...

私が少し関わったテレビ番組の放映が終わって1ヶ月半ほ どが過ぎた

by user

on
Category: Documents
11

views

Report

Comments

Transcript

私が少し関わったテレビ番組の放映が終わって1ヶ月半ほ どが過ぎた
私が少し関わったテレビ番組の放映が終わって1ヶ月半ほ
どが過ぎた。もうほとぼりも冷めただろうと思い、その思い
出を綴ってみた。
ある日、メールをチェックしていると懐かしい人の名前を
見つけた。
数年前に少し仕事を手伝ったこのある女性からのメールで
あった。
その女性はお菓子の作り方の本を執筆中で、卵の白身を泡立
てたメレンゲの電子顕微鏡写真を撮れないか?という依頼で
あった。
同じようにメレンゲを作ってもプロとアマでは違う、というような写
真が撮れれば・・・・ということで依頼が来た訳である。
私が電子顕微鏡の仕事をするようになって25年・・・・職場の関係で通常の動植
物の組織や微生物観察以外に食品素材を観察する機会が多かった。牛肉、豚肉、
鶏肉、魚肉、野菜、漬物、ハム、ソーセージ、練り製品、うどん、蕎麦、ラー
メン、パスタ、パン、ケーキ、クッキー、豆腐、こんにゃく、ゼリー、冷凍食品、
アイスクリームなどなど結構色々なものを観察してきた。泡の観察についても
似たような経験があったので、この時は-200℃近い低温の液体窒素を用いて
メレンゲを凍らせ、凍ったまま電子顕微鏡撮影を行った。
この女性のところへNHKの番組製作会社から相談が来たが、自分の所では無
理と判断され、私のところへオハチが回ってきたわけであった。詳しい話は担
当者から直接聞いて欲しい、ということであったのでとりあえず連絡を取って
みた。
分子料理法」がテーマで、分子料理というと、試験管の世界で料理をするのか、こ
れまでの伝統的な調理法を否定するのか、と誤解されがちであるが、そういったも
のでなく、化学の眼で料理を捉え、分析、再構築することにより今までにはない料
理へのアプローチ方法を見出していく・・・・・・。
具体的にどのような写真が欲しいのか、と聞くと次のような返事
が返ってきた。
・プロの焼いたステーキと素人の焼いたステーキでは味が違うと
いう・・・・、ステーキ肉の構造的な違いを電子顕微鏡レベルで撮影
したい。
・ローストビーフはオーブンで加熱するが、これを真空パックし
て湯煎で過熱するとジューシーで固くならない、その構造の違い
を電子顕微鏡で確認したい。
この2点がポイントのようであった。
写真は撮影できるが、劇的な変化を期待しても無理、というよ
うな返事をしておいたが、その後も頻繁に連絡が入った。一度専
門家を交えて話
をしよう
・・・ということになり、私の友
人の某女子大
学教授に声をかけ三人で話
し合う場を
設定した。
当日、ディレク
ターが訪ねて来た。まず、そのいでたちが私
の常識と違う
ものだった。普通、大学の教授職に在る人と
初対面の場合、スーツ
たが、当日の彼の姿はT
もしくはブレザーで・・・、というのが私の意識であっ
シャツ、Gパン、ブーツ姿であった。いかに暑い日で
ももう少し何とか・・・・というのが初対面の感想であった。
とにかく友人の大学教授に引き合わせ、色々と話をした。
エ
ー
ーッ
ッ、
、ウ
ウ
ソ
ソ
・・・・・
ッ
ッ
ッ ・
ッ、
、ホ
ト
ホン
ント
肉は加熱で収縮するが、電子顕微鏡では分子レベルの変化まで観察することは出
来ない。すでに同様の研究を私も連名で、学会発表しており、その論文でもたん
ぱく質の変性は別の手法で検証した。改めて写真を撮っても視覚的にあまり視聴
者に喜んで貰えるような写真は撮れないだろう・・・・という話で当日は終わった。
これで番組制作は方針変更になるだろう・・・・と友人と話し合い、ある意味で納
得していたところ、「既定方針で番組を制作します」と連絡が入った。
エーッ、ウソッ、ホントッ・・・と思ったが、乗りかかった船、まぁ行けるとこま
でやってみよう・・・・と最低限必要な材料を揃え、必要な試薬、器具類の入手の段
取りをつけ、試料作製手順を説明したFAXを送り、返信を待つことにした。
数日して試料が送られてきた。
初期段階は女子大で処理してもらうことにしておいたので様子を聞いてみた。「最
初の試料採取が滅茶苦茶やで~、大きすぎるし、大きさもバラバラ、方向性もバ
ラバラ、どうすんの~」と悲鳴のような返事、「何とかしといて~、トリミングだ
けでも・・・」と返事をして初期処理の終わった試料の到着を待つことにした。
考えてみると焼き具合の異なるステーキを部分ごとにマッチの軸くらいの太さ
で長さは7~8mmに、筋肉の繊維方向を考えて切れ!というのは未経験者には
難しかったのかもしれない・・・という気はしたのだが、届けられた試料を見て途方
