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漫画作品にみる「図書館の自由」

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漫画作品にみる「図書館の自由」
漫画作品にみる「図書館の自由」
~「利用者の秘密」を漏洩する図書館員~
Intellec tual Freedom of Libr ary in Japanese Comics
山口真也
([email protected])
はじめに
筆者は本誌第5巻1号掲載論文「漫画作品に見る学校図書館職員のイメージ」において、
学校図書館を中心に図書館と図書館員がメディアにおいてどのような役割を果たしてきたか、
と い う こ と を 、 漫 画 作 品 を 例 に と っ て 調 査 ・分 析 し た 1 。 そ の 結 果 、 メ デ ィ ア の 中 で 学 校 図 書
館 員 が 行 う サ ー ビ ス と は 「 利 用 者 を 注 意 す る 」「 図 書 委 員 の 指 導 」「 貸 出 」 な ど の 「 図 書 館 の
管理者」としての仕事に集中し、図書館司書としての「情報の専門家」あるいは司書教諭と
しての指導的相談的な役割についてはほとんど触れられていないことが明らかとなった。な
か で も 特 に 興 味 深 い こ と は 、「 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 宣 言 」 2 や「 図 書 館 員 の 倫 理 綱 領 」 3 に 明
記 さ れ て い る「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 役 割 ・職 務 に つ い て は 、作 品 中 で 触 れ ら れ て い な
い だ け で な く 、反 対 に「 秘 密 を 漏 洩 す る 」と い う 役 割 が 多 く 描 か れ て い る と い う 点 で あ っ た 。
しかも、漫画作品内の漏洩行為は、ストーリー展開上の重要な行為として描かれるケースが
多く見られた。読者への影響を考慮するなら、こうした職員による漏洩行為が、不用意に、
しかも繰り返し描かれることは、図書館界にとって大きな問題であろう。
と こ ろ で 、前 回 の 調 査 時 で は 、学 校 図 書 館 が 登 場 す る 作 品 を 中 心 に 、1990 年 代 以 降 、合 計
311 作 品 の み を 考 察 の 対 象 と し た だ け で あ っ た 。 そ の 後 の 調 査 に よ り 、 図 書 館 あ る い は 図 書
館 職 員 が 登 場 す る 漫 画 作 品 を 、古 く は 1967 年 か ら 2001 年 に 発 表 さ れ た 作 品 ま で 、合 計 1784
作 品 収 集 す る こ と が で き た 4 。1 ヶ 月 に 約 500 冊 (種 )の 単 行 本 が 出 版 さ れ る と 言 わ れ て い る 国
内のコミック市場において、まだまだすべての作品を調査値対象としたとは言えない状況で
はあるが、前回の分析時よりもさらに綿密な分析が可能となったことは確かである。追加調
査 の 中 で 、い く つ か の 興 味 深 い 事 例 も 新 た に 発 見 す る こ と が で き た 。研 究 の 途 中 で は あ る が 、
本論文では、漫画作品における図書館員の問題行動について、図書館員の利用者に対する責
任の一つである「図書館は利用者の秘密を漏らさない」という視点から考察してみたい。
1. 研 究 の 方 法
1. 1 調 査 の 対 象
漫 画 と は「 絵 、ま た は 絵 と 台 詞 に よ っ て 表 現 さ れ る 物 語 5 」で あ る 。本 研 究 で は 、こ の 定 義
に該当する作品のうち、現代文明を舞台としない歴史漫画を除く全てのジャンルの作品を対
象 と し た 。な お 、日 本 の 漫 画 作 品 は 単 行 書 (コ ミ ッ ク )と し て 発 表 ・集 成 さ れ る こ と が 多 い 。入
手のしやすさを考え、ここでは単行書を中心に調査を行った。
1. 2 調 査 ・ 分 析 の 方 法
幅 広 い ジ ャ ン ル の 作 品 を 収 集 す る こ と を 目 的 と し 、 ま ず 、『 出 版 年 鑑 』 (出 版 ニ ュ ー ス 社 )
と 、『 オ リ コ ン 年 鑑 』(オ リ コ ン )に 掲 載 さ れ た コ ミ ッ ク 売 上 部 数 上 位 10 作 品 と 話 題 作 の う ち 、
山 口 真 也 著 「 漫 画 に み る 学 校 図 書 館 と 学 校 図 書 館 職 員 の イ メ ー ジ 」『 沖 縄 国 際 大 学 日 本 語 日 本 文 学
研 究 』 第 5 巻 1 号 , 2000.10
2 1954 年 日 本 図 書 館 協 会 全 国 図 書 館 大 会 採 択 、 1979 年 改 訂
3 1980 年 日 本 図 書 館 協 会 総 会 採 択
4 2000 年 代 130 作 品 、 1990 年 代 844 作 品 、 1980 年 代 554 作 品 、 1970 年 代 246 作 品 、 1960 年 代 10
作 品 。 作 品 名 は 「 図 書 館 漫 画 ホ ー ム ペ ー ジ 」 (http://www.geocities.co.jp/Bookend/7566/home.html)
参照
5 松 村 明 ほ か 監 修 『 新 辞 林 』 三 省 堂 , 1998, p1800
1
1
1.1 の 考 察 対 象 と な る 作 品 を 収 集 し た 6 。次 に 、イ ン タ ー ネ ッ ト 上 の 掲 示 板 7 に て 情 報 を 募 集 し 、
寄 せ ら れ た 情 報 と 上 記 調 査 か ら 明 ら か に な っ た 著 者 名 等 を 手 が か り に 、書 店 ・漫 画 喫 茶 の 在 庫
から、図書館と図書館員の登場場面の有無を調査した。ここで言う「図書館」とは「資料を
収 集・整 理・保 存 し 、利 用 者 に 提 供 す る 」機 関 、「 図 書 館 員 」と は「 図 書 館 に 働 く す べ て の 職
員 の 総 称 」 8 (臨 時 職 員 、 司 書 教 諭 を 含 む )と 定 義 し た 。 た だ し 、 学 校 図 書 館 員 に つ い て は 、 学
校 図 書 館 業 務 を 主 と す る 人 物 で あ る こ と を 要 件 と し 、 授 業 を 担 当 し な が ら 図 書 担 当 係 (委 員 )
をとつとめる「係教諭」や「図書委員」は含まない。
なお、上記作品のうち、同一タイトルの下でコミック複数巻にまたがって出版される作品
と 、い わ ゆ る「 4 コ マ 漫 画 」に つ い て は 総 合 タ イ ト ル を 1 作 品 と し 、「 短 編 集 」と し て 1 巻 の
中に複数話が収録される作品群については、各話を1作品として集計した。以上の調査の結
果 、 2001 年 9 月 30 日 現 在 ま で に 1784 作 、 1908 館 の 図 書 館 、 447 人 の 図 書 館 員 を 収 集 す る
ことができた。その内訳は表1、表2の通りである。
表1
漫画作品に登場する図書館数
(年 代 別 ・館 種 別 ) 9
館種
2000年 代 1990年 代 1980年 代 1970年 代 1960年 代 合 計
年代
公共
31
197
161
70
2
461
高校
66
410
250
109
2
837
中学
19
96
63
38
1
217
学校 小学
4
32
10
7
0
53
不明
6
32
19
11
0
68
合計
95
570
342
165
3 1175
大学
4
74
44
8
1
131
国内
1
5
2
1
2
11
国立 海外
2
8
5
1
0
16
合計
3
13
7
2
2
27
専門
4
42
23
3
2
74
不明
3
21
8
9
0
41
合計
140
917
585
257
10 1909
表2
漫画作品に登場する図書館員数
(年 代 別 ・館 種 別 )
館種
2000年 代 1990年 代 1980年 代 1970年 代 1960年 代 合 計
年代
公共
14
106
52
19
0
191
高校
9
65
35
0
0
125
中学
0
15
10
5
0
30
学校 小学
0
1
0
0
0
1
不明
0
3
0
0
0
3
合計
9
84
44
21
0
158
大学
1
30
14
1
0
46
国内
1
5
3
0
0
12
国立 海外
1
9
4
1
0
15
合計
2
14
7
1
0
27
専門
4
10
5
0
0
19
不明
1
2
2
1
0
6
合計
31
246
124
43
3
447
6
7
8
9
『 出 版 年 鑑 』『 オ リ コ ン 年 鑑 』 に コ ミ ッ ク 売 上 情 報 が 掲 載 さ れ る の は 1990 年 代 以 降
「 YAHOO 掲 示 板 」 http://messages.yahoo.co. jp/yahoo/、「 goo 掲 示 板 」 http://goo.ne.jp/
日 本 図 書 館 学 会 用 語 辞 典 編 集 委 員 会 編 『 図 書 館 情 報 学 用 語 事 典 』 丸 善 , 1997, p148
1 作 品 に 複 数 館 種 の 図 書 館 が 登 場 す る こ と が あ る た め 、 調 査 作 品 数 「 1784」 と は 一 致 し な い 。
2
1. 3 図 書 館 員 の サ ー ビ ス ・行 動
次 に 、 漫 画 1784 作 品 に 登 場 す る 図 書 館 員 が 作 品 中 で ど の よ う な 業 務 に 従 事 し て い る か と
いうことを紹介してみよう。表3は、調査対象とした漫画作品中に登場する図書館職員の業
務 ・館 内 で の 行 動 を 調 査 し た 結 果 で あ る 1 0 。漫 画 で は 、図 書 館 員 の 仕 事 と し て 館 内 で の 騒 音 に
対 し て「 利 用 者 を 注 意 」す る と い う 行 動 が 描 か れ る こ と が 最 も 多 く 、次 に「 貸 出 」「 カ ウ ン タ
ー の 番 」「 排 架 ・書 架 整 理 」が 続 い て い る 。一 方 、近 年 注 目 さ れ て い る「 情 報 サ ー ビ ス (レ フ ァ
レ ン ス ・情 報 検 索 サ ー ビ ス )に つ い て み る と 、 公 共 図 書 館 や 大 学 図 書 館 で は 若 干 確 認 で き る も
のの、学校図書館では1場面も描かれていない。学校図書館員については、特に「情報の専
門家」というイメージは希薄であり、前回の調査時とほぼ同じ結果となった。
本 論 文 に お い て 考 察 の 対 象 と な る「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 行 為 は 、表 3 で は 、「 利 用
記録の調査」として集計している。ここで言う「利用記録の調査」とは、利用者のプライバ
シ ー に あ た る 情 報 (貸 出 記 録 や 個 人 情 報 )に つ い て の 照 会 に 対 し て 図 書 館 員 が 答 え る と い う 行
動 ・サ ー ビ ス を 指 す 。さ ら に 、「 不 注 意 に よ る 漏 洩 」や「 利 用 記 録 の 目 的 外 利 用 (個 人 的 な 使 用 )」
も あ わ せ て 集 計 す る と 、 そ の 数 値 は 「 39」 と な り 、 図 書 館 員 の 全 て の 行 動 の 中 で 5 番 目 に 多
く描かれている。こうした結果は、全体の前回の学校図書館を対象とする調査結果とほぼ同
様 で あ り 1 1 、漫 画 作 品 に お い て 、「 利 用 記 録 の 調 査 」と い う 行 動 が 、図 書 館 員 の 一 つ の 重 要 な
サービスとして認識されていることが分かるだろう。図書館員は「利用者の秘密を守る」存
在ではなく、むしろ積極的に「ばらす」存在であることが確認できる。結論を先に言えば、
漫 画 作 品 の 中 で 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 職 業 倫 理 に 対 し て 忠 実 に 行 動 す る 図 書 館 員 が
描かれることはほとんどないのである。
表3
図 書 館 員 の サ ー ビ ス ・行 動
館種
サ ー ビ ス ・行 動
利用者を注意
貸出
カ ウ ン タ ー 当 番 (居 眠 り を 含 む )
排 架 ・書 架 整 理
利 用 記 録 の 調 査 (不 注 意 に よ る 漏 洩 ・
個人的利用を含む)
蔵 書 検 索 ・所 蔵 調 査 ・排 架 場 所 の 案 内
情報サービス
閉館準備
図書委員の指導
資料の受け渡し
資 料 収 集 ・除 籍
読 書 案 内 ・相 談
予 約 ・リ ク エ ス ト
資料整理
同僚を注意
図書委員を注意
相互貸借
入 館 手 続 き ・審 査
複写
図書館便りの作成
レフェラルサービス
開館準備
清掃
読書調査
公共
46
54
35
31
(館 種 別 / 合 計 順 )
学校
大学 国立 専門 不明 合計
高校 中学 小学 不明 合計
51
7
0
1
59
9
1
1
1 117
20
4
1
1
26
11
0
2
1
94
14
3
0
0
17
11
2
1
1
67
13
1
0
0
14
3
0
1
0
49
14
14
1
1
0
16
8
1
0
0
39
21
8
16
