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さびは世につれ(2)

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さびは世につれ(2)
腐食センターニュース
No. 042
2007 年 6 月 1 日
さびは世につれ(2)
田尻 勝紀
防錆協会設立の発端となったのが輸出金属製品のさび対策であったから,研究所で
は防錆油の性能評価や防錆全般(材料・使用方法・試験法・前処理・用語)のJIS
規格原案作成関連の仕事に追われていた.
輸出防錆包装に用いる防錆剤の品質規定や試験法のJIS制定の必要性が叫ばれた
が,当初わが国には防錆剤の系統だった品種分類や参考資料に乏しく,全面的に米軍
規格に依存する状態であった.
朝鮮動乱に伴う特需の仕事を通してもたらされた米軍の防錆に関する仕様書・マニ
ュアルを目にしたとき,日本の関係者はその整備された内容に驚かされたという.聞
けば,米軍高官のつぶやきに「太平洋での戦争の相手は日本軍ではなく,正に“さび
との戦い”であった」といい,装備品の防錆方法が徹底的に研究されたのだという.
だ か ら 輸 出 金 属 製 品 の 防 錆 方 法 で は 米 軍 規 格 M I L - P - 1 1 6 Preservation
Method Of…はバイブルの様な存在であり,ここに掲げられた防錆油・気化性防錆剤・
可剥性プラスチックをはじめ,各種包装材料の個別規格がJISとなり,これらの品
質試験方法や使用方法もJIS化され,わが国の実情も加味しながら今日に至ってい
る.
また,米軍管理時代の立川・横田基地を見学し,朝鮮動乱時の話も伺った.戦場か
ら送られて来た破損され血泥にまみれ損傷著しい装甲車両が単位部品まで解体され,
a.そのまま使用 b.補修して使用 c.廃棄 に分けられる.さらにa.b.の部品は組
み立てラインに届けられて,再び装甲車となって戦地に送られる.5台の損傷車両か
ら2台の完成車に蘇るというシステムの作業工程はまだ残っていた.
さらに一同が感心したのは,組み立てラインの仕事は分業とマニュアル化が徹底し
ており,作業所毎に「部材Aの位置にaナットを付けてトルク5kgで締める」の様
に単位操作が表示されているので,今日来たばかりの人でも職場の即戦力になること
である.
この頃防錆油の性能評価試験として湿潤試験が普及してきたが,試験結果のバラつ
き原因がつかめず皆悩んでいた.在日米軍調達局より問題解決のための調査委託を受
け,委員会(委員長 田野辺親人)を設け防錆油メーカーと主要ユーザー12研究所の
試験機14台を用いて取り組んだ.
まず同じロットの鋼板試験片と2品種の防錆油をメンバーに配布して各々湿潤試験
を行なった後,試験結果を持ち寄り検討し試験片以外にバラつき原因があることを確
認した.
次に試験片の前処理(研磨)に疑念があったので,手作業に代え機械研磨にした.
装置は固定した試験片表面上を,研磨紙を巻いた重さ2kgのローラーを往復運動さ
せ,且つ1動作毎に研磨紙の新しい面が接触するようにし,会議の席で機械研磨を実
施した.
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2007 年 6 月 1 日
次にこの装置で研磨した全試験片を温ナフサ~温メタノールで洗浄し,ガーゼで拭
く操作は同じ人が行った.この操作を終えた試験片は直ちに夫々12本づつの廣口ビ
ンのA防錆油,B防錆油に浸漬してそのまま各研究所に持ち帰り,翌日油切したのち
同じ時間に一斉に湿潤試験機内に入れて試験を開始した.
思い当たる条件は揃えたはずなのに再び散々な結果になったが,このような試験を
繰り返しているときに,川崎地区のメンバーから「塗油試験片が室内放置するより湿
潤試験機内の方が長持ちする」という報告があり,どうも試験機の設置場所の空気が
怪しいと疑われた.
湿潤試験機の構造上,試験機に供給される外気はコンプレッサー,フィルター及び
温水の層を通過した後試験片に接触するので,その間に汚染物質が洗浄されたことは
容易に考えられる.
そこで湿潤試験機に使用する空気を室内からの取り込む代わりに,ダイバーが使う
空気ボンベを全員に配って使用することにした.
これと並行して携帯型湿潤試験機とでも言うような装置を作り,これを用いて12
メンバーが持ち回りで試験を行なった.
残念ながら最終結論が出る前にこのプロジェクトは解散したが,JISやNDS(防
衛庁規格)規格作成にこの実験経緯が大いに参考になった.
この実験で川崎・鶴見地区(鉄鋼・石油会社)と国立・浮間地区(国鉄技研・防錆
協会研究所)のように工業地帯と住宅地帯との腐食環境の違いが浮き上がってきた.
正に大気汚染がピークの頃であった.
この頃,事務所は築地から東銀座を経て昭和41年に東京タワー前の機械振興会館
に,研究所は昭和42年に杉並区に夫々移った.事務所の窓からは建造中の霞が関ビ
ルの鉄骨が数日で1フロアづつ高くなっていくのが眺められた.今では信じられない
だろうが,地上から見上げた東京タワーの作業台(特別展望台:高さ220m)や,
窓から見る霞ヶ関ビル(約1.5kmの距離)が時々スモッグで見えなくなることがあ
った.
この頃各地で行なわれた大気暴露の共同実験では,杉並は誰でも田園地帯として認
識していたが,杉並のSO 2 濃度値が四日市市のデーターより高いのはおかしいと共同
実験のメンバーから分析方法に疑いをかけられ困惑した,再度確認したが数値に誤り
はなかった.
そんな時,昭和45年7月19日の朝刊に「杉並で高校生ら47人が病院にかつぎ
込まれた」という日本初の光化学スモッグの記事が掲載された.また,47年5月2
6日には石神井南中学の生徒13人が入院し臨時休校する騒ぎが起こった.その学校
と研究所とは目と鼻の先である.
その後,気象研究所が行なった学校周辺調査で,多数の気球を早朝に一斉に放すと
真上には上がらずに石神井南中学の校庭に向かい,そこから上昇することが判明した.
比較的緑の多い住宅街にポツンと開けた校庭は朝日ととも地表が暖められて上昇気
流を生じ,近くの新青梅街道,早稲田通りからの自動車排気ガスを吸い寄せるかたち
になるという.研究所は排気ガスの通り道だったので,SO 2 濃度の値が高く出たこと
がこれで立証された.
(次号に続く)
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-コンクリート構造物の環境劣化(4)-アルカリ骨材反応と鉄筋の破断
前号までの3号にわたって鉄筋が腐食することにより鉄筋コンクリート構造物に割れを誘起する機
構について述べた.既に述べたコンクリートに割れを誘起する原因は鉄筋の腐食生成物の膨張圧
力であったが,コンクリート構造物内部に膨張圧力を形成する劣化機構としてアルカリ骨材反応と
Sulfate Attackがある.本号では,最近,高速道路の橋脚等において鉄筋の破断を伴う劣化形
態が判明しているアルカリ骨材反応による鉄筋の破断形態を中心として述べる.
