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低圧小型モータコイル用レヤーショート試験器の開発
第96号 平成12年2月 三 菱 電 線 工 業 時 報 低圧小型モータコイル用レヤーショート試験器の開発 Development of Layer Short Checker for Winding of Low-voltage Compact Motor Coil * 井 上 修 和 青 木 勝 N. Inoue M. Aoki * 要 約 家電製品などに大量に使用される低圧小型モータは,製造時に巻線コイルのエナメル被覆の損傷により,レヤー ショートと呼ばれる巻線間の短絡による不良が希に発生することがある。このようなモータは使用中にレヤー ショート部分が発熱し,焼損によるモータの故障につながる場合がある。そこで,低圧小型モータコイルに直流電 流を通電した後に発生する逆起電力を利用した,低圧小型モータコイルのレヤーショート試験器を開発した。本装 置は従来のインパルス試験方法と同程度の不良検出特性を有し,内部に高電圧発生回路を持たないため,誤操作に 対しても安全であるという特長を持つ。 キーワード: 低圧小型モータ,レヤーショート,インパルス試験器,逆起電力 Summary Low-voltage compact motors are widely used in various electric machines. Coil windings of low-voltage compact motors are rarely layer shorted during the manufacturing process. Such motors with layer short are thermally troubled in prolonged operation. We have developed the Layer Short Checker for Winding of low-voltage compact motor using reverse electromotive force which appeares when DC current of winding is removed. The Layer Short Checker has equal detection performance of that of traditional impulse checker. In addition, it is safe because it dose not use high voltage circuit. Key words:Low-voltage compact motor, Layer short, Impulse tester, Reverse electromotive force 1.まえがき 原理,構成につき報告する。 冷蔵庫やクーラー,洗濯機などの家電製品用として大量 2.レヤーショート検出方法 の低圧小型モータが使用されている。これらのモータ製造 時には,半成および完成試験として回転,抵抗,AC 耐圧, 従来,低圧小型モータのレヤーショート検出には,一般 インパルス試験などが実施されているが,当社では,AC耐 にインパルス試験器と呼ばれる装置が使用されている。 圧試験時に部分放電測定を併せて行うことのできる低圧 Fig. 1 に示すようにコイルにインパルス電圧を印加し,そ 小型モータ用のコロナ試験器を開発し,絶縁不良モータの のピーク付近で電圧を除去したとすれば,コイル両端の電 検出率を大きく向上することを可能にした。モータの不良 圧 Vc[V]の時間変化は理想的には Fig. 2 の(a)に示すように, としては,絶縁不良以外に,レヤーショートと呼ばれるエ コイルのインダクタンス Lc[H]と,浮遊容量 Cs[F]で決まる ナメル巻線間の短絡現象が希に発生することがある。これ は巻線のエナメル被覆が製造時などに損傷し,隣り合う巻 共振周波数 [ H z ] の連続発振波形となるが, 線間が短絡状態になることをいう。このようなモータを長 時間使用していると,レヤーショート部分が発熱し,焼損 実際には回路損失があるため,Fig. 2 の(b)に示すような減 によるモータの故障につながる場合がある。今回,このレ 衰振動波形となる。