0
5
6
7
6
2
2
0
3
2
1
1
2
0
1
1
6
0
7
19
2
4
0
3
5
5
4
0
0
0
1
0
1
0
0
0
0
4
4
0
2
0
0
0
0
3
0
0
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
6
0
11
23
2
6
0
3
5
5
7
0
0
1
1
0
1
0
0
5
9
3
0
2
2
1
0
0
0
0
2
0
0
0
0
0
0
0
3
5
0
0
4
0
0
0
1
0
0
0
2
1
0
0
0
0
0
1
9
0
0
3
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
2
0
0
0
0
0
1
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
0
38
31
30
23
16
15
9
9
8
7
7
5
4
3
2
2
1
1
1
同 一 職 員 が 一 場 面 に て 複 数 種 の サ ー ビ ス を 行 う 場 合 は 、主 な サ ー ビ ス 二 つ を 集 計 し た 。カ ウ ン タ ー
に座っているだけの行動については「カウンターの番」として集計した。
11 山 口 真 也 著 「 漫 画 に み る 学 校 図 書 館 と 学 校 図 書 館 職 員 の イ メ ー ジ 」
『沖縄国際大学日本語日本文学
研 究 』 第 5 巻 1 号 , 2000.10, p15
10
3
図書館実習生の指導
催 し 物 の 企 画 ・準 備
利用方法の案内
読み聞かせ
合計
1
1
1
1
268
0
0
0
0
169
0
0
0
0
30
0
0
0
0
2
0
0
0
0
2
0
0
0
0
203
0
0
0
0
66
0
0
0
0
20
0
0
0
0
19
0
0
0
0
6
1
1
1
1
582
2. 図 書 館 員 の 問 題 行 動
2. 1 「 問 題 行 動 」 の 定 義
漫 画 作 品 に み る 447 人 の 図 書 館 員 に つ い て 、 そ の サ ー ビ ス ・言 動
を調査し、その問題性について考えてみよう。
一口に「図書館員の問題行動」といっても、その内容は様々であ
る 。例 え ば 、『セーラー服 心 中 』と い う 漫 画 作 品 の 中 に は 、図 書 館 員 が
カ ウ ン タ ー で 居 眠 り を し て 、「 お じ さ ん 、ま た 寝 て る … … 」と 利 用 者
に 評 価 さ れ る 場 面 が あ る 12。 図 書 館 員 = い つ も 居 眠 り を し て い る 人
図 1 『教師にやらせ
=暇な人、というイメージの連想が背景にあるとすれば、こうした
な ! 』©酒 井 美 羽 / 角 川
図 書 館 員 ば か り が 描 か れ る こ と は 問 題 で あ ろ う 。ま た 、『教 師 にやら
書店
せな!』(図 1)で の 「 司 書 の 立 場 を 利 用 し て 自 分 の 好 き な ホ モ 系 ジ ュ
ニ ア 文 庫 を 仕 入 れ て る 1 3 」 職 員 の 行 動 に つ い て は 、「 恣 意 的 な 選 書 」
と い う 問 題 も 見 ら れ る 。 こ の ほ か 、 『ALEXANDRITE』(図 2)の ア ル バ
イ ト 職 員 が 友 人 の 宿 題 た め に 、「 み ん な 調 べ に 殺 到 し て る わ 」「 こ っ
そ り よ け と い た ん だ か ら 1 4 」「 は い 、こ れ 関 連 の 本 」と 、図 書 の 取 り
置 き を す る シ ー ン や 、 『天 才 柳 沢 教 授 の生 活 』の 大 学 図 書 館 「 司 書 」
が、推薦図書を探しに来た利用者を「うっとうしい」という理由で
「 う る さ い わ ね 15」 と あ し ら っ て い る シ ー ン な ど も 、 利 用 者 に 対 す
る平等な対応とは言い難い。
ただし、これらの行動については、必ずしも図書館員の専門的な
職務と結びついているわけではない。居眠りや個人的な趣味を満足
図 2 『 ALEXANDRITE 』
さ せ る た め の 業 務 、 サ ー ビ ス 対 象 へ の 差 別 的 な 扱 い (ま た は 依 怙 贔
©成 田 美 名 子 / 白 泉 社
屓 )は 、他 の 職 種 に も 共 通 し た 問 題 行 動 で あ る 。さ ら に 言 え ば 、漫 画
作 者 の 側 に は 、こ う し た 一 連 の 問 題 行 動 に つ い て 、「 や っ て は い け な
い こ と だ か ら こ そ お も し ろ い 」と い う 発 想 が あ る よ う に 思 わ れ る 。受 け 手 と な る 読 者 の 側 も 、
同 様 に 、「 冗 談 」や「 誇 張 」と い う 表 現 の 一 つ と し て 、作 者 の メ ッ セ ー ジ と し て 受 け 取 っ て い
るだろう。よって、これらの行動は、作品中ではもちろん問題となる行動ではあるが、本稿
が以下において主に取り上げ、論じるべき「問題行動」ではない。では、どのような行動が
「問題行動」なのか?
こ こ で 言 う「 問 題 行 動 」は 、「 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 宣 言 」や「 図 書 館 員 の 倫 理 綱 領 」な ど
に規定された図書館員のあるべき姿が、漫画作品の中で、全く無意識に歪められた形で描か
れ て い る ケ ー ス を さ す 。つ ま り 、「 問 題 行 動 」と は 、誇 張 や 冗 談 と い っ た 漫 画 特 有 の 表 現 方 法
で描かれた問題行動ではなく、作者やその受け手である読者との間に問題意識が全く存在せ
ず 、 図 書 館 員 の 行 動 と し て 特 に 問 題 と は 考 え ら れ て い な い (と 推 測 で き る )事 例 を 意 味 し て い
る。
2. 2 「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」 と は ?
では、具体的にどのような行為がここで言う「問題行動」に当たるのか。本稿で注目した
い行動は「利用者の秘密を守る」という「図書館員の倫理」に関連する行動である。言うま
12
13
14
15
山 崎 み ち よ 著 『 セ ー ラ ー 服 心 中 』 講 談 社 , 1995, p3
酒 井 美 羽 著 『 教 師 に や ら せ な ! 』 角 川 書 店 , 1997, p67
成 田 美 名 子 著 『 ALEXANDRITE』 4 巻 ,白 泉 社 , 1993, p173
山 下 和 美 著 『 天 才 柳 沢 教 授 の 生 活 』 11 巻 , 講 談 社 , 1997, p163
4
で も な く 、 図 書 館 に お け る 各 種 の 行 動 記 録 (利 用 記 録 )は 、 利 用 者 個 人 の 高 度 な プ ラ イ バ シ ー
に属する。例えば、女性的な趣味を持つ男性がいるとして、その男性が編み物の本や、料理
の本を人前で読むのはやはり抵抗があるだろう。人に知られたくない病気について悩んでい
る利用者が、その症状について詳しく知るために図書館にある医学入門書を読むこともある
だろう。
もし、他人には知られたくない読書内容が、簡単に第三者に知られてしまうような図書館
が存在するとすればどうなるだろう。当然ながら、利用者は、その図書館を全く利用しなく
なるか、もしくは、その図書館では人に知られても問題のない、当たり障りのない資料しか
利用しなくなるはずである。つまり、利用者の読書行動が歪められてしまう可能性が高いの
で あ る 。こ う し た 状 態 で は 、「 知 る 自 由 」を 保 障 す る と い う 図 書 館 と し て の 本 質 的 な 機 能 を 全
く果たすことができない。すなわち、図書館における利用者の様々な行動の中には、他人に
知られたくない行動を含む場合があり、図書館員は、本人の承諾なしに、利用者の秘密を第
三者へと開示することは許されないのである。
な お 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」 と い う 行 動 規 範 に つ い て は 、「 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 宣 言 」
や 「 図 書 館 員 の 倫 理 綱 領 」 に も 明 記 さ れ て い る 。 具 体 的 に は 、「 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 宣 言 」
の解説書にて、以下の項目についての、利用者に無断での情報開示と目的外使用が禁止され
て い る 16。 本 稿 で は 、 以 下 の 5 つ の 項 目 に つ い て 、 漫 画 作 品 に み る 図 書 館 員 の 問 題 行 動 を 考
えてみたい。
1) 利 用 者 の 氏 名 、 住 所 、 勤 務 先 、 在 学 校 名 、 職 業 、 家 族 構 成 な ど
2) い つ 来 館 (施 設 を 利 用 )し た か と い う 行 動 記 録 、 利 用 頻 度
3) 何 を 読 ん だ か と い う 読 書 事 実 、 リ ク エ ス ト お よ び レ フ ァ レ ン ス 記 録
4) 読 書 傾 向
5) 複 写 物 入 手 の 事 実
「利用者の秘密」を漏洩する図書館員
既 に 述 べ た よ う に 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 図 書 館 員 の 倫 理 は 、漫 画 作 品 の 中 で ほ と
んど描かれておらず、反対に「利用記録の調査」という形で描かれることが多い。つまり、
「利用記録の調査」とは、上記の5項目に関して、図書館員が利用者からの依頼に対して貸
出 記 録 等 の 情 報 を 開 示 す る と い う 行 為 、 ま た は 、 図 書 館 の 業 務 と は 無 関 係 に (目 的 外 で )使 用
す る 行 為 を 意 味 し て い る 。以 下 、「 利 用 者 の 秘 密 を 漏 洩 す る 」図 書 館 員 の 行 動 と そ の 問 題 点 を 、
作品ごとに詳しく考察してみよう。
3.
3. 1 貸 出 記 録 の 漏 洩
図 書 館 に お い て 、貸 出 の 際 に 管 理 さ れ る 様 々 な デ ー タ は 、「 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 宣 言 」の
中でも、その管理が最も重視されている「読書事実」の一つである。貸出記録は個人の興味
関 心 を 直 接 的 に 示 す も の で あ り 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 図 書 館 員 の 職 務 の 中 で 最 も 重
要なものと考えられている。漫画作品の中で描かれている図書館員による貸出記録の第三者
への漏洩行為は、いくつかのパターンに分けることができる。
(1) 貸 出 記 録 に よ る 人 捜 し ・犯 人 捜 し
事件解決をテーマとするいわゆる「ミステリー作品」には、主人公が図書館の貸出記録を
ヒ ン ト に 、人 捜 し や 事 件 を 解 決 す る た め の 推 理 、「 謎 解 き 」が し ば し 描 か れ て い る 。当 然 な が
ら、こうした「謎解き」は、ミステリー作品において最も重要な場面の一つである。また、
「人捜し」のために図書館の貸出記録が使用される場面は、テレビドラマや小説などでもた
び た び 描 か れ て い る と い う 報 告 も あ る 1 7 。「 図 書 館 員 の 倫 理 」に 対 す る 理 解 が 、一 般 に は ま っ
日 本 図 書 館 協 会 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 調 査 委 員 会 編『 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 宣 言 1979 年 改 訂 解 説 』
日 本 図 書 館 協 会 , 1987, p29
1 7 森 村 誠 一 著 『 凶 水 系 』 (1975 年 『 週 刊 実 話 』 連 載 )、
『 ぴ あ の 』 (N H K 朝 の 連 続 テ レ ビ 小 説 , 1994
16
5
たく定着していないことが分かるだろう。
例 え ば 、『金 田 一 少 年 の事 件 簿 』(図 3)で は 、事 件 解 決 の 鍵 と な る
本に貸出カードがないことを不審に思った主人公が職員に問い合
わ せ た と こ ろ 、「 そ の 本 で し た ら 、3 週 間 前 か ら 3 年 生 の 桜 樹 る い
子 さ ん が 借 り て い る ハ ズ で す よ 」1 8 と 返 答 す る 場 面 が 描 か れ て い る 。
その言葉を手がかりに、主人公は「桜樹るい子」が殺害した犯人
がその本をこっそり図書室に戻しておいたことを悟り、物語は事
件 解 決 へ と 大 き く 動 き 出 す 19。
『 図 書 館 の 自 由 と は 何 か 』2 0 や 、図 書 館 大 会 の「 図 書 館 の 自 由 に
関 す る 宣 言 ・ 移 動 展 示 」 2 1 に お い て 問 題 性 が 紹 介 さ れ て い る 『探 偵
日 記 』(図 4)も ま た そ う し た パ タ ー ン の 一 つ で あ る 。 あ る 日 、 主 人
