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「母と子の食生活・栄養の現状と問題点を探る」(藤澤良知)

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「母と子の食生活・栄養の現状と問題点を探る」(藤澤良知)
「保育科学研究」第6巻(2015年度)
母と子の食生活・栄養の現状と問題点を探る
実践女子大学名誉教授 藤澤 良知
はじめに
議がなされ、すべての加盟国に「粉ミルクの販売活動状
況を検討し、措置を講じる」よう要請がおこなわれた。
厚生労働省において第4回「乳幼児栄養調査」が平成
WHOの決議を受けてわが国では、1975年(昭和50年)
27年9月に実施され、
近く結果が発表される予定である。
に母乳栄養推進のため、①1.5か月までは、母乳のみで
乳幼児栄養調査の第1回は昭和60年に始まり、
平成7年、
育てよう。②3か月までは、出来るだけ母乳のみで頑張
平成17年、そして第4回として今回の調査が行われてい
ろう。③4か月以降でも、安易に人工ミルクに切りかえ
る。この調査は子どもの食習慣、食物摂取の実態、生活
ないで育てよう。の3つのスローガンを掲げて母乳栄養
習慣との関わり、食に関する保護者の困りごと、母乳栄
を推進している。国際児童年であった1979年(昭和54年)
養の推進、
食物アレルギーの実態など乳幼児の食の現状、
には、WHOと国連児童基金(UNICEF)はジュネーブ
そして問題点等を明らかにして、食生活指導の基礎資料
で、乳幼児の食事に関する合同会議で「唯一の自然な育
を得ることを目的として実施されており、その結果が注
児方法は母乳によるものであり、すべての国は母乳を積
目される。
極的に奨励しなければならない」という乳幼児の健康と
栄養の改善についての提言を採択している。
なお、ここに挙げた内容は、第4回乳幼児栄養調査が
行われる意義に関連して、母と子の食生活・栄養の現状
また、1989年(平成元年)、WHOとUNICEFは、世界
はどうなっているのか、問題点は何か等を明らかにした
中の分娩を扱うすべての施設に対して「母乳育児を成功
いとの思いから平成27年4月から9月にかけて6回に亘
させるための10か条」の受入れを呼び掛けている。この
り、
「保育界」に掲載した内容である。問題点のご指摘、
10か条は、お母さんが赤ちゃんを母乳で育てられるよう
ご指導をいただければ幸いである。
に産科施設とそこで働く職員が実行すべきことを具体的
に示したものである。
また、1989年(平成元年)
、国連総会で「子どもの権
Ⅰ.母乳育児の勧め
利に関する条約」が採択されたがその中に母乳栄養によ
1.母乳栄養率の改善
る育児は子どもの権利であると明記している。わが国は
平成6年に同条約を批准、翌年発効している。
わが国の母乳栄養率は、
戦後低下傾向を示していたが、
母乳栄養推奨のため、1992年(平成4年)以来、8月
最近は増加傾向にある。WHOの母乳栄養キャンペーン
1日を世界母乳の日としている。また、同日から1週間
活動を始め、わが国でも母乳栄養の推奨が行われてきた
を世界母乳週間としている。
が、その成果もあって、乳幼児身体発育調査によると、
このように、母乳栄養は最善の育児法である。厚生労
母乳栄養率は平成2年44.1%が、平成12年には44.8%、
平成22年には51.6%と増加している。
(表1)
働省は、2007年(平成19年)に「授乳・離乳の支援ガイ
表1 1か月児の栄養方法の推移(母乳栄養率は向上)
いて、乳児保育をすすめるにあたっては冷凍・冷蔵母乳
ド」を策定してその推進がはかられている。保育所にお
の方法もある。実施にあたっては、家庭での搾乳、保存、
母乳栄養(%) 混合栄養(%) 人工栄養
(%)
平成2年
44.1
42.8
13.1
温度管理、運搬方法をはじめ、保育所での扱い、保存法、
平成7年
46.2
45.9
7.9
解凍法など十分な衛生的配慮が必要になる。また、2006
平成12年
44.8
44.0
11.2
年に健やか親子21推進検討会から「妊産婦のための食生
平成17年
42.4
52.5
5.1
活指針」と、食生活指針を実現するための食事バランス
平成22年
51.6
43.8
