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動物行動実験を用いた科学的思考力育成

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動物行動実験を用いた科学的思考力育成
高
校
生
物
動物行動実験を用いた科学的思考力育成
福井県立武生高等学校 西 出 和 彦
目 的
科学的な思考力を育成するための指導の具体例を考
案することが目的の一つである。
また、その目的のために、未だ解明途上にあるダン
ゴムシの交替性転向反応のメカニズムについて、より
明快な仮説を提出し、その仮説を検証し科学的な議論
を展開することがもう一つの目的である。
概 要
ダンゴムシに連続するT字路を歩行させると、分岐
点において左右交互に進行方向を変えて歩行する行動
が観察される。この行動は「交替性転向反応」と呼ば
れ、古くから研究対象となってきた。この行動が生じ
る メ カ ニ ズ ム に 対 し て、 現 在 最 も 有 力 な 仮 説 は
「BALM 仮説」であると考えられている。この仮説に
よると、T字路の分岐点で左右交互に進行方向を変え
ることによって、左右の脚にかかる負荷を均等にして
いるとして交替性転向反応が、説明されている。
しかし、この仮説を検証する実験を行った結果、仮
説と実験結果との整合性に疑問が生じた。そこで新し
い仮説を立ててその仮説を検証している。
この過程において児童生徒の科学的な思考力の育成
を図るとともに、交替性転向反応のメカニズムを明ら
かにすること目指している。
*
プや木工用ボンドで方眼用紙に貼る。
2. 水上T字路の製作については、透明なアクリル板
上に、周囲を幅 1 cm の発泡ポリスチレンボード
で囲み接着させ、水を保てるようにする。その方
形枠内に、発泡ポリスチレンボードでT字路を製
作する(図 9 a、b)
。
学習指導方法
観察─既存の仮説─疑問─反証実験─新仮説─新仮
説の検証実験─考察─追加実験─考察という科学の手
法を用いて科学的思考力の育成を図る。
Ⅰ.観察と既存の仮説
図 1 のような連続するT字路にダンゴムシを侵入さ
せると、分岐点において左右交互に進行方向を変えて
歩行する行動(交替性転向反応)が観察される。
現在最も有力な仮説である「BALM 仮説」による
と、T字路の分岐点で左右交互に進行方向を変えるこ
とによって、左右の脚にかかる負荷を均等していると
説明される。
教材・教具の製作方法
Ⅰ.材料
発泡ポリスチレンボード
(30 mm×60 mm 厚さ 5 mm)
方眼用紙、両面テープ、アクリル板
アクリルカッター、ハサミ、カッター、定規
Ⅱ.製作方法
1. ダンゴムシを歩行させるための通路は、発泡ポリ
スチレンボードをカッターと定規を用いて必要な
形に切り取り、方眼用紙上に配置して製作する。
切り取った発泡ポリスチレンボードは、両面テー
図 1 連続する T 字路
Ⅱ.実験 1 BALM 仮説に対する反証実験
BALM 仮説を紹介した上で、次の①〜③の実験と
観察から BALM 仮説に対する疑問を持たせる。
(注)西出和彦教諭は平成 27 年 4 月 1 日付で福井仁愛学園仁愛大学に転出された。
*
にしで かずひこ 福井仁愛学園仁愛大学 准教授 〒 915-8586 福井県越前市大手町 3-1-1
☎(0778)27-2010 E-mail knishide mac.com
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①図 2 a のように発泡ポリスチレンの板で円弧を作
り、ダンゴムシを接触させると、円弧の壁に沿って
歩行する様子が観察される(図 2 b)。
②連続するT字路に進入する前に、同一方向に強制的
に 3 回進路変更させて負荷を左右不均一にしても、
交替性転向反応を示す(図 2 c)。
③連続するT字路を同じ方向へ連続して曲がる場合が
ある(図 2 d)。
