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「犬」を読むために

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「犬」を読むために
﹁犬﹂を読むために
﹁犬﹂を読むため
に
堀 部
○この間 読む度に手入れ。
このうち、私の見ることができたのは、
四六
功 夫
○昭和36年−月30目付刊﹃中勘助全集﹄第二巻に収録。
中勘助﹁犬﹂の文献的成立過程をごく簡便に表示することから始
A 初出
本文
めよう。従来は、単行本所収本文末の記述のみを見て、初出にあた
B 単行本所収
○大正10年12月26目 第二稿、原稿紙に着手か。
○大正10年u月 第一稿、洋罫紙に執筆中。
中勘助氏は﹁提婆達多﹂及び﹁銀の匙﹂の作者那珂氏と同一人であ
Aは、本文掲載に先だって﹃思想﹄編輯者によるく﹁犬﹂の作者
の各本文である。
C 全集所収
り確かめることをしなかったためか、大正12年作とする記述が多か
︹注︺
○大正u年3月2目? 右 へ 鋭 筆 で 手 入 れ 1 1 第 三 稿 、 了 。
る。近来他に﹁那珂﹂と称して物を書いてゐる人との混同を避くる
った。これでは余りに無造作だろうと思ったからである。
○大正u年3月8目 右を訂正浄書11第四稿、脱稿。
ため、氏は今後その実名を署することにした。 ︹改行︺氏がその寡
ふ。Vとの囲み記事があり、また本文題下にく︵未定稿︶Vと付す。
ることは、右に挙げた三っの創作にょって充分示されてゐると思
作に拘はらず、現代目本の極めて少数な優れたる芸術家の一人であ
、 、 、 、 、 、
、 、 、 、 、 、 、
○︹この間 ﹃思想﹄編輯者が若干字句を削除。︺
○大正12年7月4目 改訂本文、脱稿。
○大正u年4月−目付刊﹃思想﹄第七号に発表。初出である。
○大正13年5月10目付刊単行本﹃犬﹄に収録。
もあるが、一番口立っのは対警視庁的配慮よりする伏字の多用であ
Bは、Aの改訂本文である。その改訂部分は、推敵によるところ
0﹃現代目本文学全集75﹄︹筑摩書房、昭31・6・25︺の渡辺外喜三郎編一.
○斉藤昌一二︹本考文末掲載文献3︺P37
○翻多騨編﹃中学生文学全害一一新紀一兀仕嬰⋮3・一の﹁一中勘
中働助年譜﹂叫脱
○吉田精一編﹃日本文学鑑賞辞典近代編﹄︹東京常出版、昭35・6・30、
助︺年譜﹂レ醐
る。
Cは、Bを勘案しっつAを再訂した本文か。CのくあとがきVは
1
‘
︶
﹁犬﹂
四七
の所拠資料などこれまで全く明らかにされていないげれど、
する慣ひであつたが、 ︹略︺ ︹叫1︺
三ケ月の不擁の進軍をっ£けたのち内地の最窟裕な地方に達
も十六七回の印度侵入を企てた。いつも十月に首都を発して
して、紀元一〇〇〇年から一〇二六年のあひだにすくたくと
徒を迫害し、その財宝を掠略することをもつて畢生の事業と
有名なガーズニーのサルタソ・マームードは印度の偶像教
二 出典若干
春佳にあり、成立時の中勘助書簡を紹介した労は渡辺外喜三郎にある。
などである。このようた風潮のたかで、正しく初出を報告した功は鉾立
5︺の浅井清﹁中勘助﹂年譜叫鵬
○谷崎潤一郎︹他6名︺編集﹃日本の文学16﹄︹中央公論杜、昭以・9・
○藤原久八︹本考文末掲載文献5︺レ附
熊坂敦子﹁中勘助﹂弘⋮
○川副国基編集﹃人と作品現代文学講座5﹄︹明治書院、昭35・12・10︺の
長谷川泉
木俣修
