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ユーザー・市民参加型共創活動としてのLiving Labの現状と課題
ISSN 1346-9029 研究レポート No.430 May 2016 ユーザー・市民参加型共創活動としての Living Lab の現状と課題 主任研究員 西尾 好司 要 旨 ・ Living Lab(LL)は、15 年前から欧州、特に北欧が先導し EU や各国政府が支援して いるユーザーや市民参加型のイノベーション活動である。この LL には、共創と Testbed の2つの機能があり、ユーザーは、サービスや製品(以下サービス)を共創するパー トナーと、開発するサービスのモニターの2つの役割がある。 ・ 現在 LL は、欧州だけでなく世界的に広がりつつあり、これまで 380 以上の LL の活動 が行われてきた。利用分野には、医療・健康、都市、観光、行政、教育など様々あり、 地域レベルの活動が中心となる。 ・ LL では、ユーザー・市民、企業、大学、行政や NPO など、様々なステークホルダー が参加する。大学や公的セクターは、LL の主導的な役割を担うことも多い。これは、 公的な支援を受けやすく、様々な人々を結集しやすいこと、企業とユーザー・市民、 企業間などのコーディネート機能を果たせることが理由である。 ・ LL の活動は、ユーザー・市民の持続的な参加・モチベーションの維持が難しく、ある いは企業側にとって LL の手法が慣れない解釈的な性格を持ち、非直線的な活動になり、 取り組みとして予想が難しいことから、企業としては参加しにくいという課題がある。 また、企業は往々に、ユーザー・市民をモニターや被験者として、LL を自社が想定し ているサービスや製品の利用についての仮説を検証するためのデータを獲得するため の実証試験と考えがちである。 ・ LL は、ユーザー・市民を「イノベーションのパートナー」として、ユーザー・市民の 行動をできるだけ現実(Real World)から理解して、製品やサービスを共創していく 活動であり、企業にとっては、ユーザー・市民をどのように参画させるか、コミュニ ティ作り(当事者意識作り)やプロジェクト・フォーメーションに相当な時間や手間 がかかる。LL の開始後も不確実性が高い取り組みとなる。しかし、LL が生み出す価 値は、ステークホルダーが異なる価値を提供しあうことで生み出されるものであり、 自社とユーザーの関係だけでは得られない。そこに LL の存在意義がある。 Key Word イノベーション、共創(Co-Creation) 、Testbed、ステークホルダー、ユーザー・市民 目次 1.研究の概要 ...................................................................................................................... 1 1.1 研究の背景 ........................................................................................................... 1 1.2 Living Lab とは ................................................................................................... 1 1.3 研究のフレームワークと本書の構成 ................................................................... 4 2.Living Lab の現状 .......................................................................................................... 6 2.1 Living Lab の活動の現状..................................................................................... 6 2.2 Living Lab が対象とする領域 ............................................................................. 8 2.3 Living Lab の実施主体 ...................................................................................... 10 2.4 Living Lab を対象とする研究の状況 .................................................................11 3.Living Lab の進め方 ..................................................................................................... 12 3.1 Living Lab プロジェクトの主導者(リーダー) .............................................. 12 3.2 Living Lab の参加者と価値 ............................................................................... 13 3.3 Living Lab プロジェクトのプロセス ................................................................ 15 3.4 実際のプロセスの例:FormIT .......................................................................... 18 4 Living Lab の事例 ........................................................................................................ 20 4.1 Care living labs Flanders ................................................................................. 20 4.2 Rehabilitation Living Lab ................................................................................ 22 4.3 Finland Espoo 市 ............................................................................................... 23 5.Living Lab の課題 ........................................................................................................ 25 5.1 Living Lab のコンセプト................................................................................... 25 5.2 ユーザー・市民のモチベーション ..................................................................... 26 5.3 共創の難しさ ...................................................................................................... 27 5.4 LL はサービスを生み出せるのか? ................................................................... 29 6.さいごに ........................................................................................................................ 32 6.1 ユーザー・イノベーションとしての Living Lab .............................................. 32 6.2 Living Lab の普及に向けて ............................................................................... 33 参考文献 ............................................................................................................................... 36 1.研究の概要 1.1 研究の背景 現在、製品やサービスの利用に対するニーズは多様化し、企業は、マス・カスタマイゼ ーション、さらにはパーソナライゼーションを追及しなければならない。そのためには、 サービス・製品の開発を目的に、ユーザーや市民との間で様々な共創(Co-Creation)が必 要となる。そして、デザイン思考やユーザーの行動からの洞察の獲得や、製品やサービス の創出において、これまでの個人のユーザーや市民との関係を変革して、資源や活動プロ セスを開放し、積極的に共創する企業も増えている(Prahalad and Ramaswamy(2004) や Ramaswamy and Gouillart(2010) )。また、この共創は、行政での政策や公共サービス の構築においても同様に重要な活動なっている。 イノベーションにおけるユーザーの重要な役割に関しては、von Hippel(1988)のリー ド・ユーザーの存在が広く知られている。リード・ユーザーは、必要なものを自らが作り 上げることもあり、それが、製品のサプライヤーよりも早い場合もあった。現在では、こ れまでユーザーや消費者でしかなかった個人の力が、イノベーションにおいて一層強くな る「イノベーションの民主化」が拡大している(von Hippel(2005) ) 。