4.6
ガイドが作成されているので有効活用したい。
資料:平成2、12、22年は厚生労働省「乳幼児身体調査」、平成7、17年
は厚生労働省「乳幼児栄養調査」
3.母子相互作用
よく「子どもはお母さんの心音を聞いて育つ」などと
2.母乳栄養の推進における国際的な動き
言われるが、子どもの心身の成長発達は母子相互作用に
哺育の減少傾向を指摘し、
「乳児栄養と母乳哺育」の決
相互作用を示したもので、母と子の肌と肌との接触感覚、
負うところが大きい。図1は、母子間に同時に発生する
WHOは1974年(昭和49年)の総会で、世界的な母乳
102
母と子の食生活・栄養の現状と問題点を探る
授乳中の目と目の接触、語り掛け、身ぶり、手振りの行
とを示している。(図1)
動、これに体臭などが関係を深める要素となっているこ
図1 生後数日間に同時に発生しうる相互作用(母から子どもへ、子どもから母へ)
資料:Klaus.M.H.& Kennell.J.H.1966
は遂に3㎏を下回ってしまった。
ところが最近はインターネット機能のついた携帯電話
が普及し、メールのやり取りなどで授乳している時、目
また、2.5㎏未満の低体重児の割合は昭和51年には男
と目を合わせようとしない傾向があると指摘されてい
子4.5%、女子5.3%まで低下したが、その後は男女とも
る。授乳は栄養摂取だけでなく母と子のコミュニケーシ
上昇傾向にあり昭和55年には男子4.8%、女子5.6%、平
ョンの場であり、赤ちゃんはお乳を飲みながら、母親と
成25年には男子8.5%、女子10.7%と増加している。こ
しっかり顔を見つめ合う関係を深めたい。母子関係にお
のように出生時の平均体重は、この35年間で約200gも
ける相互作用の重要性については絆、愛着、最近はアタ
減少している(表2)。
ッチメントという言葉がよく使われている。赤ちゃんと
図2は、出生時の平均体重及び2,500g未満の低体重
母親との相互のアタッチメントの形成による心の発達を
児の年次推移をみたものである。出生時平均体重2,500
促したいものである。
g未満の低体重児出生率は1975年(昭和50年)頃まで
年々低下を示していたが、1980年(昭和55年)を境に上
昇に転じ、現在も増加傾向にあることがわかる(図2)。
Ⅱ.問題の低体重児の増加と若い女性のスリ
ム化志向
2.母親の出産年齢の上昇
1.出生時の平均体重の減少
母親の年齢別に人口千対の出生率をみると、昭和48年
は25~27歳、平成5年は27~29歳にピークを示したが、
人口動態統計により出生時の平均体重をみると、男子
は昭和48年に3.25㎏、女子は昭和49年に3.16㎏まで増加
平成25年には29~31歳にピークがあるなど、母親の出産
したが、以後減少に転じ昭和55年には男子3.23㎏、女子
年齢が年々遅くなってきていることがわかる(図3)。
平成25年の第1子出生時の母親の平均年齢は30.4歳、
3.14㎏、平成25年には男子3.04㎏、女子2.96㎏と、女子
表2 低体重児(2.5㎏未満)と出生時の平均体重の推移
資料:厚生労働省「人口動態統計」
103
「保育科学研究」第6巻(2015年度)
図2 性別にみた出生時平均体重および2,500g未満出生数割合の年次推移
(昭和50年~平成25年)
資料:厚生労働省人口動態統計
図3 母の年齢別にみた出生率の年次比較
資料:厚生労働統計協会で算出「国民衛生の動向2015/2016」
第2子は32.3歳、第3子は33.4歳であり、昭和25年より
栄養に暴露され、その後にマイナスの生活習慣が負荷さ
も第1子は6.0歳、第2子は5.6歳、第3子は4.0歳も遅
れることにより成人病が発症する。即ち成人病といわれ
くなっている。また、結婚後、第1子出生までの平均期
る生活習慣病は、この2段階を経て発症する」という説。
間は平成25年で2.37年、
昭和55年より0.76年伸びている。
このように胎生期の低栄養状態、妊婦の栄養改善は、子
このように結婚年齢が段々遅くなり、出産年齢も高く
ども達の生活習慣病のリスクを軽減するうえでも重要で
ある。
なるなど母子保健上問題となってきている。
また、最近は晩婚化が進み、卵子の凍結保存が話題に
4.問題の若い女性のスリム化志向
なるなど問題が多いように思われる。
最近は若い女性の朝食の欠食、BMI(体重㎏╱身長㎡)
