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タイにおける日本ものづくり企業の 事業展開に関する調査報告

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タイにおける日本ものづくり企業の 事業展開に関する調査報告
香 川 大 学 経 済 論 叢
第
巻 第
調
号
年
月
−
査
タイにおける日本ものづくり企業の
事業展開に関する調査報告
―― 自動車産業を中心に ――
向
渝
はじめに
年
月
日∼
日の日程で,筆者は大阪産業大学の研究グループと一緒に
タイ現地調査を実施した。今回,私たちはバンコク,チョンブリー,アユタヤ,サムッ
トプラカーンなどの各地を回り,日本ものづくり企業
社を訪問した。本報告では,
乗用車メーカー,商用車メーカーおよび部品メーカーを 社ずつ取り上げて,タイに
おける日本自動車産業各社の事業展開の実態と特徴について概観してみたい。
.トヨタのオペレーション強化と現地化支援
!
"
今回,私たちはトヨタ・モーター・タイランド(以下,TMT)のバンポー工場を
見学し,またサムットプラカーン県にあるトヨタ・モーター・アジア・パシフィッ
#
ク・エンジニアリング&マニュファクチャリング株式会社(以下,TMAP-EM)とア
$
ジア・パシフィック生産推進センター(以下,AP-GPC)を訪問した。本項では,
TMAP-EM と AP-GPC でのインタビューの内容を中心に,現地におけるトヨタのオペ
レーション強化と現地化支援の現状や課題について検討してみたい。
(
(
) 英語表記は Toyota Motor Thailand Co., Ltd. である。
) バンポー工場はチャチューンサオ県に位置し,TMT の 番目の生産拠点として,
年 月から稼働した。
( ) 英語表記は Toyota Motor Asia Pacific Engineering and Manufacturing Co., Ltd. である。
( ) 英語表記は Asia Pacific Global Production Center である。
−154−
香川大学経済論叢
− .AP 地域におけるトヨタの事業概況
アジア・パシフィック地域(以下,AP 地域)全体としては,リーマンショックの
影響が小さくて,
年,
年以降も自動車市場が順調に伸び,
年には ,
万台を突破した。一方,先進国と比べると,同地域の自動車保有率がまだ低く,今後
とも伸びる市場である。トヨタはこの地域で
ローバルトヨタの販売の中で,AP 地域は約
るトヨタのシェアはほぼ
年代から現地生産をしている。グ
%を占めており,一方,同地域におけ
%で推移している。
地域内の諸国は「輸出拠点」
,
「ほぼ自国向け」
,
「他国から輸入」というふうに自動
車生産・販売における役割がそれぞれ異なる。タイの場合,国内販売のトヨタ車はほ
とんど現地生産のものだが,多人数乗用車( 列シート)はインドネシアの方が市場
が大きいため,インドネシアで作って,タイに輸入している。マレーシア,インドと
ベトナムはほとんど輸出をせずに,自国で作るか,タイやインドネシアから輸入して
いる。
年は大洪水の影響で,タイの新車販売台数は
万台に止まり,TMT も部品
調達難のため,一時期,稼働停止を余儀なくされた。
支援策の実施により,タイ自動車市場が
万台に達して,生産能力を約
で
年は自家用車の初回購入
万台超まで急増し,TMT の生産量も約
万台もオーバーした。
年,トヨタはタイ市場
.%のシェアを獲得して 位をキープし,相変わらず強い。マレーシアでは国
民車政策でプロトンという車があるため,シェアが低いが,ダイハツが出資している
プロドゥアを合わせれば, %近くのシェアがある。しかし,インドではトヨタが後
発企業であり,インド事業の強化が課題である。
− .TMT のオペレーションの状況および TMAP-EM の支援活動
!
IMV プロジェクト が発表された翌年の
年に,開発拠点のトヨタ・テクニカ
"
ル・センター・アジア・パシフィック・タイ株式会社(以下,TTCAP-TH)が設立さ
れた。またアジア地域の生産事業を支援する組織として,
年にトヨタ・モータ
#
ー・アジア・パシフィック株式会社(以下,TMAP タイ)が設立された。さらに,
アジア地域の生産事業体のオペレーション強化と更なる現地化推進を支援する目的
タイにおける日本ものづくり企業の事業展開に関する調査報告
で,
−155−
年にトヨタは TTCAP-TH と TMAP タイを統合して TMAP-EM を設立し,調
達・整備・生産・カスタマサービスといった機能を加えた。その後,製造の支援,生
産の企画,現調開発などの機能も取り組むようになり,投入モデルも増えた。規模の
拡大に従って,要員も増加し,
年
月現在, ,
名に達している。TMAP-EM
は,シンガポールにあるマーケティング・販売の支援を担当するトヨタ・モーター・
!
