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サ ー ビ ス 貿 易 と 文 化 英
芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 6 1 サ ー ビ ス 貿 易 と 文 化 英* 芹 澤 伸 子** 概 要 グローバル化する現代の経済では金融,流通,医療等サービス産業の比重が増し,経済のサー ビス化が進んでいる。経済のサービス化は貿易制度の整備,また何より情報通信技術,輸送技 術等科学技術の発達によるところが大きいが,財(モノ)・ サービスの取引のみならず投資(カ ネ)や労働(ヒト)の流れにインパクトを与えるため,各国はサービス化への対応に神経を尖 らせている。貿易の自由化の進展は,消費の多様性を増やす一方文化の単一化をもたらす懸念 もあり,創造的産業(文化的財)あるいは文化保護への政府のかかわり方が問題になる。そこ で本論では。まず国際貿易の枠組みである GATT・WTO,またサービスの貿易に関する一般協 定である GATSの仕組みを敷衍する。次に近年の我が国のサービス貿易の構造を概説し,文化 保護の問題を済学的に考察するための準備としたい。 1.はじめに 世界の言語は え 大な国 について いるが,現 れた や しているといわれる。しかし言語の に約 億人の人口が分 と言われるよ の区 に に, する中国では, を 語と 定することは で, 語とはまった の言語, a n g u a g e s )と方言(d i a l e c t s ) 国の言語といえ方言とみなせない1。言語(l な定 がないため UNESCO(国連 われている約 の言語が 人のアイデン っている2。言語の消滅の 世 ,また文化を も 的な には 科学文化機関)は すると し, るため,言語の多様性 由として,それを す( を言語として に )人の から受け が けて を 対 化 の * 本研究は科研費(基盤研究(C)No .2 2 5 3 0 2 2 1 )の助成を受けたものであり,記して感謝いたします。 ** 新潟大学経済学部〒9 5 0 2 1 8 1 新潟市西区五十嵐二の町8 0 5 0 ,Ema i l :s e r i z a wa @e c o n . n i i g a t a u . a c . j p 1 国 連 加 盟 国 は1 9 3 カ 国(我 が 国 が 承 認 し て い る の は 我 が 国 を 含 め て1 9 5 カ 国)だ が そ の デ ー タ (h t t p : / / e s a . u n . o r g / wp p / Ex c e l Da t a / p o p u l a t i o n . h t m)によると,2 0 1 0 年7月時の世界総人口は約6 8 億9 6 0 0 万人で, シェア1, 2位の中国(約1 3 億4 1 0 0 万人;1 9 . 5 %)とインド(約1 2 億2 4 0 0 万人;1 7 . 7 %)合わせて3 7 . 2 %, 日本は約1 . 8 %(1億2 6 0 0 万人)である。 2 UNESCOは 世 界 言 語 に つ い てAt l a so ft h eWo r l d ’ sLa n g u a g e si nDa n g e r (世 界 消 滅 危 機 言 語 地 図: h t t p : / / www. u n e s c o . o r g / c u l t u r e / l a n g u a g e s a t l a s / )を公表し,現存する言語の消滅の危機の程度を6つの段階に分 類している(付録図1)。危機の程度が小さいものから順に並べると, 「安全」:すべての世代によって言語 1 6 2 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 があり,また2 0 世紀が色々な意味で大きな歴史的転換を果たした時代であったことも影響して いるようだ。1 9 0 0 年代に人類は2つの大きな世界戦争を経験した。その反省から貿易の自由化 を促進すべく GATT(関税と貿易に関する一般協定) ・WTO(世界貿易機関)など国際貿易の ルールが整備され,貿易の自由化が進んで世界経済は拡大したが,国際的な分業が進む過程で 生まれた南北問題と称される先進国と途上国の経済格差,また強く安定的な政治体制や経済制 度を維持する国々の優位性等が言語の淘汰に及んだ可能性がある。更に,多くの実証研究で技 術進歩が経済成長に性の効果を与えることを示しているように,20 世紀後半から革新的な進歩 を 遂 げ て い る 情 報 技 術(I n f o r ma t i o nTe c h n o l o g y :I T) ・情 報 通 信 技 術(I n f o r ma t i o na n d Co mmu n i c a t i o nTe c h n o l o g y :I CT)は経済のグローバル化に中心的役割を演じ,世界経済の拡大 や新産業創出に貢献してきた。我々は極めて大きな恩恵を享受しているが,他方“技術やシス テムの標準化”また“言語の共通化”による“標準化”で取引費用が節約され,言語の消滅を 加速しているのかもしれない。情報通信サービスの拡充で市場が拡大 (ネットワークの外部性) し,拡大した市場はスケールメリット(規模の経済)を生むが,経済効率性の向上や利便性の 高まりが社会や文化に様々な影響を与える。そこで本論では,経済のサービス化が文化的財の 取引や文化にどのように影響を与えるのかという問題を考察するため,国際貿易のルールであ る GATT ・WTOと,サービスの貿易に関する一般協定である GATSの仕組みを敷衍し,近年の 我が国のサービス貿易の現状を概説する。 本論の構成は以下の通りである。2章で国際貿易のルールである GATT ・WTOの枠組み解説 する。次に,これら多角的交渉の時代を経て1 9 8 0 年代以降急速に世界的な広がりを呈している 地域経済協定について概説する。3章では経済のサービス化に注目し,我が国の国際収支の現 状を辿りながらサービス貿易の構造を概観し,4章はサービスの国際取引に関する協定である GATS(サービスの貿易に関する一般協定)を簡単に解説する。5章はむすびである。 2.国際貿易のルール:GATTから WTOに 2 0 世紀に人類は2つの大きな世界大戦を経験し,また19 9 1 年1 2 月の CI S(独立国家共同体) 誕生でソビエト連邦が崩壊して世界は歴史的転換点を迎えた。一方 I CTや輸送技術の急速な進 歩で経済社会環境が大きく変り「物品(モノ) 」以外の貿易として「サービス貿易」の国際取 が話されており,世代間で持続的に伝え継がれている, 「脆弱」:大半の子供達がその言語を話すが家庭で話 す,等とある特定の場面に限定される, 「明らかに危機」 :子供達が家庭でその言語を母国語として学ばない, 「重大な危機」 :その言語が祖父母やその前の世代によって話されるが,子供の両親はその言語を理解しても, 夫婦で使うわけではなく自分の子供にも話さない, 「極めて深刻」 :祖父母あるいはその前の世代は話せるが, ほとんどを話すことがない, 「消滅」:話す人がいない,となっている。このうち, 「安全」を除く5つの段 階の合計が約4 3 %を占める。ちなみに日本語では「極めて深刻」なアイヌ語, 「重大な危機」が八重山語, 与那国語,そして「危険」が八丈語,奄美語,国頭語(沖永良部),宮古語,沖縄語,計8つの消滅が危惧 されている。 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 6 3 引のウェイトが大きくなり,貿易構造自体が大きく変容した。 2. 1 GATT GATT(Ge n e r a lAg r e e me n to nTa r i f f sa n dTr a d e )はモノに関する国際貿易の協定であるが,ま ず誕生の歴史的背景を振り返ろう。第1次世界大戦で世界最大の債権国になった米国には欧州 から資金が大量に流入し,バブル状態にあったが,1 9 2 9 年1 0 月2 4 日(暗黒の木曜日)ニューヨー ク証券取引市場での株価大暴落が瞬く間に世界各国に広がり1 9 3 0 年代初頭の世界恐慌の引き金 を引いた。米国は国内経済問題を解決するため,対外政策として大幅な関税率引き上げを採用 した。1 9 2 1 2 5 年約2 6 %であった関税率を1 9 3 0 年6月に施行されたスムート・ホーレー法 (Smo o t Ha wl e yTa r i f fAc t )により,1 9 3 2 年には平均輸入関税率が5 9 %にまで引き上げられた。これへの 報復措置として欧州諸国(フランス1 9 3 1 年輸入割当導入,イギリス1 9 3 2 年保護関税導入,ドイ ツ1 9 3 1 年増率関税や為替管理実施等)含め6 0 ヶ国以上の国が関税引き上げ(関税戦争)や為替 切下げ策を導入した。その結果,1 9 2 9 年に一ヶ月平均約2 9 億ドルあった世界7 5 ヶ国の貿易輸入 総額は3 0 年に2 3 億ドル,3 1 年に1 7 億ドル,そして3 2 年には1 1 億ドルへと3年間で1/3に急減 した(Ki n d l e b e r g e r ,1 9 8 6 )。各国の内向きな(失業輸出による)近隣窮乏化政策が世界貿易規模 を縮小させ,厳しい不況を一層長期化させた。このような背景が経済ナショナリズムの台頭を 許し,また経済ブロック化をもたらして第2次世界大戦に至ったのである。保護主義の連鎖が 引き起こした悲劇的経験を反省して,1 9 4 4 年7月連合国通貨金融会議においてブレトン・ウッ ズ協定による国際決済システムが構築された。ブレトンウッズ協定は(i )加盟国の経済復興と 発展途上国の開発促進のため I BRD(国際復興開発銀行,通称世界銀行:1 9 4 6 年に業務開始), また(i i )世界の為替相場の安定に向けて I MF(国際通貨基金:1 9 4 7 年に業務開始)の設立を MFと自由貿易体制 決めている3。一方,円滑な国際貿易と自由貿易の推進を通貨面で支える I の両輪となる貿易協定として,1 9 4 8 年 GATT(貿易と関税に関する一般協定:1 9 4 7 年調印)が 自由貿易と多角的な世界貿易を促進するため発効した。