3.胎生期の栄養環境の重要性(成人病胎児期発症説)
18.5未満のやせが問題になってきている。
成人病(生活習慣病)胎児期発症説は、1986年にイギ
平成20年国民健康・栄養調査によると体重を減らそう
リスの疫学者David Barkerらが提示したもので「成人
としている成人女性は51.6%、20歳代女性では55.8%に
病の素因は受精時つまり妊娠した時点、妊娠8週頃まで
及んでいる。このように、出生時体重の減少、若い女性
の胚芽期、胎児期、出生後の乳児期に低栄養あるいは過
のダイエット志向が問題となっている。
104
母と子の食生活・栄養の現状と問題点を探る
5.子どもの貧困率
然起床時刻も遅くなり、それが朝食の欠食原因となって
子どもの貧困率とは、平均的な生活ができない所得水
いるので早寝早起きを習慣づけたい。
準の家庭で育った、
18歳未満の子どもの割合でOECD(経
食生活、睡眠などの生活習慣、生体リズムの乱れは、
済協力開発機構)が基準を定めている。貧困かどうかの
子どもの健康に悪影響を及ぼし、ひいては体力の低下、
指標となる「貧困線」は、国民全体の年間所得額に応
気力や意欲の減退、集中力の欠如など精神面に与える影
じて並べたとき、ちょうど真ん中に位置する人の所得を
響も大きいものがある。早寝・早起き・朝ごはん、そし
基準にその半分の所得額のラインと定められている。平
て昼も夕も食事を規則的にとることによって、生活リズ
成24年国民生活基礎調査によると、2012年の貧困線(等
ムを健康的に規律化させたい。
価可処分所得の中央値の半分)は122万円(名目値)で
2.国民健康・栄養調査、乳幼児栄養調査にみる幼児の
あった。子どもの貧困率は2002年以降、悪化し続けてお
欠食率
り、2012年に16.3%と過去最悪を記録している。この原
因の一つは離婚率の増加と、ひとり親家庭が増えたこと
厚生労働省の国民健康・栄養調査で、1~6歳児の朝
などが要因とされている。ひとり親家庭など大人一人で
食の欠食状況をみると、平成22年は6.8%、平成24年で
子どもを養育している家庭の相対的貧困率は、平成24年
は6.5%にも及んでいる。(表3)
で54.6%にも及んでおり、経済的に困窮している状況が
厚生労働省の平成17年乳幼児栄養調査では子ども(4
うかがえる。国の子どもの貧困対策も漸次進んできてい
歳未満)と母親の朝食習慣が調査されている。朝食をほ
るが、保育にあたっては、ひとり親家庭の問題をはじめ、
ぼ毎日食べるは90.6%、週に4~5日食べる5.4%、週
子どもをめぐる経済環境、食環境の現実にもっと目を向
に1~2日食べる2.0%、殆んど食べない2.0%であった。
けたいものである。
また、母親が朝食をほぼ毎日食べる子どもの欠食は
6.0%であったが、週に4~5日食べる場合では20.0%、
週に2~3日食べる、殆んど食べない場合では、子ども
Ⅲ.幼児の早寝早起き朝ごはんの勧め
の欠食もそれぞれ29.7%、29.8%と高かった。このよう
1.朝食の欠食状況
に、子どもの欠食予防策は、まず、幼児の早寝早起きの
習慣化と親の意識を変えるようなアドバイスが求められ
子ども達の健康は、リズムのある生活活動や食事内容
ていることがわかる。
の影響を大きく受けることになる。なかでも朝食は1日
平成27年9月実施の厚生労働省の第4回乳幼児栄養調
のスタートとして大切である。ところが、私たち大人の
査では、0歳以上2歳未満児、2歳以上6歳未満児と調
生活はテレビの発達、
生活の多様化などから夜型となり、
査に回答した保護者、養育者について平日と休日の別に
遅寝遅起き型のライフスタイルが、睡眠不足や朝食抜き
起床、就寝時刻の調査がされているがその結果が注目さ
などの基本的生活習慣の乱れを引き起こしている。
れる。
子どもの早寝早起き、朝ごはんの習慣化のためには家
庭の保護者の努力が期待される。幼児は夜遅く寝ると当
表3 1~6歳児の朝食の欠食状況(資料:国民健康・栄養調査)
年
平成16年
平成1 8年
平成20年
平成22年
平成24年
欠食率
4.8%
5.8%
5.7%
6.8%
6.5%
3.欠食のリスク
量が多い。とりわけ、脳はエネルギー
(ブドウ糖)の大
朝食をとらないと基礎代謝が落ち、午前中の体温が上
