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コーパス研究が明らかにする メタファーの文法
コーパス研究が明らかにする メタファーの文法 ―エコロジストとしてのA.Deignan 大石 亨(明星大学) メタファーの文法 「品詞というマクロレベルでも,より細かい 統語パタンにおいても,頻繁に,あるいは 規則的にと言えるかもしれないが,同一の 語のメタファー用法と字義用法には形式上 の違いがある」 「多くのメタファー用法には文法上の制約 がある」 Deignan 2005 第7章(渡辺他訳p.173) メタファーと品詞 動きに関する動詞のメタファー <感情は物理的な動きである> FEELING IS PHYSICAL MOVEMENT 清潔さと汚れを表す形容詞のメタファー <良いは清潔,悪いは不潔> GOOD IS CLEAN, BAD IS DIRT 名詞の品詞転換(動物メタファー) <感情は物理的移動である> rock(揺らす), shake(振る), move(動か す), stir(掻き回す) 品詞というマクロレベルでの相違は限定的 rock, move, stirはメタファーで使われると きには受動態になる傾向 例外は定型表現となる(rock the boat) 句動詞になる傾向(stir up, flare up…) 感情と受動態 「に襲われる」 感情 感情以外 合計 64 (45) 「が襲う」 合計 14 (33) 78 168 (187) 152 (133) 320 232 166 398 注:カッコ内は期待度数;p<0.001***(フィッシャーの正確確率検定) 受動態と感情メタファーの結びつき 「怒りに駆られる」「衝動に突き動かされる」 「思いにと らわれる」「後悔の念にさいなまれる」「恐怖に打ちの めされる」「心がかき乱される」「心を揺り動かされる」 <良いは清潔,悪いは不潔> clean(きれいな), dirty(汚い), spotless (染みのない), filthy(不潔な) 大きな文法的シフトはない(形容詞のまま) メタファー用法は定型的な表現に現れる傾 向(clean-living, come clean, good clean fun, talk dirty, play dirty) 「善悪」は領域?⇒評価尺度 <善は清潔・悪は不潔> (鍋島 2011) 「不潔な行為」(大多数は字義的)「クリーンな政治家」 <善は綺麗・悪は汚れ> <善は純粋・悪は不純> <善は白・悪は黒> <善は上・悪は下> <善は整・悪は乱> <善は均等・悪は歪み> <善は新鮮・悪は腐敗> <善は直・悪は曲/ねじれ>・・・ 尺度融合 二つの尺度を重ね合わせる 「明⇔暗(感覚)」と「正義⇔不正(評価)」 「黒灰色白」と「有罪無罪」 「青赤黒」と「未熟成熟」 「松竹梅」「金銀銅」「上中下」 「右翼中道左翼」と「保守革新」(フラン ス革命) 縦軸と横軸 正 常 血 圧 異 常 悪 成績 良 感覚=>評価 形容詞 評価的意味 青い 未熟な 明るい・ 人柄・性格 暗い (公正さ) 浅い・ 思慮、知恵 深い (意味) 荒い・ 気性、金遣い 細かい 動機付け 植物(果実) 光 表層は見せかけ(皮相)・ 真実は奥底(深遠) 気性は波風 消費は技 感覚=>評価 形容詞 硬い・柔ら かい 評価的意味 頑固・柔軟 (物腰) 鋭い・鈍い 能力・感受 性 広い・狭い 心 長い・短い 気 粘り強い 根気強い しつこい 執念深い 動機付け 付き合いは接触 人当たり 刃物・神経 容器 精神的持久力(時間) 継続性 執着 感覚=>評価 形容詞 甘い・辛い 甘い きつい 渋い 暑苦しい 涼しい 寒い 評価的意味 評価 考え、ツメ 性格 演技、ケチ 身なり・体形 目元 ギャグ 動機付け 厳しさ きつくしない、ゆるい 締め付け、ゆとりのなさ 隠された味わい、滞り 太った→汗かき さわやかさ 盛り上がりは熱 動物メタファー 「AはBである」という形式はまれ ある動物を指す語が人間の性質や行動を 描写するために用いられると,しばしば形 容詞形もしくは動詞形になる 名詞のメタファーと形容詞,もしくは動詞の メタファーの双方が存在する場合,名詞の メタファーは使用頻度が低い fox, foxes, foxing, foxed 名詞 動詞 形容詞(foxy) 