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乳幼児期の遊びと保育者の専門性

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乳幼児期の遊びと保育者の専門性
京都市子育て支援総合センターこどもみらい館
平成27年度 第3回共同機構研修会
共同機構研修会
乳幼児期の遊びと保育者の専門性
講師
1.はじめに
次世代育成において,どの年齢の子どもも人権
の意識から考えると尊さは等しく,その重要性に
北野 幸子
神戸大学大学院准教授
機軸とし,環境を通し,子どもの主体性を尊重し
た教育について,そしてその鍵を握る保育者の専
門性について確認していきましょう。
違いはありません。そして,そこに従事する専門
職は,方法や内容が違ったとしても,その重要性
2.遊び≒学びの援助へ
は等しいはずです。しかしながら,日本ではそう
(1)乳幼児期の学びの特徴
なってはいない現状にあります。例えば,幼児期
人は4歳以降に時系列的に物事を記憶し再現
の保育にかける公的投資は,義務教育である小学
できるようになるため,小学校以降の記憶が大半
校に比べかつては,6分の1であるというデータ
を占めています。そのため,「教育」について考
があります。また,小学校の教諭と乳幼児期の保
えるとき,「授業時間」と「休憩時間」,「勉強」
育者の待遇差が,先進国の中で最も大きくなって
か「遊び」という二項対立的な図式で考えてしま
います。
います。しかし,これに当てはまらないのが乳幼
しかし,そのような中にあっても,日本の乳幼
児期の教育です。
児期の保育者の力量はとても高く,子どものため
乳幼児期の遊びは≒学びです。体験や経験を積
に自分の労力,体力,財力を投資し保育をしてい
み重ねているうちに,興味や関心に湧きたてられ
る方が大勢います。多くの国の保育を見てきまし
誘われ,おもしろいなと思ってしっかり遊んでい
たが,日本の保育現場の実践は素晴らしいと感じ
るうちに,知らない間にできるようになっていた
ています。すなわち,実践は素晴らしいのですが,
り,知識がついていたりします。目的志向型の小
制度が不十分な状態であると思います。
学校以降の教育とは違い,比較的無自覚に体験や
この4月から子ども・子育て支援新制度が施行
経験的に学んでいきます。
されました。課題が多くある制度かもしれません
例えば,3歳児は1日に多い子どもで7つほど
が,公的投資が保育に拡大されたことを評価して
の単語を習得すると言われています。けれども,
います。それが,保育の質の向上,保育者の専門
朝起きたときに「さあ今日は7つの単語を覚える
性や研修保障,労働条件等につながるよう,声を
ぞ!」とは思っていません。偶然出会った事象と
あげていきたいと考えています。
の対峙の中,相互作用を通して身に付けていきま
乳幼児期の発達や保育を知らない方は,小学校
以降の教育を前倒ししようとします。また社会に
おいても,目的志向型やトレーニングを取り入れ
た教育を導入しようという風潮があり,結果主義
に陥る危険性を感じています。
乳幼児教育は子守りではなく,家庭教育とも違
う集団教育です。そこで役割の鍵を握っているの
は保育者です。保育者の力量こそが子どもの発達
に大きな影響を及ぼします。
今日は,乳幼児期の発達に適した遊びや生活を
す。
よく遊んだ子どもは,様々なモノへ興味や関心
が広がり,たくさんの友達と関わります。
例えば,1日のうちに3時間室内でゲームをし
ている子どもより,2時間外遊びをしている子ど
もの方が,小学校高学年で成績上位群に多い等の
研究データもあります。
乳幼児期は,
「今から勉強」
「今から遊び」とい
うものではなく,「遊んでいるつもりが学び」な
のです。
(2)保育者の教育の特徴
乳幼児期は自己主張が強い時期です。2歳の子
それでは,子どもを広い空間でたくさん遊ばせ
どもが最も多く使う言葉は,
「ダメダメ」
「いやい
ておけば力が付くのでしょうか。いいえ,そうで
