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担保付債権と担保権消滅請求制度の活用可能性

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担保付債権と担保権消滅請求制度の活用可能性
には会社法上の特別の地位を与えられていたわ
けではないから,特別決議を阻むことのできる
議決権を有する株主ないしは株主グループとの
調整では相当の苦労をしたとみられる。
11 柳川範之「株主総会と取締役会」三輪芳朗ほ
か編『会社法の経済学』(東京大学出版会,1998
年)55頁以下。
12 柳川・前掲注⑾59頁以下。
13 金本良嗣=藤田友敬「株主の有限責任と債権
者保護」三輪芳朗ほか編『会社法の経済学』
(東
京大学出版会,1998年)221頁以下。
第6章
担保付債権と担保権消滅請求制度の活用可能性
瀬下博之
見られる。貸し手の立場から見れば,このよう
第1節 本章の問題意識
な倒産法制における担保権の処遇まで考慮に入
れた上で貸し出しの意思決定をすることになる。
本章では,これまで議論して来た企業または
そのため,倒産法制における担保権の処遇のあ
事業の再生の手続において,資産中の担保目的
り方は,借り手─特に信用力の低い中小企業
物をどのように扱うべきかという問題を取り上
─の資金調達や,ひいてはその平時の業績に
げる。担保権が実行され,担保権の対象である
まで大きな影響を与える要因となる。
目的物が売却されると再生に支障を来たすこと
本章では,近年の日本の倒産法制に積極的に
がある。一方,担保権の対象となったまま目的
取り入れられた担保権消滅請求制度について,
物を資産売却すると買い手は不安定な地位を嫌
経済学的な観点から分析し,円滑な資金貸借取
い,相当安い価格でしか購入しない。オプショ
引を達成しうる制度にするためにどのような改
ンとしての担保権の価値を,担保権を実行する
正が必要であるかを検討する。
ことなく市場で評価させた上で,企業または事
2000年に施行された民事再生法を手始めに,
業の再生に支障のないように資産を移転させる
会社更生法や破産法などの破綻法制で担保権消
ように仕組めないかどうかが本章での問題であ
滅請求制度もしくはこれに類似する制度が導入
る。
された。また,2004年に施行された担保執行制
中小企業経営において,負債は株式以上に重
度の改正では,滌除制度が増価競売等の手続き
要な資金調達手段である。その一方で資金貸借
を廃止した上で,抵当権消滅請求制度と改称さ
取引は,借り手と貸し手の間で深刻な情報の非
れた。
対称性の問題をともなう1。特に中小企業のよう
担保権は,元来はその設定原因となった債権
にリスクが高い借り手に対しては,しばしば貸
をすべて弁済しない限りは消滅しないとする不
し手は不動産などを担保に要求する。このよう
可分性を原則としてきた。これらの法改正に
な担保は,その原因となる負債の返済が予定通
よって,日本の担保法制は実質的にこの不可分
りに履行されている限りにおいては特段の役割
性の原則を放棄したことになる。すなわち,倒
を持たない。しかし企業が債務不履行を起こす
産手続きでは再生債務者や管財人,民法では譲
と,その権利行使が可能になり,その役割が顕
受人などの第三取得者によって,債権全額の弁
在化する。
済がなされなくても特定の金額を支払うことで,
日本の倒産法制においては,しかし,一般に
担保権を強制的に消滅させることが可能となっ
これらの担保権の自由な行使を制限する傾向が
た。
63
このような担保権消滅請求制度の必要性は,
権のある既存債権の弁済に充てられるために,
特に複数の債権者が担保権を設定できる抵当権
外部の融資者がそのような新規融資を躊躇して
において声高に主張されてきた。90年代以降の
しまうという問題である(デット・オーバーハ
不動産価格の大幅な下落と企業業績の低迷に
ングについてはMyers(1977)参照)。
よって,担保資産の価値に比較して過大な抵当
そして,近年の日本の金融機関の貸し渋りを,
権付き債権が残る結果となっていたからである。
このようなデット・オーバーハングによるもの
特に,実質的に抵当権を実行しても分配され
とする主張もしばしばなされる。しかし,濫用
る余地が残っていないような資産にまで,しば
的な後順位抵当権が設定されるという問題は,
しば濫用的に後順位の抵当権が設定されて融資
むしろ後順位の貸し手が,優先弁済権を持つ抵
がなされてきた。競売市場が有効に機能しない
当権者に帰属すべき価値を収奪していることを
2
状況では ,任意売却によって不良債権処理を進
意味している。すなわち,日本ではデット・オー
めなければならず,その際には,前もって後順
バーハングとは逆に,優先債権の価値が劣後債
位抵当権者の同意によって抵当権を解除してお
権者に移転する優先権侵害の問題が深刻に生じ
く必要がある。
抵当権を解除しておかないと,
抵
ている。実際,担保執行制度の改正や倒産法制
当資産が売却されても,弁済を受けられなかっ
の改正では,担保権消滅請求制度などを採用す
た後順位の抵当権がそのまま残るからである。
る一方で,滌除制度における増加競売や短期賃
このとき,抵当権には追求効が認められている
借権保護など,旧来の制度に存在した濫用可能
ので,その設定原因となった債権を債務者の代
な権利や手続きはむしろ廃止された。また会社
わりに購入者自らが弁済しなければ,抵当権行
更生法における更生担保権の『時価』基準の導
使によって購入資産を失うことになる。これを
入は,
『継続企業価値』基準によってないがしろ
予想すれば,誰もそのような資産を購入しよう
にされてきた清算価値保証原則を回復させるも
とはしない。これを回避するために,任意売却
のである 。その意味で制度全体としては,優先
に先立って抵当権を解除しておく必要が生じる。
担保権者の立場はむしろ,旧来の制度よりも強
問題は,このとき弁済が受けられる可能性の
化された6。
ない後順位の抵当権に対しても,その解除の同
ただし,現行の担保権消滅請求制度では,別
意を抵当権者から得るための補償─いわゆる
の優先権侵害が生じる余地が残っている。担保
判子代─が必要となることにある。裁判所に
権消滅請求制度において,必ずしも適正な「担
よる競売が有効に機能しない現状で,最初から
保権」価値の評価がなされない可能性があるか
このような判子代を目当てに後順位の貸し手が
らである。たとえば民事再生法では,担保権の
抵当権を設定したとさえ言われている3。いずれ
評価にあたってその処分価格(清算価値)を支
にせよ,不良債権処理と不必要な資産売却を進
払えばよいことになっている。しかし,その処
めることで企業再生を図ろうとする日本経済に
分価格(清算価値)が仮に適正に評価される場
おいて,機能不全の競売市場の整備を待つ時間
合でも,担保権に本来帰属する価値はそのよう
的余裕はなく4,過重な抵当権設定を軽減する代
な処分価格そのものとは言えない。このため,民
替的な手続きが,少なくとも緊急避難的に求め
事再生法における担保権消滅請求制度では,担
られたと言っても過言ではないだろう。
保権者は必ずしも十分な弁済を得られず,本来,
注意しなければならない点は,
この議論が,
経
優先担保権者に帰属すべき価値が,劣後する債
済学のデット・オーバーハングの議論としばし
権者等に移転してしまう可能性がある。この理
ば混同されて論じられている点である。デッ
由から山崎・瀬下(2002)は,民事再生法にお
ト・オーバーハングとは,既存債権が企業価値
ける担保権消滅請求制度を絶対優先の原則の下
より大きい場合に,新規融資の成果が優先弁済
で,あくまで担保権者へ担保権の執行を停止す
5
64
る際に,その時点の担保資産の処分価値を保全
価値は,本来担保権者に帰属させるべきもので
するための保証金として位置づけるように修正
あり,これを安易に倒産法制や滌除類似の制度
すべきであると論じた。
によって奪うことは許されない。担保権の機能
これに対して,絶対優先の原則では担保権を
を大きく阻害し,結果的には借り手の資金調達
過大に保護する可能性があり,これによって債
機会を制限してしまう。現行の担保権消滅請求
権者間の円滑な交渉が妨げられる点を危惧する
制度の問題は,担保権者に「本来担保権者に帰
議論が,法学者や実務家さらには経済学者の中
属させるべき価値」より少ない価値しか与えな
にも根強く存在する。もちろんこれらの議論の
いことにある。
中には,現状をデット・オーバーハングと混同
他方,絶対優先の原則の問題点は,この「本
している主張も多い。しかし,担保権消滅請求
来担保権者に帰属させるべき価値」以上のもの
制度を単なる緊急避難的な臨時立法として終わ
を担保権者に与えてしまう可能性にある。もち
らせず,より普遍的な手続きとして利用できる
ろん交渉費用が十分に小さければ優先債権者は
ように工夫するという方向もあるだろう。その
新規融資から利益を得るので,新規融資に十分
ためには,デット・オーバーハングが発生する
な利益が生じる範囲までは債権放棄等に積極的
可能性をも十分考慮した上で,効率的な手続き
に応じるだろう。その意味で非効率性は相対的
のあり方を検討する必要がある。
に小さい。しかし,それでも高い交渉費用の問
本章では,担保権者の権利を侵害することな
題や,自らは債権放棄せず,他の債権者の債権
く,デット・オーバーハングの問題を回避でき
放棄にフリーライドしようとする問題が生じ,
る担保権消滅請求制度を立法化することを提案
交渉がうまく機能しない可能性は排除できない。
する。ここでの問題は,最終的に適正な「担保
そうであるとすると,絶対優先の原則の問題
権価値」をどのように決めるかという問題に帰
点も担保権消滅請求制度の問題点も,詰まると
着する。現行制度のように,担保権者に担保の
ころ,適正な担保権の価値をどのように評価す
処分価値(清算価値)のみを与えれば,それで
るかという問題に帰着する。このような担保権
担保権を消滅してかまわないということにはな
価 値 の 評 価 方 法 と し て,Bebchuk and Fried
らない。
「担保権の価値」は「担保資産の価値」
(2001)は担保付き債権のノンリコース 部分だ
と必ずしも一致しないからである。
担保権の
「権
けをオークションにかける9ことによって担保
利としての価値」をも考慮する必要がある。
権の価値を評価することを提案している。以下
このとき特に重要な点は,債務者の債務不履
では,彼らの議論を参考にしながら,望ましい
