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カテーテルロックに関する 安全対策について
医療の質向上と薬剤業務 カテーテルロックに関する 安全対策について ∼札幌医科大学附属病院における取組み∼ 札幌医科大学附属病院では、医薬品(錠剤、カプセル剤)の識別番号による調剤過誤防止策な ど独自のリスクマネジメントを行っており、カテーテルロックでは安全性の高いヘパリンNaロ ック用プレフィルドシリンジ製剤を早期に導入しています。 本年3月に起こったヘパリン製剤の自主回収は、医療現場に混乱を招きましたが、同病院でも供 給不足に対応するために院内製剤化を再開せざるを得ませんでした。そこで、同病院薬剤部長 の宮本 篤先生に、薬剤部でのリスクマネジメント、特に末梢静脈カテーテルロックに関する考 え方とヘパリン製剤供給停止時の対応などについて伺いました。 薬剤部業務の Ⅰ リスクマネジメント 図1 「人間は間違いを犯す」という認識 「リアクティブ」と「プロアクティブ」の 両輪を機能させる はじめにリスクマネジメントに関する考え方を お聞かせください。 医療の質と安全性の向上 リアクティブな 事故防止 (事例から学ぶ) プロアクティブな 事故防止 (想定外を想定) 宮本 医療の質と安全性の向上のためには、 “人間 は間違いを犯す” という認識のもとに考えることが 医療におけるリスクマネジメントには、 この両輪が機能することが重要 前提です。そして、その対策としては図1に示すよう に、 「リアクティブ」と「プロアクティブ」の両輪をかみ 提供:札幌医科大学附属病院薬剤部 合わせて機能させることが重要であると考えます。 「リアクティブ」というのは今まで起きた事例に 調剤過誤防止のために 識別番号のチェックを義務づけ 学んで同じことを繰返さないということです。これ までは、発生した事故などに 対 処 する「リアクティブ 」な 3 薬剤部のリスクマネジメント例をご紹介くだ 事故防止対策が中心でした。 さい。 しかし、それだけでは不十分 宮本 調剤過誤防止対策例を紹介します。数年前 で あることがわかってきた まで薬剤部が医療安全推進室に報告していたイン ため、最近登場してきたのが シデントレポートは年間80件弱あり、その内訳はほ 「プロアクティブ」な事故防 とんどが調剤過誤でした。注射薬はアンプルピッカ 止という考え方で、想定外の ーで自動調剤しているため、過誤の大半は、錠剤と ことを想定する取組みをい カプセル剤の取違い及び計数違いでした。 います。日常の業務の中で“こ 電子カルテ上、過量な場合や類似薬には警告を れは危 ない!”と気 付くこと 出したり、いろいろ方策をとってきました。一方で 北海道公立大学法人 札幌医科大学医学部教授(薬学博士) 札幌医科大学附属病院薬剤部長 があります。私たちは、それ 調剤過誤は減らない。それは、人間が行う作業だか を放置しないで未然に対処 らです。 宮本 篤先生 するように努力しています。 そこで考えたのが、院内調剤用処方せんにどの 院内調剤用処方せんに識別番号と総量の欄を加え、調剤時と 監査時に手書きでチェックの印を付けて照合する。 医薬品にも付いている識別番号と総量の欄を付加 することでした。そして調剤時及び監査時に、識別 番号と総量をチェックし、必ず、手書きでチェックの 印を付けるようにしたことです。 識別番号や総量を手書きでチェックした理由 を教えてください。 宮本 識別番号や総量のチェック作業を付加した のは慣れによる思いこみを防ぐためであり、見てい る作業に加え、手書きでチェックする動作を課した わけです。2005年度からこの方式を採用したと ころ、インシデント報告数は前年度までと比べて3 分の1以下に減りました。 また、当薬剤部での実習生を対象に、従来の方法 と新しい方法で比較検討したところ、識別番号を付 加した新しい方法が、有意に調剤過誤が少ないと そこで、院内で対策を協議した結果、末梢静脈カテ いう結果が出ています。原始的な方策かもしれま ーテルロックには生食ロックを推進し、生食注シリ せんが、調剤過誤を効果的に減少させることが示 ンジを導入することにしました。 唆されました。 どのように院内普及を図りましたか? 