や」「○○ちゃんが!」です。自己主張は通過す
はありません。子どもたちは無自覚であっても,
べき発達の姿であり,大事にしたいものです。自
その傍らにいる保育者が無自覚であってはいけ
己主張をするからこそ,自己主張と自己主張がぶ
ません。保育者は,子どもが何に興味や関心を持
つかります。自己主張と自己主張がぶつかりいざ
ち,どんなことに探求心,疑問,ワクワク感を持
こざが起るからこそ,ちょっと我慢したり頑張っ
っているのかを洞察し,遊びの中の学びを見取ら
たり譲ったりする場面が生じ,その場面と共にそ
ねばなりません。保育者は,子どもの身体や表情
れらの力を身に付けていきます。
や言葉から洞察し,言語化したり,応援したり,
乳幼児期の学びの特徴のひとつとして,「耳か
モデルを見せたり,励ましたり,促したり,誘導
らは学ばない」ということがあります。基本的生
したり,遊具や教具を用意したり,教材を工夫し
活習慣や規範意識について,耳元でいくらささや
たりし,遊びが発展するように促す専門家です。
いても身には付きません。基本的生活習慣で言え
その専門性があるかないかで保育の質は変わり,
ば,まずは自尊感情が育ち,大好きなモデルを見
子どもの育ちも変わってくることが分かってい
ながら,何度も繰り返すことで身に付いていくの
ます。
です。乳幼児の心を起点にした教育を考えること
また,一斉保育だけ,その反対の一対一や一対
が重要です。
二対応だけの保育,あるいは,子どもが遊んでい
小学校では授業の最初に子どもたちと先生と
る様子を後手に見ているだけのような保育や子
で「めあて」を確認します。この45分の授業で
どもが遊ばされているような保育では教育的効
どのような「知識」「技術」「情意」「応用,発展
果は低いことも分かっています。
力」を身に付けるのかを前出しし,目的志向的に
学ぶのが小学校以降の学習です。
(3)乳幼児期の学びを児童期の学びへつなげる
小学校学習指導要領には,1年生で平仮名,片
乳幼児期に,好奇心,探求心,あこがれを育ん
仮名,漢字80字を習得するという具体的な内容
で欲しいと思います。
が書かれています。しかし,幼稚園教育要領,保
しかし,子どもたちはこれらの気持ちを必ずし
育所保育指針,幼保連携型認定こども園教育・保
も言語化していません。自分の気持ちを言語化す
育要領の中には,「楽しむ」「味わう」「親しむ」
るには「気持ちを持つこと」「その気持ちを自分
といったことが強調されています。それは幼児期
で自覚すること」「自覚した気持ちを人が分かる
には気持ちのところが大切だということが分か
ように表現すること」という3つの段階がありま
っているからです。そのため,目的志向型の教科
すが,第3の段階に至るには体験や経験の蓄積と
的な教え方をせず,領域,体験や経験重視のカリ
力が必要です。まだ言語化できない子どもの気持
キュラムであり,「体験の中にこのような領域の
ちを洞察するのは保育者の役割です。
育ちがあります」という見方をしています。
保育は現象です。刻々と流れ消えていってしま
乳幼児期には教科書は使いません。同じ時間に
います。没頭して黙々と遊んでいる子どもの行為
同じ内容を同じ教材を使って教える方法は,発達
の中にある現象から,実態を抽出していかねばな
的に8歳以降が適切だと言われているからです。
りません。気持ちを言語化することだけではなく,
自己中心性が強く,個人差が大きく,認知的な視
様々な視点をしっかりと持ち,子どもを見ていく
野が広くない乳幼児にとっては,子どもが見つけ
ことが重要です。日々の実践の中で,洞察し自覚
てきたダンゴムシやドングリ等,子どもにとって
的な援助ができるようにと努力している保育者
必然性や自明性のある教材が適切です。
と,とりあえずいざこざが起こらないようにだけ
見ている保育者とでは,保育に差がついてきます。
絵本を選ぶときも歌を選ぶときも,その中に,
子どもの「おもしろそう」「知りたい」という好
奇心が,
「どうしてなんだろう」という探求心が,
子どもたちの無自覚な学びを支える自覚的な