行という事態が発生した後では,担保権の実行
担保権消滅請求制度を考えていこう。
時期の決定権は,本来,担保権者に帰属させる
以下では,第2節で現在の日本の担保法制や
8
7
べきものであるという点である 。担保権者は自
倒産法制におけるさまざまな担保権消滅請求制
分にとって最も適していると思われる時期に担
度を整理し,その機能と問題点を説明する。第
保資産を処分する権利がある。この権利はいわ
3節で,絶対優先の原則と優先権侵害のそれぞ
ば担保権にはその実行時期についての選択権
れの問題点について説明する。第4節で,Beb-
(オプション)
が内在していることを意味してい
chuk and Fried(2001)の提案を紹介し,この
る。このオプション価値を適切に評価する必要
議論を参考に第5節で望ましい担保権消滅請求
がある。
制度を立法化することを提案する。
現行の担保権消滅請求制度は,民事再生法や
会社更生法,民法など,いずれの制度において
も,このオプション価値を完全に破壊してしま
う。そしてこれらの担保権に内在する選択権の
65
ことで売却価値よりも高い利用価値が得られる
第2節 さまざまな担保権消滅請求制度
場合にのみ担保権の消滅請求がなされ,逆の場
合にはより効率的な利用者へと資産が移転する。
1.民事再生法における担保権消滅請求制度
このことは経済効率性の観点から見て望ましい
⑴ 民事再生法における機能
結果を達成することができることを意味してい
民事再生法では,再生債務者(DIP(Debtor
る。
in Possession)
)手続きが取り入れられた。また,
ここで注意すべきは,担保権の消滅請求を実
基本的に担保権は別除権とされ,再生手続きか
施するかしないかの決定権を有しているのは再
らは独立にその権利行使が許されている。ただ
生債務者である。通常再生債務者は,当該破綻
し例外として,企業の再生に欠くことのできな
企業の経営者であるから,他の利害関係者より
い担保資産については,その処分価格(清算価
も担保資産の企業内での継続利用価値をよく
値)を担保権者に弁済することによって,被担
知っている。そのため継続利用価値についての
保債権全額の弁済がなくても担保権を解除でき
情報の非対称性の問題も存在しない。このこと
る「担保権消滅請求制度」が認められた。
は,民事再生法では適正な担保権の価値さえ明
瀬下・山崎(2007)12章では,再生債務者手
らかならば,効率的な担保資産の利用決定が達
続きの下で,別除権の例外として担保資産の清
成されることを意味している。
算価値での担保権消滅請求を認める場合には,
しかし以上の議論では,企業を清算するか継
企業の清算と継続の意思決定において,効率的
続するかという二者択一の問題しか扱われてい
な選択が達成されると論じられている。この議
ない点には注意が必要である。そこでは,担保
論をまず説明しよう。いま,担保を売却した場
資産をより効率的に利用できる他の主体の可能
合の評価額をCとし,企業内で利用した場合に
性について明示的に議論されていない10。一般
生み出す価値をVとする。以下ではこのVの値
に清算価値は他の利用者の利用価値を反映する
を担保資産の(企業内)継続利用価値と呼ぼう。
から,実際に効率的な売却が行われる場合には,
このとき担保権の消滅を請求できる再生債務者
その清算価値は最も効率的な利用者の利用価値
はV>Cのときのみ,その担保権を消滅させる
を反映するだろう。しかし,担保権消滅請求制
ことを選択しようとする。担保権を消滅させる
度における清算価値とは,あくまで再生債務者
費用よりも,担保権を消滅させて企業内で引き
や管財人の予想に基づくもので,かつ裁判所が
続き利用することでより高い利益が得られ,再
決定したものでしかない。そのため,担保権者
生計画後に再生債務者が残余請求権者としての
が自ら利用する場合を含めて,他の主体がより
立場を維持できるならば,これによる利得の増
高い利用価値を追求できる潜在的な可能性があ
加は,すべて再生債務者のものとなる。そのた
る場合には,債務者が利用を続けることによっ
め再生債務者はこのような担保権の消滅請求を
て非効率な結果がもたらされる可能性が残って
実施しようとする。
いる。これは以下で述べるように担保権が過小
これに対して,V<Cの場合には再生債務者
評価される結果として生じる。
はそのようなコストをかけて担保権を消滅させ
⑵ 民事再生法における問題点:担保権価値の
ても,コスト以下の利用価値しか得られないか
過小評価
ら,消滅させようとはしない。このとき担保権
民事再生法における現行の担保権消滅請求制
者は再生手続きとは独立に担保権を行使するこ
度では,担保権者には必ずしも十分な保護がな
とができ,競売等を通じてCの価値を得ること
されない。このことは担保権者の優先権を侵害
ができる。
できることにつながる。この理由は上で説明し
このため企業内部で担保資産を継続利用する
たように,担保権価値を債務者や管財人,もし
66
くは裁判官が予想する清算価値で評価している
反映されない点にある。賃料に対する物上代位
ことに起因している。以下では,なぜ,このよ
や,抵当権者による収益執行等を通じて賃料に
うな債務者等の予想に基づく清算価値による評
よる回収を進めたり,担保権を行使する段階で
価では,担保権価値が適切に評価されないのか
担保権者自身がそれを買い取って直接利用した
を説明しよう。
りすることで,その時点の清算価値より実質的
に高い弁済を受けられる可能性もある。
⒜ 仮想的な清算価値という問題点
担保権が適切に評価されない理由の一つは,
清算価値で評価される場合には,担保権の実
明らかに債権者(担保権者)以外の予想に過ぎ
行時期を担保権消滅請求制度によって前倒しさ
ないという問題である。担保権者が評価してい
れるため,利用価値からの弁済を評価されなく
る清算価値と裁判所や管財人・債務者が評価し
なってしまう。担保権者は,担保資産を処分し
ている清算価値の予想値は当然に異なる。しか
て得られる金額を,他で運用して得られる利息
も,一般に債務者は清算価値をできるだけ低く
等の機会費用を考慮しつつ,不動産市場等の状
評価しようとする。なぜならば,それによって,
況をふまえて賃料等の他の弁済方法で当座の回
自分を含め,株主など他の劣後する請求権者の
収を満足するか否かを判断する。処分価格(清
分配を高められる可能性があるからである。他
算価格)による消滅請求ではこのような利用価
方,担保権者はしばしば,より高い担保資産の
値の弁済を完全に否定することになる。
購入者を知っていることがある。たとえば担保
抵当権などの非占有の担保権においては,森
権者が銀行の場合,銀行は他の融資先が高い評
田・瀬下(2002)が論じたように,債務不履行
価で購入できることを知っているかもしれない。
後にその対象資産を最も効率的に利用するイン
また担保権者が取引業者である場合には,自分
センティブをもつのは担保権者である。不動産
で直接担保資産を売却した場合の価格を当然考
の効率的な利用という観点から見た場合,不動
慮するはずである。この点で管財人の評価も十
産収益に対する残余請求権者が不動産利用の意
分とは言えない。
思決定をすることが望ましい。残余請求権者は,
競売の機会が与えられているならば,このよ
その資産の利用価値を高めるほどその分配を大
うな,より効率的に利用できる主体が競売に参
きくすることができるから,その資産を効率的
加することによって,当該資産を取得すること
に利用しようとするインセンティブを持つ。平
ができ,その際の価格は再生債務者が消滅のた
時においては,債務者が債務を返済した後の利
めに提供する金額を上回るだろう。確かに現行
得をすべて受け取ることができると言う点で残
の担保権消滅請求制度でも,消滅価額に不満が
余請求権者であるが,債務不履行が発生した後
ある場合には,裁判所に再評価を申し立てるこ
では,債務者はもはや残余請求権者ではない可
とができる(民事再生法149条)が,
裁判所がこ
能性が高い。なぜなら,担保資産の収益を高め
れらの担保権者に固有の評価を受け入れるとは
ても債務の弁済に充てられるだけで,債務者は
思われない。裁判所が担保権者の私的情報に基
何も受け取れない債務超過の状態にある可能性
づく担保資産の評価を受け入れない限り,担保
が高いからである。むしろこの場合,債権者(担
権者は十分な弁済を受けられずに終わってしま
保権者)が実質的には残余請求権者となってい
う。
ると考えられる。このため債務不履行後には,利
用に関する意思決定権を担保権者に移転させる
⒝ 担保資産の価値を売却価値に限定すること
ことが効率性の観点から望ましい。このとき,担
の問題点
担保権者には処分以外に,少なくともさまざ
保資産の価値は現在の債務者の他の資産から切
まな「利用」から弁済を受けることも妨げられ
り離して「担保資産を『独自に』最も効率的に
ていない。第二の問題点は,この価値が十分に
用いた時の利用価値」として評価する必要があ
67
る。なぜなら,担保権者はこのような価値を独
の価値を債務者や管財人等が債権者から奪うこ
自に追求することができたはずだからである。
とに他ならない。この担保権のオプション・バ
売却という選択は,あくまでそのような利用方
リューという考え方は,実はすでに法学者の議
法の候補の一つにすぎない。この点で清算価値
論の中でも,担保権消滅請求制度が担保権の実
という処分価格による評価は,過小な担保資産
行時期を剥奪するとして,不明瞭な形ではある
評価になってしまう。
が提起されていた 。このような値上がり益を
13
⒞ 担保権実行時期の選択権を剥奪する問題
追求できるオプションが与えられないことは,
三番目の問題点は,
「担保権の価値」を必ずし
抵当権者による効率的な利用(特に,その適正
も「担保資産の価値」と同一視することはでき
な管理)のインセンティブを奪うことにもなる。
ないという点である。担保資産の価値を「担保
抵当権を考えた場合,法学者の中には,抵当
資産を独自に最も効率的に利用した時の利用価
権を「価値権」として捉えるから,売却価値の
値」として評価するとしても,担保権それ自体
みを把握すれば十分であるとする安易な前提が
はその行使時点を自由に選ぶことができるとい
あるように思われる14。しかし,仮に担保権が
う点で,担保権行使のオプション価値をも含ん
担保資産の売却価値のみから弁済を受ける「価
で定義されなければならない。すなわち,担保
値権」であるとした場合でさえ,「担保権の価
権者はその担保資産を自分が最も有利に処分で
値」を「担保資産の売却価値」と同一視するこ
