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若手社員の採用と定着・育成
(平成 25 年度 広島県労働大学) 講師:独立行政法人労働政策研究・研修機構 副主任研究員(人材育成研究部門)藤本 真 日時:平成 26 年2月 13 日(木)〔福山会場〕 ,14 日(金) 〔広島会場〕 ○企業による若手社員の採用活動 高校,大学,短大を卒業した人の多くは,職業人としての能力はたぶんゼロに近いです。日本の企業, 特に大企業は,そうした人々の採用に非常に力を入れています。しかし,なぜ職業能力がゼロの人を採 るかというと,訓練を通じて中核人材として活躍できる可能性を持っているからです。 中小企業では中途採用が多くなりますが,即戦力の確保という目的を持ちながら,実は訓練可能性を 重視して採用しています。 ○若手社員の効果的な採用に向けた取組み-定着・育成の観点から- 大きく分けると採用の効果は,2つの観点から計れると思います。 一つは,より安く,必要なだけ人材を確保するという観点です。典型的なのがアルバイトや契約社員 や派遣社員です。必要なだけの人を必要な時に呼んできて,仕事がなくなったら契約を打ち切り手放し ます。 もう一つは,長く定着させることができたかという観点です。これからお話をするのはこちらで, 「OJM(on the job matching)」 「RJP(realistic job preview)」 「育成と採用の連動」という3つについて 挙げています。 【OJM(on the job matching)】 「on the job training」のもじりで,人事労務管理を研究している研究者がつくった造語です。 On the job なので仕事に即して審査します。仕事をしている姿を企業が見て,また求職者も仕事をし ながら組織や企業のことを判断するということで,そういう過程を経た matching です。 例えば,学生の時に企業で就業経験させるインターンシップがあります。 それから,紹介予定派遣と言いまして,一定期間,人材を派遣して,その後で派遣労働者と派遣先の 意向が合えば就職します。その時点で派遣が人材紹介に移行するという紹介予定派遣という契約があり ます。ただ若年者の採用で活用しているところはあまりみかけません。 実は一番多く使われている on the job matching の方法は,正社員登用だと思います。例えば,非正 社員として入った若い人材を,上司が,仕事が出来そうだと判断して正社員になることを勧めて,本人 も正社員で働くことに同意したら,正社員に登用するというものです。 図表1 on the job matching On the Job Matching Off the Job Matching 外部労働市場 ・紹介予定派遣 ・トライアル雇用 ・日本版デュアルシステム ・採用に結びつけたインターンシップ (従来の)新卒採用・中途採用 準内部労働市場 ・転籍を予定した出向 内部労働市場 ・定年後の継続雇用 ・非正社員からの正社員登用 資料出所:堀田聡子「採用時点におけるミスマッチを軽減する採用のあり方」 (2007,日本労働研究雑誌 567 号) 【RJP(realistic job preview)】 もともとアメリカで出来た概念です。例えば,ここにいればクリエイティブな仕事ができますよ,だ けど,自分のクリエイティビティを発揮するには 10 年の下積みが必要ですよ,お金は月収に 100 万位 1 貰えるかもしれないけれど残業がとても多いですよ,内外の折衝や調整はかなりストレスが溜まります よとか,仕事のマイナス面も含めて情報を求職者に提供します。求職者である若者が,そのリアルな情 報を受けて,その会社で働くことが有りか無しかを自分で判断します。 セルフ・スクリーニング,つまり,ふるいにかけることができるのです。良いことも悪いこともある がここで働いてみたいと思ったら,コミットメント効果,つまり自分で選んだことには責任を持とうと いう気分が働きます。その結果,離職が減り,定着が高まる効果が期待できます。 実際に調査分析をしてもそういうことが言えます。 図表2 RJP 理論に基づく採用と伝統的理論に基づく採用 RJP 理論に 基づく採用 悪い情報も含め 歪めることなく 誠実に伝える 本気の(良質な)応募 者に絞られる 求人 伝統的な採用 よい情報を売り 込む 個 人 の 欲 求と 組 織 風 土との適合を,能力の 適合とともに重要視 満足・ 定着 入社 選考 応募者の母集団を大 きくする(企業が優 位にたつ採用) 期待が 確認される 企 業が必 要と する能 力 と個人の能力の適合を, 個 人の欲 求と 組織風 土 との適合よりも優先 期待が 裏切られる 不満・ 離職 資料出所:堀田(2007) では,どの企業もリアルな情報を提供してこういう効果を得て,上手く離職が減って定着が高まる効 果を得られるかということですが,別の弊害もあり得ます。 