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1 2004 年 6 月 15 日 国際基督教大学準教授 近藤 正規 最新開発援助

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1 2004 年 6 月 15 日 国際基督教大学準教授 近藤 正規 最新開発援助
2004 年 6 月 15 日
国際基督教大学準教授
近藤 正規
最新開発援助動向レポート No.13
世界銀行欧州年次開発経済学会議
(Annual Bank Conference on Development Economics – Europe)
背景
世 界 銀 行 の 欧 州 年 次 開 発 経 済 学 会 議 (Annual Bank Conference on Development
Economics – Europe)が 2004 年 5 月 10∼11 日の2日間、ベルギーのブリュッセルで開催
された。ABCDE は毎年行われる世界銀行による開発経済学の会議で、欧州の都市(最近で
はパリとオスロ)と米国のワシントンでそれぞれ行われる。前者が一般開放されているのに
対し、後者は基本的に参加が世銀職員に限られており、その意味では世界銀行における開
発経済学の最先端の潮流を知るには、この会議が最もふさわしいということになる。ちな
みにもう一つの一般開放されている同様の会議に GDN (Global Development Network) 1が
あり、こちらも毎年開催されているが開催地が(3回目以降は)基本的に途上国となっている
ことからも明らかなように途上国の研究機関・NGO と先進国の機関とのネットワーク形成
の場として捉えられている。これに対し、基本的に ABCDE は、より学術的な性格を目指
すものである。
主な議論
今回の会議のテーマは「ドーハ、モンテレイ、ヨハネスブルグ:我々は正しい方向に向
かっているか(“Doha, Monterrey and Johannesburg: are we on track?”)というもので、こ
れまでの一連の国際会議にもとづいて開発援助を進めている援助コミュニティの活動を再
評価しようという主旨がうかがわれた。主な会議の参加者としては、ベルギーの
Verhofstadt 首相、EC の R.Prodi 総裁、世銀からは Wolfensohn 総裁、2名の上級副総裁
M.VerwilghenI と.Goldin、チーフエコノミストの F.Bourguignon、ノーベル賞経済学者の
J.Stiglitz が挙げられる。参加者総数は 300 人前後ということで、その大半は欧州からであ
ったように見受けられた。
1
最近のデリーにおける会合の成果は、最新開発動向レポート No.11
http://dakis.fasid.or.jp/report/pdf/report11.pdf を参照。
1
次に議論の内容の紹介に移りたい2。
(1)
一日目前半
会議はベルギー首相と世銀副総裁のウェルカムスピーチ、ベルギーの Verwilghen 国際開
発相の同国の ODA に関するスピーチに続き、世銀の Bourguignon チーフ・エコノミスト
から、世界経済のこれまでの成長実績等が紹介され、そこでは世界の所得を 10 のレベルで
分けておのおのの階層の所得の伸びを見た場合、過去 10 年間に上位グループ(先進国)に比
べて途上国の方が所得の配分が増えている、つまり所得の差は縮まりつつあるが、実際の
ところ中国とインドがそこに大きく貢献しており、この二ヶ国を除くと実際には差が広ま
っていること、それを克服するための援助の効果が、先進国の貿易障壁によって打ち消さ
れてしまっていることが、明らかにされた。グラフ等を用いた非常に効果的な発表であっ
た。次に貿易に関してのセッションがあり、フランスの DELTA という研究機関の Verdier
所長より、途上国の貿易自由化は政治的な国内事情に十分注意を払わないと成功しないと
いう主旨の発表がなされた。それを受けて途上国側からは、先進国の農業保護貿易が途上
国の経済発展に対して如何に大きな負の効果を持っているかが指摘された。続いて4つの
パラレルセッション、すなわち中東・北アフリカの世界経済への統合、中南米における児
