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各論1 米国の財政再建と議会予算局(CBO)の役割
レファレンス 平成15年12月号 米国の財政再建と議会予算局 (CBO) の役割 片 目 次 山 信 子 利であった。 議会には、 財政赤字拡大への慎重 派も少なくないことが浮き彫りになった。 Ⅰ はじめに Ⅱ 財政再建の軌跡 その背景には、 1982年に財政赤字が急拡大し てから98年に財政黒字を回復するまでの間、 一 1 グラム・ラドマン・ホリングス法 貫して、 財政再建が内政上の極めて重大な問題 2 1990年予算執行法 であり続けたという事実がある。 3 クリントン政権における財政再建 Ⅲ 議会予算局の役割 財政赤字の急増は、 「1981年経済再建税法」 の大減税によるとの説が有力である (1) 。 レー 1 任務 ガン大統領は、 就任1年目にサプライサイド・ 2 予算決議作成の援助 エコノミーを採択した大型減税を行った。 しか 3 予算決議決定後の援助 し財政赤字が急増し、 2年目には増税へと政策 Ⅳ 予算のあり方の変化 転換を余儀なくされた。 その後1997年まで、 議 予算編成過程の変化 会と大統領は衝突を繰り返しながら財政再建の 2 予算配分の変化 ための立法を重ねた。 3 長期的な経済全体への影響の軽視 4 推計と政治的圧力 Ⅴ 1 おわりに これらの立法措置により、 議会は予算過程や 立法過程において、 予算過程を統制する法令の 制約を強く受けるようになった。 その際、 強制 力が発動されるための指標となるのが財政収支 の推計であり、 また、 新たな法案が歳出額や歳 Ⅰ はじめに 入額に対して及ぼす影響の推計である。 この推計を担うのが議会の付属機関である議 2003年5月、 10年間で総額3,500億ドル ( 約 会予算局 ( Congressional Budget Office : 以下 41.7兆円) の減税法が米国で成立した。 ブッシュ 「CBO」 という。) であり、 大統領府に置かれた 大統領は議会に譲歩を強いられ、 減税額は当初 行政管理予算局 ( Office of Management and 大統領が提案していた規模のほぼ半分に縮小さ Budget : 以下 「OMB」 という。) である。 つまり、 れた。 それでもなお、 上院での採決はチェイニー 財政再建の時代は、 立法過程における両予算局 副大統領が決裁投票権を行使し、 賛成51票対反 の役割が一層重要になった時代でもある。 特に 対50票のわずか1票差での可決という薄氷の勝 1975年に発足した後発の予算局である CBO の 多くの識者が長期に亙る財政赤字増大の原因は、 大減税であると結論づけている。 Irene S. Rubin, Balancing the Federal Budget, (New York : Chatham Bridges Press, 2003), p.33. レファレンス 2003.12 13 図1 財政収支の推移 (1976∼2003年度) (出典) Budget of the U.S. Government Fiscal Year 2004, Historical Table より作成 存在感が高まった。 gressional Budget and Impoundment Control 本稿では財政再建の時代にとられた財政政策 Act of 1974:以下 「1974年議会予算法」 という。) を確認し、 特にその過程での CBO の役割に注 である。 これを初めて大きく修正したのが、 目しつつ、 財政再建が予算のあり方に及ぼした 「1985年財政均衡及び緊急赤字統制法」 ( Bal- 影響を分析する。 anced Budget and Emergency Deficit Control Act of 1985) である。 法案提出者の名前をとっ Ⅱ 財政再建の軌跡 て、 通称グラム・ラドマン・ホリングス法 (以 下 「GRH 法」 という。 ) と呼ばれる。 この法律 米国の財政赤字の規模は、 1970年代には徐々 によって、 予算過程に財政赤字を削減するため に増えたが、 74年の150億ドル (対 GDP 比0.4%) の手続きが初めて導入された。 基本的な考え方 から80年の740億ドル (同2.7%) の間を推移し は、 1991年度までに財政赤字をゼロにすること ていた。 これが1981年の大減税により急増した。 を目標に、 86年度から90年度まで各年度の財政 減税規模は、 5年間で7,490億ドルである。 当 赤字の目標上限額を経年的に減額するというも 初レーガン大統領は、 減税財源として、 国防費 のである。 各年度毎に、 財政赤字の目標上限額 以外の内政費を削減する予定であった。 しかし を達成する予算が編成できない場合には、 大統 議会の抵抗もあって、 内政費の歳出削減は不徹 領は一律歳出削減命令を発し、 目標額が達成で 底に終わった。 国防費の増額については、 議会 きるまで歳出規模を削減する。 ただし、 社会保 は大統領の増額案にさらに年間1,000億ドルを 障関係費や利払費などは一律歳出削減の対象か 上乗せした。 財政赤字は1982年度に史上初めて ら外された。 1,000億ドルを突破し、 1,280億ドル (対 GDP 比 歳出を一律に削減する手続きにおいて、 CBO 4.0%) に達した (図1参照)。 この事態を受け、 は重要な役割を果たす。 まず、 会計年度 (10月 議会は、 「課税の公平と財政責任のための1982 1 日 開 始 ) に 入 る 前 の 8 月 15 日 に 、 CBO と 年法」 を成立させ、 さらに 「1984年財政赤字削 OMB は、 それぞれ財政収支の当初推計を作成 減法」 を成立させた。 しかし、 財政赤字の規模 する。 仮に財政赤字の見込み額が GRH 法で定 は急速に拡大し、 2,000億ドルを突破した。 めた財政赤字の目標上限額を100億ドル以上超 1 グラム・ラドマン・ホリングス法 過すると見込まれる場合には、 CBO と OMB は一律歳出削減に係る当初計画を策定する。 そ 議会の予算過程を規定する最も重要な法律は、 の上で、 両予算局は、 8月20日までに会計検査 「1974年議会予算及び執行留保統制法」 ( Con- 院に合同で報告する。 会計検査院の審査、 大統 14 レファレンス 2003.12 米国の財政再建と議会予算局 (CBO) の役割 領の暫定歳出削減命令の発表を経て、 議会が独 る時に、 予算過程を統制する法令の制約を強く 自の財政赤字削減計画を策定しない場合には、 受けるという考え方の先駈けとなった(2)。 10月1日に大統領が歳出削減命令を発動する。 議会が独自の削減計画を策定した場合には、 1990年予算執行法 2 CBO と OMB は改訂財政収支見通しと歳出削 1980年代後半には財政赤字は緩やかにではあ 減計画を作成し、 会計検査院に共同して送付す るが、 減少した ( 図1参照 )。 しかし1990年に る。 この場合も会計検査院の審査を経て、 10月 は、 再び厳しい予算危機に直面した。 新 GRH 15日に大統領が最終歳出削減命令を発動する。 法の91年度の財政赤字の目標上限額は640億ド しかし、 GRH 法に対して、 議会の付属機関 ルであった。 しかし、 90年7月の推計では、 財 である会計検査院の院長が行政府の意思決定を 政赤字は2,300億ドルを超える見通しとなった。 拘束することは三権分立に反するとして、 違憲 裁量的経費を30%以上削減しなくては目標上限 判決が下された。 そのため、 歳出削減手続きの 額を守れず(3)、 明らかに実現不可能であった。 一部を改正すること、 財政収支を均衡させる目 そこで、 大統領と議会は、 この年11月に 「1990 標年を1993年度に繰り延べること等を骨子とす 年包括財政調整法」 を成立させ、 新しい枠組み る 「1987年財政均衡法再確認法」 (新 GRH 法) を設けた。 が成立した。 新 GRH 法の基本的な枠組みは、 GRH 法を踏襲したものであった。 両法には欠点があった。 まず、 実績ベースの この法律の GRH 法との違いは、 まず、 具体 的な税収増加策と個別歳出削減策を盛り込んで いる点(4) である。 