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主要労働判例 - 大阪府社会保険労務士会
大阪府社会保険労務士会 特定社労士特別部会 平成 27 年 1 月 1 日 第 1 版発行 はじめに 「主要労働判例」は、特定社労士部会で平成 24 年度から構想を開始し、判例選び及び構成について 部会内で議論し部会員の意見を集約して、平成 26 年度に完成した。 社会保険労務士は、制度発足以来、労働問題の専門家として、事業における労務管理その他の労働に 関する事項について相談に応じ、又は指導することが求められてきたが、特定社会保険労務士制度が設 けられたことで個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律等に規定する「紛争解決手続代理業務」が 加わるに至り、ますますその専門性を磨き社会の要請に応えていくことが求められるようになった。 労働問題の専門家たりうるには、関係法令の理解が不可欠であるが、労働関係法令の適用とその具体 的解釈運用には、ときに裁判所においてさえも判決が異なることがあるほど難しい事例も珍しくない。 また、行政解釈として示された実務上の取扱いが判例を元に出されていたり、労働契約法に見られるよ うに判例法理が法令化されるなど、労働法務実務を行う上で主要な判例を承知しておくことはこれまで 以上に重要になっている。 かかる状況を踏まえ、特定社労士部会では、社会保険労務士が対応する業務に関連性の大きい判例を 厳選し、要点を取りまとめて「主要労働判例」として会員の皆さんの閲覧に供することとした。もとよ り判例集や裁判例を解説した書物は数多く出されているが、この「主要労働判例」は、労働関係法令の 解釈運用の根拠になっている判例、起こりがちな労使紛争の裁判例の中でモデル的な法理や注目すべき 判断を示しているもの等社会保険労務士が労働問題について助言し、また相談等に応じていく上で最低 限理解しておくことが望まれるものを選び、よりコンパクトな内容にまとめるよう努めたものである。 そうすることによって、御覧頂いた方々が主要判例の全般にわたる概要を短時間で掌握できることの実 現を図ろうとしている。ここを入り口として、詳細な研究は各人に委ねたい。全ての事件の判決文を別 冊にて掲載したので、必要に応じて吟味頂きたい。 なお、取り上げた事件の多くは最高裁判所が提供する「裁判所ホームページ」にて紹介されているが、 記述に当たってはその掲載記事を引用させて頂いた。 後日の判例追加及び改訂により、この「主要労働判例」が更に充実したものに成長し、会員の皆さん に末永く活用して頂けるものになれば幸いである。 平成 26 年 12 月 執筆担当(氏名 50 音順) 平成 24 年度 扇谷 豊 照崎三智 北本浩三 中島康之 平成 25 ∼ 26 年度 木田重樹 兒玉年正 為国雄三 鍋谷良二 佐々木昌司 鍋谷良二 佐野正照 松井文男 斉藤圭司 佐野正照 堀之内卓 松島ともみ 庄谷秋義 松内恭子 庄谷秋義 為国雄三 山口佳久 谷口史晃 掲載目次 1 労働者性 (1)労働者性(労働基準法) 旭紙業事件− H08.11.28 最一小判 1 車の持込み運転手が労働基準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらないとされた事例 INAX メンテナンス事件− H23.04.12 最三小判 3 (2)労働者性(労働組合法) 住宅設備機器の修理補修等を業とする会社と業務委託契約を締結してその修理補修等の業務に従 事する者が,当該会社との関係において労働組合法上の労働者に当たるとされた事例 (3)労働者性(労働組合法) 新国立劇場事件− H23.04.12 最三小判 5 年間を通して多数のオペラ公演を主催する財団法人との間で期間を1年とする出演基本契約を締 結した上,各公演ごとに個別公演出演契約を締結して公演に出演していた合唱団員が,上記法人と の関係において労働組合法上の労働者に当たるとされた事例 2 採用 (1)採用の自由 三菱樹脂事件− S48.12.12 一、憲法一四条、一九条と私人相互間の関係 最大判 7 二、特定の思想、信条を有することを理由とする雇入れの拒否は許されるか 三、雇入れと労働基準法三条 四、企業者が労働者の雇入れにあたりその思想、信条を調査することの可否 7 (2)試用期間 三菱樹脂事件− S48.12.12 最大判 試用期間中に企業者が管理職要員として不適格であると認めたときは解約できる旨の特約に基づ く留保解約権の行使が許される場合 9 (3)採用内定取消 大日本印刷事件− S54.07.20 最二小判 一 大学卒業予定者の採用内定により、就労の始期を大学卒業直後とする解約権留保付労働契約が 成立し 二 三 たものと認められた事例 留保解約権に基づく大学卒業予定者採用内定の取消事由 留保解約権に基づく大学卒業予定者採用内定の取消が解約権の濫用にあたるとして無効とされ た事例 3 解雇 11 (1)解雇権の行使(ユニオンショップ協定と解雇)日本食塩製造事件− S50.04.25 最二小判 使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認するこ とができない場合には、権利の濫用として無効になると解するのが相当とされた事例 (2)懲戒的普通解雇 高知放送事件− S52.01.31 最二小判 就業規則所定の懲戒事由があることを理由に普通解雇に付する場合の解雇の要件 13 (3)整理解雇 15 東京自転車健康保険組合整理解雇事件− H18.11.29 東京地判 経営上の理由による人員削減のための解雇の効力は、①人員削減を行う経営上の必要性、②使用 者による十分な解雇回避努力、③被解雇者の選定基準及びその適用の合理性、④被解雇者や労働組 合との間の十分な協議等の適正な手続、という4つの観点から判断されるとされた事例 (4)労基法 20 条違反の解雇 細谷服装事件− S35.03.11 最二小判 一 労働基準法第 20 条に違反してなされた解雇の効力 二 労働基準法第 114 条の附加金支払義務の性質 − ⅰ − 17 4 雇止め (1)雇止め(無効) 東芝柳町工場事件− S49.07.22 最一小判 19 2か月契約の臨時工について 5 回∼ 23 回反復更新後の雇止めの効力を争った事案で、当該雇止 めについて、解雇法理を類推適用するとした代表的判例。(労働者側勝訴) (2)雇止め(有効) 日立メディコ事件− S61.12.04 最一小判 20 臨時員に対する雇止めにつき解雇に関する法理を類推すべき場合においてその雇止めが有効とさ れた事例 5 賃金の支払い (1)賃金債権に対する相殺 日新製鋼事件− H02.11.26 最二小判 21 労基法 24 条に規定する全額払いの原則は、相殺禁止の趣旨も含んでおり、労働者の債務不履行 (勤 務の懈怠)を理由とする損害賠償債権との相殺(関西精機事件− S31.11.02 最二小判)や労働者 の不法行為(背任)を理由とする損害賠償債権との相殺(日本勧業経済事件− S36.05.31 最大判) の場合であっても、使用者による一方的な相殺は全額払いの原則に違反する。 ただし、労働者の自由意思に基づいて相殺に同意した場合には、全額払いの原則に違反しない。 (2)賃金過払の調整的相殺 福島県教組事件− S44.12.18 最一小判 23 賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃金の支払請求権を受 働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着 した時期においてされ、かつ、あらかじめ労働者に予告されるとかその額が多額にわたらない等労 働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのないものであるときは、労働基準法二四条一項の規定 に違反しない。 6 労働時間 (1)労働時間(該当) 三菱重工業長崎造船所事件1− H12.03.09 最一小判 25 一 労働基準法上の労働時間の意義 二 労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付 けられ又はこれを余儀なくされた場合における当該行為に要した時間と労働基準法上の労働時間 三 労働者が始業時刻前及び終業時刻後の作業服及び保護具等の着脱等並びに始業時刻前の副資材 等の受出し及び散水に要した時間が労働基準法上の労働時間に該当するとされた事例 26 (2)労働時間(非該当) 三菱重工業長崎造船所事件2− H12.03.09 最一小判 一 労働者が始業時刻前及び終業時刻後の事業場の入退場門と更衣所等との間の移動に要した時間 が労働基準法上の労働時間に該当しないとされた事例 二 労働者が終業時刻後の洗身等に要した時間が労働基準法上の労働時間に該当しないとされた事 例 三 労働者が休憩時間中の作業服及び保護具等の一部の着脱等に要した時間が労働基準法上の労働 時間に該当しないとされた事例 7 割増賃金 (1)割増賃金(歩合給) 高知県観光事件− H06.06.13 最二小判 28 タクシー運転手に対する月間水揚高の一定率を支給する歩合給が時間外及び深夜の労働に対する 割増賃金を含むものとはいえないとされた事例 − ⅱ − 30 (2)割増賃金(定額払い) テックジャパン事件− H24.03.08 最一小判 基本給を月額で定めた上で月間総労働時間が一定の時間を超える場合に時間当たり一定額を別途 支払うなどの約定のある雇用契約の下において,各月の上記一定の時間以内の労働時間中の時間外 労働についても,使用者が基本給とは別に割増賃金の支払義務を負うとされた事例 8 年次有給休暇 (1)年次有給休暇(時季変更権) 弘前電報電話局事件− S62.07.10 最二小判 32 勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に休暇の利用目的を考慮して 勤務割変更の配慮をせずに時季変更権を行使することの許否 (2)年次有給休暇(不利益取扱) 沼津交通事件− H5.06.25 最二小判 34 タクシー会社の乗務員が月ごとの勤務予定表作成後に年次有給休暇を取得した場合に皆勤手当を 支給しない旨の約定が公序に反する無効なものとはいえないとされた事例 (3)年次有給休暇(出勤率) 9 管理監督者 (1)管理監督者 八千代交通事件− H25.06.06 最一小判 日本マクドナルド事件− H20.01.28 東京地判 36 38 店長である原告は,労働基準法 41 条 2 号の「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位 にある者(以下「管理監督者」という)」に当たるか等が争われた事例 10 配置換え、転勤命令 (1)転勤命令 東亜ペイント事件− S61.07.14 最二小判 40 最一小判 42 転勤命令が権利の濫用に当たらないとされた事例 11 労働者の損害賠償責任 (1)労働者の損害賠償責任 茨城石炭商事事件− S51.07.08 使用者がその事業の執行につき被用者の惹起した自動車事故により損害を被つた場合において信 義則上被用者に対し右損害の一部についてのみ賠償及び求償の請求が許されるにすぎないとされた 事例 12 安全配慮義務、労災補償、労災損害賠償 (1)安全配慮義務 安全配慮義務の基本判例 陸上自衛隊八戸車両整備工場事件 S50.02.25 (2)安全配慮義務 川義事件− S59.4.10 最三小判 雇用契約関係における使用者の安全配慮義務を明確に認めた事例 (3)過労自殺 電通事件− H12.03.24 最二小判 最二小判 44 46 48 長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた労働者がうつ病にり患し自殺した場合に 使用者の民法七一五条に基づく損害賠償責任が肯定された事例 − ⅲ − 13 就業規則 (1)就業規則(不利益変更) 秋北バス事件− S43.12.25 最大判 50 一、労働者に不利益な労働条件を一方的に課する就業規則の作成または変更の許否 二、五五歳停年制をあらたに定めた就業規則の改正が有効とされた事例 三、就業規則の法的性質 53 (2) 就業規則(不利益変更) 大曲市農業協同組合事件− S63.02.16 最三小判 どのような場合に就業規則の変更が「合理的なものである」と判断されるのかを明らかにした事 例 55 (3)就業規則(不利益変更) 第四銀行事件− H09.02.28 最二小判 五五歳から六〇歳への定年延長に伴い従前の五八歳までの定年後在職制度の下で期待することが できた賃金等の労働条件に実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更が有効とされた事例 (4)就業規則(効力要件) フジ興産事件− H15.10.10 最二小判 一、使用者による労働者の懲戒と就業規則の懲戒に関する定めの要否 58 二、就業規則に拘束力を生ずるための要件 14 懲戒 (1)懲戒解雇 フジ興産事件 − H15.10.10 最二小判 58 一、使用者による労働者の懲戒と就業規則の懲戒に関する定めの要否 二、就業規則に拘束力を生ずるための要件 15 ハラスメント (1)セクハラ − H.21.10.16 大阪地判 60 一 ビル管理会社に勤務する知的障害者に対するセクシュアル・ハラスメントについて,これを行 った上司の不法行為責任及び同社の使用者責任が認められた事例 二 ビル管理会社の代表取締役が,上司からセクシュアル・ハラスメントの被害を受けた従業員か ら苦情を受けたにもかかわらず,必要な措置を講じなかったことについて,同社に会社法 350 条の責任が認められた事例 (2)パワハラ 川崎市水道局いじめ自殺事件− H14.6.27 横浜地裁川崎支部判 62 長男が被告川崎市の水道局工事用水課に勤務中,同課課長,同課係長及び同課主査のいじめ,嫌 がらせなどにより精神的に追い詰められて自殺したとして,両親が,被告川崎市に対し,国家賠償 法又は民法 715 条に基づき損害賠償を,同課課長らに対し,同法 709 条,719 条に基づき損害賠償 をそれぞれ求めた事案で、被告川崎市が両親それぞれに 1172 万 9708 円支払うよう命じられた事 例 16 偽装請負 64 (1)黙示の雇用契約 松下プラズマディスプレイ事件− H21.12.18 最二小判 偽装請負は労働者派遣としては違法であるとしつつ、派遣先と派遣労働者との間の黙示の雇用契 約の成否について、サガテレビ事件福岡高裁判決と同様の考え方で判断すること(黙示の雇用契約 の成否は、あくまで事実認定の問題であるとする立場)を明らかにした点に意義がある。 労働者派 遣法に違反する労働者派遣がされたというだけでもって派遣先と派遣労働者との間に黙示の雇用契 約が成立するということはできないとした事例 − ⅳ − No.1−(1) 判例の分類項目 労働者性(労働基準法) 判決日と裁判所 H8.11.28 事件の概要 事件名 旭紙業事件 療養補償給付等不支給処分取消請求 最一小判 車持込運転手としてD社の製品を運送する業務に従事していたXは、同社工 場の倉庫内で製品をトラックに積み込み作業中に足を滑らせて転倒し負傷した。 Xは労災保険法所定の療養補償給付および休業補償給付をY労基署長に請求 したところ、YはXが「労災保険法上の労働者」に当たらないとして不支給処 分としたため、Xは当該不支給処分取消の訴えを横浜地裁に提訴、当該地裁は Xの請求を容認した。これに対し第 2 審東京高裁はXの請求を棄却したためX が上告最高裁において上告棄却とされた事案である。 判示事項 車の持ち込み運転手が労働基準法および労働者災害補償保険法上の労働者に 当たらないとされた事例。 裁判要旨 自己の所有するトラックを持ち込んで特定の会社の製品の運送業務に従事し ていた運転手が、自己の危険と計算の下に右業務に従事していた上、右会社は 運送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の 指示をしていた以外には、右運転手の業務の遂行に関し特段の指揮監督を行っ ておらず、時間的、場所的な拘束の程度も、一般の従業員と比較してはるかに 緩やかであったなど判示の事実関係の下においては、右運転手が、専属的に右 会社の製品の運送業務に携わっており、同社の運送係の指示を拒否することは できず、毎日の始業時刻及び終業時刻は、右運送係の指示内容いかんによって 事実上決定され、その報酬は、トラック協会が定める運賃表による運送料より も一割五分低い額とされていたなどの事情を考慮しても、右運転手は、労働基 準法及び労働者災害補償保険法上の労働者に当たらない。 【判決文抜粋】 原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人は、自己の所有するトラック をD紙業株式会社のE工場に持ち込み、同社の運送係の指示に従い、同社の製 品の運送業務に従事していた者であるが、 (1) 同社の上告人に対する業務の遂行に関する指示は、原則として、運送物品、 運送先及び納入時刻に限られ、運転経路、出発時刻、運転方法等には及ばず、 また、一回の運送業務を終えて次の運送業務の指示があるまでは、運送以外の 別の仕事が指示されるということはなかった、 (2) 勤務時間については、同社の一般の従業員のように始業時刻及び終業時刻 が定められていたわけではなく、当日の運送業務を終えた後は、翌日の最初の 運送業務の指示を受け、その荷積みを終えたならば帰宅することができ、翌日 は、出社することなく、直接最初の運送先に対する運送業務を行うこととされ ていた、 (3) 報酬は、トラックの積載可能量と運送距離によって定まる運賃表により出 来高が支払われていた、 -1- (4) 上告人の所有するトラックの購入代金はもとより、ガソリン代、修理費、 運送の際の高速道路料金等も、すべて上告人が負担していた、 (5) 上告人に対する報酬の支払に当たっては、所得税の源泉徴収並びに社会保 険及び雇用保険の保険料の控除はされておらず、上告人は、右報酬を事業所得 として確定申告をしたというのである。 右事実関係の下においては、上告人は、業務用機材であるトラックを所有し、 自己の危険と計算の下に運送業務に従事していたものである上、D紙業は、運 送という業務の性質上当然に必要とされる運送物品、運送先及び納入時刻の指 示をしていた以外には、上告人の業務の遂行に関し、特段の指揮監督を行って いたとはいえず、時間的、場所的な拘束の程度も、一般の従業員と比較しては るかに緩やかであり、上告人がD紙業の指揮監督の下で労務を提供していたと 評価するには足りないものといわざるを得ない。そして、報酬の支払方法、公 租公課の負担等についてみても、上告人が労働基準法上の労働者に該当すると 解するのを相当とする事情はない。そうであれば、上告人は、専属的にD紙業 の製品の運送業務に携わっており、同社の運送係の指示を拒否する自由はなか ったこと、毎日の始業時刻及び終業時刻は、右運送係の指示内容のいかんによ って事実上決定されることになること、右運賃表に定められた運賃は、トラッ ク協会が定める運賃表による運送料よりも一割五分低い額とされていたことな ど原審が適法に確定したその余の事実関係を考慮しても、上告人は、労働基準 法上の労働者ということはできず、労働者災害補償保険法上の労働者にも該当 しないものというべきである。 参照法条 労働基準法 9 条(労働者の定義)、労働者災害補償保険法 7 条(業務上の負傷、 疾病、障害又は死亡に関する保険給付) 事件番号等 平成 07 年(行ツ)65 備 原審 東京高等裁判所 平成 05(行コ)124 考 集民 第 180 号 857 頁 -2- 労判 714-14 No.1−(2) 判例の分類項目 労働者性(労働組合法) 判決日と裁判所 H23.4.12 最三小判 事件の概要 事件名 INAXメンテナンス事件 株式会社INAXメンテナンスが住宅設備機器の修理業務をカスタマーエンジ ニア(CE)に委託していた。CEが加入していた労働組合の団体交渉の申し入れ を労働者でないと拒否。 大阪府労働委員会から団体交渉に応じないのは、不当 労働行為であるとされたため、中央労働委員会に対し再審査請求の申し立てをし たが、これを棄却されたため、これを不服としその取消を求めた事件。一審・東 京地裁判決は労働者と認めたが、二審・東京高裁判決は労働者とは認めなかった。 判示事項 住宅設備機器の修理補修等を業とする会社と業務委託契約を締結してその修理 補修等の業務に従事する受託者が、上記会社との関係において労働組合法上の労 働者に当たるとされた事例 裁判要旨 住宅設備機器の修理補修等を業とする会社と業務委託契約を締結してその修理 補修等の業務に従事する受託者は、次の(1)∼(5)など判示の事実関係の下では、 上記会社との関係において労働組合法上の労働者に当たる。 (1) 上記会社が行う住宅設備機器の修理補修等の業務の大部分は、能力、実績、 経験等を基準に級を毎年定める制度等の下で管理され全国の担当地域に配置され た上記受託者によって担われており、その業務日及び休日も上記会社が指定して いた。 (2) 業務委託契約の内容は上記会社が定めており、上記会社による個別の修理 補修等の依頼の内容を上記受託者の側で変更する余地はなかった。 (3) 上記受託者の報酬は、上記会社による個別の業務委託に応じて修理補修等 を行った場合に、上記会社があらかじめ決定した顧客等に対する請求金額に上記 会社が当該受託者につき決定した級ごとの一定率を乗じ、これに時間外手当等に 相当する金額を加算する方法で支払われていた。 (4) 上記受託者は、上記会社から修理補修等の依頼を受けた業務を直ちに遂行 するものとされ、承諾拒否をする割合は僅少であり、業務委託契約の存続期間は 1年間で上記会社に異議があれば更新されないものとされていた (5) 上記受託者は、上記会社が指定した担当地域内においてその依頼に係る顧 客先で修理補修等の業務を行い、原則として業務日の午前8時半から午後7時ま で上記会社から発注連絡を受け、業務の際に上記会社の制服を着用してその名刺 を携行し、業務終了時に報告書を上記会社に送付するものとされ、作業手順等が 記載された各種マニュアルに基づく業務の遂行を求められていた。 以上の諸事情を総合考慮すれば、CEは、被上告人との関係において労働組合 法上の労働者に当たると解するのが相当である。 異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。 