字義通り 440 0 0 メタファー 3 18 9 名詞の字義通りの用例の多さは狐狩りについて のメディアでの言及による 他の動物名詞に関しても同様の傾向 名詞用法の慣用的なメタファーは少ない 領域間の文法的差異 動物のメタファーが人間の行動,時には性質に ついて話をするために用いられる 英語では,行動は動詞で,性質は形容詞で表す ことが多い 根源領域の名詞が目標領域で動詞や形容詞と して現れる傾向 根源領域の言語パタンよりもメタファーの意味の 方が重要と主張・・・しかし日本語では 「鶴の一声」「負け犬の遠吠え」「猫なで声」(音声) 「猫の額」「雀の涙」「カラスの行水」「虫の息」(短小さ) 言語的制約 動物のメタファーは大部分が,文法のパタ ンと意味の両方の点で慣用化によって固 定されており,字義が指し示すその動物か ら連想される意味の全てが際立てられるこ とはほとんどない fat cat/cats(貪欲さ), catty(悪意のある) sex kitten, tiger economy/economies wolf(速く貪欲に食べること) 日本語における品詞転換 名詞⇒動詞 動詞⇒名詞 「他界」「四苦八苦」 「奉行」「管領」「随身」 「前後」「左右」「上下」 「馳走」「布施」「旦那」 名詞⇒形容名詞 「器用」「邪魔」 動詞⇒形容名詞・副詞 「迷惑」「結構」「折角」 名詞⇒副詞 「所詮」 形容名詞⇒名詞/副詞 「雑色」「中間」「狼藉」 「正直」 品詞転換 日本語においては名詞化・動詞化による語義変 化の多くは,同一領域の概念やシナリオの異な る側面に焦点をあてるメトニミー 形容名詞化や副詞化は,主観化や文法化にとも なう用法の変化 英語の動物「メタファー」もメトニミーの一種といえ るのではないか(AGENT FOR ACTIVITY/ NAME FOR MANNER)+実現する構文「(職業など)の ように振舞う」(由本 2001) boss, butcher, nurse, doctor, police, mother 「上下」「前後」「左右」 「上下する」=<増減> <多は上,少は下> 「前後する」=<継起> 前進に伴う時間経過⇒時間の非可逆性⇒二 つの事象の関係(継起・逆転) 「左右する」=<影響・支配> 身体に基づく左右の対称性⇒判断の「揺れ」 ⇒方向を指すことが選択・決定を含意 「上下する」 分類 物理的 移動 カテゴリー 対象移動 例文 「自然な呼吸をするようになるまで、 彼の腕を上下した」 頻度 1 主体移動(非 「老女は毎日、何時間もかけて階段 能格的) を上下し、水を求め歩いた」 2 主体移動(非 「桟橋は潮の満ち引きとともに上下 対格的) していた」 8 数値変動 値動き 「為替レートが急激に上下するのは 好ましくない」 12 その他 「核分裂生成物の濃度が上下するた めらしい」 2 合計 25 「前後する」 分類 カテゴリー 例文 対象移動(前 後させる) 「手を自分の顔の前にかざし、ゆっ くりと前後させた」 1 事態の (と)前後して 「ビザなし交流と前後して」 並立 「核実験を実施、これと前後して」 10 物理 移動 (と)相前後し 「満州侵攻と相前後して」 て 「百台が次々と感染した。 相前後 して」 順序逆 手順が前後し 「一度目の手順前後に関し、神野セ 転 た? ンター長は七日夜の記者会見」 合計 頻 度 3 1 15 「左右する」 カテゴリー 例文 頻度 ~によって, 「バッシングによって私が左右されること」 ~が左右され 「個人の価値観によって判断が左右され」 20 ~で,~が左 右され 「わずかな票の移動で当落が左右される」 「毎年の好不況で税収が左右されること」 11 ~が,~に左 右され 「ドル相場が政治情勢に左右され」 「農産物は天候に左右される」 130 ~は~が左右 「B株指数の動向は、主に国内投資家が左 する 右している」 2 ~が~を左右 「投票の結果がヘリポート建設問題の行方 する を左右しかねない」 「アフリカ票の行方が結果を左右すること」 118 合計 281 メタファーと構文 同じ<方向>領域の語彙でも,「上下」とは異な り,「前後」「左右」ではサ変動詞の意味がメタ ファーにほぼ限定されている 「前後」の意味の限定は不変性原理(Lakoff 1993) によって説明可能だが形式が固定(「(相) 前後して」)していることは説明できない 