これを I MFGATT(GATTI MF)体制 と呼ぶ。 GATTの3大原則は, ・自由:貿易制限措置の関税化および関税率の削減 ・無差別:最恵国待遇(mo s tf a v o r e dn a t i o nt r e a t me n t :MFN全ての加盟国に同等の貿易 条件を与えること) , :NT輸入品を国産品と同様に扱うこと) 内国民待遇(e q u a ln a t i o n a lt r e a t me n t ・多角主義:全加盟国の参加による貿易交渉(ラウンド) 3 g ブレトン・ウッズ協定下で金本位制(金1オンス(3 1 . 1 0 3 5 )3 5 ドル)による固定為替相場制が採用され たが,1 9 7 1 年のいわゆるニクソンショックにより本体制は崩壊し,主要国が1 9 7 3 年に変動為替相場制に移行 した。 1 6 4 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 である4。GATTの最大の成果は,我が国の戦後の飛躍的発展は GATTI MF体制下の多角的自由 貿易制度なくして不可能であった(小宮,1 9 9 9 ) ,といわれるように,貿易の自由化に貢献した ことである。例えば,1 9 5 0 6 0 年代における継続的な関税率の引下げにより,世界貿易は年平均 8%成長した。米国国務大臣の C. D. Di l l o nにちなむディロン・ラウンドには2 6 ヶ国が参加して 関税引下げ交渉がなされ,続くケネディ・ラウンドでは関税引き下げに加え GATTで初めて, 反ダンピング措置等非貿易的事項について交渉が行われた。特にケネディ・ラウンドでは約3 万品目の工業製品の関税譲許(c o n c e s s i o no ft a r i f f :ある国が他国との条約により他国の特定産 品に対し一定の関税率を約束することで,GATT加盟国間で合意した譲許税率は国毎に関税譲 許表にまとめられ,その税率は原則すべての加盟国に等しく適用される)が適用され平均約3 5 % の関税引き下げが実現し,東京・ラウンドでは更に2万7千品目に適用された。このように東 京・ラウンドではこれまで以上の関税率引下げ合意がなされ,また非関税措置(補助金・相殺 措置,ダンピング防止,スタンダード(規格),政府調達,関税評価,ライセンシング(輸入 許可手続き) ,民間航空機協定等)の軽減・廃止に取り組み成果を挙げた。しかし,農業貿易 の本質的な改革や多角的セーフガード措置に関する交渉では行き詰まった。貿易に関する紛争 処理の手続きは,GATTや個別の協定に従って紛争処理委員会(パネル)を介してなされるが, パネル設置やパネル報告に基づく採決には「全員一致(コンセンサス方式)」が採用されてい たことが理由の一つである。自由化が浸透し加盟国数が増加して発展途上国が全体の約5分の 4を占めるようになったことや新興国の台頭が,紛争の解決を一層困難にしたのである5。こ のような背景から,貿易ルールの実質化,紛争処理に関する統制力の強化や採決の自動化・迅 速化の必要性から,ウルグアイ・ラウンド(以下 URとする)を最後に1 9 9 4 年 GATTは発展的 に解消することになる。 2. 2 GATT・マラケシュ協定 UR以前は鉱工業品分野が主要な交渉対象であったが,URでは関税引下げ,補助金,反ダン ピング措置,セーフガード措置,政府調達等の交渉の他,農産物の自由化問題が中心的課題で あると同時に,サービスに関する投資の規定,貿易に関する投資措置,知的財産権の保護等に T等先端技術の ついての交渉が取り上げられたことが特筆される6。これは世界経済の拡大と I 4 自由貿易とは,例えば関税撤廃だけを意味するのではなく,政府の介入による貿易障壁(関税率引下げ,輸 入禁止を含めた数量制限,補助政策等による輸出入の制限)を削減,軽減して財サービスの国際取引を原 則的に市場に委ねることを意味する。なお数量制限について,GATTの時代には貿易摩擦が起きると輸出自 主規制(例えば,日米貿易摩擦時,日本の自動車( 乗用車) 輸出に対し米国は自主的に輸出量を制限すること を要求した)が導入されたが,GATTを引継いだ WTOにおいては「数量制限禁止の原則」により輸出自主 規制は禁止された。 5 付録図2で加盟国数の推移を見ると,途上国の比率は1 9 6 0 年は約5 0 %であったが8 0 年代に約7 0 %,そして 2 0 0 0 年には約8 0 %になっている。我が国は制限的な条件の下1 9 5 5 年に,また中国は2 0 0 1 年に WTOに加盟し た。2 0 1 1 年末1 5 3 であった加盟国数は,2 0 1 2 年にはロシア等が新たに加わり1 5 7 になる。 6 反ダンピング措置とは,他国企業が不当に低い価格で輸出(不当廉売による価格差別)した場合,輸入国政 府が国内産業を保護するため採用する輸入関税などの救済措置のこと。またセーフガード措置とは, 「GATT 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 6 5 技術開発・進歩により経済活動に占めるサービス産業のウェイトが大きくなるにつれ,国際貿 易のウェイトがモノからサービスへと移り,貿易構造が変容していることを反映してのことで ある。URは交渉分野が最も多岐に亘ったラウンドであり,後述するマラケシュ協定の合意を もって WTOへ橋渡しした。 1 9 9 4 年4月に合意した WTO設立に関するマラケシュ協定(以下 WTO協定と呼ぶ)には, 新たにサービス貿易について GATS(Ge n e r a lAg r e e me n to nTr a d ei nSe r v i c e s :サービスの貿易に t e dAs p e c t so fI n t e l l e c t u a l 関する一般協定),知的財産権について TRI PS (Ag r e e me n to nTr a d e Re l a Pr o p e r t yRi g h t s :知的所有権の貿易関連の側面に関する協定),また,貿易に関連する投資につ いて TRI M(Ag r e e me n to nTr a d e Re l a t e dI n v e s t me n tMe a s u r e s :貿易に関連する投資措置に関する 協定)等がまとめられ交渉の枠組みが設定された(表1) 。これらは WTO協定付属書の英-詠 に含まれ,一分野でも合意できなければ全体として合意しない,という全分野包括的な一括受 諾方式(s i n g l eu n d e r t a k i n g )の対象になっているため,発展途上国を含めて加盟国すべてに適用 されることを意味する。一括受諾の対象外の附属書I Vの協定は,WTO加盟国であっても受諾 する義務は無い。 付属書英の農業協定には自由化の促進を前提に, 「市場アクセス(農産品の関税削減)」 , 「国内 指示(国内農業保護のための補助金の削減) 」 , 「非農産品市場アクセス(No n Ag r i c u l t u r a lMa r k e t Ac c e s s :NAMA,農産品以外の鉱工業品及び水林産品の関税削減)」が盛り込まれたが,2 0 0 0 年 n Tr a d eCo n c e r n s :NTC)を から開始される新たな農業交渉では非貿易的関心事項(ma t t e r so fNo 考慮すべきことが規定されている。NTCとは,全国農業新聞(h t t p : / / www. n c a . o r . j p / s h i n b u n / )によると「貿易の対象とならないが,食料安 b a c k n u mb e r / 2 0 0 3 / 2 0 0 3 0 9 2 6 / k o t o b a 0 3 0 9 2 6 _ 3 . h t ml . 全保障や環境保護の必要性など貿易で取引することができないもの。同事項は貿易交渉を行う 上で,配慮すべき各種の要素をすべて含んだ広い概念である。洪水・土砂崩壊の防止,生物多 様性の保全,地域社会の維持発展,伝統文化の保存など農業が農産物の生産以外にはたしてい るいろいろな機能「農業の多面的機能」も含まれる」というものである7。このように GATT の懸案であった農業分野やサービス分野の自由化問題は,WTO協定のビルトイン・アジェン ダ(新しいラウンドが立ち上がる,立ち上がらないに拘らず,各加盟国は交渉を開始しなくて はならない分野のこと)として2 0 0 0 年以降の自由化交渉の実施が定められ,1 9 9 5 年1月に発足 した WTO(Wo r l dTr a d eOr g a n i z a t i o n )に引き継がれた。 1 9 条では特定の産品の輸入が増大し,国内生産者に重大な損害を与え,または与えるおそれがあるときは,そ の産品について,輸入制限の廃止など GATT上の義務を一時的に停止することができる,と規定している (経済辞典 第三版)」。2 0 0 1 年41 1 月我が国は,ねぎ,生しいたけ(野菜については先進国初),と畳表に ついてセーフガードして緊急関税を発動した。 7 この点について後述する WTOの第2回シアトル閣僚会議において,農業の一層の自由化を求める「米国と ケアンズグループ」と日本や EUなどの「 農業の多面的機能フレンズグループ」 が激しく対立した。なお,ケ アンズグループとは,1 9 8 6 年ケアンズで開かれた会議で豪州をリーダーとする農産物輸出国等1 9 カ国で構成 され,アルゼンチン,ボリビア,ブラジル,カナダ,チリ,コロンビア,コスタリカ,グアテマラ,イン ドネシア,マレーシア,ニュージーランド,パラグアイ,フィリピン,南アフリカ共和国,タイ,ウルグ アイ,パキスタン,ペルーがメンバーである。 1 6 6 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 URは交渉分野が多岐に亘り多国間交渉は困難を極めたが,農業補助金の削減,関税率の引 下げ,また非関税障壁となっている輸入制限を原則的に廃止して関税に転換する(農産物の輸 入数量制限はすべて廃止して関税化) ,最低輸入機会(ミニマム・アクセス)を決定する等, 農産物の自由化についての合意をとりまとめたことが画期的といわれる8。