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自殺動機の不明な自動車排ガス中毒と自殺免責
二二三≡二≒曇輩:三二二_・二:I,‥;薫・室去㌦Jl;七一:・虹7己 !≡≡ ≡再 財惚法泉 裟爵横根文化研究所 目 次 自殺動機の不明な自動車排ガス中毒と自殺免責………1頁 受取人変更と債権者不確知による供託…………………7貫 自殺動機の不明な自動車排ガス中毒と自殺免責 福岡地判 昭和57年9月22日(昭55(ワ)805号 判例集等未登載) 福岡高判 昭和58年7月27日(昭55(ネ)606号 判例集等末登載) (上告なく結審) l.事実 1.契約内容 保健契約者 Ⅹ社 被保 険 者 A(Ⅹ社代表取締役) 保険金受取人 Ⅹ杜 保 険 者 Y社 契 約 日 昭和52年9月1日 死亡保険金 2,500万円 2.経緯 昭和52年7月14日 告知日 昭和52年8月20日 1P入金日(給付責任 開始日) 昭和53年3月26[】 死亡日 3.Aの死亡状況 Aは、昭和53年3月26日午前6時ごろ、福 岡市内の新築中の自宅車庫(以下、「本件車 庫」という)内において、シャッターを閉めた まま、運転席に座った状態で自動車のエンジン をかけ放ったため、いわゆる排気ガス中毒によ り死亡した0 4.当事者の主張(要旨) (1)請求(原告Ⅹ社) ① 被告は原告に対し、金2,500万円および昭 和55年4月26日から各支払済まで年6分の 割合による金属を支払えO ② 訴訟費用は被告の負担とする。 との判決および仮執行の宣言 (2)抗弁(被告Y社) ① 本件生命保険契約には、被保険者の死亡が、 契約締結のHから1年以内の自殺による場合 は、死亡保険金を支払わない旨の約定があっ た。 ② Aは、昭和53年3月26[]自殺により死亡 した。 (3)抗弁に対する認否(原告Ⅹ社) (彰 記載の事実は認める。 ② 記載の事実については、Aの死亡が自殺に よるものであることは否認する。Aの死亡は、 自動車の運転席において、エンジンをかけた まま眠り込んだための事故死である。 現場状況周 ll.判旨(要旨) 昭和57年9月22日福岡地裁判決(昭和55年 (ワ)第805号) 1.主文 原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟篭用は原告の負担とする。 2.理由 「…Aは、昭和53年3月26日の午前6時ごろ、 本件車庫内の自動車運転席において、かけ放さ れた同庫のエンジンの排気ガスによるいわゆる 排気ガス中毒により死亡した事実が認められ、 この認定を左右するに足りる証拠はない。 抗弁①記載の事実は、当事者間に争いはない。 そこで、Aの死亡が自殺によるものであるとの 主張について検討する。 (1)・‥昭和53年3月29日午前9時30分ごろ 原告会社(Ⅹ社)社員Bらが本件車庫内の乗 用自動車(以下、「本件自動車」という)内 の運転席でAが死亡しているのを発見したこ と、そのときの本件車庫内、本件自動車、A の状況等(以下、「本件現場の状況」とい う)が次の①から⑥までのとおりであったこ との各事実を認めることができ、この認定を 左右するに足りる証拠はない。 ① 本件車庫のシャッターは、いっぱいまで降 ろされていた。ただし、このシャッターは いっぱいまで降ろしても、車庫内から道路に 向かって右側に約10センチメートル程度の すきまが生じる。 ②Aは、車庫内においても本件自動車にカバー をかけていたが、そのカバーがはずされ、本 件自動車の前方、道路に向かってやや右側に 寄せて、かつ右側に厚く置かれており、それ が前(彰のすき間をふさぐ役割をしていた。 ③ 本件自動車の運転席側のドアが約20セン チメートルほど開けられていた。なお、本件 自動車の右側には箱が置かれており、その箱 が障害となって、右のドアは完全には開放で きない。 ⑥ Aは運転席に座って(シートは倒されてい なかった)、くつを脱いだ両足を伸ばし、左 手をポケットに入れた姿勢で死亡していた。 ⑤ Aのくつは、運転席の右側の外で、開けら れていたドアよりも前方(ドアの開放の障害 となった箱よりも前方)の位置につま先を自 動車に向けて…そろえて置かれており、Aが、 くつを脱ぎ、これを右位置にそろえた後、本 件自動車の右側より後部へ移動し、右ドアを 開けて本件自動車に乗り込んだと推認できる (前認定のように、箱が障害となって本件自 動車の右側ドアが一部しか開放できないこと と、くつの位置に照らすと乗り込んでから置 きなおすことはできないと認められる。