...

第 14 回 月例発表会 - 医療情報システム研究室

by user

on
Category: Documents
23

views

Report

Comments

Transcript

第 14 回 月例発表会 - 医療情報システム研究室
Vol.1 No.14 7 .August 2012
The Monthly Lecture Meeting
第 14 回 月例発表会
第 1 巻 14 号
同志社大学生命医学部
医療情報システム研究室
Published by the Medical Information System Laboratory
OF Doshisha University, Kyotanabe, Japan
Medical Information System Laboratory
The Monthly Lecture Meeting
Contents
EEG を用いた前腕屈伸運動における左右判別の検討
大久保 祐希 . . . 1
訓練に伴う習熟度の定量化を目的とした裸眼立体視時の脳血流変化の検討
早川 温子 . . . 4
切断面実形視テストによる空間認識時の脳血流変化の検討
牛山 裕梨 . . . 7
ICA を用いた NIRS データの信号分離
中村 友香 . . . 10
ワーキングメモリの処理効率の違いと脳血流量変化の関係の検討
真島 希実 . . . 13
同期タッピングおよび交互タッピングにおける協調作業時の脳血流変化の検討
後藤 真櫻 . . . 16
作業時における色温度が脳血流に及ぼす影響の検討
大西 夏子 . . . 20
GO/NOGO 課題における難易度付けの検討
杉田 出弥 . . . 24
PVT と GO/NOGO Task における視覚刺激と聴覚刺激の違いの検討
木村 茜 . . . 28
音の種類が数字記憶課題の成績と脳血流変化に及ぼす影響の検討
井上 楓彩 . . . 32
音環境が数字記憶課題の成績と脳血流変化に及ぼす影響と男女差の検討
將積 彩芽 . . . 36
脳血流変化と数字記憶課題の成績を用いた音環境評価の検討
星野 雄地 . . . 38
角膜内皮細胞画像の細胞数自動計測アルゴリズムの検討
関谷 駿介 . . . 41
遠隔医療システム構築のための通信速度の測定と DICOM ビューアの作成
西村 祐二 . . . 44
広域分散ファイルシステムを用いた階層型 PACS における
DICOM 通信機能の実装
南谷 祥之 . . . 47
細胞画像領域分割のための GP を用いた画像処理フィルタ構築における
画像のコントラスト改善手法の提案
山口 浩明 . . . 49
DGA による GAROP の検証
山中 亮典 . . . 53
個人の感性モデルに基づく推薦システムのオンラインショッピングサイトデータへの適用
宮地 正大 . . . 57
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
EEG を用いた前腕屈伸運動における左右判別の検討
大久保 祐希
Yuki OHKUBO
1
はじめに
3
LDA
近年,EEG(Electorencephalography) や fNIRS (func-
LDA とはいくつかの群ごとに得られている過去のデー
tional Near-Infrared Spectroscopy),fMRI (functional
タに基づき,新しい 1 つのサンプルが得られたとき,こ
Magnetic Resonance Imaging) などの非侵襲計測装置の
発展に従い,ヒトの脳機能に関する研究が活発化してい
る.それに伴い,ヒトの高次脳機能が解明されつつあり,
のサンプルがどの群に属すかを判別する際,判別モデル
BMI(Brain Machine Interface) が注目されている.BMI
とは末梢神経系,感覚器,運動器を介さず,脳と機械間
る.各データに対し p 個の説明変数の値が観測される時,
で直接相互作用させる技術の総称である.BMI を用い
変数,ai は判別係数と呼ばれる定数,a0 は定数項を表す.
を用いて行う分析手法である 1) .判別モデル (判別関数)
はデータの特性を表す説明変数の線形結合により表され
判別モデル (Z) は式 (1) で表すことができる.xi は説明
て,運動機能障害者の脳活動の中から目的とする情報を
Z = a1 x1 + … + ap xp + a0 抽出し,その情報を用いて運動器の代わりとなる外部機
器を制御するなど,医療・福祉技術としての応用が期待
されている.
(1)
研究目的
4
本実験では,EEG を用いて前腕屈伸運動における脳波
現在,被災地などで人では危険であり実行不可な作業
を測定し,その結果から LDA(Linear Discriminant Anal-
を行う際,機械をコントローラで操作,もしくは操縦し人
ysis) により左右の判別を行い正解率を算出した.本稿で
命救助を行う場面がしばしば見られる.しかし,瓦礫の中
は,EEG,LDA,実験,今後の課題について述べる.
に埋もれる人を救助する際のような精密な作業を要する
場合,機械の操作には操縦者の熟練性を要する.BMI 技
2
EEG
術により,操縦者の意図する操作が可能となると考える.
EEG は神経細胞から生じる電気活動である脳波を計
測している.脳波を調査することで,脳の機能状態を簡
便かつ非侵襲的に検査することが可能となる.
脳波は周波数帯域により 4 つに分類される.Table. 1
脳信号を用いた機械操作を実現するための第一ステップ
として,前腕屈伸運動における左右判別の実験を行った.
実験
5
5.1
で 4 つの脳波について示す.
今回の実験では LDA に用いる特徴量として,タスク
実験目的
本実験では,前腕屈伸運動時の脳波を計測し,その結
時間におけるβ波の帯域パワー値 [μ V ] を用いた.β
果から LDA を用いて左右の判別を行うことを目的とし
波の帯域パワー値は体動や眼球運動などのアーチファク
ている.
トに影響されることがないため,今回の実験で使用した.
5.2
2
被験者と実験環境
被験者は,事前に本実験の趣旨,方法,課題等につい
Table. 1 脳波の種類
て十分に説明し,実験に関する同意が得られた成人男性
3 名である.Table. 2 に被験者の詳細を述べる.
成分
周波数帯域 (Hz)
特徴
δ波
1∼3
睡眠状態
∼16 時の時間帯に行った.
θ波
4∼7
休息時,浅い眠りの状態
5.3
α波
8∼13
安静,開眼状態
β波
14∼30
興奮,緊張,パニック状態
実験は温度 24.5∼25.5 度,湿度 65∼69%の環境下,13
計測機器と計測部位
使用機器は,生体計測器としてデジテックス研究所の
Polymate AP1000 ,生体アンプとして g.tec 社の g.GAMMAbox
を使用した.電極の設置方法は国際 10-20 法を参考に行
い,基準電極を A1,接地電極を Fpz として C3,C4 を
Table. 2 被験者情報
被験者 年齢 (歳) 利き腕
A
22
右
B
C
21
21
左
右
Fig. 3 被験者 C における脳波の一例 [左図: C3(左脳),
右図: C4(右脳)]
Fp1
F7
F3
F3
5.5
Fpz Fp2
Fz
F4
実験結果および考察
帯域パワー値は,測定した脳波を高速フーリエ変換
F8
(FFT: Fast Fourier Transform) し,周波数ごとのパワー
T3
C3
Cz
C4
スペクトルを求め,その和で算出される.被験者 C にお
T4
A1
A2
T5
P3
O1
Pz
P4
T6
O2
いて右前腕屈伸運動を行った際の脳波を Fig. 3 に示す.
各被験者におけるβ波帯域パワー値の散布図を Fig. 4
∼Fig. 6 に示す.
Fig. 1 計測部位
計測した.これは,C3,C4 が第一次運動野,もしくは
第一次体性感覚野付近であり,前腕屈伸運動時に関与し
ていると考えられるためである 2) .Fig. 1 において色
付けした部位が計測部位である.
5.4
実験設計
実験設計は先行研究 2) を参考に,ブロックデザインで
設計した.タスクでは左右向きの矢印を画面中央にラン
Fig. 4 帯域パワー値の分布 (被験者 A)
ダムに表示し,被験者はその矢印が示す方向の前腕を屈
伸させる.左右の矢印における表示回数は,それぞれ 10
回ずつであり,被験者は 1 つの課題に対し計 20 回の前
腕屈伸運動を行う.1 つの課題の施行時間は 165 秒であ
る.また,それぞれの被験者はこの課題を 2 回ずつ行っ
た.Fig. 2 にタスクシーケンスを示す.
• レスト (3s)
画面に表示される「+」を注視する.
• タスク (5s)
Fig. 5 帯域パワー値 (被験者 B)
画面に表示される矢印に従い,前腕屈伸運動を行う.
Fig. 6 帯域パワー値 (被験者 C)
Fig. 3 より,右前腕を屈伸させると,左脳における時
Fig. 2 タスクシーケンス
間あたりの変動が大きいことが分かる.右運動野は左側
の神経を介して左半身の運動を制御し.左運動野は右側
の神経を介して右半身の運動を制御するためであると考
えられる 3) .Fig. 4,Fig. 6 より,帯域パワー値は課題
Table. 5 自己判別率
被験者 自己判別率 (%)
ごとに変移する可能性があることが分かる.そのため,
判別を行えないことが示唆される.
その問題を解決するために,課題の 1 回目と 2 回目に
おけるデータの混合と重心の一致を行った.データの混
合とは,それぞれの課題の帯域パワー値を左右 5 個ずつ,
A
80
B
75
C
55
計 10 個を入れ替えることである.重心の一致とは,そ
れぞれの課題の重心を求め,片方の課題の座標を平行移
動させることである.
Table. 3,Table. 4 に各被験者における判別を行った
際の正解率について示す.
B
右
70
左
40
右
70
60
65
60
40
50
左
C
右
左
Fig. 6 より,前腕屈伸運動時のβ波帯域パワー値は左右
であまり差異が見られないことが挙げられる.これによ
り判別正解率が低下すると考えられる.
Table. 3 正解率 (データ混合)
被験者 腕 正解率 (%) 全体正解率 (%)
A
周波数領域の特徴量における問題点として,Fig. 4∼
55
このように,β波における帯域パワー値を用いて判別
した場合,β波帯域パワー値が特徴量として相応しくな
い,もしくはその他の脳波における帯域パワー値が特徴
量として必要になることが分かる.
6
今後の課題
今回の実験では周波数領域における特徴量を使用した
が,時間領域における特徴量を抽出し LDA を行うことで
判別正解率の向上が期待される.特徴量の抽出には,時
Table. 4 正解率 (重心の一致)
被験者 腕 正解率 (%) 全体正解率 (%)
A
B
C
右
75
左
80
70
右
60
70
左
80
右
40
50
左
系列の特徴を簡潔に表現できる AR(Autoregressive) モ
デルを使用する 2)
5)
.時間領域における特徴量を使用
するため,眼球運動や体動,瞬きなどのアーチファクト
の除去を行う必要があると考えられる.
45
7
まとめ
今回の実験では,EEG を用いて前腕屈伸運動時の脳
波を測定した.そして,計測された脳波に対し FFT を
行い,周波数領域における特徴量であるβ波帯域パワー
Table. 3,Table. 4 より,データを混合させる方が被
値から LDA を用いて左右判別を行った.判別正解率は
験者 A,被験者 B において正解率の低い結果が得られた.
期待した数値を得ることができず,時間領域の特徴量を
これは,課題ごとに被験者の内的要因が異なるためであ
用いて LDA を行うことで判別正解率が向上すると考え
ると考えられる.脳波の信号成分は意思・状態などの内
られる.
的要因によって変化し,人間の内部状態を強く反映して
いる 4) .そのため,帯域パワー値が課題ごとに変移し
た時,課題間のデータ混合を行っても,被験者における
内的要因が異なるため判別正解率が低下すると考えられ
る.重心を一致させることで,課題間における内的要因
の影響を減少させることが可能であると言える.
また,被験者 C が他の被験者と比較し全体正解率が低
参考文献
1) 亀井靖高. Fault-prone モジュール判別におけるサン
プリング法適用の効果. 情報処理学会論文誌, 2007.
2) Dabid D’Croz-Baron al. A BCI Imagery Experiment
based on Parametric Feature Extraction and Fisher
Criterion. IEEE, 2012.
いことが分かる.これは,自己判別率が関係していると
考えられる.Table. 5 に各被験者における自己判別率に
ついて示す.自己判別率とは,判別モデルを求めるため
に使用した課題自身を判別した時の正解率である.
Table. 5 より,被験者 C は他の被験者と比較し,自己
判別率が低いことが分かる.これは,被験者 C は他の被
験者より左右におけるβ波帯域パワー値の差異が小さい
ためであると考えられる.
3) 足立善昭ら. ベクトル SQUID 磁束計による脊髄誘発
磁場計測. 電学論, 2005.
4) 伊藤伸一ら. 脳波の個人特性を考慮した脳波分析法の
提案. 電学論, 2004.
5) 笹山瑛由ら. BMI を目指した脳内情報の抽出-手の運
動・イメージ時の脳波律動解析による左右判別-. 日
本機械学会, 2008.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
訓練に伴う習熟度の定量化を目的とした
裸眼立体視時の脳血流変化の検討
早川 温子
Atsuko HAYAKAWA
1
はじめに
手術など技術を伴う課題においては,客観的に習熟度
を判断することが難しい.習熟度の定量化を行うことで,
訓練を受けている者の能力を数値などで把握することが
出来るようになる.また,訓練の過程を見ることで習熟
度も客観的に判断することが可能となる.そのため,訓
練に伴う習熟度の定量化を行う必要があると考えられる.
本研究は,裸眼立体視時における脳血流の計測を行い,
Fig. 1 ステレオグラム
習熟度の定量化を目的とする.裸眼立体視とは,出来不
出来に個人差の生じる課題である.また,訓練によって
と脱酸素化ヘモグロビンのモル分子吸光係数が既知であ
習得可能な能力であるため訓練課題として使用する.脳
れば,2 波長以上での吸光度変化を計測することで酸素
血流を計測するために,fNIRS(functional near infrared
化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化を算
spectroscopy)を用いる.fNIRS は,非侵襲,低拘束で
あるなどの利点が挙げられる脳機能計測装置である.
出することが可能となる 1) .
本実験では,立体視を行う際の脳の活性部位を確認す
る.また,立体視の出来る被験者と出来ない被験者で脳
の活性部位の共通点・相違点を検討する.相違点を検討
することにより,裸眼立体視の習熟度に関する定量的な
基準設定を行う.
本稿では,fNIRS,裸眼立体視の原理,大脳皮質視覚
経路について述べた後,実験方法,実験結果,考察を述
べる.
2
fNIRS(functional near infrared spectroscopy)
脳内に存在するニューロンが相互に情報を伝達・処理
することで次の行動を決定する.その際に,酸素化ヘモ
グロビン(oxy- Hb)は毛細血管を経由し,酸素供給を
行う.血液成分のヘモグロビンは光を散乱させるが,そ
こに酸素が結合していると,その吸収・散乱の度合いが
変化する.fNIRS は,近赤外光頭皮に照射することで,
その度合いを測定し,酸素化ヘモグロビンの濃度変化を
計測する.
波長が 700∼900nm の近赤外光の波長域での光の吸収
は,主に酸素化ヘモグロビン(oxy-Hb)と脱酸素化ヘモ
裸眼立体視
3
裸眼立体視とは,道具を使用せず,平面に描かれた模
様や写真を見て,立体像を知覚することである.
3.1
立体視の原理
人間は,単眼から得られる焦点距離,物体の大きさ,
重なり,明瞭さ,移動速度と,両眼から得られる,両眼
視差,輻輳(対象を右眼から見た時と左眼から見た時の
角度の差)などの情報を脳が総合的に判断して立体を認
識している.立体視において重要なのは,この両眼から
得られる両眼視差である.つまり,両眼の位置の差から,
右眼と左眼には異なった像が写しだされており,それを
利用して脳は空間の再構築を行っている.
この原理を逆に利用したものが本実験で使用している
ステレオグラム (Fig. 1) と呼ばれるものである.ステレ
オグラムとは,同じ図形の繰り返しパターンを持つ画像
である.この画像は,目の焦点を意図的にずらすことに
よって,立体的に知覚することが出来る.ステレオグラ
ムは,両眼視差を利用して画像を立体として認識させる
2)
.
3.2
大脳皮質視覚経路
グロビン(deoxy-Hb)によって生じるが,両者は異なる
網膜からの情報は,視床の外側膝状体を経由して,大
吸収スペクトルを持つ.このため,酸素化ヘモグロビン
脳 1 次視覚野(V1)にいたる.両眼由来の情報は,V1
Fig. 2 視覚経路
Fig. 3 実験設計
で初めて 1 つの細胞に収斂し,ここで両眼視差情報の抽
出がなされる.大脳においては,V1 以外に 30 を越す視
覚領域が存在し,それらは大きく分けて 2 つの機能的経
路を形成している.視覚経路を Fig. 2 に示す 3)
2)
.
• 背側経路
V1 野から頭頂部へいたる経路.物体の動き,位置な
ど対象物の空間的情報が処理される 4) .
• 腹側経路
V1 野から側頭葉へいたる経路.主に物体の形,色,模
様など対象物の同定・認識において重要な視覚情報が
4.4
実験方法
実験は以下の手順で行った.
1. 実験の教示
2. ディスプレイでの課題の練習 ,fNIRS の装着
3. 本実験 Fig. 3 の流れで実験を行った.本実験では,裸
眼立体視を課題とした.はじめに,注視の時間 (30 秒)
があり,画面中央の+を黙視する.そのあと,40 秒間
でディスプレイに表示されたステレオグラムを黙視し,
裸眼立体視を行う.表示した画像では,立体視を行う
処理される 4) .
とひらがな 1 文字が立体像として知覚出来る.画像は,
実験
4
4.1
1 回の実験で 3 枚表示される.立体視出来る被験者に
関しては,立体像を知覚できるまでの時間,また,知
実験目的
覚出来た立体像が何であるか判断するまでの時間の計
本実験では,裸眼立体視時の脳の活性部位を確認する.
測を行った.
活性部位を確認することで,立体視に関連のある両眼視
差の情報を処理している脳部位を知ることが出来る.ま
た,立体視の出来る被験者と出来ない被験者で脳の活性
4. 解答・アンケート
表示されたステレオグラムにおいて,裸眼立体視を行っ
部位の比較を行う.立体視の出来る被験者で活性してい
た際に知覚できる文字についての解答を行った.また,
て,出来ない被験者で活性が見られない場合,その部位
自覚疲労度,自覚睡眠度に関するアンケートを行った.
は立体視を行っている際のみ活性する部位であることが
分かる.
4.2
被験者
本実験では女性健常者 5 名(年齢:21-22,利き腕:全
4.5
データの処理方法
fNIRS から出力されたデータは,ノイズの影響を取り除
くため 10 秒間の幅で移動平均処理を行った.次に,データ
を課題開始前(pre),課題終了後の回復期間(recovery),
員右利き)を対象に行った.3 枚のステレオグラムのう
回復期間後(post)に分け,pre と post を結ぶ一次直線を
ち 2 枚以上を 40 秒以内で立体像を知覚することが出来
分析用のベースラインとし,データ処理を行った.fNIRS
た被験者を立体視の出来る被験者と分類した.上記の方
で計測する脳血流量は,実験作業以外でも変化(体動な
法で分類した結果,被験者 A,B は立体視の出来ない被
ど)し,信号がドリフトしてしまう場合がある.そのため,
験者で,C,D,E は立体視の出来る被験者となった.
ベースライン処理を行うことで,それぞれのタスク間に
4.3
実験環境
本実験では日立メディコ製の fNIRS(ETG-7100) を使
用し,実験を行った.また,計測箇所は,両側頭部,後
頭部,頭頂部および前頭部である.プローブの設置方法
は,脳波電極配置の国際基準である 10-20 法に従った.
実験を行った際の気温および湿度は 23.6 ℃∼27.1 ℃,61
%∼77 %であった.
おいて同一条件での解析を行うことができる.ベースライ
ン処理のパラメータは,PreTime を 5s,RecoveryTime
を 40s,PostTime を 5s とした.
5
実験結果
fNIRS の結果より,タスク,レスト時のデータで t 検
定を行うことで有意差があるかどうかを判断した.有意
差が見られる結果となったとしても,タスク時よりレス
ト時の方が値が大きくて有意差が生じてしまう場合があ
Fig. 4 後頭部
Fig. 5 頭頂部
る.そのため,被験者ごとにレスト時,タスク時で平均
する上で,立体像を知覚するまでの時間を用いた.する
値を算出した結果およびグラフから活性している部位を
と,立体視の出来るほとんどの被験者が短時間で行って
検討した.そこで,立体視出来る被験者,出来ない被験
いた.この結果より,課題が容易すぎたのではないかと
者で共通点・相違点が見られないか検討した.また,脳
考えられる.一方,立体視の出来ない被験者はステレオ
の部位ごとに活性している場所を検討した.
グラムを画像として見ているため,視覚情報が後頭部に
上記の方法での結果より,両側頭部,後頭部では,立
伝達されているものの,高次脳機能を司る前頭部まで活
体視の出来不出来に関係なく脳血流の上昇が見られた.
性が至らなかったのではないかと考えられる.立体視の
両側頭部においては,被験者ごとに異なった部位に活性
出来不出来に関する相違点は,後頭部における脳血流の
が見られた.したがって,立体視の出来不出来に関する
増加の仕方の差異であると考えられる.今後,実験を進
共通点,相違点を見つけることが出来なかった.立体視
めていく上で,上記の相違点に注目し,訓練を行う考え
の出来る被験者,出来ない被験者を比較した後頭部の結
である.
果を Fig. 4 に示す.Fig. 4 の結果より,立体視の出来不
出来に関係なく oxy-Hb 濃度の増加が見られた.後頭部
7
まとめ
の oxy-Hb 濃度の変化の仕方の大きかった部位は,立体
本研究では,訓練に伴う習熟度の定量化を目的とした.
視の出来る被験者と出来ない被験者の相違点であると考
訓練課題として裸眼立体視を用い,脳血流を計測した.
えられる.そこで,3 回のタスク区間内の最大値と最小
計測する上で,立体視の出来る被験者と出来ない被験者
値をそれぞれ求め,その差を算出した.算出されたデー
に分類した.分類した両被験者で結果の比較を行い,共
タで t 検定を行い,立体視出来る被験者と出来ない被験
通点・相違点を検討した.実験結果より,共通点は,後頭
者で値の大きさに差が見られないか検討した.上記の方
部,頭頂部,前頭部となり,相違点は,後頭部の oxy-Hb
法で検討した結果,4 箇所の CH で活性が見られること
濃度の変化の仕方の違いとなった.
が分かった.立体視の出来る被験者と出来ない被験者で
今後,被験者を増やすことで立体視の出来不出来によ
値の増加の仕方に差があることが判断出来た.頭頂部で
る共通点・相違点をさらに明確にしていく必要があると
は,Fig. 5 に示すように,立体視の出来不出来に関係な
考える.頭頂部の結果に関しては,脳機能などを調査し
く,タスク時に脳血流が下がるという結果が見られた.
た上でどうしてこのような結果になったのか検討してい
前頭部は,立体視の出来不出来に関係なく脳血流の変化
く必要がある.また,本実験の結果や被験者を増やした
がほとんど見られなかった.
後に見られる実験結果をふまえ,立体視の出来ない被験
6
考察
後頭部では,両グループ間において脳血流の増加の仕
方に差異が生じたが,これは立体視を行っている際に活
性する部位だと考えられる.頭頂部は,背側経路で両眼
視差の情報を処理するとされていたため,後頭部と同様
に oxy-Hb 濃度の増加が見られると考えていた.しかし,
タスク時に oxy-Hb 濃度が減少するという傾向が見られ
た.タスク時の oxy-Hb 濃度の減少の原因は,立体視を
行う上で酸素を多く使用するためだと考えられる.また,
前頭部では,活性が見られなかった.上記の結果を考察
者に訓練を開始し,訓練過程の脳血流を計測する予定で
ある.
参考文献
1) 近赤外光脳機能イメージング装置:株式会社島津製作所,
2012.
2) 藤田一郎, 田辺誠司, 梅田和昌. 側頭葉視覚経路における両
眼視差情報処理. 2003.
3) 豊島恒, 山ノ井高洋, 山崎敏正, 大西真一. 時空間等価電極
双極子推定法による RDS 両眼立体視の脳内処理部位の解
析. 未知のジャーナル, 2006.
4) 田中宏喜, 藤田一郎. 物体形状の視覚情報処理. 未知のジャー
ナル, 1998.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
切断面実形視テストによる空間認識時の脳血流変化の検討
牛山 裕梨
Yuri USHIYAMA
1
はじめに
近年,医療の現場において医療用裸眼 3D ディスプレ
イや遠隔手術におけるディスプレイの 3D 化など,3D 技
術の普及が進んでいる.このような画面を立体的に把握
右大脳半球が優位であると考えられている 2) .
実験
4
4.1
実験目的
空間認識を行った際の脳の活性部位や働きについて知
出来る技術の登場により,より正確な形,大きさなどの
把握が可能となり,正確な治療に大きく貢献している.
るため,本実験では,空間認識の指標として広く用いら
しかし視覚的な 3D の画像を見て,手元を動かし治療す
れている MCT を行い,テストの成績別による脳血流変
る遠隔手術などにおいて、視覚から正確な奥行きの把握
化の検討を行う.難易度の異なる MCT のタスクを 3 つ
などの能力が必要となってくる.このような 2D の画像
用意し,時間内に解けるだけ被験者に問題を解いてもらっ
から、3D を把握する能力に空間認識力が関わっている
た.先行研究において,MCT で必要とされる視空間情
のではないか考えた.本稿では,この空間認識力の評価
報処理では,右大脳半球が優位であると報告されている
指標として広く用いられている切断面実形視テストを行
2)
う.空間認識と関係する脳の働きを確認するため,成績
性が見られ,成績高得点者ではよりその活性が顕著に表
の高得点者と低得点者においてみられる脳血流活性部位
れるのではないかと考えられる.
や血流変化の違いについて検討を行う.
4.2
2
切断面実形視テスト
切断面実形視テスト (Mental Cutting Test;MCT) は,
米国の CEEB (Colledge Entrance Exammination Board)
によって 1939 年に大学入学試験用に開発された Special
.本実験においても,タスク時において右側頭部の活
被験者
本実験での被験者は 4 人 (男性:2,女性:2,年齢:21) で
ある.すべての被験者において fNIRS 装置を用いて実験
を行った.
4.3
実験環境
Aptitude Test の一部である.MCT は,透視図で立体と
fNIRS の実験では,ETG-7100(Hitachi medical Co.,
切断面を示し,切り口の実形を選択肢から選んで解答さ
空間定位能力,空間視覚化能力,スピード回転能力に下
Japan) を使用し,実験を行った.ETG-7100 は,本体部
分と被験者の頭に設置するプローブからなる.プローブ
部分は,国際 10-20 法に従い設置した.なお,今回は前頭
位分類され,MCT はこの中の“ 空間視覚化能力―2 次元
部,両側頭部,頭頂部,後頭部にプローブを設置した.ま
あるいは 3 次元の対象についての心的イメージを操作す
た実験中の室温は 23.1-25.6 ℃,湿度は 60-69 %であった.
る能力,とくに,その正確さに関連する能力― ”を反映
4.4
せるものである.空間認識力は心理学の分野において,
するテストと考えられている 1) .
3
視空間情報処理
本稿では,空間認識を行った際の脳血流について検討
を行っていく.そもそも,空間認識力とは物体の位置・
方向・姿勢・大きさ・形状・間隔など、物体が三次元空間
に占めている状態や関係を、すばやく正確に把握、認識
する能力のことである.本実験では,切断面実形視テス
トを用いて 2 次元の図から 3 次元的な視覚的イメージを
生成する空間視覚化能力によって空間認識力を評価する.