管見本は後刷︺の熊坂敦子﹁銀の匙﹂項末叫洲
本作を読んでいくうえで参考となる。 ﹁犬﹂については
﹁提婆達多﹂ののち頭の中で派沌としてたものが仏教辞典で偶
きぎゃう
然目に触れた鬼形の挿画と、それから知ったビダラ法といふ呪
法が触媒的に活いて一遍に纏った。 ﹁思想﹂に出したため岩波
が警視庁へ呼ばれたけれど陳弁これ努めたお蔭で私も無事にす
んだ。そのとき朱線をひかれた個処はこの本でも全部省いてあ
る。警視庁はどうやら無事にすんだものの私の周囲や世問はさ
うはいかたかつた。作者の本意がわからない人びとの軽蔑や、
嫌悪や、邪推や、慣慨や、大変だつた。しかし二の人騒がせな
作品は自分ではよく出来たと思つてゐる。
と述べ、Cにも、外圧による省略部分がそのままであることをこ
とわっている。そのため、以下の木考に引用する﹁犬﹂の本文とし
ては、Aを採ることにした。なお﹁犬﹂本文に限らず、引用文の字
体は厳密でない。
︹注︺ ﹁犬﹂大正12年作とするものは
○水沢夏彦︹本考文末掲載文献1︺弘m
﹁ 犬 ﹂ を 読 む た め に
この書き出しは、■苧oo昌岸巨向ミサ曽冬ミミぎ∼ミに拠る部
もいえよう
う。 ﹁犬﹂
﹁犬﹂を読むために
分があるのではないか。co昌−艘の同書は﹃提婆達多﹄の参考書の
一つで、中が目を通していたのはほ父確実である。oo中&・︵O尊◎a
において
◎
四八
”時代“はそれほど重役をになっていない、
︹マームード軍の青年隊長ヂェラルがイソドの娘を凌屠し
た。娘はこの異国の青年を憎めず、かえって慕うようになっ
暮尋¢易−q肩易9岩旨︶の管見本を引用し、 ﹁犬﹂書き出しに生
かされているらしく思える部分に下線を引く。 、
オ8昌り鼻opざ
p箏p
巨昌ぎ8
︸尉 o”O旨”−−■Oo↓◎ずo■
昌彗O巨箏胴耳◎■09罧
◎︷乎o 巨蒜ユ暮.︹poo◎。甲oo◎。go︺
この屍骸を活動させる呪法1ーピダラ法の知識を、中は挿画入りの
と
の借用で済ませているわけで、そのてん﹃提婆達多﹄執筆時く参考
仏教辞典から得たという︵前掲あとがき︶。中が用いた仏教辞典とは
重って化物の屍骸が。 ︹以26∼27︺
の胸に突きさした。ヂュラルはどうと倒れた。そのうへ上折
てるうちに相手は突然痙撃的に右手をあげて小刀をぐさと彼
をひいた。一略一そしてヂ一ラルが刀をぬかうくとあせつ
手には研ぎすました小刀を握ってゐる。ヂェラルは覚えず身
骸なら戦場で見飽きてゐるがこれは生きて歩いてゐる。︹略︺
そしてつぶつた目から汁が流れだしてゐる。腐れか二つた屍
裸で、全身紫色にうだ腫れて、むっとするいやた臭ひがする。
たものがはひってきた。それは確に人問の形はしてゐるが素
といつてとびのいた。と、解き放たれた入口からぬうつと変
﹁あつ﹂
み寄った。そして鎖しの紐をほどいて顔を胞すや否や
ヂエラル方に派遣する。︺彼は立ちあがつて入口のはうへ歩
た。その娘をみて欲情にかられた老醜の苦行僧が、起戸鬼を
2
ま婁§具く冨着忌5プPP訂S。。98&&耳プ赤・・◎箏
射&着笛河奉ぎざ寿︸尉o。ま篶ざ◎署◎9晶亭¢︷◎﹃¢侍■
ぎく邑雪.声宥事︸§易−斗0H︵芦o.8べ︶亭o9◎考■◎︷
COま賞ぎ碕旨q易09箒♀”饒異POOぎ斗巨蒜ミ肖◎︷P宥O鼻9
︸o
げ易ぎ8oo◎︷巨oo−守8︸”買︸亭¢竃◎一go易◎︷巨︷−p凹■︷
ざ︸オo・8二ぎす冒◎易oo■一s■峯註昌星一ミぎ昌邑¢岸け︸¢
s﹃q◎萬 芽9﹃肩◎ 罵 ﹃ ︷ ざ ○ ︸ 竃 ■ H .
