指標を決定する
性に基づく種の感受性分布(SSD)が必要とな
・推論手法と統一指標を4用途
るため、SSD を推論する手法を開発する必要
群のリスクトレードオフ評
がある
価に適用する
4 つ の 用 途 群 ・工業用洗浄剤、プラスチック ・本事業で開発する評価手法を普及していく
の「用途群別リ
添加剤、溶剤・溶媒、金属類
ためには、開発する手法やツールの公開に
スクトレード
の4用途群での物質代替に
加えて、具体的な適用事例として4用途群
オフ評価書」の
伴うリスクトレードオフを
でのトレードオフ解析を実践し、評価書を
作成
解析し、評価書を作成し、公
作成し、公開することが不可欠である
開する
・開発した手法等に係る指針と ・同一用途群での物質代替のリスクトレード
リスクトレードオフ評価指
オフ解析を実践するには、手引きとして、
針を作成し、公開する
ツールのユーザーガイド、手法のガイダン
ス、リスクトレードオフ評価書に加えて、
経済分析等の指針が必要である
49
3.成果、目標の達成度
3-1 成果
3-1-1 全体成果
2-1節に示した本事業の全体目標を達成するために、同一用途群内での物質代替時の被
代替物質や代替物質の暴露情報を補完する手法、有害性情報を補完する手法、そしてヒト健
康リスクや生態リスクをそれぞれの統一指標で比較する手法等の開発および4つの用途群
(工業用洗浄剤、プラスチック添加剤、溶剤・溶媒、金属類)での物質代替事例を解析した
リスクトレードオフ評価書の作成を、以下の研究開発項目において遂行した。
①排出シナリオ文書(ESD)ベースの環境排出量推計手法の確立
②化学物質含有製品からヒトへの直接暴露等室内暴露評価手法の確立
③地域スケールに応じた環境動態モデルの開発
④環境媒体間移行暴露モデルの開発
⑤リスクトレードオフ解析手法の開発
⑥4つの用途群の「用途群別リスクトレードオフ評価書」の作成
・研究開発項目①~④では、暴露情報を補完する手法等の開発を行った。
・研究開発項目⑤では、ヒト健康影響や生態影響に係る有害性情報を補完し、ヒト健康リス
クや生態リスクをそれぞれ統一指標で比較する手法の開発を行った。
・研究開発項目⑥では、研究開発項目①~⑤の成果を活用して、リスクトレードオフ評価書
の作成を行うとともに、評価指針の作成も行った。
以上の研究開発の遂行により、図3-1に示すように、各種の手法、モデル、ツール、評
価書、指針、ガイダンスを開発・作成し、公開することができた。
研究開発項目
①
環境排
出量推
計手法
対象用途群
洗浄剤(工業用)
●
プラスチック添加剤
●
金属類
●
溶剤・溶媒
●
成果物
②
室内暴
露評価
ツール
③
環境動態モ
デル
④
⑤
環境媒体間 有害性推論
移行暴モデル 手法とリス
ク比較手法
大気 河川 海洋
●
●
●
ESD
iAIR
推算ツール
技術ガイ
ダンス
「室内暴
露評価」
有機 金属
●
●
●
●
●
●
●
●
ヒト 生態
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
SIET
MeTra
ADMER-PRO
SHANEL Ver.2.5
CBAM Ver.2.0
⑥
社会経
済分析
等
ヒト健康リスク
トレードオフ評
価ガイダンス
生態リスクト
レードオフ評価
ガイダンス
●
リスクト
レードオ
フ解析の
ための経
済分析指
針
図3-1 開発した手法の4つの用途群への適用と成果物
50
成果物
リ
ス
ク
ト
レ
ー
ド
オ
フ
評
価
書
技
術
ガ
イ
ダ
ン
ス
「
リ
ス
ク
ト
レ
ー
ド
オ
フ
」
(1)暴露情報の補完手法の開発
リスクトレードオフ評価を実施する際に必要な暴露情報(暴露濃度、摂取量)を補完する
ための手法等を開発するため、研究開発項目①、②、③、④を設定して、以下を開発すると
ともに、おおむね±1桁の推定精度を確保できることを確認し、公開した。さらに、環境排
出シナリオ文書については OECD に提案している。
・4用途群(工業用洗浄剤、プラスチック添加剤、溶剤・溶媒、金属類)の化学物質を対象
とする環境排出シナリオ文書(日本語、英語)
・室内暴露評価ツール(iAIR)
・環境動態モデル(大気:ADMER-PRO、河川:AIST-SHANEL、海域生物蓄積:CBAM)
・環境媒体間移行暴露モデル(有機化学物質:SIET、金属類:AIST-MeTra)
、
開発した手法やモデル等は、4つの用途群のリスクトレードオフ解析の際の暴露評価に活
用した。
(2)有害性情報の補完手法とリスク比較手法の開発
化学物質の有害性情報を補完するための手法と化学物質間のリスクを比較する手法を開発
するため、研究開発項目⑤を設定した。
ヒト健康リスクについては、損失 QALY を統一指標とする化学物質間のリスク比較手法を開
発した。また、損失 QALY を導出するために、無影響量の主要臓器間の相関関係に基づく共分
散構造解析を用いて、限られた動物試験情報からヒト健康影響の種類と無影響量等を推論す
るアルゴリズムを開発した。
上記の成果を、ヒト健康リスクトレードオフ評価ガイダンス文書として取りまとめ、推論
アルゴリズム等とともに公開した。また、開発した手法を4用途群の物質代替事例を対象と
するヒト健康リスクのトレードオフ評価に活用した。
生態リスクについては、影響を受ける種の割合を統一指標とするリスク比較手法を開発し
た。また、影響を受ける種の割合を導出するために、生態影響の種の感受性分布(SSD)を推論
する3つの手法(順応的 SSD 推定手法、ニューラルネットワークモデルを用いた手法、BLM
を用いた手法)を水生生物に対する毒性値、物性、構造等の情報をとりまとめた基本データ
セットを基に開発した。
上記の成果を、
生態リスクトレードオフ評価ガイダンス文書として取りまとめ、公開した。
また、開発した手法を3用途群の物質代替事例を対象とする生態リスクのトレードオフ評価
に活用した。
(3)4つの用途群での物質代替に伴うリスクトレードオフの評価
研究開発項目⑥を設定し、開発した暴露情報の補完手法、有害性情報の補完手法およびリ
スク比較手法を用いて、4つの用途群での以下の物質代替事例を対象にリスクトレードオフ
を解析し、リスクトレードオフ評価書を作成し、公開した。
51
・工業用洗浄剤:塩素系洗浄剤から炭化水素系や水系洗浄剤への代替、エンドオブパイプ対
策を対象
・プラスチック添加剤:電気電子製品等に使用される難燃剤のデカブロモジフェニルエーテ
ルからビスフェノール A-ビス(ジフェニルホスフェート)への代替を対象
・溶剤・溶媒:
(一般環境)自動車塗装分野での溶剤系塗料から水系塗料への代替、工程改良、
エンドオブパイプ対策等を対象
(室内環境)印刷インキ、家庭用塗料、家庭用接着剤用の溶剤の代替を対象
・金属類:電気電子製品等に使用されるスズ-鉛系はんだのスズ-銀-銅系はんだへの代替
さらに、リスクトレードオフ評価書の作成、公開に加えて、リスクトレードオフ解析を実
践する際の手引きとして、
「リスクトレードオフ解析のための経済分析指針」
、
「技術ガイダン
ス 室内暴露評価」および「技術ガイダンス リスクトレードオフ解析」を作成し、公開し
た。
図3-2に示すように、作成、公開した上記の指針、技術ガイダンスを、本事業で作成し
た環境排出シナリオ文書、各種ツールとモデルのマニュアル、ヒト健康と生態のリスクトレ
ードオフ評価ガイダンス文書、リスクトレードオフ評価書とともに参考にすることにより、
事業者や行政が物質代替に伴うリスクトレードオフ解析を実践することを容易にした。
物質代替(被代替物質/代替物質)
環境排出量
暴
露
情
報
補
完
環境媒体中濃度
暴露濃度・摂取量
本事業で作成した文書,マニュアル,解説等
・環境排出シナリオ文書(4用途群)
・既存の環境排出シナリオ文書(技術ガイダンス「リスクトレードオフ解析」で解説)
・物性推定法(技術ガイダンス「リスクトレードオフ解析」で解説)
・ADMER-PROとマニュアル(大気モデル)
・AIST-SHANELとマニュアル(河川モデル)
・CBAMとマニュアル(海域生物蓄積モデル)
・物性推定法(技術ガイダンス「リスクトレードオフ解析」で解説)
・環境排出量のメッシュ割り振り(技術ガイダンス「リスクトレードオフ解析」で解説)
・iAIRとマニュアル(室内暴露) ・SIETとマニュアル(経口曝露、有機化学物質)
・AIST-MeTra とマニュアル(経口暴露、金属類)
・技術ガイダンス「室内暴露評価」
有
害
性
情
報
補
完
相対毒性値(ヒト健康)
種の感受性分布(生態)
・ヒト健康リスクトレードオフ評価ガイダンス文書
・生態リスクトレードオフ評価ガイダンス文書
・Read across法(技術ガイダンス「リスクトレードオフ解析」で解説)
・物性推定法(技術ガイダンス「リスクトレードオフ解析」で解説)
リ
ス
ク
比
較
損失QALY(ヒト健康)
影響を受ける種の割合
(生態)
・ヒト健康リスクトレードオフ評価ガイダンス文書
・生態リスクトレードオフ評価ガイダンス文書
経
済
分
析
経済分析
・リスクトレードオフ解析のための経済分析指針
物質代替
・代替物評価(技術ガイダンス「リスクトレードオフ解析」で解説)
図3-2 リスクトレードオフ評価の際に手引きとなる文書、マニュアル、指針等
52
3-1-2 個別要素技術成果
3-1-2-1 排出シナリオ文書(ESD)ベースの環境排出量推計手法の確立
①洗浄剤
1.はじめに
工業用洗浄剤として用いられる物質が別の物質に代替される際に、十分な実測データがな
い条件においても環境排出量を推定する手法と各種パラメータデータを提供することを目的
とした。そのため、開発する排出量推定手法は、現実に起こっている洗浄剤代替における、
洗浄装置や運転状況の変化にも対応可能なものを目指した。
対象とした業種は、鉄鋼業、非鉄金属製造業、金属製品製造業、一般機械器具製造業、電
気機械器具製造業、輸送用機械器具製造業、精密機械器具製造業の 7 業種であり、用途は金
属部品等の洗浄とした。対象とした洗浄剤種類は、塩素系、ハロゲン系(臭素系、フッ素系
を含む)
、炭化水素系、水系、準水系の 5 種類である。
2007 年度は、既往文献収集と調査により、工業用洗浄剤の代替動向調査と排出量推定式の
プロトタイプの構築を行った。2008 年度は、洗浄現場でのヒアリングによる洗浄特性パラメ
ータの収集と、排出量推定式の妥当性検証を行った。2009 年度は、排出シナリオ文書の作成
を進め中間報告版を作成するとともに、リスクトレードオフ評価のために必要な排出量推定
を行った。また、OECD 暴露評価タスクフォースへのスコーピングペーパーの提出を行った。
2010 年度は、作成した排出シナリオ文書(中間報告版)について、産総研内部でのレビュー
とコメントへの対応(内部レビュー)、関連業界(日本産業洗浄協議会)へのレビューとコメ
ントへの対応(外部レビュー)を行った。また、排出シナリオ文書の英文化を行い、簡易製
本版(日本語版、英語版)を作成した。2011 年度に OECD 暴露評価タスクフォース会合に対
して ESD を提出し、国外の団体・機関からレビューコメントを受けた。2012 年度には同会合
に対しレビューコメントに対応した ESD の改訂版を提出した。また、排出シナリオ文書の内
容をもとに排出量推定ツールを作成し公開した(2012 年度)
。
2.使用量・排出量推定式の構築
2.1 塩素系・ハロゲン系洗浄剤使用プロセス
想定した工程フローを図 1 に示す。
使用量と排出係数はそれぞれ次の 2 式で算出できる。
(1)
ELEM_use= ELEM_emission + ELEM_clean_waste
EF 
ELEM _ emission
(2)
ELEM _ use
ここで、ELEM は対象成分の量を表す。各記号の説明は表1に示した。
53
大気排出量
ELEM_emission
使用量
被洗浄物の流れ
排出抑制係数
R_red
洗浄剤(汚れ含む)の流れ
再利用
ELEM_use
排ガス処理回収装置
洗浄装置の開口部面積
蒸発
AREA_solut
洗浄液(新液)
風速U
冷却温度
T_cool
オーバーフロー
リンス槽
浸漬洗浄槽
蒸気洗浄槽
(ベーパーゾーン)
洗浄廃液
オーバーフロー
廃棄物への移動量
産廃処理
ELEM_clean_waste
図1 塩素系・ハロゲン系洗浄剤を用いた場合の想定工程図
表1 塩素系洗浄剤の排出量推定式等で使用する記号
記号
ELEM_use
ELEM_emission
ELEM_clean_waste
EF
AREA_solut
Mw
P_v
T_cool
R_gas
R_red
Km
U
Z
Sc
OBJ_speed
OIL_obj
R_oil_waste
R_elem_solut
意味
対象成分の使用量
対象成分の大気排出量
対象成分の廃棄物への移動量
排出係数(使用量に対する排出量の比)
洗浄装置開口部面積(洗浄液が空気に触れる面積)
分子量
対象成分の冷却水温度での飽和蒸気圧
冷却温度
気体定数
排出抑制係数(回収装置や装置形状等による)
物質移動係数
洗浄液面上部の制御風速
風速方向の洗浄液面長さ
シュミット数
被洗浄物処理量
被洗浄物単位重量当り油量
洗浄廃液中油含有率
洗浄液中対象成分含有率
単位
kg/h
kg/h
kg/h
m2
kg/kmol
Pa
K
J/K/kmol
-
m/s
m/s
m
-
kg/h
kg/kg
kg/kg
kg/kg
【大気排出量推定式】
対象成分の単位時間あたりの蒸発量は、式(3)、式(4)で算出される。
ELEM _ emission  AREA_ solut  Km  3600 
Mw P_ v
R_ gas  T_ cool
 (1  R_ red )
Km = 0.0048 × U × Z -1/9 ×Sc-2/3
(3)
(4)
ここで、排出量は洗浄槽開口部面積(AREA_solut)と物質移動係数(Km)に比例し、排ガス処
理回収装置や洗浄装置形状等による排出抑制の効果を受けるとした。
54
【洗浄廃液含有量推定式】
洗浄廃液として廃棄(産廃処理)される対象成分量(ELEM_clean_waste)は以下の式で推
定する。
ELEM _ clean_ waste  OBJ _ speed  OIL _ obj
1  R_ oil_ waste
R_ oil_ waste
 R_ elem_ solut
(5)
式(5)は被洗浄物によって洗浄液に持ち込まれる油(汚れ)
量がある一定の比率(R_oil_waste)
になったときに、洗浄廃液として廃棄されることを表している。
2.2 炭化水素系洗浄剤使用プロセス
炭化水素系洗浄プロセスからの排出量は、用いる洗浄装置を開放型装置と密閉型装置に分
類して推定した。
2.2.1 開放型装置
想定した工程図を図2に示す。
被洗浄物の流れ
大気排出
大気排出量
ELEM_emission
洗浄剤'汚れ含む(の流れ
排ガス処理装置
排出抑制係数
使用量
R_red
ELEM_use
洗浄液'新液(
持ち出し
持ち出し
浸漬洗浄槽
乾燥装置
リンス槽
オーバーフロー
蒸留再生器
ELEM_clean_waste
廃液
産廃処理
図2 炭化水素系洗浄剤を用いた場合の想定工程図(開放型)
【大気排出量推定式】
蒸気洗浄過程がないため、被洗浄物によって持ち出された洗浄液が乾燥工程によって全量
蒸発すると仮定した。大気排出量は以下の式で表した。数式中の記号の説明は表2に示す。
ELEM _ emission  AREA_ solut  Km  3600 
Mw P_ v
R_ gas  T_ solut
 DRAG_unitweigh t  OBJ _speed   _solut  R_elem_solu t  (1 - R_red )
55
(6)
表2 炭化水素系洗浄剤の排出量推定式等で使用する変数(塩素系と同じものは省略)
記号
T_solut
DRAG_unitweight
ρ_solut
SOLUT_generate
P_v
P_atom
T_cool
意味
洗浄液温度
被洗浄物による洗浄液持出し量
洗浄液の比重
洗浄液蒸気発生量
凝縮器での洗浄液蒸気圧
大気圧
凝縮(回収)器での冷却温度
単位
K
L/kg
kg/L
kg/h
Pa
Pa
K
2.2.2 密閉型装置
想定した工程図を図3に示す。被洗浄物の洗浄と乾燥が一つの洗浄槽の中で行われる。大
気圧下で洗浄槽の蓋が開かれ被洗浄物が洗浄槽内に投入される。次に減圧機構(真空ポンプ)
によって洗浄槽内は減圧状態にされ、洗浄液が減圧蒸気発生機構から蒸気として洗浄槽内に
導入され洗浄が行われる。減圧機構(真空ポンプ)によって洗浄・乾燥槽内が減圧にされ、
被洗浄物に付着した洗浄液は蒸発する。洗浄・乾燥槽から流出した洗浄液蒸気は凝縮(回収)
器で冷却されることにより液化し回収され、減圧蒸気発生機構に戻される。減圧蒸気発生機
構内の洗浄液中の油含有率が一定の割合まで増加すると、洗浄液は産廃処理に移行する。
被洗浄物の流れ
洗浄剤'汚れ含む(の流れ
ELEM_emission
使用量
ELEM_use
大気排出
洗浄液(新液)
洗浄液蒸気発生量
SOLUT_gerenate
洗浄・乾燥
槽
減圧蒸気発生
'減圧蒸留再生(
機構
減圧機構
'真空ポンプ(
凝縮'回収(器
廃液
ELEM_clean_waste
産廃処理
図3 炭化水素系洗浄剤(密閉型)を用いた場合の想定工程図
密閉型装置における大気排出量は次式で算出される。
ELEM_emission= SOLUT_generate×R_elem_solut ×(P_v / P_atom)
(7)
ここで、SOLUT_generate は、減圧蒸気発生機構において単位時間に蒸気として発生する洗浄
56
液の量であり、右辺の P_v/P_atom は、蒸気として発生した量のうち凝縮器において大気圧と
の比の分だけ装置の外に排出されることを意味している。数式中の記号の説明は表 3 に示す。
炭化水素系洗浄剤を使用するプロセスにおいても、洗浄剤使用量、排出係数、洗浄廃液含有
量を表す数式は、塩素系洗浄剤の場合と同じく式(1)、式(2)、式(5)である。
2.3 水系洗浄剤使用プロセス
想定した工程フローを図4に示す。
被洗浄物の流れ
使用量
ELEM_rinse
洗浄剤の流れ
ELEM_use
供給水
洗浄液
油水分離
装置
洗浄液
廃油
少ないと
仮定し無
視
浸漬洗浄槽
乾燥槽
オーバー
フロー
持ち出し
一次
リンス槽
二次
リンス槽
'排水処理を行わないケース
は点線で表示(
リンス排水
洗浄廃液
除去率:R_remove
ELEM_clean_waste
ELEM_rinse_water
排水処理
ELEM_rinse_waste
分解率:
R_decom
産廃処理
公共用水域
または下水道
無害化
'分解(
ELEM_rinse_decom
図4 水系洗浄剤を用いた場合の想定工程図
対象成分の使用量、排出量および排水処理量の間には以下の関係があるとした。
(8)
ELEM_use = ELEM_clean_waste + ELEM_rinse
式(8)は使用された洗浄剤成分は洗浄廃液に含有されて廃棄されるか、リンス排水として処
理されるかのいずれかであることを示している。記号の説明は表3に示した。
表3 水系洗浄剤の排出量推定式等で使用する変数(塩素系、炭化水素系と共通のものは省略)
記号
ELEM_rinse
R_remove
R_decom
ELEM_rinse_waste
ELEM_rinse_water
ELEM_rinse_decom
意味
リンス排水として排水処理される対象成分量
対象成分の排水処理による除去率
対象成分の排水処理による分解率
対象成分の廃棄物への移動量
対象成分の公共用水域・下水道への排出量
対象成分の分解量
57
単位
kg/h
-
-
kg/h
kg/h
kg/h
【リンス排水処理量推定式】
単位時間にリンス排水として排水処理される対象成分量(ELEM_rinse)は、洗浄槽からリンス
槽へ持ち出される量に等しいため以下の式で算出した。
ELEM_rinse = DRAG_unitweight×OBJ_speed×ρ_solut× R_elem_solut
(9)
【排水処理による分解率・除去率】
リンス排水に含まれた対象成分は、事業所敷地内の排水処理設備で処理され除去または分
解されるとした。除去されなかった対象成分が公共用水域または下水道へ放出され、除去分
から分解分を差し引いた量が廃棄物(汚泥等)となり、分解分は他の物質に変化すると仮定
した。すなわち、対象成分は排水処理後に 1)廃棄物として移動(主に活性汚泥を想定)
、2)公
共用水域または下水道へ排出、3)分解され他の物質に変化、のいずれかのプロセスを辿るこ
とになる。
ELEM_rinse_waste = ELEM_rinse ×(R_remove - R_decom)
(10)
ELEM_rinse_water = ELEM_rinse ×(1-R_remove)
(11)
ELEM_rinse_decom = ELEM_rinse ×R_decom
(12)
上記のプロセスにおける「1)から 3)のいずれかの運命を辿る」という仮定は「PRTR 排出量
等算出マニュアル(第 3 版)
」
(経済産業省、環境省、2004)の記述に従った。公共用水域・
下水道への排出量は、式(11)に式(9)を代入して得た次式で推定した。ここで公共用水域へ排
出されるか、下水道へ排出されるかの選択は事業所の立地条件に関わると考えられるため、
本 ESD での判断対象から除いた。
ELEM_rinse_water = DRAG_unitweight×OBJ_speed×ρ_solut×R_elem_solut×(1-R_remove)
(13)
洗浄廃液含有量を表す式は塩素系洗浄剤の場合の式(5)と同様である。
水域への排出係数は
式(13)を式(8)で除すことで得られる。
2.4 準水系洗浄剤使用プロセス
想定した工程フローを図5に示す。被洗浄物が浸漬洗浄槽、リンス槽を経て乾燥装置で乾
燥されるという流れ、および純水の供給とオーバーフローについては水系洗浄剤使用プロセ
スと同様である。水系洗浄剤使用プロセスとの違いは、浸漬洗浄槽から洗浄剤に含まれる溶
剤成分が蒸発により大気に排出すること、およびリンス排水が全て廃棄物として産廃処分さ
れるという2点である。準水系洗浄剤に含まれる溶剤成分を排出量算出の対象成分とした。
58
ELEM_emission
供給水
大気排出(液面からの蒸発(
乾燥槽
ELEM_rinse
洗浄剤
ELEM_use
使用
オーバー
フロー
持ち出し
浸漬洗浄槽
洗浄廃液
第一リンス槽
第二リンス槽
リンス排水
ELEM_clean_waste
ELEM_rinse_waste
被洗浄物の流れ
廃棄物
洗浄剤(汚れ含む)の流れ
ELEM_waste
図5 準水系洗浄剤を用いた場合の想定工程図
洗浄剤成分の使用量と排出量、廃棄量の間には以下の関係があるとした。
(14)
ELEM_use = ELEM_emission +ELEM_waste
【大気排出量推定式】
大気排出量は以下の式で算出した。
ELEM _ emission  AREA_ clean  Km  3600 
Mw P_ v
R_ gas  T_ solut
(15)
ここで物質移動係数(Km)は既出の式(4)で算出される。準水系洗浄剤を用いる洗浄プロセ
スではリンス槽の洗浄液組成は大部分が水であるため、開口部面積としては浸漬洗浄槽の面
積(AREA_clean)を用いた。数式中の記号の説明は表4に示す。
表4 準水系洗浄剤の排出量推定式等で使用する変数(既出のものは省略)
記号
AREA_clean
ELEM_waste
意味
浸漬洗浄槽の開口部面積
対象成分の廃棄物移動量
単位
2
m
kg/h
対象成分の廃棄物移動量(ELEM_waste)は以下の式で表される。
(16)
ELEM_waste = ELEM_clean_waste+ ELEM_rinse
洗浄廃液に含まれる対象成分量(ELEM_clean_waste)は既出の式(5)で算出され、リンス排水
に含まれる対象成分量(ELEM_rinse)は既出の式(9)で算出される。また、大気排出係数は排
出量(式 15)を使用量(式 14)で除すことで得られる。
参考文献
旭リサーチセンター(2006)平成 17 年度 揮発性有機化合物(VOC)排出抑制に係る自主的
59
取組推進マニュアル原案作成(洗浄関係)委員会報告書、2006 年 3 月、㈱旭リサーチセ
ンター
環境省(2005) 揮発性有機化合物(VOC)排出抑制対策検討会洗浄小委員会報告書、2005 年 2
月、揮発性有機化合物(VOC)排出抑制対策検討会洗浄小委員会
経済産業省、環境省(2004) PRTR 排出量算出マニュアル第 3 版 2004 年 1 月
製造産業局化学物質管理課
経済産業省
環境省環境保健部環境安全課
産洗協 (2002) 中小企業総合事業団 平成 12 年度「化学物質出量等算出マニュアル」 -平
成 14 年 3 月改版- 化学工業以外の工業編⑮産業洗浄工業(作成 日本産業洗浄協議会)
http://www.smrj.go.jp/keiei2/kankyo/h12/book/2csb/sansyutu/02/pdf/15.pdf
(2011/02
アクセス)
JICOP(2005) 環境リスクの低い産業洗浄装置等に関する調査研究報告書 2005 年 3 月 財
団法人 機械振興協会経済研究所 委託先 有限責任中間法人 オゾン層・気候保護産
業協議会(JICOP)
Kawamura P I, Mackay D (1987) The evaporation of volatile liquids. Journal of Hazardous
Materials, 15: 343-364.
60
②プラスチック添加剤
1.はじめに
OECD-ESD、№3 のプラスチック添加剤の ESD は、プラスチック添加剤の加工、消費、廃棄
段階にわたるライフサイクル段階の排出係数を詳細に設定しており、プラスチック添加剤の
リスク評価の際には非常に有用である。しかし、最終製品消費段階においては、物性にかか
わらず全使用期間で 0.05%の大気や水域への排出係数を設定しており、物質による排出量の
差がないため、物質代替に伴うリスクトレードオフ評価には利用できない。
可塑剤については、蒸気圧にもとづく排出係数の推定式が OECD の改訂版で示されており、
物性の違いを排出量の差に反映することが可能である。しかし、プラスチック添加剤の物質
は一般的に蒸気圧がきわめて低く、蒸気圧データに不確実性が大きいという問題がある。こ
のため、蒸気圧に基づく推定式を排出速度の実測値で検証する必要がある。
プラスチック添加剤のような準揮発性有機化学物質(SVOC)は、プラスチック表面からの
排出速度がきわめて緩やかで、
チャンバー内に吸着する等の現象が起こりやすい。
このため、
揮発性有機化学物質(VOC)に使われる一般的な測定方法で SVOC の排出速度を測定すること
は困難であり、上記の推定式の検証も行われていなかった。
また、ある年のプラスチック添加剤の市中ストック量に消費段階の排出係数を乗算するこ
とで、最終製品消費段階におけるその年のプラスチック添加剤の排出量を求めることができ
る。しかし、OECD-ESD では最終製品の使用期間を考慮した市中ストック量や排出量の経年変
化を検討することはしていない。また、ある年の市中ストック量を求める方法について、既
存の ESD は言及していない。排出量の経年変化推定には、最終製品に使用されるプラスチッ
ク添加剤の市中ストック量を計算することが望ましい。
本 ESD の開発のため、2007 年度は既往文献収集と調査によりプラスチック添加剤の排出寄
与が大きいライフステージを特定した。2008 年度は製造~廃棄段階のマクロマテリアルフロ
ー調査を実施し、排出量推定式の構成要素データを整備した。2009 年度は、可塑剤と難燃剤
の最終製品消費段階からの放散量試験を実施して、排出量推定式を検証した。また、OECD 暴
露評価タスクフォースへのスコーピングペーパーの提出を行った。2010 年度は、排出シナリ
オ文書(日本語版、英語版)を作成した。
2.プラスチック添加剤のマテリアルフロー解析
プラスチックの国内需要量について、プラスチックの市中ストック量算出の基礎データと
なる 1981 年以降の樹脂別および製品品目別のデータを整備した。ただし、統計データには欠
落が多いため、プラスチック製品統計年報をベースに、工業統計や化学工業統計年報等のデ
ータで補完して、プラスチック国内需要量データを整備した。一例を表1に示す。
次に、プラスチック添加剤の樹脂への配合量に関するデータを整備した。ただし、配合量
は物質ごとに異なり、また同じ添加剤でも添加する樹脂、添加の目的や製造する最終製品に
より変化するため、ESD 作成に際して必要な平均的な配合量についてのまとまった既知デー
タはなかった。そこで、①既存データをもとに配合量と使用比率をまず設定する、②樹脂出
荷量、配合量、使用比率から各添加剤の樹脂別(または用途別)の出荷量を算出する、③得ら
れた計算値と実績値とを比較し、計算値と実績値の乖離が極力小さくなるように配合量、使
61
用比率を調整するといった手順で、各種プラスチック添加剤の需要量を推定するためのデー
タを整備した。
このデータを基に、プラスチック添加剤のマテリアルフロー解析ツールを構築した。計算
アルゴリズムの一例を図1に示す。このツールを用いて、難燃剤の市中ストック量や廃棄量
を推定した。
表1 整備したプラスチック国内需要量データの一例(2000 年、樹脂は一部のみ)
0-製品別出荷数量
対象年:2000年'平成12年(
プラスチック製品 計
フィルム・シート
フィルム
包装用軟質製品
その他の軟質製品
硬質フィルム
シート
板
平板
波板
合成皮革
パイプ・継手
パイプ
継手
機械器具部品
輸送機械用部品
電気通信用部品'照明用品含む(
その他の部品
日用品・雑貨
容器
中空成形容器
その他の容器
建材
雨どい及び同付属品
床材料
その他
発泡製品
板物
型物
その他の発泡製品
強化製品
板物
型物
その他の強化製品
その他
異形押出製品'建材を除く(
ホース
その他製品
プラスチック統計年報
1
2
3
6
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
39
数量't(
6,309,692
2,369,377
2,072,670
1,179,354
457,954
435,362
296,707
156,630
120,239
36,391
72,000
740,187
672,450
67,737
865,748
398,679
314,487
152,582
395,809
479,261
379,510
99,751
331,909
41,364
152,614
137,931
387,334
96,011
84,643
206,680
86,294
8,145
70,533
7,616
425,143
42,699
52,438
330,006
推計値
表5-2
数量't(
11,833,319
3,456,104
2,934,125
2,372,423
312,155
249,547
521,979
182,208
137,813
44,395
218,298
992,084
851,284
140,800
2,055,267
806,844
686,673
561,750
604,660
1,618,849
900,698
718,150
435,157
47,938
229,833
157,387
999,096
193,376
705,043
100,677
429,948
156,130
253,906
19,912
841,648
199,344
117,297
525,006
1-原材料統計
同左
元数値
原材料樹脂
計
277,771
ポリエチレン
ポリスチレン
ポリプロピレン
塩化ビニル樹
脂'コンパウ
ンドを含む(
0~9の合計
11,833,319
3,456,104
1
2,218,004
1,288,811
2
1,958,712
368,175
3
2,242,563
812,063
4
1,969,531
417,014
182,208
1,404
25,961
23,653
63,868
218,298
992,084
15,326
76,834
57
4,229
0
6,865
120,676
890,534
2,055,267
86,115
594,044
655,346
87,242
604,660
1,618,849
87,628
414,214
102,385
71,860
364,196
182,356
19,721
36,832
435,157
937
3,684
984
153,751
999,096
137,596
701,033
49,915
21,868
429,948
2,169
1,271
2,900
3,337
841,648
106,969
86,012
144,283
154,688
0
999,034
682,393
62
図1 プラスチック添加剤のマテリアルフロー解析ツールのアルゴリズムの一例(可塑剤)
3.最終製品消費段階からの排出
プラスチック添加剤の物質の多くは準揮発性有機化学物質(SVOC)に属している。そのた
め、揮発性有機化学物質(VOC)に使用される放散量測定方法では、金属製チャンバー内に物
質が吸着しやすく、分析が困難であった。そこで、SVOC のために新たに開発され、2008 年に
JIS 化された方法が JIS A 1904 のマイクロチャンバー法を使用して、可塑剤と難燃剤の放散
量試験を実施した。
3.1 可塑剤の放散試験
塩ビ樹脂の成形加工に携わる業界の協力を得て、可塑剤を含有する塩ビ製品サンプルを入
手した。また、放散量に関わる板厚、可塑剤濃度のパラメータの影響を検討するために、塩
ビ樹脂の成形加工を行う企業の協力で、上記物質を含有する試験サンプルを作成した。
DEHP、DINP と DIDP の物質別に整理した結果を表2に示す。蒸気圧、分子量あるいは沸点
等の物性の違いが放散速度に反映されている可能性があった。
表2 塩ビ製品サンプルによる放散速度の結果(平均、最大値、最小値)
物質
DEHP
DINP
DIDP
放散速度(μg/m2/hr)
最小
3.1
0.2
0.0
N数
14
16
3
平均
4.1
0.6
0.3
最大
5.7
1.4
0.7
そこで、各物質の放散速度平均値と分子量、沸点および蒸気圧との関係をプロットしたと
63
ころ(図2)
、放散速度は分子量、沸点に反比例し、蒸気圧には比例する傾向があった。ただ
し、蒸気圧については、各物質の蒸気圧は OECD-ESD の推定式を用いた推定値である。
y = 1E+07x + 0.1338
R² = 0.9962
放散速度'μg /m2/hr(
5
4
DEHP
3
2
1
DINP
0
DIDP
0.0E+00
5.0E-08
1.0E-07
1.5E-07
2.0E-07
2.5E-07
3.0E-07
3.5E-07
蒸気圧' mmHg(
図2 可塑剤の放散速度と蒸気圧との関係(OECD-ESD の蒸気圧推定式を使用した場合)
また、試験サンプルによる放散試験工程時での可塑剤の放散量はすべて検出下限値未満で、
その後の加熱脱着試験工程時の放散量が大きかった。試験サンプルの厚さ、可塑剤の配合割
合、放散試験工程時の入口流量の放散速度への影響は小さく、その 3 つは放散速度の主要な
パラメータではないことが明らかとなった。一方で、放散試験時の温度が高くなると放散速
度も上昇した。これは、物質の蒸気圧が上がるため、放散速度も比例して上昇すると推定さ
れた。
樹脂中の物質損失をコントロールしているメカニズムが、可塑剤のように配合割合が高い
場合は樹脂中の拡散律速ではなく、気-固界面拡散であると想定して、以下の既存の拡散理
論にもとづく放散速度推定式(ENVIRON、1988)を用いて放散速度の推定値と実測値を比較し
た。
 D 
PM

E
A y * 
RT
   td 
1/ 2
(1)
ただし、E は可塑剤の放散速度(g/s)
、P は大気圧(1 atm)
、M は各可塑剤の分子量(g/mol)
、
R は気体定数(0.08205 atm L/mol/K)
、T は温度(K)
、A は排出面積で放散試験での条件で
ある 0.005278 m2 を適用した。また、y*は飽和状態における各可塑剤のモル分率、D は大気
中の気体の拡散率(3.77×10-6 m2/s)
、td は拡散が発生する時間で 10 秒と設定した。
DEHP、DINP をそれぞれ含有する製品サンプルの放散量試験結果と、DEHP、DINP、DIDP をそ
れぞれ含有する試験サンプルの放散量試験結果、および拡散理論にもとづく放散量推定式で
計算した放散速度と、試験サンプルの実測による放散速度を比較した結果を、合わせて図3
に示す。
64
Estimated emission rate'μg/m2/hr(
8
Estimated emission rate'μg/m2/hr(
Thickness of sample 0.5+1+2 mm
Concentration of plasticizer in plastics 30, 60, 90 %/resin
Ventilation rate 20+40+60 mL/min
Temperature 28℃
10
40℃
6
DEHP
4
400
60℃(Hoshino et al. 2007)
60℃
300
200
DINP
DIDP
2
40℃
28℃
0
0
2
4
6
8
Measured emission rate'μg/m2/hr(
Range of
measured
emission
rate of
10 product
samples
100
40℃
40℃(Hoshino et al. 2007)
28℃
0
0
100
200
300
400
Measured emission rate'μg/m2/hr(
図3 可塑剤の放散速度の推定値と実測値の比較
(左:放散速度 10 μg/m2/hr 以下、右:10 μg/m2/hr 以上)
その結果、DEHP と DINP の試験サンプルの放散速度の値が、各物質の製品サンプルの結果
の範囲内に入っており、試験サンプルを用いた試験結果は妥当と判断した。また、放散試験
工程時での放散量はほとんどが検出下限値未満で、その後の加熱脱着試験工程時の放散量が
ほとんどであったことで、JIS A 1904 を試験に採用したことの適切さが明らかとなった。
プラスチック製品の板厚、可塑剤の配合割合、入口流量は主要なパラメータではないこと
が明らかとなった。一方、温度が高くなると物質の蒸気圧が上がって、放散速度も当然なが
ら上昇した。さらに DEHP の 60℃での放散速度以外は推定値が実測値の 1/2~2 倍の範囲内に
入った。ただし、他文献(星野ら、2007)では、DEHP の 40℃および 60℃の放散速度が、そ
れぞれ 46 および 330μg/m2/hr で、上記の推定値とかなり近い値になる。したがって、上記
の拡散理論に基づく放散速度推定式を可塑剤に適用することは妥当と判断した。
3.2 難燃剤の放散試験
家電製品の筐体のプラスチックサンプルを用いて、JIS A 1904(マイクロチャンバー法)
による難燃剤放散量試験を実施した。中古テレビ、デスクトップパソコン、ノートパソコン
の筐体の一部を製品サンプルとして使用した。一方で、decaBDE、BDP の各難燃剤を含有する
成形樹脂を作成した。HIPS と PC/ABS のそれぞれ一般的なコンパウンドを使用して、decaBDE
あるいは BDP を 20 部あるいは 15 部を混入して押出・射出成形したプレートを、プレスによ
って大きさ 12 cm×12 cm、厚さ 3 mm の樹脂サンプルを作成した。
測定する物質は、被代替物質である decaBDE、代替物質である BDP、decaBDE と併用される
三酸化アンチモン、BDP の不純物であるトリフェニルホスフェート(TPP)の 4 物質とした。
放散捕集工程での条件は 3 通りである。まず、全サンプルを使用して、製品使用中を想定し
た放散温度 60℃、放散時間 24 時間での放散捕集を実施した。次に、放散量が検出された物
質に限定して、チャンバー内温度を 40℃と 28℃に変更した場合の放散捕集も実施した。さら
に、樹脂サンプルについて、放散時間 2 週間の長期試験も実施した。
65
試験の結果を表3に示す。ほとんどすべてのサンプルで放散捕集工程での放散量は検出下
限値未満となり、その後の加熱脱着工程での放散量が大きかった。
温度 60℃、24 時間の放散試験で decaBDE はすべて検出下限値未満であった。また、BDP は
一つのサンプルのみ 0.05 μg/m2/h の放散速度と推定されたが、その他は検出下限値未満で
あった。さらに、温度 60℃、2 週間の放散試験でも両物質で検出下限値未満であった。ただ
し、BDP は参考値として 0.00005 μg/m2/h の放散速度が得られた。
BDP の不純物である TPP は放散速度が大きく、0.2 未満~12 μg/m2/hr と幅があった。い
くつかのサンプルで温度 40℃と 28℃で放散試験を実施したところ、温度が下がると放散速度
が低減した。三酸化アンチモンは、参考値ではあるが 0.03~0.32 μg/m2/h の放散速度が得
られた。
表3 家電製品サンプルおよび試験サンプルによる難燃剤の放散速度の結果
([括弧]内の数値は検出下限値未満ではあるが参考値を示す)
Products
deca-BDE
Television
<0.5 (60 °C)
Laptop computer A –
Laptop computer B –
Laptop computer C –
Laptop computer D –
HIPS resin
<0.5 in all samples
(n = 3)
[0.03 in one
sample](60 °C)
<0.03(60 °C、 2 weeks)
in all samples
PC/ABS resin
–
(n = 3)
Sb2O3
–
–
BDP
–
<0.05 (60 °C)
–
<0.05 (60 °C)
–
0.05 (60 °C)
–
<0.05 (60 °C)
<0.8 in all –
samples
[0.03–0.32]
(60 °C)
–
TPP
–
14 (60 °C)、 3.7
(40 °C)、 <0.2
(28 °C)
1.4 (60 °C)
1.3 (60 °C)
0.8 (60 °C)
–
<0.05(60 °C) in all 0.2、 0.3、 0.3
samples
(60 °C)
<0.003 [0.00003] in <0.2 (40 °C) in
all samples
all samples
(60 °C、 2 weeks)
上記結果から、decaBDE は最大で 0.03 μg/m2/h 程度の放散速度を有すると考えられる。
また、BDP はきわめて放散速度が低く、0.005 μg/m2/h 程度と考えられる。三酸化アンチモ
ンは 0.2 μg/m2/h 前後の放散速度を有すると推定されるが、さらなる検証が必要である。蒸
気圧の比較的高い TPP は 0.2~0.3 μg/m2/h の高い放散速度と推定された。三酸化アンチモ
ンを除く 3 物質について、各物質の分子量、蒸気圧と放散速度から得られる排出係数との関
連性を見たところ、図4に示すように蒸気圧とほぼ相関があり、試験の妥当性が明らかとな
った。
66
排出係数'推定値(, /hr
1.E-06
TPP
1.E-08
decaBDE
1.E-10
蒸気圧/分子量に比例
BDP
蒸気圧×分子量に比例
蒸気圧に比例
1.E-12
1.E-12
1.E-10
1.E-08
1.E-06
排出係数'実測値(, /hr
図4 TPP 排出係数に基づく decaBDE と BDP の排出係数推定値の実測値との比較
4.排出シナリオ文書で使用する排出係数の設定
排出シナリオ文書において、物質の排出係数の設定が欠かせない。そこで、プラスチック
添加剤の排出係数の推定方法についていくつかの方法を検討して、プラスチック添加剤の排
出係数の推定の手順についてまとめる。
4.1 蒸気圧による排出係数
塩ビの放散速度の結果にもとづくと、可塑剤 X のある温度 T(K)における放散速度 Fair
(μg/m2/hr)は、その温度での物質の蒸気圧 PT に比例すると考えて、以下の式で求めるこ
とができる。
Fairx=1×107×PT+0.1338
(2)
さらに、おおよそのプラスチック添加剤の物質は DEHP や TCP の放散速度データをもとに、
蒸気圧に比例し、分子量に反比例すると考えることも妥当である。例えば、以下のような式
で求めることができる。
Fairxb= FairDEHP×P/M/(PDEHP/MDEHP)
(3)
ただし、上記の式は、物質の蒸気圧が自明のときに使用できるが、プラスチック添加剤の蒸
気圧は非常に低く、蒸気圧データの信頼性は一般的に低い。そこで、蒸気圧データを使用し
ない方法を次に検討した。
4.2 活性化エネルギーによる排出係数
プラスチック添加剤が樹脂表面から大気中に放散するときの活性化エネルギーについて以
下に検討した。
可塑剤や難燃剤をはじめとするプラスチック添加剤は、高温時に樹脂からの損失量が時間
経過とともに指数関数的に変化するため(技術情報協会、2008)
、物質の揮発による樹脂から
の損失速度はその時点のプラスチック添加剤濃度に比例すると考えると、以下の数式で表わ
される。
(4)
-dC/dt = kC
ここで、C は樹脂中のプラスチック添加剤の濃度、k は損失定数である。
上式を積分すると以下のようになる。
67
(5)
-lnC = kt + const
樹脂中のプラスチック添加剤の初期濃度を C0 とすると、t = 0 より、
-lnC0 = const
(6)
kt = lnC0 - lnC = -ln(C/C0)
(7)
k = -ln(C/C0)/ t
(8)
となる。
そこで、放散試験データや、樹脂の加熱時間と物質の揮発減量との関係を示す加熱減量デ
ータにもとづいて、いくつかの可塑剤について損失係数を計算した結果にもとづき、揮発に
よる損失定数の対数と絶対温度の逆数をグラフ上にプロットすると、図5のようになり、直
線関係を示す。これは、損失定数が一定の活性化エネルギーを持って、アレニウス式に従っ
0
0
-4
-4
-8
-8
ln(k)
ln(k)
て変化していることを示している。
-12
-16
y = -15033x + 32.506
R² = 0.9937
-16
-20
-20
-24
0.0020
-12
y = -16159x + 33.66
R² = 0.9975
-24
0.0024
0.0028
0.0032
0.0036
0.0020
温度' 1/K)
0.0024
0.0028
0.0032
0.0036
温度' 1/K)
0
-4
図5 塩ビ樹脂中の物質の損失定数と温度
のアレニウスプロット(左上:DEHP,右
上:DIDP,左下:TCP)
ln(k)
-8
-12
-16
-20
y = -17352x + 38.727
R² = 0.9898
-24
0.0020
0.0024
0.0028
0.0032
0.0036
温度' 1/K)
すなわち、物質の揮発による損失定数 k と活性化エネルギーE は以下の式で表わされる。
k = Ze-E/RT
(9)
ただし、Z は係数、R は気体定数(0.082 atm L/K/mol)である。上式を変形すると
ln(k) = -E/RT + ln(Z)
(10)
となり、上記の図におけるアレニウス式の関係が再確認される。さらに、グラフの傾きから
各プラスチック添加剤の揮発による損失に関する E を算出できる。温度の範囲を変えて、上
式から得られる活性化エネルギーE を表4に示す。
68
表4 各プラスチック添加剤の活性化エネルギー
物質名
樹脂
DEHP
PVC
DIDP
PVC
TCP
PVC
温度範囲
(℃)
28~60
28~160
28~60
28~160
28~82.5
活性化エネルギー
(k cal/ mol)
26.7
29.8
26.8
32.1
32.4
この結果、常温(28℃)から 60℃の低温域と、常温から 160℃までの成形加工温度域とで、
活性化エネルギーの値は多尐異なる。最終製品の使用段階を対象にするため、常温から 60℃
までの低温域を考慮した活性化エネルギーの平均値 27.5 kcal/mol を共通の値として用いる
方法と、常温から高温域の 160℃まで含めた活性化エネルギーの平均値 30.8 kcal/mol を共
通の値として用いる方法を以下に検討する。
上記の共通活性化エネルギーE(kcal/mol)を他物質にも適用して、ある温度 Ta(K)にお
ける時間経過 ta(hr)後の物質 X の損失による残留割合 Ca/C0 のデータがある場合に物質 X
固有の定数 ln(Zx)を計算でき、任意の温度 Tb(K)における年間排出係数 Fairxb を計算するこ
とが可能になる。具体的には以下の数式で求めることができる。
ka= -ln(Ca/C0)/ ta
(11)
ln(Zx) = ln(ka) +E/RTa
(12)
ln(kb) = ln(Zx)-E/RTb
(13)
kb= Zx exp(-E/RTb)
(14)
Fairxb=(1-exp(-kb ))×365×24
(15)
そこで、DEHP、DINP、DIDP、TCP の各物質の最高温における損失係数のデータを用いて上
記の計算から推定された排出係数と、
「3.最終製品消費段階からの排出」の放散速度の実測
値から得られた排出係数を比較した結果を図6に示す。その結果、活性化エネルギー27.5
kcal/mol を用いた場合は、推定値が実測値よりも全体的に大きい結果であったのに対して、
活性化エネルギー30.8 kcal/mol を用いた場合は、排出係数が大きい領域はほぼ一致し、排
出係数が小さい領域では推定値が多尐大きい傾向があった。この結果、常温から高温域の
160℃まで含めた活性化エネルギーの平均値 30.8 kcal/mol を共通の値として用いることが妥
当と判断した。
したがって、ある物質で樹脂の高温域における加熱減量のデータがもし存在する場合は、
活性化エネルギーの平均値 30.8 kcal/mol を共通の値として、上式によって常温域や低温域
での排出係数を求めることが可能となった。
69
活性化エネルギー27.5 kcal/mol
活性化エネルギー30.8 kcal/mol
1.E+01
1.E+00
排出係数実測値
1.E-01
1.E-02
1.E-03
1.E-04
1.E-05
1.E-06
1.E-06
1.E-05
1.E-04
1.E-03
1.E-02
1.E-01
1.E+00
1.E+01
排出係数推定値
図6 活性化エネルギーによる排出係数の推定値と実測値の比較
(対象物質:DEHP、DINP、DIDP、TCP)
4.3 加熱減量データによる排出係数
物質の任意の温度におけるプラスチック添加剤の損失量を求めるためには、ある温度での
樹脂表面から空気中への放散試験を行う必要がある。樹脂中に含まれる可塑剤と難燃剤の放
散試験による放散速度の試験を実施したが、それだけでは放散量データのない様々な物質に
適用できない問題がある。そこで、特に難燃剤を対象に企業が社内的に実施している加熱減
量試験によるデータを利用することを検討した。
既存の加熱減量データを使用して、共通活性化エネルギーから求めた排出係数(ただし検
出下限値未満の数値は 1/2 の値を仮定した)と放散速度実測値から求めた排出係数とを比較
した結果を図 7 に示す。この結果、JIS K 6751-4 による加熱減量データでは推定値の精度が
低い一方で、TGA 曲線で得られた TPP の排出係数推定値は実測値と近い結果となった。よっ
て、JIS K 6751-4 による可塑剤の加熱減量データは検出下限値未満の提示がほとんどのため
利用が難しい。一方で、TGA 曲線による加熱減量データを用いた排出係数の推定方法につい
ては、他の物質でさらなる検証が必要であるが、企業が所有するデータを用いることができ
そうである。もし他物質でも同様の検証ができたとしたら、樹脂表面における物質の放散速
度は、物質そのものの揮発性にほぼ従うと解釈できる。
70
1.E+02
TPP (TGA)
排出係数実測値
1.E+01
1.E+00
DIDP
TPP
1.E-01
TPP
DEHP
DINP
1.E-02
1.E-03
1.E-03
1.E-02
1.E-01
1.E+00
1.E+01
1.E+02
排出係数推定値
図7 加熱減量データから求めた排出係数の推定値と実測値の比較
(対象物質:DEHP、DINP、DIDP、TPP)
4.4 排出係数の設定方法
上記の検討結果にもとづいて、プラスチック添加剤の排出係数の設定方法を以下に提案す
る。
①JIS A 1904(マイクロチャンバー法)による放散速度を実測して、その結果から排出係数
を求める。
②高温時における樹脂中のプラスチック添加剤の加熱減量データを入手して、活性化エネル
ギーを用いて排出係数を求める。
難燃剤では TGA 曲線データを利用することも可能である。
③上記のデータがない場合は、放散速度データの存在する物質を基準として、物性(特に分
子量と蒸気圧)に応じて放散速度を求める。
優先順位は①が最上位で、②と③は同等と考える。上記の方法にもとづいて、各種のプラ
スチック添加剤の主要な物質について放散速度 Rair あるいは排出係数 Fair を設定することが
可能となった。
5.排出シナリオ文書作成
上記のデータを利用して、最終製品消費段階におけるプラスチック添加剤の排出シナリオ
文書を作成した。目次内容は以下のとおりである。
1. はじめに
1.1 本書の目的
1.2 既存 ESD の問題点
1.3 本 ESD の特徴
2. 日本国内におけるプラスチック添加剤の需要量
2.1 プラスチック添加剤の概要
2.1.1 可塑剤
2.1.2 塩ビ安定剤
2.1.3 酸化防止剤
71
2.1.4 紫外線吸収剤
2.1.5 難燃剤
2.2 国内需要量
3. 最終製品からの排出の測定
3.1 マイクロチャンバー法の概要
3.2 可塑剤の放散速度試験
3.2.1 塩ビ製品の放散速度結果
3.2.2 試験サンプルによる放散速度測定
3.3 難燃剤の放散速度試験
3.3.1 製品サンプルの放散速度結果
3.3.2 試験サンプルの放散速度結果
3.4 考察
4. 排出係数の設定
4.1 排出係数の推定方法の検討
4.1.1 前提条件
4.1.2 蒸気圧による排出係数
4.1.3 活性化エネルギーによる排出係数
4.1.4 加熱減量データの利用
4.2 排出係数の設定
4.3 難燃剤による排出係数の計算(未作成)
5. マテリアルフロー解析
5.1 市中ストック量の推定方法
5.2 最終製品の耐用年数設定
5.3 市中ストックの計算例
6. 排出シナリオと排出量推定
6.1 排出量推定方法
6.2 プラスチックの密度
6.3 プラスチックの板厚
6.4 製品使用時間
6.5. 排出量推定の計算例
参考文献
参考文献
吉田喜久雄・内藤航・中西準子(2005)フタル酸エステル-DEHP-、詳細リスク評価書シリ
ーズ 1、丸善株式会社.
ENVIRON(1988)Indoor DEHP air concentrations predicted after DEHP volatilizes from
vinyl products, Chemical Manufacturers Association, ENVIRON Corporation.
東海明宏・岩田光夫・中西準子(2008).デカブロモジフェニルエーテル 詳細リスク評価書
シリーズ 23、丸善株式会社.
Carl L. Yaws (1997) Library of Physico-Chemical Property Data Handbook of Chemical
Compound Data for Process Safety, Gulf Publishing Company Houston Texas.
72
③溶剤・溶媒
1.はじめに
本用途群では、工業塗装分野における塗料の使用段階(塗装工程)での VOC の大気排出量推
定手法の構築を行った。塗装工程において、低 VOC 塗料への代替、塗着効率向上等の対策が
とられた場合、VOC の排出量とともに塗料に含まれて使用される VOC の使用量も減尐する。
よって、排出抑制対策による VOC 使用量の変化も推定する必要がある。しかし、既存の塗装
段階からの排出量推定手法である PRTR 排出量算出手法や OECD の排出シナリオ文書
("Coating
Industry”
)では、塗料に含まれて使用される VOC の使用量を推定対象としていない。そこで
本用途群では、排出抑制対策による VOC の使用量削減による効果も推定することが可能な手
法の構築を目標とした。
2010 年度は、VOC 排出量の推定式の構築を行った。式(1)、式(2)はそれぞれ溶剤系塗料と
水系塗料に対する VOC 排出量の推定式である。表1に VOC 排出量推定式に用いる塗装工程パ
ラメータの意味を示す。2011 年度はこれらの塗装工程パラメータ代表値を業種分野、塗料種
類、塗装方法等の分類別に抽出した上で、実際の塗装事例における実績値を用いて VOC 排出
量推定式の妥当性検証を行い、排出シナリオ文書(日本語版、英語版)を作成した。2012 年
度は OECD 暴露評価タスクフォース会合に対して、ESD 文書を提出した。
<溶剤系塗料の場合>
1 R_ voc  R_ thinner
VOC_ emission d    
 (1 -ηα R_ red )