Q:アルカリ骨材反応
「アルカリ骨材反応」は日本国内のコンクリート製土木構造物の劣化機構としては 1951 年にはじめ
て実例報告されたが,当初は国内産骨材に発生した稀有な事例と考えられていた1).1982 年に阪
神道路公団所管の道路橋脚にアルカリ骨材反応による割れ形成が発見され,コンクリート製土木
構造物に発生する普遍的な劣化機構として考えられるようになった1)(コンクリート製建築物にもア
ルカリ骨材反応の発生は報告されている1)).ア
ルカリ骨材反応は骨材として使用される安山岩,
玄武岩等に含有される反応性骨材(SiO2 ま
たは炭酸塩)とセメントに含有されるアルカリイ
オン(Na+,K+)が反応して膨張性を有するゲ
ルを生成する反応1)2)3)(Short Note 1)で,そ
の一種であるアルカリシリカ反応(alkali silica
reaction,ASR:最も一般的なアルカリ骨材反
応)に関して,「コンクリートに含まれるアルカリイ
オン(Na+,K+)と骨材中に存在する準安定な
シリカ鉱物が反応し,珪酸ソーダ(Na2SiO3)等
図1 コンクリート構造物に形成された
2)
が生成する反応」と定義されている .
アルカリ骨材反応に起因する割れ5)
反応により生成したアルカリシリ
カゲルの膨張圧力によりコンクリ
ート構造物に図1に示す網目
状の割れ(map cracking)を
形成する4)5).反応量(反応で
生成したゲルの膨張量)は反応
性骨材量とアルカリ含有量が多
いほど大きくなる1)2)3)4)ので,
アルカリ骨材反応を抑制するた
めに,JIS規格はセメント中のア
ルカリ含有量を Na2O 換算量で
0.6mass%以下(JISR5210:
図 2 膨張量に及ぼすセメントのアルカリ含有量
の影響2)
3
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コンクリート1m3に含有される Na2O を3.0kg以下)とすることを規定している.また,反応性骨材に
含有されるSiO2系鉱物(オパール,クリストバライト,トリジマイト,玉髄,SiO2系ガラス(火山ガラス)
等)の種類に対応して反応性骨材量またはアルカリ含有量に対する膨張量(図22)参照)に極大値
(pessimumという)が認められる2).一種類の反応性骨材の場合は骨材量がpessimumに対応す
る量を超えた場合にはアルカリ骨材反応による膨張量が低減するが,多種類の反応性骨材が混
合使用されている場合にはpessimumが現れない場合がある1)4).アルカリイオンはセメントおよび
骨材に初期含有として存在するだけではなく,外部環境から例えばNaClとして侵入する.後者の
場合拡散速度が小さく,アルカリ骨材反応を誘起する量のアルカリイオンが近年橋脚等で発生して
いるほどの短時間に侵入する可能性は低い.図3は実験により測定されたアルカリ骨材反応の進
行に伴うコンクリート膨張量のアルカリ含有量依存性を示している4).図2および図3においてセメン
トのアルカリ含有量がNa2O換算0.6mass%(3kg/コンクリートm3)以下では膨張量が認められな
くなる.このような測定結果に基づいて,セメントのアルカリ含有量が規制されている.アルカリ骨材
反応が発生することによるコンクリート構造物の劣化形態は,割れ,pop-outによる表面の崩落,
割れを経路とする雨水等の浸入による鉄筋の腐食の他に,最近,膨張圧力に誘起された鉄筋の
破断が発生することが判った6)7)8)9).
水が試験片内部に供給される試験
条件下(Short Note 1)ではほぼ
9 ヶ月で膨張量が平衡値に達してい
るが,実環境ではコンクリート構造物
に割れが観測されるまでに施工後
20-30 年が経過している6)8).2003
年に国土交通省が行った調査結果
によると,調査対象:13071 橋梁のう
ち 287 橋梁(橋台・橋脚数では1009
基)にアルカリ骨材反応が発生して
いると判定されている9).
図3 膨張量の経時変化4)
Q:アルカリ骨材反応によるコンクリートの膨張
アルカリ骨材反応で生成した膨張性のゲル(Short Note 1)によりコンクリート構造物内部には
構造物外部に向かう膨張圧力が発生し,その結果,表面に平行に引張応力が形成され,表面の
伸びが観測される.伸びの大きさはコンクリート中のアルカリ含有量と反応性骨材量に依存する4).
図46)は鉄筋の破断が観察された橋脚を近似した表面近傍に鉄筋を埋設したコンクリート角柱試験
片を用いて行った,アルカリ骨材反応により形成される膨張圧力を受けた鉄筋表面における伸び
(ひずみ)の測定例である.図4bの測定結果では試験片コーナー部(Ⅱ)に設置された鉄筋には2
500x10-6に達する膨張ひずみが認められる.また,同時に測定された試験片表面におけるコン
クリートのひずみは1300-1500x10-6であった.コンクリートの引張応力による割
4
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(a) 試験片形状
(b) 測定された鉄筋のひずみ
図4 コンクリート試験片に埋設された鉄筋に形成されるアルカリ骨材反応による伸び6)
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れ発生限界歪はほぼ130x10-6であるから10),図1に示した割れが構造物に形成されるためには
十分のひずみ量である.図4の試験片に用いた鉄筋はSD295A(JIS G3112)で降伏ひずみは
ほぼ1800x10-6であるから,試験片コーナー部に設置された鉄筋ではアルカリ骨材反応によって
降伏応力を超える応力が負荷されていたと推定される.図4aの鉄筋の曲げ部分(Ⅱ)は橋脚等の
コンクリート構造物におけるスターラップ筋曲げ加工部または主筋曲げ加工部を近似しているが,
この結果は後述する実構造物の鉄筋破断がこれらの部位で発生していることによく対応している.
Q:アルカリ骨材反応に起因するコンクリート構造物における鉄筋の割れ発生
先に述べたようにアルカリ骨材反応が日本国内の実用コンクリート構造物の劣化形態として 1982
年に初めて認知されたが,劣化の形態は図1に示した割れまたはそれに起因する壁面剥離であっ
て,鉄筋の破断は確認されずまたコンクリートの強度には影響しないと報告されていた9).その後,
コンクリートに関するJIS規格(JIS A5308,1986 年),土木学会「コンクリート標準示方書」(1986
年),日本建築学会「鉄筋コンクリート工事標準示方書」(JASS 5,1986 年)が改定・施行され,さ
らに 1989 年に国土交通省(当時:建設省)から総合プロジェクト報告「コンクリートの耐久性向上技
術の開発」が提出され,アルカリ骨材反応を抑制する対処方法は完了したとされていた9).