「やってみたいな」「あんなふうになりたいな」
援助ができる保育者であるには,保育者自身が好
というあこがれが,どれくらい埋め込まれている
奇心を大いに持ちましょう。子どもが「何でな
かが大切です。
の?」と聞いてきたときに,「めんどくさい」と
例えば,設定保育をする場合においても,子ど
思わず,一緒に図鑑を調べたり,探求したりして
もたちが朝にしていた遊びの内容と関連させた
ください。保育者の真摯に学び続ける姿勢が,子
り,子ども同士の関係が反映されていたり,子ど
どもたちの中にも育っていきます。
もが自分たちで考える要素が入っていたりする
人間関係についても同様です。友達に向かって
と,先生がつくったシナリオどおりで保育を進め
すぐに「へんなの!」と言う子どもがいるクラス
ていくよりもずっと教育的効果が高いことが分
の保育者はキャパシティが狭いのではないでし
かっています。
ょうか。これまで様々な園の音楽会の様子のビデ
もう一つ大切だと考えているのは,知性への信
オを見てきました。失敗した友達に向かって「え
頼の基盤をつくるということです。知性というの
っ!!」という顔する子どもがいる園,
「大丈夫,
は受験勉強の知性ではありません。
大丈夫」という顔をする子どもがいる園等様々で
ちょっとやってみて「できた!」
「楽しいな」
「こ
こが分かった」ということが,モノに対しての関
す。日頃,保育者がどのような指導をしているの
かが,子どもの姿から垣間見られます。
わろうとする姿勢をつくります。
「おもしろそう」
「おもしろかった」,「なんでだろう」「そうなん
3.子どもを知り協同的な学びを育むには
だ」ということを体験の中にいっぱい蓄積し,
「素
発達についての基礎的知識を身に付けてくだ
敵だな」と思ったことを自分でやってみて「楽し
さい。今この遊びをしている子どもは年齢が進む
かった」という感情の育ちを培ってください。そ
ともっとこのように遊びの幅が広がり,行動の幅
れが,モノに意欲的に関わったり,集中して没頭
や対人関係のバラエティが変わっていくだろう
して何かをしたり,そうしているうちに更に深く
等,発達の特徴を知り,発達を見抜く力です。
物事を知ったり調べたりすることにつながって
鬼ごっこを例にとってみましょう。2歳では保
いきます。このような多様な知性の信頼の基盤を
育者が鬼で子どもたち全員が一斉に逃げますね。
つくるのが乳幼児期です。それが「やってみるこ
3歳になると鬼になる子どもが出てきますが,A
とっておもしろい」「不思議だなと思うことは素
ちゃんを追いかけようと思ったら,例え近くにB
敵だ」
「分かったときはとっても嬉しい」
「やって
ちゃんがいてもAちゃんしか追いかけません。4
みたいなということができたらとってもいい」と
歳になると,Aちゃんを追いかけながら近くにき
いうような小学校以降の目的志向型の学習につ
たBちゃんにシフトすることができるようにな
ながっていきます。
ります。これは,視野が広がり同時進行にいろい
そのためには,子どもの気持ちを起点としてそ
ろと見ることができるようになるためです。4~
れらの気持ちにつながるような関わりを,保育者
5歳になると自分たちでルールを作りたくなり
が自覚的にしていくことが大切です。乳幼児期に,
ます。これは,時系列的な記憶の定着と再現が可
感情的な自分への信頼,自己肯定感や有能感を育
能になり,約束を認識し守る力がぐっと付くため
てて欲しいのです。
です。そのため,この時期はルールの認識やしつ
ですから,子どもたちに「あなたは○○がまだ
けの大事な時期だと言われています。年齢を追っ
できない」ということは言わないでください。多
て鬼ごっこを見ていくだけでも,その中に発達を
くの保護者が子どもに「まだ?」「できた?」と
見ることができます。
言っているのを聞きます。できないことよりも,
しかし,最近では個人差がとても大きくなって
何に気持ちを向けているのかやプロセスを大切
いるように感じます。5月の下旬に幼稚園を訪問
にし,声をかけてください。
したときのことです。2年保育の4歳児が鬼ごっ