論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、前記事実関係等によれば、 本件議題はいずれもCEの労働条件その他の待遇又は上告補助参加人らと被上告 人との間の団体的労使関係の運営に関する事項であって、かつ、被上告人が決定 -3- することができるものと解されるから、被上告人が正当な理由なく上告補助参加 人らとの団体交渉を拒否することは許されず、CEが労働組合法上の労働者に当 たらないとの理由でこれを拒否した被上告人の行為は、労働組合法7条2号の不 当労働行為を構成するものというべきである。 参照法条 労働組合法 3 条(労働者の定義)、7 条(不当労働行為) 事件番号等 平成 21 年(行ヒ)第 473 備 原審 東京高等裁判所 平成 21 年(行コ)第 192 号 考 ◎ 原審要約 民集 第 236 号 327 頁 労判 1026-27 東京高裁は、以下の理由により CE を労働者とせず、所謂外注先 としていた。 ① 業務の依頼に対して諾否の自由を有している。 ② 業務を実際にいついかなる方法で行うかについては全面的にその裁量に委ね られている ③ 業務の遂行について被上告人から具体的な指揮監督を受けることがない。 ④ 報酬も、CEの裁量による請求額の増額を認めた上でその行った業務の内容 に応じた出来高として支払われている。 ⑤ 独自に営業活動を行って収益を上げることも認められている。 -4- No.1−(3) 判例の分類項目 労働者性(労働組合法) 判決日と裁判所 H23.4.12 事件の概要 事件名 新国立劇場事件 最三小判 新国立劇場の施設において現代舞台芸術の公演等を行うとともに同施設の管理 運営を行っている財団法人 X と、音楽家等の個人加盟による職能別労働組合 Y とに於いて、X が、従来契約していた組合員 A との契約を締結しなかったこと に関する Y からの団交申し入れに応じなかったことについて、労働委員会が X に対し不当労働行為に該当する、団交に応ずべきこと等の命令を発したため X が再審査を申し立てたが棄却されたので、その棄却取り消しを求めた事案である。 一審および東京高裁原審は労働組合法上の労働者にあたるということはできないと し、棄却取り消しを認めたが、最高裁において原審判決を破棄差し戻しとした。 判示事項 年間を通して多数のオペラ公演を主催する財団法人との間で期間を 1 年とする 出演契約を締結した上、各公演毎に個別講演契約を締結して講演に出演していた 合唱団員が、上記法人との関係において「労働組合法上の労働者」に当たるとさ れた事例 裁判要旨 年間を通して多数のオペラ公演を主催する財団法人との間で期間を1年とする 出演基本契約を締結した上、各公演ごとに個別公演出演契約を締結して公演に出 演していた合唱団員は、次の(1)∼(5)など判示の事実関係の下では、上記法人と の関係において労働組合法上の労働者に当たる。 (1) 出演基本契約は、上記法人が、試聴会の審査の結果一定水準以上の歌唱技 能を有すると認めた者を、原則として契約期間の全ての公演に出演することが可 能である合唱団員として確保することにより、上記各公演を円滑かつ確実に遂行 することを目的として締結されていた。 (2) 合唱団員は、出演基本契約を締結する際、上記法人から、あらかじめ上記 法人が指定する全ての公演に出演するために可能な限りの調整をすることを要望 され、合唱団員が公演への出演を辞退した例は、出産、育児や他の公演への出演 等を理由とする僅少なものにとどまっていた。 (3) 出演基本契約の内容や、契約期間の公演の件数、演目、各公演の日程及び 上演回数、これに要する稽古の日程、その演目の合唱団の構成等は、上記法人が 一方的に決定していた。 (4) 合唱団員は、各公演及びその稽古につき、上記法人の指定する日時、場所 において、その指定する演目に応じて歌唱の労務を提供し、歌唱技能の提供の方 法や提供すべき歌唱の内容について上記法人の選定する合唱指揮者等の指揮を受 け、稽古への参加状況について上記法人の監督を受けていた。 (5) 合唱団員は、上記法人の指示に従って公演及び稽古に参加し歌唱の労務を 提供した場合に、出演基本契約で定められた単価及び計算方法に基づいて算定さ れた報酬の支払を受け、予定された時間を超えて稽古に参加した場合には超過時 間により区分された超過稽古手当の支払を受けていた。 -5- 以上の諸事情を総合考慮すれば、契約メンバーであるAは、被上告財団との関係 において労働組合法上の労働者に当たると解するのが相当である。以上と異なる 原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は 理由があり、原判決は破棄を免れない。そこで、Aが被上告財団との関係におい て労働組合法上の労働者に当たることを前提とした上で、被上告財団が本件不合 格措置を採ったこと及び本件団交申入れに応じなかったことが不当労働行為に当 たるか否かについて更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととす る。 参照法条 労働組合法 3 条(労働者の定義)、7 条(不当労働行為) 事件番号等 平成 21(行ヒ)第 226 備 原審 考 東京高等裁判所 ◎ 原審要約 していた。 民集 第 65 巻 3 号 943 頁 平成 20(行コ)303 労判 1026-6 平成 21 年 03 月 25 日 一、二審は、以下の理由により「労働者には当たらない」と判断 ① 契約メンバーには、労務ないし業務を提供することについて諾否の自由がな いとはいえない。 → 契約メンバーは、新国立劇場と出演基本契約を締結しただけでは個別公演 に出演する法的な義務はなく、個別公演出演契約を締結する法的な義務はない。 ② 新国立劇場との間の指揮命令、支配監督関係は相当に希薄。 → 契約メンバーは、個別公演出演契約を締結しない限り、業務遂行の日時、 場所、方法等について被上告財団の指揮監督を受けることはない。 → 契約メンバーは、出演基本契約を締結しただけでは報酬の支払を受けるこ とはなく、他方で、出演することが予定されている公演はあらかじめ決まって おり、予定された公演以外に随時出演を求められることはない 本件以外に「労働者」と判断された判例等 ○民間放送会社といわゆる自由出演契約をしている放送管弦楽団員は労働組合法 上の労働者である。(S51.5.6 最一小) ○日本放送協会と委託契約を締結している委託集金人は労組法三条にいう労働者 であり、同人らの組織する組合は労組法上の労働組合。 (H4.10.20 東京地労委) -6- No.2−(1)(2) 判例の分類項目 採用の自由・試用期間 判決日と裁判所 S48.12.12 事件の概要 事件名 三菱樹脂事件 最大判 1963 年 3 月に、東北大学法学部を卒業した高野達男(以下「X」とする)は、 三菱樹脂株式会社(以下「Y」とする)に、将来の管理職候補として、3 ヶ月の 試用期間の後に雇用契約を解除することができる権利を留保するという条件の下 で採用されることとなった。ところが、Xが大学在学中に学生運動に参加したか どうかを採用試験の際に尋ねられ当時これを否定したものの、その後のYの調査 で、原告がいわゆる 60 年安保闘争に参加していた、という事実が発覚し、「本件 雇用契約は詐欺によるもの」として、試用期間満了に際し、Xの本採用を拒否し た。これに対し、Xが雇用契約上の地位を保全する仮処分決定(東京地裁昭和 39 年 4 月 27 日決定)を得た上で、「Yによる本採用の拒否は被用者の思想・信条の 自由を侵害するもの」として、雇用契約上の地位を確認する訴えを東京地方裁判 所に起こした。 判示事項 一、憲法 14 条、19 条と私人相互間の関係 二、特定の思想、信条を有することを理由とする雇入れの拒否は許されるか 三、雇入れと労働基準法 3 条 四、企業者が労働者の雇入れにあたりその思想、信条を調査することの可否 五、試用期間中に企業者が管理職要員として不適格であると認めたときは解約で きる旨の特約に基づく留保解約権の行使が許される場合 裁判要旨 一、憲法 14 条や 19 条の規定は、直接私人相互間の関係に適用されるものではな い。 二、企業者が特定の思想、信条を有する労働者をそのゆえをもつて雇い入れるこ とを拒んでも、それを当然に違法とすることはできない。 三、労働基準法 3 条は、労働者の雇入れそのものを制約する規定ではない。 四、労働者を雇い入れようとする企業者が、その採否決定にあたり、労働者の思 想、信条を調査し、そのためその者からこれに関連する事項についての申告を 求めることは、違法とはいえない。 五、企業者が、大学卒業者を管理職要員として新規採用するにあたり、採否決定 の当初においてはその者の管理職要員としての適格性の判定資料を十分に蒐集 することができないところから、後日における調査や観察に基づく最終的決定 を留保する趣旨で試用期間を設け、企業者において右期間中に当該労働者が管 理職要員として不適格であると認めたときは解約できる旨の特約上の解約権を 留保したときは、その行使は、右解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的 に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される ものと解すべきである。 参照法条 憲法 14 条(法の下の平等)、19 条(思想及び良心の自由)、 民法 1 条(基本原則)、90 条(公序良俗)、 -7- 労働基準法 3 条(均等待遇)、第 2 章(労働契約) 事件番号等 昭和 43 年(オ)932 備 原審 東京高等裁判所 昭和 42(ネ)1590 考 民集 第 27 巻 11 号 1536 頁 -8- 労判 189-16 No.2−(3) 判例の分類項目 採用内定取消 判決日と裁判所 S54.07.20 事件の概要 事件名 大日本印刷事件 最二小判 昭和44年3月に大学を卒業予定のXが、大学の推薦を受けて、大日本印刷(以下 「Y」という)の求人募集に応じ、7月2日にその筆記試験及び適性検査を受け、同日身 上調査を提出した。Yの指示により、同月5日に面接試験及び身体検査を受け、同月13 日にYから採用内定通知を受けた。Xは、Yからの求めに応じて、所要事項を記載した 誓約書を提出し、就職を予定していたところ、卒業直前の昭和44年2月に突然Yから採 用内定取消しの通知を受けた。 判示事項 一 大学卒業予定者の採用内定により、就労の始期を大学卒業直後とする解約権 留保付労働契約が成立したものと認められた事例 二 留保解約権に基づく大学卒業予定者採用内定の取消事由 三 留保解約権に基づく大学卒業予定者採用内定の取消が解約権の濫用にあたる として無効とされた事例 裁判要旨 一 大学卒業予定者が、企業の求人募集に応募し、その入社試験に合格して採用 内定の通知を受け、企業からの求めに応じて、大学卒業のうえは間違いなく入 社する旨及び一定の取消事由があるときは採用内定を取り消されても異存がな い旨を記載した誓約書を提出し、その後、企業から会社の近況報告その他のパ ンフレツトの送付を受けたり、企業からの指示により近況報告書を送付したな どのことがあり、他方、企業において、採用内定通知のほかには労働契約締結 のための特段の意思表示をすることを予定していなかつたなど、判示の事実関 係のもとにおいては、企業の求人募集に対する大学卒業予定者の応募は労働契 約の申込であり、これに対する企業の採用内定通知は右申込に対する承諾であ って、誓約書の提出とあいまって、これにより、大学卒業予定者と企業との間 に、就労の始期を大学卒業の直後とし、それまでの間誓約書記載の採用内定取 消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したものと認めるのが相当で ある。 二 企業の留保解約権に基づく大学卒業予定者の採用内定の取消事由は、採用内 定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、 これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らし て客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるも のに限られる。 三 企業が、大学卒業予定者の採用にあたり、当初からその者がグルーミーな印 象であるため従業員として不適格であると思いながら、これを打ち消す材料が 出るかも知れないとしてその採用を内定し、その後になって、右不適格性を打 ち消す材料が出なかつたとして留保解約権に基づき採用内定を取り消すこと は、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することが できず、解約権の濫用にあたるものとして無効である。 -9- 参照法条 労働基準法第2章(労働契約) 事件番号等 昭和 52 年(オ)第 94 備 原審 考 大阪高裁 民集第 33 巻 5 号 582 頁 昭和 47(ネ)458 - 10 - 労判 323-19 No.3−(1) 判例の分類項目 解雇 事件名 (ユニオンショップ協定と解雇) 判決日と裁判所 S54.4.25 事件の概要 解雇権の濫用−日本食塩製造事件 最二小判 Y社と組合との間には、新機械の導入に関し意見の対立がみられた。この間、 労働者Xは、一部職場の女子従業員に対し職場離脱をなさしめたほか、無届集会 をしたこと、さらに夏期一時金要求に伴う闘争に関し会社役員の入門を阻止した 等の事案が会社の職場規律を害するものとして使用者により懲戒解雇された。な お、このとき、組合委員長ほか他の組合員も、出勤停止、減給、けん責などの処 分を受けていた。 組合は、地労委に不当労働行為を申立て、処分撤回の和解が成立した。この和 解には和解の成立の日をもってXが退職する旨の規定が含まれていた。しかし、 Xに退職する意思は見受けられなかった。そこで組合は、和解案の受諾にXのみ の退職を承認したのは、①闘争において同人の行き過ぎの行動があったこと、② 受諾の趣旨はこれにより会社と組合との闘争を終止せしめ、労使間の秩序の改善 を意図したものであることなどを背景に、Xが退職に応じないときは組合から離 脱せしめることもやむを得ないと考えて同人を離籍(除名)処分に付した。 Y社と組合との間には、「会社は組合を脱退し、または除名された者を解雇す る」旨のユニオン・ショップ協定が結ばれており、Y会社は、この協定に基づき Xを解雇した。 そこで、Xは、雇用関係の存在確認の請求を行った。 判示事項 裁判要旨 除名が無効な場合におけるユニオン・ショップ協定に基づく解雇の効力。 労働組合から除名された労働者に対し使用者がユニオン・ショップ協定に基づ く労働組合に対する義務の履行として行う解雇は、右除名が無効な場合には、他 の解雇の合理性を裏づける特段の事由がないかぎり、無効である。 【判決文抜粋】 そして、労働組合から除名された労働者に対しユニオン・ショップ協定に基づく労働 組合に対する義務の履行として使用者が行う解雇は、ユニオン・ショップ協定に よって使用者に解雇義務が発生している場合に限り、客観的に合理的な理由があ り社会通念上相当なものとして是認することができるのであり、同除名が無効な 場合には、前記のように使用者に解雇義務が生じないから、かかる場合には、客 観的に合理的な理由を欠き社会的に相当なものとして是認できず、他に解雇の合 理性を裏付ける特段の事由がないかぎり、解雇権の濫用として無効であるといわ なければならない。 参照法条 労働組合法第2章(労働組合)、第3章(労働協約)、 民法627条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ) 事件番号等 昭和 43 年(オ)499 民集第 29 巻 4 号 456 頁 - 11 - 労判 227-32、251-10 備 考 一、本最高裁判決が、「使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由 を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用と して無効になる」と述べて解雇権濫用法理を定式化した(菅野和夫著『労働法 (第 10 版)』557 頁)。 二、「労働契約法の施行について」(平成 24 年 8 月 10 日付基発 0810 第 2 号)の 通達では、権利濫用に該当する解雇の効力について規定した第 16 条(解雇) について、本判例を参考判例として記載している。 - 12 - No.3−(2) 判例の分類項目 解雇(懲戒的普通解雇) 判決日と裁判所 S52.01.31 事件の概要 事件名 高知放送事件 最二小判 労働者Xは、放送事業を営むY社のアナウンサーであった。昭和 42 年に、X は2週間の間に2度、宿直勤務の際に寝過ごしたため、午前6時からの定時ラジ オニュースを放送できず、放送が 10 分間ないし5分間中断されることとなった。 また、Xは2度目の放送事故を直ちに上司に報告せず、後に事故報告を提出した 際に、事実と異なる報告をした。 Y社は、上記のXの行為が就業規則所定の懲戒解雇事由に該当すると判断した が、再就職などXの将来を考慮して解雇(普通解雇)を行った。 この解雇に対して、XがY社の従業員としての地位確認等を求めて提訴した。 なお、Y社の就業規則 15 条には、普通解雇事由として、①「精神または身体 の障害により業務に耐えられないとき」(1号)、②「天災事変その他やむをえな い事由のため事業の継続が不可能となったとき」(2号)、③「その他、前各号に 準ずる程度のやむをえない事由があるとき」(3号)が定められていた。 判示事項 一、就業規則所定の懲戒事由があることを理由に普通解雇に付する場合の解雇の 要件。 二、寝過ごしにより定時ラジオニュースを放送することができなかったアナウン サーに対する解雇が解雇権濫用として無効とされた事例。 裁判要旨 一、就業規則所定の懲戒事由があることを理由に普通解雇する場合には、普通解 雇の要件を備えていれば足り、懲戒解雇の要件をみたすことを要しない 【判決文抜粋】 一、就業規則予定の懲戒事由にあたる事実がある場合において、本人の再就職な どを考慮して、懲戒解雇に処することなく、普通解雇に処することは、それがた とえ懲戒の目的を有するとしても、必ずしも許されないわけではない。そして、 このような場合に、普通解雇として解雇するには、普通解雇の要件を備えていれ ば足り、懲戒解雇の要件まで要求されるものではないと解すべきである。 二、本件においては、被上告人の起こした第一、第二事故は、定時放送を使命と する上告会社の対外的信用を著しく失墜するものであり、また、被上告人が寝過 しという同一態様に基づき特に二週間内に二度も同様の事故を起こしたことは、 アナウンサーとしての責任感に欠け、更に、第二事故直後においては卒直に自己 の非を認めなかつた等の点を考慮すると、被上告人に非がないということはでき ないが、他面、原審が確定した事実によれば、本件事故は、いずれも被上告人の 寝過しという過失行為によって発生したものであつて、悪意ないし故意によるも のではなく、また、通常は、ファックス担当者が先に起きアナウンサーを起こす ことになつていたところ、本件第一、第二事故ともファックス担当者においても 寝過し、定時に被上告人を起こしてニュース原稿を手交しなかつたのであり、事 故発生につき被上告人のみを責めるのは酷であること、被上告人は、第一事故に ついては直ちに謝罪し、第二事故については起床後一刻も早くスタジオ入りすべ - 13 - く努力したこと、第一、第二事故とも寝過しによる放送の空白時間はさほど長時 間とはいえないこと、上告会社において早朝のニュース放送の万全を期すべき何 らの措置も講じていなかつたこと、事実と異なる事故報告書を提出した点につい ても、一階通路ドアの開閉状況に被上告人の誤解があり、また短期間内に二度の 放送事故を起こし気後れしていたことを考えると、右の点を強く責めることはで きないこと、被上告人はこれまで放送事故歴がなく、平素の勤務成績も別段悪く ないこと、第二事故のファックス担当者Eはけん責処分に処せられたにすぎない こと、上告会社においては従前放送事故を理由に解雇された事例はなかつたこと、 第二事故についても結局は自己の非を認めて謝罪の意を表明していること、等の 事実があるというのであつて、右のような事情のもとにおいて、被上告人に対し 解雇をもってのぞむことは、いささか苛酷にすぎ、合理性を欠くうらみなしとせ ず、必ずしも社会的に相当なものとして是認することができないと考えられる余 地がある。したがって、本件解雇の意思表示を解雇権の濫用として無効とした原 審の判断は、結局、正当と認められる。 参照法条 民法 627 条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)、 労働基準法 20 条(解雇の予告) 事件番号等 備 考 昭和 49 年(オ)165 集民第 120 号 23 頁 労判 268 号 17 頁 本最高裁判決が、「普通解雇事由がある場合においても、解雇に処することが 著しく不合理であり、社会通念上相当なものとして是認できないときには、当該 解雇の意思表示は、解雇権の濫用として無効になる」と述べて、解雇権濫用法理 における「相当性の原則」を明らかにした(菅野和夫著『労働法(第 10 版)』557 頁)。 - 14 - No 3−(3) 判例の分類項目 解雇(整理解雇) 判決日と裁判所 H18.11.29 事件の概要 事件名 東京自転車健康保険組合事件 東京地判 Y健康保険組合は、Xに対し、「事業の運営上のやむを得ない事情により、健 康相談室の廃止を行う必要が生じ、他の職務に転換させることが困難なため」と いう理由で、解雇予告をおこない、その後解雇(整理解雇)した。 Xは「当該整理解雇は無効である」と主張して、労働契約上の権利を有する地 位にあることの確認および解雇の意思表示後の賃金、賞与の支払いを求めるとと もに、不法行為に基づき 300 万円の慰謝料を求めた。 判示事項 一、整理解雇の有効性についての判断の枠組み。 二、違法な整理解雇による慰謝料請求。 裁判要旨 【判決文抜粋】 1)判断の枠組み 整理解雇が有効か否かを判断するに当たっては、人員削減の必要性、解雇回避 努力、人選の合理性、手続の相当性の4要素を考慮するのが相当である。被告で ある使用者は、人員削減の必要性、解雇回避努力、人選の合理性の3要素につい てその存在を主張立証する責任があり、これらの3要素を総合して整理解雇が正 当であるとの結論に到達した場合には、次に、原告である従業員が、その手続の 不相当性等使用者の信義に反する対応等について主張立証する責任があることに なり、これが立証できた場合には先に判断した整理解雇に正当性があるとの判断 が覆ることになると解するのが相当である。 (4) 慰謝料請求 イ 一般的に、解雇された従業員が被る精神的苦痛は、解雇期間中の賃金が支払 われることにより慰謝されるのが通常であり、これによってなお償いえない特 段の精神的苦痛が生じた事実が認められるときにはじめて慰謝料請求が認めら れると解するのが相当である(同旨 東京地判平成15.7.7労判862号 78頁・カテリービルディング事件)。 ウ これを本件についてみるに、前記1(6)ウ、前記3、証拠【甲16、原告本 人【9、10頁】)及び弁論の全趣旨によれば、①本件整理解雇は、被告にお いて、退職金規程の改定、健康相談室廃止などの施策を実施しようとしたとこ ろ、これに反対する原告が外部機関に相談すること等を快く思わず、整理解雇 の要件がないにもかかわらず、本件整理解雇を強行したこと、②原告は本件整 理解雇時妊娠しており、被告は当該事実を知っていたこと、③原告は被告に対 し本件整理解雇を撤回し、原職に復帰させるよう要求したが拒否されたことが 認められる。 エ 以上によれば、原告は、本件整理解雇により、解雇期間中の賃金が支払われ ることでは償えない精神的苦痛が生じたと認めるのが相当であり、本件整理解 雇の態様、原告の状況等本件証拠等から認められる本件整理解雇の諸事情に照 らすと、その慰謝料額は 100 万円が相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠 は存在しない。よって、原告の慰謝料請求は 100 万円の支払を求める限度で理 - 15 - 由があるのでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを棄却することにす る。 参照法条 民法 627 条(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)、709 条(不法行為による 損害賠償)、710 条(財産以外の損害の賠償) 事件番号等 平成 18 年(ワ)449 号 備 ※整理解雇に関する裁判例の傾向(菅野和夫著『労働法(第 10 版)』569 頁) 日本経済の長期低迷を背景とした企業のリストラクチャリングの進展以降、裁 考 労判 935 号 35 頁 判例は、整理解雇規制を部分的に緩和する傾向を示している。 すなわち、①整理解雇の4「要件」を4「要素」と解し(4要素説)、整理解 雇の有効性をこれら4要素の総合判断とする裁判例が増加している(ナショナル ・ウェストミンスター銀行(第 3 次仮処分)事件−東京地決平 12・1・21 労判 782 号 23 頁、ワキタ事件−大阪地判平 12・12・1 労判 808 号 77 頁、CSFBセキュ リティーズ・ジャパン・リミテッド事件−東京高判平 18・12・26 労判 931 号 30 頁など)。 ②人員削減の必要性に関しては、企業の経営判断を尊重して司法審査を控える 裁判例が多く、企業が全体として経営危機に陥っていなくても、経営合理化や競 争力強化のために行う人員整理に必要性を認めている例が増えている(前掲ナシ ョナル・ウェストミンスター銀行(第 3 次仮処分)事件、前掲ワキタ事件、北海 道交通事業協同組合事件−札幌地判平 12・4・25 労判 805 号 123 頁)。 ③解雇回避努力義務に関しても、各種回避措置を画一的に要求する判断は後退 しており、希望退職者募集につき、同募集によって有能な従業員の退職をもたら したり、従業員に無用の不安をもたらす場合の募集の必要性を否定する例(シン ガポール・デベロップメント銀行(本訴)事件−大阪地判平 12・6・23 労判 786 号 16 頁)や、解雇回避措置を基本としつつも、それが困難な場合は経済的措置 や再就職支援措置で足りると判断する例(前掲ナショナル・ウェストミンスター 銀行(第 3 次仮処分)事件)がある。 ④ただし、これらの傾向が整理解雇法理の全面的な規制緩和をもたらしている わけではない。厳格な4要件説を堅持している裁判例もある(九州日誠電気事件 −熊本地判平 16・4・15 労判 878 号 74 頁)。4要素説の枠組みでも、解雇回避措 置や被解雇者選定の合理性が問題のある事案では、それだけを理由に整理解雇が 無効とされている(前者としては前掲のワキタ事件、後者としては労働大学(第 2 次仮処分)事件−東京地判平 13・5・17 労判 814 号 132 頁)。解雇回避措置につ いても、配転・出向や希望退職者募集が使用者に期待可能な限りは尽くすべき措 置とされている(マルマン事件−大阪地判平 12・5・8 労判 787 号 18 頁、小規模 企業ゆえに配転等の回避措置が困難として解雇(雇止め)有効とした例として、 ティアール建材・エルゴテック事件−東京地判平 13・7・6 労判 814 号 53 頁)。 また、被解雇者選定の妥当性や協議・説明義務を整理解雇の重要な要素として維 持されている(組合との交渉が不十分として解雇無効とした裁判例として、京都 エステート事件−京都地判平 15・6・30 労判 857 号 26 頁)。 総じて裁判例は、市場競争の激化や企業再編等の新たな動向をふまえて整理解雇 法理を適宜修正しつつ、使用者の恣意的な解雇をチェックする姿勢を堅持してい るといえよう。 - 16 - No.3−(4) 判例の分類項目 解雇(労基法 20 条違反の解雇) 判決日と裁判所 S35.03.11 事件の概要 事件名 細谷服装事件 最二小判 労働者Xは、洋服の製造・修理を行うY社に昭和 24 年 4 月 1 日雇用され、一 般庶務・記帳記入等に従事していた。同年 8 月 4 日、Y社はXに予告なしに一方 的に解雇の通知をした。翌 25 年 3 月、Xは未払賃金13日分(昭和 24 年 3 月 19 日雇入れを主張)および脱税加担拒否を理由とする不当解雇であって解雇に伴う 賃金4ヵ月半の手当(一般会社の例を根拠として)の支払請求を求めて提訴した がXは敗訴した。 Y社は勝訴したが、一審の判決当日(昭和 26 年 3 月 19 日)に予告手当相当額(賃 金1ヵ月分)と昭和 24 年 8 月分の未払賃金(月の中途退職者には当該月分給料 全額支給を定めた就業規則に基づく)およびそれらの遅延利息を加えてXに支払 った。Xは、これを不服として、Y社が未払賃金と予告手当相当額を支払った昭 和 26 年 3 月 19 日まで解雇の効力が発生していないと主張して、その間の未払賃 金と勤続2年の退職金受給資格を満たしたとして就業規則所定の退職金、さらに 予告手当相当額の附加金(労基法 114 条)の支払いを求めて控訴したが、敗訴し たため上告した。 判示事項 一、労働基準法 20 条に違反してなされた解雇の効力 二、労働基準法 114 条の附加金の支払義務の性質 裁判要旨 一、使用者が労働基準法 20 条所定の予告期間をおかず、または予告手当の支払 いをしないで労働者に解雇の通知をした場合、その通知は即時解雇としては効 力を生じないが、使用者が即時解雇を固執する趣旨でないかぎり、通知後同上 所定の 30 日間の期間を経過するか、または通知の後に同条所定の予告手当の 支払いをしたときに解雇の効力を生じるものと解すべきである。 二、労働基準法 114 条の附加金支払義務は、使用者が予告手当等を支払わない場 合に、当然に発生するものではなく、労働者の請求により裁判所がその支払を 命ずることによって、初めて発生するものと解すべきであるから、使用者が労 働基準法 20 条の違反があっても、既に予告手当に相当する金額の支払いを完 了し使用者の義務違反の状況が消滅した後においては、労働者は同条による付 加金請求の申立をすることができないものと解すべきである。 参照法条 労働基準法 20 条(解雇の予告)、114 条(付加金の支払) 事件番号等 昭和 30 年(オ)93 備 考 民集第 14 巻 3 号 403 頁 労判掲載なし 行政解釈も本件最高裁判決と同様の枠組みを前提に 「法定の予告期間を設けず、 また法定の予告に代る平均賃金を支払わないで行なった即時解雇の通知は即時解 雇としては無効であるが、使用者が解雇する意思があり、かつ解雇が必ずしも即 - 17 - 時解雇を要件としていないと認められる場合には、その即時解雇の通知は法定の 最短期間である 30 日経過後において解雇する旨の予告として効力の有するもの である。」(昭和 24・5・13 基収第 1483 号)としている。 厚生労働省労働基準局編『平成 22 年版労働基準法(上)』320 頁では、「民事 的には、使用者が即時解雇に固執しない限り、所定の予告手当を支払うか、30 日経過した時点で解雇は有効になる。なお、労働者は、民事上予告手当の請求権 を有するものではないが、30 日経過するまでの間は解雇の効力が生じないので (途中で所定の予告手当支払った場合は別として)その間の賃金または休業手当 の請求権を有する。」としている。さらに、「使用者が本条違反の状態を改める意 図で事後的に 30 日分予告手当相当額を支払った場合には、民事的には、解雇が 有効になる日までの間の賃金相当額と残日数に係る予告手当相当額が支払われた ものとみてよいだろう(これによって本条違反の刑事上の責任がなくなるわけで はないことは、当然である。) 。」としている。 - 18 - No.4−(1) 判例の分類項目 雇止め 判決日と裁判所 S49.07.22 事件の概要 事件名 東芝柳町工場事件 最一小判 Xらは、Y会社に契約期間を2ヶ月と記載してある臨時従業員として労働契約 書を取り交わした上で、期間臨時工として雇い入れられた者である。Y会社が当 該契約を5回ないし 23 回にわたって更新した後、各人に対しそれぞれの期日に、 期間満了日をもって契約更新の拒絶を意思表示し、満了日後の就労を拒否した。 これに対し、XらはY会社に対し、いずれも労働契約上の権利を有する地位に あることの確認及び金員を求めた。 判示事項 臨時工に対するいわゆる傭止めの効力の判断にあたり解雇に関する法理を類推 すべきであるとされた事例 裁判要旨 電気機器等の製造販売を目的とする会社が、契約期間を二か月と記載してある 臨時従業員としての労働契約書を取りかわして入社した臨時工に対し、五回ない し二三回にわたって労働契約の更新を重ねたのちにいわゆる傭止めの意思表示を した場合において、右臨時工が景気の変動による需給にあわせて雇用量の調整を はかる必要から雇用された基幹臨時工であって、その従事する仕事の種類、内容 の点において本工と差異はなく、その採用に際しては会社側に長期継続雇用、本 工への登用を期待させるような言動があり、会社は必ずしも契約期間満了の都度 直ちに新契約締結の手続をとつていたわけでもなく、また、従来基幹臨時工が二 か月の期間満了によって傭止めされた事例は見当たらず、自ら希望して退職する もののほか、そのほとんどが長期間にわたって継続雇用されているなど判示の事 情があるときは、右傭止めの効力の判断にあたっては、解雇に関する法理を類推 すべきである。 参照法条 労働基準法第 2 章(労働契約) 事件番号等 昭和 45(オ)1175 備 労働契約法第19条の参考裁判例として、施行通達の別添として掲載されている。 考 民集 第 28 巻 5 号 927 頁 - 19 - 労判掲載なし No.4−(2) 判例の分類項目 雇止め 判決日と裁判所 昭和 61 年 12 月 04 日 事件の概要 事件名 日立メディコ事件 最高裁判所第一小法廷 Xは、当初の 20 日間の期間を定めてY会社のP工場に臨時員として雇用され、 その後、契約期間を2ヶ月とする労働契約を5回にわたって更新されてきたが、 Y会社は不況に伴う業務上の都合を理由に契約更新を拒絶する意思表示をした。 これに対し、XはY会社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確 認を求めた。 判示事項 臨時員に対する雇止めにつき解雇に関する法理を類推すべき場合においてその 雇止めが有効とされた事例 裁判要旨 当初二〇日間の期間を定めて雇用しその後期間二箇月の労働契約を五回にわた り更新してきた臨時員に対し、使用者が契約期間満了による雇止めをした場合に おいて、右臨時員が季節的労務や特定物の製作のような臨時的作業のために雇用 されるものでなく景気変動に伴う受注の変動に応じて雇用量の調整を図る目的で 雇用されるもので、その雇用関係はある程度の継続が期待されていたものであり、 右雇止めの効力の判断に当たっては解雇に関する法理を類推すべきであつても、 独立採算制がとられている工場において、事業上やむを得ない理由によりその人 員を削減する必要があり、余剰人員を他の事業部門へ配置転換する余地もなく、 工場の臨時員全員の雇止めが必要であるとした使用者の判断が合理性に欠ける点 がないと認められるなど判示の事情があるときは、期間の定めなく雇用されてい る従業員につき希望退職者募集の方法による人員削減を図らないまま右臨時員の 雇止めが行われたことをもつて当該雇止めを無効とすることはできない。 参照法条 労働基準法 14 条(契約期間等)、21 条(解雇予告の適用除外) 事件番号等 昭和 56(オ)225 備 労働契約法第19条の参考裁判例として、施行通達の別添として掲載されている。 考 集民第 149 号 209 頁 - 20 - 労判 486-6 No.5−(1) 判例の分類項目 賃金債権に対する相殺 判決日と裁判所 H02.11.26 事件の概要 事件名 日新製鋼事件 最二小判 訴外Zは、Yに在職中、同社の住宅財形融資規程に則り、元利均等分割償還、 退職した場合には残金一括償還の約定で、同社から 87 万円を、A銀行から 263 万円をそれぞれ借り入れた。各借入金のうち、Yへの返済については、住宅財形 融資規程およびYとZとの間の住宅資金貸付に関する契約証書の定めに基づき、 YがZの毎月の給与及び年 2 回の賞与から所定の元利均等分割返済額を天引きす るという方法で処理することとされ、Zが退職するときには、退職金その他より 融資残金の全額を直ちに返済する旨約されていた。Zは、借財を重ね、破産申立 てをする他ない状態になったことから、Yを退職することを決意し、Yに対して、 退職の申し出とともに、上記各借入金の残債務について、退職金等による返済手 続を依頼した。Yは、Zの退職金と給与から各借入金を控除し、Z の口座に振り 込んだ後、Yの担当者が、Zに対して、事務処理上の必要から領収書等に署名捺 印を求めたが、Zはこれに異議なく応じた。その後、Zの申立により、裁判所は 破産宣告をし、Xを破産管財人に選任したところ、Xは、YがZの退職金につき、 以上のような措置をとったことは、労基法 24 条に違反する相殺措置であるとし て、Yに対して退職金の支払いを請求した。 判示事項 一 使用者が労働者の同意を得て労働者の退職金債権に対してする相殺と労働基 準法(昭和 62 年法律第 99 号による改正前のもの)24 条 1 項本文 二 使用者が労働者の同意の下に労働者の退職金債権等に対してした相殺が有効 とされた事例 三 使用者が労働者の同意の下に労働者の退職金債権等に対してして相殺が否認 権行使の対象とならないとされた事例 裁判要旨 一 使用者が労働者の同意を得て労働者の退職金債権に対してする相殺は、右同 意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的 な理由が客観的に存在するときは、労働基準法(昭和六二年法律第九九号によ る改正前のもの)二四条一項本文に違反しない。 二 甲会社の従業員乙が、銀行等から住宅資金の貸付けを受けるに当たり、退職 時には乙の退職金等により融資残債務を一括返済し、甲会社に対しその返済手 続を委任する等の約定をし、甲会社が、乙の同意の下に、右委任に基づく返済 費用前払請求権をもつて乙の有する退職金債権等と相殺した場合において、右 返済に関する手続を乙が自発的に依頼しており、右貸付けが低利かつ相当長期 の挽割弁済の約定の下にされたものであつて、その利子の一部を甲会社が負担 する措置が執られるなど判示の事情があるときは、右相殺は、乙の自由な意思 に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在したものとして、 有効と解すべきである。 三 甲会社の従業員乙が、銀行等から住宅資金の貸付けを受けるに当たり、退職 時には乙の退職金等により融資残債務を一括返済し、甲会社に対しその返済手 - 21 - 続を委任する等の約定をした場合において、甲会社が、乙の破産宣告前、右約 定の趣旨を確認する旨の乙の同意の下に、右委任に基づく返済費用前払請求権 をもつてした乙の有する退職金債権等との相殺は、否認権行使の対象とならな い。 参照法条 労働基準法(昭和 62 年法律第 99 号による改正前のもの)24 条 1 項(賃金の支 払)、民法 91 条(任意規定と異なる意思表示)、505 条 1 項(相殺の要件等) 破産法 72 条(破産者に対する相殺の禁止)、98 条(優先的破産債権) 事件番号等 備 昭和 63(オ)4 民集第 44 巻 8 号 1085 頁 考 - 22 - 労判 584-6 No.5−(2) 判例の分類項目 賃金過払いの調整的相殺 判決日と裁判所 S44.12.18 事件の概要 事件名 福島県教組事件 最一小判 XらはY県の公立学校の教職員であり、Xらの給料および暫定手当は毎月 21 日にその月分を、勤勉手当は毎年 6 月 15 日および 12 月 15 日に支給されること となっていた。 昭和 33 年 9 月 5 日から 15 日までの間に、Xらは一定期間職場離脱をした。X らの勤務しなかった期間について減額すべき金額を、Y県は減額せずに 9 月分の 給料および暫定手当ならびに 12 月の勤勉手当を支払った。翌 34 年 1 月、Y県は Xらに過払金の返納方を求め、かつこれに応じなければ翌月分給与から減額すべ き旨を通知し、これに応じなかったXらの 2 月分の給与から給料および暫定手当 の過払分を、また 3 月分の給与から勤勉手当の過払分を減額した。そこで、Xら はこれら減額された分の支払いを訴求した。 第1審は、給料および暫定手当に関する減額は予告が過払から接着した時期に なされなかったとしてこれらに関する請求を認容したが、勤勉手当に関する請求 を棄却した。XらとY県はいずれも控訴したが、控訴審はいずれも棄却した。こ れに対し、Xらのみが上告した。 判示事項 一、賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃 金の支払請求権を受働債権としてする相殺と労働基準法 24 条 1 項 二、公立中学校の教員につき、給与過払による不当利得返還請求権を自働債権と し、その後に支払われる給与の支払請求権を受働債権としてした相殺が労働基 準法 24 条 1 項の規定に違反しないとされた事例 裁判要旨 一、賃金過払による不当利得返還請求権を自働債権とし、その後に支払われる賃 金の支払請求権を受働債権としてする相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算 調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、かつ、あらか じめ労働者に予告されるとかその額が多額にわたらない等労働者の経済生活の 安定をおびやかすおそれのないものであるときは、労働基準法二四条一項の規 定に違反しない。 二、公立中学校の教員に対して昭和 33 年 12 月 15 日に支給された勤勉手当中に 940 円の過払があつた場合において、昭和 34 年 1 月 20 日頃右教員に対し過払 金の返納を求め、この求めに応じないときは翌月分の給与から過払額を減額す る旨通知したうえ、過払金の返還請求権を自働債権とし、同年 3 月 21 日に支 給される同月分の給料および暫定手当合計 22,960 円の支払請求権を受働債権 としてした原判示の相殺(原判決理由参照)は、労働基準法 24 条 1 項の規定 に違反しない。 参照法条 労働基準法 24 条 1 項(賃金の支払)、民法 505 条 1 項(相殺の要件等)、 地方公務員法 25 条 1 項(給与に関する条例及び給料額の決定) - 23 - 事件番号等 備 昭和 40 年(行ツ)第 92 号 民集第 23 巻 12 号 2495 頁 考 - 24 - 労判掲載なし No.6−(1) 判例の分類項目 労働時間(該当) 判決日と裁判所 H12.03.09 事件の概要 事件名 三菱重工業長崎造船所事件 最一小判 会社の就業規則は、所定労働時間及び休憩時間を定めるとともに、始業に間に 合うよう更衣等を完了して作業場に到着し、始業時刻に実作業を開始、終業時刻 に実作業を終了、就業後に更衣等を行うものと定め、さらに、始終業の勤怠は、 更衣を済ませ始業時に体操をすべく所定の場所にいるか否か、終業時に作業場に いるか否かを基準として判断する旨、定めていた。 当時、労働者は会社から、実作業に当たり、作業服のほか所定の保護具等の装 着を義務付けられ、その装着は所定の更衣所等において行うものとされていた。 このような状況で具体的な準備作業等が労働時間に当たるか否かが争われた。 判示事項 一 労働基準法上の労働時間の意義 二 労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを 使用者から義務付けられ又はこれを余儀なくされた場合における当該行為に要 した時間と労働基準法上の労働時間 三 労働者が始業時刻前及び終業時刻後の作業服及び保護具等の着脱等並びに始 業時刻前の副資材等の受出し及び散水に要した時間が労働基準法上の労働時間 に該当するとされた事例 裁判要旨 労働基準法 32 条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれてい る時間をいい、労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令 下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであ って、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきも のではないと解するのが相当である。 