第2の違いは、 包括財政調 財政赤字額が目標上限額に収まることは義務づ 整法の一部を構成する 「1990年予算執行法」 けておらず、 年度当初の推計額が目標上限額に (Budget Enforcement Act of 1990) により、 歳 収まることを義務づけるだけである。 年度途中 出規模を制御する新しい枠組みを導入したこと に赤字が増額しても、 それが財政推計の誤りに である。 財政赤字を制御するという GRH 法の よるものであれ、 景気の悪化によるものであれ、 枠組みからの転換である。 その後の新しい立法措置によるものであれ、 赤 1990年予算執行法の新しいルールは、 90年か 字の増額を歳出の削減又は歳入の増加によって ら91年にかけての景気の下降や金融機関の危機 相殺することを義務づけていない。 さらに、 歳 に対応するための財政支出と湾岸戦争関係の財 出削減命令を発動する指標が実績額の赤字では 政支出などで赤字削減効果が相殺されてしまっ なく、 推計額であるために、 財政推計の巧みな た。 しかし、 1990年予算執行法で導入されたルー 操作につながった。 つまり、 実質的な歳出削減 ルは、 クリントン政権に引き継がれ、 増税策と 措置をとるのではなく、 推計の操作につながっ 一体になって財政再建に大きく貢献した。 そこ たのである。 事後的にも、 年度当初の財政収支 で、 以下に1990年予算執行法が定めた歳出を制 の見通しよりも実績の財政赤字が大きくなった。 御するルールをみてみよう。 GRH 法は、 財政再建のための政策としては まずアメリカの歳出は、 大きく義務的経費 このような欠陥があったが、 予算過程において (mandatory programs 又は entitlement) と裁量 その後の改革につながる重要な第一歩となった。 的経費 ( discretionary programs ) に区分され 歳出や歳入に影響を及ぼすような法律を立案す る。 義務的経費はその経費を支出できる権限を Allen Schick, The Federal Budget, (Washington, D.C.: Brookings Institution Press, 2000), p.22. "The Lawless Congress", National Journal, (2002.10.5), p.2886. 両者により、 財政赤字を削減する規模は1991年度から5年間で4,960億ドルの見込みであった。 レファレンス 2003.12 15 与える法律が一旦立法されると、 それ以降の毎 よい。 1990年予算執行法は、 代替財源を探さな 年度の歳出が自動的に認められる経費である。 い立法措置により財政赤字が悪化するのを防ぐ 各年度の歳出予算法 (appropriations act) は、 ことに的を絞った。 立法者は、 制御可能な結果 必要としない。 国債の利払費や社会保障関係の に対してのみ責任を負うことになった。 支出がその例である。 他方、 毎年実際の歳出を このような仕組みにしたのは、 GRH 法の失 認める歳出予算法を必要とするのが、 裁量的経 敗に基づく。 GRH 法の場合、 不況の到来によっ 費である。 裁量的経費の割合は、 支出全体の約 て義務的経費の支出が増え、 財政赤字が増えた 37%に過ぎない。 また、 国防費が裁量的経費の 場合にも、 一律歳出削減命令が発動される。 そ 約半分を占める。 1990年予算執行法は、 裁量的 の際、 多くの義務的経費が一律歳出削減の対象 経費と義務的経費に各々別のルールを定めた。 から外されているため、 裁量的経費が歳出削減 裁量的経費については、 毎年の上限支出額 の対象になる。 裁量的経費を決定する歳出委員 ( Cap ) を法律で予め定める。 上限支出額を突 会に属する議員は、 赤字増加の原因となる立法 破する場合には、 大統領が命令を出し、 強制一 を行っていないのに、 裁量的経費が削減される 律削減を実施する。 特に初期の91年から93年ま ことが不満だった。 そこで、 立法者自身が制御 での3年間については裁量的経費を国防費、 国 できる結果に対してだけ責任を負わせた。 新し 際費、 内政費に3区分し、 各々に上限支出額を いルールにより、 財政均衡化のノルマはむしろ 設け、 当該経費区分の中で強制一律削減を実施 強化されたという(5)。 する。 経費節減分を他の経費に使えなくするこ とで、 財政赤字削減効果を上げる工夫である。 連邦予算過程研究の第一人者であるアレン・ シック氏は、 1990年代に財政再建に成功したの 義務的経費については、 ペイ・アズ・ユー・ は冷戦の終結や好景気に恵まれたためでもある ゴー ( Pay-as-you-go ) というルールを導入し が、 キャップ制を導入し、 1990年と1993年の財 た。 義務的経費を新設又は拡大する立法措置若 政調整法により、 裁量的経費の支出上限額を物 しくは歳入の減少を伴う立法措置を採る場合、 価上昇率を下回る伸び率に抑えることに議会と これによる財政赤字の増加に見合うだけの他の 大統領が合意したこと、 及びペイ・アズ・ユー・ 義務的経費の削減策又は歳入増加策を講じなけ ゴーの仕組みによるとの議会証言を行っている。 ればならない。 歳出削減策又は歳入増加策が採 つまり、 財政再建は議会と大統領の政治的意志 られない場合、 当該年度の開始時に義務的経費 により可能となったものであり、 1990年予算執 を一律に削減する。 行法で導入されたルールはアメリカの議会制度 義務的経費のルールで重要なことは、 代替財 では有効だったとしている (6) 。 このルールが 源を探さなければならないのは、 立法措置が歳 強制力を発揮する上で鍵となるのは、 提案され 出の増加や歳入の減少をもたらす場合に限る点 た法案が歳出や歳入に及ぼす推計値が基準を満 である。 給付額が自動的に物価スライドする仕 たしているかどうかである。 その推計を出すの 組みの義務的経費の支出が増える場合や、 不況 が CBO や OMB である。 により給付要件を満たす受給者数が増加したた め支出が増える場合には、 代替財源を探さなく 3 クリントン政権における財政再建 てよい。 つまり、 立法者は外部条件の変化によ ここで、 クリントン政権期に財政再建に成功 る財政赤字の増加に対しては責任を負わなくて した要因を概観する。 1992年の大統領選挙では、 Rubin, Op.cit. pp.41-42. 1997年2月の下院予算委員会での証言。 Ibid., p.15. 16 レファレンス 2003.12 米国の財政再建と議会予算局 (CBO) の役割 クリントンは、 雇用、 経済再生、 教育、 医療保 億ドルをピークに、 93年度には約2,000億ドル、 険制度 (ヘルスケア) 改革への取組みを第1に 96年度には約1,000億ドル、 97年度に約220億ド 掲げ、 当初、 財政再建には重きを置いていなかっ ルにまで急速に減り、 98年度には690億ドルの た。 ところが、 財政再建を掲げる 「第3の候補」 財政黒字に転じた ( 図1参照 )。 この過程で、 ロス・ペロー氏に対して、 無視できない数の支 1990年予算執行法で導入されたルールは 「1997 持者があったため、 急遽、 財政赤字半減を公約 年財政均衡法」 により、 2002年まで延長された。 に加えた(7)。 1982年以来難航していた財政再建に成功した 僅差で選挙に勝ったクリントン大統領は、 2 理由は、 良好な経済状況、 歳出削減、 増税の三 期目の勝利には財政赤字削減は必須条件である 者であり、 どれが欠けても財政再建はできなかっ と考えた。 公約の中で優先順位が高かった投資 た(10) とされる。 特に緊縮財政が継続できた点 重視の具体的パッケージとして、 投資への増額 については、 グリーンスパン議長が率いる連邦 を含む経済政策を就任直後の1993年2月に提案 準備制度理事会が果たした役割は大きい。 メキ した。 しかし、 上院共和党の強い反対に会い、 シコ通貨危機とアジア通貨危機への見事な対応、 断念せざるをえなくなった。 そこで一転して、 さらに物価上昇を伴わないで低金利を持続させ 投資の増加によらない、 より保守的な財政再建 た金融政策なくして、 緊縮財政の継続と好景気 策をとることにした (8) 。 これに強い影響を与 の両立は不可能だったとされる(11)。 えたのは証券界からホワイトハウスに入った国 まず、 良好な経済状況をみてみよう。 