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ルルシィ・ズ・ウェブログ

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ルルシィ・ズ・ウェブログ
ルルシィ・ズ・ウェブログ
みかみ てれん
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
ルルシィ・ズ・ウェブログ
︻Nコード︼
N3368BM
︻作者名︼
みかみ てれん
︻あらすじ︼
これは﹃ネットゲーム大好きの元廃人が書いた日記﹄という体で、
VRMMO世界に閉じ込められた主人公ルルシィールさんが、生活
に冒険にバトルに恋︵?︶にコメディと、一生懸命がんばる物語で
す。
1
0日目
はっつばーいびー!!
⋮⋮ハッ。
失礼しました。
取り乱しました。
ついに来たんです。
の送る完全新作MMORPG。
事前情報+PVだけで世界に名を轟かせた、あの
社
しかも日本独占タイトルです。
⋮⋮もう、やるしかないよね。
それ以外の選択肢が存在していないよね。
⋮⋮うふふ。
アーキテクト
いくつになってもゲームの発売日っていうのはウキウキします。
たとえ、実際プレイしてみて﹁ああこういうものかぁ﹂ってガッ
カリするんだとしても⋮⋮
でも、ドキドキして待つ時間は嘘じゃないもんね。
っていうかこの日のためにね。
講義もバイトも約束も食事の作り置きも済ませておいたからね。
わたしは本気です。
きょうからわたし、一週間は引きこもってやるのさ⋮⋮
うふふふふ⋮⋮
2
え? MMORPGってなにかって?
そうですね。
Online
よく知らない方のために、おねーさんが解説させてもらいましょ
う。
Game。
Multiplayer
MMORPGとは略称です。
本来の名前は、
Massively
Role−Playing
すなわち、﹃大規模多人数同時参加型オンラインRPG﹄です。
これはあるひとつの世界を舞台として。
世界中の人が同時に遊ぶことができるゲームなのですよ。
スキル制だったりレベル制だったり、月額課金制だったりアイテ
ム課金だったり。
ファンタジーだったりSFだったり、画期的な意欲作だったり既
存作品の劣化コピーだったり⋮⋮
うん。
十数年前に史上初のMMORPGが登場して以来ですね。
実に様々なMMOがインターネット上に生まれてきました。
MMOは流行りました。
とにかく、世間で大流行しました。
パソコンを持っているヒマな大学生が、MMOをやっていないわ
けがない! ぐらいのレベルです。
社会現象です。
非常に多くのMMOがこの世に出回りました。
3
世はまさに大MMO時代!
とき○モONLINEとかまで出る時代です。
⋮⋮いや、あれはあれで趣があったのだけど、まあいいや。
なぜそんなことになったのかというと。
ですね。
作り手にとっても、MMORPGは非常に魅力的だったからです。
断言。
一度ゲームを作りさえすれば
身も蓋もない話をすると⋮⋮
MMORPGというのは
あとは少ない維持費・運営費でいくらでも集金できるという⋮⋮
企業にとって、夢の商品だったのです。
そうです、家庭用ゲームに比べて非常に高収益だったのです。
かつての話です。
あの最後の幻想でお馴染みの四角い会社さんが、オンラインゲー
ム一本の収益で屋台骨を支えていた時代です。
そりゃあもうすごい利益だったのですよ。
というわけでその頃。
ひとつのゲーム会社が、ひとつふたつのMMORPGを運営して
いるのが当たり前でした。
そんなには昔じゃないんですけど。
以後。
※なんやかんや︵後述︶ありまして。
日本国内の企業は徐々にMMORPG業界から撤退してゆくこと
となります。
まだ続いているのは、一部のトップ企業と低コストなお気軽MM
4
ORPGのみ⋮⋮
そうして、今となってはソーシャルゲームにその役目を奪われつ
つあります。
どこでも遊べますし。
友達と遊んでたらもはやネットゲーム同然だし。
口惜しや⋮⋮
⋮⋮と、元気がないのは国内だけですし。
それはいいとして。
十年以上も続くような大作もあれば、たった一年で終わってしま
う箱庭世界も、なにもかもがわたしは好きです。
わたしはこのMMORPGというものが、昔から大好きなんです。
キーボードを叩けば、いつでも違う自分に変身できる魔法のよう
なゲーム。
職業はおろか、性別の壁すらも余裕で飛び越えられるその自由度。
それはまるで赤子の手をひねるように、成長期のわたしをとりこ
にしました。
⋮⋮そりゃもう、何度か現実を見失いそうになるぐらいにハマっ
て⋮⋮
いや、この話はいいか⋮⋮廃人更生日記とか暗くなっちゃうし⋮⋮
きっとそのうちVRMMOとかできるんだろうなあ。
3Dモニターを頭にすっぽりとかぶって、まるで自分自身がゲー
ムの世界にいるようなことを体感できるゲーム。
やばいよね、絶対もう現実世界に戻って来れなくなっちゃうよね。
現実はお金を稼ぐだけのところで、一生VRMMOの中で暮らし
5
ちゃうよね。
やばい。
なにがやばいってそんなことを平気で考えるわたしが一番やばい。
と妄想はここらへんにして。
ホームページから早速ゲーム﹃666﹄をダウンロード。
今回のMMORPGはパッケージ販売ではなく月額課金制のため、
データを落とすだけならタダなのですよ。
最近多いよね。レベルいくつまでは無料だったり、最初の何日間
は無料だったりするの。
これもMMORPG乱立による、サービス競争の激化なんですよ
ねえ。
ユーザー的にはー、とっても嬉しいのー☆ みたいな。
すみません、はしゃぎました。
完全新作だけあって、容量とかマジぱないです。
ダウンロードマネージャが完全に悲鳴をあげています。
ぴくりとも動きやしない。
求められるスペックも相当ハイだけれど、その点は抜かりなし。
この日のためにバイト増やして、最新のPC機器諸々を揃えてお
いたからね⋮⋮
事前にテストしたら1920×1080の解像度でも﹃快適﹄評
価だったからね。
まったく問題なし。
いや、もうお金じゃないんだよ⋮⋮
そこに新たなゲームがあります。
やりますか? やりませんか? って具合ですよ。
6
MMORPGのサービス開始直後の混沌とした世界は、今じゃな
いと味わえないんだよ!
じゃあいつやるか?
今でしょ!
的な。
光回線さまが不休で頑張る様を見つめること30分。
いつの間にやらメールが届いておりました。
﹃それにしても、今時βテストすらしないMMOって珍しいですよ
ねぇー﹄
おや、一緒に始める約束をしていた後輩ちゃんだ。
なにが﹁それにしても﹂なのかはわからないけれど⋮⋮
まあ、あっちもきっとダウンロード中だろう。
そういえば打ち合わせもなにもしてなかったっけ。
中でスムーズに合流するためにも、最初の街は決めとかないとい
けないね。
めるめると返信。
﹃スタート地点の希望とかある?﹄
公式サイトを見ると、スタート地点は計六ヶ所。
北方の雪に覆われた街や、機械化が進んだ大都市。平原に建つ王
城など。
さすがバラエティ豊かだねー。
と、暇なのか一分も経たずにメール着信音。
7
﹃あたしは特にないです。先輩にお任せします﹄
ふーむ。
ならこの︻ヴァンフォーレスト︼にしようかな。
それは森の中にひっそりとそびえる神秘的な都です。
いかにもエルフの女王様とか住んでそうな。木漏れ日とかすっご
い綺麗な感じの。
﹃じゃあヴァンフォーレストね。いかにもファンタジーっぽいじゃ
ない?﹄
送信。すぐに返信。
﹃了解です﹄
普段あんなんなのに、このメールの事務的っぷり⋮⋮
絵文字ひとつ使わないからね。本当に花の女子大生かい。
ま、いいや。
公式サイトを漁りながらキャラ設定も膨らませないとね。
まだ全然決めてないんだよねー。楽しみは後に取っておくほうで
さー。
とりあえず種族はー⋮⋮うーん、色々いるけど、ヒューマンかな
あ。
わたしは割と自分のキャラに感情移入しちゃうほうなので、自分
とあんまりかけ離れた容姿だと﹁アレレー?﹂って思っちゃうんだ
よね。
だから男性キャラとかたまに使ってみても長続きしないで、セカ
8
ンドキャラのつもりで作った女性キャラがいつの間にかメインキャ
ラになってたりします。
飽きっぽいだけとも言う。
とかなんとか書いている間に。
ダウンロードが終わってた!
念願のキャラクリエイトォ!
もうメールなんてしてらんない! ケータイぽーい!
さ、第二の自分を創造するよ!
MMOの醍醐味は、キャラクリエイトが半分といっても過言では
ないと思う。
最近は洋ゲーでも女性のアバター︵自分の分身のこと・この場合
プレイキャラクター︶に力を入れているとはいえ、やっぱり国産M
MOと海外産MMOのグラフィックには大きな隔たりがあります。
もちろんそれは単純に日本人の好みの問題なのだけど、やっぱり
わたしは操作するなら可愛かったり綺麗だったりするほうが良い。
The
Life﹄はいかがかとい
髭面のマッチョマンも、まあ嫌いではないんだけどね?
で、問題のMMO﹃666
うと⋮⋮
うん、すごい。
ていうか最高。
自由度高い。パーツ多い。デザイン秀逸。非の打ち所なし。
あんまり好き勝手にできるゲームだと今度はバランスの問題があ
るけれど、これは結構適当にやっているのに大体みんな可愛いって
いう神がかり的な造形⋮⋮
すごい、すごいよ。
すごすぎるよ。
9
まさかこれほどのものとは思わなかったよ。アーキテクト社ちょ
っとナメてたよ。
ちょっとやばい。
震えが、震えが止まらない。
これは今世紀最高のMMOを予感させる出来栄えかもしれない⋮⋮
まだキャラクリ段階だけど!
ていうか全然関係ないけど、胸のサイズを変えられるMMOとか
初めて見たときには狂人の所業かと思ったけど、今はもう大体のM
MOにあるよね⋮⋮
そういう設定があるとやっぱり弄っちゃいたくなる時点で、開発
者の術中にハマっている気がするけど⋮⋮
てかすごいなあ! キャラクリすごいなあ!
短めの銀髪に、体型はスラっとしててー。
外見年齢はわたしと同じ19才でいいよね。
平均より長身。鼻は高め。唇は薄くしておこ。
目は切れ長気味。でもあんまり冷たくならないようにしなきゃ。
足は長く、指の長さは⋮⋮長めか? アクセサリーはとりあえずちっちゃめのピアスで、マニキュアは
別にいいや。
まだまだあるなあ⋮⋮よし、どんどんいこう。
肩幅。足の大きさ。まつげ。眉毛。下まつげ。アイライン。
口紅。髪つや。顎の形。耳の形。刺青の有無。頬の厚み。
⋮⋮段々と適当になってきました。
舌の形。ふとももの太さ。腕の長さ。二の腕。体毛の濃さ⋮⋮
10
筋肉。シワ。涙袋。首の長さ。おしりの形。額の大きさ。古傷。
手相⋮⋮⋮⋮
お、多すぎる⋮⋮なんだこのMMO、正気か⋮⋮!?
こんだけ設定させておいて、それを全員のプレイヤーキャラ描画
する気なのか⋮⋮?
ど、どんなサーバーを使っているというのだ⋮⋮? 4次元サー
バーか⋮⋮?
わたしのPC、スペック足りるかなあ⋮⋮!
いや他にもすごいんですよこのMMO。
なんかね、スキルがすごいの。いっぱいあるの。
一万個ぐらいあって、さらに生活するだけで、例えばお掃除とか
しているだけで︽お掃除︾スキルがあがったりするの。
やばくないですか? よく知らないけど、多分きっとやばい。
大学寮のワンルームで危うく奇声を発してしまうところだったよ。
明らかにわたしが一番やばい︵二度目︶。
ほらもう、あがったテンションが戻らないよ。
キャラクリ、スタート地点、名前、そしてこのゲーム独自の要素
︻ギフト︼。
全て入力完了。
特殊能力
みたいなのを選ぶん
ほら、このゲームってジョブがないからキャラクターの個性が出
にくいっていうので、一番最初に
ですよね。
モンスターを使役したり、獣人に変身したり、なんかいきなり6
0秒だけ強くなったり。
そういうのです。
11
とりあえず戦士っぽいことをやりたいので、わたしは戦士っぽい
︻ギフト︼を選んでおきました。
あとはエンターを押すだけってところで止めて、わたしはふぅと
一息つきます。
紙パックの紅茶︵リプ○ン︶で喉を潤して、とりあえず選択項目
を再確認。
うん、間違ってない。
The
Life﹄が魅力的すぎるのが悪いんだよぅ。
いやーでも、テンションあがるのも仕方ないじゃない。
﹃666
まあね、始める前が一番楽しいのかもしれないけどさ。
そういう経験がチラホラと頭をよぎったりするけどさ⋮⋮
実際遊んでみたら運営方針とか難易度バランスとか、そもそもラ
グの嵐でまともにゲームができなかったり、現実を突きつけられる
のかもしれないけれどさ⋮⋮
完璧なゲームなんてこの世には存在しないっていうのも、いい加
減わたしだって知っているよ。
でも期待することぐらいはわたしの勝手ってことでさ。
ハッ、なんだかこれって恋みたいね!?
いつか現れるであろう理想の王子様を求めるアテクシ。
⋮⋮ゲームを王子様とか言っている時点でだいぶ手遅れだけどさ!
うるせえ! ここはそういうブログじゃないんだ!
恋バナが読みたいんだったら毎日毎日食べ物の写真ばっかり載っ
けたり、
12
﹁きょうはドコドコに○○クンと行きましたー︵なんかすごく可愛
い顔文字︶﹂とかのたまっているやたら行間の長いページに行きな
よ!
なんか色んな方面の人にケンカ売っている気がするけど知らない
よ! 今のわたしは﹃666﹄さえあれば幸せなんだーッ!
よし、気合入れた! やるぞお!
インカム装着! ボイスチャット準備よーし!
︱︱エンターキーに思いっきり指を叩きつける!
ゲームスタートォ!︵ッターン!︶
で、気がついた時には、わたしは草木の香りに包まれていたんで
す。
えと⋮⋮
ここどこ?
13
0日目︵後書き︶
◆MMORPGについて
※なんやかんや
興味のある方はどうぞ。
MMORPG戦国時代とでも呼びましょうか。
ひとつのゲーム会社が、ひとつふたつのMMORPGを運営して
いるのが当たり前の時代の話です。
すぐに、MMORPGの乱立によりパイを奪い合う自体が発生。
MMORPGというのはひじょ∼∼∼に、時間を食べちゃいます
からね。
プレイ時間が○時間? なんてもんじゃないんです。
○日間、と表示されるレベルです。
プレイヤーの数もそれほど多くはありませんしね。
日本国内のプレイヤー人口ともなれば、たかが知れています。
で集金する方法が
その少ない人数を様々な会社が取り合うのです。
付加価値
通常の月額課金制度だけではなく。
それプラス、アイテム課金という
主流になり出したのも、この頃ですね。
その上、ライバルは国内だけではありません。
様々な国で、国境を越えてのMMORPGの開発競争です。
元々、MMORPGの本場は北米でしたからね。
さらにMMORPGの開発に国が力を入れて、国策として支援し
14
ているところもございます。
状況はなかなか難しくなってゆきます。
競争が激しくなれば、やはり求められるのは独自性やクオリティ、
サービスです。
ですが、そこに力を入れてしまうと、今度は開発資金が莫大なも
のになってしまいます。
稼働するまでに何億という資金を投入し、さらにそれを回収でき
るかわからない。
簡単に説明すると、そういった背景があって、MMORPGは徐
々に割りが合わなくなっていくのですね。
日本国内の企業は徐々にMMORPG業界から撤退してゆくこと
となります。
まだ続いているのは、一部のトップ企業と低コストなお気軽MM
ORPGのみ⋮⋮
そうして、今となってはソーシャルゲームにその役目を奪われつ
つあります。
どこでも遊べますし。
友達と遊んでたらもはやネットゲーム同然だし。
口惜しや⋮⋮
⋮⋮と、元気がないのは国内だけですし。
今でも開発会社は多くあります。
頑張りましょう、MMORPG!
さらに国産の大作MMORPG!
わたしは期待しています!
わたしは期待してますよ!
15
⋮⋮すみません、熱くなりました。
16
◇◆ 1日目 ◇◇
あー、えっと。
とりあえず、目に映るものを書き連ねていこうかな。
見たこともない種類の木々。緑の絨毯。ゆったりとした民族衣装
のようなお洋服を着た人々。盾の飾り。土に刺さった立て看板。丸
みを帯びた日本語。︻魔光杉の広場︼。
葉に宿るエメラルドの輝き。綺麗。
それに、かすかな潮の香り。これは見たものじゃないね。
寮の狭苦しい部屋に閉じ込もっていたわたしの体は、今、木漏れ
日の下にありました。
えーっと⋮⋮
わたしも19才の大学生だ。さすがに現実と夢の区別くらいはで
きます。
多分、できます。
⋮⋮できると、思う。
自信なくなってきた。
新作MMOを楽
こめかみを押さえて目を閉じて、軽く深呼吸しましょう。
すー、はー。
うん、大丈夫、落ち着いている。
でも自分で考えた中で可能性が一番高いのが、
しみにしたあまり気絶したわたしは、ゲームの中に入り込んだよう
17
な夢を見ている
っていうのが、なんかもう、なんかもう。
自分に対する信頼のなさ⋮⋮!
まあ、ここでぼーっとしてても仕方ない。
せっかくの明晰夢なら楽しまないのは損よね。
人の多いほうに歩いていきましょう。
広場の中心に近づいていくと、まるで巨大なクリスマスツリーの
ような茜色に光るスギがありました。
多分これが魔光杉なのでしょう。
魔光なのに緑色じゃないなんて、神羅カンパニーに怒られちゃう
な。
しかしこの都、樹冠に覆われている薄暗さを、あちこちの照明で
カバーしているんだね。
ドームみたい。
雨にはいいけれど、雪が降ったら重みで潰れちゃいそう。
いや降らない地域なんだろうけどさ。
でも、木々の間から差し込む光がエンジェルラダーのようで、う
わー幻想的だなーってさ。
これはこれは、いい夢だなーって。
夢だよなあ⋮⋮?って︵震え声︶。
うん、おかしい。
ちょっと待って。待って。
待ってください。
一旦整理しよう。
18
・おかしなところその1。
この街ね、わたしがスタート地点として設定した深森の都︻ヴァ
ンフォーレスト︼そっくりなんです。
そこまではいい。それはわたしの夢ってことで。
でも街の案内板の作りこみとかすごいのもう。
触ったらしっかりと木の感触があるし。
夢ってこんなに五感を鋭敏に刺激されるようなものだっけ。
偉い人は言いました。
リアリティ。
リアリティこそが作品に生命を吹き込むエネルギーであり、リア
リティこそがエンターテイメントだと。
夢がこれほどリアリティに溢れているのなら、世の中の創作物は
色あせてしまうね。
味もみておこう。
⋮⋮しょっぱい。潮風のせいだ。
・おかしなところその2。
なんかね。
あえてここまで記述を避けてきたのだけど。
Life﹄で最初から何種類か選べ
周りにも同じ境遇っぽい方々がたくさんいらっしゃるんですよね
⋮⋮
うん⋮⋮
The
大体みんな同じ格好なの。
それって﹃666
る初期装備ですよね。
わー、ぐうぜんー。
⋮⋮ええとね。
19
それぞれ嘆いたり、現実を受け入れられなかったり、怒鳴り散ら
したり、妙にハイテンションではしゃいでたり、唐突に街の案内板
を舐めてみたりしてらっしゃるんです。
なにこのひとたちこわい。
⋮⋮最後のはわたしだった。
・おかしなところその3。
あちこち見回してさ、金属製の看板がぶら下げてあるお店があっ
たから、ちょっと覗いてみたのね。
なんだか道具屋みたいだったんだけど、それはいいとして。
ちょっと予感はしていたのよね⋮⋮
ピカピカの板に映っていたのは、別人だった。
銀色の髪。整った顔立ち。
凛々しい目。とても見目麗しいお姉さま。
この人どこかで見たことあるなあ、って思えば⋮⋮
そうよね、さっきわたしがキャラクリエイトで作ったんだもんね。
手を持ち上げて頬に当てると、女性の動きも連動していてね。
⋮⋮おわかりいただけただろうか。
﹁あのー、みなさんー!﹂
わたしは頬に手を当てて叫ぶ。
広場にいた人たちが一斉にこっちを見るけれど、ちょっとなりふ
り構っていられない。
もうぱにっくすんぜんなの。
だれでもいいからおしえて。
20
﹁もしかしてここー! ゲームの中の世界ですかねー!?﹂
シーン。
⋮⋮。
広場は一瞬静まり返り、人たちはそれからすぐに先ほどまで行な
っていた行動を再開する。
つまりわたしに答えをくれる人はひとりもいなかった。
うーむ。
これが集団心理の傍観者効果ってやつかしら。
﹁ねえ、どう思う?﹂
﹁うおっ!?﹂
というわけで、隣にいる人に直接話しかけてみた。
背の高い︻ハーフエルフ︼のお兄さん。
そんなに驚かなくても。
﹁ゲームの世界かなあ、ここ﹂
﹁そ、そうなんじゃねえの? 知らねえけど﹂
﹁えー。それじゃあ困るなあ﹂
﹁確実なことなんてなんにもわからんでしょーが!﹂
﹁確かに﹂
うなずく。
にしてもテンションが高い人ですね、この人。
﹁よしわかった﹂
わたしは手を打つ。
21
﹁じゃあここ、ゲームの中の世界ってことにしよう﹂
﹁どういうことだ!?﹂
﹁だってそのほうが夢があるじゃない?﹂
﹁あるけども!﹂
うん。同意してくれてありがと。
そうと決めたら、なんだか楽しくなってきちゃった。
﹁うふふふ⋮⋮異世界転生か、VRMMOか、ファンタジー冒険記
か⋮⋮
まさか、まさかわたしが体験できるなんて⋮⋮﹂
﹁おい大丈夫かよお前!﹂
語尾の最後に﹁w﹂がついているような口調で心配されても。
﹁わたしね、ゲームの世界に入るのが子供の頃からの夢だったの⋮
⋮﹂
﹁将来が不安になる子供だな!﹂
﹁でもそれが叶う日が来るなんて、感無量だわ⋮⋮
わたしは今、とっても感動しているの⋮⋮﹂
﹁だったら良かったな!﹂
やばい。
なんかホントに鳥肌が立ってきた。
ここから始まるのかな、わたしの第二の人生。
﹁だとしたら、ウカウカしてらんないや。テンション上げていかな
くっちゃ!﹂
﹁急になんだよ!﹂
﹁だってゲームの世界なんだよ! 楽しまなくっちゃ!﹂
22
﹁お、おう! そうだな!﹂
わたしは彼の手を取る。
なんだ。イケメンさんじゃないか。
長身の彼を見上げて、頭を下げた。
﹁ありがとうね! 機会があったらまた会いましょう!﹂
﹁え、お前、ちょ!﹂
わたしは彼を置き去りにして、走り出した。
ドント・ストップ・ミー・ナウ! 誰もわたしを止められない!
いやっほう!
わたしは翼を手に入れたんだー!
と、目的があって駆け出したわけじゃないから、すぐに足は止ま
るわけだけど。
キャン・ストップ・ミー・ナウでした。
ま、でもここがゲームの世界なら、最初はやっぱりチュートリア
ルクエストだよね。
見たところわたし、何にも持ってないし。
ぶきやぼうぐはそうびしなければいみがないぞ! と、視界の左端になにやらフワフワしたものが浮いていて。
指で突くと、うわーメニューが開いたー!
映画みたい!
テンションアップ。
ていうかもう、この世界ってテンションがアップすることしかな
23
いんじゃないかと思う。
常時スーパーハイテンション。それなんてチート?
ともかく。
うきうきしながら閲覧スタート。
︻装備品︼だが武器はナシ。防具はローブにスカート。
︻アイテムバッグ︼にもなんにもない。
その他には、︻ステータス︼︻マップ︼︻ギルド︼︻フレンドデ
ータ︼︻スキルリスト︼。
その他にもいくつか見慣れない項目があるけれど、まあ大体お約
束ですね。
幼馴染が朝起こしに来てくれるぐらい大切なお約束です。
ただし︻ログアウト︼はない。うん、完全に閉じ込められている
ね。
って⋮⋮
そうか、閉じ込められているのか⋮⋮
って、え、わたし閉じ込められているの?
ウソ、ホント?
マジですか。
だったらちょっと話は変わってくるわね⋮⋮
まあ、うん、脱出手段はそのうちなにか見つかるでしょう。
多分。
その、きっと。
今気づいたけれど⋮⋮
さっきの広場の人たちは、出られないから騒いでたのね⋮⋮
24
うん、もう一度落ち着いてよく考えよう。
ゲームのエンターキーを押したところまでは覚えているんだけれ
ど、そこから先の記憶がない。
どうやら肉体は別物らしいから⋮⋮精神だけが引きずり込まれた
ってこと?
じゃあ本当の体は一体どこ?
寮のわたしの部屋で眠っているのかしら。
やだ、それってめっちゃ無防備じゃないの。
え、なにちょっとコワイんだけど。
この世界から出たい⋮⋮!
わたしを出して!
誰か助けてー!
かくしてわたしも、広場で騒いでいる人たちと同化すると思いき
や。
わたしは頭を抱えた。
いや、でも、まだちょっと、ちょっとぐらい楽しみたいっ!
せめて一日、いや二日⋮⋮
ええっと、い、一ヶ月ぐらい⋮⋮?
ああっ、複雑!
二律背反!
うう、出入り自由だったら完全にVRMMO感覚で楽しめるんだ
けどなあ!
もう二度と現実世界に戻れないとなると、これは冷静にならざる
をえないぞぉ⋮⋮
ぽちぽちと不慣れな手つきでメニューを操作。
まあネトゲのインターフェイスなんて大体似たようなものだし。
25
カンでね。
運営に問い合わせコールをしてみる。
けれど、うん、そうだよね。無反応だよね。
困ったなあ⋮⋮
わたしが望んでいたのはもうちょっと都合の良い⋮⋮
こう、バイザーをかぶるだけで遊べるVRMMOだったり⋮⋮
しっかりと理論の確立した異世界転生であったり⋮⋮
こんな、なにが起きたかわからず、漠然とした不安が胸中に広が
るようなのじゃないんだよねえ⋮⋮!︵ワガママ︶
人は命の危険がなくなってから、初めて娯楽に手を出せるってい
うかさぁ⋮⋮!
そういうのわかってほしかったなあ、アーキテクト社さん⋮⋮!
はぁ⋮⋮
と、ため息をついてみても、やはり状況は変わらずにね。
悩んでいたのは5分そこらだったけど。
もういいんじゃないかな。
The
LIFE﹄やるつもりだっ
諦めたら全て楽になれる気がしてきた。
うん。
いっか。
もういっか!
クエストとかしよっかな!
だって元々一日中﹃666
たし!?
ヒュー! わたしはメニューのミニマップに映る光点に、ウキウキと近づい
26
ていったのです。
大体イマドキのネトゲはクエストを発注してくれるNPCに目印
をつけていてくれるからね。親切ぅー!
⋮⋮ご想像の通り、わたしは半分以上ヤケになっています。
ルルシィール
だな
兵士詰所っぽいところの前に立っていたヒゲさんに﹁どうもー﹂
って話しかけると、﹁やあ、きみが新入りの
?﹂って。
お、フレンドリーじゃないですかー。
プレイヤーと違って、名前が頭の上に浮いているからNPCだと
思うんだけど。
でも、なんかもう人間にしか見えないなあ。
人と見間違うほどの3Dモデルなんて、さすがにまだ開発されて
ないと思うけど。
角度を変えても全然不自然に見えないや。すごい。
うわ、わたしがぼーっとしてたら﹁どうかしたか?﹂なんて気遣
ってくれるし。
ホントにNPCですか?
中の人などいない?
試しにこの人に悩み打ち明けてみようかな。頼り甲斐ありそうだ
し。
﹁あのー。なんかゲームの世界に閉じ込められちゃったみたいなん
ですけど﹂
控えめに聞いたつもりがですね。
27
スルーですよスルー。
﹁どうやったらここから寮に帰れますかね﹂
無反応。
﹁他にもたくさんの人たちが困っているようでして、
なにとぞお知恵を拝借いたしたいのですがー﹂
はい、全スルー。
﹁おいてめー、きいてんのかごらー﹂
シ・カ・ト。
こ、こいつぅ、ヒゲブチ抜くゾォ⋮⋮
に反応して話すみたいです。
人間そっくりなのに、なんて融通が利かないんだ!
いくつかのキーワード
その後、色々と試してみた結果。
この人は
とりあえずは︻ヴァンフォーレスト︼とか︻魔光杉の広場︼とか。
あとスキルやクエストなんかにもリアクションをくれました。
うーん、なんてNPCらしいNPCなんだ⋮⋮
⋮⋮やくたたず︵ひどい︶。
まあいいや、ひと通り検証したし。
クエストやろっと。
最初のクエスト内容は﹃好きな武器持ってっていいから外で作物
を食い荒らす害獣のウサギ倒してこいや下っ端︵意訳︶﹄って感じ
でした。
28
完全にパシリですね。わかります。
詰所の中には様々な武器が、ところ狭しと詰め込まれておりまし
た。
おー、これアレかー。
色んな武器種を選べるゲームでお馴染みの、お試し道場的なクエ
ストですねー。
﹃666﹄、意外とちゃんとした作り。
あとはログアウト機能だけほしかったなー!
それさえあれば完璧なんだけどなー!
って嘆いても仕方ないね。
えー、どれにしよっかなー。
全部木製なのかあ。いかにもって感じだなあ。
とりあえずお約束、片手で振り回せる剣と盾を持って行くっても
のでしょう。
︻アイテムバッグ︼に詰めてー。︻装備品︼さんにドラッグしてー。
初めての、バトルだー、うふふー。
方向オンチで有名なわたしですが、10分少々歩くだけであっと
いう間に外に出ることができました。
ミニマップ超ベンリ!
ぱぱっとメニューを操作すればね、地図が出てくるの。
わたしの歩いた場所は全て表示されてゆくの。
なにこれステキすぎ。
現実にもあればいいのに⋮⋮
29
って、街の外の農園とかを見やるとね。
おー、いるいる。
ウサギさんがぴょんぴょん飛び跳ねておるー。
っていうかね。
いくらなんでもね。
かっこわらい
チュートリアルクエストだからってわたしたちのことナメすぎで
しょー。
もう︵笑︶って感じです。
木剣持ってウサギを叩いてこいってさ。
それ完全に弱い者いじめだし。
冒険者のやることじゃないですし。
はー、でもしょうがない。
仕事だからね。
わたしたち、クエスト依頼主には逆らえないもんでさあ。
というわけで、いきますよー。
あっという間に柵の外に出て、あっという間にウサギ発見!
あっという間に斬りつけて、あっという間にクエストかんりょウ
サ ギ T U E E E E E E E ! !
みんな野生動物を本気でぶっ叩いたことはあるかい?
フフ、わたしはなかったよ⋮⋮
正直ね、ゲームなんだから多少の手心は加えておるであろう、っ
て思ってた節は否めないよ。
なんとなく木剣を振り回していたら簡単にやっつけられるだろう
なー、って。
いやもう、当たらない当たらない。
当たったとしてもカス当たりだからダメージすっごいショボいの。
30
こんなネトゲってある?
斬新!
悪い意味でだよ!!
というわけで、わたしね。
ガリガリとヒットポイント︵以下HP︶を削られて、街に逃げ帰
ったよ。
幸い、大人しくしてたらHPが回復する設計で良かった⋮⋮
RPGとかと違って、MMORPGっていうのはだいたいじーっ
としてればHPとMPが回復していくんだよね。
これを自然回復って言います。
でも中には、自動的に回復しないMMOもあってさ。
ドラ○エ10ね。あれマジびっくりした。
MMORPGだけど、MMORPGじゃない。納得の作り。
食事を取っていないから自然回復のスピードが遅いとか、そんな
チャチなもんじゃない。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったよ⋮⋮
いやいや、そんなのはいいとして。
やったね、ルルシィールちゃん! 何度でも挑めるよ!
おいやめろ。
ていうかね、武器の見直し。
カッコつけて剣なんて選んだのが間違いだったわ⋮⋮
ダメ、わたしに盾の才能はないよ。
31
だって剣振り回していて、左手完全にお留守だったもの。
いつ盾構えればいいかタイミングもわからないし。
やられるよりやるだよ。
ここはもう攻撃力の高そうな︻木の大斧︼を持っていくよ。
戦いってのは火力なんだよ!
﹁ほう、戦斧か。そいつは当てにくいが最も威力が高いぞ﹂
知っているよヒゲ!
﹁なんだったら手伝ってよ!﹂
⋮⋮。
またシカトだよ!!
二戦目。
わたしとウサギの仁義なき戦いが始まる。
ていうかこのウサギデカいんだよ。腰の辺りまでもある大ウサギ。
害獣ってレベルじゃない。
人を襲いそう。
戦闘モードに移行すると、わたしの手にずっしりとした重さの大
斧が⋮⋮
っていやいや重い重い重い無理無理これ無理。
ステータスを覗くと、装備能力値ギリギリだよ!
32
くっそう、一体誰がこんな武器を選んだんだ⋮⋮
わたしですね、すみません。
いや、でもですね。
女には負けるとわかっていてもやらなきゃいけないときが、ある
んです。
それが、今です!
天に召されるのです、ウサギ。
星座にはしないけれど、わたしの経験値になってください!
お前の屍を越えてゆくぅー!
振りかぶったー! ドーン!
ウサギさん潰れたー! 光が弾けて消えたー!
勝ったー! 一撃ー!
ヒキコモリのわたしにもできちゃいました。
なにこれ、難易度ぜんぜん違う。
すごい、もうわたし一生大斧使うわ!
エリザベスちゃん︵名前をつけた︶を離さない!
さー次、さー次。
どんどん行っくよー。
辺りをウロウロしているウサギさんの脳天に斧を叩き落とすだけ
の簡単なお仕事。
あっという間に5匹を始末したわたし。
意気揚々とヒゲさんの元に帰る。
一体どこで監視していたのかはわからないが、唐突に﹁でかした
!﹂と褒められました。
え、この人なに、どこで見てたの。
33
いや、でも、クエストをコンプリートです。
初クエスト達成!
わたしのログに﹃complete!!﹄の文字が踊ります。
わーいわーい。
ご褒美は、大斧エリザベスちゃんの上位互換でした。
早速名づけます。
エリーゼちゃん︵金属︶!
っていうか、手に入った皮とかの素材を売っている間に、もう夕
方。
あ、素材はアレです。
ウサギさんが弾けて、その後に場に残っている感じの。
血とか内蔵とかない感じの。
うん、R−18じゃない感じのやつです。
すごい良い。
こういうところにリアリティ求めてないから、わたし。
殴った時には血が出るけどね!
でも気が利くなあ、アーキテクト社さん。
あとはログアウト機能を入れてもらえたら、すごく良かったんで
すけどねえ⋮⋮
とまあ、辺りももう真っ暗。
森の中だから差し込む光の量が少ないみたい。
まさしくまっくら森。
光の中でみえないものが、やみの中にうかんでみえたりはしない
けど。
これ以上はいけない。
34
ていうか、これ。
リアルだったら絶対に明日筋肉痛になるだろうなあ⋮⋮
あちこちの外灯にホタルみたいな光が灯っているし。
テンション上げきった反動で、今もう、我に返ってしまったし。
お腹すいてきたし⋮⋮
うー。
本来ならば作り置きのカレーがあったはずなのに⋮⋮
露天には美味しそうなご飯がいっぱい並んで。
思わず指をくわえて見ちゃいます。
でもなあ。
お金って大事、だよねえ⋮⋮?
・唐突に始まります、ルルシィさんのMMORPGの金銭事情講座。
MMORPGはゲームによって、金銭の扱いが全然違う。
それは一言で言えば、運営の設定次第なんだけど。
強力な装備は受け渡し不可能なレアドロップだけ。店売りでお金
を使うところなんてほぼありません、っていうMMOは、当然金銭
の価値も低い。
逆に、なにをするのにもお金がかかったり、べらぼうに高い価値
のある品が売られているMMO︵例えばお城とか船とか︶は、金銭
の価値が高い。
合成職人が力を持っているMMOも、金銭の価値は高い傾向にあ
35
るね。
合成品が高いってことは、それだけ冒険者が欲しがっている、っ
てことだからね。
価格競争、価格競争。
他にもー、MMOが円熟期を迎えてゆくにつれて、お金は価値を
失ってゆくね。
もうみんな大体のものを持っているから、そんなにほしいものは
ない。
それでもほしいものは、取り合いになっちゃう。
需要と供給のバランスが崩れる。
いわゆるインフレ状態。
ま、よっぽどゲーム運営会社が効果的な集金方法を実施しない限
り、インフレは必然です。
ネットゲームってそういうもの。
集金って言ってもリアルマネーじゃないよ? ゲームの中のお金
ね?
例えばそうね。
集金方法といったら、武器防具耐久値なんかもそうね。
装備品が壊れたら新しいのを買わなくちゃいけない。
直すのに素材、アイアンインゴットとかを使うとなれば、それを
買うためにお金を使わなきゃいけない。
つまり、冒険者はその日の稼ぎの一部を装備の修理代金に当てな
きゃいけない。
武器防具を使わない冒険者なんていないからね。
これで冒険者はその日のお金稼ぎの何%かを、運営会社に吸い取
られちゃうわけだ。
36
これがゲーム内集金方法の一部。
他にも土地や物件の維持費、競売税金、日々の宿代、イベント参
加費⋮⋮etc。
あの手この手で、運営会社はインフレ化を阻止しようとしていま
す。
これがスムーズに、プレイヤーの反感を買わずにできている会社
は、優良かどうかはともかく、上手な運営会社って言えるね。
消耗品の店売り高騰化⋮⋮なんかはちょっと露骨すぎだけどね。
で、今回のこの﹃666﹄はどうか。
ゲーム開始時のMMORPGは、そりゃお金はすごい大事です。
なんたって、店売り商品でもなんでも、需要がMAXでスタート
するからね。
供給MAX、需要MAX。
さてどうなるか。
資本主義のスタートです。
貧乏人が弱者ってわけではないけれど。
お金を持っている人が強者なのは間違いない。
ゲームスタート時点でお金をたくさん持っている人は、さらにた
くさんのお金を稼ぐことができるようになります。
そういうものなんです、MMORPGって。
そりゃ冒険者なら一攫千金を目指したいものだけど。
資金では、合成職人には絶対に勝てません。
だって一攫千金のレアアイテムのドロップ品を買う人は、その商
人さんなんだから。
37
って、話題がだいぶ逸れちゃったね。
ごめんなさい。
とにかく、現時点お金はすごく大事ってことで。
はい、日記に戻りましょー。
と、ゆーわけで。
露天で買った一番安いサンドイッチとウォーターボトル︵水です︶
。
それで飢えをしのいでいる子がここにひとり。
うう⋮⋮
味も薄いし、ひもじい⋮⋮
もうちょっと贅沢すればよかったかなあ⋮⋮
でも他にもほしいものがあったし、しょうがないね。
ババーン、こちらです。
日記帳と、ペン!
つまり、今書いているコレのことです。
文章を書いていると⋮⋮フフ⋮⋮
心が休まるよね⋮⋮
自分のことを客観的に見れる、っていうかさ。
うわ、痛々しいこの子⋮⋮って。
あとから見直して思うこともあるけれど⋮⋮!
もしかしたら、こんなことをしている場合じゃないのかもしれな
いけど。
ていうかその可能性は多分にあるけれど。
いいんだ、いいんだ。
38
もはや職業病みたいなものだから⋮⋮
一ブロガーとして⋮⋮
作家志望! として。
いずれネタになると思えば⋮⋮
あーうれしいなー!
書くこといっぱいあってうれしいなー!
ちくしょー、おなかへったようー。
で、今ココ。
とりあえず泊まるところを探しにね。
あちこちを練り歩きます。
看板だけじゃ何のお店かわからないから、手当たり次第に扉を開
けてみたりね?
﹁すみませーん、宿屋ですかー?﹂
違うようです。
﹁失礼しましたー﹂
トライ&エラー。
うん。
効率が悪いよ!
知ってた。
39
ていうか⋮⋮ 最初から案内板で調べればよかった⋮⋮
と、気づいたのは夜も更けてからでした。
ヒゲの人に案内してもらえないかと結構粘ってたからね!
あんの役立たず︵ひどい︶。
で、人だかりの多いところが居住区だったようで。
はー、やっぱり人の多いところって安心する。
これでわたしがおびただしいほどの血が滴った戦斧を引きずって
いたら、完全にホラーになっちゃうけどね。
﹃666﹄がZ区分じゃなくてよかった⋮⋮
ほっといたら服とかについた血も消えちゃうし。
ていうか、そんないらない心配している場合じゃなくて。
なんだろう、雰囲気が暗いなあ。
立ち聞きするつもりはないけど、プレイヤー同士の話し声が聞こ
えてくる。
﹁どうやら開発者のひとりが狂人でさ⋮⋮﹂
﹁死ぬまでこのMMOに閉じ込められる
んだってよ⋮⋮﹂
﹁もう二度と戻れないのかなあ⋮⋮﹂
﹁脳が侵されて壊されるんだ
⋮⋮﹂
く、暗すぎる⋮⋮
な、なんでなの。
40
ここみんな憧れのゲームの中の世界なのに。
ていうか、悲観的じゃないわたしがおかしいのかな⋮⋮
それともまだ現実味がないだけなんだろうか。
後輩にも﹁先輩はいつも無駄に前向きですよね﹂って言われてい
たからなあ。
こんなときにも日記に、MMORPGの金銭事情とか書いちゃっ
てたし。
まあ、でも。
マイペースって悪いことじゃないよね?
ない、よね⋮⋮?
うわあ、隅っこにうずくまって泣いちゃっている女の子とかいる
し。
って。
⋮⋮もしかしてとは思うけど。
﹁ねえ、キミ﹂
﹁⋮⋮﹂
わたしは屈んで目線を合わせる。
黒髪の少女はええと、︻ヒューマン︼の子かな。
特に特徴がないから、そう思い込む。
お姫様なりたがり病のあの子なら、いかにも選びそうな種族だ。
声をかける。
﹁⋮⋮瑞穂?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂
しゃくりあげながら、少女は首を傾げて。
41
違う。
⋮⋮うん、あの子はこんなタマじゃないよな。
﹁ごめん、人違いだったみたい﹂
﹁⋮⋮あ、はい﹂
かすれ声だからわかりにくいけれど、やっぱり後輩の声じゃなか
った。
このゲーム、ボイスチャット必須だから必ずみんなインカムをつ
けているはずなんだよね。
だからとりあえず、声を聞けば聞き分けられるんだけどさ。
﹁あの、えと⋮⋮?﹂
わたしが動かないでいると、少女は赤い目をこすりながら疑問の
声。
うん、まあ。
さすがにこの子をひとりにしてどこかに行くっていうのはね。
わたしは穏やかな声をかける。
﹁大丈夫。なんとかなるって﹂
﹁え⋮⋮?﹂
﹁大丈夫大丈夫。だからほら、泣かないで﹂
少女は呆気にとられたようにわたしを見つめていて。
唇を尖らせた。
﹁⋮⋮そんな、無責任です﹂
あらまあ。
42
ご立腹のご様子。
別に適当に言っているわけじゃないんだけどなあ。
ほら、案外﹃666﹄ってゲームバランスしっかりしてそうだし。
って言っても納得してくれなさそう。
よしよし。
頭を撫でてみる。あ、払いのけられた。
﹁⋮⋮私、こういう物語、見たことあるんです⋮⋮
みんな、モンスターに殺されちゃうんです⋮⋮
デスゲームっていうんですよ、こういうの⋮⋮﹂
じわっと少女の瞳に涙が浮かぶ。
いやいや、そんな物騒な。
まだ殺されたらホントに死んじゃうとは限らないでしょー。
﹁案外どこかで復活できるシステムになっているんじゃないかなー﹂
そんなこと言ったらわたし、さっきウサギに殺されるところだっ
たよ。
早速脱落するところだったよ。
⋮⋮え? マジで?
⋮⋮めっちゃ怖い!
わたしが人知れず恐怖していると。
少女は赤い目を釣り上げる。
﹁希望をもたせるようなことは言わないでください⋮⋮!﹂
えー。
43
﹁だめかなあ、希望﹂
﹁⋮⋮なんなんですか、あなたホントに⋮⋮﹂
膝をぎゅっと抱えてこちらを睨む女の子。
うーん、どっかいけ、って言われているみたい。
行かないけど︵あまのじゃく︶。
﹁ちなみにそのデスゲームってさ、結局どうなっちゃうの? みん
な死んじゃうの?﹂
﹁⋮⋮いえ﹂
少女は力なく首を振る。
あんまり言いたくないっぽい。
不安そうにぼそぼそと。
﹁確か、主人公がクリアして⋮⋮それで、他のみんなも助かったけ
ど⋮⋮
でも、三分の一ぐらいの人は死んじゃって⋮⋮﹂
へー。
﹁なんだ、じゃあ良いじゃない﹂
﹁え?﹂
彼女は呆気にとられて、それから眉をひそめた。
﹁⋮⋮あなたが、クリアするんですか?﹂
﹁え、なんで?﹂
﹁え?﹂
44
さらに聞き返してくる少女。
うん、話が食い違っているね。
言い直そう。
﹁主人公は死なない。そうでしょ?﹂
﹁⋮⋮そりゃあ、死んじゃったらお話が終わっちゃいますし﹂
﹁はは、じゃあキミも大丈夫だよ。だってキミはキミの物語の主人
公でしょ?﹂
﹁いや、そんな﹂
少女は反射的に抗弁しようとして、一旦言葉を飲み込んだ。
今度は不安げな口調で。
﹁⋮⋮でも私は、チートな能力とか、私TUEEとかできませんし
⋮⋮﹂
﹁そこはまあ、頑張るしかないよね﹂
﹁⋮⋮この世界、ご都合主義じゃなさそうですし⋮⋮﹂
﹁与えられた困難に不安をあれこれ言うのって、不毛じゃないかな﹂
これはわたし、自分自身にも言い聞かせているみたい。
﹁⋮⋮うぅぅ﹂
少女は頭を抱えてうなる。
﹁まさかホントに、ですか。私がそんな⋮⋮ずっと現実でも脇役一
直線だった私が⋮⋮?﹂
﹁うんうん﹂
﹁趣味はゲームで、取り柄もなにもない私が、世界を救うんですか
⋮⋮?
45
その日が来てしまったということですか⋮⋮?﹂
己に問いかける少女。
⋮⋮結構変わっているな、この子も。
だけどね、もう泣いてはいないようだったよ。
﹁表舞台に立つチャンスじゃない﹂
笑うわたしに、ジト目の少女。
﹁私をそそのかしてどうしようっていうんですか﹂
﹁そんなつもりじゃないってば、ただ、まあ﹂
﹁なんですか﹂
﹁んー⋮⋮﹂
とか。
苦笑いをしながら、女の子の頭を撫でる。
今度は嫌がられなかった。可愛い。
﹁⋮⋮なんなんですか、もう﹂
泣いている女の子を放っておけなくて
さすがにちょっとキザすぎるかな、ってさ。
その後、女の子はわたしにあっかんべーをして去っていきました。
あー、良ければフレンド登録をしておきたかったんだけどなあ。
タイミング逃しちゃった。
ま、元気になってくれたから良かった良かった。
46
さて、と。
わたしも元気出しましょっかー。
立ち上がり、広場に集まっている数十名のプレイヤーに向かって
思いっきり叫んでみる。
みずほ
﹁瑞穂ー! いるー!? いたら返事しなさーい!﹂
人々の目がわたしを見る。
うっ、気まずい⋮⋮
いないのかっ、ホントにいないのかっ。
うん、よしいない。いやいやよくないよくない。
ちくしょーめー。
その場で五秒だけ数えて待ってから、わたしは居住区に飛び込ん
だ。
大丈夫大丈夫。あの子だってゲームは慣れているんだ。
上手くやっているに決まっているよ。
多分⋮⋮
し、信じることが一番大事⋮⋮!
居住区にインし、視界がブラックアウトした直後。
わたしは広い部屋の中に立っていた。
ひとり一室が与えられるプライベートルーム制みたいだ。
ここなら安全に寝泊まりできるみたい。
共同宿屋じゃなくて良かったなー。
っていうか広っ!
わたしの寮の三倍ぐらいあるじゃない!
っていうかガラガラっ! 家具とかなんにもないんですけど!
47
地べたで寝ろと言うのか⋮⋮
あ、でも奥にシャワールームがあるのは良いな。
なんでそんな作りこみがMMOに必要なのかはわからないけど⋮⋮
VRMMOになることを見越しての設計?
ナイナイ、ナイ。
うーん、しかしトイレもない。
ということは、この世界にいる限りそういうのはない、のかな?
かれこれ6時間ぐらいいるけれど、お花摘みにいきたい、とかま
ったくないし。
お水も飲んだのに。
不思議。
わたしは床にごろりと転がる。
もしかしてこのまま目を閉じて、起きたら寮のベッドにいたりす
るのかな。
だとしたら、ここまで書いた日記がもったいない。
⋮⋮うん、そんなことを心配する程度だから、わたしはホントに
お気楽人間よね。
とゆーわけで、初日終了。
わたしの冒険はまだまだ続く。
48
◇◆ 2日目 ◆◆
決めた。
お金を貯めたら装備よりもなによりも、最初にお布団を買おう。
次に鏡だ。
こんな、なんにもないだだっ広いお部屋⋮⋮
まったく落ち着かないですの⋮⋮
このルルシィさんのお顔、とてもおキレイでいらっしゃるから、
お化粧の心配がいらないのは良かったけれど⋮⋮
うん、お金は貴重だけれど。
ここでこれから過ごすなら、まずはストレスの軽減に務めるべき
よ。
この先、どんなことが待っているかわからないんだし。
精神だけはピカピカに保っておきましょう。
節々の痛みに耐えながら起き上がる。
あ、夢から覚めても夢のままでした。
げんじつっ!
というわけで、わたしのクエスト消化+お金稼ぎの一日が始まる
のです。
49
世の中ゼニや! 愛は買えないかもしれないけど、暖かい寝床が
買えるんや!
とかなんとかそんな感じで。
いや、愛もコンビニで売っている時代だからな⋮⋮
とか微妙に古いのはいいとして。
露天で朝ごはんのメープルパンを買い食い。
うん、おいしいおいしい。
食べ物片手にあちこち歩いてね。
明るい街を散策して地理を覚えておきましょー。
これから何日ここで過ごすかわからないからね。
先を見据えて色々と動いてかなくっちゃ。
あれ、なんでこんなにわたし意欲満々なの?
憧れのVRMMO世界だから?
この日のためにシミュレーションを今まで重ねて⋮⋮
いやいや、さすがにそれはない、それはないです。
危ない危ない。
ルルシィールさん、アブない人疑惑が浮上するところだった。
それにしても、こうして歩いているとね。
二日目なのにわたし、メッチャ馴染んでいるよね。
⋮⋮わたしって、日本のヴァンフォーレスト市生まれだったっけ?
そういえば地元も森に覆われていたような⋮⋮
ないです。
50
都は中央に執政院があり、そこが行政の要らしいんだけど。
まーそのうちにクエストで行くのかなーぐらい。
徒歩で20分ぐらいかかるみたいだから、わざわざ観光には行き
ませんよー、と。
用がないところには出歩かない。
休日はコンビニにも出たくない。
それがわたし。
ヴァンフォーレストでも絶賛ヒキコモリ中⋮⋮
執政院の西側に居住区と色んなお店がありまして。
さらに外側には、各種ギルド︵魔術師ギルドとか商工ギルドとか︶
が立ち並んでおります。
さらに右手に見えるのはー。
ヴァンフォーレストのシンボルタワー︻プランティベル︼でござ
いまーす。
街のどこからでも見上げることのできる建造品ね。
確か灯台を兼ねているとか誰か言っていたような。
あ、もちろんおっしゃっていたのはNPCの方です。
手持ちのお金がわびしいので。
とりあえず街を巡りながら、困っているNPCの方々からお話を
聴きこみ調査︵クエスト受注︶なのです。
おやそこのお嬢さん、なにかお困りで?
レーダーに﹃!﹄マークが映っているじゃありませんか。
⋮⋮困っている人、すっげーわかりやすいね。
べんりだからいいけど。
さて、お話聞きましょう。
このわたし、ルルシィールさんにお話してごらんなさい?
51
ふんふん。お手紙を届けてほしい、ね。
﹁見ず知らずの素性も知らない人に頼むのはどうかと思うなあ!﹂
⋮⋮。
はい。
NPCに無視されるのもね、段々慣れてきたよ。
とりあえず一番安いけれど、オシャレめな腕防具を購入して。
お外にまいりましょー。
ヴァンフォーレストの周囲は草原になっていて、ずいぶんと見晴
らしがいい感じ。
頬を撫でる風が気持ちいいー。
おー、昨日に比べてウサギ狩りの人たち増えたなー。
一晩経ったからね。
結局はこの世界で過ごすしかない、って決意したのかも。
昨日の女の子がいないかなって思ってちょっと気にしてみたけど、
見当たらないみたい。
うーん残念。
まあさすがに偶然見かけちゃったりなんてないか。
どこかで立派な主人公になってくれているといいな。
なんてね。
それはそうと。
害獣風情に、みんな苦労しているようだね。
フフ。慣れない武器で、みんなウサギの洗礼を浴びるがいいさ⋮⋮
52
昨日のわたしのようにな⋮⋮!
ヴァンフォーレスト周辺の︻ステッピード草原︼を少しずつ進ん
でゆくと、出てくる敵の顔ぶれも変わって来ます。
ハチやらコウモリやら鳥やら。
のんきにね。
辺りを、ふわふわと飛んでいるわけですよ。
となると背後からエリーゼちゃんをお見舞いしてやりたくなるの
は人のサガ。
知らないけどきっとそう。
そこにツボがあったら割りたくなるのと一緒ですね。
パワーグローブ⋮⋮装着。
とかいいつつ手甲を装備。
よし。
それでは。
ヒャッハー!
わたしの路銀となれー!
エリーゼ・ザ・インパクト!︵必殺技名︶
さすがに一撃とはいかなかったけれど、それでも大体三発ぐらい
で弾けていってしまいます。
綺麗な花火だー!
いやーこれ気持ちいいなー。
現実世界で斧振り回してモンスターをぶっ叩くことなんて未だか
つてなかったし。
あったら前科持ちだし。
わたし前科持ちじゃないし。
みんな大斧使えばいいのに。
ていうか、なぜかわたし以外に扱っている人ひとりもいない。
53
⋮⋮カッコイイのに、斧。
そんなとき、目が合いました。
ここに来て初めて見る。
プロデューサー、人型モンスターですよ、人型モンスター。
あれはファンタジーでお馴染みの亜人種。
そう、オークさんだね。
革鎧を着た体のおっきなお方。
あらまあこんにちは、良い天気ですねー、ってね。
めっちゃこっちに襲いかかってきたけどね。
ひぎゃー!
斧を掲げるけれども、ガードは失敗。横薙ぎの攻撃をまともに食
らってしまう。
なにこの豚、強いんだけど豚!
豚のくせに、一発が重い。
いや、豚だからこそと言うべきか⋮⋮
そんなこと今はどうでもいい。
格上にもほどがあるってばよ。
明らかに装備が間に合ってないし、スキルが足りないし。
やばい逃げるしかない⋮⋮
でもこういうタイプって。
うわあ、追ってきたー!
振りきれるかなあ! 振りきれるかどうかはゲームによるんだよ
なあ!
中には、本当に、息の根を止めるまでどこまでも、街の前までも
54
追いかけ続けてくるゲームもあるしなあ!
できればすぐに諦めてくれる、諦めの良いタイプでいてほしいん
だけど⋮⋮!
わたしはグングン逃げる。
オークはドンドン追ってくる。
剣なんて振り回しちゃてあらまあ!
なんだよチクショー!
そんなので人殴るなんてどうかしているぞ!
すっごいビリッするんだよ!
さすがに痛みがそのまま痛みとしてフィードバックされないのは
良かったけど。
でも何分の一か、ぐらいの痛みが襲ってくるの。
あと衝撃とかはそのまんまだし、恐怖感はすごいし。
気の弱い子だったら泣いちゃうよこんなの!
そ、そういえば。
今更気づくのもちょっと致命的な感じがしないでもないんだけど。
この世界のデスペナルティ︵死亡時の罰︶って、どうなっている
のかな。
確認してないんだけど!
ていうかNPCに聞いても教えてくれなかったし!
あいつらなんにも役に立たねえ︵暴言︶。
まさかリアルに⋮⋮
﹃死﹄とかやめてよね!?
ひー!
逃げ続けてさらに気づく。
55
やばい。
このまま走ってったら⋮⋮
街のほうでしょ?
ってことは。
わたし逃げる。
↓どこかでオーク諦める。
↓オークの帰り道に初心者さんがいる。
↓オーク初心者を襲う。
↓︵゜д゜︶ウマー
ってなる可能性がある。
そう、ウサギ狩りをしている人たち巻き込んじゃう。
これはれっきとしたMPK︵モンスターを利用した殺人︶行為だ。
誰かが死んだら、完全にわたしのせいだ。
そんなのはだめ。
人としてだめ。
ううむ⋮⋮
た、戦うしかないよなあ。
とりあえず振り返って斧を構える。
オークさん近づいてくる。
こわい!
でも現状。
わたしのHPは242/567。一方、オークさんまだ7割残っ
ている。
うん。
⋮⋮うん︵蒼白︶。
勝ち目ないね。
56
悟った。
ざんねん、わたしのぼうけんはここでおわってしまう。
いやいや、でも待てよ。
わたしは覚えているよ。
こんなときのためにあるんじゃないの? あの力。
そう、︻ギフト︼。
神様がくれた打開の力。
エインフェリア
それはジョブの概念がない本作において、キャラクターを個性付
ける切り札。 わたしの選んだ︻ギフト︼は︻自己強化︼。
一定時間、自らの能力を引き上げるものです。
殲滅ならわたしに任せろー! バリバリ!
攻撃痛い! やめて!
いや、でも、あれ。
これどこで使うの?
やばい。今戦闘中だし。
ログとか見ている余裕がない!
と、そこに掛け声が。
﹁今助けてやるぜ!﹂って!
わー!
キャー!
颯爽と姿を現したのは、槍を持つ長身の男性です。
太陽に背を向けて、ちょうかっこいい。
57
なにこのヒーローっぽい人。
わたし生き延びられそうな気配がするわ⋮⋮
ルルシィールさん、姫化!
乙女、待望の展開ってやつですか。
す、すてき⋮⋮
相手の猛攻を、斧で受け止めて耐える。
その隙にヒーローはオークの背中に回りこんで槍を渾身の力で突
き刺し︱︱
︱︱ダメージ一桁。
HERO...!!
﹁お、おい! こいつ強くね!?﹂
oh...my
﹁強いって! だから追われていたんだって!﹂
﹁アカン。俺のパワーが効かねえ⋮⋮ハッ! ラスボスかコイツ!
?﹂
﹁ラスボスがスタート地点の隣のエリアでエンカウントするかああ
ああ!﹂
ひーろーなどいなかった⋮⋮
神は死んだ⋮⋮
もうヤケだ。
ちくしょう。
オークを挟み込んで、必死に攻撃を繰り返すわたしたち。
連携なんてなんもないよもう。
それでもじり貧で、わたしたちは瀕死に追い込まれてゆく。
58
今度は掛け声はなかった。
わたしとヒーロー︵偽︶の間で赤い光がパッと弾けたと思うと。
直後、オークが悲鳴をあげて動きを止めた。
HPバーがググっと減っている。
こ、これは炎⋮⋮
なんだか知らないけどチャンスっぽい!
ヒーロー︵偽︶と目が合う。
おねえさま、あれを使うわ。
ええ、よくってよ、的な。
よし。
わたしたちは思いっきり獲物を振りかぶる。
渾身の力で、振り下ろす!
斧と槍が交差し。
ダァンと小気味良い音とともに、火花が散った。
それはオークのHPを最後の1ミリまで削りきり。
オークは断末魔とともに崩れ落ちた。
勝利!
第二日目・完!
﹁やったー!﹂と、わたしたちは思わずハイタッチを交わした。
すると、木陰からひとりの男性がこちらへとやってくる。
﹁相手を見てからケンカを売れよ、シス⋮⋮﹂
耳が尖っている、エルフの魔術師さん。
59
ヒ ー ロ ー ︵ 真 ︶ だ !
﹁助けてくれてありがとうございます﹂
深々とお辞儀する。
槍使いで黒髪の︻ヒューマン︼はシス。
さらっさらの金髪ロングでまさに王子様!といった風貌の︻エル
フ︼は、イオリオと仰りました。
ふたりがいなかったら完全に死んでたよもうー。
あー怖かったー!
﹁でもすごいですね。わたし、魔術って初めて見ました﹂
憧れの眼差しで見やる。
イオリオさんは頬をかき、視線を逸らす。
﹁⋮⋮まだまだ勉強中だがな﹂
おくゆかしい!
﹁いやーははは、颯爽と助けるつもりがなあ﹂とシスくん。
恥ずかしそうだ。
この子は何だか年下っぽい。
でもわたしの恩人には変わりないからね。
60
﹁あはは、存分に助かったってば﹂
﹁なら良かった﹂
﹁ていうか槍もいいね! かっこいい!﹂
﹁お、そうだろ?﹂
というと、シスくんは急に得意げな顔になって。
﹁戦士として、全部の武器を極めようと思ってな﹂
﹁なにそれすごい!﹂
手を叩いて笑うと、シスくんは嬉しそうだ。
というか、一日ぶりにプレイヤーと話せてわたしも嬉しい。
会話をスルーされないって、すてき。
HPを回復させている間に。
わたしは情報交換をすることにしました。
﹁ところで、キミたちもこの世界に来たのって昨日?﹂
この世界についてはまだまだわからないことだらけだしね。
﹁ああ。﹃666﹄をダウンロードし終わったのが、午後17時ぐ
らいだったかな?﹂
﹁そんなもんだな﹂
シスくんの言葉に、イオリオがうなずく。
﹁あ、やっぱり元々の知り合いなんだ﹂
61
ついつい口から出たその言葉に。
﹁おう、同じガッコよ﹂
シスくんは個人情報を隠そうともせず、ぶっちゃけてくる。
ってその言い方だと⋮⋮
えっ、ふたりって同い年!?
マジで!?
イオリオさん、明らかに二十代にしか見えないんですけど!
動揺をわたしは完璧なポーカーフェイスで押し隠し⋮⋮
﹁わかるわかる。コイツの落ち着きっぷりったら、マジでオッサン
の領域だし﹂
あれー。
﹁ほっとけ﹂とイオリオ⋮⋮くん。
いや、そっか。
少なくとも高校生か⋮⋮
しっかりしているなー⋮⋮
おねーさん年を感じちゃうなー⋮⋮
って、たそがれている場合じゃない。
﹁わたしがこの世界に来たのは14時ぐらい⋮⋮だった気がする﹂
だとしたら、入ってきた時間は関係ないのかな。
﹁俺とイオリオは、昨日すぐに再会できたから、色々話してたんだ
けどさ﹂
62
ゲームの中
なんじゃねーかってさ﹂
あぐらをかいたまま、シスくんが話す。
﹁ここは完全に
ほうほう。
﹁それって?﹂
アイテムバッグから日記を取り出すわたし。
完全にインタビュー態勢である。
﹁えーと、つまり⋮⋮イオリオ、タッチ﹂
﹁はいはい﹂
説明を委ねられたイオリオ。
空に指で文字を書くようにしながら。
の概念がないようなんだ﹂
﹁僕が見ていた限り、チュートリアルクエストの木製装備には、
品切れ
ピンときた。
﹁あ、なるほど。あれだけの人数が押しかけていったのに、
まだまだ装備が眠っていたもんね﹂
﹁ああ。飾られているのは全てオブジェクト︵飾り︶だろうな。
次から次へと武器が湧き出てくるような魔法の道具があるなら話
は別だが⋮⋮﹂
うーん。
63
⋮⋮まあ、ないとは言い切れない、かなあ。
異世界だとしたら、ね。
イオリオくんは野のウサギを眺めながら。
リポップ
﹁死体の残らないモンスター。やつらはどこからともなく復活する。
さらに排泄を必要としない僕たちの体は、生物として明らかに不
自然だ。
いつでも出来たての食事を売る道具屋。
他にもまだまだ材料はあるが⋮⋮つまり、ここは異世界じゃない﹂
﹁へー⋮⋮﹂
感心する。
たった一日でそんなにものを考えているだなんて。
でも。
﹁まあ、明らかにゲームの世界だよね。メニュー画面とかあるし﹂
わたしがそう言うと、イオリオくんが黙りこんでしまいました。
シスくんは﹁そりゃーそーだ﹂と大笑い。
あ、あれ。
悪いこと言ったかな。
ミもフタもなかった?
イオリオくんは咳払いする。
﹁⋮⋮というわけで、ここがゲームの世界なら、悩むだけ無駄だ﹂
﹁え、そうなの?﹂
﹁何者かが僕たちを引きずり込み、何者かが千人以上のプレイヤー
をゲームの世界に閉じ込めた。
ただ、僕たちに今それを突き止める手段はない﹂
64
うん、確かに。
﹁恐らく世界を回れば手がかりもあるのだろうけれど、ゲームを始
めたばかりの僕たちは実力不足だ。
ならば今はせめて︻スキル︼を高めるしかない、というのが僕た
ちの話し合った結論だ﹂
﹁とかいって﹂
シスくんが後頭部に手を当てて笑う。
﹁色々理屈で言っているけど、イオリオだって﹃666﹄で遊びた
くて仕方ねーんだよな。
憧れのファンタジーの冒険だぜ? 胸が高鳴らないなら男じゃね
ー!﹂
拳を突き上げるシスくん。
⋮⋮清々しい!
なにこの子、気に入った。
うちに来てわたしの妹を︵以下略︶
すみません、わたしに妹なんていません。
妹みたいな後輩だけです。
イオリオくんは呆れたように顎をさする。
﹁僕はそんな単純な行動原理で動いているわけじゃない。この世界
のことがもっと知りたいんだ﹂
﹁わかったわかった、そういうことにしといてやらぁ。な、イオリ
オ﹂
65
シスくんは彼の肩をポンポンと叩く。
が、イオリオくんは表情を変えない。
ポーカーフェイスな方みたいだけど⋮⋮
否定しないってことは案外的を射ているのかも。
でも、なるほどなー。
なんて、辛いわー。
今はとにかくなにかあったときに対処できるように、﹃666﹄
で遊んで強くなるしかないのかあ。
そっかぁ、残念だなあ。
思いっきり遊ぶことしかできない
遊ぶのだいっきらいなんだけどなー。
今すぐ脱出したくて脱出したくてどうしようもないんだけどなー。
でもそれしかできないって言うんだったら、仕方ないかー。
辛いわー︵笑顔︶。
となると、ですよ。
明らかにひとりで狩るよりも、パーティーを組んで戦ったほうが
効率がいいわけでして、ね⋮⋮?
つまり、うん。
話してみた結果、悪い人じゃないんだろうなって思ったし。
昨日の反省を生かして、わたしは勇気を出してみることにした。
さすがにちょっとだけ緊張しながら原っぱに正座して⋮⋮
﹁ねえねえ、ふたりとも﹂
シスくんとイオリオくんに。
66
﹁もし良かったら、その、パーティー組まない?﹂
なんて聞いてみたり! ぎゃ、逆ナン。
はしたない⋮⋮
大和撫子のすることじゃないけれど⋮⋮
で、でも、ネットゲームは出会いっていうし!
結構な勇気を出したんですがね!
ふたりは﹁おー﹂﹁いいよ﹂って!
軽ぅ!
﹁いいの!? こんな得体の知れないやつをホイホイ、パーティー
に加えちゃって!?﹂
﹁得体が知れないのか⋮⋮?﹂
怪訝そうにシス少年。
﹁ある日突然裏切って、とても大切なクリスタルとか奪い去ってゆ
くかもよ!?﹂
﹁それはぜひとも、しょうきに戻ってほしいものだが⋮⋮﹂
嫌そうにイオリオくん。
ふたりは顔を見合わせて、首をひねる。
キョドるわたしに温かい言葉。
﹁だって別に、そんな危険人物にも見えないし﹂
﹁ああ。断る理由もない﹂
67
なんとまあ。
おねーさん感激しちゃう。
ふたり、ひょっとして聖人なのかしら。
抱きつくまではいかなかったものの、わたしは﹁ありがとー!﹂
とふたりの手を握ってしまった。
そのときのふたりの顔。
うん、かなり引いてたよね。
わかっている。わたしだって自分を見たら、ウザいと思う⋮⋮
パーティーが三人になりました!
>前衛:ルルシィール︵斧使い︶
>前衛:シス︵槍使い︶
>後衛:イオリオ︵魔術師︶
安定感、ぱない。
いやっほーぅ!
というわけでわたしたちはヴァンフォーレストに戻って、クエス
トを受け直すことに。
︻手紙配達︼から︻汚れた毛皮集め︼、さらに︻オーク退治︼なん
てのもね。
正直、三人で組んでいたらなにも怖いものはなかったし、誰にも
負ける気はしない。
単純!
68
シスくんが片手槍と盾に持ち替えて敵を引きつけ、わたしが後ろ
から大斧を落とし、離れたところからイオリオくんが︻火の矢︼を
撃ち出す。
その連携はまさに太陽系銀河的なパーティーであって、ことごと
く敵を殲滅してゆくのだ!
平原は死の国と化す!
オークも楽々と倒せるようになって︵意外と行動パターンが少な
かった︶、わたしたちは意気揚々と凱旋したのです。
イオリオくんすらテンションがあがって﹁面白いな、このゲーム
!﹂とか叫んでいた辺り、可愛らしいことで。
ええ、若いっていいよねー⋮⋮
辺りが暗くなってきたところで、きょうの狩りはお開き。
﹁いやー楽しかった﹂
完全に脱出する目的も忘れて、ゲームを満喫しているわたしがい
ました。
だ、だって強くならないとあちこち冒険できないし⋮⋮︵震え声︶
っていうか、シスくんもイオリオくんも疲労感と満足感の混ざり
合った笑みを浮かべて賛同してくれたし。
あ、収穫品は均等に三等分なのですよ。
﹁きょうはありがとうね、ふたりとも﹂
69
仲間に入れてくれて、とお礼を述べる。
すると、ふたりはピッピとメニューを操作し出して⋮⋮
え、NPC化⋮⋮!?
違ったようです。
﹁よし、じゃあフレンド登録しようぜ、ルルシィールさん﹂
なんと。
ログを確認すると。
わたしのメニューの︻フレンドデータ︼が点滅しているじゃあり
ませんか。
﹁登録しておくと、相手がどこにいても通信が送れるんだよ﹂
と、リストにシスくんの名前が浮かぶ。
それを選ぶと︻コール︼のメニューが表示される。恐る恐るたっ
ち。
﹃はい、こちらシス﹄と、耳元に声が!
なにこれ便利!
﹁文字チャットも送れるからな﹂
付言するイオリオくん。すげー。
電話代とか、かからない? パケット使い放題?
﹁って、ってことは⋮⋮ま、また今度、よろしくお願いします?﹂
﹁おう﹂
﹁ああ、また遊ぼうぜ﹂
さ、爽やか⋮⋮!
70
なんだこいつら、天使か!?
小生意気じゃないのに⋮⋮
うー、いいなあ。
仲間って良いなあ⋮⋮!
と、メニューと彼らを見比べていると、わたしはそこで︻サーチ︼
の項目に気づく。
そういや今まで試したことはなかったけど⋮⋮
もしかしてこれで瑞穂を見つけられるんじゃない?
ワールドサーチ機能は、ほとんどのネットゲームに導入されてい
る馴染み深いシステムだ。
だが、その詳細はMMOによって微妙に異なる。
一度入ったエリアだけはサーチできるもの。
どこの場所でもサーチできるが、人数しかわからないもの。
フレンド登録をしたキャラの居場所だけがわかるもの。
多種多様だ。
ちなみに﹃666﹄のサーチ機能は、というと⋮⋮
①現在いるエリア > サーチ可能 > 人数+キャラクターネ
ーム+種族
②フレンド登録相手 > サーチ可能 > 現在地のみ
③一度入ったエリア > サーチ可能 > 人数のみ
④未到達エリア > サーチ不可能
ということらしい。
なるほど。
ならば、始めた時期が一緒なんだから。
わたしはヴァンフォーレストにいる瑞穂を、このサーチ機能を使
って探し当てることができる、ということだ。
71
だけど。
う、わたしあの子のキャラクターネーム知らない⋮⋮
わたしはどのゲームでも﹃ルルシィール﹄とつけている。
これがわたしのネットの名前、的な。
ハンドルネームとも言うかな。
こういう人は多いと思う。
どのゲームでも固定の名前。
悩む必要もないしね。
推測だけれど、シスくんとイオリオくんもそうだと思う。
だからふたりは早くも合流することができたんだろう。
だけど瑞穂の名付け方は特殊だ。
あの子はその時の気分でつける。
あるときはマリー。あるときはスカーレット。あるときはキャン
ディー。
あまりひねった名前はつけない。
女の子らしい響きの名前が好き。
それぐらいだ。
こんなことなら、瑞穂のキャラクターネームを聞いておけばよか
った。
ダメ元でサーチを実行してみる。
今このヴァンフォーレストに滞在しているプレイヤーの名前が、
ずらっと表示されてゆく。
全世界で何人が閉じ込められているのかはわからないが。
都周辺にはどうやら1000人近くが滞在しているようだ。
1000人の中からひとりを絞る?
無茶だわ⋮⋮
72
絞り込もう。
まず、性別は女性。
これで残り300人
次に、あの子は必ず︻ヒューマン︼を選ぶ。
お姫様好きの、そういう子だ。
エルフもちょっと怪しかったけれど⋮⋮まあ、今は良い。
これで残りは200人。
この200人の中から、瑞穂がつけそうな名前を推測しなければ
ならない。
アンナ、ビビット、ヨギリ、ファルマ、バズ、
ディエーア、パイナップル、ニミー、ペロンチョ⋮⋮
数々の名前をスクロールさせて。
わたしの目は、ついにひとつの名前を捉えた。
﹃ルビア﹄
これだ。
それはもう、最終的には直感だったんだけれど。
あの子ならきっと、これを選ぶ、はずだ。
短い付き合いではないのだ。
﹁うん、ありがとうね、シスくん、イオリオくん!﹂
わたしは顔をあげた。
ふたりとも、しばらく固まっていたわたしを心配そうに見つめて
いたけれど。
73
﹁⋮⋮どうかしたか?﹂
訝しげに尋ねるイオリオくんに。
わたしはニコッと笑った。
﹁次に会うときは、わたしの大切な後輩を紹介するね! ばいばい
!﹂
ふたりへの挨拶もそこそこに。
わたしは駆け出す。
彼女はこの街にいる。
ヴァンフォーレストのどこかに、いるのだ。
外周を走れば一時間。
乱雑に立ち並んだ民家やギルドの間を走り回る。
﹃666﹄の人探しはまだ簡単だ。
視界の左上に常にレーダーが表示されているのだ。
そこを見れば、人の気配はすぐにわかる。
多分ステルス技能とかなんかで、隠れられるんだろうけれど。
あの子がそんな小技の効いたスキルを覚えているはずがない。
ルルシィさんの体は頑丈だ。
どんなに走り回っても、足は痛くならない。
呼吸は苦しいけれど、それだけだ。
スタミナだって、休めばすぐに回復する。
74
あと必要なのは根気と根性。
あんまり自信はないけれど。
まああの子に会えるなら、ちょっとは我慢してあげるさ。
中央区にはいないでしょう。
港区もとりあえず後回し。
探すべきは居住区のある西区だ。
汗だくになって、わたしは駆けずり回ってさ。
二時間ぐらいかな。
屋敷の軒先に体育座りをしていた少女を見つけ出した。
彼女は退屈そうに、あくびを噛み殺していた。
特徴的なピンク色の髪をツインテールに結んでいる。
まるで中学生のような背丈の小柄な美少女。
半透明のウィンドウを呼び出して、彼女の名前を確認。
︱︱ルビア。
ビンゴ。
あー、もう、疲れた。
手間取らせやがって、この。
自分はずいぶんとのんきなもんじゃないの。
口元に手を添えて、叫ぶ。
﹁みずほー! とっとと帰るわよー!﹂
ハッ、として。
彼女は顔をあげた。
その目はまん丸。
だが、徐々に喜びに染まってゆく。
75
立ち上がった彼女は、まるで親を見つけた幼児のようで。
こちらに向かって全力でダイブしてきやがった。
﹁ せ 、 先 輩 ぃ ∼ ∼ ∼ ! ﹂
うわっと、っと。
わたしは抱きついてきた彼女を、ひしと受け止めた。
というか。
うっわ、軽ぅ。
わたしの一年下の後輩は、ずいぶんと若返ってしまったようだ。
ちょっと羨ましい。
⋮⋮わたしもロリっ娘にすればよかったかな。
なんてことを思ったり。
76
◆◆ 3日目 ◇◇
寝息を立てるルビア。
彼女はクロースに包まっていた。
毛布だとかそんな豪勢なものはないんです。
あれは先日わたしが裁縫ギルドで買ってきた、まるごとの反物で
ある。
もう少しお金貯まったらベッド買う⋮⋮
4に区切られたウィンドウが出現する。
で、腰に括りつけているアイテムバッグを軽く叩く。
すると4
これが初期バッグと呼ばれる、道具袋です。
その通り、16個までアイテムを詰め込むことができる。
装備品は含まず。
少ないけれど、まあ今はこんなもんってことで。
ウィンドウ内には、中に入っているものが小さなアイコンで表示
されています。
そのアイコンを指差すか、あるいは対象アイテムを思い浮かべな
がらアイテムバッグを探ることによって、道具を取り出すことが可
能となる。
普段は前者。戦闘中は後者って感じかな。
というわけで、取り出すのは︻日記︼と︻羽ペン︼。
ぽんっ、と小さな音を立てて具現化。
うわー、すげー。
何度見ても魔法みたい。
77
ホイ○イカプセルみたい︵古︶。
日記を開いて、ページをタップ。
さらに羽ペンを使用すると、なぜか出てくるのはキーボード。
いや、楽だから全然いいんだけど。
ちょっと釈然としない。
まあいいや。
わたしが現実世界に帰った時のネタ帳が充実してゆく⋮⋮フフフ
⋮⋮
一心不乱にカタカタカタカタとキーボードを叩いていると。
﹁せんぱぁ∼い⋮⋮﹂とうめき声。
おや、お目覚めのようだね。
枕元のケータイを探すように、パタパタと手を動かす。
わたしは日記と羽ペンをしまうと、その小さなおててをぎゅっと
握る。
﹁はいはい、いますよ。ここにいますよ、先輩は﹂
握手しながら手を揺らす。
片手でアイテムバッグをまさぐり、ウォーターボトルを取り出す。
﹁お水飲むかい、飲むかい﹂
﹁飲みますぅ∼⋮⋮﹂
トレード
はい、というわけで手渡しする。
相変わらず、朝弱いなあ。
78
でもなんか、そういう変わらないところ。
ちょっとだけホッとしたり。
彼女は瑞穂。キャタクターネームはルビア。
一緒に遊ぶつもりだった、わたしの後輩である。
﹁しかしまた、可愛らしいキャラメイクにしたねえキミ﹂
﹁ふにゃあ?﹂
寝ぼけながら、目をこすって起き上がる。
彼女は肌着姿。
大きなシャツをはおって、下はパンツだけ。
男の子の部屋に泊まった美少女そのものです。
まあ、パジャマがないから仕方ないね。
おっきな瞳はとろんとしていて。
うん。
可愛い⋮⋮
特に目を引くのは、ふわふわでピンク色の髪。
そういったものが許されるのは二次元だけのことで、三次元で見
ると痛々しい⋮⋮
というように思っていたのだけれど。
ルビアちゃんのそれは、なぜだかわからないけれど、非常に似合
っていた。
これもこの世界の力なのだろうか。
ていうか、全体的にちっちゃくて。
急に妹ができてしまったようだ。
なにこの子、ちょうかわいい。
いつもの小生意気な仕草も、ルビアちゃんがやるとキュートだ。
79
手足も短くなって、まるでお人形さんみたい。
ロリロリしい⋮⋮
あらやだ、おねーさんドキドキしちゃう。
かわいいじゃないか⋮⋮
﹁⋮⋮なのに胸は大きいってこれどういう詐欺⋮⋮!﹂
﹁ファッ!?﹂
﹁こんな子を自分の部屋に招いているとか、なんだかイケナイこと
をしているようだ﹂
﹁ちょ、ちょっと先輩! なんで息荒げているんですかぁ!?﹂
ちょっとしたジョークなんだけど。
なんだか本気で後退りしてビビるルビアちゃん。
野獣の眼光に見えたのかしら。
怯えて潤んだ瞳もなかなかのもので⋮⋮
⋮⋮じゅるり。
っていやいや、やめようやめよう。
中身はあの瑞穂だぞ。騙されるなわたし。
ルビアは口を尖らせる。
﹁あたしのことばっかり言って。先輩だって、相当スカしているじ
ゃないですかぁ⋮⋮
宝塚みたいな見た目ですぅ﹂
え、そうかな。
結構普通に作ったと思うんだけど。
でも美系フィルターがかかったのかな⋮⋮
むむむ。
80
﹁そういうの冷静に指摘されると結構恥ずかしいな⋮⋮﹂
でしょぉ∼? と目で睨まれる。
つり目も、あらかわいい。
﹁ふーんだ。まあ、元々の面影もかなり残ってますから、許してあ
げますけどぉ﹂
そりゃあ、どうなっても似てきちゃうもんなんじゃないかな。
ルビアちゃんだって、やっぱり本人に似ているし。
それにしても、ぷくぅと頬を膨らませて⋮⋮
かっわいいな、ルビアちゃん⋮⋮
わたしが角度を変えながら、じーっと見つめていると。
ルビアちゃんも、まんざらでもないようだ。
こちらの視線を意識しながら、頬を染めたりしちゃって。
を通り越して、
あざとい
だ⋮
﹁えへへ﹂などと笑い、髪の毛をくるくると指でいじってみせた。
⋮⋮くっそう。
可愛い
こんなに可愛さに、目を奪われるなんて。
もうここまで来ると
⋮!
せっかくだから、先輩後輩水入らず。
少し遅目の朝ごはんを買ってきて、お部屋で頂くことにした。
お金はないけれど⋮⋮
81
感動の再会だからね。
使える範囲で豪勢に。
スモークサーモンのマスタードサンドに、新鮮採れたて山菜サラ
ダ、果汁満点オレンジジュースですの。
床に並べて食べるのは、ちょっとお行儀が悪いけれど⋮⋮
まあしょうがない。
うん、見た目にもいいねいいね。
昨日一日分の食費の、三倍のお値段だからね⋮⋮︵震え声︶。
﹁ほわぁ∼∼∼∼♡﹂
ただその代わり、ルビアちゃんはニッコニコ。
手のひらを合わせて、目をキラキラさせています。
﹁こ、この世界、こんな素敵な食べ物もあるんじゃないですかぁ∼
∼∼!﹂
﹁そ、そうね﹂
まあ、喜んでもらえたから良かったかな⋮⋮
遠ざかるベッドの夢⋮⋮
まるでリスのように頬を膨らませて。
満面の笑みでマスタードサンドを頬張るルビアちゃん。
ああ、幸せそう。
﹁う∼∼⋮⋮久々に人心地のつくものをいただきましたぁ∼∼⋮⋮
♡﹂
ルビアちゃんは別に、食いしん坊属性とかないんだけどなあ。
82
少食で、朝は食べずにお昼はサラダ、夜も食べているんだか食べ
てないんだか、っていうレベルの子なのに、この喜びっぷり。
むしろ、逆に心配になってきちゃう。
﹁キミさ、この二日間なにをしていたの?﹂
オレンジジュースをごくごくと飲んで。
ぷはぁ、と可愛らしい息を吐くルビアちゃん。
もう彼女は着替えていて、初期装備であるローブ姿です。
なのに、丈はひざ上15センチぐらい。
初期装備の丈の長さとか、調節できたかしら。
美脚丸出しですよキミ。
まあいいや。
ことり、と床にグラスを置いて、彼女は語り出す。
﹁えっとぉ、話せば長くなりますが∼∼⋮⋮﹂
わたしみたいにブログ︵てかネタ帳︶を書いていれば見せるだけ
でいいのだが。
まあ、そんな奇特な人はいない。
思い出しながら語るルビアに、わたしはウンウンと熱心にうなず
く。
ルビアはやはり、突然MMOの世界に引きずり込まれたことによ
って、相当なパニックを起こしていたらしい。
もしかして、これが最新のゲームなのか? とか考えたりして。
そんなわけがない。 しばらくどこにも行かず、頭を抱えていたようだ。
83
そのうちスタート地点の広場で﹁協力して生き残ろう﹂と呼びか
ける男性が現れたらしい。
英雄的行動だ。
主人公のようだ。
わたしもやればよかったなあ、そういうの。
自分の楽しみのために、すぐさまあちこちに行っちゃったし。
⋮⋮だ、だめなやつ!
ともかく。
ルビアもその輪の中に入って話を聞いていたところ⋮⋮
ふんまん
彼女はすぐ違和感に気づいたという。
憤懣やるかたないといった表情で。
﹁その人、集めてたの女の子だけなんですぅ!﹂
﹁あーそういう⋮⋮﹂
あるある。
ネットの中で、女性キャラだけ集める人、いるいる。
なんだろうね。コレクション精神なのかな。
見た目も麗しいしね。
このルビアちゃんなんて、特にそう思う。
アバターの可愛さに現実の瑞穂の美人具合が上乗せされているよ
うな気さえするよ。
わたしは出会い目的のネトゲでも、なんとも思わないけれど。
初日でそんな根性があるっていうのもすごいし。
しかし、ルビアは許せなかったようだ。
顔を真っ赤にしながら力説する。
84
﹁もしかしたらこのままずっと閉じ込められちゃうかもしれないよ
うな状況で、ナンパしているような人についていけますかぁ!?
真剣味足りなさすぎですよ! きー!﹂
﹁ほ、ほら、たまたまだったのかも﹂
見知らぬ青年をフォローするも、かなり無理がある。
この﹃666﹄の世界、男女比は大体5:2ぐらいである。
ネットゲームにしては、割と女性多めだけど、まあこんなもんか
な。
で、ひとりで生きようとしたルビアちゃん。
だけど、上手くいかなかった模様です。
﹁歩けばパーティーに誘われて⋮⋮うちのギルドに来ない?って誘
われて⋮⋮
もぅ、なんにもできないんですもん⋮⋮﹂
あれ、なにそのモテっぷり。
わたしのやってるゲームとちがう。
これ、一番嫌われるっていう、自虐風自慢ってやつじゃない?
無自覚なるルビアちゃん。
ため息つきながら語ります。
﹁皆様、目が怖いっていうかぁ、﹃俺が俺が﹄感が強すぎるってい
うか⋮⋮
声をかけていただけるのはありがたいのですがぁ⋮⋮
チョット遠慮したい感じでして⋮⋮﹂
ルビアちゃん、結構人見知りだからね。
指をくるくる回してもじもじ。
85
かわいい。
﹁ははあ⋮⋮まあ、歩く合法ロリだからねえ、今のキミ﹂
声は現実の世界のままみたいだけど。
でも、元々アニメ声だからな後輩⋮⋮
ちびっ子に見えてもおかしくない、かな。
うーむ⋮⋮
﹁そんなこんなで、人の少ないところを探してフラフラしてたらお
腹も空いちゃって⋮⋮﹂
なるほど。
アワレだ。
﹁早く見つかって良かったよ。もう少しで薄い本が厚くなるところ
だったね﹂
﹁なりませんけどぉ!?﹂
彼女は涙目で叫ぶ。
だがすぐにコロッと表情を変えて。
﹁それにしても先輩、どうしてあたしのことがわかったんですかぁ?
名前だって、顔だって違うのに﹂
﹁ああそれ﹂
わたしはニッコリと微笑む。
﹁愛、かな﹂
86
謎のカメラを意識したキメ顔。
するとルビアちゃんは﹁えっ﹂と身を引いて。
それから頬を染めた。
﹁や、やっぱり、先輩⋮⋮♡﹂って。
急にもじもじし出して。
あ、やばい。
これアカンやつだわ。
撤回。撤退。
﹁な、なんてね、ジョークよ﹂
﹁⋮⋮えー﹂
不満そうに言われちゃった。
なんなのかしら。
最初からこの子の好感度、MAXなのかしら。
なんてちょろゲー。
それはいいとして。
コホン、と咳払い。
ま、半分は嘘じゃないんだけどね。
﹁ほら瑞穂、宝石好きだし。お誕生日七月だから、誕生石ルビーじ
ゃない?﹂
﹁あ、はい。そうですけどぉ⋮⋮?﹂
彼女はちょこんと座って、わたしを見つめている。
が、あれ、って首を傾げた。 87
﹁って、え? まさか、それだけ?﹂
﹁うん﹂
頷くと、ルビアちゃんは脱力したようだ。
深いため息をついて肩を落とす。
﹁そんなぁ∼∼⋮⋮まるで奇跡みたいな偶然じゃないですかぁ∼∼﹂
﹁なんとなくビビっと来たんだって。
結果カンだったとしても、見つけてあげたんだから感謝しなさい
よもう、後輩﹂
額を指でつっつく。
すると、彼女は児童のように口を尖らせた。
﹁感謝は、してますけどぉ⋮⋮﹂
素直にお礼は言いたくないみたい。
ここらへんがルビアちゃんの瑞穂たるゆえんよね。
﹁でも実際、どうしますぅ? これからぁ﹂ ルビアは不安げな視線を向けてきた。
わたしは気づかないフリをして問い返す。
﹁なにがさ?﹂
﹁だからぁ、二度とこの世界から出られなくなったら⋮⋮ってこと
ですよぅ。大学とか﹂
あー、うん。
88
そこらへんねえ。
あんまり深刻に考えないようにしているんだよね。
だって心配してもしょうがないじゃん?
わたしはルビアちゃんの頭に手を伸ばす。
髪を撫でり撫でりすると、彼女は小さく﹁あ﹂と声を漏らす。
感触は伝わっているようだ。
﹁そんなことを心配してもねえ。大丈夫よ。
いざとなったらわたしが助け出してあげるから。ね?﹂
ぱっちりとウィンク。
しばらく彼女はわたしを見つめていたけれど。
これみよがしにため息をついちゃいました。
﹁先輩といると、悩んでいるのが バカらしくなってきますぅ﹂
いやいやいやいや。
わたしだって色々考えているんだからね⋮⋮!?
ホントだよ!?
さて、腹ごしらえも済んだし。
﹁それじゃあ早速冒険に行こうぜ!﹂
立ち上がる。
ルビアは﹁えー﹂とうめいた。
89
わかりやすいほどの嫌な顔だ。
﹁きょうぐらいはゆっくり引きこもっていましょうよう﹂
三日目にしてお疲れの後輩ちゃん。
この体、筋肉痛とかまったくないくせに。
﹁なーに言ってんの。
せっかくこんな貴重な体験しているんだから、ホラ、行こ行こ!﹂
と、渋るルビアちゃんを無理矢理立たせる。
しっかりと稼いで、ベッドと姿見買うんだからさ!
それに毎日おいしいご飯も食べたいし。
素敵な服だってほしい。
あれ、わたし完全に﹃666﹄にハマっているな。
これネットゲーマーの初期症状だな。
居住区から外に出る。
木々の間から差し込む太陽の光が眩しい。
うーん気持ちいいー。
伸びをする。
﹁いいとこでしょー、ヴァンフォーレスト﹂
わたしはすっかり気に入っちゃった。
空気がおいしいのなんの。
いや、知らないけど。
でも多分そう。マイナスイオンとか出ている。
90
﹁なに森ガールを気取っているんですか先輩。似合わないですよぅ
⋮⋮って、あいたっ﹂
﹁ふてぶてしさが戻ってきたじゃないか、後輩くんよ⋮⋮﹂
にっこりと笑う。
悲鳴をあげるルビア。
すると、周りを歩いていた冒険者たちが一斉にこちらを見やる。
主にわたしを非難の目で。
なんだこれ。
わたしが美少女をいじめているみたいじゃないか⋮⋮
﹁その外見卑怯だぞぉ⋮⋮﹂
﹁ふぇ?﹂
無自覚に、己の武器を発揮するルビア。
彼女を連れて、あのヒゲさんに会いに行く。
この子ってばまだチュートリアルもやってないんですってよ。
というわけで、装備を漁るルビアちゃん。
﹁3分以内に支度しな!﹂と促すと、﹁わ、わ!﹂と目移りしてい
る模様。
武具の立て掛けてある小屋の中は、まるで宝石箱のよう。
わかっているんだよ。
ファンタジー好きはこういう作り込まれた小道具とか武器防具と
かさ。
とんでもなく大好きなんだから。
わたしもそうだから、わかるのさ。うふふ。
91
木剣を持つルビアがウサギに泣かさせるところを見て爆笑してい
たわたしの元に、コールが届く。
お、昨日一緒に遊んだシスくんたちだ。
回線を繋ぐ。
﹁もしもしー﹂
﹃も、もしもしー、きょうはどうしますかー?﹄
あれ、なんか声が若干緊張している?
シスくん、だよねこれ。
慣れてない感じがまた可愛いような⋮⋮
って節操ないなわたし!
﹁えーと﹂
わたしはへたり込んでいるルビアを横目に。
﹁実は前から探してた友達が見つかってさ﹂
後輩は起き上がってこちらを不審そうに見つめている。
べらべら独り言を喋っているように見えるだろうからね。
今は待って。
後で説明するから。
﹃おー、そいつはめでたいっすね。じゃあ一緒にやりますか?﹄
﹁ううん、それが今チュートリアルの最中で、もうちょっと﹃66
6﹄の世界に慣れてからのほうがパーティーは良いんじゃないかな、
92
ってさ。
だからまた明日一緒に遊ぼうよ﹂
わたしの都合の良い申し出を。
あちら側は快諾してくれた。
﹃りょーかいりょーかい。そういうことなら、また明日だなー﹄
うーん、変に追求もしてこないし。
気の良いやつだなあ⋮⋮
今みたいな特殊な環境に置かれてさ。
実際は生きているかもどうかわからないで、何の保証もなくて。
絶望したり精神をおかしくしても不思議じゃない状況で。
それでも人のことを気遣うような人がいるなんて。
ありがたい話じゃないのまったく。
実はきょうね。
ごはんを買いに行ったときに、黒い噂を聞いたりもしていたんだ。
一部のギルドが街の実効支配を始めるとか。
町の外でプレイヤーの女の子が乱暴されたとか。
﹃666﹄がどんなに素晴らしいネットゲームだったとしても。
結局、遊ぶのは人間だ。
人間が変わらなければ、どこにいったって同じことだ。
どこだって人間は黒にも白にも染まり得る。
だから。
こんな環境下だからこそ、ね。
魂だけは高潔に保っておきたいって思う。やっぱさ。
93
そんな風に、わたしはわたしのポリシーを定める。
これからブレてしまわないように。
﹁⋮⋮独り言をつぶやいたと思えば、したり顔でうなずいて⋮⋮
心の病にかかった可能性がありますぅ⋮⋮!﹂
うるさいよキミ。
一日の長を発揮し、わたしはルビアを偉そうに監督しつつ。
クラフトワークス
と呼ばれる、このゲ
ウサギの皮に、チクチクと針を通していた。
今行なっているのは、
ームの合成方法だ。
裁縫ギルドで仕入れた︻針︼を使用し、加工にチャレンジしてい
る最中です。
なんだけど。
一向に進展がなかった。
なんかやり方が違う気がする⋮⋮
もうちょっと調べてみてからやろうかしら⋮⋮
The
LIFE﹄の特色のひとつに、ボイスチャット
ちょっと話が飛ぶけれど。
﹃666
必須環境というものがあります。
なんとこのゲーム、ログインパスワードが声紋認証なのです。
これは近代の電脳犯罪問題に対するセキュリティの回答と言われ
ていて、発表当時は様々な物議を醸しだしたらしい。
けどまあ割愛。そんなに詳しくないし。
94
他にも、﹃666﹄にはレベルというものがない。
レベル10の敵が現れたー、逃げろー。とか。
そういうのがない。
慣れてない人には、強弱の順列がちょっとわかりにくいかもね。
でもその代わり。
キャラクターの個性は全て︻スキル︼によって定められているの
だ。
ちなみにわたしの戦闘スキルの一部を見てみると、この通り。
◆大斧 ◆体術
◇縦攻撃 ◇横攻撃 ◇刺突 ◇ケアレスアタック
▲正面攻撃 ▲戦略 ▲戦術 ▲両手持ち
▽受け流し ▽武器防御 ▽弾き ▽回避 エトセトラ⋮⋮
うん、そうなの。
前にも書いたけどね、すごいの。
とんでもない量なの。
例えばウサギに対する攻撃を例にあげてみると⋮⋮
︽草食動物学︾や︽解体︾とか、戦闘には直接関わりのない技能も
加味されて。
LIFE﹄たる所以。
複雑な計算式の結果、ダメージが算出されているんですよ。
これが﹃666﹄の最大の特長。﹃The
歩くだけでも︽歩行スキル︾が上昇するという設計。
総スキル数一万オーバーらしいからね。
95
しかも1でも習得していないものは表示されない。
ギルドで教えてくれるものもあるらしいけど、基本的には見つけ
出すしかない。
おまけにこの世界には、まとめwikiがない。
こういったゲームにこそ、もっとも必要なのに。
どんな武器が強くて、どんなルートで能力をあげていくのが最適
解か。
そういったものを導いてくれるような指針は、この世界にはない。
まったくのゼロ。
無色透明の大地。
だからこそ楽しい。
自分で探す喜びがある。
ただ、この場合。
⋮⋮クラフトワークスのやり方ぐらいは教えてほしかったけれど。
つまり、わたしは困っております。
﹁やっぱりギルドにいって︽裁縫︾を教えてもらうしかないかなあ﹂
﹁せんぱ∼ぃ∼∼⋮⋮﹂
と、首をひねるわたしのあちら側。
よろよろとやってくるのは、後輩じゃないか。
﹁あら、どうしたの、ボロボロで。あとなんかちょっと痩せた? 髪切った?﹂
﹁ウサギさん5匹殺ってやりましたよぉ∼∼⋮⋮﹂
96
剣を杖に肩で息をしている。
心なしか目が据わっているような。
﹁おお、やったじゃないか後輩。もう日が傾いちゃったけど。ヒゲ
さんに報告しよう﹂ ニコニコと告げる。
しかし、彼女はなぜか不満そうだ。
﹁ちょっとくらい手伝ってくれてもぉ﹂
そんなことを恥ずかしげもなくつぶやく。
これだから達成感を知らないイマドキの世代は⋮⋮ ﹁先輩だって、あたしのひとつ上なだけじゃないですか⋮⋮﹂
あれ、聞こえていたようだ。
まあいいけど。
わたしはちょっと戦い足りないけれど。
でも、きょうのルビアちゃん頑張っていたからね。
あんまり運動も得意じゃない、ヒキコモリ体質なのに。
﹁とりゃー﹂と叫び、斬りかかってさ。
うん、エライエライ。
褒めてあげよう。
﹁うん、頑張った頑張った、ルビアちゃん﹂
﹁でっしょ∼?﹂
腰に手を当ててふんぞりかえる。
97
﹁ルビアちゃんかわいい、ルビアちゃんすてき﹂
﹁ふっふーん﹂
﹁ルビアちゃんだいすき! ルビアちゃんあいしている!﹂
﹁えっへっへ∼﹂
あ、もう機嫌が良くなった。
ちょろい。
ルビアちゃんちょろい。
というわけで、夕暮れだし。
﹁さ、帰りましょ﹂
わたしの差し出した手を。
﹁はぁーい﹂
ルビアちゃんがそっと握ってきて。
わたしたちふたりは、あのなにもないがらんどうのお部屋に帰る
のです。
でもさ。
誰かが一緒にいてくれるって、とても幸せなことよね。
だからわたし、この世界で当分やっていける気がするよ。
瑞穂が一緒で、本当に良かった。
⋮⋮口には出さないけどね。
98
﹁ああ、きょうの稼ぎを足したら、ベッド買えるかなあ⋮⋮﹂
﹁早いところ、ふかふかのお布団で眠りたいですぅ⋮⋮﹂
なーんて、言い合いつつ。
99
◆◆ 4日目 ◆◆
﹁やっほー、またよろしくねー﹂
朝食後、木漏れ日の下。
手を挙げて元気よく挨拶するわたし。
その後ろには、木の影に隠れるみたいに後輩が縮こまっている。
雛の鳴くような声を出す。
﹁よろしくお願いしますぅ∼⋮⋮﹂
人見知り発揮してますねコレ。
わたしにとっては見慣れたアレです。
﹁おー、そっちが昨日言ってたー﹂
シスくんが会釈する。
﹁どうも、シスっす﹂
﹁よろしく、イオリオだ﹂
続いて、イオリオくんが頭を下げた。
ふたりの装いは一昨日とは若干変わっています。
まずシスくん。
ボロ布みたいな革鎧をまとっていた彼は、こざっぱりとしたレザ
ーアーマーに。
100
装備のランクがワンランクあがったみたい。
それだけでちょっと凛々しく見える。
で、続いてイオリオ。
彼は手に持った杖の種類が変わっている他に、防具はどこも変わ
っていないみたいだけど。
ただひとつ、凄まじい変化があった。
メガネかけてる⋮⋮!
どこで入手したんだ。
金髪ロンゲ眼鏡エルフ魔術師、だと⋮⋮
シスくんキャラ負けてるぞ!
﹁ねえねえイオリオくん、それって﹂
わたしが指さすと、彼はメガネの縁を持つ。
﹁ああ、これか。別に防具でもなんでもないけれど、ないと落ち着
かなくてな﹂
スキン
﹁なるほど、skinなんだ﹂
﹁皮?﹂
﹁あ、えっとね﹂
尋ねてきたシスくんに説明する。
﹁元々は装備の見た目をskinっていうんだけどね。
いつしかそれが見た目が変わるだけの装備をskinって呼ぶよ
うになったんだよ﹂
﹁ああ、つまりオシャレ装備ってことだな﹂
﹁うんうん﹂
101
イマドキはほとんどのMMOにあるね、skinアイテム。
PS○シリーズは特に有名かな。
見た目が良いものは、それだけで高価だったりするし。
MMOは大事よね、見た目。
ちょっと違うけれど、頭防具の見た目を表示するか表示しないか、
っていうオンオフ機能がついていないと、わたしはちょっとげんな
りする。
せっかく凝って考えた髪型が、ずーっと防具に隠れているなんて、
つまんないし。
対するわたしたちふたりは、質素なローブ姿。
ローブっていうかワンピースみたいなものだけどね。
街中の女の子がほとんどコレを着ているから、なんかこの街で大
流行しているオシャレみたいな感じ。
ちょっと制服っぽくもあるね。
でも4日目に突入して、そろそろ飽きてきた。
新しいおよーふくに着替えたいでござる。
それはいいとして。
﹁さ、きょうはなにして遊ぼっか、シスくんリオくん!﹂
にぱーっとした笑顔を浮かべるわたし。
一日の始まりがこんなに楽しいなんて、いつぶりぐらいだろう。
高校生、中学生、小学生?
いや、あれはそう。
﹃666﹄の稼働日ぶりだね。
4日前だった。
102
ううむ。
で、わたしの言葉に引っかかったようだ。
ン? と動きを止めるのは、金髪ロンゲ眼鏡エルフ魔術師。
﹁リオ?﹂
わたしはうなずく。
﹁うん。ほら、イオリオ、って長いし﹂
﹁たった四文字じゃないか﹂
ルルシィ
ルルシィール
でいいよ。それなら呼びやすいでしょ
のほうがよっぽど長くないか?﹂
彼はこめかみを指で抑える。
﹁それなら
﹁うん。じゃあ
?﹂
すると、リオくん。
彼は顎をさすりながらつぶやく。
﹁なら、僕もイオリオでいい。敬称は不要だ﹂
イオリオ、リオくん。
同じ四文字。
天才現る。
﹁ならオレもそれでいいや。シスでよろしく﹂
とシスくん、もといシス。
103
あらあら。
なんて良い子たちなんでしょう。
しかし、ですね。
美形の男性ふたりを前に、ルビアはすっかり萎縮していた。
完全にわたしの体を使って、ガードモードです。
うーん。
このままじゃ、同じパーティーとしてイカンよね。
これから一緒に遊ぶ仲間だし。
しょうがないなあ。
ここはおねーさんが、潤滑油になってあげようじゃないか。
わたしはルビアちゃんの肩を掴んで、前に押し出す。
﹁わひゃあ!﹂
叫び声まであざとい。
これが女子力か。
﹁で、この子がルビアね。
昨日も言っていたわたしの後輩だけど、根性ナシだから優しくし
てあげて﹂
﹁うう∼﹂
ルビアは前髪をいじりながら、目を伏せる。
﹁紹介のされ方がひどいけど事実なので言い返せませぇん⋮⋮﹂
わたしとルビアのやり取りに、ふたりは笑ってくれたようだ。
緊張ほぐし成功、的な?
104
﹁ルルシィはなかなかひどい先輩のようだな﹂
イオリオがニヤついている。
わ、悪そう。
﹁可愛い後輩、いじめちゃーだめだぞー﹂
おっと、なぜかシスまで敵に!?
おっかしいなあ。
本人に確認してみましょ。
﹁いやだなあ。わたしってば優しい先輩よねえ。ねえ? ルビア﹂
﹁ひっ﹂
その幼い顔に不釣合いな巨乳を揺らして、のけぞるルビア。
性的すぎます。
てか、そのリアクションおかしいでしょ。
おかしすぎでしょ。
そこは太陽のような笑顔を浮かべてうなずくべきでしょ。
ハハーンまだ緊張しているんだなー?
ならわたしが簡単なジョークで場を和まそうかな。
フフー。
わたしといったらジョークのセンスだけで生きているようなもの
だからね。
あ、ごめん、今のウソ。
あんまりハードル上げないで。
で、ルビアの頭を撫でて告げる。
105
﹁ちなみにこの子がいくら合法ロリだからって言っても、触るとき
はわたしに許可を取ってよね?
勝手に手を出しちゃだめだからね。ねえ? ルビア﹂
三人同時に吹き出した。
あれ?
なにか見当違いなこと言ったかな、わたし。
あ、面白すぎたのかしら。
ならば、畳みかける。
﹁ナデナデしたり、抱きしめたり、ほっぺにちゅーしたりとかだよ
?﹂
﹁もう黙っててくれませんか!?﹂
あ、あれ。
怒られた⋮⋮
なぜかしら。
ていうかなんだよ、大きな声出せるじゃないか後輩⋮⋮
というわけで、わたしたちはクエストを受けて狩場へと移動する。
例えば一昨日やった︻手紙配達︼などは、みんなで受けてみんな
でNPCさんに渡せば、四人分のお仕事が一気に終わるみたいだっ
たり。
クエストっていうのは基本的に、パーティーで行なったほうが、
明らかに効率がいい。
106
一部のMMORPGでは﹃ボスの落とす宝を持って来い﹄みたい
なクエストで、ボスがアイテムを落とすのが一回で一個だけ、とい
うひどいものがあってだね⋮⋮
つまりパーティーメンバー全員分を確保するために、何度も討伐
を繰り返さなければならないものもあるんだけど⋮⋮
⋮⋮﹃666﹄がそうじゃないことを祈りたい。
あれ、ギクシャクの元だからね。めんどくさいし。
まあ、今から心配してても仕方ない。
﹁きょうはこれにしようぜ!﹂
なにやらシスくん、目をつけていたようだ。
その名も︻オーク兵団駆除︼。
詰所のおヒゲさん。もとい、ライエルン氏のところで受けられた
ことから、チュートリアルの発展クエストらしい。
しかしその難易度は、まさに桁違いのようだ。
︻ステッピールド草原︼に入り込んだオークの軍を返り討ちにしろ、
という指令。
軍て。
いやムリでしょ。
しかし、わたしたちに拒否権などはない。
下っ端兵は辛いぜ!
外に出たところで、各々、アイテムバッグから武器を取り出す。
107
手ぶらだと、急にモンスターに絡まれたときに対処できないから
ねー。
わたしはエリーゼちゃん!
という名のブロンズダブルアックスです。
後輩はブロンズソードにブロンズシールド。
この子、こんななりで女騎士を目指しているそうです。
ルビアのくせに生意気である。
で、イオリオがカナン樹のスタッフ。
そしてシスの装備が⋮⋮
﹁えっ、なんでシス、大斧装備しているの!﹂
﹁え?﹂
わたしのツッコミ。
彼は慌てた顔をする。
﹁いや、これは別に、い、言ったろ! 俺は全部の武器を使うんだ
ってな!﹂
だったらなんで動揺をしているんだろう。
彼も戦斧の魅力にとりつかれたのかと思いきや。
そこでイオリオがぽつりと。
﹁まあ影響を受けたのは間違いないだろうけどな﹂
なるほど。
108
はやし立ててやろう。
﹁ぱーくりー、シスくんがぱくったー、せんせーに言ってやろー﹂
両手を口に当てるわたし。
小学生の帰りの会レベルである。
しかし、シスは顔を赤くする。
﹁よ、余計なこと言うんじゃねえイオリオ!
大体、武器を使うのにパクったもパクられたもあるかぁ!﹂
そのムキになった反応にわたしは笑ってしまう。
なんだこの子。
面白いぞ!
﹁ああ、先輩が新しいオモチャを見つけたような顔を⋮⋮﹂
ぼそっとつぶやくルビア。
﹁ンなことよりも、だ!﹂
力づくで話をねじ曲げるシスくん。
なんという強引な子。
彼は武器を変えた。
と、その手の中に現れたのは、なんとわたしの大斧を凌ぐほどの
長さの剣。
さんかっけー
いわゆる、両手剣と呼ばれるシロモノだった。
なにこれシス△!
ライエルンコレクションの中にこんなのなかったけど!
109
﹁へっへー、すげーだろ。オークが落としたんだぜ。グレートソー
ド!﹂
﹁うっわー、かっこいーかっこいー! あとでわたしにも持たせて
よ!﹂
﹁おう! まだ実戦では使ってないけどな! 楽しみだ!﹂
﹁うっひょー! ベルセ○クだ! モン○ンだ! FFのクラ○ド
だー!﹂
はしゃぐわたしとシス。
いやーステキだなあ、﹃666﹄。
コレ多分、美大の人とか遊んでたら、楽しくてならないだろーな
ー!
手を叩いて喜ぶ。
いや、気づいてはいるんですよ。
イオリオとルビアが、なんというか、こう。
生暖かい眼差しで、こちらを見守っているのはね?
﹃先輩、楽しそうですねぇ⋮⋮﹄とか。
﹃シス、良かったな⋮⋮﹄とか。
まあね、でもね!
でも、新武器ってロマンじゃん!
そういうものじゃん!
どんなゲームでも一番ワクワクするのって新しい武器を手に入れ
たときじゃん!
ふっふっふー。
早速一匹のオークを発見。
110
﹁ヒャッハー! 行くよー、シスー!﹂
﹁おうよー! 試し切りじゃー!﹂
意気揚々と、わたしとシスは突っ込んでゆく。
遅れてルビアとイオリオも戦闘に加わってくる。
最初の一打はシス。
﹁うおー!﹂
裂帛の気合とともに彼はグレートソードを振りかぶる。
だが。
そのままよろけて。
グレートソードが傾いて。
盾を構えたルビアの脳天に。
ゆっくりと。
ゴッツーン☆
﹁ ギ ャ ー ! ! ﹂
後輩の叫び声が草原に響き渡ったとさ。
⋮⋮めでたしめでたし。
いやいや。
終わりません。
ていうか、先ほどからシスはずっとルビアに平謝りだ。
ま、パーティーアタックはできないから、ダメージはゼロだった
111
けどね。
PvPするならパーティー外にいなきゃいけないし。
てか、薄々気づいていたことではあるんだけど。
STR
DEX
︻スキル︼が足りていないと、派手な動きはできないみたい。
筋力や器用さなども行動には関わってはくるけれど、そこらへん
の数値はなかなか伸びないからね。
手っ取り早くカッコイイことをしたいんだったら、やっぱりスキ
ル値だ。
斧の振りや、立ち回りがどんどんと洗練されてゆく。
これね、かなりの快感ですよ。
ずーっとスキル上げをしていたいぐらい。
逆に、スキルもないのにカッコつけると、シスくんみたいなこと
になります。
変な態勢を取ると、腕とか肩とか傷めるぐらいだし。
バッドステータスもあるとかなんとか。
あ、オークはわたしとイオリオくんで始末しました。
戦斧スキルを順調に高めているからか、大斧が振り回し放題!
わたしの怪力にルビアがドン引きしてたけど気にしない。
ファンタジーだし!
ちっちゃい子がデッカイ武器を振り回すのって、ロマンがあるよ
ね。
ウフフ。
ていうかそんなことを考えていると。
﹁もう俺、素手で戦うわ!﹂とかシスが言い出した。
112
いやあそこまで気にせんでも。
相手はルビアだし︵ひどい︶。
﹁まあ格闘家もかっこいいけどね﹂
フォローすると、シスが嬉しそうだ。
﹁だろ!? 素手でモンスターをぶっ飛ばすとかすげー!﹂
ホントになんでもいいんですねアナタ! ﹁おかしいな﹂
イオリオがメニューを眺めて、顎に手を当てる。
﹁クエストが更新されない。どうやら相手のオークはこいつらじゃ
ないみたいだな﹂
あらあら。
どのオークでもいいってわけじゃないんだ。
ふーん。
﹁なら集団探さないとね﹂
言ってからわたしも気づく。
﹁となると、初めての多対多の戦闘になっちゃうのかな?﹂
113
PT
パーティー
、って言って
は和製英語みたい
パーティーを組んでいけ
イオリオもうなずいた。
﹁どうりでライエルンも
いたわけだ﹂
ほうほう。
グループバトルかー。
多少の戦術も必要みたいね。
あ、ちなみにネットゲームでよく言う
グループ
なもんです。日本国内の人にしか通用しないから気をつけてねー。
洋ゲーでは大体、grpって言います。
このウェブログではパーティーで統一するけどね?
以上、ルルシィさんの豆知識でした。
話に戻りましょ。 わたしとイオリオは簡単な作戦会議を開くことにした。
︵その間にシスが体術スキル上げをして、
タンク
が敵軍を引きつけて、
ルビアも一緒になってオークをペチペチと剣で叩いていました︶
﹁やっぱり、一番防御力高い人︱︱
それ以外の相手を各個撃破していくのがセオリーじゃないかな﹂
わたしが告げる。
すると、イオリオは少し驚いたような顔だ。
﹁ルルシさん、ネットゲームは結構やるのか?﹂
114
えっと。
頬をかく。
﹁まあボチボチね﹂
⋮⋮うん、まあ。
小学生の頃からずっとネトゲにハマり続けて⋮⋮
⋮⋮早ウン年だなんて言えない。
﹁しかしだな、この中で一番防御が硬い人っていうのは⋮⋮﹂
イオリオの視線。
タンク
と呼ばれている。
それは自然と、シールド所持のルビアに向く。
敵の攻撃を一手に引き受ける役目は
本来は戦車の意味である。
もっとも固いプレイヤーが敵の攻撃の全てを受け止めるのだ。
タンクが倒れてしまったら敵の狙いは散り散りになり、パーティ
ーは危機に追い込まれてしまう。
一般のファンタジーならば、盾を持った重騎士が担うネットゲー
ムの最重要職だ。
相応のプレイヤースキルも要求される上に、パーティーの精神的
支柱ともなる存在である。
﹁うん、ルビアじゃまだ頼りないね⋮⋮﹂
言いづらいであろうイオリオの代わりに、認める。
ていうかさ。
⋮⋮シスくんが素手となった今さ、もう選択肢って残ってないん
115
じゃないの?
イオリオも同じことを思ったようだ。
﹁メインタンクは決まりだな。ならサブタンクはシスにしよう﹂
まあ、イイケド⋮⋮
﹁その代わりにイオリオくんはターゲッターね。次の敵を素早く指
示してよ﹂
﹁それって普通は前衛がやるものだけどな﹂
イオリオくんは唸る。
しかしその表情は楽しそうだ。
﹁こんなことなら、クラウドコントロール︵無力化︶のひとつでも
学んでおくべきだったな﹂
眠らせる
ことができたら、数的な有
グループ同士のバトルでは、相手の数を減らすのが大事だ。
もし敵の一匹を、例えば
利を取ることができる。
イオリオの言っているクラウドコントロールとは、そういうこと
だ。
弱体術
アタッカー
あらゆるMMORPGにおいて、メイジ職が担当する重要な役割
のひとつだ。
アタッカー
強化術
タンク、ヌーカー&メレー。
魔法使い
そしてバッファー、デバッファー、ヒーラー、ヌーカーを兼任す
るキャスター。
これがあらゆるMMOにおける、基本的なパーティー構成だ。
116
ゲームによって詳細は違うけれど、これがスタンダードと考えて
もらって間違いない。
わたしたちで表すなら。
ルルシィール:タンク
シス:メレー︵通常攻撃で削るアタッカー︶
イオリオ:キャスター
ルビア:⋮⋮
なんだろう。
ルビアなんだろう。
なんなんだこの子。
なんのためにここにいるんだろう。
なにがしたいんだろうこの子。
⋮⋮いやまあいいか。
彼女はまだニュービー︵初心者︶なんだ。
それに、いると可愛いし。
で、まあ。
本来なら各々の役割を一から説明しなきゃいけないとこだけど。
幸いにも、シスくんとイオリオくんはMMORPGの熟練者みた
いだし。
それにルビアちゃんも、ゲームに対する知識は深い。
このパーティー、意外とみんな手馴れている。
117
というわけであとは細部を整えて簡単な作戦会議は終了です。
緊張してきたわたしに、イオリオがつぶやく。
﹁ま、どうもこの世界ではHPがゼロになっても、寺院に送られて
︻衰弱︼になるだけらしいからな。
なんにでも挑戦してみようじゃないか﹂
え。
それなんか、今。
すっごい大事なこと言ったような気がする⋮⋮
で、約四時間後。
腹ごしらえも済ましたわたしたちは、オーク小隊を高台の上から
見下ろしていた。
敵の数は四匹。奇しくも同数です。
クエスト説明と外見的特徴も一致するから、まず間違いない。
わたしらも結構強くなったから、一対一ならまず負けない︵ルビ
アを除く︶けど。
気になるのは、敵に一匹魔術師が混ざっていること。
これもこっちと同じだねー。
﹁ま、見つけちまったんだからやるしかねーべ﹂
シスが拳と拳を打ちつける。
あら嬉しそう。
118
この子、やる気満々ね。
﹁開幕はルルシィさんからな。それと、まず狙うのは魔術師だ﹂
イオリオにわたしも同意。
なにをしてくるかわかったもんじゃないからね。
キャスターは最優先に潰さなきゃいけない。
こちらがクラウドコントロールを仕掛けたいように、あちらもク
ラウドコントロールをしてくる場合だってある。
それでわたしが眠らされたら、他の子たちが狙われちゃう。
緊張感がピリピリと肌を刺す。
﹁ルビア、大丈夫?﹂
わたしが気遣うと。
彼女はこわばった笑みを浮かべる。
﹁が、がんばりますぅ⋮⋮﹂
うーん心配だ。
まあ、やめないけどね!︵鬼︶
だって、楽しいんだもん!
わたしは斧を抱えて斜面の端に足をかける。
﹁じゃあ、準備はいいね?﹂
皆を見回す。
いやー、みんな、いい顔しているね。
部活の引退がかかった夏の大会とか、こんな感じなのかな。
119
特に、つっついたら今にも泣き出しそうな後輩とか、最高!︵外
道︶
ならばいざ、開戦っ! ﹁うおおおおおおおおおおお!﹂
と
は突っ込んでくる。
魔術師
オークB
が杖を掲げた。
わたしは叫びながらオークの集団に突っ込む。
この瞬間、たまらない。
普段よりも体が軽い気がする。
隊長格A
がクロスボウを構えて、
オークの目が次々とわたしを貫く。
射手
残りの
よし、彼らの標的はわたしだ。
これでタンクの務めは果たした。
わたしは足を止めた。
射出されたボルトを冷静に避ける。
この間に三人はすでに回り込み、魔術師に強襲を仕掛けているは
ず︱︱!
見やる。
シスの拳が魔術師の横っ面を殴りつけていた。
イオリオの放つ火炎が追撃する。
思わず杖を取り落とすキャスターのオーク。
なんらかの詠唱をストップさせた!
ここまでは全てが完璧。
120
さらに二の矢を避ける。
ウフフ止まって見えるわ。
高笑いしたくなるね。
あとはわたしが耐えている間に三人が各個撃破をしていけば⋮⋮
ってアレレー?
二匹のオークがわたしの方に来ないゾー?
オークの隊長格がなにやら叫んでいた。
もしかして、あいつがターゲッターの役をしているのかしら?
