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内閣府経済社会総合研究所委託事業
「イノベーション政策及び政策分析手法に関する国際共同研究」
第 1 章 社会イノベーションと政策課題
1-4
市場経済との接点
J. Mair の国分類でインフォーマルな経済では、社会起業家の役割は BRAC の創設者 Fazle Hasan Abed 氏、
あるいはマイクロファイナンスの Muhammad Yunus 氏のように、貧困からの脱出は経済開発であり、如何
に市場経済の枠組みに貧しい人々を引き入れるかが事業であった。しかし、市場経済との接点を持ちつつも、
収入すべてが事業収入ではなく、国際援助組織や寄付に依存しているケースも多く、BRAC の事業も支援を受
けつつ規模拡大をしてきている。
政府が供給する公共サービスと営利企業が供給する製品サービスを、それぞれ公共空間と市場空間と呼ぶ
と、社会イノベーションはその中間のどちらかよりで達成される。合鴨水稲同時作の古野氏の事業は、自身の
農場経営の傍らこの農法の普及活動をボランティアで行っており、活動は公共空間であるが、この農法が市場
経済に組み込まれなければ、換言すればこの農法の採用が農家を豊かにしなければ普及しない。市場経済とは
無縁ではないが、活動自体は公共的である。マクジルトン氏のセカンドハーベストにおいても、事業収入は無
く公共的事業であるが、企業との協力で成り立ち、企業の CSR の理念と合致しない限り規模は拡大しない。
CSR は市場経済の内側の活動であり、セカンドハーベストも市場経済と無縁の活動ではない。この研究会で
は、サービス受給者からの料金収入などの事業収入が無い活動を公共空間での活動と定義するが、市場経済と
の接点がないことは意味していない。
前記の枋迫氏の活動、高断熱省エネルギー住宅の普及活動は、既存の製品サービスへ市場への新しいソリュー
ションの投入であり、市場空間での競争を通じ普及させる事業である。ただし、途上国からの出稼ぎ労働者の
福祉10 を向上させ残された家族への福祉的効果は貨幣価値では計測できないものであり、CO2 排出削減に寄与
する省エネルギー促進は排出権取引が市場経済の枠組みの中に組み込まれるまでは、削減による社会的価値は
貨幣価値では計測できない。市場経済の枠組みの中での活動であっても、公共空間との結びつきは高いが、事
業は事業収入によりコストを賄うことを基本としていることから、これら活動を市場空間での活動と定義する。
さらに、上記の公共空間と市場空間の中間に位置する、料金収入はあるものの寄付や政府からの補助なども
重要な収入源となっているハイブリッド的活動が存在する。障害者の活動の場を拡大する武田氏、竹中氏、戸
枝氏の活動は、政府の障害者への福祉補助をベースに障害者の生きがいも含め生活の向上を図るものであり、
石川氏の在宅介護、施設介護も介護保険など政府の制度が基盤となっている。新しいアイディアを実現し、社
会的ミッションを達成することは、市場経済の枠組みのみでは難しく、市場と公共からのリソースの調達で成
り立つ領域は広い。これらの活動を準市場空間11 と定義する。
表 1-5 は、表 1-1 で取り上げた事例を上記の公共空間、市場空間、準市場空間の 3 領域に分類したものであ
る。ただし、強調しておきたいのは公共空間でも市場空間でも、純粋な公共や市場とは異なっている社会起業
家が活動する領域としての空間ということである。
政策課題の視点で考察すると、このそれぞれの空間の違いが、インキュベーション方策の違いとなる。市場
空間では、アーリーステージ(イノベーター・ステップ)では自立採算は難しいが、ミドルステージ(アン
トレプレナー・ステップ)からレイターステージ(ディフュージョンステップ)にかけて赤字では無くなる。
赤字が続く限り資金調達が必要であり、資金調達額の限界から大きな事業に成長させることはできない。ディ
フュージョンステップに行くためには、赤字で無くなることが必須条件となる。つまり、インキュベーション
としては、イノベーター・ステップからアントレプレナー・ステップにかけての期間に資金的・人材的サポー
トをすることが有効となる。Ashoka や Skoll 財団が取り組んできている局面と同じである。さらに踏み込ん
でイノベーターステップに関して、成功の可能性を判断することが難しい局面の対策も重要である。卵が無け