童労働問題、安全保障上における世界の問題、途上国における投資環境問題に関する発表
と議論がなされた。これらの大半は、最初の全体セッションのトーンを引き継いだ policy
coherence に関する発表であった。
(2)
一日目後半
ランチをはさんで後半は、ボストン大学の R.Lucas 教授による国際間労働移住の発表と
それに続く議論が全体セッションとして持たれた。発表の主旨は、国際間労働移住は基本
的に好ましいが、特に熟練労働者の移住についてそれが明確であり、非熟練労働者の移住
については問題も多いこと、移民労働者の送金は送り出し国の経済発展には貢献するもの
の、為替レートの変動を通じてオランダ病的な現象を引き起こしかねないことなども指摘
された。非熟練労働者の移住の是非についてはさまざまな議論がフロアから出された。次
いで4つのパラレルセッションとして、東アジアの貿易投資、観光産業を通じた貧困削減、
2
本会議で発表されたペーパーは下記のサイトでダウンロード可能。パラレル・セッションもあるため、
筆者は全てのセッションに参加できたわけではないが、中でも特に多くの聴衆の反応を受けたと思われ
るペーパーは Bourguignon、Lucas、Queshi の三つであり、これらのペーパーは一読に値する。
http://wbln0018.worldbank.org/EURVP/web.nsf/Pages/ABCDE-Europe
2
グローバルガバナンス、労働移住のインパクトが開催された。最初の東アジアのセッショ
ンは日本政府の出資によるもので、チェアは黒田東彦一橋大学教授(元財務官)、発表は河合
正弘東大教授その他となっており、筆者もこのセッションに参加した。議論は活発に行わ
れ成功であったが、300 名に上るといわれた参加者総数のうち、このセッションに参加した
人数は 20 数名と、参加者の数では若干の寂しさは否めないものがあった。
(3)
二日目前半
まず全体セッションとして、貿易投資とキャピタルフローについて、LSE の Sutton 教授
から報告があった。インドと中国の自動車産業における海外直接投資(FDI)がどのように技
術移転をもたらしているかという研究成果の発表で、どちらの国においても、サプライチ
ェーンによって現地生産される部品の品質が異なること、投資受入国が WTO に加入しても、
先進国多国籍企業は部品の現地生産を続けることなどが指摘された。次いでラウンドテー
ブルとして、カンクン後の国際貿易の展望が議論され、また MDGs の達成状況が世銀の
Z.Qureshi シニア・アドバイザーより発表された。その要旨として、MDGs の達成は多く
の諸国において難しいが、世界全体としてみた場合、中国とインドの躍進によって期待で
きる部分もあることが述べられた。第一日目午前の世銀チーフエコノミストのスピーチで
も同様であるが、中国とインドの台頭が大きくとり上げられており、1990 年代半ばになさ
れた A.K.Sen、J.Dreze による中国とインドの人間開発の比較、あるいはそれ以前の日本で
よく言われた「成長のアジアと停滞のアジア」とは全くトーンが変わっており、インドを
無視とまでは行かないまでも、日本で一般的な中国一辺倒の考えがいかに時代遅れである
かが実感された。昼食の前に、トルコの A.Babacan 首相によって、いかに同国がワシント
ンコンセンサスを忠実に守り着実な進歩を遂げ、いかに彼らが EU 入りを熱望しているか
というメッセージが、映像で映し出された。トルコ政府からのたっての要望で実現したこ
とと思われる。
(4)
二日目後半
本会議のハイライトの一つとして、ノーベル賞エコノミストである J.Stiglitz 教授が発表
を行った。発表は、ドーハ・ラウンドは先進国(特に米国)によって歪められたもので、途上
国の開発を目的としたものではない、これを本来の意味での「開発ラウンド」に変えていく
必要がある、というもので、最後に幾つかの具体的な提言がなされた。次いで、サハラ以
南アフリカ、南アジア、労働環境、EU 統合の4つのテーマでセッションがパラレルに行わ
れた。最後のクロージングセッションでは、世界の途上国の 20 代の若者のエッセイコンテ
ストの最優秀者数名が選ばれ、壇上で発表を行い、世銀総裁や EU の委員長らがそれにつ
いてコメントを行った。
