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社会起業家を支えるソーシャルファイナンスと

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社会起業家を支えるソーシャルファイナンスと
【論文】
社会起業家を支えるソーシャルファイナンスと
ベンチャーフィランソロピーの生成及び意義
Social Finance and Venture Philanthropy
− Innovative Financing for Social Entrepreneurs −
福
田
昌
義
Masayoshi Fukuda
要約
21世紀に入り,社会起業家が先進国,発展途上国を問わず世界的な関心を集めている。それ
は起業家精神とマネジメントの手法をもって,グローバル / ローカルな社会的課題の画期的な解
決策を導いていることにある。しかし,社会貢献と事業収益を同時に追求する社会起業家の経営
と組織運営には営利追求の企業にも増して多くの障害・困難も伴う。
本稿はこうした社会起業家(ソーシャル・ベンチャー)に資金提供と経営支援の側面から支援
するソーシャルファイナンスとベンチャーフィランソロピーの生成と意義について米国と欧州を
中心に検討したものである。
また,本稿での議論の展開は,筆者の日・米でのベンチャーキャピタル投資と米国の金融機関
での融資と審査の実務経験を踏まえたものである。
ソーシャルファイナンスとベンチャーフィランソロピーに代表されるいわば“利他的な”投融資
の今後の普及・展開は,社会起業家によってもたらされる社会的価値の創出と深くかかわってい
るといえよう。
1.はじめに
近年,市民セクターを形成する非営利組織の NPO/NGO,更にソーシャル・ベンチャーが先進
国でその存在感を増し,活動の多様化も進んでいる。これの伝統的な慈善型 NPO から社会的
商品やサービスを有料・有償で提供する事業型 NPO が台頭し支持を得ているのもこうした背景
1)
がある 。こうした進展は,特に,米国や英国で NPO などの非営利組織が事業性を備え,経済的
な力を蓄える中で起きており,その中でソーシャル・ベンチャーの事業展開の推進役を担う社会
起業家にも大きな関心が寄せられている(町田 2000)
。しかし,社会貢献と事業収益を同時に追
求するソーシャル・ベンチャーの経営は,営利追求の民間企業に比べても更に多くの障害と困難
性を伴うことも事実である。
こうした課題を抱えるソーシャル・ベンチャーを資金の提供と経営支援の 2 つの側面から支え
るソーシャルファイナンスとベンチャーフィランソロピーの革新的な役割が現在,
米国や欧州で,
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更にわが国でも注目され始めている。本稿では,ソーシャルファイナンスとベンチャーフィラン
ソロピーがソーシャル・ベンチャーの機能発揮を促し,更に,社会的課題の画期的な解決策を生
み出す契機となることを明らかにしていきたい。また,ソーシャルファイナンスとベンチャー
フィランソロピーは,今日の資本主義が抱える様々な社会的課題の解決にも力を貸す「利他的な
投融資」としてグローバルな規模で普及し,展開することが予想される(Bishop & Green 2008)。
2.社会起業家の先行研究と本稿の議論
現在,社会起業家の研究領域で最も成果を挙げているのは米国である。その中で数多くの研究
実績を挙げ同国を代表する研究者の一人が,デューク大学(元スタンフォード大学)のグレゴ
リー・ディーズ教授である。同氏の 2006 年の論文「社会起業家精神の理論構築」は,その後の社
2)
会起業家研究の理論的枠組を提供したことで評価されている 。同論文は,社会起業家が着目さ
れるようになった経緯から 2 つの学派に分け,その流れを現在まで追うことによって,社会起業
家(精神)の本質を明らかにしている。ひとつ目の学派は「ソーシャル・エンタープライズ学派」
と呼ばれ,1980 年代後半− 90 年代にかけ議論が盛んとなったもので,非営利組織が社会的ミッ
ションを遂行するための事業収入の拡大に焦点を当てたものであり,それまでの非営利組織研究
の流れをむものとしている(ドラッカー 2000)
。もうひとつの学派は「ソーシャル・イノベー
ション学派」といわれ,営利追求の起業家の先行研究から社会起業家の理論化を試みたものであ
り,い わ ば 経 営 学 の 分 野 に お け る 起 業 家 研 究 の 流 れ を む も の で あ る(Dees, Emerson &
Economy 2001)。本稿での議論展開は,筆者の日・米でのベンチャーキャピタル投資と金融機関
での融資・審査分野での実務経験を踏まえたもので,そこで獲得したいわば「暗黙知」が土台と
なっている(福田 2000)
。その意味で,筆者の主張は上記の「ソーシャル・イノベーション学派」
の主張・考え方に近い部分もあり“実学的”内容を特徴としている。
ただ,これら2つの学派は,いずれも既存研究の応用の延長線上にあり,また,米国内での研
究者の議論が中心になっていることなど,多分に限界もある。今後,社会起業家(精神)の更な
る研究発展のためには,こうした限界を克服し(例えば,両学派を融合させた理論構築などの試
み)
,米国以外の地域的な広がりのある視点を捉えるなどいくつかの課題が残っている。
3.社会起業家
1)社会起業家輩出の背景
⑴
世界的な潮流
今世紀に入り,ボランティアとして社会的な課題に取り組むというだけでなく,起業家精神と
ビジネスの手法を持って社会的課題の解決に挑戦する社会起業家の動きが世界的な潮流となって
きた(大滝 2006)。
こうした社会起業家が生まれた背景として,第一に,個人が(特に先進各国では)仕事の報酬
としてカネや権力ではなく,働きがい・夢・達成感・誇りなど人間としての成長を求めるように
なってきたことが挙げられる(島田 2005)
。社会起業家とは,現在,研究者の間でまだ確立した概
念はないが,最大公約数的には以下のように解釈されている。すなわち,社会的な使命感を持っ
て,医療,福祉,教育,環境,文化,貧困等を対象として社会サービス事業を担う起業家のこと
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を言う。したがって,社会性と事業性を両立させながら,ビジネスの手法を持って社会的な課題
に取り組み解決を図ることが要求される。課題の解決に向け,起業家精神,社会的使命,ビジネ
スの手法の3つの要素が期待されることになる。第二に,医療,福祉,教育,環境保護,貧困の
削減などの社会的な課題に対して,政府か市場かという二者択一的な解決のあり方だけでは捉え
られなくなってきている現状がある。公的セクターが担ってきた分野において,構造改革による
小さな政府の指向や財政の制約,また,他方で市民のニーズや生活の価値観の多様化もあり,こ
3)
れまでの行政の発想や手法では対応しきれない状況が生まれていることも挙げられよう 。第三
の背景としては,収益の最大化を基本原理とする市場経済ではそのような社会的課題に対する財
やサービスの供給は,不足または欠如することとなる。
こうした中にあって,有効な手を打たずこれらの課題を放置すればそれだけ大きな社会問題を
生みかねない状況が生じている。ここに,公でも民でもない第三の道としていわば民が担う公共
が,社会的な課題に取り組む主体としてクローズアップされてきた(Giddens 1998)。社会起業家
4)
は,民が担う公共のプレイヤーとして,その役割がグローバルな規模で認識されてきている 。
さて,米国や欧州では社会起業家についての議論が 1980 年代後半から 1990 年代前半にかけて
盛んになってきた。それらは,
それぞれの市民社会のあり方や歴史的背景に密接に関係しており,
社会的な課題に取り組むスタイルや考え方は異なっている。そこで以下では,社会起業家の存在
が社会に比較的浸透している社会起業家先進国の米国と英国における輩出の背景を概観してみた
い。
⑵
米国における輩出の背景
元来,米国では歴史的にボランティア活動や寄付・慈善行為が市民の生活に深く根付いている
(Bremner 1994)。また,税制もわが国とは異なり,企業や個人が寄付を行うことが前提となって
いる。従って,社会的サービスを直接供給する主体は,数多くのボランティアを擁する非営利組
織が担うという構造が 1960 年代あたりから定着している(ドラッカー 1991)
。
こうした中で,米国における社会起業家に関する議論が活発化したのは 1980 年代中頃以降で
5)
ある 。それまでの伝統的な慈善型 NPO の活動以外にも事業収益をもくろむ NPO の活動が