我が国は UR合意を 受け,1 9 4 2 年に制定された食糧管理法(食管法と呼ばれた政府によるコメの買入れ制度)を廃 止し,国内コメ市場の自由化を進める1 9 9 5 年1 1 月に食糧法に移行した。 表1 マラケシュ協定(WTO協定) 出所:首相官邸資料(www. k a n t e i . g o . j p / j p / k a n b o u / 2 1 t y o u t a t u / d a i 3 / d a i 3 s i r y o 1 . p d f )を基に加筆 ୍ᣓཷㅙ᪉ᘧ 㝃ᒓ᭩䊠 㝃 ᒓ᭩䊠䠝䠖≀ရ䛾㈠᫆䛻㛵䛩䜛ከゅⓗ༠ᐃ 䐟㻃 㻔㻜㻜㻗㻃 ᖺ䛾㛵⛯ཬ䜃㈠᫆䛻㛵䛩䜛୍⯡༠ᐃ㻋㻔㻜㻜㻗 ᖺ䛾㻪㻤㻷㻷㻌㻃 䐠㻌 ㎰ᴗ䛻㛵䛩䜛༠ᐃ䠄㎰ᴗ༠ᐃ䠅 䐡㻌 ⾨⏕ཬ䜃᳜≀᳨䛻ಀ䜛ᥐ⨨䛾㐺⏝䛻㛵䛩䜛༠ᐃ䠄㻶㻳㻶༠ᐃ䠅 䐢㻌 ⧄⥔ཬ䜃⾰㢮䛻㛵䛩䜛༠ᐃ 䐣㻌 ㈠᫆䛾ᢏ⾡ⓗ㞀ᐖ䛻㛵䛩䜛༠ᐃ䠄䝇䝍䞁䝎䞊䝗༠ᐃ䚸㻷㻥㻷༠ᐃ䠅 䐤㻌 ㈠᫆䛻㛵㐃䛩䜛ᢞ㈨ᥐ⨨䛻㛵䛩䜛༠ᐃ䠄㻷㻵㻬㻰㼖䠅 䐥㻃 㻔㻜㻜㻗㻃 ᖺ䛾㛵⛯ཬ䜃㈠᫆䛻㛵䛩䜛୍⯡༠ᐃ➨㻙 ᮲䛾ᐇ䛻㛵䛩䜛༠ᐃ 䠄䜰䞁䝏䞉䝎䞁䝢䞁䜾༠ᐃ䚸㻤㻧༠ᐃ䠅 䐦㻃 㻔㻜㻜㻗㻃 ᖺ䛾㛵⛯ཬ䜃㈠᫆䛻㛵䛩䜛୍⯡༠ᐃ➨㻚 ᮲䛾ᐇ䛻㛵䛩䜛༠ᐃ 䠄㛵⛯ホ౯༠ᐃ䠅 䐧㻌 ⯪✚䜏๓᳨ᰝ䛻㛵䛩䜛༠ᐃ䠄㻳㻶㻬༠ᐃ䠅 䐨㻌 ཎ⏘ᆅつ๎䛻㛵䛩䜛༠ᐃ 䐩㻌 ㍺ධチྍᡭ⥆䛻㛵䛩䜛༠ᐃ䠄䝷䜲䝉䞁䝅䞁䜾༠ᐃ䠅 䐪㻌 ⿵ຓ㔠ཬ䜃┦ẅᥐ⨨䛻㛵䛩䜛༠ᐃ 䐫㻌 䝉䞊䝣䜺䞊䝗䛻㛵䛩䜛༠ᐃ 㝃ᒓ᭩䊠䠞䠖䝃䞊䝡䝇䛾㈠᫆䛻㛵䛩䜛୍⯡༠ᐃ 䠄㻪㻤㻷㻶䠅 㝃ᒓ᭩䊠䠟䠖▱ⓗᡤ᭷ᶒ䛾㈠᫆䛻㛵㐃䛩䜛ഃ㠃䛻㛵䛩䜛༠ᐃ䠄㻷㻵㻬㻳䡏䠅 㝃ᒓ᭩䊡 ⣮தゎỴ䛻㛵䛩䜛つ๎ཬ䜃ᡭ⥆䛻㛵䛩䜛ゎ 㝃ᒓ᭩䊢 ㈠᫆ᨻ⟇᳨ウไ ᗘ 㝃ᒓ᭩䊣 」ᩘᅜ㛫㈠᫆༠ ᐃ 䐟㻌 Ẹ㛫⯟✵ᶵ㈠᫆䛻㛵䛩䜛༠ᐃ 䐠㻌 ᨻᗓㄪ㐩䛻㛵䛩䜛༠ᐃ 䐡㻌 ᅜ㝿㓗㎰ရ༠ᐃ䠄㻜㻚 ᖺᮎ䛻ኻຠ䠅 䐢㻌 ᅜ㝿∵⫗༠ᐃ䠄㻜㻚 ᖺᮎ䛻ኻຠ䠅 2. 3 WTOへ 1 9 6 4 6 7 年のケネディ・ラウンドでは6 6 ヶ国の参加で非農産品の一括関税引き下げを,また 1 9 7 3 7 9 年の東京・ラウンドでは1 0 2 ヶ国が鉱工業品の関税引き下げに合意するなど成果があっ た(表2)。しかし7 0 年代の二度の石油危機に端を発する世界経済の停滞で8 0 年代には再び保護 8 非関税障壁(No n Ta r i f fBa r r i e r :NTB)とは,関税によらずに,輸出入の禁止,輸入数量割当,技術的障害 等,輸出入を制限するために政府が用いる規制を指す。農業分野における非関税障壁の例としては,科学 的な根拠に基づかない食品衛生や動・ 植物検疫上の規制などがあり,WTOでは SPSや TBTに規定されてい る。 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 6 7 主義的気運が高まり, また先進国と加盟国数の大半を占める途上国の利害対立が激しくなる中, 1 9 8 6 9 4 年1 2 3 ヶ国の参加して GATT最後のルグアイ・ラウンドを迎えた。 表2 GATTの主要なラウンドとその成果 出所:WTOのHPを基に加筆(h t t p : / / www. wt o . o r g / e n g l i s h / t h e wt o _ e / wh a t i s _ e / t i f _ e / f a c t 4 _ e . h t m) 㛤ദᆅ㻛ྡ⛠㻌 㻔㻜㻗㻘 㻔㻜㻗㻚㻃 㻔㻜㻗㻜㻃 㻔㻜㻘㻔㻃 㻔㻜㻘㻙㻃 㻔㻜㻙㻓㻐㻔㻜㻙㻔 㻔㻜㻙㻗㻐㻔㻜㻙㻚 㻔㻜㻚㻖㻐㻔㻜㻚㻜 㻔㻜㻛㻙㻐㻔㻜㻜㻗 ᑐ㇟ศ㔝 㛵⛯๐ῶ΅䛻╔ᡭ㻃 㻪㼈㼑㼈㼙㼄㻃 㛵⛯㻃 㻤㼑㼑㼈㼆㼜㻃 㛵⛯ 㻷㼒㼕㼔㼘㼄㼜㻃 㛵⛯㻃 㻪㼈㼑㼈㼙㼄㻃 㛵⛯㻃 䝕䜱䝻䞁䞉䝷䜴䞁䝗㻌 㛵⛯㻃 䜿䝛䝕䜱䞉䝷䜴䞁䝗㻍 㛵⛯㻘䝎䞁䝢䞁䜾ᥐ⨨㻃 ᮾி䞉䝷䜴䞁䝗㻍㻍 㛵⛯㻘㠀㈠᫆ᥐ⨨㻘ᯟ⤌䜏ྜព㻃 䜴䝹䜾䜰䜲䡡䝷䜴䞁䝗 㛵⛯㻘㠀㈠᫆ᥐ⨨㻘䢕䡬䢕㻘䡷䡬䢇䢚䡹㻏㻃 ⮬㐺㈈⏘ᶒ㻘⣮தゎỴ㻘⧄⥔㻏 ㎰ᴗ㻏㻺㻷㻲䛾タ❧➼ ཧຍᅜ 㻔㻘㻃 㻕㻖㻍㻍㻍㻃 㻔㻖 㻖㻛㻃 㻕㻙㻃 㻕㻙㻃 㻙㻕㻃 㻔㻓㻕㻃 㻔㻕㻖㻃 * ケネディ大統領の1 9 6 2 年の年頭教書でラウンドが提唱されたが,開催前に暗殺された。 東京で開催された閣僚会議で採択された東京宣言にちなむ。 *** この2 3 カ国が GATTの創設国あるいは締結国(f o u n d i n gme mb e r so rc o n t r a c t i n gp a r t i e sといわれる)。 中華民国は1 9 4 7 年の創設国メンバーであったが,1 9 4 9 年に中華人民共和国が成立したため,GATT締結国か ら外れた。が,WTOにおいて2 0 0 1 年に正式に加盟した。なお表中の参加国数には,ラウンド開始時と締結 時に加盟してい国の数が採用されている。 ** WTOには現在世界の8割を超える国が加盟し,国際貿易に関するルールを規定するまさし く国際公共財となった。WTOは GATTの精神を引き継ぎ,多角的な自由貿易体制の維持・発 展を目指している。その2大原則は,例外も認められているものの,自由と無差別(最恵国待 遇と内国民待遇)であるが,GATTとの決定的な相違点は, ・GATTは協定(a g r e e me n t )であるが,WTOは組織(o r g a n i z a t i o n )である, ・GATTはモノを対象とするが,WTOはモノに加えサービス,知的財産権,投資の国際取引 等も対象とする ・GATTの意思決定はコンセンサス方式(全員一致)を,WTOはネガティブ・コンセンサス 方式(全加盟国が異議を唱えない(反対しない)限り採択される方式)を採用する, である9。外 の公開する資料( がわかり易く に )では,GATT・WTOの貿易体制と されている。もっとも, (この資料は されている参加国数を財 のデー と対 交渉分野の 会などでよく採用されている) すると異なる数 に 。交渉の開始あ 9 ネガティブコンセンサス方式だと,少なくとも紛争当事国の一方は賛成するため,反対票を投じる当事国は 決定を阻止することができなくなる。また,紛争が起きたとき当事国が一方的措置をとることが明確に禁 止された。 1 6 8 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 るいは締結時においても参加国数は異なるであろうし,参加国を個別の国あるいは地域でとら えると総数は異なるが,何を根拠としているのか付記されていない。困った挙句 WTOの発表 する数字と比べると,驚くことに三者三様。政府等の公表資料についても,数字の根拠をきち んと把握していないと間違いを起こしかねず注意が必要だ。 WTO設立後開催された第1回シンガポール閣僚会議(1 9 9 6 年)では,シンガポール・イシュー (4つの新しい交渉分野である貿易の円滑化,投資,競争,政府調達の透明性)が提起された ものの合意に至らず,第2回ジュネーブ閣僚会議(1 9 9 8 年)に続く第3回シアトル閣僚会議(1 9 9 9 年)では労働基準等をめぐって先進国と途上国が,また農業の自由化について先進国同士が激 しく対立したため,ラウンドの立ち上げに失敗した10。そして2 0 0 1 年の9 . 1 1 事件の後,1 1 月に開 催された第4回ドーハ閣僚会議でようやくWTO最初のドーハ・ラウンドにこぎつけた。WTO 協定による包括的一括受託方式の枠組み下のドーハ・ラウンドであるが,WTOのサイトによ ると,途上国の意向を反映した準公式名称であるドーハ開発アジェンダ(Do h aDe v e l o p me n t Ag e n d a )としても知られる。ドーハ・ラウンドでは ①農業:市場アクセスの改善,貿易歪曲的国内指示の削減,輸出補助金の撤廃等の交渉 ②非農産品市場アクセス:鉱工業品等の関税および非関税障壁の削減,撤廃の交渉 ③サービス:サービス貿易の自由化のための交渉 ④ルール:アンチ・ダンピング協定,補助金協定,地域貿易協定の規律の明確化・改善の 交渉 ⑤貿易円滑化:税関手続きを含む貿易手続きの簡素化・明確化のための交渉 ⑥紛争解決:紛争解決手続了解の改正 ⑦開発途上国に対する特別かつ異なる措置,実施問題などに関する交渉 ⑧環境:WTO協定と多国間環境条約の関係,環境物品の関税引き下げ等の交渉 ⑨知的所有権 等多岐に亘る。先進国と途上国の激しい対立による紆余曲折を経て2 0 0 4 年に交渉の枠組が合意 された(枠組合意) 。加盟国が交渉の対象にすると同意した分野について包括的に交渉し,合 意した結果を全加盟国が一括受諾する,という交渉方式では,非貿易的関心事項や加盟国の大 多数を占める途上国への特別な配慮が極めて重要になる。WROは国際貿易における紛争が多 様化する現状を踏まえルールの対象を広げると共に,統制力の強化と意思決定の実質化がなさ れた。しかし2 0 0 8 年には農業補助金をめぐって米国と中国・インドが対立して交渉が決裂した ように交渉は難航し,一括妥結方式の合意が得られなまま現在も合意に至らず,交渉は長期化 している。この様な背景もあり,特定の国あるいは地域間での貿易交渉が急増する時代となっ た。 1 0 この他文化や人権まで交渉分野とする意見もあったといわれる(小寺,2 0 0 3 )。なお政府調達とは国や自治 体による公共事業や物品・サービスの購入等を指す。 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 6 9 ・Re 2. 4 Mul t i l at er alから Bi l at er al gi onalへ 地域貿易協定(Re g i o n a lTr a d eAg r e e me n t :RTA)は1 9 5 0 年代に欧州を中心に締結されてきた が,GATT・WTOによる多国間交渉が困難となり,地理的,政治的に近い,あるいは経済的に 密接な関係のある2国・地域の集まりによる地域貿易協定が1 9 8 0 年代頃から急増している。