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報告書本文 - 日本学術振興会

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報告書本文 - 日本学術振興会
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)
シドニー大学・ウォリック大学・上海交通大学の教育・研究
名古屋大学国際学術コンソーシアム推進室
はじめに
―AC21 とベンチマーキング調査活動―
本報告書は、名古屋大学国際学術コンソーシアム推進室(国際学術コンソ
ーシアム= Academic Consortium 21;AC21)が、2005 年度総長裁量経費
によって支援された教育研究経費によって実施した「ベンチマーキング」調
査活動の一環として報告するものである。
国際学術コンソーシアム(AC21)は、2002 年 6 月に開催された「名古屋
大学国際フォーラム 2002」の総会(General Assembly)で提案・承認され
たことによって成立した国際的な大学間コンソーシアムである。AC21 の本
部にあたる事務局(General Secretariat)は名古屋大学にあり、AC21 推進
室がその業務を担当している。
ベンチマーキング調査活動の研究対象は、現段階で AC21 が展開している
諸活動の中心的役割を担っている日本・オーストラリア・イギリス・中国の
4 大学、すなわち名古屋大学・シドニー大学・ウォリック大学・上海交通大
学である。このベンチマーキング調査活動がめざすのは、それぞれの大学の
諸活動を調査・比較分析することによって、教育研究を中心としたわれわれ
の大学活動を改善するためのあり方について調査研究することである。
AC21 メンバー校の間でベンチマーキング活動に取り組むことを最初に提
案したのは、シドニー大学であり、2002年の本学国際フォーラムの総会で当
時のジュディス・キニア副学長からベンチマーキングについての説明があっ
た。その後、第2回AC21国際フォーラムが2004年にシドニー大学で開催さ
れたとき、同大学のギャビン・ブラウン学長から再度提案があり、具体的な
活動について検討した。その結果、合意に至ったのはメンバー校のいくつか
で学生の満足度調査を含めた教育活動の比較調査研究を実施することであっ
た。これは、AC21 メンバー校間における教育活動に関するベンチマーキン
グである。この満足度調査を実施するためにシドニー大学と会議を重ね、
2005 年7 月の第 3 回 AC21運営委員会では共通の質問紙を作成し、それに基
づいて調査を実施し、その結果の分析を行うことで合意した。さらに、シド
ニー大学とは具体的な実施方法について協議を重ね、最終的には、シドニー
大学が使用している「学生満足度調査アンケート(Student Course Experiiii
ence Questionnaire:SCEQ)」を名古屋大学においても使用し、今年度の卒
業生に対して実施することとした。シドニー大学が使用しているアンケート
を本学が採用することについては、質問項目には本学の教育活動にあてはま
らない項目も含まれているため、不適切な回答集計となる懸念があることが
指摘された。それについて、シドニー大学側は、教育活動や教育評価に関す
る文化的相違の有益な比較分析となるため、バイアスがあることを踏まえた
うえで同じ質問紙で実施することを提案した。この調査結果およびシドニー
大学などとの比較分析については、2006年7月にウォリック大学で開催され
る第 3 回 AC21 国際フォーラムで報告する予定である。
AC21推進室は、メンバー校間での国際的ベンチマーキング活動とともに、
本学独自のベンチマーキング調査活動を実施することをも決定した。これが
最初に記した4大学間における大学活動の比較分析調査である。この大学活
動には、教育、研究、ガバナンス、財政、社会連携・産学連携、国際化など
の領域が含まれる。2005 年度から開始したこのベンチマーキング調査は、
AC21推進室のプロジェクトとして出発したものであったが、同年4月に「名
古屋大学国際企画室」が新たに設置されたこともあり、両室の協力によって
ベンチマーキング調査活動を推進することになった。その理由は、2004年度
から検討してきた本学の「国際交流協力推進本部」構想が、2005 年 5 月には
文部科学省の大学国際戦略強化事業に採択されたことにより、AC21 を中心
としたベンチマーキング活動を本学における国際化の特徴とすることを表明
したからである。本学における国際交流協力推進活動の計画には、さまざま
な国際学術交流活動が含まれているが、AC21 推進室と国際企画室との連携
によるベンチマーキング調査では、とりわけ「研究・教育における国際化推
進」に重点を置いて活動を展開していきたいと計画している。これら二つの
領域調査は今年度の研究課題であるが、これらのテーマは今後5年間におい
ても継続して調査する予定である。大学におけるガバナンスや財政の問題
も、最終的にはその基本的活動である教育・研究活動に反映されるものであ
り、教育研究の質の改善・向上が大学の社会的役割に関する中核を占めるも
のと考えるからである。
名古屋大学の国際交流推進活動には、AC21 を活用したベンチマーキング
活動の他にも「名大上海事務所を活用した国際共同研究活動の展開」や、
AC21 メンバー校からの「アドバイザー招聘による大学活動の改善のための
取り組み」なども含まれる。これらの活動を実施するためには、AC21 推進
室と国際企画室は、両室の企画や活動展開を支援する国際課、留学生センタ
iv
ー・高等教育研究センター・評価企画室などとの連携・協力を展開しなけれ
ばならない。ベンチマーキング活動によって得られる成果を活用して、全学
の国際学術交流活動の推進に貢献していきたい。
今回の調査研究では、シドニー大学・ウォリック大学・上海交通大学のそ
れぞれの特徴とともに、教育・研究活動における特徴とその改善のための努
力について考察した。
シドニー大学は、オーストラリアで最も古い歴史をもつ総合大学であり、
オーソドックスな調和のとれたワールドクラスの研究大学をめざしている。
規模の点においては本学の2倍以上の学生数をもつ大学であるが、その正統
的な大学発展政策は大いに参考とするものがある。
ウォリック大学は、創立40周年を迎えたばかりの新しい大学であるが、そ
の「起業家的な精神」でもってイギリスのみならず世界の高等教育界に衝撃
を与えてきた大学である。学内のあらゆる学科に起業家的な精神や文化を行
き渡らせ、みずからの経営努力による自律的な財政基盤を構築し、それによ
って優れた教育研究体制を構築しようとする姿勢は法人化を迎えたわが国の
大学にも示唆するところがある。
上海交通大学は、北京の北京大学・清華大学と並んで上海の復旦大学・交
通大学といわれる代表的重点大学のひとつである。最近では医科大学を合併
吸収したことによって理系中心の総合大学化がさらに顕著になった。学生数
は本学の4倍にも及ぶが、文系部局をいっそう充実させることによって本格
的な総合大学化をめざしている。世界一流大学の構築をめざして、教育・研
究の領域においてさまざまな改革努力に取り組んでいる大規模大学である。
今後のベンチマーキング活動によって、これらの大学のグッド・プラクテ
ィスならびにベスト・プラクティスを調査研究することにより、その現状・
要因・特徴点・応用可能性などを検討していきたい。最後に、AC21 推進室
および国際企画室の室員の協力によって、今回の調査活動が実施でき、この
ような報告書を完成させることができたことに感謝を表したい。
2006 年 3 月
名古屋大学国際学術コンソーシアム(AC21)推進室長・国際企画室長
早 川 操
v
目 次
はじめに―AC21 とベンチマーキング調査活動― ·····························
iii
Ⅰ.シドニー大学
1.持続的改善によるワールドクラスの研究大学をめざす
シドニー大学 ··························································· 早川 操
1
2.シドニー大学の研究・教育活動の特徴と現状
··················································································· 堀江 未来
11
Ⅱ.ウォリック大学
1.起業家的大学の挑戦―ウォリック大学のめざすもの
··················································································· 早川 操
17
2.Warwick 大学における研究:概要と特徴
································· ウォリス・サイモン(Simon WALLIS) 28
3.ウォリック大学における教育活動の特色と現状
··················································································· 伊藤 彰浩
35
Ⅲ.上海交通大学
1.世界一流大学の構築―上海交通大学の飛躍
··················································································· 楊 頡
49
2.中国における「中外合作弁学」展開の事例
―東工大−清華大と SJTU − UM のプログラムの比較―
··················································································· 沈 晶晶
69
参考資料
1)シェフィールド大学における授業評価
··················································································· 森 由香子
83
2)名古屋大学・シドニー大学・ウォリック大学・上海交通大学の
概要比較図 ······································································ 森 由香子
vi
92
1
持続的改善によるワールドクラスの研究大学を
めざすシドニー大学
早川 操
1.シドニー大学の歴史
シドニー大学は、1850 年に創設されたオーストラリアでもっとも古い歴
史をもつ大学である。授業は1852年から3人の教授が24人の学生に対して、
ギリシャ語・ラテン語・数学・科学を 3 年間教えることによって開始された。
2000年には、学生数37,000人、教授160人、留学生3,530人となり、2005
年現在では、学生数 46,000 人、留学生 8,700 人にまで増加した。
創設以来150年以上を経たシドニー大学は、シドニー市のためのサービス
に貢献するだけでなく、国家の発展にとっても重要な役割をはたしてきた。
1880年代には、法学・医学・科学の専門職資格を授与できるコースが作られ、
1882年にはオーストラリアで最初の女子学生が入学を認められた。また、こ
の時期には、昼間に働く人々のために夕方の講義が導入され、20人以上の学
校教師が講義に参加した。さらに、学外講義(extension lectures)も 1868
年から検討され、1886年には10週間にわたって3コースが実施され、全体
で 137 人が参加した。1888 年には他の町でも講義が実施され、大学の学生
数よりも多くの人々が参加した。
1890年代から第一次世界大戦までの間には、職業コースが導入された。そ
こには、農学や獣医学、歯学、建築学、経済学、商学、教育学、軍事研究な
どが含まれた。大戦後は教授の数も増え、1919 年には 27 人、1939 年には
44 人になった。1950 年代半ばから 1970 年代中ごろまでに学部学生は2倍
になり、教授陣も3倍に、さらに大学院生は10倍になった。1940年から65
年には107人の教授のうち66%が博士号を取得しており、1965年から1980
年の間には 221 人のうち 90% までが博士号を取得していた。
1989年からは、他大学との合併が始まり、それによって教育と研究の多様
化を促進することになった。これらの合併には、芸術関係の学部として加入
した Sydney College of Arts や Sydney Conservatorium of Music、健康科
学部に所属した Cumberland College of Health Sciences、看護学部となっ
た Sydney College of Advanced Education’s Institute of Nursing Studies、
1
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.シドニー大学
教育学部と合併した Sydney Institute of Education などがある。1994 年に
は、Orange Agricultural College が合併して地方管理学部となった。
(Australia’s First, p.29; 杉本和弘、281-298 頁。)
2005年現在、シドニー大学は、三つのカレッジから構成され、農学・食物・
自然資源、芸術、建築学、歯学、経済学・ビジネス、教育・社会福祉、工学、
行政学、健康科学、法学、医学、看護学・産科学、薬学、理学、Sydney College
of Arts、Sydney Conservatorium of Music、獣医学の17学部から構成され
る教育研究体制をもっている。研究センターや研究所の数は、166 に及ぶ。
2 . シドニー大学における研究の特徴
シドニー大学は、2006年初めに「達成志向によって鼓舞されたアンビショ
ン(ambition inspired by achievement)」というタイトルで今後 5 年間に
わたる新たな戦略計画を発表した。その目標は、「1:5:40」というゴール
で表現されている。「1」は、オーストラリアにおける研究・教育・学生経験
のトップの大学としてのリーダーシップを実現することを意味する。
「5」
は、
オーストラリア地域におけるトップ 5 の大学として評価されることである。
「40」は、世界のトップ40大学にランクされることを意味する。これらのゴ
ールの達成は、4 つの中核となる領域において改革のリーダーシップを発揮
することによって実現される。その4領域としてあげられているのは、「研究
と革新、学習と教授、学生経験、社会貢献とサービス」である。
ARC 2004 年度の研究費配分
NHMR 2004 年度研究費配分
13%
15%
31%
12%
2%
40%
8%
5%
10%
5%
4%
7%
11%
8%
6%
10%
■シドニー大 ■ANU
■Queensland
■NSW
■Melbourne ■Monash
■Adelaide ■W. Australia ■その他
7%
6%
■シドニー大 ■ANU
■Queensland
■NSW
■Melbourne ■Monash
■Adelaide ■W. Australia ■その他
(出典:Australia’s First University since 1850, p.9.)