「左右」の意味が移動を表現できないのは日本 語の語彙化パターン・構文による制約 詳細な文法パタン 屈折形 単数形と複数形がそれぞれ肯定的な側面と 否定的な側面に結びついている 語彙文法 人体部位メタファーの分類 ある程度の語彙文法的固定性が標準 rock vs. rocks 単数形rockは肯定的な意味を生み出す 「支えとなるもの」=固さや安定性 複数形rocksは否定的な評価 hit the rocks(暗礁に乗り上げる), be on the rocks(座礁して)⇒船舶への危険性 修飾語としての用法 rock steady(安定した), rock solid(揺ぎない)は 肯定的(永続性と信頼) rock bottom(どん底の)は否定的(<悪は下>) メタファーと格助詞 浴槽からお湯があふれている ??浴槽はお湯にあふれている 会場が人であふれている 会場に人があふれている (locative alternation) ??会場が人にあふれている 彼は自信にあふれている ?彼から自信があふれている 形式別分布 感情・精神 上記以外 合計 「にあふれる」 「があふれる」 合計 109 (60) 42(91) 151 12 (61) 143 (94) 155 121 185 306 注:カッコ内は期待度数;p<0.001***(フィッシャーの正確確率検定) <感情は液体>メタファーと格助詞「に」の結び つき 「愛に満ちる」「喜びに満ち溢れる」「愛におぼれる」 「幸せにひたる」「悲しみに沈む」 感情・精神・豊かさ⇒肯定的な文脈 「とアリスは、いきなり喜びにあふれて叫びました」 「幸福で、喜びにあふれるようなものを意味します」 「国賓として迎えることの出来た喜びにあふれて」 「国際情勢の連鎖への感謝にあふれていた」 「患者の言葉は、感激と感謝にあふれている」 「橋本のエッセーは、父子の情愛にあふれている」 「血色が良い顔は、活気にあふれてはいたが、」 「日本全体が活気にあふれていた。」 「あらゆるものが、ゆたかさにあふれ、強健に、うつ くしくかゞ やいてゐます」 情報・液体・モノ⇒否定的な文脈 「過激な性表現が広告を通じて公共の場所にあふれ、」 「二流のアメリカ製品をあえて購入する日本人、と言わ んばかりの論調が巷(ちまた)にあふれていた。」 「この種の広告が新聞紙面や電車の中づりにあふれてい るのは、「女性を性的関心や欲求の対象と見る傾向を助 長するものだ」」 「庄内川で水が堤防を越える「越流」により市街地にあ ふれたりしたケース」 「芦屋市でも割れた食器、壊れた棚や生ゴミなどが入っ た袋が道路にあふれている。」 「十数年前は貴重品だったビニール袋も今やゴミ置き場 にあふれている」 人体部位メタファー 統語的文脈や共起語に依存しないグループ heart (中心), hand (手助け) 統語的に固定されるグループ on the shoulders of(常に複数形) face (自尊心を表すメタファー用法では常に不可算) teeth (実効性を表すメタファー用法では常に複数形 で,動詞haveの後にのみ生起) 常に目標領域の語に修飾されるグループ body, head, eyes, face a nose for, good ear for, an eye for 人体部位メタファー 第2のグループが最も多く, 次いで第3のものが多い 第1のパタンは非常にまれ メタファーの意味は限られた範囲の文法形 式を伴う傾向 ここまでのまとめ 語の比喩用法は比較的固定された語彙 的・文法的パターンを示す 多くの動物メタファー表現が字義用法(名詞) とは異なる品詞(動詞・形容詞)となる より詳細な文法レベルでの固定性 rock vs. rocks, 人体部位メタファー 語彙的な制約(比喩用法が限定されたコロ ケーションを形成する傾向,第9章) at a price, a heavy price to pay 対立する二つの要求 抽象的で革新的な考えをメタファーを通し て表現したい!(創造性) 言語の創造的使用=意味不明の危険性 少数の形式で異なる意味=節約原理 曖昧さを持たない形でコミュニケーションを 図りたい!