︸げo■g◎昌1 ざ−o︸くo
まき冒邑O昌−易の穿彗8くS箒9¢老&ま◎易ミ◎H邑声
︸事易
o﹃◎く−箏oooo
↓︸o■↓︸H0¢ 昌◎箏艘oo,g$p︸
↓︸¢ユo︸¢g
書は相当読んだけれど目的は小説で歴史ではないのだから結局自由
いかなる刊本であったか。
右の推測のごとくならば、中は﹁犬﹂の時代背景的記述を歴史書
な態度をとったV︵﹃中勘助全集﹄第二巻あとがき︶姿勢に通いあ
ビダラ 関 連 項 を 引 い て み た の で あ る 。
定して調査すれば管見分次の通りとなり、挿画の有るものについて
5︺ではないかと推測する。 ”仏教辞典。をいま近代刊・国書に限
私は、それを織田得能著﹃仏教大辞典﹄ ︹大倉書店、大6・1・
無し。
︿きちしやV︿しやもんだV︿びだらV︿めいたらV︿ゐだらV項
○藤井宣正著﹃仏教辞林﹄︹明治書院、大1・u・30︺にはくきしきV
版︺は挿画全く無し。
○浩々洞編纂﹃仏教辞典﹄︹無我山房、明42・9・10、管見本は後
明44・9・24︺第三巻︹コイソ∼サク、大5・12・8︺には関連項
チシヤV項無し。望月信亨著作となる同書第二巻︹キソラ∼コイソ、
一巻︹ア∼キソフ、武揚堂書店、明42・3・23︺にくキシキV︿キ
説明、 ﹃菩薩戒疏与成註中﹄・﹃文句十下﹄を引きく﹁ビタラ﹂﹁キツ
指示。それで叫洲くキシキVをみるとく毘陀羅法に用る鬼の名Vと
と説明、﹃演密抄五﹄・﹃法華文句十﹄を引きく﹁キシキ﹂を見よVと
く遮文茶の図Vを載せく悪鬼の名。夜叉趣なり、即ち起戸鬼なりV
田の辞典についてみると、まずレ⋮︿シャモソダV項に猪頭人身の
右の経緯で、織田得能以外の”仏教辞典〃を度外視する。さて織
・柳亮三郎一簿欝螺対校一一出版姦森一轟画全く無し。
画全く無し。
○荻原雲来著一灘仏教辞典一一丙午出笑大・⋮u一は挿
埜すVと説明するが、挿画を欠く。
冠を戴き、右手に器皿を持し、左手を挙に1して腰に当て、延の上に
なり。胎蔵界曼茶羅の外金剛部院西方に列せり。赤黒色猪頭にして
・12・23︺以伽くシヤモソダV項はく烙摩天の替属たる七母の上首
・21︺にはくキシキV︿キチシヤ﹀項無し。第二巻︹サ∼セ、大5
○仏教大学編纂﹃仏教大辞彙﹄第一巻︹ア∼コ、冨山房、大3・6
・鰍灘校閲・児島碩鳳轟一仏教字典一一白雲精食袈・・
・20、管見本は後版︺は挿画全く無し、で間題外。
○若原敬経編述﹃仏教いろは字典﹄四冊︹其中堂書店、明30・1・
5、刊年は第四巻による一。w四叫55︿吉庶V項にく又吉遮と言ひ、
正には詑粟著と言ふ﹁所作﹂と訳すVとして﹃法華経﹄を引く。w
四レ一⋮︿遮文茶V項は﹃翻訳名義集﹄を引くのみ。r四”洲く毘陀
羅V項はく章陀羅に同じVとして﹃法華経﹄を引く。r三叫21︿葦
を欠く。︿起ロゾ鬼V︿迷祖羅Vは項無し。
陀V項中に章陀羅くとも青へりVと。いずれの項も不得要領で挿画
○藤井円順編輯一鋸鰹議梵語字典一一哲学館大学、明銚・u
・5︺は挿画全く無し。
未発見。
四九
○望月信亨・荻原雲来・加藤玄智・鈴木暢幸編輯﹃仏教大辞典﹄第
﹁犬﹂を読むために
﹁犬﹂を読むために
五〇