2
持続的改善によるワールドクラスの研究大学をめざすシドニー大学
シドニー大学は、その研究資金の豊富さ、研究論文数の多さ、大学院教育
の充実などによって示されるように、卓越した研究大学として全豪および世
界水準に応える研究活動に取り組んできた。大学設立150周年を迎えたのを
機会に、以後10年間にわたって1.5億オーストラリア・ドル($150 million)
におよぶ研究資金の支援を行うことを決定した。また、シドニー大学は、他
のオーストラリアのどの大学よりも多くの研究資金を獲得しており、とりわ
けオーストラリア研究評議会(Australian Research Council: ARC)から支
給された研究資金は全体の13%を占め、全豪健康医学研究評議会(National
Health and Medical Research Council)からの研究資金は 15% に及んでい
る。
シドニー大学は、研究資金の獲得があらゆる領域における革新的な研究活
動を維持し、研究インフラの整備・充実や大学院生の奨学金授与のために不
可欠な条件であると考えている。第一級の研究インフラを維持していくため
に、政府からの研究教育運営経費やARCの研究施設プログラムからの資金獲
得などを重視している。この意味において、シドニー大学はオーストラリア
の国立大学として政府からの研究資金獲得に努力していることがうかがえ
る。また、同大学には、ARCの特別研究センター
(Special Research Center)
が二つ(沿岸都市へのエコロジー的影響の研究センターと理論天文物理学の
研究センター)と、中核研究センター(Key Research Center)が四つ(顕
微鏡検査・微量分析、輸送管理運営、ロボット工学、ポリマー・コロイド研
究)ある。
外部資金の獲得成果は、研究成果と大学院生の奨学金に反映される。優れ
た研究大学としての地位を保つためには、研究論文の生産性を高めること
(すなわち研究論文の数を増やし、その質を向上させること)と、より多くの
研究学位を授与することが求められる。とくに、優秀な大学院生は、その研
究スキルを評価されることによって企業・公共部門・高等教育機関に採用さ
れ、国内外の大学でポス・ドクのフェローシップを獲得している。
シドニー大学は、さまざまな研究領域において世界のトップに立つことを
目指している。それらは、以下の領域である。
海洋学、経済・ファイナンス、神経科学、近代ヨーロッパ芸術、文学と音
楽、数学、分子生物学・バイオテクノロジー、IT・コミュニケーション技術、
公共衛生・医療サービス、心臓血管および呼吸器の病理、宇宙物理学、哲学、
ガン研究、環境学・エコロジー、オーストラリア・オセアニア研究、老年学・
健康障害、微生物学、感染病・免疫学、考古学、中世研究、国際関係学、先
3
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.シドニー大学
端材料学。(Australia’s First, p.58.)
3.シドニー大学の教育:研究に導かれた学習とティーチング
シドニー大学がめざす大学教育の方向性は、「研究に導かれた学習とティ
ーチング(research-led learning and teaching)」である。この方向性は
2006年に提案されたStrategic Directionsでも示されている。現在、シドニ
ー大学では、農学、建築学、芸術・人文学・社会科学、ビジネス管理・経済
学、教育、工学、健康医学、法学、理学、獣医学の10領域において学部と大
学院のコースを提供している。同大学は、その優れた研究と教育ならびに学
生の学力の高さにおいて国内外で知られている。スタンダード&プアーズに
よる信頼度評価では、AA+ と判断された。
学生にとっても、シドニー大学はニュー・サウス・ウェルズ州で一番人気
の高い大学であり、学際的な学位プログラムやダブル・ディグリー・プログ
ラムなどの多様な教育コースを提供している。留学生も毎年増加しており、
その多くはアジア地域の国々から来ている。近年、留学生向けの奨学金の数
も倍増した。
シドニー大学では、教育重視の姿勢を強調するために「ティーチングと学
習」を担当する学長補佐(Pro-Vice-Chancellor)を配置した。この学長補佐
は、教育の質保証や成果指標について担当し、学生の学習を促進するために
教員の能力開発や訓練をする「教授・学習研究所(Institute of Teaching and
Learning)」をも監督する。オンライン教材の開発によって、自主学習(イ
ンディペンデント・スタディ)やいつでもどこからでもアクセスできる柔軟
な学習活動を普及させ、学生のためのコンピュータ・アクセス・センターを
計画的に設置している。
シドニー大学は、学生が大学生活に順調に適応できるように入学以前に大
学に関する情報を提供している。また、入学後の初年次教育を重視しており、
集団学習や特別教育プログラムなどを開発するなど、各学部でさまざまな工
夫をしている。たとえば、理学部では、学生と親に対して同級生・上級生・
教員と会うことによって学部に適応できるような「移行のためのワークショ
ップ(Transition Workshop)」を開催している。物理学科では、上級・中級・
初級の三段階にクラスを分けて、物理学を履修していない学生でも適応でき
るような工夫をしている。看護学部では、上級生のボランティアが新入生を
サポートする「メンター」制度を活用している。
4
持続的改善によるワールドクラスの研究大学をめざすシドニー大学
4.シドニー大学における社会連携と専門職養成
シドニー大学は、企業との共同研究を推進するための政府資金を獲得する
のに成功してきた大学のひとつであり、企業などとの共同研究につぎ込んで
いる費用はオーストラリアでもっとも多い。そのことは、ARCの「研究訓練
に関する企業との戦略的パートナーシップ(Strategic Partnership with Industry-Research and Training)」プログラムから獲得した研究費の多さが
きわめて顕著であることからも理解できる。
政府からの研究資金に加え、研究者は大学にある52の基金からも財政支援
を受けている。それらのなかには、医学部の研究者を支援するオーストラリ
ア最大規模の基金を有する Medical Foundation Program Grants や、獣医
学研究を支援する JD Stewart Veterinary Science Foundation などがある。
大学の基金には、大学の研究者と企業との連携強化を支援するものも含まれ
る。政府が支援するものとしては、大学の研究成果を商品化する12の「協働
研究センター(Cooperative Research Center: CRC)」がある。また、大学
内で新しいベンチャービジネスを開発するプロジェクトを支援し、新しい会
社を形成する計画を支援する組織として「ビジネス連携オフィース
(Business Liaison Office: BLO)」がある。このBLO内部には、「知的所有権・
特許ユニット(Intellectual Property and Licensing Unit)」があり、発明
開示の判断、特許の応用開発、商品化戦略の開発などに取り組んでいる。
シドニー大学は、オーストラリア国立大学、ニュー・サウス・ウエールズ
大学、シドニー工科大学とともに「オーストラリア・テクノロジー・パーク
(ATP)」のスポンサーとなっている。この ATP はキャンパスの近くにあり、
ビジネス開発のためのインキュベータを支援している。2000年には、ATPの
ビジネス・インキュベータ・プログラムには 40 の企業があり、そのうち 20
企業が巣立った。これらの企業の価値は、1 億オーストラリア・ドル以上に
達すると評価されている。
シドニー大学の社会連携は、共同研究を通じての企業との連携だけでな
く、さまざまな高度専門職プログラムを提供して専門職人を養成することを
通じても行われている。同大学の法学部は、ニュー・サウス・ウエールズに
おける法務教育の継続的な訓練を提供する組織であり、オーストラリアの他
のどの大学よりも多くの学生がコースワークを履修している。健康科学部の
Evidence-based Physiotherapy センターは、理学療法の専門家が最新の専
門知識や情報をアップデートすることができるウェブサイトを開発した。獣
医学部と建築学部はビジネス関係者を協力教員として採用し、建築学部では
5
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.シドニー大学
さらに専門家からの意見を採り入れるためにいくつかの「専門職諮問委員会
(Professional Advisory Committee」を立ち上げた。経済学部は、グローバ
ル経済におけるビジネスのあり方を学ぶために「国際ビジネス修士(Master
of International Business)」のプログラムを開発した。
近代大学がその使命の一つとして掲げている「サービス理念」は、現代社会
におけるさまざまな専門職の養成ならびにその継続的な訓練を提供すること
によって具体化され、さらに彼らの優れた専門職能力が発揮されることによ
って社会福利の向上に貢献することをめざす。専門職大学院や学部が優れた
教育プログラムを開発することによって、多くの専門職に専門知識や技能の
継続的な学習や訓練の機会を提供することは、大学サービスの基本である。
シドニー大学は、2010 までに達成する共同体や社会との取組みやサービ
スのゴールとして、以下のような成果指標およびベンチマークを掲げてい
る。
1)共同体へのサービス活動やその成果を持続的に改善する。
2)公共の討論やメディアを通じてのコメントへの参加を増加させる。
3)共同体に教育を提供する機会を増加させる。
4)文化・スポーツ・社会に関する活動への関与を増加する。
5)大学の評判を持続的に改善する。(Strategic Directions, p. 8.)