気づく。
オークは出遅れていたルビアに。
総攻撃を仕掛けようとしていたじゃありませんか。
﹁ひいいいい!﹂
悲痛な叫びが響く。
わたしは猛然とダッシュした。
近接雑魚Bの腹に斧を叩きつける。
だが、オークは止まらない。
さらに、すでに隊長はルビアに斬りかかっていた。
シスが横から助っ人に入るも、それでも隊長はルビアを執拗に狙
う。
﹁い∼∼や∼∼!!﹂
ルビアは必死に盾を構える。
彼女は逃げず、その場にとどまっていた。
あんなに弱虫なくせに。
121
いつも一も二もなく逃げ出すくせに。
一体どうして、って。
まさか。
誰かが助けてくれるのだと信じて?
で、多分それは、わたし?
なにこれ。
魔術師とイオリオが一対一で、あとはルビアが強制タンク状態じ
ゃない。
わたしは思わず叫んだ。
完全にプッツン状態だった。
﹁ル ビ ア に 触 れ る ん だ っ た ら 、
わ た し に 許 可 取 れ っ つ っ て ん だ ろ
ー が ! ! ﹂
そのときだ。
青い光がオークたちを包み込んだのは。
直後、隊長が向きを変えて一心不乱にわたしに向かってくる。
アレ今わたし何したの?
122
◆◆ 5日目 ◆◆
前回のあらすじ。
突如としてわたしの体から放たれた青い光はオークを包み込んだ!
おお、見よ! ジゴクめいたそのユニーク・ジツを!
﹁サヨナラ!﹂
オークは爆発四散! ゴウランガ!
⋮⋮いえ、はい、ウソです。
普通に殴って普通に勝ちました。
選ばれたわたしのユニークスキルがついに開眼⋮⋮!? とか。
全サーバーでたったひとりしか使えない技⋮⋮!? とか。
そういうのじゃありませんでした。
夢がない。
でも代わりに面白いことがわかったからいいんです。
とゆーわけで、わたしは新たなスキルをふたつ手に入れました。
ひとつは︽ウォークライ︾。
斜面を駆け下りたときの叫び声だね。
戦いの前に大声をあげることによって、グループの身体能力がわ
ずかに上昇するみたい。
毎回するのすっごい恥ずかしいからやんないです。
⋮⋮シャイな子とか、どうするんだろこのスキル。
123
恥ずかしがりながら?
﹁⋮⋮お、おおぉ∼!﹂って?
握った手のひらを突き上げて?
やばい、萌える。
そしてもうひとつ、︽タウント︾です。
日本語訳は﹃嘲る﹄。
どういうものかというと、相手の注意を引きつける効果がありま
す。
そう、PvE︵プレイヤーvsエネミー︶のゲームではお馴染み
の技です。
挑発
ってやつ。
つまり四日目の日記の最後でわたしがやったアレですね。
いわゆる
これだけは、どんなMMORPGにも必ずあります。
ある、よね?
⋮⋮存在しないMMORPGは見たことがないけど。
でも、わたしが知らないだけで、実はあるのかもしれない。
まあいいや。
ヒールと同じぐらいメジャーな技だね。
﹃666﹄にもきっとあるとは思っていたけれど⋮⋮
まさかいくらボイチャ必須だからって、発声スキルがあるなんて
思ってもいなかったよ⋮⋮
すげーな﹃666﹄⋮⋮
こんなの、恥ずかしがり屋な子はタンクできない仕様じゃないか
⋮⋮
13才ぐらいの女の子がさ、顔を真っ赤にしてさ。
オークに向かって、﹁ば、ばーかーっ﹂って言うの。
124
でもなかなか振り向いてくれなくて。
それでも仲間を守るために、﹁も、もぅ、こっち向いてよぉ!﹂
って怒鳴ってさ。
うん。
﹃666﹄って、良いゲームですね⋮⋮
開発者と握手したい。
っちゅーわけで、朝っぱらから詰所前に集合。
昨夜帰って寝ちゃったから︵帰り道は、みんな疲れてフラフラだ
ったし︶、クエスト達成報告はきょうなのです。
わたしは昔から、美味しいものは取っておくタイプでした。
楽しみー、わーい。
﹁でも昨日はビックリしたよ﹂
顔を合わせるや否や、イオリオ。
﹁オークに大喝するとか。意外と怖い人だったんだな、ルルシィさ
ん﹂
あ、あら、そのお話?
よ、よしてほしいわね⋮⋮
わたくしこんなにお上品で通っているのに。
⋮⋮い、一応高校はお嬢様学校だったよ!
﹁俺、きょうから敬語使っちゃうかも﹂
125
シスまで⋮⋮!
ふたりの注意も引きつけてしまった。
で、でもルビアは助けてもらって嬉しかったよねえ?
と、わたしが話を振るとですね。
この子。
﹁いえ⋮⋮頭の中真っ白で、なんにも覚えてなかったっていうかぁ
⋮⋮﹂
キミね⋮⋮
お姫様を目指すなら、そういうところも媚を売れるようにならな
いとダメだと思うの。
そんなんじゃ、いつか王子様が現れてもがっかりしちゃうよ⋮⋮
くっそー、助かってよかったねチクショー。
クエスト達成してきたよー、とライエルンさんをぺちぺち叩きま
す。
衛兵を呼ばれない程度にね。
で、話しかけると。
いぇい、ミッションコンプリート!
クエスト報酬は、今度は足装備をプレゼントしてくれました。
わーいわーい、新しいブーツだー。
なんか新しい靴って、お洋服を買うのとはちょっと違ったドキド
キがあるよね。
足元が引き締まると、全身が引き締まるっていうか、ね。
126
で、報酬はいくつかの種類の中から選べるみたい。
シューズ、コットン、レザー、チェインで、全四種類かな?
でもそれぞれ色違いがあるみたいだからね。
はー、なにこの嬉しい気遣い。
みんな悩みながらもらう靴を決めたみたいで。
じゃあわたしはせっかくだからこの銀色のチェインブーツを選ぶ
ぜ!
すると、アイテムバッグの中にぽわんとアイコンが出現しました。
今までのレザーブーツに比べて防御力が格段アップだー。
早速履き替えてみる。
防具をチェンジするためには、非戦闘状態でアイコンをダブルタ
ップです。
まるで魔法少女の変身シーンみたいに、わたしのレイジングハー
トがセットアップされます。
が、しかし⋮⋮
大体全部が布装備なのに、足だけ金属製だと⋮⋮
これは⋮⋮
姿見を見なくてもわかる。
こうではない
コーディネートが、やばい。
わたしの理想はこうでぃねえ。
よし。
決意する。
﹁きょうはショッピングしよう⋮⋮﹂
ああ⋮⋮
127
きょうこそはベッドさんが買えると思ったのに⋮⋮
ベッドくんさようなら、さようならベッドくん⋮⋮また会う日ま
で⋮⋮
まあ、いいさ⋮⋮
いつまでも初期装備のままっていうのは、ちょっとね。
前衛としてっていうより、ゲーマーとしてどうかと思うしね。
で、シスくんとイオリオくんも一緒にやってきた。
しかし、四人で団体行動というのは、さすがに効率が悪い。
大体、前衛と後衛が同じ店に入っても意味ないし。
っていうわけで。
﹁じゃあこっから別行動にしましょう。わたしとシスくん。イオリ
オくんとルビアの二組ね﹂
もはや決まったことのように言ってしまう。
その申し出に異論を唱えたのは、もちろんルビアだ。
﹁え、え∼∼⋮⋮﹂
スルー
しかしわたしはあえてNPCする。
知りません知りません。
これぐらい強引にしないと、あなた聞かないもの。
一緒に戦った仲なんだから、ちょっとは打ち解けてちょーだいよ
ねー。
ハハー。
﹁イオリオくん、ルビアのことよろしくね﹂
128
﹁わかった。じゃあ案内するよ、ルビアさん﹂
すると、平然とうなずくイオリオ。
おお、なんだこの人。
頼りになるぞ。
本当に年下か?
﹁うう∼⋮⋮よろしくお願いしますぅ∼⋮⋮﹂
ルビアと一緒に歩くと完全にお兄ちゃんだ、コレ。
いってらっしゃーい、と手を振る。
妹ちゃんのほうはこっちを恨めしそうに見ていたけれど。
知らない知らない。
さ、わたしたちはわたしたちで向かいましょう。
そのシスくんはニコニコ顔。
﹁新しい装備、楽しみだなあ! イェーイ!﹂ なんという犬っぽさ。
ブンブンと振り乱れる尻尾が見えるようだよ。
⋮⋮似合う。
ヴァンフォーレストが主に取り扱うのは、皮製品です。
森の中にあるだけあって、野生動物が大量に、ってイメージかな?
武器のほうはですね、片手剣、短剣、後は弓辺りです。
そこらがヴァンフォーレスト軍の標準装備になっているようでね。
それ以外の武具は品揃えが悪いのだよ。
129
ま、それでもひと通りの初心者用装備は取り扱っているから。
今は選り好みするような立場じゃないし。
シスくんとふたり、数少ない重装備の店に入る。
飾られた鋼鉄の装備に目移りしながらも、カウンターへと近づく。
NPCのおじさんに話しかけると、︻メニュー︼がポップ。
おー、種類はあるけど、良い物はそれなりにお値段が張るわねー。
持っているお金でフルセット揃えられそうなのは⋮⋮
重量
がお飾りじゃないの
一番安いチェインメイルか、その次のスケイルアーマー、かな⋮
⋮?
﹁やっぱり硬いのは重そうだよなあ﹂
このゲーム、一般的なゲームにある
が辛い。
普通だったらさ、重要があろうがなかろうがVITってステータ
スの上限値までは影響がないでしょ?
でも﹃666﹄だと、重いからビックリするほど動きが鈍くなる
のよね⋮⋮
リアリティェ⋮⋮
こんなに装備重量が大切なゲームって、コレかダーク○ウルぐら
いじゃないの。
で、シスくん。
財布を見て若干冷静になったようだ。
渋い顔をしてメニューを睨んでいる。
﹁うーん、今わたしたちのつけているのって一番軽い防具だからね
え⋮⋮
130
これが金属鎧になったとき、どれぐらい動けなくなっちゃうのか
⋮⋮﹂
﹁んだな⋮⋮﹂
﹁って、おお、試着室借りれるじゃーん!﹂
素敵な配慮!
わたしは喜び勇んでフィッティングルームに入る。
カーテンを締める前に一言。
﹁シスくん、覗かないでよー?﹂
ま、お約束ですから?
﹁やんないってば!﹂
怒られたー。
ま、茶番は良いとして。
ショップメニューから装備を選ぶ。
試着の項目をクリック。
メタモルフォーゼ的に、わたしの装備は瞬時に変わる。
って、重ぉ!
やだ、なにこれ!
スケイルアーマー重っ!
顔を真っ赤にして耐えるわたし。
装備ステータスギリギリのものはヤバイんだってば⋮⋮
慌てて装備変更。チェインメイル。
うん、重いは重い。
131
全身に金属がのしかかる。
けど、こっちのが全然マシ。
結構ずっしり来るけど、まあそのうち慣れる、でしょう。
そもそも重騎士は、この上からプレートアーマーを着込むんだも
んなー。
いやー、わたしにはタンクは無理ねー。
スキルがあがれば、そのうち軽々と動けるようになるのかなあ。
鏡の前で若干ポーズを取ってみる。
うん、ルルシィールさんが着るとお綺麗だわ。
頭を覆うコイフとかないし、あちこちの装飾も凝ってて、デザイ
ン的にもかなりカッコいい。
ここらへんは実用性とか関係なく、パラメータの変動だけで許さ
れるゲームだからこそだね。
頭部を守らない装備が許されるのはゲームだけだよねー! キャ
ハハハ! 的な。
ゲームばんざい!
もう買う気満々でカーテンを開く。
きょうは慣れるためにもこの格好でいよう⋮⋮
と思っていると、向かいの試着室もちょうどカーテンが開いた。
スケイルアーマー姿のシス。
あれです。
五月人形の格好を真似して武者鎧を着込み、潰れる寸前の幼児み
たいです。
﹁俺、これに、する、ぜ⋮⋮!﹂
おお⋮⋮
まさにファッションとは我慢⋮⋮
132
鎧を整えたわたしとシス。
次はもちろん武器です。
﹁で、結局シスはなに買うの?﹂
わたしたちが入ったのは、ちょっぴりコンビニっぽいお店。
﹃666﹄の世界で全国チェーンを展開しているらしい武器屋さん
︻メガマート︼です。
アレだね。
スタートする街で装備に偏りがないようにっていう、ゲーム的な
配慮の⋮⋮
ゲフンゲフン!
うがった見方の大人っていやあね。
シスはメニューを眺めてうなる。
﹁使わないアイテムを売り払っても、二種が限度だな。ルルシさん
は大斧買うんでしょ?﹂
んーそうねえ。
まー、チョット飽きてきた感は否めないケドも。
﹁武器と防具を同時に変えると慣れるまで時間かかりそうだからね。
今回は斧にするよ﹂
﹁なるほどな⋮⋮﹂
シスくんはうなずいた。
それから軽く30分。
133
シスは深刻に悩み続けている⋮⋮
人生の帰路に立っているんじゃないんだからキミ⋮⋮
新調した大斧ジャイアントアックス︵エミリーちゃん︶をバッグ
にしまう。
はい、お金はほとんどスッカラカンです。
明日からは金策だな、これ⋮⋮
フォーチュンなパステルちゃんみたいに、冒険記を売ってお金に
変えられればいいのに⋮⋮
で、わたしはルビアとイオリオの様子を見に行くことにした。
シスくんは放置。
この後にも、クラフターギルドとか見て回りたいんだから。
ものを作る喜びを知りたい!︵ただしバーチャルで︶
そんなかつてのネットゲームの広告のようなことを考えていると、
ルビアたちの姿を発見した。
おーい、と手を振るも、なんだか様子がおかしい。
誰かと揉め事?
知らない二人組がいる。
どうやら、また勧誘に合っているみたい。
縮こまっているルビアをイオリオがかばっているっぽいけど⋮⋮
なんか、それが余計に事態をややこしくしているようで。
しょうがない。
ここはオトナのわたしが事情を聞くとしましょう。
﹁どうかしたー?﹂と金属鎧を鳴らしながら近づく。
134
すると、二人組は﹃うっ﹄という顔をした。
え、なになに。
イオリオが肩を竦める。
﹁悪いな。うちのギルドマスターが来ちまった。
そろそろ諦めてもらわないと、痛い目に合うかもしれないぜ﹂
なになにー?
どゆことどゆことー?
二人組は舌打ちをしながら去っていった。
⋮⋮何だったのだろう。
ぼーっとしている間にひとつの事件が終わってしまった。
わっ、いきなりルビアに抱きつかれた!?
お、おー、よしよしよし。
胸メッチャ当たってますね。デレ期?
﹁思ったよりもしつこくてさ。完全武装の戦士さんが戻ってきて助
かったよ﹂
﹁あーなるほど﹂
そういうことかー。
﹁勧誘、やっぱり激しい?﹂ ﹁つか、タチが悪い。ギルドの勢力拡大なのかは知らないが、無差
別って感じだよ。
頭数を揃えたいんだろうな。人数だけいれば、少なくとも生産職
ははかどるだろ﹂
やーねえ。
135
わたしみたいな小市民は絶対に関わり合いになりたくないわね。
君子危うきに近寄らず。
イオリオは自らの頭の上を差す。
﹁ギルドに入ってない人は、誰からでもわかっちまうのが問題さ。
エンブレムが名前の横に表示されていないからな﹂
ふーん。
わたしはルビアをなだめながら、思いつく。
﹁じゃあ、ギルド作っちゃう?﹂
ルビアが﹁えっ?﹂と顔をあげた。
さほど、ものを考えないで発言しちゃったんだけど⋮⋮
イオリオは⋮⋮ニヤリと笑ったような気がした。
とは、まあネトゲの意味合い的には仲間みたいなもので
えっ、は、はめられた?
ギルド
す。
マスターを中心とした固定メンバーの徒党、って言えばいいのか
な。
規模は様々で、数名から多いところになると何百人というメンバ
ーが集まったりする。
もちろん冒険するだけじゃなくて、クラスター同士が情報交換や
素材の売買を行なうために作った﹃商工ギルド﹄なんてものもあり
ます。
基本的には掛け持ちはできないね。
136
ギルド選びは慎重に! おねーさんとの約束だよ!
あっという間に。
ギルド立ち上げの手続きをするために、ヴァンフォーレスト行政
区の冒険者管理窓口へとやってきたわたしたち。
どうやら、書類申請式らしい。
ナックル
設立にお金はちょっぴりかかるみたい。
わたしの全財産だ⋮⋮
うう⋮⋮
ま、まあいいや。
結局シスくんは新装備を槍と拳闘にした模様。
ルビアとイオリオも新しい衣装に着替えている。
あらあらカッコイイじゃないの。
わたしたち、みすぼらしさがすっかりなくなった。
ちゃんとした冒険者っぽい!
﹁で、ギルドマスターなんだけど﹂
受付に立ち、口火を切る。
全員の目がわたしに集まっている。
だろうね、知ってた。
﹁イイケド⋮⋮﹂
言い出しっぺの法則ってやつよね、これ⋮⋮
話し合いで決まったわけじゃないから、押しつけられた感がすご
いわ。
137
﹁いや、絶対適任だって﹂
笑いながらシス。
その信頼はどこから⋮⋮
わたしたちまだ2日3日ぐらいしか一緒にいないのに。
﹁ああ。消去法でいっても、間違いない﹂
うなずくのはイオリオ。
うーむ。
買いかぶられている気がするわ⋮⋮
﹁そういうイオリオだってやればできそうなのに﹂
﹁僕はそういうの苦手だよ。裏方で策謀を巡らせるほうが好きなん
だ﹂
金髪ロンゲ眼鏡エルフ魔術師に、腹黒の二文字を追加してやろう
⋮⋮
さっきからずっと大人しいルビアにも意見を求める。
﹁キミはどうなのさ﹂
﹁えっと⋮⋮ぴったりだと思いますよぉ﹂
あ、そうですか。
﹁だって先輩、仕切り屋ですし、おせっかいですし、
器が広いというよりなにも考えていなくていひゃはゃは﹂
頬を掴んで引っ張る。
138
﹁基本悪口しか言ってないよねえ!?﹂
あーもういいよ、わかりましたよ!
やるよ、やるってば!
わたしについてこい!
﹁えっと、じゃあギルドの名前、だけど⋮⋮﹂
その一言でみんなが固まった。
代表して語るイオリオ。
﹁まったく考えてなかったな⋮⋮﹂
でしょうね⋮⋮!
十分後、みんなで案を披露し合う。
まず最初はシスくん。
﹁<紅刃旅団>!﹂
空前絶後のドヤ顔です。
ああ、そういうカッコイイ系ね⋮⋮
嫌いじゃないけどうちには合わないよ⋮⋮
続いてイオリオ。
﹁⋮⋮パス﹂
139
えっ。
﹁僕、こういうの苦手だ﹂
あれぇー、ひょっとして恥ずかしいのぉー?
ここぞとばかりに煽ってゆく。
Club>とか、ど、どう?﹂
顔赤いですけどー?︵笑︶ ﹁⋮⋮うるさい﹂
アヒャヒャ。
今度はわたし。
﹁<NAKAMA
三人同時に首を振られた。
⋮⋮論外ってこと?
﹁子育て雑誌じゃないんですから、先輩⋮⋮﹂
後輩にまで一蹴されるとは⋮⋮
恥ずかしくなる。
﹁じゃ、じゃあキミはどんなの思いついたのよ⋮⋮﹂
ルビアを睨む。
彼女は髪をくるくると弄りながら。
﹁えっとぉ⋮⋮
140
とりあえず、
ルルシィ
いやいやいやいや。
は使いたいなーって﹂
断固拒否させてもらおうか!
ルシィール。
ル
スくん。
ですぅ﹂
ビア。
ルルシィ
シ
イ
オリオさ
﹁なんでわたしがわたしのギルドにわたしの名前をつけないといけ
ないの!?﹂
﹁違いますよう﹂
やんわりと否定するルビア。
ル
彼女はわたしたちを順番に差す。
﹁
ん。
頭文字を合わせて
お、おー⋮⋮
三人、思わず関心した。
が、すぐにわたしだけは気づいたよ。
事情を知らない人には、わたしが恥ずかしいのに代わりはないだ
ろそれ! ルビアはさらに思いついた顔。
﹁あ、そうだ。先輩いっつも日記書いてますから、
<ルルシィ・ズ・ダイアリー>とかどうですかぁ?﹂
またもわたしが焦る。
﹁な、なんで知っているのそのこと!?﹂ 141
きょとんと目を丸くするルビア。
え、なにこのリアクション。
三人はなにも不思議ではないという顔をしていた。
﹁だって、休憩中とかに﹂
﹁まあ最初はメモだと思ってたけど﹂
﹁隠していたんだったら、うかつですぅ﹂
変な悲鳴が口から出た。
﹁ひぎゃあー!﹂
恥ずかしい! 恥ずかしすぎる!
今すぐお布団にゴロゴロしたい! 悶えたいいいい!
142
◆◆ 6日目 ◆◆
祝、ギルド誕生。
その名も<ルルシィ・ズ・ウェブログ>。
ダイアリーはさすがに恥ずかしすぎるからね!
日本語訳は一言<日誌>とだけつけておきました。
エンブレムは四つ葉のクローバーで、
それぞれの葉が銀、黒、金、ピンクと、各々の髪の色を表してい
ます。
明らかに人数を増やすことを想定していない! どうなのコレ!
くー、押し切られた感がすごいよなー。
わたしは頭をかきながら殺風景な自室を出る。
するとそこは居住区の外ではなく、さらなる空間に繋がっていた。
ギルドには、人数に応じた大きさのギルドハウスが与えられるの
です。
10名までだと平屋の小規模施設︵広間+二部屋+10名分の自
室︶なんだけど、わたしたち四人には十分すぎる大きさ。
顔を洗おうと洗面所に向かうと、そこにはぴんきゅの髪が爆発し
た後輩ちゃんの姿。
﹁珍しいね。瑞穂がひとりで起きているなんて﹂
﹁あ∼、せんぱ∼い∼⋮⋮おはよ∼ございますぅ∼⋮⋮﹂
横に並んで蛇口をひねる。水道設備完備です。
うーん、この辺りすっごい便利でいいんだけど、なんともファン
143
タジー感は薄いな⋮⋮
瑞穂
って完全に確信犯じゃないですかぁ﹂
﹁なんかこうしていると、寮に戻ったみたいだよねー﹂
﹁ていうか先輩こそ、
瑞穂は髪を梳かしながら、鏡越しにわたしにはにかむ。
﹁でも、先輩がいてくれて、良かったです。あたしだけだったら、
今頃⋮⋮﹂
おっ、デレ期来たかな?
後ろから瑞穂に抱きつき、囁く。
﹁大丈夫、わたしにまっかせなさい。すぐに元の世界に戻れるよう
になるよ。
それまで、この世界を楽しんでいればいーんだって﹂
﹁先輩、無責任なことばっかりぃ⋮⋮﹂
そう言いながらも、瑞穂はくすくす笑っていた。
と、そこでわたしは視線を感じた。振り返る。
﹁ウン?﹂
パンツ一丁のシスくんがいた。
なかなか良い体をしている。
ていうか、こっちを向いて呆然としているように見える。
﹁あ、あ、あ⋮⋮﹂
みるみるうちに、顔が赤く⋮⋮
144
ルビアちゃんと顔を見合わせて、気づいた。
そういえばわたしたちも寝るときは、インナー以外の装備を全て
外している。
つまり、うん、半裸の女子が絡み合っているわけで。
﹁ご、ごめんなさ︱︱い!!﹂
シスくんは走り去っていった。
悲鳴のひとつも上げず、ルビアはぽつりとつぶやいた。
﹁悪いことしちゃいましたねぇ⋮⋮﹂
うーむ。
﹁この体、わたしたちのものじゃないのになあ⋮⋮﹂
﹁先輩、そんなにおっぱい大きくないですもんねぇ﹂
後頭部を叩く。余計なお世話だよ。
﹁ギルドハウスを利用する上での、共同ルールを決めよう﹂
議長はイオリオだ。わたしとルビアは広間のテーブルの前に座る。
いくつかの家具は、昨夜急に揃えたものだった。
シスが手を上げる。
﹁ちゃんと服を着てほしいです!﹂
145
そんなキミ、わたしたちを露出狂みたいな言い方して⋮⋮
﹁∼∼♪﹂
三分間クッキングのテーマを口ずさみながら、
わたしはテーブルに次々とウサギの皮を積み重ねてゆく。
﹁⋮⋮一体いくつあるんだ?﹂
96枚です。
﹁極悪な斧使いのせいで、平原のウサギさんが絶滅してしまいます
ぅ⋮⋮﹂
なにヒヨコさんが可哀想だからオムライス食べられませ∼ん、み
たいな女子力高いこと言ってんの。
﹁きょうは生産系スキル、﹃クラフトワークス﹄を勉強しようじゃ
ないか!﹂
わたしの宣言に一同はどよめく。
昨日ちゃんと﹃革細工工房﹄から習ってきたからね!
﹁まずは人数分の︻ヘッドナイフ︼。これがないと革細工ができな
いんだよねー﹂
ン? 昔の日記で皮に針︵裁縫用︶を通していたって?
まさかそんなことをするはずが!
﹁さ、それでは皆様、メニューの︻スキル︼から︻合成・革細工︼
146
を選んでください﹂
そう、ここがポイント。
自分の手でやるわけじゃないんです。あくまでもメニューからや
るんです!
そこに気づくとは、わたしは天才か⋮⋮︵だいぶ遅かったけど︶
﹁占有権フリーにしたから、ウサギの皮をターゲッティングしなが
らやってみてね﹂
﹁おー、色んなアイテムが出てきたぜ。これ全部作れるのか?﹂
﹁理論上はね﹂
持って回った言い方をするわたしに、イオリオが補足した。
﹁レザーアーマーなどはスキルが足りていないから成功率が低いっ
てことだな﹂
イエスイエス!
﹁きょうはですね、そのメニューの上から二番目。レザーバッグを
作ってみましょう!﹂
﹁バッグぅ? せっかく防具とか作れるんだぜー?﹂
﹁ウサギの皮に過度な期待をしないの﹂
わたしたちの今の防具のほうが遥かに強いって。
というわけで、レッツゴー!
でっきるっかな、でっきるっかなー、さてさてほほー。
﹁わっ﹂
147
ルビアの感嘆の声。
手元で虹色の光が生まれたと思うと、その輝きは収束せずに霧散
した。
﹁あ、これ失敗ってことですね?﹂
その通り。
﹁でもスキルはあがったでしょ?﹂
メニューを操作してログを確認するルビア。
﹁あ、はい、上がってますぅ﹂
いいねー、いいねー、どんどんやっちゃおうねー。
しばらくクラフトワークスに没頭する<ウェブログ>の面々。
うん、絵的にすっげー地味!
96枚の皮がなくなる頃には、6つのバッグが完成していました。
﹁で、これどうするんだ?﹂
フフーン、見てなさいイオリオくんよ。
﹁︻アイテムバッグ︼に追加バッグを入れるスロットが空いている
でしょ?
そこにセッティングすると⋮⋮なんと、持ち運べるアイテムの数
148
が増えるのです!﹂
デデーン! 便利ィー!
﹁お、いいなこれ!﹂
装備した鞄は小さくなって腰に括りつけられています。
ファッション的にもおっしゃれー。
ちなみにバッグスロットはひとり4箇所ずつ空いているので、人
数分を埋めようとすると残り6つ︵初期装備バッグでひとつ埋まっ
ているので︶なんだけど、
まあ暇を見つけて作っていればすぐに⋮⋮
と、立ち上がる後輩。
﹁ 皮 剥 い で き ま し ょ う ! ﹂
ハマってる!
見ての通り、クラフトワークスには中毒性があるのです。
一瞬でアイテムが完成し、それをすぐに冒険で使うことができる
というのは、かなりの快感ですよ奥様。
﹃666﹄に閉じ込められる状況があったら、みんなも是非やって
みてね!︵謎︶
というわけで四人で草原のウサギを狩り尽くそうぜツアーでござ
います。
入り口付近はチュートリアルを行なっている人のために残して、
149
ちょい奥のほうでね。
にしても、そーとー人増えたよねー。
前はオークと戦っている人なんてホントまばらだったのに。
これもうちょっとで草原、獲物の取り合いになっちゃうんじゃな
いかなー。
そんな未来の自然環境を危惧しながら、わたしたちはウサギを根
絶やしにするのである。
我らギルド、生態系破壊ブラザーズ!
ヒャッハー! 皮をよこせー!!
﹁うおおおおおお!﹂
﹁いぇええええい!﹂
ウサギを前に吠える前衛ふたり。
違います。頭がおかしくなったわけじゃないんです。
イオリオもルビアも遠巻きに見ているけど、お待ちいただきたい!
これは︽ウォークライ︾のスキル上げなのです。
ボイス発動なんて設定にしているアーキテクト社が悪い!
﹁ヘイウサギかもーん!﹂
﹁寂しくて死んじゃうとか嘘つくんじゃねえぞー!﹂
﹁お昼寝してたら亀に抜かされてやんのー! まーぬけー!﹂
﹁え、えっと、バーカバーカ!﹂
今度はウサギに罵詈雑言を発するふたり。
いやホントお待ちいただきたい⋮⋮ これは︽タウント︾のスキル上げなのです⋮⋮
そんな可哀想な人を見るような目で見ないで。
150
﹁ウサギさん可哀想ですぅ﹂
毛皮を剥ぎながら良い子チャンぶらないでもらえるかな!
ウサギを狩り続けて数時間後、衝撃の事実が発覚する。
発声系スキルがまるでスキルアップしていない。
つまり、わたしとシス。
ひたすら無意味に叫び続けてノドを枯らしたというわけで⋮⋮
ハハハ、滑稽だろう⋮⋮
笑ってくれよ⋮⋮
わたしたちを笑ってくれ⋮⋮
﹁一体どういう仕組みなんだろうね⋮⋮﹂
﹁わからん⋮⋮ある程度の強さを持った敵じゃないと、成長判定が
ないのかも⋮⋮﹂
﹁いかにもありそうな話⋮⋮﹂
脱力してしまう。あとはそれぞれ無言でウサギを倒す。
時々飽きてオークにケンカを挑んだり。
新たな発声系スキルがないかと色々試したり。
四人で武器を交換して戦ったり。
イオリオをメインタンクにしてみたり。
わたしたちはまるで小学生のように、暗くなるまで遊び続けた。
ずっとこんな日が続けばいいのに︱︱と感じる程度には、楽しか
った。
151
わたしダケではないと思いたい。
そして丸一日かけて集めに集めたウサギの皮。なんと208枚。
﹁遊牧民のおうちが作れそう⋮⋮﹂とルビアの弁。
ぱねえ。
ギルドハウスに帰ってシャワーを浴び、首にタオルをかけて涼み
にオープンルームに出る。
イオリオがひとりで、なにやら書物を読んでいた。
﹁お、イオリオ、お勉強中?﹂
﹁まあそんなところ﹂
イオリオはわたしを見て眉をひそめる。
﹁そういう格好で外に出てくるのは、どうかと思うぞ﹂
シスくんみたいなことを言うねー。
﹁えー、ちゃんと着ているじゃーん﹂
裁縫ギルドに売っていた薄手のコットンシャツとコットンパンツ。
パジャマにちょうどいいかなーって思って、買っておいたのだ。
﹁下着が透けてるだろうが⋮⋮﹂
152
ため息だ。いや、確かにね。これぐらいならいいかな、って⋮⋮
メニューを操作してチュニックを上に着る。
﹁お見苦しいものをお見せしまして﹂
﹁無防備すぎる⋮⋮﹂
うっ。
﹁もう少し自分の行動が周りの男にどういう影響を与えるのか、わ
きまえろ⋮⋮﹂
叱られている⋮⋮年下の男の子に⋮⋮
わからないけど、わかりました⋮⋮
﹁えーっと、どれどれ⋮⋮あ、これ魔術の呪文書?﹂
﹁ああ。僕はみんなみたいに戦闘スキルを鍛えても仕方ないからな。
代わりにこっちを鍛えているんだよ﹂
こめかみを指でトントンと叩く。うーん知的。
わたしはアイテムバッグからフォーレスティーをふたつ取り出し、
片方のカップをイオリオに差し出す。
﹁冷めないうちにどうぞ﹂
イオリオは素直に受け取ってくれた。
向かいに座り、頬杖をついてイオリオをぼーっと眺めていると、
彼は落ち着かない様子で。
﹁⋮⋮いや、何ですか?﹂
153
えっと、特に意味はないのだけど⋮⋮
﹁えーと⋮⋮ああ、そうそう。どうして魔術師をやろうと思ったの
?﹂ ﹁そうだな。いくつか理由はあるけど﹂
顎をさすり、つぶやく。
﹁好きなんだ、魔術とか魔法って。
色んなことができるだろう。
パーティーのピンチを救うのが前衛の勇気なら、パーティーがピ
ンチにならないように立ち回れるのが魔術師だ。
やりがいがある﹂
﹁なるほどねえ。前も言ってたけど、ホントに裏方が好きなんだね﹂
﹁いつからか自然にそう思うようになったよ。あんな親友を持った
からかもしれないが﹂
笑ってしまう。
きっとシスとイオリオは長い付き合いなのだろう。
リアルでの彼らの付き合いが垣間見えて、わたしはなんだかほっ
こりしてしまった。
魔術か。それもいいなあ。
﹁ねえイオリオ。今度、わたしたちにも魔術教えてよ﹂
申し出に彼は首肯してくれた。
﹁一杯のお茶のお礼程度になら﹂
なんともキザで、でもよく似合っているんだな、もう。
154
寝る前に、プライベートルームへの行き来をフリーに設定してい
るルビアの元へと顔を出す。
あの量の皮をひとりで加工したいと言っていたが、どんな調子か
なー⋮⋮って。
ルビアは暗い部屋で大量のウサギの皮を前に、黙々とナイフを動
かしていた。
﹁えへ⋮⋮クラフトワークス、楽しいぃ⋮⋮えへへ⋮⋮﹂
わたしはそっと部屋を出る。
RPGのレベル上げとかも大好きだもんな、ルビア⋮⋮
155
◆◆ 7日目 ◆◆
﹁魔術を唱えるために必要なものは、三つある﹂
草原にて講義の時間です。
わたしシスルビアの前に立つイオリオが三本の指を立てる。
マジックワード
﹁︻呪言︼。
それにマジックポイント。
そして最後に︻触媒︼だ﹂ ﹁はいせんせいー。マジックポイント︵MP︶はわかるけど、他の
ってー?﹂
﹁今説明する﹂
そっけない! ﹂
アグニ
、真っ直ぐ飛べ
デア
﹁まず呪言。これはいくつかの単語から組み合わされる魔術発動の
キーだ。
ファイアボルト
。
︻火の矢︼なら⋮⋮火を意味する
エルス
アグニ・デア・エルス
、命令完了の言葉
つまり、
イオリオが杖を掲げると、その先端から火の矢がほとばしる。
それはウサギの体に当たって弾けた。
ルビアが﹁皮っ﹂とウサギに向かって走ってゆく。
この子はもうだめだ。
156
﹁呪言から
る。
デア
フレイムハンド
を抜くと、手のひらから炎を放つ︻火手︼とな
このように、魔術は様々なワードの組み合わせから、いくらでも
応用が効くんだ﹂
すげー。
めちゃめちゃ奥が深そう。
いたく関心して隣を見ると、シスはこっくりこっくりとうたた寝
をしていた。
まったく興味がないんだな、こいつ⋮⋮
﹁⋮⋮で、最後は触媒だ。そもそも、魔術は六系統にわかれている。
四大元素の火水土風。それに光と闇を加えた六つだ。
それぞれ、魔術を唱えるためには触媒が必要でな⋮⋮﹂
イオリオはアイテムバッグから小さな革袋を取り出す。
﹁火の魔術だと、店売りで一番手ごろなのは︻硫黄︼だな。
まあ実際は、火の系統に属するものならなんでも良いらしい。
炭や鉱物、香辛料の種とか。
変わったところでは陶器を消費しても魔術が唱えられるらしいぞ。
威力の減衰は間違いないだろうがな﹂
ふーん、とわたしはうなずいた。
﹁でも、色々と制約が強いんだね。
MP使って、触媒使って、さらに呪言を覚えて、でしょう?
それでスキルも上げなきゃいけないなんて﹂
﹁だな﹂
157
シスがウンウンと頷いている。
いやアンタ寝てたでしょ。
﹁敷居が高いのは、きっと戦士と魔術師の垣根がないゲームだから
だろうな。
僕は威力上昇のために杖を持っているが。
基本的には誰でも使えるから、あまり簡単にはできなかったんだ
ろう。
便利なのも間違いない。攻撃、回復、補助に便利系、なんでもご
ざれだ﹂
﹁なるほど⋮⋮﹂
それならちょっとだけやってみよう、って気になるかな。
術師
になりますぅ!﹂
すると、途中から熱心に聞いていたらしいルビアが勢い良く手を
挙げた。
﹁せんせぇ! あたし、
ええっ、急だねキミ!
﹁ホントは前々から思っていたんですぅ﹂
ルビアは真剣だった。
﹁だって前で戦うの怖いですし、結局、皆さんの足を引っ張っちゃ
いますから⋮⋮﹂
﹁ルビア⋮⋮﹂
キミ、そんな風に思っていただなんて。
158
﹁なら後ろで回復魔術を使って感謝されたり、﹃おひめさまー^^﹄
とか言われて、
みんなから ち や ほ や さ れ た い で す ぅ !
﹂
あ、コレいつもの後輩だ。
動機はともかくとして。
回復魔術の使い手が増えるのは喜ばしいことだと思ったのか、イ
オリオくんはわたしたちに魔術を教えてくれることになった。
ちなみにシスくんは遠くの方でモンスターと戯れてます。
公園で放し飼いにされている犬のようだ。
﹁先生はどの系統の魔術を覚えようとしているの?﹂
イオリオに尋ねると、彼の眼鏡が光ったような気がした。
﹁全部﹂
えっ?
﹁六系統、全部﹂
えーっと。
﹁それ、すっごい大変じゃないの?﹂
159
そりゃそうさ、と言われた。
﹁普通に考えても、六倍の勉強時間を使うからな。
スキル上げの手間だって六倍だし。正直、アイテムバッグなんざ
触媒でほぼ埋まっちまう﹂
﹁その割には、ファイアボルトしか使っている姿を見たことがない
んだけど⋮⋮﹂
﹁攻撃魔術ではアレが一番手っ取り早いし、威力も十分だ﹂
﹁えー色々見たいですぅ∼﹂
ルビアがねだると、イオリオは吐き捨てるようにつぶやいた。
﹁触媒がもったいないだろうが⋮⋮!﹂
工面に苦労しているんですね、わかります⋮⋮
﹁ま、新しく始めるなら、属性のどれかに絞って育てるのが一番楽
だろうな。
覚える呪言も少なくて済む﹂
強化術
はほとんどが攻撃魔術だ。
自分のことは棚上げして、彼はわたしたちに系統を説明してくれ
火術
た。
﹁
剣に炎をまとわせるようなbuffもあるから、戦士にもオスス
水術
は逆に、回復ばかりだな。
メできる。
このふたつは触媒代が非常に安いのが利点だ。
水術なんて極端な話、水道水でも代用できるからな。威力は期待
できないが﹂
160
雷術
が使えるようになるらしい。
は攻撃と補助が半々だ。攻撃速度のあがる術などがあり、
ちゃんと運用コストまで説明してくれる辺り、親切だなあ、と思
風術
う。
﹁
投射術の威力も高い。
水術との組み合わせで強力な
土術
は回復と補助が半々だ。
主な触媒は、植物や鳥の羽などだな。
相手のダメージを軽減する魔術や、時間ごとに徐々にHPを回復
していくものなど、用途は広いだろう。
ただこのふたつは、まともな効果を出そうと思うと、少々触媒の
値が張る﹂
光術
と
闇術
。
ほーほー、風術結構いいなあ。わたしに合ってそう。
﹁最後に
このふたつはほとんど呪言が解明されていないようだ。
恐らくは上級術という扱いだろうな。
触媒だって冥闇石や輝光石とかいう、見たこともないものだ。
簡単な光術なら、太陽の光程度でも唱えられるが⋮⋮まあ、オス
スメはできない﹂
というわけで、わたしとルビアは覚える系統を選ぶことにした。
﹁あたしは水術にしますぅ!﹂とルビア。
ヒロインっぽいもんね。
どーしよっかなー、とわたしが悩んでいると、向こう側からシス
くんが駆けてきた。
161
いい笑顔を浮かべている。
﹁ハハッ、たくさんの皮を集めてきたぞ!﹂
ああ、うん⋮⋮
偉いね⋮⋮
なでなでしてやりたい。
触媒を分けてもらい、簡単な呪言を教えてもらい、いざ魔術師へ
の道!
被験体はいつものウサギさん。
いつものやつすぎてなんかもう背中に哀愁が漂っている気がする
よ、ここの子たち。
ごめんね、これもわたしたちの愉悦のためなの⋮⋮︵最低︶
﹁アグニ・エルス!﹂
叫ぶとともに、わたしは右手を突き出した。
次の瞬間、手のひらから火炎が噴き上がる!
うおおおお!
か、かかかかかかかっこいい⋮⋮
こ、これはすごい。︵ダメージは微々たるものだけど︶
わたし、魔術に目覚めそう⋮⋮
﹁いい、いいじゃない⋮⋮魔術戦士ルルシィール⋮⋮全世界を統べ
る大魔術師⋮⋮﹂
162
﹁妄想が口からダダ漏れだぞ﹂
イオリオに突っ込まれようとも、わたしはくじけない。
﹁キミも我が帝国のしもべにしてやろうじゃないか⋮⋮イヒヒヒ⋮
⋮﹂
苦笑いされた!
その一方、シスルビア組。
ウサギの前で半裸になって佇むシス。
じーっと待って、殴られるがままになっている彼の表情はとても
複雑そうだ⋮⋮
﹁⋮⋮俺は一体、なにをしているんだろう﹂
回復魔術の実験台、かな⋮⋮
ルビアは怖い顔で両手をワキワキしている。
﹁もっとダメージを食らってくださぁい⋮⋮フヒヒ、あたしのイケ
ニエとなるのですぅ⋮⋮♡﹂
それはさながらマッドサイエンティストのようで。
キミの目指すヒロイン像とはずいぶん違うんじゃないかな⋮⋮!
イオリオがつぶやいた。
﹁なんだかんだで、君たちそっくりだよな⋮⋮﹂
マジで!?
163
ウサギ相手では物足りなくなってきたため、クエストを消化しつ
つも、魔術の勉強に勤しむ途中。
﹁ルルシさん、これを見てもらえるか?﹂
イオリオが本を差し出してくる。
﹁んー? 魔術の本? いつも読んでいるやつじゃない。これがど
うかしたの?﹂
﹁どうかしたわけじゃないんだけど、気になっているんだ。
この本には呪言の他に、魔術の歴史の成り立ちや、高名な魔術師
の修行成果。
今は滅んだ魔術大国の盛衰。そういったものが書き込まれている。
まるで実際にあった出来事のようにな﹂
﹁まあこの﹃666﹄の世界では、実際に合ったことだしね﹂
﹁そうだな。だが、問題はそこじゃない。
これが元々ゲームの中に用意されていた資料だとすると、文量が
ありすぎると思わないか?
こんな本が何百何千とあるんだぜ﹂
﹁確かにねえ。
実際は読む必要もなく、wikiを見れば呪言も一発で網羅でき
るだろうし⋮⋮﹂
MMOの設定作りとしてはちょっと大掛かりすぎる。
一体何人のライターが何年の月日をかけて描いたものなのだろう
か。
164
魔術ひとつ取ったってこの力の入れようだ。
各国の歴史や文化、風俗について描かれた本や、劇中劇なんての
も山ほどある。引くぐらいある。
おまけに新しい言語まで作っているんですよ。古代語、みたいな。
日本で行なうネットゲームにしてはちょっと採算合わないんじゃ
ないかなー。
と、そこでわたしはイオリオがなにを言いたいか気づいた。
Realit
﹁いや、でも、ちょっと発想が飛躍しすぎじゃない?﹂
イオリオは眼鏡の位置を直す。
﹁そうかね?
もし﹃666﹄が最初からVR︵Virtual
Life︵現世︶﹄
y︶MMOとして設計されていたのなら、辻褄が合う。
ここは新たな世界で⋮⋮僕たちの﹃The
なのかもしれない﹂ ﹁理屈は合ってても、現代の科学力では実現できないと思うんです
けどねえ⋮⋮﹂
﹁あるいは、本当に魔術でも使ったのかもな﹂
ハハハ、なんでそんなに楽しそうなんですかねえ、イオリオくん
⋮⋮
ルビアの進歩は思わしくなかった。
魔術を使っても、実用レベルの回復量が発揮されないのだ。
165
﹁うう、なんでぇ∼﹂
やっぱりアレじゃないかな、邪念が渦巻いているから。
﹁戦闘スキルと同じように、回復魔術にも色んなスキルが影響を及
ぼすんだよな﹂
イオリオが指摘する。
﹁ファイアボルトの場合、︽遠隔︾スキルや︽空気力学︾スキルを
使うんだ﹂
む、難しそう⋮⋮
ルビアとか、この世の終わりみたいな顔しているし!
﹁回復魔術も、︽人体学︾、︽医学︾、その辺りのスキルは必要だ
ろうな。
といっても、本を読んで簡単なテストを受けるだけで段階的に取
得できるスキルだから、あまり大変では⋮⋮﹂
ああっ、そのフォロー、ルビアには全然効果がないー!
﹁あたし、回復魔術諦めますぅ⋮⋮﹂
くじけるの早い! 豆腐メンタルか!?
﹁たった一日も経ってないんだからキミ、もうちょっと続けてみた
ら⋮⋮﹂
﹁いえ、いいんですぅ⋮⋮
あたしに清楚でおしとやかなお姫様役だなんて、似合わなかった
166
んですぅ⋮⋮﹂
チラチラこっちを見ているけど、絶対にフォローしないからね?
﹁まー、本人に合ったものをやればいいんじゃねーの? 無理しな
くてもさ﹂
代わりにシスが優しい言葉をかけてくれた。
でも、ルビアが求める言葉はそれじゃないんだよねー。
﹁いいからやんなさいよ、ルビア。
キミが回復魔術を使えるようになったら、みんな助かるんだから﹂
ルビアは口を尖らせる。
﹁ええぇ∼∼∼⋮⋮﹂
不服感がにじみ出ておる。
﹁っていうか、なんでもそんなに簡単に上手くいったら、つまんな
いでしょーが﹂
﹁それはそうかもしれませんけどぉ∼⋮⋮﹂
ルビアは目を背ける。
﹁はぁ⋮⋮先輩が瀕死の状態のときに﹃お、お願いしますルビアさ
ま、わたしに回復をください。なんでもしますから!﹄って言わせ
たかったなぁ⋮⋮﹂
はっはっは、こいつぅ。
167
﹁いたいいたいいたいですぅ∼∼﹂
こめかみをグリグリと拳で圧迫する。
わたしはシスとイオリオに説明する。
﹁この子が弱音を吐くときは、甘えているだけなんだから。
いちいち真に受けなくていいからね。﹃はいはい﹄っつってれば
いいの﹂
﹁ちょ、いくらなんでも先輩、それは言い過ぎなんじゃないですか
ぁ∼!﹂
﹁はいはい、はいはい﹂
﹁早速実践してますぅ!?﹂
ルビアが驚くと、シスとイオリオは笑っていた。
う∼⋮⋮と、うなるしかないルビア。
年下の前で自分のカッコ悪さを自覚したね?
さすがにもうワガママ言えまい。
へっへっ。
その日、夜遅くまでルビアは回復魔術の本を読み込んでいた。
差し入れのお茶にも口をつけず集中して。
ただ、勉強しながらもつぶやいていた言葉が気になったけれど⋮⋮
﹁ こ れ で 先 輩 に 、 一 泡 吹 か せ て ⋮ ⋮ ﹂
168
この子のやる気は、どうして黒い方向にしか発揮されないのだろ
う⋮⋮
可哀想な子だ⋮⋮
169
◆◆ 8日目 ◆◆
シスとふたりでヴァンフォーレストのクエストを進めていると︵
イオリオとルビアはギルドで魔術のお勉強中です︶、ライエルンが
新たなクエストを発行してきました。
それはこれまでに受けてきたチュートリアルの流れを汲む、いわ
ば最終試験のようなもので。
﹃草原を南東に進むと、オークの隠れ家的洞窟があるんだけどー、
やつらが辺りの村を荒らしまくってて、ちょーめーわく!
そこで貴様たちには、オークの親玉をぶっ殺してきてほしいんだ
よねー。
メーッチャ危険な任務だってのはわかっているけど、
これができたら執政院の人に認められるしちょーハッピーみたい
なー?
よろよろー☆︵意訳︶﹄
女子高生風おヒゲさん。マジ鬱陶しい︵自分でやっておいて!︶
しかしともあれ。沸き立つ心は抑えきれない。
﹁ダンジョン攻略だ!﹂
両手を突き上げ、黒髪の青年シスくんも叫ぶ。
﹁ボス退治だー!!﹂
170
﹁明日にしよう﹂
今にも飛び出しそうなわたしとシスを制止して、イオリオは冷静
に言い放った。
﹁遠出となると、一日準備が必要だ。野営することもあるかもしれ
ない。
万全を整えて出発しよう﹂
なんというお手本のようなメガネキャラ⋮⋮
憎たらし⋮⋮いやいや、頼りになる!
﹁なんだよー! お前は我慢できるのかよー!﹂
騒ぐシス。
まるで駄々っ子である。
イオリオが咳払い。
﹁僕だって今すぐに冒険に行きたい気持ちさ。
でも、洞窟で力尽きたら、リスポーン︵復活︶地点はこの都だ。
再合流するのは難しいだろう。
そんなことになったら、クエスト攻略は次回に持ち越しだぞ?﹂
諭す姿はまるでお兄ちゃんである。
理路整然と告げられ、シスは納得したようだ。
﹁そうだね⋮⋮イオリオの言う通りだ。
はぁ。まったく、お前にはかなわないよ﹂
171
小さなため息。
イオリオは首を振る。
﹁暴走しそうになった君を止めるのが、僕の役目だからな。
正直、損をしていると感じことも多々あるんだが﹂
シスが笑う。
﹁いつも助かってるって。頼りにしているよ相棒﹂
お、おお⋮⋮男の友情⋮⋮!
握手とかしているよこの子たち! 素敵!
わたしはルビアに微笑みかける。
先輩を守ってあげ
﹁ルビアも不安だろうけど、心配しないでいいよ。わたしが守って
あげるから﹂
あたしが
こっちは女の友情を見せてやろうぜ。
﹁はぁぁぁ∼?﹂
すっごい目で睨まれた。
﹁なにを言っているんですかぁ? ますよ﹂
胸に手を当てて、貴族のワガママ令嬢みたいな顔をされる。
﹁先輩は、あたしのためにせいぜいダメージを受けて、回復魔術ス
172
キル上げの礎となってくださいねぇ∼﹂
こ、こいつぅ。自信が変な方向にネジ曲がってやがる!
﹁ちょっとぐらい魔術が使えるようになったからって、チョーシ乗
らないでよねぇ!?﹂
﹁うふふ、前衛さんはあたしの魔術がないと生きてけないんですも
んねぇ? うふふ﹂
バチバチと火花が飛び散る。
それを見て、イオリオが一言。
﹁これが女同士の友情か⋮⋮﹂
そうじゃない。
そうじゃないんだよ⋮⋮
さてここらで、説明入りまーす。
退屈? じゃあ今すぐブラウザ閉じろよぉ!︵泣︶
プレイヤーがアイテムを売買するためには、NPC売り、あるい
は手売りの他に、もうひとつシステムがありまして。
場所代と売り子さんの雇用代を支払うと、特定のエリアでお店を
ひるゆめいち
開くことができるのです。
人、これを︻昼夢市︼と呼ぶ! 今のところ、イオリオだけが雇っている模様です。
わたしたちは彼に集めた素材を渡して、まとめて売り払ってもら
っている感じ。
173
で、きょうはルビアが新たに売り子さんを雇おうとしているので、
手続きをしにふたりで行政区にやってきたわけです。
﹁バッグが余っちゃって余っちゃってー﹂
海外旅行三昧のセレブ主婦のようなことを言う。
全員分のバッグを作ってもなお、彼女の革細工への情熱は収まら
なかったようだ。
﹁あといくつ残っているの?﹂
﹁えーとぉ、9つですねぇ﹂
ずいぶん成功率あがったのねえ。
ルビアは受付の人と話しながら、メニューを操作している。
後ろから覗きこむと、どうやらお店︵と言っても露天だけど︶と
売り子の外見をセレクトしているようだ。
﹁へー、色々種類あるのねー。あら、女の子も可愛いじゃない﹂
半眼を向けられた。
﹁勝手に見ないでくださぁい。プライバシーの侵害ですよぉ﹂
厳しいじゃないか。
﹁それに、あたしひとりで平気だって言ったのにぃ⋮⋮﹂
ルビアは頬を膨らませる。
むむ、自立心が芽生えてきたのかな。
174
﹁確かに、エンブレムがついてからは、声をかけてくる人も激減し
たみたいだけどねー﹂ 肩を竦める。効果があったのはいいことだなー。
ふふふ、首輪をつけられたこの子はわたしの所有物⋮⋮!
﹁不吉なことを考えている予感がしますぅ⋮⋮﹂
心が読まれている、だと⋮⋮
ことさら大きなため息をつかれた。
﹁先輩はホント、もげてしまえばいいのに⋮⋮﹂
﹁なんのことを言っているのか知らないけど、元からついてないか
らね!?﹂
清らかな乙女になんてことを叫ばせるんだ、この子は⋮⋮
シッシッ、とあっちいけをされてしまう。
うーん、うちの娘、反抗期に入ってしまった。
せっかくなので、わたしも昼夢市をちょっと覗いてみることにし
ました。
皮や安い触媒でもあれば、仕入れてみようかな、なんて。
ミニマップを見ながらなんとか辿り着く。
おおー、さながら収穫祭で賑わう市場のようですなー。
左右に立ち並ぶ露天と、あるいは品物のメニューを手に持ってい
る売り子さんたち。
175
お人形さんみたいに綺麗だなあー。
ひとりひとり覗いてゆくが、実用的な装備を売っている人はまだ
ほとんどいなかった。 そりゃ自分で使うしね。
店売りのチェインメイルがこんなに強いなんてなあ。
と、売り子さんと目が合った。
ニコッと微笑まれる。可愛い⋮⋮!
﹁あの、おひとついかが、かな?﹂
シ ャ ベ ッ タ ア ア ア ア ア ア ア ! ! すぐに気づく。
ターゲッティングした名前の横にエンブレムが見える。
はっ、こ、この子、プレイヤーキャラじゃないか!
たばかったな!
耳が斜め下に垂れ下がった褐色肌の種族︻ピーノ︼の女の子。
栗色の髪はボブスタイル。可愛い。
あざといロリ巨乳のルビアとは違って、正統派?のロリロリキャ
ラの彼女は、頭を下げてきた。
﹁あ、ご、ごめんなさい。驚かせるつもりはなくて、ごめんなさい、
おねえさん﹂
﹁い、いえ大丈夫﹂
少女の名前はモモ。
美味しそう。いえ性的な意味ではなく。
176
﹁どうかな? 少ししかないけど、一生懸命作ったの。良かったら
⋮⋮﹂
﹁ほほう﹂
この子もクラフトワークスの中毒者か。
メニューを除くと、そこには小瓶に入った︻アオの水薬︼が3つ。
へー、この街で回復アイテムなんて作れるんだねえ。
﹁しばらくこうしているんだけど、誰も買ってくれなくて⋮⋮﹂
﹁回復アイテムなんて使うぐらいなら、今の時期はみんな装備買う
だろうしねえ﹂
ほぼ原価なのだろうが、決して安くない。水薬3つで十分武器が
買える値段だ。
﹁もう二時間もこうしているの﹂
モモちゃんは陰のある笑顔を見せる。
﹁買ってくれるまで、帰ってきちゃだめって言われてて⋮⋮えへへ
⋮⋮﹂
この子、不憫だな!
﹁お店は売り子さんに任せておけばいいのに⋮⋮﹂
と言うと、彼女は目を伏せる。
﹁それが、人を雇うお金もなくなっちゃって⋮⋮このままだとごは
んも﹂
177
不憫! ﹁あっ、でも大丈夫。わ、わたし今ダイエット中だから。
いらないんだったらムリしないでね﹂
﹁えーと⋮⋮﹂
頬をかく。
﹁ただ、その、おねえさん強そうな装備をつけているし。
この人だったらもしかして、って思って⋮⋮﹂
勇気を出して声をかけてみたのだという。
二時間もずっとNPCの振りをして⋮⋮
なんだこの子、マッチ売りの少女か⋮⋮?
﹁⋮⋮よし、わかった、モモくん。ちょっと待ってね﹂
﹁あ、はい、大丈夫ですっ。何時間でもっ﹂
そんなには待たせないよ!
あー、すっごいキラキラした目でこっちを見ているなー⋮⋮
おねーさんキュン死しちゃうかもなー⋮⋮
イオリオにコールする。
すぐに回線が繋がった。
短く言葉を交わして通話を切る。話のわかる男だ。
わたしはモモちゃんに向き直った。
﹁よし、全部もらおう﹂
178
彼女はきょとんとした。
﹁えっ?﹂
言い直す。
﹁全部全部。あるだけ全部﹂
﹁ええー!?﹂
口に手を当てて大声で驚く少女。
﹁えっ、ど、どうして!?
えっ、あっ、だ、だめだよ! モモ、売るのはお薬だけだよ!?﹂
コラコラ。
﹁なにを想像しているのか知らないけど⋮⋮
明日ちょっと遠出するんでね。回復アイテムは多くあったほうが
いいっていうのが、パーティーの創意。
それで、いくつあるの?﹂
﹁えっ、3つ、だけど﹂
不安げに瞳を揺らす彼女に不敵な笑みを見せる。
﹁違う違う。全部だってば。材料はまだあるんでしょ? いくつ作
れるの?
全部買うから、ほら、おねーさんに任せなさい﹂
﹁え、ええ!? め、女神さまっ!?﹂
179
違います。
とりあえずモモちゃんとフレンドコードを交換し、買い出しを続
ける。
雑貨店をめぐり、人数分の寝袋、テント、保存食、水筒、ロープ
やランタン、さらにマッピングのための方眼用紙も買いました。
回転床だけは勘弁ね!
フフフ、昨日クエストで稼いできたのに、もうお金が底を尽きそ
うだよ⋮⋮
何本あるのかな、水薬⋮⋮
5ダースとか持ってこられたらどうしようかな⋮⋮
しかし、バッグのスロットはまだまだ余っている!
拡張していたかいがあったなあ⋮⋮
って、
あ、あ、あ⋮⋮?
あれ? 足が前に動かない? どゆことどゆことー?︵混乱︶
わたしは久々のパニック状態に陥っておりました。
だって体調は万全なのに、一歩も進めないんですよ。
自分の脳に障害が発生して、ゲームとの通信が途切れてしまった
のか!?
とか、そりゃもう色んな想像をしましたよ。
最初からログを開いていればね⋮⋮
﹃重量制限オーバー。VIT︵生命力︶の最大値を越えたため、移
180
動不能状態﹄
シスくんに迎えに来てもらいました。
わたしは迷子の子供か⋮⋮ッ!
待ち合わせは居住区近く、蛍草の広場。
ここから見上げるプランティベルが、紫色に光って綺麗なんだな
ー。
息を切らしてやってきたモモちゃんは、道具袋を差し出してくる。
﹁作って来たよっ。は、8本あるから⋮⋮ど、どうぞ、お納めくだ
さいませ﹂
わたしゃ年貢の取り立て人かなんかかね。
ニッコリと微笑み、受け取る。
﹁ありがとう、モモちゃん。このお薬で、わたしの命も救われるか
もね。
そうしたらキミは命の恩人だ﹂
﹁えあ⋮⋮﹂
モモ嬢はなぜか頬を赤らめる。
﹁そんな、モモ⋮⋮﹂
ううむ、なんだか視線がこそばゆいような⋮⋮
わたしが革袋を覗くと、そこには8本の青い薬に紛れて、1本だ
181
け赤い薬瓶が混ざっていた。
﹁この赤いのはなぁに?﹂
﹁それは︻アカの水薬︼だよ。MPを回復できるの。1本しかでき
なかったけど⋮⋮﹂
﹁この分のお金を払ってないね﹂
とわたしが財布を取り出そうとすると、モモちゃんは両手でわた
しの手を掴んできた。
﹁う、ううん! これ、サービスだから! サービス!﹂
﹁あ、そ、そう? ならありがたくもらおうかな。うちの魔術師も
きっと喜ぶよ﹂
﹁えあー﹂
弾かれたようにパッと握っていた手を離すと、モモちゃんは大き
く頭を下げた。
﹁わ、わたし、無事を祈ってますから! 頑張って、女神おねえさ
ん!﹂
すごいあだ名だなあキミ!
いやうん、まあ⋮⋮
悪い気はしないよね?
﹁先輩、きょうはずいぶん可愛らしい子と一緒にいましたねぇ﹂
寝る前に廊下で後輩とすれ違った際、そんなことを言われた。
182
昼夢市にいたのならやり取りを見ていたのかも。
モモちゃんの話をしようとすると、後輩はさっさと行ってしまう。
ぼそっと聞こえてきた。
﹁⋮⋮先輩のバカ。ろくでなし。
女 道 楽 者 ⋮ ⋮ ﹂
あんまりじゃないか?
わたしがなにをしたって言うんだ。
183
◆◆ 9日目 ◆◆ その1
朝早くダンジョンに向かうも、到着したのは約三時間後だった。
ヴァンフォーレスト周辺地図を何度も確認しながら、ほぼ最短距
離を直進してきたのにこの移動時間。
馬とか馬鳥とか、なんでもいいから移動手段を早くください⋮⋮!
何度もオークと遭遇戦を繰り返し、ようやくここまで来た。
わたしたちはダンジョンの入り口が見える場所で突入前、最後の
休憩を取っていた。
シスは鎧を脱いで柔軟をしている。
﹁はー、疲れた。もう8割ぐらいクエスト達成した気分だよ﹂
﹁同感同感﹂
軽く自分の肩を叩く。もう一年分は斧を振り回した気がするよ。
現実に帰っても斧は振り回さなくていいね。
そんな機会ないけどね!
﹁おいおい、これからだろうが﹂
カロリーメイトみたいな携帯食料をかじりながら、イオリオ。
マップを開いて、位置を再確認する。
﹁︻ベルゼラの洞穴︼ね。入り口に哨戒する兵が二匹、と﹂
184
オークの視覚での感知範囲は大体40メートルから50メートル
といったところだ。
ぼっちのオークを何度もおちょくって確かめたので間違いない。
ねえねえ今どんな気持ち? どんな気持ち?︵笑︶って。
﹁突っ込んでいったら、中のも一緒に出てきて大乱戦になるかな?﹂
﹁どうだろう。だが、そうなっても構わないんじゃないか? 逃げ
切れるだろう﹂
イオリオくん、意外と雑。
実は彼も、もう中に入りたくて仕方ないのかもしれない。
﹁袋叩きにされるのはわたしなんですけどねえ⋮⋮﹂
こないだの一件から、なぜか正式なタンクにされています。
盾も持ってないのに!
﹁そうしたらあたしが回復してあげますよぉ⋮⋮うへへへぇ⋮⋮﹂
目を伏せて口元だけで笑うルビア。それ結構怖いですよ、キミ。
﹁頼りにしているよ⋮⋮﹂
げっそりとつぶやき、大斧を構える。
こうなりゃヤケだヤケ。
﹁いっくぜえー!﹂
わたしは猛然と駈け出した。
てかね、なんだかんだ言っても、憧れのバーチャル世界のダンジ
185
ョン攻略!
ムネが高鳴らないわけがないというものですよ!
入り口の兵士を倒しても、応援は来なかった。
彼らには人徳︵オーク徳?︶がなかったようだ。
﹁中は⋮⋮薄暗いな。それに狭い。並んでふたり歩くのが精一杯の
ようだ。
本当にオークの賊どもがいるのか?
そんなに大勢が隠れられるようには思えないんだがな﹂
﹁つまり、ライオネルさんがわたしたちを騙しているということか﹂
ハッと気づいてつぶやく。
﹁彼はオークの手下なのかもしれない。
わたしたちをここに送り込み、未来ある冒険者を亡き者にしよう
と⋮⋮﹂
﹁完全に邪推だと思いますぅ﹂
わたしの妄想を、ルビアが一言で切って捨てる。
昨日からルビアちゃんつめたーい。
ぶーぶー。
彼女は真面目な顔を作り、人差し指を立てる。
﹁えーと。先頭がルルシさん。次にあたし。
三番目にイオリオさんで全体を把握してもらって、シスくんが最
186
後尾で敵からの奇襲を警戒⋮⋮
というのは、どうですか?﹂
﹁悪くない﹂
ルビアの提案を受けて、イオリオがうなずいた。
ルルシサンも異論ないよ。
﹁ 俺 わ く わ く し て き た ぞ ぉ ! ﹂
シスがたまらず叫ぶ。
キミはサイヤ人かなにか?
大斧を持ちながらの、歩きにくいのなんの。
わたしの獲物は両手武器のため、二番手のルビアが少し前に出て、
カンテラ︵もう片手には盾︶で行く先を照らしてくれている。
まあ真っ暗じゃないし、薄ぼんやりと辺りは見えているので雰囲
気作りの感は否めないけれど⋮⋮
で、でもムードって大事じゃない?
初めてのデートがラーメン屋とかそれはちょっとショッキング⋮⋮
いや、多分わたしはなんとも思わないな⋮⋮
それはそれでどうなんだって気もするけど⋮⋮
﹁どうやらマッピングの出番はなさそうだね⋮⋮﹂
残念だ。わたしの腕の見せ所なのに。
﹁そもそもミニマップで周辺は表示されているからな﹂
187
イオリオが身も蓋もないことを言う。
うっせー! RPGでロールプレイの精神を忘れるんじゃねー!
ふいに後輩がカンテラを持ち上げた。
遅れて気づく。奥のほうから光が近づいてくる。
どうやら、エンカウントしたらしい。
すぐに姿を見せたのは、オーク二匹と⋮⋮く、クモ!!
﹁ひい!﹂
わたし虫だけはダメなんだ!
しかもアレでっかいんだけど!
人並みぐらいあるんだけどぉおおお!
後ろに下がろうとするも、道幅が狭く上手くいかない!
﹁ちょ、ちょっとぉ、先輩! バトルですよ、バトルぅ!﹂
﹁み、瑞穂は知っているでしょ! わたしがどれだけ虫類苦手なの
かあああ!﹂
﹁ひっ、あ、あたしだって別に得意じゃないですけどぉ! もぅ戦
いましょうよぉ!﹂
わたしのパニックが伝染したのか、ルビアもおろおろとし出す。
ふたりの間を縫って、イオリオが飛び出てきた。
﹁ヴァユ・ンラ・バイド・エルス!﹂
呪言を唱えると、こちらに向かってこようとしていたクモの動き
が止まった!
188
遠くでワサワサしてるキモい!
﹁ジャイアントスパイダーはRoot︵足止め︶した!
あいつにはシスをぶつけるから、構わずやってくれ!﹂
ナイスすぎるイオリオ! なーんてデキる子!
﹁そ、そういうことなら!﹂
斧を振り回せない狭い洞窟内だ。わたしは下から上に斬り上げる。
空中で勢いを止め、さらに脳天に叩きつけた。
斧スキルが上がっていれば、こんな芸当もできるわけで!
﹁︽ダブルスウィング︾!﹂
それは空中で武器の軌道を変えることができるスキルだ。
再使用時間は20秒。ガンガン使っちゃうよー!
奥側のオークが横を通り、ルビアに槍を向けてきた。
彼女が盾でガードしている間に、わたしはオークに体当たりを仕
掛ける。
﹁残念! そこはわたしの間合い!﹂
︽体術︾と︽ダッシュ︾のスキルを育てることで使用可能となる︽
チャージ︾は、一気に距離を詰められるだけではなく、相手を一定
時間スタン状態にするのだ!
こんなに体重の軽いわたし︵※疑う人にはダブルスウィング︶で
も、オークを壁に叩きつけることができるからね!
これで二匹ともわたしに注意が向いたわけで。
あとはしのいでいれば三人がどうにかしてくれるんです。
189
これぞパーティープレイ! ﹁うぇええ、クモを素手で殴るのかあ!﹂
シスくんすっごい嫌そう!
でもそれもパーティープレイ! スミマセン!
︵っていうか槍に持ち替えればいいんじゃないかな!︶
中のオークはどうやら、外のオークよりはステータスが高いよう
だ。
避けきれずに手傷を負ってしまう。狭いんだよここぉ!
﹁先輩、回復しますぅ﹂
おお、ありがたい!
実はわたし、ルビアから回復してもらうのは初めてで⋮⋮
1203/1391から。
﹁パール・イリスぅ!﹂
>1232/1391 29回復。
敵の一撃が80ダメージぐらいなんだが!
﹁ゼンゼン回復量あがってなくない!?﹂
戦闘終了後。
190
わたしが驚くと、ルビアは不機嫌な顔を見せた。
﹁そんなとこないですよぉ! これでも一昨日よりは⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ちなみにイオリオくんが同じ魔術を使うとどうなるの?﹂
興味本位で尋ねる。
﹁ふむ、やってみるか﹂
同じ魔術を同じ触媒で試したところ⋮⋮回復量は104。
﹁実用レベルだ⋮⋮﹂
その一言で、またルビアがカッチーン。
﹁あたしだって三回唱えたら同じぐらいですぅ!﹂
ンな無茶な。
﹁キミ、その効力で一泡吹かせるつもりだったのか⋮⋮﹂
きいいい、と歯ぎしりするルビア。
﹁まだまだ成長途中なんですぅううう!﹂
﹁いくらなんでも途中すぎでしょう。かさぶたを治すこともできな
さそうだよ⋮⋮﹂
彼女はわたしをキッと睨む。
﹁いいですもうゼッタイに先輩には二度と二度と二度ぉぉと回復魔
191
術かけてあげませんからぁぁ!!﹂
ヒステリー大爆発。頭の上に湯気が見える⋮⋮
﹁ま、まあまあルビアも、同じ仲間だしさ!﹂
などと、シスくんが間に入ろうとするが、見事ルビアに無視され
る。
ああ、シスくんは間が悪いキャラなのかもしれない⋮⋮
﹁それはそうと、お二方﹂
なんですかイオリオくん。
わたしは別になんとも思ってない、ん、だけど⋮⋮ ﹁本格的なダンジョン攻略の始まりのようだぞ﹂
わたしたちの目の前には、湾曲して上へと続く通路、下へと潜る
通路、
さらに左右にも一本ずつ。
合計四方向への道が現れていたのだった⋮⋮
さ、先は長そうー⋮⋮
一本の道の奥には、オークの団体さんが待ち構えていた。ハズレ
です。
次の一本の道はやたらと深く、ここが本命かと思ったが⋮⋮
残念! オークたちが宝箱を守っているだけでした!
192
っていうか初宝箱! ドキがムネムネしちゃう!
開けたのはシス。
決して人身御供というわけではありません。
いざテレポーターでいしのなかに⋮⋮
﹁お、おー⋮⋮? なんか、ガラクタしか入ってない⋮⋮﹂
ガックリ。
﹁まあ序盤の迷宮だし⋮⋮﹂
わたしも一緒に箱を覗く。中身は素材などが5種類。
ハーブなんかはモモちゃんが使うかなー、ってわたしが頂いた。
おみやげにしよう。
再び道が交差した地点に戻る。
暗い洞窟の中をさまよっていると、時間の感覚がなくなっちゃう
なー。
歩きながら乾パンをかじる。
お腹が減ると、HPとMPの自然回復速度が遅くなるから、ダイ
エッターには辛い仕様です。
いくら食べても体型変わらないから天国だけど!
洞窟に入って30匹ぐらいのオークを倒しているから、スキルが
うなぎのぼりだぜー。
右の道はさらに警備が厳重で、わたしの体力はガリガリと削られ
ていった。
193
︵ちなみにその間もルビアちゃんは一切回復魔術をくれなかった。
有言実行ガールである︶
まあ後輩も剣術で戦って、少しはオークをあしらえるようになっ
たし、これはこれで。
と、今度はすぐに突き当たり。
これみよがしにレバーが設置してある。
うっ、めっちゃ操作したい⋮⋮けど⋮⋮
﹃666﹄がどれだけ本気でわたしたちを殺しに来ているかまだ掴
めていないから、触れるのは危険か⋮⋮
って葛藤してるとね。
﹁お、レバーじゃん﹂って弾んだ声でね。
シスくんが何気なくガッチャンとね。
倒しちゃったんだ。
﹁あ﹂
それは誰のつぶやきだったのだろう。
次の瞬間。わたしの足元から床が消失した。
はい、落 下 し ま し た 。
194
◆◆ 9日目 ◆◆ その2
いつつつ⋮⋮
少量のダメージを食らって起き上がる。
落ちた先は小部屋で、辺りには人骨が散らばっていた。
さてはダストシュートかなにかだったんですかね。
天井を見上げるが、すでにそこは閉じていた。
﹁っく∼∼⋮⋮﹂
そばではルビアがおしりを抑えて顔をしかめている。
前を歩いていたふたりが落ちた、ってところか。
分断されちゃったなー。
やだなー。 ﹃大丈夫か?﹄
イオリオからのコール。
﹁うん、平気平気。敵の姿もないし﹂
そう言うと、とりあえずホッとしたようだ。
﹃すまんが、レバーが動かない。
こういうもののセオリーとして、しばらく経ったら再び仕掛けが
作動するようになるとは思うが﹄
195
うーむ。
楽しいピクニックが、一転してピンチですなあ。
﹃シスは自分が残るから、僕も穴に落ちて君たちのそばに行け、と
言っているがね﹄
ははあ。
まあ、それは却下で。
責任感じるのはわかるけどさ。いくらシスくんが強くても、魔術
師ナシじゃ前に進めないでしょ。
わかるわ。レバーを見たら倒したくなるのはヒトという種の悲し
いサガよ⋮⋮︵?︶
﹃こういう場合、どうするのが正解かわからないな。どれも失敗の
ような気さえしてくる﹄
イオリオにしては珍しい弱音だと思ったが、やはり裏があった。
﹃ギルドマスターが決めてくれないか?﹄
突然の申し出!
﹃こういうときが、マスターの仕事だろ? それなら結果がどんな
ことになっても、僕たちは納得できるのさ﹄
名前だけのマスターじゃなかったのか⋮⋮
い、良いでしょう!
﹁待っているなんて性に合わないよ。それぞれが進んで合流しよう。
196
きっと左の道で繋がっているはずさ。連絡を取り合いながら、先
に進んでいこうさ﹂
わたしの言葉に、イオリオは﹃OK、マスター﹄と答えた。
さ、それじゃわたしたちの戦いを始めましょう。
﹁ルビア、行こう﹂
伸ばしたわたしの手を見て、ルビアは戸惑ったような顔をして。
﹁こ、これぐらいなんともないですからぁ! お、オークなんてな
んともないですぅ!﹂ おっ、空元気も元気だね。
いいよいいよ、そういうの先輩は好きだなぁ。
でもその時ね、どこからか背筋が冷たくなるような音が聞こえて
きたんだ。
え、ええと、これ⋮⋮
⋮⋮カサカサカサ、ってわたしが世界でいちばん大嫌いな擬音が
⋮⋮
﹁ひいいいい!﹂
ルビアが悲鳴をあげた。
そう、やってきたのはクモなんです。
それも4匹。
はーそうですか、そういうことになりますか⋮⋮
落とし穴の先にはモンスター。これ常識よね⋮⋮
197
ため息をつく。
﹁各個撃破でやっていこうね、ルビア﹂
まあ普通に戦えば、なんともならない相手ではない、でしょう⋮⋮
その、普通に戦うのが辛いんだけど、さ⋮⋮! こういうときの対処法は、とにかくキレるしかない。
口汚くても奮起して、怒りのエネルギーで気持ち悪さを打開する
んだ⋮⋮! ﹁脚がちょっと多いからって偉そうにするなよなぁ⋮⋮!﹂
わたしの怒りは︽タウント︾となり、虫を引きつける結果に⋮⋮
ひ、ひいい四匹がカサカサ寄って来るぅううう!
﹁か、かかかかってこいオラー! ブチ殺すぞオラー!!﹂
ルビアは悲鳴をあげて、わたしは斧を振る。
大乱闘スマッシュシスターズの始まりです。
まあね、こんなもんじゃないの⋮⋮
数分後、わたしは床にへたり込んでいた。な、なんてことねーぜ
⋮⋮
きょうは間違いなくうなされるな⋮⋮ああキモいキモいキモかっ
た⋮⋮
198
と、気づいた。
溶解液のようなものを浴びたわたしは、毒に侵されている。
どうりで回復せずにHPが減っているものだ⋮⋮
うー、デロデロだし、タオルもほしい⋮⋮
こういう汚れも時間経過で回復してゆくけどさ⋮⋮うぇぇ、ひど
い臭いだしぃ⋮⋮
いやはや、ルビアもお疲れ様ー⋮⋮って。
﹁ う わ ぁ ぁ ぁ ぁ ん ! ﹂
な、泣いてる!?
一体なにが!
﹁か、回復しても回復しても、先輩がぁ⋮⋮﹂
ルビアはぐずぐずと泣き続けている。
﹁毒を治す魔術なんて覚えてないですよぅ⋮⋮﹂
誓いもどこへやら。彼女は献身的に何度も何度も繰り返し回復魔
術をかけてくれていた。
お、落ち着いて。おろおろ。
﹁泣かないで、ルビア。これくらい平気だから﹂
虫に迫られる恐怖に比べたらな!
﹁先輩が死んじゃうぅぅ⋮⋮﹂
199
まるで幼児のように泣きじゃくる後輩。
﹁よしよし⋮⋮﹂
ピンク色の髪を撫でる。
﹁わたしは死なないってば。一緒にこのゲームを脱出するんでしょ
う﹂
改めて口に出すと、ルビアは勢い良く抱きついてきた。
普通に苦しい。
﹁せんぱいは、せんぱいは優しすぎますぅ⋮⋮!﹂
よ、よくわからないけど、それのなにがダメなんですか。
﹁あたし、もっと頑張りますからぁ⋮⋮﹂
えーと。
﹁瑞穂は十分頑張っているよ﹂
わたしの言葉に瑞穂は首を振る。
﹁それじゃだめなんです⋮⋮先輩たちの役に立たないと⋮⋮﹂
思いつめたような表情でうつむく。
もしかして瑞穂、最近ずっと頑張ってたのは、そのことをずっと
気にしていたのかな。
200
お金稼ぎも、クラフトワークスも、魔術のお勉強だって努力して
いたもんね⋮⋮
別に結果が出なくたっていいと思うんだけど⋮⋮瑞穂はそれじゃ
嫌なんだろうな⋮⋮
なんて言っていいのかわからず、頬をかく。
﹁わたしは、瑞穂がいてくれて助かっているけどなあ⋮⋮﹂
やっぱり彼女は受け入れない。
﹁それだけじゃ、だめなんです⋮⋮﹂
ようやく毒が治ったようで、わたしのHPは少しずつ回復してゆ
く。
﹁先輩は、ひとりでなんでもできちゃうから⋮⋮置いてかれます、
あたし⋮⋮﹂
そんなことはないってば、と言いたかったが、わたしは口をつぐ
む。
瑞穂はわたしのことをよく知っている。
そりゃそうか。もう短い付き合いじゃないもんねー。
わたしは団体行動が苦手だ。
誰かと足並みを揃えたり、誰かの御機嫌を伺うために興味のない
ことに付き合うなんて、我慢できない。
やりたいことをやりたいようにしたいのだ。
多分、身勝手なのだと思う。
それで人が離れていってもわたしは仕方ないと思えるけど、瑞穂
201
には無理だ。
だって彼女にとってわたしは唯一の現実世界の知り合いなんだか
ら。
だけどわたしだって自重なんてできない。
VRMMOで遊べるのは今だけで⋮⋮
うん、これってアレだね。恋人を放置してゲームにのめり込む廃
人の言い分だね完璧に!
﹁瑞穂、一旦この話は置いておこ。今はシスとイオリオと早く合流
しなくちゃいけないし﹂
そう告げると、瑞穂は小さくうなずいた。
﹁すみません⋮⋮色々と、ご迷惑をおかけしまして⋮⋮﹂
そういうんじゃないんだけどね。
まあ、いいや。
ダンジョン攻略が終わったら、少しぐらい瑞穂とゆっくりしてい
ようかな⋮⋮
なんか、ちょっぴりだけ疲れちゃった。HPは満タンまで回復し
たのにね。
休憩はそれで終わり。わたしたちは歩き出す。
瑞穂は急におとなしくなっちゃった。
ずっとこうだったらいいのに、と思う日も少なくはないケド。
202
単発的なオークとの遭遇戦を切り抜けつつ、わたしとルビアは狭
い通路を登ってゆく。
斧を思いっきり振り回せないから、フラストレーションが溜まる
なあ!
いっそのこと、わたしも素手に切り替えてやろうかな⋮⋮
そんなことを思っていると、T字路に突き当たる。
おっ、これ、合流地点じゃね?
たどり着いたんじゃない?
﹁ハーイ、イオリオ。それっぽいところに着いたよー﹂
コールすると、少し遅れて返事。
﹃そうか。いや、こちらはちと分が悪い。敵の数が多くてな﹄
余裕なさそうな声に、ドキッとした。
﹁水薬は? あるだけ全部使っちゃって!﹂
今度は返答もない。
距離が離れすぎているのか、男子たちの姿はミニマップに表示さ
れていない。
あーもう、わたしの指示が裏目に出たかなー!
寺院で再会なんてしたくないぞー!
右か左か、わたしは視線を走らせた。
左だ! 女のカン!
﹁ルビア、ふたりがピンチらしい。走るよ!﹂
203
察していたようだ。強くうなずいた。
一本道を疾駆する。
やがてわたしたちは開けた場所に出た。
。
仮面をかぶった魔術師のオーク
半虎半人の見知らぬモンスター
と、
外から光が差し込んでいるようだ。眩しさに目を細める。
三匹の敵がいた。
派手な鎧をつけたオーク
。
そして、巨大な刀を持つ、
目が合う。
﹁やば﹂
明らかに雰囲気が違う。
感知範囲に入ってしまったか?
彼らはまだ動かない。
セーフ、かな⋮⋮?
いえ、アウトでした。魔術師が杖を掲げたよ⋮⋮
後ろから誰がぶつかってきた。
﹁合流できたな﹂
イオリオ! 無事で良かった。
﹁早速で悪いんだけど、手を貸してくれるとありがたいかなー⋮⋮
って﹂
えー⋮⋮
204
﹁奇遇だな﹂
ルビアも唖然とした。
﹁実は僕たちもなんだ﹂
泡を食った顔でこちらに走ってきたシスくんの背後に、
ひい、ふう、みい⋮⋮いっぱいのオークの姿。
﹁⋮⋮楽しくなってきたね﹂
苦し紛れじゃないよ。
本当に。
もうお行儀良くしてらんないからね? ちょっと声を荒げちゃい
ますよ!
﹁一旦全員でオーク共を広場に引き入れて!
それから通路に退避してわたしとルビアで入り口を塞ぐよ!﹂
全員のHPをチェック。魔術師の氷の矢を避けながらね!
慌ただしい!
﹁シスは槍に持ち替えて後方支援! 体力を回復し次第ルビアとチ
ェンジね!
イオリオはシスを回復しつつ、バックアップに回って!
全員で生き延びるよ!﹂
号令を飛ばすと、各々から気合の入った声。
205
とりあえず誰も諦めてはいないみたい。
まあゲームだったらね、コントローラーをブン投げちゃう状況か
もしれないけどね。
あいにくここは仮想現実で、これは︵今は︶わたしの体。
ならもうあがくしかないじゃない。
っつーか、こんぐらいの状況ならいくらでも乗り越えた経験があ
るっつーの。
こちとらMMORPGの百戦錬磨だぜー! 206
◆◇ 9日目 ◆◆ その3
まずはわたしだ。
相手の注意を引きつけるため、広場の中頃まで進んで立ち止まる。
って魔術師だけ警戒してたら、親玉がナイフを投げてきたー!
防御が間に合わず、手の甲に突き刺さる。
痺れが走った。
紫色のエフェクトが輝く。ステータス異常︻毒︼。
﹁こいつ、装備に似合わずシーフかい!﹂
俊敏な動きで懐に潜り込まれ、何度か斬り結ぶ。
短剣のダメージは少ないが、確実に体力を奪われる。
痛い痛い!
やめてよね! 本気でケンカしたらわたしがキミにかなうはずな
いじゃない!
そこでシスの大呼。
﹁オークは全員引き入れたぞ! ルル戻れ!﹂
あいあいさー。
ワータイガーの刀使いはなぜか動いていない。
やる気なし勢かこいつ! 今はとってもありがたい!
うわ、てか何匹いるんだ。
207
横目にオークの脇を通り抜け、通路に戻る。
イオリオ、シスの姿を確認したが、ルビアがまだ来ていない。
オークに道を塞がれているようだ。
このままじゃルビアちゃんがリアルで痛い目を見て病院で栄養食
を食べるハメになるぅー!
﹁うおおおお!﹂
シスが吠えた。目の前の一匹に︽チャージ︾、そしてその隣の相
手に︽足払い︾を仕掛けた。
どちらもスタンの効果を持つスキルだ。
さらに︽掌打︾で邪魔なオークを吹き飛ばし、無理矢理道を切り
開いた。
﹁こっちだ、ルビア!﹂
やるじゃん!
命からがらルビアが飛び込んでくる。
﹁ふえーん!﹂
HPがずいぶんと減らされているようだ。慌てて水薬を使用する。
﹁盾がなかったら今頃死んでましたぁ⋮⋮﹂
ともあれ、これで相手は二匹以上同時に攻撃してくることはでき
ない。
あとは持久戦だ。
208
前衛を交代しながら回復魔術と水薬で粘り続ければ敵はそのまま
骨になる。
するとシスがその場に土下座した。
あまりにも唐突すぎて呆気に取られた。
少年は叫ぶ。
﹁ふたりとも落とし穴のこと本当にすまなかったああああああ!﹂
え、今!?
﹃そんなことをしている場合かー!!﹄
わたしとイオリオの怒号が重なる。
可哀想に思ったのか、フォローに回るルビア。
﹁ま、まあまあ。あたしたち気にしてませんから! たまの失敗は
人生のスパイスかもね、です!﹂
シスが顔をあげてルビアの手を握り締める。
﹁あ、ありがとう! 俺、頑張るから!﹂
なら今頑張って戦ってー!?
シスとルビアが早くも役に立たないので︵暴言︶、ここはわたし
が持ちこたえるしかない。
クモ戦で覚えたホットなスキル、使いたかったんだよねえ!
わたしは柄の端を持ち、遠心力に任せて斧を振り回す。
メニューから選ぶこともできるけど発声のが楽だから叫ぶ!
209
﹁︽テンペスト︾!﹂
自分の周辺にいる敵4匹まで通常攻撃の1.5倍撃だ!
その斧から生じる真空状態の圧倒的破壊空間はまさに歯車的砂嵐
の小宇宙!
吹き飛ぶオークどもにすかさず見栄を切る。
﹁わたしは天下無双のアクスブレイバー・ルルシィール!
命のいらないやつからかかってきやがれー!﹂
︽タウント︾で敵の注意をガッチリ引きつけ︱︱が、やりすぎた!
敵来すぎ!
今度はわたしのHPが持たない!
毒がウザぁぁぁぁぁぁいしぃ!
﹁ええいっ!﹂
ルビアが前に出てきた。
盾をオークの顔面に打ち付けて、スタンを誘発させる。
﹁先輩、一旦下がってくださぁい! ここはあたしがぁ!﹂
おお⋮⋮!
ルビアちゃんが頼りになる、だと⋮⋮?
下がり、わたしは水薬を使用する。
薬パワーだー! 連打連打︱︱
ってなんだよ! 一回使ったらリキャスト時間必要なのかよ!
先に言ってよモモちゃん!
210
それならなんとか頑張ってくれたまえ、後輩⋮⋮
シスくんも後ろから槍で突いているし。
と、Root︵足止め︶すらせずに休んでいたイオリオが、ゆっ
くりと杖を掲げる。 ﹁ようやくMPが回復したか⋮⋮﹂
彼はオークの中心を見据えて、叫ぶ。
﹁アグニ・ス・グランデ・リベラ・ダムド!
︽ヴォルケーノ・エグゾースト︾!﹂
Effect︵範囲攻撃︶! Cooooooooo
5つの呪言から成るその魔術は、オークの団体さんの中心で炸裂
した。
Area
l!
しかもその場に留まり、継続ダメージを与える効果つき。
見たか! これがうちの大魔術師さまですぜ!
オークのHPがあっという間に溶けてゆく。なにこれ気持ちいい。
が、はたと気づくイオリオ。
﹁しまった。回復に使うMPがないな﹂
大魔術師さん!?
すると彼は剣と盾に持ち替える。
211
﹁仕方ない。ルビアさん、MP回復するまでの間、交代だ﹂
﹁キミ、近接戦闘もできるの!?﹂
﹁いや、できないから時間稼ぎ﹂
潔い! イオリオとルビアがチェンジ。
ルビアはイオリオから杖を借り、回復魔術を唱え出す。
っていうか、そういえばわたしもMPは余っているじゃん!
援護だ援護。叫ぶ。
﹁ヴァユ・デア・エルス!﹂
ウィンド・ボウ
風属性の投射魔術!
それは真っ直ぐに伸びてゆき︱︱
﹁痛っ!﹂
イオリオの後頭部に当たった。
ヴァユ・ス・ダムド
でやれ!﹂
ね、狙いが難しいです。
﹁
怒られた。
叫び返す。
﹁ヴァユ・ス・ダムド!﹂
前方で発生した気流はオークの中心で炸裂した。
212
すごいすごい、範囲魔術になった!
だがダメージは微々たるもの。なのに触媒の減りがすごい!
なんという価値のない銭投げ。
﹁あ、あれ!?﹂
一方、杖に持ち替えていたルビアが、素っ頓狂な声をあげる。
﹁なんか回復の威力がすごいですぅ!﹂
ログを見れば、普段の二倍近く回復している。
一体なんのズルをしたの!?
﹁も、もしかしてイオリオさんの杖のおかげ!?﹂
え、えー⋮⋮
まさかルビアの回復魔術の効果が低かったのって、装備のせい⋮
⋮?
ま、マジでか。
ルビアははしゃいでいた。
﹁きゃーきゃー、パール・イリス! ︽ヒール︾ですぅ!﹂
あちこちでシャボン玉のエフェクトを振りまくルビア。
脱力はしていたけれど、状況的には非常に心強い。
わたしは二本目の水薬を一気飲みする。
苦い。もうお腹いっぱい。
213
現在の状況。
雑魚3匹+ボスクラス3匹
がまるまる残って
シス、ルビアの傷が深く、わたしとイオリオは八割といったとこ
ろ。
相手のオークは
いる。
でもこれ、イケるんじゃないかなー。
イオリオの魔術とルビアの回復で一気に希望がスタンドアップだ
よ!
その時、広場から氷の槍が飛来してきた。
それは偶然オークの隙間を抜けて︱︱シスが直撃を受ける。
﹁うあああ!﹂
すっごく痛そうなエフェクトが閃く。
シスのHPが残り二割を切った!
慌てて立ち上がる。
オークの壁が薄くなったということは、ボスクラスの攻撃も届き
やすくなったということで。
やばい。少なくとも魔術師だけはどうにかしないと。
わたしはオークの輪の中に飛び込む。
その中心で︽テンペスト︾!
オークの絶叫が響き、これで残りは一匹。
そのまま魔術師に駆け寄り渾身の︽ダブルスウィング︾!
って全然体力減らないよ! 魔術師のくせに!
214
言い放つ。
﹁みんな、危なくなったら逃げてね!﹂
魔術師の頭部に槍がめり込む。
飛び込んできたのは、ひ、瀕死のシスくん!
﹁その命令だけは聞けないさ、マスター!﹂
わ、わかった。
﹁だけど絶対ターゲットにはならないようにね!﹂
釘を差し、踵を返す。
﹁でええい!﹂
最後の雑魚オークの背中に斬りかかる。
どんな手を使おうが勝てばよかろうなのだー!
デストロイ! これで最後の雑魚オークが消滅!
すかさず回避行動に移り、その場から飛び退く。
案の定、先ほどまで立っていた場所には、氷の槍が突き刺さって
いた。
ボス三匹
。
へっへっへ、まるっとお見通しなんだっての!
これで残りは
しかしこっちはみんなMPは空っぽで満身創痍。つらい。
215
﹁あたしが親玉を引き受けますぅ!﹂
シスに続いてルビアが広場に入ってきた。
﹁その間に、みんなで魔術師さんを殺っちゃってくださぁい!﹂
ルビア、立派になって⋮⋮
いやいや、ほろりとしている場合じゃない。
って、ワータイガーも動き出した。
しかしルビアは引かない。
﹁あ、あいつもあたしがぁ⋮⋮﹂
がくがくがくと震えながらも宣するちびっ子ナイト・ルビア。
キミのその覚悟、確かに受け取ったよ。
今こそ使うべきでしょう︻ギフト︼。
本邦初公開。
わたしたちは示し合わせたわけでもなく、同時に叫び声をあげた。
エフェクトが広場に閃く。
エインフェリア
﹃︻自己強化!!︼﹄
全身からオーラが噴き上がる。
シスは赤。イオリオは紫。そしてわたしは黒だった。
効果時間60秒のパーフェクトソルジャー爆誕。
これがクライマックスだ。
﹁オラァ!﹂
216
まずはシスくん。
赤い光が残像を映す。槍の一撃でのけぞる魔術師に、さらなる突
き。突き、突き突き突き。
シスの動きは圧倒的だった。通常攻撃のひとり槍衾。
それはことごとく敵の詠唱を中断に追い込む。
まさに術者殺しのInterrupter︵阻害者︶!
﹁アグニ・エルス!﹂
続いてイオリオが放った火炎は、今までのものとはまるで大きさ
が違う。
二倍以上の炎が魔術師を包み込んだ。
うっはー、素敵なキャンプファイアー。
火炎は空高く立ち上り、天井にまで届く。
サクリファイス
ギフトは六種類。さらにそのうちのひとつ︻自己強化︼もまた、
六種類に細分化される。
フリングホルニ
オーディン
シスの赤のオーラは︻加速︼。
イオリオの紫のオーラは︻叡智︼。
そしてわたしの選択した黒のオーラは︻犠牲︼だ。
﹁ひいい!﹂
HPとMPが猛烈な勢いで減少してゆく。
毒ってレベルじゃないぞ! 失敗した!
完全にギフトのチョイスに失敗した!
わたしは軽く跳んだ︱︱つもりだったが、それはオークを見下ろ
217
すほどの高さとなっていた。
そのまま、斧を振り下ろす。
まさに一刀両断。
見たこともないダメージ数値がポップアップし、わたしの一撃は
魔術師を真っ二つに切り裂いた。
﹁うお、すげえ﹂
シスが面食らう。
﹁大斧に︻犠牲︼の組み合わせは、﹃666﹄において最強の補正
なんじゃないか⋮⋮?﹂
イオリオも唖然としていたが、わたしは叫ぶ。
﹁早く! ルビアを!﹂
急がないとわたしも死ぬぞォー!!
少し目を離した間に、ルビアはもはや瀕死だ。
ここからターゲットを引き剥がさないといけない。
シスの飛び蹴りは親玉の顔面を捉えた。
︽チャージ︾で突き放し、流れるような装備変更。
︽足払い︾からの︽掌打︾で、親玉を壁際に追い詰める 駆けつけたイオリオはルビアを治癒し出す。
︻叡智︼によって︽ヒール︾の効果も大増量である。
218
ならわたしは︱︱ワータイガーとの一騎打ち!
いつものように不意打ちをして、振り向かせる。
ぐっ、迫力がオークと全然違うなっ。
漆黒のオーラをまとい、向かい合う。
閃光のような一撃を、わたしは斧で受け止める。
斬撃の重さに足が地面に沈み込むが、体の軸は少しもブレない。
身体能力も相当あがっているようだ。
こんなのとまともに戦えるなんてギフトすげー。
HPとMPの減り具合もすげーけど。
しかし太刀から繰り出される変幻自在の連撃に、わたしは防戦一
方だ。
ふたりの間を火花が弾ける。
一撃食らったら即死亡のオワタ式ボス戦状態!
頭がフットーしそう。
こいつがルビアをあっという間に追い込んだ張本人か!
反撃の糸口が見つからない。一瞬でも隙があれば⋮⋮
って、そうだ! わたしはバックステップで距離を取る。
ワータイガーは追ってくる。
その顔面に︱︱
﹁ヴァユ・デア・エルス! ︽ウィンド・ボウ︾!﹂
︻ギフト︼により威力のあがった風の刃は、直撃。相手を十分にビ
ビらせた。
攻守交替よ。
219
まずは︽チャージ︾。
スタン状態にしてからの︽ダブルスウィング︾。怯む相手を押し
込む。
サンドバック状態の敵に斧を叩き込む。もう手出しさせないよ。
オラオラオラオラオラオラー!
そしてリチャージが間に合った。
これがラストだ。
﹁︽サクリファイス・テンペスト︾ォォォ!﹂
遠心力のついた斧は、ワータイガーの胴体をなぎ払った。
1.5倍撃がクリティカルヒットし、相手のHPゲージが蒸発す
るように消え去る。
ワータイガーが断末魔をあげた。
天に伸ばした手を震わせて、彼はすぐに光の粒となって消える。
慌てて振り返れば、シスとイオリオもオーク親玉を撃破していた
ようで︱︱
クエスト達成の文字がログに踊った。
全身に鳥肌が立つ。
誰も死んでない。
みんな生きてる。
喜びを抱きしめるように両手を開いて、わたしは叫ぶ。
﹁か、勝ったー!﹂
220
ルビアとハイタッチをかわそうとして、走り寄る途中、
急に足に力が入らなくなって、わたしはその場に倒れた。
あ、あれ? 視界が暗転する、よ⋮⋮?
﹁せ、せんぱぁぁぁい!?﹂
あ、ああ⋮⋮
まだ、︻ 犠 牲 ︼ の 効 果 中 だ っ た ん だ⋮
⋮ 221
◇◆ 10日目 ◇◇
うー⋮⋮頭がガンガンして、全身がダルい⋮⋮
今ベッドの上です⋮⋮とりあえず、昨日のことを書くよー⋮⋮
力尽きて、わたしは霊体としてその場に留まっていた。
コールでの会話はできるようで。なぜかルビアにくどくど怒られ
た。
無茶し過ぎ!とか。
いや心配してくれているってわかっているよ⋮⋮うん、わかって
いるけど⋮⋮
違う、悪いのはギフトなんだ⋮⋮
ワータイガーが手紙と、あとレアっぽい装備をドロップしていた。
あれです。彼が使っていた日本刀のような武器です。
どうやら取得後の受け渡しができないレアアイテムのようで。
本来はこういう場合ダイスロールで所有権を争うのだけど、なぜ
かシスもルビアもわたしが持つべきだ、と主張してきました。
最初のレアはギルドマスターに、だってさ⋮⋮
生きていたら思わず感動して泣いちゃうような良いシーンだった
んだろうけど。
もうそのときのわたしは申し訳ない気持ちでいっぱいで。
ありがとうシス、ありがとうルピア⋮⋮
そしてスミマセン⋮⋮
222
寺院へ戻る
を選択してみると⋮⋮
彼らに先んじて、わたしだけヴァンフォーレストへと帰還するこ
とに。
霊体状態の時に
目覚めたのは寺院の棺桶の中だった。
おいィ? 趣味が悪いんだが!
ちょっとお坊さん、そんなビックリした顔しないでよ! ﹁なんと、生き返ったか﹂って、そりゃ生き返るよ!
生き返らせてくれよ!
この間もコールでずっとルピアに怒られています。
︻犠牲︼の代償大きいなあ!
ていうか目覚めたら、めっちゃ具合悪い。
ログを確認すると︻衰弱︼とあります。
ダルいのもあるけど⋮⋮
これは衰弱っていうか、風邪って言ったほうがいいんじゃないか
な⋮⋮
頭ぼーっとしているし、世界がぐわんぐわん回っているし⋮⋮
あと、軒並みスキルが下がってました。
せっかくあげたスキルが⋮⋮ていうか︽テンペスト︾忘れてるし
!!
このままではわたしの寿命がストレスでマッハに⋮⋮!
というわけで、わたしはギルドハウスの自室でぐったりしていま
す。
223
うーうー、これ一体いつまで続くのー⋮⋮
お昼寝して起きてもまだ衰弱のままなんですけどー⋮⋮
早くー、早くー、みんな帰ってきてー。寂しいよー。
こんな恰好悪い姿は見せられないので、モモちゃんにお礼を言い
に行くのは明日にしよう⋮⋮
あー早く、ドロップ品の日本刀、振り回したい⋮⋮
いちごひとふり
これわたしの持っていた大斧より遥かに攻撃力が高いんだぜ⋮⋮
フフフ⋮⋮銘は︻一期一振︼。
かっこいー⋮⋮
あ、みんな帰ってきた!
みんなおかえりー⋮⋮
って、う、うわあルビアやめてわたし衰弱人なんだからいきなり
抱きついてきたり体重支えきれないしちょっと待︱︱ッ!
224
人物紹介︵一章終了時︶
◆ルルシィール
種族:ヒューマン
髪色:プラチナブロンド
髪型:ショート&バング
瞳色:紅紫
背丈:まあまあ高い
胸囲:⋮⋮それなり
◇主なスキル
戦斧 武器防御 受け流し 戦術 風術 体術
ウォークライ タウント ダブルスウィング チャージ ◇意外なスキル
指示
﹃戦闘中にパーティーメンバーに指示することによってスキルアップ
パーティーメンバーそれぞれの最も高いステータスを微上昇﹄
⋮⋮一体どうやってシステムは判断しているんでしょうねこれ。
閉じ込められたメンバーひとりひとりを監視しているんでしょう
か。怖い。
◇コメント
わたしです。
225
改めて紹介するようなことはないと思うけど⋮⋮
これだけじゃ何なので、ここでご報告をひとつ。
ついにわたしの部屋にベッドがやってきました。ヒャッホーイ。
木工ギルドの方々ありがとうございます。
これで裁縫素材の生地と毛布に包まれて寝る生活からおさらばで
す。
◆ルビア
種族:ヒューマン
髪色:ピンクラベンダー
髪型:長い。ツインテールだったりポニーだったり下ろしていたり
まちまち。
瞳色:鳶色
背丈:小中学生並
胸囲:手に余る︵現実世界ではGカップ︶
◇主なスキル︵想像︶
片手剣 手盾 水術 裁縫 人体学 医学 シールドバッシュ スラッシュ ヒール わくい みずほ
◇コメント
和久井瑞穂。大学1年生です。
ネットゲーム経験は少ないけれど、ゲーム自体は子供の頃から大
好きです。
っていうかわたしと瑞穂の出会いもゲームがきっかけだったりし
ます。
226
わたしと出会うまでずっと一人ぼっちだったためか、重度の寂し
がりや。
どこに行くにもわたしの後ろをついてきてくれて⋮⋮あの頃は素
直で可愛かったなあ。
いやいや、妄想じゃないですよ。
今はその、なんだ。十数年抱えてきた心の闇を隠しきれなくなっ
た模様。
まあそれでも可愛いことには変わりないけどね。
普段は大体、ツン7、デレ3ぐらいの割合です。
◆シス
種族:ヒューマン
髪色:黒
髪型:ショートヘアで俳優っぽい。イケメン。
瞳色:黒
背丈:高い
首筋:鍛えられていてセクシー
◇主なスキル︵想像︶
槍術 拳術 体術 受け流し 戦術 戦斧
ウォークライ タウント チャージ 足払い 掌打
◇コメント
わたしがドミティア︵この世界のことです︶で最初に知り合った
人。
容姿は成人前後ぐらいの青年なのだが、笑顔が非常にあどけない。
227
中の人がにじみ出ています。
性格は純真で天使そのもの。優柔不断だけど、そんなのむしろチ
ャームポイントです。
あとからかうとすっごい楽しい︵鬼︶
どうやら姉がふたりいるらしい。ああ、なるほど⋮⋮なんかわか
るよ⋮⋮
イオリオくんとは幼稚園からの幼馴染だと言う。わたしが腐女子
だったら完全に妄想の餌食でしたね。危ない危ない。
実家は武道の道場をやっているとか。何その主人公っぽい出自。
◆イオリオ
種族:エルフ
髪色:ブロンド
髪型:ロングのワンレングス。たまに後ろで結ぶ。
瞳色:スカイブルー
背丈:高い︵シスよりも︶
眼鏡:大事
◇主なスキル︵想像︶
火術 水術 風術 土術 杖︵片手︶ 瞑想
ファイアボルト フレイムハンド ヒール シャドウバインド ヴォルケーノ
◇コメント
どう見ても社会人のオーラを放つエルフさん。長い耳がチャーミ
ング。
228
仏頂面で大体いつも何を考えているかわからないけれど、とても
親切で頼れる御仁。
ひとりでいるときどころか、みんなといるときでも本を読んでい
ます。
シスくんがアクションのタイムアタックなどのやりこみ派なら、
イオリオは設定にこだわるタイプらしい。
魔術を使うたびにお金を消耗する﹃666﹄のシステムを楽しみ
つつも、金策に苦労しています。
こないだは﹁12銅貨の触媒を消費して10銅貨の素材を手に入
れるとか、完全に赤字じゃないか⋮⋮!﹂と本気で嘆いていました
ルビアやシスくんとはまた違った意味で面白いやつ⋮⋮
229
設定資料︻ギフト︼
エインフェリア
︻ギフト︼全六種
メタモルポセス
サクリファイス
ネコマタ
─↓︻自己強化︼↓︻犠牲など六種︼
スレイプニール
─↓︻変身︼↓︻猫化など六種︼
エデン
ラグナロク
─↓︻使役︼↓︻六種︼
スペシャル
ドッペルゲンガー
─↓︻守護︼↓︻聖戦など六種︼
ルーン
─↓︻付与︼↓︻影付与など六種類︼
←↓︻魔道︼↓︻六種︼
・自己強化
その名の通り、自らの能力を劇的に上昇することができる力
使いやすくシンプルなため、もっとも使用者が多い
・変身
長時間に渡り、魔物の特殊能力を得ることができる
多くのギフトの中でも、自ら飛翔能力を得ることができるのは︻
天鳥化︼のみ
・使役
いわゆるペットジョブであり、精霊召喚なども含まれる
愛玩・乗用ではない戦闘用ペットを連れて歩けるのはこのギフト
のみ
・守護
味方を守ることに特化した、パーティープレイ向けの能力
230
無敵や回復、反射など非常に強力なものが多いが、効果時間が短い
・付与
選択した対象に、一定時間凄まじい力を与えるエンチャント能力
時と場所を選ばずに活躍できるが、自らに使うことができないた
め、使用者は少ない
・魔道
︽BP︾という値を消費し、様々な能力を使用することができる
そのほとんどは練達した魔術よりも効果が低いが、ある条件を満
たすと⋮?
231
◇◆ 11日目 ◇◇
体調回復回復ぅ!
スガスガしい気分だッ!
いやー人間健康が一番だよねえ。ホント。
すぐ隣には、一晩看護してくれていたルビアの姿。
よだれを垂らしながら微笑んで眠っております。
ご心配をおかけしました。
わたしはそーっと部屋を出て、オープンルームに向かう。
早くスキルも取り戻さないとなあ⋮⋮
﹁お、よくなったかルルシさん﹂
爽やかなイケメン。
真っ白なシャツを着たシスだ。
﹁いやー無様なところを見せてしまって﹂
恐縮すると、シスは首を振った。
﹁仲間のために命を張り、相打ちになっても相手を倒す。
まさにギルドマスターのあるべき姿、ってやつだな⋮⋮俺は感動
したぜ⋮⋮﹂
⋮⋮い、言えない⋮⋮
232
ただの不注意による事故死だったなんて、言えない⋮⋮
﹁ははは⋮⋮そんな、大したもんじゃないって⋮⋮﹂
シスの純真な眼差しが痛い。
﹁生き返ったか﹂
姿を見せた悪者顔のイオリオに、半眼を向ける。
﹁死んでないっての﹂
なぜ笑う。
﹁どうだった? ゲームの中とはいえ、死を体感したのは﹂
うーん。
﹁別にどうということはなかったよ。なにも変わったところはない
し﹂
イオリオの、眼鏡の奥の目が驚いていた。
﹁さすが、マスター殿は肝が据わっておいでだ﹂
⋮⋮そろそろはっきり言ったほうがいい気がする。
﹁キミたちにマスター呼ばわりすると、バカにされている気がする
⋮⋮﹂
233
だからなぜ笑う! トタタタと軽快な足音が聞こえてくる。
滑りこんできたのはルビア。
﹁せ、先輩がいないんですけどぉ!
あ、先輩! 先輩知りませんかぁ!?﹂
うん、ちょっと落ち着こう。
一日待ってくれたみんなと共に、クエスト報告へ。
やったー! お金がたくさんもらえたー!
深刻な顔をしているライオネルさんの前ではしゃぐわたし。
しかしワータイガーの持っていた手紙によると、海の向こうの都
市﹃ダグリア﹄がオークに物資を提供し、ヴァンフォーレストに妨
害工作を仕掛けてきていたというのだ。
この事実を執政院に伝えてきてほしいと言われて、わたしたちは
中央区へと向かう。
うわー、なんかいきなり登場人物が増えすぎ。
ええと、まずは筆頭執政官のジュディットさん。執政院で一番偉
い人でオーラがスゴイ。
その補佐、デジレさん。顔が怖い。
執政院の受付、フェリシテ嬢。柔和だけど仕事できそう。
さらに軍団長ギュスターヴ。超カッコいい鎧を着ているイケメン。
ああもう覚えらんない! あとは登場人物ABCです!
234
ざっくりまとめます。
ダグリアの大使館に向かい協力を仰ぎ、調査してこいとのこと。
そんなの一介の冒険者にやらせるかね!?
渡航免状を発行された!
船旅だー!?
執政院を出たところで、ギルド<ウェブログ>緊急会議です。
﹁どうしますかぁ?﹂
幸いなことに、わたしたちの意見は一致していた。
﹁まだまだこの街で受けてないクエストも山ほどあるからね。
海を渡るのは、それからでも遅くないでしょー﹂
新しい街は気になるが、ダグリアに向かうのはまだ先でも構わな
いね。
ギルドハウスも遠くなるし。
あと絶対わたし、船 酔 い し ち ゃ う し 。
できることなら乗船したくないし⋮⋮
その後は刀の試し切りをしたり、ルビアと露天を覗いてみたり、
235
わたしは久々にのんびりとした時間を過ごしていた。
なんかオシャレな大学生の日常みたいな?
ええ、ワタクシ、休みの日はチェインメイルを着て、刀を腰に指
し、
気まぐれにウサギを始末しながらバザーを巡っていますことよ。
やばい、これは斬新だわ︵ただしモテない︶。
と、なにも別に暇潰しに辺りを散策していたわけではない。
お礼を言うためにモモちゃんと待ち合わせをしていたのだ。
︻ベルゼラの洞穴︼攻略戦は本当にギリギリだった。
お薬がなかったら全員が無事に生還することはできなかっただろ
う。
えっ、誰か死んだって?
それはひょっとしてあなたの想像上の存在にすぎないのではない
でしょうか⋮⋮
辺りはもう夕の刻。
広場の噴水の縁に腰をかけながら、足をぶらぶらさせて待つ。
そうか、こういうときにクラフトワークスをしていればいいんだ
な。
ケータイもゲームもないなんて手持ち無沙汰だ⋮⋮
なんとなく行き交うプレイヤーキャラの表情を眺めてしまう。
236
彼らはみんな現在の不安と未来への憂慮を抱いているように見え
る。
着地点の見えない現状。
明日をも知れない暮らし。
でもそんなのって、大学生活とそんなに変わらなくない?
そりゃ数ヶ月先の暮らしぐらいは保証されているけどさ。突然ど
うなるかなんてわからないじゃん。
一緒だよ、﹃666﹄の世界と。
わたしは目を瞑って、小声で鼻歌を口ずさむ。
﹁∼∼♪﹂
それはバイト先の有線でよく聞いていたJ−POP。歌詞はよく
知らないからテキトーに。
まだそんなに経ってないのに、現実がすごく遠い。
店長とか元気かな。十日も休む気はなかったんです。
父さん母さんも心配しているかも。
大学の単位は当然やばいし、てかツイッターもブログも手付かず
だから死亡説とか流れているかもしれない⋮⋮
﹁⋮⋮ん?﹂
視線を感じて、目を開く。
うお、なんかみんなこっち見ているし!
知らない間に歌声が大きくなっちゃうアレだ! すげー恥ずかし
い!
でも取り乱して立ち去るほうがもっと恥ずかしいから黙っていよ
う!
237
岩だ、岩になるんだわたし⋮⋮!
拍手しないで! なんなの!? どっかから﹁美しい⋮⋮﹂とか聞こえたよ!? 茶化すの禁止だ
よ!
﹁あ、あの﹂
と輪の中からやってきた少女がひとり。モモちゃんです。
﹁す、素敵だったよ、おねえさん﹂
なんか頬が赤いし!
知り合いが痛いことしていると恥ずかしいよねわかるわかる!
﹁来ていたのね、モモちゃん⋮⋮﹂
もうちょっと早く声をかけてくれれば⋮⋮ ﹁遅れてごめんなさい。その、なかなか抜け出せなくて⋮⋮﹂
門限みたいなのがあるギルドなんだろうか。
いや今はそんなことより。
﹁あ⋮⋮﹂
少女の手を取る。
﹁行こう、モモちゃん﹂
238
ここみんなの視線が恥ずかしすぎるから!
木立を縫うように伸びている道を、ふたりで歩く。
夕焼けが差し込んできて、目に痛い。お肌焼けそう。
わたしと小さいモモちゃんが並ぶと、その身長差はまるでカップ
ルのようだ。
﹁あ、えっと⋮⋮その、無事に帰ってきてくれて、ホントに良かっ
た⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ふふ﹂
わたしは意味ありげに微笑む。
いや、なにも言うまい。
こんなときに真実は無粋よね⋮⋮
﹁キミから買った水薬がなかったら、今頃どうなっていたことか﹂
なんせ、無理を言って大量発注したのだ。
一本オマケしてもらったし。
おみやげのハーブをトレードすると彼女は目を丸くした。
﹁そんな、こんな綺麗な葉っぱ⋮⋮モモ、大切にするね﹂
いや、そういうことではなかったのだけど⋮⋮
まあ喜んでくれたなら良かったかな?
空いているベンチに一緒に腰掛けると、彼女はわたしの方をチラ
チラと見ながら。
239
﹁あ、あのね⋮⋮その、冒険の話が聞きたいな、おねえさん﹂
指を絡ませながらこちらの様子を伺ってくる。なんだこの子可愛
い。
後輩も昔は可愛かったのにな。
﹁ようし良いとも。洗いざらい語ってあげようじゃないか﹂
初日から11日目までね! 一晩じゃ足りないんじゃないかな!
よーし、今夜は寝かさないゾー☆
冒険譚をモモちゃんは面白く聞いてくれているようだった。
二日目に入って、シスとイオリオのくだりを話したところで、モ
モちゃんがつぶやく。
﹁でも、すごい。顔も名前も知らない人たちと、一緒に冒険だなん
て﹂
おやー?
﹁モモちゃん、ネットゲームをするのって初めて?﹂
こくりとうなずく。
﹁モモ、こんなつもりじゃなくて⋮⋮
ただ、友達の家に遊びに行ってて、それでたまたま⋮⋮﹂
そっかー。そりゃそうだよなあ。
わたしみたいにゲーマーじゃなくても巻き込まれた子はいるよな
240
あ。
こういうゲームのお約束とかなにも知らずに手探りで過ごすなん
て、大変よねえ⋮⋮
﹁お友達はこの世界に来てないの?﹂
尋ねると、モモちゃんは目を伏せた。
﹁うん、多分⋮⋮作ってたキャラクターだって、この子だし⋮⋮﹂
さらに一人ぼっちか⋮⋮
それは心細いよなあ。
いや、でも待てよ?
﹁モモちゃんだって、ギルドに拾われたんでしょう?
それで冒険しているんだったら、わたしと同じじゃないかな﹂
その言葉で、彼女はなぜか肩を落とした。
﹁ううん、同じじゃない。ゼンゼン違う⋮⋮
だってモモ、町の外に出たのなんて一回ダケだし⋮⋮﹂
なんですとぉ。
そうか、そういう楽しみ方もある、のか⋮⋮?
世の中ではクラフトワークスだけで過ごしている人もいるみたい
だし⋮⋮
いやしかし、そんな玄人のような楽しみ方は、まだまだ初心者の
モモちゃんには勿体無い気がするぞ。
﹁ねえ、もしよかったらモモちゃん。今度一緒に遊びに行かない?﹂
241
わたしの申し出も、モモちゃんは寝耳に水といった顔だ。
﹁えっ﹂
﹁大丈夫大丈夫。あんまり遠くに行かないし、わたしがバッチリ守
るから!﹂
胸を張る。すると彼女は一瞬顔を輝かせたが。
﹁楽しそう! あ、でも⋮⋮許してもらえないカモ⋮⋮﹂
ン、ンン?
ど、どちらさまに? ﹁おい、モモ!﹂
粗暴な声が聞こえてきて、モモちゃんがビクッと体を震わせた。
﹁何度もコールしてんだろうが。シカトしてんじゃねえぞ!﹂
あらあら下品ねえ。
﹁ご、ごめんなさい、今戻るから﹂
モモちゃんが頭を下げた相手は、鎧を着た無骨な男。
デザインはイイ男として作られているだろうに、身にまとう雰囲
気のせいで悪人そのものだ。
彼は後ろにふたりの男を従わせている。
242
全員名前の横に同じエンブレムをつけているところから、みんな
同じギルドなのだろう。
⋮⋮そういえばこのギルド、ヴァンフォーレストでもよく見る気
がするなあ?
男はわたしをじろりと見やる。
﹁なんだお前﹂ ﹁あいにく名刺は持ってないんでね﹂
見返す。
フフフ、こういうやり取りに憧れるお年頃なのよ、わたし。
男は舌打ちし、モモちゃんの手を引く。
﹁ほら来い。きょうのノルマはまだ残ってんだよ﹂
モモちゃんは頭を下げる。
﹁ごめんなさいおねえさん、またねっ﹂
うーん、厳しい遊び方をする人たちだなあ。
でもVRMMOとなってしまった今、こういうギルドもあるんだ
ろうねえ。
平穏を愛するわたしとしても、関わりたくないなー。
でもまあ、一言だけ言わせてもらおうかな?
﹁人のロールプレイに口出すつもりはないけどさ﹂
男が止まった。
243
﹁たかがゲームでそこまでする必要あるの?﹂
振り返ってきた。
ひー、睨まれるー。
﹁ゲームだぁ? 今はこっちが現実だろうが。
すっこんでろよ、雑魚が﹂
ははは。
わたしは立ち上がる。今のはちょっとブッチーンと来ちゃったね。
ドスの効いた声で怒鳴る。
﹁ 遊 び の つ も り じ ゃ な い な ら 犯 罪 だ ろ う が ! ﹂
前に出てモモちゃんをかばう。
﹁自分たちのやっていること、わかってんの?﹂
さすがにわたしもバカじゃないからね。︵じゃないからね!?︶
モモちゃんの証言を組み合わせたら、いくらなんでも実情が見え
てくるよ。
﹁人を奴隷のようにこき使って、自由も与えず、何様のつもり?
初心者騙して恥ずかしくないの?﹂
﹁お、おねえさん⋮⋮﹂
244
恐らくはわたしの豹変っぷりに目を白黒させるモモちゃん。
いや、でもここは譲れないんだ、ゴメンよ。
あとでアメちゃん買ってあげるから。
男は顔を歪めた。
﹁うっぜぇな! てめえには関係ねーだろうが! しゃしゃってん
じゃねえぞオラ!﹂
ああ駄目だ、話通じないわ。
残念ながらわたし、ほんやくコンニャク︵お味噌味︶とか持って
ないのよ。
﹁モモちゃん、行こう。こんなやつらのところに帰る必要なんてな
いわ﹂
わたしの行く手を部下Aが塞ぐ。
フン、チンピラの真似事?
﹁いくらPK制度があるからって、衛兵の見張っている街の中では
わたしたちに手出しなんてできないでしょう。そこをどきなさい﹂
毅然と言い放つ。
その男性は少しだけたじろいだようだが、リーダーは違った。
﹁おいモモ。そいつと一緒に行ったらわかってんだろうな﹂
どうしようって言うのよ。
﹁ルームは二度と使わせねえぞ。
245
この街にいる限り、どこだっててめえに休まる時はないと思えよ!