凡杜、昭53・1・27、東洋文庫洲︺解説叫洲∼洲が啓蒙的。いまは
ちなみ信ダラについミ〃祉断叫嘗鬼二十五話一一平
ビダラ毘陀羅︹異類︺又、迷恒羅に作る。西土に呪法あり、死
ビダラの俳何する時空がく神々︵特にイソドラ︶や苦行者及びバラ
シヤ﹂を見よVとまた指示。こうして以48を開けると
屍を起たしめ去て人を殺さしむ之を毘陀羅法と名く。 ︹十謂律
モソは、屡々、人間や天人を呪って、その姿を動物、植物などに変
末掲載文献2︶
○︿おそらく仏典から材を取ったらしいこの怪奇講V︵杉森久英・本考文
昭26・u・15︺の﹁解説﹂︶
○︿仏教説話系統の作品V︵伊藤整﹃現代日本小説大系17﹄︹河出書房、
︹補︺ その他に、﹁犬﹂は
容させるV︵同書叫39訳註︶世界であることを銘記すれば足りよう。
二︺に﹁有二比丘一。以二二十九目↓求二全身死人↓召レ鬼呪1戸令!
起。水洗著レ衣著二刀手中↓若心念口説。我為レ某故作二砒陀羅↓
即謂二呪術↓是名二砒陀羅成↓若所レ欲レ殺人。或入二禅定↓或入ニ
ラバ
滅尽定↓或入二慈心三味↓若有二大力呪師護念救解イ若有二大力
天神守護↓則不。能レ害。是作レ呪比丘。先弁二一羊↓若得二芭蕉
樹↓若不1得!殺二前人一者。当殺二是羊一若殺二是樹↓如是作者善。
○︿仏典から取材したものV︵斉藤昌三・本考文末掲載文献3︶
O O O O O O
若不嚢還殺一是比岳是轟陀羅一一簾騒醗一梵網経
ともいわれている。︿仏典Vについて本文にふれた以外は未だ見当がっ
むじまがり﹂︹﹁銀の匙﹂改訂本文の後半︺との関連に絞ってみる。
つながりも従前に指摘がある。こ上では今迄注意されなかった﹁つ
三郎が丁寧に列挙しており、人間の醜悪を扱った﹃提婆達多﹄との
といって、恋愛・結婚・愛情に関する中の言葉はすでに渡辺外喜
”出典〃がないわげではない。
二で﹁犬﹂の出典調査管見分を報告したが、中自身の旧作にも
三 ﹁つむじまがり﹂との関連から
かない。
下︺に﹁叩几殺謂砒陀羅等。﹂︹同与成ノ疏註中︺に﹁砒陀羅者西
土有二児法イ叩几二死屍一令レ起。謂使二鬼去殺?人。﹂︹鼻奈耶一︺に
O O 0 0
◎ ◎ 0
﹁輯陀路婆。鬼著レ戸也。使二起殺ヲ人。﹂︹慧琳意義三十五︺に
﹁迷恒羅。唐言二起屍鬼一也。﹂案に毘陀羅は起屍鬼の名たり、
法衆経陀羅尼品に章陀騒と云ひ、灌頂経に弥栗頭葦陀羅と云ふ
是なり。.梵くo颪5
の項に至る。なお、同書レ湖にくキチシヤV・レ閉にくメイタ
ラV.叫蝸にくヰダラVの各項もあるが省略する。
中がビダラを知る契機をシヤモソダの図と推測した。この猪頭人
身の図は、以下、人が犬になる伝奇への自然な導入となるものである。
□娘をわがものにした僧は、娘を独占するために、呪法を
︹略︺ぱあやはその男︹夫︺が嫌で嫌でならずどうぞして逃げ
後また性懲りもなく女を連れこんでばあやの横腹を突いたのを
やうと思ひつ二も終に逃げおほせずに幾年を過して︹略︺その
は逃亡を試みる。︺彼女は息をころしてそつと身を起した。
用いて白分と娘とを犬の姿に変えてしまう。この境涯から娘
当身をくはして殺さうとするのだと思って家を逃げ出しその時
全身の悪瘡はますく烈しくなつた。彼は問がなすきがたそ