5.国際交流連携の展開
シドニー大学には、2004 年現在で 7,000 人、2005 年には 8,700 人の留学
生が学んでいる。それぞれ学生全体の 15%と 19% を占める。大学間交流プ
ログラムや留学プログラムでシドニー大学に来ている学生は、2000 年には
300 人あまりである。また、シドニー大学からアジア・ヨーロッパ・北米な
ど海外の大学に留学する学生は、110人ほどである。留学生には、オースト
ラリア政府からの奨学金 AusAID も授与される。シドニー大学自体も、優れ
た学業成績の留学生には Merit Scholarship を提供している。
健康科学部の学生は、4 年次にフィジーやインドに留学し、地域共同体で
の労働を体験している。法学部では、中国の環境法や法体系を上海のウイン
ター・スクールで教えている。
シドニー大学では4年間の学部教育プログラムを海外で提供することは実
施していないが、学生が海外の大学で 1 年間もしくは 2 年間留学するツイニ
ング・プログラムは展開している。たとえば、マレーシアのペナンにある
Antarabangsa 大学では、シドニー大学の学生が 3 学期在籍することによっ
6
持続的改善によるワールドクラスの研究大学をめざすシドニー大学
て経済学および商学の学士号を取得できるツイニング・プログラムをもって
いる。また、Singapore Institute of Management と協力して、健康科学の
分野でのディプロマを授与するプログラムや、中堅・上級レベルの管理者向
けの健康マネジメント修士プログラムも提供している。さらに、ドイツのイ
エナ大学との共同教育プログラムでは、法学修士とアジア太平洋法体系の修
士号も授与している。博士課程のプログラムとしては、フランスとの博士課
程プログラム共同指導としてパリ大学および Institut Nationale Polytechnique de Toulouse などと協力して共同学位の授与にも取り組んでい
る。
国際研究プロジェクトに関しても、シドニー大学はさまざまな領域での共
同研究プロジェクトに取り組んでいる。同大学の代表的な国際共同研究とし
ては、世界保健機構(WHO)との協力によるモンゴルでのくる病減少のため
の研究、中国とタイにおける心臓病の原因解明に関する研究、チリとアメリ
カにおけるグリーンハウス・ガスの削減研究や減少傾向にある魚類の繁殖研
究、カンボジア・中近東・ギリシャ・ウズベキスタンにおける考古学研究、マ
レーシアにおけるゴムから生じるアレルギーを引き起こす蛋白質の研究、中
国におけるハーブからの新薬開発研究、ハワイとチリにおける光学望遠鏡設
置のためのジェミニ・プロジェクトへの参加、Ocean Drilling Project(海洋
掘削研究)への参加、などがある。
また同大学は、国際的な研究プログラムを開発するための基金 International Development Fund をもっている。これには二つのカテゴリーがあ
り、一つは大学の国際的な地位を高めるためのGood Neighbour活動であり、
もう一つは同大学と大学間協定を結んでいる海外の大学との戦略的関係を展
開するための活動である。
シドニー大学は、2004年現在で3つの主要な大学間ネットワークに所属し
ている。一つは、オーストラリアの8主要研究大学で構成しているGroup of
Eight、第二は、アジア・アメリカ・ヨーロッパの大学から構成され、名古屋
大学に事務局を置いている Academic Consortium 21(AC21)、第三は、ア
ジア・アメリカ・南米の大学から構成される Association of Pacific Rim
Universities(APRU)である。2004 年には、名古屋大学と共同で AC21 国
際フォーラムをシドニー大学のキャンパスならびに市内の国際会議場で開催
した。
留学生の受け入れや入学のための準備学習について、シドニー大学は
Foundation Programによって学部への入学準備と大学生活への適応準備を
7
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.シドニー大学
行っている。このプログラムを提供しているのは Taylors Institute of Advanced Studies Ltdであり、英語教育、講義やチュートリアルのための学習
スキルの習得、個別の相談などを提供している。ここで教育訓練を受けた留
学生は、シドニー大学だけでなく他のオーストラリア大学にも入学してい
く。この組織は、留学生に対して学習スキルを習得させるとともに、オース
トラリアの生活や文化への適応についても準備する。
入学後は、インターナショナル・オフィスの International Student Services Unit(ISSU)が、カウンセリング・福利厚生・キャンパスや共同体の
情報提供・オリエンテーションおよび帰国のためのセミナーなどを提供して
いる。英語教育センター(Centre for English Teaching)は、留学生に対し
てオリエンテーションや支援サービスを行い、英語能力開発のための集中訓
練を行う。このセンターは、毎年320人以上の学生を受け入れている。大学
院への入学を希望する留学生に対しては、Learning Centre が Program for
International Postgraduate Students(PIPS)を通じて、カウンセリングや
ワークショップの機会を提供して、専門研究への準備をサポートしている。
将来への展望 ―より優れた研究と教育のために―
シドニー大学は、グローバライゼーションの影響下でみずからの向かうべ
き方向を見定めながら、世界一流の研究大学をめざしている。同大学は、研
究においても教育においても世界に通用する水準を維持するためにさまざま
な努力を行っている。「21世紀の研究活動はグローバルなプロジェクトであ
る」ことを認識したうえで、国際的な共同研究や連携活動に力を入れている。
教育においても、教授・学習の品質保証を念頭において、5 年間の戦略計画
および1年間の実施計画に取り組み、他のワールドクラスの研究大学と比較
しながら教育成果の指標に関する「持続的改善(continuous improvement)」
に取り組んでいる。
ワールドクラスの研究大学として、大学の組織や制度を維持・改善してい
くためには、運営資金の再配分のあり方や財源の多様化を検討しなければな
らない。シドニー大学も、政府からの資金援助とともに他の財源からの収入
獲得にも努力している。1997 年から開始された授業料徴収もその一つであ
り、サマー・スクール(Summer School)も財源確保に役立っている。研究
成果の商業化においては、ソフトウエア・発明品・製品開発などからの特許
権使用料も財源増加に貢献している。財源の確保や増加のために、教員に対
して、企業などへのカウンセリングやサービスに取り組むことも奨励されて
8
持続的改善によるワールドクラスの研究大学をめざすシドニー大学
いる。また、生涯学習の重要な部分としての「継続的専門職教育(continual
professional education)
」
は、「働きながら学習することを期待している人々
(earner-learners)」の要求に応えるものであり、財源の多様化にも貢献する
プログラムであると考えられている。(Australia’s First, p.109.)継続的な
学習を要望する成人学習者に対しては、対面式の教授・学習方法とともに
eLearningを活用した遠隔教育なども併用して、柔軟な教育方法を開発して
いくことを試みている。
世界の他の指導的な研究大学と同様に、シドニー大学も学習教材の柔軟な
配布方法を開発するために多額の資金を投入している。シドニー大は、APRU
のメンバー校と協力してAPRUnetの開発にも積極的に参加している。また、
学内のイントラネット・ポータルMyUniを活用して、サイト情報、試験の時
間割、課外活動情報、教授・学習教材などを提供している。
シドニー大学では、学生の授業評価を反映した一連の指標に基づいてティ
ーチングの質を評価分析したうえで、2001年から各学部に対して
「成果に基
づいた資金配分」を開始した。また、大学教育改善経費の一部として、優れ
たティーチングによって大学教育の質向上に貢献した「学科」に対しては奨
励金を授与している。
学生に対して 「高品質のティーチング」 を提供する努力と、社会に貢献す
る 「研究活動と研究指導」 への取組みによってシドニー大学がめざすものは
何なのか。それを、同大学は 「最高品質の大学での経験 (the highest quality
university experience) を学生に提供すること」 と呼んでいる (Australia’s
First, p.111.)
。さらに簡潔に表現するならば、それは 「学生が大学において
最高の経験をもつこと」 といえよう。シドニー大学の教育評価が「学生の教
育経験についてのアンケート (student course experience questionnaire)」
と呼ばれる理由もここにある。大学の教育と研究指導において学生が満足の
いく豊かな経験をもつこと、これこそシドニー大学が学生に与えようとする
ものである。十代後半の若者にはじまり成人期や老年期にいたるまでの多様
な学習者に、満足のゆく豊かな学習経験を与えることが21世紀の研究大学の
めざすべき目標であるとシドニー大学は考えている。同大学が、今後さらに
どのようなかたちで豊かな学生経験を提供するための具体的な活動や手段を
開発していくのか見守りたい。
参考文献
・ The University of Sydney, Australia’s First University since 1850, 2005.
9
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.シドニー大学
・ The University of Sydney: Strategic Directions 2006-2010, 2006.
・ Australia’s First: The University of Sydney Celebrating 150 Years, Focus Publishing PTY Ltd, 2000.