きる時期やタイミングで担保権を行使すること
とはできない。担保資産を強制的に換価するこ
ができる。たとえば担保資産が原野であるケー
とに対する補償が必要となる。
スを考えよう。この土地を現在競売にかけた場
合には,1ヘクタールでも1円にしかならない
2.会社更生法における担保権消滅請求制度
かもしれない。しかし,周辺でリゾート開発が
会社更生法における担保権消滅請求制度は,
実施された場合には,この原野はより高い価格
民事再生法の場合と以下の点で異なる。制度上
で取引される場所となる。リゾート開発はまだ
は,担保権者に対する更生計画が決定されない
一部の開発業者によって検討されている段階に
かぎり担保権者に資金を弁済できないため15,
すぎない。このとき担保権者は当然そのリゾー
民事再生法のように個別に担保価値を弁済する
ト開発の行方を見極めてから,この土地を競売
形で担保を消滅させられないという点にある16。
にかけたいと思うだろう。少なくとも担保権に
しかし,経済学的にはむしろ,以下の2点に大
は,このような将来の不確実性に対して行使時
きな違いを見出すことができる 。
点を担保権者が決めるオプションが含まれてい
まず第一に,価値の評価の問題である。更生
るし,またそうでなければならない。もし,こ
担保権では,担保権の評価は処分価格ではなく,
れが認められないなら,担保権者は効率的に利
手続き開始時の時価評価としている。ここで時
用することが不可能になるからである11。すな
価とは,少なくとも清算価値保証原則が採用さ
わち,担保権者には担保資産を市場価格で売却
れていることから,清算価値以上の価値が更生
する権利の他に,将来の価格上昇や将来の収益
担保権の価値として評価される18。この点は,更
機会からの弁済を「待つオプション」が与えら
生担保権は民事再生法のような別除権として扱
れていることになる12。
われず,手続き中では行使することができない
担保権を現在の市場価格で消滅させることが
上に,手続きの中でその権利自体の交渉が,多
できると言うことは,この価格上昇や将来利益
数決で認められていることに由来するとされる。
の追求機会を「待つオプションの価値」に対し
しかし,実際にそのような時価をどのように決
ては何の補償もなされないことになる。すなわ
めるのかという点になると,法律家の中でも必
ち,将来の値上がり益を追求できるオプション
ずしも十分なコンセンサスが得られている印象
17
68
はない19。
化は適用できそうにない。
第二の重要な相違点は,会社更生手続きでは
また,本来個別資産について競売できる担保
会社の継続に必要不可欠であるという要件がは
権者の実行時期の選択権を剥奪することを正当
ずされており,管財人が遊休資産を売却する場
化するにも,それに対する十分な補償が担保権
合やM&Aなどを通じて資産を売却する場合に
者に支払われる必要がある。しかし,更生担保
も,それが「更生会社の事業の更生に必要であ
権の評価における『時価』概念を巡る法律家の
る(会社更生法104条)
」と認められれば,担保
議論の中に,このような決定権剥奪に対する補
権消滅請求制度を用いることができるとされる
償の存在を読み取ることはほとんどできない。
点である。しかしこの点については,企業の継
特に,担保権消滅請求制度を用いて事業単位で
続のために必ずしも必要でない資産について,
売却する場合,当然にその売却価値は担保権消
担保権者からその実行時期の選択権をなぜ管財
滅請求に要した総額よりも高くなっているはず
人が剥奪できるのか,その明確な理由付けが必
である。そのため,残余分が一般債権者に帰属
要であろう。
するものなのか,担保権評価の過小に起因する
会 社 更 生 法 に お い て, 担 保 権 消 滅 請 求 を
ものなのかが,明確に区別される必要がある。
M&Aなどで認めた論拠は,これらの手段が実
3.破産法における担保権消滅請求制度
務家から多く求められている点にあったように
20
思われる 。実務家からこのような要請が大き
破産法では,民事再生法と同様に担保権は別
かったのは,現行の法制度の下において,競売
除権として破産手続きとは独立にその行使が可
が個別資産を対象にして行う建前になっている
能である。しかし,破産法における担保権消滅
ことに由来すると考えられる。再建企業全体に
請求制度の申し立て要件は「当該財産を任意売
は不要でも,一定のプロジェクトや事業部単位
却して,当該担保権を消滅させることが破産債
で,他に売却した方が個別に不動産を競売にか
権者の一般利益と適合」し,
「当該担保権を有す
けるよりも高い価値を有する場合がある。この
る者の利益を不当に害するとは認められ」ない
ような場合には個別の抵当権価値を債権者に対
こと23,という規定となった24。破産手続きは,
して保証することによって,抵当権を解除する
そもそも,民事再生法や会社更生法のように企
ことが正当化されるだろう。この場合には通常
業の再建を目的とする手続きではなく,清算型
担保権者も一般にはこれに同意するはずである
の破綻処理手続きである。この点で,そのよう
が,返済されない無剰余の担保権者は,強硬に
な清算型の手続きの中で,担保権者が有する担
21
反対して判子代等を要求することになる 。事
保権の実行時期に関する選択権を勝手に剥奪す
業単位での競売が制度化されていない中で,こ
る必要は本来考えられない。
のような問題を排除する方法はこれまで存在し
なぜなら,清算型の手続きの場合には,債務
なかった。その意味で事業単位での競売制度を
者による資産の継続利用の可能性は存在しない。
代替する工夫として,担保権消滅請求制度を正
清算型の手続きである破産法において,担保権
当化することができる22。
消滅請求制度が必要な理由として,管財人によ
ただし,
会社更生法104条で消滅請求制度を認
る任意売却の場合,管財人が担保権者の同意を
める要件としては,
すでに説明したように「
『更
得て,売却とその代金の一部を破産団体に組み
生会社の事業』の更生に必要」となっている。
入れるが,その同意を得ることが困難な場合に
(ただし『 』は引用者)しかし,
ここでの正当
使うとされている25。これは何度も説明してい
化は事業売却を円滑化することにあり,更生会
るように,競売市場が有効に機能しない中で,任
社自体の事業とは関係がない。そのため,現行
意売却を進める際の判子代目当ての濫用的後順
の会社更生法の規定に従う限り,ここでの正当
位の貸し手の問題を解決するための手法と考え
69
られる。
を請求できる対象を管財人ではなく,買い受け
しかし,そうであるとするならば,この場合
人(第三取得者)としている点にある。
に必要な対応は競売市場の整備であって,担保
旧来の滌除制度については,抵当権が設定さ
権消滅請求制度を創設することではない。裁判
れている不動産を購入した第三取得者を保護す
所の管理する競売市場の機能不全を理由に担保
る 目 的 が あ る と さ れ て き た が, 山 崎・ 瀬 下
権者の実行時期選択権を奪うことは,司法制度
(2002)が付論で論じたように,抵当権が設定さ
の欠陥の尻ぬぐいを民間の債権者に押し付ける
れている不動産の価格は,抵当権が行使されて
に等しい。
所有権が失われる可能性を反映して当然に低く
ただし,会社更生法の場合と同様に,事業単
なっている。購入者は,このリスクを考慮して
位で売却する場合には破産法における担保権消
なお自分にとって利益があると予想される場合
滅請求制度も正当化することができる。会社自
にのみ,購入を選択するのであり,滌除のよう
体を清算する場合でも,その清算価値が高まる
な制度を準備して保護する必要はない。むしろ
ような事業が存在するかもしれない。その場合
滌除のような濫用可能な制度が存在するために,
には,事業単位での競売市場がない以上,その
その権利分だけ高い価格で抵当権が設定された
代替策として担保権消滅請求制度を利用するこ
不動産が売却されるため,購入者を保護しなけ
とが有効となる。
ればならないという本末転倒な状況になってい
このように考えると,新しい破産法の任意売
た。
却における財団組み入れの議論も理解しやすい。
これに対して民法の抵当権消滅請求制度の法
プロジェクトや事業部単位が全体として高い価
律的な論拠は,破産法と同様に,無剰余の抵当
値をもたらすとき,
その価値の帰属の一部は,
本
権者が抵抗することによって,任意売却が円滑
来一般債権者となる可能性も十分に考えられる
にすすまないことを解決する方法として位置付
からである。
けられている。しかし,抵当権者が消滅価額に
もちろんこの場合にも,担保権の価値を正し
不満がある場合には通常の競売手続きが実施さ
く評価する必要があるという点は,会社更生法
れ,競売が3回以上不成立に終わった場合には,
26
の場合と変わらない 。特に,財団組み入れの
消滅請求自体が取り消され,抵当権は存続する
適正な額の算出にも,担保権の正しい評価が必
ことになる。これによって,濫用の余地は大き
要となる。
く減少したと考えられるが,逆に,不成立に終
わった場合に無剰余の抵当権が存続するリスク
4.民法の抵当権消滅請求制度
を買い受け人に負わせることになってしまって
民法の抵当権消滅請求制度は,もともと濫用
いる。また,競売が成立する場合には,抵当権
されてきた滌除制度を改正・改名したものであ
の実行時期の選択権を奪うという問題も根本的
る。滌除制度とは,抵当権が設定されている不
に解決されていない。
動産を購入した取得者(第三取得者)が,一定
第3節 優先権と資金貸借市場
の金額を抵当権者に支払うことによって抵当権
を解除することを申し立てることができる制度
1.優先権侵害にともなう追い貸しと貸し渋
である。2004年に施行された担保執行制度の改
り
正では,増価競売と抵当権者の増価買い受け義
務を廃止することになり,名称を抵当権消滅請
担保権を過小評価することは,結果として優
求制度と改めた27。この制度の目的も,基本的
先債権者から劣後債権者へ債権価値を移転させ
には破産法と同様に任意売却を想定した制度で
ることになる。なぜなら,本来担保権者に帰属
ある。破産法との重要な違いは,消滅請求制度
する価値を減ずることは,その分だけ劣後する
70
債権者への分配を増やせることを意味するから
が予想する場合には,いま述べたように非効率
である。
な追加投資でも投資家は資金調達に応じてしま
ここで,このような価値移転が事前に予想さ
う。なぜなら,この時,追加投資に応じること
れる場合には,それを反映して事前に金利が上