そして労働者が終業を命じられた業務の準備更衣等を事業所内において行うこ とを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所 定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段 の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、 当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、 労働基準法上の労働時間に該当すると解されるとして以下の作業等は労働時間と した。 ◇ 更衣所等において作業服及び保護具等を装着して準備体操場まで移動した時 間 ◇ 午前ないし午後の始業時刻前に行う材料庫等からの副資材や消耗品等の受出 し鋳物関係の作業に従事していた者が行う午前の始業時刻前に月数回行う散水 の時間 ◇ 午後の終業時刻後に、作業場等から更衣所等まで移動して作業服及び保護具 等を離脱した時間 - 25 - 作業場/準備体操場 風呂 更衣所 食堂 ○労働時間 入退場門 参照法条 労働基準法 24 条(賃金の支払)、32 条(労働時間) 事件番号等 事件番号 平成 7(オ)2029 備 平成 7(オ)1266 考 民集 第 54 巻 3 号 801 頁 ×非労働時間 労判 778-11 労判 778-14 (谷口) No.6−(2) 判例の分類項目 労働時間(非該当) 判決日と裁判所 H12.03.09 事件名 三菱重工業長崎造船所事件 最一小判 事件の概要 判示事項 一 労働者が始業時刻前及び終業時刻後の事業場の入退場門と更衣所等との間の 移動に要した時間が労働基準法上の労働時間に該当しないとされた事例 二 労働者が終業時刻後の洗身等に要した時間が労働基準法上の労働時間に該当 しないとされた事例 三 労働者が休憩時間中の作業服及び保護具等の一部の着脱等に要した時間が労 働基準法上の労働時間に該当しないとされた事例 裁判要旨 一 労働者が、就業規則により、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に 到着し、終業後に更衣等を行うものとされ、また、使用者から、実作業に当た り、作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、右装着を事業所内の所定の更 衣所等において行うものとされていた造船所において、始業時刻前に入退場門 から事業所内に入って更衣所等まで異動し、終業時刻後に更衣所等から右入退 場門まで移動して事業所外に退出した場合、右各異動は、使用者の指揮命令下 に置かれたものと評価することができず、労働者が右各移動に要した時間は、 労働基準法(昭和 62 年法律第 99 号による改正前のもの)32 条の労働時間に - 26 - 該当しない。 二 労働者が、就業規則により、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に 到着し、終業後に更衣等を行うものとされ、また、使用者から、実作業に当た り、作業服及び保護具等の装着を義務付けられていた造船所において、終業時 刻後に手洗い、洗面、洗身、入浴を行い、洗身、入浴後に通勤服を着用した場 合、右労働者が、使用者から、実作業の終了後に事業所内の施設において洗身 等を行うことを義務付けられてはおらず、特に洗身等をしなければ通勤が著し く困難であるとまではいえなかったという事実関係の下においては、右洗身等 は、これに引き続いてされた通勤服の着用を含めて、使用者の指揮命令下に置 かれたものと評価することができず、労働者が右洗身等に要した時間は、労働 基準法(昭和 62 年法律第 99 号による改正前のもの)32 条の労働時間に該当 しない。 三 労働者が、就業規則により、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に 到着し、所定の始業時刻に作業場において実作業を開始し、午前の終業につい ては所定の終業時刻に実作業を中止し、午後の始業に間に合うよう作業場に到 着し、所定の終業時刻に実作業を終了し、終業後に更衣等を行うものとされ、 また、使用者から、実作業に当たり、作業服及び保護具等の装着を義務付けら れていた造船所において、午前の終業時刻後に作業場等から食堂等まで移動し、 現場控所等において作業服及び保護具等の一部を脱離するなどし、午後の始業 時刻前に食堂等から作業場等まで移動し、脱離した作業服及び保護具等を再び 装着した場合、労働者が休憩時間中の右各行為に要した時間は、労働基準法(昭 和 62 年法律第九九号による改正前のもの)32 条の労働時間に該当しない。 参照法条 労働基準法(昭和 62 年法律第 99 号による改正前のもの)32 条(労働時間) 事件番号等 事件番号:平成 7(オ)2030 備 集民 考 - 27 - 第 197 号 75 頁 労判 778-8 No.7−(1) 判例の分類項目 割増賃金(歩合給) 判決日と裁判所 H6.6.13 事件の概要 事件名 高知県観光事件 最二小判 全員が隔日勤務、労働時間は午前8時から翌日午前2時(うち休憩2時間)で、 賃金は毎月1日から末日までの間の稼働によるタクシー料金の月間水揚高に一定 の歩合を乗じた金額を翌月の5日に支払い、時間外労働及び深夜労働に対する賃 金は歩合給に含まれている為、別途支払わないとする、会社Yとの雇用条件で働 いていた タクシー運転手Xが午後 10 時以降の深夜割り増し賃金と、午前2時以降の時 間外割増賃金の支払いをYに対して求めた事件。 判示事項 タクシー運転手に対する月間水揚高の一定率を支給する歩合給が時間外及び深 夜の労働に対する割増賃金を含むものとはいえないとされた事例。 裁判要旨 タクシー運転手に対する賃金が月間水揚高に一定の歩合を乗じて支払われてい る場合に、時間外及び深夜の労働を行った場合にもその額が増額されることがな く、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部 分とを判別することもできないときは、歩合給の支給によって労働基準法(平成 五年法律第七九号による改正前のもの)三七条の規定する時間外及び深夜の割増 賃金が支払われたとすることはできない。 【判決文抜粋】 上告人らの本訴請求について判断するに、本件請求期間に上告人らに支給され た前記の歩合給が、上告人らが時間外及び深夜の労働を行った場合においても増 額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の 割増賃金に当たる部分とを判別することもできないものであったことからして、 この歩合給の支給によって、上告人らに対して法三七条の規定する時間外及び深 夜の割増賃金が支払われたとすることは困難なものというべきであり、被上告人 は、上告人らに対し、本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働に ついて、法三七条及び労働基準法施行規則一九条一項六号の規定に従って計算し た額の割増賃金を支払う義務があることになる。 そして、本件請求期間における上告人らの時間外及び深夜の労働時間等の勤務 実績は、本件推計基礎期間のそれを下回るものでなかったと考えられるから、上 告人らに支払われるべき本件請求期間の割増賃金の月額は、本件推計基礎期間に おけるその平均月額に基づいて推計した金額を下回るものでなく、その合計額は、 第一審判決の別紙2ないし5記載のとおりとなるものと考えられる。したがって、 これと同額の割増賃金及びこれに対する弁済期の後の昭和六三年一月二二日から 完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める上告人らの各請求 は、いずれも理由がある。また、上告人らは、法一一四条(昭和六二年法律第九 九号による改正前のもの)の規定に基づき、右の各割増賃金額と同額の付加金及 びこれに対する本判決確定の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による遅 延損害金の支払を求めているが、本件訴えをもって上告人らが右の請求をした昭 和六二年一二月二五日には、本件請求期間における右の割増賃金に関する付加金 - 28 - のうち昭和六0年一一月分以前のものについては、既に同条ただし書の二年の期 間が経過していることになるから、この部分の請求は失当であり、その余の部分 に限って右の請求を認容すべきである。 参照法条 労働基準法(平成 5 年法律第 79 号による改正前のもの)37 条(時間外、休日及 び深夜の割増賃金) 事件番号等 平成 3 年(オ)63 備 原審 高松高等裁判所 平成1(ネ)266 考 民集第 172 号 673 頁 - 29 - 労判 653-12 No.7−(2) 判例の分類項目 割増賃金(定額払い) 判決日と裁判所 H24.3.8 事件の概要 事件名 テックジャパン事件 最一小判 派遣労働者であるXは、基本給を月額 41 万円とした上で、月の労働時間が 180 時間を超過した場合には 1 時間あたり 2、560 円を支払うが、月の労働時間が 140 時間に満たない場合にはその満たない1時間あたり 2、920 円を控除するという 雇用契約の下就労していたが、これを不服とし派遣元会社Yに通常の計算による 割増賃金のしはらいを求めた。また、就業規則において、労働時間を 1 日 8 時 間、休日を土曜日、日曜日、国民の祝日、年末年始(12 月 30 日から 1 月 3 日 まで)その他会社が定める休日と定めている。争点となったのは、180 時間以内 の時間外労働をした場合の割増賃金請求権の有無である。 判示事項 基本給を月額で定めた上で月間総労働時間が一定の時間を超える場合に1時間 当り一定額を別途支払うなどの約定のある雇用契約の下において、使用者が、各 月の上記一定の時間以内の労働時間中の時間外労働についても、基本給とは別に、 労働基準法(平成 20 年法律第 89 号による改正前のもの)37 条 1 項の規定する 割増賃金の支払義務を負うとされた事例。 裁判要旨 基本給を月額 41 万円とした上で月間総労働時間が 180 時間を超える場合に1 時間当たり一定額を別途支払い、140 時間未満の場合に1時間当たり一定額を減 額する旨の約定のある雇用契約の下において、次の(1)、(2)など判示の事情 の下では、労働者が時間外労働をした月につき、使用者は、労働者に対し、月間 総労働時間が 180 時間を超える月の労働時間のうち 180 時間を超えない部分にお ける時間外労働及び月間総労働時間が 180 時間を超えない月の労働時間における 時間外労働についても、上記の基本給とは別に、労働基準法(平成 20 年法律第 89 号による改正前のもの)37 条1項の規定する割増賃金を支払う義務を負う。 (1) 上記の各時間外労働がされても、上記の基本給自体が増額されるものではな い。 (2) 上記の基本給の一部が他の部分と区別されて同項の規定する時間外の割増賃 金とされていたなどの事情はうかがわれない上、上記の割増賃金の対象となる 1ヵ月の時間外労働の時間数は各月の勤務すべき日数の相違等により相当大き く変動し得るものであり、上記の基本給について、通常の労働時間の賃金に当 たる部分と上記の割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。 参照法条 労働基準法 32 条(労働時間)、労働基準法(平成 20 年法律第 89 号による改正前 のもの)37 条 1 項(時間外及び休日労働の割増賃金) 事件番号等 平成 21 年(受)1186 備 原審 考 東京高等裁判所 集民第 240 号 121 頁 平成 20(ネ)2995 - 30 - 労判 1060-5 櫻井龍子裁判官の補足意見抜粋 便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば 10 時間分)の残業手 当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場 合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に 支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければ ならないであろう。さらには 10 時間を超えて残業が行われた場合には当然その 所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされ ていなければならないと解すべきと思われる。本件の場合、そのようなあらかじ めの合意も支給実態も認められない。 上記のように、みなし(固定)残業は、通常の賃金と時間外賃金が明確に区別 されていることに加えて、みなし(固定)残業代が何時間分であるかその時間数、 不足がある場合は差額を支給する旨が雇用契約にあらかじめ明確にされていると 同時に支給時にも明示されるべきことを求めた。 - 31 - No.8−(1) 判例の分類項目 年次有給休暇(時季変更権) 判決日と裁判所 S62.7.10 最二小判 事件の概要 事件名 弘前電報電話局事件 X は、勤務先 Y 局に対して、日曜日の勤務について年次有給休暇の時季指定 を行った。Y 局の上司 A 課長は、X が年次休暇を取得予定としている日に成田 空港反対現地集会に参加して違法な行為を行う可能性を察知し、X の年次有給休 暇取得を阻止しようと考え、予め X に代わって勤務を申し出ていた B に対して 説得を行い申出を撤回させた。その上で、X が出勤しないと最低配置人数に不足 するとして年次有給休暇取得の時季変更を行った。しかしXは出勤せず集会に参 加をしたために、YはXを戒告処分とし、出勤しなかった日の賃金を控除した。 Xは、この時季変更権行使は違法であるとし、控除された賃金支払と戒告処分の 無効確認のため訴えを提起した。 判示事項 勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合に休暇の利 用目的を考慮して勤務割変更の配慮をせずに時季変更権を行使することの許否。 裁判要旨 勤務割における勤務予定日につき年次休暇の時季指定がされた場合であつて も、使用者が、通常の配慮をすれば勤務割を変更して代替勤務者を配置すること が可能であるときに、休暇の利用目的を考慮して勤務割変更のための配慮をせず に時季変更権を行使することは、許されない。 【判決文抜粋】 労基法 39 条 3 項ただし書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」か否かの 判断に当たつて、代替勤務者配置の難易は、判断の一要素となるというべきであ るが、特に、勤務割による勤務体制がとられている事業場の場合には、重要な判 断要素であることは明らかである。したがつて、そのような事業場において、使 用者としての通常の配慮をすれば、勤務割を変更して代替勤務者を配置すること が客観的に可能な状況にあると認められるにもかかわらず、使用者がそのための 配慮をしないことにより代替勤務者が配置されないときは、必要配置人員を欠く ものとして事業の正常な運営を妨げる場合に当たるということはできないと解す るのが相当である。 そして、年次休暇の利用目的は労基法の関知しないところである(前記各最高裁 判決参照)から、勤務割を変更して代替勤務者を配置することが可能な状況にあ るにもかかわらず、休暇の利用目的のいかんによってそのための配慮をせずに時 季変更権を行使することは、利用目的を考慮して年次休暇を与えないことに等し く、許されないものであり、右時季変更権の行使は、結局、事業の正常な運営を 妨げる場合に当たらないものとして、無効といわなければならない 本件につい てこれをみるに、前記事実関係によれば、上告人が年次休暇の時季として指定し た日につきあらかじめ上告人の代替勤務を申し出ていた職員があり、その職員が 上告人の職務を代行することに支障のある事情も認められないから、勤務割を変 更して、右職員を上告人の代替勤務者として配置することが容易であつたことは 明らかであるが、機械課長は、上告人の休暇の利用目的が成田空港反対現地集会 に参加することにあると考え、その休暇を取得させないために、右職員を説得し - 32 - て代替勤務の申出を撤回させたうえ、最低配置人員を欠くことになるとして時季 変更権を行使したというのであるから、その時季変更権の行使は、事業の正常な 運営を妨げる場合に当たらないのになされたものであることは明らかであり、無 効といわなければならない。 参照法条 労働基準法 39 条(年次有給休暇) 事件番号等 昭和 59 年(オ)618 備 民集第 41 巻 5 号 1229 頁 考 - 33 - 労判 499-19 No.8−(2) 判例の分類項目 年次有給休暇(不利益取扱) 判決日と裁判所 H5.6.25 事件の概要 事件名 沼津交通事件 最二小判 会社では自動車の実働率のために乗務員の出勤率を高める必要があり、1965 年頃に皆勤手当制度を導入した。この制度は労働協約により規定され、欠勤 1 日 の場合には皆勤手当の半分が減額され、2 日の場合には支給されないことになっ ていた。 このような状況の中、月ごとの勤務予定表作成後に年次有給休暇を取得した場 合に皆勤手当の算定基礎たる出勤日から除外するという労働協約及び皆勤手当の 不支給・一部不支給が、労働基準法第 39 条な及び第 134 条(現行 136 条)に違 反し無効であるか否かが争われた。 判示事項 皆勤手当の支給が、代替要員の手配が困難となり自動車の実働率が低下する事 態を避ける配慮をした乗務員に対する報奨としてされ、右手当の額も相対的に大 きいものではないなどの事情の下においては、年次有給休暇取得の権利の行使を 抑制して労働基準法が労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと は認められず、公序に反する無効なものとはいえないとした例 裁判要旨 労働基準法第 134 条(現行 136 条)によれば、使用者が、従業員の出勤率の低 下を防止する等の観点から、年次有給休暇の取得を何らかの経済的不利益と結び 付ける措置を採ることは、その経営上の合理性を是認できる場合であっても、で きるだけ避けるべきであることはいうまでもないが、右の規定は、それ自体とし ては、使用者の努力義務を定めたものであって、労働者の年次有給休暇の取得を 理由とする不利益取扱いの私法上の効果を否定するまでの効力を有するものとは 解されない。 また右のような措置は、年次有給休暇を保障した労働基準法第 39 条の精神に 沿わない面を有することは否定できないものではあるが、その効力については、 その趣旨、目的、労働者が失う経済的利益の程度、年次有給休暇の取得に対する 事実上の抑止力の強弱等諸般の事情を総合して、年次有給休暇を取得する権利の 行使を抑制し、ひいては同法が労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせ るものと認められるものでない限り公序に反して向こうとなるとすることはでき ないと解するのが相当である。 タクシー業者の経営は運賃収入に依存しているため自動車を効率的に運行させ る必要性が大きく、交番表が作成された後に乗務員が年次有給休暇を取得した場 合には代替要員の手配が困難となり、自動車の実働率が低下するという事態が生 ずることから、このような形で年次有給休暇を取得することを避ける配慮をした 乗務員については皆勤手当を支給することとしたものと解されるのであって、右 措置は、年次有給休暇の取得を一般的に抑制する趣旨に出たものではないと見る のが相当であり、また、乗務員が年次有給休暇を取得したことにより控除される 皆勤手当の額が相対的に大きいものではないことなどからして、この措置が乗務 員の年次有給休暇の取得を事実上抑止する力は大きいものではなかったというべ - 34 - きである。 以上によれば、年次有給休暇の取得を理由に皆勤手当を控除する措置は、同法 第 39 条ならびに第 134 条(現行 136 条)の趣旨からして望ましいものではない としても、労働者の同法上の年次有給休暇取得の権利を抑制し、ひいては同法が 労働者に右権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められないか ら、公序に反する無効なものとまではいえない。 参照法条 労働基準法 39 条(年次有給休暇)、134 条(現行 136 条−不利益取扱の禁止) 民法第 90 条(公序良俗) 事件番号等 備 平成 4 年(オ)1078 労判 636-11 考 - 35 - No.8−(3) 判例の分類項目 年次有給休暇(出勤率) 判決日と裁判所 H25.6.6 事件の概要 事件名 八千代交通事件 最一小判 解雇により2年余にわたり就労を拒まれた被上告人 X が、解雇が無効である と主張して上告人 Y を相手に労働契約上の権利を有することの確認等を求める 訴えを提起し、その勝訴判決が確定して復職した後に、合計5日間の労働日につ き年次有給休暇の時季に係る請求(以下単に「請求」ともいう。)をして就労し なかったところ、労働基準法(以下「法」という。)39 条 2 項所定の年次有給休 暇権の成立要件を満たさないとして上記5日分の賃金を支払われなかったため、 上告人を相手に、年次有給休暇権を有することの確認並びに上記未払賃金及びそ の遅延損害金の支払を求める事案。 法 39 条 1 項及び 2 項は、雇入れの日から6か月の継続勤務期間又はその後の 各1年ごとの継続勤務期間(以下、これらの継続勤務期間を「年度」という。) において全労働日の8割以上出勤した労働者に対して翌年度に所定日数の有給休 暇を与えなければならない旨を定めており、本件では、被上告人が請求の前年度 においてこの年次有給休暇権の成立要件を満たしているか否かが争われた。 判示事項 労働者が使用者から正当な理由なく就労を拒まれたために就労することができ なかった日と労働基準法 39 条1項及び2項における年次有給休暇権の成立要件 としての全労働日に係る出勤率の算定の方法 裁判要旨 無効な解雇の場合のように労働者が使用者から正当な理由なく就労を拒まれた ために就労することができなかった日は、労働基準法 39 条 1 項及び 2 項におけ る年次有給休暇権の成立要件としての全労働日に係る出勤率の算定に当たって は、出勤日数に算入すべきものとして全労働日に含まれる。 【判決文抜粋】 法 39 条 1 項及び 2 項における前年度の全労働日に係る出勤率が8割以上であ ることという年次有給休暇権の成立要件は、法の制定時の状況等を踏まえ、労働 者の責めに帰すべき事由による欠勤率が特に高い者をその対象から除外する趣旨 で定められたものと解される。