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第14号 - 鹿屋体育大学
トレセン ニューズレター 第14号:平成21年12月発行 鹿屋体育大学 スポーツトレーニング教育研究センター ISSUE Number 14, DECEMBER / 2009 CENTER for SPORTS TRAINING RESEARCH and EDUCATION 〒891-2393 鹿児島県鹿屋市白水町1番地 Tel. 0994-46-4820 Fax. 0994-46-4157 NATIONAL INSTITUTE of FITNESS and SPORTS in KANOYA 日本で唯一の国立 体育大学では日本人 の身体を研究し、そ の将来を予測し、そ の科学的対応策を考 える責任がある。鹿 屋体育大学スポーツ トレーニング教育研 究センターはこの日 本民族の身体の将来 を考えた研究教育に 取り組む責任を担っ ている。とくに、現 在の社会生活におい ては身体を動かす機 会が激減しており、 その結果、上記のよ うな身体能力低下を 図2 身 長と立ち幅跳び及び50m走 招いていると考えら タイムとの関係 (体力運動能力調査書より福永作図) れる。この対応策と しては日常生活にい かに身体を動かす機会を組み込むかが重要な課題となる。 そのための研究と教育にスポーツトレーニング教育研究セ ンターが機能するものと確信している。 日本人の体力と トレセンの役割 鹿屋体育大学学長 福 永 哲 夫 ある大学の新入生の体力測定データ(約3000名)を見る と、1990年代をピークに体力(筋力(腕立て伏せ回数)や パワー(垂直とび高) )が低下しはじめ現在に至っている。 その低下率は年間約1%である。つまり、この10年間に約 10%の体力低下が見られる。この傾向は調査した大学の特 殊な例と片付けることは出来ないと思われる。文科省の調 査でも小、中、高校生の体力の年次推移を見ると着実に低 下傾向が見られるからである。 例えば、 図1は13歳、 16歳、19歳男子につい ての1500m走タイムの 年代別変化を見たもの である。 昭和50年(1975 年)頃から明らかに各 年代の持久能力の低 下 が 見 ら れ る。 さ ら に、図2は発育期の子 図1 1500m走タイムの年代別変化 供たちの立ち幅跳び及 (体力運動能力調査書より) び50m走タイムと身長 との関係を年代別に見たものである。脚筋パワーを表わす 指標としての立ち幅跳びや50m走能力は年代に関わらず身 長の増加に伴って向上する傾向が見られるが、同一身長で 比較すると明らかに約10年前に比較して能力の低下が見ら れる。図3は身長と体重との関係を1969年、1985年、1995 年及び2003年と比較したものである。1969年以降は両者の 関係はほとんど変化が見られないことがわかる。このよう に、日本人の発育期の体力及び形態発達を見た場合に、身 体の体型はほとんど変わらないにもかかわらず持久能力や パワー能力が年代とともに低下している傾向が明らかであ る。 一般に体力は20歳代が人生のピークで、その後は加齢と ともに低下する傾向が見られるので、時代とともに日本人 の若者の体力が低下する傾向は日本人全体の体力低下が起 こっていることを意味している。体力低下はその他の人間 の能力(労働生産性で表される)の低下に影響することは 明らかであり、この問題は国を挙げて取り組まなければな らないテーマである。 図3 身長と体重との関係 (体力運動能力調査書より福永作図) 1 トレセンを活用して① 環境シミュレーターを用いた筋力トレーニング実験 トレセンを活用して② BIODEXを用いた筋力測定 鹿屋体育大学大学院 体育学研究科 鹿屋体育大学 体育学研究科 博士後期課程 黒 部 一 道 修士課程 北 哲 也 現在、私たちの研究室では、実験の一つとして「低酸素 環境下におけるレジスタンストレーニングが筋肥大、筋力 増強に及ぼす影響」 について取り組んでいます。これまで、 低酸素環境におけるトレーニングといえば、陸上の長距離 や水泳、自転車などの持久力が要求される種目において活 用されている印象があったと思います。しかしながら、近 年ではスプリント能力を高める効果や、 生活習慣病の予防・ 改善にも有用であることが明らかにされてきています。 