これらの結果は、BALM 仮説では説明できないこ
とが確認できる。
(a)
い平坦な場所(図 3)や連続するT字路では、素早い
歩行が観察されることを確認する。よって、これらは
逃避行動であると考えられる。
Ⅳ.実験 3 壁伝い逃避行動仮説
壁に沿って 5 cm 歩行した後、90 度の角では進行方
向を壁側へ変更することを観察する(図 4)
。
(b)
図 4 角における進路変更
また、壁に対して斜めに接触するとそのまま進行し
(図 5 a、b)、真正面から接触すると左右ランダムに
進むことを観察する(図 5 c)
。
(c)
図 5 壁に接触する角度と進行方向
(d)
以上のことから交替性転向反応は壁伝いに逃避して
いるという「壁伝い逃避行動」仮説を立てる(図 6)
。
この新仮説では壁に沿って歩行し(図 6 ①)
、T字
路の角にさしかかると、壁側へ進行方向を変え(図 6
②)、その結果反対側の壁に接触するようになり(図
6 ③)
、再び壁に沿って歩行する。これを繰り返すこ
とによって、交替性転向反応を示すと説明することが
できる。
図 2 BALM 仮説反証実験用歩行路:
(a)円弧、(b)円弧に沿う動き、
(c)左右負荷不均一、(d)連続して同方向へ進行
Ⅲ.実験 2 逃避行動としての交替性転向反応
ダンゴムシは通常、石や落葉の下に生息しており、
その際活発な行動は見られない。しかし、障害物がな
図 6 壁伝い逃避行動仮説
Ⅴ.実験 4 開放型T字路で交替性転向反応の検証
壁伝い逃避行動仮説を検証するために、壁のみのT
字路で交替性転向反応が見られるかどうかを観察す
る。
ダンゴムシは、体の左右どちら側が壁に接触してい
るかによって、進行方法が決定する(交替性転向反応)
ことを確認する(図 7 a)
。
図 3 平面上での歩行
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(a)
(b)
図 8 両体側が壁に接触する T 字路
Ⅶ.実験 6 水上T字路の実験
図 7 (a)壁のみのT字路(開放型T字路)、
(b)台紙交換可能な開放型T字路
壁のみを配置したT字路であっても、壁から離れて
逃げることなく、壁伝いに歩行することによって、結
果的に交替性転向反応を示すことが観察できる。
また、フェロモンの可能性を考慮し、その影響を排
除するため透明シートに壁を貼付し、台紙を交換可能
にしたものでも検証した(図 7 b)。
Ⅵ.実験 5 左右両体側が壁に接触するT字路の
実験
では、体の両側が壁に接触するような細いT字路で
は、どのような行動が観察されるだろうか。もし、こ
の場合でも交替性転向反応が観察されるならば、この
反応の決定要因は壁以外にあることになる。しかし、
実験結果からは交替性転向反応が乱れることが確認さ
れた。10 個体の観察では、4 個体はスタート地点から
動かず、1 個体は 1 回目の分岐点の前で動かず、2 回目、
3 回目、4 回目の分岐点で交替性転向反応から外れる
個体が 1 個体ずつ、6 回目の分岐点で外れる個体が 2
個体であった(図 8)。この結果は、壁によって進行
方向が左右されることを間接的に示唆するものと考え
られる。
また、次のような異なる方法で交替性転向反応の検
証を行う。幅 1 cm の連続するT字路の周囲を水で満
たし(図 9 a)
、その上をダンゴムシに歩かせる。
ダンゴムシは水際を探りながら歩き、交替性転向反
応とは異なる行動であることを確認する。
しかし、このT字路の片側に高さ 3 cm の壁を付加
すると壁に沿って歩行し交替性転向反応を示すように
なる。以上の結果から交替性転向反応は壁によって誘
発されると考えられる(図 9 b)
。
(a)
(b)
図 9 (a)水上 T 字路、(b)水上 T 字路に壁を付加
Ⅷ.実験 7 目・触角の機能阻害実験
一方、壁伝いに進行するのであれば、どのようにし
て壁を認識しているのであろうか。
目や触角などの感覚器官と交替性転向反応との関係を
知るために、