1番目は,日本の場合,一般事務職というときに,経理をやるのか人事をやるのかわかりません。あ るいは,総合職といっても,どの部門の事務管理なのか,製造部門なのか企画部門なのかということが 最初から決まっているわけではないことが多いです。求職者に情報を提供するといっても,職場や仕事 の情報というのはなかなか提供しづらいのです。 2番目は,リアルな情報を提供することの弊害です。提供された側が人に伝えたりするのは,大概, ものすごく良いことか,悪いことです。本当は両方がバランシングしているのですが,ものすごく良い ことか悪いことだけが広まる可能性があります。 実は,あの企業はこんなきついことがある,きらびやかな会社に見えるけれども,こんな大変なこと があって職場はブラックらしいということが流れて,企業イメージが崩されてしまう恐れがあります。 RJP には定着が高まるといった良い効果が期待できますが,別の懸念もあり得るということです。 図表3 RJP の可否判別フローチャート YES 採用時に入社後に就く仕事が確 定されている NO 地域限定的な単一事業の企業で あり,特定の職種に偏った採用を 行っている イメージ先行の人気企業であり, 本質を知らない興味本位な応募 者が多い 実際以上の悪イメージが蔓延し, その結果,応募が少ない 現状では,本格的な RJP は困難 ① 「職務」ではなく「事業」を詳細に語る RJP ② インターンシップや体験入社を通じた社風 RJP がお勧め コンシューマ向けの事業を展開 している 選考が進んでから本 格的な RJP が可能 初期の段階から本 格的な RJP が可能 資料出所:リクルートワークス研究所『Works』2001 年 Oct-Nov 号 3番目は,育成と採用の連動です。 2 ○「辞めていく若者」の増加 【七五三現象】 企業が採用を一生懸命行っても,残念ながら若手社員は結構辞めます。七五三という現象です。大卒 で入社してから3年のうちに辞める人が 30%,高卒が 50%,中卒が 70%という現象を指します。 業種別の3年離職率をみると,例えば,大卒の 3 年離職率は,製造業では2割9分,宿泊業とか教育・ 学習塾では5割程度など,業種による差異もあります。 就職氷河期以降,厳しい採用を乗り越えてきているのに辞める人が結構いることが問題になり始めま した。就職率は 11,12,13 年ぐらいに上がるのですが,常に一定割合が辞めるのです。若い人,新卒 採用者は,昔からそこそこ離職するということです。 図表4 新卒社員の「3年離職率」 (高卒・大卒) 1年目 高校卒 2年目 3年目 60 60 50 50 48.7 48.8 47.2 46.2 45.1 40 11.8 11 11.9 30 14.6 41.8 9.7 15.2 14.7 13.8 48.1 47.5 46.8 48.2 46.6 8.8 12.6 39.7 40.3 8.8 9.5 50.3 43.2 10.4 11.6 12.1 12.9 9.2 9.1 9.4 9.9 9.8 8.8 9.3 9.1 9.6 9.7 10.6 14.8 13.8 13.2 14.6 14.8 48.9 48.5 49.3 49.5 47.9 14.7 14 13.9 14.3 14.6 14.1 44.4 40.4 40.3 8.2 6.9 12.5 11.8 37.6 8.1 10 20 10 10 0 0 62年 63 元年 2 2 31月卒 20 40 35 15 30 25 10 20 5 15 24 24.6 23.8 24 26.3 25.9 25.3 25.1 25 19.8 21.8 21.5 21.6 20.4 19.3 18.7 19.9 21.2 3 4 3 5 4 6 5 7 6 7 8 8 10 1年目 33.632.5 32 26.5 8.3 8.6 8 7.4 23.724.3 6.8 6.6 7.1 32 8.5 8.3 9.3 9.1 8.4 9.1 9.4 9 8.8 8.2 7.6 7.8 8.8 12 2年目 27.9 25 11 13 14 15 16 8.4 10.1 8.4 30.8 11.3 11.2 19.6 25 23.8 21.6 19.5 17.2 19.5 19.6 19.6 17 18 19 20 21 22 23 24 