RTA は特定の国・地域間でのみ貿易を自由化する目的で協力関係を結ぶため,GATTの無差別 (MFN),多角主義の原則に違反するが,モノの貿易については GATT第2 4 条で,またサービス については GATS第5条の例外条項において容認されている。このような協力関係が部分的に 形成されると,協定に参加しない非メンバー国・地域もこのような動きに追随しようと他国と の連携を模索する傾向がある。地域貿易協定によるメンバー間の貿易の活発化 (貿易創出効果) で経済成長や経済・産業の効率性の向上等が期待されるが,一般に地域貿易協定はメンバーと 非メンバーを分ける関係であるため,非メンバーは将来受けるかも知れない不利益(貿易転換 効果)を懸念しての囲い込みの連鎖が起きているとようだ11。 地域貿易協定は,自由貿易協定(Fr e eTr a d eAg r e e me n t :FTA)と関税同盟(Cu s t o msUn i o n : CU)に大別され,それぞれ特徴は以下である12。 (i ) FTA 協定締結国同士は自由貿易だが,各協定締結国はそれぞれ独自に非協定国に対して異な る関税率を決めることが出来る。加盟国が独立に このような協定をハブ・アンド・スポークス ル( 密には後 数の国・地域と FTAを締結できるため, 協定といい,日本は2 0 0 2 年1月シンガポー する E A)を始めとしてメキシコ,マ 1 3 FTAを締結している 。しかし,例えば A国がある財 ぞれFTA(A B) ,FTA(A C)を結べば,A国の ーシア,チリ,タイと個別に について B国と C国の間でそれ 業が B国にある子会 に関税 ロ 1 1 貿易転換効果(あるいは貿易分散効果)とは,例えば地域協定で A・B国の貿易障壁が低くなったため,締 結前 A国が競争力のある C国(域外国)から輸入していた財が,B国からの輸入に置き換わる効果のこと。 もし B国の財が C国のものほど競争力が無いなら,C国のみならず A国の厚生も低下する。このように特 定の国・ 地域の間で関税を撤廃した時の総効果が正か負かは不確定である。もっとも Ma s k i n (2 0 0 3 )は,部 分的な2人の間の協調(地域協定)関係が非メンバーへ外部不経済をもたらす場合,非メンバー 2人づつ が逐次的に交渉を続けてゆくと最終的には全体の協調(世界の自由貿易)が実現することを示している。 1 2 RTAは FTAや CUの他,中間協定を含む。なお石川他(2 0 0 7 )は地域貿易協定の特徴等ついてコンパクト に解説している。EU(欧州連合,Eu r o p e a nUn i o n )の基礎である EEC(ヨーロッパ経済共同体,Eu r o p e a n Ec o n o mi cCo mmu n i t y )は,仏,西独,伊,ベネルクス3国の6カ国が1 9 5 7 年に調印したヨーロッパ経済共 同体条約(ローマ条約)に基づき,締結国間の関税を撤廃し,資本・労働の自由移動等を目的として1 9 5 8 年 1月に発足した。1 9 6 7 年に EECは ECへと統合され,EU(現2 7 ヶ国加盟)が誕生。EUでは1 9 9 9 年1月1 日まず非現金取引において単一通貨(ユーロ)が導入され,2 0 0 2 年1月1日のユーロ加盟国内における貨幣 の流通開始による通貨統合(現在1 7 カ国)を実現した。しかし2 0 1 2 年の世界経済は,EU加盟国に端を発す る金融危機で幕を揚げた。 1 3 従来,生のマンゴやブルーベリーは高価な輸入果物であったが,近年では方々の店頭でメキシコやチリ産の 輸入物に加え国産も目につく。市場が成熟してくると国内でも参入者が登場し,ブルーベリーのように当 初高価だった国産品が,今では輸入品と同じ価格帯(量とベリーの1粒の大きさは別とし)で競争してい る。珍しい果物の登場でバラエティが増え,貿易自由化の波及効果を実感できる。 1 7 0 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 で財を輸出し,今度はその子会社が当該財を C国に輸出すれば,A国は C国に関税を回避 しゼロで輸出できる(A→(B)→ C) 。このような,協定国間の協定税率ただ乗りを排除 するため,Yの原産地を特定する「原産地規定(c e r t i f i c a t i o no fo r i g i n :CO,COO) :ある産 品が協定締約国の原産品であるか否か(産品が特恵待遇を受ける資格を有するか否か)を 規定」がある。B国子会社が Yを新規に製造・加工して C国に輸出したのか,あるいは親 会社から輸入したものを加工して C国に輸出する場合はその加工の程度で,Y原産地が品 目毎に特定される。しかし,輸出業者は品目毎に原産地証明や特定原産地証明(後述)を 取得せねばならず,煩雑な手続き費用が貿易障壁になりかねない。手続きの簡略化が進め られているが,現在我が国では経済産業大臣の指定を受けた日本商工会議所や東京商工会 議所等が原産地証明書を発給している。 また EP A(Ec o n o mi cPa r t n e r s h i pAg r e e me n t :経済連携協定)とは,FTAを要素とするも ので,関税(モノ)の原則的撤廃を目指す FTAに加え,サービス貿易,投資,知的財産権 の保護,ヒトの移動,競争政策等より広範な分野に亘る連携・協力関係のこと14。また原産 地証明について,EP A約定国・ 地域間の特恵関税の適用を受ける上で必要になるものを「特 定原産地証明書」といい,我が国では日本商工会議所だけが指定機関としてWe b 上でも 「特定原産地証明書」を発給している。なお環太平洋地域における EP Aである TPP (Tr a n s Pa c i f i cPa r t n e r s h i pAg r e e me n t :環太平洋パートナーシップ経済連携協定,の略とされ現在交 渉参加国はこの名称を使うようだが,以前の名称については脚注1 6 を参照のこと)に我が 国が交渉に参加するかどうかで2 0 1 1 年秋に大騒ぎしたことが記憶に新しい。 (i i )CU 加盟国相互に関税を撤廃すると同時に,加盟国一体で加盟国外の国に対し同一の関税(共 通関税)を適用し貿易政策を決定しなくてはならない。このため経済統合につながる関係 といえる。新しく CUを締結する場合,既存 CUにその新メンバーを加えなくてはならな い。しかし CU加盟国は独立した一組織として他国,他地域に対して交渉力を高めること ができるため戦略的に CUを形成することが可能となる。EUの他,南米ではメルコスール (Me r c o s u r 南米南部共同市場:アルゼンチン,ウルグアイ,パラグアイ,ブラジルが締結) 9 9 5 年に,またロシア,ベラルーシ,カザフスタンの3カ国はそれぞれが1 9 9 0 年代に締 が1 結した FTAを経て,統一関税圏を確定後2 0 1 0 年1月から CUの実質的な運用を始めてお り,今後は EEP(共通経済空間),最終的には同3ヶ国に中央アジア地域を加えたユーラ シア経済共同体(EAEC)の実現を目指すといわれている(小泉,2 0 1 1 ) 。また中東の湾岸 協力会議(Gu l fCo a s tCo n f e r e n c e :GCC)は CUの適用を2 0 1 5 年1月1日からと決定し,更 1 4 財務省が公開している「関税政策 参考資料(平成2 0 年6月1 6 日付) 」には GATT/ WTOや EP Aの関税規約 と国内関税法との対比等が簡潔に解説してあり参照されたい。 ! !"#$%& ! !"# !"#$%& 1 7 2 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 新潟大学 経 済 論 集 交渉参加に向けて関係国と協議に入る,と野田佳彦総理大臣は翌日に控えた APEC首脳会合 (ホノルル)を前に表明したのである。このように,アジア地域だけみても地域的な経済協力 関係が多層的に形成されており,アルファベットの違いがよくわからないことも多い。我が国 が関わる主要な RTAが表3に整理されているので参照されたい。 表3 アジア地域で並走する4つの広域FTA構想 出所:日本貿易振興機構(2 0 1 0 ) 㻤㻶㻨㻤㻱䠇㻖 ୡ⏺ேཱྀ䛻༨䜑䜛ᵓᡂẚ㻃 ୡ⏺⤒῭䛻༨䜑䜛ᵓᡂẚ㻃 ᪥ᮏ䛸䛾㈠᫆㢠䠄 䠅㻃 ᪥ᮏ䛛䜙䛾ᑐእ┤᥋ᢞ㈨ṧ㧗㻃 㻙㻚㻑㻖൨ே㻃 㻘㻚㻑㻛䝗䝹㻃 㻔㻔㻖㻕㻖൨䝗䝹 㻚㻗㻓㻗൨䝗䝹㻃 㻖㻔㻑㻕 㻕㻔㻑㻗 㻖㻛㻑㻜 㻔㻜㻑㻗 㻤㻶㻨㻤㻱䠇㻙 㻗㻜㻑㻕 㻕㻘㻑㻙 㻗㻘㻑㻜 㻕㻘㻑㻖 㻤㻳㻨㻦㻃 䠄㻩㻷㻤㻤㻳䠅 㻗㻓㻑㻗 㻘㻘㻑㻔 㻚㻓㻑㻛 㻘㻜㻑㻛 㻷㻳㻳㻃 䠄㻥䠅 㻚㻑㻗 㻕㻚㻑㻚 㻕㻘㻑㻕 㻗㻓㻑㻙 A構想の構成国・地域は以下の通り。 〔注1〕各広域 FT APEC :豪州,ブルネイ,カナダ,チリ,中国,香港,インドネシア,日本,韓国,マレーシア,メキシコ, NZ,パプアニューギニア,ペルー,フィリピン,ロシア,シンガポール,台湾,タイ,米国,ベトナム ASEAN+3:ASEAN,日本,中国,韓国 ASEAN+6:ASEAN,日本,中国,韓国,豪州,NZ,インド TPP(環太平洋戦略経済連携協定):米国,シンガポール,ブルネイ,NZ,チリ,豪州,ペルー,ベトナム, マレーシア 〔注2〕世界経済は世界の名目 GDP(市場為替レート換算のドルベース)。 〔注3〕日本の対外直接投資残高のうち,TPPは統計制約から米国,シンガポール,豪州,NZ,ベトナム,マ レーシアの6カ国の計。APECはブルネイ,チリパプアニューギニア,ペルーを除く。 〔注4〕世界人口は1 8 0 カ国の計。 〔資料〕“Wo r l dEc o n o mi cOu t l o o kOc t o b e r2 0 1 0 ” (I MF),“Di r e c t i o no fTr a d eSt a t i s t i c sSe p t e mb e r2 0 1 0 ” (I MF), 「本邦対外資産負債残高統計」 (財務省,日本銀行), 「外国為替相場」 (日本銀行)からジェトロ作成 3.サービス貿易 3. 1 経済のサービス化 ぺティー・クラークの法則が示すように,経済が発展するにつれ一国の産業の比重が第一次 産業(農業・林業・水産業)から第二次産業(鉱工業)に,そして第三次産業(商業・運輸通 信業・サービス業など第一次,二次産業以外の全て)へと移る,という傾向は我が国を含め多 くの国々が経験している。