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プランクの実在論、 決定論と物理学的世界像 (二)

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プランクの実在論、 決定論と物理学的世界像 (二)
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ブランクの実在論、決定論と物理学的世界像(二)
− カントの継承者、ポパーの先駆者として−
土 屋 盛 茂*
[本論文前半の要約]
本論は、哲学においても物理学においても実証主義が隆盛であった今世紀初頭、その思潮に抗して、
感性的世界と実在的世界を結ぶ物理学的世界像という概念を用いながら、実在論と因果的決定論を擁
護しようとしたマクス・プランクの哲学的思想を、少なからず共通性をもつカントとポパーの思想と
比較しながら、解明しようとするものである。
先ず、物理学をはじめとする自然科学は、感性的所与の経済的な総括に留まらず、現象と独立に存
在する実在的世界の法則性を見いだそうとする営みだ、というブランクの議論を二つ示す。ひとつは、
科学の法則に含まれる人間の感覚への関連づけ、さらには人間による実現可能性への関連づけをその
擬人的性格と呼ぶとき、科学の発展が脱擬人化の方向に発展してきたことを、熱力学第一・、第二法則
の発展に即して例証し、それは科学が実在中の連関発見を目指していることのひとつの証拠だという
議論である。もうひとつは、実証主義(現象主義)は、たとえそれ自体は矛盾なく−・賢して維持され
うる立場であるとしても、もしそれを科学の基礎に据えた場合、そこから独我論が導かれることから、
他人の報告への信頼など、科学の共同作業的性格が理解されえず、また、報告される観測が再現可能
なものでなければならないという、客観性要求がまったく理解されえなくなり、したがって科学の営
みが理解できなくなる、という嶺論である。
しかし、われわれは実在的世界を直接認識することはできず、直接与えられるのは観測データを含
む感性的所与のみである。そこでプランクは、数学を用いて表わされる理論体系を物理学的世界像と
名づけ、感性的世界と実在的世界を媒介する役を担わせようとする。感性的世界との間では、感性的
言語で述べられる観測データを数学を用いた理論言語に翻訳し、また理論内で得られる予測を観測デー
タの言葉に翻訳するという関係をもち、−カ物理学的世界像にとって実在的世界は、到達できなくと
もそれを目指して接近する目標とみなされ、科学に発展の方向づけをする役を果たすというのである。
このような到達できなくとも目指されるべき目標という思想は、カントの超越論的対象への関係づけ
を視点にもつ統覚による直観の多様の綜合的統一や統整的原理としての理性の理念にその先駆を見い
だすことができ
、またポパーの真理近似性の考えに後継を見いだすことができる。
では、このような物理学的世界像のアイディアに基づいて科学の方法はどのように構想されるのか。
先ず、想像力と思弁の働きによる仮説の形成、そしてその理論化がなされる。この新しい仮説形成に
は、観測データなどの経験的事実からの−・般化より、なにより経験を超えた理論的概念の発明が必要
であり、それもまた想像力と思弁の産物である。それに、理論的解釈を欠いた生の観測データなど存
在しない、という指摘もなされる(ポパー、ハンセン、クーン等の先取り)。次いで、理論から導き出
* 教授 教育学部(社会科教育)
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される予測を経験的事実とつき合わせることによって理論のテストが行なわれる。テスト結果が理論
に有利な場合には、理論は威信を増すが、それも暫定的である。結果が不利な場合は、理論は危機を
迎え、新しい仮説、理論の誕生を期待する状況になる。ブランクには、未だ「反証」概念の明確化は
見られぬとして−も、統計的仮説の反証も可能とするなど、反証主義的色彩が濃厚であり、また、その
科学進展の道筋(m→且E→P→m)がポパーの進展モデル(Pl→rr→且g→P2)と類似す
るなど、ポパー・との共通点は多い。
Ⅴ
ブランクはこのように、感覚的所与を超える実在的世界の存在を主張し、科学の理論体系を、感性
的所与と実在的世界の中間にあって、実在的世界の認識を目指す物理学的世界像と意味づけたが、で
はそのような実在的世界の何を認識しようとするのか。その結果、物理学的世界像はどのような性格
をもつべきだと主張するのか。いま、それを問わなければならない。
目指されるのは、ブランクの実在論的性格から当然予想されるように、実在的世界を支配する法則
性の認識、それも実在的事象間の因果的連関の認識である(1)。科学の実証主義的解釈が流行し、プラ
ンク自身の量子仮説をきっかけに登場した量子物理学の実証主義的、非決定論的(確率的)解釈が多
くなされていた時代にあっただけに、プランクの関心は、それに抗して実在的世界の、そして科学の、
因果的、決定論的性格を主張することに強く注がれていて、彼のほとんどの論文(講演)でその間題
への言及が見られるが、とりわけ「因果律と意志の自由」(1923)、「物理的法則性」(1926)、「新しい
物理学の世界像」(1929)、「自然における因果性」(1932)、「物理学の世界観を求める戦い」(1935)、
「決定論と非決定論」(1937)(2)などで、類似の議論をくりかえしながらも、この間題が詳しく論じら
れて1ヽるので、それらに従って彼の主張を見ていくことにしよう。
まず最初に、因果的連関をどう定義するかを見ておかねばならない。プランクは「因果律と意志の
自由」において哲学史上の因果性に関する思想、とりわけヒコ.−ムとカントの考えに注目している。そ
のさい彼は、因果的連関を「原因とみなされる同じまたは類似の感覚複合に常に結果とみなされる同
じまたは類似の感覚複合が継起すること」(1923,Ⅰ,S.77)とする、規則性に基づくヒュ.−ムの因果
性理解をひとつの範型とみなす。しかしそれは、実証主義の立場に立てば正当なものであろうが、プ
ランクがとって−いる実在論的立場からは不満な点がある。その定義にあるのは感覚複合の規則的継起
のみで、実在的な原因が見いだされないからである。それに、事象の規則的な継起を常に原因事象と
結果事象の継起とみなすことはできない。たとえば、昼夜の規則的交替において、昼の出現を夜の出
現の原因とみなすことができないようにである。昼夜の規則的交替を生み出す、昼夜出現共通の実在
的な原因が想定されなければならない(3)。事実物理学は、ニュートンにおける太陽系記述の成功が、
惑星の太陽からの距離とその加速度との数学的関係のみから生み出されたのでなく、力概念の導入に
よって慣性法則と重力法則を立でたことから生み出されたように、新たな実在的原因の概念を導入す
ることによって発展してきたのである(4)。しかし、この実在的原因の働きをどのように定式化したら
よいであろうか。すでにくり返し述べたように、プランクは、実在的世界は直接認識できるものでは
なく、その認識、いやその近似が目指されるのみだ、と言っている。この議論にさいして使ってよい
材料として彼に与えられているのは、測定等による観察データと物理学的世界像内におけるそれから
翻訳された(物理学の理論的対象を表わす)記号間の法則的関係しかない。観察に現われていない実
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在的原因を先取りして因果的連関の定義に含ませることは、観察を重視する現場の科学者、プランク
にはできないことであった。
では、カントの考えについてはどうか。周知のごとく、カントは、因果性をカテゴリーと、つまり、
現象の総体である自然を−・貫した法則的連関をもつ統一・体として認識するための前提条件と捉えてい
た。結論的にいうなら、プランクは、カントが因果律の具体的な内容まで与えようとした点は批判し
ても、因果性カテゴリーせ科学的探求の前提条件とするという考えには基本的には同意していた(5)。
しかしそのカントの因果性概念は、そして−それに同意するブランクの因果性概念も、経験に先んじる
超越論的概念である。ブランクはそのことを十分承知していた.。それ故、彼がそれを主張するのは議
論を尽くした後でのことである。因果的連関がどう確認できるかという議論の出発点にいきなりそれ
を持ち込むことは、論点先取の誇りを免れまい。経験的所与から因果的連関が確認されるのかされな
いのかと議論している経験論者や実証主義者に対しては、そのような議論は説得力をもちえないだろ
う。まして、量子物理学における諸事実に基づいて因果律の妥当性そのものが疑われている当時の科
学状況においては、とくにそうである。
そこで彼はこう言わざるをえない。「(事象)連関の因果性と(事象)継起の単なる外的な規則性と
はどのように区別されるであろうか。だが、この区別の絶対的決定的なメルクマールはまったくない。
われわれが確認しうるのは、結局は常に、与えられた原因から生じる結果をはっきりと予測すること
を許す−ような法則の普遍的で例外のない妥当性でしかないのである」(1923,Ⅰ,S.90)と。繰り返し
て言うが、科学探求の前提条件として超越論的な因果性概念が必要だという考えを、ブランクは決し
て撤回することはなかった。しかし、共通の場で行なう談論の出発点としては、彼はより穏やかな、法
則(規則性)に基づく厳密な予測可能性を用いた、因果的連関の定義を採用するのである。たとえば
後の論文(講演)、「自然における因果性」(1932)では、「ある事象は、それが確実に予測されうるな
らば、因呆的に条件づけられている」という定式を採っている(6)。ただし、ここ.でブランクが考えて
いるのは、物理的事象の−・義的で厳密な予測可能性であり、統計的な予測の可能性ではない。統計的