聞いてんのかモモ!﹂
そんなのはなんら実行力を持たないただのハラスメント行為だ。
だけど恫喝にだって、神経が参ってしまう子はいる。
大人の悪意に慣れている子のほうが珍しいだろう。
﹁汚い男⋮⋮﹂
歯噛みする。
﹁ごめんね、おねえさん⋮⋮﹂
モモは諦めたような顔で男の元に一歩を踏み出し︱︱
その彼女をわたしが抱き上げる。
﹁だったら、この子はわたしがさらうから﹂ ﹁はあ!?﹂
男は目を剥く。モモちゃんも。
﹁えええっ!?﹂
構わない。
﹁モモちゃん、わたしはキミに恋をしてしまったんだ。
新しい土地でふたりでやり直そう﹂
お姫様抱っこの態勢で、わたしはモモちゃんに宝塚風のキメ顔を
作って迫る。
246
﹁幸せにするよ、モモ姫⋮⋮﹂
フフ、と微笑する。
少女は完全にパニック状態だ。
よし、今のうちに。
わたしは優美な足取りで去っていこうとするが⋮⋮
﹁ま、待てゴラァ!﹂
あ、だめですか、そうですか。
ノリでイケると思ってたのに。
モモちゃんを担いだまま街をひた走る。
<ウェブログ>のギルドハウスにはモモちゃんは入れないし、わ
たしのプライベートルームも一旦中に入って設定を変更しなければ
ならない。
ルビアやイオリオに頼むことも考えたが、彼らはそもそもモモち
ゃんとフレンド登録をしていない。
だからわたしの足は自ずと港へと向かっていた。
﹁お、重く、ない?﹂
心配するモモちゃんにウィンクを返す。
﹁いつも使っている両手斧に比べたら遥かに軽いよ﹂
うん、わたしのテンションちょっとおかしいな。
247
慣れないことしているからだな!
チャララ∼ン、︽運搬︾スキルが上昇∼、ってやかましいよ!
駆け足5分、ヴァンフォーレス港の船着場に到着。
わたしはモモちゃんを小脇に抱えると、片手でメニューを操作し、
受付に渡航免状を見せつける。
﹁これで!﹂
心なしか、NPCも息を切らせたわたしを見てポカーンとしてい
た気がする。
﹁ど、どうぞ、お通りください﹂
追ってきた男たちをわたしは悠々と見下ろす。
渡航免状のない人は入れないでしょう?
あとは船上でやり過ごして、彼らが諦めた後でギルドハウスに戻
ればね。
って、アレ、船 動 い て ま せ ん か コ レ 。
し、しまったああああー!
248
◇◆ 12日目 ◇◇★
甲板から、船の売店で売っていた︻釣竿︼の糸を垂らす。
海風が気持ちいいなー⋮⋮
大航海時代をモチーフに作られたであろう帆船の上では、多くの
乗務員が忙しそうに働いていた。
海面では見たこともない魚やシーサーペントのような海モンスタ
ーが時折バチャバチャと顔を出すよ。うん、ビビる。
どこからか聞こえてくるのは何の鳴き声だろう。
こんな陸地から離れた場所に、まさか海鳥なんていないだろうし。
というわけで、はい。
わたしがただ今リポートしていますのは、ヴァンフォーレストと
ダグリアを繋ぐ海路、︻トコレ海︼でございます。
ちなみに乗船しているプレイヤーキャラは、まだ誰も免状を取得
していないのか、わたしとモモちゃんだけである。
コールが届く。見なくてもわかる。またルビアだ。
もう説教は嫌だ⋮⋮
しばらく無視していたら、今度は文章チャットが届いた。
ログを見やる。
﹃殺︵^−^︶ニコ殺︵^−^︶ニコ殺︵^−^︶ニコ殺︵^−^︶
ニコ殺︵^−^︶ニコ﹄
249
そっ閉じ。
その後も、バリエーション豊かな怒りの顔文字がドンドン送られ
てくる。
あの子はいつからヤンデレに。
今度はわたしからコールをかける。
﹁ハロー﹂
少し遅れて、返事。
﹃待っててくれ。こちらからすぐにかけ直す﹄
アイシー。
数分後、コールを受け取る。
﹃すまん、ルビアさんがヒステリーを起こしていた。
どうして自分がかけても出ないのに僕にはかかってくるんだ、っ
てな﹄
本当にすまん⋮⋮
﹁改めて説明させてもらってもいいでしょうか⋮⋮﹂
どうぞ、と促されて、わたしは昨日の出来事を洗いざらい語る。
イオリオはツッコミをすることなく聞いてくれた。
250
﹃なるほど、船に乗ったのはそういうわけか。タイミングが悪かっ
たな﹄
優しい!
わたしを非難しないなんて!
﹃しかし、となるとどうする?﹄ ﹁そのことなんだけど⋮⋮﹂
他のギルドと揉め事を起こしたけれど、わたしは自分が間違って
いるとは思えない。
いや、まあルビアに言わせるなら﹁他にやり方もあったでしょぅ
⋮⋮﹂だろうが⋮⋮
とにかく。
右も左もわからない女の子を、私利私欲のために奴隷として扱う
やつらなんて、
こんなステキな世界で遊ぶ資格はないと思う。
とはいえ、粛清よりも必要なのはモモちゃんの解放だ。
﹁わたしはあっちのギルドマスターと直接話し合いたいと思う。
こんなことを看過するわけにはいかないよ﹂
ふむぅ、と唸り声。
﹃そういった人種が対話に応じるかな。
より面倒な事態を引き起こすかもしれんぞ﹄
さすが冷静王イオリオ⋮⋮
そうかもしれない。でも。
251
﹁ギルドの脱退にはマスター、あるいは副マスターの許可が必要だ
わ﹂
そう、このシステム。﹃666﹄の中でも特別非常識なものだと
思います。
脱退ムズすぎwww修正されるねwwwって感じ。
っていうかそもそも、マスターが長期間ログインしなかったらど
うするつもりなの⋮⋮
﹃666﹄が元々VRMMOとして作られていたのではないか、と
いう根拠を補強する材料のひとつなわけだけど⋮⋮
まあ今はその話は置いといて。
モモちゃんのことのが大事。
﹁正当な手続きを踏みたいの。
モモや、同じように囚えられている子たちがいるなら、その子た
ちも解放してあげたい。
こんなことで、遺恨を残したくないんだ﹂
揺れる髪を抑えながら告げる。
しばらく経ってから、返事があった。
﹃わかった。やれるだけのことはしよう、マスター﹄
﹁⋮⋮イオリオ﹂
まだ十日足らずの付き合いだというのに、わたしはイオリオに全
幅の信頼を置いている自分に気づく。
シスは素直で良い子だし、後輩とは高校からの仲だ。
だがイオリオに対する感情はそのふたりとはまた違う。
252
なんと言ったらいいか、わからないけれど。
﹁ありがとうイオリオ﹂
囁くように感謝する。
﹃いいさ。マスターに付いていこうと思ったのは僕だ﹄
こ、こいつかっこいいな⋮⋮
天然のタラシかぁ?
﹁じゃあこれからもその調子でよろしくね、副マスター!﹂
向こう側で噴き出す声がした。
﹃僕が副マスター?﹄
確認されているようだ。
﹃うおマジだ。いつの間に⋮⋮﹄ イオリオを引っ掛けることができて、わたしはニンマリした。
昨日モモちゃんに会う前に、こっそりと手続きをしておいたのだ。
﹃元々の友達だったんだろうから、ルビアさんでいいんじゃないか
⋮⋮﹄
は?
今、本気で仰りました?
253
﹁ ル ビ ア が そ ん な 器 だ と で も 思 っ て い る の ? ﹂
わたしの問いに、イオリオは語らず。
沈黙は金ですね。わかります。
﹁あ、お、おはよー⋮⋮﹂
この洋上でわたしに声をかける人は、ひとりしかいない。
﹁やあ、モモちゃん﹂
竿を持ったまま手を振る。
虫が嫌いなわたしはルアーをつけているが、さっきから一向にヒ
ットしない。
きっと餌が違うのだろう。
不毛だ⋮⋮
﹁あの、えっと﹂
彼女はもじもじとして、わたしとの微妙な距離感を保っている⋮⋮
えっと、あのですね⋮⋮
実はわたし、まだあの王子様発言を撤回していないんですよね⋮⋮
なんか否定すると逆に真実味を帯びちゃうんじゃないかと思って
ね⋮⋮
254
燦々とした太陽の下だと、モモの焼けた肌はさらに美しく見える。
金髪もキラキラ輝いて。いいなあ、褐色ロリっ子。わたし好きだ
なあ。
って違う違う。誤解解かないと。
﹁えーと、モモちゃんや﹂
なるべく動揺させまいと、のんびりと話しかける。
﹁はっ、はい!﹂
無駄な努力だったようだ⋮⋮
声を裏返らせたモモちゃんの様子を見て、ふと思う。
今はわたしが彼女を誘拐したという形になっているけど、もしそ
れを嘘だとバラしたら、彼女はどう思うんだろう。
内向的っぽいモモちゃんの性格を考えると、気にするのは間違い
ない。
もしかしたら自分を責めるかもしれない。
となるとやはり、ここはわたしがヘンタイで加害者だと思わせて
おいたほうがいいのか⋮⋮
モモちゃんに気付かれないようため息をつく。
﹁こっちにきて、一緒に釣りでもしようか。他にやることなさそう
だし﹂
わたしの申し出に、モモちゃんは恐る恐るうなずいてくれた。
なんだか、ふたりの関係がまたゼロから始まったみたいな感じが
する。
トホホ。
255
新たな竿とわたしの苦手ではない系統の餌︵エビのむき身とか、
魚の切り身とかそういうの︶を購入し、並んで糸を垂らす。
空も海も青いなあ。
﹁こうしていると、俗世の些細ないさかいなど、遠い世界のことの
ように思えるねえ⋮⋮﹂
うーん、気持ちいい。
﹁あの﹂
んー? ﹁おねえさん、って⋮⋮いくつ?﹂ おっと。ここはちゃんと真面目に返さないといけないかな。
﹁今年でハタチになります﹂
﹁そっか⋮⋮やっぱり、オトナなんだ﹂
未成年だけどね。
﹁ま、モモよりは、そうかな﹂
なんとなく、子供扱いされたくないような気配を感じたので、ち
ゃん付けナシ。
釣竿を握り、考えこむモモ。
256
﹁モモ、まだ、好きとか嫌いとかよくわかんない﹂
おっと⋮⋮そっちの話か。
心して聞かねば。
﹁だから、おねえさんの期待には、あんまり答えられない⋮⋮カモ﹂
横顔が真剣すぎて胸が痛い痛い。
﹁デモ、その⋮⋮助けてもらったのは、スゴク、嬉しかったから⋮⋮
なにか、お礼、したい﹂
モモは横目でわたしの様子を気にしている。
真っ青な海原を背景に、頬を染めて佇む褐色の美少女。
か、かわいい⋮⋮
ヤバい、今すぐハグしたい⋮⋮
ドキドキしちゃう。
﹁おねえさん、モモにできるコトだったら、その、なんでも﹂
ん?
今なんでもって言ったよね?
とか言いませんよ。
うーん⋮⋮
男の子だったらどうにかなっちゃいそうな言葉ですよ、それ。
とっても嬉しいけどね。
なんでも、か。
わたしは振り向き、笑う。
257
﹁なら、わたしはキミと一緒に冒険したいな﹂
どこまでも広がる海とモモに両手を広げて、応える。
﹁この世界は面白いよ。なんだってできるし、大きなドキドキが溢
れている。
素敵な仲間だっている。これから色んなところを旅しようよ﹂
﹁そ、それって⋮⋮おねえさん⋮⋮﹂
アレ、モモちゃんの様子がおかしい。って。
顔がドンドンと赤くなっていって、膝とか震えているし⋮⋮
あ、待って。
こ れ っ て プ ロ ポ ー ズ に 聞 こ え ち ゃ
う ?
とりあえずプロポーズだけは明確に否定しておきました。
女と女じゃこの世界でも結婚できないし。あれ、できない、よね?
し、調べてないからわからない⋮⋮
﹁えと、わたし﹂
しばらく黙って海に針を垂らすことにも飽きたのか、モモちゃん
が口を開く。
相変わらず、飼い主のご機嫌を伺う小型犬のような様子で。
はまやま ももか
﹁浜山桃香⋮⋮中学二年生﹂
258
ああ、名前は本名から取ったのね。
中学二年生、か。まあ遠からずってところだったかな。
ひとりで生活するのはとても大変よね、やっぱり。
﹁でも、他の人にあんまり名前とか年齢とか言っちゃだめよ﹂
人生の先輩らしくたしなめる。
ちょっとお説教臭かったかもしれないけど、大事なことだから。
﹁知ってるよ。ネットリテラシーの授業で受けたもん﹂
すげえ、今そんなのあるんだ!
わたしは頬をかく。
これもあんまり人に言うことじゃないけど、聞きっぱなしってい
うのはね。
﹁じゃあわたしもね。南と申します﹂
どうぞよろしくお願いします。
﹁南、さん﹂
﹁うん、ネットで本名を呼ばれるのはこそばゆいから止めてほしい
な⋮⋮﹂
﹁あ、ごめんなさい⋮⋮おねえさん﹂
いや怒ったわけじゃなくてね⋮⋮
モモの表情は暗い。
潮風も彼女の心を晴らすことはできなさそうだ、なんてね。
259
﹁わたしこの世界に入ったとき、ずっと夢だと思ってて﹂
ぽつりぽつりと語り出す。
﹁そしたら、色んなコトを説明してくれた人がいて、
なんか⋮⋮ギルド? に入っていないと、すごく損するし、この
世界から脱出できないですよ、って﹂
﹁それがモモを追いかけてきた男?﹂
問いかけると、モモは首を横に振る。
﹁ううん、別の人。大人っぽい女の人だったケド⋮⋮
それから、なんか色々と変なことさせられて﹂
へ、ヘンなことて。
ギョッとするわたしに、モモは慌てて手を振る。
﹁あ、えっと、剣を振り回したりとかなにかのお勉強とか、かな?
でもそういうの向いてないみたいだから、わたしはお薬作ってい
ろって、あの男の人が⋮⋮
そうしたら、ごはんだけは食べさせてやるから、って﹂
ひどい話だ。
完全に奴隷扱いだよそれ。
お金なんてクエストをこなせば、少なくとも食べてゆく分には困
らないのに。
やばい、怒りのエンジンにちょっとずつまた火が点ってきたぞ⋮⋮
﹁えっと⋮⋮キミと同じような境遇に陥っている子は、何人かいる
の?﹂
260
﹁⋮⋮多分、いると思う。会ったコトないけど。そういうこと言っ
ていたから﹂
そっか。わたしは決意を抱きながら告げる。
﹁モモちゃん。わたしはそいつらが気に入らない。
だから、好きなようにやらしてもらうよ。勝手なことを言って、
ごめんね﹂ ﹁おねえさん⋮⋮わたしのせいで﹂
﹁いやいや、せいとかじゃないよ﹂
モモは沈痛な面持ちだった。
むしろどっちかというと、わたしがモモちゃんを巻き込んだんだ
けどね⋮⋮
と、急に竿が暴れ出す。
﹁お、かかった﹂
ログを見ると︵ルビアからの嫌がらせの合間に︶相当︽釣りスキ
ル︾が上昇していたようだ。
って、あ、あれ、これどうすればいいのかな!
わたしリアルでも釣りとかやったことないんだけど!
﹁も、モモ! 網、網!﹂
﹁え、えあー? な、ないよそんなの! ないよー!﹂
シリアスな雰囲気もどこへやら。
﹁くっ、STR任せに引き上げるしかないのか!﹂
261
しかし、となると糸が切れてしまわないか!
ええい、ままよ! 竿を振り上げる。
釣れたー! ﹁やったー!﹂
モモに手を掲げる。
﹁???﹂
戸惑いながら手を挙げるモモに︵無理矢理気味に︶ハイタッチを
交わす。
と、今度はモモちゃんにアタリが来る。
﹁来た来た! ほらあげてあげて!﹂
慌てさせると、彼女は目を白黒させながら釣竿を振り回す。
﹁えあー!?﹂
って、一発で釣り上げたし⋮⋮
わたしより釣りの才能が⋮⋮恐ろしい子⋮⋮!
釣り上げた魚はピチピチと跳ね、わたしとモモの間を逃げ惑う。
まん丸いハリセンボンだ。
モモは目を輝かせた。
﹁あっ、こ、このお魚、お薬の材料だ!﹂
おっ、なんだかんだでクラフトは好きみたいで。
楽しいよね、そういう発見って。
262
わたしも頬を緩めてしまう。
お魚をさばいてみたり、モモのクラフトワークスを見物していた
り、甲板での作業を観察したりで、船旅は新鮮で楽しかった。
これが何ヶ月も続くと辟易しちゃうけど、ゲームだから一日で着
くのだよ!
ゲーム最高っす!
だがVRMMOの世界は非情だった⋮⋮
船室の中で、わたしはグロッキー状態。
モモちゃんに心配をかけるといけないので、部屋は別々にしてお
いた。
他にプレイヤーキャラがいないので、選び放題だった。
﹁うー辛い、うー辛い⋮⋮﹂
船酔いとかマジカンベン⋮⋮
昔から酔いやすい子でありました。
車やバス、乗り物類は大体制覇したし、3Dゲーム関係もほぼ全
滅。
FPSなんてやろうものなら10分プレイの二時間キープ︵酔い
が︶!
この﹃666﹄も普通にプレイしていたら今頃はダウンしてしま
っていた可能性がある。
というわけで、わたしはハンモックに揺られながら参っていた。
263
文字を読むのが辛いので、この日記も休み休み書いているわけで
す⋮⋮
こ、根性ぉー⋮⋮
うつらうつらしていると、コールされていることに気づく。
相手は副マスター殿。
﹁あーいー⋮⋮﹂
掠れ声で応じる。
﹃元気ないな﹄
イオリオはいつも通りの冷静さ。
﹁もう船なんて二度と乗らない⋮⋮﹂
お水を一口含む。
﹃帰りはどうするんだ﹄
死ねばヴァンフォーレストの寺院に⋮⋮
とか言ったらため息つかれた!
こっちは本気だぞ! ﹃伝えておくことがふたつある。
ひとつは、きょうの船便でシスとルビアがそっちに向かったよう
だ。
明後日には合流ができるだろう﹄
264
んー?
﹁あれ、イオリオは来ないの?﹂
ああ、とうなずかれる。
いや見えないんだけど。なんとなく気配で。
﹃僕はこっちでやることがある。久しぶりのひとりの時間を満喫す
るさ﹄
もしかしたら、わたしの頼みを聞いてくれているのかな。
﹁ありがと、イオリオ﹂
咳払いをされた。
それごまかしているつもりだったら、古典的すぎますが。
﹃伝えておくことのもうひとつは、相手ギルドの情報だ﹄
少しだけ船酔い状態の頭が冴えた。
﹁こんなに早く、もうわかったの?﹂
本職は探偵なの?
﹃熱心に君とモモさんのことを聞き込みしているようだからな。
幸い、僕たちのギルドのことはまだバレていないようだが﹄
うわー、しつこいなー。
265
﹃相手ギルドの名は<ゲオルギウス・キングダム>。
ヴァンフォーレストでも一位二位を争うほどの巨大ギルドで、戦
いもクラフトワークスでも現状ではトップクラスの冒険者を揃えて
いるようだ﹄
﹁フーン、そうなんだ﹂
気軽に相槌を打つ。
イオリオは一瞬言葉を失ったようだったけれど。
﹃⋮⋮豪胆だな。怖気づかないのか? 相手は100人単位だぞ﹄
そう言われてもねえ。
﹁必要ないでしょ。取り巻きの数がなんだっての。
わたしが話があるのは、トップだけだし﹂
呆れているのかなんなのか。
しばらくイオリオくんからは返事がなくて。
﹃わかった。ならくれぐれも気をつけてな﹄
ん、ありがとう。
﹁そっちこそね﹂
コールを切り、ふと気づく。
シスからも文字チャットが届いている。
彼は今頃、ルビアとふたり旅をしているはずだが⋮⋮?
文面は一言。
266
﹃ H E L P M E ! ﹄
うん⋮⋮
ワガママお姫様の扱いに慣れるチャンスだと思っておくれ、少年
よ⋮⋮
267
◇◆ 13日目 ◇★
揺れない大地に着地すると、ものすっごい安心感に胸の中が満た
されるようだ⋮⋮
いい、地面っていい⋮⋮
あたち将来は地面さんのお嫁さんになりゅー⋮!
とゆーわけで︵真顔︶。
わたしとモモはダグリアにやってきた。
ディティールは、中東のお城と城下町のようだ。
刀使いがいたから、てっきり和風の街かと思ったんだけどなー。
あちらこちらに大理石のような綺麗な石材が使われており、町並
みは雑多ながらも上品な印象を受けちゃう。
海風とスパイスの匂いが入り交じって、一種独特な雰囲気です。
それにしても暑い。わたしは外套を脱いで身軽な旅姿になる。
そうか、ヴァンフォーレストの気候が安定していたから気にしな
かったけど、暑いとか寒いとかそういうのちゃんとあるんだね⋮⋮
わたしはどちらかというと寒がりです。
暑いのは結構平気。
北国への旅は考えないといけないな⋮
さーて、本来の目的地は大使館だけど、それはシスとルビアが来
268
てからでもいいかな。
﹁よしモモちゃん、探検しよう!﹂
わたしは大人気なくはしゃぐ。
だって新しい街だし! ﹁新しい素材! 新しい装備!
新しいごはんに新しいクエスト!
うっふっふー! 全てがまだ見ぬ神世界!
イッツァニューワールド! ヒャッホーイ!﹂
とひとしきり盛り上がったところで気づく。
モモちゃん完全に引いてます⋮⋮
﹁な、なーんてね!﹂
って言えばごまかせると思ったらわたしの大間違いだ。
しかしモモはくすくすと微笑んでいた。
﹁なんかおねえさん、クラスの男子みたい。そういうトコもあるん
だ﹂
うっ。精神年齢、中学生男子扱いですか。
否定できかねる⋮⋮
﹁うん、行こ。おねえさん﹂
娘に諭される父親ってこんな気分なのかな、って思いつつ。
269
﹁行こう行こう、モモちゃん﹂
わたしはデート気分で少女の小さな手を取った。
新たな街に来て、あなただったら何をしますか?
クエスト? 観光? それともお偉い人への挨拶とか、その土地
の名産に舌鼓を打つなんてのもいいね。
しかし、わたしはもちろん装備屋巡りです!
モモちゃん引き連れいざショッピング! ﹁たのもー!﹂
女将! メニューを持て!
と、販売リストを見て一驚。もとい一興。
﹁ちょ、ここオリエンタル装束売っているよ!﹂
ベリーダンスの衣装みたいなやつ!
腕装備はキラキラの腕輪だし、とってもステキ!
﹁モモちゃん、モモちゃんちょっと着てみて!﹂
細い肩を掴んでフィッティングルームに押しこむ。
﹁え、えー!?﹂
270
いいからいいから。
﹁絶対似合うから! ね!﹂
勢いに押されて、モモは言う通りにしてくれた。
しばらく待って、カーテンが開く。
﹁え、えと、これでいい?﹂
そこにいたのは、だぼだぼのローブなどではなく⋮⋮
ブラジャー風のトップスに、ひらひらのロングスカートを履いて
顔を赤らめる褐色美少女。
わたしの脳に電光が走った瞬間である。
﹁買った! モモちゃんはこれからずっとそれで!﹂
即断即決する。
拳を握るわたしの前で胸を押さえて頬染めるモモ。
﹁えあー!? こんなの恥ずかしいよー!﹂ ﹁大丈夫、防御力も高いから!﹂
なにが大丈夫かはわたしもわかりませんが。
﹁む、ムリムリ、ムリだってば⋮⋮﹂
鏡の前で何度も自分の姿を確認するモモ。
なにー! そんなに似合っているのに⋮⋮
﹁じゃ、じゃあわたしも着るから! ね!?﹂
271
﹁な、なんでそんなに必死なのー?﹂
なんでだろう⋮⋮ ﹁しいて言うなら、目の保養に、かな⋮⋮﹂
﹁⋮⋮うう⋮⋮﹂
引いてる引いてる。
でもそれがちょっと楽しくなってきたよお姉さん。
﹁よし、じゃあ2セットいただこう!﹂
わたしはメニューから色違いのオリエンタル装束を購入する。
モモちゃんはライムグリーン。わたしはライトパープルだ。
﹁えあー!﹂
叫びながらわたしを止めようとするも、遅い。
へっへーん、もう買っちゃったもんね!
羞恥に顔を赤らめながらフェロモンたっぷりの衣装を着る美少女
⋮⋮
これだけで船旅の疲れが吹っ飛ぶね⋮⋮うふふふふふふ⋮⋮
というわけでわたしも着替えて、ふたりでお外に出る。
燦々と照りつける太陽の下。
うん、すっごいスースーする⋮⋮
チョット正気に戻っちゃった。
わたしは目を伏せながらつぶやく。
272
﹁モモちゃん⋮⋮これ、恥ずかしいね﹂ ﹁そう言ったでしょー⋮⋮﹂
控えめに怒られた。
すみません。
ちゃんとした衣装に着替え直して、改めて街を探索。
この装束はあとでルビアにあげよう︵ご機嫌取りに︶。
なにげにヴァンフォーレストから船に乗って旅してきたのはわた
したちが初めてだったようだ。
船員が﹁初めてのお客さんだな﹂とか言ってたし。
それでもちらほらとプレイヤーキャラの姿が見えるのは、陸路で
旅してきた人たちなのかなー。
もしかしたら他のスタート地点の街とも道が繋がっているのかも
ね。
しかし、となると周辺の敵はどのぐらいなのかなあ。
モモちゃんには強い相手なのかもしれないなあ。
武器屋も覗いてみたんだけどね。
扱っているのは曲刀、短剣、珍しいところだとカタールなんかも
あったんだけど、武器の性能的にはヴァンフォーレストと大差なか
ったんだよねー。
っていうのが通用しないのか
もしかしたら店売りの装備は、オフラインRPGにありがちな
遠くの街ほどいいものが売っている
も。
最低限以上の装備は、作るかレアドロップ品を狙うしかないって
273
ことかな。
ううむ、ますますWikiがほしいね⋮⋮
先ほどからモモちゃんは、物珍しそうに辺りを眺めながら、クエ
スト発行者を探すわたしの後ろをついてきている。
﹁なんだか外国に来たみたい﹂
なまり
はあれど、全世界共通のようだ。
アラビア風の町並みに、NPCは肌の黒い男たち。
この世界の言葉は
まあ話してみると、外国の人が日本語を達者に扱っているような
違和感があるけどね。
﹁これがゲームの世界だなんて、不思議ー⋮⋮﹂
﹁どう、なんだかワクワクしてこない?﹂
尋ねてみると、はにかむ。
﹁えへへ、そうかも⋮⋮﹂
ヴァンフォーレストを離れて、ちょっとは明るくなってくれたか
な?
洋上では黒パンと果実が出されたが、船酔いのせいでロクに口に
することができなかった。
だからわたしたちは宿屋の食堂にインするよ。
274
露天と違ってこういうところはしっかりしたごはんを出してくれ
るんだよねー。
その分値段も張るけど、まだ稼ぎは残ってます。
お昼時、この街の住人たちも集まってきて、あちこちで食事を取
っている。
テーブルの上に乗っている料理は、どれもこれも美味しそう!
わたしたちも着席し、メニュー画面から料理欄を眺める。
﹁ねー、モモちゃんはなにか食べたいものとかあるー?﹂
﹁え、えと⋮⋮モモは、なんでも⋮⋮﹂
先ほどからオゴられっぱなしだからか、ちょっと恐縮しているみ
たい。
なら、手を合わせて片目を瞑る。
﹁じゃあさー、実は⋮⋮ど∼∼しても食べたい料理がいくつかある
んだけど、
ひとりじゃ食べきれなくてさ、お願い、手伝ってくれる?﹂
フフフ、これは相手が断りにくいオトナのテクニック⋮⋮
ただしものすごい食いしん坊に思われてしまうことがあるのが難
点⋮⋮!
違わないけどな⋮⋮!
答えも待たずに、メニューからパッパッと料理を頼む。
ゴールドブルームのオリーブステーキ。ダグリア豆のコロッケ。
さらに挽き肉詰めのチーズパイなんかも。
あ、あとヨーグルトドリンクってのもふーたつー。ウフフ、オッ
ケー☆
275
完全にウキウキしているわたしですが、これは演技です。
モモちゃんに信じこませるためにね。いやー演技辛いわー。
間もなく湯気立つお皿が運ばれてきた。
アイコンから呼び出すのもお弁当っぽくていいけど、たまには普
通に食べたいからね!
﹁わ、わー! おいしそう!﹂
これにはモモちゃんも大喜び。
わたしもヨダレも抑え切れない。
新たな土地の料理は、香辛料をたっぷり使っているのか単体で食
べると舌がピリピリしたものの、 それがまた甘い飲み物とよく合って、結果的にはほど良いスパイ
シーさ!
﹁えあー、からーいー!﹂
モモは顔を真っ赤にして舌を出す。
﹁でもおいしいー!﹂ ﹁ほら、このパイ、アツアツでサクサクで美味しいののなんの﹂
わたしたちは顔を真っ赤にしながら笑い合う。
﹁こっちのお魚も、プリプリしているのにすごく柔らかい!﹂ という風な、食べ物系ブログへの露骨な転身。 276
これでアクセス数が稼げる!?
まあ閉じ込められているから、ブログは更新できないんですけど
ね。
うん、知ってた。
いつか現実に戻ったときのためにしっかりしっかり覚えておきま
しょう、ネタの宝庫。
食後の散歩代わりに、ダグリアの街を北から南まで縦断する。
街についたらすることその2。
受けられるクエストを片っ端から受けて、その中でできそうなも
のをチョイスしてゆくのです。
﹁はー、みんな困ってるんだなあー﹂
素直な感想のモモ。
﹁誰かが困っていないとわたしたちの仕事がないからねー﹂
﹁そっか。ホントは冒険者なんていない世の中が一番イイんだね⋮
⋮﹂
いやそうだけど。そんな極端な。ゲームとして成り立たないし。
﹁もっと世界が優しくなればいいのに⋮⋮﹂
あっ、これ、ちょっとした中二病だ! 277
数時間かけて街の表面をなぞり、簡単そうなクエストを集めてき
ました。
あ、内政とか水不足とか砂漠を荒らす盗賊団とか宰相の強権とか
ヴァンフォーレストとの貿易摩擦とか、そういう噂話はいらないよ
ね。
NPCの台詞コピペするだけになっちゃうし。
詳しくは﹃666﹄をDLして一緒に閉じ込められてください︵
酷︶。
﹁モモちゃんはなにかやりたいものある?﹂
﹁やりたいものっていうか、これ、みんな頼まれたものなんだよね?
全部やってあげないとあの人たち、困っちゃうんじゃ⋮⋮﹂
えっと⋮⋮
それはー、説明が難しいな⋮⋮
﹁そもそも、NPCっていうのはね、モモちゃん﹂
わたしは最初から解説することにした。
﹁彼らは生きていないのです。コンピュータなんです。
自動販売機と一緒。なのでクエストも来る人みんなに発行してい
るのだよ!﹂
な、ナンダッテー!
衝撃の事実発覚、である。
お手紙を届けてくださいのクエストは、同じお手紙を同じ人物の
元に何百通も届けていることに⋮⋮
これちょっとしたホラーですよ奥さん。
278
大体、﹁お腹が減った﹂という依頼にお肉を持って行くのだって、
それがゾンビの落とした腐ったお肉でも達成できたりするからね。
マジ極悪。さすがに﹃666﹄ではやらないけど。
﹁んー、でも⋮⋮﹂
モモは首をひねる。
﹁やっぱり、約束を守らないのはよくないんじゃ﹂
確かにその通りなんだけど、でも実際ホントに困っているわけじ
ゃないから⋮⋮
いや、よそう。
これがゲームに染まりきってしまったわたしが忘れてしまった大
事なココロなんだ。
﹁んんん⋮⋮よしわかったモモちゃん。こうしよう。
今受けたクエストは全部やり遂げよう。ただしキミがね!﹂
ズバーンと指を差す。
﹁えええっ!﹂
﹁ダグリアの街はキミに託す! さあ、まずなにからやりますか、
モモ隊長!﹂
﹁えええ∼⋮⋮﹂
これまでの経験上、モモちゃんはかなり押しに弱い。
いや、わたし相手だからかもしれないけど。
別に自惚れているわけじゃないよ? 年上ってことで。
279
﹁うぅ∼∼∼∼ん⋮⋮﹂
クエストメニューをポチポチといじるモモ。
彼女は悩んだ挙句、ひとつのクエストをチョイスした。
病気で困っている娘のために、お薬を持ってきて
、てやつね﹂
﹁なになに⋮⋮
おくれ
﹁うん⋮⋮やっぱり、可哀想だから。それに、わたしでもできるか
な、って﹂
﹁いいね、人助け。やっぱそういう動機で生きていきたいよね﹂
他人を蹴落としたり、自分の利益のために誰かを犠牲にしたり、
そういうのはよくわかんないよね。
もっと楽しくやれればいいのにさ、みんな。
クエストで要求されているのは︻お薬︼。
でもなんでもいいってわけじゃないみたい。
そら、毒消し持ってって完了、ってわけにもいかないからね。
とりあえずモモの持っていた水薬はどれも受け取ってくれなかっ
たらしく。
﹁キイロとかミドリのお薬じゃないとだめなのかなあ⋮⋮﹂
アイテム欄を漁りながらつぶやくモモ。
﹁色の種類で効果が違うの?﹂ 280
﹁うん。アオとアカが一番簡単だけど、スキルがあがると回復量が
効果があがるみたいで、ええと﹂
ポン、とモモはアイテムバッグから一冊の本を取り出す。
クラフター︽薬師︾の教本のようだ。
ペラペラとページをめくる。
﹁滋養強壮に効くのは、︻キイロの塗薬︼。
でも病気を治癒するのは、︻ミドリの水薬︼みたいだし⋮⋮﹂
モモちゃんの肩越しに本を覗きこむ。
ふむふむ。薬液の色が大事なのね。
彩度と明度があがって、純粋な色に近づけば近づくほど効果もあ
がる、か。
スキル値がキモだったらどうしようもないなあ。
閉じ込められた日から延々とクラフトワークスを強要されてきた
モモちゃんが作れなかったら、
多分﹃666﹄でクリアできる人どこにもいないんじゃないかな
⋮⋮
ま、それはさておき。
悩むモモちゃんに軽く言う。
﹁じゃあふたつとも作ってみようよ﹂
﹁うん、でも⋮⋮材料が﹂
あ、そうだね。
じゃあまずはそこから始めようよ。
281
・︻キイロの塗薬︼の材料は、︻ベベルの根っこ︼、︻オラデルの
大葉︼、それに︻イエローパウダー︼。
・︻ミドリの水薬︼の材料は、︻洞窟蛇の神経毒︼、︻バルーンフ
ィッシュ︼、そして︻グリーンエキス︼。
ギルドを巡ってそのうちの4つは用意することができました。
バルーンフィッシュなんて、わたしとモモが釣った魚だったしね。
ただし残りが問題。
﹁オラデルの大葉と洞窟蛇の神経毒、かあ。ちょうどよく一種類ず
つ足りないもんなあ﹂
﹁確か、教科書に分布地も⋮⋮﹂
おっと、そいつはありがたい。
﹁葉っぱは、えっと、この辺りでも採れるところがある、みたいか
な﹂
サバイバル系スキル︽採取︾上達のチャンスか⋮⋮
スキル値はもちろんゼロです。
お花摘みは卒業しちゃってて⋮⋮
﹁でも、洞窟蛇は載ってない⋮⋮﹂
モモちゃんはしょんぼりする。
﹁きっと洞窟にいる蛇なんだろうね﹂
282
あまりにも当たり前のことをしたり顔で発言してみる。
めっちゃ馬鹿っぽい⋮⋮
モモは﹁多分⋮⋮﹂と消極的な同意。
憂い顔も可愛いです。
本日の寝床を確保してから探検に向かうことに。居住区よーし。
モモちゃんのプライベートルームはギルドの人たちに占拠されて
いるそうなので、
わたしが自室に先に入って入室許可を設定してから彼女を招き入
れる。
一応、他の街だから勝手には入ってこれないと思うんだけど、ま
あ念のため。
﹁おじゃましまーす⋮⋮﹂と部屋に入ってくるモモ。
ふ、ふたりっきりの密室空間!
とはいえ、わたしクラスの淑女になるとこの程度のアクシデント
なんともないけどね。
焼けた太もも⋮⋮首筋⋮⋮
ハッ、いえいえ、なんでもありませんよ。
﹁自分の部屋だと思ってくつろいでね!﹂
なんと内装はヴァンフォーレストのわたしの部屋とまったく同じ
だ。
一体どういう魔術で繋がっているのか。︵ただのサーバーの都合
283
です︶
わたし用のベッドの他、ルビアが使っていた毛布も部屋の隅に畳
まれております。
クエストの報酬をもらうたびに少しずつ家具を増やしているため、
今はテーブル、ベッド、姿見の他、チェストやドレッサー︵一番
安いやつ︶などもあり、
なんとか人の生活する部屋に見えるはず。⋮⋮はず。
﹁わあ⋮⋮おねえさんの部屋、綺麗だね﹂
ほらぁ!
﹁モモの部屋、なんにもないから⋮⋮﹂
ふ、不憫⋮⋮
なんだこの子、姉たちにいびられる常夏のシンデレラか⋮⋮
思わず頭を撫でてしまう。
﹁心配しないで、モモちゃん。ここにはわたししかいないからね﹂
﹁おねえさん⋮⋮﹂
モモちゃんはわたしの手を両手で握って、さすさすしている。
まるで親にじゃれる子猫のようで⋮⋮
うっ、可愛い⋮⋮
そういういじらしい態度に弱いのよ、わたし⋮⋮
しかしきょうはここに泊まるとして、どうしようかな。
ベッドはモモちゃんに使ってもらって、わたしは床で寝ようかし
ら。
284
モモは隅っこに置いてあった毛布を見つめて。
﹁あ、これ、ギルドの人の⋮⋮?﹂
﹁そうそう。前に話したルビアのね﹂
その言葉を聞いたモモはなぜだかほんのりと頬を膨らませた⋮⋮
ように見えた。
んー?
﹁⋮⋮おねえさんって、ベッドに寝ているんだよね﹂
そうだけどー?
モモちゃんは指を絡ませながら、わたしに上目遣いを向けて。
﹁あ、あの⋮⋮モモ、きょうはベッドで一緒に寝ても⋮⋮いい、か
な?﹂ お、おー⋮⋮
いや、モモちゃんがいいならわたしは別にいいんだけど⋮⋮
⋮⋮ルビアの使っていたお布団、嫌なのかしら。
まだ会ったこともないっていうのに、
あの子の同性に嫌われる力は、相変わらずの威力ね⋮⋮
285
◆◆ 14日目 ◆★
アラビア装束 + 短剣 + モモちゃん = ︵*´∀`*︶
いいよーいいよー、ちらちらと覗く焼けたふとももとか。
これはお金取れるよ⋮⋮!︵最低の発想︶
﹁よし、そこで短剣を振って! そうそう、当てたら避ける、当て
たら避ける!﹂
ワンツーワンツーとわたし指導の元、モモは大型犬ほどもある巨
大なトカゲに着実にダメージを与えてゆきます。
その攻撃は一定のリズムに則って、まるでダンスのよう。うーん
華麗!
敵のレベルは割とちょうどいいし、なんといってもモモちゃんは
飲み込みが早い。
これが若さか⋮⋮︵目元で涙がキラリ︶
﹁か、体動かすの、やっぱり楽しいね!﹂
モモちゃんも笑顔を見せる余裕が出てきました。
好奇心も十分だし。
MMOは初めてらしいけれど、意外と向いているんじゃないかな
ー。
現在、わたしたちはダグリアの外にいます。
286
西が海に面しているダグリアの地理をざっと説明すると、
北が荒野で、東と南は広大な砂漠が広がっています。
なので、素材を探すために北を目指して進んでみたのですが、
昨日の探索は空振りに終わっておりましたです。
ただの観光デートみたいになってしまったのです。
いや、それはそれでかなり楽しかったのだけどね。
見るもの全てに目を輝かせていたモモちゃんを観察するのがね!
一方、︻コデューアル砂漠︼には、サソリやらラクダやらトカゲ
やら、これまでとは違ったモンスターがいらっしゃいます。
シスくんじゃないけど、新モンスターはめっちゃワクワクするぅ
ー。
かなりのんびりした旅だけど、わたしも未熟な︽太刀︾スキルの
訓練になるので実はありがたい話。
ここでちょっとわたしなりに学んだことをメモメモ。
太刀の基本行動は三種類。縦斬り、横斬り、突き。斜め斬りは縦
の横の複合スキルです。
斧のように力任せに叩きつけたりせず、ちゃんと斬る方向を意識
しないと途端にダメージが落ちるという、玄人好みのあつかいにく
すぎる武器! 使いこなせねぇと木の斧より弱いただの鉄くずみた
いだってのに、なんだってわたしは!︵ギルドメンバーに贈られた
大切なモノだからです︶
﹃666﹄の戦闘力はかなりゲーム的です。
剣道経験者なら太刀も簡単に扱えるようになるかといったらそう
ではなく、基本的にはスキル値が全てなのよね。
287
身のこなしだって︽体術︾や︽体幹︾、それに様々な防御系統の
スキルだし。
リアルで必要となるのは、どちらかというと反射神経。
あと思考の瞬発力が大事みたいです。
これ豆知識。
ほとんど武道有段者らしきシスくんからの受け売りですけどね!
そのシスくんからのコールが入ったのが、お昼手前。
ようやく︻オラデルの大葉︼を見つけてダグリアに戻っている最
中でした。
まさか街のすぐ近くに群生しているとは⋮⋮
盲点だったぜ⋮⋮!
で、シスくん曰く、到着したらしいので合流しようぜー、とのこ
と。
﹁よしじゃあモモ。わたしの仲間が来たから、一緒に遊ぼうよ﹂
﹁う、うん⋮⋮﹂
これだけはなんなので、軽く人物紹介でも。
﹁男の子のほうは天使だし、女の子はぶりっ子っぽいから同性には
半端無く嫌われているけど、基本的にはいい子だからね。
仲良くしてあげてね﹂
﹁えと⋮⋮はい、おねえさんのお友達なら⋮⋮﹂
まあ不安げな表情。
それはしゃーないよね。
288
会ってみたら多分印象も変わると思うから。悪いやつらじゃない
しね!
街着に着替えてダグリアにイン。
砂まみれだし、チェインで走り回っているから汗かいちゃったし、
とりあえずシャワーでも浴びたい気分だけどねー⋮⋮
大通りを歩いていると、偶然ばったり。
おお、あそこに見えるはカラフルなクローバーのエンブレム!
三日ぶりに会う懐かしきふたりに手を振る。
﹁おーいこっちこっち﹂
お、ルビアが走ってきた。
ははは、そんなに長い間わたしに会えなくて寂しかったんだなー、
こいつぅー。
両手を広げて、わたしの胸に飛び込んでおいでー、と待ってみれ
ば。
﹁ こ の 泥 棒 猫 ぉ ! ﹂
モモちゃんの胸ぐらを掴んでそんなことを叫んだ。
なにこの昭和の娘⋮⋮
﹁いやキミ、モモになにしてんの﹂とか言って止めようとしていた
辺りで腹を蹴られました。
こいつ先輩になんてことを⋮⋮!
ガード呼んだら今の普通に違法行為で捕まるんじゃないのこの子!
289
﹁いっつも返事をよこさない人は黙っててくださいっていうか全然
聞こえませぇーん!﹂
久々の出番だからってエンジン全開のルビアちゃん。
﹁こ、この、憎い⋮⋮﹂
ふんっとそっぽを向かれる。
野良猫のようなルビアは半眼でモモに詰め寄り。
﹁それよりなんなんですかぁ!
勝手に先輩とハネムーンだなんてあたしに許可取ってないんです
けどぉ!?﹂
完全にいちゃもんつけている上に間違っているし。
そんな優雅なクルーズじゃなかったし。
新郎ずっと寝込んでたし。
モモなんてほら、怯えているじゃないか。
かわいそうに。
﹁お、おねえさんは、ただわたしを助けてくれただけだし。
それよりそっちこそ急に出てきてなんなのー⋮⋮﹂
あれ、ちょっとムッとしてる?
﹁急じゃありませぇん。あたしは先輩とずーっと一緒にいましたぁ
∼。
割り込んできたのはそっちですぅ∼﹂
290
何この子、性格の悪さが顔ににじみ出ている⋮⋮
いくらロリっ子のアバターを身にまとっていても、本性は隠せな
いものね⋮⋮
っていうかキミ、なんでそんなにモモちゃんに絡むの。
いくつ年下だと思っているの。
﹁いい加減、突っかかるのはやめなさい、ルビア﹂
少し強い口調でたしなめると、ルビアは下唇を噛みながらうなる。
まったくもう。イライラしているのはわかるけど、それならわた
しに当たりなさいよ。
ようやく彼女の勢いは収まるかと思われた、が⋮⋮
﹁えあ∼∼⋮⋮!﹂
モモが拳を握る。
そうして今度はこっちの子が爆弾を降らせる。
﹁つ、月日とか関係ないし! モモはおねえさんに告白されたんだ
から!﹂
﹁ファッ!?﹂
ルビアがおかしな叫び声とともにわたしを見る。
オーライオーライ、落ち着こうか。
﹁それには深いわけがあってだね︱︱﹂
﹁︱︱先輩は黙っててください!﹂
言論を弾圧される。
291
弁解すらも認められない⋮⋮?
﹁そ、そ、それに⋮⋮昨日なんて、一緒に⋮⋮寝ちゃった、し⋮⋮﹂
ちらちらとモモがわたしを見る。
いや事実だけどさ。
サクリファイス
ルビアは般若のような顔だ。暗黒のオーラをまとっているような
気がする。
キミはいつから︻犠牲︼の使い手に。
﹁あ、あたしだってそれぐらいありますぅー!
おんなじ寮に住んでますしー! いっつも同じベッドですー!
お風呂だって一緒ですぅー!﹂
﹁お、お、お風呂なんてぇ⋮⋮ず、ズルいぃー⋮⋮!﹂
﹁ていうかなんで張り合っているの? キミたち﹂
スルー
わたしの言葉はNPCされる。
うん、わかってた。
っていうかこういうのモモが大人しくなると思っていただけに意
外。
わたしを挟んでふたりの美少女が修羅場⋮⋮
これは人類の夢ね⋮⋮︵現実逃避︶
がるるると牙を剥くルビアおねーちゃんから隠れるように、モモ
はわたしの背に回り。
﹁わたしはおねえさんと、ずっと一緒に旅するんだもん⋮⋮そう言
ってくれたもん⋮⋮﹂ キュッとわたしの裾を握り締める褐色の美少女。
292
いやーちょーかわいー︵現実逃避︶
でもね。
見た目だけはモモちゃんと同い年に見えるルビアだけど、仮にも
大学一年生だよ?
さすがにそんな見え見えの挑発を前にしても落ち着いて﹁きいい
いいいいいいいいいいいいい先輩のばあああああああかあああああ
ああああああ!﹂走り去りました。
あの子、精神年齢どこに置いてきたんだろう⋮⋮
わたしの腕を掴んで離さないモモの重みを感じつつ。
もしかしたら大変な拾い物をしたかもしれないなあ、なんて思い
つつ。
ず∼∼∼∼∼っと放置されていたシスくんに向き直る。
﹁⋮⋮ごはん食べにいこっか、シス﹂
﹁ え 、 あ 、 は い 。 そ う っ ス ね ﹂ なんで敬語なの、少年。 ダグリア料理は甘いものは徹底的に甘く、辛いものは香辛料がと
ことん振りかけられていて、その中間というものがないようです。
極端な配分なのだけど、でもそれぞれがとっても美味しいから許
しちゃう!
こういうメリハリの効いた味付けってわたし好きよ。大好きよ。
293
本日はカリフラワーっぽいお野菜の素揚げに、パンケーキ。
さらに男の子がやってきたということで、大小様々なスペアリブ
をテーブルの上にずらっと並べてみます。うーん見た目にも豪勢⋮
⋮!
﹁うおー、うまそーだな!﹂
と、なにやら疎外感を覚えていたようなシスくんも喜んでむしゃ
ぶりつきます。
それにしても、食感や味覚や匂いまでも感じるなんて、すごいよ
ねマジで。
﹃666﹄さえあれば現実で旅行する必要なくなっちゃうんじゃな
いかな。
物語の中に閉じ込められるお話は昔からいくつも読んだことがあ
るけれど、言うなればそれのゲーム版でしょこれ。
一体どうなっているのかしら⋮⋮
イオリオじゃないけど、ホントに魔術の実在を信じちゃいそうに
なるなー⋮⋮
あ、ごはん食べている途中にルビアは帰って来ました。
の件。
一見落ち着いたように見えるけど、時々モモちゃんを威嚇してい
たりする。
病気の娘を救え
お願いだから年をわきまえて。
ところで、先日のクエスト。
︻キイロの塗薬︼を持って行くと、クエストは達成されました。
お子様の具合は目に見えて良くなったようで、モモは自分のこと
のように喜んでいました。
294
で、初報酬。
ピンク色の頭部装備︻プリティーリボン︼でした。
可愛いヒラヒラ。しかもなぜか防御力が結構上昇する。
どうやらお礼をもらえるってことを想定しなかったらしく、モモ
はしばらく驚いたような顔でそのリボンを見つめていた。
﹁これ、モモが⋮⋮﹂ ﹁そうよー﹂
ニッコリと頭を撫でる。
Lif
﹁人助けができてスキルまで上がる。オマケにクリア報酬だって。
The
クエストっていうのは一石三鳥でできているのよー﹂
ぱぁっと彼女の顔が明るくなる。
ようやくモモちゃんはこのゲーム︱︱﹃666
e﹄の遊び方を理解したようだった。
﹁そうなんだ⋮⋮ちょっと、楽しいカモ⋮⋮﹂
そう言ってくれて何よりだ。
﹁さ、つけてみなよ、そのリボン﹂
促すと、モモは嬉しそうにメニューを操作した。
それからポンっと頭の上に大きなリボンが咲く。
﹁えへへ﹂とはにかむモモ。
295
このときばかりはルビアも茶化さず、﹁⋮⋮良かったですねぇ﹂
と腕組みしながら祝福してくれた。
根は優しい子なんですよ、根は。
きょうはこのままクエストを続行しよう、ということになりまし
た。
戦闘班がわたしとシス。合成班がルビアとモモ。
四人で手分けしながら街と外を行ったり来たり繰り返す。
するとどうでしょう。
難しかったクエストの山が次々と片付いてゆくではありませんか!
劇的ビフォアアフター!
なんと夕方までにクリアしたクエストの数、五つ!
そのどれもが一日仕事クラスだってのに、これが匠︵人海戦術︶
の力よ!
暗くなってから宿に戻った後で、︵多少心配だったものの︶モモ
ちゃんをルビアに任せて、わたしはコールでシスを誘った。
刀のスキル上げするけど一緒にどう? と。
彼は快諾してくれた。
﹁ちょうどいい。じっとしているのは退屈だし﹂とのこと。
とゆーわけで、砂漠へレッツゴー♪
町の外に出て手頃な相手を斬り刻む。
296
夜の砂漠の敵はちょっと手強いみたい。普段は現れないモンスタ
ーもチラホラと。
でもふたりなら、強めの相手に挑んでも余裕で勝利できちゃった
り。
ルビアは付き合いが長いし、イオリオとは気が合うものの、
実際に組んでみて一番しっかり来るのはシスだとわたしは思って
いる。
発声スキルを使うタイミングや、立ち回り。敵を仕留めに行く瞬
間がなにもかも重なるのだ。
息ぴったり。相棒って感じです。
いや、わたしが勝手にそう思っているだけかもしれないけどさ!
だったらちょっぴりカナシ。
﹁そういえば、どうだったの? ルビアとの二人旅﹂
戦闘の合間の世間話。
夜の砂漠は冷えるなあ。
﹁それな⋮⋮﹂
シスは暗い顔だ。
﹁え、なんかあったの?﹂
ドキッとしてしまう。
ルビアは基本的には無害なんだけど⋮⋮
シスは憂いの表情でつぶやきます。
297
﹁ 俺 、 あ い つ 好 き に な っ た か も ﹂
おいカメラ止めろ。
シスくんを隣に座らせて、詳しく事情徴収。
彼は妙に話しづらそう。だけど聞く︵鬼︶
﹁いや、別に話すことはないんだけど⋮⋮なんつーか、面白いやつ
だな、って﹂
﹁異性からの人気が面白さ次第だったら、あの子は相当なレベルだ
と言えるけど⋮⋮﹂
﹁それならルルシィさんもだな﹂
あぁー?
咳払いをするシス。
﹁船でもずっとルルシィさんへの不満ばっかりでさ。もう9割グチ
に悪口で。
ああ、こいつホントにルルシィさんのことが大切なんだなあ、っ
て思ってさ﹂
﹁いや完全に普段のルビアじゃないのそれ﹂
﹁なんか、一緒にいて飽きないっつーか、放っておけないっつーか
さ⋮⋮
よくわからねえんだよ、マジで﹂
﹁それはアレだよ、少年。家に珍しい犬種のワンコがやってきたか
ら少し構ってやったら、なんか情が移ってきただけだよ。
一週間一緒にいたら耳がキンキンするよきっと﹂
﹁かもな﹂
298
シスくんは意外とあっさりと引き下がった。
なんか物思いにふけっているような⋮⋮
複雑な顔をしている。
シスくんの横顔はなかなかに美青年なのだが⋮⋮ううむ。
そのとき、わたしは大事なことに気づく。
﹁ていうかさ、ルビアを見て好きになったんだよね﹂
﹁いやそりゃあ、俺は現実世界のルビアさんのこと知らないし﹂
﹁⋮⋮つまりロリコンか﹂
シスがむせた。
﹁あんな子に欲情するとは、シスはそういう人だったのか⋮⋮
ハッ、いやもしかして巨乳好き? ロリ巨乳好きという特殊性癖
?﹂
﹁待て。頼むから待ってくれ。つーかアンタ俺の年知らないでしょ
!?﹂
ふーむ。
じろり。
﹁高校二年生と見た﹂
﹁なんでだよ! 当たってるよチクショウ! アンタこえーよ!﹂
いやカンなんですけどね。結構当たるんだコレ。
わたしの密かな特技。プロファイリングinネットゲーム。
本気でビビっているシスくん可愛い。
299
﹁じゃあアンタたちは一体いくつなんだよ⋮⋮﹂
ねめつけるような目。
ニッコリとピースサインを作る。
﹁わたしは小学五年生。ルビアは小学四年生だよ﹂
﹁うそつけえええええええええええ!﹂
思いっきり怒鳴られた。
静まり返っている砂漠に絶叫が響く。
﹁絶対アンタ俺よりは年上だよね!? 下手したら30代とかだよ
ね!?﹂
﹁なめんなあああああああああああああああああ!﹂
思いっきり怒鳴り返す。
あろうことか、こいつ、あろうことか⋮⋮!!
﹁まだ十代だっての! お肌つるつる化粧のノリもばっちりで脚出
しても寒くないしメッチャモテてるっつーの!﹂
﹁ってことは19才か⋮⋮﹂
お、おお⋮⋮
なんという誘導尋問⋮⋮ ﹁え、ってことは⋮⋮
つまり、ルビアサン⋮⋮じゅーはち? 俺の二個上?﹂
そこに気づいてしまったか。
わたしは静かにこくりと頷く。
300
﹁⋮⋮もしかしたらキミは、大学生というものに幻想を抱いている
かもしれないが、実際はあんなものだよ﹂
﹁そうなのか⋮⋮﹂
うん⋮⋮
なんかシスくんが目に見えて落ち込んでゆく。 ﹁スキル上げするか⋮⋮﹂
そうだね⋮⋮
なんとなく白けてしまったので、わたしたちは立ち上がり再び武
器を取る。
さ、目標は実戦レベル。
マスターのわたしが弱いままじゃカッコ悪いからね⋮⋮
その後、イオリオからの定期連絡があった。
わたしはシスと共闘しつつも、彼と綿密な計画を立てる。
この二日間、遊んでいるように見えたわたしだが、ちゃんとやる
ことはやっていたのです。
﹃もう止めないが⋮⋮せいぜい気をつけてくれよ﹄
うん、ありがとイオリオ。
見ず知らずの子のためにこれほど力になってくれるなんて、なん
て良い人なんだ。
301
って言ったらさ。
﹃別に。こっちの都合だ﹄
照れ隠しなのかな、って思う程度にはわたしも段々イオリオのこ
とがわかってきたよ。
彼はズバリ、ツンデレです。
一方的な決めつけです。
⋮⋮でも、デレはいずこへ。
302
◆◆ 15日目 ◆★
元々ダグリアに来た目的はなんだったか。
そう、ヴァンフォーレスト領事館である。
わたしたちはパーティーを組んで港に面した大きな建物を訪れる。
﹁でもぉ、イオリオさんが来てませんけどぉ∼﹂と困り顔のルビア。
﹁大丈夫大丈夫。許可は取っているよ。彼は﹃勝手にやってくれ﹄
だってさー﹂
これホントの話。
﹁はー、なんとも頓着のないお人ですねぇ﹂
感心?するルビアに、シスが告げる。
﹁あの通りだ。変わっているってわかるだろ。好きにさせてやりゃ
あいいって﹂
ふたりが話しているところをわたしがニヤニヤして見守っている
と、気づいたシスくんが顔を赤らめてそっぽを向いた。
かーわーいーいー♡︵↑ウザい︶
﹁ったく、それにしてもあいつはなにやってんだか﹂
シスくんが咳払いをして、話を逸らそうと必死です。
303
﹁あれ、シスも知らないの?﹂
﹁ああ。コールしても無反応だしな。
つーかあいつの考えていることなんて9割わかんねーし﹂
ぶっきらぼうに告げながらも、なんかその言葉には信頼を感じら
れちゃって。
そんなとき、ちょいちょいとモモちゃんがわたしの袖を引いてく
る。なーにー?
﹁あ、あの、モモも一緒に、イイの?﹂
モモちゃんは不安そうだ。
﹁まあ大丈夫でしょー。渡航免状持ってなかったのに船に乗れたん
だから。
パーティー組んでいたら進むクエストなんじゃないかな﹂
ざっくりと答える。
うん、結果的には、その通りだった。
ヴァンフォーレストとダグリアの交流は古くから続いていたよう
だ。
そこに砂漠の民︻ヌールスン︼︵虎面人身の種族だ︶の思惑も絡
み、状況はかなり複雑とのこと。
ヴァンフォーレストの国力を削ぐためにダグリアの貴族がヌール
スンと手を組んでいるのだろうが、それを処罰するためにも証拠が
304
必要らしいので⋮⋮
ええとダグリア城とか色んなところをたらい回しにされた挙句、
今度は砂漠の先のワータイガーたちの村に行って来てほしい、と
頼まれました。
これぞお使い!
ゲーム黎明期より綿々と続くクエストの真髄!
モモに﹁どうする?﹂と聞いてみる。
﹁⋮⋮行きたい﹂
すると彼女はうなずいてみせた。
﹁危険かもしれないよ。もし死んじゃったら、復活するのはヴァン
フォーレストだから﹂ なるべく感情を排して告げる。
モモは一瞬びくっと体を震わせた。
ヴァンフォーレストは<ゲオルギウス・キングダム>の手にある。
もちろんダグリアにも寺院はあるが、
改宗する︵復活地点を変える︶ためには多額の資金が必要だ。
設定間違えたんじゃないかってレベル。
リスポーンポイントを変更するのがこんなに高額なゲーム、わた
しは他に知らない。
つまり、今のわたしたちの経済事情ではひとりだって難しい。
ていうか無理。
305
それでもモモは、置いてかれたくないと言っている。
さーてどうしましょ。
クエストを進めずにこの街でのんびりするのもひとつの手だけど
⋮⋮
と、ルビアがため息をついた。
﹁これだからコドモは、都合の良いことばかりです﹂
いつになく冷たい声だ。
キミ、ここに来てから好感度だだ下がりだよ⋮⋮
﹁あなたのために誰かが苦労を肩代わりしてあげてるんですよ。
ここにはパパママはいないんですからね﹂
指を突きつけるルビア。
真っ向からの正論に、モモはおろおろしている。
﹁だから⋮⋮﹂
ルビアはわたしを見て、口を尖らせた。
﹁⋮⋮あなたは、先輩にすっごく感謝してくださいよね﹂
いやいや、そういうの別に良いんだけど。
くすぐったいだけだし。
モモはわたしに120度ぐらい頭を下げる。
﹁おねえさん、ありがとうございます!﹂
306
いやいや。
﹁だからモモ、おねえさんにまずは、ちゅーくらいだったら⋮⋮
⋮⋮んー﹂
目を瞑るなエロ中坊。
ルビアが﹃<●> <●>﹄みたいな目をしたので、モモは大人
しく引き下がりました。
ていうかモモちゃん、怯えていたような気もする。
なんという地獄の番犬ルビア。
あの忠告の件で、あんまりモモちゃんがルビアに食ってかかるこ
ともなくなったみたいだけどね。
結果的には良かったのかな。
で、一応は村に使者として向かうだけということなのでね。
最低限の準備を済ませてわたしたちはすぐに旅立った。
雑貨屋で購入した地図を参考にするなら、徒歩で二時間程度だろ
う。
ここらへんでアクティブ︵向こうから攻撃を仕掛けてくる︶な敵
は、
毒を持つサソリとワータイガーの盗賊ぐらいなので、それほど厳
しい旅路ではないね。
こっちは四人PTだし、余裕アリアリ。
﹁ていうか、やっぱりルビアがいると助かるね。回復魔術ありがた
307
し﹂
﹁んっふっふー﹂
ルビアは含み笑い。
﹁杖と剣と盾を交互に持ち替えるあたしに隙はありませぇん﹂
キミもシスも器用なことしているなあ。
ルビアちゃん、めっちゃ顔緩んでますよ。
﹁にしても、ダンジョン攻略で自信をつけたのか、ルビアは良い動
きになったね﹂
﹁そうなんですよぉ∼。ねー、シスさぁん﹂
頷いた笑顔をそのままスライドする。
﹁お、おう﹂
シスはそっぽを向いてうなずく。
えーなになにー♡︵↑ウザい︶
﹁実はあたし、ナイショでシスさんに教えてもらっていたんですよ
ぉ。
相手の目線で次のターゲットがわかったりぃ、武器を掲げている
角度でなんの攻撃が来るかとかぁ﹂ ﹁ま、まあそういうのがハッキリとわかるのはヒューマンタイプの
相手だけだけどな﹂
シスはチラチラとわたしを見る。
明らかに﹃知られちまった﹄って顔だ。
308
わたしはシスをさり気なく肘でつつく。
﹁やるねぇ、シス﹂
﹁うっせーよ!
ンなのフツーだろーがフツー!﹂
わたしの腕を払いのけるシス。
ウヒャヒャヒャ。
心中は爆笑である。
﹁先輩、悪魔みたいな顔してますけど、どうかしたんですか?﹂
ルビアはきょとんと首をひねる。
意外と察しの悪い子である。
これだから女子校育ちの純粋培養お嬢様は⋮⋮
しかし、シスくんも物好きなものだ。
もしかしたら合っているふたりなのかもね。
ヌールスン族の村︻ギヌ︼に到着したのは、昼過ぎだった。
周辺で敵モンスターとして出てくるワータイガーが平和に生活し
ている様子というのは、なかなかの違和感。
柵に覆われた村の雰囲気は、西部開拓時代のようだね。
いや実際に見たことはないケド。
この辺りで取れる珍しい鉱石を採掘・加工して富を得ている他、
ラクダ︵のような別動物︶の放牧なども行なっているらしい。
309
うーん、住人以外はごくごく普通。
っていうか他種族がひとりもいない村だ。衛兵すらいないのはど
うなの。
なんかそのうちローグの溜まり場になりそう。
これが物語の世界ならわたしたちは怪しまれるか、物珍しがられ
るだろうが。
ここはゲームの世界。どんなに不審者丸出しのわたしたちでも、
話しかけるまではいないものとされるのだ。
ゲームって素晴らしい。
とりあえず手紙を届けに族長の元に向かいます。
宿泊施設と雑貨屋はあるけど、武器とか防具を売っている店はな
いみたいで残念。
まあ狭い村だしね⋮⋮
だけどこの村までやってきてわたしたちのお使いもようやく終わ
りかーって ク エ ス ト ま だ 続 く の か よ ォ ! たてがみのご立派な族長さん曰く。
ヌールスンは自分たち牙の一族の他に爪の一族がいる。
彼らは誇りを捨て、武を売ること︵つまり傭兵業︶によって富を
得ているのだと。
ハハーン、ルルさん閃いちゃった。
その爪の族長さんを説得すればいいんですね?
違った。
お前たちにはその族長ザガを殺してほしいってゆわれた! ゆわ
310
れちった!
ざんこく!
しかも今度は本格的に砦攻略戦だ⋮⋮
さすがにモモちゃんは連れていけないよなあ。
イオリオがいないのも痛いし⋮⋮
テントを出て伸びをする。
そうして開口一番。
﹁よし、やめよう﹂
えー! と悲鳴があがる。
まあまあ、ここはわたしの意見を聞きなさいって。
﹁しばらくはこの村を本拠地に探索しましょうよ。
色々と面白そうなエリアと隣接しているし、それにここにだって
色んなクエストがあるみたいだからさ﹂
なにも焦って進めるこたぁないでしょ。
マイペースマイペース。
﹁怪しい﹂とルビアがわたしを見つめる。
﹁先輩がそんな日和ったこと言うなんて⋮⋮
先輩だったら一も二もなく血をすすりにいくはずなのに﹂
わたしはドラキュラか。
でも鋭い。
311
ごまかそう。
﹁なんにも怪しくないってば。
ほら、とかくこの世はラブアンドピースよ。ぶいぶい﹂
﹁自分から容疑を深めるなよな﹂
シスくんがため息。
すっかりツッコミ役が板に。
﹁今までみたいにヤンチャはできないよ。
わたしにも守るものができたからね⋮⋮﹂
モモの肩に手を置く。
キュッと身を固くする美少女。
ふたりの視線が合う︱︱前に後輩が割って入ってきた。
﹁キ・モ・い・ですぅ﹂
う、羨ましいくせに!︵負け惜しみ︶
クエストを集めた後、辺りのコデューアル砂漠︵西方︶の探索へ
ゴー!
新たな発声スキルはやはり見つけ出せないものの、︽刀︾スキル
はうなぎのぼり。
0から育てるとギュンギュン強くなっていく過程が自分でもわか
るから気持ちいいね。
312
小刻みにダメージを与えてゆくシスと違い、刀は大振りかつ大ダ
メージ。
斧より威力が高い代わりに、相手によっての不利有利が激しいみ
たい。
甲殻系のモンスター︵サソリとか︶には効きにくくて、人型の敵
には効果大。
腕部や脚部に斬撃ダメージを重ねることにより、相手の様々な能
力を削ぐ部位攻撃が得意なようです。これは短剣もだね。
相変わらずメインタンクはわたしだけど、シス&ルビアで分担も
するようになってきました。
HPを均等に減らしてから一斉に休憩すると効率いいからね。
効率大好き!
○○さんアレ持ってないんですか? PT抜けますね^^; な
んて時代がわたしにもありま⋮⋮
いやいや、ないない! ありませんからね!?
人様に迷惑をかけるロールプレイはいけませんよ!
おねーさんとのヤクソク! ︻荷馬車の荷を取り返せ︼と︻迷子のコドモ探し︼をクリアして︵
ちなみにちっちゃいヌールスンはすごく可愛かったです︶、一時的
に懐を潤す。
質素に暮らせば、一回の依頼で2週間は食べて暮らせるんだから、
良い世界よねえ⋮⋮
313
宿屋という名のテントに戻った後で、寝る前シスくんを連れ出す。
誘い文句は﹁デュエルしようぜ!﹂だ。
色気ないね。
あ、カードバトルではないです。
プレイヤーキリング
ここでPvP︵対人戦︶についてのおさらい。
﹃666﹄にはPKが実装されております。
敵対行動を起こすと名前がグレー化し、
もし人殺しでもやろうものなら赤ネーム。PKer認定。
街に入ったら衛兵に即、襲われます。抵抗もできずに袋叩きに合
うでしょう。
赤ダメ、ゼッタイ。
ま、そんな非合法な行ないとは別に、
同じパーティープレイヤーであれば︻デュエル︼を仕掛けること
により、一対一の試合をすることができるのです。
相手のHPを1︵自動的に残る︶にしたほうが勝ちというルール。
それ以外は基本的になんでもあり。
﹁なんでまたこんなこと﹂
つぶやきながらナックルを装着し構えを取るシス。
﹁とか言いつつ、まんざらじゃなさそうじゃない﹂
314
対するわたしは愛刀︻一期一振︼。
お互い本気の武器&防具です。
シスくんをターゲットし、︻デュエルを申し込む︼をクリック。
すると直後、眼前にカウントダウンの数字がポップアップしまし
た。
3,2,1。緊張の一瞬。
そしてスタートォ。
﹁そら、興味はあるっしょ!﹂
シスが一気に間合いを詰めてくる。
︽チャージ︾だ。直線的な動きを、とっさに回避する。
振り向き際に一撃を当てて離脱。
﹁いてえ!﹂
﹁ま、これも訓練訓練﹂
︽足払い︾をさらに避ける。
防戦しつつ、間合いを保って部位攻撃を重ねてゆく。
狙いは足。
目的はAGI︵敏捷性︶の低下だ。
我ながらいやらしい戦い方である。
なるほど、大体三発ぐらいで部位破壊が起きるわけか。
﹁ちょっと容赦なくね!?﹂
シスは武器を持ち替えた。
315
アイアンスピア
やばい、鋼鉄の槍だ!
彼が繰り出したのは、肩口をかすめる︽三段突き︾。
直撃を受けたわけでもないのに、わたしのHPは一気に20%減
らされる。
﹁うわあ、やっぱり脆いなあ﹂
スケイル装備のシスに比べて、わたしは軽装のチェイン装備だ。
動きやすいからこその避け主体の芸当だが、防戦に回ると一気に
HPを奪われる。
なんて安定感のないタンク! その後、槍を払い、なんとかして斬撃を重ねるも、ダメージは積
み重なってゆく。
﹁うーん、なるほどねえ﹂
お互い三割ほどになったところで、わたしは武器を収めた。
﹁あ、あれ、最後までやんねーの?﹂
息を切らしたシスくん。わたしは手を振る。
﹁まあほら、どっちが上とかは別にいいかな、って。こんなの時の
運でしょう﹂
﹁そうかね⋮⋮﹂
シスは納得がいかなそうだった。
まああのまま続けていたら、よほどの番狂わせが起きない限りわ
316
たしが勝っていただろう。
ていうか単純に武器の差だと思うけど!
わたしはテキトーにごまかす。
﹁ま、付き合ってくれてアリガトね﹂
拳と拳を合わせる。
シスは小さくため息をついて槍を背負い直す。
﹁次はルビアさんとイオリオも加えて、<ウェブログ>最強決定戦
でも開くか?﹂
﹁あら楽しそう。だけどイオリオとか、えげつな手段で勝ちに来そ
う⋮⋮﹂
﹁あり得るな⋮⋮﹂
足止めされて遠くから延々と︽フレア・ボルト︾とかね。
正しい魔術師の戦い方⋮⋮恐ろしい。
深夜、わたしはひとりで宿を抜け出した。
うーん良い夜ね。月が綺麗。
ダグリアへの街道を進む。
夜だけ現れるアクティブなモンスターに気をつけながら。
ああ、バレたらまたルビアには怒られるんだろうなあ⋮⋮前のも
まだ許されてないのに。
でも仕方ないよね。わたしがやりたいからやっていることなんだ
しー。
317
歩きながらのお夜食は、ダグリアのデザート。
お餅のような食感のお菓子にたくさんのハチミツを絡めて頂きま
す。
うーん、一粒でエネルギーがたっぷり補給できそう。
やばい、これもちょっと買い込んでおくしかないな⋮⋮
色とりどりで、見た目にもちょーかわいい⋮⋮
ちなみにハチミツがヴァンフォーレストの特産で、ダグリアは輸
入に頼っているらしいので、
二国間の仲が悪くなるとこの美味しいお菓子︵ダグリッシュ・デ
ィライトって言うらしいです︶も食べられなくなるんだよね。
そういう意味ではわたしたちが今行なっているクエストも、大事
⋮⋮なのかな。
口笛を吹きながら歩くことしばらく。
わたしはようやくダグリアの門前に到着する。はー、夜の一人旅
は疲れます。
時刻は深夜1時。
寒さに手をこすり合わせたりしつつ、手頃な岩に寄りかかって待
っていると、会談相手がどうやらお目見えのようで。
五名さま︵フルパーティー︶かー。
大きく手を振る。
﹁やっほー﹂
そこにいたのは見慣れたエンブレム。
そう、<ゲオルギウス・キングダム>の面々だ。
318
彼らはまるで 敵 を 見 る み た い な 目 をしてい
た。
どうしてなのかしら?︵すっとぼけ︶
319
◇◆ 16日目 ◇☆●
月明かりだけが照らす夜。
なぜ彼らがここにいるのか。
それは割と簡単。わざわざモモを取り返しに来たから。
﹁なんでお前が、ダグリアの門前にいやがる⋮⋮?﹂
それはもうちょっと難しい。
﹁悪の波動を感じ取ったから、かしらね﹂
わたしはニヒルに笑う。
相手は五名。
リーダー格の男と騎士が二名、魔術師が二名といったところ。
リーダーの男性は、わたしと悶着を起こした方です。
﹁しっかし、わざわざ渡航免状を慌てて取ってきてまで。しつこい
ことねえ﹂
職人たったひとりのために。
ストーカーよ、ストーカー。
﹁うっせえ、レズ女!﹂
320
な、なんというひどい言い草⋮⋮
﹁てめーが逃げなければ、俺がこんなところに来ることもなかった
んだぞ!
面倒くせえことしやがってよ!﹂
﹁まあまあそう怒鳴りなさんな﹂
わたしはひょこひょこと手を泳がす。
﹁喧嘩腰はとりあえず置いといてさ、ちょっとお話してみようぜよ。
もしかしたら分かり合えるかもしれないぜよ﹂
﹁ハァ?﹂
わたしは彼をじーっと見つめる。
名前はエルドラドくん。
長年培ったネトゲコミュニケーション能力と経験による、プロフ
ァイリング開始である。
﹁年は20代前半。男性。フリーター。
PCには慣れているが、ネットゲーム経験は少ない。人と触れ合
うのは苦手﹂
目を細める。
﹁割と臆病者で、ホントは結構無口とみた﹂
﹁ああん!?﹂
怒鳴られる。
しまった。ホントのことを当てたら悪口になった。
321
﹁誰に聞いたんだよ、俺のことを⋮⋮﹂
彼は取り巻きを睨む。
﹁いやいや、観察したらそれぐらいわかるって。
そもそも、モモちゃんを狙ったのだってギルドのためでしょう?﹂
まあ、さらに言えば自分の手柄のためだろうけど。
﹁でもそんな人を拉致するようなやり方をこれからずっと続けるの
? 何ヶ月も何年も? 無理だよ。想像してごらんよ。
誰かが心の病気になっちゃったらどうするの。
現実に戻った時に、責任取れるわけ?﹂
﹁ンなの俺の知ったことかよ﹂
やばい。自己チューだ。
わたしの海より広い心もここらが我慢の限界に。
﹁つか、面倒を見てんのは俺じゃねえし。俺は命じているだけだ﹂
﹁いやだからさ、そんなんでギルドに利益が入ったところで、楽し
いの?
あの子たちは道具じゃないのよ。自分がされたらどんな気持ちに
なると思う?﹂
﹁知ったこっちゃねえっつの。てめえマジでかなぐり捨てンぞ﹂
︵#^ω^︶ビキビキ。
まだだ、まだもうちょっと対話してみよう⋮⋮
来るべき対話にて、人類の変革を信じてみよう⋮⋮!
322
﹁ネットゲームは自分が楽しく相手も楽しくがモットーです。
規約にも書いてあります。
そもそもこのことをギルドマスターさんは知っているの?
もしキミが勝手にやっていることなんだったら、バレたら怒られ
るぞぉー?﹂
﹁うっせえな、てめえには関係ねえっつってんだろうが!﹂
うん、もう⋮⋮
もう、ゴールしちゃってもいいよね。
﹁ああそう。つまり論理じゃ納得できないってわけね。
自分がしたいように気持ちいいようにやりたいのね。
幼稚園児でも道理がわかるっていうのにこのオナニー野郎は﹂
﹁︱︱て、てめ、今なんつって﹂
一瞬で顔が真っ赤になるエルドラドくん。
わたしは、てへぺろ☆する。
﹁あらわたくし、品がなかったわね。
ごめんなさい、あなたのレベルに合わせちゃった﹂
﹁てンめ︱︱﹂
わたしに掴みかかってこようとしたその瞬間、彼は取り巻きに止
められる。
﹁エルドラドさん! 違うPTの人間には、手ぇ出しちゃやばいッ
スよ!﹂
チッ。
323
相手から先に攻撃させたら、労せずグレーネームを狩れていたの
に。
フラグプレイヤーキラー
ちなみにこれをFPKと言います。
相手に攻撃を仕掛けても構わないというフラグを立ててから、こ
ちらから攻撃する手段ね。
システムを知り尽くしたものが使いこなす、知的なPK手段と言
えましょう。
﹁なら、お前だ﹂
おやおや?
エル兄さんは魔術師Bさんを差す。
﹁パーティー抜けてコイツを殺れ。そしたら赤ネームになるのはお
前だけだろ﹂
ほほーう。
﹁考えましたなあ﹂
睨まれる。
わたしは微笑しながら指を振る。
﹁でもそれは、大きなミステイク﹂
もうすでにわたしたちは町の外に出ている。
魔術師Bがパーティーから外れた瞬間。
わたしは小さく唇を動かし、︻ギフト︼を発動させた。
324
サクリファイス
﹁︻犠牲︼﹂
この眼が鈍く輝き、全身からは黒いオーラが噴き上がる。
﹁えっ﹂
魔術師Aは恐らく反応できなかった。
抜き放つと同時に斬り上げる。
ダブルスウィング
一期一振による居合は彼のHPを半減させた。
その体にさらに横薙ぎ。
二倍撃の︽両断火︾から二連撃への連携。
たった二発のスキルで彼はその肉体を失った。
光の粒となって亡骸が溶けて消えたその直後、
わたしの名前が闇の中︱︱
おぞましい赤色に輝く。
﹃ぴ︱︱PKしやがったァ!?﹄
ふたりの騎士が叫ぶ。
一方、パーティーから抜けた魔術師Bはフードを脱いで叫ぶ。
﹁ヴァユ・ンラ・バイド・エルス!
︽シャドウバインド︾!﹂
彼のグレーネーム化。
それとともに、騎士Aが足を止められる。
325
わたしは肩に担いだ刀をもう一方︱︱
騎士Bの顔に渾身の力で叩きつける。
恨みはなにもないが、エル兄さんと一緒にいた不幸を呪っておく
れ。
執拗に顔面を裂く。
ヘッドショットならぬヘッドアタックだ。
﹁う、うあああああああ!﹂
頭部の部位破壊は︻盲目︼効果である。
彼はすぐになにも見えなくなって狼狽した。
その効果は数秒程度だったと思うけど、十分すぎるね。
MMORPGにおけるPVPの勝敗は7割が頭数、2割が装備、
そして残りが練度で決まります。
ぶっちゃけ事前準備が9割だね。
ていうわけで、5対1の状況でわたしが勝つことは絶対にむーり
ー。むーりーだーよー。
正正堂堂
ま、PvPならね?
ではPKの勝率はなにで決定するか。
わたしは9割が奇襲だと確信している。
相手が反応する間もなく戦力を削ぐ。
弱いやつから狙う。
徹底的にゲームの穴を突く。
326
正直、わたしの︻ギフト︼はこの戦法にマッチし過ぎている。
いくら魔術師相手だからって同スキル帯の人を一瞬で倒すことな
んてできないよ。
︻犠牲︼+一期一振のわたしでもなければ。
﹁ふ、っざけんなよォ!﹂
エル兄さんが斬りかかってくる。
見るからに高級そうな︵強そうとは言わない︶片手剣の一撃をわ
たしは避ける。
モンスター相手にしているんじゃないんだから、そんなの見え見
えっすよ。
︽チャージ︾で盲目状態の騎士Bを良い位置に突き飛ばす。
これでふたりの騎士を一箇所に固めた。
わたしは飛び退いて叫ぶ。
魔術師Bと声が重なった。
﹃ヴァユ・ス・ダムド!
︽ソードサイクロン︾!﹄
同時に発生したふたつの気流は、騎士二名を飲み込む。
漸減してゆくわたしのHPは残り半分。
そろそろ悠長にしてらんないね。
斬り込むとしますか。
﹁アグニ・グランデラ・イリス!﹂
327
魔術師Bの呪言とともにわたしの刀に炎が点る。
グランデラ︵隆隆と︶
で唱
刀の攻撃に炎属性の追加ダメージと発火の効果を付随させるエン
チャント魔術だ。
しかも彼は三倍の触媒を消費する
えているから、
かなりの効果が期待できるはず。
烈火を帯びた刀をたなびかせて駆ける。
無防備な騎士Bの腹を薙ぎ、走り抜ける。
﹁こ、こいつ⋮⋮鬼神かァ⋮⋮!?
く、来るなら来い⋮⋮!﹂
騎士Aは足止めされていただけなので、立派な大盾と片手槍を構
えて迎え撃つ態勢だ。
わたしは跳躍した。
体をひねって彼の背後に回り込む。
ここらへん︽体幹︾スキルの賜物ね。
姿を見失っている騎士Aに突きを放つ。
装備を無効化しダメージを与えるスキル、︽鎧抜き︾だ。
さすがにまだ倒れないが、続く魔術師Bの追撃の火の魔術でダメ
ージはさらに加速した。
﹁おい、やめろ馬鹿︱︱!﹂
エル兄さんが叫び、かかってくる。
相変わらず挙動が丸わかりだ。
328
剣を弾き、逆に斬り払う。
あまりのダメージに彼は顔を青くした。
キミ、ギフトが残っていれば今のが使う最後のチャンスだったん
だけどね。
やっぱりとっさにはできないよね。
ビバ不意打ち。
その後、騎士ふたりはわたしと魔術師Bの連携によって灰になる。
﹁ナイス、イオリオ!﹂
あっ、言っちゃった。
﹁イオリオ、お前⋮⋮なんでだ⋮⋮!﹂
わたしはサクリファイスを手動で解除し、エル兄さんに刀を突き
つけていた。
イオリオはまったくの無傷。
涼しい顔でローブの埃を払っていた。
﹁同じギルドメンバー相手でもPKはできるんだな、勉強になった﹂
彼は真っ赤な西洋竜に突き刺さる大剣︱︱
<キングダム>のエムブレムをつけていた。
脱退にはマスター、あるいは副マスターの許可がいる。
彼は自分で<ウェブログ>を抜けて、敵対ギルドに入っていたの
329
だ。
熱心に勧誘活動を行なっていたギルドに入団することはそう難し
くはなかっただろう。
そもそもキングダムの内部構成は︵イオリオの言うところだと︶
一枚岩ではない。
クエスト攻略班。金策班。クラフトワークス班⋮⋮
と担当する班がわかれているそうで、それぞれ横の繋がりは薄い
らしい。
金策班に属するエル兄さんは、もちろん渡航免状を持っていなか
った。
実際、戦闘技術だってそんなにはなかったし。
そういう意味では、ダグリアに逃げたわたしは正解だったわけだ。
で、ここからは推測。
自分の悪事がバレることを恐れたエル兄さんは手勢と共にクエス
トを攻略。
渡航免状を入手し、モモちゃんを追いかけてくる。
だが金策班の彼がクエスト攻略班や戦闘班から手を借りるわけに
はいかないだろう。
わたしになにをバラされるかわかったもんじゃないし。
そこに渡航免状を持った戦闘要員の魔術師がひょっこりと入団し
てきた、というわけだ。
当然、エル兄さんは手からノドが出るほどほしい。
リーダーに掛け合って金策班に入れてもらい、こうして遠征にま
で引っ張ってこられた、というわけだ。
まーほとんど想像だけど、遠からずってところじゃないかな。
330
それ以外にも複雑な経緯があっても、イオリオが語ってくれない
限り、わたしには知る由もないのである。
﹁スパイみたいな真似をさせちゃったね﹂
わたしは鞄から水薬を取り出し、口をつける。
イオリオは肩を竦める。
﹁いいさ。割と楽しかった﹂
なんでも楽しめるね、キミ!
わたしたちが談笑している間、エル兄さんはガタガタと震えてい
た。
﹁てめえら、俺をどうするつもりだ⋮⋮﹂ さ、ここからが本番ね。
﹁まず、相手のマスターに連絡取ってもらっていい?﹂
別に殺されたって寺院に戻るだけなのに、エル兄さんはマジでビ
ビってます。
夜遅くだからコールが繋がらなかったら朝までエル兄さんを監禁
しようと思っていたけれど︵鬼︶、その心配はないようだった。
﹁くっ⋮⋮あ、マスター⋮⋮自分です、エルドラドっす。
今、その、脅されていて⋮⋮おいてめえ、名前は!?﹂
﹁ギルド<ルルシィ・ズ・ウェブログ>のマスター。ルルシィール
よ﹂
331
ぽつぽつとエルドラドさん、マスターに現在の状況を説明してい
ます。
自分に都合の良い発言をするたびにわたしが優しく︵刃を向けて︶
修正させます。
①彼は自分が少年少女たちを監禁してギルドの資金源にしていたと
いうことを、おおむね認めました。
つまり、全部エル兄さんの独断だったってわけ。
これでギルドぐるみで犯罪をしていたという最悪のパターンは免
れたね。
良かった良かった。
脅迫ってすごい。そりゃみんなやるわけだ。あと、
②エル兄さんともフレンド登録をする。
逃げられないようにね。ついでに、
③相手のギルドマスターとの話し合いの約束も取り付けました。
全部達成。
なんだ、チョロイもんじゃないか。
色々心配して損したなー。
すると、エル兄さんは出し抜けに叫びます。
﹁こ、これでいいだろ! 俺だけ早く返してくれ!﹂
ンンー?
首を傾げる。
332
﹁イオリオくん、わたしそんなこと約束したっけ?﹂
首を傾げる。
﹁僕のログにはなにもないな﹂
﹁だよねー﹂
刀を抜く。
﹁ひっ﹂と悲鳴をあげるエルさん。
﹁や、やめろ。それ以上罪を重ねるな!﹂
わたしはヘラヘラと笑いながら彼に近づく。
っていうか仲間が全員死んだのに、自分だけは生かしてくれって
虫が良くないかな?
反省したら見逃してあげてもいいって思ってたけど、その気もな
いみたいだしね。
﹁どうせこっちは三人も殺しているんだから。あとひとりぐらい増
えたっておんなじよ﹂
﹁これが犯罪者の思考か⋮⋮﹂※イオリオの個人の感想です。
わたしの刀が無防備なエル兄さんの肩口に刺さる。
︱︱はい一名様、寺院へごあんなーい。
333
夜の砂漠の帰り道。
まだ体の火照りは冷めなかった。
フッ、初めて人を殺しちまったな⋮⋮なんてね。
せめてものプライドで隠そうとしているものの、内心はガクブル
状態だったんですよ。 ホントに。
だってこれは、画面の中の出来事じゃないんだもの。
わたしが刀を振って、わたしが殺してみせたんだからね。
実際に殺すことはなかったとしても、それでもやっぱり⋮⋮うん、
ビビります。
その点イオリオはさすがだ。
平然としていて、落ち着いているように見える。
さすが頼れるおにーさん。
﹁しかし、やっぱり赤ネームは目立つな。これからどうするんだ?
野宿生活か?﹂
﹁それはちょっといやだなあ﹂
街から離れながら、頭の後ろで手を組む。
﹁実はね、ここから先に衛兵のいない村を見つけてたんだ。
わたしはしばらくそこに身を隠すよ。赤ネームがグレイネームに
なるのは丸一日。
グレイネームがノーマルに変わるまで丸二日さ﹂
﹁用意周到だな﹂
334
ため息をつくイオリオ。
﹁さすがだ。ルルシィさんは⋮⋮なんてことないって顔をしている
な﹂
﹁え?﹂
﹁緊張していた僕と違ってさ。
⋮⋮さっきまで、杖を持つ手が震えていたんだ。カッコ悪いだろ
う﹂
イオリオは手のひらを胸の高さに掲げて、小さく握る。
わたしはちょっとドキッとしてしまった。
そっか、同じなんだね。
この子も、わたしと一緒だったんだ。
そうだよね、まだ高校生なんだものね。
﹁ううん、そういうことちゃんと言えるのも、カッコイイと思うよ、
わたしは﹂
﹁⋮⋮そうかい?﹂
﹁うん﹂
わたしはにっこりと笑う。
うーん、わたしもしっかりしなきゃ!
少なくとも、モモちゃんやみんなからは、カッコ良いギルドマス
ターって思われたいからね。
見栄とかじゃなくて⋮⋮これがわたしなりのロールプレイってこ
とで!
﹁それにしても、時効になるまで逃亡生活か﹂
﹁いいじゃん、ひとりじゃないんだからさ﹂
335
イオリオの脇腹を肘でつつく。
コホン、と咳払いをするイオリオ。
﹁そういう意味、なのか?﹂
ん?
わたしを見つめる彼。
その眼鏡の奥の目が、そっとわたしから視線を外す。
﹁⋮⋮いや、なんでもない﹂
えっと⋮⋮
なにかしら⋮⋮?
夜が明けて、寝不足状態のままギヌの村の食堂に出る。
ふぁぁ⋮⋮
ルビアとモモはもう先に座っていた。
﹁先輩だらしないですぅ﹂
ヨーグルトドリンクをすする。
﹁そう言わないでおくれ。昨夜はちょっと運動し過ぎちゃって﹂ と、そのとき廊下からシスの叫び声があがる。
336
﹁うお! イオリオなんでお前ここにいるんだ!﹂
連れ立ってふたりがやってきた。
﹁元々こっちで合流する予定だったんだよ⋮⋮
ちゃんと大使館にも顔出してきたからな。クエストできるぜ⋮⋮﹂
イオリオも眠そうだ。
金髪眼鏡魔術師さんを見て、モモちゃんも別の意味で驚いていた。
﹁そのエンブレム⋮⋮﹂
イオリオがわたしに目で問いかける。
この子が?という確認だろう。
わたしはうなずいた。
すると彼は視線をモモちゃんに戻して、優し目の声色で。
﹁ああ、これか。警戒するのも無理はないな。心配しないでくれ。
僕は元々<ウェブログ>だ。
諸事情により、一時的に君のギルドに身を置いているだけさ﹂
﹁諸事情、って⋮⋮?﹂
モモはルビアの背に隠れていた。
﹁大丈夫ですよう。
イオリオさんはむっつり眼鏡ですけど、お優しい人ですからぁ﹂
あれ、そういえばこのふたり、いつの間に仲良くなったんだろう。
こないだまでハブとマングースみたいにケンカしてたのに。
337
わたしは仏頂面で腰を下ろすイオリオを眺める。
ま、この子が一番今回頑張ってくれたんだろうしね。
詳しく言ってくれないけど。
彼はしばらく︱︱ヴァンフォーレストに帰るまで、<キングダム
>の一員となる。
ギルドからどんなコールが届いているかわからないけれど、もし
かしたら人格攻撃などもされているのかもしれない。
もしかしたら、脱退も容易にはできないかもしれない。
それでも、モモちゃんを救うために手伝ってくれたのだ。
良い人すぎる。
モモちゃんに褒め称えられる権利ぐらい、あると思うよ?
というわけで。
﹁イオリオはね、キミを助け出すためにあえてスパイになってくれ
たんだよ。
たっぷり感謝するといいよ﹂
イオリオがドリンクを吹き出した。
ああそれ、飲み慣れないと甘ったるいからねえ。
って違う?
﹁普通そういうこと言うかね﹂
イオリオの顔が若干赤い。
さらにコールチャットが届く。
﹃それならあなたはどうなんだよ﹄
338
いやいやわたしとか何にもしてないっしょ。
小児誘拐して人斬っただけで。
ああ、文字にするとマジでヤバイ。
この笑えない感じ!
﹁そ、そうなんだ⋮⋮あ、ありがとうございます、イオリオさん⋮
⋮﹂
モモちゃんは丁寧に頭を下げる。
そういえばイオリオは自分が救ったはずの子の顔を、今初めて見
たんだよね。
耳に顔を近づけて尋ねる。
﹁どう? 可愛い子でしょ﹂
﹁ん、ああ⋮⋮まあ、そうだな。と言ってもアバターだけどな﹂
いや、そらそうなんだけど。
﹁そんなとこ気にしてたらゲーム楽しめなくない?﹂
﹁自分で言うのもなんだが、僕は相当楽しんでいる方だと思う﹂
ああ、やっぱり自覚あったんだ。
イオリオってわたしの次に好きにしているよね⋮⋮っていう。
﹁ハッ、まさかイオリオさん、ここでモモさんに恩を売って、その
体を貪る気だったりしますかぁ⋮⋮!?﹂
久しぶりに会うイオリオを今度はルビアがからかっていた。
本気ではないと思う。
339
﹁え、えあー!?﹂
すかさずルビアの背に隠れるモモ。
﹁いやまさか﹂
イオリオは照れもせずに一蹴。
﹁なんにせよ、これでようやく<ウェブログ>全員集合だな﹂
シスが嬉しそうに告げる。
あるいはそれは揶揄のターゲットが自分以外にもうひとり増えた
からかもしれない。
﹁よーしきょうもどっかいきますかー﹂
ドリンクを掲げるとみんなが﹁おー﹂と言った。
うちのギルドは現状三名の超小規模だけど、またーりとした雰囲
気の良いギルドです。
きょうから三日間、わたしたちは︵わたしの刑期が終わるまで︶
ここを拠点に生活することになるでしょう。
二度目のダンジョン攻略、成功するといいなー。
ニヤニヤ。
へ へ 、 や ば い ⋮ ⋮ M M O 楽 し い ⋮
⋮
340
◆◆ 17日目 ◆★●
モモがルビアに心を許しているのはどうも、
と思っているかららしい。
同年代の友達
だ
彼女が﹁やっとおんなじくらいの子と出会えてホッとした﹂と語
っていたのを聞いたから間違いありません。
ケンカだってなんだか楽しんでやっている模様。
一方ルビア。
﹁あたしにもようやく後輩ができましたね、フフーン﹂とか嬉しそ
うでした。
責任感が芽生えるのは良いことだ⋮⋮
余計なことは本人には伝えまい⋮⋮
それでもルビアはわたしの所有権は主張し続けているらしく、
モモがわたしとイチャイチャしている気配を感じると、どこから
ともなくやってきて邪魔してきます。
信じられないだろ?
大学生なんだぜ、それ⋮⋮
そもそもシステムをよく知っていないモモちゃんはともかく、
ルビアとシスはどうしてわたしたちがグレーネームになっている
341
ことに気づいていないんだろう。
シスくんはもしかしたら大体わかっていて、あえて黙っているの
かもしれないけれど。
ルビアは⋮⋮
いや、いいや。なにも言うまい。
彼女は自分のことで精一杯なんだ⋮⋮
最近ではラクダ︵に似た別の生物︶の皮をせっせと剥いではニヤ
ニヤしています。
つるはし持って鉱石を掘って、
その鉱石をわざわざダグリアまで帰って炉で精製してきて、
鳥の羽をバラして糸を作って布を編んで⋮⋮
なにこの子、職人? すごい。
鞄屋さんで稼いだ資金を湯水のごとく投入して、スキルをあげて
いるようです。
レザーカービング
さらに最近では革に飾りを彫り込むエンチャント技術なんてのも
覚えたらしく。
自らのお手製の鎧に紋章を彫り込んでは﹁INT︵賢さ︶が上昇
グレーネーム
するんですぅ!﹂だとか手を叩いてはしゃいでます。
うん、ごめん。
あんまり賢くなっているように見えない⋮⋮
完璧と思われたこの逃亡生活にも欠点が。
それは、他のプレイヤーが村にやってきた場合、犯罪者のわたし
342
とイオリオは問答無用で攻撃されてしまいかねないということ。
そうなったら本格的に野宿だ⋮⋮
寝袋買っておいてよかったなあ!︵涙︶ イオリオに相談すると、﹁さすがに女性と外でふたりきりという
のは﹂と眉をひそめていました。
っていうかわたし女性として扱われていたんだ。
初めて知った。
化け物の矢面に立ってメインで体張っているんだけども、イオリ
オ的にそれはいいのかな。
﹁あ、じゃあみんなも巻き込んじゃう? キャンプだよー、とかな
んだかテキトーなこと言ってさ。
多分みんなついてきてくれるよ!﹂
﹁楽観的だな、マスターは⋮⋮﹂
そこがわたしのいいところでしょ!?
自分で言うなって話ですが。すみません。
するとイオリオ。
﹁まあ、そこがルルシィールのいいところか﹂
同じことを言うではありませんか。
これにはわたしもドキッとしたよ。
イタズラがバレた的な意味でな!
﹁さすがにシスよりは手強い⋮⋮イオリオ⋮⋮!﹂
﹁なんの話だよ﹂
冷静に突っ込まれました。
343
金髪ロンゲ腹黒沈着エルフ魔術師っ!
癒しを求めて癒し系の双璧シス︵もうひとりはモモ︶にちょっか
いを出す。
﹁ねーねー、シスー。シスって女の子と付き合ったことあるのー?﹂
﹁ぶふっ﹂
すごい勢いでそっぽを向かれた。
﹁そんなのルルシィさんに関係なくね!?﹂
まったくもってその通り。
﹁どうなのー? どうなのー?﹂
まあ反応見る限り⋮⋮
﹁ねえよ! 悪いか!? モテねーんだよ!﹂
あーそこまで言わせるつもりはなかったのに。
そこで通りがかったイオリオが一言。
﹁いや、シスは意外とモテる。
スポーツ万能だからな﹂
﹁お前に言われても嬉しくねーんだよ!!﹂
シスくんは叫び、拳を握る。
344
﹁ルルシィさん、あいつマジでモテっからね。
ゲームか勉強しかしてねーくせに!﹂
ああ、雰囲気あるもんなあ⋮⋮
﹁ リ ア 充 爆 発 し ろ ⋮ ⋮ ﹂
シスくんの妬み声が響き渡りました。
そういえばひとつ明らかになった事実がある。
それはヌールスンの槍使いと戦っていたときだった。
﹁あれ!?
わたし槍スキルちょっとずつあがってる!﹂
なにこれこわい。
ひょっとして寝ている間に、誰かがわたしの体を操作して⋮⋮!
怪奇、勝手にあがるスキルの恐怖⋮⋮!︵デデーン!︶
﹁ああそれな。どうやらスキルは食らっても上がるらしいぜ。
見覚えは、上限値はあるみたいだけどな﹂
シスくんが解説してくれました。
さすがウェポンマスター。
つまり、わたしは刀を振るうヌールスンと戦い続ければ、効率良
くスキル上げができるってことなのか。
345
なるほど。
確かに見て覚えるっていうのも、理にかなっている⋮⋮のかな?
﹁なんだと﹂
眼の色を変えたのは、なぜかイオリオ。
﹁じゃあ魔術師タイプのモンスターから延々と魔術を食らい続けれ
ば、
触媒もなしに魔術のスキル上げが⋮⋮!?﹂
﹁い、いやそれは知らねーけど﹂
イオリオの勢いにわずかにのけぞるシス。
美青年の胸ぐらを掴みかかりかねない金髪エルフ。
こ、この絵は⋮⋮
シスくんはびっくりして頬を染めているように見えるし、イオリ
オの眼光は鋭い。
キケンよ、キケンだわ⋮⋮
わたしがもし腐ってたらこれだけで番外編が書けちゃうわ⋮⋮
イオリオの鬼畜責めか、シスくんの誘い受けか⋮⋮
いや、逆でもアリだな⋮⋮とか。
いやいやわたしは全然そんなじゃないですからねホント全然。
そんなことを思っていると、メニューを操作して確認したイオリ
オががっくりと肩を落とす。 ﹁いや⋮⋮ダメだな、今まで何度か食らったことがあったが、スキ
ルはぴくりとも動いていない⋮⋮魔術は別枠か⋮⋮﹂
346
シスは頬をかいて、イオリオを慰める。
﹁ま、まあ⋮⋮ほら、これでお前も杖スキル上げやすくなるだろ?
な?﹂
﹁⋮⋮杖で殴りかかってどうする⋮⋮﹂
﹁⋮⋮いや、まあね⋮⋮﹂
﹁⋮⋮すまんな、取り乱した﹂
﹁いや、うん、俺もゴメン﹂
しみじみと謝り合うふたり。
むしろ頭を下げなきゃいけないのはわたしです。
ゴメンナサイ、おねーさんキミたちで変な妄想をしました。
この日記、絶対にふたりには見せられないよ!
347
◆◆ 18日目 ◆★● その1
グレーネーム二日目です。そろそろシャバ︵ヴァンフォーレスト︶
が恋しい⋮⋮
﹁あの、ねえ、おねえさん﹂
野外でふたりっきりのとき、モモちゃんが寄り添って来ました。
﹁うん? どうしたの?﹂
恩返し
させてもらえるのカナ、って
尋ねると彼女はもじもじしながら。
﹁いつになったら、その、
⋮⋮﹂
そういえばそんな話もあったような⋮⋮
っていうかキミのは大体ひわいな意味だし⋮⋮
しかし、薄目で見やれば、なにか期待に頬を染めているモモちゃ
んが⋮⋮
うーむ⋮⋮
﹁そうだなあ。じゃあヴァンフォーレストに帰ったら膝枕でもして
もらおうかな﹂
﹁えっ、そ、そんなのでイイの?
そ、それならもっと⋮⋮こう⋮⋮きゃっ⋮⋮﹂
348
自分で想像して顔を抑えるモモ。
っていうかこの子、むしろわたしとそういうことしたがってない
か⋮⋮?
たまに身の危険を感じるような⋮⋮気のせいだと信じたい。
よし、ごまかそう。
﹁モモ。キミは膝枕についてのなんたるかをまったく理解していな
いよ。
膝枕というのは、ふともも、それにお腹の感触を同時に味わうこ
とができる、とてもとても恥ずかしいものなのだよ!﹂
﹁えっ、そ、そうなの?﹂
﹁もちろんさ。上を向けば胸を見れるし、下を向けばふとももに頬
ずりすることだってできるんだよ。
下手したら抱き枕よりもずっと高度な技なんだ﹂
﹁⋮⋮ふ、深いんだね⋮⋮﹂
なにを妄想しているのか、モモちゃんはほっぺたに手を当ててま
す。
視線が、視線が熱いなあ。
わたしはモモちゃんの横に回り、その細い肩に手を当てる。
﹁あっ⋮⋮﹂
囁くように。
﹁こんなこと、普通の人には頼めないからね。
わたしが膝枕をお願いするのは、モモだけだよ⋮⋮﹂
モモちゃんがノドを鳴らした。
349
それはやけに大きく響いたような気がした。
﹁⋮⋮モモ、おねえさんのために、がんばる⋮⋮﹂
ちょっと潤んだ瞳が揺れていて⋮⋮
﹁楽しみにしているよ﹂
わたしは笑顔でうなずく。
こうして人はウソをウソで塗り固めてゆくのですね。
クエストであちこちを巡っているその最中。
シスくんに反撃を喰らいました。
﹁で、ルルシィさんはモテんの?﹂
﹁わたしが悪かった﹂
即座に頭を下げました。﹁早っ!﹂と驚かれます。
そこで通りがかったルビアが話に参加してきます。
﹁先輩は全然ですよぉ。羨ましいですぅ﹂
﹁うっさいルビア﹂
この子はこの通り、媚びたような喋り方を素でやっている上に童
顔で背がちっちゃく、されど巨乳。
そもそも容姿が相当可愛らしいのでめっちゃモテます。
350
そして大抵が合法ロリ狙いのロリコンなので、男運が悪い。
そりゃ∼∼∼もう非常に悪い。
なぜかわたしがタチの悪いストーカーを処理したことも一度や二
度ではありません。
なぜわたしが。小憎たらしい。
﹁でもある意味ですごくモテるんですよ、先輩は﹂
ルビアがまるで自分のことを自慢するようにニコニコと語る。
﹁先輩は女の子からすっっっごくモテるんですぅ﹂
拳を握って力説するルビア。
⋮⋮うん、まあ。
それも事実です。
﹁あー⋮⋮見てたら大体わかるよ。姉貴、って感じだもんな﹂
女子高時代のバレンタインデーには、他のクラスや他の学年から
も女子が押し寄せてきたり⋮⋮
いや、いいけどね、甘いものは好きだから⋮⋮
お返しに難儀したけど⋮⋮
っていうかそもそも、わたしソッチ系じゃないし⋮⋮
﹁そうなんですぅ。カッコいいですし。
むしろ先輩がいたら男の人なんていりませぇん﹂
﹁いやいや、だからそういう発言をするからわたしがレズ女って疑
われるんだってば﹂ そう言ってもらえるのは嬉しいけど!
351
わたしホントノーマルだからね!?
﹁っていうか、ルビアさんの好きな人って⋮⋮﹂
おお、勇気を出して突っ込むシス。
しかしその船の行く先は渦潮だ⋮⋮!
でわたしを見ているの
﹁はぁい、あたしは先輩が好きですよぅ!﹂
そういう目
とてもイイ笑顔で断言するルビア。
デレ期のこの子は、本当に
ではないかとたまに思う。
﹁はは、はは⋮⋮﹂
シスくんは乾いた笑みを浮かべていたのだった。
うん、なんかごめん⋮⋮
そしてこの日はダンジョン攻略の日でもありました。
ジャジャーン、とオシャレな革鎧一式に身を包んだモモちゃんが
お目見え。
お、おお、突然可愛い。
なんだこれいつの間に。
少女の両肩に手を置いているのはルビア。
﹁うっふっふー、どうですか先輩。
352
ここらへんの敵から取れる丈夫な皮を使って、ついにフルセット
作っちゃいましたよぉ。
このために︽板金術︾とかあげたんですからぁ﹂
なんと、全てルビアのお手製か。
確かに最近ずっと夜更かししてたもんね。
すっかりクラフターだなあこの子。
﹁すごいなあ、偉いなあルビア。モモちゃん良かったねえ﹂
﹁うんっ。ルビっち、ホントにアリガトねっ﹂
うん、可愛いあだ名だね。
でも明らかに先輩後輩って感じじゃないよね。
頬ずりされて、ルビアもまんざらでもなさそうだけど。
ていうか、この子はこの子で、今まで自分より後輩の面倒を見る
っていうことがなかったから、なんだか楽しそうだね。
実は優しい子なんだってわたしは知っているよ。
基本はウザいけど。
﹁あ、それじゃあ代わりにモモも﹂
ごそごそとアイテムバッグから、モモちゃんは真っ黒な瓶詰めの
液体を取り出す。
なんか、ポコポコと泡が湧いているんですが。
﹁これ、︻クロの溶解液︼っていうの。サソリとかの毒を煮詰めて
作った攻撃アイテムなんだよ。
盲目効果もあるし、結構威力高いみたいなんだから﹂
﹁それ代わり!?
353
あたしのオシャレで可愛くてセンス良いレザーセットの代わりで
すかぁ!?﹂
﹁多分、スキル同じぐらいだと思うんだけどなあ﹂
﹁ノーセンキューです!﹂
ルビアは両手でバッテンを作る。
もらっておけばいいのに。
それなりに役に立ちそうなんだけどなあ。
じーっと見ていると。
﹁⋮⋮おねえさん、いる?﹂
首を傾げながらモモちゃんは薬液を差し出してくる。
近づけられると、容器は密閉されているはずなのに、異臭が漂っ
てくるようで⋮⋮
わたしは笑顔で首を横に振った。
ごめん、ノーセンキュー。
爪の一族の砦は村を南に進んだ砂漠の荒野にあった。
高い柵に囲まれているので、正々堂々と正面から突入するしかな
さそうだ。
﹁これがゲームじゃなければ、夜のうちに柵を破って侵入するか、
あるいは遠くから火をつけてやるものだが⋮⋮﹂
うなるイオリオ。
354
乾いた気候だから、そりゃあもう燃えるだろうね。
﹁とりあえずリアル脳は捨てよう﹂
現実的にありえない言葉を告げるわたし。
だって次にクエストを受けにきた冒険者の人が困るでしょ。
砦がなくなっちゃってたら。連続クエスト発生しなくなっちゃう
よもう。
戦法は以前と一緒。
メインタンク・わたし。
サブタンク・ルビア。
イオリオが真ん中で支援を担当し、後方警戒がシス。
そして今回モモちゃんの役割は⋮⋮
太陽に背を向けた位置。
門が見える場所に位置取り、モモに門番を指差す。
﹁さ、モモ。あいつを射って引きつけてちょうだい﹂
革鎧に短剣、そしてショートボウ︵ヌールスンの盗賊が落とした
ものです︶。
モモちゃん完璧にレンジャー装備ですコレ。
﹁そうか、puller︵釣り師︶か。なるほどな﹂
真っ先に気づいたのはイオリオ。
pullerというのは、敵が密集しているところから一匹だけ
355
敵をおびき寄せる係です。
各個撃破を行なう上で、もっとも大事な技術のひとつだね。
イメージしにくい人は、五人の男性が集まっている中、
ひとりだけをケータイで呼び出してボコる、を五回繰り返すもの
だと思っていてください。
ね、簡単でしょう。
さらに、種族︻ピーノ︼はその特性として最初から︽探知︾スキ
ルが高めで、
つまりわたしたちヒューマンよりも周りの状況を把握しやすいの
です。
具体的にどうとかはよくわからないけど、成長させるとミニマッ
プに敵を表す赤い点が見えるようになるとか。
ま、あとは本人の資質次第だけど。
﹁うん、りょーかい!﹂
一緒に来れたことが嬉しいのか、モモはやる気に満ち溢れていま
す。
彼女は姿勢を低くして弓を引き絞り、見事ヌールスン・ガードに
ヘッドショット!
おっ、発見されていなかったからか、なかなか良いダメージ与え
たね。
初手にしては十分十分。
向かってきたワータイガーをわたしたちが迎え撃つ。
これぞ流れるようなコンビネーション!
356
pull&kill!
確かに一匹は強いけど、5対1なら苦戦する要素まるでなし!
慎重に慎重に一匹ずつ引き寄せながら始末して、砦の中に無事侵
入を果たす。
合流
中は立体的な構造になっていて、上からもこっちを見張っている
ものがいるねー。
下手に手を出すと次々とlinkして向かってきそー。
﹁よし、モモがドンドン連れてきちゃうねー!﹂
あ、いやそれは。
完全にフラグでした。
制止する間もなく矢を射るモモ。やる気に満ち溢れています。
可愛いけど⋮⋮!
高台からぐるりと回り込んでやってくるヌールスン。
途中でドンドン仲間を連れてきちゃって、こちらについたときに
は合計5匹になっていました。
﹁え、えあー!﹂
目を丸くするモモ。
これがpullの恐ろしいところよ⋮⋮!
357
ゲームというものも恐ろしいね⋮⋮
簡単だ簡単だと思っていた場所も、一回のミスで地獄と化すのだ
からね⋮⋮
いや、それは現実も一緒か⋮⋮注意一秒怪我一生⋮⋮
幸いにも死者はいなかったものの⋮⋮シスとイオリオが︻ギフト︼
を使い、水薬も大量に消費してしまう事態に。
これなにげにベルゼラの洞穴以来の死闘だったんじゃないか。
﹁ご、ごめんなさい!﹂
平謝りするモモに釣りの何たるかを説かねばならない⋮⋮
それが先人としての役目⋮⋮
﹁こ、これでモモもpullの重要性を理解してくれたと思う⋮⋮
釣り道とは奥深いものなのよ⋮⋮!﹂
引っ掛けてもいいのは、密集している相手が離れた瞬間や、後ろ
を向いた隙などだ。
付きっきりで指導をしながら彼女の技術向上に務めましょう。
わたしは魚釣りはあんまり上手じゃなかったけど、モンスター釣
りならお手のもの!
上手くない?
ああそう!
﹁で、でもう、さっきみたいなのになっちゃったら⋮⋮﹂と不安に
怯える若人。
358
﹁ふふっ、あたしにお任せですぅ﹂
後輩が革鎧に収まり切らない豊かな胸を揺らしながら、前に歩み
出てくる。
﹁えっ、ルビっち、できるの?﹂
心配そうなモモに、自信に満ちた笑み。
﹁あったり前ですぅ。あたし子供の頃からアクションゲームが大好
きで、一日中ゲームして過ごす日もありますよ。
はっきり言ってオタクレベルなんですからぁ﹂
確かにルビアは意外とゲーム上手だが⋮⋮
フラグ
だと。
わたしは気づくべきだった。
その言葉もまた、
ルビアは杖を掲げて、遠方にいる一匹に狙いを定める。
﹁パール・デア・エルスぅ!﹂
ウォーターエッジ
水属性の投射魔術だ。
いや、でもそれ今放つと⋮⋮
大きく遠回りしてヌールスンの一団がやってきた。今度は6匹だ
った。
ルビアは舌を出して、自らの頭を小突く。
﹁ て へ ぺ ろ ー ☆ ﹂
359
絶対に許さない。
大勢を相手にするときに大事なのは、まずは各個撃破。
﹁死にます死にますぅ!﹂
そして敵の無力化である。
﹁うおおお! ︽チャージ︾ィィ!﹂
要するに多対多であっても何匹かを足止めすることによって、
一時的に数の戦力差を埋めるのだ。
﹁こっちこっち! 通路におびき寄せて!﹂
後はどうしても持久戦になってしまうのでMPの残量にも気を配
る必要がある。
﹁︽シャドウバインド︾! 減少するHPとの均衡を保てなければ少しずつ追い詰められてし
まうからね。
﹁えあー! えあー!﹂
以上、ピンチ時の対応でした。
360
生き残った⋮⋮全員無事に⋮⋮
ああ、なんかもうみんな真っ白になってる⋮⋮
﹁もうクエストクリアでいいんじゃね⋮⋮?﹂
普段は元気なシスもボロボロです。
﹁モモも、ホントに死んじゃうかと思った⋮⋮﹂
目から光沢が消えているよモモちゃん。
わたしはみんなに頭を下げる。
﹁ごめん、ルビアにやらせたわたしが馬鹿だった⋮⋮﹂
﹁うう、すみませんでしたぁ⋮⋮﹂
さすがに反省しているようだ。
﹁今後二度とこのようなことのないようにぃ⋮⋮﹂
まあ二度はないよ。
もうやらせないし。
361
◆◆ 18日目 ◆★● その2
という修羅場からの修羅場をくぐり抜け続け⋮⋮
ようやく砦の最奥に到達しました。
まるで道場のような室内。
小さな玉座に座っていたボスは、羽飾りのついた冠を装着した壮
年のヌールスン。
うっわ、カッコいい。
抜き身の刀を肩に背負い、彼はゆっくりと立ち上がる。
素敵だったのでセリフは原文ママ。声メッチャ渋いです。
﹁うぬらが来おるゴトはわかっておったわ。
のメいにおいて
天儀天
に葬送
戦いムくしてヌールスンの存亡非ず。儂らが死のうとも爪族の魂、
クデュリュザ
ゲツして砕けぬぞ。
来おれ。戦神
してやろうぞ︱︱﹂
隣でイオリオが﹁クデュリュザ⋮⋮?﹂と聞き返す。
なにか引っかかるところがあったのだろうか。
それはともかく。
部下を失ったのか、あるいは先に逃したのか、死地を定めた爪王
ザガはたったひとりだった。
362
5対1である。
これは楽勝だと思ったね。
爪王は刀を掲げて吠える。
直後、やたらめったらに刀を振り回して剣閃を飛ばしてきた。
かまいたちのような、無差別範囲攻撃である。
わたしたち五人のHPが一気に奪われた。
やばい、この人は多分︱︱
﹁︱︱ルビア! イオリオ! モモ! 離れて!﹂
シスと視線を合わせる。彼はわたしの意図がわかったようだ。
ふたりでザガを挟み込む。
﹁部屋の隅まで押していくよ!﹂
﹁おう、︽チャージ︾で⋮⋮
って駄目だ、こいつ動かねえ!﹂
根が生えたような立ち姿だ。
二度目の範囲攻撃がやってきたものの、離れていたために今度の
被害はわたしとシスだけで済んだ。
しかし鎧の上からも致命的なダメージを受けてしまう。
どれくらいかっていうと、後ろから慌ててヒールが飛んでくるく
らいのレベルです。
﹁いってー⋮⋮くっそう、燃えてきたぜ!﹂
363
強化
シスは槍からナックルに持ち替える。
イオリオがあの火のbuff魔術で、その拳の威力を倍増させた。
連撃によって動きを止められたボスの背を、わたしの一期一振が
斬り裂く。
体力メーターが微減した。 しかし︱︱か、かたい⋮⋮!
﹁︱︱!﹂
ザガが一喝する。
わたしとシスは吹き飛ばされた。
慌てて起き上がる。
息が止まる。
眼前にザガがいた。
振り下ろされる刀を刀で受け止める。
だが捌ききれずにダメージが入った。痛い痛い。
痛いけど紙一重残った!
もう死にそうだけど!
ザガから距離を取り、みんなに確認する。
﹁︻ギフト︼が残っているのってわたしだけかなあ!﹂
一度使用したギフトが復活するまで半日かかるんだよねー!
いやサボってたわけじゃないんだよ。
364
︻犠牲︼って乱戦だと使いづらいんだよ⋮⋮
自爆技みたいなもんだし! ﹁あたしもありますぅ!﹂
遠くからヒールを飛ばしてくれているルビアが手を挙げる。
﹁キミのはこういう場面で役に立たないでしょーがー!﹂
メタモルポセス
怒鳴り返す。ルビアの︻ギフト︼は︻変身︼である。
半身魔獣に変化することによって様々な特殊能力を得ることがで
きるのだが⋮⋮
ルビアちゃん、まったく使いこなせてません。
モモちゃんは熱心に矢を射ってくれているが、ダメージは微々た
るもの。
このペースだったら倒すまで一時間︵全滅するまでは三分少々︶
かかるなぁ!
ピンチだ、ピンチすぎる!
イオリオがわたしを見る。
﹁ルルシィール。あいつを倒すには︻犠牲︼が必要だ﹂
ですよねー!
まあ今使ったら多分5秒で死んじゃうだろうけどね。
あとはイオリオがなんとかしてくれるでしょう。
﹁いいですとも!﹂と前に出ようとしているわたしを、イオリオが
手で制す。
365
﹁だから下がって回復しろ﹂
﹁は?﹂
聞き返す。
イオリオは真剣だった。
﹁僕とシスが時間を稼ぐ﹂
﹁いやいや、ふたり? 無理じゃない!?﹂
だってシスだってもうHPだいぶヤバイよ?
今だってひとりで引きつけてくれているし!
﹁シス!﹂
イオリオが怒鳴る。
﹁やるぞ! できるな!?﹂
﹁いちいち聞くんじゃねーよ!﹂
身を屈めて中段斬りを避けるシス。
懐に潜り込んで肘打ち。
引き面のようなザガの斬撃をそれよりも早い跳躍でかわす。
いつの間にか唱えていたのか、イオリオの風の強化魔術のおかげ
でザガの動きについていけているようだ。
だがダメージは軽い上に、こっちは一発でも食らえばもう後がな
い。
﹁命令してくれりゃあいいんだよ!
366
俺たちのギルドマスターなんだからさ! やるっつーの!﹂
そばに来たルビアが、一生懸命わたしの傷を癒してくれる。
︻犠牲︼はその特性上、HPをMAXに保っていないと全力を発揮
できない。
わたしは歯噛みした。
ぐぐぐ⋮⋮!
拳を握り、それでもこの場に相応しく思えるような毅然とした声
で言い放つ。
﹁わかったよ⋮⋮イオリオ! シス!
少しの間、頼んだからね! 死なないでよ!﹂
﹃了解!﹄
若き少年たちの声が重なり響く。
シスがタンクとなり、イオリオがそのサポートに徹する戦法のよ
うだ。
モモも援護射撃を繰り返しているが⋮⋮
くー、歯がゆい!!
﹁せんぱぁい⋮⋮﹂
かじるように水薬を飲むわたしの形相を見て、ルビアが目を伏せ
る。
︻サクリファイス︼は自分のHPだけではない。
もっと大切ななにかを失ってしまうものなのかもしれない、とわ
たしは思った。
367
業の深い力だ。仲間まで犠牲にしなければならないなんて。
いや⋮⋮そんなことはないよね⋮⋮!