主要な国・地域の GDP(国内総生産)に占めるサービス産業の貢献 度を図1でみてみよう。日米両国は約7 0 %,その他地域でも5 0 %を占めており,今日の経済活 動において金融・流通・ 旅行・ 医療・教育等に代表されるサービス産業が大きな位置を占めてい ることがわかる。まさに経済のサービス化は世界的な傾向である。 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 7 3 図1 各国・地域の実質GDPに占めるサービス産業の付加価値割合 (単位:%) 出所:経済産業省『通商白書2 0 0 6 』のデータより作成 (h t t p : / / www. me t i . g o . j p / r e p o r t / t s u h a k u 2 0 0 6 / 2 0 0 6 h o n b u n / h t ml / i 1 1 3 1 0 0 0 . h t ml ) 㻛㻓 㻚㻓 ⡿ᅜ 㻙㻓 ᪥ᮏ 㻘㻓 ୰ᅜ 㻗㻓 㻨㻸㻔㻘 㻖㻓 ᮾ䜰䝆䜰 䠄㝖䠖୰ᅜ䠅 㻥㻵㻬㻦㻶 䠄㝖䠖୰ᅜ䠅 㻕㻓 㻔㻓 㻕㻓㻓㻗 㻕㻓㻓㻕 㻕㻓㻓㻓 㻔㻜㻜㻛 㻔㻜㻜㻙 㻔㻜㻜㻗 㻔㻜㻜㻕 㻔㻜㻜㻓 㻔㻜㻛㻛 㻔㻜㻛㻙 㻔㻜㻛㻗 㻔㻜㻛㻕 㻔㻜㻛㻓 㻓 (備考)1.東アジア(除:中国)は,韓国,香港,シンガポール,インドネシア,マレーシア,フィリピン, タイ。 BRI CS(除:中国)は,ブラジル,ロシア,インド,南アフリカ。 2.データが欠損している国・年については含めていない。 3. 2 国際収支統計:I MF基準 では,一国の対外取引の中でサービス貿易はどのような位置にあるのであろう。貿易の全体 像を把握するため,国際収支(Ba l a n c eo fPa y me n t :BP)の構造を復習しよう。国際収支はフロー 概念によるもので,ある一定期間の一国における対外経済取引全てを体系的に記録した統計で ある。我が国も I MF国際収支マニュアルの構造に従い,居住者と非居住者の間の取引(居住者 0 0 0 )で解説されているように, 「外 概念)に基づいて国際収支統計を作成している17。木村(2 国人でも一定期間以上日本を経済活動の本拠とすれば日本の居住者とみなされ,また外国人が 保有する外資系企業も日本国内に設立されたものは日本の居住者となります。 」居住者概念は国 民総所得統計と国際収支統計の対応関係にいかされており,国民所得統計において図2のよう になっている。 1 7 I MFは「国際収支マニュアル第5版」によって国際収支統計作成の際の国際的な基準を示すとともに,I MF への報告のための様式のガイドラインを提示しており,我が国の国際収支統計表はこのマニュアルに従って 作成されている(財務省HP)。 1 7 4 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 図2 国民所得統計と国際収支統計の対応 出所:木村(2 0 0 0 ) 次に我が国の平成2 2 年度の国際収支を見てみよう。表4からわかるように,国際収支は大き く4つの項目(図中 A,B,C,D) A 経常収支=「貿易収支」+「サービス収支」+「所得収支」+「経常移転収支」 B 資本収支=「投資収支」+「その他資本収支」 C 外貨準備増減 D 誤差脱漏 からなり, 経常収支+資本収支+外貨準備増減+誤差脱漏=0が成立する18。 「貿易収支」は貿易統計をベースにし,財貨(モノ)の輸出入を FOB(f r e eo nb o a r d :本船渡 し)価格で計上される。 (ただし貿易統計は輸出を FOB価格,輸入を CI F (c o s t ,i n s u r a n c e ,a n d f r e i g h t :保険料運賃込み)価格で計上している。 )また,サービスを「輸送,旅行,その他」に 分類し,居住者と非居住者間で,国境を越えてなされたサービス取引を計上したものが「サー ビス収支」である。 「所得収支」は国境を越えた雇用者報酬(外国への出稼ぎによる報酬の受取 等)および投資収益(海外投資による利子・配当金収入等)の支払いである。 「経常移転収支」 は政府間の無償資金援助,国際機関への拠出金など,資産の一方的支払いを計上し,出稼ぎ外 国人の母国への送金や海外留学生への仕送り等も含まれる。 「資本収支」も居住者と非居住者の 間で行われた資産・負債の受取りを計上し, 「投資収支」は証券等(直接投資,間接投資)の取 引きを,また「その他資本収支」には資本移転や特許権,著作権等無形資産の売買,大使館や 1 8 資本収支も居住者と非居住者の間で行われた資産・負債の受取りを計上しており,投資収支は証券等(直接 投資,間接投資)の取引きを,またその他資本収支には資本移転や特許権,著作権等無形資産の売買,大 使館や国際機関による土地の取得・処分等が計上されている。 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 7 5 国際機関による土地の取得・処分等が計上される19。 「外貨準備増減」は政府や中央銀行が保有 する外貨準備の増減で, 「誤差脱漏」は統計上の誤差を調整する項目であり A+B+C+Dの合計 は会計上常にゼロになる。 表4 日本の平成22年度の国際収支 出所:経済産業省「対外経済政策総合サイト(基データは日本銀行「国際収支統計月報」より)」を基に作成 (h t t p : / / www. me t i . g o . j p / p o l i c y / t r a d e _ p o l i c y / t r a d e q _ a / i n d e x . h t ml ) 平成2 2 年度(暦年)の国際収支を表4でみると,経常収支は約1 7 兆1千億円の黒字,またそ の裏側の資本収支は約1 2 兆の赤字である。経常収支のうち,約1 1 兆7千億円の所得収支黒字は, 貿易収支とサービス収支を合計した約6兆5千億円の黒字を上まっている。また財(モノ)の 輸出・入による貿易収支が約8兆円の黒字で,サービス収支の1兆4千億円の赤字を相殺して いる。しかし上述したように,サービス収支は居住者と非居住者の間のサービスのやり取り (居住者概念)を集計したものであるため,例えば日本の親企業の在外子会社が外国でサービ スを供給する場合のサービス供給はカウントされない等,サービス供給活動全部が国際収支統 計のサービス収支で捕捉されているわけではない,ということに注意しなくてはならない。 次に かる。 で日本の経常収支を を見ると,1 9 9 7 年の でみると,図 通貨 より2 0 0 7 年以 機のあと2 0 0 4 年までは貿易収支黒字が所得収支の それを上まっていた。しかし,2 0 0 5 年から貿易収支と所得収支の黒字 できる。以 所得収支は大 貿易収支を っているが,全 が増大する な黒字が 利子・配当が増 定的に として2 0 0 7 年以 として, (i )相対的に する, (i i )FDIの が 転したことが特 移しており,一方の黒字 経常収支の い海外の金利 業 減していることがわ ち込みが が減 にある 著である。所得収支 準を目指して外国への投資が増大しその による配当や雇用者報酬の増 などが えられる。 1 9 直接投資(f o r e i g nd i r e c ti n v e s t me n t:FDI )は外国に経営資源を投入して直接事業を展開し企業の成長を目指 す投資であり,主として証券投資による間接投資と区別される。I MF基準では「居住者による非居住者企 業(子会社,関連企業等)に対する永続的権益の取得を目的とする国際投資」と定義され,株式等の取得 を通じた出資については,対象外国企業の発効済み株式総数の1 0 %以上を取得した場合を直接投資としてい る。FDIには既存の現地企業と合併,あるいは買収する形態と,グリーンフィールド投資として新規に外国 に拠点を設立する形態がある。また2カ国以上の国で生産設備や営業施設を保有する企業を多国籍企業とい う。 1 7 6 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 新潟大学 経 済 論 集 一方,貿易収支の減少は, (i )輸出コスト削減,為替レート変動リスク軽減,進出国の技術力 の向上,や潜在的な現地市場への布石等の理由により,モノの輸出に置き換わって現地生産化 が進む, (i i )国内親会社が現地子会社から中間財(部品)を輸入,即ち FDIによる垂直的貿易 で貿易収支赤字化, (i i i )新興国の経済成長や投機的な資本移動で世界的に資源価格が高騰し, 輸送費等原料コスト上昇による価格上昇で輸出額が減少,等が要因として挙げられよう。我が 国は貿易立国と言われてきたが,サービス貿易の世界的拡大で我が国の貿易構造も2 1 世紀には その姿を変えようとしている。 図3 日本の経常収支 (単位:億円) 出所:日本銀行統計データを基に作成 (h t t p : / / www. s t a t s e a r c h . b o j . o r . j p / s s i / c g i b i n / f a me c g i 2 ? c g i =$ g r a p h wn d ) ᪥ᮏ䛾⤒ᖖᨭ䚷䚷䠄༢䠖൨䠅 㻖㻘㻓㻓㻓㻓 㻖㻓㻓㻓㻓㻓 㻕㻘㻓㻓㻓㻓 㻕㻓㻓㻓㻓㻓 㻔㻘㻓㻓㻓㻓 㻔㻓㻓㻓㻓㻓 㻘㻓㻓㻓㻓 㻓 㻐㻘㻓㻓㻓㻓 ᡤᚓᨭ 䝃䞊䝡䝇ᨭ ㈠᫆ᨭ ⤒ᖖ⛣㌿ᨭ ⤒ᖖᨭ 㻔㻜 㻜㻙 㻔㻜 㻜㻚 㻔㻜 㻜㻛 㻔㻜 㻜㻜 㻕㻓 㻓㻓 㻕㻓 㻓㻔 㻕㻓 㻓㻕 㻕㻓 㻓㻖 㻕㻓 㻓㻗 㻕㻓 㻓㻘 㻕㻓 㻓㻙 㻕㻓 㻓㻚 㻕㻓 㻓㻛 㻕㻓 㻓㻜 㻕㻓 㻔㻓 㻕㻓 㻔㻔 㻕㻓 㻔㻔 㻐㻔㻓㻓㻓㻓㻓 直近のデータは反映していないが,図4で我が国の名目 GDPと貿易収支の内訳の推移を示し た。2 0 0 0 年3月米国 I Tバブルが崩壊,また翌2 0 0 1 年の9 . 1 1 事件の後,我が国の貿易黒字は減少 したが,一時持ち直したものの2 0 0 8 年のリーマンショックの影響で貿易黒字も急減した20。