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特集~経済心理学

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特集~経済心理学
特集
-身近で使える経済学-
山根 承子
経済心理学って何? 経済学と心理学って全然違うものなのでは?
経済心理学とはどういう学問なのでしょうか。まずは誌上で一緒に学んでみましょう。
ある日、 経済学部 1 年生のココロさんは、 街の大きな書店にやってきました。
経済学のコーナーを見ていると、「ミクロ経済学」、「マクロ経済学」、「財政学」、
「金融論」 など大学の時間割でよく目にするタイトルの本に混じって、 「行動
経済学」、 「経済心理学」、 「実験経済学」 といった本が目につきます。
もともと心理学にも興味のあったココロさんは、 「経済学と心理学って関係あ
るのかな?」 と思い、 いくつかの本を手にとってみました。 ヒューリスティック、
バイアス、 プロスペクト理論、 メンタル ・ アカウンティング、 ……なにやらよく
分からない用語が並んでいます。 どうしても気になるココロさん、 基礎ゼミ担
当の山根先生が 「経済心理学」 という授業をしていると話していたことを思い
出します。
「そうだ、 山根先生に聞いてみよう。」 思い立ったらすぐ行動に移すココロさ
ん、 次の日、 山根先生のオフィスアワーに訪れました。
失礼します!経済心理学のことで
お伺いしたいことがあるんですが…
佐々木先生 山根先生 マルデワ先生
いいところに来ましたね!
ちょうど、行動経済学ご担当のマル
デワ先生と、実験経済学ご担当の
佐々木先生とお話していたんです。
なんでも聞いてください。
経済心理学って何ですか??
ココロ:昨日本屋さんに行ったら、「行動経済学」、「経済心理学」、「実験経済学」 っていうタイトルの本がいくつもあっ
たんです。 わたしは心理学にも興味があるのですが、 経済学と心理学って関係あるんですか?
山根先生 : 経済学は社会の動きを説明する学問ですが、 従来の経済学では人間はみんな合理的である、 と考え
ているんです。 例えば、 「あのときあっちを選んでいたらよかったなぁ」 という風な後悔をすることはないし、 一度
計画を立てたら必ず計画通りに実行できてしまうし、 とにかく自分のためになる
ことしかしません。
ココロ : すごい人ですね。 私と全然違います。 私は、 バイト代を毎月貯金しよう
と決めているんですが、 なかなか計画通りにお金が貯まりません。 かわいい服
を見つけると、つい衝動買いしてしまうんです。 それから、定期的に宝くじを買っ
ているのですが、 なかなか当たりません。 これまではずれくじにつぎ込んだ分
をいつか取り返したいと思って買い続けているんですが、 損が増える一方です。
山根先生 : そういうものですよね。 なので、 もう少し現実的な人間を考えていこう
と考える人たちが出てきました。 現実の人間がどのような振る舞いをするのかと
いうことは、 心理学で研究されています。 経済学の枠組みに心理学の研究成
果を応用したのが 「経済心理学」 や 「行動経済学」 と呼ばれる分野なのです。
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経済学で実験!?
ココロ : 私って全然合理的じゃないんですね…。
佐々木先生 : でも、 そうした行動のパターンはココロさんだけではなく、 多くの人に見られることが確かめられて
いるんですよ。
ココロ : 確かめるって、 どうやって確かめるのですか?
佐々木先生 : 行動経済学では、 実験やアンケート調査を行って人々の経済的な決定に心理的な要因がどのよう
に関連しているかについて調べているんです。
ココロ : 実験? 面白そうですね。 どうやって実験を行うんですか?
佐々木先生 : 試しにやってみましょうか。 次の 2 つの問題、 ココロさんならどうしますか?
問題 1
あなたはどちらを選びますか?
問題 2
あなたはどちらを選びますか?