徐々に増加してきた。この背景には,レーガン政権による「小さな政府」の進展を柱とする政策
(レーガノミックス)で,政府から NPO への補助金が大幅に削減されたことが挙げられる。加え
て,景気後退による企業業績の悪化は,企業からの寄付の減少となり NPO は資金集めに窮する
6)
こととなった 。その結果,NPO 自身が自助努力でミッションの遂行のため活動資金を獲得する
ことを目的とした動きが顕著となってきて,
「NPO のビジネス化」
(NPO 自らがキャッシュフロー
の獲得に動く)現象が広がり始めた(Salamon 1994)
。更に,1990 年代中頃以降,NPO のミッショ
ンに直接関わるような社会的サービスを有料・有償で提供し事業収益を上げるソーシャル・ベン
チャーの活動に注目が集まり,その推進役としての社会起業家の存在が同時に脚光を浴びること
となった。このことは NPO であっても,キャッシュフロー獲得のためにはビジネスの手法を駆
使することが必要であるとの認識を深めることとなった。この認識は,大学 / 大学院(特に経営
大学院)などの教育機関にも反映され,それ営利の世界で蓄積されてきた起業家精神の考え方
やマネジメントの手法が教育 / 研究を通じて,非営利の世界にも供給され,社会的な課題解決へ
向けた模索が教育機関からも始まった(斉藤 2004)。
本章の3)で触れるが,ソーシャル・ベンチャーの特徴である社会的なミッション(社会性)
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と事業収益(収益性)の二つを同時に達成するいわゆる「ダブル・ボトムライン」発想が,社会
起業家精神の一層の必要性を促すこととなった(Drayton 2002)。本稿では前出のグレゴリー・
ディーズらの先行研究をもとに,ソーシャル・ベンチャーをフィランソロピーとビジネスの「混
7)
合」されたものとして捉えている 。
フィランソロピー
⑶
混合
ビジネス
慈善活動
ミックスされた動機
自己利益の活動
ミッション志向
ミッションと市場のバランス
市場志向
社会的価値
社会的プラス経済的な価値
経済的価値
英国における輩出の背景
英国は 1960 年代から 70 年代にかけて,
「ゆりかごから墓場まで」に象徴される高福祉国家で
あった。しかし,1970 年代半ばのオイルショックによる景気悪化が,高福祉であるがゆえの高コ
スト構造を直撃すると,国家財政は疲弊した。沈滞した経済は国の活力をそぎ,
「英国病」なる状
況が蔓延し 1979 年,当時の首相,マーガレット・サッチャーは疲弊した国家財政にメスを入れ,
それまでの福祉政策のスリム化や国営事業の民営化を断行し,大胆な経済再建を図った。しかし,
8)
この福祉政策の転換は,社会的弱者の切り捨てに直結し,社会的な問題として浮上した 。一方,
1980 年代に入ると社会的弱者が切れ捨てられることで荒廃が進んだ地域コミュニティーを住民
の力で復活させる動きも出てきて,地方から都市部にも伝播したこれら荒廃の建て直しに成功し
9)
た事例も現れてきた 。こうして地域住民が社会問題解決に取り組む過程で,社会起業家の原型
10)
が形成されていった 。
1997 年に誕生したブレア政権では,より明確に社会起業家の活動が認識されるようになり,同
政権は市場経済主義でも社会主義でもない「第三の道」を指向し,社会起業家をその推進役とし
11)
て位置づけた 。社会起業家を意図的に育て,ネットワーク化することで政策目標の達成を狙う
12)
戦略を選んだといえる 。特に,同政権は地域再生,社会的に排除された人々への雇用支援,環境
保護,人権問題などの社会的課題の解決に注力した。この時期,ブレア政権の社会政策の立案に
も深くかかわった英国の民間シンクタンク,デモスは政府・市場・市民の 3 つのセクターの重複
する部分に存在するソーシャル・ベンチャーを,従来型の社会福祉システムや素人集団のボラン
13)
タリー組織に取って代わるものとして重要視した 。デモスはソーシャル・ベンチャーのスタッ
フのプロフェッショナリズム,活動のダイナミズム,柔軟でフラットな組織作りを高く評価し,
政策の立案者に多大の影響を与えた。
こうして「第三の道」に大きな期待が寄せられ,ブレア政権は,社会起業家や非営利セクター
への支援策も打ち出し,成果が挙げられるよう制度作りにも熱心に力を注いだ。しかし,市場経
済の枠組みから外れた領域での問題解決を社会起業家に委ねるという戦略は,難度の高い仕事を
彼らにいわば「丸投げ」するに近い色彩があったことも指摘されている(Nicholas 2006)。こうし
た過程を経て,英国における今日の非営利セクターは公共サービスを実施するうえで,
政府にとっ
て欠くことのできないパートナーとして認識されている。
2)社会起業家の要件
すでに触れたとおり,本稿では,営利追求の起業家の先行研究の流れを土台として社会起業家
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の概念を捉えているので,
「社会的課題の解決のために起業家精神」を発揮する起業家のことを社
会起業家と考えている。従って,社会起業家が発揮する起業家精神が「社会起業家精神」という
14)
ことになる 。
さて,この社会起業家をグローバルな規模で支援する財団として,アショカ財団とシュワブ社
会起業家財団の二つがある。前者は,
「社会起業家の父」と呼ばれているビル・ドレイトンにより
1980 年代始めに設立された米国の財団で,後者は通称ダボス会議で知られている世界経済フォー
ラム(World Economic Forum)の創立者クラウス・シュワブによってスイスで 10 年程前に創立
されたものである。両財団とも,社会起業家を支援する「中間支援組織」としては世界で最も影
響力を持つものであり,欧米の政・財界の要人,政策立案者,マスメディア,学界,更に発展途
上国の為政者等との太いパイプを築いている。特に,シュワブ社会起業家財団は,2001 年から毎
年,優れた社会起業家をグローバルな規模で選定し,彼らを同財団や世界経済フォーラムのネッ
トワークに組み込むことで,情報共有や資金調達などの機会を提供している。主な選定基準を挙
15)
げると以下の通りである 。
・革新的な製品やサービスにより社会変革を起こしている
・社会起業家が編みだした社会的課題の解決のための独自の手法・技術などが他の地域でも
適用可能である
・組織は収益的に持続可能であり,民間 / 公共セクターと相互利益のパートナーシップがあ
る
・最終受益者と直結して活動している
・誠実さとリーダーシップを有し,次世代の社会起業家や市民に対して規範となりうる個人
である
・社会起業家相互に有益な国内・国際的なネットワークの構築に前向きである
こうした社会起業家支援の財団や米国の「ソーシャル・イノベーション学派」の研究者などの
16)
議論 をもとに,社会起業家の主な特性をまとめると以下のようになろう。
①
特異なリーダーシップ
社会的課題の解決や社会貢献に高い価値を見出し,達成意欲が強い。また,強力なリーダー
シップを発揮し,リスク選好的で変革に積極的である。更に,ネットワーク構築にも価値を
置く。
②
革新性
既存の社会的課題の解決の方法や社会貢献の仕組みを見直し,新しい考え方や実現に向け別
の視点に立ったアプローチを導入する。
③
事業性
社会的課題の解決のため,ビジネスの手法や戦略的発想を駆使し,組織運営の効率性とサス
ティナビリティーを確保できるマネジメント能力を持つ。
このような特性をもった社会起業家と伝統的な慈善型の NPO/NGO のリーダーを比較し,整
理すると以下のようになる。(表 1 を参照)
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表1
伝統的・慈善型 NPO/NGO のリーダーと社会起業家との比較
伝統的・慈善型 NPO/NGO のリーダー
社会起業家
活動
チャリティ(無償)
社会的事業(有償)
スタッフ
ボランティアのスタッフ
プロのスタッフ
組織運営
アマチュアリズム
起業家精神
効率性(市場競争,コア・コンピタンス
行動原理
博愛主義
マーケティング活動
受動的,マーケティング意識はない
主な資金源
寄付・会費中心
事業収益中心
企業・政府との関係
独立的
コラボレーション
への意識)
顧客志向,マーケティング(資源獲得,
サービス提供において)
出所:谷本寛治編著「ソーシャル・エンタープライズ」2006 年 中央経済社 P9 の表を一部変更して作成
ここで重要なのは次の3)で詳しく述べるが,社会起業家は,ソーシャル・ベンチャーの経営
者としてキャッシュフローの獲得と社会貢献の創出を同時に達成できるよう組織をマネジメント
しなければならないことである(Bornstein 2004)