公が図書館から『白昼の誘拐魔』というミステリー小説を借り出
してみると、一部のページが切り取られていた。翌日、書店で買
っ た 同 じ 本 と 切 り 抜 き 部 分 を 比 べ て み る と 、「 息 子 は 預 か っ た 」
「 警 察 に は 知 ら せ る な 」「 2790 万 円 用 意 し て 連 絡 を 待 て 」 と い う
文字の部分が切り抜かれていることが判明する。図書館の本を切
り抜いた人物が誘拐をたくらんでいるのでは?、と不審に思った
主 人 公 と そ の 知 人 は 、『 白 昼 の 誘 拐 魔 』を 過 去 に 借 り 出 し た 帯 出 者
氏名を図書館員に尋ねる、というシーンである。なお、作品中に
て、図書館員は「図書館の個人データにも秘密保持の原則があり
ま す の よ 」2 2 と 答 え て お り 、こ の 作 品 に つ い て は 貸 出 記 録 が 利 用 者
のプライバシーであることに対する理解は見られるようだ。
ミ ス テ リ ー 作 品 『黒 の輪 舞 (ロ ン ド ) 』(図 5)で も ま た 、 学 園 で 起 こ
った殺人事件を追う主人公が貸出記録を図書館員に照会する場面
が描かれている。作品の中で、主人公は、一連の事件が、図書館
で偶然見つけたある魔術の本に関連しているのでは、と考える。
しかし、後日図書館に行くとその本は書架から消えていた。自分
の行動を察した犯人が本を借り出した、と考えた主人公は図書館
員にその帯出者氏名を尋ねる。これに対して、図書館員は「貸出
禁 止 で す よ 、誰 か が 借 り た な ん て こ と は … … 」2 3 と 答 え る だ け で あ
る。結果として、貸出記録が開示されることはないが、それは、
たまたま、照会された資料が「貸出禁止」であったからであり、
利用者の秘密を守ることが優先されたからではない。本作品にお
いてもまた、図書館員に帯出者氏名を聞き出すことが「図書館員
の倫理」に反することであるという認識は全く見られない。
この他、図書館員自らが探偵役として貸出記録を漏洩する物語
も あ る 。例 え ば 、『ハーフ&ハーフ』(図 6)で は 、図 書 館 内 で 起 こ っ た
殺 人 事 件 を 解 決 す る た め に 、図 書 館 員 が (積 極 的 に )貸 出 記 録 を 警 察
関 係 者 に 開 示 す る 場 面 が 描 か れ て い る 。「 毎 日 傾 向 の 異 な る 、そ れ
図 3 『 金 田 一 少 年 の事
件 簿 』 ©金 成 陽 三 郎 ・さ
とうふみや/講談社
図 4 『 探 偵 日 記 』 ©く
ぼた尚子/白泉社
図」」
5『
『図
黒書
の輪
舞利
(ロンド)』
年 4 月 放 送 )な ど 。 詳 し く は 、 馬 場 俊 明 著 「 フ ィ ク シ ョ ン の な か の 「 読 書 の 自 由
館は
用者
の 秘 密 を 守 る 』 (図 書 館 と 自 由 第 9 集 )日 本 図 書 館 協 会 , 1988, p57­76 参 照 ©松 本 洋 子 / 講 談 社
1 8 金 成 陽 三 郎 ・さ と う ふ み や 著 『 金 田 一 少 年 の 事 件 簿 』 第 5 巻 , 講 談 社 , 1993, p32­22
1 9 本 作 品 は テ レ ビ ド ラ マ 化 (『 春 満 開 ! サ ス ペ ン ス
金田一少年の事件簿-学園七不思議殺人事件』
日 本 テ レ ビ , 1995 年 放 送 )、 ア ニ メ 化 (『 金 田 一 少 年 の 事 件 簿 学 園 七 不 思 議 殺 人 事 件 』 日 本 テ レ ビ ,
1997 年 放 送 )さ れ て い る が 、 ス ト ー リ ー が 若 干 変 更 さ れ て お り 、 主 人 公 が 図 書 室 で 調 べ 物 を す る シ ー
ンはカットされている。
2 0 日 本 図 書 館 協 会 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 調 査 委 員 会 編 『 図 書 館 は 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 』 (図 書 館 と 自
由 第 9 集 )日 本 図 書 館 協 会 , 1988, p66
21 日 本 図 書 館 協 会 作 成 パ ネ ル 『 な ん で も 読 め る
自 由 に 読 め る !?』 2000 年 度 全 国 図 書 館 大 会
2 2 く ぼ た 尚 子 著 『 探 偵 日 記 』 第 2 巻 , 白 泉 社 , p148­151
2 3 松 本 洋 子 著 『 黒 の 輪 舞 (ロ ン ド )』 講 談 社 , 1983, p71
6
も人気のない本ばかりを一冊ずつ借りていく」利用者数人の行動
を不審に思った図書館員は、これまでの貸出データを調べ、彼ら
が本を借りる際には、必ず貸し出しカウンターにある男性職員が
い る こ と を 明 ら か に す る 。こ の 男 性 職 員 は「 LSD(幻 覚 剤 )」の や り
とりに図書の貸出サービスを悪用しており、そのことが女性職員
に 知 ら れ て し ま い 、殺 人 を 犯 し て い た の で あ る 2 4 。結 果 と し て 、図
書 館 員 に よ る 情 報 提 供 は 犯 人 探 し に は 大 い に 役 に 立 っ た が 、「 図
書館の自由に関する宣言」では、利用者の貸出記録を外部に開示
す る た め に は 、「 憲 法 第 35 条 に も と づ く 令 状 を 確 認 」 す る こ と を
条件としており、捜査目的であっても、安易な情報開示は認めら
れていない。
図 書 館 を 舞 台 と す る オ カ ル ト 作 品 『幻 境 図 書 館 』(図 7)で は 、貸 出
記 録 の 漏 洩 に つ い て 一 定 の 作 者 の 問 題 意 識 は 確 認 で き る 。例 え ば 、
「第 3 話 呪われた本」では、読んだ人間を不幸にすると噂され
る 『 白 魔 術 の 実 践 』 と い う 本 の 行 方 を 心 配 す る 利 用 者 (白 魔 術 師 )
と 職 員 と の 間 で 次 の よ う な 会 話 が 描 か れ て い る (図 8) 2 5 。
白 魔 術 師 (利 用 者 )「『 白 魔 術 の 実 践 』 と い う 本 を 捜 し て い る ん だ
が…」
主 人 公 (図 書 館 員 )「 た だ い ま 貸 出 中 で す 」
白 魔 術 師 「 な に っ 」「 ど こ の 誰 が 借 り て い っ た ん だ ! 」
主人公「利用者のプライバシーに関することはお答えできない
ことに…」
白 魔 術 師「 そ こ を な ん と か 教 え て く れ 」「 早 く し な い と た い へ ん
なことになるんだ!」
主 人 公 「 い か な る 2 6 事 情 が あ ろ う と も 」「 あ な た だ け 特 別 扱 い と
いうわけにはまいりません」
白魔術師「くっ……」
つまり、本作品では、貸出記録が個人の秘密を含む個人情報であ
り、それを守ることが図書館員の仕事であることが作品中におい
て 描 か れ て い る の で あ る 。「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う こ と に 関
して、図書館員の職務が漫画作品内で描かれることは極めて珍し
く、作者の図書館に対する見識は高く評価できるだろう。
し か し な が ら 、こ の 図 書 館 員 は「 第 4 話 髪 の 魔 力 」に お い て 、
「髪切り魔」事件を解決するために、関連する図書の貸出記録を
自ら調べ、その情報を知人である白魔術師に伝えてしまっている
(図 8 )。漏 洩 行 為 の 直 後 に 、図 書 館 員 は「 個 人 情 報 を 利 用 す る な ん
て 図 書 館 司 書 の や る こ と じ ゃ な い な と 思 っ て … … 」2 7 と 反 省 す る 場
面 も 描 か れ て い る が 、作 品 に お い て 、貸 出 記 録 を 守 る こ と よ り も 、
事 件 解 決 を 優 先 さ せ て い る こ と に は 変 わ り な い 。「 利 用 者 の 秘 密
を守る」ことは、図書館員の仕事として描かれてはいるが、残念
ながら、その程度の倫理としてしか描かれていないようだ。この
他、図書館員が登場しない作品においても、貸出記録は人捜しや
犯 人 捜 し の た め に 使 わ れ る 場 面 が 多 く 描 か れ て お り 2 8 、ミ ス テ リ ー
作品にとって、図書館の利用記録は、個人の素性や行動を探る上
図 6 『 ハーフ& ハーフ 』
©杜 野 亜 希 / 白 泉 社
図 7 『幻境図書館』©
河路悠/秋田書店
図 8 『幻境図書館』©
河路悠/秋田書店
杜 野 亜 希 著 「 ハ ー フ & ハ ー フ 」『 別 冊 花 と ゆ め 』 2001 年 6 月 号 , 白 泉 社 , p37­43
2 5 河 路 悠 著 『 幻 境 図 書 館 』 第 1 巻 , 秋 田 書 店 , p120­122
26 原 文 で は 「 い か な 」 と 表 記 さ れ て い る 。 前 後 の 文 章 か ら 「 い か な る 」 の 誤 植 と 判 断 し た 。
2 7 河 路 悠 著 『 幻 境 図 書 館 』 第 1 巻 , 秋 田 書 店 , p178­180
2 8 例 え ば 、岸 本 加 奈 子 著『 闇 か ら の リ ク エ ス ト 』集 英 社 , 1987、岳 倉 り く 著『 LEAF』ラ ポ ー ト , 1996、
など
24
7
で大変便利なツールと考えられていることが分かる。
(2) 貸 出 機 録 が 残 る シ ス テ ム
図書館が貸出サービスの際に、コンピュータやカードなどを通
じて、帯出者氏名、タイトル、返却期限などの貸出記録を管理す
る目的は、図書がいつまで貸し出されているか、ということを把
握することにある。つまり、図書館の貸出記録は、図書を管理す
るためのものであって、個人の読書傾向を管理する目的の下で集
められるわけではない。従って、返却後、つまり、図書を管理す
るという目的を果たした後の貸出記録は、当然ながらコンピュー
タ 上 か ら 消 去 さ れ る べ き で あ り (カ ー ド 式 の 場 合 は 利 用 者 に カ ー
ド を 返 す )、い つ ま で も 貸 出 記 録 を 保 存 し 続 け る 必 要 性 は な い 。よ
く言われるように、貸出記録というものは、図書館内に保管され
て続けている限り、常に漏洩の危機にさらされることになる。コ
ンピュータで管理している場合は特にネットワークを経由しての
侵入者への対策も必要だろう。とすれば、利用者のプライバシー
である貸出記録を最も効果的に「守る」方法とは、必要最低限の
記録のみを保管し、不要になればすぐに消去するということにな
る。
しかしながら、漫画作品の中では、貸出記録は図書館内にいつ
までも残されているという誤解がいくつか見られた。例えば、先
述 の 『探 偵 日 記 』(図 9)で は 、主 人 公 と そ の 知 人 が 、図 書 館 の 本 を 破
った人物を捜すのために帯出者氏名を図書館員から聞き出そうと
する場面が描かれている。先述のように、この図書館員は「秘密
保持」という理由で、その申し出を断っているが、過去の貸出記
録 は 当 然 の よ う に 残 さ れ て お り 、 そ の こ と に 対 す る 説 明 は な い 29。
「当然ですわ」といったセリフは、こうした考えをまったく意識
しないものだろう。
過 去 の 貸 出 記 録 を 使 っ て 殺 人 の 動 機 を 探 る 『ハーフ&ハーフ』に も
ま た 、返 却 後 も 貸 出 機 録 が 残 さ れ て い る シ ス テ ム が 描 か れ て い る 。
詳しい説明はないが、過去の貸出記録を表示するコンピュータ画
面には「貸出日」の他にも「返却日」が表示されており、本シス
テムにおいて返却後もデータが残されていることが確認できる
(図 10)。
貸 出 記 録 が 残 る シ ス テ ム の 問 題 に 関 連 し て 、 上 述 の 『ハーフ&ハ
ーフ』に は 、「 利 用 者 の 名 前 」や「 客 が 過 去 に 借 り た 本 」を「 貸 出 や
返却の手続き」をしている間に覚えてしまう図書館員が登場する
(図 11)。 あ る 利 用 者 か ら 所 蔵 調 査 を 依 頼 さ れ た 際 に 、 こ の 図 書 館
員は「あなたが以前お借りになった『吸着性と親和性』という本
にも関連する項があったはず…」と語り出している。周囲の人物
は彼の言動に対して驚きと感心を示してはいるが、批判や反感を
覚 え る 様 子 は な い 3 0 。し か し な が ら 、そ も そ も 、特 定 個 人 の 貸 出 記
録 を 記 憶 す る こ と は 図 書 館 員 の 仕 事 で は な い し 、( 親 し い 関 係 で
あれば別として)自分の読書傾向を逐一図書館員が把握している
とすれば、利用者は自分の頭の中を覗かれているようであまりい
い気持ちはしないだろう。業務上、個人の読書傾向を記憶する必
要があったとしても、図書館員はそれを不用意に利用者に伝える
図 9 『 探 偵 日 記 』 ©く
ぼた尚子/白泉社
図 10(上 )、11(下 ) 『 ハー
フ&ハーフ』 ©杜 野 亜 希 /
白泉社
図 13 『 図 書 室 の彼 』©
29
30
藤野真理/集英社