アジア・パシフィック・マーケティング&セールス株式会社(以下,TMAP-MS)と
連携しながら,AP 地域での製販一体による自立化の促進に取り組んでいる。
"
これまで,TMAP-EM が取り組んだ主な現地開発は,IMV のアクセスドアの開発や
#
タクシー用車の CNG タンクの開発などがある。また TMT の生技・製造においては,
最初の生産車種のヤリスの頃は,日本本社からかなりサポートをもらったが,その後,
特にサポートをもらわずにやれるように成長してきた。やることにもよるが,技術開
発力もどんどん上がってきている。
一方,現調化においては,現在,約
社の 次部品メーカーがあり,そのうち,
日系(現地資本との合弁会社も含む)は約
社,残りはタイのローカルメーカーお
よび少数の欧米系メーカーである。購入金額ベースでいうと,約 割は日系メーカー
である。タイのローカルサプライヤーから貸与図方式でプレス部品や樹脂部品を中心
に調達しているので,バリューとしては小さくなる。ローカルサプライヤーから機能
部品を調達するのはまだかなり難しい。メーカーの開発能力や生産技術のレベルがと
ても大事なため,コストだけでは決められない。コア部品に関しては日本の 次サプ
(
(
(
(
(
(
) IMV プロジェクトは
年に発表されたトヨタの新興国市場をターゲットにした世
界戦略車プロジェクトである。 つのプラットフォームから,ピックアップトラック,
ミニバンと SUV の 種のボディタイプ,さらにピックアップトラックには つのバリ
エーションがあり,計 車種が展開されている。IMV シリーズ最初の車種はタイで生産
されたピックアップトラック型の 車種で,
「ハイラックス・ヴィーゴ」の車名で販売
されている。
) 英語表記は Toyota Technical Center Asia Pacific Thailand Co., Ltd. である。
) 英語表記は Toyota Motor Asia Pacific Co., Ltd. である。
) 英語表記は Toyota Motor Asia Pacific Marketing and Sales Co., Ltd. である。
) アクセスドアは人が後ろで乗り降りをしやすく,荷物を置きやすいために,IMV の大
きなドアの横に付けられた小さなドアである。
) CNG は Compressed Natural Gas(圧縮天然ガス)の略称である。
−156−
香川大学経済論叢
ライヤーが出てこないといけないのが現状である。材料メーカーはほとんど日系であ
り,基本は指定材料・日本輸入である。
調達部門はサプライチェーンの経営状況や,供給能力などを日々管理している。そ
してモデルチェンジの際に,新しい次元で,新しい設備で新しい条件を加えることが
多いので,技術部門は 次・ 次サプライヤー,場合によって, 次サプライヤーま
で入って,日々の工程管理や品質管理などのマネジメントについてチェックしてい
る。ある程度のレベルまで達しないと,調達部門から発注の許可が出ないというよう
なシステムを去年から稼働した。そこに向けて,全体のレベルを上げるために,コン
プライアンスに接触しない範囲で,サプライヤーを指導している。
現地企業の育成・指導においては,調達部門の中に生産や生産管理などの面をサポ
ートする部隊があり,彼らはサプライヤーに出向いて,現場の整理整頓から指導する。
品質とデリバリは足元であり,基本をしっかりやってもらいたいが,特に開発の関係
で,どうしても壁がある。
タイにおけるトヨタの自動車生産は
年に急に伸びて,
万台も作った。昨年(
年の段階ではわずか 万台だった。
年)の TMT の生産台数は
万台だっ
た。このような規模の拡大に伴って,外注部品の現調率は
年の
%から
年の
年に
%にする予
%に上がり,直近では
%超に達している。さらに
定である。但し,この現調率は 次部品メーカーから入ってくる部品のものであり,
構成部品はどの程度タイ現地で出来ているのかは,モノによってバラツキがある。今
後,素材や構成部品を含めた「真の現調化」を強化する方針である。
年の大震災と大洪水の後, 次サプライヤー以下の把握を進めている最中で
ある。マネジメントを含めて,何か起こった時,どんな措置を取ればよいのか,また
どこかで災害が起きた時,どんなインパクトがありそうなのか,といったことをでき
るだけ早く検索できる状態にしておくべきである。そして調達ルートの複数化といっ
たリスクマネジメント体制の構築も急務である。
− .自立化に向けた取り組み
トヨタは世界各地で
以上の工場があり,海外生産台数は国内より遥かに多く
タイにおける日本ものづくり企業の事業展開に関する調査報告
−157−
!