。一般的に,営利追求の起業家は,キャッシュ
フロー獲得のためのビジネスモデルが常に最適な状態になることが要求されるが,社会起業家は,
更に,キャッシュフローの獲得のモデルと同時に社会貢献の創出のモデルも最適な状況で維持さ
れるようマネジメントしなければならない難しさが伴う(キャッシュフローの獲得のみならず,
社会貢献の成果をより重視する価値観こそが営利追求の起業家と社会起業家を分ける分水嶺とい
17)
えよう) 。
また,営利追求の起業家は,組織をマネジメントする際,ステークホルダー(特に資金提供者
である投資家や金融機関)に十分な注意を払うことは常識である。社会起業家も同様に,ソーシャ
ル・ベンチャーを取り巻くステークホルダーに対応する必要があるが,ステークホルダーに対す
るスタンスについては,営利追求の起業家とは大きな差がある。その典型が,資金提供者に何を
還元するかである。ソーシャル・ベンチャーは,利益の分配を行わないのが通例となっている。
ソーシャル・ベンチャーへの資金提供者は,その資金が社会貢献に寄与することを望んでいるわ
けであり,社会起業家はその資金が効果的に社会に貢献したことをもって期待に応えることとな
18)
る 。
営利追求のベンチャー企業の場合,配当による利益の直接的な還元のほか,社内留保分を事業
に再投資し,株主持分の増殖といった形で株主の期待に応える。ここでの受益者は株主である。
他方,ソーシャル・ベンチャーの場合,受益者は一般的には社会的弱者,環境保護であれば地域
住民などであり,資金提供者と社会貢献面での受益者が直結していない。したがって,資金提供
者への成果還元は,
「社会貢献を行ったという満足感」を社会起業家と共有することでなされるの
で,社会起業家はソーシャル・ベンチャーの経営者として,社会貢献に関する考え方や組織運営
19)
の成果を常にステークホルダーと共有する努力を怠ってはならない 。ステークホルダーへのタ
イムリーな情報提供が求められる。
3)ソーシャル・ベンチャーの2つのモデル
これまでの議論で明らかなように,ソーシャル・ベンチャーは社会貢献を目的に,社会起業家
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がビジネスの手法をもってマネジメントする組織ということになる。社会貢献のための組織なの
で,安定的かつ効果的にその成果を生み出す仕組み,社会貢献のモデルがソーシャル・ベンチャー
には必要となり,また,社会貢献を実現するためには自力で組織のサスティナビリティー(持続
可能性)を実現することも不可欠であり,そのために必要とされるキャッシュフローを獲得する
20)
仕組み,キャッシュフロー獲得のモデルも必要となる 。以上のことから,ソーシャル・ベン
チャーとは,組織内に社会貢献のモデルとキャッシュフロー獲得のモデルの両者を併せ持つ組織
構造ということになる。
ソーシャル・ベンチャーの社会貢献のモデルとは,言うまでもないが,資金(寄付)を集め,
それを再配分することで社会貢献を果たす古典的なチャリティーではなく,斬新な社会貢献のモ
デルを考え,社会貢献のモデルに投入された資金が,最終受益者に直接配分されたチャリティー
21)
の場合よりもより大きな社会貢献を生み出すよう創意工夫する努力が求められる 。従って,社
会起業家が社会貢献のモデルの構築に最大限の努力をし,これまでに存在しなかった卓越した社
会貢献のモデルが構築できれば,それは大きなソーシャルインパクトをもたらすことになる
(Crutchfield & Heather 2008)。バングラディシュのグラミン銀行などが編み出したマイクロ
ファイナンスの社会貢献モデルは,典型的な成功例といえる。
また,NPO やボランティア団体でよくあるケースだが,寄付や補助金への依存度が高く,しか
も資金の提供者も分散されていない場合,他律的に現金の流入額が変動する要素が大きい(坂本
2004)。このような資金調達の構造では,組織のサスティナビリティーにリスクをはらみ,結果と
して安定的な社会貢献の継続を危うくすることになるので,独自の収益事業の運営を通して自助
22)
努力でキャッシュフローを獲得することがこのリスクへの処方箋となろう 。
4.ソーシャルファイナンス
1)「ダブル・ボトムライン」の発想と金融機関のイノベーション
先ず,標題のダブル・ボトムラインの用語の説明から始めよう。ここで言うボトムラインとは
いわゆる帳尻のことである。ダブル(2つの)の1つは収支の計算の帳尻,金銭で測定した最終
的な損益である。もう1つは金銭では表示できない社会貢献の最終的な帳尻である。尚,現在,
上述の2つの帳尻に加え環境への負荷も含めたトリプル・ボトムラインの考え方が浸透している
(福田 2010)。
さて,一般的に,営利追求のベンチャービジネスについては,銀行などからの融資による資金
調達が難しくても,将来,株式公開する見込みがあれば,ベンチャーキャピタルやエンジェル(個
人投資家)などの投資家が,ハイリスクを承知の上で資金を提供することはありうる。これは,
投資に成功したときに投資額の何倍ものキャピタルゲインが見込めるからである。このようにベ
ンチャービジネスでさえ,通常,特にスタートアップ段階の資金調達には困難が伴う。ましてや
営利追求より社会貢献を優先するソーシャル・ベンチャーは,なおさら困難といわざるを得ない。
キャッシュフロー獲得につながる事業環境が収益的に魅力的でないケースも想定され,よほど優
23)
れたビジネスモデルを考え出さない限り,資金調達は難しい 。金融機関では,経済的なリスク
とリターンのバランスを考えて資金投下の意思決定がなされ,複数の案件の中から同じリスク水
準であれば,少しでも収益性の高い案件を選択するのが通例なので,経営が不安定で低収益しか
見込めない「ハイリスク / ローリターン」案件と判断されがちなソーシャル・ベンチャーが,収益
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拡大化のビジネスモデルを提示する他の案件を押しのけ融資を獲得するのは極めて難しいといえ
24)
る 。
では,ソーシャル・ベンチャーは金融機関からの資金調達を断念しなければならないのだろう
か。しかし,近年,ソーシャル・ベンチャー(NPO, NGO を含めて)の活動が社会に認知され浸
透する中で,社会貢献の意義について金融機関の中で評価する動きがでてきた。また,ソーシャ
ル・ベンチャーへの支援スキームのプロジェクトに前向きに取り組む金融機関も現れてきた。他
方,ソーシャル・ベンチャーは増加傾向にあるので,全体として資金ニーズはますます強まって
おり,資金需給のギャップは拡大している。
こうした状況を受けて登場したのが,ソーシャル・ファイナンスという発想を基盤とする新し
いタイプの金融機関である。
ソーシャルファイナンスの公式な定義によれば,それは「金融面での利益と同様に,社会的な
25)
リターンや配当を追求する組織的な資金供給」であるとされている 。また,社会的リターンや
26)
社会的配当についてはソーシャル・キャピタルの増進を念頭においている 。即ち,コミュニ
ティーの中で人々の規範,信頼,ネットワークがよりよく機能することを企図しているのである。
こうして,融資の可否を決める際に社会貢献の要素を持ち込んだことで,ソーシャル・ベンチャー
のように社会貢献の目的を掲げる組織への融資が可能となった。更に,ソーシャルファイナンス
は,資金の預け手の発想にも拠っている。即ち,自分の預金がどのような形で社会の役に立って
いるのか,更には,社会の役に立つような運用がなされることが,当初から約束されている預金
27)
をしたいなどといった預金者ニーズの拡大である 。この流れは,預金者が自分たちの納得の行
く運用をしたいとの考えのもと,ソーシャルファイナンスの実行機能を強化しつつある。
このように,ソーシャルファイナンスは既存金融機関が提供する金融商品と預金者ニーズとの
ミスマッチ及び従来のファイナンスの枠組みと資金ニーズが旺盛なソーシャル・ベンチャーとの
ミスマッチ,この2つのミスマッチを解消し,問題解決を図る金融機関の新たなイノベーション
28)
といっていいだろう 。ソーシャルファイナンスは,資金調達の世界に非金銭的な社会的リター
ンを明示的に持ち込んだ点で評価できる。この社会的リターンはすでに触れたが,ソーシャル・
キャピタルとも密接に関係しており,これが改善されることで,例えば,地域コミュニティーに
プラスの効果をもたらすこともある(渋沢・山本・小林 2005)。ソーシャルファイナンスは,まさ
に,ソーシャル・ベンチャーの機能発揮を促し,コミュニティーにおける社会問題の画期的な解
決策となる新たなソーシャルイノベーションをも誘発することになる。