そんなこともいった。実際彼の身体はひどく弱ってきた。
しはこのま二では死んでも死にきれぬ﹂
しむ。︺﹁わしはこんな身体ぢや。さきはもう見えてゐる。わ
︹娘は依然ヂェラルを慕いっ父けるので、僧犬は嫉妬に苦
﹁生写朝顔目記﹂のかげが揺曳するが、未検討である。
︹補︺ 恋人を追って川岸へたどりっき、それからさきのかなわぬ場面に
といつて引立て二戻つた。︵﹃東京朝目﹄、大4・5・24︶
﹁この馬鹿め帰れく﹂
まへられぢつとか£んでしまつたら
れてもと来た道を帰るところをどっこい待ったと爺さんにつか
らったがもうそこ迄も手が廻ってるとは知らず和尚に巧く騎さ
分には大きな猪など沢山ゐた△△山を越江てある寺に泊めても
そして忍び足に、僧犬の目ざとい動物の眠りをさますことな
しに首尾よく住みかをぬけだした。外はまだ暗かつた。彼女
は今こそ天恵となった鋭敏な犬の感官を極度に働かせて出来
るだけ速くクサカのはうへかげだした。彼女はあせりにあせ
つたけれど路のわかれたところへくると間違なく方面をきめ
るために暫くは蟻賭しなければならなかった。彼女は気が気
でなかった。僧犬が目をさますまでにせめてあの川を越して
ひた走りに走つた。幸に道も問違はず、夜のしらくとあけ
3
︵
しまはねばならぬ。追ひっかれぬうちに、早く早く。彼女は
かつた。そして汀から頸をのぱして水をのまうとした。その
る頃川岸へっいた。彼女はそこですこし息をっかねぱならな
時彼女は後ろのはうにぼたくといふ足音とはげしい息づか
ひをきいた。
﹁もうだめだ﹂
と彼女は思つた。
﹁くやしい。くやしい。私は逃げそくなってしまった﹂
︹以51︺
4
︵
がぬげて赤肌から血膿が流れる。燭れ目のうへに眉毛も髭も
れを爪と歯で掻きむしってゐる。そのたんびにぱらくと毛
なくなり、肉ぱかりの尻尾がちよろりと垂れて、見るもいや
のくばあやVが語る経
歴談の一節を思い出させる。
五一
この脱出行は、私にすぐ﹁っむじまがり﹂
﹁犬﹂を読むた め に
﹁犬﹂を読むために
らしい姿になった。彼は痒さに責められて疲れきった時のほ
かはおちくと眠ることもできない。気力春力も衰へはて
いたと推定する。
五二
た父し、 ﹁つむじまがり﹂にうか父われ、後の﹁しづかな流﹂で
うとすると歯を剥きだして追ひのけてしまふ。 ︵﹃東京朝日﹄、
されぬらしくこないだまで仲よく遊んだ隣の犬までが傍へよら
を出してゐる。もはや犬の仲間でも鼻つつまみになつて相手に
てゐるし夜は固より夜どほし眠ることも出来ずくうくと泣声
うちで朝夕はあはれにまるくくるまって目を閉ぢたま二ふるへ
くに窪れてしまった。彼が疲れきって寝てるのは日の高い
を掻きむしるため腫物からは血膿が流れ後足の掲指の爪がぶら
よってほとくと寝てゐるが目の醒めてる間は絶江ず体ちゆう
尾をちよろちよろと振ってせびりに来る。腹がよげれば日向を
のものは腹がへるとは眉毛のぬげた顔に媚をっくり毛のない尻
らしい赤裸の犬になつてしまったが自分の姿を見しらぬあはれ
体ぢゆうにひろがって頭から尾の先まで瘡芙落らけの見るも嫌
そのうち冬の初め頃どこかで腫物をうつ二て来たのが次第に