例えば、Fablab や Techshop のような3D プリンターや小型の工作機械を用意した誰でもアクセス可能な製造 施設を利用して、個人でもアイデアや製品の企画を作り、クラウドファンディングで資金 を集め、プロトタイプや小ロット製品を生産し、インターネットで販売することが可能で ある。そして企業も、リード・ユーザーのような人たちだけでなく、独自に様々な資源を 活用して何かを作ろうとする人・コミュニティとの共創、あるいはクラウドソーシングを 積極的に活用するようになってきている。 本稿では、製品やサービスの開発者や提供者、あるいは、共創を支援する者が、自発的 にサービスを提案したり、製品を作るところまではいかない、一般的な人たちが参加する 共創活動の一例として Living Lab を対象に、ユーザー・市民が参加する共創活動の在り方 を考えるものである。 1.2 Living Lab とは (1)Living Lab の概要 欧州では、Living Lab(LL)という「ユーザー・市民との共創活動」が活発に行われて いる。LL は 15 年前から、北欧が先導するかたちで進められてきた。2006 年以降は EU や 1 各国政府による積極的な支援のもと、欧州で広く利用され、第 2 章で説明するように、こ れまで 380 を超える LL の活動が行われている。 この LL は、ユーザー・市民の参加によるサービスや製品の開発者・提供者との共創活動 であり、その仕掛けである。ユーザー・市民をイノベーションの源泉とみなし、イノベー ションのプロセスに参加して製品やサービスの開発者や提供者と一緒にサービス・製品を 創出する活動である。ユーザー・市民が実際にサービスや製品を利用する現場での行動の 評価、利用後のフィードバック、共創などが行われる。LL には、企業、大学、NPO、行政・ 地方自治体、市民など様々なステークホルダーが参加し、オープンな形で進められること が多い。企業から見ればオープン・イノベーションであり、ユーザーがイノベーションに 参加するという意味では、ユーザー・イノベーションでもある。この LL という活動は、ICT、 エネルギー・環境、都市・まちづくり、医療・健康、社会保障、レジャー、文化、運輸な ど様々な分野で活用されている。 (2)Living Lab の特徴 LL はここ 10 年で広まった新しいイノベーション活動であり、LL のコンセプトも変化し ている。LL は、1990 年代初頭に米国の MIT やシカゴ大学などで取り組みが始まり(実験 施設、人工的な環境下) 、1990 年代後半に北欧に渡り、2000 年以降北欧諸国では LL の活動 の場を大学や公的研究機関を中心に整備していった。さらに、2006 年に EC の議長国とし てフィンランド首相が就任し、LL の活動を対象とする EU プロジェクトを開始し、以後欧 州で活発になった。また。米国でも 2015 年 9 月 14 日に、Smart Cities 推進策に関連して、 Testbed としての LL や住民が参加する実践の場の機能を持つ地域・コミュニティレベルの 活動を推進することが発表されている。 LL は、Testbed としての機能から始まった。この機能は、それまでの人工的な環境下での 実験から変化して、インターネットの普及により、ユビキタス環境を体験したり利用した りするサービスや製品の利用に関する実験が行われるようになり、製品やサービスの技術 やプロトタイプを人工的な環境において試験・評価するだけでなく、実際に利用する世界 で実験・評価するような活動に変遷した。さらに、北欧で導入されたことから、このよう な実験・評価に参加するユーザーや市民などの個人も参加して、製品やサービスを共創す る機能も盛り込まれるようになった。 ヨーロッパの LL のネットワーク組織である European Network of Living Lab(ENoLL)は、 2 LL を「現実の生活の中でユーザー中心のイノベーションを標準的な技法として次世代の経 済を構築するシステムであり環境」としている。Van der Walt and Buitendag(2009)も、 「LL には協働、イノベーション、発見、プロセスの観点が重要」とする。具体的な特徴に関し て、Schuurman, De Marez, and Ballon (2015a)が最も多く引用される論文と指摘した2つ の論文(Følstad(2008)と Dutilleul, Birrer and Mensink (2010) )から紹介する。 Følstad(2008)は、LL プロジェクトの先行研究(32 報)を使った文献サーベイを行い、 LL のコンセプトを特徴づける3つの点を挙げている。 ① ユビキタス・コンピューティングを使った体験や実験 ② ユーザーに適用する Testbed ③ オープン・イノベーションのプラットフォーム また、Dutilleul, Birrer and Mensink (2010)は、LL を特徴づけるものとして、 ① インタラクションや協働を推進する組織であり、複数の専門分野からなるネットワー クにより構造化されたイノベーションシステム ② in vivo での実験環境 ③ 製品開発プロセスの中にユーザーを参加させるアプローチ ④ ネットワークや技術的な基盤を維持・発展し、適切なサービスを提供する組織 を挙げ、「ユーザー中心のイノベーションの方法であり、それを第一に活用する組織」とい う、方法と組織の二面を有するものと指摘している。 このように、LL は、オープン・イノベーションの取り組みであり、実際の現場や経験を ベースとするユーザー・イノベーションの取り組みの場となる。 LL において特に重要なアクターはユーザー・市民である。Tidd and Bessant(2013)が、 オープン・イノベーションではなく、ユーザー・イノベーション の例として LL を取り上 げたように、ユーザーや市民参加型のイノベーション活動である。既に述べたように LL に は、共創(Co-creation)と Testbed の2つの機能があり、それに対応してユーザー・市民 も2つの役割を持っている。共創では、サービスに関するアイデアの提案や企画など、サ ービス等の開発に参加する共創のパートナーとしての役割である。Testbed の場合は、サー ビスの開発者が、実際の利用環境下や実験環境下で、ユーザーが利用するコンテクストか ら、新たな洞察を獲得するための観察の対象となる役割、あるいは、実際に利用した意見 や感想、提案などを開発者へフィードバックする役割を担っている。 3 1.3 研究のフレームワークと本書の構成 (1)研究の目的 本研究は、LL を対象とした西尾(2012)をアップデートすることが第一の目的である。 西尾(2012)は、当時欧州で活動が活発になっていた LL の現状を明らかにすることを目 的として、欧州の当時の状況をレビューしたものである。しかし、日本で LL のような活動 を実施することについては、必ずしも十分に配慮しなかった。現在、日本でも LL の取り組 みが始まりつつあることから、 欧州で LL の活動が本格的に始まって 10 年を経過した現在、 LL にどのような課題があるのかを明らかにし、この課題から日本では何が参考になるのか を考察することを第二の目的としている。 (2)方法 本稿では、2012 年以降に発行された学術論文や学会の要旨・プロシーディングスなどを 対象とした先行研究レビューを行う。使用した LL の論文は、Google Scholar の検索から収 集したものである。特に、European Network of Living Lab(ENoLL)が毎年夏に開催す る Open Living Lab Day、International Society for Professional Innovation Management が毎年 6 月に開催する Innovation Conference、LL の論文が多く発表される Technology Management Review 誌の論文を多く活用している。 (3)研究の項目 本研究は、LL の活動の現状に関して、LL の活動拠点数や活動分野、研究の動向、LL の プロセス、LL における参加者の役割などを中心に現状調査を行う。また、日本での LL の 普及という観点から、日本において大きな課題を想定できる企業などの事業者にとっての LL の価値、ユーザーや市民とのコミュニケーション、あるいはユーザーや市民のモチベー ション維持、企業・市民の意識改革の方向性について、先行研究をレビューする。 (4)本稿の構成 第2章では、European Network of Living Lab の情報や LL への包括的なアンケートを ベースとする先行研究を活用して、LL の活動の現状を整理する。次の第 3 章では、LL の 活動の進め方や LL の参加者の役割について整理する。第 4 章では、LL の主要な活動領域 である健康・医療、都市に関する活動をしている LL の事例を紹介する。そして、第5章で 4 は、LL の活動を持続的なものとするための課題について、ユーザーや市民のモチベーショ ンの維持、企業等の事業者側から見たユーザーや市民との共創の難しさの観点から考察す る。最後の第6章では、日本における LL の普及に向けた方向性、日本での LL を実施する ための留意点をまとめる。 5 2.Living Lab の現状 2.1 Living Lab の活動の現状 現在、 LL プロジェクトが行われている地域は、欧州以外にインドやブラジル等の新興国、 さらにはアフリカなどにも拡大している(図表 1、2 参照) 。LL のネットワーク化を推進す る代表的な組織として ENoLL に登録している LL は、全世界で 380 を超える。 図表1 Living Lab の設置状況(上 2013 年、下 2014 年) 57 19 16 49 12 4 15 13 14 27 (注)2014 年末に ENoLL が公表した活動の分布図(下図)では、欧州の状況がわかりにくいため、前年 に公表した図(上図)を一緒に掲載する。上図の数値は筆者が追記したもので、その当時のデータである。 最近の国別の集計数は次頁に掲載。 6 図表2 ENoLL の登録された LL の国別の集計数 国名 Spain France Italy UK Portugal Finland Germany Belgium Brazil Sweden Colombia Canada Netherlands Switzerland 数 67 56 39 22 18 16 15 12 12 12 9 7 7 7 国名 Hungary Slovenia China Greece Poland Mexico Norway Taiwan Denmark Egypt Ireland Turkey 以下省略 数 6 6 5 5 5 4 4 4 3 3 3 3 (出典)ENoLL に登録されている LL を筆者が国別に集計 European Commission は、2012 年以降、”Open Innovation 2.0 Yearbook”を発表し、そ の中で、LL は重要なイノベーション活動と位置付けられている。