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最後に
本会議自体の成果は、最近の流行である policy coherence を反映して、援助というより
は先進国の援助以外の貿易や投資、移民受け入れ政策といったものに焦点が当たったこと
であろう。これが昨今のドナー・コミュニティの潮流であることが浮き彫りになっていた。
OECD での議論以来、ますますこの流れは強まっているようで、数量的には世界第二の規
模の ODA を拠出しているものの、農業貿易政策や移民受け入れ政策などで国内の特殊事情
を抱える日本としては、このあたりが問題である。なおこの問題に関連して、GDN でもと
りあげられている、グローバル開発センター(CGD)の先進国のランキング(日本が最下
位)は全くと言ってよいほどとり上げられなかったことは付言しておきたい。
第二に、世銀における経済学、あるいは欧米の経済学の領域におけるアカデミアと世銀
の関係について、この ABCDE をもとに若干の個人的考察を行いたい。筆者が数年前にパ
リで参加した ABCDE では、ノーベル賞受賞者を数名壇上に並べて議論させ、それに対し
てオランダの援助関係者から「なぜ ABCDE は E なのか。Economics 以外にも開発の学問
は沢山あるはずだ」という反論がなされたことを覚えている。今回の ABCDE の E は
Economics というよりは Europe の E であった。というのは米国の大学の経済学者がほと
んど参加しておらず、ヨーロッパの大学以外の援助機関や研究所のいわばアドミニストレ
ーターが発表者の大半を占めていた感があるからである。ABCD の次に来るのは、むしろ
Development Studies の S の方が妥当であると言っても良いかもしれない。ちなみに手元
に 1997 年と 1998 年度の ABCDE-Europe の年次報告書があるが、そこでは米国を中心と
した経済学者が、すぐに学術雑誌に載せられるような、もちろん理論ではなく実証研究の
論文を発表していた。今回の ABCDE では、残念ながらそのようなペーパーはほとんどな
かったといえよう。簡単な計量経済学を用いた論文さえ、殆どなかったといって良い。
これには NGO の影響力の増大と、世銀総裁の個人的な見解も影響しているのかもしれな
い。一つのエピソードとして、今回の会議で世銀総裁が本会議の席上にいたのは、Stiglitz
の発表後であり、つまりほとんどの発表と議論の場には参加せず、最後の 20 代の若者との
対話のセッションのために来たような感があった。「会議で議論ばかりしていないで行動を
(Act now)」と訴える 20 代の若者に、世銀総裁は同調していたようで、「自分が世銀に入っ
て 10 日後にアフリカへ出張したが、その時に見たプロジェクトがうまく行っていたかどう
かは、Economics ではなく、そこにアフリカの子供の笑顔があるかどうか見れば明らかだ
った」という返答をしていた。すでにその時には席を外していた Stiglitz 教授が、休憩の場
で TV の映像を見ながら「Act now ….とはひどいものだ(dreadful)。」と隣の誰かに話して
いるのが筆者の耳に聞こえてきた。同感である。もちろん、現場に結びつかない経済学が
世銀で必要ないことは理解できるし、欧米の大学の開発経済学者の方にも問題があったの
かもしれない。しかし経済学は「行動をしない」ためにあるのではなく、「間違った行動を
しない」ためにあるわけで、少なくとも世銀の ABCDE がこのような終わり方をすること
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に対して、筆者は余り良い感じを持たなかったことを、あくまで「個人的見解」として付け
加えたい。世銀における「開発経済学」がどこへ向かっているのか、この会議だけで判断す
ることは出来ないが、今後の動向を見守りたい。
(参考)
世銀 ABCDE ウェブサイト
http://wbln0018.worldbank.org/EURVP/web.nsf/Pages/ABCDE-Europe
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