アルカリ骨材反応がコンクリート構造物の劣化形態として,再度かつ一般に注目されることになる端
図6 アルカリ骨材反応に基づく膨張
図5 アルカリ骨材反応により鉄筋が破断
した橋脚外面に形成された割れ
5)
圧力により破断した鉄筋.図5の内部5)
緒は 2003 年 4 月 10 日にNHK「クローズアッ
プ現代 鉄筋破断の衝撃―問われるコンクリ
-トの安全性―」において,高速道路の橋脚
等にアルカリ骨材反応に起因する鉄筋の破断
が発生していること,またその事実が公開され
ていないことが放映されたことにある11)12).こ
の放送に先立って 2003 年 3 月 18 日に国土
交通省が近畿地方の橋脚においてアルカリ骨
材反応に起因する鉄筋の破断が発見されたこ
図7 破断した主筋曲げ部分9)
とを記者会見において公表している(鉄筋破断
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事例は国土交通省ホームページ,文献7,を参照のこと)7).アルカリ骨材反応に起因する鉄筋の
破断の最初の報告は 2001 年に金沢大学の鳥居教授により行われているが6)9),その後,上記国
土交通省の公表事例以外にも事例報告が公表されている8)9)13).鉄筋の破断に至った橋脚は施
工後 20-30 年経過している6)8).この間,図3および図4bに示すように膨張圧力に基づく負荷応力
が鉄筋に増加しつつある状態で保持され続け,鉄筋の負荷応力が降伏応力を超えた時点で破断
が進行したと推定される.橋脚に発生した鉄筋の破断面は断面しぼりの認められない擬脆性破面
を示している.図55)および図65)はアル
カリ骨材反応を発生した橋脚の外面とは
つり後の内面で,膨張圧力によりスターラ
ップ筋が破断していることが観察される5).
図79)は図6と同様に破断した主鉄筋曲げ
部を示している.図813)はアルカリ骨材反
応により割れを発生した橋脚から採取した
図8 破断した主筋曲げ部13)
破断した主筋曲げ部で,図913)は
その破面である.
図9の破面は下部から上方に向か
って放射状に割れが進行したこと
が観察される.破面は断面しぼり
の認められない擬脆性破面を示し
ているが,アルカリ骨材反応を発
生した橋脚等の鉄筋コンクリート構
造物の破断鉄筋の破面の特徴で
ある5)6)9)13).また,破面は(後述
する割れ起点を除いて)腐食され
ていない(通常,アルカリ骨材反応
の進行とともに図1に示した割れが
形成されている場合には侵入した
雨水等により鉄筋破断面が腐食さ
図9 破断した鉄筋の破断面13)
れている).
図10は鉄筋コンクリート構造物で破断していなかった鉄筋の曲げ内側に認められた微細割れであ
る9).割れの発生はスターラップ筋,主筋曲げ部のいずれの場合も,全て図8に観察されるように曲
げ内側で,図10に認められるように鉄筋の節を起点として割れが形成されている5)6)9)13).鉄筋の
破断は圧接継ぎ手部にも発生している7)8)13).ところでアルカリ骨材反応を発生した橋脚等全てに
おいて鉄筋の破断が報告されてはいない.すなわち,先に述べたようにアルカリ骨材反応によって
構造物に発生する膨張圧力は図2,図3に示した反応性骨材量とアルカリ含有量に依存すること,
さらに,時間経過とともに増加することとコンクリートと鉄筋の割れ発生限界ひずみ量に差異がある
7
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ことのために鉄筋コンクリート構造物に図1に示すような割
れが発生していても鉄筋は破断していない場合もありうる.
Q:アルカリ骨材反応によるコンクリート橋脚に発生した鉄筋
の割れ破面
現在,アルカリ骨材反応が発生した橋脚等において観察され
ている破断鉄筋の破面は例外なく図9に示した擬脆性破面で
ある.また,コンクリート構造物表面に図1のような割れが存在
しないかまたは小さい割れである場合は,破断した鉄筋の破
面には後述する割れ起点部の微細な腐食面(図11の一次亀
裂)以外は腐食されていなかった9)13).
図10 未破断鉄筋に形成
割れは図9において下方から上方に進展している.図11
13)
は
された微細割れ9)
図9に示した鉄筋破断面の破面に形成されている割れの進展の概念図である. 破断鉄筋は先在
クラックとして存在する一次亀裂を起点として,アルカリ骨材反応により生ずる膨張圧力に基づいて
鉄筋に形成される引張応力が二次亀裂,三次亀裂として不安定破壊し破面を進展させたと推定さ
れる.このような鉄筋の破断機構の概念は以下に述べる破断鉄筋の破面解析によって確認できる.
図1213)は破断したスターラップ筋の破面で,図11における三次亀裂を含む破面の下半分の拡大
組織である.図1313)は図11の二次亀裂の下端部を含む一次亀裂の拡大組織で最下端部の一次
亀裂に相当する部位(図13a)は腐食を受けた組織であるが延性破断面である.この部分の破面
は図10に示した微細割れに対応しており,施工時の曲げ加工により形成され,コンクリート環境中
で腐食された(Short Note 1)と推定される.
一次亀裂(500μm前後)
・節の付け根から発生
三次亀裂
・延性破壊(剪断破壊の様相)
二次亀裂(5mm前後)
・脆性破壊(劈開破壊)
二次亀裂
・二次亀裂と三次亀裂の境界は延性破壊
三次亀裂
一次亀裂
・脆性破壊(劈開破壊)
図11 破面の亀裂分布の概念図13)
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図12 破断したスターラップ筋の破面13)
C
B
A
(a) A位置の拡大組織
(b) B位置の拡大組織
(c) C位置の拡大組織
図13 破面起点部の拡大13)
9
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有限要素法を用いた曲げ加工時の応力-ひずみ解析結果では曲げ加工により曲げ内側の節基
部(図8,図10参照)に加工応力徐荷時に大きな残留応力―ひずみが形成されることが判った.従
って,図10の微細割れは曲げ加工後のスプリングバックにより形成されたと推定される.
また,図13bおよび図13cは一次亀裂と二次亀裂の境界付近に位置し延性破壊組織と劈開破壊
組織が混在していることが観察される.図1413)は図13cの上端に接する組織で明確な延性破壊
組織で,図1513)に示す劈開破壊を誘起する塑性変形域に対応している.
現在判明しているアルカリ骨材反応を発生して鉄筋が破断した鉄筋コンクリート構造物から採取さ
れた破断鉄筋の破面は先に述べたように全て図9に示した擬脆性破壊面であり,また,施工時の
曲げ加工により図10に示した微細割れが形成されていたと推定される6)9)13)14).先在クラックとして
曲げ加工割れ(図10)が存在している状態であれば,図4に示した実験結果から推定されるアルカ
リ骨材反応により形成される降伏応力(図8,図9および図12の鉄筋はSD295A相当)を超える負
荷応力によって,先に述べた破面を形成することは容易に推定される.このことから,割れ破面の
解析結果に基づいて水素脆性割れの可能性も提起されている9)15)が(Short Note 2),現在採
取されている鉄筋コンクリート構造物のアルカリ骨材反応に伴う鉄筋の破断機構は,反応により生
成した膨張圧力の形成する鉄筋に負荷された引張応力による機械的破断と考えるべきである.ま
た,アルカリ骨材反応を生成する高pH環境では,Feは不動態ではなく,腐食される(Short Not
e 2)が,コンクリート構造物の表面に割れが生成した直後に採取された破断鉄筋の破面(例:図1
4,図15)が,施工時に形成されたと推定される微細割れ部(図10,図13)以外は腐食されていな
いことから,鉄筋破断後に比較的短時間で,または同時に,コンクリートのひび割れ(図1,図5)は
形成されていると推定される.