病状を髪髭とさせる。
この醜態も、 ﹁つむじまがり﹂でく私Vが飼ったことのある犬の
る1この破倫の加重を別挟するため、いきおい描写も露悪的になっ
誉V︹以2︺をもっく聖者Vが己の飼い太らせた獣欲で女人を躁賄す
それに、偽善への反嬢が輪をかげる。︿婆羅門の権威と清僧の
てゐるといふことに対してたまらない不愉快を感じたV場合と近い。
問の肉、骨、脈管、毛髪の先までも根をはつて宿命的な組成分になつ
つたが、そのかはりあのいやらしいものが自分をはじめあらゆる人
と同時にだしぬげにとつっかれはしないかといふ不気味さはなくた
あとく蜘蛛男は実は我我お互のなかに遍在してゐるのだと︹略︺知る
の夢で蜘蛛男とでくわしく総毛立つやうな気味わるさをおぼえたV
命に性欲を抑えようとし、嫌忌一点張となったものであろう。後年
よし︵安倍能成・本考文末掲載文献8︶。色魔が人事でたいから、懸
する機縁は十分にあつた﹂といふやうた意味を語つたこともあるV
︿中は自分で﹁自分には色魔的要素がある。白分には色魔に堕落
く僧犬Vが専ら獣欲の化身・淫乱の妖物であることに起因する。
︿僧犬Vに対しては全くみられない。嫌忌のみが記される。これは
てそれだげ私の愛情を深くさせたVと明記される、犬への愛が、
く病みほうけて常よりもいつそう醜くなったタゴ︹飼犬︺はかへっ
大4・5・22︶
たのだと私は理解している。
二今はた父猛烈な獣慾ぱかりが命をつないでゐる。 ︹叫65︺
中がく僧犬Vを書くとき、右箇所か実際の情景かを思い浮かべて
5
︵
四 〃犬智入” との対照から
︹恋人のもとへ行こうと、娘は再度逃走。僧犬が追いつく。︺
彼はさも憎さうにいつた。
﹁え﹂
﹁これ、血迷はずとようきげよ。あの男は死んだぞよ﹂
婆はぶるくとした。
︹略︺
﹁え、ではほんとうに・:⋮﹂
閉魑・人が犬になる変身などが”犬智入〃には無い。直接的彰響関
係は多分に否定的だげれど、た父”犬鐸入〃との対照にょり白ずと
﹁犬﹂の世界が際立っはずだと思うので、”犬知耳入〃を採録した延宝
6年9月刊﹃御伽物語﹄巻二第七﹁七人の子の中も女に心ゆるすま
しき事﹂より抄引する︹野間光辰校、古典文庫、昭27・12・15に拠
る一。山伏に聖者・犬にヂ一ラルをそれぐ置換えて読んでほしい。
︹略 親か犬に娘の小便の掃除をすれは娘の夫にすると約
束した。成人後の娘の縁談を犬が妨害する。娘は犬の妻になっ
て山に入る。︺あるとき山ぶし有て此山をよぎる。ならべし軒
もみえなくに。そのすがたやさしき女。もの待風情に見えたり。
﹁殺したがどうした。切りこまざいても飽き足らぬわ﹂
彼女はぐらくとした。凄しい女の怒に燃えた。彼女は矢
なを過がてに立より。いかにおことはたがとふてこの山には住
葉の露も我恋ぐさにをき余りかきみだしたるうき草の。心の水
く聞て。花奮ば手折雪ならぱっくねんにと一ふたいふこと
給ふといふ。女われにも夫のさふらひてといふ。山ふしつく
庭にとびか二つて相手の喉くびと思ふところへぐわつとくひ
っいた。僧犬は不意を襲はれて仰向げに倒れた。彼女はのし
か二ってしつかとおさへながら死物狂に頭をふって喉笛をく
