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発展途上国の経済開発と民活インフラ整備
NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE Title 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 Author(s) 田口, 信夫 Citation 東南アジア研究年報, (40), pp.33-50; 1999 Issue Date 1999-03-25 URL http://hdl.handle.net/10069/26558 Right This document is downloaded at: 2017-03-29T22:57:12Z http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp 33 〈研究ノート〉 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 田 口 信 夫 は じ め に 多くの発展途上国にとって,インフラ整備は経済開発のための前提であり,また東アジア のようにすでに高い経済成長をとげている国にとっても,引きつづき順調な経済発展を達成 するために欠かせないものである。では,インフラストラクチュア(以下,インフラと呼ぶ) とはいったいどのようなものであろうか。世銀r世界開発報告』(日本語訳,1994年忌)に よれば,インフラとは以下のようなものである。 ・公益事業一電力,通信,配管給水,衛生及び下水,固形廃棄物の収集及び処理,配管 ガス ・公共工事一道路,.かんがい及び排水用の主要ダム・水路 ・その他運輸セクター一市内及び都市間鉄道,都市交通,港湾及び水路,空港 途上国が順調な経済成長をとげ,国民の生活の質が向上していくためには,これらインフ ラはいずれも欠かせないものであるが,しかし現実にはその多くが未整備の状態にあるとい ってよい。たとえば,上記世銀のr報告』は,途上国のインフラ整備の現状を次のように記 述している。 「途上国の新規インフラストラクチュア投資は年間2,000億ドルー国内生産の4%,総 投資の5分の1に当る。その結果,交通,電力,水,衛生,通信,かんがいのインフラスト ラクチュア・サービスが大幅に増加した。過去15年間にクリーンな水へのアクセスをもつ家 計のシェアは1.5倍となり,1人当りの発電量,及び電話回線は倍増した。このような増加 によって生産性が向上し,生活水準が改善した。 しかし,これらの成果で満足するわけにはいかない。開発途上世界の10億の人々が,未だ クリーンな水へのアクセスをもたず,20億近くの人々が十分な衛生設備を欠いている。特に 農村地域では女性や子供は水汲みに長時間を費やすことが多い。すでに不十分な交通網は多 くの国で急速に悪化しつつある。電力はまだ20億の人々には到達していない。また多くの国 で信頼性の低い電力が生産を制約している。生産を近代化し,国際競争力を高めるための通 信に対する需要は,既存の能力を遙かに超えている。これに加えて,人口増加と都市化がイ ンフラストラクチュアに対する需要を増大させている」(1頁)。 34 従来,インフラは先進国の経済援助の下,もっぱら途上国政府によって整備され,運営さ れてきたが,インフラ投資に必要な資金が膨大であること,対外債務問題にみられるように, 途上国政府の財政状態が悪化していること,先進国の経済援助も財政事情から伸び悩む傾向 にあること,公的部門によるインフラ運営が非効率であること等の理由によって,近年,特 に1990年代に入って,民間活力を利用することによってインフラ整備を図っていこうとする 傾向が途上国で強まっている。本稿の大きな目的は,いくつかの文献にもとづいて㈱,まず インフラ整備が経済開発においてもつ意義についてふれ,次に民活インフラ整備の実際と問 題点について概観していくことである。 1 インフラと経済開発 1.インフラと経済成長 工業,農業,サービス業における最も直接的な生産活動は,電気や電話通信や水や運輸サー ビスを間接的な投入財として使用する。インフラに投資することの利益は,それぞれのイン フラサービスの利用者に対するコスト削減と生産性の向上である。これらの利益は,サービ スが規模の経済によって特徴づけられればられるほど,大きくなる。一般にインフラ投資に よって生み出されるサービスは,次の2つの方法で企業の生産の増加に貢献する。 (1)運輸,水,電気のようなインフラサービスは生産に対する中間の投入財であり,これ らの投入財のコスト削減は生産の収益性を高め,かくて高水準の生産高,所得および雇 用を可能にする。 (2)インフラサービスは,たとえば手動式の機械から電気式の機械への転換を可能にする ことによって,あるいは労働者の通勤時間を短縮することによって,さらには電子デー タを通じる情報の流れを改善することによって,間接的に生産性を向上させる。 もし企業がサービスを全く利用できないか,あるいは事実上利用できないほどに供給が不 安定である場合,企業は達成される利潤や生産水準に好ましくない影響を与えるコストの高 い他の代替的なサービスを求めざるをえない。インフラサービス供給が不安定であることの 経済的コスト(たとえば,停電,通信の途絶,変わりやすい水圧,通行不便な道路等によっ てもたらされるコスト)は多様である。 それらは第一に,直接的なコストとして,生産の遅れ,壊れやすい原料や生産物の損失, 敏感な電子設備に対する被害等をもたらす。 第2は,インフラサービスに対するアクセスが不安定なことやそれが欠如していることは, 利用者に他の代替的な源泉に対する投資を必要とさせ,かくて彼らに余分の負担(資本コス ト)を強いることである。たとえば,水の部門についていえば,いくつかの研究は,当てに ならない公的給水を補填するためにかなりの民間投資がおこなわれたことを証明している。 1例をあげれば,ペルーのリマでは,家計は公益事業のそれよりも40∼80倍も高いコストで ポンプの設置や水不足対策用の施設のために投資している。このような投資は部門全体にと 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 35 っての効率的な資本資源の利用ではないし,とくに貧困層にとっては大きな負担である。 またインフラに対する不十分な管理も,インフラサービスの不安定な供給につながり,余 分な負担をもたらす源泉となる。