これら感覚器官の働きを阻害する実験を行う。
触角をピンセットで根元から除去し、目を白い修正
インクで覆い尽くす(図 10)
。
図 10 目・触角の機能阻害
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その結果、目や触角が機能しているときよりも壁に
しっかり寄り添って歩行し、歩行速度は遅くなるが、
交替性転向反応が観察される。すなわち、目や触角の
感覚器官の機能を失っても交替性転向反応を示すこと
が明らかになる。
実践効果
Ⅰ.各種発表会での高い評価
この活動における実践効果を評価する方法の一つと
して、校内での発表会や学会等の各種発表会でのディ
スカッションがある。発表会では、研究成果を発表す
るとともに発表中のディスカッションにおいて、科学
的思考力が問われる。例えば、日本動物学会の高校生
ポスター発表において、審査委員から最優秀賞に選出
されたことは、科学的思考力の育成という側面におい
ても、実践効果が認められたと考えることができる。
Ⅱ.研究テーマ設定における効果
研究テーマを設定する際、生徒の興味関心を大切に
することは研究に対する動機に関わることであるから
大変重要なことである。しかし、本格的な課題研究に
初めて取り組む生徒たちにとって、研究テーマを設定
することは大変困難なことである。生徒たちに全面的
に任せてしまうと、研究全体を通しての教育効果はあ
まり上がらない。
そこでまず、最初に生徒たち自身に考えさせる。そ
して、何を明らかにしようとしているのか、そのため
にどのような方法で実験を行ったら良いのか、どのよ
うな結果が予想され、どのような考察が見込まれるの
か等を議論する。初学者で最初からこのような道筋を
立てることができる生徒はほとんどいないため、研究
開始に行き詰まりを感じてしまう。ここで、ダンゴム
シの交替性転向反応のテーマを紹介し、研究全体の概
略を説明し、研究目的を明確にする。すると生徒たち
は、研究に見通しがつき、ダンゴムシの行動実験に取
り組もうという気持ちになってくる。
この場合、生徒の関心、自発性の盛り上がりには少
し時間がかかる。ここで重要な活動が、各種発表会で
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のディスカッションである。この経験を積み重ねる中
で、次第に研究テーマに対する関心や理解が深まり、
生徒の主体性も高まり、与えられたテーマから自分た
ちのテーマへと変容してくる。
Ⅲ.幅広い年齢層を対象とした指導例
また、小中学生に対しては、交替性転向反応を観察
させ、次の 10 項目の点を明確にするためのモデル実
験にすることができる。
①よく観察してメモをとる。
②偶然なのか必然なのかを見極める。
③不思議だなと思うことを探究する。
④仮説を立てて実験で検証する。
⑤条件の統一と比較。条件を 1 つに絞り対照実験と比
較する。
⑥結果を予想する。
⑦グラフや表を用いて分かりやすく表現する。
⑧結果が何を意味しているのかを考える。
⑨少ないデータから断定しない。
⑩次にどのような実験を行ったら良いかを考える。
Ⅳ.科学的思考力育成のモデル実験
観察─疑問─仮説─実験─考察という科学の手法
は、科学的思考力がなくては成立しない。一定の評価
が定まった定説がある現象では、実験が追試験となる
ことが多いが、新しい仮説に関する実験では、自分で
実験方法を考えなければならない状況にある。ここに
科学的思考力育成にとっての有利な点がある。ダンゴ
ムシの交替性転向反応は、小中学生から大人に至るま
での幅広い成長過程にある対象に対して、科学的思考
力を有効に育成することができる研究テーマであると
考えている。
参考文献
1)川合隆嗣:無脊椎動物における交替性転向反応研
究の展開と問題点について,動物心理学研究,第
61 巻第 1 号,83-93(2011)
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