こうして社会貢献に対する理解が進み,資金が生み出すリターンについては,経済的リターン
と同じように社会的リターンも評価すべきという発想が広まる中,ソーシャルファイナンスを実
施する金融機関が欧・米を中心に次々と現れ,いわゆる「ダブル・ボトムライン発想」の拡大を
促進した。ダブル・ボトムラインの発想は,ソーシャルファイナンスを実行する金融機関を根底
から支えている重要な要素である。
2)社会的リターンの測定・評価
さて,次にソーシャル・ベンチャーの事業活動のパフォーマンス(業績)をどう測定し,評価
するかという問題を考えてみたい。これまでの議論から明らかなように,ソーシャル・ベンチャー
のパフォーマンスは,収益性(キャッシュフローの獲得)だけではなく,社会性(社会貢献の成
果)も評価していく必要がある。株式の新規公開(IPO)により創業者利潤を得るとか,大企業に
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高く買ってもらう(M&A)ことで利益を実現することを目的に掲げる営利追求のベンチャービ
ジネスとソーシャル・ベンチャーの存在理由は全く異なる。ではその社会性をどのように測定で
きるのか。社会貢献の成果は財務上の投資収益(Return on Investment = ROI)のように明瞭に
数値化しにくい。社会貢献の成果の範囲をどこまでとるのか,成果が現れるタイムラグがあるも
のをどう扱うか,更に根本的に何をもって社会貢献の成果というのかといった問題がある。しか
29)
し,これまでに社会貢献の成果を図る試みも欧米の様々な機関でされている 。ここでは,その
中でも社会貢献の成果の指標としては画期的なものとして評価され,今日では,多くのダブル・
ボトムライン発想に基づく投資(寄付)や融資を行う機関にも活用されている社会貢献の成果指
数 Social Return on Investment(SROI)を,この分野の有力な先行研究成果の1つである谷本寛
治編著「ソーシャル・エンタープライズ」―社会的企業の台頭―(2006 年,中央経済社)を中心
30)
に詳しく見ていくことにする 。SROI は,米国・サンフランシスコの財団,Robert Enterprise
Development Foundation(REDF)が開発した評価手法である。
REDF の SROI のアプローチは,①ソーシャル・ベンチャーによってコミュニティー全体のコ
ストがどれだけ削減されたか,②ソーシャル・ベンチャーに雇用された結果,受益者(REDF の
ケースではホームレスや障害者,マイノリティーなど)の生活がどのように変化したかの 2 点に
31)
焦点を当てている 。具体的には,投資(寄付)の対象先となるソーシャル・ベンチャーの「事業
的価値」(Enterprise Value)と公共支出の削減や税収入の増加などの「社会目的価値」
(Social
Purpose Value)を合計したものから「負債」
(debt)を差し引いた「トータル価値」
(Blended Value)
を算出し評価し,これを式で表すと,
社会貢献の成果指数(トータル価値)=
将来創出される価値(事業価値+社会目的価値−負債)
現在までの投資額
となる(もしこの指数が 20 となれば,1ドルの投資に対して 20 ドルの価値がソーシャル・ベン
32)
チャーを通して生み出されたことになる) 。
事業価値は通常,収益性を高め,労働資本をより効率的に活用し,資本支出を低減させること
で高まり,また,社会目的価値はソーシャル・ベンチャーによって雇用される従業員の増加,従
業員ごとの公的支出の減少,税収入の増加,更には従業員の賃金上昇や従業員への労働支援コス
33)
トの減少などにより高まる 。
例えば,上述の公的資金支出の減少という項目については,従業員がソーシャル・ベンチャー
に雇用されたことで各種社会サービス機関の支出がどの程度減少したかを,詳細な個別インタ
ビュー調査に基づいて数値化しており,一方,税収入の増加という項目では,ソーシャル・ベン
34)
チャーに従業員として1年間雇用されたことで彼らが支払う税金の増加を測定する 。
このように REDF の SROI は,「労働市場から排除されてきた人々を雇用する」というような
事業については数値化可能なものと考えられるが,社会的課題の全てがこのように数値化できる
とは限らないし,また,数年という短期間で社会貢献の成果が顕在化しない場合には SROI は測
35)
定しにくい 。ソーシャル・ベンチャーの社会貢献の成果をどのように把握し,数値化するかと
い う 問 題 は 今 後 の 研 究 課 題 と し て 残 さ れ て い る が,現 在,欧 州 の European Venture
Philanthropy Association(EVPA)などが,より汎用性のある評価指標の策定作りを試みている
(Tayart & McDonald 2008)。
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3)先行事例
ここで,ソーシャルファイナンスに注力している欧米の金融機関等の先行事例を見ていくこと
にしよう。1つはオランダのトリオドス銀行,もう1つは現在も拡大し続けるマイクロファイナ
ンスの事例についてである。
⑴
トリオドス銀行
トリオドス銀行は 1980 年,オランダで中央銀行より銀行免許を取得し,設立された欧州の代表
的なソーシャルファイナンスを実施する金融機関であり,同行のミッションを要約すると,①持
続可能な銀行業務のさきがけとなること,②環境や異文化を尊重する社会の確立を目指し,環境
や文化の面での価値創出をもくろむ企業や団体などに金融支援すること,③融資業務などを通じ
て,経済的であると同時に社会的で倫理的なアプローチを用いること(トリオドス“Triodos”はギ
リシャ語で3種類のアプローチの意),④国際的な金融機関として社会の刷新を進めていくこと
36)
の 4 点 で あ る 。尚,ミ ッ シ ョ ン の 実 現 へ 向 け,1990 に は オ ラ ン ダ で 初 の SRI(Socially
Responsible Investment)ファンドとなるグリーン・インベストメント・ファンドを設立するな
ど,同行の先駆的な活動は広く注目を集めている。
業務内容を見ると,環境や倫理を重視していることから近年,顧客・預金者の支持を急速に拡
大している(表 2 を参照)。
表2
トリオドス銀行の過去5年の決算推移
(単位:百万ユーロ,人)
2006
2007
2008
2009
2010
総資産
1,539
1,885
2,363
2,985
3,495
預り資金残高
1,356
1,617
2,077
2,585
3,038
854
1,019
1,270
1,661
2,128
融資残高
当期利益
6.1
9.0
10.1
9.6
11.5
行員数
349
397
477
577
636
出所:トリオドス銀行
Annual Report 2010 の決算報告書より作成
2010 年の決算報告書によると,総資産は 34 億 9,500 万ユーロ(3,845 億円)
,預り資金残高 30
億 3,800 万ユーロ(3,304 億円)
,融資残高 21 億 2,800 万ユーロ(2,340 億円)
,当期純利益 1,150 万
ユーロ(12 億 6,500 万円)を計上している(1ユーロ= 110 円で換算)
。同行は融資の対象を,自
然と環境,ソーシャル・ビジネス,文化と社会,南北問題の4分野で活動する営利 / 非営利の組織
とし,社会的な事業を積極的に評価・選別しているといえよう。これら4分野の内容を具体的に
見ていくと,自然と環境には太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーや有機農業などの事業
が含まれる。ソーシャル・ビジネスは革新的か伝統的かを問わず社会サービスを提供する事業や
社会起業家支援を行う団体などが対象となる。文化と社会は主に教育や福祉関連の事業者が含ま
れ,南北問題にはマイクロファイナンスやフェアトレード関連の事業者が含まれる。尚,自然と
環境及び南北問題の 2 分野については,融資による資金提供だけではなく,トリオドス・グリー
ンファンドやトリオドス・インターナショナルファンドなど関連の法人から投資活動を展開して
おり,融資だけでなく投資も併せて行っていることも,同行グループの先進性を示しているとい
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えよう 。また,預金の受け入れにおいては,フェアトレードを支援する目的のフェアトレード・
38)
セイバー口座という仕組みを提供している点もユニークである 。