このような視覚から得た情報を心的にイメージし,回転
させたりする過程を視空間情報処理といい,この機能は
実験設計
本実験のタスクは,レスト時間とタスク時間を組み合
わせたブロックデザインを設計した.レスト時間を 50
秒,タスク時間を 50 秒の組み合わせを 3 回繰り返した.
また問題の難易度に関しては,タスク 1 が難易度易しめ,
タスク 2 がやや難しい,タスク 3 がかなり難しいという
ようにタスクが進むほど MCT の問題の難易度が上がる
設計になっている.
4.4.1
レスト時間
レスト時間中被験者は,椅子に座った状態で画面中央
に表示される「+」マークを注視する.
タスク時間
4.4.2
Table. 2 各被験者活性チャンネル
タスク時間には,切断面実形視テストを行う.被験者
は椅子に座った状態で画面に表示される問題を解く.問
被験者
題は選択肢が 4 つあり,その中から解答だと思うものを
A
1∼4 の指で表示する.その後,キーボードを押し次の問
題に進む.この一連の流れをタスク時間内に繰り返す.
4.5
検討方法
今回は,先行研究等から右側頭部 24 チャンネルの酸
task2
CH16/19
B
task1
CH4/8
11/12
CH1/2
4-13/16
C
D
−
CH1/4
CH7
CH1/4/5
−
task3
CH4/11
13/14
CH1/2
4-13/15/16
20/23/24
−
CH17/20/23
活性チャンネル
CH4/11
CH4-10
12/13
−
CH1/4
素化ヘモグロビン濃度を利用し検討を行った.それぞれ
の被験者において,タスクとレストを比較した際の t 検
定による有意差,脳血流積分値の差,グラフの目視から,
5.3
共通活性チャンネルのタスク間の比較
タスクごとに活性したチャンネルを検討した.そこで活
被験者 A,B,D で共通して活性が見られたチャンネ
性していると考えられるチャンネルを難易度の異なるタ
ル 4 について,各被験者のタスクごとの脳血流積分値を
スクで t 検定での有意差,脳血流積分値の差から比較し,
う変化するのか,また低得点者と高得点者では何か違い
Fig. 1 に示す.まず,高得点者の被験者 A,B と低得点
者の被験者 D の脳血流積分値を比較すると,高得点者の
方がタスク時の脳血流量が多く低得点者よりこのチャン
が見られるか検討を行った.
ネルが活性していることが分かる.また,被験者 A,B
問題の難易度があがると活性したチャネルの脳血流はど
はタスク 2 において脳血流量がタスク 1 と比較し減少し
実験結果
5
5.1
ているが,タスク 3 においてまた増加している.このタ
スク 2 において脳血流が減少している理由は,タスク 1
テスト成績
MCT のテスト結果を Table. 1 に示す.また成績は,
と 2 の難易度が大きく違い,考え方が複雑であったため
それぞれのタスクごとの正答率で示している.また,総
活性は一度低くなったものの,タスク 2 で問題に慣れ,
合得点についてはすべてのタスクの正答数を全体の解答
タスク 3 では再び血流が増加したのではないかと考えら
数で割った総合の正答率となっている.被験者 A から順
れる.一方,被験者 D においてはタスク 2 で血流が少し
に成績が高い結果となった.また,解答数が多いほど低
上昇したものの一番難易度の高いタスク 3 においては血
流量が減少している.今回のタスクで 3 人の被験者に共
得点となる傾向が見られた.
通して活性がみられ,また高得点者においては一番難易
被験者
5.2
Table. 1 MCT 成績結果
task1 task2 task3 総合
度の高いタスク 3 で最も血流量が増加したチャンネル 4
解答数
A
100
80
67
85
13
B
100
80
0
78
14
C
100
80
0
75
13
D
90
29
17
52
23
の働きと空間認識の関係について,考察で検討を行う.
脳血流活性部位
それぞれの被験者においてタスクごとに活性がみられ
たチャンネルを,Table. 2 に示す.また、今回のタスク
Fig. 1 チャンネル 4 のタスク間の脳血流積分値比較
では 3 回のタスクのうち 2 回活性したチャンネルを,全
考察
体を通して MCT を行った際に活性したチャンネルと考
6
えた.被験者 C については,右側頭部の活性が見られな
6.1
かった.これについては考察において検討を行う.それ
チャンネル 4 の働き
チャンネル 4 の位置は,Fig. 2 に示すように右側頭部
以外の被験者では,高得点者のほうが低得点者と比較し,
の前方で,右下頭回の位置にあたる.この右下頭回は,
右側頭部での活性チャンネルが多い傾向が見られた.ま
視空間スケッチパットが行われた際,活性するという報
た A,B,D 被験者で共通してチャンネル 4 での活性が見
告がある 3) .この視空間スケッチパッドとは,情報の
られた.このチャンネルにおいてそれぞれの被験者ごと
短期的かつ能動的な保持機構であるワーキングメモリの
にタスク間での比較を行った.その結果を次の章に示す.
下位システムである.ワーキングメモリモデルの中心に
は,注意資源の分配を行う中央実行系があり,その従属
システムとして音韻ループと視空間スケッチパッドがあ
る.音韻ループは言語的情報の保持,操作を行い,視空
間スケッチパッドは,視覚的,空間的な非言語的情報の
一時的な保持や操作を行うと考えられている 4) .この
視覚的,空間的な情報の保持や操作とは,言語化できな
い情報を視覚イメージとして一時的に保持,操作するこ
とであり,具体的には映像や画像を頭の中で思い浮かべ
ている感覚がこれにあたる.今回の MCT においても,2
次元の画像から 3 次元の立体をイメージすることが必要
であり,また右下頭回の活性からもこのシステムが働い
ていたと考えられる.高得点者ほど,右下頭回の脳血流
Fig. 3
被験者 C の各プローブにおける脳血流積分値
が上昇しており,視空間スケッチパッドのシステムが働
いて,脳内でのイメージが出来ていたため,正答率も高
かったのではないかと考えられる.
7
まとめ
本報告では,MCT を用いて空間認識を行い,高得点者
と低得点者の脳血流活性部位や変化量の違いを確認する
ことが目的であった。実験を行った結果,被験者 4 人の
うち 3 人に共通して活性が見られるチャンネルを確認し
た.このチャンネルにおいて高得点者の方がタスク時の
脳血流量が多く,また最も難しいタスクにおいて脳血流
量の上昇が見られた.また,このチャンネルの活性から空
間認識とワーキングメモリの一部である視空間スケッチ
Fig. 2 チャンネル
4 の位置
6.2
被験者 C の後頭部脳血流活性
被験者 A,B,D については,視空間情報処理で働くと
パッドの関係が予測された.被験者のうち 1 人において
は,後頭部に活性がみられ第一次視覚野での視覚イメー
ジが予測された.今回の実験では,被験者が 4 人であっ
たため,被験者を増やしさらに深い検討を行うことが必
要である.
される右側頭部に活性がみられた.しかし,被験者 C に
ついては高得点者であるものの右側頭部に顕著な活性が
参考文献
見られなかった.被験者 C の脳の各領域におけるタスク
1) 鈴木賢次郎. 認知図学事始め (2) −切断面実形視テス
時の脳血流積分値を表したものが Fig. 3 である.ほかの
トによる学生の空間認識力評価. Technical report, 日
プローブと比較し,後頭部に大きな活性が見られた.後
本図学会, 1999.
頭部には第一次視覚野が存在し,この第一次視覚野が視
覚イメージの形成において活動するのではないかという
報告がある 5) .これについては,研究者において異なっ
た見解が出されはっきりとした決着はついていない.し
かし,今回の MCT において視覚から入ってきた情報か
ら立体をイメージする視覚イメージは必要であり,被験
者 C は後頭部が働いてそれが行われ,解答をしていたの
ではないかと考えられる.
2) 岡田加奈恵・山下光. 掌上に描かれた図形の認知にお
ける大脳半球機能差. Technical report, 大阪教育大学
障害児教育研究紀要, 2000.
3) 苧阪直行. 色のワーキングメモリの脳内表現. Technical report, 日本色彩学会, 2006.
4) 國見充展. ワーキングメモリ課題と短期記憶課題遂行
能力の加齢変化. Technical report, 人間社会環境研
究, 2007.
5) 大塚信一. イメージと認知. 岩波書店, 2001.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
ICA を用いた NIRS データの信号分離
中村 友香
Yuka NAKAMURA
はじめに
1
近年,脳機能に対する関心が高まっている.NIRS(Near
Infrared Spectroscopy) は,近赤外光を用いて脳内のヘ
モグロビン変化を多点で測定することで,非侵襲に脳機
能を計測出来る手法の一つである.NIRS は,簡易,非
侵襲であり,自由な姿勢で発声や運動を行いながらの測
定が可能である 1) .しかし,脳機能に関係しない脈や,
体の動きによる影響が波形にあらわれてしまうという
問題がある.現在,このような脳機能に関係しない信号
の除去には,加算平均法や周波数フィルタが用いられて
いる 2) .しかし,これらの処理は実験者が恣意的に周
波数の値などを決めてしまうことから,処理によって重
要な信号が失われる可能性がある.そこで,本研究では,
MEG(Magnetoencephalogram) や EEG(Electroencepha
logram) などのノイズ成分除去として用いられている
ICA(Independent Component Analysis)3) 4) を NIRS
データに適用し,脈や体の動きを抽出する手法を提案
Fig. 1 ICA モデル
1. 信号の中心化
中心化とは,平均値が 0 となるようにする処理である.
2. 白色化
白色化を行うことで,信号を線形変換し,無相関化を
する.
ICA を用いた信号分離の提案
2
2.1
行っている.この処理を行うことにより,収束が容易
となる 6) .
ICA
3. ICA の実行
FastICA アルゴリズムを用いて ICA を行う 7) .この
つけ出す手法である .Fig. 1 に ICA のモデルを示す.
処理を行うことで非ガウス性の大きいものが原信号と
t を時刻とし,複数の観測値 x(t) が与えられているとし,
して分離される.最適な実行結果の決定には,分離信
それらが独立な成分の線形混合によって生成されると仮定
ICA とは複数の観測信号から未知の独立な原信号を見
5)
号に脈成分の周波数が含まれている時を選択した.
する.原信号を s,混合行列を A とすると,x(t) = As(t)
である.ここで,A は未知の行列である.すると,ICA
は x(t) のみを観測して行列 A と原信号 s(t) を求める問
検証実験
3
題ということになる.ここで,独立成分の数は,観測さ
本実験では 2 つの検証実験を行った.1 つめに,あら
れる変数の数と同じであると仮定している.このモデル
かじめ原信号の明らかなモデルデータを作成し,ICA を
は原信号が非ガウス的であるとき,推定可能である 4) .
行うことで,プログラムの動作確認を行った.2 つめに,
2.2
NIRS データへの適用
NIRS データへ ICA を適用し,脈による信号,頭の動き
による信号の抽出について検証した.
NIRS データには,脳機能による信号と脳機能以外に
よる信号の複数の独立した信号源が存在する.また,そ
3.1
れらの信号が混合されたものが複数のセンサから測定さ
3.1.1
れる 4) .これらは ICA の条件を満たしている.NIRS
NIRS データを想定し,モデルデータを作成した.モ
デルデータはデータ長が 200 で,原信号を 3 つとした.
データへ適用するため,以下の手順で処理を行った.
モデルデータを用いた検証実験
モデルデータの作成
信号 1 はタスクによる脳血流変化を想定した矩形波であ
Table. 1 実験環境
値
室温
27.1 ℃
76 %
湿度
被験者
使用機器
ETG-7100(日立メディコ)
女性健常者 1 名 (22 歳,利き腕:右)
測定部位
前頭部
測定チャネル数
使用波形
3 × 5 22CH
Oxy-Hb
サンプリング周波数
10Hz
Fig. 2 モデルデータ
Fig. 3 モデルデータの分離結果
る.信号 2 は脈による信号を想定した 1.2Hz の正弦波で
Fig. 4 前頭部の波形,FFT 結果
ある.信号 3 は体動を想定したパルス波である.信号 1,
2,3 を混合し,3 つの観測信号を生成した.信号 1 は観
測信号 1 では 0.5 倍,2,3 では 0.25 倍とし,信号 2 はす
べて 1 倍で混合した.また,信号 3 は観測信号 1,2 で
は 0.25 倍,3 では 0.5 倍で混合した.Fig. 2 に作成した
原信号,観測信号を示す.
3.1.2
モデルデータの ICA 実行結果
モデルデータに ICA を行うと,3 個の信号に分離され
た.Fig. 3 に分離された信号を示す.分離信号は原信号
Fig. 5 分離信号 (30 秒間)
と同じ波形となり,ICA により原信号を推定できている
と言える.この結果より,プログラムは正常に動作して
一例を示す.FFT の結果より,今回分離したい脈成分の
いることが確認できた.
周波数である 1.2Hz 付近にピークが見られないチャンネ
3.2
NIRS データを用いた検証実験
本実験では,150 秒間の計測を 2 回行った.被験者に
はどちらの計測時も画面の+を注視させた.1 回目の計
測では 150 秒間,安静状態を維持させた.2 回目の計測
では,課題開始前と終了後の 60 秒間は安静状態を維持
させ,60 秒から 90 秒の間に頭を 1 回動かした.本実験
では,移動平均処理やフィルタ処理を行っていないデー
タを使用した.Table. 1 に実験環境を示す.
3.2.1
注視のみを行ったデータ
脈成分を分離することを目的とし,本実験を行った.
実験結果の周波数成分を確認するため,FFT を行った.
Fig. 4 に,前頭部の計測された時系列と FFT の結果の
ルを取り除き,2.2 で述べた手法により ICA を用いて信
号分離を行った.150 秒間すべてのデータを用いて ICA
を行うと,12 個の信号に分離された.12 個の分離信号か
ら脈を抽出することができなかった.低周波成分が多く
含まれているため,抽出できなかったのではないかと考
え,開始から 30 秒間のデータを用いて ICA を行った.そ
の結果,30 秒間では 11 個の信号に分離された (Fig. 5).
脈に類似した周期を持つことから,7 個目の分離信号が
脈であると考えた.この 7 個目の分離信号に FFT を行っ
た (Fig. 6).1.2Hz にピークが見られることから,この
信号は脈であることが確認できた.また,30 秒間の観測
信号に FFT を行った (Fig. 7).Fig. 7 より 30 秒間では,
低周波成分が減少していることが確認できた.以上の結
Fig. 6 分離信号 FFT 結果
Fig. 8 分離信号 (150 秒間)
Fig. 7 観測信号 FFT 結果 (30 秒間)
果より,150 秒間という長い時間では,ICA によって脈
は抽出できなかった.しかし,30 秒間という短い時間で
は,低周波成分が減少することにより,ICA によって脈
が抽出できた.
3.2.2
Fig. 9 分離信号 (30 秒間)
注視と頭の動きを行ったデータ
脈成分と体動による信号を分離することを目的とし,
本実験を行った.69 秒の時に,頭が動いた.注視のみを
行ったときと同様に FFT を行った.Fig. 4 に前頭部の
計測された時系列,FFT の結果の一例を示す.FFT の
Fig. 10 分離信号 FFT 結果
結果より,脈成分の周波数である 1.2Hz 付近にピークが
見られないチャンネルを取り除き,2.2 に述べた手法で
について検討した.その結果,体動の分離が確認できた.
ICA を用いて信号分離を行った.150 秒間すべてのデー
また,脈は時系列データを 30 秒間に制限することで分
タを用いて ICA を行うと,9 個の信号に分離された (Fig.
離できた.今後の展望として,3 つの課題が挙げられる.
8).69 秒のところに山がある 1 個目の分離信号は,頭の
動きによる信号であると考えた.しかし,9 個の分離信
1 つ目に,最適なデータ長の選択と分離数の決定につい
て検討することである.2 つ目に,より体動の影響を正
号から脈を抽出することができなかった.そのため,60
確に取り除くため,加速度センサなどを用いて体動を検
秒から 90 秒の 30 秒間のデータを用いて ICA を行った.
知し,ICA の結果と同期することである.3 つ目に,抽
30 秒間では 9 個の信号に分離された (Fig. 9).9 秒に山
が見られる 1,2,3 個目の分離信号が頭の動きによる信
号であると考えた.また,9 個目の分離信号が脈である
出した信号を除去し,元の信号に戻すことである.
と考えた.この 9 個目の分離信号に FFT を行った (Fig.
10).1.2Hz にピークが見られることから,この信号は脈
であることが確認できた.以上の結果より,150 秒間と
いう長い時間では,ICA によって頭の動きは抽出できる
が,脈の抽出はできないことが確認できた.しかし,30
秒間という短い時間では,ICA によって頭の動きも脈も
抽出できることが確認できた.頭の動きは低周波成分も
含まれているため,150 秒間でも抽出できたと考える.
4
まとめと今後の展望
本稿では,脈や体動の影響を取り除くことを目的とし
て,ICA の NIRS データへの適用について検討した.ま
ず 1 つ目に,モデルデータを作成し,ICA を行うことで
プログラムの動作確認を行った.2 つ目に,実際に NIRS
データに ICA を行うことで,脈と体動が分離できるか
参考文献
1) 福田正人. 精神疾患と NIRS 光トポグラフィ検査による
脳機能イメージング. 中田書店, 2009.
2) 玉木宗久, 海津亜希子. NIRS による脳機能測定.
http://www.nise.go.jp/kenshuka/josa/kankobutsu/pubb/b215/b-2155.pdf.
3) 池田思朗, 村田昇. Independent Component Analysis を
用いた MEG データの解析.
http://www.ism.ac.jp/ shiro/papers/techreport/nc
1998Jun.pdf.
4) Aapo Hyvarinen, Juha Karhunen, Erkki Oja. 独立成分
分析 信号解析の新しい世界. 東京電機大学出版局, 2005.
5) 池田思朗. 独立成分解析.
http://www.ism.ac.jp/ shiro/papers/etc/jnns2002Sep.pdf.
6) 五反田博. 独立成分分析に基づく音源分離について.
http://www.osaka-kyoiku.ac.jp/ ashino/ws2011/wa
velet2011proceedings.pdf, 2012.
7) Modular toolkit for data processing.
http://mdp-toolkit.sourceforge.net/.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
ワーキングメモリの処理効率の違いと脳血流量変化の関係の検討
Nozomi MASHIMA
真島 希実
1
者は,読みにさほど資源を使うことがないため残された
はじめに
資源を保持に配分することができ,単語の保持を容易に
近年,脳研究は科学技術の基礎となると考えられてお
できる.しかし,読みの不得意な被験者では,読みの効
り,盛んになっている.脳研究の一つに近赤外分光法を
(Near-infrared spetrosopy) があ
率が悪いため資源を使いすぎてしまい,他に振り分ける
用いた光トポグラフィ
ことができない.そのため,単語の保持が困難になると
る.光トポグラフィは課題遂行時の生体のヘモグロビン
考えられている 2) .
濃度を計測し,局所の血流量を推定,測定部位の機能を
NIRS は非侵襲性であり,体の
検討する方法論である.
3 実験
位置や動作に制約がなく,時間分解能が高いなどの利点
3.1
があることから精神疾患の臨床検査に用いられている.
実験目的
RST を用いてワーキングメモリの処理効
率の差異と NIRS により測定した脳血流の変化量の差異
の関係性を検討する.そのために,RST の作業成績をも
本実験では,
しかし,こうして計測したデータには温度などの環境に
よる個人差や疲れや眠気などの影響により,測定された
データの精度が低下するという問題がある.このことか
とに被験者を分類した際の各郡の脳血流変化量について
ら,人に内在する影響を十分に留意した上で計測する必
検討を行った.
要がある.そこで,本研究ではワーキングメモリの処理
効率に焦点を当て,個人差の影響を解明することを目的
とする.
2
リーディングスパンテスト
(
リーディングスパンテスト 以下より
RST) とはワー
3.2
実験概要
RST に用いる短文は提示画面内に高等学校の教科書か
ら引用し,2 文条件から 5 文条件までそれぞれ 5 セット
ずつ行った.短文は 1 行に収まるようにし,セット間に
は白紙の画面を表示した.文中の単語の下に赤線を引き
キングメモリの処理効率の個人差を測定するために開発
RST は被験者に短文を口頭で読ませ
その単語をターゲット語とした.実験の流れを以下より
された課題である.
ながら,その短文中の単語を保持させる課題である.そ
のため,情報の処理と保持という両過程の並立的な処理
効率を測定することができる.ワーキングメモリには処
理資源に制限があるとされており,処理効率とは読むこ
とでワーキングメモリ資源の大部分を消費させた状態で,
どれくらい単語を保持できるかを測定する指標である.
モデルを簡単に
Fig. 1 に示す
1)
.
説明する.
1.
文章を口頭で読みながら,赤線で引かれた単語を記
憶する.
2. 1 文読み終わるとすぐに次の文を読み始める.
3. 白紙が出現すると記憶した単語を口頭で解答する.
4. これを 5 セット繰り返す.
例えば,2 文条件では,2 文読んだあと白紙が出現す
るので,その時覚えた 2 つの単語を再生,それを 5 セッ
ト繰り返す.同様に 3 文条件,4 文条件,5 文条件で行
う.この時,再生順序は自由であるが最後のターゲット
語を最初に報告することのみは禁止した.また,読みに
十分に資源を消費させるため,ある程度大きな声で明瞭
に読むように注意した.評価方法は,正答率からワーキ
Fig. 1
ングメモリの処理効率の違いを検討する.
ワーキングメモリのモデル
Fig. 5 に示す読みと記憶の配分はワーキングメモリの
中央実行系が役割を果たす.RST では読みが得意な被験
3.3
実験環境
10 名 (男性:2 名,女性:8 名) に参加して頂いた.そのう
ち,正答率の高い被験者 3 人と正答率の低い被験者 3 人
NIRS を用いて脳血流量を測定した.NIRS は日立メ
ディコ製の ETG-7100 の 3 プローブ (72 チャネル) を用
いて前頭部および側頭部に設置した.室温は 21.3∼ 24.5
℃,湿度は 47∼ 52% である.
に
3.4
検討方法
このように
RST を用いて実験を行い,各文条件ごと
に正答率を算出したところ,正答率の低い被験者と正答
5
率の高い被験者の差が大きかったのは 文条件であった.
NIRS のデータでも 5 文条件が被験者間のワー
4 結果と考察
4.1
リーディングスパンテストの結果
RST5 文条件の 10 名の正答率を Table.1 に示す.
Table. 1 リーディングスパンテストの正答率
被験者 A
B C D E F G H I
正答率 20 24 32 36 36 40 40 60 68
これより,
キングメモリの処理効率の差異が現れると考え,タスク
5
に 文条件の
2 に示す.
RST を用いることにした.実験設計を Fig.
3 (A,B,C) の平均値
3 (G,H,I) の平均値と分
散を Fig. 4 に示す.Fig. 4 より,RST の正答率の低い被
験者と高い被験者で t 検定した結果,有意差 (P<.01) が
この中で,正答率の低い被験者 名
と分散,正答率の高い被験者 名
認められた.
Fig. 2
1.
ブロックデザイン
60 秒間画面を注視しながら「あいうえお」と
レスト:
音読する
2.
3.
1
タスク: 文を読みながら赤線の単語を覚える
(5 文)
正答率の平均
タスク:白紙の画面が表示され,記憶した単語を口頭
4.2
で回答する
4.
Fig. 4
タスク:これを
5 セット繰り返す
NIRS
の結果と考察
ワーキンングメモリは前頭部にある中央実行系が中心
NIRS から得られたデータの処理方法は,ノイズの影
的な役割をしており,個人差が生じることから,前頭部に
おける脳血流の結果を比較した.データ処理後の脳血流
響を取り除くため移動加算平均処理と同一条件で比較す
fMRI を用い
るためベースライン処理を行った.また,
てワーキングメモリ部位の特定を行った文献 3) を参考に
し,
NIRS では前頭部の CH1,4,5,9 がワーキングメ
モリ部位であると仮定した.そして,ワーキングメモリ
部位とワーキングメモリ以外の部位と比較する.
の前頭部のチャネルを
Fig. 3 に示す.
NIRS
量の変化を正答率の低い被験者と高い被験者で比較した.
CH1,4,5,
9 の平均 (左) とワーキングメモリ以外の部位の平均 (右)
をグラフにしたのが Fig. 5 である.Fig. 5 より,ワーキ
そして,ワーキングメモリ部位と仮定した
ングメモリ部位では正答率の低い被験者も高い被験者も
差が見られなかったのに対し,ワーキングメモリ以外の
部位では正答率の低い被験者の方が正答率の高い被験者
に比べて,活性が大きかった.
Fig. 3
前頭部のチャネル
Fig. 5
低成績と高成績の被験者の
Oxy-Hb の差異
(A) と最も高い
被験者 (I) の NIRS で得られたデータ処理後の結果を Fig.
一例として,正答率の最も低い被験者
6,Fig. 7 に示す.Fig. 6,Fig. 7 からもワーキングメモ
5 まとめ
リ部位では活性に差が見られなかったのに対し,ワーキ
ングメモリ部位以外では正答率の低い被験者
(A) の方が
本研究では,ワーキングメモリの処理効率の違いという
個人差の影響と
NIRS のデータの関係性について,RST
活性が大きいことがわかる.
を用いて検討した.実験の結果は,全ての被験者がワー
キングメモリと思われる部位に活性が認められた.しか
し,成績の悪い被験者は前頭部全体で活性したことに対
し,成績の良い被験者は,他の部位にあまり活性は見ら
れなかった.
これらの結果からワーキングメモリの処理効率の違い
が生じることが分かった.
参考文献
Fig. 6
成績の最も低い被験者
(A) の Oxy-Hb の濃度変化
Fig. 7
成績の最も高い被験者
(I) の Oxy-Hb の濃度変化
Fig. 5,Fig. 6,Fig. 7 より,成績の悪い被験者も成績
の良い被験者もワーキングメモリ部位では差が見られな
かった.ワーキングメモリ以外の部位では,成績の悪い
被験者は変化量が大きかったのに対し,成績の良い被験
者は変化量が小さく活性があまり見られなかった.この
ことから,成績の悪い被験者はワーキングメモリを効率
よく配分できないため,読みにたくさんのワーキングメ
モリ資源を消費してしまい記憶することが困難となると
考えられる.そのため,ワーキングメモリ以外の部位を
使って記憶しようとし,前頭部全体で活性する.しかし,
成績の良い被験者はワーキングメモリ部位のみで,読み
と記憶と効率よく使うことができたと考えられる.
1) 苧坂直行. ワーキングメモリの脳内表現. 京都大学学
術出版, 2008.
2) 苧坂満里子. 読みとワーキングメモリ容量. The
Japanese Journal of Psyhology, Vol. 65, No. 5, pp.
339{345, 1994.
3) 斉藤恵一, 安藤貴泰. 機能的 mri を用いた視覚性ワー
キングメモリ課題における脳活動の検討. バイオメ
ディカル・フィジ・システム学会誌, Vol. 11, No. 2,
pp. 87{91, 2009.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
同期タッピングおよび交互タッピングにおける
協調作業時の脳血流変化の検討
後藤 真櫻
Mao GOTO
はじめに
1
人間同士の協調作業では,相手と「間」を合わせるこ
令から軌道を出力する神経回路を順モデル,逆に軌道に
見合った運動指令を出力する神経回路を逆モデルという.
とが重要となる.
「間」を合わせることはすなわちタイミ
内部モデルの学習では,運動の遂行毎に小脳の内部モデ
ングを制御することにつながる.
