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ソ連軍事ドクトリン(草案)(1990年12月
ソ 連 軍 事 ド ク ト リ ン (草 案) 『軍事思想』特別号 1990 年 12 月 24~28 頁 ソ連の軍事ドクトリンは、戦争と平和の問題への新しい接近方法(アプローチ)及びす べての国家の安全保障の利害を考慮した上で、国家の防衛力の確保が必要であるとの認識 に立脚している。最も壊滅的な兵器が大量に蓄積されている状況において、世界のあらゆ る軍事紛争は、紛争に直接参加した国のみならず、地球上の生命そのものにとって、取り 返しのつかない大惨事となる可能性がある。 ソ連は世界戦争の直接的な脅威を遠ざけることに成功したことを考慮してはいる。しか し、今のところ肯定的な変化が逆戻りしないとの保証はない。したがって、防衛力の保持 と国家の安全保障の強化は、国家及び全国民にとって最も重要な任務の一つである。 現在の国際情勢においては、軍事・政治分野における各国の目的や意図の正確な評価は 決定的な意義をもっている。したがって、ソ連は人類の生存の問題を第一に提起し、世界 発展における今日の激動段階の現実を反映した自らの軍事ドクトリンの原則的規定を明白 に述べることが必要である、と考える。 * * * ソ連軍事ドクトリンは、戦争の防止、軍建設、ソ連国家とソ連軍の侵略撃退に向けた準 備、社会主義祖国防衛のための武力闘争遂行の方法に関し、ソ連国家が正式に採択した基 本的な見解の体系である。軍事ドクトリンは、ソ連社会の一層の発展のための望ましい対 外状況を作り出し、ソ連国民が平和と自由の下に勤労できるようにすることを主目的とす る国家の対外政策の方針を基礎としている。 ソ連軍事ドクトリンは防衛的指向性を持っており、ソ連憲法、国防法において規定され ている。ソ連軍事ドクトリンは同盟国の軍事ドクトリンを考慮し、多国間、二国間の合意 及び条約に基づく共同の防衛任務の遂行に際しての同盟国との協力を予定している。 Ⅰ ドクトリンの政治的側面はソ連国家の戦争に対する態度を表明し、戦争の防止、国の 防衛と安全の確保に関する軍事・政治的課題をその内容とする。 ソ連は戦争、国際間の係争や矛盾の解決の手段としての軍事力の行使、または力による 威嚇を無条件に否定している。 ソ連は、政治目的達成のための手段としての戦争は現代の状況下では完全に時代遅れに なっており、受け入れ難く、容認できないということを基礎としている。利益のバランス を考慮した対話のみが、国際問題の解決及び紛争の正常化の唯一の手段である。 ソ連は平和の維持を最優先の全人類的価値であると見なしている。ソ連における戦争の 政治的宣伝(プロパガンダ)は法律により禁止されている。 -1- 戦争の防止がソ連国家及びソ連軍の基本的な機能(役目)であると宣言し、ソ連は以下 のことを表明する。 ① 自らが、または同盟国が軍事侵略の対象とならない限り、いかなるときにもいかな る状況においても、またいかなる国家に対しても先に軍事行動を起こさない。 ② 最初に核兵器を使用しない。 ③ いかなる国に対しても領土要求をしないし、どの民族も敵と見なさない。 ④ いかなる国も威嚇せず、すべての国家と安全保障の利害の相互の考慮に基づく関係 を構築する容易がある。 ⑤ 軍事的優位を求めず、核兵器及び通常兵器の削減を歴史的意味を持つ課題として検 討する。 ⑥ すべての国に、国際生活のすべての問題の解決に参加する同等の権利があることを 認める。 ⑦ 国際関係におけるイデオロギー上の相違を、国際法の原則においてのみ建設すべき ところの国家間の関係に影響させない。 ⑧ 力の政策、軍拡競争に反対し、現実の軍縮への移行を支持する。 ⑨ ソ連は、同盟国の防衛と直接的に関係ないあらゆる軍事紛争において自己の軍隊を 使用しないということを基礎とする。 ⑩ 同時に、あらゆる政治的、経済的、外交的及び軍事的能力を、ソ連及び国際条約に よるソ連の同盟国に対する侵略の阻止のために最大限利用することを自己の権利と見 なす。 ⑪ ソ連は国連安全保障理事会の決定に従い平和維持の作戦遂行のために国連軍の編成 に自国の派遣部隊を提供する可能性を排除しない。 世界発展の現代の歴史的段階において、ソ連の軍事政策における当面の課題は次のこと であると考える。 ① 地球上における軍拡競争の停止、軍拡競争の宇宙への拡大を容認しないこと、現実 の軍縮への移行 ② 核兵器の開発、生産、改良の停止の第一の方策として、核実験を全面的に禁止する こと、核兵器の段階的削減、将来的にはその全廃 ③ 化学兵器の撲滅、あらゆる種類の大量殺戮兵器の製造のための新技術の利用の禁止 ④ 軍事・政治同盟が直接的に接触している地帯から最も危険な攻撃的な兵器を撤退さ せ、双方の内いずれの側も自己の防衛を確保しつつ、他方への奇襲攻撃及び大規模な 攻撃の遂行のための手段と能力を保持しないような、合意に基づく最小限の水準まで それら地帯における部隊を段階的に削減すること ⑤ すべての利害関係のある国との軍事路線に関する接触の拡大、陸上、海上、空中に おける部隊の行動に際しての紛争発生を防止することに関する協定の調印 ⑥ 欧州における、また世界のその他の地域における、また海上における相互の基盤に 立つ信頼醸成措置の実現 ⑦ すべての国家が軍事力の行使または軍事力行使の威嚇を相互に拒否し、平和な関係 -2- を保持する義務の採択 ⑧ 他国における軍事基地の廃止、軍隊の自国内のみの配備 ⑨ ワルシャワ条約と北大西洋条約の両同盟の解体、最初の現実的な方策として、それ らの政治・軍事同盟への継続的な改編、政治協力機関への変貌、最終的には国際安全 システムの創設 Ⅱ ドクトリンの軍事・技術的側面は、軍事的危険性の源泉、生起し得る戦争の戦略的性 格を判断し、国家とソ連軍は侵略の撃退をどのように準備すればよいのかを規定し、いか なる編成、量及び質のソ連軍が必要とされるのかを定め、ソ連軍の戦闘運用の訓練と方法 の方向を規定する。 ソ連は主要な軍事的危険性を次のように考える。 ① 先ず第一に、欧州及びアジア・太平洋地域において保持されている軍事力の水準の 高いこと ② 米国の軍事・政治指導部において遂行されている「力の立場」からの政策とその政 策に対する一定の国々の追随 ③ ソ連領土周辺の多数の軍事基地や施設の存在 生起し得る戦争の戦略的な性格及び戦争の結末を判断する際、ソ連は以下の規定に基づ いている。 ① 核戦争は、それが生起した場合、地球規模のものとなり、戦争に参加した国のみな らず、全人類にとっての大惨事となる。核戦争が特定の地域、または戦域に限定され 得るという予測は根拠が薄弱である。このような戦争における勝者はない。 ② 通常戦争は世界的な規模で長期的性格を持つ可能性があり、国家の力と手段の全面 的な緊迫状態を要求する。武力闘争の基本的な手段は、とりわけ高精度の、その有効 性において核兵器に劣らない通常兵器の近代的な兵器体系(システム)になる。かか る戦争における戦闘行動はより複雑な状況下において遂行されるであろう。第一に核 エネルギー施設、化学工場、核弾薬や化学兵器の倉庫が破壊され、汚染、損壊、浸水 する広大な地帯が発生する。通常戦争はそれがどのような段階・時期であろうと、核 戦争に発展する可能性がある。 世界のさまざまな地域における局地戦争及び軍事紛争生起の危険性は排除されていな い。それらが、世界規模の戦争に拡大する可能性は高くなっている。 核兵器が武器庫に蓄積され、核兵器及び全体としての軍事力を最初に使用しないという 義務を負うことを特定の国が拒否する状況下においては、ソ連は、ソ連に対する侵略生起 のあらゆる形態に際しての防衛任務の遂行に向けて自己の軍事力を準備せざるを得ない、 と考える。 -3- このことを考慮に入れて、ソ連は主要な防衛任務として次のことを考える。 ① 平時においては、防衛のための確実かつ合理的十分性の水準における軍事力の維持、 国境の不可侵の確保、国家主権に対する挑発及び侵害の阻止 ② 侵略の場合においては、 侵略の撃退、国家の主権と領土の保全、戦争の早期停止 及び公正で確実な平和のための状況の作為 軍事的脅威、予想される戦争の性格、防衛任務の規模を判断し、また国家の経済力を考 慮して、ソ連軍の建設と準備が実施され、それらの戦闘運用の原則が決定される。 