こをしようということになりました。ところが,
(2)学びの基礎を育む教育の必要性
7割の子どもが全く初めてでした。同世代の子ど
日本では,子どもを長時間園に預けることや早
もの数が減っているところでは,地域で鬼ごっこ
い時期から入園させることに対して,「かわいそ
が成立しないのです。発達的には子ども同士でル
う」「3歳までは家庭で」という考え方が根強く
ールを作っていくような時期ですが,この園では
あります。しかし,国際的には,長時間ではなく
2歳のように保育者が子どもたちみんなを追い
長期間の保育,1,2歳からの集団教育の重要性
かけていくような姿が見られました。
が指摘されています。実際に北欧やフランスなど
学びの軌跡を踏まえ,学びの見通しを持ってく
教育先進国と言われる国々では 8 割の 2 歳児が就
ださい。2~3歳の鬼ごっこの経験があるから,
園しています。同世代と共に育ち学ぶ機会が保障
4~5歳の姿があるのです。どのような学びの軌
されています。
跡があったのか,この体験がこれからの子どもた
家族は似ています。同じ嗜好の者が集う家庭と
ちの育ちにどのようにつながっていくのかとい
は違い,園には多様な思考の人がいます。例えば,
うことを,保育者が意識しておくことが大切です。
虫が大嫌いな両親に育てられている子どもが,園
で虫のことが大好きな子どもと出会うことによ
4.遊びを通して学びの基礎を育む
り,新たな興味や関心,体験や経験につながりま
(1)乳幼児期の学びの基礎
す。隣にいた子どもの「あの雲すてき」というつ
乳幼児期は成績表を渡しません。保育者は到達
ぶやきに,自分や自分の家族にはない感性に触れ
度評価や相対評価をしていただいても結構です
ることができます。保育の場で,多様な体験や経
が,それを子どもや保護者に開示する必要はあり
験,感性を育てていくということが重要です。保
ません。乳幼児期は個人差が大きく,興味や関心
育園(所)・幼稚園・認定こども園は家庭教育の代
が違い,自己中心性が強いためです。
替機能を果たすのではありません。集団教育の中
例えば,低体重で生まれた子どもが他児と個人
差が見られなくなるのは8歳位とも言われてい
で,モノへの関心や人との関わり,社会性の基礎
を学んでいるのです。集団教育の保障は大切です。
ます。私は小学校入学時,読み書きができません
でした。兄がいっぱい絵本を読んでくれたので,
5.「暗記」型から「活用」型の学びへ
自分が文字を覚える必然性がなかったのでしょ
グローバル化が進み,大量の情報に接すること
う。今では本も書いています。個人差の範疇なの
になるこれからの時代の子どもたちには,21世
で心配はいりません。
紀型学力が必要になってきます。多様な価値,思
しかし,経験の格差はたいへん心配なところで
す。教育格差につながるからです。
想,趣味,思考,民族文化の中,その背景にある
ことや多様なモノへの寛容性を育み,多様なモノ
例えば,モノや自然と関わり相互作用を行う経
の中から自分に必要なモノを抽出する力を培っ
験の少ない子どもは語彙が少ないというデータ
ていかねばなりません。自分で考え,自分で決め
があります。そこでビデオ教材を見せる等,一方
て,自分で行動できる力です。遊びの中にはそれ
向からシャワーのように言葉を浴びせても語彙
らがたくさん散りばめられています。
が増えることにはつながりません。乳幼児期は耳
現在,小学校以降の学習指導要領の改定内容が
から学ぶのではなく体験や経験から学びます。言
検討されています。その中でキーワードとなって
ってみて返すという,行ったり来たりの言葉のや
いるのが「アクティブ・ラーニング」です。アク
りとりから学ぶのです。また,カードで習得する
ティブ・ラーニングとは,活動的に問題解決型に
語彙は活用性がありません。五感の複数を同時に
学ぶ方法です。これはまさしくこれまでやってき
使う体験を通して身に付けるように心がけてく
た乳幼児期の教育そのものです。今,次世代育成
ださい。そして,その体験の豊かさが子どもの育
全体でやっていこうと進められています。