「間」の共有機構を明ら
ルの修正が行われる.学習が進めば速いスムーズな運動
かにするための研究が三宅 1) を研究代表者とするグルー
がこの回路を用いて可能となる.これをフィードバック
プで近年行われている.三宅らはタイミングに着目し,
誤差学習といい,運動制御と運動学習を統合した理論と
その機構を解析するための実験系として同期タッピング
いえる.誤差情報をフィードバックすることによって内
課題と交互タッピング課題を用いている.先行研究 2) で
部モデルが修正され,徐々に正確なフィードフォワード
は両課題を比較してその性質を明らかにすることを目標
運動指令を出力する内部モデルが生成されるようになっ
としている.しかし先行研究ではタッピングスコアのみ
ている.すなわち,誤差のない試行のみが残ることによっ
を解析しており,脳の活動は観察していない.
て,正しい協調性が獲得される.
そこで本稿では,fNIRS(functional Near-infrared spec-
troscopy) を用いて協調動作の脳活動を確認する.
協調動作
2
2.1
タイミング機構
協調動作とは複数の人間が協力することによって,
実験
3
3.1
実験目的
本実験では,協調動作に関連のある脳活動の部位を観
察することを目的としている.そのために,先行研究に
基づいて同期タッピング課題と交互タッピング課題を行
新しい価値を創造することである.人間の協調動作にお
いそのスコアの比較をし,fNIRS を用いて脳血流変化を
いて,互いのタイミングを合わせることが不可欠となる.
計測する.今後は 2 人の被験者で簡易型 fNIRS を用いて
人間のタイミング機構を解析するための実験系として、
同様の内容を同時計測を考えているので,簡易型 fNIRS
同期タッピング課題と交互タッピング課題がある.同期
の 2 つのチャンネルに相当する前頭部の 6 つのチャンネ
タッピング課題では,視聴覚・体性感覚などの外的イベ
ルに着目する.
ントと,応答出力とを結ぶ感覚運動連関において,周期
3.2
被験者・実験環境
的な音や光の刺激に対して身体反応が数 10 ms 前後先行
被験者は健常者 4 名 (女性:4 名,年齢:21-23 歳) を
する,タイミング制御の予測的機構とも言える「負の非
対象とした.実験環境として温度は 23.0 ∼26.2 ℃ ,湿
同期」現象が観察されている.つまり,被験者に経験さ
度は 60 ∼78 % で実験を行った.
れる認知的な同調感覚と,指運動のタイミングの間に時
間的なずれが生じる.交互タッピング課題においても多
くの知見が得られているが,その不安定かつ複雑な挙動
からか,未だその時間構造には不明な点が多い.
2.2
小脳における運動の学習
3.3
3.3.1
実験概要
システム概要
本実験では刺激提示を行うプログラムを Presentation
ソフトを用いて作成した.聴覚刺激を阻害する可能性の
ある雑音源をできるだけ排除するためイヤホンを使用し
小脳には運動制御を行う「内部モデル」が存在する.小
た.提示音刺激は,500 Hz の sin 波を 100 ms 間被験者
脳が学習機能を持つことはすでに知られている.運動中
の両耳に提示した.両課題ともに 1 回の試行を 120 Tap
の学習によって小脳は,運動指令とその結果生じる軌道
から構成し,その 120 Tap のうち不安定な最初の 20 Tap
との関係の情報を蓄える.このような小脳内に保持され
を除いた有効 100 Tap を,実計測値として採用した.
る運動指令-筋骨格系の情報を内部モデルと呼び,運動指
また本実験では ETG-7100(Hitachi medical Co.) を用
1
SE = T ap(n) − (Stim(n + 1) + Stim(n))
2
いて計測した.プローブは両側頭部,前頭部に設置した.
設置の際には脳波電極配置の国際基準である国際 10-20
(4)
法を参考に行った.
実験設計
3.4
本実験では,ブロックデザインにより実験を行う.以
下にタスクとレストの内容を示す.
• タスク
被験者には椅子に座ったまま,イヤホンから提示さ
れる音に対して同期タッピング課題もしくは交互タッ
ピング課題を行う.制限時間が終了するまで画面に表
Fig. 1 同期タッピング課題における時間的関係
示される「+」を注視する.タッピングに用いる指は
右手人指し指を用いる.
同期タッピング課題
周期的なパルス音刺激を提示し,被験者はその音刺激
の開始時刻に同期するようボタンを押す.
交互タッピング課題
周期的なパルス音刺激を提示し,被験者はその連続す
る音刺激のちょうど中間の時刻に合わせるようボタン
を押す.
Fig. 2 交互タッピング課題における時間的関係
タイミング機構の周期依存性を調べるために,両課
題において,提示刺激周期 (ISI:Inter Stimulus-onset
結果
Interval) として 600 ms,1200 ms,1800 ms,2400 ms,
4
3000 ms を与える.タスク時間 (N) は,式 (1) に従っ
て設計した.
4.1
N = ISI ∗ 120
[ms]
4.1.1
タッピングスコア
SE 時系列
(1)
Fig. 3 は ISI=600 ms,ISI=1800 ms,ISI=3000 ms の
両課題における SE 時系列である.上段が同期タッピン
タスクと同様,被験者は椅子に座ったまま,画面の
グ課題,下段が交互タッピング課題である.同期タッピ
「+」を注視する.本実験では「協調」に着目するの
ング課題の ISI=600 ms の SE 時系列は試行を通して常
でレスト区間も指のタッピングを行ってもらう.ただ
に負の値を取り,ISI=1800 ms においても,試行を通し
し,単調に押し続けてもらうようにした.
てほぼ負の値を取っている.これは音刺激に対して常に
• レスト
タスクが始まる前のレスト時間は 30 sec,タスクが
た負の非同期現象であると考えられ,人間が予測的なタ
終了した後のレスト時間は 50 sec に設計した.
3.4.1
タップが先行していることを表している.2.1 節で述べ
イミング制御をおこなっていることを示している.また,
特徴量
記録された n 番目の提示刺激時刻を Stim(n),n 番目の
ボタン押し (Tap) 時刻を Tap(n) として,連続するタップ
の間隔である ITI(Inter Tap-onset Interval),目標刺激時
刻とタップの間隔である SE(Synchronization Error) を
グラフを見て分かるように,この負の非同期現象は ISI
が短い周期において生じ,長い周期に移行するとともに
現象が見られなくなっている.
4.1.2
ITI 及び SE の自己相関
解析の対象とした (Fig. 1,Fig. 2).ここで目標刺激時
Fig. 4 は ITI 及び SE の次数 1 の自己相関における相
刻とは,同期タッピング課題においては提示刺激時刻の
関係数を表している.回帰直線を引いてみたところ,ITI
ことを,交互タッピング課題においては 2 つの提示刺激
では両課題において ISI が大きいほど相関が負の方向へ
の中間時刻のことを指す.ITI(式 (2)) 及び SE(同期タッ
変移するのが見てとれる.
ピング課題:式 (3),交互タッピング課題:式 (4)) を以
一方,SE の相関において,同期タッピングでは周期
が短いほど正の相関を持ち,周期が長くなると相関が減
下に定義する.
IT I = T ap(n + 1) − T ap(n)
(2)
SE = T ap(n) − Stim(n)
(3)
少するのが分かる.交互タッピングでは ISI に依存する
ことなく常に正の相関を取ることが分かる.
Fig. 5 着目領域
Fig. 3 SE 時系列
Fig. 6 同期タッピング課題 (ISI=600 ms) における脳血
流変化
しかし,本実験では交互タッピングの ISI=1800 ms の際
にも常に負の値を取る現象が見られた.これは,先行研
Fig. 4 ITI 及び SE の自己相関
究ではタップ動作に習熟した被験者を用いており,本実
験の被験者は十分に習熟していないからこのような違い
タッピングスコアの成績
4.1.3
が見られたのではないかと考えられる.
タッピングの誤差である SE に対して成績をつけた.採
Fig. 8 に両課題における SE を提示刺激周期別にグラ
点方法としてそれぞれの課題に対して提示刺激周期別に
フ化した.すると,提示刺激周期が大きくなるにつれ,
SE の平均値を出した.
点数は 4 段階とし,SE の絶対値が小さい人から 4,3,2,1
点として刺激周期毎に採点し,各課題に対する被験者の
SE の絶対値が大きくなっているのが分かる.これは,提
示刺激周期が大きくなると,刺激に合わせてタッピング
をするのが難しくなるので誤差が大きくなってしまって
得点を計算した.その結果を Table. 1 に示す.
いるのではないかと考えられる.SE や ITI などのタッピ
Table. 1 SE に基づくタッピングスコアの成績
被験者 同期課題 交互課題 合計得点 総合順位
ングスコアを見ると,先行研究とほぼ同様の傾向を示し,
しかし脳血流変化ではタッピングスコアとの相関が見
A
12
14
26
2
られなかった.相関が見られない理由を探るため着目領
B
10
14
24
3
域の脳血流変化を考察する.Fig. 6 では被験者 D 以外は
C
13
5
18
4
同様の傾向を示しており,タスク開始時にわずかに上が
D
15
20
35
1
るだけであとは減少しているのが分かる.被験者 D は一
貫して減少傾向にある.一方 Fig. 7 においても被験者 D
4.2
脳血流変化
着目領域である前頭部の CH1,4,5,6,8,9(Fig. 5) の脳血
流変化について検討する.Oxy-Hb 濃度変化のベースラ
イン処理後の時系列データを Fig. 6 と Fig. 7 に示した.
Fig. 6 が同期タッピング課題,ISI=600 ms の時の OxyHb 濃度変化,Fig. 7 が交互タッピング課題,ISI=3000
ms の時の Oxy-Hb 濃度変化である.
5
考察
SE の時系列について Fig. 3 を観察すると,先行研究
と同様,同期タッピングで負の非同期現象が見られた.
以外は同様の傾向を示している.減少まではしなくとも
タスク区間で活性している傾向は被験者間では見られな
い.このようにタスク区間であまり活性が見られなかっ
た要因として,小脳での運動の学習が考えられる.今回
のタスクでは一定周期の音刺激に対する指のタッピング
ということであるが,これは被験者がリズム間隔を記憶
して正しくタッピングできるかをスコアを記録して検討
している.スキルを要する学習においてはスキルの習熟
前と後では神経のネットワークが異なることが先行研究
により示されている.Jenkins ら 3) によると,小脳は課
題実行中に活性化するが,特に未習熟のスキルを実行し
た.しかし着目領域での脳血流の増加は見られなかった.
その原因の一つとして運動の学習を行う小脳の働きが考
えられる.今回,被験者に与えた音刺激は周期的であり,
協調ではなく学習を伴うタスク内容ではなかったのかと
示唆された.
参考文献
Fig. 7 交互タッピング課題 (ISI=3000 ms) における脳
血流変化
1) 中島壮人, 小松知章, 三宅美博. 同期タッピングにお
ける予測的タイミング機構の時系列解析 : 認知的過
程と身体的過程の二重化されたダイナミクス. 自律分
散システム・シンポジウム資料 = SICE Symposium
on Decentralized Autonomous Systems, Vol. 19, pp.
121–126, 2007-01-29.
2) 朝日健太, 三宅美博. 同期タッピング及び交互タッピ
ングにおけるタイミング制御機構の比較. 自律分散シ
ステム・シンポジウム資料 = SICE Symposium on
Decentralized Autonomous Systems, 2007.
3) Jenkins I.H., Brooks D.J., Nixon P.D., Frackowiak
R.S.J., and Passingham R.E. Motor sequence learning -a study with positron emission tomography-.
Fig. 8 両課題における SE の平均値
ている時により活性し,その範囲も広いことがわかって
いる.また,前頭前野では新課題の学習中にのみ活性化
し,習熟したレベルでは安静時とあまり活性化レベルが
変わらないことが示されている.脳血流変化で大きな減
少傾向を示し,最も成績の良かった被験者 D はピアノに
習熟していることがアンケートにより分かっている.つ
まり,被験者 D はこの課題に対する神経回路がすでに出
来上がっており,小脳において反応を処理しているので
はないかと考えられる.また Fig. 6 を観察すると,被験
者 D 以外はタスク開始時の脳血流の立ちあがりが見られ
る.このことからも,被験者 D はタスクに対して動揺せ
ず遂行できていることがわかる.
従って,この実験を行い,協調に関連のある反応が
fNIRS を用いて見られるのではないかと予測を立てて
いたが考察を進めた結果次のような結論に至った.この
実験における協調とは運動の学習のことであり,そのメ
カニズムの中枢を担うのが小脳であるので今回 fNIRS を
用いた実験では協調が見られなかったのではないかと考
えられる.
6
まとめ
本実験での目的は,協調動作に関連のある脳活動部位
を観察することであった.課題には同期タッピング課題
と交互タッピング課題を用いた.結果としては,タッピ
ングスコアは先行研究とほぼ同じ結果を得ることができ
The Journal of Neuroscience, 1994.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
作業時における色温度が脳血流に及ぼす影響の検討
大西 夏子
Natsuko ONISHI
はじめに
1
2.2
近年,オフィスなどにおいて快適性,知的生産性の向上
実験環境
室温 22.8∼24.9 ℃,湿度 29∼56 % の環境の下行い,
が求められている.そして,室内環境が,作業のパフォー
被験者は男性健常者 7 名 (21∼24 歳) で,全員利き手は
マンス及び疲労感などの心理的・生理的要因に影響を与
右であった.2 種類の色温度環境の照明として,α-200
スにおける室内環境の要因は,音,温度,光などがある.
LED Color Desk Lamp4) を使用し,それ以外の照明は
消灯した環境で実験を行った.色温度は低色温度を 4000
大林らは,光環境の改善により知的生産性の向上が図れ
K,高色温度を 7000 K に設定した.
えることが先行研究
1)
ることを報告している
により,報告されている.オフィ
2)
.光環境には照度,輝度,色
温度などがある.色温度とは,ある光源が発している光
の色を定量的な数値で表現する尺度である.大西佑奈は,
色温度が脳血流に及ぼす影響の fNIRS を用いた検討を
行っている 3) .
脳血流量の変化量を計測する方法として,近赤外分光法
による脳機能イメージング装置 (functional Near Infrared
Spectoscopy:fNIRS) による計測がある.fNIRS の利点は,
非侵襲で体を傷つけることなく計測できること,小規模
2.3
2.3.1
実験設計
計算課題
Fig. 1 に示した流れで実験を行った.各期間における
説明を以下に示す.
• レスト
消灯した状態で,被験者は紙に 0 から 9 の数字を順に
記入した.
• タスク (計算課題)
な構造で移動可能であること,時間分解能が高いこと,
事前準備として,2 桁× 1 桁の乗算を 25 問準備し,被
低拘束で,座位での検査が可能であることである.
験者に 60 秒で解いてもらった.解けた問題数の 1.5 倍
本研究では,室内環境のざまざまな要因と脳血流量変
の問題数を本実験で用いた.点灯した状態で,被験者
化の関連性を研究していく中で,光環境に焦点を当てる.
は計算式が書いている問題用紙に答えを記入し,時間
さらに,光環境の中でも色温度に焦点に着目し,脳血流
内に問題を解き切ることを目標とした.
に及ぼす影響の fNIRS を用いた検討を行う.大西の実験
では検討の際,活性部位の特定なしに,課題遂行時の色
温度の差異で脳血流量変化に有意に差があるかどうか検
討していた.また,被験者間の個人差を考慮しない検討
方法を用いていた.本研究は,個人差及び活性部位を考
Fig. 1 計算課題計測シーケンス
慮した検討を行うことを目的とする.
先行研究
2
2.1
実験概要
色温度環境の差異が脳血流量に影響を与えるかどうか
Fig. 2 GO/NOGO 課題計測シーケンス
を検討するため,2 種類の色温度の環境の下,後述の計
算課題及び GO/NOGO 課題の実験を行った.被験者全
員に各課題を 2 種類の色温度環境の下行ってもらい,そ
の際の Oxy-Hb の変化量に着目した.また,測定部位は
前頭部と両側頭部であった.
Fig. 3 GO/NOGO 課題の設計図
GO/NOGO 課題
2.3.2
それぞれ 24ch のプローブを国際 10-20 法を参考に設置し
た.本実験は,先行研究と同様の実験設計で行った.た
GO/NOGO 課題とは,実験動物や被験者に GO 信号
または NOGO 信号を提示し,GO 信号に対しては何ら
かの運動によって即座に反応し,NOGO 信号であれば動
の環境下で行い,被験者は女性健常者 2 名 (21∼22 歳)
いてはいけないという課題である.
で,両者とも利き手は右であった.また,計算課題では,
Fig. 2 及び 3 に示した流れで実験を行った.各期間に
おける説明を以下に示す.
• レスト
だし,実験環境は,室温 25.8∼26.6 ℃,湿度 49∼51 %
事前準備で 2 桁× 1 桁の乗算を 35 問被験者に解いても
らった.
先行研究の検定方法の問題点を改善し,個人差及びタ
消灯した状態で,被験者は安静にし,時間は Oxy-Hb(Oxy- スク期間の活性を考慮した検定を行うことを目的とした.
Hemoglobin) 濃度変化量が十分に落ち着いたことを実
験者が確認するまで行うものとした.
• タスク (GO/NOGO 課題)
3.1
検討方法
本検討で用いたデータは,先行研究の 7 名及び本実験
の 2 名の被験者で,合計 9 名のデータである.脳の活性
1100 Hz の正弦波と 2000 Hz の正弦波の 2 種類をラン
ダムに提示し,1100 Hz の音を GO 信号,2000 Hz の
音を NOGO 信号とした.GO 信号が提示された際は,
化部位を同定するために,神経活動があった際に増加す
被験者は反応としてキーボードのエンターキーを押す
して,レストとタスクで Oxy-Hb 濃度変化量に有意な差
とした.信号は 1.3 秒毎に提示され,合計 125 回提示
があるかどうかを検定した.
されるように設計した.
2.4
検討方法
検定には,対応のあるデータの t 検定 (p<0.05) が用
いられていた.色温度の差異で Oxy-Hb 濃度変化量に有
るとされる Oxy-Hb 濃度変化量を対象として検定を行っ
た.また,個人差を考慮するため,被験者一人一人に対
3.1.1
活性部位の同定
検定には,不等分散の対応のないデータを対象とする
t 検定 (p<0.05) を用いた.サンプルデータは各課題にお
いて,タスク 5 秒間 (n=50) とレスト 5 秒間 (n=50) の
タスク中 Oxy-Hb 濃度変化量の積分値であり,各測定部
Oxy-Hb 濃度変化量の相対値とし,それぞれの測定部位
でチャンネル毎に比較した.レスト及びタスクのサンプ
ルデータについて以下に示す.
位でチャンネル毎に比較した.タスク中の Oxy-Hb 濃度
• レスト期間の Ox-Hb 濃度変化量 (n=50)
意に差が見られるかどうか検定するため,サンプルデー
タは,低色温度 (n=7) と高色温度 (n=7) の各被験者の
変化量の積分値は,各課題及び各色温度においてチャン
実験者が Oxy-Hb 濃度変化量が十分に落ち着いたこと
ネル毎に求めた.
を確認した 5 秒後にタスクを開始したことより,タス
2.5
検討方法の問題点
先行研究の検討方法の問題点は,以下に示す 2 点で
ある.
• 活性化部位の検定がされていない
タスクにおいて色温度の差異で有意差があるかどうか
を検定しているが,検定しているチャンネルが活性して
いるかどうかが分からない.色温度の差異でタスク中
の Oxy-Hb 濃度変化量に有意に差が見られるかどうか
検定する以前に,脳の活性部位を同定する必要がある.
• 被験者の個人差が考慮されていない
サンプルデータが各被験者のタスク中の Oxy-Hb 濃度
変化量の積分値であるので,7 つのサンプルデータに
ク開始直前の 5 秒間の 50 のデータとした.
• タスク期間の Oxy-Hb 濃度変化量 (n=50)
タスク期間全てのデータを使用すると,サンプルデー
タ数は計算課題では 600,GO/NOGO 課題では 1625
となる.よって,レストとタスクのデータ数の差が大
きくなり,検定の際,過誤が生じるので,レストと同
様にサンプルデータ数は 50 とした.
タスク中の Oxy-Hb 濃度変化量の最大値を求め,その
値の時間を基準とし,基準時間から± 25 のサンプル
数をとり,全部で 50 とした.
3.1.2
色温度環境の影響の比較
活性部位の同定後,色温度環境の影響を調べるため,
は個人差が生じる.個人差を考慮せず t 検定を行って
低色温度と高色温度のタスクの Oxy-Hb 濃度変化量に有
いるので,一人一人のデータを十分に検討した後,被
意な差があるかどうかを検定した.検定には,不等分散
験者間での比較を行わなければならない.
の対応のないデータを対象とする t 検定 (p<0.05) を用い
た.サンプルデータは,両色温度の活性部位のチャンネ
3
実験
fNIRS は日立メディコ製の ETG-7100 を用いた.また,
fNIRS のサンプリング周波数は 10 Hz とした.測定部位
は前頭部と両側頭部で,前頭部には 22ch,両側頭部には
ルにおけるタスク 5 秒間 (n=50) とし,それぞれのチャ
ンネル毎に比較した.活性部位の同定時と同様にタスク
のサンプルデータを決定した.
3.2
3.2.1
実験結果および考察
計算課題
低色温度の脳の活性化部位を Fig. 4 に,高色温度の脳
の活性部位を Fig. 5 に示す.網掛けのチャンネルが活性
部位である.活性部位は,そのチャンネルが活性した被
験者の人数により色の濃淡がついており,両色温度とも
最大で 5 名の被験者で活性部位が一致した.
低色温度も高色温度も共通して,両側頭部よりも前頭
部の活性が多く見られた.よって色温度環境における有
意差の比較では,前頭部に焦点を当てた.
Fig. 8 計算課題のパフォーマンス
低色温度の方がタスク時の Oxy-Hb 濃度変化量に有意
な差が見られるチャンネルを Fig. 6 に示す.最大で 4 名
の被験者で有意に活性した部位が一致した.ほぼすべて
のチャンネルで低色温度のタスク時の方が有意に活性し
ていおり,特に,チャンネル 9 及び 11 では有意に活性し
ている被験者が 4 名いた.Fig. 7 に被験者 H の Oxy-Hb
濃度変化量のグラフを示す.低色温度が有意に活性して
いることがグラフからも分かる.
次に,色温度環境の差異におけるパフォーマンスを比
較する.本実験で用いた問題で,被験者が解けた問題数
のうち正解した問題数の割合を正答率として表したグラ
フを Fig. 8 に示す.検定では低色温度で有意に活性が見
られたが,高色温度でパフォーマンスが向上した被験者
は 4 名いた.高色温度でパフォーマンスが良かった被験
者 4 名に着目する.4 名のうち 3 名でチャンネル 9 が低
色温度で有意に活性していることが分かった.チャンネ
ル 9 は,右下前頭回であり,ここでは反応抑制の命令を
出している.低色温度では反応抑制がかかったことによ
り,高色温度でパフォーマンスが向上したのではないか
と考えられる.
3.2.2
GO/NOGO 課題
低色温度の脳の活性化部位を Fig. 9 に,高色温度の脳
の活性部位を Fig. 10 に示す.網掛けのチャンネルが活
性部位である.活性部位は,そのチャンネルが活性した
被験者の人数により色の濃淡がついており,低色温度で
Fig. 4 計算課題の脳の活性部位 (低色温度)
は最大 3 名,高色温度では最大で 5 名の被験者で活性部
位が一致した.
検定より,低色温度では被験者 9 名のうち,活性部分
が最大で 3 名しか一致しなかった.よって,低色温度で
はほとんど活性がみられず,高色温度のみで活性が見ら
れたと考えた.
高色温度において,両側頭部よりも前頭部の活性が多
く見られたので,前頭部に焦点を当てた.活性部位に着
目すると,チャンネル 6,8 及び 10 で 5 名の活性が見ら
Fig. 5 計算課題の脳の活性部位 (高色温度)
れた.GO/NOGO 課題は GO 信号と NOGO 信号の競合
する反応であり,そのような反応への対応は,前頭前野
背外側部と前部帯状回背側部の相互作用により行われる
ことが報告されている 5) .前頭前野背外側部では,課題
遂行のための注意維持が行われており,前部帯状回背側
部では,競合する反応への対応が行われている.チャン
ネル 6 及び 8 は,前頭前野背外側部であり,GO/NOGO
課題を行う際の注意維持がされていたのではないかと考
Fig. 6 前頭部にお Fig. 7 計算課題における前頭部の えられる.
また,チャンネル 6 及び 10 は左前頭部である.利き
いて低色温度で有意 チャンネル 9 及び 11 の脳血流量変化
手が右の場合,左半球の方が右半球より活性するとされ
に差が見られた部分
参考文献
1) Masaoki Haneda Shinichi Tanabe, Naoe Nishihara.
Indoor temperature, productivity, and fatigue in office tasks. HVAC&R Research, Vol. 13, No. 4, p.
623-633, 2007.
Fig. 9 GO/NOGO 課題の脳の活性部位 (低色温度)
2) Youko Hattori Misa Kawauchi Fumiaki Obayashi,
Kazuhiro Tomita. A study on environmental control method to improve productivity of office workers. human interface symposium,Vol.1,No.1322,
p.151-p156, 2006.
3) 大西佑奈. 作業時における色温度が脳血流量変化に及
ぼす影響の fNIRS を用いた検討. 同志社大学大学院
生命医科学研究科修士論文, 2012.
4) 株式会社アルファリンク JP.
http://www.a-link.co.jp/system/index.html, 2011.
Fig. 10 GO/NOGO 課題の脳の活性部位 (高色温度)
ている.被験者は全員利き手が右であったことより,左
前頭部のチャンネル 6 が強く反応していたため,近くの
チャンネル 10 も活性したのではないかと考えられる.
4
まとめ
本稿では,作業時における色温度が脳血流に及ぼす影
響の fNIRS を用いた検討を行った.対象とする作業は,
計算課題と GO/NOGO 課題であり,先行研究をもとに,
同じ実験設計で実験を行った.先行研究の検定方法では,
活性部位の同定をしていないこと及び個人差の考慮がさ
れていないことが問題点であった.これらの問題点を改
善するため,個人差及びタスク期間の活性を考慮した検
定を行うことを目的とした.
色温度環境における有意差の比較では,計算課題では,
低色温度で有意に活性が見られた.GO/NOGO 課題で
は,低色温度で活性している被験者が 9 名中最大でも 3
名で,ほとんど活性が見られず,高色温度のみで活性し
たと考えた.
計算課題では,低色温度において,反応抑制に関わる
右下前頭回が活性していたため,高色温度でパフォーマ
ンスが上昇したと考えられた.GO/NOGO 課題では,高
色温度において,課題遂行時の注意維持に関わる,前頭
前野背外側部が左右ともに活性していた.また,左の前
頭前野背外側部の近くの部位でも,多くの被験者で活性
が見られた.利き手が右の場合,日常的に脳の左半球が
有意に活性するとされている.被験者は全員利き手が右
であったことより,左の前頭前野背外側部が強く反応し
たため,それに近い部位も活性したと考えた.