・ アラン・バーカン『オーストラリア教育史』青山社、1995 年。
・ 杉本和弘『戦後オーストラリアの高等教育改革研究』東進堂、2003 年。
・ http://www.usyd.edu.au
10
2
シドニー大学の研究・教育活動の特徴と現状
堀江 未来
<研究活動について>
1.大学としての政策
シドニー大学にとって、「研究重点大学(research intensive university)」
としての機能を充実させることは最優先課題となっており、この点は、予算
の獲得やアクレディテーション、国際ランキング等に対する大学の姿勢とし
て、貫かれている。シドニー大学によって策定された「Strategic Directions
of 2006–2010」
(University of Sydney, 2006a)によると、研究面に関する
2010 年までの達成目標は以下の 6 点である。
(1)研究面の重点化をより進め、研究面において活発な教員数及び外部資金
による研究員数の国内シェアを増加させる。
(2)国内外からの研究資金獲得を推進する。
(3)研究出版物の生産性を、量と質の両面において向上させる。
(4)国内外の諸機関との連携を引きつづき強化する。
(5)最高学位取得制度を充実させ、学位取得数を増加させる。
(6)研究成果の商業化を推進し、成果発表、特許取得、ライセンス化、産業
界との契約などの面における充実を図る。
2.Research Office(RO)における取り組み
ROは、シドニー大学における研究活動に関する大学の方針を実践し、また
それぞれの研究関係者による資金獲得等の支援等を行う全学組織である。デ
ィレクターの Warwick Dawson 氏によると、現在のシドニー大学の研究実
績に関して、以下の 4 つの評価基準が策定されている。
(1)研究費収入額(研究契約、グラント、国家予算からの配分等)
(2)研究成果の出版数(トップ・ジャーナルへの掲載)
(3)研究学生(research students)の業績
(4)研究業績が活発な(research active)教員数
これらは、オーストラリア政府からの予算配分を決める上での評価基準と
もなっている。また、研究面での成果を高めることは、予算獲得面において
11
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.シドニー大学
なによりも有効であると、認識されている。また、現在世界中で影響力を増
しつつある大学の国際ランキングについても、「研究面での成果向上が直接
ランクアップにつながる」との認識がされており、シドニー大学における研
究重点政策を後押ししている。
一方、オーストラリア政府により、新しい研究評価制度である「Research
Quality Framework」が導入されたばかりであるが、それによって「研究成
果」の評価の焦点が、量から質に移行する予定であり、この影響により、シ
ドニー大学における研究評価の4基準が今後改訂されることの可能性が指摘
されている。また、この評価制度においては、研究主導の教育実践
(research
led teaching)も重視されているため、教育活動方針に対しても影響が大き
いと思われる。
研究経費としての外部資金の獲得に関しては、RO と Business Liaison
Office(BLO)の密接な連携により、様々な取組が行われている。シドニー大
学における産学連携業務はすべてこの部署を通じて行われ、産学連携のため
の唯一の窓口となっている。BLO は 20 名のスタッフ(知的財産・ライセン
ス部門 5 名、契約部門 7 名、新規ベンチャー部門 3 名、管理部門 5 名)の他
Acting Director(及び秘書)で構成されており、原則として、知的財産や所
有権、機密性、出版権が関わるような事業に関する交渉段階において主に産
学連携課が関与することとなっている。BLO のホームーページ(http://
www.usyd.edu.au/blo/index.shtml)には、オフィスの紹介の他、産業界向
けの案内も充実しており、大学として産学連携を重視する姿勢が強く反映さ
れている。
研究のための学内基金としては、シドニー大学と産業界及びその他の専門
家を結びつけ、世界レベルの結果を導くことを目的とし、様々な分野におけ
る研究開発支援のための基金が設立されている。これらの基金は、新規事業
の立ち上げにおいて有用なだけでなく、政府からの資金援助が年々減少して
いる中で重要な資金源となっている。大学全体の専門分野と関連し、基金の
数は全部で 46 にのぼる(University of Sydney, 2006b)。
政府からの予算配分においては、オーストラリアにおける8つの研究重点
大学によるコンソーシアム「Group of 8」メンバー(U of Adelaide, ANU,
U of Melbourne, Monash U, U of NSW, U of Queensland, USyd, U of Western Australia)によるベンチマーキングが成果を上げている。ベンチマーキ
ングの趣旨は、メンバー校における取組に関するコミュニケーションを密に
することで多くの情報を共有し、より有効な手段を模索していくことにあ
12
シドニー大学の研究・教育活動の特徴と現状
る。現在、政府による研究予算の約 70%が、Group of 8 メンバー校に配分
されている。
3.研究活動に関する教員評価
原則として、教員に対する評価は、教育面 40%、研究面 40%、その他大
学運営に関する業務20%の構成で行われている。しかし実際は、優秀な教員
ほどそれぞれ 100%ずつの業務をこなさざるを得ない状況であることが、
Dawson 氏によって指摘されている。
「研究活動が活発である(research active)」教員・研究員の割合を増加さ
せることは、前述の大学全体としての達成基準の一つとなっており、具体的
な目標数値は 70%である。定義として、「研究面で活発であること」は、以
下の 2 つの条件のうちひとつでも当てはまる場合に適用される(University
of Sydney, 2006c)。
(1)過去 3 年間における研究成果が、教育省の示す基準(研究書 1 冊、研究
書1冊中の3章以上の執筆、3本の審査付き雑誌論文、3本の審査付き学
会発表、またはこれらに相当するレベルでの論文の組み合わせ)による
件数で3件以上提示できること。または、3件以上のパテント、主要な芸
術作品の展示やコレクション 3 件以上提示できること。
(2)過去 3 年間における研究成果が、教育省の示す基準による件数で 1 件以
上、または、1件以上の特許、主要な芸術作品の展示やコレクション1件
以上が提示でき、かつ、過去 4 年以内に少なくとも 1 人の博士学位取得
者の指導を行ったか、過去3年以内に外部の競争資金として5000ドル以
上を獲得していること。
<教育活動について>
1.大学しての政策
シドニー大学の教育活動に対する取組は、教員から学生に対する「教育」の
面だけでなく、学生の「学習」の側面にも同様の焦点を当てているところに
特徴がある。つまり、教員による教育活動の評価は、その教授内容が学習者
である学生によっていかに受け止められ、学習経験の成果としてどのような
価値を持っているかという点までを含め、検討されている。この姿勢は、教
育活動に関する全学機関(Institute of Teaching and Learning )の名称や、
一般的な授業評価の他に行われる「学生の経験(Student Experience)」に
関する調査の方針にも反映されている。
13
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.シドニー大学
シドニー大学によって策定された「Strategic Directions of 2006–2010」
(University of Sydney, 2006a)によると、教育・学習面における 2010 年
までの達成目標は以下の 8 点である。
(1)恒常的に学習の質を高めることにより、学生の成績向上、規定期間内に
おける卒業率の増加、及び退学率の減少をめざす。
(2)学生の質を向上させ、卒業時の就職率や初任給の向上をめざす。
(3)分野を問わず、学生による授業評価を通じて教授法の質の向上をめざす。
(4)質保証につとめ、学術理事会(Academic Board)によって策定された基
準をもとに引き続き教育活動を改善する。
(5)研究主導による教育・学習活動を引き続き改善し、研究面において活発
な教員の割合を増加させる。
(6)より多くの専門課程及び学術課程に対し、国内外の認証制度を利用す
る。
(7)学生対教職員の割合を維持、または改善する。
(8)潜在的に有能な学生が、方法論が見つからないという理由だけのために
能力を発揮できない状況を作らない。
2.Institute of Teaching and Learning(ITL)における取り組み
シドニー大学における教育活動とその質的向上に対する取組については、
ITL及びそれに関する全学委員会の活動に特徴がある。ILTは、1999年に設
立された学術担当副学長直轄の全学対応組織であり、15名の専門スタッフに
より構成されている。ITL の管轄分野は以下の 8 分野に及ぶ。
(1)初年度教育
(2)研究主導教育及び教育活動における学術性
(3)教育及び学習における質保証と評価
(4)ポスドク指導
(5)学生の学習活動に対する評価
(6)教育活動に対する FD 機会の提供
(7)IT 技術の提供
(8)卒業生の質の評価
特に、全学の教員に対する研修の機会については、教員が個人で取り組む
ことのできるインターネット教材、3 日間の参加型ワークショプ、コンサル
テーションなど、幅広いサービスが提供されていることが特筆に値する。ま
た、授業評価や学生の学習経験についての調査などは各専門スタッフである
14
シドニー大学の研究・教育活動の特徴と現状
研究者によって取り組まれており、明確な理論基盤の上に行われている点
で、高い専門性が見受けられる。
全学委員会である「教育学習委員会(Teaching and Learning Committee)」
は、17 の学部を代表する委員によって構成されている。この委員会の基本活
動は、「よい教育・学習の原則とは何か」というテーマについて議論をし、シ
ドニー大学における教育・学習のありかたについての統一見解を設定する一
方、調査結果等に基づき教育・学習活動の質を高めるための方策を練ることで
ある。また、短期的な課題としてはその方針をStrategic planに反映させるこ
とがあった。
委員会メンバーによると、この委員会活動の当初、「教育・学習」について
語ることそのものが困難だったという。つまり、それぞれの学問分野におけ
る教育・学習に対する考え方や基本哲学には大きな開きがあり、このテーマ
を語るための「共通言語」を共有するまでに一定の時間を費やしたとのこと
である。しかしそのプロセスを減ることで、それそれの担当者が自らの分野
における教育の特徴や独自のニーズ、改善基準などを明確に考えることがで
きるようになったという点で、その後の委員会活動にとって非常に貴重なス
テップであったということも指摘されている。
一方、委員会内での議論におけるもう一つの対立は、大学の執行部の考え
る方針と、各学部における現場における教育経験に基づいた考え方の間にあ
ったという。このギャップをうめる作業も容易ではなかったが、対話によっ
て相互の理解を促し、教育・学習に関する共通理解と概念を得ることが有益
であったことが指摘されている。
3.質保証とベンチマーキング
委員会メンバーによると、各分野における「よい教育・学習のあり方」に
対する考え方及び質保証の方法は、それぞれが受ける認証評価(Accreditation)
の項目に強く影響を受けているという。例えば工学部では、イギリス、
アメリカ、及びオーストラリアの工学分野で採用されている制度により、5年
に一度認証を受けているが、その基準に基づきインターンシップ制度を含め
たカリキュラム構成を考慮している。しかし分野によっては、外国の認証制
度についてはあくまで参考程度に扱い、すべての基準を取り入れている訳で
はない場合もある。卒業がそのまま技術系の資格に結びつく分野、例えば建
築学や医療関係分野においては認証評価の基準は明確であり、カリキュラム
に反映しやすい傾向にある。
15
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.シドニー大学
認証評価制度によって推奨されている教育活動の一つに、インターンシッ
プがある。シドニー大学としては、特に卒業後の就職活動時にインターンシ
ップ経験が評価される傾向にあることをふまえ、この機会を拡充しようとし
ている。しかしやはりここでも分野によるニーズや期待が異なるため、一概
に基準を設定することは難しい。特に、学術的な原則と実用面における必要
条件の間にはギャップがあり、その間を埋めることが困難であると同時に、
卒業までのカリキュラムの中にタイミングよく組み込むことも容易ではない
という点が、問題点としてあげられている。
質保証や質の向上のための方策として、認証制度を良い機会として利用し
ていること、また国内外の機関や組織とのベンチマーキングが有用であるこ
とが指摘されている。特に、ベンチマーキングの手法は、結果としてもたら
される共有情報にのみ価値があるのではなく、それを得るまでのベンチマー
キング参加メンバー間での対話が重要である。そのプロセスによって、お互
いの前提としているものや当然と思っている制度などを批判的に検証するこ
とができ、またその概念の掘り起こし作業を「鏡」として自らを振り返るこ
とができるからである。シドニー大学の各学部においては、同じ分野におけ
る他大学のプログラムとのベンチマーキングや、大学レベルでの国内機関と
のベンチマーキング、また国外大学とのベンチマーキングなどの経験を有し
ており、質の改善機会として有効であるとの認識が学内で共有されている。
また近年においては、国内外の他組織との共同課程を設立する動きが強まっ
ており、その基盤作りとしてもベンチマーキングの作業は不可欠であること
が指摘された。
<引用>
University of Sydney. (2006a). Strategic Directions of 2006–2010. Internal publication.