同行は欧州におけるソーシャル・ベンチャーの推進団体であるソーシャル・ベンチャー・ネッ
トワーク・ヨーロッパともパートナーシップを組み,ソーシャル・ベンチャーの活動の促進に積
極的にかかわってきた。更に,同行は 2009 年にはソーシャルファイナンス(同行ではサスティナ
ブル・バンキングと呼んでいる)の世界的なネットワーク Global Alliance for Banking on Values
39)
(GABV)設立の中心メンバーとして,ソーシャルファイナンスの推進にも注力している 。2011
年3月に南米・ペルーで開催された GABV の第3回目の世界大会では,欧州(オランダ,スイス,
イタリア,ノルウェー,ドイツ,デンマーク)から6行,米国から2行,カナダから1行,アジ
ア(バングラディシュ,モンゴル)から2行,そして南米(ペルー,ボリビア)から2行,合計
40)
13のソーシャルファイナンス(サスティナブルバンキング)を標榜する金融機関が参加した 。
今後,GABV がグローバルな規模でソーシャルファイナンスの推進に大きな影響を与え,
「利他
41)
的な金融機関」というミッションを普及させる役割を担っている点でも注目すべきである 。
⑵
マイクロファイナンス:そのグローバルな普及と新展開
2つ目の事例として近年,
先進国,発展途上国を問わず高い関心が寄せられているマイクロファ
イナンスを挙げたい。以下,野村総合研究所「知的資産創造」
(2008 年5月号)所収の「グローバ
ル時代の持続的成長に向けたロングターム・イノベーション戦略(上)
」
(P99〜100 と下記の図1)
の内容を引用(「
」内の記述)しつつ,マイクロファイナンスの今日的な意義について若干触れ
てみたい。
図1
貧困層の自立的成長を促すマイクロファイナンス
出所:Sam Daley-Harris, "State of the Microcredit Summit Campaign Report", 2007
「マイクロファイナンスは,2006 年にバングラディシュのグラミン銀行とその創立者であるム
ハマド・ユヌス氏がノーベル平和賞を受賞したことで,世界中に認識されるようになった。
グラミン銀行はバングラディシュに約 2,400 もの支店網を持ち,700 万人の貧困層を中心とし
た個人を対象に無担保の小額融資を行っている。既存の銀行にとって,低所得者への融資は運用
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経費が高く,かつ返済能力の低さからリスクが高いとして,敬遠されてきた。しかし,700 万人の
個人顧客のうち,97%が農村の女性であるグラミン銀行のマイクロファイナンスは,近隣女性に
よる連帯保証制を取り入れることで,高い返済率と顧客層の拡大を実現してきた。
」この同行によ
るマイクロファイナンスの事例は,貧困層も適切な資金と機会が与えられれば自らが経済活動の
主体として地域経済に寄与する潜在的な力を持っており,地域開発のパートナーとなりうるとい
う視点をわれわれに与えたことは大いに評価できよう。更に続けて,
「同国以外のアジア地域で
はインド第2位の銀行 ICICI 銀行,カンボジアの銀行 ACLEDA などが,その他南米,アフリカ
などの発展途上国でもマイクロファイナンス事業の拡大は続いている。これらの動きに追随する
形で,米国のシティバンク,AIG,英国の HSBC,オランダの ABN アムロなどの大手金融機関が
それぞれの国の低所得層向けのマイクロファイナンスのサービスを導入し始めている。
」ここで
注目すべきはこうした先進国でのマイクロファイナンスの急速な普及は,近年,社会問題化して
いる所得・経済格差の結果生まれたいわば資本主義社会のゆがみと密接に関連していることであ
ろう。
また,
「近年ではこれらの金融機関によるマイクロファイナンスに加えて,インターネットを活
用したピア・トゥ・ピア型(1個人対1個人)のマイクロファイナンスのサービスも出現してい
る。2005 年に米国のシリコンバレーで発足した NPO の Kiva(キバ:
「協同」や「結束」を意味す
るスワヒリ語)は,インターネットを活用したマイクロファイナンスのプラットフォームを提供
42)
している 。2006 年に米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙で記事にされて以来,全米の
メディアで取り上げられ,サービス開始から2年で,1人平均 94 ドル,26 万人の小口融資の参加
者を一般から集めた(2008 年1月現在)
。Kiva は 42 カ国のマイクロファイナンスの事業者を
フィールドパートナーとして認定し,現在は 100 を越えるフィールドパートナーを通して,4万
人以上の発展途上国の起業家に融資している。Kiva の Web サイトが,世界に分散するマイクロ
ファイナンスの事業者のプラットフォームとして機能しているのである。Kiva によれば,発展
途上国の起業家が手にする融資額は,一人平均 540 ドルで,これまでの返済率は 99.89%にのぼる
という。」
「こうしたマイクロファイナンスの事業者やインターネットを活用したプラットフォームサー
ビスの出現により,今後,発展途上国の起業家に対する融資がますます増加していくことが予想
される。これまで先進国の企業が市場として捉えてこなかったこうした地域にビジネスが生まれ
ることで,将来の生産者層と消費者層が形成され始めている。
」
このことは発展途上国の側から見れば,所得水準の上昇の一因ともなり,現地の人々の栄養状
態の改善やさらに,教育機会の向上にもつながる。これらの例は,先進国から発展途上国の起業
家への融資という形態による金融イノベーションであり,これまでの ODA 援助や世銀などの投
融資と比較して,発展途上国の自助努力の促進にもつながるものといえよう(Tayart 2005)。
5.ベンチャーフィランソロピー
1)米国におけるフィランソロピーの世代交代
フィランソロピーとは何か。チャリティーとは何か。われわれ日本人にこれらの言葉の意味す
るところは捉えづらい。チャリティー,
即ち慈善活動とはどう違うのか。簡略化して言えば,チャ
リティーが目前のニーズに対応するものであるとすると,フィランソロピーは物事の根本的原因
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への取り組みであり,中長期的なビジョンを持つものである。言い換えれば,慈善活動がいわば
目の前で困っている人を救済したり,すでに顕在化した問題に対処するのに対し,フィランソロ
ピーが目指すのは,困っている人を出さないようにする仕組みを作ることであり,問題の発生を
43)
予防したり,潜在的な可能性を掘り起こしたりすることである 。本章では,ここ 10 数年にわた
り,米国を中心に社会起業家を支え,自らも社会のチェンジメーカーやソーシャル・イノベーター
としてその役割を果たしてきたベンチャーフィランソロピーについて考えてみたい。
フィランソロピーの長い歴史を持つ米国では,成功した経営者(起業家)が多額の寄付をする
ことは当たり前のこととされている。石油王と呼ばれたジョン・ロックフェラー,鉄鋼王といわ
れたアンドリュー・カーネギーのような大富豪は,同国の教育・文化水準の向上のため大学,図
書館,劇場などを創設した。20 世紀に入り工業化が急速に進んだ米国の社会に出現し,こうして
一代で富を築いた起業家層の成功者,ロックフェラーとカーネギーの2大富豪を筆頭に,彼らは
蓄積された富を後世まで世のため人のために生かすことを考えた。鉄鋼王カーネギーは自著「富
の福音」の中で,蓄財は罪ではないと唱えると同時に,蓄財した富を社会へ還元する(giving-back)
44)
のが資産家の義務であると説いている 。一方,石油王ロックフェラーは,膨大な数の寄付のリ
クエストに一つひとつ応えるのではなく,
「社会に変革」をもたらすための資金の管理と使い方を
追求した結果,基金の運用と専門性のあるスタッフによって支えられる助成財団(現在のロック
フェラー財団)の運営基盤を築いた(Chernow 1999)
。さらに,NPO/NGO 等の非営利組織が,民
間による公益活動の担い手として認知されている米国の市民社会において,その資金基盤を支え
るこうした助成財団は,それらに多大な貢献をしてきたのである(Damon & Verducci 2006)。
また,大きな所得格差があり,政府の所得再配分機能がそれほど強くない米国特有の社会構造
下で,こうして事業で大成功した富豪たちが自らの意思で支援をしてきたのが,米国流のフィラ
45)
ンソロピーといえよう 。現在でも,この枠組みの中で莫大な資産を持つ助成財団が社会貢献を
続けている。最近の大口のフィランソロピーに目を転じると,IT の分野でベンチャー企業を起