宮本 生食ロックには、陽圧ロック手技を習得しな Ⅱ カテーテルロックに 関する取組み 生食注シリンジを導入して、 陽圧ロック手技講習会を開催 リスクマネジメントの一つとして、カテーテル ければなりませんので、医薬品安全管理責任者で ある私と医療事故防止対策委員長、感染管理室長、 看護部長が中心となり講習会を開催しました。医 師(診療医、研修医)、看護師を対象とした講習会を、 今年の1月30日、31日の2日間、各8回ずつ実施 しました。各診療科のリスクマネジャー(医師、看護 ロックについてお考えをお聞かせください。 師)の全員、ほとんどの看護師、研修医などが500 宮本 かつて、日本病院薬剤師会の学術小委員会 名ほど参加しました。 (写真1) から日本製薬工業協会に対して要望された経緯な 写真1 どがあって、2002年にヘパリンNaロック用のプレ フィルドシリンジ製剤が市販化されました。当院で は元来、病棟での作り置きは認めておらず、薬剤部 内で院内製剤として供給していましたが、ヘパリン Naロック用シリンジの市販後、直ちに安全性やコ ストを検討して採用しました。当院は、2003年に DPC対象病院となり、薬剤部としても医薬品コスト を抑えることが求められました。 生食注シリンジ導入のきっかけを教えてくだ さい。 宮本 2006年にヘパリン製剤の添付文書が改正 され「原則禁忌」や「使用上の注意」に、本剤投与 院内で開催した「末梢静脈カテ ーテルの生食ロック導入と陽圧 ロック手技講習会」 後にヘパリン起因性血小板減少症(以下、HIT)が あらわれることがあると記載されました。当院でも 翌2007年にHITが疑われる1症例を経験しました。 4 講習会の後、どのくらい生食ロックに切り替わ ンジ製剤に慣れた現場(病棟)からは、シリンジに りましたか? 充てんしたものが要望されました。薬剤部として 宮本 使用量でみると、15%程がヘパリンNaロッ も院内調製したボトル残液がリユースされるおそ ク用シリンジから生食注シリンジに切り替わりました。 れがあることから、直ちにシリンジ調製化すること 院内普及が十分でなかったのは、陽圧ロック手技の にしました。 問題ではなく、長年ヘパリンNaロック用シリンジを そこで新たに、シリンジや薬剤汚染防止面から 用いて行ってきている習慣によるものと思います。 ガンマ滅菌したキャップなどを至急調達して、3月 ただし、HITが疑われる症例があった診療科は全面 末から10単位/mLと100単位/mLの2種類 の 的に生食ロックに切り替わりました。 シリンジ充てん製剤を院内製剤化しました 。 (写 真2) 『ヘパリンNaロック用シリンジ』自主回収期間中、 院内製剤として薬剤部で調製 陽圧ロック手技講習会を企画・開催した頃に、 無菌調製、1本ずつの袋詰め、名称ラベル貼付 と大変な手間だと思います。十分に供給できたの でしょうか? 米国でバクスター社製ヘパリン製剤に関する副作 宮本 陽圧ロック手技講習会を事前に実施してい 用が急増しているとの報告がありました。また、3 たこともあって、既に生食ロックに切り替えた診療 月には、日本でも予防的安全確保措置として、国内 科が増えていたことが幸いしました。それでも生食 3社(大塚製薬工場、テルモ、扶桑薬品工業)がヘパ ロック実施科が40% 程度でしたので、院内製剤化 リン製剤の自主回収を行いました。結果的に日本 ヘパリン生食シリンジを1日に300本近く作りまし では副作用報告の急増はなく、5月末頃供給再開と た。薬剤師1名を自主回収期間中配置しなければ なりましたが、貴院への影響はありましたか? ならない状態でした。 宮本 当院でも大塚製薬工場製のヘパリンNaロ 院内製剤化はコストがかかり、薬剤師の人件費を ック用のプレフィルドシリンジ製剤を使用していま 考えると市販の製品の方が安価であることを改め した ので、直ちに対策を講じました。調製時 の過 て実感しました。したがって、5月に自主回収が中 誤防止のため、以前と同様に薬剤部で院内製剤化 止されてヘパリンNaロック用シリンジの供給が再 しました。当初、ボトル法〔生食ボトル(50mL)+ 開したときには直ぐに市販製剤に戻しました。 ヘ パリン( 500単位あるいは5000単位 )〕によ ヘパリン製剤の自主回収期間中には、各医療機 る院内製剤を供給したのですが、プレフィルドシリ 関で混乱が生じていたと聞いています。日本病院 写真2 薬剤師会や日本看護協会、日本静脈経腸栄養学会 などから厚生労働省宛に「ヘパリンロック製剤、ヘ パリンナトリウム製剤の安定供給に関する要望書」 が出されたことも事実です。