から得られる利得は,その融資による債権の元
昇するだけで問題は生じないと考えるかもしれ
利金額の額面を26億円以上のたとえば32億に設
1
定すれば,その返済額の期待値は─×32億円+
4
3
60
─×6億円=─億円=15億円となり,融資額の11
4
4
ない。しかし,このような価値移転が完全に予
想できても,問題は解決しないことに注意が必
要である。なぜならこのような価値移転は,債
権者間の単なる所得分配の問題で終わらないか
らである。優先権が侵害されるとき,事後的に
が外部の投資家から非効率な企業継続のための
億円より大きくなるからである。この時,企業
1
経営者(株主)への分配額の期待値も─×8億
4
資金調達を実施することが可能になる。そのた
=2億円となり,追加投資せずに時点1で企業
め非効率な追い貸しやそれを回避するための貸
を清算した場合の期待利得1億を上回る。
はこのような価値移転を利用して,借り手企業
28
し渋りが生じてしまうからである 。
ここで優先債権者は時点0で貸した債権に対
例えば次のような数値例を考えよう。時点0
する不履行を理由に,追加融資後に企業を清算
で投資を実施したが,時点1で全く成果を得ら
できる権利を有しているのが一般的である。し
れないことがこの直前に分かったとしよう。こ
かし,その場合でもこのような非効率な追加投
の時,債権が19億円残っているのに対し,企業
資に基づく企業継続を許す,いわゆる「先送り」
資産を清算すれば20億円の売却価値がある。こ
が発生してしまう。清算すると企業資産から劣
の清算価値は時点1も時点2も同じであるとし
後する債権者へ分配がなされ,優先権侵害によ
よう。
る所得移転が確定してしまうのに対し,先送り
この状態で企業には追加投資の機会が存在す
をすることで企業継続のリスクを劣後債権者に
るとする。この追加投資は11億投資すれば,2
一部移転することができるからである。
期目に上記の20億円の清算価値に加えて,確率
1
3
─で40億円の成果をもたらすが,残りの確率─
4
4
上の数値例を用いて説明すれば,企業を継続
1
するとき─の確率で19億円全額弁済されるから,
4
さく,非効率である。通常はこのような非効率
1
返済額の期待値は時点2まで先送りする時,─
4
61
1
×19億円+3
─×14億円=─億円=15─億円とな
4
4
4
の追加投資に融資する投資家はいない。
り,時点1で清算した場合の期待値14億円より
しかし,優先権の侵害が可能な場合,この非
高くなる29。
効率な追加投資のための資金調達が可能になる。
さらに興味深いことに,このような結果を予
たとえば,追加融資がなされた後で企業が清算
想すると,優先債権者は非効率な追加融資が外
されると,清算価値20億円のうち劣後する貸し
部の投資家によってなされる前に,自ら融資(い
手にも6億円の弁済が与えられると予想されて
わゆる「追い貸し」)して,このような劣後債権
いるとしよう。これが優先権侵害を意味するの
者による貸出そのものを封じようとするだろう。
はいうまでもない。この時,優先債権者の弁済
今の例では,追い貸しによって得られる利得
1
は,追加融資の額面を32億とすれば, ─ ×
(19
4
で全く成果をもたらさない─すなわち0とな
る─としよう。この追加投資の成果の期待値
は10億円であり,その投資コスト11億円より小
は14億円となる。
このような優先権の侵害が行われると投資家
71
3
67
億円+32億円)+ ─ ×20億円−11億円= ─ 億円
4
4
1
61
となり,先送りする場合の15─億円=─億円よ
4
4
30
りも望ましくなる 。
円の価値を持つことになるが,その時点で既存
このような優先権侵害にともなう追い貸しを
このようなデット・オーバーハングの問題は
予想すると,事前(上の例の19億円分の当初の
よく知られているように,交渉費用がかからな
融資を決める段階)には,①この融資の前提と
いとき,交渉によって解決することができる(倒
なる当初の投資プロジェクトの効率性が期待値
産法は本来,交渉費用を下げる目的のためにあ
で見て十分大きいため,プロジェクトが失敗し
ると考えるべきだろう)。上の例では,既存の優
た場合の追い貸しを覚悟で貸し出す(いわゆる
先権者は追加投資が実施されなければ,企業を
追い貸しが発生するケース)か,あるいは②追
清算しても10億しか得られないのに対し,追加
い貸しの非効率性が当初投資の効率性を上回る
投資が実施されれば,より高い弁済を受けるこ
ため,はじめから融資しない(いわゆる貸し渋
とができる。そのため,少なくとも新規の投資
りが発生するケース)結果が,状況に応じて発
家がこの追加投資から十分な利益を得られる水
生する。この②の場合には,当初の投資が効率
準まで,自己の保有する債権を放棄することに
的でも借り手が十分な資金調達ができないとい
応じるだろう。上の数値例で言えば,優先債権
う深刻な問題ともなる。
者はその債権の額面額をたとえば11億円までに
の優先債権者の弁済に15億円があてられ,新規
の投資家の弁済に使える価値は3億円に過ぎな
くなり,投資額の5億円を下回ることになるか
らである。
下げることに同意する。なぜなら,この結果,新
2.絶対優先の原則の問題点
規の投資家は7億円の弁済を受けられるように
⑴ デット・オーバーハング
なり,5億円の投資に応じるようになる。優先
絶対優先の原則の問題点としては,しばしば
債権者は,このとき,清算する場合の10億円よ
デット・オーバーハングの問題が指摘される31。
り高い11億円の弁済を受けられるようになる。
デット・オーバーハングとは,はじめに説明し
また,そもそもデット・オーバーハングの問
たように,既存の優先債権が新規の債権より先
題は優先債権者自身による貸出でも解決できる。
に弁済されるため,新規プロジェクトの成果が
例えば,上の追加投資の例では,優先債権者は
既存債権の弁済に充当され,新規債権の貸し手
5億円分の追加融資に応じることで,10億しか
が十分な弁済を受けられなくなると予想される
弁済を受けられなかった状態から,18億の弁済
ため,新規投資のための資金調達に窮する現象
を受けられるようになるため,このような効率
を言う。
的な追加融資に応じるはずである。
例えば,現時点の企業の清算価値が10億円で
従って問題が生じるのは,交渉費用が高く交
あり,その負債が15億円であるとしよう。これ
渉が有効に機能しない場合や,既存の債権者が
らはすべて優先弁済権を有するとしよう。この
流動性制約などの理由よって貸せない場合とな
企業には5億の追加投資を実施すると企業の清
る。追い貸しが問題視される状況下で,この問
算価値を8億円高められる投資プロジェクトが
題が如何ほどのものであるのかは明らかではな
あるとする。従って,この追加投資プロジェク
い32。ただし,この問題を優先権侵害の問題と
トを実施することが,効率性の観点から望まし
同時に解決する制度設計が可能ならば,それを
い。
追及する意義は大きい。
しかし,このケースで企業は,追加投資の資
⑵ 抵当権制度の問題点
金を新規の投資家から調達することは困難にな
すでに何度も説明したように,1990年代以降
る。なぜなら企業はこの追加投資の結果,18億
の不動産価格の低迷にともなって発生した無剰
72
余の抵当権や判子代目当ての濫用的な抵当権設
すると,最初の任意売却の時点では購入者は2
定によって,不良債権処理が迅速に進まないと
億円以上の価格で不動産を購入しようとはしな
いう状況が生じた。競売市場が十分に機能しな
い。この時,優先抵当権者は,金銭を劣後抵当
い状況下では,不良債権の処理の多くを任意売
権者に支払うことによって,その抵当権を解除
却に頼らざるを得ない。任意売却では,売却後
してもらおうとするだろう。これによって売却
も無剰余の抵当権が不動産に残ったままとなる
価格は10億円になるからである。
ため,売却に先立ってこれらの抵当権を解除し
この時,劣後抵当権者に優先抵当権者はいく
ておく必要がある。このような無剰余の抵当権
ら支払う必要があるだろうか。劣後抵当権者は
にもいま述べたように判子代を支払う必要があ
不動産が競売にかけられてしまえば一銭も手に
る。このような状況は一見,デット・オーバー
することはできない。そのため少なくとも,5
ハングの議論に類似している。なぜなら本来返
億円以上の弁済が優先債権者に残る水準までし
済される見込みのない債権に判子代という形で
か,金銭を要求できないであろう。逆に優先債
弁済するという,追加の負担が必要だからであ
権者は5億円までなら劣後抵当権者に支払って
る。しかし,このような不良債権処理を進める
も,競売を利用するより,多く回収することが
のは,
一般に銀行などの優先抵当権者である。
優
出来る。最終的な結果は両者の交渉力によって
先抵当権者が,債権をより多く回収する目的の
決まる。もし両者の交渉力が対等なら劣後抵当
ために抵当不動産をより高く売るには,劣後す
権者は2.5億円,優先抵当権者はこの結果7.5億円
る無剰余の抵当権者に判子代の形で金銭を支
の回収ができることになる。競売市場が有効に
払ってでも解除してもらわなければならない。
機能していれば何も得られなかった劣後抵当権
今,次のような例を考えよう。市場価格では
者が,これによって2億5千万円もの回収が可
10億円の価値のある不動産に対し12億の第1順
能となる。実際には,これを見越して,もとも
位の抵当権(以下優先抵当権と呼ぶ)と8億円
と配当の可能性のない不動産にも濫用的に劣後
の第2順位の抵当権(以下劣後抵当権と呼ぶ)
する抵当権が(しばしば債権額を偽りつつ)設
が設定されていたとしよう。すでに債務者自身
定されたとも言われる。
は破綻しており,債務の返済能力は全くないと
注意しなければならないことは,このような
する。
また競売市場は有効に機能しておらず,
競
所得移転はデット・オーバーハングが想定して
売で売ると半分の5億円でしか落札されないと
いるように,後で貸す融資者から先に貸してい
予想されている。この時この不動産をいくらで
た優先債権者へ所得移転が発生する問題ではな
売却できるか考えよう。
い点である。ここでの所得移転は本来優先抵当
購入者はこの不動産を購入しても抵当権が
権(優先債権)者が得られたはずの価値から劣
残っている限り,追求効によって将来,再度差
後抵当権者(劣後債権者)への所得移転である。
し押さえられて,競売等を実施されてしまうと
従って無剰余の抵当権や濫用的な劣後抵当権設
考えるだろう。この時,優先抵当権者が最初の