ればヒヨコも産まれない。第 2 章で紹介する米国の社会起業家ビジネスプランコンペティションの広がりは、
10 枋迫氏の MFI では、出稼ぎ労働者の残してきた家族への不安を取り除くために、葬儀保険を考案し、不慮の事故で死亡した場合、
葬儀を行い母国へ遺骨を送ると共に、一定期間過去に送金してきた金額を送金継続するサービスである。市場経済の枠内とは言っても、
社会的ミッションは高く、その福祉的意味は貨幣換算できない。
11 準市場は quasi-market のことであり、通常の意味では政府が提供していた公共サービスに市場の競争原理を導入し、サービスの効
率化を図る政策から産まれた概念である。ここでは、必ずしも公共サービスの民営化に限らず、もう少し広い概念として市場原理と公共
サービスが混合している領域を含めている。
社会イノベーション研究会社会起業家 WG 2008 年度報告書
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「イノベーション政策及び政策分析手法に関する国際共同研究」
第 1 章 社会イノベーションと政策課題
表 1-5: 公共空間と市場空間の接点
事業分類
公共空間
公共空間
公共空間
公共空間
公共空間
公共空間
公共空間
公共空間
市場空間
市場空間
市場空間
市場空間
市場空間
準市場空間
準市場空間
準市場空間
準市場空間
準市場空間
準市場空間
準市場空間
準市場空間
準市場空間
準市場空間
準市場空間
社会起業家
マクジルトン E. チャールズ(NPO セカンドハーベスト・ジャパン 理事長)
Anshu K. Gupta(GOONJ Founder Director, Ashoka Fellow)
飯島博(NPO 法人 アサザ基金 代表理事)
村瀬誠 (墨田区環境保全課主査/ NPO 法人雨水市民の会 事務局長)
石戸奈々子(NPO 法人 CANVAS 副理事長)
鈴木共子(『生命のメッセージ展』 代表)
松本成子/杉山 祥子(女性の家 HELP)
古野隆雄(古野農場経営)
鎌田紀彦(室蘭工業大学教授/ NPO 法人新木造住宅技術研究協議会 代表
理事)
枋迫篤昌(President, CEO Microfinance International Corporation)
鍵山誠/(石毛 宏典)(株式会社 IBLJ 代表)
児玉宏(NPO 法人コーチズ 代表/株式会社コーチズインターナショナル 代
表)
松田光輝(株式会社知床ネイチャーオフィス 代表)
佐藤留美(NPO 法人 birth 事務局長)
福田俊明(NPO 法人伊万里はちがめプラン 代表)
海山裕之(コミレスネットこらぼ屋 代表)
駒崎弘樹(NPO 法人 フローレンス 代表理事)
戸枝陽基(NPO 法人ふわり 理事長/社会福祉法人むそう 理事長)
石川治江(NPO 法人ケアセンターやわらぎ 代表理事/社会福祉法人にんじ
んの会 理事長)
日野公三(株式会社アットマーク・ラーニング 代表取締役)
佐野章二 (有限会社ビッグイシュー日本 代表取締役)
藤田和芳(NGO 大地を守る会 会長/株式会社大地を守る会 代表取締役)
竹中ナミ(社会福祉法人プロップ・ステーション 理事長)
武田元(社会福祉法人はらから福祉会 理事長)
法人形態
NPO
NPO
NPO
NPO
NPO
その他
その他
その他
NPO
営利
営利
営利/ NPO
営利
NPO
NPO
NPO
NPO
NPO /社福
NPO /社福
営利
営利/ NPO
営利/ NPO
社福
社福
沢山の卵を生み出すエンジンとなっている。当然にそれを支える教育の仕組みも必要となる。イノベータース
テップ初期の政策の重要性が存在する。
公共空間では、将来的にも事業収入は見込まないことから、如何に持続的資金調達の手段を見出すかが問わ
れる。Ashoka フェローの実績では、社会起業家の活動が政府の政策に取り込まれ社会イノベーションが達成
されるものが 6 割に達していると報告されている12 。Ashoka フェローの多くは Mair の国分類では (3) のイ
ンフォーマルな経済に属し、政策形成に関する政治行政機構が異なる。日本での政策課題としては、活動のサ
ポートと併行して如何に政策形成過程につなげていくかが重要となる。既存システムの変更を迫る場合は、既