事象の間にも広義の意味での因果的連関があると言うこともできようが、ブランクが考えているのは、
そのような因果的連関ではなく、一・義的で厳密な予測可能性に基づく厳密な因果的連関、換言すれば
決定論的法則性である、ということを念頭においておかなければばならない。したがってわれわれの
課題は、そのような意味での因果的連関、陰則性が科学において−成り立っているかどうかについての、
プランクの考えを検討することにある。
さて科学は、とりわけ物理学は、このような厳密な予測を許すようになっているであろうか。古典
力学ばかりでなく電磁気学も含めた古典物理学においてはそうなっている、いや少なくともその理想
にかなり近づいている、とプランクは言う。これはもちろん実在的世界の話でも感性的世界の詣でも
なく、理論体系としての物理学的世界像内の話である。そこでは物理法則は数学的方程式の体系とし
て表わされ、その中の記号に、たとえばある時点における質点の位置、速度が定められるように、物
理的意味が付与され(したがって物理的事象と解され)、同じ意味をもつ初期条件と外からの影響が与
えられるなら、任意の時点におけるその物理的事象の状態(位置、速度など)が数学的手法によって
厳密に計算されうる、つまり厳密に予測されうるからである(L7)。そういう展望があればこそブランク
の学生時代の師フィリプ・フォン・ヨリ(PhillipvonJolly)は、助言を求めたプランクに、物理学はき
わめて成熟した学問であり、とくにエネルギー保存則が確立された後は些未な穴埋め仕事しか残って
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いない、とりわけ理論物理学は完成に近づいている、と言ったのであろう(8)。
ところがフォン・ヨリのそのことばにもかかわらず、物理学ではその後二十世紀に入って学問とし
ての枠組み変更を迫るほどの大発見が次々となされたのであるが、実はそれに先立っ十九世紀末の物
理学においても、厳密な予測可能性という点に関して懸念の残る領域があったのである。それは、熱
伝導やブラウン運動などのいわゆる不可逆的過程をあつかう理論、法則の問題である(9)。物理的過程
には可逆的過程と不可逆的過程がある。たとえば、両端の開いたU字管の−・方の口から−・定量の液体、
たとえば水銀を注ぐと、水銀は沈下し、他方の管へ移行して上昇し、−・定の高さまで昇ると上昇を止
めて逆に沈下に向かい、他方の管の水位を高める、ということを反復し、いずれは同じ高さで釣り合っ
て安定するであろう。しかし、もし摩擦等の要因を無視すれば、この過程はいつまでも繰り返される
はずである。このような過程は、時間の向きを逆にしても、づまりこの事象を支配する重力法則中の
時間変数の正負を逆にしても、事態が変わらないことによって特徴づけられ、可逆的過程と呼ばれる。
これに対して、法則中の時間変数の正負を逆にすることができないような過程が不可逆的過程である。
た.とえば、熱せられた鉄片を冷水の入った容器に入れると、鉄片の熱は時間とともに容器中の水に伝
えられ、容器中のどの部分の水もまた鉄片も等温度になって安定状態になる。これが先の過程と決定
的に違うのは、等温になった水と鉄片を元の状態に戻すような逆過程を実現することができない、つ
まり、時間的に一方向の過程だということである。
では、これらの過程はどのような絵則に従うのであろうか。可逆的過程は、重力法則のような厳密
に因果的な力学的法則に従う。上昇した液体が沈下することは必然であり、したがって厳密な予測も
原則として可能である。ところが不可逆的過程ではそうでない。なぜなら、この時間的に一方向の過
程は、本論文Ⅱで見たように、低い確率状態から高い確率状態への移行と捉えることによって初めて
説明可能になる。個々の水の分子はそれぞれ一・定の位置と速度(運動量)をもってアト・ランダムに
運動している。鉄片と接した水分子は鉄片からエネルギーを受けて速度(運動畢)を増し、他の水分
子に衝突すると、その速度(運動量)を増大させ、自らの速度(運動量)を失なう。この過程が十分
続行すると、鉄片と水とが等温度になる確率は温度差が残ったり生じたりする確率より大きく、「すべ
ての物理的過程は低確率の状態から高確率の状態へと移行する」、つまり「すべての物理系のエントロ
ピーは常に増大する」という熱力学第二綾則に従って、温度の均衡状態が予測されるのである。しか
し、これは確率に支配されており、均衡状態へ向かうということは、厳密な因果法則に従う過程のよ
うに、必然ということはできない。いくら低い確率でも絶対的な不可能とは違うからである。その上
この確率的推論は、十分多数の分子を扱ってこそ意味がある。温度が均衡状態にあるといっても、そ
れは個々の分子の運動量の等しさを意味せず、分子の運動量の平均値の等しさを意味するだけであり、
分子の数が少なければ、差異の生じる確率は分子数が大きいときほど低くならず、均衡に向かうと確
実に予測することはできない。ましてや、個々の分子の運動は確定されえないのである。
可逆的過程と不可逆的過程の対立、因果的な力学法則と確率を基にする統計的法則との対立が物理
学にとって基本的な対立であることは、プランクのつとに深く認識するところであったが、それでは
この二つのタイプの過程と法則は、こ.れからも、互いに他に還元されえない基本的な過程、法則とし
て物理学のなかで併置されていかなければならないのであろうか。飽くなき探求を旨とするプランク
はそのような二元論に甘んじることはできなかった。それでは、プランクのいうところの実証主義者
が言うように、統計的絵則の方を基本とすべきであろうか。不可逆的過程を扱う法則だけでなく、可
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プランタの実在論、決定論と物理学的世界像(二)
逆的過程を扱う力学的法則も、観測誤差等による不確定性を常に含んでいるのだから、根底において
統計的法則とみなすべきではないのか。プランクは、しかし、このような考えを断固否定する。どこ
かで感覚に頼らざるをえない観測には、たしかに、なにがしかの誤差は不可避である。しかしこれは、
零にすることはできないまでも、理論と技術の発達によって小さくしていくことは期待しうる。それ
に、物理学的世界像たる理論内の観測データに対応する記号は、数学的な体系の一項として、曖昧さ
を含まないのに対し、それから導かれる予測を観測の世界に翻訳したもの、つまり測定には、たしか
に、なにがしかの不確定性が残るが、それは、観測データと物理学的世界像内の記号との相互翻訳に
不可避的にまつわる不確定性なのである。観測データはどこまでいってもどこかで曖昧な感覚を用い
た.結果であり、他方理論体系は数学的に明確なものなのであるから、両者にずれがあるのは当然であ
り、それを理論体系の不確定性に帰することはできない。いずれにしても、すべての法則を統計的法
則とする理由とはならない、と言うのである。
むしろプランクは、逆の遼元、統計的法則の力学的法則への還元を主張する。いや、「厳密な力学的
法則性のみがわれわれの認識衝動を十分に満たす」(1926,Ⅰ,S.130)という理由で、その還元を希求
するのである。その根拠は、「物理学において正確な確率計算が可能なのは、もっとも基本的な作用に
対して、したがってもっとも微細なミクロコスモスにおいて、力学的法則だけが妥当なものとして受
け入れられるときだけである」(1914,Ⅰ,S.51)、すなわち、ミクロの対象が決定論的に運動している
ことを前提して初めて、そのマクロのレヴェルでの統計的処理も可能になる、という考えである。そ
の前提には、もちろん、原子や分子のような直接観察できない対象が実在するという信念がある。そ
して、不可逆的過程である水の熱伝導においても、水の分子の運動、衝突は、今われわれには正確に
予測できなくとも、実は力学的法則に従う可逆的過程なのだと考えられる、いやそう考えなければな
らない、と言う。たしかにわれわれのようなマクロ視の観察者にとっては、水の分子は観察できず、ア
ト・ランダムな運動を帰することしかできないとしても、もしミクロ視の観察者(mikroskopischerBe一
打acbteI)がいるとしたら、彼にとっては水の分子の運動は因果的力学的法則に従う運動になるであろ
う。ミクロ視の観察者にとってそうなら、われわれが水の分子の運動を根底においては可逆的過程で
あると考えていけない理由はないだろう、と言うのである(10)。かくてプランクにとっては、いわゆる
不可逆的過程を因果的力学的法則によって説明し、予測することが、今は観測技術の不足によって実
現できず、たとえはるか彼方にあっても、目指さるべき目標となったのである。
しかし、この楽観的ともいえる厳密な法則性支配一実在的世界の法則性信念を根底にもつ物理的
世界像での厳密な法則性支配−の主張は、原子物理学でのさまざまな実験結呆や量子力学の形成や
解釈という事実を前にしては、そのままでは維持できないことになった。先にⅡで述べたハイゼンベ
ルクの不確定性関係もプランクに対する有力な異議申し立てになるが、それとともに、ガラス板に照
射された光や電子の奇妙なふるまいに関する実験がある。これは、ブランクが量子力学の実証主義的
解釈に反論するさい、不確定性関係とともに常に考察する実験である。物理学にずぶの素人の筆者に
とってその説明を試みるのは危うい冒険であるが、それでも、プランクの説明に依拠しながら、あえ
て説明を試みてみよう(11)。
ある色の光線を一定方向に発射し、よく磨かれたガラス板に当てたとする。−・部の光は反射し、一
部の光はガラス板を透過する。その比率は1:3で、光線の強度、つまり含まれる光子の数にかかわり
なく−・定である。だが光線中のエネルギーは連続的な流れで伝播せず、むしろ不連続なエネルギーの
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塊の形で、つまり個々の光子の形で伝播する、ということはすでによく確かめられている。それでは、