トレセンの環境シミュレーター室では、これまで呼吸・ 代謝に関する実験やトレーニングが数多く行われてきたと 伺っていますので、レジスタンス運動に関する実験は恐ら く私たちが初めての試みではないかと思います。その中 で、低酸素とレジスタンストレーニングを結びつけるきっ かけとなったのが、運動後における成長ホルモンの応答で す。成長ホルモンは、筋肥大を促すホルモンといわれてお り、これまでの実験で低酸素環境におけるレジスタンス運 動は、通常大気で行ったときと比較して、分泌量を増加さ せることが明らかとなっています。特に海抜4000m以上 になるとその分泌量は顕著に増加します。 これまで、低酸素環境におけるレジスタンス運動という のは、現場においても実験レベルにおいてもほとんど行わ れてきませんでした。その理由として、低酸素環境に数週 間や数ヶ月といった長期間さらされることは、エネルギー 摂取量や活動量の減少、酸素の拡散距離を短くする適応が 起き、筋を細くすることが定説としていわれてきたためで す。一方で、運動を行うときのみ低酸素環境へさらされる 短時間の条件であれば、筋の萎縮は起こらない報告も多く されています。そのため、成長ホルモンの分泌が多く、か つ筋の萎縮が起こりにくい条件で行えば、筋を効果的に太 く、強くできるかもしれないというのが今回の実験に至っ た経緯です。 鹿屋体育大学には、屋内実験プールとトレセンに2つの 低酸素室が存在しますが、今回トレセンの環境シミュレー ター室を利用することにしたのは、常圧室という特性上、 部屋のガスを外から吸入できるためです。実験ではホルモ ンの応答も観察するため採血が伴いますが、採血をして頂 く看護師の方を厳しい低酸素の部屋へ入れるのは危険が伴 います。そのため、外から吸入させることで、被検者のみ が低酸素を吸入する状態にし、看護師の方への負担が少な くなるようにしています。また、外から吸わせるもう一つ の利点が、常に設定通りの低酸素ガスを被検者に対して吸 わせることができるところです。部屋で採血を行うと被検 者や検者によって吐き出される二酸化炭素が部屋に滞留し てしまい、実験の方法や再現性が不明瞭になってしまうか らです。環境シミュレーター室はこれらのニーズを補って く れ て お り、 実 験 を 行うにあたり大変助 か っ て い ま す。 今 後 も必要に応じて利用 していきたいと考え ています。 私は修士課程の学生として、バイオメカニクスという分 野を専門に研究を行っています。研究を進める上で、分野 上どうしても大型で高価な機器を使用せざるを得ないので すが、本学のトレセンではそのような様々な機器を、学生 でも簡単な手続きを済ませれば自由に使用できるので、普 段からよく利用させていただいています。 現在は、BIODEXという筋力測定器を用いて、下肢の 等速性筋力の測定を行っています。疾走能力と下肢の筋力 には関係があるという先行研究があるので、疾走トレーニ ングを行った際のトレーニング前後における筋力の変化を 調べようとするための測定です。この機器で測定できる力 は、トルク(Nm)といわれる回転運動の力です。例えば 膝関節の等速性筋力を測定する場合は、膝関節運動の中心 を軸とした回転運動を、足首の部分を固定したパッドに力 を込めて蹴る動作で行います。その際、回転の速さ(角速 度)は機械的に一定にしているので、パッドに加わる力を センサーが読みとり、回転軸から力の作用点である足首の パッドまでの距離を掛け合わせてトルクを算出します。 もちろん実際に被検者の方を前にしてこのような固い話 はあまりしません・・・。私が実験を行う上で大切にして いることは、雰囲気づくりです。特に測定する内容が力発 揮なので、被検者が緊張していたりあまりにも静かな状況 だったりすると、思うように最大の力が発揮できません。 実験中は基本的には和やかに、被検者がリラックスできる よう会話を多くして楽しい雰囲気づくりをし、いざ力発揮 をするときには集中するよう場を引き締める、というメリ ハリのある実験を心がけています。 アスリートから高齢者を対象とする様々な研究では、等 速性の筋力測定が行われることが多いので、BIODEXが 本学にあるというのは非常に良い環境だと思います。しか し、私が初めてこの機器を使おうと思ったときには、周り に使ったことのある学生や使用方法を教えられる学生がい ませんでした。