く ぼ た 尚 子 著 『 探 偵 日 記 』 第 2 巻 , 白 泉 社 , p150
杜 野 亜 希 著 「 ハ ー フ & ハ ー フ 」『 別 冊 花 と ゆ め 』 白 泉 社 , 2001 年 6 月 号 , p17
8
ことがあってはならない。
1998 年 に 発 表 さ れ た 『図 書 室 の彼 』(図 13)で は 、コ ン ピ ュ ー タ に
おいて貸出を管理しながらも、図書カードに書名を書かせるとい
う 作 業 も 課 し て い る 3 1 。一 般 に 、カ ー ド 式 か ら コ ン ピ ュ ー タ 管 理 へ
と 移 行 す る 理 由 は 、「 省 力 化 」 と と も に 、「 プ ラ イ バ シ ー の 保 護 」
が挙げられるが、本作品においては、そうした認識は全くみられ
ない。この他にも、図書館員は登場しないが、図書室のコンピュ
ータに過去の貸出記録が残されている事例は、いくつかの作品に
見 ら れ た 。 例 え ば 、 『BHISHOP』(図 14)で は 、 失 踪 し た 友 人 の 行 方
を探す男子生徒が図書委員に協力してもらい、友人の貸出コード
を 使 っ て 、 4 ヶ 月 の あ い だ に 124 冊 の 本 を 読 ん で い る こ と を 調 べ
る 場 面 が 描 か れ て い る 32。
貸出記録の管理は、コンピュータ式のシステムだけでなく、カ
ード式を採用する場合でも、厳重に行われなければならない。当
然 、記 入 が 終 わ っ た カ ー ド は 、必 要 な 統 計 を 行 っ た 後 (全 体 の 読 書
傾 向 の 確 認 な ど )、す ぐ に 処 分 す る か 、利 用 者 に 返 さ れ る べ き で あ
り、いつまでも図書館内に保管される理由はない。それほど大き
な 問 題 で は な い が 、 『素 顔 の風 景 』に 登 場 す る 図 書 館 員 は 、 貸 出 カ
ードを大量に溜め込み、しかも、その整理を図書委員に任せてい
る。このあと図書委員は、ある男子生徒の貸出カードを個人的な
理 由 で 使 用 し て お り (図 15) 3 3 、 そ う し た 環 境 を 作 り 出 し て い る 図
書 館 員 の 行 動 は や は り 問 題 と な る だ ろ う 。同 様 に 、『ラブレター』(図
16)の 学 校 図 書 館 も ま た 、過 去 の 貸 出 デ ー タ が 全 て 残 さ れ る カ ー ド
式 の 貸 出 シ ス テ ム が 描 か れ て い る 3 4 。「 図 書 館 の 貸 出 記 録 は い つ ま
でも残されている」というイメージが一般には強いのだろうか。
(3) 書 架 に な い 本 の 行 方 を 調 べ る ~ 「 あ の 本 を 借 り た の は 誰 ? 」
利用者の秘密を漏洩する図書館員の問題行動の中で最も多く見
られたパターンが、ある利用者から書架にない本の行方を尋ねら
れ、その帯出者氏名を答えるという行動である。必要な資料が書
架にないことを不満に思った利用者が問い合わせると、図書館員
は い と も 簡 単 に そ の 帯 出 者 氏 名 を 答 え て し ま う 。こ う し た 場 面 は 、
登場人物同士が知り合うきっかけとなる場合が多く、物語上、重
要なシーンとして描かれる傾向がみられる。
例 え ば 、 『君 は僕 の太 陽 だ』(図 17)で は 、 反 抗 的 な 行 動 を と る 女
生徒を学校の図書室で見かけた女子教員が、彼女の読んでいた本
の タ イ ト ル (『 星 へ の 旅 』 3 5 )を 見 て 心 配 に な り 、 女 生 徒 が 帰 宅 し
た後に、その本を借り出すという場面がある。後日、いつも読ん
でいる本が書棚にないことを不思議に思った利用者が図書館員に
そ の 本 が ど こ に あ る の か 、と 問 い 合 わ せ る と 、図 書 館 員 は「 あ あ 、
あ の 本 な ら 栗 山 先 生 が 借 り て い き ま し た よ 」3 6 と あ っ さ り と 貸 出 記
図 14 『 BISHOP』 ©円 山
みやこ/実業之日本社
図 15 『 素 顔 の風 景 』©
高尾滋/白泉社
図 16 『 ラブレター』©藤
井みつる/小学館
図 17 『 君 は 僕 の 太 陽
だ』 ©聖 千 秋 / 集 英 社
藤 野 真 理 著 「 図 書 室 の 彼 」『 水 に 絵 を 描 く 』 第 2 巻 , 集 英 社 , 1998, p136­137
円 山 み や こ 著 『 BISHOP』 第 2 巻 , 実 業 之 日 本 社 , 1992, p13­14
33 高 尾 滋 著 「 素 顔 の 風 景 」
『スロップマンションにお帰り』白泉社,
2000, p78­79
34 藤 井 み つ る 著 「 ラ ブ レ タ ー 」
『 強 く 儚 い 者 た ち 』 小 学 館 , 1998,
p135­137
3 5 吉 村 昭 著 、少 年 少 女 の 集 団 自 殺 を 美 的 に 描 い た 実 在 の 小 説 。教 員
は女生徒が自殺を考えているのではないかと心配して、その本を借
り出す。
3 6 聖 千 秋 著 『 君 は 僕 の 太 陽 だ 』 第 2 巻 , 集 英 社 , 1992, p113
31
32
9
録を開示する。
学 校 図 書 館 員 が 登 場 す る 『夢 幻 伝 説 タカマガハラ』(図 18)も ま た 同
様のパターンである。ある女生徒がカウンターに置いてあった本
を借りて帰るのだが、実はその本は、他の男子生徒が借りるつも
りで、カウンターに一旦置いておいたものだった。その男子生徒
は 激 怒 し 、「 こ こ に あ っ た 本 は ? 」と 図 書 館 員 に 問 う 。す る と 、図
書 館 員 は「 あ ら 、い ま 借 り て っ た け ど 」「 五 年 一 組 の 若 狭 っ て い う
コ よ 」 37と 答 え て い る 。
『妖 しのセレス』(図 19)の 学 校 図 書 館 員 は 、 利 用 者 か ら の 貸 出 記 録
の照会に対して、直接的には貸出記録を漏洩することはない。書
架にない本の所在を尋ねる主人公に対して、女性図書館員は「貸
出 中 」 と い う 素 っ 気 な く 返 答 す る だ け で あ る 。 し か し 、「 誰 で す
か? ちょっと急ぎで調べたいんで」と主人公が食い下がると、
職 員 は 不 機 嫌 な 表 情 で 、「 聞 い て ど う す ン の ? ま た 男 子 生 徒 だ
っ た ら 誘 う っ て ン じ ゃ な い で し ょ う ね ! 」3 8 と 嫌 味 を 言 う だ け で あ
る。つまり、利用記録は漏洩していないが、利用者の問い合わせ
を断った理由は「プライバシーを守る」ためではなく、男子生徒
に も て る 女 性 徒 へ の「 嫉 妬 」で あ り 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い
う 意 識 は 見 ら れ な い の で あ る 39。
『夢 の外 は悪 魔 の森 』(図 20)も ま た 、 貸 出 記 録 の 照 会 に 対 す る 図
書館員の回答に問題がある。借りたい本が書架に見当たらなかっ
た 女 子 大 学 生 は 、カ ウ ン タ ー の 職 員 に「 大 場 二 郎 の『 言 語 社 会 学 』、
見あたらないんですけど」と問い合わせ、誰が借りているのか教
えて欲しい、と尋ねている。こうした問い合わせは、現実の図書
館 活 動 の 中 で も よ く あ る こ と だ が 、「 貸 出 中 」と い う 返 答 に 止 め る
べきであり、帯出者に無断でその氏名を告げることはプライバシ
ー の 侵 害 行 為 と な る 。作 品 中 の 職 員 は 、カ ー ド を 見 な が ら「 あ ぁ 、
こ の 本 は 貸 出 中 で す 。茂 原 教 授 に 」4 0 と 答 え て お り 、貸 出 の 事 実 だ
けではなく、帯出者氏名も明らかにしている。
公 共 図 書 館 で の 漏 洩 シ ー ン と し て は 、『ふられ竜 の介 』(図 21)で の
一場面がある。全集の1巻が見つからずに問い合わせた女性利用
者に対して、図書館員は「この1巻はたった今、あの人が借りて
い き ま し た よ 」 41と 、 わ ざ わ ざ 指 を 差 し て 帯 出 者 を 知 ら せ て い る 。
利用者の氏名は教えていないが、個人を特定できるような方法で
あれば同じく問題行動となる。
『ドーナツブックス』(図 22)で は 、プ ル ー ス ト の 長 編『 失 わ れ た 時 を
求めて』の1巻がいつもないことを不審に思った利用者の問い合
わ せ に 対 し て 、「 バ カ が 読 め も し な い の に 借 り て は 次 々 に 延 滞 す
る も ん で す か ら 」4 2 と 答 え る 職 員 が 描 か れ て い る 。個 人 名 は 出 て い
ないため、漏洩したということにはならないが、利用者の問い合
わせに対して、なんの構えもなく利用事実の一部を答える図書館
図 18 『 夢 幻 伝 説 タ カ
マ ガ ハ ラ 』©立 川 恵 / 講
談社
図 19 『 妖 し の セ レ ス 』
©渡 瀬 悠 宇 / 小 学 館
図 20 『 夢 の 外 は 悪 魔
の 森 』©鈴 木 雅 子 / 集 英
社
図 21 『 ふ ら れ 竜 の 介 』
©織 み ゆ き / 秋 田 書 店
立 川 恵 著『 夢 幻 伝 説 タ カ マ ガ ハ ラ 』第 2 巻 , 講 談 社 , 1998, p37­38
渡 瀬 悠 宇 著 『 妖 し の セ レ ス 』 第 10 巻 , 小 学 館 , 1999, p49­50
39 こ れ よ り 前 に 、 主 人 公 を 取 り 合 っ て 、 二 人 の 男 子 生 徒 が ケ ン カ を す る
と い う シ ー が 描 か れ て お り 、 図 書 館 員 は そ の 場 面 を 目 撃 し て い る 。 (第 9
巻 , p159­160)
4 0 鈴 木 雅 子 著 『 夢 の 外 は 悪 魔 の 森 』 集 英 社 ,1987,p58
4 1 織 み ゆ き 著 『 ふ ら れ 竜 の 介 』 第 3 巻 , 秋 田 書 店 , 1980, p94­95
4 2 い し い ひ さ い ち 著『 ド ー ナ ツ ブ ッ ク ス 』(い し い ひ さ い ち 選 集 第 11 巻 ),
双 葉 社 , 1986, p127
37
38
10
員が描かれていることはやはり問題であろう。
(4) 貸 出 記 録 の 個 人 的 利 用 (目 的 外 使 用 )
そもそも、図書館において、利用者のプライバシーの一部であ
る 貸 出 記 録 を 集 め 、管 理 す る 目 的 は 、図 書 を 管 理 す る こ と に あ る 。
当然、利用者から一時的に預かっているプライバシーに関する情
報は、図書の管理という目的以外には使用することは許されない
は ず で あ る 。仮 に 図 書 館 員 同 士 で あ っ て も 、興 味 本 位 に (図 書 館 業
務 と は 無 関 係 に )利 用 者 の プ ラ イ バ シ ー を の ぞ き 見 る こ と は で き
ない。
1980 年 代 に 描 か れ た 作 品 『女 ともだち』(図 23)で は 、女 性 図 書 館 員
が、本を借りた男性利用者の貸出カードを事務室内で暇つぶしに
見るシーンが描かれている。この女性職員は、同僚職員がいる前
で 、利 用 者 が 借 り た 本 の タ イ ト ル を 見 て 、「 五 木 寛 之 、井 上 ひ さ し 、
い か に も 」と 読 み 上 げ 、「 図 書 館 の カ ー ド っ て 精 神 の カ ル テ カ ー ド
に似てると思わない?」とつぶやいている。貸出記録が個人の頭
の中をのぞき見るツールになるという意識はあるが、プライバシ
ーを扱う職業であるからこそ、それを興味本位でのぞき見てはい
け な い 、と い う 倫 理 観 は 描 か れ て い な い 。同 僚 の 職 員 も ま た 、「 あ
ん ま り 明 る い 趣 味 と は 言 え な い わ ね ぇ 」 4 3 と 指 摘 し て い る が 、「 職
務上許されない行為」という注意の仕方ではない。図書館職員が
退屈しのぎに利用者の借りた本の記録から個人の頭の中を勝手に
のぞき見ていると誤解されるおそれがあり、図書館を描く漫画と
して不適当である。
一 方 、『そっとゆびきり』(図 24)に お け る 図 書 館 員 (館 長 )は 、主 人 公
の 少 女 と ア ル バ イ ト の 男 性 図 書 館 員 (館 長 の 孫 ) の 仲 を 取 り 持 つ た
めに、主人公の少女がアルバイト男性職員に内緒で借りていた本
のタイトルを漏洩する場面が描かれている。館長は主人公に無断
で「 き の う き た ん じ ゃ よ 、万 葉 集 を 返 し に な 」4 4 と 書 名 を 伝 え て い
る。しかも、主人公が万葉集を借りたことは、アルバイトの男性
職員には内緒の行動として描かれている。館長のこ言葉をきっか
けに、主人公と男性職員は仲直りをしていることから、ストーリ
ー展開上、大変重要な場面であることが分かるのだが、図書館員
同士のやりとりであっても、図書の管理以外の目的での利用には
変わりない。
『聖 ・三 角 形 』(図 25)で は 、不 倫 相 手 の 大 学 教 授 と 話 を 合 わ せ る た
めに、彼が借りた本を調べ、片っ端から読みあさる女性職員が登
場する。主人公はその動機を「しょせん、安アパート住いの田舎