よう やく回復の兆しが見えていた折しも,2 0 1 1 年3月1 1 日発生した東日本大震災による供給ショッ クと原発事故,追い討ちをかけた1 0 月のタイの大洪水,また欧州に端を発する金融危機や急激 な円高等の影響で2 0 1 1 年に貿易収支は赤字化していた。このような背景下2 0 1 2 年1月2 5 日付け で発表された財務省報道発表「平成2 3 年分貿易統計(速報)の概要(h t t p : / / www. c u s t o ms . g o . j p / t o u k e i / l a t e s t / i n d e x . h t m) 」によると,2 0 1 1 年(暦年)の貿易統計より輸出額6 5 兆5 5 4 7 億円 2 0 I Tバブルとは,1 9 9 0 年代後半米国では I T関連企業へ過剰投資がなされ新興市場 NASDAQが暴騰(R. シラー 教授は「根拠なき熱狂」と呼んだ)したことをいうが,2 0 0 0 年3月最高値をつけ崩壊に向かい2 0 0 1 年以降エ ンロン(総合エネルギー・I T関連),グローバル・クロッシング(光ファイバー事業)やワールド・コム (電機通信事業)等 I T関連大手企業が相次いで破綻した。 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 7 7 (2年ぶりの減少),また輸入額6 8 兆4 7 4 億円(2年連続の増加)で,貿易収支が2兆4 9 2 7 億円の 0 年代後半8 0 年の入超以来3 1 年ぶりだ。為替レートは平成 赤字である21。2回の石油危機後の7 2 3 年税関長公示レートの平均値で7 9 . 9 7 円/ ドル(同平成2 2 年度は8 8 . 0 9 円/ドルで対前年比 9 . 2 %の円高),また輸出減少の寄与度の大きい順に自動車-1 . 4 %,半導体等電子部品-0 . 9 %, 船舶-0 . 8 %,また輸入増加のそれを大きいものから並べると,原粗油+3 . 3 %,液化天然ガス +2 . 1 %,石油製品+1 . 0 %である。このように赤字の要因は,内外の大きな自然災害による供 給ショックに加えて,円高にも拘らず,原発事故による代替燃料の輸入額の大幅増が主因とい えよう。 図4 日本の名目GDPと貿易収支 出所:国際収支状況(財務省の HP)と名目 GDP(内閣府の HP)を基に作成 (h t t p : / / www. mo f . g o . j p / i n t e r n a t i o n a l _ p o l i c y / r e f e r e n c e / b a l a n c e _ o f _ p a y me n t s / b p n e t . h t m, h t t p : / / www. e s r i . c a o . g o . j p / j p / s n a / k a k u h o u / k e k k a / h 2 1 _ k a k u / h 2 1 _ k a k u _ t o p . h t ml # c 1 ) 3. 3 サービスとは ITの技術進 や,ネットワーク外部 と考えられるが, スの自由化 したままの は大きな の T ドー 果によりサービス産業は 的な進化を続ける ・ラ 上国の間でサービ ンドでは, である。サービスの国を超えた 進国と をサービス貿易というが,モ 2 1 2 0 1 2 年1月2 5 日付の日本経済新聞電子版によると「貿易統計は輸送に絡む保険料や運賃を含めて輸入額を集 計している。この保険料や運賃を除く国際収支ベースでみた1 1 年の貿易収支は,6 3 年以来,4 8 年ぶりの赤字 になる見込み。」としているように,貿易統計と国際収支上の数値が異なることは前述したとおりである。 1 7 8 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 ノと違いサービスは触ることができない。では “ サービス”とは一体何であろうか。サービスの 大きな特徴は ①貯蔵不可能(n o n s t o r a b i l i t y ) :生産と取引(消費)が同時であることが多く,保存できな い ②不可視性(i n v i s i b i l i t y ),触れることができない(i n t a n g i b i l i t y ) ③サービス取引において所有権の移転がない 等である。このような特性を持つサービスは「それをやり取りするプロセス」でもある。サー ビスは多様で,品質を比較することは困難であり,同様のサービスであっても異なる価格(価 格差別)の設定が容易であるため,例えばモノと同じ基準でサービス産業の生産性を計測する ことは難しい。サービスを厳格に定義,把握することは困難であるが,国際収支統計の一要素 であるサービス収支が一つの基準となる。既述したように,サービス収支は居住者と非居住者 の間のサービスの取引を計上している。即ち国際収支統計におけるサービス貿易とは, 「サービ スの取引が行われる場所にかかわらず,ある一国の居住者と非居住者の間のサービスの取引」 を指す。当事者が国境の内側にいるのか,それとも外側にいるのかで分けられ,国内の居住者 を対象とするため,その国籍は問うていないことが重要である。 3. 4 サービス収支 国際収支統計におけるサービス収支は以下3つの項目「輸送」 , 「旅行」 , 「その他サービス」 からなる(以下は総務省統計局「統計データ」資料と「その他サービスの項目」の細目は日本 銀行(1 9 9 6 )による) : ①輸送:居住者(非居住者)が非居住者(居住者)のために行った,旅客の運搬,財貨の 移動,乗員を含む輸送手段のチャーターなどすべての輸送サービスに関する取引を計上。 ②旅行:本邦の居住者(旅行者)が外国を訪問中に享受した財貨・サービスを支払,逆に 非居住者が我が国で享受した財貨・サービスを受取に計上。なお,旅客運賃は「輸送」 に分類される。 ③その他サービス:「輸送」 , 「旅行」に属さないすべてのサービスを含み, 「通信」 , 「建設」 , 「保険」, 「金融」 , 「情報」 , 「特許等使用料」 , 「その他営利業務」 , 「文化・興行」及び「公的 その他サービス」について,それぞれ居住者・非居住者間の受取・支払を計上。 a 「通信」:居住者・非居住者間の国際通信取引にかかる関連費用の受取・支払を計上す る。例えば,電話,テレックス,ケーブル,電信,放送,通信衛星,電子郵便,ファ クシミリ・サービス等による音声,映像などの遠隔通信,並びに国営の郵便機関およ びその他の郵便業者による,手紙,新聞,定期刊行物,パンフレット等の印刷物,小 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 7 9 包,小荷物の集配および輸送を含む郵便,クーリエサービスなど。 b 「建設」 :国内(外国)企業が外国(国内)において請け負った,通常は短期間の建 設・据付工事に関する費用の受取・支払を計上する。 c 「保険」 :居住者(非居住者)保険業者が非居住者(居住者)に提供する種々の形態の 保険(貨物保険,生命保険,傷害・損害保険,医療保険,火災・海上・航空保険,再 保険等)の保険サービス料および保険取引にかかる代理店手数料を計上する。 d 「金融」 :銀行・証券手数料。居住者・非居住者間で行われた金融仲介および付随的 サービス(保険会社および年金基金の同様のサービスを除く)を計上する。 e 「情報」:コンピュータ・データ・サービス,ソフトウェアの開発・設計,提供。居住 者・非居住者間におけるデータベースの開発・保管・オンラインサービス,データ処 理,ハードウェアのコンサルタント,ソフトウェアの設計・開発,関連機器の保守・ 修理等,報道機関に対する情報提供(通信社)サービス,ならびに自己が利用する新 聞および定期刊行物の購読料等を計上する。 f 「特許等使用料」 :商標権,著作権,特許権の使用料。工業所有権・鉱業権使用料,お よび著作権等使用料の受取・支払を計上する。 g 「その他営利業務」 :貿易関連サービス,法務・経理・広告・研究開発等のサービス。 ・居住者(商品ブローカー,ディーラーおよび代理店等)と非居住者間の仲介貿易に かかるサービス料,およびその他の財貨・サービス取引にかかる委託手数料を計上。 ・居住者・非居住者間の機械,設備等のリース料(ファイナンシャルリース以外), および乗員を含まない船舶・航空機等の輸送設備のチャーター料を計上。 ・法務・経理・経営コンサルティング,広告・市場調査,研究開発・実験,建築設計, 農業・鉱業指導,翻訳・通訳等を含む専門技術サービスにかかる費用を計上。 h 「文化・興行」 :映画作成,レコーディングに伴う出演料・手数料,スポーツ・娯楽活 動に伴う興行費用。報道用以外の映像・音響関連フィルム,テープ,レコード等の製 作費,賃貸借料,上・放映権料等の受払(ニュース関連のフィルム・テープ賃貸借料 等は「情報」に計上),通信教育の講師等の報酬,芸能人の出演料,プロスポーツ選 手の報酬,協会・クラブ・学会その他の団体への入会金・会費,書籍代金,その他芸 能・興行関連行事の費用等の受払を計上。 i 「公的その他サービス」:大使館・領事館の現地経費支出,外交官・軍人の個人支出。 上記各項目に含まれない政府(国際機関を含む)のサービス取引を計上。具体的には 在外政府公館・軍隊等とこれら諸機関が駐在する国の居住者およびその他の国とのす べての取引(公館等の経常経費のほか館員・家族等の個人的支出も含む)や,一般の 行政支出でこれ以外の項目に含まれない取引を計上する。 以上の項目を ると, 年のサービス産業で経済的 及効果のインパクトが大きいものは, 1 8 0 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 新潟大学 経 済 論 集 として「その他サービス」の項目である。しかし,貿易ルールの観点でサービスの貿易を考え ると,その他サービスの各細目を独立に取り扱うことは現実的でないため注意が必要だ。例え ば映画等のサービス貿易は,知的財産権や文化的活動に直接関わる要素を含む。上記項目では 文化的活動と知的財産権が分けて把握されているが,映画やアニメなど,所謂コンテンツ産業 は海外への自国文化(サービス)輸出に貢献する一方,脚本など著作権(知的財産権)を商業 的に使った多角的な事業展開も可能になる。