5) B. J. Casey, Jennifer L. Orendi Rolf J. Trainor,
Anne B. Schubert, Leigh E. Nystrom, Jay N. Giedd,
F. Xavier Castellanos, Douglas C. Noll, Jonathan D.
Cohen, Steven D. Forman, Ronald E. Dahl, Judith L. Rapoport. A Developmental Functional MRI
Study of Prefrontal Activation during Performance
of a Go-No-Go Task. Journal of Cognitive Neuroscience,Vol. 9,No. 6,p. 835-847, 1997.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
GO/NOGO 課題における難易度付けの検討
杉田 出弥
Ideya SUGITA
はじめに
1
1000mm
+
近年脳の研究が進み,脳活動について解明されてきて
いる.その中でも脳の神経活動時には,神経血管カップ
リングにより脳血管が拡張し脳血流が増加するという脳
液晶ディスプレィ
活動と脳血流の関係性も発見されている.神経血管カッ
プリングとは,神経活動時の酸素代謝およびグルコース
キーボード
代謝の亢進に伴い,脳血管が拡張し脳血流が上昇するメ
カニズムである
1)
.
また脳には過去の経験に基づいて行動を制御する認知
制御の働きを担う部位が確認されている 2) .本研究で
はこの認知制御メカニズムが課題の難易度とどのような
関連があるかについて脳血流を測定することにより検討
したい.
本稿では,認知制御メカニズムと脳血流量変化の検討
Fig. 1 実験風景
に用いる課題の難易度付けを目的とする.難易度付けを
行う課題には,習得能力による個人差が出にくいとされ
2.3
る GO/NOGO 課題を用いる.課題の内容としては,視
角が変化すると色の判断にも変化が出る Weitzman らの
先行研究結果 3) より,視角変化による色の認知度を測定
するものとする.
視角による GO/NOGO 課題
2
2.1
GO/NOGO 課題
GO/NOGO 課題とは, 信号または NOGO 信号の刺
激を掲示し,GO 信号に対しては反応を示し,NOGO 信
号には反応を示さないもので,その際の反応時間を測定
する課題である 4) .この課題では NOGO 信号を提示さ
れたときに前頭前野の運動抑制機能が深く関係している
と考えられている 5) .
2.2
視角変化に伴う色の識別能力の変化
単色光の面積が変化したときの見え方を測定すると,
難易度設定方法
難易度設定を行う課題は GO/NOGO 課題である.面
積変化に伴い色覚の判断が変化することを利用し,色の
判断を行う課題を設計する.課題は Presentation6) で
構築する.565nm の黄緑の「+」を GO 信号,580nm
の黄色の「+」を NOGO 信号とし,それぞれ視角 54
分,21 分,11 分で提示する.提示画面から目までの距離
を 1000mm で固定する条件のもと,15.71mm(44.53pt),
6.11mm(17.32pt),3.2mm(9.07pt) の大きさで提示し,視
角を設定する.Presentation では色設定時 rgb 値を用
いるので,565nm,580nm の色設定はそれぞれ rgb 値
(185,196,47),
(252,212,0)とする.
3
実験
視角変化による課題の定量的な難易度付けを目的とし
て実験を行う.被験者は知能に問題なく,麻痺などのな
波長 565 nm の黄緑色では色が小さくなると緑と判断す
い正常者 10 名(男性 5 名,女性 5 名,年齢は 21 歳∼23
る割合が低下し,白や青と判断する割合が増加する.ま
歳)である.実験風景の概略図を Fig. 1 に示す.実験は
た波長 580 nm の黄色では色が小さくなると黄色と判断
室温 25 ℃∼28 ℃の室内にて坐位で行い,刺激は液晶ディ
する割合が低下し,白と判断する割合が増加する 3) こ
スプレイを用いて表示する.スクリーンの中心から被検
とがわかっている.このことから今回はこの 2 色を用い
者の鼻根部までは 1000mm に固定する.
て GO/NOGO 課題を設計する.
Table. 1 実験結果
視角 [分]
反応時間 [ms]
エラー率 [%]
難易度
3.1
主観的
54
21
413.2
431.3
19.0
23.8
2.3
3.5
11
456.1
42.3
6.0
実験方法
GO/NOGO 課題の設定方法は 2.3 節で示した難易度設
定方法を用いる.GO 信号表示時はキーボードの ENTER
キーを押すというレスポンスがあるまで,NOGO 信号
Fig. 2 反応時間
表示時は 2 秒間を表示時間とする.この刺激を 2 分間ラ
ンダムに発生させる.被検者には GO 信号表示時にのみ
を示すわけではない.そこで,難易度の差が大きい視角
できるだけ速くボタンを押すよう指示する.この場合の
54 分と 11 分に着目すると,全被験者において視角が小
さい場合に反応時間が大きくなることが確認できる.
GO 信号に対する反応時間を課題間で比較する.
3.2
分析方法
GO 信号に対して,0.5 秒以内にレスポンスがなかった
場合,または NOGO 信号に対して,表示時間内にレス
ポンスがあった場合をエラーとして換算する.エラーの
被験者個別の値で見ると,10 名中 6 名は平均値と同じ
ように 54 分,21 分,11 分の順で反応時間が増加した.
他の 2 名は 21 分,54 分,11 分の順,またその他の 2 名
は 54 分,11 分,21 分の順で反応時間の増加が見られ,
値を除外し,レスポンスまでにかかった反応時間の平均
3 種類の反応時間の増加傾向が見られた.
反応時間が 21 分,54 分,11 分の順に大きくなる被験
値を各課題ごとに求める.また全体のデータに対するエ
者 d,j は,どちらも男性であり,d は視力や色覚に問題
ラー率を求める.
被験者にアンケートを実施する.アンケートは 1 から
9 のメモリを付けたスケール上に×印をつけてもらうも
のとする.項目は目の状態や精神状態を問うもの,およ
び課題に対してどの程度の難易度を感じたかという主観
的難易度とする.主観的難易度は人によるパラメータの
違いがあるため,参考までの資料とする.
はないが,もう一方の j は結果で述べた色覚異常を持つ
被験者であった.
また,54 分,11 分,21 分の順で大きくなる被験者 h,i
は,h が男性,i が女性であり,どちらも健常者であった.
4.3
エラー率
各被験者の平均エラー率および,全被験者の平均値を
求め,Fig. 3 に示す.縦軸はエラー率,横軸は視角の大
結果
4
各課題ごとの反応時間,エラー率,および主観的難易
度において被験者全体の平均値を Table. 1 に示す.
4.1
被験者の状態
被験者の視力や色覚異常の有無を問うアンケート結果
によると,被験者のうち 8 名(男性 4 名,女性 4 名)は両
眼とも裸眼もしくは視力矯正により 0.7 以上の視力を有
し,色覚に異常がない被験者であった.残りの 2 名のう
ち女性の被験者 a は視力が 0.2 以下であるが,色覚には
異常がなく,男性の被験者 j は視力に問題はないが,色
覚に異常を持つ者であった.
4.2
きさである.全被験者の平均値をみると,視角が小さく
なるにつれてエラー率の増加が見られた.エラー率の差
が大きい視覚 54 分と 11 分に着目すると,8 人の被験者
でエラー率の増加が見られた.減少が見られた被験者 a,
d のうち a が女性, dが男性であり,a は視力が 0.2 しか
ないが色覚能力には難がなく,d は 0.7 の視力を有し,色
覚能力にも異常が見られない健常者であった.
被験者個別の値で見ると 10 名中 4 名は平均値と同じ
ように 54 分,21 分,11 分の順でエラー率が増加した.
その他には 21 分,54 分,11 分の順が 2 名,54 分,11
分,21 分の順が 2 名,21 分,11 分,54 分の順が 2 人で
あり,全体では 4 種類のエラー率の増加傾向が見られた.
反応時間
各被験者の平均反応時間値および全被験者の平均値を,
Fig. 2 に示す.縦軸は時間,横軸は視角の大きさである.
4.4
Fig. 2 より,視角が小さくなるにつれて反応時間が延
びることが示唆される.しかし全ての被験者がその傾向
における被験者の全員主観的難易度の平均値を求め,Fig.
主観的難易度
被験者ごとの各課題における主観的難易度と,各課題
4 に示す.縦軸は難易度,横軸は視角の大きさをである.
Table. 2 被験者 i の実験での掲示信号の割合
視角 [分]
GO 信号 [%]
NOGO 信号 [%]
54
74.2
25.8
21
11
36.3
74.1
63.7
25.8
Table. 3 平均反応時間
視角 [分]
被験者 a
全被験者
54
386.8
413.2
21
11
400.8
414.5
431.3
456.1
Fig. 3 エラー率
考えられる.
被験者 h, i に関しては,全体と比較してどちらも視角
21 分の反応時間に大きな遅れが見られる.エラー率を見
ると,被験者 h のエラー率は全体と比較して高いことが
わかる.被験者 h は反応時間が全体的に遅かったためエ
ラー率が上昇したと考えられる.また被験者 i の実験で
掲示された GO 信号と NOGO 信号の割合を Table. 2 に
示す.
Table. 2 より視角 21 分において,GO 信号を掲示した
割合が低いことが分かる.よって反応時間を求めるサン
Fig. 4 主観的難易度
プル数が少ないことにより平均反応時間が大きくなって
しまったのではないかと考えられる.より正確な反応時
被験者全員の平均値をみると,視角が小さくなるにつれ
間を求めるためにも,GO 信号の割合を多く設定するこ
て主観的難易度の増加が見られた.
とが必要であると考えられる.
10 名中 6 名は平均値と同じように 54 分,21 分,11 分
の順で主観的難易度が増加した.その他には 54 分,21
分= 11 分の順が 1 名,54 分= 21 分,11 分の順が 1 名,
21 分,54 分,11 分の順が 1 名であり,全体では 4 種類
の主観的難易度の増加傾向が見られた.
5.2
被験者 a のエラー率増加傾向を見ると,視角 54 分に
おけるエラー率が他の視角に比べて高いことがわかる.
被験者 a の各刺激に関する平均反応時間を Table. 4 に
示す.
考察
5
5.1
反応時間
被験者 d, j に関して他の被験者と比べ視角 54 分の反応
時間が大きかったため,54 分を主に検討する.被験者 d
の各刺激に対する反応時間は,エラー率は少ないが,反
応時間の遅れが見られることから色の区別はしっかり出
来ているが,刺激に対する反応が遅いことがわかる.21
分では反応時間が速くなっていることを考えると,刺激
への反応に対して 54 分と 21 分では習得率に差があった
のではないかと考えられる.
また j は視角 54 分において前者のような偏りはなく,
GO 信号における 0.5 秒を超えるエラーは全体的に散在
しており,視角の違いによる反応時間差はあまり見られ
なかった.これらのことから色覚異常の影響が大きいと
エラー率
また被験者 a のエラーの内訳を Table. 4 に示す.
54 分において反応時間が早いこと,および NOGO 信
号の表示時のエラーが多いことがわかった.このことよ
り,被験者 a は 54 分において「ボタンを押す」という
行動をできるだけ早くしなければならないというプレッ
シャーのために,正確に判断する前に反応していたために
エラー率があがったのではないか,そして視角 21 分,11
分においては課題に対する慣れによりそのプレッシャー
から解放されたのではないかと考えられる.またエラー
率や反応時間をみると特に他の被験者に対する劣りも見
受けられないので,この課題において視力の影響がある
とは言い難い.
被験者 d の各刺激で出たエラーの刺激の番号を Table.
5
ある人には難易度の有効性がないことなどが挙げられる.
Table. 4 被験者 a のエラー内訳
また今回の実験では 565 nm と 580 nm の色を用いたが,
視角 [分]
GO 信号 [%]
NOGO 信号 [%]
設定した色と難易度の関係もわかっていない.定量的な
54
34
66
難易度設定に向けて,色と難易度の関係性も探る必要が
21
11
100
100
0
0
ある.実験設計については被験者それぞれの状態や性質
を把握した上で,個人の影響が軽減されるようなものが
必要であると考えられる.
Table. 5 被験者 d のエラー刺激番号
6
まとめ
視角 [分]
刺激の番号 [回目]
近年の脳活動について解明に伴い,神経活動時にはそ
54
1,2,3,4,10,12,13,23,24
の周辺部位の脳血流も増加する神経血管カップリングの
21
11
3,4,8,10,12,21
2,6,7,9,10,15,16
メカニズムが発見されている.また認知を過去の経験か
ら制御する認知制御という脳の働きも発見されている.
この認知制御と脳血流の関係を課題の難易度変化と関連
づけて検討するために,本稿では課題の難易度付けを行っ
被験者 d は 54 分の刺激の初め 4 回に連続でエラーが
た.色を判断するという GO/NOGO 課題において,視
出ていることから,課題の習得ができておらず,練習不
角が小さくなるに伴い平均反応時間,エラー率および主
足であると考えられる.個人のデータを見ると,視角が
観的難易度の上昇が見られたことから,難易度の向上が
小さくなるにつれてエラー率が上昇する関係が現れたの
確認できた.しかし視角と難易度の関係性はわかってお
は 10 人中 4 人と過半数を割っているため,難易度の有
らず,定量的な難易度設定は行えていない.また被験者
効性に疑問を抱く.今回の GO/NOGO 課題では,色を
個別のデータから,実験環境や課題内容による影響も見
用いた課題であったため一般的なものより難しく,反応
られ,正確な実験設計と,個人差の要因の軽減の必要性
時間の遅延が考えられる.よってエラーとして扱う 500
が課題となった.
ms の基準が厳しかった可能性もある.次回の実験では
エラーの設定基準も考え直す必要がある.
参考文献
5.3
主観的難易度
主観的難易度では,10 人中 9 人が視角が小さくなるに
つれ,難易度の上昇を認めているが,被験者 c は 21 分,
54 分,11 分の順で難易度を感じていた.被験者 c のアン
1) 福田正人. 精神疾患と NIRS. 中山書店, 2009.
2) Michael W. Colea and Walter Schneider. The cognitive control network: Integrated cortical regions
with. NeuroImage, 2007.
ケート結果は課題を一定時間行ったことにより,落ち着
いて課題に取り組めた,なおかつ視角 21 分の大きさだ
3) DONALD O. WEITZMAN and Jo ANN S. KIN-
と難なく見える範囲のものであるために,同程度の難易
NEY. Appearance of color for small, brief, spectral
stimuli, in the central fovea. JOSA, 1967.
度に感じた為につけられた結果ではないかと考えられる.
そのため与える刺激の大きさの順番を変えるなどするこ
とで,前後の課題の主観的難易度への影響を見るべきで
あると示唆される.また被験者cの反応時間とエラー率
を見たところ,視角が小さくなるにつれて,それぞれ増
加が見られる結果より,主観的難易度と課題の脳の反応
は必ずしも連動しないことがわかる.
5.4
考察まとめ
色を用いた GO/NOGO 課題の難易度付けにおいて,
視角が小さくなるにつれて難易度が向上することが確認
できた.よって色を用いた GONOGO 課題において,難
4) Roland
Steiner3
Peter
Blattner4
Peter
Oel-
hafen3 Thomas Gotz1 Christian Cajochen Sarah
Laxhmi Chellappa1, 2. Non-visual effects of light
on melatonin, alertness and cognitive performance:
Can blue-enriched light keep us alert? PLoS ONE,
2011.
5) Markus Kieferb Jaana Markelaa Christoph Mundta
Stefan Kaisera, Joerg Ungerb. Executive control
deficit in depression: event-related potentials in.
Psychiatry Research: Neuroimaging, 2003.
易度付けが可能であることが示唆される.しかし被験者
個別の値を見ると,難易度設定の有効性が感じられない
ものも見受けられた.今回の実験の問題点として,被験
者が課題の練習をあまりしておらず,結果にその影響が
出てしまったということ,色を使うために色覚に異常の
6) Inc. Neurobehavioral Systems. Nbs presentation,
2011.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
PVT と GO/NOGO Task における
視覚刺激と聴覚刺激の違いの検討
木村 茜
Akane KIMURA
1
はじめに
実験概要
4
脳機能イメージング法の発達と共に脳科学分野が重要
4.1
目的
視されてきた現在では,脳機能マッピングを行うために
本実験では,PVT と GO/NOGO task における聴覚
被験者に対し課題を行う方法が多く採用されている.同
刺激と視覚刺激の反応時間と酸素化ヘモグロビン濃度変
じ脳機能を計測する課題であっても,その課題設計は多
化の違いについて検討する.
岐にわたる.しかし,課題設計により脳活動は異なると
考えられ,そのため脳活動の違いを明らかにすることは
4.2
方法
被験者 7 名 (男性 1 名女性 6 名:全員右利き,年齢は 21
非常に重要である.
Psychomotor Vigilance Task(PVT) と GO/NOGO task とは“ 注意の持続性 ”を計測する課題として,近年
の心理学実験において最もよく使われている課題の一つ
である.PVT と GO/NOGO task は,同じ注意の持続
∼22 歳) に対し実験を行った.実験内容は Fig. 1 のよう
にした.被験者は,聴覚刺激の PVT,視覚刺激の PVT,
聴覚刺激の GO/NOGO task,視覚刺激の GO/NOGO
性を計測する課題であるが,呈示刺激の数や呈示刺激に
task の 4 種類の課題を 1 セットとして 2 セット繰り返し
た.課題の順番は,カウンターバランスをとるためにラ
対する反応が異なる.また課題構成要素として,呈示刺
ンダムに行い,被験者の時間的な疲労などを考慮し,2
激は多種多様であり,異なる感覚器への刺激により脳機
セット目は 1 セット目と逆の順番で行った.
能は異なると考えられる.
そこで本稿では,注意の持続性を計測する PVT と
GO/NOGO task における視覚刺激と聴覚刺激に対する
反応時間と酸素化ヘモグロビン濃度変化の違いについて
述べる.
2
Psychomotor Vigilance Task(PVT)
PVT とは,ランダムに呈示される 1 種類の刺激に対
して,被験者が素早く反応を示し,実験者がその反応時
間を計測する課題である
1)
Fig. 1 実験内容
.特徴として,個人の学習曲
線に影響されることなく,sleep pressure1 など,神経行
動機能におけるサーカディアンリズムを反映する 2) .
課題は,レスト期間 30 秒,タスク期間 120 秒,さら
にレスト期間 30 秒というブロックデザインにした.レ
スト期間では,被験者は目を閉じて安静にし,タスク期
3
GO/NOGO task
GO/NOGO task とは,2 種類の刺激 (GO 刺激と NOGO
間では視覚刺激時のみ目を開け,聴覚刺激時は目を閉じ
たまま実験を行った.
刺激) を使用し,被験者は GO 刺激が呈示された時は素
聴覚刺激として 1000Hz の正弦波を用い,PVT の課
早く反応し,NOGO 刺激が呈示された時は反応を抑制
題刺激とした.また同じ 1000Hz の正弦波を GO 刺激,
する課題である
3)
.それにより,注意の持続性と応答制
御の能力を計測する.
2000Hz の正弦波を NOGO 刺激として,GO/NOGO task
の課題刺激とした.視覚刺激として,コンピュータ画面
中央に「+」を呈示し,PVT の課題刺激とした.また
同様に「+」を GO 刺激,
「−」を NOGO 刺激として,
GO/NOGO task の課題刺激とした.それらの課題刺激が
1 睡眠圧:どれくらい眠たいかを表す
タスク期間中ランダムに呈示され,被験者は Enter キー
を押すことで反応を示した.
4.3
環境
実験結果
5
5.1
PVT
反応時間
5.1.1
本実験は,室温 24∼26 度,湿度 52∼71 %で行った.脳
血流変化量の測定には,120 チャンネルの fNIRS(functional
PVT の反応時間は Table. 1 のようになった.平均反
応時間と反応の遅い 10 %において,聴覚刺激より視覚刺
Near-Infrared Spectroscopy: ETG-7100, 日立メディコ,
日本) を使用し,国際 10-20 法に基づいて右側頭部,左
激の方が早かった.エラー率は視覚刺激の方が高かった.
側頭部,前頭部を測定した.そして神経活動があった際
のものと反応の遅い 10 %のものは,サーガディアンリ
に増加するとされる酸素化ヘモグロビン濃度変化量につ
ズムや睡眠圧を非常に敏感に反映している 6) とされて
いて検討した
4.4
4.4.1
4)
.
データ処理
反応時間
反応時間は,刺激が呈示されてから被験者が Enter キー
を押すまでの時間とした.
それより,平均反応時間,反応の早い 10 %,反応の遅い
10 %,エラー率を求めた.一般的に,被験者は 500[ms] 以
内で簡単に外部の刺激に応答できるとされており,PVT
においてのエラー率は,反応時間が 500[ms] 以上のもの
をエラーとして算出した.GO/NOGO task においては,
また,PVT における反応時間において,500[ms] 以上
おり,500[ms] 以上のものはエラーとして扱われる 5) .
本実験においても,反応時間が 500[ms] 以上のものをエ
ラーとした結果,視覚刺激のエラー率が聴覚刺激よりも
高くなった.しかし,エラーも含め平均反応時間を算出
する2 と,視覚刺激よりも聴覚刺激の方が速くなった.反
応の遅い 10 %については上記の理由により本実験では
検討しない.
Table. 1 反応時間 (PVT)
聴覚刺激 視覚刺激
平均反応時間 [ms]
287.6
287.4
あるのに反応を示してしまったものをエラーとして算出
反応の早い 10 % [ms]
した 5) .平均反応時間はエラー以外の反応時間の平均
反応の遅い 10 % [ms]
228.7
401.9
230.1
397.5
1.31
2.79
反応時間が 500[ms] 以上のもの,または NOGO 刺激で
である.反応の早い 10 %とは,全回答数のうち 10 %に
エラー率 [%]
あたる最も反応時間が早い群のことである.反応の遅い
10 %とは,全回答数のうち 10 %にあたる最も反応時間
が遅い群のことである.
4.4.2
酸素化ヘモグロビン濃度変化
fNIRS によって得られた各課題データに対し,チャン
ネル毎のレスト区間 (n=25) とタスク区間 (n=120) をt
検定 (p<.05) によって比較し,視覚刺激と聴覚刺激共,
多くの被験者 (7 人中 6 人以上) に有意差のあった部位を,
課題そのものによって活性した部位として注目した.
課題そのものによって活性した部位に対して,視覚刺激
のタスク区間 (n=120) と聴覚刺激のタスク区間 (n=120)
酸素化ヘモグロビン濃度変化
5.1.2
PVT における脳の活性部位を Fig. 2 に示した.
areaA
areaB
areaC
areaD
前頭部のチャンネル 5,9 周辺の両中前頭回
右側頭部のチャンネル 14 周辺の右下頭頂小葉
左側頭部のチャンネル 8∼10 周辺の左上側頭回
両側頭部のチャンネル 20 周辺の腹側運動前野
に活性が見られた.areaA と areaB は注意の持続,areaC
は聴覚野,areaD は感覚情報を運動に変換している部位
である.
の fNIRS データをt検定 (p<.05) によって比較し,被
験者の過半数 (7 人中 4 人以上) に有意差のあった部位を
PVT または GO/NOGO task において視聴覚間の活性
が異なる部位とした.
視聴覚間の活性が異なる部位に対して,タスク区間の
平均酸素化ヘモグロビン濃度変化量を比較し,視覚刺激
時の方がより活性した部位と聴覚刺激時の方がより活性
した部位について検討した.
Fig. 2 PVT における活性部位
Fig. 3 に示したように,左側頭部の areaC において聴
覚刺激の方が酸素化ヘモグロビン濃度変化の大きい被験
2 1s
以内の反応時間に限った.
者が多かった.右前頭部の areaA,両側頭部の areaD に
おいて,聴覚刺激より視覚刺激の方が酸素化ヘモグロビ
ン濃度変化の大きい被験者が多かった.
聴覚に特化した部位において,視覚刺激より聴覚刺激
に酸素化ヘモグロビン濃度変化が大きい被験者が多かっ
た.注意の持続課題に関する部位において,聴覚刺激よ
り視覚刺激に酸素化ヘモグロビン濃度変化が大きい被験
者が多かった.
areaB 右側頭部のチャンネル 14,左側頭部のチャンネ
ル 11 周辺の両下頭頂小葉
areaC 右側頭部のチャンネル 1,3 周辺の右下側頭回
areaD 右側頭部のチャンネル 9,12 周辺の右上側頭回
areaE 右側頭部のチャンネル 23,左側頭部のチャンネ
ル 24 周辺の腹側運動前野
に活性が見られた.areaA は反応の抑制制御 3) ,areaB
は注意の持続,areaC は物体の形状認識,areaD は聴覚
野,areaE は感覚情報を運動に変換している部位である.
Fig. 4 GO/NOGO task における活性部位
Fig. 5 に示したように,右側頭部の areaD において聴
Fig. 3 PVT における活性部位の視聴覚差
覚刺激の方が酸素化ヘモグロビン濃度変化の大きい被験
者が多かった.左前頭部の areaA,両側頭部の areaB に
5.2
おいて,聴覚刺激より視覚刺激の方が酸素化ヘモグロビ
GO/NOGO task
5.2.1
ン濃度変化の大きい被験者が多かった.
反応時間
GO/NOGO task の反応時間は Table. 2 のようにな
った.
平均反応時間と反応の早い 10 %において,視覚刺激
より聴覚刺激の方が早かった.反応の遅い 10 %におい
て,視覚刺激の方が早かった.エラー率は視覚刺激の方
聴覚に特化した部位において,視覚刺激より聴覚刺激
に酸素化ヘモグロビン濃度変化が大きい被験者が多かっ
た.注意の持続や反応の抑制制御といった課題に関する
部位において,聴覚刺激より視覚刺激に酸素化ヘモグロ
ビン濃度変化が大きい被験者が多かった.
が高かった.
本実験の 4 種類の刺激においてカウンターバランスを
とったが,反応時間は PVT とは異なり,視覚刺激時よ
りも聴覚刺激時の方が早かった.
Table. 2 反応時間 (GO/NOGO task)
聴覚刺激 視覚刺激
平均反応時間 [ms]
反応の早い 10 % [ms]
反応の遅い 10 % [ms]
エラー率 [%]
5.2.2
326.2
254.8
424.7
327.9
260.8
420.0
4.81
6.16
酸素化ヘモグロビン濃度変化
GO/NOGO task における脳の活性部位を Fig. 4 に示
した.
areaA 前頭部のチャンネル 2,9,16 周辺の前頭前野
Fig. 5 GO/NOGO task における活性部位の視聴覚差
考察
6
6.1
部位では,視覚刺激時の方が酸素化ヘモグロビン変化量
は大きくなった.それは聴覚情報よりも視覚情報に対し
反応時間
視覚刺激と聴覚刺激,それぞれの単刺激への反応時間
を比較すると,視覚刺激より聴覚刺激の反応時間の方が
40[ms] 程短いとされている 7) にも関わらず,視覚刺激
時の平均反応時間の方が早かったのは,エラー率に関係
していると考えた.そして反応時間を 1[s] まで検討する
と Table. 3 のように,聴覚刺激の方が早くなった.
PVT において視覚刺激時の平均反応時間 (<500[ms])
が遅くなったのは,実験者が被験者に実験説明を行う際
に,
“できるだけ早く”反応を示すようにと強調して伝えな
かったために,課題刺激に対する注意レベルが低くなって
しまったことが影響したと考えられる.GO/NOGO task
では,被験者が“ 2 種類の刺激に対し反応を判断しなけ
ればいけない ”と時間をかけて説明したので,注意レベ
ルが高くなり,先行研究の通り聴覚刺激の反応時間の方
が早くなったと考えられる.反応時間が遅くなった他の
要因としては,sleep pressure の影響なども考えられる.
Table. 3 平均反応時間 (<1[s])
聴覚刺激 視覚刺激
PVT [ms]
GO/NOGO task [ms]
291.2
333.3
292.0
336.4
注意を持続するために,脳がよりエネルギーを使うため
であると考えた.