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 大学卒 28.429.327.6 9 39.2 35.7 10.6 10 11 10.4 9.8 34.3 3年目 36.535.4 34.735.8 36.635.9 34.2 9.2 8.9 9.7 9.1 8.9 9.4 8.6 9.1 11.611.310.8 11 11.811.8 11 11.3 31.1 30 7.7 10.4 8.3 28.8 8.4 31 8.5 23.5 10.1 13 9.5 8.9 10 14.113.812.913.915.715.2 15 15.315.1 15 14.6 13 12.2 11.512.513.4 13 0 11.111.410.710.3 9.9 9.5 9.4 10.712.2 5 0 62年 63 元年 2 3 月卒 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 資料出所:厚生労働省 HP「新規学卒者の離職状況に関する資料一覧」 【なぜ若年離職が問題となるのか?】 一つは,昔に比べると企業が,一生懸命採用・選考コストをかけているのに辞められることを痛手だ と感じるようになったことだと思います。 もう一つは,辞めた若者にとって損失が大きいからです。労働市場で一番変わっていることは非正規 比率で,平成 23 年,24 年の非正規比率は 35%位で,昭和 62 年は 16%台です。つまり,昭和 62 年の 非正規比率は今の半分ぐらいで,若者で正社員を辞めた人は,また別の職場で正社員になるというのが 普通でした。でも今は,次の正社員のポストがあるとは言いきれないのです。 やはり,若い頃に正社員としてその組織に定着し続ける場合と,非正社員としてずっと働き続ける場 3 合とでは,キャリア形成に各段の違いがでてきます。辞める割合は変わらなくても,辞めた若者にとっ ての損失が年々大きくなっています。辞めた若者がキャリアやスキルを積んでいけないということは国 全体のマンパワーが落ちていくということです。政策的な対処が必要な現象として注目を浴びているの だと考えます。 最初に3年離職を目立つ形で取り上げた人に城繁幸さんという人事コンサルタントがいます。 彼は,『若者は何故3年で辞めるのか』という本で,3年離職の原因について検討しました。一言で いうと,バブル以降,企業は新卒正社員を採るのにとても厳しい選考を行うようになった。その選考を 潜り抜けて正社員になった人はものすごく意識もモチベーションも高いが,多くの会社の場合 20 年近 くは下積みが必要という状況は変わっていません。その中で,厳しい就職活動を乗り越えたモチベーシ ョンや意識の高い若手社員は,嫌になって辞めるのだということです。つまり,若者が辞める原因とし て,日本の年功主義的な人事労務管理を挙げています。 それも一理ありますが,大企業の状況に偏った見解なのではないかと思います。 というのは,私どもの機構が同じ頃に実施した,35 歳未満の求職者を対象に離職理由と前の職場に対 する評価を聞いた調査をみると,そうとは言えないのです。 離職理由としては, 「仕事上のストレスが高い」の割合が高く,城さんが言っていることとは,どう も違うのではないかと思います。 辞めた職場に対する評価としても,一番多いのが「仕事上のストレス過大」で8割近くです。加えて, 「人を育てる雰囲気がない」,ノルマやタスクが多い割にそれをこなせるように導いてくれる雰囲気が ないと感じて,離職する人が多いのです。 【定着に向けての取組み】 取組みは, 「組織からのアプローチ」と「個人に対してのアプローチ」に分けられると思います。 中心は組織からのアプローチで,例えば,同期同士のつながりとかチームの力を実感してもらって, 若手が相談したり意見を述べたりといった雰囲気を作っていくということです。あるいは,社内の取組 みとして育成を一生懸命やるということがあります。あとは,仕事の後に定期的に飲み会をするという ような組織内のコミュニケーションの強化があります。 それから個人へのアプローチというのは,例えば新人とか若手専用の相談窓口を会社に設ける,ある いは,新人や若手の悩みとかを解消するために,外部の専門家,キャリアコンサルタントやメンタルヘ ルスの専門家を使うということがあります。 私どもの機構では,2006 年に,企業に対して,若手が辞めないために何をしているかということを 調査して,その中でも強化しているものを挙げてもらっています。 