使用するにあたり、藤田先生には直接指導、 アドバイスをしていただき、大変お世話になりました。こ のような状況はトレセンにある他の機器でも言えるかもし れません。せっかく覚えた機器の使用方法などは、学生か ら学生へ伝え広がり、利用者が増えていくのが理想だと思 います。 今後もトレセンの施設・機器を活用させていただき、研 究成果をあげることで、トレセンの発展に貢献できればと 考えています。 2 だけ短い踏切時間で行うジャンプ運動のことです.バネの モデルを用いてイメージすると図2のようになります.R Jは硬いバネであまりバネが縮まない,PJでは柔らかい バネで大きくバネが縮むものといえます.両者の違いは接 地時間とその際に受ける地面反力の大きさに表れます.R Jは接地時間が0. 2秒以内で,体への衝撃力も大きく6 - 9倍となり,PJでは接地時間が0. 2秒以上で,衝撃 力も比較的小さく4- 5倍となります.一方,片足踏切の ジャンプ運動,例えばケンケンや交互跳では,逆に踏切時 間が長いとより大きな衝撃力を受けている場合が多くなり ます.このようにジャンプ運動中の接地の仕方(両足接地 か片足接地)や接地時間が異なると,体に加わる負荷が大 きく異なることを理解して,図3に示すような流れで段階 的にジャンプ運動を取り入れ,筋・パワーをアップするこ とが重要になるでしょう.大きくは, 「両足踏切から片足 踏切へ」「反動なしから反動ありへ」「垂直方向から水平方 向へ」「低い・近いから高い・遠くへ」「助走なしから助走 ありへ」「抵抗なしから抵抗ありへ」への原則です. 今回は,紙面の都合で各運動について詳しく説明するこ とができませんが,これらのジャンプ運動を取り入れた サーキットを考えると,短時間の「からだ・動きづくり」 として授業のW-upの中で行うことができるではないで しょうか! 是非ともご検討頂ければと思います. トレーニング情報⑭ 筋・パワーのトレーニング-多様なジャンプ運動のすすめ スポーツトレーニング教育研究センター 金 高 宏 文 地面反力(体重倍:N/㎏重) 子供の体力・運動能力は,1985年以降,現在まで低下傾 向が続いています(文部科学省,2008).一方,身長,体重 など子どもの体格については向上しています.このような 傾向は,日本だけでなくドイツにおいても見られ,特にバ ランス能力(本ニューズレター 13号でも紹介した「木柱 上での後方歩行」のようなもの) ,柔軟性(前屈して指先 が床までつくことができる) ,筋力(立幅跳)の低下が指 摘されています(藤井ほか,2009) .こうした子どもの体 力の低下は,将来的に国民全体の体力低下につながり,生 活習慣病の増加やストレスに対する抵抗力の低下などを引 き起こすことが懸念され,社会全体の活力が失われるとい う事態に発展しかねません(文部科学省,2004).そのような 意味から,学校体育の役割は重要であり,特に体育教育を 担う保健体育教員の果たす役割は大きいといえます.授業 を通じて,短時間で,効果的なトレーニングを子供たちに 提供できるかがポイントになるでしょう. 今回は,筋・パワーを高めることに有効なジャンプ運動 について考えてみたいと思います. 1.ジャンプ運動-SSC運動-プライオメトリックス 一般的なジャンプ運動,例えば縄跳び,垂直跳,立幅 跳,ケンケン(片脚連続跳) ,スキップ,走幅跳など行っ ているときの筋肉の収縮動態に注目すると,大腿前部(も も前)や下腿後部(ふくらはぎ)の筋肉が伸張-短縮して いることから,ジャンプ運動の多くは伸張-短縮サイクル 運動(Stretch-Shortening Cycle Movement;SSC 運動)と捉えることができます.そして,そのような筋肉 の収縮動態に着目して負荷をかけているのがプライオメト リックス(トレーニング)です.プライオ[Plyo]とは, 伸びる,伸ばすの意味があります.プライオメトリックス は,基礎的な筋力水準(表1)に達してから,高強度な負 荷はPHV年齢(※1)以降で行うことが勧められています (有賀,2007) .しかし,実際には幼児から小・中学生を通 じても,自然の遊びや運動の中にジャンプ運動をはじめと するSSC運動は数多く実施され,プライオメトリックス の運動負荷が加わっています.近年の小学生や高校生を対 象とした研究では,SSC運動能力の一指標であるリバウ ンドジャンプ力(※2)と走幅跳との関連性(大宮ほか, 2009),さらには各種ジャンプトレーニングによる50m走 タイムの向上など(岩竹ほか, 2008)が実証されています. 