シスとイオリオを信じなきゃ。彼らが時間を稼いでくれるんだか
ら⋮⋮
ギフト
これは文字通り神さまからの贈り物だ。
誰かを救うために与えられた力のはずなんだ。
それなら今だって。
シスとイオリオはこれ以上ないほどに善戦している。
Root︵足止め︶を仕掛けてもホンの数秒で効果が切れてしま
う。
シスがすかさず︽タウント︾で引き寄せる。
あれ
背を向けた爪王にイオリオが火の矢を放って注意を引き寄せる。
戦い慣れたふたりの絶妙な平衡感覚だった。
ザガは彼らの間をピンポン玉のように往復する。
だが、わたしのHPが七割ほど回復していたところで、
が来た。
剣閃を辺りに撒き散らすあの範囲攻撃だ。
シスとイオリオのHPが一瞬にして消し飛ぶ。
もう我慢ができなかった。
サクリファァァァァァイス
﹁︻犠牲︼!!﹂
わたしは立ち上がり叫んだ。
368
ルビアを突き飛ばし駆ける。
跳び上がり、全体重を乗せた︽両断火︾を叩きつける。
ザガは刀で受け止める。
室内に衝撃が走った。
﹁ああああああああ!﹂
さらに︽ウォークライ︾でSTRに補正値を上乗せ。
ザガのガードを弾き飛ばす。
驚愕する爪王に無数の斬撃を叩き込む。
あらゆるスキルを全解放し、なりふり構わずボスのHPを削って
ゆく。
60秒以内にザガのHPを溶かし切らなければわたしたちの負け
だ。
刀と刀が衝突し火花が散る。
わたしは脳の回路が焼き切れるような焦燥感と共に一期一振を振
り回す。
時間がない。一秒でも早く。みんなのために。
こいつの息の根を︱︱
ザガが吠える。わたしの全身に痺れが走った。
︻スタン︼効果を持つ咆哮だ。
わたしは一瞬無防備な姿を晒してしまう。
﹁しまっ︱︱﹂
369
だが一撃くらいは耐えられる︱︱
と思いきや、彼は部屋の中央に飛び退いた。
そこで恐らく全員に範囲攻撃を放とうとしているのだ。
それ最悪だなあ!
シスもイオリオもかろうじて生きていたものの、
それは一発食らっても平気な分だけ体力を残しておいたからに過
ぎない。
もう全員、後がない。
救急車のように辺りを走り回っているルビアだって自分のことな
んて二の次だから一撃死の射程圏内で。
ザガが刀を腰だめに構えた瞬間︱︱
︱︱その頭にばちゃりとなにか液体がぶつけられた。
モモが水薬を投げつけたのだ。
それは異臭を放ち、爪王の顔面を焼く。
悲鳴をあげるボス。
﹁その、それっ! ダメージ+︻盲目︼効果だからっ!﹂
彼女が作っていた攻撃用の錬金術アイテム︱︱︻クロの溶解液︼
だ。
ザガは剣閃を飛ばすものの、それは誰にも命中せずに壁を傷つけ
るだけに留まった。
370
九死に一生を得た⋮⋮
だなんて、ホッとしている暇はない!
だが彼はすぐに己を取り戻す。
状態異常は一瞬で回復されてしまった。
となると次の標的は︱︱モモ。
怯えて身を竦ませるモモに、ザガが斬りかかる。
シスもイオリオも遠い。
ルビアは回復魔術の詠唱中だ。
わたしの目には周りの光景がスローモーションに映っていた。
﹁この︱︱﹂
駆けるが︱︱︻犠牲︼の最中でも、まだ届かない。
他に選択肢が何か。
気づく。
スキルリストに見慣れない文字が点灯している。
躊躇はない。
わたしは選択した。
﹁︽爪王牙︾︱︱﹂
その縦斬りは見えない刃となり、ザガの背中を斬り裂いた。
それは彼が使っていたあの剣閃︱︱範囲攻撃だった。
凄まじいダメージが表示され、爪王のHPは塵のように吹き飛ん
だ。
371
ゆっくりと前のめりに倒れてゆくザガ。
彼の爪はモモの前髪をかすめて地面に沈み込んだ。
﹁ひっ﹂と悲鳴をあげるモモ。わたしも状況の把握が上手くいかな
かった。
﹁先輩! サクリファイス!﹂
ルビアに言われて気づく。
慌てて効果を切る。
HPのメモリはもう1ミリぐらいしか残っていなかった。
完全に呆けていた。
﹁あれ、一体わたし、なんで⋮⋮いつのまに、あんな技を⋮⋮?﹂
握った刀を見つめる。
シスが大喜びしているのが見える。
足を引きずりながらイオリオもやってきた。
﹁技は食らってもスキルが上昇する。あいつが使っていたのも刀だ
った。偶然じゃないさ﹂
﹁はあ﹂
まだ実感は薄かった。
﹁つまり、その、なに?﹂
彼らを見回す。
372
笑みを浮かべるルビアが見えた。
﹁勝ったってことですよぅ!﹂
ルビアが抱きついてくる。
反対側の腕にはモモも。
﹁やったぁ! すごいよ、おねえさん!﹂
頬に当たる柔らかな感触は、口づけされたようで。
﹁あーっ! どうしてモモちゃんどさくさに紛れてそういうことす
るんですかぁ!﹂
﹁えっ、だって、モモだって矢射ったりお薬いっぱい投げたりして
頑張ったし⋮⋮﹂
﹁それとこれとは話が違いますぅ!﹂
いやキミたち。
人の耳元ですっごいうるさい。
のっそりと足を動かし、ザガに近づく。
クデュリュザ
よ⋮⋮儂らではナせず⋮⋮
彼はまだ息があるようだ。かすれた声で呻く。
﹁
地端地
で、うぬらの死を⋮⋮ミ届けよう、ぞ⋮⋮﹂
されど魂は、不滅なり⋮⋮愚かニンゲンと愚かなヌールスンよ⋮⋮
その言葉を最期に、ザガは動かなくなった。
戦神クデュリュザ。
373
クエストコンプリ
なんだか深くストーリーに関わってきそうだなあ。
の文字が浮かび上がった。
っていうかそれよりも、わたしたちのログに
ート
これでようやくダグリアの冒険もオシマイ⋮⋮かな。
思わずその場にへたり込んでしまう。
いやあ、強敵だった⋮⋮
現実世界で向かい合っていたら、きっと腰が抜けちゃっていただ
ろうね⋮⋮
はー⋮⋮今になって、心臓がキュッと締め付けられるようだよ。
うん、しばらく戦いは、いいかな⋮⋮
374
◆◆ 19日目 ◆★●
ようやくノーマルネーム! わたしは真人間に戻ったぞー!
きょうはやること目白押しです。
まずは牙の村長に話しかけて、クエスト遂行を伝えます。
すると彼は彼でわたしたちに報酬の銀貨とスキル経験値をくださ
いました。
イェイ。
これでギヌの村でやることはほぼ終了。
荷物をまとめてダグリアへ向かいまーす。
その途中、︻爪王の砦︼で入手したアイテムの説明でもいたしま
しょう。
雑魚から入手した武具防具は︵一部のチェインを除いて︶、大体
シスの懐に入りました。
彼は﹁店売りよりつえーじゃん!﹂ってとっても喜んでいました
が⋮⋮
小手がスケイル、胴がプレート、下半身はリングメイル⋮⋮
という風に、防御力と反比例して見た目がかなり残念な感じにな
ってます⋮⋮
375
ああ、統一感がない⋮⋮
個人的にはあのファッション、かなり許せないんだけど、
でもシスくんが幸せそうだからいいっか⋮⋮
その他、彼らが飼っていた獣の皮は言うまでもなく、ロリ妖怪皮
置いてけに。
ヌールスンの魔術師が溜め込んでいた触媒は9割イオリオで、残
りをわたし︵風︶とルビア︵水︶で分け合いました。
射手の持っていた矢などはモモちゃんへ。
あと用途不明のクラフトワークスの素材と思しきものもまとめて
彼女行きです。
モモちゃんはアイテムを取り出しては﹁どんな使い方するのかな
ぁ⋮⋮﹂ってキラキラした瞳で眺めていました。
純真無垢を具現化した少女のようだ。
﹁そこらへんのガラクタも売ればまぁまぁのお金になるんじゃない
ですかぁー?﹂とか、 のうのうと言っていたルビアが忘れた心を持っている⋮⋮
で、肝心の爪王ザガさんのドロップアイテム。
身のこなし関係のスキル値︵体術・跳躍・ダッシュ︶にボーナス
を得る腕輪︻爪王の腕飾り︼。
さらに彼がつけていた頭装備︻族長の冠︼です。
こちらは︽戦術︾スキルと、︽指揮︾。
さらになんと︽ギルドマスター︾スキルにプラス補正がかかるよ
うです。
376
︽ギルドマスター︾スキルって何!?
具体的に何がどうなるの!?
わたしの謎は誰からも答えをもらえません。
とゆーわけで、腕飾りはシスくんへ。
これで彼の混沌とした格好に拍車がかかるでしょう。
で、冠は⋮⋮
うん、満場一致でわたしに送られました。
ていうかその三つのスキルを鍛えているのわたししかいなかった
みたいでね。
装着してみると体の奥から未知のパワーがみなぎる⋮⋮という展
開には別にならず。
なんにも実感しないし⋮⋮
代わりに、
﹁あ、でもカッコイイですよぉ﹂と<ウェブログ>のファッション
リーダー・ルビアからお墨付きをいただきました。
冠っていうか、これも羽飾りだね。
常時持ち歩いている手鏡を取り出して、角度を変えて眺めてみる。
んー、インディアンみたいな冠を想像してみたけど、実際つけて
みると⋮⋮
﹁おねえさん、まるでヴァルキリーさんみたい⋮⋮き、きれい⋮⋮
!﹂
377
そうそう、そんな感
北欧神話で有名なあの方ね。
額当てとその横から羽飾りが飛び出していてね。
かなり高貴な感じがするねコレ。
例によって受け渡し不可能なレアアイテムなので、男性がつける
とどんな感じになるのかは見れずじまいです。
﹁おねえさんが、女神おねえさんから戦乙女おねえさんに⋮⋮!﹂
エインフェリア
⋮⋮それパワーアップしているのかな。
まあ、︻自己強化︼の使い手を引き連れるってことなら、間違っ
てないのかもね。
﹁むむむ⋮⋮先輩ばっかりキレイになっちゃって⋮⋮
そんなにオシャレなら、わたしもほしいって言うんでしたぁ⋮⋮
!﹂
ルビアはなんか指をくわえてました。
いや、そういう︵着せ替え︶ゲームじゃないから、コレ。
お喋りをしていたら、あっという間にダグリア到着。
ヴァンフォーレスト領事館で爪王ザガの密書を渡すと、
彼と繋がっているダグリア貴族の名が芋づる式に出てきた模様。
これで反ヴァンフォーレスト派の勢力を一掃できる!
とか貴族の方が息巻いていましたが、そこから先はわたしたちの
378
お仕事じゃないのでパース。
あとの顛末はヴァンフォーレストに戻ってから手紙で届けてくれ
るらしいので、<ウェブログ>はこれにてドロンいたします。
とゆーわけで、我らパーティーは船の時間まで自由行動でーす。
特にイオリオなんかはダグリアに来て全然観光できてないしね。
たっぷり楽しんでくださいな。
あ、わたしも愛しのダグリア料理いっぱい買い込んでおこうっと。
しばらく来れなくなっちゃうもんね。
シスくんの過ごし方。
ひたすら武器屋を巡って、装備を見定め続ける。
放っておけば丸一日でもそうしている気がする⋮⋮
そのうち︽鍛冶︾をあげて、自分で武器を製作するんじゃなかろ
うか。
それでいて出来にめちゃめちゃこだわって、気難しい陶芸家みた
いになりそうだ⋮⋮
イオリオの過ごし方。
図書館や魔術堂、それに古書店︵そんなお店がゲーム内にあるな
んて初めて聞いたよ︶を見て回っているらしい。
﹁クデュリュザ⋮⋮天儀天⋮⋮地端地⋮⋮﹂などとうわ言のように
繰り返していて、傍目には相当ヤバイ男である。
モモには近づかせたくない。
379
ルビア&モモの過ごし方。
武器屋や防具屋を重点的に覗いているらしい。
ただしシスくんと違うのは自分のための装備ではなく⋮⋮ ﹁え、えっと、どんなのがイイの? ルビっち﹂
戸惑うモモにルビアが眉を吊り上げる。
﹁とにかくオシャレで高そうに見えるものですぅ!
あっちで値段を釣り上げて売って売って売りさばいてやるですぅ
! ウヒヒヒ!﹂
これが転売屋である。
モモっちドン引き。
わたしの後輩がこんなに金の亡者のはずがない⋮⋮
数時間後、再び合流。
乗船し、ダグリアに別れを告げます。
うう、船酔いの旅の始まりだ⋮⋮
衰弱とスキルダウンさえなければ、迷わず死亡を選択するのに⋮
⋮!
船が出て3分後、ルビアがウンウンとうなずきながらわたしの背
を撫でる。
﹁先輩、具合が悪くなりましたか?
380
大丈夫ですか? あたしが介抱してあげますよぉ﹂
﹁うん、ありがとう。優しいねルビア。
でもさすがにそんなに早くダウンしないからね?
布団に入ったのび太くんじゃないんだからね?﹂
﹁⋮⋮キャラ付けが中途半端ですぅ﹂
﹃ですぅ﹄とか喋るやつに言われたくねえ!
甲板で揺られながら海を見つめる。
わたしの住んでいる街は海沿いだけれど、あんまり遊びに行った
ことはないんだよねえ。
ま、基本ヒキコモリだし?
落下防止の手すりに腕を置いて顎を乗せる。
なるべく遠くを見つめるのがコツなのよ。
さらに船の揺れに合わせて体を揺らしたりね⋮⋮
ふ、ふふふ、具合悪い⋮⋮
っていうかあれだな。わたしがホントに酔ってくると、ルビアは
寄ってきてくれないんだな⋮⋮
なんか下の方から笑い声聞こえてくるし⋮⋮
いいさ、気持ちだけで嬉しいさ⋮⋮
﹁大丈夫か、マスター⋮⋮ってなんだその格好﹂
うぇあー?
381
﹁パジャマですがなにかー⋮⋮﹂
本を抱えたイオリオを横目に見る。
﹁いやいや、人の目を気にしなさすぎだろう。こんなところで寝間
着って﹂
﹁体は圧迫させないほうがいいんだよ⋮⋮ゆったりとした服がいい
のよ⋮⋮﹂
﹁といってもなあ﹂
首を傾げながらイオリオは隣に腰を下ろす。
﹁水でも飲むか?﹂
﹁うーん、ありがとう⋮⋮
え、なに、心配してきてくれたの?﹂
﹁いや、下が騒がしくなってきたからこっちに来た。おちおち本も
読めん﹂
﹁船上で読書だと⋮⋮?
キサマ、ロボットか⋮⋮!?﹂
﹁いや全然わからんが。
まあ、大変そうだな。ルルシィさんがそこまで弱るとは﹂
うーうー。
男の子が隣にいるから、さすがに戻すわけにはいかないよなー⋮⋮
﹁シスくんは下? ルビアとお喋りしているのかな⋮⋮﹂
﹁ん? ルビアさんがどうかしたか?﹂
イオリオが怪訝そうな顔。
ハッ、しまった。
382
﹁⋮⋮これは言うべきことではなかったか﹂
わたしとしたことが。船酔いで気が緩んでいた。
﹁よくわからんが、ふたりの間になにかあったのか?﹂
ちょっと迷ったけれど、切り出す。
﹁⋮⋮実は﹂
まあシスの親友イオリオくんだしね。
話聞いているかもしれないし。
﹁⋮⋮﹂
わたしが告白した後、イオリオはしばらく黙っていた。
えと、ノーリアクションですか?
親友の恋路もどこ吹く風ですか? クールすぎる!
﹁あいつは昔から僕に遠慮する﹂
違った。
なにかを黙々と考えていた模様。
っていうか、本気でわからなかった。
﹁遠慮、ってなにが?﹂
イオリオはズバリと言う。
383
﹁シスはマスターのことが好きだよ。
ただ、それを言うと僕に悪いと思っているんだ﹂ え?
ええ?
えええ? シスくんがわたしのことを⋮⋮?
っていうか、え? え?
﹁え、ちょっと待って。ていうかそれ、それキミ﹂
いや、それじゃまるでキミまで、わたしのこと⋮⋮
イオリオは無言で海を見つめている。
え、ちょ、マジで?
つまり、その、えええええええええええええええええええええ!?
⋮⋮酔いとか覚めちゃったよオイ。
384
◆◆ 20日目 ◆★●
洋上生活二日目。
ぐあいがわるいので、
きょうのにっきはおやすみです
ほかのみんなは、たのしそうでした
しねばいいのに⋮⋮
ぐ
き
ほ
し
⋮⋮いや、意味とかないんですスミマセン⋮⋮
とりあえず、アレです。
もしかしたら気になっている方もいらっしゃるかもしれませんが
︵誰︶、
シスとイオリオがわたしのことをお慕い申し上げているかもしれ
ないっていう話は置いておきます。
恋愛沙汰はわたしの手には余るのです⋮⋮
そのうち解決するからさ⋮⋮!
385
イオリオだって﹁悪い。今のは失言だったな。忘れてくれ﹂って
言ってたし⋮⋮
そ、その優しさに甘えさせてもらおっかなーなんて。
今のわたしたちは恋なんてしている余裕はないんだよ!
こんな世界に閉じ込められて、キャッキャウフフなんてしていら
れるか!
わたしは現実世界に戻るぞ!
というわけで⋮⋮﹃︵∩゜д゜︶アーアーキコエナーイ﹄⋮⋮し
ます。
誰だヘタレって言ったやつ!
出てこいよぉ!︵泣︶
と、少しだけ楽になったから日記を書いていたとき、イオリオに
聞かれました。
﹁こんなときにも書いているのか⋮⋮そんなに大事なものか?﹂
﹁まあ夢⋮⋮だからね﹂
﹁⋮⋮夢?﹂
わたしはなにも言いませんでした。
⋮⋮こういうの、誰かに告げるのって恥ずかしいからね。
それでもわたしは物語を描いてゆくよ。
わたしの、わたしだけの冒険記。
いつかこのお話が、実を結んでくれるって信じてね。
386
そんな風にニヤニヤとするわたしを、イオリオは怪訝そうな目で
見ていました。
⋮⋮変な子だって思われたかな。
まあいいよね、いまさらだし。
︱︱べ、べべべべつに意識しているわけじゃないんだからね!
明日からはいつものわたしですよ!!
﹁⋮⋮なにを頭を押さえて悶えているんだ﹂
う、うるさいなー! もー!
387
◆◆ 20.5日目 ◇☆○︵前書き︶
試しにルビアに日記を渡して、好き勝手書いてもらう、の巻。
※﹁ですぅ﹂の口調は鬱陶しいので地の文からは除外。
そもそもルビアは﹁ですぅなんて言ってませぇん﹂と言い張るか
らね。
というわけで、いつもと変わった試みですが、どうぞー。
388
◆◆ 20.5日目 ◇☆○
真っ青。
透き通るような空も、どこまでも広がる海も。
と∼∼っても気持ちいいです。
あたしは甲板の手すりにもたれかかって、水平線の先を眺めてい
ました。
潮風で全身がちょっとベタベタしちゃうのはヤですけど、
どうせヘアもボディも借り物ですからね。全然気になりません。
おっきな船に揺られてぷかぷか浮かんでいると、
世界にあたしたちしかいないみたいで、なんだかすごく安らいだ
気持ちになれるんです。
それにしても、こんな景色を堪能できないなんて、先輩はかわい
そうですねえ⋮⋮
あ、初めまして、ルビアです。
きょうは先輩がダウンしていますので、代わりにあたしが先輩ク
エストを引き受けています。
﹃なんでもいいから文字数を埋めてきて⋮⋮
文章については、あとでわたしが推敲するから⋮⋮﹄
などと言い、︻日記︼を渡してくれました。
389
でも最新ページ以外は全部カギがかかっているのか、閲覧できな
いんですよね。
⋮⋮先輩のケチ。
うーん、︽解錠︾の技能があれば、中身を見れるんでしょうか。
しばらく格闘していると、ヒューマンの男の子が通りがかってき
ます。
﹁ちっす﹂
そちらの方はシスさん。あたしの剣の師匠です。
普段はぼけーっとしてて、なんとも頼りない雰囲気を醸し出し、
みんなでお喋りしているときは完全に空気な﹁あ、いたんですか
?﹂って感じのお方ですが、
ことゲームのことと戦闘に関してはキモいぐらいに詳しい︵褒め
言葉︶人です。
あと、かなりファッションセンスが残念です。
きっと制服を着ているとそれなりに見えるのに、私服だと﹁うわ
ぁ⋮⋮﹂って感じの人なんでしょう。
アバターはイケメン風なのに⋮⋮
あれ。なんか悪口ばっかり言っているような気がしますが、多分
気のせいです。
良い人です。すごく良い人なんです。
たまに胸の谷間とか、生足とかにバッチリ視線を感じて、
﹃ああ、男の子なんですねぇ、うんうん⋮⋮いいですよほら。いく
らでも見てください?﹄
390
って気持ちになりますが、基本は良い人なんです。
はい、これでフォローもバッチリです。
それはいいとして。
﹁なにやってんの、ルビアさん﹂
﹁シスさん先生、これですぅ﹂
あたしは日記を見せつけます。
すると彼、噴き出しました。
﹁ぶっ! それ、ルルシィさんのじゃん!﹂
チョット汚いですね。
まあいいです。良い反応をしてくれたので。
﹁ふっふっふ、迂闊にも先輩はこのあたしに貸してしまったのです
よ、ふっふっふ。
今からかけられたカギを突破し、先輩の秘密を全て暴いてしまい
ますぅ﹂
﹁えー、いいんかな⋮⋮﹂
すると、途端にオロオロしてしまいます。
まったく、シスさん先生は小物なんですから。
﹁つーかルビアさん、︻ピック︼持ってんの?﹂
?
ぴっきゅ?
391
﹁え? なんですかそれ?﹂
おめめぱちぱち。
﹁いや、︽解錠︾する際に必要な道具だけど﹂
カバンがさごそ。
﹁⋮⋮ありませんね﹂
﹁じゃあ無理だな﹂
﹁⋮⋮力づくでなんとかできませんか?﹂
﹁いやそら、︽破錠︾っつー技術でカギを無理矢理ぶっ壊すか、
あるいは日記帳の耐久値をゼロにしたらページもバラバラになっ
ていくつかは読めるかもしれないけれど﹂
﹁⋮⋮﹂
確実に怒られちゃいます。
あたしは肩を落としました。
﹁諦めます﹂
﹁そうしとけ﹂
しょんぼり。
﹁⋮⋮先輩の秘密を握れるチャンスだったのにぃ⋮⋮﹂
﹁趣味が悪いって⋮⋮﹂
むむむ。
真人間ぶっちゃって⋮⋮
人の秘密を覗きたい。隠しているところを見たい。裏話を聞きた
392
い。
そういうのは人間の欲じゃないですか! 素直になればいいじゃ
ないですか!
﹁もー、シスさん先生は、お人好しなんですから⋮⋮﹂
そんなんじゃ、この生き馬の目を抜くようなバーチャル世界、生
き残れませんよ!
﹁ルビアさんってわかんね⋮⋮﹂
なんでそこで首を傾げるのか、あたしにもわかりません。
シスさん先生が素振り︵ある程度までスキルが上がったり、武器
の振りが早くなったりするらしいです︶を始めたので、
あたしはモモちゃんのところに向かいます。
モモちゃんは先輩が拾ってきたウサギみたいな種族の女の子です。
ヒューマンのあたしと違って、なにをしててもたいてい小動物的
なキュートさが輝くっていうズルい子です。
ファンタジーのファンシーな種族っていいですよねー⋮⋮
それがもう、目の前でちょこまかしているんだから、思わずぎゅ
ーっとしたくなります。
物を知らなくてもうっかり屋さんでもドジっ子でもあんまり空気
が読めなくても、後輩って可愛いです。
⋮⋮先輩に引っ付きすぎなのは、ちょっと容認できませんけどね。
393
でも、それも悪いのは先輩ってことになりましたので、もう大丈
夫です。
まったくもう、あの人はホントに女殺しなんですから⋮⋮
ってそれはいいとして。
モモちゃんは先ほどから、そこらへんでずーっと釣りをしていま
す。
なにが面白いのか、ちょっとわかりません。
﹁ねーねー、モモちゃんー﹂
﹁なーにー?﹂
よしよしと頭を撫でます。
長い耳がふにふにしてとっても愛らしいです。
﹁じゃーん﹂
﹁えっ! それおねえさんの日記帳!?﹂
おー。
口に手を当てて驚いちゃって。
うふふ、良いリアクションですね。
﹁そうなんですぅ﹂
﹁か、勝手に持ち出しちゃだめだよぉ。ルビっちさすがに怒られち
ゃうよぉ﹂
⋮⋮あれ?
どうしてあたしが盗んだことになっているんでしょうか。
﹁違いますぅ。先輩が船酔いで倒れているので、
394
きょうの日記はあたしが書くようにと申し付けられたのですぅ﹂
﹁え、あ、そうなんだ﹂
ホッと胸を撫で下ろすモモちゃん。
⋮⋮この信頼度の差はなんでしょうか。
モヤモヤしちゃいます。
﹁でもおねえさんの日記なのに、ルビっち書いてもいいの?﹂
﹁うーん。確かにヘンですけどぉ⋮⋮まあいいんじゃないでしょう
か。
そう頼まれちゃいましたしぃ?﹂
﹁そっかぁ﹂
﹁というわけで、モモちゃん︻ピック︼持ってませんかぁ?﹂
﹁何に使うつもりなの!?﹂
おやおや。
その反応だと、モモちゃんはピックって知ってるんですねー。
﹁先輩、他のページにカギかけちゃっているんですよ。気になるじ
ゃないですかぁ﹂
﹁ルビっち⋮⋮﹂
なんだかモモちゃんが可哀想な子を見る目であたしを見つめてい
ます。
⋮⋮あれ、どうしてだろう。
﹁気にならないんですかぁ?﹂
﹁それは⋮⋮チョットは、気になるけど⋮⋮﹂
お、モモちゃんは素直ですね。
395
脈アリと見ました。
﹁モモちゃんと出会う前の先輩のこととか、色々書いてあるんです
よぉ﹂
﹁えあ∼∼⋮⋮﹂
釣竿を固定し、頭を抱えて苦悩するモモちゃん。
⋮⋮面白いです。
﹁イヒヒ、あんなことやこんなこと⋮⋮
モモちゃんについても色々と書いているかもしれませんよぉ∼⋮
⋮﹂
﹁う∼う∼⋮⋮﹂
耳元に囁きかけると、なんだか一生懸命首を振っています。
悪魔に抵抗するみたいですね、まるで。
しばらく身悶えた後、モモちゃんは大きくため息をついて。
﹁で、でもムリだよ。モモも︽解錠︾なんてやったことないし⋮⋮
錬金術で、鍵開けが楽になるピックを作れたような気がするけど、
材料ないし⋮⋮﹂
﹁今、材料を持ってきたらお作りできますか?﹂
﹁えあ∼⋮⋮えあ∼∼∼⋮⋮﹂
困り果てた顔のモモちゃん。
⋮⋮なんだか悪いことをしているような気になります。
えー、えー。
むう、しょうがない。
あたしがおねーさんですからね。ここは諦めましょう。
396
﹁じゃあモモちゃん、日記に書くのでなにか面白いことをしてくだ
さい﹂
﹁ええええ急に!?﹂
﹁モモちゃんの∼、ちょっといいとこ見てみたいぃ∼。ヘイ、一気、
一気∼﹂
﹁なにを∼∼∼∼∼∼!?﹂
悪い大学生の真似をしてみました。
その後、あたふたとしているばかりで、モモちゃんは面白いこと
をしてくれませんでした。
いや、その様子が結構面白かったんですけどね?
ハッ、これじゃまるでやっぱりあたしが悪者みたいですね!?
船内の面白いこと探索にも飽きて、あたしは先輩の元に戻ります。
とりあえずこれぐらい書いたらいいんじゃないかなー、って。
結構な文字数書きましたよぉ、これ。
まったくもう、先輩も良い後輩を持ったものですよ。
こんなに一途で健気で可愛らしい後輩がいて、さらにまだまだ世
The
Life﹄な
界も冒険したいだなんて、先輩は一体どれほど強欲なんでしょう。
悪魔が憑いているんですかね。﹃666
だけに。
ヴァンフォーレストで大人しくクラフトワークスをしていればい
いんですよ、もう。
397
それなのに、それなのに。
ぶー、ぶー。
頬を膨らませながら廊下を歩いていると、どこからか男の人の声
が聞こえます。
この船の中にいるプレイヤーキャラは、わたしたち五人だけなの
で⋮⋮
つまり、イオリオさんですね。
面白いことの予感がします。
シスさん先生があたしの剣の師匠なら、イオリオさんはあたしの
魔術の師匠です。
っていうかもうほとんど家庭教師の先生です。
︽医学︾や︽魔術学︾のランクアップテストを前に、テストに出や
すいポイントや自分のときの過去問を教えてくれたり。
むっつりとしてなにを考えているかわからないし、
目つきが怖いし、口調が時々厳しかったりして、正直苦手なとき
もいっぱいありますけど、
でも良い人だと思います。
あたしがむしゃくしゃして駄々をこねているときにも、
突き放すんじゃなくて、とりあえず受け入れようとしてくれる辺
り、
ちょっぴり先輩と似た感じがします。
だからきっと良い人です。
⋮⋮完璧なフォローですね。
我ながら恐ろしく思います。
398
でも、本当に恐ろしいことはその後でした。
イオリオさんの姿を探してうろうろしていると、
なんと彼は先輩が使っている船室にいたんです。
しかも先輩と一緒に!
パジャマ姿の先輩と一緒にぃ!
な、なにをやっているんでしょうかあの人は⋮⋮
弱った先輩と一緒に⋮⋮!
扉の隙間からこっそりと見つめてみます。
相変わらず先輩はベッドにダウンしていますし、イオリオさんは
その前の椅子に座っていつものように本を読んでいます。
⋮⋮あ、でもなんだかぼそぼそと聞こえます。
一体なにを話しているんでしょうか。
気になります⋮⋮
むむむ、あたしの︽聞き耳︾がもうちょっと上がっていたら、聞
こえたのかなあ⋮⋮!
先輩めぇ⋮⋮!
前にシスさん先生に聞かれたとき、あたしは﹁先輩は全然モテま
せんよぉ﹂と言ったように記憶しております。
でもホントのことを言うと、全然そんなことはないって思います。
同性にすっごくモテる人が、異性にモテないわけがありません。
先輩は完璧です。
顔の作りは美人ですし、スタイルも良いですし、服をコーディネ
399
ートしたらなんでも着こなします。
あんまり女の子っぽい格好はしませんけど、そういうのだって多
分、似合っちゃうはずです。
﹃サバサバしているよ﹄って自分で言うくせに、誰の相談にも乗っ
ちゃいますし、最後まで責任を感じて付き合ってくれたり。
どんなときだって、大して仲良くないはずの子でも相手をしてま
すし。
ひきこもりのくせに運動もできて、学業だっておろそかにせず、
いつの間にかバイトだってひとりで決めてきて⋮⋮
誰にも頼ることなくひとりで生きていける先輩は、まるで太陽の
ようです。
色んな人をその光で照らして、暖めます。
だからみんな先輩に惹かれるんです。
もしかしたらイオリオさんも⋮⋮
いや、でもそんなこと⋮⋮
﹁ちょっといいか﹂
そのとき、やけにハッキリとイオリオさんの声が聞こえました。
ガチャリ、と扉が開きます。
⋮⋮あれ?
﹁さっきからなにをしているんだ、キミは﹂
いや、えっと。
﹁⋮⋮なんでバレたんでしょうかぁ﹂
400
わたしを見下ろし、イオリオさんは小さくため息をつきます。
﹁ミニマップのレーダーに青点が表示されている。
パーティーなんだから、近くにいる人の場所は扉越しでもわかる
さ⋮⋮﹂
﹁はう、盲点⋮⋮﹂
さすがイオリオさん⋮⋮
スルドイです⋮⋮!
胸を抑えていると、部屋の中から﹁るびあ∼?﹂という先輩のふ
にゃふにゃな声が聞こえてきます。
イオリオさんも肩を竦めました。
﹁まあいいさ、もとより大したことは話していなかった﹂
ぱたんと本を閉じるイオリオさん。
それは︽風術︾の魔術書のようです。
⋮⋮さては、先輩がダウンしている最中だからって、優しく丁寧
に教えていたんですね。
弱っている心に親切にするだなんて、やり手ですねこの人⋮⋮!
﹁⋮⋮なんだか、なにを考えているか大体わかるような気がするけ
れども﹂
﹁心の中を読まれてますぅっ!?﹂
﹁キミが思っているようなことはないから、安心してくれ﹂
じー。
眼鏡の奥の思いを探るように、あたしはイオリオさんをじっと見
つめます。
401
すると、彼は咳払いをします。
﹁まあ、なんだ。こういうことを言うのは、僕のキャラではないと
自覚しているけれど﹂
⋮⋮一体なんですか?
嫌な予感がします。
先輩
さんは、キミだけのものじゃないからな﹂
声をひそめて、恐らくは先輩に聞こえないように。
﹁
﹁!?﹂
こ、この人、今!
今なんて言いましたかぁ!
あたしの頭の中をエクスクラメーションマークとハテナマークが
飛び交っています!
イオリオさんの胸ぐらを掴んで、廊下に引っ張り込みます。
﹁せ、先輩を狙っているんですか!?﹂
﹁さてな﹂
ニヤニヤするイオリオさん。
こ、こいつぅ⋮⋮!!
﹁極悪人の顔をしていますぅ!﹂
﹁いや、今のキミも相当すごいが﹂
﹁絶対に絶対に許しませんからねぇ⋮⋮!﹂
﹁まあ、きょう明日にどうこうしようっていうのはないさ。僕も今
は﹃666﹄に夢中なんだ﹂
402
﹁ぐるるるるるる﹂
そのとき、部屋の中からもう一度﹁る∼び∼あ∼﹂とあたしを呼
ぶ声がします。
イオリオさんは肩を竦めて、部屋を指します。
ここで取り逃がしていいものか、あるいは始末しておいたほうが
いいのではないかと悩みつつも、イオリオさんを解放します。
いつかやってやりますからね、イオリオさん⋮⋮!
◆◆
あ、どうもルルシィールです。
﹁で﹂
ルビアから日記を返してもらって。
体調はちょっと良くなっていたので、つらつらーって読んだわけ
なんですけどね。
わたしはベッドの上に足を崩して座り、こめかみを抑えていた。
403
﹁ホントに言ったの? イオリオが、コレ﹂
﹁そうなんですぅ!﹂
目の前に座るルビアちゃんはご立腹の表情。
うーむ。
イオリオも、ルビアの態度にビキビキ来ていたりするのかな⋮⋮
⋮⋮っていうか、もしかしてこれってわたし、三角関係の渦中に
いたりしますか?
えー、うそー、少女漫画のヒロインみたーい。
アタクシのモテカワオーラマジパなーい。
キャハッ☆
⋮⋮いや、はい、スミマセン。
何とかします、そのうち⋮⋮
﹁まったくもう、まったくもう⋮⋮!﹂
頭から湯気を出しまくっているルビア。
こういうときのルビアにまともに付き合うのは損するだけなので、
わたしは早々に話を変える。
﹁でも、ありがとうね。わざわざこんなに書いてきてくれてさ﹂
穏やかに告げます。
﹁⋮⋮ま、まぁ、先輩の頼みですからねー﹂
404
口を尖らせてそっぽを向くルビア。
少し声色が優しくなったね。
で、ここでのんびりと佇むのがポイント。
はー、ルビアちゃんホント美少女だなー、って眺めてましょう。
目の保養、目の保養。
ちょっと待つと、言い訳するように付け加えてきます。
﹁こ、こんなことをしてあげるの、あたしくらいしかいませんしぃ
⋮⋮﹂
うんうん。
﹁そうだね。ありがとう﹂
わたしが微笑みかけると、ルビアは唸りながら俯きました。
まあ根はいい子だからね、根は。
というわけで、フォローは終了。
﹁で、ルビアちゃん﹂
﹁はぁい?﹂
﹁カギをかけたわたしの日記をどうにかするために奮闘していた、
って辺りの話なんですが﹂
﹁ぎくぅ﹂
昭和の漫画か。
っていうか悪いことをしているって自覚があったなら、なぜあえ
て書く⋮⋮
わたしは目を細めて彼女を見やる。
405
﹁なにか弁明があるなら、今のうちに聞いてあげるけれど﹂
﹁え、えーっとぉ﹂
ルビアはしばらく指と指を突き合わせた後、こちらを上目遣いに
伺って⋮⋮
そして、ハッとした。
﹁そ、そうです! 全部フィクションですぅ! そんな事実は毛頭
ありませぇん!
ヤですねぇ先輩ってば! あたしがわざわざ盛り上げるために書
いてあげたのにぃ!
冗談がわからない人はモテないんですよぉ! えっへっへー!﹂
﹁そっか、わかった。
じゃあモモちゃんにコールしてもいいんだよね﹂
﹁だめですぅ∼∼∼∼∼∼∼∼∼∼!﹂
両手を前に出してこちらに迫ってくるルビアを避けて、その首根
っこを掴んで無理矢理ベッドに押し倒す。
まったくこの子は⋮⋮
﹁うえぇ∼∼んすみませぇぇぇ∼∼∼∼ん!﹂
﹁謝るくらいなら最初っからするなー!﹂
そのまま上にのしかかって、ルビアの手のひらを掴み、親指の付
け根を思いっきり指で圧迫する。
﹁いた、いたたたたぁ! 先輩それちょっといたっ! いたいんで
すけどぉ!?﹂
﹁そりゃあお仕置きだからね。痛くしているんだもの﹂
406
っていうか、この世界でもツボマッサージとか効果あるんだね。
殴られたときはそこまで痛くないのに。
どうしてだろう。
戦闘状態のときは痛みが軽減される措置でもついているのかなー、
なんて思いつつ。
﹁いたいたたたたたああああぁ! 許してくださいセンパイいぃぃ
ぃいぃ﹂
ルビアの悲鳴をBGMに、わたしはしばらく物思いにふけってい
たのだった。
船は間もなくヴァンフォーレストに到着する。
そこでは<ゲオルギウス・キングダム>のギルドマスターが待っ
ているはずだ。
きっと、ただでは済まない結果になるだろう。
これから、わたしの物語はどう変わってゆくのか。
﹁も、もうそろそろやめましょぉ!?
ず、ずっと痛いんですけどぉ!? 痛いんですけどぉ!?
謝りますから、謝ってますからぁ∼∼∼!﹂
ルビアの悲鳴をBGMに、わたしはしばらく物思いにふけってい
たのだった。
407
◇◆ 21日目 ◇☆● その1
陸地だ⋮⋮最高だ⋮⋮
人はね、やっぱり大地の上じゃないと生きていけないんだよ⋮⋮
風と木と土に育まれて生きてゆくのだよ⋮⋮
ウフフ、疲れたよ⋮⋮
もうわたし二度とヴァンフォーレストから離れないよ⋮⋮
というわけで、スタート地点の街に帰って来ました。
この草の香り、懐かしいわー。
鎧を身につけた数十人の冒険者たちのお出迎えも懐か⋮⋮
いやいや、見たことないし!
﹁ギルド<ルルシィ・ズ・ウェブログ>ですな?﹂
金属鎧をまとったそれなりの年の男性が声をかけてくる
彼の名は⋮⋮
えっと、ベルガーさん。
青年と婦人が大多数を締めるこの世界で、わざわざ壮年のアバタ
ーを選んでいる辺り、 ひと目で玄人だってわかる。
口ひげをたくわえた騎士団長のような佇まいの彼は、
案の定、<キングダム>のエンブレムをつけています。
とりあえず、敵意はなさそうだけど、どうかしらね。
ルビアやモモを手で制して、わたしは歩み出た。
408
﹁ええ。わたしがギルドマスターのルルシィールよ﹂
一体何人が︵うわあいつギルドに自分の名前つけてやがる⋮⋮︶
って思っただろうか。
違うの。
いつか弁解の機会を与えていただきたい⋮⋮
﹁私たちのマスターがお呼びです。ご同行願えますかな﹂
口調こそは丁寧だったものの、有無を言わさぬ雰囲気があった。
わたしは肩を竦める。
﹁あまりエスコートのほうは上手じゃないのね﹂
﹁おっと、これは失礼。
女性よりも、剣の扱いばかり学んできましたからな﹂
むむ。間髪入れずにこの返しとは。
このベルガーさん、デキるな⋮⋮
無駄な対抗心である。
﹁いいわ。イオリオ、一緒に来てくれる?
あ、他のみんなは自由行動でいいからね﹂
暗についてくるなと言い聞かせる。
ルビアはよくわかっていない顔をしている。
シスは警戒しているようだが、イオリオが彼に﹁心配要らない﹂
と告げていた。
早くも泣きそうなモモちゃんを、安心させようとわたしはにっこ
409
りと手を振る。
大丈夫大丈夫。
ちょっとお話してくるだけだから。あははー。
﹁会談場所は︻樹下の月長亭︼のプライベートルームを貸し切って
あります﹂
ヴァンフォーレストで一番大きな宿だ。
確か、短時間借りるだけでもかなりのお金を使うはずだけど⋮⋮
それ、あとで請求されたりしないわよね⋮⋮
そんな不安をおくびにも出さず、わたしは彼の横に並ぶ。
﹁わかったわ。さ、行きましょう、イオリオ﹂
わたしたちは数十名の完全武装の兵士たちに連行される。
大名行列のようだ。
プレイヤーさんからの好奇の視線が痛い痛い。
﹁いつからこんな重要人物になっちゃったのかしらね﹂
首を傾げているとイオリオが指摘してくる。
﹁普段の行ないじゃないのかね﹂
えー、わたし別に悪いことしてないけどなあ。
首を傾げていると、ベルガーさんが告げてきた。
﹁私たちの仲間を4名も寺院送りにした相手には、適切な対応だと
思われますがね﹂
410
あー⋮⋮
うん、そうだね、納得。
わたしPKerだったね。
︻樹下の月長亭︼には<キングダム>の団員と思しき冒険者たちが
集合していた。
わーお。たっくさーん。
なんか﹁アレがうちの手勢を四人も⋮⋮﹂とか﹁女じゃないか﹂
だとか、
﹁<キングダム>に逆らうなんて、頭悪ぃな⋮⋮﹂とか、そういう
のがあちこちから聞こえてくる。
中には、﹁うお、美人﹂とか褒めてくる人もいたりして、ドキッ
としちゃったけど!
落ち着きましょうわたし。
アバター︵借り物︶の体ですからねコレ。
エル兄さんも来てないか探したけれど、彼の姿は見えないようだ
った。
ギルド追放されちゃったのかなー。
あんなのでもひとりぐらい知り合いがいないと緊張しちゃうわ。
イオリオがついてきてくれているから、まだカッコつけていられ
るけどさ。
彼らの視線を浴びながら、わたしたちは二階へと上る。
411
もっとも上等な部屋の扉をベルガーさんが開く。
うーん、内装もめっちゃ豪華。
調度品ひとつ取っても今のわたしたちには手が届かない値段だろ
うってわかる。
飾られた絵画も上品だ。一流ホテルのスイートルームみたい。
テーブルを挟んでふたつのソファーが向かい合っているところ。
ふたりの男女が着座していた。
さらに彼らの後ろには剣を帯びた三人の騎士の姿も。
見たところ、座っているどちらかがマスター。
で、後ろにいるのが護衛だろうね。
そりゃわたし超危険人物だしね︵諦め︶
﹁おー、来たか。座れ座れ﹂
しかしこのギルマス、意外にもフランク。
ベルガーが一礼とともに退室し、扉を締める。
これでこの空間は完全に閉じられた。
中で起こったことは決して外部には漏れない。
⋮⋮こわっ。
ふ、震えるなハート⋮⋮燃え尽きるんじゃないぞアーギュメント
⋮⋮
わたしは心の中で人という字を三回書いて飲み込む。これでよし。
﹁初めまして。ルルシィールと申します﹂
412
いつか見た映画の中の貴婦人のようにスカートの裾を軽く持ち上
げ、礼儀正しく腰を折る。
レスター
は
もっとも、冒険者の作法がこれで合っているかどうかはちょっと
自信がない。
﹁あーいい、いい、そういうのは﹂
<ゲオルギウス・キングダム>のギルドマスター・
面倒くさそうに手を振った。
せ、せっかく気取って挨拶してみたのに、こいつ⋮⋮!
彼は悪魔のような角を生やした筋骨隆々な種族︻ベイズィー︼の
男性だった。
威圧感のある見た目に反して実年齢はかなり若そうだ。
んー、パッと見じゃそんなにわからないけど、わたしと同じ大学
生ぐらいかな。
部屋の中だってのに普段着なのか、鋼鉄のプレートアーマーを着
込んでいる。
それを軽々と身に着けているだけで、よほどの手練だってことが
わかるね。
メッチャ強そう。
彼の隣に座っているのは︻エルフ︼の女性、ドリエ。副マスター
さんかな。
絵画の中から抜け出てきたような美人だが、神経質そうな顔つき
がキャラにも反映されていた。
上品そうなスカートの上から白衣のようなローブをまとっている。
どっちかというと、この人の方が手強そうだなー。
413
同じ種族だからか、うちのイオリオと姉弟に見えなくもない。
年の頃はちょっと⋮⋮わからないかな。
わたしのプロファイリングは経験則だから、元々ネトゲ人口の少
ない女性には効きにくいんだ。
ふたりとも良い装備をしてますなあ。
これは<キングダム>のクラフト班が作り上げた現時点の最高装
備なのかな。
う、羨ましくなんてないんだからね!
さてさて。
ダグリアでの冒険は一昨日終わった。
だけど、わたしのおせっかいから始まった身勝手な戦いは今から
始まるのだ。
緊張で頭痛くなってきた⋮⋮
﹁きょうはよろしくお願いします﹂
へりくつ
わたしたちも彼らの前に着席する。
舌戦とかねー、あんまり得意じゃないけど。
でも、ま、必要なことならやりませんとね。
﹁あーその前にだ﹂
レスターが後ろに立っていた三人を見上げて。
﹁お前ら、もう帰っていいぞ。いらんいらん﹂
ぞんざいに手を振る。
414
団員三人の顔色が変わった。
﹁し、しかし、マスター⋮⋮﹂
ひとりが抗弁しようとすると、レスターはその大きな手のひらで
言葉を制した。
﹁いくらプライベートルームだからって、ここもガード管轄エリア
内だろ。
攻撃仕掛けてきたら衛兵がすっ飛んでくるし。だったら意味ねえ
だろ。人手の無駄だ﹂
ごもっとも。
恐らく最初から用心と威圧以上の意味はなかったのだろう。
彼の命令にギルド員は渋々納得したようだ。
次々と部屋から退出してゆき、この場に残されたのは四人となる。
すると、途端にレスターが首を鳴らして大げさにため息をつく。
﹁ったく、めんどくせーやつらだ﹂
﹁人前でそんなことを言わないようにしてくださいよ﹂
眉をひそめたのはドリエさん。
彼をたしなめる。
﹁だから追い出したじゃねーかよ⋮⋮ま、これで余計なしがらみを
気にすることもねーってことだ﹂
レスターは口元を引き締めて笑う。
えーと、この子が<キングダム>のリーダー? ホントに?
415
悪い子には見えないなー。
額に蒼の双角を生やした彼の視線がわたしを貫く。
その猛禽類のような目がこちらを向くと、さすがにビビるね。
思わず背筋を正しちゃったよ。
だがその口から出てきたのは、謝罪の言葉だった。
﹁迷惑をかけたな、ルルシィール﹂
あら素直。
﹁今回の件は俺の監督ミスだ。悪かったな﹂
﹁レスターさま、上に立つ人間がそういった態度では困ります﹂
頭を下げようとしたレスターをドリエさんが制止しました。
まあ、わかるけどね。彼はあくまでも<キングダム>を背負って
立つ人間だ。
私情で行動しちゃいけないってこともさ。
レスターもドリエさんも、別に間違っちゃいないよ。
悪魔のギルドマスターは机に頬杖をつく。
﹁っつーかよ、話のあらましは大体エルドラドに聞いてンだよ。わ
ざわざこんなことしなくてもよ﹂
ギルド資金を集めろ
とは言ったぜ。
ドリエさんに向けて、面倒そうに語り出すレスター。
﹁俺は確かに
だからってあんな奴隷商みたいなことを考えるか? 頭おかしい
416
んじゃねえの﹂
﹁レスター、あなた言い過ぎです﹂
コホンとドリエが咳払いをする。
しかし⋮⋮どうも、わたしの思っていた展開とはちょっと違うな
あ。
もっと敵対心バリバリで来ると思ってたのに。
いや、こっちのが断然いいんですけどね。
イオリオと目が合う。彼は目で﹃どうする?﹄と問いかけてきた。
わたしは静かにうなずいた。ここはやっぱりわたしに任せてほし
い。
切り出してきたのは、やはりドリエさんだった。
﹁まずはイオリオさん。
あなたは素性を偽って<キングダム>に入隊しましたね。
私を含め、多くの人を騙しました。それは私たちのギルドに対す
る明確な侮辱行為です﹂
その言葉についてレスターが、﹁いいじゃねえか別に。悪いのは
めじから
こっちだろ﹂などとつぶやく。
ドリエがその発言を眼力で封殺し、続ける。
﹁次にルルシィールさん。
あなたは団員四名を殺害しております。それも騙し討ちのような
ダーティーな方法で。 これがもし現実世界なら、あなたは殺人犯ですよ。
その凶行は<キングダム>内においても相当な反感を買っており
ます。
417
なってきましたね。
どう考えていらっしゃいますか?﹂
らしく
おー、グイグイ来ますね、
ドリエさんの方は。
﹁僕はギルドマスターの指示で行動したのではない。自らの判断だ﹂
イオリオが喋り出したのを、わたしが手で制した。
まあまあ。
団員の行動ぐらい、わたしに責任負わせておくれよ。
﹁イオリオの件については、最悪のケースを想定していたまでよ。
もし<キングダム>がギルドぐるみで犯罪行為を行なっているよ
うなら、
内部から彼が囚えられている子たちを助ける手はずだったの。
その必要がなくてなによりだわ﹂
ちなみにホントの話である。
発案者はイオリオだけどね。
﹁わたしの殺人罪は言うまでもないでしょう。
話し合いをしようとしたら相手は4人いて、わたしをPKしよう
としてきたのよ。
大人しくやられるわけにはいかないわ﹂
﹁元はと言えば、あなたがうちのギルドメンバーをさらったからで
しょう?﹂
﹁さすがにそいつは違えべ﹂
先ほどまでとは打って変わって、真剣な声でレスターが口を挟む。
418
﹁原因は俺たちのギルドだ。そいつは認めようぜ﹂
その一言でドリエさんは ぐ ぬ ぬ という表情になる。
あ、可愛い。
っていやいや、そんなこと考えている場合じゃないって。
﹁ただ、ドリエの言いたいこともわかんだろ、お前ら﹂
レスターはこちらを見やる。
気のせいか、今まで状況を見守っていたような彼の態度が、若干
変化した気がした。
わずかに声が、重い。
﹁こいつは俺たちのことを守ろうとして、慎重なだけだ。
悪気はねえんだよ。
俺たちが﹃666﹄に閉じ込められて約二十日間。
その間、<キングダム>は色んな問題に突き当たってきた。
腹ン中じゃなにを考えてっかわからねえようなやつらとやりあっ
てきたんだ﹂
少し悔しいが、彼の言い分はわかる。
こんな閉鎖的な世界で、<キングダム>は彼らなりの規律を守っ
てきたのだ。
わたしたちのギルドとはなにもかもが違う。
疑心暗鬼になったとしても、仕方ないだろう。
そもそも人のギルドに口を出したのはわたしのほうだ。
何様のつもりだ、と怒鳴られても仕方ないかもしれない。
419
部屋の中に漂う雰囲気が、剣呑なものに変わってゆく。
首の裏がピリピリと痛む。
﹁さすがに胡散臭いって思ってんだよ。
なんで見ず知らずの他人のためにそこまでするのか、ってな﹂
やはりそうだ。
仲良しこよしで過ごしてきたわたしたちでは想像もつかないよう
な、修羅場もくぐり抜けてきたのかもしれない。
ここから先は、あまり迂闊な言葉は吐けないだろう。
虎の尾を踏みかねない。
﹁困ったやつを見捨てておけねえとは、マンガの主人公じゃねえん
だからよ﹂
だけど。
ほぼ反射的に断言していた。
﹁わたしは主人公だよ﹂
420
◇◆ 21日目 ◇◆☆ その2
わたしは主人公だよ、と。
言ってから気づく。
場が静まり返り、その言葉は思った以上に響いていた。
あ、なんか恥ずかしい。
そもそもマンガじゃなくて、ブログの話でして⋮⋮
イオリオもドリエさんもレスターもわたしに注目している。
えーと、なにか続けないと。
ゲームマスター
﹁そもそも、ネットゲームにルールなんてない。
﹃666﹄はなおさら。GMすら見当たらないからね。
システム
だけだ。
モラルが崩壊するのだって時間の問題だと思う﹂
わたしたちを縛っているのは現状、
その仕組みはすぐに暴かれる。
暴行しても、盗みをしても、人殺しをしても処罰がないと知った
とき、人は自分を律せるだろうか。
少なくともわたしは平気だ。
この世界がどこまで壊れていっても、絶対に。
わたしのそばには瑞穂がいる。
あの子の見ている前でみっともないことはしない。
421
だけど、エルドラドや彼のような人がまた現れたらどうだろう。
さすがにそこまでわたしは責任持てません。
目を向けると、ドリエさんは無表情でわたしを見返してきた。
﹁PKが横行するのも遠くない未来かもしれませんね﹂
皮肉のつもりならちょっとズレてますよ。
氷のような瞳の彼女を、正面から見返す。
﹁そうかもね。
弱肉強食。あるいはそんな言葉で済まそうとしている人もいるか
もしれないね。
ゲーム慣れしていないニュービー︵初心者︶を食い物にして、こ
の世界を心ないものに貶めてゆくのはすごく簡単だけどさ。
それって結局誰のため?
何のために競争しているの?
わたしたちはみんな閉じ込められた被害者でしょう。
お互い首絞め合ってなにがしたいのかしらね。
わたしにはわからないわ。
それなら少しでも楽しくしてゆきたいもの。
この場所なら、わたしたちの力でもきっと世界は変えられるから﹂
わたしの言葉を聞き終えて、ドリエさんは小さくうなずいた。
﹁そのお気持ちは少し理解できます。
ですが、ご自身で行動しようと思える方は少ないのではないでし
ょうか﹂
ドリエさんは身を乗り出してくる。
422
その冷えた疑念の眼差しに、わたしは。
﹁そうかな。それはキミがそう思っているからじゃないのかな﹂
真っ向から反発した。
諦めるのも、見捨てるのも、逃げるのも、泣き寝入りするのも。
をプレイしているの?﹂
そんなのは全部、現実だけで十分だ。
MMORPG
三次元の世界に捨ててくればいい。
﹁あなたは何のために
わたしが逆に問いかけると、ドリエさんの瞳が揺れた。
﹁それは﹂
彼女はすぐに言い返すことはできなかった。
早口で被せる。
﹁誰かより強くなるため? 誰かより成功するため?
人を蹴落とすため? お金を稼ぐため?
良い装備を自慢するため? 慕ってくれる人を探しに?
それとも単なる暇つぶし? なんでもいいけどね﹂
わたしは違う。
そんなものは全て、どうでもいいことだ。
関係ない。
嘘をつく
ためにここにいる。
誰かがなんて、関係ない。
わたしは
423
こそが、わたしなのだと。
現実のわたしは、本当のわたしではないのだと。
この世界で生きるわたし
実際には無理なのだから。
現実は非情で、救いなんてなくて。悲しい事故があり、やりきれ
ないことばかりで。
お金がなければ生きていけず、好きなこともできず、環境はいつ
も厳しく、人生は長く。
とても真っ直ぐに立っていられないような急流の中で、自分を曲
げて、傷つきながらも、もがいて、
ズルいことだって汚いことだって見てきて、同調圧力に潰されて、
悲鳴をあげながら、必死に生きてきて。
だ。
それでもわたしは、魂だけは綺麗なままでいたい。
魂だけは綺麗なままでいたいから。
だから、
わたしはここにいる。
MMORPG
わたしの魂は、確かにここにある。
それこそが、わたしにとっての
﹁ここはゲームの中の世界。
わたしたちの生き様をわたしたちが決めることの出来る世界よ。
主人公にだって、ヒロインにだって、なりたいと思えばなればい
いんだよ。
だからわたしはモモちゃんたちを救おうとしたの。
わたしは自分の目に入った世界は変えられると信じている。
424
これ以上、動機についての説明は、必要かしら﹂
わたしは足を組み直し、髪をかきあげた。
ヴァンフォーレストで最も大きなギルドの副マスターがこの程度
の考え方だったのか、という失望も含まれていたのだろう。
ふう、と息をはく。
ずっと呼吸を止めていたような気がしていた。
思いの外、熱が篭ってしまった。
なんだかドリエさんにいいように挑発されていたような気もする
けど⋮⋮
ま、とりあえずは満足しました。
ここまで言っても分かり合えないんじゃ、どうしようもないね。
さて、対する相手ギルドの反応は⋮⋮
レスターは拍手していました。
﹁おー、よく言ったじゃねえか。マスター・ルルシィール﹂
⋮⋮へ?
なにこの気さくな兄ちゃん。
口笛とか吹いちゃっているし。
ドリエさんも先ほどのツンケンさはどこへやら、恭しく頭を下げ
ています。
﹁なるほど、面白い方ですね﹂
425
そこには余計なニュアンスはなく、ただただ感銘を受けているよ
うで。
なにこの和やかムード。
なんでうっすら微笑んでいたりするのドリエさん。可愛いよ?
﹁えっと⋮⋮これなに?﹂
わたしは頼れる副マスター・イオリオの膝を揺する。
ねえねえなにこれなにこれ。
彼はコホンと咳払いをした。
﹁⋮⋮元々この会談は、うちのマスターの人柄を見極めるためのも
のだった、ってところかね﹂
は?
ほ、ホントに⋮⋮?
えーと⋮⋮
いつから気づいてたの? 気づいてなかったのわたしだけ?
混乱状態、混乱状態。
なんかもうお話終わったとばかりに、レスターもドリエさんも姿
勢を崩しているんですけど。
﹁あ、なにかお飲み物をお持ちしますね﹂とか言って立ち上がるド
リエさん。いえいえお気遣いなく。
﹁いやまったくわからないんだけど⋮⋮え、ひとりで熱くなったわ
たしってひょっとしてお馬鹿さんだったってこと?﹂
426
半眼で辺りを見回すわたしにレスターはうなずく。
﹁馬鹿だな﹂
なん⋮⋮だと⋮⋮
え、からかわれていただけってわけ?
だが、レスターは首を振る。
﹁だが嫌いじゃない馬鹿だ。それでこそ話を打ち明けるに足る﹂
⋮⋮話?
﹁俺たちはできるだけ戦力を求めている。
だが、強いだけでは駄目だ。信頼できる人物でなければな﹂
レスターはこちらに距離を詰めてきて、小声で口走る。
それは驚くべきことだった。
本当は誰かに見られちゃうかもしれないから日記に書いちゃいけ
ないのかもしれないけど。
でも書いちゃう。これがわたしのジャスティス。
レスターは言った。
﹁これから話すのは、﹃666﹄から抜け出す方法だ﹂と。
ギルド<キングダム>と<ウェブログ>の会談は、二時間弱で終
わった。
427
プライベートルームを出ると、多くのギルドメンバーたちが待機
している中に、明らかに肩身が狭そうな顔でルビアとシス、それに
モモもいた。
あらあら、帰ってろって言ったのに。
わたしが心配だからここまでついてきちゃったのね⋮⋮
ウフフ、これだからモテモテなギルドマスターは困っちゃうんだ
ぜ。
笑顔で手を振る。
お、ちょっと安心してくれたようだ。
二階の吹き抜けから階下を見下ろして、レスターが告げる。
﹁俺たち<ゲオルギウス・キングダム>は、これより<ルルシィ・
ズ・ウェブログ>と手を組む!﹂
その言葉に<キングダム>の団員はどよめいた。
そりゃそうだ。事情を知らない人にとっては、わたしはただのP
Kerだ。
が、レスターはその誤解を一撃で吹き飛ばす。
﹁特にギルドマスター・ルルシィールは賓客だ! 俺と同様に扱え
よ!
これまでのことは忘れろ! 粗相しやがったらブッ殺すかンな!﹂
うわー、カッコイイなコイツ。
さすが上に立つ男は違いますなあ。
428
人々がざわつく中、こちらに向かって心配そうに見つめてくるル
ビアたちに、わたしは改めて指で丸を作ってみせた。
大丈夫大丈夫。もうなんにも心配いらないよ。
さらに全員に見せつけるように、レスターはわたしに握手を求め
てきた。
彼は口の端を吊り上げるような笑みを浮かべる。
、よろしくな﹂
本人は微笑んでいるつもりなのかもしれないけど、その顔怖い怖
これから
い。
﹁
様々な含みを持ったその言葉。
﹁ええ、こちらこそ﹂
わたしはしっかりとその手を握り返す。
いや、ホント。大変なことになってしまったよ、これ。
他のみんなを先に帰して、わたしはイオリオとふたりで︻蛍草の
広場︼のベンチに腰掛けていた。
辺りはもう暗い。ほのかに光る木々が幻想的で綺麗だった。
真っ直ぐ帰る気が起きなかったのは、きょうの出来事を整理する
時間がほしかったからだ。
それに、みんなに伝える前にも、一度整理しておかないといけな
い。
429
﹁はー、きょうは色んなことがあって、疲れたぁ⋮⋮﹂
わたしは滑り落ちそうなほどに深く腰を下ろす。
横に座るエルフの肩を叩く。
﹁色々付き合ってくれてありがとうね、イオリオ﹂
﹁あなたが立派すぎて、僕はほとんど横で見ているだけだったけど
な﹂
﹁それがどれだけ心の支えになるかっていう話よ﹂
イオリオのエムブレムは<ウェブログ>のクローバーに戻ってい
る。
副マスターのドリエさんと共に、クラフターたちを開放してきた
のはつい先ほど。
モモも晴れて無所属だ。
彼女たちの進退についてはまた明日⋮⋮にしてもらった。
きょうはもうヘトヘトさー⋮⋮
むしろここまで気を張り続けてきたわたしを褒めていただきたい!
なんとなく、顎を引いてイオリオを見つめる。
じー。
﹁⋮⋮ん?﹂
イオリオは怪訝そうに眉を動かした。
えーっと。
よしよしとかしてくれてもいいんですよー⋮⋮?
430
﹁どうした、マスター﹂
⋮⋮ぐぐ。
は、恥ずかしい⋮⋮!
﹁う、ううん、なんでもないよ﹂
⋮⋮よし。
帰ったらルビアに甘えてやろう。
特別にわたしをナデナデする権利をあの子にあげようじゃないか。
で、そう、続き続き。
エルドラドさん他、クラフター奴隷に関わっていたものたちにつ
いても、レスターは厳格な処罰を下す予定らしい。
彼ってば、本気になったら容赦ないらしいですよ。
敵に回したくないねー︵回そうとしてたけど︶。
だけど、できればわたしは<キングダム>で教育し直してほしい
と要望しておいた。
野に放つ危険性も考慮しての案だが、それだけではない。
もう一度真剣に、お金を稼ぐ喜びを⋮⋮
ひいては、﹃666﹄を純粋に楽しむところから始めてほしいの
だ。
このゲームはプレイ人数が増えもしなければ、減ることもない。
ならば、彼らが心を入れ替えてゲームをプレイし直せば、世界が
少しだけだけれど、確実に良い方向に向かうことになる。
レスターならばそれも教えられるような気がしていたのだ。
そして、浮上してきたのは更なる問題。
431
頭の痛い⋮⋮けれども、確かな
希望
の光。
わたしたちにとっての、セントエルモの火。
﹁この世界︱︱︻中雲中︼。魔物の棲む地獄︻地端地︼。
そして、わたしたちの暮らしていた現実︻天儀天︼。どこまでホ
ントかわからないけど⋮⋮﹂
ホンの少しでも可能性があるなら、そこにすがってみるのもいい
のだろう。
だけど今は、少しだけ。
弱音を漏らしたって、バチは当たらない⋮⋮よね?
怒らないでよね、イオリオ。
﹁⋮⋮話が大きくなりすぎて、わたしにゃーついていけないよ﹂
わたしは小さくため息をついた。
﹁⋮⋮﹂
別にそこまで期待していたわけじゃないケド。
イオリオはなにも言わなかった。
いや、うん。
全然嫌じゃないのは、なんでだろうね。
この無言の空気ってやつ、さ。
ギルド<ウェブログ>は、<キングダム>と合同で、とある遺跡
を探索する約束をした。
そのダンジョンに、現実に戻るための手がかりがあるのだと、レ
スターは信じている。
432
作戦名は
第三次北伐
。
<キングダム>はすでに挑戦し、過去に二度失敗していた。
433
◆◆ 22日目 ◆◆
朝日とともに起床。
久方ぶりのマイギルドハウスです!
やっぱりね、我が家が一番!って思うもんだよね。
別にヴァンフォーレストで生まれたわけじゃないけど!
でもプライベートルームバンザイ!
完全に気が緩んでいたわたしは、下着のまま洗面所までやってき
た。
いや違うんです。
ほらわたしが住んでいたのは女子寮だから!
露出狂とかじゃないから!
読者サービスでもないし!
﹁ルルシさん⋮⋮ちゃんと服を着るようギルドルールを決めていた
はずだが﹂
泥棒が見つかってしまったときのように、思わず背筋を正します。
ぎこちなく振り返ると⋮⋮手を顔で抑えたイオリオ。
アイエエエ! イオリオ!? イオリオナンデ!?
じゃ、じゃなくてうっわ恥ずかしっ。
その場で上着を装備すればよかったものを、わたしは思わず固ま
434
ってしまった。
﹁き、キサマ⋮⋮見ているなッ!﹂
胸を抑えながら背を向けて振り返る。
イオリオは嘆息。
﹁あっちを向いているから、その隙に部屋に戻ってくれ⋮⋮﹂
すっごいあしらわれている!
わたしはイオリオの横を過ぎ、早足で部屋へと戻る⋮⋮
くー、カッコ悪い⋮⋮
で、きょうもまた大事な約束があるのだ。
なんかわたし、最近毎日約束だらけだな⋮⋮
もっとだらけた生活を送って、好きな時に好きなモンスターを狩
りたいんだけどなー⋮⋮
でもまあ今のところ、やらなきゃいけないこととやりたいことの
ベクトルが合致しているのが助かるね。
わたしの怠け癖よ、しばし眠れ⋮⋮
お馴染みの︻蛍草の広場︼。
そこには若きクラフターたちが集っていた。
エルドラドたちに言いようにこき使われていたプレイヤーたちだ。
435
合計12名。もちろんモモちゃんもいる。
こちらは<ウェブログ>の四人である。
ともあれ、わたしは彼らに向かって言い放つ。
﹁ごきげんよう冒険者の皆さん! きょうからあなたたちは自由で
す! フリーダム!﹂
すると感じる感じる負のオーラ。
バリバリの﹃そんなこと言われても﹄感。
うーん戸惑っている戸惑っている。
まるで星の見えない夜に、大海原に投げ出されたような顔をして
います。
すると、ふたりの少年少女が歩み出てきた。
ひとりはモモちゃんで、もうひとりはテディベアのような体型の
可愛らしい種族︻クルガモ︼の少年。
多分モチーフは、ホビットとかノームとかそんな感じ。
キリッとして、学級委員長とかしていそうなお顔。
﹁あの、ボクたち昨日話し合ったんです﹂
彼の名はカット。
話し方からしてモモちゃんと同年代ぐらいかな。
﹁ボクたちもギルド<ウェブログ>に入れてもらえませんか?﹂
おっと、突然の申し出。
隣でモモちゃんも﹁お願いしますっ﹂と頭を下げている。
436
12名の意見は統一されているのだろう。
みんなは思いつめた顔でわたしを見つめている。
一気にクラフターが12名も加入?
オイオイ、一躍金満ギルドになっちゃうよウチ。ウヒヒヒ。
隣でシスが﹁いいんじゃねーの? これも人助けだろ﹂と促して
くる。
イオリオもルビアも賛成のようだ。
うちが民主制ギルドなら間違いなく可決だね。
しかしわたしは手のひらを突き出す。
゜д゜︶ポカーンとしていた。
﹁でもダメです!﹂
みんなは︵
無理もないと思う。モモちゃんとか固まってるし。
ルビアが珍しく血相を変えてわたしの手を引く。
﹁こ、こんなところで嫌がらせしてどーするんですかぁ! 大人気
ないですよぉ!﹂
﹁嫌がらせではないわ﹂
キリッとして口調を正す。
﹁わたしたちのギルドに加入すれば確かに将来は安泰、受験も不要、
就職先も楽々見つかるかもしれないけどね﹂
﹁なんの話ですか?﹂
カットくんが聞き返してくる。
ごめん、わたしもわからない。
437
﹁でもね、それって勿体無いことだと思うのよね。ニュービーは、
ニュービーのうちにしかできない色んな楽しいことで溢れているも
の﹂
わたしがもし﹃ネットゲームでもっとも面白い遊び方は?﹄と聞
かれたら、こう答える。
それは﹁右も左もわからない初心者同士で集まって、サービス開
始時の混沌とした世界を徐々に解き明かしてゆくこと﹂だ。
発見の喜びは、仲間たちと歩んだ思い出は、何物にも代えがたい
宝物だと思う。
たかがネトゲで何語ってんだ、って言われるかもしれないけどね。
﹁だからあなたたちには、わたしよりももっと相応しいギルドマス
ターがいると思うわ﹂
わたしはまっすぐに手のひらを差す。
恐らく誰にとっても意外だったのだと思う。
彼女自身も目を丸くしていた。
﹁え、ええっと⋮⋮も、モモ、がマスター?﹂
そう、モモが。
﹁あなたたちは12名でギルドを作るの。
チュートリアルクエストを受けて、1からこの世界を楽しんでち
ょうだい﹂
だが、その言葉は突き放すようにも聞こえただろう。
438
﹁で、でもモモはっ﹂
モモちゃんはわたしに詰め寄る。
﹁おねえさんとか、ルビっちたちと、一緒に冒険して⋮⋮それで、
これからも一緒にって⋮⋮!﹂
﹁同じギルドじゃなくったって、冒険はできるわ﹂
わたしは毅然と微笑む。
﹁⋮⋮ど、どうしても、ダメなの?﹂
うっ。
上目遣い攻撃に揺らいでしまいそうになる。
目がうるうるしてて、め、メッチャ可愛い!
だが耐えた⋮⋮ ﹁もしわたしたちと一緒に遊んだことが楽しかったのなら、モモち
ゃんもその楽しさをみんなに分けてあげて。
MMOは怖いものじゃないんだって﹂
しばらくモモはじっとしていた。
ふたりきりのときに話していたら、わたしもモモの願いを断りき
れなかったかもしれない。
だが今は後輩プレイヤーたちの目がある。
プレイヤー
モモはわたしたちと共にひとつの冒険をくぐり抜けたのだ。
それなら彼女だってもう、ひとりの立派な冒険者だ。
彼らと旅をして、色々なところを見て回って、新たな素材を得て、
439
クエストを攻略してゆき⋮⋮それはきっと楽しいに違いない。
その魅力は、モモちゃんだってわかっているはずだ。
モモは下唇を噛む。
そして、ついにうなずいた。
決意したその顔は可愛いというより⋮⋮うん、カッコイイね。
﹁⋮⋮わかった、おねえさん。モモにできるかどうかわからないけ
ど⋮⋮﹂
若きギルドマスターの誕生だ。
誰だって最初は初心者なんだから、恥じることなんてないからね。
どうか、楽しんでほしい。
﹁困ったことがあったら、どんな小さなことでもコールしてきてい
いからね﹂
さらにモモの隣に立つカットくんに微笑みかける。
﹁というわけで、モモちゃんを頑張ってサポートしてあげてね、副
マスターのカット少年﹂
急に話を振られて、少年はうろたえる。
﹁ええっ、ボクですかぁ!?﹂
はは、大丈夫大丈夫。
﹁腹黒サブマスターがギルドを裏から操る手練手管を教えてくれる
からさ﹂
440
おい、と後ろから声がかかるがNPCする。
イオリオも巻き込んでやったぜ。
なんだかんだで面倒見の良い彼も、これでモモちゃんのギルドの
ことを気にかけてくれるだろう。
と、ゆーわけでね。
以上。わたしが誘拐したモモとの顛末は、これにて終了です。
実はここに書いてないところで、︵昨夜に︶もうちょっと甘いシ
ーンもあったのだけど⋮⋮
まあ割愛します。
させてください。
べ、別に恥ずかしいわけじゃないケドねえええ!
彼らと別れてから。
﹁先輩ってば、まーたかっこつけちゃってぇ⋮⋮﹂
さっきからルビアは不満気だった。
なんだかんだで、この子もモモちゃんと離れるのが寂しいのだ。
最初は仲悪かったくせにー。
ほっぺぷにぷに。
﹁ が う わ う っ ! ﹂
噛まれそうになり手を引っ込める。
441
おっと、ツン期だったか。
わたしとルビアは昼夢市にやってきている。
ルビアの密輸業︵ベリーダンスの衣装など︶を見守りながら、新
たな旅立ちのためにアイテムを補充しに来ていたのだ。
せわしないでござる、せわしないでござる。
﹁さすがに十日も経つと、露天にも新製品が続々増えているねえー﹂
期待しつつ売り子の間を練り歩く。
新たな武器、新たな防具、新たなアイテムに新たな素材。続々と
発見されているようだね。
ヴァンフォーレストの近隣も次々と開拓されているんだろうなー。
そのビッグウェーブに乗れなかったのは残念だけれど⋮⋮
まあその代わりダグリア料理に出会えたからね。
仕方ないね⋮⋮
ルビアなんかは﹁こ、これ革装備作るときに使うものですぅぅぅ
! うきゃぁぁぁあたしのものぉぉおぉ﹂などはしゃいでいるが、
クラフトをやっていないわたしとしては温度差がすごい。
あ、チラホラと銘入りの武具も販売しているね。
騎士剣、大剣、戦斧、長槍、片手槍、ナックル⋮⋮実に色んな種
類があります。
レシピを探求する楽しみも味わいたかったな⋮⋮
うう、体が三つぐらいあればダグリア攻略とヴァンフォーレスト
探索とクラフトワークスを同時にできたのに⋮⋮
442
でもロクな鉱石が見つかっていないのか、鍛冶屋のスキルがまだ
まだ低いのか、並んでいる武器は軒並み修正値が低いなあ。
愛刀︻一期一振︼、相当なレアだったみたい。
ていうか刀自体もまだ合成レシピ見つかってないそうだしね。
せいぜい買い換えるとしたら鎧かな。
でもチェイン一式ってもうどこにもないのよねえ⋮⋮
防具ってさ、店売りだと防御力と重量が正比例だからさ。
単純にフルプレートとかフリューテッドとかがいいわけじゃなく
て⋮⋮
つまり何が言いたいかというと、レアなチェイン装備がほしいで
す!
売ってませんが! 完!
お金も、びっくりアタックのための触媒と、あと水薬ぐらいにし
か使わないからー⋮⋮
結構貯まっちゃったのよね。
だから、わたしが美味しい料理を食べ歩きしてしまうのも、無理
ないことだと言えないだろうか!
わたしが完璧な論理を頭の中で組み立てているところ。
ひとしきりショッピングをして満足したらしいルビアが、また大
きな真ん丸おめめを精一杯釣り上げてくる。
﹁でーもー、あんな風に突き放して、モモちゃん可哀想ですよぉー﹂
おっと、突っ掛かってくるね。
わたしだって、許されるならモモちゃんとずっとイチャラブして
443
いたかったのに⋮⋮
ぶーぶー。
﹁はいはい。どうせわたしは血も涙もない効率厨の冷血漢ですよー﹂
﹁なに拗ねているんですかぁ。その通りですよホントに。改めてく
ださぁい﹂
ルビアにたしなめられるとは、なかなか珍しい図だと思う。
ま、わたしが悪者扱いされるのは当初の予定通りだしね。
モモちゃんたちがこのまま<ウェブログ>にいたら、とんでもな
北伐
に付き合わせるわけにはいかないからさ。
いことに巻き込まれてしまう。
さすがに
いやホントはわたしも、のんびりゲームを楽しみたいんだけどね?
そういうわけにはいかないっていうか、乗りかかった船っていう
かね⋮⋮
﹁だから、ルビアだって無理して付き合わなくてもいいんだから﹂
と、わたしがぽつりとつぶやくと。
ルビアはぷくーっと頬を膨らませた。
﹁そーゆーこと言うの、優しさじゃなくて空気読めないって感じで
すぅ﹂
あらあら、先輩KY扱いされちゃいましたか。
ルビアは目を閉じて人差し指を立てる。
﹁﹃この世界を脱出するための手がかりがある﹄。だからうちのギ
ルドにも協力して欲しいんですよね。
444
あたしだってギルドの一員ですよぉ。もう立派な戦力ですもーん﹂
おっと、色々と自覚が芽生えたのかな。 ﹁確かにキミのしぶとさはメンバーの中でも図抜けているからねえ﹂
大型の盾で身を守り、回復魔術でひたすら耐えるその姿はまるで
カメ⋮⋮もとい、聖騎士!
﹁回復魔術が効きません∼って泣いてたルビアちゃんは、もういな
いのね﹂
﹁きー! そういうこといちいち蒸し返すのは意地悪ですぅー!﹂
ぽかぽかぽかと痛くないように叩かれる。
照れ隠しにしても、あざとい⋮⋮
自分をいかに可愛く見せるかの技術だけは卓抜している⋮⋮
さらに、胸を強調するかのように前かがみになり、こちらを上目
遣いに見つめてきて。
﹁大体先輩はひとりなんでも勝手に決めて、ひとりで背負い込みす
ぎなんですぅ。
もっとあたしたちを頼りにしてくださぁい﹂
そんなことないけどなあー。
﹁してるしてる。キミたちがいないと生きていけないよ。LOVE
LOVE愛している﹂
﹁誠意が感じられませんねぇ⋮⋮﹂
445
ルビアはジト目でこちらを見やる。
しかし不機嫌を装っていたのはほんの束の間。
愛している
の言葉は嬉しかったので、許してあげ
すぐに、にっこりと笑った。
﹁⋮⋮でも、
ますぅ。えへへ﹂
まるで恋人のように、腕にぴたりと寄り添ってくるルビア。
⋮⋮可愛いじゃないの。
この子のデレ期の破壊力はなかなかです。
︱︱ここから回想です。
時は︻樹下の月長亭︼の会談に戻ります。
その遺跡は、かつては魔術師たちの教育施設、あるいは世界的な
図書館の跡地、神々を祀っていた神殿だったとも言われている。
永い年月によって風化した敷地内には、多くの魔物が棲みつき、
そして数多くの石碑が今もひっそりと遺されていた。
﹃それは、歴史を断絶するほどの大破壊の記録だったのさ﹄
レスターは言った。
自分たちのいるこの世界︱︱﹃666﹄の大地を形容する言葉は
いくつかある。
一番ポピュラーなのは︻ドミティア︼。
446
ドミティア大陸やドミティアランドといった呼び方はせず、地球
のようなニュアンスでドミティアと呼ぶ。
一部の教徒はこの世界を︻R・D︼と言うようだ。
この場合は崩壊後の新世界のみを差す。なにもかもが︻R・D︼
によって変革してしまったのだと。何の略かは教徒も知らないらし
いけど。
︻R・D804年︼のように年号として使っているところもありま
す。
その他にも色々と。
使う設定なのかどうかはわからないけれど⋮⋮
ヒューマンを含めた友好種族のみでの社会は︻アレイスター︼。
魔物が跋扈する危険な未開地を含めて呼ぶときには︻グレゴリ︼。
神々の伝承に出てくる聖地としてのドミティアは、︻ルキ・ドミ
ティア︼と。
すっごくたくさん。
まあ単なるネトゲの設定だと思います。よくある感じの。
でも、遺跡には︻中雲中︼と描かれていました。
それがどうやら大破壊以前で使われていたドミティアの呼び名だ
と思っていたけれど<キングダム>が調べた結果、実は︱︱
︱︱中略︱︱
えーと、ついてきている? 大丈夫?
一旦ダグリア料理の話書く?
あ、大丈夫? そう。
447
というわけで。
かつて︻天儀天︼より数百人の使者が︻中雲中︼に降りてきて、
War︼です。まさかここでタイトルが絡んでく
︻地端地︼から這い出てきた悪い神と戦いを繰り広げました。
大戦︻666
るとは。
この伝説をなんとレスターくん。
VRMMOに閉じ込められたわたしたちに当てはめてみたんです。
ちょっと強引な気がする? まあそれだけだったらわたしも半信
半疑だけどさ。
というか、﹃666﹄が稼働したのここ最近だし。
伝説になるほど昔に、閉じ込められた人とかいない、し⋮⋮?
あれ、なんか引っかかる。
かなり前にポケ○ンのアニメのフラッシュをまともに見て、子ど
もたちが光過敏性発作を引き起こした事件があったじゃない?
確か、1000人近くが病院に搬送されて、約150人が入院し
たっていう。
日本のアニメにはテロップが表示されるようになったきっかけの
事件だけど。
そんな感じで、それに似た原因不明の出来事が、一個あった⋮⋮
よね?
ギルド<ゲオルギウス・キングダム>の長を見ながら、わたしは
そのことを完全に思い出した。
二年前か三年前だ。
場所も性別も年齢もバラバラの数百人が同時に昏睡状態に陥ると
448
いう事件が起きました。
確か、彼らはみんな自宅でPCの前で倒れていたっていうけれど
⋮⋮
あれ、そういえばあの事件ってどうなったんだっけ。
全員病院に搬送されて⋮⋮そこから先のことは、報道されていな
いよね?
もしかしたらきっかけがネットゲームにあるかもしれないってい
うんで、
ネトゲの法整備が進むかな、って掲示板とかSNSで話題になっ
ていたけれど。
全然なんにも音沙汰がないまま、いつの間にか誰も話さなくなっ
たよね。
﹃被害者のひとりは、俺の兄貴だ﹄
レスターは言いました。
﹃とあるネットゲームのβテストをプレイした途端、まるで抜け殻
のようになっちまったんだ﹄
⋮⋮それって。
いや、それ、どういうこと?
﹃そのままの意味だ﹄
わたしの心拍数が急上昇してゆく。
息苦しい。
449
﹃兄貴は今も病院のベッドに横たわっている。意識はあるし、食事
も摂る。
だが、なにも話さなくなった。どんな症例にも当てはまらない奇
病だという。
﹄
俺に言わせれば、あれはもうただの容れ物さ。魂がねえんだよ﹄
彼の言葉は詩的で。
とても、リアリティがなかった。
レッド・ドラゴン
生き証人のレスターは語る。
﹃ネットゲームの名は
赤竜。
聞いたこともないMMORPGだ。
だが、その言葉が、頭の中で分解されてゆく。
ragon?
文字が組み合わさり。
D
再構成される。
ed
まさか。
R
︻R・D︼。それは大破壊そのものの忌み名だった。
﹃制作運営会社はイスカリオテ・グループ。しかし事件の直後、グ
ループは解散。
R・Dも正式スタートすることなく闇に消えていった。
と瓜二つだ
Lifeのプレイ画
だが、俺は追い続けた。そして見つけたんだ。
The
レッド・ドラゴン
ネットの記事に載っていた666
面は、あの日兄貴が魂を盗まれた
450
ったんだ。
︱︱そして、俺はここにいる﹄
レスターは激情を圧縮したような瞳でつぶやく。
彼の主張には頼りない部分が多い。
イスカリオテ・グループとアーキテクト社の関わりや、R・Dが
本当に﹃666﹄の前身だったかどうかも不明瞭だ。
それに、こんな奇怪な事件にどうして警察が関わっていないのか。
なによりも、そのグループは一体どうやってわたしたちをゲーム
の中の世界に閉じ込めたのか。
全てが推測の域を出ないのだ。
根拠の元になった話ですら、こじつけのような気がしてならない。
それでも︱︱わたしはレスターの情熱に打たれた。
ゲオルギウスは伝説に登場する人物。
高名な竜殺し︵ドラゴンスレイヤー︶の名だ。
ギルドマスター・レスターは、﹃レッド・ドラゴン﹄の亡霊を屠
る英雄となるのだろうか。
いやホント、壮大な話になってきたよね。
451
◆◆ 23日目 ◆◆卍 その1
第三次北伐。
まあ仰々しい作戦名がついているけど、遺跡が北にあるからって
だけなんですけどね。
チャリオット
にしても行軍が徒歩ってなんかなあ⋮⋮ちょっと雰囲気出ないよ
なあ。
馬車とか、戦車とか、そういうので行きたいなあ。
<キングダム>の精鋭は60名弱。
わたしたちはその左翼の後方で固まって歩いています。
モンスターとエンカウントしても前のほうが一瞬でSATUGA
Iしてしまうのでつまんなーい。
せっかくの未知のエリアなのに、探索できないなんてー。
くー。
これだから団体行動はっ!
ヴァンフォーレストを北に歩くこと、すでに四時間。
慣れない道でも全然疲れないのは、さすが冒険者の体⋮⋮って思
うけどさー。
︻ベルーラ段丘︼を抜けた先。︻メトリカトルの高地︼が目的地な
のだが、まだ結構かかるみたい。
景色は色鮮やか。見たこともない木々の合間を縫って歩いたり、
大きな湖を迂回して行ったり、
急な山道を登ったり、すごく冒険しているんだなあって気がしま
452
す。
途中、いくつか小規模な村があったりクエスト発注者がいたりし
たのに、道草しちゃだめなんて⋮⋮
新手の拷問か⋮⋮!
﹁しっかしなー。いざ﹃666﹄から脱出できるって言われると、
ちょっと惜しい気もするよなー﹂
進軍中、シスくんが脳天気にそんなことを言い出した。
﹁色々あったけど、滅多にできない経験でしたからねぇ∼﹂
ルビアも同意。
なんとものんびりしてて危機感の足りていないふたりである。
実際、MMOに人が閉じ込められることによる被害というのは、
だ。
どういうものなのだろうか。
時間的被害
わたしは考えてみた。
ひとつは
拘留期間によって失われた青春の時は帰ってこない。
わたしとかルビアは座敷犬並に暇を持て余している大学生なので
構わないが、
モモちゃんなんか中学生の貴重な何ヶ月かが過ぎ去ってしまうの
は、非常に惜しい。
あるいは社会人の時間が奪われることは、そのままそっくり労働
453
時間が消えてしまうわけで。立ち回らなくなる部署も出てくるかも
しれない。
まったくお客さんがこないからアルバイトがわたししかいないカ
フェとか。
⋮⋮スミマセン店長。
しばらくお休みをいただこうとはしましたが、まさか二十日以上
健康上の問題
だ。
もかかるなんて思わなかったんです。
次に
例えば一人暮らしだったら、誰にも発見してもらえずに衰弱死し
てしまう可能性もあるのではないだろうか?
実は今までなるべく考えないようにしていたのは、わたしもそれ
に当てはまるからで。
何日も大学を休んでいるから、不審に思った誰かが来てくれてい
るかもしれないけど⋮⋮
魂戻ったら肉体なかったらどうしよう。
あるいは持病持ちで、毎日お薬を服用しなきゃいけない人とか命
の危機かもしれないし。
あと生理現象については言及したくないな⋮⋮
⋮⋮一応オンナノコのブログですしコレ⋮⋮
レスターの話では、ゲームに閉じ込められた人はまるで人形のよ
うになってしまうだけで、
実際には生命活動を継続させる程度のことはできるみたいだけど。
でもそれってあくまでも﹃レッド・ドラゴン﹄の話でしょ。
前回のケースと今回のケースが同一のものとは限らないし。
454
つまりは、現実の時間経過がどうなっているかわからないけど、
一日でも早くこの世界を脱出するに越したことはないんだよね。
アタリマエの話です。
シスもルビアもそれを前提としてわかっているからこそ、名残惜
しいセリフを吐くのでしょう。
﹁そういや、ルルシィール女史よ﹂
進軍中、レスターがこちらに歩み寄ってくる。背が高いからすぐ
わかります。
漆黒のプレートアーマーを難なく着込んでいることから、よっぽ
どVITに特化しているのだろう。
見た目的に威圧感がすごい。いや、悪い人じゃないってのは知っ
ているけど⋮⋮
﹁どーしたの?﹂
﹁いや、お前んとこのギルドは四人なんだよな。一応フルパーティ
ーにしときてーんだが﹂
﹁ああ、そういう﹂
ピンと来た。
レスターくんも恐らく効率厨なのだろう。同じ効率を追い求める
もの同士、なんとなく通じ合うものがあるのです。
完全に同類の匂いがします。
﹁今回戦闘メインだもんね、了解﹂
455
﹁話が早ぇな﹂
というわけで、ギルドマスター同士の相談は一瞬でおしまい。
知らない人はルビアが人見知りしちゃうから気が進まないけど、
まあ仕方ないね。
﹁っつーわけで俺が選んどいたからな。おい、来いシノビ﹂
彼が手招きすると、ドロンと現れる覆面男。
﹁お初にお目にかかる⋮⋮でござる﹂
に 、 ニ ン ジ ャ だ ー ! ! アイエエエ!! ニンジ︱︱ってこのネタ昨日使ったー!
いやそんなことより、なにこのヒューマン。マジでニンジャすぎ
る。
顔を布で覆って、さらに上も下も道着みたいなニンジャスタイル
⋮⋮
どこにそんな防具売っていたの⋮⋮クラフトで? わざわざ作っ
たの? 自作なの?
背はわたしとルビアの間ぐらいだけど、ゼンッゼン気配がないし
⋮⋮!
武器は短剣二刀流!? 投げナイフ完備!?
すごい、テンションあがる!
かかかかかかかっこいい⋮⋮
﹁名前はヨギリ。こんなふざけたナリだが、︽探知︾系のスキルを
456
高めた優秀なローグだ。
シノビ、ちゃんと仕えろよ﹂
。
インペリアル
レスターの指示にヨギリは小さくうなずく。
﹁合点承知の助﹂
それなんか違うんじゃないか?
いや、まあいいか⋮⋮
。
ファランクス
パーティー
面白い人だ⋮⋮︵ワクワク︶
五名でひとつの
それが三つ集まって
ファランクスが三つ集まると総勢45名の
ばれます。
と呼
今回の討伐ではレスター率いるフルインペリアルと、ドリエさん
要するサポートのファランクス部隊。
さらにわたしたち<ウェブログ>の1パーティーが参戦していま
す。
ここまで大規模な戦いは、<キングダム>でも初めてだそうで、
指揮するレスターの声にも力がこもっています。
その一軍の端っこでわたしたち。
ヨギリさんにちょっかいを出して遊んでます︵主にわたしが︶。
﹁ヨギリさんは本当に忍者なんですか?﹂
457
彼はこちらを見ず、くぐもった声で返してくる。
﹁ニンジャです﹂
その返しを聞いてシスがはしゃぐ。
﹁すげえ、本物の忍者だ!﹂ 忍者が自ら﹃ニンジャです﹄と言うかどうかはさておき⋮⋮
お、面白い⋮⋮
﹁本物のニンジャだったらカラテも使えるんですよね!?﹂
とわたしが迫ると、彼は﹁えっ﹂っていう顔をする︵目しか見え
ないけど︶
﹁まさか知らないんですか⋮⋮? じゃあアイキドーは? ジュー・
ジツは!?﹂
﹁し、知らない⋮⋮でござる﹂
なんてこと! ショッギョ・ムッジョ!
﹁マスター、ヨギリさんが困っているだろ⋮⋮﹂
やれやれという風に口を挟んでくるのはイオリオ。
ひとりだけ常識人ぶっちゃって!
こんな見事なロールプレイを前にテンションあがらないなんてど
うかしてるぜ!
458
﹁よし、じゃあマスターたるわたしが、ニンジャについての心を教
えてあげようじゃないか⋮⋮うふふ﹂
﹁なんとまことか⋮⋮﹂
ヨギリさんは目を輝かせて、こくこくとうなずく。
﹁お、お願いするでござる、ルルシィール⋮⋮殿﹂
﹁違うよ! 人の名前を呼ぶときには、名前のあとに﹃=サン﹄を
つけるんだよ!﹂
﹁が、合点承知の助。ルルシ=サン!﹂
そう、いいよいいよ! 奥ゆかしい!
﹁ヨーシ、ガンバルゾー!﹂
ガッツポーズを取るヨギリ。
わたし
ヨギリ
はー⋮⋮た、楽しい。
侍と忍者の組み合わせ、早くも気に入ってしまった⋮⋮
盛り上がるわたしたちの横で、ルビアが頭を抱えているのが見え
た。
﹁ああ、また変なお方が⋮⋮唯一のギルドの良心としてぇ⋮⋮わた
しだけはせめてマトモで⋮⋮﹂
わたしが突っ込むよりも先にイオリオが聞きとがめた。
﹁おい⋮⋮マスターとひっくるめないでくれよ﹂
えっと。
459
これわたし、ふたりに怒ってもいいかな。
さ、ヨギリと一緒に楽しいニンジャスレイヤー講座︵そのもの言
っちゃった!︶を開いていたところで、目的地に到着しました。
わたし彼と二時間ぐらい喋ってたんだな⋮⋮
遺跡はぱっと見はなんだったかわからないような建物です。
きょうは手前の林で夜を越し、明日の朝早く突入するそうです。
わー、初めての野宿ー。林間学校みたいー。
ご飯を作る必要がないのは手軽と言うべきか物足りないと言うべ
きか。
アイテムバッグから取り出してポワンッと実体化。
今夜のディナーはダグリア産サンドイッチ!
具材は、焼きナスをすり潰してオリーブオイルと混ぜ合わせたペ
ーストと、子羊のこれまたペーストですが、もうおーいしい。
ダグリア料理店がヴァンフォーレストにできればいいのに!
つーかわたしガチで出資するのに!
うちの国はヘルシーすぎるんだよなーちくしょうー。
というわけで、和気あいあいと食事を済ませた後は、
いくつかのテントに別れてきょうはおとなしく休む⋮⋮とでも思
っているのか!?
行軍の疲れなんてなんのその。
新天地にやってきたんだったら、やることはひとつっしょ。バト
ルっしょ。
460
つーか、これからっしょ!
団体行動の反動でのソロプレイ。
ひとりで勝てるかどうかわからないけどー!
生と死の狭間がこのわたしを蘇らせ続けるのだ⋮⋮
ククク⋮⋮わたしは夜の住人である⋮⋮!
と、厨二病を患っていたところで、深い森の中、敵発見。
こいつは⋮⋮おー、オオカミ︵ジャイアントウルフ︶!
群れからはぐれているのかたった一匹!
でかーい。かーっこいー。
いざ勝負!
﹁かかってこーい!﹂ ︽タウント︾で引きつけると、凄まじい速さで飛びかかってくる。
うお、早い!
さらに一撃が重い! なにこれ目に見えて減る!
やっぱりエリアが変わると敵の強さ全然違いますよねぇ! ちょ
ーこわい!
牙と爪に翻弄されながらもわたしは刀を振り回す。
やー、オオカミさんの攻撃リズムがひたすら早いから、︽捌き︾
スキルがガンガンあがりますなあ︵顔面蒼白︶。
あれ、もしかしてわたし死ぬんじゃね?
461
キャンプ中にオオカミに襲われて死亡とか海外のニュースじゃな
いんだから⋮⋮
ひとりで寺院送りとか嫌だよー!
一進一退の攻防を繰り広げていたところ、オオカミの後ろの林か
ら人影がヌッと現れます。
⋮⋮が気づいたのは、オオカミを始末したところでした。
必殺の刃︱︱︽爪王牙︾はスマッシュヒット。見事オオカミはひ
っくり返ります。
ひーひー。
わたしは息を切らせてしゃがみ込む。
こんなところでやられてたら、カッコ悪いなんてモンじゃないよ
ね⋮⋮
﹁コイツぁヤベえ﹂
やってきたのはレスターとドリエさんだった。
ふたりっきりで行動とか怪しいねチョット⋮⋮ってそんな邪推し
ている場合じゃない。
ま、マズイところを見られたか⋮⋮?
HPバーを隠したい! 隠したいよぉ!
﹁お、おやお二方⋮⋮揃ってデート中ですかしら。おほほ⋮⋮﹂
手のひらを口元に当てて優雅に︵見えるといいな!︶笑う。
苦戦? いやいや何のこと?
わたしはただお花摘みに来ただけですわよ? ほほほ⋮⋮
っていうか、レスターが近づいてきた。
彼は屈んでわたしの目をジッと見つめてくる。
462
な、なんすか。あなたの目、悪魔みたいで怖いんですけど。
彼はニッと笑う。
﹁なあ、俺とデュエルしねえか?﹂
あらまあ⋮⋮
色気のないお誘いですこと⋮⋮
463
◆◆ 23日目 ◆◆卍 その2
﹁高地の魔物をひとりで倒せるお方が、レスターさま以外にいらっ
しゃるとは⋮⋮﹂
え、そんなすごいことなの?
ドリエお嬢さんが驚いております。
この人、かなり高位の魔術師らしいけど、そんなことを言うって
ことは支援特化タイプなのかな。なんか雰囲気的にもそんな感じ。
っていうか多分、シスくんもイオリオもイケると思うけど⋮⋮
ルビアは無理ね。あの子の与ダメージはスズメの涙だから。
﹁ていうか、話が全然繋がっていないけれど⋮⋮それで、デュエル
?﹂
レスターは﹁ああ﹂と力強くうなずきます。
なんか目が爛々と輝いているよぉ。
︽夜目︾技能持ちの︻ベイズィー︼だから、暗闇の中で赤く光って
いるよぉ⋮⋮
コワイヨー⋮⋮
この人もシスくんと同じで戦闘民族なのか⋮⋮
わたしはそんな疲れることはごめんだよ!
﹁いやていうかさ、ギルドマスター同士が非公式でもマジで戦うっ
て、問題にならない?﹂
464
フッ、これこそが大人の対応!
わたしはやんわりと断る。
﹁ンなの関係ねえよ。誰も見てねえんだからいいだろーが﹂
うわあ! つ、通じない!?
ああもうこの人完全にヤル気満々だ⋮⋮
﹁一瞬にして四人も斬り殺したっつーその力、見てえんだ﹂
外見が魔族だからより一層ヤバイ人に見える!
ドリエさんとめて!
見る。目を逸らされたー!
﹁またレスターさまの悪い癖が⋮⋮﹂じゃないよ! わかっている
ならキミが手綱を握っていなよ!
っていうかそもそもね、乗り気じゃないデュエルをしたって、ト
クなことなんて一個もないんですよ。
お手軽簡単レベル上げを潰すためか、戦闘関連のスキルは少しも
上昇しないしー。
痛い目に合ったり、ストレス溜まっちゃうだけだよねー。ヤダヤ
ダー。
わたしがなかなか首肯しないことに業を煮やしたのか、レスター
は手を打つ。
﹁よし。そんなら俺に勝ったらなんでも好きなもんひとつやるよ。
それでどうだ?﹂
465
﹁え、えー﹂
軽々しくそんなこと口に出すと後悔するよ⋮⋮
ていうかこの人、どんだけ自信があるんだ。
そりゃあ最前線を突っ走り続けているヴァンフォーレスト最大手
ギルドのギルドマスターさまでしょ?
一般プレイヤーのわたしが勝てるわけないでしょーが。
レスターはニヤニヤとしている。
﹁前は﹃自分は主人公だ﹄なんて偉そうなことを言っていたのにな。
やる前から諦めるのか?﹂
なんという見え見えの︽タウント︾⋮⋮
イオリオみたいな笑い方しやがって!
っていうか、なんでも好きなもの⋮⋮って。
ちらりとドリエさんを見る。彼女は今度は首を傾げてみせた。
いや、本気じゃないけど⋮⋮
指差し、宣言する。
﹁そしたらドリエさんをわたし専属秘書にもらうよ!﹂
とか言えば、ほら尻込みして︱︱
﹁いいぜ﹂
くれないー!?
どういうこっちゃ!
466
﹁ど、ドリエさん、キミいいの!? モノ扱いされてるよ!?﹂
すると、彼女小さなため息。
﹁はあ。まあ、レスターさまのお決めになったことでしたら﹂
な、なんか弱みでも握られているんですか?
苦労人
といった雰囲気だ。
初対面のときは冷徹なイメージがあったドリエさんだけど、こう
して話してみるとむしろ
事務的な態度もきっと、わたしがカッコつけているのと同じよう
に、彼女なりのロールプレイのひとつなのだろう。
ホントは結構優しくて、実はテンパりやすい子と見た。
﹁いいの? これから<ウェブログ>の一員になっちゃうかもしれ
ないんだよ﹂
重ねて聞くと、ドリエさんはツーンと澄ました顔。
﹁レスターさまが敗北することは万が一にもございません﹂
あ、あれ。目が怖い⋮⋮?
その間にレスターはプレートメイルを装着し、竜をも叩き殺せそ
うな大剣を肩に引っかけていた。
うわあ、戦闘準備万全ー。
彼の剣は電荷をまとっており、一見してレアアイテムだというこ
とがわかる。
⋮⋮雷属性? あれって確か、剣で受け止めても麻痺累積値が上
昇して、一定以上溜まるとシビれちゃうんじゃなかったっけ。
革防具なら平気だったと思うけど、いかんせんわたしは導電率の
467
良いフルチェインメイル⋮⋮
相性悪くない? プレートメイルにこっちの刀は効きにくいし。
﹁さあ、やろうぜルルシィール。俺を楽しませてくれよ﹂
レスターくんは獰猛な笑みを浮かべる。その姿はまるで魔王のよ
うだ。
なんて軽率なギルドマスターだ⋮⋮
自由すぎるよ⋮⋮部下が暴走するわけだよ⋮⋮!
﹁では⋮⋮始め﹂
ドリエさんの合図とともに︱︱
﹁行くぜルルシィール!﹂
レスターさんがわたしに向けて突撃して来ました。
辺りは木々の並ぶ森。わたしの得物が長大な太刀とはいえ、さす
がにレスターの大剣に比べたら小回りも効く。
というわけで、ここは地の利を生かして戦いましょう。
﹁あーもう! こうなったらやってやるぅ!﹂
やるからには全力だよ!
当たって砕く!
﹁ヴァユ・デア・エルス!﹂
468
半ばヤケになりながら、<ウィンド・ボウ>を放つ。
レスターは避けようともしなかった。
真正面から魔法の刃を食らいつつも怯まない。
むしろ怯んだのはわたしのほう。
うっわー、直撃なのにHPアレしか減らないのか⋮⋮
︽刀︾スキルの片手間にあげているとは言え、︽風術︾スキルは実
用段階のはずだ。
それにわたしは店売りの触媒の中では最高級のものを使っている。
使用頻度が少ないから、せめてお金をケチらないようにしている
のだ。
だのに。
確信した。レスターは完全にタンクタイプだ。
圧倒的なHP量と防御力で敵の攻撃を一手に引き受ける重装兵だ。
かたやわたしは防御ペラッペラのアタッカー。
言うなれば軽剣兵。白兵戦よりも奇襲や一撃離脱が好きなんだけ
ど⋮⋮!
正面からの打ち合いなんて絶対にごめんだ。木々の間に後退する。
レスターは両手で大剣を握り、掲げた。
﹁︽ジャイアントポーン︾!﹂
そう言うと、彼はその場で回転しながら剣を振り回し︱︱
軌道そのものは両手斧の︽テンペスト︾とほぼ変わらない。
だが剣尖から放たれた衝撃波がわたしを襲う。
469
そんなものは、樹木に阻まれるものだと安心していたが⋮⋮
びっくりしたよ。
木々が次々と切断されて、すっごい音を立ててひっくり返ってゆ
くんだもの。
あちこち一瞬で丸裸。
頭の中はパニック状態。後方に飛び退いて叫ぶ。
﹁︻オブジェクト破壊︼!?﹂
普通、幹に刺さった剣は木を傷つけた程度で止まる。
完全に破壊するためには、樹木や一部の建物に設定されているH
Pをゼロにしなければならない。
草や軽石などはともかく、通常の武器ではオブジェクトにほとん
どダメージを与えることができず。
つまりはレスターの行なったことと同等の結果を起こすためには、
それ専用の破壊装備が必要となるのだ。
具体的にはマサカリや手斧など。︽錬金術︾を高めると作れるよ
うになる爆弾の類もオブジェクトダメージが高いらしいが⋮⋮
レスターは大剣を再び肩に担ぎ直す。
﹁はあ? お前、各武器の特性も把握してねえのかよ﹂
﹁知らんよ!﹂
完全に逆ギレである。
刀と短剣は︻部位破壊︼。戦斧は︻圧壊︼。大槌は︻防御属性無
効︼。槍は︻装甲貫通︼。
わたしが知っているのはそれぐらいだ。
こんなことならシスくんに習っておけばよかった!
470
ブレイク
﹁ったく、なら覚えておけよ。大剣の効果はな︱︱︻大破︼だ!﹂
レスターの大剣の剣先がわたしの右腕の小手にかする。
その次の瞬間︱︱真珠の首飾りの糸が切れたかのように、小手が
空中分解を起こした。
けっこう呑気してたルルシィールさんも、これにはビビった。
うおお、ビリっとするビリっとするしー!
打ち合うどころの話じゃねえ!
﹁ちょっとぉ! わたしの一期一振ちゃん壊す気ぃ!?﹂
金切り声で叫ぶ。
﹁大丈夫です。破壊された装備はデュエルが終わりましたら、全て
元に戻ります﹂
ドリエさんが付言してくる。
そ、そうなのか⋮⋮さすがゲーム世界⋮⋮!
え、ていうか。
﹁木も!?﹂
﹁木も﹂
なんと⋮⋮
デュエルが終わったら木も元通りなのか⋮⋮
ものすごいな﹃666﹄の仕様⋮⋮!
﹁っつーかいつまで逃げているつもりだ、ルルシィール!﹂
471
﹁今作戦考えているの!﹂
レスターを睨み返す。
ああもう、段々腹立ってきた。
なんでわたしがこんな目に合わないといけないわけ!?
正直、あんまり勝つ気はなかったけどさ。
こいつには一度、痛い目を見せてやらないといけないわね⋮⋮!
わたしは駆け出し、レスターの真横を走り抜ける。
﹁待てゴラ!﹂
目の前には大木。その幹を駆け登る。
身長よりも高く登ったところで思いっきり幹を蹴った。
高く高く跳ぶ。
体をひねり、刃を引く。
揺れる視界で確認。
レスターはわたしの動きについてこれていない。
﹁ンな!﹂
大剣を構えても、遅いぜ。
渾身の力で︽鎧抜き︾を放つ。
一期一振はプレートメイルをベニヤ板のように貫通して︱︱レス
ターの肩を貫いた。
﹁てめ︱︱﹂
刀を引き抜き、レスターを蹴って後方に跳ぶ。
すでにそこは大剣の間合いの外だ。
472
⋮⋮もしかして。
わたしはあることに気づく。
レスターは面白がっている。
﹁︽曲芸︾スキルの使い手かよ﹂
﹁そんなのあるわけ⋮⋮﹂
腕封じ
だけれど、さすがにあそこに何度も
⋮⋮ないと言い切れないのが﹃666﹄の恐ろしいところ。
肩口の部位破壊は
斬撃を叩きこむのは無理ね。
わたしは再び駆ける。今度はレスターに向かって一直線に。
これは検証の価値がある。
もし、わたしの想像が正しければ︱︱
﹁うらああああああ!﹂
裂帛の気合とともに打ち下ろされた一撃にタイミングを合わせて、
わたしは一期一振を振り上げた。
車のボンネットをビール瓶でぶっ叩いたような音とともに、手の
ひらに痺れが走る。
くー、重い、重すぎる!
だけど、驚愕していたのはレスターの方だ。
﹁マジか︱︱﹂
そう、大きく構えを崩していたのは筋骨隆々の︻ベイズィー︼だ
473
ったのだ。
わたしの斬り上げはレスターの大剣を弾き飛ばした。
よくぞ持ってくれた一期一振。これだから日本刀はやめられない。
ていうか、やっぱりだ。
。
先ほど空中から奇襲をかけたときに気づいた。レスターの振りは
わたしより遅い
スキル値か、あるいはSTR︵筋力︶のせいか。
彼の本職はタンクだ。前線では剣を振るよりも、もっと大事な役
目がある。
かたやわたしはひたすらに両手斧と太刀を振るい続けてきた。
わたしとレスターでは、ステータスの伸びがまるっきり違う。
それはとっくに︻ヒューマン︼と︻ベイズィー︼という種族の差
を超えていたのだ。
あとは、<キングダム>が誇る盾を、わたしの刀が打ち破れるか
どうか︱︱
﹁︽両断火︾!﹂ わたしは無防備なレスターの胴体に鉄火の刃を叩きつける。
もちろん重鎧の上からでは満足なダメージは与えられない︱︱が。
彼の腹に︽キック︾を放つ。さらに態勢を崩し、少しでもダメー
ジが入るように鎧の隙間を狙って突く。畳みかけるなら今しかない。
持てるスキルを全て駆使し︱︱︽ダブルスウィング︾、︽爪王牙
︾、︽氷柱割︾、レスターを追い込んでゆく。
これだけの攻撃を繰り出して倒れないレスターもレスターだけど
474
⋮⋮さすがに深追いしすぎた!
柄の殴りを受けて、勢いが止まったところに大剣の横薙ぎをまと
もに食らってしまった。
これが痛いのなんの。
それだけでわたしのHPは半分近く失われてしまう。
その上、鎧装備の破損ですよ。チェインメイルがべろーんってな
っておへそが見えそうになるの。
メッチャ恥ずかしい!
﹁こ、この、よくもぉ⋮⋮﹂
再び距離が離された。
顔を赤らめて刀を構えるわたしだけど⋮⋮ なにやら、レスターくんの様子がおかしい。
彼のHPは残り2割。
すっかりわたしも熱くなっちゃって、勝負はまたここからでしょ
う、なんて思っていたところで。
闇の中、彼の眼が赤く輝いていた。
﹁まさかここまでやるとは思わなかったぜ。つええな、ルルシィー
ル﹂
﹁そ、それはどうも﹂
腰を落とし、太刀を正眼に構えつつ、頭を下げる。
﹁ここまでやるのは、<キングダム>でもそういねえ。一体どんな
鍛錬を積ンできた?﹂
﹁いやあ、特にこれといっては﹂
475
きっとわたしの日記を見てくれたらわかるように、正真正銘、な
にもしていない。
あえて言えば、ただ毎日目一杯遊び倒しているだけだ。朝も昼も
夜もこの世界を満喫しているに過ぎない。
時々、ダグリアの砦みたいに死闘もするけれど⋮⋮ただそれだけ
だ。
でも知らなかった。わたしは世界基準でもだいぶ強くなっている
らしい。
なぜだろうか⋮⋮
一期一振を手に入れたり、偶然︽爪王牙︾を覚えたり、運は良か
ったと思うけれど⋮⋮
尽きぬ好奇心のせいかもしれない。
﹁ていうか、そんなに悠長にしてていいの? レスター﹂
わたしのスキルのクールタイム︵再使用間隔︶が復活しちゃうよ。
ここからでも虎の子の必殺技︽爪王牙︾なら当たりますよ。
﹁ンだな﹂
レスターは首を鳴らすと、鎧を外した。
彼の上半身があらわになる。え、なにこれ、大胆?
﹁ああ軽ぃ。これならもうちょっとやれるだろうな﹂
⋮⋮正気?
﹁あと一発ヒットしたら倒せちゃうよ?﹂
﹁大丈夫だ。もう食らわねえ﹂
476
いやいや、いくらなんでもキミのAGI︵敏捷性︶でわたしの刀
を避け続けることなんて。
そう思ったけれど、実際は違った。
ラグナロク
彼はもっと大人気なかった。
エデン
﹁︻守護︼︱︱タイプ︻聖戦︼、発動だ﹂
いやいや。
いやいやいやいや。
彼の足元に紋章が浮かび上がり、そうしてレスターは青い光に包
まれた。
それ︻ギフト︼じゃないですか⋮⋮!
っていうか、っていうか、︻ギフト︼の中でも、わたしと一番相
性が悪いやつじゃないですかー!
ジャンケンのグーに対するパー。火属性に対する水魔術。斧に攻
撃する剣は命中率とダメージがアップ。
最後のだけゲームが違うけれど、︻守護︼は︻自己強化︼に対す
るそういうものだった。
特に︻聖戦︼と︻犠牲︼は最悪と呼んでもいい。
最大HPの9割未満のダメージを属性問わず全て無効
ギフトだ。
︻聖戦︼は
化する
それを打ち破るためには、レスターを即死させるつもりで技を放
つ必要がある。
︱︱が、そんなことは不可能だ。︻犠牲︼を上乗せした渾身の︽
爪王牙︾でも。
相手がタンク特化タイプのレスターじゃなければ、まだ可能性も
477
あるだろうが⋮⋮
つまり、わたしは︻聖戦︼の効果時間が切れるまで、延々とレス
ターの攻撃をしのぎきらなければならない。
何秒だ。45秒か60秒か、それ以上ってことはないと思うけど
⋮⋮
うん、ムリ。
この時点で、わたしの勝ちだけはなくなったも同然だ。
なんてやつだ。
もう一度言う。
なんてやつだぁ⋮⋮!
勝利への執着が半端なさすぎる⋮⋮!
彼は牙を剥くと、大剣を水平に構えたままこちらに疾走してくる。
﹁さあ、本気で来いよ! ルルシィール!﹂
﹁やだなあー!﹂
彼の大剣とわたしの一期一振が再び交わり、火花を散らす︱︱
結果だけ書きます。
負けました。
そりゃこんなフツーのプレイヤーが100名超の団員を統率して
いるギルドマスターに勝てるわけないじゃないですかぁ!
478
﹁あ、いつつ⋮⋮ただいまー﹂
腰を押さえて、うめきながらテントに戻る。
いやあ散々な目に合った。
もう絶対にひとりで森なんかには行かないよ。﹃666﹄丸見え
!テレビ特捜部にて、ひとりの女性はそう語る⋮⋮
﹁おかえりなさぁい﹂
寝床として与えられたのは、定員三名のテントだ。
ランタンの明かりで魔術書を読んでいたルビアが迎えてくれた。
﹁うん、ただいま⋮⋮﹂
クタクタになりながらルビアに手を振って、そして気づく。
⋮⋮ハッ。
そういえばレスター戦の前にわたしが倒したあのオオカミさん。
すっごい綺麗な毛並みをしていたけれど、皮を持ってくるの忘れ
ちゃってた。
おみやげにできたかもしれないけれど⋮⋮
﹁先輩、どうかしたんですか?﹂
テントの前で棒立ちしていると、ルビアちゃんが首を傾げてくる。
⋮⋮あれ、なんで罪悪感を覚えているんだろう。
まあいいや、入ろう⋮⋮
﹁? おかしな先輩ですね﹂
大丈夫大丈夫。言わなきゃ気づかないって。
479
するともうひとり⋮⋮ ﹁おかえりなさい﹂
え、誰この美少女。
なんで寝袋の上に正座して待って、わたしに頭を下げてくれるの?
黒髪にツリ目。長い髪をポニーテールにまとめている︻ヒューマ
ン︼の少女だ。
高校生ぐらいだろうか。落ち着いているというよりも、控えめな
感じ。
ていうか<キングダム>にも女性プレイヤーはあんまりいない。
こんな凛とした可愛い子がいたら、いくらなんでも覚えてそうだ
けど⋮⋮
と、戸惑うわたしに気づいたのか、彼女はハッとして言い直して
きた。
﹁お、おかえりなさいござる﹂
その語尾には、聞き覚えがあった。
﹁ え 、 ヨ ギ リ ! ? ﹂
ルビアはきょとんとしていた。
﹁どうしたんですか?﹂
え、気づかなかったのわたしだけ?
ヨギリさんに出会えた喜びのあまり、プロファイリングを完全に
480
放棄していた結果でした。
こ、これがシノビの変装術⋮⋮!?
ワザマエ!
481
◆◆ 24日目 ◆◆卍 その1
翌朝、遺跡の入口前にわたしたちは集まっていた。
フォーメーションを整えます。
先ほどからレスターが灼けるような怒りの眼差しをわたしに向け
てきているような気がするが、気にしない。
もとい、気にしないための努力を続ける。
昨日なにかあったっけ。森でジャイアントウルフを退治してから
⋮⋮そこからのわたしの記憶が無いな⋮⋮!
ハッ、まさかこれが異世界転生モノ?
どっひぇ∼、わたしの体が冒険者になってるぅ∼?
いえ、はい。物語を進めます。スミマセン。
﹁ルートは説明した通りだ。中の魔物はマジでつええ。絶対にひと
りでかかるんじゃねえぞ。
魔術師は残MPを見てドリエ班と交代だ。今回は必ず成功させっ
ぞてめーら!﹂
まるで海賊の頭領のような掛け声だ。
うーん、さぞかし︽ウォークライ︾スキル高いんだろうなあ彼。
こうしてわたしたちは︻朽ち果てた遺跡ゲラルデ︼に突入いたし
ます。
482
適正スキルが遥かに高いのだろうね。
内部の敵はちょっと尋常じゃない強さだった。
1対1とか、パーティーで挑戦するとかそういう次元じゃない。
もうとにかくタコ殴り。
<キングダム>のタンクさんが持ち回りで敵の攻撃を受け止めて、
あとは15人ぐらいでひたすら囲んで棒で叩くスタイル。
戦術もなにもあったもんじゃないよ。
魔法生物
だった。
爪王ザガよりも強い雑魚がわんさか歩き回っていると言えば、そ
の難易度が想像できるだろう。
棲みついているのは、いわゆる
魔法
の存在がないから、さしずめ
与えられた単純な命令に従い、腐朽するまで永遠に動き続ける種
族の総称だ。
?
いや、でもこの世界って
魔術生物
で、徘徊しているのは巨大なストーンゴーレムやガーゴイル。割
と定番だね。
主人のいない屋敷を守り続けるように、彼らはわたしたちの前に
立ちふさがった。
どいつもこいつも斬撃が通らない相手ばかりなので、わたしは大
斧に持ち替えて戦っています。
っていうか相手が格上すぎてスキルもゼンッゼン上がらない。
もう無茶。ホント無茶。
483
石碑
があった。
五匹目の魔法生物を倒した辺りで、天井が崩れた中庭のような場
所に最初の
そこには、見たこともない象形文字のような言葉が刻まれている。
すごいなー﹃666﹄。言語をひとつ作り上げているんだもんな
あ。
こういうの研究して読むのも、好きな人は好きなんだろうね。
わたし? さっぱりです。大学は﹁ウェーイwww﹂でお馴染み
の文学部です︵偏見︶。
MPを回復させていたドリエお嬢さんが、指示の片手間にわたし
たちに説明してくれる。
﹁これが︻R・D0年以降︼に作られたと思われる石碑です。
今のドミティアの公用語ではなく、崩壊前の言葉で書かれていま
す。
全文を写してあるため、解読そのものはギルド本部で行なわれて
おります。
私も解読班のひとりなので、多少の心得はあります﹂
さ、才媛⋮⋮!
ドリエお嬢様は石碑の文字を指でなぞる。
彼女が翻訳をしようとしたそのとき、イオリオが小さくつぶやい
た。
﹁なるほど⋮⋮つまりこれは、戦史か﹂
その場にいたみんながイオリオを見た。
え、なにこの子。
わたしが代表して問う。
484
﹁キミ読めるの!?﹂
﹁スラスラとはいかないがな⋮⋮この言葉は、ヌールスンの村で見
たものと同じだ﹂
はー、すっごい。
ホントに高校生? どこかの言語学者サンとかじゃないの?
いやあすごいなー⋮⋮頭の良い人ってのは、どこまでも現実離れ
しているなあ。
でも、一番驚いていたのはドリエさんだった。
ぽかんと口を開けている。可愛い。
そりゃあ、自分たちが今まで行なっていたことに、一瞬で並ばれ
ちゃあね⋮⋮
﹁あなた、何者ですか⋮⋮?﹂
うちのギルドが誇る大魔術師さまです。
イオリオは照れたように背を向ける。
﹁別に⋮⋮色んなものを見て回っているだけだ﹂
あんまり人の目を引く行動はあんまり好きじゃないんだよね、こ
の子。
顔に﹃余計なこと言っちまった﹄っていうのがアリアリと出てい
ます。
﹁ヌールスンの村? それは一体なんですか?﹂
代わりに、ドリエさんがグイグイと来ています。
485
長身の彼女︵わたしよりちょい下ぐらい︶と、イオリオ。
︻エルフ︼のふたりが古ぼけた遺跡で向き合っている姿はとても絵
になりますね!
﹁⋮⋮まあ、これだよ﹂
イオリオは古い装丁の書物を取り出す。
多分それはダグリアで彼が買い集めていたもののひとつだ。
ドリエさんが肩越しに本をのぞき込んでいる。割と好奇心旺盛な
お方なんですね。
イオリオはちょっとだけ困ったような顔をしながら、書物と石碑
を見比べる。
﹁戦神クデュリュザを祀っていた五つの種族⋮⋮
彼を打ち倒そうとしていた五つの種族⋮⋮
もしかして、ヌールスンはゲーム﹃レッド・ドラゴン﹄の際のプ
レイヤー種族だったのか⋮⋮?