ひちぎらうとした。そして僧犬がげえくとかすれた声を出
にさそひ行たさけの淵もあさからで。ふかきちぎりもむすびた
してはねかへさうくともがくのをどこまでも噛みふせてゐ
た。僧犬はとうく息がとまつた。ぐたりとしてころがつ
く思ひげれぱ。さて其かたらひたまふはいづこにていかたる人
ぎりて侍るといふ。さてはさうかとさらぬ体にてたち立。この
ぞと尋れば。いはでもとおもふがほに。はづかしながら犬にち
た。彼女は血みどろの口をはなした。そして恋人の墓石に身
をすりっけて悲鳴をあげた。 ︹弘69∼71︺
にてらしても
をんないぬにそはすべきやうこそなげれと。ある所に待ゐしに1。
このようなく彼Vの末路は古伝承−昔話”犬費入”
決められたなりゆきであった、といえる。
例の犬みえたり。さらぱこれたるべしころさんとおもひ。胴に
五三
断っておくが、作品と古伝承と接触の明証は無く、 性欲・嫉妬の
﹁犬﹂を読むために
﹁犬﹂を読むために
かくれて待ゐる。犬更にしらず。はかりすましてたN一かたた
にうちころし。からは土に埋め。目をへてかしこに又とふらふ。
女れいたらずなげく。空しらずして何をかなしひ給ふぞといふ。
されぱ圭これくなり。たふりそめにたち出て。げふ吉
になり侍り。行ゑおもはれ候そやと。なみだとともにかたる。
さてはさやうに候か。猶ゆく身よりのこりし御身のいかがなり
給はんいとをしくこそといふ。さてしもくやむかいもなし。我
いまだ定まりし妻もなし。きたり給は1さそひゆかんといふ。
をんなもたよりなき身なれぱ。そのこ二ろにまかせて。ながく
そひ侍り。としの矢もかずたちゆけぱ。子を七人までまふけた
り。山ぶしある夜かたらく。御みがそひし白犬は。かくかたら
ひたきま二に我殺し侍ると語る。心のした紐うちとげしははか
なくぞ侍る。をんたっらくこれをうらみ。っゐにやまぶしを
ころせりとたり。故にこそ女には心ゆるさぬとかたれり。
︹下略︺
福田晃﹁犬葺入の伝承﹂ ︹昭50・6﹃昔話 研究と資料 ﹄
4号︺の整理を利用して、 ﹁犬﹂との対照を表示する。
端
︵皿︶女と犬との結婚。
︵w︶教訓。
︵M︶女の仇討。
五四
す淳浪濯潅淳けド
にする。
聖者は僧犬となって彼女を妻
彼女は僧犬を殺す。
.∼レパ∼む︸・⋮⋮⋮
出刈削釧パゼ伽ギ£恥、⋮
︵v︶山伏と女との結婚。
ポー山舳州刑引馴刊・⋮⋮ 聖者が異教徒を殺す。
展
開
結
末
展開・結末部に対応・相似がある。
にもかかわらず、 ﹁犬﹂が”犬葺入〃と反対に、前夫ではなくて
後夫の方を犬にしている相違点は見逃がせない。被害者でなしに、
加害老の方が犬、という顛倒に、前述した犬の妖物への転落が利い
ているからである。
しかも、その犬に堕ちているのがく聖者Vである。こ二にく聖
者Y︿僧犬vとの結婚生活の票くしさが浮上する。まこと
︿神意によつて結ぱれたる夫婦 は邪教徒の凌屠よりも蓬に醜
マ マ
悪、残酷、且つ狂暴であつた。V︹叫47、初出のみ︺
彼女の運命を損ったく僧犬Vはすでに死んだ。彼女のくこの身の
稜れを浄め、今一度もとの姿にして、どうぞあの人のそばへやって
くださいVという祈が神にとどき、人間にかえった彼女がく奈落の