ちにつながります。
6.生きる力・問題解決能力を育むために
生きる力を育むには,「人」「自然」「生活」を
大切にしてください。
頭して遊んでいるかを見取る視点が大切です。こ
の子は誰とどんなことをしたいと思っているの
か,モノや人とどのような関係にあり,何を楽し
人ほど不確定要素が多いものはありません。人
んでいるのかを見てください。子どもが「おもし
と関わる中では,自分で考え,自分で決めて,自
ろそう」と感じている気持ちを保育者がしっかり
分で行動しなければならないことがたくさん出
と洞察し子ども自身に意識化させたり,没頭して
てきます。人ほど考える機会を与えてくれるもの
いる中に「おもしろかった」と思える体験を持て
はなく,人ほど人の脳に刺激を与え,人の情意を
るようにしていって欲しいと思います。
揺さぶるものはありません。
雨上がりの日に園訪問したときのことです。園
自然との関わりを組み合わせることで実践効
庭に大きな水溜りができていました。子どもたち
果を高めます。そこでも,一方的に与えるよりも
は,水溜りの水を流したいようです。しかし,園
子ども自身がしたいと思ったことを起点にして
庭には小さいスコップしかありません。流したい
欲しいと思います。
と思っているところは水溜りよりも高い位置に
あります。しばらく頑張って掘っていたのですが,
7.育ちの前提
基本的信頼感が子どもの育ちの基軸となりま
す。そのためには0~1歳の愛着の形成がとても
全く水は流れてくれず,集っていた子どもたちは
徐々に遊びから離れていってしまいました。
私だったら,大きなスコップを持ってくるか,
大切です。子どもにとって居心地の良い場があり,
もっと水を増やせるように道具を置いたり,少し
心が安定してくれば,様々なモノに興味や関心を
手伝ったりしていたのではないかと思います。子
高く持ったり,モノや他者に関わったりすること
どもが没頭して遊ぶというのは,子ども自身に任
ができるようになるからです。まずは保護者や特
せきるだけで起きることではありません。保育者
定の大人との信頼感を培い,次第に数人の同年齢
の援助が鍵を握ります。子どもが「おもしろいな」
の友達と一緒に生活を楽しんだり,自分の力で行
と思ったことに,保育者が適切な教材を用意した
動することの充実感を味わったりしていくこと
り,モデルになって一緒に遊んだりすることによ
が大切です。
り,子どもたちはもっと没頭して遊び,遊びが発
小学校の先生に「入学までに育っておいて欲し
いことは何ですか?」と尋ねたところ,「聞く態
展していきます。
保育者がその力を付けるには,実践をやりっぱ
度」が一番でした。聞く態度を育てるためにと,
なしにせず,「あのときこう言ったけれど,こう
椅子に黙って座る練習をしている幼稚園があり
言っていたらどうなっていただろう」「手を出さ
ました。それは違うと思います。子どもたちに育
なかったけど,出していたらどうだったろう」
「も
てたいのは型ではありません。乳幼児期には「聞
っと大きなスコップを出していたらどうだった
きたい」気持ちと「伝えたい」気持ちを育てるこ
ろう」と振り返り,援助の工夫や環境設営の引き
とが先です。
「怒られる」
「そうしなければならな
出しをたくさん作っていくことが大切だと思い
い」からするのではなく,
「聞きたい」
「伝えたい」
ます。
気持ちを育てていけば,
「ちょっと頑張ろう」
「お
保育はライブで展開します。折々が先生の咄嗟
もしろい話が聞けるかもしれない」という期待や
の判断で成り立っています。
「勘」や「ひらめき」
予測につながります。型から入るのは8歳以降だ
と言いますが,それらはある日天から降ってくる
と考えられています。
ものではありません。実践しながら考え蓄積して
きた人が,咄嗟に判断しなければならない場で
8.保育者の見取りと援助
乳幼児期の遊びの援助においては,子どもが没
「そうしよう」と感じ行動することができるので
す。
9.遊び込み(没頭)から問い(学び)へ
遊び込んで没頭している子どもの中からは,
「どうしてこうなんだろう」という問いがたくさ
