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破産申立代理人の財産散逸防止義務

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破産申立代理人の財産散逸防止義務
(2) 次に、具体的義務違反の内容として、裁判所は、
破産申立代理人の
破産申立代理人の
財産散逸防止義務
財産散逸防止義務
小原 路絵
弁護士 小原
最初の相談日に、破産申立代理人が、委任契約後の
破産会社の資産管理を原則として破産申立代理人が
行う等の説明を行い、実際に破産会社の預貯金通帳
路絵
等を預かるか、預かり口座に入金を行う等の具体的
な説明を行う必要があったとした。
また、同日、当時の代表者から、役員報酬受領の
第1 財産散逸防止義務
可否について問われており、原則として受領が認め
破産管財人が善管注意義務を負い、これに違反した
られないことや、元代表者の破産申立までの具体的
場合に利害関係人に対して損害賠償義務を負っている
労務の内容から労働債権性の判断を行い、必要かつ
ことは破産法に規定がある(同法85条)。他方、破産申
妥当な範囲での支払を行う等の対応をとる必要が
立代理人の義務については破産法上明文がない。
あったとした。
しかし、破産申立代理人についても、依頼者である
しかし、本件で、破産申立代理人は、上記の説明
債務者の利益擁護だけでなく、弁護士の公益的役割と
や、財産を適切に管理するための方策をとっていな
して、破産手続の目的(適正かつ公平な清算を図る等。
いとして、財産散逸防止義務違反が認められた。
同法1条)
のために、債務者の財産の散逸を防ぎ、でき
(3) 本件では、上記最初の相談日以降に、当時の代表
るだけ早く破産管財人に引き継ぐ義務を負うと考えら
者が破産会社の資産を自己の預金口座に入金し、自
れている。これは、道義的義務にとどまらず、法的義
己の債務の弁済等に費消しており、この損害と上記
務と解されている。
義務違反との因果関係が認められた。
では、具体的にどのような場合に財産散逸防止義務
違反となるのか、近時の4つの裁判例(下記第2~ 5)を
3 破産申立代理人の反論
検討してみたい。
破産申立代理人からは、委任契約の成立日が委任契
約書締結日であるということや、財産散逸防止義務が
第2 東京地判平成25年2月6日(判タ1390. 358)
生じるのは、破産者の個々の財産を認識した時点であ
1 事案の概要
るとの主張がなされ、破産申立代理人が通帳を確認
破産会社の破産管財人(原告)が、破産申立代理人
し、問題の入出金があったのを確認したのは10月頃
(被告)
が、破産財団を構成すべき破産会社の財産を散
で、その前には既に費消されていたと主張した。
逸させたとして、不法行為に基づく損害賠償511万
5920円を請求し、認容された事案である(控訴)。破産
4 考察
会社は、平成23年8月22日に事業を停止し、同月25日
本件では、経緯からすると、当時の代表者が、なか
に破産申立代理人に相談した。同年11月18日に破産申
なか破産申立代理人側の指示に従わず、破産申立代理
立が行われ、同年12月7日に破産開始決定を受けた。
人側としても、破産会社の資産の把握や管理が難しい
事案であったのかも知れない。
2 裁判所の判断
しかし、破産申立事件においては、債務者が破産申
(1)
まず、裁判所は、破産申立代理人が財産散逸防止
立代理人の指示に従わないことはよくあることであ
の法的義務を負っているとし、正式な委任契約締結
り、破産申立代理人としては、その点も予測した上で
前であっても、依頼者の相談内容等に応じた善管注
の初回相談からの説明義務や、実際に預貯金通帳を早
意義務を負うとした。なお、本件では、最初の相談
い段階で預かって、物理的に債務者が無断で費消する
から5日が経過して、委任契約書の締結及び着手金
ことを防ぐ義務があるという判断がなされたといえる。
の支払が行われている。委任契約の成立が、委任契
破産申立代理人としては、破産管財人から自身の不
約書締結日となれば、委任契約前の義務の有無が問
法行為が追求されないように、初回相談でどのような
題となるが、本件で、裁判所は、最初の相談の日
説明を行って、どのような財産があると聴取し、それ
に、破産会社の当時の代表者が破産申立代理人に委
に対してどのような措置を講じたか、にも関わらず債
任することを決意し、告げているとして、最初の相
務者が指示に従わず無断で費消したことを、後になっ
談日を委任契約の成立日と認定している。
て弁明できるような準備をしつつ、破産申立作業を行
48 Oike Library No.41 2015/4
うことが必要となるのかも知れない。
3 考察
本件では、平成21年1月中に破産申立代理人が預金
第3 東京地判平成26年4月7日(判時2230. 48)
通帳の引渡を受け、これが全てであるとの説明を受け
1 事案の概要
ていた。また、同年春または夏ころ、A社代表者との
破産会社の破産管財人(原告)が、破産申立代理人