図14 三次亀裂下端部の破面13)
図15 三次亀裂の破面13)
Short Note 1 : アルカリ骨材反応の反応式
アルカリ骨材反応にはアルカリと反応する物質に対応して3種類の反応が存在する.(1)アルカリ
シリカ反応(alkali silica reaction),(2)アルカリシリケート反応(alkali silicate reaction),
および(3)アルカリ炭酸塩反応(alkali carbonate reaction) 1)2)である.反応(2)は反応(1)と
本質的に同一反応とみなされるので,通常は反応(1)と反応(3)に大別される.アルカリ骨材反応
10
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は反応生成物が大量の水をもつ水和物(ゲル)を形成し,その結果,反応に際して大きな膨張空
間を必要とする(膨張圧力を発生する)ことを特徴とする現象である.
反応(1)は非晶質のシリカ(SiO2)とアルカリの反応である.セメントに含有されるNa2O,K2O等の
アルカリ酸化物はセメントの水和反応時に以下の反応によりアルカリイオンを形成する.
Na2O+H2O→2NaOH
NaOH→Na++OH-
生成したアルカリイオンが非晶質SiO2と反応してナトリウムシリケート,カリウムシリケート等を生成
する.
SiO2+2Na++2OH-→Na2SiO3+H2O
生成したアルカリシリケートは水和して膨張する.
Na2SiO3+9H2O→Na2SiO3・9H2O
アルカリ炭酸塩反応は炭酸塩(ドロマイト石灰石)とアルカリの反応である.
CaMg(CO3)2+2NaOH→Mg(OH)2+CaCO3+Na2CO3
反応生成物であるNa2CO3が10分子の水と水和して膨張する.
図16 細孔溶液のpHとセメントのアルカリ含有量の関係4)
これら2種類の反応のうち,国内のコンクリート構造物で発生するアルカリ骨材反応はアルカリシリ
カ反応であるから,アルカリ骨材反応:ASRはアルカリシリカ反応を意味する.
コンクリート構造物に用いたセメントに含有されるアルカリ量とコンクリートの細孔溶液の示したpH
の関係を図164)に示した.
モルタル試験片を用いて行ったアルカリ含有量と試験片膨張量の関係を解析した結果はアルカリ
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含有量が0.7mass%を超えると膨張量が顕著になることを示している16).図16を参照すればアル
カリ骨材反応が活性になるのは細孔溶液がpH>13.5になるような高pH環境においてであること
がわかる.
また,膨張圧力が形成される上記のゲル生成反応では反応式が示すように大量の水の存在が必
要であり,湿潤状態を常時保持する実験環境では相対的に短時間にアルカリ骨材反応が発生す
る.実環境においても,アルカリ骨材反応が発生しているコンクリート構造物の部位は常時湿潤状
態が保持されやすい部位である.
Short Note 2 : アルカリ骨材反応環境における応力腐食割れ機構の可能性
先に述べた機械的破断を除いて,
アルカリ骨材反応が発生した鉄筋
コンクリート構造物環境において膨
Fe3+
張圧力により鉄筋に誘起される可
能性のある応力腐食割れ機構-
水素脆性割れおよび活性腐食割
れ-について考察する.いずれの
Fe2O3
割れ機構においても,割れ機構の
基本反応はFeの溶出である.
対象とする環境のpHは13より高い
Fe2+
と推定される(Short Note 1).
このような環境においてはFeの溶
Fe
出(鉄筋の腐食)は本シリーズの
Fe3O4
HFeO2-
第1回(腐食センターニュース No.
039)に述べたようにFe2+イオンと
して活性溶解することはない.
図17 Feの電位―pHダイアグラム17)
図17はFeのpH-電位ダイアグラ
ムを示している17).アルカリ骨材反応の環境は右下隅のHFeO2-イオンが安定である領域である.
この領域でFeはHFeO2-イオンとして以下の反応式により溶出(腐食)する
Fe+2H2O→Fe(OH)2+2H++2e-
Fe(OH)2→HFeO
-
2
+H
(1)
+
(2)
アルカリ骨材反応の環境では,Feの腐食は(1)式のアノード反応で形成された皮膜が(2)式に示
す溶解反応により進行する.従って,図13aの破面において施工時に形成された割れに対応する
部分に皮膜が観察されることは(1),(2)式の腐食反応の結果を示している.
図17の点線aは(3)式の水素還元反応の平衡線である.
H++e-→H
(3)
2H→H2
(4)
12
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アルカリ骨材反応の環境では,(1)式のアノード反応に対応してO2の還元反応とともに(3)式がカ
ソード反応として参加する可能性がある.
カソード反応として生成したHは(4)式により再結合するとともに一部はFe中に侵入する可能性が
あり,その結果,水素脆性割れを誘起する可能性がある.アルカリ骨材反応が成立する環境にお
いて水素脆性割れが発生するためには以下の2条件が成立することが必要である.
(1)割れを発生するために必要量の鋼
中侵入水素量が確保される.
(2)カソード反応としての水素還元反応
を支持するアノード反応(腐食反応)が
成立する.
コンクリート内部を近似した環境において
12.1(μA/cm2)のカソード電流を負荷
して透過水素流を測定した結果から求
められた Fe 中の拡散性水素量(Feの
表面直下の水素量:C0)は0.82ppmで
あった18).SD295A相当鋼(引張強さ:
500MPa)の鉄筋に水素脆性割れを誘
起するためには図1819)のダイアグラム
から推定されるように水素含有量が不足
する(PC鋼線・鋼棒の場合であれば,引
張強度が1000MPa以上であるから図
18から水素脆性割れを誘起することが
図18 水素脆性割れを誘起する限界鋼中
水素量と鋼強度の関係19)
推定される).先に破面解析を
行ったスターラップ筋曲げ加
工部の硬さはほぼHV280で
あった13).上記の鋼中水素量
と図1920)の割れ発生限界水
素量を比較すると限界値に近
いが限界値を超えてはいな
い.加工硬化または引張応力
負荷により水素脆性感受性が
上昇することを示す報告はあ
る21)が,この場合でも図19の
限界値を超える水素侵入量が
図19 水素脆性割れを発生する限界鋼中水素量
と硬さの関係20)
必要である.さらに条件(2)に述べた腐食反応,例えば12.1(μA/cm2)のカソード電流に平衡す
るアノード電流(腐食電流)が必要であることで,図19の限界水素量に対応するアノード電流(腐食
13
腐食センターニュース
No. 042
2007 年 6 月 1 日
電流)はコンクリート環境としては中性化したコンクリート中の腐食速度(腐食センターニュース No.