このような同条1項及び2項の規定の趣旨に照ら すと、前年度の総暦日の中で、就業規則や労働協約等に定められた休日以外の不 就労日のうち、労働者の責めに帰すべき事由によるとはいえないものは、不可抗 力や使用者側に起因する経営、管理上の障害による休業日等のように当事者間の 衡平等の観点から出勤日数に算入するのが相当でなく全労働日から除かれるべき ものは別として、上記出勤率の算定に当たっては、出勤日数に算入すべきものと して全労働日に含まれるものと解するのが相当である。 無効な解雇の場合のように労働者が使用者から正当な理由なく就労を拒まれた ために就労することができなかった日は、労働者の責めに帰すべき事由によると はいえない不就労日であり、このような日は使用者の責めに帰すべき事由による 不就労日であっても当事者間の衡平等の観点から出勤日数に算入するのが相当で なく全労働日から除かれるべきものとはいえないから、法 39 条 1 項及び 2 項に - 36 - おける出勤率の算定に当たっては、出勤日数に算入すべきものとして全労働日に 含まれるものというべきである。 参照法条 労働基準法 39 条 1 項(年次有給休暇−出勤率)、39 条 2 項 (年次有給休暇−付 与日数) 事件番号等 平成 23(受)2183 備 この「全労働日」の意義について、従前の行政解釈では、「使用者の責めに帰 すべき休業日については、全労働日に参入されないと解釈されていた(昭和 63 考 労判 1075-21 年 3 月 14 日 基発 150 号 )。 ◎ この判決を受けて解釈例規を変更(平成 25 年 7 月 10 日 基発 0710 第 3 号) 第1 法第 39 条関係<出勤率の基礎となる全労働日>を次のように改める。 <出勤率の基礎となる全労働日> 年次有給休暇の請求権の発生について、法第三十九条が全労働日の八割出勤を 条件としているのは、労働者の勤怠の状況を勘案して、特に出勤率の低い者を除 外する立法趣旨であることから、全労働日の取扱いについては、次のとおりとす る。 1 年次有給休暇算定の基礎となる全労働日の日数は就業規則その他によって定 められた所定休日を除いた日をいい、各労働者の職種が異なること等により異 なることもあり得る。したがって、所定の休日に労働させた場合には、その日 は、全労働日に含まれないものである。 2 労働者の責に帰すべき事由によるとはいえない不就労日は、3に該当する場 合を除き、出勤率の算定に当たっては、出勤日数に算入すべきものとして全労 働日に含まれるものとする。 例えば、裁判所の判決により解雇が無効と確定した場合や、労働委員による 救済命令を受けて会社が解雇の取消しを行った場合の解雇日から復職日までの 不就労日のように、労働者が使用者から正当な理由なく就労を拒まれたために 就労することができなかった日が考えられる。 3 労働者の責に帰すべき事由によるとはいえない不就労日であっても、次に掲 げる日のように、当事者間の衡平等の観点から出勤日数に算入するのが相当で ないものは、全労働日に含まれないものとする。 (一) 不可抗力による休業日 (二) 使用者側に起因する経営、管理上の障害による休業日 (三) 正当な同盟罷業その他正当な争議行為により労務の提供が全くなされな かった日 - 37 - No.9−(1) 判例の分類項目 管理監督者 判決日と裁判所 H20.01.28 事件の概要 事件名 日本マクドナルド事件 東京地判 ハンバーガーショップの店長である原告が、労働基準法第41条2号の、事業 の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者(管理監督者)に該当する かどうかを争い、割増賃金の支払い等を求めた事件 判示事項 原告が管理監督者に当たるといえるためには、店長の名称だけでなく、実質的 に法の趣旨を充足するような立場にあると認められるものでなければならず、具 体的には、①職務内容、権限及び責任に照らし、労務管理を含め、企業全体の事 業経営に関する重要事項にどのように関与しているか、②その勤務態様が労働時 間等に対する規制になじまないものであるか否か、③給与(基本給、役付手当等) 及び一時金において、管理監督者にふさわしい待遇がされているか否かなどの諸 点から判断すべきであるといえる。 裁判要旨 使用者は、労働者に対し、原則として、1週 40 時間又は1日8時間を超えて 労働させてはならず(労働基準法32条)、労働時間が6時間を超える場合は少 なくとも45分、8時間を超える場合は少なくとも1時間の休憩時間を与えなけ ればならないし(同法 34 条1項)、毎週少なくとも1回の休日を与えなければな らないが(同法 35 条1項)、労働基準法が規定するこれらの労働条件は、最低基 準を定めたものであるから(同法1条2項)、この規制の枠を超えて労働させる 場合に同法所定の割増賃金を支払うべきことは、すべての労働者に共通する基本 原則であるといえる。 しかるに、管理監督者については、労働基準法の労働時間等に関する規定は適 用されないが(同法 41 条2号) 、これは、管理監督者は、企業経営上の必要から、 経営者との一体的な立場において、同法所定の労働時間等の枠を超えて事業活動 することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付 与され、また、賃金等の待遇やその勤務態様において、他の一般労働者に比べて 優遇措置が取られているので、労働時間等に関する規定の適用を除外されても、 上記の基本原則に反するような事態が避けられ、当該労働者の保護に欠けるとこ ろがないという趣旨によるものであると解される。 被告は、管理監督者とは、使用者のために他の労働者を指揮監督する者又は他 の労働者の労務管理を職務とする者をいい、その職務の内容が監督か管理の一方 に分類できない者でも、労働時間の管理が困難で、職務の特質に適応した賃金が 支払われていれば、管理監督者に当たると主張するが、当該労働者が他の労働者 の労務管理を行うものであれば、経営者と一体的な立場にあるような者でなくて も労働基準法の労働時間等の規定の適用が排除されるというのは、基本原則に照 らして相当でないといわざるを得ず、これを採用することはできない。 参照法条 労働基準法 41 条 2 号(管理監督者に対する労働時間等に関する規定の適用除外) - 38 - 事件番号等 備 考 平成 17 年(ワ)第 26903 号 労判 953-10 昭和 22 年 9 月 13 日発基 17 号、昭和 63 年 3 月 14 日下発 150 号(管理監督者の 定義)重要な職務と責任を有していること、現実の勤務態様も労働時間等の規制 になじまないような立場にあること、賃金等の待遇面において一般労働者に比し 優遇措置が講じれれていること。 - 39 - No.10 −(1) 判例の分類項目 転勤命令 判決日と裁判所 S61.07.14最二小判 事件の概要 事件名 東亜ペイント事件 転勤命令を拒否した社員を、就業規則の懲戒事由に当たるとして解雇した。同 意のない転勤命令が権利の濫用にあたるかどうかが争われた事件 判示事項 就業規則等に明確な規定があり、勤務地限定などの契約がなく、実際に転勤が 頻繁に行われているなどの場合には、個別の同意なしに転居を伴う転勤を命じる ことができ、権利の濫用には当たらないとされた。 裁判要旨 全国的規模の会社の神戸営業所勤務の大学卒営業担当従業員が母親、妻及び長 女と共に堺市内の母親名義の家屋に居住しているなど、判示の事実関係のみから、 同従業員に対する名古屋営業所への転勤命令が権利の濫用に当たるということは できない。 【判決文抜粋】 三 上告会社の労働協約及び就業規則には、上告会社は業務上の都合により従 業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に上告会社では、全国に十 数か所の営業所等を置き、その間において従業員、特に営業担当者の転勤を頻繁 に行っており、被上告人は大学卒業資格の営業担当者として上告会社に入社した もので、両者の間で労働契約が成立した際にも勤務地を大阪に限定する旨の合意 はなされなかったという前記事情の下においては、上告会社は個別的同意なしに 被上告人の勤務場所を決定し、これに転勤を命じて労務の提供を求める権限を有 するものというべきである。 転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を 与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができる ものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、 当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する 場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたもので あるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わ せるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は 権利の濫用になるものではないというべきである。 業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもつては容易に替え 難いといつた高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業 務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業 の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定す べきである。 本件についてこれをみるに、名古屋営業所のG主任の後任者として適当な者を 名古屋営業所へ転勤させる必要があつたのであるから、主任待遇で営業に従事し ていた被上告人を選び名古屋営業所勤務を命じた本件転勤命令には業務上の必要 性が優に存したものということができる。そして、前記の被上告人の家族状況に 照らすと、名古屋営業所への転勤が被上告人に与える家庭生活上の不利益は、転 - 40 - 勤に伴い通常甘受すべき程度のものというべきである。したがつて、本件転勤命 令は権利の濫用に当たらないと解するのが相当である。 参照法条 労働契約法 7 条(労働契約の内容と就業規則の関係性) 事件番号等 昭和 59 年(オ)1318 備 集民第 148 号 281 頁 考 - 41 - 労判 477-6 No.11 −(1) 判例の分類項目 労働者の損害賠償責任 判決日と裁判所 S51.07.08 事件の概要 事件名 茨城石炭商事事件 最一小判 業務上タンクローリーを運転中の被用者が引き起こした自動車事故により、石 油等の輸送及び販売を業とする使用者が、直接被害を被り、かつ、第三者に対す る損害賠償義務を履行したことに基づき使用者が被った損害をすべて被用者に請 求したが、損害の一部についてのみ請求権が認められた事件 判示事項 使用者がその事業の執行につき被用者の惹起した自動車事故により損害を被っ た場合において信義則上被用者に対し右損害の一部についてのみ賠償及び求償の 請求が許されるにすぎないとされた事例 裁判要旨 石油等の輸送及び販売を業とする使用者が、業務上タンクローリーを運転中の 被用者の惹起した自動車事故により、直接損害を被り、かつ、第三者に対する損 害賠償義務を履行したことに基づき損害を被つた場合において、使用者が業務上 車両を多数保有しながら対物賠償責任保険及び車両保険に加入せず、また、右事 故は被用者が特命により臨時的に乗務中生じたものであり、被用者の勤務成績は 普通以上である等判示の事実関係のもとでは、使用者は、信義則上、右損害のう ち四分の一を限度として、被用者に対し、賠償及び求償を請求しうるにすぎない。 【判決文抜粋】 使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害 を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場 合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、 労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散につ いての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という 見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又 は求償の請求をすることができるものと解すべきである。 (一)上告人は、石炭、石油、プロパンガス等の輸送及び販売を業とする資本 金八〇〇万円の株式会社であって、従業員約五〇名を擁し、タンクローリー、小 型貨物自動車等の業務用車両を二〇台近く保有していたが、経費節減のため、右 車両につき対人賠償責任保険にのみ加人し、対物賠償責任保険及び車両保険には 加入していなかつた、(二)被上告人Bは、主として小型貨物自動車の運転業務に 従事し、タンクローリーには特命により臨時的に乗務するにすぎず、本件事故当 時、同被上告人は、重油をほぼ満載したタンクローリーを運転して交通の渋滞し はじめた国道上を進行中、車間距離不保持及び前方注視不十分等の過失により、 急停車した先行車に追突したものである、(三)本件事故当時、被上告人Bは月額 約四万五〇〇〇円の給与を支給され、その勤務成績は普通以上であつた、という のであり、右事実関係のもとにおいては、上告人がその直接被った損害及び被害 者に対する損害賠償義務の履行により被った損害のうち被上告人Bに対して賠償 及び求償を請求しうる範囲は、信義則上右損害額の四分の一を限度とすべきであ る。 - 42 - 参照法条 民法1条 2 項(基本原則−権利の行使及び義務)、709 条(不法行為による損害 賠償)、715 条 3 項(使用者等による求償権の行使) 事件番号等 備 昭和 49 年(オ)1073 民集第 30 巻 7 号 689 頁 考 - 43 - 労判 268-速報 25 No.12 −(1) 判例の分類項目 安全配慮義務 判決日と裁判所 S50.02.25 事件の概要 事件名 陸上自衛隊八戸車両整備工場事件 最二小判 自衛隊員Aは作業中に後進してきた同僚自衛隊員Bの運転する大型自動車に轢 かれ即死した。Aの両親である第一審原告Xらは、国家公務員災害補償法に基づ く補償金を支給されたが、その額には不満であった。 その後、XらはAの使用者である第一審被告Y(国)に対して自賠法 3 条(「自 動車の運行支配と運行の利益を得ている者」(=運行供用者)に対してのみ責任 追及できるとの趣旨)に基づき損害賠償を請求した。第一審(東京地判昭 46.10.30 民集 29-2-160、労判 222-13)は、Yの消滅時効の援用を認めて、Xらの請求を 棄却した。Xらは、Yの安全保障義務の不履行を追加主張し控訴したが、控訴審 (東京高判昭 48.1.31 民集 29-2-165、労判 222-22)は、この債務不履行に基づ く損害賠償請求を、Aが特別権力関係に基づきYのために服務していたことを理 由に棄却した。Xらが上告。 判示事項 一、国の国家公務員に対する安全配慮義務の有無 二、国の安全配慮義務違背を理由とする国家公務員の国に対する損害賠償請求権 の消滅時効期間 裁判要旨 一 国は、公務員に対し、その公務遂行のための場所、施設若しくは器具等の設 置管理又はその遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危 険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解すべきである。 二 国の安全配慮義務違背を理由とする国家公務員の国に対する損害賠償請求権 の消滅時効期間は、会計法30条所定の5年と解すべきではなく、民法 167 条 1項により 10 年と解すべきである。 【判決文抜粋】 思うに、国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間における主要な義 務として、法は、公務員が職務に専念すべき義務(国家公務員法 101 条 1 項前段、 自衛隊法 60 条 1 項等)並びに法令及び上司の命令に従うべき義務(国家公務員 法 98 条 1 項、自衛隊法 56 条、57 条等)を負い、国がこれに対応して公務員に 対し給与支払義務(国家公務員法 62 条、防衛庁職員給与法 4 条以下等)を負う ことを定めているが、国の義務は右の給付義務にとどまらず、国は、公務員に対 し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は 公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員 の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」 という。)を負っているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務の 具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状 況等によって異なるべきものであり、自衛隊員の場合にあっては、更に当該勤務 が通常の作業時、訓練時、防衛出動時(自衛隊法 76 条)、治安出動時(同法 78 条以下)又は災害派遣時(同法 83 条)のいずれにおけるものであるか等によっ ても異なりうべきものであるが、国が、不法行為規範のもとにおいて私人に対し - 44 - その生命、健康等を保護すべき義務を負っているほかは、いかなる場合において も公務員に対し安全配慮義務を負うものではないと解することはできない。けだ し、右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関 係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は 双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものであ つて、国と公務員との間においても別異に解すべき論拠はなく、公務員が前記の 義務を安んじて誠実に履行するためには、国が、公務員に対し安全配慮義務を負 い、これを尽くすことが必要不可欠であり、また、国家公務員法 93 条ないし 95 条及びこれに基づく国家公務員災害補償法並びに防衛庁職員給与法 27 条等の災 害補償制度も国が公務員に対し安全配慮義務を負うことを当然の前提とし、この 義務が尽くされたとしてもなお発生すべき公務災害に対処するために設けられた ものと解されるからである。 参照法条 民法 1 条 2 項(信義則)、167 条 1 項(債権の消滅時効) 、国家公務員法第 3 章第 6 節第 3 款第 3 目(公務傷病に対する補償)、会計法 30 条(時効) 事件番号等 昭和 48(オ)383 号 備 労働契約法第 5 条の裁判例として、労働契約法の施行通達の別添として掲載され 考 民集第 29 巻 2 号 143 頁 ている。 - 45 - 労判 222-13、251-9 No.12 −(2) 判例の分類項目 安全配慮義務 判決日と裁判所 S59.04.10 事件の概要 事件名 川義事件 再三小判 Aは、昭和 53 年3月、反物、毛皮、宝石の販売等を業とする上告会社Yに入 社し、Y社屋4階の独身寮に住み込んで就労していた者であり、Fは、昭和52 年3月にYに入社したが、上司から勤務態度を注意されたため嫌気がさして昭和 53 年2月にYを退社し、同年8月においては無職となっていたものである。F は、Yに勤務していた昭和 52 年9月ころからYの商品である反物類を盗み出し ては換金していたが、Yを退社してからも夜間に宿直中の元の同僚や同僚に紹介 されて親しくなったAら新入社員を訪ね、同人らと雑談、飲食したりしながら、 その隙を見ては反物類を盗んでいた。そして、Fは、昭和 53 年8月13日(日 曜日)午後9時ころ、Yの反物類を窃取しようと考えてYを訪れ、宿直中であっ たAを殺害して反物類を盗み逃走した。このため、Aの両親(X)は、Yに対し、 損害賠償の請求をした。 判示事項 宿直勤務中の従業員が盗賊に殺害された事故につき会社に安全配慮義務の違背 に基づく損害賠償責任があるとされた事例 裁判要旨 会社が、夜間においても、その社屋に高価な反物、毛皮等を多数開放的に陳列 保管していながら、右社屋の夜間の出入口にのぞき窓やインターホンを設けてい ないため、宿直員においてくぐり戸を開けてみなければ来訪者が誰であるかを確 かめることが困難であり、そのため来訪者が無理に押し入ることができる状態と なり、これを利用して盗賊が侵入し宿直員に危害を加えることのあるのを予見し えたにもかかわらず、のぞき窓、インターホン、防犯チェーン等の盗賊防止のた めの物的設備を施さず、また、宿直員を新入社員一人としないで適宜増員するな どの措置を講じなかったなど判示のような事実関係がある場合において、一人で 宿直を命ぜられた新入社員がその勤務中にくぐり戸から押し入った盗賊に殺害さ れたときは、会社は、右事故につき、安全配慮義務に違背したものとして損害賠 償責任を負うものというべきである。 【判決文抜粋】 雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内容とする双務 有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に配置され、 使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用 者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する場所、 設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程にお いて、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安 全配慮義務」という。)を負っているものと解するのが相当である。 