食漢である。また、朝起床してすぐには体の交感神経が
がらない、気力・集中力がわかない、活発な活動ができ
十分働かない。血圧や体温も低く、脳も活発に活動する
ない、学習能力や体力にまで影響することになる。
状態でなく、食欲もわいてこない。
朝は前日の夕食時に蓄えたブドウ糖が少なくなってお
このように、朝食は基礎代謝を高め、体温や血圧を上
り、脳へのブドウ糖によるエネルギー供給が不足するの
昇させ、脳のはたらきを助けるなど全身の代謝活性を高
で、学習能力が低下することになる。人体の各部位のエ
めるはたらきをしている。早寝早起き、朝は自分で起き
ネルギーの消費状況をみると、筋肉の運動によって消費
て(自律起床)体を動かすことにより、体も目覚め、食
されるエネルギーより、臓器の代謝によって消費される
欲も出て朝食もおいしく食べられるのである。
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「保育科学研究」第6巻(2015年度)
4.増える孤食、家族バラバラの食事
心の触れ合いの出発点にしたい。平成21年厚生労働省の
最近は生活の多様化もあり、家族バラバラの食事、子
「全国家庭児童調査」で家族揃って食事をとる日数を朝
どもの一人食べなど孤食が増加している。孤食ではどう
食でみると、毎日が25.8%に過ぎず、殆んどないが32.0
してもコミュニケーションがないため早食い、よく噛ま
%も見られる。また、夕食の状況をみても、家族そろっ
ないとか、食欲が落ちて偏食になりやすく、栄養バラン
ての食事は毎日26.2%、4日以上18.6%であり、1日だ
スが崩れ、その結果精神的にも不安定となり、子どもの
け10.1%、殆んどない7.0%と朝、夕とも孤食化が進ん
心身の健康に影響を与えることになる。子どもの健全育
でいることがわかる。かつて文化人類学者の石毛直道は
成のためには、家族揃っての食事、友達との共食の楽し
「人間は料理する動物である」
「人間は共食の動物である」
と述べているが素晴らしい言葉である。(図4)
さ、大切さを習慣化させたい。食事を共にすること自体
優れたコミュニケーションであり、食卓を親と子どもの
図4 家族そろって食事をとる日数(18歳未満の子どものいる世帯 平成21年)
(1)朝食
(2)夕食
出典:厚生労働省「全国家庭児童調査」
5.幼児の就寝時刻・起床時刻と朝食の欠食との関係
ことは子どもの育つ力(自発性、好奇心、興味、やって
(日本保育協会調査)
みたいという意欲など)をいかに伸ばすかの体験学習が
平成20年度に、日本保育協会が厚生労働省の委託研究
大切である。子どもは本来自ら育ち、生きる力を持って
調査として、私共が実施した調査研究で、保育園児(2
おり親や保育者や給食関係者はこの子どもの自ら育つ力
~6歳児)の就寝時刻・起床時刻と朝食の欠食との関係
をいかに支え伸ばしていくかが求められている。
を調査した。早寝の子どもは(就寝時刻午後7時30分か
Ⅳ.健康的な食事 ─ いつ・何を・どのよう
に食べるか ―
ら9時)は、午前6時前の起床が11.5%に対し、遅寝の
子ども(就寝時刻午後9時以降)は僅か1.3%に過ぎな
い。また、午前6時~6時30分の起床は、早寝の子ども
1.時間栄養学(食事のタイミングの大切さ)
は35.9%であるが、遅寝の子どもは13.9%に過ぎない。
就寝時刻と朝食の摂り方との関係をみると、早寝の子ど
栄養素の摂取というと、従来は栄養素の質と量、食品
もは朝食を家族全員でとるが39.2%に対し、遅寝の子ど
の種類と組合せによる栄養バランスが重視されてきた
もは27.0%に過ぎない。子どもの早寝早起き、そして家
が、最近は、いつ・何を・どのように食べるか。といっ
族揃っての食事は健康家族の基本としてその定着化を図
た時間栄養学が注目されるようになってきた。同じ食事
りたい。子どものうちに早寝早起き朝ごはんの食習慣を
でもタイミング次第で体への影響が異なるのである。
確立することは、子ども達の生涯にわたる、健康づくり
大人の生活の乱れが影響して、最近は子どもの生活リ
の基礎であり、また豊かな人間性を培うためにも極めて
ズムの乱れが目立つようになってきた。平日と休日の生
大切である。
活内容が極端に違う大人が多いが、できるだけ子どもへ
の影響を少なくしたい。子ども達の、毎日の就寝・起
6.