米国は、 家経済会議担当のロバート・ルービン大統領補 1991年3月から2001年3月まで、 戦後最長の持 佐官(9) であるが、 連邦準備制度理事会や財務 続的な経済成長を享受した。 この間の実質経済 省も影響を与えた。 同年8月に成立した 「1993 成長率は年率平均で4.0%だった。 雇用は1,300 年包括財政調整法」 の第1の骨子は、 1990年予 万人増え、 平均インフレ率は3%以下に抑えら 算執行法で導入したルールを98年まで、 3年間 れた。 好況により、 企業は収益率を上げ、 個人 延長した点である。 第2は、 国防費の削減、 行 所得が増加した。 他方、 好況により福祉の役割 政府の大幅な合理化、 メディケア (高齢者医療 が減じたこと、 銀行部門の危機が解決したこと、 保険制度) の費用抑制を中心とした歳出削減、 低インフレによりメディケア関連の支出増加が 高額所得者と法人への増税などからなる5年間 弱まったことなどにより財政需要が抑えられた。 で5,000億ドル規模の大規模な財政赤字削減策 しかし、 持続的な好況だけでは財政再建は実現 を盛り込んだ点である。 できない。 82年11月から90年7月までの間も持 財政赤字の規模は、 1992会計年度の約2,900 続的な好況を米国は享受していた。 それにも拘 Philip G.Joyce and Roy T. Meyers, "Budgeting during the Clinton Presidency", Public Budgeting & Finance, 21(1), (Spring 2001): p.4 クリントン大統領は、 予算を巡る議会との政治的駆引きに非常に長けていた。 さらに、 予算の細部に至るまで 調べ上げ、 OMB 段階の予算編成にも強く関わった点で大統領として、 特異な存在だったという。 中野博明 「ア メリカ連邦予算編成における大統領の役割」 明海大学経済学研究紀要 33(2)、 2002.12、 p.50. による。 中野論 文は、 大統領の予算編成過程や OMB の役割などを詳細に紹介している。 Joyce & Meyers, Op.cit. p.4., 1994年の年末には、 財務長官に就任した。 Shick Op.cit. p.27. Rubin, Op.cit. p.2 も同じく三者を挙げている。 Joyce & Meyers, Op.cit. p.10. 大統領とグリーンスパン議長は、 極めて協力的な関係にあった。 巨額の財政 赤字を一因とする高金利は、 投資拡大を阻害する。 投資拡大を最優先課題に掲げていた大統領には、 財政再建の 意義は理解できた。 レファレンス 2003.12 17 わらず、 財政再建は失敗に終わっていた。 歳出削減策をみると、 1980年代は国防費が増 えたが、 90年代は冷戦の終結により、 裁量的経 費の半分以上を占める国防費の大幅削減が可能 Ⅲ 議会予算局の役割 1 任務 になった。 国防費の GDP に対する割合は80年 CBO は、 1974年議会予算法に基づいて議会 代前半の6.1%から92年度の4.8%に、 98年度に に設置された。 2003年現在、 定数は247人であ は3.1%に下がった。 連邦予算の構成比でみて る。 CBO の任務は、 議会が経済及び財政に関 もピークの87年度には国防費は28.1%を占めて する決定を行うために必要な客観的、 適時、 非 いたが、 98年度には16.2%まで下がった。 一方、 党派的な分析並びに議会の予算編成過程に必要 義務的経費の新設等は抑えられたものの、 義務 な情報及び推計を議会に提供することである。 的経費全体としては実額ベースでは増加した。 連邦予算が経済において果たす役割の大きさ、 これらにより、 歳出総額の GDP に対する比率 影響を及ぼす範囲の広さを反映して、 幅広い仕 は、 92年度には22.2%だったが98年度には19.1 事を行っている。 %に下がった。 この間の経済成長に比べれば、 CBO が設置されるまでは、 大統領府に置か 歳出全体の増加は厳しく抑えられていたのであ れた OMB が専ら予算と経済に関する情報提供 る。 歳出の詳しい変化は、 後述する。 機能を有していた。 CBO の誕生により、 議会 さらに財政再建に貢献したのは、 増税である。 は予算について自前の情報源をもつようになり、 1990年代の税制改革は、 80年代の改革(12) を覆 その情報を政策決定に活用し、 大統領の情報に す部分があった。 特に所得税は80年に70%だっ 対抗できるようになった(14)。 た最高税率を86年までに28%に引き下げていた 冒頭にも述べたように、 財政再建の過程で、 が、 90年のブッシュ政権の増税と93年のクリン 法案の財政効果を推計する CBO の役割が重要 トン政権の増税で最高税率が39.6%まで引き上 になった。 これにより、 CBO は一気に世の注 げられ、 高額所得者への課税が強化された。 目を集める存在になり、 後述するが、 政治的な GDP に対する歳入の比率は、 92年度には17.5 紛争の最前線に押し出されることになった。 だ %だったが、 98年度に19.9%に増加した。 特に が、 CBO は、 専門的で非党派的である。 その 所得税収は92年度の4,800億ドル (対 GDP 比7.7 非党派性により、 CBO は専門家としての評判 %) から95年度には5,900億ドル (同8.1%) に、 を維持し、 信頼性を高めることができた。 財政 98年度には8,300億ドル ( 同9.6% ) に増えてい 再建の過程で注目度を高めた中にあっても、 る。 株式高騰により、 95年から99年までのキャ CBO は中立性を守ることに腐心した。 ピタルゲインは毎年2兆ドルから4.3兆ドル(13) CBO の活動には、 法令の根拠に基づくもの に達したが、 高額所得者の所得税率を引き上げ と、 議会の委員会からの要請に基づいて行うも ていたため、 税収が大幅に増えたのである。 のがある。 1974年議会予算法に基づき、 CBO は両院の予算委員会 ( budget committee : 議会 1980年代の税制改革については、 片山信子 「所得税フラット化とポストレーガン・サッチャー時代の税制の課 題」 レファレンス 541号、 1996.2 が詳しい。 「2001年米国経済白書」 2002年5月2日に開かれた下院予算委員会の公聴会 (CBO Role and Performance, p.3) で少数党筆頭委員 エコノミスト 2001.6.4、 p.20. の John Spratt 議員は、 1969年に自分が国防総省で働いていた時代には、 議会は予算に関する情報を行政省庁 に完全に依存していたと述べている。 18 レファレンス 2003.12 米国の財政再建と議会予算局 (CBO) の役割 予算法により設置。 予算の大枠を定める予算決議を イ・アズ・ユー・ゴーのルールを守らなければな 起草することが役割。 後述) からの要請に応える らなくなった。 ことに第1の優先順位を置く。 優先順位の第2 議会が予算編成過程に入る前、 前会計年度の は、 両院の歳出委員会 (ほぼ省庁別に対応した13 1月頃 ( 15 ) ( 年度開始の8ヶ月から9ヶ月前 ) に の小委員会をもち、 実際の歳出を認める13本の歳出 CBO は、 今後10年間の経済・予算見通しを示 予算法を作成する。) と歳入法案を作成する下院 す年次報告 「予算及び経済見通し」(16) を両院の の歳入委員会及び上院の財政委員会からの要請 予算委員会に提出する。 この年次報告には、 である。 その次が、 その他の委員会からの要請 「ベースライン」 ( baseline ) と呼ばれる基準予 である。 CBO は個々の議員が提案した法案又 算の推計や財政赤字などの財政関連のマクロ数 は提案しようとしている案のコスト推計を含め 値の見通し、 経済予測、 歳入見通し、 歳出見通 あらゆるタイプの分析を議会のために行うが、 しが盛り込まれる。 そこで年次報告の骨格であ 議員個人ではなく、 委員会からの要請が常に優 る経済予測と基準予算を作成する考え方をみて 先される。 CBO が個々の議員からの要請に応 みよう。 えるのは、 人と予算等が許す範囲内に限られる。 2 予算決議作成の援助 経済予測と経済推計 CBO は、 経済予測と経済推計を正式の任務 CBO の第1の任務は、 議会による予算編成 として有する唯一の議会付属機関である。 