たとえばラテンアメリカのいくつかの国では,道路を維持 するための経費として必要とされる1ドルは自動車の運転コストを(通行料金引き上げなど の理由で)3ドル引き上げるが,メンテナンスを怠って道路を新設した場合,コストはさら に2∼3ドルふくれあがることが,これまでの研究によって明らかにされている。 第3に,インフラサービス供給が不安定であることは,経済の他の部門におけるボトルネ ックや生産設備の不活発な利用を生み出すことである。たとえば,1987年に世銀がパキスタ ンの停電に対しておこなった調査によれば,このことによってGDPは1.8%,製品輸出量 は4.2%減少したと推定されている。同じくインドの電力不足に対して世銀が1985年におこ なった調査によれば,このことによって,インドでは1983∼84年にGDPの1.5%に相当す る生産の損失が生じたと見積られている。 2.インフラと福祉 インフラは経済成長に対して貢献するだけでなく,次の点で個人や家計の福祉にも関係し ている。1つは,インフラはそれ自体が基本的な消費価値をもっており,そのようなものと して個人が既存の所得から実現する効用に影響を及ぼすことである。2つ目は,インフラは 労働生産性と雇用に対するアクセスに影響を及ぼし,かくて将来の所得を稼得する能力に影 響を与えることである。 たとえば,きれいな水,運輸及び通信のようなインフラサービスはそれ自体が重要な消費 利益(たとえば安全性,便利さ等)であり,その利用可能性が住民の基本的福祉の尺度とな る。しかしながらインフラサービスは,こういつた直接的な価値のほかに,他の財やサービ スを獲得する手段でもある。たとえば,電力から得られる直接的・間接的消費利益は,電気 照明による勉強時間の延長,新しい形態の娯楽(たとえば,映画,テレビ)の利用可能性, 労働節約的な電気器具へのアクセスを含んでいる。さらにインフラサービスの価格(料金) は,家計が一定の予算制約の中で達成しうる全体の消費水準にも影響を与える。 インフラサービスの改善が個人(あるいは家計)の福祉向上に与える影響としては,たと えば次のような事例が報告されている。すなわち,パキスタンの農村を比較したところ,給 水が改善された所の女性は,そうでない所の女性よりも水を収集するのに70∼80%も少ない 時間ですますことができ,そのことによって給水が改善された所の女性は節約された時間の 多くを所得創出的な活動に当てることができたことである。 反対に,インフラサービスが不足していたり,不安定である場合は,家計は余分のコスト を強いられる。たとえば,ナイジェリアのオニットシャでは,家計の大多数が都市の道管給 水システムのサービスを受けられず,公益事業のそれよりも20倍も高い価格で民間の行商人 から水を購入していたという事例が報告されている。普通,家計は水に対して所得の3∼5 36 %しか費していないと考えられがちであるが,貧困層についてはそうではなく,彼らはしば しば所得の大きな割合を水に費しているのである一たとえばハイチでは,それは20%に達 したと報告されている。 また安全な水の欠如は,利用者に汚水を沸湯させることを必要とさせ,かなりのエネルギー コストをかけさせる要因にもなっている。たとえば,インドネシアのジャカルタでは,この 目的のために使用されるエネルギー消費はジャカルタのGDPの1%に相当すると見積られ ている。 運輸と家計の支出の関係については,これまでの研究によって,次のようなことが指摘さ れている。 公的運輸に対する需要は,所得水準にかかわらず均等であり,価格に関してはかなり非弾 力的である。このことは公的運輸料金が引き上げられた場合,貧困層は支出(少くとも職場 や学校に行くのに必要な)の増加を余儀なくされ,一定の所得の中で他の財やサービスの消 費を減らさざるをえないことを意味する。長期的には,運輸コストが上昇し,より安い方法 がみつからない場合,貧困層は運輸機関の利用を減らさざるをえないが,このことは雇用, 教育,健康及びその他の重要なサービスを利用する機会を犠牲にすることを意味する。たと えばザンビアでは,こういつた理由が少女が中学校へ行くのをためらわせる重要な要因にな っており,エクアドルでは女性が夕方の職業訓練に参加する機会を減らす要因となっている ことが報告されている。つまり,多くの途上国では,公的運輸の利用可能性とコストは雇用 を確保し,適切な家計の消費水準を決定する,とりわけ重要な要因になっているのである。 不十分なインフラは,また,健康やしたがってまた個人の労働生産性,生活の質にも多様 な影響を及ぼす。たとえば,多くの研究は,給水の改善が水に起因する病気の発生率の減少 や死亡率の低下に大きな影響を与えることを証明している。しかし健康は,物理的な給水・f ソフラに対するアクセスだけで保証されるものではない。下水に対する過少投資は,多くの 場所で貯水池の汚染をもたらし,洪水をひどくしたり,健康問題を引きおこしたりしている。 かくて,十分な衛生施設(たとえば排泄物の処分のための)も病気の発生率を下げるために 必要であり,給水と衛生をうまく結合する計画が望まれるわけである。さらに一貫し,安定 した施設の操業も重要である。 また運輸と健康の関連についていえば,交通渋滞によっておこる大気汚染は気管支系統の 病気の大きな原因であり,道路事情の大幅な改善が望まれる。 皿 民活インフラ整備の実際と課題 以上,1のセクションにおいて,インフラが途上国の経済開発に果たす役割を,経済成長 と福祉の観点からみてきた。しかし重要性が認識されているにもかかわらず現状は,急速に 成長している発展途上国はインフラの供給能力が他の部門の成長に追いついていないがゆえ に,また他の発展途上国,すなわち市場改革への道にはるかに乗り遅れた国は,過去に・イソ 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 37 フラ施設の建設やメンテナンスを軽視してきたがゆえに,きわめて深刻なインフラの制約に 直面している。 このような状況の中で,,1980年代,とりわけ90年代に入って急速に浮上してきたのが,民 間企業の活力を利用してインフラを整備しようという動き一すなわち民活インフラ整備で ある。1984年以降,86の工業国と発展途上国が3,570億ドルに相当する547の公的インフラ企 業を民営化し,3,080億ドルに相当する民間による新規投資プロジェクトを実施してきたが, おおまかに,これら民営化の50%と新規投資の70%は発展途上国でおこっており,そのほと んどはアジアとラテンアメリカに集中している。