また,その企業に在職している 35 歳未満の若い社員を対象として, 「今の会社であなたが勤め続ける ために会社がどのようなことをしてくれることを望みますか」ということを聞いています。 各項目の上側が「企業が強化している取組み」で,下側が「従業員が望む定着対策」です。 どういうことを望むのかという順位に注目していただきたいのです。 従業員の方で群を抜いて多いのが, 「賃金水準を引き上げる」 ,次に多いのが「休日を取りやすくする」, 三番目が「本人の希望を活かした配置」 ,四番目が「仕事と家庭の両立支援策の充実」です。 企業が力を入れていることでは,従業員の方で多かった「賃金水準の引き上げ」の優先順位がかなり 低いのです。一方で,企業側で最も優先度の高い「企業内訓練を実施すること」は,若手社員が希望す る度合いはさほど高くありません。 つまり,企業の側としては,企業内訓練を実施して育成の雰囲気を醸し出すことで,社員に配慮して いる,期待しているというメッセージを示して,若手の帰属意識が高まるというふうに考えているので すが,若手の従業員の方は,企業訓練から,企業が自分たちの帰属意識を高めて期待しているというメ ッセージを読み取ることはなくて,やらされているという捉え方をすることが多いのだと思います。 4 図表5 企業が強化している若手社員の定着対策と若手社員が求めている対策 企業調査 : 強化している若年定着対策 企業内訓練を実施する 従業員調査 27.8 8.1 本人の希望を活かした配慮を行う 19.8 14.7 18.3 若者が職場で話しやすい雰囲気を作る 若年に対し目標管理を実施する 7.1 自己啓発に関する支援制度の実施 9.1 職場の作業環境を改善する 上司によるフォローアップ体制を整備 社員の意見・提案を経営に反映させる 休日をとりやすいようにする 入社時点からの成果主義人事を行う 18.1 18 13.5 16.7 11.8 13.5 18.7 13.3 4.5 賃金水準を引き上げる 12.1 福利厚生を充実させる 11.2 11.8 10.6 採用後の配置でメンターをつける 6.2 業務量を適正化する 10.1 7.4 5.1 7.3 5.3 6.5 2.9 5.1 女性社員を活用する 若年社員の仕事の裁量を高める 人事部によるフォローアップ体制を整備 仕事と家庭の両立支援策を充実させる パワハラ・セクハラのない職場をつくる 42.2 17.7 19.1 4.8 3.2 3.8 5 メンタルヘルス対策を行う 24.1 12.9 11.2 12.7 残業を削減する 24 24 0.5 2.2 キャリアカウンセリング制度を設ける 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 資料出所:労働政策研究・研 修機構編[2007]『若年者の離 職理由と職場定着に関する 調査』 ○若手社員の育成 教育訓練とか育成は,当然,どこまでやるのかという目途がないとなかなか進みにくいと思います。 一つは,自分の会社で一人前と言われるレベルに到達させるということが有力な目途だと思います。 一人前というのは「単独で仕事が出来る」レベルというのが最も多いです。2010 年に私どもの機構 で実施した調査では,機械金属にしても卸売小売サービスにしても 6 割弱です。仕事を進めていく上で 必要な専門知識や技能を身に付けていること,与えられた仕事をきちんとやり遂げるんだという責任感 が必要だと捉えられています。 では,一人前に到達させるための会社による取組みはどのようなものか? 多いのは「やさしい仕事から難しい仕事へと経験させる」ことです。「指導者を決めるなどして計画 に沿ってすすめる OJT」も多くなっています。機械金属では,機械の動作を覚えなければならないので, 「マニュアルを使って進めている」も高くなっています。 メインは,優しい仕事から難しい仕事です。日本のスタイルは,外で何かを習得させるとか,自分で 自己啓発などをさせるのではなくて,とりわけ OJT に力を入れています。 もう一つは,もう一歩踏み込んで,指導担当者を決めて各段階でどれくらい身に付けたか,その都度 チェックしていく方法です。計画に沿って進める OJT で,取り入れる企業が多くなっています。 