なっている。日本側がすべての海外拠点の面倒を見るにはやはり限界があるので,ト
ヨタは
年以上前から「自立化」を提唱している。この「自立化」は単なる「車を
作れること」ではなく,トヨタ・ウェイに沿って作ることが自立化の目指すところで
ある。トヨタ・ウェイは「知恵と改善」
「人間性尊重」を 本柱としており,つまり
人を尊重し継続的な改善を行いながら,チャレンジしていくことである。
TMT は操業
年目に入り,かなり長い歴史を持っている。
年頃から「自立
化」を言われてきたので,自立化に向けて何をやればよいのかについて,みんなで相
談しながら取り組んできた。
年 月から,初の日本に元車がないグローバル戦
略車の IMV がタイで生産されはじめた。IMV は約
カローラに匹敵する約
か国で生産され,生産台数も
万台に達しているが,TMT はシリーズ 車種のうちの
車種,約半分の量を生産している。IMV 生産開始の前後から,CR-J(Cost Reduction
through Jiritsuka)活動をスタートし,トヨタものづくりのベースの標準作業,そして
原価管理を中心に行った。
年頃からもう少し幅を広げて,生産に求められる安
全なども含め,KI-J(Kaizen Initiative through Jiritsuka)活動を開始した。この改善活
動は
年末まで行っていた。
年から,PMR-S(Plant Management Requirement
by Step,工場運営の基本要件)活動をスタートし, つのステップに沿って行って
いた。
年から,生産台数は右肩上がりが続き,途中から輸出も半分以上になっ
た。TMT は CR-J,KI-J などのキーワードを使いながら自立化を図り,この成長プロ
セスに対応した。
− .ものづくり人材育成への取り組み
AP-GPC は
年 月に TMT の敷地内に設立された。当初はタイ国内のスタッフ
の育成だけに取り組んでいたが,翌年 月からはアジア全域のトレーニングセンター
としての役割を担うようになった。
AP-GPC の人材育成の内容は基本技能,専門技能,QCC(QC Circle)
,TPS(Toyota
Production System)
,TJI(Toyota Job Instruction,仕事の教え方)
,TBP(Toyota Business
(
) 直近の
万台と約
年のデータを見ると,トヨタの国内と海外の生産台数はそれぞれ約
万台だった。
−158−
香川大学経済論叢
Practices,実践的な問題解決)
,TCS(Toyota Communication Skill,トヨタコミュニケ
ーションスキル)などからなっている。日本で教えているような基本的な内容につい
ては,TMC の GPC(グローバル生産推進センター)が AP-GPC の人をトレーナーに
してくれて,AP-GPC のトレーナーが AP 地域(TMT を中心に)のトレーニングを展
開することになる。 週間の基本技能の訓練については AP-GPC は直接 TMT のワー
カーをトレーニングしている。専門技能に関してはトレーナーになる人を育成した
り,ワーカーに直接教えたりしている。一方,QC サークルや TCS,TJI などについ
ては,AP-GPC は直接教えるのではなくて,工場のトレーナーになる人を育成して,
または TMT の人事の人を育成して,教えてもらった人は実際の採用者に教える。さ
らに大きな改善のできる高度な人材の育成は AP-GPC ではなく,日本の TPS 推進部
が担当している。
人材育成は座学だけではなく,実践的な訓練も行い,日本の親工場や設備メーカー
などに行かせている。日本の親工場に出張で行くこともあるが, 年や 年の長期間
で,日本の仕事のやり方を覚えてもらうこともある。タイに戻ってから,さらに TMT
の実務で成長してもらうために,工場のマネジメントをどのようにするのかについ
て,年度方針を作って,目標を掲げて,やることを決めて,定期的にフォローしてい
くようにしている。そして期間限定の関連活動もその間に入れながらやっている。さ
らに生産担当の役員や元町工場(TMT の親工場)の工場長なども度々現地に足を運
び,OJT 的なトレーニングを含めて,トヨタのものづくりをタイでも理解してもらう
ようにしている。
AP-GPC は地域の人材育成に責任を持つ。地域のタイ以外の国に関しては,トレー
ナーになる人を育成する。彼らは教材を持ち帰って,アフタートレーニングでそれぞ
!