ソ連軍は、一般兵役義務と志願による契約制軍勤務との混合兵制により充足される多民 族からなる常備軍、汎地域性〔訳注:兵員充足及び配置等を地域でなく全国レベルで実施 すること〕、法に基づく単一指揮制及び中央集権的指導、法の前でのすべての兵役義務者 ・軍勤務者の社会的公正と平等を原則として建設される。 兵力削減とそれに応じた政治的、経済的及び社会的状況の形成度に従って、兵員の職業 軍化の水準の向上及び軍改革に準拠したその他の方策の段階的実施が予定されている。 ソ連軍の定員、編成及び組織、ソ連軍の兵器・装備及び武装闘争手段の改善、要員養成、 動員資源予備及び予備役における要求、軍建設のための融資は、軍事的均衡をできるだけ 低い水準に維持しようとすれば、防衛のための確実で合理的な十分性の原則を遵守する必 要性と密接に結びついてくる。その際、陸海軍部隊の発展において質的な指標が優先され る。 核戦力及び核手段の十分性は、侵略者のあらゆる優勢を抹殺する結果を招くような報復 打撃の行使に必要とされる核戦力の量的・質的パラメーター(基準・変数)により規定さ れる。このような十分性は核兵器の完全廃絶への中間段階と見なされる。 軍の通常戦力の分野における十分性は、確実な防衛にとって最低限必要とされ、かつ大 規模な攻撃行動にとっては不十分とされる量である。 軍種、兵科及び支援部隊の均衡のとれた発展においては、予想される侵略の撃退に任ず る兵力及び手段が優先される。 パリティ 戦略核戦力は、米国の戦略攻撃戦力との対等の維持を確保する編成と状態におかれる。 戦略核戦力の基本任務は、罰せられないと考え核攻撃を行えば、その報いを受ける報復打 撃が必ず行われることを確保することである。 一般任務戦力は、国家の確実な防衛を確保するために必要とされる編成及び状態に維持 される。その際、各戦域におけるソ連軍の部隊編成は、軍事的均衡及び防衛任務遂行のた めの十分性の原則に立脚してさまざまのものになり得る。 ソ連は報復行動を目的として、奇襲を排除し、侵略者に対する迅速な反撃を確保する態 勢にソ連軍を維持する。 兵術の理論と実践の発展は、 「防衛的戦略」構想を基盤として実施される。したがって、 国家の防衛についての基本的な努力はソ連の国境内に限定される。第一戦略梯隊は、国境 沿いの軍管区及び艦隊で構成される。戦略予備は国内(内陸の)軍管区で構成される。 ソ連軍による最初の先制攻撃の行使は完全に排除される。侵略の始まりに伴う主たる軍 事行動は防御である。ソ連軍のそれに続く以後の行動は敵の軍事行動の性格により決定さ -4- れ、敵の行使する武力闘争の手段及び方法に従い決定される。 武力闘争の予想される性格、国家の防衛に関する課題は侵略の撃退に向けたソ連軍の準 備の方向を規定する。 陸海軍部隊はいかなる状況下でも敵の攻撃を撃退するために訓練・準備される。要員の 教育訓練においては、戦闘当直及び戦闘勤務の任務の厳格な遂行、戦闘即応態勢の水準の 向上、部隊の作戦及び戦闘訓練の質の向上、兵器・装備の使用の習熟と効果的な運用、陸 海軍部隊の絶えざる、粘り強い指揮の維持に基本的な努力を集中する。 ソ連軍の訓練と並んで、国内における事前の準備、住民に対する民間防衛任務の遂行の ための訓練、国民経済の平時から戦時体制への迅速な移行の必要性と重要性が考慮されて いる。 ソ連の確実な防衛及びソ連軍の高度の戦闘能力は、経済的、軍事・技術的及び科学的潜 在力の発展、ソ連社会の政治的団結、軍と人民の団結により確保され、またソ連人民を愛 国主義、国際主義及び高い規律の精神の下で教育することにより確保される。 * * * ソ連は、軍事ドクトリンの本質を明らかにしつつ、そのすべての規定の無条件の遂行を 確約する。ソ連は、国連憲章、ヘルシンキ最終文書、ストックホルム会議文書、新欧州の ためのパリ憲章、二国間及び多国間の同盟条約並びに協定、また国際関係の一般に認めら れる規範に基づくすべての国際義務を厳格に遵守し、今後も遵守する。 -5-