以上より,PVT と GO/NOGO task における聴覚刺激
と視覚刺激を比較すると,反応時間や酸素化ヘモグロビ
ン濃度変化量に違いがあることが分かった.また,注意力
の水準により反応時間は左右され,PVT と GO/NOGO
task では注意力に差が生まれてしまう危険性があること
が考えられた.それにより実験結果が左右されかねない
ので,以後被験者に対する実験説明は明確に行い,注意
力の水準を設計できるように実験を行っていかなければ
ならない.
参考文献
1) Fronczek.R et al. Manipulation of core body and
skin temperature improves vigilance and maintenance of wake fulness in narcolepsy. Technical report, PMC, 2008.
2) Vera Knoblauch Anna Wirz-Justice Christian Cajochen Peter Graw, Kurt Krauchi. Circadian and
wake-dependent modulation of fastest and slowest reaction times during the psychomotor vigilance task.
No. 2, VOl.80. 2004.
6.2
酸素化ヘモグロビン濃度変化
人間が認知する外部情報は,聴覚情報は 10 万 [bit/sec],
視覚情報は 1000 万 [bit/sec] とも言われており 8) ,その
情報に対し脳内処理を行い,
“ 注意の選択 ”つまり情報
を絞ることによって,注意は行われる.視覚情報は聴覚
情報よりも情報量が多く,その中から注意対象を選択し
持続するために,脳はより多くのエネルギーを消費し,
視覚刺激時の方が酸素化ヘモグロビン濃度変化量も多く
なったと考えた.
7
まとめ
本実験では,PVT と GO/NOGO task における課題
構成の違いや,視覚刺激や聴覚刺激における課題刺激の
違いが,反応時間や酸素化ヘモグロビン濃度変化量に及
ぼす影響について検討した.
PVT において,聴覚刺激より視覚刺激の反応時間が
早くなり,また,視覚刺激に対する反応時間において
500[ms] を超えたエラーが多かったことから,課題刺激へ
の注意力が低下していたと考えた.しかし,GO/NOGO
task においては,聴覚刺激の反応時間の方が早くなり,
課題刺激に対し十分な注意が払われていたことが予想さ
れる.また,PVT と GO/NOGO task において,聴覚
に特化した部位以外の課題構成による活性と考えられる
3) Ann-Christine Ehlis Andreas J. Fallgatter Martin
J. Herrmann, Michael M. Plichta. Optical topography during a Go-NoGo task assessed with multichannel near-infrared spectroscopy.
2005.
ELSEVER,
4) 福田正人. 精神疾患と NIRS―光トポグラフィー検査
による脳機能イメージング. 中山書店, 2009.
5) Stefan Geyer Ryuta Kawashima Per E. Rolandand
Karl Zilles Eiichi Naito, Shigeo Kinomura. Fast reaction to different sensory modalities activates common fields in the motor areas, but the anterior cingulate cortex is involved in the speed of reaction.
Journal of Neuropsysiology, 1999.
6) David F. Dinges Liat Ayalon Sara C. Mednick M.
J. Meloy Sean P. A. Drummond, Amanda BischoffGrethe. The Neural Basis of the Psychomotor Vigilance Task. No. 9,Vol. 28. 2005.
7) Ernst Poeppel. 意識のなかの時間. 岩波書店, 1995.
8) Tor Norretranders. The User Illusion: Cutting Consciousness Down to Size. Penguin Press Science,
1998.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
音の種類が数字記憶課題の成績と脳血流変化に及ぼす影響の検討
井上 楓彩
Fua INOUE
1
はじめに
現代社会において多くの人がオフィスワークや学習と
いった知的作業に携わっている. 知的作業を行う場にお
いて, 精神的, 肉体的に負担の少ない作業環境を提供する
ことは, 作業効率の向上に繋がると考えられる. 作業者を
取り巻く環境には温度や湿度, 音などが挙げられ, そのな
る楽器の種類など様々なジャンルが挙げられる. 本実験
では, musi を更に分類して, 歌声のような音声情報を
含むもの (以下, "voie") とそれを含まないもの (以下,
"melody") のときの数字記憶課題の成績と脳血流変化に
ついても検討する.
3.2
実験環境
かでも今回は先行研究の結果をもとに音に注目した. 音
本実験では, ETG-7100(Hitahi medial Co.Japan) を
環境が知的作業の効率に与える影響についての研究報告
用いて脳血流変化を計測した. 実験は, 気温 25.7 ℃∼ 27.0
は過去にもされている 1) . しかし, 生理的指標のひとつ
である脳血流変化を計測し脳活動との関係性を検討した
ものはあまり見受けられない.
本研究では, 音の種類と作業成績の関係性に着目して
実験を行い, その際の脳血流変化を脳機能イメージング
装置を用いて計測し検討する.
2
fNIRS
℃の環境下で行った. 被験者は, 成人 4 名 (性別:男性 2 名,
女性 2 名, 平均年齢:22 ± 1 歳) である. すべての被験者
に対し, 脳は電極配置の国際基準である国際 10-20 法に
従い, 前頭部と両側頭部に fNIRS のプローブを装着した.
3.3
実験設計
本実験では先行研究を参考に実験設計を行う. 課題
全体の流れを Fig. 1 に示す.
fNIRS(Funtional Near Infrared Spetrosopy) とは,
近赤外線分光法を利用した非侵襲の脳機能イメージング
装置のことである 2) . この装置で使用される近赤外線は
波長 700∼ 900nm であり, 高い生体透過性をもつ. また,
血液中の酸素化ヘモグロビン (以下, Oxy-Hb) と脱酸素
化ヘモグロビン (以下, Deoxy-Hb) が異なる吸収特性を
もつ. この 2 つの性質を利用して, 脳血流変化に伴う Hb
の相対量変化を測定し, その結果から脳の賦活部位を捉
える.
Fig. 1 タスクの流れ
fNIRS の利点として, fMRI(Funtional Magneti Res-
onane Imaging) などの他の脳機能イメージング装置と
比べて, 被験者の身体の位置や向きに制約を課さない点
や, fNIRS が計測時に発生する音が小さい点などが挙げ
られる. 本実験では音をテーマとするため, 機械音の小
さい fNIRS を用いて脳血流の測定を行った.
3
実験
3.1
実験目的
本実験の目的は, 音の種類により数字記憶課題の成績
と脳血流変化に差異があるか調査し, 関係性を検討するこ
とである. そのために, 音楽がないとき (以下, "silene")
と音楽があるとき (以下, "musi") の音環境を用意した.
このとき音楽には, リズム感や歌詞の有無, 使われてい
1. 30 秒間, 安静にする.
2. 3 秒間, 円形に表示された 8 つの数字を記憶する.
3. 1 秒間, 記憶を保持する.
4. 記憶した数字を 7 秒以内に入力する.
5. 2∼ 3 を 50 回繰り返す.
6. 30 秒間, 安静にする.
記憶に 3 秒間, 記憶保持に 1 秒間, 入力に最大 7 秒間要す
るので, 課題を終了するのにかかる時間は 250∼ 550 秒で
あった.
3.4
音環境
本実験で用いる音環境は, 以下の 3 つである.
1. 静音 (45dB)
2. 音声情報を含む音楽 (65dB)
3. 音声情報を含まない音楽 (65dB)
音圧レベルは騒音計で測定し, 平均音圧レベルを一定
に保った.
3.5
fNIRS
データの検討, 取り扱い
実験の検討には, 課題開始時から 60 秒間の脳血流の変
化を用いた. これは, 課題に要する時間が平均約 500 秒
Fig. 3 右側頭部の脳血流変化の例
と長いため, 途中, 被験者の体動と考えられるノイズが見
られたからである. また, 脳血流データの安定化を測る
ため, データの移動平均処理を行った. 以下, Table. 1 に
データ処理パラメータを記載する.
Table. 1 データ処理パラメータ
処理名
値
LPF[Hz℄
HPF[Hz℄
1.0
なし
移動平均時間 [se℄
10.0
Fig. 4 左側頭部の脳血流変化の例
本実験で使用したプローブは 1, 2, 5 である. 各プロー
ブの中で最も血流増加量が高かった CH を抜き出してグ
ラフ化し, 音環境による血流増加の変化を検討した. な
お, 検出できなかった CH は考察に使用しなかった. Fig. 5 課題成績 (silene, musi)
結果それぞれに t 検定をかけた. その結果, 双方 5%の水
>
準で, 被験者 a では有意ではなく (t(148)=0.64, p .05),
<
被験者 b では有意であった (t(148)=3.59, p .05). 前頭
部の血流変化をを Fig. 6 に示す. silene に比べて musi
の脳血流に比べに上昇した. つぎに, 両側頭部の脳血流変
化を Fig. 7 と Fig. 8 に示す. 前頭部とは異なり, 右側頭
Fig. 2 前頭部の脳血流変化の例
部, 左側頭部ともに silene より musi の方が活性した.
全被験者の脳血流を参照した結果, 右側頭部では CH21,
左側頭部では CH22, 前頭部では CH3 が最も活性してい
た. 以上の CH における脳血流変化を次の章で検討する.
4
4.1
実験結果
silene
と musi の比較
silene と musi における数字記憶課題の平均正答文字
数を Fig. 5 に示す. その結果, musi よりも silene の成
績の方が良かった. 音環境の違いにより平均正答文字数
が影響を受けたか確認するために, 被験者 a と被験者 b の
Fig. 6 前頭部の脳血流変化 (silene, musi)
4.2
Fig. 7 右側頭部の脳血流変化 (silene, musi)
Fig. 10 前頭部の脳血流変化 (voie, melody)
Fig. 8 左側頭部の脳血流変化 (silene, musi)
Fig. 11 右側頭部の脳血流変化 (voie, melody)
voie
と melody の比較
voie と melody における数字記憶課題の平均正答文
字数を Fig. 9 に示す. その結果, voie よりも melody の
Fig. 12 左側頭部の脳血流変化 (voie, melody)
た先行研究によると 4) , 音楽を聴くと前頭部の活性が抑
制されることを報告している. したがって, 記憶を司る
Fig. 9 課題成績 (voie, melody)
のは前頭部であるので 5) , 音楽が前頭部の活性を抑制し,
成績の方が良かった. 音環境の違いにより平均正答文字
数が影響を受けたか確認するために, 被験者 a と被験者 b
の結果それぞれに t 検定をかけた. その結果, 双方 5%の
<
水準で, 被験者 a では有意であり (t(90)=-2.45, p .05),
<
被験者 b も有意であった (t(98)=-2.24, p .05).
前頭部の血流変化を示すグラフを Fig. 10 に示した. 前
頭部では, voie と melody の脳血流にあまり差異は見ら
その結果, 課題成績が低くなったと考えられる.
つぎに, voie と melody について考察する. 記憶課題
の結果より, voie に比べて melody の成績がよかった. こ
のときの脳血流変化をみると, voie の脳血流が melody
よりも上昇したことから, 脳の注意が音声情報に向いて
いたと考えられる. したがって, 音声情報の有無が課題
成績に影響を及ぼすことが分かった. よって, 音環境と
れなかった. それに対し, 両側頭部の脳血流変化を示す
短期作業記憶の関係性について実験を行う際, 音の種類
Fig. 11 と Fig. 12 では, voie より melody において脳血
流の上昇が見受けられた.
に音声情報があるか否かを考慮する必要があると考えら
4.3
れる.
4.4
まとめ
考察
数字記憶課題の結果より,musi より silene の方の成
績がよく, 先行研究と同様の結果を得ることができた
3)
. このときの脳血流変化をみると, musi において両側
頭部での脳血流変化が上昇したことより, 聴覚野の活性
を観測することができた. つぎに, 前頭部に注目すると,
silene の脳血流が増えたのに対して, musi の脳血流は
増えなかった. 音楽を聴いたときの脳血流変化を調査し
本稿では, 音の種類と短期記憶がどのように脳活動に
影響を及ぼすのかについて, 脳血流変化を用いて検討を
行った. 被験者に短期記憶を必要とする数字記憶課題を
行い, このときの成績を調査した. 実験は, 音楽があると
きとないとき (silene, musi) で行い, つぎに, 音楽があ
るときを更に音声情報を含むときと含まないとき (voie,
melody) に分類し行った. 実験の結果, 音の有無と音声
情報が課題成績と脳血流変化に影響を及ぼすことが明ら
かになった.
また今後の課題として, 被験者数を増やし, 今回の考察
が正しいか再検討することが挙げられる. 音環境につい
ては, 音声情報だけではなくリズムの違いや使用されて
いる楽器の種類の違いについても検討していく.
参考文献
1) 門間 政亮, 本田 薫, 音楽が含まれる言語情報が文章
課題に与える影響に関する検討, 人間工学, Vol.45,
No.3, pp.170-172, 2009.
2) 福田正人, 精神疾患と nirs 光トポグラフィー検査
による脳機能イメージング, 中山書店, 2009
3) Yuhi Hoshino, Tomoyuki Hiroyasu, The inuene of sound environments on performane of
the memorizing numerial string task and erebral blood ow hanges, 日本生体医工学会, 2012.
4) 岩坂正和, 管生恵子, 下茂円, 石井琢郎, 上原敬生,
錦城明日香, 揚原祥子, 杉田克生, 近赤外分光法に
よる脳血流計測を用いた能動・受動的な音楽聴取
時の脳活動観察, 社団法人 情報処理学会 研究報
告, 2007-MUS-69, pp.1-6, 2007
5) 相澤直樹, 内海千草, 中村有吾, 牧田潔, 石橋正浩,
岩切昌宏, 近赤外線分光法による前頭葉血流動態
の測定に関する文献的検討, 学校危機とメンタル
ケア, Vol.2, pp.59-72, 2011.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
音環境が数字記憶課題の成績と
脳血流変化に及ぼす影響と男女差の検討
将積 彩芽
Ayame MASADUMI
はじめに
1
る数字記憶課題を行う.雑音と BGM の音環境が課題成
績にどれだけ影響を及ぼすか検討するとともに,その際
現代社会では,多くの人がオフィスワークや学習のよ
うな知的作業に携わっている.そうしたなかで,作業環
の脳血流変化を計測する.
境による疲労やストレスから健康を損なう可能性,作業
3.2
実験環境
効率の悪化などが懸念される.このことから,知的作業
被験者は成人女性 8 名(平均年齢:21.5 ± 0.5 歳,利
において最適な作業環境を提供することが求められる.
これまでに脳波や心電図の計測により,BGM や雑音
き腕:右)である.実験は温度 24.4∼26.5 ℃の環境下で
13 時∼16 時の時間帯に行った.本実験で用いる音環境
などの音環境が作業に及ぼす影響が明らかにされてい
は静音,ホワイトノイズ,モーツァルト「2 台のピアノ
る 1) .また,音楽没入が脳血流変化をもたらすことが
のためのソナタ K.448 第 1 楽章」(以下,モーツァルト
fNIRS(functional Near Infrared Spectroscopy) を用いた
と呼ぶ) の 3 種類である.ただし,全ての音環境におい
研究で明らかにされている.そこで,音環境と作業成績
て fNIRS の動作音を含んでいる.本実験で用いた音環境
の関係性に着目し,実験を行い,その際の脳血流変化を
を Table. 1 に示す.
Table. 1 音環境
音環境
音圧レベル [dB]
fNIRS で計測する.先行研究では被験者に男性 8 名を採
用し,音環境が作業成績と脳血流変化に影響を与えるこ
とが報告されている 2) .しかし被験者が女性の場合の音
静音
環境による影響は検討されていない.そこで本研究では
モーツァルト
被験者に女性 8 名を採用し,男女間で音環境による短期
ホワイトノイズ
46 ± 1
65 ± 8
65 ± 0.5
記憶課題と脳血流変化の関係性に差異があるか検討する.
3.3
2
fNIRS
実験の流れ
本実験では作業時に音を提示し,安静時は静音状態を
fNIRS は脳機能イメージング装置の一つである.頭皮
保つようにした.作業成績として,数字記憶課題の正答文
上に照射された近赤外光 (波長 700∼900nm) は頭皮下 2
字数を音環境ごとに測定した.国際 10-20 法に従い fNIRS
∼3cm を散乱しながら,血流の主成分であるヘモグロビ
のプローブを装着した被験者に,以下 Fig. 1 の流れで実
ンに透過,吸収される.また,ヘモグロビンは近赤外光を
験を行った.
吸収しやすく,酸素化ヘモグロビン (Oxy-Hb) と脱酸素
化ヘモグロビン (Deoxy-Hb) で吸収率が異なる.そのた
め,2 波長以上で同時に計測することにより Oxy-Hb と
Deoxy-Hb の濃度が算出できる.fNIRS は頭皮上に入射
プローブと検出プローブを 3cm 程度の距離に設置し,大
脳皮質の Oxy-Hb と Deoxy-Hb の相対量変化を計測する.
Fig. 1 実験の流れ
1.安静:30 秒間画面を注視しながら指を動かす.
2.作業 (記憶):ランダムに円形に表示される 8 個の
数字を 3 秒間で記憶する
実験
3
3.1
実験目的
本実験の目的は,音環境が先行研究通りに作業成績
3.作業 (保持):1 秒間記憶を保持する.
4.作業 (入力):入力画面で解答を入力する.
及び脳血流に影響を与えるか確認すること,そして,そ
の影響に男女で差があるか検討することである.実験で
5.作業 (繰り返し):2∼4 を 50 回繰り返す.
6.安静:30 秒間画面を注視しながら指を動かす.
は知的作業として,数字 8 文字を記憶し,それを入力す
1
3.4
fNIRS データの取り扱い
本実験では,記憶や認知を司るとされている前頭部左
下部に注目し,その部位の Oxy-Hb 濃度変化を用いて検
討を行った.データは体動による影響の少ない課題開始
60 秒を用いた.また,ハイパスフィルタはかけず,ロー
パスフィルタは 1.0Hz,移動加算平均処理のサンプル秒
Fig. 4 各群における作業成績の比較
数は 10 秒に設定した.
実験結果
4
4.1
男女の比較
男女の成績比較を Fig. 2,男女の脳血流比較を Fig. 3
に示す.Fig. 2 より,先行研究で男性は,静音>ホワイト
ノイズ>モーツァルトの順で成績がよかったのに対して,
Fig. 5 各群における脳血流の比較
本実験で女性は,ホワイトノイズ>静音>モーツァルト
の順で成績が良かった.本実験の記憶課題成績に対して
二元配置分散分析を行った結果,F(2,14)=10.45,p >.01
てホワイトノイズを不快に思わないため,女性被験者は
となり,音環境の要因は 1 %水準で有意であった.また,
ホワイトノイズを快適だと感じ,成績が最も良かったと
Fig. 3 により,静音下では男女共同じような血流変化を
考えられる 3) .また先行研究,本実験共にモーツァルト
示したが,モーツァルト下では女性の方が活性が見られ,
の音環境で最も成績が悪かった点について,静音とホワ
ホワイトノイズ下では女性の脳血流が大きく減少した.
イトノイズは音圧がほぼ一定であるのに対し,モーツァ
ルトは音圧の変動が多いため,被験者は音楽に気を取ら
れてしまい課題に集中できなかったことが考えられる.
4.2 節により,成績が悪い群に比べ,成績が良い群の方
が脳血流の変化量が大きかった.このことから成績が良
い人の方が,集中していたために脳血流が大きく変化し
た可能性がある.また,両群共ホワイトノイズの音環境
Fig. 2 男女の成績比較
では最も成績が良かったが,最も変化が小さかった.し
かし,脳血流が減少することは無く安定していたため,
良い成績につながった可能性がある.
6
まとめと今後の展望
本実験では,音環境が作業と脳血流変化にどのような
影響を及ぼすか,その影響に男女差があるのか検討した.
Fig. 3 男女の脳血流比較
4.2
静音時の成績をもとにした分類
静音時における成績が全員の平均よりも良かった群と
悪かった群に分類した.それぞれの群の成績,脳血流変
化を Fig. 4,Fig. 5 に示す.それぞれの群の記憶課題成
績に対して二元配置分散分析を行うと,成績が平均より
も悪かった群は F(2,6)=9.03,p >.05,成績が平均よりも
良かった群は F(2,6)=2.52,p <.05 となり,成績が平均よ
知的作業には数字記憶課題を行い,脳血流変化を fNIRS
で計測し,作業成績と脳血流変化との関係性を調査した.
その結果音環境が作業成績と脳血流変化に影響を及ぼす
こと,その影響には男女差があることが分かった.
また今後の課題として,男女それぞれの被験者数を増
やし, 今回の考察が正しいか再検討すること,記憶課題
における最適な音圧について検討することなどが挙げら
れる.
りも悪かった群のみに 5 %水準で有意差が見られた.Fig.
参考文献
4 により,両群共ホワイトノイズ>静音>モーツァルトの
1) 岩城護, 他. タイプ作業における音環境の生体影響と作業効率の
変化. 電子情報通信学会技術報告, Vol. 108, No. 52, pp. 19–24,
2008.
順に成績が良い結果となった.また,Fig. 5 により,成
績が良い群の方が脳血流の変化量が大きかった.
5
考察
4.1 節より,男性と女性では最適な音環境が異なること
が分かった.心理学的な研究によると,女性は男性に比べ
2) 星野雄地. 音環境が数字記憶課題の成績と脳血流変化に及ぼす影響
の検討. 生体医工学会, 2012.
3) Petko N. Petkov. Enhancing subjective speech intelligibility
using a statistical model of speech. Sound and Image Processing Lab, Vol. 5, pp. 497–514, 2011.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
脳血流変化と数字記憶課題の成績を用いた音環境評価の検討
星野 雄地
Yuchi HOSHINO
はじめに
1
Spectroscopy)を使用した.
近年,多くの人が学習や仕事といった知的作業に携わっ
ている.こうしたなかで,作業者を取り巻く環境が活動
2.2
被験者と実験環境
被験者は,21∼23 歳(mean ± SD:21.6 ± 0.68)の
に影響をおよぼすと考えられている.実際に,環境要因
健康な男女 20 名(男性:11 名,女性:9 名)とし,実験
と作業効率に関する研究は古くから行われている.例え
室温は 25.1 ± 0.9 ℃ の環境下で,14 時∼17 時の時間帯
ば,照明環境と作業効率の変化について調査した研究や
に実験を行った.NIRS 装置として ETG-7100(Hitachi
モーツァルトの楽曲が学習に影響をおよぼすことが報告
medical Co.,Japan) を使用し,計測部位は,前頭部 22CH
されている 1)
とし,プローブ設置は脳波電極配置の国際基準である国
2)
.
本研究では,人を取り巻く環境の中でも音楽療法や作
際 10-20 法に従った.
業 BGM(Background Music)として用いられ,人々に
音の提示は課題提示ディスプレイの横に設置したス
様々な影響をおよぼしている音に着目した.先行研究に
ピーカで行った.音圧は普通騒音計(SMART SENSOR
より,短期記憶に音環境が影響をおよぼすことが報告さ
AR814)を用い,A 特性音圧レベルを測定し,実験ごと
れているが 3) ,音環境が作業に影響を及ぼした際の脳
の平均音圧レベルを統一した.Table. 1 に本実験で用
活性指標のひとつである脳血流変化に着目した研究はあ
いた音環境及び平均音圧レベル(mean ± SD)を示す.
まり見受けられない.また,音環境が及ぼす影響には個
なお,すべての音環境には NIRS 動作音の音圧を含んで
人差があることが報告されていることから,作業者に対
いる.
し作業成績のみを用いて最適な音環境を判断することは
Table. 1 実験音環境
難しいと考えられる 4) .そこで本研究は,被験者にとっ
音環境
て最適な音環境の判断を目的として,音環境が作業成績
音圧レベル (dB)
静音
と脳活性に及ぼす影響に着目し,脳血流変化と作業成績
46±1
モーツァルト
の関係性を調査した.
65±8
65±0.5
ホワイトノイズ
実験
2
2.1
2.3
実験目的
実験設計
本実験では,以前の研究で明らかになった作業成績と
数字記憶課題とは Fig. 1 に示すように画面に円形表示
脳血流変化の関係性を確認したうえで脳血流変化と作業
される 8 つの数字を記憶保持し,数秒後に記憶したもの
成績をもとにした被験者分類の検討を行うことである
5)
を入力する課題である.
.実験では,音環境として静音,モーツァルト「2 台の
安静 30(s)
作業 50(問)
安静 30~50(s)
音提示
静音
静音
ピアノのためのソナタ」,ホワイトノイズの 3 つを用い
繰り返し50(回)
た.静音は,作業成績や脳血流変化を比較する際の基準
として用いることを想定した.また,モーツァルトとホ
ワイトノイズは先行研究により,作業に影響をおよぼす
環境であることが報告されているため選択した 6) .作業
課題として,短期記憶が音に影響されることが報告され
ていることから数字記憶課題を選択した 7) .数字記憶
課
題
開
始
課
題
終
了
8
2
0
7
6
4
安静 30(s)
3
5
記憶 3(s)
入力 ~7(s)
安静 30~50(s)
Fig. 1 数字記憶課題の流れ
課題の内容については 2.3 節で述べる.脳血流変化の取
実験設計は先行研究を参考に,イベントデザインで設
得は近赤外光を用いることで,非侵襲的に大脳皮質のヘ
計した 7) .本実験では作業時に音を提示し,安静時は静
モグロビン濃度変化を取得できる NIRS(Near Infrared
音状態を保つようにした.作業成績として,数字記憶課
題における正答文字数を音環境ごとに測定した.NIRS
た(F (2,38)=3.94,p <.01).この結果は自身の過去の結
のプローブを装着した被験者に,以下の流れで Fig. 1 に
果を支持するものである 5) .
示す課題を行った.
静⾳
1. 安静:30 秒間画面を注視しながら指を動かす.
する.この作業を 50 回繰り返す.
Oxy-Hb濃度変化[mM*mm]
2. 作業:3 秒間円形表示される 8 つの数字を記憶する.次
に,入力画面が表示されるまでの 1 秒間記憶を保持す
る.その後表示される入力画面で記憶した数字を入力
モーツアルト
0.10
ホワイトノイズ
0.05
0.00
-0.05
3. 安静:30 秒間画面を注視しながら指を動かす.
0
2.4
10
20
30
time[sec]
NIRS データ
本実験では,Oxy-Hb(Oxy-Hemoglobin)濃度変化を
40
60
50
Fig. 3 各音環境における平均脳血流変化
用いて検討を行った.脳血流変化の検討部位は記憶や認
知に関する処理を司るとされている前頭部の左下部に着
(CH5,6,10)を使用し,3CH を加算平均して検討を行っ
た.また,課題の性質上,入力を行う際の体動による血
流変化が計測の中盤,後半に見受けられた.そこで,体
動の少ない課題開始 60 秒間の血流変化を検討に用いた.
3.1
以前の研究では被験者を分類することで,音の影響を
受けやすい被験者と受けにくい被験者がいることが明
らかとなっている.さらに,数字記憶課題の結果を示す
Fig. 2 では,各環境の成績においてある程度のばらつき
が見受けられる.そこで,静音時の被験者 20 名におけ
る平均正答文字数を指標として高成績群と低成績群の
実験結果と考察
3
作業成績と脳血流変化の関係性
3.2
目し,国際電極配置 10-20 法における Fp1 付近の 3CH
音環境が成績と脳血流変化に及ぼす影響の確認
各音環境における数字記憶課題の平均正答文字数を
Fig. 2 に示す.箱ひげ図の中央線は中央値を示し,箱の
下側の辺は第 1 四分位数,上側の辺は第 3 四分位数を示
す.音環境の違いが平均正答文字数に影響を及ぼしたか
確認するために,被験者 20 名の平均正答文字数を用い
て二元配置分散分析を行った.その結果,音環境の要因
2 群に被験者を分類し,検討を行う.Fig. 4 に示す平均
よりも高い成績を示した被験者群では,音環境による作
業成績の差異は見受けられなかった.一方で,Fig. 4 に
示す平均より低い被験者群では音環境による作業成績に
差異が見受けられた.二元配置分散分析の結果,低成績
群は音環境の要因に影響を受けたことが明らかとなった
(F (2,14)=13.184,p <.001).