しかし、図表2で注意し なければならないことは、ENoLL で登録されている LL の中に活動していないものが多い ということである。これは、Mulvenna and Martin(2012)が実施した ENoLL に参加し ている 195 の LL に対するアンケートの回収率 28.7%であったことからも窺える。 Nesti(2015)によると、ENoLL に登録されている LL から、正規の会員としての基準を満た している LL を抽出し、さらに Co-Design や Co-Production のような共創(Co-Creation) を明示して活動している機関を集計すると、欧州では 47 あるという。 日本の状況は、以前は神奈川県藤沢市の LL が ENoLL に登録されていたが、現在は登録 されていない。現在登録されている LL は、Living Lab Tokyo だけである。科学技術振興 機構・社会技術研究開発センターの「コミュニティで創る新しい高齢社会のデザイン」や 経済産業省の「ヘルスケア」のように、政府の事業の中で LL の活動が進められるようにな った。そのほかにも、大学を舞台とする LL(三上・池上・小篠(2013) )や JST の ACCEL 「触原色に立脚した身体性メディア技術の基盤構築と応用展開」身体性メディアプロジェ クトの中で「Cyber Living Lab」が、国立情報学研究所が「Virtual Living Lab」を進めて いる。 7 2.2 Living Lab が対象とする領域 LL は、European Commission(2009)によると、政府・行政、ICT、医療・健康、教 育、製造、スマートシティ、E-Participation など多岐にわたって活用されていた(図表 3 参照) 。 図表3 LL の活用分野 Healthcare Education Government/public administration Logistics and transportation Building industry Communication industry SME specific applications Engineering Tourism Infrastructure Agriculture and Forestry Environment services Automotive specific application Manufacturing services Aeronautics and Space 10% 6% 18% 4% 9% 6% 12% 2% 9% 9% 8% 3% 1% 2% 1% 0% 5% 10% 15% 20% (出典)European Commission (2009) 政 府 ・ 行 政 が 多 い 理 由は 、 LL を 地 域の コ ミュ ニ テ ィ を 支 援 す る ツー ル と 考 え 、 E-Government・E-Participation の促進や地域や地方自治体がインキュベーターや技術移 転組織のような既存組織を政策ツールとして一緒に活用することで、イノベーションシス テムのパフォーマンスを上げるような取り組みが行われていたからである。 LL の活用分野の具体的な例としては、教育(Abowd (1999) ) 、農業(Bilicki, Kasza, Szücs, and Mólnar(2009)や Bertoldi, Fusco, Moro, Rossi,and Schöpfer(2009) )や漁業(Fernández,de Miguel, and Fernández(2009) ) 、EU の貿易手続き(Baida, Rukanova,Liu and Tan(2007)や Frößler,Rukanova, Klein, Higgins, and Tan(2008) )や医薬品の輸出(Liu, Higgns, and Tan(2010)) 、 空港(Kviselius,Ozan, Edenius, and Andersson(2008) ) 、公共調達(Molinari(2012) ) 、ショッ ピングモール(Hadad,Fung, Weiss, Perez, Mazer, Levin, and Kizony(2012)) 、公共調達の方法 (Haukipuro, Hannu, Satu, and Pasi(2015) )など、多岐にわたっている。さらに、先進国以 外でも、オマーンのインターネットバンキング(Al-Hajri and Tatnall(2008))、南アフリカ の小規模企業支援(Merz (2010) )やコミュニティ支援(Van der Walt and Buitendag(2009)) 、 8 インドでの ICT 企業による LL の評価(Schwittay(2008) 、Tiwari and Sharmistha(2008) )な ども報告されている。 最近の研究でも、例えば Mulvenna and Martin(2012)は、ENoLL に参加している 195 の LL に対するアンケート(回収率 28.7%)から、医療・健康を対象とする活動が最も多い ことを明らかにした(図表 4 参照) 。しかし、特定の分野を挙げることが難しくなっている こともアンケートから多く寄せられ、LL の手法を様々な分野に活用するようなプラットフ ォーム型の LL が多くなっていることがうかがえる。 図表4 Living Lab の活動分野 Digital Cities 12% Others 39% E-Manufacturing 2% Energy 4% E-Participation 5% Media, Content Delivery 9% Health and Wellbeing 27% Tourism 2% (出典)Mulvenna and Martin(2012) 最も多く利用されている健康・医療分野は、先進国で共通の課題である高齢化の進展に 対応するもので、高齢者のニーズは人により異なり、個別ニーズに対応するためにサービ ス・製品の利用についての洞察を獲得する必要があることから、LL の最重要分野と考えら れている。あるいは、標準化の分野としても注目を集める Active Assisted Living もある (Hlauschek,Panek, and Zagler(2009) )。また、都市は、環境問題や社会問題など多くの 課題を抱え、持続可能性に関連した解決策が求められる。LL は、このような課題を解決す るため、現実の環境に組み込まれた研究インフラと考えられ、持続可能な都市開発に向け てイノベーションを推進する都市のガバナンスと持続可能性の研究を追求するためのツー ルとして、Smart City のような都市の LL が多く報告されている。 9 2.3 Living Lab の実施主体 LL の活動資金に関しては、European Commission(2009)によると欧州の LL の主要 な活動資金の 6 割近くが公的資金で占め、EU の支援により多くの LL が生まれている。そ のため LL の設立は、政策主導が多く、結果として大学や公的セクターが中心であった(図 表 5 参照) 。 図表5 Living Lab の活動主体 Business services provider 8% High Tech R&D Laboratory 18% Network-oriented university spin-off 24% Policy-driven government initiative 35% Open innovation Prone Enterprise 10% Single Business Sector Association 6% 0% 5% 10% 15% 20% 25% 30% 35% 40% (出典)European Commission(2009) Mulvenna and Martin(2012)から、現在も大学、国・公共機関が実施する活動が多い ことがわかる(図表 6 参照) 。EU や欧州各国の公的支援により進められるので、様々なス テークホルダーが集まりやすいこと、公的資金の受け手の観点から、大学や公的研究機関 を中心に行われることが多い。なお、民間も 16.1%存在することにも注目する必要がある。 図表6 Living Lab の法人格 Government 11% Other 25% Other Public Sector 20% Private Sector 16% University 28% (出典)Mulvenna and Martin(2012) 10 2.4 Living Lab を対象とする研究の状況 技術経営やイノベーションのテキストとして国際的に著名な Tidd and Bessant(2013) では、Nokia がブラジルに設置した LL や Copenhagen Living Lab が取り上げられた。あ るいは、2008 年には学術誌 The Electronic Journal for Virtual Organizations and Networks に お い て Living Lab の 特 集 号 が 組 ま れ た が 、 Technology Innovation Management Review では、2011 年 10 月号以来、何回も LL が特集された。著名な雑誌で ある、Industrial Research Institute 発行の Research Technology Management 誌では、 ユーザーとのイノベーションの特集号における寄稿論文として、LL が取り上げられている (Guzman, del Carpió, Colomo-Palacios, and de Diego(2013)) 。 Schuurman, De Marez, and Ballon(2015a)は、2006 年以降に発行された学術雑誌に 掲載された論文及び学会発表論文を、Google Scholar 及び Web of Science から、Living Lab というキーワードで検索して抽出した Living Lab に関する論文から、10 件以上引用されて いる論文 45 件を対象とした文献サーベイを行った。相対的に引用されている論文であって も、単一事例の研究で、そこで取り組んでいる活動の詳細を記載し、LL のコンセプトや方 法を論ずるものが多かった。 