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北海道における民家再生と古材活用の実践報告
北海道における民家再生と古材活用の実践報告 NPO 法人 民家再生リサイクル協会理事 NPO 法人 北の民家の会 常任理事 武部建設株式会社 代表取締役 武部豊樹 当社が民家再生活動を始めたきっかけは、古い農家住宅を解体したときのことである。これから建てようとしてい る新しい住宅より、今解体している古い民家の方が立派に見えたのである。このまま壊して捨ててしまうのはあまり にも「勿体ない」(*1)と感じた。古い民家には文化財的価値だけではなく建築物、建築素材としても現代に通用する優れ た品質と美しさがある。民家を大工が手作業で丁寧に解体し、それをまた再生することを通じて、私たちは日本にお ける現代の家造りの方向を探るための示唆に富んだ学習をすることができる。 このような活動をより多くの人々に知っ てもらうため、「モダン&クラシック」という言葉をキーワードにしてアピールしている。 (1)日本の民家 1)ここでいう民家とは昔の日本の 庶民の住宅のことを いい、伝統的軸組工法による木造建築である。 2)各地域の気候風土によりその様式に特徴があり、生業 によって農家、漁家、商家(町家)に大別される。 3)日本には縄文、弥生時代(* 2) を含め数千年に及ぶ木を 使った住居の歴史があり、現存する最古の民家は 15 世紀 (室町時代)のものといわれている。 図2)各都市の月別平均気温 4)構造や平面プラン、材料、外観などに地域差があり、 3)気候帯は亜寒帯に属し、月別の気温で比較すると北海 道最大の都市(札幌、人口 190万人)はシカゴ、ボストン 17 ∼ 18世紀頃にはその地域的特徴が確立された。 とほぼ同じである。 (2)北海道の気候と歴史 4)四季の変化が非常にはっきりしていて夏は海水浴、冬 1)日本列島は主に 4つの大きな島からなり、総面積はテ キサス州の 55%、人口は6倍。 は平地でも雪が1∼ 5フィート積もり近郊の山でスキーが 楽しめる。 2)北海道はそのうち一番北に位置 する島で面積はテキ 5)北海道の歴史は日本の他の地域と大きく異なる。本格 サス州の 10%、人口は4分の1。自然に恵まれ、動植物 の種類が多い。日本の他の地域とは明らかに植生、気候に 的に北海道に日本人が入植し開拓が始まったのは 19世紀 後半(明治時代)に入ってからであり、近代化を進めるた 違いがある。(ブラキストン線の存在) め先進国であるアメリカ合衆国 から技術者や教育者を招 いた。そのなかでもライマン、クロフォード、ケプロンや クラーク氏の功績は大きく、とりわけ鉱業、農業、交通、 教育、都市計画の各分野において北海 道の発展に寄与し た。 6)このような歴史的背景により、欧米特にアメリカの影 響を強く受けた建築物が数多く建てられた。 (有名な建物 は文化財として保存されている。) 7)当初、その大半が公共建築であったが 次第に民間建 築、そして住宅にも和洋折衷住宅として取り入れられ、現 在に至る北海道の住宅デザインの特徴をなしている。 図1)テキサス州と北海道の比較 1 (3)北海道の民家 (5)民家再生の意義 1)北海道の民家は本州とは異なった様相を見せている。 1)社会及び経済構造の変化により近年、環境に配慮し暮 らし方を見直す風潮が顕著にな ってきた。それに伴って 古い伝統的民家を見直す人々が増えてきたのである。 2)開拓時代の 19世紀後 半、 全国各 地から 入植し た大多数の開拓者は当初、 粗末な 掘建て 小屋か らス 2)まだ充分に使えるにもかかわらず、解体されしかも処 分費を必要とする産業廃棄物と なっている古材や古い民 家を再生して蘇らせる活動が注 目されてきているのであ タート し、 生活が 安定す るに従 い自分 の出身 地か る。(*4) ら大工を呼んで、郷里の特徴ある民家を建てていった。 3)この活動は「スローフード運動」に似ている。人間が 生きていく上で必要な根源的要素である「食」と「住」の 3)それらの民家は農地の開墾で切 り倒された良質な木 材(*3) や近くの山から伐り出された木材を存分に使って建 てられたのである。 分野でこのような共通する運動 が今、広まりつつあるの はとても意義のある事に思われる。 4)このようなことから北海道の民家の特徴はまず、同じ 地域に異なった様式の民家が存 在する事であり、 また現 4)そもそも民家は木を中心とした その地域の自然素材 の集積体である。 千数百年の長きに亘って培われ てきた 日本の大工技術によって構造が すなわち意匠であり、 民 在では家具等に使われている良 質な広葉樹が多く使われ ている事である。 家には無駄がなくシンプルで洗練された美しさがある。 5)しかし、歴史が浅いため、数そのものが限られ、本州 と比較して積雪、 気温などの気候条件が厳しいこ とから 改造が繰り返され、 現在残されている建物は極めて 少な い。 6)明治から昭和初期にかけて北海 道の日本海側は大量 に獲れたニシンで繁盛した。 そのための親方の住宅と労 働者の宿泊所、 作業場を兼ねた大型漁家は北海 道にしか ない特徴ある建築物である。 (4)第二次世界大戦後の住宅事情 1)第2次世界大戦後、空襲による住宅消失が激しかった ため、政府は国民への住宅供給を最優 先政策のひとつと した。 解体前の民家(左)と再生した民家(右)の外観と室内 5)そこで使われている古材は長い 時間の中で自然乾燥 され安定した強度を持ち、 いろりの煙で黒く燻され新材 2)経済の高度成長に伴って大量生産、大量消費の住宅産 にはない独特のツヤと美しさを持っている。 業が成長し、今日も多くの住宅建設をハウス メーカーと 呼ばれている大企業が担っている。 6)このように民家を再生し、古材を利用して生活の中に 取り入れる事は、巨大な市場経済の中で日々、膨大な情報 3)現在日本の住宅はおおむね 25∼ 30年のサイクルで解 と時間のスピードに追われて生 きる現代の私たちに、 大 きなやすらぎと癒しをもたらし てくれるのではないだろ 体され建て替えられている。 一方で建築資材として使わ れる木材はおおよそ樹齢 60 年以上のもとされているが 、 うか。 日本の木 材自給 率は約 2 0%に満た ず不足 分は輸入 材に 頼っている現状がある。 (6)民家再生の課題 民家は現在でも日本中で壊さ れ続けている。 その民家 を再生し残していくにはいくつかの課題がある。 1)熟練技術者の減少 伝統木構法を知る熟練した大 工が極めて少なくなって いる。戦後 60年間、日本が誇る伝統木構法は顧みられる 事がなかった。大工の技能、技術は現実の仕事の中で初め て向上し継承されていくもので あり、若い大工の育成が 急務である。 2 2)素材としての木材供給不足 現在の日本の林業は疲弊して いる。古い体質と間伐な ■注釈 (* 1)「勿体ない」とは、もっと有意義な使途があるのに ど良質な木材を得るための森林 の管理ができないといっ た構造的な問題がある。そのため、民家に欠かすことが出 現在の粗末な扱い方が惜しまれる様を意味する。 ケニアの環境副大臣でノーベ ル平和賞を受賞したワン 来ない長材、大径木の供給が難しくなっている。 ガリ・マータイ女史は限られた資源を 効率よく使う事を 意味し、日本の美徳を表現したこの言葉を使って「もった 3)建築基準法との整合性 伝統木構法が建築基準法に適 合し、誰もが簡易に設計 いない運動」を世界中で展開しようとしている。 できるように実績を重ね社会的 認知を得るよう研究を重 ねなければならない。 最近になってようやく道は開け つ (*2)縄文時代(B.C.7000∼ 350)、弥生時代(B.C.350 ∼ A.C.300) つあるが、課題はまだ多い。 (* 3)たとえば次の樹種 4)住環境の性能向上 民家は元来温暖な地域の建物であり、断熱、気密、暖房、 イヌエンジュ・・・Maackia amurensis var. buergeri ウダイカンバ・・・Betura maximowicziana 換気などについて技術的対策を 施さなければ現代の人々 が求める快適な住環境を提供することができない。 カツラ・・・Cercidiphyllum japonicum ミズナラ・・・Quercus crispula ヤチダモ・・・Fraxnus mandshurica など (* 4)建設リサイクル法(2002 年) 経済産業省3R政策(発生抑制・減量、再利用、再資源化) 3R=Reduce, Reuse, Recycle ■参考ウェブサイト 当社ウェブサイト(日本語のみ) 武部建設株式会社 Takebe Construction Co. Ltd. http://www.tkb2000.co.jp/takebe/ 日本民家再生リサイクル協会(日本語) Japan Minka Reduce & Recycle Association http://www.minka.gr.jp/ (7)まとめ 民家自体の良さと自然環境に とっていかに再生が重要 であるかを多くの人々に理解し ていただきながら、 この (英語) http:/www.minka.gr.jp/info/joinus.htm 活動を通して潜在的需要を顕在 化させることが大切であ る。このことは文化財としての民家を残すためにも、自然 環境維持に必要不可欠な林業を 活性化させるためにも極 めて大切なことである。。民家が次の世代へ引き継がれて いくためには、 先人の培った文化を継承すると いう意識 と同時に経済活動としても成立することが必要である。 「スローフード運動」に触発されて語られる「スロー ライフ」という概念、そこに含まれている「家」と「暮ら し方」のひとつのイメージに「スローハウス」という言葉 (例)設計:中村よしあき建築研究所、施工:武部建設 がある。 最後にそのスローハウスの夢 をひとつ。歳は取ってい るけれども、腕に自信のある職人達と北海道 型現代民家 を建てること。ゆっくりと時間をかけ、オーナーの家族と 一緒に。共に材料を買いに行 き、吟味し納得して使うこ と。近くの小学校の子供達も現場に呼んで、昔の体験を語 り、将来の夢を聞く。コツコツと確実に家を作り上げる。 そこに住まうと いう目的と、家をつくるそのこと自体の 喜びのために。 3