「教える・育つ・育てる」のバランスを
床・食事時刻はできるだけ一定にしたい。大人の生活で
幼少期における「教える」という言葉の中には「育
は種々な制約が多く、毎日規則正しい生活ができないこ
つ・育てる」という重要な意味が含まれている。大切な
とが多いと思われるが、小児期に十分な規則的な生活習
106
母と子の食生活・栄養の現状と問題点を探る
慣を身につけて、
生物時計的リズムを身につけておけば、
なるべく多種類のものを組み合わせて、栄養バランスを
体調の変化を起こしにくく、崩れた場合も治りやすいと
とるようにしたい。(図5)
また、「健康な食事」について発育期の子どもの食事
いわれている。
の在り方が検討会報告として、表4のように示されてい
また、生活リズムの整った子どもは身体活動水準が高
るので参考にしたい。
く、生活行動、摂食行動も活発で食欲も旺盛であるとい
われる。生活リズムを整えることはゲゼル(A.L.Gesell)
3.大切な睡眠のリズム
の言う「自己調整」能力を伸ばし、ひいては子どもの健
子どもの睡眠は、まず眠りの浅いレム睡眠が始まり、
全な食習慣つくりに役立つことになろう。
暫らくすると眠りの深いノンレム睡眠に入り、次に中程
2.望ましい食事の摂り方(健康な食事)
度の睡眠が続き、深夜の午前2時から3時頃再び睡眠は
同じ量と質の食物をとるにしても、食事回数とか食事
深くなるといわれている。ところが、最近の子どもの中
時刻・時間帯、食事の摂り方(ゆっくりよく噛んで)な
には寝る時間が遅くなってきているためこの時間が明け
どによって、栄養効果が異なるばかりでなく、健康にも
方にずれ込み、十分に深い睡眠をとらないうちに起きる
大きな影響のあることが明らかになってきている。食事
ことになり睡眠不足となっているなど、生活リズムが崩
の摂り方をいかに健康的に習慣づけるかが大切である。
れてきているといわれている。
平成26年10月に厚生労働省から「健康な食事」の基準
寝る子は育つという諺があるが、子どもの成長をつか
が検討会の報告書として示された。その基本は主食+主
さどるホルモンは、午後10時頃に活発になるが、就寝時
菜+副菜の組合せである。主食+主菜+副菜の組み合わ
刻の遅延は成長ホルモンの分泌を低下させる。このよう
せは昔からの献立作成の知恵である。毎日、主食(ごは
に成長ホルモンは、就寝時刻によって分泌量も影響され、
んなどの穀類及び製品)を一定量きちんと摂り、主菜
睡眠不足では成長ホルモンの分泌が少なく、健全な成長
が期待できないことになる。
(主要たんぱく質源)
、副菜(ビタミン、ミネラル源)は
図5 献立の組み合わせ
表4 子どもの「健康な食事」のあり方について
資料:厚生労働省「健康な食事」(平成26年10月)の資料の一部改変
107
「保育科学研究」第6巻(2015年度)
4.体内時計
睡眠、運動など生命活動や心身の健康に大きく影響する
睡眠や覚醒、ホルモン分泌などの生命活動の変動(リズ
脳神経やホルモンによって微妙に調整されている栄養機
ム)をつくる仕組みをさしている。
正常に機能しないと、
能を伸ばしたい。
生体リズムを整え体内の消化吸収、栄養素の代謝など、
体内時計とは、生物の細胞にある時計遺伝子が働いて
幼児期の生体リズム調整のためには
子ども達は体調不良をきたすことになる。
子ども達が、朝食を欠食し、また、夜更かしすると体
①家庭で朝起きたら、カーテンを開けて光を取り入れる。
内時計と実際の時間との間にずれが生じ、体調を崩して
②起床・就寝時刻は毎日一定にする。
気力・意欲の低下をきたすことになる。健康づくりのた
③朝食は毎日決まった時刻に食べる。
めには朝・昼・夕の3食を規則的にとり、日常の生活リ
④昼夜の環境にメリハリをつける。
ズムを健康的に整え、規則正しい生活、バランスのとれ
⑤平日と休日の生活リズムを一定とする。
以上のことを履行したい。
た食事、十分な睡眠・休養の大切さを身につけたい。
体内時計を正常に保つためには
①朝、まず決まった時間に太陽の光を浴びる。朝の光は
Ⅴ.子どもの心と体を育む食育
生物時計の周期を生活環境に合わせる働きをし、心を
1.保育に占める食育の役割
穏やかにする神経伝達物質セロトニン活性を高める。
②保育所にあっても昼間は、なるべく外に出る機会を増
わが国では、古くから子どもを養育する際、知育・徳
やす。昼間明るいところで生活することによって、夜
育・体育の3点が重視されてきた。明治31年に石塚左玄
メラトニンの生成が促され熟睡することができる。
著1)「食物養生法」では、学童を養育する人々は家訓を
③早寝早起きして朝ごはんをしっかり摂ること。
厳しくして、体育、智育、才育の基本として「食育」の
④1日3回の食事を規則的にとること。
重要性を述べている。また、村井弦斎2)は明治36年に報
これらによって、1日の生活リズムが作りやすくなる。
知新聞連載小説「食道楽」の中で、
「小児には、徳育よ
家庭や保育所における規律的な生活の大切さである。
りも智育よりも、食育が先、体育、徳育の根源も食育に
あり」と謳われている。このように食育の言葉はいまよ
5.