予測 の援助である。 米国の予算編成は、 我が国のよ を行うのは18か月から24か月先までの期間中の うに内閣が予算編成権を有し、 国会がこれを承 経済動向に対してである。 GDP、 失業率、 物 認する制度ではない。 米国では予算は法律であ 価上昇率、 金利、 法人税と所得税の課税ベース り、 議会自らが予算法案を作成し、 決定する。 の大きさなど主要な経済変数を予測する。 CBO 米国は議会による予算統制が最も強い国で、 そ は2年以上先の循環的変動を伴う中長期の経済 こにおいて、 CBO は重要な役割を果たす。 動向の 「予測」 は行わない。 その代わり、 中長 米国の会計年度は10月1日に始まり、 翌年9 期の動向については、 労働力、 生産性、 貯蓄率 月30日に終わる。 議会による予算編成過程は予 などの長期トレンドに基づいて 「推計」 を行う。 算委員会による予算決議 ( budget resolution ) CBO は、 予測のために主要な計量モデルを の検討から始まる。 これは、 今後10年間の歳入 用いるが、 商業ベースの経済予測サービスも用 総額、 予算権限総額、 支出総額、 財政収支尻、 いる。 また、 年に2回開かれる CBO の助言委 債務残高などの財政関係のマクロ数値を決め、 員会 ( 大学教授、 シンクタンクのエコノミストな 国防費、 エネルギー費、 農業費など20の機能別 ど21名から構成) の意見も参照する。 に分類された経費への配分額を決定する。 また、 予算決議には、 現行の支出や歳入に係る法律を 改正させる調整指令 (reconciliation instruction) 基準予算 基準予算とは、 現行の予算に関わる既に決定 を含むこともある。 このように、 予算決議は、 された法令に基づき、 推計期間中に新しい政策 議会が支出権限法、 歳出予算法及び歳入法を編 決定が行われないとした場合、 連邦予算の規模 成する前提となる。 1990年予算執行法により、 がどうなるかを示すものである。 所得税、 法人 予算決議を決めるに際しては、 支出上限額やペ 税、 社会保障税の主要3税目の税収と歳入総額、 慣例により、 年度開始前の8月に改訂報告を出す。 2004会計年度のものは、 CBO, The Budget and Economic Outlook: Fiscal Year 2004-2013, Jan 2003. レファレンス 2003.12 19 義務的経費、 裁量的経費、 利払費と支出総額、 議会や CBO のスタッフ、 他の政府機関、 民間 財政収支尻、 公債残高などについて向こう10年 団体など様々な機関が提案したものである。 歳 間の数値を示している。 出を減らす複数の提案、 歳入を増やす複数の提 歳出や歳入に影響を及ぼす新たな立法措置の 数量的な効果を測定するためには、 基準となる 案を予算の機能別分類に沿って再編成し、 一覧 できるようにしている。 改正前の予算の姿を数字で示す必要がある。 CBO が基準予算を推計するのは、 その基準を 長期的な歳出圧力の推計 さらに、 CBO は、 長期的にみて、 歳出圧力 議会に示すためである。 議会の予算編成過程は、 予算決議の作成に始 となるような政策領域の分析を行う。 10年間の まるが、 CBO が提供する基準予算の推計がそ 予算推計では、 人口の動態的変化によって連邦 の議論の出発点となる。 さらに経済予測の数値 予算が受ける大きな変化を十分に示せない。 社 が基準予算作成の前提条件となるのである。 会保障関係費を中心に、 連邦政府の長期的な費 次の段階では、 CBO は、 基準予算と比較で 用負担の増加を推計し、 予算審議の材料として きる形で、 新しい立法措置が歳出や歳入へ及ぼ 議会に提供する。 これにより議会はより長期的 す影響を推計する。 これは後述する。 な視野をもって、 予算編成に臨むことができる。 大統領予算案の分析その他の援助 3 経済予測と基準予算の作成と並んで、 CBO 予算決議決定後の援助 以上、 予算の大枠を定める予算決議の編成過 が議会の予算編成過程の入口で行う重要な役割 程で、 まず CBO が提供する分析をみてきた。 は、 大統領の予算案の分析である。 大統領は、 予算決議が決まると、 その財政的な大枠を守り 前会計年度の2月に行政府の予算案として予算 つつ、 歳出委員会、 歳入委員会などが各々の権 教書を議会に提出する。 これは議会の予算編成 限範囲で、 歳出や歳入を決める法案を作成する。 過程での参考資料に過ぎないが、 OMB が前年 この過程で CBO は、 議会が予算決議を守るた から各政府機関の予算要求をとりまとめ、 行政 めに必要な援助を行う。 個々の法案の予算への 府として優先順位を付けたものである。 影響を推計する 「スコアリング」 と呼ばれる法 上院の歳出委員会からの要請に基づき、 CBO は予算教書を分析し、 大統領の予算案によって 案のコスト推計、 複数の法案による累積的な影 響の推計、 歳出削減報告の作成である。 CBO の基準予算がどう変わるかを示す。 通例 3月に発表される (17) 。 これは OMB が作成し 「スコアリング」 (Scoring):法案のコスト た予算案を言わば CBO が検証する作業である。 推計 CBO の分析により、 OMB が財政赤字を小さ CBO は、 各委員会の要請に応えて、 歳出・ めに見積っていることが明らかになることが多 歳入に影響を及ぼすすべての法案のコスト推計 い。 を行い、 当該法案が今後5年間又は場合により また、 予算決議の作成に資するため、 CBO 5年間以上の期間において歳出と歳入に及ぼす は様々な代替的な予算案の数量的影響を推計す 数量的影響を推計する (19) 。 終期を定めない義 る(18)。 各種代替案は、 個々の議員、 予算教書、 務的経費を新設又は拡充する立法の場合、 特に 2004年度のものは、 CBO, An Analysis of the President's Budgetary Proposals for Fiscal Year 2004, March 2003. 20 2004年度のものは、 CBO, Budget Options, March 2003. レファレンス 2003.12 米国の財政再建と議会予算局 (CBO) の役割 将来にわたる支出規模の推計が重要になる。 度終了後の年3回、 歳出削減報告を作成し、 議 さらに、 法案の初期段階の立案時、 修正案の 会に提出する。 これは1990年予算執行法を根拠 作成時、 両院協議会での最終案を詰める時点で として付与された任務であり、 その後の1993年 使用されるコスト推計も作成する。 CBO によ 包括財政調整法、 1997年財政均衡法により引き るコスト推計は、 立法過程に不可欠となってお 続き任務とされた。 裁量的経費が支出上限額を り、 委員会は立法過程のあらゆる段階でこれを 突破した時、 あるいは立法措置により義務的経 活用している。 コスト推計は、 1990年予算執行 費又は歳入法が財政赤字を増加させる時に、 歳 法で導入された2つのルールを適用する前提と 出削減命令が発動されうる。 その指標となるの なる。 は OMB の歳出削減報告である。 1990年予算執 行法などにより、 OMB はその報告の中に CBO 累積的な影響の推計 (Scorekeeping) の推計との比較を説明することが義務づけられ CBO の重要な任務として、 「スコアキーピン ている。 CBO の報告は助言的であり、 OMB グ」 と呼ばれる任務がある。 各年の歳出に変化 の歳出削減報告の正確性を判断するための基準 を及ぼす法案と歳入に変化を及ぼす法案を常時 となる。 確認し、 予算決議で決めた支出上限額などの範 囲内に、 全体として立法措置による歳出や歳入 以上が議会の予算編成過程で、 CBO が提供 の変化が収まっているかどうかを把握すること する主な任務である。 その他の重要な任務とし である。 「スコアリング」 が単独の法案の影響 て、 連邦法案の連邦執行命令によって州政府、 を推計するのに対して、 「スコアキーピング」 地方自治体や民間部門などが負う費用負担を評 はすべての法律と法案による累積的な影響を統 価する任務がある (20) 。 さらに、 連邦予算や経 合した結果を推計するものである。 