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研究概要

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研究概要
研究概要
(1)神経細胞の生と死、そして再生(ニューロン新生)-分子から個体まで-
はじめに
脳神経系は、個体を取り囲む外
界からの情報を取り入れ、その情
報を認知・統合して他の器官へ情
報を伝達するという重要な役割を
担っており、内分泌系とともに生
体の恒常性を維持するために必須
です。脳神経系は、数百億個もの
神経細胞とアストロサイト、オリ
ゴデンドロサイト、ミクログリア
などのグリア細胞から構成されて
おり、神経細胞が相互の複雑なネ
ットワークやグリア細胞とのコミ
ュニケーションにより高度な役割
を演じています。その中心的役割
を演じているのが神経細胞(ニュ
ーロン)。神経細胞は、加齢とと
もに様々な外来性及び内因性のス
トレスなどにより減少し、成体脳
では再生や生存メカニズムはほと
んどみられないと考えられていま
した。事実、多くの神経変性疾患
や認知症は、神経細胞の著しい減
少により発症します。しかしなが
ら、近年成体脳における神経細胞
数の維持システムが存在する可能性が示されています。その中心的役割を演じているのが、「神
経細胞の生存に関わる自己保護機能」と「成体脳における神経系幹細胞」です。自己複製能と多
分化能をもつ神経系幹細胞(神経系前駆細胞)は、成体脳において海馬歯状回、嗅球、嗅上皮、
大脳新皮質及び脊髄に存在して、神経細胞新生(ニューロン新生)に寄与していることも明らか
となっています。中でも、成体動物の海馬歯状回のニューロン新生は、脳虚血による海馬アンモ
ン角錐体細胞脱落後に促進されること、種々の心身ストレスにより抑制されること及び飼育環境
により変化する可能性などが示されています。このように、成体脳における神経系幹細胞が神経
細胞の「リザーバー」として脳障害後の機能回復あるいは神経細胞機能維持に重要な役割を演じ
ている可能性は十分に考えられます。したがって、我々の研究室では神経変性疾患や認知症の予
防と治療を睨んで、神経細胞の「死」と「生存」のメカニズムを解明するとともに、ニューロン
新生の制御メカニズムを解明して脳神経系の再生の可能性を追究しています。
神経毒による神経変性モデル動物を用いた解析
〔海馬アンモン角錐体細胞の死と生存〕
イオノトロピック型グルタミン酸
受容体のアゴニストであるカイニン
酸(kainic acid)及び N-メチル-
D-アスパラギン酸(NMDA)は、
過剰にグルタミン酸受容体を興奮さ
せて神経細胞死を誘発する興奮毒と
して作用することが知られています。
カイニン酸をマウスの腹腔内に投与
すると、海馬アンモン角の CA1 と
CA3 領 域 の 錐 体 細 胞 ( pyramidal
neurons)を選択的に傷害します。し
かしながら、NMDA をマウス腹腔内
に投与しても海馬を含む脳内にいずれにも神経細胞死が認められません。そこで、NMDA をマウ
スに投与したのちにカイニン酸と投与したところ、カイニン酸誘発性錐体細胞死が著明に抑制さ
れました。これらの事実から、NMDA 受容体は神経細胞における「死のシグナル」と「生のシグ
ナル」の両方に関与する可能性が考えられます。脳虚血疾患やアルツハイマー病がグルタミン酸
受容体の過剰興奮によることから、NMDA の「生のシグナル」の解明がそれらの疾患の予防と治
療に役立つことを期待して研究を進めています。
〔海馬歯状回顆粒細胞の死とニューロン新生〕
船底の防腐剤として用いられてい
た ト リ メ チ ル ス ズ ( trimethyltin,
TMT)は、ヒトやげっ歯類の中枢神
経障害を誘発します。TMT をマウス
の腹腔内に投与すると、脳虚血やカ
イニン酸投与により傷害を受けない
海馬歯状回(dentate gyrus)に著し
い顆粒細胞死を示しますが、アンモ
ン角には著変を与えないことが明ら
かとなりました。TMT による顆粒細
胞死は、脂質過酸化の主産物である
4-hydroxynonenal(4-HNE)産生に
よる酸化ストレスに続く、c-Jun-N-terminal kinase(JNK)活性化、caspase 経路活性化、calpain
活性化などの細胞死シグナルにより惹起される。
TMT の海馬障害を経時的に調べたところ、著しい顆粒細胞脱落ののちに、顆粒細胞層が再生す
ることを発見しました。海馬歯状回は、成体動物でもニューロン新生が活発に行われている部位
として知られていますが、TMT による海馬歯状回障害後にニューロン新生が著しく促進していま
す。この動物モデルを用いて、神経細胞脱落後の神経再生メカニズムについて解析を進めていま
す。
〔嗅球顆粒細胞障害とニューロン新生〕
脳 室 下 領 域 (subventricular zone 、 SVZ) で 産 生 さ れ た 神 経 系 前 駆 細 胞 は 、 rostral
migratory stream (RMS)と呼ばれる長い経路神経を神経細胞やグリア細胞に分化しながら