このように、LL は活動として学術雑誌でも取り上げられるようになりつつあるが、評価 の高い学術雑誌に掲載される論文がないこと、実証的な研究と位置付けられるものが少な いため、LL の研究、あるいは論文は、アカデミアの世界ではまだ重要なものと呼べる段階 に至っていない。これは、後述のように LL が、コンセプトと実際の活動にギャップがある ものが多いこと、プラクティスが確立できていないこと、成果を上げるまでに時間がかか ることなどが要因と考えられる。 11 3.Living Lab の進め方 本章では、LL の進め方を取り上げる。まず、LL を主導するリーダーの特性、LL の参加 者が獲得できる価値を概説した後で、LL のプロセスの例を紹介する。 3.1 Living Lab プロジェクトの主導者(リーダー) LL プロジェクトの主導者の類型化の例として、LL における役割・LL に提供できる価値 という観点から、Leminen(2013)は、Enablers、Utilizers、Providers と Users の 4 種 類に分類した。まず、LL での役割を Coordination と Participation に分け、Coordination を LL の進める方法として Top-Down と Bottom-Up に、Participation を Exhalation(外 で活用してもらう)と Inhalation(外を活用する)に分けた。このようにして、4 つのマト リックスを作り、それぞれ、Enablers、Utilizers、Providers、Users と名付けた(図表 7 参照) 。 図表7 Living Lab のネットワークのマトリックス (出典)Leminen(2013) Enablers は、LL の活動について、戦略、ビジョンやネットワークを提供し、金銭的な 支援を行う公的セクターや金融機関のような LL の支援者であり、社会の改善を目的とする ことが多い。Utilizers は、自らが提供するサービスや製品を構築するために実験する企業、 公的セクターや NGO である。Providers は LL の活動にイノベーティブな手法を提供し、 知識の拡張を考えている大学のような研究開発セクターが多い。最後の Users は、意見を 述べ、共創に参加し、他の住民たちと一緒に開発を主導する住民や市民である。 12 図表8 Living Lab の主導者の例 タイプ 主導する者の特徴・例示 提供できる役割 Enablers -Driven 行政や地方自治体のように、LL を支援 して、社会的な課題の解決や新しい価 値を実現しようとする人・組織 ビジョン作成や資源配分 戦略的なリーダーシップの発揮 ネットワーク化 Utilizers -Driven サービスや製品を提供する事業者 サービスを提供する行政・地方自治体 (LL を)うまく活用しょうとする人・ 事業者 地域ベースの知識の創造 小目的(具体的な)の設定 (持続可能な)サービスの開発 大学や公的研究機関のように、LL で利 用される手法を提供し、コーディネー ト機能を果たす人・事業者・組織 イノベーターとしての学生や研究者、 教員の参加 研究開発方法の提供 システマティックな知識創造・強化 LL で対象となるサービスや製品の(潜 在的な)利用者・事業者、地域の住民 地域ベースのユーザー経験の創造 実験の参加 協創による市民のエンパワーメント Providers -Driven Users -Driven (出典)筆者作成 3.2 Living Lab の参加者と価値 LL プロジェクトの参加目的は、サービスの新たな開発や改良、手法の開発やネットワー クの構築が多い(図表 9 参照) 。企業はこれまでも、ユーザーとの共創、ユーザーの行動理 解について様々な取り組みをしてきた。社内でユーザーが利用する行動を観察し、ユーザ ーとの共創の場を設置、または LL を社内で設置している企業もある。しかし、このような 企業でも、公的な LL プロジェクトに参加する場合がある。 図表9 LL の参加者の参加目的 New services 50% Improved services 46% New methods/tools/applications 50% Marketing of new research 19% Promoting collaborative network 38% Increased reputation 19% Process innovation 8% Increased productivity 19% Infrastructures and laboratories… 23% Acquisition of new knowledge 27% 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% (出典)European Commission(2009) 13 参加する様々なステークホルダーが果たすべき機能および提供する価値は、ステージに よって異なり、固定化されていない。Guzman, del Carpió, Colomo-Palacios, and de Diego (2013)は、ユーザーや市民、製品やサービスの開発者や提供者、行政や公的セクターの 3つのステークホルダーの LL における役割と LL から獲得できる価値をまとめた。ここで は、これを参考に、ユーザー・市民、大学、行政、企業という特に重要な 4 者について、 その概要を紹介する。 (1)ユーザー・市民にとっての価値 ユーザー・市民は、自らが LL プロジェクトの対象となるサービスのプロトタイプを使う ことで、サービスの開発や改良に有用な情報をサービス開発者に伝えたり、開発者が行動 観察などから洞察を獲得することやアイデアを提供して共創のパートナーとなることが可 能である。あるいは、LL からは、実際のサービスに自身のアイデアやニーズが活用される こと、LL を社会貢献や自身の課題解決に活用できる。 (2)大学にとっての価値 大学は、LL において実際の社会的な課題解決に有用な研究を実施するという学術的な役 割だけではなく、大学という社会的な存在として、公的な支援を受けやすく、様々な人々 を結集させやすいという利点を生かしながら、重要なコーディネート機能を果たすことが できる。欧州では大学や公的研究機関が、LL プロジェクトの中心的な役割を担っている。 (3)行政や公的セクターにとっての価値 行政は、自身の提供する行政サービスの開発や改善が行える。LL を活用することで、イ ノベーション、経済、地域開発などの政策をユーザー・市民参加型で策定することができ、 あるいは、政策等の新評価スキームとしても活用できる。制度的、金銭的に LL 活動を支援 することで、地域内外からの関心を高め、社会的資本の形成支援や地域資源を発見・活用 しやすくできる。公的な存在であるが故に、LL という様々な人々を結集しやすい場を提供 できる。LL は地域的な取り組みであることが多く、行政も積極的に参加することが多い。 (4)企業にとっての価値 企業が LL プロジェクトに参加する目的は、自社のサービスの開発や改良はもちろんのこ 14 と、多様なステークホルダーとの共創方法の開発、ネットワーク作りなど、イノベーショ ンに関連する能力構築も重要である。企業はこれまでも、LL 利用の有無に関わらず、ユー ザーとの共創、ユーザーの行動観察などを行っており、従って、LL を利用することでの負 担や、LL 自体の必要性について疑念を持つ場合もある。また、SAP、Nokia や Cisco のよ うに、LL を独自に実施する企業もある。しかし、このような企業でも、社外のプロジェク トに参加することがある。それは、手法の開発、様々なステークホルダーが参加するオー プンな活動だからこそ得られるネットワークや、プロジェクトマネジメントのような能力 構築も重要であると考えているからである。プロジェクトを自社で実施する場合は、自社 とユーザーという二者間の関係に限定されがちである。LL は、ステークホルダーが異なる 価値を提供しあうことで成立し、そこに自社だけでは得られない LL の存在価値がある。 なお、セクターごとに LL における役割が決まっているのではない。行政もサービスの提 供者、企業がユーザーになることもあることに注意が必要である。 3.3 Living Lab プロジェクトのプロセス LL のプロセスについて、戦略を策定してプロジェクトを運営するというプロセスに対応 して、戦略と運営に分けるとすれば、戦略とは、LL の環境や体制を整え、ユーザー・コミ ュニティやローカル・コミュニティの構築、ユーザーやサービス・製品の提供者、専門家 などステークホルダー間のパートナーシップの取り決め、長期的に持続する LL としてのビ ジネスモデルの検討が含まれる。運営は、実際に LL のプロジェクトを実施するため、開発 やプロトタイプの構築、実験及び評価のプロセスである。 LL を開始するためには、運営のプロセスの理解が必要になる。この点については、Pierson and Lievens(2005)に詳しい。この研究は、European Commission(2009)や Schuurman, Moor, Mares, and Evens(2011)などで引用され、Schuurman, De Marez, and Ballon(2015b)が依然 としてプロセスのユニークな論文と指摘しているように、プロセスについて比較的詳細に 取り上げている数少ない論文の1つであることから、本稿でもこの論文を取り上げる。 この論文では、実際の LL のプロセス(研究サイクル)を、Contextualisation、Concretisation、 Implementation、Feedback という 4 段階で提示している(図表 10 参照) 。プロジェクトの立 ち上げ、ユーザー視点のアイデアや実際の利用からの気づきの獲得、プロトタイプへの反 映、素早くユーザーによる利用・検証を行い、そして新たなプロトタイプの開発を行うと いう流れである。 15 図表10 Living Lab のプロセス (出典)Pierson and Lievens(2005) (1)Contextualisation Contextualisation は、LL プロジェクトの企画段階である。LL のプロジェクトを開始する ためには、最初に体制を作る必要がある。企業や公的セクター等のサービスの提供者や大 学や公的研究機関などの LL を推進するコアメンバーが、他のステークホルダーを集めて、 LL プロジェクトの方向性を決める。なお、コアメンバーのリーダーシップが LL プロジェ クトの成功には不可欠である。 この段階では、公共的・社会的な面や経済的な面などの課題やニーズの解決のため、よ りよい価値・付加価値を提供するサービスや製品のコンセプト構築が大きな目的となる。 