れの事業体で教えている。豊富な現場経験を持ち,教え方の上手な人はグローバル・
トレーナーとして,AP-GPC に来ている。グローバル・トレーナーは日本で教育を受
けた後,GPC から免許( 年で更新)をもらう。一方,AP-GPC のトレーナーは現在,
(
) AP-GPC の守備範囲には中国が入っていない。中国のトレーナー育成は日本で行って
いる。海外にはその他,北米(ケンタッキー工場)とヨーロッパ(UK 工場)に GPC を
設置してある。
タイにおける日本ものづくり企業の事業展開に関する調査報告
−159−
数十名いるが,QC サークルを指導するのが得意な人や TPS を教えるのが得意な人な
どに分かれており,全資格を取得した人はまだいない。
今,日本はほとんどの工程は自動化が進んでロボットを使っているが,タイでは,
溶接工程でいうと,自動化率がまだ 割程度である。他の工程も日本と比べれば,自
動化設備が少ない。従って,作業員の訓練と技能の向上が非常に大切である。タイ人
は非常に器用であり,日本でロボットでしている仕事をこなしている。トヨタは毎
年,スキルコンテストを開催している。まずタイ 工場のチャンピオンを決め,次に
AP-GPC で地域コンテストを行う。それからアジア地域のチャンピオンは日本に行っ
て参戦し,毎年, 人程度は金メダルを取ってくる。
TL,GL のような現場監督者の管理スパン,すなわち何工程に責任を持つのかに関
しては,日本と大きく変わっていない。但し,TL と GL はどこまでやれるのかにお
いては,まだ日本のレベルに達していない。例えば,TMT の TL は通常 , 工程
しかマスターしていない。TL は管理というよりも,実務のバックアップができない
といけないので,担当班の全工程の作業をこなせるように TL を育成することは課題
である。
− .TPS の展開状況
トヨタ生産方式を海外に根付かせていくには,まず標準作業からスタートする。あ
る仕事が何秒,何分で終わらなければいけないのかというタクトタイムがある。それ
に対して,トヨタの順番が決まっている。基本的には一番安全で,一番品質が保証で
きて,一番やりやすいのが仕事の順番になる。タクトタイムがあって,仕事の順番を
決めてやるのは標準作業である。 個 個の作業,つまり要素作業については日本の
スタンダードがあるが,それを何個積んで 人分の仕事にするのか,どのような順番
でするのか,についてはそれぞれの事業体で与えられた工程・設備・環境・タクトタ
イム・コンベアスピードなどによって変えていく必要がある。基本的には GL,TL
が標準作業を組めるようにしている。標準作業があってはじめて次の改善ができる。
「車ができればいい」というわけではなくて,その時のベストな仕事の順番でやれる
こと,それからさらに改善していくことが大切である。TMT の各部・課はトレーナ
−160−
香川大学経済論叢
ーを連れてきて指導してもらいながら,改善を行っている。このような「自主研活動」
は「 週間ぐらいで,この
工程を改善しよう」といった目標の下で計画的に行っ
ている。さらに 工場の優秀な人材を集めて,一層のレベルアップを図るために,ど
こかの工場やラインに行って,プロとしてのハイレベルな教育を行う。このように,
色々なレベルの改善活動を現場でやりながら,OJT でさらに標準作業の改善を行える
ようにしている。
また,トヨタ生産方式はトータルで無駄を如何に無くすかについて追求するので,
工程間のバッファーを減らす必要がある。バッファーを小さくするためには品質問題
を潰していかなければいけない。そのために体質革新が必要である。安全の問題や品
質の問題,設備の問題など,全部レベルアップしていかないとトータルのスリム化が
できないため,同じことをサプライヤーにも要求する。タイでは,トヨタはタイ自動
車工業会と協力して,ローカルサプライヤー(直接取引のないところも含む)に対し
!
て TPS の指導を行っている。サプライヤー指導を行いながら,日々のトレーニング
を通じて,常に問題を発見し解決し,生産システム全体の無駄を無くしてスリムにし
ていく。
.タイにおける日野のものづくり
今回,私たちは日野モータース・マニュファクチャリング・タイランド株式会社
"
(以下,HMMT)の第 工場を見学してインタビューを行った。本項では,HMMT の
ものづくりの概況について述べてみたい。
− .HMMT の事業概況
HMMT は
年に創立され,約
年の歴史を持っている。同社は つの工場が
あり,主な事業内容はトラック・バスの製造,およびトヨタ IMV の部品・ユニット
の生産である。第 工場(サムロン工場)の敷地面積は約
(
(
万平米であり,トヨタ
) タイにおけるローカルサプライヤー指導は,トヨタ,日産,ホンダ,いすゞなどで役
割を分担しながら行っている。ローカルサプライヤーの人材育成が最初の狙いである。
アジア地域では,インドネシアでもこのようなプロジェクトを行っている。
) 英語表記は Hino Motors Manufacturing(Thailand)Ltd. である。
タイにおける日本ものづくり企業の事業展開に関する調査報告
−161−
!