こし,株式公開による莫大な創業者利潤を得た IT 長者がその中心といえる。元マイクロソフト
会長のビル・ゲイツと彼の妻のメリンダ・ゲイツの2人で共同設立したビル・アンド・メリンダ
46)
財団は ,3兆円以上の資産を持ち,社会貢献に年間数百億ドル以上拠出している世界最大の助
成財団である。ビルゲイツ以外にも,ネットスケープで成功したジム・クラーク,イーベイで成
功したピエール・オミディアなど IT ベンチャーで成功した起業家が,フィランソロピーの実践
者として名を連ねている。米国におけるフィランソロピー界のまさに新旧の世代交代といえる。
尚,IT 長者ではないが,株式投資家で投資会社のバークシャーハザウェイ会長のウォーレン・バ
フェットは 2006 年6月,ビル・アンド・メリンダゲイツ財団に 370 億ドルの保有株を寄付すると
47)
発表し,これにより同財団の規模は2倍になった 。
2)利他的な投資形態としてのベンチャーフィランソロピー
こうして成功した起業家などが手にした莫大なキャピタルゲインの社会還元の意味を込めて,
フィランソロピーの観点からソーシャル・ベンチャーに資金提供するのがベンチャーフィランソ
ロピー(ニューフィランソロピーとも呼ばれている)である(Handy, Charles & Elizabeth 2006)
。
では,なぜこのようなベンチャーフィランソロピーという新しい投資の形態が米国で誕生し,今
日広く社会に浸透しつつあるのかその経緯を見ていきたい。1990 年代の IT 産業の台頭に伴い,
若い起業家が活躍を始めると,その中からビジネスを展開しつつ新たな助成財団を立ち上げるな
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ど,カリフォルニアのシリコンバレーを中心にフィランソロピーの分野に踏み出すものが出てき
48)
ている 。彼らの特徴としては,その若さ,投入金額の大きさなどもあるが,何よりもそのスタイ
ルにあるといえる。即ち,既存の大型助成財団や NPO/NGO などへの単なる寄付とは異なり,独
自に社会変革の担い手たるチェンジメーカーとしての社会起業家(ソーシャル・ベンチャー)を
直接支援するアプローチをとっている。また,前述のロックフェラーやカーネギーがいわばその
晩成期にフィランソロピーの活動をはじめたことと比較すると,彼らは急成長したベンチャー企
業のまさに現役のビジネスアイコンであることも注目すべき点である(服部・武藤・渋沢 2010)。
このような米国におけるベンチャーフィランソロピーの動向を捉え,利他的な投資形態として
のベンチャーフィランソロピーについて大きな議論を巻き起こしたのが,レッツ,ライアン,グ
ロスマンの共著論文「Virtuous Capital: What Foundations Can Learn from Venture Capitalist」
(1997 年4月号のハーバード・ビジネス・レビュー誌に掲載)である。同論文が主張するところ
は,そのタイトルが示唆するように,ベンチャーフィランソロピーの投資手法は,営利を追求す
るベンチャー企業へ投資するベンチャーキャピタルの投資の手法から多くを学べるとしている。
同論文でとりわけ注目すべきは,ソーシャル・ベンチャーに資金を投入する際,ベンチャーキャ
ピタル投資と同様に投資家と起業家の間で成り立つ「常識」を持ち込むことの意義を強調してい
49)
ることである。その常識とは具体的には次のようなことを指す (これら常識は,ベンチャーキャ
ピタル投資の手法の核をなすものである)。
①
キャッシュフローを生み出す仕掛けであるビジネスモデルにこだわること
②
その実現性について厳しいデューデリジェンス(審査)を行うこと
③
投資先の経営状態を常にチェックしハンズオン(経営支援)を行うこと
④
提供した資金の投資成果・収益を明らかにすること
こうした常識をクリアした上で,社会貢献の成果が最も上がりそうな案件を選別すべきというこ
とになる(図2を参照)。
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図2
資本市場のランドスケープ
出所:Emerson/Freundlich/Fruchterman(2007), Nothing Ventured, Nothing Gained, Working Paper at The Scoll
Centre for Social Entrepreneurship, Said Business School
以上をまとめると,ベンチャーフィランソロピーにおいては,資金の出し手側に起業家として
成功した者などが就き,資金の受け手側に社会起業家(ソーシャル・ベンチャー)が立つことに
なり,資金の出し手側が起業家精神を根底に置いた発想や意思決定構造をもっている以上,社会
起業家(ソーシャル・ベンチャー)も資金の受け手として,組織を運営する際に起業家精神やビ
50)
ジネスの感覚が強く求められることになる 。具体的には,社会起業家(ソーシャル・ベンチャー)
にとっては,キャッシュフロー獲得と社会貢献のモデルの実現可能性や経営資源の状況に関する
厳しい審査を受け,
資金が提供された後も,資金の使途についてのトレースや投下資金のパフォー
マンスを測定されるので,緊張感が伴うことになる(Breez 2008)。これは資金を提供する側が,
キャッシュフロー獲得のモデルや社会貢献のモデルを常に改善することで,社会貢献の世界にお
けるイノベーション創出が後押しされる効果を狙っているのである(服部・武藤・渋沢 2010)
。こ
のようにベンチャー企業とベンチャーキャピタル投資の間で通用する常識が色濃く反映されてい
51)
るところに,ベンチャーフィランソロピーの手法の大きな特徴があるといえる 。
3)先行事例:アキュメンファンド
本章の最後にベンチャーフィランソロピーの分野で近年,大きな成果を上げている米国のア
52)
キュメンファンド(財団)の活動を取り上げたい 。同財団は 2001 年に,創立者ジャクリーン・
ノボグラッツによって米国・ニューヨークで設立され,直近の 2010 年の年次報告書によると,総
資産 9,063 万ドル,累計の投資額 5,030 万ドル,投資先の数 50 社,主な投・融資先の地域はイン
ド,パキスタン,東アフリカなどである。活動の主たる目的は,ベンチャーキャピタル投資的ア
プローチを使って地球規模の貧困を解決し,貧困層の生活を改善することにある。そのために,
アキュメンファンドは発展途上国の起業家を選定し,彼らが収益的にも組織的にも持続可能で,
貧困層が求めやすい商品,サービスを供給できるよう,資金と経営支援の両面でサポートしてい
る。アキュメンファンドの活動資金を提供し,同ファンドの運営に重要な役割を担っている
「パー
トナー」について前述の年次報告をもとにまとめると以下の通りである。
同ファンドのパートナーと呼ばれる資金提供者は,発展途上国の貧困の削減に賛同する個人と
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団体 / 法人から構成されており,これらパートナーは米国以外にも多数の国に拡大している。提
供する金額の多寡に応じて(一個人 / 一団体あたり 500 万ドル−1万ドル)7つの層に分かれて
おり,500 万ドル以上のパートナーには例えばビル・メリンダゲイツ財団などが資金提供してい
る。
次に活動の具体的な内容を見ていくことにしよう。アキュメンファンドは発展途上国で緊急に
解決策が求められている分野として「安全な飲料水」,
「公衆衛生技術」
,「住宅とファイナンス」
の3つを挙げている。この3分野で画期的な解決策と事業計画をもっている起業家や小企業を選
出し,ビジネスプランの策定から製品化又はサービス化の具体的プロセス,販路づくり,製品
やサービスのマーケティングに至る全過程において支援活動を行っている。資金提供の形態は,
起業家や小企業の経営状況に応じて,融資,投資,助成金の3つの選択肢がある。以下にアキュ
メンファンドが特に力を入れている「安全な飲料水」と「公衆衛生技術」の2分野の支援の具体
的な事例をアキュメンファンドの Web サイトの情報,創立者ノボクラッツ氏の近著「The Blue
Sweater: Bridging the Gap between Rich and Poor in an Interconnected World」
(2009)及び渡辺
奈々著「チェンジメーカー」(2005 年,日経 BP 社)をもとにみていこう。
①安全な飲料水
最初の事例は,インドのマイトライ社である。同社は水からフッ素を除去するフィルターメー
カーで,アキュメンファンドの主要な融資先である。インドでは大都市を除いて地下水(井戸水)