にくれた。女子大でかなりトリミングをしてくれていたが、大きさ、方向性、試
料の状態など想像以上に悪
かった。これでは電子顕微
鏡用の試料として
試料届きましたぁ~、数が多
は使いづらい、何と
かするにしても
くなってスミマセン。何時ご
かなり時間がか
かるなぁ~と、
ろ出来ますか?
ろに連絡が入っ
の都合があるので、出来たら
ほかの撮影
○○日くらいまでに・・・・
悩んでいるとこ
た。
試料の切り出しは試料作製の最初の難関であり、素人に上手にできるはずが
無い、時間はかかるが後は何
と
か・
・・と思っていたのにあまりに自
分の都合だけで押し
付けてくる、これで
プッツンした。
「電話でくどいほ
ど説明して、図解
して送って、分
かったいうてたの
に全くでたらめな切
は使い物にならん!
り方や!
しろというつもりか!
満足な
人と
写
真
あの試料で
は撮れん!この状態で私にどう
スケジュール調整も含めてもっと権限を持っている
話がしたい」と電話を切った。
「無理を申して申し訳ありません」「担当のものが失礼いたしまし
て・・・」「電子顕微鏡写真が番組の要ですので・・・・」「お忙しいと
は重々存じておりますが・・・」「なにとぞご協力を・・・・」
と丁重に切り出された。情報社会の階級は、AD(ア
シスタン
トディレクター)、ディレクター、プロデューサー・・・の順だと思うが、プロ
デューサーは会社の部長クラスかなという感じであった。
私は元々オダテに弱い人間、「オダテともっこには乗るな!」ということわ
ざをもっとも苦手にしている。まんまとオダテに乗ってしまった。「怒髪天を
突く・・・」勢いから「前向きに考えましょう・・・」に変わってしまった・・・・・・。
届けられた初期処理の終了した試料をもう一度じっく
りと見
てみた。最初に見たときの印象は変わらなかった。
「ど
うしよ
う・・・・、どもならんで!これは・・・・」到底満足のい
く写真
の撮れる状態ではなかった。
出来るだけ良く切れる刃物で切るように・・・・、押さえつけることのないように
・・・、肉には方向が有るので向きに注意して・・・、大きさはマッチの軸くらい・・・・、
注意はいっぱいしたのにほとんど守られていない。日にちは無いし、とにかくや
るしかない・・・・・と開き直って作業にかかった。
肉の構造を見るためには肉の繊維に平行に切った面と直角にきった面との両方を
観察することが必要である。まず 30 個以上の試料(個々の試料は7~8個に細
切されている)か
らどちらの面を観察するのに適しているかを判断して横
断面用、縦
断面用に分別した。これで 60 余りの試料数になっ
た。各試料に
は数個の細片があるが、その 1 個 1 個を液体窒素
で凍結、実体
顕微鏡で観察しながら観察面を削りだす・・・この
作業が
意しな
延々と続いた。眼は疲れるし、手は冷たい、注
いと凍傷に
なる・・・・この作業に数日かかった。
つぎは乾燥である。電子顕微鏡は真空中で観察するので乾燥している必要があ
るが、水に浸った状態で凍結乾燥しても表面張力によって変形が起こる。そこで
これを防止するためにティーブチルアルコール凍結乾燥法という方法で乾燥し
た。
乾燥が終わった試料は電子顕微鏡で観察す
に接着剤を用いて接着する。この作業も観察面
顕微鏡下の作業である。接着が完了すると観察を
るための試料台
を確認しながらの
容易にするために試
料に白金を薄くコーティングする。これでようやく電子顕微鏡での観察が可能に
なるわけである。すべてが完了して、ようやく電子顕微鏡による観察と写真撮影
にとりかかった。
力がかかって変形したところ、観察面が斜めに
なっているところ、汚れが付着しているところな
どを除外して視野を選択する、倍率を設定して写
真を撮る、試料を交換する、撮影する。この繰り
返しでほとんどの試料の撮影を行った。のべ撮影
枚数は 500 枚を超えると思う。
データが揃ったところで女子大教授とディレクター
との 3 人で討論しながらインタビュー撮影を行った。
すべてが終わりデータを渡して、放映日時が決まっ
たら連絡をくれるように・・・と申し入れて連絡を待っ
た。
11 月始めに礼状とDVDが送られてきた。この時にすでに 10
月 30 日に放映が終了し
苦労したデータの中か
授は字幕で簡単に紹
貧乏人は物事をすぐ金
たことを知らされた。あれほど
ら写真 2 枚が使われ、私と教
介されただけであった。
額で表したがる悪い癖がある。今回撮
影した写真を使う、使わないは製作者の判断だとしても試料作製、写真撮影
は現実に行われた。これを民間の機関に依頼した場合、割引を期待しても試
料作製も含めて数百万円は必要かな?と思われる。
これだけやって・・・この結果!今後マスコミへの協力はよほど慎重に・・・・と
改めて感じさせる結果であった。
Fly UP