R_ solid
(1)
<水系塗料の場合>
1 R_ voc
VOC_ emission d    
 (1 -ηα R_ red )
 R_ solid
(2)
表1 VOC 排出量推定式に用いる塗装工程パラメータ
記号
入力パラメータ
d
ρ
η
α
R_voc
R_solid
R_thinner
R_red
出力パラメータ
R_voc_diluted
VOC_emission
意味
単位
塗膜厚さ
固形成分比重
塗着効率
乾燥炉移行率
塗料中の VOC 成分重量比率
塗料中の固形成分重量比率
シンナー希釈率(塗料に対するシンナ
ーの重量比率)
脱臭装置での VOC 除去率
μm
g/cm3
-
-
%
%
希釈塗料中の VOC 成分重量比率
塗装単位面積あたりの VOC 排出量
%
g/m2
73
%
-
2.推定式に用いる塗装工程パラメータの代表値
ここでは推定式に用いる塗装工程パラメータについて業種分野、塗装方法、塗料種類、被
塗装物等で分類した際の分類細目別の代表値を文献等から抽出したものを示す。
2.1 塗膜厚さ(d)
業種分野別の代表的な塗膜厚さについて表2に示す。
表2 業種分野別の代表的な塗膜厚さ
需要分野
建物
建築資材
構造物
船舶
自動車・新車
自動車補修
電気機械
機械
金属製品
木工製品
家庭用
路面標示
その他
出典
塗膜厚さ(μm)
80~150
20~50
80~200
150~500
50~80
20~40
20~40
40~60
20~40
40~100
10~40
700~1500
20~30
経産省(2006)
2.2 固形成分比重(ρ)
塗料に使われている樹脂について文献に示される代表的な比重を表3に示す。これらは塗
料の固形成分比重と考えられる。
表3 塗料に使用されている樹脂の比重
樹脂
ウレタン樹脂
ビニル樹脂
酢酸ビニル樹脂
不飽和ポリエステル樹脂
ビニルエステル樹脂
ケトン樹脂
ポリエステル樹脂
比重
1.2
1.23~1.45
1.19
1.0~1.2
1.0~1.2
1.18~1.20
1.1~1.3
エポキシ樹脂
ポリエチレン樹脂
1.19
0.91~0.97
出典 工業調査会(1987)、日塗工(2004b)
2.3 塗着効率(η)
塗着効率は塗料が装置・器具により塗布される際、被塗装物に塗着する比率である。表4
に、使用装置・器具と被塗装物別の実測による塗着効率を示す。
74
表4 塗装方法、被塗装物別塗着効率(%)
平板
エアスプレー
低圧エア
エアレス
エアエアレス
エア
静
電
エアレ
ス
ベル
ディス
ク
40~
50
50~
60
60~
70
65~
75
60~
70
70~
80
80~
90
-
飲料缶
内面
外面
大径管
20~
30
30~
40
60~
70
60~
70
60~
70
80~
90
70~
80
75~
85
-
-
-
-
-
-
50~60
60~70
80~90
80~90
-
-
-
-
-
-
アルミ
建材
自動車
上塗
内部
電気器
具
木工建
材
40~
50
50~
60
30~
40
40~
50
-
-
-
-
-
-
40~
50
70~
80
60~
70
-
-
-
20~
30
30~
40
40~
50
40~
50
60~
70
65~
75
75~
85
20~
30
60~
70
-
70~
80
40~
50
50~
60
60~
70
65~
75
60~
70
70~
80
80~
85
-
-
-
-
-
-
建設機械
鉄道車両
50~60
50~60
60~70
65~75
65~75
70~80
80~90
-
出典 日化協他(2001)
2.4 乾燥炉移行率(α)
乾燥炉移行率は、
希釈塗料が被塗装物に塗布され塗膜となった希釈塗料中の溶剤成分(VOC)
が、塗膜に伴って乾燥炉に持ち込まれる比率である。表5に業種分野別の乾燥炉移行率を示
す。
表5 塗料中 VOC 成分の乾燥炉移行率
業種分野等
自動車(新車)
その他
乾燥炉移行率
0.2
0.1
出典 環境省(2004)、日化協他(2001)
2.5 塗料中 VOC 成分比率(R_voc)
塗料中 VOC 成分比率は、日塗工(2010)に示される業種分野別の標準塗料品目の溶剤組成表
に示される種類別溶剤組成を合計して求めた。表6に塗料種類(26 種)別、業種分野別塗料
中 VOC 成分比率を示す。
2.6 塗料中固形成分比率(R_solid)
塗料種類(26 種)別、業種分野別の塗料中固形成分比率を表7に示す。塗料中固形成分は、
溶剤系塗料では塗料製品中の VOC 成分以外を固形成分と仮定して 100%から VOC 成分比率を
差し引いて求めた。水系塗料については主要成分として固形成分、VOC の他に水が含まれる
ため、
100%から水分比率、
VOC 成分比率の合計を差し引いて求めた。このとき水分比率を 50%
と仮定(日塗工(2004a)、水性塗料の MSDS データ等に基づく推定)した。
2.7 シンナー希釈率(R_thinner)
シンナー希釈率は、塗料を 100%とした場合に添加するシンナーの比率である。表8に塗
75
料種類(26 種)別、業種分野別シンナー希釈率を示す。
76
表6 業種分野・塗料種類別 塗料中 VOC 成分比率(%)(日塗工、2010 に基づき算出)
塗料種類
ラッカー
電気絶縁原料
ワニスエナメル
アルキド
樹脂系
アクリル
樹脂系
溶
剤
系
合
成
樹
脂
系
塗
料
エポキシ
樹脂系
船底塗料
その他の
溶剤系
水
系
無
溶
剤
調合ペイント
さび止めペイント
さび止めペイント(ハイソリッド)
アミノアルキド樹脂系
常温乾燥型
焼付乾燥型
焼付乾燥型(ハイソリッド)
一般タイプ
ハイソリッドタイプ
ウレタン樹脂系
不飽和ポリエステル樹脂系
一般型
ハイソリッドタイプ
ビニル樹脂系
塩化ゴム系
シリコン・フッ素樹脂
その他
エマルションペイント
厚膜型ペイント
水性樹脂系塗料
粉体塗料
トラフィックペイント
エポキシ樹脂塗料
ウレタン樹脂塗料
その他の塗料
建物
建築
資材
構造
物
船舶
自動
車・新車
自動車
補修
電気
機械
機械
金属
製品
木工
製品
家庭
用
路面
標示
その
他
49
0
37
24
26
23
13
35
0
0
45
8
37
38
34
25
46
74
33
33
3
2
3
0
0
0
0
5
54
0
31
32
32
27
37
45
44
29
48
13
41
28
36
26
56
36
49
39
3
4
7
0
0
0
0
10
50
0
26
19
25
20
31
41
35
0
30
25
26
33
32
17
61
32
31
26
7
0
2
0
0
0
0
14
24
0
29
28
29
23
21
34
0
0
24
16
26
11
26
19
55
32
40
33
9
1
1
0
0
0
0
37
66
0
49
46
29
19
32
56
49
36
48
34
52
53
39
0
52
32
59
47
2
1
3
0
0
0
0
15
55
0
38
32
33
19
38
49
36
0
47
0
42
11
0
0
0
0
41
50
3
0
7
0
0
0
0
21
54
19
28
21
36
29
27
59
34
30
38
23
43
42
34
0
77
10
35
32
5
1
6
0
0
0
0
36
62
0
35
27
34
24
31
36
33
29
40
26
34
16
39
0
70
5
35
44
5
1
7
0
0
0
0
18
62
0
36
29
34
24
33
44
38
27
60
24
45
31
32
0
66
34
44
42
13
8
11
0
0
0
0
14
60
0
27
0
45
0
44
52
51
0
33
22
50
29
39
0
57
0
44
39
0
0
0
0
0
0
0
29
43
0
40
30
31
23
0
34
0
0
36
0
46
0
35
0
50
0
30
40
3
3
4
0
0
0
0
18
68
0
23
20
0
0
0
19
0
0
0
0
0
0
0
0
30
0
0
26
2
0
0
0
0
1
0
20
77
0
49
51
35
0
42
68
61
26
42
17
56
27
64
0
60
0
55
49
12
3
8
0
0
0
0
23
77
表7 業種分野・塗料種類別 塗料中固形成分含有率(%)(日塗工、2010 および日塗工、2004a に基づき算出)
アルキド
樹脂系
アクリル
樹脂系
溶
剤
系
合
成
樹
脂
系
塗
料
エポキシ
樹脂系
船底塗料
その他の
溶剤系
水
系
無
溶
剤
塗料種類
建物
建築
資材
構造
物
船舶
自動
車新
車
自動
車補
修
電気
機械
機械
金属
製品
木工
製品
家庭
用
路面
標示
その
他
ラッカー
電気絶縁原料
51
100
63
76
74
77
87
65
100
100
55
92
63
62
66
75
54
26
67
67
47
48
47
100
100
100
100
95
46
100
69
68
68
73
63
55
56
71
52
87
59
72
64
74
44
64
51
61
47
46
43
100
100
100
100
90
50
100
74
81
75
80
69
59
65
100
70
75
74
67
68
83
39
68
69
74
43
50
48
100
100
100
100
86
76
100
71
72
71
77
79
66
100
100
76
84
74
89
74
81
45
68
60
67
41
49
49
100
100
100
100
63
34
100
51
54
71
81
68
44
51
64
52
66
48
47
61
100
48
68
41
53
48
49
47
100
100
100
100
85
45
100
62
68
67
81
62
51
64
100
53
100
58
89
100
100
100
100
59
50
47
50
43
100
100
100
100
79
46
81
72
79
64
71
73
41
66
70
62
77
57
58
66
100
23
90
65
68
45
49
44
100
100
100
100
64
38
100
65
73
66
76
69
64
67
71
60
74
66
84
61
100
30
95
65
56
45
49
43
100
100
100
100
82
38
100
64
71
66
76
67
56
62
73
40
76
55
69
68
100
34
66
56
58
37
42
39
100
100
100
100
86
40
100
73
100
55
100
56
48
49
100
67
78
50
71
61
100
43
100
56
61
50
50
50
100
100
100
100
71
57
100
60
70
69
77
100
66
100
100
64
100
54
100
65
100
50
100
70
60
47
47
46
100
100
100
100
82
32
100
77
80
100
100
100
81
100
100
100
100
100
100
100
100
70
100
100
74
48
50
50
100
100
99
100
80
23
100
51
49
65
100
58
32
39
74
58
83
44
73
36
100
40
100
45
51
38
47
42
100
100
100
100
77
ワニスエナメル
調合ペイント
さび止めペイント
さび止めペイント(ハイソリッド)
アミノアルキド樹脂系
常温乾燥型
焼付乾燥型
焼付乾燥型(ハイソリッド)
一般タイプ
ハイソリッドタイプ
ウレタン樹脂系
不飽和ポリエステル樹脂系
一般型
ハイソリッドタイプ
ビニル樹脂系
塩化ゴム系
シリコン・フッ素樹脂
その他
エマルションペイント
厚膜型ペイント
水性樹脂系塗料
粉体塗料
トラフィックペイント
エポキシ樹脂塗料
ウレタン樹脂塗料
その他の塗料
78
表8 業種分野・塗料種類別 シンナー希釈率(%)(出典:日塗工、2010)
塗料種類
アルキド
樹脂系
アクリル
樹脂系
合
成
樹
脂
系
塗
料
溶
剤
系
エポキシ
樹脂系
船底塗料
その他の
溶剤系
水
系
無
溶
剤
ラッカー
電気絶縁原料
ワニスエナメル
調合ペイント
さび止めペイント
さび止めペイント(ハイソリッド)
アミノアルキド樹脂系
常温乾燥型
焼付乾燥型
焼付乾燥型(ハイソリッド)
一般タイプ
ハイソリッドタイプ
ウレタン樹脂系
不飽和ポリエステル樹脂系
一般型
ハイソリッドタイプ
ビニル樹脂系
塩化ゴム系
シリコン・フッ素樹脂
その他
エマルションペイント
厚膜型ペイント
水性樹脂系塗料
粉体塗料
トラフィックペイント
エポキシ樹脂塗料
ウレタン樹脂塗料
その他の塗料
建物
建築
資材
構造
物
船舶
自動
車・新車
自動車
補修
電気
機械
機械
金属
製品
木工
製品
家庭
用
路面
標示
その
他
35
0
16
10
12
10
3
38
0
0
11
1
13
0
4
4
25
1
11
11
0
0
0
0
0
0
0
2
20
0
9
8
7
9
23
42
27
11
10
5
12
2
10
3
10
7
11
52
0
0
0
0
0
0
0
7
16
0
5
8
11
7
7
16
10
0
10
6
6
1
10
5
16
10
9
10
0
0
0
0
0
0
0
10
3
0
11
6
5
4
10
6
0
0
8
5
8
3
4
3
12
5
5
6
0
0
0
0
0
0
0
7
60
0
9
16
3
2
17
43
49
19
21
10
53
6
0
0
18
15
15
31
0
0
0
0
0
0
0
3
42
0
29
3
4
2
20
55
30
0
14
0
52
0
0
0
0
0
9
47
0
0
0
0
0
0
0
1
42
6
12
9
9
8
25
43
31
15
25
13
27
33
10
0
35
10
15
27
0
0
0
0
0
0
0
10
60
0
25
18
22
15
20
25
18
20
20
12
23
5
14
0
34
10
12
30
0
0
0
0
0
0
0
20
60
0
11
12
22
12
22
29
28
17
14
7
23
12
10
0
8
10
11
8
0
0
0
0
0
0
0
8
64
0
18
0
0
0
20
24
15
0
13
10
38
12
0
0
50
0
18
20
0
0
0
0
0
0
0
8
4
0
8
6
6
8
0
5
0
0
8
0
9
0
0
0
18
0
1
9
0
0
0
0
0
0
0
3
50
0
2
1
0
0
0
2
0
0
0
0
0
0
0
0
5
0
0
3
0
0
0
0
0
0
0
1
28
0
21
10
20
0
15
21
16
12
14
0
19
6
9
0
32
0
30
22
9
0
2
0
0
0
0
11
79
2.8 脱臭装置での VOC 除去率(R_red)
表9に脱臭装置別の VOC 除去率を示す。
表9 脱臭装置(排ガス処理装置)別の VOC 除去率
処理装置の種類
燃焼装置
活性炭吸収装置
出典
VOC 除去率
0.995
0.8
日化協他(2001)
3.推定式の妥当性検証
実際の塗装事例における実績値と本手法による推定値を比較することにより、推定式の妥
当性検証を行った。
3.1 塗装事例における実績値
表 10 に塗装事例における実績値を示す。VOC 排出量実績値は月間塗料使用量、月間塗装面
積、使用塗料中の蒸発 VOC 比率から単位塗装面積あたりの排出量として算出した。
3.2 本手法による推定に用いた塗装工程パラメータ
本手法による推定排出量の算出には表 11 に示す塗装工程パラメータを使用した。これらの
塗装工程パラメータは、表 10 に示した業種分野、塗装方法、塗料種類、被塗装物等の分類に
対し、実績データにおける分類細目が対応する代表値を表2~9を用いて決定したものであ
る。代表値に幅がある場合は平均値を用いた。なお、固形成分比重については表2に記載さ
れていない塗料(樹脂)の場合は1とした。塗着効率についてはスプレー塗装以外の場合は
静電ベルの値を用いた。VOC 除去率(R_red)は脱臭処理装置なしと仮定して 0 とした。
3.3 実績値と推定値の比較
表 10 に示す塗装事例における VOC 排出量実績値と、表 11 に示す塗装工程パラメータを推
定式に入力することによって算出した推定値の比較を図1に示す。推定値は実測値の 1/10~
10 倍の範囲におおむね入っており推定式の妥当性は検証された。このように、塗装工程パラ
メータについての詳細なデータが得られない場合においても、業種分野、塗料種類、塗装方
法等の情報を使うことで、本手法による VOC 排出量の推定が可能であることが示唆される。
80
表 10 塗装事例における実績値
№
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
業種分野
(被塗装物)
電気機械
(携帯電話)
木工製品
(家具)
木工製品
(収納家具)
金属製品
(鋼製家具)
機械
(部品)
機械
(部品)
塗料種類
自動車
(新車ボディ)
建築資材
(アルミパネ
ル)
溶剤系
アミノアクリル
溶剤系
ウレタン
溶剤系
ウレタン
水系
アミノアルキド
水系
アミノアルキド
溶剤系
アミノアルキド
溶剤系
アクリルシリコ
ン
水系+溶剤系
アミノアクリル
水系
アクリルメラミ
ン
建築資材
(建材パネル)
水系
エマルション
電気機械
(電機製品)
建築資材
(窯業系ボー
ド)
建築資材
(石膏ボード)
建築資材
(無機系外装
材)
建築資材
(瓦)
建築資材
(無機系建材)
水系
エマルション
t/月
使用塗
料中蒸
発 VOC
の比率
%
塗料
使用
量
(*1)
g/m2
4,000
7
32
1750
560
静電ベル
13,000
5
51
385
196
刷毛+ス
プレー
6,000
3.42
77
570
439
静電
50,000
3.6
9
72
6.5
静電エア
8,000
3.5
8
438
35
静電エア
24,000
6
56
250
140
静電エア
7,200
1.2
37
167
62
静電ベル
200,000
43.3
20
217
43
電着塗装
450,000
17.1
18
38
6.8
270,000
30
4
111
4.4
65,000
8
0.5
123
0.62
月間塗
装面積
月間塗
料使用
量
m2/月
低圧ガン
塗装方法
ローラー
+エアレ
ス
ローラー
+エアレ
ス
VOC 排出
量実績
値(*1)
g/m2
水系
エマルション
ローラー
154,000
22
24
143
34
水系
エマルション
エアレス
96,000
28.6
0
298
0
エアレス
14,000
7.2
13
514
67
シャワー
コート
336,000
26
0
77
0
水系
エマルション
水系
エマルション
出典:日塗工(2004a)記載値(*1:記載値に基づく算出値)
81
表 11 推定式に入力した塗装工程パラメータ
No.
塗膜厚さ
(d)
固形成分
比重(ρ)
塗着効
率(η)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
μm
30
70
70
30
50
50
30
65
35
35
35
35
35
35
35
g/mL
1
1.2
1.2
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
1
%
45
83
55
65
65
70
65
65
80
75
75
85
75
75
85
出典
乾燥炉移
行率(α)
希釈塗料中
VOC 成分比率
(R_voc)
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
0.2
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
0.1
59
50
50
7
7
31
34
49
7
3
3
3
3
3
3
塗料中固形
分比率
(R_solid)
%
41
50
50
43
43
69
66
51
43
47
47
47
47
47
47
シンナー希
釈率
(R_thinner)
43
38
38
0
0
20
31
49
0
0
0
0
0
0
0
桜内(1987)・日塗工(2004b)、後者は環境省(2004)、日化協他(2001)。
図1 VOC 排出量の実績値と推定値の比較による検証結果
参考文献
環境省 (2004) 揮発性有機化合物(VOC)排出抑制対策検討会塗装小委員会(第2回)資料2
-5
経産省 (2006) 産業構造審議会環境部会 産業と環境小委員会、化学・バイオ部会リスク管
理小委員会、産業環境リスク対策合同ワーキンググループ(第 4 回)
、2006 年 5 月 11 日、
82
資料 8
桜内 (1987) プラスチックポケットブック、桜内雄二郎編著、1987 年 3 月、工業調査会
日化協他 (2001) 化学物質等排出量算出マニュアル、工程別マニュアル、塗装工程、2001 年
1 月、日本フルードパワー工業会、日本強靭鋳鉄協会、日本建設機械工業会、日本電子
機械工業会、日本造船工業会、日本自動車部品工業会、日本自動車工業会、日本塗料工
業会、日本工業塗装協同組合連合会、日本化学工業協会
日本塗料工業会 (2004a) 「技術レポート」塗料・塗装廃棄物の処理技術、2004 年 3 月、社
団法人 日本塗料工業会
日本塗料工業会 (2004b) 「塗料原料便覧 改訂第 8 版」
、2004 年 5 月、社団法人日本塗料工
業会
日本塗料工業会 (2010) 平成 20 年度 塗料からの VOC 排出実態推計のまとめ、2010 年 3 月、
社団法人 日本塗料工業会参考資料
83
④金属類
1.はじめに
金属に係る ESD は金属製錬や電力エネルギー生産等を対象として生産量あたりの排出係数
を設定しており、金属やエネルギー需要量に基づく排出係数を設定するには非常に役に立つ
文書である。しかし、基本的にはモニタリングデータをもとにしていること、鉱石、石炭や
石油等に含まれる金属を入力値とする排出係数ではないため、理論的に裏付けされたデータ
ではない。よって、金属の物性を考慮された ESD ではないため、特に金属の廃棄以降につい
ては参考になる ESD は存在しない。金属の物質代替に伴うリスクトレードオフ評価を考慮す
る際に、廃棄以降の重要な排出量について計算することができないため、新たな手法を構築
する必要がある。
そこで、2010 年度は、金属に係る発生源調査を実施し、特に金属製錬と廃棄処理段階での
排出に焦点をあてて情報を収集して解析を実施した。2011 年度は、金属の物性や製錬所の操
業条件等に基づく金属製錬時の排出係数を導出するとともに、金属の物性、廃棄処理施設の
操業条件等に基づく廃棄物処理時の金属の排出量推定式を導出し、十分な情報がなくとも排
出量の推定が可能となる排出係数の設定方法を検討した。そして、排出シナリオ文書(日本
語版、英語版)を作成した。
2.金属製錬における排出係数の設定
米国、欧州あるいはオーストラリアの金属の排出シナリオ文書の既存文献(U.S. EPA 1995,
European Environment Agency 2006, National Pollutant Inventory, 1999 等)は、排出量
実測に基づくある金属生産あたりの多種の金属元素の排出係数を設定している。しかし、排
出係数の単位は ton targeted and other metals emission /ton targeted metal output で
あり、生産実績と排出量実測に基づく排出係数の計算結果から得られたもので、データのな
い他金属等に応用することが難しい。そこで、
「2.2 各製錬所における排出係数の計算」で
示す ton metal emission /ton metal input の単位に換算して、その排出係数を理論的に求
めるための考察を行った。
2.1 精鉱の金属含有率調査
鉱山から採掘された鉱石(粗鉱、crude ore)は有用鉱物以外に多量の脈石を伴うため、粗
鉱をいきなり製錬に投入することは技術的、経済的に不利である。そこで、選鉱工程(ore
dressing)において粗鉱から脈石を尾鉱(tailing)として除き、高品位の精鉱(concentrate)
を回収して製錬に回すことが通常である。
Ishihara et al.(2007)は、日本国内で生産された鉱石や精鉱について金属分析を実施し
ている。
その中で、
精鉱については銅精鉱
(copper concentrate)、亜鉛精鉱(zinc concentrate)
および黄鉄鉱精鉱(pyrite concentrate)の三種類について複数サンプルを分析している。
また、Ishihara et al.(2006)は鉛精鉱の複数サンプルで金属分析を実施している。それら
の精鉱中の各種金属含有率の平均値を図1に示す。
84
In
Sn
Cd
Zn
Pb
Cu
Fe
Mn
Cr
V
Co
Ga
W
Mo
Se
As
Bi
Ag
Sb
Tl
Ni
鉛精鉱
黄鉄鉱精鉱
亜鉛精鉱
銅精鉱
0
10
20
30
40
50
60
金属含有率(%)
図1 日本国内の銅精鉱、亜鉛精鉱および黄鉄鉱精鉱の平均金属含有率
(Ishihara et al. 2007、2006 のデータを加工)
2.2 各製錬所における排出係数の計算
精鉱の代表的な金属含有率に上記データを設定して、それらが各金属の製錬所に鉱石とし
て投入されると仮定した。例えば、生産実績が明らかな銅製錬事業所について、製品製造分
に含まれる銅の量と環境中へ排出される銅の量の合計が投入される銅精鉱中の銅の量と同等
として、投入精鉱量を逆算した。環境排出分は、PRTR に報告されている銅の排出量から銅精
鉱量を逆算した。
たとえば K 製錬所の場合、銅精鉱中に Cu 成分は 17.51%含有されることから、
60,000 t-銅製品生産×100/17.51(銅精鉱中 Cu 含有率)= 342,639.6 t-銅精鉱・・・①
上式より製品を得るために 342,639.6 t-銅精鉱を投入したと計算される。
同様に環境中に排出される量分の投入量として、PRTR の大気、水域、土壌、埋立、下水道
移動および事業所外移動の各量について、その合計排出量をもとに投入された銅精鉱量を推
定した。たとえば K 製錬所の場合、大気排出量は 0 kg であるが、水域へは 330 kg の Cu 排出
が報告されている。銅精鉱中 Cu 含有率 17.51%から鉱石量を逆算すると
330/1,000 t-Cu×100/17.51(銅精鉱中 Cu 含有率)= 1.88 t-銅精鉱 ・・・②
K 製錬所は水域以外への排出報告はないことから、①と②式より、合計 342,641.5 tの銅
精鉱を投入したと計算される。同様の考え方で事業所ごとに大気、水域、土壌、埋立、下水
道移動、事業所外移動の各量分の精鉱量を算出し、合算して精鉱投入量を推定した。
上記の精鉱投入量に金属含有率を乗算して計算した各金属の投入量で、PRTR の大気排出量
および水域排出量データを除算することで、各金属の排出係数を ton metal emission /ton
metal input の単位に転換した。日本国内に立地する銅、鉛、亜鉛の各製錬所の平均排出係
数を図2~図4に示す。
85
図2 銅製錬所における各金属の大気と水域への平均排出係数
(単位:ton metal emission /ton metal input)
図3 鉛製錬所における各金属の大気と水域への平均排出係数
(単位:ton metal emission /ton metal input)
図4 亜鉛製錬所における各金属の大気と水域への平均排出係数
(単位:ton metal emission /ton metal input)
2.3 製錬段階における様々な金属元素の排出係数設定
金属製錬における炉からの金属ヒューム発生量は、鉱石の金属組成分の他に、燃焼温度お
86
よび組成分中の各種金属の蒸気圧の影響を強く受ける(中央労働災害防止協会、2005)
。金属
元素の熱特性および蒸気圧を表1に示す。
表1 金属元素の熱特性(日本金属学会編、1993)
金属
融点 mp
[K]
沸点 bp
[K]
Ag
1233.95
2423
As
B
2303
Ba
983
1973
Be
1527
2673
Cd
594
1038
Co
1768
Cr
2173
2963
Cu
1356
2843
Hg
234
630
Mn
1517
2333
Ni
1728
3193
Pb
600
2013
Sn
505
2896
V
2188
3683
Zn
692.5
1180
1) 蒸気圧推定式:logP [mmHg]=
2) rt:室内温度
適用温度
範囲
蒸気圧パラメータ 1)
A
B
-0.85
-14900
-6160
-29900
-1
-9340
-17000
-0.775
-5819
-1.257
-22209
-20680
-1.31
-17770
-0.86
-3305
-0.795
-14520
-3.02
-22500
-0.96
-10130
-0.985
-15500
-26900
0.33
-6620
-1.255
-1
A×T +B×logT+C*10-3×T+D
C
-0.223
-0.205
D
12.2
9.82
13.88
7.42
11.9
12.287
10.817
14.56
12.29
10.355
19.24
13.6
11.16
8.23
10.12
12.34
rt2)-mp
600-900
1000-mp
mp1557-2670
594-1050
rt-mp
rt-mp
rt-mp
rt-bp
mp-bp
rt-mp
mp-bp
505-bp
rt-mp
mp-bp
乾式製錬時の炉内温度は、銅精錬で 1200~1350℃、鉛製錬で 1200~1400℃、亜鉛精錬で
1250℃程度であるため(木原諄二他編、1999)
。そこで、上表の蒸気圧計算式から、製錬時に
おける各金属の蒸気圧を計算できる。ただし、化石燃料燃焼等製錬以外の発生源を有するニ
ッケル等の金属については除外した。その結果、6 金属の蒸気圧と大気排出係数の関係を求
めたところ、図5のような相関が得られた。
実際には、鉱石の性状、金属の組成や化学形態や集塵機やその効率等様々な変動要因はあ
るものの、上図の相関式が各金属元素におよそ適用できると仮定して、金属製錬時の排出係
数を様々な金属について推定した結果を表2に示す。
87
-2
log emission factor
-3
As
-4
y = 0.2397x - 5.0149
R² = 0.5289
Ag
Zn
Pb
Cu
Cd
-5
-6
-3
-2
-1
0
1
2
3
4
5
6
7
log vapor pressure [mmHg]
図5 金属製錬時の元素の蒸気圧と排出係数の関係
表2 様々な金属の製錬時の排出係数推定結果
鉛製錬
金属
Ag
As
B
Ba
Be
Cd
Co
Cr
Cu
Hg
Mn
Ni
Pb
Sn
V
Zn
蒸気圧
[mmHg]
1.02
8.02×105
4.73×10-9
3.04×10
4.12×10-2
3.71×104
4.99×10-4
1.68×10-3
1.75×10-2
5.16×105
2.27
1.69×10-4
3.73×10
2.38×10-2
1.18×10-6
1.32×104
排出係数
[kg metal
emission/kg
metal input]
9.7×10-6
2.5×10-4
9.8×10-8
2.2×10-5
4.5×10-6
1.2×10-4
1.6×10-6
2.1×10-6
3.7×10-6
2.3×10-4
1.2×10-5
1.2×10-6
2.3×10-5
3.9×10-6
3.7×10-7
9.4×10-5
銅製錬
蒸気圧
[mmHg]
7.30×10-1
6.93×105
2.37×10-9
2.43×10
2.79×10-2
3.30×104
2.95×10-4
1.05×10-3
1.17×10-2
4.83×105
1.69
1.01×10-4
2.98×10
1.65×10-2
6.24×10-7
1.15×104
排出係数
[kg metal
emission/kg
metal input]
9.0×10-6
2.4×10-4
8.3×10-8
2.1×10-5
4.1×10-6
1.2×10-4
1.4×10-6
1.9×10-6
3.3×10-6
2.2×10-4
1.1×10-5
1.1×10-6
2.2×10-5
3.6×10-6
3.1×10-7
9.1×10-5
亜鉛製錬
排出係数
蒸気圧
[kg metal
[mmHg]
emission/kg
metal input]
5.14×10-1
8.2×10-6
5
5.96×10
2.3×10-4
-9
1.16×10
7.0×10-8
1.94×10
2.0×10-5
-2
1.87×10
3.7×10-6
2.92×104
1.1×10-4
-4
1.72×10
1.2×10-6
6.49×10-4
1.7×10-6
-3
7.68×10
3.0×10-6
5
4.52×10
2.2×10-4
1.24
1.0×10-5
-5
5.90×10
9.4×10-7
2.36×10
2.1×10-5
-2
1.13×10
3.3×10-6
3.22×10-7
2.7×10-7
3
9.98×10
8.8×10-5
上表の排出係数を適用することで、データのない金属の排出係数も設定できるとともに、
鉱石による一次製錬のみでなく、金属屑や廃棄物が投入される二次製錬にも応用することが
でき、排出係数の汎用性が広がることが期待できる。
3.廃棄処理段階の排出
使用済製品の廃棄段階における金属の環境中への排出量は、金属製錬段階に次いで相当に
大きい。しかし、既存の ESD ではこの主要な発生源についてほとんど計算することができな
88
いため、新たな手法を構築する必要がある。そこで、廃棄物焼却による大気排出について、
以下に具体的に検討した。
3.1 一般焼却場の揮散率と集塵効率の調査
金属の廃棄処理後の大きな発生源の 1 つは焼却炉からの大気排出である。大気中排出に至
るまでの現象は、炉内からの揮散率と集塵機による集塵効率によるものと想定できる。
そこで、貴田ら(2003)の報告等一般廃棄物焼却炉における各金属の揮散率を調査し、各
金属の沸点の関係を解析したものを図6に示す。ただし、揮散率は以下の式で求めるもので
ある。
揮散率=(排ガス中の存在量+飛灰中の存在量)/ごみ中の存在全量
(1)
この結果から、金属の沸点が低いほど揮散率が高い傾向が明らかである。よって、金属の
物性に応じた排出係数の設定が可能と判断できる。
100
Hg
90
80
揮散率 [%]
Sb
Cd
70
As
60
Se
Sn
Zn
50
Pb
40
30
T-Cr
20
Co
Mn
Ba
Cu
Ni
V
10
0
0
500
1,000
1,500
2,000
2,500
3,000
3,500
沸点 [℃]
図6 一般廃棄物焼却炉における各金属の揮散率と沸点の関係
3.2 廃棄物焼却における揮散率と集塵効率の推定
山本ら(2007)によると、焼却場における飛灰の金属形態は金属または酸化物であり、飛
灰への金属移行率を金属蒸気圧で論じている。また、個別の金属については、銅は蒸気圧が
低くほとんど揮発しない、亜鉛は蒸気圧が高く揮発が進行しやすく、鉛は亜鉛と同様に移行
することを報告している。また、炉内の乾燥帯と燃焼帯における温度を 900~1000℃と報告
している。
そこで、温度 900℃における金属の蒸気圧と一般焼却場における各金属の揮散率との関係
性を導出したところ、図7のような相関が得られた。その相関式を用いて各金属の蒸気圧か
ら計算した揮散率を表3に示す。実測値と比較して水銀等過小評価の問題もあるが、銀等デ
ータのない金属についても揮散率を推定することができる。
89
100
Hg
Volatrazation ratio [%]
90
Cd
80
70
As
60
Sn
50
40
Co
30
Pb
Cr
Zn
Mn
V
20
10
Ba
Cu
Ni
0
-15
-10
-5
0
5
10
log vapor pressure [mmHg]
図7 一般廃棄物焼却炉からの金属の揮散率と蒸気圧の関係
表3 様々な金属の廃棄物焼却時の揮散率推定結果
金属
Ag
As
Ba
Cd
Co
T-Cr
Cu
Hg
Mn
Ni
Pb
Sb
Se
Sn
V
Zn
蒸気圧
[mmHg]
7.74×10-4
3.70×104
2.87×10-1
2.94×103
4.19×10-9
8.11×10-8
3.17×10-6
1.25×105
2.85×10-3
2.96×10-9
3.17×10-1
1.04×10-5
9.11×10-13
6.99×102
揮散率実測[%]
(貴田、2003)
64.5
17
72.5
27
27.5
15
100
21
16
46.5
76
62
55.5
20
51
揮散率計算
[%]
39.3
66.9
48.5
63.0
20.4
25.0
30.7
68.8
41.3
19.8
48.7
32.6
7.2
60.7
また、集塵効率については、既存文献から一般廃棄物焼却炉の 2 施設(A、B)におけるニ
ッケルの集塵効率を表4のように得た。これらのデータから、電気集塵機とバグフィルター
の集塵効率の平均値は、それぞれ>97.9%、>99.3%となり、ばらつきも小さかった。
よって、設備の運転状況が良好なとき、電気集塵機の集塵効率は平均で 95%程度で、範囲
は 90~99%、バグフィルターの集塵効率は平均で 99.3%程度で、範囲は 99~99.9%と想定
された。
表4 一般廃棄物焼却炉におけるニッケルの集塵効率
90
施設
A(改造前)
A(改造後)
B(改造前)
B(改造後)
廃棄物処理
能力
[kg/h]
8,600
8,100
2,900
3,900
集塵機
電気集塵機
バグフィルター
電気集塵機
バグフィルター
集塵機前
ニッケル濃度
[μg Ni/m3]
150
260
72
290
<
<
<
<
排出ニッケル
濃度
[μg Ni/m3]
2.00
2.00
2.00
2.00
炉内
温度
[℃]
833
881
920
915
集塵効率
>
>
>
>
98.67%
99.23%
97.22%
99.31%
3.3 廃棄物焼却段階における様々な金属元素の排出係数設定
廃棄物焼却段階における排出係数は以下の式で計算することができる。
大気排出係数=揮散率×(1-集塵効率)
(2)
揮散率は金属の蒸気圧と蒸気圧をパラメータとする計算、集塵効率は施設に依存して設定
される。そこで、上記の式により計算した各金属の排出係数を表5に示す。上表の排出係数
を適用することで、データのない金属の排出係数も設定でき、排出係数の汎用性が広がるこ
とが期待できる。
表5 廃棄物焼却段階における金属元素の排出係数設定
金属
揮散率[%]
Ag
As
Ba
Cd
Co
T-Cr
Cu
Hg
Mn
Ni
Pb
Sb
Se
Sn
V
Zn
39.3
64.5
17
72.5
27
27.5
15
100
21
16
46.5
76
62
55.5
20
51
90%
3.9×10-2
6.5×10-2
1.7×10-2
7.3×10-2
2.7×10-2
2.8×10-2
1.5×10-2
1.0×10-1
2.1×10-2
1.6×10-2
4.7×10-2
7.6×10-2
6.2×10-2
5.6×10-2
2.0×10-2
5.1×10-2
排出係数
99%
3.9×10-3
6.5×10-3
1.7×10-3
7.3×10-3
2.7×10-3
2.8×10-3
1.5×10-3
1.0×10-3
2.1×10-3
1.6×10-3
4.7×10-3
7.6×10-3
6.2×10-3
5.6×10-3
2.0×10-3
5.1×10-3
99.9%
3.9×10-4
6.4×10-4
1.7×10-4
7.2×10-4
2.7×10-4
2.8×10-4
1.5×10-4
1.0×10-4
2.1×10-4
1.6×10-4
4.7×10-4
7.6×10-4
6.2×10-4
5.5×10-4
2.0×10-4
5.1×10-4
※電気集塵機で集塵効率 90~99%、バクフィルターで 99~99.9%を適用する
参考文献
貴田晶子他(2003)一般廃棄物焼却炉のダイオキシン類対策に伴う重金属類の排出抑制効果
に関する研究,環境化学 13,51-67.
木原諄二他編(1999)金属の百科事典,丸善.
中央労働災害防止協会(2005)平成 17 年度鉛フリーはんだ関連作業等に係る化学物質管理マ
ニュアル.
日本金属学会編(1993)金属データブック,丸善.
山本浩ら
(2007)
一般廃棄物焼却プロセスにおける有価金属の落じん灰への移行挙動の解明,
91
廃棄物学会論文誌 18,314-324.
European Environment Agency (2006) EMEP/CORINAIR Emission Inventory Guidebook 2006.
Ishihara S, Endo Y (2007) Indium and other trace elements in volcanogenic massive
sulfide ores, Bulletin of the Geological Survey of Japan. 58, 7-22.
Ishihara S, Hoshino K, Murakami H, Endo Y (2006) Resource Evaluation and Some Genetic
Aspects of Indium in the Japanese Ore Deposits, Resource Geology. 56, 347-364.
National Pollutant Inventory (1999) Emission Estimation Technique Manual for Lead
Concentrating, Smelting and Refining, Environment Australia.
U.S. EPA (1995) Compilation of Air Pollutant Emission Factors, Volume I: Stationary
Point and Area Sources, AP-42, fifth edition.
92
3-1-2-2 化学物質含有製品からヒトへの直接暴露等室内暴露評価手法の確立
1.はじめに
化学物質の暴露によるヒト健康リスクは、大気を含む一般環境経由の暴露(環境経由暴露)
の寄与よりも、室内暴露(直接暴露)による寄与の方が大きいケースもあり、暴露総量を勘
案した適切なリスク評価を行うためには、室内暴露の影響は無視できない。室内暴露に寄与
する化学物質の性質は多様であることから、ヒトへの暴露経路の特定も難しく、従って、原
因物質と暴露量の関係がなかなか把握できない。このため、室内暴露の発生源と暴露濃度と
の関係の把握、さらにはリスク評価の手法確立は緊急かつ重要な課題である。
そこで、本研究開発課題では、室内での暴露およびリスク評価手法の確立のために、製品
からの放散量1と、吸入経路での暴露量の推定を可能にする数理モデルを含むツールを開発す
る。このツールには、放散速度の推定式および暴露評価に必要な様々なパラメータのデフォ
ルト値のデータベースを搭載した。放散速度の推定式の構築にあたっては、チャンバー試験
を実施し、データベースの作成にあたっては、生活・行動パターン等に関する情報(製品の
使用頻度等のデータを含む)を収集し、暴露係数を決定した。なお、上記のうち、生活・行
動パターン等に関する情報収集および暴露係数の決定は
(独)
製品評価技術基盤機構が行い、
その他、暴露量推定ツールの開発については(独)産業技術総合研究所が実施した。
ツール開発では、2007 年度から 2009 年度にかけて、放散速度・吸着係数測定用マイクロ
チャンバーの作成、部材の放散速度と吸着係数の実測、これらのデータを用いた室内放散速
度推定式・吸着係数推定式の開発を行った。2009 年度には、地理的分布を考慮する室内暴露
評価ツールのプロトタイプを構築し、難燃剤のリスクトレードオフ評価に使用した。2010 年
度には、パラメータ推定のための追加チャンバー試験を行いつつ、ツールの適用範囲を溶剤・
溶媒の用途群で用いられる揮発性有機化合物へ拡大するため、発生源の持ち込み量や室内放
散速度推定方法の改良、暴露シナリオの改訂、日本人のライフスタイルデータベースの拡充
を行った。さらに、ツール公開に向け、推定結果の表示機能等の実用的な機能の搭載および
動作確認を開始した。2011 年度には、開発したプロトタイプツールの改良を行い、インター
フェイスを作成し、室内暴露評価ツール(iAIR)Ver.0.8βとして公開するとともに、Ver.0.8
βのインターフェイスとプログラムコードの改良を行い、iAIR Ver.1.0 を開発した。また、
iAIR を溶剤・溶媒のリスクトレードオフ評価に使用した。
アンケート調査では、2007 年度に、容積・部屋数・換気回数等の住環境や室内環境ごとの
滞在時間等の人の生活・行動パターンに関する文献調査とプレ・アンケート調査を実施し、
2008 年度に、詳細な住環境や生活・行動パターンに関するアンケート調査を実施し、調査結
果を解析して代表値を決定した。2009 年度に、追加のアンケート調査を実施し、クロス集計
等により人の行動の相関性を把握した。また、室内暴露量推定のための生活場の情報のデー
タベースを構築した。さらに一部のデータについてはインターネットを通じて公表した。
以下に各研究項目についての詳細を述べる。
1
本項では、時間当たりの放散量(放散速度)とした。
93
2.室内暴露量推定ツールの構築
2.1 ツールの開発
室内暴露量推定ツールとして開発した室内暴露評価ツール(iAIR)は、私たちの身近にあ
る製品、例えば家電や家具等から放散する化学物質の室内濃度や個人暴露濃度の分布をモン
テカルロ法によって推定するソフトウェアである。このツールは化学物質の室内濃度を推定
する室内空気質モデル(ボックスモデル)、室内濃度や生活時間から暴露濃度を推定する暴露
濃度推定モデルと日本人のライフスタイル(生活時間、住居、所有製品等)
、化学物質や人口
等の情報を持つデータベースの3つからなる(図1)。ユーザーは、対象化学物質、評価地域、
評価年、対象製品等の簡単な設定を行うことでデータベースから計算に必要な入力データを
作成することができ、日本全体や関東等の指定する地域にある一般家庭の室内濃度・個人暴
露濃度の分布や平均値等の統計的指標、および指針値・基準値を超える人口や世帯数を容易
に計算することができる。またヒストグラム等の図示も可能である。このツールは一般的な
Windows-PC の Excel(2002 以上)のマクロとして機能し、Excel 以外のソフトウェアを必要
としない。
室内空気質モデル
データ作成機能
データ
室内濃度C
住
宅
気中分解K1
容
放散EF
積
V 吸脱着K , K
a
d
ランダム
サンプリング
ボックスモデル
定常を仮定
データ解析・表示機能
300
暴露濃度分布
指針値
250
ランダム
サンプリング
データベース
物質、用途、
製品、人口など
○○世帯
200
150
100
50
暴露濃度推定モデル
0
0.01
0.26
0.50
0.75
0.99
暴露濃度
会社
AIST-ADMER
換気n
頻度
住宅モジュール
床面積・居室数…
発生源モジュール
個数・放散速度・
初期含有量…
化学物質モジュール
減衰係数・吸着係数…
世帯モジュール
世帯人数・家族類型…
室外
濃度Co
学校
室外
住宅
室内濃度や暴露濃度の平均値
室内濃度や暴露濃度の頻度分布
指針値等を超える確率
生活行動パターン
図1 室内暴露評価ツール(iAIR)の概要
2.1.1 計算の仕組み
iAIR では、室内濃度(C、µg/m3)の推定には定常状態を仮定したボックスモデルを用いて
おり(式(1))
、異なる入力値による居室濃度(一般住宅の寝室・居間・その他の居室)の推
定を複数回繰り返すことで、居室濃度の確率分布を推定する仕組みとなっている。
C
 EF  C nV
i
o
(1)
nV  K a S  K1V
計算に必要なパラメータは放散速度(EFi、µg/unit/h)、換気回数(n、/h)、吸着係数(Ka、
m/h)
、分解係数(K1、/h)
、室外濃度(Co、µg/m3)
、寝室・居間・その他の居室の床面積(A、
m2)である。なお,式(1)の S は吸着面積(m2)
、V は室内の容積(m3)で、床面積(A)より設
定する。また、暴露濃度は、以下の式(2)で算出する(Ryan et al. 1986)
。
tij 

C Ej    Ci  
24 

(2)
94
ここで、個人 j の暴露濃度(CEj、µg/m3)
、場所 i での室内濃度(Ci、µg/m3)
、個人 j の場所 i
での滞在時間(tij、h/日)である。
吸入暴露量は以下の式(3)で算出した。
I inh _ j 
f
resp
 Ci  Qij  tij 
(3)
BW j
ここで、個人 j の吸入暴露量(Iinh_j、µg/kg BW/day)
、fresp は吸収率、個人 j の場所 i での呼
吸量(Qi、m3/h)
、個人 j の体重(BWj,kg)である。
2.1.2 計算パラメータの算出(iAIR データベースの概要)
(1)総放散速度
総放散速度は、製品持ち込み数と放散速度から推定する。
・製品の持ち込み数
製品の持ち込み数は製品によって以下の二つの方法のどちらかで推定した。一つ目の方法
は床面積と相関関係があるとして所有数を算出する方法で、テレビ、タンス等の耐久消費者
製品において床面積と所有数に相関関係が認められたことから用いた。二つ目の方法は床面
積との間に関連性を持たないとして所有数を算出する方法で、書籍、カーテン等の比較的嗜
好性の強い消費者製品について所有数の確率分布からランダムに数値を生成した。
・放散速度
放散速度(EF、mg/unit/h)の算出方法は、定常(一定)放散と一次減衰の2つを用いた。
定常放散の場合、製品の化学物質組成より算出した対象化学物質の初期含有量(M0、mg/unit)
とユーザーが指定した排出係数(/年)で放散速度を算出する。一次減衰モデルは時間ととも
に放散速度が変化することを表しており、一次減衰式は Clausen ら(1991)による以下の式を
用いた。なお、iAIR では放散速度の時間平均を計算に用いている。放散速度は、
EF  dM dt  M 0 k exp kt
(4)
となる。減衰係数 k は蒸気圧(VP、Pa)には相関関係があることが知られており、iAIR では
その関係を利用した k の推定式を搭載している(詳細は「2.6.3 長期放散試験」
)
。対象化学
物質の初期含有量は、iAIR のデータベースに含まれている、2000 年以降の製品重量、製品の
原料組成、原料中の対象化学物質の含有率等から設定した。
(2)吸着係数
吸着係数(Ka、m/h)は、対象化学物質の蒸気圧との関係に着目したモデル式(式(5))を
用いて推定した。この式はカーペットを試験体として用いた 8 化学物質の吸着試験結果(Won
ら 2000)より導出した(詳細は「2.6.4 吸着試験」)
。
ln Ka  0.281   ln VP  0.590 (r2 = 0.705)
95
(5)
(3)室外濃度
iAIR では、AIST-ADMER の計算結果より室外濃度分布データを作成することが可能である。
(4)住宅の属性
住宅の属性とは、建物の建て方、延べ床面積、居室面積や居室数等の情報である。iAIR
では、統計データから乱数を用いたモンテカルロサンプリング手法により住宅の属性を再現
する、マイクロシミュレーションモデル(住宅)を搭載している(図2)。図3にこのモデル
推定における検証結果の一例を示した。
建て方
床面積
居室割合
居室数
居室面積
住居の属性
図2 マイクロシミュレーションモデル(住宅)の概略
2
7.0E+06
住宅の床面積(m /世帯)
300
iAIR計算値
5.0E+06
世帯数
iAIR計算値
250
統計値
6.0E+06
戸建
長屋建
共同住宅
200
4.0E+06
3.0E+06
2.0E+06
150
1.0E+06
100
200 ~ 249
250 ㎡ 以 上
150 ~ 199
120 ~ 149
90 ~ 99
100 ~ 119
300
80 ~ 89
250
70 ~ 79
150 200
統計値
60 ~ 69
100
50 ~ 59
50
40 ~ 49
0
30 ~ 39
0 ~ 19㎡
0
20 ~ 29
0.0E+00
50
延べ床面積'対象:全国(
図3 計算値と統計値の比較例(左:自治体別延べ床面積の計算結果と統計値の比較、右:
全国の延べ床面積の階級別世帯数の計算値と統計値の比較)
(5)世帯の属性
世帯の属性とは、世帯人数、家族の類型等の情報で、この種の情報は、個人暴露濃度の計
算に必要なだけでなく、製品個数が世帯人数に依存する場合等の室内濃度の推定でも必要で
ある。iAIR では、統計情報から乱数を用いたモンテカルロサンプリング手法により世帯の属
性を再現する、マイクロシミュレーションモデル(世帯)を搭載している(図4)
。図5にこ
のモデル推定における検証結果の一例を示した。
96
世帯人員
床面積
家族の類型
世帯主
結婚
配偶者
子供
子の配偶者
母親
結婚
孫
父親
兄弟
世帯の属性
図4 マイクロシミュレーションモデル(世帯)の概要
年齢(歳)
70.0
iAIR計算値
60.0
50.0
40.0
30.0
30
40
50
統計値
60
70
図5 計算値と統計値の比較例(年齢の自治体別平均値)
(6)個人の情報
年齢以外の個人情報として就業状態、生活行動、体重、呼吸量等を、これまでに決定した
値(世帯の属性や個人の年齢)をもとに推定した。なお、本項も、前述の(5)世帯の属性の推
定で用いたマイクロシミュレーションモデル(世帯)にて推定を行った。
2.2 濃度推定結果の検証
空気清浄機から放出されるオゾン、プラスチック添加剤に含まれる難燃剤のデカブロモジ
フェニルエーテル(decaBDE)
、印刷インキに含まれる溶剤のトルエンを対象として室内濃度
の算出を行い、これまで報告されている実測値と比較することで、iAIR の妥当性を検証した。
以下に計算条件について示した。なお、住宅・世帯・個人のデータに関して iAIR のデータベ
ースに含まれる地域・自治体別のデータを、その他のデータは全国値を用いた。
2.2.1 計算条件
オゾン発生が認められた空気清浄機(電気式、イオン式)を発生源として、オゾンの室内
濃度を推定した。空気清浄機の計算条件2は詳細リスク評価書「オゾン」(2009)を参考として
2
機種別オゾン発生速度、機種別オゾン分解速度、機種別普及率、室内持込台数、稼働時間等
97
設定し、評価地域は関東、計算回数は 10 万回とした。比較対象の測定値は山田ら(2010)の
データを用いた。この値は日平均値であることから、室外濃度も同じデータ(日平均値)を
採用した。
次に、テレビ、パソコン等に使用されているプラスチック樹脂中に難燃剤として decaBDE
が含まれるものとして、decaBDE の室内濃度を推定した。計算条件は詳細リスク評価書「デ
カブロモジフェニルエーテル」(2008)、リスクトレードオフ評価書「難燃剤」を参考として
設定し、評価地域は日本全国、評価年は 2005 年、計算回数は 10 万回とした。なお、decaBDE
は蒸気圧が低く、ガス中に含まれる濃度よりも室内ダスト中の濃度が高いことが一般に知ら
れているので、本評価では室内ダスト中濃度を求め、検証に用いた。
最後に、印刷インキ、塗料、接着剤に含まれる溶剤中トルエンが室内で揮発するとして、
トルエンの室内濃度の推定を行った。評価地域は日本全国、計算回数は 10 万回とし、評価対
象製品は新聞・折込チラシ・書籍・雑誌、家庭用塗料、家庭用接着剤である。
2.2.2 計算結果
計算結果は測定試料数が尐ない場合を除き、実測値の概ねファクター2(1/2~2 倍)以内
であり、本研究開発の開始時の目標であったファクター10(1/10~10 倍)以内を達成した(図
6)
。室内濃度の推定としては十分な精度があり、暴露評価やリスク評価に用いることが可能
であると判断した。
3.00
図中の数字は測定試料数
濃度比
'計算.実測(
2.50
4
2.00
4
1.50
1.00
4
60
>300
4
30
0.50
0.00
オゾン
デカブロモ
ジフェニルエーテル
トルエン
図6 検証結果のまとめ
2.3 iAIR のインターフェイス
2.3.1 計算条件設定画面
iAIR を起動すると、図7のメインメニュー画面
が表示され、室内濃度の推定や計算結果の再解析
を選択することができる。
計算は図8の条件設定画面を通して行う。室内
濃度等の計算には、化学物質、用途、地域、製品、
計算回数、評価年、指標値、その他(室外濃度
を含む)等の条件をあらかじめ設定しておく必
要がある。
98
図7 iAIR のメインメニュー画面
iAIR のデータベースには約 100 種類の化学物質の情報が登録されており、計算条件設定画
面よりプルダウンメニューによって化学物質
を選択することができる。また、ユーザーが
化学物質の情報を修正することや新たな化学
物質を追加することも可能である。さらに詳
細な条件として、壁や床材への吸着に関する
パラメータ、空気中浮遊粒子への吸着に関す
るパラメータ、気中での分解に関するパラメ
ータ等も設定することが可能な仕組みとなっ
ている。
製品では、評価したい製品をメニューより
選択し、普及率、所有数・使用回数、製品量、
図8 iAIR の計算条件設定画面
構成成分の割合、化学物質の割合、放散速度を設定する。これらの項目には、用途を選択す
ることで、iAIR データベースに含まれる製品や用途ごとに決められたデフォルト値が設定さ
れる仕組みとなっているが、ユーザーが準備した数値を入力することもできる。
ユーザーは、その他の項目として化学物質の室外濃度、換気等のデータを入力することが
可能である。例えば、化学物質の室外濃度では、ユーザーは平均値等のデータを入力するこ
とができるが、それ以外に大気の濃度推定モデルである AIST-ADMER の計算結果を取り込み、
設定することも可能である。
2.3.2 出力画面
計算が終了すると、計算日時、計算回数、計算年、化学物質等の設定条件をはじめとして、
指針値の超過頻度、室内濃度や暴露濃度の平均値、標準偏差、最小値、最大値、各パーセン
タイル値、幾何平均値等の結果や無作為に発生させた世帯の平均床面積、平均部屋数、平均
世帯人数等が表示される(図9左)
。また、結果の再解析機能を用いることで、図9(右)の
ようなヒストグラムを表示することも可能である。
図9 iAIR の計算結果表示画面(左:統計情報の表示、右:ヒストグラムの表示)
99
2.4 iAIR の動作環境
iAIR の動作環境を表1に示した。計算時間の目安は、Core2Duo(E6850)を搭載したパソコ
ンで計算回数 10 万回を実行した場合 5 分、PentiumD(820)を搭載したパソコンで同計算を実
行した場合 20 分である。
表1 iAIR の動作環境
項目
CPU
メモリ
ハードディスク空き容量
必要条件
Intel Pentium4 以上
1 GB 以上
インストール:10 MB 以上
データ保存:200 MB 以上
Microsoft Windows XP 以上
2002 以上
マクロの実行許可が必要
SXGA (1,200 x 1,024) 以上
OS
Microsoft Office Excel
ディスプレイ解像度
推奨条件
Intel Core2Duo 以上
4 GB 以上
1 GB 以上
2.5 iAIR の配布
iAIR は(独)産業技術総合研究所安全科学研究
部
門
の
ホ
ー
ム
ペ
ー
ジ
(http://www.aist-riss.jp/software/iair/inde
x.html)よりダウンロードが可能である。
図 10 iAIR 配布サイト
2.6 室内濃度推定に関するデータの取得
2.6.1 背景
これまで使用されたことのない化学物質が既存の化学物質の代替として用いられることが
あるが、このような未利用の化学物質の放散速度や吸着係数等は明らかでないケースが往々
にしてある。本研究開発課題で開発した iAIR では、未利用の化学物質についても評価が行え
るよう、室内濃度評価の入力パラメータの推定モデルを搭載した。本節ではこのモデル開発
のために必要なデータの取得を目的として、安価で簡便な試験環境の開発(マイクロチャンバ
ーの作成)、1 年以上の放散試験(長期放散試験)や吸着係数の測定実験(吸着試験)を実施
した。以下に各項目の詳細を述べる。
2.6.2 マイクロチャンバーの作成
マイクロチャンバーは JIS 規格を参考として一般的なステンレス製容器(1 L)を改良して
作製した。主な改良点は、空気の流入口と排気口の制作、内部表面の電解研磨、開口部への
テフロンパッキンの設置である。このチャンバーの気密性、水蒸気の物質伝達率、化学物質
100
の回収率等の計測を行ったところ、開発したチャン
バーの基本的な性能は、既報のスモールチャンバー
(JIS 法)と同等であった。また、開発したマイク
ロチャンバーと既報のスモールチャンバー(JIS 法)
との比較を行うため、両者で同じ試料を用いた揮発
性有機化合物(以降、VOC)の回収率の測定、および
時間に伴う濃度変化を測定した。
図 11 マイクロチャンバーの外観
4.0
8.00
3
マイクロチャンバー(mg/m )
3.5
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
0.5
6.00
y = 0.7110x + 0.3846
2
R = 0.9348
n=14
4.00
2.00
0.0
塩 化メチ レン
ヘキサ ン
2 ,4 - ジ メ チ ル ペ ン タ ン
2-ブ タ ノ ン
酢 酸エチ ル
クロ ロホ ル ム
2 ,2 ,4 - ト リ メ チ ル ペ ン
n-ヘ プ タ ン
ベンゼン
トリクロ ロエチ レ ン
1 ,2 - ジ ク ロ ロ プ ロ パ ン
メチ ル イソブチ ル ケ ト
n-オ クタ ン
トル エン
酢 酸ブチル
テトラクロ ロエチ レン
ジ ブロモ クロ ロメタン
n-ノ ナ ン
エチ ル ベンゼ ン
m ・ p- キ シ レ ン
o-キシ レ ン
スチレン
a- ピ ネ ン
n-デ カン
1 ,3 ,5 - ト リ メ チ ル ベ ン
1 ,2 ,4 - ト リ メ チ ル ベ ン
( * )- リ モ ネ ン
n-ウ ン デ カン
1 ,2 ,3 - ト リ メ チ ル ベ ン
1 ,4 - ジ ク ロ ロ ベ ン ゼ
ノナ ナール
n-ド デ カン
1 ,2 ,4 ,5 - テ ト ラ メ チ ル
デカナール
n-トリデ カン
n-テ トラデ カン
n-ペ ン タ デ カン
n-ヘ キ サ デ カン
回 収 比'マ イクロチ ャンバ ー. ス モ ール チ ャンバ ー(
4.5
0.00
0.00
2.00
4.00
6.00
8.00
スモールチャンバー(mg/m3 )
図 12 マイクロチャンバーとスモールチャンバーの比較
(左:化学物質の回収率、右:濃度の比較例(トリクロロエチレン)
)
この結果によると、マイクロチャンバーでの回収率はスモールチャンバーを基準として多
くの物質で 0.8~1.4 倍(図12左)であった。また、換気回数、試料面積等の条件を変化さ
せた濃度変化の測定結果では両者の間に相関関係(r=0.967)が認められた(図12右)。以
上のことから、開発したマイクロチャンバーはスモールチャンバーの代替に使用可能であり、
複数の試料を対象とした長期間の測定等が安価に行えるものと思われる。なお、スモールチ
ャンバーと同様にマイクロチャンバーは、蒸気圧が高く、チャンバー内濃度が飽和に達する
ような化学物質を対象とした検討には向かない。
2.6.3 長期放散試験
壁紙、フローリング材、カーペット等 10 種の製品を対象とした。試験は流量約 18 mL/min
のマイクロチャンバーへ試験片(46.5 mm×46.5 mm)を入れ、一年以上にわたり定期的にチ
ャンバー空気を捕集した。捕集剤は Tenax TA を用い、加熱脱着ガス・クロマトグラフ質量分
析計(島津製作所 QP-5050A、パーキンエルマー社 ATD-400)で分析を行った。分析対象物質
は室内大気分析用標準物質 50 成分(スペルコ社製)に含まれる 50 種である。
8 種の試料から酢酸エチル等の延べ 50 種の VOC が検出された。これまでの報告例と同じよ
うに初期の放散が徐々に減衰する傾向が見られた。14 日目の放散速度は初期放散の 30%±26%、
101
28 日目では 14%±17%、200 日以上経過後では 8%±14%であった。すなわちこれは、放散速度
が 28 日目(約 1 ヶ月)までに大きく減尐し,それ以降ではほぼ一定となることを示唆する。
この結果は今まで報告された結果と矛盾しない。
0.25
0.25
フローリングA
フローリングA
0.20
濃度'µg/m3(
濃度'µg/m3(
0.20
0.15
0.10
0.05
0.15
0.10
0.05
0.00
0.00
0
5
10
15
20
0
100
200
日数'日(
300
400
日数'日(
図 13 長期放散試験の一例(フローリング A、酢酸エチル測定)
1 ヶ月以内のデータの濃度変化に対して放散速度の一次減衰式(「2.1.2 計算パラメータ
の算出(iAIR データベースの概要)
」を参照)が当てはまるものとしてフィッティングを行
い、初期含有量 M0 と減衰係数 k を推定した。この推定した k と化学物質の物理化学的性質と
比較した結果例を図14に示した。k は蒸気圧と関連があることが広く知られており、今回
0
0
-2
-2
-2
-4
-6
y = -0.0162x - 1.9313
2
R = 0.8666
-8
-10
LN(減衰定数)'1/h(
0
LN(減衰定数)'1/h(
LN(減衰定数)'1/h(
の試験結果もこれまでの知見と矛盾せず、蒸気圧との間に相関関係が認められた。
-4
-6
y = -0.0146x - 1.526
R2 = 0.8808
-8
50
100
150
分子量
200
250
y = -0.3209x - 5.7072
R2 = 0.8405
-8
-12
-12
0
-6
-10
-10
-12
-4
0
100
沸点(℃)
200
300
-10
-8
-6
-4
-LN(蒸気圧)
-2
0
図 14 化学物質の物理化学的性質と減衰係数の関連性の解析例(壁紙 B)
表2 各部材における減衰係数と蒸気圧(VP)との関係
試料
壁紙 A
壁紙 B
カーペット
タイルカーペット
フローリング材 A
クッションフロアーA
クッションフロアーB
回帰式 ln k=a(-lnVP)+b
a
b
0.236
-4.283
-0.321
-5.707
-0.860
-8.797
-0.422
-7.6004
-0.171
-6.6037
-0.230
-5.545
-0.260
-5.982
決定
係数
0.174
0.841
0.760
0.805
0.807
0.676
0.378
本研究開発課題では、平均的な傾き(a)と参照化学物質の減衰係数から切片(b)を求めるモ
102
デル式を構築し、その適用を試みた。ここで、傾き(a)ははずれ値を除いた平均値(-0.273)
とした。接着剤では、複数の化学物質を対象とした放散速度の経時変化が観測されているこ
とから、接着剤を対象として検証を実施した。報告されている放散速度の経時変化が一次減
衰モデルにあてはまると仮定して、一次減衰定数を算出し、これを測定値とした。これに対
して、トルエンの蒸気圧と一次減衰定数を基準として、モデル式を用いて評価対象の化学物
質の減衰定数を推定した。この結果、推定値は測定値のファクター2以内にほぼ含まれてお
り、推定結果は妥当であった。
0.25
推定値
0.2
0.15
0.1
0.05
0
0
0.05
0.1
0.15
測定値
0.2
0.25
図 15 減衰係数推定モデルの検証結果
2.6.4 吸着試験
吸着材として室内表面において面積の大きい壁紙、フローリング材等を用い、評価化学物
質(1,3,5-トリメチルベンゼン、1,2,4-トリメチルベンゼン、ウンデカン、ドデカン、トリ
デカン、テトラデカン、ペンタデカン、ヘキサデカン)の吸着を観察した。試験はマイクロ
チャンバーへ試験片を入れ、VOC を数日間供給後の減衰過程を測定した。その測定濃度に対
して、以下の式(6)(岩下 1999)をフィッティングさせ吸着係数を算出した。
C t  
r1 , r2 