存組織の抵抗勢力との力学が課題となり、簡単なことではないために大きな挑戦となる。
準市場空間では、やはり規制などの障害が発生しやすいので、資金人材面での支援以外に行政との調整が
課題となる。アットマーク・ラーニング社のケースでは、前述のように中央省庁による政策との調整であり、
ハードルは高いが、表 1-1 の No.17 の福田氏の伊万里はちがめプランのケースでは地方自治体との調整次第
で、活動の規模が影響される。基礎自治体レベルでは、議会を通じた民主的プロセスによる調整も可能である
が、都府県や国レベルの規制となると、オンブズマン的な組織で専門家集団のサポートを受けて調整機能を果
たすシステム化も政策課題となり得るであろう。
市場経済と大きな係わりを持つか、完全には市場経済の仕組みには取り込まれない経済主体の存在は、視点
を変えれば多く存在している(A. Leyshon et al ed. 2003)。市場経済と公共のほかに別の大きな経済空間が
存在している。
市場から阻害された人々(知的・身体障害者など通常の労働市場から受け入れてもらえない等の問題を Exclusion
12 Ashoka
作成のビデオでの Drayton の発言による。
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「イノベーション政策及び政策分析手法に関する国際共同研究」
第 1 章 社会イノベーションと政策課題
という)の存在を「市場の失敗(Market Failure)」と片付けてしまう経済理論は、どこか間違っている(Yunus
2007)。人間は、利益最大化を求めるタイプと、それに興味がなく貨幣的価値以外のものを求める人々がいて、
後者の彼らも市場取引の一員である。利益を生み出さなくても持続的にキャッシュフローが確保できれば、そ
れも事業であり、それを実行するのが社会起業家である。Yunus(1998)は、このような社会起業家が資金調
達する「社会株式市場(Social Stock market)」の創設を主張している。これは前記分類に従えば、市場空間
でのアントレプレナーステップからディフュージョンステップに移行するための資金市場として考えることが
できる。
また、市場との関連では、まったく別の角度から貧困に着目した議論が生まれた。Bottom (又は Base)of
Pyramid(BoP)のいうコンセプトである(S. L. Hart 2005, C. K. Prahalad.2003)。60 億人の人口ピラミッド
の底辺の 40 億人は 1 日 2 ドル未満で暮らしている。議論の始まりがこの貧困層は巨大な市場であり、多国籍
企業にとってはビジネスチャンスであるという主張であったために、それは搾取であるという批判を招くこと
にもなったが(A. Karmani 2009)、議論に出てくる代表的事例は多国籍企業の事業より、国際的社会起業家や
現地の社会起業家のイノベーションである。さらに、貧困層を市場ととらえるのではなく、疎外さて来た市場
に彼ら自身が入り込んでいくことで貧困から抜け出ようとする事業が成功を収めてきている。
BoP の事例としては、図 1-3 に示すケニアの灌漑用足踏みポンプによる農業の活性化(Simanis & Hart 2006)、
微生物除去ストローやマラリア対策としての蚊帳の提供(Boyer 2003)、およびインドの低コストインターネッ
トアクセス拠点(Jhunjhunwala 2004)などケーススタディとして紹介されている。また、Ashoka フェロー
に選ばれた中から適合技術(Appropriate Technology)のジャンルから抽出することができる。たとえば、ネ
パール高地での小水力発電による村の電化と事業開発、あるいはスリランカにおける油脂成分の多い植物の栽
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培とバイオディーゼル発電、ブラジルの砂漠地帯での太陽光を利用した浄水器と水耕栽培、等々である。
KickStart LifeStraw Insecticide Treated Bed Nets
図 1-3: Bottom of Pyramid の具体的事例
この BoP への着目は、前述の Mair の国分類による「(3) 発展途上国のようなインフォーマルな経済」での
社会的企業の範疇になる。国連を始めとする貧困対策としての国際開発支援のソリューションが、現地の人材