関係が悪化し、連絡を取れなくなり、破産会社からも
(被告)
が、破産財団を構成すべき破産会社の財産を散
事業譲渡の代金について明確な説明を受けていなかっ
逸させたとして、不法行為に基づく損害賠償2377万
たとしても、受任直前に1100万円もの事業譲渡が行わ
2418円を請求し、614万円の一部認容がなされた事案
れている以上、その代金について、破産申立代理人自
である(控訴)
。破産会社は、平成20年12月1日にA社
ら積極的に調査し、散逸を防止する義務があると判断
に事業譲渡していた。破産申立代理人はA社の顧問弁
されたといえる。
護士で、A社代表者から紹介され、同21年1月23日に
本件破産申立を受任した。同年12月25日に破産申立が
第4 東京地判平成21年2月13日(判時2036. 43)
行われ、同22年1月13日に破産開始決定を受けた。
1 事案の概要
破産会社の破産管財人(原告)が、破産申立代理人
2 裁判所の判断
(被告)が、破産財団を構成すべき破産会社の財産を散
(1)
まず、裁判所は、破産申立を受任し、受任通知を
逸させたとして、不法行為に基づく損害賠償496万
発送した弁護士は、破産制度の趣旨に照らし、速や
0827円を請求し、認容された事案である(控訴)。破産
かに破産申立を行い、また、債務者の財産の散逸防
申立代理人は、平成17年11月25日に本件破産申立を受
止するための措置を講ずる法的義務を負い、これに
任した。同19年12月に破産申立が行われ、同20年1月
違反した場合は不法行為を構成し、破産管財人に対
16日に破産開始決定を受けた。
して、損害賠償義務を負うとした。
(2)
次に、具体的義務違反の内容として、裁判所は、
破産会社が破産申立費用を用意できず、破産申立代
理人が破産会社の代理人として回収した過払い金を
受領した平成21年8月12日までは破産申立をするこ
とができなかったと認定した。
2 裁判所の判断
(1) まず、裁判所は、財産散逸防止義務違反につい
て、上記第2の裁判例と同様の判断を示した。
(2) 次に、具体的義務違反の内容として、裁判所は、
受任し、受任通知を発送後2年間もその申立をせ
しかし、破産申立代理人は、遅くとも上記受任日
ず、受任時に存在した金員や受任時から開始決定ま
までには、破産会社の当時の代表者から事業譲渡の
でに入金された金員の大半が残存しないという事態
ことを知らされ、同年2月6日には、事業譲渡の相手
を招来させたとして、上記義務に著しく違反したと
方がA社であることも知らされていた。そこで、破
した。
産申立代理人としては、譲渡代金の支払いについ
(3) また、裁判所は、破産会社の支出が破産財団に対
て、破産会社から明確な説明を聞くことができな
して正当化しうる事実乃至事情があることは、不法
かったとしても、A社に聞くなどすることができた
行為の損益相殺や違法性阻却事由に類似し、破産申
として、上記義務違反があり、過失があると判断し
立代理人に主張立証責任があるとした。
た。
(3)
破産会社は、事業譲渡代金1100万円を、破産会社
3 考察
口座でなく、B子名義の口座に入金するよう指定し
ここでも、破産申立代理人から、債務者へは偏頗弁
ていた。同口座に入金された譲渡代金は、当時の破
済や私消をしないように注意を与えていたとの反論が
産会社代表者のB子に対する債務や、C社に対する
なされたが、裁判所は、財産的危機的状況にある債務
債務の弁済に費消され、代表者妻の口座に送金され
者は、偏頗弁済や私消を行いがちなものであるから、
た金額は代表者本人が費消していた。本件では、平
注意を与えた程度ではこれらが行われるおそれは解消
成21年2月26日以降、B子名義の口座に送金された
しないとし、その状態を2年間も放置した重大な過失
942万円から和解金としてB子及びC社から受領した
があることは明白と判断した。
328万円を控除した残額である614万円を損害とした。
また、裁判所は、破産会社が破産申立を委任した日
に事業を廃止しており、破産管財人に処理を委ねるこ
Oike Library No.41 2015/4 49
とを待てないような急を要する残務は、あったとして
ついてやむを得ない事情がある場合などに限られる
もわずかな日数で処理することができたのであり、こ
と判断した。そして、いずれも過失があると判断さ
れらの支出を正当化する根拠があるとは考えにくいと
れた。
も判断した。
第6 上記第2~ 5の4つの裁判例を比較した考察
第5 東京地判平成26年8月22日(判時2242. 96)
破産申立代理人としては、財産の散逸を防ぐために
1 事案の概要
は、迅速な処理が必要とされる。他方で、賃貸物件の
破産会社の破産管財人(原告)が、破産申立代理人2
明渡しなど、破産申立前に処理しておくべきと考えら
名
(被告ら)
が、破産財団を構成すべき破産会社の財産
れている事務処理もある。
を散逸させたとして、不法行為に基づく損害賠償2344
迅速な処理が要求される一方で、債務者の非協力的
万9208円を請求し、約2259万円の一部認容がなされた
態度等から(非協力的とまではいかないとしても、要