C1 r1  k d e  r1t / r1  r2  k d e  r2t / r2
r1  r2 

n  k a S / V  k d   n  k a S / V  k d 2  4nk d
(6)
2
ここで C1 は化学物質供給停止直後のチャンバー濃度(µg/m3)である。VOC の計測は捕集管に
よる定期的な捕集と VOC センサー(フィガロ技研、TGS2602)を用いた 10s 間隔のデータ採取
によって実施した。分析方法等は「2.6.3 長期放散試験」と同様である。
吸着材を壁紙 A、対象化学物質をトリデカンとした測定例を図 16 に示した。この結果によ
ると、式(6)を用いた推定値と実測値は比較的良く一致しており、他の試料や化学物質の測定
においても同様であった。
103
5
4.5
トリデカン濃度(µg/m3)
4
3.5
3
2.5
測定値
推定値
2
1.5
1
0.5
0
0
5
10
15
20
25
時間(h)
図 16 吸着係数測定試験の一例(壁紙 A に対するトリデカンの吸着)
また、化学物質の物理化学的性状と吸着係数の関連性についての解析結果を図17に示し
た。化学物質の物理化学的性質のうち分子量、沸点、蒸気圧で吸着係数との相関関係が認め
1
1
1
0.5
0.5
0.5
-0.5
-1
-1.5
-2
-2.5
y = 0.0098x - 2.48
R2 = 0.9298
0
LN(吸着係数)'m/h(
y = 0.0109x - 2.1506
R2 = 0.9186
0
LN(吸着係数)'m/h(
LN(吸着係数)'m/h(
られた。この結果はこれまでの報告と一致した。
-0.5
-1
-1.5
-2
50
100
150
分子量
200
250
-1
-1.5
-2
-3
-3
0
-0.5
-2.5
-2.5
-3
y = 0.1578x + 0.0859
R2 = 0.9294
0
0
100
200
沸点(℃)
300
400
-6
-4
-2
0
-LN(蒸気圧)(Pa)
2
図 17 化学物質の物理化学的性状と吸着係数の関連性の解析例(カーペット)
各部材における吸着係数と蒸気圧の関係をみると、一部で決定係数が低い場合があるもの
の相関関係が認められた。この解析結果を基に蒸気圧から吸着係数を推定するモデル式を作
成し、iAIR へ搭載した(「2.1.2 計算パラメータの算出(iAIR データベースの概要)」参照)
。
表3 各部材における吸着係数と蒸気圧(VP)との関係
試料
回帰式 ln Ka=a×-LnVP+b
下記、蒸気圧(Pa)時の吸着係数
a
b
決定係数
3,000
1,500
300
1.5
壁紙 A
0.165
-0.227
0.858
0.21
0.24
0.31
0.74
壁紙 B
0.153
-0.243
0.635
0.23
0.26
0.33
0.73
壁紙 C
0.193
-1.161
0.354
0.07
0.08
0.11
0.29
フローリング材 A
0.167
-0.673
0.894
0.13
0.15
0.20
0.47
フローリング材 B
0.169
-1.488
0.844
0.06
0.07
0.09
0.21
カーペット
0.158
0.0859
0.929
0.31
0.34
0.45
1.02
カーペット(Won ら)
0.281
0.590
0.705
0.19
0.23
0.37
1.60
下線部は実験範囲内のデータであり、それ以外は回帰式による外挿の結果である
104
4
モデル式の検証をカーペットの測定値を用いて行った。その結果、推定値は測定値のファ
クター2(1/2~2 倍)以内であった。
4
推定値
3
2
1
0
0
1
2
測定値
3
4
図 18 カーペットを対象とした吸着係数推定モデルの検証結果
2.7 まとめ
マイクロチャンバーを用いた放散速度・吸着係数の測定結果より製品の放散速度推定式・
吸着係数推定式の作成を行うとともに、濃度推定モデル(ボックスモデル)の構築、および
アンケート結果や統計調査結果をまとめた生活場のデータベースの構築を実施し、室内暴露
評価ツール(iAIR)のプロトタイプを完成させた。また、難燃剤や溶剤・溶媒に関するデー
タベースの拡充を実施した。さらに、iAIR のプロトタイプを用いて実測値との比較による検
証を行い、実測値の±1桁の精度を持つことを確認した。開発したプロトタイプツールの改
良を行い、インターフェイスを作成し、室内暴露評価ツール(iAIR)Ver.0.8βとして公開す
るとともに、Ver.0.8βのインターフェイスとプログラムコードの改良を行い、iAIR Ver.1.0
を開発した。
iAIR を活用することで、製品中の化学物質の増減による一般家庭の室内濃度への影響、そ
れに伴うリスクの変化について把握することが可能になる。また、実際には使用されておら
ず実測することができないといった化学物質の室内濃度についても計算することができる。
3.生活・行動パターンのアンケート調査と解析
3.1 目的
iAIR は、ユーザーが簡単な操作を行うことで室内濃度の分布を求めるソフトである。iAIR
には室内へ持ち込まれる消費者製品の数、その設置場所や使用年数に関する情報をもとに発
生源を推定する機能が搭載されているが、推定のために必要なデータをユーザーが個別に収
集することは難しく、iAIR の普及を考える上でデータの欠如は大きな問題である。そこで
我々は暴露に関連するデータを収集して iAIR に搭載することが解決策と考え、暴露情報に関
するアンケート調査、データ整理・解析およびデータベースへの追加を実施した。
105
3.2 方法
比較的安価に多数の回答数を確保することができることから、インターネットを通じたア
ンケート調査を行った。アンケート時期、回答者数等のアンケート調査の概要は以下の通り
である。
表4 アンケートの概要
調査
2007 年度 a
2007 年度 b
2008 年度
2009 年度 a
2009 年度 b
時期
2008.1
2008.1
2008.9
2009.11
2010.1
回答者数
1,080 人
1,080 人
1,715 人
2,313 人
1,917 人
主なアンケート項目
住環境、滞在時間、換気行動、家電の所有数
住環境、掃除・洗濯行動、殺虫剤・芳香剤の使用
住環境、滞在時間、家具の所有数、防虫剤の使用
住環境、塗料・接着剤の使用、書籍の購入
住環境、暖房器具の使用、カーテンの数
住環境に関するアンケートは全ての調査でアンケート対象に含めた。調査項目は建物の建
て方、築年数、部屋数、延べ床面積、各部屋の床面積等である。生活行動パターンに関する
アンケートはそれぞれの調査でいくつかのテーマを選択して実施した。例えば 2007 年度 a
では室内の滞在時間や換気行動、2007 年度 b では基本的な生活に関する行動や殺虫剤・芳香
剤の利用を選択して実施した。調査項目は室内での滞在時間、部屋別の滞在時間、特定の行
動の回数や時間等である。消費者製品に関するアンケートはそれぞれの調査でいくつかのテ
ーマを選択して実施した。例えば 2007 年度 a では家電、2007 年度 b では殺虫剤や芳香剤を
選択して調査を行った。調査項目は総所有数、部屋別の所有数、購入頻度(一部対象)等で
ある。
3.3 結果
表5~8にアンケート結果の一例を示した。
表5 代表値の例(基本情報)
項目
居住年数
築年数
同居人数
床面積
寝室面積
居室面積
トイレ面積
バスルーム面積
部屋数
回答数
6,713
5,949
7,026
3,566
4,859
3,884
535
550
1,667
単位
年
年
人
m2
m2
m2
m2
m2
部屋
106
平均
12.7
18.5
2.1
109.0
13.1
18.3
5.0
4.5
4.4
標準偏差
10.9
14.2
1.5
86.3
9.1
9.8
67.5
4.0
1.4
表6 代表値の例(製品)
項目
蚊取り製品の使用月数(寝室)
蚊取り製品の使用月数(居室)
空気清浄機の使用時間(寝室)
タンスの使用期間(寝室)
タンスの使用期間(居室)
机の使用期間(寝室)
机の使用期間(居室)
ベッドの使用期間(寝室)
食器棚の使用期間(居室)
本棚の使用期間(寝室)
本棚の使用期間(居室)
カラーボックスの使用期間(寝室)
寝室での読書時間(行為者のみ)
居室での読書時間(行為者のみ)
24 時間機械換気システム稼働時間
薄型 TV の設置個数
ブラウン管 TV の設置個数
ノートパソコンの設置個数
TFT ディスプレイの設置個数
CRT ディスプレイの設置個数
衣装ケース用パラゾール(寝室の押し入れ)
衣装ケース用ピレスロイド(寝室の押し入れ)
ゼリー状芳香剤(寝室)
ゼリー状芳香剤(居室)
タンスの設置個数(寝室)
タンスの設置個数(居室)
机の設置個数(寝室)
机の設置個数(居室)
ベッドの設置個数(寝室)
食器棚の設置個数(居室)
本棚の設置個数(寝室)
本棚の設置個数(居室)
107
回答数
749
512
258
877
301
585
1,020
710
731
510
431
480
1,057
1,094
350
1,632
1,632
1,632
1,632
1,632
473
275
131
110
1,715
1,383
1,715
1,383
1,715
1,383
1,715
1,383
単位
月
月
時間
年
年
年
年
年
年
年
年
年
時間
時間
時間
台
台
台
台
台
個
個
個
個
台
台
台
台
台
台
台
台
平均
3.5
3.7
10.2
7.9
7.1
7.1
7.0
7.0
7.6
7.5
7.5
6.2
0.5
0.5
16.8
0.9
1.2
1.1
0.9
0.2
11.1
8.4
1.2
1.2
1.0
0.4
0.5
1.1
0.6
0.8
0.4
0.4
標準偏差
1.5
1.5
10.3
3.2
3.4
3.4
3.4
3.3
3.2
3.2
3.2
3.5
0.5
0.5
9.9
0.9
1.1
1.0
0.9
0.5
12.7
8.2
0.5
0.6
1.1
0.8
0.6
0.8
0.7
0.8
0.7
0.7
表7 代表値の例(生活行動パターン)
項目
屋内滞在時間(平日)
屋内滞在時間(休日)
寝室滞在時間(平日)
寝室滞在時間(休日)
居室滞在時間(平日)
居室滞在時間(休日)
トイレ滞在時間(平日)
バスルーム滞在時間
寝室エアコン稼働時間(夏)
居室エアコン稼働時間(夏)
掃除時間(部屋)
掃除時間(ガラス)
掃除時間(シンク)
掃除時間(コンロ等)
掃除時間(トイレ)
洗浄時間(食器)
寝室での読書時間(行為者のみ)
居室での読書時間(行為者のみ)
24 時間機械換気システム稼働時間
掃除回数(部屋)
掃除回数(ガラス)
掃除回数(シンク)
掃除回数(トイレ)
掃除回数(バス)
食器洗い機の使用回数
回答数
3,640
3,546
4,463
4,424
3,600
3,555
919
973
1,179
1,039
421
404
650
603
670
808
1,057
1,094
350
421
409
655
657
778
174
単位
時間
時間
時間
時間
時間
時間
時間
時間
時間
時間
分/回
分/回
分/回
分/回
分/回
分/回
時間
時間
時間
回/週
回/年
回/日
回/週
回/日
回/日
平均
14.8
17.7
8.1
9.4
6.9
8.6
0.3
0.5
7.9
9.0
20.6
46.4
6.3
11.5
9.4
12.5
0.5
0.5
16.8
2.8
6.3
0.8
2.6
0.6
1.3
標準偏差
5.0
4.5
3.1
4.1
4.4
4.3
0.2
0.3
5.5
5.8
20.4
34.5
8.7
15.1
8.6
9.4
0.5
0.5
9.9
3.0
9.6
0.8
3.0
0.4
1.1
表8 代表値の例(行為者率)
項目
消臭芳香剤(トイレ)の使用
読書(寝室)
読書(居室)
絨毯の設置(寝室)
絨毯の設置(居室)
カーテンの設置(寝室)
カーテンの設置(居室)
室内での塗料の使用
室内での接着剤の使用
ワックスの使用
24 時間機械換気システムの設置
ビルトインガレージの設置
回答数
3,599
2,314
1,881
4,231
3,798
2,040
1,744
2,314
2,314
2,314
2,085
1,301
行為者率
69.5
45.7
58.2
55.5
65.9
64.2
66.2
6.6
14.0
26.0
18.4
11.8
3.4 既存統計調査との比較
本研究開発課題で実施したアンケート調査は、これまでに情報の得られていない項目に対
して行ったもので、結果について既存調査との比較による検証を行うことはできない。しか
しながら、既存調査と重複して行われた、建物情報や世帯収入等の基本的な情報についての
項目は比較が可能であり、それらを対象とした検証を行った。
108
3.4.1 家屋内滞在時間
NHK データブック国民生活時間調査 2005(以降、NHK データブック)との比較を行った。
比較するためのデータとして、H21a、H21b 調査の男女別平日・休日の家屋内滞在時間と、NHK
データブックに記載されている全国(国民全体)の男女別の平日の在宅時間の平均時間・標
準偏差、全国(国民全体)の男女別の日曜日の在宅時間の平均時間・標準偏差を用いること
とした。これらの各在宅時間について平均値の差の検定を行った。その結果、p 値は平日の
男性が 1.256×10-14 であり、有意な差が認められたが、他の項目(平日の女性、休日の男性、
休日の女性)は有意差がなかった。
3.4.2 延べ床面積の分布
住居タイプ別の延べ床面積に関して、H21b 調査と、2008 年住宅・土地統計調査との比較を
行った。2008 年住宅・土地統計調査において、住居タイプ別の延べ床面積の分布では、100 m2
以上で半数以上が戸建住宅と、H21b 調査の分布と非常に近い分布となっており、延べ床面積
が大きいほど木造戸建て・鉄筋戸建て住宅の割合が大きくなる傾向にあることがわかった。
100%
100%
90%
90%
80%
80%
70%
70%
60%
60%
50%
50%
40%
40%
30%
30%
20%
20%
10%
10%
0%
~30未満
0%
~30未満
その他
~50未満
鉄筋マンション
~70未満
~100未満
延床面積 [m 2 ]
木造アパート
~150未満
鉄筋戸建て
~50未満
150以上
その他
~70未満
~100未満
延床面積 [m2]
鉄筋マンション
木造アパート
~150未満
鉄筋戸建て
150以上
木造戸建て
木造戸建て
図 19 住居の建て方別延べ床面積の分布
(左:アンケート調査、右:2008 年度住宅土地統計調査)
3.4.3 世帯収入と平均延べ床面積との関係
年収区分に応じた延べ床面積について、2004 年全国消費動向実態調査の調査結果と比較を
行った。全国消費動向実態調査では、2004 年の総世帯データのうち「現住居の延べ床面積」
の情報を用いた。世帯収入の分類が 18 区分に分かれているため、H21b 調査で行ったアンケ
ート項目の 7 区分に合わせる形で集計するために、全国消費動向実態調査の各区分の該当人
数から重み付け割合を算出し、各区分の延べ床面積に重みをかけて H21b 調査区分と整合性が
とれるように調整している。
H21b 調査と全国消費動向実態調査とは同様の傾向があり、世帯収入が増加すると平均延べ
床面積も増加することがわかった。しかし、ほとんどの世帯収入区分において、H21b 調査の
平均延べ床面積の方が全国消費動向実態調査の平均延べ床面積よりも小さい傾向があること
がわかった。
109
平均延床面積'm 2(
160.0
120.0
80.0
40.0
0.0
300万
円未満
300~
400万
円未満
400~
500万
円未満
500~
600万
円未満
600~
800万
円未満
800~
1000万
円未満
1000万
円以上
H21b調査
79.1
84.7
全国消費動向実態調査
82.4
92.5
98.7
99.8
106.0
121.1
138.5
97.5
103.3
111.6
123.8
144.7
図 20 世帯収入と平均延べ床面積との関係
3.5 データの公開
(独)製品評価技術基盤機構
化学物質管理センターのホームページ
(http://www.safe.nite.go.jp/risk/expofactor_index.html)にて、調査結果を公開した。
図 21 データの公開サイト
3.6 ツールのデータベースへの搭載
iAIR では、アンケート結果の行為者率、製品個数や製品使用時間等をデータベースに搭載
している。搭載した行為者率としては、テレビやパソコン等の家電製品の部屋別の設置率、
机やタンス等の家具の部屋別の設置率、書籍の購入の行為者率、新聞の購読の行為者率等が
ある。製品個数や製品使用時間は確率分布等に置き換えてデータベースに搭載しており、書
籍の購入数、家電製品や家具の破棄までの年数、カーテンの数等がある。
以下にデータベースへの搭載事例としてカーテンの設置面積に関する解析結果を示した。
カーテンのサイズや枚数についての調査は H21a のアンケート時に実施した。予備的な解析に
おいて、カーテンのサイズと枚数から面積を算出し、そのカーテン面積と居住者人数等の基
本項目や床面積等の住環境データと比較したところ、関連性が認められなかった。これはカ
ーテン面積が床面積や居住人数と独立に、窓の数や窓の面積のみと関連していることによる
110
ものと考えられた。そこで、集計したカーテン面積の累積確率分布に対して対数正規分布と
ワイブル分布を当てはめた。その結果、図22に示したようにワイブル分布よりも対数正規
分布の適合が良かったことから、ツールでは対数正規分布を用いてカーテンの面積を設定す
る仕組みを搭載した。
120%
100%
累積確率
80%
60%
アンケート
対数正規
ワイブル
40%
20%
0%
0
5
10
15
20
25
30
35
カーテン面積'm2(
図 22 カーテン面積の解析例
3.7 まとめ
住環境情報(住居の容積・間取り、換気回数、家電等使用時間、等)
、行動パターン(防虫
剤・殺虫剤使用頻度、洗剤使用頻度、等)について Web によるアンケート調査を行い、代表
値を決定した。また、アンケート調査等で得られた集計・解析結果を、室内暴露評価ツール
(iAIR)のプロトタイプに組み込むとともに、Web サイト上で公開した。
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類の調査結果について.
環境省(2006).平成16年度ダイオキシン類の蓄積・ばく露状況および臭素系ダイオキシン
類の調査結果について.
環境省(2007).平成17年度ダイオキシン類の蓄積・ばく露状況および臭素系ダイオキシン
類の調査結果について.
環境省(2008).平成18年度ダイオキシン類の蓄積・ばく露状況および臭素系ダイオキシン
類の調査結果について.揮発性有機化合物(VOC)排出インベントリ検討会(2007).揮発
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16
年 全 国 消 費 動 向 実 態 調
査.http://www.stat.go.jp/data/zensho/2004/index.htm
111
総 務 省 統 計 局 ( 2010 ) . 平 成
20
年 住 宅 ・ 土 地 統 計 調 査 .
http://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2008/index.htm
中西準子・篠崎裕哉・井上和也(2009).詳細リスク評価書「オゾン―光化学オキシダント―」.
丸善,東京.
中西準子・東海明宏・岩田光夫(2008).詳細リスク評価書「デカブロモジフェニルエーテル」.
丸善,東京.
中西準子,東海明宏,岩田光夫.2008.詳細リスク評価書「デカブロモジフェニルエーテル」
第 4 章補足資料,http://www.aist-riss.jp/main/modules/product/rad.1.html,アクセ
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山田智美、太田真由、内山茂久、稲葉洋平、後藤純雄、欅田尚樹(2010).冬季における居住
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Volatile Organic Compounds, Environ. Sci. Technol., 34 (19):4193–4198.
112
3-1-2-3 地域スケールに応じた環境動態モデルの開発
①大気モデル
1.ADMER-PRO 開発の経緯とモデルの概要
大気モデルについては、既に NEDO 化学物質総合評価管理プログラムの「化学物質のリスク
評価およびリスク評価手法の開発」事業で AIST-ADMER を開発し、わが国における標準モデル
として広く使用されている。しかし、本事業でリスクトレードオフを解析する洗浄剤(工業
用)および溶剤・溶媒用途の化学物質として、大気中での半減期が比較的短く、光化学反応
生成物としてヒト健康への影響も懸念されるオゾン(光化学オキシダント)やアルテヒド類
を生じる炭化水素類も対象とすることから、これらの二次生成物質濃度が推定できる大気モ
デルの開発が必要である。また、光化学オキシダント汚染が再び社会問題化している現状で
は、二次生成物質濃度が推定できる大気モデルは、本事業のみでなく社会において広く必要
とされているため、モデルを一般に公開し、普及させることが必要である。二次生成物質の
濃度推定自体が可能なモデルは米国環境保護庁の CMAQ をはじめ現時点でもいくつか公開さ
れたものがあるが、それらは特別な計算機(Linux マシン)やコンピュータの専門知識を必
要とするため、実際のリスク評価・管理の場面で使用されたことはほとんどない。
本事業で開発した ADMER-PRO は、
操作性の高いグラフィックユーザーインタフェース(GUI)
を導入するとともに仮想化技術を採用することにより、市販の Windows パソコンで容易に動
作させることができる。また、計算負荷低減のための気象パターン類型化手法を導入するこ
と等により、リスク評価でしばしば必要となる長期間の平均濃度を比較的短時間で推定でき
る。さらに、一般に推計が困難である VOC 等種々物質の排出量をモデルに内蔵しており、ユ
ーザーは各排出カテゴリー(各種産業、移動発生源、家庭等)の排出量に削減(増減)率を
設定しさえすれば、このモデルひとつで原因物質に加え二次生成物質も考慮した排出削減対
策の効果を推定できるようになっている。ADMER-PRO は本事業における洗浄剤(工業用)お
よび溶剤・溶媒用途の化学物質のリスクトレードオフ解析にすでに適用したほか、公開を終
えた今後は、リスク管理の種々の現場(国、地方自治体、業界団体)で使用され、二次生成
物質を含む複数の物質を考慮したリスク評価・管理が大きく進展することが期待される。
2.ADMER-PRO 計算エンジンの開発
揮発性有機化学物質の光分解、二次生成および乾性沈着過程をモデル化し、気象・拡散モ
デルに組み込むことでモデルの骨格(3 次元オイラー型化学輸送モデル)を開発するととも
に、リスク評価に必要な長期間(年間等)の平均濃度を計算する際の計算時間を短縮するた
め気象パターン類型化手法を導入して、ADMER-PRO の計算エンジンを完成させた (図1)。
気象・拡散モデルは、米国コロラド州立大学で開発された地域気象モデリングシステム
(RAMS)をベースに、ヒートアイランド現象が特に顕著な日本の大都市域にも適用できるよう
独自に人工排熱過程を組み込む改変を行ったうえで使用した。反応モデルは、米国環境保護
庁で開発された光化学反応スキーム(CB_99、Adelman、1999)を基本に改変して用いた。CB_99
は、NOx、VOCs 等からオゾン、アルデヒド類の物質が生成される過程を表現できるものであ
り、揮発性有機化学物質は炭素の結合状態に応じて 9 種のグループに分類して表現する。オ
リジナルの反応モデルでは 37 物質群を 93 の反応式で解くようになっているが、評価対象と
113
したい特定の個別物質(トリクロロエチレン等の有害大気汚染物質)の分解過程を、上記の
炭素結合のグループによらず個別に取り扱えるように独自の改変を行った。乾性沈着モデル
は、Zhang ら(2003)のモデルを採用し、乾性沈着速度の気象要素、地表面被覆への依存性を
考慮した。モデルに内蔵する排出量は、2005 年を対象にして Kannari ら(2007)に準じる方法
で NOx、VOC、CO について推計した。ここで、植物起源 VOCs の排出量は、産総研でこれまで
に実施した野外調査や数値実験の結果に基づき、Kannari ら(2007)のデータより大きく上方
修正された値を用いた(井上ら、2010a、b)
。また、VOCs の個別成分排出量は、既報値に基
づき、排出カテゴリー(各種産業、移動発生源、家庭等)ごとに共通の成分組成を仮定して
推計した。
気象パターン類型化手法は、日々の気象を、総観規模の気圧配置、日射量に応じて、特定
のパターンにグループ化し、各気象パターンの代表日のみ計算を行うというものであり、吉
門ら(2006)に準じた。
3次元オイラー型化学輸送モデル
 NOx + VOCs + 光 → ホルムアルデヒド, オゾン+・・・
 VOCsはグループ化して+27の化学種で構成される
93の反応式で表現'既存の反応モデルを利用(
 個別VOC成分 + OH → products
ジクロロメタン
トリクロロエチレン
ホルムアルデヒド
オゾン
etc.
個別VOC成分濃度*2次生成物質濃度
反応
拡散
気象要素
沈着
排出
+
気象パターン類型化手法
パターンA:気圧配置:西高東低+日射量:弱
図1 ADMER-PRO の計算エンジン
人工排熱過程の導入という気象・拡散モデルに対して行った独自の改変について、その妥
当性を確認した。図2には、人工排熱過程の導入により、気温および窒素酸化物(NOx)濃度
の現況再現性がどのように変化するのかを示した。窒素酸化物は、その排出量推定値が比較
的正確に推定されていること、および、反応による影響を受けにくいことから、窒素酸化物
濃度の現況再現性が良くなることは大気の(鉛直)拡散能がより適切に表現されていること
を示唆する。図2によると、人工排熱過程導入前は、気温は過小評価、NOx 濃度は大きく過
114
大評価されていたが、
人工排熱過程導入により、
いずれも大きく改善されているのがわかる。
このことから、人工排熱過程の導入により、下層大気の気温がより適切に計算され、その結
果、物質の鉛直拡散もより適切に表現されるようになったことが示唆される。
17
計算値
16
15
気温'℃(
NOx'ppb(
120
人工排熱あり
y = 0.94x + 1.30
2
R = 0.70
Pfac2 = 1.00
80
14
13
12
11
人工排熱なし
y = 1.47x - 6.69
2
R = 0.64
Pfac2 = 0.93
100
計算値
18
人工排熱なし
y = 0.72x + 4.22
2
R = 0.63
Pfac2 = 1.00
10
60
40
人工排熱あり
y = 0.75x + 4.68
2
R = 0.70
Pfac2 = 0.96
20
0
10 11 12 13 14 15 16 17 18
実測値
0
20
40
60 80
実測値
100 120
図2 人工排熱過程を導入した場合としない場合の気温、NOx 濃度の現況再現性
2002 年度、関東地方。いずれも一般環境測定局を評価対象とした。
3.ADMER-PRO 計算エンジンの検証
関東地方(1 都6県)と近畿地方(2 府4県)を対象に 2005 年の VOCs と NOx 排出量およ
び同年の気象データを用いてシミュレーションを行い、同年の現況濃度分布を 5 km グリッド
で推定し、実測値と比較した。ここで、トリクロロエチレン、ジクロロメタンについては、
それらの排出量として、ADMER-PRO 内臓の VOC 排出量データから計算した推定値ではなく、
別の推定値(物質ごとの全国集計値から適切な指標で平面的に割り振って推定した値)を与
えて濃度推定を行った。計算条件(初期・境界条件等)は中西ら(2009)と同様にした。
主要な大気汚染物質の 2005 年度年間平均濃度について各地方の測定局における実測値と
モデル推定値を比較した結果を図3に示す。ここで、トリクロロエチレンとジクロロメタン
の 2 物質に対する結果は上記の理由により ADMER-PRO の現況再現性評価結果としては必ずし
も適切でない可能性があるが、排出量の全国集計値は両推定値に大きな違いがなかったこと
から結果に含めた。なお、二酸化窒素、オゾン以外の「有害大気汚染物質」
(ホルムアルデヒ
ド、1,3-ブタジエン、トリクロロエチレン、ジクロロメタン)の実測年間平均値は通年を通
した平均値ではなく、各月における 1 日(=24 時間)の測定データを 12 個平均することに
よって導出されている。図3によると、二酸化窒素、オゾンはいずれの地方についても良好
な現況再現性が得られている。
それ以外の有害大気汚染物質については、
1 次排出物質の 1,3ブタジエン、トリクロロエチレン、ジクロロメタンは、測定局によってはファクター2 の範
囲を逸脱して過小評価されているところがある。一方、二次生成の寄与が高いことが知られ
ているホルムアルデヒドについては、実測値と計算値の相関は低いものの、ほとんどの測定
局でファクター2 の範囲内で再現されている。トリクロロエチレン濃度の過小評価は 5 km グ
リッドの AIST-ADMER を用いた計算結果においても見られており、その原因として、有害大気
汚染物質を測定している測定局における濃度が、近傍(5 km 以内)の発生源の影響を受けて
115
当該メッシュ内の平均濃度より局所的に高くなっている可能性が指摘されている(中西ら
2008)
。同じく 1 次排出の有害大気汚染物質である 1,3-ブタジエンとジクロロメタンについ
ても、同様の原因で見かけ上過小評価となっているものと考えられ、5 km メッシュ単位での
現況再現性には大きな問題はない可能性がある。
表 1 に、ファクター2、3、5、10 以内で再現される測定局の割合を物質別、地方別に算出
した結果を示す。まず、主要な二次生成物質であるオゾン、ホルムアルデヒドに着目すると、
ファクター2 以内で再現される測定局の割合はいずれも 91%を超えており高い現況再現性が
得られている。それら以外の物質についても、ジクロロメタンの近畿地方における結果を除
き、ファクター2 以内で再現される測定局が過半数を占めている。ファクター3、ファクター
5 以内で再現される測定局の割合はさらに増加し、それぞれ、最低でも 76%、91%と高い値
になっている。このように、全般的なモデルの現況再現性はおおむね良好であることが確認
された。
116
オゾン+昼間'5-20時(平均値
二酸化窒素
45
35
40
30
35
25
30
20
25
15
20
15
10
10
5
5
0
0
0
5
10
15
20
25
30
0
35
5
10 15 20 25 30 35 40 45
0,3-ブタジエン
ホルムアルデヒド
5
0.4
0.35
4
0.3
0.25
3
0.2
2
0.15
0.1
計算値'ppb(
1
0.05
0
0
0
1
2
3
4
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4
5
トリクロロエチレン
ジクロロメタン
1
2.5
0.8
2
0.6
1.5
0.4
1
0.2
0.5
0
0
0
0.2
0.4
0.6
0.8
0
1
0.5
1
1.5
2
2.5
実測値'ppb(
図3 各物質の年間平均値の実測値と計算値の比較(2005 年度、関東地方と近畿地方)
関東地方のデータを橙色で、近畿地方のデータを緑色で示す。実測値は、トリクロロエチレン、ジクロロメ
タンについては一般環境測定局と沿道測定局のデータ、その他については、一般環境測定局のデータである。
有害大気汚染物質については、年 12 回測定局のデータのみ示す。ふたつの実線は計算値が実測値のそれぞ
れ 1/2 倍、2 倍であることを示す。トリクロロエチレンとジクロロメタンについては、それらの排出量とし
て ADMER-PRO の内蔵データから計算した推定値ではなく、別の推定値を与えて濃度推定を行った結果である
ことに注意されたい。
117
表1 各ファクターの範囲で再現される測定局の割合(2005 年度)
物質
二酸化窒素
オゾン
ホルムアルデヒド
1,3-ブタジエン
トリクロロエチレン注 1
ジクロロメタン注 1
地方
関東
近畿
関東
近畿
関東
近畿
関東
近畿
関東
近畿
関東
近畿
ファクターX(1/X 倍~X 倍)の範囲
で再現される測定局の割合
X=10
X=5
X=3
X=2
100%
100%
99%
96%
100%
100%
99%
96%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
100%
99%
100%
100%
98%
96%
100%
100%
100%
91%
100%
97%
81%
61%
100%
92%
78%
58%
100%
96%
82%
57%
100%
100%
96%
83%
100%
97%
87%
59%
96%
91%
76%
40%
サンプル数
271
136
262
123
49
35
59
36
77
47
76
45
注1:トリクロロエチレンとジクロロメタンについては、それらの排出量として ADMER-PRO の内蔵デー
タから計算した推定値ではなく別の推定値を与えて濃度推定を行った結果であることに注意されたい
4.ADMER-PRO 動作環境の構築
図4に示したように、WindowsPC 上に仮想 linux マシンを導入することにより、ADMER-PRO
を WindowsPC 上で動作させる環境を実現した。WindowsPC 上のブラウザ画面で計算パラメー
タ等を設定し、実行・停止ボタンによって仮想 Linux マシン上の Fortran プログラム(また
はその実行を制御する Perl プログラム等)を実行・停止するようになっている。ここで、仮
想 Linux マシンは、その実行環境を含め丸ごと圧縮イメージディスクファイルとして提供す
るので、ユーザーは Linux マシンについての知識を必要としない。
このように、ADMER-PRO は、限られた数の Linx マシンユーザーのみに開かれていた二次生
成過程を含む大気モデルへの門戸を一般の Windows マシンユーザーにも開いた。
118
図4 ADMER-PRO の動作環境
5.ADMER-PRO グラフィックユーザーインターフェースの開発
ADMER-PRO の利便性を高めるため web ブラウザを利用したユーザーインターフェースを実
装した(図5)
。これを利用することにより、ユーザーはソースコードや設定ファイル等を修
正する等煩雑な作業を行うことなく、モデルの実行準備・実行・結果の処理(描画等)まで
を一貫して行えるようになった。図6に ADMER-PRO の操作の流れを示した。
119
計算条件の設定
計算対象期間+対象地域+解像度などの設
定
気象パターン類型化手法による計算対象日
の選定
排出量の増減率設定'左の画面(
初期・境界条件の作成
などを行い+濃度計算の実行準備をします
ADMER-PROのGUI画面
計算の実行
各計算対象日の濃度計算を実行します
計算エンジン
反応
拡散
気象要素
排出
沈着
各物質の排出増減率は都道府県別+
発生源カテゴリー別に設定可能
濃度計算に必要な気象要素も同時に推定します
結果の処理
計算結果のCSVファイルへの出力
各計算対象日の時系列図+地理分布図作成
期間平均値等の地理分布図作成
などを行います
結果の表示例
各計算対象日の時系列図
期間'年間(平均値の地理分布図
トリクロロエチレン
オゾン
図5 ADMER-PRO のグラフィックユーザーインターフェース(GUI)画面と各処理過程の説明
120
図6 ADMER-PRO の操作の流れ
「前処理」では濃度計算の準備(入力データ作成、計算条件設定)を行う。
6.ADMER-PRO マニュアル類の作成
121
ユーザー向けに ADMER-PRO の使用説明書である操作マニュアルおよび ADMER-PRO の計算原
理や使用データ等について解説した技術解説書を執筆し、
「7.ADMER-PRO 公開について」で
示す web ページ上で公開した。操作マニュアルおよび技術解説書の内容(目次)を以下に示
す。
●操作マニュアルの目次
1. はじめに
1.1 ADMER-PRO の概要
1.2 ADMER-PRO のバージョンと処理時間について
1.3 ADMER-PRO の全体構成
1.4 ADMER-PRO の操作の流れ
1.5 ADMER-PRO の用語
2. ADMER PRO の動作環境と環境設定
2.1 動作環境
2.2 環境設定
3. 計算実行環境の設定
3.1 計算プロジェクトの設定
3.2 仮想 PC の使用コア数設定
4. 計算条件の設定
4.1 計算領域パラメータ確認
4.2 計算モードと計算期間の設定
4.3 大気モデル入力用データ作成
4.4 排出シナリオの管理
5. 計算の実行
5.1 実行
5.2 結果のチェック
6. 計算結果の処理
6.1 時系列図作成
6.2 相関図作成
6.3 濃度分布図作成
7. 仮想マシンの終了・再起動
8. ライセンス等
●技術解説書の目次
1. はじめに
2. ADMER PRO の計算エンジン(化学輸送モデル)
2.1 化学輸送モデルの概要
2.2 気象モデル RAMS とその改変バージョン
2.3 反応モデル
2.4 沈着モデル
2.5 化学輸送モデルの計算条件等
3. 化学輸送モデルへの入力データとその作成処理
3.1 排出量データ
3.2 光乖離速度定数データ
3.3 各化学種の初期・境界データ
4. 気象パターン類型化手法を用いた長期間統計量推定
4.1 気象パターン類型化手法を用いた長期間統計量推定の方法
4.2 気象パターン類型化手法を用いた長期間統計量推定のオゾン平均濃度評価への適用性
5. ADMER-PRO 現況再現性の評価
122
5.1 人工排熱過程の導入がモデルの現況再現性に与える影響について
5.2 関東、近畿地方における複数物質を対象とした現況再現性評価結果
7.ADMER-PRO 公開について
以上で概略を示した ADMER-PRO(Ver.0.8)を公開した。さらに、計算時間をより短縮する
ため、簡略化反応モデル(物質数 14、反応式数 13)を搭載した Ver.1.0 を開発した。公開に
あたって、ADMER-PRO を広く周知し、普及させるため AADMER-PRO 専用の Web ページ
(http://www.aist-riss.jp/software/admer-pro/)を作成した。そのトップページ画面を図
7に示す。ADMER-PRO の Web ページではトップページにおいて更新情報を示すとともに、7
つのメニュー(ADMER-PRO の特徴、フローチャート、機能の概略、動作環境、入手方法、ユ
ーザーの方々へ、マニュアル、適用事例)を取り揃えており、適用事例では、これまでに発
表された ADMER-PRO の適用事例に関する論文を掲載している外部サイトにもリンクしている。
このように、ユーザーが ADMER-PRO に関する情報のほぼ全てをこのサイトひとつから取得で
きるように工夫した。ADMER-PRO の公開は、このサイトにて申し込み案内を行い、申込書を
郵送で送付した方に折り返し ADMER-PRO を収録した DVD を返送するという方法で行った。
図7 ADMER-PRO Web ページのトップ画面
123
参考文献
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http://airsite.unc.edu/soft/cb4/FINAL.pdf
Kannari A, Tonooka Y, Baba T, Murano K (2007). Development of multiple-species 1 km
× 1 km resolution hourly basis emissions inventory for Japan, Atmospheric
Environment 41: 3428-3439.
Zhang L, Brook JR, Vet R (2003). A revised parameterization for gaseous dry deposition
in air-quality models, Atmospheric Chemistry and Physics 3:2067-2082.
井上和也・安田龍介・吉門洋・東野晴行(2010a)
.関東地方における夏季地表オゾン濃度の
NOx,VOC 排出量に対する感度の地理分布 第 I 報 大小 2 種類の植物起源 VOC 排出量推
定値を入力した場合の数値シミュレーションによる推定,大気環境学会誌 45: 183-194.
井上和也・吉門洋・東野晴行(2010b).関東地方における夏季地表オゾン濃度の NOx,VOC
排出量に対する感度の地理分布 第 II 報 光化学指標の実測に基づく推定,大気環境学
会誌 45: 195-204.
中西準子・梶原秀夫・川崎一(2008).詳細リスク評価書シリーズ 22 トリクロロエチレン,
丸善,東京都.
中西準子・篠崎裕哉・井上和也(2009)
.詳細リスク評価書シリーズ 24 オゾン,丸善,東
京都.
吉門洋・白川泰樹・中野俊夫・工藤泰子・鈴木基雄(2006)
.メソスケール気象モデルを用い
た長期平均濃度評価手法の検討(I)気象パターン分類と関東平野の NOx 評価,大気環境
学会誌 41: 1-14.
124
②河川モデル
1.はじめに
PRTR 法の施行に伴い、対象化学物質の排出量データを容易に入手できるようになり、リス
ク評価の重要性も高まってきた。独立行政法人産業技術総合研究所では、河川流域における
化学物質のリスク評価のための時空間的に詳細な暴露解析を可能としたモデル(産総研-水
系暴露解析モデル、AIST-SHANEL)を開発してきた(石川・東海、2006a ; 2006b)
。
本モデルは、対象水系の流域界や気象、土地利用、標高、人口、工業統計、下水道普及率
等のデータをもとに、化学物質の排出量や基本的な物性を入力すれば、1km メッシュ単位の
月毎の流量、化学物質の河川水、河川底泥の濃度を推定するものである(図1)
。2004 年に
多摩川水系をはじめとする 4 水系を対象とした AIST-SHANEL Ver.0.8 を公開し、2005 年に日
本の主要な広域 13 水系を対象とした Ver.1.0、2006 年に境川流域における亜鉛を対象とした
境川-亜鉛β版を公開してきた。2007 年度から対象水系の拡張と排出量推定の精度向上を行
い、2010 年 10 月に全国1級 109 水系を対象とした AIST-SHANEL Ver.2.0 を公開した。2011
年度には、金属のリスクトレードオフ解析に AIST-SHANEL Ver.2.0 を適用するため、金属の
バックグラウンド濃度および存在形態を考慮したプログラムを追加し、AIST-SHANEL Ver.2.5
として 2012 年 4 月に公開した(独立行政法人産業技術総合研究所 安全科学研究部門 HP、
2012)
。
なお、AIST-SHANEL は本来、非定常解析を実施するものであるが、Ver.1.0 以降は広域水系
を対象とすることから、CPU Time の短縮を図るため、月別の定常解析を行っている。
内蔵データ
ユーザー入力
出力結果
対象水系の流域情報
土地利用
標高
工業統計
下水道普及率
人口
気象
'降水量、気温など(
排出量
'PRTRなど(
流量解析
排出量推計
1kmメッシュ
月平均流量
地先からの排出量
下水処理場からの排出量
大気沈着量*
'湿性・乾性(
バックグラウンド濃度**
濃度解析
物性
'半減期など(
1kmメッシュ月平均
河川水中の溶存態・懸濁態***濃度
河川底泥濃度
下水処理除去率
図1 AIST-SHANEL の計算の流れ
2.AIST-SHANEL の改良内容
2007 年度以降の主な改良内容は、対象水系の拡張、排出量推計の精度向上、無料の GIS
ソフト「MANDARA」を利用した計算結果の図化、バックグラウンド濃度の入力機能追加およ
125
び河川水中の化学物質の存在形態別濃度の出力機能の追加である。以下にそれらの改良内
容の概略点について述べる。
2.1 対象水系の拡張
AIST-SHANEL Ver.2.0 では、図2に示す全国 109 の一級水系へと拡張した。全水系の標高
および 2005 年を基準とした人口、工業統計(製造品出荷額)
、土地利用、下水道普及率等の
流域情報の3次メッシュデータはモデルに内蔵した。
図2 AIST-SHANEL Ver.2.0 の対象水系
2.2 排出量推定の精度向上
AIST-SHANEL Ver.1.0 における排出量推定では、PRTR の全国ベースの排出量から関連指標
を用いて水系内の 1 km メッシュに一括に割り振っていたが、Ver.2.0 では、PRTR の届出事業
所毎の排出量や都道府県別の排出量等より空間解像度の高い詳細なデータを入力し、排出量
の面的分布の精度を向上させた。排出量推計に用いる 3 次メッシュ毎の下水道普及率は、人
口が多い地域に下水道が普及されているという仮定のもとで、市区町村毎にメッシュ人口を
降順に並び変え、
累積した人口が 2005 年の下水道普及人口に達するまでのメッシュの下水道
普及率を 1 とし、それ以外は 0 とした。地先排出量と下水処理場からの排出量の排出量推計
の方法を以下に示す。
(1) 地先排出量
届出事業所からの公共用水域への排出量は、届出事業所の所在地に対応した 3 次メッシュ
に排出量を設定する(図 3(a))。対象業種の事業者からのすそ切り以下の届出外排出量は、製
造業は製造品出荷額、非製造業は従業員数を割り振り指標として、これに関する全国値に対
126
する 3 次メッシュ値の割合を全国排出量に乗じることにより下水道未整備区域の 3 次メッシ
ュに割り振る(図 3(b))。非対象業種の事業者や家庭からの届出外排出量は、都道府県別排出
量を入手できるため、それらの排出量を用途別に整理する。次いで、人口や土地利用の 3 次
メッシュデータを割り振り指標として、これに関する都道府県値に対する 3 次メッシュ値の
割合を都道府県別排出量に乗じることにより下水道未整備区域の 3 次メッシュに割り振る
(図 3(c))。
(2) 下水処理場からの排出量
届出事業所の下水道への移動量は、所管する自治体の下水処理場へ割り付ける(図 3(a))。
対象業種の事業者からのすそ切り以下の下水道への移動量は、これに関する情報は存在しな
いため、届出事業所の公共用水域への排出量と下水道への移動量の比率から推定する(図
3(b))。非対象業種の事業者や家庭からの下水道移動量は、都道府県別に公表されているデー
タを市区町村別の下水道普及人口を重みとした比例配分によって市区町村別の下水道移動量
を推定する(図 3(c))。これら下水道への移動量の合計値を、処理水量を重みとして所管する
自治体の単独下水処理場や流域下水処理場へ比例配分する。下水処理場からの排出量は下水
処理での除去率を考慮する。地先排出量と下水処理場からの排出量は定常を仮定する。
届出事業所の
“下水道への移動量”
緯度経度データ入力
届出事業所の
“公共用水域への排出量”
緯度経度データ入力
市区町村別
集計
市区町村管轄
下水処理場からの排出量
事業所所在メッシュ
地先からの排出量
A処理場
B処理場 C処理場
図3(a)届出事業所からの排出量の推計フロー
PRTR届出外排出量
【対象業種すそ切り】
業種別データ入力
推計
推計
下水道への移動量
公共用水域への排出量
下水道未整備メッシュへ割り振り
指標:製造品出荷額メッシュデータ
市区町村へ割り振り
指標: 製造品出荷額データ
市区町村管轄
各下水処理場からの排出量
下水道未整備メッシュの
地先からの排出量
A処理場
B処理場 C処理場
図3(b) 対象業種の事業者からのすそ切り以下の届出外排出量の推計フロー
127
PRTR届出外排出量
【非対象業種・家庭】
都道府県別データ入力
推計
推計
下水道への移動量
公共用水域への排出量
市区町村へ割り振り
指標: 人口データ
下水道未整備メッシュへ割り振り
指標:人口、土地利用の
3次メッシュデータ
市区町村管轄
各下水処理場からの排出量
下水道未整備メッシュの
地先からの排出量
A処理場
B処理場 C処理場
図3(c) 非対象業種の事業者や家庭からの届出外排出量の推計フロー
2.3 計算結果の図化
計算結果は csv 形式のファイルで出力される。AIST-SHANEL Ver.2.0 から、無料の GIS ソ
フト「MANDARA」を利用して、面的分布図を表示できるようにした(図4)
。Microsoft Excel
等の表計算ソフトを使用すれば、図5に示すような本川の縦断分布図や水系内の任意地点(3
次メッシュ)の時系列変化も解析できる。
(mg/m3)
32.00
24.00
16.00
8.00
4.00
0.10
0.01
0
10km
図4 GIS ソフト「MANDARA」による多摩川水系の河川水中 LAS 濃度の面的分布図
濃度'μ g/L)
10.0
5.0
0.0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10 11 12 月
図5 Microsoft Excel による多摩川水系の河川水中 LAS 濃度の本川縦断分布図(左図)と
田園調布取水堰の河川水中 LAS 濃度の経月変化(右図)
128
2.4 金属のバックグラウンド濃度の入力機能の追加
AIST-SHANEL Ver.2.0 を金属のリスクトレードオフ解析に適用するため、金属のバックグ
ラウンド濃度をメッシュ単位で入力し、濃度計算に組み込むプログラムを追加した。表層地
質分類別岩石等のバックグラウンドからの排出量は、土壌の A 層、B 層、C 層の流出量に濃度
を乗じたものと仮定した(図6)。以下に計算式を示す。
L1  qa  qb  qc   Cb
(1)
ここで、L1:表層地質分類別岩石からの排出量[mg/s]、qa:A 層からの流出量[m3/s]、qb:
B 層からの流出量[m3/s]、qc:C 層からの流出量[m3/s]、Cb:表層地質分類別岩石溶出量
[mg/m3]である。
大気
L  qa  qb  qc  Cb
地表面
土
壌
河川
A層
土
壌
B層
懸濁態SS
河川水
土
壌
C層
L:岩石等からの排出量
(mg/s)
qa:A層からの流出量(m3/s)
qb:B層からの流出量(m3/s)
qc:C層からの流出量(m3/s)
Cb:岩石溶出量 (mg/m3)
河川底泥液相
河川底泥固相
土
壌
D層
気相
液相
移流:流域'土壌A~C層(
移流:流域内水路'堆積掃流過程(
移流:流域網'土壌D層、河川水(
拡散:分子拡散
拡散:物質移動
沈降
再浮上
固相
排出負荷:地先排出'農薬(
排出負荷:地先排出'点源排出起因(
排出負荷:下水処理場排出
取水
湿性沈着
乾性沈着
揮発
微生物分解
図6 AIST-SHANEL におけるバックグラウンド排出量の計算
2.5 溶存態と懸濁態濃度の出力機能の追加
AIST-SHANEL では、水系に排出された化学物質は環境媒体との親和性に応じて、溶存態や
懸濁物質との相互作用、懸濁態吸着分の底泥層への輸送や回帰、溶存態の移流拡散や分解が
繰り返される様相をモデル化しており(図7参照)、濃度解析においては、溶存態や懸濁態の
存在形態を考慮しない全濃度の計算を行っている。溶存態と懸濁態別の排出量の設定は困難
であることから、AIST-SHANEL Ver.2.5 では、排出量はこれまでと同様に分画せずに濃度解
析を行い、溶存態と懸濁態の分配平衡を仮定することにより、以下のように濃度を出力し
た。
129
排出負荷
流達負荷
取水
河川水
分解
溶存態
分配
懸濁態
水温
拡散
沈降
再浮上
河川底泥
液相:上層水
分解
水温
拡散
固相:底泥層
図7 化学物質動態モデルで設定する評価環境
河川水における溶存態の物質濃度を Cw[mg/m3]、懸濁態の物質濃度を Cs[mg/m3]とす
る。ここで、河川水における溶存態分配率 fw[-]は容積 Vw[m3]を用いて次式で定義され
る。ただし、懸濁態成分による河川水容積の増加はないものと仮定する。
CwVw
(2)
CwVw  CsVw
また、河川水では溶存態成分と懸濁態成分とは分配平衡であるとし、有機炭素水分配係数
fw 
を Koc、SS 濃度を SS[g/m3]とすると次式を得る。
Cs  Koc  SS  Msd  Cw
式(1)に式(2)を代入すると、次式を得る。
fw 
(3)
CwVw
CwVw
1


CwVw  CsVw CwVw  Koc  SS  Msd CwVw 1  Koc  SS  Msd
(4)
一方、懸濁態分配率 fs は次式となる。
fs  1  fw 
Koc  SS  Msd
1  Koc  SS  Msd
(5)
式(4)から懸濁態分配率 fs は有機炭素水分配係数 Koc の大きさより、次式のようになる。
(6)
if Koc  0 then fs  0 、 if Koc   then fs  1
3.計算結果の検証
AIST-SHANEL の現況再現性については、石川・東海(2006)に示されている。解析対象水
系を拡張し、排出量推定の精度向上をはかった AIST-SHANEL Ver.2.0 および Ver.2.5 につい
ても河川流量および河川水中の化学物質濃度の再現性を評価した。
3.1 河川流量の検証
月単位の検証は観測が実施された月の河川水濃度の推定値と観測値で、年平均での検証は
観測値および推定値それぞれの算術平均で、流量の観測値と推定値を比較した。妥当性の判
断基準に関して、観測値に対する推定値の比率が 1/2 から 2(ファクター 2)以内であること
130
を目標とし、この範囲内であれば推定値は良好、この範囲外のうちの 1/3 から 3(ファクター
3)以内であれば推定値は概ね妥当であると考えた。
図 8 は、全国 109 の 1 級水系における最下流に位置する流量観測地点の月単位流量の観測
値と推定値を示したものである。ファクター 2 は全データの 67%、ファクター 3 は 85%を
占め、本モデルの月単位流量は概ね妥当であることが示された。年平均流量では、ファクタ
ー 2 が 96 水系、ファクター 3 が 12 水系、ファクター 4 が 1 水系となっており、年平均流
10000
10000
1000
1000
推定値 (m3/sec)
推定値 (m3/sec)
量の推定精度は良好であると考えられた。
100
10
100
10
1
1
0.1
0.1
0.1
1
10
100
1000
0.1
10000
観測値 (m3/sec)
1
10
100
1000
10000
観測値 (m3/sec)
図8 AIST-SHANEL の月単位流量(左図)と年平均流量(右図)の推定精度
(-:ファクター 2)
3.2 河川水濃度の検証
AIST-SHANEL Ver.2.0 については、代表的な界面活性剤であり、観測値も比較的多い直鎖
アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)を対象とした検証を行った。
図 9 は 2005 年の河川水 LAS 濃度の観測値と推定値を月単位と年平均で比較した結果を示し
たものである。観測値は利根川水系の金町、荒川水系の治水橋と笹目橋、多摩川水系の羽村
堰、多摩川原橋および田園調布堰、淀川水系の枚方大橋の 7 地点における年 4 回(3、6、9、
12 月)のデータ(日本石鹸洗剤工業会、2006)のみである。月単位の河川水濃度は、ファク
ター 3 が全データの 67%、ファクター 4 が 79%、年平均の河川水濃度はファクター 2 の範
囲であった。河川水濃度の観測値は年 4 回のある特定日時で得られたものであり、推定値は
月別の定常解析結果である。前者は瞬時値、後者は月別の代表値としての意味合いから、経
時変化の直接的な検証(観測値と推定値との時別の一対比較)は困難であるものの、そのオー
ダーに関する精度評価は可能であると考え、概ね妥当であると判断した。
131
1000
100
100
推定値 (mg/m3)
推定値 (mg/m3)
1000
10
1
1
0.1
0.1
0.01
0.01
10
0.1
1
観測値
10
100
0.01
0.01
1000
(mg/m3)
0.1
1
10
100
1000
観測値 (mg/m3)
図9 AIST-SHANEL Ver.2.0 の月別河川水濃度(左図)と年平均濃度(右図)の推定精度
(-:ファクター 2)
AIST-SHANEL Ver.2.5 については、2005 年の関東地方の一級水系(久慈川、那珂川、利根川、
荒川、多摩川、鶴見川、相模川)における銅(Cu)と鉛(Pb)を対象とした検証を行った。
水域への排出量は、2005 年度の PRTR の対象事業所からの届出排出量および届出外排出量
の推計結果に基づき設定した。バックグラウンドからの排出量については、吉田ら(2008)の
地質体(岩石)溶出量を 3 次メッシュに配分したデータを用いた。大気沈着量には Sakata
ら(2008)の実測値を入力した。河川水濃度の解析において、大気沈着量を土壌 A 層の液相に
投入させる場合、金属の有機炭素水分配係数 Koc が非常に大きいために土壌内での液相から
固相への拡散移動が卓越し、河川水濃度の推定値が観測値を大きく下回ることが予想される。
ここでは、湿性沈着を河川の横流入負荷量として、乾性沈着を土壌 A 層の固相に投入した。
湿性沈着は降水期間に河川への負荷流出が完結するとして、流域内には残存しないと仮定し
た。銅と鉛の公共用水域水質測定結果(国立環境研究所、2012)の観測値と推定値の比較検
討を行った結果、AIST-SHANEL Ver.2.5 の精度は概ね±1 桁であることを確認した。
4.AIST-SHANEL
4.1
2.5 の適用事例
LAS を対象とした解析事例
AIST-SHANEL Ver.2.0 を LAS の河川水濃度推定に適用した解析事例(石川ら、2012)を以
下に示す。
図 10(a)は全国 109 の 1 級水系内にある 3 次メッシュのうち、
1 級河川の流路に位置するメ
ッシュを除いた月別 LAS 濃度の推定結果から濃度が 0 でないメッシュを抽出し、パーセンタ
イル図を作成したものである。一方、図 10(b)は 1 級河川の流路に位置する 3 次メッシュを
対象に、同じくパーセンタイル図を作成したものである。1 月と 7 月の濃度に関して、両者
の傾向は異なっていた。河川水の化学物質濃度を変動させる主な要因は、希釈、微生物分解、
懸濁物質への吸着性の 3 つである。有機炭素水分配係数 Koc が大きい場合、本モデルでは懸
濁物質への吸着性に関して、地先排出量は流域内に残存しやすいと考えて河川への流達率を
小さくし、流達し得ない排出量は降雤流出に伴い掃流されると表現している。河川の水量が
132
十分な水域では、主に上流域からの流出負荷量の状況を条件として、流量の季節変動および
水温による分解の影響を受けることから冬季は濃度が高く、夏季は濃度が低くなる。河川水
量が十分でない水域では地先排出量の河川への流達状況が河川水濃度を決定する主な要因で
ある。これは全国 1 級水系の面的分布の傾向として現れている。1 級河川以外のメッシュで
は河川流量が大きな 7 月の河川水濃度(図 10(a))、
1 級河川のメッシュでは河川流量が小さな
1 月の河川水濃度が何れも高く(図 10(b))なっていた。
図 11 は 1 月と 7 月の河川水 LAS 濃度の面的分布を示したものである。北海道、関東北部か
ら東北の太平洋側の地域に関して、1 級河川以外のメッシュでは 7 月の河川水濃度が高くな
っていた。図 12 は推定した河川流量の面的分布を示したものである。1 月の河川流量は日本
全域で尐なく、7 月は北日本を除いて流量が多い傾向にあった。図 13 は推定した河川水温の
面的分布を示したものである。1 月は日本全域で 5℃未満と低く、7 月は 20℃以上の地域が多
かった。しかしながら、1 級河川以外のメッシュの 1 月の河川水濃度は高くなく、分解速度
の違いは濃度に大きな影響を与えないことが示唆された。
LAS の Koc は比較的大きいうえ、水域への排出量はその殆どが地先排出量である。このた
め、地先排出量の殆どは流域内に残存するものの、流量が多くなる 7 月には降雤流出に伴う
掃流効果により河川水濃度が高濃度になるものと考えられる。このように、化学物質の河川
水濃度は希釈効果、分解性、吸着性等の要因が複合的に絡んでいるが、本モデルを適用する
ことにより、これらの関係を俯瞰的に考察することが可能となった。
Jan
Jul
0.8
0.6
0.4
0.8
0.6
0.4
0.2
0.2
0.0
0.001
Jan
Jul
1.0
パーセンタイル
パーセンタイル
1.0
0.01
0.1
1
10
100
0.0
0.001
1000
0.01
0.1
(a) 1 級河川を除くメッシュを対象
1
10
100
1000
LAS μg/l
LAS μg/l
(b) 1 級河川に位置するメッシュを対象
図 10 河川水濃度のパーセンタイル図
133
(a)1月
(b) 7月
Concentration μ g/l
0
0.01
1
10
図 11 河川水中の LAS 濃度の面的分布
(a)1月
(b) 7月
3
Discharge m /s
0.001 0.05
0.1
0.5
1
図 12 河川流量の面的分布
134
(a)1月
(b) 7月
Water Temperature deg.
0
5
10
15
20
図 13 河川水温の面的分布
4.2 銅を対象とした解析事例
AIST-SHANEL Ver.2.5 を Cu の河川水濃度推定に適用した結果を以下に示す。水域への排出
量は、2005 年度の PRTR の対象事業所からの届出排出量および届出外排出量の推計結果に基
づき設定した。バックグラウンドからの排出量については、吉田ら(2008)の地質体(岩石)
溶出量を 3 次メッシュに配分したデータを用いた。大気沈着量には Sakata ら(2008)の実測値
を入力した。物性値は蒸気圧 1.0×10-36 Pa、分子量 63.5 g/mol、水溶解度 1.0×10-6 g/m3 (不
溶)、有機炭素水分配係数 1.0×106 l/kg、分解速度 1.0×10-10 1/h (難分解)を設定した。下
水処理場での除去率は横浜市の事例から 0.84 に設定した。
ここでは、推定値が観測値に良好に適合した久慈川での結果を示す。図 14 に示す Cu の1
月の河川水濃度の溶存態と懸濁態の面的分布図と図 15 の本川の縦断変化から、河川水中で
は溶存態はほとんど存在せず、懸濁態が河川水濃度に寄与していることが示唆された。
N
W
N
E
W
S
E
S
Jan(D)
0
(mg/m3)
(mg/m3)
100
80
60
40
20
0
100
80
60
40
20
0
8km
Jan(P)
0
8km
(a)溶存態
(b) 懸濁態
図 14 久慈川水系における 1 月の Cu の河川水濃度の面的分布
135
18.0
溶存態
16.0
懸濁態
河川水Cu濃度 'μ g/L(
14.0
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
1
11
21
31
41
51
61
71
81
91
101
111
上流からの距離'km(
図 15 久慈川本川における 1 月の Cu の河川水濃度の縦断変化
5.おわりに
独立行政法人産業技術総合研究所では、全国一級 109 水系を対象とした化学物質の河川水
中濃度推定モデル AIST-SHANEL Ver.2.0 を 2010 年 10 月に公開し、さらにバックグラウンド
濃度や溶存態、懸濁態の存在形態を考慮したプログラムを追加した AIST-SHANEL Ver.2.5 を
2012 年 4 月に公開した。これらのモデルは、本プロジェクトの洗浄剤、プラスチック添加剤、
金属のリスクトレードオフ評価に適用されただけでなく、洗剤や医薬品等のメーカーや工業
会、大学等で利用され、徐々に普及しつつある。
本モデルによって、日本全国の主要な河川流域の暴露評価だけでなく、モニタリングでは
捉えきれない潜在的なリスクを時間的、空間的な環境場に対して見逃さない評価が可能とな
った。さらに、 業界の排出量削減対策や下水処理除去率の向上による濃度低減効果、化学物
質の代替に伴うリスクの変化の予測が可能となった。化審法の改正等の動きに伴い、観測値
が尐ない化学物質や新規化学物質のリスク評価の必要性が高まっているため、時空間的な暴
露濃度を推定できる本モデルの活用機会は増加すると考えられる。
参考文献
石川 百合子・川口 智哉・東野 晴行(2012) 産総研-水系暴露解析モデル(AIST-SHANEL)によ
る日本全国の 1 級水系を対象とした化学物質濃度の推定、水環境学会誌、35、65-72.
石川百合子・東海明宏(2006a)河川流域における化学物質リスク評価のための産総研-水系暴
露解析モデルの開発、水環境学会誌、29、797-807.
石川百合子・東海明宏 (2006b) 化学物質のリスク評価のための水系暴露解析モデル、資源と素
材、122、433-441.
国立環境研究所 HP(2012年1月)環境GIS 公共用水域水質測定結果 http://www-gis.nies.go.
jp/suisitsu/water_top.html
Sakata M, Tani Y, Takagi T (2008) Wet and dry deposition fluxes of trace elements in
Tokyo Bay. Atmospheric Environment, 42, 5913-5922.
独立行政法人産業技術総合研究所安全科学研究部門 HP(2012年4月) 産総研-水系暴露解析モ
デル http://www.aist-riss.jp/projects/AIST-SHANEL/
日本石鹸洗剤工業会環境委員会(2006)環境年報 Vol.31(2006年度版)pp.8-10.
136
吉田ら(2008)新環境基準に対応した水質汚濁リスク評価基本図の作成.(独)新エネルギー・産業
技術総合開発機構 知的基盤創成・利用促進研究開発事業.
137
③海域生物蓄積モデル
1.はじめに
海域モデルについては、海洋生物への生物蓄積過程をモデル化した。さらに、AIST-RAM の
ソースコードを活用して生物蓄積過程を組み込み、東京湾における海洋生物への生物蓄積濃
度を1km グリッドで推定可能なプログラムを開発し、推定された濃度と既報の実測濃度との
比較により検証を実施した。東京湾で実施したマアナゴのコプラナ-PCB 蓄積濃度の調査結果
を基に、開発した東京湾マアナゴモデルの蓄積過程のパラメータの調整を行い、公開用の
Windows 版プロトタイプを作成した。
生物蓄積モデル重金属対応バージョンを作成するために、東京湾内に生息するシロギスの
体内濃度および環境水中の重金属濃度について調査を行い、モデルの推定結果と実測値との
検証を実施した。さらに、本モデルに対応した有害化学物質生物蓄積モデル Windows 版
Ver.2.0(AIST-CBAM Ver.2.0)を作成した。
2.有害化学物質生物蓄積モデル
2.1 流動モデル
東京湾内の流れ場(流向・流速、水温および塩分データ等)を作成するため、流動モデル(中
田ら、1983a;Horiguchi ら、 2001)を利用し、1 年間の連続的な気象・海象データ等に基づ
き入力条件を設定し、周年の流れ場を再現した。この計算結果を Windows 版で設定している
海域メッシュに補間し、平均的な流向・流速、水温および塩分データを作成した。流動モデル
の概要を以下に示す。
流動モデルは、潮汐流、風による吹送流、河川等からの淡水流入による密度流等が複合し
た沿岸部の流れ場を解析するため、鉛直多層方式による 3 次元流動モデルを用いて行った。
数値モデルの計算式は以下のように表される。
[水平方向の運動量保存]
u
 2


 g

u  uv  uw  f 0 v  g

t
x
y
z
x 
 

0
z

1 P0
dz 
x
 x
 
u   
u   
u 
   N z
  Nx
   N y

x 
x  y 
y  z 
z 
v

 2

 g 0 
1 P0
  uv 
v  vw  f 0 u  g
 
dz 
z
t
x
y
z
y  y
 y
(1)
 
 
u   
u   
u 
   N z
  Nx
   N y

x 
x  y 
y  z 
z 
(2)
[流量保存]
u v w
 
0
x y z

 
 
    udz    vdz
t
x   H  y   H 
138
(3)
(4)
[熱・塩分の保存]
T



  T    T    T 
  kz
  uT   vT   wT    k x
  ky
 (5)
t
x
y
z
x  x  y  y  z  z 
S



 
S   
S   
S 
   K z
  uS   vS   wS    K x
   K y
 (6)
t
x
y
z
x 
x  y 
y  z 
z 
ここで、u、v、w は x、y、z 方向の流速(cm・s-1)
、  は水位(cm)
、H は水深(cm)
、  は密
度(g・cm-3)
、f0 はコリオリ係数(s-1)
、f0 = 2Ωsinφ で Ω は地球の自転角速度、φ は海域の平均
緯度、g は重力加速度(cm・s-2)
、P0 は大気圧(g・cm-2・s-1)
、T は水温(℃)
、S は海水塩分(psu)
、
Nx、Ny、Nz は x、y、z 方向の渦粘性係数(cm2・s-1)
、Kx、Ky、Kz は渦拡散係数(cm2・s-1)、そ
して kx、ky、kz は熱の渦拡散係数(cm2・s-1)である。
2.1.1 流動モデルの計算結果
図1にデータベース化されている流動モデルの計算結果(2002 年 6 月~8 月の夏季の平均
値)の一部を示した。左図は第1層目の流向・流速の水平分布、右図は第1層目の水温の水
平分布である。水平の流速分布では、湾奥で緩やかな時計回りの環流が見られ、湾央から湾
口に向かい次第に外洋に向かう流れが大きくなる傾向が示された。水平の水温分布では、湾
奥部が高く湾口に向かい次第に低くなる傾向が示された。これらの結果は中西・堀口(2006)
の結果とほぼ同様であった。
流向・流速分布(cm・s-1)
水温分布(℃)
図1 流動モデルの計算結果(2002 年 6 月~8 月:夏季平均値、第 1 層目の水平分布)
2.2 生態系モデル
東京湾内の有機態懸濁物質濃度(植物プランクトン濃度およびデトリタス濃度)のデータ
を作成するため、東京湾を対象とした生態系モデル(中田ら、1983b;堀口・中田、1995)を
利用し 1 年間の連続的な入力条件を設定し、周年の有機態懸濁物質濃度を再現した。これら
139
の結果を、Windows 版メッシュに補間し、平均的な植物プランクトン、デトリタス濃度デー
タを作成した。生態系モデルの概要を以下に示す。
生態系モデルは、動植物プランクトンやデトリタス、栄養塩、溶存酸素等で構成される低
次生態系の物質動態を模式化した沿岸域の低次生態系モデルを適用した(図2)
。
一般にプランクトンや栄養塩等の水中浮遊物質の多くは力学的に受動的であり、その分布
は流れによる輸送や乱流混合の流体力学過程に大きく支配されている。従って、浮遊物質の
局所的な現存量変化を評価する場合には、物理過程と生物化学過程の相互作用の取り扱いが
必要となる。これが生態系モデルの基本的な考え方であり、相互作用の輸送方程式で表した
次式が基本式となる。


C
C

C 
 v   C  w  w p
   K H  C   K Z
   Bi  q
t
t
z 
z 
(7)
ここで、C はプランクトンや栄養塩等の生態系構成要素の現存量、v、w は流れの水平および
鉛直速度成分、wp は有機態懸濁物質濃度の沈降速度、  は水平傾度、KH、Kz は水平および
鉛直渦拡散係数、±ΣBi は生物化学過程、q は系外からの供給(流入汚濁負荷、底泥溶出等)
である。生物化学過程は、実験や経験法則に基づいて定式化した。
海面
大気との交換
大気との交換
植物プランクトン
分泌
溶存態有機物
光合成
分解
呼吸
無機化
成長
枯死
摂食
分解
分解
栄養塩摂取
溶存酸素
呼吸
排糞・死亡
硝化
動物プランクトン
デトリタス
捕食
沈降
呼吸
無機化
無機態炭素
リン酸態リン
沈降
アンモニア態窒素
栄養塩溶出
硝酸態窒素
亜硝酸態窒素
硝化
硝化
底泥酸素消費
海底
図2 生態系モデル
2.2.1 生態系モデルの計算結果
図3にデータベース化されている生態系モデルの計算結果の一部(植物プランクトンおよ
びデトリタスの 2002 年 6 月~8 月:夏季平均値、第 1 層目の水平分布)を示した。左図の植
物プランクトンの水平分布では、船橋から横浜の西沿岸の濃度が高く、千葉県側の東岸に向
かい次第に低くなる傾向が示された。右図のデトリタスの水平分布においても、湾奥西側の
140
濃度が高く、西側や湾口に向かい次第に低くなる傾向が示された。これらの結果は中西・堀
口(2006)の結果とほぼ同様であった。
植物プランクトン(mgC・m-3)
デトリタス(mgC・m-3)
図3 生態系モデルの計算結果(2002 年 6 月~8 月:夏季平均値、第 1 層目の水平分布)
2.3 化学物質運命予測モデル
東京湾内の有害化学物質濃度(溶存態有害化学物質濃度および懸濁物質吸着態有害化学物
質濃度)のデータを作成するため、東京湾を対象とした化学物質運命予測モデル(中西・堀
口、2006、2007)を利用し 1 年間の連続的な入力条件を設定し、周年の有害化学物質濃度を
再現した。これらの結果を、Windows 版メッシュに補間し、平均的な溶存態有害化学物質濃
度および懸濁物質吸着態有害化学物質濃度データを作成した。化学物質運命予測モデルの概
要を以下に示す。
化学物質運命予測モデルは、海水中への化学物質の溶出(負荷)、移送・拡散、底質への移
行および分解といった物理、化学および生物過程を考慮したモデルを適用した。図4に示す
ように東京湾内の化学物質を溶存態、懸濁物質吸着態および底泥中の化学物質で構成される
コンパートメントで模擬し、系内の過程を数値的に解析した。
141
海面
負荷
移流・拡散
吸着
懸濁物質吸着態
化学物質
溶存態化学物質
移流・拡散