040)以上に大きい鉄筋の腐食速度が必要になる.その状況は破面に反映される.水素脆性割れ
により割れが進展すると仮定すると進展しつつある破面も腐食されることになる(これは一度の不安
定破壊で破面が形成される場合を除いてPC鋼線・鋼棒についても同じである).
アルカリ骨材反応において活性腐食割れが発生する場合は腐食反応(1)式および(2)式によって
割れが形成されるので,割れ破面はtarnish rupture型(新生金属面に皮膜が形成され,その皮
膜が割れることによって割れが進展する)の形態を示すと推定される.先に述べた破面解析の結果
では破面進展時には腐食は認められていない.既報9)の観察結果でも破面が腐食されていない
事例が存在することが報告されている.
通常のコンクリート環境では水素脆性割れは700-900MPa以下の強度の鋼には発生しない(従
って,通常の鉄筋には発生しない)と主張されてきた22).PC鋼線・鋼棒においても水素脆性割れ
が発生する場合は孔食,隙間腐食等の前駆腐食形態によって局部的な低pH環境が構成されて
いることが必要である.これらの局部腐食は水素発生源であるとともに割れを進展させるためのき
裂として作用する22).
また,素材もquench and temperで製造された焼き戻しマルテンサイト鋼で,水素脆性割れを
発生した事例では引張強さが1654-1779MPa以上であった23).
活性腐食割れはコンクリート環境では次のような特殊な環境以外では鉄筋にもPC線鋼・鋼棒にも
発生しない.コンクリート構造物に発生している活性腐食型の割れの事例ではコンクリートに欠陥
があって外部から侵入した反応物質(例:nitrate,carbonate)による特定pH-電位域で発生す
る割れ(例:硝酸塩割れ,炭酸塩/重炭酸塩割れ)で,通常のコンクリート環境では形成され得ない
環境で発生している22)23)24).
鉄筋コンクリート構造物において,その表面に図1のような割れが形成され,外部環境からCO2,水,
Cl-イオンが侵入してコンクリートが中性化し,また,鉄筋が腐食される環境が構成されれば,アル
カリ骨材反応が発生している構造物で水素脆性割れ,活性腐食割れが進展することは十分にあり
得ることを強調しておきたい.この場合,アルカリ骨材反応は応力発生機構としてのみ作用してい
るので,割れ機構はコンクリート製電柱等で観察されている割れ機構と同じである25).
文献
1.中部セメントコンクリート研究会編:“コンクリート構造物のアルカリ骨材反応”,理工学社,
(1991).
2.建設省住宅局建築指導課監修:“コンクリートの塩化物総量規制とアルカリ骨材反応対策”,
日本建築センタ-,pp.18-31,(1987).
3.無機マテリアル学会編:“セメント・セッコウ・石灰ハンドブック”,技報堂出版,p.517,(1995).
4.L.Bertolini,B.Elsener,P.Pedeferri,and R.Polder:“Corrosion of Steel in
Concrete“,Wiley-VCH,pp.62-64,(2003).
5.鳥居和之(金沢大学):私信
14
腐食センターニュース
No. 042
2007 年 6 月 1 日
6.鳥居和之,池富修,久保善司,川村満紀:コンクリート工学年次論文集,23(2),p.595,
(2001).
7.国土交通省:“アルカリ骨材反応が生じた橋梁に対する対応について”,2003 年 3 月 18 日.
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha03/06/060319_.html
8.土木学会コンクリート委員会/アルカリ骨材反応対策小委員会:“アルカリ骨材反応による鉄筋
破断が生じた構造物の安全評価(中間報告)”,土木学会誌,88(9),p.83,(2003).
http://www.jsce.or.jp/committee/index.html
9.葛目和宏,河野広隆,中谷昌一,玉越隆史:コンクリート工学,42(6),p.11,(2004).
10.吉本 彰:“コンクリートの変形と破壊”,学献社,p.126,(1990).
11.NHKホームページ http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2003/0304-2.html
12.土木学会平成 16 年度全国大会研究討論会資料
塚越勝宏:「鉄筋破断の衝撃―社会基盤に対する意識を変えたものとは―」.
13.特別講演会(主催:金沢大学工学部材料開発研究室),(1)中谷健,“ASR劣化橋脚の補強
とモニタリング”,(2)樽井敏三,“ASRにより破断した鉄筋の調査”.
14.西岡敬治:文献12.
15.箕島弘二:文献12.
16.J.B.Miller:ed. J.Mietz,B.Elsener, and R.Polder,“Corrosion of Reinforcement
in Concrete”,EFC Publications No.25,IOM Communications,p.141,(1998).
17.腐食防食協会編:“材料環境学入門”,丸善,p.264,(1993).
18.R.S.Lillard and J.R.Scully:Corrosion,52(2),p.125,(1996).
19.文献17,p.47.
20.文献17,p.48.
21.小林正人,水流徹,谷光彩子,西方篤:材料と環境2005,腐食防食協会,C-202,
(2005).
22.文献4,pp.147-162.
23.J.Mietz and B.Isecke:ed.C.L.Page,P.B.Bamforth,and J.W.Figg,“Corrosion
of Reinforcement in Concrete Construction“,The Royal Society of
Chemistry,p.200,(1996).
24.U.Nurenberger:文献19,p.21.
25.腐食センターニュース,No.17,p.4,腐食防食協会,(1998).
(小川洋之/腐食センター)
シリーズの終了にあたって
本号まで 4 回にわたって掲載致しましたコンクリート構造物の環境劣化に関する解説記事の内容
について質問を頂きたくお願い申し上げます.
15
腐食センターニュース
No. 042
2007 年 6 月 1 日
Wagner 長さ(4)
最近のセンターニュース(No. 036,037,040)でとり上げてきた Wagner 長さ LW は,もとも
とはめっきの均一付着性のために提案された 1).この目的には Haring セル(図 1)がわかり易い.
アノード(A)とカソード(C)とが対向する二つのセルに同一の電圧がかけられ,ただ対向距離
d は両者で異なる.それぞれに流れる電流(密度)の比は
i1 LW2 + d 2
=
i2 LW1 + d 1
で表されるが, d 1 , d 2 ≪ LW のとき i1 i2 = LW2 LW1 = 1 で d の影響は現れない.逆に LW ≪
d 1 , d 2 のとき i1 i2 = d 2 d1 で d のみによって決まる 2).
さらに d 1 ≪ LW ≪ d 2 のとき i1 i 2 = d 2 LW1 となり,i1 は LW1 によって流れるが,i2 では d 2
が増大するほど減少する.このときの状況は,一セルで両極間距離に分布がある,たとえば Hull
セル 3)(図 2)―Haring セルと同じ目的に使われる―に似る.本稿の Q 1 では,コンクリート鉄
筋のインピーダンス測定(図 3)において,プローブ電極とそれに対向する鉄筋の斜線部との間
でのみ d ≪ LW の条件を作ろうとする.