A 1 年後に 1 万円もらう
A 今日 1 万円もらう
B 1 年と 1 週間後に 1 万 1000 円もらう
B 1 週間後に 1 万 1000 円もらう
B です。
1 週間余分に待って
1000 円もらう方が断然
お得だと思います。
うーん、でも、この質問だっ
たら A です。今日か 1 週間後
かと聞かれれば、1000 円余分
にもらえなくてもいいから、
今日もらいたいです。
佐々木先生 : なるほど。 問題 1 と問題 2 はどちらも、 「1000 円余分にもらえれば 1
万円の受け取りを 1 週間遅らせてもよいか?」 ということを聞いています。 選択肢
B は、 1000 円もらえれば、 1 万円の受け取りの遅れを特に気にしない 「辛抱強い」
選択、 選択肢 A は 1 週間の遅れが我慢できない 「せっかちな」 選択と言い換え
てよいでしょう。 しかし問題 1 と問題 2 で違うのは、 今日を基準としているか、 1
年後を基準としているか、という点です。 つまり、この 2 つの質問では、「今日のせっ
かちさ」 と 「1 年後のせっかちさ」 を聞いているのです。 このせっかち度合を 「時
間選好率 (時間に関係する選択の好み)」 と呼びます。 実験をしてみると、 多く
の被験者の選択は問題 1 で B を選び、 問題 2 で A を選ぶことがわかったのです。
ココロ : わたしと同じですね。
佐々木先生 : そうです。 多くの実験の被験者は、 「1 年後のような遠い将来のことなら辛抱強く待つことができるけ
れども、 今日のことに関しては我慢できないという傾向がある」 と解釈できます。 つまり、 目先の利益に弱いん
ですね。 このような時間に対する好みは 「双曲型割引」 と呼ばれます。
ココロ:わたしが貯金できないのも双曲型割引のせいなのですね……。 そういえば、 他にも心当たりが。 わたしは、
長期の計画を慎重に立てても、 それを実行できないことがよくあるんです。 テスト勉強の計画を立てても、 つい
つい遊んでしまって、 テスト前夜に慌ててしまったり。 それに、 ダイエットの計画を立てても、 つい甘い物に手
が伸びてしまってなかなかダイエットが実行できません。
佐々木先生 : 双曲型割引をする人は、 「今がよければそれでよい」 という行動を取る傾向があるかと言えるかもし
れません。 実際、 いくつかの研究では、 こうした 「先延ばし行動」 と双曲型割引が関係していることが確かめら
れています。 双曲型割引の程度が高い人ほど太っていたり、 過剰な債務を保有していたり、 禁煙ができなかっ
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たりする傾向があると言われているのです。 これらも経済学なんですよ。
ココロ : 禁煙やダイエットまで経済学のテーマだとは思いませんでした。
佐々木先生:他にも、 人間は共通して 「損失回避性」 という行動パターンを持っていることも明らかになっています。
ココロさんがはずれくじにつぎ込んだお金をいつか取り返そうとしているのも、 損失回避性のせいなんですよ。
ココロ : そ、 そうだったんですね……。
無意識下の判断
マルデワ先生 : では、 ココロさんは、 「食」 に関する決断を、 一日に何回してい
ますか?
ココロ : え!? えーっと……おやつを悩んだりするので……10 回ぐらいでしょう
か?
マルデワ先生:授業で 60 人近くの学生に聞いたときも、 平均は 15 回前後でした。
しかし、 最近の実験研究によると 「いつ?」、 「何を?」、 「どれぐらい?」、 「ど
こに?」、 「誰と?」 といった細かいところまで考えさせれば、 平均は 226 回に
なりました。 要するに、 我々は食べ物という生活上極めて重要なものに関する
意思決定ですら、6.6% しか意識していないのです。 実は、「食」 に限らず、「職」
や 「お金」 等々、 あらゆる選択のほとんどが無意識に行われています。 この無
意識下の決断は非常に便利です。 時間がかからないし、楽だからです。 しかし、
その無意識下の選択は必ずしも我々にとって有益なものだと限りません。 例え
ばダイエットに失敗する理由の一つは、 そういう 「自動的
に」 下されている決断なのです。
ココロ
ココ : 無意識に 「先延ばし」 をしてしまって、 そのせいで
ダイエットに失敗し、 後悔してしまうということでしょうか?
マルデワ先生:そうです。
マルデワ先生:そうです この無意識下での決断という話は、
一見経済学とは全く無関係です。 しかし、 実は経済学は
人間行動を理解して、 可能な限り人類の手助けになろうと
している学問なのです。 そう考えると、 経済学でこのよう
な意思決定に関する問題を扱うのは当然といえますが、
実際に扱われるようになってきたのはつい最近です。 ま
た、 先ほどココロさんも体験した実験という手法は、 昔か
ら科学研究における最も基本的な手法でした。 しかし、
経済学に導入されたのは約 30 年前からなんです。
ココロ : 重要なテーマだし、 重要な手法なのに、 まだまだ
新しいんですね。
マルデワ先生 : 通常、 ある学問の研究が進歩して洗練され
ていくと、 専門化されすぎて一般の人々には分かりにくく
なってしまいます。 それとは対極的に、 経済心理学の最
先端の研究は非常に身近なものが多いです。
ココロ:確かに、今日のお話は全部私の普段の生活に関係していました!
マルデワ先生:行動科学には大きく分けて、経済学、心理学、社会学、人類文化
学、及び生物学があります。この五つの学問は共通な部分が多くありながら全く
違う分野です。困ったことにそれぞれが人間行動を理解しようとしていて、全く違
った発想から理論を展開し、全く違ったデータの採集や分析方法を取っていま
す。そんな中で異分野融合的である経済心理学は、いくつかの行動科学の統一
化をもたらすだろうと思われます。なので、マクロ経済学やミクロ経済学といった
基礎に加えて、経済心理学や行動経済学、実験経済学の授業を受けてもらえる
と、一貫性のある学問として経済学を学べると思いますよ。しかも、社会生活をう
(やまね・しょうこ 経済学科講師)
まく送るために役に立つ、楽しい授業です。
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イラスト:竹村紘美
(経済学科3年)
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