日本映画の「Sh a l lweダンス? 」は1 9 9 6 年日本で公 開された後外国で公開され,2 0 0 4 年には米国の映画会社ミラマックス社が配給権を獲得して海 外で上映した後,米国映画「Sh a l lWeDa n c e ? 」にリメイクした。同様に1 9 9 8 年公開された日本 のホラー映画「リング」は1 9 9 9 年日韓合作の韓国映画「リング・ウィルス」に,また2 0 0 2 年に は米国のドリームワークス社が米国映画「Th eRi n g 」にリメイクした。リメイク権の取引は著 作権にかかわり,配給権の取引や外国での製作は「その他サービス収支」の「文化・興行」に 含まれる。このように同じその他サービス収支の項目に入るものでも,項目横断的な取引があ るため切り離すことはできず,サービス貿易のルールや知的財産権の保護の整合性が必要だ。 次に我が国のサービス収支の動向を図5で見てみよう。まず,我が国の「サービス収支」は 赤字基調だがその赤字幅は大きく減少しその減少傾向はほぼ一貫している。 また, 「輸送収支」 と 「旅行収支」は共に赤字基調で,前者は赤字幅はほぼ一定しているが,後者は2 0 0 5 年ぐらいまで 図5 日本のサービス収支 出所:日本銀行「時系列統計データ検索サイト」データを基に作成 (h t t p : / / www. s t a t s e a r c h . b o j . o r . j p / s s i / c g i b i n / f a me c g i 2 ) ᣣᧄ䈱䉰䊷䊎䉴ᡰ 㩿න䋺ం㪀 㪈㪇㪇㪇㪇 㪇 㪄㪈㪇㪇㪇㪇 䉰䊷䊎䉴ᡰ㩿㪪㪼㫉㫍㫀㪺㪼㫊㪀 㪄㪉㪇㪇㪇㪇 ャㅍᡰ㩿㪫㫉㪸㫅㫊㫇㫆㫉㫋㪸㫋㫀㫆㫅㪀 㪄㪊㪇㪇㪇㪇 ᣏⴕᡰ㩿㪫㫉㪸㫍㪼㫃㪀 㪄㪋㪇㪇㪇㪇 䈠䈱ઁ䉰䊷䊎䉴ᡰ㩿㪦㫋㪿㪼㫉㩷 㪪㪼㫉㫍㫀㪺㪼㫊㪀 㪄㪌㪇㪇㪇㪇 ※ 各項目のデータは暦年度の合計額 㪉㪇㪈㪈 㪉㪇㪈㪇 㪉㪇㪇㪐 㪉㪇㪇㪏 㪉㪇㪇㪎 㪉㪇㪇㪍 㪉㪇㪇㪌 㪉㪇㪇㪋 㪉㪇㪇㪊 㪉㪇㪇㪉 㪉㪇㪇㪈 㪉㪇㪇㪇 㪈㪐㪐㪐 㪈㪐㪐㪏 㪈㪐㪐㪎 㪄㪎㪇㪇㪇㪇 㪈㪐㪐㪍 㪄㪍㪇㪇㪇㪇 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 8 1 は赤字幅が大きいものの,近年はそれが減少している。しかし, 「その他サービス収支」だけは 2 0 0 3 年に赤字幅が大きく縮小し,2 0 0 5 年には大幅な黒字を達成した。そして今日に至るまで一 貫して黒字を維持しており,サービス収支の赤字幅の縮小に貢献している。 次に特許権等使用料収支の内容をみてみよう。ここで特許等使用料とは ①工業権・鉱業権使用料:企業が保有する技術をライセンス供与した際の対価(ロイヤリ ティ)等特許権,実用新案権,意匠権,商標権,ノウハウ等著作権以外の知的財産権が 対象 ②著作権等使用料:コンピュータ・ ソフトウェアやアニメーション等著作物の使用対価 0 0 3 である22。図6にあるように「その他サービス収支」に分類される特許権等使用料収支は,2 年以前は赤字で2 0 0 2 年は-7 3 2 億円であったが,2 0 0 3 年に1 4 9 3 億円の黒字を計上して以来現在ま で黒字基調である。また特許等使用料収支黒字の構成をみると 「工業権・鉱業権使用料収支」の黒字>-( 「著作権等使用料収支」の赤字) であり, 「工業権・鉱業権使用料収支」の黒字が貢献していることがわかる。工業権・鉱業権使 用料収支は1 9 9 7 年に黒字転換して以来黒字基調であるが,著作権は一貫して赤字基調,また赤 字幅はやや拡大の傾向を見せている。しかし前者が後者を大幅に上回るため,特許権等使用料 収支は黒字を保っている。またこのグラフには含めていないが,日本企業が外国企業と共同研 究開発したり外国企業に研究開発(R&D)を委託する等,研究開発を外国の居住者と実施する 場合,その成果である知的財産は日本のみならず外国にも帰属することになる。このような形 態の R&Dは増加しており,その受け払いは「その他サービス収支」の「その他業務・専門技術 サービス」収支に含まれるが,この分野でも収支の赤字が拡大している。知的財産には,静学 的のみならず動学的な外部性があるため,知的創造活動を促進する上で知的財産権保護政策に “ア は国家的な戦略が必要になるのはこのためである23。著作権等使用料収支は依然入超だが, ニメ立国”を目指した我が国が文化を世界に輸出し,各地で受け入れられ浸透してゆくなら, じわじわとその他サービス収支赤字の改善に寄与することも期待される。 2 2 鉱業権は登録を受けた一定の地域(鉱区)で,登録を受けた鉱物およびこれと同種の鉱床中に存在する他の 鉱物を掘採・取得する権利を意味する(日本大百科全書)。 2 3 マラケシュ協定に含まれた知的財産権保護に関する TRI PS協定は知的財産を全般的カバーしており,著作 権及び関連する権利,商標,地理的表示(ワインなどの産地の地理的表示に関する多国間通報・ 登録制度), 意匠,特許,集積回路の回路配置,開示されていない情報)の保護が対象となっている。 1 8 2 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 新潟大学 経 済 論 集 図6 日本のサービス収支と特許権収支(工業・ 鉱業権,著作権) (単位:億円) 出所:日本銀行国際収支表データを基に作成 h t t p : / / www. s t a t s e a r c h . b o j . o r . j p / s s i / c g i b i n / f a me c g i 2 ? c g i =$ g r a p h p r t wn d ᪥ᮏ䛾䝃䞊䝡䝇ᨭ䛸≉チᶒ➼⏝ᩱᨭ䚷㻌䠄༢䠖൨䠅 㻖㻓㻓㻓㻓 㻕㻓㻓㻓㻓 㻔㻓㻓㻓㻓 㻓 㻐㻔㻓㻓㻓㻓 㻐㻕㻓㻓㻓㻓 㻐㻖㻓㻓㻓㻓 㻐㻗㻓㻓㻓㻓 ᕤᴗ䞉㖔ᴗᶒ⏝ᩱཷྲྀ ᕤᴗ䞉㖔ᴗᶒ⏝ᩱᨭᡶ ⴭసᶒ⏝ᩱཷྲྀ ⴭసᶒ⏝ᩱᨭᡶ 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GATS第1条でサービスを4つのモード(形態)に分類している(図7) : ①「越境取引(c r o s s b o r d e r ) 」 ②「国外消費(c o n s u mp t i o na b r o a d ) 」 ③「商業拠点(c o mme r c i a lp r e s e n c e ) 」 ④「人の移動( mo v e me n to fn a t u r a lp e r s o n s )」 ①と②は国際収支統計のサービス収支にほぼ対応する。③を国際収支統計と照らすと,例え ば多国籍企業の在外での商業拠点の設立は(居住者とみなされれば)資本収支の「直接投資」 に対応するが,その在外拠点で提供されるサービスは非居住者へのものとなるため,サービス 収支から漏れる。しかし,先進国の得意とする金融,保険等サービス供給額が大きいサービス 産業では,企業は技術力による規模の経済,範囲の経済を活かして多国籍化するため,FDI等 戦略的にも重要な問題をはらむ分野である。GATSでは投資先国(海外拠点)での活動が自由 化の対象になるため,各国は神経を尖らせている。また④についても,例えば海外からの出稼 ぎ労働者への報酬は,国際収支統計の所得収支にある雇用者報酬と,経常移転収支でとらえら れるが,外国で演奏会を開くアーティストのサービスはサービス収支から抜けてしまう。しか しGATSはこれにも対応する。 1 8 4 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 図7 GATS 4つのモード 出所:h t t p : / / www. mo f a . g o . j p / mo f a j / g a i k o / wt o / s e r v i c e / g a t s _ 5 . h t ml を基に作成 䊝䊷䊄䋱 ࿖Ⴚ䉕䈋䉎ขᒁ 㪧㪚䉇䉸䊐䊃䈱 ᄖ䉮䊷䊦䉶䊮䉺䊷 䈱㔚䈮䉋䉎 ᶖ⾌⠪䉰䊘䊷䊃 䊝䊷䊄㪊 ᬺോ䈱ὐ䉕ㅢ䈛䈩䈱 䉰 䊎 ឭଏ 䉰䊷䊎䉴ឭଏ ᣣᧄᡰᐫ䋨ᄖ࿖ᧄ␠䋩 䈏⽼ᄁ䈜䉎 ක≮㒾䈮ട 䊝䊷䊄㪉 ᶏᄖ䈮䈍䈔䉎ᶖ⾌ ᄖ࿖ੱᣏⴕ⠪䈏 ᣣᧄ䈪 㞬䉕㘩䈼䉎 䊝䊷䊄㪋 ⥄ὼੱ䈱⒖േ䈮䉋䉎 䊎 ឭଏ 䉰䊷䊎䉴ឭଏ ⥰પ䈱䊌䊥 䉥䊕䊤ᐳ 䈪䈱Ṷ GATSでは「サービス分野への投資」の自由化問題を含んでいることが重要である。技術力 のある先進国は高付加価値を生むサービス産業を得意とするため,それら産業が十分発達して いない途上国への市場参入インセンティブが強い。一方途上国はモード4における労働の自由 化を望むが,先進国は労働市場の開放に慎重である。このように GATSでは特に第3,第4モー ドで途上国と先進国の対立が激しい。 「サービス」全てを網羅することができないため,GATS の内容が曖昧であったり,限定事項が多い,またデータを完全に捕らえることが困難など,十 分整備されたものになっていないのが現状だ。 5.むすび 今日,I CTや輸送技術の発達や世界的に規制緩和の流れが加速し,物品(モノ)ではないサー ビスの取引が国境の意味をなくす勢いである。現代の経済のサービス化は,消費の多様性を増 やし経済の効率性を促すなど正の外部経済をもたらす反面,文化の単一化の流れに少数民族の 言語が押し流され独自文化の維持が危機に瀕し,また過剰消費・生産の負の外部性が地球環境 に深刻な影響をもたらしていることも事実である。経済のサービス化と文化がどのように相互 作用するのかについて考察することが重要である。国際貿易においてサービス貿易やその投資 のウェイトは益々大きくなり,対外戦略の上で先進国のみならず途上国に関わる最も大きな関 心事項の一つであることから,サービス貿易を取り巻く制度に注目た。まず GATTの歴史を辿 り,マラケシュ協定(WTO協定)を取りまとめて1 9 9 5 年 WTOに引き継がれたプロセスを概観 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 1 8 5 した。WTOでは経済のグローバル化に対応するため,交渉分野にサービス取引の自由化や知 的財産権の保護,投資の問題が新たに加えられたが,これらは共に文化と深く関わる要素であ る。