University of Sydney. (2006b). Foundations. Retrieved from http://www.usyd.
edu.au/about/research/pub/foundations.shtml on April 20, 2006.
University of Sydney. (2006c). Research Active Academic Staff. Retrieved from
http://www.usyd.edu.au/su/reschols/research/active.htm on April 20, 2006.
Australian Government. (2006). Research Quality Framework: Assessing the quality and impact of research in Australia Issues. Retrieved from http://www.dest.
gov.au/sectors/research_sector/policies_issues_reviews/key_issues/research_
quality_framework/issues_paper.htm on April 20, 2006.
16
1
起業家的大学の挑戦
―ウォリック大学のめざすもの
早川 操
1.ウォリック大学の概要
1965 年に「新大学(New Universities)」の一つとして設立されたウォリ
ック大学は、2005年には創立40周年を迎えた。現在ではイギリスを代表す
る指導的な大学として、教育・研究においては恒常的にトップ・テンのなか
に位置づけられている。1830 年代にロンドン大学とダーラム大学が設立さ
れて以来、大学拡張を求める声に応える形で100年以上後に7つの新大学が
設立された。それらは、サセックス、ヨーク、ランカスター、エセックス、イ
ースト・アングリア、ケント、ウォリックの7大学であり、これらの大学群
は「セブン・シスターズ」と呼ばれた。
新大学は、新しいアイデアを試すことに関心を示した。その一つは、研究
への情熱を具体化することであった。それは、他の主要な大学に大学院生を
供給する学部学生中心の「アメリカ型カレッジ」になることではなく、研究
に導かれた教育や学科を構築することをめざした。もう一つは、学長に
なったButterworthが産業界とも深い関係をもっていたこともあって、
「社会
とかかわりをもつ大学(relevant university)」をめざした(Clark,1998,
p.14.)。それは、大学院レベルのビジネス・スクールや工学のプログラムを
設立したことからも読み取れる。
ウォリック大学の存亡を問うような一大危機が訪れたのは、サッチャーが
首相となった1979年以降であり、より具体的にいえば1981年から3年間で
財源が17%カットされたときであった。この財政危機に対応するために考え
たのが、資金集め(ファンド・レイジング)であった。それは資金を「恵ん
でもらう」のではなく、資金を「稼ぐ」方法を模索することであった。B. ク
ラークはこれを「収入獲得政策(Earned Income Policy)」と呼んだ(Clark,
1998, pp.16-17 & 25-26.)
。それは、国からの資金、政府からの研究費、授
業料や他の収入などの確保というように、大学財源の多様化をもたらすこと
にもつながった。この傾向は、1990 年代になってより顕著となった。
17
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.ウォリック大学
表1.ウォリック大学の財源 1970-1995 年(100 万ポンド)
中核的支援
年
1970
1975
1980
1985
1990
1995
研究費・契約
その他
全体
額
%
額
%
額
%
総額
02.0
05.1
14.6
21.5
36.0
51.3
69
69
70
60
43
38
00.3
00.7
02.0
04.8
14.6
19.7
10
09
10
13
18
15
0.6
1.6
04.3
09.8
31.9
63.0
21
22
20
27
39
47
002.9
007.4
020.9
036.1
082.5
134.0
(出典:Clark, Creating Entrepreneurial Universities, p.26.)
1965 年の創立当時の学生数は 450 人、1970 年には 2,100 人、1980 年に
は 5,200 人へと増加した。それにつれて、教員もそれぞれ、60 人、240 人、
500 人へと増加した。
(Clark, 1998, pp.14-15.)2004 年度には学生数も約
15,500 人となり、そのうち学部学生が 10,000 人、大学院生が 4,000 人を占
める。留学生は学部・大学院あわせて約3,500人であり、学生全体の23%に
あたる。
現在のウォリック大学は、四つの学部(Faculty)に 30 の学科(Academic
Department)が所属し、49の研究所・センターをもっている。2005年8月
の段階では、学生の所属は社会科学関係学部が 7,723 人(41%)、自然科学
関係学部が 6,080 人(33%)、人文学関係学部が 2,542 人(14%)、医学関係
学部が 2,158 人(12%)となっている。教職員は 4,354 人で、そのうち教員
は 824 人、研究者 728 人、その他の職員 2803 人から構成されている。
ウォリック大学は、大学のミッションとして次の 6 つをあげている。
1)リーダーシップ:研究・教育(research and teaching)において世界
のリーダーになる。
2)研究:国際的な卓越性を備えた研究によって、人類の知と理解(human
knowledge and understanding)の範囲を広げる。
3)教育:卒業生が経済と社会に重要な貢献ができるような資質を付与す
る。
4)サービス:学問・文化・経済においてわれわれの地域社会にサービスを
提供する。
5)起業文化:産業・ビジネスとの連携と起業文化における(in industrial
and business liaison and in entrepreneurialism)活動を強化し多様
化する。
18
起業家的大学の挑戦―ウォリック大学のめざすもの
6)生涯学習:経済状況や社会状況にかかわらず、ウォリック教育から利
益を受けるであろう人々に対してその機会を継続的に提供する。(New
Thinking: The University of Warwick//present & future, p.3.)
2.ウォリック大学における研究の特徴
ウォリック大学の特徴は、「イノベーションと起業的文化」にみられる。ウ
ォリック大学はイギリスにおいてビジネスや企業とのつながりの重要性を理
解した最初の大学であり、それらとの協働やパートナーシップを活用するこ
とによって、伝統的な学問的価値、すなわち「研究と教育における卓越性」を
実現しようと取り組んできた。
世界の他の指導的立場にある大学と同様に、研究はウォリック大学のあら
ゆる活動に行きわたっている特徴であり、大学文化の方向性を示す特徴であ
る。その方向性は、
「研究主導の大学(research-led university)」のことば
によって示されている(New Thinking, p.5.)。このことは、大学のあらゆる
学科における研究活動が積極的に行なわれているとともに、あらゆる学問領
域において世界の最先端を走る研究者によって学生が指導されていることを
意味する。
現在の研究活動の特徴は、第一に、限定された少数の研究領域において重
要な研究集団を形成することと、第二に、「学際的・協働的研究 interdisciplinary and collaborative research」の可能性を発展させることである。第
一の展開としては、生命医科学領域の研究(biomedical science)がその代
表として指摘されている。その研究活動の具体化は、Biomedical Research
Institute(生命医学研究所)の創設や Medical School(医学部)の発展ぶり
に見いだすことができる。
第二の展開としては、園芸学・政治学・国際研究を融合した Horticulture
Research International(園芸学研究インターナショナル)、政治学・経済学・
法学・社会学の協力による Center for the Study of Globalization(グロー
バライゼーション研究センター)、フォード自動車会社を中心とした企業と
の協働による International Automotive Research Centre(国際自動車研究
センター)などがあげられる。
さらに、これらの研究成果を広く社会に普及していく活動として、いくつ
かの新しい試みが行なわれている。それらは、研究成果を開発するためのス
ピン・アウト企業(spin out companies)創設の奨励、教員や研究者による
メディアを通じての専門的コメント(expert comment)の提供、大学の定
19
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.ウォリック大学
期刊行物としての雑誌を通じての研究論文の紹介
(世界の10万人に配布)
、さ
らに大学による研究の広報活動として Research TV(リサーチ・テレビ)の
創設などである。リサーチ・テレビがめざしているのは、大学の研究活動を
促進するために週間テレビ番組を作成して、世界のテレビ連盟組織を通じて
4,000 万人の視聴者に届けるという計画である。
ウォリック大学の研究目標については、以下のように集約されている。
1)少数の研究領域において決定的な集団を形成することによって研究の
インパクトを最大限にする。
2)学際的・多学問的な研究の機会を発展させる。
3)研究をめぐるガバナンスと研究倫理の枠組みを根付かせ向上させる。
4)研究費や研究契約からの収入をさらに拡大させる。(New Thinking,
p.7.)