以下,SL 1 では面積比の異なる異種金属接触腐食のもう一つの解法のために“変形対向モデル”
を試作し,これを Q 1 にも適用した―が,このモデルがどれほど正しいのかは不明である.SL 2
ではインピーダンス測定における LW と d の位置づけを描き,Q 1 の理解にも役立てんとした.
図 1.
H a ring セル
図 2.
図 3.
H u ll セル
鉄筋のインピーダンス
1)C. Wagner : J. Electrochem. Soc., 98, 116 (1951).
2)(社) 腐食防食協会 編 : 金属の腐食・防食 Q&A―電気化学入門編, 丸善, p. 227 (2002).
3)寺門龍一・長坂秀雄 : 金属表面技術, 27, 676 (1976).
16
No. 042
腐食センターニュース
Short Lecture 1
2007 年 6 月 1 日
変形対向モデル
電極 1(炭素鋼 CS,面積 y1 ×1 cm2)と電
極 2(ステンレス鋼 SS,面積 y2 ×1 cm2)と
が距離 d cm を隔てて対向する幾何学的構成の
断面図を図 1 に示した.図示の(x, y)座標系
では電極 1 は( x1 , 0)~( x1 , y1 )の線分,電極 2 は
( x2 , 0)~( x2 , y2 )の線分で示され,それぞれ x1
~ x2 間に満たされた水環境に接しているとす
x 2 − x1 = d
る .
で あ り , か つ
y 2 y1 = x 2 x1 = r2 r1 = M (面積比)とする
とき,
x1 =
1
M
d ,x 2 =
d
M −1
M −1
(1)
図 1.変形対向モデル
また, y1 x1 = y 2 x 2 = ( M − 1) y1 d = tan θ t ,
y1 x 2 =
M − 1 y1
⋅ = tan θ* ,
M
d
(2)
である.
図 1 に( r , θ )円筒座標を導入し,図 2 に
示すような,半径 r と r + Δr ,角度 θ と
θ + Δθ ,に囲まれた領域において,液中の内部
電位差とオーム降下分との関係は次式で表せ
る.
φ (r ) − φ (r + Δ r ) = ρ S ⋅ Δ I (θ ) ⋅ Δ r (rΔ θ )
図 2.( r , θ)円筒座標の導入
ここに, Δ I (θ ) = ir ( r , θ ) ⋅ r Δθ は r →( r + Δr )方向に流れる電流であって
Δ I (θ ) Δ θ = ir (r , θ ) ⋅ r は r に依存しないとみなせるので,
−
φ (r + Δ r ) − φ (r )
Δr
− φ (r )
電極 1 (A)と 2 (C)との間では
= ρS ⋅
Δ I (θ ) 1
⋅ ,さらに積分して
Δθ r
= ρS ⋅
Δ I (θ )
⋅ ln r + const
Δθ
E 2 − E1 = φ (r1 ) − φ (r2 ) = ρ S ⋅
Δ I (θ )
⋅ ln (r2 r1 )
Δθ
17
(3)
腐食センターニュース
No. 042
2007 年 6 月 1 日
上記の領域において,点 P(x, y) = ( r cos θ , r sin θ ) を通って y 軸に平行な直線上で Δ θ 内に
θ ⋅ Δθ で表されるので
Δ I (θ ) Δθ = ir (r , θ ) ⋅ r = i x ( x, θ ) ⋅ x cos −2 θ
= i x1 (θ ) x1 ⋅ cos −2 θ (電極 1 において)
= i x 2 (θ ) x 2 ⋅ cos −2 θ (電極 2 において)
のように電極 1, 2 上での電流密度 i x1 (θ ) , i x 2 (θ ) と関係づけられる.
属す線分 PR = Δ y = x cos
−2
以上を(3)式に代入して, r2 r1 = M および (1)式をつかうと
E 2-E1 = ρ S d ⋅ 1 ⋅
ln M
ln M
⋅ cos − 2 θ ⋅ i x1 (θ ) = ρ S d ⋅
⋅ cos − 2 θ ⋅ M i x 2 (θ )
M −1
M −1
i x1 (θ ) = M i x 2 (θ )
上式から
(5)
ln M
⋅ cos − 2 θ ⋅ i x1 (θ ) ≡ iM (d , θ )
M −1
また
(4)
(6)
とおくと(4)式は
E 2-E1 = ρ S d ⋅ iM (d , θ ) = ρ S d M (iM (d , θ ) M )
M −1
⋅ cos 2 θ ⋅ iM (d , θ ) = i x1 (0) ⋅ cos 2 θ
ln M
M −1
i x 2 (θ ) =
⋅ cos 2 θ ⋅ iM (d , θ ) / M = i x 2 (0) ⋅ cos 2 θ
ln M
ln M
d⋅
cos − 2 θ ≡ d ′(d , θ )
M −1
(7)
i x1 (θ ) =
つぎに
(8)
(9)
とおくと (4)式は
E 2-E1 = ρ S d ′ i x1 (θ ) = ρ S d ′ M i x 2 (θ )
i x1 (θ ) = iM (d ′) = (d d ′) ⋅ iM (d , θ )
i x 2 (θ ) = iM (d ′) M = (d d ′) ⋅ iM (d , θ ) M
(10)
(11)
センターニュース No.040 で対向モデルで取り扱った場合の関係式
E C − E A = ρ S d iCS = ρ S d M iSS
(12)
に照合すると,炭素鋼から流出する電流(密度) iCS とステンレス鋼に流入する電流(密度)
iSS は,それぞれ (7)式では iM (d ) と iM (d ) M に,(10)式では i x1 (θ ) と i x 2 (θ ) に,相当する.
したがって,対向モデルの(12)式としてえられる iCS と ρ S d との関係に,本変形対向モデルの
ρ S d (d は電極 1 と 2 との距離)を入れて求められる " iCS "は (7)式の iM (d , θ ) に等しい―
しかしこれにさらに θ の条件を加えて i x1 (θ ) を求めることができる.かわりに(9)式により先に
d ′ を求めて,この ρ S d ′ を対向モデルの iCS vs ρ S d 関係の ρ S d に入れて求められる " iCS " は
(10)式の i x1 (θ ) になる.図 3 には M = 10 の場合の i x1 (θ ) vs ρ S d ′ 関係を示した.また,電極
1,2 の幾何学的構成の代表例における d ′ 値ほかを算出して表 1 に示し,図 1 の下部に ρ S d ′ を
記入した.
18
No. 042
腐食センターニュース
2007 年 6 月 1 日
後述のコンクリート内に相当する抵抗率をもつ環境では, y1 = 1 cm と y1 = 5 cm 条件 とも
に中央( θ = 0° )では 10 A cm
−4
−2
以上の電流が流れ,θ = 90° に近い周辺部では 10 A cm
−6
−2
オ
ーダーに低下する.しかし,電極 1 の端部に向きあう電極 2 上の位置( θ = θ* )でのそれは
y1 = 1 cm と y1 = 5 cm との 2 条件間には 1 ケタのちがいがみえる.なお,全電流 I について
は電極の幅を u 0 = 1 cm として以下のように表される.