このコンセプトは LL の実際の取り組みの中で現実からのチェック、フィードバックを経て 進化して、具体的なサービスや製品になっていく。その他に、これらの需要をどのように 創りだすか、開発者からの提案、ユーザーからのリクエスト、あるいはコンペなどから詰 めていく。 次に、プロジェクトごとに参加するユーザーの募集が行われ、選定される。過去のプロ ジェクトに参加したユーザーに連絡するだけでなく、新しく参加者を集めることも行われ る。この選定では、潜在的なプロジェクトに参加するユーザーを性別、教育レベル、年齢 等の基準を考慮したり、エスノグラフィーの手法による観察や定性的なインタビューのよ うな方法で観察でき、より詳細に検証できるという観点から行うこともある。 16 (2)Concretisation 参加するユーザーを選定した後に、対象とするサービスのアイデアを参加者との間で固 め、ユーザーの利用に関するコンテクストを理解するための情報を収集する。 実際にプロジェクトで対象とするサービスや製品のアイデアを固める時には、ブレイ ン・ストーミング、シナリオや有用なケースの作成、協働して問題解決にあたることやユ ーザーと開発者の間でのミクロレベルでのインタラクションの体制の構築、ユーザーの経 験や行動の測定や観察に関する手法などがある。ユーザーとの間でワークショップのよう な場で議論することもある。 選定された参加ユーザーに、LL プロジェクトで対象となるサービスとの関係性やサービ スに対する意見や認識、日々の行動、あるいは関連するユーザーのバックグラウンドを、 アンケートやインタビューで確認する。ユーザーの家族、個人、職業等のプロフィールを 参考に、ユーザーの社会人口的な特性や経済的な特性を見て、プロジェクトの対象のサー ビス等へのアクセスについてのプロフィールを確認することも行われる。なお、ここで集 められたデータが、LL に実際に使われる技術やサービスに対するユーザーの関係性やユー ザー特性のデータとなる。以前実施した LL プロジェクトのデータを別のプロジェクトに使 うことは、個人情報保護の観点などから行われない。 (3)Implementation 実際のテストを行い、ユーザーの行動を評価する段階となる。評価で使用するデータの 収集方法としては、現場(LL)でのソフトウェアやデバイスを含むプラットフォームやネ ットワークから遠隔的にデータを集計したり、ユーザーの行動観察、対象者へのインタビ ュー(グループや個人的に詳細なインタビュー)や日記のような自己レポートなど間接的 にデータを収集して、認識の変化や行動の分析を行う。ここでの分析・評価は、大学等の 専門家が行う。 (2)の段階でユーザーから得られた情報は、ユーザーがサービスを利用す るコンテクストを理解し、実験の前後でのユーザーの認識の違いを評価することに使用さ れる。ログ(自動的にデータを収集)の解析、エスノグラフィー、アンケート調査、フォ ーカスグループの結成や観察、評価手法として社会・人文科学の研究手法が使われる。 (4)Feedback 次に、実際のテストの後に、ユーザーの技術やサービスに対する認識を最初の測定と同 17 じ方法で事後評価し、認識の進化や変化を検証し、技術的な提案を行う。これが次の LL で のプロジェクトの第一段階となる。新たな企画や提案に際して、ユーザーへのインタビュ ーやアンケート、ブレイン・ストーミングなどを行い、次のサービスの企画や改良案を検 討する。 このようなサイクルを数回まわすことにより、コンセプトを固め、プロトタイプを構築 し、最終的なサービスを固めていく。最初からのユーザーと一緒にサービスを企画するこ とから始める必要はなく、既存のサービスやプロトタイプの利用実験から始めてもよく、 ユーザーからのフィードバックや次の企画を共創するステージを含め、サイクルをまわす ことが重要となる。 3.4 実際のプロセスの例:FormIT Pierson and Lievens(2005)で提示されたプロセスは一種のモデルであることから、こ こでは、実際に利用されている FormIT を紹介する。この FormIT は、欧州で最初に活動 を開始した LL の1つであるスェーデンの Botnia Living Lab により開発された。これは、 Concept Design、Prototype Design、Design of Final Solution の3段階を基本に、その前に Planning、そして最後に Commercialization というプロセスとなっている。①Concept、② Prototype、③Final Solution の段階は、各々Appreciation、Design、Evaluation という3つのフ ェーズから構成される。 図表11 FormIT の概要 (出典)Ståhlbröst, Bergvall-Kåreborn, Holst, and Sällström(2010) 18 最初の Concept Design 段階では、ユーザーグループとその特徴、想定するユーザーがいる 場所、ユーザーが参加する方法を検討する段階である。次の Prototype 段階は、ユーザーが サービスを利用する時にどのようなニーズがあるのかを追求するため、インタビューや観 察など様々な方法でデータを集める段階である。最後の Final Solution 段階では、これまで の取り組みの結果を解析し、サービスに対するニーズ、各々のサービスの中でのニーズを 明らかにして、具体的なサービスに対して経験する段階である。ここでは、技術の評価だ けでなく、ユーザーの行動様式から、サービスの有用性、ユーザーの行動や支払いの意欲、 利用パターンや利用満足度などを評価している。 各ステージを Appreciation、Design、Evaluation としているが、これは、前記 Concretisation を、Appreciation(ユーザーの事前の評価) 、Design(対象とするサービス・製品の内容を固 め る ) に 分 け た も の と い え る 。 ま た 、 Liedtke, Baedeker, Hasselkuß, Rohn, and Grinewitschus(2014)では、エネルギー効率を高める取り組みを普及させるために、室内 暖房においてユーザーがどのように使うのか、想定していないユーザーの行動や間違った 適用などから洞察を獲得して、製品・サービスシステムを構築することを目的に、Insight Research、Prototyping、Field Test という 3 段階のプロセスを設定して、実際の生活環境 を舞台とする LL のプロジェクトを実施している。 この、 Insight Research が Appreciation、 Prototyping が Design、Field Test が Evaluation に対応する。 19 4 Living Lab の事例 本章では、LL の活用分野として多い健康・医療と都市分野の取り組みを紹介する。 4.1 Care living labs Flanders Care living labs Flanders(CLLF, De Vlaamse Zorgproeftuinen)は、ベルギーのイノ ベーション省(IWT)が設立した、ケアや高齢化に関する課題に対するイノベーションに 焦点を当て、予防、気づき、発見、介入やケアを含む高齢者のためのあらゆるケア領域に 対処するための制度である(Leys, Versteele, and Pots(2015) 、De Kort, Dessers, and Van Hootegem (2015) )。 高齢者にとって各自のニーズに合わせて、自助や自立からベネフィットが得られるよう にし、慣れ親しんだ自分の環境でより長く生活し、経済的・社会的な活動に参加し続けら れるようにするため、経済的、または社会的な目標を立て、社会的な観点では持続可能な 福祉システムを構築することが目的である。これにより高齢者個人は、これまでと同じレ ベルのケアを維持できるようになる。 図表12 CLLF の体制 (出典)Leys, Versteele, and Pots(2015) CLLF では、LL のプラットフォームを持っており、これを活用してプロジェクトが行わ れる。そして、iMinds がプラットフォームでの全活動のコーディネーターとなる。複数の 20 大学や研究機関等により 2005 年に設立された iMinds は、ステークホルダーと共創すると いうポリシーや目標を実現するための LL の研究を行うテストや実験のプラットフォーム を持っており、1 万人以上のユーザー登録を含め、多くのパネル集団(Lemey, Brys, Vervoort, De Vriendt, and Jacobs(2015) )を有している。 2013 年に4つの LL のプラットフォームが開設された。Aalst にある AIPA(Ageing in place Aalst)は、入手可能な住宅に焦点を当て、社会的に不利な人々に対応することに特 別に配慮する。Leuven の InnovAGE は、包括ケアに焦点を当てている。Antwerp と Brussels の ACN(Active Caring Neighborhood)では、大都市域のインフォーマルなケア・ ネットワークの構築と維持に焦点を当てる。Turnhout にある LiCalab では、例えば、在 宅のメディケアを高齢者にとって興味深いサービスとなるかどうかの調査をし、統合的な アプローチの構築を共創で実施することを強調している。現在は、社会的な弱者となるこ とを回避し、生活の質を高めることなどを中心に、6つのプラットフォームにおいて、現 在まで、23 の LL プロジェクトが進められている。 図表13 Care living labs のプラットフォームの例 LL AIPA InnovAGE CAN LiCalab 活動の概要 ・ 高齢者が自身の生活環境において年齢を重ねていく中でインフラや社 会的な状況に適合できるようにするための試験を行い、高齢者の習慣 を適合できるように変えていく取り組みを行う。 ・ 隔離や入手可能な住宅の整備及びケアの対立にも焦点を当てる。 ・ 質の高い生活、高齢者自身が慣れ親しんだ環境で、より長く健康に生 活できるようにすることを目的。複雑なケアニーズ、継続的なケアが できるようにすることに焦点を当て、高齢者向けの画期的な支援製品 やサービスの構築やケアの方法の革新も進める。 ・ コスト効果に焦点を当てることにより、提供可能で持続的なサービス を構築し、新しい経済可能性を生み出すことができる。 ・ 大都市域における近隣を中心とするケア事業を立ち上げることを目的 に、自助が難しい高齢者ができる限り快適に独立して生活するために、 自助やインフォーマルなケアを推進し、近所付き合いをベースとする ケア・ネットワークを構築する。 ・ フォーマルな医療や専門的な在宅医療は、支援的、橋渡し的、そして 補完的なものと位置付け、 「社会的責任ケア」 (社会及びユーザーにと って支払い可能な適切で質の高いケア)の実現を目的に、専門家がセ ルフケア、ボランティア、インフォーマルなケアを支援していくかも 検証する最初の LL となる。 ・ 高齢者が在宅で長く、独立して、あるいは支援を受けて生活できるよ うにするため、高齢者に対する統合的なアプローチを選択できるよう なサービスを構築する。 (出典)筆者作成 21 4.2 Rehabilitation Living Lab Rehabilitation Living Lab は、Fonds de Recherche du Québec - Santé (FRQS)が資 金 を 提 供 して 、Centre for Interdisciplinary Research in Rehabilitation of Greater Montreal (CRIR)及びそのパートナーが実施している。この CRIR は、身体的障害をも った人々が自立し、社会的なインテグレーションを実現するために包括的に貢献すること をミッションとして活動しているモントリオールにある研究機関である。 この LL では、すべての個人の社会参加と社会的な包摂(Social Inclusion)を目指し、 パブリックな組織とプライベートな組織の関係者の協働による相乗効果の発揮を目的とす る。この LL の活動では、リハビリ・センター、障害を持つ人々のために活動しているコミ ュニティ組織のメンバー、臨床医、高齢者、ショッピングモールが参加している。専門家 としては、工学、ロボティクス、心理言語学、作業療法、心理学やデザインなど、学際的 な 15 の様々な分野の地域・海外の大学などの研究者がいる。 この LL のプロジェクトの1つが、 RehabMaLL(Rehabilitation Living Lab in the Mall) である。これは、モントリオールにある Alexis Nihon というショッピングモールがリノベ ーションをするに当たり、CRIR と連携してショッピングモールを LL の活動の場として、 実際に実験を行い、障害者のアクセシビリティを高めるための対策を取った。このプロジ ェクトでは、以下の 3 つの主な目標を掲げ、ショッピングモール内に LL を設置してプロジ ェクトを実行してきた。①異なるユーザー視点から、モールの環境における物理的及び社 会的な障害を認識して、買い物、友人等との会合などの参加を促進できるようにすること、 ②身体的な機能や認知機能、社会参加と障害者の社会参加を最適化するための技術や介入 手法を開発すること、③新しいデザインやサービスを実装するため、身体的な観点、認知 機能、社会参加やインクルーシブの影響を in-vivo(LL)レベルで評価することである。参 加するユーザーは次の4つに分類できる。①運動・知覚・認知などに関連するすべての年 齢層の障害者、②障害者が LL でイノベーションの共創に関与することも予想されるので家 族や介護者、③臨床医、障害・ リハビリテーション施設などの関係者、④ショッピングモ ールの労働者、 モールのオーナー、モール内の商業スペース使用者 (店主、店員、レジ 係、警備員、フード コート クリーナー等) や作業者などである。 なお、この取り組みが評価されて、International Council of Shopping Centers (ICSC) のカナダのショッピングモールの 2015 年度の"Renovation and Expansions"部門の銀賞を 受賞した。 22 4.3 Finland Espoo 市 フィンランド南部の Espoo 市では、都市計画や街づくりに関する LL プロジェクトが行 われている。 (1)Koulii Juujärvi and Pesso(2013)は、Espoo 市の Suurpelto と呼ばれる誰も人が住んでいな かった 325 ヘクタールの森林地帯を開発して、2010 年から 10 年かけて 1 万5千人の人口、 数千人の雇用を生み出す都市開発において、LL のアプローチを取り入れたプロジェクトを 報告している。この新都市では、居住地、勤務地、文化やレジャーなどのサービスを徒歩 圏内で可能にし、また、都市自体が LL として機能することを想定している。最初の LL プ ロジェクトが Koulii という、Laurea University of Applied Sciences と Espoo 職業大学の Omnia 及び Espoo 市が共同で開始した 2 年間のプロジェクトである。この目的は、日常生 活や住民のニーズに適した製品やサービスの協創や実験を行う環境を構築することである。 Koulii の実施期間に居住者は約 2,000 人に増加した。 このプロジェクトは、都市開発の最終的な意思決定者でありプランナーである Espoo 市 が Enabler として主導する Living Lab であり、8人のステークホルダーが参加し、Enabler としての Espoo 市以外に、User としてのショッピングセンターのディベロッパーや事業者 の団体など、Utilizer として大学研究者、Provider としての大学が参加している。土地所 有者や建設事業者などと共同でビジョンを作っていくことを狙い、アクター間のネットワ ーキング、ボトムアップのプロセス構築を進めた。 (2)Espoo Center プロジェクト Juujärvi and Lund(2015)は、フィンランド南部の Espoo 市で、1 万7千人の住民が住 み、その内 3 割が移民であり、70 の言語が話されている地域を対象としたアクション・リ サーチのプロジェクトを報告している。この地域には公共施設や教会、福祉用の集合住宅 が立地し、公共交通が充実し、アウトドア活動ができるという強みがある反面、移民が多 く、教育レベルが低く、失業率も高く、Espoo 市内で最も貧しい環境にある。 このプロジェクトは、住民の参加を検証し、参加住民の増加、住民やステークホルダー の効率的なコラボレーション手法の開発を目的とした。開始に当たり、明示的にゴールを 共有化せずに、様々な組織やセクターから集めたアクターが参加した 3 年間の活動を行っ た。参加者・住民がコラボレーションや開発の活動への熱意があったことから、ワークシ 23 ョップでは、組織内でのイノベーションや学習に広く使われている、新しいアイデアを生 み出すための Change Laboratory®という介在手法を導入した活動をすることとした。 第一段階は、地域開発の試みに対する住民の関心や参加の低さ、様々なステークホルダ ーと開発者間の協調関係の欠如を観察するために、インタビューやワークショップ、参与 観察によるデータ収集を行った。研究者が仲介者として、ビジョン作成、設計、実験のツ ールを提供するプロセスにおいて機能する。ワークショップでは、近い将来の一般的な目 標の設定、コミュニティ構築や都市開発における不安定さや衝突をうまく回避する手法の 開発、矛盾や反対・否認などの言動の分析、近接地域の開発の目的の構築など、これから 取り組む開発のための活動の目的について参加者の理解を広げ、共有化した目標の設定を 実現し、コラボレーションを強化するための介在手法の構築を目指している。 24 5.Living Lab の課題 現在の欧州の LL の課題は、日本で LL を実施する時にも問題となることが予想されるこ とから、本章では LL の課題について、LL のコンセプトと実際の活動、ユーザー・市民の モチベーションの維持、特に企業からの観点での共創の難しさを取り上げる。 5.1 Living Lab のコンセプト 広範な LL の事例研究をレビューした Følstad(2008)では、提唱された LL のコンセプト と実際の活動にはギャップがあることを(図表 14 参照) 、European Commission(2009)で も実際の LL ではユーザーが参加する Co-Innovation の取り組みは少ないことを指摘してい た。特に前者では、LL では、ユーザーや事業機会の洞察を獲得するという目的を持つ場合 に、エスノグラフィーのような手法を利用するが、事例には参加者の利用を実際の行動の 文脈の中で探求する(Context research)ことは半数に満たなかった。実際には、サービスや 製品の利用のコンテクスト分析、ユーザーの要求の特定のような項目を LL の対象に含めず に、LL を既に開発したソリューションをユーザーに提供する環境(あるいは実験の場)と した活動が多かった。 図表14 LL のコンセプトと実際の LL のプロジェクトでの目的の間のギャップ LL の目的としての特徴(9 項目) 共通目的か? 利用のコンテクストを探求する Context Research を実施していること No 想定していない ICT の利用や新しいサービスの機会に関する洞察を得ること Yes ユーザーとの共創を取り入れること No ユーザーと共に新しい ICT ソリューションの評価を行っていること Yes (より)現実の利用のコンテクストの中で技術的なテストを行っていること No ユーザーに馴染みのある文脈の中で ICT ソリューションの経験や実験を実施 Yes 実際の利用の文脈の中で ICT ソリューションの経験や実験を実施 No 中・長期的な期間で実施していること Yes 大規模ユーザーで実施していること No (出典)Følstad(2008) Niitamo, Kulkki, Eriksson, and Hribernik (2006)は、ハイテク志向の場合に、エンドユー ザーの利用内容に関する洞察を目的とすることが欠如し、ユーザーをイノベーションの源 泉ではなく、単なる技術の利用者とみる傾向があると指摘した。西尾(2012)では、対象 論文は 2000 年代のものが大半ではあるが、90 年代の論文も対象とされていること、 25 Co-Creative な活動の大半が 2000 年代中盤以降に発表された論文であることから、LL が実 施された年代によるコンセプト(目的)の違いの影響、LL の中でユーザーを企画段階から 取り込む手法が必ずしも確立されていないことを指摘した。 LL の類型化が依然として報告され(Veeckman, Schuurman, Leminen, and Westerlund (2013)や Franz, Tausz, and Thiel(2015))、コンセプトと実際の活動のギャップは依然 として残されている。実際の LL の活動では、①参加するユーザー等をモニターや被験者と してみるのか、あるいは共創のパートナーとしてもみるのか、②これまでの実証実験の延 長とするのか、あるいはユーザー等の利用のコンテクストの理解に重点を置くのか、③コ ントロールされた環境下で行うのか、あるいは実際の利用環境で行うのか、④ユーザーだ け参加するのか、あるいは市民や NPO/NGO なども参加するのかにより、形態は異なって くる。