か ら 出 て き た だ け の 元 イ ン テ リ 少 女 」が 、「 退 屈 な 女 と 思 わ れ た く
な く て 」「 必 死 で あ い つ の 調 子 に あ わ せ て 」「 借 り て っ た 本 を 片 っ
端 か ら 追 い か け て 」「 本 を い っ ぱ い 読 ん だ 」 4 5 と 語 っ て い る 。 し か
し 、「 恋 愛 」と い う 個 人 的 な 理 由 で 利 用 者 の 読 書 記 録 や 読 書 傾 向 を
調べることはやはり許されない。
先 述 の 『図 書 室 の彼 』(図 26)で は 、 学 校 図 書 館 員 と 付 き 合 っ て い
る男子生徒が、個人的な理由で利用者の貸出記録をのぞき見るシ
ーンが描かれている。図書カードを落とした男子生徒は、たまた
43
44
45
図 22 『 ド ー ナ ツ ブ ッ
ク ス 』©い し い ひ さ い ち
/
図 双23葉 社
『 女 と も だ ち 』©
紫門ふみ/双葉社
図 24 『 そ っ と ゆ び き
り 』©じ み か ず こ / 集 英
社
図 25 『 聖 ・ 三 角 形 』 ©
橋本多佳子/双葉社
紫 門 ふ み 著 『 女 と も だ ち 』 双 葉 社 , 1984, p37
じ み か ず こ 著 「 そ っ と ゆ び き り 」『 お ば あ ち ゃ ん の 宝 物 』 集 英 社 , 1988, p176
橋 本 多 佳 子 著 『 聖 ・三 角 形 』 双 葉 社 , 1988, p29
11
まコンピュータに表示されたある女生徒の貸出記録に目をやる。
そこには彼が過去に図書室で借りた本のタイトルがズラリと並ん
でおり、男子生徒は「僕が借りた本ばっか……」と不審がる。し
かし、隣りに座っていた女性図書館員は、こうした行動の一部始
終 を 目 に し て い な が ら も 、「 な に ? あ あ ソ レ 、 さ っ き 10 冊 も 借
り て っ た 子 だ わ 」 46と 言 う だ け で あ る 。 つ ま り 、 こ の 図 書 館 員 は 、
貸出記録を個人的な理由でのぞき見た生徒に対して、特に注意す
ることはないのである。恋仲にあるとはいえ、図書委員でもない
男子生徒がカウンターに座り、他の生徒の貸出記録をのぞき見る
という行為に対して、なんの注意もしない図書館員が描かれるこ
とは大きな問題である。なお、この作品では、男子生徒は、自分
の 図 書 カ ー ド を 拾 い 、同 じ 本 を 借 り て い た 女 生 徒 に 対 し て 、「 コ ソ
コ ソ 嗅 ぎ 回 ら れ る の イ ヤ だ な 、気 持 ち 悪 い 」4 7 と 、そ の 行 動 を 責 め
る場面も続いて描かれているが、あくまでもそれは「コソコソ」
という行為に対する非難であり、同じ本を借りていたこと自体に
ついては、特に嫌悪感はないようだ。貸出記録がプライバシーで
あるという意識は一般にはほとんど理解されていないのだろうか。
図書館員が貸出記録を個人的な理由で乱用する利用者を注意し
な い と い う 行 動 は 、『ラブレター』(図 27)に も 描 か れ て い る 。あ る 日 、
「図書室の本を見てください」という差出人不明の謎のラブレタ
ーをもらった主人公は、友人とともに、これまで自分が借りた本
を調べることにする。すると、1枚の図書カードに、もらったラ
ブレターと同じ文字の男子徒の名前を発見する。その他の本にも
彼の名前が記されており、主人公は彼が自分と同じ読書傾向を持
つことを知る。彼はどのような人物なのか? 通りかかった図書
館員に彼の素性を問うと、職員は彼がすでに転校していると答え
る 、 と い う 物 語 で あ る 48。 こ の 作 品 で の 問 題 点 と し て は 、 第 一 に 、
利 用 者 記 録 (住 所 等 )を 開 示 し て い る 点 が 挙 げ ら れ る が 、公 共 図 書 館
とは異なり、学校内において「転校した」という事実が利用者の
「秘密」になるとは考えにくいため、この行動自体はさほど大き
な 問 題 で は な い 。そ れ よ り も 、生 徒 が 図 書 カ ー ド を 別 の 目 的 (人 捜
し )で 使 っ て い る こ と に 対 し て 、図 書 館 員 が 何 も 注 意 し な い こ と の
方が問題であろう。仮に、やむを得ない理由でカード式の貸出方
式を採る図書館であったとしても、図書館員は、利用者に対して
は興味本位で図書カードの貸出記録を使用しないことを指導する
必要がある。
図 26 『 図 書 室 の 彼 』©
藤野真理/集英社
図 27 『 ラブレター』©藤
井みつる/小学館
(5) そ の 他 の 漏 洩
漫画の中の図書館員は上記の他にも、さまざまな場面、方法で
利用者の貸出記録を漏洩している。最後に、その他の漏洩行為と
問題点を紹介しよう。
『DANDAN』(図 28)で は 、 本 を 借 り に 来 た 利 用 者 に 対 し て 、 職 員
は 貸 出 中 で あ る こ と を 伝 え 、「 あ ら 、 次 も 予 約 入 っ て る わ 」 4 9 と つ
ぶやく。この際、図書館員は、予約者のリストが書かれていると
思われるノートを、利用者に見える位置で開いているように思わ
46
47
48
49
藤 野 真 理 著 「 図 書 室 の 彼 」『 水 に 絵 を 描 く 』 第 2 巻 , 集 英 社 , 1998, p138
藤 野 真 理 著 「 図 書 室 の 彼 」『 水 に 絵 を 描 く 』 第 2 巻 , 集 英 社 , 1998, p144­145
藤 井 み つ る 著 「 ラ ブ レ タ ー 」『 強 く 儚 い 者 た ち 』 小 学 館 , 1998, 133­138
石 堂 ま ゆ 著 『 DANDAN』 第 1 巻 , 角 川 書 店 , 1995, p84
図 28 『 DANDAN 』 ©
石堂まゆ/角川書店
図 29 『 ド ラ ね こ ☆ フ
ー リ ン グ 』©愛 田 真 夕 美
/白泉社
12
れる。予約ノートに記された情報も貸出記録の一部であり、その
取り扱いには十分注意しなければならない。
1980 年 代 に 描 か れ た 『ドラねこ☆フーリング』(図 29)で は 、貸 出 業 務
を終えた学校図書館職員が、カウンターに忘れられた図書カード
を見つけ、同じクラスの女生徒に渡すように頼む場面がある。図
書館員は書名と帯出者氏名が書かれたカードから借り主を察知し、
「 沖 田 さ ん に わ た し て 」5 0 と 頼 ん で い る 。図 書 館 員 が 、利 用 者 の 承
諾なしに、書名が書かれたカードを一般の利用者にあずけること
はあってはならない。当然、図書館員が自ら届けに行くべきだろ
う。
オ カ ル ト 作 品 『奇 想 図 書 ・転 生 人 魚 』(図 30)に 登 場 す る 図 書 館 員
もまた図書館員としてはあり得ない行動をとっている。ある日、
1 冊 の 人 魚 の 図 鑑 (禁 帯 出 扱 い )に 魅 入 ら れ た 主 人 公 は 、図 書 館 員 に
頼み込み、その本を借り出すことに成功する。しかし、それは読
んだ人を不幸にする本であり、主人公は過去に犯した殺人の報い
を受けて死んでしまう。全てが終わった後に、図書館員は利用者
宅 に 訪 れ 、貸 し 出 し た 本 を 返 却 し て も ら う の だ が 5 1 、そ も そ も 、延
滞 も し て い な い 利 用 者 の 自 宅 に ま で 図 書 館 員 が 現 れ 、家 族 (こ の 作
品 で は 妻 )の 目 の 前 で そ の 本 を 探 し 出 す と い う 行 為 に 出 る こ と は
ありえない。当然、こうした行為は、図書館を利用した事実だけ
で な く 、 借 り た 本 を 家 族 に 知 ら れ る (見 ら れ る )こ と に な る だ ろ う 。
(も っ と も 本 作 の 図 書 館 員 は 悪 意 を 持 っ て 利 用 者 を 不 幸 に 陥 れ る
存在であり、図書館員の倫理とは無関係な人物として描かれてい
る 可 能 性 も あ る の だ が )。
図 29 『 奇 想 図 書 ・転 生
人 魚 』©小 山 田 い く / 秋
田書店
3. 2 来 館 事 実 ・読 書 事 実 等 の 漏 洩
図書館が管理しなければならないプライバシーは貸出記録だけ
ではない。図書館内でのその他の利用者の行動を記録した情報の
中にも、貸出記録に匹敵するほどのプライバシーを含む情報が存
在する。図書館員は当然、貸出記録とともに、これらの記録につ
いても厳重に管理しなければならない。しかしながら、漫画作品
の中では、貸出記録と同様に、利用者のプライバシーはほとんど
蔑ろにされてしまっている。
(1) 来 館 事 実 ・来 館 頻 度 ・館 内 行 動 記 録 の 漏 洩
「図書館の自由に関する宣言」解説が記すように、利用者が図
書 館 に や っ て き た 事 実 (来 館 事 実 )や 来 館 頻 度 も ま た 利 用 者 本 人 に
無断で開示することができない。一般に、図書館を利用すること
自 体 は 特 に 秘 密 に し た い (悪 い )行 動 と い う わ け で は な く 、あ る 利 用
者が図書館を何月何日に利用したということ、または、図書館を
よく利用しているという情報が第三者に伝えられることで、利用
者 本 人 が 困 る こ と は ほ と ん ど な い だ ろ う 。し か し 、「 秘 密 」と い う
ものは、そもそも、人それぞれが、それぞれの事情の中で抱える
ものであり、本来、図書館員が判断するべきことではない。さま
ざ ま な 場 合 を 考 慮 し て 、図 書 館 員 は 利 用 事 実 を 安 易 に (利 用 者 本 人
に 無 断 で )外 部 に 開 示 す る べ き で は な い 。宣 言 の 解 説 に は 明 記 さ れ
ていないが、対面朗読室や視聴覚用ブース等の館内におけるその
図 30 『 ゴ ル ゴ 13 』 ©
さ い と う ・た か を / リ イ
50
51
愛 田 真 夕 美 著 『 ド ラ ね こ ☆ フ ー リ ン グ 』 第 1 巻 , 白 泉 社 , 1982, p44­45
小 山 田 い く 著 「 奇 想 図 書 ・転 生 人 魚 」『 青 色 学 級 』 秋 田 書 店 , 1996, p117­150
ド社
13
他の利用事実もまた、図書館員は厳重に管理すべきだろう。
『ゴルゴ 13』(図 30)で は 、あ る 利 用 者 に 尋 ね ら れ 、「 日 本 人 、い や 、
混 血 か な ? 」「 無 口 で ね ぇ … … 」「 気 持 ち 悪 い 男 で し た よ 」5 2 と 、同
じ資料を少し前に利用していた人物の風貌を詳細に答える国立図
書館員が登場している。宮田英二氏が指摘するように、来館事実
と読書記録の両方を無断で開示しており、図書館員として大いに
問 題 の あ る 行 動 だ ろ う 53。
『卒 業 おめでとう』(図 31)で は 、 教 員 に 思 い を 寄 せ る 女 生 徒 の 問 い
合 わ せ に 対 し て 、「 井 荻 先 生 な ら よ く み え て る わ よ 、火 曜 や 木 曜 が
多 い か な 」5 4 と 具 体 的 に 来 館 頻 度 を 答 え る 学 校 図 書 館 の 職 員 が 登 場
す る 。ま た 、『ムーンドロップかしこいうさぎさん』(図 32)で は 、「 テ ー プ
君 は ま だ 来 て い な い ん で す ね 」と い う 利 用 者 の 問 い か け に 対 し て 、
「 お 仕 事 な さ っ て る ん で し ょ 」「 来 る と き は う さ ぎ さ ん よ り 早 い
で す か ら 」 と 答 え て い る 。「 ま だ 来 て い な い 」 と う い 来 館 事 実 は 、
館内を見渡せばすぐに分かることであり、利用者の秘密には当た
ら な い が 、「 来 る と き は う さ ぎ さ ん よ り 早 い 」5 5 と い う 情 報 は 来 館
頻度を示す情報であり、わざわざ伝える必要はない。
2001 年 に 発 表 さ れ た 『魔 探 偵 ロキ』(図 33)で も ま た 、来 館 記 録 を
漏洩する職員が登場する。友人を捜して図書館にやってきた主人
公 達 が「 セ ー ラ ー 服 の 髪 の 長 い 子 来 ま せ ん で し た ? 」と 尋 ね る と 、
職 員 は「 入 っ て く る 時 見 た け ど … 出 て く の は 見 て な い わ ね ェ 」5 6 と
答えている。
こ の 他 、 『紅 茶 王 子 』(図 34)で は 、 視 聴 覚 室 を 併 設 す る 第 2 図 書
室・視聴覚資料室の職員が、視聴覚室の利用を申請し、利用中の
た め 断 ら れ た 生 徒 に 対 か ら 、「 何 に 使 っ て い る ん で す か ? 」と 問 わ
れ る 場 面 が あ る 。こ の 職 員 は 、「 合 同 祭 の 反 省 会 よ 、三 校 の 執 行 部
が 集 ま っ て い る の 」5 7 と 答 え て お り 、無 断 で 利 用 目 的 と 利 用 者 グ ル
ープ名を開示している。こうした行為もまた「利用者の秘密を守
る」という倫理に反することになるだろう。
(2) 読 書 事 実 ・読 書 傾 向 の 漏 洩
図書館では、貸出記録と同様に、利用者の興味関心を示す重要
な情報として、館内でのさまざまな利用記録を管理している。例
えば、貸出をしない場合でも、利用者が館内である資料を閲覧し
たり、複写したりする際に、使用する資料の書名を図書館員が察