定の問題をデット・オーバーハングの問題のよ
任意売却の時点で抵当権を解除すると申し出て
うに論じるのは明らかに誤解であり,むしろ債
も,
この不動産は10億円の値段では売れない。
な
権者間の優先権侵害の問題として理解されなけ
ぜなら優先抵当権がはずされても,なお劣後抵
ればならない。
当権が今度は第1抵当権となって残るからであ
この結果,前節で説明したように,貸出市場
る。
この抵当権の債務が8億円であったから,
仮
に非効率性を引き起こす。また同時に個別資産
にその後この劣後する抵当権が行使されて,10
の単位で問題を考える限り,無剰余の抵当権の
億円で資産が売却されたとしても,購入者は2
問題は,基本的に競売市場の非効率性の問題と
億円の残金しか手元に残らない。そうであると
して認識されるべきである。
73
これに対して,資産を事業部単位で売却する
なる。当然Dを越えるビッドをすることはあり
場合には,優先権侵害の前に一般債権者も犠牲
得ないから,せいぜい手形の額面は10億円まで
になる恐れがある。なぜなら,任意売却でこの
となる。
ような劣後する抵当権を消滅させるために,一
ここで債務者企業は,このノンリコースの約
般債権者に本来帰属すべき価値を利用すること
束手形を弁済しないこともできる。その場合に
もできるからである。この問題は本来,同順位
は,ノンリコースの約束手形の購入者は,この
の債権者となるべき債権者間での優先権侵害の
ローンに付されている担保資産の執行手続き
問題である。そしてこの問題も,結局は担保権
(foreclose)を申し立てることができ,その手続
の価値を明確化できないことに帰因する。なぜ
きによる収入を額面まで充当できる。ただし,ノ
なら真の担保権価値が明らかならば,残る抵当
ンリコースの約束手形の保有者は,その定義か
権者はすべて一般債権としてpro-rataで分配を
らも分かるように,担保資産以外の他の企業資
決めることができるからである。
産からの弁済は一切受けることはできない。
ノンリコースの約束手形のオークションを再
第4節 Bebchuk and Friedの提案
建計画の認可直前に実施して,その弁済を再建
計画決定直後に行えば,その評価は再建手続き
1.Bebchuk and Friedの提案
34
中とほとんど変わらないから ,このノンリ
これまで見てきたように,担保権の消滅請求
コース部分のオークションで決まる価額は,担
制度は資産を事業単位など複合的に売却する場
保資産のforeclosure valueが被担保債権の額面
合にしか正当化できない。
またその場合でも,
担
額Dより高ければ,ほぼDに決まり,それがノ
保権の価値を正しく評価すべきという問題は残
ンリコースの約束手形の額面額N=Dとなる。
る。ここでBebchuk and Fried(2001)は担保
一方,額面額Dよりも低ければ,そのビッド価
権者の価値を評価するための新しい手法を提案
格がforeclosure valueを反映するはずであるか
している。この節では彼らの議論を紹介しよう。
ら,ノンリコースの約束手形の価値はそのビッ
いま企業がある担保権者に負っている負債額を
ドに等しくなり,額面額もそのビッド額となる。
Dとしよう。彼らは,この被担保債権Dを,担
これによって被担保債権に占める真の被担保債
保資産のみから弁済を受けられるノンリコース
権部分の価値を評価しようというのが彼らの提
部分Nと,担保資産以外の他の企業資産全体か
案である。
ら弁済を受けられる一般債権部分Uに分解し,
彼らはこの提案の利点として,以下のような
ノンリコース部分をオークションで市場に売却
点をあげている。まず,担保に裏打ちされてお
することによって,担保権の価値を評価するこ
り,すぐに返済される約束手形は,多くの投資
33
とを提案している 。
家の参加をうながし,効率的な価格付けが可能
彼らの提案では,企業の再建計画が決定され
になること,また,弁済期日を再建計画認可後
たら,このノンリコースの債権部分Nは,倒産
とすることによって,倒産企業が弁済可能(sol-
手続きの終了後すぐに債務者企業から弁済を受
vent)になった段階で意思決定ができるように
けることができる約束手形(ノート)に置き換
なること,さらに,担保資産がノンリコースの
わる。このノンリコースの約束手形の額面額は
約束手形の価値よりも高い企業内利用価値をも
最大Dまでで,オークションでビッドされた最
つならば,債務者企業がそのノンリコースの約
大金額(=ノンリコースの約束手形の売却額)
束手形を弁済する(買い戻す)ため,効率的な
がD以下ならば,そのビッド価格が額面額とな
利用が実現できることである。また彼らは,倒
る。例えばDが10億円でありビッドが10億円以
産法制における保全処分(Automatic Stay)の
下で8億円ならば,この手形の額面は8億円と
役割は,債権者が流動性制約下にある債務者か
74
ら資産を取り上げることによって企業の継続価
の法制度への適用可能性を考えよう。このアイ
値を破壊することを防ぐことにあるが,手続き
デアは全く斬新な提案に見える。しかし,担保
終了後には債務者は弁済可能(solvent)になる
権部分が証券として評価されることを除けば,
から,債務者は高い企業内継続利用価値がある
担保権部分を一般債権から分離して扱うという
資産を手形の弁済によって買い戻すことができ
点においては実は日本の担保権消滅請求制度と
35
るとしている 。
同じ構造を有している。
このように市場を通じて担保権を評価するこ
ただし,両者の評価方法には決定的な違いが
とによって,担保権者はその権利を十分に保護
ある。彼らの提案が担保権の評価についてオー
される。担保権の価値は担保資産の市場価値を
クションという市場評価を前提としているのに
十分に反映する。さらに彼らの提案では,その
対し,担保権消滅請求制度は必ずしもそうでは
際,被担保債権と,ノンリコースの約束手形の
ない。もちろん彼らが簡便法として提案してい
代金を相殺することによって,担保権者は必要
るケースでは,担保権の評価に際してオーク
に応じて自ら競落することもできる。このため
ションは直接的には実施されない。しかし,企
担保権の権利行使時点の選択権も保護できるこ
業の売却時点で実質的に市場の評価が反映され
とになる。
ることになる。また担保権者は買い受け人の評
担保権消滅請求との関係で重要な点は,Beb-
価に不満が在れば,その担保資産を競売にかけ
chuk and Friedが,Baird(1986)が提案した企
ることが許されており,競売価格は市場の評価
業全体を競売するケースを前提に,ノンリコー
を反映する。その際,債権との相殺による入札
ス・ローン部分のオークションを実施しない方
も認められており,実行時期の保護も図ること
法も提案している点である。この場合には,担
が可能である。このため担保権者と買い受け人
保権者(Secured creditor)はノンリコースの
はこのような,
(担保権のオプション価値をも考
約束手形を保有し続け,企業の売却後に弁済を
慮した)市場の評価を予想し,それを前提に担
受けるという方法を提案している。企業の売却
保権価値を決めることになる。
後,購入者は担保権者から額面もしくはお互い
これに対して,日本の担保権消滅請求制度で
に同意した割引価格でこの手形を買う。買わな
このような特性が満たされているものはどの法
い場合には,担保権者が担保資産を獲得して競
律の下でもない。民事再生法や破産法では,担
売することができる36。
保権は別除権として手続き外で権利行使するこ
ここで,この方法では,倒産手続き中にノン
とが許されているが,債務者や管財人が手続き
リコースの約束手形の競売を実施しないので,
中で担保権の消滅請求を実施すれば,その評価
その分のコストが節約できるが,担保付き債権
を市場に委ねる機会は基本的に存在しない。
の価値と,残りの一般債権部分の価値が,最終
たしかに,民法の抵当権消滅請求制度は,買
的な弁済が終わるまで決まらなくなるという問
い受け人が提示した価格に抵当権者が不満を持
題がある。ただし,Baird(1986)の提案した処
つ場合には競売が実施されることになっている。
理方法や,M&Aのような事業売却による処理
しかし,競売が3回不成立に終わると設定され
の場合には,債権者が企業経営について意思決
ていた抵当権はそのまま存続することになり,
定する機会は存在しないため,一般債権の分配
買い受け人は無剰余の抵当権が残るリスクを負
37
担することになる38。また競売が成立してしま
額を確定できれば問題は生じないことになる 。
うと担保権実行時期の選択権は保護されない。
2. 担 保 権 消 滅 請 求 制 度 とBebchuk and
自己の債権との相殺による入札は認められてい
Friedの提案との比較
ないので,担保権の実行時期を守る手段として
このようなBebchuk and Friedの提案の日本
は別途資金を用意して自己競落する以外になく,
75
追加の負担が生じてしまう。
自己で保有し,他の売却先を探したり,自己で
管理・使用することができる。このことによっ
第5節 担保権消滅請求制度改正の提案
て「担保権」の価値を保護することができる。逆
に,無剰余の担保権者がゴネて,市場評価以上
1.担保権消滅請求制度改正の提案
の消滅価格を要求する場合も,債務者(あるい
第2節で論じたように,担保権消滅請求制度
は管財人)がそれを拒否することで競売が実施
を正当化する論拠として,事業価値を大きく毀
されることになる。もし債務者が本当に市場価
損するという理由や,任意売却における無剰余
格以上の評価をしているならば,その価格より
の抵当権者への判子代を削減するという理由は
わずかでも高い価格を提示すればよいから当然
十分ではない。担保権の行使が競売を前提とし
それを落札することができる。さらに,担保権
た制度である以上,
必要なら債務者や管財人,
ス
者が本当に市場評価を上回る担保権価値を予想
ポンサーが競売時に買い戻せばよいし,競売に
し,債務者の提示している価格以上の評価をす
よって担保権が実行されれば無剰余の担保権者
るならば,債務者がその評価以上の金額を提示
は自動的に消滅する。むしろ担保権消滅請求制
できない限り,担保権者がそれをみずから競落
度が必要となると考えられうる唯一の理由は,
するだろう。
事業単位で売却する競売市場が現行の法制度に
実際には,このような競売価格を担保権者と
存在しない,という点にある。
買い受け人の間で予想して,それを前提に交渉
そうであるとすると,基本的に担保権実行を