図表6 若手社員育成に向けての取組み 機械・金属関連 46.6 56.4 37.1 13.7 51.0 43.0 23.8 34.4 27.4 指導者を決めるなどして計画にそって進めるOJT 仕事の内容を吟味して、やさしい仕事から難しい仕事へと経験させる 主要な担当業務のほかに、関連する業務もローテーションで経験させる 新規の業務にチャレンジさせる 作業標準書や作業手順書(マニュアル)を使って進めている 職場における 改善・提案の奨励 職場における小集団活動・QCサークル等の活動 研修などのOff-JT(職場を離れた教育訓練) 自己啓発活動の支援 (単位:%) 卸売・小売・サービス 35.4 51.8 31.9 13.6 20.9 22.6 - 26.4 24.7 資料出所:労働政策研究・研修機構〔2010〕 「若手社員の育成・能力開発に関する調査」 5 教育訓練の手段は一般に3つと言われていまして,一つは OJT (on the job training)で,もう一つは Off-JT,仕事から離れた訓練です。さらに,Off-JT には,会社の指示で仕事から離れた教育訓練を受け るというものと,もう一つ,働いている人が自分で受けにくる自己啓発活動があります。企業がこれに 対して何かをやるというのが自己啓発支援です。 Off-JT をやっているという会社は,機械金属では 3 分の 1 くらい,卸売小売サービスでは 4 分の 1 くらいです。その中身は,やはり一人前ということで「仕事の遂行能力」,あるいは「仕事に必要な知 識やスキルを身に付けること」に主眼を置いていますので,「仕事や作業を進めるために必要な専門知 識・技能を習得させるために必要なもの」というのが一番多く,次に「4S など仕事をする上で基本的 な心構えを身に付けさせるためのもの」が多くなっています。機械金属の場合は,溶接やクレーン,危 険物取扱などで免許や資格が必要な業務がたくさんありますので,関連した資格を習得させるために Off-JT を活用することが多くなっています。 図表7 若手社員を対象とした「職場を離れた」教育訓練 4S(整理・整頓・清掃・清潔)など、仕事をするうえで基本的な心構えを身につけさせるためのもの OJT では習得が難しい体系的な知識・技能を習得させるためのもの 仕事や作業をスムーズに進める上で必要な専門知識・技能を習得させるためのもの 新たに導入された(導入予定の)設備機器等の操作方法に関する知識・技能を習得させるためのもの 仕事に関連した資格を取得するためのもの グループ・ディスカッション、ワークショップなどの形式で様々な課題について検討していくもの その他 (単位:%) 機械・金属関連 卸売・小売・サービス 44.5 43.7 38.0 36.3 60.4 61.1 27.8 15.1 58.5 39.6 14.8 27.0 2.3 1.9 資料出所:労働政策研究・研修機構〔2010〕 「若手社員の育成・能力開発に関する調査」 では,若手社員を育成していく中で,企業が抱える課題は何か? 1 番目は, 「育成を担う中堅層の従業員が不足しているから」となっています。これは二通りの捉え方 があって,30 代 40 代の社員が存在していないという意味と,30 代 40 代の社員はいても育成を担うこ とができないという意味です。 2 番目が,効果的に若手の教育訓練を行うノウハウが不足しているということです。 3 番目は,若年の正社員に,新しい技能や知識を身に付けようという意欲が不足していることです。 1 番目は指導者の不足,2 番目はノウハウの不足,3 番目は教わる側のやる気の不足です。指導者の 不足には,絶対的に人がいない,資質の持ち主がいないという両方があり,もう一つは,人はいて資質 もあるのだけれども,そういう人に限って忙しく教える時間がないということがあります。 図表8 若手社員の育成がうまくいかない理由 新たに製造現場(職場)に配属される若年技能系正社員が少ないから 技術進歩の速さにベテラン従業員がついていっておらず、指導できないから 育成をになう中堅層の従業員が不足しているから 従業員教育のための予算や施設が不足しているから 従業員が短期的な成果を求められるようになっているから 職場の従業員の数に比べて仕事の量が多すぎるから 若年・正社員に新しい技能や知識を身につけようという意欲がないから 育成・能力開発につながる仕事に若年・正社員を配置することが難しいから 効果的に教育訓練を行うためのノウハウが不足しているから その他 機械・金属関連 28.9 11.1 58.5 15.1 18.7 19.4 35.6 14.1 44.6 3.0 (単位:%) 卸売・小売・サービス 32.7 - 42.6 13.9 20.7 16.5 28.9 10.8 37.0 3.7 資料出所:労働政策研究・研修機構〔2010〕 「若手社員の育成・能力開発に関する調査」 6 ○若手社員の育成に向けた取組みの模索 上手くいっているところとそうでないところは何が違うのか,論理的に検討した研究が,東大教授の 中原淳さんがまとめた『職場学習論』の中に収められています。 