ガラス板に照射する光線の強度を弱めていくとどうなるのか。ついには一個の光子がガラス板を直撃
する、という事態が予想される。そのときその光子は反射するのか、それとも透過するのか。反射と
透過の比率が一・定なら、光子は分割されなければならないだろうが、それは考えにくいことである。だ
がもっと難しい問題が生じる。白色光をガラス板に照射すると、反射光にも透過光にも色がつく。こ
れは、ガラス板の表面で反射した光と背面で反射した光が干渉しあった結果である。だが光線を弱め
て一個の光子だIナがガラス板に当たるようにしたときにも、干渉が生じる。また電子についても、同
じ現象が生じることが知られている。その一個の光子や電子はガラス板の表面を透過したのであろう
か、あるいはそこで反射したのであろうか。しかし、一個の光子や電子を分割することはできないの
ではないか。これは、スクリーンの二つの穴を透過する光や電子が白い幕に集められたときに干渉が
生じる、という有名な実験において生じるのと同じ問題である。この干渉は、一個の光子や電子が照
射されたときにも生じるとされているが、そのとき光子や電子は二つの穴のどちらを通ったのであろ
うか。このような事態では、いずれの場合にも、粒子である光子や電子の通る軌道が明確にならない。
それもまた不可解な問題である。
ハイゼンベルクの不確定性関係においても同様の問題が生じる。すでに述べたごとく、光子や電子
のようなミクロの対象に関しては、観測行為自身が観測対象に影響を与える。たとえば、電子の速度
(運動量)を測定しようとすれば、光を当てねばならないが、そのとき当てられた光(光子)が電子に
衝撃を与え、次の位置測定をぼやけさせてしまう。この場合、電子のような素粒子の速度(運動量)や
位置の測定結果が量子定数レベルの一・定限度以上は精密にならないという不確定性は、量子力学の理
論から導出されるのであるから、この理論を受け入れる以上、この不確定性も認めざるをえない。し
かし、より精密な観測結果が得られないとしても、電子それ自体は確定的な位置と速度(運動量)を
もつ、というように考えることはできないのだろうか。
ところで、プランクが論敵と考えていたと思われるコペンハーゲン学派のひとりハイゼンベルクは、
周知のように、このような事象や原理のいわゆる実在論的な解釈を否定している。後に書かれた著書
『物理学と哲学』(12)のなかで、ハイゼンベルクは次のように言っている。物理学のどんな実験でも、
たとえ量子物理学の実験でも、その実験装置と観測結果は古典物理学の言葉で述べられねばならない。
ニュ.−トン力学では、たとえばある物体(質点)は、ある時点においてある位置と速度(運動量)を
もつものと記述され、運動方程式のなかに組み込まれ、別の時点におけるその質点の位置と速度(運
動量)が計算され、それを観測によって確かめることができる。これが、プランクのいう厳密な因果
的連関である。だが量子物理学においては事情はまったく異なる。最初の時点における電子の観測が、
すでに、ミクロの対象であるが故の不確定を免れない。古典物理学においても観測誤差による不確定
は免れえないが、しかしこれは測定機器や技術の向上によって小さくしていくことを望みうるもので
あるのに対して、量子物理学のこの不確定性は、ある限度以上の縮′J、が原理的に不可能とされる点で
本質的な不確定性である。したがって、電子の位置と速度は、確率関数(13)の形で記述するしかない。
この確率関数、すなわち波動関数を、波動方程式に入れると、別の時点における確率関数が得られる
が、この予測をテストするためには、その時点で観測を行なわなければならない。その観測結果もま
た不確定を含み、確率関数に翻訳されて、予測結果とつき合わされるのである。こう言うと、古典物
理学の場合と大きな違いがないかに見える。確率を理論に組み込むということは熱力学など不可逆的
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過程を扱う領域でも行なわれていたからである。しかし、次の点で本質的な違いがあると、ハイゼン
ベルクは言うのである。
第一・に、量子物理学の不確定性は、今述べたように、本質的なものであるから、その不確定性をと
り除いた状態は考えられない。確率的状態は、客観的事態とわれわれの知識不足の状態との混合、す
なわち、客観的な要素と主観的な要素が混合したものだと言われるが、電子の場合、この確率的状態
が本質的なものであるため、主観的要素をとり除いた、純粋に客観的な事態など存在しないのだ、と
言う。
第二に、「二つの相つぐ観測の間でどんなことが起こったかを記述する方法はない(14)」と言う。第
一・の観測で電子に光子を衝突させれば、電子は跳ねとばされてしまう。別の言い方をすれば、電子に
相当する波束は全空間中に散逸してしまう(15)。われわれにはその軌道を追う方法がない。とりうる手
段としては、後のある時点で再度測定を行ない、電子がどこにどういう状態でいるかを統計的に記述
するしかないのである。しかしその第二の観測が行なわれると、「観測自身が確率関数を不連続に変化
させ」てしまう。こ.こ.で観測結果が得られたということによって、多くの可能性の内からひとつの現
実の事態が選ばれたことになる、換言すれば、広い範囲の可能性を覆っていた確率関数が突然非連続
的に狭い範囲に限定されることになるのである。そのような事態を、ハイゼンベルクは、「量子的飛躍」
と呼んだり、「(確率)波束の収縮(reductionofwavepaマkets)」と呼んだりする(16)。あるいはまた、ア
リストテレスの用語を用いて、可能懸から現実感への突然の移行が生じている、と言ったりする(17)。
そうであるなら、可能態とされた中間での電子の運動状態は、その軌道を語りうるような客観的事態
ではない。それ政客観的で現実的なのは、測定された電子の状態のみ、いや電子の測定とその結果だ
けであり、「このことは「起る」という語を観測だけに制限しておかなければならぬという意味である」
(18)と言うのである。
これは何を意味しているのであろうか。第一・に、始めと終わりの測定結果も主観的な要素と客観的
な要素の混合した確率的な状態であり、それのみか、中間段階では電子の位置と速度について語るこ
とすらできないのだから、伝統的な意味での客観的事態、実在的な対象はない、と言わざるをえない。
それに第二に、中間段階で客観的事態が存在せず、したがって連続性が断たれている以上、伝統的な
意味での因果的連関を言うことはできない。よしそれを無視して、二つの「現実的な」観測間の関係
に限ってみても、両者は共に確率状態であるから、両者の状態を−・義的に確定するという意味での、つ
まり決定論的な意味での、因果的連関はやはりありえない、ということになるのである。
上で見たような量子物理学の困難とそれに関するハイゼンベルク等のコペンハーゲン派の解釈を前
にして、ブランクは実在論を放棄したのであろうか。実在的世界に関する決定論を放棄したのであろ
うか。否である。彼の実在論はもともと形而上学的性格のものであった。実在的世界と科学の理論体
系(物理学的世界像)とは別のものなのだから、科学においてどんなパラドックスが生じるにせよ、ま
た理論が統計的なものにならざるをえなくなるにせよ、実在論と決定論がそれによって直接否定され
ることはない、と言い張ることもできよう。しかし彼はもともと、科学は、実在的世界の厳密に因果
的な法則的性の認識を、少なくともそのよりよい近似を目指すものだと考えていたのであるから、科
学内部で厳密な因果的連関が成立しないとしたら、彼の実在論的決定論も影響を受けずには済まない
であろう。問題は、厳密な(一義的な)予測を可能にさせるような汝則性、すなわち厳密な因果的連
関が量子物理学においてなお主張されうるかに懸かっている、と言うことができよう。
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しかしそのことがまさに問題なのである。ハイゼンベルクの不確定性原理が出現する以前は、プラ
ンクはまだ楽観的でありえた。上で見たように、彼は、熱力学などの統計的法則もいずれは力学的法
則に遭元されるであろう、少なくとも前者は未知の後者を前提しなければならない、と主張していた
し、量子物理学で発見されるいろいろな事象が統計的な定式しか得られていないことを見ても、それ
は物理学がミクロの対象を十分精密に観測する域に達していないからだ、と言うことができた(19)。し
かし不確定性原理は、単なる解釈ではなく、物理学の客観的原理である。素粒子の位置と速度(運動
量)を共に同時に一・定限度以上に精密に測定することは原理的にできない、したがって、その状態記
述は必然的に確率分布の形で記述しなければならない、ということが明らかになった。それでもなお
素粒子の動きを、古典物理学でするような因果的な観方で捉えようとすれば、上で見たような、その
軌道が不明になったり、劇個の電子が分割されたりするような、パラドックスが生じたのである。
この困難の解決法として彼が提案するのは(20)、因果的連関が成り立つべきとされる「物理的対象」
ないしは「物理的事象」の概念の転換であった。ハイゼンベルクが不確定性関係を直観的に説明する
ときに用いたのは、電子など粒子の位置と速度(運動量)を測定する状況であった。そこには感覚器
官ないしはその代わりをなす観測機器との関わりが含まれており、したがって、その測定事象は感性
的世界に属すものとみなされなければならない。ブランクは、因果的連関をもつとされるのは、元々、
そのような感性的世界の事象ではなく、物理学的世界像の理想化された理論的対象のはずであった、と
言う。たとえば、量子物理学でも古典物理学でもその基礎をなす「測定可能量」という概念を見てみ
ると、それは「なんらかの測定によって直接与えられたものとみなすか、あるいは、われわれが物理
