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充実のための 能力担保、社会貢献
第 5 章 充実のための 能力担保、社会貢献 司法書士に対する社会の期待、使命に応え、より一層司法書士の価値を高めていくことにより、 今後の業務拡大の可能性も高まるものと思われます。そのためには、実務知識やスキルのみな らず、法律家としての執務姿勢や倫理面での向上も重要となります。 ❶ 研修制度 ● 司法書士の実務能力の向上・資質の向上を図るため、日司連は各種の研修制度を実施してい ます。司法書士会員を対象とする「会員研修」と、新規に登録を予定している資格者を対象と する「新人研修」に分け、司法書士中央研修所が各研修会の企画・運営等を行っています。 2005(平成17)年からは、倫理研修を義務化し、職業倫理の向上に特に力を入れています。 ⑴ 新人研修 合格後、実務の世界で活躍するにあたっては、試験を通じて学ぶこと以外に、知っておかな ければならないことがたくさんあります。試験に合格しただけでは、専門家として社会や国民か ら求められる実務能力が十分とはいえません。そのため、 新たに司法書士となる資格者を対象に、 「職責と社会的使命を自覚するとともに、法律に関する理論と実務を身につける」ことを目的と して「新人研修」を行っています。新人研修は、司法書士試験に合格し、今後1年以内に司法 書士として登録することを予定している人を対象として行われています。これにより、司法書 士として社会にデビューするために必要とされる実務上のさまざまな知識を修得することがで き、 スムーズに開業することができます。 新人研修は、 ①全国の合格者を集めて行う中央研修と、 ②地域ごとに行われるブロック研修、さらに③各都道府県の司法書士会(単位会)ごとに行われる 司法書士会研修の3つに分けて行われます。 ⒜ 中央研修 研修の内容は、登記業務というよりも裁判事務・簡易裁判所の訴訟代理権を踏まえたものが ほとんどです。しかも、講義形態でただ聴くだけではなく、たとえば、実際の事案を提示され、 その事件についての訴状を作る課題が出されたり、ディスカッションを行ったりもします。さら に、中央研修は全国的に合格者が集うので、開業後に相談し合うことができる仲間を作る出会 いの場ともなります。 ⒝ ブロック研修 全国7つの地域(ブロック)に分けて行われ、主に司法書士の中心業務となっている登記関係業 34 2012 士業最前線レポート 司法書士編 第 5 章 充実のための能力担保、社会貢献 務について学びます。ここでは、実務を行う上で必要な知識で受験勉強では得られないものに ついて豊富な資料を用いた講義が行われます。その他には、成年後見制度、家事事件、多重債 務者問題等についての講義も行われます。この研修は地域(ブロック)ごとに日程や内容が異なり、 各地で特色のある講義が行われます。 ⒞ 司法書士会研修 この研修も各司法書士会により日程や内容が異なります。内容は登記業務がほとんどで、今 までの研修とは異なり、個別・具体的な仕事(依頼者の意思確認の方法・申請書の書き方・調 査の方法・税金の計算など)についての知識を学ぶ傾向にあるようです。その後、希望者は配 属研修に進みます。配属研修とは、開業している先生のところへ赴き実際に仕事をしながら、 司法書士業務の実務を学ぶものです。 ⑵ 特別研修 司法書士が、 「簡裁訴訟代理等関係業務」を行うにあたって必要な能力を修得することを目的 とする研修です。司法書士が、 「簡裁訴訟代理等関係業務」を行うためには、司法書士試験に合 格するだけでなく、この「特別研修」を修了し、 「簡裁訴訟代理能力認定考査(簡裁考査) 」に 合格することが必要になります。この研修は、各都道府県の司法書士会(単位会)ごとに、例年2 月に約1か月間かけて行われます。合格後の「新人研修」と一連の流れで受ける方がほとんど です。この研修では、具体的事案などに応じて、訴状や答弁書、準備書面など、裁判で必要と なる書面の作成をしたり、模擬裁判などを行ったりします。