知 す る こ と が あ る 。 こ う し た 情 報 は 、「 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 宣
言 」解 説 で は 、「 何 を 読 ん だ か と い う 読 書 事 実 、リ ク エ ス ト お よ び
レ フ ァ レ ン ス 記 録 」「 複 写 物 入 手 の 事 実 」と 表 現 さ れ て お り 、貸 出
記録と同様に、その無断開示は禁止されている。現代では、AV
資料等の館内閲覧記録も含まれると解釈できるだろう。
「読書事実」に加えて、図書館員は、職務を通じて知り得た利
用者の「読書傾向」についても、第三者に無許可で開示すること
が あ っ て は な ら な い 。例 え ば 、「 あ の 人 は 宗 教 の ジ ャ ン ル の 本 を よ
く 読 ん で い る 」「 あ の 人 は プ ロ レ タ リ ア 文 学 の 本 が 好 き で よ く 借
52
53
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55
56
57
図 31 『 卒 業 お め で と
う 』©萩 森 千 聖 / 集 英 社
図 32 『 ム ー ン ド ロ ッ
プ町のかしこいうさぎ
さ ん 』©し ば た ひ ろ こ /
白泉社
図 33 『 魔 探 偵 ロ キ 』©
木下さくら/エニック
ス
図 34 『 紅 茶 王 子 』©山
さ い と う ・た か を 著 『 ゴ ル ゴ 13』 第 65 巻 , リ イ ド 社 , p170
宮 田 英 二 著 「 マ ン ガ に 見 る 図 書 館 の 自 由 」『 み ん な の 図 書 館 』 168, 1991.5, p34 田 南 平 / 白 泉 社
萩 森 千 聖 著 『 卒 業 お め で と う 』 集 英 社 , 1996, p15
し ば た ひ ろ こ 著 『 ム ー ン ド ロ ッ プ 町 の か し こ い う さ ぎ さ ん 』 白 泉 社 , 1984, p141
木 下 さ く ら 著 「 魔 探 偵 ロ キ 」『 月 刊 少 年 ガ ン ガ ン 』 エ ニ ッ ク ス , 2001 年 1 月 号 , p
山 田 南 平 著 『 紅 茶 王 子 』 第 7 巻 , 白 泉 社 , 1999, p171
14
りていますよ」といった回答は、具体的な書名こそ漏洩していな
いが、個々の読書事実を示すものであり、個人の思想調査におい
て一つの手がかりとなりうる。無断で開示することは人権侵害に
つながるため、管理においては、貸出記録と同様に、十分な注意
が必要である。
館内での読書事実を図書館員が無断で開示する作品としては、
『MONSTER』(図 35)が あ る 。大 学 図 書 館 に や っ て き た あ る 男 性 利 用
者が、絵本を閲覧中に図書館員の目の前で突然倒れてしまう。彼
を心配して、入院先まで見舞いにやってきた図書館員は、病室の
そばで男性利用者の知人の女子学生に会うのだが、そのときに以
下のような会話を交わしているのである。
図 書 館 員「 そ う … 彼 、退 院 し た の ! ? 」「 よ か っ た … … あ の 時 は 、
どうなるかと思った……」
女子学生「あなたの目の前で倒れたの?」
図 書 館 員「 え え … 」「 彼 、本 を 捜 し て い た の … 、そ れ で 、あ た し
も一緒に捜していて…」
女子学生「それで、突然?」
図 書 館 員「 そ う な の 、叫 び 声 を あ げ て … … 」「 絵 本 、手 に 取 っ て
ね……こうページをめくってたら」
女 子 学 生 「 絵 本 … … ? 」 58
つまり、この図書館員は、利用者の館内で起こった利用者の行動
を 詳 細 に 伝 え て お り 、利 用 し た 資 料 の ジ ャ ン ル (絵 本 )を 利 用 者 に 無
断 で 明 ら か に し て い る の で あ る 。し か も 、そ の 後 の シ ー ン か ら は 、
この会話の中で、利用者が読んでいた絵本のタイトルを伝えてい
た こ と も 判 明 す る (図 36) 5 9 。 こ れ は 明 ら か に 「 読 書 記 録 の 漏 洩 」
に該当する行為であり、図書館員の行動としてはあってはならな
い行為である。
『教 師 にやらせな』(図 37)で は 、あ る 男 性 生 徒 に 思 い を 寄 せ る 女 性
教師が、ライバルの女生徒の素性について図書館員に問い合わせ
る場面がある。ライバルの女生徒がどのような人物なのかと尋ね
ら れ た 図 書 館 員 は 、「 文 芸 部 の 子 で よ く 図 書 室 に 来 る わ よ 」と 利 用
頻 度 を 明 ら か に し た 後 で 、「 可 愛 い け ど 、文 系 も 理 系 も い け る タ イ
プ で 、 い つ も 学 年 10 番 以 内 だ っ て い う し … 」 と そ の 素 性 を 語 り 、
さ ら に 「 な に せ 、 マ ル セ ル ・プ ル ー ス ト の 『 失 わ れ た 時 を 求 め て 』
を 全 巻 読 破 し て い る 本 格 派 だ し ィ 」6 0 と 続 け て い る 。こ れ ら の 行 為
は、明らかに、読書傾向、読書事実の漏洩行為に当たる。
『恋 する毛 糸 玉 』(図 38)に は 、 偶 然 、 図 書 館 の 前 で 主 人 公 と 会 っ
た 図 書 館 員 が 、主 人 公 の 知 人 (恋 人 )の い る 前 で「 こ の 間 の セ ー タ ー
ど う し た ? 」6 1 と 話 し か け る 場 面 が あ る 。こ の 主 人 公 は 図 書 館 の 本
を使ってセーターを編もうと考えており、図書館員はそのことを
知っていて、知人のいる目の前で話しかけている。こうした図書
館員の行動は読書傾向を漏洩したことになるだろう。
判 断 が 難 し い 事 例 と し て は 、 『賢 き愚 人 』(図 38)が あ る 。 本 作 品
で は 、殺 人 を 犯 し た 大 学 図 書 館 員 が 、自 ら の 犯 行 を 告 白 す る 際 に 、
「 私 が わ る い の よ 」「 偶 然 、書 庫 室 で 見 つ け た 昔 の 博 士 論 文 な ん か
図 35 『 MONSTER』©
浦沢直樹/小学館
図 36 『 MONSTER』©
浦沢直樹/小学館
図 37 『 教 師 に や ら せ
な ! 』©酒 井 美 羽 / 角 川
書店
図 37 『 恋 す る 毛 玉 』©
森崎法美/集英社
58
59
60
61
浦 沢 直 樹 著 『 MONSTER』 第 8 巻 , 小 学 館 , 1998, p119­120
浦 沢 直 樹 著 『 MONSTER』 第 8 巻 , p206、 9 巻 , p47
酒 井 美 羽 著 『 教 師 に や ら せ な ! 』 角 川 書 店 , 1997, p107­108
森 崎 法 美 著 「 恋 す る 毛 糸 玉 」『 月 刊 ザ マ ー ガ レ ッ ト 』 集 英 社 , 2001.3, p657­658
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を 先 生 に 見 せ さ え し な け れ ば 」「 先 生 が い つ も 論 文 で 苦 し ん で い
た か ら … そ れ を 参 考 に し て も ら お う と 」「 で も … 先 生 が そ れ を 丸
写 し す る と は 思 わ な か っ た の 」6 2 と 語 っ て い る 。周 囲 に い た 人 物 (警
察 関 係 者 を 含 む )は 、 探 偵 役 の 主 人 公 (高 校 生 )の 謎 解 き の 際 に 、 論
文のタイトルを聞いているため、この図書館員の行動は館内での
行動と読書事実を利用者に無断で開示したことになるだろう。た
だ し 、こ こ で の 情 報 開 示 で は 、3.1(1)で 紹 介 し た 探 偵 役 の 図 書 館 員
による情報開示とは異なり、図書館員自身が犯人であり、読書記
録 の 開 示 は 自 白 に お い て 必 要 不 可 欠 な 行 為 と な っ て い る 。「 図 書
館の自由に関する宣言」では、警察機関からの図書館に対する情
報 開 示 請 求 に 対 し て は 、令 状 の 確 認 を 要 件 と し て い る が 6 3 、こ れ を
図 書 館 員 が 事 件 の 犯 人 と な る 場 合 に も 当 て は め て 、 令 状 (逮 捕 状 )
の 確 認 が な け れ ば 、利 用 者 の 読 書 事 実 ・貸 出 記 録 等 を 供 述 し て は な
らないと解釈することは難しい。とはいえ、図書館員自身の身勝
手な犯罪によって読書記録を警察に知られてしまうことは、利用
者にとっては大変な迷惑である。現実にこうした事件が起こると
は 考 え に く い が 、図 書 館 員 で あ れ ば 、具 体 的 な 書 名 を 伏 せ る な ど 、
極力利用者のプライバシーを考慮した捜査協力を行いたい。
読書事実や読書傾向を直接的には伝える行為ではないが、利用
者の館内行動を本人の承諾なしに第三者へと伝えてしまう行動も、
若 干 の 問 題 行 動 で あ る と 言 え る の で は な い だ ろ う か 。例 え ば 、『吉
沢 ツムリ事 務 所 』 (図 39)で は 、あ る 女 生 徒 の 行 動 に つ い て 、学 校 図
書 館 の 職 員 が「 よ ー く 覚 え て る 。宮 下 君 (主 人 公 の 名 前 )と 同 じ く ら
い 図 書 館 に 来 て た も ん 」「 で も 本 を 読 み に 来 て た ワ ケ じ ゃ な か っ
た け ど 」「 あ の 子 … 宮 下 君 を 見 に 来 て た の 」「 い つ も 宮 下 君 の 斜 め
向 い に 座 っ て 本 読 む フ リ し て 」 6 4 と 主 人 公 (卒 業 生 )に 語 っ て い る 。
ま た 、 『本 当 のことを言 おう か』(図 40)で は 、 亡 く な っ た 利 用 者 の 行
動 に つ い て 回 想 し な が ら 、「 本 を 読 む こ と よ り な が め て る ほ う が
好 き 」 6 5 だ っ た こ と を 、利 用 者 の 弟 (主 人 公 )に 語 っ て い る 。こ の 図
書館員は次のシーンで、主人公が亡くなった兄の恋人に「どうし
て 詠 ち ゃ ん( 主 人 公 の 兄 )が 借 り た 本 を あ ん た が 読 む の よ 」「 こ こ
はね、わたしと詠ちゃんの思い出の場所なのよ!」と問いつめら
れ た 際 に 、主 人 公 を か ば っ て (主 人 公 の 目 の 前 で )、「 愁 太 郎 く ん (主
人 公 )は お 兄 さ ん の こ と を 知 り た か っ た だ け よ 」「 だ か ら お 兄 さ ん
が読んだ本も一冊一冊、一語も読みこぼさないように…真似なん
か し よ う と し た ん じ ゃ な い 」 6 6 と も 語 っ て い る 。 こ れ ら の 発 言 ・行
動もまた、広い意味では読書傾向であると解釈すれば、やはり、
図書館員として誉められた行為ではないだろう。
図 38 『 賢 き 愚 人 』©森
次矢尋/白泉社
図 39 『 吉 沢 ツ ム リ 事
務 所 』©鯖 玉 弓 / リ イ ド
社
図 40 『 本 当 の こ と を
言 お う か 』©佐 野 未 央 子
(3) 学 校 図 書 館 員 に よ る 他 教 員 へ の 相 談 行 為 と し て の 漏 洩
最後に、学校図書館における図書館員と教員間での利用記録の
漏洩について考えてみよう。すでに述べたように、貸出記録や読
書傾向などの図書館の利用記録は個人の興味関心を探る上での一
/集英社
森 次 矢 尋 著 「 賢 き 愚 人 」『 鈴 屋 東 高 殺 人 事 件 - 高 校 生 探 偵 北 詰 拓 シ リ ー ズ - 』 1989, p122­123
「 図 書 館 の 自 由 に 関 す る 宣 言 」第 3 図 書 館 は 利 用 者 の 秘 密 を 守 る「 1. 読 者 が 何 を 読 む か は そ の
人のプライバシーに属することであり、図書館は、利用者の読書 事 実 を 外 部 に 漏 ら さ な い 。 た だ し 、
憲 法 第 35 条 に も と づ く 令 状 を 確 認 し た 場 合 は 例 外 と す る 」
6 4 鯖 玉 弓 著 『 吉 沢 ツ ム リ 事 務 所 』 リ イ ド 社 , 1999, p42­43
6 5 佐 野 未 央 子 著 『 本 当 の こ と を 言 お う か 』 集 英 社 , 1991, p83
6 6 佐 野 未 央 子 著 『 本 当 の こ と を 言 お う か 』 集 英 社 , 1991, p98­101
62
63
16
つの手がかりとなる。とすれば、児童生徒の私生活に深くかかわ
る形で指導を行う教員にとって、図書館における利用記録は、生
活指導上、大変有用な資料となりうるはずである。実際に、全国
図書館大会などでも、教員による読書記録の照会問題は取り上げ
ら れ て お り 、 図 書 館 員 と し て の 対 応 の 難 し さ が 報 告 さ れ て い る 67。
渡辺重夫氏は、教員による児童生徒の貸出記録や読書事実の開
示要求に対しては、以下のような考えに基づいて行動することが
望ましいと主張する。
「 図 書 館 が 利 用 者 を 特 定 図 書 と 結 び つ け る 理 由 (何 ら か の 貸 出 方
式 に 基 づ い た 貸 出 を 行 う 理 由 )は 、図 書 館 資 料 を 適 切 に 管 理 す る た
