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心をつなぐ詩の授業
国際文化フォーラム通信 no. 81 2009 年 1 月 見る聞く考えるやってみる授業 ── $1 心をつなぐ詩の授業 四万十市大用中学校教諭 矢野富久味 1. 表現ノート「心の目」 に提出してきます。1 年間に 13 冊も書いた生徒もいます。な 中学校国語科担当の教師になってから、ずっと続けてきた かには、中学時代はちっとも出してこなかったのに、高校に 実践の一つが、表現ノート「心の目」です。このノートが生 進学して一人暮らしを始めたとたんに、せっせと書いて送っ まれるきっかけになったのは、母校での教育実習でした。毎 てくる生徒もいました。書き出す時期はそれぞれですが、 「心 日学校で会っているにもかかわらず、手紙を手渡されること の目」がそのきっかけになっていると思います。 がとても多くて驚きました。生徒たちは心のなかに「自分の ことを知ってほしい」 「誰かに分かってもらいたい」という思 2. 詩を読み合う授業 いがあるのではないか。面と向かって言えないことも、手元 生徒たちは、安心して自分を出せる場があればあふれるよ に置いていつでも書きたいときに書けるノートを持たせたい うに表現し、 「書くことの喜び」を綴った詩もたくさん出てき と思いました。 ます(右下参照)。 印刷所に頼んでノートを作り、 「心の目」と名づけました(自 心を開いて書く生徒が多くなれば、その作品を読んで「自 由に書いていつでも提出してよいノートです) 。最初の見開きに、 「自分 分も書いてみようかな」と思う生徒も増えてきます。そこで、 や自分のまわりを心の目で見つめ、本音を書くことによって 「心の目」のなかから 自分を解放しよう」という呼びかけのことばを載せました。1 選んだ詩を無記名で ページが 200 字の原稿罫で、見開きで 400 字原稿用紙 1 枚分 プ リントし、 「詩を になり、全部で 48 ページあります。下部に余白をたっぷりと 読み合う授業」をし り、赤ペンでコメントを記すと、それに対してまた生徒が書 ています。作文や感 いてくることもあります。時にはイラストが描かれているこ 想文も読み合います ともあります。 が、短くて自由に表 生徒が表現力を最も発揮するのは、本当に書きたいことが 現しやすい詩のほう あるときです。行事などのあとで命じられて一斉に書くとき が、生徒たちには人 よりも、日常生活と結びついたことを自由に書くほうが、表 気があります。掲載 現する喜びにつながるように思います。中学生は書くことが された詩を心を込め 嫌いだと思われがちですが、書く楽しさを知れば毎日のよう て朗読し、自分が感 動した一編を選んで 感想を書く 1 時間で すが、今までに勤務 したどこの学校でも 生徒が心待ちにして いる授業です。 普段はにぎやかな クラスでも、この時 ばかりはシーンとな って、プリントを真 剣に見入ります。全 イラストも描かれた「心の目」 。 部読み終わった頃を 支え [中 3 女子 N.Y] 「心の目」があるから自由になれる 「心の目」があるから素直になれる そんな気がする 誰かに見てほしいとか ノートがたくさんだとかいうことじゃなく 私はただ、このノートに本当の気持ち 正直な気持ちを書いている 私の一つの支えです どんなときでも、このノートに書くと 全部ふっとんでいきそうな気がする…… このノートが終わる頃の自分は どうなっているのだろう 気がつくと、ノートはたくさんあった ノートがたまると 私の気持ちもそこにたまってくる 私の宝物です そして、一つの支えでもあります 「心の目」を書いている人へ [中 3 女子 N.H] 詩を書いたあとって 不思議な感じがしませんか? なにかをやりとげたって感じで…… 私はいつも笑みがこぼれてます いい気分です これも一つの カウンセリングなのかなぁ? 11 国際文化フォーラム通信 no. 81 2009 年 1 月 みはからって、 「一編ずつ朗読していきましょう。勇気を出 して自分の詩を読める人は挙手してね」と声をかけます。 