合計100時間程度の研修が行われる ことから、 「100時間研修」とも呼ばれています。 ⑶ 会員研修(倫理研修) 会員研修では、実務上の知識やスキルの向上を図るためのさまざまな研修と、職業倫理の保 持を目的とする研修があります。職業倫理の保持を目的とする「倫理研修」は、全会員に5年 毎の受講を義務付けています。倫理研修以外の研修は、年間12単位取得することが実質的に義 務付けられています。 あってはならないことですが、成年後見業務を行う司法書士が認知症の高齢者の財産を着服 したり、債務整理の案件において、実際には過払いの返還金があるにもかかわらず、借金はな くなりましたと言って返還金を着服したり、法律家としてあるまじき行為が発生していることも 事実です。ほんの一部の心無い司法書士の問題ではありますが、司法書士が市民に身近な法律 家として、市民に信頼される、安心して業務を依頼される法律家たるためには、このような問 題が起きないようにするための監督や指導を行うとともに、法律家としての倫理・規範意識を 高める教育に力を入れなければなりません。そのため、 「倫理研修」については、全会員に5年 毎の受講を義務付けているのです。 ❷ リスク回避(業務賠償責任保険の強制加入) ● 司法書士は、その業務の特殊性から、高度の専門知識と技能、技術を有し、社会的に高い評 価を受けている半面、高度の注意義務を要求されています。特に不動産取引においては、司法 書士は本人確認を行い、不動産取引に立会い、その取引の信頼性を保証する役割を担っています。 例えば、二重売買により売買代金を騙し取られてしまったような場合、司法書士の本人確認の 2012 士業最前線レポート 司法書士編 35 司法書士 過失責任を問われ、億単位の額の不動産売買代金を損害賠償請求されるということもあります。 このような場合に対する備えは、依頼者にとっても、司法書士にとっても必要といえます。 そこで日本司法書士会連合会(以下、日司連)は、司法書士業務賠償責任保険への加入を、 強制加入とすることにしました。業務遂行上、委託者またはその他の第三者に経済的損失が発 生してしまった場合には、保険会社が損害額を支払いますので、万一の場合に、依頼者に対し て最低限の保障を可能にする体制は整えられたといえます。 ❸ 社会貢献 ● ⑴ 被災者への支援(日司連HPより抜粋) 日司連は平成7年の「阪神・淡路大震災」を契機に、被災者が抱える法律問題を解決に向け た相談活動を中心に、司法書士へ支払う費用の減額やその他法的支援サービスに取り組むため の基金の創設が検討されはじめました。 そして平成11年、災害時により司法書士の法的サービスを受けることが困難な被災者を救援 するための基金として、市民救援基金が創設されるに至ります。 この基金は、他団体に先駆けて設立された司法書士会独自の基金であり、現在も自然災害が 発生するたびにこの基金を活用し、司法書士を派遣、生活法務面での復興支援活動を継続して います。これまでに活用された基金による拠出金額は、合計で約1億4,000万円にのぼります。 この度の東日本大震災においても、 「日司連では、地震当日に統合災害対策本部を立ち上げる とともに、被災地の司法書士会に災害対策実施本部を立ち上げ、きめ細かな法的市民救援活動 を行ってまいります。具体的には、各自治体をはじめ関係諸団体並びに法テラスと連携し、被 災者の皆様の法的な不安を少しでも取り除くための電話相談、さらには被災地等での無料相談 会を開催いたします。また、このたびの大震災では、法律関係でも数多くの特例的な措置がな されると考えられますので、これらの情報提供や手続きの方法などについてもご相談に応じる 体制を構築してまいります。司法書士は被災者の皆様に一日でも早く復興していただくため、 法的市民救援活動を通じてその社会的使命を果たしていく所存です。 