嗅球に移動します(下図)
。この神経系前駆細胞の移動によって、嗅球(olfactory bulb)では
成体になってからも継続的に神経細胞が新生しています。我々の研究室では嗅球の顆粒細胞障
害後のニューロン新生について解析しています。
神経系幹細胞(神経系前駆細胞)の増殖・分化の調節因子
ヒトをはじめとする哺乳動物の
中枢神経系は、主に神経細胞及び
グリア細胞から構成されており、
それらが神経細胞-神経細胞間、
神経細胞-グリア細胞間またはグ
リア細胞-グリア細胞間での相互
ネットワークを形成し高次元の精
神活動を担っていると考えられて
います。神経細胞とグリア細胞は
形態学的にも生物学的機能におい
ても異なっていますが、発生学的
には神経系幹細胞と呼ばれる共通
の細胞から生み出されることが明
らかとなっています。神経系幹細胞とは、神経細胞あるいはグリア細胞(アストロサイト、オリ
ゴデンドロサイト)に分化する能力(多分化能)と多分化能を保持しながら増殖する能力(自己
複製能)をもつ未分化な細胞として定義されています。従来、成熟した中枢神経系では新たに神
経細胞が生み出されることはなく、神経細胞が損傷を受けると機能回復はしないと考えられてい
ました。しかしながら、神経系幹細胞は発達期の脳での神経細胞あるいはグリア細胞を供給する
のみならず、成体脳でも特定部位で継続的に神経細胞を産生することが明らかとなりました。ま
た近年、神経系幹細胞が胎生期のみならず成体からも分離培養できるようになり、中枢神経系の
再生および再構築への治療につながる可能性が注目されています。神経系幹細胞の培養系では、
神経系幹細胞は”ニューロスフェア(neurosphere)”と呼ばれる神経塊を形成します。ニューロス
フェアは、神経系幹細胞が増殖・分裂して形成しているもと考えられていますが、神経前駆細胞
あるいはグリア前駆細胞も含まれていると考えられるので、しばしば神経系前駆細胞と表現され
ます。
我々の研究室では、神経系幹細胞
の有用性に着目して、胎生及び成体
マウス海馬からニューロスフェア法
で単離培養した神経系前駆細胞を用
いて次のような解析を行っています。
神経系前駆細胞の増殖と分化
におけるグルタメイトシグナ
ルの役割
神経系前駆細胞の増殖と分化
におけるROSシグナルの役割
神経系前駆細胞の増殖と分化におけるAMPKシグナルの役割
神経系前駆細胞の増殖と分化に対する脳保護薬の影響
神経細胞障害後に活性化する神経系前駆細胞の増殖シグナル
(2)感音難聴の薬物療法の確立と再生療法の可能性
難聴は、外耳から大脳皮質に至る
聴覚伝導路が障害されることによっ
て起こり、障害される部位によって
伝音難聴、感音難聴に分類されてい
ます。伝音難聴とは、聴覚伝導路の
外耳及び中耳の障害により起こる難
聴であり、急性中耳炎や耳管狭窄な
どがあります。しかし、伝音難聴は
原因を取り除く処置、あるいは手術
を行うことによって聴力を取り戻す
ことができる可能性があります。感
音難聴とは、内耳から大脳皮質まで
の障害により起こる難聴であり、主な原因としては突発性難聴、薬剤性難聴、老人性難聴などが
あります。これらの感音難聴の薬物治療については十分に確立されていませんが、ステロイド剤
が臨床的に広く用いられます。しかしながら、その治療効果メカニズムは現在のところ不明です。
我々の研究室では、神経細胞の「死、生存、再生」に関する情報を内耳研究に応用しながら、感
音難聴のステロイド療法のメカニズムを解明及び他の薬物療法や幹細胞を用いた再生医療の可能
性についての研究を行っています。
(3)神経伝達物質受容体のリン酸化と神経保護作用
脳は、非常に活発な活動のため十分な酸素およびグルコース要求性の高い組織です。細胞呼吸
を阻害する化学物質の暴露や脳虚血などの中枢神経系の疾患により酸素やグルコースが欠乏する
と、神経細胞が脱落(死滅)するという深刻な傷害を受けます。一方、同じ傷害を脳に与えても
その程度は脳内部位により異なることが知られています。たとえば、海馬歯状回の顆粒細胞は脳
虚血でも傷害されませんが、海馬アンモン角 CA1 の錐体細胞は虚血により容易に傷害されます。
このような脳内部位による脆弱性や耐性獲得能は、神経細胞に備わる生存シグナルの相違に起因
すると推察されます。また、記憶・学習をはじめとする神経機能の長期的変動は、受容体蛋白質な
どの修飾(特にリン酸化)がその原因の一つであることも提唱されています。我々の研究室では、
神経伝達物質受容体のリン酸化とその役割に着目して、中枢神経系における神経細胞生存シグナ
ルの解明を目指しています。
(4)臨床薬学研究への挑戦(病院・保険薬局との共同研究)
統合失調症患者治療における抗精神病薬と気分安定化薬の併用の実態-保険薬局
処方せんによる解析-
一般内科での睡眠薬および向精神薬の適用実態-保険薬局処方せんによる解析-
脳卒中の急性期治療における薬物治療の位置づけ
脳卒中の慢性期治療における向精神薬の適用実態
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