題
名
の場合、︿女には心ゆるさぬVことという一片の教訓でけりがつい
底へ堕ちていVく︹レ71︺ところで、﹁犬﹂は終わる。”犬智入”
︹付︺ ﹁犬﹂参考文献
名
らちあき
一巻
号
た。しかし、﹁犬﹂では、 性欲を持つ人問のつらさが示されたま二、
掲載誌︵出版杜︶
培明はないのである。
年・月・目
u
、=ポペ.駄ヂ乳欺ジ∼:肌実句を起こしたらしい引例本文は何に拠一をのか、、朴、
水沢 夏彦 近世好色文学考 昭23・9・15 ︵南有書房︶
番号一署
1
明。
・杉森久英亨順筆文斥中勘助 万.・。.妬現代文学総説一学燈杜一
、⋮⋮ポピザ、.中∼翫ピ﹁犬−.む釘ポ牢象プ午.昏ポ蛋.一.ヅ.一.骨一外⋮
3 斉藤昌三 ﹃犬﹄の性欲描写 昭28・2・15生活文化 1
、=,.、針ポペ.み乳かむ虹を琴ポ反力で犬にたることが出来たが、余り自由過ぎて
L心灘縮顎嘉一
何に拠ったものか、不明。
渡辺外喜三郎
中の言葉を丁篭たど一、1伽釘苧転一紅客臥ピ︸.
.ズ却闘影牢
昭蝸⋮土鋪灘臨離大学文
五五
2
も肉体が保てないと悟つて、再び人問に戻らうと苦悶する筋Vと誤読。︿性欲描写V引用。これも
4
P”∼30
、⋮一.8⋮⋮3⋮。⋮
本的文献。
・藤原久八一中勘助の文学と境涯 亙・・⋮一全一曇店一
、ポピダ一、.かい・⋮馴ピ航ピピ臥∴糾恥か鮒舳ポパ帥創ゼ︸、=ジ︸い岬∼む
はほとんど﹁犬﹂の梗概。
﹁犬﹂を読むために
■
聖
和
五六
一・
T
﹃提婆達多﹄ と表題
政
法
の描写にふれる。
し’
﹁犬﹂が人問の醜悪無残を描いたことを示す。
渡辺の続稿
一・
丁八・
﹁犬﹂がく人間性
﹃日本詩人
︸75で﹁犬﹂
一鴉 ⋮土
﹁中勘助、八木重吉、 田中冬二﹂ でも
人問性の醜悪をっきっめた作と評。 ︿義姉との関係V云々は要再考。 山室は
一渡辺外喜三郎
叫3,11。
執筆記事あり。
冬
扇
一・
﹁犬﹂文庫本化についての記事あり。
以8∼10。大10・u・6付絵ハガキ、 大u・3・3?付封書に
表する。
た天理図書館の蔵書を利用させていた£いた。 記して深甚の謝意を
三部作展開中﹁犬﹂が男女の性欲と愛とのかかわりを扱ったと位置付げる。
一浜田伸子 一中勘助﹁イソド三部作一望二要・・⋮一
︹昭55・9・30同紀要16︺ 以mの昭27・1・18付封書には
﹁犬﹂
⋮﹁鳩汐け々ぷ箏∴一昭・・・・⋮一鹿児島大学文科警
叫74に色魔的要素に対する中の闘争を伝え、
一安倍能成一中勘助の死
の深淵をえぐり出したV作と;目評。
全集﹄十八付録︹新潮杜、昭43・6・20︺
叫41,43。
万 ⋮工
婆羅門・娘から本能的な運命に流された人問の醜と美を読みとり、
二作とを三部作と称す。
レー8∼32。
一関口宗雇
念 飽粥躍離鴇二嬰・・⋮一
﹁犬﹂を読むために
6
9
8
丁
7 室静一中勘助の世界
11
叫47∼51。
﹃鹿児島大学文科報告﹄u・13・16各号抜刷は渡辺外喜三郎氏の、
﹃冬扇﹄3号複写は中島尚氏の御好意によって参看するを得た。ま
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