だとしたら爪王ザガの言っていたのは⋮⋮﹂
なにかを閃いたようだ。
眼鏡を光らせてつぶやくイオリオくん。
はたから見ている分には、結構コワイ。
でもまさかイオリオの濫読癖がこんなところで役に立つなんて。
﹃666﹄はその人が生きてきた結果が積み重なって、確実にどこ
かで表に出てくる。
それが面白いところだ、なんてわたしは思っていた。
486
二つ目の石碑に向かう途中、それは起きた。
﹁pullerにaddしやがったか﹂
先頭に立っていたレスターは、苦虫を噛み潰したような顔でうめ
く。
同種のモンスターが共闘して向かってくることをlink。
別のアクティブモンスターがこちらを感知して襲いかかってくる
のをaddと呼ぶ。
この場合は、引き寄せにいった役目の人に、本来引っ掛けるはず
だったモンスター以外の敵が絡んできた、という意味だ。
一匹でも厳しい相手がなんと⋮⋮ダダダダダダ⋮⋮︵ドラムロー
ル︶
﹁四匹か﹂
ダダンッ! しんどっ!
ま、頑張るしかないか⋮⋮
わたしは斧を背負い直す。そろそろ︽テンペスト︾を再取得でき
るだろう⋮⋮
そばに立っていたレスターの猛禽類のような目が細まる。
まだコールしているようだ。
﹁わかってンな?﹂
まさか。
背筋がゾクッとした。
487
看過はできない。
﹁レスター、もしかして﹂
その可能性を考慮し声をかけるが⋮⋮彼は振り返らない。
漆黒の鎧をまとった悪魔は、手を上げて命令する。
﹁puller交代だ! 次のヤツ、しくじるんじゃねえぞ!﹂
うわあ。
やっぱりだ⋮⋮
怖い顔をしていたのかもしれない。
わたしの袖をルビアが引っ張ってくる。
﹁あ、あのぉ、先輩、どうしたんですかぁ? 先頭の方でなにかあ
ったんでしょうかぁ﹂
﹁⋮⋮釣りに失敗したんだよ﹂
そのそっけない口ぶりに、ルビアはよくわかっていないという顔
だ。
ああもう、だめだめ。
同じギルドのルビアにまで心配かけてどうするの。
そうじゃないでしょわたし。しっかりしなさい。
大きく深呼吸をしてから、彼女の頭を撫でる。 ﹁はう﹂
ルビアの背の高さはとっても撫でやすいなー。よしよし。
わたしは、状況を噛み砕いて伝える。
488
﹁そのまま本隊まで引っ張ってきたら、ここに被害が及ぶでしょ。
だから引き寄せてくる係の人が、別の場所で殺されたの。
自分の仕事の失敗の責任を取ったんだよ﹂
改めて口に出すと、ひどい作戦だ。
ルビアはハッとした。
彼女の大きな瞳の光が揺らめく。
﹁そ、そんな⋮⋮﹂
うん。わかるよその気持ち。
でもね、こういう作戦もMMOなら普通なの。
ルビアにはちょっと、信じがたいかもしれないけど。
﹁⋮⋮だからこその、この人数だったんだ﹂
元から犠牲は計算のうちなのだろう。
それならせめて、もっと時間をかけて強くなってからこの遺跡に
挑めば、とも思うが⋮⋮
いや、そうしている間に、現実世界でなにが起きているかわから
ない。可能性があるなら一刻も早く探索するべきだ。
どちらにも一理がある。
レスターの横顔は冷厳だが、必死さをひた隠しにしているように
も見える。
彼の頭にあるのはギルドマスターの責務ではなく、もしかしたら
アーキテクト社への復讐心なんじゃないんだろうか。
わたしはそんなことを思ってしまった。
489
彼の言葉を思い出す。
﹃俺の兄貴の魂はR・Dに引きずり込まれたまま、今も目覚めない
ままだ⋮⋮
俺はここを脱出し、アーキテクト社を潰す⋮⋮どんなことがあっ
ても⋮⋮な⋮⋮!﹄
あのときの彼は、とてもとても冷たい眼をしていた。
最初に会ったときは気さくでぶっきらぼうながらも親切だった彼
が、この北伐に入ってからはまるで人が変わったように思いつめて
いる。
その変化が、わたしには心配だった。
もうちょっとドリエさんと話しておくべきだったかもしれない。
彼女ならレスターについてより多くのことを知っているだろうか
ら。
もしかしたらリアル友達の可能性もある。
レスターは二年間ずっと様々なネットゲームを試し、あるいはイ
スカリオテ・グループを追い続けてきたのだという。
彼の気持ちを汲むと、わたしはとても辛い気持ちになる。
身内を奪われて、楽しいはずの青春を復讐のために費やしてきた
のだ。
わたしが瑞穂とキャッキャウフフしていた時間にも、彼は苦しみ
続けていたのだろう。
そんなことにもわたしが罪悪感を覚える理由なんて一個もないん
だけど⋮⋮でも、なぜかわたしの胸は傷んだ。
この気持ちは、理屈じゃないのかもしれない。
490
﹁先輩⋮⋮﹂
そばにいた瑞穂がわたしのことを心配そうに見上げていた。
いかんいかん。
だからってわたしが元気なくなってちゃ、元も子もないよね⋮⋮
先輩、頑張るよ。
スレイプニール
今度のPullerは︻使役︼のギフトを持つ男性だった。
ペットモンスターをけしかけて標的を引き寄せるタイプだ。
なるほど。時間はかかるかもしれないが、前の人よりも釣りに関
しては巧くやるだろう。
新たなモンスターが運ばれてきて、わたしたちは働きアリのよう
に殴りかかった。
150人近い人数がいる<キングダム>が、そもそもどうしてわ
友
が欲しかったのだ
たしたち<ウェブログ>と同盟を結ぼうとしたのか。
戦力としての期待というよりも⋮⋮
﹃レスターさまは、共に目的のために進む
と思います﹄
ドリエさんはそう言っていた。
友達なら同じギルドのメンバーがそうじゃないの?と尋ねたわた
しに首を振り。
一体どういうことなのか。
その答えは今のわたしにはまだわからない。
491
みんな雰囲気暗い!
ああもう、死人が出始めてからの閉鎖感がすごい!
息苦しくなってきちゃうよ!
やめだやめ! こんな雰囲気はこの日記には似合わない!
というわけで︵?︶、ヨギリさん⋮⋮もとい、よっちゃんを弄り
ます。
彼女はいつでもわたしの後ろでちょこんとしています。
目が合うたびにニコッと笑いかけていたら、そのうち目を合わせ
てくれなくなりました。
だから実力行使。
﹁うりうりー﹂
覆面をつけた彼女の頭を唐突にぐりぐりと撫で回します。
﹁⋮⋮や、やめて﹂
やんわりと拒絶される。
でもやめない。
女の子の﹁やだ﹂は﹁OK﹂って意味でしょ? 的な感じで。
うりうりうりうり。
﹁⋮⋮ルルシ=サン﹂
上目遣いでじっとこちらを見つめてくるよっちゃん。可愛い。
なんで覆面しているの? と聞くと彼女。
492
﹁⋮⋮ニンジャだから、でござる﹂
まあそうだよね。そう言うよね。
﹁でも、くノ一もカッコいいじゃない。くノ一だって立派なニンジ
ャでしょ﹂
そう言った瞬間だ。彼女の目が急に潤んだ気がした。
え、なになに。
よっちゃんは激しく首を振り⋮⋮
そのキャラクターに似合わぬ大声出した。
﹁え、 エ ッ チ だ か ら ダ メ ! ﹂
え、えー。
ナニ乱カグラの話かしら、それ⋮⋮
っていうか、それもかなりうがったイメージがついているような
⋮⋮
いやそうでもない、か?
確かにくノ一はハニートラップを得意としていたみたいだけど、
うーん⋮⋮?
﹁いやでも試しに、さ﹂
﹁ムリムリ!﹂
﹁ちょっとだけ、ちょっとだけ﹂
﹁やだ!﹂
よっちゃん、素が出ている?
﹁先っちょだけ、先っちょだけだから、ね? ね?﹂
493
とか言っている辺りでルビアにお尻を蹴られて、シスくんに腕を
拘束されました。
﹁スミマセンでした﹂
頭を下げる。調子に乗りました。
ヨギリちゃん、すっかりわたしから距離を取って⋮⋮
反省してま∼す⋮⋮
まあそのよっちゃん、戦闘ではかなりのDPS︵秒間ダメージ︶
を叩き出しています。
短剣が有効な相手だったら、うちのウェポンマスター・シスくん
を上回るんじゃないかってレベル。
アンブッシュ
︽背面攻撃︾と︽隠密︾、そして︽突き︾のスキルの組み合わせに
よる必殺技は、一匹相手に一回しか使えないけれど絶大な威力です。
他にも100%クリティカル+Root効果の︽デスモーヘクス
︾。
さらに2倍撃+沈黙効果の︽ティアスロート︾など、状態異常に
も優れています。
ホントもう、HPを減らすことのスペシャリストだね。毒付与も
あるし。
じーっと見つめていると、気づいたよっちゃんが手のひらで目を
隠します。
うっ⋮⋮地味にショック。
494
て、ていうかこの子、フツーに<キングダム>の主力なんじゃな
いの?
雑兵にしては、性能が良すぎるよね。
場面場面でタンクになったりアタッカーになったりするシスくん
みたいに状況判断が優れていたりするわけじゃないけど、立ち位置
やしっかりと戦況を観察しているのは熟練のネットゲームプレイヤ
ーの動きそのものだ。
MMORPGは決して簡単なゲームじゃない。いや、もちろんゲ
ームによるけど。
ただ、複雑な操作が要求されるものによっては、対戦格闘ゲーム
並に忙しかったりします。
刻一刻と変化してゆく状況に対応しなきゃいけなかったり。
ものによるけど、大体はなんでもできるハイブリッド︵器用貧乏︶
ジョブが忙しいものに該当するね。
で、ローグジョブ︵盗賊や忍者など︶というのは、タンクやメレ
ー︵近接殴りキャラ︶、ヒーラーに比べても操作難易度が高い部類
に属すると思う。
というのも、︽アンブッシュ︾を始めとした大ダメージを与える
ためのスキルは軒並み条件付きだったり、さらに単体で発揮できる
火力がほぼ全てスキル依存のため、その使用タイミングが難しいの
です。
わたしとかシスくんみたいに、なにも考えずにただ殴っているだ
けではダメージが与えられないのだ。
いやいやわたしはちゃんと考えているけどね!?
で、効果的なスキルを効果的なタイミングで、自分にターゲット
495
が向かない程度に繰り出す。
そのバランス感覚は、ただ暴れているだけでは身につかないもの
だ。
敵があとどれだけのダメージを与えたら死ぬか、仲間がどれくら
いの強固さで敵を引きつけているか、どの段階で状態異常を与える
か、他の人とスキル使用のタイミングがかぶってしまい無駄撃ちに
ならないか。
恐らくよっちゃんは、相当多くの情報を処理しながら、黙々と目
の前の敵を沈めている。
敵を肉眼で確認し、目線を動かしてHPを確認し、
それでも、これが普通のMMOならそう特筆すべき事ではなかっ
たのだろうね。
だけどこれは
MMOだ。
周辺状況にも常に気を配り、もちろん敵の動きを注視していなけれ
ばならない
精神は高揚し、手のひらには汗が滲み、さらにログまで操作して
スキルのクールタイムを確認しなきゃいけない状況。
いやホント、すごいね、よっちゃん。他の誰と比べても、その鋭
さは際立っているよ。
レスターは、なんでこの子をうちに貸してくれたんだろう。
それだけ<ウェブログ>に期待がかかっているのかしら⋮⋮うー
ん。
戦闘終了後。 とりあえず頑張り屋サンで真面目でさらに強いよっちゃんを褒め
称えてみる。
﹁はー、よっちゃんすごいねえ、強いねえ。偉いねえ偉いねえ﹂
496
あっ、やっぱり逃げられた。
柱に半身を隠してこっちを見るよっちゃん。
﹁⋮⋮シノビは主君を影から支えるもの⋮⋮
あ、あまり拙者に構わないでほしい⋮⋮で、ござる﹂
照れてる! 照れてる可愛い!
はしゃいでいたら、ほーら、そろそろ後輩の視線がどす黒く⋮⋮
﹁⋮⋮女道楽者ぁ﹂
それ前も聞いたなあ!
497
四つ目の石碑
を越えた辺りで、レスターが皆に
◆◆ 24日目 ◆◆卍 その2
数時間かけて
言います。
﹁ここから先は未知の領域だ。まずは先遣隊が辺りの地形と敵の状
況を調べてくる。
俺たち本隊はその後に進む﹂
先遣隊を指揮するのは、わたしを船から出迎えたあの騎士︱︱ベ
ルガーさんだ。
事務を司る副マスターがドリエさんなら、戦闘全般を取り仕切る
のがもうひとりの副マスター、ベルガーさんのようだ。
恐らく、レスターに次ぐ実力者なのだろう。
今回の北伐でも率先してタンクを担っている場面が多かったし。
ベルガーさんはレスターに頭を下げる。
﹁行って参ります。どうぞご無事で、マスター﹂
﹁お前もな。有益な働きを期待している﹂
そのときなんとなくわたしは、ああ彼は死ぬんだろうな、と思っ
てしまった。
寺院に帰ってからコールで情報を提供するのだろうか。
レスターの行いを、非道だと思うだろうか?
わたしはそうは思わない。
498
どんなネットゲームにもこういう部分は存在するからだ。
大規模なギルドだからこそ使える人的資源だ。
レスターはそのメリットを十分に知っていて、この<キングダム
>と強固なシステムを作り上げたのだ。
歴の長いわたしは犠牲にしたこともあるし、犠牲にされたことも
ある。
だからどちらの気持ちも多分わかっているつもりだ。
死にに行く彼は仲間のために役立つことを喜んでいる。
辛いのはレスターや残されるわたしたちだ。
もうすぐで犠牲は20名に上る。彼らの死に見合う働きをしなけ
ればならな︱︱
だ っ し ゃ ー ! ︵ 爆 発 ︶
もういい! シリアス脳禁止!
楽しいこと考えよう!
よっちゃんとシスはどこ!? ああこの際ルビアでも我慢する!
﹁先輩、先輩﹂
も。
小さな猫耳
を生やしていた。
お、そこにいたのか、ルビア⋮⋮って。
﹁にゃーん♡﹂
尻尾
彼女はピンクの髪の上に
革鎧の隙間から
さらに手首をくいっと曲げるお決まりのにゃんこポーズを取って
いたする。
499
そうして、仔猫が擦り寄ってくるような甘えた声色で。
﹁ルビアですにゃ♡﹂
⋮⋮
⋮⋮
⋮⋮つまり、わたしに出来ることは絶対にこの第三次北伐を成功
させることであり、おちゃらけている暇などどこにもありはしない。
粉骨砕身。鋼の覚悟で突き進まねば。
﹁先輩ぃ、無視しにゃいでくださいにゃぁ!﹂
猫耳ルビアの出現より、<キングダム>の大多数を締める男たち
が色めき立っていた。
以外の
シスくんなんかもこの姿のルビアを見るのは初めてらしく、﹁お
お⋮⋮﹂と感嘆の声を漏らしている。
あざとい
いや、そりゃあ見た目は可愛いかもしれないけど⋮⋮
やっているのがルビアだからもう、わたしは
感想が出ないよ。
すごいよね、あざとさもここまでいくと感動ですらあるよ。
人類が到達可能な領域のあざとさもここまで来たか⋮⋮
﹁あざとい国のあざと姫か⋮⋮﹂
﹁あざとくないですよぉ!?﹂
いやいやあざといよ。何回あざといって言わせるんだよ。
500
メタモルポセス
ネコマタ
ちなみにこれ︻ギフト︼です。
︻変身︼のひとつ︻猫化︼で人はここまであざとくなれます。
もちろんあざとさ特化とかではなく、フツーにDEXとかAGI
がギューンと伸びて、さらに︽探知︾系の︱︱特に聴覚に関する能
力が追加されたり、高所からの落下ダメージを受けなくなったり、
四足歩行スピードがあがったり⋮⋮まあそういうのになります。
なりますが、ルビアは完全にコスプレ感覚です。
大体この子、アタッカーじゃないから︻猫化︼しても全然恩恵が
ない⋮⋮
﹁先輩が元気にゃいカンジだったから、励ましてあげたんじゃにゃ
いですかぁ﹂
﹁うん。なんかすごく脱力した。ありがとう﹂
﹁なんか顔がとっても無表情なんですけどぉ!? ⋮⋮あっ、にゃ
んですけどぉ!﹂
言い直すな。あざといから耳を揺らすな。尻尾ちぎれろ。
﹁あと胸ももげろ﹂
﹁なんか声に出てますけどぉ!?﹂
猫耳舌足らずロリ巨乳毒舌ナイト後輩︵ヤンデレ気味︶がなんか
言ってます。
どんだけ属性を増やせば気が済むんだキミは。
これがモモちゃんやよっちゃんが恥ずかしがりながらも︻変身︼
してたら100点だったのに⋮⋮
⋮⋮いや、シスくんもいいな。犬耳シスとかすっごいモフモフし
たい。
501
﹁⋮⋮ルルシ=サン、敵が来るでござる﹂
いつの間にか、そばにはヨギリちゃんがいた。
さすがの︽隠密︾スキルだ。まったく気配がなかった⋮⋮って。
それ。
﹁⋮⋮ルルシ=サン⋮⋮る、ルルシィール、さん?﹂
わたしは彼女をじ∼∼っと見つめる。
というか具体的にはその覆面の隙間からピンと伸びた両耳を。
コレ犬耳だ。
﹁え、えと⋮⋮な、なに? どうかした、でござるか?﹂
くてりと尻尾も垂れているし。
わんこだ。犬娘がいる。
不安げに視線を揺らす彼女の頭を、わたしは思いっきり抱きしめ
る。
﹁モフモフー! モフモフさせてー!﹂
﹁きゃ、きゃああああああ!﹂﹁先輩ー!?﹂ 三種三様の叫び声が遺跡に響き渡る。
直後、緊張感がないってレスターにキレられました。
ベルセルク
ごもっとも。
ヨギリが﹃狼化﹄して備えていたように、そこから先はまさに地
502
獄でした。
あ、真面目にいきますよ?
にゃとか言ったやつの胸はもぐからね︵ピンポイント︶
まず敵の密度が段違いです。
どうあがいてもaddしてしまう状況で、常に二匹以上を相手に
していました。
囮戦法を使った上でその状況。本来なら三匹四匹は当たり前だっ
たのでしょうね。
さっきまで隣で戦っていたはずの戦士がバタバタと死んでいきま
す。ひどい。
﹁ 死 ん だ ら 楽 に な れ ま す よ ね ぇ ⋮ ⋮ ﹂と、
にゃんにゃんあざとうるさかったルビアが虚ろな目でつぶやくよ
うな有様です。
乱戦の中でも、常に一匹をキープし続けているのはイオリオ。
数秒で切れる二種類のroot︵移動不可︶と二種類のクラウド・
コントロール︵無力化︶を使い回し、ひたすらに粘り続けているそ
の技巧は魔術師勢の中でも卓抜しています。
つまり、相手が眠っている間にrootを仕掛けて、起きて移動
不可になっている間に新たな無力化を仕掛けて⋮⋮ということだね。
どちらかが切れてしまったら次の瞬間にイオリオは殴られて死亡。
まさに命綱のない綱渡り! 寺院と遺跡をゆーらゆら!
残りMPがそのまま彼の寿命のようですよ。
ヘルプに行きたいけれど、こっちはこっちで手一杯⋮⋮!
ごめん、シス、頼んだ!
503
とにかく
アタッカー陣の火力が追いついていない
魔術師を除くと前衛は残り30余名。
のだ。
その中でもダメージソースになるのはレスター、シス、ヨギリと
あと数名だ。
わたしの大斧もまったく歯が立たないので、リチャージ60秒の
︽爪王牙︾を頼りに一期一振を振ることにした。
︽フレイムブレイド︾を始めとした各種エンチャント魔術を重ねが
けしてもらっていても、ひたすらに表面をひっかくだけの威力止ま
りだ。敵のレベルが高すぎる。
そうこうしている間にドンドンaddするしさー。あーもうキッ
ツイキッツイ。
そんなとき、レスターが号令をかけた。
ていうかタイミングはここしかなかったと思う。
﹁これ以上は無理だな⋮⋮! てめーら! 全軍で突っ込むぞ!﹂
それはあらかじめ予定されていた玉砕作戦だ。
一人一殺ならぬ、囮一匹。
団員ひとりひとりがモンスターに︽タウント︾を仕掛けてスター
ト地点の方まで逃げまくる。
他の人が敵対行動を起こさなければ、モンスターは囮だけを狙う
のだ。
その隙に本隊が奥へひた走る。囮は死ぬ。
こんなのを作戦だなんて呼べないけど⋮⋮
でも今わたしたちができることはこれぐらいしかない。
プレイヤーはガーディアンたちの前に、あまりにも無力だった。
504
だがそれでも、システムの隙を突くことが、わたしたちにはでき
る。
それはモンスターやNPCが持っていない、人間だけの知恵だ。
生き残りが即座に再編され、その中でも2パーティーが選別され
る。
わたしたち<ウェブログ>とレスター率いる<キングダム>の親
衛隊だ。
残りは︱︱全員捨て駒だ。
﹁走れ!﹂
レスターの咆哮。わたしたちは一丸となって遺跡の中を弾丸のよ
うに駆ける。
狭い通路を曲がったところに、一匹のゴーレムが道を塞ぐように
立ちはだかっていた。
後ろから出てきたひとりの青年が彼に︽タウント︾を仕掛ける。
ゴーレムが彼に気を取られている隙に、わたしたちは横を走り抜
けた。
部屋の前に一対のガーゴイルがいる。
こっちに来い!とひとりの少年が声を張る。
もう片方は、MPの切れた魔術師の女性が引き受けた。
彼らを見捨て、わたしたちは走る。
まるでひとりずつ人が消えてゆく怪談のようだね。マジ極限状態。
505
時間経過とともに選別隊のHPMPは回復してゆく。
これなら最悪、二匹までなら相手にすることも出来るだろう。
を発見し、
六つ目の石碑
を発見し、それでも
それで今の状況が劇的に変わるわけじゃないけどさ!
五つ目の石碑
なお道は奥へと続いています。
イオリオと写生班のドリエさんはなにやら真剣な顔で話し合って
いるけど、そこはわたしたちの出る幕ナシって感じだし。
表に出ている部分よりも、遺跡ゲラルデは地下部分に埋まってい
る部分のほうが遥かに広かったようだ。
どこまでも続くように地下へと伸びてゆく通路の壁には、そのう
ち幾何学模様が混じってきました。
まるでまだ機能が生きているようで⋮⋮
やばい、不気味だ。
﹁どんだけ深ェんだよこの遺跡はァ!﹂
レスターが八つ当たりじみた怒鳴り声。
でもその気持ちわかる。すっごくわかる。 七つ目の石碑を求めて下り坂を転がるように駆けていた最中だ。
急に視界が開けた。
このパターンは危険だ。一番最初に探検したベルゼラ洞穴のトラ
ウマが蘇る。
506
明らかに別の文明によって作られたものだとひと目でわかる部屋
は、円形状に広がっていた。
床はこれまで通りの石材ではなく、タイルのような感触がした。
真正面には閉じられた巨大な扉。
だ。
その左右に場違いなほどに無骨な石碑が一対。恐らく最後の、
七つ目と八つ目の石碑
そして問題はここから。右に四体。左に四体。より形の洗練され
た︱︱まるで騎士のようなゴーレムが立ち並んでいた。
今までのと比べても、明らかに強そうだ⋮⋮
どうにかして石碑を入り口から読むことはできないかと体を動か
すが⋮⋮どう考えても部屋の中に立つ円柱に阻まれて文字は読めな
い。
よくできてやがんなあ、このゲーム!
﹁八匹か﹂
だがレスターは微塵も動揺していない。
﹁それで進めるなら安いもんだ﹂
あー、まったくもって。
なんかもう、レスターぐらいに割り切った考え方ができれば楽な
んだろうなあ、って思うよ。
このゲームでの命は安いですねホント⋮⋮
もはや突入時の半分以下になった<キングダム>の八人が広場に
突入し、それぞれゴーレムに︽タウント︾を仕掛けた。
いつものようにわたしたちも遅れて部屋に入る、が︱︱
ゴーレムたちは広場から出た八人を追わずに、引き返してきた。
507
つまり、こちらに向かってきたのだ。
﹁ンだとォ!﹂
レスターが怒鳴る。わたしたちは急いで部屋を出た。
そのわずか一瞬にふたりの犠牲が出た。つまり、それだけの強敵
だった。
ゴーレムが広場の外に出られないのなら、射程範囲外からゴーレ
ムを攻撃すればいいのではないかと何人かが投射武器を試したが、
ダメだった。
部屋の中に入っていなければ彼らにダメージを与えられないのだ。
それならばヒットアンドアウェイではどうかと挑戦したものの、
攻撃を仕掛けた人が広場を出た瞬間にゴーレムのHPは全回復して
しまう。
本当によくできている。
憎たらしい⋮⋮
﹁倒す必要なんざねえ。時間を稼げばいいんだ﹂
レスターが言う。
﹁ドリエと魔術師イオリオが石碑をメモる。その間、全員でゴーレ
ムを引きつける。やるこたァそれだけだろ﹂
﹁シンプルだね。でもあの仰々しい扉は?﹂
わたしが聞くと、レスターは自信ありげに首を振る。
508
﹁アレは開かねえな﹂
眉をひそめて問い直す。
﹁なんでそれを知って⋮⋮﹂
すると、レスターは北伐に出てから初めてのスッキリとした笑み
を見せた。
﹁ネットゲーマーのカンよ﹂
ああそういう。
﹁納得﹂
わたしも笑いながらうなずいた。
一匹のゴーレムを正面に見据え、わたしは覚悟して刀を構えた。
引きつけて走ると、逃げている最中にゴーレムは周りの人を無差
別に攻撃するようだ。
だから、一対一の状況で食いしばるしかない。
もちろん倒すことなんて絶対無理だから、維持するのが精一杯だ。
それでも︻犠牲︼を使えば、しばらくは持つだろうという自信が
わたしにはあった。
何人かが扉に手をかけているものの、力づくでは開かないようだ。
パスワードのようなものが必要だと叫んでいる。
509
わたしは少し、ホッとした。
この先に進む道がないというのなら、ここで倒れても悔いはない
から。
あとは時間を稼ぐだけだ。
わたしは深く呼吸を吐き、ゴーレムを見据えてつぶやく。
﹁ ⋮ ⋮ サ ク リ フ ァ イ ス ⋮ ⋮ ﹂
さあ、犠牲はもうここまでよ。
510
◇◆ 25日目 ◇◇★
わたしはヴァンフォーレストのプライベートルームに寝転んでい
ました。
そうです、なんとわたしはテレポートを覚えたのです⋮⋮! す
ごいでしょう!
うう、ぐあいわるい⋮⋮
ハッ!
う、うっせーよ! そうだよ死んだんだよ!
ナイトゴーレムにやられたんだよ!
認めるよ! ばーかばーか!
しかも死んだの<ウェブログ>でわたしだけだよ!
部屋でひとりだよ! 咳をしてもひとりだよ!
うわーん! ︻犠牲︼なんて取らなきゃ良かったー!
ちなみに今回は、死亡直後以外は誰からもコールがかかってきま
せん。
前回、門限を過ぎた時の過保護なパパのように連絡してきたルビ
アちゃんも、一切お電話してきません。
あの子からのコールですら、ないと寂しく感じるなんて⋮⋮
いや、でもわたしからは絶対にかけないぞ⋮⋮絶対にだ⋮⋮
はー⋮⋮なんで携帯ゲーム機もないの⋮⋮暇だよー、暇を持て余
すよー⋮⋮
でもわたしのゲーム内の友達めっちゃ少ないしなー⋮⋮
511
ハッ、エルドラド兄さんでも呼びだそうかな!︵半分本気︶
そんなとき。
﹁ 女 神 お ね え さ ん ! ﹂
美少女が部屋に飛び込んできました。これが地上に舞い降りた天
使⋮⋮?
羽はどこに置いてきちゃったの。
﹁具合大丈夫? おねえさん、辛い? モモが看病してあげるから
ね⋮⋮﹂
わーちょーかわいー。
褐色のマイ・ガールがやってきました。
﹁ありがとうね、モモ⋮⋮﹂
わたしは力なく微笑む。
﹁でも誰に聞いたの? わたしが衰弱中だって﹂
﹁それはサーチして⋮⋮ルビアちゃんとかが違うところにいるのに、
おねえさんだけコッチに戻ってきてたから、もしかしてーって⋮⋮﹂
んー⋮⋮?
なんだかちょっと違和感を覚えたような気がするけど、まあ気の
せいかな。
そうかー。優しいコだなー。
512
﹁モモは良い子ねえ⋮⋮﹂
頭を撫でると、モモは顔を真っ赤にして両手を振る。
﹁そ、そんなコトないよー。モモはただ、おねえさんのことが⋮⋮
その⋮⋮﹂
ごにょごにょと口ごもる。
なにかしら⋮⋮
この感じ、女子高時代に見知らぬ女の子に告白されたときのよう
な⋮⋮
いやいや気のせい気のせい。
モモちゃんは純粋にわたしを慕ってくれているだけだもんねー。
と、急に彼女はこちらに迫ってきて。
﹁そ、それよりおねえさん、汗とかかいてないかな!
モモが濡れタオルで全身隅々拭いてあげるケド!﹂
﹁え、いや、フツーにシャワー浴びているから大丈夫だけど⋮⋮﹂
﹁えあー⋮⋮﹂
なんでがっかりした顔をしているの?
﹁じゃ、じゃあご飯? やっぱりおかゆがイイかな? モモが食べ
させて⋮⋮﹂
﹁それくらいひとりでも食べられるから大丈夫よ、モモちゃん。あ
りがとうね﹂
﹁えあ∼∼⋮⋮﹂
513
なんで今度は頭を抱えてゆらゆらと揺れるの?
あれ、この子こんなにグイグイ来る子だったかな。
わたしのことを心配してくれているのはありがたいけど⋮⋮
﹁あっ、じゃあ添い寝⋮⋮とか! 衰弱早く治るカモ!﹂
いやいや、ちょっと待って、ちょっと待って。
システム上そういうのはないから、ないから。
こんなに止めているのになんで潜り込んでこようとしているの?
いやちょっとキミ。
すごく積極的なモモちゃんを前に何度も何度も︵この際女の子相
手でもいいかな⋮⋮手ェ出しちまうかな⋮⋮︶とか思いつつ、しか
し相手が未成年なので自重しつつ⋮⋮
いや、冗談です、はい。
まあ、なかなか煩悶しました︵どっち︶。
ていうかモモちゃんも﹁ルビっちがいない今がチャンスなのにぃ
⋮⋮!﹂とか言っていた気がするんだけど、どういうことなの。い
つからわたしを狙っているの?
わたし女性ですよ?
まさか﹃おねえさん﹄って呼び名もアレなのかしら。
スール的な⋮⋮私立リリアン女学園的な⋮⋮?
残念だけど、わたしホントにノーマルなんです。
ごめんねモモちゃん⋮⋮お願いだからわたしの可愛い妹ポジショ
ンでいてちょーだい⋮⋮!
その先はムリ⋮⋮!
514
ていうかこの世界、肉体関係的にはどこまで性的なことができる
のかな⋮⋮
キスは大丈夫だろうけど、その先ってどうなんだろう。
全裸になることもできるし、もしかしてそっから先もオールオッ
ケーなのかな。
今度ルビアで軽く試してみようかな⋮⋮って。
いやホント、ホントにノーマルだよ!?
ソッチのケないよ!?
昨日は午後ちょい過ぎぐらいに死んだので、割と早い時間に衰弱
完治しました。
っていうか、ちょうどよく北伐メンバーも帰還してきました。
わあい。ナイスタイミング。
わたしはもうひとりじゃないんだ。こんなに嬉しいことはない⋮⋮
ギルドハウスでお茶をしていると、まずはイオリオがやってきま
す。
﹁おかえりー﹂と手を振るわたしの横を華麗に通り過ぎ、自室へ入
ってゆきます。
そして大量の本を抱えて出てきて。
﹁これからしばらく<キングダム>に篭る。解読作業があるんだ。
またな﹂
そう言って一瞥もせずに去ってゆきます。
この間、15秒ぐらい。
そらわたしの笑顔もひび割れますわ。
⋮⋮あ、アンタ、ホントにわたしに気があるのかぁあああ!?
515
次に戻ってきたのはシスくん。
﹁おかえりなさい﹂とにこやかに迎えると、彼はわたしの横を通り
過ぎ︵以下略︶部屋を出てきて言います。
﹁俺は今回の戦いで自分の弱さを痛感した⋮⋮これからしばらくひ
とりで修行の旅に出る。探さないでくれ﹂
なんなの?
ホントにわたしのこと好きなの?
あれイオリオのドッキリだったの?
残されたわたしは呆然だよ。
最後にルビア。っていうかなんで三人別々に帰ってきているんだ。
っていうかね、わかったの。結局わたしの味方って瑞穂しかいな
いんだな、って。
うん、こっちにおいで。
いつもごめんね、きょうだけはめいっぱい優しくしてあげるから
⋮⋮
﹁ふぁぁぁ∼⋮⋮急いで戻ってきたから眠いですぅ⋮⋮おやすみな
さぁい﹂
バタン。
ご丁寧にお部屋には鍵までかけられました。
うんうん、疲れたのね。
おやすみなさいね。
フフフ⋮⋮
516
わたし⋮⋮このギルド抜けようかしら⋮⋮
コールボタン、ぽち。
あ、よっちゃん?
ちょっとスキル上げ手伝ってほしいんだけど⋮⋮
うん、ありがと⋮⋮
517
プラチナソード
◇◆ 26日目 ◇◆ その1
﹁おう、来たな﹃白刃姫﹄ルルシィール﹂
え、ちょっとなにその呼び名。レスターくん。
カッコイイじゃないの。
きょうは<キングダム>のギルドに招かれました。
さすが大所帯だけあって、ギルドの大きさはまるでお城のよう。
訓練場とか中庭があったり、三階建てだったり⋮⋮すごいなあ。
広いなあ。
うわ、作業室には炉とか金床とかあるし。鍛冶屋にもいく必要も
ないじゃん。
これはルビアとか喜びそうだなあー。
うちのギルドも将来的にはこれぐらいに⋮⋮いやいや、ムリムリ。
でもまあ、クラフター設備だけは検討しておこう⋮⋮
で、レスター直々に案内されたのはギルドマスタールーム。そう
いうところがあるっていうのもすごい話だね。
扉を開くと、校長室のような雰囲気の部屋だった。
﹁まあ適当にくつろいでくれ﹂
﹁いやその前に、プラチナソードて﹂
異名? まさか中学生がみんな憧れているあの異名なの?
やったー、うれしー︵棒読み︶。
518
﹁うちの野郎どもが勝手につけたんだよ。
つーかな、たったひとりでナイトゴーレムを三匹も引き連れて6
0秒耐え切ってみせたら、異名だってつくもんさ﹂
﹁はあ﹂
そういうものかな。
﹁他の奴らがバタバタ死んでいく中、一歩も引かず、見事な粘りっ
ぷりだったぜ。
ありゃあお前のファンもずいぶん増えたんじゃねえか﹂
﹁はあ﹂
まあ死んだんですけどね、︻犠牲︼の反動で。
そもそも、あの状況でギフト解除したら秒殺されちゃうから、ど
っちみち詰みだったんですけどね!
死んでからつけられる異名って、ひょっとしてバカにされている
のかしら⋮⋮
もしかして戒名?︵違︶
﹁それより、ちと困ったことがある﹂
レスターは眉間にシワを寄せた。
え、なんですか。
﹁お前んトコのピンクいやつな﹂
ああ、脳みそが桃色とお馴染みのルビア。
レスターの口から出てくるのは意外。
あの子のあざとさは、レスターには効かなさそうだし。
519
﹁もしかして、あの子がなにか粗相を⋮⋮﹂
あり得る⋮⋮
手揉みしながら尋ねるわたし。
嫌な汗をかいてきた。
が、レスターはパタパタと手を振る。
ファンクラブ
とかできてやがるっつー報告がな﹂
﹁ん? いや、逆だ逆。あいつがうちの若い連中の心を軒並み奪っ
ちまってな。
﹁ぶっ﹂
吹き出した。
一時期は敵対関係にあったはずなのに、それすらも乗り越えてオ
スを誘惑するルビアのあざとさよ⋮⋮
なんなんだあの子。サキュバスか? 天性の淫魔か?
それとも<キングダム>ってロリコンの集まりなの?
やだ、こわい⋮⋮
﹁まあ何をどーしろっつーわけじゃねえけど。アイドルみてーな扱
いしているから大事には至らないだろうが、街で会った時絡まれね
えように気をつけろよな﹂
<キングダム>は、結構荒っぽい人多いからなあ。
にゃんにゃん言っている場合じゃないぞルビア⋮⋮
っていうか、エルドラド兄さんの一件があったからか、レスター
もちゃんと仲間の動向を注意してくれているようだ。
さすが学習する男レスター。それでこそ模範的なマスターですね。
﹁しかし、︻犠牲︼がまさかあんなに強かったとはな。俺もそっち
にしとけば良かったぜ⋮⋮﹂
520
で、ここらへん模範的じゃない部分ね。
楽しそうだからってデュエル仕掛けてきたり。
まあゲームなんだから楽しまないのはソンだけどさ⋮⋮!
原則として種族と名前、︻ギフト︼だけはプレイ後に変えること
は不可能です。
﹁いやいや、それはわたしのセリフだよ﹂
レスターのギフトは︻守護︼の︻聖戦︼。
ホント、ピンチに対して万能なんだよなあ。
ギルドマスターとして、わたしもそっちにすれば良かった⋮⋮
すると、突然にレスターが頭を下げてきた。
ふぁっと!?
﹁だが、おかげでてめえが手を抜いていたわけじゃねーってわかっ
た。すまねえな﹂
お、おー⋮⋮?
あ、ああデュエルの話?
﹁そんな風に思われていたのね⋮⋮﹂
わたしと彼はデュエルを行なった。
そのときにレスターは︻ギフト︼を発動させたのだ。
ただの遊びでそんなものを使う彼も彼だが⋮⋮
﹁少なくとも、本気で勝とうとしていたよ。ドリエさんの賭けは辞
退させてもらうつもりだったけどね﹂
521
︻聖戦︼の最中、わたしの通常攻撃・攻撃魔術はレスターにまった
く効果がない。
恐らくは︻犠牲︼を使ってもその防御を破ることはできなかった
だろう。
となると、あとは︻聖戦︼が切れるまで防戦一方で凌ぐしかなか
ったのだけれど、それはレスターが一枚上手だった。
鎧を脱いで移動速度と攻撃速度を上昇させた彼の猛攻に、わたし
は掴まってしまった。
必死に抵抗したものの、こちらは薄いチェインメイル。あとは野
となり山となる⋮⋮
まあ確かに言われてみれば、彼だけギフト使ってそれでわたしに
勝ったんだから、わたしが遠慮したように見えたかも⋮⋮
それはわたしの考えが至りませんでした。反省反省。
ってなんでケンカを仕掛けられたわたしが気にしないといけない
んだよ!
悪いのはお前だろー!
頭下げたからか、もうすっかり清々しい顔をしちゃってさ!
﹁なんだ、さっきから面白い顔をして﹂
のうのうとそんなことを言う。
このやろう!
⋮⋮とは言い出せないわたしの小市民っぷり⋮⋮!
ばかばか、わたしのばか⋮⋮!
と、そのときだ。
ノックの音から返事も待たず、イオリオとドリエさんが入ってき
522
た。
挨拶もそこそこに、彼らは机の上にいくつもの紙を並べた。
イオリオは目の下にクマを作っていた。すごいリアリティだ。
睡眠を取らなければステータスが低下してゆくシステムでもつい
ているのだろうか⋮⋮
変なところで感心していると⋮⋮
イオリオは好奇心に彩られた瞳で、告げてくる。
﹁解けたぞ。石碑の物語だ﹂
わたしとレスターは顔を見合わせた。
そうか、ついに来ちゃったか。
来ちゃったか⋮⋮
そこに描かれているであろうことは、間違いなくこの世界の根本
に関わっている。
レスターやドリエさん、イオリオは迷いもなく﹃666﹄の謎に
飛び込んでゆくつもりだ。
だけど、わたしはわずかに躊躇していた。
ここから先は、現実世界とさえ関わりのある領域だ。一体どんな
恐ろしいことが待ち受けているかわからない。下手したら犯罪と関
わり合うことになるかもしれない。ただ閉じ込められたゲーム世界
を満喫するだけなら、知らなくてもいいことだ。
正直怖い。
わたしはただの、なんの力もない大学生だ。野望を企んでいる巨
悪と戦うことなど、ムリムリ。お金ないし腕力ないし、権力ないし
523
視力も割と悪いし。
まあ、でも、ね。
散々言い訳してみても、ここで逃げるなんてことはできないわけ
で。
ここではわたし、明るく楽しいみんなの頼れるギルドマスターだ
し?
勇気出さなきゃ⋮⋮ね!
﹁イオリオ、お願い﹂
わたしの言葉に頷いて⋮⋮
﹁ああ﹂
彼は、﹃666﹄と﹃レッド・ドラゴン﹄のその関係を、語り出
す。 レッドドラゴン
戦神クデュリュサは、ネットゲーム﹃レッド・ドラゴン﹄の悪神
だった。
彼こそが赤竜そのものであり、推察するに﹃レッド・ドラゴン﹄
は彼にまつわる物語か、あるいは彼を撃破することが目的のゲーム
なのだろう。
MMORPGであるがゆえ、それでサービス終了っていうわけで
はないと思うけれど、もしかしたらそれがβテストの最終目的だっ
たのかもしれない。
だけど、以前突入した数百人の冒険者は敗北した。
524
彼らは石碑に載っている運命の日︱︱︻終わりの朝︼までクデュ
リュサを倒すことが出来なかったのだ。
力が足りなかったわけではない。
マイナーなMMOのβテストに参戦するほど、ゲームに慣れ親し
んでいる人たちだ。
ではなぜクデュリュザを撃破することができなかったのか?
その理由は、とても残酷だった。
英雄種
たちが争い、滅び
仲間割れ。裏切り。疑心。争い。そんなもののせいだったのだ。
︻天儀天︼より舞い降りた冒険者︱︱
てゆく絶望的な光景が、六番目までの石碑には描写されていた。
レアアイテムを求めて奪い合う英雄。他にも地位や名誉、立場や
エインフェリア
のように、
威信を賭けて彼らは、血で血を洗う闘争を繰り返した。まるでヴァ
ルハラにて永遠の模擬戦を繰り返す
死も疫も無縁の身体を持っていた彼らは、もはや人間の心を失って
しまっていたのだ。
最終的に善と悪のふたつの陣営に分かれた英雄種は、悪神と決着
をつけることなく⋮⋮そして、カタストロフィの日を迎えた。
ここまで来たら、もはやかつてのβテスターとの関係性は否定で
きないだろう。
レスターの嗅覚は正しかったのだ。
そして最後の広間に立っていたふたつの石碑。
魔法
文明を滅ぼした。
七番目と八番目に刻まれていたのは、世界そのものの崩壊の物語
だ。
目覚めたクデュリュサはこの大地と
525
そう、魔術ではなく、魔法文明とハッキリと書いてあります。
どうやら現存している魔術はその魔法文明の残滓としての技術ら
しいが⋮⋮石碑にはそれ以上のことは描かれていなかったので、割
愛。
英雄種
であったはずなのに。
海が燃え、大地が沈み、山々が形を失ってゆく中、人々︵NPC
だろうか︶は祈り続けた。
本来その願いを叶えるのは、
が舞い降りたのだ。
いよいよ人族が根絶やしにされそうになったその時、人々の祈り
六人の神
は天に届く。
空から
それがイスカリオテ・グループからの介入だったかどうかはわか
らない。だけど、ゲームの舞台を維持するための特別措置ではなか
っただろうか、と考えるのはわたしの邪推かしら。
神々とクデュリュサの死闘は七日七晩続いた。
6対1の状況でありながら、クデュリュザの抵抗は激しかった。
結局は神々ですら、悪神を屈服させることはできなかったのだ。
戦いの果てに、クデュリュサは封印させられた。それから千年後
の目覚めを約束されて。
終わりの朝
を
今が一体R・D何年なのかは正確には記録されていない。世界を
巡れば手がかりがあるのかもしれないが。
再びクデュリュサが復活するとき、この世界は
迎えるのだろう。
英雄種
たちはどうなったのか。
それまでにわたしたち冒険者が︱︱クデュリュサを討ち倒さなけ
ればならないのだ。
一方、閉じ込められた
526
を迎えて、世界中にはクデュリュザの眷属が溢れ出
その顛末も最後の石碑には描かれていた。
終わりの朝
た。
一切の武器、魔法が通用しない眷属の前に、次々と破れてゆく冒
険者たち。
そして魂はクデュリュザに飲み込まれ、彼らは二度と︻天儀天︵
現実世界?︶︼には戻れなかったのだと、ハッキリと語られていた。
クデュリュザを封じた後の六人の神々の行方も知れずじまいだ。
だが、その存在だけは確認できているのだと、イオリオは言う。
﹁︻ギフト︼だ﹂
眼鏡のエルフは断言する。
過ちを繰り返す事のないように。わたしたち冒険者に与えられた
六種類のかけがえのない力こそが、それぞれに対応する神々がこの
世界に実存している証拠なのだと。
さらにここから、イオリオくんがより具体的な情報を解説します。
﹁クデュリュサが封印されている場所は、ドミティアの果ての果て
⋮⋮︻地端地︼だ﹂
︻地端地︼。
ちなみになんて読むかは、わたしも未だに知りません。
ジタンチ、なのかな⋮⋮イオリオが言うには、﹁失われた言語だ
から、対応する読み方はない﹂そうだけど⋮⋮
てか、それって地獄みたいなもんじゃなかったっけ⋮⋮
生きたまま突入するなんてゾッとするなあ。
﹁そもそもすっごい遠そう⋮⋮﹂
527
げっそりとつぶやくわたし。
もう寄り道のできない旅はこりごりざんす。
だが金髪眼鏡魔術師は首を振る。
﹁地上︱︱この︻中雲中︼からでは、どうあがいてもそこに辿りつ
けない﹂
なんと。
﹁じゃあどうすンだ?﹂
ふんぞり返ったままレスター。悪役のオーラがたっぷりだ。
その近くに立っているからか、ドリエさんまで悪の幹部みたいな
感じになっちゃっている。
そして我らが悪のプロフェッサー・イオリオがクイッとわざとら
しく眼鏡を指で持ち上げた。
﹁世界各地に︻地端地︼へと繋がる回路が設置されているそうだ﹂
ここには悪の属性の人しかいないのか⋮⋮︵わたしを除いて︶
ぺらっとイオリオが紙を持ち上げる。
﹁その場所のひとつと、通過するためのカギはもうわかっている﹂
いや、イオリオすごすぎでしょう。
キミIQ180ぐらいあるんじゃないの⋮⋮
とか言いながら、わたしもピンときてしまった。
根拠も何もない、カンだけど。
口に出してみる。
528
﹁もしかして⋮⋮︻朽ち果てた遺跡ゲラルデ︼の⋮⋮?﹂
間違えてたらすっごく恥ずかしいけど。
その言葉に、ドリエさんとイオリオは軽く驚いていた。
わずかな間を置いて、イオリオが眼鏡を持ち上げながら首肯する。
﹁ああ﹂
合ってた。
良かった。一時の自己顕示欲に負けて恥を晒さずに済んだ。
ともあれ。
イオリオがわたしの言葉を継ぐ。
﹁あの扉の先が、偉大なる禁断の地︻地端地︼だ﹂
529
◆◆ 26日目 ◇◇ その2
遺跡から解読した内容をゲームとして翻訳するとこのようになる。
。魂を奪われる。一生休み。
このネットゲームにはタイムリミットがあり、それまでにラスボ
スを倒せなければゲームオーバー
こういった時間限定ミッションは、通常のMMOならイベントの
一環として夏休みや冬休みに行なわれるものだ。
だが、それそのものがゲームの目的として、開発者陣が介入して
いる場合もないわけではない。
ほとんどが小規模なネットゲームに限って、だけどね。
まるで巨大な脱出ゲームだ。
ふとギルドルームに散らばった紙の一片が目に入った。
そこには、殴り書きがしてあった。
恐らくは先ほどまでの解読作業の最中のものだろう。
﹃︱︱ドメイン24
自分 来る きょう ?︵関係代名詞?︶ 思い悩む
︻地端地︼ ?︵始まる+不安推量︶ 終末 ×︵特定の日にちを
指す言葉?︶
メニア︵女性名だと思われる︶ 言う 自分に ?︵大きく品物
全般を指す言葉?︶ 接続詞 自分 言う 頼む 机+上︵複合語
?︶ 設置する
530
彼︵女性?︶ 待つ するわけにはいかない 接続詞 自分 ?
︵用意をするとか、準備をするという意味だろうと思われる︶ ?
︵同上・複合語?︶ 外出する
空 眩しい 太陽 明るい 接続詞︵反語︶ 自分たち 脳︵精
神的な思考や気持ちを指す言葉?︶ 暗い 沈む
?︵接続詞?︶ ?︵歓迎する?︶ 来る 彼の︵女性?︶ 笑
顔 眩しい ?︵関係副詞?︶ 自分 悲しい︵心情表現のため暫
定的な訳︶
﹁?︵挨拶の口語体?︶ ?︵名詞・人名?︶﹂
自分 真実 ?︵?︶ 欲しい もっと 力︵精神の強度?︶﹄
うん、さっぱりわからない。
こんなのと顔を付き合わせて、一文一文訳していったのか、イオ
リオたちは⋮⋮
イオリオやドリエさん、レスターたちはすごいことを成し遂げよ
うとしているんだという実感が、今になって急に湧いてきた。
﹁つまり、これでクデュリュザをブチ殺せるわけだな﹂
﹁レスターさま、そのような言葉遣いは⋮⋮﹂
舌なめずりをするレスターを、ドリエさんがたしなめている。
目的が明確になったことにより、彼らは沸き立っていた。
なのにどうしてだろう。わたしはひとり気分が優れない。
﹁そっか⋮⋮ラスボスに挑めるんだね、わたしたち﹂
それは悲願だったはずなのに。
531
﹁? どうかしたか、マスター﹂
﹁ううん﹂
イオリオに首を振り、わたしは微笑む。
﹁色々と準備しないとね。これから忙しくなるぞー﹂
両手を広げて伸びをする。
ちょっとわざとらしいかな、とは思ったけれど。
三人は︻地端地︼攻略作戦を立てるのに必死で、わたしの様子に
気づいた人はひとりもいなかった。
だと表現されているのなら、もしかしたらク
昔から、誰かに心配をさせないように振る舞うのは、大得意だっ
たんだよね。
魂が喰われたまま
デュリュサを倒せば﹃レッド・ドラゴン﹄のときに閉じ込められた
プレイヤーも助かるかもしれない。
少なくともレスターはそう思っているようだった。
再び遺跡に攻め入ることになる。
そのとき今度こそ魔術生物に負けぬよう、急いで<キングダム>
を訓練し直すのだという。
おお忙しい忙しい。
っていうかわたしもその訓練に参加させられそうになってきたか
ら、慌てて逃げ出してきたんですけどね!
なんでレスターはわたしをいちいち表舞台に引っ張りだそうとす
るかなあ。﹃白刃姫﹄とか、マジありがたくないんですけどー!
異名自体は⋮⋮う、うん、まあカッコイイけど⋮⋮!︵後ろ髪引
532
かれつつ︶
わたしはヴァンフォーレストを当てもなく歩き回っていた。
イオリオとドリエさんは扉を開くためのパスワードを探すという
ことで、再びギルドにこもっている。頭脳労働担当さま、お疲れ様
です。
はー、こうしてブラブラしている間がホントに癒される⋮⋮と言
いたいところだけど、実はそうでもなかった。
週末の予定がレポートでびっしり埋まっているカレンダーを胸に
抱えている気分だ。
足取りも重いし。
散々言っている通り、わたしは団体行動が苦手です。
<ウェブログ>ぐらいの規模のギルドで自分の好きなことをやって
いるのが一番楽しいよ。
このまま<キングダム>に率いられてゲームクリアしたとしても、
それはなんかわたしの力でやったって気がしなくて⋮⋮
いや、脱出することに文句があるわけじゃないんだけど⋮⋮ブツ
ブツ⋮⋮
なんともモヤモヤした気持ちだ。
こんなの、﹃666﹄に閉じ込められてから初めてかもしれない。
この世界はなにもかもが未知の驚きと発見にあふれていた。
立ち止まる時間なんて一瞬足りともなかったような気がする。
毎日がすごく︵ネタだらけで︶楽しかったのに。
﹁なんかなー、なんかなー⋮⋮﹂
533
歩いているのも億劫になり、広場のベンチに座ってボーっと空を
眺める。
どう見ても時間の浪費です。本当にありがとうございました。
クデュリュサが目覚めるのはいつだろう。
明日や明後日ということはないだろう。
来年かもしれないし、数十年後かもしれない。
﹁ホントに終わっちゃうのかー⋮⋮﹂
わたしは小さくつぶやいた。
本当に大好きなゲームに巡り合った時、わたしはいつまでもそれ
を続けていたいと思う。
記憶を消して、何度も何度も遊びたいって。
実際はそんなことはできないのはわかっているけれども。
それは本当に幸せな時間で。
⋮⋮でも、終わりは必ず訪れる。
ラスボスを倒してしまったとき。囚われのお姫様を救出したとき。
世界の真相を解き明かしたとき。復讐を果たしたとき。恋を成就さ
せたとき。
ゲームなんだから、当たり前だ。
﹃さあ、もう楽しい時間は終わりだよ。現実にお戻り﹄と、わたし
たちは追い出される。
ゲームの電源を切るときが来る。
夕暮れの公園でいつまでも遊び続けるわけにはいかないのだ。お
腹を空かせた子供たちは、おうちに帰らなくてはならないのだ。
534
﹁そっか﹂
巻き込まれた被害者
今まで本気で向き合うことを恐れていた。
あくまでもわたしは
った。
なんだって言いたか
両親も友達も大学も大事だ。自分には自分の生活がある。バイト
だってやらなきゃいけないし、立派な大人になるためには、こんな
ことにホントは関わっている暇なんてないんだって。そういうスタ
ンスでいた。
不幸だー! って言っていたかったんだと思う。
でもムリ。
もうムリ。
告白します。
わたしは﹃666﹄が好きです。
この世界を愛している。
全ての要素を遊び尽くして、それでラスボスを倒すのならまだい
いとしても。
きっとまだまだ見ていないダンジョン、光景やクエスト、スキル、
終わりの朝
はまだ来ない。
魔術、色々なものが眠っているのだ。多分全体の1割も楽しんでい
ないんだと思う。
いくらなんだって、
今回のわたしたちの躍進っぷりは、レスターがイスカリオテ・グ
ループを追いかけていたから、その結果だ。
レスターがいなければ、わたしたちはまだまだヴァンフォーレス
トで足踏みをしていたに違いない。
だからきっと︱︱これは楽観視ではなく、合理的に考えても︱︱
あと数ヶ月は猶予があるはずなのだ。
535
まだ遊べるはずなのに。
それなのにもうクリアしちゃうの?
口惜しい。
迷宮のT字路に突き当たったときに、右のルートが正解だとして
も︱︱わたしは左の道も探検せずにはいられない。
もしかしたら宝箱があるかもしれないじゃないの。
そこでしか手に入らないような、さ。
こんな想いを、誰にぶつければいいっていうのか。
とりあえず、日記さんに叩きつけるように書いてみた。
はー。
わたしは目を閉じた。髪を揺らす風は、まるでゲームの中のもの
とは思えなかった。
頬に当たる柔らかな感触を感じて、わたしは目を覚ます。
ていうかいつの間にか寝てたみたい。
ん、なんかベンチがむにむにしてる⋮⋮ ﹁おはようございまぁす﹂
あ、瑞穂だ。
ニコニコと。
膝枕をしてもらっていたようだ。
﹁⋮⋮﹂
温かい。
536
なんか、こういうの久々な気がする。
わたしはうつ伏せに寝返りを打って、ふとももに顔をうずめてう
ーうー唸る。
瑞穂の指がわたしの頭を撫でた。 細い指が髪を梳いてゆく感触が、心地良い。
﹁ ⋮ ⋮ 先 輩 が デ レ 期 に ﹂
違うよ。ぜんぜん違うよ。
﹁なんだかこうしていると、高校時代みたいですねぇ⋮⋮﹂
瑞穂が懐かしそうに漏らす。
﹁あの頃は、先輩があたしに甘えてばっかりでしたし﹂
いつものわたしだったら、ンなわけあるかいと回し蹴りを繰り出
しそうな言葉ですが、残念ながら事実なのです。
わたしも若かったのです⋮⋮
高校時代の頃、か⋮⋮
センチメンタルだね。
たまにはこういう話も悪くない、かな。
起き上がり、瑞穂の隣に並んで座る。
髪を指で整えながら、つぶやく。
﹁⋮⋮あれは瑞穂が一人ぼっちだったからでしょ。わたしなりの距
離の縮め方であって﹂
﹁はいはい知ってますぅ。先輩はホントお節介なんですからぁ﹂
537
やれやれ、とため息をつくルビアちゃん。
確かにその通りなので、わたしは言い返せない。
瑞穂と知り合ったのは、わたしが高校三年生に上がったばかりの
頃で、彼女はまだ二年生だった。
瑞穂は都会から越してきた美少女ということで、上の学年にも噂
ぐらいは届いていた。
容姿の美しさを褒め称えるというよりは、どちらかというと悪い
噂ばっかりだったけど。
どうにもツンケンとして、ダサいクラスメイトたちを小馬鹿にす
るような口調だったため︱︱今は誤解だとわかっているが︱︱あっ
という間に全員にシカトされたのだという。
どちらかといえば平和な女子高だったので陰険ないじめなどはな
かったようだけどね。
なんか、みんなに疎まれているなんてかわいそうだなあ、ってそ
の頃は思ってたんだっけ。
初めてお顔を拝見したのは委員会の集まりだった。
窓の外をぼーっと眺めるその後ろ姿が、勝手な話だけど、すごい
寂しそうに見えちゃったんだ。
それから気づけば目で追って、ひとりでいる姿を見てモヤモヤっ
としててね。
別にストーカーとかしてたわけじゃないけどさ。オシャレな美少
女ちゃんは、どこにいたってすぐに見つけられたし。
でまあ、問題の接触。
放課後、彼女が中庭で携帯ゲーム機で遊んでいるのを遠くから見
つけたわたしは、思わず声をかけたんだ。
馴れ馴れしかったなあ、若きわたし⋮⋮
538
完全に引いてたし、瑞穂。
うわあ痛い。布団に包まってぐるぐる巻になりたい。
いまだにキミは痛いよ、って声が聞こえてきたような気がしたけ
れども。
いやもう、レベルが違うと言いたい。
話が逸れた。
﹁⋮⋮あのとき瑞穂が違うゲームで遊んでいたら、今頃わたしたち
はどうだったのかな﹂
﹁うーん﹂
瑞穂は首をひねる。
﹁どっちみち、先輩に捕まっていた気がしますぅ﹂
﹁人をストーカーみたいに、言うよねー⋮⋮﹂
﹁ワイルドでしょぉ∼﹂
瑞穂が全然似てないモノマネを披露する。わたしはちょっと吹い
た。
あの頃からこれぐらいの茶目っ気があったら、友達も難なくでき
てただろうに。
まあ、それからわたしは瑞穂に付きまとった。
昼休みは一緒に過ごし、わたしの友だちの輪の中に入れようと思
ったものの意外と人見知りを発揮していたのでふたりっきりでお喋
りし、﹁先輩は暇人ですね⋮⋮﹂とか言われながらも付きまとった
りし。
やがてメアドをゲットし、昼休みは瑞穂のほうからやってくるよ
うになり、そのうち休日は一緒に遊ぶようになり、やがてお互いの
539
家にも行き来してゲームをしたり⋮⋮
気がついたら、なんかいつも一緒にいるようになっちゃって。
わたしにとって瑞穂は、今まで周りにいない毒舌キャラで面白か
ったのもあったし。
それに彼女はかなり本格的なゲームプレイヤーで、ぷよぷよとか
ぶつ森より、ダンジョンRPGや操作難易度の高いアクションゲー
ムを好んでいたのもウマが合った。
楽しかったが、わたしにレズっ気があるのだと噂されたことも一
度や二度ではなかったし、そのデマを真に受けて告白してくる新入
生たちが妙に増えた。
わたしはノーマルです。何回繰り返せばいいんだよこの宣言。
とにかく、それ以来わたしたちの縁は続いている。
まさか瑞穂が大学まで追いかけてくるとは思わなかったけど。
どれほど空虚だったか
を語ってくれる。
デレ期の彼女はたまに、わたしが卒業していなくなった高校生活
が
嬉しいけど時々目がコワイんだよな⋮⋮
大学生活が終わったら、さすがにもう離れ離れだろうけどねー。
そう思うと、この環境が︱︱ドミティアが途端に惜しくなる。
﹃666﹄の世界は、わたしたちにとっては社会のしがらみからも
解き放たれて、なにもかもが自由な世界だ。
時が止まった世界と言い換えてもいい。
ここならいつまでも瑞穂と一緒に入られる。
他の子たちとも、遊んでいられる。
いつまでも。
ずっと。
540
﹁瑞穂さ﹂
﹁どうかしましたかぁ﹂
⋮⋮えっと。
わたしは身を起こしながら、神妙に尋ねた。
﹁⋮⋮キミ、このゲームから、さ。
⋮⋮ 本 当 に 脱 出 し た い ? ﹂
541
◇◆ 27日目 ◆◇卍 きょうはヨギリのよっちゃんと戦闘訓練です。
ヴァンフォーレスト周辺のモンスターはもう相手にならないので、
わざわざ︻ベルーラ段丘︼にまで遠征しています。
﹁でも悪いね、<キングダム>よりこっちを優先してもらってさ﹂
身の丈より遥かに大きなクマさん︵エヴィル・グリズリー︶の腹
に刀を突き刺しつつ、礼を言う。
グリズリーの背後に陣取っていたよっちゃんは、ふるふる首を振
る。
﹁いい。ニンジャたるもの、鍛錬を人に見せるべきではない⋮⋮で
ござる﹂
まさかこの子ずっとソロでやってきたのかしら⋮⋮
ふたりでスキルの連打で畳み掛けると、グリズリーはすぐに沈む。
アタッカーとヌーカーのパーティーである。殲滅力だけは無駄に
高い。
戦い終わり、わたしはアイテムバックから取り出した水筒に口を
つける。
それから、ふと気づく。
よっちゃんをじーっと見つめて。
﹁でも、鍛錬。わたしには見られているよね﹂
542
冷静に指摘すると、彼女は衝撃の事実を突きつけられたかのよう
に目を見開いた。
﹁そ、それは⋮⋮その⋮⋮そう、ルルシ=サンは拙者のお師匠様だ
から⋮⋮だ、大丈夫だ、問題ない﹂
そんな理屈で大丈夫か?
てか突然こんな大きな弟子ができちゃったよ。びっくり。
﹁だが、いいのか? ギルドマスターが拙者にばかり、かまけてて﹂
休憩中。ちゃんと気遣いもできるお利口よっちゃん。
ていうかもう覆面取ってるし。
そこ突っ込んだら即座にかぶり直しそうだからなにも言わないけ
ど。
素顔可愛いからね。目の保養、目の保養。
﹁今わたし、ギルドから家出しているの。だから大丈夫﹂
﹁なんと﹂
無表情で驚くヨギリ。彼女は顎に手を当てる。
﹁なにか、あった⋮⋮でござるか﹂
﹁まあちょっとね。心配してくれてありがと、よっちゃん﹂
頭を撫でる。
543
﹁よ、よっちゃん、なぞ⋮⋮そのような、幼名のような⋮⋮﹂
すぐ顔が赤くなる子だ。
読者様もご想像の通り⋮⋮なにかあったのはギルドではなく、わ
たしとルビアだった。
結構マジなトーンで﹁脱出したい?﹂と尋ねたわたしはあの後、
怒られた。
かなり軽蔑するような感じで、だ。 もしかしたら彼女ならわかってくれるかもしれない、と思い込ん
でいただけにその反応はかなり堪えた。
思わずカッとなって言い返し⋮⋮
泥沼状態。今に至る。
わたしたちがケンカするのはいつものことだから、それは別に良
いんだけどさ。
やはり間違っているのはわたしなのだろうか。
この世界にいたいだなんて。
VRMMOに一ヶ月近く閉じ込められて、頭がおかしくなってし
まったのだろうか。
あんまり自信ないなあ。
ずっとアッパーなテンションだったもんなあ。
ちらりとよっちゃんを見やる。
彼女に聞いてみようか。
いやでも、反応がコワイ⋮⋮
こんな可愛らしい女の子に冷たい目で睨まれたら、生きていけな
さそう。
よっちゃんがひたむきな視線を向けてくる中。
544
﹁あはは、なんでもない、なんでもないのよー⋮⋮あぶぶ∼、よち
よち∼⋮⋮﹂
﹁拙者、赤ちゃんではないのでござるが⋮⋮﹂
結局ごまかしたわたしに、冷たい視線が突き刺さる。
うわあ、生きていけない。
ところがどっこいルルシィールも生きていた!︵当たり前︶
わたしたちは段丘を縦断し、敵という敵をデストロイしてゆく。
なんだかんだで︻メトリカトルの高地︼の雑魚敵にも一対一で勝
てたからねー。よっちゃんとふたりならよゆーよゆー。
とか浮かれていたそのとき! 茂みの中から新たな魔物が飛び出
してくる!
なんだこいつ見たこともないタイプの敵だ!
﹁ルルシ=サン!﹂
﹁くっ!﹂
鋭い突きを慌てて捌く。手に痺れが走った。
速い上に、レスターの大剣よりずっと重い。
今の刺突を防げたのは、ただの幸運と言っても過言ではないだろ
う。次撃を防ぐ自信はまったくなかった。
なんなのこいつ!
よっちゃんに癒されていたかったのに、急に人をシリアスにさせ
ないでよ!
545
慌ててバックステップし、距離を離す。
頭の中のスイッチが切り替わり、サクリファイスを叫ぶタイミン
グを伺う。
ユニークモンスターか知らないけれど、絶対こんなところでエン
カウントするような相手じゃないでしょ!
肩で息をするその相手は、二足歩行で、防具を装備していて、両
手で槍を抱えていて、まるで人間のようで︱︱
︱︱って、人間?
わたしは目を細めて、じーっと見つめる。
しかもこれ⋮⋮見たことあるな⋮⋮?
﹁うう、がるる⋮⋮メシ、メシぃ⋮⋮﹂
これシスくんだ。 ﹁いやーマジで助かった⋮⋮餓死なんてしないのに、死ぬかと思っ
たぜ⋮⋮﹂
わたしのお弁当をあっという間に平らげて、ため息をつくシスく
ん。
ゲームだから生きているだけで、辛かったろうに⋮⋮
眠気も空腹もシステム上は問題がありません。空腹過ぎるとHP
とMPの回復スピードが極端に遅くなるけれど、わたしたちプレイ
ヤーの健康には関わりナッシング。
546
でも当然わたしたちには習慣として睡眠と食事の意識が植えつけ
られているので、やっぱり空腹は辛いし、夜は寝るのです。
しかし、そうなるとお手洗いにも行きたくなるはずなんだと思う
けれど、それはないんだよね。なんでだろう⋮⋮
まあいいや。
シスくん、野生化を解除してくれてよかった。
ちなみにシスくん、わたしに一撃でも加えていたら今頃グレーネ
ームだったからね。
必死に捌いてて良かったよ⋮⋮
﹁てかすごいね、こんなとこまでひとりでやってくるなんて。
シスくん、たった二日間で相当強くなったんじゃない?﹂
﹁そりゃあ48時間ぐらい修行してっからな⋮⋮﹂
﹁丸二日間!? 寝ずに!?﹂
それネットカフェとかで死人が出るやつじゃない!?
﹁これぐらい大丈夫だろ。HPもステータスにも異常ないしさ﹂
う、うわー。
シスくんすっげーな⋮⋮
この子、びっくりするわ⋮⋮これはゲーム脳の恐怖実感するわー
⋮⋮
﹁つか、どうかした? ルルシさん﹂
いや、わたしはキミの健康が心配で心配で⋮⋮ ﹁なんか、元気ないって感じするけどさ。なんかあった?﹂
547
む、むむ。
ギクッとしてしまう。
意外と見ているじゃないかキミ⋮⋮
でもオンナのヒミツはそんなに軽くないのよね。
だとかアデージョめいた言葉が浮かんでいたとき。
と、そこでいつの間にか覆面︵メンポと呼びたい︶をかぶってい
たヨギリがうなずく。
﹁ルルシ=サンは、先ほど、ギルドを家出したと言っていた⋮⋮で
ござる﹂
ああっ、告げ口したー!
全然口が固くないぞこのニンジャ!
秘密をべらべら喋るぅー!
﹁それってどういうことだ? ルルシさん﹂
うー、うー⋮⋮
放っておいてくれればいいのにー。
だってさー、いくらなんでも年下の男の子相談するようなことー?
でも、ふたりの視線は﹁言え﹂とわたしを促しているようで⋮⋮
﹁はー⋮⋮﹂
ため息をついた。
もう観念した。
いいよ、どうせこのゲームから抜け出すのが名残惜しいって思っ
ているのはわたしだけなんでしょう⋮⋮
548
引くなら引け⋮⋮っ!
﹁わかるわー﹂
話し終わった直後、シスくんは原っぱに横になってウンウンうな
ずいていた。
え、ええー⋮⋮
同意してくれるの?
怒ったり睨んだりしないの?
噛み付いてきたり人格攻撃のような罵詈雑言を浴びせてこないの?
シスくんは大きく伸びをした。
﹁つかむしろ、許されるなら一生この世界で過ごしたい。もう出た
くねー⋮⋮﹂
﹁それも極端だなあ!﹂
シスくんは頭を抱えてゴロゴロと辺りを転がっていた。
﹁だってさー。現実世界ってつまんねーじゃんー。剣とか振り回せ
ねーし、魔術もねーし。
ちょっとお金が足りないときとか、通学時にモンスターとエンカ
ウントして金稼ぎとかできねーしー。
もっと世界とか救いてーんだよ俺はー!﹂
少年は思いっきり叫ぶ。
い、潔い⋮⋮
549
むしろここまで行くとカッコいいな⋮⋮
シスくんの情熱に突き動かされたのか、よっちゃんも小さくため
息をついていた。
﹁拙者も、ちょっと思ってる。
﹃VRMMO﹄って言葉を聞いたのは、この世界に入ってからだけ
ど⋮⋮
でも、こんな素敵なこと、他にないって思う⋮⋮﹂
え、えー⋮⋮
うっそー、みんなそう思ってたの?
じゃあなんでルビアとかあんなに怒っちゃったんだろう⋮⋮
今更あの子の考えていることがわからないなんて⋮⋮
よっちゃんは肩を落とし、しょんぼりと。
﹁⋮⋮うちがいくら憧れてても、現代社会でニンジャになんてなれ
ないし⋮⋮﹂
ああっ、よっちゃん、ロールプレイが台無しに!
﹁ご、ごめんねなんか、みんな暗くなっちゃったね﹂
わたしが仕切り直そうとすると、シスくんが出し抜けに立ち上が
った。
﹁でもさー!﹂
ビクッ。
急に大きな声を!
550
﹁それとこれとは別問題じゃねー? ルルシさんよー﹂
え、えー?
なになに。
﹁だからさ、俺たちが出たい出たくないに関わらず、ラスボス戦は
迫っているわけだろ?﹂
﹁ま、まあそうね。レスターは明後日の朝に出発するつもりみたい
だよ﹂
﹁考えてみてくれよ﹂
シスくんは再びしゃがみ、真剣な顔でわたしを見つめる。
こんなにカッコイイの、シスくんらしくない︵ひどい︶。
﹁もし俺たちがラスボス退治にいかないとすると、だ⋮⋮どっかで
誰かがラスボスを倒すとする。
魂の開放だ。パーンッ。
そしたら俺たち的には、急に遊んでたゲームが終わって、ゲーム
から放り出されるんだぜ!?
現実に戻ってから、泣きたくならねえ!?﹂
ハッとした。
パリーンと世界が割れたような気がした。
なにそれ、ずるい!
ずるいわよ!
叫び返す。
﹁⋮⋮なる!!﹂
551
うわー。
それ最悪だよー! マジで最悪だよー!
シスくんは一言でわたしの迷いを吹き飛ばした。
目が覚めた気分だった。
絶対に嫌だよそんなの。
シスくんは髪をかきあげて、気だるそうに息をはいた。
﹁だったらさ、行くしかなくね? その結果どうなろうともさ﹂
確かに⋮⋮
すごいなあこの子。
実はイオリオよりずっと頭がよかったりするんじゃないだろうか。
シスくんのポテンシャル凄まじいわー。
わたしは彼の手を強く握る。
﹁ありがとうシスくん⋮⋮そうよね、やってみてから考えろってこ
とよね!﹂
﹁お、おう⋮⋮そいつぁなによりで⋮⋮﹂
あれ、なんで若干引いているんだ。
﹁あ、でもいい方法があるよ﹂
わたしはふいに思いついた。
﹁遺跡に着いたところでレスターを殺すの。
そしたら少なくとも数日はこのゲームで過ごせる時間が伸びるよ﹂
﹁マイギルドマスター!? 急に発想が怖いんだが!?﹂
シスくんが仰け反って叫ぶ。
552
やだなあ、冗談デスヨ、冗談。
っていうか、よっちゃんも目を白黒させていた。
﹁ひ、人殺しはだめでござる!﹂
暗殺を真っ向から否定するニンジャがここに。
良い子すぎるよよっちゃん。
﹁てーかさー﹂
シスくんが頬杖をついて、今度は胡乱げな目を向けてくる。
﹁多分それ、ルルシさんが言ったから拗ねちまったんじゃねーのー
?﹂
一瞬なんのことかわからなかった。
ルビアのことだと気づく。
﹁え、なんで?﹂
﹁だってさ、約束したんだろ? いざとなったら自分がなんとかし
てやる、って﹂
﹁そんなこと⋮⋮﹂
言った、かな⋮⋮?
記憶を探る。
言ったような気もする⋮⋮
てか、言ったっけ⋮⋮
ああっ、思い出せない! わたしダメな子!
﹁る、ルルシ=サン? なんだか面白い動きをしているでござるぞ
553
⋮⋮﹂
ああっ、よっちゃんからも百面相扱いされて!
うーうー⋮⋮でもそういうことなのかなあ⋮⋮!?
シスくんにおずおずと尋ねる。
﹁だ、だからルビアが怒った、って?﹂
﹁まあ知らねーけど。あの人の機嫌は、秋の空よりコロコロ変わる
から﹂
﹁うーむ⋮⋮﹂
ということは、やはり悪いのはわたし⋮⋮か。
これはどうやら、一度謝ったほうがいい気がする。
ルビアと会おう。
⋮⋮そのうちに。
煩悶していると、シスくんがよしっと手を打ちます。
﹁ンなことより、あっちにダンジョン見つけたんだよ、ダンジョン
! な、今から探検しねえ!?﹂
えーっと。
シスくんのシリアスモード、本日しゅーりょーのお知らせです。 段丘にぽっかりと空いた横穴。その入口にはひとりのオジサンが
立っていました。
ご丁寧に、クエスト発注者がダンジョンの真ん前にいるという配
置。
554
余計な手間を省く作りはイマドキのMMOらしくて、すごくいい
ねー。
﹁ちょっくら見てきたんだけどさ、中の敵だいぶ強いみたいでよー﹂
シスくんですら手こずるとか、無理ゲーの予感。
﹁それわたしたち前衛三人で行っても死闘になるんじゃないかな﹂
回復魔術使いがいないという、致命的な欠陥を抱えたこのパーテ
ィー⋮⋮
﹁んじゃーイオリオでも呼ぶか﹂
シスくんはすっごく気楽に言う。
ピザでも頼むか、みたいな口調で。
ぴっぽっぱっとコールしているみたいだけどさ、望み薄なんじゃ
ないかな。
だって、イオリオ今結構忙しいよ。<キングダム>で言語学者み
たいな扱いされてるし。
さすがにちょっと無理じゃないかなあ。
﹁来るってよ﹂
早! 返事早っ!
あいつ絶対今忙しいはずでしょ!?
わたしの気遣いを返せ!
えー、ていうかそしたらー。<ウェブログ>全員集合みたいなノ
リじゃなーい?
555
﹁んじゃー、ルルシさんはルビアさんに連絡よろしくなー﹂
やっぱり。
キミあれでしょ、なにげない感じを装っているけど、俺が仲直り
のセッティングしてやったぜ、みたいな感じでしょ。
もー。そういうのさー。もー。
なんできょうだけこんなにウダウダするのかなー⋮⋮
くー、昔のわたしならパッとコールかけられたはずだったが、膝
に矢を受けてしまってな⋮⋮
シスとヨギリの視線を感じつつ⋮⋮さんざん悩んだ結果、チャッ
トを送ることにした。
誰だ今わたしのことヘタレっつったやつぅ!
ナイーブな一面見せてるだけですからぁ!
はー。こんなに緊張したのって、初めて声をかけたとき以来かも
しれないよ。
さすがにもう瑞穂のほうは覚えてないだろうけどね。
当時は有象無象のひとりでしたからわたし。
思い返す。あんときは確かに馴れ馴れしかったよ。でもさ、複数
人で遊べるゲームをやってて、しかもわたしも鞄の中に持ち歩いて
いたなんて。ちょっと奇跡的だと思ったから。
これもキミは知らないけどさ、ホントは結構勇気を振り絞ったん
だぜ。
﹃楽しいよね、このゲーム。良かったら一緒にどうかな。先輩と遊
んでくれない?﹄
キーボードを叩いて文字を打つ。
556
三分後、返信がきた。
﹃なんですか? ほっといてください先輩﹄
ひどく辛辣な文面だ。
やはりまだ怒っているのだろうか。
︱︱などと他人が見たなら思うかもしれない。
わたしは頬を緩めてしまった。
彼女も覚えていたのだ。
それは、あのときわたしと彼女が交わした初めての会話で。
﹁あれ、ルビアさんからコールだ。でもなんで俺に﹂
シスがわたしのほうを見ながらコールを受け取っていた。
今いる場所などを伝達し、首をひねる。
﹁来るってさ。っていうかなんか嬉しそうだったけど、ルルシさん
なんかしたの?﹂
﹁ちょっと魔法をね﹂
わたしは照れながら頬をかく。ふたりは怪訝そうな顔をしていた。
しばらく経ち、先にイオリオが、遅れてルビアがやってくる。
わたしたち四人+ヨギリのダンジョン探索が始まる。
突入直前、ルビアがわたしの肘をつついて、囁いてきた。
557
﹁あの、昨日はさすがに⋮⋮
特に脳みそド腐れ女は言い過ぎまして﹂
ホントにな。
でもいいよ、わたしも思うから。
キミがいてくれてよかった、ってさ。
558
◇◆ 28日目 ◇◇★ その1
ここ数日はホントにプライベートの恥ずかしい話ばっかり書いて
いる気がする⋮⋮
いいんだ、ブログって元からそういうもんだから⋮⋮
自らの恥部を切り売りしてアクセス数を稼ぐのがブロガーっても
んだから⋮⋮︵偏見︶
で、朝日とともにヴァンフォーレストに帰ってきたわたしたち。
その足取りは控えめに表現してもまるでゾンビのよう。
いやー⋮⋮本気辛かった。
ていうか、なんでみんな生きてたんだろう。
わたしたちもしかしてチートキャラの集団なの?
HPが残り一割を切ってた場面が全員十回ぐらいあった気がする
んだけど︵言い過ぎ︶。
ちなみによっちゃんなんかは﹁<キングダム>の訓練の百倍ぐら
いの密度があった⋮⋮﹂とか語ってました。
メンタルとタイムの部屋のようだ。
違うよ。わたしたちのは訓練じゃなくて事故だよ⋮⋮
こんなはずじゃなかったんだ。
もっと、キャッキャウフフな感じで。ルビアちゃんと仲直りピク
ニックのつもりで。
559
それがフタを開けたら、ただの死闘だったよ⋮⋮
ダンジョンの奥なんて、遺跡ばりの敵が出てきたからね。
辛かった⋮⋮
まあ、おかげでスキルはとんでもなく上がりました。
もう二度と行かねーけどな!
つーかなんで誰も途中で止めようとか言い出さないんだよ!
もっと冷静になろうよ!
全員が一丸となってひたすらに生き残るために全力を尽くした一
日でした。
こんなことばっかりやっているから、
まったり系ギルドのはずの<ウェブログ>が<キングダム>に目
をつけられちゃうんだよ⋮⋮!
ホント、こんなことに巻き込んでごめんねよっちゃん⋮⋮
お願いだからこれに懲りないでまた遊んで⋮⋮
あ、あとはドロップアイテムもなかなかのが出ました。
これは︵むしろこれだけが︶純粋に嬉しかった。
スタン効果のついた︻トゲトゲしいダガー︼はよっちゃんに。
とってもピョンピョンと喜んでくれていたので、多分また来週も
地獄に付き合ってくれるはず⋮⋮
秒間MP回復効果のついた︻白いローブ︼がイオリオ。
全身白ずくめの清廉な司祭っぽいファッションになったので、余
560
計に腹黒さが強調される結果になりました。
︻炎の属性を持つハルバード︼は使い手がいなかったので、自動的
にシスくん行きです。
ウェポンマスターがいると、武器を腐らせることがないから便利
すぎィ。
ルビアちゃんは、なんだったかな。キラキラした貴金属とか集め
ていたような。
彼女だけなんか違うんだよな⋮⋮性能とかじゃないんだよな⋮⋮
本人満足そうだからいいケド。
あ、わたしはなんか水薬いっぱいもらいました。
ありがたいね。少しでも︻犠牲︼で死なないようにってさ。
全員でギルドハウスに戻り、全員で寝床につきました。さすがに
体力の限界です。
シスくんとか72時間ぐらい起きていたみたいだし⋮⋮本当に人
間か?
というわけでこの日記は午後、起きてから書いています。
明日の朝は進軍だから、今からまた明日の準備を整えないといけ
ないのさ⋮⋮
あーもう、ここ一週間ぐらいひたすら忙しい気がするんだけど!
大学生活より充実してる⋮⋮!
561
﹁しっかしお金を余らせてもしょうがないもんねえ。良い鎧でもあ
ったら、多少高くても買っちゃうんだけどなあ⋮⋮﹂
そんなことをぼやきながら、わたしはショッピングです。
街の防具屋をめぐってみようっと。
﹁なあなあ、そこの綺麗な剣士サン、これどうよ﹂
﹁え?﹂
綺麗ってわたしのことー?
ってそんな見え見えの世辞に引っかかりませんけど。
そこにいたのは優男のヒューマン。
ペラペラとビラのようなものを手渡して、というよりも半ば強引
に押し付けてくる。
﹁世界を救う戦いよ。どう? 誰でも参加オッケーで今なら気軽に
募集しているよー。高貴な女騎士さんもいっちょ噛んでみない?﹂
見やる。
そこにあったのは檄文だ。
﹃このネットゲームに閉じ込められた諸君。今こそ立ち上がるとき
は来た。世界を救うのは君たちだ。剣を持て。杖を掲げろ。我らと
共に行こう、禁断の地へ!﹄
思わず﹁うわぁ﹂と声が出た。
仲間を集めているとは聞いていたが、こんな恥ずかしい紙をばら
まいていたのか⋮⋮
562
文面考えたのは、多分レスターじゃないと思うけども⋮⋮
裏を見ると署名の数々。<キングダム>だけではない。
ヴァンフォーレストの数々のギルドが名を連ねている。そこには
<ウェブログ>の名も。
﹁ね、どう? 今ならお弁当も出るし、水薬っつー貴重なアイテム
も支給されるよ? 出発は明日! 急で申し訳ないんだけど、とに
かく人数集めているんだよねー﹂
﹁はあ﹂
タダで水薬がもらえるんだ。
なら参加しておこうかな、なんて思っていたところで。
ひとりの男の人が血相を変えてこちらに走って来ました。
あ、こっちは<キングダム>のエンブレムの人だ。
優男はへらへらとした笑み。
﹁あ、ダンナからも誘ってくれませんかね? このお嬢さん、なか
なか首を縦に振ってくれなくて。こんな一大イベントなのに﹂
﹁馬鹿野郎っ!﹂
うわあ。
急に怒鳴るのやめてほしい。心臓に悪いから。
﹁お前この方を誰だと思ってんだ?﹂
﹁は? いや、キレーな人だなーって⋮⋮﹂
﹁馬鹿野郎!﹂
男の人は再び叱りつけると、優男さんの頭を掴んで無理矢理謝ら
563
せた。
﹁申し訳ございませんでした!﹂
ええー!?
なんでふたりして急に謝罪しているの!?
﹁白刃姫さま! 無礼なこの男を何卒お許し下さい!﹂
え、ええー⋮⋮?
白刃姫って、<キングダム>がわたしに勝手につけた二つ名じゃ
ないか⋮⋮
なにこれ、なんでこんなことになっちゃっているの。
あくまでも頭を下げたまま、優男さんのほうはぷるぷる震えてい
ました。
﹁⋮⋮マジすか、この人がっすか⋮⋮﹂
﹁名前ぐらい覚えておけ、お前⋮⋮﹂
﹁⋮⋮アレっすか、<キングダム>の精鋭が束になっても敵わなか
ったゴーレムを、たったひとりで三匹も始末したっつー⋮⋮﹂
始末してないなー!?
﹁あのレスターさまとデュエルして生き残った唯一の冒険者だぞ⋮
⋮﹂
いつからこのゲーム、デスゲームになっちゃったの!?
ていうかデュエルのこととかバレてるし!
﹁⋮⋮お、俺は大変な口を聞いちまった⋮⋮﹂
564
あ、ああもう、め、めんどくせえー!
﹁ま、まあわたしは気にしてないから。だからほら、ね、顔をあげ
て﹂
跪いて、わたしを見上げるふたりの男性。
その目には畏敬の念。
﹃白刃姫さまっ⋮⋮!﹄
﹁⋮⋮はは、あはは﹂
乾いた笑い声をあげながら、その場を少しずつ去ってゆく以外に
なにができただろうか!
あーもう、なにこれ、ちょうハズい⋮⋮
昼夢市で水薬やら触媒やら必要なものを調達していると、モモち
ゃんからコールが入りました。
﹃渡したいものがあるから、自分たちのギルドハウスに来てもらい
たい﹄とのことだ。
そういえばギルドの様子も見てなかったし、もうすぐゲームが終
わるんだとしても一回ぐらいは遊びに行こうと思っていたんだよな
ー。
今までお話はちょっと聞いてたけど、相談もされなかったし、ず
っとうまくいっている風だったから心配してなかったのよね。
モモちゃんたちのギルドハウスは、ヴァンフォーレストの海側に
565
あるようだった。
徒歩で10分少々。
﹁こっちこっちー﹂
ぴょんぴょんと飛び跳ねながらこちらに手を振るのは、とてもと
ても可愛い褐色ロリ。モモちゃんとても可愛いです。
ギルドハウスの前でお出迎えしてくれました。
きょうはツインテールなのね。いいよいいよ、そういうの好きよ
おねえさん。
ルビアと違って全然あざとくない。ふしぎ。
頭の上の大きなリボンも揺れて、わたしを手招きしているようで
す。飛び跳ね可愛い。
﹁ごめんごめん、待った?﹂
﹁え? ううん、全然⋮⋮あ、ううん! 今来た、今来たところだ
よ!﹂
﹁え? そう?﹂
なぜか顔を赤らめて言い直すモモちゃん。
ギルドハウスで待っててくれたはずなのに、今来たとは一体⋮⋮
わからない。時々この子がわからない。
そんなことも露知らず。
﹁はい、おねえさんこれ、ギルドパスだよ﹂
モモちゃんはラブレターでも渡すように、手紙のようなものを突
566
き出してくる。
ピンクの便箋がとってもラブリー。
﹁うん、サンキュー﹂
これがギルドハウスへの行き来を可能にするパスポートというわ
けですね。
アイテムバッグにしまい、モモちゃんに誘われるまま扉をくぐる。
彼女の新たな居場所に足を踏み入れます。ドキドキ。
おお、ハウスの規模が大きい。
メンバー10名越えているから二階もあるみたいだ。
でもそれよりも目についたのは、調度品の数々。
うーん、さすがはクラフターの集まり。内装は<キングダム>と
比べても遜色ない豪華さだ。
机も椅子も壁紙もカーテンも絨毯もなにもかも全部ハンドメイド
なんだろうなー。
とっても素敵。こういうところに住みたいわぁ⋮⋮
内観に見とれていると、えへへ、とモモちゃんが隣で笑っていま
す。
﹁ようこそ、ギルド<虹色工房>へ﹂
若干得意げなその笑みは、どこか誇らしそうで。
﹁いい名前だね﹂
わたしが褒めると、さらに頬を赤く染めた。
567
こんなにちっちゃいのに、もう立派なギルドマスターさんだね。
嬉しいような寂しいような。うん、ちょっと複雑です、おねーさ
ん。
モモちゃんは頬に手を当てて中に呼びかける。
﹁みんなー! おねえさんが来てくれたよー!﹂
すると続々とギルドメンバーが集まって来ました。
わ、わ、みんなちっちゃくて可愛い!
﹁おねえさんー﹂﹁おねえさんだー!﹂﹁わーいわーい﹂﹁こんに
ちはー、いいところでしょー﹂﹁おねえさん結婚してー﹂﹁ここめ
っちゃ居心地いいぞ﹂﹁おねえさんー﹂
なんかお茶とか運んできてくれるし、白雪姫と七人の小人みたい!
わたしは白刃姫だって? 一文字違いで大違いですね。
どの子も楽しくやっているみたいで、良かった良かった。おねー
さん嬉しいよ。
﹁それでね、きょうはモモたちからおねえさんにプレゼントがある
の!﹂
﹁あらまあ﹂
一瞬だけ、ホントに一瞬だけなんだけどね。
このエロ厨房ならこれだけ多くの子が見ている前でも﹃ぷ、プレ
ゼントはね⋮⋮モモ、だよ♡﹄とか言って服を脱ぎだしそうだなあ、
とか思ってしまったよ。
568
そんな妄想をしていると。
﹁実は、みんなでおねえさんたちの戦いに役立つように、色んな装
備を作ったんだよ。使ってくれると嬉しいなあ!﹂
ピカピカの眩しい笑顔。
うっ⋮⋮こんな美少女を前にわたしは、なんてみだらな想像を⋮⋮
心が汚れているのはわたしだった⋮⋮!
わたしたちがラスボスに挑むというのは、モモちゃんたちの耳に
も届いているようだ。
そりゃそうか、クラフターともなれば世間の動向には詳しくない
といけないもんね。
で、きっとモモちゃんも噂を聞きつけてくれたんだろう。
ホンマにええ子や⋮⋮
モモはテーブルの上に合成品を並べてゆく。
ゴトッ。ガタッ。ゴロゴロ。ゴトゴト。
どんどん出てくるんですけど。
えっ、えっ、一個か二個ぐらいじゃないの!?
春の新作︻チェインメイル︼フルセット!?
それだけじゃなかった。テーブルの上はあっという間に装備品で
埋まってゆく。
わたしの分だけじゃなくてシスの︻スケイル装備︼。
イオリオの︻ローブ一式︼。
ルビアはレザー防具を自作しているからというので、軽くて硬い
569
︻カイトシールド︼。
さらに大量の水薬。ところ狭しと並べられた。
これ全部合わせてどんだけお金かかったの⋮⋮?
﹁鎧はほとんど僕が作ったんですよ﹂
えっへんと胸を張るのは、副マスターのカットくん。
この子は板金師さんでしたか。
いやーすごいけどさー⋮⋮
﹁モモ、これ﹂
思わず真顔に戻ります。
さすがにこれは買い取り切れないよ。水薬8本とはわけが違う。
モモちゃん憧れの女神おねーさまでも無理無理。
するとモモちゃんはわたしの手を握って、静かに首を振った。
﹁お金なんていらないよ。だっておねえさんが取り返してくれたも
のだもん﹂
﹁いや、だからってさ﹂
彼女たちが<キングダム>で奴隷のような身分で稼いだお金は、
返還された。
確かにそれを頼んだのはわたしだが、結局はレスターの勇断だ。
だからいくらなんでも、こんな高額のアイテムをタダでもらうわ
けにはいかない。
きちんと相場の代金をお支払いしないと。
570
一向に受け取ろうとしないわたしの手を、モモちゃんが引く。
﹁え、なになに?﹂
立って立ってと急かされて。
﹁それとね、それとね﹂
わたしはモモちゃんの部屋に連れ込まれる。
え、体で払えって? それだとちょっと条例に引っかかっちゃう
んだけど⋮⋮
﹁それでね、これもなんだよ﹂
違ったようだ。
ふたりっきりになった彼女は、プレゼントボックスを開くような
顔でそれを取り出した。
銀色の衣に色鮮やかな装飾が施された防具だ。
掲げて、わたしの肩に当ててくる。
﹁4回失敗しちゃったけど、最後の1回がうまくいったから、その、
おねえさんの分しかできなかったけど、新作防具なんだよ。︻ブリ
ガンダイン︼っていうんだ﹂
ファンタジーではお馴染みの防具だ。
マント
作品によって扱いは違うが︱︱恐らく﹃666﹄でのカテゴリー
は外套なのだろう。とにかく美麗で、高貴だった。
571
思わず見惚れてしまった。
﹁うわー⋮⋮かっこいい﹂
きっとわたしが戦闘中に身に着けている︻髪の羽飾り︼と、非常
によく似合うだろう。
っていうか、すごいよこれ。
ゲーム開始時から延々と制作に没頭し続けてきたクラフター集団
が、1/5の確率で作り出した一品だよ。
現時点でこのドミティアに一体いくつ存在しているのもわからな
い。
防御性能だって頭ひとつ抜けているだろうし⋮⋮
とても値段なんて付けられないんじゃないかな。
﹁おねえさんにとっても似合うと思って﹂
﹁いやーさすがにこれは⋮⋮﹂
厚意は嬉しいけれど。
こんなの有り金どころか、持ち物全部置いてっても、全然釣り合
わないでしょう。
わたしが難色を示していると、モモちゃんは頬を膨らませる。
﹁もう、おねえさん⋮⋮これ以上言うと、さすがにモモも怒っちゃ
うよ﹂
彼女は目尻を指で吊り上げながらそんなことを言う。
この子に怒られるのはやだなあ。
いつまでも可愛くて優しいモモちゃんでいてほしいし。
572
﹁あんまりわがまま言っちゃだめなんだからね、おねえさん﹂
そっか、この場合わたしが身勝手なのか⋮⋮
モモちゃんの頭を撫でる。
彼女はまだ、わたしを警戒しているようだったが。
﹁⋮⋮わかった。ありがたくちょうだいするよ、モモちゃん﹂
そう告げると、緊張を解いて笑顔を見せてくれた。
﹁わぁい﹂
わたしが困ったように髪をいじると、彼女は手放しで喜んでいた。
﹁もらってくれてありがと、おねえさん﹂
おかしいね。
贈り物をしたモモちゃんのほうがよっぽど嬉しそうだ。
﹁ずっと街の中にいたから、やっぱりおねえさんと一緒に戦うこと
はできないけど⋮⋮﹂
うん、クラフターが楽しかったのね。
それはとても良いことなのよ。だってキミにはキミの物語がある
んだから。
でもこうやって、キミの道とわたしの道が交差するときもある。
だから面白いのよね。MMOっていうのは。
モモちゃんは目を伏せて、それから再びわたしを見つめる。
573
﹁ねえ、これでモモも、ようやくおねえさんの力になれたかな﹂
モモちゃんがわたしを見つめる瞳は、本当にキラキラしていて。
くすぐったい。
その純粋な眼差しを浴びて、わたしは思い出す。
今や心の汚れきったルルシィールさんが、初めてネットゲームで
遊んだときの記憶だ。
今まで色んなMMORPGを経験してきたけど、あれだけは絶対
に忘れない、色褪せることのない思い出。
ニュービー︵初心者︶だったわたしを導いてくれた人がいた。
右も左もわからないようなわたしを、面倒がらずに色々と教えて
くれた先生みたいな人。
本職は戦士だったはずだけど、魔法もかなり高位のものを扱って
いた。なんでも知っているし、わたしにもとっても親切にしてくれ
た。
礼儀も知らなかったようながきんちょに、ネットゲームの作法も
教えてくださったね。
当時、攻略情報も何もしらなかったわたしは、その人ならなんだ
ってできるのだろうと思っていた。だって、わたしが困っていたこ
とはなんでも解決してくれたんだもの。
本当に、物語の中の勇者のような人だった。
でもわたしときたら、その後ろにおっかなびっくりくっついてい
くばかりでね。まるで役に立てなかったし。
⋮⋮悔しかったなあ。
でも、あの人がいなければ、今のわたしはなかったんだと思う。
574
こんなにネットゲームにハマることもなかったかも。
それぐらい、大切な出会いだったんだけど。
わたしがちょっとずつ強くなっていくうちに、その人は徐々に姿
を見せなくなっていった。
もしいつか、あの人が困ったときには力になれるようにって、結
構がむしゃらに頑張ってったんだけどね。
結局、その人と会うことはほとんどなくなっちゃってさ。
そのうちその人は姿を見かけなくなり、わたしはなにも報いるこ
とができないまま二度と会うこともなくなっちゃって。
今頃どうしているのかななんて、ひとりでいると考えたりもして。
声をかけられれば嬉しくて、一緒に冒険すると誇らしくて、足を
引っ張らないかとひどく緊張して、それでも少しでも成長した姿を
見てほしくて、さ。
ここまで育ててくれた、お礼がしたくて。
﹁ありがとうございます﹂って言いたくて。
決してうぬぼれているわけではないけれども。
モモちゃんの熱を帯びた視線は、あの人を見るあの頃のわたしの
ようだね。
わたしもこの子の特別な存在になれたなら、嬉しいな。
物語の中の勇者のような人だって、思ってもらえているかな。
だったらさ、わたしは彼女の期待に答えなければならないね。
あの人がそうしていたように、ね。
だから。
﹁ありがとう。悪い神さまなんて、蹴散らしてくるからね﹂
575
わたしはモモに笑いかける
﹁⋮⋮うんっ。おねえさんなら、イチコロだよっ﹂
カッコ悪いところ、見せられないね。
576
◆◆ 28日目 ◆◆ その2
その夜。
最後の調整から戻ってきたわたしたちは、ギルドハウスで小さな
送別会を行なうことにした。
気が早いかもしれないけれど。
でも、ラスボスを倒してもさ、どの時点でVRMMOから開放さ
れるかわからなかったから。
もしかしたら止めを刺したその瞬間に世界を追い出されて、わた
したちはPCの前に座っているかもしれないし。
連絡を取ろうにも、ネットゲームのデータがどうなるのかもわか
らないし。
だから先に別れを告げておこうよ、と。
言い出したのはわたしだった。
メンバーは<ウェブログ>の四人だ。誰も反対しなかった︱︱が。
﹁俺たち、ペア&ペアだからさ⋮⋮あんまりなんか、その、お別れ
感が薄いよな﹂
ジンジャーを煽りながらシスがつぶやく。
まったくもってその通り。
﹁目を覚ましても、隣の部屋に行ったらルビアいるんだもんなあ⋮
⋮﹂
﹁な、なんですかその言い方ぁ! いないほうがいいっていうんで
577
すか!?﹂
﹁この際、そのほうが感動が増すよね、イオリオ﹂
﹁まあな。どうだシス。この際助けを待つ悲劇の主人公になってみ
るっていうのは﹂
﹃ひどい!﹄ ルビアとシスが声を合わせて叫ぶ。
オープンルームの、以前はウサギの皮をドサドサと積み上げたテ
ーブルの上には、今は大小様々のお皿と、人数分のコップが並んで
いた。
料理は色とりどりだ。ヴァンフォーレスト名産の森の都サラダ。
ペタゴンフルーツの盛り合わせ。スモークサーモンのマリネ。仔牛
とナスの串焼き。ローストチキンとタマゴのサンドウィッチ。たっ
ぷりのチーズとトマトソースで焼いたアツアツのピザ。
宵越しならぬ、ゲーム越しのお金なんて持っていたって仕方ない
からね。
高い順から買ってきちゃったよ、あは。
と、手元のコップを覗いて、イオリオが眉を潜める。
﹁これもしかして、酒か?﹂
﹁ピンポーン!﹂
叫んだのはルビアだ。若干頬が赤い。
578
﹁せっかく酒場なんてものがあるんですから、ここは楽しんでみな
いと損ですぅ﹂
わたしは19才、ルビアは18才。
実はどちらもまだお酒を飲んだことはありません。
建前上はね、建前上は。
﹁うふふぅ、ちょ∼っとお味が違うんですよねぇ。これがぁ、オト
ナのカ・ン・ジ♡﹂
ルビアちゃんひとり、すっかりデキあがっちゃってまあ。
いやわたしもルビアがお酒を持ち込んでいることは知ってて止め
なかったけどね。
澄まし顔でエールをごくり。
うん、ニガい。
まーあとは、シスとイオリオが酔うとどうなるかも見てみたかっ
たし?
﹁なるほど、マスターもグルか⋮⋮﹂
なぜバレたし! ごまかすために笑う。それでごまかせる相手でもないが。
﹁まあまあ、無礼講無礼講。きょうぐらいはいいじゃない。ね、ね
?﹂
﹁最年長のギルドマスターが自ら率先して言うことじゃねえな⋮⋮﹂
そう言ってお酒を口に含むシス。
の、飲み慣れている⋮⋮?
579
ていうかイオリオも全然顔色変わってないし。
﹁あ、あれ、なんかふたりとも全然平気そうだね﹂
﹁別に実際にアルコールを摂取しているわけじゃない。このゲーム
での僕たちの体は大人のものだ。それならこれだってゲーム的な処
理をされていると推察される﹂
﹁えーなにそれー﹂
ゴクゴク飲みやがって。
とか言っているわたしも微酔してきているものの、それ以上の変
化はない。
これではいくら飲んでも視界が回ったりはしないだろうという予
感があった。
うーん、お酒に強い体っていうのも、意外と面白くないものね⋮⋮
﹁⋮⋮あ、いや、でもそしたらさ﹂
気づいた。
わたしたちの視線は必然的にひとりのロリ巨乳に集まる。
﹁え∼へ∼へ∼♡﹂
耳まで真っ赤にしてデレデレとだらしなく笑うへべれけが、そこ
にいた。
⋮⋮えーと。
﹁子供の体だから⋮⋮ってこと?﹂
指さして発したわたしのその言葉に、シスもイオリオも無言だっ
580
た。
あれ、ルビアの酒癖ってどんな感じだったかな⋮⋮確かめちゃめ
ちゃ絡み酒だったような⋮⋮
なんで未成年のはずのルビアの酒癖を知っているんだ? とかは
今は聞かないでほしい。緊急事態なんです。
﹁うへぇ∼へ∼、せんぱぁ∼い∼♡ ちゅ∼∼∼♡﹂
うわあ出たあ!
迫るな迫るな、女の子とキスする趣味はないんだ!
﹁キミさ! できあがるの早すぎでしょちょっと! アルコール耐
性ゼロか!?﹂
﹁あたしぃ∼、やっぱりぃ∼、先輩のこと⋮⋮好きだなぁ∼∼∼っ
てぇ∼♡﹂
﹁話し通じねえ!﹂
またたびを嗅がされた猫のようにとろんとした顔で抱きついてく
るルビアを、渾身の力で押し返す。
くっそう、この子はどこもかしこも柔らかくて、胸なんてぽよん
ぽよんでずるいなあ!
ルビアはなにやら上手にわたしの手をすり抜けて、ひしと密着し
てくる。
コラコラコラー、シスくんもイオリオも気まずそうにしているじ
ゃん!
そういう関係だって疑われたらどうするのよ!
ああもう、ミニスカ履いているくせに人の目を気にしないから、
パンツ見えているでしょうパンツ。
581
なんでわたしが隠してあげないといけないのよ。
すると彼女はますます嬉しそうにわたしの胸に顔を埋めてきて。
﹁えぇ∼∼∼、先輩ぃ、なんであたしのおしり撫でるんですかぁ∼
∼∼♡ きゃっ♡﹂
﹁うっぜえええええ!﹂
クールをウリにしているわたしもさすがに口汚く叫んでしまう。
こんなんじゃのんびり飲んでもいられない。
﹁よし、シスくんパスだ!﹂
ルビアを抱き上げて、シスくんに押しつける。
﹁お、俺ぇ!?﹂
目を丸くするシス。ルビアちゃん好き好き疑惑があったくせに、
すごく嫌そうだ。
ほらほら、可愛いよー︵見た目は︶。
しかしその間にわたしはイオリオの隣に避難しているのだ。
頑張れ若人!
﹁え∼∼、先輩がシスになってますぅ∼。ちょっとぉ、シスは先輩
じゃないんだからあたしのこと触っちゃだめですよぉ∼?﹂
﹁さささ触ってねーし!?﹂
こちらにゆらゆらと伸ばしてくるルビアの手を平手で払う。
わたしに絡むな。隣にオモチャ置いといたでしょ。
酩酊状態のルビアにも拒絶の意思は伝わったようで。
582
するとルビアは口を尖らせながらシスくんの顔を覗き込む。
﹁ぶ∼⋮⋮じゃあシス、お話しますぅ∼?﹂
﹁お、おう﹂
ヘイトコントロールは成功。ターゲットの切り替え完了しました。
さすがタンク︵暫定︶のわたし。我ながら惚れ惚れする手腕だわ。
﹁シスってこうしてみると、イケメンなんですけどぉ∼⋮⋮﹂
﹁そ、そうかな﹂
屈んで上目遣いにシスを見やるルビア。
艶やかに頬を染めた彼女は、完全に小悪魔顔だ。
﹁あ∼、今またあたしの胸見たでしょぉ∼? もぉ∼∼、シスって
ばエッチぃ∼∼﹂
﹁すみませんお願いだから勘弁して下さい。助けてくださいギルド
マスター!﹂
﹁でも見たよね今﹂
﹁見ましたぁ∼∼﹂
﹁だって屈むから! 仕方なくね!?﹂
逆ギレのシス。あ、この子もちょっと酔ってんな。
いや、わかるよ。あの角度だったらルビアちゃんの谷間が相当き
わどいことになるもんね。わかるわかる。
﹁まぁ別にぃ、それぐらいはいつでも見せてあげてもいいんですけ
どぉ∼。えへへぇ。ちら、ちらちらぁ∼﹂
583
今度はルビアちゃん、にこやかにブラウスの襟元を開いて見せつ
けたりしています。
酔っ払い状態だとこの子、こんなサービス精神まで見せるのか⋮⋮
あざとい︵確信︶。
﹁ぶっ﹂
顔を真っ赤にして吹き出すシスくんだけど、その目は釘付けのよ
うで。
あー、あれは確実にブラまで見えてますねー。
うん、このサラダ美味しい。
﹁え∼へ∼へ∼⋮⋮もっと、みたぁ∼い∼?﹂
﹁え、い、いや、その﹂
舌なめずりをしながら近づくルビアは、まるで雄を狙うカマキリ
だ。
この子、シラフに戻ったときに爆死しちゃうんじゃないかしら。
恥ずかしすぎて、耐え切れないんじゃないかしら。
でも、確かにちょっと幼い容姿ではあるものの、ルビアちゃんに
迫られて嫌な思いをする男の子なんているわけがない。
性格はともかく、容姿は完璧だ。
ていうか性格だって天性の甘え上手の気質は、きっと男の人には
ご褒美だろう。知らないけど。
あーいいねこのピザ。お弁当に持っていこうかな。
﹁⋮⋮み、み、みた︱︱﹂
584
と、シスくんが生唾を飲み込んだと同時に、ルビアは身を引く。
﹁でもだ∼め∼、え∼へ∼へ∼﹂
唇に指を当てて、天使のような悪魔の笑顔である。
シスくんはテーブルに激しく頭を打ち付けて反省しています。可
哀想に。
ルビアが覚えていたら、一生このことでからかわれるだろうな⋮⋮
﹁あっ、でもでもぉ∼∼♡ 先輩だったらぁ、別にいつでもぉ∼∼
∼♡﹂
なんとなくこちらに被害が及びそうな気配を感じたので。
エールをグイッと飲み干し、叩きつけるようにグラスを置く。
﹁うん。ねえイオリオ、わたしちょっと酔ってきたから外の空気が
吸いたいなーって﹂
黙々と食事をしていた彼も、わたしとまったく同じ表情︱︱つま
りは無関心だ︱︱で大きくうなずく。
﹁そうか、奇遇だな。僕も酔って今にも倒れそうだ。ちょっと夜風
に当たってこよう﹂
﹁うそつけよてめーら! さっきまで涼しい顔してただろーが!﹂
叫ぶのはシス。おでこが赤くなっている。きっと︽頭突き︾スキ
ルがあがったことだろう。おめでとう。
わたしとイオリオを追うようにテーブルを回りこんでようとする
シスくんだったが。
585
﹁あっ、ちょっとぉ、シスくんどこに行く気ですかぁ∼∼? あた
しの話ちゃんと聞いてくださぁい∼∼!﹂
手を握るわけではなく、思い切り足を踏んでシスを引き止めるル
ビア。
鬼か。
シスくんが﹁ぐぎゃあ﹂とかうめいたよ。
まあ酔っ払ってても、男の子相手ならスキンシップも︵かろうじ
て︶自重できているみたいだから、間違いは起こらないでしょう。
問題なし。
﹁HELP ME! HELP ME!﹂
プラトニックっていいねえ。
こうしてシスくんとルビアは決戦前、お互いの気持ちを確認する
のでした。
はー、キュンキュンするなぁー︵棒︶。
﹁ん∼∼∼﹂
思いっきり背伸びをする。
ヴァンフォーレストの星は綺麗だ。こんなのはきっと海外にでも
行かないと見られないような夜空だろう。
﹁気持ちいいねー﹂
586
振り返る。イオリオも突っ立って星を眺めていた。
﹁気づかなかった。星座も全然違うんだな。それに月がふたつある﹂
﹁えっ、ホント? どれどれ﹂
あー、ホントだ。
﹁すごい作りこみだねえー﹂
こんなときまでネットゲームの設計に感動してしまうわたしたち
は、きっと血の一滴までゲーマーなのだろう。
それがなにやらおかしくて、笑ってしまう。
﹁なんか、全然送別会って雰囲気じゃなくなっちゃったね﹂
﹁マスターたちの企みのせいでな﹂
悪いが聞こえないよ、耳にバナナが入ってて⋮⋮
﹁シスくんとかルビアとか、ひょっとしたら泣いちゃうかもって思
ってたのに﹂
﹁多分シスは今頃泣いていると思う﹂
﹁意味がちょっと違う、っておねえさん思うな﹂
﹁まあ見捨てたのは僕たちだ。やつのことは早く忘れよう。新たな
仲間はどんなやつがいいか。元気が良くて武器をなんでも扱える男
がいいな﹂
﹁切り替え早すぎない!?﹂
ていうか、イオリオもちょっとテンションが変かも。
わたしは首をひねる。っていうかわたしだってそうだ。なんだか
587
感傷的になっている気がする。
あまり効かないとはいえ、やはりお互いアルコールが回っている
のだろう。
ならば、ってわけじゃないけど。
まあせっかくふたりっきりでこんな満天の星の下だしね。
﹁ところでさ、イオリオくんさ﹂
なんすかね? と聞き返される。
言葉はするりと喉を通って出た。
﹁こないだわたしのこと好きって言ってたよね。あれの話の続きを
今しようよ﹂
イオリオくんが盛大に吹き出した。
﹁あ、シスくんっぽい﹂
やっぱり幼馴染同士だからか、時々仕草が似ているんだね。
のんきに観察していると、彼は口元を手の甲で拭きつつ。
﹁その切り出し方、男らしすぎるだろ﹂
﹁そうかしら﹂
こんな話をするのには、ちょうど良い夜だと思っちゃったんだも
の。
あれからもう十日近く経って、わたしもようやく心の準備ができ
て⋮⋮
アルコールの力って素晴らしい。アルコールバンザイ。
588
イオリオくんはしばらく、言うべき台詞を探すように落ち着かな
い雰囲気だったけれど。
それからふと気づいたような顔で、改めて︱︱今度は神妙に、尋
ねてくる。
﹁⋮⋮ひょっとして。ルルシィールさん、男だったのか?﹂
あ、そう。そう来る。
町の外に行こうぜ⋮⋮ひさしぶりに⋮⋮きれちまったよ⋮⋮
わたしが刀を抜いたのを見ると、イオリオは慌てて﹁冗談だ、冗
談﹂と主張した。
両手を前にあげて、いつになく慌てた顔でね。
﹁すまん、マスターがおかしなことを言い出すから動揺してしまっ
たんだ﹂と彼は素直に頭を下げた。
絶対に許さないけどね。
﹁どういうつもりで僕が告白したか、か﹂
イオリオはずり落ちていた眼鏡を中指で持ち上げると、まるで少
年のような声を上げた。
﹁僕は普段自分の感情を自制できているつもりだ。あまり腹を立て
ることもなければ、そうそう悲しむこともない。理性の楔が感情を
縫い止めているはずだった。こんなことは今までなかったんだ﹂
589
まだ高校生なのに、と思う反面。
イオリオなら実際にそれだけのことができるんだろうな、とも感
じた。
﹁どうしてなのかは、僕にもわからない。ただ、気づけば言ってし
まっていたんだ﹂
その言葉は夜の闇ではなく、わたしの胸に吸い込まれてゆく。
﹁マスターのことは尊敬している。ひとりの人間としては、これか
らも一緒に冒険をしてゆきたいと思っている﹂
﹁わたしはそんな大層な人間じゃないってば﹂
嬉しいけどさ。
﹁あなたは僕にとっては理想的なマスターだ。情熱的で大胆。探究
心豊かで、常に挑戦を忘れない。それでいて非常に道徳的で、心に
理想を描いている﹂
﹁そ、そうかな﹂
﹁ああ。あなたの根本はレスターに近いところにあるのだろう。と
てもよく似ているよ。違いは目的だ。レスターはゲームのクリアそ
のものを目指しているが、あなたはゲームを楽しもうとしている。
だから、あなたの下のほうが居心地が良い﹂
﹁⋮⋮ありがと﹂
レスターに似ているって言われたのは複雑だけれど。
わたしあんな風にいきなり誰かにデュエル仕掛けたりしないよ。
⋮⋮PKはしたけど。
﹁けれど、異性のことになると﹂
590
イオリオは急に語気を萎めた。
﹁⋮⋮その、そういう立場としてきみの隣に立っている自分の姿が
想像できなくて﹂
イオリオはいつもより早口にまくし立てる。
﹁恥ずかしながら僕は今まで女性と付き合った経験がない。だから
どんなことを言えばきみが喜ぶのかわからなくて。失敗するのが怖
いのかもしれない﹂
それは、目の錯覚だったのだろうか。
エルフの魔術師の輪郭が透けて、その後ろに多感な17才の少年
の表情が見えたような気がした。
ふーん。
そっか、イオリオもそんなことを思うんだね。
最近の活躍っぷりを見ているとさ、ちょっとなんだか信じられな
い感じだけど。
﹁じゃあ別にイオリオは、わたしとそういう関係になりたくないっ
てこと?﹂
﹁わからない﹂
いやいや。
そこ大事じゃないですか?
﹁⋮⋮恋心というのは、面倒なものだ﹂
591
それキミが言う!?
人に気持ちをぶつけるだけぶつけてきておいて⋮⋮
わたしが︵日記外で︶どれだけ悩んでいたか⋮⋮!
はてさて、ここで問題です。唐突に。
互いに顔も見えないネットゲームで恋愛感情は成り立つかどうか。
わたしは︱︱基本的にはノーだと思っています。
ドライすぎるって?
まあ聞いておくれよ⋮⋮
というのも、わたしはロールプレイ・プレイヤーなので、誰かに
恋をされてもそれは役割を演じているわたしでしかないのです。
なにかきっかけがあってそう割り切るようになったわけじゃない
役
だとわかった上でのごっこ遊び、擬似恋
けど、自然とそう考えちゃうようになったんだよね。
もちろん、互いに
愛は全然オッケー。つまり恋人ロールプレイってことね。MMOR
PGの冒険に彩りを加えてくれるでしょう。 でもなあ。イオリオはそういうことをするタイプじゃないとわか
っているし。
それに﹃666﹄のケースは特殊なんだよね⋮⋮この世界に閉じ
込められたわたしたちは、ほとんど素みたいなものだし⋮⋮
外見のアバター以外は、まんま一緒だからね⋮⋮
こんな状況想定してなかったから、悩ましい。
でもだからってさ。
﹃恋心とは面倒なものだ﹄って目の前のわたしに言うのはひどくな
い?
592
ちょっとダメだと思うんだよね。
今後の彼のためにも、ここは教育しておいてあげないと⋮⋮
ルルシさん、ヤッテヤルデス。
わたしはイオリオの肩をちょいちょいとつつく。
﹁ん?﹂
そうしてこちらを向いた彼の額に裏拳を叩きつけた。
﹁︱︱ッ﹂
思わず顔を抑えてその場にうずくまるイオリオに意地悪な笑みを
浮かべて告げる。
﹁え∼らそうにぃ∼﹂
ちょっぴり瑞穂の真似。
イオリオくんは気づいた様子はないようだったけれど。
﹁な、いきなりなにをするんだ⋮⋮!﹂
わたしはやれやれのポーズを取る。
﹁若人よ⋮⋮ひとつキミに良いことを教えよう。恋心っていうのは
爆弾と一緒なんだよ。着火したらあとは弾けるしかないの。そんな
不発弾を投げられたってこっちが困るんだ﹂
﹁僕だって自分から言うつもりはなかった! だけどきみが!﹂
﹁なにさー﹂
593
顔と顔を突き合わせる。
イオリオは言葉を飲み込みながら身を引いた。
﹁⋮⋮つまり、僕がうかつだったってことか。わかった。認めよう﹂
イオリオくんのそういう物分かりの良いところ、わたし好きだな
ー。
大人びているって感じ。
でも、このままだとちょっとつまんないっていうかさ。
せっかく友達になれたんだし。
﹁よし、じゃあさ。こうしようよ﹂
わたしはニッコリと笑い、人差し指を立てる。
﹁ドミティアから抜けだしたら、わたしとルビア、それにシスくん
とイオリオで遊びにいこうよ。もちろん現実世界でね。それからま
た考えるっていうのはどう?﹂
オトモダチから始めましょう、みたいな。
回りくどいかなあ。
でもネットゲームと違ってリアルはサービス終了しないんだし、
のんびりでも良いんじゃないかな。
その言葉をイオリオは、
﹁前向きな提案だな﹂
と、納得し、了承してくれた。
594
﹁わかった。そうしよう﹂
良かった良かった。
正直、リアルイオリオには結構興味が有るんだよねー。
わくわく。
﹁よーし、けってー﹂
わたしは無理矢理イオリオとハイタッチを交わす。
﹁あ、モモちゃんとかよっちゃんとかレスターも呼んで、慰労会す
るのも面白そうだよね﹂
﹁ああ、そうだな﹂
﹁帰ったら店長に、お店を貸切にしてもらえるかどうか聞いてみよ
うかなー。うふふ、楽しみになってきちゃった﹂
﹁連絡が取れたらいいけどな﹂
﹁もしだめだったら、Twitterでも2chにスレでも立てて
呼びかけるよ。このご時世、いくらでも手段はあるもの﹂
﹁さすがだ、マスター﹂
胸を張るわたしに、イオリオくんの枯れた賛辞。
でも、なんとなく楽しみにしてくれているんだろうな。
さすがに、一ヶ月の付き合いだしね。
眼鏡の奥の瞳でも、それくらいわかるんだから、って感じ。
そういえばもうひとつ疑問があったんだ。
﹁ねえねえ、イオリオ﹂
﹁うん?﹂ 595
﹁やっぱりシスくんがわたし狙いってのはないと思うよ。そんなム
ード全然ないし﹂
言葉だけ聞いたらすんごい自意識過剰ねアタクシ⋮⋮!