その点当院では、自主 回収前から陽圧ロック手技講習会を開催し、生食ロ ックを導入したので、混乱は少なくて済みました。 生食ロックの導入は、ヘパリンによる副作用のリス クを避けることと、ヘパリンNaロックの代替法とし て良かったと思います。 現在のカテーテルロックの方式を教えてくだ さい。 宮本 中心静脈カテーテルはすべて、ヘパリンNa ロックを行っています。これは今でも変わっていま 自主回収が中止され供給が再開されるまで、薬剤部内で調製していた ヘパリン生食シリンジ。10単位 /mLと100単位 /mLの2種類あるが、誤投 与防止のために、使用頻度が少ない100単位 / mLには赤線を引いて区 別した。 5 せん。末梢静脈カテーテルについては、市販品の ヘパリンNaロック用シリンジの使用は60%程で、 生食注シリンジ使用率は40%前後に定着しました。 Ⅲ 更なる安全対策と 薬剤部の役割 プレフィルドシリンジ製剤の 再使用防止策を提案 当院に限らず一般的に、院内製剤は人件費の問 題から減少傾向にあり、市販製品に替わってきてい ます。しかし、当院は教育研修病院ですから、薬剤師 としてのスキルを身につけるために、院内製剤は残 していく方針です。特に、薬学教育6年制での長期 プレフィルドシリンジ製剤の使用にあたって注 実務実習で習得すべき重要なポイントとなります。 意すべきことがありましたらお教えください。 また、対象患者数やニーズが少ない医薬品など 宮本 プレフィルドシリンジを使っている現場を見 は院内製剤として調製しなければなりませんから、 ると、液が残った場合にリキャップして、再使用され 設備や人材を揃えておく必要があります。 る危険性があることがわかりました。そこで、再使 抗がん剤などは無菌調製しなければなりません 用防止の手立てとしてヒントを得たのが、菓子包装 ので、セーフティマネジメントにも十分配慮して最 などに採 用され て い る開 封シー ル でした 。一 度 新式のクリーンベンチを揃えて対応しています。 剥がすとシールの表示が変わる、あのシールです。 院内製剤には保険適用外や薬価収載されてい 図2のように、キャップを回して開封したときに、フ ない場合もあると思いますが、実施(製剤化)する ィルムのミシン目のところに印刷してある文字がず 場合のルールなどを教えてください。 れて開封済みの確認をしやすくする方法です。こ 宮本 院内製剤化する前に、対象疾患に対するエ のアイディアをメーカーに提案したところ、感染防 ビデンスなどを添えて院内の臨床研究審査委員会 止の点からも製品化が実現しました。 に申請をします。そこで審査をパスした場合にのみ、 院内製剤として登録されます。認可 図2 された時点で通常の医薬品と同様に 電子カルテに載せてバーコードを割 り当てますので、他の医薬品と同様 に外来・病棟で使用するまで管理す ミシン目 ミシン目 る方式です。 ただし、院内製剤した医薬品の使 キャップをフィルムごと回して開封。 用に際しては、患者さんのインフォー フィルムがミシン目で切れ、印刷文字がずれて開封済みの確認ができる。 再使用防止の効果はいかがですか? ムド・コンセントを必ず取っています。 また、院内でのみ使用し、院外には原則持ち出せな 宮本 口頭や文書で再使用しないように呼び掛け いルールにしています。 るだけでなく、 こうした「プロアクティブ」な考え方 調剤過誤防止対策や再使用防止策の提案、院内 からの発想が重要になると思います。実際に、再使 製剤業務におけるバーコード管理など、さまざまな 用防止効果がどの程度あるかを、現在、看護部と共 取組みをしてきましたが、 「プロアクティブ」な考え 同で調査研究をしています。 方で常に見直しを図っていくことが大切だと思って 調製時だけでなく、投与時など現場での安全な います。 使用ができるように配慮した製品をメーカーに提 案したり、優先的に選択していくことは薬剤部の重 北海道公立大学法人 札幌医科大学附属病院 要な役割の一つだと考えています。 所在地:〒060‐8543 札幌市中央区南1条西16丁目291 院内製剤業務は減る傾向にあるが、 薬剤師教育面などに不可欠 最後に現在の院内製剤の状況を教えてください。 開 設:昭和24年4月 院 長:塚本 泰司 病 床 数:938床 診療科目:23科 薬 剤 師:34名 宮本 院内製剤については現在70種類前後でそ のうち注射薬は4、5種類になっています。 6