学的世界像と呼ぶモデルに翻訳されたものとみなすかに応じて、二通りの意味をもつ。第一・の意味で
は測定可能量は常に不精密にしか定義されえず、したがってまったく明確な数によって表わされるこ
とはけっしてできない。しかし物理学的世界像においては、測定可能量は明確な数学的記号を意味す
る」(1932,Ⅰ,SS.190−1)はずである。上に掲げた「ある事象は、それが確実に予測されうるならば、
因果的に条件づけられている」という定式における「事象」は、そうしてみると、直接測定によって
確認される「事象」ではなくて、記号化され理想化された理論的「事象」でなければならない、と言
うのである。
そうなると、量子物理学的事象で因果的法則性が成り立たないように見えたのは、実は、問いの立
て方がまちがっていたためだ、ということが明らかになる。電子の位置と速度(運動量)を求めたり、
同じことであるが、電子の軌道を求めたりするのは、古典物理学の世界像で行なわれていたことであ
る。なぜなら古典物理学の世界像においては、「物理的世界の−それは、いつもの如く、実在的世界
ではなく、物理的世界像を意味するのであるが−すべての事象は、異なる個々の無限小の空間要素
の局所的事象から合成されたものと表わされ、そして法則に従って経過するこれら個々の要素事象の
各々は、直接時間空間的に近接する局所的事象によって、他を考慮することなく、一・義的に決定され
ているということが、因果的な物理的思考の前提になる。」(1929,Ⅰ,S.151)もっと具体的に言うな
ら、「すべての個々の質点はどの時点においてもある一定の状態にある、すなわち、一定の位置と−・定
の速度をもち、その運動は、その初期状態とその質点が運動経過において通過する空間地点の力場の
局所的特性とから完全に精密に計算されうる」(1929,Ⅰ,S.151)ということが、因果的な思考の前提
になっていたからである。ところが量子物理学の世界像においては、物理的対象は、そのような局所
的事象から成っていると考えることはできなくなった。むしろ、システム全体のすべての地点に関係
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プランタの実在論、決定論と物理学的世界像(二)
する全体的なものと考えなくてはならなくなった。つまり、新しい量子物理学の世界像では、基本要素
は、もはや粒子ではなく、物質波になった、と言う。粒子の質点と思われたものは、単純周期の波が重
なり、ある狭い範囲を除いて打ち消しあった結果生じる、波束と捉えられることになる。それ故、粒子
の状態を求めるような問いは、量子物理学の世界像では物理学的意味を失い、あえて問えばパラドック
スを生む、と言うのである。ところで物質波は、ド・ブロイまたはシュレディンガ一の渡動方程式
△町祭ルーF(和佗))y=0
の解㌢で表わされるが(21)、この波動関数㌢は、初期条件と境界条件が与えられれば、物理学におい
てよく知られた方法を用いて、どの時点どの空間点に対しても完全に決定されうる。上で見たハイゼ
ンベルクの主張によれば、観測と観測の中間におけるたとえば電子の軌道を問うことは物理的に無意
味とされ、それが厳密な因果的連関不成立の重要な根拠とされていたが、ブランクは、それは因果性
不成立の根拠にはならない、と答える。古典物理学の世界像での質点は量子物理学の世界像では波束
であり、それは単純周期する基本波に分解されうる。波は一・空間点に存在するものでなく、広がって
いるものであるから、その軌道が問われえないのは当然であり、また、実はそれから構成される波束
であるところの、−・定の速度(運動量)をもつ電子の位置が不明確になるのも当然なのである(22)。肝
腎なのは、理論体系内において波動関数㌢に関して厳密な予測が可能であり、したがって厳密な因果
的連関が存在する、ということなのである。それさえ確保されれば、少なくとも物理学的世界像にお
いては、厳密な意味での因果的連関が存在することになり、プランクの決定論は維持されうることに
なるであろう。
それにまた、上で見たパラドックスも、この波動力学の観点からうまく説明することができる、と
言う。ガラス板に当たった光子ないしは電子が分割するように見えるのは、粒子たる光子や電子が分
割するためではなく、それに代置される光波や物質波が分割するためだと考えればよい。一個の素粒
子の分割は不可能であるが、波の分割なら可儲である。また、一個の光子ないしは電子による干渉も、
ガラス板の前面で反射した光波と背面で反射した光波の干渉と考えるべきだということになる。また
電子の位置と速度(運動量)の不確定性についても、それは、上で見たように、古典物理学ないしは
感性的世界の電子像(粒子)と量子物理学の電子像(実は渡来)との相違に起因する、つまり、量子
物理学の記号と感性的世界の測定データとの相互翻訳から生じる不確定性に帰着する、と主張するの
である。
しかしプランクには、単純な、いや単純すぎるかにさえ見える、この解決によっては解消されない
不満がまだ残っていた。なぜなら、量子物理学で基本的対像とされた物質波は、多次元の配位空間内
の波であって、われわれに馴染みの三次元空間を伝播する波とはまったく異なるものである。余りに
もわれわれの直観から離れすぎている。人間精神の創造物のみに依拠していては現実との関わりが失
われてしまうであろう。なんといってもわれわれを現実世界につなぎとめるのは感性的感覚、そして
その代行としての観測である。そして、感性的世界で馴染みがあり、また観測において対濠とみなさ
れているのはなんといっても粒子である。そうだとすれば、問題として残るのは、粒子の状態はシ・コ・
レディンガ一関数の絶対値の二乗によって確率的にしか与えられないという問題、別の観点からいえ
ば、測定によって撹乱されるが故の粒子の位置と速度(運動量)の不確定性であった。それ故プラン
クは、この不確定性を解消しようと試みる、いや、もしそれが不確定性原理の力によって科学内部で
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不可能なら、理念的にでも確定性を求めようと試みるのである。
ここでブランクは、間接的な証明法と称する常套手段を用いる(23)。すなわち、決定論と非決定論の
二つ立場があり一第三の立場はないものとする−、それぞれに対して決定的な正当化が欠けてい
るとき、それぞれの立場からどのような科学の営みにとって有益な帰結が生じるかを吟味することに
よって、立場選択の根拠を見いだそうとするのである。非決定論の立場をとると、科学の営みはどう
なるだろうか。すべての自然事象は統計的なふるまいをする、したがって統計的法則こそ基本的なも
のだとする、非決定論の立場をとると、波動関数が確率的な量であることを確認して満足してしまう
であろう。放射性原子の崩壊について統計的結果が得られたらそれで満足し、それ以上に崩壊の原因
を尋ねることをしないであろう。プランクにとって、これは知識追究の断念でしかなく、満足できる
立場でないことは、これまで述べた彼の科学観からして明らかであろう。では、決定論の立場ではど
うなのだろうか。その立場をとっても有望にして有益な結果が期待できないなら、それにいたずらに
固執しても、なにも得るところはないであろう。
ハイゼンベルクによれば、またブランクによっても、これまで何度も述べたように、電子の位置と
速度(運動量)の不確定性は、電子の位置または速度(運動量)を測定するときに、その測定行為が
測定される対象、電子に因果的影響を及ぼす結果であった。測定されるべき対象、電子、あるいはプ
ランクの主張に沿っていえば物質波それ自体は、外に向かって閉じた理論体系内の存在である。一・方
測定は、用いられる装置やそこから発射されて戻ってくる光子も含めて、理論体系の外にある。その
測定結果も含めて測定は、いわば、理論体系外の感性的世界に存在す−るものである。それ放この不確
定性は一因果的影響を含んでいるため、上に見たプランクの主張のように、物理学的世界像の記号
と感性的世界のデー・タとの相互の翻訳関係から生じる唆昧さとのみ片づけることは、もはや困難であ
るとしてもー、
とにかく両世界の関係から生じるものである。それならその測定装置を、それのみ
ならず物質波を発生させる装置も含む全実験装置を、理論体系内に組み込んだらどうであろうか。さ
らに自己記録装置もー・緒に理論体系に組み込み、観測としてはただ目盛りの読取りだけとしたなら、不
確定性としては翻訳の不確定性だけに限られるのではないだろうか。いや、ことはそう簡単にはいか
ない。そのとき与えられるのは、物質波(電子)の状態に関するデータではなく、実験装置と測定装
置などすべてを含んだ全体事象のデータのはずである。そのデータから物質波(電子)のデータをど
う分離できるのか。実験・測定装置から物質波(電子)の「事象自体」をどう分離できるのか。それ
をするには新たな測定が必要になるだろう。そして、それは測定される対象に因果的影響を及ぼすだ
ろう、というように無限遡行に陥ってしまう。
そこでブランクは、因果的影響を及ぼさないような理想的観測を想定する。人間がなす観測行為が、
観測対象と同じく自然の一部をなす故に、その対象に因果的影響を及ぼさざるをえないことを考えれ
ば、そのような影響を及ぼさない理想的観測をなしうるのは神、またはラプラスの魔のような理想的
精神(einidealerGeist)だけということになるであろう。事実ブランクは、量子物理学の問題を扱う以
前、統計的法則を力学的法則に還元することを目標にすべしと言っていたころから、理想的精神の想
定を行なっていた(24)。厳密な因果律を現実の法則として具体化できなくとも、その妥当性は想定でき
る、つまり、われわれの認識と独立に因果的連関があると倍じうるという理由から、それを認識しう
る理想的精神を想定したのであった。量子物理学の世界でも同様である。観測対象に因果的影響を及