また、 右位置にあるくつを再びはくためには、本件 自動車から降り、ドアを閉めてから前方に移 動することが必要である)。なお、Aは、本 件自動車にはくつを脱いで乗車する習慣で あった。 ⑥ 自動車のダッシュボードには、精神安定剤 (バランス錠)が入れられており、10錠入り の容器で5剤残っていたが、Aが、いつこの 精神安定剤を服用したのかは、判明しない。′\ (2)前(1)認定の各事実のうち①から③まで および⑤の事実によると、Aが自動車の排気 ガスを用いて自殺するため、本件シャッター を降ろし、そのすき間を自動車のカバーでふ さぎ、自動車内に排気ガスが入りやすくする ため運転席のドアを開けたと考えるのが一応 妥当と思われるが、前(1)認定のような事 実がAが事故により死亡したと考えた場合に も合理的に説明しうるか検討する。 ① 原告は、本件現場の状況について、A死亡 当時本件車庫付近の気温は低く、日ごろ乗っ ていない本件自動車には相当時間の暖気運転 を要したが、その際Aは、外から風を避ける ためまたはエンジン音による近隣への迷惑を 避けるためシャッターを降ろしていたところ、 飲酒の影響や疲れのためそのまま眠り込んだ か、または、Aが本件自動車内で仮眠をとっ ていたと考えられると主張する。そして、本 件自動車の前にシートカバーが置かれていた 事実については、暖気運転後発進のため シャッターを開ける際かたずける予定ではず した状態のままにしておいたものと説明しう るとする。 ② しかしながら、車庫内において発進のため エンジンを始動する場合には、排気ガスが車 庫内にこもるのを避けるためもあって、車庫 のシャッターを開放して行うのが通常であろ うと考えられるところ、…Aが死亡した昭和 53年3月26日午前6時ごろの本件車庫付近 の気温はセ氏数度程度の低温であったことが 推認できるけれども、このような寒気を避け るためにシャッターを降ろして(しかも、一 方では運転席のドアを開放して)暖気運転し ′一\ たとの原告の説明は不合理である。また、早 朝でありエンジンの音による近隣への迷惑を 考えてシャッターを降ろして暖気運転したと の原告の説明も、前記のように気温が低かっ たことおよびAが本件自動車を運転するのは 週末に限られたこと…を考慮しても暖気運転 にはさほどの時間を要しないこと、エンジン の音がそれほどの騒音であると認めるに足り る証拠のないこと、および、・‥本件車庫の前 ( は道路を隔てて空地となっているほか、短時 間のそれもさほどの騒音とも思われない暖気 運転の音を気にかけなければならないほど本 件車庫に近隣したところには家も見当らない ことに照らすとそう合理的とも思われない。 また、暖気運転中にAが眠り込んだとの原 告の説明も、暖気運転にさほど長い時間を要 しないことから不自然と言うべきである。 (診 次に、Aは、本件自動車内で暖房を入れた まま仮眠していたとの説明は、シャッターが おりていた事実およびカバーが前部に放置さ れていたとの事実の説明として納得のいくも のであるが、運転席で仮眠しようとする場合 にはシートを倒すのが通常であるのに、前記 (1)④で認定のとおり運転席のシートは倒さ れていなかったこと、および、仮眠のために ことさらに本件自動車に乗り換える必要が あったとは思われないことに照らすと前記の 説明は不合理である。 ⑥ 前記(1)②認定の状況についての原告の 前記の説明は車のカバーを後ろからはずし、 はずした位置に放置した場合には車の直前か、 車の前部を避けた位置に放置されることが多 ′■\ いと思われるのに、道路に向かって車の前部 から車庫の右端にかけて右側に寄せて右側に 厚く置かれている状況の説明として不十分で あり、さらに本件自動車に乗る際にくつを脱 ぎそれをそろえて置く(原告の説明では、再 びシャッターを上げ、カバーをかたずけるた めにはくことになるくつである)ほどに几帳 面なAがカバーを後にかたずけるつもりで放 原告の説明は必ずしも合理的とはいえず、他 に前記状況についてAが自殺したものではな いという見地からの合理的説明も見当らない。 (3)ところで、原告はAには自殺すべき動機が ないからAの死亡は自殺によるものではない と主張する。 …昭和53年3月Aが代表取締役を務めて いた原告会社の経営状態は悪くはなかったこ とが認められ、この認定に反する証拠はない。 