することになる。担保権者は自分が予想してい
ともなう市場売却を事業単位や企業単位でみと
る担保権価値を上回る消滅価格の提示があれば,
めるような競売制度の整備がもっとも直接的な
当然にそれを受け入れるだろう。
解決方法である。市場価格より廉価な値しかつ
したがって担保権消滅請求制度の最も直接的
かないといわれている競売制度の機能を改善し
な改正方法は,第一に担保権消滅請求制度を
て,こうした市場売却のための制度とすること
Bebchuk and Friedが提案しているノンリコー
が必要となるだろう。しかし,そのような市場
スノートのオークションに置き換えることであ
売却制度は,担保権が資産単位で設定されるこ
る。ここでこのオークションには,抵当権者自
とを前提としている現行の法制度を前提とする
身が参加することができ,自己の債権額との相
限り実現は容易ではないかもしれない39。また
殺によるビッドも認められるようにする。その
そのような事業単位の競売を認める制度の下で
際,裁判所は価額の決定権を持たず,ビッド価
も,結局個別の担保権の価値評価という問題は,
額をそのまま受け入れる仕組みとする必要があ
避けて通れない問題となる。
る41。
そこでBebchuk and Friedの提案を参考にし
もっとも,このような急進的な制度改正には
ながら,日本の担保権消滅請求制度をどのよう
抵抗も予想される。しかし,上で説明したよう
に改正することが効率性の観点から望ましいの
なBebchuk and Friedの提案と担保権消滅請求
か考えよう40。日本の担保権消滅請求制度と
制度は,担保権の評価方法を除いては基本的に
Bebchuk and Friedの提案の最も重要な違いは,
同じ構造を有している。そのため,彼らの提案
担保権の評価として,当事者の同意が達成され
の特性を担保権消滅請求制度に取り込むことも,
なかった場合に債務者や第三取得者だけでなく,
実は簡単にできる。すなわち担保権の消滅価格
担保権者も競売を選択できるという点にある。
に不満が在れば,担保権者は競売によってそれ
これによって担保権者は,競売の評価に不満が
を売却できることを認めればよい。その際,民
あれば担保権の設定原因となった債権との相殺
法の抵当権消滅請求制度の規定のように,競売
による入札で競落することもでき,担保資産を
が不成立である場合に請求を無効に終わらせる
76
のではなく,担保権者に自己の債権額での入札
が望ましいか考えよう。理論的にそれは,被担
を認め,それとの相殺を可能にすることで担保
保債権が完全に担保資産の市場価値によってカ
権者に競落しやすくすることである。
バーされている完全な優先担保権者でもないし,
この時,競売で担保権者が高い価格を提示す
全くカバーされる可能性のない無剰余の担保権
ることを懸念するかもしれないが,少なくとも
者でもない。むしろ一部カバーされていたり,あ
担保権者の提示する価格は市場の不動産評価以
るいは今後の担保資産の価値の変動次第では,
上になるから,その分だけ債務者の負債は減る
カバーされる可能性が高いいわば準優先担保権
ことになる。従って債務者(あるいは管財人)
者となる42。
と担保権者のいずれもがこれによって改善しう
たとえば,いま,第4順位までの担保権者が
る。また,競売である以上,弁済されなかった
設定されている資産を考えよう。第1順位から
被担保債権はすべて売り手の債務者企業の一般
第4順位までの債権額はそれぞれ2億円ずつで
債権になる。そのため,他の主体が買い受け人
ある。今,この資産の市場価格が3億8千万で
となった場合にも,担保権はすべて消滅し,そ
あるが,その資産を単独に利用したとして,利
の債務も引き継がないから,無剰余の抵当権が
用次第では,その価値が3億円になることもあ
残る心配もない。したがって,これを前提とす
るし,5億円になることもあるとしよう。その
る交渉においても担保権者の権利は保護される
一方,事業単位の中で,利用した場合には6億
し,また過大な要求をすることもできなくなる。
円の価値を生み出す可能性があるとしよう。こ
もちろん,Bebduck and Friedの提案で,ノ
の場合,第1順位の担保権者はこの資産を有効
ンリコースの約束手形部分の競売が事前に実施
に利用したり,適切な時期に売却しようとした
されないケースは,売却後に担保権が残るため,
りするインセンティンブを持たない。なぜなら
資産の購入者が担保権者と交渉することを前提
どの場合にも彼の債権は全額保護されるからで
としているという点でも,日本の担保権消滅請
ある。また,第4順位の担保権者にも,このイ
求制度とは異なる。しかし,このような交渉を
ンセンティブはない。なぜならどのような価格
買い手にゆだねることは,買い受け人のリスク
になっても彼は一銭も回収できないからである。
を負わせることになるため,そのリスク分だけ
これに対して第2順位の担保権者や,第3順位
割り引かれて安い価格で資産を売却しなければ
の担保権者にはそのインセンティブがある。な
ならなくなる。債務者の保護の観点からは,売
ぜなら,担保資産の価値が高くなれば,それだ
却前に担保権を消滅できる(民法をのぞく)現
け自分の債権の回収を増やせるからである。
行の日本の担保権消滅請求制度の方が望ましい
さてこの時,どの担保権者に交渉権を与える
かもしれない。
のが望ましいだろうか。効率的な利用の観点か
ら考えたとき,明らかに第1順位の担保権者で
2.どの担保権者が決定権を持つべきか
も第4順位の担保権者でもない。第2順位の担
問題として残るのは抵当権のように交渉時に
保権者と第3順位の担保権者のどちらに与える
担保権者が複数いる場合に,誰の同意によって
かは,状況によって異なる。
担保権を消滅させることを認めるのか,という
例えば,適切に利用するための努力や投資を
点である。もし,すべての担保権者の同意を求
実施すれば(そのコストを差し引いた純額で)
めるならば,実質的に現行の任意売却を前提と
担保資産の価値は確実に3億8千万円を維持で
した交渉と変わらない。交渉コストを下げると
きるか,それが実施されない場合には80%の確
いう観点からも,このような同意を求める担保
率で3億円になり,20%の確率で5億円になる
権者を予め限定しておく必要がある。
ケースを考えよう。この後者の場合の期待値は
それでは,どの担保権者に交渉権を与えるの
3.4億円である。このケースをケース1と呼ぼ
77
う。ケース1では,第3順位の担保権者も,担
をすべて買い取った場合に,この価格交渉権を
保資産の価値を最大化するようなインセンティ
先順位の担保権者から譲り受けることが出来る。
ブを待たない。努力して3億8千万円の価値を
この場合,常に最も効率的な利用が可能で,そ
維持しても,何も得ることができないからであ
れゆえ最も高いthreat pointを持つ準優先担保
り,むしろ,期待値では3億円にしかならない
権者の下に,交渉権を移転させることが可能と
が,5億円になる可能性があるような危険な利
なる 。この時,債務者や管財人との交渉が決
用方法を追求しようとする。従って,この場合
裂して競売になる場合には,優先担保債権を額
には第2順位の担保権者が交渉権を持つことが
面通りに買い取った後順位の担保権者は,その
資産利用の効率性の観点から望ましい。
買い取り債権額も競売の入札に使って相殺する
一方,適切な努力や投資を実施しなければ3
ことを認めるようにする。この工夫の下では,常
億8千万円のままだが,追加の投資を実施すれ
に真の準優先債権者に交渉権が移転し,効率的
ば(投資コストを差し引いた純額で)確率30%
な結果が達成できる 。この点を上の数値例を
で3億円になり,確率70%で5億円になるとし
用いて確認してゆこう。
よう。この場合の期待値は4億4千万円である。
まずケース1から考えよう。このケースでは
このケースをケース2と呼ぼう。この場合には,
第1順位の担保権者は効率的な利用のために投
第2順位の担保権者よりもむしろ第3順位の担
資したり努力しようとはしないだろう。そのま
保権者に交渉権を与えておくことが望ましい。
ま放置しても,少なくとも3億円の価値はある
例えば,投資コストが1億かかり,そのときの
ので,この価値で自分の債権は全額保護される。
担保資産の価格が確率30%で4億円になり,確
そのため消滅価格の2億円以上であれば消滅請
率70%で6億円になると期待される場合を考え
求に応じてしまう。これに対して第2順位の担
よう(投資コストを引いた純額でそれぞれ3億
保権者は上の工夫の下で,第1順位の担保権者
円と5億円になることに注意)
。このとき,
第2
の債務を買い取ってでも,交渉権を得ようとす
順位の担保権者は1億円の投資コストを含めて
るだろう。これによって効率的な利用のための
30%の確率で2億円弁済され,70%の確率で3
努力や投資をし,その純額で3億8千万円の価
億円弁済されるが,このときの期待値は2.7億円
値をthreatとして交渉することができる。一方,
であり,
投資コストを差し引くと,
もともとあっ
第3順位の担保権者は,第2順位の担保権者の
た優先債権への弁済額は1.7億円に過ぎず,投資
債務を買い取ってまで交渉権を得ようとはしな
せずに3億8千万円の資産価値から,1.8億円の
い。なぜならこのとき4億円で第2順位までの
弁済を受ける方が高い弁済額を得ることができ
債権を買い取っても得られるのは,せいぜい3
るからである。
億8千万円にすぎないからである。もちろん同様
他方,第3順位の担保権者は投資しなければ
に第4順位の担保権者が交渉権を得ようとする
何の弁済も受けられないが,投資によって1.4億
こともない45。
の弁済を受けられる。
次にケース2を考えよう。このケースでは,
もちろん,一般にはどの担保権者が真の準優
ケース1と同様にまず,第2順位の担保権者が
先担保権者か分からない。そこで,法制度とし
第1抵当権者から交渉権を得ようとするだろう。
ては次のような工夫をすることが考えられる。
2億円の債権を買い取ることで少なくとも,3
すなわち担保権消滅請求の手続きの中では制度
億8千万円の弁済を受けられる。第1順位の担
上,常に第1順位の担保権者に交渉権与え,こ
保権者が,これより低い価額でも消滅請求に応
の交渉権には交渉決裂時に競売を申し立てるこ
じてしまうおそれがあるから,第2順位の担保
とができる権利を付けておく。但し,第2順位
権者は自分で交渉権を得たいと考えるだろう。
以降の担保権者には,先順位の担保権者の債権
しかし,上で見たように第2順位の担保権者は
43