を飲料水として使っているが,地下水に含まれる天然フッ素が原因で慢性的な体の痛みや体力減
退に苦しむ人が推定 600 万人にのぼるといわれている。ユニセフの助成金で行った実験的なプロ
グラムが成功を収めたことから,アキュメンファンドはマイトライ社に 2004 年1月−6月まで
の半年間で 18 万 5000 ドルを融資した。2つ目の事例は同じくインドのウォーター・ヘルス・イ
ンターナショナルである。同社は高度な紫外線技術を使って汚れた水を安全な飲料水に精製して
供給する方法を開発し,アキュメンファンドは 2004 年に 60 万ドルの投資を行った。また同社は,
インド以外にも安全な飲料水の不足しているメキシコ,フィリピン,ガーナなどにフランチャイ
ズチェーンを展開して,業容の拡大に努めている。
②公衆衛生技術
更に,アキュメンファンドは風土病であるマラリア防止のための画期的な殺虫蚊帳「オリセッ
ト」を製品化したタンザニアの A to Z・テキスタイル・ミルズ社へ設備投資の資金として 32 万
5000 ドルを融資した。オリセットはそれまでの6ヶ月毎に殺虫剤を噴霧しそのための加工費も
高くつく蚊帳に比べ殺虫効果が5年以上持続する殺虫剤が練りこまれており,貧困層にも手が届
く低価格の製品であった。同社への資金提供は,アキュメンファンド以外にもユニセフ,WHO
(世界保健機構),エクソンモービル,住友化学などからも行われた。まさに,非営利と営利のシ
ンジケーションの典型的な事例といえよう。また,インドにおける非営利組織の成功事例として
53)
よく取り上げられるアラビンド医院とその運営組織であるテレメディシンにも支援してきた 。
アラビンド医院は,世界的に知られるベンカタワミ博士が始めた眼科医院である。アキュメン
ファンドなどからの資金提供で,インドの4つの眼科病院を併合し,インド貧困層の大きな社会
問題である眼病に取り組んでいる。同医院によれば,これまでインド全体で 900 万人いた盲人の
うち 85%は治療で失明を防ぐことができたと報告している。毎年,100 万人以上の外来患者を受
け入れ,約 20 万人もの患者の手術を行っている。アキュメンファンドはこれまでに 20 万ドル以
上の助成金を提供しており,この助成金を得て同医院は医師や医療スタッフの訓練,医療に必要
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な様々な情報の共有,海外の専門医とのネットワークの整備に取り組んだ結果,高度で効率的な
治療が行われるようになった。
こうした投融資及び助成金の提供を実行する際のステップとして,
アキュメンファンドは通例,
先ずターゲットとしている発展途上国がどれくらい差し迫った社会的な問題を抱えているかをミ
クロ・マクロの両側面より調査することからはじめる。次に,それらの問題解決にはどのような
対策が有効か,そのためどのような設備,製品,サービスを提供することが適切なのか,起業家
的な発想に基づいて解決策を導き出す。その上で,現実的な問題意識をもち,事業家マインド旺
盛な現地の起業家,小企業を見つけ出し全面的な支援を行うことにしている。資金提供 / 経営支
援の決定がなされると,ポートフォリオマネジャーと呼ばれる専門スタッフが投融資または助成
先の業績を逐一把握して,一括管理することになる。まさに,ベンチャーキャピタル投資の手法
がそのまま適用されている。
また,投融資先の業績は収益(キャッシュフローの獲得)のみならず,社会貢献の成果もアキュ
メンファンド独自の測定・評価の手法であるアキュメンファンド・スコアカードを欧米の他の財
団に比べて積極的に活用している。尚,この測定・評価手法は経営コンサルタント会社,マッキ
ンゼー社と共同開発したものであり,2002 年以来,同手法を何度か見直した結果,社会貢献の成
果の定量化に大きな改善がみられた。
こうした社会貢献の成果の測定・評価を前向きに行うことは,先に触れた同ファンドのパート
ナーとの信頼関係の構築,即ちパートナーより提供された資金の生かされた使い方を実証するこ
とにつながるといえよう。さらに,グローバル・インパクト・インベスティング・ネットワーク
(GIIN)の主要メンバーとして社会貢献の成果の測定・評価手法の普及にも注力している
6.むすび
毎年1月,スイス東部にある雪に覆われた美しいリゾート地,ダボスに世界各国から政・財界
の要人や学界・マスコミのリーダーたちが集まる世界経済フォーラム(World Economic Forum,
WEF)
,通称「ダボス会議」が開催される。この会議の直前,同じく WEF 主催のソーシャル・ア
ントレプレナー・サミット(世界各国の社会起業家を中心とした国際会議)がスイス・チューリッ
ヒの郊外で開かれる。筆者は 2007 年と 2008 年の2回にわたって,この会議に幸運にも参加する
機会を得て,改めて社会起業家精神のグローバルな規模での大きな“うねり”を感じ取ることがで
きた。本稿執筆の動機の1つは,そこで語らい,議論した各国の社会起業家,政策担当者,国際
機関の役員,学者,マスメディアなどの人々との刺激に富んだ出会いにある。とりわけ,その中
で社会起業家が共通に持ち合わせていた,warm-heart でかつ cool-mind の資質を生かし,様々な
社会的課題に果敢にチャレンジしている姿勢に深く感銘を受けたことにある。
本稿で既に述べてきたことであるが,社会起業家は,これまでのいわゆる慈善の手法では変え
られなかった,貧困,福祉,教育,人権,更には気候変動など,グローバル / ローカルの規模を問
わず長期化する社会的課題の解決に,新たな手法と考え方を用いるイノベーターとして着目され
るようになった。しかし,相反する二軸,社会性と事業性の双方の目的を達成するための活動の
成立及びその事業展開は容易なことではない。社会起業家への期待とともに,支援策を講じる必
要性も高まってきたのである。そこで,本稿ではこの支援形態の一つである社会起業家への資金
提供の観点から,ソーシャルファイナンスとベンチャーフィランソロピーを取り上げ議論してき
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た。ソーシャルファイナンスとベンチャーフィランソロピーは,経済社会にあってアイデアと人
と資金をつなぐ「触媒」の役割を持ち,両者はそもそもそれらの活動の根底に「起業家精神」が
溶け込んでいるものと言えよう。従って,ソーシャルファイナンスとベンチャーフィランソロ
ピーは先駆的なチェンジメーカーである社会起業家やソーシャル・ベンチャーの活動を支援する
と同時に,それら自身がその存在意義としてチェンジメーカーたる所以を持つものである。ソー
シャルファイナンスとベンチャーフィランソロピーの生成や手法の違いを超えて,それらは託さ
れた資金を運用するにあたって,その資金が生み出せる最大限の価値の創出の可能性にûける姿
勢は共通している。それは,とりもなおさず,お金に有形無形の価値をつけていく行為に他なら
ないといえる(服部・武藤・渋沢 2010)。両者の生成の過程を見ていくとそのことに改めて気づか
されるのである。
最後に,今後,社会起業家及びソーシャルファイナンス / ベンチャーフィランソロピーの双方
にとっていかに事業の社会性を評価するかといった課題がある。近年,社会起業家やソーシャル
ファイナンス / ベンチャーフィランソロピーのみならず,一般の営利企業の間でもダブル・ボト
ムラインの考え方が徐々に浸透してきており,社会性と事業性のバランスの取れた経営の考え方
は広まりつつある。しかし,いかに社会的な価値が付加されたかを評価することの理解はまだ進
んでいるとは言えず,制度上も促進するには至っていない。今後,社会的価値をいかに経済社会
で更に認知・浸透させていくことができるかが大きな課題といえよう。
謝
辞
本研究は,平成 21 − 22 年度日本大学商学部研究費(共同研究)
「ベンチャー企業のグローバル
化と情報マネジメント」(研究代表者:教授 高井透)による成果の一部である。
本稿に対し査読者の方々から貴重なご指摘,コメントを頂いた。それらをもとに本文,参考文
献,注のそれぞれについて一部を削除・修正・追加した。改めて感謝申し上げます。
注
1)事業型 NPO という名称は,伝統的な慈善型 NPO と対比する概念として,一橋大学大学院商学研究科の谷本寛
治教授によって使われ,定着してきた。
2)Gregory Dees and Beth Anderson, “Framing a theory of Social Entrepreneurship: Building on two schools of
practice and thought”, in R. Mosher-Williams,(ed.)