3.「ウォリックでの経験」―ウォリックにおける大学教育の特徴
ウォリック大学は、学科レビュー(Subject Review、かつてのティーチン
グ・クオリティ評価)において、2001年に最初の評価サイクルが終了した時
点で、レビューを受けた 24 学科のうち 22 学科が「卓越している」もしくは
それと同等であると評価された。そのうち、7つの学科(政治学、哲学、経
済学、教育、物理学、社会学、演劇学)は、カリキュラムデザイン、教授・
学習、学習の達成成果、学生支援、学習のリソース、質保証と改善の6つの
項目(最高点4点満点)において、すべて満点の 24 点を獲得した(http://
www2.warwick.ac.uk/study/tqa/results)。
ウォリック大は、学生が選択した学問領域において
「奥行きのある学習」を
経験することを通じて、バランスの取れた人間的成長を促進することを目的
としている。それは、学問領域の専門家である教師の指導、最新の学習テク
ノロジーの活用、スポーツ施設の整備、音楽やドラマへの参加、地域社会へ
のボランティア活動、学生自治会(Students’ Union)のクラブ活動参加によ
る関心の深まりなどを通じて行われる。これらの活動すべてが、
「ウォリック
大学での経験(the Warwick Experience)」と呼ばれる(New Thinking,
p.9.)。この学習経験を通じて、学生は 21 世紀の世界に挑戦するにふさわし
い質の高い教育を提供されるのである。
ウォリックでの経験の中核を占めるのは、「優れた教授・学習」である。
2001 年の教育評価によっても明らかなように、ウォリックにおける多くの
学科での教育は卓越したものであると評価されている。その特徴は、
「研究に
20
起業家的大学の挑戦―ウォリック大学のめざすもの
導かれた教授・学習」である。この考えに基づいて、学生は、研究に基づい
た知識や情報が反映され組み込まれている授業を通じて学習する。それは、
単に知識が説明され提供される場というよりもむしろ、「知識が創造される
場」であり、学生はこの創造的な学習共同体の一部であることによって利益
を受けるのである。したがって、学部学生の授業においても、
「研究活動をベ
ースとしたプロジェクト(research-based projects)」が採用され、学生は
受身的ではなく自発的・探究的に学習することを奨励され、批判的分析能力
を開発するような学習経験をもつ。
大学院教育においては、将来のキャリアを探すための踏み台を提供し、優
れた大学院生には 100 人分のリサーチ・フェローシップを提供している。ま
た、優れた大学院留学生に対しても、授業料免除の措置を導入し始めた。
学生の学習にとって、IT設備は重要な役割をはたし、学生の住む寮には学
内・学外を問わず、ネットワークへのアクセスができるようになっていて、授
業とそれ以外の時間を通じて IT 活用能力を開発することが求められている。
また、24時間オープンの「ITグリッド」では、個人研究やグループ研究のた
めに、学生がビデオの編集やプレゼンテーションの準備を自由に行えるよう
になっている。学生がコンピュータ・リテラシーを身につけることによって、
ITについての理解を深めその操作について自信を持ち、コミュニケーション
能力・問題解決能力・創造性を開発し、自己学習・チーム学習のスタイルを
習得していく。ウォリック大の卒業生が企業に高く評価されるのは、このよ
うな学習経験のためであるとされている。
また、ウォリック大学では、課外活動で誇るべきものとして学生の音楽活
動を取り上げている。この大学では音楽の学位は授与されていないが、自由
に音楽活動に取り組めるセンターが学内にある。そこではシンフォニー・オ
ーケストラからロック・ゴスペルにいたるまで約20のアンサンブルが活動を
行ない、海外のフェスティバルでも金賞や銀賞を獲得した実績をもつ。
ウォリック大における教育の取組みの特徴は以下のように説明されている。
1)ティーチングと研究との生きたつながり(vital link between teaching
and research)を強化する。
2)学習のインフラ(learning infrastructure)を向上させる。
3)学生経験の質をサポートするために獲得した収入資金を投資し続ける。
4)新しい知識産業で求められる学問的スキルやビジネス・起業に関する
スキル(academic, business and enterprise skills)を学生が獲得で
きるようにする。(New thinking, p.11.)
21
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.ウォリック大学
4. 起業家精神:ウォリック大学の産学連携と社会連携
ウォリック大学がこれまで40年間にわたって培ってきた伝統は、「起業家
的な精神(entrepreneurial sprit)」に基づいた「起業家的な大学(entrepreneurial university)」のそれである。ウォリックでの研究重視は、この起業
家的な文化と融合することにより、大学の研究成果が地域経済やイギリス経
済に利益をもたらすような最大限の「商業的応用(commercial application)」をめざしている。起業家的な大学は、卓越した研究の商業的応用の可
能性を追求することによって社会貢献することを第一の目的とする。この目
的を達成するための手段が、
1)ビジネスや企業とのパートナーシップの強化、
2)サイエンス・パークの開発、そして
3)すべての学科に起業家的文化を育てること、である。
そのための具体的な活動として、スピン・アウト企業の設立を奨励し、地
域経済の活性化につなげようとしている。大学の技術移転事務所である
Warwick Ventures は学内の研究者に企業を立ち上げることを薦め、現在で
は12以上の企業が活動している。そのうちのいくつかはサイエンス・パーク
に設立されている。たとえば、Warwick Effect Polymers Ltd は、David
Haddleton教授のポリマー研究を採用して、ヘアスプレーからインクジェッ
トにいたるまでその研究成果を活用している。また、DigePrint Ltdは、工学
研究の成果を利用して、高品質で低価格のデジタルフォト印刷に応用されて
いる。
このような起業家的な精神や文化を普及させるために、ウォリック大学は
Midlands にある8大学から構成されるコンソーシアムである Mercia Institute of Enterpriseに加入している。マーシャ・インスティテュートでは、大
学の研究者がみずからの革新的なアイデアを商業化することを奨励してい
る。
その展開を支援するためにウォリックでは、Connect Midlands を創設し
て、起業家が必要とするリソース支援のつなぎ役をつとめ、Investment
Conferencesによって立ち上がったばかりの企業に潜在的な投資家を紹介し
ている。また、Mediciは大学の医学部や生命科学部において起業家文化を普
及させるためのプログラムを提供しており、Mercia Biotech Warwick はバ
ーミンガム市と協力して、バイオテクノロジーの商業化の可能性について取
り組んでいる。
さらに、ウォリック大学が他の大学と協力して作った Innovation-Direct
22
起業家的大学の挑戦―ウォリック大学のめざすもの
は、製造会社を支援して新製品や新しい材料や製造方法の開発を援助した。
Sorex Ltdはチョコレートの香りがするネズミ捕りを商品化するさいに、Innovation-Direct を介してその商品化に取り組んだ。
ウォリック大学は、これまで40年間にわたって起業家的精神や文化に支え
られて、その研究教育活動の向上に取り組んできた。そのモットーは「革新
(innovation)」と「起業家精神」である。ウォリック大は、この伝統を「新
しい考え方(New Thinking)」と呼んでいる(New Thinking, p.17.)。
起業家的大学としてのウォリック大学の戦略は以下のように述べられてい
る。
1)知識とスキルに関する高等教育とビジネスの間のやりとりで政府が目
標とするものにねらいを合わせよ。
2)ビジネスとの交渉において企業のやり方を採用せよ。
3)仕事やアイデアの商業的可能性を発展させるためにビジネスとの親密
な協働のための枠組みを創れ。
4)ウォリック大学内で研究と企業との実質的なサークルを創れ。(New
Thinking, p.17.)
5.ウォリック大学の国際化戦略
ウォリック大学の学生のなかで留学生は 115 カ国から 3,500 人がきてお
り、学生全体の23%を占めている。同大学には、世界の5大陸にあるワール
ドクラスの大学との交流を積極的に展開している。現在は、とりわけ北アメ
リカとアジアに焦点を当てて大学の国際戦略を展開しようとしている。
3,500人の留学生のうち、半数以上は大学院教育を受けるために来ている。
同大学は、70 人の留学生に対して年間 25 万ポンド(約 5,000 万円)の奨学
金を提供している。また、留学生のためのインターナショナル・オフィスは、
多文化を意識し多文化に配慮したプログラムを提供しているため、Quality
Assurance Agency からも高く評価されている。
さらに、ウォリック大学はキャンパスに留学生を呼び寄せるだけでなく、
遠隔教育を通じての学位取得プログラムを積極的に開発している。同大学で
この方法を最初に開発したのは、ビジネス・スクールのMBAプログラムであ
り、現在では法学と教育学でも遠隔教育によるプログラム開発を検討してい
る。中国の大学に対しても、遠隔教育による学習を提供しており、最終的に
はウォリックに来ることによってその教育プログラムを修了する方法を採用
している。
23
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.ウォリック大学
学生の海外大学への留学派遣に関しても、ウォリックは開学以来熱心に取
り組んできた。その留学先は、主にアメリカの大学であり、カリフォルニア
大学バークレイ校、ウイスコンシン大学マディソン校、ペンシルバニア大学
ウオートン・スクール(ビジネス・スクール)などがその相手先である。最
近は、北米とともにラテンアメリカの大学にも国際交流を展開している。ま
た、EUの学生交流プログラムにも積極的に参加している。
ウォリック大は中国でもそのプレゼンスを高めてきており、Warwick
Manufacturing Groupが上海に「自動車アカデミー」を設立し、製造管理や技
術管理のための教育研究の基礎を提供しようとしている。2004年には、北京
大学の管理学院と提携して公共経済の国際会議を開催した。現在では、中国の
大学に加えて他のアジアの大学を巻き込んで国際交流の展開を計画している。
同大学における国際戦略の目標は以下のように述べられている。
1)アメリカとアジア(中国本土を含む)において、あらゆる活動領域でウ
ォリックの国際的プロフィールと評判を高める。
2)留学生の数、とりわけ学部留学生数を増加させる。
3)海外の大学との国際交流協定を増加する。(New Thinking, p.23.)