青春の舞台で̶̶人を愛して̶̶ [中 3 男子 K.T] 話せない そして 風になびく君の髪 声をかけられない あれこれと思いうかべてみる 正面を向くと 何も言えない あの人を好きになってから 青春という大きな舞台で はずかしいのか こわいのか? 愛する人に u詩はただ書くだけじゃなくて、気持ちを伝えるものでもあると思う。 みんなの気持ち、よく分かる。こんな授業、増やしてほしい。みん な自分の気持ちが伝えられないから、殺人や社会に反していること が起こってると思う。もっと自分の気持ちを詩や文章にぶつけてほ しい。 u自分の詩がプリントに載ると、ほんとにうれしくなります。みんなに 自分の心を読んでもらえて、ほんとにうれしいです。 「また詩を書こ う!」という気になれます。もっとみんなの心が知りたいし、私の心 もみんなに知ってもらいたいです。 3. 心を受け止める大人の存在 思っていることの半分も言えない 愛を語れる 愛してしまっては そんな人間に あこがれを感じて その人に愛は語れない いま 片想いかも知れない どうして? この恋を おい おまえ! なさけないぞ! 心をこめて その人の正面から 本当に人間と人間がふれあうなかから、初めて生徒の中に動 だからこそ勇気を持って 愛を語ってみよ 愛している人に 心をこめて き出すものがあるように思うからです。安心してありのまま 愛を語れるように 愛を語ってみよ ぬけるような秋の空 そよ吹く風になでられている コスモス この詩を読んだときの生徒の感想です。 u今日の国語の時間、なんかとっても嬉しかった。恥ずかしくて読め なかった僕の詩を、M君が自分から手を挙げて読んでくれた。涙が 出るほど嬉しかった。今度卓球でもしてみないか、とでも言ってみ たい気分だった。 表現ノート「心の目」に向かうとき、私はまず「受容」し「共 感」する感性をこそ大切にしたいと思っています。なぜなら、 の自分を表現することによって、認められ、連帯の喜びを体 験することは、一人の人間の変容の第一歩となります。子ど もの表情から、学習意欲から、将来の希望まで……驚くほど ダイナミックな変化を見せる大勢の生徒に出会いました。 次の作品は『高知県児童詩集やまもも』に掲載された詩で す。本年度は『2008 年度版日本子ども文詩集』に 2 名の作品 が掲載されました。 校外のコンテスト に応募したり、詩集 を発行したり、新聞 u T君が読みながら泣き出した時、感動した。あの詩は自分を隠して いなかった。 に掲載するなどして、 u みんな、すごくいい詩を書いていた。なんか、不思議な気持ちです。 一人ひとりの性格が出ているようで、読んでまたその人の他の面が 見られた。私もこのクラスの一人ということが嬉しかった。 ています。友だちと 読者を積極的に広げ の連帯はもちろんの こと、子どもの心の 通知表 [中 2 男子 H.M] 一学期の終わり 僕は信じれんかった 通知表に「1」がひとっつもないに 一年のときは三つずつもらいよったに 僕はおもわず文句を言った 「先生きのうの懇談で母ちゃんに見せたろ おー、いんで見せる楽しみがないに」 信じられない話かもしれませんが、 「詩を読み合う授業」 声を受け止めてくれ それやに二学期の終わりの参観日も のなかで感動して泣き出す生徒がいることも珍しくありませ る大人の存在が、今 先生はやっぱし母ちゃんに見せた ん。最初は驚き、戸惑ってしまった私ですが、そのうち「今 とても必要だと思い の子どもたちは本音で人と関わりあうことが希薄なのではな ます。 いか」という疑問を抱きました。だから、心を開いた詩を読 作品を読んだ生徒 んだとき、 「不思議な気持ち」になったり、 「もっともっとこ の保護者たちからも んな詩を読んで、みんなの心を知りたい」といった感想が出 数多くの感想が寄せ てくるのでしょう。 られています。 12 母ちゃんは僕に言った 「ヒロ、3 と 4 と 5 ばあで」 父ちゃんが言った 「そのままで行けよ」 笑いよった母ちゃんが 急におこったみたいに言った 「おまん、遅刻が 14 回もあるつに」 国際文化フォーラム通信 no. 81 2009 年 1 月 保護者の感想より u毎回、子どもの「心の目」には驚かされ、そして感動しています。感 想も、素直であったかくて、すごくいい感じですね。友だちの詩に 同じ痛みを感じたり、励まされたり、癒やされたりしている。一人 ひとり、姿、形、考え方も違うのに、詩を通して気持ちがひとつに なっている。