ビジネスがメインである。第 工場(バンプリー工場)は 万 千平米あり,樹脂部
品の生産を行っている。一番大きい第 工場(バンパコン工場)の敷地面積は約
万平米であり,メインは日野のトラック・バスの生産であり,IMV 部品や輸出部品
も生産している。
HMMT の社長は日本人であり, 名の副社長の中には 名のタイ人がいる。
年
月時点では,日本人駐在員は
だったので,HMMT の従業員数は
もあり,従業員数は ,
が増加し,
年
名である。
年当初,トラックの生産のみ
年から IMV 事業の立ち上げ
名強だった。
名弱になった。その後,生産台数の拡大に従い,従業員数
月末時点では, ,
名になっている。
アジア危機とリーマンショックの時期を除いて,HMMT のトラック生産台数は
,
台∼ ,
台で推移していた。
年から景気が回復して,生産台数も
台を超えるようになった。小型トラックの生産は
の生産も始まった。また
年から開始し,その後,CNG
年からマレーシア向けに輸出を開始し,
オーストラリア,ラオス,カンボジア関係の輸出および HINO
エンジンの組立もスタートした。
,
年から,
シリーズ用の J 系
年に東日本大震災やタイ大洪水の影響で,一
時期ラインが止まっていたが,その反動もあり,
年は
,
年は
,
台を生産し,
台を生産する予定だという。
− .フレームメーカー・架装メーカーとの協力体制
トラックの構造は大きくシャシーと荷台の つに分けられる。シャシーはフレーム
やエンジン,運転席(キャブ)などから構成される。トラックメーカーは本体部分の
シャシーを作り,ミキサーや保冷車などの荷台の部分は専門業者の架装メーカーに
よって付けられる。
乗用車を買う場合,グレードを選んだり,シートの色を選んだり,色々なバリエー
ションがある。トラックやバスもたくさんのバリエーションがある。但し, ,
(
台
) 第 工場では元々トラックの生産が行われていた。IMV の部品ユニットの委託を受け
た後,第 工場は IMV のユニット生産がメインになり,トラックの生産は
年に完
成した第 工場に移転された。
−162−
香川大学経済論叢
を買うならば,その顧客専用のカスタム品があるかもしれないが,基本的にはもっと
大きなカタログを用いて,応用設計でカスタマイズに対応している。顧客が運びたい
モノに対して,日野はそれぞれのラインナップ(トラックの大きさ,エンジンの出力
などのバリエーションの組み合わせ)の中から,
「このようなトラックは如何ですか」
というふうに,日野の営業が顧客と交渉する。顧客からはあくまでもニーズベースの
要望が出てくるので,それに見合った設計に届けるかどうかは日野の仕事である。日
野はあくまでもシャシーの設計&製造に従事し,スクールバスのような外見デザイン
の違いは架装メーカーと顧客とのやり取りで決まる。バスの場合は,日野はエンジン
とシャシーをバス架装メーカーに渡し,残りの箱モノに関する作業(座席・ボディ付
けや塗装など)は架装メーカーが顧客と相談した上で行う。従って,一台のトラック
またはバスを仕上げるには,日野,フレームメーカーと架装メーカーの三者が協力し
ながらやっている。但し,日野は架装メーカーとは直接取引がない。日野の販社が架
装メーカーと取引する。
タイでは,フレームは武部鉄工所(以下,武部)
のタイ現地拠点から提供してもらっ
!
ている。武部はトラック・バスのフレームを生産する専業メーカーであり,本社は神
奈川県厚木市にある。元々独立した会社だったが,日野がその株式の
.%を取得
して子会社化した。日野本社の設計部門が設計開発したものを武部に製造してもらう
のは昔からのビジネスモデルである。もちろん開発時点では,日野は生産技術などを
考えながら設計しており,武部もそのプロセスに参加しているが,どちらかという
と,武部は製造会社扱いである。設備さえ えれば,フレームの内製化が可能だが,
内外製区分を検討する際,設備投資額・人件費などのトータルコストや,スペースな
どの要素を総合的に考えた上で最適に決めなければならない。現在,日野はフレーム
を生産する大型プレス機械( ,
トン)を持っておらず,フレームの生産能力を持っ
ていない。またかつて日野はサイドレールをハシゴ順に組むという作業を,日本でも
タイでもやっていたが,段々フレームのアセンブリを全部武部に任せるようになっ
(
) 武部鉄工所は日野,三菱ふそうなどのフレームを作っている。タイ現地拠点は武部鉄
工所の
%出資の子会社であり,チョンブリー県のアマタナコーン工業団地内に位置
し,HMMT 第 工場から車で約
分の距離である。HMMT に提供するフレームは
年 月から現地生産されはじめた。
タイにおける日本ものづくり企業の事業展開に関する調査報告
−163−
た。但し,武部が日野に追随して海外に進出するかどうかはケースバイケースであ
り,例えば,日野の北米拠点へのフレーム供給は輸出で対応している。
一方,日野にはトランテックスという
%出資の架装会社がある。車両側で重さ
を削るのか,荷台側で強度を持たすのか,トランテックスとやり取りしながら,最大
積載量の範囲内で,いかに積めるのかについて検討する。車両が重くなると,積める
ものが少なくなるので,軽量ボディ,軽量シャシーを提供しながらやっている。大口
顧客の場合,販社経由で,顧客の要求を日野に伝えられる。
− .見込み生産中心の生産形態
日本では,基本的には生産ラインに流れている製品の一台一台に番号・顧客の名前
が付けられており,まさしく受注生産である。一方,タイでは見込み生産はマジョリ
ティである。販社はある程度販売トレンドを読んで,それを受けて,HMMT の生産
管理部門から日本に KD 部品のオーダーを出す。日本から部品が入ってくるのは カ
月後なので,一定の当たり外れが出てくるが,メイン車型は販社が読んだトレンドを
ベースに作るしかない。従って,最短納期で顧客に納品できるように,ある程度の製
品在庫を持っている。現在,KD に頼らざるを得ないのは,例えばエンジンがある。
エンジンの現地生産を可能にさせるようなサプライヤーがまだタイにはない。但し,
完成されたエンジンではなくて,エンジン部品を日本から持ってきて,タイで組み立
!