(
)
θ
θ
⎛ M
⎞
I = ∫ i x 2 (θ ) × Δy 2 × u 0 = ∫ i x 2 (0) ⋅ cos 2 θ × ⎜
d cos − 2 θ ⋅ Δθ ⎟ × u 0
0
0
⎝ M −1
⎠
M
⋅ i x 2 (0) ⋅ θ rad
M −1
π
M
= u0 d
⋅ i x 2 (0) ⋅ θ ° ×
M −1
180°
= u0 d
(13)
ρS
ρS
図 3.ix1(θ)・ix2(θ)とρSd΄との関係.
表 1.電極 1,2 の幾何学的構成の代表例における d ′ 値など.
y1 cm
0
θ
θ
θ*
θt
(degree)
0
41.99
83.66
d ′ (cm)
2.56 E-1
4.63 E-1
2.10 E1
1
ρ S d ′ (Ωcm)
1.02 E3
1.85 E3
8. 40 E4
i x1 (A cm-2)
1.25 E-4
1.07 E-4
6.6 E-6
θ (degree)
0
77.47
88.73
d ′ (cm)
2.56 E-1
5.44
5.21 E1
5
ρ S d ′ (Ωcm)
1.02 E3
2.18 E4
2.08 E5
-2
i x1 (A cm )
1.25 E-4
2.4 E-5
2.8 E-6
y 2 / y1 = M = 10 , d ( = x 2 − x1 ) = 1 cm, y1 = 1 および 5 cm, ρ S = 4 E3 Ωcm.
19
腐食センターニュース
No. 042
2007 年 6 月 1 日
コンクリート鉄筋のインピーダンス測定への変形対向モデルの適用
Q 1. 変形対向モデルを図 1 に示す.また参考のために対向モデルを下方に示した.二つ
の電極間にある電解質液中の電位降下は対向モデルでは次式で表される.
I R = (i S ) × (ρ S d S ) = i ρ S d
ここに, i :電流速度, ρS :抵抗率, S :電解質液相の断面積(電極の接液面積),である.
これに対して変形対向モデルでは以下のように表される(SL 1).
I R = i ′ρ S d ′
ここに, i ′ = i x1 = M i x2 , d ′ = d ln M ( M − 1) ⋅ cos
−2
θ
(1)
a) θ ~ θ + Δθ 間での電解質液抵抗は次式で表される.
Δ RS = ρ S ⋅ d ′ (Δ y 2 × u 0 )
ここに, Δ y 2 = M ( M − 1) ⋅ d cos
(2)
−2
θ ⋅ Δθ , u 0 = 1 cm,である.
θ = 0 ~π 2 間の全抵抗 RS を求めよ.
b)電極 2 において( x2 ,0)~( x2 , y1 )間の線分(長さ y1 = M ( M − 1) ⋅ d tan θ* )範囲
で測定される全抵抗を次式
RS, m = ρ S ⋅ d ′ ( y1 × u 0 )
(3)
で表すとき,これを a)の RS に等しくするときの d ′ の表式を求めよ.
図 1.対向モデルと変形対向モデル
−2
d ≡ d/ (M − 1)⋅lnM ⋅ cos θ, M = y 2 /y 1 = x 2 /x 1 .
電極の幅(xy 面に垂直な方向の長さ)は u 0 = 1 とする.
20
No. 042
腐食センターニュース
A
2007 年 6 月 1 日
a)全抵抗は Δθ 様の多くの区間抵抗が並列に入った回路のそれであるから,
−2
x 2 Δy ⋅u
x 2 d ⋅ M cos θ ⋅ Δθ ⋅ u
u ⋅M π
1
1
1
1
0
2
0
M −1
=
⋅∫
= 0
⋅
=∑
=
⋅∫
−2
1
0
0
ρS
ρ S ln M 2
RS
d′
Δ RS ρ S
d ⋅ M −1 ln M ⋅ cos θ
∴ RS =
ρ S ln M
u0
⋅
M
⋅
2
(4)
π
b)(3)式を(4)式に等しいとおくと
ρS d ′
=
y1 × u 0
ρ S ln M 2
⋅
⋅
u0 M π
ln M 2
ln M
2
⋅ ⋅ y1 = d ⋅
⋅ ⋅ tan θ*
(5)
M
π
M −1 π
M = 10 としていくつかの θ* に対する d ′ の具体値を求めた結果を表 1 に示す.
∴ d′ =
表 1 試算結果
( M = 10 )
I (θ* ) I (90°)
0.90
0.95
0.99
1
i x 2 (θ* ) i x 2 (0)
2.45 E-2
6.16 E-3
2.47 E-4
0
θ* (degree)
81.0°
85.5°
89.1°
d =1
1.03
2.07
10.4
∞
d =3
3.09
6.21
31.1
∞
d′
(cm)
90°
θ* = 81.0° のとき,電極 2 の 0 ~ y1 範囲には, (1 ~ 2.45 E - 2 ) i x 2 (0) の電流密度,90%の全
電流,が流入し, d = 1,3 cm のときそれぞれ d ′ = 1.03,3.09 cm である.
Q1 の解説
図 1 において x < x1 の環境は大気,x1 ≦ x のそれはコンクリートを想定している.電極 2 はコ
ンクリート中鉄筋,電極 1 はインピーダンス測定のためコンクリート表面に接触させるプローブ
電極である.両電極は幅 1cm の帯板として対向する面を残して,他面は絶縁されているとした.
実際のコンクリート鉄筋は長く延びている.その程度を y 2 = M y1 で表したとき(4)式のような
全電解質抵抗 RS が測られるが,長さ y 2 ( M ) などの幾何学的数値が特定できないため, ρS -特性
値がえられない.これは電荷移動抵抗 Rt から求めるべき分極抵抗 rP についても同じである.
本問では,インピーダンス情報のほとんどがえられるような θ* (tan θ* = y1 x 2 ) を選ぶことに
よって,電極 2 の実効的長さを y1 とみなすことによって,上記の問題点を解決できるのではない
かと考えた試みである.
なお,インピーダンス測定によって高周波側で ρ S d ,低周波側で ρ(
,を求めるが,
S LW + d)
これが実際に可能であるために d < LW が余裕をもって成立する必要がある(SL 2).表 1 で求め
た d ′ には数 cm と小さいものがあり―これらは表 2 の LW より小さく上記の必要条件を満たしう
る.十分耐食的とみなせる場合( rp = 30,
50 k Ω cm )は d ′ ≪ LW と十分であり,局部腐食箇所
2
(低 rp -小 LW ,しかし M 大)は短い( M 大)プローブを近づけて( θ* を小さくして)検出す
ることになろう.