と周りの援助が必要になります。8歳までに基礎
的な言葉が身に付いていなければ,その後の対人
関係や他の教科学習にも影響を及ぼします。
ん出てくるようになり,目的志向型の学びができ
そのため,今国際的には幼児期の義務教育化や
るようになってきます。「じゃあ次は○○のため
無償化が大きく取り上げられています。小学校の
に□□しようかな」という小さな目的の具現化が
授業を前倒ししようというものではなく,全ての
場面の中に起きてきます。乳幼児期は活字や空論
子どもに豊かな体験や経験の保障をしていこう
からではなく,実際に手や身体を動かし具体的に
という趣旨です。これまでなおざりにされがちだ
活動しながら考えていきます。その積み重ねがあ
った乳幼児期に育むべき力や教育が重要視され
る子どもが,もっと概念的な思考ができるように
てきています。
なってくると,「○○のために□□の努力をして
△△ができるようになる」というような小学校以
降の学びにつながります。
5歳児では協同的な学びを育みましょうと言
11.保育者の言葉
子どもの言葉を育むために,実践で工夫して欲
しいことがあります。
われています。それにはまず一人でしっかりと遊
単語を投げかけるのではなく,文章で話しまし
び込むことが大切で,それから次第に大好きな友
ょう。新任の保育者を見ていると,どんなことに
達と,クラスの友達と一緒にと広がっていきます。
も「すごいね」と声をかけがちです。「どこがど
小学生になるとクラスみんなで一つのことを成
のようにすごくて,それに対して私はこう思っ
し遂げたり,意見を出し合い話し合ったりするよ
た」と声をかけるように心がけてください。子ど
うなことができるようになります。
もは耳から学びませんが,実物のモデルからよく
学びます。そのモデルが好きな人であればなおさ
10.乳幼児期の言葉
らです。良いモデルになってください。
遊びの援助の中で注目したいのは,言葉の教育
実際,2歳のときの担任保育者のボキャブラリ
をどれくらい加味しているかです。小学校以降と
ースコアが悪いクラスの子どもは小学校高学年
は言葉の習得の仕方が全く違います。
になってもスコアが悪い,虫嫌いの保育者のクラ
乳幼児期はシャワーのように言葉を浴びせか
スの子どもは虫嫌いになる,自身の運動能力に関
けられても語彙が増えないことが分かっていま
係なく外に出るのがめんどうだと思っている保
す。バーチャルではなく体験の中で言葉が意味を
育者のクラスの子どもは万歩計をつけると運動
持ち,体験をもとに言葉を使います。「嬉しい」
量が少ない,音程が合わない保育者のクラスの子
という言葉は嬉しい体験と一緒に身に付きます。
どもは音程を合わす力が落ちてくるという研究
2~3歳では100個程の基礎的な気持ちを表
報告があります。
す言葉を習得すると言われています。
否定語や批判語は極力少なくしましょう。乳幼
小学校以降になると,単語や活字で身に付ける
児期は褒められて育つ要素がたくさんあるから
ことができるようになります。ここで乳幼児期と
です。できなかったことを「できていない」と言
同じように体験主義的な教育をしていると,知識
うのではなく,できたことだけを順番に言ってい
技量が足りなくなってしまうでしょう。
けばよいのです。間違ったところを指摘するので
言葉は,乳幼児期に人や自然と触れ,相互作用
しながら豊かに体験や経験的に習得していくこ
とが重要です。8歳以降になると,ついてしまっ
た格差を埋めることがとても難しくなります。発
はなく,保育者が言葉を正しく使い,良いモデル
になってください。
先生が豊かな,少し難しい言葉を使って話すこ
とで,子どもの言葉が広がります。
達には適した時期があります。取り返しがつかな
イエス・ノー・クエスチョンではなく,オープ
いわけではありませんが,たいへんな本人の努力
ンエンドの質問をしましょう。
「分かった?」
「で
きた?」
「楽しかった?」という質問では,
「はい」
か「いいえ」しか答えようがありません。子ども
のです。
ところが今,様々なものがバーチャルになり,