てている。
現在,タイで生産されたものの約
%はタイ国内向けであり,ごく少数はミャン
マー,カンボジアなどの周辺国に輸出されている。タイに一極集中して,タイからア
ジア他国に持っていった方が合理的に思われるが,トラックという商品は現地の混み
状況や環境などに大きく影響されるので,国によってやはり売れ筋が違う。例えばイ
ンドネシアでは トンの小型トラックが売れ筋だが,タイでは トン車はあまり台数
が出ない。今後,東南アジアで適正な部品をどこで作るのか,物流費込みで,どのよ
うな供給が一番合理的なのかを検討していくという。
(
) エンジン部品を日本から持ってきて,タイで組み立てる場合,現調カウントになる。
タイでは現調率が %を超えると,関税がフリーになる。
−164−
香川大学経済論叢
− .現地調達と現場作業の概況
トヨタにはシステムサプライヤーみたいなメインのサプライヤーがあって,そこま
では日系メーカーである。その下に 次・ 次サプライヤーが何社あるのかは明確に
把握されていない。タイでは,トヨタグループのサプライヤー交流会が形成されてお
り,通常の交流活動以外に,QC 活動なども展開している。交流会にはローカルメー
カーも入っており,比率としては非日系の純ローカルメーカーの方が多く,下に行け
ば行くほどローカルメーカーが多い。交流会には Tier の大手日系メーカーだけでは
なく,純粋なローカルメーカーも入っている。非日系から調達すれば,コストが下が
るが,技術的な問題もあるので,コストと品質の両方を検討しなければならない。
まだ基幹部品は非日系に出せないのは現状だが,ローカルメーカーにも現地雇用の
日本人指導者がおり,徐々に力を付けてきている。HMMT 第 工場が常に使っている
Tier の仕入先は約
社あり,そのうち,日系メーカーとローカルメーカーはほぼ
半々である。
私たちが見学した第 工場では,メインラインを短くして,サブラインでユニット
を作り,アセンブリしていく形を取っている。メインラインではほとんど部品の選択
などがなく,その側では数種類の大きなユニットを置くようになっている。そして,
工程に最大 名の作業者がいる。部品が重いため,ファイナル系の作業では,なか
なか女性が入れない。作業は基本的に,日本のやり方が基準になっている。但し,日
本は生産台数が多く,自動化も進んでいるので,ツールが違う。HMMT では,設備
の導入より作業の改善活動に力を入れている。
.ジャトコの現地生産拠点の立ち上げ
今回,私たちは
年 月に生産開始したばかりのジャトコタイランド社(以下,
!
JTL)を訪問した。同社では主に新工場の立ち上げや,それに伴う採用・要員育成な
どの状況について伺った。
(
) 英語表記は JATCO(Thailand)Co., Ltd. である。
タイにおける日本ものづくり企業の事業展開に関する調査報告
−165−
− .JTL の事業概況
ジャトコは世界有数の自動車用変速機メーカーであり,特に世界 CVT 市場では,
!