や技術水準・生活水準のステージに合致しないことから、必ずしも持続的成長につながらない経験から、現
地に適合する技術開発が注目されている(Simanis & Hart 2006)。先進国と途上国の政府間による経済支援
とは異なり、現地の社会起業家による社会イノベーションは、貧困層の労働力をコミュニティとして事業に巻
き込むことで、市場経済に組み入れるという、まさに BoP 自身による BoP 開発である。ブラジルの廃棄物リ
サイクルの事業化によるスラム再生の Curitiba(Leadbeater 2006)、エジプトの Sekem の砂漠での経済開発
(Seelos 2007)などの大規模事業もこの BoP の範疇に含めることができる。
途上国における社会イノベーションを政策課題の視点から考えると、新しい国際協力のあり方が浮き彫りと
なる。途上国から多くの留学生が日本で学んでいる。全てではないが母国に帰って貧困・環境・人権などの社
会問題に貢献したいと思っている学生も、確実に存在する。東京工業大学大学院社会工学専攻では 2007・2008
年度に、留学生を対象に社会イノベーションアイディアのビジネスプラン作成演習を実施し、最終日に各自の
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第 1 章 社会イノベーションと政策課題
プランのコンペティションを行った13 。優秀プランの表彰者は、帰国後の近い将来、実際に活動する意向を持っ
ている。既に在学中にプランのフィージビリティ検証の作業を開始している留学生も存在する。一つの大学の
小さな試みであるが、その延長線上には新しい国際協力の形が見える。留学生が母国に帰り、社会起業家とし
て社会イノベーションの担い手になる際に、政府の支援による草の根的国際協力につなげることができれば、
少ない投資で大きな効果を期待できる。
社会的ミッションの正当性
1-5
インフォーマルな経済における社会的企業のミッションは貧困からの脱出であり、社会的ミッションと収益確
保のダブルボトムラインの追求が明快であるが、成熟した国における社会的企業には正当性(Legitimacy)の議
論は避けて通れない。Dart(2004)は Suchman(1995)の三つのコンセプト(Pragmatic、Moral、Cognitive)
を使い、Moral 正当性において政治・社会的イデオロギーが非営利活動の収益化にシフトした結果であり、こ
とさらに社会的意義を強調するのは行き過ぎであることを指摘している。Frumkin(2002) も、サプライサイ
ドのサービス提供の課題として、もっとも重要なニーズを避けて、強くアピールでき、収益が見込める事業に
偏る危険を指摘している。いわゆるクリーム・スキミングである14 。
また、英国では CIC(Community Interest Company)15 の法制化に見られるように、社会的企業の振興を
政府が推進していることへの批判的議論が多く出ている。Toner (2008)は社会的企業への政府の事業契約が
市場競争的であれば、本来の社会起業家による創造的イノベーションを刺激するのではなく、Isomorphism
(DiMaggio & Powell 1983)に陥ることになる可能性があると指摘している。
社会イノベーションの重要性や社会起業家の活動の意義を明示的に示すことができれば、政策課題として、
あるいは組織マネジメントの教育の基本要素として強い主張が可能となる。つまり、社会的な正当性が強く
なる。
理想的には社会的事業のアウトカムを適切に測定できれば、正当性の議論も緩和されるが、事業横断的な統
一指標によるアウトカムの数量的計測には有効なツールは見出されないために、貨幣価値で統一できる企業業
績指標や国民所得計算(GDP)のようには認知されない。Nicholls(2009)は、社会起業家の事業の社会的ア
ウトカムの計測に関しての過去からのアプローチを吟味する中で、実効性評価はその正当性を説明するもので
あることから、数量的把握と共に正当性の評価を合せて行うことが適切であると考えている。彼の提案は、実
効性−正当性指標として次の 5 要素を挙げている。
(1) 法的根拠正当性(Regulatory Legitimacy)——事業目的が何らかの法律や規制に基づいているかという