が自分の思いや考えを言いたくなるような問い
リアリティのある感情の経験が希薄化していま
かけを工夫してみてください。それでも,つい「楽
す。そのため,他者の気持ちを想像したり思いや
しかった?」と聞いてしまいがちです。そのよう
ったりすることができなくなっています。そのこ
なときには,その後に「どこのところがどんなふ
とが,大きないじめにつながっていく要因となっ
うに楽しかった?」とつないで欲しいと思います。
ているのではないかと危惧されます。
情緒の育ちを軽んじてはいけません。知識や技
12.まず心(情意)から内容(知識・技術)へ
術の習得が教育的価値が高く,
「楽しむ」
「親しむ」
乳幼児期には,情意をしっかりと育ててくださ
「味わう」は教育的価値が低いという考えはとん
い。自尊感情がしっかりとある子どもは,人に肯
でもないことです。乳幼児期の要領に謳われてい
定的に関わることができます。自分への信頼感が
る「楽しむ」「親しむ」「味わう」という経験が,
しっかり育っている子どもは,楽しみ,あきらめ
子どもたちの育ちにつながっているのです。
ず,頑張り,継続することができ,我慢強さや他
者に対する優しさも育っていきます。
13.遊びを起点とした学びのプロセス
海外のいじめ問題の研究者が,いじめ問題を無
学習に関しても同様です。まずは子どもが「お
くしていくには,3つ重要な時期があると言って
もしろそう」「なんでかな」と興味や関心を持っ
います。そのうちの2つは乳幼児期にあります。
たり問い立てをしたりすることから始まります。
最も重要なのは,0~1歳の愛着形成の時期です。
興味や関心を持ったことに対して,五感の複数で
自尊感情の育ちが対人関係や社会性の教育にと
感じ,親しみ,触れ合い,育て,調べることを積
ても大事だということが言われています。次は4
み重ねていくと,比べたり分類したり整理したく
~5歳です。時系列の記憶ができ,ルールを認識
なります。
できるようになってくるこの時期に,他者とたく
例えば,ダンゴムシをいっぱい集めている子ど
さん関わり,約束を守ったり作ったりする楽しさ
もが,色や大きさで分けてみたり,どこで見つけ
を感情的に育てておくことが大切です。最後はい
たか地図を描いたりしませんか。色水遊びの場で
わゆる思春期です。それぞれの時期にどのような
は,花を色や匂いで分けてカゴに入れている姿を
体験や経験を持てているのかが重要です。
見ます。そうすることにより,活動を深め,探求
思いやりの研究においても,やはり情意の部分
が大事だと言われています。心理学者のアイゼン
することにつながります。そして,更に調べたり
良く知ろうとしたりします。
バーグもまずは愛着が大事だと言っています。次
そして,子どもたちは自分が見つけたことや楽
に,幼児期に共感できる体験があることの重要性
しかったことはすぐに先生に伝えに来ませんか。
を言っています。例えば,一緒に野菜を栽培して
言葉以外にも,身体や絵画等様々な方法でも表現
収穫し食べて「おいしかったね」と感じたり,ク
しています。表現したくなるのです。表現し,共
ラスで飼っていたモルモットが死んでしまい一
有するような体験のプロセスが協同的な学びと
緒に悲しみ涙したりというような,同じ気持ちを
なり,乳幼児期の遊びから学びにつながっていく
一緒に持つ経験です。共通の感情を一緒に経験し
プロセスです。さあ,「協同しなさい」と言って
たことが人を思いやる基礎になります。友達が転
もできるものではありません。
んで膝を擦りむいたとき,自分の膝は痛くなくて
も,「痛くない?大丈夫?荷物持ってあげよう
14.保育者の関わり方
か?」と言える子どもがいます。共通の感情を持
それならば保育者はどのような関わりをして
った経験から,他者に対しての優しさと感情の予
いくことが大切でしょうか。その遊びは,子ども
測の力が育ち,想像して声をかけることができる
にとってリアリティや自明性,必然性があるでし
ょうか。生活現実と関わっているようなものにな
あれば,乳幼児期の英語教育にはさほど効果はあ