平均正答⽂字数
8.0
8.0
8.0
7.0
7.0
平均正答⽂字数
***: F(2,38)=18.49,p<.001
平均正答⽂字数
は 0.1% 水準で有意 (F (2,38)=18.49,p <.001) であった.
6.0
5.0
*** : F(2,14)=13.184,p<.001
6.0
5.0
7.0
4.0
4.0
ホワイトノイズ
モーツァルト
静⾳
ホワイトノイズ
モーツァルト
静⾳
6.0
(a) 高成績群作業成績
5.0
4.0
(b) 低成績群作業成績
Fig. 4 各群における作業成績の比較
静⾳
モーツァルト
ホワイトノイズ
灰色部分は折れ線グラフの標準誤差である(n=20).静
音の場合立ち上がりのあと一定量を保つのに対し,ホワ
イトノイズとモーツァルトの場合,立ち上がりのあと減
少していく結果となった.音環境による前頭部の脳血流
Oxy-Hb濃度変化[mM*mm]
同様に,各音環境における脳血流変化を Fig. 3 に示す.
Oxy-Hb濃度変化[mM*mm]
Fig. 2 数字記憶課題の成績
静⾳
0.15
モーツアルト
ホワイトノイズ
0.10
0.05
0.00
-0.05
0
10
20
30
time[sec]
40
50
60
(a) 高成績群脳血流変化
静⾳
0.15
モーツアルト
ホワイトノイズ
0.10
0.05
0.00
-0.05
0
10
20
30
40
50
60
time[sec]
(b) 低成績群脳血流変化
変化の差異を確認するため,脳血流変化の時間平均値を
用い一元配置分散分析を行った.その結果,音環境の要
因が脳血流変化量に影響を及ぼしたことが明らかとなっ
Fig. 5 各群による脳血流変化の比較
次に,分類した 2 群での脳血流変化を Fig. 5 に示す.
この 2 群の脳血流変化を比較すると,高成績群では静音
の判断が可能であることが考えられる.しかしながら,
時に脳血流変化が上昇するのに対し,低成績群ではその
分布が 2 つでなく 3 つに分かれてしまった.この原因と
傾向が見受けられなかった.
して脳血流変化のばらつきと被験者特性の 2 つの要因が
以上の結果より,静音時の作業成績と脳血流変化を用
考えられる.ひとつ目の要因である脳血流変化のばらつ
いて定量的に音環境の影響を受けやすい群と受けにくい
きは,NIRS 計測において,被験者別の Oxy-Hb の濃度
群に分類することができる可能性が考えられる.
変化量に,NIRS の光路長が不確定であるという問題が
3.3
作業成績と脳血流変化を用いた最適な音環境の評
あることから,個人差が生じたと考えられる.ふたつ目
価の検討
の要因である被験者特性については,先行研究において
作業成績と脳血流変化をもとに最適な音環境の評価が
可能か検討を行う.3.2 節より静音時の成績と脳血流変
化をもとに音環境の影響を受け易いかどうか判断できる
可能性が考えられる.そこで,静音時の平均正答文字数
を横軸,静音時の脳血流変化平均値を縦軸にとった散布
も音楽の好みや内向的か外交的かで音環境から受ける影
響が異なることが報告されている 4)
8)
.上記の問題を
解決し,分析を行うことで被験者に対し最適な音環境の
判断が可能になることが示唆された.
3.4
まとめ
本稿では,音環境がおよぼす数字記憶課題の成績と脳
かれる傾向が見受けられた.これをもとに,各分布ごと
血流変化に関係性があることを確認した.さらに脳血流
に音環境における成績を比較した結果を Fig. 7 に示す.
変化と作業成績を用いた最適な音環境の判断が可能か検
Fig. 7 より,A 群は音環境による成績の差異が最も小さ
く,B 群は A 群に比べ音環境による差異が見受けられた.
これに対し,C 群では音環境による大きな差異が見受け
討した.被験者 20 名に対し実験を行い,音環境により
られた.このことから脳血流変化と作業成績をもとに,
な音環境を判断できる可能性が考えられた.しかし,精
音環境の影響を受け易い群,あまり受けない群,ほとん
度や信頼性を高めるには NIRS 計測によるばらつきや,
ど受けない群に判別することができたと考えられる.
被験者の特性を踏まえた解析・検討が必要となることが
静⾳時Oxy-Hb濃度変化平均値[mM*mm]
図を Fig. 6 に示す.その結果,データの分布が 3 つに分
なった.一方,脳血流変化と作業成績を指標として最適
明らかになった.
0.2
A群
C群
参考文献
1) Roland Steiner Peter Blattner Peter Oelhafen Thomas Gotz1
Christian Cajochen Levi B. Wood, H. Harry AsadaSarah
Laxhmi Chellappa. Non-visual effects of light on melatonin,
alertness and cognitive performance: Can blue-enriched light
keep us alert? PLoS ONE, Vol. 6, , 2011.
0.1
0.0
-0.1
2) Vesna K. Ivanov and John G. Geake. The mozart effect and
primary school children. Psychology of Music, Vol. 31, No. 4,
pp. 405–413, 2003.
B群
-0.2
3
5
4
6
8
7
静⾳時平均正答⽂字数
Fig. 6 被験者分布の分類
3) Pierre Salame and Alan Baddeley. Effects of background music on phonological short-term memory. The Quarterly Journal of Experimental Psychology, Vol. 41, No. 1, pp. 107–122,
1989.
4) Adrian Furnham and Anna Bradley. Music while you work:
the differential distraction of background music on the cognitive test performance of introverts and extraverts. Cognitive
Psychology, Vol. 11, pp. 445–455, 1997.
8.0
5) Yuchi Hoshino and Tomoyuki Hiroyasu. The influence of
sound environments on performance of the memorizing numerical string task and cerebral blood flow changes. 2012.
7.0
平均正答⽂字数
作業成績及び脳血流変化が影響を受けることが明らかに
6) Hellmuth Obrig and Arno Villringer. Effects of background
music on phonological short-term memory. Journal of Cerebral Blood Flow and Metabolism, Vol. 23, pp. 1–18, 2003.
6.0
5.0
7) 後藤卓司, 中山実. 数字記憶課題における脳波への音環境の影響.
電子情報通信学会技術研究報告. 教育工学, Vol. 103, No. 135, pp.
31–36, 2003.
4.0
静⾳
モーツァルト
A群
ホワイト
ノイズ
静⾳
モーツァルト
B群
ホワイト
ノイズ
静⾳
モーツァルト
ホワイト
ノイズ
C群
Fig. 7 各群による作業成績の比較
この結果について考察を行う.実験結果より,脳血流
変化と平均正答文字数をもとに静音で作業をするべきか
8) Stacey Dobbs, Adrian Furnham, and Alastair McClelland.
The effect of background music and noise on the cognitive
test performance of introverts and extraverts, Vol. 35. Psychology of Music, 2007.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
角膜内皮細胞画像の細胞数自動計測アルゴリズムの検討
関谷 駿介
Shunsuke SEKIYA
1
はじめに
近年,社会全体の高齢化に伴い以前から問題とされて
いた角膜障害による失明が増加している.その中でも,
増殖能が低く,加齢と共に減少する角膜内皮細胞に起因
する失明が大きな問題とされている.この角膜内皮障害
に対する新たな治療法として,再生医療が注目されてい
る 1) 2) .
再生医療では,元となる細胞を体外で培養し,培養し
た細胞を移植することによって治療を行う.この培養細
胞は運搬中などに死んでしまう恐れがあるため,細胞を
正常な状態に保つ保存液の開発が現在進められている.
保存液の開発にはその有用性を確かめるために正常細胞
と死細胞の数を計測する必要がある.しかしながら,現
状では研究者が手作業で計測しているため,大きな負担
となっている.また,人間の目の限界もあり非効率的と
いう問題もある.
そこで,本稿では角膜内皮細胞画像から細胞数を自動
で計測できるアルゴリズムの検討を行う.
2
角膜内皮細胞画像
Fig. 1 に示すように,計測する角膜内皮細胞の画像は
細胞質が緑色,正常細胞の核が青色,死細胞の核が赤色,
細胞がはがれた部分が黒色に染色されている.このよう
な画像から細胞自体を計測することは困難である.そこ
で,本稿では青色の核と赤色の核数を計測することで正
常細胞数と死細胞数を計測する.
3
提案アルゴリズム
提案するアルゴリズムでは,正確な核数の計測を行う
ために各画素の青・赤チャンネルの抽出後,ノイズ除去
や領域分割処理を行いラベリング処理で青・赤チャンネ
ルを持つ領域数の計測を行う.ラベリング処理とは連続
した領域に同じ番号を割り振る処理のことである 3) .赤
色に染色されている死細胞核は,元々青色に染色されて
いた正常細胞核が変化したものであるため,青チャンネ
ルの値を持っている.そのため赤の核数は赤チャンネル
を持った領域数,青の核数は青チャンネルを持った領域
数から赤チャンネルを持った領域数を引いたものとする.
3.1
チャンネルの抽出処理
処理するディジタルカラー画像では,原色として赤 (R),
緑 (G),青 (B) を利用し,色を表現している.各画素に
は赤,緑,青のチャンネルがあり,それぞれ 0 から 255(0
が最も弱く,255 が最も強くそのチャンネルの色を表す)
までの輝度値をとる.今回はこの青と赤チャンネルを抽
出する.その後,グレースケール化で濃淡画像にし,2
値化によって各画素の輝度値を 0(黒) か 255(白) とする.
今回はグレースケール化した画像の輝度値が 0 でない画
素を全て 255 にする 2 値化を行う.
3.2
抽出後の処理
赤・青チャンネルの抽出後の処理について述べる.2
値化後の画像は計測に必要ないノイズを含んでいるため,
今回はノイズ除去の基本的な処理である中央値フィルタ
とオープニング処理について述べる.また,核の領域分割
ができる Shape-based Watershed 法についても述べる.
3.2.1
中央値フィルタ
中央値フィルタとは,注目画素と縦横斜めの近傍 8 画
素の計 9 画素の輝度値の中央値を注目画素に与えていく
ことで画像の平滑化を行うフィルタの一つである.主に
ノイズ除去などに用いられる.
3.2.2
Fig. 1 角膜内皮細胞画像 (1/9 画像)
オープニング処理
オープニング処理とは,対象画像を数回収縮処理した
後,同じ数だけ膨張処理を行う処理のことである.収縮
処理とは注目画素の近傍画素にひとつでも黒(輝度値:
0)があるならば注目画素の輝度値を 0 とする処理で,膨
張処理とは,注目画素の近傍画素にひとつでも白(輝度
値:255)があるならば注目画素の輝度値を 255 とする
黒
黒
マーカ
領域2
領域1
領域3
Watershed
白
image1
白
位置
image3
image2
位置
Fig. 4 実験画像
Fig. 2 Watershed 法
処理前
距離変換画像
2値化画像
中央値フィルタ
オープニング1回
オープニング2回
Shape-based
Watershed
Fig. 3 Shape-based Watershed
処理である.このオープニング処理を用いる事で計測に
不要なノイズの除去及び,核の領域分割が可能である.
3.2.3
Shape-based Watershed 法
Watershed 法とは,マーカと呼ばれる領域の核を隣接
画素へと広げていくことによって領域を得る手法である
4)
.Fig. 2 を用いて以下にグレースケール画像における
Watershed 法の概略について述べる.
1. 輝度勾配の極小値にマーカを設定する
2. 勾配に沿ってマーカを広げる
3. マーカのぶつかった所に境界を生成する
しかしながら,各マーカの中心の輝度が結合している
領域の境界の輝度よりも低い場合,それぞれの領域の正
確な分割ができないことがある.そこで,各領域が円系
の特徴を持っていることに着目して 2 値画像を距離画像
へ変換する.距離画像において,各ピクセルの輝度値は
背景ピクセル (この場合だと黒のピクセル) までの最も近
い距離に相当する.この距離画像に対して Watershed 法
を適用することで Fig. 3 のように領域分割を行うことが
できる.このような処理を Shape-based Watershed とい
う 5) .
4
4.1
実験
実験概要
本実験では,提案アルゴリズムの有効性の確認及び,ノ
イズ処理に用いるフィルタの比較のために Fig. 4 のよう
な赤の核数が「image1:ほぼない,image2:ある,image3:
とてもある」の 3 種類の画像を用意して,それぞれに対し
中央値フィルタ,オープニング処理 (収縮・膨張各 1 回),
オープニング処理 (収縮・膨張各 2 回) を施し,青チャンネ
Fig. 5 処理結果画像 (image2)
ル抽出の結果画像を比較した.なお,閾値は image1 では
G<255,B>=40,image2 では G<255,B>=40,image3
では G<255,B>=50 とした.この閾値は予め目で実測
した値に対して,各手法で 1 番近い値が出た時の平均値
である.
また,それぞれの画像に対して B の閾値を-10,+10
変化させて数を計測し,事前に目で実測したものと比較
した.その後,Shape-based Watershed を施したものに
対しても同様の計測を行った.
4.2
実験結果
一例として image2 の処理結果画像を Fig. 5 に示す.
Fig. 5 の結果から中央値フィルタ,1・2 回のオープニン
グ処理ともノイズの除去を確認できた.また,オープニ
ング処理を用いると核の領域をある程度分割することが
できた.これは image2 だけではなく image1,image3 で
も同様の傾向が見られた.
また,それぞれの青チャンネル抽出数の実測値との誤
差を Table. 1 に示す.なお,Table. 1 の「control」は結
果画像を比較した時の B の閾値とする.つまり,image1
では 40,image2 では 40,image3 では 50 である.
次に,それぞれに対して Shape-based Watershed を
施した結果画像は Fig. 6 のようになった.また,青チャ
ンネル抽出数の実測値との誤差は Table. 2 のようになっ
た.Table. 1 の結果より,これらの処理では領域分割を
Table. 2 Watershed 後青抽出数の実測値との誤差
Table. 1 青抽出数の実測値との誤差
処理方法
-10
control
+10
処理方法
-10
control
+10
中央値フィルタ
オープニング 1 回
オープニング 2 回
-251±212
-158±106
-133±64
-114±71
-68±46
-207±160
-44±30
-35±20
-489±475
中央値フィルタ
オープニング 1 回
オープニング 2 回
139±237
128±161
-27±40
64±110
71±48
-163±177
32±27
28±27
-472±485
6
中央値フィルタ
Shape-based
Watershed
本実験の結果,細胞画像からチャンネルを抽出する際
の閾値が処理の結果に大きく影響する事が確認できた.
その為,細胞画像から核数を正確に計測する為には画像
及び処理に適した RGB の閾値や 2 値化の閾値を設定す
る必要がある.この閾値の設定を自動で行うことができ
れば核の自動計測の実現に近づくことが期待できる.
7
オープニング1回
Shape-based
Watershed
オープニング2回
Shape-based
Watershed
Fig. 6 Shape-based Watershed 後結果画像 (image2)
充分にできていない事が分かるが,Table. 2 の結果より,
Shape-based Watershed を加える事で実測値に近い値を
得る事ができた.また,中央値フィルタ・オープニング
1 回は,B の閾値が高いほど実測値に近づく傾向にあり,
一方,オープニング 2 回は B の閾値が低いほど実測値に
近づく傾向がみられた.
5
考察
Fig. 5 の結果より,より多くのノイズ処理と領域分割
を行うことができたオープニング 2 回の処理が提案アル
ゴリズムのノイズ処理に用いるのに最も適していると考
えられる.また,提案アルゴリズムにおいて,使用する
閾値が低いほど細胞画像の情報を漏れなく反映すること
が可能である.その為,Table. 1,Table. 2 の結果より,
B の閾値が低いほど実測値に近づく傾向にあるオープニ
ング 2 回と Shape-based Watershed の組み合わせは,適
切だと考える.これらの理由より,今後はオープニング
2 回と Shape-based Watershed の処理を用いる.
今後の展望
まとめ
本稿では,角膜内皮細胞画像の核の計測アルゴリズム
の中でも青・赤チャンネル抽出後の処理について述べた.
また,提案アルゴリズムの有効性の確認及び,ノイズ処理
に用いるフィルタの比較のために実験を行った.実験の結
果,中央値フィルタと 1・2 回のオープニング処理の 3 つ
の処理全てでノイズ除去はできるが,オープニング処理
では領域分割も可能である事が確認できた.さらに,これ
らの処理に Shape-based Watershed を施し,実測値を基
準とした比較をするとオープニング 2 回と Shape-based
Watershed の組み合わせは B の閾値が低いほど実測値に
近づく傾向にあることが分かった.B の閾値が低いと,
計測に必要な核を漏れなく抽出することができるという
理由からオープニング 2 回と Shape-based Watershed の
組み合わせは有効であると考えられる.今後は RGB の
閾値や 2 値化を行うときの閾値を検討し,核の自動計測
の実現を目指す.
参考文献
1) 小泉範子. 日本における角膜再生医療の現状. Journal
of Japanese Ophthalmological Society, Vol. 111(7),
pp. 493–503, 7 2007.
2) 小泉範子. 霊長類を用いた角膜内皮再生医療の開発.
日本眼科學会雑誌, Vol. 113(11), pp. 1050–1059, 11
2009.
3) 田村秀行. コンピュータ画像処理. オーム社, 2002.
4) 志治亜矢子, 浜田望. Watershed アルゴリズムと輪郭
情報を用いたカラー画像の領域分割. 電気情報通信学
会論文誌, Vol. J83-D-ll, No. 2, pp. 593–600, 2000.
5) Carolina Wahlby. Algorithms for applied digital
image cytomery. Master’s thesis, Acta University,
2003.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 7 日)
医療情報システム研究室
遠隔医療システム構築のための
通信速度の測定と DICOM ビューアの作成
西村祐二
Yuji NISHIMURA
はじめに
1
近年,医用画像診断機器の発展が著しく,各医療機関
点が挙げられる.
• 一元管理の限界
が保管すべき各種医用画像データなどの患者の情報量は
• 遠隔地間での遅延
爆発的な増加を続けている.それに伴い,医療情報の蓄
• 診断における画像処理
積と共有がより重要視されるようになってきている.そ
こで,近年,遠隔地間の医療機関が連携して患者情報を
共有する遠隔医療システムが構築されてきている.現在,
稼働しているシステムとしては「K-MIX:ががわ遠隔医
療ネットワーク ?) 」が挙げられる.K-MIX ではデータ
センタによる一元管理が行われており,医用画像データ
の一元管理では容量的に限界があると考えられる.また,
遠隔地間でのファイルの保存,取得を行う際に遅延が発
生することも遠隔地間共有における問題となっている.
本研究では,これらを解決するシステムとして,分散フ
ァイルシステムを応用した DICOM(Digital Imaging and
communications in Medicine) 規格の医用画像を格納す
る医用画像保存通信システム (PACS:Picture Archiving
and Communication Systems) を提案する.本発表では,
システム構築の前段階として,遠隔地間で通信を行うと
きに重要となるネットワーク通信速度の計測,画像診断装
2.2
各病院が PACS によって管理している医用画像を広域
分散ファイルシステムを応用することにより医用画像を
管理しつつ,他病院で管理されている医用画像を利用で
きる環境を構築する.このシステムはメタデータサーバ,
画像サーバ,連携サーバの 3 層構造となっている.メタ
データサーバは医用画像の規格である DICOM のメタ
データを用いて画像検索が行われるときに効率よく検索
を行うために DICOM からメタデータを切り離し格納す
る.画像サーバーには実画像データである DICOM を格
納する.この 2 つのサーバを各医療機関で構築を行い,
広域環境で連携を行うために連携サーバを医療機関外に
設置する.これにより,医療機関が管理している医療情
報の共有が行えると考えられる.
2.3
置で撮影した医用画像データを表示する DICOM ビュー
アの作成を行った.
提案システム
2
2.1
一元管理の限界
遠隔地間での遅延
この問題を解決するためにアクセス頻度の高いファイ
ルはレプリカを作成し複数拠点に配置することによって
遅延を軽減させるデータレプリケーションと呼ばれる手
法を実装する.
概要
各病院が独立して医用画像を管理しつつ,共有を行う
PACS を提案する.提案システムの概要図を Fig. 1 に示
す. 現在の遠隔医療システムの問題点として,以下の 3
2.4
診断における画像処理
医用画像に映る小さな病変などの経時変化を確認する
ために画像処理が必要となるなど診断において画像処理
が重要となる.そのため,医用画像の保存を行うと自動
で画像処理が実行われ,そこから得られた特徴量を検索
項目として追加するシステムも実装する.これによって,
診断医の負担の軽減と診断の迅速化を行うことができる.
3
3.1
Fig. 1 提案システム概要図
DICOM ビューアの作成
DICOM の概要
DICOM (Digital Imaging and communications in Medicine) は,医用画像フォーマットと通信プロトコルを定
義した標準規格である.DICOM は画像を主とする様々
なデータを内包できるコンテナフォーマットであり,内
包物のフォーマットやデータ長を記載するメタデータを
保持している ?) .Fig. 2 に DICOM の概要を示す.
4.2
LAN 環境における通信速度の計測実験
この計測実験に使用した Misc の仕様を Table. 1 に,仮
想 OS のホスト PC の仕様を Table. 2 に,仮想 OS の仕
様を Table. 3 に示す.AN 環境にある仮想 OS と Misc は
DICOM
メタデータ
・患者情報
氏名,誕生日,住所等
・検査情報
撮影機器,造影剤,検査日付等
・画像情報
サイズ,画素表現,格納ビット等
・医療情報
1Gbps の Ethernet を使い,カテゴリー 5e の LAN ケーブ
ルで接続されており,スイッチングハブは 100BASE-TX
である.それぞれのネットワーク構成を Fig. 4 に示す.
Fig. 2 DICOM の概要図
医用画像フォーマットとしての DICOM では,画像そ
のものに加えて,データサイズや画像サイズなどの画像
情報,患者の氏名や住所などの個人情報,撮影機器や造
影剤などの検査情報がメタデータとして付加され,患者
の検索や診断に大きく寄与している.
3.2 DICOM ビューア
DICOM ビューア作成にあたり,C# にて実装を行っ
た.Fig. 3 に作成した DICOM ビューアの起動画面を
示す.
Fig. 4 ネットワーク構成
通信速度の計測方法は Netperf?) ,Iperf?) ,nuttcp?) の
3 つのツールを使用し,Table. 5 に示す設定において計
測を行った.計測結果を Table. 6 に示す.
4.3
広域環境における通信速度の計測実験
この計測実験に使用した Misc の仕様を Table. 1 に,
北海道大学のサーバの仕様を Table. 4 に示す.通信速度
の計測方法としては Misc サーバから北海道大学のサーバ
に 1M,10M,100M から 1GB までの 100M ごとのファイ
ルを転送し,転送が完了するまでにかかった時間から通
信速度の算出を行った.LAN 環境である Misc サーバと
仮想 OS 間にも同じ計測実験を実施し比較を行った.転
Fig. 3 DICOM ビューアの起動画面
送時間の結果を Fig. 5 に,転送速度を Fig. 6 に示す.
本ビューアでは DICOM ファイル内にあるデータサイ
ズ,画面サイズなどのメタデータを読み取り,Bitmap
形式で表示している.右側には DICOM ファイルが持
つメタデータの一覧を表示している.また,表示された
DICOM 画像をリアルタイムで明るさやコントラストを
調節を可能にした.
ネットワーク速度の計測実験
4
4.1
実験概要
本実験では PC 上に 2 つの仮想 OS を構築し,その仮
想 OS と同一の LAN 環境にある同志社大学に 2008 年に
導入された PC クラスタ”Misc”の 1 ノードとの通信速度
の計測を行った. また,広域環境における同志社大学内
の Misc サーバと北海道大学内のサーバ間の通信速度の
計測を行った.
Fig. 5 ファイル転送時間 (5 回施行平均)
Table. 6 ネットワーク速度の測定結果
netperf
iperf
nuttcp
4.4
仮想 OS-仮想 OS
仮想 OS-Misc
690Mbps
592Mbps
624Mbps
92.6Mbps
93.5Mbps
92.2Mbps
考察
Table. 6 より,仮想 OS 間に比べ,仮想 OS と Misc
間のネットワーク速度が遅い結果を得られた.これは仮
想 OS から Misc に通信するまでに 100BASE-TX のホ
Fig. 6 ファイル転送速度 (5 回施行平均)
ストを通っているため,100BASE-TX の通信速度であ
る 100Mbps 以下の通信速度という結果になったと考え
Table. 1 Misc の仕様
CPU
Memory
Quad-Core AMD Opteron 2.3GHz × 2
DDR2 667 MHz 8GB
OS
Kernel
NIC1 の種類
Debian squeeze 6.0.5
2.6.32-5-amd64
1000BASE-T
られる.また,仮想 OS 同士の場合は仮想的に Gigabit
Ethernet である,1000Base-T のネットワークカードが
構築されている.本来,NIC の差からは,10 倍程度の速
度差が得られると考えられるが,本実験では平均して 6
倍程度のネットワーク速度しか計測されなかった.これ
は仮想 OS では,ホストのメモリが分割して割り当てら
れるため,メモリが不足していたことが要因の一つと考
えられる.また,広域環境における通信速度の計測結果
Table. 2 仮想 OS のホストの仕様
から LAN 環境における通信速度に一番近いファイルサ
イズは 1Gbyte のファイルという結果が得られえた.つ
CPU
Memory
Intel Core i7-2677M CPU1.8GHz
DDR3 PC3-10600 4GB
まり,遠隔地間でファイルのやり取りを行う際にはファ
OS
NIC の種類
Windows7 Ultimate
100BASE-TX め,大きなファイルにしてから転送を行う方が遅延の影
Table. 3 仮想 OS の仕様
CPU
Intel Core i7-2677M CPU1.8GHz
Memory
OS
DDR3 PC3-10600 512MB
Debian squeeze 6.0.5
Kernel
NIC の種類
2.6.32-5-amd64
1000BASE-T
5
まとめと今後の展望
本発表では,目標とするシステム構築のための前段階
として,ネットワークの速度計測と DICOM ビューアの
作成を行った.今後は,実際に同志社大学,北海道大学,
国立情報研究所の 3 拠点で分散ファイルシステムの構築
を行う予定である.
CPU
Intel Xeon CPU E7-8870 2.4GHz
Memory
OS
Kernel
12GB
CentOS 5.5
2.6.18-194.el5xen
NIC の種類
1000BASE-T
Table. 5 測定時に使用した設定
受信ウィンドウサイズ
85.3Kbyte
送信ウィンドウサイズ
16Kbyte
16Kbyte
10 秒
計測時間
響を受けにくいと考えられる.
を行い,作成した DICOM ビューアとの通信を図る実装
Table. 4 北海道大学サーバの仕様
パケットサイズ
イルを一つずつ送るのではなく,ファイルを一つにまと
参考文献
1) 原量宏, 横位英人. 病院情報システムと遠隔医療かがわ
遠隔医療ネットワークから日本版 EHR の実現へ. 医
療機器システム白書 2008∼2009, pp. 358–360, 2008.
2) Herman Oosterwojk. DICOM 入門. (株) 篠原出版新
社, 2008.