まとめ―バートン・クラークによるウォリック大学調査からの示唆
クラークは、ウォリックを含めた起業家的大学が発展してきた理由を考察
する著作の中で、その成功の原因を5 つ指摘している。それらは、
「大学がむ
かうべき方向について管理運営をする中核部分(strengthened steering
core)、発展のための周辺部分のひろがり(expanded developmental
periphery)、財源基盤の多様化(diversified funding base)、新しい考えを
受け入れる中心部分(stimulated academic heartland)、そして(これらの
四つの手段を)統合する起業家的文化(integrated entrepreneurial culture)
」
である(Clark, 1998, p.5.)。
第一の「強化された管理運営の核」は、周辺部分にいる大学が生き残りを
かけて取り組む場合、周囲の変化に対してより迅速かつ柔軟に対処するため
に必要とされるものである。舵取りをする管理運営の中核は、中央の管理運
営組織と学科との協働によって実現される。大学の管理運営をうまく舵取り
するためには、伝統的な学問文化と新たな管理運営の考え方とを「和解」さ
せなければならない。ウォリック大学の場合は、1980年代中ごろに創られた
Joint Council and Senate Strategy が財政・学術・施設の計画を集権的に検
討して、マクロな戦略計画を論議してきた。
24
起業家的大学の挑戦―ウォリック大学のめざすもの
第二の「発展を促進する周辺部分」であるが、これは伝統的な学科に対し
て、プロジェクト形式の研究、技術移転、産学連携、知的所有権、生涯教育、
資金集め、同窓会などの学外への社会貢献にとりくむ組織ユニットである。
ウォリックの場合は、企業と研究開発に取り組んできた 1980 年創設の
Warwick Manufacturing Group(WMG)、一年プログラム・パートタイム
方式・遠隔教育方法など多様な学習形態を展開する1967年創設のビジネス・
スクール、教育訓練センターとして利用されるコンファレンス・センターの
総合ビル、そして 1984 年から開始されたサイエンス・パークなどが、発展
のための周辺部分にあたる。
第三の「財源基盤の多様化」であるが、これは変革をもたらす大学にとっ
て不可欠な自由裁量のための財源獲得を意味する。財源を多様化するために
は、1)政府からの大学援助資金、2)リサーチ・カウンシル(研究評議会)か
らの競争的研究資金、3)企業・地方公共団体・財団・特許権使用料、大学の
サービスからの利益、授業料、同窓会からの寄付などの方法がある。クラー
クは、この第三の財源が真の意味での財源の多様化を意味するという(ibid.,
p.6.)。起業家的大学は、この第三の財源を真剣に追求することをめざす。
1970年から1990年までの間に、ウォリック大では第三の財源が全体の20%
から 50% へと増加したのに対し、政府からの資金は 70% から 40% に減少し
た。
第四の「刺激を受けた中心部分」とは伝統的な学科や学際的な研究領域に
あたる。これは、さまざまな学科が起業家的な文化を受け入れ、第三の財源
の獲得に取り組むことを意味する。それによって、中心部分は修正された信
念体系を受け入れることになる。ウォリックでは、WMG、工学分野、ビジネ
ス・スクール、サイエンス・パークなどがこのような中心部分となる。クラ
ークは、これらに加えて、1991年に設立された 「アメリカ型大学院システム」
とそれに伴って1994年度から大学院生に授与するようになった 「リサーチ・
フェローシップ (大学院生のための研究奨学金)」 が、ウォリック大学に新た
な信念体系をもたらすことになったと指摘している(ibid., pp.29-35.)。
最後に、第五に指摘されている「起業家的文化」は優れた実践を引き起こ
して、大学の組織的アイデンティティを創るための象徴的な価値である。そ
れは、単純な信念から出発して次第に洗練された信念体系へと展開してい
き、大学組織の中心部分へと浸透していくことによって大学文化として受け
入れられる。ウォリックは起業家的文化がみずからの大学文化となることを
選んだのである。
25
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅰ.ウォリック大学
ウォリック大が20世紀末に大学の変容をもたらし、改革された大学のモデ
ルとなった理由をクラークは以下のように表現している。
「ウォリックを現代の改革された大学モデルとして真剣に考えるなら、
強力な管理運営能力、自由裁量的な資金の増強、アウトリーチ構造や
プログラムという周辺部分の活性化、中心部分の学科が新しいベンチ
ャーや関係の追求に積極的に参加したこと、そして最後に、大学を新
しい発展の方向に結びつけ、伝統的な様式とは異なる顕著な展望を示
した包括的な起業家的メンタリティに立脚した大学の変容をみいだす
ことができる。」(ibid., p.38.)
ウォリック大学は、その起業家的精神でもって世界の大学に新たな大学改
革モデルのあり方を示してきたが、21世紀にはさらに多くの大学に起業家的
文化のインパクトを普及させることができるのか。その起業家的大学モデル
は、競争的環境におかれた世界の大学から新たな注目を浴びているといえよ
う。
参考文献等
・ New Thinking: The University of Warwick//present & future, The University of
Warwick.
・ E.P. Thompson, Warwick University Ltd: Industry, Management and the Universities, Penguin Books, 1970.
・ Burton R. Clark, Creating Entrepreneurial Universities: Organizational Pathways of Transformation, IAU Press, 1998.
・ Burton R. Clark, Sustaining Change in Universities: Continuities in Case Studies and Concepts, Open University Press, 2004.
・ デレック・ボック著、宮田由紀夫訳『商業化する大学』玉川大学出版部、2004 年。
・ http://www.warwick.ac.uk
26
起業家的大学の挑戦―ウォリック大学のめざすもの
付録 ウォリック大学の管理運営組織構造
大学
カウンシル
財 務 総 務
委員会
施設委員会
アート
収集委員会
安全委員会
報酬委員会
学科長任命
任命委員会
予算運営会議
評価委員会
環境委員会
諮
問
委
員
会
名誉学位
委員会
商業化関係委員会
戦略計画委員会
研究倫理委員会
キャンパス生活委員会
教育研究費配分
委員会
機会均等
委員会
評議会
居住環境評価集団
運営委員会
教授会
情報政策
戦略委員会
研究委員会
教育研究の質・基準に
関する委員会
教員能力開発評価
委員会
大学院会議
学部教育会議
芸術・医学・社会科学・
自然科学会議
教育院会議
学部教育委員会
研究所・研究センター
大学院教育委員会
学科・学部
(30学科・4学部)
教員学生連絡委員会
学科会議
27
2
Warwick 大学における研究:概要と特徴
ウォリス・サイモン(Simon WALLIS)名古屋大学環境学研究科
【はじめに】
Warwick 大学の研究は量より質を重視したものである。研究費収入は
2002 年∼ 2003 年においては約 6,000 万ポンド(約 125 億円)[1]であり、イ
ギリス(United Kingdom)大学としては必ずしも最高レベルではない(中
[2]
堅の Birmingham 大学は 7,000 万ポンド(2004–2005 年)
、Oxford 大学は
2 億 5,000 万ポンド(2003–2004 年)[3])。また Warwick 大学の学科は全部
で30であり、総合大学としては比較的少ない。しかし、その学科のほとんど
は非常に高い研究水準を誇っている。Warwick大学は1964年に設立された
歴史が浅い大学であるにも関わらず、現在のWarwick大学における研究はイ
ギリス大学の中で最上位に入る。これは 2001 年にイギリスの大学を対象と
した研究評価(「Research Assessment Exercise」あるいは「RAE」)で示さ
れた。評価の結果、Warwick 大学の総合ランキングは Cambridge 大学・
Oxford 大学・Imperial College London・University College London とい
った長い伝統をもつ有数の研究機関に次いで5位になった[4]。研究成果によ
って得られた高い評価を武器に Warwick 大学はみずからの集金力を強化し
ている。その象徴的な出来事の一つとして、一ヶ月前(2006 年 3 月)に発表
された第 2 回目の「science and innovation awards」(科学・革新助成金)
募集の結果があげられる。Warwick大学には助成金(総額2,770万ポンド=
約 60 億円)の約 3 分の 1(880 万ポンド)が交付され、Warwick 大学は最
大の受益者となった[5]。
Warwick大学における研究レベルの急成長は興味深いものである。研究の
評価及び背景の特徴を次の項目でまとめてみたい。
●
評価(Warwick の RAE と他の大学との位置づけ)
●
特徴そのⅠ:Academic Champions
●
特徴そのⅡ:企業との連携
●
特徴そのⅢ:研究費の調達
28
Warwick 大学における研究:概要と特徴
1.【評価基準:イギリスの RAE】
イギリス大学の研究のレベルを定量的に評価するために、RAEは非常に有
用である。まず、そのRAEの概要について簡単に説明する。RAEはイギリス
で 5 ∼7年間に一回実施される大学の研究を評価するプログラムである。評
価されるのは研究のみであり、教育は別途に評価される。政府からの研究助
成金は Funding Council Grant と Research Council Grants の二通りあるが、
Funding Council Grant は主として研究者の給料や若手研究者の育成などに
使う。それに対して、Research Council Grantsは特定の研究プロジェクトに
対して交付される。Funding Council Grantの配分率はRAEの結果で決まり、
RAEの高い評価を受けることは大学にとって重要な財源の確保につながるの
で、RAE は大学にとって非常に重要な課題である。次回の RAE は 2008 年に
予定されているが、イギリス大学は既にそのための対策を練り始めている。評
価結果は 1, 2, 3a, 3b, 4, 5, 5* の 7 段階に分かれる。評価が 4 ∼ 5* でないか
ぎり Funding Council Grant は交付されない。また、評価を受ける分野及び
研究者に関しては大学が選別するが、評価受けないと交付金は配分されない
ので、大学にとってできるだけ多くの分野を選んで研究者が高い評価を受け
ることが重要である。真に強い研究分野なら構成員の多くが、また真に高い
レベルの大学なら学科の多くは、高い評価を受けることになるはずである。
さて、Warwick 大学の RAE はどのようになっているのであろうか? RAE
に評価された学科及び研究者の割合はそれぞれ86%と91%であり、高い水準
にある[5]。評価を受けた研究者の割合が Warwick 大学より高い大学は 6 校の
みであった。ただし、同レベルの機関に比べれば、全体としてWarwick大学
は26学科にしか評価を受けさせていないのが特徴である。Cambridge大学、
Oxford 大学、University College London の RAE には、それぞれ 50, 44, 48
の学科が入っていた。高い RAE 評価を受け、かつ Warwick 大学と同数の学
科が評価を受けたのは、科学・技術・医学に特化した Imperial College Londonのみである。Warwick大のRAEの結果、評価を受けた26学科(総数30)
のうち 25 は「5」あるいは「5*」の基準にあることが確認された。26 番目の
「教育学科」は「4」の評価を受けた(学科とそれらの評価は付録 1 を参照)
。
2.【Academic Champions】
W a r w i c k 大 学 に お け る 研 究 の 急 激 的 な 成 長 の 裏 に は 「A c a d e m i c
Champions」の活躍があった、と Warwick 大の Vice Chancellor David
VandeLinde 氏は強調する[7]。Academic Champion は Warwick 大学におけ
29
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
る研究分野をリードする権威ある研究者のことである。みずからの研究が世
界最先端にあると同時に、研究分野の将来像をしっかり持っている人が求め