ではいかなる要因が,民間企業をして途上 国のインフラ部門にますます多く参加させるようになったのだろうか。その背景をさぐり, 民活インフラ整備の実際と課題について検討するのが,本セクションの目的である。 1.民活インフラ整備の背景 a)公的部門の非効率 近年のインフラに対する民間投資の急増にはいくつかの要因がある。まず第一の理由は, 公的部門の非効率である。非効率の源泉は,労働と資本の低い生産性,コスト削減に対する インセンティブの弱さ,メンテナンスの軽視,需要と供給の経済的・制度的結びつきの欠如, 財政上の規律のうすさ,金融リスク管理能力の欠如等である。世銀r世界開発報告』(1994 年版)によれば,非効率なインフラサービスの提供が発展途上国にもたらす年間コストは第 1表と第2表のとおりである。第1 第1表インフラストラクチュアの価格設定がコストを下 表はユーザーから回収されないコス 回るために生じる財政負担 (10億米ドル) トの見積りであるが,その合計は年 間1,230億ドルに達し,途上国の政 府歳入合計のほぼ10%を占める。第 価格設定の改善による セクター るが,その額はほぼ550億ドルと推 定されており,この技術的損失によ 因 電 力 90 価格設定がコストを下回る 水 道 13 価格設定がコストを下回る 違法な引込み 5 2表は,技術効率の改善によりサー ビス供給者が受ける年間節約額であ 原 財政負担の節減 鉄 道 15 合 計 123 旅客サービスの価格設定が コストを下回る 世銀、『世界開発報告』(1994年版),126頁。 る効率コストは,途上国のGDPの 第2表効率の向上によるコスト節減 1%,インフラ向け年間開発援助の セクター 節減額 非効率の原因 2倍,途上国が毎年おこなっている 道 路 15 維持管理が不適切なために 毎年,投資が必要になる 平 弓 30 送配電時・発電時の損失 水 道 4 漏水 こういつた公的企業の非効率性の 鉄 道 6 過剰な燃料使用,余剰人員, 背景としては,次のような事情があ 合 計 55 インフラ投資2,000億ドルの4分の 1に相当するといわれている。 げられている。1つには政治家の人 (10億米ドル) 利用不能な機関車 世銀r世界開発報告』(1994年版),126頁。 38 気取りによって,政治的に魅力がない既存インフラのメンテナンスよりも新規のインフラ建 設のために資源が配分されやすいこと,2番目には,親方日の丸的な体質のために,たとえ 債務があったとしても厳格な金融リスク管理上のインセンティブが働かないこと,3番目に は独占状態であるがために,顧客に不満があっても従来の経営方法を踏襲できること,4番 目には経営者の収益や効率に関しての意識が弱いこと,5番目には公的企業の賃金体系が公 務員のそれに準じているため,有能な経営者や技術者を採用したり,保留したりすることが きわめて困難であること等々である。 b)適切な価格設定と費用回収 民間によるインフラサービス提供の第2の理由は,適切な価格(料金)設定と費用回収の 必要性である。 公的部門がインフラサービスを提供する場合,それが政治的な理由によろうが,経済開発 的な理由によろうが,利用者からサービス提供のフルコストをほとんど回収しきっていない 第1表参照。たとえば世銀によれば,発展途上国の電気料金は1983∼87年置かけて約35 %も下がったため,90年代における電力システム拡充のためのコスト増分の約半分しかまか なえなかった。アジアについていえば,平均的電気料金が1970年目半ばから1991年にかけて キロワット/時当たり5.2セントから3.8セントに下がったことにより,公的企業の収益率は 9%から5%に低下し,財務状態の悪化を招いたとの事例が報告されている。ちなみに, 1980年代後半における途上国の平均的な電気料金は,OECD諸国の平均的な電気料金の半 分強であった。 透明なコスト回収メカニズムの欠如は,消費者にさまざまなタイプの他のコストを負担さ せることになる。たとえば,コスト回収の不徹底による不十分な道路の補修やメンテナンス は自動車の運転コストを高め,結果的に高くつく時期早尚の道路の新設を必要とする。これ らのコストは,ラテンアメリカやカリブ海地域では,1990年代の初め,年間17億ドルに達し たと見積られている。ちなみに,この地域の220万キロメーターの道路一そのほとんどは 1960年代と1970年代の初めに建設されたものであった一は通行はできるが,メンテナンス が十分でなかったため,かなり悪化していた。 インフラサービスに対する補助金の給付も,しばしばインフラサービスの非効率な消費や 過大投資の原因であり,これらの支出は結局のところ財政赤字を拡大させ,富や所得の実質 価値を蚕食する不安定でインフレ的な環境を通じて,コストを消費者に転嫁させる。誤った 価格設定による効率性の低下や財政負担によってもたらされるコストは,途上国のGDPの 約3.5%に相当するといわれている。 このようなインフラサービスの歪んだ価格体系の是正と徹底したコスト回収は,民間企業 のインフラ部門への参入によって確保される。なぜなら民間企業は効率性と営利を重視する 事業体であり,採算の見込みのない事業には参入しないからである。かかる観点から,民間 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 39 によるインフラ整備を促進しようとしている途上国は,コスト回収を可能とする料金改正の 実施をせまられるわけである。しかも重要なことは,料金改正によるコスト回収の徹底は, 必ずしも価格の上昇を意味するものではないということである。たしかに改正以前に巨額の 補助金がインフラサービスに支給されていた国では,料金は上がるかもしれないが,コスト の回収をより競争的な環境の下におくことによって,料金は,非効率的で公営の独占状態に ある場合に比して,中・長期的には下がることもありえる。たとえば,OECDによれば, 電話サービスが独占によって提供されている国の料金は1990∼94年にかけて3.1%下がった が,競争を導入している国では8.5%も下がった。イギリスの民営化された公益事業の料金 は,民営化以降,実質的には下がっており,しかも企業は巨額の利潤を生み出している。 c)民間資源に対する必要性 ’インフラ事業への民間参加急増の3つ目の要因は,民間資源に対する必要性である。効率 性の向上や存立能力のほかに,インフラサービス供与における民間部門の役割の重要性は, とりわけ資金確保の必要性から来ている。 