ぼすことなく対象を観測できる理想的精神の想定は、とりもなおさず、人間の行なう観測行為と独立
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プランクの実在論、決定論と物理学的世界像(ニ)
の「事象自体」の存在を確保するためである。これは、もちろん、形而上学的仮定でしかない。しか
し、実在的世界の形而上学的仮定が科学を遂行するために必要なのと同様に、この仮定もまた、認識
目標を確保するものとして科学遂行に必要だ、と言うのである。理想的精神の想定は、しかし、思考
実験という形で人間レベルで具体化できる、とも考えられる。思考実験が、それから観察可能な、し
たがってテスト可能な帰結を導きだすことによって、これまで科学にいろいろな有益な結果をもたら
したことは、いまさら言うまでもない。量子論の領域でも、たとえば、アインシュタイン・ポドルス
キー・ローゼンの思考実験もなされている。しかし、ブランクには、統計的法則をより基本的な自然
法則だと主張す・る、非決定論を打ち破る思考実験を見いだすことはできなかったようである。いつか
見いだせるだろうという希望だけがあった、と言うこともできるのである。
なぜプランクは、そのような形而上学的仮定をしてまで、因果的決定論に固執したのであろうか。そ
れは、すでに述べたように、非決定論では、づまり、統計的法則と統計的説明・予測を得るだけでは、
探求者としての知的満足が得られないからである。あくまで厳密に因果的な自然理解、厳密な因果法
則による厳密な予測と説明を求めなければ満足できない、と言うのである。それなら、因果性ははじ
めから前提されているのではないか。そのとおりである。プランクも、カントと同じく、因果性を科
学遂行の前提条件としていたことは、先に見たとおりである。ただ、因果性を前提にした法則の内容
は経験的手法によって埋められなければならなかった。そして、その両者の帝離散にブランクの苦闘
があった、と言ってよいであろう。
本節の最後に、プランクと比較するため、カントとポパーの自然科学における決定論・非決定論の
考えに簡単に触れておこう。
すでに述べたように、カントは、因果性カテゴリーせ、したがって因果律を、自然科学成立の前提
条件にしていた。それのみか、自然の可能性の条件にもしていた。なぜならカントにとって、自然と
は認識可能な対象たる現象の総体であり、それが因果律に従ってすべて∵連関しあっているものと認識
されうるためには、現象自身が、自然自身が、一貫して因果律に従って−いるのでなければならないか
らである。それ故自然界の一部としての人間の行為についてさえ、「人間の行為はすべて自然法則に
従って説明されえねばならないだろうし、それを完全に必然的に規定するのに必要なものはすべて−・
っの可能的経験の内に見いだされねばならないだろう」(25)と言うのである。自然界に因果律が普遍的
に適用されるべきだという点ではブランクとカントは−・致するが、ただ両者で相違するのは、第一に、
カントでは、周知のように、因果律適用が現象界に限られていて、物自体は適用外とされていたのに
対↓、プランクではこのような区別はなされていない、という点である。むしろ、プランクの実在的
世界は、直接認識することはできないけれども、因果的連関をもつものと想定されていて、物理学的
世界像はその近似を目指すものと考えられていたのである。第二に、カントでは因果性カテゴリーは
認識構成のアプリオリな構成原理であるのに対し、ブランクにおいては、彼が実在的世界を因果律適
用の範囲から除外せず、また他方では科学者として当然の経験重視の態度をとっているので、因果律
は要請にとどまっている、発見的原理にとどまっている(26)−ただし、発見的原理の科学における
役割はきわめて重要なものではあるが−、という点である。それ故にこそブランクは、因果法則の
内容をアプリオリに導き出すことはできない、と言っていたのである。
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−・方ポパーは、1982−3年に出版された乃eア0ぶね〝¢Jの三分冊のうち−㈲を『開かれた宇宙一非決
定論の論証』(27)と名づけていることからも明らかなように、はっきりと非決定論の立場を横枠してい
た。この間題に関する彼の議論は、『開かれた宇宙』だけでなく、他の著書や論文でも展開されている
ように、非常に多岐にわたっているので、ここで詳しく論じることはできない。それでもあえて要約
すると、まず彼は、ブランクばかりでなくアインシュタインも実在的世界の存在に関する形而上学的
倍念とともにいだいていたと思われる形而上学的な決定論の情念、すなわち「世界のあらゆる事象は
確定している、あるいは変更不可能である、あるいは予め決定されている」(28)という信念、世界をあ
たかも出来上がった映画のフイルムのように見る観方を、たとえば、そのような世界では未来も過去
と同様閉じていて、人間の新しい経験によって世界の状況が変わること、いや人間の意識が変化す−る
ことすら許されないことになる、というような理由で批判する。しかし彼の議論は、当然ながら、そ
れよりむしろ、科学的決定論の批判の方に焦点がおかれていた。その議論の矛先が主としてブランク
やアインシュタインに向けられていたかどうかは確としないが、しかし少なくともこの二人は、実在
的世界に因果的法則性があるが故に、科学においてもそれが反映されなければならない、偶然に任せ
てはならない、という信念をもっていたのだから、以下のポパー・の萬論が彼らに該当しない、と考え
ることはできない。
ところでポパーは、因呆関係をどのように捉えていたのであろうか。後年は、日常的サイズの物体
間の相互作用を基軸にした実在的な因果関係について語っているが(29)、初期には、理論をれ初期条
件を∫とし、fとrから予測pが論理的に導出されるとき、メを原因、クを結果と呼ぶという、シンタ
クテイカルな捉え方をしていた。それ故科学的決定論は、たとえば「任意の物理系の任意の未来時点に
おける状態が、予測課題が与えられれば求められる精密度がいつでも計算されうるような、初期条件と
理論とから予測を導き出すという仕方で、その系の内部からさえ、どのような精密度が定められてもそ
の精密度で予測されうる」(30)というように、予測可能性に基づいて定式化がなされているが(31)、こ
れは上に掲げたプランクの因果的連関の定式に対応するものと考えてよいであろう。ところで、この
ような普遍的な予測可能性は成立するのだろうか。もちろんポパーにとっても、より広くより深く世
界を理解する科学理論を得、それを用いてより広範でより精密な因果的連関を見いだすことは科学の
目的である。しかし、それが完全に普遍化され完結されうるという考えをポパーは否定する。普遍的
予測可能性を論駁せんとする彼の藩論を今詳しく追うことはできないので、ここではただ、その議論
は、観測と予測をする者として、ラプラスの魔のような世界外に位置する存在を仮定するのでなく、世
界の一部をなし、世界の内部から可能な限り精密だがそれでも有限の精密度で観測し予測する物理的
存在、人間ないし機械を想定して行なわれるということ、そして論証の第一・段階では、量子物理学だ
けでなく古典物理学においても、限りなく精密な観測結果を得ることは望めないということが示され
るが、そのため、ある力学系dを予測のために観測する予測機械鋸まその力学系の小さな誤差を増幅
して大きな干渉を受け、しかも、この干渉を究明するため拡大した系d+βを探索しようとする第二
の機械Cも、βとの間で干渉を増幅しあい、精密な情報を得ることができないという一上で見たブ
ランクの測定装置等を組み込んだ拡大した物理学的世界像の議論に対応する一議論(32)や、ある−・
定の精密度をもった予測をするのに必要な初期条件の精密度を計算することができないような予測課
題が、量子物理学だけでなく古典物理学にも存在する、という議論(33)などがなされているというこ
と、第二段階では、いかなる予測機械も、たとえ自己の初期状態についてどれほど精密な情報が与え
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ブランクの実在論、決定論と物理学的世界像(ニ)
られても、未来の自己の状態を精密に予測することができないということを示すため、たとえば、未
来のある時点での自己の状態について予測をするために、自己の今の状態を完全に記録してインプッ
トしようとするような予測機械は、その記録をしている今の自己についての新しい情報が次々と加わっ
てくるので、予測時点になってもまだインプットが完了しないか、あるいはインプットが完了したと
きには予測時点が過ぎ去って−いる、というパラドックスなどを用いた議論(34)がなされているという
こと、を言うにとどめよう。
−・方、そもそも非決定論の議論を再燃させたのは、これまでの決定論的取り扱いを許さないような
素粒子の奇妙なふるまいを見いだし、不確定性原理を見いだした量子物理学であったが、ポパーは、こ
の量子物理学についても、処女著作『探求の論理』以来多くの箇所で多くの議論を行なっている。こ
れについても、ここで詳しく述べることはできない。ただ、実在論と決定論に関する今の議論に即し
て、次の三つの点が重要であるように思われる。−−・つは、ポパー・が、素粒子のふるまいや不確定性関
係について−主として−コペンハーゲン学派によってなされた主観的解釈に反対し、客観的解釈を唱えて
いることである。それは、初期には、確率の統計的頻度解釈を用いてなされたが、1950年代以降は、
確率の慣性解釈(propens吋ht餌pI・et如ion)を用いた量子論の解釈がなされてきた。確率は、主観的解
釈がするように、われわれの無知の状態を表わすものと解されるべきではなく、物理的事象の統計的
ふるまいを生み出すような物理的装置ないしは状況の客観的な物理的性質(傾性)と解されるべきで