予算に影響 済に影響を及ぼす様々な個別のプログラムや政 を及ぼす法案は、 委員会に報告された時から法 策についてのプログラム評価も行う。 律になるまで、 絶えず CBO によって見守られ る。 「スコアキーピング」 は随時議会に報告さ Ⅳ 予算のあり方の変化 れ、 議会は予算統制に結びつく重要な情報を得 以上、 財政再建の軌跡とその過程での CBO る。 支出権限法や歳入法を予算決議に沿わせるこ の役割をみてきた。 大統領と議会はマクロ的に とを目的とする調整指令の仕組みを作ったのは は1990年代に財政再建に成功したが、 ミクロ的 1974年議会予算法である。 1980年代以降、 予算 には予算のあり方はどう変わったのであろうか。 決議が財政再建のためのルールと結びつくこと により、 強制力を発揮するようになった。 その 1 予算編成過程の変化 時、 CBO が提供する予算に関する分析も、 単 歳出や歳入に関連する法案を提案する際、 提 に予算の姿を議会に知らしめる存在から、 議会 案者は最初に 「では、 この法案のコストは幾ら の立法行為を左右する存在に変貌した。 か」 と CBO に質問するようになった。 つまり 法案が歳出又は歳入に及ぼす影響を問うことか 歳出削減報告 CBO は、 会計年度開始前、 年度半ば及び年 ら議論が始まるようになったのである。 次に問 うのが 「代替財源があるか」 である。 議論のあ ただし、 大半の税法については、 合同税制委員会が作成した推計値を用いる。 1995年無財源マンデイト改革法 (Unfunded Mandates Reform Act of 1995) で明文化された。 レファレンス 2003.12 21 表1 裁量的経費と利払費を除く義務的経費の実績と増加率 年 裁量的経費 義務的経費 (単位:億ドル、 %) 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 績 5,333 5,338 5,394 5,414 5,449 5,327 5,472 5,521 5,720 6,148 6,493 7,344 増加率 6.53 0.09 1.05 0.37 0.65 -2.24 2.72 0.90 3.60 7.48 5.61 8.51 績 5,966 6,485 6,714 7,175 7,388 7,868 8,100 8,594 9,001 9,510 10,084 11,057 増加率 5.00 8.70 3.53 6.87 2.97 6.50 2.95 6.10 4.74 5.65 6.04 9.65 3.2 5.6 5.1 6.2 4.9 5.6 6.5 5.6 5.6 5.9 2.6 3.6 度 実 実 名目経済成長率 (出典) 図1と同じ 表2 裁量的経費の支出上限額 (CAP) の推移 年 制定時 調整額 + 実 績 (単位:億ドル) 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 BA 4,917 5,034 5,115 5,108 5,177 5,191 5,281 5,306 5,330 5,372 5,420 5,511 OL 5,144 5,249 5,340 5,348 5,408 5,473 5,473 5,479 5,593 5,643 5,644 5,608 BA 453 332 242 143 -67 75 116 29 502 476 1,188 1,552 OL 372 208 164 128 79 54 63 123 249 400 878 1,705 BA 5,370 5,366 5,357 5,251 5,110 5,266 5,397 5,335 5,832 5,848 6,608 7,063 OL 5,516 5,457 5,504 5,476 5,487 5,527 5,536 5,602 5,842 6,042 6,522 7,313 OL 5,333 5,338 5,394 5,414 5,449 5,327 5,472 5,521 5,720 6,148 6,493 7,344 度 BA:予算権限額、 OL:支出額 は1990年予算執行法、 1993年包括財政調整法、 1997年予算合意による。 はその後の立法による上乗せ額。 (出典) OMB, OMB Final Sequestration Report to the President and Congress for Fiscal Year 2002. Jan 2002. り方が変わったのである。 1974年議会予算法に 表1は、 裁量的経費と利払費を除く義務的経 より CBO が設置された時から、 コスト推計の 費の実績と増加率の推移である。 裁量的経費に 任務は与えられていた (第403条)。 その目的は、 ついては、 1998年度までは厳しく伸びが抑えら 議会審議で必要な情報を提供することにある。 れている。 裁量的経費が数年間にわたり、 ほぼ だが、 政策に影響を及ぼすという意味では、 限 前年度並みにとどまるのは、 20世紀で初めての 定的な役割に留まっていた(21)。 ところが GRH ことである。 義務的経費は変動もあるが、 裁量 法により、 財政収支の推計が財政赤字の目標上 的経費よりも増加率が大きい。 それは、 ペイ・ 限額を突破する時には、 一律歳出削減命令の発 アズ・ユー・ゴーのルールにより立法措置は抑 動につながりうるようになった。 さらに1990年 えられたが、 既存の義務的経費を抑制するルー 予算執行法により、 コスト推計の数値が法案の ルがないためである。 成否の重要な決め手となった。 つまり、 CBO 表2は、 裁量的経費の支出上限額の推移であ の推計が予算上のルールと結びつくことにより、 る。 欄は1990年予算執行法、 1993年包括財 予算過程において重大な役割を帯び、 予算配分 政調整法と1997年予算合意で予め決めた支出上 のあり方にも影響を及ぼすようになったのであ 限額である。 欄は、 その後の法律で支出上 る。 限額を上乗せした調整額である。 91年と92年の 調整額分の多くは、 湾岸戦争の支出である。 94 2 予算配分の変化 裁量的経費と義務的経費の全体的な動向 Philip G. Joyce, "Congressional Budget Reform : The Unanticipated Implications for Federal Policy 年から98年にかけての 欄の調整額は少なく、 歳出抑制の姿勢が強かったことがわかる。 Making", Public Administration Review, 54(4)(July/August 1996): p.321. 22 レファレンス 2003.12 米国の財政再建と議会予算局 (CBO) の役割 表3 裁量的経費の増減 (単位:億ドル) 表4 裁量的経費 (機能別分類) の増減 度 1992 1998 2002 削減された裁量的経費 裁量的経費 5,338 5,521 7,344 対 GDP 8.6% 6.4% 7.1% 国防費、 国際問題、 宇宙及びその他テクノロジー、 エネ ルギー、 農業*、 商業及び住宅保証、 陸上交通*、 コミュ ニティー・地域開発、 住宅補助 防 3,026 2,702 3,489 増額された裁量的経費 4.9% 3.1% 3.4% 航空輸送、 水上輸送、 教育、 職業訓練・雇用、 医療、 メディケア**、 社会保障**、 退役軍人給付**、 法務行政 2,312 2,819 3,854 3.7% 3.3% 3.7% 年 国 費 対 GDP 非国防費 対 GDP (出典) 図1と同じ このように1990年代の財政再建の過程では、 * 農業と陸上交通は、 2000年度には再び増額されている。 **これらの経費は義務的経費以外に裁量的経費もある。 (出典) 図1と同じ 各歳出予算法の中での予算の取り合い 裁量的経費の伸びが厳しく抑えられた。 89年か 裁量的経費については、 歳出委員会の13の小 ら95年まで CBO のトップである局長を務めた 委員会が各々所管する範囲の予算を歳出予算法 ロバート・ライシャワー氏も 「一部の裁量的経 (表5) の形で起草する。 費は、 必要以上に削減された」 と述べている(22)。 予算の大枠を決める予算決議は、 毎年、 各歳 出予算法別に支出上限額を設定する。 