44
78
より効率性の高い利用方法を追求しようとはし
大な要求であると考えるのであれば,債務者や
ない。このとき第3順位の担保権者は一切弁済
管財人が競売を申し立てて,競り落とせばよい。
を受けることができない。しかし,
このとき,
第
それができないのであれば,その資産の有効利
3順位の担保権者はさらに第2順位の担保権者
用者はもはやその債務者企業でないのは明らか
の債権を買い取って交渉権を獲得しようとする
である。もし,担保権者が無理な入札価格を提
だろう。この交渉権を得れば,もし債務者が期
示して競売で競り落としたとしても,十分な利
待値で4億4千万円より低い消滅価格を提示し
用価値を生み出せず,結局,大きな損を被るこ
てきた場合には,競売を実施したり,自ら利用
とになる47。
することで,投資コスト分を除いた期待値で4
もちろん,そのような貢献分を評価するため
億4千万円の弁済を得ることができ,購入した
に交渉が行われるのであって,競売の可能性は,
債権4億円を上回る弁済を受けることができる
実際にはそのような交渉の出発点になるに過ぎ
からである。
ない。これに対して,担保権消滅請求制度自体
ここで第4順位の担保権者には,この投資を
は,このような交渉自体を排除するための制度
実施するインセンティブがない。なぜなら6億
としてデザインされたのでは,と言う指摘もあ
の追加の保証債務を負っても得られる利得は,
り得るだろう。しかし,現行の担保権消滅請求
投資コストを除いた期待値で4億4千万円にす
制度も実際には殆ど申し立ては行われていない。
ぎないからである。従って,いずれのケースで
もちろん,このことをもって,担保権消滅請求
も,最も効率的な利用方法を選択する順位の担
制度が意味のない制度と言うこともできないだ
保権者に交渉権が移転し,その利用方法での担
ろう。実際には無剰余の担保権者に対する交渉
保資産価値を前提に,交渉する状況が実現でき
上の有効な威嚇(threat)として使われており,
ることが分かる46。
無剰余の担保権者が法外な要求することを排除
この交渉で担保権者が期待値を大きく上回る
できることにこの制度の本当の意義がある。こ
消滅額を要求した場合には,債務者は競売を申
こでの改正の提案は,現行では,このために必
し立てることができるので,担保権者は過大な
ずしも法外でない要求まで裁判所や管財人が排
交渉力を得ることもできないのは明らかである。
除してしまう可能性を減らすことを提案してい
ここで,逆に事業のコア資産については事前
るに過ぎない。
に無剰余の債権まで買い取って,交渉上有利に
確かに破綻処理の中で担保権者の権利を強制
なろうとする主体の存在を懸念するかもしれな
的に弱めても,交渉によって事後的な観点から
い。しかし,もし本当にコア資産であり,その
見ると効率的な結果を達成できるかもしれない。
資産なしで経営が成立しないのであれば,その
しかし,事前の観点から見たとき,担保権者の
資産の貢献分まで,その実質上の保有者になる
権利が事後的に弱められることは,すでに説明
べき担保権者が受け取ることには何の問題もな
したように貸出市場で大きな歪みを引き起こす
い。担保権者はその資産を使って他の経営者を
恐れがある。
雇い,成果を上げることができる。そうである
担保法制や倒産法制は単に事後的な所得配分
以上,一般債権者や既存経営者の貢献分はその
のためだけの処理手続きではない。金融市場は
成果分を超える部分のみによって評価されなけ
それを前提に資金供給を判断する。そのような
ればならない。
事前の観点を欠いた法デザインこそが,15年近
したがって,現在無剰余に見えても,そのよ
くの長い経済停滞を招いた重大な要因となった
うな価値を予想して額面通りに債権を購入して
ことを認識する必要がある。
いる以上,担保権として評価される価値は,そ
まとめると,現行の担保権消滅請求制度を前
の貢献分までになるのは当然である。もし,過
提に,担保権者が価格に不満がある場合には,第
79
1順位の担保権者のみによる競売申し立て権を
的な利用のための法整備を一層進める意義は極
認め,事実上の価格交渉権を与える。第2順位
めて大きい。
以降の担保権者には,先順位の担保権者の債権
を買い取る場合に,この競売申し立てとそれに
(本研究(第6章)は文部科学省オープンリサー
ともなう価格交渉権を先順位の担保権者から譲
チセンター整備事業(平成16年度─平成20年度)
り受けることができる権利(オプション)を認
による私学助成および専修大学社会知性開発研
めることを提案する。これによって,準優先担
究センターの助成ならびに専修大学個人研究助
保権者に決定権が移転し,すべての担保権者の
成(2004,2005)を得て行われた。ここに記し
権利を害することなく,効率的な担保資産の利
て謝意を表する。)
用追求が可能となる担保権消滅請求制度となる。
そして,このとき,優先権の侵害の問題も,デッ
参考文献
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常に効率的な資金調達が可能になる。
閣
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おわりに
スト増刊 新会社更生法の基本構造と平成16
年改正』有斐閣
本章では,経済学的な観点から担保権消滅請
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負債に頼らざるを得ない中小企業にとっても,
に及ぼす影響についての理論と実証」
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非効率な解体や清算を回避しつつ,不要な部門
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売却などを積極的に実施する上で重要な機能で
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『権利対立の法と経
ある。
済学─所有権・賃借権・抵当権』東京大学出
ただし,現行の制度では担保権者が十分に保
版会
護されていない。この点を保護するために,担
道垣内弘人・山本和彦・古賀政治・小林明彦
保権消滅請求の手続きの中で第一担保権者のみ
(2003)『新しい担保・執行制度』有斐閣
に価格交渉権と競売の申し立て権を与える。そ
東京弁護士会編(2004)
『入門 新破産法』上巻
して,その競売時には現金以外に保有債権によ
および下巻 ぎょうせい
る入札も認めることを提案し,劣後する担保権
福井秀夫(2003)
「担保執行法制改革の法と経済
者には,自分より優先する担保権者の債権をす
分析(上)」および「同(下)」
『税務経理』時
べて買い取った場合にのみ,これらの権利を移
事通信社
転させることを提案した。
松下淳一(2004)「更生担保権」『新しい会社更
適切な担保権者の保護は,最終的には資金供
生法 モデル事例から学ぶ運用上の論点』伊
給を増やし,貸付利子率の低下や資金供給の増
藤眞 西岡清一郎 桃尾重明 編 第13章 加を通じて借り手にも多くの恩恵をもたらす。
有斐閣
金融市場で十分な信用を得られておらず,担保
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付き債権での資金調達を余儀なくされる中小企
弁済権の範囲と任意売却」
『倒産手続きと民事
業にとって,効率的な観点からの担保権の効率
実体法』別冊NBL 60号, 73-101頁
80
森田修・瀬下博之(2002)
「抵当権の経済分析─
注
「決定権移動」の観点から─」東京大学社会科
1 たとえば,Stiglits and Weiss(1981)参照
2 瀬下・山崎(2007)第12章補論で指摘してい
るように,抵当資産の競売市場が十分に機能し
ていれば,民法が前提とするような個別不動産
に対する無剰余の抵当権の問題はそもそも存在
しない。裁判所による競売を通じて資産が売却
された場合には,このような抵当権はすべて解
除されるからである。ただし以下で説明するよ
うに事業単位での売却を考える時には現行の競
売制度だけでは不十分かもしれない。
3 たとえば森田(2000)参照。
4 競売市場の改革の提案については福井
(2003)
参照
5 時価の概念として,少なくとも清算価値を保
証し,さらに継続的な利用の中で生み出される
収益も含めて評価されるものとして,法律家の
中では理解されているように思われる。たとえ
ば,伊藤他(2005)を参照
6 伊藤他(2005)p79深山発言も参照
7 これを正当化する議論としては,森田・瀬下
(2002)および瀬下・山崎(2007)参照
8 人や会社の信用力に頼らず(=ノンリコー
ス)
,
対象不動産からのキャッシュフローのみが
返済原資となる貸出(借入)をいう。
9 以下の4項で詳しく説明するが,倒産手続直
後に期日が到来し,担保目的物からのキャッ
シュフロー(売却益を含む)の総額を債務者か
ら受け取ることができる手形を市場で売却する
という提案である。買い手が担保目的物から得
られるキャッシュフローの現在価値を評価する
ので担保権の価値を評価したことになる。担保
目的物を常に売却するわけではないので,事業
再生の支障とならない。また担保権付で目的物
が売却されるわけではなく,
目的物はあくまで,
事業再生の担い手であるステイクホルダーが利
用できる。ただし,法的には,買い手の支払代
金により担保権者の債権が弁済されれば,担保
権は消滅する。
10 モデル上は明示していないが,山崎・瀬下
(2007)12節では,
再生債務者より債権者がむし
ろ効率的な利用方法を選択できる場合に生じる
問題を,温泉の源泉開発の例をあげて議論して
いる
11 このようなオプションを担保権者が持つこと
は,上で説明したように,担保権者が残余請求
権者であることによって正当化される。
学研究所 ディスカッション・ペーパー・シ
リーズ,J-113
山崎福寿・瀬下博之(2002)
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度の経済分析」『ジュリスト』No.1216 有斐
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81
12 このような考え方はリアルオプションの理論
と呼ばれる。これについてはDixit and Pindyck
(1994)等を参照。
13 たとえば,道垣内他(2003)p84 滌除制度の
問題点を参照