根拠の有無を意味している。会社法、労働雇用法、健康保険法などが例であり、説明責任としては投資
家に対する会計監査情報や ISO9000 準拠などが挙げられる。この論文には無いが、他のディスカッショ
ンペーパーで会社法とは、英国で 2005 年に導入された CIC(Community Interest Company)が念頭
にあると思われる。
(2) 協会的基盤正当性(Associational Legitimacy)——既に評価の定着している組織との連携による正当
性。連携組織のブランド価値および資金調達額などがインパクトの尺度となる。説明責任としては年次
報告、ステークホルダーのネットワークなどを通じて行う。
(3) 実効的正当性 (Pragmatic Legitimacy)——サービス受給者に関する単一尺度の数量的計測であり、売上
高市場シェア、SROI(社会的投資収益率)、品質保証システムなどによるインパクト評価。説明責任とし
ては財務中心の年次報告書。
13 このプログラムは
2007 年度、文部科学省大学院教育改革支援プログラムに採択され 3 年間の予定で「国際的社会起業家養成プログ
ラム」として実施されている。
14 前述の準市場の課題として取り上げられたのが、このクリームスキミングであり、都合の良い部分のみ取り上げてしまい、難しい課
題は対象にしない、という意味となる。
15 CIC は通常の株式会社に配当制限や情報公開を義務づけ、第 3 者委員会が社会的意義を認めた場合に認定される法律であり、英国
政府が推進している。
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第 1 章 社会イノベーションと政策課題
(4) 規範的正当性(Normative Legitimacy)——既存の規範、価値観、心情、定義などとの比較で、ステー
クホルダーがどう評価しているかという質的な正当性。インパクト計測としてはメディアの取り上げ方、
第 3 者による監査システム、標準認証のスキームの有無などで、説明責任としてはステークホルダーへ
の公約のメカニズムや意思決定の民主性などが挙げられる。
(5) 認知的正当性(Cognitive Legitimacy)——社会的概念、シンボル、行動に適合しているかという外部
からの評価。インパクト指標としては長期継続性、文化的価値との一致、ブランド価値などであり、説
明責任としては影響力のある社会構築やカリスマ的リーダーシップなどが挙げられる。
社会的インパクトの計測とその正当性の評価は、現状でのコンセンサスがあるとは言えないが、社会起業家
の存在意義を明示化するためには避けて通れない議論である。英国中心に議論されているのは、過去における
政府の所得再配分機能による福祉政策と、市場原理を組み入れた社会的企業重視の政策のどちらが正当性を
持つかという議論ともいえる。ここでの議論の土台は、元来福祉国家であった軌道上のものであり、米国や日
本とは環境が異なる。日本で、高福祉高負担への選択が短期中期的には実現不可能であることを前提とした場
合、日本独自の社会イノベーションのあり方が存在するはずである。新しいソリューションの持つ実効性−正
当性の評価の仕組みは、望ましい社会イノベーションとは何かを定着させるためには必須の課題である。その
一つの政策として、英国 CIC に類似した法律的根拠を持つ正当性付与は考察に値する。慈善組織の充実して
いる英国では、既得権侵害となる側面もあり、批判的議論もあるが、税制上の恩典の乏しい日本の NPO 法に
基づく NPO にとっては、資金調達および経営の合理性・自律性を重視した社会的ミッションの正当性を付与
された株式会社の形態は、有効性が高いと言える。
1-6
まとめ
国際経済の変動の中で市場重視の自由競争を前提とする金融経済の見直しを始め、格差社会への対応方法な
どを背景に、世界的に広がりを見せる社会イノベーションへの期待はますます大きくなるものと考えられる。
ただし、今まで述べてきたように、日本の現状は期待感先行で実績は乏しく、これからの活動と言える。
この研究会での議論を通じ、浮かび上がってきた日本の政策課題は、前述の 4 つの視点から整理すると以下
のようになる。
<社会的企業と社会起業家>
日本は米国と類似した市場経済であるが、寄付文化・税制などの違いから社会