その結果、 裁量的経費の中の変動 各歳出予算法の枠内での予算の取り合いが発生 では、 裁量的経費の中では、 どのような経費 する。 例えば、 クリントン政権下で、 退役軍人 が削減されたのであろうか ( 表3)。 まず、 裁 関係費が増えたが、 同じ歳出予算法に属する住 量的経費の半分以上を占める国防費は、 1992年 宅費、 地域開発費が削減された (表4)。 また、 から98年までに、 実額ベースでも約1割削減さ クリントン政権は犯罪対策を重視したため、 法 れた。 非国防費は、 実額ベースでは伸びている 務行政費 (司法省) を増やしたが、 同じ歳出予 が、 経済成長と物価上昇率を加味した相対的な 算法に属する国際問題経費 (国務省) や商業費 伸びをみることができる対 GDP 比でみると、 (商務省) の予算が削減された (表4)。 つまり、 0.4ポイント低下しており、 実質的に削減され 歳出予算小委員会内の予算のゼロサムゲームと ている。 国防費を相当削減したため、 非国防費 なった。 も削減努力を迫られた結果である。 また、 1992年と98年を比較し、 予算権限額ベー 裁量的経費と義務的経費の壁 スで削減された裁量的経費と増額された裁量的 また、 裁量的経費と義務的経費を分離して、 経費は、 表4のとおりである。 重要な戦略的分 各々に歳出を制御するルールを設けた結果、 不 野の裁量的経費も削減されている。 正や無駄使いを減らす効果をもつような裁量的 義務的経費が全体として増加する限り、 裁量 経費の増額が困難になったという。 例えば内国 的経費の多くが実質ベースで削減されるトレー 歳入庁の人件費は、 裁量的経費に分類される。 ドオフの関係がみられたとの論評もある。 経費 内国歳入庁の人件費を増額して、 脱税の摘発な や政策の重要性、 有効性の観点からではなく、 どにより税収を増やすことも期待される。 しか 当該経費が義務的経費なのか裁量的経費なのか し、 税収の増加は義務的経費のルールに服して により、 削減対象が選ばれたとしている(23)。 いる。 内国歳入庁の人件費と税収は各々別のルー ルに属しており、 相殺できない。 歳入の増加分 Rubin, Op.cit. pp.48-49. Ibid., p.50. レファレンス 2003.12 23 表5 13の通常の歳出予算法(24) 農業、 地域開発及び食料・医薬品行政歳出予算法 商務省、 司法省、 国務省及び司法府歳出予算法 国防総省歳出予算法 コロンビア特別区歳出予算法 エネルギー及び水資源開発歳出予算法 外交歳出予算法 内務歳出予算法 労働、 厚生・人的サービス及び教育歳出予算法 立法府歳出予算法 軍事整備歳出予算法 運輸歳出予算法* 財務省、 郵便及び一般政府歳出予算法* 退役軍人、 住宅・都市開発及び独立機関歳出予算法* 表6 年 義務的経費の増減 度 1992 (単位:億ドル) 1998 変化 2002 義務的経費 8,478 11,005 30.0% 12,766 除く利払費 6,485 8,594 32.5% 11,057 メディケア 1,162 1,902 63.7% 2,277 678 1,012 49.3% 1,475 所得保障 1,713 1,968 14.9% 2,645 社会保障 173 3,761 31.9% 4,745 メディケイド (出典) 図1と同じ 衡法により、 1998年から2002年までの措置とし て、 5年間でメディケアは1,150億ドル、 メディ を支出の増加に充てることができるのは義務的 ケイドは150億ドルの削減がなされた。 しかし 経費のみで、 裁量的経費には使えない。 削減内容は、 医療サービス提供者への支払を減 義務的経費・税収と裁量的経費が相殺できな らしただけであって、 適格要件を厳しくしたわ いルールとしたのは、 支出権限法を作る各委員 けでも、 支給額を減らしたわけでもない。 将来 会、 歳入委員会、 歳出委員会に各々責任がもて の医療費の増加に向けて、 抜本的な対策が採ら る範囲で、 財政赤字を拡大させないようにする れたわけではない。 財政状況が相当好転してい ためである。 しかし政策横断的な予算編成とい た時期においてなお、 抜本的な見直しが行われ う点では、 財政再建のためのルールがマイナス なかったのである。 の効果を及ぼした(25)。 その他、 食料スタンプ (フードスタンプ) の 給付引下げや、 福祉における要扶養児童家庭扶 義務的経費の周辺的な取組み 助の貧困家庭一時扶助への切替えなどの改革は では、 義務的経費の中の主要なプログラムは、 行われたものの、 主要なプログラムへの本格的 この時期どう変動したのであろうか。 1992年か な取組みは手付かずのままであったとの評価も ら98年までの利払費を除く義務的経費の増加率 ある(26)。 が32.5%であるのに対し、 メディケア (高齢者 医療保険制度 ) とメディケイド ( 医療扶助制度 ) 以上のように、 クリントン政権時代の予算配 の増加率が大きい ( 表6)。 両者は、 義務的経 分は、 政策に優先順位を付けた結果というより、 費の中核的存在であって、 人口の高齢化やベビー 1990年予算執行法で導入されたルールに大きく ブーマーの高齢化により今後20年間から30年間 左右された面が強い。 2つのルールは、 財政再 医療費を押し上げ、 財政赤字を増やす。 建というマクロ的な目標を達成するためには、 1990年代に両者に対して、 どのような歳出削 議会の委員会編成面からは効果的であった。 し 減努力がなされたのか。 例えば、 1997年財政均 かし、 予算の機能別分類や政策横断的効果を比 2003年1月に国土安全保障省が設置され、 小委員会の編成が若干再編された。 この表は、 クリントン政権下を 含む2003年度予算以前の委員会編成に対応した各歳出予算法である。 表5中の*印を付けた3つの歳出予算法は 「運輸、 財務省及び独立機関歳出予算法」 及び 「退役軍人、 住宅・都市開発及び種々の独立機関歳出予算法」 に 組み替えられ、 新たに国土安全保障歳出予算法が設けられた。 Joyce, Op.cit., p.323. Rubin, Op.cit., p.55. 24 レファレンス 2003.12 米国の財政再建と議会予算局 (CBO) の役割 較して、 政策に優先順位を付ける予算の資源配 な提案を行い、 1994年3月から本格的な議会審 分機能を発揮する上では妨げになったとの指摘 議が始まった。 この議会には大統領からの提案 がある (27) 。 さらに、 1990年代後半は財政状況 だけでなく、 多くの議員から70にも上る法案が が改善したにも拘わらず、 義務的経費の抜本 提出された。 各々相当異なる内容であったが、 改革を行うべき貴重な時期を逸したともいわれ すべての法案にとって、 共通のハードルとなっ る(28)。 たのは、 CBO に法案の財政的影響が 「スコア 3 長期的な経済全体への影響の軽視 リング」 されることである。 本来、 各案がもた らす医療保険の質、 保険料のあり方、 国民医療 1990年予算執行法により導入されたルールが 費にどのような長期的効果をもたらすか、 保険 もたらしたもう一つの弊害は、 歳出の増加等を 料を負担する企業に及ぼす影響など経済的な費 伴う立法措置を検討する際に、 5年間という短 用と便益、 そして経済社会全体への影響を長期 期的な財政的影響が長期的な経済全体への影響 的な視点に立って、 比較検討しなければならな よりも優先されたという点である。 財政面以外 い。 ところがこれらの論点に先んじて、 向こう の経済全体への影響や、 5年以上先の財政状況 5年間の連邦政府の歳入歳出への影響がまず問 に及ぼす影響よりも2つの予算ルールが優先さ われる。 CBO は、 5年間の財政収支への影響 れたのである。 そこで具体例に沿って、 みてい だけでなく、 10年間の連邦予算への影響、 全体 こう。 的な医療的・行政的な実現可能性、 雇用への影 響に関する分析も報告した。 しかし後者の分析 医療保険制度 (ヘルスケア) 改革 米国の医療保険制度には、 老人を対象とした は考慮されるものの、 予算過程では 「スコアリ ング」 の対象とはならない。 「スコアリング」 メディケアと貧困層を対象としたメディケイド の結果、 ペイ・アズ・ユー・ゴーのルールによ があるが、 国民全体をカバーする公的な医療保 り、 財政赤字を増やさないように、 案の見直し 険制度はない。 