脱着
懸濁物質
分解
分解
沈
降
堆積物中
底泥中化学物質
分解
図4 化学物質運命予測モデル
2.3.1 溶存態化学物質の定式化
懸濁物質の相互作用(吸脱着)を考慮した溶存態化学物質の輸送・変化過程は、次式のよ
うに表される。
G w
G
G w 
 
    G w  w w    K H  G w   K z

t
z
z 
z 
N
 Gw   K j (C j  K dj  Gw  G j )  Qw
(8)
j 1
ここで、Gw は溶存態化学物質の濃度、v、w は流れの水平および鉛直速度成分、  は水平傾
度、KH、Kz は水平および鉛直渦拡散係数、λ は分解速度、Qw は系外からの流入負荷である。
また、Kdj は溶存態と形態 j の懸濁物質吸着態との間の分配係数、Cj は形態 j の懸濁物質濃度、
Gj は形態 j の懸濁物質に吸着した化学物質の濃度、Kj は分配係数 Kdj と溶存態濃度 Gw から決
まる吸着量が吸着態濃度 Gj と非平衡にある場合、形態 j の懸濁物質への吸脱着する溶存態の
反応速度である。
2.3.2 懸濁物質吸着態化学物質の定式化
形態 j の懸濁物質へ吸着した化学物質の輸送・変化過程は、次式のように表される。
G j
t
   G j  (w  wsj )
G j
z
   K H G j 
 G j  K j (G j  C j  K dj  Gw )  Q j  F j
G j 

 K z

z 
z 
(9)
ここで、Gj は形態 j の懸濁物質に吸着している化学物質濃度、wsj は形態 j の懸濁物質の沈降
速度、Qj は系外からの流入負荷、Fj は海底から再加入する形態 j の懸濁物質フラックスであ
る。
2.3.3
堆積物中化学物質の定式化
最後に、 堆積物中の化学物質含有量は次式によって表される。
GB  10 9  Gb Cb
142
(10)
ここで、GB は堆積物中の化学物質含有量(mg・mg-1)
、109 は単位の変換定数である。一方、
Cb と Gb は以下のように表される。
N
Cb   C B ( j )
(11)
j 1
N
Gb   G B ( j )
(12)
j 1
ここで、CB(j)は形態 j の懸濁物質の海底への沈降堆積量(mg・m-2)GB(j)は形態 j の懸濁物質に
吸着している化学物質の海底への沈降堆積量(mg・m-2)である。
また沈降した化学物質は、微生物反応や化学反応等によって変換・分解されていく。この底
泥における分解過程を以下のようにモデル化した。
    exp   T  
DO
DO1  DO
(13)
ここで、 は分解速度(day-1)
、  は 0 ℃における分解速度(day-1)
、  は温度係数(℃-1)
である。酸素濃度の依存性に関しては、酸素濃度の低下に伴い分解が抑制される効果を双曲
線で表している。DO は底層水中の酸素濃度(mg・L-1)
、DO1 は半飽和定数である。
2.3.4
化学物質運命予測モデルの計算結果
図5に化学物質運命予測モデルによる溶存態と懸濁態のコプラナ-PCB の計算結果(2002
年 6 月~8 月の夏季平均値)を示す。溶存態コプラナ-PCB、懸濁態コプラナ-PCB ともに、荒
川、隅田川河口域付近で高い値が示された。
溶存態コプラナ-PCB(fg-TEQ・L-1)
懸濁態コプラナ-PCB(fg-TEQ・L-1)
図5 化学物質運命予測モデルによるコプラナ-PCB の計算結果
(2002 年 6 月~8 月:夏季平均値の水平分布)
2.4 有害化学物質生物蓄積モデル
有害化学物質生物蓄積モデル(江里口ら、2009、2010)は、簡略化した食物連鎖(植物プ
143
ランクトン-動物プランクトン-小魚-最高位生物)を考慮し、化学物質運命予測モデルで
推定された東京湾内の有害化学物質濃度に、各生物が一定期間暴露された場合の生物体内の
有害化学物質濃度を推定する。有害化学物質生物蓄積モデル(図6)の概要を以下に示す。
モデルの基礎式における蓄積プロセスについて、マアナゴを最高位生物として設定した例
として、定式化の方法を以下に示す。
マアナゴの体内濃度を Cc(g・kg-1)とすると、その時間変化は次のように表される。
dC c
 k1c  CWD  k 2 c  C F   (k3c  k 4 c )  Cc
dt
(14)
ここで、Cc は生物体内の化学物質濃度(g・kg-1)
、CWD は溶存態化学物質濃度(g・kg-1)
、CF
は餌生物体内の化学物質濃度(g・kg-1)
、k1c は鰓からの呼吸による溶存態化学物質の取込速度
(L・kg-1・day-1)
、k2c は餌生物を摂食による餌生物体内の化学物質の取込速度(day-1)、k3c は
鰓からの呼吸による取込に対する溶存態化学物質の除去速度(day-1)、k4c は排泄による体内
化学物質の除去速度(day-1)である。以下、k1c は呼吸取込速度、k2c は摂食取込速度、k3c は
呼吸除去速度、k4c は排糞除去速度とする。
2.4.1
呼吸取込速度
鰓からの呼吸による溶存態の取込み速度は、以下のように定義した。