販売台数の約半分をジャトコ製品が占めている。JTL は小型車対応の CVT の専門
工場として,
年 月に設立されたものである。JTL はジャトコの つ目の海外
"
生産拠点であり,年間生産能力は
万基である。
年 月から生産が開始し,
月から出荷がスタートした。JTL はジャトコの海外工場の中で一番生産能力が小さい
が,敷地面積は
万平米もあり,スペース的には生産能力
ほぼ同じである。
強である。今後, ,
年
月時点では,日本人駐在員は約
万基の中国拠点とは
名,社員数は
人
人以上に増やす予定である。JTL が所在するチョンブリー県
のアマタナコーン工業団地には,トヨタ,ホンダ,いすゞ,日野など,多くの自動車
工場がある。タイではジャトコは日産,三菱とスズキに CVT を提供しており,
社の現地拠点とも JTL から
キロ以内の距離にある。
− .タイ進出の理由と立地選択の要因
ジャトコがメキシコと中国に次ぐ 番目の海外進出先としてタイを選んだのは,顧
客からの要求ではなくて,自らの多面的な比較検討の結果である。主に顧客の自動車
メーカーが全部タイに進出していること,タイにサプライヤーが集中していること,
#
ワーカーの質が高いこと,エコカー制度のさまざまな投資優遇措置 を受けられるこ
と,などの面において,タイの立地優位性がより大きいと判断した。最終的には大株
$
主の日産と合意した上で,ジャトコはタイに進出した。一方,タイでの会社設立候補
地はアマタナコーン工業団地以外に,他の選択肢もあった。いくつかの候補地を比較
( )
年のジャトコ CVT のグローバルシェアは %だった。
( ) ジャトコは海外で つの生産拠点を有している。メキシコと中国の現地生産会社はそ
れぞれ
年と
年に設立された。
( ) タイ政府は
年から「エコカー・プロジェクト」を実施し,課された複数の条件
を満たした企業に対して,法人税の 年間免税や設備機械の輸入関税免税などの優遇措
置を付与している。ジャトコは CVT は燃費がよく,エコに貢献するとタイ政府に説明
し,優遇してもらった。
( ) ジャトコの株主は日産,三菱自動車とスズキの 社であり,その出資比率はそれぞれ
%, %と %である。
−166−
香川大学経済論叢
した際,数字にできるもの,例えば土地代や物流コストなどを数字化し,数字にでき
ないものの中で最も重要視したのは,人の雇いやすさだった。田舎だと一旦雇われて
も逃げてしまう可能性が高いので,やはり厳しい。現在の所在地では通勤圏でオペレ
ーターを集めることが可能だし,スタッフもバンコクから通っている人が少ない。総
合的に見れば良い立地である。
− .立ち上げに伴う採用と要員育成
会社設立当初から,現場オペレーターの人とスタッフ・エンジニアの採用ははっ
きり分かれている。大卒者にラインでの作業をさせない。またタイのテクニカル・カ
レッジ(日本の工業高校のようなもの)卒の人は設備保全・メンテナンスなどの仕事
に当たる。タイ人スタッフはとても優秀であり,特に人事,財務関係者は想像以上の
レベルだという。タイのエンジニアの典型的な仕事は生産技術である。優秀なタイ人
エンジニア人もいるが,一人前になるにはもう少し時間がかかりそうである。また保
全担当者は,現場作業などを経験してから保全にシフトするのではなく,最初からプ
ロとして育てられている。但し,電気設備の保全は日本と随分差があり,タイ人だけ
では対応が難しいと思われ,今後,スキルの高い日本人は保全においてより大きな
役割を果たすだろう。直接人員のオペレーターは女性の方がより上手くやっていると
いう。
JTL の従業員の平均年齢は
歳以下で若いが,ショップのマネージャーなどのリ
ーダーを育てなければいけないので,経験のある人を基本的に採用している。そして
最初から経験・実績に応じて給料の差を付けられている。但し大変優秀な人だと思っ
ても,給料の要求があまりにも高ければ採用できないというミスマッチが存在する。
人材はある程度流動するが,タイ人にとって大好きな工場にしようというポリシーの
下で,Win-Win の関係を構築し,長く働いてもらうようにしたいという。
一方,創業早々から,JTL は従業員に対する知識伝授と技能訓練をスタートした。
まず入社したばかりのオペレーターに対して RTC(Regional Training Center)で 週
間の基礎技能トレーニングを実施し,鉄の削り方や組立の仕方などについて教えた。
タイには保全をトレーニングする施設であるタイ・ドイツ技術専門学校(以下,
タイにおける日本ものづくり企業の事業展開に関する調査報告
−167−
!