事案である
(控訴)
。また、本件では、破産申立代理人
求される事務処理の膨大さ等から、指示された事項を
が受領した報酬1260万円のうち、600万円について否
迅速に処理してもらえないこともままある。)、債権債
認権の行使もなされた。破産管財人は、破産申立代理
務や財産の全体像の把握に時間がかかることもある。
人が、破産会社取締役Aに対して、労働者でないのに
その中で、破産管財人から、財産散逸防止義務違反
退職金、解雇予告手当を、株主総会決議を経ることな
の追及がなされないためには、上記第2で述べたよう
く特別公労加算金を、稼働実体がないのに日割り計算
に、早い段階で、確実に預貯金通帳等を破産申立代理
超過分の給与を、合理的根拠のない調整手当を、同従
人が預かるなどして、物理的に、債務者からの引き出
業員Bに対し、株主総会決議を経ることなく特別公労
しを不可能にすることが肝要である。
加算金を、稼働実体がないのに日割り計算超過分の給
また、第3のような債務者からの申告漏れ(故意又は
与を、合理的根拠のない調整手当を、それぞれ支払っ
過失による。)による財産散逸を防止するためには、預
たことが、法的に誤った支払で、破産財団を毀損した
かった通帳や財産に関する書類を早期に精査して、散
とした。
逸しそうな財産がないか、積極的な調査を行っていく
ことも必要となると考えられる。
2 裁判所の判断
上記の明渡しのような破産申立代理人の事務と考え
(1)
まず、裁判所は、破産申立てに関する委任契約を
られているようなものを除き、第5など、解釈や事務
締結した弁護士は、財産散逸防止義務を負うとし、
処理に確信が持てないような場合には、早期に申立を
破産手続開始決定後に財団債権となるべき債権な
行い、処理を管財人に委ねるのが相当と考えられる。
ど、それを弁済することによって他の債権者を害し
なお、明渡しの場合でも、当該建物内に残置された動
ないと認められる債権を除いては、これにつき弁済
産の処分など、後々処分価格に疑義が生じる可能性も
をしないように十分に注意する義務があるとした。
有り、慎重な対応が要求される。役員報酬や給与等の
また、破産申立代理人2名のうち、1名が勤務弁護
労働債権性の判断は、第2の裁判例でも問題になって
士に過ぎなかったとしても、弁護士として上記業務
いる。なお、給与のうち財団債権となるのは、破産手
を担当し、各支払に当たった以上、責任を免れ、ま
続開始前3ヶ月に限定される(同法149条1項)。合理的
たは軽減されることはないとも判断した。
な理由がなく申立が遅延し、財団債権にならず優先的
(2)
次に、具体的義務違反の内容として、裁判所は、
破産債権となり、未払い給与の全額の配当が受けられ
本件各支払が申立の前日に行われ、申立日に開始決
なかった場合、これら元従業員からの損害賠償請求も
定及び破産管財人の選任が行われていることからし
予想される。
て、各支払の時点で、破産管財人への引継ぎが相当
また、処理を急ぐあまり、破産申立代理人の調査が
程度進んでいた。とすれば、支払の適否が問題とな
不十分なため、個人の破産事件などで本来なら同時廃
る債務については、原則として弁済をすべきではな
止で終了すべき案件が、管財事件となってしまうよう
く、破産手続き中の判断に委ねるべきであり、この
な事態は避けるべきである(破産申立代理人の公益的
時点で債権者を害する行為を行った場合、原則とし
役割以前に、依頼者へ予納金という余分な経済的負担
て、注意義務違反があり、責任を免れるためには、
を強いてしまうことになる。)。
債権者を害しないとの確信を有するに至ったことに
さらに、第4の裁判例が指摘するように、申立まで
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の間に、財団債権となるべき債権の支払や、破産財団
に対して正当化しうる支払を行ったとしても、受任か
ら申立までに不必要に時間を掛け過ぎるのは、債権者
等に実損が生じないとしても、申立代理人の事務処理
に不審を抱かせる原因にもなりえるため、避けるべき
である。
以上より、破産申立代理人が財産散逸防止義務を
負っていることは争いがなく、破産申立代理人がこの
義務違反を問われないためには、依頼者だけでなく、
債権者等の利害関係人に対しても自身の事務処理を正
当化できるよう、記録化し、不必要に遅延することの
ないよう努める必要がある。この点、東京地判平成22
年10月14日
(判タ1340. 84)は、
「申立代理人弁護士に一
義的に求められるのは、債務者の財産の保全を図りつ
つ、可及的速やかに破産申立を行うことであり、申立
代理人弁護士による換価回収行為は、債権者にとっ
て、それを行わなければ資産価値が急速に劣化すると
か、債権回収が困難になるといった特段の事情がない
限り、意味がないばかりか、かえって財産価値の減少
や隠匿の危険ないし疑いを生じさせる可能性がある」
と指摘しており、参考になる。
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