周知のように,インフラ事業には巨額の資本を要するが,途上国の国家予算では,インフ ラ施設を適宜かつ適切に拡充したり,資金的にゆきづまった公的インフラサービス企業を救 済したりするのは,ほとんど困難である。とりわけ債務問題をかかえている多くの途上国は, 緊縮的な政策やマクロ経済調整計画を採用しており,基本的な経済改革目標を損うことなく, 財政支出を拡大する余地はほとんどない。 新興市場経済,とりわけ高成長の東アジア経済では,インフラに対する需要は公的源泉の ファイナンス能力を上回っている。たとえばタイについていえば,タイは工業化を急速に進 めており,政府の主たる関心は,インフラ投資の増加に対して,いかにして資金を確保する かということにある。タイにはインフラサービスにたずさわる18の国営企業があるが,その うち15の国営企業の資本支出は1989∼93年間に年平均5.4%の割合で増加しており,1993年 には約100億ドルに達した。投資必要額は2000年まで年間8%つつ増加し,年平均の投資必 要額は約150億ドルに達するであろうと予測されている。十分な資源をインフラ部門に呼び 込むために,政府は民営化戦略を開始し,インフラサービス供給における民間参加を推進し ている。 これまで途上国におけるインフラ・プロジェクトの多くは,先進国や国際機関からの援助 によって実施されてきた。しかるに,1990年代,途上国で必要とされる年間のインフラ投資 水準は2,000億ドル以上に達し,うち1,000億ドルが電力に,600∼700億ドルが上下水に, 250∼300億ドルが通信に,150∼200億ドルが高速道路の修復に必要とされると予想されてい る。こういつた水準のインフラ投資額は,発展途上国の総固定資本投資額(年7,000∼7,500 億ドルと見積られている)の4分の1∼3分の1を占めている。それに比較して,インフラ に対する国際援助(贈与および公的借款)は,1993年時点で,約150億ドルにすぎなかった。 40 インフラ投資需要の増大と伸び悩む国際援助,これが途上国が民活・fソフラ整備に多大の期 待をかけるもう1つの大きな理由なのである。 2、民活インフラ整備と民営化 a)公的企業の民営化 近年,途上国,先進国を問わず,インフラ部門では民営化と民間参加にますます大きな力 点がおかれるようになってきているが,民営化を動機づける要因は国ごとに異っている。一 部の国では民営化の当初の動機は,公的部門の赤字の主たる源泉を取り除きながら政府収入 を増やす,その潜在的可能性からきている。他の国では民営化は,経済のリストラクチュア リング(再構築)にとって必要な構成要素と考えられている。しかし動機がいかなるもので あろうとも,民活インフラ・プロジェクトが強調するのは,それによってもたらされる効率 性の向上やサービスの量と質の拡大といった長期的・経済的利益である。以下は,民営化に 関する地域ごと,国ごとの経験を述べている。 ラテンアメリカではインフラサービスは,一部は民活インフラがもたらす利益についての 認識の高まりの結果として(チリの場合),しかし大部分は深刻なマクロ経済的困難の結果 として(アルゼンチンとメキシコの場合),民営化された。ラテンアメリカにおけるインフ ラの民営化は,しばしば,放漫な財政支出の一大源泉(たとえば,補助金)を削減する一方 で,政府に対して収入を生み出し,対外債務を削減する方策として用いられてきた。国営の インフラサービスにおけるはなはだしい非効率もまた,民営化を促進させた要因である。た とえばアルゼンチンでは,鉄道部門に対する政府の補助金は,1980年代,年平均で14億ドル に達した。1990年代初めに民営化された鉄道は,現在,政府から年間1億ドル弱の補助金し か受け取っておらず,それも都市の通勤用鉄道や地下鉄に対してのみである。 またアルゼンチンでは電力会社が1989年目でに国営企業の赤字全体の約半分を占めてお り,電力部門の民営化は同国にとって急務であった。かくて政府は非効率な経営を改革し, これまでおろそかにされてきた装備をグレイドアップし,維持するために,同部門への民間 参加を促した。政府はまた,国営の通信会社であるENTeL(アルゼンチン国営電電公社) の民営化に際しては,債務と株式のスワップの仕組みを用い,約22億ドルの現金収入をもた らした。これらの資金は,その後,政府が外国の民間銀行に負っている債務を軽減するため に用いられた。 アジアでは(マレーシアを除いて)民営化は,民間によるインフラサービス供与を促進す るための手段としては,それほど重視されていない。というのは,アジアではインフラサー ビスを提供する国営の公益事業や機関は,ラテンアメリカのそれらよりもヨリ効率的で,資 金的にも存立可能であったからである。ラテンアメリカとちがってアジアでは,民活インフ ラの促進は,主要には,経済成長と歩調を合わせるために公的部門の努力を補完する方法と 考えられている。 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 41 民営化をめぐるアジアのこのようなムードの中で,ただ1つの例外はマレーシアとタイで ある。マレーシアは早くも,1983年頃から新経済政策の一環としてインフラの民営化を開始 した。民営化計画の目的は他の国と類似しており,次のとおりであった。すなわち,①イン フラ供与における政府の膨大な資金面,管理面における負担を減らすこと,②競争を促進す ること,③経済成長を加速させるために,民間の企業者精神と投資を刺激すること,④公的 部門の規模とプレゼンスを軽減することである。 1989年以降,マレーシア政府は「民営化マスタープラン」(Privatization Master Plan) にのっとり,道路,鉄道,国営航空,通信,電力の各部門を民営化していった。民営化は, 現在は民間部門で働いている9万3千人の元国営企業従業員の俸給や年金を,約25億ドル相 当節約させたと見積られている。さらに政府は,もし民営化がおこなわれなかったならば, インフラ・プロジェクトに対して,約160億ドル相当の資金を供給しなければならなかった であろうといわれている。一部はこのように,膨大なインフラ開発の費用を民間部門に転嫁 したことの結果として,政府は1993年以降,財政黒字を達成し,対外債務水準を低く抑える ことができた。 タイについていえば,採用されたインフラ民営化戦略は,一部は15の主要公益事業による 急速な投資の増加一1989年の20億ドルから1993年の100億ドル,すなわちGDPの8%へ 増加一に呼応したものであった。