でもシスくんはわかりやすいと思うんだけどなあ。
わたしが改めて否定すると、イオリオは頬をかく。
気まずそうに言う。
﹁⋮⋮かもしれない。いや、結局あいつも決めかねているってとこ
ろなんじゃないかな﹂
﹁わたしとルビアの間で?﹂
﹁自分自身の気持ちを、かもしれん﹂
﹁なんか中学生の恋愛みたいだなあ﹂
誰も彼も、妙にふわふわとしている。
手をひとつ繋ぐのでも、地球を揺るがすような決意が必要だった
時のような。
肉体関係や外的要因がほとんど絡まないから、ネット恋愛って妙
にピュアなのよね。
感情にダイレクトに訴えかけてくるっていうか⋮⋮
だからハマっちゃいそうになるんだろうけど。
﹁まあ、その、なんだ﹂
イオリオがわたしから視線を逸らしながら、話をまとめた。
﹁とりあえず、明日はよろしくな。マスター﹂
そうだね。とりあえずは当面の問題をクリアしなきゃ。
596
この世界から抜け出して⋮⋮話はそれからだ。
﹃666﹄が終わるのは寂しいけれど、その先だってわたしたちの
人生は続いてゆく。
明るい未来も、待っている。
まがい物の夜空もいいけれど、それだけじゃあね。
﹁頼りにしているさ﹂
今は魔術師のイオリオに、ギルドマスターのわたしは大きくうな
ずく。
﹁おうよ。任せとけ﹂
ドンと胸を叩き、笑う。
さ、そろそろ戻ろうかな。
シスくんとルビアがどうなっているのか、ちょっと気になってき
たし。
裸で抱き合ってたらどうしよう。面白いけれど、デジカメ持って
ないや。
軽く伸びをして。
イオリオが﹁やっぱり男らしい⋮⋮﹂とか言っていたような気が
したが、わたしはそれを視線で黙らせた。
二度目は言わせませんよ。
597
◆◆ 29日目 ◆◆卍 その1
早朝、わたしたちはヴァンフォーレストの門の前に集合していま
した。
ここに集まっているのは<キングダム>だけではありません。
26日目にイオリオが謎を解いてから三日間。<キングダム>諜
報機関がヴァンフォーレスト中のギルドに声をかけた結果、とんで
もない人数が集まっております。
ていうか諜報機関て。
ネットゲームでそんなの聞いたことないよ⋮⋮
仮設の演壇に立って、レスターが﹃666﹄からの脱出について
演説をしております。
はー、ご立派。
プレイヤーの感情すらも掌握する彼は、まさしくこの世界でも有
数のギルドマスターなんだろうね。
﹁いいか、お前たちはひとりひとりが主人公なんだ。誰かではない。
お前自身の手で物語にピリオドを打て! 誰かではない! お前が
やるんだ!﹂
あっ、それわたしの言葉!
パクった、レスターパクったー!
唸りながら睨む。しかし彼はわたしの視線に気づかない。
あるいは意図的に無視しているのか。
レスターめぇ⋮⋮
598
その演説中、部隊表を配られて、びっくり。
全ギルドを合わせた人数は、なんと213名。
これは第三次北伐の3倍以上に及び、さらにはヴァンフォーレス
トの冒険者人口の五分の一に当たる人数だった。
一斉に遺跡に突入したら、サーバー落ちちゃうんじゃないかなっ
て思う。
参戦しているギルドは13。
<キングダム>のように大規模な攻略系ギルドもあれば、わたした
ち<ウェブログ>のように親しい仲間たちで集まったギルドも参加
しているようだ。
うーん。
ワクワクしちゃうね。
気分が盛り上がってくる。
MMOプレイヤーに貴賎はない。
特にこの﹃666﹄においては、廃人も脇役もいないんだ。
誰もが同じ時間を共有し、同じ世界で過ごしてきた。
ひとりひとりの想いは必ず力になる。
みんな、このドミティアを生きてきた仲間だ。
プレイヤー
この場には、敵なんてどこにもいない。
わたしたちは全員、戦友なんだから。
隣に立つイオリオに、微笑みかける。
﹁頑張ろうね﹂
599
彼はレスターの演説を聞きながら、小さく﹁ああ﹂とうなずいた。
天気は快晴。
気持ちが良いようなラスボス退治日和である。
やがて一同は<キングダム>を先頭に、進軍を開始した。 真新しいチェインメイルの上に白銀のブリガンダインを羽織った
わたしも、その列に加わる。
お、あれはモモちゃんと<七色工房>のみんなじゃないか。
お見送りに来てくれたのねー。嬉しいなー。
手を振る。
すると彼女は、口元に手を当てて。
﹁おねえさん、がんばってー!﹂
声援をくれた。
モモちゃんだけじゃない。彼女のギルドメンバーたちもだ。
大きく叫び返す。
Life﹄の日々もここまでだ。
﹁ありがとうね! わたし行ってくるよー!﹂
The
もう気持ちの整理はついた。
楽しかった﹃666
さあ向かおう、偉大なる封印の地へ。
先ほどから。
﹁う∼∼∼ん⋮⋮﹂
600
歩きながらルビアが一生懸命首を傾げている。
⋮⋮なんのことか、大体わかるんだよなあ。
あんまり聞きたくなかったけど、仕方ない。義務感で尋ねよう。
﹁ルビアちゃん、どうかしたかい﹂
﹁それがですねえ⋮⋮﹂
﹁うん﹂
﹁あたし、なんか昨夜の記憶が、ほとんどないんですよねぇ﹂
案の定である。
覚えていたら、今頃こんな平然としてられないもんね。
逆に言うと、キミはそれだけのことをしたのだよ。
﹁こういう場合ってどうしたらいいんでしょう⋮⋮﹂
いつになく不安そうだ。
確かにまあ、記憶を失うって怖いもんね。
﹁えっと﹂
さすがに不憫に思い、わたしは手を差し伸べてあげる。
﹁聞きたい?﹂
﹁えっ、あ、はい。聞きたいですぅ﹂
ルビアはそれが過ちとも知らず、首を縦に振ってしまう。
そうか、聞きたいか⋮⋮
﹁後悔しない?﹂
601
﹁え? ど、どういう意味ですかぁ?﹂
﹁そのまんまの意味だけど⋮⋮﹂
もしこのことを聞いたら、ルビアちゃんも心に傷を負っちゃうか
もしれないし。
しかし勝ち気な彼女はわたしを促すのである⋮⋮
﹁もったいぶらないでくださぁい﹂
身をかがめてこちらに迫るルビア。
わたしはちょっとだけビクッとしてしまう。
わかったわかった。言うから言うから。
もうちょっと距離を取って。
﹁ていうか、どこまで覚えているの?﹂
﹁えっとぉ∼﹂
ピンクの唇に指を当てて思い出すルビア。
﹁隣にいたはずの先輩が、いつの間にかシスくんになっててぇ∼⋮
⋮?﹂
そっからもう自信がないのかい⋮⋮
﹁⋮⋮じゃあシスと何の話をしていたか、覚えている?﹂
﹁すみません、ちょっと思い出せないです⋮⋮﹂
そっか。あの時点で理性が飛んでいたのか。
﹁だってさ、シス﹂
602
﹁⋮⋮﹂
小声でシスくんに話を振る。
しかし彼は完全に聞こえないフリを決め込んでいた。
思い出したくもないらしい。
全然関係ないけど、スケイルフルセットという格好に戻っている
彼は、とりあえず見てくれはだいぶマシになっていた。
3メートル級のマジックハルバードを担いでいるため、相当に目
立っている。
それはともかく。
﹁わたしとイオリオが少し目を離して戻ってくるとね﹂
﹁はい﹂
﹁キミはシスの前で飛び跳ねながらお歌を熱唱していたんだよ。も
ちろんソロでね。とても楽しそうだったね﹂
﹁え、ええぇ∼∼!? あたしそんなことしませんよぉ!﹂
身を引いて叫ぶルビア。
いや、してたんだって。
ていうかこんなの序の口だし。
﹁その後、観客が増えたことに気分を良くしたキミは、めちゃくち
ゃなダンスを踊っていた。特にコアラみたいな感じでわたしに抱き
ついて足を絡ませてきて嫁入り前の乙女は絶対に取っちゃダメだろ
ってポーズをしていたから、せめてもの情けでシスくんとイオリオ
を部屋に避難させたよ。この時点でわたしはキミと一蓮托生となる
決意をしたんだ﹂
﹁え、えええぇ⋮⋮⋮⋮?﹂
今度は血の気が引いた顔だ。
603
そこから先のことは、シスくんもイオリオも知らない。
朝、わたしがげっそりとした顔で出てきたときに少し話したくら
いだ。
肝心なことはなにも言っていない。
﹁プライベートルームに連れ込んでからのキミのスキンシップはも
う度が過ぎたね。完全に貞操の危機を感じたよ﹂
﹁いやいやそんなまさかぁ⋮⋮﹂
他人事っぽく首を振るルビア。
信じたくないんだろうけど、ホントなんです。
﹁まさか﹃666﹄でそんなことがあるなんて思っても見なかった
けど。てかさ、わたしキミから昨日だけで300回ぐらい愛の告白
を受けたんだけど、まさか本気じゃないよね。普段からあんな⋮⋮
わたしで妄想とか、してないよね?﹂
﹁あたしなにを言ったんですかぁ∼∼∼∼!?﹂
ルビアはもう涙目だ。
すがりついてきてわたしは思わず﹁ヒッ﹂と悲鳴をあげた。
軽くトラウマです。
﹁ちょ、ちょっとだめだってば。こんなところで昨日みたいなこと
してくる気⋮⋮?﹂
﹁だからあたしなにをしたんですかぁ∼∼∼∼!?﹂
ルビアのキンキンとした叫び声が行軍中に響き渡り、辺りの視線
を根こそぎ引き寄せてしまう。
こっちまで恥ずかしくなってくる。
昨夜はマジで犯されるかと思ったし。
604
MO5︵マジで犯される五秒前︶ですよ。
相手が瑞穂とはいえ、ちっちゃい女の子。殴りつけるような真似
はできなかったし⋮⋮
おまけに、泥酔していても基本は可愛いから困るんだよな⋮⋮
まあ、なにもなくてよかった。
⋮⋮なにもなかった、ですよ?︵震え声︶
まあまあ、もういいじゃない、この話は。
誰も幸せになれないよ。
小さくため息をつき、ルビアの肩をぽんぽんと叩く。
﹁⋮⋮昨夜のことは忘れよう。それがお互いのためだから⋮⋮ね?
ルビアちゃん﹂
﹁ううう⋮⋮先輩の優しさが辛いですぅ⋮⋮﹂
それにしても、ここ最近の移動時間がひじょ∼∼∼に長い。
わたしたち<ウェブログ>のスキル帯における適正モンスターは、
すでにヴァンフォーレストから徒歩2時間以上の箇所にしか生息し
ていないしね⋮⋮
っていうか、ゲーム的な設計図としてさすがに移動時間がこんな
にかかるわけないから、いつまでもヴァンフォーレストにとどまっ
ているのが間違いなんだと思うんだ。
MMORPGのセオリーだと、スタート地点の街って大体レベル
10ぐらいまでで、そこから先はあちこち点々としながらそのレベ
ルにふさわしい敵が出現する街にその都度、拠点を変更するってい
605
う感じだし。
で、移動魔術とかを覚えたらまた最初の街に戻ってくる、みたい
なね。
だからわたしたちもヴァンフォーレストを離れて、周辺の村を拠
点に冒険する時期なんだと思うけど⋮⋮
あるいは、もうそろそろ乗り物︵馬とかグリフォンとか︶が手に
入ってもいい頃合いなんだけどなー。
まだ誰もそれっぽいクエスト見つけられてないんだよねー。
少なくとも<キングダム>が知らないってことは、ヴァンフォー
レストのプレイヤーは誰も知らないってことだろうし。
やっぱりそう思うと、﹃666﹄の要素全然やってないなあ。
というわけで、移動中の暇の潰し方、<ウェブログ>編でござい
ます。
まー、一番多いのはお喋りだよね。
うちは四人全員多弁だから持ち回りでそれぞれの得意なトークを
しています。
プライベートなことよりは﹃666﹄関係の話が多いかなー。
イオリオは魔術講座か、ドミティアの歴史に関するお話です。
ヴァンフォーレストの歴史や、大陸にどんな国家があるらしいと
かさ。 雪に覆われた国とか行ってみたかったなあ。
ウェポンマスター・シスくんは武器やモンスターの特徴などを語
ってくれます。
どの武器が誰に効いてどんな効果があるか、とかね。モンスター
についてもシスくんが一番詳しいのは、きっと分析と観察に秀でて
606
いるのでしょう。
あるいはただの野生児なのか。
ルビアちゃんは手広くクラフトをやっているのでそっち方面の話
題が多いのですが、もっと興味があるのはお金稼ぎについてです。
露店街に行くときはメモを持って、昨今のアイテム相場の変動と
需要をチェックしています。値上がりと値下がりのタイミングを見
て、仕入れたり作ったり。なぜその情熱をリアルでも活かせないか。
で、わたしに関しては、今までやってきた色んなネトゲのすべら
ない話などを披露しています。
貪欲に笑いを取りにいきます。
あれ、なんかひとりだけ毛色が違うな!?
で、今回は最後だし、せっかくだからそれぞれが持つ﹃これはレ
アだろ﹄っていうスキルを暴露する大会となりました。
特になにかあるわけじゃないんだけど、そこらへんお互いあんま
り関与しないようにしていたんだよね。
求められていないのに余計な口出しをするのも、ネットゲームの
マナーとしてどうかと思うしね。
わたしたち四人は全員が全員、目指すところがまったく違ってい
たからというのもある。
オールマイティ前衛のシスくん、オールマイティ後衛のイオリオ。
刀と風魔術の魔術戦士のわたし。盾と水魔術の治癒系騎士、ルビア。
せいぜいわたしがイオリオに魔術を習って、ルビアがシスくんに
剣を習うくらいだったかなあ。
というわけで、ジャンケンし、負けた順からの発表。
607
ちなみによっちゃんも参加しています。
彼女もうちのパーティーの一員だからね。
本音を言えば、永続的にレンタルしちゃいたい!
最初に負けたのはシスくん。
﹁一番手か。えーとそれじゃあな⋮⋮﹂
メニューを操作し、適当なスキルをひとつ選ぶ。
﹁︽グラディエーター︾スキル。リチャージ10分﹂
なにそれ!
聞く限り、前衛のbuff︵能力強化︶スキルのようだけど⋮⋮
﹁体力の続く限り、決して退くことができなくなる能力?﹂
﹁バーサーカーじゃねえか!﹂
叫ぶシス。
はいはいはい、とルビアが手を挙げる。
﹁誰かとデュエルをして、勝ったらお金を奪うことのできるスキル
とかぁ﹂
﹁野盗じゃねえんだから! ︽スイッチ︾スキルからの派生だよ﹂
いや、そもそも︽スイッチ︾がわからない。
あれ、でもわたしもちょっぴり成長しているな。
あ、あー。戦闘中に武器を持ち替えることかー。
イオリオも首をひねる。
608
﹁グラディエーター⋮⋮古代ローマの剣闘士か。剣のグラディウス
をどれだけ上手に使えるか、っていうことか?﹂
﹁それだとリチャージの意味がわからねーよ!﹂
ごもっとも。
ていうかいつの間にかクイズ大会になっているし。
こっちのほうが面白いからこのままでいこう。
ちなみに︽グラディエーター︾は﹃効果時間内に武器を持ち替え
ることにより、直後の武器のダメージ倍率が上がる。なお使用中は
︽スイッチ︾する武器種が多ければ多いほど倍率は上昇する﹄とい
うものでした。
ウェポンマスターのシスくんにピッタリ。
正解者はイオリオです。
そのうち全十問出して、もっとも正解率が高かった人がきょうの
お弁当を選ぶ権利をもらえるルールが追加されました。
今から本気出す。
Q:出題者よっちゃん。︽シャープ︾。
A:無発声スキル。戦闘中に発声しないことにより、移動速度とク
リティカル率に上昇補正を得る。一度でも発声すると、その戦闘中
は効果が失われる。効果中は︽クライ︾系スキルの影響を受けない。
どうりでよっちゃん、戦闘中はとことん無口だったわけだ。
︽ウォークライ︾と対になっているスキルってわけですね。
正解者、わたし。
609
Q:出題者イオリオ。︽R・D学︾。
A:言語学スキル。R・D言語魔術の使用に関わる。属性魔術の特
殊呪言の効果にボーナスを得る。
ていうか、イオリオ自身どうやって取得したかわかっていないと
か。
そんなのわかるかっ。
正解者、ナシ。
Q:出題者ルビア。︽乙女の祈望・水︾。
A:乙女スキル︵!?︶。次に行なう回復行動の効果を倍増させる。
入手には︽水魔術︾と︽医学︾、︽癒し手︾の3スキルの合計値が
関わる。
外見年齢15才以下の少女のみ取得可能︵!?︶。
マジか⋮⋮ルビアちゃん、公式で乙女認定か⋮⋮
ていうかそしたら、女性スキルとか青年スキルとか壮年スキルと
か老人スキルとかもあるのかしら⋮⋮
正解者、シスくん。
Q:出題者わたし。︽クイーン︾。
A:称号スキル。︽ギルドマスター︾と︽指揮︾・︽戦術︾の融合
スキル。NPCの行動に影響を与え、クエストのシナリオに若干の
変化をもたらす。
戦闘中にも影響があるらしい?
詳しくは不明です。
正解者、ルビア。なぜわかったし。
以下、残り五問を置いておきます。
610
答えはあとがきにありますので、それぞれがどんなスキルでどん
な効果があるのか、どうぞ予想してみてください︵わかるわけがな
い︶。
◇◆◇◆◇
Q:出題者シス。︽クイーン・ズ・ブレイド︾。
Q:出題者ヨギリ。︽二刀流・逆手︾。
Q:出題者イオリオ。︽幻術師︾。
Q:出題者ルビア。︽美脚︾。
Q:出題者わたし。︽咎人︾。
◇◆◇◆◇
そんな感じでワイワイと賑やかに楽しんでいると、いつの間にか
辺りの人たちも加わって大クイズ大会が開催されていました。
あれ、十問じゃ終わらなくなっちゃった!
なんだこれ! どんなノリ!
﹁第十三問ー! 両手斧スキル︽トマホーク︾にはとてつもない代
償があるぅ! それは一体なにかー!﹂
611
拳を突き出しノリノリで叫ぶわたし。
どうしてこうなったし。
わーわーギャーギャー騒ぎながら、周りの人たちも盛り上がって
いるようです。
この世界、娯楽が少ないからね⋮⋮
こんなちっちゃいことでも無理矢理楽しんじゃおうとしているん
じゃないかな、みんな。
このイベントに参加している人は刺激を求めているだろうからね。
とかなんとか考えちゃったら止められなくなっちゃった!
あーもー、ちょー騒がしい。
2km先からでもモンスターに発見されそうな具合だ。
あちこちから丁々発止と言葉が飛び交う。
んーそろそろ正解が出ちゃいそう。
と、ここで問題を打ち切り。
このMC、いやらしいのである。
﹁惜しいー! 正解は﹃三倍撃だけど、使用してる武器を投擲する
ため、武器を失ってしまう!﹄でしたー! なんだこのフザけたス
キルはー! 一生使わないぞー!﹂
おー、と拳を突き上げて叫ぶ人たち。
それにしてもこの冒険者ども、ノリノリである。
﹁現実世界に戻りたいかー!?﹂
おー!! ﹁おうちに帰ってママの手料理が食べたいかー!﹂
612
おー!!!
なにこれ気持ちいい。
今ならなにを言っても許される気がする!
騒ぎを聞きつけてやってきたレスターは呆れているようだった。
これみよがしに、隣のイオリオに尋ねる。
﹁⋮⋮なにやってンだ、あいつ﹂
イオリオも﹁さぁ⋮⋮﹂とか言って他人のフリしているし!
冷たい視線が刺さる刺さる。
でも人々が求める限り、わたしは役割を終えるわけにはいかない
んだ。
むしろ誰か助けてー!
世の中には流れというものがある。
そこに逆らうのは大変で、わたしはなぜか遺跡前に到着するまで
の残り3時間、クイズ番組の司会者みたいなことをさせられた。
ルビアも巻き込んでやったけどな!
﹁えー、あたしそういうの無理ですぅ∼⋮⋮﹂って最初は縮こまっ
ていたルビアちゃんだったが、すぐに﹁人間の言葉を喋るなんてぇ、
生意気な子豚さんですねぇ。えへへ∼﹂とか言い出していた。
こわい。
蔑まれて喜ぶ人も喜ぶ人だけど、のせられて罵倒するルビアちゃ
んも単純そのものである。
⋮⋮いや、これも彼女なりのロールプレイか。
613
現実世界では芸能プロダクションに誘われても、﹁怖いから﹂っ
て全部断っているもんね。ホントはアイドル願望とかあったのかも。
大人の愛着行動⋮⋮ってわけじゃないけど、愛情には割と飢えて
そうだし。
みんな喜んでくれているようで良かったね。
これこそWin−Winの関係ってやつかしら。
ルビアちゃん=チヤホヤされて嬉しい。
皆様=可愛いルビアちゃんに罵倒してもらって嬉しい。
うん⋮⋮
なんかただれているような気がするけど、気のせいよね。
これできっと彼女のファンは倍増しただろう。
⋮⋮会員費取ってブロマイドとか売れば、儲かるんじゃないかな。
恥ずかしい写真とか。撮りまくって売りまくって。
﹁ねえルビアちゃん。今度撮影会とか、する?﹂
﹁絶対に嫌ですぅ﹂
そういう方面のお金稼ぎは、お気に召さないようです。
チッ。
夕方前、ようやく遺跡に到着です。
あれ、でもそんなに時間がかかった気がしないなあ。
前回はよっちゃんをいじり倒して満足したし、今回はルビアちゃ
んとクイズ大会を開催していたらすぐだったし⋮⋮
ああ、どんどん暇の潰し方が上手になってゆく⋮⋮
614
第三次北伐
同様に本格的な突入は明日からだけど、それまでは
自由行動になるみたい。
まあせいぜい周辺の探索でもして、明日までに鍛えておけ、って
ことですね。
ふっふっふ、わたしもあちこち巡ってみようっと。
でもギルドマスターだけは謎の招集を食らいました。
早く遊びたいのに⋮⋮
いや、うん、わかってるわかってる。
大事だよね、色んなギルドが集まっているしね⋮⋮命令系統の整
備とか、役割分担とか⋮⋮決めておかないとね⋮⋮
基本はみんな、最大手のギルドマスター・レスターに従うようだ
ね。
わたしもだし。
でも色んなギルドがいると、起きるわけですよいさかいが。
うん、知ってた。
まー揉めちゃうよねー。勝ち気な人もいるもんねー。
輪になって座る12名のギルドマスターを眺める。
ちなみに女性のギルドマスターってわたしだけです。微妙に居心
地悪い。
まあ、どんなに無茶なことを言われても、最終的にはレスターが
なんとかするでしょうという安心感がありますからね。
彼のリーダー気質はぱないです。
マジでギルドマスター・オブ・ギルドマスター。
615
今回わたしは傍観者気取りでいいんだもーん。
行軍中に頑張りすぎたから、今はちょっと休みたいんだ⋮⋮︵本
音︶。
﹁いっそのこと、一番強いやつが指揮を取ればいいんじゃないか?﹂
なんてそんな馬鹿な意見が出てきたりもします。
武力と統率は違うって、光栄のシミュレーションゲームやったこ
とないのかな。
良いアイデアも浮かべずに武力で解決って、なにその原始人的発
想。
その人はヴァンフォーレストで二番手のギルドのマスターだそう
で。
ははあ、レスターに対抗心がバリバリあるんですね。
武将のようなヒゲを生やした青年?です。
ヒューマンだけど、鋼のような肉体は実際とてもとても強そう。
VIT振りタイプかなー。
はてさて、レスターはどう対応するのか。
お手並み拝見といきましょう。
レスターは小さくため息をつきました。
﹁いいぜ。それで他の奴らも納得するんだったらな﹂
ほほう。
彼の挑発に乗ったフリをしていますね。
解説のルルシィールさん、どうですか? この手は。
ええ、これはなかなかエグいですよ︵一人芝居︶。
全員の目の前で自分が戦って、突っかかってきたギルドマスター
さんを完全に叩き潰すつもりです。
616
相手を下げて自分を持ち上げる。
常套手段ですが、これは効果的ですよ。
﹁ルルシィール女史﹂
ふぇ!?
なんでわたしの名前を呼ぶの。
ひっそりと気配を消していたのに。
ていうか完全に成り行きを見守っていたのに⋮⋮ ﹁俺の代わりに戦ってくれないか﹂
なん⋮⋮だと⋮⋮
こいつ、何を考えていやがる⋮⋮!?
辺りもざわつきます。
そりゃざわつきますよ。
わたしの心もざわついてますもん。
いやさすがにね、ここでわたしも思ったままのツッコミをしたり
しないよ。
他の11名のギルドマスターの目があるからね。
なかったらレスターの首根っこ掴んで﹁いきなりテメーなに言い
出してんじゃあああこの腐れギルドマスターがぁあああああ!﹂と
か叫びかねないけどね。
レスターと目を合わせる。
そのとき、わたしは彼の表情にあまり余裕がないのを感じ取った。
というか、感じ取ってしまった、というか。
617
視線で問う。
⋮⋮なにか考えがあるのよね?
レスターにはきっと伝わったはずだ。﹁どうだ?﹂と再度尋ね直
してきた。
ううむ。ちょっと真面目に考えよう。
敗北のリスクと勝った場合のメリットを並べて考えてみる。
レッドドラゴン討伐戦
の全滅は必至だ。
この場合のリスクはもちろん、彼が指揮権を手にすること。
そうなったら
よく知らない彼には失礼かもしれないけれど︱︱というかむしろ、
今回はレスター以外の誰が指揮をしても失敗するだろうとわたしは
確信していた。
もちろん、わたしでも無理。
それだけレッドドラゴン討伐に賭けるレスターの思いは熱い。
決意、情熱。そんな言葉では足りない。
憎悪、執念と呼んだほうがふさわしい。
ならば、勝ったときのメリットは⋮⋮
この場の全員にわたしの力を誇示できること、かな。
打算
する。
本来ならそんなの、土下座で頼まれてもごめんだけど⋮⋮
わたしは短い時間で
ひとつ、レスターに頼みたいことがわたしにはある。
それは今回の冒険において、だ。
618
﹁捨て駒にするな﹂とか﹁もし最奥にたどり着いたときには、レッ
ドドラゴン戦に連れて行ってくれ﹂とか、そういったものではない。
そんなのはレガトゥス︵軍団長︶のレスターが決めることだ。口を
挟むべきではない。
だから代わりに。
﹁レスター﹂
﹁どうした﹂
﹁もしわたしが彼に勝ったら、遺跡のpuller︵釣り役︶はわ
たしたち<ウェブログ>に任せてほしいのだけど﹂
彼は一瞬だけ怪訝そうな顔をした。
﹁そいつは﹂
でもわたしたちのパーティーには今、よっちゃんがいる。
できないことはないと判断したのか、すぐに了承してくれた。
﹁⋮⋮それも、考えがあるんだな? いいぜ﹂
よっし。
わたしは小さくグッと拳を握った。
これはわたしにとっては大事なことだ。
﹁ならお引き受けいたします﹂
わたしは微笑を浮かべながら立ち上がる。
そして、もうひとつ。
わたしは負けたときのリスクと勝ったときのデメリットを考えて
619
いたわけだけれど。
そんなのはまったく意味がないのだ。
ルルシィールなら勝
と判断してわたしに振ったのだから。
だって、わたしとデュエルしたレスターが
てるだろう
本来なら、リスクなんてないも同然なのです。
そんなのはお互いわかっている上で、わたしは力を誇示して明日
のpullerを正式に任命される。
それはレスターの描いたシナリオとはちょっと違うのかもしれな
いけれど、でも彼もどちらでも良いと思ったからOKしてくれたの
だろう。
予定調和のようです。
当の二番手のギルドマスター・ブネさんを除いて。
彼は面白くなさそうな顔をしています。
見くびられたと思っているのかなー。そうなんだろうなー。
﹁⋮⋮この娘を倒せば、本当に指揮権をもらえるんだな?﹂
﹁ああ、二言はねえ﹂
念を押すブネさんに、不敵な笑みを浮かべるレスター。
﹁派手な鎧をつけているが、果たして実力が伴うかね⋮⋮﹂
﹁そいつぁやってみたらわかるんじゃねえかな﹂
なによ、わたしが引き受けた途端に肩の荷が降りたみたいな顔を
しちゃって。
面倒を押しつけてきただけのくせに⋮⋮!
小声でわたしにコールが入る。
620
﹃サクリファイス、今度は見せてくれるよな? 言っとくが、︻ギ
フト︼使わずに勝てるほど甘い相手じゃなさそうだぜ?﹄
うわー。
まったくこの子は、ホント黒い。
アンタ、ブネさんと組んでグルになってわたしを引っ掛けようと
しているんじゃないでしょうね⋮⋮?
特にレスターには、︻樹下の月長亭︼で前科があるし⋮⋮
でもまあ、ブネさんの表情を察するに、それはなさそうだけどさ。
他のギルマスの方々も興味津々と見守る中、見世物としてのデュ
エルが始まろうとしています。
彼の武器は騎士剣+大盾のオーソドックスな騎士タイプ。
守りは盤石といった感じかな。
ああいやだ。いやな記憶が蘇るよー。
前にレスターに倒されたのも遺跡前だったもんなあ。
うん。
ごめんなさい、ブネさん。
認めます。
わたしがあなたに斬りかかる理由の半分は、腹 い せ です。
いざ尋常に、
勝負。
621
◆◆ 29日目 ◆◆卍 その1︵後書き︶
◇◆◇◆◇
Q:出題者シス。︽クイーン・ズ・ブレイド︾。
A:称号スキル。︽クイーン︾スキル所持者とともにパーティーを
組んでいることにより発動。︽クイーン︾の状況に応じて、全パラ
メータに修正値が加わる。
なんか、わたしと一緒にいるだけで、わたしの︽クイーン︾スキ
ル値の何分の一かまで、ドンドン上がってゆくそうです。
どういうことなの。
シスくんもイオリオもルビアもよっちゃんもみんなこのスキルを
持っているそうです。
わたしひとりだけ知らなかった。
あと美闘士とかは多分関係ない。
正解者、ルビア︵ほぼ早押し︶。
Q:出題者ヨギリ。︽二刀流・逆手︾。
A:武器スキル。両腕に持つ武器の攻撃速度とクリティカル率に補
正を得る。なお︽二刀流︾スキル中はダメージの平均値と部位破壊
にマイナス修正を受ける。
よっちゃん曰く、一部の武器は持ち方によっても様々なスキルが
あるらしく、これはどうやらシスくんも知らなかったようです。
具体的には、短剣は順手、逆手と二種類あるらしく、それぞれ威
力と攻撃速度・クリティカル率に優れているようなのです。
よっちゃん物知りぃ∼。
世の中の中二病の人の夢である二刀流ですが、﹃666﹄のはあ
んまり強くないのが難点ですね。
622
よっぽどのことがない限り、一刀流キャラには勝てないのが二刀
流の定め。
そこだけ現実っぽいって、おねーさんどうかと思うなあ。
おねーさんはロマンを追い求める二刀流のニンジャよっちゃんを
応援しています。
正解者、わたし。
Q:出題者イオリオ。︽幻術師︾。
A:魔術スキル。︻混乱︼や︻惑乱︼などの︻自失︼状態の効果時
間に修正値を得る。スキル値の上昇に伴い、効果が及ぶ状態異常が
増える。
これはまあ、割とわかりやすかったかな。
ところで、﹃666﹄の状態異常はとてつもなく多いです。
大別して六種類。︻制限︼、︻自失︼、︻毒︼、︻麻痺︼、︻変
化︼、︻呪詛︼。
それらの六種類から更に系統が別れて、無数の数となっています。
毒にしたって、なんか10個ぐらいあるとかないとか⋮⋮め、め
んどくさい仕様⋮⋮
あとはえっと、︻盲目︼なんかは︻視覚制限︼だったりね。
この中では︻呪詛︼シリーズはまだ一個も見たことないんだよな
あ。
えと、はい、余談でした。
正解者、シスくん。
Q:出題者ルビア。︽美脚︾。
A:ファッション︵!?︶スキル。一定%以上脚の露出がある格好
を継続することで上昇。AGI︵敏捷性︶と︽脚力︾スキル、並び
に脚の耐久値に修正を得る。
これね。
聞いたとき、マジでポカーンとしました。
623
女は見られることで美しくなるってこと? ミニスカートを履き
続けると上昇?
﹃666﹄の開発者さん、ちょっと頭おかしいんじゃないの?
冗談で言ったつもりのわたしが、まさか正解するなんて⋮⋮
﹁そしたら︽美乳︾スキルもあるんじゃないの? 一定以上胸を露
出することで上昇するの﹂
とかこれも冗談で言ってみたら、
﹁試してみる価値はありそうですねぇ∼⋮⋮﹂とかルビアが言い出
したので、全員で止めました。
それ以上あざとくなったら、キミ絶対そのうちロリコンに誘拐さ
れちゃうって。
正解者、わたし。
Q:出題者わたし。︽咎人︾。
A:称号スキル。︽殺人︾を犯した回数により上昇。対人戦に修正
値を得る代わりに、逮捕時の釈放金が跳ね上がる。
はいどうも、PKerです。
公式犯罪者です⋮⋮
殺せば殺すだけ殺し方が上手くなるとかね、ホント皮肉ですね⋮
⋮はは⋮⋮
ていうかPKしたことシスくんにもルビアにも黙っていたのに、
こんなところでバラしちゃうなんて! わたしのうっかりやさん!
正解者、イオリオ。
◇◆◇◆◇
さ、というわけで以上スキルクイズでした。
何問わかったかなー?
624
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございましたー。
お弁当はわたしのもの⋮⋮!
◇◆◇◆◇
5問正解 666廃人︵レスター級︶
4∼3問正解 666熟練者︵イオリオ級︶
2∼1問正解 ノーマルプレイヤー︵ルビア級︶
0問正解 真人間︵モモ級︶
625
◆◆ 29日目 ◆◆卍 その2
﹁と、その前に﹂
デュエル開始の合図と同時、わたしは手を上げて制止した。
斬りかかる前にブネさんに言っとかなきゃ。
﹁あくまでもルールに則って、正々堂々と戦いましょう﹂
﹁言われるまでもない﹂
ブネさんの声は低くて渋いです。
こちらの方は完全に社会人ですね。30代かなー。
さ、ネトゲ・プロファイリング開始。
えーとえーとね。
安定した社会的地位を持ち、自分の能力にも自信があるのでしょ
う。
生活基盤が整った今だからこそ、思う存分に趣味であるネットゲ
ームに打ち込んでいるといったところかな。
組織を組み立てる能力は、レスターよりあるかもしれませんね。
ふーむ。
先ほど﹁レスターに対抗心を燃やしている﹂と言ったのは訂正し
ましょう。
ブネさんみたいに成熟した大人だったら、そんな考え方はしない
626
よね。
だったらなおさら、こんな腕ずくのやり方もしないと思うんだけ
ど⋮⋮
どっちかというとそういうの、レスターが好きそうだし。
﹁となると⋮⋮このデュエルの目的は⋮⋮﹂
﹁⋮⋮先ほどから、何をブツブツ言っているんだ﹂
ハッ。 口に出てた?
なるほど。でも大体わかった。
この戦い、多分レスターが悪い︵断言︶。
ブネさんは追い詰められていたんだと思う。
レスターは確かに戦力を欲していたからブネさんのギルド<シュ
メール>の参戦は、ノドから手が出るほどありがたかったのでしょ
う。
普段から戦力不足に嘆いてたし。
ただそれにしたって、レッドドラゴンをその手で斬殺したがって
いたレスターは、共同戦線の提案なんて受け入れるはずがない。
ここまで調べあげたのも<キングダム>だし、対等のつもりなん
てないのだ。どこまでも高圧的に命じたに決まっている。
だ。
だって、レスターの手の中には、なによりも強い外交のカードが
ある。
このゲームの終焉
もしそれが事実だとしたら、ブネさんにはどうしようもない。
誰かがラスボスを倒せば終了と言われて、それでこの戦いに参加
627
せずにいられるような人はゲーマーじゃないね。
ジョーカーを放り投げられた場はジ・エンドだ。
<キングダム>に継ぐギルドを運営していたマスターとして、これ
ほどの屈辱はない。
というわけで、ブネさんはせめて一矢報いて︱︱自分のギルドメ
ンバーのために?︱︱指揮権を得るために全てのチップを賭けたわ
けだ。
きっとこれが事の真相です。
プロファイリング終了。[Q.E.D]。
﹁あなたも大変なんですね⋮⋮ブネさん﹂
﹁⋮⋮よくわからんが、そろそろ戦わんか?﹂
剣を肩に担いで、しらけた顔のブネさん。
周りのギルドメンバーたちも空気を読んでいるからなにも口出し
て来ないけど、完全に退屈そうです。
まあ、同情はしました。
﹁とりあえず、お互い色々背負っているとしても、そういうのは一
旦置いといて⋮⋮﹂
おいといて∼のジェスチャーをしてから、にっこりと笑う。
﹁このデュエル、楽しみましょう﹂
﹁⋮⋮あ、ああ﹂
納得できない表情でうなずくブネさん。
人差し指を立てながら、わたし。
628
﹁言っておきますが、わたし︻ギフト︼使いますからね﹂
﹁⋮⋮わざわざ宣言する必要はないだろう﹂
は、一生に言ってみたい台詞ベス
﹁いえいえ、女だと思って手を抜かれると心外なので。そちらもど
うぞお願いします﹂
い、言っちゃったー。
女だからってナメないでよね
ト10のひとつだった。
ていうかこの人、絶対にわたしナメているからね。
﹁む﹂
眉をひそめるブネさん。
ほら、やっぱり。
﹁ダメですよ、手を抜いちゃ。わたし結構エグいですからね﹂
﹁⋮⋮良かろう﹂
ほら、ようやく目がマジになってきた。
完膚なきまでに叩き潰さないと、勝った気がしないじゃない⋮⋮
︵暗黒微笑︶。
できればこの人の︻ギフト︼、︻守護︼だったらいいんだけどな
あ。
レスターにリベンジできたみたいなもんだし。
﹁オラー、さっさと始めろー﹂って外野からヤジが飛んできました。
っていうかレスターだよ。
誰のせいでこんなことになったと思っているんだよ⋮⋮
わたしもブネさんも戦う理由アンタのせいじゃねえか⋮⋮!
629
﹁では、いきます﹂
﹁うむ﹂
盾と剣を構え直すブネさんに、わたしは鞘を掲げて。
サクリファイス
﹁⋮⋮︻犠牲︼!﹂
体の正面で刀を抜き放ちます。この動作に意味はない。
白銀のブリガンダインが黒い炎に包まれます。
さすがに開幕の︻ギフト︼は想定していなかったのか、ブネさん
は度肝を抜かれたような顔。
観客たちがどよめいています。多分、みんな︻犠牲︼を初めて見
たんだと思う。
<キングダム>調べの︻ギフト︼内情調査では、︻自己強化︼の使
い手は80人いたんですけどね、その中に︻犠牲︼を選んだ人はゼ
ロだったよ。
レスターの︻聖戦︼は彼を含めて五人もいるらしいのに⋮⋮
いけない。話が逸れた。
ブネさんはどうやらまだ︻ギフト︼を温存しておくようです。
うーん。
Wikiがないから、知らないっていうのもしょうがないけどね。
残念だけどそれ、悪手です。
︻ギフト︼に対抗できるのは︻ギフト︼だけ⋮⋮とは言わないけれ
ど。
少なくともわたしの︻犠牲︼だけはそう。
630
わたしは脚に力を込め、跳躍した。
一瞬で彼の視界から姿を消す。
余炎の先を追い、見上げたブネさんの脳天にわたしは渾身の力で
刀を振り下ろした。
驚いたのはわたし。
彼は反射的に盾を持ち上げていた。
刃は盾を叩き、金属音を響かせる。
やるなあブネさん。
エル兄さんだったら絶対反応できなかったのに、今の。
﹁っ﹂
苦悶に顔を歪めるブネさん。
寸前のところで盾で防いだものの、わたしの剣撃にガードを弾か
れてしまっています。
慌てて剣を振り下ろそうとしてくるけど、その腹に抜き胴の︽両
断火︾。
返す刀で︽氷柱割︾。
気持ちいい。
スキルが上がると﹃こうしたい!﹄っていう動きを想像した通り
に体が動いてくれるから、まるで達人の剣士になったみたいな気分
になれる。
気持ちいい。
と、ここでようやくブネおじさんは叫びます。
アウルゲルミル
﹁︻強靭︼!﹂
631
その叫びカッコイイ。
オーディン
フリングホルニ
サクリファイス
ヨルムル
︻強靭︼は全六種の︻自己強化︼のひとつ。
ゲルミル
ミステトルティン
アウル
︻叡智︼、︻加速︼、︻犠牲︼、︻精密︼、︻天眼︼、そして︻強
靭︼だ。
シスくんが︻加速︼でイオリオが︻叡智︼だから、そのふたつは
よく知っています。
第三次北
で<キングダム>の人たちが使っていたので大体理解している
それに︻強靭︼も割とメジャーな︻ギフト︼らしく、
伐
つもりです。
﹁この︱︱︽キラーエッジ︾!﹂
ブネさんが発声とともに剣を振ります、が︱︱
﹁でぇい!﹂
わたしは無理矢理その剣を刀で弾きます。
ぐっ、さすがにこれは無理か!
ほぼ相打ち。わたしも少しのけぞります。
﹁そんなばかな﹂
だけど復帰するのはわたしが早い。
驚愕する彼の腹を、︽ダブルスウィング︾で十字に切り裂きます。
うーんしかし、さすがは︻ギフト︼中。
鎧の上からじゃロクにダメージが当たらないね。
632
やっぱりアレをやってみるしかないかな。
衆人環視の場、ちょっと印象が悪いんだけど⋮⋮
﹁︽グラウンドバッシュ︾!﹂
渾身の力で盾を振り回すブネさんの死角に回り込み⋮⋮っていけ
ない。この技は全方向だ。
バックステップで距離を取る。
ちょっとかすっちゃった。
けど、ダメージはほとんどなし。
さすがは<虹色工房>製のブリガンダイン、なんてことないぜ。
それはそうと、そろそろHPの残量がやばい。
追い込まれているのはブネさんのはずなのに、わたしたちのHP
が同じくらいっていうのはなんか、こう、釈然としないよね。
。
さすが︻犠牲︼。安易な俺TUEEEEを許してくれない⋮⋮
刀を鞘にしまった
﹁⋮⋮じゃあ、秘密兵器解禁といこうかな﹂
そう言ってわたしは、ゆっくりと
その代わり、左手にだけ小さな短剣を構える。
U字に伸びたガードを持つ特徴的な短剣。
実は昨日<虹色工房>に無理言って作ってもらったんだ。
本当にありがとうございました!
﹃なんだそりゃ﹄
レスターからコールが飛んできたけど、ちょっと今忙しいの。
633
わたしは真正面から猛然と駆ける。
ブネさんの直前で左に飛んだ。
﹁︽レイジングブレイド︾!﹂
ここ!
ブネさんの剣が振り下ろされる瞬間、幅広の騎士剣の刃の付け根
に短剣を噛ませる。
付け焼刃の︽短剣︾スキルだが、︻犠牲︼中だからこそできる芸
当だ。
押し出された盾を避けながら、ブネさんの顔面を自由な右手で掴
み︱︱そのまま地面に叩きつける。
叫ぶ。
﹁ヴァユ・グランデラ・エルス! ︽ウィンドバースト︾!﹂
右の手のひらから打ち出された風の塊は、ゼロ距離でブネさんの
顔に炸裂した。
よし、良いダメージ。
見たかレスター!
対レスター戦の切り札として開発したびっくり戦法。
鎧が硬くて攻撃が通らないなら、柔らかいところを攻撃すればい
いじゃない。byマリー・アントワネット︵言ってない︶。
利き腕と頭部を押さえつけられて、ブネさんは身動きが取れない
模様。
あとは煮るなり焼くなり。
634
と。
﹁⋮⋮参った﹂
目を塞がれながら、口元を動かすブネさん。
おっと。
まだHP1にしてないのに⋮⋮!
﹁勝負あったな﹂
レスターが終了の合図を出します。
わたしも立ち上がって︻犠牲︼を切り、短剣を腰の後ろの鞘に納
めます。
よしよし。
これで重装備タンクに挑まれても怖くないぞ。
レスターの︻聖戦︼だって、時間稼ぎに逃げ回るより、引きずり
倒しちゃえばいいんだ。
って、あ、あれ。
なんか周りを見てみたら、わたしを見る目がみんな、なんかこう。
引いてる⋮⋮?
﹁マジでエゲつねえな﹂
代表したかのように、レスターが感想を口に出します。
そ、そんなに酷いかな。
顔面押さえつけて地面に後頭部を叩きつけて逃げ場のない状態で
風魔術を放つのが、そんなに酷いことかな⋮⋮
635
うん、ひどい。
腹いせして、すみませんでした。
﹁どうだ、こいつは強かっただろう﹂
起き上がるブネさんに勝利宣言をするレスター。
なんかわたしの肩に腕を回してきてます。
馴れ馴れしいなアンタ!
﹁身の程をわきまえてくれたか? こいつが﹃白刃姫﹄ルルシィー
ルさ﹂
ギャー!
これ以上その名前を広めないでよ!
っていうかなんでキミがそんなに偉そうにしているんだか!
﹁⋮⋮確かに強い、な﹂
ブネさんはしょぼくれた顔。
﹁⋮⋮それに、相当手馴れている。よほどデュエルの経験があるの
だろうな﹂
いえいえ、そんなにないです。
どうしたらレスターをぶちのめせるかは、いつも考えてます。
レスターは背筋を正す。
﹁ちなみに俺はこいつに勝った﹂
636
嬉しそうに!
﹁次やったら絶対に負けないし⋮⋮﹂
﹁かはは。今更悔しくなってきたか?﹂
そりゃあこんな大勢の前で言われたらさ!
ルルシィールさん怒りの腹パン! ﹁ぐはッ!﹂
一撃でレスターをノックアウト! 再び、ギルドマスターたちの目がわたしに集まる。
辺りはザワザワし⋮⋮
ハッ、この場合指揮権はわたしに!?
いやいや、いらないってそんなの。
一応フォローはしておこうと思います。
ブネさんが弱いわけじゃないんです。
ホントはレスターが戦おうと思ったんだけど、彼が苦戦したら威
厳がなくなっちゃうし。
かといって部下では誰もブネさんに勝てない。
だからわたしが抜擢されたんだと思うよ。
まあいいさ。
レスターにも逆襲したし。
637
事後に︱︱ひわいな雰囲気がするのはなぜだろう︱︱レスターが
改めて尋ねて来ました。
﹁で、あの短剣はなんだったんだ?﹂
﹁なんで言わなきゃいけないの﹂
ギルドマスターたちは各々、与えられたテントに戻っています。
というわけでふたりきり。
珍しくドリエさんもいません。
﹁ソードブレイカーだな?﹂
﹁知ってんじゃん!﹂
レスターはわたしを見下ろしてニヤリ。
⋮⋮こ、こいつぅ。
﹁またわたしははめられたのか⋮⋮﹂
﹁スイッチが入ってねぇときは、隙だらけだな﹂
この人、絶対に性格が悪い。
十手
みたいなも
ソードブレイカーはマインゴーシュと並んで、防御メインの短剣
です。
左手で相手の剣をさばくための、日本でいう
のだね。
その名の通り、相手の剣をへし折る機能に特化しているため、ソ
ードブレイカー︵まんま︶の名がついております。
ていうかひょっとしたら﹃白刃姫﹄も、わたしが嫌がることも全
てを理解していて言っているんじゃないだろうか⋮⋮
わたしがうなっていると。
638
ブレイク
﹁で、その短剣は︻大破︼できンのか?﹂
﹁この情報、いくらで買う?﹂
﹁うるせえな、さっさと吐け﹂
どう思いますか、この言い草。
こんな人がわたしたちのレガトゥスだなんてゾッとします⋮⋮!
﹁仕方ないね。ルルシィールさまって呼んでくれたら教えてあげま
しょう﹂
﹁さっさと吐け﹂
ギロリと睨まれる。
その目、怖いから!
﹁できるよ。︽短剣︾スキルも育ててるシスくんに検証してもらっ
たけれど。でもほとんど実戦レベルじゃないって﹂
﹁はーん。やっぱンなもんか。合成品で簡単に特性ダブル持ちなん
て作れたら、バランス崩壊しちまうもんな﹂
﹁まーねぇー﹂
認める。
このゲームの武器選びは奥が深い。
種別。ダメージ値。重量。属性値。武器特性値。様々な判断要素
がある。
ひたすら部位破壊だけを狙う短剣アタッカーや、鎧を破壊するた
めに軽いけれども特性値の高い大剣を振るったり、相手によって属
性値の違う武器を持ち替えたりもできるだろう。
わたしはよく知らないけれど、杖選びも色々あるんだろうなーっ
639
て思う。
そういえばレスターはどう考えているんだろう。
﹁あのさ、レスター﹂
﹁ン?﹂
遺跡を眺めていたレスターが振り返ってくる。
彼に、問う。
﹁レスターは﹃666﹄をやってて楽しい?﹂
もしかしたら怒られるのかもって思ってたけど。
﹁面白ェな﹂
彼は意外にも素直にそう言った。
﹁VRMMOっつーのか? こういうのは。すげえな。科学の進歩
ってやつぁ﹂
科学ではないともっぱらのイオリオの予想だけどね⋮⋮
﹁兄貴は2年も前にこんな面白ェことをやってたンだよな。それで
さんざん楽しんだ挙句、魂持ってかれて。バカじゃねえのか。マジ
で﹂
ひ、ひどい。
﹁ムカつくことばっかりだぜ、2年前からよ。兄貴も、イスカリオ
640
テグループも、﹃666﹄にも、面白ェって思うオレにも、ムカつ
くんだ。とまんねえよ﹂
﹁そっか、レスターには複雑だね﹂
お兄ちゃんを閉じ込めたネットゲーム会社に面白いって思わされ
て。
やってらんないよね。
惨めになることもあるよね。
うん、やっぱり悪いことを聞いちゃった。
無理矢理認めさせるみたいな。
﹁ごめんねレスター﹂
﹁ンだよ、急に殊勝になりやがって。そんなタマじゃねぇだろ。な
んかのワナか?﹂
笑いながらレスター。
こいつめ⋮⋮
主人公らしさ
ってやつか?﹂
﹁失礼な⋮⋮ホントに悪いなって思ったから、謝っただけなのに﹂
﹁ハァン。そいつがお前の言う
﹁⋮⋮そうだよ。こちらに非があるって思ったら、どんなときでも
頭を下げるよ。相手がどんなに嫌な人でもね﹂
﹁失礼なのはどっちだか﹂
にやついた顔で顎をさするレスター。
⋮⋮アンタだよ、アンタ。
﹁まったくもう、そんな嫌がらせばっかりしてドリエさんに嫌われ
たって知らないからね﹂
641
﹁ハア? ドリエにンなことするわけねぇだろ。あいつは大切なギ
ルドメンバーだぜ﹂
そっか、それは良かった⋮⋮って。
﹁待ってよ、じゃあわたしは何なの﹂
﹁ルルシィールは⋮⋮そうだな﹂
ちらりとこちらを見て、つぶやく。
﹁⋮⋮ダチ公、って感じかね﹂
どう受け止めろと。
﹁なーんか軽いんだよね、レスターの言い方は⋮⋮﹂
普段はあれだけの冒険者をまとめあげるマスターのくせに⋮⋮
今は俺様系の悪ガキそのもの。
悩むわたしを見て、﹁ケッケッケ﹂と悪魔じみた笑い声をあげて
います。
このギャップはなに? 萌えないよ!
いいさいいさ、レスターなんて慰労会に呼んであげないんだから。
あとでドリエさんにだけメアドと電話番号を伝えてやる。
そうしてやるぅー!
はーもう、遺跡突入前にまさかデュエルするだなんて。
642
﹁ずいぶんと遅かったな﹂
森の中で凶暴なモンスターを狩っていた四人と合流します。
﹁まあね、色々あってね、イオリオ﹂
ちょっと疲れたよ。
でもぐったりしてなんていられない。
本題はここからなのだ。
﹁はいはい、全員集合ー﹂
手を叩いて<ウェブログ>+よっちゃんを集める。
引き続きレスターが指揮すること。
他部隊の配置図。
全メンバーの大雑把な戦力分布を伝えてから、puller︵釣
り役︶の権利をもらったことを告げる。
ルビアは黒い笑みを浮かべます。
﹁ふっふっふ、このあたしの華麗なる釣りさばきを再び見せるとき
が来ましたねぇ∼﹂
もう二度とやらせないって言ったでしょ。
三分経たずに<ウェブログ>全滅するよ。
﹁とりあえず明日は、よっちゃんにpullerを、シスにそのサ
ポートをお願いするとして﹂
﹁⋮⋮了解でござる﹂
﹁おう﹂
643
スルー
なぜっ!と甲高い悲鳴があがりますが、NPCします。
﹁タンクはわたしとシスとルビアで交代ね。なるべく回復は一分間
隔の水薬で済ませられるように、ローテーションを組んでいこう。
ルビアちゃんは前衛と後衛行ったり来たりで忙しいと思うけど、頼
んだよ﹂
﹁あたしにお・ま・か・せ・ですぅ∼﹂
急に不安になってきたのはなぜだろう。
まあいいや。
﹁イオリオは外から状況のコントロールをお願い。任せたよ﹂
﹁それはいいんだが﹂
四色魔術師イオリオは杖で肩を叩きながら。
﹁まるで僕たち五人だけで突入するような言い方だな﹂
そこに気づくとは、イオリオ。
さすが<ウェブログ>の頭脳。
﹁お、そうなのか?﹂
シスくんはなぜかちょっとワクワクしている顔。
彼は彼なりに考えて、武器を見直してきた模様です。
その成果を存分に発揮してくれたまえ。
﹁⋮⋮主君の命に従い、標的を抹殺するのみでござる﹂
644
よっちゃんもなかなか高ぶっているね。
やっぱりダメージディーラー︵相手のHPを削る役割の人︶とし
て、自分のメイン武器が効きにくいっていう状況はホントに嫌だよ
ね。
ゴーレムにも短剣の差し込む隙間があればいいんだけど。
﹁で、どういうことか説明してくれるんだよな﹂
﹁もちろん﹂
イオリオにうなずき、声色を改める。
﹁キミたちに言っておくことがある!﹂
芝居がかった口調で。
﹁わたしは大学に通う文学部の二年生だ。だけどこのまま卒業して
OLとして生涯を終えるつもりはあんまりない。このルルシィール
には夢がある!﹂
ババァーン!とか。
そんな効果音が多分鳴った。多分。
果たしてわたしの夢とは⋮⋮
ルビアが手を挙げた。
﹁ブログのアクセス数を今の二倍にすることですね!﹂
﹁そういうんじゃないよ!﹂
それだって結構大変だけど!
645
てか、そんな身近なことじゃなくってさ!
﹁わたしは小説家になりたいんだ!﹂
ルルシさん、突然のカミングアウトである。
えぇぇ!? とルビアがいいリアクションをしてくれた。
他の三人は﹁おー﹂となにやら手を叩いてくる。
和やかか。
割と一世一代の決心をして告白したつもりだったのに⋮⋮
一方、わたしをよく知るルビアは、詰め寄ってくる。
﹁せ、先輩! 小説家目指していただなんて、どうして教えてくれ
なかったんですかぁ!?﹂
いや、だってそういうの⋮⋮
ホラ恥ずかしいじゃん⋮⋮
投稿しても落選ばっかりの日々だし。
一次落ち、二次落ち、二次落ち、一次落ち、二次落ちのループだ
し⋮⋮
くそう⋮⋮︵ギリギリギリギリ︶
ってそんなことはいいんだよ! 戸惑う人を置いてけぼりにしつつ、ルビアの顔を押し返しつつ。
むぎゅ∼とうめく後輩から顔を逸らしつつ。
﹁そこでわたしはみんなに頼みたいことがあるの﹂
ぽいっとルビアを放り投げて、バッグから日記を取り出す。
646
今まで初日からず∼∼っと記入し続けてきたわたしの旅の物語だ。
雨の日も晴れの日も、︻犠牲︼で死んだ日も船酔いで参っていた
ときも、疲労困憊でなんにもやる気が出なかった日も、ずーっと綴
ってきた。
こんな奇特なことをやっている人間なんて、多分﹃666﹄の中
でもわたしひとりだけのはず。
だってVRMMOに実際に閉じ込められるだなんて、そんなに良
いネタはきっともう二度と体験できないだろうし。
だから︱︱
﹁わたしはこのブログ小説で⋮⋮新人賞を取る! これは決定事項
です!﹂
ババァーン!︵二回目︶
今度は誰も驚いてくれなかった。
あ、どうリアクションしていいかみんな困っている。
イオリオがなぜか気まずそうに口出してくる。
﹁普通に電脳犯罪に巻き込まれたレポートとして出版したほうが、
それ相応の扱いを受けると思うが⋮⋮﹂
イオリオの提案にわたしは首を振る。
﹁いやよ! だってわたしライトノベル作家になりたいんだもの!
それに自分でもわかっているの。わたしのお話には品格がないな、
って﹂
﹁お話っていうか、それはルルシさん自身が⋮⋮﹂
つぶやくシスくんに笑顔を向ける。
647
とか怒られるんだよ。ウケ狙いやユ
面白いことを言うじゃないか、シスくん。
﹁すみませんでしたっ﹂
ソッコー謝られた。
不謹慎だ
⋮⋮まあいいとして。
﹁だからきっと、
ーモラスな文章は、偉い人の神経を逆なでしちゃう気がするもの⋮
⋮﹂
﹁そうかもしれんが⋮⋮﹂
わたしの文章を読んだことがないのに、なんでみんなそこだけは
理解しているんだろう。
明治時代の文豪みたいな文章を書いているかもしれないじゃない
か⋮⋮
﹃世の人いはく正太夫に涙なし、ただ嘲罵の毒素をもてるのみと。
こは皮相の見なるなからんか。﹄とか⋮⋮
うん、ないね。ないない。
﹁つまり、この物語はもうクライマックスを迎えているわけですよ。
わたしがラスボスを倒してハッピーエンド。それは間違いないこと
なのだけど﹂
﹁⋮⋮さすがお師匠様。すごい自信⋮⋮でござる﹂
ありがとうよっちゃん。
若干呆れているようなニュアンスを感じるけれど、きっと気のせ
いだよね。
648
﹁問題はその過程よ。前回みたいに多くの犠牲を出しながら進んで
いたら、雰囲気も暗くなっちゃうわ。それに実際にクリアーできる
かも怪しいし﹂
全員が﹃そんなことを言われても﹄という顔をする。
まあ待って。ここから先もあるのよ。
別にレスターのやり方を非難しているわけじゃないんだけど、前
回よりもわたしたちは明らかに強くなっているはずだから。
だからきっと、できるはず。
﹁だからね、明日はわたしたち<ルルシィ・ズ・ウェブログ>が先
導して︱︱遺跡の敵を皆殺しにします! 後に続く者の道を切り開
くのよ!﹂
﹃ は ! ? ﹄
四つの声がハモった。
わたしはみんなに大きく頭を下げる。
﹁だからお願い、全員力を貸して! この世界から脱出するために
⋮⋮ううん、わたしが新人賞に受かるために!﹂
﹁いや、そこは直結しないだろ⋮⋮﹂
とイオリオ。
いやいや大事なところだと思うよ!?
ルビアは唸りながら首を傾げる。
﹁うーん⋮⋮でも、実際にできるんですかぁ?﹂
649
﹁大丈夫。わたしたちは相当強くなっているわよ。全員の防具だっ
て一新しているし﹂
実際、わたしのブリガンダインの硬さはハンパない。
きょうのブネさん戦で、割と自信がついたしね。
﹁てか、日記持って帰れないだろ? どうするんだよそれ﹂
シスくんの素朴な問い。
親指を立てて笑う。
﹁大丈夫。書いた内容は全部覚えているから。完全再現できるわ﹂
﹁それひとつの才能じゃね!?﹂
大丈夫、できるできる。
⋮⋮できる、と思う。多分。
多少置いてけぼり感のあるよっちゃんが尋ねる。
﹁えと⋮⋮お師匠様の日記が、もしかしたら出版される、ってこと
で⋮⋮ござるか?﹂ そのとおりでございます
Exactly。
彼女はグッと拳を握った。
﹁なら、やる。ルルシ=サンが拙者と出会う前に、なにをしていた
か⋮⋮かなり、気になる⋮⋮でござる﹂
良い子!
ノーベル良い子賞⋮⋮!
しかしノーベル悪い子兼ノーベル酒癖酷い子のルビアが水を差す。
650
﹁いやそれ、単純に日記を見せてもらえばいいだけだと思うんです
けどぉ⋮⋮﹂
﹁悪いけどねルビア。わたしは絶対にコレを見せないよ。無理矢理
奪ったら腕を切り落としてでも取り返してやるからね﹂
﹁そこまでぇ!?﹂
絶対に嫌でござる。
絶対に嫌でござる。
各自はわたしの無謀︵と思われる︶提案に、それぞれ思案してい
たが。
﹁まあヨギリさんの言う通りか。内容すげー気になるもんな﹂
し、シスくん!
﹁ルルシさんがワガママを言うのって、初めてのことだもんな。ギ
ルドマスターを押し付けたのも僕たちだ。いいじゃないか。やろう﹂
イオリオもうなずく。
なんか諦めたような感じだけど!
そして最後に。
﹁⋮⋮はぁ。わかりましたぁ。印税半分で手を打ってあげますぅ﹂
ホントにもう⋮⋮
こんなに良い仲間を持って、わたしは幸せだよ。
651
ルビア以外のみんな、ありがとう!
652
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その1
四個のインペリアル︵45名パーティー︶を率いて突入してきた
レスターは、遺跡内部の光景を見て唖然としました。
かつてはガーゴイルとゴーレムのひしめき合っていたエントラン
スホール︵のようなもの︶は、うーん広々しています。モンスター
がいないとこんなに粛々とした味わいがあるんですね。かつてはさ
ぞかしご立派なことだったのでしょう。
というわけで、入り口に戻ってきて休憩していたわたしたちは、
お気楽に手を上げます。
﹁やっほう、レスター。先遣隊の任務果たしたよー﹂
わたし以外の四人はなぜか疲労困憊の様子ですけれど、なぜでし
ょうね。
朝ごはんが食べ足りなかったのかなー。
お気楽に笑うわたしに、レスターの呆れたツッコミ。
﹁そういうことじゃねえよ⋮⋮﹂ えっ?
と、小ボケるのは置いといて⋮⋮
大掃除完了! です。
653
これでしばらく復活もしないことでしょう。
しっかしわたしたち強くなったなあ。
装備を新調したのもそうだけど、攻撃が当たる当たる。
こないだ死線をくぐってきたかいがあったってもんだね⋮⋮
あ、バトル中の詳しい話は、後述のレポートに書いてありますの
で。
で。
レスターはわたしを上から下まで胡散臭そうに見回した後、とて
つもなく胡乱な⋮⋮訪問販売員を睥睨するような目でつぶやいた。
﹁チートか?﹂
間髪入れず︱︱レスターの頭を張り倒す。
言うに事欠いて!
72時間マジメに修行してきたシスくんに謝れ!
◇唐突にリレーレポート∼<ルルシィ・ズ・ウェブログ>の全て∼
・一番手、ルルシィール。
というわけでね、こっそりと始まりましたこの企画。
一度やってみたかったんだよねー。
舞台はここ、︻朽ち果てた遺跡ゲラルデ︼からお送りいたします。
654
知られざるわたしたちの活躍を記しておこうと思いましてね。
現在、早朝からわたしたち<ウェブログ>は、他の人たちが寝静
まっている間に遺跡の中に入り込んで大暴れしております。
ま、他のギルドの人たちも遊びながら死闘している︵矛盾︶みた
いですけどね。
あちこちで悲鳴が。
﹁ちょっと先輩ぃ! 戦闘中ですけどぉ!?﹂
おやここからも。
ゴーレムの攻撃を受け止めているルビアちゃんでした。
うん、わかっている。
だから急いで書くね! うなれわたしの閃光の指圧師!
ニュータイプ
==スキル発動、超速筆記!==
わたしたちの戦い。よっちゃんが釣ってシスくんが一撃入れて、
ルビアかわたしかそのままシスくんが相手をタウント︵挑発︶する
っていうのが一連の流れ。
これが常勝無敗、<ウェブログ>の黄金パターンね。
よっぽどの敵を相手にしない限り、単体相手じゃあこのパターン
で崩れることは早々ありません。
みんな超頼りになるからね。
というわけで今回この攻略法をみんなにそれぞれの視点から書い
てもらいましょう。
たまにはこういう変化もないとね。
そろそろ﹃ただの一人称小説だろこれ⋮⋮﹄ってツッコまれるか
655
らね。うん違わない。
==ここまで0・5秒==
スレッジハンマー︵大型の槌︶
がぶち当た
とかなんとか言っている間によっちゃんが新しい敵を引っ張って
来ました。
そこにシスくんの
ります。
一撃でわたしの新調した戦斧二発分ぐらいのダメージ与えるんだ
からね⋮⋮同じ前列として、やんなっちゃうよねホント⋮⋮
とか凹んでいる場合じゃない。
今回はどうやらルビアちゃんが︽タウント︾で引きつけてタンク
をやるようです。
﹁絶対に∼許さないんだからぁ∼!﹂
アニメ声でアニメっぽいセリフを吐いていますね。多分スイート。
大ぶりで見切りやすいゴーレムのパンチなんだけど、接触しただ
けでもHPガリガリ削られてゆくからホントにメレー︵殴りかかる
人︶殺しなんだよなあ、あいつら。
あれですあれ、某狩りゲーのドラゴンの足踏みでHPが減ってく
感じ。
というわけで距離を取って盾を構えておくのが一番の防御策。
そのためには前衛が稼ぐ以上のヘイト︵敵対心︶を、あんまり近
接攻撃しないルビアが稼がなきゃいけないんだけど、それって結構
難しい。だってこのゲーム、基本タウントが一種類しかないから。
656
じゃあどうするか? 単純明快。
スレッジハンマーを構えていたシスくんがゴーレムとガチの殴り
合いを開始しました。そこにルビアの﹁︽ヒール︾ですぅ∼﹂と気
の抜けた回復をした途端、ゴーレムは再びルビアに向き直ります。
再びルビアがブン殴られることになりました。
おわかりいただけただろうか。
これぞネトゲお馴染みのヒールヘイト︵回復による敵対心︶です。
コンシューマーゲームしかしない人には馴染みがないかもしれな
いけど、世界初の大作MMORPG﹃ウルティマオンライン﹄︵名
前出して平気かな? ドラクエとかFFみたいなもんだから大丈夫
?︶の時点ですでに実装されていた伝統あるシステムです。
モンスターがわたしたちにどれくらいムカ
っていうことなので、アタッカーは﹁スゴイ痛い攻
ヘイトっていうのは
ついているか
撃してくる! 実際ムカつく!﹂って殴られるし、ヒーラーは﹁ア
イツスッゴイ回復してる! 実際ムカつくヤバイ級!﹂って感じで
さらなるヘイトを稼いでしまうのです。
ディアブロ、ウルティマオンライン、エバークエストの三種のネ
ットゲームによってMMORPGは完成され、現在のネトゲはグラ
フィックが進化しただけでシステムの全ては御三家の模倣、あるい
は劣化コピーと言われているけれど︱︱まあ個人的にはその説は言
ワールドオブウォークラフ
は御三家に並んだと言っても差し支えないんじゃないかな。陽
い過ぎだと思っています。少なくとも
ト
の目を見ていたら﹃666﹄だってそれぐらいいっただろうに︱︱
たいていのMMORPGには実装されているシステムだね。
657
これのバランスによって、一気にゲームバランスが崩壊してしま
うという恐ろしい代物です。
某ネットゲームでは、アップデートによってヒールヘイトが倍増
し、ヒーラーたちの屍山血河が砂漠に生まれたとか生まれなかった
とか⋮⋮
話題が逸れた。
ルルシィさんのよくわかるネトゲの歴史
にて。書く予
ネトゲの話になるとついつい語り過ぎちゃうね。てへ。
続きは
定はありません。
というわけで無事ヒールヘイトでモンスターのターゲットを奪い
返したルビアちゃんは、再びゴーレムの攻撃を食い止めるわけです
ね。
これぞ世間で﹃ドM﹄と呼ばれるタンクの所業です。
仲間を守って受けるそしりは誇りである⋮⋮
﹁先輩まだですかぁ!?﹂
うん、ごめんごめん今行く今行く。
というわけで、ダイアリーはよっちゃんにポーイ!
・二番手、ヨギリ。
⋮⋮唐突に日記を渡されたでござる︵゜−゜︶
師匠曰く、
658
﹁釣りのときとかに気をつけていることでも書いてー! うおりゃ
ー!﹂
との事で候。
合戦の最中で在るというのに。
⋮⋮
りんく
と
あど
を避けるのは当然としても、
拙者、魔物の体力を見極めて動いているでござるヽ︵`▽´︶/
釣り師として
殲滅速度を高めるためには主人達が戦っている最中に既に動いてい
なければ一流のシノビとは言えませぬ。
未だ修行中の我が身ではござるが。
素早く闇に溶け、姿を隠しながら魔物に手裏剣を投げつけ候。
陣地に帰還した際に、丁度化け物が地に伏せているならば幸。
もしまだ魔物がしぶとく最後の足掻きを見せているというのなら、
すたん
すらも
︽影縫い︾にて釣ってきた魔物を足止めし、拙者も追い込みに短剣
を振るうのでござる。
しかしこの石の怪異。
あらはなり。
拙者の短剣術が通らぬ︵/︳;︶
だめーじはんげんなのでござる⋮⋮
屈ず。
困ず。
更に、せっかく師匠から賜った短剣の追加効果
耐性値が高く効きづらいとの有様⋮⋮
にんともかんとも︵ノД`︶シクシク
659
拙者の短剣に出来る事は、せいぜい嫌がらせが関の山なのでござ
る。
本来ならば、師匠やルビア殿、シス殿が少しでも傷を負わぬよう
に、全力で相手を叩き伏せるのが拙者の役目であるはずなのに⋮⋮
いっぱいみんなの役に立ちたいのに。
うちもニンジャの真似なんてしてないで、ハンマー買ってくれば
よかった︵;︳;︶
ハッ。
拙者、何も言っていないでござる︵^−^;︶
しかしニンジャのワザは短剣だけに或らず。
忍者八門という言葉が有り候。
其の内のひとつ、これからお見せするのは骨法術でござる。
︳;︶m
拙者の秘密特訓の成果、とくとご覧あれ。
ならば次は⋮⋮
シス殿、日記を宜しく御頼み申すm︵︳
・三番手、シス。
マジで言ってるの?w
戦闘中に日記書いてなさい、って⋮⋮
⋮⋮ルルシさんさっきの戦闘で頭打ってたっけ。
っていうさ、あの人おかしいんだよw
こっちゃ死ぬほど重てーハンマー振り回して、やってんのに。
あの人、俺が一発殴る間に大斧で二回殴ってますからね。
DPS︵秒間ダメージ︶変わんねーじゃねーかwww
STRのバケモンだ。
660
内部ステータスはきっと極振りになっているんだろうなー。
うおww
ヨギリさんすげえ。
足掴んでゴーレムの体ブン投げたよ今!
﹁骨法術でござる﹂って絶対違うと思うそれ。
素手って投げ技もあるのかこのゲーム⋮⋮
奥深すぎw
やべえwwwテンションあがってきたwww
めっちゃスキル上げのチャンスなのに!
なんで日記書いているんだー俺ー!
国語あんまり得意じゃないんだよなあ⋮⋮漢字覚えられねーし、
古文とかイミフだし⋮⋮
どんぐらい書けばいいんですかねルルシさん、これ⋮⋮
﹁今の二倍ぐらいで﹂
なんつー無理ゲー。
﹁戦闘中になに考えながら戦っているか、書けばいいでしょー!﹂
って。
なにって、別になあ。
まずヨギリさんが敵運んでくるっしょ。
お出迎えにタウントするっしょ。
で、ルルシさんのリチャが復活してそうなら任せて、ダメそうな
ら俺が︽ウォークライ︾してさ。
あールビアさんのMP残りこんぐらいだなー、とか、イオリオ今
唱えてんのあれだなーって思いながら、水薬飲んだり飲まなかった
りして。
661
敵の視線の動きとか挙動から、大体今ヘイトはこの人これぐらい
で、俺はこれぐらい稼いでいるから、これぐらいの攻撃力でぶっ叩
いてー、ってやって。
イオリオが大技唱えるから、じゃあその前に思いっきりタウント
して引きつけてー、とか。
ルビアさんがタンクやるだろうから今回はちょっとスキル控えめ
に殴って、次はガチで沈めてー、とか。
そんなんだよ。
状況見ながら動いている感じかな。
みんながやりたいようにやってさ、それで勝ったら最高じゃん。
だから俺は、そうなるようにしているってわけです。
つか、個体の体力も攻撃力も戦闘パターンも微妙に一匹一匹違う
んだよねこのゲーム。
多分、内部データで敵にも︽スキル︾が設定されているんだと思
う。
それはそいつの経験で、生きてきた中で微妙に変化しててさ。
面白いんだよなー。
オークの中にもさ、微妙に感知距離が違ったりしてたやつがいて、
それはきっと︽遠視︾スキルの差なんだろうなって、イオリオと話
してたっけ。
うわwwルルシさん︽テンペスト︾で足止め中のゴーレム巻き込
んだww
二匹相手にタンク状態ww
いやでも、あの人ホント硬くなったよなあ。
ブリガンダインもすげーけど⋮⋮
662
あの人、両手斧でさばくの巧すぎない?
つーか防御の才能があるんだよな、きっと。
攻め時と守り時がわかっているっていうか⋮⋮
うん。
俺も修行あるのみだな。
さ、働くかー!
次はイオリオ、よろしくなー!
・四番手、イオリオ。
まあmedi︵MP回復︶中だから良いが⋮⋮
僕が普段の戦闘中になにを考えているか、か。
そんなのは至極単純だ。
シスの近接攻撃三発分のダ
ゴーレムの攻撃を三発分回復できる
﹃いかにMP消費を少なく相手を倒すか﹄
これに尽きる。
例えば︽ヒール︾によって
としよう。
とする。
同様に、一発の簡単な魔術によって
メージを与えられる
ゴーレムとシスの攻撃速度は同等。
さてここで問題だ。
消費MPが同じ場合、どちらを使うのが効率的だ?
ああ。
そうだな、︽ヒール︾だ。
なぜなら、シスひとりを回復させている間に、シス+マスター+
663
燃費
、あるいは
MP効率
と呼ぶ。
ヨギリさんがそれぞれ攻撃を与えるからだ。
これを
もちろん相手を早く沈めたほうが圧倒的に戦況は楽になるため、
これは時間対効率を考慮していない机上の空論だがね。
うちのパーティーは殴り屋が多いから、︽ヒール︾が優勢になる
のは仕方ないな。
だが、魔術師の仕事は単なるダメージ屋か回復屋か、というのは
少し思慮が浅薄だ。
もっとも少ないMPで最大の効率を実現するもの。
それはdebuff︵弱体魔術︶だ。
ゴーレムに効きやすいのは今のところ、土術の︽スローリー・バ
イト︾。それと風術の︽ターン・オア・ターン︾のふたつだな。
前者はゴーレムの動きを鈍化させることができる。単純だが効果
的だ。奴の攻撃は避けやすくなるし、こちらの攻撃は当てやすくな
る。
後者は少し変わっていて、ゴーレムをその場で方向転換させる術
だ。行動阻害術の一種だな。全力で拳を振りかぶったときなどに唱
えると盛大に奴が空振る。胸がすくような面白い術だが、効く相手
が少ないのが欠点だがな。というかゴーレムしか見たことがない。
大抵のdebuffは少ないMPで唱えられる。
術者の腕があがればあがるほど効果的だ。
さらに四属性均等に存在しているから、術のスキル上げが一属性
に偏ることもない。
一石三鳥だな。
おっと。
ルビアさんが手を挙げている。そろそろ準備をしないとな。
664
そういえば言ってなかったか。
僕とルビアさんで決めているハンドシグナルがあってね。
立てる指の数で、MPの大まかな残量を相手に伝えるのだよ。
僕たち術師は詠唱の最中だったりして、口が効けないことが間々
あるからね。
彼女は指を二本立てて上に向けているだろう? それは﹃残りM
Pが20%です﹄というサインなのさ。
今度はルビアさんがmediしている間に、僕が回復屋を担おう。
いつだったかシスに聞かれたことがあったが。
﹁イオリオってあんま攻撃魔術使っているイメージねーよなー﹂っ
てな。
そのときは聞き流していたのだが、改めて答えよう。
﹃僕にとっての魔術とは、事象を実現するための手段だ﹄と。
魔術師のMPは可能性の数値だ。
僕たち魔術師には、僕たちしかできないことが多々ある。
大量の魔物を破壊魔術で蒸発させるのもそうだ。<キングダム>
には専門の魔術師集団が結成されており、ドリエさんがその指揮を
取っている。
束ねた破壊魔術の威力は、前衛が何人集まっても比肩することが
できないだろう。
一瞬で一撃で巻き起こる大虐殺。
身一つでそんなことができる人間がどこにいる? 僕たち魔術師
ぐらいなものだろう。
しかし、魔術師にできることはそれだけではない。
味方の傷を癒し、debuffを使い敵を弱らせ、buffをか
けて仲間の戦力を底上げすることができる。まだまだある。﹃66
6﹄ではまだ見つかっていないが、転移術は魔術師の特権だ。時に
665
は生命を復活させることもできるだろう。
どうかね。破壊魔術は時に魂が震えるほどの力の充足を得ること
もできるだろう。
だが、それすらも魔術師の可能性のひとつでしかないのさ。
あらゆることができる
という感覚は、何物にも代えが
僕は必要に応じて、クレバーに魔術を使うことに喜びを感じるな。
この、
たいと思うがね。
キミにはわからないんだろうな、シス。
少し喋りすぎたかな。
それじゃあ、最後はルビアさんだな。
・五番手、ルビア。
まったくもぅ∼∼∼∼∼∼∼。
みなさん、あたしに隠れて楽しそうなことしているんですから。
ルビアちゃんプンプン☆ ですよ。
さてさて。
なにを書きましょう∼?
あ、こないだ食べたヴァンフォーレストのスイーツが∼、って。
え、戦闘に関することしか書いちゃダメなんですか?
ぶー。
先輩のケチぃ。
まあいいです。それじゃあえっと、どうしましょ。
︽ヒール︾の種類でも書きます?
じゃあ箇条書きに。
666
リジェネ・ヒール、クッション・ヒール、エリア・ヒール、フラ
ッシュ・ヒール、マックス・リバイブ。あ、エンチャント・ヒール
っていうのもありますね。
それぞれ呪言を変えることによってできる、ヒールの派生術です。
︽リジェネ・ヒール︾は徐々にHPが回復していき、︽クッション・
ヒール︾は一定数のダメージを無効化する膜を作ります。
どちらもあたしのメインヒールです。
このふたつに共通しているのは、ヒールヘイトがとても少ないこ
とですね。
モンスターさんは目の前で傷を癒すと怒るのに、こういう絡め手
を使うと案外気づかないんですねー。
おばかさぁんですね、えへへ。
次に︽エリア・ヒール︾。文字通り範囲回復なんですけど、回復
量は単体に比べて低いし、MP辺りの回復量も低いし⋮⋮すっごい
ソンした気分になるので、ピンチ以外は使いませぇん。
みなさんを一斉に回復させると、その分モーレツな勢いでモンス
ターさんが襲いかかってきますからね。
きゃー♪ って感じです。
︽フラッシュ・ヒール︾はちょっぴり特殊です。
MP消費はとっても少ないんですけど、その代わりにあたしのH
Pを消費しちゃうんです。その度合はスキル値によって変わって、
今は大体消費の二倍ぐらいを回復してくれます。
これ覚えたてのときは、永久機関ができるかも!? ってはしゃ
いじゃったんですけど、でも実際はそんなにうまくいかないんです。
魔術なのにこれ、再詠唱時間が必要なんですよね⋮⋮
2分に一回しか使えないんです。
667
切り札的な⋮⋮感じですね。
︽エンチャント・ヒール︾はモンスターを殴れば殴るほど自分が回
復するっていう、不思議な魔術です。
あんまり回復値も多くないし、使い道あるのかなー⋮⋮ってちょ
っと思いましたけど、イオリオさんに言われて気づきました。
これ、リジェネ・ヒールと重複するんです。
ソロのときはそのふたつをかけていれば、他のヒールなんていら
ない子状態なんですよ。
オトクですねえ。
でも先輩は振りの遅い武器をメインに使っているので、先輩相手
にはやっぱりいらない子状態です⋮⋮
最後に︽マックス・リバイブ︾。
MP消費がすっごく多いんですけど、その代わり最大HPを越え
て体力を回復することができるっていうすっごいヒールです。
ヒールの王様です!
キングオブヒール!
覚えた時はテンション上がりましたけど、やっぱり普段はあんま
り使い道がなかったりします。
どうでしょうか先輩。
ヒール道も奥が深いのですよ。
これらを状況と残りMPによって使い分けつつ、前衛の仕事もこ
なしているんですからね。
⋮⋮逃げているだけのときも結構ありますケド。
でもあたしがこんなにヒールをガンバっても、先輩は︻ギフト︼
を使って自分でHPをドンドン減らしていっちゃうのです⋮⋮
うう。
668
自殺願望でもあるんでしょうか。
困った人です。
これでも一生懸命︽医学︾とかお勉強して、先輩の役に立てるよ
うにって。
付いていけるように、って。
ちゃんとずっとがんばってきたんですからね。
それがわかったら、これからもあたしを敬う心を忘れないように!
これから先も、ずっと、ずっと⋮⋮
永遠に、ですよ!
・再び、ルルシィール。
安定のルビアちゃんオチ。
⋮⋮って、あ、あれ?
なんかみんなすごい良いこと書いているな⋮⋮
図らずとも寄せ書きみたいになっちゃった。
うん、まあ。
ありがとうね、みんな。
この日記、持って帰りたい。
素敵な言葉をありがとうございます。
ここを脱出したら、みんなで美味しいものでも食べに行こうね。
と、ゆーわけで、レスターたちも加わって、怒涛の殲滅戦の開始
だ。
ここまで来たら倒していったほうが早いもんね!
前回あれほど苦戦した相手だし、今回は<キングダム>の戦力も
底上げされているし。
669
参戦してくれたギルドの中にも、かなりやる人が混ざっているよ
うだし。ブネさんとか。
その上、四倍の戦力で敵軍をフルボッコだよ?
そりゃあもうスイスイ進むさ。
前回大苦戦した四つの目の石碑から先も、わたしたちは難なくク
リアリングしてゆきます。
戦術はただひとつ、制圧前進あるのみです。
五つ目。六つ目。いいよいいよ。大勝利。
これは新人賞取れる展開だよ⋮⋮!
完全に私欲のために戦っています、今のわたし。
みんなはパーティーのために戦ってくれているっていうのに、わ
たしってやつは⋮⋮
ま、まあいいとして。
そして、いよいよやってきました。
深い地下への通路を潜っていって、あの巨大な扉が待つ大広場。
八体のゴーレムが鎮座する地点に。
﹁さすがにここだけは200名が同時に突っ込むわけにはいかない
ねえからな。1ファランクスで一匹ずつ始末するぜ﹂
彼の言葉にギルドマスターたちはうなずきました。
それから、戦うギルドの選別が始まり⋮⋮
レスターがわたしに問いかけます。
﹁<ウェブログ>は1パーティーで挑むのか?﹂
そりゃ、わたしたち4人+よっちゃんしかいないし。
ってなんでため息つくのよ。
670
﹁お前らホントに⋮⋮そんなんでよく生きているよな﹂
なに言ってんのさ。
なにやってても、100%勝てるような戦いなんて、つまんなく
ない?
さも当たり前のように、わたしは返します。
﹁冒険してこそ、冒険者でしょうが﹂
671
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その2
今回の相手は、まったくの初見というわけではない。
円形状の広場を前に、選出された戦闘班はそれぞれbuff︵強
化術︶や装備のカスタマイズなどを行ない、準備を整えていた。
右に四匹、左に四匹。わたしたち五人が担当するのは、左から二
番目のナイトゴーレム。
15x7+5x1ということで、この広場に110名もの冒険者
が突入することになる。
もしナイトゴーレムが爪王ザガみたいに範囲攻撃持ちだったら、
広場は阿鼻叫喚の地獄と化すだろう。
ま、前回はどうも単体攻撃だけだったし?
でももし、HPが減ったら攻撃パターンが変わるタイプだったら
⋮⋮
寺院が大繁盛するな⋮⋮
うん、まあ。
レスターだったらきっとなんとかしてくれるでしょう。
はー、気持ちが高ぶってきた。
陣形を整えて突撃する騎馬隊は、こんな感じだったのかな、なん
て。
斧を握り締める手にも力が入るってもんさ。
﹁頼んだぜ、お前ら﹂
672
今回、レスターは後続に控えております。
レスター怖気づいたり! ⋮⋮というわけではありません。
理由は3つ。
①大混戦が予想される今回の戦いでは立ち位置も重要なポイントに
なってくるため、俯瞰で広場を観察し、調整する指揮者が必要なこ
と。
②それぞれのファランクスに欠員が出るたびに、後続部隊から補充
要員をあてがう役割が必要なこと︱︱それもタンクがやられたらタ
ンク。ヒーラーがやられたらヒーラーと、瞬時に正しい判断を行え
る人物じゃないとダメ。
③それでも補充が間に合わずファランクスが壊滅状態に陥ってしま
った際の保険として。
今回の討伐隊の全員を把握しているのってレスターとあと<キン
グダム>の何人かぐらいしかいないからね。
その代わり、ドリエさんが<キングダム>の戦闘部隊に編入され
ています。
狭いところだから、あんまり威力の高い魔術は唱えられなさそう
だけどね。
﹁がんばろうね、ドリエさん﹂
ウキウキ気分で肩を叩くと、彼女はびくっと体を震わせました。
あ、あれ。
﹁⋮⋮はい、誠心誠意尽くしてやらせていただきます﹂
673
﹁ドリエさんひょっとして緊張している?﹂
エルフのおキレイな顔が、いつもより怖い怖い。 ﹁⋮⋮お恥ずかしながら﹂
そうだったんだ。
いつもあんまり表情が変わらないからわからなかった。
﹁大丈夫大丈夫、うまくいくって﹂
軽い言葉で励ましてみると、﹁はあ﹂と生返事をもらった。
ほら、こっちなんて五人しかいないけど、シスリオルビアとか、
現実世界に帰ったらまずなにを食べたいか、とかの話をしているよ。
キミたちはちょっとは緊張感を持ちなさい。
わたしはエクレア! たっぷりチョコレートをかけた甘ぁ∼∼∼
いの!
そんなことを言っていると、レスターが突入のカウントダウンを
始めた。
いかんいかん、元の位置に戻らなきゃ。
最初はシスの︽タウント︾からだ。
いつもの<ウェブログ>の黄金パターンね。
﹁ルルシィールさま﹂
と、ドリエさんに呼び止められて。
ゆっくりと頭を下げられた。
﹁ご成功をお祈りいたします﹂
674
﹁そっちもね﹂
ドリエさんに拳を突き上げて、戸惑う彼女の手の甲にコツンと合
わせる。
なんとなくこっちのほうが冒険者らしいかな、って。
ドリエさんはちょっと首を傾げていたけれど。
すぐに手の甲を撫でながら、ふんわりと微笑んでくれた。あらや
だかわいい。
わたしがボコボコにされたナイトゴーレムも、五対一なら良い戦
いができる!
そんな風に思っていた時期が、わたしにもありました。
ナイトゴーレムは本当の強敵だった。
HPはそんなに多くないみたいだけれど、なによりも硬い。で、
一撃の破壊力が異常だ。
﹁ひいいいいぃ!﹂
絹を裂くような悲鳴が飛び出しました。
今回のタンクは引き続きルビア。盾でがっちり防ぎながらも、そ
の上からとんでもないダメージを食らい続けています。
でもシスとわたしがタンクするよりは全然マシ。だってわたした
ち、防具で相当硬くなったとはいえ、0か超絶ダメージかのどっち
かだからね⋮⋮
ホントにヒーラーに優しくない。
しかし、物理攻撃が効きづらいゴーレム相手にイオリオが回復に
専念する状況は、なるべく避けたかった事態だ。
675
﹁大丈夫だ! 守っていればきっと倒せる!﹂
その不安を感じ取ったのか、珍しくイオリオが檄を飛ばす。
﹁ルビアさん! ふたりでとにかく︽ヒール︾だ! シス、マスタ
ー、耐えてくれ!﹂
お、0か超絶ダメージかのわたしたちで頑張れってことですね。
よっし、やったろうじゃないの。
﹁シスくん、あれ言おうよあれ﹂
﹁あぁーん?﹂
ナイトゴーレムの振り回しパンチを避けながら、その横っ腹を斧
で薙ぐ。
﹁﹃この戦争が終わったら、俺結婚するんだ﹄とかそういうの﹂
﹁フラグじゃねえか!﹂
シスくんが思いっきりスレッジハンマーを振りかぶり、渾身の力
で叩きつける。ゴーレムに負けてないぐらいの威力だが、それはち
ょっと隙が多すぎる。案の定、ゴーレムに反撃を食らっちゃう。
はー、お互い水薬がぐいぐい減ってゆく。
せめて︻一期一振︼が使えたらなあ。
本来はわたしがぶちころがさないといけない相手なのに⋮⋮!
わたしとよっちゃんが頼りないから、やっぱりシスくんが頑張る
しかなくて、それで余計な反撃を食らって回復が飛び交うっていう
悪い流れだ。
風術も効き目が悪いしなあ!
676
シスくんがブン殴られようとしていたそのとき、イオリオの︽タ
ーン・オア・ターン︾が決まってゴーレムの攻撃は空を切る。
うわー、ひやっとした。
﹁サンキュー!﹂
わたしとシスとよっちゃんの攻撃スキルが同時に炸裂する⋮⋮も、
ゴーレムのHPはちょっぴり減っただけ。
う、うざってぇ⋮⋮!
思わず︻犠牲︼を使いたくなってくるけど、なるべくならここで
︻ギフト︼は温存しておきたい⋮⋮
でもそろそろブチキレそう。
ぷっつん寸前に、medi︵MP回復︶中のイオリオがなにかに
気づいた。
﹁そうか、水と風か﹂
わたしとルビアを交互に見ている。
な、なにかしら。
﹁雷の魔術だ!﹂
それって魔術習いたての頃にイオリオが言っていた、水と風の複
合魔術ってやつ?
ああ、確かにこのナイトゴーレムにはメッチャ効きそう。
全身鋼鉄の塊だし。
もしかしたら一瞬で倒せるかも!?
677
﹁だが⋮⋮﹂
イオリオは躊躇していた。
そりゃそうだ。効かなかったらMPの浪費だもの。
こんな重大な場面で賭けるのは、効率厨のイオリオにはちょっと
耐えられないかもしれない。
でもさー、このまま戦ってたってじり貧だよ?
ここで水薬使いきっちゃったら、これから先全然ダメでしょ。
やるだけの価値はあるって、わたしは思うからさ。
だから叫ぶ。
﹁シスくん、よっちゃん、全力でヘイト︵敵対心︶を高め続けるよ
! ルビアはMP回復の水薬をいくら使ってもいいから、わたした
ちのこと守ってね!﹂
﹁おう!﹂
﹁はぁ∼い﹂
シスくんの気合の入った叫びと、ルビアの脳天気な返事。さらに
︽シャープ︾︵※29日目その1参照︶を途切れさせないように喋
れないよっちゃんも、指でOKサインを出していた。
これでもう、イオリオも覚悟を決めるしかない。
﹁⋮⋮いいのか﹂
杖を握りしめるイオリオ。
その眼鏡の奥の目に、ウィンクを飛ばす。
わたし
﹁いざとなったら︻ギフト︼使えばいいだけでしょ。責任を取るの
はマスターの仕事ってね﹂
678
﹁わかった﹂
決断は早かった。
さすがシスの親友。
叫び声が飛び交う広場にて、イオリオの詠唱が朗々と響いたよう
な気がした。
彼の周囲が青紫色に輝いてゆく。
﹁インドラ︵稲妻よ︶・リベラ︵残留し︶・バイド︵わだかまれ︶・
エルス︵標的に︶!﹂
イオリオの手を離れた魔力はゴーレムに付着し、次の瞬間爆発す
るように火花を散らした。
やば、離れないと。
飛び退くと同時に、最後の呪言が発動する。
﹁︽ライトニング・ソーン︾!﹂
回転するグラインダーにレンガを無理矢理押しつけたような切削
音じみた響き。思わず耳を塞ぎたくなる。ゴーレムの体は青白いい
ばらに囚われたようだった。
それはまるで毒のようなDoT︵継続ダメージ︶を与える魔術だ。
一瞬の派手さには欠けるものの、その累計ダメージはDD︵直接
ダメージ︶系魔術を凌駕することが多い。コンシューマーゲームで
はあまりピックアップされることはないが、本来は極めて強力な攻
撃魔術だ。
っていうかナイトゴーレムのHPはみるみるうちに減ってゆく!
やっぱり、これが弱点だったんだな、って⋮⋮
ナイトゴーレムはイオリオにまっしぐらに向かってゆく!
679
﹁ちょ、ちょっと、こっち来なさいよ! ばかー!﹂
わたしの︽タウント︾で引き寄せる。が、DoTのダメージによ
りゴーレムは再びイオリオへ。
﹁行かせるかよ! オラァ!﹂
シスくんの︽タウント︾+攻撃スキル︽ヘヴィプレス︾が決まっ
た。今度こそゴーレムはシスくんが固定したと思ったが⋮⋮
﹁︽サンダーボルト︾!﹂
イオリオの破壊魔術で、ゴーレムは再び彼に目標を変更する。
もっとも低級な雷魔術ですら、シスくんのスレッジハンマーを軽
く凌駕するダメージ量だ。
これだから魔術師ってやつは⋮⋮!
﹁うおおおお! ︽テンペスト︾ぉ!﹂
恐らくはHP調節だったのだろう。イオリオは最後の魔術の詠唱
に入っている。次で決めるつもりだ。
わたしの︽ウォークライ︾+︽テンペスト︾も、ゴーレムを振り
向かせることはできなかった。
ゴーレムはイオリオに向かって走る。その柱のような腕で殴られ
れば、イオリオは二撃か︱︱あるいは攻撃スキルにクリティカルが
出てしまったら、一撃で絶命だ。
﹁︽クッション・ヒール︾ですぅ!﹂
680
わたしとシスくんの傷を放置して、ルビアがダメージ量吸収の水
魔術をイオリオに唱える。焼け石に水かもしれないが、正しい判断
だ。
﹁させっかよお!﹂
シスくんが苦し紛れに︽チャージ︾を仕掛けるが、巨大なゴーレ
ムは微動だにしない。
くそう。
ここまでだとは思わなかった。
イオリオは状況も見ずにターゲットのHPを減らして、窮地を招
くような人ではない。
イオリオが想定した以上に、ナイトゴーレム戦におけるわたした
ち前衛のヘイトコントロール能力は、脆弱だったのだ。
だめだ。
これもう無理。
ゴーレムは腕を振りかぶって、渾身の力でイオリオを叩き潰そう
としている。
やるしかない。
地端地突入前だろうが、ここでイオリオを失うよりはずっとマシ
だ。
﹁サクリ︱︱﹂
叫ぼうとして。
わたしとシスの間を駆け抜けた影があった。
681
﹁︽デスモーヘクス︾!﹂
ヨギリの短剣がナイトゴーレムの足の腱をえぐる。
クリティカルとともに発生したRoot︵足止め︶効果はレジス
スタン
は、ゴーレムの動きを一瞬停止させる
トされ、効力を及ぼさない︱︱が。
同時に発動した
ことに成功していた。
その刹那が、分水嶺。
動いたのは、イオリオ。
﹁インドラ︵稲妻よ︶・テラグランデア︵隆隆と︶・エルス︵標的
に︶!﹂
イオリオの杖がゴーレムの体に触れて。
﹁︽パープル・ランス︾!﹂
紫電を放つ。
光が広場に瞬いた。
電荷は蛇のようにナイトゴーレムの体を食い破ってゆく。
徐々にナイトゴーレムの動きは鈍くなり、その拳もまた、イオリ
オの直前で停止し︱︱
そしてついに、甲高い音を立てて砕け散った!
﹁やった!﹂
思わずガッツポーズ。歓声をあげちゃう。
っていうかわたし、なんにもしてなかったな⋮⋮
682
かなり屈辱的な戦いだった⋮⋮
けどまあ、勝ったからよし!
﹁やりましたぁ! 先輩ぃ!﹂
ルビアと抱き合って勝利を喜び合い︱︱
﹁まだ終わってないって﹂
シスくんに告げられて、ハッと気づきました。
周辺を見回すと、まだナイトゴーレムは六匹残っています。
おっと、一段落している場合じゃない。
ヘルプに向かわなきゃね!
イオリオの活躍でナイトゴーレムを見事撃破したわたしたちは、
サポートに走る。
残るナイトゴーレムは六匹、<キングダム>の精鋭さんたちが一
匹仕留めたものの、まだまだ予断を許さない状況です。っていうか
結構な人たちがやられたみたい。
は水と風の複合魔術だ。そのふたつの魔術を鍛えている
でもでもこっから人間さんの逆転開始だぜー。
雷魔術
人は討伐部隊の中にももちろん何人かいる。
けれど問題は触媒だった。
雷魔術の触媒は金属、貴金属。ようするに、電気を通しやすいア
レコレです。
イオリオは土属性の触媒として使っていた︻鉄粉︼や︻銅板︼を
触媒として使っていたみたいだけれど、水と風の魔術に加えて、土
の触媒まで持っている人となると、さすがに数人しかいなかった。
683
<キングダム>魔術団もメインは火魔術らしいしねー。
手っ取り早く強くなるなら、なんでもかんでも特化するのが一番。
だけど今回に限っては四色魔術師イオリオの存在が功を奏したって
ところかな。
人と違ったプレイスタイルをすると、こういうところで結果が現
れるっていうのは面白いよね。
いや、<ウェブログ>ってなんかみんなそんな人ばっかりだけど
⋮⋮
とゆーわけで、イオリオ無双の始まりです。
MPを回復したイオリオは、単体で雷魔術を繰り出しながら広場
を駆け回り、ワンマンアーミーさながらのとてつもない戦果をあげ
ていた。
足りない触媒は、広場に落ちたナイトゴーレムの破片を使ったり
してね。
もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。
あ、多分これ異名つくね。
フフフ、﹃青き稲妻﹄とか⋮⋮フフフ⋮⋮広めちゃおうかな。
無事、八体の撃破を完了し︱︱
わたしたちは広場を制圧しました。
各々のギルドはインペリアルを再編しています。
﹁何人死んじゃったんだろう﹂
﹁ざっと、24名だな﹂
そばにきたレスターがぽつりと言います。
684
﹁うわ、結構な被害じゃないの﹂
213ー24ってことは、残り189名か。
﹁あんまり言いふらすなよ。士気に響く﹂
﹁でもみんな楽しそうだけど﹂
周りを見渡すと、勝った人たちは大喜びしています。
﹁今はな。一時の勝利と達成感に浸っている間は、そりゃ楽しいさ。
苦境に陥ってからが辛ぇんだ。﹃無理かも﹄って思っちまったら後
は転がり落ちるだけよ﹂
﹁そういうものかなあ﹂
ま、わたしとレスターは立場が違うしね。
レスターが慎重になるのは当然。
でも人間ってしぶといものよ。
大好きなゲームの世界での冒険となれば、なおさらね。
さ、イオリオとドリエさんが固く閉じられた大扉の前に並びます。
ここまで来て開かなかったらルビアの﹁てへぺろー☆﹂じゃ許さ
れないからね。
下着くらい見せてやらないといけないかもしれない。
いや、でもそれで喜ぶのはロリコンだけか⋮⋮
ならいちご柄とか、しましまとか、そういうよりあざといのがい
いな。
いや、きっとルビアなら言われなくてもあざといのを履いている
はず。
あとで確認しておこうかしら⋮⋮
685
みんなが緊張の面持ちで扉を見つめているのに、わたしは端っこ
に座ってものすごくどうでもいいことを日記に書いていたりします。
ルルシさん、協調性スキルをどこに置いてきたのか。
﹁わー﹂
かたやルビアなどは、わたしの隣に座って手を叩いています。
完全にお祭り気分だ。
あ、でもシスくんも戦闘のログを確認してダメージ値とかを見比
べて﹁くそっ、DPSでトップになれねえ⋮⋮!﹂とか悔しそうに
していたり。
よっちゃんはひたすら︽隠密︾のスキル上げしているし。
なんだこの集団⋮⋮
まあ、慣れたネトゲプレイヤーなんてこんなもんだよ︵偏見︶。
おっと、始まるぞ。
ふたりのエルフは顔を見合わせて、高らかに魔法のような台詞を、
唄い上げます。
﹃︱︱アド・エメラルダ・リュネー・ノルパルフラ・イニデ・ベラ
ノエル﹄
次の瞬間だ。
長い間開かれることのなかったコケの生えた扉は、轟音を立てて
開いていくではありませんか。
オー、ファンタスティック!
あちこちから歓声が湧きました。
扉の奥は一切光のない漆黒の世界だった。そこに飛び込むのはち
ょっと勇気が要りそう。
686
イオリオが一仕事終えたような顔で戻ってきます。
いやあおつかれおつかれ。
しかしあの言葉は一体なんだったんだろう。
エインフェリア
あれ、アドさんって聞いたことがあるな。
そうだ。﹃骸の干戈・アド﹄は、わたしが誓約を結んだ神の名じ
ゃん!
他にもリュネーは確か、メタモルポセスの二つ名を持っていた神
だったような⋮⋮
そっか、つまり今の六つの言葉は⋮⋮
考え事をしているイオリオの肩をちょんちょんとつつく。
﹁ねえねえ、イオリオ﹂
﹁ん?﹂
﹁ちなみに今のって、クデュリュザを封印した神様たちの名前?﹂
﹁そうだ。五柱までは子供でも知っているが、最後のひとりがなか
なか見つけ出せずにいてな。本来はずっと先のクエストでようやく
判明するものだったのだろう。ヴァンフォーレストの書物では限界
があったので、ダグリアや他の都市にいたものたちにも協力しても
らった﹂
﹁それって⋮⋮えっと﹂
六種類のギフトを思い出す。自己強化、使役、変身、守護、付与、
魔法
に関するギフトだけど、
そして最後のひとつは⋮⋮確か、︻魔道︼。
その名の通り、今は滅び去った
なんか効果がイマイチらしいと聞いている。
独自の︽BP︾という値を消費して、使うことができる魔術のよ
うなもので⋮⋮なんか、うん、詳しくは知らないけど、外れギフト
って評判が高い。
687
それが、ベラノエルっていう神様のものなんだ。
﹁ベラノエルはクデュリュザを封じ込めたが、他の五柱の神とも反
りが合わなかったのさ。だから記録から抹消されていた。その名前
を突き止めるのは苦労したさ﹂
﹁へー⋮⋮﹂
エルス
に近い言葉がどこかに入っているだ
﹁正直、最後の決め手は推察だな。魔術に縁のある神だと言われて
いたから、恐らくは
ろうと思い⋮⋮﹂
お、長くなりそうな気配がするぞ。
﹁さ、あとは帰ってからにしましょう、イオリオさま﹂
そこでドリエさんに言葉を遮られて、イオリオは﹁む﹂とうなる。
見たら、レスターの号令でギルドは整列しているではありません
か。
わたしたちも並ばなくっちゃ。
そういえばこのエルフふたりって、先週辺りからずっと一緒にい
るけど⋮⋮なんだろう、ウマが合うのかしら。
それとも目的のために協力しているだけなのかな。
一団の隅っこに立ったわたしは、小声でイオリオに問いかける。
﹁ねえねえ、イオリオくん。ひょっとしてキミって⋮⋮ただの年上
好きだったりする?﹂
﹁断固そういった事実は存在していない﹂
きっぱり。
竹を割るように断言されてしまった。
688
なんかもう、追求するな、ぐらいの圧力を感じる。
でも、その横に立っていたシスが﹁あー﹂となにかに気づいたよ
うな声。
﹁確かにお前、年上好きだよなー﹂
なんという勇者シス。
イオリオは咳払いし、静かに告げる。
﹁⋮⋮結果的に年上が多かっただけだ﹂
うん、でもなんかね。
ムキになった時点でね⋮⋮
﹁違う、年下にはどう接していいのかわからないだけだ。人格的に
成熟していない人と話すのは、僕は苦手なんだ。だからいつも年上
になってしまうんだよ﹂
については、イオリオほど知っているわけじゃないけれ
さ、はい、突入突入。
地端地
ど、それなりにイメージというものはありました。
魔界っぽかったり、地獄みたいだったり。
だけど、わたしたちの前に広がる空間はまるでワイヤーフレーム
の3Dダンジョンで。
古風すぎる⋮⋮
ていうか、ゲームゲームしすぎじゃない?
手抜き?
689
﹁
天儀天
が僕たちの現実で、
中雲中
がVRMMOの空間な
ら、より深く潜れば潜るほど作り物めいた世界が広がっているとい
うことなんじゃないかな﹂
ははあ、なるほど。
ありがとう解説の年上好きのイオリオくん。
でもそれって﹃666﹄自体を一個のネットゲームとして見た場
合、世界観ぶち壊しじゃない?
なんかメタメタしいっていうか⋮⋮
それはそれでアリなのかしら。
扉の中に足を踏み入れた瞬間、ログにマップ名が表示されます。
地端地
︼
おどろおどろしいフォントで。
︻偉大なる封印の地
わーカッコいい演出。
仄暗いダンジョンには、何本もの道が広がっていました。
レスターはとりあえず、全ての通路に先遣隊を派遣する気のよう
です。
わたしたちはレスター組に編入されました。ということは、しば
らくはお留守番ってこと。
この人は完全に<ウェブログ>を便利な特攻隊だと思っているに
違いない⋮⋮
さて、先遣隊の報告を待っていると、緊張が高まってゆきます。
なんといってもここはラストダンジョン。
690
伝説の武器とか伝説の防具が配置されているであろう、あのラス
トダンジョン!
普通は新作MMOを一ヶ月で攻略なんてできないから、きっと一
筋縄ではいかない場所なのだろう。
720時間連続ログインしているわたしたちなら、もしかしたら
可能かもしれないけど︵とんでもないクラスの廃人だ⋮⋮︶、きっ
と現実世界とは1時間の尺度が違うだろうし。
あーもう、あれこれ予測を立てても無駄なんだけどさー!
しかしさすがにこの空気で大暴露大会とかする気にはなれず、わ
たしたちも自粛しています。
暗闇の中、壁や障害物がほんのりと光っている様は、まるでアミ
ューズメントパークのアトラクションのよう。
どことなく空気がひんやりしています。
レスターは先ほどから忙しそうに先遣隊とやり取りをしている。
っていうか不謹慎だけど、この先、一体どんな敵が現れるのか。
わたしは実は、相当ワクワクしているのだった。
691
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その3
前回のあらすじ。
にインしたよ!
イオリオ無双。
地端地
先遣隊が戻ってくるまでお座り。
はてさて。
わたしたちはまだまだ入り口で待機しております。
ひーまー。
かたや、離れて神妙な顔で軍議を開いている人たちも。
ドリエさんやベルガーさんら<キングダム>幹部は、床にミニマ
ップを模した地図を置き、そこに報告された道を書き込んだり、駒
を動かしたりしています。
四方向に枝分かれした道を、まるで自分が歩いているかのように
指示するレスター。
やー、すごいねこの人。戦略シミュレーションとか好きなのかな。
っていうか、すごい楽しそう!
これだけ見たら、<キングダム>に入りたかったって思っちゃう
な⋮⋮
こいつら、ラストダンジョン攻略を満喫してやがる⋮⋮!
と、人が真剣にやっているところで余計なことを考えているわた
し。
692
たーのしーそーだなー。
いーなー、いーなー。
その邪念が邪魔だったのか、声にも出してないのにレスターにシ
ッシッとされてしまった。
ち、ちくしょうめ。
先遣隊に出たのは4ルート15名ずつ。
ということは、ここでだらーっとしているのがわたしたち120
名弱。
なにもせずに暇しているのはさすがにレスターたちに悪いので⋮⋮
うん、腹ごしらえでもしてよっか。
ワイヤーフレームの床は、あんまり落ち着かないけれど。
あ、でも気分を変えたらプラネタリウムの中にでもいるような感
じかな。
そう考えると、なんだかロマンティックな光景に見えないでもな
い。
さて、おべんとおべんと。
本日はローストビーフとトマトのサンドイッチに、塩気控えめの
温かいポタージュスープ。デザートはヴァンフォーレスト産のファ
ママオレンジをシャーベットにした贅沢品。
日々豪華になってゆくわたしたちの食事。
一度上がった生活レベルを落とすのは、簡単なことではないとい
う。
隣ではルビアちゃんが恍惚の表情で、﹁美味しいですぅ∼∼﹂と
か言っています。
まるで肥えた豚のようだ。
ほっぺた膨らませて、満面の笑みでサンドウィッチを頬張ってい
るけどさ。
693
キミ、現実世界に帰ってそのペースで食べてたら絶対に太るから
ね。
丸々としてもそれはそれで愛嬌があるとは思うけど、そんな瑞穂
見たくないからね。
いつまでもスタイル良くてプリティーなキミでいてね。
﹁ふぁ∼、幸せですぅ∼﹂
ほらほら、口の端にソースとかつけて。
よっちゃんを見てみなさいよ。あんなにお行儀が良いのよ⋮⋮
食い意地の差、か。
わたしたち<ウェブログ>がご飯を食べ始めたからか、辺りは自
然とランチタイムな感じになっていた。
いやいや、別に食いしん坊ギルドなわけじゃないんですよ︵ルビ
ア以外︶。
ただ、食事ってほら、一部のものはHPアップ効果があったり、
STRアップだったり状態異常耐性がついたり、そういう戦闘にも
メリットがあったりするからね。
だ、だからなんですよ。食いしん坊ってわけじゃないです︵二回
目︶。
それはいいとして。
﹁ねえねえ、よっちゃん﹂
﹁?﹂
メンポを外した彼女は、視線だけで問いかけてくる。
食事中だからか、お喋りを控えているのかもしれない。
今まで結構思う瞬間はあったんだけど。
694
この子、実はいいとこのお嬢様だよね多分。
そもそも、﹃666﹄をプレイできるほどのスペックのパソコン
を持っているご家庭って、そんなにないし⋮⋮
シスリオはふたりとも、バイトして買ったって言ってたなあ。
よし、聞いてみよう。
﹁よっちゃんって、おうちのパソコンから﹃666﹄の世界に引き
込まれたの?﹂
彼女は口の中のものをごくんと飲み込んで、水筒で口をすすいで
から。
﹁左様﹂
うなずいた。
﹁そっかあ。昔からずいぶんネトゲとかやってたんだ?﹂
﹁パパが﹂
言いかけて、よっちゃんは何事もなかったように言い直す。
﹁父上が、好きで﹂
﹁へー﹂
特には突っ込みません。
﹁﹃666﹄も、父上と共に遊ぶ予定でござった﹂
﹁え、じゃあPC二台あるってこと?﹂
するとよっちゃん、首を振ります。
695
﹁ふたり姉者がいて、その人達も一緒に﹂
﹁え、ええ?﹂
え、つまり、どういうこと?
﹁家族で﹃666﹄やる予定だったってこと?﹂
﹁うん﹂
事もなくうなずく。
を買ってくるでござる﹂
えーとつまり⋮⋮この子、おうちに﹃666﹄をプレイできるク
ラスのPCが四台あるってこと? って聞いてみるとさ。
﹁ううん。12台あるでござる﹂
﹁どういうこと﹂
こんぴうた
思わず素で聞き返しちゃったよ。
﹁父上が一ヶ月に一個、
﹁インダストリ!﹂
思わず忍殺語も飛び出すさそら。
そうか、お嬢様だったのか、よっちゃん⋮⋮
隣で嬉しそうに暴食しているルビアちゃんとは、育ちが違うなあ
って思ってたんだ。
それに、なんとなく腑に落ちるところもある。
妙にネットゲームに詳しい割には、あまり対人コミュニケーショ
ンに慣れていなかったり。年若いせいだけだと思っていたけど、完
696
全に身内だけで遊んでいたからだったのだろう。
そんな特殊なご家庭の人と遊んだことなかったから、わたしのプ
ロファイリングが機能してなかったよ⋮⋮
﹁よっちゃんは、ステキなカチグミ⋮⋮じゃなくて、ご家庭に生ま
れたんだね﹂
﹁?﹂
家族兄弟とネトゲし放題なんて、なんて羨ましい。
あれ、天国じゃない?
わたしはよっちゃんのぷにぷにの頬を引っ張る。
﹁いたひでござる﹂
よっちゃんは眉根を寄せてわたしを見つめながら、そうつぶやい
た。ヤッターカワイイ。
その後はギルドマスター会議⋮⋮ではなく、なぜかわたしだけレ
スターらに呼び出されました。
﹁ルートが決まったぞ﹂
マップは細部まで完成されております。
報告だけでよくここまで記せるもんだなあ。
同じマッパーとして血が騒ぎます。
﹁4ルートのうち、ひとつは行き止まりだ。残るは3つ。どれも本
命の可能性がある。どう思う?﹂
697
なんでわたしに聞くのかしら。
でもまあ。
﹁多分これが本物じゃないかな﹂
迷いなく指差す。
ドリエさんとベルガーさんは顔を見合わせていた。
レスターが問いかけてくる。
﹁なぜそう思う?﹂
﹁わたしたちの立ち位置はここ。こっちから侵入してきて、コンパ
スを確認すると北はこっちでしょ﹂
マップを傾けながら説明する。
﹁だったら、目標地点はここらへんじゃないのかな。RPGのセオ
リー的な意味で。そう考えると、この道が一番可能性が高そうだな、
って﹂
その言葉を聞いて、ドリエさんとベルガーさんが同時にため息を
ついた。
な、なんですか⋮⋮聞いたのはそっちなのに⋮⋮!
だがレスターは嬉しそうだ。
﹁ほら、言っただろ? こいつもそう言うって。これで2対1対1
だな。決まりだ﹂
え、なんかダシにされた?
﹁⋮⋮では、先遣隊を呼び戻しますかね﹂
698
ベルガーさんはどこかと通信を始める。
ドリエさんはまだ不満そうだ。
﹁もう少し慎重に足を進めたほうが⋮⋮﹂
﹁ドリエ。俺達は全員でこの通路を進軍する。どっちみち無茶な賭
けだ。俺に付き合え﹂
レスターが口調を強めると、ドリエさんは間もなく﹁はい﹂とう
なずいた。
なんとなくレスターらしくない⋮⋮気もしたけれど。
まあそこまで付き合いが長いわけじゃないし、わたしは黙ってい
た。
地端地
の探索は一筋縄ではいかないようだ。
偵察に出たファランクスのうち、無事に戻ってきたのは2組だけ
だった。
やはり厳しい。
﹁よし⋮⋮174名、進軍だ﹂
改めて軍が再編成された。
最前線にレスター直属の親衛隊のフル・インペリアル。指揮を取
るのはベルガーさん。
次に戦闘系ギルドが多く集まった第二陣。フル・インペリアル。
三番手がレスターとドリエさん、<ウェブログ>を加えたフルペ
リ︵略︶。これだけでも遺跡を遥かに上回る人数なわけです。ボリ
ュームすごい。
で、最後に補給隊で構成された39名のインペリアル。
以上、174名で通路を進んでゆきます。
699
前から三番目かあ。
できれば先頭が良かった。
雑魚と戦いたかったんです⋮⋮
前の人たちが殲滅戦をしているから、なんとかそのおこぼれにあ
ずかれないかな。
うう。愛刀︻一期一振︼を振るいたい⋮⋮
﹁なんだよお前さっきから﹂
もじもじしていると、レスターが呆れ顔。
﹁わ、我が刀が血を求めておるのだ⋮⋮﹂
﹁アホか﹂
これ以上ないというほどに一蹴された。
﹁うううう、ひどい⋮⋮バトルはMMOの華なのに⋮⋮﹂
レスターは舌打ちする。
﹁ああもう、うっせえな。そんなら前に行ってこいよ。ただし死ん
だらぶっ殺すぞ﹂
﹁い、いいの!?﹂
正直、諦め半分だったのに!
言ってみるもんだ!
﹁その代わり、お前ら<ウェブログ>は全員︻ギフト︼は禁止な。
やられるのは論外だ﹂
700
﹁えー﹂
口を尖らせる。
﹁わたしたちのバトルにおける戦略的思考の柔軟性を取り上げるつ
もり!?﹂
﹁うっせうっせ。じゃあこっちにいろ﹂
﹁かしこまりましたレガトゥスさま。我々<ルルシィ・ザ・ウェブ
ログ>五名は︻ギフト︼を封印いたします﹂
﹁シノビはうちの団員だ﹂
さり気なく会話に混ぜたはずなのに、バレてしまった。
﹁そうだ、あとな﹂
きゃっほーい、と駆け出す寸前、レスターに止められる。
サクリファイス
﹁お前が普段︻犠牲︼で犠牲にしているのは、HPとMPだけだよ
な﹂
わたしはピタリと止まった。
えっと。
﹁そう、だけど﹂
意外と色んなものを代償にして、力を得ることができるんだよね。
︻犠牲︼は。
でもそりゃ使わないよ。スキルが下がったり、装備を失ったり。
ていうかそんなのを説明文に書いてあるから、みんな忌避してい
るんだよね⋮⋮
701
そわそわしていると。
それを見たレスターが顔を手で覆って、ため息をついた。
﹁昼休みが待ちきれない小学生かてめぇ⋮⋮いいからほら、行けよ
⋮⋮﹂
わーい。ありがとーれすたーせんせー!
<ウェブログ>全員突撃だー!
シスくんやイオリオ、ルビア、よっちゃんと共にダッシュする。
将校は常に急いではならない。それを見た兵隊が﹁なにがあった
んだろう﹂と不安に思うから⋮⋮とは戦場での教えのひとつだけど。
でも別にわたしたちには関係ないことです!
わたしたち一般プレイヤーだし!
﹁いや、なんであなたたちがここにいるのかね﹂
ベルガーさんの冷たい視線もなんのその。
小さな広間にいたのは⋮⋮
あらあら。
かつてげっ歯類として分類されていたけれども今は門歯の特徴か
らウサギ目として分類された草食哺乳類でお馴染みの、可愛いウサ
ギさんがたくさんいらっしゃるじゃないですか。
ちょっと色は黒かったり体が一回り大きかったりするけどね。所
詮は小動物。害獣。
﹁まあいいか⋮⋮全軍、掃討開始!﹂
702
ベルガーさんが隣で号令を出しています。
わたしたちも得物を抜き放つ。
ふふっ、なめんなよって話ですよ。
このわたしたちがですよ?
並み居る強敵を打ち砕き、さっきなんて3メートルクラスのナイ
トゴーレムをバッタバッタと倒してきた精鋭<ウェブログ>が?
今更ウサギぃ?
ハッ、にんじんでもかじってろ!
わたしたちは猛然と斬りかかる。
ほーらあっという間に成敗かんりょウ サ ギ T U E E
E E E E E ! !
ボーパルバニー
なんだこいつは!
これが噂の首狩りウサギ!? 強い!
地端地
のウサギは化け物か!?
こんなちっちゃいのに⋮⋮!
ええい、
っていうか一匹のウサギに五人がかりとか⋮⋮屈辱の極み⋮⋮!
﹁くっそう、あてづれええええ!﹂
思わずシスが叫びます。彼が扱っているのはリーチの長いマジッ
クハルバード。
ウサギはそんな彼の攻撃をあざ笑うようにあちこち飛び回っては、
腹にタックルをかましてきます。
避けづらいしHPかなり減るんだよこれ。
なんたる⋮⋮
703
辺りでは、かなりシュールな戦いが展開されています。
死にものぐるいでウサギを殴る冒険者たち。何人か死者も出たみ
たいですよ、ええ。
ウサギ相手なんかに⋮⋮
わたしたちは今まで何をやっていたんだ、って気持ちになります
ね。
くっそう⋮⋮
狙いを定めづらい相手をよっちゃんが切り刻み、イオリオが雑な
狙いのAoE︵範囲攻撃︶で大量のウサギを焼きウサギに変える。
その場はとりあえずそれでクリアリング︵安全確保︶できたのだ
けど。
ウサギの強さに嫌な予感しかしない⋮⋮
と、そこから先はバリエーション豊かな野生動物がお目見えでし
た。
オオカミ、クマ、大蛇、トラ、クモ︵ひいいい!︶、サソリ。
さらにまだまだ種類たっぷり。
つまり今までの経験の集大成ってことですね。
ちなみにみんな独特の色をしています。
赤黒かったり、蛍光色だったり、紫に輝いていたり。
趣味悪いオンパレード。
特殊能力も様々。クマの爪に毒があるとかどこの亜種だ!
しっかし、さすがは<キングダム>の精鋭さんズ。
遥かに格上で、なにをしてくるかわからないような化け物相手に、
1フィールドにつき、ひとり死ぬか死なないかって感じ。
704
ちなみにさっきはよっちゃんが危なかった。麻痺させられて動き
を止まったところに一斉に大蛇が噛みついてきて。
﹁ひあああああああ。・゜・︵ノД`︶・゜・。﹂とかよっちゃん
叫んだりして。
日本神話のワンシーンのようだった。
生きてて良かった︵小並感︶。
ていうかね、わたしたちだってこんなところで死んじゃられない
からね。
だって<ウェブログ>のみんなにも絶対勝つとか言っちゃったし
⋮⋮
しかも、モモちゃんにヴァンフォーレストでメッチャカッコつけ
ちゃったし⋮⋮!
特にモモちゃんの視線は怖い。
﹃おねえさんって、そんなもんだったんだね⋮⋮﹄とか蔑まれたく
ない!
﹃まあしょうがないよね⋮⋮おねえさんは頑張ったよ⋮⋮﹄ってい
ういたわりの目もいやだ!
わたしはまだまだ頑張るよ!