ここで,コイルにレヤーショート部分 ヤーショートを検出するために,コイルに発生する逆起電 があったとすると,それは等価的に Fig. 3 のように考える 力を利用したレヤーショート試験器を開発したので,その ことができる。すなわち,Fig. 3 の(a)のように隣り合う巻 線がショートしている場合,そこには鉄心を囲む閉ループ * 電力・電線事業部 電力情報システム部 が形成され,結果的に Fig. 3 の(b)に示すようにトランスの − 26 − コイル電圧Vc 低圧小型モータコイル用レヤーショート試験器の開発 鉄心 Vc (a) (b) 0 Cs 時間t インパルス電圧 (a)良品コイル (b)レヤーショートしたコイル Fig. 1 Fig. 4 Layer short test by impulse tester coil インパルス試験によるレヤーショート試験法 コイル電圧Vc Variation of oscillation waveform of layer shorted レヤーショートしたコイルでの波形変化 3.装置の構成 時間t 逆起電力法により,減衰振動波形を発生させるために 0 (b) は,単純にはFig. 5 に示すようにコイルに直流電流を流し, スイッチをオフにすればよい。このときにコイルに発生す る電圧 Vc は, (a) (a)理想的な発振波形 (b)実際の減衰振動波形 [V]……………………………………… Fig.2 Time dependencies of coil voltage コイル両端の電圧の時間変化 で与えられる。ここで,i は直流通電電流[A],t は時間[s]で ある。di/dt はスイッチがオン状態からオフ状態に切り替わ るまでの時間で決まるが,発生電圧がキロボルトオーダー になることと,開閉回数が多いことから,メタリックな接 点を持つリレーなどの使用は好ましくないため,可動部を 持たない半導体スイッチの検討を行った。必要な条件は高 トランス2次側 短絡と等価 レヤーショート 耐圧であること,動作時間が速いこと,オン抵抗が小さい ことである。これらは相反する要素で,一つの素子で,こ (a)レヤーショートしたコイル Fig. 3 (b)等価回路 れらを満足するものは得られなかった。そこで,N チャン ネル,エンハンスメント型の MOS-FET を多段に直列接続 Equivalent circuit of layer shorted coil し,かつ,その電圧分担を均等に保つための分圧器を併用 レヤーショート部分の等価回路 した半導体スイッチを開発した。その回路構成を Fig. 6 に 示す。ソース−ドレイン間のオン抵抗 RSD と FET のゲート 二次巻線をショートした場合と等価になる。このコイルに 電圧 VG の関係を Fig. 7 に示す。図より,ゲート電圧が高く 電圧を印加し,除去すると,この閉ループに損失電流が流 通電電流 i れるため,コイル両端の電圧の減衰振動波形が変化する。 Vc その様子を Fig. 4 に示す。波形の変化は,主に減衰時間の 短縮となって現れる場合が多いが,それ以外にも,波形の 変歪などとなって現れることがある。 Cs 今回,コイルへの電圧印加方法として,装置に高電圧回 路を用意するのではなく,コイル自身の逆起電力を利用し 直流電源 た手法を検討した。これにより,装置内部に高電圧回路を 用意する必要がなくなり,また,試験時以外には誤操作に よっても高電圧が発生することがなく安全性が高い。ま た,逆起電力による発生電圧の大きさ自身も不良コイル検 Fig. 5 出のパラメータとして利用できる。 Circuit for reverse electromotive force generation 逆起電力発生回路 − 27 − 第96号 平成12年2月 三 菱 電 線 工 業 時 報 Table 1 VG 1MΩ 多段半導体スイッチの仕様 N-E type FET 4700pF 1MΩ 1MΩ Specifications of cascaded semiconductor switch 入力ソース 項 目 仕 様 動作速度 約 200ns オン抵抗 R SD 7 Ω以下 耐 圧 7.2kVDC 最大開閉電流 9A 500kΩ N-E type FET 4700pF 500kΩ 4700pF 500kΩ N-E type FET 制御用 CPU トリガ回路 直流電源 1MΩ N-E type FET 4700pF 液晶表示器 500kΩ スイッチング 用発振器 1MΩ N-E type FET 4700pF 半導体ス イッチ キーボード 500kΩ ROM/RAM 出力ドレイン A/D変換器 12bit,10Msps 試験コイル Fig. 6 Cascaded semiconductor switch circuit 多段半導体スイッチ回路 コンデンサ分圧器 2500 オン抵抗RON [Ω] 2000 Fig. 8 入力ソース 電圧10V Block diagram of layer short checker 装置回路ブロック図 1500 まれ,カラー液晶パネルに表示されるとともに,減衰振動 波形に対して,不良を判定するためのパラメータ計算がお 1000 こなわれる。 