中原さんが指摘するのは,教育訓練や育成能力開発を目的とした取組みだけが育成や能力開発につな がるのではなく,若手の従業員が,支援を受けている,サポートを受けているという認識をしているか どうかが,育成や能力開発を左右するということです。 支援の種類は 3 つです。 図表9 職場における「学び」をめぐる環境 分かりやすいのは業務的支援 といって,仕事が難しかったり出 来なかったりしたときにサポー トしてくれるということです。 互酬性 規範 精神支援 それから,怒られて落ち込んだ 時に慰めてくれるなど,精神的な 互酬性 規範 上司 内省支援 上位者 支援です。息抜きや飲みに付き合 ってくれるといったこともあり 内省支援 内省支援 ます。 もう一つは内省的支援と呼ば れるもので,単に慰めてくれたり 仕事を手伝ってくれたりという 同僚・同期 業務支援 成功経験談 信頼 だけではなく,その若手社員が, 互酬性 規範 失敗経験談 信頼 何が出来て何が出来ていないか を指摘してくれて,若手自身が, 自分はこれをしなくてはならな 社会関係資本 資料出所:中原淳[2010], 「職場学習論」148 ページ いと考える機会を与えてくれる かどうかです。上司が精神的な支援をしたり振り返りのきっかけとなるように支援する,先輩が内省の 支援をする,同僚や同期が振り返りの支援をしたり仕事を手伝ってくれたりすることが,若手社員の能 力が向上したという感覚につながっていきます。 また,職場の人に対する信頼感や職場のメンバーが助け合って仕事をしているという互酬性,お互い に報酬を与えあうという感覚があるときに支援の認識を得やすく,能力向上につながっていきやすいと, 中原さんは言っています。 【 「見える化」の取組みと企業における育成の取組み】 企業の取組みと若手の社員の能力開発を良いほうに作用させる可能性があるものとして,見える化と いう取組みを挙げることができます。見える化というのは,自分のところの事業活動を進める上で,あ る従業員にこういうことをやってほしいということを明らかにすることです。 例えば,能力評価シートがあります。会社で事業を行うために必要な作業を挙げて,その中で何が必 要になるかを職務遂行の基準として挙げ,これがどの位のレベルに達すればいいのかを示します。必要 な能力と併せて,どうすればそのレベルに達するかを見える化していくということです。 従業員に求められる能力をどの程度見える化しているかによって,企業の育成能力開発の取組みがど の程度違ってくるのかということを示したアンケート結果があります。 サービス業をみていきますと,必要な能力を「非常に明確化している」ところでは, 「指導者を決め 7 て計画に沿った育成能力開発を積極的に行っている」企業の割合が 64.9%なのに対して,「あまりある いは全く明確化していない」企業では 22.2%に止まります。 製造業で見ていきますと, 「社員による勉強会と提案発表会」が非常に明確化しているところとあま り明確化していないところで 30 ポイントくらい差があります。明確化を進めている企業のほうが,よ り積極的に教育訓練に取り組む傾向が強いということがいえます。従業員が事業を進める上で,必要な 能力を明確にして,どのようなところが足りないかなどの評価をして見つめていくことは,何を能力開 発していけばいいのか,何を育成していけばいいのか,といったターゲットが定まりやすいので,いろ いろな施策を打つことができるのだろうと思います。 ○おわりに ここに来る前に広島の会社でインタビュー調査をしてきたのですが,その会社では,最近の若者は甘 やかされ過ぎていると言って,見える化のようなことはあえてしていないのです。うちみたいな会社は, 環境によってどうなるかわからないので,キャリアの約束を裏切った時の幻滅を考えると,しないほう が良いということでした。だけど,社員が,自分で何を勉強すべきかを考える機会を与えたり,安定的 に雇用を維持することに関しては,会社の責任でやるのだとおっしゃっていました。 ただ,職業能力的にずぶの素人である若年者がいきなり自立的に物を考えられるわけでもないので, 最初の数年は指導や配慮が必要だと思います。どこかの時点で自立的にものを考えたりキャリア形成を 展開したりということに切り替えていくタイミングとか,自立と支援のバランスを考えることが,若手 社員から中堅にいくところで必要になってくると考えています。 本日私が話していたことが,皆様の組織で,若手社員の定着とか育成に関して検討されたり,研鑚を 深めたりといったことの一助になればよいかなと思います。 ご清聴ありがとうございました。 本稿は,平成 25 年度広島県労働大学で の講演の要旨をまとめたものです。 8