インフラに対する投資需要を満たすため,政府はエネル ギー,運輸,給水,通信の公益事業の民営化をおこなっており,これらの部門に対する民間 投資促進のための新しい制度的枠組み作りをおこなっている。たとえば電力部門では,EG C(Electric Generating Company)が当初600メガワットの発電能力をもつEGA(Elec− tric Generation Authority)の子会社として設立された。1994年,同社の株の48%は公開売 却を通じて民営化され,現在新しい発電施設を建設しようとしている。 PA(Petroleum Authority)もまた,子会社であるPTTE(PTT Exploration)の民 営化をおこなった。2000年までにEGA, M E A(Metropolitan Electricity Authority), TO(Telephone Organization), P Aが株式会社化され,これら株式の最大50%までが内 外の投資家に売りに出される予定である。1993年,タイの15の主要公益事業は合計で約280 億ドル相当の資産を有していたが,これをタイ証券取引所で資本化すれば約1,300億ドルに なると見込まれ,このような公益事業の民営化は,タイの資本市場の発展に大きく貢献する であろうといわれている。 b)民営化に対する外国投資とその貢献 民営化に対する外国投資は証券投資か直接投資を通じておこなわれる。証券投資の場合, 外国投資家の株式保有率は10%未満で,経営にはタッチしない。投資が海外直接投資として の資格を得るためには,投資家は10%あるいはそれ以上を保有しなければならず,通常,会 社の運営に対してかなりの影響力を:もっことになる。 42 民営化に対する外国投資のメリットは,以下の点である。 ①まずインフラ施設の民営化には,通常,膨大な資金が必要とされるが,それに対して 地元の資本市場が十分な資金を動員できない場合,外国資本はそれを補填し,民営化プロセ スをいっ気にスタートさせるのに役立つ。 ②第2は,民営化されたインフラ企業の株式購入に関心をもっている外国投資家は,通 常,先進国においてすでにインフラへの投資やインフラ施設の運営にかかわっている企業で あり,インフラの運営に関して豊富な経験をもっている。 ③民営化されたインフラ会社への外国企業の参加はまた,通常おろそかにされてきた施 設を修復し,サービス能力を拡充するために必要とされる追加的な資金の調達を容易にする。 以上のようなメリットの具体例についていえば,たとえば1990年,メキシコ政府は国営の 独占的電話会社であるTelemexの大多数の株をフランス・テレコムや米国サウスウエスト ・ベル,それにグループ・カルソ等のメキシコの投資家集団に売却したが,その際,売却の 条件の一部として,Teiemexの新しい所有者は120∼140億ドルの投資をおこない,回線の 増設やサービスの質の改善をおこなうことを義務づけられた。 しかし,民営化計画に対する外国の参加は,他方で,外国資本を含む新規の投資事業より もヨリ大きな政治的障害に遭遇する可能性もある。これは民営化に対する外国の参加がしば しば,新規の施設やサービスを生み出さない,単なる国内資産の売却(すなわち一種の売国 的行為)と感じられるからである。こういつた民営化に対する敵対的感情は,とくに民営化 によって価格の謁整や過剰な従業員の解雇がなされる場合,とくに強い。したがって外自資 本の民営化への参加に当っては,こういつた問題への配慮が必要とされる。 3.民活インフラ・プロジェクトの実際と国際資金調達 すでにみてきたように,今後すべての発展途上地域でインフラ投資に対する膨大な需要が 存在する。にもかかわらず,多.くの途上国は十分な国内貯蓄をもっていないか,あるいは国 内貯蓄を民活インフラに動員するためのマクロ経済的実績や制度的あるいは法的基盤を欠い ている。その結果,外国からの資金が,インフラに対する新規の民間投資において,重要な 役割を演ずることになる。ζこでは,民活インフラ・プロジェクトの実際と民活インフラの ための国際資金の動員について述べることにする。 a)民活インフラ・プロジェクトの実際 経企庁rアジア経済1996』によれば,「民活・fソフラ・プロジェクトは,実際には,BOT (Build−Operate−Transfer)と呼ばれる事業運営手法(ないしはBOTに類似した手法)によ って運営されることが多い。 BOT方式で民間企業がインフラ整備を行う場合には,通常,まず,事業を実質的に請け 負う民間企業(スポンサーと呼ばれる)が出資者となり,他の民間企業(プラントメーカー, 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 43 建設業者,燃料供給会社など)との共同出資により,プロジェクト運営の中心となる合併企 業(プロジェクト実施会社(Project Company)と呼ばれる)を設立する。イソフ.ラ整備を 行うための技術,ノウハウ,資本などを持ち合わせた企業が国内にない途上国では,民活イ ンフラ・プロジェクトのスポンサーは外国企業となる場合が多く,その場合には,プロジェ クト実施会社は,スポンサーである外国企業の子会社,あるいはスポンサーである外国企業 と地元企業(公営企業を含む)が出資した合弁企業となる場合が多い。プロジェクト実施会 社は,資金の調達から設備建設(Build),設備完成後の操業(Operate)までを一貫して請 け負い,一定の期間(通常10∼30年)操業する。プロジェクト実施会社は,その間の事業収 益の中から,融資を受けた銀行や企業に対して,利子を支払い,借入金を返済する。また, 出資者に対しては配当を支払う。その後,プロジェクト実施会社の資産は,現地の途上国政 府(または公的企業)に譲渡(Transfer)される。 民活インフラ・プロジェクトで,民間企業の果たす役割が従来と異なっている点は,以下 のとおりである。従来のように,途上国政府がインフラ整備を行う場合には,プロジェクト を受注した企業は,通常,エンジニアリングから資材調達,設備建設,資材据え付けまでを 請け負う。これに対して,BOT方式などの民活インフラ・プロジェクトでは,民間企業は, 資材調達や建設はもとより,その前段階である資金調達のアレソジメソトからプロジェクト に参加する。また,工事完成後は,操業にも携わり,操業期間中の原料調達や施設補修など にも責任を有する。従って,民活インフラ・プロジェクトでは,民間企業は,途上国政府に よるインフラ整備事業とは異なり,様々なリスクに直面することになる」(238∼240頁)。 