そこで国際貿易の枠組みで「文化」を捉えるため,サービス収支統計から「文化」の把握 を試みた。最後に,サービス分野への投資の問題が組み込まれている GATSを概説したが,文 化に関する貿易やその政策等については後続の論文で取り上げる。 参考文献 石川城太・菊池徹・椋寛(2 0 0 7 ) 『国際経済学をつかむ』有斐閣。 小野寺彰編著(2 0 0 3 ) 『転換期の WTO非貿易的関心事項の分析』東洋経済新報社。 外務省 HP(h t t p : / / www. mo f a . 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関心事項の分析』第9章,2 2 9 2 5 9 頁,東洋経済新報社。 芹澤伸子(2 0 1 1 ) 「第三分野保険とは」新潟大学経済論集,第9 0 号2 0 1 0 -衛,2 4 9 2 7 0 頁。 g e t u j i d b / 2 f . h t m) 総務省統計局「統計データ」 (h t t p : / / www. s t a t . g o . j p / d a t a / 日本銀行(1 9 9 6 ) 『国際収支のみかた』日本銀行国際収支統計研究会,ときわ総合サービス。 日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部(2 0 1 0 ) 『環太平洋戦略経済連携協定(TPP)の概要 2 0 1 0 年1 1 月2日』 (h t t p : / / www. j e t r o . g o . j p / t h e me / wt o f t a / b a s i c / t p p / ) 米日経済協議会(USJ BC)白書『環太平洋経済連携協定(TPP)への日本参加の実現にむけて- 「WTOプラス」の2 1 世紀型自由貿易協定が求める条件』 (www. u s j b c . o r g ) ,Ca mb r i d g e ,Ha r v a r d Ca v e s ,Ri c h a r dE. (2 0 0 0 ), Cr e a t i v eI n d u s t r i e s :Co n t r a c t sb e t we e nAr ta n dCo mme r c e Un i v e r s i t yPr e s s . r s h i pAg r e e me n t , ”CRSRe p o r tf o rCo n g r e s s , Fe r g u s s o n ,I . F .a n dB.Va u g h n ,( 2 0 1 1 ) ,“ Th eTr a n s Pa c i f i cPa r t n e De c e mb e r1 2 ,2 0 1 1 ,Co n g r e s s i o n a lRe s e a r c hSe r v i c e r ,C. P .( 1 9 8 6 ) ,Th eWo r l di nDe p r e s s i o n ,1 9 2 9 1 9 3 9 ,Un i v .o fCa l i f o r n i aPr e s s . Ki n d l e b e r g e i n i n g ,Co a l i t i o n sa n d Ex t e r n a l i t i e s , ”Pr e s i d e n t i a lAd d r e s st ot h eEc o n o me t r i c Ma s k i n ,E.( 2 0 0 3 ) ,“ Ba r g a v a n c e dSt u d y ,Pr i n c e t o n . So c i e t y ,I n s t i t u t ef o rAd 1 8 6 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 UNESCO Pr o j e c t ,2 0 1 1 ,“ At l a so ft h eWo r l d ’ sLa n g u a g e si nDa n g e r ” ,Pu b l i s h e db yt h eUn i t e dNa t i o n s Ed u c a t i o n a l ,Sc i e n t i f i ca n dCu l t u r a lOr g a n i z a t i o n ,2 0 1 1 9 / 0 0 1 9 2 4 / 1 9 2 4 1 6 e . p d f ) ( h t t p : / / u n e s d o c . u n e s c o . o r g / i ma g e s / 0 01 付録 付録図1 言語の存続力と消滅の危機 出所:UNESCOHP(h t t p : / / www. u n e s c o . o r g / c u l t u r e / l a n g u a g e s a t l a s / :2 0 1 0 年版)を基に加筆 㪪㪸㪽㪼㩿ో㪀 㪭㫌㫃㫅㪼㫉㪸㪹㫃㪼㩿⣀ᒙ㪀 㪛㪼㪽㫀㫅㫀㫋㪼㫃㫐㩷㪼㫅㪻㪸㫅㪾㪼㫉㪼㪻㩿䉌䈎䈮ෂᯏ㪀 㪪㪼㫍㪼㫉㪼㫃㫐㩷㪼㫅㪻㪸㫅㪾㪼㫉㪼㪻㩿ᭂᐲ䈱ෂᯏ㪀 㪚㫉㫀㫋㫀㪺㪸㫃㫃㫐㩷㪼㫅㪻㪸㫅㪾㪼㫉㪼㪻㩿ቯ⊛䈭ෂᯏ㪀 㪜㫏㫋㫀㫅㪺㫋㩷㫊㫀㫅㪺㪼㩷㪈㪐㪌㪇㩷㩿㪈㪐㪌㪇ᐕએ㒠ᶖṌ㪀 芹澤伸子:サービス貿易と文化英 付録図2 GATT・WTO参加国数と発展途上国の割合の推移 出所:経済産業省HPのデータに筆者が加筆 (h t t p : / / www. me t i . g o . j p / r e p o r t / t s u h a k u 2 0 0 7 / 2 0 0 7 h o n b u n / h t ml / i 4 2 1 0 0 0 0 . h t ml ) 付録図3 GATTから WTOへ 出所:外務省 HP(h t t p : / / www. mo f a . g o . j p / mo f a j / g a i k o / wt o / i n d e x . h t ml ) 1 8 7 1 8 8 新潟大学 経 済 論 集 第9 2 号 2 0 1 1 -衛 Tr a d ei ns e r v i c e sa n dt h ec u l t u r e 英* ** No b u k oSe r i z a wa Fa c u l t yo fEc o n o mi c s ,Ni i g a t aUn i v e r s i t y 8 0 5 0 ,I k a r a s h i2 n o c h o ,Ni s h i k u ,Ni i g a t a9 5 0 2 1 8 1 ,J a p a n Abs t r ac t GATT/WTO h a sb e e nc o n t r i b u t i n gt oe n s u r es mo o t hf l o wso fi n t e r n a t i o n a lt r a d ea n dp r o mo t i n gt h e ft h ewo r l de c o n o my .Un d e rt h i si n t e r n a t i o n a lt r a d es y s t e m,c o n s u me r se n j o yc o n s u mp t i o n g r o wt ho n c r e a s ei nt r a d ev o l u me ,h o we v e r ,a d v e r s er e s u l t sh a v ea p p e a r e di nc u l t u r a la s p e c t s . v a r i e t ywi t ht h ei o o d s( c r e a t i v ei n d u s t r y )i so n eo ft h emo s ti mp o r t a n ts e g me n t so ft h es e r v i c e s ,wh i c ha r e Si n c ec u l t u r a lg dmo s td y n a mi cc o mp o n e n to fb o t hd e v e l o p e da n dd e v e l o p i n gc o u n t r ye c o n o mi e s ,t r a d ei n t h el a r g e s ta n c u l t u r emu s tb es t u d i e df r o mt h ev i e wp o i n to fr e g u l a t i o np o l i c yi ni n t e r n a t i o n a lt r a d e .I nt h i sp a p e r , h e o r e t i c a l l yt h ee f f e c t so ft r a d el i b e r a l i z a t i o no nt h ef l o wo fc u l t u r a lg o o d sa n dt h e b e f o r ea n a l y z i n gt e f l ye x p l a i nt h ei n t e r n a t i o n a lt r a d es y s t e ma n ds u r v e yc u r r e n ts t r u c t u r eo fJ a p a n e s es e r v i c e c u l t u r e ,Ib r i t r a d e . * Th i swo r kwa ss u p p o r t e db yJ SPS( No .2 2 5 3 0 2 2 1 ) . ** Ema i l :s e r i z a wa @e c o n . n i i g a t a u . a c . j p .Ph o n e& Fa x :+8 12 52 6 2 6 5 6 8 .s e r i z a wa @e c o n . n i i g a t a u . a c . j p