また、…Aは、死亡する約2か月前の昭和 53年1月27日に2度目の妻であるCと協議 離婚をしている事実が認められるが、・‥この 離婚は約3年前から話がなされていたが、A の母の反対のために延びていたものであり、 離婚の条件を含めて特にもめるなどのことも なく話かついたものであること、および、離 婚後も特にAの様子に変化はみられなかった ことが認められる。さらに、…Aは、頭痛や 胃痛(慢性胃炎)があって薬を服用していた が、病気で勤務を休んだこともなく、胃の病 気も薬の服用で足りる程度のものであったこ とが認定できる。 以上認定の各事実によれば、Aには、仕事、 家庭、健康の面では一見したところ自殺の動 機ないしは撮因はないように思われ、その他 の面でもAに覇者な自殺の動機ないしは原因 があったことを認めるに足りる証拠はない。 しかしながら、明らかな自殺においても、 その動機ないし原因が不明であるものが無視 できない比率で存することは顕著であり、顕 著な自殺の動機ないし原因の存在を認めるに 足りる証拠がないことは、Aの死亡現場の状 況からAの死亡が自殺によるものであるとの 認定を妨げるものとも言えない(逆に、前記 認定事実中、Aが頭痛や擾性胃炎のため薬を 服用していた事実および(1)⑥認定事実か ら推認できる前記薬には精神安定剤が含まれ る事実からは、Aが日ごろかなりの精神的な いし心理的負担を負っていたことが推認でき、 置したと考える点で不自然である。 ⑤ 前記(1)⑤認定のくつの位置は、Aがく つを脱いで本件自動車に乗るのが習慣であっ たにせよ、再びはくことを予定した場合の位 置としては不自然である。 それがその他の事情と複合されて自殺の動機 ないし原因となったとみられる可能性も、以 上認定事実から見出すこともできる)。 次に原告は、Aには死亡の直前まで自殺をう かがわせるような言動はなく、かえって、死 亡日時以後の行動がかなり詳細に予定されて ⑥ 原告の説明では、いずれにしろ、前記(1) ③認定の状況を説明できない。 ⑦ 以上によるとA死亡現場の状況についての おり、その面からもAの死亡は自殺によるも のとは考えられないと主張する。 …(∋Aは、昭和53年3月25日にも原告が建 3 築していた本件車庫のある家の建築工事につ いて種々の注文をつけていること、②そのこ ろAは、同年3月中に1週間程度旅行してく る旨を長男に告げていること、③約3年前か ら昭和54年に原告会社の創立10周年記念と して従業員の海外研修旅行を行うとの計画を 立てていた…。また、…⑥は、昭和53年3 月24Eiに原告の顧問税理士と原告の決算案 について打合せを行い、その際同税理士に2、 3日中に利益金の配当率および役員賞与の額 をどのように定めるかについてのAの考えを 知らせると約束していた…。 しかし以上の①から⑥までの事実は、これが 認められるとしてもいずれもAの死亡が自殺 によるものであるとの認定を妨げるものとは 考えられない(すなわち、Aの死亡が自殺に よるものであるとして、Aが最終的に自殺の 決意を固めたのが前記①以後である可能性も 存するし、前②のごとさほどの程度真Lに考 えていたか疑問であり(⑥についても同じこ とはいいうる)、いずれも自殺の気配を周囲 に感じさせないための言動と解する余地もあ ろう(③は、とうてい自殺を否定する事実と は言えない)。 また、原告は、Aは、死亡する直前の昭和 53年3月26日午前5時30分ごろまでD (女性)と行動をともにしていたが、同人と 別れる際、同日行われる原告会社の野球チー ムの試合に出場する予定である旨および同人 とその試合後食事を一緒にしよう旨告げてい ることも、前記の死亡日時以後のAの行動の 予定していたことの一つとしてあげている。 そして、これはDからの伝聞に過ぎず、これ をもってたやすく以上の事実を認定すること ができないが、…たとえ以上の事実が認定で 4 したがって、原告の本訴請求は、失当である からこれを棄却し、訴訟費用の負担について …、主文のとおり判決する。」 昭和58年7月27日福岡高裁判決(昭和57年(ネ) 第606号) 1.主文 本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 2.理由 当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がなく 排斥すべきものと認定判断するが、その理由 は、原判決理由説示と同一であるから、これ を引用する。 