個人がそれぞれ民間の医療保険 が求められた。 連邦政府の短期的なコスト便益 に加入する。 実態的には、 大多数の企業がその を重視するため、 医療政策の改革に結びつかな 負担で従業員を医療保険に加入させている。 保 かったという(29)。 険料の高騰は、 企業の大きな負担となり、 大き な経済問題になっている。 国民医療費がこのま ガット・ウルグアイ・ラウンドの批准手続き ま増えると、 対 GDP 比で2030年には3割を超 次の例は、 ガット・ウルグアイ・ラウンド合 えるとの試算もあり、 貯蓄率の低下を招き、 投 意の批准を巡る議会手続きである。 ウルグアイ・ 資や経済成長の阻害要因になるとみられている。 ラウンド合意の特徴は、 農業部門、 金融・電気 他方、 医療保険に加入していない低所得者層も 通信サービス部門の市場開放、 知的財産権の保 極めて多く、 大きな社会問題にもなっている。 護を含む幅広い分野に対するルールを定めたこ クリントン政権は、 国民皆保険を実現すること、 と、 及び世界貿易機関 ( WTO ) の設立に合意 国民医療費の高騰を抑えることを目的に医療保 したことにある。 幅広い分野を対象にしている 険制度改革をめざした。 ため、 個別産業、 労働団体、 消費者団体、 環境 クリントン政権が医療保険制度改革の包括的 Joyce & Mayer, Op.cit. p.14. Ibid., p.10. Joyce, Op.cit., p.322. 保護団体、 経済専門家など様々な層から自由化 レファレンス 2003.12 25 に対する反対論が噴出し、 国内手続きが難航し 究開発投資を促進するという政策の趣旨から考 た。 えれば当然多年度の立法が望ましい。 毎年単年 クリントン政権は、 1994年9月にウルグアイ・ 度の立法を重ねるのでは、 民間企業は中期的な ラウンド合意承認・実施法案を議会に提出した。 展望をもった研究開発投資の増額に踏み切れな 議会では様々な立場からの反対論が展開された。 い。 予算上のルールをすりぬけるような立法が 反対論の一つとして取り上げられたのがペイ・ 行われたために、 民間の研究開発投資が最大化 アズ・ユー・ゴーのルールである。 関税の引下 せず、 経済全体や歳入にもマイナスとなった例 げは、 短期的には歳入の減少をもたらす。 予算 である(32)。 ルールによれば、 これを相殺するためには新税 の導入が必要になる(30) というのが反対派の主 以上、 予算過程を統制するルールが立法過程 張である。 そもそも、 関税の引下げは、 自由貿 にもたらす弊害として、 論点が財政問題に矮小 易の骨格であって、 長期的には経済成長をもた 化した事例、 政策の視野が短期化した事例など らし、 雇用を創出するとされ、 国庫をも潤す。 を紹介した。 CBO や OMB そして会計検査院 それにも拘わらず、 歳入関連法案として問われ は、 90年代後半はむしろ分析の対象となる期間 るのは、 短期的な財政面への影響であって、 長 を長くし、 政策がより遠い将来へ及ぼす影響を 期的な経済効果ではない。 予算を統制するルー 提示する努力を重ねたにも拘わらず、 法案審議 ルが、 経済政策の効果をみる視点を短期化、 矮 の現場では、 視点が矮小化、 短期化する傾向が 小化させた例である。 みられたのである。 予算過程における強制力を この事例に限らず、 予算ルールが党派的な反 発揮するために予算関連の情報を過度に使うこ 対派のための格好の新たな抵抗材料となったと とを 「スコアキーピングによる支配」 と呼び、 いう (31) 。 ウルグアイ・ラウンド合意承認・実 政策の効果を歪めたとの分析もある(33)。 施法案の場合は、 上院が批准のために追加的な 手続きを設けることにより予算ルールを放棄し、 4 推計と政治的圧力 CBO が出す推計が極めて重要となった結果、 合意にこぎつけた。 推計への政治的な圧力も強まるようになった。 投資優遇税制 さらに、 予算上のルールを回避するために、 信頼性の源泉…中立性 研究開発投資の税制優遇措置は、 多年度の税法 そもそも CBO は、 独立性を守るために、 非 改正とせず、 単年度の措置とし、 結果的に毎年 党派性(34) を重要視してきた。 CBO と OMB の 更新された。 恒久的な減税措置にすると、 5年 推計に違いがある時、 立法段階では CBO の方 分の代替財源を探さなければならない。 1年分 が信頼性が高い(35) とされてきた。 また、 一般 の代替財源を探す方がはるかに容易である。 研 に CBO の推計は低い成長率等を前提とし、 "GATT", Congressional Digest, Nov 1994. p.258. Joyce, Op.cit., p.322. Rubin, Op.cit., p.56. Joyce, Op.cit., p.317. 1994年の選挙で両院を共和党が制した後、 CBO の幹部職員の大幅な入替えが行われるとみられたが、 退職は 局長 (トップ) と職員1名の合計2名のみだった。 職員1名は、 新局長との個人的な人間関係によるもので、 政 治的な理由による解雇ではなかった。 CBO の中立性の評判は共和党にとっても重要だということが示された。 Rubin, Op.cit., p.101. 26 レファレンス 2003.12 米国の財政再建と議会予算局 (CBO) の役割 OMB の推計よりも慎重である。 他方、 OMB は、 大統領の予算教書を作成す る大統領直属の機関であり、 ホワイトハウスの 表7 誤差 % −3∼ −2 −2∼ −1 −1∼ 0 0∼1 1∼2 2∼3 頻度 3回 0回 6回 7回 4回 1回 政策に公然と反対することは考えられない。 大 ←←実績の赤字が大きく なる 統領の予算・財政政策がもたらす経済状態に対 して、 楽観的な見通しを出す傾向がある。 誤差の大きさ (対 GDP 比) と頻度 実績の赤字が小さく又は 黒字が大きくなる→→ (出典) Rudolph G. Penner, "Dealing with Uncertain Budget Forecasts", Public Budgeting & Finance, 22(1), Spring 2002 のデータを利用して、 筆者作成。 「スコアリング」 の政治化 21回の内17回は、 誤差が±2%以下であり、 「スコアリング」 が政治的論争の焦点になっ た例として、 再びクリントン大統領の医療保険 21回の絶対値の平均は1.1%である。 1.1%を 制度改革に着目しよう(36)。 大統領の提案によっ 2002年の GDP にあてはめれば、 1,149億ドルに て、 1995年から2000年までの6年間で生じる財 相当する。 4回は GDP 比±2%以上で、 相当大 政収支の変化について、 OMB は赤字が585億 きな誤差である。 また、 80年代は、 CBO の推 ドル減るとの推計であった。 それに対して、 計よりも実績の赤字が大きくなった年が多く、 CBO は赤字が740億ドル増加すると推計した。 財政赤字を小さ目に推計する楽観的な傾向があっ 両者は正反対の推計を出した。 CBO は、 大統 た。 90年代には、 推計よりも実績の赤字が小さ 領案が長期的には財政赤字削減に寄与するとし くなる年が多く、 財政赤字を大き目に推計する ながらも、 零細企業が負担する保険料に対する 慎重な傾向があった。 補助金が政府の見積りより多くなると分析した。 OMB の推計は、 財政赤字の削減と医療保険制 ダイナミック・スコアリングの要請 度改革の実現というクリントン政権の二枚看板 1990年代の後半には、 CBO の慎重な、 ある を両立させるものだったが、 CBO はこれに真っ 意味では厳しい見通しが続く中で、 より多くの 向から挑戦した。 政府側からは、 CBO の算定 支出や減税が可能となるように推計方法を改め 方法が医療保険制度改革を葬り去ったとの批判 るよう要求する圧力が議員から高まるようになっ もあった。 CBO は論争の真っ只中にいるとい た。 財政状況の好転が背景にあった。 うだけでなく、 論争の一方の主役になった(37)。 米国では、 マクロ的な経済効果を織り込んだ 推計を 「ダイナミック・スコアリング」 という。 推計と誤差 レーガン大統領による1981年の大減税の際、 減 では、 事後的にみて、 CBO の推計はどの程 税が経済を刺激し、 税収が増えると OMB が推 度正確なのだろうか。 