ある、と言う。たとえば、均質な材料で偏りなくつくられたさいころの振りは、長く続けられれば、
「6の目が出る」という事象をおおよそ六回に一・回の頻度で生じさせるような物理的性質(傾性)を
もっており、1の目の面近くに鉛を埋め込まれたさいころの振りは、「6の目が出る」という事象を、
たとえば、五回に−・回の頻度で生じさせるような物理的性質(傾性)をもっている。この傾性の尺度
を確率と呼ぶのが、ポパーの確率の候性的解釈である。
確率をこのように解釈すると、素粒子の統計的(確率的)ふるまいは、われわれの知識の欠如から
くるものではなく、まして、事象のなかに知識状態が組み込まれて、いわば実在が蒸発してしまった
状態でもなく、客観的な物理的状況によって生み出された客観的な事億である。またそれ故に、個々
の粒子の力学的ふるまいというような非確率的な事態に還元できるものではない。したがって、量子
論の統計的法則、いや熱力学等の統計的法則も、力学的法則に還元されるということはありえない。さ
もないと、統計的分布の安定性など説明がつかないであろう、と主張される。これが第二の点である。
この解釈に従えば、ハイゼンベルクの不確定性関係を表わす式は、−・連の実験結果の統計的散乱の下
限を示すものであり、それ故個々の予測の精密度の限界を示すものでもある。いわゆる「波束の収縮」
も、次のようなモデルを用いて説明される。今パチンコ台のような釘を打った板がある傾きで置かれ
ているとしよう。釘は球の大きさの間隔で等間隔に打たれていて、上部に設けられた穴を通って下に
転がる球がある釘に当たる確率‘ク(α,.方)’(‘.方’はこの物理的装置、‘α’は「球が釘に当たる」とい
う事象を指す)は1/2であるとしよう。球がその釘に当たるか横を通過するかする以前の確率(この物
理的装置の物理的傾性)は1/2であったが、たとえば球がその釘の横をすりぬけて行ったとき、突然ク
(〟,カ =0 になる。「波束の収縮」である。しかしこれは、球の通過によって、「球がこの釘に当た
る」という事象を生じさせる物理的傾性が変化したためで、観測者の知識状況にまったく関係ないの
である。
第三に、1925年に得られた量子力学、とりわけそのコペンハーゲン派の解釈が、最終的で完結した
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ものだという主張を、根拠のない誤りであるとしてポパーは却ける。彼はすでに1934年に、素粒子の
位置と速度の測定を不確定性原理が与える限度以上の精密さで測定するような思考実験を提唱してい
たが(35)、後に誤りだと認めた(36)。しかし、その直後に同じ試みをしたアインシ、ユタイン・ポドルス
キー・ローゼンの思考実験は後々まで高く評価し、コペンハーゲン解釈の改訂、もしくは反証である
とさえ言っている。そもそも量子論は、たとえ統計的言明、法則の形で表わされていても、それは古
典物理学の言明、法則と同じく、客観的な物理的事象、事態を捉えようとしたものなのだから、反証
の可能性を免れるものではなく、それを越えた新しい理論、新しい解釈の登場を拒むものではありえ
ないのである。ハイゼンベルクは、なぜ素粒子をもはや分割できない究極の粒子と考えるかという聞
いに対して、素粒子を分割するため「利用できる道具は別の素粒子だけである。したがって、結局粒
子を分割できるのは非常に高いエネルギーの二つの素粒子の衝突過程だけであろう。現実にこういう
過程によって素粒子を分割できるし、時には非常に多数のかけらになってしまう。ところがこのかけ
らもまた素粒子で、素粒子の小さいかけらではない」(37)と答えている。しかし、今やクオークは現実
的な物理的存在になっている。科学的探求の道に終わりはない、ということにひとつの証であろうか。
少々長くポパーについて述べた。決定論の否定や統計的法則の力学的法則への遭元を否定する点で
ポパー・ははっきりとプランクと対立している。しかし、二人の思想家の思想がまったく同じというこ
ともまたありえないのである。それよりむしろ、量子論の主観的解釈に反対する点、当時の量子論を
最終的なものと見ず、なお探求を前に推し進めていこうとする態度など、両者の精神の共通性に注目
すべきかもしれない。
Ⅵ
プランクは、上で見たように、不可逆的過程を扱う統計的法則の存在や量子物理学のいろいろな問
題の存在にもかかわらず、物理学においてあまねく厳密な因果的連関が成立すること、つまり決定論
的法則性が成立することを主張した。そしてその根底には、実在的世界においても決定論的法則性が
成立しているという信念が存していた。実在的世界の認識は、プランクにとっても、原理的に到達不
可能な目標であるが、それにもかかわらず、われわれはそれを目指してその近似として物理学的世界
像をつくり、改訂し続けているのである。それ故プランクは、現象界(自然界)では因果法則が、叡
知界(物自体)では自由の法則が支配すると考えたカントのように、物理学的世界像と実在的世界と
が別々の法則性に支配されているというようには考えていなかったのである。それならその因果的決
定論的法則性は人間にも、したがって人間行為にも及ぶはずである。しかし−・方では彼は、カントと
同じく、自由意志が道徳性の成立根拠だと認めていた。それならどうしても、「いかにしてわれわれの
内に生きている意志の自由の意識は、すべての事象生起が因果的に必然的だというわれわれの確信と
調和しうるのだろうか」(1936,Ⅱ,S.70)と問われねばならないことになる(38)。
もう−・度問う。人間の行為、とりわけ意志行為は、プランクにおいても、因果的法則性が及ばない
一・種の聖域なのだろうか。断じてそうではない。この法則性は普遍的であり、プランクは「人間の意
志も因果的に決定されている」(1936,Ⅱ,S.72)と考えているのである。ひとつの行為を生む決断(意
志行為)はいろいろな動機の葛藤から因果的に生じ、その動機はまた別の原因によって生じるものと
考えられる。またそうであってこそ、われわれは他の人間を理解することができる。彼はこういう性
格だから、こういう欲求をもっているから、こういう行為をするだろうとか、したのだとか、理解す
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プランクの実在論、決定論と物理学的世界像(二)
るこ.とができるからである。日常生活ばかりでなく、意志決定の背後で働く動機を探る心理学の人間
理解も歴史学の人間理解も、「人間の意志も因果的に決定されている」という前提があって初めて可能
になると考えるのである。ただし、プランクは心身問題は論じていない。したがって、意志決定とい
う心的事象が脳の働きのみによって生じるのか、または別の原因があるのか、それは論じていない。い
ずれにせよ人間の行為は、経験の積み重ねなり、心理学や歴史学などの精神科学や生理学などの探求
により、その間の因果的連関が徐々に見いだされていき、徐々に予測可能になっていくであろう。現
在は、もちろん、その知識はきわめて不完全な状態にとどまっているが、今後知識がだんだん進んで
いくと考えていけない理由はない、とブランクは言う。もし先に見たような全知の理想的精神がいる
と仮定したら、その精神は人間の意志行為はすべて因果的に決定されていると認識し、すべて予測す
るであろう、と言うのである。これは、「もしわれわれが、彼の選択意思(Wil恥ー)のあらゆる現象を
その根底まで究明できるとしたら、われわれが確実に予測し、先行条件から必然的に生じるものと認
識できないような人間行為はひとつもないであろう」(39)と言うカントとも−・致している。ただしカン
トは、この完全予測可能性を現象としての人間の心的活動に限定していて、自由の働く場を別の領域
に残していたのに対し、プランクはそのような叡知界は認めていないという違いがあり、それ故プラ
ンクはカントの問題解決を借りることはできないのである。
今上で理想的精神による人間行為の完全な観察と予測を仮定したが、そのさい理想的精神は、認識
の対象たる人間行為にはまったく干渉しない純然たる観察者として、いわば外部から、人間行為を観
察し予測する、ということもその仮定に含まれていた。そうでなく、もし理想的精神が自分の得た予
測を行為者に告げたとしたらどうなるだろうか。行為者は、その予測が自分にとって好ましいものか
どうかを熟慮する可能性を与えられ、そのことによって、自分の意志に因果的影響を与えるであろう
新しい動機(原因)を得ることになる。その結果、行為を変更するかもしれない。そうなると理憩的
精神の予測はまちがったものとなり、予測のやり直しをしなければならない。だが、この予測を再び
行為者に告げるなら、同じことが生じ、それが限りなく続き、予測は成功しないということになる(こ
れは、非決定論を擁護するためにポパーが用いた「エディパス効果(Oedipuse飽ct)による論証」(40)
に相当する)。
しかし理想的精神なら、自分の予測結果を行為者に隠すことはできるだろう。だがどうしても予測
結果を隠すことのできない場合がある。それは、行為者が自分の意志決定について予測する場合であ
る。自分の認識を自分に隠すことはできないからである。そうであっても、自己の意志行為の認識が
可能な場合もある。それは、自分の過去の行為を振り返って、自分のそのときの行為を生んだ原因を
究明しようとする場合である−それは、今後の自己の行為決定にあたって有益な判断材料にするこ
とができる−
。しかしそれが可能なのは、自分の過去の行為が完了していて、もはや変更できない
からである。すでに閉じていて、意志決定が自己認識によって影響を受けることがないからである。と
ころが、自己の今なさんとする意志決定と未来になすであろう意志欽定とは未だ閉じていない。自己
の行為の予測が現在、未来の意志決定に影響を与えることはほぼ確かである。エディパス効果を避け
ることはできない。肝腎なのは、量子物理学で、観察行為が観察対象に因果的影響を与えるが故に、観