14 『価値権』については,たとえば我妻(1967)
第一章所収論文(初出は1916年)参照。また
このような「価値権」に対する批判的な議論と
しては,内田(1996)も参照。経済学的な観点
からも,このような価値権という考え方はおよ
そ正当化できるものではない。これについては,
瀬下・山崎(2007)第3章参照
15 会社更生法47条1項には「更生債権等につ
いては,更生手続き開始後は,この法律の定め
がある場合を除き,更生計画の定めるところに
よらなければ,弁済をし,弁済を受け,その他
これを消滅させる行為(免除を除く。)をするこ
とができない。」とある。
16 松下(2004)p200等参照。また別除権ではな
いため,一部解除によって担保権を行使するこ
とになる。なお,この節の更生担保権について
の 法 的 な 説 明 に つ い て は, そ の 多 く を 松 下
(2004)に負っている。
17 再生債務者手続きが認められていないことも
重要である(67条3項によって「裁判所は,第
100条第1項に規定する役員責任等査定決定を
受ける恐れがあると認められる者は,管財人に
選任できない」)。確かに,改正された会社更生
法においては,経営責任が問われる可能性のな
い取締役はその後も更生手続きにおいて管財人
になることができる。しかし一般にこのような
取締役は,私的な再建過程の中で融資銀行など
から派遣された取締役であり,必ずしも会社経
営を十分に把握できていない可能性がある。こ
の点で会社更生手続きでは,民事再生法と比較
して,情報の偏存の問題を十分に解決できない
可能性がある。
18 会社更生法2条10項には「この法律において
「更生担保権」とは,…中略…当該担保権の目的
である財産の価額が更生手続開始の時における
時価であるとした場合における当該担保権に
よって担保された範囲のものをいう…後略…」
とある。
19 たとえば伊藤他(2005)参照
20 会社更生法改正要綱試案補足説明(法務省民
事局参事官室)参照
21 すでに説明したように,これを無視して売却
しようとすると,買い入れ先は,無剰余の抵当
権などの設定された資産に追求効が及ぶため,
これらの抵当権を解除する必要がある。この方
法として以下で説明する民法上の抵当権の消滅
請求制度が用意されていると考えることができ
る。しかし,以下で説明するように,この買い
受け人による請求は問題が大きいと考えられ
る。
22 Baird(1986)は,企業全体での競売を認めれ
ば,再建型の倒産法制は必要がないと議論して
いる。ここでも,
事業単位での競売を認めれば,
会社更生法における担保権消滅請求制度を認め
る必要はなくなる。
なお,事業部単位で再建手続きを考えるべき
というアイデアは岩村・杉本の2005年の次世代
倒産法制研究会の報告資料(主要な内容は本報
告書第5章等に収録)から示唆を受けている。
23 破産法187条
24 破産法における担保権消滅請求制度について
は,東京弁護士会編(2004)も参考にした。こ
の上巻p310 〜 311の担保権消滅請求制度の法律
別比較表は便利で分かりやすい。
25 山本(2004)参照
26 このように考えてくると,民事再生法でも事
業単位で売却する場合に担保権消滅請求を認め
る必要があるだろう。もちろん,この場合でも
担保権の評価は適切になされる必要があるのは
言うまでもない。
27 民法の抵当権消滅請求制度については道垣内
他(2003)p82以下の解説を参考にした。
28 詳しくは瀬下・山崎(2007)第11章を参照。
29 ここで,このような時点2までの先送りによ
1
る劣後債権者への所得移転は,19億円-15 ─ 億
4
3
円=3 ─ 億円となり,優先権侵害によって劣後
4
債権者に移転する所得移転の価値(5億円)よ
り小さいことに注意しよう。
30 追加投資後の残債権は51億であるから,企業
資産20億はすべて債権に分配されることに注
意。
31 絶対優先の原則の下では,リスク代替を深刻
化させる可能性も指摘されており,この場合に
株主に対して一定の弁済を与えることで問題を
回避しているという議論もある(たとえばEberrhart and.Senbet(1993)参照)
。これに対して
はBebchuk(2002)は優先権侵害が予想される
と,
むしろ当初の金利水準を高め,
モラルハザー
ドが深刻化することを指摘している。
82
32 太田,杉原,瀬下,山崎(2006)は,負債比
率が高くなると収益性の低い企業の収益性はさ
らに悪化することを見出している。また,収益
性が高い企業が,デット・オーバーハングに
よって収益性が低下しているという証拠は見出
せなかったとしている。
33 詳しくはBebchuk and Fried(2001)pp2410
以下を参照
34 正確には,その間の日数分だけ割り引かれる
が,議論の本質的な問題ではないので,以下で
はこのような割引率は無視して議論しよう。
35 詳しくはBebchuk and Fried(2001)pp241516およびpp2423-26等を参照
36 詳しくは,Bebchuk and Fried(2001)pp2429
以下参照
37 Bebchuk and Fried(2001)はこの分配方法
として二つの方法があるとしている。一つは企
業全体の競売による売却収入を,ノンリコース
の約束手形の価値が決まるまで別勘定におき,
その価値が決まったら一般債権部分は保有比率
で分ける方法である。
もう一つの方法としては,優先債権者の一般
債権部分の扱いだけを倒産手続きが終わった後
に決める方法である。倒産手続き後,優先債権
の価値が決まった段階で,企業の購入者は他の
一般債権をまとめたら優先債権者が得られたは
ずの分配額を,一般債権部分として優先債権者
に支払う。企業の売却価値は,ノンリコースの
約束手形の価値分と,残りの担保権者の一般債
権部分への弁済を差し引いて評価されるから,
この売却価値が,他の一般債権者への弁済にあ
てられる。一般債権への分配率は両者で一致す
るとすれば,一次方程式の問題として,弁済率
を決めることができる。詳しくは,pp2430-33
を参照。
もっとも,これらのいずれの方法においても,
ノンリコースの約束手形の価値が事後的にも正
しく評価される必要があり,その点でノンリ
コース手形のオークションの機会などが事後的
に確保されている必要がある。
38 Bebchuk and Friedの提案でも,ノンリコー
スの約束手形のオークションを実施しない場合
には,無剰余の抵当権が残ることになり,抵当
権評価のリスクが買い受け人に負わされること
になる。この点でむしろ事前に買い請け人の抵
当権評価のリスク負担を減らす上では,事前に
担保権を消滅できる制度設計の方が望ましいか
もしれない。
39 なぜ,担保権が資産単位に設定されているか
についての考察は,
Kanda and Levmore(1994)
の議論が興味深い。
40 もちろん以下の提案で,効率的な結果が達成
されるためには個別の不動産の競売市場全体が
効率的でなければならないのは言うまでもな
い。
この点で現行の非効率な競売制度を整備し,
効率的な競売手続きを追求する努力も同時に進
められなければならない。
41 また,日本の担保制度の下ではノンリコース
ノートの契約による担保目的物に対するリコー
スの権利は,担保権のように排他性を法律上確
保できるわけではない点には留意する必要があ
るだろう。
42 準優先担保権者が効率的な資産利用を決定す
るインセンティブを持つ点については森田・瀬
下(2002)を参照
43 この工夫は,
Bebchuk(1988)が提案したコー
ル・オプションを用いた企業倒産スキームの簡
単な応用である。
44 このスキームでは,優先担保権者が準優先担
保権者より高い利用価値を持つ可能性が考慮さ
れていないと考えるかもしれない。しかし,そ
の場合でも優先担保権者の債権は全額保護され
るので,誰も損をすることはない。もちろん,
そのような場合には優先担保権者が直接準優先
担保権者の債権を買い取って交渉権を得る行為
を否定するものでもない。
45 このケースで,提案した手続きにしたがって
第2順位の担保権者に交渉権を与えると,第3
順位の担保権者のオプション価値を失わせる結
果となる。わずかでも5億円になる可能性があ
るなら,そこにオプション価値が生じる。しか
し,他方で第3順位の担保権を認めると第2順
位の担保権を侵害することになる。このとき,
第3順位の担保権者のオプション価値が認めら
れるには,第2順位の担保権者が負うリスクに
対する対価が必要となる。
株主と債権者の関係のように,投資家の優先
劣後関係も,劣後する権利者が優先する権利者
からプットオプションを買うことで,リスクを
追及できる仕組みと見ることができる。そのよ
うなオプションプレミアムは,優先する債権者
に約定額を弁済している限り,その利息に含ま
れていると考えることができる。
この場面では,
優先債権者の債権を全額弁済することになるた
め,オプションのプレミアムとしては過大な負
担と考えるかもしれないが,外部から企業資産
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を担保にした負債で調達して支払えばよく,そ
の弁済がなされていれば良いのであるから,
プットオプションの売り手が変わるだけでとな
る。
46 ここでは,説明の都合上,優先順位の高い方
から購入の意思表示をするように説明している
が,実際には,後順位から買い取り意思の表示
を確認する方が,買い取りが実施される回数が
1回だけで済み,手間がかからない。
47 事前に額面よりも安く債権を買い取った場合
に問題が生じると考えるかもしれない。競売時
に,実際の支払額よりも多くの入札が可能にな
るからである。しかし,この場合でも,入札に
用いれば,後で得られたはずの一般債権として
の弁済を失うことになり,同時に,事業内部で
利用すれば得られたはずの価値の増加からの弁
済も失うことになる。このため,過大な入札は
担保権者にとって何のメリットももたらさな
い。
現行の抵当権制度で,無剰余の抵当権が問題
になるのは,競売からは何の弁済も受けられな
い担保権者,すなわち実質的な一般債権者が,
競売を妨害することでゴネ得をえることが可能
になるからである。このようなゴネ得を得られ
ない状況を確保することが,効率的な担保権価
値を決める上で重要になる。
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