3) Netperf. http://www.netperf.org/netperf/.
4) Iperf. http://homepage2.nifty.com/protocol/iperf/iperf.htm.
5) nuttcp. www.nuttcp.net/.
第 14 回 月例発表回(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
広域分散ファイルシステムを用いた階層型 PACS における
DICOM 通信機能の実装
南谷 祥之
Yoshiyuki MINAMITANI
1
はじめに
近年,医療現場において的確な診断や治療に資するも
のとして,医療情報の蓄積と共有が重要視されている.
医用画像に関しては,様々な機器で利用可能な専用規格
が策定されており,医用画像規格として DICOM(Digital
Imaging and communications in Medicine) 規格が利用
されている.現在,このような医用画像情報を共有する
ためのシステム構築が求められているが,MRI や CT に
代表される医用画像診断器機の発展に伴い,蓄積される
情報量は爆発的な増加を続けている.現在稼働している
医療情報の共有システムとして「K-MIX:かがわ遠隔医
療ネットワーク 1) 」が挙げられる.しかし,K-MIX で
はデータセンタによる一元的管理が行われており,デー
タサイズが大きい医用画像データの一元的管理には限界
があると考えられる.
そこで,本研究では広域分散ファイルシステム用いて
階層的なメタデータサーバを有する医用画像保存通信シ
ステム (PACS : Picture archiving and communication
systems) を構築した.現在までの実装では,既存の DICOM ビューアに対して接続機能を提供出来ていなかっ
た.そのため,本稿では DICOM 通信規格に準拠した接
続機能の実装を行った.
2
DICOM
DICOM は,医用画像フォーマットと通信プロトコル
を定義した医用画像標準規格である.画像規格に関する
DICOM では,実画像データに加えてデータサイズや画
像サイズなどの画像情報,患者の氏名や住所などの個人
情報,撮影機器や造影剤などの検査情報がメタデータと
して規定されており,患者の検索や診断に大きく寄与し
ている.一方,通信規格としての DICOM では,TCP/IP
上に DICOM 通信コネクションを確立する.これにより,
DICOM 準拠製品間のファイル送受信や問い合わせを行
う 2) .
3
3.1
提案システム
システム概要
本章では,データセンタにおける一元的管理によるシ
ステムではなく,各病院が独立して DICOM の管理を行
いつつ,医用画像を共有利用することを可能とする階層
型 PACS について説明する.Fig. 1 に提案システムの概
要図を示す.
連携サーバにより,
メタデータを分離し,
メタデータサーバに格納. 各病院のシステムを接続.
meta data
DICOM
meta data
DICOM データを
画像サーバに格納.
病院 A
連携サーバ
病院 B
メタデータサーバ
画像サーバ
Fig. 1 提案システム概要図
現在,医用画像は広域に点在している各病院により
各々管理されている.提案システムでは,各病院で管理
されている DICOM 画像を複数の医療機関で利用できる
環境を提供する.具体的には,各病院が DICOM のメタ
データを格納するサーバと実画像データである DICOM
画像を格納するサーバの 2 層のサーバを構築する.さ
らに,広域環境で医療機関が連携を行うため,医療機関
外に連携を行うサーバを設置する.このような階層型
の PACS を構築することにより,広域環境における医用
画像の共有システムの構築を目指す.本研究では,メタ
データの登録,検索および,複数の分散ファイルシステ
ムの連携を可能にするシステムとして広域分散ファイル
システム Gfarm に着目した.
3.2
Gfarm を利用した PACS の構築
広域分散ファイルシステム Gfarm は,筑波大学の建
部らによりオープンソースでの開発が進められている
ファイルシステムである 3) .Gfram は,3 種に分類で
きるノード群で構成される.ファイルの保存位置が格納
されるメタデータサーバ,データ本体が格納される I/O
サーバ,ファイルにアクセスを行うクライアントである.
Gfarm のメタデータサーバは保存ファイルに対して任意
の情報を XML 形式で付加する機能を有しており,その
情報を用いてメタデータサーバ上でファイル検索を行う
事が可能となっている.また,メタデータサーバを階層
的に構築することも可能である.
本研究では,上記の Gfarm の機能を利用し DICOM
のメタデータ (患者情報や検査情報) から検索可能なシ
ステムおよび,複数拠点の PACS を連携するシステム構
築を行った.
4
DICOM 通信機能の実装
本章では,実装した DICOM 通信機能について説明
する.DICOM 通信機能を実装するにあたり,DCMTK
(DICOM Tool Kit) 4) という C++実装の DICOM ライ
ブラリを利用した.DCMTK はドイツのオルデンブル
グ大学に開設された OFFIS (Oldenburg Research and
Development Institute for Information Technology) に
よってオープンソースでの開発提供されている.
DICOM 通信は大別して,ファイル送信,ファイル受
信,メタデータ検索の 3 つの機能に分けられる.本稿で
は,DICOM 機器からのファイル受信機能のみの実装を
行った.
4.1
Fig. 3 Osirix の DICOM 送信画面
システム構成
DICOM 通信機能の実装に関して,Gfarm メタデータ
サーバ× 1 台,Gfarm I/O サーバ× 2 台,Web サーバ
× 1 台,DICOM サーバ× 1 台を用いてシステムを構築
した.なお,DICOM ビューアは,DICOM サーバにア
クセスを行う事により構築システムに DICOM を保存す
る.構築したシステム図を Fig. 2 に示す.
Metadata
Server
Web Server
Fig. 4 構築 PACS の検索画面
Metadata
Server
5
I/O Servers
DICOM viewer Client
Fig. 2 実装システムの通信イメージ図
4.2
DICOM 画像の保存
今回,既存の DICOM ビューアの一例として,
「Osirix」
というオープンソースのソフトウェアを用いた.DICOM
通信の際は,IP アドレス,ポート番号に加え,AETitle
(Application Entity) という項目を設定する必要がある.
本実装では,DCMTK を利用し Osirix と構築した PACS
を DICOM 通信にて接続した.Fig. 3 に Osirix の DICOM 送信画面を示す.
4.3
Gfarm における検索
DICOM 通信により Gfarm 上に保存された DICOM
画像を,現在までに構築した Web アプリケーションに
より検索が可能であるかの確認を行った.なお,検索画
面は Apache サーバ上で実行され,ブラウザによりアク
セスが可能である.Fig. 4 に示す構築 PACS の検索画面
の通り,保存された DICOM の検索結果が確認出来る.
まとめと今後の展望
本報告では,現在までに構築した階層型 PACS に DICOM 通信規格に準拠した接続機能の実装を行った.実
装機能は DICOM 受信機能のみであったが,現在までに
構築した Web アプリケーションにより検索可能である
事を確認出来た.今後は,DICOM 送信,メタデータ検
索機能についても実装を行わなければならない.また,
同時にユーザアカウント管理や本システムを遠隔地で連
携させた場合の評価についても行う予定である.
参考文献
1) 原量宏, 横位英人. 病院情報システムと遠隔医療かがわ遠隔医療
ネットワークから日本版 EHR の実現へ. 医療機器システム白書
2008∼2009, pp. 358–360, 2008.
2) Herman Oosterwojk. DICOM 入門. (株) 篠原出版新社, 2008.
3) Osamu Tatebe, Kohei Hiraga, and Noriyuki Soda. Gfarm
grid file system. New Generation Computing, Vol. 28, pp.
257–275, 2010.
4) M. Eichelberg, J. Riesmeier, T. Wilkens, A. J. Hewett,
A. Barth, and P. Jensch. Ten years of medical imaging standardization and prototypical implementation: the DICOM
standard and the OFFIS DICOM toolkit (DCMTK). In
Society of Photo-Optical Instrumentation Engineers (SPIE)
Conference Series, Vol. 5371, 2004.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
細胞画像領域分割のための GP を用いた
画像処理フィルタ構築における画像のコントラスト改善手法の提案
山口 浩明
Hiroaki YAMAGUCHI
1
はじめに
近年,失明の原因である角膜損傷や角膜減少などの問
題を解決するために角膜再生医療が注目されている.再
生医療とは,疾患や外傷などによって失われた生体の機
能を幹細胞や前駆細胞などの増殖機能をもった細胞やそ
れらを培養した組織を用いて治療を行う医療である.角
Fig. 1 木構造フィルタ構築の原理
膜再生医療は,角膜細胞が損傷した患者に体外で培養さ
れた角膜内皮細胞を移植することによって行われる.培
養された細胞が良好であるかの判断は,細胞の密度や形
処理フィルタが用意される.そして原画像から目標画像
状などの特徴量が重要な指標となる.しかし,正常時の
へ近似するように,既知の画像処理フィルタに対して組
角膜内皮細胞の密度は,2000∼2500mm であり,目視
み合わせ最適化を行い,木構造フィルタが構築される.
によって特徴量を判断することが困難である.そこで,
この木構造フィルタでは,終端ノード I から画像が入力
本研究では細胞のデジタル画像から特徴量を計測するた
され,各非終端ノードに格納された画像処理フィルタの
めに,細胞画像における各細胞領域を分割する画像処理
処理を順に行うことで,1 枚の出力画像を作成する.
2
構築された木構造フィルタの適応度の計算には,評価
フィルタの構築に取り組んでいる.
本研究では,その画像処理フィルタ構築のために最適
関数 (1) が用いられる.
化手法である遺伝的プログラミング(Genetic Program-
ming:GP)を用いており,既存の細胞解析ソフトである
ImageJ1) よりも良好な分割結果を示している 2) .一方
f itness =
PWx PWy
ff
K 
1X
y=1 |O(x, y) − T (x, y)|
1 − x=1
(1)
k
Wx Wy Vmax
k=1
で,細胞画像は,撮影環境によって細胞の写り具合が異
なるため,コントラストが部位によってばらつく画像で
適応度は,出力画像 O(x, y) と目標画像 T (x, y) の各ピ
は,画像全体において良好な細胞分割が困難といった問
クセル値の差分によって求められ,この差分が小さいも
題がある.そこで,本稿では画像全体のコントラストの
のほど優れていると評価する.適応度は 1.0 を最大値と
ばらつきを抑えるヒストグラム変換処理を提案し,GP
する.K は学習画像セット(原画像と目標画像)の数,
を用いた細胞領域分割処理における提案手法の有効性に
Wx ,Wy は画像の横,縦のサイズ,Vmax は最大階調値
ついて検討する.
を示す.
木構造フィルタの GP 個体は,終端ノードに入力する
2
遺伝的プログラミングを用いた画像処理
フィルタ構築
一般的に画像処理は既知の単純な画像処理フィルタの
組み合わせとして表現可能とされている.そこで,画像
処理はフィルタの組み合わせ最適化問題と捉え,その最
適化問題の解を求めることで,Fig. 1 に示すような木構
造状フィルタを構築する.
Fig. 1 に示すような木構造フィルタを構築するために,
学習データである原画像 I と原画像に対して理想的な処
理画像である目標画像 T のセットと,複数の既知の画像
画像,非終端ノードに既知の画像処理フィルタが格納さ
れる.また非終端ノードに格納する画像処理フィルタは,
入力系統数が 1 および 2 のものである 2) .
3
画像の濃度ヒストグラムを用いたコントラ
スト改善
画像のコントラストを改善するために,画像中におけ
る各濃度値の頻度(画素数)を求めたものであるヒスト
グラムを変換することが有効とされている 3) .ヒストグ
ラム変換手法にはヒストグラム伸張化,平坦化,正規分
Fig. 4 局所領域ごとのヒストグラム変換
Fig. 2 ヒストグラム変換
1. ヒストグラム変換を行う局所領域の大きさを指定する.
2. 対象画像の局所領域において任意のヒストグラム変換
を行い,変換後の濃度値を記憶する.
3. ヒストグラム変換を行う局所領域をまだ変換が適用さ
れていない領域へ移動し 2 の操作を行う.
4. 2 と 3 の操作を対象の画像の全ての局所領域で適用さ
れるまで繰り返し,変換後の値を新しい濃度値とする.
また,変換後の値が複数現れているピクセルにおいて
は,それらの平均値を新しい濃度値とする.
位置によってコントラストがばらついている画像でも,
局所領域ではそのばらつきが小さいことが考えられる.
そのため,ばらつきが小さいそれぞれの範囲ごとでヒス
トグラム変換を行うことで,全体のコントラストを一定
Fig. 3 コントラストにばらつきのある画像のヒストグ
ラム変換(左上:原画像,右上:伸長化,左下:平坦化,
右下:正規分布化)
にできることが期待される.
提案手法の有効性の検証
4
4.1
布化がある(Fig. 2).伸張化では,入力画像に含まれる
濃度範囲を表示可能な最大濃度範囲に伸張する処理であ
り,濃度値がある範囲に偏って分布している場合有効と
されている.平坦化は,ヒストグラムの分布が平坦(一
様)になるように濃度値を変換する手法であり,各濃度
値が一様に用いられるため,顕著なコントラスト協調効
果が得られる場合が多い 4) .正規分布化ではヒストグ
ラムの濃度値の分布が正規分布になるように変換する.
これらの変換処理を行うことで,画像の濃淡の変化が
より明瞭になり,画像のコントラストを改善することが
できる.一方で,Fig. 3 のような画像の右上の明度は低
いが,左下では明度が高く,位置によってコントラスト
が異なるような画像の場合,上述のヒストグラム変換で
は,それらの差をより際立たせる結果となり,画像全体
において良好な細胞分割を行うことが難しいことが考え
られる.
そこで,画像全体のヒストグラムに変換処理を行うの
ではなく,Fig. 4 に示すように,それぞれ局所的な範囲
でヒストグラム変換を行うことで,画像のコントラスの
ばらつきを抑える方法を提案する.
提案手法のアルゴリズムを以下に示す.
概要
本章では,3 章で示した提案手法を培養された角膜内
皮細胞画像に適用し,GP を用いた細胞領域分割のため
の画像処理フィルタ構築における提案手法の有効性につ
いて確認するために,3 つの検証実験を行う.本検証実
験で用意した細胞画像は,Table1 に示す 6 枚である.
実験 1 では,目視においてコントラストにばらつきの
ある細胞画像 1, 2 に提案手法を適用し,ばらつきを抑え
ることができるかを検証する.画像 1, 2 を Fig. 5 に示
す.Fig. 5 の画像の全体とそれぞれ左上,左下,右上,右
下に 4 つに等分割した範囲における平均濃度値は Table3
のようになり,右上と左下の範囲において全体の平均濃
度値より 15 以上の差をもつ画像である.本実験では,こ
れら 2 枚の画像に局所領域の大きさを 100 × 100 に指定
し,それぞれヒストグラム伸張化,平坦化,正規分布化
において提案手法を適用する.
実験 2 では,画像 1∼6 に対して,細胞画像領域分割の
ための画像処理フィルタをヒストグラム変換を行った学
習画像から GP を用いて構築し,ヒストグラム変換した
画像に対するフィルタ構築の影響について検証する.そ
れぞれの学習画像は画像 1∼6 の中心の 100 × 100 の領
域を切り取り作成した.学習画像セットの一例を Fig. 6
Table. 2 GP のパラメータ
Table. 1 細胞画像の平均濃度値と画像サイズ
画像 1
画像 2
画像 3
画像 4
画像 5
画像 6
全体
126
131
153
151
140
142
左上
131
138
152
149
149
143
(a) 画像 1
左下
144
149
156
152
137
147
右上
108
112
151
153
137
137
右下
122
125
152
150
136
140
画像サイズ
696 × 520
696 × 520
1390 × 1038
348 × 260
348 × 260
348 × 260
パラメータ
世代数
母集団サイズ
選択手法
交叉率
突然変異率
ペナルティ
(b) 画像 2
Fig. 5 コントラストにばらつきのある画像
(a) 画像 1
値
300
484
バイナリトーナメント
0.9 (1.0 for SS+E)
0.1
1.0 × 10−3
(b) 画像 2
Fig. 7 提案手法によるヒストグラム変換(左上:変換
なし,右上:伸張化,左下:平坦化,右下:正規分布化)
に示す.目標画像は入力画像の細胞壁を白でマークした
ものである.
案手法を適用した画像から作成する.
画像処理フィルタは,原画像の他にヒストグラム伸長
化,平坦化,正規分布化を施したそれぞれの学習画像か
ら構築を行い,評価関数(1)を用い,それぞれのフィル
タを評価する.また各ヒストグラム変換ごとに GP を 10
試行行い,フィルタを 10 通り構築する.本実験で使用
する GP のパラメータを Table2 に示す.
実験 3 では,構築したフィルタの汎用性を確認するた
めに,フィルタを同画像の学習画像とは異なる範囲であ
る未学習画像に適用する.未学習画像は,画像 1, 2 にお
いて右上と左下の範囲の平均濃度値において大きな差が
みられているため,最も右上と左下の 100 × 100 領域を
それぞれ切り取った 2 枚を画像 1∼6 において作成する.
また未学習画像は,学習画像のサイズである 100 × 100
の局所領域で,それぞれのヒストグラム変換において提
4.2
4.2.1
実験結果
提案手法によるヒストグラム変換結果
100 × 100 の局所領域で提案手法を画像 1, 2 に適用し
た結果を Fig. 7,それらの平均濃度値を Table3 に示す.
Fig. 7 では,平坦化と正規分布化において,原画像よ
りもコントラストのばらつきを抑えていることが目視で
確認できる.また,Table3 では,平坦化と正規分布化に
おいて,全体の平均濃度値との差が,左下と右上の領域
においても変換なしと伸張化よりも小さい結果となった.
平坦化と正規分布化では,両者とも平均濃度値が最大
濃度値である 255 の半分の 128 に近い値となっている.
伸張化は,元のヒストグラムの形状を保った状態で範囲
を広げる処理であるため,変換後の濃度値の分布は元の
ヒストグラムに依存する.一方,平坦化と正規分布化は
元のヒストグラムの形状に関わらずヒストグラム値を変
更するため,変換後のヒストグラムは一定であり,平均
濃度値は最大濃度値の半分に近い値となる.そのため,
平坦化と正規分布化では,各局所領域のヒストグラムの
分布を一定の分布に変換したため,それぞれの領域にお
いて平均階調値のバラツキを抑えられたと考えられる.
4.2.2
画像処理フィルタの構築結果
それぞれ対象の学習画像から構築した画像処理フィル
タの評価値の平均を Fig. 8 に示す.Fig. 8 の結果では,
画像 2 と 6 では,平坦化,正規分布化を行ったフィルタ
(a) 入力画像
(b) 目標画像
Fig. 6 学習画像セットの例(画像 1)
が変換なし,伸長化よりも比較的高い評価値を示した.
その他の画像では,ヒストグラム変換の有無,種類によ
らずどれも近い評価値を示した.そのため,学習画像に
Table. 3 提案手法によるヒストグラム変換結果(平均
濃度値)
画像 1
画像 2
変換法
変換なし
伸張化
平坦化
正規分布化
変換なし
伸張化
平坦化
正規分布化
全体
126
73
128
128
131
71
128
128
左上
131
77
128
128
138
76
128
128
左下
144
88
130
129
149
83
130
129
右上
108
59
125
126
112
58
125
126
右下
122
67
129
128
125
66
129
128
Fig. 9 未学習画像への適用結果
のある画像へも良好な分割結果を示した.
5
まとめ
本稿では,細胞画像領域分割のための GP を用いた画
像処理フィルタ構築において,コントラスにばらつきの
ある画像に対して有効なコントラス改善手法を提案した.
実験では,ヒストグラム平坦化と伸張化における提案手
法において画像全体のコントラストのばらつきを抑える
ことが確認できた.さらに,GP を用いた細胞画像領域
Fig. 8 構築した画像処理フィルタの評価値 (10 試行平均)
分割において,提案手法によってコントラストにばらつ
きのある細胞画像に対しても画像全体の良好な細胞領域
ヒストグラム平坦化,正規分布化の変換を行うことで,
分割結果が得られた.
同等以上の画像処理フィルタの構築を行うことが示唆さ
参考文献
れる.
4.2.3
未学習画像への適用結果
1) MD Abramoff, PJ Magalhaes, and SJ Ram. Image
4.2.2 節で構築した画像処理フィルタを同画像の学習
画像とは異なる領域である未学習画像に適用した結果を
procesing with imagej. Biophotonics International,
Vol. 11, pp. 36–42, 2004.
Fig. 9 に示す.未学習画像 1, 2 の左下と右上の両方の領
域において,平坦化と正規分布化のフィルタが変換なし
よりも高い値を示した.Table3 に示したように,平坦化
2) 布川将来人, 山口浩明, 小泉範子, 奥村直穀, 横内久猛,
と正規分布化における提案手法において平均濃度値の差
廣安知之. 遺伝的プログラミングを用いた角膜内皮細
胞の特徴量自動抽出システムの提案. 第 26 回人工知
能学会, 2012.
を抑えられたため,学習画像の平均濃度値と大きく差の
あった未学習画像にも良好な値が得られたと考えられる.
また,画像 6 の左下未学習画像においても平坦化と正
規分布化が変換なしよりも高い評価値を示した.画像 6
の学習画像の平均濃度値は 139,左下未学習画像は 148,
右上未学習画像は 136 であった.また伸張化における学
習画像と左下未学習画像の平均濃度値は 77 と 85,平坦
化では 129 と 129,正規分布化では 128 と 128 であり,
提案手法によって学習画像との平均濃度値の差を小さく
できたため,評価値が高くなったと考えられる.
以上の結果から,ヒストグラム平坦化と正規分布化に
おける提案手法によって画像のコントラストのばらつき
を抑えることが確認できた.また GP を用いた細胞画像
領域分割のための画像処理フィルタ構築では,平坦化と
正規分布化を行った学習画像では,変換処理を行ってい
ない学習画像と同等以上のフィルタ構築性能を示した.
さらに,構築したフィルタの未学習画像適用結果におい
ても,提案手法を用いることでコントラストにばらつき
3) 斉藤文彦. 濃度勾配ヒストグラムによる画像のコン
トラスト改善. 電子情報通信学会論文誌, Vol. 126,
No. 2, pp. 228–236, 2006.
4) 高木幹雄, 下田陽久(監修). 新編画像解析ハンドブッ
ク. 東京大学出版社, 2004.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
DGA による GAROP の検証
生存選択
評価
突然変異
交叉
複製選択
大規模な最適化問題を解くために遺伝的アルゴリズム
(Genetic Algorithm: GA)1) が用いられている.一般
終了判定
はじめに
初期化
1
評価
山中 亮典
Ryosuke YAMANAKA
的に,GA を用いて良好な解を得るには膨大な演算量が
必要であり,対象問題によっては現実的な時間内に解を
Fig. 1 GA の流れ
求めることが難しい場合がある.そのため,演算量を削
減,もしくは高速に処理することが課題となっている.
遺伝的アルゴリズム
GA は解候補集団による多点探索を用いて大域的な探索
2
を実現している.多数の解候補に対する操作を行いなが
GA は生物が環境に適応していく仮定を工学的に模倣
した最適化アルゴリズムである 1) .自然界における生
ら探索を進めるため,並列処理との親和性が高い.
一方,一般のパーソナルコンピュータ(Personal Com-
物の進化過程においては,ある世代を形成している個体
puter: PC)を用いた様々な規模の PC クラスタや,マル
チコア CPU,および GPU など様々な構成のハードウェ
集団の中で,環境に適応した個体がより高い確率で生き
アが普及してきている.しかし,それらの計算資源を使
モデル化し,環境に対して最もよく適応した個体,すな
用するには,各資源に独立のプログラミングが必要であ
わち目的関数に対して最適値を与えるような解を計算機
る.そのため,使用するハードウェアを変更するにはプ
上で求めることが GA の概念である.
残り,次世代に子を残す.この生物進化のメカニズムを
ログラムを変更しなければならない.また,計算資源の
GA は Fig. 1 に示す流れに沿って行われる.GA では
性能を引き出すためには,アーキテクチャのメモリ階層
母集団の各個体に対して交叉,突然変異といった遺伝的
向け最適化やスケーラビリティを達成するための通信と
操作を施し,新しい個体を生成する.その後,新しい個
計算をオーバーラップする技術が必要である.このよう
体に対する評価を行い,優れた個体を選択し,次世代に
な複雑かつ煩雑なプログラミングは生産性に欠ける.
残す.これら一連の操作を定められた終了条件まで繰り
我々は,これらの課題を解決するために,GA の並列計
返すことで,解を探索する.
算フレームワーク GAROP(Genetic Algorithms frame-
GA の各個体は染色体によって特徴を持ち,染色体は
work for Running On Parallel environments)を提案し
遺伝子の集まりから構成される.GA では 1 つの染色体
ている 2) .ユーザ1 は,並列処理に関する特別な知識を
で 1 つの個体を表す.最適化問題の設計変数値が染色体
必要とせず,一般的なプログラミングと同等の記述方法
へとコーディングされ,GA の各操作は染色体あるいは
で処理時間を短縮できる.GAROP における GA の並
遺伝子に対して行われる.
列手法は,個体間で独立の処理である評価計算を並列化
大規模問題を GA で解く場合,評価に用いる目的関数
するマスタ・スレーブモデル 3) である.GAROP では,
が非常に複雑になる.そのため,個体の適応度を評価す
ユーザと並列計算環境とのインターフェースとして個体
る計算に膨大な時間がかかる.
プールという概念を導入している.並列計算環境の構築
はユーザが行う必要があるが,プログラミングの際に計
算資源のアーキテクチャを意識する必要はなく,個体プー
ルの概念を使用するのみで並列処理を実現する.
本稿では,分割母集団モデルの GA(Distributed Ge-
netic Algorithm: DGA)
4)
に関して,GAROP によっ
て並列実行した場合の効果を検証する.
3
GAROP
GAROP は,GA を並列計算環境下で実行する際のモ
デルを定義し,そのモデルを実現するためのアプリケー
ションレベルフレームワークである.GAROP の目的は,
ユーザが特別な並列化プログラミング技術を有する必要
なく,マスタ・スレーブ型の並列処理を実現することであ
る.並列処理に関する API(Application Programming
1 GA
の開発者
ユーザ
並列計算環境
Table. 1 GAROP の API
関数名
評価
個体プール
initialize
Throw
個体プールの作成
並列計算環境の初期化
評価
Throw Queue
Get
Get Queue
Genetic
Operations
動作
評価
個体
ユーザ視点
throw
データを個体プールに登録
get
finalize
個体プールからデータを取得
並列計算環境の接続破棄
GAROP が提供
Fig. 2 GAROP の概要
確保したメモリの解放
イズを BYTE 単位で指定する.finalize 関数は GAROP
の確保したメモリの解放や,スレッドの破棄,および並
Interface)を提供することで,逐次プログラムと同程度
列計算環境との接続を切断する.これら 4 つの関数は,
の記述を保ちながら並列化による恩恵を受けられる.
どのような計算環境を用いる場合でも不変である.
GAROP では,ユーザは任意の GA を構築し,評価部
以外の部分を実装する.各並列計算環境に応じた評価部
のテンプレートを用い,対象問題のコードと組み合わせ
る事により,評価部の実装を行う.このテンプレートを
利用することで,特殊な通信と評価タスクのスケジュー
リング実装をユーザから隠蔽できる.すなわち,ユーザ
3.3
GAROP の使い方
GAROP に基づいて GA を実行する場合に,ユーザの
行う作業を以下に示す.
1. 並列計算環境の構築
2. テンプレートを用いた評価関数の実装
は通信や計算資源に関する知識がなくとも,実行する並
3. GAROP の API を用いた GA の実装
列計算環境に適したアルゴリズムを構築できる.