よって、本件控訴は棄却すべく、…主文のr\ とおり判決する。 日.研究 1.自殺の意義 被保険者の死亡については、保険金を支払 うのが原則であるが、商法第680条の規定に より、被保険者が自殺によって死亡したとき は、保険者の保険金支払いは免除される。 商法680条 「左ノ場合二於テハ保険者ハ保険金額ヲ 支払フ責二任セズ ー 被保険者力自殺、決闘、其他ノ犯 罪又ハ死刑ノ執行二因りテ死亡シタル トキ」 ただし、約款では、給付責任開始日から1 年以内に被保険者が自殺したときには、死亡 保険金を支払わないと定めるのが通例(本件 ′ヽ Y社の約款にも同趣旨の規定がある)であり 実際上は、この期間内の自殺が問題となるに すぎない。 きたとしても、Aの以上の言がどの程度に真 しなるものであったのか不明であり(早朝ま で飲酒しながら、同日の野球の試合に出ると 言っていることなどは、それを疑わせる一つ の資料となろう)、この事実も、Aの死亡が Y社の約款 第1章第1条4項 「被保険者が、次の(1)から(3)のど れかによって死亡した場合には、当全 社は、死亡保険金を支払いません。 (1)給付責任開始の日からその日を含 自殺によるものであるとの認定を妨げるもの ではない。, 以上のとおり、Aの死亡現場の状況は、Aの 死亡を自殺によるものと認定した場合にのみ 合理的説明がつき、前認定を妨げるような事 実や証拠はないのであるから、結局、本件に おいては、Aの死亡は自殺によるものと認め るのが相当である。 めて1年以内の被保険者の自殺」 通説・判例となっている自殺の定義は、第 一に、死亡が死亡した者の自由な意思に基づ いてなされたということである。そして、そ の意思が貫かれ、その結果として死亡が生じ なければいけない。 すなわち、自殺とは、正常な精神状態が保 持されている人の自由な意思に基づいてなさ れた死亡であることが必要である。 第2に、自己の生命を断つことを目的とす るものでなければならない。例えば、急流に 溺れる子供を助けようとして、その流れに飛 び込んで死亡したような場合には、生命の危 険が大いにあることを認識はしていたけれど あえて救助のため身を挺して川に入りその結 果死亡したのであり、仮に危険がいかに大き く、飛び込むことは世に言う「自殺行為に等 しい」状況であったとしても、死が目的とは いえぬから自殺とはいえない。 ′\ 常の経過に従って推移した場合発生したであ ろう事情を一方の当事者が証明すれば、仮に 反対の事情が残っていようとも、その事実は 証明されたとすべLとする考え方である。す べての可能性の存否を消去して立証する必要 はないということである。 もちろん、この場合相手方は反証をあげて くつがえすことは可能である。 なお、「一応の推定」理論について自殺の 場合に適用すべLとの判例はまだ出ていない 2.自殺を免責とする理由 商法第680条が被保険者自殺の場合の保険 金支払いを免責としている理由としては以下 のことが挙げられる。 まず、道徳観念および一般的法律観念によ るものであり、射倖契約たる生命保険契約に ようである。 4.本件判決の意義および私見 (1)本件の論点について 本件は結局、保険会社側が勝訴したわけで あるが、裁判所は、自殺動機が明確でないこ おいて特に要請される当事者間の信義誠実の 原則に反し、また、受取人に対して保険金を とは自殺であることの認定を妨げるものでは ないとして、状況証拠による推認という形で 取得させることを目的として、被保険者が保 険加入後に自殺するという傾向に歯止めをか けることが、生命保険の不当な利用を防ぐた めに必要であり、さらに、生命保険が自殺促 進機能をもつことに対する社会的非難を回避 するためである。 3.自殺の立証責任 自殺との判断を下しており、事実認定(立証 責任)が問題となる事例である。 自殺による免責の立証責任は保険者にあり、 精神障害によることの立証責任は保険金受取 人側にあるというのが、通説となっている。 自殺の立証については、ケース・バイ・ ′′ ̄\ もともと、「一応の推定」の問題は民事訴 訟法上の証拠法則に関することで、事実が通 ケースで判定する他なく、どれだけの事実、 事情がそろえば、自殺とされるかということ はかなり問題のあるところである。 遺書等自殺を直接に証明できる証拠(直接 証拠)がある場合はそれのみで立証可能であ る。 では、直接証拠がない場合はどうなるのか。 間接証拠(状況証拠)により証明することに なる(この証明方法のことを間接証明とい う)。