﹁うおお!﹂と雄叫びをあげながら斬りかかる。
他の皆にも﹃おお、あいつ命賭けてんな⋮⋮﹄とか思われようが
構わない。
わたしはきょうでこのゲームをクリアするんだ!
ていうか関門のナイトゴーレムを倒せたメンバーなんだから、攻
略も絶望的ってほどでもないんだよね。
雑魚は確実に強くなっているけれど、そこまでじゃあない。
その上、わたしとよっちゃんみたいに斬撃武器をメインに使って
いる人たちは、今度こそ本気で戦えるわけだし。
705
シスの炎のハルバードも一層燃えております。
いくつの広場を攻略しただろう。
辺りはまるで色も塗っていない作りかけのマップ置き場のようで、
洞窟に通路で平野が繋がっており、そこからまた通路で雪山に繋が
っているといった設計。
いやーカオス。
もしかしたらこのままグイグイ進んであっという間にクデュリュ
ザさんちに到着するんじゃないかなー⋮⋮とか思っていたところ。
いましたよ中ボス。
まあそりゃいるよね。
巨大な扉を塞ぐように立っている、門番かな。
無視して進むってわけには⋮⋮いかないんだろうなあ。
あ、後ろのほうからレスターもやってきた。
作戦会議と参りますか。
円形状のフィールドの中央に仁王立ちしているのは、大斧を持つ
牛頭の巨人。
腕が四本あったり黒い肌だったりアレンジはされているけど、ま
あミノタウロスですね。
アレだ。ド直球に強そうだ。
しかもデカイ。野球だったら間違いなく四番を打っているタイプ。
それに同じ斧使いとして言わせてもらうと、斧は攻撃範囲に優れ
ているからね。
前衛で一斉に取りついたら、絶対回復間に合わない。
つまり、一定ライン以下の冒険者は皆殺しに合う可能性がありま
す。
ってことはさー、レスターさー。
706
﹁よし。投射攻撃を中心に攻める。前衛は腕に自信のあるものだけ
張り付け。少ない人数でやつを足止めしつつ、ダメージソースはド
リエ率いる魔術団だ﹂
ですよねー。
完璧な案ですお兄さん。
全滅の危機を避けるために、投射攻撃部隊︵45名︶と回復班︵
30名︶、そしてタンク部隊︵15名︶に別れます。
フルペリふたつ、総勢90名でのボス戦だよ。
ついにRaid︵大規模モンスター攻略戦︶かー。
来るところまで来たって感じよね、これ。
モンスター
mob狩りメインのMMOにおいて、Raidは最終地点です。
要するにやりこみ要素ってやつ。
何十人、何百人ものプレイヤーが何時間もかけて、貴重なアイテ
ムのために一匹のモンスターを撃破する。
こうして書くと面白そうだけれど、実際の中身は退屈な単調作業
の繰り返しだったりすることが多い。
延々と、本当に延々と相手のHPを削っていってね⋮⋮
回復役は延々と、延々とヒールばっかりで⋮⋮
タンクとかやっていると緊張感のあまり、頭がおかしくなりそう
になるんだよね。
役割に徹するだけの完全な滅私。それがraidの真髄。
まあそんな、あんまり良い思い出はないraidだけど︱︱てい
うか、MMO経験者ならみんなうなずいてくれると思う︱︱わたし
初見
のmobに対するraid。
にとっては、ひとつだけ例外がある。
それは
707
一体なにをしてくるかわからない。攻略法も確立していない相手
とのraidだけは、血が騒ぎます。
一歩対応を間違えれば即座に全滅の、なんとも言えない緊張感が
ある。
それが嫌って人も、もちろんいるだろうけど⋮⋮
だって壊滅してしまったら、何十人何百人の時間が吹っ飛ぶしね。
散々にお膳立てして、困難な道のりを歩み、ライバルギルドとの
pull対決に勝利して、何時間もかけて試行錯誤しながらmob
の攻撃をしのぎ、それでボロボロになった挙句全滅する⋮⋮
フ、フフフフ⋮⋮楽しい、楽しいよ滅びの美学⋮⋮
人生真っ白になるぐらい楽しいんだよねえ⋮⋮ウフフフフ⋮⋮
﹁先輩、ヨダレ出てますよぉ﹂
ハッ。
⋮⋮おっと、危ない危ない。
トリップしかけるところだった。じゅるり。
﹁えっと、なんの話だっけ﹂
﹁グループ分けですよぉ﹂
﹁ああそうだそうだ﹂
中ボス攻略だった。
イオリオは当然投射班。シスくんがタンク班。ルビアが回復班で、
よっちゃんが投射班︵投げナイフが結構な威力らしい︶。
そしたらわたしもよっちゃんと一緒に投射班にいこっかなー。
よっちゃんに抱きつくために、るんるんとスキップしたところで。
レスターに首根っこ掴まれました。
708
﹁タンク班行くぞ、﹃白刃姫﹄﹂
名指し!?
別にタンクとしての腕に自信なんてないんだけどー!?
709
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その4
あんな指令を受けて自ら殴りに来るやつは、よっぽどの自信家か
本物のバカだと思う。
ちなみに前衛は現在9名。本物のバカは大斧の︽テンペスト︾で
一掃されたので、今残っているのはよっぽどの自信家+巻き込まれ
たわたしです。退避したい。
ブリガンダイン硬ぇー。
︽外套︾スキルも防御関係スキルも大して育ってないくせに、わた
しってば重装備騎士並に硬くなっちゃってまあ。
これがモモちゃんのわたしへの愛。
愛が硬い。
四本腕のミノタウロスとのバトル開始から30分ほど経っただろ
うか。
タンク部隊のメインタンクを担っているのは、我らが<キングダ
ム>のリーダーさま、レスター。
体を半分覆い隠すほどの大盾を構え、裂帛の気合とともに巨人獣
と対峙しております。
この人のメインタンク姿って初めて見たけど、やっぱりやるぅ。
﹁来いや、もっと来いやオラァ!﹂
レスターはリチャージごとに︽タウント︾し、砦をも叩き潰すよ
710
うなミノタウロスの斧撃を受け止める。
彼が左腕に握っているのはジャベリン︵投擲槍︶。隙を見ては投
げつけて、ヘイト︵敵対心︶を稼ぎ続けています。
完全にデカブツ相手との戦いを想定したその戦法は、鮮やかなも
の。
ウィークポイント
そっかー、ジャベリンっていう手があったなー。
あれいいなー。大物の弱点に直接攻撃できるし、投げる必要がな
いときは片手槍としても使えるし。
すでにミノタウロスの頭部は針ネズミと化しています。
所持重量と運用資金の問題さえ解決したら、いい戦法だ。
両方の観点からわたしにはできないけれど⋮⋮!
ミノさんは大斧を振り切る。
目の前を電車が通過したような音がして、わたしは思わず仰け反
った。
あっぶな。ちょっとヘイト稼ぎすぎた。
顔面に︽爪王牙︾を当てたら、さすがにこっち振り向いちゃうな。
﹁ルルシィール! そのままアゲとけ!﹂
マジっすか。
命令っすかそれ。ヤベーっすね。
やるしかないか⋮⋮
﹁こ、こっちこーいやーい! 斧とかイマドキはやんねーんだよー
!﹂
控えめな︽タウント︾。ぎょろりとした目玉で睨まれる。こ、こ
わ!
711
ブン回される大斧を、態勢を低くして避ける。ここで反撃にいく
と死ねます。なぜなら両肩から生えた腕がそのままパンチを浴びせ
てくるから。
さらに二本の腕を避けた後、ようやくカウンター。すねに斬りか
かります。
﹁タンクしながら反撃もするとか、おかしなことやってんなあ!﹂
シスくんが某無双ゲーのようにハルバードを振り回しながら叫び
ます。
そんな彼は立派なダメージソース。全軍の中でもミノタウロスの
大斧と正面から打ち合って見劣りしないのは彼ぐらいじゃないかな。
いや、他にもいた。ていうか目の前にいた。
レスターが大盾から持ち替えて構えた大剣。
なにそれ、ドラゴンバスター?
刃の部分が二メートルほどあり、しかも柱のように分厚い。竜を
も叩き殺せそうです。こんなの持ち上げられるの? STR足りる
の?
大剣ってよりは、超大剣だ。
って見とれてたらミノタウロスのパンチを食らっちゃいました。
てへり。
壁まで叩き飛ばされて、HPの半分が削られる。
うわーちょーいてー。クリティカルヒットしているし。
慌てて︽ヒール︾が飛んできます。すみませんすみません。
﹁投射部隊、今です。てーっ!﹂
そこでドリエさんが腕を掲げました。
全弾発射。矢が空を飛び、魔術団が次々と火魔術を仕掛ける。矢
712
はミノタウロスの表皮を突き破り、火炎弾はその肌を砕いてゆく。
爆音が広場を真っ赤に照らした。花火大会開催中。
ミノタウロスの態勢が崩れました。ここぞとばかりに投射部隊の
勢いが増します。
﹁俺たちも負けてらんねーなー! ︽フルスイング︾!﹂
思いっきり遠心力を乗せたシスくんのハルバードが、ミノタウロ
スの側頭部に突き刺さります。ポップしたダメージ値は、相当なも
の。さらにモンスターの体が傾ぐ。
わたしはというと、投射攻撃の弾幕の熱量に到底近づけません。
迂闊に踏み込むと、ダメージは食らわないけど、味方の邪魔になっ
ちゃう。こういうときポールウェポンって便利ねー。
申し訳程度に風術で援護をしていると、ようやくミノタウロスが
起き上がりました。狙いは完全に投射部隊。
このまま押し切るつもりだ。ドリエさんは一歩も引かずに魔術を
連打して、さらにミノタウロスが一歩足を進める。
で、レスターが動いた。
﹁︽インパクト︾﹂
ゲオルギウス
その威力、まさに竜殺。
タメ時間に比例して威力が高まってゆく大剣スキル︽インパクト
︾の、恐らくはMAXチャージだ。超大剣はミノタウロスの脳天か
らその股下までを一撃で両断する。
残りわずかだったボスのHPは、その瞬間蒸発した。
う、うはあ。
光の粒となって消えてゆくミノタウロスの向こうで、レスターは
713
地面に剣を叩きつけた態勢のままゆっくりと片腕で額を拭います。
﹁ふう⋮⋮﹂
気だるげに息を吐く。
か、かっこいいじゃないのこの人⋮⋮
あまりにも重すぎてまともに運用できない攻撃力だけのバカ武器
を、スキル専用装備として使うことによって、ボス戦の切り札にす
るなんて。
大盾&大剣。それが本来のレスターの戦闘スタイルなのか⋮⋮
ホント、レッドドラゴン討伐以外なにも考えてない。
すごい。
﹁アイテムドロップはなしか。しけてやがんな﹂
大剣をしまい込んだレスターはいつもの調子に戻っていた。
﹁ていうか、キミのほうが一兵卒として似合っているんじゃない?﹂
刀を鞘に収めたわたしは、レスターの肩をぽーんと叩く。
すると彼はわたしを無視するような形で、急いで軍団の状況確認
に走った。
はー、レガトゥスさまはお忙しいですなあ。
わたしは小規模のギルドを統括するので精一杯。
﹁先輩平気でしたぁ?﹂
﹁うん、平気よ。モモちゃんの作ってくれた防具のおかげでね﹂
やってきたルビアに微笑む。
714
ルビアはウンウンとうなずき。
﹁あの子もできるようになりましたからね。あたしの教えが良かっ
たのもそうですが、成長したものですぅ⋮⋮﹂
﹁いや初対面の時点でうちの誰よりもクラフトスキル高かったと思
うけど﹂
指摘するも聞いてなし。
<ウェブログ>のメンバーが集まってくる。
シスとイオリオはふたりでログを確認して、ダメージ値を競い合
ったり、﹁なるほど、攻撃を当てる部位によって大きくダメージが
違うな⋮⋮﹂とか相談している。
向上心があるっていいことだね。
ルビアぽいっ
ルビアの頭を撫でくりまわしていたところでよっちゃんが来たの
で、すかさずターゲット変更。
﹁あーれー﹂
地面を転がりさめざめと泣くルビア。完全に演技です。しかも本
人楽しそう。
代わりに、よっちゃんをぎゅーっと抱きしめます。
﹁!?﹂
おお、良いリアクション。
そろそろカワイコのエキスを吸収しないとね。
﹁お、お師匠様⋮⋮?﹂
715
はー、いいなあこの子。
なんかわたしの琴線にビンビン触れるのよね⋮⋮
登用したいなあ。
なんとかならないものか。
直接交渉とか?
﹁はー、よっちゃん⋮⋮﹂
﹁っ!?﹂
耳元にささやく。
ヨギリお嬢様の体がびくりと震えた。
わたしは彼女の頬を薄く指で撫でる。
﹁よっちゃんが欲しい⋮⋮﹂
﹁ふぇあああああ!?︵*ノェノ︶﹂
叫び、手をバタバタと動かす。全然忍んでないシノビである。
彼女を離さないように強く抱きしめる。
芝居がかった口調で、脳髄の裏をくすぐるように。
﹁わたし、どうしてもヨギリがほしいんだ⋮⋮ねえ、いいでしょう、
ヨギリ⋮⋮ねえ﹂
﹁ちょ、ふぇあ!? こん、その、ふぇあああ!? ご、ござるぅ
!?﹂
ちから
ふぅ∼∼っと吐息を吹きかけるとさらに抵抗が強くなった。
STRづくで拘束し、さらに今度は耳をアマガミする。ヨギリは
かわいいなあ! ヨギリはかわいいなあ!!
おお、よっちゃんがくてんと力を抜いた。
それならここぞとばかりにラッシュを⋮⋮とか思っていたところ
716
でルビアによっちゃんを奪われた。
﹁先輩⋮⋮いい加減にしてくださぃ⋮⋮﹂
﹁あっ、それわたしの!﹂
息を荒げてなんかすごいセクシーな感じのよっちゃんに手を伸ば
すものの、ルビアにパシッと叩かれてしまう。
﹁ちーがーいーますぅ! こんなところで発情しないでくださぃこ
のバカマスター! あたしの海よりも広い心もここらが我慢の限界
ですよぉ!﹂
﹁一日一回可愛い子を抱きしめないとモチベーションを保てないん
だよ!﹂
﹁そんなの知りませんよ! バカマスター! 慎みどこに忘れてき
ちゃったんですか!﹂
キャンキャンと鳴く小型犬のようなルビア。
ルビアちゃんの怒り顔とかふくれっ面は、結構絵になるものがあ
ります。
それはいいとして。
あっ、なんでよっちゃんルビアの後ろに隠れちゃうの。
み、耳はダメだったの!? しまった。やりすぎた。あまりのかわいさに、我を見失ってしま
った結果だ。
⋮⋮わたし、淑女失格ね⋮⋮
と、反省している間に休憩は終了していたようだ。
早く行くぞー、とシスに声をかけられた。
弱々しくよっちゃんに手を伸ばすも。
717
﹁く、くノ一の技、み、見事⋮⋮でござるっ﹂
涙目で走り去られた。
よっちゃん勧誘計画失敗⋮⋮!
あ、ああー待ってー!
くっ。
こうして戦士は悲しみを乗り越えて強くなってゆくのだ⋮⋮
はいはい、茶番はこれぐらいにして。
どんどん巻きでいきますよ。
安定のボスラッシュ開始ですよ。
扉に次ぐ扉。番人に次ぐ番人。クデュリュザの封印を守るためか、
あるいはクデュリュザの眠りを守るためか。
わたしたちの前には、中ボスが次々と現れました。
二番手は四匹の翼持つ大蛇。
わたし&シス、レスター、ベルガーさん、それに他ギルドの二名
で引きつけたものの、他ギルドのケツァルコアトルが暴れてしまい、
後衛含めた7名がブレスに焼かれて戦闘不能。不幸な事故でした。
残り158名。
三番手にサソリのような八本の毒針を生やした獅子。
八人同時に攻撃する能力︵猛毒付与︶を持つマンティコアに対し、
我々は一時撤退。
とてもじゃないけれど回復が持たなかったの。
幸い、ナイトゴーレム同様に広場の外までは追って来なかったた
め、わたしたちは死傷者ゼロで立て直しを図ることができた。
さーてどうすっかなー。ってみんなが作戦を練っていたところ。
鬼才レスターは、なんとふたりタンク作戦を提案。
718
﹁八人同時に攻撃してくるんだったら、ふたりでタンクをすれば回
復の手間は四分の一で済むだろ﹂とおっしゃいました。
ま、まあね。そのタンクが崩れなかったらね。
担当のひとりはレスター。
ならば、もうひとりは重騎士のベルガーさんか、<シュメール>
メインタンクのブネさんがやるのかな、なんて思ってたけど。
﹁頼むぞルルシィール﹂
はい、生贄はわたしでした。
う、うそでしょう⋮⋮
理由はズバリ攻撃力と防御力の割合。
ふたりタンク態勢で迎え撃つと、どう考えても稼げるヘイトに限
界がある。
というのは、ヘイトというものは、常に減少してゆくものなのだ。
スッキ
してしまうので、その分多くのヘイトが霧散してしまう。
特にモンスターから殴られた場合。殴ったモンスターは
リ
そのため、ダメージを受ける機会が多ければ多いほど、よりたく
さんのヘイトを稼がなきゃいけなくなる。ふたりタンクの場合、こ
れがネックになる。
回復や投射部隊以上のヘイトを、ふたりで稼ぎ続けるのは難しい。
重騎士二名ならなおさらだ。
なのでレスターの作戦では、わたしが直接攻撃に徹し、なおかつ
回避行動を取って攻撃を食らわないことでヘイトを高め続け、そう
してレスターが背後から超大剣をお見舞いしてターゲットを奪い、
719
ふたりでヘイトを稼ごう、って。
それなんて無理ゲー?︵シスくんの真似︶
﹃回避行動を取って攻撃を食らわないことでヘイトを高め続け﹄っ
てキミ。
どんな理想論なのそれ。
ていうか大体、それができるんだったらわたしソロで勝てるんで
すけどねえ!?
だから。
ぐったりとため息をつきました。
﹁⋮⋮死んでも知らないからね。わたしが﹂
﹁まあ大丈夫だろ。お前ならいける﹂
軽い、軽すぎる。
わたしの命の重さ、きっと約2グラム。
こうして、投射部隊45名、ヒーラー15名、タンク2名、交代
要員13名の驚くべき布陣での戦闘が始まりました。
ナイトゴーレムに叩き込んだDoT︵継続ダメージ︶並の猛毒を
食らい続けながら、大量のbuffと︽クッション・ヒール︾、︽
マックス・リバイブ︾を浴び続けて。
必死に必死に必死に、文字通り八方から迫るマンティコアの毒針
をさばき続けて。
爪をブレスを、飛びかかってくるボディプレスを避けて。
何度サクリファイスと叫ぶところだったか。
戦いは長時間に渡った。
720
辺りは魔術と矢が飛び交い、わたしとレスターの︽タウント︾の
声が響く。
永遠に続くかという闘争だったが。
それでも先に地に伏したのは、猛獣のほうだった。
戦い終わり、わたしはよっちゃんに抱きつくこともなくその場に
ふらっと倒れそうになった。
集中力を使い過ぎて。
イオリオがわたしの体を支えてくれる。
﹁よくやった、マスター﹂
﹁へへへ⋮⋮﹂
減らず口も叩けず、彼に体重を預ける。
さすがにしんどかったのか、レスターもまた地面に腰を下ろして
肩を回していた。
わたしも寝っ転がりたいくらい。
﹁でも、まあ⋮⋮割と楽しかったよ⋮⋮﹂
精一杯の強がりをはいて笑うわたしを、イオリオはなんだか慈し
むような目で眺めていました。
そ、そんなに痛い子かな、わたし。
で、ようやく中ボス戦を死傷者ゼロに押さえて戦って。
四番手のボス。
門の前に立っていたのは、単眼の獣だった。
翼が生えて、出来損ないの竜のようにも見える。なにをしてくる
のかますます不明。
721
先ほどの戦いが戦いだったので、今度はレスターと<ウェブログ
>は待機部隊に回っております。すごろくで言う、一回休みだね。
どーれ、ベルガーさんの戦いっぷりを見物していようかなあ、っ
て。
広場の外から見物しているところ。
魔獣の眼が輝いた次の瞬間だ。
戦闘で親衛隊を率いていたベルガーさんの体が、ぐらっと揺れて。
そのまま前のめりに地面に倒れて、動かなくなった。
え?
なにが、起きたの?
呆然とするわたし。
だがレスターの行動は迅速だった。
﹁戻れええええええええー!!﹂
レスターが叫ぶ。だがそれすらも既に遅かったのだ。
光を浴びたタンク部隊は次々と倒れてゆく。
まるで未知の疫病に侵されたかのように。
彼らはその場から一歩、二歩動いた直後、やはり同じように崩れ
落ちてゆく。
そして、15名は誰ひとり再び動くことはなかった。
レッドドラゴン討伐部隊
142名。
戦闘開始から、10秒以内の出来事だった。
残
この時点で人数は、すでに突入時の三分の二まで減っていたのだ
722
った。
723
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その5
四度目の挑戦が空振りに終わりました。
単眼の竜相手に、これにまでにわかったことは4つ。
・光の状態異常属性は︻呪詛︼。
・光は魔物の正面から約120度の範囲に拡散し、その射程は広場
全体を覆う。
・魔物は戦闘開始直後から、およそ1分ごとに光を放つ。
・あの光を浴びたものは、即死する。
この四回は必要な検証だったとはいえ、犠牲者はさらに増えた。
皆の空気は重い。
わたしたちは顔を付き合わせて、様々な可能性を追求していまし
た。
﹁火属性も駄目。水も土も風も駄目。まだこの世界で見つかってな
い闇魔術がないと、レジスト︵無効化︶できねえのか⋮⋮?﹂
レスターの言葉をドリエさんは紙に書き留めている。
この一方的な敗北も、ネットゲーマーにとっては珍しいことでは
ない。
MMORPGのボスは時として、攻略法を知らない相手を面白い
724
ように鏖殺してゆく。
Wikiのないネットゲームなんてもう存在していないから、み
んな忘れているだけのことだ。本来、彼らは初見殺しの権化なのだ。
それでも、時間をかけられるだけかけられるのなら、いつかは勝
てるだろう。
そのときに、レッドドラゴンを倒せるだけの戦力が残っているか
どうかは、別だけど⋮⋮
﹁あの目玉を、どうにか部位破壊できればいいのだけど﹂
腕組みをしながらわたし。
﹁近づく前に光を浴びてオダブツだろうが﹂
﹁でもさっきは、ひとりだけ生き残ったじゃない﹂
﹁たまたま数%のレジストに成功しただけかもしれねえぞ﹂
﹁まあね⋮⋮﹂
軍団長にそう言われて、なにも反論ができない。
先ほど、顔面を大盾で覆ったものは、光を浴びても即死はしなか
った。そのことから、あの光を見つめることが即死の条件なのでは
ないかと思われていたが。
確証はない。最悪、その検証のためにひとりを犠牲にしなければ
ならないだろう。
﹁ならば、状態異常の盲目を試してみるか?﹂
﹁レジストされてしまったら、死んでしまいますよ﹂
﹁まあな﹂
ドリエさんに指摘され、引き下がるイオリオ。
725
カトブレパスだかバロールだか、バジリスクだかメドゥーサだか
知らないけど、なんて厄介なモンスター。
﹁関係ない話かもしれませんが、トルコでは邪視避けのお守りとし
て、護符ナザールというものがあります。その他にも、ファティマ
の手やチャーム、彫刻なども。そこから攻略法が見いだせる可能性
も⋮⋮﹂
﹁条件付きでの無効化ってのだけは、考えたくねえな﹂
ドリエさんの言葉に首を振るレスター。
今から素材アイテムを探して合成するのは⋮⋮
少なくとも、一度街に戻らなければならない。
それをレスターは望まないだろう。
輪を組んでいるのは、わたし、イオリオ、レスター、ドリエさん、
それにブネさん。
﹁やはり、大盾の可能性が一番高いように思えるな。いざとなった
ら俺がいこう﹂
ブネさんはそう宣言しました。
わたしたちは再び、ううむ、と唸る。
閉塞感が辺りを包んでいます。
結局、MMOというのはやはり人的資源をどうにか使うか、だ。
これ以上犠牲を出したくないわたしは、レスターの作戦に積極的
に賛成することはできない。
かといって打つ手がないのだから、反対もできないわけだけどね
⋮⋮
﹁このままじゃラチがあかねえ。五回目の突入行くか﹂
726
そう言ってレスターが立ち上がり。
そこに場違いなほどに明るい声が響き渡った。
﹁オーッホホホ! お困りのようね!﹂
休憩していた人たちがサッと割れ、そこにはひとりの女性が立っ
ていた。
え、ここに来て新キャラ?
こんな地獄の底で?
彼女の名はデズデモーナ。︻ヒューマン︼の女性だ。
いわゆるドリルと称される金髪の縦ロールは、ファンタジー世界
においてもなかなかの存在感があった。
ウェリンの子爵家に生まれた貴族令嬢︵という設定︶らしい。
高い裁縫スキルによって作成されたであろうことが一目でわかる
ドレスは華美で、性能も高いようだ。
でもこの人一体どこから来たの。
ン、っていうか︻ウェリン︼って言った? それってスタート地
点の街のひとつよね? 彼女はこちらにカツカツと歩み寄ってくると、わたしとレスター
を交互に見据えた。
﹁貴女か、貴方。どちらがこの群れのボスですの?﹂
ちょっと驚いた。この人数の中から特に目印があるわけでもない
のに、レスターを言い当てるなんて。
727
﹁俺だ﹂
レスターの巨躯を目の前にしても、デズデモーナさんはまったく
怯まなかった。
﹁ふぅん、そう。貴方が<ゲオルギウス・キングダム>のレスター
ね。わたくしは<シェイクスピア・オーケストラ>のデズデモーナ。
貴方の招請に応じてあげましたわ﹂
彼女は右手を挙げる。
すると通路の奥から現れたのは、揃いのラメラーアーマーに身を
包んだ騎士の一団だった。
え、いやちょっと、多すぎない?
何人いるのこれ。フルペリじゃ済まないよ。
オーケストラ
﹁<楽団>82名。これより鮮やかな手並みで魔獣カトブレパスを
討ち取って差し上げましょう﹂
彼女は自信満々の笑みで、そう言った。
﹁歓迎しよう﹂
レスターは手を差し伸べて、彼女と握手を交わす。
えーと。
事態を飲み込めないわたしは、デズデモーナ嬢の言葉を反芻する。
ウェリン。ロンドネシア。ベスプチ。イエティランド。トトイ。
728
これらは全てヴァンフォーレスト同様に、最初に選べる街の名前
だ。
だけど、﹃666﹄の世界は広い。徒歩の陸路なら、どんなに近
い街へも十日以上はかかってしまう。
だから、まだ誰もスタート地点間を行き来したという話は聞いた
ことがない。
けれど︱︱
﹁しかし、ウェリンか。あそこに向かったのはドリエの妹だな。大
戦果じゃねえか﹂
﹁ええ。あのコは人の気を引くのが昔から上手でしたから﹂
ため息混じりにつぶやくドリエさん。
へえ、ドリエさんって妹さんがいるんだ。きっとお姉ちゃんに似
てお上品な感じなんだろうなあ⋮⋮うふふ⋮⋮
じゃなくて。
ってことは、ですよ。
少なくとも十日以上も前に、レスターは人を各都市に送り込んで
いたことになる。
わたしはこめかみを押さえてうなる。
﹁レスター、いつからこのことを考えていたの⋮⋮﹂
六大都市に、人を派遣する?
その行動がなんの実を結ぶのかもわからないまま⋮⋮?
すごい神経。
十日も旅をして、無事に街にたどり着いたなんて、奇跡みたいな
729
ものじゃないの。
いくつか
遺跡があるっ
だって一度でも死んだらヴァンフォーレストに戻されるんでしょ
う?
はー、すごい。
﹁お前んとこのイオリオが言ってたろ。
てよ。ウェリンの近くにもあったんだぜ。なんでもやってみるもん
だよな。成功だけではなかったが﹂
なるほど。
︻朽ち果てた遺跡ゲラルデ︼はヴァンフォーレストのすぐそばにあ
った。だからってこの街だけが優遇されていたわけじゃない。ゲラ
ルデはきっと、どの街のそばにもあったんだ。
<楽団>はそこからやってきた。
っていうか、どうりで<キングダム>は貪欲に資金をかき集めて
いたわけだ。
旅に必要な諸々の道具を買い揃えるための、旅費でもあったのね。
デズデモーナさんは部隊を指示し、カトブレパスに挑む準備を整
えていた。
この状況での援軍は非常に心強い⋮⋮けれど。
﹁いや、でも、あいつの光を浴びたらバッタバッタと倒れちゃうよ。
危ないんだよ﹂
わたしが慌てて止めに入ると、デズデモーナさんは鼻で笑いまし
た。
﹁心配ご無用ですわ。貴女がたの国はどうか知りませんが、わたく
しの国では、あの眼光の避け方はルーキーでも知っていますのよ﹂
730
﹁え、どういうこと?﹂
デズデモーナさん、笑いを我慢しているような顔で頬を膨らませ
ています。
人をムカつかせるつもりの態度なんだろうけれど。
あ、あれ、かわいいなそのお顔。
﹁っぷ⋮⋮そんなこともご存知ありませんの? よくナイトゴーレ
ムの番人を倒して、こんなところまで来れましたのね﹂
あ、やっぱりそっちもナイトゴーレムいたんだ。
じゃあかなり強い人たちなんだなあ。
﹁ちなみに、どうやって防げるのあれ?﹂
﹁簡単なことですわ。背中を向いていればいいだけですの﹂
﹁なんと!﹂
そ、そんなにシンプルな攻略法だったのか!
﹁同様の技を、街の近くの牛が使用しますの。即死ではなく、盲目
効果の光ですけれど﹂
それでかー。
色んな街の色んな情報を集めて、それでようやく攻略できる仕組
みなんだね、︻地端地︼は。
デズデモーナさんたちはすぐにカトブレパスに挑みかかる。
そうか、だからレスターはずっと誰かと交信していたのか⋮⋮
﹁ベルガーの仇を討てねえのは残念だが、まあやってくれるっつー
んなら任せようじゃねえか﹂
731
そうか、そこにこだわりはないんだ。
まあ死ぬっていっても死ぬわけじゃないし、そういうものか。
しかしすごい。
ヴァンフォーレストだけじゃなくて、まさか他の都市から援軍を
募るだなんて。
﹁レスターの周到な根回しっぷりには、頭が下がります﹂
﹁現在の︻地端地︼の人数をサーチしてみ﹂
﹁え?﹂
言われた通り、わたしはウィンドウを操作する。
ヴァンフォーレストとウェリンの連合軍だから、200名越えた
のかな。
そんなもんじゃなかった。
現在合計 4 6 3 名 。
なんですかこれ。
﹁ウェリンだけじゃねえ。ロンドネシア。ベスプチ。イエティラン
ド。トトイ。全世界から遺跡を通して、冒険者たちが集まってきて
いるのさ。入った遺跡により内部のルートは変わるから、合流する
のはまだまだ先だろうけどな﹂
うはー。
もう言葉が出ない。
世界六大都市合同作戦?
よくもまあ、そんな大それたことを、この一ヶ月で⋮⋮
チーターはキミなんじゃないの。
732
まるで聖地奪還に燃える十字軍のようだよ。
連合軍の大指揮官、レスターは告げる。
﹁戦いは数だぜ、白刃姫﹂
おっしゃるとおりでございます。
デズデモーナさんたちは、カトブレパスとバトルし⋮⋮
戦闘中におもむろに後ろを振り向くという行動の結果、無防備に
なったタンクが殴殺されてゆく事態が続いた。
なんというか、案の定である⋮⋮
カトブレパスは邪視がなくても強敵だった。
<楽団>はそこを見誤っていたわけで。
﹁強すぎるううう∼∼∼⋮⋮うぇぇぇぇぇぇ∼∼∼∼∼∼∼ん!﹂
泣きながら敗走してきたデズデモーナさん。
しばらく<楽団>のメンバーたちに慰められておりました。
なにこのこ、かわいい。
その後、ウェリン軍と手を組み、レスターはきっちりとカトブレ
パスを叩き潰しました。
攻略法さえわかってりゃ、こんなの<キングダム>の敵じゃない
ってね。
︻地端地︼に向かうルートはひとつではなかった。
733
各地の遺跡の扉から
呪文
を唱えさえすれば、ある程度の実力
があれば誰でも参加することができるのだ。この戦いに。
誰でも。
﹁そこから先には進ませないよ﹂
それが例え、わたしたちの道を阻むものであっても。
通路の先では、一団が道を塞いでおりました。
これがレスターの言った﹁ルートが違うから﹂ってことなんだろ
うね。
彼らは彼らで中ボスを倒してここまでやってきたのだろう。
それにしても、穏やかではない。
先頭に立つのは、また新キャラの⋮⋮
えと、この人はなんだろう。
漆黒のマントを羽織った騎士だ。わずかに耳が尖っている。ハー
フエルフかな。
その後ろに何十人も部下? がいる。
様子がおかしいのはひと目でわかった。
なぜなら彼は︱︱いや、その後ろにいる彼らもその大半が︱︱レ
ッドネームだったのだ。
レッドネーム。つまりPK行為を犯したものの証である。
うへー。
アクティブに絡んでくるのは、気持ち悪い色をした野生動物だけ
で十分だけどなあ。
彼はファサァっと前髪を払う。
734
﹁ボクは︻ベスプチ︼のダークス。キミたちのことは聞いたよ。ど
うやらこの世界を破壊しようとしているようじゃないか。話しにな
らないよ。抗議デモだよ﹂
こちらは、わたしやレスター、主要メンツが前に出ています。
ドリエさんは魔術団を配置につかせている。
空気が緊迫し出した。
リアル
があると思うんだ。
ダークスさんは一歩前に足を踏み出してくる。
﹁ボクはこのゲームの中にこそ本物の
その考えの正しさを立証するように、普段はいがみ合っているはず
のベスプチのギルド同士が手を組んだんだ。みんなそうそうたるメ
ンバーだよ。ベスプチでは皇帝、四天王、10傑︵ボク含む︶、3
本柱などの超一流だ。きっと倒そうと思えば悪の神だって滅せるに
統治る
すべ
んだ﹂
違いない。だけどそんなことはしない。代わりにボクたちがこの世
界を
うわあやばい。目がイッちゃってるよ。
この子未来に生きてんな⋮⋮
後ろの男の子たちも剣を構えだしたし⋮⋮
一触即発の事態だ。
﹁ちょっとレスター、どうする気⋮⋮﹂
小声で問いかける。
すると案の定。
﹁ブッ殺す﹂
こわっ!
735
うちのボスこわっ!
いや、でもそうだよね。
レスターの前に立ちはだかる障害は、なにもかも排除されるよね。
ただ、大規模PvP︵Guild vs Guildという意味
ヘイトのコントロールができない
ということ
で、GvGとも呼ばれる︶はこれまでのraidとはまったく勝手
が異なる。
最大の違いは、
だ。 ということは、どんなに相手が弱くても、彼らの一斉攻撃でレス
ターやドリエさんなどの、中核メンバーがやられる可能性が十分に
ありえるのだ。
一撃100ダメージの魔術を10人同時に繰り出すことにより、
Spike
と呼
HP1000のプレイヤーを回復の暇もなく即死させる連携攻撃。
この戦法はネットゲーム創生期より存在し、
ばれている。
モンスター
プレイヤーの取る戦術は幅広く、mobとは比べ物にならないほ
ど多彩だ。
ゼロディレイとかね。あー懐かしい。
彼らがどれほどの使い手なのかはわからないが、少なくとも<キ
ングダム>は対PC用の訓練を受けていない。
正面からぶつかりあったら、数の勝利を得られるのは間違いない
が、こちらとしても相当数が寺院送りとなるだろう。 こんなところで危険を犯す必要は、わたしはないと思う。
﹁ちょっと待って、レスター。ここはわたしに任せてよ﹂
﹁あ? いい方法でもあるのか? ああいうアホに構っている暇は
736
ねえんだが⋮⋮﹂
﹁うんまあ、それはわかる﹂
ダークスくんは明らかにこの状況に心酔している。
よほど辛辣な言葉でもなければ、彼の妄想の檻を破ることはでき
ないだろう。
ずっとこの世界で暮らしたいと願うその心も、わたしにはわかる。
そんな彼を釣るのは、同じ欲望だ。
こちらのほうが面白い。こっちについたほうが得する。そう思わ
せればいい。
名誉欲でもいい。誰にだって人に認められたい気持ちがある。
そこをちょこちょこっとカワイイ女の子がくすぐれば、イチコロ
に決まっているわ︵偏見︶。
﹁でもほら、見てごらんよ。あっちの軍勢はひとりも女の子がいな
いでしょう? それならルビアにでも説得してもらえばすぐにコロ
ッと寝返ってさらに良い鉄砲玉になってくれるよ﹂
悪いこと考えてんなあ、とシスくん。
レスターは眉をひそめる。
﹁はあ? それでピンクのが殺されても構わねえってんならいいけ
どよ﹂
﹁甘い甘い﹂
ルビアがそんなうかつなことをするわけがないよ。
伊達に18年間あざとい人生を送ってきたわけじゃないからね。
対男の子専用人型決戦兵器だよ。いや当人は女子校育ちの娘だけ
ど。
737
メタモルポセス
﹁というわけでほら、使い道のない︻変身︼をここで消化しちゃい
なさい、ルビア﹂
ルビアはかなり気が進まない様子。
﹁えー、あの人たちに、ですかぁ⋮⋮? 今もなんかブツブツ喋っ
てますけどぉ⋮⋮﹂
それでも︻猫化︼して猫耳と尻尾を装着すると、自ら前に歩み出
た。
先輩に言われたことはやる。
さすが後輩の鑑。
ほらほら、にゃーんって言いなさいよにゃーんって。
ちなみにダークスくんは未だに喋り続けています。
悪事を全て吐露してから戦闘に入るラスボスのようだ⋮⋮
﹁つまりはここをボクたちの理想郷∼Arcadia∼に変えれば
いいのだよ。それをどうしてわざわざ手放す必要があるんだい。キ
覚醒めた者
ような⋮⋮クフフ⋮⋮﹂
ミたち人間はまったくわけがわからないよ⋮⋮おっと、こう言って
しまうと、まるでボクが
彼の妄言を真っ二つにするように。
﹁キモイです﹂
猫耳ルビアは言い放った。
738
ダークスくんは固まった。わたしも固まった。レスターもデズデ
モーナ嬢も、その場にいるみんなが固まった。芸人の団体芸のよう
だった。
その中で、ルビアちゃんひとりが首を傾げる。
﹁っていうか⋮⋮声からして、まだ未成年の方ですよね? 学校は
いいんですか? もう二度とご両親やお友達に会えないんですよ。
好きな音楽だって聞けないし、スポーツだってできません。あなた
の人生はそれでいいんですか? ゲーム以外ないんですか? それ
って寂しくないですか?﹂
アニメ声から放たれる正論に次ぐ正論。美少女の軽蔑の眼差し。
あ、わたしの心も折れそう。心臓が痛い。
﹁いや、そういうの、関係ないし⋮⋮﹂
かろうじてぽつりとつぶやく。
ああっ、ダークスくん早くも涙目!?
ルビアは彼に据えた視線をまったく動かさない。強い。
﹁え、なんですか? そもそもあなた、おいくつなんですか?﹂
グイグイ行く。
﹁⋮⋮16才だけど﹂
ダーくんが舌打ちしたので、ルビアちょっとイラッとしてます。
﹁じゃあまだ養われてますよね。高校生ですか? 授業は心配じゃ
ないんですか? 戻ったら学校の勉強についていけなくなっちゃい
739
ますよ。だから早く現実に帰らないと︱︱﹂
﹁︱︱そんなの関係ないって言っているだろう!﹂
おお、ついにダーくんブチ切れた!
﹁ボクはこの世界ではヒーローなんだ! オンリーワンだ! ボク
の力があれば夢だってなんだって叶うんだよ! ボクの世界を壊す
ようなやつは、みんなみんな死んでしまえばいいんだ!﹂
ちょっとちょっと。ダーくん荒ぶり出したけど。
大丈夫なのこれ、ルビアちゃん。
あれだけ毒吐いて、殺されない?
焦るわたしに対して、ルビアちゃんはあくまでも冷静。
﹁でもこの世界は、あくまでもゲームですよ﹂
﹁ボクたちにとっては現実だ!﹂
﹁あなたの現実は、高校生ですよ。やるべきことはもっともっとあ
るんですよ。こうしている間にも他のみんなは、学業に部活に友達
作りに、毎日頑張っているんですよ。ストレス社会を生きているの
はあなただけじゃありません。自分だけ甘えてどうするんですか﹂
や、やめろぉ。
ハッ、ついダーくんの側に立ってしまった。
ていうか割とみんな胸を押さえている。シスくんもイオリオもだ。
ルビアちゃん強すぎる。
﹁なにが学校だ! 意味ないね! ボクは今もっともっと大事なこ
とをしているんだ! つーかあんなの将来なんの役に立つってんだ
よ! 言ってみろよ!﹂
740
髪をかきむしるダーくん。
ルビアちゃんは出荷されてゆく豚を見るような目つきで。
絶句
。
﹁あんなこともできないあなたは、この先、何の役に立つんですか
? あたしに教えてくださいよ﹂
﹁え、あ⋮⋮﹂
今のダーくんの表情を名付けるなら
﹁あなたはなにか勘違いしているんじゃないですか? ゲームの世
界でならなにかを為せるっていうのだって、そんなことはありませ
んよ。ここであたしたちの道を阻んだところで、結局多勢に無勢で
押しつぶされるのが関の山ですよ。あなたたちはゲームの世界です
らなにも残すことはできないんです。あたしたちはあなた方を倒し
て先に進みます。ちょっと面倒だったなあって思うだけです。あな
た方は寺院で目覚めて、衰弱しながら﹃くっそう﹄ってグチるのが
運命ですよ﹂
もうやめて! 彼のHPはゼロよ!
﹁うう、ボクは⋮⋮ボクは⋮⋮﹂
可愛らしい女の子に全否定されて、ダーくんはうなだれます。
み、見ていられない⋮⋮
しかし彼に、ルビアちゃんはそのまま手を差し伸べました。
ニッコリと微笑みます。
﹁でも⋮⋮そんなあなたでも、この世界からあたしたちを救うこと
741
ができるんですぅ﹂
﹁えっ⋮⋮ボクが⋮⋮?﹂
あの辛辣な態度の直後に見たルビアちゃんの微笑みは、天使のよ
うに見えたことでしょう。
アメとムチ⋮⋮!
﹁斜に構えた態度なんて、流行りませんよぉ。一緒にラスボスを倒
して、本当の意味でヒーローになりましょぉ? ね?﹂ その笑顔に照らされて。
ダークスくんの体から邪気が抜け出てきます。
そうして彼はゆっくりと立ち上がる。
﹁好きだ⋮⋮﹂
えっ!? ﹁にゃっ!?﹂
ルビアちゃんの尻尾がピーンと伸びました。
逆に今度は辺りがざわめき出します。
﹁ボクは本当に守るべきものを見つけ出した⋮⋮そうか、ボクの本
質はダークパワー⋮⋮心に愛が満ちた今こそ光と闇が両方そなわり
最強に見える﹂
なんか言い出した⋮⋮
742
﹁え、えっとぉ、あの、そのぉ﹂
一方、コクられた猫耳ルビアちゃんのほうはさすがに焦った顔で、
頬を赤らめながらわたしとダークスくんを交互に見つめています。
なぜわたしを見る。
そんな急に恋する女の子みたいな表情になっちゃって。
先ほどまでこの場にいる全員を説教していたくせに。
ちゃって⋮⋮
ていうか本当に不憫なのは、皇帝、四天王、10傑︵彼を含む︶、
覚醒め
3本柱などの超一流の方々だ。
リーダーが真の力に
居場所がないだろう⋮⋮
いたたまれないだろう⋮⋮
みんな、﹃おい、どうすんだよこの空気⋮⋮﹄みたいな顔をして
いるし。
リーダーは相変わらずルビアちゃん口説いているし。
ルビアちゃんは迷子の迷子の子猫さんみたいになっているし。
うん。
刀使いとして、ここは介錯をしてあげるべきでしょう。
わたしはルビアとダーくんの間に入り、両腕をクロスさせて高々
と掲げた。
そうして叫ぶ。
﹁解散!!﹂
︻ペスプチ︼の方々はレッド・グレーネーム問わず、連合軍に編入
されました。
なんだこれ。
743
744
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その6
﹁や、やめ⋮⋮っ!﹂
赤黒い触手は青年の体を弄るように鎧の中に入り込んでゆく。肌
を締めつける不快感に彼は表情を歪ませた。胸を圧迫されて、呼吸
が自然と荒くなってゆく。
﹁あっ⋮⋮くっ⋮⋮!﹂
シスの引き締まった細身の肢体からはぬめぬめとした魔物の分泌
液が滴り落ちて、地面を濡らす。全身に渾身の力を込めるが拘束は
解けずそれがかえって彼を強く苦しめる結果となり耐え切れず子犬
のような悲鳴を漏らすその顔はまるで辱めを受けているように赤ら
んでいて︱︱
﹁いい加減戦ってくださぁい!﹂
﹁ぐはっ!﹂
戦闘中に猛烈な勢いでタイピングしていたわたしの後頭部に、ル
ビアの延髄蹴りが見事に決まった。︽美脚︾スキル強し。
くっそう、せっかく触手モンスターが出てきたから、最初にシス
くん、次にルビア、よっちゃん、ドリエさん、デズデモーナさん、
最後にイオリオが触手に捕まってもがいているシーンを書こうとし
てたのに⋮⋮
745
計画が頓挫だよ!
いや、でもうん、わかるよ。
こういうことをするから﹃お話に品がない﹄って言われるのよね。
⋮⋮ええと、なんの話だったか。
そうだ、進行状況だ。
前回わたしたちはカトブレパスを退治し、様々な困難を乗り越え
てここまでやってきました。
残っていた門番は二匹。どちらも凄まじい強さだったけれど⋮⋮
わたしたちは勝利を得ることができました︵数の力で︶。
戦闘シーンはちょっとお見苦しいものだったので、ダイジェスト
でお送りします。
ぶっちゃけ、囲んで棒で殴るだけの、割と雑な戦いだったから⋮⋮
五番目の中ボスは本体が地面に埋まっているローパー。イソギン
チャクみたいなボスで、うねうねとした無数の触手を全て切り落と
した後に出てきた本体に火魔術の一斉掃射で片付きました。
六番目の最後の中ボスは15名のファランクスからなるアンデッ
ド騎士団でした。多分﹃666﹄的になにか元ネタがあるんだろう
けど、ちょっとよくわかりませんね。一匹一匹もだいぶ強く、まと
もに戦ったらホント大変だったろうけど、まとめてこんがりとドリ
エ率いる魔術団が焼きつくしました。
数の暴力って怖い。
ともあれこれで、わたしたちの行く手を阻むものはいなくなりま
した。
あとは突き進むだけです。
746
すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。
風⋮⋮なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、わたしたちのほ
うに!
その後、散発的な野生動物との戦闘や、ラストダンジョンにふさ
わしい凶悪な罠の数々︵即死クラスのものが割とゴロゴロと︶をく
ぐり抜け、わたしたちは︻地端地︼の中枢と思しきところまで到達
いたしました。
その頃には各スタート地点から集まってきたギルドも続々と合流
し、ますます怖いものなしです。
閉じ込められて魔物が襲いかかってくるトラップに引っかかって、
フル・インペリアルがまるごと全滅したりしたけれど、そんなのも
う些細なこと。些細なこと。
だってわたしたち、まだ300名以上生き残っているし。いや、
それでもずいぶん減っちゃったけどね。
あ、先ほど騒動を起こしたダーくんは、ウサギに蹴られてやられ
てました。何のためにやってきたのか。
ルビアちゃんに会うためだよ、ってアホですか。
間違いない、アホだった。
行き止まりには、遺跡で見つけた石碑をさらに豪華にしたような
モノリスが大地に刺さっておりました。
リドル
イオリオが指を触れると、見たことのない文字たちが輝き出しま
す。
それが恐らく最後の謎解きだったのでしょう。
モノリスが真っ二つに割れると、その先の壁も音を立てて崩れ落
ちてゆきます。
747
そこはこれまで以上にもっとも広い空間となっておりました。ひ
とつの学校の全校生徒にも匹敵するような、300名が入ってもま
だ余裕があります。
その中心にあるのが、巨大なヘキサゴンドーム。
壁という壁には魔術文字が刻まれていて、なにかを厳重に封印し
ているような物々しい雰囲気があります。
英雄種
と呼ばれた冒険者たちの魂を飲み込み、暴虐の限
恐らくここが、レッドドラゴン封印地点。
古代
りを尽くした邪神の棲まう地。
いつの日か、六神の施した封印の解ける日を夢見ながら。
クデュリュザの眠る地。
︻地端地︼に突入して、もう半日ほど。
ついにここまで来た、って感じよねー。
感慨深いですわあ。
ずっと戦いづくめで、わたしはヘトヘトだ。早速再編成に取り掛
かろうとしているレスターは、ホント鉄人だなあ。
到着後、間もなく。
﹁ギルドマスターは3分以内に集合しろ! 最後の会議を始めるぞ﹂
全軍に呼びかけるレスター。
はいはーい。今いきますよーだ。
後ろから﹁がんばってくださぁーい﹂とルビアのてきとーな声援
が届きました。
封印された門の前にいるのは、各ギルドのマスター。マスターが
748
死亡したギルドは代役が会議に参加しています。
遺跡の時点では13名でしたが、現在はなんと29名。超増えて
る。
扉を調べているのが、<キングダム>の頭脳ドリエさんと、<ウ
ェブログ>の四色魔術師イオリオ。
その間に、レスターが皆に語る。
﹁まずは、ご苦労様だ﹂
ばらばらに座るアクの強い連中を束ねるギルドマスター、悪魔族
のレスターはひとまずねぎらいの言葉をかけてきます。
﹁この奥に、ゲームのラスボス︱︱﹃レッド・ドラゴン・クデュリ
ュザ﹄がいやがる。そいつを倒してめでたくクリアーだ。俺たちは
現実世界に帰ることになる。やり残したことは山ほどあるだろう。
だが、ここは俺たちの現実じゃねえ。閉じ込められた牢獄だ。誰か
の都合で勝手に押し込められた檻さ。俺たちのあがくさまを今でも、
その誰かさんは高みの見物で笑って見ているんだ。ヘドが出る話だ
ぜ﹂
レスターは手のひらに拳を打ちつける。
その眼光は炸裂する寸前の爆弾の輝きだった。
﹁まさかあいつらだって、俺たちがたったの一ヶ月で脱出するなん
て思ってもいないはずだ。ナメてんだよ、俺たちを。所詮ゲームし
かできねえ連中だろ、ってな﹂
彼から漏れでた熱が辺りに伝導してゆく。
わたしたちは今、レスターの激情を共有していた。
749
﹁ムカつくだろ? ぶち壊してやろうぜ。この俺たちの力でな!﹂
何人かが吠えた。自然と発生した︽ウォークライ︾のエフェクト
が29人のギルドマスターを包む。
うーん。
さすがレスター、熱い男。
わたしにはこういうの真似できないな。
素直にかっこいいと思う。
一方、イオリオがこちらに向き直ってきます。
instanceかー。
ゾーン・インスタンス
﹁やっぱりだ。人数制限がかかっているようだ﹂
む。
やはり、Zone
のことです。
インスタンスとは﹃MMORPGの中にあるMO部分﹄と説明す
人数制限のかかった隔離されたエリア
れば、わかりやすいだろうか。
要するに、
新しいMMOはこのシステムを採用しているものが多い。そのメ
リットは様々だが、今の場合は﹃戦闘バランスを整えやすい﹄こと
が挙げられるだろう。
つまり、今までのように300人でのゴリ押しの攻略は通用しな
い、ということだ。
あとは人数次第だけど⋮⋮
﹁同時に突入できる定員は15名。ファランクスまでのようだ﹂
少なっ。
せめてインペリアルかと思っていたのに。
750
辺りのギルドマスターたちが口々に不満を漏らしていきます。1
6名のギルドだったらラスボス退治がひとりお留守番になっちゃう
もんな。ひどい仕様だコレ。
﹁ちなみにログには﹃あまりにも封印が強固なため、その隙間を通
ることができるのは15名までのようだ⋮⋮﹄って書いてあるな﹂
そんなストーリー的な補足はいらないんだよ!
しかし、人数問題はインスタンスというシステムが持っている根
本的な矛盾︱︱ゲーム性を高めるためにMMOをMOに落としこむ
というデチューン︱︱だから、どんなに上手なゲームでも絶対に解
消はされないんだけどね⋮⋮
でも逆に考えれば、攻略する上ではこれはむしろラッキーだ。
誰かが一度でも﹃レッドドラゴン﹄を倒せばいいのなら。300
名が15名ずつ突入するってことは、つまり20回もチャンスがあ
るってことだから。
レスターはわたしを見る。
スルー
う、嫌な予感がする⋮⋮
けれど、彼はわたしをNPCして、他に目を向けました。
﹁突入してみたいギルドはあるか? いなければ、<キングダム>
から15名出そう﹂
彼は﹃自分が行く﹄とは言わなかった。
わたしに﹃来い﹄とも。
そうか、まずは様子見なんだね。
751
レスターは絶対に自分の手で﹃レッドドラゴン﹄を殺害したいは
捨て駒
だ。
ずだ。そのためにここまでやってきたのだから。
つまり、彼が募集したのは
そんなことは誰もがわかっている。
けれども。
﹁俺がいこう﹂と真っ先に手を挙げた男がいた。
それは、ここまで生き残ってきたブネおじさんだった。
﹁先遣隊として玉砕するのが務めだとしても、今ここで挑まなけれ
ば、今までやってきた甲斐がないからな﹂
その一方で、野心を隠すこともない。
当たり前だ。ここまで来たんだから。
ネットゲームユーザーなら、当然の思いだ。
ブネおじさんが挙手した直後、多数のギルドマスターたちが特攻
部隊に立候補した。
たとえ死んで情報を持ち帰るのが仕事だとしても、戦わずして死
ぬよりはずっとマシだと思っている。
ネットゲームは、参加することに意義があるのだから。
﹁わかった、みんな一旦落ち着け﹂
レスターを皆を見回すと、自尊心と恐怖がまぜこぜになった冒険
者たちに告げる。
﹁第一部隊のレガトゥス︵軍団長︶はブネだ。頼んだぞ﹂
752
命じられたブネは、仰々しくその場に膝をつく。
王にかしずく騎士のように。
﹁仰せのままに、だ﹂
にやりと笑う。
そういうことになった。
で、今、わたしは急ごしらえの壇上にいます。
なぜこうなったし。
最初はレスターが﹃せっかくラスボス戦なんだ。なにか盛り上げ
てくれよ﹄と言ったのがきっかけ。
﹃ならばわたくしが演説して差し上げますわ!﹄と立候補したデズ
デモーナさんだったが、﹃うっせえ﹄とレスターに一蹴されて。
指差されました。
﹃じゃあ白刃姫、頼んだぞ﹄と。
ドリエさんがうなずいて、イオリオも賛成。なぜかブネおじさん
まで同意してきました。
そして、わたしは300名の前に立たされています。
これなんていじめ?
っていうか何を話せばいいの。
﹁なんでもいいだろ。お前のお得意のご高説を並べてやれよ﹂
傍らに立つレスターがニヤニヤしながら告げてきます。
無茶振りすぎるでしょう。
753
﹃レッドドラゴン﹄を斬ったその次のターゲットは、レスターだな
⋮⋮
えーと、まあ。
こういうときにモジモジしているのって一番かっこ悪いからね。
なんでもとりあえずそれっぽく言えばいいんでしょう。
600個の目なんて気にしない気にしない。
あいつら全員NPCよ。
﹁えーと⋮⋮﹂
コホン。
﹁とりあえずみんな、ようやくここまでやってきたね﹂
話しながら考えようと思ったけれど。
案外、言葉はするすると溢れ出た。
﹁この30日間、色んなことがあったよね。初めてのクエストで満
足に戦えなかったこと。オークに追い回されたこと。ダンジョンで
落とし穴に引っかかったこと。長い船旅。強敵を前にした死闘。い
くつもの夜を越えて、ここまでやってきたね﹂
多分言いたいことはいっぱいあったんだと思う。
このゲームに、そして、このゲームを一緒に遊んできたみんなに。
﹁みんな、本当にお疲れ様﹂
頭を下げる。
754
﹁辛いこともたくさんあったと思う。慣れないベッドや、勝手の違
う体。誰も知っている人のいない世界に投げ出された不安。心細さ。
戦闘では痛い思いもするし、自分の体より大きな相手と殴り合うな
んて、最初はすっごく怖かった。でもさみんな、そんなのもう全部
忘れちゃったよね。わたしだってそう。今は楽しいことしか思い出
せないよ﹂
300人もいるのに、わたしの声は遠くまで響いていた。
これも︽指揮︾スキルのおかげだろうか、と思う。
﹁色んな人たちと旅したね。色んなところに冒険にいって素敵な発
見をしてさ、見たことのない景色に出会って、色めき立って。ああ、
わたしたちは今冒険をしているんだな、って実感して。一日一日が、
驚くほどの早さで過ぎ去っていったよね。明日は何をしようかなっ
てワクワクして。朝が来るたびに胸が高鳴ったね﹂
the
life﹄はわたしたちに世界をくれた。宝
思い出すたびに、わたしの心は満たされてゆく。
﹁﹃666
石のつまった宝箱みたいな世界を。わたしはこのゲームで生きてき
て、この場に立っていることを誇りに思う﹂
しかしそれももう、おしまいだ。
寂しくないなんて言ったら嘘になるけれど。
終わりがあるからこそ愛おしいものだって、必ずある。
例えば学生生活のように。
﹁よくここまで来たよね、わたしたち。たった一ヶ月のことだなん
て思えないほど、濃い毎日だった。あとはわたしたちの手でこのゲ
ームを終わらせるんだ。他の誰でもない、わたしたちの手で。正義
755
を執行し、胸を張って現実に帰ろう。仲間とともに、最後の敵を打
ち倒そう!﹂
わたしは拳を突き上げた。
﹁きょうが﹃666﹄最後の日だ! ドミティアを救うのはわたし
たち冒険者に他ならない! この物語にピリオドを打つのはわたし
たち自身よ! 全身全霊の力を持って、滅びの神クデュリュザを討
ち滅ぼすの! そしてみんな、絶対に生きて帰ろうね! わたした
ちは現実世界で再会しよう!﹂
熱狂が場を包み込む。
拍手の渦の中に立ち、わたしは冒険者たちの姿を眺める。
老若男女。種族も様々。ただその顔には皆、誇らしげな笑みがあ
った。
ここに立つと、わたし自身がまるで英雄譚の登場人物になったよ
うな気がしてくる。
今わたしは、伝説の中にいるのかもしれないと、胸がじんと熱く
なった。
﹁ありがとうね、みんな。本当に、ありがとう﹂
手を振って壇上を降りると軽く目眩がした。
レスターに手を借りて、わたしは列から離れてゆく。
今でも喧騒収まらない冒険者たちの姿は、まるで文化祭の後のキ
ャンプファイアーの火のようだと思った。
︻地端地︼の肌寒い気温が、今は心地良い。
レスターが笑いながら肩を叩いてくる。
756
﹁時代が時代なら、フラッシュ化するような名演説だったな﹂
﹁茶化さないでよ、もう﹂
﹁これで褒めてンだぜ﹂
そばで囁くように告げられて、少しだけドキッとした。
こんなときだけまじめになって。
そんなのわかっているから、こっちが冗談で返したんだってば。
すると、列の中からこちらに歩み出てくる一団があった。
ブネさんと、彼の率いるファランクス。
タンク4名、アタッカー4名、魔術師7名からなる、選りすぐり
の戦士たち。
そして、これから死地に向かう英雄たちだ。
プレートメイルを全身にまとった完全武装のブネさんは、小さく
頭を下げてきた。
ありがとう
﹁thx、ルルシィール。勇気をくれて﹂
そんな大したことしてないけど。
でも、力になれたのなら嬉しいな。
わたしは親指を立てて彼を見送る。
気にしないで
﹁np、武運をあなたに﹂
ブネさんは笑って、封印の扉に向かう。
開いた扉は光に包まれていて、その先がどこに繋がっているのか
はまったくわからなかった。
757
ひとり、またひとりと扉の中に消えてゆく。
彼ら<シュメール>の15名の冒険者がいなくなってゆく。
祈るような気持ちで、わたしは彼らを見送る。
その後ろ姿が消えても、ずっと。
ずっと。
しかし部屋の中からコールはなかった。
そしてこちらの連絡も︱︱まるで闇が遮っているかのように︱︱
届かなかったのだった。
758
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その7
異常事態だ。
通信者が伝えてくる実況を聞いて、そこから作戦を立てようとし
ていたレスターの思惑が外れたのだ。
部屋の中から外にコールは来なかった。一体どういうことなのか。
ブネさんとフレンド登録をしている<シュメール>の人たちも、
連絡が取れなくなってしまったようだ。
﹁誰か、なにかわかりませんか?﹂
ドリエさんが回って情報を収集していたが、それは徒労に終わる。
ブネさんたちがどうなったのか、それは誰にもわからなかった。
全滅したのか、あるいはレッドドラゴンを打ち倒したのか⋮⋮
に不備が発生したのか。
胸の奥からなにかがこみ上げてくるような感覚に、わたしは閉口
する。
システム
なんだろう、この気持ち悪さ。
当たり前のように信じていた
それとも⋮⋮
﹁ブネから連絡があるまで待とう﹂
レスターは冷静に皆を諭す。
だけれど、ゲームの最終目標を目の前に、おとなしくしていられ
759
る人が冒険者になるはずがない。
もしかしたら今まさにレッドドラゴンが討伐されようとしている
かもしれない。
あるいは、ギルド<シュメール>の連中は見事ラスボスを倒し、
自分たちだけがこのゲームを脱出したのだ! と。
そんな想像に取りつかれた人たちは、我先にと扉の中に飛び込ん
でいった。
﹁ちょっと、レスター止めないの?﹂
﹁⋮⋮ああ、まあな﹂
なのに、レスターは積極的に止めようとはしない。
なにかを考えている素振りを見せているが、その奥はわたしには
わからなかった。
各ギルドから選りすぐりされた15名が突入し、そしてやはりコ
ールが一切繋がらなくなる。
⋮⋮どういうことなの、ホントにこれ。
一体、中ではなにが起きているのだろう。
うう、気になるなあ。
﹁どう思う?﹂
そばに立つイオリオに尋ねる。
イオリオは顎をさすりながら渋い顔をしていた。
﹁⋮⋮嫌な予感がする﹂
﹁やっぱり?﹂
﹁僕は<キングダム>にしばらく身を置いていただろう? その関
760
係で、何人かとフレンド登録を交わしていたんだが﹂
宙で指を動かし、イオリオがコマンドを操作する。
﹁けれど、中に入っていった連中の名前が黒い表示になってしまっ
ているんだ﹂
なにそれこわい。
﹁なにかが起きていることは間違いない。問題はそれが良いことな
のか悪いことなのか、という話だ﹂
ううむ。
﹁ちなみに、いいことと悪いことの割合は?﹂
﹁良いことが1、悪いことが9だな﹂
﹁気休めにもならないね﹂
苦笑する。
シスくんは待っているのが暇だからということで、他のギルドの
人とデュエルをして遊んで⋮⋮もとい、腕磨きをしていた。
彼のスタイルは一貫している。
﹃自分はただの一戦士だから﹄ということで、考えるのはギルドマ
スターと副マスターにおまかせである。
彼の信頼の証と受け取っておきましょう。
ルビアとよっちゃんは、それぞれ手持ちの素材を使って練り練り
とクラフトワークスを行なっています。
ルビアも最近は水薬を作れるようになったし、よっちゃんは元か
ら丸薬︵ていうか水薬︶作成がお手の物だしね。
761
我ら<ウェブログ>はこんなラスボス戦の直前なのに、いつもと
変わりなくマイペース。
それが嬉しく思うし、頼もしくもある。
今、ついに七組目のファランクスが扉をくぐって、消えていった
ところだった。
これでもう、生き残ったものの三分の一がクデュリュザに挑んだ
こととなる。
さすがに焦りがないと言えば嘘になる。
でもなー、<キングダム>がまだ動いてないからなー。
わたしはひとりでヒョコヒョコと軍団長さまの元へとやってくる。
レスターは表示したウィンドウを凝視しながら、いまだに沈黙を
保っていた。
﹁ねえレスター、まだ突入しないのー?﹂
﹁ああ﹂
﹁なにを考えているか、少しは教えてほしいんだけど﹂
わざと苛立ったような声を出すと、彼はわたしを見る。
不審げに。
﹁⋮⋮さすがに、﹃もういいよ、<ウェブログ>の五人で突入する
よ!﹄とか言い出さねえよな?﹂
﹁なるほど、その手が﹂
手を打つと、レスターに睨まれた。
ダメらしい。ケチ。
﹁確かに、このままじゃラチがあかねえか﹂
762
レスターはそう言うと、再びウィンドウを操作する。
﹁どいつを連れて行くか、って考えててな。<キングダム>から五
人。<ウェブログ>のパーティーから五人。残る五人が浮かばねえ。
<キングダム>はひとつの能力に秀でたやつらばかりだ。だが、ど
んな相手が出てくるかまるで情報がない今、連れて行くのはハイブ
リッド職がいい﹂
﹁え? <キングダム>から十人出すんじゃないの?﹂
﹁11名な。シノビはうちのだ﹂
豪放な外見をしているくせに、細かいことを⋮⋮!
しかしレスターは首を振る。
﹁<キングダム>は、raid用の組織だ。ひとりひとりが考えな
がら戦うようには作っていない。俺が戦闘不能になっちまったら、
瓦解するだろう。せめてベルガーがいたら、もう1パーティー任せ
られたんだが⋮⋮﹂
舌打ちする。
﹁ドリエさんは?﹂
﹁魔術師としての腕は良いが、リーダーとしてはな﹂
あらまあ厳しい評価。
﹁つーわけで、さっきから目をつけたやつをリストアップして、︻
ギフト︼を問いただしているわけだが﹂
﹁あ、なるほど﹂
763
こっそりチャットしていたんだ。
それでウィンドウを操作していたってわけね。
﹁直接聞いてみればいいのに﹂
﹁そういうわけにはいかねえだろ﹂
﹁まあそりゃそうか﹂
レスターの立場、お察しします。
﹁しかしその結果、候補者がこいつか⋮⋮﹂
どちら様かしら。
わたしが彼の後ろからウィンドウを覗き見しようとすると、声が
した。
﹁オーッホッホッホ、やはりわたくしの協力がほしいのね!﹂
レスターは顔を手のひらで覆う。
え、残る五人の枠ってこの子? ドッペルゲンガー
<シェイクスピア・オーケストラ>のギルドマスター、デズデモー
ナお嬢様は高笑いの後しばらくむせていた。
スペシャル
⋮⋮かわいいけど、大丈夫かな?
﹁デズデモーナの︻ギフト︼は︻付与︼。︻影付与︼だ。60秒間、
メレーでもヌーカーでもその攻撃力を単純に倍加させることができ
る。どうだ、白刃姫にちょうどいいと思わないか﹂
おー、︻付加︼使いって初めて見る。
ってもしかして。
764
﹁それ、︻犠牲︼にも効果あるの?﹂
﹁ええっと﹂
デズデモーナさんはレスターをチラッと見て。
﹁ああ、使える。凄まじいだろう﹂
﹁わーお﹂
驚嘆すると、デズデモーナさんは水を得た魚のように笑い出す。
﹁ほ、ほらぁ! わたくしのスゴさが今頃わかったようね! オー
ッホッホッホ!﹂
じ、自分ではわかっていなかったくせに、この子。
アバター︵キャラ︶の外見年齢はわたしと同じぐらいだけど⋮⋮
実は幼いなー? キミ。
ニコニコと尋ねてみる。
﹁デズモちゃんは、魔術師?﹂
﹁デズモちゃんですって!? このわたくしに、ちゃん付け!?﹂
目を白黒させながら、デズデモーナちゃん⋮⋮もとい、デズモち
ゃんが突っかかってくる。
﹁貴女何様のつもりでいらっしゃいますの!?﹂
わたしより少しだけ背の低いデズモちゃんは、こちらをキッと睨
んでくる。
765
おーおー、懐いてくれない猫みたいですね。
﹁でもほら、デズモちゃんってわたしより年下みたいですし﹂
﹁はあ!? わたくしはとっくに一人前のレディーですわ! なん
なんですの、貴女は!﹂
﹁わたしは大学生だよ。デズモちゃんは高校生?﹂
﹁そんなのとっくに卒業しましたわ! 言っておくけれど、主席で
すのよ!﹂
﹁じゃあ今、大学生?﹂
﹁レディーと言ったでしょう! 成人です、成人!﹂
﹁そっかあ﹂
うん。
可愛いなあ、デズモちゃん。
tend
alive.﹂
He
でも、わたしのネトゲプロファイリングはごまかせないからね。
じゃあ、えっと。
唇に手を当てて、空で暗唱する。
love.
person
in
loving
fall
レスターを手のひらで差しながら。
he
bury
﹁When
to
﹁えっ?﹂
デズモちゃんは目を瞬かせて。
﹁ねえよ﹂
現役大学生のレスターくんは即座に否定してきました。
その意図に気づいたデズモちゃん。
766
﹁えっ、あっ⋮⋮﹂
急に気落ちしたような顔をして、わたしとレスターを交互に見つ
めます。
うふふ。
﹁ねえ、デズモちゃんは成人なら、これぐらいの意味はわかってい
るよね?﹂
ニコニコとデズモちゃんの行動を見守っていると。
﹁う、う、ううううう∼∼∼∼∼⋮⋮﹂
彼女は両手を胸の前でめいっぱい握り締めて、うなり声をあげて
いた。
ハッ、しまった。
いじめすぎた。
あんまりにも弄りがいのあるロールプレイだったので、つ、つい。
﹁わたしくっ、せ、せいじんっ、のっ、レディーだものっ﹂
ちょっぴり涙声になっているし!
﹁ご、ごめんね、デズモちゃん⋮⋮おねーさんちょっと、意地悪し
すぎちゃったね?﹂
彼女の頭に手を伸ばそうとして。
急に寒気がした。
思わず手を引っ込めて、腰の剣に手を当てる。
767
それは︽察知︾スキルの賜物だったのか知らないけれど。
﹁お嬢様にお手を触れないでいただきたい﹂
なんかすごい冷徹な眼差しをしたイケメンの騎士さまが、わたし
の後ろから剣を突きつけてきていた。
﹁お嬢様は繊細なお方です。あまりからかわないでいただきたい﹂
﹁ろ、ロレンゾ⋮⋮ぐすっ⋮⋮﹂
うっ、目に涙を浮かべたドリル髪のお嬢様⋮⋮
普段は高慢な彼女との、見た目のギャップが思わずそそられる!
庇護欲と同時に嗜虐心まで刺激するとは、デズデモーナお嬢様、
これはなかなかの逸材⋮⋮
久しぶりによっちゃん級の人材をわたしは見つけ︱︱
︱︱と、背中に当てられた刃が、グッと押し当てられました。
﹁なにか不愉快なことを考えてらっしゃるように思われますが?﹂
声、こわいから。
﹁⋮⋮鋭いですね、ロレンゾさん﹂
無表情でこちらを睨む彼に、微笑み返す。
いや、でもね。
明らかにこっちが悪いことはわかっているけれど⋮⋮
でも、それってPK寸前行為じゃないですかー、やだー。
﹁お嬢様が大切なのはわかるけれど、初対面の人にいきなり剣を突
768
きつけるのはどうかなあって思いますよ﹂
言いながら、手首をひねった。
﹁!?﹂
ロレンゾさんは気づいていなかったようだ。
わたしが剣を突きつけられる一瞬前に、ソードブレイカーをその
柄に噛ませていたことに。
剣からすぐに手を離さなかったことが彼の敗因です。
長身の彼は、二回りも背の低い女子にSTRで遥かに劣っていた
ことが信じられなかったような顔をして。
あっという間にわたしに組み敷かれて、地面に倒されたロレンゾ
さんは閉口した。
﹁ごめんね、でもちょっと怖かったから﹂
﹁ロレンゾぅ∼∼∼∼⋮⋮﹂
お嬢様が両手を伸ばしてわたしの元に駆け寄って来ようとするの
を、さらに現れたひとりの魔術師さんが止めて。
わたしはさらにふたりの騎士さんに前後から剣を押し当てられて
いた。
﹁ジョン、リナルド、ロンガヴィル⋮⋮!﹂
デズモちゃんが口々に彼らの名前を呼ぶ。
﹃お嬢様を泣かせたのは、あなたですね?﹄
769
ユニゾンで問い詰められて。
﹁はい、スミマセンでした﹂
わたしは平に謝ったのだった。
数分後、デズモちゃんは元の調子を取り戻して。
﹁オーッホッホッホ、これがわたくし<楽団>の最強メンバーです
わよ!﹂
口元に手を当てて高笑いをするデズデモーナお嬢様。
実にイキイキとしています。
その前に、四人のイケメンさん︵騎士+魔術師︶に囲まれて、わ
たしは正座させられているのであった。
くっ、逆ハーレムかこの子⋮⋮
やるじゃないか、将来有望だな⋮⋮!
﹁なるほどな﹂
レスターだけは実に冷静に、わたしたちのやり取りを眺めている。
メッチャ恥ずかしいんですけどコレ。
﹁よし、お前ら五人で決定だ。このファランクスで突っ込むぞ﹂
なにか算段が立ったらしい。
こんなファランクスで大丈夫?
⋮⋮おねーさんは、かなり心配です。
770
かくして、レスターは<キングダム>の皆に言い残します。
﹁俺が今まで突入したやつらのように、中に入って連絡が取れなく
なったら、一時間待ってからてめえらは街に戻れ﹂
さすがのワンマンギルドマスターの発言にも、待機者の顔には不
服そうな色が浮かびます。
レスターはそれらを握り潰すように団員を睨みつけます。
﹁そうして態勢を立て直し、ここの魔物を楽々倒せるようになって
からまた改めて︻地端地︼を攻めに来い。そんときはベルガーの指
示に従え。いいな?﹂
色々と指令を残して、レスターはこちらにやってきた。
﹁待たせたな。行くぞ﹂
さすがに軍団長の突入だ。残った全員が見送りに来た。
あら照れちゃう。
一応、手を振っておこう。
おねーさん行ってくるよー。
応援してねー。
レスターは改めて告げます。
﹁これが最後の戦いだ。このゲームをクリアするぞ﹂ 扉をくぐり、わたしたちは光に包まれた。
771
突入メンバーは15名。
<ルルシィ・ズ・ウェブログ>
ルルシィール︵タンク︶、イオリオ︵魔術師︶、シス︵ファイタ
ー︶、ルビア︵魔術師︶、ヨギリ︵ローグ︶
<ゲオルギウス・キングダム>
レスター︵タンク︶、ドリエ︵魔術師︶、ベロール︵タンク︶、
スミス︵魔術師︶、バズ︵アーチャー︶
<シェイクスピア・オーケストラ>
デズデモーナ︵魔術師︶、ロレンゾ︵タンク︶、ジョン︵ファイ
ター︶、リナルド︵魔術師︶、ロンガヴィル︵タンク︶
扉の中に入った途端に、頭の中に声が響いた。
﹃ここまで良くぞ来た、ヒトの子らよ。我が糧となるのだ。その魂
があればこそ、我はより強大となり、いずれ始まる六柱との戦にも
勝利が待つであろう﹄
内部の景色は外とそう変わらない。無機質な光と線だけが組み合
わさった空間だ。
十分に走り回ることができるスペースの中心に、一匹の巨大な竜
がいた。
これが世界を滅ぼした戦神クデュリュザなのか。
772
﹁うっわぁ⋮⋮こんなの人間の挑む相手じゃないですよねぇ⋮⋮﹂
怯えた様子のルビア。
クデュリュザの正体は六つの頭を持つ赤竜だった。
四本の腕。二対の翼。さらに枝分かれした三本の尻尾を持ってい
るようだ。
今までの門番から推測するに、後方にいたとしてもあの尻尾の攻
撃を受けるため、安全地帯ではないのだろうね。
しっかし、こんなに恐ろしい相手なのに、わたしは落ち着き払っ
ていた。
ここに来るまでの心の準備はさんざんやってきたからね。
もうなにもこわくない、的な。
﹁やっべ、こいつがボスか⋮⋮マジで燃えてきた⋮⋮楽しすぎて狂
っちまいそうだぜ﹂
なんとも凶暴なことを言っているシスは、笑みを浮かべてハルバ
ードを構える。
ああ、生まれながらの戦闘狂。
満足するまで戦いなさい⋮⋮
かたやイオリオはクレバーに打ち合わせをしていた。
﹁ドリエさん、状態異常が効くかどうか試そうか。風と土は僕が受
け持つ﹂
﹁了解しました。火と水を仕掛けますね。前衛の強化術は<楽団>
にお任せしましょう﹂
﹁オーッホッホッホ、buffならわたくしにお任せよ!﹂
773
三大ギルドの三大魔術師たちが並んでいると、やはり壮観だね。
それはとっても嬉しいなって、的な。
ガンガン死亡フラグを乱立しているような気がしますが、構わず
参りましょう。
﹁レスター、開幕はよっちゃんの︽アンブッシュ︾から始めたいん
だけれど﹂
ステルスが通用するかしないかは別としても、多分わたしたちの
中では最強の一撃だからね。
﹁いいぜ。タンクは俺とルルシィールだ。あの神サマを全力で抑え
こむぞ﹂
やっぱりわたしタンクなのね。
まあ、しょうがない。
もうここまで来たら腹を決めてます。
﹁そっちこそ、しっかりとヘイトコントロールして、わたしから引
き剥がしてよね﹂
﹁へっ、誰にモノを言ってやがる⋮⋮!﹂ ハイになったわたしたちは笑い合う。
よっちゃんは︽隠密︾でクデュリュザの背後に回り込み︱︱
︱︱そして、その短剣を渾身の力で突き刺した。
赤竜の血飛沫が舞う。
それが最後の戦いの、その血戦の合図だった。
774
775
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その7︵後書き︶
※英文和訳
唇に手を当てて、空で暗唱する。
love.
person
in
loving
fall
レスターを手のひらで差しながら。
he
bury
﹁When
to
He
tend
alive.︵
彼は好きな人が出来るとその人を生き埋めにする傾向があります。︶
﹂
﹁えっ?﹂
デズモちゃんは目を瞬かせて。
﹁ねえよ﹂
現役大学生のレスターくんは即座に否定してきました。
776
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その8
苛烈。
一言で表すならその言葉が相応しい。
攻撃方法、ちょっと多彩すぎますね。この竜さん。
炎のブレス。四本の腕による直接攻撃。翼から巻き起こす嵐は部
屋全体に及び、尻尾は想像通り後方への攻撃だが、その追加効果は
毒ではなく麻痺。
うわぁ、技のデパートやー!︵悲鳴︶
ちなみに状態異常に関して、こちらが使えるものである毒と麻痺
と暗闇と沈黙とRoot︵足止め︶は無効。
mez︵睡眠︶を含むクラウド・コントロールも全般無効。
スタンは入るが本当に一瞬だけ。
ただ唯一効果が期待できるのが、DoT︵継続ダメージ︶のひと
つである︻出血︼。
クデュリュザさんも、一応生物ではあるようだ。
他にも、表皮の鱗は非常に魔術防御力が高く、魔術でのダメージ
が入るのは翼、尻尾、頭部のみ。
AoE︵範囲攻撃︶魔術で全てのパーツにダメージを与えつつ、
本体のHPを削ってゆくという戦法は効率が悪い。
魔術で倒すつもりなら、顔面に最大威力の魔術をぶっ放す一点突
破スタイルが有効な模様。
777
さ、残るはHPと物理防御力の検証だけど。
これが、意外とわたしたち前衛の攻撃が通っているのです。
といっても、ナイトゴーレムに比べたら、程度の差ではあるんだ
けどね。
確かに戦神さまは恐ろしい攻撃力ではあるけれども、<キングダ
ム>のふたり+ルビアがローテーションを組んで回復を担当してい
る分には、いくらでも持ちこたえられる。
少しぐらい回復が乱れても、わたしたちは山のように水薬を抱え
ているし。
これ勝っちゃうんじゃない?︵ウキウキ︶
わたしたち、ラスボス倒しちゃうんじゃない?︵ワクワク︶
上級buff︵強化術︶使いのデズモちゃんのおかげで、わたし
たちの体も軽い。STRもDEXもAGIも普段以上の力を発揮で
きている。
さらに最大HPや移動速度、クリティカル率などにも補正をもら
っちゃってまあ。
イオリオやドリエさんも魔術師だけど、みんなそれぞれ少しずつ
系統が違うからね。
さすが本職のエンチャンターさんはすごい。頼りになるぅ。
﹁うおおおりゃああああああ!﹂
シスくんのハルバードが唸り、なんとクデュリュザさんの首の一
本を斬り飛ばしました。
うおー! すげー!
あと頭五本しかないし、これイケるんじゃね!?
778
そのとき、クデュリュザさんが吠えました。
あれあれ、本気になっちゃいました?
人間ごときに? 神様が?
ねえねえ、今どんな気持ち? 今どんな気持ち?
うふふ、痛いですよねえ。
とっても痛いですよねえ。
でもね。
わたしは痛くないんですよね!
あーっはっはっは、斬って斬って斬りまくれぇー!
皮膚を削り、肉を削ぎ、神という名の幻想を貶めて、人の手で哀
れんでやりましょう!
暴れ狂うクデュリュザさんのブレスを避け、壁を蹴って跳ぶ。
その脳天に刀を突き刺し、わたしもまた、笑っていた。
﹁ニンゲンごときに、ザマぁないですねえ!﹂
後方に着地し、刀を振って血を飛ばす。
あー楽し。
アッパー状態。
でも一応この叫びは︽タウント︾なんです。
素でやっているわけじゃないんです!
だけどまるでわたしのそれがトリガーだったみたいに。
広場の光景が一変しました。
水面に風の輪が広がってゆくように。
先ほどまで無機質なワイヤーフレームで作られていたはずの広場
に、次々とテクスチャーが張り付けられてゆきます。
地面には人の骨と思しき骸骨が散らばっていました。
779
破壊された鎧、折れた剣、まるで戦場跡のように血が床、壁など
にこびりついております。
うわあ趣味悪う!
これが決戦のバトルフィールドの真の姿⋮⋮!?
まるで鐘のように荘厳な声が響き渡る。
﹃愚かなりし、ヒトの子らよ。刃向かわなければ楽に死ねたものを、
六柱の真似事をするか。身の程を知らしめてやろうぞ﹄
ま、まさか、第二形態ですかー!?
クデュリュザが態勢を低くした次の瞬間だ。神は飛び上がった。
ガラクタや白骨死体を吹き飛ばしながら飛翔する。砂埃が舞い上
がり、わたしたちは顔を腕でかばった。
淡い光が辺りを包んでいる。
一体なんだろうと見上げれば⋮⋮竜の背中に光輪が輝いている。
そして、カミサマはまったく降りてくる気配がなかった。
え、ちょ、それズルい。
こっちの刀届かないじゃん。
と思ったら、あらあら。
クデュリュザさんの魔力の影響か、あちこちで瓦礫が浮き上がっ
ております。
え、これを足場にして戦えってこと? 浮島的な?
そんな無茶な⋮⋮
でも地上で這いつくばっていたら、ブレスで焼き尽くされるだけ
780
だ。
わたしとシスは浮岩から浮岩に跳び、ちょうどクデュリュザの眼
前に位置取った。
うーわ、フワフワしているし、バランス悪いし!
プールの上に浮いているバナナボートみたい。
でもまあなんとか⋮⋮やれなくはない、かな⋮⋮
先手必勝。クデュリュザの頭のひとつに斬りつける。
あれ、さっきよりもダメージ通っているな。やっぱり近接攻撃が
当てづらい位置に来ただけあって、防御力が減少したのかな。
まさにやるかやられるかの戦いだ。
クデュリュザの前方扇状に展開する浮岩は五つ。もし狙われた場
合、素早く隣の浮岩に移動しなければ、ブロックの上にいるキャラ
クター全員がダメージを受けてしまう。
ファランクスの連携が命、といったところか。
シスくんや他のみんなも浮岩にあがってきた。ただ、よっちゃん
だけはまるで親の敵のように全力で投げナイフを投擲している。
たったひとりでクデュリュザの翼を引き裂きそうな勢いです。す
ごい。
これはヘイトコントロールで負けてはいられない⋮⋮と。
っていうかレスターどこ!?
浮岩にあがってきていない!
ということは、ですよ。もしかして、今のクデュリュザさんのタ
ーゲットって。
はい、わたしでした。
やばい。ゴッドパンチが来た。
781
ここまでやってきて、盾を持っていないことが仇になった。ソー
ドブレイカーなんて今、なんの意味もないし。
とっさに左右に跳躍することもできず︱︱本当は飛び降りてしま
えばよかったんだろうけど︱︱わたしは体を丸めて防御の態勢を取
る。
衝撃が来た。
ブリガンダインの上から骨がひしゃげてしまうような圧力が襲っ
てくる。
ぐげ。痛さ控えめの﹃666﹄ライフですら目から星が飛び出る
ような感覚。
そのままわたしは真っ逆さま、下まで落下してしまう。
ルビアの︽クッション・ヒール︾とデズモちゃんのbuffがな
ければ、落下ダメージで死んでたんじゃないかな!
わたしは頭を振って起き上がる。
三重奏の︽ヒール︾がわたしの体を包み込みます。
ありがとう、そしてありがとう⋮⋮
このまま追撃を食らってたら一直線に伊達にあの世を見ることに
なっちゃうけれど⋮⋮
幸い、クデュリュザの狙いは他の前衛にいったようだ。
って、レスター。
瓦礫を眺めて呆けていやがる。
﹁ちょ、ちょっとレスター! なにやってんの!?﹂
わたし死ぬよ!? 死ぬところだったよ!?
こんな戦闘中にメインタンクがぼーっとして!
782
彼の肩を掴んで大きく揺さぶる。
﹁兄貴だ﹂
は?
レスターの目は心ここにあらずといった風。
どうしよう、レスター気合を入れ続けてここで頭おかしくなっち
ゃったのかな。
一発二発ぐらい殴っておいたほうがいいかな。
よし、ブン殴ろう。
おまえを信じるわたしを信じろ、みたいなアレなソレで。
拳を固めて振り下ろそうとしたその時。
﹁これ、兄貴が作ったキャラなんだ。兄貴はここにいたんだ﹂
彼が見つめているのは骸骨だ。生前の面影もない。
ムリムリ、法人類学者でもなければ判別できないだろう。
それなのに、彼は確信しているようだった。
﹁兄貴⋮⋮負けちまったんだな、あいつに⋮⋮﹂
やばい。やっぱり殴ったほうがいいかも。
しかし、さっきまでの彼とは様子が違っていた。
その目には復讐の炎が燃えていたのだ。
﹁あいつが⋮⋮あの野郎が⋮⋮ざけんなよ、ふざっけんなよ!!﹂
空を割るように吠えながら、レスターは立ち上がる。
﹁ぶっ殺してやらぁ!!﹂
783
うっわ、キレてるキレてる。
盾を背中に背負い、大剣に持ち直しやがった。
タンクの役目放棄した!?
﹁ちょ、ちょっとレスター︱︱﹂
と、わたしの呼び声など跳ね飛ばすような勢いで叫ぶ。
ラグナロク
﹁︻守護︼︱︱タイプ︻聖戦︼発動! 根絶やしにしてやっかんな
このクソドラゴンがぁぁぁぁぁぁぁ!!﹂
彼と、さらにわたしたちも光に包まれた。
かつてわたしも苦しめられたそのギフト︻聖戦︼は、最大HPの
9割以下のダメージを全て無効化してしまうというド偉い能力だ。
人数が増えるごとに効果時間が減少し、1ファランクスだと確か
20秒しか持たないはず。
仕掛けるタイミングが早すぎたような気もするケド、まあいいや!
レスターとともに浮岩へと飛び乗る。
﹁みんな! これから20秒のフルパワー、叩きこんでやろうよ!﹂
あんまり上手いこと言えなかった! えーい、殴れ殴れー!
全員が最大火力で畳みかける20秒。
さすがに後衛やよっちゃんは一撃死の可能性もあるので突っ込め
ないものの、回復に回す分のMPを今は攻撃に注ぎ込むことができ
る。
これがわたしたちの全力全開︱︱とばかりに20秒の猛ラッシュ。
784
あー楽しい。
さてこれからまた地道に。
﹁︱︱二番手、︻聖戦︼です﹂
高らかに謳う声。
え? ドリエさん?
一番大きな浮岩に乗って超大剣を振り回すレスターが、いつもの
不敵な笑みを浮かべたまま告げた。
﹁なにを勘違いしていやがる。俺達<キングダム>の︻聖戦︼はあ
と三枚残っているぜ﹂
え?
えええ?
785
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その9
どんなに努力しようとしても、生まれ持ったギフトだけはどうす
ることもできない。
ちなみにわたしは自分以外の︻犠牲︼使いを見たことがないのだ
けど。
まあそれはいいとして。
数少ない︻守護︼を初期に選択した冒険者の中で、さらに︻聖戦︼
を使用出来る者をレスターは集めて鍛えあげていたのだ。
まさにずっとわたしたちのターン。
100秒間わたしたちのターン。
鬼畜。
四枚目の辺りでついにクデュリュザの頭は三本が切断され、残り
半分。HPも五割を切りました。
再び戦神がうなり声をあげる。
すると今度は浮き上がっていた瓦礫が次々と地上に落ちてきます。
態勢を崩しながらもなんとか地面に着地すると、クデュリュザも
飛翔を止めて地に降りてきます。
その眼に燃えるのは、怒りか憎しみか。
﹃あくまでも屈せぬか、人の子らよ。ならば我が真の力にて、完全
に世界から消し去ってくれよう。永劫の監獄で、絶望とともに朽ち
果てるが良い﹄
786
真の姿!
第三形態だー!
三つ首のレッドドラゴンはより洗練された姿に変わった。
ごちゃごちゃした悪魔のようなデザインだったのが、今は太古か
ら存在する偉大な竜神のようだ。
一対の翼。三つ首。尻尾はトカゲのように雄々しく、四肢は大地
を強く踏みしめている。
クデュリュザのその顔は知性を帯びているようで、目だけが爛々
とピジョンブラッドのように赤く光っていた。
確かにそっちの姿のほうがかっこいいけど。
すぐに降りてくるんだったらさ。
なんのために飛んでたの? って感じ。
ぷぷ、神様かっこわるぅ。
ニヤニヤ。
﹁ここからが本当の地獄ってことだな。望むところじゃねえか﹂
レスターはそんなことを言っているけれど。
まだ︻聖戦︼の効果は続いている。
さらにあとひとり使っていない人が残っているから、20秒も無
敵タイムの猶予があるのだ。
その後にもシスやイオリオたちの︻ギフト︼も残っているし。
これやっぱり勝ちフラグじゃない?
うへへへ、やったね⋮⋮
モモちゃん、おねーさん約束守ったよ!
帰ったらふたりで幸せに暮らそうね⋮⋮
うふふ、パインサラダを作って待っていてくれるかな。
787
さらば戦神! クデュリュザ、暁に死す。って感じ。
フラグ立てすぎ? うん、わかっている。
でもね、しょうがないじゃない。
これぐらい言わないと盛り上がらないでしょ。
だって余裕なんだからー!
やっぱりこのゲーム攻略のカギは、紛れもなく神様たちからの︻
ギフト︼だったね!
おーら、︽爪王牙︾ぁ!
はー、防御も気にせず一方的に斬りまくれるなんて、なんて気持
ちが良いんでしょう。
でも逆に、歯ごたえがないかな、なんてね?
ぷぷ、もしかしてクデュリュザさん、倒されたくないからこんな
ところに引きこもっていたんですかぁ?
やだなあ、それならそうと言ってくださいよ。
わたしたちがあっという間に引導を渡してあげるからさぁー!
刀を振るうたびに血が飛び散る。
スキルを使い尽くしたわたしがバックステップしたところに、レ
スターの超大剣による︽インパクト︾がスマッシュヒットする。ま
るで蛙のような悲鳴を上げるクデュリュザ。
そこに更なる追い打ち。駒のように側転しながら放たれるシスく
んの炎のハルバードが、竜の鱗に火炎傷を刻む。すかさず武器を︽
スイッチ︾した彼は重い打撃を2,3繰り出して、再び陣形の中へ
と戻ってゆく。
側部からは<楽団>のタンクがレイピアを振るい、一方的に神を
788
攻め立てている。
アーチャーとよっちゃんは絶え間なく投射武器を当て続け、メン
バーでトップのDPS︵秒間ダメージ︶を叩き出している。
イオリオとドリエさんが同時に放った炎の槍は広場を引き裂いて
飛翔し、クデュリュザの翼に着弾する。爆炎が飛び散り、火の粉が
辺りを照らす。
﹁オーッホッホッホ、いいわいいわ! わたくしの描いた通りです
わ! ︽オール・イベイション︾! 貴方たち、キリキリ働きなさ
ぁい!﹂
なぜか軍団長気取りのデズモちゃんが前衛に再びbuffを唱え、
光の衣を授けて回る。
わたしたち15名は、互いに足りない部品を補い合う一個の群体
のようだ。
たったひとりでは立ち向かうことのできない巨悪の城を、何十人
もの力で貫く破城槌のようだった。
思いっきり振りかぶったレスターの隙を、わたしが︽タウント︾
をして引きつける。
わたしが竜と単独で対峙する場合には、必ずシスくんが横につい
てサポートに入る。
後衛が強烈な一撃を放ち、クデュリュザがわずかに動き出そうと
したその瞬間には、すかさずレスターが︽インパクト︾を叩き込ん
でいる。
︻聖戦︼の効果が及んでいるものの、だからといって誰も手を抜い
ていない。
まるで15人それぞれの脳細胞が混合シナプスで接続されている
789
ように、わたしたちはお互いの役割を知り尽くしている。
それはとてもとても心地良い瞬間だった。
だったのだが。
亀裂は唐突に入る。入ってしまった。
第三形態になって、クデュリュザの防御はさらに薄く、そして攻
撃力はさらに高まっていたのだ。
腕に攻撃を仕掛けていた<キングダム>のタンクが、真正面から
ゴッドパンチを食らう。
直後、彼の体は光の粒となって弾けた。
﹁な、ナイトが即死ぃ!?﹂
思わず叫ぶ。
だって、アレだよ、アレ。レスターと同じようなフルプレートア
ーマーを着用した正騎士装備の人なのに!
最大HPの9割以上の攻撃を受けてしまえば、︻聖戦︼はもはや
意味を成さない。
だけど、そんなことをやってくる相手がいるなんて思わないでし
ょう普通!
ゾッとした。
わたしはともかく、シスくんですら一撃死があり得る範囲だ。
こ、こんな化け物と戦えるか! わたしは部屋に戻るぞ!
と、ここまでは普通の寺院送り。
790
わたしもおちゃらけていた余裕がありました。
違っていたのは︱︱騎士の体から抜けた小さな金色の光が、レッ
ドドラゴンの口の中に飲み込まれていったことだ。
なにこれ。
今度こそわたしは、全身の産毛が逆立つような感覚に襲われた。
思わず辺りを見回してしまう。
イオリオと目が合った。
﹁まさかとは思うが︱︱﹂
⋮⋮まさかとは思うが?
彼はその後の言葉を飲み込んだ。呪言を唱えて炎の槍を飛ばす。
でも、いくらなんでもわかっちゃう。
さすがにわたしでも、気づいてしまった。
ここに突入していった人の末路を考えると、自ずと⋮⋮
やっぱりそういうこと⋮⋮?
生唾を飲み込む。
今すぐ頭を抱えておうちに帰ってシャワーを浴びてキンキンに冷
えたオレンジジュースを一気飲みしてモモちゃんかよっちゃん辺り
を抱き締めてベッドに潜り込みたいけれど。
⋮⋮現実逃避している場合じゃない。
あーもう。
言うよ、言っちゃうよ。
791
だって気づいちゃったんだもの!
あー、気づかなきゃ良かったなー!
これさ! ここで死んだ人さ!
クデュリュザに魂を喰われちゃっている
んじゃない!?
寺院に帰れなくなっちゃってさ、レスターのお兄さんみたいに。
だからみんな音信不通になって。
フレンドの名前も暗くなっちゃって。
うーあーうーあー。
そのとき、わたしたちを守っていた︻聖戦︼の壁がついに砕けて
消える。
不運にも、先ほど一撃で殺されたのは、まだ︻聖戦︼を唱えてい
ない<キングダム>陣最後のひとりだったのだ。
パリーンと消える障壁の残滓の向こう側、クデュリュザの姿は先
ほどよりも一回りも二回りも巨大に見えてしまった。
⋮⋮あの胃の中に、これまで飛び込んできた英雄たちの魂︱︱ブ
ネおじさんとか︱︱が収まっているんですかね。
やめてよ、ホントに。
やばい。身震いが止まらない。
792
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その10
多分、みんなも同時に気づいたんだと思う。
唐突なデスゲームの始まりに。
レスターが﹁そういうことかよ⋮⋮﹂って言ってたし。
人間強度が鬼強いルビアですら、泣き声みたいなものを上げてい
るし。
やばいね。これは心が折れそうになるね。
死んだらおしまいとか、そんな状態でタンクなんてできる? ま
ともな精神状態じゃないよ。
わたしたちの体は急に動きが鈍くなる。
先ほどまで完璧だったはずの連携が乱れてゆく。
不協和音は徐々に拡大して、このままでは手遅れになってしまう。
﹁お嬢様、大丈夫です、大丈夫ですから⋮⋮﹂
﹁だ、だだだだってぇぇぇぇ∼∼⋮⋮﹂
特に<楽団>がやばい。
リーダーのお嬢様が先ほどからガクガクと震えており、その世話
のためにひとりのギルドメンバーがつきっきりで宥めている。
デズデモーナお嬢様、豆腐メンタル⋮⋮っ!
気合を入れるために殴りに行きたいけれど、今はちょっと持ち場
を離れられない。
793
この状況でひとりでもタンクがいなくなれば、一気に瓦解してし
まう可能性すらある。
ていうかbuffないのきっついなあ!
やばいやばい。実際ヤバイ級。
﹁てめえら余計なことを考えてんじゃねえぞ! 手ぇ動かせ、手!﹂
<キングダム>はレスターの号令でなんとか立て直したが、それで
も動きの堅さは取れていない。
クデュリュザの攻撃は相変わらず熾烈だ。
わたしたちの勢いが弱まったから、余計にそう感じてしまう。
イオリオとドリエさんが︽ヒール︾やbuffを飛ばす。デズモ
嬢が役立たずになっているからだ。
その間、攻撃術は途絶えている。よくない展開だ。
死んだら終わり。
その言葉が重くのしかかる。
が。
叫ぶ。
﹁大丈夫! みんな、あと半分でしょ!﹂
結局のところ、わたしたちはひとりでは勝てない。
だから仲間が必要なのだ。
﹁できるって! やれるって!﹂
794
クデュリュザの拳を避け、その頭の一本を斬りつける。
翼から放たれた竜巻がわたしの体を切り裂く。水薬を含みながら
も、わたしはあえて前線にとどまった。
﹁あと一息じゃん! 倒せば問題ないんだって!﹂
戦いにおいて勇気など必要ではない。
MMORPGで大事なのは、スキルと装備だけ。
でも、今だけは違う。
わたしはこの行動が未来を切り拓けると信じて、一期一振を振る
った。
﹁みんなで一緒に帰ろうよ! そうだよ、一緒に帰るんだ!﹂
いつの間にか、わたしの横には︻狼化︼したよっちゃんがいた。
最後の追い込みに、接近戦でカタを付けに来たのだ。
さらにレスター、シスくんもポジションを押し上げてくる。
﹁ンなの当たり前だ。あのクソ竜だけは、ぶっ殺す﹂
ジャベリンを投げつつ、レスター。
シスくんはハルバード、ナックル、スピアに大剣、ハンマーと多
彩に武器を変えながらレッドドラゴンの頭部のひとつを執拗に狙っ
ている。
﹁いいじゃんか、死んだら終わりでもさ! これが俺の望んだ世界
だー!﹂
795
シスくん
⋮⋮ちょっとアッパーな感じにキマっちゃっている戦闘狂は置い
といて。
ハッと気づく。
どうやら、途絶えていたbuffの供給も復活したようだ。
肩越しに振り向けばデズモちゃんは︱︱イケメンに体を支えられ
ながらも︱︱立っていた。
うわーよかった。
デズモちゃんが復活しなかったら、本気で全滅するかと思ったよ。
﹁は、はやく倒しておしまい! ルルシィールさん、レスターさん
!﹂
ビシっと指差す彼女。
レッドドラゴンに睨まれて﹁ひっ﹂と声を上げたりして。
⋮⋮うん、魔術師で良かったね、デズモちゃん。
多分前線だったらこんなに早く戦線復帰できなかったと思う。
まあいいさ、それがパーティー内分業ってもんさ。
わたしは渾身の力で刀を振り回す。
﹁あいあいさー! デズモちゃん!﹂
﹁だから、その呼び名はっ⋮⋮も、もう、なんでもよろしいですか
らぁー!﹂
おお、なし崩し的に許可をもらってしまった。
よーし、おねーさん張り切っちゃうぞー。
いや、張り切り過ぎました。
みんなを奮起させるためとはいえ、わたしはひとりでヘイトを稼
ぎすぎた。
796
そのツケがきた。
クデュリュザさんの攻撃の中で一番食らっちゃいけないやつね。
彼が吐き出す天も地も海をも干上がらせてしまうようなファイア
ブレス。
これをいかに発射前に止めるかが今までのカギだったわけだけど。
さすがに、うん、無理みたい。
わたしは後続を巻き込まないため、全力でクデュリュザの側面に
駆けてゆく。
﹁︽クッション・ヒール︾!﹂
﹁︽バブル・アーマー︾!﹂
﹁︽ミスト・ウォール︾!﹂
﹁︽マックス・リバイヴ︾ですぅ! 先輩がんばってぇ!﹂
四種類のbuffが一瞬にしてわたしの体を包み込む。ありがと
う魔術師勢!
さーて、これでどうなるかしらね。
刀を突きつけ、迎え撃つ。
﹁やってやろうじゃん! 来なさいよクデュリュザ! 翼なんて捨
ててかかってきなさいよ!﹂
レッドドラゴンの三つ首がぱかりと口を開き、そのノドの奥から
火炎の粉を漂わせる。
それらは当然、全てわたしを狙っており⋮⋮
あれ、三方向からの同時ファイアブレス?
797
そんなの今までしてこなかったよね?
第三形態になって、本気のやつですか?
そして紅蓮が放たれた。
渦巻く火炎流はわたしの小さな体をたやすく飲み込む。
熱い。やばい。これやばい。熱い。死ぬ。
あれ、これわたし死ぬんじゃね? やばくない? だめじゃない
? 終わりじゃない?
視界が真っ赤に染まった。
走馬灯とかそんな感じのは、別になかったけど。
ただ、ただ、わたしの魂は蹂躙されていた。
生きてた。
ブリガンダインとbuffがなければ即死だった。
いや、割とマジで。
震える手で水薬を飲む。
はー⋮⋮
生きているって素晴らしいね。うん。
すかさずルビアが走ってきて、わたしに︽ヒール︾をかけてくれ
る。ありがとうありがとう。
一方、戦線では抜けたわたしの代わりにシスがカバーに入ってい
た。
フリングホルニ
﹁︻加速︼! かかってこーい!﹂
798
︽タウント︾とともにハルバードを構えたシスくんの体から、赤い
闘気のようなものが立ちのぼっている。
己のあらゆる行動速度を倍化することのできる︻ギフト︼だ。
目にも留まらぬ速度でハルバードを振り回し、竜の頭部を切り裂
く。さらに回転しながらの二撃目。三撃目。
武器をチェンジし大剣を叩き込んだかと思えば、すでに竜の上空
に飛んでいて、巨大なハンマーをその頭蓋にめり込ませている。
次の瞬間その手には二刀の短剣が握られており、竜を滅多刺しに
しながら地上に降り立つ。
着地した彼は片手剣に盾を構えており、まるで騎士のような姿で
竜の攻撃を受け止め、あるいはその有り余る機動力で回避していた。
まるで舞踊のように美しく、それでいてスタイリッシュな連続攻
撃に、わたしは目を奪われてしまう。
すごいなあ、シスくんは。
パーティーのために今なにをするべきか、本能で把握している。
戦っている時の彼は、本当にかっこいい。
と、シスくんの活躍を見つめている︱︱回復待ちだから見ている
ことしかできない︱︱と。
わたしの腕がぎゅっと掴まれた。
その手は震えている。
﹁ルビア?﹂
振り向く。
驚いた。あのルビアが涙ぐんでいる。
﹁せ、先輩⋮⋮﹂
799
﹁ど、どうしたの、なになに、ルビアちゃん﹂
﹁あたし、こわいですよぉ⋮⋮﹂
﹁え、そんな﹂
逆らうやつには鉄槌。自分より可愛い娘はこの世にいらぬ。あざ
とさこそが正義。
﹁あたしを好きにならないやつは邪魔なんだよォ、でお馴染みのル
ビアちゃんが⋮⋮﹂
声に出てる声に出てる、とイオリオ。
聞かれていた。
けれど、ルビアちゃんはそんな冗談にも乗ってこないで。
マジメな顔をして、潤んだ瞳をこちらに向けています。
﹁先輩が炎に巻かれたとき、あたし、先輩が死んじゃったらどうし
よう、って思っちゃって⋮⋮﹂
﹁え、あー⋮⋮そ、そっちかぁ﹂
﹁こわくて、こわくて⋮⋮そんな、ホントに死んじゃうだなんて⋮
⋮﹂
ルビアは握ったわたしの腕を離そうとしない。
﹁⋮⋮ルビア﹂
以前にもルビアが泣いていたことがあったっけ、と思い出す。
そのときだって彼女はわたしのことばかり考えていて。
彼女が心配しているのは、いつだってわたしのことだ。
まったく、先輩思いの後輩で。
800
まあね、きっついよね。
これまでずっとお気楽にやってきたのに、急に﹁死ぬよ﹂とか言
われてもさ。
可愛い顔をくしゃくしゃにして、めそめそしちゃってさ。
そんなのを見ていたら、今すぐ彼女を抱きしめてあげたくなって
しまう。
頭を撫でて、心配いらないよ、とその耳に囁いて。
気が済むまで、娘をあやすように背中を撫でてあげたくなる。
でもね。
ここは戦場なんだ。
戦場なんだよ。
わたしは彼女の腕を振り払った。
﹁あっ⋮⋮﹂
すがりつくような視線を、断ち切るように見返す。
わたしはルビアを慰めない。
その両肩を痛いほどに強く握り、言い聞かせる。
﹁しっかりしなさい、ルビア。わたしがやられたら、次はキミがタ
ンクだよ﹂
わたしたちは勝つんだから。
絶対に、勝たなきゃいけないんだから。
801
◆◆ 30日目 ◆◆卍 その11
わたしが死んでも戦えと。
わたしの代わりに仲間を守れと。
わたしは確かにそう伝えた。
やはり彼女の大きな瞳には、動揺が広がっている。
﹁そ、そんな、先輩がやられたらって、そんな不吉なこと言わない
でくださいよぉ⋮⋮﹂
﹁大丈夫。誰かひとりが生き残って、クデュリュザを倒せばいいの
よ。それで、今まで魂を奪われてきたみんなが救われるはずよ。だ
から、ね﹂
ルビアは首を振る。
﹁む、無理ですよぉ⋮⋮一発でやられちゃいますよぅ⋮⋮﹂
彼女の頬を掴んで引っ張る。
﹁だらしないわよ。勇気出しなさいよ。しっかりしなさいルビア。
女の子でしょ﹂
正面から目と目を合わせて、じーっと彼女を見つめる。
﹁あなたここまでなにをやってきたの。できるくせにやりたくない
なんて、一番かっこ悪いよ。キミの脳みそはなんのためにあるの。
802
あざとさを追求するためだけのものじゃないでしょ﹂
﹁む、むー⋮⋮﹂
わたしの見え見えの挑発にも、ルビアは乗っかってくれる。
ほら、徐々にその瞳にふてぶてしさが戻ってきた。
﹁だからあたしはあざとくないですし⋮⋮﹂
﹁でも、﹃あざとい﹄という言葉には小利口という意味があってね﹂
﹁え、そうなんですか?﹂
﹁ただその代わり、思慮が浅いという意味も含む﹂
﹁じゃあだめじゃないんですかぁ!﹂
﹁だめっていうか、それこそそのままルビアにピッタリだと思うん
だけど⋮⋮﹂
わたしがうなっていると、ルビアは頭を抱える。
﹁ううぅ⋮⋮でも、でもぉ⋮⋮﹂
﹁生き残りたいんでしょ。この世界から脱出するんでしょ!﹂
﹁そりゃもぅ生き残りたいですけどぉ⋮⋮なにがなんでも、ひとり
でも⋮⋮靴を舐めたら見過ごしてやるっていうんだったら、喜んで
舐めますけどぉ⋮⋮﹂
﹁そこまでか!﹂
指をもじもじと絡ませながら﹃靴舐める﹄とか言ってんじゃない
よ、うら若き女子が。
ていうかレッドドラゴンさん、靴はいてないから素足だよ。
ドラゴンの鱗とかザラザラしてて舌痛くなりそうだよ。
﹁ま、まあそこまで生にすがりついているなら大丈夫よ﹂
803
すると再びルビアはわたしの手を握り。
﹁だから先輩頑張ってくださいね! あたし、先輩の分まで立派に
生きますから⋮⋮﹂
﹁うおい! ヘンなこと言うんじゃないよ!﹂
彼女の手を引き剥がす。
﹁そこは﹃大好きな先輩が死んだらぁ、あたしも後を追いますぅ∼
⋮⋮グスングス∼ン﹄って泣いてわたしのヤル気をだね!?﹂
﹁先輩、可愛い系の声も結構似合いますね。ルルちゃんって呼んで
もいいですか?﹂
﹁そこだけ冷静!? 恥ずかしいから嫌だよ! さっきまであんな
に怯えてたのにな!﹂
﹁ル∼ルちゃん♡﹂
やめろ!
わたしは物理的にルビアの口を塞ぐ。
噛まれた! 痛い!
ぎゃあぎゃあ騒いでいると、medi︵MP回復︶をしていたイ
オリオがうなる。
﹁緊張感がない、って前までは思ってたんだが⋮⋮﹂
あ、はいスミマセン。
﹁戦闘中ですら、馬鹿馬鹿しいことを真面目に騒いでいるそのかし
ましい姿が、なんだか段々とクセになってきたよ﹂
804
うわあ。
イオリオがルビアに毒されてる⋮⋮
しかし当のルビアちゃん。
﹁イオリオさんが、先輩に毒されてますぅ⋮⋮﹂
あれ!? どういうこと!?
くっそう、誤解が渦巻いている⋮⋮
と言いつつ二本目の特製水薬を一気飲み。
ていうかそんなことをしている間に、前線がやばい。
そろそろお遊びの時間は終わりのようだ。
<楽団>のタンク役がそれぞれ︻ギフト︼を使ってしのいでいたけ
れど、その効果ももう切れてしまうようだ。
ただでさえ<キングダム>の人がやられちゃったから、タンクが
ひとり少ないんだもの。
﹁こうしちゃいられない﹂
わたしは立ち上がり、慌てて参戦しようとした︱︱が、ルビアに
首根っこを掴まれた。
﹁まだ回復終わってませぇん!﹂
痛い痛い首締まるって。
﹁いやいや、そんなこと言っている場合じゃないでしょ!?﹂
今はとにかく人手が必要な場面だ。
805
このままではメインタンクのレスターが先に死んでしまう。
それだけは絶対に避けないと。
って。
レスターが大盾を構えた防御の姿勢のまま、こちらにふっ飛ばさ
れてきた。
クデュリュザの尻尾でのなぎ払いを正面からガードしたのだ。H
Pの減りはそれほどでもないが、まずい。
﹁すぐに散開して!﹂
わたしは叫ぶ。イオリオやドリエさん、魔術師の方々に。
ターゲットになっているのは引き続きレスターだ。放射攻撃が来
た場合、後衛が全員巻き込まれてしまう。
﹁ルビア、キミもほら! ここは危ないから! わたしが相手よ、
クデュリュザ!﹂
みんなを逃がし、わたしはクデュリュザに︽タウント︾を仕掛け
る。
クデュリュザの目がこちらに標準を合わせる。
ほら、やっぱり。
やっぱりきたよ。
クデュリュザが再びブレスをこちらに向かって吐き出そうとして
いる。
今度の頭はふたつ。だが、わたしのHPとbuff状況では耐え
られるものではないだろう。
でも。
806
あれ、これって⋮⋮
ターゲット、わたしとレスターどっちだ⋮⋮?
クデュリュザと距離が開いてしまっているため、判別がつかない。
もしわたしが狙われていた場合、わたしが走ったら後衛が巻き込
まれる。みんなを救うためにも、動くわけにはいかない。
では、レスターが狙われているとしたら⋮⋮
どうだろう、巻き込まれるかどうか。ギリギリのところだけど⋮⋮
火線がわたしたちに向かって伸びてくる。光のように早く、それ
でいて真綿で首を絞めるようにゆっくりと。
狙いはレスターだった。
だけどもう遅い。逃げられない。
あ、巻き込まれるなコレ。
そのときのわたしはまるで自分自身を斜め後ろから見ているよう
で。
あー、うん。
これは、今度こそ死んじゃう。
死んだね。
あとは頑張って生きて、ルビア。
どん、と軽い衝撃を感じる。
誰かに突き飛ばされた、のだと気づく。
807
え?
体をひねって振り返る。
ルビアだ。逃げていなかったんだ。
なにかを叫んでいる。
わたしの目にはその光景がスローモーションで映っていた。
彼女の唇が小さく動いている。
なんだろう。なんて言っているのだろう。
手を伸ばす。
︱︱が、まるで踏切に阻まれるように。
︱︱視界を地獄の炎が塗り潰す。
指先に炎がかすめている。
わたしはわたしのつぶやきを、まるで遥か遠くから届いてくるか
細い声のように聞いた。
﹁瑞穂⋮⋮?﹂
ファイアブレスが通り過ぎた後。
そこに立っているものはいなかった。
なにも動いていない。
レスターが地に伏せて。
すぐそばで、瑞穂がうつ伏せに倒れていて。
彼らの表情は見えなかった。
心臓の音が痛いほどにうるさい。
慌てて駆け寄ろうとして。
808
瑞穂の小さい手に。
ぽっ、と蛍のような光が、その指先に灯る。
雪のように白い輝きは、手の先から全身へと広がってゆき、彼女
の桃色の髪まで包み込む。
戦場に倒れた乙女の全身は光に満ちて、まるで雪が溶けるように
少しずつ分解されてゆく。
いや、ちょっと待ってよ。
どういうつもりなの、それ。
キミ、さっきまで言ってたじゃない。わたしの分まで生きるって。
キミだったら、わたしを盾にしてでも生き残ろうとするんでしょ。
だって、さっきそう言って。
わたしの分まで生きるって、さぁ。
ねえ、瑞穂、起きなさいよ。
ねえってば。
次の瞬間、まるで砂の城をぶち壊すように。
少女の体が砕け散った。
ガラスのように割れた彼女の欠片は寺院に帰ることなく︱︱世界
いる。 を破壊する戦神に引き寄せられて、その凶暴なあぎとに吸い込まれ
てゆく。
喰われて
大事な彼女の魂が。
残らず、
なんて邪悪な光景なんだろう。
わたしは、手を伸ばして、叫ぶ。
﹁︱︱瑞穂︱︱!﹂
809
810
︳◆ 30日目 ◆◆卍 その12
◆◆
﹁先輩これ見てくださいこれ見てください!﹂
夏休み。
初めての大学生活に、初めての寮生活を経験して。
ちょっぴりオトナになったようなそうでもないような。
まあそんな感じで。
実家に帰ってきたわたしの元に、久しぶりの挨拶もそこそこに。
瑞穂はタブレット端末を突きつけてくる。
﹁んー?﹂
ベッドに寝転んでケータイゲームで遊んでいたわたしは、顔をあ
げる。
クーラーの効いた涼しい部屋から出たくないと︵わたしが︶駄々
をこねたので、ここはわたしの自室だ。
だというのに瑞穂は満面の笑みを浮かべて、嬉しそう。
きょうの彼女の格好は、キャンディピンクのキャミソールの上に、
真っ白なブラウス。スカートにもワンポイントアクセサリー。足の
爪まで目立たない程度の桃色マニキュア︵ペディキュアっていうん
だっけ︶を塗りたくっております。こないだ会ったときとはまた違
811
うお色。こまめに変えちゃってまあ。
アップにまとめた髪は長いのに涼しげで、きっちりとサマースタ
イルのモテカワ風。
全体的に、あらあらかわいい、といった感じ。
うちの大学全体を見回しても、このレベルの美少女はひとりもい
ないだろう。
離れてみて改めてわかる、瑞穂ちゃんのハイスペックっぷり。
ていうか、歩いてこれるような距離なのに、そんなにオシャレし
ちゃってまあ。
部屋着でタンクトップにショートパンツのわたしが、まるで女子
力低いみたいじゃないか⋮⋮︵違わない︶
﹁おー。新作MMOの話ね﹂
﹁ご存知でしたかぁ?﹂
﹁ううん知らなかった。最近コンシューマーばっかりで﹂
﹁ふふーん、これ、あたしが目をつけたとびきりすごい情報なんで
すからねぇ﹂
正直、瑞穂情報はあんまりアテにならないことも多い。
﹁ほー、どれどれ﹂
身を起こし、タブレット端末を受け取ってページをスライドさせ
る。
それは企業が運営している某ゲームサイトの記事のようだった。
タイトルよりもまず、開発会社が目に留まる。
﹁アーキテクト社。聞いたことないね﹂
﹁なんでも、このゲームのために設立された会社らしいですよぉ﹂
812
瑞穂が隣にやってきて、ベッドのスプリングが軋む。
なんだかとても女の子の良い香りがして。
﹁あれ瑞穂、香水つけてきた?﹂
そう指摘すると、彼女は驚いたような顔でこちらを見る。
ぎこちなくうなずく。
﹁え? ええ、まあ、はい﹂
なんか微妙に照れてるみたいだけど。
センスの良い香り。ほのかに甘い感じね。
前はそんなの使っていなかったのに。
ははーん、そういうことか。
﹁わたしが大学生活している間に彼氏でもできたのね?﹂
﹁いいえちっとも﹂
あれ、外れた。
ていうか今度は頬を膨らませているし。
﹁じゃあ気になる男の子とか﹂
﹁女子高でどう知り合えっていうんですか。いいから次のページか
らが大事なんです次のページからがぁ﹂
わたしの脇から手を伸ばしてきて、勝手にページをスライドさせ
る瑞穂。
その声には若干苛立ちが含まれているようだ。
一体なんなの。
813
まさに瑞穂心と秋の空。
まあいいや。考えたって仕方ない。
記事に目を向ける。
﹁ふーん、1万を越えるありとあらゆる
スキル
が存在する新作
MMORPG、来春サービス開始予定⋮⋮いや、すごいねこれ﹂
﹁ふふぅ、でしょうぉ∼?﹂
﹁記事に書いてある通りのクオリティだったら、だけど﹂
﹁こらこらぁ、疑り深いですよぉ﹂
いや、でもこれ結構すごいかも。
記事にはプロモーションムービーも貼りつけられていた。
動画を再生する。美麗なグラフィックの世界に、素敵なキャラク
ターが立ち回りをしている。スキル欄には実に様々な名前が並んで
いる。
今、国産MMOでこれほどのレベルの作品は、そうそうないだろ
う。
﹁へえ、いいんじゃないかな、これ﹂
The
Life﹄
ムービーの中ほどでタイトルが現れる。
︱︱﹃666
獣の数字? なんとも不吉なタイトルだけど、その後の部分はシ
ンプルだなあ。
﹁どうですかぁ?﹂
動画再生が終了し、こちらに感想を求めてくる後輩に。
814
わたしはうなずいた。
﹁うん、面白そう﹂
﹁じゃあ決まりですねっ﹂
瑞穂はきゃいきゃいとはしゃいでいる。
わたしも指折り数えながら、計画を立て始める。
﹁それまでにバイトして、PC新調しないと⋮⋮﹂
一体いくら必要なんだろう。
10万円ぐらいあれば足りるかしら⋮⋮
﹁あ、でも瑞穂はその前にお受験があるんでしょ﹂
﹁ぎくう﹂
わかりやすい悲鳴をあげて固まる瑞穂。
﹁もう志望校決まったのよね。どこにしたの?﹂
﹁ええ、まあ、それが⋮⋮あたしにはちょっとレベルが高いという
か、少し頑張らなきゃいけないところでしてぇ⋮⋮﹂
もじもじしてスカートの裾をいじる。
基本的に高望みしない瑞穂ちゃんにしては、ずいぶんと思い切っ
たもんだ。
﹁ゲームばっかりしちゃだめだよキミ﹂
﹁ちゃんと予備校通ってますしぃ!﹂
こちらに身を乗り出しながら叫ぶ瑞穂。
815
しかし意気消沈する。
﹁でも⋮⋮夏を我慢したとしてもですね⋮⋮年末は、クリスマス商
戦は、とっても素敵なゲームソフトがたくさん出るんですぅ⋮⋮あ
の大作ゲームの続編とか、あの会社の新作ソフトとかぁ⋮⋮﹂
﹁諦めなさい﹂
わたしも去年通った道だ。
﹁うう﹂
身も蓋もないわたしの言葉に、彼女は頭を抱える。
まあでも、その代わりといったらアレだけど、大学入ったらしば
らくは楽できるからさ。
﹁いいじゃない。大学合格して、それで新しい気持ちで春の新生活
を始めようよ﹂
﹁⋮⋮新生活。※ただしネットゲームに限る。ですね﹂
﹁どんだけ﹃666﹄を楽しみにしているの。大学生活も同じぐら
い楽しみにしなさいよ﹂
﹁けっこー楽しみにしていますよぉ? えへへぇ﹂
ぱちぱちと瞬きをするたびに、ふんわりとしたまつげが揺れて星
が飛ぶようだ。
なんだろう、その意味ありげな眼差しは。
しかも顔近いし。
﹁えっと、瑞穂﹂
﹁はぁい?﹂
816
彼女の細い肩を押し返す。
距離を取りつつ、つぶやく。
﹁⋮⋮わたしがいなくなって、さぞかし寂しい高校生活を送ってい
るのだね﹂
﹁なんかしみじみと言われると悲しくなってくるんですけどぉ﹂
半眼で睨まれて、わたしは彼女の肩をポンポンと叩いていた︱︱
︳◆
どうして今、そんなことを思い出しているのだろう。
わたしはその場に崩れ落ちていた。
散々みんなに偉そうなことを言っておきながら。
仲間がひとりいなくなっただけで、わたしはこのざまだ。
いつの間にか、涙が頬を伝い落ちていた。
どれくらいの間、自失の体だったのだろう。
本来ならそんなの、戦闘中に絶対やっちゃあいけないことだった
んだけど。
数秒か、あるいは数十秒の間だったか。
沈んでいたわたしを引き上げたのは、決死の呼び声だった。
﹁⋮⋮っかりしろ! しっかりしろ!﹂
817
誰かがわたしに叫んでいる。
イオリオだ。
﹁まだ大丈夫だ! ルビアさんはきっと助かる! だから今は!﹂
﹁⋮⋮あ⋮⋮﹂
漏れた声はまるで白痴のようだ。
拳を軽く握り締める。
﹁クデュリュザを倒せばいいんだ! 僕たちならきっとできる! 戦うんだ、マスター!!﹂
﹁あいつを⋮⋮﹂
そうだ。
わたしの目に光が宿る。
両足に力を込めた。
大丈夫。
戦える。
精神状態なんて関係ない。わたしのパラメータはHPもMPも全
回復だ。
なら立ち上がれ。
刀を持ち、相手を見据えろ。
そうだ。
殺せ。
殺せばいい。
﹁ありがとう、イオリオ﹂
818
意識が澄んでゆく。
状況はひどい。
まずレスターだ。
ギリギリで一命を取り留めた彼は手当を受けているが、前線に復
帰するにはまだかかる。
その間にも更にひとりの死者が出ている⋮⋮
残るタンクはシスくんを含めて残り三人。
たった三人でクデュリュザの猛攻を受けて止めているから、魔術
師たちも全員で︽ヒール︾に回っている。
皆、MPに余裕がない。
それなのにクデュリュザのHPは残り三割弱も残っている。
このままでは全滅してしまうだろう。
けれど。
︵だからなに?︶
わたしは己に問いかける。
ここでクデュリュザを見逃す?