そして、現在においても、LL に関する論文や学会発表は増えているのにも関わらず、 コンセプトは統一されていないことが、LL の活動を分かりにくくし、手法・プロセスの確 立を難しくさせている(Guzman, del Carpió, Colomo-Palacios, and de Diego (2013))。 5.2 ユーザー・市民のモチベーション LL のコンセプトを実際に実施する時の大きな課題が、参加するユーザーや市民のモチベ ーションの維持の難しさにある。LL に関心を持つことや参加の意義を理解することは容易 であるが、コンセプトの理解や実際に参加してもらうことは難しく(図表 15 参照) 、モチ ベーション維持が大きな課題となる(Mulvenna and Martin(2012) ) 。 図表15 市民やエンドユーザーの LL の活動への関与 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% ユーザが関心をもつ エンソユーザが実際に参加する Very Easy エンドユーザがコンセプトを理解する Easy Difficult エンドユーザが便益を理解する 特定ではない多くの人が参加する Very Difficult (出典)Mulvenna and Martin(2012) 26 Georges, Schuurman, and Vervoort(2015)は、LL プロジェクトの最初から最後まで 必要な全タスクを実施したユーザー等は少なく、ドロップアウトや実施しないタスクがあ る人が多いと報告する。ドロップアウトの要因には、参加する意味や価値が不明確になる こと、参加の時間がなくなること、技術を対象とする場合はその技術が自分に合わないと 判断することが挙げられている。また、モチベーションを維持する要因には、学習機会、 参加により楽しめること、興味や関心の刺激を挙げている。同様に Logghe, Baccarne, and Schuurman(2014)は、ユーザー等の参加理由には、協働に参加すること、課題解決、個 人の関心等、個人の精神的なインセンティブが、金銭・物質的なものより高いこと、特に 熱心な参加者は、自分の考えを聞いてもらえること、結果を教えてもらえること、自分が 参加することの社会的なインパクトを挙げている。 このようなことから、Leminen, DeFillippi, and Westerlund(2015)は、金銭的な利益 の存在はモチベーションを下げることがあること、ユーザーの参加に関しては、情報の共 有や学習・教育プロセスの存在、交流(Interaction)、感謝の言葉やクーポンのような公式 の感謝が重要であり、参加者の満足感は期待とインタラクションから生まれると指摘する。 5.3 共創の難しさ Mulvenna and Martin(2012)では、多くの段階でユーザーが参加すると回答されている(図 表 16 参照) 。 図表16 Living Lab プロジェクトへのエンドユーザーの参加状況 90% 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% 製品・サービスの 製品・サービスの 製品・サービスの 製品・サービスの 製品・サービスの アイデア探索 アイデアの開発 企画・設計 改善 洗練 Yes No Not at this stage (出典)Mulvenna and Martin(2012) 27 しかし、同じ研究において、Mulvenna and Martin(2012)では、ユーザー等の考えを 具体的なサービス等へ転換することが難しいと考える LL は 6 割で、容易が4割のように意 見が二分していることを明らかにしていること、図表 16 において製品やサービスの企画・ 設計にユーザーが参加しない割合が高いことから伺えるように、ユーザーと共創すること は容易ではない。 Vanmeerbeek, Vigneron, Delvenne, Rosskamp, and Antoine(2015)は、ベルギーのワ ロン地域で実施されたヘルスケア分野の Living Lab プロジェクト 20 件の事例を抽出して 行ったエンドユーザーの参加状況に関する研究を報告している。ここでは、エンドユーザ ーの関与を、①ユーザー中心イノベーション(ステークホルダーではなく、質問やプロト タイプ試験に参加するもの) 、②エンドユーザーとの共創(プロジェクトのステークホルダ ーとして参加)、③ユーザー主導型イノベーション(エンドユーザーが、LL のガバナンス に参加したり、ステークホルダー、プロジェクトリーダとして参加する)の 3 つに分けて、 プロジェクトのフェーズを 3 段階、つまり、Ideation(アイデア創出段階) 、Development (プロトタイプやサービスの開発段階)、Experimentation(試験段階)において、どのよ うにエンドユーザーが参加しているのかを調査した。その結果、ユーザー主導型アプロー チは限定的であり、それはアイデア段階であり、開発や試験段階ではユーザー主導型は通 常活用されない。最初からエンドユーザーがプロジェクト・フォーメーションする事例が 1 例あり、これが、すべての段階でユーザー主導型であり、それ以外の事例は皆無であった。 また、ユーザー主導型のアプローチを入れるプロジェクトは経済的な価値よりも社会的な 価値の創出を目的とするものが多く、エンドユーザーが試験段階だけ参加する場合はユー ザー中心的なイノベーションが多いことを報告した。 Leminen, DeFillippi, and Westerlund(2015)は、LL が持つパラドックスとして、マネ ジメントに関して、当初目標としていない Feasible な成果が生まれることが多いこと、つ まり LL には異質なステークホルダーが参加することによるインタラクションや共創によ り、衝突・統合・再組織化を経て共創が進むことから目標が変わっていくように、LL では 非直線的なアプローチが必要になることが多いことを挙げている。サービスの開発者にと って、ユーザー中心とユーザー主導の意識が対立することがあり、自社事業を目的とする 企業はユーザー主導よりもユーザー中心の意識を持つが、予想できない結果を懸念するこ とからユーザー主導の意識を持ちにくいことを指摘した。さらに、多種多様なカスタマー のニーズに対応したサービスの開発のためには、多くのユーザーが参加する必要性(LL は 28 特定のユーザー層に適した方法という指摘もある)が求められることがあること、また、 イノベーションに関しては、衝突や対立がイノベーションを加速(想定した結果を求めな い)し、未経験の新しいユーザーがイノベーションを加速することを指摘する(想定外の 衝突) 。このようなパラドックスは、パラドックスであるが故に企業にとって対応が難しい ことにつながる。 Lester and Piore(2004)では、イノベーションに関する能力として、主流である分析的な 取り組み(analytical process)と、顧客に関する新たな洞察力を呼び起こし、製品の新しい アイデアに気付くという解釈的取り組み(interpretive process)があり、前者が最も優れた成 果を生むのが、結果があらかじめ十分にわかっており、明確に定義できる場合であること、 後者は、結果がはっきりとわからないときに有効であり、むしろ結果を創造し、属性を定 義しなければならないときに効果を発揮すると指摘する。これらの二つの取り組みは、全 く異なる技能や共同作業のやり方を必要とし、異なる形態のマネジメント手法と権限のも とで従事する。LL は様々なステークホルダーが対話をする機会・場であること、そして、 Stark(2004)が指摘する「何を探しているのか探している時にはわからないが、それをみ つけた時にユーザーが認識することをユーザーに依存している活動」ということができる。 Lund and Juujärvi (2015)も、市民参加型のまちづくりをテーマとする LL プロジェ クトの研究から、LL では明確なゴールに向かうのではなくカオスの状況下でのマネジメン ト能力が必要で、開始前に十分な時間をかけて参加者間の関係づくりや目指すサービス等 のコンセプト開発を行うことが重要と指摘する。LL では、参加者の役割に両義性があり、 互酬的な行動や役割の複雑性(Nyström, Leminen, Westerlund, and Kortelainen,(2014) ) も実施の難しさの要因となる。 5.4 LL はサービスを生み出せるのか? LL という環境は、多くの場合、民間企業、市民、研究者、および公的機関などの相互に 有益な学習機会の手段でもある。Veeckman and van der Graaf(2015)は、包括的に市民 が関与することは、市民の潜在能力やスキルに合わせ、様々なツールを提供することによ り実現できると主張している。技術的なスキルが不足している市民も、ワークショップ形 式と相互学習(ピア学習)を通じて、その都市の発展に参加し、都市及び日常生活の両方 に利益のあるソリューションを生み出すことが可能になることを指摘する。 Hakkarainen and Hyysalo(2013)も、ジェロンテクノロジーで 4 年間の LL の詳細な 29 ケーススタディに基づいた研究から、当事者間の学習にかかっており、出現するものでは ないことを明らかにした。参加するアクターの多様な能力や興味は、多くの場合、技術開 発プロジェクトを複雑で不安定にするものであり、アクターや新技術の開発に参加するの をためらうエンドユーザーとの間の力関係の問題が生じることもある。このように、LL を 主導する者は苦労することは確かであり、通常予想されるよりも、より困難な場合がある が、LL という場が、ユーザーと開発者の間の学習の触媒として機能していることを示唆し ている。 Shuurman,Marez, and Ballon(2015b) による Ghent 大学 iMinds での Open Innovation プロジェクトを対象とした研究では、 LL(共創と Testbed)を活用する方が、サービス等 を市場に出す割合が高く、それは、LL が実際の生活環境の橋渡し役となり、様々な手法を 取り入れる活動であるからとしている。中小企業は LL の活動を通じてビジネスモデルを構 築する要望が強いが、LL の活動の中でビジネスモデルを構築するための活動を対象とする 研究が少ない。こうした中で、Rits, Schuurman, and Ballon(2015)は、同じく iMinds を舞台に、中小企業を対象とする LL の活動の中でビジネスモデル構築に向けた活動をいか にして LL の活動の中に取り入れていったか、さらに、こうした活動からどのような教訓を 得られたか報告している。