しかし、間接証拠(状況証拠)により、 保険者が自殺を完全に立証することはきわめ て困難である。 ただし、自殺の立証に当っては、学説の中 には、「一応の推定」理論が適用されてしか るべきとするものがある。すなわち、自殺そ のものを直接かつ完全に立証することが困難 な場合、典型的な自殺状況が立証されればよ いという考え方である。 (2)本件判決の事実認定について 本件判決における事実認定は、「現場の状 況」を中心としたものと考えられる。 ① 現場の状況について 昭和57年9月22日福岡地裁判決の「2.理 由」の「(1)」において、事実①∼⑥の認 定を行い、「(2)」で①から③および⑤よ り、自殺と考えるのが「一応妥当と思われ る」とした上で、事実①∼⑥が事故死と考え た場合にも合理的に説明しうるかどうか検討 し、結局、事故死と考えることは、「不合 理」、「不十分」、「不自然」、「合理的説 明も見当らない」としている。 ② 自殺動機について 自殺の動機については、昭和57年9月22 日福岡地裁判決の「2.理由」の「(3)」に おいて、1「顕著な自殺の動機ないしは原因が あったことを認めるに足りる証拠はない」と するが、「明らかな自殺においても、その動 機ないし原因が不明であるものが無視できな い比率で存することは顕著」であることから、 憎百着な自殺の動機ないしは原因の存在を認 めるに足りる証拠がないことは、Aの死亡現 場の状況からAの死亡が自殺によるものであ るとの認定を妨げるものとも言えない」とし ている。 (3)本件判決の問題点および私見 5 ① 事実認定方法について 間接証明の際の自殺立証の必要十分条件は、 主に「現場の状況」、「自殺動機」と考えら れるが、本件判決における事実認定は、「現 場の状況」のみによっているが、「現場の状 況」のみで認定してよいのであろうか。3点 ほど疑問点が認められる。 まず、前夜から当日まで(午前5時30分 ごろまで女性同伴)の行動が判決文では明ら かにされていない点。 (参考文献) 酉島梅治「保険法」 浅川信夫「保険法研究」 笹倉洋二郎 保険研究第32集 「生命保険金支払と自殺および自殺関与行為」 吉田 明「自殺免責に関する問題点」 文研保険事例研究会レポートバックナンバー 以 上 次に、死亡推定時刻の身体、精神の状況が 明らかではない点(泥酔であれば、意識が乏 しいであろうから、無意識にあたかも自殺と 思われるような状況を残すこともありうるは ずである)。 第3に、家を新築中であるということは、 自殺の動機を否定する有力な事実と思われる 点。 ② 動機との関連について 本件判決では、自殺動機は立証できず、現 場の状況のみにより自殺と認定しているが、 自殺の立証に動機がまったく欠落していても よいのであろうか(動機のない自殺など本来 ありえないはずである)。また、動機がまっ たく欠落し、かつ、自殺を否定するような事 実が存在していてもよいのかという点に疑問 がある。 ③ 私見 本件では結局動機を立証しえず、自殺と断 定するのに障害となる間接事実もかなり見受 けられる。動機は自殺を認定するための重大 な要素であり、現場の状況のみで自殺を認定 するためには十分に慎重でなければならない。 その意味で本件判決は、やや我田引水の強引 な事実認定と言えるのではないだろうか。 私見としては、間接証明の際の自殺立証の 必要十分条件は、「現場の状況」、「自殺動 機」の双方との立場をとる。したがって、こ のいずれかが欠けた場合の自殺立証について はかなり慎重な態度をとらなければならない と考える。すなわち、本件のように現場の状 況のみで自殺を立証する場合には、その間接 事実によって十分に自殺であるとの完結的な 立証が必要であろう。同時に自殺を否定する ような事情(動機)についても一応否定する だけの根拠があることが必要ではなかろうか。 6 [質疑応答要旨] ′′\ 報告者は間接証明の際の自殺立証の必要十分条件 として「現場の状況」および「自殺動機」を挙げ、 本件判決における「自殺動機」の立証の欠如を指摘 するとともに、死亡当時の被保険者の飲酒の程度お よび自動車ダッシュボード内に精神安定剤があった こと等から、被保険者の意思能力の有無についても 検討すべきである旨指摘するが、一般にこれだけの 現場の状況証拠があれば、自殺を認定しても構わな いのではないだろうか。 (大阪:H.4.1.24) 報告:大同生命 三宅孝久氏 指導:中西教授・坂本弁護士 /一ヽ