TGI)があり,保全で雇った人間を派遣して,TGI で専門スキルの訓練をしてもらっ
た。また最初に雇った加工のメンバーを日本に送って教育を受けさせて,彼らをコア
に技術工を増やしている。以上のような教育や訓練を受けた後は,実際の仕事に入
り,OJT で知識や技能を高めてもらっている。JTL では,女性オペレーターの人数が
多くて,全従業員の約 割も占めており,また優秀な人が多い。女性だけの作業場も
あり,女性の工長や係長もいる。
− .部品調達と生産の概況
JTL の設備は台数で見れば約半分,金額で見れば約 割は日本から輸入したもので
ある。難しい機械はまだ日本製に頼っているのが現状である。一方,部品に関しては,
金額で見ると,ほとんどタイで調達されており,日本から買っているのは非常に少な
い。当初,タイにサプライヤーが集中していることが,ジャトコのタイ進出の決定因
の つだったが,まさに予想通りの展開となっている。タイ以外に,インドネシア,
ベトナムと中国からも一部の部品を調達している。日本から輸入しているのは, 箱
に ,
個も入っている簡単なプレス部品のような,単価が安くて輸送費もそんなに
掛からなく,現地で生産するメリットがないものである。
年
ー
月時点では,JTL の現調率は
.%であり,既にタイにある日系メーカ
社と取引の実績があった。日系以外は, , 社のタイローカルメーカー,お
よび各 社のベトナムとインドネシア企業(いずれも日系)とも取引関係がある。近
年,日本人エンジニア OB がタイ企業で指導を行っており,タイ人スタッフも育って
きている。また加工屋などの 次下請けは大変すそ野が広い。技術力がまだそれほど
高くないが,安い設備で,シンプルな作業に特化し,安く作れるサプライヤーはかな
りある。今後,ローカルサプライヤーからの調達は拡大していくだろう。
JTL はタイにある完成車メーカーに CVT を納めているが,完成車メーカーはタ
イで作った車を海外にも輸出しているので,JTL の CVT は実際にタイに残されて
いるのは半分以下だと思われる。また製品としての性格は,どのメーカー,どの車種
(
) 英語表記は Thai-German Institute である。
−168−
香川大学経済論叢
にも付けられる独立したモジュールであるため,完成車メーカーのことや各国の消費
者のことに関係なく,基本的に共通したモジュールとして提供し,日産向け,三菱向
!
けとスズキ向けは同じラインで作っている。但し,実際に搭載するエンジンが違う
し,取り付けの形も異なるので,形状を変える必要がある。極端に言えば,形状が小
さければ小さいほど良く,どの顧客にも適用できる。顧客からサイズの要求があり,
それに沿って開発することもあるが,ジャトコから提案して,認めてくれる場合もあ
る。
会社の建屋がまだできていなかった段階での工程設計は日本でやったが,海外他工
場の先行経験を本社が吸収して,全部この JTL プロジェクトに注ぎ込んだ。現在,
日本を軸にして,メキシコ拠点と中国拠点との横の情報交換をしている。一方,日本
の場合,大卒・高卒の差があっても,高卒も優秀なので,製造現場でも QC サークル
で問題解決をやっているが,タイでは,学歴の差がそのまま反映され,関連教育を受
けていない人からなかなか改善のニーズが出ないようである。主体的に問題解決に取
り組む従業員の育成は,JTL の重要な課題の つである。
おわりに
年代末までは,タイは国産化政策の実施によって,自動車産業集積が形成さ
れた。
年以降,タイ政府は国産化政策を撤廃し,AFTA(ASEAN 自由貿易地域)
の貿易自由化の路線に沿って,いち早く自動車産業の輸出化に取り組んだ。その後,
ピックアップトラック生産・輸出の推進やエコカー・プロジェクトの展開により,自
動車産業が急成長を遂げ,タイは ASEAN における最大の自動車生産・輸出拠点と
なった。政府の投資優遇策や良質な労働力,整備されたインフラなどの立地優位性が
功を奏して,ここまで多くの日系完成車メーカーと部品メーカーがタイに進出した。
現在,ASEAN の中では,日系メーカーがもっともタイに集中し,タイ国内市場にお
ける日系メーカーのシェアも高い。しかし,その半面,私たちの現地調査でも度々話
題となった,高度なものづくり人材の育成や「真の現調化」の推進,一極集中リスク
(
) 三菱自動車とスズキはジャトコ以外のメーカーからも CVT を購入している。
タイにおける日本ものづくり企業の事業展開に関する調査報告
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の回避といった課題も存在している。今後,タイを取り巻く環境の変化や,インドネ
シアなどの台頭を念頭に置きつつ,日本自動車メーカーは地域内やグローバルネット
ワークにおけるタイの役割を再検討し,もっとも競争力のある国際分業体制を構築し
ていくことが期待される。
謝辞:本調査は,科学研究費補助金(基盤研究[C]
,代表者:出水力)の支援により実施さ
れたものである。タイでの現地調査に協力してくださった各社の皆様に心より御礼申し
上げます。
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