21
No. 042
腐食センターニュース
2007 年 6 月 1 日
表2
rp
*
Δi =
L W の見積り
ΔE
rp
=
10
−2
rp
LW =
BC + B A
*
ρ S Δi
10 E3 Ωcm2
1.0 E-6 A cm-2
10~20 cm
30 E3
3.3 E-7
30~61
50 E3
2.0 E-7
50~100
BC + B A = (0.02 ~ 0.04) × 2 , ρ S = 4 E 3 Ω cm (コンクリート環境)
全電流 I ,電流密度 i x 2 ,実効 d ′ 値( d ′ )と θ との関係を図 2 にまとめた.
図 2.全電流I ,電流密度i x2 ,実効 d ′ と θ との関係
22
No. 042
腐食センターニュース
Short Lecture 2
2007 年 6 月 1 日
インピーダンス測定における Wagner 長さ
抵抗率 ρs の水溶液中で距離 d を隔てて対向するアノード金属 A とカソード金属 C とにおいて,両
金属電極の接液面積 SA と SB および電解槽中の水溶液相の断面積 Scell はいずれも 1cm2 とする.ここ
では水道水中での分極抵抗を求める上での溶液抵抗の補正の要否(Q401))を電極材料―炭素鋼 (No.
1) と銅 (No. 2) とのちがいにおいて―,また導電率(抵抗率の逆数)を求めるのに通常より 1 桁大
きい交流電圧をなぜ加えるか(Q512))を考える.
Q40 の分極抵抗 rp=Rt S(Rt:電荷移動抵抗,S:表面積)は腐食電位における値(△E/△i at Ecorr)
で rp=B/icorr で表され,比例定数 B=(BA-1+BC-1)-1 は icorr によらず 0.02093)とされているので,ここで
は B = 0.02 V/decade とした.さらに自然対数式の Tafel 係数をアノードとカソードとで等しいと仮
定して BA=BC=(B-1/2)-1=0.04 V/decade とした.
インピーダンス測定時に A/C-間に通す交流電流(密度)△i とこのための負荷交流電圧△E との関
係は△i=△E/ rp で,Wagner 長さは LWC+A=LWC+LWA=(BC+BA)/(ρs△i) で表される.
Bode 線図では高周波側で Rs,低周波側で Rt+ Rs,がインピーダンス絶対値 |Z| となることはよく
知られている.ここで扱う上記のモデルでは Rs=ρsd /Scell=ρsd /1cm2,Rt=rpC/SC+ rpA/SA=(BC+BA)/(△
i・1cm2)=ρs LWC+A /1 cm2 となる.計算結果を表と図に示した.ここでは,d = l cm を仮定し,電気二
重層容量 Cdl として代表値 2E-5 F / cm2 4)を用いた.
表
No.
1 (Q 40-1)
2 (Q 40-2)
3 (Q51)
A/C
CS/CS
Cu/Cu
CS/CS
2
rp(Ωcm )
E3
E4
E3
設定条件と計算結果
△E(V)
E-2
E-2
1
△i1) (A cm2)
LW2) (cm)
f t 3) (HZ)
E-5
E-6
E-3
1.6
16
1.6E-2
1.0 E0
1.0 E-1
1.0 E+2
1) △i=△E/rp,2) LWC+A=(BC+BA)/(ρs△i) ここに, ρs=5E3Ωcm
3) f t = (2πCdl ρs LWC+A)-1
Ω
一般の Bode 線図は f t=(2πCdlRt)-1 以下で |Z|L = Rt+Rs,f s = (2πCdlRs)-1 以上で |Z|H=Rs,中間では
勾配 -1 の直線と近似される.図において,f s = (2πCdl ρs d)-1 は No. 1-3 を通じて一定(1.59 Hz)で
あり,これは高周波側の |Z|H=ρs d も同じである.しかし f t と低周波側の |Z|L とは LWC+A の変化に
対応して大きく異なる.
すなわち No. 1 では |Z|L = Rt+ Rs ∝ LW+d に占める Rs (∝ d) の影響が無視できず Rt (∝ LW) を求め
るのに Rs の補正が必要である.しかし No. 2 では補正の必要性はかなり小さい.No. 3 は逆に Rs (∝ ρs)
を求めるのが目的で,大きな負荷電圧→大きな負荷電流→小さな LW によって Rt (∝ LW) を無視しう
る僅少値にした.
図
No.1~3 の近似的 Bode 線図
文献:1)(社)腐食防食協会編:金属の腐食・防食Q&A,電気化学入門編,丸善,p. 84(2002).
2) 同上,p. 102.3)春山志郎:表面技術者のための電気化学,丸善,p. 221(2001).4) 同左,p. 46.
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腐食センターニュース
No. 042
2007 年 6 月 1 日
新しい課題研究の発足
当センターでは H15~H18 年度の 4 年間にわたって,沸騰水型軽水炉(BWR)を運転する電
力 7 社からの受託研究「高温純水中あるいは BWR 環境中における低炭素ステンレス鋼の SCC
メカニズム研究」を実施してきた.H19 年度からは新しい課題「再循環系配管SCCの溶接
境界部停留挙動に関するメカニズム研究」を東京電力から受託する.
上記 4 年間の研究推進に当っては産官学 50 名超の委員から成る研究会(SCCM 研究会)の
指導をうけてきたが,新課題においても継続してお世話になることとしている.この研究会
メンバーからいただいた 15 件の提案研究から審査により選ばれた 8 件の研究計画の説明・検
討会を本年度第 1 回の SCCM 研究会として去る 5 月 18 日東京理科大学森戸記念会館にて開催
した.これら研究の実施機関:テーマは以下の通りである.
アイテック
粒界応力腐食き裂の溶接金属部への進入の確率過程
一関高専
配管溶接金属内 SCC き裂進展の,柱状晶試片を用いる近似調査
東北大学
微視組織に着目した低炭素ステンレス鋼溶融線近傍における
SCC 停留挙動のメカニズム解明
腐食センター
HAZ に発生し溶接金属内へ侵入するき裂の旅程調査
石川島播磨重工
溶融線近傍から採取した試験片の CBB 試験による SCC き裂発
生・進展経路調査
東芝
溶融線近傍の SCC き裂進展挙動に及ぼす金属組織の影響
早稲田大学
溶接金属の組織性状および電気化学的特性と SCC 停留挙動
腐食センター
304/316 系ステンレス鋼溶接部近傍の SCC 挙動の調査
目次
No. 042
さびは世につれ(2)
1
コンクリート構造物の環境劣化(4)
―アルカリ骨材反応と鉄筋の破断
3
16
Wagner長さ(4)
17
SL1 変形対向モデル
発行者:(社)腐食防食協会 腐食センター
〒113-0033 東京都文京区本郷1-33-3
電話 :03-3815-1302
Fax:03-3815-1303
email:[email protected]
URL :http://www.corrosion-center.jp/
Q1 コンクリート鉄筋のインピーダンス測定
への変形対向モデルの適用
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SL2 インピーダンス測定におけるWagner長さ
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新しい課題研究の発足
2007年6月1日
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