「早寝早起き、朝ごはん」で健全な生活リズムを
り110年以上も前に使われていたことでまさに驚きであ
朝食の摂取など規律ある生活習慣は、
子ども達の体力、
る。そして2005(平成17年)に制定された食育基本法で
気力、集中力、学習能力に大きく影響することを理解し
は、食育は知育・徳育・体育の基礎として位置づけられ
早寝早起き、朝ごはんを習慣化したい。特に幼児期から
ている。知育・徳育・体育・食育を簡単に定義すると図
の「早寝早起き朝ごはん」の習慣化によって体温、血圧、
6のようである。
図6 食育は知育・徳育・体育の基礎
108
母と子の食生活・栄養の現状と問題点を探る
保育所の保育は養護と教育の融合の視点に立って、豊
とが求められている」と謳われている。また、第20条で
かな人間性、生きる力、基本的生活習慣を育む場であり、
は学校、保育所などにおける食育の推進が明記されてい
保育の質を高めるためにも食育の役割は極めて大きいも
る。平成20年に保育所保育指針が改訂されているが、そ
のがある。また、食育の出発点は幼児期にありと言って
の第5章の「健康及び安全」の中に、保育所における食
よいであろう。
育の推進が、健康生活の基本である「食を営む力」を培
う基礎として位置づけられている。まさに、保育に占め
近年、生活習慣病の若年化が進み、健全な生活習慣、
食習慣をどう育成するかが課題となっており、保育の中
る食育の重要性である。日本保育協会が毎年公募してい
に食育をしっかり位置づけたい。食の改善活動は健全な
る「保育実践研究」の応募の中にも保育園の食育活動が
食習慣、食行動の発達、心や情緒面、社会性の発達等へ
取り上げられているが、更なる充実が期待される。
の影響の大きいことを理解し、食育を推進したい。
2.楽しく食べる子どもの5つの姿(厚生労働省の保育
食育基本法の前文では「子ども達が豊かな人間性を育
所における食育の指針)
み、生きる力を身につけていくためには、何よりも「食
保育所における食育は、保育所保育指針を基本として
が重要である」と明記し、食育を「生きる上での基本で
あって知育・徳育・体育の基礎となるべきもの」と位置
取り組むこととされているが、平成16年に厚生労働省か
付けている。また、併せて「さまざまな経験を通じて食
ら「楽しく食べる子どもに~食から始まる健やかガイ
に関する知識と食を選択する力を習得し、健全な食生活
ド」が作成されている。その5つの姿は次のとおりであ
を実践することのできる人間を育てる食育を推進するこ
る(表5)
。
表5 楽しく食べる子どもに5つの姿(像)
資料:厚生労働省「食を通じた子どもの健全育成(いわゆる食育の視点から)」のあり方に関する検討会報告
書(2004)
3.子どもの食育における保護者、保育関係者の役割
心身の発育発達がなされていくわけで、子どもの食は心
幼児期は健全な心身と豊かな人間性を育む基礎づくり
や情緒、感性の発達といった精神発達の面からとらえて
の時期である。食育の推進に当たっては父母その他の保
いくことが大切である。楽しい食卓は子ども達の心の成
護者や教育、保育に携わる関係者の意識向上を図るとと
長、健全育成に大きな影響を与えることになろう。また、
もに、相互の連携のもと、家庭、保育所、地域社会がそ
私達の食べるという行動は、精神的・文化的な要因との
れぞれの場で子ども達が食について学ぶことのできる環
関わりが大きく食事は単に栄養素的なバランスといった
境づくりを進めることが大切である。特に食への感謝の
意味合いだけでなく、食行動の発達、心や情緒、社会性
念の理解、食品の安全の知識、食事のマナーなど食の基
の発達といった、精神発達の面からとらえていくことが
礎知識が習得できるよう配慮したい。
大切である。更に食物を調理し、いかに美味しく食べる
また、平成17年に厚生労働省、農林水産省作成の「食
か、また、食事マナーなどは、精神的、文化的な側面が
事バランスガイド」では、子育てを担う世代へのメッセ
多い。加えて、動物の摂食行動と違って人間の食事は家
ージとして、
「①食事はバランス良く、
親子で楽しく」、
「②
族や友人との共食が普通で、食事によってコミュニケー
朝食は欠かさずに」
、
「③目指せ野菜大好き」が示されて
ションを深め、その結びつきを強めるといった社会的機
いるので参考にしたい。
能を大切にしたい。
4.子どもの心を育てる食育
5.食環境が人をつくる