ありえない。
口元に笑みが浮かぶ。
ありえないでしょう? そんなの。
わたしの大切な後輩の魂を奪っておいて。
わたしたちを皆殺しにして逃げるつもり?
許すものか。
わたしは︻ギフト︼のメニューを開く。
819
指を動かして操作する。
もうなにもいらない。
瑞穂以上に大切なものなど、ない。
>︻武器耐久値︼をベット。
>︻防具耐久値︼をベット。
720時間。
ドミティアを生きたこのデータを捧げて。
しょじひん
>︻全所持金︼をベット。
>初期スロット以外の︻アイテムバッグ︼をベット
>︻名声︼をベット。 >︻修得した全てのスキル︼を限界までベット。 この世界に。
引導を。
レッドドラゴン
わたしは立ち上がり、刀を付き出して。
赤き竜に、吠えた。
サクリファァァァァァァイス
﹁︱︱︻犠牲︼!!﹂
820
︳◆ 30日目 ◆◆卍 その13
わたしの全身から噴き出した黒いオーラは、広場の一角を埋め尽
くす。
それはまるで、この魂から漏れ出た憎悪のようだった。
己の感覚が極限まで研ぎ澄まされて、全身を全能感が満たす。
これまでに味わったこともないような力の充足。
目を瞑っていてもなにもかもが見えるようだ。
その一方。
あらゆる数値が劇的に低下してゆくのが確認できた。
ブリガンダインは裾からほつれて溶けてゆき、一期一振はまるで
錆びてゆくように色を失ってゆく。
毎秒ごとにスキルはその値を減少させ、HPとMPの減り具合は
いつもの倍以上だった。
うかうかしていたら数秒前にできていたことができなくなってし
まうだろう。
しかしそれらは代償だ。
ただ犠牲になったわけではない。
こうげきりょく
代わりにわたしは力を得た。
戦神を屠るに足る、絶大なATK値だ。
それ以外、もはやわたしにはなにもない。
なにもいらない。
この60秒でクデュリュザのHPをゼロにすることができるのな
821
ら。
︱︱魂を失ってもいいとさえ思う。
わたしが︻ギフト︼を使ったことを見て、ふたりの人物が動いた。
ひとりはイオリオ。
杖を掲げて、彼もまた。
オーディン
﹁⋮⋮︻叡智︼発動﹂
エインフェリア
それは己の魔術の効果を倍増させる︻自己強化︼だ。
まとうオーラは紫色。光の花が小さく咲いては弾けて消えてゆく。
﹁サポートは僕に任せて思いっきりやってくれ、ルルシィール﹂
頼もしい。
思えば初めて出会った時から、彼には助けられてばっかりだ。
イオリオはわたしのヒーロー︵真︶だったね。
今一度、つぶやく。
﹁ありがとう、イオリオ﹂
﹁行ってこい、ルルシィール﹂
うん。
彼の声に背中を押されるようにして、わたしは駆け出す。
そしてレスター。
彼は手当を受けながら怒鳴る。
スペシャル
﹁デズデモーナ! 白刃姫に︻付加︼だ!﹂
822
﹁えっ、あっ、は、はい!﹂
﹁早くしろ! 時間がもったいねえ!﹂
﹁ど、どならないでくださいまし! め、めにゅ、メニューが⋮⋮
!﹂
慌ただしくする気配が背中から伝わってくる。
わたしはもう跳躍していた。
﹁ああああああ!﹂
わたしは獣のように感情を剥き出しにして、クデュリュザを強襲
する。
狙いは残る三本の首のうちの一本。
空中で抜刀。刀は翠の軌跡を描く。
イオリオのかけてくれた強化術だ。
なにかは知らないが、彼のやることに間違いはないだろう。
わたしは信じて、大上段に構えた一期一振を振り下ろす。
︱︱手応えはほぼなかった。
﹁なっ﹂
地上から驚愕の声が聞こえた。
渾身の力で振り抜いた一期一振は、たった一太刀でクデュリュザ
の首を斬り飛ばした。
着地したわたしの横を寸断された頭部が転がり、すぐに光の粒と
なって消える。
黒煙のようなオーラを引きずりながら駆けるわたしを迎え撃つの
は、クデュリュザの巨大な腕。
823
カウンター気味の拳を右方に跳んで避けると、そこには巨大な口
を開いて頭が待ち構えていた。
鬱陶しい。
片手で白刃を振るう。喉奥にまで到達するように深く深く突き刺
す。
その頭部からわずかに悲鳴が漏れたような気がした。
﹁す、すげえ⋮⋮﹂
怯えが混じっているような誰かの声。
わたしは笑う。
いい気味だ。
そのまま刀を引き抜くと、剣閃のように血飛沫が飛んだ。
竜の首を蹴って地上に降りる。
着地と同時に、全方向から︽ヒール︾が飛んでくる。
HPに視線を移す。
本当に凄まじい速度でバーの青い色が減少していっている。
まるで心臓を撃たれた人間から溢れる血のようだ。
みんなの支えがなければ、10秒も持たないだろう。
さすがにやりすぎただろうかと一瞬思い。
そんなわたしの心を見透かしたように激が飛ぶ。
﹁ルルシィール! さっさとそいつを細切れにしろ! 遠慮はいら
ねえ! 容赦もねえぞ! そいつの居場所は地獄の底にすらねえっ
てことを教えてやれ!﹂
824
レスターはすごい。
やくめ
軍団長として、今一番わたしが欲しい言葉をくれる。
剣をくれる。
腕を掲げて応じる。
まかせて
﹁k﹂
刀を鞘にしまう。
腰を落とし、足を開き、左手は鞘に。
右手はしっかりと柄を握り。
レッドドラゴンを見上げる。
その瞬間、わたしは背後に気配を感じた。
だが、敵ではないのだとレーダーが告げている。
影はゆらりとわたしの横に立つ。
来た。
やっとだ。
ドッペルゲンガー。
それはわたしだ。
闇のような色をしたわたしの分身だった。
クデュリュザの頭のひとつがこちらに狙いを定める。
世界を飲み込む蛇のように口を広げる。
その喉の奥に血の交じる炎を宿す。
ブレスの予兆だ。
目測にして10メートル前後。
射程範囲内だ。
こちらのね。
825
刀を抜き打つ。
﹁︽爪王牙︾﹂
影はわたしの行動を同時になぞる。
十字に繰り出された二閃の破刃。
それは今まさにファイアブレスを放とうとしていた竜の頭部をバ
ターのように裂く。
四枚の花弁を持つ赤い花が咲いたようだ。
天を仰ぐかつて竜の頭部だったものは、やがて光に包まれて弾け
て消えた。
これで六本あった戦神の竜頭は、残りひとつ。
﹁ルルシさん、とんでもねーなー⋮⋮﹂
ハルバードを抱えた傷だらけのシスが、わたしの横に並ぶ。
その残りHPは生きているのが不思議なほどだ。
人のことは言えないけれど。
わたしもレスターも致命傷を負っていた中、戦線が崩壊しなかっ
たのは間違いなく彼のおかげだ。
よくここまで頑張ってくれたね、シス。
ずっとわたしたちを支えていてくれた。
あまり表立ってはいなかったかもしれないけど。
でも、わたしたちにとってはかけがえのない存在だった。
そして。
826
﹁︱︱﹂
物言わぬ影はぴたりとわたしにつき従う。
彼女もまた、命令を与えられるその瞬間を待ち望んでいるようだ
った。
戦神を葬り去ることができるその瞬間を。
ドッペルゲンガー
︻ギフト︼のひとつ、︻影付与︼。
わたしと等しき性能を持つ、もうひとりのわたし。
具現化された殺意であり、魂を持たぬ断罪者。
デズデモーナちゃんがくれた、わたしの剣。
今のわたしには、もっともふさわしい従者だ。
レッドドラゴンが再び咆哮する。
﹃人間が⋮⋮我を⋮⋮滅ぼそうとするのか⋮⋮! 人間が⋮⋮! ニンゲンなどが!!﹄
その体が徐々に変質してゆく。
全体的に一回りサイズが縮み、代わりに鱗が黒く染まった。
両腕は爪が伸び、地面を強く踏み固めている。
口には乱杭歯が生えて、より邪悪な顔に。
眼は相変わらず赤く爛々と輝いていた。
﹁まさかの第四形態だとお!?﹂
レスターが怒鳴る。
これはさすがに予想外だ。
すごいね。
恐らくは残る頭の数で形態が変化していく仕様だったのだろう。
827
六本の第一形態。
一本でも失えば第二形態。
三本減り、半分となった第三形態。
そして残り一本の最終形態。
本来は全ての首に均等にダメージを与えて、その後に五本の首を
斬り落としてゆくのが正当な攻略法だったのかもしれない。
まあ、そんなの。
今更どうでもいいけど。
だがレッドドラゴンの引き起こした変化はそれだけにとどまらな
かった。
まるで冒険者たちを取り囲むように、地中から五本の首が生えて
きたのだ。
斬り飛ばしたはずのクデュリュザの首だ。
まるで柱のように彼らはその場から動かない。
ただ、歯をカチカチと噛み合わせているだけ。
﹁な、なんですか?﹂
不気味だ。
眼前に現れた竜の首を見て後ずさりするドリエさん。
気づいたのはイオリオだった。
最悪の事態を回避できたのは、彼のおかげだった。
﹁こいつら呪言を唱えている! ︽RD言語魔術︾だ!﹂
次の瞬間、一匹の首の近くにいた魔術師が雷に撃たれた。
828
竜頭が魔術を唱えたのだ。
﹁ひぅ!﹂
デズモちゃんが慌てて後退してゆく。
それは一撃で死ぬほどの威力ではなかったが。
とても見過ごせるものではない。
なんせ五本もあるのだ。
首を失ったクデュリュザが手数を増やすために生み出した眷属、
といったところか。
﹁トーテムかよ! ざっけんなよ! 余計な手間増やしやがって!﹂
レスターが大盾を構えて前線に復帰してくる。
﹁ルルシィール、お前はレッドドラゴンをやれ! 俺たちは首を刈
る!﹂
ターゲット
にしている。
しかし、四方から放たれる魔術は放置できない。
犠牲
一度狙いが乱れたら最後だ。
今のわたしは防具すらも
直撃したら︱︱当たりどころが悪ければ︱︱即死だ。
この状況ではパーティーの致命打になりかねない。
わたしを見下ろすクデュリュザがニヤリと笑っているような気が
した。
モンスター
たかがシステムのくせに。
ルーチンに支配されたmobごときがさ。
調子に乗ってさあ。
829
わたしはアイテムバッグから戦斧を取り出し、武器を持ち替える。
レーダーを視認。
五本の頭部のうち、一本はレスター、一本はシスくん、一本はよ
っちゃん、一本は魔術師たちが、そして最後の一本には生き残って
いたタンクが向かっている。
レッドドラゴンは野放し。
魔術師たちの援護はあるけれども、クデュリュザに取りついてい
たタンクたちは、仲間を守るために散開した。
つまり、わたしとレッドドラゴンの一騎打ちだ。
燃えるね。
でも。
繰り出された爪を避けて、わたしは距離を取る。
そして、その場で回転を始めた。
斧の柄を持ち、まるでハンマー投げのように。
どうせ壊れてしまうなら、こっちから投げ捨ててやる。
狙いは︱︱
﹁よっちゃん! イオリオ!﹂
ヘイトコントロールに長けていないふたりに叫ぶ。
﹁屈んで!﹂
彼らはわたしの意図に瞬時に気づき、反応した。
射線確保完了。
広場の両端に生えた二本の竜の首、そのそれぞれに向かって。
投擲する。
830
﹁︽トマホーク︾!﹂
わたしとドッペルゲンガーが背中合わせに放った二本の戦斧は宙
を裂く。
重量級の得物がまるで矢のように飛んだ。
武器を失うけれど、その威力は三倍撃。
それを今のわたしが使用するのだ。
竜の首のゾンビなんて、床に叩きつけたざくろのように破裂した。
これでいい。
あとの三本の首は、レスターたちがなんとかしてくれるだろう。
すでにブリガンダインはボロボロに破けて、侵食がチェインメイ
ルにまで及んでいる。
爪王ザガがドロップしたあの羽飾りはもう形もない。
一期一振は今にも折れてしまいそう。
ルビアやみんなと作ったアイテムバッグも、初期装備のひとつを
残して分解消滅した。
この世界で過ごした思い出が消えてゆくようだ。
わたしの生命を表す残量がみるみるうちにすり減ってゆく。
これがゼロになったとき、この魂もまた瑞穂と同じところに囚わ
れてしまう。
だが、もっとだ。
もっと強く。
もっと。
クデュリュザは歯の隙間から赤い息を吐き出している。
あれに触れただけでもわたしの命は奪われるだろう。
両腕の爪はまるで一本一本が大剣のようだ。
あれとわたしは剣戟を繰り広げる。
831
竜尾の攻撃範囲は広く、ステップではとても避け切れない。
わたしを押し潰そうと常に機会を伺っている。
相手も決死の覚悟だ。
Life﹄で過ごす終焉の20秒。
HPバーが尽きるその瞬間まで、わたしを葬らんと爪を振るうだ
ろう。
残り20秒。
泣いても笑っても。
叫んでも悔やんでも。
叩いても潰されても。
死んでも殺されても。
斬っても滅ぼしても。
The
この魂砕け散っても。
これが﹃666
クライマックスの時が来た。
﹁勝負よ。レッドドラゴン﹂
わたしはドッペルゲンガーと共に、駆ける。
すべての想いを刃に込めて。
832
サクリファイス
︳◆ 30日目 ◆◆︳ その14
︱︱︻犠牲︼の効果時間、残り20秒。
これがわたしに与えられた、最期の20秒。
脳神経が灼き切れてしまいそう。
わたしは姿勢を低くして突っ込む。
クデュリュザは翼を羽ばたかせて、竜巻を繰り出してくる。
風と風の隙間を狙い、飛び込む。
一歩間違えば、当然即死。
でも曲芸はお手の物。
格子状に入り組んだ刃の中を、くぐる。
わたしの体からドッペルゲンガーが分離した。
彼女はわたしの行動を追従するだけではない。命令にも従ってく
れるようだ。
分身は怪物の翼を刻み、わたしもまたそれに続く。
そのまま竜の体を蹴り、クデュリュザの背後に回り込む。
わたしとその影は剣の嵐のようにクデュリュザの周囲を飛び回る。
最終形態の邪神は完全に封殺されていた。
クデュリュザのHPが少しずつ減る。
だが、わたしには時間がない。
このままじゃだめだ。
チェインメイルの下に着ていた肌着があらわになってゆく。
833
ついに耐久値が限界を迎えたのだ。
レスターたちも旗色が悪い。
彼らには︽RD言語魔術︾が次々と打ち込まれていた。
残り二本の竜の首なのに。
それでも弱ったファランクスを始末するだけの攻撃力はあるよう
だ。
何人かがやられている。
よっちゃんが自らの命を賭して一本の首を討ち取ったけれど。
でももう、レスターたちに高火力を叩き出せるアタッカーは残っ
ていない。
まだ生きていられるのは、ギリギリ魔術師たちが持ちこたえてい
るおかげだ。
でも、それさえも風前の灯火で。
イオリオの︻叡智︼が切れたら、わたしも彼らも全滅してしまう
だろう。
どこかでリスクを背負わなければいけない。
もう残り十数秒もない。
どこで。
クデュリュザが向きを変え、わたしに拳を叩きつけてくる。
ここだ!
迷わず、踏み込む。
跳んだ。
竜の爪がわたしの頬をかすめる。
髪が何本か宙に舞う。
それでも目を逸らさず、飛び込んだ。
その結果。
834
ようやくたどり着いた。
クデュリュザの急所。
その頭部だ。
両手で握りしめた一期一振を神の脳天に突き刺す。
戦神の叫び声。
クデュリュザのHPゲージが目に見えて減った。
しかし、その一撃でついにわたしの愛刀は根本からへし折れてし
まった。
あと少しなのに!
腰から引き抜いたソードブレイカーを同じように頭部に埋め込む。
だがそれは、わたしのSTR値に耐え切れなかったようだ。
たったの一刺しで短剣もまた砕けてしまう。
クデュリュザのHPが減る。
だめだ!
もっと耐久力の高い武器じゃないと。
竜巻に狙われて、わたしは飛び退かざるをえない。
絶好の機会を失ってしまった。
武器耐久値を犠牲にしたからここまで減らせることができた。
武器耐久値を犠牲にしたからここから減らすことができない。
二律背反がわたしの脳にアラームを響かせる。
武器だ。
武器がほしい。
﹁白刃姫!﹂﹁マスター!﹂﹁ルルシィール!﹂
レスターとシスとイオリオが同時に叫んだ。
視線はクデュリュザに固定したまま。
わたしには彼らがなにをしたかわからないけれども。
835
きっと彼らならこうしてくれると信じて両手を伸ばした。
腰を低くして、飛び込む態勢を作ったまま。
待つ。
来た。
少しだけ背中が濡れたような気がして。
手のひらに張りつくような感触もして。
わたしは握り締める。
左手にレスターの振るっていた超大剣。
右手にシスの使っていたスレッジハンマー。
彼らは投げてくれたのだ。
なんて乱暴なトレードなのかしら。
でも、本当にありがとう。
左からレッドドラゴンの腕部が迫る。
一本一本がバスタードソードのような長さの爪。
わたしは逆手に持っていた超大剣を突き出す。
まるでパイルバンカーのように、だ。
超大剣はクデュリュザの手のひらを貫いた。
そのまま、渾身の力で投擲。
スキルなんてないけれど。
力づく。
肩が外れたような感触がした。
スキルもないのに無茶をするから。
オールベット
自嘲気味にわたしの中のわたしが笑う。
だけど完全解放の︻犠牲︼はそれすらも許してくれる。
超大剣は壁に突き刺さる。
ブレイク
深く刺さって、そうは抜けないだろう。
︽大破︾がこのマップの壁面に作用したのだ。
836
クデュリュザの右腕は縫い止められた。
代わりにわたしの左腕も動かなくなったけれど。
クデュリュザのHPが減った。
間髪入れず。
右方から再びクデュリュザの拳だ。
﹁ドッペルゲンガー!﹂
わたしをかばうように影が現れる。
彼女はすでに片腕でスレッジハンマーを振りかぶっている。
まるでトラックのような圧力で迫る腕に。
ハンマーを叩きつけた。
ミサイルを撃ち落としたような轟音と衝撃が空間に伝播する。
神の拳は地面にめり込んでいた。
サクリファイス
スキルなどもはや意味を成さない。
STR値だけのデタラメな一撃。
クデュリュザのHPが減る。
あと少し。
本当にもう少し。
だが、このHPをレスターたちはもう削れない。
彼らにとってはとてつもなく遠いHPだ。
わたしが殺さなければならない。
わたしとクデュリュザの頭部の間にもはや障害物はない。
駆けて、このハンマーを振り下ろすだけ。
ウサギを狩るより簡単だ。
だが。
走り出した瞬間。
837
手の中にあるスレッジハンマーが音を立てて割れた。
砂のように細かく砕けてゆく。
これでは役に立たない。
どうして!
加速度的
に増えている。
ドッペルゲンガーが振るったことで耐久値が失われた?
いや、違う。
わたしのHPとMPの消費も
耐久値は武器ごとではなく、わたしを基準に減少していっている
のだ
これではもう、どんな武器を扱ったところで同じだ。
等しく役に立たない。
残り時間は数秒。
クデュリュザは口を開く。
ファイアブレスでわたしを滅ぼそうとしている。
もはや退路はない。
進むしかない。
あと他に。
わたしになにがある?
なにを犠牲にできる?
どうすればいい?
クデュリュザはもう目と鼻の先。
なにか。
なんでもいい。
なんでもいいから。
まだなにか残っているのなら。
魂を捧げてもいいから。
あと一撃。
838
気づく。
MPが残っている!
でもなんで。
ハッとする。
そうか。
わたしが両手を伸ばしたあの時に。
レスターは剣を、シスはハンマーを。
そしてイオリオはMP回復薬を投げてくれていたのだ。
なら魔術でトドメを。
今のわたしならできるはず。
いやだめだ︱︱
アイテムバッグが失われた!
触媒がない。
他に何か。
踏み込みながら自問を繰り返す。
風魔術の触媒を。
羽飾り。
もうない。
初期バッグ。
駄目だ、システムロックで外せない。
渡航免状。
貴重品は触媒に使えない。
微量の風。
地獄の底では吹いていない。
触媒がない。
839
触媒がない。
触媒がない!
あと数秒︱︱
は攻撃と補助が半々だ。水術との組み合わせで強力な
﹃
が使えるようになるらしい。主な触媒は、植物や鳥の羽など
風術
雷術
だな﹄
以前に教えてもらった言葉。
イオリオの声が頭に響いた。
鮮烈に。
脳に閃く。
植物。
そうだ。
あった。
あったじゃないか。
眼前にレッドドラゴンの頭部。
もはや触れられるほどに近く。
アイテムバッグに手を伸ばす。
植物。
紙。
大量の紙がさ。
あったじゃない。 日記。
︱︱ルルシィ・ズ・ウェブログがさ。
840
片腕が動かないから。
ドッペルゲンガーが右腕で竜の上顎をこじ開けて。
わたしが下の顎を押さえこんで。
腕を突き出す。
もう狙いなんてどこでもいい。
とにかく。
口の中だ。
ぶち込んでしまえばいい。
残り時間は数瞬。
炎に照らされながらわたしは日記を掲げる。
正真正銘これが。
最後の一撃。
吹き飛べ。
この世界から。
﹁︱︱ヴァユ・グランデラ・エルス!﹂
翠の塊がクデュリュザの口の中で膨れ上がった。
今まで見たことがないほどの巨大さだ。
これならいける。
同時に日記が輝いて。
わたしは発動のキーを叫ぶ。
﹁︽ウィンドバースト︾!﹂
風の魔術は荒れ狂う竜巻となり。
レッドドラゴンの口内で炸裂した。
841
もうほとんど風術のスキルも残っていないはずなのに。
凄まじい威力だった。
でも、どうして。
ぎせい
あるいはそれは、わたしが30日間かけて書き綴ってきた想いを
触媒にした結果だったのかもしれない。
クデュリュザの頭部が滅裂すると同時に。
わたしの手の中から日記が弾け飛んだ。
日記はほどけてバラバラになって。
細かく砕けた紙片は高く高く舞い上がった。
ひらひらと、そよそよと。
雪のように、花びらのように。
わたしの冒険そのものだった日記の欠片は宙を舞う。
ああ⋮⋮、とため息が漏れた。
﹃なんと⋮⋮これが、人の子の、力か⋮⋮哀れなり、愚かなり⋮⋮
覆滅の時は、終わらぬぞ⋮⋮終ワラヌゾォオォオオオオオオオオオ
オォ︱︱﹄
残っていた二本の首が同時に言葉を発して。
そのまま塩の柱に変わってゆく。
クデュリュザの体が力を失って地面に沈み込んでいって。
その前で、わたしは天を仰いでいた。
勝った。
842
勝ったんだ。
わたしたちは勝った。
だからもう、お別れだ。
耐久値を失った日記はわたしの手のひらに落ちることもなく。
空中で光の粒となって消えてゆく。
わたしを突き動かしていた熱情が霧散してゆくのを感じる。
なにもかもが体から抜けてゆく。
立っていられなくなって、わたしはその場にへたり込んだ。
左腕を抑えながら、広場の空を見上げる。
世界は遠く。
はらはらと舞う紙片だけがわたしの目に映った。
終わったんだ。
そう思った。
終わっちゃった。
そう感じた。
初めてのクエストで稼いだお金で買った初めての日記帳。
それが気持ちよさそうに空を漂っている。
少しずつドミティアが遠ざかってゆく。
眠りに落ちるようにあらゆる感覚が薄れてゆく。
ああ、待って。
もう少しだけこの光景を。 もう少しだけ見せていて。
843
胸が締めつけられて。
苦しくなるようなこの光景を。
あと少しでいいから。
わたしは手を伸ばす。
だけど、紙片は掴めない。
もう届かないのだ。
あの日々には。
どうしてだろう。
涙が溢れて止まらなかった。
ページに記されたその一文字一文字が。
わたしの滲んだ視界に飛び込んでくる。
それはまるで走馬灯のようだ。
記憶が駆け抜けてゆく。
キャラクターをクリエイトして。
なにもわからないままこの世界に飛び込んで。
初めてのクエストでウサギに手こずって。
オークに絡まれて。
シスとイオリオに助けられて。
瑞穂を見つけて。
ギルドを作って。
初めてのダンジョンを冒険して。
モモちゃんと海を渡って。
新たな土地に感動して。
ゲームの中で人を殺めて。
844
ゲームの中で告白をされて。
レスターと知り合って。
この世界から抜け出す手助けをして。
いつしかそれがこんなところまで来て。
だ。
クデュリュザを倒して。
離愁
感傷や哀感じゃない。
この感情の名は
立ちすくむわたしの前、クデュリュザの体が崩れてゆく。
それを見送るわたしの指先も、また。
﹁ルルシィール!﹂
イオリオかシスか、あるいはレスターか。
生き残った彼らがこちらにやってくる。
彼らの体はまだ実態を保っている。
どうやらわたしだけ先にお別れのようだ。
システム
HP残量はゼロだったが、それでも寺院に戻るような素振りはな
い。
この世界の法則が変わったのだ。
ということは、わたしの生き返る先もどこになるのかわからない。
寺院か、寮の椅子か、病院のベッドか、あるいは魂の牢獄か。
願わくば、元の世界に戻りたいけれど。
戻れるよね。
信じるしかないよ。
信じよう。
うん。
845
良かった。
良かったよ。
きっとこれでルビアも助かるよね。
わたしはゆっくりと立ち上がる。
寂しいけれど。
きっと悔いはないよ。
Life﹄。
だって、別れは寂しいものでしょう。
The
だからわたしは振り返ってさ。
笑顔で手を振るよ。
さようなら、﹃666
さようなら、ルルシィ・ズ・ウェブログ。
﹃︱︱ルルシィール!﹄
そして。
﹁ありがとう、みんな﹂
846
60日目︵後日談︶ その1
と。
わたしはタイピングしていた手を止めた。
いやあ書いた書いた。
首を回して肩を揉む。
目がシパシパする。
30日目の日記がこんなに長くなっちゃうだなんて。
バランス悪すぎー。
いやでも、それだけ長く感じたわけですよ。
終わってみたら、ホントに楽しかったけどね。
うん。
あの一日はきっと、一生忘れることができないと思う。
﹁先輩ー﹂
聞き覚えのある声がしたと思ったら。
部屋のドアがノックもナシに開かれる。
わたしはこめかみを押さえた。
闖入者に苦言を呈する。
﹁キミね、プライベートな部屋に入るときには、せめて一言ね⋮⋮﹂
﹁ねえねえ先輩先輩。これすっごく似合ってないですかー? ヤバ
くないですかぁー?﹂
聞いちゃいねえ。
847
その場でくるりと回る後輩。
にピッタリよ。
ああ可愛い可愛い。革で作った帽子だね。
ピンクの髪
え?
クデュリュザを倒したから現実に戻ったんじゃ、って?
戻す⋮⋮戻すが⋮⋮
今回、まだその時と場所の指定まではしていない⋮⋮
そのことをどうか諸君らも思い出していただきたい⋮⋮
つまり⋮⋮クデュリュザがその気になれば、現実世界への帰還は
10年後、20年後ということも可能だろう⋮⋮
ということ⋮⋮!
などとクデュリュザさんが言ったかどうかは知らないけど︵多分
言ってない︶。
わたしたちはまだ仮想現実の中にいました。
あれれー? なんでー?
なんでも知っている3年B組イオリオ先生に聞いてみた回答がこ
ちらです。
﹃あれは仮の姿だったようだな。本体はどこか別のところに潜んで
いるのだろう﹄
すっっっっごいアッサリと答えましたあの人。
つまり⋮⋮
そう。
モモちゃんに誓いの言葉を吐いたのも。
小説書いてますと公言したのも。
全員で絶対に帰ると言ったのも。
848
全部、全部、茶番だったわけです。
死にたい。
﹁うう、具合悪い⋮⋮﹂
しかもわたしは︻犠牲︼の代償で⋮⋮
そりゃあもう弱ってます。
なんか、この衰弱三日間続くんだってよ⋮⋮
スキルもステータスも相当下がったし、一期一振はないしブリガ
ンダインはボロボロになってモモちゃんに一旦返したし⋮⋮
テレビも無いし、ラジオも無いし、自動車もそれほど走ってない
し⋮⋮
白刃姫さま、見る影もない⋮⋮
﹁でも﹂
瑞穂ちゃん⋮⋮
もとい、ルビアがわたしに寄り添って、幸せそうに微笑みます。
﹁お互い、生きていて⋮⋮ホントに、良かったですね♡﹂
うん、まあ⋮⋮
うん、まあ⋮⋮?
そうね⋮⋮色々と腑に落ちないけどね⋮⋮
わたしはベッドに寝転びました。
うーん。
結局、ルビアENDかー⋮⋮
王道だけど、モモちゃんとかよっちゃんとかさー⋮⋮
そういうルートがあったんじゃないかなー、なんて。
849
まあ、これから頑張ればいいか⋮⋮
とゆーわけで、最終日︵30日目︶終了デス。
ルルシィさんの勇気が世界を救うと信じて⋮⋮
﹁ご愛読ありがとうございました!﹂
と。
わたしはベッドから起き上がる。
起きた瞬間に、このガッカリ感ね。
わたしはうなだれます。
もしかしたらああいう未来もあったのかもしれないけど。
やるせない。
﹁⋮⋮また﹃666﹄の夢見た﹂
あれから一ヶ月が経った。
シャワーを浴びたわたしは、髪を梳かながらケータイさんをいじ
る。
検索、しっくすしっくすしっくすざらいふ、と。
うん。
特に新しい情報はなし、と。
日課となった作業を終えて、伸びをした。
850
朝ごはんは、どうしようかな。
うん、テキトーにパンでもかじっていよう。
作るの面倒だし。
アイテムバッグから一発で取り出せないし⋮⋮
歯を磨き、それから鏡の前に座って軽くメイクする。
﹃666﹄から戻ってきた直後なんて、あまりにもお化粧しなさす
ぎて、やり方忘れていたからね。
あるまじき乙女。
はー、便利だったなあ、ルルシィさんの体。
不便なことよのう、ニンゲンの体⋮⋮
ぺちぺちと自分の頬を叩く。
鏡の前でため息。
小ざっぱりとした格好に着替えて、クリアケースを持つ。
さ、ガッコー行くかー。
扉を出てカギをかけたところで。
⋮⋮あれ、瑞穂きょう出てないな。
気づく。
隣の部屋のドアノブに手をかけると、するっと回った。
うわ、あの子カギかけ忘れているし。
不用心だけど、わたしも人のことを言えない。
なんせ、﹃666﹄のプライベートルームは完全オートロックだ
った。
一ヶ月のVRMMO生活は人を堕落させる。
間違いない。ここに実例がいるのだ。
部屋に足を踏み入れてすぐ、わたしは顔をしかめた。
851
﹁⋮⋮瑞穂ちゃん、いくらなんでもこれは﹂
ワンルームの部屋の中。
物が散らかり放題なのである。
コスメ、雑誌、携帯ゲーム機、雑貨⋮⋮
これが、わたしが命を賭けて救った女子の末路である⋮⋮
おお現実⋮⋮現実ってやつはもう⋮⋮
足の踏み場もない中、わたしは爪先立ちでベッドに向かう。
マジこういうの、百年の恋も冷めるってやつよね⋮⋮
一応、瑞穂のために弁明をしておくとするとね。
本来はこの子、整理整頓は得意なほうでしたよ。
きれい好きだし。
一人暮らしにかなり憧れを持っていたからね。
そりゃもう気合入れて自分の部屋で、粘着テープの貼ってあるコ
ロコロしてましたよ。
でもだめね。
絶対に散らからない環境に一ヶ月も身を置くとこうなっちゃうの。
だって全部アイテムバッグに詰め込めばいいじゃん、って。
そういう思考回路に陥っちゃうの。
この世界にはそんな四次元ポケットはないのである⋮⋮
わたしはため息をつく。
ベッドでスヤァとお眠りなさっている瑞穂ちゃん。
にこにこしちゃって。
良い夢見てらっしゃるんでしょうね。
この辺りだけ切り取れば、どこぞのお姫さまですか?って感じな
んだけど。
いかんせん、部屋の惨状を見た後だとね⋮⋮
852
萌えないね⋮⋮
っていうか目覚まし時計抱いたまま寝ているし。
﹁こらこら、遅刻するよ﹂
ぺちぺちと頬を叩く。
むにゃむにゃと口を動かしてえへへと笑う瑞穂。
うーん、この後輩。
お布団の上からでも明らかに主張している胸でも揉んでやろうか
しら。
﹁ほーらー、みーずほー、起きてー﹂
キミ、朝弱いんだからいつも早く起きないとだめでしょー。
むにーっと頬を引っ張る。
﹁うぅ∼ん⋮⋮﹂
すると瑞穂が目をこする。
そのまま寝返り。
⋮⋮また一眠りするつもりだコイツ。
ため息をつく。
仕方ない。
﹁ほら、ルビア、起きなさい、ルビア!﹂
少し張りのある声を耳元に飛ばす。
すると、彼女はぱっちりと目を開いた。
853
﹁ふぁ、ファッ? せ、先輩?﹂
がばっと身を起こして。
眼を輝かせて。
きょろきょろとあちこちを見回して。
徐々に表情を暗くして。
その視線がわたしの前で止まって。
顔を見て、胸を見て、再び顔を見た後に胸を見て。
大きな大きなため息。
﹁はぁぁぁぁ∼∼⋮⋮ルルちゃんじゃありませぇん⋮⋮ルルちゃん
だったらもうワンサイズ⋮⋮いや、ツーサイズぐらい⋮⋮﹂
手で胸を掴もうとして、しかし空を切るようなジェスチャーを繰
り返す。
﹁うん。上等だ、表に出やがれ﹂
笑顔に怒筋を引きつらせて、わたしは親指で部屋の外を指す。
﹁べっつにぃ、きょうの一時限目は、やらなくても良い日でしたの
にぃ⋮⋮﹂
﹁そんな日ないの。自分のお金で通っているわけじゃないんだから、
真面目にやんなさい﹂
﹁ぶぅ∼﹂
唇を尖らせながら下着姿で鏡に向かうルビア⋮⋮もとい、瑞穂。
そこだけ見ると、テキパキとナチュラメ︵ナチュラルメイク︶を
キメるメチャモテっ娘なんだけど。
854
いかんせん瑞穂。悲しいかな瑞穂。
﹁はー⋮⋮きょうもまた、ドミティアにいる夢を見ちゃったんです
よぉ⋮⋮﹂
ため息で鏡を白くしながら、手を動かしています。
まあわたしもだけどね。
でも、そんなことはおくびにも出さず、腕を組む。
先輩の威厳ってやつよ。
﹁あれはもう一ヶ月も前に終わった話なのよ、瑞穂﹂
﹁わかってますけどぉ∼﹂
瑞穂はクデュリュザに魂を食べられちゃったけれど。
結局、そのときのことはなにも覚えていないみたい。
わたしをとっさにかばったことすらね。
もしかしたら恥ずかしいから忘れたことにしているのかもしれな
い、けど。
この瑞穂だからなあ。
ナイナイ。
﹁でもでもぉ∼﹂
彼女はぶりっ子のように肩を揺らす。
﹁今となっては、ホントに夢じゃないのかって思いますよねぇ∼。
どうして時間が経ってないんでしょうかぁ∼﹂
﹁そうね﹂
そう。
855
わたしたちが経過した一ヶ月という時間は、なかったことになっ
ている。
﹃666﹄に突入したのが5月の某日。
そして戻ってきたのも⋮⋮
5月の某日。
わたしはパソコンモニターの前で一瞬気絶していただけだった。
もちろん、瑞穂も。
The
Life﹄の扱いは世間的には、公開と同時に
まるで集団催眠のようだった。
﹃666
バージョンに致命的なバグが発生。そしてやむなく稼働中止という
発表がされていた。
期待していた人も多く、だがしかし新たな会社の第一作というこ
ともあり⋮⋮
﹃666﹄について語るスレッドは最初こそ落胆と消沈、罵倒のコ
メントであふれていたものの、それらもすぐに忘れ去られていった。
世間ではアーキテクト社と﹃666﹄についてはもう終わったこ
とになっている。
だが。
わたしはケータイを意識する。
まるっきりおかしなことがなかったわけではない。
瑞穂には言ってないけどね。
﹁いいから手を動かす、瑞穂﹂
﹁ふぇ∼∼∼ん⋮⋮﹂
パンパンと手を鳴らす。
瑞穂は泣き真似をしながら急いで、桃色の唇にグロスを塗る。
856
依然として﹃666
The
Life﹄についての続報はない。
アーキテクト社の行方についてもだ。
世間的に﹃666﹄についての関心もない。
当然だ。
わたしたちは一瞬の間に30日間の体験をしただけだ。
そこにはなんの事件性もない。
閉じ込められた人間は5000人以上いたようだが。
それでも、やはりなんの騒ぎにもなっていない。
だって、電脳世界に閉じ込められた! なんて言ってもねえ。
2chでもTwitterでもSNSでも、まともに話を聞いて
もらえるわけがない。
だからわたしたち﹃666﹄プレイヤーは新たなコミュニティを
作っていた。
本物のプレイヤーだけが集まるSNSだ。
その名前は<キングダム・コミュニティ>。
うん、まあ、もうわかるよね。
そうです。あのレガトゥス︵軍団長︶さまが立ち上げたSNSで
す。
あいつ、ホントなんでもできるのな。
理工系の大学生って言ってたけど。
まあいいや。
ちなみに現在コミュニティメンバーは500名強。
どう見ても、地球版<ゲオルギウス・キングダム>のギルドです。
本当にありがとうございました。
857
﹃666﹄時代の友人といえば、イオリオとシスは夏休みにこちら
に遊びに来ることが決まっていた。
最初は電話でもお互い緊張していたものの、何度かスカイプを繰
り返すうちに堅さも取れてきて。
元々ドミティアでもボイスチャットをしていたみたいなものだっ
たしね。
今では一緒にFPSや手頃なアクションゲームを協力プレイして
楽しんでいます。
モモちゃんやよっちゃんも招待して、慰労会を開く予定ですから
ね。
会える日が楽しみです。
瑞穂とともに大学への道を歩む。
女子寮から大学までは歩いて10分ほどの距離だ。
途中大きな道路を通るけれど、この時間に辺りを歩いているのは
学生ばかり。
﹁ふー、最近お天気いいですよねぇ∼﹂
日差しを手のひらで遮りながら、瑞穂。
彼女とわたしは約13−4センチの身長差があるのだけど。
ルビアちゃんが瑞穂よりさらに10センチぐらい小さかったから
なあ。
体型がほぼ同じわたしと違って、しばらくの間歩くことに難儀し
ていたそうです。
高さ10センチのヒールを常に履いているようなもんらしいしね。
その間、杖の代わりにでもなれればってさ。
858
ずっと手を繋いだり腕を組んだりしていたから。
ほらもう、視線。
外に出ると、学生たちからの視線が⋮⋮
あの人たちソッチ系なのね、的な。
ああ、アッチ系のあのふたり、きょうも仲良しそうね、的な。
やめてください、わたしはノーマルです。
ていうか完全に瑞穂のせいなんです。
この子があることないこと構内で振りまいているから⋮⋮
﹁先輩はわたしの彼氏ですよぉ﹂とかそんな。
﹁あたし将来先輩と結婚して養ってもらうんです。日がな一日ゲー
ムばっかりしていい専業主婦ですぅ﹂とか。
それを聞いた周りの人の反応ね。
﹃ああ、あの人ソッチ系だったんだ⋮⋮﹄とか。
﹃やっぱりねえ﹄とか。
﹃そうだと思ったー﹄とか。
やっぱりってなんだよオイ。
ジト目で睨んでいると、瑞穂と目が合う。
﹁えへへー﹂
髪をくるくる指でいじりながら、微笑み返された。
時々思う。
この子、あえてそういう噂を流すことによって、わたしを男性か
ら遠ざけているのではないか、と。
合コンの誘いとか前はチラホラあったのに、この子がうちの大学
入った今年度からゼロになっちゃったし。
859
いや、さすがに考え過ぎか。
考えすぎ⋮⋮か?
うーん⋮⋮
腕を組んで悩んでいる最中だ。
わたしは首の後ろにピリッとしたものを感じた。
別になんだってわけじゃないけど。
車道を見やる。
信号のない交差点だ。
ひとりの女子が横断歩道の前に立っている。
今年入ったばかりの新入生だろうか。
とりあえず見たことがない顔だ。
彼女は右を見て左を見て、さらに右を見て渡ろうとした。
うん、模範的な態度で好感が持てる、のだけど。
﹁先輩、どうしたんですかぁ?﹂
わたしの肩越しに、にゅっと顔を出すつま先立ちの瑞穂。
なんだろうね。
﹁いや別に、どうってわけじゃないけど﹂
なんとなく気になっちゃったんだ。
すると後輩はなぜか頬を膨らませる。
﹁へー、かわいい子ですよねー。へー。へー﹂
﹁う、うんそうね。って何? 急に何?﹂
﹁べっつにぃ∼?﹂
860
あら腹の立つお顔。
でもかわいい。悔しい。
内心、そんなことを思って。
うん、まあいいや。
わたしは最後にもう一度だけ振り返ってから歩き出そうとして。
交差点。曲がり角からトラックが突っ込んできていた。
まるでヘッドライトを浴びた猫のように、女の子は固まっている。
ぶつかる。
わたしの体はとっさに動いた。
クリアケースを放り投げて、駆ける。
﹁あっ、せんぱいっ!﹂
あれこれ考えている余裕はなかったけれど。
でもいくらなんでも無茶だ。
靴はスニーカーで、短距離走には自信もある。
けれど、この距離を一瞬で縮めるのは物理的に不可能だ。
ドミティアでもなければ︱︱
わたしは地面を強く蹴った。
体が軽い。
視界が目まぐるしく動く。
気がついたときには。
わたしは女の子を抱えていて、車道に仰向けに倒れていた。
861
なにがどうなったのかはわからなかった。
とにかく無我夢中だったんです。
多分、トラックがぶつかる寸前に女の子を抱き締めて道路を転が
ったんだと思うけど⋮⋮
これが火事場の力ってやつかしら⋮⋮
と、トラックが平然と走り去ろうとしているのを見て。
ハッと我に返る。
﹁あのやろ﹂
ケータイを取り出し即座に写メを起動。
しかし時既に遅し。
くう、ひき逃げ犯め。
ブレーキすらかけないとか、どういうつもりだ!
ナンバープレートを覚える時間もなかった。
あとでじっくりと目撃証言を調べあげてやる。
それよりも、今は。
わたしは女の子に向き直る。
﹁あ、キミ、大丈夫?﹂
女の子はわたしの腕の中で、まだ凍りついていた。
よっぽど怖い思いをしたんだろうな。
わたしは彼女を軽く抱きしめる。
背中を撫でた。
﹁よしよし﹂
862
するとようやく彼女は反応をしてくれて。
﹁あ、えと、あの、はい﹂
軽く腕をタップされたので、離す。
小柄で華奢な子だ。
わたしぐらいの身長があったら、助け切れなかったかもしれない
と思う。
良かった。
﹁怪我とかはない? 平気?﹂
﹁あ、その、ええと⋮⋮お、おかげさまで⋮⋮?﹂
﹁そっか、良かった﹂
なんとなく彼女の頭を撫でる。
すると女の子は顔を赤くして目を逸らす。
あら、なんか間違ったかな。
﹁にしても、危ないよね。ここの交差点は信号がないからたまにあ
あやって突っ込んでくるやつがいるんだ。気をつけて﹂
﹁は、はい⋮⋮ありがとうございます、先輩⋮⋮﹂
﹁うむ。後輩﹂
偉そうにうなずく。
すると彼女はわたしの手の中にあるケータイを見て表情を変えた。
﹁あ、そ、それ﹂
﹁うん?﹂
見やる。
863
そこにはわたしのPCが映っている。
なんの変哲もないPCだ。
だけど画面に映っている文字が特殊だ。
あの日、﹃666﹄からこの世界に帰ってきた直後。
PCに表示されていた文字列である。
プログラミング言語ではない。
それどころがこの地球上のいかなる言語とも合致しない。
それは︽RD言語︾だった。
それもまるで紙を破ったように中央に亀裂が入っているのだ。
なにかの手がかりになればと思って、とっさに写真に撮っていた。
これはまだレスターやイオリオなど、数人にしか見せていないも
のだ。
そんなもの、普通の子が見てもどうも思わないだろうけれど⋮⋮
﹁これがどうかした?﹂
﹁い、いえ、その﹂
彼女は頬を赤らめながら、いやいやするように両手を振る。
それから慌てて鞄の中からメモ帳取り出す。
なにかを書き込むと、その紙片をちぎって渡してきた。
﹁そ、その、これ、わたしの連絡先で、その、今ちょっと急いでて、
その、すみません! でもあとで、あとでぜひぜひ、お礼をさせて、
お話聞かせてくださいー!﹂
まくし立てると、彼女は猛烈な勢いで頭を下げて。
そのまま走り去っていってしまった。
うーむ。
864
嵐みたいな子だ。
でも元気そうで良かったな。
ぼけーっと車道に座り込んでいると。
後頭部をひっぱたかれた。
しかもかなり強めに、だ。
﹁痛い﹂
﹁先輩⋮⋮あんまり無茶しないでくださいね⋮⋮﹂
腕組みをした仁王のような瑞穂ちゃんである。 あれ、呆れられている?
良い事したのに。
﹁この世界じゃ、死んだら死んじゃうんですから⋮⋮寺院とかない
んですからぁ⋮⋮﹂
﹁常時デスゲームとは恐ろしいよね﹂
﹁まったく、向こう見ずなんですから⋮⋮﹂
﹁面目ない﹂
首根っこ掴まれて、歩道に引っ張られてゆく。
瑞穂はわたしにケータイを見せてきて。
﹁はい、こちらです﹂
﹁おー﹂
ばっちりとトラックのナンバープレートが写ってます。
パチパチと手を叩く。
さすがやればできる子︵けどめったにやらない子︶の瑞穂。
彼女は目を伏せて口元だけで笑う。
865
﹁まったく、先輩をこんな危ない目に合わせるだなんて⋮⋮ケーサ
ツさんに突き出すだけでは足りませぇん⋮⋮あたしが個人的に追い
詰めて、それからじっくりと家庭を破壊してやりますからぁ⋮⋮﹂
﹁瑞穂ちゃん、顔がこわい、こわいですよ﹂
冗談だろう。
うん、きっと冗談だろう。
深く考えると怖いのでそれはいいとして。
わたしは立ち上がろうとして。
﹁あ、いつっ﹂
顔をしかめた。
さっき跳んだとき、足をひねっちゃったのかも。
やはり瑞穂が大きなため息。
﹁もー、あんな無茶苦茶な動きするからですよぉ⋮⋮﹂
﹁そ、そんなに変だった?﹂
﹁そりゃもぉ、サーカスの曲芸師さんみたいでしたよぉ﹂
﹁そっか⋮⋮不思議だなあ﹂
バク転はおろか、側転だってまともにできないわたしなのに。
わたしの脳にかけられていたリミッターが解除されたのか⋮⋮
これからわたしは未知の力に目覚めて⋮⋮
はいはい、妄想妄想。
瑞穂はちょっと迷った挙句、ひざまずいてわたしの足をさする。
﹁痛めたのって、こっちの足ですかぁ?﹂
866
﹁うん、そうみたい﹂
﹁えっとぉ⋮⋮﹂
瑞穂は唇に指を当ててから。
それから、つぶやく。
﹁パール・イリス⋮⋮︽ヒール︾ですぅ﹂
お、おお?
瑞穂の手に触られたところが、じんわりと温かくなってきて⋮⋮
って、さすられているんだから当たり前だって。
﹁残念ながら、わたしのHPゲージは回復しないよ、ルビアちゃん﹂
﹁むむぅ﹂
瑞穂は訝しげに首をひねり。
ぽん、と手を打った。
﹁なるほどぉ、触媒がありませんでしたぁ﹂
そういう問題じゃないと思うよ、ルビアちゃん。
諸君、これがゲーム脳の恐怖ってやつです。
一ヶ月間のドミティア生活は、わたしたちに深刻な影響を与えて
いたのです⋮⋮
867
60日目︵後日談︶ その2
いいわけ
結局、ケーサツさんに寄っていたために大学の講義に遅れてしま
った。
まあしょうがない。
あとでひき逃げ未遂があったから、と説明をしよう。
でもひき逃げに未遂ってないんだよな⋮⋮
危うく、可憐な女の子の命が奪われるところだったかもしれない
のに。
さすがに大学に入ってからはわたしと瑞穂は別行動だ。
お昼はたまに一緒に食べに行くけど、それも時間が合ったらで。
わたしはわたしの友達たちと合流する。
え、いるよ!
ちゃんとフツーの友達もいるよ!?
わたしネトゲ廃人だったけど、コミュ症じゃないし。
いやホント、ホントよ?
リア充⋮⋮ではないと思うけど。
ま、まあいいや⋮⋮
ムキになるとかえって怪しいと思われかねないからね⋮⋮︵震え
声︶
足は昼休みにはもう、痛くなくなっていた。
もともと怪我ではなかったのだろう、と思い、特に深くは考えな
かった。
868
きょう最後の講義が終わったところで、ケータイにメールが届い
た。
おっと、レスターくん。
ちなみに彼のお兄様は、﹃レッドドラゴン﹄世界が救われたこと
によって、無事意識を取り戻したそうです。
今はリハビリしながらも、少しずつ元の性格に戻りつつあるとか。
良かった良かった。
で、そうそうメールメール。
この世界じゃコールが使えないからねー。不便不便。
彼から送られてきた内容ね。
題名はなし。本文だけ。
﹃相談したいことがある。大学の前で待つ﹄
急っ。
え、なんですか。
そりゃあ大学の名前も前に教えたけど。
ていうか、レスターとリアルで会うの初めてなんですけど。
いつもみたいにスカイプとかじゃダメなんですか。
む、むむ⋮⋮
強引すぎる。
まあ、いいけどさ。
しばらく迷いながら学門に向かっているとね。
なんか学門のほうから来る女の子がきゃあきゃあ言っているの。
﹁なにあのかっこいい人、だれか待っているのかなあ﹂とかね。
頬染めちゃったり、押し合ったりはしゃいじゃって。
869
⋮⋮嫌な予感しかないよ。
﹁よう、ルルシィール﹂
片手を上げて挨拶してくる長身の男性。
さすがに︻ベイズィー︼のように2メートル近いわけじゃないけ
ど、180センチちょいあるんじゃないかな。
肩幅広く、なにかスポーツでもやっていたのだろうと思う細マッ
チョな体型。
明るく染めた髪は割と長めで、目つきが悪い。
お顔は整っていて、一見強面風だけれど、よく見れば相当なイケ
メン。
全体的に、アブない感じの退廃的な色気漂う男の子だ。
片手をポケットに入れて、片手にバッグを抱えています。
遠く離れて見ている分にはすごくカッコいいけれど、多分ふたり
きりにされたら逃げると思う。
そんな彼はわたしが返事をしなかったことに不満だったようで、
眉をひそめる。
﹁ルルシィール? 行くぞ?﹂
﹁ええっと⋮⋮﹂
こめかみを押さえてうなる。
ちょいタンマ、と手を突き出す。
﹁いや待って。ふたつ言いたいことがあるんだけど﹂
﹁あん?﹂
870
この時間、帰る学生たちであふれている学門前。
周りの女の子たちが、こちらを見てヒソヒソ話をしているようだ。
あのルルシィールさんに彼氏がねえ、的な。
女の子だけじゃなくて両刀使いだったのねえ、的な。
美男美女だったら誰でもいいのねえ、的な!
居心地が悪い!
﹁まずキミ。なぜわたしがルルシィールだとわかったの﹂
写メとか送ってないよ!
ブラック系イケメンは眉根を寄せる。
﹁はあ? ンなの見りゃわかるだろうが﹂
解せぬ。
全然キャラデザなんて似せてないのに⋮⋮
﹁⋮⋮じゃあ二つ目。わたしにこれから用事があるとは考えなかっ
たのですか﹂
﹁そういえばそいつは想定していなかったな。でも大した用事じゃ
ねえだろ?﹂
この人、自分勝手!
なんて自分勝手なんだレスター!
わたしは地団駄を踏む。
﹁い、いくらわたしだって毎日毎日ヒマじゃないんだよ! アクシ
ョンやったり、RPGやったり、積ん読崩したり、ネットの海にダ
イブしたり!﹂
871
﹁全部ヒマなときにすることのように思えるんだが。つかヒマなん
だろ?﹂
﹁ヒマだけども!﹂
ああ、認めてしまった。
なぜか負けたような気持ちでいっぱいだ⋮⋮
イケメンくんは落ち込むわたしに手荷物を見せながら。
﹁とりあえず、どこかの店に入るぞ。話したいことがある﹂
ああそうね、そんなこと言ってたね⋮⋮
なんかもう、抵抗するのが馬鹿らしくなってきたよ、はは。
軍団長さま、マイペース過ぎ。
こいつが俺様系主人公ってやつか⋮⋮
リアルで付き合いたい人種ではないな⋮⋮
﹁じゃあえっと⋮⋮﹂
﹁構内でもいいぜ﹂
﹁はは、ご冗談を﹂
噂になったら、たまったもんじゃないし。
わたしはMMOでもリアルでもそんなに目立ちたくないんです。
レスターと違ってな!
場所を変えて。
たどり着いた先はわたしの働いているカフェ。
大学から徒歩5分だし、その割には人が全然いないからガラガラ
872
だし。
隠れ家的カフェってやつ。ステルススキル高すぎの。
⋮⋮ホントに、なんで潰れないんだろう。
まあいいや。
奥の席を借りて、レスターさんと向かい合ってソファーに座りま
す。
わたしは頬杖をついて、ふてくされた表情。
﹁はいはい、それでなんですかー?﹂
﹁ああ﹂
バッグからノートパソコンを取り出して、彼はなにやら操作し出
す。
どうせ突拍子もない話なんでしょ、また。
﹁フランスのダチに聞いた話なんだけどな﹂
﹁え? フランス?﹂
ずいぶんと国際的ね。
と
魔法
の違いを知っているか?﹂
﹁19世紀のフランスに、エリファス・レヴィという近代西洋儀式
魔術
魔術の術者がいた。実在の人物だ﹂
﹁へ?﹂
﹁ルルシィールは
﹁えっと﹂
思わず姿勢を正してしまう。
ちょっと待って。
これ何の話?
873
魔術と魔法の違い?
﹁⋮⋮えっと、字面が違う?﹂
魔法
はお伽話や空想上の産物だ。だが、
冷たい視線を浴びせられた。
﹁⋮⋮
している﹂
実在する魔術って。
魔術
は実在
ドミティアにあったような手から炎を放つ術とかではない。
いわゆる悪魔との交信術などの類だ。
﹁それって、なんかアレでしょ。魔術結社とかのお話でしょ?﹂
すっごい怪しい感じの。
そう、薔薇十字団とか。
黄金の夜明け団とかさ。
﹁そうだ。魔術とは精神、あるいは内的なものを追求した学門のひ
とつだ。錬金術が化学の発展に多大な貢献をしたように、魔術もま
た歴史に大きな影響を与えたのだ﹂
﹁は、はあ﹂
その話なんか関係あるんですかね。
こういうの得意なのはイオリオでしょ?
本の中に入る
魔術だったの
﹁その点、エリファス・レヴィが研究していたのは、より魔法に近
い魔術だった。彼がやっていたのは
874
だ﹂
﹁そりゃまたメルヘンな﹂
鏡に中の世界なんてありませんよ、的な。
あるいは、ネバーでエンディングなお話、みたいな感じの。
魂を失う
ことに繋がったようだから、
﹁当時の文献によると、彼はその魔術を成功させたらしい。もっと
も、その世界で死ぬことは
とてつもなく危険な魔術らしいけどな﹂
魂を失う、ねえ。
眉唾ものねえ。
﹁まあ、ここまではただの伝説や逸話の類だ。特に目新しいことは
なにもない。問題はここからだ﹂
ずいぶんと長い前座でしたね。
そこでツボとか御札を取り出したりしないよね。
買わないよわたし。
全力で逃げるよわたし。
と、レスターはパソコンの画面を見ながら。
﹁彼には六人の弟子がいた。彼が独自に開発した言語によって描か
れたグリモワールを受け継ぐ六人だ。その名は、アド。エメラルダ。
リュネー。ノルパルフラ。イニデ。ベラノエル﹂
⋮⋮うん?
どこかで聞いたことのある名前ね。
って、さすがに覚えているよ。
875
﹁レッドドラゴン・クデュリュザを封印した六柱の神様だね﹂
ちゃんと元ネタあったんだなあ。
よく練られた世界観なんですねえ、って。
そのときまでは、まだね。
わたしは感心していたのだけど。
レスターはくるりとノーパソをこちらに向けてくる。
﹁そしてこれが、フランスのダチから送ってもらった画像でな。そ
のグリモワールの一部だ。研究者の間ではヴォイニッチ手稿と似た
ようなものだと呼ばれていて、未だに解読されていないのだが﹂
うん。
そこに描かれている言語は、紛れもない。
さすがのわたしでもわかります。
﹁⋮⋮﹃RD言語﹄じゃないですか﹂
段々、わかってきた。
The
ことができるんだー。へー﹂
Life﹄のプログラムコー
お話の中に入る
レスターが語ろうとしている話の意図が。
﹁へー。この文字で
﹁そうだ。それが﹃666
ドの中に書き込まれていたわけだ﹂
﹁へー﹂
⋮⋮
876
えっと。
﹁あの、レスターさん?﹂
﹁あん?﹂
﹁あなたがなにを言おうとしているか、わたしがちょっと当ててみ
てもよろしいでしょうか﹂
﹁なんで敬語なんだかわからねえが、いいぞ﹂
﹁えっと、ですね﹂
わたしは眉間を揉みほぐしながら。
﹁アーキテクト社の開発者の中に、エリファスさんのお弟子さんの
六人の魔術師がいる﹂
﹁おう﹂
口に出しただけで目眩がしそうだった。
完全に陰謀論だ。
厨二病乙、である。
﹁その魔術師たちがプログラムコードの中にグリモワールの魔術を
本の中に
ように、ゲーム世界の中から出られなくなった﹂
編み込んだ。結果、ゲームをプレイしたわたしたちは、
閉じ込められる
﹁そういうことだな﹂
﹁︱︱ねーよ!﹂
机をバンと叩いて、立ち上がる。
ハッ。
辺りをキョロキョロと見回して確認。
877
良かった他にお客さんがいなくて。
ていうか店長すらいない。
お客さん来たらどうするつもりなのか。
まあそれはいい。
わたしはレスターに食ってかかる。
﹁ありえないでしょ! バカなの? アホなの? 死ぬの?﹂
﹁ほう﹂
魔術
なんてものはないってば。21世紀なのよ?
なんでそんなに落ち着いているの。
﹁この世界に
人が月に行く時代なのよ? レスター、さすがにそれはちょっと
ないって思うよ?﹂
﹁俺たちは現にゲームの中で一ヶ月を過ごしていたぞ﹂
﹁それは、だから⋮⋮﹂
平然と言い返してくる彼。
言葉に詰まる。
そうだ。
結局はそこなのだ。
わたしたちは﹃666﹄に閉じ込められて、その原因はいまだに
不明だ。
完全にブラックボックスである。
でもだからって、魔術だなんて。
﹁だ、だいたいフランス人の集団なんでしょ? それがなんで日本
でMMO作っているのよ﹂
878
﹁確かにな﹂
﹁で、でしょ?﹂
一言必殺。
完全論破。
勝った。
そう思って着席する。
胸を撫で下ろしているところで。
再びレスターがノートPCを向けてきた。
ってな﹂
﹁このことを聞いて、俺も疑問に思ったんだ。もしかして、
は日本だけじゃないのかもしれない
﹁⋮⋮へ、へえ﹂
被害
﹁ネットゲーム先進国は、北米、カナダ、韓国、中国、それにイギ
リスとフランス、ドイツ辺りだ。俺はこの一ヶ月、海外のネットゲ
ームにまつわる事件を徹底的に洗い直していた﹂
﹁お、おう﹂
執念恐るべし。
ま、また嫌な予感がする。
レスターがノートPCのタッチパネルを操作する。
一枚のニュース記事が表示された。
⋮⋮読めない。
﹁ど、ドイツ語?﹂
﹁ああ﹂
よかった、当たった。
879
こ、これでも現役大学生ですからね。
レスターが読み上げてくれる。
﹁ネットゲーム、邦題﹃偉大なる獣の目覚め﹄を遊んでいたプレイ
ヤーが、突如として意識を失い病院に搬送されたという内容だ。被
害者数は不明だが、診察を受けなかったものを含めれば千人を越え
るという。警察はこの会社についてしばらく調べていたものの、結
局、なにも痕跡を発見できなかった﹂
﹁⋮⋮﹂
わたしは絶句した。
記事が切り替わる。
今度は英語。
﹁ネットゲーム、邦題﹃千年王国﹄を遊んでいたプレイヤーが、突
如として意識を失い病院に搬送されたという内容だ。こちらも被害
者数は不明。だが彼らはすぐに起き上がり日常生活を送っていたこ
とから、大きなニュースにはならなかった。やはりその運営開発会
社については不明﹂
記事が切り替わる。
韓国語。
﹁ネットゲーム、邦題﹃エデンの園﹄。こちらも内容は同じだ﹂
記事が切り替わる。
中国語。
﹁ネットゲーム、﹃撒旦世界﹄。こちらも内容は同じだ﹂
880
記事が切り替わる。
英語。
﹁も、もういいってば﹂
わたしは思わず声をあげる。
﹁あ、ありすぎでしょ! これ全部アーキテクト社がやったことな
の!?﹂
﹁さて、どうだろうな。ネットゲームがニュースになることは多い。
誰かが死んだり、誰かが誰かをネットゲーム絡みのトラブルで殺害
したりな。だが、これだけの類似事件が大々的に放送されていない
のはなぜだと思う?﹂
急に?
そんな話を振られても。
﹁ね、ネットゲームの法整備が進んでいないから、とか﹂
﹁それもあるだろうがな。一番の問題は魂を奪われた者の末路だ﹂
﹁ええ?﹂
﹁彼らは日常生活を送ることはできるんだ。木偶のようにな。だか
﹂
らニュースになりにくい。中には報道されていないだけで、もっと
たくさんの数の人間が魂を失っているのかもしれない﹂
彼はネットゲームをプレイして人が変わってしまった
﹁そ、そんな無茶な理屈﹂
﹁
びくっと震えた。
﹁そんな言葉を聞いたことはないか? その中で魂を奪われた者が
881
いないとは言い切れるか?﹂
レスターに見つめられて。
わたしは唇をわななかせる。
﹁⋮⋮魂なんて、ないよ﹂
小声でそうつぶやく。
昔、魂の重さが2グラムだと聞いたことがあった。
死亡した人間は軽くなり、その差が2グラムなのだと。
だがそれは、生命活動が停止したことによって、体の中に溜まっ
ていたガスが失われたという結果に過ぎない。
目に見えない、科学的に立証されていない魂などは、存在してい
ないのだ。
﹁⋮⋮そうだな﹂
あっさりとレスターはうなずいた。
﹁魂の実在について議論したところで仕方がない﹂
彼は机の上で腕を組む。
なんでそんなに落ち着いていられるのか。
わたしは小さく首を振る。
﹁そんな、何百年も前の魔術師が、ネットゲームとか⋮⋮﹂
結びつかない。
けれどレスターは持論があった。
882
﹁だが、彼らがより効率的に魂を集めようと思ったら、どうすれば
いい?﹂
﹁え?﹂
﹁この現代社会だ。様々な方法を考えられるだろう。視覚、聴覚に
訴えかけて、たったひとりで精神を集中しやすい状況において、さ
らにリラックスできる環境。そこに適したものはなんだ?﹂
⋮⋮。
電子魔術
。俺はそう呼んでいる﹂
それで、ネットゲームを選んだってことですか。
﹁
⋮⋮えっと。
電子ドラッグって、そんな話あったね。
を集めている﹂
Life﹄で見たことのあるような。
なんだかわたしの生きているこの世界が、急に危ういものに見え
てきて。
少し、怖くなる。
The
﹁ルルシィール﹂
彼は﹃666
なにか
決意の眼差しをしていた。
﹁あいつらは世界中で
魂、とレスターは言わなかった。
だからこそ、余計に恐ろしい。
﹁日本は失敗した。もうここには来ないかもしれない﹂
883
いや、でも。
わたしは気づいた。
反論する。
﹁おかしいよ。だって、た、魂だけを集めたいならクデュリュザ使
うなんて面倒なことしないで、難攻不落の鬼畜ステージを設定すれ
ばよかったじゃないの﹂
﹁同感だ﹂
レスターはうなずいた。
で、でしょ?
﹁寺院で復活せずに、デスゲームにしたら、もっと効率よく魂を集
められたのに⋮⋮﹂
﹁俺たちがここで言っても仕方ねえがな﹂
ま、まあね。
デバッカーみたいじゃないの、わたしたち。
そのことについてはレスターも納得していないらしく。
なにか
﹁なぜクリアーできるかできないかわからないような難易度に設定
したのか、そこは俺もわからねえ。もしかしたら人間から
を奪うためには、条件のようなものが必要なのかもしれない﹂
そう言って、肩を竦めた。
むむむ。
﹁それに、なんのためにそれを集めて﹂
﹁それこそ知らねえよ﹂
884
あっさりと言い放つ。
自分から話を持ってきたくせに⋮⋮
む、無責任ボーイ⋮⋮!
わたしは窓の外に目を向ける。
ここは現実だ。
わたしたちの生きる、現代社会の日本だ。
時々、ドミティアにいるような気がしてしまうけれど。
﹁⋮⋮クデュリュザは魂を集めて人間を滅ぼそうとしていたけれど﹂
﹁案外、六魔術師も世界を滅ぼそうとしているのかもしれねえぞ﹂
﹁冗談じゃないって⋮⋮﹂
どこかの狂った科学者さんですか。
それが魔術師になっただけじゃない。
冷や汗が背中を伝う。
﹁ルルシィール﹂
﹁な、なにさ﹂
﹁どれだけの人間がイスカリオテ・グループに気づいているかわか
らねえ。だがな、俺はこんな真似をしている連中が許せねえ。一発
ぶん殴ってやりたい﹂
好きにすればいいじゃない、とか言おうとして。
気づく。
レスターの性格もそこそこわかってきたからね。
この人わたしを誘うつもりだ。
に、逃げないと!
885
﹁キミには、ドリエさんとかいるでしょ!﹂
﹁莉子ももちろん呼ぶ。俺はこの話をイオリオやシス、ベルガーや
<キングダム・コミュニティ>の皆にもするつもりだ﹂
﹁そんな﹂
﹁その前にお前に話しておこうと思ってな﹂
﹁大体そんな、どうやって﹂
﹁方法はまだ考えていない。だが、警察にこんな話をしたところで
信じるとは思えないな﹂
﹁そりゃそうだけど!﹂
ネットゲームを通して世界を征服しようとしているやつらがいる
んですー。とか。
頭を心配される。
彼は手を伸ばしてくる。
﹁俺と来い。世界を救うぞ﹂
﹁うそでしょ⋮⋮﹂
わたしは混乱していた。
そんなのブログのネタにならないよ。
レスターの手を見つめる。
視界が狭まってゆく。
世界の喧騒が遠ざかる。
まさかドミティアでの日々が、こんなことに繋がるなんて。
レスターの手を握ったら、もう引き返せないような気がする。
平凡な今の毎日か。
あるいは、﹃666﹄で過ごしていた矢のような日々か。
生唾を飲み込む。
886
﹁来い﹂
レスターの言葉。
わたしはその手を︱︱
◆スタッフロール
シス
浅尾志鶴
イオリオ
橘涼介
ルビア
和久井瑞穂
モモ
浜山桃香
887
エルドラド
伊藤聡
レスター
不破大和
ベルガー
山本省吾
ドリエ
木下莉子
カット
加藤拓人
ヨギリ
服部萌
ブネ
高橋謙次郎
デスデモーナ
夏原絢音
ダークス
鈴木陸
イスカリオテ・グループの方々。
︵登場順・敬称略︶
◆スペシャルサンクス
感想を送ってくださった皆様。
誠に感謝しております。
感想こそが原動力でございます。
888
よろしければ、これからも、
お気軽に書き込みください。
◆作者
T・M・ルルシィール
寮の部屋に帰ってきたわたし。
クリアケースも床に放り投げて、椅子にもたれかかる。
なんかもう、きょうは疲れた。
はぁ。
まさかこんなことになるなんてさ。
別にね、わたしが未知の力を持っているならいいよ。
異世界から呼び出された勇者だったりね?
でも、わたしって普通の女子なのよ。
ちょっとネトゲにハマってただけの、一般人。
それがねえ。
889
良からぬことを企てている魔術結社と戦うだなんてねえ。
ムリムリ。
はぁ。
棚からルーズリーフを一枚取り出す。
⋮⋮魔術ねえ。
瑞穂は触媒が足りなかったから発動しなかったなんて言ってたけ
ど。
まさか、ね?
わたしはぺらぺらと紙を揺らしながら。
意識を集中する。
指先に魔力を宿して。
⋮⋮よし。
つぶやく。
﹁⋮⋮ヴァユ・エルス⋮⋮﹂
そのときだ。
背中に視線を感じてわたしは振り向いた。
﹁せ∼ん∼ぱぁ∼い∼♡﹂
ドアから半身を出して覗いている。
小悪魔がそこにいた。
﹁え、ちょっと先輩、今なにやってたんですかぁ?﹂
﹁い、いや、その、ちょっとね﹂
﹁も、もしかして、もしかして⋮⋮ほ、本気で、ぷぷ、ま、魔術唱
えようとしていたんですかぁ∼∼?﹂
890
う、うぜえええええ!
喜色満面で擦り寄ってくる瑞穂。
﹁だめですよぉ、先輩♡ そんな、現実とゲームを一緒にしちゃぁ﹂
う、うああああ。
﹁あ、あんただってやってたでしょー!?﹂
﹁えー? 人前でジョークのつもりでやった︽ヒール︾と、ひとり
でこっそりとお部屋で真剣な表情でやっている魔術を比べられても
ぉ∼♡﹂
あああああああ。
死にたい!
わたしはベッドにダイブ。
顔を枕に押しつけて叫ぶ。
﹁︱︱︱︱︱︱!﹂
声ならぬ声である。
そんなわたしの傷口を容赦なくえぐるように。
覆いかぶさるようにして瑞穂。
﹁ぷぷ、せ、先輩ってば、口ではカッコつけても、やっぱり⋮⋮ち
ょっと、痛々しいですね♡﹂
うあああああああああ。
足をバタバタ。
わたしは悶え苦しむ。
891
も、もうだめだ。
恥ずかしすぎる。
生きていけない。
こいつを殺さなくては⋮⋮!
しなだれかかってきた瑞穂。
耳の後ろから囁いてくる。
﹁いいんですよぉ、あたしだけはそんな先輩の理解者でいてあげま
すからねぇ? ずぅ∼っと、ずっと一緒にいてあげますからねぇ∼
? えへへ、先輩ぃ?﹂
悪魔のような声だ。
人の弱みを見るや、つけあがる!
これがこのあざとい娘の本性ですよ!
くっそう、誰か。
誰か刀を持ってきて。
わたしは気づいたよ。
これ、ルビアエンドじゃない。
ルビア編のバッドエンドだよ。
くっそう。
お願い、誰か刀、刀を。
愛刀一期一振を⋮⋮!
わたしにサクリファイスの力を、今一度⋮⋮
892
﹁ねぇ∼? せ∼んぱぃ∼♡﹂
﹁やめろー!﹂
<FI
N>
893
64日目︵番外編︶ その1
深呼吸。
すー、はー⋮⋮
すー、はー⋮⋮
PCの前にいたわたしは、ゆっくりと目を開く。
新着メール通知は一件。
わたしの運命はこの一件の電子メールに封入されている。
人生を左右する一通の手紙だ。
怖い気持ちはあるけれど。
わたしは先に進みたい。
よし。
開くか。
大丈夫大丈夫。
いけるいける。
自分を信じよう。
仲間を信じよう。
あの日々を信じよう。
わたしたちはかけがえのない日々を過ごしたんだ。
泣いて笑って駆け回って。
そうして、戦ったんだ。
894
だからきっと、大丈夫だ。
ああもう、神様、お願いします。
お願いですから。
わたしに力を︱︱
マウスでクリック。
ぽち。
∼∼∼
平素のケロッグ出版のご利用まことに有難うございます。
さて、出版申請いただいた
﹁ルルシィ・ズ・ウェブログ﹂につきまして
うちらの編集部にて出版化を検討してまいりましたが、
そういったアレコレはちょっと苦しいかなーって結論にいたりま
した。
ただ、私たちは﹁無理でしょ︵笑︶﹂と思ってますが、
当然、出版社によって見解は異なりますので、
是非これからもルルシィールさまは夢を追い求めるようお祈りい
たします。
自分を信じて∩︵*・∀・*︶∩ファイト♪
895
以上ご連絡でした。チェキ☆
ケロッグ文庫編集部
∼∼∼
﹁せんぱーいー? 暇だったらこれからお出かけしませんかー?﹂
ガチャリ、と扉を開いて。
入ってくる瑞穂。
そんな彼女が見たのは、PCの前に突っ伏すわたしの姿だった。
﹁せ、せんぱい? どうかしたんですか? だ、大丈夫ですか?﹂
慌てて駆け寄ってくる彼女に。
力なく首を振る。
﹁⋮⋮だいじょばない⋮⋮﹂
896
◆◆ルルシィ・ズ・ウェブログ番外編◆◆
二葉のラブストーリー編
32行。
ライトノベル新人賞の応募要項というものは、大体似通っている。
34行。あるいは40文字
30行というものもあるね。
まず書式は42文字
42
これは縦の文字が42文字。そして行数が34行というものだ。
ライトノベル文庫はほとんどがこの書式で統一されている。
次にページ数。
これは出版社によって差があるが、大体は80Pから130Pの
間に収まるだろう。
中には200P越えオッケー!とかいうスゴイところもあるけれ
ど。
897
でも、大抵は文庫一冊で出すことを想定しているため、多くても
130Pぐらいが主流です。
この130Pっていうのは見開き原稿の形なので、文庫で換算す
ると260Pっていう扱いになるからね。
34
130P。
で、数えてみよう。
42
=185,640文字
これが平均ライトノベル新人賞における最大上限文字です。
もちろん、すべてのページにびっっっしりと文字を書き込んだ理
論上の数値なので、現実にはありえないのだけど。
で、改めてわたしのルルシィ・ズ・ウェブログを見てみると?
現在﹃315,738文字﹄。
⋮⋮うん。
そう、そうなの。
文字数が多いの。
というわけで、このお話は、新人賞に出せないものなの。
ライトノベルっていうのは、漫画みたいに﹃持ち込み﹄っていう
システムはないし。
だから、特別な出版社にお願いしてみたんだけど⋮⋮
﹁だめだったよううううう﹂
ベッドに転がって身悶えているわたし。
PCの前に座ってなにやらカチカチとマウスを動かしている瑞穂
898
ちゃん。
これが休日の昼間の女子大生の姿である。
救えない。
﹁そしたらこのメールってなんなんですかぁ?﹂
﹁⋮⋮えあー﹂
スルー
モモちゃんの真似。
瑞穂はさらりとNPCした。
ぶー。
仕方ないから説明してやるか⋮⋮
﹁それはね、サイトに登録するとアクセス数に応じたポイントがも
らえるところなんだけど⋮⋮一定以上のポイントを稼ぐと出版申請
っていうのができるところなの。お申込みは誰でもできるんだけど
⋮⋮﹂
﹁なるほどぉ。だめだったんですねぇ﹂
ぐさ。
﹁じゃあしょうがないですねぇ﹂
ぐさぐさ。
こ、こいつ⋮⋮
わたしがどんな思いで挑戦しているか知らずに⋮⋮!
これが挫折知らずのゆとりっ娘か⋮⋮
どんどんと心の中に黒い淀みが溜まってゆく。
完全に八つ当たりなのだが。
899
結局わたしは、ルルシィ・ズ・ウェブログをブログに載せること
はしなかった。
ウェブログと名付けているのにも関わらず、だ。
名が体を表していない。
だって考えてみてよ。
いつも通っているブログで﹁わたしが先日MMOに閉じ込められ
たときのお話を∼﹂とか言い出していたらどう?
心配にならない?
コイツやべえ⋮⋮って思わない?
少なくともわたしは思う。
だからわたしはルルシィ・ズ・ウェブログを創作の場に発表した。
﹃小説家になってやる﹄というサイトだ。
名前が気に入ったからね。
なってやる!って感じで。 いいじゃない。気概に溢れている。
というわけで。
﹃666﹄から帰ってきて一ヶ月。
わたしは連載をしていて。
その物語は、先日ハッピーエンドを迎えたばかりだ。
⋮⋮ハッピー、かな。
オレはようやく登りはじめたばかりだからな。このはてしなく遠
いネトゲ坂をよ⋮⋮
みたいな感じだったけど。
まあ、いいや。
ちなみにそのルルシィ・ズ・ウェブログは約束通り、一緒に冒険
していた仲間たちにも教えてあります。
900
当然瑞穂ちゃんにも。
まあそれで、色々と問題はあったのだけど。
基本、瑞穂ちゃんオチ要員だからね。
最初は扱いに不満もあったみたいで。
だけど、最終的には面白く読んでもらったようでよかったよかっ
た。
っていうか、わたしのデスクトップを勝手にいじって、ルルログ
のページ開いているし。
彼女はにこやかに画面を指差して。
﹁でもすごいですよねえ、先輩。ほら見てくださいよ、お気に入り
登録してくださっている方が2420人もいるみたいですよぉ﹂
﹁うん、そうね⋮⋮﹂
本当にありがたい話です。
その2420人の方々には足を向けて眠れないね。
全ての人たちが北か南に固まってくれたら話が早いんだけど。
でも日本全国にその2420人がいたらどうしようね。
もうこうなったら立ったまま寝るしかなくなるね。
地底人が読者じゃないことを願うばかり。
でも。
﹁それじゃだめなんだよ、瑞穂ちゃん⋮⋮﹂
﹁え、なんでですかぁ?﹂
﹁いいかい、ルビアちゃん⋮⋮﹂
わたしはページを移動する。
開いたのは、ランキングのページ。
そこには、上位から順番にシビアな順列がつけられていた。
901
これが﹃小説家になってやる﹄のすごいところだ。
誰のどの作品が何位にあるのか、ひと目でわかるようになってい
る。
順位の変動は激しく、100位内となるとまさに群雄割拠のよう
だ。
﹁わかるかね⋮⋮?﹂
﹁えっとぉ⋮⋮先輩の名前がないですねぇ﹂
うう。
遥か下にあるよ⋮⋮
瑞穂はトップのランキングとわたしの作品を見比べて。
なるほど、と手を打つ。
﹁先輩のポイントの十倍のポイントがありますね!﹂
はっきり言い過ぎ。
ナゾ解明! みたいな顔しちゃって。
デリカシーどこに置いてきたのキミ。
﹁きっとこの作品は、先輩の作品の10倍面白いんですね!﹂
ソウネ⋮⋮
﹁上位陣には、書籍出版化の依頼も来るそうだけどね⋮⋮ふふふ⋮
⋮﹂
﹁え、でも先輩をお気に入り登録してくれている人は2420人い
るんですよね﹂
﹁ええ⋮⋮﹂
902
﹁その人たち全員が10ポイントの評価ポイントを入れてくれたら、
プラス24200ポイントですよぉ? 100位以内に入れそうで
すよぉ?﹂
きゃいきゃいとはしゃぐ瑞穂。
﹁ソウネ﹂
わたしは感情のこもっていない声でうなずく。
それ、とら☆たぬ、っていうんだよ。
取らぬ狸の皮算用の略だよ。
﹁んーじゃぁー﹂
瑞穂は唇を指でツンツンしながら。
﹁大学の前でビラ配りするとかどうですかぁ? わたしに清き10
ポイントを! って﹂
﹁そんなみっともない真似できるかー!﹂
ぺちりと瑞穂の後頭部を叩く。
﹁わ、わたしはあくまでも、この作品を見て気に入ってくれた人が
ポイントをくれれば、それで⋮⋮﹂
﹁悠長なこと言ってますねぇ﹂
なぜか不服そうな瑞穂。
﹁まったく。あたしはちゃんと評価入れてあげましたのにぃ。文章
903
3、ストーリー4で合計7点も﹂
﹁うおい! キミ、5点と5点じゃないのかよ! つーかキミだっ
て日記書いてんだよ!? 5・5入れろよぉ!﹂
﹁先輩、きーきーうるさいですぅ﹂
﹁誰のせいだー!﹂
うがー、とわたしは髪をかきむしる。
﹁いいじゃないですかぁ、いつものように女の子を口説いてきて、
それで﹃ここにポイントを入れてくれたらもっといいことをしてあ
げるよ⋮⋮﹄とか、宝塚スマイルでメモを渡せば﹂
﹁一度もやったことないよ!﹂
なんだよそのキャラ。
わたしはノーマルだっつってんだろ。
いい加減犯すぞ。
⋮⋮喜ばれそうだな、と一瞬でも思ったわたしはもう汚れている。
﹁まあ、でもそんなことよりぃ﹂
﹁そんなこと!? わたしの夢をそんなこと呼ばわりした!?﹂
﹁あたしこれからネイルサロンに行くんですけどぉ、先輩もご一緒
にどうですかぁ?﹂
﹁えー﹂
﹁きょうはとっても良い天気ですよぉ﹂
そういう場所に誘われるのは初めてだけど。
遠慮する。
気分じゃないよぉ。
﹁いいってば。瑞穂ひとりでいってらっしゃい﹂
904
﹁はぁ。そう言うと思ってましたぁ﹂
瑞穂が小さくため息をつく。
元から期待してなかったんでしょうよ。
椅子から降りると、扉に向かって。
その途中でくるりと振り返ってくる。
﹁あ、そうだ先輩。良かったらあたしが書いてあげましょうか? ルビア・ズ・ウェブログっていって、基本的にはあたしがゲーム内
のかっこいい人たちに﹃おひめさまーおひめさまー♡﹄ってちやほ
やされる物語なんですけど﹂
なんという逆ハーもの。
うん。
You﹂
わたしは両手を付き出して答えた。
﹁No,Thank
女子寮にひとり。
嘆いてもひとり。
﹁くっそうー﹂
アーケードスティックをガチャガチャと動かしながら、わたしは
毒づく。
905
﹁世の中には10万文字もいかないで何万ポイントも稼いでいる作
品だってあるのに、なんでだよぉ、なにが違うんだよぉ﹂
こっちはノンフィクションだぞぉ。
全部、わたしが冒険してきたことなのに⋮⋮!
﹁﹃666﹄があんなふうに収束しないで社会問題になっていたら、
わたしの作品はちゃんとした扱いをされていたのかなぁ。べらんめ
ぃ。こんちきしょぉ﹂
﹃ルルシさん、こわい、こわいから﹄
ヘッドセットからたしなめるような声。
お相手はシスくんです。
イオリオはお出かけしているみたい。
というわけで、ボイスチャットをしながら通信プレイの真っ最中
だ。
﹁うーうー、うーうー﹂
思いの丈をゲームの中のキャラクターにぶつけてみるけれど。
そんな調子で勝てるはずもない。カウンターヒットの確認もおろ
そかなのだ。
あっという間にわたしのキャラクターはHPがゼロにされてしま
う。
敗北。これで2勝9敗だ。
﹁エタりもせず、きっちりと完結までこぎつけたのにぃ⋮⋮﹂
﹃いや、よくわかんねーけど⋮⋮﹄
きょうのゲームは、対戦格闘である。
906
イオリオはたしなむ程度らしいが、シスくんはマジで強い。
普段でも5回に1回勝てるかどうかといったところだが。
きょうはその上、彼はサブキャラを練習中でこの強さである。
わたしは一方的にボコボコにされている。
楽しいからいいんだもん⋮⋮
﹃そういえば俺も読んだよ。ルルシィ・ズ・ウェブログ﹄
﹁えっ、まじで﹂
﹃ああ、面白かったよ﹄
﹁そっかぁ⋮⋮あ、ありがとう⋮⋮﹂
面と向かって︵ではないけれど︶読んだと言われると、さすがに
ちょっと照れてしまう。
おまけにシスくんみたいな普段本を読んでいないであろう子から
だと、なおさらだ。
﹃気の利いたことはイオリオが言うだろうから、俺は控えておくけ
どさ﹄
﹁え、いいよそんなの。言ってよ言ってよ﹂
感想は誰からもらっても嬉しい。
その言葉ひとつが、値千金なのだ。
﹃う∼∼∼ん⋮⋮そうだなぁ⋮⋮﹄
長考の気配が伝わってくる。
お互い操作キャラを選び、試合開始。
無言のプレイの中、一本が終わった頃。
シスくんがぽつりと告げてきた。
907
﹃⋮⋮文章を書けるなんて、すげーって思う﹄
き、キミ⋮⋮
ようやく絞り出してきたのが、それか⋮⋮
物語を書く、でもなく。
文章、と来たか⋮⋮
内容にもまったく触れてないし⋮⋮!
でもシスくんだから。
悪気はゼロなんだ。
﹁⋮⋮うん、ありがとう、シスくん﹂
﹃⋮⋮なんか、ゴメン﹄
﹁⋮⋮ううん⋮⋮﹂
わたしたちはその後、しばらく無言で対戦をしていたけれど。
シスくんが実家の道場の手伝いがあるらしいので、お開きとなり
ました。
用事がないのはわたしだけ⋮⋮
先ほどのメールのショックが抜けきれず。
ベッドに寝転がって、未だにうーうー唸っている辺りで。
メールが着信。
もしかしてケロッグ出版が﹁やっぱり出す? 出しちゃう?︵^
^︶v﹂とか送ってきたのかな、と思ったけれど。
さすがにそれはない。
相手はイオリオだった。
908
>差出人:イオリオ
>件名:完結お疲れ様。
>本文:ルルシィ・ズ・ウェブログを読んだよ。
あれだけ﹃666﹄について言及をしているのに、
どこからもリアクションがないというのは、少し拍子抜け
だな。
そういえば、彼は最後までルルシィ・ズ・ウェブログをネットに
載せることを危惧していたっけ。
なんといっても見方を変えれば、これは電子犯罪事件の重要証拠
だ。
わたしたちが30日間閉じ込められていた間のレポートだ。
それを誰にでも見れるネットに公表するのは、リスクが高すぎる、
と。
もしアーキテクト社の人間に見られたらどうする、と。
結局は載せちゃったわけだけど。
匿名みたいなものだからね。それで彼も渋々許可してくれたんだ
った。
いやはや、それにしてもイオリオも読み終わったんだ。
なにか、感想とか、ない? と。
メール返信。
>差出人:イオリオ
909
>件名:面白かったよ。
>本文:色々と気になるところはあったけれど。
興味深かった。
僕とキミのやり取りなんかは、少し恥ずかしかったけれど
ね。
少し程度なんだ。
でも、なんだろう。気になるところって。
イオリオは読書家みたいだし、改善案とかあったら是非聞きたい
なあ。
そう思ってメールを出すけれど。
>差出人:イオリオ
>件名:いや。
>本文:もしかしたら、キミを不快にさせてしまう可能性がある。
率直に言うのは遠慮させてもらいたい。
はっはーん。
このおねーさんを、みくびってもらっちゃー困るね。
この子、わたしの打たれ強さを知らないね。
今さらそんな指摘を気にするわけがないじゃん!
わたしがどれほど新人賞に落ち続けて、精神力を鍛えられたか。
今回こそは必ず受賞できる! って気持ちで書いた小説が、無残
にもゴミのように一次落ちしたときの絶望に比べたら。
910
キミがわたしに言う指摘なんて、凪のようだよ!
わたしの心にさざなみひとつ立てることなんてできないね。
だから、安心して、言ってみ言ってみ、と。
そうメールを返すと、しばらくの間、返信はなかった。
むむう。
イオリオも優しい子だからなあ。
やっぱり、言ってくれないのかな、なんて。
そう思っていた辺でね。
長文が届いた。
>差出人:イオリオ
>件名:わかった。
>本文:なら言わせてもらおう。
まず導入部だ。
キミのキャラクターはあまりにも特殊すぎるため、人を選
ぶ。
人を選ぶ文章が大多数の支持を得られるとは思えない。
序盤は穏やかに進め、中盤辺りからキミの持ち味を発揮す
るべきだった。
﹃ウェブログ﹄と言っているのにブログ感がまるでないの
もどうだろう。
それが売りであるなら、もう少しそこを押すべきではなか
ったか。
前半と後半の文体もまるで違うしな。
細かいところを言うといくらでも出てくるが、
引っかかりを覚えたのはネトゲ・プロファイリングの辺り
だな。
911
ああいったことを堂々と誇るのは、少し痛々しいと思うね。
歳相応に落ち着いた文章を心がければ、読者は伸びただろ
う。
ストーリーは悪くないんだがね。
といってもそれはリプレイだから当たり前か。
それと日本語の間違いも多かったな。
キミはもう少し文法の使い方などを学んだほうがいい。
あの一文字間隔の強調はなにか意味があるのか?
読みにくいからやめたほうが良い。
他にも⋮⋮︵ここから先は省略されました。気力が復活し
たら続きを読みます︶
わたしはベッドに崩れ落ちた。
呼吸が止まりそうだ。
気をつけの姿勢のまま、埋もれる。
うう。
もうだめだ。
震える手で返信。
﹃そんなにいっしょうけんめい、よんでくれてありがとうね!
そっかあ、つぎからちゃんとがんばるね!﹄
だめだ。
しぬ。
しんでしまう。
むねがいたいよぅ。
912
もはや夕暮れ前。
前回会ったバイト先のカフェに、レスターを呼び出しました。
﹁助けてレスタえもーーーん!!﹂
﹁なんの話だよ﹂
呆れた顔の彼。
奥の席で前と同じようにノートパソコンを広げています。
レスターはどうやらこの辺に住んでいる模様で。
大抵の場合、彼の方が先に到着しています。
そんなことはいいとして。
すがりつくように対面に座るわたし。
Life﹄に潜るよ⋮⋮
﹁ううう、イオリオがいじめるんだぁ⋮⋮﹂
﹁はぁ?﹂
泣き真似に冷たい視線。
The
﹁だから、わたし決めたよ⋮⋮!﹂
ぐぐぐぐと拳を握る。
そう、わたしは決意した。
﹁わたしは、もう一度﹃666
!!﹂
913
そして。
もう一度。
ネタを取ってくるのだ⋮⋮!
﹁だからあの物語の中に入れる﹃RD言語﹄をちょうだい! わた
しにちょうだい!﹂
わたしには﹃666﹄しかない!
やり直すしかないんだー!
ざっぱーん。
わたしの背後で荒波がしぶきをあげた⋮⋮ような気がした。
ただ、レスターはそんなわたしを見つめて。
﹁⋮⋮まさか、自分で気づくとはな﹂
﹁え?﹂
なにが?
わたしのルルシィ・ズ・ウェブログの欠点?
違うよ⋮⋮
イオリオに指摘されたんだよ⋮⋮
砕かれた後にロードローラーで平らにされたんだよ⋮⋮
そこで、カフェのドアがカランコロンと音を立てて開いた。
まさかこのお店に?
ここにお客さんがやってくるなんて。
そんなばかな⋮⋮
そう思って振り返ると。
914
あら美人さん。
綺麗なストレートの黒髪を伸ばしたスラリとした女の子がいらっ
しゃいました。
よくある落ち着いたお姉さんって感じの、黄色のロングスカート
と緑色のカーディガン。
年はわたしと同じぐらいか。
ひとりで優雅にお茶をするようなお店じゃないんだけど。
って思ったら、その後ろにメガネをかけた線の細いイケメンが。
真っ白なシャツに黒いスラックス。なんて清潔感溢れる格好だ。
美男美女カップルのデートらしい。
ケッ、デートかよ⋮⋮
リア充どもめ⋮⋮
なんだかもう、世界そのものがわたしの敵に回ったような気がす
る。
今のわたしはブラック・ルルシィールだ。
悪の華なのだ。
こんな気持ちを味わうなら、瑞穂についてって女子力をゴリゴリ
磨いてきたほうが良かったのではないか。
そんなことまで思っていると。
ふたりはこちらにやってきた。
黒髪の美人さんが﹁隣よろしいですか?﹂って。
ガラガラなのに、わざわざ相席!? ってちょっとびっくりした
けど。
その声には聞き覚えがあった。
そうだ。
あの金髪エルフの声だ。
915
﹁ど、ドリエさん?﹂
﹁こちらでは初めまして、ですね。ルルシィールさま﹂
丁寧に腰を折るドリエさん。
髪が耳からこぼれて、黒絹のように揺れる。
う、うわあ。
どうしよう。
明らかに文学少女って感じの乙女さんが、わたしのことを様付け
で⋮⋮
キュンキュンしちゃう⋮⋮
し、心臓に悪いわ、これ⋮⋮
あれ、ちょっと待ってよ。
ってことは、もしかして。
﹁⋮⋮もしかして、じゃあそっちのは﹂
彼は微妙に目を逸らしながら、つぶやく。
緊張しているような声で。
﹁そうだ。僕だよ。イオリオだ﹂
うわあ。
生イオリオだ。
916
64日目︵番外編︶ その1︵後書き︶
※ケロッグ出版と、
サイト﹃小説家になってやる﹄の件は全てフィクションです。
917
64日目︵番外編︶ その2
生イオリオだ。
あの金髪長身鬼畜眼鏡エルフ魔術師ではないけれど。
黒髪で、わたしより数センチ高いだけで、眼鏡はかけているけれ
ど。
だけどその目つきとか、立ち振舞とか、面影が残っていた。
うわあ。
感動。
﹁ほ、本物!﹂
﹁⋮⋮見ての通りだが﹂
﹁さ、触ってもいい!?﹂
﹁なぜだ!?﹂
別に許可とかもらっていないけれど、立ち上がってペタペタ触る。
うわー、マジだー、マジモンだー。
これがイオリオかー。
彫りの深い、良い顔立ちをしているじゃないの。
割とイメージ通りかも。
﹁あれ、でもキミどうしてここにいるの?﹂
﹁レスターに呼ばれたんだよ。交通費まで支給してくれるっていう
からな。休日を利用してやってきたんだ﹂
そういえばイオリオは用事があるって言ってたっけ。
レスターに呼ばれたってことは、多分マジメな類の話だろう。
918
﹃666﹄においては、﹃RD言語﹄の第一人者だもんね、イオリ
オ博士。
実際に会って意見を聞きたかった、ってところかな。
てか、それでシスくんはお留守番なのか⋮⋮
か、かわいそうに。
﹁途中からはドリエさんに迎えに来てもらった。ていうかいつまで
触っているんだ﹂
﹁えー。いいじゃんもうちょっと﹂
﹁離せ!﹂
﹁あ、イオリオの匂いがするような気がする﹂
﹁やめろ!﹂
イオリオに無理矢理振り払われた。
命令形でわたしになにかを言うとは、よっぽどのことだったよう
だ。
彼は微妙に顔を赤らめながらレスターの隣に着席する。
ああ、もうちょっとイオリオで遊びたかったのに⋮⋮
名残惜しそうに眺めていると。
﹁⋮⋮とりあえず座れ、ルルシィール﹂
レスターが半ギレのような口調でそう言いました。
ドリエさんに手を引かれて、わたしは渋々と席に座る。
イオリオ、レスターが奥側の席。
ドリエさんとわたしがドア側の席です。
ていうか、イオリオに会ってこんなにテンションがあがっちゃう
んだったらさ。
919
モモちゃんとかよっちゃんに会ったら、わたしどうなっちゃうん
だろうね。
アタシ体温今何度あるのかなーッ!ってなっちゃわないかな。
自身を自制できる気がしない。
うーん⋮⋮
手錠に猿轡でもあらかじめつけてから、慰労会に出ようかしら。
まあそれはいいとして。
﹁悪ぃな、わざわざこっちまで出向いてもらってよ﹂
﹁いや、いいさ。家にいたってどうせシスやルルシィさんとゲーム
ぐらいしかすることがない﹂
い、いいじゃん⋮⋮
楽しいじゃん格ゲー⋮⋮
男二人はなにやらPCを操作している。
﹁これがこないだ画像データで送ってくれた﹃RD言語﹄か﹂
﹁ああ。どうだ?﹂
﹁難しいな。この世界にはRD言語で描かれた文書がグリモア一冊
しかないんだ。解読作業は捗らないだろう﹂
﹁そうか。せめて呪言さえピックアップできりゃいいんだが﹂
﹁発声方法がわからないからな。実用化はまだまだ先だ﹂
むむう⋮⋮
男同士、なんかメッチャ楽しそう。
比べて見ると、さすがにレスターよりは若いかな、イオリオ。
物腰の落ち着きは、ふたりとも社会人レベルだけど。
920
あ、ふたりともスーツとか似合いそう。
営業マンのワイルド系エース、レスター。
開発部のエリート眼鏡系社員、イオリオ。
そんな感じで。
あ、やばい。
このままだとどっちが受けか攻めか妄想するところまで進んじゃ
う。
続きはおうちでしよう。いやしないけど。
今は今でしかできないことだ。
というわけで。
こっちは女同士で花を咲かせることにする。
﹁ねえねえ、ドリエさん﹂
﹁なんでしょう﹂
﹁つかぬことを伺いますが、レスターくんとはどのようなご関係で
しょうか﹂
思わず顔が半笑いになってしまう。
今のわたし、ゲスい。
けれども、ドリエさんは泰然。
﹁ええと﹂
頬を染めたりしていない。残念。
彼女はぼんやりと視線を宙に漂わせて。
やや自信のなさそうな声で告げる。
﹁幼馴染、でしょうか﹂
921
﹁え、そうなんだ﹂
﹁昔は朝に起こしに行ってあげたり、していましたね﹂
な、なんだって。
﹁教科書通りの幼馴染だ!﹂
あ、朝に起こしにきてくれる幼馴染!
こんなに美人でスレンダーな子が!
天然記念物だ!
国が保護しないと!
﹁うっせえよ﹂
ひとりテンションをあげていると、レスターに突っ込まれた。
わたし声に出ていましたか。
失礼しました。
﹁莉子も余計なことは言わなくていいぞ﹂
﹁? 余計なこと、とは?﹂
﹁⋮⋮うっせ﹂
﹁大和くんの中学校時代のお話、とかですか?﹂
ギロッとこちらを睨む。
だけれど、ドリエさんは涼しい顔。
いつものことだと言わんばかり。
なんだこの夫婦⋮⋮
﹃666﹄世界では、あくまでもギルドマスターと副マスターって
922
感じだったのに。
こうして現実世界でのやり取りを見ると、やけに生々しいってい
うか⋮⋮
見ているこっちが恥ずかしくなる。
うう、羨ましい⋮⋮美人系で清楚な幼馴染⋮⋮
こんな子をはべらせていたのか、レスター⋮⋮
一緒にネットゲームでキャッキャウフフしているとか、完全にカ
チグミじゃないかよぉ⋮⋮
そばに置いて、様付けさせて⋮⋮
ロールプレイっていうか、もう完璧にプレイじゃないの⋮⋮
こいつ、実はハーレム系主人公かぁ?
いやらしい。
﹁ひわいだわ⋮⋮ひわいだわ、レスター﹂
﹁てめえ、いい加減にしねえとここでデュエルしてやるぞ⋮⋮?﹂
ビキビキと怒筋を立てるレスター。
そろそろガチギレしそうなので口をつぐみました。
現実じゃ勝ち目がない︵確信︶。
というわけで、ドリエお嬢様と談笑タイム。
話題はもっぱらレスターのことだったけれど。
それはそれは素敵な時間を過ごしました。
﹁そっかぁ、わたしの一個上だったんだね、ドリエさんとレスター﹂
﹁そのようですね﹂
﹁もしかして、もうひとりの副マスターのベルガーさんも幼馴染だ
ったりした?﹂
923
﹁いえ、あの方はゲームの中で知り合いました。大和くんは今でも
連絡を取っているみたいですね﹂
﹁そうなんだー﹂
いいよね、清楚系の美人。
なんだか、心が洗われるっていうか⋮⋮
話しているこっちまでお上品な気持ちになってくるっていうか⋮⋮
ハッキリと言うと、瑞穂とは違うよね。
品性が違う。
ああ、いいなあドリエお嬢様いいなあ。
おねえさまって呼んじゃおうかしら。
とかなんとか言っている間に。
﹁というわけで、﹃666﹄世界に突入するのか﹂
﹁ああ。俺とドリエ、それにルルシィールが手を挙げてくれた﹂
﹁はい!?﹂
急に名前を呼ばれたので。
慌てて振り返ると、イオリオがこちらを見て眉根を寄せている。
うわあ、まんまイオリオだ。
あれドミティアでやられていた表情そのものだー。
﹁マスターが⋮⋮? 本気か?﹂
﹁いや、あの、その﹂
﹁今度は戻ってこれない可能性だってあるんだぞ﹂
え、そうなの?
脱出の呪文とかはないの? あ、ないの。
いやあ、さすがにネタのために死にたくはないなー、なんて。
924
﹁いいや、俺のカンではあいつらはまだ﹃666﹄に隠れていやが
る。神を一匹一匹ぶち殺してやるぜ、なあルルシィール﹂
いや、あのー。
﹁こいつはきっと本質的なことを気づいていたんだろうな。バケモ
ンみてぇなカンだぜ﹂
レスターがなんだか嬉しそうに言う。
なんだか大変なことになっていませんか。
イオリオはメガネを指で抑えてつぶやく。
﹁⋮⋮そうか、そんな覚悟があったのか﹂
う、うん⋮⋮まあ⋮⋮
ルルシィ・ズ・ウェブログを出版したいなーって覚悟なら⋮⋮?
結局、ほとんど話を聞いていなかったのだけれど。
The
Life﹄の中に隠れている可能性が高いらし
魔術思想を説いたエリファス・レヴィの六弟子︱︱六魔術師は、
﹃666
い。
なんでかは知らないけど。
ていうかドリエさんとお喋りしていて、話を聞いてなかったから
だけど
レスターとイオリオの会議は、数時間ぐらいでとりあえずの結論
が出たらしい。
925
﹁助かったぜ。また呼ぶかもしれねえが、よろしくな﹂
﹁いや、こちらこそ有意義な時間だった﹂
別れ際、ふたりは握手を交わしていました。
サヨナラ。ユウジョウ!
そして改めて思う。
ここにシス坊がいたところで、やることはまったくなかったのだ
ろうな⋮⋮と。
ドリエさんとメアドを交換し、わたしとイオリオは駅に向かうこ
とにした。
せっかくだから送っていこうと、わたしが提案したのだ。
レスターとドリエさんは逆方向らしい。
大股でズンズン歩くレスターのやや後ろを、ドリエさんが早足で
ついていく。
﹃666﹄で山ほど見た光景だ。
ああ、ドリエさん⋮⋮
あんなのが好きなのかなあ。ただ世話を焼いているだけなのかな
あ。
前者だとしたら、きっとこの先苦労するんだろうな⋮⋮
そんなことを思いながら、わたしはふたりを見送った。
辺りはもうすっかり日が落ちている。
きょうは天気がいい。
ちらちらと星が瞬く夜だ。
さすがにドミティアみたいに、満天とは行かないけどね。
926
﹁しかし、あの店に長居しすぎてしまったな⋮⋮﹂
﹁いいのいいの。誰かしらお客さんがいたほうが、開けている意味
もあるってものだよ﹂
﹁⋮⋮だが、あれだけ長くいたのに、誰も入って来なかったぞ?﹂
﹁いつもは閉店まで働いていたら、3人か4人は来るんだけどねえ﹂
﹁閉店までいてもその人数なのか⋮⋮﹂
イオリオはなぜか釈然としない顔だったが。
﹁しかし、本気か?﹂
﹁え、なにが?﹂
﹁﹃666﹄にもう一度戻るってことだ﹂
﹁あ、えーと、それは﹂
頬をかく。
だって、ルルシィ・ズ・ウェブログ書き終わっちゃったし⋮⋮
これから先、ネタをどっかから拾ってこないといけないし⋮⋮
いや、オリジナルで勝負してもいいんだけどね?
いいんだけど⋮⋮
でも、少なからず。
あの世界への憧れはある。
それはわたしの中で、日々強くなってゆくものだ。
わたしは彼を見つめる。
﹁イオリオは、戻りたくないの?﹂
﹁⋮⋮﹂
イオリオは目を逸らした。
927
答えなかったけれど。
その意味だってわたしにはわかる。
うん。
そうだよね。
あれはだって、ゲーマーの夢の世界だもの。
レスターは本気でイスカリオテ・グループを潰したいと思ってい
るんだろうけれど。
わたしたちは、そうじゃない。
うーん、不真面目。
けれど、生きているわたしたちは大真面目。
駅への道は十分少々。
ふたりでのんびり歩いても、もうすぐで到着する。
駅へと向かう人たちはまばらで。
並んで歩く帰り道。
﹁それにしても、一晩ぐらい泊まっていけばいいのに。明日も休み
でしょ? わたしとルビアで観光案内ぐらいするよ?﹂
﹁明日は予備校がある﹂
﹁あらそう﹂
﹁それにシスに悪いしな﹂
﹁ああ、ひとりぼっちにしちゃって、って?﹂
﹁いや﹂
彼はわたしを見た。
﹃666﹄の時と同じ、知性溢れる瞳だ。
不覚にも。
ちょっぴりドキッとした。 928
﹁抜け駆けするわけにはいかない。夏に会うまではな﹂
それはわたしと彼らの決め事だ。
<ウェブログ>メンバー四人で会って。
そうして、そのときにも彼がわたしのことを想っていたら⋮⋮ご
にょごにょ。
﹁だからきょうは、この爆弾は持って帰るよ﹂
それもわたしが言ったことだ。
恋は爆弾と一緒。
着火したらあとは弾けるだけ。
だから彼は、きょうは胸に秘めたまま帰路につくのだと。
やばい。
ここは現実世界なんだ。
わたしが恋愛を禁じているネットゲーム世界じゃない。
だから、その。
とにかく、やばい。
いつもとなにかが違う。
わたしが言葉を探していると、彼は夜空を見上げる。
﹁だけど、とりあえず、やりたかったことのひとつは叶ってしまっ
たな﹂
﹁え? な、なにが?﹂
﹁キミと星を見るつもりだったんだ。作り物じゃない星をな﹂
﹁そ、そうなんだ⋮⋮﹂
929
な、なんだこいつ。
急にムード作ってきやがって⋮⋮
なんでこんなに畳み掛けてくるんだ。
なんの目的があるんだ⋮⋮
﹁さっきから、様子がおかしいな﹂
﹁べ、べつにぃ? わたしはいつもと一緒でしょ﹂
﹁いや、なんだか⋮⋮しまったな、また怒られるかもしれない﹂
﹁⋮⋮な、なにさ﹂
い、言いかけてやめないでよ。
気になる⋮⋮
さすがに照れたのか。
彼は足元を見つめながら。
つぶやいた。
﹁⋮⋮なんだか、きょうのキミは、可愛く見える﹂
その瞬間。
漫画でよくあるみたいに。
湯気が、わたしの頭からボンッと出ました。
う。
う。
う。
うあああああああああああ。
うあああああああああああああああああああああああ。
930
﹁︽爪王牙︾!﹂
﹁ごふあ!﹂
という名の腹パン。
行動を起こしてから我に返る。
ハッ、わたしはなにを。
完全に無意識だった。
思わず手が出た。
﹁あ、ご、ごめんイオリオ! つい殴っちゃった!﹂
﹁ぐ⋮⋮な、なぜだ⋮⋮﹂
腹を押さえながら苦悶にうめくイオリオ。
裏切られたような顔をしている。
⋮⋮実際その通りだった。
﹁だ、だいぶ痛かったんだが⋮⋮﹂
おろおろ。
わ、わたしはなんてことを。
そ、そうか。
ぺろんと服をめくる。
﹁か、代わりにわたしのことも殴っていいよ!﹂
﹁できるかっ!﹂
お腹を見せるけど、一喝された。
そ、そうかだめか⋮⋮
931
しょんぼりしながらシャツをしまう。
﹁だ、だって! 急に変なことを言うから⋮⋮﹂
拳を胸の前に持ちあげて訴えるものの。
イオリオは腹を押さえながら、表情を歪める。
﹁キミを褒めると腹パンされるのか⋮⋮?﹂
﹁そ、そんなことはない⋮⋮と思う﹂
もしそうだったらただの暴力系ヒロインだ。
そうなってしまっては、わたしの好感度もだだ下がりである。
誰かからの好感度かは知らないけど。
﹁けれど⋮⋮でも、イオリオが!﹂
﹁僕が悪いのか?﹂
彼の目がわたしを刺す。
うっ⋮⋮
肩を縮こまらせて、そそくさとちょっと距離を取る。
﹁いえ、わたしが悪うございます⋮⋮すみません⋮⋮﹂
﹁⋮⋮そんなにしおらしくされると、逆になんだかやりづらいな﹂
わ、ワガママなやつめ⋮⋮
っていうかわたしだって意識してそう振舞っているわけじゃない
から!
なんかもうわけがわからないよ。
これだから人間︵の体︶は⋮⋮
先ほどの︽爪王牙︾の一撃で仕留めきれば良かった。
932
それができなかったのが敗因だ。
そういうことにしておこう。
⋮⋮うん。
そんな風に騒いでいたら。
駅についていた。あっという間。
ホントに10分も経ったのかな、ぐらいの勢いで。
まるで一瞬の出来事のようだった。
﹁えっと﹂
﹁うん﹂
彼は駅を背に。
わたしは彼を見つめる。
﹁じゃあ、ここまで、だね﹂
﹁ああ﹂
﹁⋮⋮えと﹂
﹁うん?﹂
通りすぎてゆく人波の中。
わたしと彼だけが立ち止まっているようだった。
⋮⋮なにかしら、この雰囲気。
流されてしまいそうになる。
﹁ど、どうしようか。ハグでもしておく?﹂
﹁なんだよそれ﹂
933
笑われた。
お、欧米のコミュニケーションを否定された。
﹁もしキミが﹃666﹄に潜るときには、僕も向かうさ﹂
﹁あ、うん﹂
﹁そのときは、呼んでくれよな。マスター﹂
﹁うん。ありがとう﹂
⋮⋮わたしは完全にわたしの欲のためなんだけど。
悪い気がする。
﹁あ、もう、電車が来るみたい﹂
﹁そうだな﹂
﹁じゃあ、また夏に⋮⋮だね﹂
﹁ああ。それじゃあな﹂
彼は歩き出そうとして。
一度振り返ってくる。
わたしはその場から離れずに彼の背中を見送っていた。
すると、彼はもう一度近づいてきて。
﹁そういえば、ずっと謝りたいと思っていたんだよ﹂
﹁え? なにが?﹂
え、いや。
近い近い。
ほ、ホントにハグする気?
や、やだー。
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なんて、わたしが怯えていると。
彼はゆっくりと手を伸ばしてきて。
﹁⋮⋮男らしいだなんて、言って悪かった。キミはこんなに女の子
らしかったんだな﹂
わたしの。
あたまを。
なでなでした。
﹁じゃあ、またな﹂
そう言って、彼は去ってゆく。
一方、わたしは固まっていたままだった。
通行人は頭を押さえたわたしを怪訝そうに眺めて、通りすぎてゆ
く。
う、うおおおお⋮⋮
こ、これが、あれか。
これが噂の。
頭を撫でる↓ポッ、でお馴染みの⋮⋮
ナデポってやつなのかあああああ⋮⋮
⋮⋮ああああああ、もう。
わたしはこの身長だから。
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撫でられたことなんて。
ほっとんどないから。
うわあなんだこれ。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
なんだか知らないけど。
すごく、恥ずかしい。
しんじゃう。
だめだ。
今すぐベッドで。
ベッドでゴロゴロ悶えないと。
わたしは走り出そうとして。
一歩を踏み出して。
それから腕に急激な重みを感じた。
えっ、なにこれ!
﹁せーんぱい!﹂
って瑞穂ちゃんだった。
よそ行きのお洋服を着た可愛い瑞穂ちゃんだ。
びっくりさせやがって。
﹁もう、いきなり出て来ないでよ! さすがに驚くでしょ!﹂
﹁えへへぇ、ごめんなさぁい。でもどうしたんですかぁ? あたし
を迎えにきてくれたんですかぁ?﹂
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﹁あ、いや、別にそういうわけじゃ﹂
﹁えへへぇ∼、て∼れやさぁん∼﹂
ぷにぷにと頬をつっつかれる。
うん、うざい。
﹁あんまり外でひっつかないでって。みんな見ているでしょ﹂
﹁まったくもぉ、ツンデレなんですからぁ﹂
瑞穂はわたしに腕を絡ませてくる。
っていうか、その割には。
握り締めてくる手が、結構強い。
っていうか痛い。
﹁ところで、先輩﹂
﹁⋮⋮うん?﹂
まだ頭を撫でられた感触が残っていて。
わたしはちょっと呆けながら返しちゃったんだけど。
なんか、腕に⋮⋮
ネイルしたばかりのキミのその綺麗な爪が食い込んでくるんだけ
ど⋮⋮ ﹁さっきの男の人は、どちらさまですか?﹂
﹁えっと⋮⋮﹂
見られていたのか⋮⋮
底冷えのするような声を出す瑞穂。
つい謝ってしまそうになる気持ちを抑える。
わたしはいつものように彼女をたしなめようかと思ったけれど。
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いや、いいや。
もう知らない。
我慢なんかしないわ。
だって、あんなに素敵な気分だったんだもの。
わたしは意地悪そうに笑う。
﹁ナイショ﹂
﹁ええーーーーーーーーーー!!﹂ 瑞穂ちゃんの悲鳴が駅前に響き渡る。
うわあ、恥ずかしい
人の目をもうちょっと気にしろっ。
﹁だめですちゃんと言ってください!﹂
﹁なんでそんな義務があるの!﹂
﹁年収は!? 家族構成は!? ご両親はなにを為さっている方で
すか!? 健康状態は!? 友人からの評価は!? 趣味や特技は
!? 前科は!? 借金の有無は!? 今までお付き合いしてきた
方々と別れた原因はなんですか!?﹂
﹁知るかっ! キミわたしの姑サンかなにか!?﹂
びっくりするよ。
ぎゅ、ぎゅっと腕に胸を押しつけるようにしてひっついてくる。
これがあててんのよ、ってやつか。
別に嬉しくはないけれど。
﹁うー、うー!﹂
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瑞穂はうなりながら、手を伸ばしてくる。
﹁な、なにさ﹂
﹁あたしが、あたしが撫でますからぁ!﹂
﹁えー? やめてよ、こんな外で﹂
誰かに噂されると恥ずかしいし。
﹁だ、だって! さっきの人には、撫でさせていたじゃないですか
! この尻軽ビッチ! ちょろイン!﹂
﹁アンタねえ⋮⋮﹂
外でなんてことを叫ぶんだ。
爪先立ちでぷるぷる震えながら、なんとかわたしの頭を撫でよう
と苦心する瑞穂。
﹁ううううぅぅぅぅぅ先輩のばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⋮⋮﹂
わたしが避けると、今度はぴょんぴょんと跳び上がる。
なんだか涙目になってきているし。
うん、かわいそうになってきた。
﹁⋮⋮はぁ、わかったから﹂
﹁ファッ!?﹂
﹁わかったわかった。ただし寮に帰ってからよ。ここじゃ恥ずかし
いし﹂
﹁⋮⋮あの男の人にはヤラせてましたのに﹂
﹁あれは不意打ちだったし﹂
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目を逸らす。
瑞穂ちゃんの機嫌がさらに悪くなってきたように感じるけれど。
知らない知らない。
これ以上、譲歩はしません。
﹁ほら、早く帰らないと置いてくよ﹂
﹁う∼、待ってくださぁい、せんぱぁい!﹂
スタスタと先を行くわたしの後ろを、慌ててついてくる瑞穂。
幸せだった気分も、なんかいつも通りになっちゃったな。
まあでも、いいか。
この気持ちは、夏までセーブしておこう。
最初の最初に前置きしておいたし。
恋バナが読みたいんだったら他を当たってください、って。
それなのにわたしが恋バナとか語ってたら、ね。
本末転倒、よね。
誰もわたしにそんなの求めてないだろうし。
瑞穂ちゃんに手を伸ばす。
﹁はい?﹂と首を傾げる彼女に。
わたしは誘う。
﹁ほら、手でも繋いで帰ろうよ﹂
やっぱりわたしには、女同士の友情がお似合いかな。
なんて思ったのだけど。
瑞穂はぷいって横を向く。
早足でわたしの横を通り過ぎた。
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﹁⋮⋮あたしは二位じゃダメなんですからね。一位じゃなきゃヤな
んですから﹂
なにその事業仕分け感。
いや、全然意味がわからないんだけど。
﹁どういうこと?﹂
﹁知りません﹂
﹁何の話?﹂
﹁教えません﹂
﹁けちー﹂
﹁先輩のせいですぅ﹂
﹁うーん、わからない﹂
﹁⋮⋮こうなったら寝ているときにでも無理矢理⋮⋮﹂
﹁え、なにが?﹂
今なんだか、物騒な言葉が聞こえてきたような。
まあ、よくわからないのだけど。
とりあえず、うん。
夏が来るのが楽しみ、ってことで。
この世界はMMORPGじゃない。
人はヒーローになれないし。
わたしだって物語の主人公じゃないけどさ。
けれど。
現実世界だって、悪くないかもしれない、なんて。
そんなことを思いながら、わたしたちは帰路につくのでした。
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PDF小説ネット発足にあたって
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ルルシィ・ズ・ウェブログ
2016年12月10日02時25分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
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