以上のように,民活インフラ・プロジェクトにおける民間企業の役割は資金調達から操業 まで実に多岐にわたっているが,とりわけ重要なのは資金の調達である。では,民活インフ ラ・プロジェクトに必要な資金はどのような手法で調達されるのであろうか。以下,この点 について述べてみたい。 b)民活インフラ・プロジェクトとプロジェクト・ファイナンス 世界的統合の高まりによって,現在,かなりの量の資金が国際間を移動している。とりわ け国際資本は,工業国における金利の低下やリスク分散という要因もあって,途上国および 新興国市場へますます投資機会を求めようとしている。にもかかわらず,途上国へ流れる資 本の割合は,近年,資本フロー総額の約9%にとどまっている一戸3表参照。 1995年,途上国のインフラ・プロジェクト向けにファイナンスされた資本の額は,国際資 本フロー全体の約1%,途上国へ流れた資本フローの約10%であった。東アジアおよび太平 洋地域がこれらフローのもっとも高い割合を引きつけ,中国とインドネシアがこの地域へ流 れた資金の85%以上を占めた。 第4表参照。 このような国際資本フ県門の情況の中で,民活インフラ・プロジェクトの実施に必要な資 金を調達する際のファイナンス手法としては,プロジェクト・ファイナンスと呼ばれる手法 44 第3表 国際資本フロー(1993∼95年) (単位:10億米ドル) 1993 態 形 1994 1995 債 券 481.0 426.9 460.6 株 式 40.7 44.9 41.0 シンジケート・ローン 136.7 202.7 368.5 他 160.2 278.9 388.3 818.6 953.4 1,258.4 途上国へのフロー 75.3 89.6 113.3 その割合(%) 9.2 9.4 9.0 そ の 合 計 David Ferreira and Kamran Khata皿i(1996), F伽απo勿g P7勿α孟61吻αs’ 7%o伽θ伽1)θ”θZ吻ηgCo纏7蜘World Bank, P.22. 第4表1995年のプロジェクト・ファイナンス (単位:100万米ドル) 方 向 1995 1994Q4 地域 東アジアおよび太平洋 15,105 4,690 ヨーロッパおよび中央アジア 4,781 2,745 ラテンアメリカおよびカリブ海 2,750 897 中東および北アフリカ 2,083 1,093 南アジア 1,616 161 サハラ以南アフリカ 1,068 54 27,403 9,639 電力 8,923 1,701 通信 1,117 592 運輸 2,189 804 その他インフラ 1,251 1,083 13,923 5,461 合 計 部門 インフラ以外の部門 David Ferreira and Kamram Khatami,ψ. o露., P.23. が多く活用されている。経企庁rアジア経済1996』によれば,「プロジェクト・ファ・イナソ スとは,プロジェクト実施会社が,プロジェクトの資産とプロジェクトにより生み出される 収入を担保にして,プロジェクトに必要な資金を借り入れるファイナンス手法である。プロ ジェクト・ファイナンスでは,電力,有料道路などのインフラサービスを提供するプロジェ クト実施会社は,担保となるわずかな有形資産(例えば,発電施設)と,将来の収入(例え ば,電力料金収入)以外には,借入れを返済する裏付けがない。そのため,プロジェクト実 施会社の収益が見通しを下回った場合には,プロジェクト実施会社は,資金の貸し手への利 子支払・元本返済や出資者への配当支払が困難となる。その場合でも,プロジェクト・ファ イナンスでは,資金の貸し手は,プロジェクト実施会社の借入金の返済を,プロジェクト 実施会社の親会社であるスポンサーに求めることができない(「ノソ・リコース(non一 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 45 recourse)」と呼ばれる)か,求めることができるとしても,限定的にしか求めることがで きない(「リミティド・リコース(1imited recourse)」と呼ばれる)契約となっているのが 普通である。 従って,仮に,プロジェクトが失敗して,プロジェクト実施会社が資金的に行き詰まり, 借入金を返済する能力がなくなった場合でも,スポンサーは自らの出資分については損害を 被るものの,プロジェクト実施会社の借入れを返済する義務は,全くないかあるいは限定的 なものとなる」(240∼241頁)。 c)プロジェクト・ファ・イナンスとリスク保証 プロジェクト・ファイナンス(とくに建設段階における)の重要な源泉は,シンジケート ・ローンあるいは個別のローンを通じる国際商業銀行の貸し付けである。地元の商業銀行も この役割を担うことはできるが,しかしその役割は,信用力の弱さと金融テクニックの弱さ によってきわめて限定されている。さらに途上国の商業銀行は,通常,債務構成がほとんど 短期であるので,長期の融資をおこなうことは困難である。これに対して,国際商業銀行は プロジェクトのリスクを評価することができ,かつ建設の遅れやコストのオーバーに対して, 第5表民活インフラ・プロジェクトに内在するリスク ・調査コストをかけたのに,案件が取りやめになったり, 試Dできなかったりするリスク E用地買収にまつわるリスク E完工遅延リスク E建設コスト超過リスク E計画通りの設備が完成しないリスク コマーシャル・リスク E周辺施設の整備にまつわるリスク E需要見込み違いリスク E料金の支払い遅延・不払いのリスク E所期の稼働率・燃料効率が得られないリスク E燃料価格上昇リスク(発電プロジェクトの場合) E為替変動リスク E金利変動リスク Cソフレリスク ・政府の対応が不明確なためのリスク @ ・一般的な法制度が不明確なためのリスク @ ・民活インフラの制度が不明確なためのリスク ポリティカル・リスク @ ・政府の取り組み姿勢が不明確なためのリスク E政府が法律や契約を守らないリスク @ ・外貨の交換・送金を禁じられるリスク @ ・事業資産を収用されてしまうリスク,など E戦争・内乱などのリスク 自然災害のリスク ・地震・洪水などのリスク 経済企画庁調査局編『アジア経済1996』,261頁。 46 ファイナンスの面で柔軟に対応することができる。 とはいえ,このことはプロジェクトのリスクに対して商業銀行が寛容なことを意味するも のではない。