心を育てるという面が重視され始めてきたことは素晴ら
変化は子ども達の健全な心身の発育、発達のために望ま
しいことである。成長期の子どもは食べることを中心に
しいものであろうか。
よく環境が人をつくると言われるが、近年の食環境の
最近になって、
食事は体づくりに役立つばかりでなく、
109
「保育科学研究」第6巻(2015年度)
また、
「給食にこだわる」として、前述の「1週間の
いつの時代でも環境の変化を受けやすいのは子ども達
サイクルメニューを提供のこだわり」のほかに、次の8
である。最近の食環境は豊かな食物、色とりどりの多彩
つのこだわりが謳われている。
な加工食品に囲まれ、感覚的には豊かさと満足感を与え
①安全な食材へのこだわり、②和食中心の薄味メニュ
てくれるが、
その中にあって子ども達は果たして幸せか、
ーのこだわり、③残さず食べるということのこだわり
心と体はすくすくと伸びているであろうかと考えると、
(食のPDCA)
、④適温給食へのこだわり、⑤毎日が手づ
いささか危惧の念を禁じえないものがある。
くりヨーグルトというこだわり(児童育成協会児童給食
最近のように行き過ぎた食の洋風化傾向、
簡便化傾向、
事業部がニュージランドから輸入しているスキムミルク
生活習慣の乱れによる欠食、孤食、偏食、栄養素摂取の
でヨーグルトをつくる)
、⑥よく噛んで食べることのこ
偏りなどは、生活習慣病の増加などのひずみ現象を生み
だわり、⑦嗜好調査へのこだわり、⑧食物アレルギーを
出しているといってよいであろう。幼児期からの健全な
克服するというこだわりである。保育園給食の栄養管理、
食習慣づくりに向けて保育所給食の改善に努めたい。子
保育園児の健全な食習慣の育成に向けたこだわりとして
ども自身が毎日の生活の中から学び取ることのできるよ
うな食環境をつくり上げたい。
感激である。
Ⅵ.保育所給食献立(サイクルメニュー )の標
準化と給食改善
2.保育所給食の献立の標準化に向けて
平成27年2月に前記の小笠原文孝理事長の依頼を受け
て研修会に参加させていただいた際作成した資料等を基
にサイクルメニューの進め方等について考えてみたい。
保育所給食の円滑な実施のためには、設置・運営の責
保育所給食にとって大切なことは、子ども達から喜ば
任者である理事長、園長等が給食をどのように考え、ど
れた献立を基本としてサイクルメニュー方式(1~2週
う運営するかの方針・理解・運営体制の整備等にかかっ
間程度)により給食献立の標準化を図ることである。乳
ているといってよいであろう。ここでは、保育所のサイ
幼児の食事は咀嚼機能の発達に合わせて健康的な食習
クルメニュー、給食へのこだわり等給食に熱い想いを寄
慣、食嗜好を身に着けることが大切でそのためには、実
せる園の理事長の活動の紹介と献立業務の標準化につい
て考えてみたい。
施した献立の評価の上に立ってサイクルメニュー方式の
1.
「1週間のサイクルメニューを提供のこだわり」
りどころとなる、
「2015年版日本人の食事摂取基準」の
システムを構築したい。なお、献立作成・栄養管理の拠
運用については、平成27年3月31日付け、厚生労働省母
ここでは、宮崎県の社会福祉法人顕真会よいこのもり
子保健課長通知「児童福祉施設における食事摂取基準を
幼保連携型認定こども園の小笠原文孝理事長(日本保育
活用した食事計画について」が出されているので献立計
協会保育科学研究所の運営委員)が、作成している「こ
画等に反映させたい。表6は美味しいと評価された給食
だわり読本」「給食・水」編を拝見してその中に「1週
献立の標準化に向けた検討事項である。
間のサイクルメニューを提供のこだわり」があり、その
想いに感激したので紹介してみたい。そこでは、栄養士
3.献立の評価
や調理師が献立つくりに手を抜いて楽をしているとか、
作成し給食した献立の評価は栄養管理上極めて重要で
毎日メニューが変わる日替わりメニューが最も素晴らし
ある。次の視点にたった評価を行い、標準的なサイクル
いと感じている人がいる。時には行政指導もなされてい
ると聞く。ところが、3歳未満児は、
「新しい食材を口
メニュー方式を確立したい。
にするには極めて慎重」
、用心深い。最初に味わった味
⑴栄養的な視点
①たん白質性食品の種類と分量は適当か。
や舌ざわり(テクスチャー)の感触が本人の期待した感
②野菜、果物の1日当たりの分量は適当か。緑黄色野