V Q 
k1c  Vc QW   c L 
K OW 

1
(15)
ここで、Kow は水-オクタノール分配係数、Vc はマアナゴの重量(kg)
。QW は浸透圧調整(L・
day-1)
、 QL は脂肪への取込速度(L・day-1)
(QW により取込まれた溶存態化学物質が脂肪に取
込まれる速度)である。
2.4.2
摂食取込速度
マアナゴに対する摂食取込速度は、 以下のように定義した。
k 2c 
E D  G 2c
Vc
(16)
ここで、ED は腸内管からの餌の取込効率、摂食速度の G2c(kg・day-1)は、マアナゴの重量
Vc と水温 T の関数として表した。
2.4.3
呼吸除去速度
鰓からの呼吸除去速度は、取込速度 k1c と魚の脂肪比率 Lc で表され、以下のように定義し
た。
k 3c 
2.4.4
k1c
Lc  K OW
(17)
排糞除去速度
排糞除去速度は、以下のように定義した。
G  E D  K Fc
k 4c  4c
Vc
144
(18)
ここで、G4c は排糞速度(kg・day-1)
、KFc は腸での化学物質の吸収係数を示す。
化学物質運命予測モデル
生態系モデル
懸濁物質吸着態化学物質
植物プランクトン吸着量
溶存態化学物質濃度
デトリタス吸着量
有機懸濁物質濃度
植物プランクトン量
デトリタス量
摂食取込 k2
呼吸除去 k3
呼吸取込 k1
動物プランクトン量
排泄除去 k4
摂食取込 k2
呼吸除去 k3
呼吸取込 k1
排泄除去 k4
摂食取込 k2
呼吸取込 k1
呼吸除去 k3
排泄除去 k4
図6 有害化学物質生物蓄積モデル
2.4.5
有害化学物質生物蓄積モデルによる計算結果
図7に有害化学物質生物蓄積モデルによる計算結果の一例を示す。左側が東京湾表層にお
けるマアナゴ体内コプラナ-PCB 濃度の水平分布図、右側が底層直上層での水平分布図である。
表層および海底直上層の分布図より湾奥の荒川、隅田川河口域で高い値が示された。
145
表層
海底直上層
図7 生物蓄積モデルによるマアナゴ(5 歳時の)体内コプラナ-PCB 濃度分布
(pg-TEQ・kg-1)
2.5 有害化学物質生物蓄積モデルの重金属への対応
鉛はんだの代替物質である重金属(鉛、銅)のシロギス体内濃度を有害化学物質生物蓄積
モデルにより推定するため、現地調査結果を利用しモデルの改良を行った。
2.5.1 現地調査結果
有害化学物質生物蓄積モデルの重金属対応バージョンを開発するため、鉛と銅を対象有害
化学物質に選定し、東京湾内に生息する魚類と東京湾内の海水中における鉛および銅濃度等
を測定した。
2011 年 7 月 26 日に、千葉県木更津市地先(以下、千葉県沖)と神奈川県横浜市金沢区地
先(以下、神奈川県沖)の 2 海域(図8)で、シロギスを釣得した。
両地点における供試魚の推定年齢結果および重金属の分析結果を表1、図9に示した。
146
千葉県沖
神奈川県沖
図8 シロギスの採捕海域
表1 千葉県沖および神奈川県沖で採捕したシロギスの分析結果
千葉県沖
グループ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
神奈川県沖
グループ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
鉛(μg/g 湿重)
銅(μg/g 湿重)
0.03
0.04
0.02
0.03
0.03
0.02
0.02
0.04
0.02
0.3
0.3
0.3
0.3
0.4
0.3
0.2
0.3
0.3
鉛(μg/g 湿重)
銅(μg/g 湿重)
0.02
0.02
0.02
0.01
0.02
0.02
0.02
0.02
0.02
0.3
0.3
0.3
0.3
0.5
0.6
0.4
0.6
0.4
147
推定年齢
平均±標準偏差
2.1±0.1
2.2±0.0
2.3±0.0
2.3±0.1
2.4±0.0
2.6±0.0
2.7±0.0
2.8±0.0
3.1±0.2
推定年齢
平均±標準偏差
1.8±0.1
2.0±0.0
2.1±0.1
2.6±0.0
2.6±0.1
2.6±0.0
2.9±0.0
3.1±0.!
3.4±0.1
0.5
供試魚中の銅濃度 'μ g/g湿重(
供試魚中の鉛濃度 'μ g/g湿重(
0.05
0.04
0.03
0.02
0.01
0
0.4
0.3
0.2
0.1
0
千葉県沖
神奈川県沖
採捕海域
千葉県沖
神奈川県沖
採捕海域
図9 海域ごとの供試魚中の鉛および銅濃度
千葉県沖で採捕した供試魚中の鉛濃度は 0.03±0.01μg/g 湿重、銅濃度は 0.3±0.1μg/g
であった。鉛、銅濃度ともにグル-プ間の差異は小さく、年齢に伴う増減傾向は認められな
かった。神奈川県沖で採捕した供試魚中の鉛濃度は 0.02±0.00μg/g 湿重、銅濃度は
0.4±0.1μg/g であった。鉛、銅濃度ともにグル-プ間の差異は小さく、年齢に伴う増減傾
向は認められなかった。供試魚中の鉛および銅濃度を採捕海域間で比較すると、鉛、銅濃度
ともに海域間の差は小さいものの、鉛濃度は千葉県沖、銅濃度は神奈川県沖で採捕した供試
魚の方が高い傾向にあった。
2.5.2 有害化学物質生物蓄積モデル重金属対応バージョン
1)概要
シロギス体内の重金属濃度(鉛、銅)を有害化学物質生物蓄積モデルにより推定するため、
文献調査結果および現地調査結果を利用しモデルの改良を行った。重金属の生物蓄積過程を
整理し、Samueln&Philips (2005)のモデルを参考に以下のような定式を採用した。簡略化し
た食物連鎖(植物プランクトン―動物プランクトン―シロギス)を考慮した。ここでは、最
高位に設定したシロギスの定式を示した。
dC f
dt
 ( I W  I F )  (ke  g )(C f )
(19)
I F  AE  IR  C z
(20)
I w  ku  Cw
(21)
ここで、 C f は生物体内の重金属濃度(µg・g-1)、 I w は呼吸取込速度、 k u は溶存態からの取
り込み速度定数(L・g-1・d-1)、 Cw は溶存態中の金属濃度(µg・L-1)、 I F は動物プランクトン
摂食による金属の取込速度、AE は摂食した動物プランクトンからの金属の同化効率(%)、
IR はシロギスの摂食速度定数(g・g・day-1)、 C z は餌料の体内金属濃度(ng・g-1)、 k e は排
148
出速度定数(day-1)、 g は成長速度定数(day-1)を示す。
2)計算結果
改良した有害化学物質生物蓄積モデルでシロギス体内の重金属濃度を推定した。鉛および
銅についてのパラメータは Samueln&Philips (2005)に報告がないため、報告のある銀と鉛
および銅が同じであると仮定した。魚類のパラメータはアカガレイのみであったため、シロ
ギスはアカガレイと同じ生態であると仮定した。
Samueln&Philips (2005)で報告されたアカガレイの同化効率はある程度の幅がある。これ
を東京湾に生息するシロギスに適応させるため、同化効率を 4~16 の間で調整する検証実験
を実施した。パラメータ一覧を表2に、計算結果を図 10 に示した。
検証実験の結果、鉛については、同化効率 AEf を 6%、銅については、同化効率 AEf を 16%
と設定することで、有害化学物質生物蓄積モデル重金属対応バージョンで現地調査結果を再
現できることがわかった。
表2 パラメータ一覧
動物プランクトン
シロギス
呼吸取込速度定数
同化効率
摂食速度定数
排出速度定数
成長速度
呼吸取込速度定数
同化効率
摂食速度定数
排出速度定数
成長速度
kuz
AEz
IRf
kez
gz
kuf
AEf
IRf
kef
gf
149
単位
L/g/day
%
µg/g/day
1/day
1/day
L/g/day
%
µg/g/day
1/day
1/day
鉛
0
10
0.33
0.16
0
0
4~16
0.33
0.16
0
銅
0
10
0.33
0.16
0
0
4~16
0.33
0.16
0
出典
Samueln
&
Philips
(2005)
千葉県沖
シロギス体内の鉛濃度 'μg/g(
0.1
計算結果
調査結果
0.05
0
0
1
2
計算年数
3
4
(1)鉛
千葉県沖
シロギス体内の銅濃度 'μg/g(
1
調査結果
計算結果
0.5
0
0.0
1.0
2.0
計算年数
3.0
4.0
(2)銅
図 10 生物蓄積モデルによるシロギス体内の鉛・銅濃度の計算結果と現地調査結果
3.有害化学物質生物蓄積モデル重金属対応 Windows 版
3.1 概要
有害化学物質生物蓄積モデル重金属対応 Windows 版は、食物連鎖(植物プランクトン―動
物プランクトン―シロギス)を考慮し、沿岸生態リスク評価モデル(AIST-RAMTB)で推定さ
れた東京湾内の重金属濃度に、各生物が一定期間暴露された場合の生物体内の重金属濃度を
推 定 す る ソ フ トウ ェ アで あ る 。 有 害 化学 物 質生 物 蓄 積 モ デ ル重 金 属対 応 Windows 版
(AIST-CBAM Ver.2.0)の概要を図 11 に示す。
150
図 11 有害化学物質生物蓄積モデル重金属対応 Windows 版の概要
3.2 バージョンアップ
Windows 版(Ver.1.0)では、化学物質を対象とした生物体内濃度の推定が可能であるが、
生物体内の重金属濃度を推定できるように、有害化学物質生物蓄積モデル重金属対応バージ
ョンの Windows 版プログラムの改良およびユーザーインタフェースの開発を行った。
3.3 重金属対応バージョンのユーザーインタフェース開発
生物体内の重金属濃度推定のために必要となる計算条件は、化学物質同様にダイアログを
利用した設定方法を採用した。以下に示すパラメータ設定用のダイアログを作成し、重金属
対応バージョン用のユーザーインタフェースを開発した。
3.3.1 対象物質選択
対象物質選択ダイアログ(図 12)で重金属を選択し次へ進むことで、図 13~図 17 に示す
重金属対応バージョン用のパラメータ設定ダイアログが表示される。
図 12 対象物質選択ダイアログ
3.3.2 生物種選択
151
生物種選択ダイアログ(図 13)で、シロギスと、ユーザー入力 1 を選択できる。
図 13 生物種選択(重金属)ダイアログ
3.3.3 パラメータ設定
対象生物パラメータ設定ダイアログ(図 14)で、対象生物の呼吸取込速度、同化効率、摂
食速度定数、排出速度定数を設定できる。
図 14 対象生物パラメータ設定ダイアログ
3.3.4 計算条件
計算条件ダイアログ(図 15)では、化学物質運命予測モデルの出力結果と、計算を行う期
間、出力間隔、出力ファイル名を設定できる。
152
図 15 計算条件設定ダイアログ
3.3.5
対象金属の分配係数
有害化学物質生物蓄積モデル重金属対応バージョンでは、植物プランクトンおよびデトリ
タスの重金属濃度を推定するために、対象金属の懸濁態有機物と水の分配係数の比が必要と
なる。対象物質の分配係数ダイアログ(図 16)では、この分配係数を設定する。
図 16 対象金属の分配係数入力ダイアログ
3.3.6 計算条件確認
計算条件ダイアログ(図 17)では、化学物質を対象に計算を行う場合と同様、各ダイアロ
グで設定したパラメータの確認が可能である。
153
図 17 計算条件確認ダイアログ
3.4 体重変化過程機能の改良
現在 Windows 版では、調査結果からモデル化されたマアナゴの体重変化過程を利用できる
ようになっている。過去の調査結果から、シロギス体内の化学物質濃度もマアナゴと同様、
成長とともに濃度が上昇する傾向が認められたため、2011 年度は、シロギスの体重変化過程
をモデル化し、Windows 上で動作できるよう改良を行った。
3.4.1 体重変化過程のモデル化
シロギスの体重と年齢についての分析結果を整理し、von Bertalanffy 式を用いて、体重
と年齢の関係式を導き出した。
Wt  W (1  e  K (t t0 ) ) 3
(22)
ここで、Wt は年齢 t における体重、W∞は極限体重(0.73)
、K は成長係数(0.16)
、t0 は体重
(0.08)である。
3.4.2 体重変化過程ダイアログの作成
対象物質として化学物質を選択し、生物種選択ダイアログでシロギスを選択した場合の、
体重変化過程ダイアログに「体重を変化させる」の選択肢を作成した(図 18)。体重を変化
させるを選択した場合、von Bertalanffy 式を用いた体重変化過程のモデルが適用され、生
物の体重を変化させ計算を実施する。
154
図 18 対象物質:化学物質、生物種:シロギスを選択時の体重変化過程ダイアログ
3.5 生物種選択のユーザーインターフェース開発
対象物質として化学物質を選択した場合、シロギス・マアナゴを対象生物としているが、
ユーザーが独自に生物パラメータを収集し、生物の栄養段階を選択した上で生物体内濃度の
推定が行える。
ユーザー入力 1 が選択された場合は、マアナゴと同様の食物連鎖を考慮し、ユーザー入力
2 が選択された場合は、シロギスと同様の食物連鎖を考慮して推定計算を行う。
図 19 計算条件確認画面
3.6 等値線設定機能の改良
等値線設定ダイアログの、
「書式」の設定を凡例の書式と同様の設定に変更し、「最小値と
増分を指定」の増分のデフォルト値を、本モデルで扱われると想定される値の範囲に調整す
ることで、等値線設定機能の利便性を向上させた。
155
図 20 等値線設定ダイアログ
3.7 計算結果出力例
図 21 重金属対応バージョン 計算結果一例
156
4.まとめ
海域における有害化学物質生物蓄積モデルは、3 次元流動モデル、生態系モデル、化学物
質運命予測モデルを利用し、その結果を基に生物体内の有害化学物質濃度推定を行うため、
多くのパラメータデータの作成等が必要であり非常に煩雑であった。本システムはこれら 3
つのモデルの計算結果をあらかじめデータベース化することで、煩雑なパラメータデータの
作成作業を無くし計算時間の短縮を図った。さらに、有害化学物質生物蓄積モデル Windows
版は、パーソナルコンピュータの Windows 上で運用できるように作成し、インターフェース
に GUI を採用することで、一般ユーザーでも計算条件等を設定でき、生物体内の有害化学物
質濃度推定が容易に行えるようになった。また、計算結果を視覚的に表示することで、計算
結果の確認も容易になった。
参考文献
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of Temperature, Salinity and Velocity Fields in Tokyo Bay., Marine Pollution
Bulletin 43(7-12): 145-153.
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Biodynamics as a Unifying Concept. Environmental Science & Technolgy, 39(7):
1921-1931.
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モデルの研究-プロトタイプモデルの開発-、海洋理工学会誌、15(1): 15-21.
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質生物蓄積モデルの研究-東京湾マアナゴモデル-、海洋理工学会誌、15(2): 189-195.
中田喜三郎・堀口文男・田口浩一・瀬戸口泰史 (1983a) 追波湾の三次元潮流シミュレ-ショ
ン、 公害資源研究所彙報 12(3): 17-36.
中田喜三郎・堀口文男・田口浩一・瀬戸口泰史 (1983b) 沿岸域の 3 次元生態ー流体力学モデ
ル、公害資源研究所彙報 13(2): 119-134.
中西準子・堀口文男、2006、詳細リスク評価書シリーズ 8 トリブチルスズ、丸善株式会社.
中西準子・堀口文男、2007、詳細リスク評価書シリーズ 10 銅ピリチオン,丸善株式会社.
堀口文男・中田喜三郎 (1995) 東京湾の水質のモデル解析海洋理工学会誌 1(1): 71-92.
157
3-1-2-4 環境媒体間移行暴露モデルの開発
1.はじめに
プラスチック添加剤は、その機能を発揮するため、一般に低揮発性で疎水性の化学物質で
ある。このような特性の化学物質は、有機物に分配されやすく、環境中に排出された後は、
大気や土壌から植物に移行し、さらに、植物(飼料作物)を経由して家畜に蓄積する傾向が
ある。また、金属およびその化合物(以下、金属類)も同様に、大気や土壌から植物に移行
し、さらに家畜に移行する傾向がある。
このため、環境媒体間を移行してヒトが食する農・畜産物の暴露媒体に蓄積する傾向があ
る低揮発性で疎水性の有機化学物質や金属類の暴露評価においては、環境媒体から食物に移
行した化学物質の経口摂取を把握する必要がある。しかし、農・畜産物の生産地域は個々の
作物ごとに異なり、全国に遍在しており、生産地から消費地への農・畜産物の流通経路も個
別の産物や消費地ごとに異なっている。このため、プラスチック添加剤や金属類のヒト健康
リスクを適切に評価するためには、化学物質の環境中濃度の地域的な分布を基に、環境媒体
から農・畜産物への移行と消費地への流通を考慮して、消費者の摂取量を適切に推定する必
要がある。
化学物質の環境排出源から農・畜産物を経由してヒトに至る化学物質の環境と暴露の媒体
間移動を地域特異的に、かつ定量的に推定する既存のモデルはないため、本研究開発項目で
は、環境媒体から農作物と家畜への環境媒体間移行モデル、生産地から消費地への農・畜産
物の流モデルおよび暴露モデルを構築し、それらを統合して環境媒体間移行暴露モデルを開
発した。
2.低揮発性・疎水性有機化学物質
低揮発性・疎水性の有機化学物質に対する環境媒体間移行暴露モデルは、生産地での農・
畜産物中化学物質を推定するための土壌、植物および家畜の 3 つ環境媒体間移行モデル、消
費地への農・畜産物の流通モデルおよび消費地住民の摂取量を推定する暴露モデルで構成さ
れ(図1)
、モデルにに必要な地域特異的パラメータ(気温、降水量、農作物出荷量等)と暴
露係数(消費量、体重等)をデータベースとして組み込んでいる。
図1 環境媒体間移行暴露モデルの構成と計算の流れ
158
2.1 環境媒体間移行モデル
土壌モデルとしては、すでに報告している土壌モデル(神子ら、2005)を基に、化学物質
の大気からの乾性・湿性沈着、土壌からの揮発、流出、溶脱、侵食および土壌中での分解を
考慮し、土壌中濃度を対象地域の土壌の種類(褐色低地土、黒ボク土、褐色森林土等)とそ
の土性、気温および降水量で地域特異的に推定できるモデルを構築した。
植物モデルとしては、図2の諸過程を考慮して植物の地上部(葉、茎、実)中の化学物質
濃度を推定する Trapp と Matthies(1998)のモデルを基に、本研究開発で決定した個別の農
作物等に対する濃度補正係数を用いて、個別農作物中の化学物質濃度を推定するモデルを構
築した。葉茎菜に対して決定した濃度補正係数(吉田・手口、2009)を表1に示す。
粒子態沈着
ガス態吸収
希釈
揮発
分解
風化
大気
蒸散流
土壌
溶存態
取込み
図2 植物モデルで考慮する化学物質の諸過程
表1 個別農作物中濃度推定のための濃度補正係数
農作物
キャベツ
しゅんぎく
ほうれんそう
きゅうり
なす
ブロッコリー
みかん
濃度補正係数
0.002
0.2
0.1
0.002
0.001
0.003
0.02
農作物
こまつな
はくさい
かぼちゃ
トマト
ピーマン
大豆
りんご
濃度補正係数
0.3
0.06
0.003
0.002
0.002
0.003
0.2
また、植物の地下部(根)中の化学物質濃度の推定には、Briggs ら(1982)の式を用い
た。
家畜モデルとしては、牛肉と牛乳中の化学物質濃度を推定する Travis と Arms(1988)
のモデルを基に、本研究開発項目で決定した飼料作物に対する濃度補正係数(吉田・手口、
2009)を用いて推定される飼料作物中化学物質濃度を考慮して、個別乳製品(チーズ、バ
ター、その他乳製品)中濃度を推定するモデルを構築した。
159
全国 5 km×5 km メッシュ別に推定されたフタル酸ジ(2-エチルヘキシル)(DEHP)の大気
中濃度から、
構築したモデルを用いて、市町村別に個別農・畜産物中 DEHP 濃度を推定した。
推定されたほうれんそう、はくさい、にんじん、牛乳、チーズ、牛肉)中濃度を測定値と
比較した結果、推定の精度は 1/6~8 倍であり、目標とした±1 桁の精度を確保できた(図
1
1
0.1
0.1
濃度, μg/g
濃度, μg/g
3)
。
0.01
0.01
0.001
0.001
0
群馬県
茨城県 茨城県 茨城県
10
15
20
25
昭和村
笠間市 つくば市 つくば市
茨城県5
つくば市
ほうれんそう
はくさい
推定値(97.5パーセンタイル)
推定値(平均値)
推定値(2.5パーセンタイル)
にんじん
0 北海道 栃木県 5 茨城県 北海道10 北海道 茨城県15
十勝 那須山麓 筑波山麓 十勝 中標津町 茨城町
標津町
牛乳
チーズ
測定値(定量下限値以上)
測定値(定量下限値未満)
: 定量下限値を示す
北海道
新得町
岩手県
20
玉山村
牛肉
測定値(定量下限値未満
検出限界値以上)
図3 モデル推定値と測定値の比較(吉田・手口、2009)
2.2 流通モデル
流通モデルは,全国の市町村別生産地から消費地(京浜,中京および阪神)への農作物と
畜産物の移動率を計算する。この移動率と上記の環境媒体間移行モデルで推定された農・畜
産物中濃度から消費地における農作物と畜産物中の化学物質濃度を暴露モデルで算出する。
消費地への移動を考慮する農作物として,葉菜(はくさい,キャベツ,ほうれんそう),果
菜(きゅうり,トマト,ピーマン,なす(その他の野菜))
,茎菜(たまねぎ,さといも(その
他いも))および根菜(だいこん,にんじん)の 11 種を選択した。これらの各農作物につい
て,流通モデルでは、農林水産省の農林水産関係市町村別データを基に,都道府県内での各
市町村別の農作物出荷量比率を計算する。さらに,農林水産省の野菜生産出荷統計を基に,
消費地への個別農作物の消費地への市町村別出荷比率を算出する。
消費地への移動を考慮する畜産物として,牛乳,バター,チーズ,その他の乳製品と牛肉
の 5 種を選択した。乳製品については,農林水産省の農林水産関係市町村別データの乳用牛
飼養頭数を用いて,都道府県内での各市町村別の乳製品出荷量比率を推定し,牛肉について
も,農林水産省の農林水産関係市町村別データの肉用牛飼養頭数を用いて,都道府県内での
各市町村別の牛肉出荷量比率を計算する。さらに,農林水産省の牛乳等の生産・移出入デー
タと肉畜種類別都道府県間交流データを用いて,個別畜産物の消費地への市町村別出荷比率
を計算する。
2.3 暴露モデル
暴露モデルは,環境媒体間移行モデルで推定した市町村ごとの個別農・畜産物中化学物質
濃度と流通モデルで計算した市町村別出荷比率を基に、消費地(大都市圏)における個別農・
畜産物中濃度の分布を推定し、さらに、消費地住民の個別農・畜産物の消費量分布と体重の
分布から一般住民の経口摂取量を推定する。
160
DEHP について、京浜地区住民の農・畜産物経由の摂取量を推定し、別途推定した水産物経
由の摂取量も考慮して、DEHP の全食事中濃度と総摂取量を求め、既報値と比較した結果、推
定値は若干低く、全食事中濃度の平均は測定値の約 1/2、総摂取量の平均は測定値の約 1/3
であったが、目標とした±1 桁の精度を確保できた(図4)
。
食事中濃度
0.085
0.06
0.026
0.01
0.03
0.005
1.75
1
0.68
0.49
0.1
0.13
:平均(丌確かさ補正後)
推定値
測定値
0.01
推定値
0.001
6.3
2.0
測定値
濃度,μg/g
0.19
0.1
総摂取量
10
摂取量,μg/kg/日
1
:推定された5および95パーセンタイル
:推定値の5および95パーセンタイル(丌確かさ補正後),測定値の最小と最大
図4 全食事中濃度と総経口摂取量の推定値と測定値の比較(吉田・手口、2010)
2.4 地域特異的経口摂取量推定ツール(SIET)の公開
環境媒体間移行モデル、流通モデル、暴露モデル、さらに推定に必要な地域特異的パラメ
ータ・データベースで構成される低揮発性・疎水性有機化学物質の地域特異的経口摂取量推
定ツール(SIET)Ver.0.8 を開発し、公開した。このツールはパーソナルコンピュータ
(Windows-PC)の Microsoft Office Excel(以降、Excel)上で動作する。
◆画面「モデル」
化学物質の物性と分解パラメータの入力、摂取量を推定する地域の選択を行い、計算を実
行するとともに計算結果を表示させる。また、データの読み込み、登録等もこの画面で行う。
◆画面「パラメータ」
化学物質の土壌中、農作物中および畜産物中の濃度を計算する際に必要となるパラメータ
のデフォルト値の一覧が示される。これらの値は、必要に応じて変更が可能である。
◆シート「大気中濃度」、
「市町村別データ」
、
「都道府県別データ」
シート「大気中濃度」で、AIST-ADMER で計算された化学物質の市町村別大気中濃度を貼り
付け、SIET での計算に利用できるようにする。
シート「市町村別データ」には、市町村別の気象、土壌および流通データが、シート「都
道府県別データ」には、都道府県別の畜産物流通データが保存されている。
161
図5 画面「モデル」
図6 画面「パラメータ」
◆シート「野菜結果」
、「畜産結果」
画面「モデル」で、実行した計算結果が表示されるが、シート「野菜結果」に、農作物中
化学物質濃度の計算結果が市町村別に出力される(図7)
。同様に、シート「畜産結果」には、
畜産物中化学物質濃度の計算結果が市町村別に出力される。
162
図7 シート「野菜結果」
3.金属類
金属のヒトへの暴露は、食品、特に農作物(穀類、野菜)経由が主であり、環境媒体から
農作物への移動・蓄積を推定するツールが必要となる。本研究開発項目では、金属類の①農・
飼料作物中濃度推定、②畜産物中濃度推定、③農・畜産物の流通経路推定を可能とするツー
ルを構築することを目標とした(図8)
。このツールに土壌-植物移行係数または移行量推定
式を組み込む。この係数はヒトの摂取量を直接左右する重要な値であり、科学的な知見に基
づいて決定されるべきであるが、現状では以下のような問題点もある。
図8 金属類の経口暴露量推定ツールにおける開発対象範囲
図中①~③の経路における移行量の推定を対象とする
3.1 農用地土壌から農作物への移行
リスク評価のために、土壌-植物移行係数や移行量推定式を求めた事例には、米国での土壌
生態系保全を目的とした汚染土壌のスクリーニングレベル(Eco-SSL)の設定における使用(US
EPA、2005)
、オランダの土壌汚染防止を目的とした介入値導出(Otte ら、2001;Rikken ら、
2001)
、同じくオランダの土壌への限界金属負荷量決定(de Vries ら、2008)がある。いず
れも土壌中濃度と pH や土壌中有機物濃度等を説明変数とした比較的単純な回帰式で植物移
行量を推定する。しかしながら、予測精度は必ずしも良くなく、推定区間が 4 桁程度の幅を
持つ金属もあり(US EPA、2005)
、本研究開発項目で要求される精度としては十分ではない。
また、日本人の暴露を考える場合、水田というやや特殊な環境で生育するコメからの金属摂
取を評価する必要がある。
植物が利用可能な金属量は土性で決まり、それらを考慮することにより植物中濃度を説明
することができる。従来から、土性に関する諸因子を説明変数として土壌中の金属量(濃度)
163
に加えた重回帰分析がよく行われている(図9)
。
測定法
因子
土壌
pH
汚染からの
経過時間
OC
土壌-水
分配係数
土壌中存在量
'全量測定(
間隙水中
存在量
CEC
不活性
画分
逐次抽出法+
同位体希釈法
その他
DGT法
土壌
間隙水
酸化還元状態
硫化物塩の生成+不溶化
共存イオン
の影響
酸分解法
生物利用
可能画分
根からの有機
酸放出による
pHの低下
水-植物
移行係数
植物
植物中存在量
酸分解法
可食部存在量
酸分解法
重金属
取込能力
子実への濃縮
図9 本研究開発項目で想定した土壌-植物系における金属移行のプロセス
移行に関与すると考えられる因子、および移行量の実測に適用可能な方法についても付記した
植物への利用可能性を説明する変数として、
pH、有機炭素含量
(OC)
、陽イオン交換容量(CEC)
には多くの報告がある。さらに、共存金属イオン、酸化/還元状態、汚染からの経過時間、根
圏での pH 変動等も金属の溶解性や移動性を変化させる。理想的には、これらも考慮するモデ
ルが必要であるが、データの入手可能性等の制約の中で、適切な精度で植物移行量を算出す
る式が求められる。
3.2 鉛のコメ中濃度の解析
農作物中への金属(鉛、カドミウム、銅、亜鉛、ニッケル)移行量を定量化している報告
をインターネット上で入手できる学術文献、報告等を対象に調査し、収集した。収集文献の
研究の質を精査した後、土壌中濃度と農作物中濃度の対応関係が取れているデータセットを
データベース化した。
土壌中の全存在量の他に弱酸やキレート溶液での抽出量も記録した(以
下、それらを可溶態、図中では Soluble とする)。その他に記録した因子は、土性(pH、OC、
CEC、土性)
、水管理方法、ORP、共存金属濃度、金属添加の有無、農作物品種名、栽培年等で
ある。農作物として「穀類」と「野菜」が明示的なものを選択し、最終的には、約 150 の文
献データを解析に用いた。
解析の結果、コメ中濃度との相関係数から、コメ中濃度を説明する最も適切な因子は土壌
中金属濃度と判断したが、土壌中金属濃度を説明変数とする散布図では、ほとんど傾向が見
られなかった。このため、いくつかの因子により層別化を試みた。図 10 と図 11 に層別化に
164
より傾向が明確になったものを示した。表2にこれらのプロットの直線回帰式を示した。
未調整土壌は汚染土壌やバックグラウンド土壌をそのまま試験に用いたもので、汚染から
の経過時間の影響を受けた結果の植物への移行量を反映している。Pb 添加土壌と未調整土壌
は、t 検定により、鉛の全存在量では異なり(p<0.001)
、土壌への人為的なインプットと自
然起源(過去に土壌汚染があった場合も含む)を区別して植物移行量を評価する必要が示唆
された。
他の金属(カドミウム、銅、亜鉛、ニッケル)についても同様の解析を行い、移行式を求
め、移行量の差がどのような因子により生じるかを検討した。
図 10 土壌中鉛濃度とコメ中鉛濃度との関係
土壌中濃度は全存在量。鉛を添加した土壌/鉛濃度未調整土壌で層別化(文献数=12)
図 11 土壌中鉛濃度とコメ中鉛濃度との関係
土壌中濃度は可溶態。鉛を添加した土壌/鉛濃度未調整土壌で層別化(文献数=4)
165
表2 土壌中濃度に対するコメ中濃度の近似式(鉛)
近似式(線形)
Pb 添加土壌、x:Total Pb
y=0.64x-1.0
Pb 未調整土壌、x:Total Pb y=0.30x-1.1
Pb 添加土壌、x:Soluble Pb y=0.50x-0.18
Pb 未調整土壌、x:Soluble Pb y=0.64x-0.83
R2
0.84
0.06
0.62
0.37
x,y はそれぞれ土壌中濃度,コメ中濃度の対数値.各式は図3,図4のプロット
に対応している.
3.3 その他のデータの整備
ツールへの組み込みのため、日本の土性データを地理情報システム(GIS)の 3 次メッシュ
データとして作成した。これは、移行式のパラメータとして有機炭素含量(OC)、陽イオン交
換容量(CEC)を必要とする金属が多いと予想され、これらの値は農用地土壌の土性(グライ
土、ポドゾル、灰色低地土、褐色森林土、褐色低地土等)ごとに代表値を設定することが妥
当と考えられたためである。
3.4 金属類の環境媒体間移行暴露推定支援ツール(AIST-MeTra)の公開
上記の結果を基に、金属の環境媒体から農・蓄産物への移動・蓄積を推定するツールとし
て、対話型インターフェイスをもち簡便な操作よって媒体間移行量を推定できる環境媒体間
移行暴露推定支援ツール(AIST-MeTra) Ver.0.8 を作成し、公開した。
本モデルは Microsoft Excel 2007 のマクロとして作成されており、図 12 のような流れで、
産業起因で大気中に排出された金属が農・畜産物に移行した場合の寄与濃度と地域内の寄与
量を農・蓄産物ごとに推定する。また、移行係数等のパラメータのデータベースを搭載して
おり、係数等の値を選択するだけで計算が可能となる。
TF
大気沈着量
'乾*湿(
Kd
農用地土壌中
濃度増分
農作物
'コメ・葉菜 ・根菜 (
飼料作物
TF
Kd:金属の土壌吸着特性を
表す係数
TF:移行係数'金属+農・畜
産物特異的(
TF
牛肉・牛乳
図 12 モデルの概念図
◆メインパネル
AIST-MeTra を起動すると表示される。AIST-ADMER の「計算結果 CSV 出力機能」で出力した
ファイルを読み込むことで、AIST-MeTra で使用する土壌中濃度増分データセットを作成する。
(図 13)
166
図 13 メインパネル
◆土壌パラメータ設定パネル、地域選択パネル、濃度推定対象の選択パネル、移行係数選択
パネル、計算条件確認パネル
これらのパネルは、土壌パラメータの設定、内蔵の土地利用データベースからの地域選択、
濃度推定対象(コメもしくはその他農作物)の選択、土壌から作物への移行係数の選択、
そして、計算条件の確認に使用する。
図 14 土壌パラメータ設定パネル
図 15
図 16 移行係数選択パネル
濃度推定対象の選択パネル
図 17
計算条件確認パネル
計算条件確認パネルで「計算開始」ボタンを押下すると計算が実行される。
◆計算結果の出力
大気沈着寄与分の地域内の合計と大気沈着寄与濃度の地域内平均が出力される(図 18)
。
移行係数の最大値・最小値を設定することにより不確実性の幅を示す。
167
図 18 計算結果一例
3.5 ツールの検証
現時点では産業からの排出による摂取量増分を計算するものであるため、実測値との比較
による検証は一部の金属、農作物のみ実施されている。現在検証途中であり参考データであ
るが、バックグラウンドを上乗せして実測濃度と比較した鉛の例では、コメにおいておおむ
ね 1/10~10 倍の精度であることを確認した。
4.まとめ
低揮発性・疎水性有機化学物質を対象とした地域特異的経口摂取量推定ツール SIET
Ver.0.8 を 2011 年 12 月に公開し,さらに金属類を対象とした環境媒体間移行暴露推定支援
ツール AIST-MeTra Ver.0.8 を 2012 年 X 月に公開した。これらのツールは,本プロジェクト
のプラスチック添加剤と金属のリスクトレードオフ評価に適用した。
本ツールにより,モニタリングでは捉えきれない空間的な農・畜産物の流通を考慮した暴
露評価が可能となった。今後、企業、行政,大学等でも利用されていくと期待される。
参考文献
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吉田喜久雄・手口直美:
(2010)数理モデルによる農・畜産物経由の地域特異的な DEHP の経
口摂取量の推定、日本リスク研究学会誌、20(2): 135-142.
169
3-1-2-5 リスクトレードオフ解析手法の開発
①ヒト健康影響に係るリスクトレードオフ解析手法の確立
1.はじめに
化学物質の代替によるリスクトレードオフを解析するには、代替前後のリスクを比較する
ことが不可欠である。化学物質代替前後のリスクをそれぞれ記述・判定するというリスク評
価の一般的なアプローチでは、その方法論の限界から、その代替が適切であったかどうかは
明示的ではなく、合理的な意思決定であるかの検証や、関係者間の合意は困難である。
化学物質のヒト健康リスク評価は、既に国内外で行政的にも使われている一定程度コンセ
ンサスのある方法が存在し、有害性の大きさと暴露レベルとを量的に比較してリスクの大き
さを判定することを基本としている。これらは、個々の化学物質のリスクを評価して、リス
クがない、または、許容できるレベルであると判断するための役割を果たしてきたが、必ず
しも化学物質のリスクの相互比較を可能にするような手法とは言えない。
一つには、一般的に行われるリスク評価は、その化学物質が発がん性(特に遺伝子に作用
する形での発がん性)を有する場合と、発がん性を有さない場合とで大きく手法が異なり、
発がんリスクと非発がんリスクとは、そもそも定量的に比較することができないからである。
もう一つは、非発がんリスクは、しばしば、その物質の暴露量と無毒性量の比が1を上回る
かどうかで個々の物質について判定されるが、その比は必ずしも物質相互に比較することが
できるようなものではないからである。これは、無毒性量の算定根拠となる有害性の種類が
物質ごとに異なることや、暴露量と無毒性量の比がリスクの大きさと比例関係にないことに
よる。
リスクの大きさや、それがもたらされる範囲の大きさを定量的に比較し、リスクが増えた
か減ったかを論じることは、リスク管理に合理性を与えるとともに、関係者に対する説明力
を与えるものであり、リスクトレードオフ解析の根幹をなすものといえる。これまでにも、
様々な化学物質のリスクを比較することを目的として、損失余命等をリスクの統一尺度とし
たリスク算定手法が存在するものの、リスク算定のためにヒト疫学情報を必要とするため、
その適用範囲は極めて限られていた。
本研究では、動物試験のデータは存在するもののヒト疫学情報が得られない化学物質につ
いて、QALY(Quality Adjusted Life Years:質調整生存年数)という統一尺度をリスクの指
標とした評価を行うための枠組みを構築するとともに、具体的な化学物質のトレードオフ事
例に適用することを目的としている。
研究開発の推進にあたっては、3 つのサブテーマを設定し、サブテーマ1と3:産業技術
総合研究所とサブテーマ2:産業技術総合研究所+統計数理研究所という体制で実施した。
サブテーマ1:動物試験、疫学調査結果の収集
サブテーマ2:有害性推論アルゴリズムの作成
サブテーマ3:用途群別の物質代替に伴うリスクの算定
2.評価の枠組み
化学物質によるヒト健康リスクのリスクトレードオフ解析を可能にするために、次のよう
170
な枠組みを考えた(図1)
。
・リスクの統一尺度としては、質調整生存年数(Quality Adjusted Life Years:QALY)の損
失量を用いる。これは、化学物質への暴露による影響の大きさを、余命短縮と生活の質
(Quality of Life:QOL)の両面から定量化するリスク指標である。したがって、評価対
象となる物質への暴露から生じる疾病による死亡率・件数の増加(ひいてはそれによる余
命短縮)や、その疾病による QOL の低下に関する情報が必要となる。リスクの値は、余命
の短縮と QOL の低下を総合した形で損失年数という単位で表されることになる。
・主要な有害性の種類(ここでは各主要臓器への影響とする)ごとに、ヒト用量反応関係(疫
学調査)等比較的情報量の多い物質を参照物質として設定する。動物試験の結果のみ存在
する評価対象物質についての用量反応関係を導出するためには、まず、有害性の種類ごと
に、参照物質との相対毒性値を算出する。その上で、参照物質における用量反応関係に得
られた相対毒性値を乗じて、評価対象物質の用量反応関係とする。推定される暴露量と組
み合わせることで当該有害性の種類についての影響の発生確率を算出し、併せて、当該影
響の QOL や余命短縮とを組み合わせて損失 QALY を算出する。
・物質によって利用できる有害性情報の質や量が様々であることに対応するため、相対毒性
値の算出のために、既存の有害性データに基づいた推論アルゴリズムを構築する。推論の
不確実性の大きさを明示的に取り扱うような枠組みとする。
有害性の種類(臓器)ごとに、
損失
QALY
影響の
発生確率
主要な物質の情報に基
づいて構築される
「推論アルゴリズム」
にて推定
参照物質
影響による
QOL低下・余命短縮
評価対象
物質
相対毒性値
評価対象物質
による影響の
発生確率
0
推定暴露量
用量
図1 ヒト健康リスクに関するリスク算出の概念図
この枠組みは、QALY という最も洗練されたリスクの統一尺度を採用する一方、その算出の
ためにはヒト疫学調査情報が必要であるという従来アプローチの限界を、化学物質の混合物
や累積リスク評価(Cumulative Risk Assessment:作用機序の似た複数の化学物質のリスク
を合わせて評価する。粗くは臓器ごとの評価とされる。)で用いられている考え方を部分的に
援用することによって乗り越えるという全く新しい試みである。また、不確実性を明示的に
扱う枠組みとすることで、尐ない情報からの推定や評価につきものの不確実性を、情報とし
てリスク評価者やリスク管理者に伝えることができるという点でも、最先端の評価の枠組み
であるといえる。
171
3.動物試験、疫学調査結果、有害性専門家の既知見の収集
相対毒性値を推定するための推論アルゴリズムを構築するための基礎とする「動物試験デ
ータベースの作成」
、主要な有害性の種類ごとに参照物質を設定してリスクの大きさを損失
QALY として算出するための用量反応関係を設定するための「疫学調査結果および QOL 情報の
収集」について実施した。また、推論アルゴリズム構築の助けとなる可能性がある「有害性
専門家の既知見」についての考察も行った。
3.1 動物試験データベースの作成
3.1.1 依拠したデータ
推論アルゴリズムを作成するにあたり、本事業の開発期間や開発体制の規模等を考慮した
結果、基礎とするデータを、一次情報(オリジナルの文献や試験報告等)から作成するので
はなく、
「有害性評価書」
(NEDO 委託事業「化学物質総合評価管理プログラム:化学物質のリ
スク評価およびリスク評価手法の開発(2001 年度~2006 年度)」の成果の一つ:財団法人化
学物質評価研究機構 CERI および独立行政法人製品評価技術基盤機構 NITE による)の情報を
本事業でのデータ解析に利用可能な形に整理して用いることにした。
「有害性評価書」は、本事業開始時点で約 150 物質について公開されており、その特徴と
して、様々な影響の種類について投与量ごとのその有無が整理された形で記されている点を
挙げることができる(図2)
。化学物質の有害性データデータベースとしては、その目的等に
応じて様々なものが存在するが、最も低い用量で見られた有害性の種類についてのみ値が記
されていたり、また、試験内容が文章として記述されたりしているものが多い。それらに比
べ、
「有害性評価書」は本研究開発の目的に最も合致したデータの形式と内容であると考えら
れた。
図2 「有害性評価書」のデータ記載の例
反復投与毒性を対象とした。急性毒性や生殖・発生毒性についてもデータを集めたが、急
性毒性は、
「有害性評価書」での記載が複数の試験データを集約したものとなっているためデ
ータとしての位置付けが異なる。また、生殖・発生毒性は、ヒト疫学情報による適当な用量
反応関係情報が得られなかったことから、QALY 算出に用いる推論アルゴリズム構築には用い
ずデータの収集整理にとどめた。
具体的には、2009 年度時点で公開されていた 167 物質についてを対象として、データベー
ス化を行った。
「有害性評価書」の記述は、試験ごとにその記述の詳細さが異なっており、常
に全ての項目のデータが得られるわけではなかったが、データベース化によって落とされて
しまう情報を最小化することを心がけつつ、動物(種、匹数、性別、週齢)、投与方法(経路、
172
媒体、グレード)
、期間(投与期間、頻度、回復期間)、用量、エンドポイント(有害性の観
察項目)
、影響の有無、文献情報といった項目を立てて整理した。また、エンドポイントの分
類は、
「どの臓器」の「何」が「どうなった」という形で構造化して整理した。
生殖・発生毒性については、親世代に対する暴露により、親世代の生殖に関する影響と、児
世代の発生に関する影響とが混在して生じる。そのため、図3に示すように、観察された影
響を親と児のどちらの世代におけるものかを判断するルールを設定した。影響が生じた世代
というよりも、影響が観察された世代という観点から整理したというのが基本的な考え方で
ある。
図3 生殖・発生毒性の影響を世代に仕分けるためのルール
一つの試験についても、複数の用量での複数のエンドポイント(有害性の観察項目)が報
告されている。データベースの規模をレコードの延べ数(試験数×試験当たり用量数×試験
当たりエンドポイント数)で表現すると、反復投与毒性:約 66,000 レコード、生殖発生毒性:
約 17,000 レコードとなった。
3.1.2 「有害性評価書」データの傾向について
当初、
「有害性評価書」のデータを機械的にデータベース化することを想定していたが、記
述の不備がしばしば見られたため、基本的にはすべての試験について原典に当たる等して、
「有害性評価書」にある記述が確かに原典に存在することの確認、および不明確な記述の明
確化を行うことにした。なお、作業量の観点から、あくまで記述の確認を目的とした作業に
留め、原典に含まれているものの「有害性評価書」に取り上げられていない情報を新たにデ
ータベースに追加する作業は、基本的に行わないこととした。記述の不備は大きく次の3種
類のようなものであった。
・
「有害性評価書」の作成目的に由来するもの。すなわち、作成目的からすると重要度は低く、
173
表現に不明確さがあってもかまわない情報であるようなケースである。
・
「有害性評価書」の作成時に参考にした情報に由来するもの。「有害性評価書」は、必ずし
も一次情報に基づいて作成されたものではなく、既往の有害性評価に関する文書の記述に
基づいて作成された。その際参考とした評価文書での記述が不明確又は誤りであったよう
なケースである。
・
「有害性評価書」作成時の誤りに由来するもの。
「有害性評価書」は、必ずしも一次情報に基づいて作成されたわけではないため、そのデ
ータに存在しうるバイアスについて理解することが重要であると考えた。そこで、
「有害性評
価書」の反復投与毒性のデータからランダムに 60 の文献を抽出し、その内容を精査して、そ
の文献の質の評価および「有害性評価書」における記述との比較を行った。その結果の概要
は、以下の通りである。
・文献の質については、抽出された 60 文献のうち、5 件は文献を入手することができず、ま
た、その他の理由でデータの抽出ができないものが 5 件あった。残りの 50 文献のうち、23
文献については、試験報告書等、試験プロトコルに関する情報まで記載されたものであっ
た。しかし、12 文献については試験プロトコルの記載が不十分、残りの 15 文献は標準的
な毒性試験プロトコルに沿った試験ではないもの等であった。文献の質は多様であり、
「有
害性評価書」の記述からでは判断することが困難である。
・また、文献の内容と「有害性評価書」の記述の比較の結果、すべての例において、文献に
記されている有害性所見やプロトコルに関する何らかの情報が「有害性評価書」から落ち
ていることが明らかとなった。特に、影響の発現が見られなかったエンドポイント(ネガ
ティブデータ)について「有害性評価書」から落ちている傾向が強かった。この場合、観
察項目としたものの影響が見られなかった(その事実が結果として記載されないことが多
い)のか、又は、そもそも観察項目ではなかったのか、区別することができない。
・さらに、影響が見られたとされるケースにおいても、統計的有意を基準とするケースだけ
ではなく、原著の定性的な判断の場合や、
「有害性評価書」作成者の判断の場合等が見られ
た。
本研究開発項目で整備したデータベースは、一般の学術論文で報告される試験結果等広い
範囲の情報源に基づいていながら、各試験における最も低い用量で見られる有害性のみなら
ず、多様な用量で見られた多様なエンドポイントに関する情報が含まれている。このような
データベースは、尐なくとも公開されているものとしては他に存在せず、本事業の遂行のた
めには独自に構築せざるを得なかった。
有害性データベースを構築する際には、質の高い試験結果の一次情報に基づくことが望ま
しいとされるが、今回、推論アルゴリズム構築の基礎とするデータの質は、それとは隔たり
のあることを認めざるをえない。しかし、本研究開発の趣旨は、必ずしも有害性のメカニズ
ムの解明や、物質構造と作用の関係の解明といったことにあるわけではなく、断片的に得ら
れる有害性情報に基づいてリスクトレードオフ問題に対しての意志決定を行うための枠組み
の構築にある。そういう観点からは、むしろ質に幅のある文献情報を基礎とすることが望ま
174
しい可能性すらある。推論結果の不確実性は増大すると考えられるが、その不確実性の大き
さも意志決定においては重要な要素である。
3.2 疫学調査結果および QOL 情報の収集
ここでも本事業の実施期間や実施体制の規模等を考慮し、既往の情報を活用した。
有害性の種類ごとにヒト疫学調査結果の得られる化学物質を参照物質として設定するため
に、まず、臓器別に、ヒトにおいて有害性を生じることが知られている化学物質を探索した。
その際、The Collaborative on Health and the Environment (CHE) (国際的な環境グルー
プ)による「毒物および疾病データベース」(http://database.healthandenvironment.org/
index.cfm)を活用することにした。
このデータベースは、毒性に関する三つの著名な教科書に基づき、182 の疾病や病状につ
いて、それを生じる懸念のある化学物質を検索することができる。例えば、肝臓への影響に
ついて「証拠の確かさが"strong"である」化学物質として 46 物質が検索され、そのうち「有
害性評価書」の対象となっている物質として、四塩化炭素、クロロホルム、ジメチルホルム
アミド、メチレンジアニリン、トリクロロエタン、塩化ビニルを抽出できた。そのうち、塩
化ビニルについては、ヒト疫学調査の結果として定量的な用量反応関係の情報を得ることが
できた。
このように相対毒性値を算出する基準となる参照物質を決定し、肝臓影響と腎臓影響につ
いて、損失 QALY の尺度による用量反応関係式を下記のように導出した。損失 QALY を算出す
るための要素である QOL 値や余命の短縮については、個別具体的な疾病の値というよりも、
一般的な肝臓や腎臓での疾病として値を仮定した。生殖・発生毒性については、
「有害性評価
書」に含まれる物質について適当な疫学調査の情報は存在せず、また、生殖・発生毒性に詳
しい専門家へのヒアリングの結果から、一般に化学物質による生殖・発生毒性に関するヒト
でのデータは、主に事故・中毒・副作用といった事例であり、疫学調査により用量反応関係
を示すことは困難であるとされたことから、本節以降の QALY 算出に至る解析は行わなかった。
3.2.1 肝臓影響
塩化ビニルモノマーを参照物質とした。
Ho et al. (1991)によれば、1~20 ppm(2.5~50 mg/m3)の空気中濃度の塩化ビニルモノ
マーに暴露された労働者(19~55 歳)271 人中、12 人に肝機能不全がみられた。この内、4
人に肝臓腫大、4 人に肝脾腫大、2 人に脾臓腫大がみられた。この情報は、ある暴露濃度区間
における肝臓影響の確率を示すものであるが、用量反応関係としては1点だけのデータとい
うことになる。そこで、用量反応関係式を得るために、Huijbregts, et al. (2005)によって
提案された、非発がん影響の感受性の分布の幅のデフォルト値σlog=0.26(→GSD=1.82)を
用いることにした。すなわち、用量反応関係式を、感受性の個人差(対数正規分布)の累積
分布関数と見なし、GSD=1.82 であり、かつ、暴露レベルが 11.2(2.5~50 の幾何平均値)
mg/m3 で、271 人中 12 人に障害が生じることから、感受性の分布を GM=31 mg/m3、GSD=1.82
とした。気中濃度は、呼吸量や体重を仮定することによって、一日摂取量に換算した。
ここでの肝臓影響を長期暴露での比較的軽微な慢性的な影響と見なし、影響が生じる者の
損失余命を1年(=365 日)とするとともに、その QOL(Quality of Life:生活の質)の低
175
下を 0.01 とした。この QOL の低下は、男女の平均寿命(2008 年簡易生命表)の平均値 82.68
年を考慮すると、82.68×0.01=0.8268 年の QALY 損失に相当する。
相対毒性値を算出するための動物試験の有害性情報としては、
「有害性評価書」に記載の情
報を用いた。
3.2.2 腎臓影響
カドミウムを参照物質とした。カドミウムは体内残留性が高く、その腎臓に対する影響は
高齢になって発現する傾向があるという特殊性はあるものの、ヒトでの用量反応関係が比較
的詳細に調べてられていることから、ここでの評価に用いることにした。
用量反応関係式としては、カドミウムリスク評価書で構築したものを用いた。すなわち、
エンドポイントは尿細管障害であり、β2 マイクログロブリン>1,000 μg/g creatinine の
状態と定義される。この影響は、50 歳を超えた年齢で生じると考えられ、ハザード比(死亡
率の上昇)は、男性:1.57、女性:1.81(中川 1999)という報告がある。
損失余命は、初期人口 10 万人からなる集団を想定した生命表において、年齢別の罹患率と
ハザード比とから、年齢別の死亡率上昇を設定することによって、0 歳時の損失余命を計算
した。また、QOL 低下は、初期人口 10 万人からスタートする集団を想定した生命表に、年齢
別罹患率と年齢別の定常人口を掛け合わせ、さらに(1-QOL)をかけることによって、その年
齢での損失分を計算する。それを全年齢で足し合わせることによって、生涯での QOL 低下分
を計算する。上記の尿細管障害の状態における QOL 低下を 0.01 とした。
相対毒性値を算出するための動物試験の有害性情報は、ATSDR(2008)によって整理されて
いるデータを用いた。
3.3 有害性専門家の既知見について
当初、動物試験において観察される多様なエンドポイント間の関連性について、事前情報
として専門家の既知見を収集することを考えた。しかし、専門家の既知見は、個別具体的な
対象物質や機序に対するものが多く、後述するように、有害性のエンドポイントを主要臓器
ごとに集約して統計的な取り扱いを行う上では、むしろ、データへの適合という観点から推
論アルゴリズムを検討するのが適当と考えられた。ただし、モデルの全体的な構造について
は、専門家の意見をもとに複数のタイプのモデル構造を比較検討した(4.2.1 節)
。
4.有害性推論アルゴリズム作成
推論アルゴリズムを構築するための準備段階として、まず、推論アルゴリズムが備えるべ
き性質とアルゴリズムを構成する要素についての検討を行った。これらを踏まえ、実際のデ
ータに基づいて推論アルゴリズムを作成した。
4.1 推論アルゴリズムが備えるべき性質と、アルゴリズムを構成する要素について
推論アルゴリズムの構築に当たり、まず、構築したデータセットが有する特徴や課題を十
分検討し、これらに対応できる方法論を提示することにした。データマイニングの手法によ
って、内在する規則性や因果関係を検討したところ、エンドポイントの決定の問題や、デー
タ欠測の課題等が判明した。これらの課題に対処するためには、エンドポイント間の因果関
176
係を記述する因果モデル、不完全な(欠測値がある)データから最尤推定値を導くための手
法として EM アルゴリズム、エンドポイント間の因果関係を確率論的にモデル化するためのベ
イジアンネットワーク型の推論が有効であろうとの結論を得た。
しかし、
「有害性評価書」のデータの有する傾向から、あまりエンドポイントを細分化して
解析することは困難であり、エンドポイントを臓器単位で集約して扱うのが現実的だと考え
られた。エンドポイントの集約によって欠測値の比率が低減するなら、必ずしもベイジアン
ネットワーク型のアルゴリズムである必要はなく、モデル構築に市販のソフトウェアを利用
できるメリットもあることから、パラメータの事前分布設定を行っていないタイプのガウシ
アンネットワークのモデルを構築することにした。
4.2 推論アルゴリズムの作成
推論アルゴリズムは、NOEL(No Observed Effect Level:無影響量)の値を推定するもの
と、LOEL(Lowest Observed Effect Level:最小影響量)の値を推定するものについて検討
した。反復投与毒性試験からの報告値を臓器単位で集約するために、NOEL 値と LOEL 値のそ
れぞれについて、複数の報告値が得られている場合には、各臓器での幾何平均値を用いた。
データベース構築と平行して、まず LOEL データに基づくモデルを作成していくつかの検討
を行った。しかし、用途群別のリスクトレードオフ解析への適用にあたり、評価対象となる
代替物質において NOEL データしか得られない状況が頻出したため、NOEL データに基づくモ
デルを別途構築して、用途群別のリスクトレードオフ解析に用いることにした。
4.2.1 LOEL データに基づく推論アルゴリズム作成
モデルの作成においては、ラットとマウスの別、吸入と経口の別に、それぞれの部分のネ
ットワークモデルを検討し、その結果を踏まえ、全臓器でのネットワークモデルを構築した
(図4)
。そこでは、
「経口毒性」と「吸入毒性」という二つの潜在変数が導入されている。
このモデルを用いて、エンドポイントごとの LOEL の推定を試みた。トルエンについては、
表1に示すようなエンドポイントについて LOEL 値が得られており、その欠測値に対する予測
結果を表2に示した。モデルの構造や得られているデータによって、予測値の信頼区間(片
側2標準偏差ずつ、両側で約 95%)の幅は、7倍ほどから 662 倍ほどであった。
また、表1のうち、肝臓M2(マウスの経口摂取による肝臓影響の LOEL)の値=6.66(実
数としては 780 mg/kg/day)を仮に欠測値として、他のエンドポイントの観測値から予測し
たところ、予測値は 7.00(実数としては 1,100 mg/kg/day)で信頼区間の幅は 96 倍(すなわ
ち、110~11,000 mg/kg/day)となった。このケースでは、予測値(1,100 mg/kg/day)は実
際の値(780 mg/kg/day)とかなり近い値であり、十分に信頼区間の間に入っていた。ちなみ
に、全くデータがないときの予測、すなわち、当該エンドポイントの LOEL 値の物質間の平均
値は 5.23(実数としては 190 mg/kg/day)
、信頼区間の幅は 3,400 倍(すなわち、3.2~11,000
mg/kg/day)であった。信頼区間の幅が 3,400 倍から 96 倍に減尐したことは、
「有害性評価書」
から抽出した情報と当該物質について得られている情報のすべてを用いることで、不確実性
が減尐したことを示している。
177
M24
M14
.83
.90
死 亡M2
M11
M21
.91
.26
.99
.98
M27
.82
血 液M2
M23
.51
.51
.47
.49
.93
.94
.52
.87
血 液R2
R27
尿R2
.60
.78
体 重R2
.77
.65
.80
R16
R28
.59
R17
体 重R1
.87
R14
死 亡R1
死 亡R2
M18
.78
呼吸器R1
.82
.43
.94
R24
呼吸器M1
R18
.67
.85
脾 臓R1
R21
R20
.88
血 液R1
腎 臓R1
.95
.90
.74
.87
脳R2
R19
消化管R2
.37
.93
肝 臓R1
.95
M16
.94
.88
.92
.87
M13
.95
脾 臓M1
吸入毒性
.89
.28
腎 臓R2
.93
.32
.91
.97
.94
経口毒性
.88
R23
.98
.78
.93
肝 臓R2
R29
.91
.89
.57
.79
腎 臓M1
肝 臓M1
肝 臓M2
.81
.42
脾 臓R2
R26
腎 臓M2
.65
.96
.89
.61
.82
血 液M1
M17
.97
M19
M29
.70
脾 臓M2
M26
.58 .41
脳M1
尿M1
体 重M1
消化管M2
体 重M2
.90
.99
.95
.94
.83
.80
尿M2
M15
M28
M25
.97
脳M2
M10
死 亡M1
M20
.96
.97
R13
.93
尿R1
.93
脳R1
R11
.76
R10
R15
R25
図4 全臓器をカバーしたネットワークモデル (AIC=1976.172)
(図中エンドポイント、R:ラット、M:マウス、数字1:吸入経路、数字2:経口摂取を表す)
(矢印は因果関係の方向、矢印上の数字は回帰式の係数、ボックス肩の数字は決定係数を表す)
表1 トルエンについて得られる LOEL 値(表中「−」は欠測値)
肝臓 R1
8.86
血液 R1
7.58
体重 R1
8.34
脾臓 R1
8.08
脳 R1
8.08
肝臓 M1
8.60
血液 M1
−
体重 M1
8.41
脾臓 M1
−
脳 M1
−
肝臓 R2
6.84
血液 R2
−
体重 R2
7.82
脾臓 R2
−
脳 R2
7.31
肝臓 M2
6.66
血液 M2
−
体重 M2
7.82
脾臓 M2
−
脳 M2
4.92
腎臓 R1
8.38
尿 R1
8.63
死亡 R1
9.32
消化管 R2
−
腎臓 M1
8.45
尿 M1
−
死亡 M1
8.82
消化管 M2
−
腎臓 R2
6.84
尿 R2
−
死亡 R2
7.82
呼吸器 R1
8.09
腎臓 M2
7.82
尿 M2
−
死亡 M2
7.53
呼吸器 M1
5.92
(値は、各エンドポイントについて設定された単位での値の自然対数値)
(表中、R:ラット、M:マウス、数字1:吸入経路、数字2:経口摂取を表す)
表2 トルエンにおける欠測値に対する予測
予測値
±
血液 M1
7.90
167
血液 R2
7.07
7
血液 M2
7.61
67
尿 M1
8.24
74
尿 R2
6.59
15
尿 M2
8.28
5
予測値
±
脾臓 M1
8.04
14
脾臓 R2
7.15
8
脾臓 M2
7.08
662
消化管 R2
7.54
34
消化管 M2
8.02
36
脳 M1
5.59
34
(予測値の値は、各エンドポイントについて設定された単位での値の自然対数値)
(±は、予測値を中心に、約 95%の信頼区間の上限と下限の比)
(表中、R:ラット、M:マウス、数字1:吸入経路、数字2:経口摂取を表す)
本研究の目的からは、データに最も適合するモデルを構築するのが適当と考えられるが、
有害性の専門家との議論を踏まえ、
異なる構造を持ったモデルについても検討した。図5は、
178
経路の違いに加えて動物種の違いを考慮した4つの潜在変数を取り入れたモデルである。ま
た、図6は、主要標的臓器ごとに潜在変数を設定したモデルである。
モデルの比較においては、AIC(赤池情報量基準)を用いた。AIC は、こういったモデルの
選択基準として最も適当と考えられる指標である。
各モデルの AIC 値は、図4:AIC=1976.172、
図5:AIC=1967.818、図6:AIC=2263.719 となった。AIC 値は、低い方が優れたモデルであ
ることを意味していることから、図5のモデルは図4のモデルに比べて僅かな改善を示すの
みである一方、図6のモデルは、図4や図5に比べて大きく劣ることが示された。
図5 動物種と経路に関する4つの潜在変数を取り入れたネットワークモデル
(AIC=1967.818)(脚注は図4と同じ)
179
図6 標的臓器に関する潜在変数を取り入れたネットワークモデル
(AIC=2263.719) (脚注は図4と同じ)
4.2.2 NOEL データに基づく推論アルゴリズム作成
表3に、
「有害性評価書」から抽出した反復投与毒性に関する臓器別・動物種別・経路別の
NOEL データの充足度について示した。概して充足度は低い(すなわち欠測が多い)。一方で、
各カテゴリーの NOEL データの幾何平均値を算出し、物質間での相関を見たところ(図7)
、
一定程度の相関を有することが確認できた。この相関関係に基づいて、反復投与毒性の NOEL
をベースにしたガウシアンネットワークのモデルを構築することができた(図8)
。ただし、
図5、図6に相当するような異なる構造については、LOEL のモデルと異なり、モデルが収束
せず、データへの適合についての比較検討を行うことができなかった。
また、反復投与毒性に関するネットワークモデルに、生殖・発生毒性のエンドポイントを
追加することを試みたところ、図9のようなネットワークモデルを得ることができ、生殖・
発生毒性のエンドポイントについても、相対毒性値の計算が可能となった。その際、生殖・
発生毒性として見られる影響は、データの充足度を勘案し、動物種別・経路別のそれぞれで
の「オス親への暴露によるオス親での影響」
「メス親への暴露によるメス親での影響」
「メス
親への暴露による児での影響」
「両親および児への暴露による児での影響」の4つのエンドポ
イントに集約した。データ充足度は、0.048 から 0.41 であった。
構築したネットワークモデルについては、評価したい物質のデータを入力することによっ
て、各臓器での NOEL 値(中央値と信頼区区間)を算出する仕組みを構築して公開することに
した。
180
表3 「有害性評価書」における臓器別、動物種別、経路別の NOEL データ充足度(物質全体
に占める、当該データを有する物質の割合)
肝臓_Ri
0.35
血液_Ri
0.26
体重_Ri
0.39
脾臓_Ri
0.098
呼吸器_Ri
0.33
肝臓_Mi
0.20
血液_Mi
0.15
体重_Mi
0.16
脾臓_Mi
0.056
呼吸器_Mi
0.15
肝臓_Ro
0.62
血液_Ro
0.52
体重_Ro
0.67
脾臓_Ro
0.25
脳_Ri
0.077
肝臓_Mo
0.28
血液_Mo
0.17
体重_Mo
0.27
脾臓_Mo
0.15
脳_Mi
0.042
腎臓_Ri
0.20
尿_Ri
0.17
死亡_Ri
0.20
消化器_Ro
0.22
脳_Ro
0.17
腎臓_Mi
0.091
尿_Mi
0.063
死亡_Mi
0.10
消化器_Mo
0.084
脳_Mo
0.042
腎臓_Ro
0.57
尿_Ro
0.32
死亡_Ro
0.41
腎臓_Mo
0.17
尿_Mo
0.10
死亡_Mo
0.23
M:マウス、R:ラット、i:吸入、o:経口
図7 肝臓(liver)と腎臓(kidney)について、ラット(R)とマウス(M)の吸入(i)と
経口(o)別の NOEL データの物質間の相関
181
図8 主要臓器に対する反復投与毒性 NOEL データに基づくネットワークモデル
(図中エンドポイント、R:ラット、M:マウス、i:吸入経路、o:経口摂取を表す)
(矢印は因果関係の方向、
矢印上の数字は回帰式の係数、ボックス肩の数字は決定係数を表す)
182
図9 反復投与毒性の主要臓器に生殖・発生毒性のエンドポイントを加えた NOEL データに基
づくネットワークモデル
(図中エンドポイント、R:ラット、M:マウス、i:吸入経路、o:経口摂取を表す)
(矢印は因果関係の方向、矢印上の数字は回帰式の係数、ボックス肩の数字は決定係数を表す)
(F0_M:オス親への暴露によるオス親での影響、F0_F:メス親への暴露によるメス親での影響、
F1_100:メス親への暴露による児での影響、F1_111:両親および児への暴露による児での影響)
図8の反復投与毒性の NOEL データに基づくネットワークモデルについて、推定の妥当性に
ついて検討した。ここでは、肝臓・ラット・吸入暴露試験で報告されている NOEL を欠損値と
仮定し、この推定手法を用いて推定し、報告値と推定値との比較を行った。肝臓・ラット・
吸入暴露試験の NOEL 値について、
報告値の幾何平均値の自然対数値は 8.381 であった。
一方、
これを欠損値と仮定し推定すると平均値は 7.618、その 95%信頼区間は[5.998, 9.238]とな
った。推定の信頼区間は、報告値を含むものであった。さらに、トルエンの NOEL 値に関する
情報が一切ない状況下では、肝臓・ラット・吸入暴露試験の NOEL 値の自然対数値は、全ての
物質の NOEL 値に関する情報から、平均が 4.336、95%信頼区間は[-1.260, 9.932]と考えざる
を得ないのに比べ、推定の平均値がより報告値に近づくとともに、信頼区間は狭くなった。
以上の考察から、構築した推定手法は一定の妥当性があると考えられる。さらに、妥当性の
検討をより広い範囲で行うため、臓器・動物種・暴露経路の組み合わせの中からランダムに
40 を抽出して同様の操作を行い、報告値と推定値とを比較した(図 10)。両対数のグラフな
がら、推定の信頼区間も含めると、ほとんどの推定値が傾き 45 度の線上にプロットされ、推
定アルゴリズムの妥当性が確認できた。
図9に示した生殖・発生毒性データを含めたモデルについても、同様の検討を行ったとこ
183
ろ、信頼区間も含めた推定値は妥当であることが示された(図 11)
。
これは、適合度(goodness-of-fit:トレーニングデータに対する予測精度)の確認に相当
するが、合わせて、頑健性(robustness:トレーニングデータの変化に対する予測精度の安
定性)
、予測性(predictivity:トレーニングデータに含まれない物質についての予測精度)
についても確認した。
1.0E+05
推定値(平均値と
95%信頼区間)
吸入:mg/m3,
経口:mg/kg/day
1.0E+04
1.0E+03
1.0E+02
1.0E+01
1.0E-03
1.0E-02
1.0E+00
1.0E-01
1.0E+00
1.0E+01
1.0E+02
1.0E+03
1.0E+04
報告値
吸入:mg/m3, 経口:mg/kg/day
1.0E-01
1.0E-02
1.0E-03
図 10 ランダムに抽出した 40 の報告値と推定値との比較
(反復投与毒性の NOEL データに基づくモデル(図8)の場合)
184
1.0E+05
1.0E+06
1.0E+05
推定値
(平均値と
95%信頼区間)
吸入:m g /m 3
経口:m g /kg /d ay
1.0E+04
1.0E+03
1.0E+02
1.0E+01
1.0E+00
1.0E-02 1.0E-01 1.0E+00 1.0E+01 1.0E+02 1.0E+03 1.0E+04 1.0E+05 1.0E+06
1.0E-01
1.0E-02
報告値
吸入:m g /m 3、経口:m g /kg /d ay
図 11 ランダムに抽出した 40 の報告値と推定値との比較
(反復投与毒性と生殖・発生毒性の NOEL データに基づくモデル(図9)の場合)
5.用途群別リスクトレードオフ解析への適用
5.1 難燃剤
難燃剤のリスクトレードオフ解析では、シナリオは次の4つが設定されている。そのうち
①②③は現状の代替状況を表した「代替ありシナリオ」であり、また、④は decaBDE のまま
物質代替が起こらない架空の状況を表した「代替なしシナリオ」である。
①代替ありシナリオ decaBDE(現状の代替状況を示す)
②代替ありシナリオ BDP(現状の代替状況を示す)
③代替ありシナリオ TPP(現状の代替状況を示す)
④代替なしシナリオ decaBDE(decaBDE のまま物質代替が起こらない架空の状況)
まず、図8に示したネットワークモデルから構成される推論アルゴリズムと、参照物質の
有害性情報、decaBDE、BDP、TPP の有害性情報とから、臓器ごとの相対毒性値を算出した。
その際、肝臓毒性については塩化ビニルモノマーとの相対比較(図 12)
、腎臓毒性について
はカドミウムとの相対比較(図 13)を行った。まずラットとマウスのそれぞれについて、各
185
臓器影響の NOEL について文献値がある場合にはそれを真値として用い、また、文献値がない
場合には推論アルゴリズムによる NOEL の推定値を用いて、参照物質との相対毒性値を算出し
た。図には、相対毒性値の予測値、2.5%下限値と 97.5%上限値を幅として示した。
塩 ビ モ ノ マ ー vs decaBDE
塩 ビ モ ノ マ ー vs TPP
塩 ビ モ ノ マ ー vs BDP
10000
10000
10000
1000
1000
1000
100
100
100
10
10
10
1
1
1
0.1
0.1
0.1
0.01
0.01
0.01
0.001
0.001
0.001
肝臓Ri
肝臓Mi
肝臓Ro
肝臓Ri
肝臓Mo
肝臓Mi
肝臓Ro
肝臓Mo
肝臓Ri
肝臓Mi
肝臓Ro
肝臓Mo
図 12 肝臓影響の NOEL 値の参照物質(塩ビモノマー)に対する相対値
(信頼区間は、推定の 2.5-97.5%)
(数字が大きいと有害性が小さい)
(R:ラット、M:マウス、i:吸入経路、o:経口摂取を表す)
カ ド ミ ウム vs BDP
カ ド ミ ウム vs decaBDE
カ ド ミ ウム vs TPP
100000
100000
100000
10000
10000
10000
1000
1000
1000
100
100
100
10
10
10
1
1
腎臓Ri
腎臓Mi
腎臓Ro
腎臓Mo
1
腎臓Ri
腎臓Mi
腎臓Ro
腎臓Mo
腎臓Ri
腎臓Mi
腎臓Ro
腎臓Mo
図 13 腎臓影響の NOEL 値の参照物質(カドミウム)に対する相対値
(信頼区間は、推定の 2.5-97.5%)
(数字が大きいと有害性が小さい)
(R:ラット、M:マウス、i:吸入経路、o:経口摂取を表す)
これらの NOEL の相対値の中央値と、肝臓および腎臓の参照物質での用量反応関係とから、
図 14 に示すような用量反応関係(経口暴露)を得た。その際、難燃剤に関するトレードオフ
評価において、トレードオフ評価の対象となる物質の暴露は主に経口経路であり経口と吸入
とを問わず mg/kg/day の単位で集計されていること、有害性情報としても肺での局所影響を
示唆する情報が得られなかったことから、経口経路での相対毒性値を用いることとした。ま
た、ラットとマウスとで得られている相対毒性値は平均(幾何平均)して用いた。用量反応
関係は、経口暴露による摂取量と損失 QALY(日)との関係として示してある。
ここでは、齧歯類に対する相対毒性値(有害性の強さの違い)の大きさがヒトに対しても
当てはまること、decaBDE、BDP、TPP の用量反応関係の傾きや形は、それぞれの有害性の参
照物質のものと等しいことが仮定されている。
186
図 14 肝臓影響(左)と腎臓影響(右)の用量反応関係
暴露量(μg/kg/day)と損失 QALY(day:一人当たり生涯での値)の関係
(図中の物質名の後ろの括弧書きの数字は、各参照物質に対する相対毒性値)
図 14 に示された用量反応関係と各シナリオについて別途推定された暴露量とから、各シ
ナリオについて、リスクの大きさを損失 QALY の値として推定した(表4)。算出に際しては、
参照物質に対する相対毒性値やヒト摂取量についての推定値の幾何平均値を用いた。物質の
代替の有無によらず、QALY 損失で表されるリスクの絶対値はきわめて小さい(一人当たり生
涯での値として 0.001 日未満)ことが示された。
表4 代替シナリオによる物質ごとのリスク=QALY 損失量(日:一人当たり生涯での値)
代替あり(現状の代替状況)
代替なし(架空の状況)
①decaBDE、②BDP、③TPP
④decaBDE
average case
95% worst case
<< 0.001
<< 0.001
<< 0.001
肝臓影響
(2.8×10-57)
(2.0×10-53)
(9.5×10-57)
<< 0.001
<< 0.001
<< 0.001
腎臓影響
(1.4×10-140)
(1.0×10-122)
(8.8×10-137)
<< 0.001
<< 0.001
<< 0.001
合計
(2.8×10-57)
(2.0×10-53)
(9.5×10-57)
average case:相対毒性値として、推定の幾何平均値を用いた場合。
95% worst case:相対毒性値として、95%推定信頼下限値を用いた場合。
5.2 金属類
金属類のリスクトレードオフ解析では、鉛はんだが、銅+銀+スズを含む大大半だに切り
替えられるシナリオが評価された。
難燃剤の評価と同様に、図8に示したネットワークモデルから構成される推論アルゴリズ
ムと、参照物質の有害性情報、鉛、銅、スズ、銀の有害性情報とから、臓器ごとの相対毒性
値を算出した。その際、肝臓毒性については塩化ビニルモノマーとの相対比較(図 15)
、腎
臓毒性についてはカドミウムとの相対比較(図 16)を行った。
187
!vs! !
!vs!
1000$
1000$
100$
100$
10$
10$
1$
!
1$
Ri$
Mi$
Ro$
Mo$
Ri$
0.1$
0.1$
0.01$
0.01$
0.001$
0.001$
Mi$
!vs! !
Ro$
Mo$
!vs! !
1000$
10$
100$
1$
Ri$
Mi$
Ro$
Mo$
10$
0.1$
1$
Ri$
Mi$
Ro$
Mo$
0.01$
0.1$
0.001$
0.01$
0.001$
0.0001$
図 15 肝臓影響の NOEL 値の参照物質(塩ビモノマー)に対する相対値
(数字が大きいと有害性が小さい)
!vs! !
!vs!
100000"
100000"
10000"
10000"
1000"
1000"
100"
100"
10"
10"
1"
!
1"
Ri"
Mi"
Ro"
Mo"
Ri"
Mi"
!vs! !
Ro"
Mo"
!vs! !
100000$
100$
10000$
10$
1000$
100$
1$
Ri$
Mi$
Ro$
Mo$
10$
0.1$
1$
Ri$
Mi$
Ro$
Mo$
0.1$
0.01$
図 16 腎臓影響の NOEL 値の参照物質(カドミウム)に対する相対値
(数字が大きいと有害性が小さい)
これらの相対毒性値と、参照物質(肝臓影響:塩ビモノマー、腎臓影響:カドミウム)の
用量反応関係から、それぞれの臓器影響に関する用量反応関係を作成した(図 17:経口経路)
。
188
図 17 参照物質との比較により得られた肝臓影響と腎臓影響の用量反応関係(経口暴露)
(図中の凡例の括弧内は、参照物質の NOEL を 1 とした時の各金属の NOEL の相対値)
金属類のリスク評価を行う際に重要となるのは、ベースラインの暴露量である。暴露評価
においては、鉛はんだ代替にかかる 4 金属(鉛、銅、スズ、銀)の摂取量の増減が評価され
たが、リスクの増減ではベースラインを考慮する必要がある。すなわち、用量反応関係は直
線でなく、ベースラインの摂取量を考慮するか否かで、単位摂取量の増減あたりのリスクの
増減は異なる。そこで、文献情報から各金属のベースラインの摂取量を仮定し、単位摂取量
変化(1 µg/kg/day)あたりの損失 QALY という形でのスロープファクタを導出した(表5)。
表5では、吸入暴露に関するスロープファクタを合わせて示したが、この推定のためには、
経口での相対毒性値と吸入での相対毒性値のどちらを用いるかの違いを除いては、両者で同
じ参照物質の用量反応関係やベースライン暴露量を用いた。これは、評価エンドポイントと
して主要臓器(肝臓と腎臓)への影響を用いていて、暴露経路による有害性に質的な相違は
存在していないと仮定していることによる。
表5 ベースライン摂取量からの単位摂取量増加(1 µg/kg/day)あたり損失 QALY(日)
金属
ベースライン暴露量
(mg/kg/day)
1)
スロープファクタ 2)
1 µg/kg/day暴露量変化あたりの損失QALY(日)
経口
吸入
肝臓:6.6*10-7+腎臓:8.0*10-10
銅
0.02
肝臓:1.0*10-13+腎臓:2.3*100
スズ
0.013
肝臓:1.1*10-16+腎臓:8.4*10-10
肝臓:2.1*10-7+腎臓:1.2*10-13
銀
0.00012
肝臓:1.1*10-23+腎臓:6.5*10-22
肝臓:9.7*10-14+腎臓:9.2*10-49
鉛
0.00072
肝臓:6.7*10-8+腎臓:1.5*101
肝臓:3.7*10-3+腎臓:1.7*10-1
1)銅:平成 21 年国民健康・影響調査報告(厚生労働省 2011)
。
スズ:国際化学物質簡潔評価文書 スズおよび無機スズ化合物(国立医薬品食品生成研究所
2008)
、Shimbo et al.(1996)
。
銀:WHO 飲料水水質ガイドライン第 3 版(WHO 2004b)
、Gibson(1984)
。
鉛:詳細リスク評価書「鉛」
(中西・小林・内藤 2006)
。
2) ベースライン摂取量を 1%増加させて損失 QALY 増加を調べ、増加分を 1 µg/kg/day あたりに換算。
この各摂取経路におけるスロープファクタを、別途推定された摂取量に乗じることによっ
て、損失 QALY(日)を推定した。推定された値は、当該シナリオにおける推定摂取量を生涯
189
摂取した場合の QALY 損失量である。表6には一般人による経口摂取、表7には一般人によ
る吸入摂取による損失 QALY 値を示した。今回評価したシナリオにおいて、吸入経路、経口
経路ともに、損失 QALY への寄与が支配的であったのは、鉛による腎臓影響であった。また、
はんだ代替により、リスクが削減される傾向が示された。しかし、それらの損失 QALY の大
きさは、最大で 4.6×10-4 日(経口経路)であり、これは、リスクの大きさとしての重要性
を否定できない目安としての 0.001 日を下回っていた。
表6 はんだ代替シナリオ別の損失 QALY(日)※:経口経路
損失QALY
(日)
鉛(肝)
鉛(腎)
スズ(肝)
スズ(腎)
銀(肝)
銀(腎)
銅(肝)
銅(腎)
合計
※
2000年
2.0E-12
4.6E-04
4.7E-21
3.6E-14
4.6E-04
< 0.001
2010年
2020年
代替なし 代替あり
1.8E-12 1.2E-12
4.1E-04 2.7E-04
3.5E-21 3.8E-21
2.7E-14 2.9E-14
2.0E-30
1.3E-28
3.7E-21
8.4E-08
4.1E-04 2.7E-04
< 0.001
< 0.001
代替なし 代替あり
1.5E-12 6.2E-13
3.4E-04 1.4E-04
3.3E-21 3.8E-21
2.5E-14 2.9E-14
5.6E-30
3.4E-28
1.4E-20
3.1E-07
3.4E-04 1.4E-04
< 0.001
< 0.001
推定される摂取量で生涯暴露した時の値
表7 はんだ代替シナリオ別の損失 QALY(日)※:吸入経路
損失QALY
(日)
鉛(肝)
鉛(腎)
スズ(肝)
スズ(腎)
銀(肝)
銀(腎)
銅(肝)
銅(腎)
合計
※
2000年
2010年
2020年
代替なし 代替あり 代替なし 代替あり
4.4E-08 3.3E-08 3.7E-08
1.7E-08
2.0E-06 1.5E-06 1.7E-06
8.0E-07
3.3E-12 3.4E-12 2.8E-12
3.3E-12
1.9E-18 2.0E-18 1.6E-18
1.9E-18
6.3E-21
1.9E-20
6.0E-56
1.8E-55
1.6E-15
5.7E-15
1.9E-18
6.9E-18
5.0E-08
2.3E-06
3.9E-12
2.2E-18
2.4E2.1E-06
06<<
<< 0.001
0.001
1.6E-06
<< 0.001
1.8E-06
<< 0.001
8.1E-07
<< 0.001
推定される摂取量で生涯暴露した時の値
6.ヒト健康リスクトレードオフ評価ガイダンス
リスクトレードオフ解析(ヒト健康)の考え方、整備した有害性データのデータベース、
有害性(NOEL)の推論アルゴリズムについては、
「ヒト健康リスクトレードオフ評価ガイダ
ンス」としてまとめ公開した。表8に、ガイダンスの構成について示した。
190
表8 ヒト健康リスクトレードオフ評価ガイダンスの構成
1.ヒト健康リスクトレードオフ解析の考え方
1.1
問題の特徴
1.2
ヒト健康リスクトレードオフ評価手法の枠組み
1.3
リスクの定量評価の方法
1.4
不確実性の扱い
1.5
評価方法
2.参照物質の評価
2.1
肝臓影響
2.2
腎臓影響
3.エンドポイント毎の相対毒性値の推定
3.1
推論モデル
3.2
150 物質のエンドポイント別の N(L)OEL 推定値
3.3
任意の物質での N(L)OEL の推定値
3.4
相対毒性値の算出
4.リスクトレードオフ解析
4.1
単純比較
4.2
定量的なリスクトレードオフ解析
5.手法に内包された仮定・簡略化および今後の課題
6.参考文献
参考文献
ATSDR (2008) Draft Toxicological Profile for Cadmium
Ho, S.F., Phoon ,W.H. Gan, S.L. and Chan, Y.K. (1991) Persistent liver dysfunction among
workers at a vinyl chloride monomer polymerization plant. J. Soc. Occup. Med., 41:
10-16
Mark A.J. Huijbregts, Linda J.A. Rombouts, Ad M.J. Ragas and Dik van de Meent (2005)
Human-Toxicological Effect and Damage Factors of Carcinogenic and Noncarcinogenic
Chemicals for Life Cycle Impact Assessment, Integrated Environmental Assessment
and Management 1(3): 181-244.
Shimbo S, Hayase A, Murakami M, Hatai I, Higashikawa K, Moon CS, Zhang ZW, Watanabe
T, Iguchi, Ikeda M (1996). Use of a food composition database to estimate daily
dietary intake of nutrient or trace elements in Japan, with reference to its
limitation. Food additives and Contaminants 13: 775-786 [cited in JECFA, 2001].
(国立医薬品食品生成研究所 2008 より引用)
WHO (2004b). Guidelines for drinking-water quality.
厚生労働省(2011).平成 21 年国民健康・影響調査報告.2011 年 10 月.
国立医薬品食品生成研究所(2008).国際化学物質簡潔評価文書(Concise International
Chemical Assessment Document) No.65 ス ズ お よ び 無 機 ス ズ 化 合 物 .
http://www.nihs.go.jp/hse/cicad/full/no65/full65.pdf
191
中川秀昭(1999)カドミウム汚染地域住民の健康障害に関する研究 腎尿細管障害程度およ
びカドミウム曝露量と生命予後−15 年間の追跡調査−, 環境保健レポート, 65, pp.76-79
中西準子、小林憲弘、内藤 航(2006).詳細リスク評価書シリーズ 9 鉛.丸善、東京.
192
②生態影響に係るリスクトレードオフ解析手法の確立
1.はじめに
生態リスク評価は、毒性試験データが存在する化学物質は限られていること、化学物質に
よって評価に利用可能な生態毒性のエンドポイントやデータ数は異なることから、すべての
物質について同一条件下で実施することは困難という現状にある。また、生態リスクの大き
さを表現する尺度については、これまでに様々な生態リスク尺度が提案されてきたが、リス
クトレードオフ解析に適用するという観点からの検討はほとんどなされていない。これまで
の生態リスク評価手法は、毒性試験データに基づき、化学物質ごとの安全性を判定する目的
で開発されたものであるため、本プロジェクトの目的である化学物質間の生態リスクのトレ
ードオフ評価には対応していない。
本プロジェクトでは、個々の化学物質に関する有害性情報の有無や多尐によらず、それぞ
れの生態リスクを統一尺度で定量し比較できるような手法・枠組みを構築し、その構築した
手法・枠組みを実際のリスクトレードオフ解析に応用するとともに、生態リスクトレードオ
フ解析のガイダンス文書として公開することを目標とした。
この最終目標を達成するため、本プロジェクトの研究開発項目では、まず 1)リスク比較
に適する尺度について検討を行い、2)手法開発に資する生態毒性の有害性情報の収集と分析
(基礎データセットの作成)をし、3)その収集した有害性情報を活用して、不完全なデータ
であっても共通の尺度でのリスク比較を可能にする生態影響推定手法の開発を行った。
2.プロジェクトの成果
2.1 生態リスクを比較するための尺度
化学物質の生態リスクの指標について先行研究を調査したところ、生態リスクの共通尺度
として、種の感受性分布(SSD: Species Sensitivity Distribution)解析や個体群存続影響
解析が有力であると考えられた。SSD 手法は、広範な生物種の化学物質に対する応答の違い
を分布として表現したもので、既存の有害性情報をすべて活用できる有効な生態リスク評価
手法である。その分布の形を規定する尐数のパラメータを推定することができれば、個々の
生物種に対する有害性を推定する必要は必ずしもなく、具体的な場所や生物種を特定しなく
ても評価ができる等のメリットがある。一方、個体群存続影響解析は、具体的な生物種の個
体群存続という生態学的に意味のあるリスク指標を算出することはできるものの、そのリス
ク指標を算出して比較するためには、対象生物種を具体的に設定する必要があり、より詳細
な有害性情報(生存と繁殖に関する急性および慢性)を要する等、多くの課題が存在する。
本プロジェクトでは、化学物質間のリスク比較を目的としていることや成果の実用化の見通
し等を勘案し、統一尺度によるリスクの算出手法として SSD 手法を用いることとした。
【種の感受性分布を用いた生態リスクトレードオフ解析(SSD 手法)
】
生態リスクトレードオフ解析の目的は、安全性を証明したり、基準値等を導出したりする
ことではなく、代替物質と被代替物質のリスクを比較することである。リスクを比較するた
めには、リスクの大きさを共通の尺度で表現する指標が必要である。SSD 手法は、評価物質
の環境中濃度に対するリスクが PAF(Potentially Affected Fraction: 影響を受ける種の割
合)という共通尺度として定量的に表現できるため、生態リスクトレードオフ解析のための
193
リスク評価手法としての条件を満たしている。SSD は、国内外の化学物質のリスク評価に適
用された事例も多く存在しており、その基本的な概念や方法は、社会に受け入れられやすい
と考えられる。生態学的関連が深いリスク指標としては、種の絶滅等の個体群レベルの指標
もあるが、これらは生態リスクトレードオフ解析には適っているものの、種の選択の困難さ
や(手法開発に)必要とされる利用可能なデータが限られている等の理由により、本プロジ
ェクトでは対象としなかった。概念のわかりやすさ、リスク指標としての比較可能さ、概念
の浸透度、統計学的な扱いやすさ等の観点から判断し、本プロジェクトでは、生態リスクト
レードオフ解析に資するリスク指標として、SSD 手法により算出される PAF あるいは EPAF
(Expected Potentially Affected Species: 影響を受ける種の割合の期待値)を用いること
とした。
生態リスク評価における SSD の使われ方は、大別すると、水質クライテリア等の設定とリ
スクの定量化の 2 通りある。SSD を用いて水質環境クライテリアや PNEC
(Predicted No Effect
Concentration: 予測無影響濃度)を決定する場合は、評価対象物質について、目標とするリ
スクレベル(例えば、95%保護レベルや 95%保護レベルの 5 パーセンタイル)を予め設定し、
そのリスクレベルに相当する暴露濃度を求めるた。リスクトレードオフ評価では、暴露濃度
から影響を受ける種の割合を求め、暴露シナリオにおける影響を受ける種の割合をリスク指
標(定量化リスク)として、リスク比較を行う。暴露濃度は推定点あるいは推定分布のかた
ちで表現される。それぞれのケースについてリスク算出方法を以下で解説する。
1)SSD と環境暴露濃度
ある化学物質について、SSD が求められており、環境暴露濃度の点推定値がある場合、環
境暴露濃度に対するリスク(PAF)は SSD より求めることができる。評価シナリオにより環境
暴露濃度が変化したら、PAF も変化する。その PAF の大きさや変化分をリスク指標にすれば、
リスク比較が可能になる(図1)
。
図1 SSD と環境暴露濃度(点推定値)の関係
194
2)SSD と環境暴露濃度分布
無作為に抽出した環境暴露濃度が無作為に抽出した種の感受性を超過する確率はリスクと
して表現できる(Aldenberg et al. 2002)。これは式(1)のように表される。
(1)
Risk = Pr(EC > SS)
ここで、Pr は確率、EC は環境暴露濃度の対数値、SS は種の感受性の対数値である。ここで
は、環境暴露濃度と種の感受性が対数正規分布に適合すると仮定する。EC は、環境暴露濃度
の時間的分布あるいは空間的分布と考えることができる。この確率 Pr は式(2)あるいは式(3)
のように表すこともできる。
(2)
(3)
ここで、PDF は確率密度関数、CDF は累積密度関数である。式 3 の 1-CDF の部分は、濃度 EC
が濃度 x を超過する確率を示しており、超過関数と呼ばれる。超過確率を式 2 と式 3 を視覚
的に表すとそれぞれ図 2 と図 3 のようになる。それぞれの図において“Risk”確率分布の下
側の面積(AUC: Area Under Curve)が生態リスク(EPAF)となる。
なお、図 2 と図 3 の環境暴露濃度分布と SSD は表し方を変化させただけで統計値は同一で
ある。リスクの大きさも等しい。
図2 環境暴露濃度(PDF)と SSD(CDF)の関係
195
図3 環境暴露濃度(CDF)と SSD(PDF)の関係
2 つの独立した異なる正規分布のパラメータの差は式(4)および式(5)で表すことができる。
μEC-SS=μEC-μSS
(4)
σEC-SS=
(5)
ここで、μ と σ は正規分布の平均と標準偏差である。環境暴露濃度と SSD が 2 つの独立し
た異なる正規分布で表現できる場合、リスクは式(6)のように表現できる。
Risk = p(EC>SS)= Φ
(6)
ここで、Φ は標準正規累積密度関数、つまり平均値 0、標準偏差 1 の正規累積分布関数であ
る。環境暴露濃度が分布として得られ、対数正規分布として表現される場合、本プロジェク
トの生態リスクトレードオフ解析では、式(6)により、生態リスク(EPAF)を求める。生態リ
スクトレードオフ解析(リスク比較)の文脈では、EPAF をリスク指標とすることに差し支え
はないと考えられるが、リスク評価結果の使い方によっては推定されたリスクの解釈に注意
が必要である。環境暴露濃度分布と SSD より算出される生態リスクの表現方法や意味合い等
の議論については Verdonck et al.(2003)等を参照されたい。
本プロジェクトでは、工業用洗浄剤、難燃剤および金属のリスクトレードオフ解析に SSD
解析を適用しリスク比較を行った。
2.2 基本データセットの作成
化学物質の生態毒性データの情報源は、研究論文、政府研究機関のデータベース、国際機
関のデータベース等、数多く存在する。生態毒性の有害性データには、アカデミックな研究
の成果として報告されているものもあれば、規制への対応のために OECD 等のガイダンスに厳
密に準拠して GLP 試験機関で実施された結果が報告されているものもある。毒性は試験条件
によって大きく異なることが考えられるため、
推定手法の開発等に活用するデータセット(基
本データセット)
)
には、
信頼できる有用なものを準備する必要がある。
本プロジェクトでは、
生態毒性データの情報源の特徴や含まれるデータ項目等を検討・選定し、生態影響推定手法
開発の基礎となる基本データセットを作成した。
196
生態毒性データの情報源について検討した結果、一定の信頼性評価が行われていると考え
られた国内外の既存の生態影響データベース(ECOTOX、IUCLID、ECETOC、環境省)やリスク
評価書(NEDO,化学物質総合評価管理プログラム「化学物質のリスク評価およびリスク評価
手法の開発」プロジェクト)を本プロジェクトにおける生態毒性データの情報源として選定
した。また、それらの情報源から、4 つの用途群物質やそれらの構造類似物質を中心に、水
生生物種(魚類、ミジンコ、藻類)に関する有害性情報(LC50 や EC50、NOEC 等)
、物性およ
び構造に関する情報を収集し、基本データセットとした。さらに、洗浄剤とプラスチック添
加剤の 2 用途群の物質については、約 250 物質の有害性情報、物性および構造の情報を収集
し、生態影響情報を補完する手法開発のための基本データセットを作成した。
作成した基本データセットの内容を図4に示した。データベース化した毒性情報と物質数
は以下の通りである。
 魚類 96 時間 LC50_SSD
(魚類 96 時間 LC50 に基づいた種の感受性分布情報):
 魚類 96 時間半数致死濃度(LC50)
:
425 物質
1,270 物質
 ミジンコ 48 時間半数遊泳阻害濃度(EC50)
:
500 物質
 ミジンコ 21 日間半数繁殖阻害濃度(EC50)
:
475 物質
 藻類 72 時間無影響濃度(NOEC)
:
446 物質
 藻類 72 時間半数影響濃度(EC50)
:
508 物質
図4 4 つの用途群物質等を対象に作成した基本データセット
金属類については、銅を中心に、鉛、ニッケル、亜鉛の毒性情報を収集した。得られた毒
性値の信頼性を確認するため、原著論文の収集も行ったところ、銅については 592 もの文献
が収集された。これらの文献から、さらに、慢性毒性試験のもの、BLM(Biotic Ligand Model)
197
補正に必要な情報を全て記載しているものを選択した結果、文献数は 70 あり、毒性データの
総数は 292 であった。毒性情報は、魚類、甲殻類、軟体動物、昆虫を含む動物は 46 種、植物
は 6 種について得られた。
2.3 生態影響推定手法の開発
基本データセットを用いて、有機化合物では、①利用可能なデータの有無や多尐によって
推定手法を柔軟に使い分ける線形モデル&ベイズ的アプローチ(以下「順応的 SSD 推定手法」
とする)と②非線形モデルを用いたアプローチ(以下「ニューラルネットワークモデルを用
いた手法」とする)
、金属類では③BLM アプローチ(以下「BLM を用いた手法」とする)の複
数の生態影響推定手法の開発を試みた。①は、利用可能なデータに応じて、SSD を直接推定
する手法である。②は、ニューラルネットワークモデルを用いて推定した魚類の毒性値から
SSD を推定する。③は、比較的多くの生態毒性データが存在する金属について、毒性の水質
依存性を補正し、同じ条件下でリスク比較を可能にする SSD を推定する。本項では、それぞ
れの開発手法について述べる。
2.3.1 順応的 SSD 推定手法
利用可能な生態毒性データを生かし、生態毒性データがほとんどない、あるいは全くない
物質の SSD を推定する方法の枠組みを考案した。その基本的な考え方と鍵となる仮定は以下
の通りである。
1.毒性作用機序が同じであるならば、SSD の形状は同じである。
(対数)正規分布を仮定
した SSD を規定する統計値は、平均値と標準偏差である。SSD の平均値は、化学物質の
特性により決まる。一方、分散は、同じ毒性作用機序を有する物質であれば、化学物質
によらず一定であると仮定する。この仮定に基づく SSD の推定手法については複数の報
告がある(例えば、Chèvre et al. 2006; 永井 2011)
2.化学物質に対する種の感受性のランク(感受性の相対的位置)は、同じ毒性作用機序を
有する物質であれば同じである。
本手法の解析では、まず、この 2 つの仮定の妥当性を検証するために、利用可能な生態毒
性データを毒性作用機序ごとに分類し、平均値や分散のパターン解析を行った。その際、SSD
の作成に利用するデータセットはできるだけ同じ種になるようにデータ選択を行った。次に、
パターン解析の結果を生かし、評価対象物質の毒性作用機序や利用可能な生態毒性データの
数によって SSD を推定する方法の枠組みについて検討を行った。
【生態毒性データのパターン解析】
化学物質の毒性作用と SSD の形状との間に関係性が存在するかどうかを確認するためにパ
ターン解析を行った。まず、国内外の信頼性が高いと考えられる生態毒性データベース
(ECETOC,OECD QSAR TOOL BOX,環境省)より、数千に及ぶ水生生物に関する生態毒性デー
タを収集・整理し、SSD のパターン解析に資するデータセットを決定した。データセットは、
198
共通の生物 8 種以上について同じエンドポイントの毒性データをもつ 60 の化学物質である。
化学物質の分類は Verhaar et al.(1992)の分類方式に従った。この 60 の化学物質につい
て、対数正規分布を仮定した SSD を作成し、毒性作用の分類群ごとにどのような特徴がある
かを調べた。
その結果、麻酔作用物質については、SSD のばらつき(SSD の分散の大きさ)の差は小さか
った。平均値のばらつきも比較的狭い範囲に収まっていた。一方、特殊作用物質については、
種の感受性のばらつきや平均値に特徴的な傾向は見られなかった。
SSD の分散と log Kow の関係を毒性作用グループごとにプロットしたものを図 5 に示した。
どのグループにおいても log Kow の変化に伴う SSD の分散の変化は見られなかった。分散の
ばらつきの幅が狭い麻酔作用物質については、log Kow の大きさによらず、分散の大きさの
範囲を設定可能であることが示唆された。
図5 SSD の分散と log Kow との関係
以上より、麻酔作用を有する化学物質については、既存の生態毒性データの SSD の分散を
活用し、log Kow から SSD の統計値を推定できることが示唆された。一方、特殊作用物質に
ついては、SSD の統計値のばらつきが大きく、物性値からの予測性も低いため、麻酔作用物
質と同じような枠組みで評価するには限界があることがわかった。
【SSD の直接推定】
本節では、不確実性を考慮した SSD の直接推定法、すなわち、利用可能な生態毒性データ
のあるなし、あるいは多尐に応じた推定手法について、その基本的な考え方を解説する。
1)利用可能な生態毒性データが存在しない場合
利用可能な生態毒性データが全く存在しない場合、対象となる化学物質の物理化学的性状
をパラメータとして QSAR アプローチより毒性を予測し、既知の分散より、SSD を推定する方
法が考えられる。麻酔作用性の化学物質に着目すると、log Kow と SSD の分散の間には特徴
199
的な関係は見られなかったが、log Kow と SSD の平均値の間には明確な相関が認められた。
そこで、本ケースでは、AIC より選択されたパラメータ(log Kow と分子量)を説明変数とし、
SSD の平均値を目的変数とする回帰予測式と、SSD のパターン解析により得た分散(ディフォ
ルトとして分散の平均値)に基づき、対象化学物質の SSD を決定する方法を考えた。データ
より作成した SSD の平均と回帰予測式より予測した SSD の平均の関係を図 6 に示す。麻酔作
用物質群については、本解析より得られた予測式によって SSD の平均値をファクター2 の範
囲で推定できることが示された。
図6 データと予測式による種の感受性分布平均値の比較
2)数種(1~3 種)の生態毒性データが存在する場合
数種の生態毒性データが存在する場合については、SSD の分散は SSD パターン解析の情報
を利用すればよい。平均値については、対象化学物質の毒性データが存在する種(例えば、
ミジンコ)が既存 SSD において、どのあたりにいるか(PAF 値)の情報から対象化学物質の
SSD を決定する。対象化学物質に対する毒性データが数種において存在する場合は、それら
の平均値を用いる。不確実性を考慮するため、複数の既存種の感受性分布の分散と影響割合
を考慮し、ブートストラップ法を用いて対象化学物質の SSD を決定する。
3)4 種以上の生態毒性データが存在する場合
4 種以上の生態毒性データが存在する場合については、ベイズ法に基づく統計モデルによ
り決定する方法が考えられる。データが正規分布に従い、事前分布が正規分布になるとき、
200
事後分布も正規分布になる。
事後分布の平均と分散は次式より計算することができる(Gelman
et al. 2003)。
=
このようなケースでは、事前分布情報として、回帰式より求めた SSD の平均値とパターン
解析より得た分散の値を用いることができる。SSD の分散は同じ毒性作用クラスでは同一で
あると仮定し、4 種以上の毒性データを等しく扱うとすると、事前分布の平均:1.15、分散:
0.35 として、4 種の毒性値(0.85,0.66,1.12,1.21)における事後分布を求めると図 7 の
ようになる。
4
対象物質のSSD
3
2
1
0
0.0
対象物質の
尤度分布
0.5
既存物質のSSD
1.0
1.5
2.0
2.5
図7 ベイス統計的アプローチを用いた SSD 推定の例
計算はこのように公式を使えば簡単に行うことができるが、実際の評価への適用において
は、
環境科学・生態毒性学的な観点から仮定や結果が妥当なのか検証することが重要である。
ここでは簡単のため、種の違いは考慮せず単に 4 種の毒性値としたが、実際の評価では、そ
の 4 種がどのような生物群グループに属するのか、生物群グループごとに感受性に違いはな
いのか、頑健性の高い種の選択とは等の検討が必要になるだろう。
2.3.2 ニューラルネットワークモデルを用いた手法
従来の QSAR モデルのような線形モデルではなく、幅広い対象化学物質の推定に対応可能な
非線形モデルを開発するため図8に示す方法論でニューラルネットワークモデルを用いた
SSD 推定手法の開発を行った。この手法は、まず物質の構造から幅広い魚種の急性毒性値
(96h_LC50)を推定できるニューラルネットワークモデルを構築し、そのモデルを用いた推
定値サンプルから当該物質の SSD を推定するというものである。本プロジェクトでは、基本
201
データセット(約 1,270 物質の幅広い魚種に対する急性毒性、官能基、原子構成等の情報)
を用いて、ニューラルネットワークモデルの構造や記述子の特定、データの変換等、モデル
開発の核心部分に関する検討を行い、物質の構造から魚類の急性毒性値(96h_LC50)を推定
できるニューラルネットワークモデルのプロトタイプを開発した。そのニューラルネットワ
ークモデルの構造図と記述子を、それぞれ図9と表1に示した。
図8 ニューラルネットワークモデルを用いた SSD 推定手法の開発
図9 ニューラルネットワークモデルの構造図
202
表1 ニューラルネットワークモデルの記述子一覧表
本プロジェクトで開発したニューラルネットワークモデルを用いた魚類の毒性推定値と実
測値の比較を図 10 に示す。
203
NNモデル推定幾何平均値
'Log LC50, mg/L(
実測値'Log LC50, mg/L(
従来手法の平均的な推定精度を有している'相関係数は0.6(
実測値対推定幾何平均値のファクター'  (: <2 23.8%; <5 50.9%;
<10 65.6%; <20 76.4%; <30 81.3%
図 10 ニューラルネットワークモデルによる推定結果と推定精度
(Leave-one-out 検証結果)
2.3.3 BLM を用いた金属類の SSD 推定手法
銅、亜鉛、鉛等の金属類については、比較的多くの生態毒性データが存在している。ほと
んどデータのない希尐金属については毒性を推定する必要があるが、本研究で対象とする金
属類の生態リスクトレードオフの範囲では、毒性推定の必要はない。しかしながら、金属の
毒性は水質により変わり、リスクも水質に応じて変わる。本プロジェクトの性質上、水質を
そろえたうえで、さらに共通の尺度でリスクの変化を議論する必要がある。本 PJ では、近年
急速に発達しつつある生物リガンドモデル(BLM、魚のえらに吸着する金属量を求めるモデル
(式 7)
)を用いて、収集・作成したデータセットにおける毒性値を水質で補正したうえ、補
正した毒性値を用いて、SSD を推定する手法を考案した(加茂ら 2011)
。
K M[M 2+ ]
v=
1+ K M[M 2+ ] + K Ca [Ca 2+ ] + K Mg [Mg2+ ] + K H[H + ]
(7)
この式では、カルシウム、マグネシウム、プロトンとの競合を考慮している。また、[M2+]
は、メディア中の全濃度ではなく、遊離イオン濃度であり、全濃度から Visual MINTEQ や WHAM
等の金属スペシエーションプログラムを用いて推定される。v は、全リガンド中、金属が結
合しているためリガンド本来の機能(例えばカルシウムイオンの取り込み)を失っているリ
ガンドの割合である。K は陽イオンとリガンドの吸着の起こりやすさ(親和係数)であり、
イオンごと、また、生物ごとに異なる。情報が尐ないという制限下においてもリスク評価を
可能とすることが本プロジェクトの目的の 1 つである。この目的の性質上、ほぼ確実に文献
から得られる情報(金属濃度とカルシウム濃度)だけでモデルを再構築し解析に用いた。つ
まり、金属との競合にカルシウムのみを考慮したより単純なものである。水質による毒性値
の補正(BLM 補正)は式(7)で行った。
v
K M [M 2 ]
1  K M [M 2 ]  K Ca [Ca 2 ]
(7)
204
BLM 補正を行い推定した銅の SSD を図 11 に示す。図 11 の A と B が硬度の影響、図 11 の C
と D が DOC(溶存有機炭素)の影響、図 11 の E と F が pH の影響を示している。図中太線は
補正なし SSD を表す。硬度を 25 mg/L から 150 mg/L に変えると、SSD の幾何平均値が若干上
昇するが、
分布形はほとんど変わらない
(幾何標準偏差がほぼ同じ)
。
DOC が 1 mg/L から 5 mg/L
に変わると、平均値は大きく変わるが分布形はほぼ同じである。pH が 6 から 8 に変わると、
平均値、
分布形どちらも大きく変化する。スペシエーションプログラムに WHAM を用いた場合、
pH が 6 の場合、分散が最も大きかった。MINTEQ を用いた場合、pH が 8 の時に分散が最も大
きかった。MINTEQ を用いた場合、SSD の平均値はほとんどの場合補正なし SSD の平均値より
低く推定された。これらの結果は、水質を考慮するか否かにより、生態リスク評価の結果が
大きく変化することを示している。
図 11 様々な水質条件下における BLM で補正した銅の SSD
太線:補正なしの SSD、実線と点線:化学種モデル(WHAM あるいは MINTEQ)の違い(加茂ら 2011)
【金属類の種の感受性分布によるリスク評価における不確実性】
開発した水質補正 SSD の推定を他の金属にも応用し、金属類の生態リスクを判定する際に
用いる指標値(HC5: 95%の種の保護レベル)が水質に応じてどの程度変化するかについて解
析した結果について述べる。WHAM を用いて銅の HC5 が水質によるどのように変化するかを調
べた結果を図 12 に示す。それによると、硬度はそれほど HC5 に影響せず、pH の影響がむし
ろ大きい。pH が高く DOC も高いと HC5 は急激に上昇する。今回調べた範囲では、最も高い HC5
205
が 24.3 μg/L(硬度 50 mg/L、pH8、DOC 5 mg/L)
、最も低い HC5 が 0.306 μg/L(硬度 50 mg/L、
pH6、DOC 1 mg/L)であった。最大値と最小値は約 80 倍異なり、リスク評価を行う際に、水
質の影響に大きな注意を払わなくてはならないことを示唆している。
図 12 銅の HC5 の水質依存性
(加茂ら 2011)
銅、亜鉛、鉛およびニッケルを対象に、水質(DOC)の違いが HC5 の与える影響について解
析した結果を図 13 に示す。水温 20℃、pH7、硬度 50 mg/L の条件下において、ニッケルの HC5
における DOC の影響は小さく(変化が小さい)、DOC = 5 mg/L では、HC5 はむしろ銅より低く
なった(影響が大きい)
。
今回対象とした金属(銅、鉛、ニッケル、亜鉛)では、一般的に、pH、硬度、DOC が高い
ほど HC5 も高くなる傾向にあった。しかしながら、必ずしも成り立つというわけではなく、
水質に著しく依存する。例えば、pH7、硬度 50 mg/L に固定して、DOC の影響だけを調べてみ
ると(図 13)
、水質の鉛が最も変化率が高く、次いで銅、亜鉛、ニッケルの順であった。変
化率の順は水質により変わることに注意を要する。本解析の結果は、金属類のリスク評価に
おいて水質を考慮することの重要性を示している。今後の課題として、本解析の妥当性の検
証ならびに、このような結果を実際のリスク評価や管理に活かしていく手法開発の必要性が
示唆される。
図 13 各金属における HC5 と DOC の関係
206
3.生態リスクトレードオフ解析手法ガイダンス
生態リスクトレードオフ解析手法ガイダンスを作成した。目次は以下の通りである。
第1章
はじめに
第2章
種の感受性分布(SSD)による 生態リスクトレードオフ評価の考え方
2.1
種の感受性分布手法(SSD)とは?
2.2
SSD の仮定
2.3
化学物質の生態リスク評価・管理において SSD はどのように使われているのか?
2.3.1
米国における水質クライテリア設定における SSD の利用
2.3.2
欧州における SSD の利用
2.3.3
SSD を利用した生態リスク評価の事例
2.4
第3章
生態リスクトレードオフ解析と SSD
生態毒性試験データの取得
3.1
生態毒性試験データの情報源と特徴
3.2
既存の生態毒性推定ツールの分類と特徴
3.2.1
推定原理:QSAR 的手法と Read Across 的手法
3.2.2
開発主体から見た生態毒性推定ツール
3.2.3
生態毒性ツールの分類と特徴(推定ツール別)
第4章
種の感受性分布(SSD)の推定
4.1
Excel
4.2
R
4.2.3
SSD Generator
4.2.4
ETX 2.0
4.2.5
@RISK
4.2.6
汎用生態リスク評価管理ツール(LRI プロジェクト成果
4.2.7
ベイズ法を活用した SSD の作成
第5章
種の感受性分布(SSD)の推定 (本プロジェクトの成果)
5.1
ニューラルネットワークを用いた手法
5.2
順応的 SSD 推定手法
5.2.1
生態毒性データのパターン解析
5.2.2
SSD 直接推論手法
第6章
金属の生態リスクトレードオフ評価
6.1
はじめに -金属類のリスク評価の特徴-
6.2
金属毒性の特徴
6.2.1
硬度の影響
6.2.2
有機物の影響
6.2.3
モデルによる統合
6.3
BLM
6.3.1
リガンドモデル
6.3.2
BLM の概略
207
6.3.3
6.4
金属類の種の感受性分布
6.4.1
6.5
理論的背景
毒性値の補正
幾つかの事例
6.5.1
欧州のエコリージョンアプローチ
6.5.2
米国環境保護庁による銅のリスク評価書
6.5.3
我が国の例
6.6
まとめ
引用文献
本ガイダンスでは、種の感受性分布を用いたリスクトレードオフ解析を実施するために必
要なデータの取得から種の感受性分布の推定方法まで、本研究の成果に限らず、利用可能な
データベースやソフトウェア等も含め、解説した。金属類については、毒性値の補正方法や
国外において実用化されている評価手法の特徴等についてまとめた。
参考文献
Aldenberg T, Jaworska JS, Traas TP. (2002) Normal species sensitivity distributions
and probabilistic ecological risk assessment. In: Posthuma L, Suter II GW and Traas
TP (Eds.), Species sensitivity distributions in ecotoxicology pp.49-102. Boca
Raton, Fla, Lewis Publishers.
Chèvre N, Loepfe C, Singer H, Stamm C, Fenner K, Escher BI. (2006) Including mixtures
in the determination of water quality criteria for herbicides in surface water.
Environmental Science & Technology, 40(2):426-435.
Gelman A, Carlin JB, Stern HS, Rubin DB. (2003) Bayesian data analysis, second edition.
Boca Raton, Fla, Chapman & Hall/CRC.
Verdonck FAM, Aldenberg T, Jaworska J, Vanrolleghem PA. (2003) Limitations of current
risk characterization methods in probabilistic environmental risk assessment.
Environmental Toxicology and Chemistry, 22(9):2209-2213.
Verhaar HJM, van Leeuwen CJ, Hermens JLM. (1992) Classifying environmental pollutants.
1: Structure-activity relationships for prediction of aquatic toxicity.
Chemosphere, 25(4):471-491.
加茂将史・安田恭子・内藤航. (2011) 生物リガンドモデルを用いた銅の生態リスク評価手法.
環境毒性学会誌, 14(1):127-139.
永井孝志 (2011) 環境水中重金属のスペシエーションと生物利用性. 環境毒性学会誌,
14(1):13-23.
208
3-1-2-6 4つの用途群のリスクトレードオフ評価書の作成
①洗浄剤リスクトレードオフ評価書
1.はじめに
1.1 評価書の目的
事業者による有害性が懸念される物質の排出量削減に対し自主的取り組みが進むにつれて、
対象となる物質から非対象物質への代替において、1)本当にリスクを削減しているのか、2)
対策費用はかけるに値するものであるか、という点を判断するための手法や指標が欠けてい
ることが顕在化してきた。本評価書では、事業者や事業者団体が、自主的な対策として物質
代替を行う場合に、自らの対策の正当性を、様々なステークホルダーに対して説明するため
の方法をひと通り提示することを目的とし、そのためのケーススタディとして、物質代替が
広範に行われている工業用洗浄剤を取り上げる。
1.2 評価対象シナリオ
塩素系洗浄剤の排出削減対策の傾向を解析した結果、排出削減対策としては事例数、排出
削減量ともに最も多かったのは「洗浄剤・溶剤の代替」であり、次いで「工程改良(回収率
向上等)
」であった。代替後の洗浄剤細目としては炭化水素系と水系への事例が多く次いで準
水系への代替事例が多いことがわかった。そこで、本評価書での解析対象シナリオとしては
塩素系から炭化水素系、および、塩素系から水系への洗浄剤代替、およびそれらとの比較対
象として、洗浄剤代替を伴わないエンドオブパイプ対策を取り上げる。
被代替物質としては、塩素系洗浄剤の使用量の大半を占めるトリクロロエチレンとジクロ
ロメタンを評価対象物質として選択した。代替物質としては、炭化水素系洗浄剤に対しては
販売量と沸点データから n-デカンを、水系洗浄剤に対しては、使用量の多いアルカリ系洗浄
剤に界面活性剤として用いられることの多いアルコールエトキシレート(AE)を評価対象物
質として選択した。
被代替物質のトリクロロエチレンとジクロロメタンについては、すでに詳細リスク評価書
が出版され、両物質とも発がんリスク、非発がんリスクともにリスクは懸念されるレベルに
はないことがわかっている。よって、本評価書で扱う物質代替はそもそも、リスクの懸念す
るレベルにはないと評価された 2 つの塩素系洗浄剤を別の物質に代替するというシナリオで
あることに注意すべきである。だからこそ、リスクのトレードオフや費用対効果を精査する
必要性が高いといえる。
2.環境排出量の変化
「排出シナリオ文書(ESD)ベースの環境排出量推計手法の確立」で構築した洗浄剤の排出
量推定式を用いて、洗浄剤代替による各洗浄剤成分の排出量の変化分を推計した。推定に必
要な洗浄工程特性パラメータの値は既存の洗浄事例データを用いて決定した。回収装置を導
入した場合(シナリオ⑤、⑥)には、洗浄剤の排出量が 65%減尐すると仮定した。
表1に、各シナリオについて工業用洗浄以外への用途も含めた排出量変化を示す。洗浄用
途の塩素系洗浄剤の排出量は代替によってゼロになると仮定した。代替前の塩素系洗浄剤の
排出量は、使用量データとして PRTR すそ切り以下排出量推計の値を用い、排出係数は、有害
209
大気自主管理報告書で報告されている業会団体別のデータから算出した値を用いることによ
り、代替前のトリクロロエチレンおよびジクロロメタンの洗浄用途排出量はそれぞれ
14,244(t/年)、 19,513(t/年)と算出した。代替前の n-デカンの排出量は、VOC 排出量に組成
比を乗じて求め、代替前の AE の排出量値には PRTR 排出量データ(2005 年度値)を用いた。
表1 洗浄剤代替による排出量変化推計値(全国、2005 年度、t/年)
シナリオ
物質
①トリクロロエチレンから n- トリクロロエチレン
デカンへ
n-デカン
②ジクロロメタンから n-デカ ジクロロメタン
ンへ
n-デカン
③トリクロロエチレンから AE トリクロロエチレン
へ
AE
ジクロロメタン
④ジクロロメタンら AE へ
AE
⑤トリクロロエチレンに回収
トリクロロエチレン
装置導入
⑥ジクロロメタンに回収装置
ジクロロメタン
導入
代替前
(対策前)
14,854
119,049
31,909
119,049
14,854
19,700
31,909
19,700
代替後
(対策後)
610
130,143
12,396
125,260
610
19,724
12,396
19,713
14,854
5,595
-9,259
31,909
19,226
-12,683
変化量
-14,244
+11,094
-19,513
+6,211
-14,244
+24
-19,513
+13
3.環境中濃度分布の変化
3.1 大気中濃度分布の推定
シナリオ①からシナリオ④の4つのシナリオにおける大気中の被代替物質と代替物質、2
次生成物質の大気中暴露濃度の変化を、大気モデル ADMER-PRO を用いて推定した。図1、図
2に、それぞれシナリオ①、シナリオ②における被代替物質、代替物質、オゾンの年間平均
濃度についてベースシナリオからの変化量の地理分布、および、濃度変化量に対応する人口
の分布を示した。
210
トリクロロエチレン
オゾン'8時間値(
n-デカン
濃
度
変
化
量
地
理
分
布
[ppb]
0.14
0.11
0.07
0.04
0.00
[ppb]
0.00
-0.06
-0.12
-0.18
-0.24
[ppb]
0.000
-0.005
-0.009
-0.014
-0.019
ジクロロメタン
0.000
0.000
0.000
0.000
-0.005
-0.009
-0.014
オゾン'8時間値(
n-デカン
濃
度
変
化
量
地
理
分
布
-0.019
0.11
0.07
0.04
0.00
0.00
0.00
0.00
0.00
0.00
0.00
0.00
0.00
-0.06
-0.12
-0.18
-0.24
30,000
30,000
濃 30,000
25,000
25,000
度 25,000
20,000
20,000
20,000
変
15,000
15,000
化 15,000
10,000
10,000
10,000
量
5,000
5,000
5,000
人
0
0
0
口
千
分
ppb
布 人
図1 シナリオ①(トリクロロエチレンから n-デカンへの代替)におけるベースラインシナ
リオからの各物質の濃度変化量の地理分布と人口分布
[ppb]
0.078
0.059
0.039
0.020
0.000
[ppb]
0.00
-0.13
-0.26
-0.39
-0.52
[ppb]
0.011
0.008
0.005
0.003
0.000
0.008
0.005
0.003
0.000
0.000
0.000
0.000
0.000
0.059
0.039
0.020
0.000
0.000
0.000
0.000
0.000
0.00
0.00
0.00
0.00
-0.13
-0.26
-0.39
-0.52
30,000
30,000
濃 30,000
25,000
25,000
度 25,000
20,000
20,000
変 20,000
15,000
15,000
化 15,000
10,000
10,000
量 10,000
5,000
5,000
人 5,000
0
0
0
口
分 千
ppb
布 人
図2 シナリオ②(ジクロロメタンから n-デカンへの代替)におけるベースラインシナリオ
からの各物質の年間平均濃度変化量の地理分布と人口分布
図1では、
その代替に伴い被代替物質とともにオゾンの濃度も減尐しているが、図2では、
被代替物質は減尐しているのに対し、オゾンの濃度は増加していることがわかる。①と②の
シナリオで、それぞれオゾン濃度が減尐、増加と異なる傾向を見せるのは、シナリオ①では
オゾン生成能のより低い物質に代替されたのに対し、シナリオ②ではオゾン生成能のより高
い物質に代替されたためであると考えられる。
211
シナリオ①から④について関東地方全体の人口加重平均濃度(年間平均値)のベースシナ
リオからの変化量を計算した結果を表2に示す。いずれのシナリオでも被代替物質、代替物
質の濃度変化が大きいが、④を除くシナリオでは、オゾンの濃度変化もそれらに比べて無視
できない量であると考えられる。
表2 各シナリオに対して推定された関東地方全体の人口加重平均濃度(年間平均値)のベ
ースラインシナリオからの変化量(点線左の段)と変化率(点線右の段)
①トリクロロエチレンからn- ②ジクロロメタンからn-デ ③トリクロロエチレンからAE ④ジクロロメタンからAE
デカンへの代替
カンへの代替
への代替
への代替
-0.1119 ppb
-0.1119 ppb
トリクロロエチレ
-93.5%
-93.5%
3
3
ン
(-0.6014μ g/m )
(-0.6014μ g/m )
-0.2514 ppb
-0.2514 ppb
ジクロロメタン
-62.9%
-62.9%
(-0.8734μ g/m3)
(-0.8734μ g/m3)
+0.0629 ppb
+0.0365 ppb
n-デカン
6.76%
3.93%
(+0.366μ g/m3)
(+0.2124μ g/m3)
-0.0105 ppb
+0.0060 ppb
-0.0210 ppb
0 ppb
オゾン'8時間平
-0.0315%
0.018%
-0.0629%
0%
均値(
(-0.0206μ g/m3)
(+0.012μ g/m3)
(-0.0413μ g/m3)
0 μ g/m3
3.2 河川水中濃度分布の推定
シナリオ③、シナリオ④の2つのシナリオにおける河川水中の AE 濃度の変化を推定した。
排出量変化の推計結果に基づき、河川水中濃度推定モデル AIST-SHANEL を用いて、関東地方
の一級水系における 2005 年の 1 km メッシュごとの月単位の河川水中の AE 濃度を推定した。
図3にシナリオ③における、河川水 AE 年平均濃度のベースライン(現況)濃度に対する差
を示す。シナリオ③では、各水系の支川上流や荒川や鶴見川の本川下流の一部で 100μg/L
を超えたが、多くは 0.1μg/L を下回っていた。シナリオ④では、各水系の支川上流で 100 μ
g/L を超えたが、それ以外のほとんどは 0.1μg/L を下回っていた。
表3、表4にシナリオ③、シナリオ④における河川中 AE 平均濃度(幾何平均)のベースラ
インシナリオに対する変化率を示す。濃度変化率は、シナリオ③では多摩川において 4.6%、
次いで相模川において 3.0%と高く、シナリオ④では、多摩川において 3.1%と高かったが、
他の河川は 1%未満であった。
凡例
[μ g/L]
1
0.3
0.1
0.03
0.01
0.003
0.001
図3 シナリオ③における河川中 AE 濃度のベースラインシナリオとの差の分布
表3 シナリオ③における AE の幾何平均濃度(μg/L)と濃度変化率
212
河川名
久慈川
那珂川
利根川
荒川
多摩川
鶴見川
相模川
AE現況
幾何平均
6.49
8.57
4.47
10.96
8.44
62.55
5.49
トリクロ代替
トリクロ代替
幾何平均
濃度変化率'%(
6.49
0.00
8.59
0.14
4.48
0.09
11.02
0.55
8.83
4.62
63.03
0.76
5.65
2.95
表4 シナリオ④における AE の幾何平均濃度(μg/L)と濃度変化率
河川名
久慈川
那珂川
利根川
荒川
多摩川
鶴見川
相模川
AE現況
幾何平均
6.49
8.57
4.47
10.96
8.44
62.55
5.49
ジクロロ代替
ジクロロ代替
幾何平均
濃度変化率'%(
6.51
0.30
8.58
0.11
4.48
0.12
10.99
0.29
8.70
3.10
62.90
0.55
5.50
0.30
4.ヒト健康リスクの変化
大気経由の吸入暴露を想定して、ヒト健康影響にかかわる各化学物質の有害性のプロファ
イルをまとめた。n-デカンについては、屋外大気の吸入暴露によるヒト健康リスクおよびそ
の増分は無視できる程度と判断した。
推定した大気中の被代替物質、代替物質および 2 次生成物の濃度分布をもとに、代替に伴
うヒト健康リスクの変化を発がん件数の増減とオゾンによる死亡者数の増減として推定した。
トリクロロエチレン、ジクロロメタンの吸入暴露による関東地方全体での発がん件数とオゾ
ンの吸入暴露による余命短縮件数の推定には以下の式を用いた。
・トリクロロエチレンとジクロロメタン暴露による発がん件数(/yr)=各物質のユニット
リスク×夜間人口×各物質の年間平均濃度の人口加重平均値÷70(yr)
・オゾン暴露による余命短縮件数(/yr)=単位濃度あたりの死亡率上昇×年間ベースライ
ン死亡者数(/yr)×年間平均オゾン 8 時間濃度のベースライン死亡者数加重平均値
推定結果を表5に示す。シナリオ②では、オゾンによる死亡者数が増加しておりリスクト
レードオフが起きている可能性があることがわかる。
213
表5 各代替シナリオに対し推定されたヒト健康リスクの変化(関東地方)
シナリオ
発がん件数の増減
(件数/年)
-0.014
-0.00075
-0.014
-0.00075
-0.0090
-0.00048
①
②
③
④
⑤
⑥
オゾンによる死亡者数の増減(件
数/年)
-0.40
+0.36
-1.05
0.00000
-0.68
0.00000
開発した有害性推論アルゴリズムを用いて、トリクロロエチレンやジクロロメタンから
n-デカンへの代替に伴う肝臓と腎臓に対する影響の QALY 変化を計算した。肝臓影響につい
ては塩化ビニル、腎臓影響についてはカドミウムをそれぞれ参照物質として用いた。シナリ
オ①におけるトリクロロエチレンの大気中濃度変化、シナリオ②におけるジクロロメタンの
大気中濃度変化に対して推定されたリスク値(QALY)を表6、表7にそれぞれ示す。物質の代
替前後によらず、QALY 損失で表される肝臓と腎臓での影響に対するリスクの絶対値はきわ
めて小さい(一人当たり生涯での値として 0.001 年未満)ことが示された。よって以後の確
率論的なリスクトレードオフ解析では、塩素系洗浄剤の発がんによる死亡とオゾン暴露によ
る死亡に基づく QALY のみを取り扱うこととした。
表6 シナリオ①におけるトリクロロエチレンの大気中濃度に対して推定された肝臓影響、
腎臓影響のリスクレベル(推定平均値、人口加重平均値)
QALY、人口加重平均値(年)
肝臓影響
腎臓影響
代替前
<< 0.001
(3.4×10-15)
<< 0.001
(3.9×10-45)
代替後
<< 0.001
(6.7×10-23)
<< 0.001
(8.4×10-86)
表7 シナリオ②におけるジクロロメタンの大気中濃度に対して推定された肝臓影響、腎臓
影響のリスクレベル(推定平均値、人口加重平均値)
QALY、人口加重平均値(年)
肝臓影響
腎臓影響
代替前
<< 0.001
(3.4×10-17)
<< 0.001
(2.5×10-37)
代替後
<< 0.001
(5.5×10-20)
<< 0.001
(2.3×10-49)
5.生態リスクの変化
代替前後の AE の生態リスクの変化量(ΔRisk)を次式で推定した。