LL の研究者は、ユーザーやステークホルダーを参加させること で、サービスや製品を作ることを志向する。ビジネスモデルの研究者は、ビジネスの段階 ごとに、価値創造・配分、価値の消費、価値の獲得を考えていくことから、両者のシナジ ー効果を発揮することが狙いである。どのようなステークホルダーを巻き込むかも含めた ビジネスモデル構築の活動を LL のプロセスに入れるにあたり、当初は、メインの LL のプ ロセスにビジネスモデル構築の活動を入れるのではなく、学外のビジネスモデルの専門家 がアドバイスするような形で参加することから始め、次の段階では、ビジネスモデルの研 究者を正規に参加させ、市場の定義やプロセスとして内部に取り込むようにした。あるい は、ビジネスモデル・ワークショップを最後にしたり、途中に入れるなど試行錯誤した結 果、プロセスの各フェーズにビジネスモデル・ワークショップを入れ、各段階でビジネス モデルを検討するようにした。 このように、LL の効果については、殆ど検証できていない状況であり、大きな課題であ る。LL の活動は、ユーザー・市民の持続的な参加・モチベーションの維持が難しく、ある いは企業側にとって LL の手法が慣れない解釈的なものであり、Moving Target・非直線的 な活動になりがちで、予想しにくい活動になることから、取り組みにくいという課題があ 30 る。企業は往々に、ユーザーをモニターや被験者として、その行動のデータの獲得した実 証試験と考えがちである。しかしながら、イノベーションの大きな流れの中で LL を捉える とするならば、ユーザーや市民を「イノベーションのパートナー」として、行動をできる だけ現実(Real World)から理解して進める共創に取り組むことが一層求められるといえ よう。 31 6.さいごに 6.1 ユーザー・イノベーションとしての Living Lab Living Lab は、ユーザー・市民が企画段階から関与し、実際の利用環境を舞台として、 サービスや製品を共創する住民参加型ソリューションである。初期段階からユーザー・市 民が参加し、深く交流することで、暗黙的に知を獲得し、新しいソリューションに関する インスピレーションを得ることも可能になる。 LL を Testbed として活用する場合には、一種の被験者やモニターとして参加し、コント ロールされた環境下や実際の利用環境下で製品やサービス(または、そのプロタイプ)を 利用して、結果をフィードバックして、サービス等の開発サイドが分析することになる。 もう一つの機能である共創の場合には、共創のパートナーとして参加し、ユーザー等と開 発者・サプライヤーが一緒に新製品・サービスを創出する。 LL がオープン・イノベーション活動として主張されてきた点は、企業の境界を越えた知 識の活用であったからであろう。現在でもオープン・イノベーションの多くが企業を主語 として語られるものであり、製品やサービスの提供者と利用者に分けてみた場合には、あ くまでも提供者の視点で捉えがちになる。ユーザーや市民と連携して活動している企業で あっても、自身を主語として考えること、自社製品やサービスを前提とした議論になりが ちになる。そのため、企業の意識改革を促すためにも、ユーザー・イノベーションとして の LL を強調した方がよい。LL は個人との共創の取り組みとして、これまでの User-centric (ユーザー中心)な手法と user-driven(ユーザー主導)な手法を統合する活動である。そ して、LL により、中小企業は経済的理由で手に入れにくい調査対象や実証の場、ノウハウ の獲得、サービス構築へ展開できる。大企業は、自社で実施しないため、偏見のない判断 や広い視野のアイデア、共創手法を獲得し、意識改革ができる。また、大学は、学際・複 数専門分野融合、実践の機会、実践から研究へのフィードバックができる。 European Commission を中心に欧州で議論されている「Open Innovation 2.0」とは、これ までの企業を中心とした、単純にいえば、1:1の知識や知財の導入・導出というもので はなく、企業がエコシステムの1つとして、他社、大学、市民、行政など様々なステーク ホルダーと協働する活動のことである。このような協働は、Social Innovation のような社会 的な課題を解決するためのイノベーション活動に限定するものではなく、イノベーション のより一般的な活動になると考えたほうが良い。 これまでの議論は、所与の課題を解決することを中心に進められてきたが、問題を発見 32 して新たな問いを立てて解決していく活動(Dunne and Raby(2013))にも LL は活用で きる。このような取り組みは企業に必要であるが、地域レベルの活動として、特に行政に は重要な活動となることが予想され、日本でも活動が始まっている。 LL の実施には、様々な困難がある。例えば、ユーザーが LL に参加し、かつ終了まで参 加し続けてもらうために、当事者意識やユーザーのコミュニティ作りが必要なこともある。 ユーザーとの共創では、目的や方法の変更も起こり、多様なステークホルダーの参加は、 マネジメントを一層難しくする。このような不確実性への対応は、企業が苦手としてきた 活動であり、嫌がる活動である。しかし、これからのサービスの方向性は、パーソナル化 が進むため、より利用の現場からの洞察の獲得が求められる。その一方で、CSV(Creating Shared Value)のように共通的な価値の実現が求められ場合には、様々な相手と共創する ことが必要になる。このような状況において、LL は、企業にとって必要な新しい能力を獲 得する方法になる。 6.2 Living Lab の普及に向けて 欧州で進められている LL は、企業、あるいは行政などが、ユーザーの行動のコンテクス トを理解するという User-centric な活動に、イノベーションのプロセスに早くからユーザ ーを参加させ、新しいアイデアや行動を早く上手に発見・獲得し、共創する User-driven な活動を統合した手法であり、様々なステークホルダーが参加し、オープンな環境で進め る野心的な活動である。LL を実施する場合に、大きく次の点を考慮する必要がある。 ① ユーザーを被験者として位置付け、ユーザー行動のデータの獲得(Testbed)に重心を 置くのか、それともパートナーとして位置付け、共創していくことを重視するのか? ② ユーザー行動を実験施設から理解するのか、現実(Real World)から理解するのか? ③ 自社だけで行うのか、それとも他のステークホルダーと一緒に行うのか? これらを踏まえて、LL を実際に立ち上げる場合の主な検討項目を次に挙げる。 (1)Living Lab の場所・インフラの活用レベル LL 活動における場所、つまりユーザーがサービスを利用する、あるいは評価する場所で ある。ユーザーの行動をモニターするような人工的な環境や実験の場がどの程度整備され ているのか、あるいは、何の制限のない現実の世界で実施するのかを考える必要がある。 33 (2)プロジェクトのオープン性 LL プロジェクトのオープン性に関して、例えば LL プロジェクトで対象とするテーマや 目的の決定者・決定の主導者は、①LL プロジェクトで対象とするサービスの開発・提供者、 ②大学等の LL のコーディネート・プラットフォーム機関、③ユーザー、住民・市民などが あり、参加形態について、①特定(1つ)のアクターが主導する場合、②コンソーシアム を設置してメンバーだけ参加できるような場合、③希望者はだれもが参加できるような場 合など、あるいは LL から生まれた成果や情報の取り扱いに関して、知的財産の帰属、情報 の共有の形態などを検討する必要がある。 (3)ユーザーの役割 LL プロジェクトにおけるユーザー の役割として、①情報提供者、②試験者、③貢献者 (ユーザーと一緒に創る) 、④共創者(ユーザーによって創られる、ユーザーが創る)など をまず検討する必要がある。 ユーザーによる LL で対象とするサービスや製品の評価を行うのか、それをどのようにフ ィードバックするのか、また、ユーザーの利用のコンテクストの理解に関して、①利用の コンテクストが全く考慮されない、②利用のコンテクストはおおよそ考慮されている(シ ョートサーベイ) 、③利用のコンテクストを重要視し、先端的な手法(エスノグラフィー・ ツール、観察)を活用する、というレベルが考えられる。 Co-Creation に関して事業者との関係において、①ユーザーとの交流はない、②ユーザー のフィードバックはするが、ユーザーはイノベーション・プロセスにおける意思決定に関 与しない、③ユーザーはイノベーションにおけるいくつかの修正や改良を先導する、④ユ ーザーはイノベーションを変えることができ、ユーザーがイノベーションの一部になって いるなど、関与のレベルについても検討する必要がある。 (4)ユーザー・市民の数 参加ユーザーの範囲を一般市民まで広げるかは、構築するサービスの内容による。実際 に参加するユーザーや市民の数についても、規模を決める必要があり、さらに、参加者の 特性として、例えば、①無作為に抽出したユーザーが参加するように、ユーザー内でコミ ュニティになっていないこと、あるいは、②対象とするサービスや製品のユーザーとして LL に対して受動的な人達から構成されるような場合、あるいは、③大変積極的なユーザー 34 から構成される場合があり、これは、実際に参加者が決まるまでは分からないことが多い。 企業にとっては、ユーザー・市民をどのように参画させるか、コミュニティ作り(当事 者意識作り)やプロジェクト・フォーメーションに相当な時間や手間がかかる(北欧でも) 。 それは、ステークホルダーが異なる価値を提供しあうことで成立しており、自社とユーザ ーの関係だけでは得られない価値があり、そこに LL の存在価値がある。 日本での普及を考えた場合には、企業とユーザー・市民との間をつなぐコーディネート 機能が必要となる。大学の研究者は、Living Lab という言葉は使わなくても、既に様々な 形で市民とのまちづくりやサービスの共創をしており、大学をプラットフォームとするこ とで共創の仕掛け構築が進みやすくなると考える。 35 参考文献 Abowd, G.D.(1999)”Classroom 2000: An Experiment with the Instrumentation of a Living Educational Environment”, IBM Systems Journal, VOL 38, NO 4,pp.508-530 Al-Hajri, S., and A. 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