従って,非常に高い負荷を加えることには注意を払いなが らも,プライオメトリックスの負荷が加わるジャンプ運動 を積極的に用いることは有益なことといえます. 図1.PJとRJの鉛直方向の地面反力 (桃原・金高;2007,未発表資料) ※1:年 間の身長の発育量(PHV;Peak Height Velocity) が最も大きくなる年齢,概ね男子で13歳,女子では11歳 頃となります. ※2:上方への5回連続両足跳で,出来るだけ短い踏切時間で, 出来るだけ高く跳び上がる能力のこと.縄跳びの3重跳 びを連続しているときのようなジャンプ力を示します. 表1.プライオメトリックスの実施の目安 ・スクワット:1. 5倍(片脚屈伸10回) ・ベンチプレス:1. 0倍(手たたき腕立て5回) ・ハンギングレイズ:5回(トランクカール15回) 2.各種ジャンプ運動の捉え方と取り入れ方 図1は,2種類の両足接地で行われる連続ジャンプ運動 における地面から体へ加わる力(地面反力)を示したもので す.PJはプレスジャンプ運動のことで,両足の裏全体あ るいは踵から接地し,両脚の足・膝・股関節を大きく屈曲 -伸展しながら行うジャンプ運動のことです.RJとはリ バウンドジャンプ運動で,両足の前足部あるいは母子球で 接地し,両脚の足・膝・股関節をあまり屈曲せず,できる 3 平成21年度スポーツリフレッシュセミナー(短期)開催のお知らせ 1 目 的 中学校、高等学校、特別支援学校の運動部活動指導者及び保健体育担当教員、競技団体の競技力向上担当指導者を対 象に、体育・スポーツ及び健康に関する専門的研究や最新のトレーニング法の研修を実施し、指導者としての資質向上 を図る。 2 主 催 鹿児島県教育委員会・鹿屋体育大学 3 期 日 平成22年1月13日(水) ・14日(木) 4 会 場 鹿屋体育大学 5 受講資格 (30名程度) ⑴ 公立の中学校、高等学校、特別支援学校の運動部活動顧問(教職員)及び保健体育担当教員 ⑵ 競技団体の競技力向上担当指導者 ※過去、受講した者の再受講を認める。ただし、平成20年度の本研修受講者は除く。 また、各学校及び各競技団体それぞれ1名の申込みに限定する。 6 講 師 鹿屋体育大学教員 7 日 程(予定:講義時間等が変更になることがあります。) 講義2 スポーツ栄養 【長島未央子】 講義3及び実技 スピード・パワーのトレーニング (理論と実際) (含:15 分休息) 【山本正嘉・西薗秀嗣・金高宏文】 14:15 14:30 競技別意見交換 (各グループごと) 16:00 15:30 15:50 意見交換 (全体で) 閉 講 式 13:30 休 息 憩 講義5 スポーツ障害の予防と対策 【藤田英二】 講義4 スポーツ心理 【中本浩揮】 12:30 休 10:30 10:40 13:40 (施設見学) 12:40 休 憩 講義1 トレーニング概論 【福永哲夫】 休 息 第2日目 受 付 8:30 9:00 1/14 (木) 11:00 11:10 休 息 第1日目 開 講 式 受 付 9:20 9:40 9:50 1/13 (水) 8 その他 ① 本研修参加者の1月13日(水)の宿泊は、国立大隅青少年自然の家とする。 ② 受講者の旅費は県費で負担する。なお、市立高等学校については、当該教育委員会で負担する。 ③ 本件に関する問い合わせ先 〒890-8577 鹿児島市鴨池新町10-1 県教育庁保健体育課 学校体育安全係 TEL:099-286-5323 FAX:099-286-5671 E-MAIL:[email protected] 編集後記 早いもので今年も師走を迎える時期となりました.ここにトレセンニューズレター 14号をお届けいたします.今年は WBCで日本が劇的な試合展開で世界一に輝き,またメジャーリーグの松井秀喜選手がニューヨークヤンキースの一員と してワールドシリーズを制覇し,日本人初のMVPに選ばれました.野球ファンにとってはこの上ない喜びの年であった と思います.13号の発行からやや遅い14号となりましたが,今回も日頃よりトレセンを活用いただいている方々にコメ ントをいただきました.お忙しい中執筆いただいた先生方に感謝申し上げますとともに,今後とも多くの皆様のご利用や, ご意見をお待ちしております. 文責:藤田英二 4