め で あ っ て 、利 用 者 と い う 人 を 管 理 す る た め で は な い 」「 こ う し た
理由は、学校図書館においても何ら異なるところはないのであっ
て、児童生徒の読書傾向を調べたり、図書館利用の指導資料にす
る た め に 読 書 記 録 が あ る わ け で は な い 」「 ” 教 育 に 必 要 な 情 報 ” の
入手は、あくまでも本人が承知した上でなすべきであって、本人
の 知 ら な い 間 に ”こ っ そ り ”と 入 手 す べ き こ と で は な い 。 そ れ が 、
人権に配慮した教育であり、学校図書館にもそうした運営が求め
ら れ て い る 」 68
塩見昇氏もまた、この問題に関して、以下のような考えを示し
ている。
「 貸 出 記 録 に は (中 略 )本 来 の 用 途 以 外 に い く つ か の 使 わ れ 方 が あ
り 得 る 」「 し か し 、利 用 者 が 資 料 を 借 り る た め に の み 提 供 し た デ ー
タは、資料が返却されれば当人に「返す」のが筋である。それを
目的外に使うということは、当人がまったく予期していないことで
ある。それが自分に対する判断の根拠となったり、指導資料ともな
ると分かれば、本来の読みたい資料を借りるという行為そのものが
歪められることもあり得るだろう。それは他にどれだけのメリット
が 想 定 さ れ て も 、 あ っ て は な ら な い こ と で あ る 」 69
つまり、貸出記録を初めとする図書館の利用記録は、本来、図書
館資料を管理するためのものであり、児童生徒を管理する為のもの
ではない。よって、生活指導を目的とした貸出記録や読書傾向の照
会については、図書館員は原則として応じてはならず、応じる場合
には、利用者本人からの承諾を得なければならないと考えることが
できる。図書館は、本来、生活指導のための情報を本人に内緒で集
めるスパイ機関ではない。仮に、心配な生徒がいたとして、その利
用者が図書館の常連であったとしても、図書館の記録から間接的
に心の中を探ろうとするのではなく、教員自身が直接、本人から
聞くということが、本来のあり方なのである。
本研究が調査した漫画作品において、教員が図書館員に対して
利用記録を開示するように要求する場面は描かれていない。しか
し な が ら 、 こ の 問 題 に 関 連 す る 問 題 と し て 、 『やってらんねェぜ!』
の図書館員の行動は注意が必要だろう。
本 作 品 で は 、自 分 が HIV に 感 染 し て い る の で は な い か と 心 配 に
な っ た 男 子 生 徒 が 、図 書 室 の 本 を 使 っ て HIV に つ い て 調 べ る と い
うシーンが描かれている。図書館員はその行為を書架の影からた
中 島 彰 子 著「 第 22 回 JLA 学 校 図 書 館 部 会 夏 季 研 究 集 会 報 告 ― 学 校 図 書 館 と 個 人 情 報・教 育 の 中 の
プ ラ イ バ シ ー 」『 図 書 館 雑 誌 』 86(11), 1992.11, p802­803
6 8 渡 辺 重 夫 著 「 個 人 情 報 の 保 護 と 学 校 図 書 館 ― プ ラ イ バ シ ー 権 と 結 び つ け て (2)」
『 学 校 図 書 館 』 492,
1991.10, p67­69
69 塩 見 昇 著 「 プ ラ イ バ シ ー の 尊 重 」
『 学 校 図 書 館 』 507, 1993.1, p30­31
67
17
ま た ま 見 か け 、思 い 詰 め た 様 子 が 気 に な っ て「 何 を 調 べ た い の ? 」
と声をかけるのだが、男子生徒は「いや、あー、健康関係の本っ
て こ こ に あ る だ け ? 」7 0 と 言 っ て 立 ち 去 っ て し ま う 。後 日 、図 書 館
員は保健室に寄った際に、男子生徒の行動について、養護教員に
「 ど う も エ イ ズ に つ い て 調 べ て た よ う な の よ 」「 た だ の 興 味 本 位
っ て 感 じ じ ゃ な か っ た か ら 気 に な っ て … 」 7 1 と 相 談 を し て い る (図
41)。
もちろん、ここでの図書館員の行動は利用者の承諾を得たもの
ではない。同じ学校の教員ではあるが、養護教員は明らかに図書
館 外 部 の 人 間 で あ り 、「 エ イ ズ の 本 」と は 利 用 者 の 読 書 傾 向 を 開 示
する行為である。本事例は、上に挙げた、生活指導を目的とする
教員による情報開示の要請とは、図書館員が自ら情報を開示する
という点で異なっているが、図書館員が、図書館員以外の学内の
人 間 に 、 教 育 (生 活 指 導 )目 的 で 、 か つ 本 人 に 無 断 で 、 読 書 記 録 ・読
書傾向を開示するという点は全く同じである。
既に述べたように、自分が読んだ本の内容を図書館員が外部か
らの要請に対して安易に開示する図書館があるとすれば、その図
書館を利用する人間の読書行為は、本来のものとは違う形に歪め
られてしまう可能性が非常に高い。学校図書館もまた、児童生徒
が読んだ本のタイトルを教員に報告することがあるとすれば、児
童生徒は教員に知られてもかまわない本しか手に取らなくなるだ
ろ う (あ る い は 図 書 館 を 利 用 し な く な る だ ろ う )。 こ う し た 状 態 は 、
「 知 る 自 由 」「 読 書 の 自 由 」を 保 障 す る 図 書 館 と し て の 機 能 を す で
に失っており、もはや「図書館」とは言えないものである。生活
指導が目的であったとしても、利用者に無断で図書館員が生徒の
読書傾向を外部に漏らすことは、一般的な「図書館員の倫理」に
はそぐわない行動であると言える。
し か し な が ら 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 職 務 を ま っ と う す
ることは、一方で、心配な利用者を放置することにもなってしま
う。公共図書館とは異なり、学校図書館には「読書指導」という
サービスを通じて、個人の成長を「望ましい方向へ導く」という
指 導 的 な 役 割 も 期 待 さ れ て い る 7 2 。個 人 の 読 書 に 全 く 干 渉 し な い と
いうことは、教育サービスに従事する学校図書館員のあり方とし
て 問 題 と な る だ ろ う 。そ も そ も 、高 校 生 に と っ て 、「 HIV に 感 染 し
ているかもしれない」という不安は一人で抱え、解決できる問題
とは到底考えられない。教員を初めとした大人の助言も必要であ
る。その際、心身の健康について、養護教員のアドバイスを求め
ることは、学校内において当然の行為であると考えることもでき
る。
と す れ ば 、『 や っ て ら ん ね ェ ぜ ! 』に み る 事 例 の よ う に 、利 用 者
の 不 審 な 行 動 を 察 知 し た 場 合 に は 、「 読 書 に 干 渉 し な い 」と い う 方
針の下で、完全に利用者を放っておくことではなく、利用者の秘
密を最大限守りつつ、利用者の悩みを解決するような働きかけが
必要となるのではないだろうか。
図 41 『 や っ て ら ん ね
ぇ ぜ ! 』 ©秋 月 こ お ・こ
いでみえこ/徳間書店
秋 月 こ お ・こ い で み え こ 著 『 や っ て ら ん ね ぇ ぜ ! 』 第 5 巻 , 徳 間 書 店 , 1998, p67­68
秋 月 こ お ・こ い で み え こ 著 『 や っ て ら ん ね ぇ ぜ ! 』 第 5 巻 , 徳 間 書 店 , 1998, p120­123
7 2 「 読 書 指 導 」 子 供 の 発 達 に 応 じ て 、文 字 を 読 む だ け で は な く 、適 切 な 読 書 へ の 動 機 付 け を 行 っ て 、
文 章 を 鑑 賞 し 、読 書 能 力 を 高 め 、そ れ に よ っ て 自 己の 生 活 を 充 実 さ せ 、ひ い て は 子 供 の 人 格 を 望 ま し
い 方 向 へ 導 く と と も に 、社 会 に 適 用 し て い く 能 力 を 身 に つ け さ せ る こ と 。(日 本 図 書 館 学 会 用 語 辞 典 編
集 委 員 会 編 『 図 書 館 情 報 学 用 語 辞 典 』 丸 善 , 1997, p146)
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71
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まず、行わなければならないことは、図書館員自身による図書
館 サ ー ビ ス を 通 じ て の 対 応 を 検 討 す る こ と だ ろ う 。 HIV の 問 題 が
高校生にとって身近な問題となっているとすれば、問題に関連す
る資料を積極的に集めたり、資料展示の企画などを通じて、問題
意識を高めることも可能である。学校図書館には読書を通じての
カウンセリング機能も期待されている。例えば、小松田知子氏は
「中学受験の不安を抱えた6年生など、純粋に読書を楽しみたい
という子供たちの他にも、不安な心を抱えた子供たちが来館して
くる。司書教諭が、一人一人に声をかけ、不安を取り除けるよう
な 本 を 推 薦 し て あ げ る と 、す が る よ う に 借 り て い く 姿 が あ る 」7 3 と
報告している。児童生徒からの相談があれば、それぞれの悩みを
解決できるような本を勧めるという形でのサービスも可能だろう。
個々のケースが、図書館員による相談、対応では難しいと判断
し た 場 合 は 、教 育 サ ー ビ ス の 専 門 家 (養 護 教 員 、他 の 教 員 な ど )に 相
談することも検討したい。そもそも図書館員は、情報の専門家で
は あ る が (司 書 教 諭 は 教 育 の 専 門 家 で も あ る )、カ ウ ン セ リ ン グ の 専
門的な知識を持たない。その児童生徒についてよく知っている担
任や、同僚の教員へアドバイスを求めることも必要だろう。ただ
し、その際には、利用者のプライバシーについて十分に配慮した
い 。図 書 館 外 部 の 人 間 に 、読 書 記 録 ・読 書 傾 向 等 の 情 報 を 含 む 利 用
者個人の館内での行動についての相談を行う際には、第一の段階
としては、利用者の学年、個人名、性別は、原則として伏せて行
うべきである。養護教員、スクールカウンセラー等の外部の専門
家 へ の 相 談 後 に 、彼 ら が 悩 み を 抱 え る 利 用 者 と の 直 接 的 な 対 話 ・相
談を求める場合は、図書館員自身から利用者に対してカウンセラ
ー等との相談を勧めるべきだろう。その後、図書館員は一切、外
部に利用記録を開示していないことを告げた上で、外部機関に相
談するか、しないか、は利用者自身の決定にゆだねる。利用者が
相談を拒否する場合でも、できるだけ利用者自身から相談に行く
ように説得を続けたい。
『やってらんねェぜ!』にみる図書館員の行動は、外部の専門
家への相談そのものは特に問題のある行為とは言えないだろう。
ただし、この図書館員は、図書館サービスを通じての問題解決を
検討しておらず、しかも、相談の際に利用者の承諾なしに個人名
を挙げている。図書館員の行動としてはやはり軽率である。
図書館員と教員との関係についての問題としては、この他にも
延 滞 事 実 の 漏 洩 が 挙 げ ら れ る 。 例 え ば 、 『恋 とマシンガン』(図 42)で
は、延滞の督促に応じない生徒のもとを訪れた図書館員が、別件
で や っ て 来 た 教 員 に「 あ ん た も こ い つ の 取 り 立 て ? 」と 尋 ね ら れ 、
「 そ う で す け ど 」7 4 と 答 え る 場 面 が 描 か れ て い る 。図 書 館 に よ っ て
は、延滞者氏名や冊数、返却期限等を掲示板等に張り出す場合も
あるが、返却義務を怠った利用者の貸出記録は守られる必要がな
いと安易に考えるのは危険であろう。特に学校図書館員の仕事の
中には、児童生徒に図書館を利用する上での公衆道徳を教えるこ
とも含まれている。安易に延滞事実を教員に伝え、協力を求める
のではなく、まずは図書館員自身による解決を考えたい。
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図 42 『 恋 と マ シ ン ガ
ン 』©徳 丸 佳 貴 / 桜 桃 書
房
小 松 田 知 子 「 司 書 教 諭 の い る 学 校 図 書 館 」『 学 校 図 書 館 』 1997.3, p30
徳 丸 佳 貴 著 『 恋 と マ シ ン ガ ン 』 桜 桃 書 房 , 1998, p22
19
3. 3 個 人 情 報 の 漏 洩 ・個 人 的 使 用
最後に、利用者の住所氏名、家族構成等の個人情報の管理につ
いて考えてみよう。図書館に限ったことではないが、業務上、利
用者から預かっている個人情報というものは厳重に管理されるべ
きであり、安易に外部に開示することはできない。
例 え ば 、『Papa told me』(図 43)に 登 場 す る 図 書 館 員 は 、男 性 利 用
者のプロフィールを詳細に主人公に話している。ある日主人公は
「単に冷房の効いた遊び場ではない」という信念を持つ男性利用
者が館内で騒ぐ子供を注意し、その母親と口論になる場面を見か
ける。主人公は、カウンターの職員に「あのおじいさん、どうい
う人ですか?」と尋ねるのだが、職員は「ああ、遠山さん」と個