ルドルフ・ペナー氏の論 計したのが典型例である。 現実はこの推計を裏 文より、 1980年度から2000年度までの21回の予 切り、 残ったのは巨額の財政赤字であった。 測について、 翌年の財政収支予測と実績額の差 OMB のトップであった当時の局長は、 後に である誤差がどの程度であったのかを紹介する。 「とんでもない過ちだった」 と自分の著書の中 誤差の対 GDP 比のばらつきは、 表7のとおり で書いている (38) 。 この事例については、 90年 である。 代半ばまでは、 議会にも鮮明な記憶が残ってい Shick, Op.cit., p.87, Rubin, Op.cit., p.100. Joyce & Mayer, Op.cit., p.6. Rubin, Op.cit. p.100. Ibid., p.34. レファレンス 2003.12 27 た(39)。 両者の有用性を示していくことが期待される。 しかし、 1994年の選挙で共和党が下院を制し、 議員が大幅に入れ替わった。 議会では98年には Ⅴ おわりに キャピタルゲイン減税を行うために、 ダイナミッ ク・スコアリングへの要求が強まった。 特に90 以上、 財政再建の過程で予算のあり方に生じ 年代後半には、 CBO の厳しい推計が続いたこ た変化をみてきた。 米国の財政再建への取組み とも要因となった。 「CBO の独立性を脅かす」 が提起する課題と注目点をみる前に、 財政黒字 と共和党議員が反対するほどの圧力をギングリッ を回復して以降の政策動向を簡単に確認する。 チ議長は CBO に加えた(40)。 しかし、 96年から まず、 裁量的経費の支出上限額への調整額を 97年までの局長ジュン・オニール氏も97年から 確認されたい ( 表2参照 )。 1999年以降、 調整 2002年までの局長ダン・クリッペン氏(41) もこ 額を大幅に上乗せする立法(44) が相次いだ。 そ れに抵抗した。 CBO は、 経済予測の中に経済 の上ブッシュ政権は、 次々と大型減税を断行し の動態的変化は折り込み済みであって、 税制改 た。 さらに、 1990年予算執行法で導入されたルー 革による経済効果を財政収支に織り込むことは ルは延長の立法措置がとられなかったため、 一 ダブルカウントになると考えている。 CBO の 部を除き2002年9月末に失効した (45) 。 景気動 その他の反対理由としては、 経済効果について 向や同時多発テロ事件以降の政治的要因もある の基礎的データがないこと、 財政学的に保守的 が、 財政規律が弛緩し、 財政収支が急速に悪化 でないことを挙げた。 クリッペン局長は、 合理 している (図1参照)。 的に保守的な推計を行うと述べ、 議会から指示 このような中、 財政再建の取組みからどのよ された経済前提を用いた推計(42) も作成するが、 うな課題が得られるだろうか。 まず、 17年間の これに同意しない旨を報告書に明記するという 取組みが招いた大きな問題として、 予算編成ルー 対応をとった。 専門家からは、 CBO の独立性 ルが非常に複雑になった点がある。 予算統制は、 を守ったと評価されている。 しかし、 その後、 議会の重要な役割である。 複雑に過ぎるシステ 議会は楽観的な推計を行う傾向がある OMB ムは、 議会ひいては国民が政府を統制する上で の推計を用いることへ急速に傾斜しているとい は好ましくない。 しかし、 複雑になったのは、 う (43) 。 予算過程、 立法過程で財政推計が政治 財政赤字が膨張したからであって、 財政再建の 的に重みを増した結果であるとはいえ、 CBO ために必要な政治的コストともいえる。 となる にとっては皮肉な結果ともいえる。 しかし、 推 と、 コストを負担しても財政赤字は削減すべき 計の正確性、 財政の将来像についての優れた分 なのか、 一定の財政赤字は許容(46) すべきなの 析力を示すことで、 今後とも両機関が競いあい、 かが問題になる。 94年の大統領選挙では、 ボブ・ドール上院議員がダイナミック・スコアリングによる減税案を提案し、 かえっ て、 国民の信を失ったという。 Rubin, Op.cit. p.107. 共和党支持者で80年代前半にレーガン大統領とベーカー上院共和党院内総務の下で働き、 オニール氏よりも現 実主義の保守主義者とみられていた。 「ディレクティブ・スコアリング」という。 通常、 OMB の前提条件を用いるよう指示される。 Rubin, Op.cit. p.108. OMB もクリントン政権期に財政再建に大きく貢献し、 専門的な能力の高さで、 政治的 な信頼性を非常に高めた。 2000年人口調査など緊急でない経費まで緊急経費と称した上乗せも行われた。 予算ルールとの結びつきはなくなったが、 コスト推計やスコアキーピングなどは引続き CBO の任務である。 28 レファレンス 2003.12 米国の財政再建と議会予算局 (CBO) の役割 ただ、 米国は今後20年間から30年間はベビー 選択をもたらした点を指摘した。 しかし、 我が ブーム世代の高齢化を迎え、 社会保障関係費が 国の予算編成が中長期的視野で編成されてきた 大幅に増加し、 財政状況が確実に悪化する。 17 わけでは決してない (47) 。 米国の予算ルールが 年間の財政再建の取組みを過去のものとするこ 政策選択に歪みを与えたことや、 財政推計に誤 となく、 改めて財政運営の目標を問い直す必要 差が含まれることをもって、 中長期的な財政推 があろう。 G7諸国の中で財政状況が最も悪い 計の重要性を否定するものではない。 CBO や 我が国も、 将来的な政治的コストをも意識しつ OMB は90年代後半以降、 10年先、 30年先の超 つ、 まずは、 財政運営の目標を見据えていく必 長期の財政需要に関する分析を立法現場に提供 要があろう。 し続けている。 ここ1、 2年、 急速に財政赤字 第2に注目されるのは、 義務的経費と裁量的 経費を分けて財政支出を統制した仕組みである。 が拡大しているが、 財政運営が争点に浮上すれ ば、 両機関の情報が一層重要になろう。 これは連邦議会の独特の予算編成体制の中で機 第4は、 政策判断のために合理的な根拠を与 能した仕組みではある。 裁量的経費と義務的経 える機関が2つ存在することの意義である。 両 費を横断する資源配分機能を損なうなど欠点も 者の推計を比較(48) することで、 分析の信頼性 あった。 しかし、 我が国でも国債の利払費や義 が向上し、 また、 両機関が競い合うことで専門 務的経費に相当するような社会保障関係費が膨 的な能力が向上している。 特に CBO は、 予算 らみ、 その他の政策的経費を圧迫している。 社 を通じて議会が政府を統制する上での実質のあ 会保障関係費が今後一層膨らむことは避けられ る手足となっている。 ない。 その他の政策的経費を確保するためには、 米国が構築した財政再建のためのルールも2 バランスをどう取れば良いのか。 義務的経費の つの予算局の存在も各国のモデルとなっている。 伸びを抑制しつつ、 予算のもつ資源配分機能が 独自の政策的枠組みを自前で構築し続ける能力 発揮されるような仕組みをどう構築するかは先 は、 米国の強さの源泉のひとつであろう。 我が 進諸国共通の大きな課題である。 国でも米国の財政再建に係る取組みを参照する 第3に注目すべきは、 中長期的な視野に立っ 際には、 日米の制度的枠組みの違いを踏まえつ た財政運営を行うこと及びその為の基盤である。 つ、 上記に掲げた課題や注目点も参考にしたい。 先に、 米国の予算ルールが短期的な視野の政策 (かたやま のぶこ・財政金融課) イギリスは、 単年度ではなく景気循環を通じた財政収支均衡を求める。 欧州連合の通貨統合参加基準では、 対 GDP 比3%の赤字までは許容する。 元財務官僚が、 我が国の財政破綻をもたらした原因の一つに、 財政運営において中長期的な枠組みが欠如して いたことを指摘している。 米澤潤一 「プライマリーバランス分析からみた財政構造悪化の軌跡」 金融財政事情 2001.8.27、 pp.30-35. 英国では、 ブレア政権が会計検査院に新たな任務を与え、 財務省の財政予測の前提となるマクロデータの監査 を行わせている。 片山信子 「英国ブレア政権の財政政策と予算制度改革」 レファレンス 615号、 2002.4、 pp.1920. レファレンス 2003.12 29