覚と合わないと、その食材が嫌いになる、また、好物ば
菜の割合はどうか。海藻類も適宜取り入れているか。
かり食べていると飽きて、いきおい嫌いな食品になる、
③脂肪性食品の使用頻度は適当か。
とありまさに同感である。
④健全な食嗜好、食習慣をいかに育成するか。
1週目の食べ始めは、
目新しくて食べないこともある。
2週目は評価、反省にたった献立改善で食べることがで
⑵経済的な視点
①給食材料費が予算額に沿ったものか。
きる。3週目には能動的に食べるようになる。4週目に
②計画購入ができているか。
は「味や食材に慣れてよく食べるようになる」など嗜好
も習慣化されてくる。また、1週間に50品目を目途に献
⑶作業上の視点
①調理法に問題、偏りはないか。
立を作成している。家庭ではつくることの少ない和風の
②調理施設・設備に適した調理法か。
献立、酢の物や和え物、煮物など繰り返して食べること
③調理員の技術で調理が可能か。
で慣れ、美味しく食べられる。としてサイクルメニュー
④決められた時間内に調理が可能か。
の大切さが謳われている。
110
母と子の食生活・栄養の現状と問題点を探る
表6 美味しい給食献立の標準化に向けて
調査されているので、最近の幼児の食生活の実態を知る
⑷季節感及び地域特性についての配慮
データとして、その結果に注目したい。
①旬の食材を使っているか。
②季節を反映した献立か。
③地域の特産物を使っているか。
Ⅰ.引用資料
1.水野清子、南里誠一郎、長谷川智子、當中香、藤澤
良知、上石晶子「子どもの食と栄養(改訂第2版)」診
断と治療社 2014年11月28日発行
2.国民衛生の動向 2015/2016 2015年8月発行 厚生
労働統計協会
Ⅱ.引用資料
1.水野清子、南里誠一郎、長谷川智子、當中香、藤澤
良知、上石晶子「子どもの食と栄養(改訂第2版)」診
断と治療社 2014年11月28日発行
2.国民衛生の動向 2015/2016 2015年8月発行 厚生
労働統計協会
Ⅲ.参考資料
社会福祉法人日本保育協会、保育所における調査研究報
告書(平成20年度保育所入所児童の家庭における食育に
関する調査研究)
Ⅳ.参考資料
藤澤良知「子どもの欠食・孤食と生活リズム―子どもの
食事を検証する―」第一出版 平成22年
Ⅴ.脚注
注1)石塚左玄 嘉永4年2月4日福井県に生まれる。
軍医「陸軍少将」
・薬剤師として「食養生」と称し、現
代でいう「食事療法」の大切さを主唱。
注2)村井弦斎 文久3年12月18日愛知県に生まれる。
明治、大正時代の新聞小説の第1人者、明治37年報知新
聞編集長「食道楽」は当時のベストセラー。
Ⅵ.引用資料
宮崎県・社会福祉法人顕真会よいこのもり幼保連携型認
定こども園「こだわり読本」
「給食・水」編、小笠原文
孝理事長(社会福祉法人日本保育協会保育科学研究所運
営委員)
④随時、郷土料理・行事食を取り入れているか。
⑸食品・料理の組合せの観点
①見た目の彩りはどうか。
②食べやすさ、食感はどうか。
⑹献立の変化
①主食・主菜・副菜の組合せはできているか。
②和食、洋食、中華風など料理の変化はできているか。
③煮る、焼く、揚げる、炒める、蒸すなどの調理法の
バランスは。
④甘味、塩味、酸味などの味付けは。
⑺給食になじまない献立はないか
①大量調理に適したものか。
②食品衛生上の問題はないか。
③過度に刺激の強い食品や料理はないか。
④過剰な着色をした食品はないか。
等について検討・評価したい。
4.和食のすばらしさを幼児期から
日本は平均寿命、健康寿命とも世界のトップレベルで
あるが、その背景には和食の素晴らしさが大きく影響し
ているように思われる。最近は、生活習慣病の時代とい
われるが、これらは食生活とのかかわりが深く、予防の
ためには子どもの時からの健康的な食習慣づくりが大切
である。
幼児期から生活習慣病予防につながる主食+主菜+副
菜の組合せによる食習慣の基礎をしっかり身に着けるた
めにも、食の洋風化はほどほどにして薄味の和食を保育
所給食にしっかり位置付けたい。終わりに、近く発表さ
れる厚生労働省の第4回乳幼児栄養調査では、2歳以上
※「保育界」2015年4月号~9月号での連載を再構成・再編
集して掲載。
6歳未満児の食事・間食状況が食品群別、使用頻度別に
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