察は不確定性を免れえないとされるのと同じ理由で、予測が予測される意志決定に因呆的影響を与え
るが故に、予測は狂わざるをえない、という点である。現在および未来の自己の意志決定の予測は、自
分の影を追い越そうとする行為と同じく、原理的に不可能なのである。
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かくしてブランクはこう結論する。人間の意志行為は、現在ないしは未来の意志行為を含めて、外
部から客観的に見る限り、因果的に決定されていると言いうるが、内部から見ると、つまり現在およ
び未来の意志行為を自己の内部から認識し、予測しようとするならば、必ずパラドックスに陥る。こ
こではもはや厳密な予測可能性が成り立たない。それ故決定論の成り立たない領域がここに、そして
ここにのみある。いやそれでも、外部から理想的精神の目から見ると因果的に決定されているではな
いか、と言われるかもしれない。それはその通りである。しかしそれは、当の自己には知られえない。
すなわち、当の自己には意志の自由が自覚されるのみである。それ故人間は、現在および未来の意志
決定に際しては、もはや因果的決定力をもつ自分で変更しえない動機を逃げ道に使うことはできない。
すべて−自らの自由な決断で決定し、自己の責任に背負わなければならない。われわれはここでこそ道
徳法則(当為)に従って行為しなければならないのである。
Ⅶ
以上私は、マクス・プランクの実在的世界、それを探求するための人間の創作物たる物理的世界像、
そして両世界に成り立つべき因果的決定論的法則性、そして自由意志についての思想を見てきた。物
理学に素人のなす彼の議論の再現には不正確なところ、要を得ないところがあったかもしれない。し
かしプランクの哲学的思想全体を見渡して印象的なのは、彼の議論の新鮮さと飽くなき探求心である。
これは逆説的に聞こえるかもしれない。なぜなら、彼の実在論の思想といい、因果的決定論の思想と
いい、十九世紀の古典物理学の理想を引きずったものである、というのが定説だろうからである。し
かし彼の活動した時代から半世紀以上経った今見なおしてみると、彼の態度を保守的と見た現象主義、
主観主義の方が逆に保守的に見えないこともない。科学を観察に基づいた知識の集積ではなく、彼方
の真理獲得という目標を目指して理論体系をつくっては改め、つくっては改めていく営みであるとす
る点は、観察の理論負荷性の指摘など、後の科学哲学のアイディアの先取りとともに、ポパーやクー
ンの先駆と見ることができよう。また逆に、ポパーの示す科学像が現場の科学者に歓迎された理由の
−・端をここに見る、と言うこともできよう。また、今の統計力学や量子論(とりわlナ彼の時代に優勢
であった主観的解釈)に甘んじなかったところは、ハイゼンベルクの量子物理学を最終的とみなす態
度とくらべて、プランクの飽くなき探求心の現われと言うことができよう。プランクその態度は、彼
が「探求者にとって幸福とは、真理の所有ではなく、真理を求める実りある努力である」(NicbtdeI・
BesitzderWdlrheit,SOnderndas erfblgreiche RingenumSiemachtdasGluckdes Forschersaus.)(1924,Ⅰ
S.116)というレッシングのことばを座右銘にしていたらしきことからも看てとれであろう。古典的物
理学者を、古典的哲学者を、古いと言うことはたやすい。しかし、そこに学ぶべきものを見いだすの
は後生たるわれわれの務めのように思われるのである。
完
註
(1)プランクは、「自存的な外界存在の仮定がくれば、科学は直ちに、われわれの感覚からまったく
独立の概念としての因果性、すなわち世界生起における法則性を問う問題をそれと結びつけ、因
果性が自然および精神界のさまざまな事象に適用可能か否か、適用できるとしたらどの程度まで
か、ということの探求を自らの課題とみなす」(”Kausalgesetz und Willensfreiheit”,1923,Ⅰ,S.
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86.なお、引用文献については次の註を見よ)と言うように、実在的世界の仮定と因果性支配の
仮定の結びつきを当然視していた。
(2)本論文で引用または参照するプランクの文献は本論文の(−うの註(5)で示しておいたが、便
宜のためもう一度示しておく。本論文で用いたブランクの著作は
陥gezurPb7SikalLschen励kenntnisBdI,BdH(1943,ⅥrlagvonSr・Hirzel,Leipzig)であり、そ
のなかに収録されている論文(講演)のうち本論文で用いたのは以下のものである。なお末尾の
数字は講演がなされた年を示す。
Bd、IいDieEinheitdesphysikalischenWeltbildes(1908)(邦訳「物理学的世界像の統一・」河辺六
男訳『世界の名著 現代の科学Ⅰ』(1970年、中央公論))
NeueB血nenderphysikalischenErkenntnis(1913)
DynamischeundstatistischeGeset2m坤igkeit(1914)
KausalgesetzundWillensfreiheit(1923)
VbmRelativenzumAbsoluten(1924)
PhysikalischeGesetzlichkeit(1926)
DasWeltbildderneuenPhysik(1929)
PositivismusundrealeAuPenwelt(1930)
DieKausalitatinderNatur(1932)
Bd巾II..DieStellungderneuerenPhysikzw・meChanischenNaturanSChauung(1910)
DiePhysikimKampf’umdieWeltanSChauung(1935)
Ⅵ)mWesenderWillens放eiheit(1936)
DeterminismusundIndeterminismus (1937)
なお、本文中の引用にはその末尾に、それを含む講演の行なわれた年、巻、頁を、例えば、
(1908,Ⅰ,S.19) のように記した。
(3)この例を用い・た、規則的継起または予測可能性を直ちに因果的連関というこ.とはできないという
議論はplanck,1923,Ⅰ,S..81,1932,Ⅰ,SS.187−8 を参照のこと。ちなみにカントも、石が日光に
よって暖められるという事象について、「太陽が石を照射すれば(常に)石は暖かくなる」という
規則的継起を表現する命題(知覚判断)は未だ客観的な科学的命題になっておらず、それに原因
性の概念(カテゴリー)を付加した「太陽(の照射)が(原因となって)石を暖める」という命
題になって初めて客観的な科学的命題(経験判断)になる、と言っている(P和J聯桝e那Z〃e加r
jedbnkiiTdtiienMetLPiwik,dieaLgm5sefWCh夢wirdaldiretenkonnen(1783),1965,FelixMeiner,S・
57いAnm.)。
(4)この議論についてはPlanck,1926,Ⅰ,SS.121任を参照のこと。
(5)cf.,PlanCk,1923,Ⅰ,S.86,1926,Ⅰ,S.118,1932,Ⅰ,S.185etall・
(6)「因果律と意志の自由」(1923)では,出発点で因果性は「事象の時間的経過内での法則的連関」(ibidl・,
S.74)と定義されていたが、それはおおまかにすぎよう。また、この定義のなかの「法則的」という
語が唆昧である。規則性以上のもの、たとえば因果的法則性を意味するものなら、同語反復にな
るし、そうでなければ確実な予測を可儲にさせる厳密な規則性を意味すると解する他ない。事実
この他の論文(講演)、とくに後の論文(講演)においては、本文に挙げたのと類似の因果性定義が
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見られる。たとえば、「物理学の世界観を求める戦い」(1935)においては「ある事象において厳密な
因果性が成立していることは、ひとが、その事象を厳密に予測することができる状況にあれば、
反駁しがたく証明されているとみなすことができる」(Ⅱ,S.60)と、また「意志自由の本質につい
て」(1936)においては「確実に予測されうる事象は、なんらかの仕方で因果的に決定されており、逆
に、ある事象が因果的に決定されていると言うときには、このことは、その事象の生起が予測され
うることを含意している」(Ⅱ,S.71)というように述べられて−いる。
ちなみに、「因果律と意志の自由」においてプランクは、カントの因果律の定式として、『純粋
理性批判』第二版の「あらゆる変化は因果結合の法則に従って生じる」(”Alle VeIぬderungen
geschehennachdemGesetzderVerkn叫血ngderUr・SaCheundWidmng“一●)(Kritikdbrreinen陀rnufdi,
B.232)という定式を挙げず、第一・版の「生起するあらゆるものは、それがある規則に従って継
起するところのなにものかを前提する」(”Alles,WaSgeSChieht,SetZtetWaSVOrauS,WOraufesnach
einerRegelfo1gt“一一(ibid.,A,189.)という定式のみを挙げているが、それは規則性に基づいて因果
性を定義しようとする態度の表われであろうか。また、第一・版のカントが第二」坂のカントにくら
べてより現象主義的な色彩が強いためなのかどうかは、たいへん興味深い問題であるが、ここで
とり上げることはできない。
(7)cf、,Planck,1923,Ⅰ,SSい88−9,1929,Ⅰ,S.151etal…
(8)cf.,Planck,1924,Ⅰ,S−.102.