起業家へのリソース提供の財団などの存在が小さく、社会起業家を支える仕組みが貧弱である。一方、政府の
役割の領域はヨーロッパの成熟した国々と類似しているが、財政的限界からサービスが過小供給となる結果が
顕在化している。財政面の課題が短期的には解決困難であるという前提に立つならば、社会起業家の活動余
地を増やすための規制の解除が必要であろう。既存財源は社会的企業の活動からも排除されるセイフティー・
ネット構築に充てられるように充当される政策変更が必要となっている。
いわゆるクリーム・スキミングを前提に、排除される人々への支援を用意する政策である。この政策によっ
て、社会イノベーションの誘発を期待することができる。
<ヒーローか草の根か>
すでに述べたように、”Enveryone a Changemaker”の層の厚みの中から、社会的
インパクト大きい破壊的イノベーションが期待でき、ヒーローも草の根も両立して初めて基盤が形成される。
政策課題としては、大学などにおける社会起業家教育の充実と、如何にアーリーなステージで、”Rare Breed”
(J. G. Dees et al 1998)を発掘し大きなインパクトをもたらす組織にインキュベーションする仕組みの構築で
ある。
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第 1 章 社会イノベーションと政策課題
<市場経済との接点>
社会イノベーションは公共でもなく市場経済でもない領域で実現されるが、その空間
は広く市場空間に近いもの、公共空間に近いもの、中間的な準市場空間の 3 領域に分かれる。そのそれぞれで
インキュベーションの戦略は異なる。市場空間では、イノベーター・ステップからアントレプレナー・ステッ
プにかけての資金・人材面の支援が必要であり、民間寄付に限界がある日本では政府の支援策が不可欠である。
その前段階では、大学などによる教育とビジネスプランコンテストなどが重要となる。公共空間では、市場空
間と同じ支援にプラスして政策立案プロセスとのリンクが重要となる。準市場空間では、支援策と同時に行政
との規制緩和などの調整が必須である。
<社会的ミッションの正当性
英国の CIC に類似した株式会社形態は、一つの政策メニューとして日本にな
じむものと想定される。
以上の政策課題に関しては、第 3 章の事例研究の中で具体的に検討する。
渡辺孝・露木真也子
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enterprise reduce social exclusion and empower communities? ” Education, Knowledge & Economy Vol
2, No.1, March 2008.
社会イノベーション研究会社会起業家 WG 2008 年度報告書
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内閣府経済社会総合研究所委託事業
「イノベーション政策及び政策分析手法に関する国際共同研究」
第 1 章 社会イノベーションと政策課題
Utterback (1994) : James M. Utterback, ”Mastering the Dynamics of Innovation”, The President and
Fellows of Harvard College 1994(大津正和・小川進監訳「イノベーションダイナミックス」,有斐閣
1998 年).
Yunus (2007) : Muhammad Yunus, ”Creating a World Without Poverty: Social Business and the Future
of Capitalism”, PublicAffairs 2007.
Yunus (1998) : Muhammad Yunus ”Social Business Entrepreneurs Are the Solution”,
(http://www.grameen-info.org/bank/socialbusinessentrepreneurs.htm)
社会イノベーション研究会社会起業家 WG 2008 年度報告書
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