もとより、使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内 容、労務提供場所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なる べきものであることはいうまでもないが、これを本件の場合に即してみれば、上 告会社は、A一人に対し昭和五三年八月一三日午前九時から二四時間の宿直勤務 - 46 - を命じ、宿直勤務の場所を本件社屋内、就寝場所を同社屋一階商品陳列場と指示 したのであるから、宿直勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が 容易に侵入できないような物的設備を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗 賊から加えられるかも知れない危害を免れることができるような物的施設を設け るとともに、これら物的施設等を十分に整備することが困難であるときは、宿直 員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分に行うなどし、もつて右物的施 設等と相まって労働者たるAの生命、身体等に危険が及ばないように配慮する義 務があつたものと解すべきである。 参照法条 民法 415 条(債務不履行による損害賠償)、623 条(雇傭契約) 事件番号等 昭和 58 年(オ)152 備 考 民集第 38 巻 6 号 557 頁 労判 429-12 労働契約法第 5 条の裁判例として、労働契約法の施行通達の別添として掲載さ れている。 - 47 - No.12 −(3) 判例の分類項目 過労自殺 判決日と裁判所 S12.03.24 事件の概要 事件名 電通事件 最二小判 Aは、Y会社に採用され、ラジオ局ラジオ推進部に勤務していた。Aは連日の 長時間労働により、うつ病を発症し、異常な言動を行うようになったが、Y会社 は何らの措置もとらなかった。その後平成3年8月、Aは、八ヶ岳でのイベント 後、自宅において自殺した。Aの両親であるXらは、Aが異常な長時間労働によ りうつ病を発症し、それが原因で自殺に追いやられたとして、Y会社に対し民法 415 条(債務不履行による損害賠償)又は同法 709 条(不法行為による損害賠償) に基づき、損害賠償を請求した。 判示事項 一 長時間にわたる残業を恒常的に伴う業務に従事していた労働者がうつ病にり 患し自殺した場合に使用者の民法七一五条に基づく損害賠償責任が肯定された 事例 二 業務の負担が過重であることを原因として心身に生じた損害につき労働者が する不法行為に基づく賠償請求において使用者の賠償額を決定するに当たり右 労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等をしんしゃくすることの可否 裁判要旨 一 大手広告代理店に勤務する労働者甲が長時間にわたり残業を行う状態を一年 余り継続した後にうつ病にり患し自殺した場合において、甲は、業務を所定の 期限までに完了させるべきものとする一般的、包括的な指揮又は命令の下にそ の遂行に当たっていたため、継続的に長時間にわたる残業を行わざるを得ない 状態になっていたものであって、甲の上司は、甲が業務遂行のために徹夜まで する状態にあることを認識し、その健康状態が悪化していることに気付いてい ながら、甲に対して業務を所定の期限内に遂行すべきことを前提に時間の配分 につき指導を行ったのみで、その業務の量等を適切に調整するための措置を採 らず、その結果、甲は、心身共に疲労困ぱいした状態となり、それが誘因とな ってうつ病にり患し、うつ状態が深まって衝動的、突発的に自殺するに至った など判示の事情の下においては、使用者は、民法七一五条に基づき、甲の死亡 による損害を賠償する責任を負う。 二 業務の負担が過重であることを原因として労働者の心身に生じた損害の発生 又は拡大に右労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が寄与した場合 において、右性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想 定される範囲を外れるものでないときは、右損害につき使用者が賠償すべき額 を決定するに当たり、右性格等を、民法七二二条二項の類推適用により右労働 者の心因的要因としてしんしゃくすることはできない。 参照法条 民法 709 条(不法行為による損害賠償)、715 条(使用者等の責任)、722 条 2 項 (損害賠償の方法及び過失相殺) 事件番号等 平成 10(オ)217 民集第 54 巻 3 号 1155 頁 - 48 - 労判 779-13 備 考 - 49 - No.13 −(1) 判例の分類項目 就業規則(不利益変更) 判決日と裁判所 昭和 43 年 12 月 25 日 事件の概要 事件名 秋北バス事件 最高裁判所大法廷 被上告会社 Y は、就業規則を変更し、これまでの定年制度を改正して、主任以上 の職にある者の定年を 55 歳に定めた(一般従業員については 50 歳)。このためそ れまで定年制の適用のなかった上告人 X は定年制の対象となり、改正された条項 に基づき解雇通知を受けたが、X は、当該条項について同意を与えた事実はなく、 定年を定めた規定は X に対し効力が及ばないと主張し、その効力が争われた。 判示事項 一、労働者に不利益な労働条件を一方的に課する就業規則の作成または変更の許 否 二、55 歳停年制をあらたに定めた就業規則の改正が有効とされた事例 三、就業規則の法的性質 6 裁判要旨 一、使用者が、あらたな就業規則の作成または変更によつて、労働者の既得の権 利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、 許されないが、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者にお いて、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない と解すべきである。 二、従来停年制のなかつた主任以上の職にある被用者に対して、使用者会社がそ の就業規則であらたに 55 歳の停年制を定めた場合において、同会社の一般職 種の被用者の停年が 50 歳と定められており、また、右改正にかかる規則条項 において、被解雇者に対する再雇用の特則が設けられ、同条項を一律に適用す ることによつて生ずる苛酷な結果を緩和する途が講ぜられている等判示の事情 があるときは、右改正条項は、同条項の改正後ただちにその適用によつて解雇 されることに上なる被用者に対しても、その同意の有無にかかわらず、効力を 有するものと解すべきである。 三、就業規則は、当該事業場内での社会的規範であるだけでなく、それが合理的 な労働条件を定めているものであるかぎり、法的規範としての性質を認められ るに至つているものと解すべきである。 【判決文抜粋】 元来、「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきもの である」(労働基準法2条1項)が、多数の労働者を使用する近代企業において は、労働条件は、経営上の要請に基づき、統一的かつ画一的に決定され、労働者 は、経営主体が定める契約内容の定型に従って、附従的に契約を締結せざるを得 ない立場に立たされるのが実情であり、この労働条件を定型的に定めた就業規則 は、一種の社会的規範としての性質を有するだけでなく、それが合理的な労働条 件を定めているものであるかぎり、経営主体と労働者との間の労働条件は、その 就業規則によるという事実たる慣習が成立しているものとして、その法的規範性 が認められるに至っている(民法 92 条参照)ものということができる。 そして、労働基準法は、右のような実態を前提として、後見的監督的立場に立 って、就業規則に関する規制と監督に関する定めをしているのである。すなわち、 - 50 - 同法は、一定数の労働者を使用する使用者に対して、就業規則の作成を義務づけ る(89 条)とともに、就業規則の作成・変更にあたり、労働者側の意見を聴き、 その意見書を添付して所轄行政庁に就業規則を届け出で、(90 条参照)、かつ、 労働者に周知させる方法を講ずる(106 条1項、なお、15 条参照)義務を課し、 制裁規定の内容についても一定の制限を設け(91 条参照)、しかも、就業規則は、 法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならず、行政庁は法 令又は労働協約に抵触する就業規則の変更を命ずることができる(92 条)もの としているのである。これらの定めは、いずれも、社会的規範たるにとどまらず、 法的規範として拘束力を有するに至っている就業規則の実態に鑑み、その内容を 合理的なものとするために必要な監督的規制にほかならない。このように、就業 規則の合理性を保障するための措置を講じておればこそ、同法は、さらに進んで、 「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分につ いては無効とする。この場合において無効となった部分は、就業規則で定める基 準による。」ことを明らかにし(93 条)就業規則のいわゆる直律的効力まで肯認 しているのである。 右に説示したように、就業規則は、当該事業場内での社会的規範たるにとどま らず、法的規範としての性質を認められるに至っているものと解すべきであるか ら、当該事業場の労働者は、就業規則の存在および内容を現実に知っていると否 とにかかわらず、また、これに対して個別的に同意を与えたかどうかを問わず、 当然に、その適用を受けるものというべきである。 新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な 労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、 労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則 の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者におい て、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないと 解すべきであり、これに対する不服は、団体交渉等の正当な手続による改善に待 つほかない。 停年制は、〈中略〉人事の刷新・経営の改善等、企業の組織及び運営の適正化の ために行われるものであって、一般的にいって、不合理な制度ということはでき ない。また、本件就業規則については、新たに設けられた 55 歳という停年は、産業 界の実情に照らし、かつ、 Y 会社の一般職種の労働者の停年が 50 歳と定められて いることとの比較権衡からいっても、低きに失するともいえない。しかも、本件 就業規則条項は、停年に達したことによって自動的に退職するいわゆる「停年退 職」制を定めたものではなく、停年に達したことを理由として解雇するいわゆる 「停年解雇」制を定めたものと解すべきであり、同条項に基づく解雇は、労働基 準法第 20 条所定の解雇の制限に服すべきものである。さらに、本件就業規則条 項には、必ずしも十分とはいえないにしても、再雇用の特則が設けられ、同条項 を一律に適用することによって生ずる過酷な結果を緩和する道が開かれているの である。しかも、原審の確定した事実によれば、現に X らに対しても引き続き 嘱託として、採用する旨の再雇用の意思表示がなされており、また、Xら中堅幹 部をもって組織する「輪心会」の会員の多くは、本件就業規則条項の制定後、同 条項は、後進に譲るためのやむを得ないものであるとして、これを認めている、 というのである。 以上の事実を総合考慮すれば、本件就業規則条項は、決して 不合理なものということはできず、同条項制定後、直ちに同条項の適用によって 解雇されることになる労働者に対する関係において、Y 会社がかような規定を - 51 - 設けたことをもって、信義則違反ないし権利濫用と認めることもできないから、 X は、本件就業規則条項の適用を拒否することができないものといわなければなら ない。 7 参照法条 労働基準法 89 条(就業規則の作成及び届出の義務)、93 条(就業規則の効力− 労働契約法との関係に改正規定される前のもの) 民法 92 条(任意規定と異なる慣習) 8 事件番号等 昭和 40(オ)145 9 備 民法 考 第 92 条 民集第 22 巻 13 号 3459 頁 労判掲載なし 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合にお いて、法律行為の当事者がその慣習による意思を有しているものと認められる ときは、その慣習に従う。 横田、大隅、色川3裁判官の反対意見抜粋 ・相手方の同意なくして一方的にこれを変更することができないのが契約法上の 大原則 ・一旦労働契約が成立し、就業規則に定める労働条件に従つて労働力を給付し、 賃金を受け取る関係が持続している間において、使用者が労働者の同意を得るこ となく、まつたく一方的に、就業規則を変更して労働条件を切下げ、もしくは従 来存在しなかつた不利益な労働条件を設定した場合、既存の労働条件が当然に変 更される、という事実たる慣習が果してあり得るであろうか。もとより否である。 ・「合理的」か否かについて、これを決定する基準が一体あるのであろうか。疑 問の余地なしとはしない ・いわゆる経営の合理化は、使用者の立場に立つ限り、疑もなく「合理」性をも つが、労働者にとつて見れば、不合理極まる一層の搾取なのである。 等々 - 52 - No.13 −(2) 判例の分類項目 就業規則 判決日と裁判所 S63.02.16 事件の概要 事件名 大曲市農業協同組合事件 最三小判 組合 Y は、 X らが在職していた訴外旧 A 農協等七つの農業協同組合が合併し て新設された農業協同組合である。旧 A 農協には、従来より退職給与規定( 「旧 A 規定」という。)が存したが、合併後に Y 組合が新たに退職給与規定( 「新規定」 という。)を作成・適用した。この新規定は、 X らの退職金支給倍率を低減させる 不利益変更を含むものであったので、不利益な変更は X らに対し効力を生じな いとして、X らが、新規定により受領した退職金と旧 A 規定による計算額との 差額を支払うよう求めた。 なお、新規定においては、不利益を軽減するための特例措置が設けられたほか、 合併の結果 X は休日・休暇、諸手当等の面で旧 A 農協当時よりも有利になり、定 年も男子は 1 年間延長されていた。 判示事項 農業協同組合の合併に伴う退職給与規程の不利益変更が有効とされた事例 裁判要旨 農業協同組合の合併に伴って新たに作成された退職給与規程の退職金支給倍率 の定めが一つの旧組合の支給倍率を低減するものであっても、それによる不利益 は退職金額算定の基礎となる基本月俸が合併後増額された結果軽減される一方、 右支給倍率の低減が、合併前に右組合のみが県農業協同組合中央会の退職金支給 倍率適正化の指導・勧告に従わなかったため他の合併当事組合との間に生じた退 職金水準の格差を是正する必要上とられた措置であるなど判示の事情があるとき は、右退職給与規程の退職金支給倍率の定めは、合理性があるものとして有効で ある。 【判決文抜粋】 当裁判所は、昭和 40 年(オ)第 145 号同 43 年 12 月 25 日大法廷判決〈秋北 バス事件〉において、「新たな就業規則の作成又は変更によつて、既得の権利を 奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許され ないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な 決定を建前とする就業規則の性質からいつて、当該規則条項が合理的なものであ るかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適 用を拒否することは許されない」との判断を示した。右の判断は、現在も維持す べきものであるが、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業 規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによつて労働 者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該 条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解 される。特に、賃金、退職金など労働者にとつて重要な権利、労働条件に関し実 質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのよ うな不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に 基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものという べきである。 - 53 - これを本件についてみるに、まず、新規程への変更によつてXらの退職金の支 給倍率自体は低減されているものの、反面、Xらの給与額は、本件合併に伴う給 与調整等により、合併の際延長された定年退職時までに通常の昇給分を超えて相 当程度増額されているのであるから、実際の退職時の基本月俸額に所定の支給倍 率を乗じて算定される退職金額としては、支給倍率の低減による見かけほど低下 しておらず、金銭的に評価しうる不利益は、本訴におけるXらの前記各請求額よ りもはるかに低額のものであることは明らかであり、新規程への変更によつてX らが被つた実質的な不利益は、仮にあるとしても、決して原判決がいうほど大き なものではないのである。他方、一般に、従業員の労働条件が異なる複数の農協、 会社等が合併した場合に、労働条件の統一的画一的処理の要請から、旧組織から 引き継いだ従業員相互間の格差を是正し、単一の就業規則を作成、適用しなけれ ばならない必要性が高いことはいうまでもないところ、本件合併に際しても、右 のような労働条件の格差是正措置をとることが不可欠の急務となり、その調整に ついて折衝を重ねてきたにもかかわらず、合併期日までにそれを実現することが できなかつたことは前示したとおりであり、特に本件の場合においては、退職金 の支給倍率についての旧花館農協と他の旧六農協との間の格差は、従前旧花館農 協のみが秋田県農業協同組合中央会の指導・勧告に従わなかつたことによつて生 じたといういきさつがあるから、本件合併に際してその格差を是正しないまま放 置するならば、合併後の上告組合の人事管理等の面で著しい支障が生ずることは 見やすい道理である。加えて、本件合併に伴つてXらに対してとられた給与調整 の退職時までの累積額は、賞与及び退職金に反映した分を含めると、おおむね本 訴における被上告人らの前記各請求額程度に達していることを窺うことができ、 また、本件合併後、Xらは、旧花館農協在職中に比べて、休日・休暇、諸手当、 旅費等の面において有利な取扱いを受けるようになり、定年は男子が1年間、女 子が3年間延長されているのであつて、これらの措置は、退職金の支給倍率の低 減に対する直接の見返りないし代償としてとられたものではないとしても、同じ く本件合併に伴う格差是正措置の一環として、新規程への変更と共通の基盤を有 するものであるから、新規程への変更に合理性があるか否かの判断に当たつて考 慮することのできる事情である。 右のような新規程への変更によつてXらが被つた不利益の程度、変更の必要性 の高さ、その内容、及び関連するその他の労働条件の改善状況に照らすと、本件 における新規程への変更は、それによつて被上告人らが被つた不利益を考慮して も、なおY組合の労使関係においてその法的規範性を是認できるだけの合理性を 有するものといわなければならない。したがつて、新規程への変更はXらに対し ても効力を生ずるものというべきである。 参照法条 労働基準法 89 条(就業規則の作成及び届出の義務)、93 条(就業規則の効力− 労働契約法との関係に改正規定される前のもの) 事件番号等 備 昭和 60(オ)104 民集第 42 巻 2 号 60 頁 考 - 54 - 労判 512-7 No.13 −(3) 判例の分類項目 就業規則 判決日と裁判所 平成 9 年 02 月 28 日 事件の概要 事件名 第四銀行事件 最高裁判所第二小法廷 X は、昭和 28 年4月に Y 銀行に入行し、平成元年 11 月4日をもって 60 歳達 齢により定年退職したが、 Y 銀行と Y 銀行労働組合との間では、昭和 58 年 3 月 30 日に、定年を 55 歳から 60 歳に延長するかわりに給与等の減額、特別融資制度 の新設等を内容とする労働協約を締結し、同年 4 月 1 日から就業規則の定年条項、 給与規定及び退職金規定を改正して実施したため、 X の 55 歳以後の年間賃金は 54 歳時の 6 割台に減額となり、従来 55 歳から 58 歳まで勤務して得ることを期 待することができた賃金総額が新定年制の下では、60 歳定年近くまで勤務しな ければ得ることができなくなつた。 X は、本件定年制導入に関する就業規則の変更は、これに伴って従前の定年後 在職制度の下で支給されることとなっていた賃金等の額を減額するものであり、 上告人の既得の権利を侵害し、一方的に労働条件を不利益に変更するものである から、X に対してはその効力を生じないとし、Y 銀行には、第一次的には 60 歳 に達した時までの賃金差額の支払義務があり、少なくとも 58 歳に達した時まで の賃金差額の支払義務があると主張して、右賃金差額及びこれに対する遅延損害 金の支払を求めた。 5 判示事項 五五歳から六〇歳への定年延長に伴い従前の五八歳までの定年後在職制度の下 で期待することができた賃金等の労働条件に実質的な不利益を及ぼす就業規則の 変更が有効とされた事例 6 裁判要旨 銀行が、就業規則を変更し、55 歳から 60 歳への定年延長及びこれに伴う 55 歳以降の労働条件を定めた場合において、従前は、勤務に耐える健康状態にある 男子行員が希望すれば 58 歳までの定年後在職制度の適用を受けることができる という事実上の運用がされており、右変更により、定年後在職者が五八歳まで勤 務して得ることを期待することができた賃金等の額を 60 歳定年近くまで勤務し なければ得ることができなくなるなど、その労働条件が実質的に不利益に変更さ れるとしても、右変更は、当時 60 歳定年制の実現が社会的にも強く要請されて いる一方、定年延長に伴う賃金水準等の見直しの必要性も高いという状況の中で、 行員の約 90 パーセントで組織されている労働組合からの提案を受け、交渉、合 意を経て労働協約を締結した上で行われたものであり、従前の 55 歳以降の労働 条件は既得の権利とまではいえず、変更後の就業規則に基づく賃金水準は他行や 社会一般の水準と比較してかなり高いなど判示の事情の下では、右就業規則の変 更は、不利益緩和のための経過措置がなくても、合理的な内容のものであると認 めることができないものではなく、右変更の一年半後に 55 歳を迎える男子行員 に対しても効力を生ずる 【判決文抜粋】 1 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者 に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働 条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の - 55 - 性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者にお いて、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。 そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作 成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被 ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項 の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることを いい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実 質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、その ような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの 高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を 生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の 変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程 度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働 条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の 対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断 すべきである。 2 これを本件についてみると、定年後在職制度の前記のような運用実態にかん がみれば、勤務に耐える健康状態にある男子行員において、58 歳までの定年 後在職をすることができることは確実であり、その間 54 歳時の賃金水準等を 下回ることのない労働条件で勤務することができると期待することも合理的と いうことができる。そうすると、本件定年制の実施に伴う就業規則の変更は、 既得の権利を消滅、減尐させるというものではないものの、その結果として、 右のような合理的な期待に反して、55 歳以降の年間賃金が 54 歳時のそれの 63 ないし 67 パーセントとなり、定年後在職制度の下で 58 歳まで勤務して得られ ると期待することができた賃金等の額を 60 歳定年近くまで勤務しなければ得 ることができなくなるというのであるから、勤務に耐える健康状態にある男子 行員にとっては、実質的にみて労働条件を不利益に変更するに等しいものとい うべきである。そして、その実質的な不利益は、賃金という労働者にとって重 要な労働条件に関するものであるから、本件就業規則の変更は、これを受忍さ せることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容 のものである場合に、その効力を生ずるものと解するのが相当である。 3 そこで、以下、右変更の合理性につき、前示の諸事情に照らして検討する。 〈本件就業規則の変更によるXの不利益はかなり大きなものであること、Yに おいて、定年延長の高度の必要性があったこと、定年延長に伴う人件費の増大 等を抑える経営上の必要から、従前の定年である 55 歳以降の賃金水準等を変 更する必要性も高度なものであったこと、円滑な定年延長の導入の必要等から、 従前の定年である 55 歳以降の労働条件のみを修正したこともやむを得ないこ と、従前の 55 歳以降の労働条件は既得の権利とまではいえないこと、変更後 の 55 歳以降の労働条件の内容は、多くの地方銀行の例とほぼ同様の態様であ ること、変更後の賃金水準も、他行の賃金水準や社会一般の賃金水準と比較し て、かなり高いこと、定年が延長されたことは、女子行員や健康上支障のある 男子行員にとっては、明らかな労働条件の改善であること、健康上支障のない 男子行員にとっても、60 歳まで安定した雇用が確保されるという利益は、決 して小さいものではないこと、福利厚生制度の適用延長や拡充等の措置が採ら れていること、就業規則の変更は、行員の約 90 パーセントで組織されている - 56 - 組合との合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであること、変更の 内容が統一的かつ画一的に処理すべき労働条件に係るものであることを認定し た上で、〉 〈以上について〉考え合わせると、Yにおいて就業規則による一体的な変更 を図ることの必要性及び相当性を肯定することができる。〈中略〉 したがって、本件定年制導入に伴う就業規則の変更は、Xに対しても効力を 生ずるものというべきである。 7 参照法条 労働基準法(昭和 62 年法律第 99 号による改正前のもの)89 条(就業規則の作 成及び届出の義務)、93 条(現労働契約法 9 条、10 条) 8 事件番号等 事件番号 9 備 河合裁判官の反対意見抜粋 本件就業規則の変更によって上告人が受けた不利益の内容及び程度からして、 考 平成 4(オ)2122 民集第 51 巻 2 号 705 頁 労判 710-12 これを緩和する何らの措置も設けずにされた本件変更は、特別の事情がない限り、 合理的とはいえない。 五五歳からの三年間、毎年、賃金の三七ないし三三パーセント、金額にして年 平均三一四万円余を失うこととなったというのである。このような賃金の減額が、 三年間にわたり、上告人の日々の生活に深刻な打撃を与えるものであったことは、 多言を要しない 就業規則について画一性の要請があることは一般論としては正しいけれども、 他方、具体的事情によっては例外的に経過措置を設けるべきであることも、一般 論として正しい 経過措置を設けることが著しく困難又は不相当であったなど特別の事情が認め られない限り、本件就業規則の変更は、少なくとも上告人に対する関係では合理 性を失い、これを上告人に受忍させることを許容することはできないと判断すべ き - 57 - No.13-(4) No.14-(1) 判例の分類項目 就業規則、懲戒解雇 判決日と裁判所 平成 15 年 10 月 10 日 事件の概要 事件名 フジ興産事件 最高裁判所第二小法廷 Y 社の従業員であった X が、懲戒解雇されたため、当時の Y 社の代表者であ った被上告人B1外3名に対し、違法な懲戒解雇の決定に関与したとして、民法 709 条、商法 266 条の 3(現会社法 429 条に相当)に基づき、損害賠償を請求、 当該懲戒解雇の有効性が就業規則の定めとその周知手続との関係で争われた事案 Xは、Y社の設計部門であるエンジニアリングセンターにおいて、設計業務に 従事していた。Y社は、昭和 61 年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、同 日から実施する就業規則(以下「旧就業規則」という。)を作成し、同年 10 月 30 日、A労働基準監督署長に届け出た。旧就業規則は、懲戒解雇事由を定め、所定 の事由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めていた。Y社は、平 成6年4月1日から旧就業規則を変更した就業規則(以下「新就業規則」という。) を実施することとし、同年6月2日、労働者代表の同意を得た上で、同月8日、 A労働基準監督署長に届け出た。新就業規則は、懲戒解雇事由を定め、所定の事 由があった場合に懲戒解雇をすることができる旨を定めている。Y社は、同月 15 日、新就業規則の懲戒解雇に関する規定を適用して、その従業員Xを懲戒解雇(以 下「本件懲戒解雇」という。)した。その理由は、Xが、同5年9月から同6年 5月 30 日までの間、得意先の担当者らの要望に十分応じず、トラブルを発生さ せたり、上司の指示に対して反抗的態度をとり、上司に対して暴言を吐くなどし て職場の秩序を乱したりしたなどというものであった。Xは、本件懲戒解雇以前 に、Yの取締役B2に対し、センターに勤務する労働者に適用される就業規則に ついて質問したが、この際には、旧就業規則はセンターに備え付けられていなか った。 判示事項 一、使用者による労働者の懲戒と就業規則の懲戒に関する定めの要否 二、就業規則に拘束力を生ずるための要件 裁判要旨 一、使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及 び事由を定めておくことを要する。 二、就業規則が法的規範として拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受け る事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要する。 【判決文抜粋】 原審は、次のとおり判断して、本件懲戒解雇を有効とし、Xの請求をすべて棄 却すべきものとした。 (1) Y社が新就業規則について労働者代表の同意を得たのは平成6年6月2日で あり、それまでに新就業規則がY社の労働者らに周知されていたと認めるべき 証拠はないから、Xの同日以前の行為については、旧就業規則における懲戒解 雇事由が存するか否かについて検討すべきである。 (2) 前記2(3)〈Y社は、昭和 61 年8月1日、労働者代表の同意を得た上で、 旧就業規則を作成し、同年 10 月 30 日、A労働基準監督署長に届け出ていた こと〉の事実が認められる以上、Xがセンターに勤務中、旧就業規則がセンタ - 58 - ーに備え付けられていなかったとしても、そのゆえをもって、旧就業規則がセ ンター勤務の労働者に効力を有しないと解することはできない。 (3) Xには、旧就業規則所定の懲戒解雇事由がある。X社は、新就業規則に定め る懲戒解雇事由を理由としてXを懲戒解雇したが、新就業規則所定の懲戒解雇 事由は、旧就業規則の懲戒解雇事由を取り込んだ上、更に詳細にしたものとい うことができるから、本件懲戒解雇は有効である。 しかしながら、原審の判断のうち、上記(2)は、是認することができない。そ の理由は、次のとおりである。 使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び 事由を定めておくことを要する(最高裁昭和 54 年 10 月 30 日第三小法廷判決〈国 労札幌支部事件〉 )。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁 昭和 43 年 12 月 25 日大法廷判決〈秋北バス事件〉)ものとして、拘束力を生ず るためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られ ていることを要するものというべきである。 原審は、Y社が、労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、これをA労働 基準監督署長に届け出た事実を確定したのみで、その内容をセンター勤務の労働 者に周知させる手続が採られていることを認定しないまま、旧就業規則に法的規 範としての効力を肯定し、本件懲戒解雇が有効であると判断している。原審のこ の判断には、審理不尽の結果、法令の適用を誤った違法があり、その違法が判決 に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。 そこで、原判決を破棄し、上記の点等について更に審理を尽くさせるため、本 件を原審に差し戻すこととする。 参照法条 労働基準法(平成 10 年法律第 112 号による改正前のもの)89 条(就業規則の作 成及び届出の義務) 、労働基準法 (平成 10 年法律第 112 号による改正前のもの)106 条(法令等の周知義務)、労働基準法 93 条(就業規則の効力−労働契約法との関 係に改正規定される前のもの) 事件番号等 平成 13(受)1709 備 商法 266 条の 3(現行会社法 429 条に同趣旨) 考 集民 第 211 号 1 頁 - 59 - 労判 861-5 No.15-(1) 判例の分類項目 ハラスメント(セクハラ) 判決日と裁判所 H21.10.16 事件の概要 事件名 損害賠償請求事件 大阪地判 被告会社の従業員であった原告が、配属先の業務責任者である被告Bからセク シュアル・ハラスメントを、専任支援者である被告Cからパワー・ハラスメント を受け、休職を余儀なくされたと主張し、被告B及び被告Cに対しては、民法7 09条に基づき損害賠償を求め、被告会社に対しては、民法715条1項又は会 社法350条に基づき損害賠償を求めるとともに、休職時から退職時までの賃金 の支払を求める事案である。 判示事項 1 ビル管理会社に勤務する知的障害者に対するセクシュアル・ハラスメントに ついて、これを行った上司の不法行為責任及び同社の使用者責任が認められた 事例 2 ビル管理会社の代表取締役が、上司からセクシュアル・ハラスメントの被害 を受けた従業員から苦情を受けたにもかかわらず、必要な措置を講じなかった ことについて、同社に会社法350条の責任が認められた事例 裁判要旨 本件セクシュアル・ハラスメント(※)は、勤務時間中に、職場で行われたも のであり、被告Bの職務と密接な関連を有するものと認めるのが相当であるから、 これによって原告が被った損害は、被告Bが被告会社の事業の執行について加え た損害にあたるというべきである。よって、被告会社は、民法715条1項に基 づき、被告Bの上記不法行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。 使用者は、被用者に対し、信義則上その人格的利益に配慮すべき義務を負って おり、セクシュアル・ハラスメントに起因する問題が生じ、これによって被用者 の人格的利益が侵害される蓋然性がある場合又は侵害された場合には、その侵害 の発生又は拡大を防止するために必要な措置を迅速かつ適切に講じるべき作為義 務を負っているものと解される。 原告が被告会社に対し本件セクシュアル・ハラスメントを訴えたにもかかわら ず、Hは、被告Bから簡単な事情聴取をしただけで、セクシュアル・ハラスメン トの存否を確認しないまま、同被告に対しセクシュアル・ハラスメントと誤解を 受けるような行為をしないように注意したにすぎず、Jは、被告会社の代表者と して、H等の担当者に対し、本件セクシュアル・ハラスメントについて十分な調 査を尽くさせないまま、適切な措置を執らなかったことが認められるのであって、 Jのこのような対応は、上記作為義務に違反するものといわなければならない。 そして、原告は、Jのこのような対応によって、セクシュアル・ハラスメント が生じた職場環境に放置され、人格的利益の侵害を被ったことが容易に認められ るから、被告会社は、会社法 350 条に基づき、Jの上記対応(作為義務違反)に よって原告が被った損害を賠償する責任がある。 ※認定されたセクハラ行為 - 60 - ・平成 19 年3月ころ、勤務時間表に記入している原告の背後から身体を密着さ せたこと ・同月 19 日の終礼中、原告の腰(携帯カイロを貼った箇所)から臀部付近にか けて触ったこと 参照法条 民法 709 条(不法行為による損害賠償)、715 条 1 項(使用者責任)、 会社法 350 条(代表者の行為についての損害賠償責任) 事件番号等 平成 20(ワ)5038 備 労判掲載なし 考 - 61 - No.15 −(2) 判例の分類項目 ハラスメント(パワハラ) 判決日と裁判所 H14.06.27 事件の概要 事件名 川崎市水道局いじめ自殺事件 橫浜地裁川崎支部判 原告らの長男であるeが被告川崎市の水道局工事用水課に勤務中、同課課長で ある被告b、同課係長である被告c及び同課主査である被告dのいじめ、嫌がら せなどにより精神的に追い詰められて自殺したとして、原告らが、被告川崎市に 対し、国家賠償法又は民法 715 条に基づき損害賠償を、被告b、同c及び同dに 対し、同法 709 条、719 条に基づき損害賠償をそれぞれ求めた事案である。 判示事項 職員の自殺が上司らのいじめによる精神障害の結果生じたものとして、適切な 処置を取らなかった川崎市が安全配慮義務違反により国家賠償法上の損害賠償責 任を負うとされた事例。 裁判要旨 認定の事実関係に基づいて判断するに被告bら3名の言動は、eに対するいじ めというべきである。 eには、他に自殺を図るような原因はうかがわれないことを併せ考えると、e は、いじめを受けたことにより、心因反応を起こし、自殺したものと推認され、 その間には事実上の因果関係があると認めるのが相当である。 一般的に、市は市職員の管理者的立場に立ち、そのような地位にあるものとし て、職務行為から生じる一切の危険から職員を保護すべき責務を負うものという べきである。そして、職員の安全の確保のためには、職務行為それ自体について のみならず、これと関連して、ほかの職員からもたらされる生命、身体等に対す る危険についても、市は、具体的状況下で、加害行為を防止するとともに、生命、 身体等への危険から被害職員の安全を確保して被害発生を防止し、職場における 事故を防止すべき注意義務(以下「安全配慮義務」という。)があると解される。 また、国家賠償法1条1項にいわゆる「公権力の行使」とは、国又は公共団体 の行う権力作用に限らず、純然たる私経済作用及び公の営造物の設置管理作用を 除いた非権力作用をも含むものと解するのが相当であるから、被告川崎市の公務 員が故意又は過失によって安全配慮保持義務に違背し、その結果、職員に損害を 加えたときは、同法1条1項の規定に基づき、被告川崎市は、その損害を賠償す べき責任がある。 被告b及びg課長においては、eに対する安全配慮義務を怠ったものというべ きであり、適切な措置を講じていれば、eが職場復帰することができ、精神疾患 も回復し、自殺に至らなかったであろうと推認することができるから、被告b及 びg課長の安全配慮義務違反とeの自殺との間には相当因果関係があると認める のが相当である。 したがって、被告川崎市は、安全配慮義務違反により、国家賠償法上の責任を 負うというべきである。 参照法条 国家賠償法 1 条 1 項(国又は公共団体の損害賠償義務) - 62 - 事件番号等 備 平成 10(ワ)275 労判 833-61 考 - 63 - No.16 −(1) 判例の分類項目 偽装請負(黙示の雇傭契約) 判決日と裁判所 H21.12.18 事件の概要 事件名 松下プラズマディスプレイ事件 最二小判 プラズマディスプレイパネル(PDP)製造会社Xの工場で、業務請負会社Aと Xとの業務委託契約に基づいてPDP製造の封着作業に従事していたYが、偽装 請負であることを労働局に申告し、その是正指導により期限付きでXに直接雇用 されるも、別作業(リペア作業)に異動させられ、その後雇止めを通告されたた め、地位確認、賃金支払、損害賠償等を求めた事案の上告審である。 第一審の大阪地裁は、XY間には元々黙示の雇用契約は成立しておらず、また 直接雇用に至った際にも期限のない雇用は成立していないとしたが、配転に伴う 苦痛に慰謝料支払を一部認めた。 第二審の大阪高裁は、元々XY間には黙示の雇用契約が成立していたと認定し、 地位確認、賃金支払請求及びリペア作業への配置転換は無効であることを認め、 一部精神的苦痛による慰謝料も認めた結果、Xは上告した。 最高裁第二小法廷は、XY間には黙示的にも雇用契約関係が成立していたと評 価することはできないとし、その後のXY間の有期雇用契約、更新拒絶の意思表 示及び雇止めについても、Yが期間満了後も継続して雇用されるものと期待する ことの合理性も認められないことから、雇用契約は期間満了をもって終了したと して、原判決中の当該部分を破棄し、同部分のXの上告を棄却した(配転は報復 的なものであるとして不法行為を認めた)。 判示事項 請負人と雇用契約を締結し注文者の工場に派遣されていた労働者が注文者から 直接具体的な指揮命令を受けて作業に従事していたために、請負人と注文者の関 係がいわゆる偽装請負に当たり、上記の派遣を違法な労働者派遣と解すべき場合 に、注文者と当該労働者との間に雇用契約関係が黙示的に成立していたとはいえ ないとされた事例 裁判要旨 請負人と雇用契約を締結し注文者の工場に派遣されていた労働者が注文者から 直接具体的な指揮命令を受けて作業に従事していたために、請負人と注文者の関 係がいわゆる偽装請負に当たり、上記の派遣を「労働者派遣事業の適正な運営の 確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」に違反する労働者派遣と 解すべき場合において、(1) 仮に労働者派遣法に違反する労働者派遣が行われた 場合においても、特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と 派遣元との間の雇用契約が無効になることはないと解すべきであり、特段の事情 はうかがわれないことから、上記雇用契約は有効に存在していたこと、(2)注文 者が請負人による当該労働者の採用に関与していたとは認められないこと、(3) 当該労働者が請負人から支給を受けていた給与等の額を注文者が事実上決定して いたといえるような事情はうかがわれないこと、(4)請負人が配置を含む当該労 働者の具体的な就業態様を一定の限度で決定し得る地位にあったことなど判示の 事情の下では、注文者と当該労働者との間に雇用契約関係が黙示的に成立してい たとはいえない。 - 64 - 参照法条 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する 法律 2 条 1 号(用語の定義:労働者派遣)、職業安定法 4 条 6 項(定義:労働者 供給) 、労働契約法 6 条(労働契約の成立)、民法 623 条(雇用)、632 条(請負) 事件番号等 備 平成 20(受)1240 民集第 63 巻 10 号 2754 頁 考 - 65 - 労判 993-5 【参考】参照法条(平成 26 年 4 月 1 日現在) 1.会計法 (時効) 第 30 条 金銭の給付を目的とする国の権利で、時効に関し他の法律に規定がないものは、五年間これ を行わないときは、時効に因り消滅する。国に対する権利で、金銭の給付を目的とするものについて も、また同様とする 2 会社法(平成十七年七月二十六日法律第八十六号) (代表者の行為についての損害賠償責任) 第 350 条 株式会社は、代表取締役その他の代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を賠 償する責任を負う。 3 日本国憲法(昭和二十一年十一月三日憲法) 第 14 条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政 治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 2 4 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又 は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。 第 19 条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。 5 国家公務員法(昭和二十二年十月二十一日法律第百二十号) ・第3章 職員に適用される基準 第6節 分限、懲戒及び保障 第3款 保障 第3目 公務傷病に対する補償 (公務傷病に対する補償) 第 93 条 職員が公務に基き死亡し、又は負傷し、若しくは疾病にかかり、若しくはこれに起因して死 亡した場合における、本人及びその直接扶養する者がこれによつて受ける損害に対し、これを補償す る制度が樹立し実施せられなければならない。 2 前項の規定による補償制度は、法律によつてこれを定める。 (法律に規定すべき事項) 第 94 条 一 前条の補償制度には、左の事項が定められなければならない。 二 公務上の負傷又は疾病に起因した活動不能の期間における経済的困窮に対する職員の保護に関 する事項 公務上の負傷又は疾病に起因して、永久に、又は長期に所得能力を害せられた場合におけるそ の職員の受ける損害に対する補償に関する事項 三 公務上の負傷又は疾病に起因する職員の死亡の場合におけるその遺族又は職員の死亡当時その 収入によつて生計を維持した者の受ける損害に対する補償に関する事項 - 66 - (補償制度の立案及び実施の責務) 第 95 条 人事院は、なるべくすみやかに、補償制度の研究を行い、その成果を国会及び内閣に提出す るとともに、その計画を実施しなければならない。 6 国家賠償法(昭和二十二年十月二十七日法律第百二十五号) 第1条 2 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失に よつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公 務員に対して求償権を有する。 7 職業安定法(昭和二十二年十一月三十日法律第百四十一号) (定義) 第 4 条 この法律において「職業紹介」とは、求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間 における雇用関係の成立をあつせんすることをいう。 2∼5 略 6 この法律において「労働者供給」とは、供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働 に従事させることをいい、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律 (昭和六十年法律第八十八号。以下「労働者派遣法」という。)第二条第一号 に規定する労働者派 遣に該当するものを含まないものとする。 8地方公務員法 (給与に関する条例及び給料額の決定) 第 25 条 職員の給与は、前条第六項の規定による給与に関する条例に基づいて支給されなければなら ず、又、これに基づかずには、いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない。 2 以下略 9.破産法 (相殺の禁止) 第 72 条 破産者に対して債務を負担する者は、次に掲げる場合には、相殺をすることができない。 一 破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき。 二 支払不能になった後に破産債権を取得した場合であって、その取得の当時、支払不能であったこ とを知っていたとき。 三 支払の停止があった後に破産債権を取得した場合であって、その取得の当時、支払の停止があっ たことを知っていたとき。ただし、当該支払の停止があった時において支払不能でなかったときは、 この限りでない。 四 2 破産手続開始の申立てがあった後に破産債権を取得した場合であって、その取得の当時、破産手 続開始の申立てがあったことを知っていたとき。 前項第二号から第四号までの規定は、これらの規定に規定する破産債権の取得が次の各号に掲げる 原因のいずれかに基づく場合には、適用しない。 一 法定の原因 - 67 - 二 支払不能であったこと又は支払の停止若しくは破産手続開始の申立てがあったことを破産者に対 して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因 三 破産手続開始の申立てがあった時より一年以上前に生じた原因 四 破産者に対して債務を負担する者と破産者との間の契約 (優先的破産債権) 第 98 条 破産財団に属する財産につき一般の先取特権その他一般の優先権がある破産債権(次条第一 項に規定する劣後的破産債権及び同条第二項に規定する約定劣後破産債権を除く。以下「優先的破産 債権」という。)は、他の破産債権に優先する。 前項の場合において、優先的破産債権間の優先順位は、民法 、商法 その他の法律の定めるところ 2 による。 3 優先権が一定の期間内の債権額につき存在する場合には、その期間は、破産手続開始の時からさか のぼって計算する。 10 民 法(明治二十九年四月二十七日法律第八十九号) (基本原則) 第 1 条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。 2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。 3 権利の濫用は、これを許さない。 (公序良俗) 第 90 条 公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。 (任意規定と異なる意思表示) 第 91 条 法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その 意思に従う。 (任意規定と異なる慣習) 第 92 条 法令中の公の秩序に関しない規定と異なる慣習がある場合において、法律行為の当事者がそ の慣習による意思を有しているものと認められるときは、その慣習に従う。 (債権等の消滅時効) 債権は、十年間行使しないときは、消滅する。 第 167 条 2 債権又は所有権以外の財産権は、二十年間行使しないときは、消滅する。 (債務不履行による損害賠償) 第 415 条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害 の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行することができなくなっ たときも、同様とする。 (相殺の要件等) 第 505 条 二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にある ときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる。ただし、債 務の性質がこれを許さないときは、この限りではない。 - 68 - 2 ②前項の規定は、当事者が反対の意思を表示した場合には、適用しない。ただし、その意思表示は、 善意の第三者に対抗することができない。 (不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止) 第 509 条 債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗すること ができない。 (雇用) 第 623 条 雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対して その報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。 (期間の定めのある雇用の解除) 第 627 条 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすること ができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了す る。 2 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申入れは、次期以後についてすることができる。ただ し、その解約の申入れは、当期の前半にしなければならない。 3 六箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申入れは、三箇月前にしなければ ならない。 (不法行為による損害賠償) 第 709 条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって 生じた損害を賠償する責任を負う。 (財産以外の損害の賠償) 第 710 条 他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれで あるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠 償をしなければならない。 (使用者等の責任) 第 715 条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損 害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意を したときは、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。 2 使用者に代って事業を監督する者も、前項の責任を負う。 (損害賠償の方法及び過失相殺) 第 722 条 2 第四百十七条の規定は、不法行為による損害賠償について準用する。 被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。 11.労働基準法 第 14 条 労働契約は、期間の定めのないものを除き、一定の事業の完了に必要な期間を定めるものの ほかは、三年(次の各号のいずれかに該当する労働契約にあつては、五年)を超える期間について締 結してはならない。 - 69 - 一 専門的な知識、技術又は経験(以下この号において「専門的知識等」という。)であつて高度のも のとして厚生労働大臣が定める基準に該当する専門的知識等を有する労働者(当該高度の専門的知 識等を必要とする業務に就く者に限る。)との間に締結される労働契約 二 満六十歳以上の労働者との間に締結される労働契約(前号に掲げる労働契約を除く。) 2 厚生労働大臣は、期間の定めのある労働契約の締結時及び当該労働契約の期間の満了時において労 働者と使用者との間に紛争が生ずることを未然に防止するため、使用者が講ずべき労働契約の期間の 満了に係る通知に関する事項その他必要な事項についての基準を定めることができる。 3 行政官庁は、前項の基準に関し、期間の定めのある労働契約を締結する使用者に対し、必要な助言 及び指導を行うことができる。 (前借金相殺の禁止) 第 17 条 使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。 (解雇の予告) 20 条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなけ ればならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならな い。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の 責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。 2 前項の予告の日数は、一日について平均賃金を支払つた場合においては、その日数を短縮すること ができる。 3 前条第二項の規定(前項但書後段の場合においては、その事由について行政官庁の認定を受けなけ ればならない。)は、第一項但書の場合にこれを準用する。 第 21 条 前条の規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但し、第一号に該当 する者が一箇月を超えて引き続き使用されるに至つた場合、第二号若しくは第三号に該当する者が所 定の期間を超えて引き続き使用されるに至つた場合又は第四号に該当する者が十四日を超えて引き続 き使用されるに至つた場合においては、この限りでない。 一 二 日日雇い入れられる者 二箇月以内の期間を定めて使用される者 三 季節的業務に四箇月以内の期間を定めて使用される者 四 試の使用期間中の者 (賃金の支払) 第 24 条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しく は労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生 労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めが ある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の 過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合 においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。 2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる 賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金 等」という。)については、この限りでない。 (付加金の支払) 第 114 条 裁判所は、第二十条(解雇の予告)、第二十六条(休業手当)若しくは第三十七条(時間外、 - 70 - 休日及び深夜の割増賃金)の規定に違反した使用者又は第三十九条(年次有給休暇)第七項の規定に よる賃金を支払わなかつた使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払 わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができ る。ただし、この請求は、違反のあつた時から二年以内にしなければならない。 12.労働組合法(昭和二十四年六月一日法律第百七十四号) (労働者) 第 3 条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、賃金、給料その他これに準ずる収入によ つて生活する者をいう。 (不当労働行為) 第7条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。 一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとした こと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに 対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退す ることを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数 を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協 約を締結することを妨げるものではない。 二 三 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、 又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働 時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨 げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するた めの支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の 供与を除くものとする。 四 労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中 央労働委員会に対し第二十七条の十二第一項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと 又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若 しくは労働関係調整法 (昭和二十一年法律第二十五号)による労働争議の調整をする場合に労働 者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対 して不利益な取扱いをすること。 13 労働契約法(平成十九年十二月五日法律第百二十八号) (労働契約の成立) 第 6 条 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことに ついて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。 第 7 条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定めら れている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労 働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる 労働条件を合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。 (就業規則による労働契約の内容の変更) - 71 - 第 9 条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労 働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。 第 10 条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働 者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、 変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に 照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定 めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によ っては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、 この限りでない。 14 労働者災害補償保険法(昭和二十二年四月七日法律第五十号) 第7条 この法律による保険給付は、次に掲げる保険給付とする。 一 労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡(以下「業務災害」という。)に関する保険給付 二 労働者の通勤による負傷、疾病、障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付 三 二次健康診断等給付 前項第二号の通勤とは、労働者が、就業に関し、次に掲げる移動を、合理的な経路及び方法により 2 行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとする。 一 二 住居と就業の場所との間の往復 厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動 三 第一号に掲げる往復に先行し、又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当す 3 るものに限る。) 労働者が、前項各号に掲げる移動の経路を逸脱し、又は同項各号に掲げる移動を中断した場合にお いては、当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は、第一項第二号の通勤としない。 ただし、当該逸脱又は中断が、日常生活上必要な行為であつて厚生労働省令で定めるものをやむを得 ない事由により行うための最小限度のものである場合は、当該逸脱又は中断の間を除き、この限りで ない。 15 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律 (昭和六十年七月五日法律第八十八号) (用語の意義) 第 2 条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。 一 労働者派遣 自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、 当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させ ることを約してするものを含まないものとする。 二 以下略 - 72 -