0
0
Risk  (  E ' (c) SSD (c)dc )  (  E (c) SSD (c)dc )
ここで、E'(c)は代替後の AE の河川水中濃度分布、E(c)は代替前の AE の河川水中濃度分布で
あり、SSD(c)は AE の種の感受性分布である。ニューラルネットワークモデルで推定した慢性
毒性値を用いて作成した種の感受性分布(図4)と代替前後の AE の河川水中濃度分布データ
から、関東7水系における代替前後のリスクと ΔRisk を算出した(表8)
。
214
0.8
0.8
0.6
0.6
0.4
0.4
0.2
0.2
0
0
0.01
0.1
1
10
1
10
100
1
幾何平均推定毒性値に基づいたSSD
0.8
0.6
0.4
0.2
0
0.1
1
10
図4 推定慢性毒性値から作成した種の感受性分布図
表8 関東7水系における代替前後の生態リスク変化量の計算結果
河
川
久
慈
川
那
珂
川
利
根
川
荒
川
多
摩
川
鶴
見
川
相
模
川
シナリオ
現況
シナリオ③
シナリオ④
現況
シナリオ③
シナリオ④
現況
シナリオ③
シナリオ④
現況
シナリオ③
シナリオ④
現況
シナリオ③
シナリオ④
現況
シナリオ③
シナリオ④
現況
シナリオ③
シナリオ④
リスク(影響を受ける種の割合の期待値)
2.5%タイル
幾何平均
97.5%タイル
8.63×10-4
1.55×10-5
1.39×10-7
8.63×10-4
1.55×10-5
1.39×10-7
-4
-5
8.72×10
1.57×10
1.41×10-7
1.33×10-2
1.27×10-3
4.94×10-5
-2
-3
1.34×10
1.27×10
4.96×10-5
-2
-3
1.34×10
1.27×10
4.96×10-5
6.82×10-5
3.76×10-7
1.79×10-9
-5
-7
6.85×10
3.78×10
1.81×10-9
-5
-7
6.86×10
3.79×10
1.80×10-9
9.58×10-5
1.78×10-7
5.75×10-10
-4
-7
1.02×10
1.97×10
6.44×10-10
-5
-7
9.81×10
1.84×10
5.98×10-10
7.58×10-2
5.11×10-3
3.99×10-4
-2
-3
8.08×10
5.23×10
4.07×10-4
7.91×10-2
5.16×10-3
4.00×10-4
-3
-6
5.93×10
8.74×10
2.47×10-8
-3
-6
5.68×10
7.65×10
2.16×10-8
5.75×10-3
7.94×10-6
2.24×10-8
-12
-18
2.80×10
1.71×10
5.54×10-19
-12
-18
4.93×10
3.60×10
9.18×10-19
3.03×10-12 1.91×10-18
5.94×10-19
代替後のリスク増分
増分範囲
―
増分なし
2.34×10-9~8.57×10-6
―
1.09×10-7~2.03×10-5
1.27×10-7~2.04×10-5
―
1.26×10-11~3.07×10-7
1.66×10-11~4.01×10-7
―
6.89×10-11~6.52×10-6
2.32×10-11~2.32×10-6
―
7.43×10-6~5.05×10-3
6.61×10-7~3.36×10-3
―
増分なし
増分なし
―
3.64×10-19~2.13×10-12
4.01×10-20~2.32×10-13
表8に示したリスク幾何平均値から、2 つの代替シナリオにおける代替前後の AE リスクの
増分は、いずれの河川も無視できるほど小さいと判断した。また、各河川の生態リスクは幾
何平均値でみた場合、多摩川>那珂川>久慈川>鶴見川>利根川>荒川>相模川の順となっ
た。
6.リスクトレードオフ解析
大気経由のヒト健康リスクとして得られた発がん件数とオゾンによる死亡者数を統一的な
尺度で表しリスクトレードオフ評価を行うためには、損失余命に換算する必要がある。しか
し、オゾン濃度増加による死亡がもたらす損失余命には不確実性が大きいため、リスクを分
布として推定した。暴露、有害性に関する主要なパラメータについて Weight of Evidence
215
を考慮し、表9のように不確実性を判断し、不確実性が中程度以上と判断するパラメータに
ついて適切と考えられる分布を与えた。その上で各シナリオに対する獲得余命の分布を算出
した。
算出結果を表 10 に示す。シナリオ②(ジクロロメタンから n-デカンに代替)では獲得余
命分布の 5 パーセンタイル、中央値が負となり、リスクトレードオフが起きる可能性が高い
ことを示した。なお、シナリオ④では分布を設定したパラメータがないため推定獲得余命も
分布がない一つの値となっている。
表9 リスク評価に用いた各パラメータおよびモデルの Weight of Evidence
リスク評価項目
洗浄剤代替後の n-デカンの排出量
大気中濃度推定モデル
塩素系洗浄剤の発がんユニットリスク
不確実性
中
低
低
オゾン濃度の増加に対する死亡者数増加率
中
塩素系洗浄剤による発がん 1 件当りの損失余命
低
オゾン濃度増加による死亡 1 件当りの損失余命
高
確率密度関数(PDF)
§2で推定
なし
なし
下記の統計量の正規分布を仮
定
平均:0.00020(ppb-1)
標準偏差:0.00005(ppb-1)
なし(1 件あたり 10 年に設定)
下記のような統計量の対数一
様分布を仮定
最小値:0.00822 年(3 日に相
当)
最大値:1 年
表 10 各シナリオにおける獲得余命(年)の分布(関東地方、2005 年)
シナリオ
①トリクロロエチレンから n-デカンへ
②ジクロロメタンから n-デカンへ
③トリクロロエチレンから AE へ
④ジクロロメタンら AE へ
⑤トリクロロエチレンに回収装置導入
⑥ジクロロメタンに回収装置導入
5 パーセンタイル
0.13
-0.28
0.15
7.46×10-3
0.092
4.1×10-3
中央値
0.17
-0.021
0.23
7.46×10-3
0.15
4.9×10-3
95 パーセンタイル
0.55
0.005
0.98
7.46×10-3
0.64
5.6×10-3
(サンプリング:ラテンハイパーキューブ、サンプルサイズ=500、試行回数 5000 回、精度
コントロール(信頼度)
:99%)
推定された獲得余命に対する各推定パラメータの感度(分散への寄与率)を解析した。全
てのシナリオに共通して感度が高いのは「オゾン濃度増加による死亡者数増加1件あたりの
損失余命」であり、90%を超えていることがわかった。逆に排出量(洗浄プロセス)に関す
るパラメータ(冷却温度、風速等)の寄与は小さいことがわかった。
各シナリオにおける対策費用増分の推定値を表 11 に示す。ここで費用が負の値となる場合
は対策によって洗浄剤購入費用が減尐(使用量減尐または単価減尐)することによるもので
ある。余命を1年獲得するためにかかる費用の分布について、モンテカルロ法による推算を
行った。費用には表 11 に示した年間費用範囲の最小値と最大値を持ち、それらの算術平均値
を最尤値とした三角分布を仮定した。その結果を表 12 に示す。
216
シナリオ
①
②
③
④
⑤
⑥
表 11 シナリオ毎に推計された対策費用
ランニングコスト
イニシャルコスト
(洗浄剤費含む)
[億円]
[億円/年]
60~105
-4~3
82~144
-1~9
38~150
49~81
51~206
27~72
120~188
-9~-8
165~257
-10~-8
年間費用
[億円/年]
1~12
6~21
52~94
32~89
1~8
4~14
表 12 各シナリオに対して推定された余命を 1 年獲得するための費用(億円/年)
シナリオ
5 パーセンタイル値
中央値
95 パーセンタイル値
①
8.4
33
67
*1
*1
②
-
-
-*1
③
74
310
530
④
5,500
8,100
11,000
⑤
6.0
26
61
⑥
1,100
1,900
2,700
*1)負の値を含む分布となるため示していない。
(サンプリング:ラテンハイパーキューブ、サンプルサイズ=500、試行回数 5000 回、精度
コントロール(信頼度)
:99%)
シナリオによって余命 1 年獲得費用は大きくばらついた。まずトリクロロエチレンに対す
るシナリオ(①、③、⑤)とジクロロメタンに対するシナリオ(②、④、⑥)を比較すると、
トリクロロエチレンに対する費用対効果が高いことがわかる。次にトリクロロエチレンに対
し代替または回収装置導入を行うシナリオ(①、③、⑤)どうしを比較すると、n-デカンへ
の代替(①)と回収装置導入(⑤)が比較的費用対効果が良いことがわかる。それに比べて
AE への代替(③)は費用対効果が悪くなっている。
ジクロロメタンに対するシナリオ(②、④、⑥)を比較すると、回収装置導入(⑥)が最も
費用対効果が良く、AE への代替(④)は費用対効果が悪い。また n-デカンへの代替シナリオ
(②)では、獲得余命が負値となる可能性があるため余命 1 年獲得費用の分布も一部負の値
となっており、費用を払ってリスクを増大させる可能性があることを意味する。
本リスクトレードオフ評価は、関東地方の全ての事業所で一斉に代替が行われるという仮
定のもとでの計算結果であり、実際に実施された代替事例の事後評価を意図したものではな
い。リスクトレードオフ解析の全体像、リスクトレードオフを解析するために必要な要素技
術、および要素技術の組み合わせ方について例示することを意図したものである。
塩素系洗浄剤のヒト健康リスクのレベルがもともと非常に低いため、炭化水素系への代替
に際しては、二次生成物質であるオゾンの濃度への寄与を通したヒト健康リスクの上昇が懸
念され、また水系への代替に際しては生態リスクの上昇が懸念された。リスクトレードオフ
解析によってジクロロメタンを代替する場合に、事前にヒト健康リスクを削減するのかを慎
重に評価する必要性が高いことを示している。また AE の増分による生態リスクはそれほどに
大きくないと示唆される。
217
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中西準子・梶原秀夫・川崎一(2008)詳細リスク評価書シリーズ 22 トリクロロエチレン,
丸善株式会社.
中西準子・篠崎裕哉・井上和也 (2009) 詳細リスク評価書シリーズ 24 オゾン-光化学オキ
シダント-,丸善株式会社.
中西準子・林 彬勒 2007 詳細リスク評価書シリーズ 14 アルコールエトキシレート(洗剤)
,
丸善株式会社.
日 本 石 鹸 洗 剤 工 業 会 HP ( 2010 ) 下 水 処 理 場 等 に お け る 微 生 物 分 解 ,
http://jsda.org/w/01_katud/a_seminar012.html
林彬勒(2006)持続可能な生態系のための化学物質の生態リスク評価およびその管理のあり
方について,環境情報科学誌,34(4),16-23.
林彬勒・東海明宏・吉田喜久雄・冨永衛・中西準子(2003)魚類個体群レベルにおける生態
リスク評価手法の提案―4-ノニルフェノールによるメダカ個体群評価のケーススタデ
ィ―,水環境学会誌,26,575-582.
219
②プラスチック添加剤リスクトレードオフ評価書
1.はじめに
欧州では電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する欧州議会および理事
会指令(RoHS)で、鉛、カドミウム、水銀、六価クロム、ポリ臭化ビフェノール(PBB)、ポ
リ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)の 6 物質の製品中への使用制限が 2006 年に施行された。
この指令等により、
使用禁止物質に対する物質代替への対応が企業に求められてきた。
なお、
PBDE の一つであるデカブロモジフェニルエーテル(decaBDE)は 2005 年に RoHS 指令の対象
物質から除外された。
また、企業の環境マネジメントシステムにおいても、PRTR 指定化学物質からそれ以外の物
質への代替を進め、環境への配慮を図る動きがすでに起こっており、プラスチック添加剤の
DEHP や decaBDE のような PRTR 指定化学物質の代替の動きは大きい状況である。
以上のように、実際には、有害性や暴露情報の尐ない化学物質への代替が進んでおり、そ
れらの代替物質のリスクが増加している可能性があるが、被代替物質と代替物質との間でリ
スクトレードオフが発生しているのかどうかを確認するためには、代替物質の暴露や有害性
情報が欠如し、
リスク評価が困難なこと、被代替物質と代替物質のエンドポイントが異なり、
リスク比較ができない問題がある。したがって、プラスチック添加剤の物質代替によってト
ータルでリスクの低減が図られているかどうかを確認する手立てがないのが現状であり、リ
スクトレードオフ解析のための手法開発とリスクトレードオフ評価の実施が望まれる。
そこで、並行して開発しているツールやモデルを使用して、プラスチック添加剤として電
気電子製品等に使用される難燃剤を対象に、ヒト健康リスクと生態リスクのトレードオフ評
価を行った。
2.シナリオ設定
本評価では、難燃剤が使用される主要な対象製品として、テレビ、パソコン等の家電、OA
機器等の電気電子製品の筐体をリスクトレードオフ解析の対象として取り上げる。また、
decaBDE は繊維用途での使用量も大きいため、バックグラウンドとして繊維用途も扱う。そ
して、臭素系難燃剤からリン系難燃剤への物質代替を扱うこととし、decaBDE と縮合リン酸
エステル系のビスフェノールA-ビス(ジフェニルホスフェート)(BDP)を対象物質とした。
ヒト健康リスク評価の長期的な視点にたって、1980 年~2020 年の 40 年間の排出量平均値
を用いたリスクを評価した。
解析では、decaBDE から BDP への物質代替に伴うリスクトレードオフを評価するために、
物質の需要量変化に応じて、①decaBDE 代替あり(ベースライン)シナリオ、②BDP 代替あり
(ベースライン)シナリオ、③decaBDE 代替なしシナリオの 3 種類のシナリオを設定した。
シナリオ①では、過去から現在の decaBDE 需要量データをそのまま用いたケースシナリオ
を想定した。シナリオ②では、過去から現在までの BDP 需要量をそのまま用いたシナリオを
想定した。そして、シナリオ③では、樹脂用途について BDP への代替が起こらず、現在から
将来の需要量がすべて decaBDE であると仮定したシナリオを想定した。
リスクトレードオフ評価の際には、①と②の両物質の代替ありのベースラインシナリオと
③の decaBDE 代替なしシナリオとを比較することによって、代替によるリスクの増減を判断
220
することが可能となる。
以上、3 つのシナリオでリスクトレードオフ評価を実施した。
3.難燃剤のマテリアルフロー解析と環境中への排出量推定
decaBDE と BDP の国内需要量にもとづいたマテリアルフロー解析を実施して、テレビ、パ
ソコンの筐体に使用される樹脂や繊維等に含有する難燃剤の生産から廃棄までのマテリアル
フローを推定した。また、難燃剤は生産から廃棄までの長いライフサイクルを有するため、
ライフサイクルの各段階における排出係数を設定して、
「2.シナリオ設定」で設定した代替
シナリオごとに難燃剤の環境中への排出量の 1980 年~2020 年の経年変化を推定した。
3.1 マテリアルフロー解析
国内需要量として、decaBDE は化学工業日報、BDP は日本難燃剤協会より提供されたデータ
を採用した。2005 年までは実績であり、2006 年以降は、2005 年の状況が継続すると仮定し、
2020 年までの需要量を推定した。各難燃剤は、用途を樹脂と繊維に分けて需要量推移を設定
した。樹脂と繊維の割合は、decaBDE で 6:4(東海ら、2008)
、BDP は樹脂以外の用途はない
ことから、全量樹脂とした。国内生産量については、decaBDE は東海ら(2008)の設定に従
い、BDP は、国内需要量の 90%が国内で生産され、残りは輸入されると設定した。
難燃剤は最終製品中で難燃効果を維持するために、最終製品中に含有された状態で流通し、
その製品の寿命期間中に一般消費者にストックされ、その後廃棄される。そこで、電気電子
製品と繊維製品の寿命をそれぞれ 5~15 年、5~20 年と仮定して、累積ワイブル分布関数を
用いて、廃棄量および市中ストック量を推定した。その結果を図1に示す。
①代替ありdecaBDE
②代替ありBDP
15,000
10,000
①
5,000
市中ストック量[t/年]
②
20,000
②代替ありBDP
0
③代替なしdecaBDE
③
300,000
③
25,000
廃棄量[t/年]
①代替ありdecaBDE
③代替なしdecaBDE
250,000
②
200,000
150,000
100,000
①
50,000
1980
1982
1984
1986
1988
1990
1992
1994
1996
1998
2000
2002
2004
2006
2008
2010
2012
2014
2016
2018
2020
1980
1982
1984
1986
1988
1990
1992
1994
1996
1998
2000
2002
2004
2006
2008
2010
2012
2014
2016
2018
2020
0
[年]
[年]
図 1 シナリオ別のマテリアルフロー解析結果
(左:廃棄量経年変化、右:市中ストック量経年変化)
3.2 排出量推定
国内生産、成形加工、最終製品消費および廃棄(一般廃棄物、産業廃棄物、下水汚泥)の
ライフサイクルの各段階からの大気と水域への排出量を推定した。decaBDE の排出係数は、
基本的に東海ら(2008)のデータを参考とした(表1)
。
BDP については、大気排出係数が物質の蒸気圧に比例すると仮定し、水域排出係数は水溶
解度に比例すると仮定して、BDP の排出係数を表2のように設定した。そして、各ライフサ
221
イクル段階でのマテリアルフローに排出係数を乗じて、排出量を推定した(図2)。
表1 decaBDE の環境中への排出移動係数一覧
工程
大気
水域
下水道
廃棄
0
3.3×10-4
0
1.6×10-2
樹脂
1.3×10-5
4.2×10-6
5.5×10-5
2.7×10-2
繊維
-6
2.1×10
-3
-3
9.8×10-2
樹脂
5.1×10-6
0
0
0
繊維
5.1×10-6
3.1×10-7
6.9×10-7
0
破砕
-7
3.0×10
0
0
0
焼却
9.4×10-6
0
0
0
埋立
-7
-7
0
0
国内生産
成形加工
最終製品使用
7.3×10
1.7×10
3.2×10
2.3×10
表 2 BDP の環境中への排出移動係数一覧
工程
大気
水域
下水道
廃棄
0
3.0×10-5
3.0×10-5
1.8×10-3
2.8×10-7
8.8×10-8
1.2×10-6
5.6×10-4
繊維
0
0
0
0
樹脂
-7
0
0
0
0
0
0
0
破砕
-7
2.4×10
0
0
0
焼却
2.8×10-7
0
0
0
埋立
-10
-4
0
0
国内生産
成形加工
最終製品使用
樹脂
1.0×10
繊維
1.1×10
2.5×10
図2 シナリオ別の排出量推定結果
(上:大気排出量、下:水域排出量)
222
4.室内暴露解析
開発中の室内暴露評価ツールを用いて decaBDE、BDP および BDP 夾雑物のトリフェニルホス
フェート(TPP)の室内空気中濃度(ガス態濃度)
、室内ダスト中濃度を推定した。
ベースシナリオの decaBDE の室内ダスト中濃度の推定結果とこれまで報告されている全国
室内ダスト中濃度'ng/g(
を対象とした測定結果を図3に示す。モデル計算値は既存の測定結果と概ね一致した。
30,000
30,000
20,000
20,000
10,000
10,000
7,000
7,000
6,000
5,000
最大値
6,000
97.5%ile
5,000
平均値
4,000
2.5%ile
最小値
4,000
3,000
3,000
2,000
2,000
1,000
1,000
環境省2008
n=4
環境省2007
n=4
環境省2006
n=4
環境省2005
n=4
CRM2005
n=31
0
計算値
n=1,000,000
0
図3 decaBDE の室内ダスト中濃度の実測値と iAIR による計算値の比較
図4に代替シナリオ別の室内ダスト中濃度を示した。decaBDE から BDP への代替がなかっ
た場合、
decaBDE の平均値は代替ありのシナリオの 1,200 ng/g から代替なしシナリオの 1,400
ng/g へ上昇する。一方で BDP の室内ダスト中濃度は decaBDE と比較すると 2 オーダー、TPP
の室内ダスト中濃度は 2 オーダー低い値であった(表3)。
シナリオ
代替あり
代替なし
表3 室内環境中濃度の推定結果
物質
室内ダスト中濃度
室内空気中濃度
ng/g
pg/m3
decaBDE
1,200 (240~2,500) 0.0026 (0.00052~0.0066)
BDP
7.2 (0.0~180)
0.00033 (0.000~0.0015)
TPP
15 (0.0~66)
5.9 (0~26)
decaBDP
1,400(400~3,300) 0.0029(0.00085~0.0073)
平均値(2.5 パーセンタイル~97.5 パーセンタイル)
223
室内ダスト中濃度'ng/g(
25,000
最大値
20,000
97.5%ile
平均値
2.5%ile
最小値
15,000
10,000
5,000
0
decaBDE
BDP
TPP
decaBDE
代替なし
代替あり
図4 代替シナリオ別の室内ダスト中濃度
5.環境中濃度推定
環境中に排出された難燃剤はさまざまな環境媒体を経て、ヒトや環境中の生物に到達する。
そこで、推定した排出量にもとづいてモデルにより decaBDE と BDP の大気、河川および海水
中濃度を推定した。
5.1 大気中濃度推定
推定排出量データを用いて AIST-ADMER で日本全国の大気中濃度を推定した。排出量データ
は、各段階および用途(樹脂・繊維)に応じて工業統計出荷額、夜間人口、所在地情報等を
用いて、グリッド単位の排出量分布とした。
物質パラメータは、decaBDE について分解係数 5.2×10-6、乾性沈着速度 3.0×10-3 m/sec、
洗浄比 2.0×105(東海ら、2008)
、BDP でそれぞれ 1.18×10-5、2.7×10-3 m/sec、1.8×105
(モデル推定値)と設定した。バックグラウンド濃度はそれぞれゼロとした。各シナリオの
大気中濃度の推定結果を図 5 に示す。
②代替ありBDP
③代替なしdecaBDE
1.0E-01
1.0E-02
1.0E-03
最小
1.0E-04
1.0E-05
最大
1.0E-06
平均
沖縄
九州
四国
中国
近畿
東海
中部
関東
北陸
東北
北海道
沖縄
九州
四国
中国
近畿
東海
中部
関東
北陸
東北
北海道
沖縄
九州
四国
中国
近畿
東海
中部
関東
北陸
東北
1.0E-07
北海道
大気中濃度推定値 [ng/m 3]
①代替ありdecaBDE
1.0E+00
図5 各シナリオにおける大気中濃度の推定結果
5.2 河川水中濃度推定
各シナリオについて、排出量推計結果にもとづき、開発中の河川モデルを用いて、関東地
方の一級水系における 1km メッシュごとの月別河川水中濃度を推定した。モデル入力パラメ
ータを表4に示す。
224
モデルでは、土壌侵食が考慮されないため、解析では、安全側の評価の観点から、大気沈
着の decaBDE と BDP は、当該メッシュの河川水へ直接入力し、河川水中濃度を推定した。
表4 decaBDE および BDP の物性パラメータ
蒸気圧(Pa)
分子量 (g/mol)
水溶解度(mg/L)
Koc (L/kg)
河川水半減期 (day)
河川底泥固相半減期 (day)
土壌固相半減期 (day)
decaBDE
4.63×10-6
959.2
1.00×10-4
5.16×109
693
693
693
BDP
2.75×10-6
693
7.3×10--11
2.3×108
693
693
693
各シナリオにおける本川の月平均濃度について、推定結果の最小値、最大値、中央値を図
6に示す。①代替ありシナリオ decaBDE における実測値との比較では良好な結果となった。
図6 各シナリオにおける関東一級水系本川濃度の推定結果
5.3 海水中濃度推定
排出量推定結果と、河川から海域に流入する decaBDE および BDP 負荷量をもとに、東京湾
における海水中濃度と堆積物中濃度を AIST-RAMTB を用いて推定した。表5に AIST-RAMTB で
使用したパラメータ設定値を示す。
225
表5 AIST-RAMTB の設定諸元
項
目
設
対象範囲
水平分解能
初期条件
湾口境界条件
懸濁物質の沈降速度(cm/sec)
分解速度定数(1/sec)、温度係
数(1/℃)
吸着速度定数(1/sec)
Koc(L/kg)
定
値
東京湾全域
1km メッシュ
溶存態および堆積物中濃度を 0 とした
溶存態および懸濁物質吸着態を 0 とした
植物プランクトン;2.0×10-4
デトリタス;5.8×10-4
無機態懸濁物質;5.8×10-4
水中 1.16×10-8
堆積物中 4.11×10-9、温度係数 0.0693
植物プランクトン;2.0×10-5
デトリタス;2.0×10-5
無機態懸濁物質;0.0
植物プランクトン;5.16×109 (DBDE)、
1.15×106 (BDP)
デトリタス;5.16×109 (DBDE)、
1.15×106 (BDP)
各シナリオについて、溶存態濃度(表層、水深 0~2m)の推定結果を図7に示す。シナリ
オ 1 とシナリオ 3 の比較をすると、溶存態濃度、堆積物中濃度ともにシナリオ 3 の方が若干
高くなる傾向を示した。これは、大気および河川からの流入負荷量が多くなるためである。
一方、
シナリオ 2 では河川付近の溶存態濃度が高く、
分配係数が decaBDE に比べ小さいため、
懸濁物質吸着態より溶存態として存在しやすく堆積量も尐なくなると考えられる。
東京湾における decaBDE の堆積物中濃度実測値(PBDE 濃度、9 割以上は decaBDE 製品の主
要構成成分である BDE209)と計算結果(シナリオ 1)と比較すると、計算値は観測データよ
り高い値を示したものの同様のオーダーであった。
市川
市川
船橋
市川
船橋
東京
東京
船橋
東京
0.010
市原
0.010
市原
0.008
0.006
川崎
0.010
0.004
市原
0.010
川崎
0.008
0.006
川崎
0.004
木更津
横浜
木更津
[ng/L]
0.010
横浜
[ng/L]
0.010
0.002
0.008
富津
0.006
富津
[ng/L]
0.010
0.002
富津
0.008
0.006
0.008
木更津
横浜
0.006
横須賀
0.008
0.006
0.004
0.004
横須賀
0.004
0.002
0.002
横須賀
0.000
0.002
図7 東京湾における溶存態濃度の年間計算結果
0.000
0.004
0.002
0.000
(左:シナリオ①、中央:シナリオ②、右:シナリオ③)
6.ヒト摂取量推定
AIST-ADMER により推計された decaBDE と BDP の大気中濃度分布と AIST-RAMTB により推定
された東京湾海水中の decaBDE と BDP 濃度分布をもとに、decaBDE から BDP への物質代替に
226
伴う食物(農・畜・水産物)経由の摂取量を3つのシナリオで推定した。また、室内ダスト
中濃度も考慮して、食物および室内ダスト経由の総摂取量もシナリオごとに推定した。
農・畜産物経由の摂取量推定には、消費地への流通経路を考慮する環境媒体間移行モデル
を用いた。また、有害化学物質生物蓄積モデルで魚類体内中濃度を推定し、東京湾で漁獲さ
れる魚介類経由の摂取量を推定した。
6.1 農・畜産物経由の経口摂取量推定
農・畜産物経由の摂取量推定に際しては、以下の仮定のもとに推定した。
・植物性食品中の濃度の分布は、推定した 12 種の農作物の平均濃度分布と等しい
・国内産の豚肉および鶏肉中の濃度の分布は、牛肉中の濃度分布と等しい
・輸入農・畜産物中濃度の分布は、推定した国内産の平均濃度分布と等しい
2 次元モンテカルロ・シミュレーションは、Crystal Ball 2000(構造計画研究所)を用い
て、ラテンハイパーキューブ・サンプリングで、外部シミュレーション(不確実性)50 回、
内部シミュレーション(変動性)1,000 回とした。実測/推定濃度比の分布で補正後の京浜地
区での国内産の農・畜産物経由の平均一日摂取量を表6に示す。
表6 各シナリオにおける国内産農・畜産物経由の decaBDE 摂取量分布(単位:μg/kg/日)
シナリオ
ヒト摂取量(平均、男性)
ヒト摂取量(95 パーセンタイル、
男性)
ヒト摂取量(平均、女性)
ヒト摂取量(95 パーセンタイル、
女性)
①代替あり decaBDE
3.76×10-5
1.22×10-4
②代替あり BDP
2.77×10-6
8.99×10-6
4.19×10-5
1.27×10-4
3.08×10-6
9.36×10-6
③代替なし decaBDE
1.47×10-4
4.76×10-4
1.64×10-4
4.96×10-4
6.2 東京湾の魚介類経由の経口摂取量推定
推定された decaBDE と BDP の海水中と懸濁物質吸着濃度をもとに、有害化学物質生物蓄積
モデルのプロトタイプを用いて、東京湾に生息するマアナゴ中の濃度を推定した(図9)
。そ
して、推定された東京湾のマアナゴ中の decaBDE と BDP 濃度の確率密度関数を基に、東京湾
で漁獲される水産物経由の摂取量を推定した。
6.3 食物と室内ダスト経由の総摂取量推定
推定された食物(農・畜・水産物)経由の摂取量と室内ダスト中濃度から推定される室内
ダスト経由の摂取量から総摂取量を以下のように算出した。また、経路別の摂取割合を図9
に示す。
①代替ありシナリオ decaBDE(現状の代替状況を示す)
decaBDE の総摂取量の平均は、男性で 2.04×10-4μg/kg/日、女性で 2.07×10-4μg/kg/日
と 推 定 さ れ た 。 ま た 、 95 パ ー セ ン タ イ ル は 、 男 性 で 7.27×10-4μg/kg/ 日 、 女 性 で
6.91×10-4μg/kg/日と推定された。
227
市川
109 5[日目]
市川
109 5[日目]
船橋
東京
市川
109 5[日目]
船橋
船橋
東京
東京
2. 5
3
2. 5
14
3
市原
市原
12
川崎
市原
3
川崎
川崎
10
2. 5
木更津
2. 5
木更津
横浜
[ng /g ]
2
5. 00
4. 00
16
6
3. 00
1
2
20
4. 00
横須賀
[ng /g ]
[ng /g ]
8
5. 00
4
3. 00
12
横須賀
横須賀
2. 00
8
1
2
0. 5
木更津
横浜
横浜
2. 00
0. 5
1. 00
4
1. 00
0. 00
0
0. 00
図8 東京湾のマアナゴ中濃度の推定結果(水深 8~10 m)
(左:シナリオ①、中央:シナリオ②、右:シナリオ③)
②代替ありシナリオ BDP(現状の代替状況を示す)
BDP の総摂取量の平均は、男性で 7.17×10-4μg/kg/日、女性で 7.19×10-4μg/kg/日と推
定された。また、95 パーセンタイルは、男性で 2.59×10-3μg/kg/日、女性は 2.46×10-3μ
g/kg/日と推定された。
TPP の総摂取量の平均は、男性で 2.17×10-7μg/kg/日、女性で 2.45×10-7μg/kg/日と推
定された。また、95 パーセンタイルは、男性で 2.34×10-7μg/kg/日、女性は 2.61×10-7μ
g/kg/日と推定された。
④代替なしシナリオ decaBDE(decaBDE のまま物質代替が起こらない架空の状況)
decaBDE の総摂取量の平均は、男性で 3.19×10-4μg/kg/日、女性で 3.31×10-4μg/kg/日と
推定された。また、95 パーセンタイルは男女とも 1.07×10-3μg/kg/日と推定された。
図9 京浜地区住民の食物および室内ダストからの経路別摂取割合
(左:シナリオ①、中央:シナリオ②、右:シナリオ③
上:男性平均、下:女性平均)
7.ヒト健康影響とリスクトレードオフ評価
228
推計された decaBDE と BDP の摂取量をもとに、物質代替シナリオにおけるこれらの物質の
リスクを質調整生存年数(QALY)の尺度で推定した。
7.1 影響臓器ごとの毒性等価係数の推定
ヒト疫学情報がある塩ビモノマーとカドミウムを肝臓と腎臓への影響の参照物質とし、開
発中の推論アルゴリズムを用いて、参照物質に対する decaBDE、BDP と TPP の毒性等価係数を
算出した。その際、毒性等価係数の算出には、経口投与試験結果を用いた。まずラットとマ
ウスについて、各臓器への影響の NOEL(無影響量)の文献値がある場合にはそれを真値とし、
ない場合には推論アルゴリズムの推定値を用いて毒性等価係数を算出し、肝臓および腎臓の
参照物質での用量反応関係とから、図 10 に示すような用量反応関係(経口暴露)を得た。
図 10 肝臓影響(左)と腎臓影響(右)の用量反応関係:
暴露量(μg/kg/day)と損失 QALY(day:一人当たり生涯での値)の関係
(図中の物質名の後ろの括弧書きの数字は、各参照物質に対する毒性等価係数)
7.2 物質代替によるリスクの変化
推計された各シナリオでの decaBDE、BDP と TPP のヒト摂取量(男女の平均値)を、上記の
毒性等価係数で重み付けして比較した。図 11 に、毒性等価係数で重み付けした摂取量(μg
decaBDE 当量/kg/日)のシナリオ間比較を示す。
代替なし④
代替なし④
代替あり①+②+③
重量単純加算
代替あり①+②+③
average case
代替あり①+②+③
95% worst case
代替あり①+②+③
重量単純加算
代替あり①+②+③
average case
代替あり①+②+③
95% worst case
0.0.E+00
5.0.E-04
1.0.E-03
0.0.E+00
重み付け摂取量(μg decaBDE当量/kg/日)
decaBDE
BDP
重み付け摂取量'μg
TPP
decaBDE
5.0.E-04
1.0.E-03
decaBDE当量/kg/日)
BDP
TPP
図 11 物質代替による重み付け摂取量の増減(左:肝臓影響、右:腎臓影響)
相対毒性値を考慮しない重量単純加算では、物質の代替によって、難燃剤の摂取量は増加
229
するが、相対毒性値の考慮によって、肝臓影響、腎臓影響ともに、decaBDE 当量としての摂
取量(およびリスク)が低減されると考えられた。しかしながら、95%worst case で示され
るように、物質代替による摂取量(およびリスク)の増加の可能性も否定はされていない。
さらに、摂取量との用量反応関係から QALY の減尐量を推定した(表7)。その結果、物質
の代替の有無によらず、QALY 損失で表されるリスクの絶対値はきわめて小さい(一人当たり
生涯での値として 0.01 日未満)ことが示された。リスクの増減自体では、物質代替を根拠づ
けることはできないと考えられる。この結論は、相対毒性値の 95%推定下限値を用いたと
しても(表7の 95% worst case)同様である。
表7 代替シナリオによる物質ごとのリスク=QALY 損失量(日:一人当たり生涯での値)
肝臓影響
腎臓影響
合計
代替あり
(現状の代替状況)
①decaBDE、②BDP、TPP
average case
95% worst case
<< 0.001
<< 0.001
(2.8×10-57)
(2.0×10-53)
<< 0.001
<< 0.001
(1.4×10-140)
(1.0×10-122)
<< 0.001
<< 0.001
-57
(2.8×10 )
(2.0×10-53)
代替なし
(架空の状況)
③decaBDE
<< 0.001
(9.5×10-57)
<< 0.001
(8.8×10-137)
<< 0.001
(9.5×10-57)
average case:相対毒性値として、推定の幾何平均値を用いた場合
95% worst case:相対毒性値として、95%推定信頼下限値を用いた場合
8.生態影響とリスクトレードオフ評価
decaBDE、BDP は生態毒性情報がほとんどなく、既存の毒性値から種の感受性分布を推定
することは困難である。そのため、種の感受性分布が推定できるほどの毒性情報がない化学
物質の種の感受性分布を推定する手法を開発し、推定された種の感受性分布を用いて、リス
クの変化を推定した。
8.1 種の感受性分布の推定
データが豊富な化学物質を用いて多くの種の感受性分布を作成し、それらの化学物質の情
報から、decaBDE と BDP の種の感受性分布の平均と分散を推定した。
既存の毒性値は、製品評価技術基盤機構の「初期リスク評価書」から収集した。説明変数
として、分子量、沸点、融点、log Kow、ヘンリー係数を用いた。91 物質について、対数正
規分布を仮定して、平均と分散を求めた。
線形重回帰モデルを用い、意味のある説明変数を選択するため、赤池の情報量基準(AIC)
を用いてモデル選択を行った結果、意味のある説明変数として、沸点、融点、log Kow が選
ばれた。回帰係数とそれらの統計量を表8に示す。また、モデルの推定値と、実測値を図 12
に示す。沸点や融点の回帰係数は有意であるものの絶対値としては小さく、log Kow が平均
値の推定に大きく寄与している。このモデルを用いて、decaBDE、BDP の平均値を予測したと
ころ、それぞれ 0.018、0.12 (mg/L)となった。
230
表8 統計量(自由度調整済み R2=0.24)
説明変数
沸点
融点
log Kow
切片
回帰係数
0.0029
-0.0080
-0.59
3.17
p-値
0.011
0.015
<0.001
<0.001
図 12 種の感受性分布平均の実測値と予測値の比較
破線は、観測地の 2 倍を表す。91 物質中、39 物質が 2 倍以内に含まれている
分散の推定が比較的困難なため、既存の感受性分布の中央値(2.58)を用いた。感受性分
布は、
decaBDE: f decaBDE (ln[ x]) 
BDP:
f BDP (ln[ x]) 

ln[ x ]

(y  ln[0.018])2 
1
exp
  2.58  2  2  2.58 dy
(y  ln[0.12])2 
1
dy
exp
2.58  2
 2  2.58 
ln[ x ]
と表される。これらの感受性分布と暴露評価の結果を合わせ、リスク評価を行った。