民活インフラ・プロジェクトに内在するリスクは第5表に示されているが,リ スクがあれば,商業銀行は,融資に対して,慎重にならざるをえない。このため商業銀行融 資は,通常,輸出信用機関によって保証され,保証の範囲は,商業的リスクから政治的リス ク,自然災害のリスクにまで及んでいる。 このような保証は,借り手の側からすれば,次のようなメリットをもつ。すなわち,返済 の遅れをカバーすることによって,あるいは貸手に中期融資ヘロール・オーバーさせるため の誘因を与えることによって,貸手が提示する返済期限を,さもなかった場合よりも引き延 ばさせることを可能にする。またこれらの保証は,市場がコントロールできないリスクをカ バーすることによって,資金調達コストを引き下げる。かくてさまざまのリスクに対する保 証は,プロジェク・トのための資金を確保する上で,潤滑油としての役割を果たすのである。 しかし,輸出信用機関による保証のシステムに,全く問題がないわけではない。商業銀行 によってしばしば要求される輸出信用機関の保証は,受入国政府の逆保証(counter guran− tee)によって裏打ちされなければならない。しかし,そのような協定の重大な欠点は,政 府の逆保証が,結局のところ,商業的リスクも政治的リスクもカバーすることになり,途上 国政府の負担が軽減されないということである。これでは何のために民活インフラ・プロジ ェクトを実施したのか,意味がなくなってしまう。このような保証の必要性をなくすために は,すなわちプロジェクトがほとんどの保証なくして商業銀行から長期の資金を調達しうる ためには,建設段階におけるリスクの要素を軽減し,プロジエクトが機能する制度的・市場 的環境を改善することが求められる。プロジェクトの契約者は,予定どおりプロジェクトを 完成させる責任があるが,受入国政府は,彼らがそのようなリスクを引き受けられるような 環境を作り出さなければならない。 d)債券による資金調達と信用格付け インフラ・プロジェクトのための長期資本は国際債権市場によっても調達できる。しかし, 資本にアクセスできる領域は,投資に対して高い国際的信用格付けを得ることができないプ ロジェクトの場合には,きわめて限られている。たとえば,高い投資信用格付けをもったプ ロジェクトに対する資金調達のための世界市場は,1994年時点で,14兆ドルであった。対照 的に,格付けを受けていない,あるいは格付けの低い途上国(あるいは新興国)のプロジェ クトに対する世界市場は,約120億ドルにすぎなかった。したがって長期的には,インフラ 投資に対する信用格付けが,途上国が国際資本市場ヘアクセスできる能力を決定するといえ よう。というのは,高い信用格付けは,特定の債務問題をかかえている中で,プロジェクト が返済義務を果たしうる能力を証明するからである。ちなみに,2つのよく知られている信 用格付け機関,すなわちムーディーズ社とスタンダード・アンド・プアーズ社の信用格付け 47 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 第6表 2大格付け会社の格付けの定義 S&P ムーディ・一ズ AAA Aaa 投 資 適 格 格 付 け 投 機 的 格 付 け 債務履行の確実性が最も高い 債務履行の能力が極めて高い Aa(1∼3) 債務履行の確実性の要素に変動幅がある AA(+∼一) 債務履行の能力は非常に高い A(1∼3) A(+∼一) 元利払いの確実性はあるが,将来安定性低下 の可能性がある 債務履行の能力は高いが,経済環境の悪化の 影響を受けやすい Baa (1∼3) BBB (十∼一) 現時点で元利払いの確実性はあるが,長期的 には特定の要素で確実性が低い 債務履行の能力は十分あるが,経済環境の悪 化の影響を受けやすい Ba(1∼3) BB(+∼一) 事業∫財務,経済の状況が悪化した場合に,債 投機的な要素を含むと判断された債権で,将 来の安全性に不確実性がある 務履行能力が不十分となる可能性をもたらす B(+∼一) B(1∼3) Caa Ca CCC (十∼一)・ CC C D C 読売新聞社rThis is読売』(1998年12月号),51頁。 第7表 民間部門による起債の金利スプレッドと満期(1994年) 国 名 マレーシア タ イ チ リ コロソビア S&Pの格付け A十 A− BBB十 BBB− 平均満期(年) 起債時における 金利スプレッド※ 10.0 89 5.9 134 5.0 125 10.0 641 フィ リピソ アルゼソチソ BB 8.7 300 BB− 4.5 410 ブ ラ ジ ル B 2.9 387 ※金利スプレッドは,起債時における債権の利回りと,それと同等の満期をもっている 米国財務省証券の利回りを100とした場合の格差である。 David Ferreira and Karman Khatami,⑫o鉱, p.26. は第6表のとおりである。 高い投資信用格付けはまた債務のコストを引き下げたり,返済期間を長くしたりする。信 用格付けが債券発行に与える影響をみるために,第7表はスタンダード・アンド・プアーズ 社のアジアおよびラテンアメリカ諸国に対する信用格付け,これら諸国の民間部門による起 債の平均的な満期,および金利のスプレッドを示している。金利のスプレッドは,起債時に おける債券の金利(利回り)と,それと同等の満期をもった米国財務省証券の金利(利回り) の格差である,全体的なパターンは明瞭であり,格付けが高ければ高いだけ満期は長くなり, 金利のスプレッドは小さくなっている。こういつた格差は,当然のことながら,インフラサー 48 ビスの料金体系にも大きな影響を与え,インフラ運営の成否を大きく左右するであろう。か くて,途上国のインフラ・プロジェクトが,必要とされる債務性の資金を国債資本市場で調 達するためには,投資に対する高い信用格付けを得ることが必要である。そのためには,途 上国の政策立案者たちには,マクロ経済の安定と安定した透明な制度的枠組みの構築,プロ ジェクトのコスト回収を生涯iにわたって可能とする市場環境を作り出すことが求められる。 e)資金調達と規則144A 途上国の民活インフラ・プロジェクトによるほとんどすべての起債は,規則144Aのもと, 米国の資本市場でおこなわれてきた。規則144Aは,1933年の米国証券取引法を1990年4月 に改正したものであり,1933年証券取引法にもりこまれた登録の義務を免除し,投資家が一 定の制約のもとに,私募債を有資格の機関投資家に再販売できるようにしたものである。