4. コンパイル
Fig. 2 に GAROP の概要を示す.GAROP では,ユー
ザと並列計算環境を結ぶインターフェースとして個体プー
5. 実行ファイルを計算資源に配置
6. 実行
ルの概念を導入し,上記事項を実現する.
3.1
個体プール
個体プールは評価すべき個体の溜まり場であり,内在
する個体を自動的に並列評価する.ユーザは評価したい
個体を 1 個体ずつ個体プールに登録する.そして,必要
な時に個体プールから個体を取得することで評価済みの
個体を得ることができる.
個体プールは 2 つのキューから構成されている.登録さ
評価計算を実行するのは並列計算のための計算資源で
ある.そのため,評価関数は使用する計算資源上で実行
可能な記述を行う必要がある.対象問題に依存する評価
関数の実装を GAROP 提供者が担うのは現実的ではない
ため,評価計算の実装はユーザが行う.この時,GAROP
の提供するテンプレートを用いることで,並列計算の恩
恵を受けられる.そのテンプレートは用いる環境,具体
的にはプログラミング言語によって異なる.
れた個体を格納する Throw キュー,および評価済みの個
体を格納する Get キューである.GAROP では,Throw
DGA による GAROP の評価
4
キューを監視するバックグラウンドスレッドが存在し,個
我々は,GAROP を実現するためのライブラリを Table.
体の格納と同時に個体データを計算資源へ送信する.計
2 に示す環境に対して作成している.しかし現状では,最
も基本的な GA である Simple GA(SGA)によるライ
ブラリの評価しか行なっていない.本章では,分割母集
算資源は受信した個体データを評価し,評価値もしくは
個体データを Get キューに格納する.
3.2
GAROP の API
GAROP はライブラリレベルのアプリケーションであ
り,Table. 1 に示す 4 つの関数を提供する.initialize 関
数では,バックグラウンドスレッドの生成や並列計算環
境の設定および初期化を行う.throw 関数は個体データ
団モデルである DGA を用いてマルチコア CPU 用ライ
ブラリを評価する.この評価の目的は,単純に母集団を
一括評価する SGA 以外の GA における,GAROP の効
果を検証することである.
4.1
DGA
を個体プールに登録し,get 関数は個体プールからデータ
Fig. 3 に示す DGA は,母集団を複数のサブ母集団に
を取得する.その際,個体がどのようなデータ構造で記
分割し,各サブ母集団で探索を進めていく GA である.
述されていても対応できるよう,BYTE 単位のデータ列
DGA ではサブ母集団のことを島と呼ぶため,一般的に
島モデル GA とも呼ばれる.数世代毎にある島の幾つか
に変換する必要がある.また,throw/get するデータのサ
Table. 2 GAROP のライブラリ
環境
Table. 5 使用マシンのスペック
言語
OS
マルチコア CPU
C/C++
メモリ
GPU
Windows クラスタ
CUDA
C#
CPU
島N
GA
GA
GA
6 GB
Xeon W3530 (Quad Core)
2.80 GHz × 2
List. 1 DGA の逐次コード
1 i n t m a i n ( i n t argc , c h a r * a r g v [ ] ) {
2
Individual sps[NISLANDS][PSIZE];
3
init_subpopulations(sps);
4
5
f o r ( i = 0 ; i <= N G E N E R A T I O N S ; i + + ) {
6
for(j = 0; j < NISLANDS; j++)
7
for(k = 0; k < PSIZE; k++)
8
evaluate(&sps[j][k]);
9
10
for(j = 0; j < NISLANDS; j++ ) {
11
tournament_selection(&sps[j]);
12
crossover(&sps[j]);
13
mutation(&sps[j]); } } }
GA
移住間隔
移住
島2
GA
移住
島1
Debian 5.0.1
GA
Fig. 3 DGA の概要
の個体を他の島へと移住させることで,個体の多様性を
保ち局所解への収束を回避する.
4.2
List. 2 DGA の GAROP による並列コード
数値実験
GAROP に従って,ユーザとして実装した DGA をマ
ルチコア CPU で実行した際のソースコードおよび並列
性を検証する.総個体数を同じくする SGA を GAROP
に従って実装し,同環境で実行した場合と並列性に関し
て比較する.SGA および DGA のパラメータを Table.
3 および 4 に示す.今回使用した DGA の各島では SGA
が実行され,個体数以外のパラメータは Table. 3 と同様
である.なお,対象問題は 1-max 問題であり,大規模問
題を想定するため 100,000 回繰り返している.これらの
1 i n t m a i n ( i n t argc , c h a r * a r g v [ ] ) {
2
Individual sps[NISLANDS][PSIZE];
3
int size = sizeof(Individual);
4
init_subpopulations(sps);
5
6
initialize(size);
7
f o r ( i = 0 ; i <= N G E N E R A T I O N S ; i + + ) {
8
for(j = 0; j < NISLANDS; j++) {
9
for(k = 0; k < PSIZE; k++)
10
throw((BYTE*)&sps[j][k] , size);
11
for(k = 0; k < PSIZE; k++)
12
get((Individual*)&sps[j][k] , size); }
13
14
for(j = 0; j < NISLANDS; j++) {
15
tournament_selection(&sps[j]);
16
crossover(&sps[j]);
17
mutation(&sps[j]); } }
18
finalize(); }
GA において,評価計算の占める時間の割合は 99.97 %以
上である.実験に使用したマシンのスペックを Table. 5
に示す.
評価計算を行うスレッド数と速度向上率の関係を Fig.
4 に示す.DGA における速度向上は 4 スレッドで停滞し
Table. 3 SGA のパラメータ
母集団サイズ
遺伝子長
交叉手法
交叉率
突然変異率
エリート個体数
認できた.
64
64
2 点交叉
1.0
1/64
Table. 4 DGA の
パラメータ
島サイズ
8
島数
8
1
た.それに伴い,5 スレッド以上の場合には SGA の方が
速度向上率が高い結果となった.
考察
5
本章では,DGA の速度向上が 4 スレッドで停滞した
要因に関して考察する.また,原因となる要素を改善し,
DGA でも SGA と同等の速度向上を実現できることを
示す.
4.3
結果
ユーザとして記述したソースコードを List. 1 および
5.1
DGA の速度停滞
今回の実験で使用した DGA のパラメータは,島数 8 で
2 に示す.List 1 の 5-8 行目で呼ばれる evaluate 関数を,
List. 2 では throw 関数と get 関数に置き換えた.また,
6 行目および 18 行目に API を使用するための initialize
ユーザとして記述したソースコードでは,島毎に throw
関数と finalize 関数を追加した.API 使用のための記述
の評価が終了するの待った後に次の 8 個体をまた throw
の変更は必要であったが,C 言語の文法から逸脱するも
している.このような throw/get 方法では,最大 8 の並
のではなく,並列計算特有の記述は不要であることが確
列度しか実現できない.また,実験に使用したマシンは
各島が保持するのは 8 個体であった.また,List. 2 より,
と get を繰り返している.つまり,8 個体を throw し,そ
8
8
DGA
SGA
6
速度向上率
速度向上率
7
5
4
3
7
SGA
6
旧DGA
5
新DGA
4
3
2
2
1
1
1
1
2 3 4 5 6 7 8
評価を行うスレッド数
Fig. 4 評価スレッド数 vs. 速度向上率
8 コアを保有している.そのうち 1 コアは評価以外の計
算を担うため,評価計算に使用できるのは 7 コアである.
8 個体を 4-7 コアで並列評価する場合には,必ず 2 回分
の評価が必要である.そのため,DGA における 4 から
7 コアでは速度向上が見られなかったと考えられる.そ
こで,島毎に throw/get を行うのでなはく,全島の総個
体を throw した後にそれらを get する GAROP の使用方
法に変更すれば SGA と同等の速度向上を実現可能だと
2 3 4 5 6 7 8
評価を行うスレッド数
Fig. 5 評価スレッド数 vs.
GAROP)
速度向上率 (新実装の
List. 3 全個体を同時に throw/get する DGA の並列コー
ド
1
2
3
4
5
6
7
8
for(j = 0; j < NISLANDS; j++) {
for(k = 0; k < PSIZE; k++)
throw((BYTE*)&sps[j][k] , size);
}
for(j = 0; j < NISLANDS; j++) {
for(k = 0; k < PSIZE; k++)
get((Individual*)&sps[j][k] , size);
}
考えられる.
5.2
個体の同期を考慮した GAROP
本稿では,SGA とは評価タイミングの異なる DGA を
現在の GAROP では,計算の終了した個体から get さ
用いて GAROP を検証した.GAROP を用いて実装した
れる実装をしている.しかし,この実装では throw と get
SGA と DGA を比較した結果,単純に GAROP の API
の間で個体の同期が取れない.そのため,例えば DGA
を用いた場合は,DGA が速度向上率に関して劣る結果
では島間の個体が入れ替わる問題が生じる可能性がある.
となった.しかし,API の使用方法を少し工夫すること
これを回避するには throw された順番に個体を get す
によって,物理コア数までは SGA と同等の速度向上を確
る機構が必要である.そこで,throw された個体に ID
認した.GAROP は,単純な GA のみならず,評価タイ
を割り当て,ID の小さい順に個体を get する仕組みを
ミングの複雑な GA にも対応可能な有用なフレームワー
GAROP に組み込んだ.新たな GAROP を使用して実行
した DGA の,評価計算を行うスレッド数と速度向上率
の関係を Fig. 5 に示す.点線で示す SGA および DGA の
クである.
結果は Fig. 4 と同様のものである.また,この時ユーザ
として記述したソースコードの throw/get 部抜粋を List.
3 に示す.
Fig. 5 より,7 スレッドまでは,DGA の速度向上率が
SGA と同等にスケーリングすることが確認できた.この
ことから,評価計算のタイミングが異なる GA において
も GAROP が効果を発揮すると言えるだろう.
6
まとめ
本研究では,GA を並列計算環境で実行するためのフ
レームワーク GAROP を提案している.GAROP を実現
するためのライブラリを,マルチコア CPU,GPU,お
よび Windows クラスタ環境で実装している.しかし,そ
れらのライブラリの検証は最も基本的な GA である SGA
でしか行なっていなかった.
参考文献
1) D. E. Goldberg. Genetic Algorithms in Search, Optimization, and Machine Learning. Addison-Wesley,
1989.
2) T. Hiroyasu, R. Yamanaka, M. Yoshimi, and
M. Miki. GAROP: Genetic Algorithm framework
for Running On Parallel environments. 情報処理学
会研究報告. MPS, 数理モデル化と問題解決研究報告,
Vol. 2012, No. 5, pp. 1–6, 2012.
3) E. Alba and J. M. Troya. A Survey of Parallel Distributed Genetic Algorithms. Complexity, Vol. 4,
No. 4, pp. 10–11, 1999.
4) R. Tanese.
Distributed Genetic Algorithms.
Proc.3rd International Conf. Genetic Algorithms,
pp. 434–439, 1989.
第 14 回 月例発表会(2012 年 08 月 07 日)
医療情報システム研究室
個人の感性モデルに基づく推薦システムの
オンラインショッピングサイトデータへの適用
宮地 正大
Masahiro MIYAJI
はじめに
1
アルゴリズムであるため,ユーザが未知の商品が推薦さ
情報化技術の発展により,Web 上に膨大な量の情報が
れる場合がある.また,推薦・予測にコンテンツ自体の
溢れている.これらの大規模なデータから情報を閲覧す
先験情報が必要ないため手軽に導入が可能であり,多分
るユーザが,求めるコンテンツを的確に得ることは難し
野のコンテンツが入り交じるシステムでの利用が可能で
い.そのため,一部のオンラインショッピングサイトや
ある.しかし,システムの条件としてすべてのコンテン
ニュースサイトなどではユーザ個別に推薦内容を変化さ
ツをユーザが評価する必要があるため,ユーザが多数い
せるパーソナライズされた推薦システムが組み込まれて
ることが必要となる.そのため,誰も評価していないコ
いる 1,
ンテンツは推薦される可能性が低くなり,推薦されるコ
2)
.個人の感性をモデル化することで利用者個
別の嗜好に合わせた推薦が可能であると考えられており,
ンテンツが集中する問題点もある.
様々な研究が行われている.
2.2
内容ベースフィルタリング
本研究では,ユーザの感性に近い推薦を行うことを目
ユーザの行動履歴とコンテンツに含まれるメタ情報(著
標とする.そのため,コンテンツの特徴ベクトルを設計変
者・出版社・内容など)を特徴ベクトルとしてマッチン
数とした対話型遺伝的アルゴリズムの要素を取り入れる.
グさせる手法である.推薦システムがユーザ評価を必要
従来の遺伝的アルゴリズムを用いた推薦手法では,コ
としないため,全コンテンツを公平に推薦対象とするこ
ンテンツを表す特徴を設計変数とし,重みをユーザの行
動履歴から遺伝的操作により最適化することで,ユーザ
の求めるトピックを予測する手法を用いている 3) .しか
とができ,小規模なシステムへの導入が可能である.
2.3
推薦システムのパーソナライズ
ユーザ個人の感性をモデリングする手法として前述の
しこの手法では,設計変数の数が膨大になるため,解探
索の精度が悪化することが考えられている.本研究では,
内容ベースフィルタリングが有用であると考えられる.
設計変数として用いる特徴数に制限を設けることで,解
ユーザの嗜好に応じてパーソナライズされた推薦を行う
探索精度の悪化を防ぐ.通常,異なる設計変数同士には
ためには,ユーザの嗜好を表す感性モデルを何らかの方
互いに関連の定義がされていないために,遺伝的操作を
法で学習・予測する必要がある.代表的な手法としては,
行うことができない.そのため,概念語ネットワークに
確率推論に基づく手法であるベイジアンネットワークや
よる特徴語の類似度を近傍の定義とすることで,異なる
隠れマルコフモデル,ユーザの求める要素(感性)のパ
次元間での遺伝的操作を可能とする手法を提案する.対
ラメータを推定・最適化する手法である対話型遺伝的ア
象問題として,オンラインショッピングサイト (楽天市
ルゴリズムなどが挙げられる.
場1 ) の商品情報を用いたシミュレーション実験により,
本手法により類似したが推薦結果に現れる可能性を示す.
推薦システム
2
2.1
協調フィルタリング
Amazon2) や Google1) などで用いられており,多数
対話型遺伝的アルゴリズム
3
3.1
概要
対話型遺伝的アルゴリズム (iGA: interactive Genetic
Algorithm) は,多点探索の最適化アルゴリズムである
GA をベースとした対話型最適化手法である.人間の感
のユーザの中から行動履歴の類似したユーザを抽出する
性のモデルを設計変数空間のランドスケープとして捉え,
ことで,そのユーザの参照したコンテンツを推薦し合う
その空間における最良点,もしくは最良域を探索する.
方式である.他のユーザとの好みの類似性を基本とした
iGA を実装したシステムは,ユーザに対して,多数の候
補解を提示し,ユーザは感性や好みに基づいてそれらを
1 http://www.rakuten.com
評価し,その評価値を用いてシステムは遺伝的操作を適
4. 手順 2,3 を繰り返す
Start
Initialize
コンテンツ評価フェーズでは,コンテンツのタイトル
Evaluation
のみがユーザに推薦コンテンツとして提示されるため,
提示されたすべてのコンテンツの詳細情報を閲覧せずに
Termination
conditions
Yes
End
No
Selection
ユーザに評価してもらうことは難しい.そのため,提案
手法では提示されたコンテンツタイトルの中からユーザ
が次に遷移・閲覧したコンテンツを,遺伝的操作におけ
る評価とする.コンテンツの特徴ベクトルの定義には先
Crossover
行研究で多く用いられている手法と同様に,コンテンツ
Mutation
に付加されているタイトルおよび,商品説明文に出現す
る単語を特徴ベクトルとし,重み付けは TF・IDF 法を
用いる.本研究においては,それらの組み合わせ及びパ
Fig. 1 遺伝的操作の流れ
ラメータをユーザの感性パラメータの候補とする.しか
し出現単語数が膨大な数になることから,解探索に悪影
用する.これらの操作を繰り返すことで,集団全体をユー
ザの好むものへと変化させる.iGA は感性による評価を
必要とするアプリケーションに利用されている.
3.2
アルゴリズムの設計
iGA では,他の最適化問題と同様に,最適化の対象と
する候補解を設計変数として表現する.例えば,服飾デ
響を及ぼすことが予想される.そのため,膨大な量の設
計変数を機械的に扱いやすい形に変形することで,解探
索の性能を向上させる研究が行われている.その手法と
して,設計変数を主成分分析により,別の主成分へと写
像することで次元数を削減する手法や,初期個体の生成
時に予め SVM によるユーザ嗜好の学習を行わせること
で個体の収束を早める手法などが考案されている.
ザイン支援システムであれば,デザインする服の形状や
本研究では,設計変数間に重みとは異なる関連度を定
色,装飾などが設計変数として定義され,各解は,その
義することで,別次元同士の設計変数での遺伝的操作を
設計変数のベクトルによって構成される.最適化を行う
可能とする手法を用いる.それにより,各コンテンツが
遺伝的操作のフェーズでは,さらにこの設計変数を 01 の
全種類の設計変数を保持する必要がなくなる.単語間の
ビット列や遺伝子の型と実数値などの染色体に修正して
関係性を数値で表す概念ベースを用いることで単語ネッ
用いる.
トワークを作成し,それらの組み合わせ及びパラメータ
図 1 に遺伝的操作の流れを示す.まず,試行の最初に,
染色体を多数含む母集団を初期化する.そして,この染
色体一つ一つに対してユーザによる評価を行う.評価値
の高い染色体を,親個体として選択し,これらに交叉と
して情報を組み替える操作を与えることで,より高い評
価が期待される子個体を生成する.また,探索途中に局
所解に陥ることを防ぐために確率的に突然変異を行う.
これらの選択,交叉,突然変異を一連の流れを 1 世代の
操作とする.何世代か繰り返すことで,徐々に評価の高
を最適化対象とする.
4.2
特徴単語の重みの決定
コンテンツの特徴ベクトル項目として抽出した単語の
重みを決定する必要がある.その手法として,TF・IDF 法
を用いる.TF・IDF 法とは,単語の出現頻度 (Term Fre-
quency: TF) 及び逆文書頻度(Inverse Document Frequency: IDF)を用いた文書内での単語の重要度を表す
指標であり,それぞれ式 1∼ 式 3 として表される.
ni,j
tf (i, j) = ∑
k nk,j
い集団へと進化させていく.
提案推薦システム
4
4.1
提案システム概要
idf (i) = 1 + log2
本研究では 3 章で述べた iGA に基づく記事推薦シス
テムを提案する.iGA により,ユーザの感性パラメータ
を予測することで,ユーザの感性に近い推薦を行うこと
を目標としている.提案手法の流れを以下に示す.
1. 推薦対象のコンテンツを特徴ベクトルとなる単語列に
分解
2. ユーザの利用履歴から感性パラメータ候補を生成
3. 感性パラメータ候補に類似するコンテンツの提示
|D|
|{d : d 3 ti }|
tf idf = tf × df
(1)
(2)
(3)
ni,j は単語 i の文書 j における出現回数,|D| は総ドキュ
メント数,|{d : d 3 ti }| は単語 i を含むドキュメント数で
ある.同一ドキュメント中で頻出な単語は TF 値が高く
なり,多くのドキュメントで用いられている単語は IDF
値が低くなる.
Table. 1 机と椅子の一次属性
概念
机
椅子
一次属性
(学校,0.6) (勉強,0.3) (本棚,0.1)
(勉強,0.5) (教室,0.3) (木,0.2)
Fig. 2 感性パラメータの生成
Table. 2 机と椅子の二次属性
一次属性
学校
勉強
本棚
教室
木
二次属性
(大学,0.4) (校舎,0.4) (木造,0.2)
(予習,0.5) (試験,0.3) (本,0.2)
(図書,0.6) (書物,0.3) (本,0.1)
(教師,0.4) (校舎,0.4) (生徒,0.2)
(森林,0.5) (木造,0.4) (葉,0.1)
レポートへの初回アクセス時には,コンテンツが持つ
特徴パラメータを重みの合計が 1 になるよう,正規化し
た状態で入力される.図 3 に交叉処理,図 4 に突然変異
処理の例を示す.図 3 の親単語 A・B の交叉では単語の
関係ネットワーク上での最短経路上からルーレット選択
により選択を行う.この際の重みは A・B のノード間で
4.3
概念ベースによる単語ネットワークの作成
概念ベースとは,ある単語の意味(概念)をその単語
に関連の深い単語群(属性)で定義した単語空間のこと
である.例えば,人間は [学校] から「教師」や「生徒」
線形となるように与える.また,パラメータ候補から推
薦コンテンツへは,すべての出現単語で構成されるベク
トル空間上のユークリッド距離で最も類似しているコン
テンツを提示する.
実験
などの単語を連想できる.この場合,概念ベースでは [学
5
校] の概念を{教師:0.4,児童:0.3,生徒:0.1,学生:
5.1
0.1,…}のように概念の重みあり属性群として格納し
ている.また,その属性を一次属性と呼び,さらにその
属性語の概念を展開したものを二次属性と呼ぶ.例とし
て,表 1,表 2 に机と椅子の一次属性及び二次属性を展
開した表を示す.上記の属性を再帰的に展開することで,
すべての単語における関連度を表したネットワークが表
現される.本稿では,この概念ベースによる単語ネット
ワークを,概念語ネットワークと呼ぶ.概念ベースの自
動構築手法なども考案されており,本研究ではコンテン
実験目的および実験環境
本システムによってユーザの履歴から嗜好を学習し,
類似するキーワードを主題とする記事が推薦結果に現れ
ることを明らかにする.
実験は楽天市場における商品データ (以下,楽天公開
データ) を用いた.楽天公開データの詳細を Table. 3 に
示す.
Table. 3 楽天公開データ詳細
ツデータから,出現単語の共起確率を用いて作成する.
解析対象とするコンテンツには専門性の高い一般的では
登録商品数
ない名詞が含まれているため,単語辞書に専門用語を追
商品説明文中における
加する必要がある.本研究では予め重要な専門用語を登
出現単語数
10,479,543 単語
録している.
商品説明項目
商品コード, 商品価格, 商品説明文,
4.4
感性パラメータからの推薦コンテンツの決定
本研究における感性パラメータは任意の数の単語及び
重みで構成される.ユーザがコンテンツへのアクセスを
行った際に,ユーザの感性パラメータと閲覧コンテンツ
60,123,534 件
販売方法別説明文, 商品 URL,
レビュー件数, レビュー平均,
商品画像 URL, 店舗コード,
ジャンル ID, 登録年月日
のもつ特徴パラメータから新たに感性パラメータの候補
となる複数の単語の組み合わせを生成する.図 2 に候補
パラメータ生成の例を示す.
図 2 では現在のユーザの感性パラメータが [GA(0.5),
EC(0.5)] であるとき,[HPC(0.6),MPI(0.3)] の特徴ベク
トルを持つコンテンツを閲覧した状況を表している.GA
と HPC,EC と MPI という単語の組み合わせから新た
に別の単語を生成し,それらを感性パラメータの候補と
している.
Fig. 3 交叉の例
5.2
実験内容
Table. 4 学習なし推薦レポート
本システムによるユーザのパラメータ推定を加えた推
薦レポートと,パラメータ推定を加えないレポートの持
つ主キーワードのみを特徴量として用いる手法を比較す
る.本実験では提案手法において,類似するキーワード
を主題とする記事が推薦結果に現れることを明らかにす
るため,概念語ネットワーク導入以外の要素を極力排除
推薦レポートタイトル
PSA/AT(GA) の (Ala)10 への適用
自作 SGA と ga2k との解探索の性能比較
SGA の作成と動作確認
MGG と sGA(simple GA)の性能比較
環境分散遺伝的アルゴリズムの検証
主キーワード
AT
ga2k
GA
MGG
分散 GA
した条件で行う.感性パラメータとなる子個体生成時の
突然変異率は 0,学習に用いる感性パラメータ数は 1,推
Table. 5 学習あり推薦レポート
薦レポート数は 5 とした.なお,学習させるパラメータ
数が 1 のため,感性パラメータの重みが 1 に正規化され,
単語の選択確率は同一となる.
実験には「The Compact Genetic Algorithm (主キー
ワード: GA)」レポートを用い,
「PC クラスタ管理シス
テム Sun Grid Engine の概要 (主キーワード: ジョブ)」
推薦レポートタイトル
PSA/AN(GA) における遺伝的操作
PTH における力場パラメータの検討
大規模ジョブ問題におけるコーディング
cron によるプログラムの自動実行
ランキングにおける角度パラメータ
主キーワード
AN
パラメータ
ジョブ
実行
個体
感性モデル
GA
パラメータ
ジョブ
実行
パラメータ
を学習済みのレポートとして用いた.
5.3
実験結果
表 4 に学習を行わない手法,表 5 に提案手法においての
「The Compact Genetic Algorithm」レポート閲覧時の
推薦レポート及び,レポートが主とするキーワードの例
を示す.提案手法においては「PC クラスタ管理システム
Sun Grid Engine の概要」レポートを学習済みデータとし
て与えており,提案手法によって推定された感性パラメー
タも記載する.表 4 に示される学習システムを組み込ん
でいない推薦結果では,本来の「The Compact Genetic
Algorithm」レポートの主キーワードである [GA] のみを
キーワードに全レポートから類似度の高い順に並べた結
果である.そのため,遺伝的アルゴリズム (GA: Genetic
Algorithm) に関連深いレポートが推薦結果として現れ
ている.対して,表 5 に示される学習システムを組み込
んだ推薦結果では,学習済みレポートの主キーワードで
ある [ジョブ] と閲覧中のレポートの主キーワードである
[GA] について提案手法によって感性モデルとして新たな
キーワードを生成した上で,そのパラメータに類似する
レポートを推薦結果として表示している.
5.4
考察
感性パラメータの学習システムを組み込むことによっ
て,推薦結果に違いが見られたが,その要因となってい
る感性パラメータの生成について考察する.本手法によ
る学習とは,現在閲覧中のレポートのキーワードと,過
去に推定された感性パラメータとなるキーワードを概念
語ネットワーク上で最短経路となる単語の一つに,次世
代の感性パラメータを遷移することを指す.本実験で感
性パラメータ生成の際に用いた,[GA] と [ジョブ] の単
語ネットワーク上での最短経路は [GA]-[パラメータ]-[実
行]-[ジョブ] で構成されており,それぞれの選択確率はす
べて同一である.そのため,今までの閲覧レポートの特
徴を引き継いだ上で,その単語同士の概念上で間にあた
る [パラメータ] や [実行] といったキーワードが用いられ
た推薦が行われている.しかし,本実験では学習単語数
を主キーワード 1 つに制限していたため,極端な推薦結
果が得られたと言える.そのため,複数の単語を学習さ
せるとこにより,複雑な特徴を受け継いだ推薦がされる
と期待される.
参考文献
1) Abhinandan S. Das, Mayur Datar, Ashutosh Garg,
and Shyam Rajaram. Google news personalization:
scalable online collaborative filtering. In Proceedings
of the 16th international conference on World Wide
Web, pp. 271–280, 2007.
2) G. Linden, B. Smith, and J. York. Amazon.com recommendations: item-to-item collaborative filtering.
Internet Computing, IEEE, Vol. 7, No. 1, pp. 76–80,
2003.
3) B Sheth and P Maes. Evolving agents for personalized information filtering. In Artificial Intelligence
Fig. 4 突然変異の例
for Applications, 1993. Proceedings., Ninth Conference on, pp. 345–352, March 1993.
Fly UP