詩ってすばらしいですね。私も思わず感想を書きたく なってしまいました。子どもの「心の目」を読んで一番感じたことは、 自分のなかにあるどうしようもない弱さやもろさを見せてしまったと き、それが思いがけず相手を励ますことになったり、共感を感じさ せたりするのなら、それはもう弱さやもろさではなくなるんじゃない かなぁ。いつも強くなくてもいいんじゃない。人はみんな、弱さやも ろさをかかえて生きているんだから……。だから、ホッとできる空間 が、 家でも学校でも大事だと思うんです。自分が自分でいられる場所、 そこに行けば自分になれる場所を見つけて、大事にしてほしいと思 [男子の親] うんです。 ( 「心の目」のなかから選んだ詩のプリント)を読ませてもらいま 「心の目から」 u した。 「今時の若い者は……」というのは、いつの時代も聞かれること ばですが、中学生の考えていること、本質というのはあまり変わらな いものだと感心し、安心します。 「いやあ、我が家とそう変わらんやい [男子の親] か」と思い、親近感を覚えました。 u子どもたちは素晴らしい「心の目」を沢山もっているんですね。思わ ずハッとさせられたり、ほのぼのと温かい気持ちにさせてもらったり ……。毎日が慌しく過ぎていくなか、少し気持ちに余裕が無くなって [女子の親] いましたが、なんだかほっとするひとときでした。 うように、さまざまな立場があっても、基本は「人間と人間 の出会い・信頼」です。15 年、20 年とたって生徒と再会し たときも、 「先生、 『心の目』まだやってますか?」とよく聞か れます。私のホームページの書き込みにも、こんなコメント が入っていて、いまだに生徒から学ぶことが多い日々です。 私は「心の目」ノートにかなり救われました。今もずっと、助かって る子どもたちがいるんだろうなー。今みたいにブログで愚痴ぶちまける 場もなかったし、多感な時期に発散できる場ってなかったですよ。部 活に打ち込んだりできなかった私には「心の目」は発散の場でした。誰 かに心の叫び、それは抽象的な内容であれ、吐き出したい気持ちを詩 にして吐けたし、先生がコメントくれてたから私のあり余るストレス を受け止めてもらえたって気持ちになれたことが今でも思い出せます。 あれを自分の中で留めてたらきっと爆発してたと思います。先生が聞い てくれてる(直接は無理でも文字にして知ってもらえる)って、あの時の私に は重要でした。 15 年経った今でも「心の目」のノートは捨てずに保管してます。恐ろ しくて読み返せないけど(笑)。 表現ノート「心の目」や「詩を読み合う授業」 、そこから生 まれた 7 冊の詩集がみんなの心をつなぎ生きる力を育んでく れたことが、何よりの喜びです。 こうした大人からの感想は、プリントしたり読み聞かせた りして、生徒たちに伝えます。 保護者の感想を読んだ生徒のコメントより u大人の人の感想を読んで、また一段とみんながつながっていると思 った。悩みを書く自分、それを聞いてくれる先生、意見を言ってく れる友だち、そしてそれを見て感想を言ってくれる大人の人。これ からも「心の目」を通してつながっていきたいです。 u親は、自分勝手で、自分の意見を子どもに押し付けて、子どもの気 持ちなんか全然考えてくれないと思っていたけど、そんなことはな かったんですね。たぶん親も、子どもと同じで、必死なんですね。 u自分たちの詩を保護者の方々にも読んでいただけて、本当に感激で す。 「心の目」 の力ってすごい! みんなの心をつないじゃうんだから。 4. 15 年たった「心の目」 私が担任したクラスは、いつも「つながり学級」と名づけ てきました。学級通信のタイトルも「つながり」です。 「親の つながり日記」と題したリレーノートを、保護者に書いてい ただいたこともありました。大人と子ども、教師と生徒とい 国際理解教育の授業実践を紹介するシリーズとして、本誌第 39 号 (1998 年 6 月発行)よりスタートした本シリーズは、今号をもって終了 いたします。これまで本シリーズにご協力いただいた皆さまには深くお 礼を申し上げます。 次号第 82 号(2009 年 4 月発行)より、TJF のウェブコンテンツを紹介 する新コーナーをスタートさせますのでご期待ください。 13