そ うすることによって同規則は,わずらわしい証券取引委員会への登録といった制約なしに, 起債者が米国市場における機関投資家(保険会社,投資会社,年金基金)の資源にアクセス できることを可能にした。 規則144Aの下では,起債者は,通常,証券を1つまたはそれ以上の投資銀行に売却し, 投資銀行はその後,証券を多くの有資格のバイヤー(1億ドル以上の資産管理機関)に再販 売することができる。証券の再販売を促進することによって,・規則144Aは第2次市場で流 動性を創出し,米国の民間投資市場を,・fソフラ・プロジェクトへのファイナンスのために 証券を発行する者を含めて,外国の起債者に対してヨリ魅力的なものにしている。それ以前, 有資格のバイヤーが保有する私募債は,2年または3年以上の保有期間経過後でなければ取 引きできなかった。規則144Aは,有資格であることを条件として,新規バイヤーについて も,この取引をただちに行うことを認めたものである。また3年を経過した後は,有価証券 はすべてのバイヤーに売却することも可能となり,これらによって,私募債は従前に比して ヨリ流動的なものとなった。 1993年のトルカ有料道路に始まるメキシコの有料道路収入の証券化は,この市場における 最初の発展途上国における取引きであった。しかし長期の債務性資金調達のために,この市 場の突破口を開いた最初の発展途上国のグリーンフィールド・プロジェクトは,スービック 電力会社が所有するフィリピンのスービック湾発電所である。このプロジェクトは,1994年 に,満;期15年,米国財務省証券に対する金利スプレッド385ポイントの起債を通じて,債務 性の資金を1億500万ドル調達した。起債はプロジェクトの操業開始に合わせておこなわれ, 起債による収入はプロジェクトの開発と建設段階においてスポンサーがおこなった貸付けの 一部の返済に当てられた。コロンビアのセソトラガスによるガス・パイプラインも,この市 場で起債をおこなったラテンアメリカ最初のグリーンフィールド・プロジェクトである。 1994年12月,’セントラガスは満期16年,米国財務省証券の利回りを300ポイント上回るスプ レッドで,1億7,200万ドルもの資金を調達した。この起債による収入は,プロジェクトの 発展途上国の経済開発と民活インフラ整備 49 開発と建設のための資金として利用された。 まとめに代えて 一民活インフラ整備と課題 以上,われわれはインフラ整備が途上国の経済開発においてもつ経済的・社会的意義につ いて,なかんずく民活インフラ整備が果たすべき役割とその実際について概観してきた。み てきたように,民活インフラ整備は途上国政府の負担を減らし,インフラサービスの質や効 率を高める上できわめて有用であるが,取り組むべき課題も多い。何より問題なのは,民活 インフラ・プロジェクトにはさまざまのリスクがつきまとうということである。とりわけ, インフラ投資の長期的性格は,投資家がそのようなリスクにさらされる度合を一層強める。 そうである限り,民間投資家は彼らが軽減することができない,あるいはコントロールする ことができないと感じるさまざまの商業的リスクや非商業的リスクに対して,国家保証を求 めつづけることになるだろう。したがって,インフラ整備への民間参加を促進するためには, リスクを分散させるさまざまの仕組みや保証の制度も重要であるが,何よりもリスクそのも のを軽減する法律や制度の改革およびマクロ経済の安定がどうしても必要である。 これらの改革は,民間による・fンフラ施設の所有や操業を規定する法律や制度の透明性と 効率性を含んでいる。適切な価格設定をめざした価格改革もまた,プロジェクトの商業的存 立可能性にとって重要である。また公的企業は市場ルールにのっとって行動し,公平な信用 評価を得る必要がある。政府は国家保証の必要性を減じるためにも,公的企業のリストラや 民営化へ向けた積極的なプランを策定する必要があるだろう。 マクロレベルでは,リスク(=カントリーリスク)の軽減は,良好な経済ファンダメンタ ルズの確立を通じて達成されるものであり,そのためには通貨安定,マクロ経済の透明性, 輸出指向型の成長を確実なものとするマクロ経済政策が必要とされる。さらに,マクロ経済 の安定には構造改革が必要であり,それは効率的な資源配分を通じて,マクロ経済を安定さ せる。 良好な投資環境の形成もまた,長期の外国資本の導入を願っている国にとっては肝要であ る。国家の投資環境に対する投資家の認識は,法的および政策的条件が外国資本の導入と利 用をもたらしやすいという現在の投資環境だけでなく,そういった環境の将来の見通しにも 基づいているので,今後も外国の投資家にとって,好ましくない法的・政策的環境が展開さ れる可能性はほとんどないか,全くないと信頼をもたせることが肝要である。なぜなら,投 資家は好ましい法的・政策的環境がかなりの長期にわたって存在している場合,あるいは国 家の政治・経済構造が安定して,近い将来,急激な変化がおこる見込みはほとんどないと感 じるとき,はじめてそのような確信をもつに致るからである。 すでにみたように,途上国には膨大なインフラ需要が存在する。他方,先進国の民間企業 も,途上国におけるインフラ整備を1つのビジネス・チャンスととらえている。途上国にお ける民活インフラ整備は,このようなインフラをめぐる投資環境の中から生まれてきたもの 50 であり,将来性は大いにあるといえる。そうである以上,途上国としては今後,先進国にお ける民活インフラ整備の経験を取り入れ,世銀,IFC等の国際機関とも協力しながら,民 活インフラ整備に向けての条件整備に努力しなければならないだろう。 (注) 本稿の執筆に当っては,下記の文献(とりわけ1と2)に多くを依存している。 1)Christine Kessides(1993),丁肋Co%’アゴわ漉ゴ。%sげ1吻zs〃%o伽紹渉。 E60%o〃z∫01)ωθ1q勿zθπたノ1 R6擁θωqプ 助θ7伽。θα%4Po1勿1吻Z∫o伽η3, World Bank. 2)David Ferreira and I(amran Khatami(1996), F伽απ伽8’P7勿出θ伽αs勧吻名6勿1)ε幅。塑πg Co鰯’7娩 World Bank. 3)世界銀行r世界開発報告』(1994年版)。 4)経済企画庁調査局編『アジア経済1996』。 なお本稿は,立命館大学教授西口清勝氏を代表者とする文部省平成10年度科学研究補助金 基盤研究(B)「アジア移行諸国の経済構造と経済発展に関する国際比較研究一束アジア・ ラ米の経験・教訓と日本の支援の観点から一」に基づく研究成果の一部である。 (1998年12月 脱稿)