(透明性) 慣習・固定化,表現の使い分け=ありきたり 異なる意味には異なる形式=単純原理 トレードオフ 創 造 性 多義 慣用化・表現の使い 分けとコロケーショ ンの固定化による透 明性の確保 メタファー表現を使う と創造性は上がるが 透明性は減る 単義 透明性 語彙進化 創 造 性 多義化と慣用化および語形成による ブートストラッピング 透明性 語彙の借用 外国語の流入による概念・語彙の増加を追加 創 造 性 禅宗(唐 音漢語) 明治期翻訳 漢語・外来語 仏教伝来・律 令制度(漢語 の流入) ポルトガル・オ ランダ語 透明性 メタファー表現の固定化 メタファー表現は字義的表現に比べて固 定されている傾向が強い(p.262) 言語変化が起こったとき,メタファーの方が 古い形式を用いる(有標性) 「寄らば大樹の陰」「案ずるより産むが易し」 「雉も鳴かずば撃たれまい」 「転ばぬ先の杖」 「触らぬ神に祟りなし」「知らぬが仏」「言わぬ が花」「井の中の蛙(かわず)」 固定化の要因 合成構造を認可する上位スキーマにはな い非合成的な面を保証するため,それ自 体で成立する言語単位として認める必要 がある (Langacker 1998) apple juice vs. apple polisher 評価(感情)的意味が強い(>頻度効果) 他の見方の抑制⇒観点の固定 日本語の格交替とメタファー 壁にペンキを塗る/ペンキで壁を塗る 顔に泥を塗る/*泥で顔を塗る (腹立たしい!) 部屋にリボンを飾る/リボンで部屋を飾る 故郷に錦を飾る/*錦で故郷を飾る(誇らしい!) コップに水を満たす/水でコップを満たす *欲望にお金を満たす/お金で欲望を満たす (情けない!/羨ましい?) (岸本 2005) 日本語の格交替とメタファー ゴミを水に流す/水でゴミを流す 恨みを水に流す/*水で恨みを流す 障子に紙を張る/紙で障子を張る 彼に意地を張る/*意地で彼を張る 泥で下水管が詰まる/下水管に泥が詰まる 緊張で息が詰まる/*息に緊張が詰まる 日本語の格交替とメタファー 棒で壁を突く/?壁に棒を突く 質問で痛いところを突く/*痛いところに質問を突く 音楽が部屋中に鳴り響く/?部屋中が音楽で鳴り響く 彼の名が全国に鳴り響く/*全国が彼の名で鳴り響く (嬉しい!) 月が太陽の光に輝く/太陽の光で月が輝く 彼が栄冠に輝く/*栄冠で彼が輝く (やった!) テーブルから食器を片付ける/テーブルを片付ける 計画から問題を片付ける/*計画を片付ける (ほっ!) あいまい性抑制原理 メタファーは格交替を抑制する(句レベル) 自由度削減,文脈独立性 メタファーは類義語の使い分けを促進する 複数の語種の両方で類義語が存在する場合, 語種ごとに,字義的な意味とメタファーの意味 が類義語によって使い分けられる傾向 複数の語種の両方で類義語が存在し,それぞ れが異なるメタファーを実現する場合,一方の 語種は字義的な意味を表すことはできない 類義語と語種 「芽吹く」 「芽生える」 合計 字義用法 42 (8) 4 (38) 46 比喩的用法 0 (34) 201 (167) 201 合計 42 205 247 「発芽」 「萌芽」 合計 字義用法 195 (147) 4 (52) 199 比喩的用法 5 (53) 66 (18) 71 合計 200 70 270 複数のメタファー 棒を握る/棒をつかむ *大意を握る/大意をつかむ<理解は把握> 実権を握る/??実権をつかむ<支配は掌握> *大意を掌握する/大意を把握する 実権を掌握する/??実権を把握する *棒を掌握する/*棒を把握する(cf.田山花袋) 類義語と語種 「握る」 「つかむ」 字義用法 ○ ○ <理解> × ○ <支配> ○ × 「掌握」 「把握」 字義用法 × × <理解> × ○ <支配> ○ × 今後の課題 最後の仮説(あいまい性抑制原理)はコー パスデータによる検証が必要 語種の問題はテキストジャンルを考慮する 必要あり(大石 2011) 通時比較も必要(太陽コーパスとBCCWJ の比較) やることはたくさん あるのだ! 人間の不思議さ 社会的拘束条件にしたがいながら,また反 面,そこから逃れたいと希望し,逸脱する 自由を求める 人間にはコンピュータと同じように決まった 役割を果たす(習慣化する)一方,逸脱し て新規性を創出する別の面もある この矛盾した両面をいかに総合して捉えて いくか あ り が と う ご ざ い ま し た ♪ God is in the detail The Devil is in the details