」と表明し、阪神・淡路大 震災、中越地震、中越沖地震、東海豪雨などの災害に関する司法書士相談の経験を活かし、東 日本大震災による被害を受けた方々、避難をしている方々への無料電話相談や、日司連市民救 援基金を積極的に活用し、被災者復興支援活動を積極的に推し進めています。 ⑵ 法教育と消費者教育(日司連HPより抜粋) 今般の司法制度改革においては、学校教育の中で法律の内容や働き、司法の仕組み等に関す る学習機会を設けることが重要な課題であると指摘されました。子どもの頃から司法の仕組み や重要さを学び、自身で考え、ルール作りに参加できる能力を養うことが求められています。 学校教育において、社会生活に対応するための基礎な法律知識、法的思考能力を習得すること、 健全な消費者マインドを育成することの必要性は、社会情勢からも、子どもたちが健やかに大 人になり社会を形成していくという観点からもますます重要となっています。 こういう理念や活動を総称した言葉が「法教育」であり、その意味では消費者教育も法教育 の一環であると言えます。 自己責任が前提となる社会では、子供たちに最低限必要な法知識と法的思考力を身につけさ せる必要があると考え、全国の司法書士会およびそれらの連合組織である日司連が活動主体と 36 2012 士業最前線レポート 司法書士編 第 5 章 充実のための能力担保、社会貢献 なって、積極的にこうした「法教育」を推進しています。 これまでに司法書士を講師として学校に派遣した件数は、1999(平成11)年から2010(平成 22)年の累計で5704校(のべ)にのぼります。 ⑶ 人権擁護に関する取り組み 司法書士が、地域の市民が頼れる身近な「くらしの法律家」として活躍の場を広げ、司法ア クセス充実の一翼を担うという趣旨からすると、 市民の身近に起きている「高齢者虐待問題」 「障 害者虐待問題」 「生活保護問題(ホームレス自立支援) 」 「自死問題」などの社会問題について、 弱者の権利を擁護する取り組みが必要であると考えられます。 全国青年司法書士協議会(約3,100名の全国の若手司法書士が加入する任意団体、以下:全青 司)は、 「市民の権利擁護及び法制度の発展に努めもって社会正義の実現に寄与する」ことを目 的として、司法過疎問題、多重債務問題、消費者被害問題、路上生活者問題、労働問題等の社 会問題にいち早く取り組んできています。 日司連や各地の司法書士会においても、 「人権フォーラム」 「反貧困キャラバン(多重債務・ 生活保護の法律相談) 」 「ホームレス巡回相談」 「生活保護申請の同行」 「自殺対策シンポジウム」 など、さまざまな取り組みがなされています。 しかしながら、このような活動は、司法書士全体としてみると一部の活動といえます。 成年後見センター・リーガルサポートも、 「司法書士の取り組む高齢者虐待防止に関する提言 書」において、以下のように述べています。 今後も、司法書士が後見人として第一線で活躍していくためには、困難事例でも取組み、 また取り組むことができるという実績を積み上げることが必要である。司法書士が、積極的 に高齢者虐待問題に取り組み、困難事例でも取り組めるという実績を積み重ね、社会的認識 を得ることにより、はじめて、私たち司法書士が、後見分野において、今後も第一線で活躍 していくことができるものと考える。この分野での司法書士に対するニーズが多く存在し、 活躍の場が多くあることを知り、 一人でも多くの司法書士が、 高齢者虐待問題(権利擁護活動) に取り組んでいく必要がある。 ( 「司法書士の取り組む高齢者虐待防止に関する提言書」平成22年7月15日(社)成年後見 センター・リーガルサポート高齢者・障害者等虐待防止委員会 より抜粋) 真に市民が頼れる身近な「くらしの法律家」として司法書士が市民から信頼され、法律家と しての存在意義を確立し、価値を高め、さらなる活躍の場を広げていくためには、より多くの司 法書士がこのような社会問題にも広く目を向け、弱者の権利を擁護する取り組みの実績を積み 重ねていく必要もあるといえます。 2012 士業最前線レポート 司法書士編 37