(9)以下の説明と議論は主として Planck,1914,Ⅰ,SS.43任,1926,Ⅰ,SS.125鋸こ依った。
(10)cf.,Planck,1923,Ⅰ,SS.88−9,1926,Ⅰ,S.129,1935,Ⅱ,S.60 etal川
(11)cf.,planck,1932,Ⅰ,SS.193甜 なお、光または電子が粒子的なふるまいもし波動的なふるまいもする
ことを示す類似の実験についてはPlanck,1926,Ⅰ,SS、136且,1937,Ⅱ,S.112.を参照のこと。
(12)P7wyicsandPhilMqhy1958,Harper&Row,HarperTbrchbook,3rdいedl・pP・44ff・(邦訳:河野伊三
郎・富山小太郎訳『現代物理学の思想』1959、みすず書房、21頁以降)
(13)ここにいう確率関数は、シコ.レディンガ一の渡動関数を用いた確率関数㌢*㌢のことを指すはずで
あるが(cfWemerHeisenberg,DiePhysikali5chenPrinz妙endbrQuantentheorle,1930,Leipzig・(邦
訳:玉木英彦・遠藤真二・小出昭一・郎共訳『量子論の物理学的基礎』33貢参照))、運動方程式(波
動方程式)に入れられるのは、もちろん、確率分布を示す ㌢*㌢ではなく、波動関数 ㌢でなけ
ればならない。
(14)cf,Heisenberg,OP…Cit.1,p.48.(邦訳25貢)
(15)ハイゼンベルク『量子論の物理的基礎』前掲書16−17貴参照。
(16)cf,,HeisenbeI苫,OP.Cit..,Pい54(邦訳32貢),Pp141−2(邦訳139−140貢)
(17)cf∴,ibid.,P.47(邦訳24貫),pP”54−5(邦訳33頁L),pい142(邦訳139頁)etal・・
(18)cf,,ibid.,pU52.(邦訳30貢)
(19)c£,Planck,Ⅰ,1923,S.87−8.
(20)以下、主として、Planck,1929,Ⅰ,SSり150町1932,Ⅰ,SS。193仔,1935,Ⅱ,SS..60氏に依る。
(21)朝永坂一・郎著『量子力学Ⅱ』(1973(第23刷)、みすず書房)171貢参照。これは deBroglie の
物質波の波動方程式であるが、しかし Sch6dhger・の波動方程式と見ると、−・粒子の場合の方程
式である、と朝永は言う。「−L粒子」という言い方がすでに、波動関数Yが、deBroglieの波動方
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程式の中の y のように単なる物質波を表わすものではなく、粒子をも表わすということを含意
している。朝永は、波動場を対象とする deBIOglie方程式(その波動関数 ㌢の絶対値の二乗は
波の拡がる空間領域の物質密度を与える)と、粒子をも表わす SchI・6dil鳩er 方程式(その解たる
波動関数の絶対値の二乗は、狭い空間領域しか占めえない粒子がある位置に存在する確率を与え
る)とを区別すべきことを強調している(同書180−2頁および202−3貢参照)。ところがブランク
は、後に見るように、】㌢I2が粒子の位置の確率を与えるということをもちろん認めているけれど
も、一方では ㌢ が物質波を表わすことばかりを強調している。朝永は「量子力学の発見された
はじめのころは、この二つの方程式が全く異なる概念に属するものであることが物理学者によく
わからなかった」(同書180貢)と言っているが、プランクもそうだったかどうかは私には分か
らない。また、量子物理学の諸現象を説明するのに適宜波動論と粒子論を用いるというボーアの
相補性原理についてブランクがどういう態度をとったのかも分からないが、ともかくこの論文で
は、ブランクの論文(講演)集に沿って彼の主張を再現することに努めたい。
(22)cf二,Pl皿Ck,1937,Ⅱ,SS.116−7.ただし、電子の軌道についての Planckの考えは揺れていたよう
に思われる。早い時期に書かれた”DasWeltbildderneuenPhysik”(1929)では「波束の分散(散
逸)に関しては、そのこと(配位が厳密には決定されないこと)は決して非決定論の証明にはな
らない。なぜなら波束は、また分散すると同様合流しうるからである。時間符号は、粒子給にお
けると同様、波動論でもたいした役割をしない。すべての運動事象は逆方向に経過することもで
きる」(1929,Ⅰ,S.163)と言っているからである。
(23)cf.,Planck,1932,Ⅰ,SSり198鼠.
(24)cf.,Planck,1923,Ⅰ,SS.94−5.
(25)cf.,励メ才メ尼鹿rre加g乃柁叩〟J妨A.540,B−.568.
(26)cf.,PlanCk,1932,Ⅰ,SSい205.また発見的原理としての‘metaphysicalresearch programme’という
Popper の考えについては、たとえば、QuantumTheoryandthe SchisminPわげics(ed.byW W・
Bartley,Ⅲ,1982,RowmanandLittleneld,NewJersey)pp.159ぽ:を参照のこと。
(27)The(わenth2ivepTer4nArgumentjbrlndktermini5m(edいbyW.W Bartley,Ⅲ,1982,Rowmanand
Little鮎1d,NewJersey).なおこの ThePosLsα*t は『探求の論理』仕ogikあ伽chung,1934,
Sp血geI・)の約20年後(1956)に善かれたものだが、PoppeI′の眼の病のため長い間出版されず、わ
ずかPoppeI・の周辺でそのタイプ原稿が読まれているばかりという状態にあったが、1982−3年に
なってやっと Popper の弟子 W W BaItley,Ⅲ の手によって三分冊の形で出版された。他の二
冊はReα肋椚α〃dめgdi桝げぶde〝Ce(1983)と 9〟α肋桝乃eoⅣα〝d伽放めね椚加P句作iα(1982)で
ある。
(28)7Ⅵeq)e〃と加ゎe柑er加dJ苫〝研e〝f,βr血ゐfer椚jわね椚,OprCit.,pp.7−8.
(29)cf二.,Kar1R.Popper&JohnC”Eccles,T72eSeU’andltsBrain(1977,Springer),pP,9ff..・だがもっと早い時
期(QuantumTheoryandtheSchLsminPb7Sics,OP”Cit.p.46)にも、人間とボールのように蹴ったり蹴ら
れたりするものを実在的とみなすという捉え方もしていた。
(30)cf・,The(わenこ加iverserAnATgumentjbrlhdbtermin由刑,Op・・Cit.,P.36.
(31)この科学的決定論の定式は、予測可能性の他に、予測課題から初期条件の精密さが計算されうる
という「計算可能性」(accountability)にも基づくものであるが、それは本論文ではすぐ後に軽く
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触れるにとどめざるをえない。
(32)c£,■.IndeterminisminQuantumPhysicsandinClassicalPhysics’.,BritishJournalJbrthePhilos甲hyqf’
Jkfe乃Ce,VOl.1(1950),pp.128仔川
(33)c【,Theq〉enUniverse−」nAYgument.βrlndbterminlsm,OPt・Citul・Pp・11ff二,Pp・49氏・
(34)cf.,●.IndeterminisminQuantumPhysicsandinClassicalPhysics一’,Op小Cit.,pP.174ff・”
(35)cf.,加g戊ゐrダb和Cゐ〝曙,Op.Cit¶,77.
(36)c£,QuantumTheoTyandtheSbhisminPhysics,OP・Cit・,p・15.
(37)cf.,Heisenberg,Op。Cit..,P.73.(邦訳56貢)
(38)プランクは、決定論的法則性の主張をする度ごとにこの間題を扱っているが(c£,Planck,1923,Ⅰ,
SS.91仔.,1926,Ⅰ,SS,131−2,1930,Ⅰ,SSい182圧,1932,Ⅰ,SS…203圧,1936,Ⅱ,SS.70任,1937,Ⅱ,SS・105圧
こでは主として”vbmWbsenderWillens丘Ieiheit”(1939)に依った。
(39)c【,励育成鹿rre血g乃陀rJ?〟′昨,A.550,B.578.
(40)cf.,一一IndeterminisminQuantumPhysicsandinClassicalPhysics’一,OP.Cit.,pP.188ff・
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