っているでしょうか。人との関わりがその中に反
りません。
映されているでしょうか。子どもが関心を持って
家庭教育環境への働きかけや家庭教育力の向
いることを先生が把握し,一緒に経験し,その中
上への啓発について様々な国で研究が進められ
で見抜いて洞察し,広げていって欲しいのです。
ています。乳幼児期の遊びを保障し,子どもの主
感情についても同様です。クラスの中で楽しい
体性を尊重し,「できた」「できない」ではなく,
気持ちを共有するような感情豊かな経験の共有
どのようにモノに対して肯定感を持ち,どのよう
があったでしょうか。そのような視点で日頃の遊
に物事を知る楽しさを身に付けていくのかとい
びを振り返ってください。
う考え方にシフトしていかなければ,子どもたち
の幸せにはつながらないと言われています。
15.家庭との連携
家庭との連携で配慮することは,日常性と双方
ある幼稚園の3歳児入園でおむつをしている
向性です。園での内容を家庭でも継続してもらう
子どもが,以前は5%でした。ところがこの10
ためには,家庭への発信が重要です。行事のとき
年で10%まで増えました。家庭環境が変化し,
だけではなく,日々の送り迎えのときが有効です。
周りにモデルになる少し年上の子どもがいなく
おたよりやアンケートも園からの一方向ではな
なり,保護者の関心も低くなっている等が要因で,
く,フィードバックを大切にしてください。園で
同じ年齢でも発達の差が大きくなって入園して
行っている実践の意図を伝えましょう。
きます。
もっと小さい頃から園で集団保育を受けてい
16.専門職としての保育者に求められるもの
る子どもでも差が見られます。園がどれだけ理念
新しい時代が来ました。これからは,子どもが
を持ってやっていても,家庭教育環境や家庭教育
どんどん減っていきます。少ない子どもを大切に
力の違いが子どもの育ちに影響を与えています。
育て,まずはその子どもが生きてくれることが大
家庭で自己主張は認められているでしょうか。
切です。そして,その子が自分のことを知り,自
「まだ?」「できない?」「あなたは!」「○○ち
分の好きなことや得意なことを自覚し,自分が幸
ゃんと比べて□□」と相対評価や結果主義だけの
せになること,かつ,自分だけでなく社会にも貢
中にさらされていないでしょうか。指示や命令の
献し,人に感謝され生きがいを感じるようになれ
言葉かけばかりの中にいないでしょうか。
ること,その二つがこれからの次世代育成では重
お稽古事についても危惧しています。今させな
要なことだと思います。そのためには乳幼児期に
いと将来この子の可能性の芽を摘んでしまうの
愛着や自尊感情をしっかりと形成し,自分に対す
ではないかと考える保護者の声を聞きます。しか
る信頼や社会と関わる楽しさを育てていくこと
しそれは間違いです。
が大切です。
例えば,アジアにおける乳幼児期の英語教育の
保育者は専門職です。専門職としての自負を持
効果についての研究があります。効果があると報
ち,実践を可視化し,発信してください。これか
告があったのは,日常に英語を使う香港とシンガ
らはPRとアカウンタビリティの時代です。やっ
ポールだけでした。他の国において効果が薄いの
ていることを説明しない人はやっていないかの
は,子どもにとって必然性がないからです。帰国
ごとくみなされます。可視化と発信をしていかな
子女についても,乳幼児期に行っていた子どもは
ければ,保育者の研修の保障,制度や待遇の改善
ほぼ忘れ,10歳以降であれば残っているという
につながりません。是非とも発信していってくだ
ことがよく言われます。英語や外国の方に接する
さい。
ことは,多様性に触れる楽しい経験としては無意
*講義をもとに編集しました
味ではないでしょう。しかし,語彙の習得やコミ
共同機構研修会第3回
平成27年6月15日
於:京都市子育て支援総合センターこどもみらい館
ュニケーション能力を英語でつけさせたいので
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