 8.2 難燃剤の生態リスクの変化量
推定された河川水中濃度と種の感受性分布を用いて、上式からリスクを求めた(表9)
。
231
表9 生態リスクの推定結果
代替あり
河川名*
久慈川水系
那珂川水系
利根川水系
荒川水系
多摩川水系
鶴見川水系
相模川水系
decaBDE
4.04×10-17
3.12×10-13
1.34×10-10
1.27×10-9
1.97×10-9
1.26×10-7
8.13×10-9
BDP
0
0
0
0
0
1.56×10-18
0
代替なし
decaBDE
1.65×10-15
1.59×10-12
2.85×10-10
5.67×10-9
8.35×10-9
5.11×10-7
1.73×10-8
*対象はいずれも本川
代替ありシナリオにおいては、BDP のリスクは decaBDE よりもはるかに小さく、リスクの
大部分は decaBDE による。代替がないと仮定した場合では、decaBDE のリスクは上昇する(約
2 倍~40 倍)と予測されるが、いずれも総量としては非常に小さいと推定された。
9.難燃剤リスクトレードオフ経済分析
decaBDE から BDP への代替費用を推定し、代替の単位効果削減費用を算出し、既報の他の
化学物質に関するリスク削減対策の単位リスク削減費用と比較し、難燃剤代替のリスク削減
対策の費用対効果を評価した。decaBDE から BDP への代替に伴う費用の変化と代替に伴うヒ
ト健康リスク増分を表 10 に整理する。
表 10 decaBDE から BDP への代替における費用と効果の増分
代替なしシナリオ①+②
代替ありシナリオ③
差
費用(億円/年)
CY3 = 72.5
CY1+2 = 138.3
ΔC = 65.7
効果(損失 QALY の低減)
R3=1.1×10-51(年/人/生涯)
R1+2 = 5.0×10-53(年/人/生涯)
ΔR = 5.8×10-48(年/人口/年)
ΔC とΔR から、QALY1 年獲得費用(全人口の生涯での1QALY 獲得のために、対策として 1
年当たり費用がどれだけかかるかを示す)は、以下のように算出された。
ΔC/ΔR=65.7[億円/年]/5.8×10-48[年/人口/年]=1.1×1049[億円・人口/年]
他の化学物質の対策による QALY1 年獲得費用は、自主管理経過における 1,3-ブタジエン削
減 で QALY1 年獲得費用が 2.2 億円/年、ごみ処理施設でのダイオキシン類恒久対策で 1.5 億
円/年、シロアリ駆除剤クロルデンの禁止で 0.4 億円/年、ガソリン中ベンゼン含有率の規制
で 2.2 億円/年等である。これらのデータと比較しても、decaBDE から BDP への代替の QALY1
年獲得費用は非常に大きく、費用対効果としては極めて悪いと判断する。
10.結論
本評価書では、
臭素系難燃剤 decaBDE からリン系難燃剤 BDP への物質代替シナリオとして、
①decaBDE 代替あり(ベースライン)シナリオ、②BDP 代替あり(ベースライン)シナリオ、
③decaBDE 代替なしシナリオの 3 種類のシナリオを選択し、代替前後のヒト健康リスクと生
態リスクのトレードオフを解析し、社会経済分析を実施した。
232
ヒト健康リスクトレードオフ評価では、摂取量の多い京浜地区の住民を対象に評価を実施
した結果、相対毒性値の考慮によって、肝臓影響、腎臓影響ともに、decaBDE 当量としての
摂取量(およびリスク)が低減されると考えられが、毒性等価係数の不確実性が大きく、物
質代替によるリスク増加の可能性も否定はできない。また、物質の代替の有無によらず、QALY
損失で表されるリスクの絶対値はきわめて小さいことが示された。
生態リスクトレードオフ評価では、国内でも排出量の多い関東地域を対象に評価を実施し
た結果、物質代替によるリスク低減が示されたが、各シナリオにおけるリスク(影響を受け
る種の割合)は極めて小さいことが示された。
社会経済分析の結果、decaBDE から BDP への代替による費用対効果は極めて悪いことが示
された。
以上のように、decaBDE から BDP への物質代替を例としたリスクトレードオフ評価を行っ
た。事業者や事業者団体の自主的取り組みとしての物質代替、あるいは法規制としての物質
代替の際には、詳細さはケースバイケースであるとしてもリスクトレードオフ評価が必要と
考える。事業者や事業者団体は周辺住民、従業員や顧客等に対して、行政は規制影響分析を
通して国民に対して、リスク削減の実行可能性と費用対効果の観点から、その物質代替が妥
当であることを事前に示すことが望まれる。
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デル(ADMER)の開発,大気環境学会誌 38(2):100-115.
234
③溶剤・溶媒リスクトレードオフ評価書
1.はじめに
溶剤・溶媒とは、物質を溶解するために用いる液体物質の総称で、工業用としては、ほぼ
「有機溶剤」を指す。具体的な物質としては、トルエン、キシレン、アセトン、アルコール
等の揮発性有機化合物(VOC)である。VOC については、PRTR 制度、有害大気汚染物質の規制・
自主管理および VOC 規制等の規制・制度により、排出削減と代替化が進んでいる。特に近年
は、VOC 規制(2000 年~2010 年の間に総 VOC を 3 割削減)が、溶剤の削減・代替の動機付け
になっているが、VOC 規制は、実は排出物質である VOC 自体の影響ではなく、VOC の二次生成
によるオゾン等のリスクが規制の根拠となっている。近年の VOC 排出量の変化の推移を用途
別にみると、塗料、印刷インキ、接着剤等が大部分を占めている。以上の背景から、溶剤・
溶媒リスクトレードオフ評価書の基本方針を以下のように設定した。
一般大気環境のリスク評価では、ADMER-PRO によって算出されるリスク削減効果の原単位
を用い、VOC の二次生成によるオゾン等のリスク(ヒト健康とコメ収量への影響)を主な対
象として評価を行う。事例解析では、自動車の塗装工程を対象として日本全体のリスク変化
を評価する。室内環境のリスク評価では、開発した室内暴露評価モデル(iAIR)を用いて、塗
料、印刷インキ、接着剤等の用途での物質代替による日本全体のヒト健康リスクの変化を推
定する。
2.一般大気環境のリスク評価
2.1 VOC 削減による大気環境リスク削減原単位
2.1.1 リスク削減原単位の考え方
一般に、VOC を削減した場合の化学物質によるリスクの削減効果を推定するためには、種々
物質の濃度分布がどのように変化するかを計算することが必要である。これは、本事業で開
発した ADMER-PRO を用いることにより比較的容易に推定できるようになったが、なお、一部
の事業者にとってはかなりの負担になると考えられる。
リスク削減原単位とは単位 VOC 削減量あたりの化学物質によるリスクの削減効果を示す指
標である。この指標をひとたび推定し、その値を提示しておけば、事業者らは所与の VOC 排
出量を削減した場合に得られるリスク削減効果を、負担の多い濃度分布計算を行うことなく
推定できることになり大変便利である。そこで、本事業では、事業者らがリスク削減効果を
推定する方法として、大気モデル ADMER-PRO の直接利用に加え、リスク削減原単位という指
標を用いて推定するという方法も提供するために、大気モデルを用いてリスク削減原単位を
推定し、提示する。
2.1.2 リスク削減原単位の対象物質と有害影響
対象物質はオゾン、クロロエチレン、ジクロロメタン、トリクロロエチレン、ベンゼン、
1,2-ジクロロエタン、アクリロニトリル、トルエン、キシレンの計 9 物質とした。
対象とするヒト健康への有害影響については、オゾンに対しては最も深刻な有害影響と考
えられる早期死亡を取り上げた。クロロエチレン、ジクロロメタン、トリクロロエチレン、
ベンゼン、1,2-ジクロロエタン、アクリロニトリについては“がん”、トルエン、キシレンに
ついては“自覚症状”を取り上げた。また、オゾンについては植物への有害影響のうち、コ
235
メの減収影響についても考慮することにした。
2.1.3 リスク削減原単位の種類と算出方法
「2.1.1 リスク削減原単位の考え方」で示したように、VOC のリスク削減原単位を推定す
るためには、有害影響が異なる種々の物質によるリスクを考慮する必要がある。リスクを定
量する際に最も直感的に理解しやすい指標は、それぞれの有害影響が発症する件数(または
発症確率)であろう。しかし、それぞれの有害影響は重篤度が異なるので、これらの指標を
足し合わせることには意味がない。そこで、本事業では、各有害影響の発症数に加え、統一
リスク指標も算出し、リスクの定量指標として用いることにした。具体的には以下の 6 つの
リスク指標を用いてリスク削減原単位を計算した(括弧内には対象とする化学物質を記した)
。
1)~4)が個別のヒト有害影響の発症数および農作物(コメ)の減収量、5)がヒトへの有害影
響の統一指標、6)が農作物への影響を含めたすべての影響のリスクの統一指標である。
1)年間早期死亡発症数(オゾン)
2)年間がん発症数(有害大気 6 物質(クロロエチレン、ジクロロメタン、トリクロロエチ
レン、ベンゼン、1,2-ジクロロエタン、アクリロニトリル)
)
3)年間自覚症状(健康状態レベル C3)発症数(トルエン、キシレン)
4)年間コメ収量の減尐量(オゾン)
5)年間損失 QALYs (Quality Adjusted Life Years)(全 9 物質)
6)ヒト健康影響(QALYs)とコメ収量への影響の金銭換算額(全9物質)
各リスク指標の原単位は、固定蒸発発生源の全業種および 3 つの個別業種(輸送用機械器
具製造業、印刷・同関連業、建築工事業)について(1)式で算出した。
リスク削減原単位=Δリスク指標/ΔVOC 排出量
(1)
ここで、ΔVOC 排出量は対象業種の対象地方における年間 VOC 排出量の VOC 規制前後におけ
る変化量(規制前-規制後)であり、2000 年度、2008 年度の実績値をそれぞれ規制前、規制
後の値として使用した。Δリスク指標は、上述した 1)~6)の各リスク指標の VOC 規制前後に
おける変化量であり、
1)~4)のリスク指標については各物質に対して以下のように推定した。
なお、5)、6)の統一リスク指標の推定方法については後で説明する。
1)の年間早期死亡者数について:
Δリスク指標=単位濃度あたり死亡率増分(1/ppb)×Σ(Δ濃度 i(ppb)×年間ベースライ
ン死亡者数(/yr)
)
(2)
2)の年間がん発症数、3)の年間自覚症状発症数について:
Δリスク指標=年あたり発症ユニットリスク(1/ppb/yr)×Σ(Δ濃度 i(ppb)×人口 i)
3
“詳細リスク評価書「キシレン」(牧野&中西、2009)では健康状態 A(「手足の筋力が弱くなっ
た」+「耳が聞こえにくい」+「物事に集中できない」)、健康状態 B(健康状態 A+「臭いがわかりに
くい」+「喉の調子がおかしい」)、健康状態 C(健康状態 B+「言葉がしゃべりにくい」)という 3
つの健康状態に分けて定量的リスク評価を行っている。健康状態 C はそれらの中で最も悪影響の
種類が多い健康状態である。
236
(3)
4)の年間コメ減収量(オゾン)について:
Δリスク指標(kg/yr) = 単位濃度あたりの減収率(1/ppb)
×Σ( Δ濃度 i(ppb)×コメ年間収量(kg/yr)i ) (4)
ここで、Δ濃度 i は 2000 年度の排出量を入力した場合と、該当業種の VOC 排出量だけを
2008 年度のものに変更させた排出量を入力した場合との間の ADMER-PRO により推定される濃
度の差である。Σは各地方についての合計を意味する。VOCs の個別成分排出量は、VOC 排出
インベントリ(環境省、2010)等既存の文献値に基づき、排出カテゴリー(固定蒸発発生源
の各業種、移動発生源、家庭等)ごとに共通の成分組成を仮定し、両年度とも同一として推
計に用いた。各メッシュの人口、各メッシュの年間ベースライン死亡者数については中西ら
(2009)とほぼ同様の方法で推定した。各メッシュのコメ年間収量は、都道府県レベルでコ
メ年間収量と評価総地積「田」の関係を原点を通る直線で近似した回帰式(コメ年間収量
(kg/yr)=0.3527×田面積(m2)
)により、各メッシュの「田」面積より推定した。
計算に使用したオゾンに対する単位濃度あたり死亡率増分(1/ppb)、その他の各物質に対
する有害影響年間発症ユニットリスク(1/ppb/yr)
、およびオゾンに対する単位濃度あたりの
減収率(1/ppb)についての情報を表1にまとめた。
237
表1 計算に使用したユニットリスク等に関する情報
物質名
単位濃度あたり 1年あたり発症 単位濃度あたり
考慮した影響
の死亡率増分 ユニットリスク の減収率
出典
の種類
'1/ppb(
'1/ppb/yr()0 '1/ppb()2
早期死亡
詳細リスク評価書「オゾン」
'中西ら、2009(
2.0E-04
オゾン
詳細リスク評価書「オゾン」
'中西ら、2009(
IRISデータベース'US
クロロエチレン
がん
3.2E-07
EPA、1995(
IRISデータベース'US
ジクロロメタン
がん
5.0E-10
EPA、1995(
IRISデータベース'US
トリクロロエチレン がん
3.2E-07
EPA、1995(
IRISデータベース'US
ベンゼン
がん
3.6E-07
EPA、1995(
IRISデータベース'US
1,2-ジクロロエタン がん
1.5E-06
EPA、1995(
IRISデータベース'US
アクリロニトリル がん
2.1E-06
EPA、1995(
詳細リスク評価書「キシレ
*3
トルエン
2.2E-07
健康状態C
ン」'牧野&中西、2009(
詳細リスク評価書「キシレ
*3
キシレン
4.2E-07
健康状態C
ン」'牧野&中西、2009(
*1:IRIS データベースでは生涯発がんユニットリスクが(1/μg/m3)の単位で記されている。ここで示し
たがん発症のユニットリスク値は、これを生涯寿命(70 年と仮定)で割り、さらに、濃度単位の変換(20℃、
1 atm の条件で)を行ったあとの値である。また、詳細リスク評価書「キシレン」では、1 年あたりの発症ユ
ニットリスクが(1/mg/m3/yr)の単位で記されている。ここで示した健康状態 C 発症のユニットリスク値は、
濃度単位の変換(20℃、1 atm の条件で)を行ったあとの値である。
*2:この指標は、濃度として 10-18 時の生育期間平均値を用いて導出されたものであるが、10-18 時の生育
期間平均値と 10-18 時の年間平均値は多くの常時監視測定局でほぼ同じ値であったため、本評価書では、Δ
リスク指標を導出するために、この指標に掛け合わせるΔ濃度の濃度は、本文で示したとおり 10-18 時の年
間平均値とする。
*3:健康状態 C については先述の脚注参照。
コメ減収
3.4E-03
5)の年間損失 QALYs についての各物質に対するΔリスク指標は、基本的に、式(2)
、式(3)
で計算される各物質に対する有害影響年間発症数のΔリスク指標に、各々の有害影響 1 件発
症の損失 QALY を乗じることにより推定できる。ここで、1 件発症の損失 QALY は、早期死亡
は 1 年(EEA: European Environment Agency、2011 より)
、がん発症は 10 年(中西ら、2009
より)と仮定した。なお、トルエン、キシレンの有害影響による損失 QALY については、詳細
リスク評価書「キシレン」における健康状態 C 以外の健康状態(健康状態 A、B、および食欲不
振)発症も考慮して算出した4。6)のヒトとコメ収量への影響の金銭換算額のΔリスク指標
は以下のように算出した。ヒト健康影響については 5)の年間損失 QALYs のΔリスク指標に、
4
各健康状態の 1 年当たり発症ユニットリスク、および、それぞれの健康状態が 1 件発症する際の
損失 QALY は、詳細リスク評価書「キシレン」(牧野&中西、2009)より導出した。なお、キシレン
暴露による食欲不振の 1 年当たり発症ユニットリスクは、その、濃度・反応関係がロジスティッ
クと仮定されている(線形と仮定されていない)ため本来的には導出不能であるが、低用量部分
は線形近似できると考え、その近似式より導出した。また、トルエン暴露による食欲不振の 1 年
当たり発症ユニットリスクは、キシレン暴露によるそれの 0.59 倍(=1/1.7 倍)であると仮定した。
ここで 1.7(倍)という数値は、詳細リスク評価書「キシレン」において、トルエンとキシレンの 8
種の共通する自覚症状(食欲不振を含む)に対して発症率の比を検討して導出された、キシレン
暴露による発症率のトルエン暴露による発症率に対する比である。
238
損失余命 1 年の金銭価値(VOLY: Value of Life Year)を乗じることにより得た。VOLY は EEA
の報告書(EEA、 2011)を参考にして 1000 万円/年と仮定した。コメ収量への影響について
は 4)の年間コメ減収量のΔリスク指標に、1 kg あたりのコメの価格(240 円/kg、中西ら、
2009)を乗じることにより得た。
2.1.4 リスク削減原単位の算出結果
表2に各種リスク削減原単位の算出結果を示す。表2では、リスク削減原単位の一例とし
て次節の事例解析で対象とする輸送用機械具製造業についての値を示したが、全業種を対象
としたリスク削減原単位についても概要は同じであることは確認している。表2によると、
左の 4 種類の発症数の原単位を見ても、それぞれの有害影響の種類が異なるため、各物質の
リスク低減効果への寄与率や、各物質のリスク低減効果の総和は不明である。しかし、右の
ふたつの統一指標(QALYs およびヒトとコメ収量への影響の金銭換算額)を見ることにより
それらは一目瞭然となる。損失 QALYs の原単位からはヒト健康リスク低減効果はオゾン濃度
の減尐を通した効果が最も大きく、VOC 規制の目的(VOC の成分濃度自体でなくオゾン等によ
る光化学大気汚染を低減すること)は合理的であったことを示唆している。しかし、オゾン
以外の物質の寄与も 35%程度と相当量あるため、VOC の排出削減対策を評価するにあたって
は、今回提示したオゾンと VOC 成分の両方を考慮した排出リスク削減原単位は、利用価値が
高いといえる。次に、ヒトとコメ収量への影響の金銭換算額の原単位を見ると、コメ収量へ
の影響
(7,367 万円– 2.947 年×1000 万円/年 =4,420 万円)
はヒトへの影響(2.947 年×1,000
万円/年=2,947 万円)に比べて大きいこと、コメ収量への影響も考慮するとオゾンの寄与率
(6,368 / 7,367)は 8 割を超えること、などがわかる。
表2 各種リスク削減原単位の算出結果(輸送用機械器具製造業、全国)
各リスク指標の原単
位'輸送用機械器具
製造業、全国(
オゾン
クロロエチレン
ジクロロメタン
トリクロロエチレン
ベンゼン
1,2-ジクロロエタン
アクリロニトリル
トルエン
キシレン
総計
自覚症状
早期死亡
がん発症 '健康状態 コメ減収
発症数
数'件/万 C(発症数 量'トン/
'件/万ト
トン(
'件/万ト 万トン(
ン(
ン(
1.9
184
0.0000
0.0001
0.0217
0.0000
0.0000
0.0000
1.9
0.17
0.58
0.75
0.0218
ヒトとコメ収
量への影響
損失QALYs
の金銭換算
'年/万トン(
額'万円/万
トン(
1.949
0.000
0.001
6,368
0
1
0.217
0.000
0.000
0.000
0.178
0.602
2.947
217
0
0
0
178
602
7,367
注:トルエン、キシレンの損失 QALYs は健康状態 C 以外の自覚症状も考慮して導出している点に注意された
い。
リスク削減原単位について各地方間(関東、近畿、東海)の比較を行ったところ、リスク
239
削減原単位は地方により数倍程度の差があり最も大きいのは関東地方であることがわかった。
このことから、VOC 排出量を同量削減しても、削減する地方により得られるリスク低減効果
は大きく異なることがわかる。また、リスク削減原単位について、各業種間の比較を行った
ところ、原単位は業種によりそれほど大きく変化しないことがわかった。
2.2 事例解析
-自動車製造業における塗装工程を例に-
VOC の固定発生源において排出量が最も大きい排出源である塗料をトレードオフ評価の解
析対象とした。工場内で自動車や金属製品等への塗装を行う工業塗装分野において溶剤系塗
料から水性塗料への代替を行う場合は、乾燥や温湿度調節に要する使用エネルギーの増大、
設備(排水処理設備および塗装設備)の改良費用等の負の側面が存在することがわかった。
これらのことから、自動車製造業における VOC 削減対策を解析対象とした。VOC 削減リス
クの定量には前節で述べた「リスク削減原単位」を用いた。リスク評価における対象影響、
対象年度、対象地域、対象物質等は前節で述べたとおりである。
2.2.1 VOC 排出削減量と削減対策別寄与
表3に自動車製造業における塗料種類別の出荷量と塗料使用にともなう VOC 排出量の経年
変化を推定した結果を示す。ここで塗料の種類は単純化のため「溶剤系」、
「水系」、「無溶剤
系」の3種類にグループ化した。VOC 排出量は 2000 年度から 2008 年度にかけておよそ半減
しているが、溶剤系塗料から水系塗料への代替は出荷量比率で 7%程度と小さく、溶剤系塗
料の出荷減尐量よりも、溶剤系塗料からの VOC 排出量の減尐量の方が 2 倍以上大きいため、
VOC 排出量の減尐には、溶剤系塗料中の溶剤含有率の削減(希釈に用いる溶剤使用量減尐分
も含む)が大きく寄与していることが示唆された。
表3 自動車製造業に対する塗料出荷量と塗料使用による VOC 排出量
(2000 年度、2008 年度、t/年)
塗料の系
*1)
溶剤系
水系
無溶剤系
合計
VOC 排出イ
ンベントリ
塗料出荷量
2000 年度
2008 年度
123,204
57.2
104,631
50.1%
91,538
42.5% 103,107
49.4%
812
0.4%
1,181
0.6%
215,554
100%
208,919
100%
215,553
208,920
2000 年度
99,881
7,538
0
107,420
VOC 排出量
2008 年度
51,517
2,259
0
53,776
変化量
48,364
5,280
53,643
107,419
54,412
53,007
*2)
[出典
環境省(2010)、日塗工(2010)、日塗工(2003)より算出]
*1)
ラッカー系を含む
*2)
本研究での推定値と VOC 排出インベントリ値に差異があるが入手できる変数の有効数字等の違いによるも
のである。以後 VOC 排出量の合計値は VOC 排出インベントリのものに合わせて解析を行った。
そこで、解析対象の VOC 排出削減対策として①塗料中溶剤含有率削減、②溶剤系塗料から
水系塗料への代替(塗料代替)
、③塗着効率向上、④エンドオブパイプ対策を取り上げた。そ
れぞれの排出削減対策の VOC 排出削減量への寄与率推定値を表4に示す。寄与率推定にあた
って、各削減対策は単独に行われ、他の対策が行われなかったと仮定した。排出削減への寄
240
与率は、最も大きい①塗料中溶剤含有率削減が 73%、続いて②塗料代替(19%)、③塗着効
率向上(6%)、④エンドオブパイプ対策(2%)の順と推定された。
表4 排出削減対策種別の VOC 排出削減量への寄与推定結果
VOC 排出削減対策
①塗料中溶剤含有率削減
②溶剤系塗料から水系塗
料への代替
③塗着効率向上
④エンドオブパイプ対策
削減合計量
VOC 排出削減量への寄
与量(t/年)
38,914
寄与率
73%
9,887
19%
2,935
1,271
53,007
6%
2%
100%
2.2.2 リスク変化量の推定と費用効果分析
各排出削減対策種毎の VOC 排出量推定値に対し、「2.1
VOC 削減による大気環境リスク削
減原単位」で示したリスク削減原単位を乗じることによりリスク削減量(ヒト健康、コメ収
量、合計)を算出した上で、各対策に対する単位リスク削減費用を推定し表5に示した。
2000 年度から 2008 年度にかけての VOC 排出削減に対する全獲得 QALY は 15.4 年であり、
獲得 QALY の金銭換算値は 1 億 5,400 万円、コメ収量増加の金銭換算値は 2 億 3,300 万円、ヒ
ト健康とコメ収量の合計の金銭換算値は 3 億 9,000 万円と推定された。リスク(ヒトおよび
コメ)減尐量を排出削減対策別に大きい方から並べると、①塗料中溶剤含有率削減、②塗料
代替、③塗着効率向上、④エンドオブパイプ対策の順と推定された。
対策別の単位リスク(QALYs1 年およびヒトとコメ合計リスクの金銭換算値)削減費用は高
い方から、②塗料代替、④エンドオブパイプ対策、①塗料中溶剤含有率削減、③塗着効率向
上の順であり、塗料代替(溶剤系から水系へ)は最も効率が悪い排出削減対策であることが
示唆された。また、③塗着効率向上と④エンドオブパイプ対策はリスク削減に対する効率は
比較的よいものの、全体の VOC 排出削減量やリスク削減量に対する寄与は小さいことがわか
る。
また、全対策の合計として QALYs1 年獲得費用は 9 億円/年、減尐リスクの金銭換算値に対
する対策費用の比は 35 と推定された。QALYs1 年獲得費用だけ見た場合にはリスク削減対策
の費用対効果が高いとは言えないが、コメ収量リスクへの影響はヒト健康リスク影響の分よ
りも大きかったため、今後はコメ収量についても考慮して費用対効果を考察することが重要
と思われる。
241
表5 VOC 排出削減対策別のヒト健康リスク変化量と費用効果分析結果
(自動車製造業、全国、2005 年度から 2008 年度にかけての変化)
VOC 排
排 出 削 減 出削減
対策
量 (t/
年)
獲
得
コメ収量
得 QALYs の
増分の金
QALY( 年 金 銭 換
銭換算値
/年)
算値(万
(万円/
円/年)
年)
獲
ヒト健康
とコメ収
対 策 費 QALYs1
対策費用/
量のリス
用増分 年 の 獲
合計減尐
ク減尐合
(億円/ 得 費 用
リスク(円
計(万円/
年)
(億円) /円)
年)
①塗料中
溶剤含有
38,914
11.3
11,277
17,200
28,477
89
8
31
9,887
2.9
2,865
4,370
7,235
71
25
98
2,935
0.9
851
1,297
2,148
-26
-a)
-a)
1,271
0.4
368
562
930
4
10
39
53,007
15.4
15,361
23,429
38,791
221
9
35
率削減
②塗料代
替(溶剤系
から水系
へ)
③塗着効
率向上
④エンド
オブパイ
プ対策
全対策計
a)対策費用がマイナスとなるため、単位リスク変化量あたりの対策費用は算出していない
2.2.3 水系塗料への代替によるリスク削減とエネルギー使用量変化の比較
単位塗装面積(m2)あたりの消費電力量増分を 0.21 kWh/m2 と仮定すると、溶剤系塗料から
水系塗料への代替による全国での電力使用量の増加は 1,600 万 kWh/年、CO2 排出量増加は
7,200 t-CO2/年と推定された。CO2 排出によるリスクの金銭換算値を、EEA(2011)を参考に
3,400 円/CO2-トンと仮定した場合、溶剤系塗料から水系塗料への代替による電力エネルギー
由来の CO2 排出量増加によるリスク増分は、2,400 万円と推定された。
溶剤系塗料から水系塗料への代替対策によるヒト健康とコメ収量の合計リスク減尐分の金
銭換算値(7,200 万円/年,表 5)は、同対策による CO2 排出量増加によるリスク増分の 2,400
万円/年を 3 倍程度上回っている。よって,同対策による CO2 排出増によるリスク増分が VOC
排出削減によるヒト健康とコメ収量のリスク減尐分を上回るというリスクトレードオフの状
況が現れる可能性は小さいと示唆されたが,推定に用いた仮定やパラメータの持つ不確実性
が推定結果に及ぼす影響について考察することは必要である。
3.室内環境の評価
3.1 はじめに
改正大気汚染防止法によって消費者製品の原料転換や工程の変更が行われ、室内へ持ち込
まれる VOC が減尐すると考えられる。本節では、溶剤・溶媒のうち室内で使用される VOC 量
242
を推定し、本研究プロジェクトで開発された室内暴露評価ツール(iAIR)を用いて、2000 年
~2008 年までにおける物質代替による室内の VOC 濃度への影響について評価を行った。
3.2 評価対象
3.2.1 対象用途群と対象製品
対象用途群は室内 VOC 持ち込み量の多い、印刷インキ、塗料、接着剤とした。対象製品は
印刷インキについては新聞、チラシ、雑誌、書籍、塗料については家庭用塗料、接着剤につ
いては家庭用接着剤とした。
3.2.2 対象化学物質
情報収集の結果、印刷インキではトルエンから酢酸エチルやイソプロパノールへの代替が
想定され、さらにグラビア印刷から平板印刷への変更も想定された。塗料では、トルエンや
キシレンから石油系炭化水素への代替、および溶剤系塗料から水系塗料への代替が想定され
た。接着剤では、トルエンからキシレンや酢酸エチルへの代替および溶剤系接着剤から水性
接着剤への代替が想定された。これらのことからトルエン、キシレン、酢酸エチル、イソプ
ロパノール、塗料用石油系炭化水素、印刷インキ用高沸点溶剤の 6 物質を対象とした。
上記 6 物質の既存の有害性評価の状況および基準値や参照値設定について調査したうえで、
本研究での参照値を表のように設定した。
表6 本研究で採用した参照値の一覧
化学物質
トルエン
キシレン
イソプロパノール
酢酸エチル
塗料用石油系炭化水素
印刷インキ用高沸点溶剤
NOAEL
(mg/m3)
30
39
220
225
1000
1000
エンドポイント
神経系への影響(ヒト)
協調運動失調(動物)
腎疾患(動物)
刺激に対する反応低下(動物)
肝毒性(動物)
肝毒性(動物)
不確実性
係数積
10
500
100
500
500
500
3.3 室内 VOC 濃度の推定
3.3.1 推定方法
本プロジェクトで開発した室内暴露評価ツール(iAIR)を用いて 2000 年、2005 年および
2008 年の暴露濃度を求め、その差を代替の影響とした。評価地域は日本全国、計算回数は 10
万回とした。
放散速度は一次減衰定数と初期含有量より算出した。一次減衰定数は、国内製品について
の測定例を網羅的に検索し、報告されている放散速度データに対して一次減衰モデルがあて
はまると仮定して算出した。書籍の減衰定数は 0.0050 h-1、塗料の減衰定数は 0.35 h-1、接
着剤の減衰定数は 0.049 h-1 と算出された。
また、室外濃度についてはトルエン、キシレン、酢酸エチル、イソプロパノールについて
は各物質の実測濃度、高沸点溶剤については主成分の炭素数を参考にトリデカンとテトラデ
カンの実測合計濃度、石油系炭化水素についても主成分の炭素数を参考にノナン、デカンと
243
ウンデカンの実測合計濃度を用いた。
3.3.1.2
計算結果
iAIR によって推定された各用途群を発生源とする暴露濃度を図1に示した。トルエン等の
被代替物質の暴露濃度は評価年とともに減尐していることが示唆された。一方で、代替物質
の暴露濃度は多くで増加が認められた。なお、代替物質の一部では暴露濃度の減尐が認めら
れた。これは、被代替物質の使用割合が減尐し、代替物質の使用割合が増加しているにもか
かわらず、溶剤・溶媒の全体の使用量が減尐していることから、実際には代替物質の使用量
も減尐していることに由来する。
150
150
150
100
100
100
50
50
50
0
0
0
97.5%ile
中央値
平均値
2000
2005
2008
2000
2005
2008
高沸点
溶剤
トルエン
キシレン
石油系
炭化水素
トルエン
2000
2005
2008
2000
2005
2008
200
2000
2005
2008
イソプロ
パノール
250
2000
2005
2008
2000
2005
2008
2000
2005
2008
2000
2005
2008
暴露濃度(µg/m3)
トルエン 酢酸エチル
97.5%ile
中央値
平均値
2000
2005
2008
200
250
97.5%ile
中央値
平均値 200
250
キシレン 酢酸エチル
図1 iAIR によって推定された暴露濃度の経年変化(左から印刷インキ、塗料、接着剤)
iAIR による暴露濃度の推定結果を用いて算出した暴露マージン(MOE)を表7~9に示す。
ここで、妥当な暴露濃度の最大値を 97.5 パーセンタイル値と仮定し、この値を先述の NOAEL
で除して MOE を求めた。各用途群のそれぞれの物質の MOE は一部を除き不確実係数積よりも
大きく代替後のリスクは懸念されるレベルにないと考えられた。
表7 印刷インキに使用されている化学物質の暴露マージン
物質
トルエン
酢酸エチル
イソプロパノール
高沸点溶剤
印刷インキ
不確実
係数積
2000 年
2005 年
2008 年
490
560
630
10
7,400
6,000
6,000
500
11,000
7,800
7,900
100
65,000
50,000
42,000
500
表8 家庭用塗料に使用されている化学物質の暴露マージン
物質
トルエン
キシレン
家庭用塗料
不確実
係数積
2000 年
2005 年
2008 年
790
830
1,200
10
220
630
670
500
244
石油系炭化水素
4,600
5,200
5,300
500
表9 家庭用接着剤に使用されている化学物質の暴露マージン
物質
2000 年
トルエン
キシレン
酢酸エチル
家庭用接着剤
不確実
係数積
2005 年
2008 年
700
1,200
2,000
10
4,400
5,700
6,400
500
23,000
44,000
67,000
500
4.まとめ
一般大気環境については、自動車製造業における塗料使用工程に対する VOC 排出削減対策
を対象に、オゾンおよび VOC(8 物質)によるヒト健康リスク削減量を、ADMER-PRO による計
算で導出した「リスク削減原単位(輸送用機械器具製造業)
」を用いて推定した。VOC 排出削
減による全国のヒト健康リスク削減量は QALYs 単位で 15.4 年、QALYs の金銭換算値で 1 億 5400
万円、コメ収量増加の金銭換算値は 2 億 3,300 万円、ヒト健康とコメ収量の合計の金銭換算
値は 3 億 9,000 万円と推定された。
対策別の費用効果分析では、リスク削減量に対する費用は高い方から、②塗料代替、④エ
ンドオブパイプ対策、①塗料中溶剤含有率削減、③塗着効率向上の順であり、塗料代替(溶
剤系から水系へ)は最も効率が悪い排出削減対策であることが示唆された。全対策の合計と
しての費用効果分析の結果、QALYs1 年獲得費用は 9 億円/年、減尐リスクの金銭換算値に対
する対策費用の比は 35 と推定された。QALYs1 年獲得費用だけ見た場合にはリスク削減対策
の費用対効果が高いとは言えないが、コメ収量リスクへの影響はヒト健康リスク影響の分よ
りも大きかったため、コメ収量についても考慮して費用対効果を考察することが重要と思わ
れる。
溶剤系塗料から水系塗料への代替対策に起因するヒト健康およびコメ収量に対するリスク
削減量と、同対策による塗装工程でのエネルギー使用(CO2 排出)増加にともなうリスク増分
を金銭換算値で比較した結果、CO2 排出増によるリスク増分が VOC 排出削減によるヒト健康と
コメ収量のリスク減尐分を上回るというリスクトレードオフの状況が現れる可能性は小さい
と示唆された。
室内環境については、室内環境に持ち込まれている量が多いと推定された3用途群(印刷
インキ、塗料、接着剤)を対象として室内暴露評価ツール(iAIR)を用いて室内濃度と暴露
濃度を推定した。トルエン等の被代替物質の暴露濃度は評価年とともに減尐していることが
示唆された。一方で、代替物質の暴露濃度は多くで増加が認められた。しかしながら、これ
らの物質においても暴露濃度の 97.5 パーセンタイルから算出された MOE が不確実係数積より
も大きく、リスクは懸念されないと考えられた。
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246
④金属リスクトレードオフ評価書
1.はじめに
近年では、物質代替による新たなリスクの懸念が生じる可能性がある。欧州では電気・電
子機器に含まれる特定有害物質の使用制限に関する欧州議会および理事会指令(Restriction
of Hazardous Substances; RoHS)で、鉛、カドミウム、水銀、六価クロムや、難燃剤のポリ
臭化ビフェノール(PBB)
、ポリ臭化ジフェニルエーテル(PBDE)の 6 物質の製品中への使用
制限が 2006 年 7 月 1 日に施行された。この指令等によって、使用禁止物質に対する物質代替
による対応が企業に求められ、鉛はんだ等の用途を中心に 2000 年頃から物質代替が進められ
ているのが現状である。
一方で、それらの代替物質のリスクが増加している可能性があるが、被代替物質と代替物
質との間でリスクトレードオフが発生しているのかどうかを確認するためには、代替物質の
暴露や有害性情報が欠如し、リスク評価が困難なこと、被代替物質と代替物質のエンドポイ
ントが異なり、リスク比較ができない問題がある。したがって、金属の物質代替によってト
ータルでリスクの低減が図られているかどうかを確認する手立てがないのが現状であり、リ
スクトレードオフ解析のための手法開発およびリスクトレードオフ評価の実行が望まれる。
本評価書の目的は、金属の様々な用途の中で、はんだに使用される合金成分の物質代替に
伴うヒト健康リスクおよび生態リスクのトレードオフ評価を実施すること、および経済的考
察を行って、トータルでのリスク削減の望ましい方策を示すことである。そのためには、特
に代替物質に欠如している暴露、有害性情報をモデル推論で補完するとともに、被代替物質
と代替物質のリスクを同一尺度で科学的・定量的に比較する必要がある。欧州 RoHS 指令によ
って鉛等の金属の代替が進んでいるが、被代替物質と代替物質との間でリスクトレードオフ
が発生していないかどうかを確認する必要がある。
そこで、電気電子製品等の基板に使用されるはんだ合金を対象に、鉛はんだと鉛フリーは
んだとのリスクトレードオフ評価を実施した。
2.排出量推定
2.1 はんだ実装量の推定
本研究では、はんだ製品に用いられる Pb、Cu、Ag、Sn の 4 金属を解析対象とした。解析年
度は 2000 年、2010 年、2020 年の 3 カ年とし、経年的変化を見ることを目的として解析を行
った。各年において鉛はんだ(Sn-Pb 系)の代替がない場合(代替なしシナリオ)と鉛フリ
ーはんだ(Sn-Ag-Cu 系)への代替が完了する場合(代替ありシナリオ)の二つのシナリオを
設定した。生産(金属製錬と鉛はんだ製造)
、加工(はんだ実装)
、最終製品使用、廃棄(リ
サイクル、焼却、埋立)の 4 段階のライフサイクルを対象とした。鉛はんだおよび鉛フリー
はんだのマテリアルフロー分析結果(布施ら、2011)にもとづき、ライフサイクルの各段階
で投入金属量から環境中への金属排出量を推定した。図1にマテリアルフロー解析によるは
んだ実装量推定結果を示す。
左が代替なしシナリオ、右が代替ありシナリオの実装量であり、
2000 年から 2020 年にかけてはんだ実装量は経年的に減尐していくが、2010 年以降の鉛フリ
ーはんだへの代替を直線回帰としたため、鉛はんだは 2013 年頃に実質量ゼロとなっている。
247
図1 マテリアルフロー解析によるはんだ実装量推定結果
(左)代替なしシナリオ
(右)代替ありシナリオ
2.2 排出係数の設定と排出量推定
排出係数はライフサイクルの各段階で金属別に設定した。生産段階では金属製錬とはんだ
製造の排出係数を設定した。まず金属製錬において、各金属の生産量と PRTR 排出量データに
もとづいて排出係数を設定した。次に、はんだ製造段階とはんだ実装段階からの排出につい
ては、金属の排出シナリオ文書で求めた金属製錬時の元素の蒸気圧と排出係数の関係を用い
て、操業温度での 4 金属の揮散率を推定し、集塵効率を考慮して大気排出係数を求めた。水
域排出係数は操業状況に合わせて設定した。最終製品使用段階からは排出されないと仮定し
た。廃棄物焼却段階からの大気排出係数および埋立処分場からの水域排出係数については、
金属の排出シナリオ文書の方法をもとに、4 金属の排出係数を設定した。
表1に大気排出係数、表2に水域排出係数を示す。シナリオ別の排出量推定結果として、
図2に金属別の排出量、図3にライフサイクル別の排出量を示す。
図2から、大気排出量については、代替が行われない状態でも、経年的には Pb および Sn
の排出量は徐々に減尐すると推定された。鉛はんだを用いた製品の市中ストックの変化は生
産・加工量よりも数年遅れて推移するため、代替ありシナリオでも Pb および Sn の排出量は
2020 年にも 1~2t 程度あると推定された。一方、水域排出量については、Pb と Sn だけでな
く Ag の排出が新たに加わると推定された。図3から、製錬・はんだ製造・廃棄の各段階から
排出され、特に大気排出量では焼却の寄与が大きく、水域排出量では製錬と廃棄物埋立の寄
与が大きいことがわかる。
248
表1 ライフサイクル各段階における大気排出係数
工程
製錬
生産 鉛はんだ製造
鉛フリー
はんだ製造
鉛はんだ実装
加工
鉛フリー
はんだ実装
使用
廃棄
リサイクル
一般廃棄物
焼却
産業廃棄物
焼却
埋立
Pb
Sn
Cu
2.3×10
,5
0
1.7×10
,5
Ag
,6
9.6×10 ,6
,5
0
0
0
1.3×10 ,5
1.2×10 ,5
1.5×10 ,5
3.0×10 ,4
2.1×10 ,4
0
0
0
,4
,4
,4
1.2×10
2.3×10
0
4.6×10
3.3×10
2.5×10
0
2.1×10
0
0
0
0
0
0
,4
,4
,4
,4
5.5×10
3.6×10
1.5×10
2.3×10 ,3
2.8×10 ,3
1.8×10 ,3
7.5×10 ,4
0
0
0
0
表2 ライフサイクル各段階における水域排出係数
工程
生産
加工
廃棄
製錬
鉛はんだ製造
鉛フリーはん
だ製造
実装
使用
リサイクル
一般廃棄物
焼却
産業廃棄物
焼却
埋立
Pb
1.2×10-7
2.2×10-6
Sn
0
1.5×10-6
Ag
7.4×10-3
0
Cu
1.4×10-5
0
0
1.7×10-6
1.8×10-6
1.5×10-6
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
1.0×10-3
1.0×10-3
1.0×10-3
1.0×10-3
図2 シナリオ別金属別の環境中への排出量推定結果
249
図3 シナリオ別ライフサイクル別の環境中への排出量推定結果
3.暴露解析
3.1 大気中濃度推定
AIST-ADMER を用いて日本国内 11 地域(北海道、東北、北陸、関東、中部、東海、近畿、
中国、四国、九州、沖縄)における各金属の大気中濃度と全沈着量の推定を行った。気象は
2005 年の AMeDAS データとし、各金属の入力パラメータを次のように設定した。乾性沈着速
度は国内実測値(Sakata and Marumoto、2004)あるいはストークス式による推定値を用いた。
洗浄比は、Cu と Pb については海外実測値(Poster and Baker、1994)にもとづき、金属元
素と水との結合強度(イオン性)と洗浄比の関係性を求めた。その上でデータのない Sn、Ag
の洗浄比をグラフの直線関係から推定した。解析に用いた物理パラメータを表3に示す。
表3 ADMER 解析に用いた物理パラメータ
物性
パラメー タ
分解速度
定数
洗浄比
乾性沈着
速度
バックグラ
ウン ド 濃度
単位
[1/sec]
Pb
Sn
Cu
Ag
0
0
0
0
[-]
6.4×10 4
1.5×10 5
1.3×10 5
9.5×10 4
[m/sec]
7.3×10 -3
4.3×10 -3
1.9×10 -2
6.2×10 -3
[ng/m3]
0
0
0
0
ADMER 解析においては、ライフサイクル各段階における各金属の推定排出量を表4に示す
配分指標に基づいて配分した。ただし、製錬、はんだ製造(関東)
、廃棄物焼却各段階におけ
る排出量は、事業所の点源情報に基づいて発生源を指定した。はんだ製造(関東以外)、はん
だ実装における排出量は、2003 年度工業統計出荷額に基づき 5 km×5 km グリッドに配分し
た。
解析は、2000 年、2010 年、2020 年の 3 カ年において各金属別・シナリオ別に行った。た
だし 2000 年は代替がまだ行われていないため、代替なし・代替ありともに同じシナリオ設定
である。
250
表4 各金属排出量に対する配分指標
工程
関東地域
それ以外の地域
事業所点源
製錬
はんだ製造
事業所点源
H15年工業統計出荷額
・金属製品製造業
H15年工業統計出荷額
・金属製品製造業
・一般機械器具製造業
・電気機械器具製造業
はんだ実装
・情報通信・機械器具製造業
・電子部品・デバイス製造業
・輸送用機械器具製造業
・精密機械器具製造業
一般廃棄物焼却
焼却施設点源
産業廃棄物焼却
一般廃棄物焼却と同様
図4に 2000 年、2010 年、2020 年におけるシナリオ別各金属の大気中濃度全国平均値の経
年変化を示す。Pb の場合、代替なしシナリオにおける大気中濃度の減尐幅が 25%程度である
のに対し、代替を行うことで 80%以上の低減効果が見込まれる。一方、Sn では代替を行うこ
とで大気中濃度が増加する。これは、鉛フリーはんだ組成の Sn 比率が高いことが排出量に反
映されている。
各地域別の大気中濃度推定結果を図5に示す。Pb について代替前後を比較すると、代替な
しの場合、関東、東海、近畿の 3 地域で各金属濃度が高い傾向にあることがわかる。代替を
行うことでこれらの地域で顕著に Pb の大気中濃度が下がると推定された。一方で Sn でも同
様に関東、東海、近畿の 3 地域で大気中 Sn 濃度が高いと推定され、代替することで特に東海
地域の大気中 Sn 濃度が上昇する。これは加工(はんだ実装)段階における金属製品製造業や
輸送用機械器具製造業の寄与が原因として考えられる。Cu および Ag では大気中濃度の増加
が見られたが、絶対量としては微量であった。
代替なしPb
図4
代替ありPb
ADMER 解析結果
代替なしSn
代替ありSn
代替ありCu 代替ありAg
シナリオ別各金属の大気中濃度の経年変化(全国平均値)
251
代替なしPb
代替なしSn
代替ありCu
代替ありPb
代替ありSn
代替ありAg
図5 ADMER 解析結果 シナリオ別各金属の大気中濃度の経年変化(地域別)
3.2 水中濃度推定
前節の水域排出量推定結果および AIST-ADMER による大気沈着量推定結果を AIST-SHANEL
に入力して、関東 7 水系について河川水中金属濃度を以下に推定した。また、合わせて東京
湾の海水中金属濃度を沿岸生態リスク評価モデル(AIST-RAMTB)を用いて推定した。
AIST-SHANEL の計算結果を表5に示す。
表5 対象水系別の水中濃度推定結果
2000Pb_N
2000Sn_N
2010Pb_N
2010Sn_N
2010Pb_A
2010Sn_A
2010Ag_A
2010Cu_A
単位:μ g/L
久慈川
那珂川
利根川
荒川
多摩川
鶴見川
相模川
0.00074
0.00221
0.00410
0.01004
0.01139
0.01649
0.00519
0.00094
0.00282
0.00536
0.01377
0.01561
0.02370
0.00709
0.00132
0.00290
0.00591
0.01543
0.01676
0.02810
0.00863
0.00187
0.00423
0.00906
0.02509
0.02698
0.04814
0.01363
0.00059
0.00149
0.00363
0.00907
0.00889
0.01780
0.00441
0.00135
0.00228
0.00589
0.01667
0.01671
0.03574
0.00813
0.00006
0.00013
0.00023
0.00056
0.00064
0.00086
0.00035
0.00002
0.00003
0.00006
0.00014
0.00017
0.00019
0.00009
AIST-RAMTB を用いて、生物への蓄積量推定に重要となる海水中重金属濃度を推定した。対
象海域は東京湾とし、海域への負荷量は大気と河川からを設定した 。大気は AIST-ADMER に
よる 5km メッシュデータを 1km メッシュデータに補間して入力し、河川は AIST-SHANEL によ
る中川、江戸川、江戸川放水路、隅田川、荒川、多摩川、鶴見川の河口域の溶存態濃度から
負荷量を算出した。その結果を図6に示す。
252
市川
市川
市川
船橋
船橋
東京
船橋
東京
東京
0.05
0.040
市原
川崎
市原
川崎
市原
川崎
0.04
0.050
0.04
0.05
木更津
木更津
横浜
木更津
横浜
横浜
[ng/L]
0.05
富津
0.04
[ng/L]
0.05
0.04
富津
0.03
[ng/L]
0.05
富津
0.04
0.04
0.040
0.03
横須賀
0.03
横須賀
0.02
0.03
横須賀
0.02
0.03
0.03
0.01
0.01
1///年 鉛代替なし 第一層目
0.00
溶存態濃度分布'ng/L(
市川
0.02
0.030
0.01
1/0/年 鉛代替あり 第一層目
0.00
溶存態濃度分布'ng/L(
市川
船橋
東京
1/0/年 鉛代替なし 第一層目
0.00
溶存態濃度分布'ng/L(
市川
船橋
東京
船橋
東京
0.070
0.100
0.060
0.10
市原
0.030
市原
0.080
0.040
川崎
市原
川崎
川崎
0.10
木更津
木更津
横浜
横浜
[ng/L]
0.10
富津
0.040
富津
0.08
0.04
木更津
[ng/L]
0.10
0.06
横須賀
0.08
横浜
[ng/L]
0.10
富津
0.08
0.06
横須賀
0.060
0.04
0.08
0.06
横須賀
0.030
0.04
0.06
0.02
0.010
1///年 錫代替なし 第一層目
0.00
溶存態濃度分布'ng/L(
0.020
0.02
1/0/年 錫代替あり 第一層目
0.00
溶存態濃度分布'ng/L(
0.02
1/0/年 錫代替なし 第一層目
0.00
溶存態濃度分布'ng/L(
図6 海域における重金属環境濃度推定結果
3.3 ヒト摂取量推定
AIST-ADMER で計算した大気沈着量(湿性および乾性沈着量の和)について、表層から 20 cm
にある土壌に均一に混合すると仮定し、土壌空隙率を 0.5 [-]、土壌の粒子密度を 2.5 [g/cm3]
として土壌中濃度増分に換算した。さらに、土壌中濃度増分に対して設定した移行係数を乗
じて、コメ、コメ以外の農作物、飼料、牛肉、牛乳等の食品中濃度はんだ寄与分を得た。濃
度寄与分は 5 km メッシュごとに推定した。そして、各食品の生産量を加味して、コメ、コメ
以外の農作物、飼料、牛肉、牛乳のヒトへの暴露量を推定した。また、AIST-RAMTB から求め
た魚類中濃度データからヒト暴露量を推定するとともに、AIST-ADMER の大気中濃度結果をも
とに、ヒトの大気吸入による摂取量も合わせて推定した。その結果をまとめたものを図7と
図8に示す。その結果、日常の摂取に対して1万分の1(鉛)~100 万分の1(スズ、銀、
銅)のレベルとなり、葉菜は鉛の寄与、牛肉はスズの寄与が大であった。
253
暴露量[mg/kg/day]
1.2E-07
Cu吸入
Ag吸入
Sn吸入
Pb吸入
Cu経口
Ag経口
Sn経口
Pb経口
1.0E-07
8.0E-08
6.0E-08
4.0E-08
2.0E-08
代
替
あ
り
な
し
20
20
年
代
替
20
年
20
20
10
年
代
替
あ
り
な
し
代
替
10
年
20
20
00
年
代
替
な
し
0.0E+00
図7 シナリオごとのヒト摂取量(関東・男性の平均値)
2000年代替なし
2010年代替なし
2010年代替あり
2020年代替なし
2020年代替あり
図8 経口暴露量の食品群別内訳(4つの金属の合計)
4.ヒト健康影響とトレードオフ評価
対象となる金属(鉛、銀、スズ、銅)についてヒトで観察された症状(疫学調査、中毒事
例)をまとめ、ラットとマウスを用いた反復投与試験で観察された NOAEL および LOAEL を整
理した。鉛を除き、疫学データは限られているため、動物試験のデータに基づき、エンドポ
イント臓器ごとの NOAEL/LOAEL の相対値に基づく推論アルゴリズムによる評価を行い、参照
物質(腎臓影響:カドミウム、肝臓影響:塩ビモノマー)でのヒトでの用量反応関係式と、
各エンドポイントの相対 NOEL 値(中央値)から、上記物質の用量反応関係を導いた結果を図
9に示す。
254
肝臓影響
腎臓影響
図9 4 金属の用量反応関係の推定結果
(凡例の括弧内は、参照物質の NOEL を1とした時の各金属の NOEL の相対値)
前節の暴露量を各金属のベースライン摂取量から 1%増加させて損失 QALY 増加を調べ、増
加分を 1μg/kg/日あたりに換算した。暴露量の増減を損失 QALY の増減に換算するためのフ
ァクタを求めたところ、表6のような結果になった。この結果をもとに、はんだ代替の有無
による損失 QALY を経口経路と吸入経路でそれぞれ算出した結果を表7に示す。
表6 各金属の 1μg/kg/日
暴露量変化あたりの損失 QALY 推定結果
金属
ベースライン暴露
量 1) (mg/kg/day)
銅
0.02
肝臓:3.3×10-13+腎臓:8.0×100
肝臓:1.0×10-13+腎臓:2.3×100
スズ
0.013
肝臓:2.2×10-16+腎臓:7.2×10-10
肝臓:1.1×10-16+腎臓:8.4×1010
銀
0.00012
肝臓:1.5×10-25+腎臓:2.9×10-27
肝臓:1.1×10-23+腎臓:6.5×10-22
鉛
0.00072
肝臓:9.7×10-9+腎臓:1.6×100
肝臓:6.7×10-8+腎臓:1.5×101
表7
損失QALY
(日)
鉛(肝)
鉛(腎)
スズ(肝)
スズ(腎)
銀(肝)
銀(腎)
銅(肝)
銅(腎)
合計
2000年
ベースラインの損失QALY
(日)
シナリオ別の損失 QALY 推定結果(左:吸入、右:経口)
2010年
2020年
代替なし 代替あり 代替なし 代替あり
4.4E-08 3.3E-08 3.7E-08
1.7E-08
2.0E-06 1.5E-06 1.7E-06
8.0E-07
3.3E-12 3.4E-12 2.8E-12
3.3E-12
1.9E-18 2.0E-18 1.6E-18
1.9E-18
6.3E-21
1.9E-20
6.0E-56
1.8E-55
1.6E-15
5.7E-15
1.9E-18
6.9E-18
5.0E-08
2.3E-06
3.9E-12
2.2E-18
2.4E2.1E-06
06<<
<< 0.001
0.001
スロープファクタ 2):1 µg/kg/day暴露量変化
あたりの損失QALY(日)
1.6E-06
<< 0.001
1.8E-06
<< 0.001
8.1E-07
<< 0.001
損失QALY
(日)
鉛(肝)
鉛(腎)
スズ(肝)
スズ(腎)
銀(肝)
銀(腎)
銅(肝)
銅(腎)
合計
2000年
2.0E-12
4.6E-04
4.7E-21
3.6E-14
4.6E-04
< 0.001
2010年
2020年
代替なし 代替あり
1.8E-12 1.2E-12
4.1E-04 2.7E-04
3.5E-21 3.8E-21
2.7E-14 2.9E-14
2.0E-30
1.3E-28
3.7E-21
8.4E-08
4.1E-04 2.7E-04
< 0.001
< 0.001
代替なし 代替あり
1.5E-12 6.2E-13
3.4E-04 1.4E-04
3.3E-21 3.8E-21
2.5E-14 2.9E-14
5.6E-30
3.4E-28
1.4E-20
3.1E-07
3.4E-04 1.4E-04
< 0.001
< 0.001
5.生態毒性とリスクトレードオフ評価
金属の生態リスクトレードオフ評価では、種の感受性分布(SSD)を用いて、影響を受ける種
の割合(PAF: Potentially Affected Fraction)を指標としてリスクの定量化を行った。
金属の生態毒性試験データは比較的多く存在している。しかし、金属の毒性値は水質によ
り変化することが知られているため、リスク比較のためには、異なる条件下で得られた毒性
255
試験データを評価対象となる水環境の水質条件に合うように補正し、同一条件下で評価する
必要がある。手法開発では、金属類の生態リスクを同一条件下で評価し、比較するための手
法開発(生物利用性を考慮した金属類のリスク評価手法開発)を行った。本トレードオフ評
価では、鉛、錫、銅、銀について生物利用性を考慮しない SSD を用いてスクリーニング評価
を行った。それから、鉛と銅について、生物利用性を考慮した SSD を用いてリスクの定量化
を試みた。
5.1 金属の種の感受性分布
各金属のスクリーニング評価に用いた生物利用性を考慮せずに作成した SSD を図 10 に示す。
この SSD より算出した HC5 の値[μg/L]は、銀: 0.19、銅:3.35、鉛: 9.63、錫: 4.28 であっ
た。鉛と銅について生物利用性を考慮して作成した SSD を図 12 に示す。ここで、水質は、硬
度 50 mg/L、pH 7、DOC 1mg/L を仮定している。この SSD より算出した HC5[μg/L]は、銅:1.91、
鉛:4.18 であった。
図 10 各金属の SSD
(左:水質補正なし、右:水質補正あり、硬度 50 mg/L、pH 7、DOC 1 mg/L を仮定)
5.2 各シナリオにおける金属の生態リスク
構築した金属の SSD を用いて、想定したシナリオにおける金属の生態リスクを算出した。
2000 年における各河川の最高濃度地点における各金属の濃度が HC5 相当と仮定して、リスク
の変化分を求めた。利根川の結果を図 11 に示す。
図 11 利根川におけるリスクの経年変化 2000 年における各金属の濃度を HC5 と仮定した
256
利根川の最高濃度地点の各金属の濃度を HC5 と仮定した場合、リスクの変化を経年的にみ
ると、代替なしでは、鉛と銀のリスクは 10-2 %オーダーで減尐した。代替ありの仮定では、
鉛と錫のリスクが減尐傾向を、銀のリスクが上昇傾向を示した。銅についてはほとんど変化
がなかった。最高濃度地点の各金属濃度を HC5 と仮定した場合、各金属の生態リスクの変化
はすべての河川において最大で 10-2 %オーダー程度であった。鉛のモニタリングデータをみ
ると、各河川で検出されている鉛濃度は大半が HC5 より低い値であり、最大でも HC5 程度で
ある。すなわち、対象とした河川における鉛の生態リスクは懸念レベルではないと予想され
る。電気電子製品等の基板に使用するはんだ合金を鉛はんだから鉛フリーはんだに代替して
も、本解析において対象とした河川では、生態リスクの変化は極めて小さいと考えられた。
6.経済分析
鉛はんだから鉛フリーはんだに代替した場合の費用効果分析を、2020 年の代替ありシナリ
オについて行った。
費用については、はんだの価格上昇によるはんだ購入費の年あたり増分と、はんだ実装装
置を操業温度の高い鉛フリーはんだ用に更新するための設備更新費用を、以下の式を用いて
推定した。
ただし、CI は設備投資費、r は割引率で 0.03、n は耐用年数で 15 年、CY は運転費用、CA は
年あたり費用であり、運転費用は不変と仮定した。その全国レベルでの推定結果を表8に示
す。
一方、効果については、はんだ代替によるリスク低減効果を QALY で計算した。その結果を
表9に示す。
表8 はんだ代替による費用増加分推定
シナリオ
はんだ
鉛はんだ
鉛はんだリサイクル
鉛フリーはんだ
代替あり 2020 年
鉛フリーはんだリサイクル
代替なし 2020 年
シナリオ
追加設備
代替なし 2020 年 -
代替あり 2020 年 鉛フリーはんだ槽追加
⊿C
257
使用量
[t/年]
18,483
3,466
16,173
3,032
数量
[台]
単価
[円/kg]
1800
-900
5500
-2750
単価
[千円/台]
8,985
15,000
費用
[億円/年]
332.7
-31.2
889.5
-83.4
費用
[億円/年]
0
112.9
1220.5
表9 はんだ代替によるリスク低減効果推定
シナリオ
代替なし
代替あり
⊿E
(年/人口/年)
リスク
[日/人/生涯]
3.4×10-4
1.4×10-4
1.1
以上から、QALY1 年獲得費用は⊿C/⊿E=1.1×103 億円/年となり、物質代替による費用対
効果が極めて悪い結果となった。
欧州 RoHS 指令のようなハザードベースの代替物選択を行う
ことによる効果は若干のリスク低減のみで、国内全体としては費用損失が極めて大きい懸念
があることを示した。
参考文献
Andrae, A.S.G (2010) Global Life Cycle Impact Assessments of Materials Shifts, The
Example of a Lead-free Electronics Industry, Springer, pp.104-105.
布施正暁、恒見清孝(2011)鉛フリーはんだ代替がマテリアルフローに与える影響、第 22
回廃棄物資源循環学会研究発表会, 講演要旨集 CD-ROM , A6-2、
http://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmcwm/22/0/35/_pdf/-char/ja/.
日本金属学会編(1993)金属データブック、丸善、pp.86-92.
Poster DL and Baker JE (1994) Mechanisms of atmospheric wet deposition of chemical
contaminants, In : Atmospheric deposition of contaminants to the great lakes and
coastal waters, Baker JE editied, SETAC Press, pp.51-72.
Sakata M and Marumoto K (2004) Dry deposition fluxes and deposition velocities of trace
metals in the Tokyo metropolitan area measured with a water surface sampler,
Environmental Science and Technology 38, pp.2190-2197.
中央労働災害防止協会(2005)平成 17 年度鉛フリーはんだ関連作業等に係わる化学物質管理
マニュアル.
258
⑤リスクトレードオフ解析のための経済分析指針
1.はじめに
自主的取組としての物質代替が広く行われてきたが,リスクが実質的に削減されているの
かどうかが自明ではなく、また自主的取り組みでは、どこまで排出を削減すればよいのかが
自明でない。これらを克服するための方法がリスクトレードオフ解析、すなわち、リスクト
レードオフ評価および経済分析である.リスクが減っているか否かを検討するのがリスクト
レードオフ評価であり,リスクが減っている場合にその効果は支出される費用に見合ってい
るか否かを検討するのが経済分析である.両者揃って初めて意思決定に役立つ情報となる。
そこで、費用推計を含めた経済分析の指針「リスクトレードオフ解析のための経済分析指針」
を作成した。
2.指針の概要
リスクトレードオフ解析のための経済分析指針は以下の構成となっている。
1.背景
1.1 自主的取組の進展
1.2 スコープの拡大
2.経済分析の目的
2.1 企業の経営管理ツール
2.2 社会とのコミュニケーションツール
2.3 経済分析のアウトカム
3.判断基準
3.1 リスクトレードオフ評価による判断
3.2 経済分析による判断
3.3 経済分析の内容
4.費用の計算
4.1 費用の分類
4.2 設備投資を伴わない物質代替のケース
4.3 設備投資を伴う物質代替のケース
5.効果の指標
6.期間と割引率
6.1 対象期間
6.2 割引率
7.まとめ
8.参考文献
第1章では、リスクトレードオフ評価とリスクトレードオフ解析の概念を定義した。図1
のとおり、代替前後のリスクの大きさを比較するものが「リスクトレードオフ評価」であり、
削減リスクとそのための費用増分を比較するのが「経済分析」とした。これらを合わせた解
析をリスクトレードオフ解析と呼ぶ。化学物質の代替による影響を、ヒト健康リスク、生態
リスク、地球温暖化リスク、費用の 4 つの指標に集約した。
259
リスクトレードオフ解析
リスクトレードオフ評価
リスク
リスク
削減リスク
費用増分
経済分析
図1 リスクトレードオフに関わる用語の整理
第2章では、経済分析の目的を、内部向け(企業の経営管理ツール)と外部向け(社会と
のコミュニケーションツール)の 2 つとした。前者は、経営層による意思決定における利用
と、経営層への説明のための利用が想定される。後者は、各種ステークホルダー(投資家、
債権者、消費者、取引先、地域社会、日本国民等)それぞれに対して、意思決定の根拠を説
明するための資料となる。これらの利用の結果得られるアウトカムとしては、前者について
以下の 3 点を挙げた。
・合理的な意思決定につながり、費用節減に貢献する。
・社会に対する説明資料のためのたたき台となる。
・最終的には、企業の利益や競争力にプラスとなる。
後者についても以下の 3 点を挙げた。
・自主的取り組みとして先手を打つことにより法規制導入の必要性をなくす。
・説明責任を果たすことで社会からの信頼を得る。
・具体的なデータを公表してあることで、根拠のない批判をあらかじめ回避できる。
第3章は、意思決定のための判断基準について記述した。リスクトレードオフ評価におい
て確認すべきこととして次の 2 点を挙げた。
・物質代替によってトータルのリスクが削減されていること(=効果があること)
・一部の主体にリスクの負担が偏っていないこと(=不公平がないこと)
また経済分析の方法としては、費用効果分析、費用便益分析、多基準分析、経済影響分析
の 4 つを挙げた。リスクトレードオフ評価と経済分析(特に費用効果分析)の関係は表1の
ようになる。
260
表1 リスクトレードオフ評価と経済分析(特に、費用効果分析)の関係
費用節約
費用対効果が
良い
費用対効果が
悪い
物質代替によりトータルリスクを削
減する
リスクを削減できるうえに、費用まで
節約
(会社としては支出増だが)社会的に
価値がある投資であることを対外的
にアピールできる
同じお金を他に回せばもっと大きな
社会善が得られた可能性が高い(機会
費用が大きい)
。
物質代替はトータルリスクを増やす
社会は受け入れてくれない可能性が
高い
無駄な投資
第4章では費用の計算について述べた。最初に費用を、設備投資費用、維持管理費用、化
学物質の購入費用に分類し、それぞれについて説明した。次に、設備投資を伴わない単純な
物質代替の場合の計算方法を記述し、続いて、設備投資を伴う場合の計算方法を説明した。
後者の場合の手法として、現在価値法と年価値法を挙げた。割引率を用いて、現在価値(あ
るいは 1 年価値)に換算する。
第5章では効果の指標について述べた。効果の指標は以下の 4 つの指標に集約できること
を説明した。ここで QALY とは質調整生存年数、DALY とは障害調整生存年数を指している。
・ヒト健康リスク(QALY か DALY)
・生態リスク(影響を受ける種の割合)
・地球温暖化リスク(CO2 等量)
・費用の増減(¥)
第6章では期間と割引率について簡単に説明し、7章でまとめを行った。本指針で述べた
経済分析のフローは図2のようになる。生態リスクの変化が大きい場合は注意が必要である。
最後に参考資料リストを付けた。
物質代替
影響1 影響2 影響3 ・・・ 影響N
△ヒト健
康リスク
△生態
リスク
△地球温
暖化リスク
△費用
費用(¥)
QALY'year)
費用対効果
図2 リスクトレードオフ解析のための経済分析指針で述べた経済分析のフロー
261
⑥技術ガイダンス:直接暴露評価
1.はじめに
使用中の化学物質が他の物質に代替される場合、一般的に、リスク評価に必要な暴露と有
害性の情報が比較的多い物質からそうした情報が尐ない物質に代替されることが多く、尐な
い情報から暴露を定量的に推定しうる手法が必要となる。
室内での化学物質への消費者や作業者の暴露を評価することは、そこで過ごす時間が長く、
また様々な化学物質の発生源が室内に存在するため、ヒト健康リスク評価に際して重要であ
る。本技術ガイダンスでは、尐ない情報でスクリーニングレベルの評価を行うべく国内外で
開発され、規制等に使用されている室内消費者暴露と作業者暴露の評価用の数理モデルやコ
ントロールバンディング法について概説した。
2.指針の概要
以下の目次で構成される室内暴露評価に関する技術ガイダンスを作成した。本ガイダンス
で対象とする室内暴露は、室内消費者製品からの暴露と作業場での職業暴露である。
第 1 章 室内暴露評価の概要
1.はじめに
2.室内暴露評価方法
3.室内暴露推定手法検討の歴史
4.数理モデルを用いた推定システム
5.代表的な室内暴露評価システム
6.数値流体力学(Computational Fluid Dynamics,CFD)による解析
6.1 CFD とは
6.2 室内暴露濃度推定への CFD の応用例
6.3 CFD への期待
第2章 数理モデルによる推定
1.はじめに
2.EUSES における室内暴露の推定
2.1 システムの概要
2.2 吸入暴露の推定
2.3 経皮暴露の推定
2.4 経口暴露の推定
2.5 全経路からの総吸収量(総体内用量)
3.ConsExpo における室内暴露の推定
3.1 システムの概要
3.2 吸入暴露の推定
3.3 経皮暴露の推定
3.4 経口暴露の推定
4.E-FAST における室内暴露の推定
4.1 システムの概要
4.2 消費者暴露のシナリオ
4.3 吸入暴露の推定
4.4 経皮暴露の推定
5.ChemSTEER における室内暴露の推定
5.1 システムの概要
5.2 作業者暴露のシナリオ
5.3 搭載されたモデル
5.4 モデルの例
6.WPEM における室内暴露の推定
262
6.1 システムの概要
6.2 シナリオの設定
6.3 吸入暴露の推定
6.4 発生源モデル
7.Risk Learning における室内暴露の推定
7.1 システムの概要
7.2 水道水から室内に揮発した化学物質の吸入暴露
7.3 経皮暴露の平均一日吸収量と生涯平均一日吸収量
8.Risk Manager における室内暴露の推定
8.1 システムの概要
8.2 吸入暴露の推定
8.3 吸入以外の経路での暴露
9.InPest における室内暴露の推定
9.1 システムの概要
10.REACH における暴露評価
11.TRA システム
第3章 既報の暴露係数
1.はじめに
2.産総研 暴露係数ハンドブック
2.1 在宅時間
2.2 子供の在宅時間
2.3 屋外滞在時間
2.4 入浴
3.NHK 国民生活時間調査
3.1 睡眠
3.2 仕事
3.3 学業
3.4 買い物
3.5 通勤
3.6 通学
3.7 在宅
3.8 起床在宅
4.塩津らの調査
5.室内暴露にかかわる生活・行動パターン情報
5.1 調査方法の概要
5.2 公開情報
6.米国 EPA,Exposure Factors Handbook
付録 コントロールバンディング
1.はじめに
2.コントロールバンディングの技術的内容
2.1 暴露の評価
2.2 有害影響の評価
2.3 リスクのランクの決定
2.4 出力
3.コントロールバンディング法の展開
4.中災防(JISHA)方式
5.EMKG(Einfaches Maßnahmenkonzept Gefahrstoffe)
5.1 システムの概要
5.2 入力と処理
5.3 出力
5.4 システムの強み
5.5 システムの限界
6.Stoffenmanager
6.1 システムの概要
6.2 入力データ
6.3 処理
6.4 出力
263
6.5 システムの特徴
6.6 システムの検証
6.7 適用性
参考文献
第1章では、室内暴露評価の方法、歴史、数理モデルを用いた推定システムの概要を解説
するとともに、最近、室内暴露評価に適用されるようになってきた数値流体力学
(Computational Fluid Dynamics,CFD)による解析についても解説した。
第2章では、数理モデルを組合せた室内暴露推定システムに関するいくつかのレビューで
取り上げられている以下の 10 システムについて、採用あるいは勧奨されているモデル、ある
いはシステムの内容を解説した。
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
8)
9)
10)