500 4.不良コイル検出のための波形処理 0 6 Fig. 7 8 10 12 14 16 レヤーショート試験をおこなうときは,装置の測定用 18 ゲート電圧VG [V] リード線にモータコイルを接続し,1 秒間に 10 回程度の通 On-resistance-gate potential characteristics 電オンオフをおこない,取り込んだデータを平均化する処 オン抵抗−ゲート電圧特性 理によって S/N 比を向上させている。良不良は,減衰振動 波形が正常品のコイルと比較して,どの程度の差であるか なるにつれてオン抵抗が低下していくことがわかるが,実 をもって判定する。そのために以下の波形パラメータを自 測値によれば,ゲート電圧 14V 以上であれば,オン抵抗は 動計算させている。 7 Ω弱に収束している。実際には FET のオン抵抗を安定さ ) 面積差比 せるため,ゲート電圧は 48V 一定とした。よって,10V 程 試験コイルの減衰振動波形(テスト波形)と正常品の減 度の小型直流電源で,コイルに1A程度の電流を流すことが 衰振動波形(マスタ波形)の面積の差であるが,各時間に でき,コイルの容量によっても異なるが,およそ数 kV 程度 おける電圧の瞬時値を引き算して求める。すなわち,Fig. 9 の電圧を発生させることができる。この半導体スイッチの において, 仕様を Table 1 に示す。 面積差比= 装置全体の回路ブロック図を Fig. 8 に示す。逆起電力に 斜線部分の面積 マスタ波形の面積 × 100 [%]………> より発生した電圧はコンデンサ分圧器から,最大サンプリ にて計算される。コイルにレヤーショートが発生している ング速度 10Msps,分解能 12bit の高速 A/D 変換器に取り込 と,損失成分が大きくなるため,マスタ波形に比較して,振 − 28 − 低圧小型モータコイル用レヤーショート試験器の開発 5.不良コイル検出試験 ゼロクロスシフト テスト波形 実際にレヤーショートを起こしているサンプルを入手 V2 するのは困難なので(すぐに解体,再組立されてしまうた め),コイルの巻線から任意に 5 本のリード線を取り出し, V4 それぞれを短絡させてレヤーショートを模擬した。サンプ ルとしたのは,冷蔵庫などに用いられる単相の小型誘導 V3 モータ用ステータコイルである。その外観をFig. 10に示 V1 マスタ波形 す。大きさは 110mm φ× 145mmL,重さ約 5.3kg である。 全リード線解放にてマスタ波形を記憶させ,その後各 リード線を順次短絡していったときの波形の変化より面 Fig. 9 Parameters for oscillation waveform 積差比をパラメータとして測定し,従来のインパルス試験 減衰振動波形の波形パラメータ 器を使っての測定結果と比較した。結果を Table 2 に示す。 表より,逆起電力法による測定結果はインパルス試験器 動周期が短くなり,波高値の減衰も速くなる。これが面積 による結果とほぼ一致し,同等の検出性能を有することが 差に反映される。 確認できた。短絡リード線の組み合わせにより,波形の変 * ゼロクロスシフト 化が小さく,良品判定される組み合わせがあるが,試験で 試験コイルの減衰振動波形が電圧ゼロのラインを n 回ク ロスしたポイントをマスタ波形のものと比較する。すなわ 使用したコイルには主巻線と補助巻線があり,試験時に違 う方の巻線をショートしたものと考えられる。 ち, ゼロクロスシフト=abs(マスタ波形のn 回目のクロ スポイント−テスト波形の n 回 目のクロスポイント) 回数 n は選択可能である。Fig. 9 では n=4 である。面積 差比では判別が難しいわずかなインダクタンスの差が反 映されるので,レヤーショート以外にも,巻数に過不足が あるコイルを検出するのに適している。 + 減衰率比 Fig. 9 において,減衰振動波形の各ピーク電圧 V1 ∼ V4 よ り次式にて減衰率を計算する。 減衰率= 減衰率比= [%]………………? テスト波形の減衰率 マスタ波形の減衰率 × 100 [%]……@ Fig. 10 Appearance of low-voltage compact motor coil , 発生電圧 低圧小型モータコイルの外観 試験コイルの減衰振動波形の第 1ピークの電圧 V1 を正常 品のものと比較する。以上のパラメータを良品コイルのマ スタ波形の波形パラメータと比較して良不良判定がおこ Table 2 レヤーショート模擬試料での試験結果 なわれる。計算に用いるデータ点数や,判定に使用するパ ラメータの種類,判定しきい値などは任意に設定すること Test results with layer shorted model coil 短絡リード 逆起電力方式 インパルス試験器 面積差比( %) 判定結果 面積差比( %) 判定結果 1-2 6.1 良 7.2 良 1-3 2.9 良 4.1 良 1-4 6.1 良 6.2 良 1-5 31.0 不良 34.7 不良 2-3 48.4 不良 54.4 不良 2-4 74.5 不良 74.4 不良 ルで試験し,決定しておけばよい。良品コイルのマスタ波 2-5 76.2 不良 76.0 不良 形をメモリーからロードしたときには,何ボルトで試験す 3-4 50.7 不良 55.0 不良 3-5 85.6 不良 82.5 不良 4-5 88.6 不良 86.9 不良 ができる。また,良品コイルのマスタ波形は装置内の不揮 発性メモリーに最大 250 種類まで保存できるため,多品種 のコイルを試験するときにも良品コイルを実際に用意す る必要はない。試験時に何ボルトの直流電圧を加えると, 何キロボルトの試験電圧が発生するかは,実際に良品コイ べきかが画面上に表示される。1 回の測定に必要な時間は 約 2 秒である。 − 29 − 第96号 平成12年2月 三 菱 電 線 工 業 時 報 試作した装置の仕様を Table 3 に,外観を Fig. 11 に示す。 結果はカラー表示されるので見やすく,自動測定に対して はRS-232C インタフェースも備えている。各パラメータの 設定やマスタ波形のロードは,装置のテンキーボードから 入力する。測定結果の画面表示例を Fig. 12 に示す。マスタ 波形の減衰振動波形に対して,試験コイルでは振動周波数 が変化し,面積差比とゼロクロスシフトに差が生じている のが確認できる。 Table 3 Specifications of layer short checker レヤーショート試験器の仕様 項 目 仕 様 方 式 逆起電力方式 コイル最大通電電流 DC2A コイル最大印加電圧 DC18V 最大発生電圧 5kV A/D 変換周波数 10, 5, 2.5, 1.25, 0.626, 0.3125MHz A/D 変換分解能 12bit プレトリガー 液晶表示 判定パラメータ 外部制御 Fig. 12 Display example of test results 測定結果表示例 20 点 透過型 CSH カラー方式,8 色 320 × 240 ドット 6.む す び 面積差比,ゼロクロスシフト, 被測定コイル自身に発生する逆起電力を利用した低圧 減衰率比,発生電圧 RS232C 小型モータコイルのレヤーショート試験器の開発につい 試験時間 約2秒 最大記憶データ数 250 セット 使用温度範囲 0 ∼ 40°C の不良検出特性を有し,内部に高電圧発生回路を持たない 電 源 AC100V,50/60Hz,120W ため,誤操作に対しても安全であるという特長を持つ。今 寸 法 430W × 199H × 350Dmm 約 14kg 後は,装置回路構成の簡略化により低価格化を目指すとと 重 量 て報告した。本装置は従来のインパルス試験方法と同程度 もに,実試験により,その長期性能を確認していく予定で ある。 井上修和(いのうえ のぶかず) 電力・電線事業部 電力情報システム部 開発グルー プ 事故区間検出装置,劣化診断装置の開発に従事 電気学会,応用物理学会会員,工学博士 青木 勝(あおき まさる) 電力・電線事業部 電力情報システム部 製造グルー プ 測定器の設計技術に関する業務に従事 Fig. 11 Appearance of layer short checker レヤーショート試験器の外観 − 30 −