人 名 を 伝 え た 上 で 、「 え ら い 学 者 」 で あ る こ と 、「 図 書 選 定 委 員 」
であること、子供の読書ルームの建設に関して反対しており、他
の 利 用 者 と 対 立 し て い る こ と を 詳 細 に 告 げ て い る 7 5 。主 人 公 は 小 学
生であるが、だからといって個人情報を安易に告げていいわけで
はない。
『ALEXANDRITE』(図 44)に 登 場 す る ア ル バ イ ト 職 員 は 、 主 人 公 か
ら「中退した学生も含めた名簿とか見られないかな」と頼まれて
い る 。「 そ う い う 記 録 は (中 略 )プ ラ イ バ シ ー に 関 わ る こ と だ し 」 7 6
と一度は依頼を断るのだが、結局は、専任職員に内緒でその記録
を 利 用 者 に 渡 し て い る (中 退 者 名 簿 は 図 書 館 の コ ン ピ ュ ー タ か ら
ア ク セ ス で き る よ う に な っ て い る ) 77。 個 人 情 報 は 安 易 に 外 部 に 開
示してはならないという問題意識は見られるが、プライバシーを
守ることと図書館職員の義務とは結びつけられていないようだ。
『LUV~愛 とか、恋 とか。~』(図 45)で は 、図 書 委 員 の 男 子 生 徒 に 思
い を 寄 せ る 主 人 公 に 対 し て「 シ ッ キ ー (男 子 生 徒 の 名 前 )の お 家 っ て 、
地 方 の 旧 家 で キ ビ シ イ の よ 」「 問 題 を 起 こ す と つ れ も ど さ れ る 」 7 8
と、生徒の家庭環境を伝えている。もちろん、利用者の承諾を得
ているわけではない。
利用者の個人情報を、図書館員が個人的な目的で使用するとい
う行為もいくつかみられた。近年の解釈として、個人情報は目的
に応じて使用されなければならないとされている。第三者への漏
洩ではないが、個人情報の目的外使用もまた人権侵害行為となる
だろう。
例 え ば 、 『日 常 茶 飯 事 』(図 46)で は 、 興 味 を 持 つ 利 用 者 の 個 人 情
報 (氏 名 )を 貸 出 カ ー ド を つ か っ て チ ェ ッ ク す る 女 子 職 員 が 登 場 す
る 7 9 。利 用 者 デ ー タ を 自 由 に 閲 覧 で き る 立 場 で あ る か ら こ そ 、そ の
モ ラ ル が 問 わ れ る 。同 様 に 、『図 書 館 であいたい』(図 47)で は 、ア ル
バイト職員が、同僚と、同僚とつきあっているらしい利用者の貸
出 カ ー ド か ら 、そ の 個 人 情 報 を 無 断 で 閲 覧 し 、名 前 ・出 身 校 を 調 べ
る シ ー ン が 描 か れ て い る 8 0 。「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 倫 理 は 、
「図書館活動に従事するすべての人びとに化せられた義務」であ
る 8 1 。ア ル バ イ ト 職 員 で あ っ て も 、利 用 者 デ ー タ を 個 人 的 な 興 味 で
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榛 野 な な 恵 著 『 Papa told me』 第 17 巻 , 集 英 社 , 1996, p151­155
成 田 美 名 子 著 『 ALEXANDRITE』 第 2 巻 , 白 泉 社 , 1992, p84­88
成 田 美 名 子 著 『 ALEXANDRITE』 第 6 巻 , 白 泉 社 , 1992, p58­63
兄 崎 ゆ な 著 『 LUV~ 愛 と か 、 恋 と か 。』 第 1 巻 , 小 学 館 , 2001, p150
新 井 理 恵 著 『 日 常 茶 飯 事 』 小 学 館 , 1995, p53
今 市 子 著 「 図 書 館 で あ い た い 」『 COMIC イ マ ー ジ ュ 』 Vol.8, 1993, p167, p174
「図書館員の倫理綱領」第3
図 43 『 Papa told me』
©榛 野 な な 恵 / 小 学 館
図
44
『 ALEXANDRITE 』 ©
成田美名子/白泉社
図 45 『 LUV~ 愛 と か 、
恋 と か 。』 © 兄 崎 ゆ な /
小学館
図 46 『 日 常 茶 飯 事 』©
新井理恵/小学館
図 47 『 図 書 館 で あ い
た い 』©今 市 子 / 白 夜 書
房
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閲覧することは許されない。
おわりに
漫 画 作 品 の 中 に は 、 図 書 館 ・図 書 館 員 が 多 く 描 か れ て い る 。 漫 画 と い う 表 現 分 野 に お い て 、
図書館は決して遠い存在ではない。しかしながら、漫画作品に登場する図書館員の行動を、
「 図 書 館 の 自 由 」と い う 観 点 か ら 再 考 す る と 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 図 書 館 員 の 倫 理
と は 正 反 対 の 行 動 が 多 く 描 か れ て い る こ と が 明 ら か と な る 。「 図 書 館 員 と は 何 か 」と い う 本 質
的な部分は、漫画作品を描く作家、漫画作品を編集出版する出版者の意識のレベルでは、ほ
とんど理解されていないのが現状である。利用者の秘密を漏洩する行為の大半が、漫画特有
の誇張や冗談という表現方法を伴わないことに注目すれば、それを受け止める読者のレベル
に お い て も ま た 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 図 書 館 員 の 倫 理 は 誤 解 さ れ た ま ま 伝 わ っ て い
る可能性が高い。
し か も 、利 用 者 の 秘 密 を 漏 洩 す る 図 書 館 員 は 、古 く は 1980 年 代 初 め か ら 、 2001 年 の 作 品
ま で 、繰 り 返 し 描 か れ 続 け て い る 。そ の 一 方 で 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」こ と が 図 書 館 員 の 重
要な仕事であるという認識は、漫画作品の中ではほとんど描かれておらず、描かれている場
合 で も 、『 幻 境 図 書 館 』や『 探 偵 日 記 』の よ う に 、そ の 本 質 が 理 解 さ れ て い る と は 言 え な い 状
況にある。残念ながら、漫画作品については、依然として歪んだ姿で図書館員が描かれ続け
ているというのが、現時点までの調査結果をもとにした結論である。
と こ ろ で 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」ま た は「 図 書 館 の 自 由 」と い う 概 念 が 、漫 画 作 品 に お い
て 、 な か な か 定 着 し な い の は ど う し て だ ろ う ? も ち ろ ん 、「 図 書 館 の 自 由 」 と い う 概 念 は 、
専門的な概念であり、図書館学を学ぶ人間にとってもまた本質的な部分をつかみ取るのはな
かなか難しい。専門的な視点からみた図書館職員像と図書館学を専門的に学んだことがない
(で あ ろ う )漫 画 作 家 や 出 版 者 の レ ベ ル で 見 た 図 書 館 像 が 異 な る の は 当 然 と も 言 え る か も し れ
ない。その他の専門職がメディアの中で描かれる場合でも、例えば、警察官が銃を自宅に持
ち帰るなど、現実にはあり得ないストーリーが横行している。職業の専門性とは往々にして
一般には理解されにくいものなのかもしれない。
し か し 、問 題 は 果 た し て そ れ だ け な の だ ろ う か 。筆 者 は 、そ の 一 つ の 原 因 と し て 、「 図 書 館
の自由」という概念が、図書館の現場において、本質的に理解され、実践されていないこと
があるのではないかと考えている。もちろん、貸出記録や読書傾向などの漏洩行為が行われ
ることはほとんどないだろう。しかし、業者が設計する図書館の貸出システムの中には、貸
出記録が資料返却後も消去されずに保管され続けるものもあると耳にすることもあるし、記
入済みの複写申込み用紙がコピー機脇に放置されているセルフサービス式のコイン複写サー
ビスを行う図書館を見たこともある。大学図書館では、近年、一般市民への開放が進んでい
ると言われているが、一般利用者向けの受付簿が入り口ゲート付近に放置されているところ
もある。受付簿や複写申込書には、利用する資料や目的、住所や氏名、電話番号を記入する
ことが多く、個人情報の保護という観点から見て大変危険なシステムであろう。つまり、こ
うした図書館環境が、利用者のレベルでのプライバシーに対する感覚を麻痺させ、図書館員
の倫理としての「利用者の秘密を守る」ことの重要性への理解を妨げているのではないか、
と筆者は考えるのである。
あるいは、図書館の利用記録が果たしてプライバシー、つまり
「利用者の秘密」にあたるのか、という社会的なコンセンサスの
有 無 も 、そ の 妨 げ と な っ て い る の か も し れ な い 。一 般 に「 図 書 館 」
と い う 場 所 は「 勉 強 を す る 場 所 」で あ り 、「 ま じ め な 場 所 」と い う
イ メ ー ジ が 強 い と 言 わ れ る 。と す れ ば 、一 般 的 に は 、「 他 人 に 知 ら
れて恥ずかしいような本は、そもそも図書館には置いていない」
と い う 考 え が 定 着 し て い る の で は な い だ ろ う か 。例 え ば 、『前 向 き
100%』(図 48)で は 、 人 気 の 無 い 図 書 館 を 人 で 一 杯 に し よ う と 「 ま
んがや雑誌とか読みやすいものをいっぱい入れて」と提案する図
図 48『 前 向 き 100% 』
書 委 員 の 主 人 公 に 対 し て 、「 学 校 図 書 館 は 地 味 で 静 か で む ず か し
©竹 本 泉 / 主 婦 と 生 活
社
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い 本 を ひ っ そ り 読 む 場 所 な の 」8 2 と 強 固 に 反 対 す る 図 書 館 員 (司 書 教 諭 )が 登 場 す る 。ま た 、現
実の図書館に目を転じても、自殺マニュアル本やヌード写真集を公共図書館に置くというこ
と だ け で 、さ ま ざ ま な 議 論 が 起 こ っ て い る し 、過 去 に 収 集 し た 資 料 で あ っ て も 、『 ち び く ろ サ
ンボ』のように、何らかの問題が起こるとすぐに書架から排除されてしまうこともある。こ
れ で は 、「 読 書 の 自 由 」と「 図 書 館 の 自 由 」は 結 び つ き に く い し 、図 書 館 に は「 良 書 」だ け で
な く 、「 良 い 」「 悪 い 」 と い う 価 値 判 断 を 越 え て 、 さ ま ざ ま な 本 が 収 集 さ れ て い る と い う 意 識
も根付きにくいだろう。
本 論 文 で は 取 り 上 げ な か っ た が 、漫 画 作 品 に お い て 、「 図 書 館 の
自 由 」「 図 書 館 員 の 倫 理 」 が 誤 っ て 描 か れ る 事 例 は 、「 利 用 者 の 秘
密 を 守 る 」 と い う こ と に 関 し て だ け で は な い 。 例 え ば 、 『きこちゃ
んすまいる』(図 49)と い う 漫 画 作 品 で は 、 児 童 図 書 館 に お い て 「 発
禁図書ばかり借りたがる」幼稚園児が登場し、ト書きにおいて、
図書館員から「じつはけっこうケムたがられている」と紹介され
ている。ここで言う「発禁図書」とは『ちびくろサンボ』のこと
で あ り (作 中 で は「 ち ○ く ろ サ ○ ボ 」と 表 現 さ れ て い る ) 8 3 、資 料 提
図 49 『 き こ ち ゃ ん す
供の自由という職務に関して、あいまいな態度が描かれているこ
ま い る 』©布 浦 翼 / 講 談
とが分かるだろう。こうした態度もまた、現実の図書館、図書館
社
員の姿を反映させたものなのかもしれない。
と も あ れ 、「 利 用 者 の 秘 密 を 守 る 」と い う 図 書 館 員 の 倫 理 が 、社 会 の 中 で 定 着 す る た め に は 、
も う 少 し 時 間 が か か る の か も し れ な い 。そ し て 、「 図 書 館 の 自 由 」と い う 理 念 を 定 着 さ せ る た
めには、やはり「図書館の自由」を現実のサービスで正しく実践することしか方法はないと
筆 者 は 考 え て い る 。そ の た め に 、私 た ち は ま ず 、「 図 書 館 の 自 由 」と い う 概 念 に つ い て 謙 虚 に
学 ば な け れ ば な ら な い 。 本 論 文 が そ の 一 助 と な れ ば 幸 い で あ る 。 (2001 年 9 月 30 日 )
82
83
竹 本 泉 著 「 前 向 き 100% 」『 む き も の 67% 』 主 婦 と 生 活 社 , 1997, p17­18
布 浦 翼 著 『 き こ ち ゃ ん す ま い る ワ イ ド 版 』 講 談 社 , 1993, p87
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