EUSES
ConsExpo
E-FAST
ChemSTEER
WPEM
Risk Learning
Risk Manager
InPest
REACH の暴露評価
TRA
1例として、ChemSTEER による作業場の室内暴露推定に際して使用される発生源と暴露の推
定モデルの組み合わせを図1に示す。
264
EPA/OPPT Mass Transfer Coefficient Model
EPA/OPPT Penetration Model
User-defined Vapor Generation Model
空気へ放出
EPA/OAQPS AP-42 Loading Model
揮発
液体の放出
放出推定モデル
容器充填
残留物
・・・・・・
・・・・・・
固体の放出
ChemSTEER
・・・・・・
・・・・・・
吸入暴露
・・・・・・
暴露推定モデル
・・・・・・
経皮暴露
EPA/OPPT Mass Balance Inhalation Model
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
揮発
・・・・・・
液体への暴露
容器充填
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
固体への暴露
・・・・・・
・・・・・・
図1 ChemSTEER における発生源と暴露の推定モデルの関係
第3章では、生活時間(特に室内滞在時間)等の暴露係数について、既存の情報(産総研
暴露係数ハンドブック、NHK 国民生活時間調査、塩津らの調査、米国 EPA,Exposure Factors
Handbook)を示した。
さらに、
「付録 コントロールバンディング」では、作業場での化学物質によるリスクの簡
易管理手法であるコントロールバンディングについて解説した。この評価法は,図2に示す
ように、なるべく簡単な情報・データから化学物質を取り扱う作業場の有害・危険性、暴露
の可能性、リスクのレベルをバンド幅に分けて、リスクレベルに対応する管理手法を具体的
に提案する。
265
取扱い量
物理化学性
毒性
暴露の程度のクラス分け
取扱量による
少量
中程度
多量
gまたはmL
kgまたはL
tonまたはkL
EC R phase
GHS分類
有害性のクラス分け
粉塵性/揮発性による
有害性のグループ
低粉塵性固体/低揮発性液体
中揮発性液体
中粉塵性固体
高粉塵性固体/高揮発性液体
A
B
C
D
S
リスクの程度
1
全般的換気
2
3
工学的管理 封じ込め
4
特殊
局所排気等
主な管理手法
図2 コントロールバンディング
266
E
S
保護具
⑥技術ガイダンス:リスクトレードオフ解析
1.はじめに
「化学物質の最適管理をめざすリスクトレードオフ解析手法の開発」事業では、事業者や
行政が同じ用途群の化学物質を代替する際に生じるリスクトレードオフ事象を解析できるよ
うに、室内暴露、環境動態および環境媒体間移行暴露を評価するためのツール・モデルとヒ
ト健康と生態リスクのトレードオフ解析手法を開発するとともに、リスクトレードオフ事象
の事例解析結果をリスクトレードオフ評価書として取りまとめた。
しかし、事業者や行政自らが暴露情報や有害性情報がない被代替物質や代替物質のリスク
トレードオフを評価する場合には、開発したツール・モデル・手法のユーザーガイド/マニュ
アルおよびリスクトレードオフ評価書に加えて、以下に示す事項についても理解しておく必
要がある。このため、これらの事項を解説することにより、暴露情報や有害性情報がない化
学物質についてのリスクトレードオフ解析がよりスムーズに実施できることをめざした。
・化学物質構造からの物性・反応性・分解性推定
オクタノール/水分配係数(log Kow)
、蒸気圧、生分解性等の情報は、環境排出量推定、
環境動態モデル、暴露モデルによる暴露推定に必須の情報であり、既存情報がない物質に
ついては、その構造から物性・反応性・分解性を、暴露評価のために推定する必要がある。
・既存の排出シナリオ文書
本事業において工業用洗浄剤、プラスチック添加剤、溶剤・溶媒、金属類の4用途群の
化学物質を対象に排出シナリオ文書(ESD)を作成した。世界的には、米国 EPA 等が ESD
を作成し、OECD でまとめている(現在、30 文書)
。また、欧州の REACH では、ESD は暴露
シナリオ(ES)一部となっており、3 つの事例が公表されている。これらは上記4用途以
外でリスクトレードオフ解析を行う際の環境排出量推定に有用である。
・環境排出量の環境動態モデルのメッシュへの割り振り
ESD で推定される環境排出量は全国レベルで推定されるため、地域特異的な濃度や摂取
量を推定する環境動態モデルと暴露モデルに入力する場合、モデルの各計算メッシュに、
事業所、家庭、廃棄物処分施設および移動体からの環境排出量を適切な指標で割り振る必
要がある。
・既存の有害性推論手法
有害性情報は、化学物質のリスク評価に必須である。本事業では、ヒト健康影響と生態
影響の推論手法を開発し、手法を解説したリスクトレードオフ評価ガイダンスを公開して
いる。一方、ヒト健康影響を推論する手法として、近年「Read across」法が注目され、有
害性情報の補完に使用されている。
267
・ハザードベースの代替物評価(Alternatives Assessment)法
米国でハザードベースの代替物評価(Alternatives Assessment)手法の開発が行われて
おり、難燃剤の代替への適用が検討されている。
2.指針の概要
以上を踏まえて、下記の目次で構成される技術ガイダンスを作成した。
第 1 章 技術ガイダンスの概要
第2章 物理化学的性状の推算法
1.はじめに
2.Estimation Program Interface (EPI) Suite
3.感度解析
第3章 既報の排出シナリオ文書
1.はじめに
2.利用可能な排出シナリオ文章
3.利用時の注意
第4章 推計環境排出量のメッシュへの配分
1.はじめに
2.緯度経度データに基づく事業所等からの環境排出量の配分
3.業種別製品出荷額に基づく事業所からの環境排出量の配分
4.業種別事業所数に基づく事業所からの環境排出量の配分
5.特定の業種の事業所からの環境排出量の配分
6.家庭内で使用中の製品からの環境排出量の配分
7.廃棄物処分施設からの環境排出量の配分
8.移動体からの環境排出量の配分
9.PRTR マップにおける環境排出量の配分
第5章 Read across 法
1.はじめに
2.Toxmatch
3.適用事例
4.デカンの有害性評価
第6章 代替物評価
1.はじめに
2.Lowell Center for Sustainable Production の代替物評価の枠組み
3.EPA の難燃剤の代替物評価
4.Green Screen の難燃剤の代替物評価
参考文献
第1章では、上記の「1.はじめに」に記載したように、事業者や行政自らが暴露情報や
有害性情報がない被代替物質や代替物質のリスクトレードオフを評価する場合には、開発し
たツール・モデル・手法のユーザーガイド/マニュアルおよびリスクトレードオフ評価書に加
えて、いくつかの事項についても理解しておく必要があることを説明した。
第2章では、物性、反応性(分解性)の推定に一般によく使用されている米国 EPA の EPI
Suite の推定精度(表1)には十分注意を払い、推定値がリスクトレードオフ解析結果に及
ぼす影響を見極める必要があることを解説した。
268
表1 EPI Suite の推定モジュールの推定精度
推定モジュール
KOWWIN
AOPWIN
HENRYWIN
MPBPWIN
BIOWIN
KOCWIN
WSKOW
WATERNT
BCFBAF
実測値との相関性
r :0.943、SD:0.479
(OH) r2:0.963、SD:0.218
(対数値)
(O3) r2 :0.88、SD:0.52
(対数値)
r2:0.79、SD:1.54
( 沸点 ) r2 :0.935、 SD:
22.0℃
推定誤差(95%)
±1.00(対数値)
推定対象物質の範囲
分子量:18.02~719.92
(OH) ±3(対数値)
記載なし
(O3)記載なし
記載なし
記載なし
記載なし
±40℃(93.3%)
記載なし
(融点) r2:0.63、SD:63.9℃
±50℃(62.1%)
記載なし
2
(蒸気圧) r2:0.914、SD: ± 1.00 ( 対 数 値 、
1.057(対数値)
80.0%)
(BIOWIN 1 と 2)全一
(BIOWIN 1 と 2)記載なし
致率:89.5%、93.2%
(BIOWIN 3 と 4) r2:0.72、 (BIOWIN 3 と 4)全一
0.71
致率:83.5%、82.5%
(MCI 法) r2:0.850、
記載なし
(log Kow 法) r2:0.778、 記載なし
r2:0.902、SD:0.615(対
記載なし
数値)
r2:0.815、SD:1.045(対
記載なし
数値)
r2:0.82、SD:0.59(対数
記載なし
値)
記載なし
記載なし
記載なし
分子量:32.04~665.02
分子量:32.04~665.02
分子量:27.03~627.62
分子量:30.30~627.62
分子量:68.08~959.17
(非イオン性)
また、環境排出量推定式、環境動態・暴露推定モデルの入力パラメータ(物性、反応・分
解速度定数等)の不確かさや変動性が、推定結果(暴露量やリスク判定結果)にどのような
影響を及ぼすのかを評価するとともに、推定結果の不確かさに大きな影響を及ぼすパラメー
タを確認することを可能にする感度解析について概説した。
第3章では、化学物質の製造、調合、加工、使用(個人や家庭での使用を含む)
、回収/廃
棄の段階における水系、大気、固体廃棄物への排出量を決定するための排出シナリオを文書
化した排出シナリオ文書(ESD)として、OECD から現在公開されている 30 分野の ESD(表2)
等について紹介した。
表2 既存の OECD の排出シナリオ文書
№
1
2
公開年
2000
タイトル分野
全体の枠組み
2000
木材防腐剤
内容
ESD の紹介と加盟国と OECD レベルでの
開発と使用を促進するための指針書
木材防腐剤の木材への処理、処理した
木材の発送前の貯蔵および処理した木
材の使用段階からの環境放出
269
3
2004、2009
プラスチック添加剤
4
2004
水処理剤
5
2004
写真産業
6
2004
ゴム添加剤
7
2004
織物加工業
8
2004
皮革処理
9
2004、2010
半導体用フォトレジスト
10
2004
潤滑剤と潤滑用添加剤
11
2004、2011
自動車補修産業におけるスプ
レー塗布
12
2004
金属加工
13
2005
14
2006
防汚剤
畜舎・肥料貯蔵システム用殺虫
剤
15
2006
クラフトパルプ工場
16
2006
非一貫型製紙工場
17
2006
再生紙工場
18
2008
家庭用とプロ用の殺虫剤、殺ダ
ニ剤および製品
19
2008
製品使用段階の ESD 作成のた
めの補足指針
20
2009
接着剤の調合
21
2009
放射線硬化塗料・インク・接着
剤の調合
270
高分子産業における静電防止剤、着色
剤、腐食防止剤、充填剤、防燃剤、発
泡剤、柔軟剤、安定剤等の加工段藍と
製品使用段階からの環境放出
公共およびパルプ・紙・ボール紙産業
での腐食防止剤、殺生物剤(非農業用)、
プロセス調節剤の環境放出
写真産業における産業使用/専門業者
使用段階での局所の表層水への放出
ゴム工業で使用される充填剤、防燃剤、
安定剤、硬化剤の環境放出
織物加工業で使用される全ての化学物
質の産業使用/専門業者使用と製品の
長期間使用段階での環境放出
皮革工業における産業使用段階での局
所の表層水への放出
半導体製造に使用されるフォトレジス
ト調合剤の不揮発性成分の環境放出
金属精製・加工業、石油燃料工業にお
ける自動車用潤滑油、油圧用油、金属
加工油剤の調合、使用、廃棄段階から
の環境放出
ペイントスプレーガンで表面に塗布さ
れる自動車用補修塗装と塗装中の不揮
発性成分の環境放出
金属精製、加工業の酸化処理等 10 工程
に使用される洗浄剤、導電剤、電気め
っき剤、界面活性剤、湿潤剤、リン酸
塩形成剤の環境放出
船体保護剤の環境放出
畜舎・肥料貯蔵システム用殺虫剤の使
用段階からの環境放出
クラフトパルプの製造段階での化学物
質の環境放出
非一貫製紙工場におけるパルプの製紙
またはボール紙への加工段階での化学
物質の環境放出
紙製品の回収段階での再生紙工場に使
用される化学物質の環境放出
家庭と専門家により使用される殺虫剤
の混合/積み込み段階、施用時、その後
の屋内外の施用面からの放出
耐久製品使用期間中の排出に焦点を当
てた、排出シナリオ文書 1 の指針の補
足
接着剤製品を調合(ブレンド)に使用
される揮発性および不揮発性の成分の
環境放出
放射線硬化型の液体の塗料、インク、
接着剤の調合時の成分のブレンド段階
からの環境放出
22
2009
塗布 ペイント/ラッカー/ワニ
ス
23
2009
パルプ、紙、ボール紙産業
24
2009
化学物質の輸送と貯蔵
25
2010
電子産業
26
2010
製品・消費者製品への芳香油の
ブレンド
27
2011
放射線硬化塗料・インク・接着
剤の使用
28
2011
金属加工用液体
29
2011
洗濯業における水系洗浄作業
に使用される化学物質
30
2011
化学産業
塗料の製造、塗装、製品の使用、廃棄
の段階における塗料中の接着剤、着色
剤、溶剤、充填剤の環境放出
パルプ、紙、ボール紙産業での漂白剤、
着色剤、浮遊剤、注入剤、殺生物剤(非
農業用)
、複写用材料、界面活性剤の環
境放出
タンク自動車、鉄道タンク車、タンカ
ー船、パイプライン、中容量コンテナ、
ドラム、バッグ、貯蔵タンク、サイロ
からの環境放出。原理的に、全ての産
業と用途に適用可
電子産業で使用される化学物質の環境
放出
消費者製品と製品への芳香油のブレン
ド段階からの環境放出
放射線硬化型の液体の塗料、インク、
接着剤の調合時の成分の製品への使用
段階からの環境放出
潤滑および金属部品の冷却を目的とし
た水系と油性の金属加工液体の工業的
用途からの環境放出
洗濯業における水洗浄装置中の洗濯洗
浄製品の商用使用時の環境放出
より詳しい ESD を開発すべき化学産業
中の分野の確認
第4章では、推計された環境排出量を基に、AIST-ADMER や AIST-SHANEL 等の環境動態モデ
ルで化学物質の環境中濃度の空間分布を推定する場合、排出量推計値をモデルに設定されて
いる空間メッシュに配分する必要がある。このため、配分方法を化学物質の製造から廃棄に
至るにフロー図(図1および図2)としてまとめ、解説した。
第5章では、
「類似した化学物質は、類似した性質を持つ」という考えで、情報がない化学
物質の物性、環境中運命、毒性等特性を他の物質から推論するために、グループ化、アナロ
グ、カテゴリー等の概念が展開されてため、その考え方のひとつであるリードアクロス
(read-across)
(ある物質の物性を最も類似した物質のデータで読み替える技術)について
概説した。
第6章では、Green Screen の難燃剤評価を例に、ハザードベースで代替物を選択する方法
として EPA やその他の機関から発表されている代替物評価(Alternatives assessment)法に
ついて概説した(図3)
。
271
排
出
源
はい
事業者
はい
緯度経度データ有
大気排出量:緯度経度でメッシュに配分
公共用水域排出量・下水道移動量:緯度経度でメッシュに配分
いいえ
いいえ
製造業種
はい
大気排出量:業種別製品出荷額でメッシュに配分
公共用水域排出量・下水道移動量:業種別製品出荷額でメッシュに配分
いいえ
いいえ
特定業種
大気排出量:業種別事業所でメッシュに配分
公共用水域排出量・下水道移動量:従業員数でメッシュに配分
はい
大気排出量
①建築工事業での接着剤及び塗料の使用:都道府県別着工建築物床面積→夜間人口でメッシュに配分
②土木工事業での接着剤及び塗料の使用:都道府県別元請完成工事高→夜間人口でメッシュに配分
③汎用エンジンの使用:都道府県別人工林面積・作付面積・元請完成工事高→林業従事者数・土地利用面積・人口
(昼間・夜間平均)でメッシュに配分
はい
家庭
いいえ
①接着剤及び塗料の使用に伴う大気排出量:世帯数でメッシュに配分
②防虫剤・消臭剤の使用に伴う大気排出量:「殺虫・防虫剤」の地域別支出金額→夜間人口でメッシュに配分
③プラスチック製品の使用
大気排出量:夜間人口でメッシュに配分
公共用水域排出量・下水道移動量:人口でメッシュに配分
④壁紙・建材
大気排出量:世帯数でメッシュに配分
公共用水域排出量・下水道移動量:人口でメッシュに配分
⑤家庭で使用される洗剤の成分
公共用水域排出量・下水道移動量:人口でメッシュに配分
はい
大気排出量:緯度経度でメッシュに配分
廃棄物処分施設
いいえ
(次頁に続く)
図1 事業者、家庭、廃棄物処分施設からの環境排出量のメッシュへの配分フロー
いいえ
移動体
はい
①自動車からの大気排出量
・ホットスタート:車種別走行量でメッシュに配分
・コールドスタート:都道府県別車種別・燃料別の年間始動回数→車種別走行量でメッシュに配分
・燃料蒸発ガス
DBL:都道府県別保有台数×ガソリン車走行量比率→昼間人口(営業車)/夜間人口(自家用車)で
メッシュに配分
HSL:都道府県別ガソリン車年間始動回数→昼間人口(営業車)/夜間人口(自家用車)でメッシュに配分
RL:車種別走行量でメッシュに配分
・サブエンジン式機器
冷凍機:都道府県別貨物車合計走行量データ→走行量でメッシュに配分
クーラー:都道府県別バス走行量で→走行量でメッシュに配分
②二輪車からの大気排出量
・ホットスタート:車種別走行量でメッシュに配分
・コールドスタート:都道府県別車種別・燃料別の年間始動回数→車種別走行量でメッシュに配分
・燃料蒸発ガス
DBL:都道府県別保有台数→昼間人口(営業車)/夜間人口(自家用車)でメッシュに配分
HSL:都道府県別二輪車年間始動回数→昼間人口(営業車)/夜間人口(自家用車)でメッシュに配分
③特種自動車からの大気排出量
・建設機械:都道府県別元請完成工事高(土木/建築)→昼間人口でメッシュに配分
・農業機械
トラクタと耕運機:都道府県別作付面積(果樹を除く)→土地利用面積(田およびその他の農用地)で
メッシュに配分
田植機:都道府県別作付面積(水稲)→土地利用面積(田)でメッシュに配分
コンバインとバインダ:都道府県別作付面積(水稲,陸稲,麦類)→土地利用面積(田)でメッシュに
配分
・産業機械:都道府県別フォークリフト累計販売台数→従業員数(全産業)でメッシュに配分
図2 移動体からの環境排出量のメッシュへの配分フロー
また、テレビ筐体用難燃剤として使用される、decaBDE とその代替物であるビスフェノー
ル A ジホスフェート(BDP)およびレゾルシノールビス(リン酸ジフェニル)(RDP)の計 3 物
質および各難燃剤の既知の分解物についての Green Screen での評価結果も示した(表3)
。
272
脚注:
1 毒性 - ”T”= ヒト毒性及び生態毒性
2 ヒト毒性 = 優先すべき影響 (以下参照)ま
たは急性毒性,免疫/臓器影響,感作性,
皮膚腐食性または眼損傷
3 優先すべき影響 = 発がん性,変異原性,
生殖発生毒性,内分泌かく乱,または神経
毒性
この物
質は全
基準を
パスす
る
ベンチマーク 4
易生分解性 (低P)+低B+低ヒト毒性+低生態毒性
(+可能であれば,他の生態毒性エンドポイント)
安全な化学物質を好む
ベンチマーク 3
略号
B = 生物蓄積
P = 残留性
T = ヒト毒性と生態毒性
vB = 非常に高生物蓄積
vP = 非常に長期残留性
この物質とその
分解物がこれら
の全基準をパス
すれば,ベンチ
マーク4に移動
a. 中程度のPまたは中程度のB
b. 中程度の生態毒性
c. 中程度のヒト毒性
d. 中程度の可燃性または中程度の爆発性
使用,改善の余地あり
ベンチマーク 2
この物質とその
分解物がこれら
の全基準をパス
すれば,ベンチ
マーク3に移動
a. 中程度のP+中程度のB+中程度のT
(中程度のヒト毒性または中程度の生態毒性)
b. 長期P+高B
c. (長期P+中程度のT)または(高B+中程度のT)
d. 優先すべき影響に対する中程度のヒト毒性または強ヒト毒性
e. 強可燃性または強爆発性
使用,より安全な代替物を検索
ベンチマーク 1
この物質とその
分解物がこれら
の全基準をパス
すれば,ベンチ
マーク2に移動
a. PBT:長期P+高B+強T1(強ヒト毒性2または強生態毒性)
b. vPvB:非常に長期のP+非常に高いB
c. vPT(vP+強T)またはvBT(vB+強T)
d. 優先すべき影響に対する強ヒト毒性3
回避-高懸念物質
図3 Green Screen における代替物質選択のためのベンチマーク
表3 リン系難燃剤と decaBDE に対する Green Screen のベンチマーク
化学物質
decaBDE
およびその分解物
CAS#
1163-19-5
BPADP/BAPP
およびその分解物
181028-79-5
RDP
およびその分解物
125997-21-9
ベンチマークの理由
分解物が decaBDE をベン
チマーク 1 に留める:
・pentaBDE:PBT、vPvB、
vPT、vBTおよび高い内
分泌かく乱の懸念-
Benchmark 1(a)、(b)、
(c)、(d)
・octaBDE:vPT および高
い発生毒性の懸念-
Benchmark 1(c)、(d)
・分解物と調合剤の汚染
物質であるビスフェ
ノール A は、高い内分
泌かく乱の懸念-
BPADP は Benchmark
1(d)に留まる
・構成成分は:高残留性
または高生物蓄積性
および中/高毒性(優
先影響ではない) -
RDP は Benchmark 2(a)
と 2(c)に留まる
・分解物(フェノール)
は高全身毒性-RDP は
Benchmark 2(d) に 留
まる
273
得られたベンチマーク
Benchmark 1:
回避-高懸念化学物質
Benchmark 1:
回避-高懸念化学物質
Benchmark 2:
使用、しかし、より安全
な代替物を探索
3-1-3 論文、外部発表等
本研究事業における 2012 年7月時点までの特許、論文、外部発表等の件数を表3-1に示
す。国内外の学術雑誌での論文発表に加えて、米国の Society for Risk Analysis(SRA)や
Society of Environmental Toxicology and Chemistry(SETAC)を始めとする国内外の学会
でも発表を行った。これにより、国内外の機関や研究者に本事業の目的や成果等の普及に努
めた。
なお、本事業は、開発した手法、ツール、モデルが民間・国・地方自治体で活用されるこ
とをめざしており、特許出願を目標としないため、特許出願はない。
表3-1 特許、論文、外部発表等の件数(内訳)
特許出願
研究開発項目
①排出シナリオ文書
(ESD)ベースの環境
排出量推計手法の確
立
②化学物質含有製品か
らヒトへの直接暴露
等室内暴露評価手法
の確立
③地域スケールに応じ
た環境動態モデルの
開発
④環境媒体間移行暴露
モデルの開発
⑤リスクトレードフ解
析手法の確立(ヒト健
康リスク)
⑤リスクトレードフ解
析手法の確立(生態リ
スク)
⑥4つの用途群の「用途
群別リスクトレード
オフ評価書」の作成
計
論文
査読付
その他
き
その他外部発
表 ( プ レ ス発
表等)
国内
外国
PCT
出願
0
0
0
1
0
14
0
0
0
0
0
5
0
0
0
11
0
22
0
0
0
3
0
5
0
0
0
0
0
8
0
0
0
4
0
12
0
0
0
1
0
8
0
0
0
20
0
74
274
3-1-4 OECDでの活動
本事業の成果を国外に発信するために、本事業が開始された 2007 年度から、OECD の環境
暴露評価タスクフォース会合において、研究開発項目①で開発する排出シナリオ文書(ESD)
を「OECD の ESD」として、加盟国で本事業の成果が活用されるように、活動を行うとともに、
本事業の概要や成果を都度報告している(図3-3)。
2007
第15回環境曝露評価TF会合@パリ:RTAプロジェクトの概要を紹介. ESDの開発
に着手したことを公表
2008
第16回環境曝露評価TF会合@デッサウ,ドイツ:RTAプロジェクトの進捗(特にプラ
スチック添加剤のESD)について報告
2009
第1回曝露評価TF会合@パリ:プラスチック添加剤と工業用洗浄剤のESDを作成する
ことを提案.室内曝露評価モデルとガイダンス文書について紹介
2010
第2回曝露評価TF会合@ストックホルム:プラスチック添加剤と工業用洗浄剤のESD
の進捗を報告
2011
第3回曝露評価TF会合@パリ:プラスチック添加剤と工業用洗浄剤のESDの進捗を報
告.
工業用洗浄剤についてはドラフト版を提出.金属と塗装溶剤のESDを作成すること
を提案.室内曝露評価ガイダンスより室内モデル比較について紹介
2012
それぞれにESDについて公表に向けて適宜対応
工業用洗浄剤については年内の公表を目指す
図3-3 OECD における本事業に関する活動
275
3-2 目標の達成度
3-2-1 全体の目標達成度
本事業の全体の目標に対する成果および達成度を表3-2に示す。
表3-2 全体の目標に対する成果および達成度
最終目標
成果
・同一用途群内での物質代替を対
象として、化学物質のリスクを
科学的・定量的に比較でき、社
会経済分析も行える「リスクト
レードオフ解析手法」を開発
し、広く活用できるように公開
する
・暴露情報と有害性の情報を補完する手法およびヒ
ト健康リスクや生態リスクをそれぞれ統一指標で
定量的に比較できるリスクトレードオフ解析手法
を開発し、4用途群での物質代替事例を対象とす
るリスクトレードオフを評価した
また、開発した手法や作成した評価書等を公開し
た
(1)暴露情報の補完手法の開発
・暴露情報(暴露濃度や摂取
量)補完のために環境排出
量推計手法、室内暴露モデ
ル、環境動態モデル、環境
媒体間移行暴露モデルを開
発する
・開発に際しては、最低限、
暴露量を既報の実測値の±
1 桁の推定精度をめざし、推
定の不確かさはリスク評価
で考慮する
・開発するツールやモデルを
公開する
達成
度
達成
達成
・4用途群の環境排出量推計手法、室内暴露評価ツ
ール、環境動態モデル(大気、河川、海域生物蓄
積)
、環境媒体間移行暴露モデル(有機化学物質と
金属類)を開発した
・既報の実測値の±1 桁の推定精度をおおむね確保
できることを確認した。推定の不確かさについて
は、リスクトレードオフ評価書で考察した
・開発した手法、ツール、モデルを公開した
(2)有害性情報の補完手法とリ
スク比較手法の開発
・有害性情報(無毒性量、無 ・無毒性量の主要臓器間の相関関係に基づく共分散
影響濃度等)補完のために、
構造解析により、限られた動物試験情報から化学
ヒト健康影響と生態影響の
物質間のヒト健康影響の相対毒性値を推論するア
無毒性量や無影響濃度等を
ルゴリズムを開発するとともに、損失 QALY を統一
推論する手法を開発する
指標とする化学物質間のヒト健康リスク比較手法
・エンドポイントが異なる化
を開発した
学物質間のヒト健康や生態 ・水生生物に対する毒性値、物性、構造等の情報を
のリスクを、統一指標で比
基に種の感受性分布を推論する 3 手法を開発する
較できる手法を開発する
とともに、影響を受ける種の割合を統一指標とす
・開発する手法を公開する
る化学物質間の生態リスク比較手法を開発した
・開発した手法等を公開した
276
達成
(3)4つの用途群での物質代替
に伴うリスクトレードオフの
評価
・開発した暴露と有害性の情報
・開発した暴露と有害性の情報を補完する手法とリ
スクを比較する手法を用いて、4用途群での物質
代替に伴うリスクトレードオフを解析し、リスク
トレードオフ評価書を作成し、公開した
を補完する手法とリスクを
比較する手法を用いて、4用
・工業用洗浄剤:塩素系から炭化水素系または水系へ
の物質代替とエンドオブパイプ対策を対象に解析し
た
・プラスチック添加剤:電気電子製品等に用いられる
臭素系難燃剤デカブロモジフェニルエーテルのリン
系難燃剤への代替を対象に解析した
・溶剤・溶媒:
(一般大気環境)自動車塗装分野での溶
剤系塗料から水系塗料、工程改良、エンドオブパイ
プ対策を対象に解析した。
(室内環境)印刷インキ、
家庭用塗料、家庭用接着剤用の溶剤の代替を対象に
解析した
・金属類:電気電子製品等に使用されるスズ-鉛系は
んだのスズ-銀-銅系はんだへの代替を対象に解析
した
途群での物質代替に伴うリス
クトレードオフを解析し、リス
クトレードオフ評価書を作成
し、公開する
・リスクトレードオフ解析に係る
指針を作成し、開発した手法、
モデル等とともに公開する
・リスクトレードオフ解析を実践する際の手引きと
して、「リスクトレードオフ解析のための経済分析
指針」、「技術ガイダンス 室内暴露評価」、「技術
ガイダンス リスクトレードオフ解析」を作成し、
公開した
277
達成
3-2-2 個別研究開発項目の目標達成度
本事業の個別研究開発項目に対する成果および達成度を表3-3に示す。
表3-3 個別研究開発項目に対する成果および達成度
研究開
発項目
排出シ
ナリオ
文書
(ESD)
ベース
の環境
排出量
推計手
法の確
立
最終目標
成果
・4用途群(工業用洗浄剤、プ
ラスチック添加剤、溶剤・溶
媒、金属類)の化学物質を対
象とした環境排出量推算式
を導出するとともに、ESD を
作成し、公開する
・4用途群を対象に、環境排出量推算式を
導出し、ESD を作成して、公開した
達成
度
達成
・工業用洗浄剤:主要排出段階を使用段階と
し、塩素系、炭化水素系、ハロゲン系、水
系、準水系について、洗浄物、洗浄剤沸点、
冷却温度等の洗浄特性に基づく洗浄剤使
用量と排出量の推定式を導出した
ESD(日本語、英語)を作成し、公開する
とともに、OECD 暴露評価タスクフォース会
合に ESD を提出し、レビューコメントに対
応し、改訂版を提出した
・プラスチック添加剤:可塑剤、難燃剤、安
定剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤について、
物性に基づく製品消費段階での排出量推
定式を導出した。また、添加剤使用比率や
製品寿命等に基づくマテリアルフロー解
析手法も開発した
ESD(日本語、英語)を作成し、公開する
とともに、OECD 暴露評価タスクフォース会
合に ESD を提出した
・溶剤・溶媒:塗料の工業的使用段階を対象
に、塗料組成、塗膜厚さ、塗着効率等に基
づく溶剤の使用量と排出量の推定式を導
出した
工業用塗料溶剤の ESD(日本語、英語)を
作成し、公開するとともに、OECD 暴露評価
タスクフォース会合に ESD を提出した
・金属:製錬と廃棄物処理の段階を対象に、
蒸気圧、炉の温度、排ガス処理率等に基づ
く大気排出量推定式を導出した
製錬段階および廃棄物処理段階における
金属の ESD(日本語、英語)を作成し、公
開するとともに、OECD 暴露評価タスクフォ
ース会合に ESD を提出した
・ESD で推定される排出量を既
報のデータ等を用いて検証
し、妥当性を確認する
・導出した環境排出量推計式について、お
おむね±1桁の推定精度であることを確
認し、妥当性を確認した。
278
達成
化学物
質含有
製品か
らヒト
への直
接暴露
等室内
暴露評
価手法
の確立
地域ス
ケール
に応じ
た環境
動態モ
デルの
開発
・化学物質の室内挙動に影響す
る因子で最適化しつつ、製品
からの室内吸入暴露モデル
を開発し、公開する
・放散、吸脱着、分解、換気等 8 つの因子
を考慮する室内空気質モデル、放散速度
等のデータ作成機能、生活行動パターン
データベース等で構成される室内暴露評
価ツール(iAIR)Ver.0.8β を開発し、
公開した
・放散量等の推定式を作成し、 ・放散と吸脱着を測定し、製品からの放散
モデルに組み込む
速度推定式を作成し、既報値の 1/2~2
倍の推定精度をおおむね確保した
・生活・行動パターン等の情報 ・アンケート調査と文献調査により収集し
を収集し、それらをデータベ
た製品、用途、住宅、世帯、行動および
ース化し、公開するととも
その他の 6 カテゴリーに関する 200 項目
に、上記モデルに組み込む
のデータをデータベース化し、公開する
とともにツールに搭載した。また 100 物
質の物性等のデータベースも搭載した
・モデルの開発に際しては、最 ・日本の一般的な住宅における長期平均の
低限、暴露濃度を既報値の±
室内濃度について、既報値の 1/2~2 倍の
1 桁の精度で推定可能とする
推定精度をおおむね確保した
(大気モデル)
・有機化学物質の光分解、二次
生成、沈着過程をモデル化
し、気象・拡散モデルに組み
込み、汎用パソコンで日本全
国の任意の地域の濃度分布
を推定可能なモデルを開発
する
・最低限、モデルは濃度を±1
桁の精度で推定可能とする
(河川モデル)
・日本全国の全1級水系での金
属を含む化学物質の水中濃
度分布推定が可能な河川モ
デルを開発する
・最低限、モデルは濃度を±1
桁の精度で推定可能とする
(海域生物蓄積モデル)
・海域内湾での海洋生物中の金
属を含む化学物質の濃度分
布推定が可能な海域生物蓄
積モデルを開発する
・最低限、モデルは濃度を±1
桁の精度で推定可能とする
達成
達成
達成
達成
・日本全国の揮発性有機化学物質とその光
分解、二次生成物(オゾン、アルデヒド
類等)の大気中濃度と沈着量を、乾性沈
着速度、洗浄比、大気中分解速度を基に
推定可能なモデル ADMER-PRO Ver. 1.0
を開発し、操作マニュアル、技術解説書
とともに配布した
・関東および近畿地方でおおむね 1/2~2
倍の推定精度であることを確認した
達成
・わが国の全一級水系を対象に、バックグ
ラウンド濃度と存在形態を考慮して金属
等の難分解性物質の河川水中濃度を物性
や分解速度等を基に推定可能なモデル
AIST-SHANEL Ver.2.5 を開発し、操作マ
ニュアルとともに配布した
・洗浄剤の LAS(4 水系)でおおむね 1/2~
2 倍、鉛と銅(7 水系)でおおむね±1 桁
の推定精度であることを確認した
達成
・わが国の主要内湾での金属等の難分解性
物質の生物中濃度を同化効率、摂食速度
定数等を基に推定可能な生物蓄積モデル
AIST-CBAM Ver.2.0 を 開 発 し 、 公 開 用
Windows 版(東京湾の魚類に適用可能)
を操作マニュアルとともに配布した
・東京湾のマアナゴとシロギス(有機化学
物質と金属)でおおむね±30%以内の推
定精度であることを確認した
達成
279
環境媒
体間移
行暴露
モデル
の開発
・農・畜産物の生産地、流通経
路、消費地を考慮して有機化
学物質と金属の地域特異的
な経口摂取量推定モデルを
開発、公開する
・地理情報システム(GIS)を
用いて、モデルの地域特性パ
ラメータをデータベース化
し、モデルに組み込む
・最低限、モデルは濃度を±1
桁の精度で推定可能とする
リスク
トレー
ドオフ
解析手
法の開
発
(ヒト健康)
・限られた動物試験の情報から
ヒト健康影響の種類と無毒
性量等を推論する手法を開
発する
・有機化学物質:土壌、植物、家畜の各媒
体間移行モデルを構築し、既報データに
基づく消費地への流通モデルと消費地住
民の経口暴露モデルと組み合わせて、
農・畜産物経由の地域特異的経口摂取量
推定ツール SIET Ver.0.8 を開発し、マニ
ュアルとともに公開した
・金属類:土壌中濃度等に基づくコメ中濃
度推定式を決定し、これを基に農・畜産
物中濃度を推定する媒体間移行モデルを
構築した。さらに、空間的相互作用モデ
ルでパラメータを決定した主要農・畜産
物の消費地への流通モデルと媒体間移行
モデルを統合し、環境媒体間移行暴露モ
デル AIST-MeTra Ver.0.8 を開発し、マニ
ュアルとともに公開した
・GIS を用いて、環境媒体間移行暴露モデ
ルで用いる地域特性データ(表層土壌の
種類と特性、気象、土地利用、農・飼料作
物生産量、家畜飼養頭数、農・畜産物消費
量、体重等)の代表値や確率密度関数を
決定し、モデルに組み込んだ
・可塑剤や鉛の既報実測濃度との比較によ
り、SIET と AIST-MeTra は、おおむね±
1桁の推定精度であることを確認した
(ヒト健康)
・限られた動物試験情報しかない化学物質
の情報がない臓器に対する無毒性量を推
論する手法を開発した
達成
達成
達成
達成
・NEDO 化学物質総合評価管理プログラムで作
成された有害性評価書・初期リスク評価書
の約 150 物質に関する反復投与毒性試験情
報を、投与量ごとに影響の種類や有無を整
理し、データベース化した
・既存の動物試験結果から、情報がない主要
臓器(肝臓、腎臓等)での無毒性量と、参
照物質との無毒性量の比(相対毒性値)を
推論するアルゴリズムを、無毒性量の主要
臓器間の相関関係に基づく共分散構造解
析を用いて開発した
・40 物質について、の報告値を欠測として推
論し、無毒性量の信頼区間に報告値がほぼ
入ることを確認した
化学物質のヒト健康リスクを ・損失 QALY を統一指標とする化学物質間の
比較できる統一指標を決定す
ヒト健康リスクの比較手法を開発した
る
・肝臓影響については塩ビモノマー、腎臓影
響についてはカドミウムを参照物質とし、
ヒト疫学情報を解析して暴露量と損失
QALY 間の用量反応関係を得た
・上記アルゴリズムで推論される参照物質と
の相対毒性値を参照物質の用量反応関係
に適用し、評価物質の用量反応関係を得る
ことを可能にした
280
達成
・これにより、ラットやマウスの毒性試験で
の主要臓器(肝臓、腎臓等)の無毒性量を
基に、肝臓と腎臓への影響を損失 QALY で
評価可能にした
推論手法と統一指標を4用途
群のリスクトレードオフ評
価に適用する
・開発した手法を、プラスチック添加剤と
金属類のトレードオフ評価に適用し、代
替に伴う損失 QALY の変化量を算出した
達成
・洗浄剤と溶剤・溶媒については、既存有害
性情報による評価が可能と判断されたた
め、適用しなかった
(生態)
・生態影響の無影響濃度等を推
定する手法を開発する
・開発した手法とリスクトレードオフ評価
の考え方を「ヒト健康リスクトレードオ
フ評価ガイダンス文書」として取りまと
め、推論アルゴリズム、データベース、
データベース中の物質に対して推論され
た相対毒性値とともに公開した
(生態)
・限られた生態毒性情報しかない化学物質
の種の感受性分布(SSD)を推論する手法
を開発した
達成
・金属を含む約 1200 物質の各種水生生物に
対する有害性情報、物性、構造情報を収
集・整理し、基本データセットを作成した
・基本データセットを基に魚類急性毒性値を
推定するニューラルネットワークモデル
を開発し(推定精度:±1 桁以内が約 70%)
、
あわせて推定した急性毒性値から SSD を推
定する枠組みを開発した
・既存有害性情報をパターン解析し、毒性作
用分類群ごとに SSD の特徴を把握すること
により、麻酔作用物質の SSD の平均値を物
性から推定する手法を開発した(推定精
度:おおむね 1/2~2 倍)
・水質により水生生物への毒性が変化する金
属について、SSD によるリスク比較を可能
にする生物リガンドモデル(BLM)ベースの
推定法を開発した(推定精度:銅のミジン
コへの急性毒性値でおおむね 1/2~2 倍)
・化学物質の生態リスクを比較
できる統一指標を決定する
・推論手法と統一指標を4用途
群のリスクトレードオフ評
価に適用する
・SSD に基づく「影響を受ける種の割合」
を統一指標とする化学物質間の生態リス
クの比較手法を開発した
・開発した手法を、工業用洗浄剤、プラス
チック添加剤、金属類のトレードオフ評
価に適用し、物質代替に伴う影響を受け
る種の割合の変化量を算出した
・開発した手法と SSD に基づく生態リスク
トレードオフ評価の考え方を「生態リス
クトレードオフ評価ガイダンス文書」と
して取りまとめ、公開した
281
達成
達成
4つの ・工業用洗浄剤、プラスチック
用途群
添加剤、溶剤・溶媒、金属類
の「用途
の4用途群での物質代替に
群別リ
伴うリスクトレードオフを
スクト
評価し、社会経済分析も行
レード
い、評価書を作成し、公開す
オフ評
る
価書」の
作成
・4用途群について、物質代替に伴うリス
クトレードオフ解析を行い、評価書を作
成し、公開した
・開発した手法等に係る指針と
リスクトレードオフ評価指
針を作成し、公開する
・リスクトレードオフ評価を実践する際の
手引きとして、以下を作成し、公開した
達成
・工業用洗浄剤:工業洗浄分野で塩素系洗浄
剤排出削減対策として行われた塩素系洗
浄剤から炭化水素系や水系洗浄剤への物
質代替、エンドオブパイプ対策を解析対象
と し た 。 排 出 量 推 計 手 法 、 ADMER-PRO 、
SHANEL、有害性推論手法で暴露と有害性の
情報を補完し、トレードオフを評価した。
費用効果分析を行い、不確実性解析で結果
に影響を及ぼすパラメータを抽出した
・プラスチック添加剤:電気電子製品等に使
用される難燃剤のデカブロモジフェニル
エーテルからビスフェノール A-ビス(ジフ
ェニルホスフェート)への代替を対象とし
た。排出量推計手法、iAIR、SHANEL、CBAM、
SIET、有害性推論手法を用いて、ヒト健康
リスクは QALY 損失量で、生態リスクは影
響を受ける生物種の割合で、トレードオフ
を評価し、経済分析を行った
・溶剤・溶媒:(一般大気環境)自動車塗装分
野で VOC 排出削減対策として行われた溶剤
系塗料から水系塗料、工程改良(塗着効率
向上)、エンドオブパイプ対策等を対象と
した。排出量推計手法、ADMER-PRO を用い
て VOC の二次生成物質のヒト健康リスク等
を評価し、費用効果分析を行った
(室内環境)印刷インキ、家庭用塗料、家庭
用接着剤用の溶剤の代替を対象として VOC
によるヒト健康リスクの変化を iAIR で評
価するとともに経済分析を行った
・金属類:電気電子製品等に使用されるスズ
-鉛系はんだからスズ-銀-銅系はんだ
への代替を対象とした。排出量推計手法、
SHANEL、CBAM、MeTra、有害性推論手法を
用いて、ヒト健康リスクは平均 QALY 損失
量、生態リスクは影響を受ける生物種の割
合で、トレードオフを評価し、経済分析を
行った
・リスクトレードオフ解析のための経済分析
指針
・技術ガイダンス 室内暴露評価
・技術ガイダンス リスクトレードオフ解析
282
達成
4.標準化等のシナリオ、波及効果
4-1 標準化等のシナリオ
本事業では、世界に先駆けて、物質代替に伴うヒト健康リスクまたは生態リスクのトレー
ドオフを解析する手法を構築した。以下に、今後の本事業成果の標準化等に向けた取組みに
ついて記す(図4-1)
。
受託研究期間(2007~2011年)
2007年度
事業終了後の標準化に向けた取組み
2011年度
2014年度
(1) 暴露情報の補完手法の開発
環境排出量推計手法の開発
「OECD ESD」化
室内暴露評価ツールの開発
室内暴露評価ツールの拡張
環境動態モデルの開発
環境暴露解析モデルの統合
環境媒体間移行暴露モデルの開発
金属モデルの精緻化
シックハウス症候
群等への適用拡大
(2) 有害性情報の補完手法とリスク比較手法の開発
ヒト健康影響とヒト健康リスク
エンドポイントの拡充、
丌確実性の検証
多数物質に適用可
能な有害性推論
ツールの公開
生態毒性と生態リスク
金属の生態リスク評価・管理
におけるBLMの実用化と検証
BLMを用いた金属
の生態リスク評価
の実用的なツール
の公開
BLM:バイオ・リガンド・モデル
研究開発(受託研究)
研究開発(自主研究)
図4-1 標準化に向けた今後の研究開発
(1)暴露情報の補完手法
研究開発項目①の環境排出量推計手法の確立で作成した排出シナリオ文書(ESD)について
は、遅くとも 2014 年度までに、
「OECD ESD」として公開されるように、事業終了後も引き続
き、OECD の暴露評価タスクフォースにおける活動を継続する。これにより、OECD 加盟国と産
業界における暴露情報収集の重複を減らし、暴露評価における一貫性と透明性を向上させる
ことに寄与するとともに、本事業で作成した ESD を国際的なデファクトスタンダードとする
ことをめざす。
なお、
「OECD ESD」化には、以下の 5 つの段階を経る必要があるが、本事業で開発した ESD
は現在、表4-1に示す段階にある。
283
表4-1 本事業で開発した ESD の OECD ESD 化の状況
OECD ESD 公開までの手順
1)リード国(作成の際の中心国)
が ESD の作成を事務局に提案
2)リード国が ESD 草案を作成し
て OECD 事務局に提出
3)OECD 事務局が草案を各加盟国
に配布
4)各加盟国のコメントに従い改
訂
5)全加盟国の合意により承認
工業用洗浄剤
プラスチック
添加剤
溶剤・溶媒
金属類
●
●
●
●
●
●
●
●
室内暴露評価ツールについては、iAIR を公開し、希望者によるダウンロードを可能にして
いるが、図4-1のように、経済産業省の受託研究として引き続き、わが国の室内環境下で
のシックハウス症候群や化学物質過敏症に適用できるようにツールの改良等を推進しており、
専門家でない一般の利用者が使うことができる実用的なツールを 2014 年までに開発する。
わが国においては、一般利用者が使用できる実用的な室内暴露評価ツールは、これまで存
在しておらず、開発するツールをわが国の室内暴露評価ツールのデファクトスタンダードと
することをめざす。
(2)有害性情報の補完手法とリスク比較手法
ヒト健康影響の有害性推論手法と損失 QALY を統一指標とするリスク比較手法については、
国際的に認知された手法とすることをめざす。例えば、OECD の化学品委員会(Joint Meeting
of the Chemicals Committee and Working Party on Chemicals, Pesticides and
Biotechnology)
により策定されている OECD Environmental Health and Safety Publications,
Series on Risk Management では、社会経済分析等に関するガイダンス等も策定、公開され
ており、候補と考えている。
しかしながら、現在の OECD においては、必ずしも、化学物質のリスクトレードオフに関す
る議論が活発になされている状況にはないことから、下記のように取り組みを実施する。
1)SETAC(国際環境化学および環境毒性学会)や SRA(リスク解析学会)等の国際学会において、
米国 EPA の Comparative Risk Assessment 等の取り組みと共同のセッションを設ける等し
て、開発した手法の学会レベルでの認知度の向上とリスクトレードオフに関するコミュニ
ティの構築を図る
2)経済産業省 製造産業局
化学物質管理課と協議しつつ、1)のコミュニティと連携したり、
暴露評価タスクフォース等を活用したりして、リスクトレードオフ解析手法に関する情報
を OECD に対して発信し、Series on Risk Management 等の文書を策定、公開し、国際的に
認知された手法とする
3)上記の活動を積極的に行うため、以下の研究開発を継続し、2014 年度までに、多数の物質
に適用可能な有害性推論手法として公開する(図4-1)。
・損失 QALY の評価が可能なエンドポイントの拡大(推論モデルの精緻化、より多くのエン
ドポイントに対応した参照物質の設定)
・有害性推論の適用範囲やリスク推定の不確実性のさらなる検証
284
生態リスクについてもさらに研究開発を継続し、文部科学省の科研費研究として実施して
いる「金属特異性を考慮した包括的な生態リスク評価手法の開発」の成果も取り入れつつ、
国立環境研究所等と共同で、金属による生態リスクの評価と管理における生物リガンドモデ
ル(BLM)の実用化と検証を行い、2014 年までに BLM を用いた金属のリスク評価の実用的なツ
ールの開発と公開を目指す。
2011 年 9 月に開催された「OECD workshop on metals specificities in environmental risk
assessment」での議論も踏まえて、BLM を用いる金属の生態リスク評価・管理のフレームワ
ーク等の構築に関する OECD 等の国際的な取り組みに対し、本研究の成果を積極的にアピール
するとともに、技術指針文書の作成において主体的に貢献する。
なお、上記の OECD のワークショップでは、本事業での成果の報告も含め、以下について議
論され、BLM 適用と有害性評価のための統計的手法に関する指針の開発等が提言されている。
・金属に特異的な環境有害性評価に関する各国の経験の共有化
・金属/無機物質に特異的な有害性評価に関する提案または既存の指針の調査
・金属の環境評価に関する事例の紹介と経験の交換の促進
・金属/無機物質に特異的なツールおよび手法の理解と適用
・提案された考え方に対する意見の収集と手法の国際的な調和の可能性の確認
285
4-2 波及効果
本事業の波及効果として、図4-2に示す効果が期待される。
プロジェクトのアウトカム
リスクトレードオフ解析手法開発
波及効果
【2002WSSD国際公約の達成】
プロジェクトの成果目標
暴露情報
補完手法
の開発
直接アウトカム
最低限、±1桁の推定精度
を確保した環境排出量推計
手法、室内暴露評価ツール、
環境動態モデル、環境媒体
間移行暴露モデルを開発す
る
・化学物質の環境排出に
大きな寄不をするライ
フステージを対象に地
域特異的な暴露評価が
可能になった
有害性情
報補完手
法の開発
限られた動物試験情報から
物質間のヒト健康影響の相
対毒性値を推論するアルゴ
リズムと損失QALYを統一指
標とするヒト健康リスク比
較手法を開発する
水生生物に対する種の感受
性分布(SSD)を推論する3手
法と影響を受ける種の割合
を統一指標とする生態リス
ク比較手法を開発する
・化学物質の反復投不毒
性試験情報があれば、
ヒト健康の影響の推論
とリスク比較が可能に
なった
リスクト
レードオ
フ評価書
と指針等
の作成
4用途群のリスクトレード
オフ評価書に加えて、リス
クトレードオフ評価を実践
する際の手引きとして、リ
スクトレードオフ評価ガイ
ダンス文書(ヒト健康、生
態)、経済分析指針、技術
ガイダンス(室内暴露評価、
リスクトレードオフ解析)を
作成し、公開した
・企業や行政が自ら、評
価書と指針等を参考に
物質代替に伴うリスク
トレードオフを評価
し、経済分析を行い、
費用対効果に優れた合
理的なリスク削減対策
を意思決定することが
可能になった
・物性や構造式から、直
接または間接的に種の
感受性分布の推論と生
態リスクの比較が可能
になった
間接アウトカム
【産業・企業】
・本事業の成果を活用して、
企業が自主的に、化審法優
先評価化学物質や化管法指
定化学物質の排出削減や代
替を費用対効果を含めて合
理的に検討できる
・本事業の成果を活用して、
企業が自ら、物質代替に伴
うリスクトレードオフを新
規代替物質の開発段階から
低コストで解析できる
【行政】
・暴露と有害性の情報を補完
する手法は、既存情報が尐
ない多数の化審法優先評価
化学物質のリスク評価(一
次、二次)に活用できる
・化審法でリスク評価方法が
現時点で定まっていない金
属類の暴露情報の補完にモ
デルを活用できる
・リスクトレードオフ評価に
係る全体の手法は、化審法
第二種特定化学物質の代替
や管理対策の費用効果分析
を含む適切な管理施策の立
案に活用できる
・国による評価や企業の自主
管理においてリスクが十分
に低いと判断できない物質
を、リスクがより低い物質
に費用対効果を考慮して代
替することが可能となり、
2020年までのWSSDの国際
合意達成に寄不する
・WSSDの合意に沿った国民
の福祉の向上に寄不しうる
産業の健全な発展が期待で
きる
【企業の競争力の強化】
・国際的な化学物質管理の動
きにも対応し、リスクも低
減できる新規代替物質や製
品を開発、上市する上での
意思決定、さらには、ユー
ザーや市民とのリスクコ
ミュニケーションに有効で
あり、競争力の強化に寄不
する
【複合暴露のリスク評価等】
・エンドポイントが異なる化
学物質のリスクを統一指標
で評価することが可能とな
ため、複数の化学物質への
複合暴露が想定される製品
のリスク評価・管理等の第
3世代/第4世代の化学物
質管理方法確立への展開が
期待できる
図4-2 期待される事業の波及効果
(1)2002 年の WSSD における国際公約の達成
本研究開発により、企業が自主的に、化学物質の排出削減や代替を費用対効果も含めて合
理的に検討することが可能になり、また、行政が化審法の優先評価化学物質のリスク評価や
第二種特定化学物質の適切な管理施策の立案を行うことが可能になる。
これによる波及効果として、国による評価や企業による自主管理においてヒト健康や生態
へのリスクが十分に低いと判断できない化学物質を、リスクがより低い物質に、費用対効果
を考慮して代替することが可能となる。これにより、2020 年までにヒト健康と環境に及ぼす
著しい悪影響を最小化する方法で化学物質を使用、
生産することを目標とした 2002 年の WSSD
の国際合意の達成に寄与するとともに、WSSD の国際合意に沿った国民の福祉の向上に寄与し
うる産業の健全な発展が期待できる。
(2)企業の競争力の強化
現在提案されているハザードベースのスコアリング法である代替物評価(Alternative
Assessment)とは異なり、本研究開発により、国際的な流れであるリスク評価に基づく化学
物質管理の考えに基づいて、企業自らが物質代替に伴うリスクトレードオフを新規代替物質
の開発段階から低コストで定量的に解析することが可能となる。
286
これによる波及効果として、科学的なリスク評価に基づくリスク削減を進める国際的な化
学物質管理の動きに対応可能なリスクの低減が期待できる新規代替物質を、企業が自主的に、
開発段階から迅速に解析でき、より安心・安全という高付加価値化された新規の物質や製品
を国内外で上市することの意思決定が容易となり、さらに、ユーザー・一般市民とのコミュ
ニケーションにも有効であるため、企業の開発競争力の強化に寄与できる。
(3)複合暴露によるリスクの評価・管理
化学物質総合評価管理分野の 2011 年度の技術ロードマップでは、第3世代、第4世代の化
学物質管理として、混合物や複合暴露等の複雑なケースの管理を提示しており、重要技術課
題(22)として「複合暴露の有害性評価手法」
、技術課題(20)として「複雑なシナリオのリスク
(混合物や複合暴露等)や多様性(感受性やライフスタイル)に留意し管理するための手法」
があげられている(図4-3)
。
本事業で開発した統一指標(ヒト健康:損失 QALY、生態:影響を受ける種の割合)は、エ
ンドポイントが異なる複数の化学物質を含有する混合物や製品によるリスクのような、複合
暴露に伴うリスクを統一指標でまとめて定量的に評価することを可能にする。
これによる波及効果として、統一指標を用いるリスク解析法は、物質間の相互作用を評価
する in vitro 試験等と組み合わせることにより、同じ有害性エンドポイントに対する個々の
物質のハザード比(HQ)の総和であるハザード・インデックス(HI)による複合暴露リスク
評価に比べて、より柔軟で、多様性に富む第3世代、第4世代の化学物質管理の方法を提供
すると考えられる。
図4-3 化学物質総合評価管理分野の技術ロードマップ(リスク管理分野)
(出典:技術戦略マップ2011)
287
4-3 成果の発信と広報活動
本事業では、企業の自主的なリスク削減対策(環境排出量削減対策と物質代替)や行政に
よる化学物質管理に、図3-1に示す事業成果物であるツール、モデル等がリスクトレード
オフ評価書や指針等を参考にして活用されることを期待しているため、研究開発成果の発信
と事業の広報活動として、以下を実施した。
(1)成果の発信
本事業で開発した「排出シナリオ文書(ESD)」
、
「室内暴露評価ツール(iAIR)
」
、
「大気モデ
ル(ADMER-PRO)
」
、
「河川モデル(AIST-SHANEL)」、
「生物蓄積モデル(AIST-CBAM)
」
、「地域特
異 的 経 口 摂 取 量 推 定 ツ ー ル ( SIET )」、「 金 属 類 環 境 媒 体 間 移 行 暴 露 推 定 支 援 ツ ー ル
(AIST-MeTra)
」
、
「ヒト健康リスクトレードオフ評価ガイダンス文書」、
「生態リスクトレード
オフ解析手法ガイダンス文書」
、
「リスクトレードオフ評価書」、
「リスクトレードオフ解析の
ための経済分析指針」
、
「技術ガイダンス:直接暴露評価」、そして「技術ガイダンス:リスク
トレードオフ解析」を産業技術総合研究所
安全科学研究部門のホームページ(URL:
http://www.aist-riss.jp/main/)で公開し、希望者がダウンロード(一部、申込者への郵送
による配布)できるようにし、成果の普及と活用を促進した(図4-4)
。
図4-4 成果物の紹介とダウンロードに関するホームページ画面
(2)講演会の開催等による情報の発信
企業や行政の関係者を対象とする「化学物質の最適管理をめざすリスクトレードオフ解析
手法開発 成果報告会」
(産業技術総合研究所安全科学研究部門主催、2012 年 11 月 6 日、品
川区総合区民会館 きゅりあん)
を開催し、
本事業の成果を紹介する。当日のスケジュール
(案)
は以下のとおりである。
1)来賓あいさつ
2)プロジェクトリーダー挨拶/プロジェクトの概要説明
288
3)リスクトレードオフ解析(洗浄剤・溶剤)
4)リスクトレードオフ解析(難燃剤・金属)
5)パネルディスカッション
6)閉会のあいさつ
また、同様に企業や行政の関係者が多数参加する総合技術会議の科学技術連携施策群シン
ポジウム(2008 年 2 月、2009 年 1 月)での講演、日本化学工業協会加盟各社の実務担当者を
対象とした「ケミカルリスクフォーラム」の講習会(2010 年 3 月)等を通じて、本事業の概
要や成果を紹介した。
(3)関係工業団体への情報の発信
日本産業洗浄協議会、日本難燃剤協会、日本ビニル工業会、電子情報技術産業協会等の関
係工業団体の協力を得ながら進めた4つの用途群のリスクトレードオフ評価については、こ
れらの工業会との議論を通じて、手法を使いやすくかつ信頼できるものにするとともに、開
発した手法、リスクトレードオフ評価書等の普及に努めた。
さらに、
工業会が主催する第 13 回日本産業洗浄協議会 洗浄技術フォーラム(2009 年 9 月)
、
日本ビニル工業会 第 56 回技術講演会(2010 年 2 月)、新化学技術推進協会・環境技術部会
セミナー(2011 年 9 月)
、電機電子 4 団体 欧州化学品規制 WG(2012 年 6 月)で講演を行い、
本事業の概要や成果を紹介した。
(4)インターネット・ホームページからの情報の発信
産業技術総合研究所安全科学研究部門のホームページ(URL:http://www.aist-riss.jp/
main/)において、本研究事業の概要、研究開発項目、研究成果を紹介するとともに、用語の
解説を行い、本事業の理解を促進した(図4-5)
。
289
図4-5 本事業に関するホームページ画面
290
5.研究開発マネジメント・体制・資金・費用対効果等
5-1 研究開発計画
本研究開発は、各研究開発項目に対して計画された 2007 年~2011 年度の研究開発スケジ
ュール(図5-1)に沿って実施された。実施期間終了時に、計画どおりに各研究開発項目
の目標は達成され、研究開発計画は妥当であったと考えられる。
2007
対象
用途群
2008
2009
2010
2011
A:工業用洗浄剤、プラスチック添加剤
B:溶剤・溶媒、金属
①排出シナリオ文書(ESD)ベースの環境排出量推計手
法の確立
ESD作成(群A)
ESD作成(群B)
②化学物質含有製品からヒトへの直接暴露等室内暴露評価
手法の確立
データベース作成
プロトタイプ開発
③地域スケールに応じた環境動態モデルの開発
プロトタイプ開発
(有機化学物質)
公開版開発
(有機+金属等)
④環境媒体間移行暴露モデルの開発
データベース作成
プロトタイプ開発
公開版開発
(有機/金属)
⑤リスクトレードオフ解析手法の確立(ヒト健康、生態)
データベース作成
プロトタイプ開発
データベース作成
公開版開発
⑥4つの用途群のリスクトレードオフ評価書の作成
評価書(群A)
指針、技術ガイダンス
評価書(群B)
技術ガイダンス
暴露情報の補完手法
有害性情報の補完手法+リスク比較手法
リスクトレードオフ評価書の作成
図5-1 事業全体の実施スケジュール
291
中間評価
公開版開発
事後評価
5-2 研究開発実施者の実施体制・運営
本研究開発は、2007 年 5 月 21 日から 6 月 21 日に NEDO が公募を行い、採択審査委員会で
の厳正な審査を経て、研究開発実施者として独立行政法人産業技術総合研究所と株式会社三
菱化学テクノリサーチ(2007~2008 年度のみ)を選定後、共同研究契約等を締結する研究体
を構築した。
再委託先の独立行政法人製品評価基盤機構(2007~2009 年度のみ)および大学共同利用機
関法人統計数理研究所を含む研究開発に携わる機関の有する研究開発ポテンシャルを最大限
に活用することによって効率的な研究開発の推進を図る観点から、委託先決定後に NEDO によ
り、
研究体には独立行政法人産業技術総合研究所 安全科学研究部門 主幹研究員 吉田喜久雄
氏がプロジェクトリーダーに指名され、その下に研究者を可能な限り結集して効率的な研究
開発を実施した(図5-2)
。
本事業は 2010 年度まで NEDO において実施され、2010 年に刷新会議の指摘を受け、研究マ
ネジメントの見直しを行い、2011 年度は経済産業省直執行となった(図5-3)
。
指示・協議
NEDO
開発推進委員会
PL 吉田 喜久雄
(独)産業技術総合研究所
安全科学研究部門 主幹研究員
委託
(独)産業技術総合研究所
(株)三菱化学テクノリサーチ
研究開発項目①~⑥
研究開発項目①:排出量、
排出係数の推定等
再委託
'2008年度まで(
(独)製品評価技術基盤機構
研究開発項目②:生活・行
動パターンのアンケート調
査
'2009年度まで(
大学共同利用機関法人
統計数理研究所
研究開発項目⑤:ヒト健康
影響に係わるリスクトレード
オフ解析手法の開発,
データマイニングと統計モ
デル化および推論アルゴリ
ズムの開発
図5-2 事業実施体制の全体図(2007~2010 年度まで)
292
経済産業省
開発推進委員会
指示・協議
PL 吉田 喜久雄
(独)産業技術総合研究所
安全科学研究部門 副部門長
委託
(独)産業技術総合研究所
研究開発項目①~⑥
再委託
大学共同利用機関法人
統計数理研究所
研究開発項目⑤:ヒト健康
影響に係わるリスクトレード
オフ解析手法の開発,
データマイニングと統計モ
デル化および推論アルゴリ
ズムの開発
図5-3 事業実施体制の全体図(2011 年度)
プロジェクトリーダーは、研究開発全体の管理・執行に責任を有する NEDO および経済産業
省と密接な関係を維持しつつ、本事業の目的および目標に照らして適切な運営管理を実施し
た。具体的には、開発推進委員会を開催して、外部有識者の意見を運営管理に反映させると
ともに、
必要に応じて、
推進調整会議等を通じてプロジェクトの進捗について報告を行った。
(1)開発推進委員会
外部有識者の参加を得た開発推進委員会を以下のとおり年間1回開催した。
委員リスト(2007 年度)
森澤 眞輔
(委員長)
大澤 元毅
京都大学 大学院工学研究科
都市環境工学専攻 環境デザイン工学講座、教授
独立行政法人建築研究所環境・防火研究グループ、グループ長
佐藤 征
日本界面活性剤工業会、前専務理事
保坂 幸尚
東京都環境局環境改善部有害化学物質対策課、課長
森口 祐一
独立行政法人国立環境研究所
循環型社会・廃棄物研究センター、センター長
委員リスト(2008 年度)
森澤 眞輔
(委員長)
大澤 元毅
京都大学 大学院工学研究科
都市環境工学専攻 環境デザイン工学講座、教授
独立行政法人建築研究所環境・防火研究グループ、グループ長
佐藤 征
日本界面活性剤工業会、前専務理事
島田 光正
東京都環境局環境改善部有害化学物質対策課、課長
森口 祐一
独立行政法人国立環境研究所
循環型社会・廃棄物研究センター、センター長
293
委員リスト(2009 年度)
森澤 眞輔
(委員長)
大石 義勝
京都大学 大学院工学研究科
都市環境工学専攻 環境デザイン工学講座、教授
東京都環境局環境改善部化学物質対策課、課長
大澤 元毅
国立保健医療科学院 建築衛生部 部長
佐藤 征
日本界面活性剤工業会、前専務理事
森口 祐一
独立行政法人国立環境研究所
循環型社会・廃棄物研究センター、センター長
委員リスト(2010 年度)
森澤 眞輔
(委員長)
川辺 健一郎
京都大学 名誉教授
中井 里史
横浜国立大学大学院環境情報研究院・学府、教授
森口 祐一
独立行政法人国立環境研究所
循環型社会・廃棄物研究センター、センター長
東京都環境局 環境改善部 化学物質対策課 課長
委員リスト(2011 年度)
森澤 眞輔
(委員長)
川辺 健一郎
京都大学 iPS 細胞研究所所長補佐/特定拠点教授
中井 里史
横浜国立大学大学院環境情報研究院・学府、教授
森口 祐一
東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻、教授
東京都環境局 環境改善部 化学物質対策課 課長
第1回 2008 年 2 月 29 日 経済産業省本館 25 名
第2回 2009 年 1 月 28 日 経済産業省本館 24 名
第3回 2010 年 2 月 8 日 経済産業省別館 23 名
第4回 2011 年 2 月 28 日 経済産業省別館 20 名
第5回 2012 年 2 月 15 日 経済産業省本館 15 名
(2)推進調整会議
本事業に参加している機関間の研究連携を強化して、研究開発を推進するために、2007
年度から推進調整会議を以下のとおり開催した。
2007 年度:
(1 回)12 月 17 日
2008 年度:
(3 回)5 月 16 日、7 月 28 日、12 月 16 日
2009 年度:
(1 回)5 月 14 日
2010 年度:
(3 回)5 月 25 日、8 月 10 日、1 月 13 日
2011 年度:推進調整会議としては開催せず(ただし、7 月 11 日、7 月 21 日、8 月 24 日、
8 月 26 日、9 月 22 日、10 月 7 日、11 月 16 日、12 月 6 日に経済産業省 化学
物質管理課への進捗等に関する説明、連絡等を行った)
294
(3)リスクトレードオフ連絡会
産業技術総合研究所と三菱化学テクノリサーチの2機関が分担して開発を進めている研
究開発項目①については、情報交換の場として連絡会を開催し、円滑な開発を推進した。
2007 年度:
(9 回)8 月 9 日、8 月 21 日、9 月 10 日、11 月 28 日、12 月 18 日、1 月 10
日、2 月 5 日、2 月 25 日、3 月 13 日
2008 年度:
(13 回)4 月 17 日、5 月 16 日、6 月 4 日、7 月 4 日、8 月 21 日、9 月 11 日、
10 月 24 日、11 月 27 日、12 月 16 日、12 月 22 日、1 月 28 日、2 月 5 日、2
月 18 日
2009 年度以降:(株)三菱化学テクノリサーチが契約満了のため、開催せず
295
5-3 資金
本事業の 2007 年度~2011 年度の予算(実績額)の推移を表5-1に示す。
表5-1 事業の予算の推移
単位:百万円
総額
2007 年度
実績額
113
2008 年度
実績額
100
2009 年度
実績額
100
296
2010 年度
実績額
76
2011 年度
実績額
53
計
442
5-4 費用対効果
2020 年までに、全ての化学物質によるヒトの健康や環境への影響を最小化する WSSD の公
約を達成するための国の施策として、リスクベースの化学物質管理の考え方を導入して化審
法の改正が行われた。この新たな審査体系のスクリーニング評価で優先評価化学物質に選定
された化学物質は、現時点では 94 物質である。しかし、改正前の化審法の監視化学物質の数
等から、最終的な優先評価化学物質の数は 1,000~2,000 物質程度であると推定されている。
NEDO の「化学物質総合管理プログラム・化学物質リスク評価及びリスク評価手法の開発プ
ロジェクト」
(2001~2006 年度実施)で実施した初期および詳細リスク評価の経験に基づけ
ば、優先評価化学物質の一次リスク評価の評価Ⅰ実施後、さらに詳細な評価が必要と判定さ
れる化学物質数は 300~600 物質程度と推定され、さらに、二次のリスク評価に進む可能性が
ある化学物質は 60~120 物質程度と推定される。NEDO の初期および詳細リスク評価が、暴露
と有害性の情報が比較的揃っている化管法の第一種指定化学物質を主に対象として、6 年間
で初期評価(一次評価Ⅰに相当)を 150 物質について、詳細評価(一次評価Ⅱ以降に相当)
が 27 物質について行ったことを考えると、2020 年を目途に上記の物質数の評価を実施する
ことは、相当に大変である。
リスク評価(二次) に進む物質
推定:60~120物質
NEDOの初期/詳細リスク評価
(2001~2006年度)
リスク評価(一次)の評価Ⅱ以降に進む
物質
推定:300~600物質
評価Ⅰ(一次)
優先評価化学物質
推定:1,000~2,000物質
スクリーニング評価
・初期評価でより詳細な評価
が必要と判定された物質の
割合は約25% (うち、ヒト
健康:43%、生態:57%)
・初期評価で詳細な評価が必
要と判定された物質の20%
は詳細評価で、リスク削減
が必要と判定
・初期評価で詳細評価は必要
なしと判定された物質の8%
は詳細評価で、リスク削減
が必要と判定
・評価実施数
・初期評価:150物質/6年
・詳細評価: 27物質/6年
一般化学物質
推定:7,000~8,000物質
図5-6 改正化審法の評価体系で想定される化学物質数
本事業で開発した暴露と有害性の情報を補完する手法は、4-2節の波及効果で述べたよ
うに、一次評価Ⅱ以降の評価が必要と推定される 300~600 物質程度の優先評価化学物質の迅
速なリスク評価を実施する上で、大きく寄与ができる。
さらに、事業者(企業)は、優先評価化学物質や一次評価Ⅱに進む化学物質について、自
主的なリスク削減対策を検討すると考えられ、その場合には、2-1節に記したように、優
297
先評価化学物質からそうでない化学物質への代替がかなりの物質に対して行われると想定さ
れる。既に優先評価化学物質に指定された 94 物質の中にも、二硫化炭素、n-ヘキサン、クロ
ロホルム、1,2-ジクロロエタン、エチレングリコールモノメチルエーテル、N,N-ジメチルホ
ルムアミド、アセトニトリル、トルエン、1,4-ジオキサン、メタノール、シクロヘキサン(以
上、溶剤・溶媒)
、ジクロロメタン(洗浄剤)
、2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール、フ
タル酸ビス(2-エチルヘキシル)(以上、プラスチック添加剤)等の本事業で対象とした用途
群の物質が多々含まれており、4-2節の波及効果で述べたように、本事業で開発したリス
クトレードオフ解析手法を活用することにより、代替によりリスクを低減できる物質への代
替が図られる。
また、金属やその化合物については、優先評価化学物質を選択するためのスクリーニング
評価手法が未だ公開されていないが、表5-2の NEDO 初期リスク評価の結果から、多くのス
クリーニング評価で、生態についてリスク評価(一次)の評価Ⅱ以降に進むと考えられる。
表5-2 NEDO 初期リスク評価における金属とその化合物の生態リスク評価結果
評価対象
亜鉛の水溶性化合物
アンチモン及びその化合物
セレン及びその化合物
ニッケル
ニッケル化合物
ヒ素及びその無機化合物
ほう素及びその化合物
マンガン及びその化合物
評価結果
環境中の水生生物に悪影響を及ぼす可能性が示唆される
環境中の水生生物に悪影響を及ぼすことはないと判断される
環境中の水生生物に悪影響を及ぼす可能性が示唆される
判定不可能(金属ニッケルの無影響濃度が得られず)
環境中の水生生物に悪影響を及ぼす可能性が示唆される
環境中の水生生物に悪影響を及ぼす可能性が示唆される
環境中の水生生物に悪影響を及ぼす可能性が示唆され、詳細
評価候補物質である
環境中の水生生物に悪影響を及ぼす可能性が示唆される
本事業では、金属類の環境動態を評価し得る河川および沿岸海域のモデルを構築し、地域
特異的な濃度推定を可能とするとともに、水質を考慮した金属類の生態リスク評価方法を開
発した。これらの成果は、PEC/PNEC 比(PEC:予測環境濃度、PNEC:予測無影響濃度)に基
づく従来の生態リスク評価に比べて、企業や行政による現実的な金属類の化学物質管理を可
能にすると考えられる。
以上のことにより、化学物質を製造したり、使用したりする産業の健全な発展、そして化
学物質によるヒトの健康と環境への被害の未然防止が図られ、WSSD の公約を達成に寄与する
とともに、安全・安心な国民生活の実現にも寄与することになり、投入費用に見合う十分な
効果が得られたと考えられる。
298
5-5 変化への対応
事業期間中に大きな計画の変更を要する社会経済情勢等の変化は特に生じなかった。
299
300
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