, Research on Social Entrepreneurship: Understanding and
Contributing to an Emerging fields, ARNOVA, 2006, pp39-66.
とりわけ,同資料の中で”Enterprising Social Innovation” というキーワードを提示し,社会起業家とは,持続可
能で大規模なソーシャルインパクトを与えうる「社会的価値を創造する」点とビジネスとフィランソロピーの双
方の方法論を活かして「イノベーションを実行する」点に焦点をあてている。
3)谷本寛治編著「ソーシャル・エンタープライズ」―社会的企業の台頭― 2006 年,pp1-2,中央経済社
4)Schwab, Klaus and Hilde(2009)“Social Innovation in a Post-Crisis World”, World Economic Forum edition,
Innovations(MIT Press)
5)上述の2)と同じ
6)ニッセー基礎研究所 ニッセー基礎 Report「社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)の台頭とその機能」
2005 年1月号,p3
7)Dees, J.G.(1997)“Enterprising Nonprofit”, Harvard Business Review, January-February, p60.
8)上述の6)と同じ
9)上述の6)と同じ
10)Leadbeater, C.(1997)The Rise of the Social Entrepreneur, Demos. 同氏は英国の市民セクターにおける社会起
業家の役割の重要性について 90 年代中頃よりシンクタンク Demos を中心に論陣を張ってきた。
11)Giddens, A.(1998)The Third Way, Policy Press(佐和隆光訳「第三の道」日本経済新聞社 1999)
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ブレア政権の社会政策立案に多大に影響を与えた英国における社会学の奉斗ギデンズは,“第三の道を目指すに
は,市民一人ひとりが自ら道を切り開いてゆく営みを支援し,個人と共同体の関係を再構築することが大切であ
る”と強調している。
12)上述の6)と同じ
13)上述の 10)と同じ
14)Bornstein, D. and Davis, S.(2010)Social Entrepreneurship pp30-34 (what is the difference between social and
business entrepreneurship) , Oxford University Press は,筆者の主張を支える論点が多く読み取れる。
15)Ashoka Innovators for the Public(2000)Selecting Leading Social Entrepreneurship, Washington, D. C. と
Schwab Foundation for Social Entrepreneurship(http://shwabfound.org)
.
16)上述の 15)の資料,神座保彦著「概論ソーシャル・ベンチャー」p56(2006 年,ファーストプレス)及び Schwab
Foundation for Social Entrepreneurship − 5 years Evaluation Report 2000 ― 2005 をもとにまとめたもの。
17)神座保彦著「概論ソーシャル・ベンチャー」2006 年 pp58-59,ファーストプレス
18)上述の 17)と同じ
19)上述の 17)と同じ
20)神座,前掲書 pp22-23
21)神座,前掲書 p29
22)神座,前掲書 pp31-32
23)神座,前掲書 p198
24)神座,前掲書 p198-199
25)Social Finance Ireland TSA Consultancy, May 2003, p5 は以下のように定義している。Social Finance is a term,
which will be used throughout this document to describe: the provision of finance by organizations which seek a
social return or social dividend as well as financial return.
26)同上 p5
Social return/social dividend can be defined as a return which enhances the stock of social capital.
27)ニッセー基礎研究所 ニッセー基礎 Report「ソーシャルファイナンスと社会起業家」2005 年7月号,p3
28)神座,前掲書 pp202-203
29)Clark, C. and Rosenzweig, W., “Double Bottom Line Project Report: Assessing Social Impact in Double Bottom
Line Ventures(Method Catalog)
, January 2004, pp17-35 の中で社会貢献の成果を図る主な手法として以下の8
つを挙げている。Theories of Change, Balanced Scorecard, Acumen Fund Scorecard, Social Return Assessment,
Ongoing Assessment of Social Impact, Social Return on investment, Benefit-Cost Analysis and Poverty/Social
Impact Analysis.
30)オリジナルの文献としては,REDF の Overview and Guide to Reading SROI Report(2000)がある。
31)谷本,前掲書 p268
32)上述の 31)と同じ
33)谷本,前掲書 p269
34)上述の 33)と同じ
35)谷本,前掲書 p270
36)谷本,前掲書 p169
37)谷本,前掲書 p170
38)上述の 37)と同じ
39)詳しくは,Global Alliance for Banking on Values, Conference Reader, Lima, Peru, 3-6 March, 2011 のプログラム
に記載されている(www.gabv.org)
。
40)同上の pp27-28
41)インタビュー調査:2011(8月−9月)の海外派遣研究員における Triodos Bank の Mr. P. Blom, CEO へのイン
タビューより聴取(2011 年9月1日,オランダ)
。
42)kiva(https://kiva.com/)
43)Firstenberg, P. PhilanthropyʼsChallenge, Foundation Center(2003)の Chapter 1 と Chapter 2(pp1-30)から要
約しまとめたもの。
44) Andrew Carnegie(1998)The Gospel of Wealth, Applewood books(Reprinted Version)
. 1889 年 に North
American Review 誌に発表された論文が基になっている。
45)ニッセー基礎研究所 ニッセー基礎 Report「ソーシャル・ベンチャーとベンチャーフィランソロピー」2005 年
3月号,p3
46)Bill & Melinda Gates Foundation http:www.gates-foundation.org
47)神座,前掲書 p44
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48) 1998 年 に シ リ コ ン バ レ ー で Laula Arrillaga − Andreesen な ど に よ っ て 設 立 さ れ た Silicon Valley Social
Venture Fund(SV2)は,同地域でのベンチャーフィランソロピーの嚆矢として高い評価を得ている。
49)神座,前掲書 p46
50)上述の 49)と同じ
51) Bishop, M. and Green, M.(2008)Philanthrocapitalism, Bloomsbury Press pp88-97 の中で,事例として Venture
Philanthropy Partners, Social Venture Partners そして Impetus Trust の3つのベンチャーフィランソロピーを
挙げベンチャーキャピタル投資とベンチャーフィランソロピーの手法の類似を詳細に記述している。
52)http://www.acumenfund.org
53)http://www.aravind.or
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Summary
In this short paper, the author tries to explore how social entrepreneurs could achieve their
missions with high impact by having significant supports from social finance as well as venture
philanthropy in the U.S. and Europe. In addition, it examines that venture philanthropists in the
U.S. are using business-style strategies for social entrepreneurs to effect social change.
The paper has also pointed out that the double bottom line approach in social finance and
venture philanthropy plays a key role in solving local/global social problems which social
entrepreneurs are currently facing.
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