られる。このような研究者は数少ないが、Warwick大学は何人かを他の大学
から引き抜くことに成功した。例を 2 つ紹介する。
− Sir Erik Christopher Zeeman 教授の例
昔から Warwick 大学の数学は目立った存在であった。現在 Warwick 大学
の数学研究は、イギリスで一、二位を争うほどの評判と実力のある分野であ
る。応用数学は特に高い評価を受けている。その成長を導いた Academic
ChampionはZeeman教授である。Zeeman教授は1963年に赴任し、Warwick
大学における最初の数学教授であった。当時Warwick大学は建物もなく、ゼ
ロからの出発だったが、Zeeman 教授の努力によって国内から多くの優秀な
数学者が集まった。その後の成長と成功をもたらした Zeeman 教授に敬意を
示すために、Warwick大学は2005年に数学と統計学棟を
「Zeeman Building」
と命名した。
− Lord Kumar Bhattachrayya 教授
Bhattachrayya 教授は、1980 年代に Warwick 大学の「Warwick Manufacturing Group」のdirectorに赴任した。Bhattachrayya教授は積極的に企
業との連携を推進し、当時それは大学にふさわしくないとして懸念する声も
上がった。同教授の赴任以来、「Warwick Manufacturing Group」は 8 千万
ポンド(約 170 億円)の予算を有する組織にまで成長し、現在 Warwick 大
学の中で大きな存在となっている。
他の大学も上述の成功例をまねることができるならそうしたいであろう
が、Warwick大学はどのようにしてAcademic Championを探し出し、どの
ようにしてその人を引き抜けたのかについての情報は得られなかった。ま
た、Academic Champion には着任してからどのようなサポート体制があっ
たのかもデータ不足で不明である。一つのヒントはWarwick大学の高給受給
者のリスト(付録 2)にあるかもしれない。
3.【特徴その II:企業との連携】
】
企業との連携はWarwick大学における研究の特徴の一つであり、同大学の
指導者はこの連携を早くから意識し推奨してきた。企業との連携の中心とな
30
Warwick 大学における研究:概要と特徴
っているのは research centre である。上記の「Warwick Manufacturing
Group」はこの research centre の一つであり、他には「Centre for Management under Regulation」や「Centre for Small and Medium Sized
Enterprises」
などがある。多くの名前は企業を意識したものである。Warwick
Manufacturing Group は、600 以上の企業との連携がある。また、大学と中
小企業の連携を推進するために、1982 年に University of Warwick Science
Park が設立された。それとともに、Warwick 大学から数多くの spin off
companies(大学の職員が発足した中小企業)が発足した。その多くは化学・
生物学・コンピュータ関係である。
Warwick 大学の business school は、イギリス最大級にまで成長した。こ
のように、ヨーロッパの中でもWarwick大学は産学連携の成功例の一つとし
てあげられる。
4.【特徴その III:研究費の調達】
RAE の評価に基づいて配布される Warwick 大学の funding council grant
は、6,000 万ポンドにまで上る。これは他の研究収入の総額(約 5,900 万ポ
ンド)を上回るので、Warwick大学の研究基盤を支える重要な財源となって
いる。Research Councilsからの研究助成金も重要な研究財源となっている。
また、企業との連携が強調される大学として、企業からの研究費の割合も大
きいと思われる。ただし、企業からの研究費は全体の数%しか占めておらず、
イギリス大学平均(2001 年)に比べればやや少ない(付録 3)[8]。Warwick
大学の研究費収入の最大の特徴は、高額なfunding council grantの支給と同
時に、一般助成金以外の政府からの収入にある。後者は、研究収入全体の約
48%を占めている。この割合は、イギリス平均より明らかに高く、Oxford大
学・Cambridge大学の数倍になる。Warwick大学は政府から財源を確保する
高い能力を持っていることは明らかである。「はじめに」で紹介した「science
and innovation awards」はその一例である。この「財源確保」の詳細はわ
からないが、「science and innovation awards」の趣旨をみると「greater
responsiveness of the publicly-funded research base to the needs of the
economy and public services」となっているので、Warwick 大学における
企業との連携の実績は政府機関で評価され、援助金の交付へと繋がっている
と推測する。
31
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
付録1
Warwick 大学の学科及び 2001 年の RAE 評価
RAE 評価を受けていない学科は「なし」となっている。Warwick Medical
School は 2000 年後半発足したため、2001 年 RAE に間に合わなかったと思
われる。
Faculty of Arts
– Classics and Ancient History (5)
– Comparative American Studies(なし)
– English and Comparative Literary Studies (5*)
– Film and Television Studies (Communication Culture and Media Studies (5))
– French Studies (5)
– German Studies (5)
– History (5)
– History of Art (5)
– Italian (5)
– Theatre Studies (Drama Dance and Performing Arts (5*))
Faculty of Medicine
– Warwick Medical School(なし)
Division of Health in the Community
Division of Clinical Sciences
Division of Medical Education
Centre for Primary Health Care
Warwick Diabetes Care
Faculty of Science
– Biological Sciences (5)
– Chemistry (5)
– Computer Science (5)
– Engineering (5)
– Mathematics (5)
– Physics (5)
– Psychology (5)
– Statistics (5*) (Applied Mathematics (5*))
– Warwick HRI(horticulture)(なし)
32
Warwick 大学における研究:概要と特徴
Faculty of Social Studies
– Economics (5*)
– Education (4)
– English Language Teacher Education ()
– Health and Social Studies(なし)
– Law (5)
– Philosophy (5)
– Politics and International Studies (5)
– Sociology (5) (Social Work (5))
– Warwick Business School (Business and Management Studies (5*))
– Women and Gender(なし)
情報源 [5]
付録2
Warwick 大学における 2004/05 年度の高給受給者:年俸と人数
年俸
£210,000 — £219,999
£200,000 — £209,999
£190,000 — £199,999
£180,000 — £189,999
£170,000 — £179,999
£160,000 — £169,999
£150,000 — £159,999
£140,000 — £149,999
£130,000 — £139,999
£120,000 — £129,999
£110,000 — £119,999
£100,000 — £109,999
£90,000 — £99,999
£80,000 — £89,999
£70,000 — £79,999
人数
1
0
1
0
1
0
1
3
4
1
9
5
15
21
53
標準的な教授の給料は約 45,000 ポンド(約 9,500,000 円)
情報源 [1]
33
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
付録3
Warwick 大学の研究費収入(RAE に基づく Funding Council Grant を含
まない)
研究収入
60%
50%
40%
Warwick大学(2004-05年)
Oxford大学(2003-04年)
Cambridge大学(2004-05年)
大学平均(2000-01年)
30%
20%
10%
0%
A
B
C
D
E
F
収入源
A = 研究助成金(Research Council Grants)
C = チャリティー
E = 企業と商社
B = その他の政府関係
D = ヨーロッパ共同体
F = その他
情報源[1], [3], [4], [8]
引用文献
[1]
[2]
[3]
[4]
[5]
[6]
[7]
www2.warwick.ac.uk/services/finance/statutory_accounts/
www.annualaccounts.bham.ac.uk/2005/index.htm
www.admin.ox.ac.uk/rso/statistics/total03-04.shtml
http://www.admin.cam.ac.uk/offices/planning/data/facts/
www.hero.ac.uk/rae/Results/
Times Higher Education Supplement 24th March
「The University of Warwick — 40 years of Innovation」中国訪問中の David
VandeLinde の口頭発表
[8] Lambert Review of Business-University Collaboration 2003(イギリス政府報
告書)
34
3
ウォリック大学における教育活動の特色と現状
伊藤 彰浩
1 はじめに
ウォリック大学はイギリスで1960年代に創設された7つの 「新大学」 New
Universities ― Seven Sisters とも呼ばれる ― のひとつである。他の 「新大
学」 と共通して、郊外に立地し、学生は原則として学内の寮で生活する。そ
れらの大学が“the green-fields universities”とも称される所以である。
一般にウォリック大学が知られるのは、1980 年代のサッチャー政権下の
大学財源削減に直面して、きわめて企業的な経営手法で成果をあげ、創設か
ら 30 年ほどの短期間にオックスブリッジにつぐ地位の大学集団の一員とし
ての評価を固めたことであろう。したがって、その“save half, make half
policy”や“earned income policy”といった 80 年代以降に他大学に大きな
影響を与えた経営戦略 1 ほどにはこの大学の教育活動に注目されることは少
ない。しかし、近年の第三者機関による教育評価において、後述のようにウ
ォリック大学は相当に高い評価を得ている。
以下ではこのようなウォリック大学の主に学士課程教育をとりあげ、その
ミッション、提供しているプログラムの種類、在学生の分布、質の保証メカ
ニズムについて概観していきたい。
2 教育のミッション
まずこの大学が掲げるミッションについて確認しておこう。
“UNIVERSITY
2
CORPORATE PLANNING STATEMENT 2005”
によれば、ウォリック大学の
教育にかかわるミッションとしてはつぎのような項目があげられている。
● 地域・国・国際の各レベルにおいて、研究・教育の世界的リーダーとし
て広く認められる機関を作り上げること
● 教育・研究の各プログラムを通して、経済と社会全体に大きく貢献する
ために必要な教育とスキルを卒業生に身につけさせること
● 優れた資質をもった学生やスタッフを集め、最高レベルの教育・学習・
研究をおこなうために最もふさわしい援助・施設を提供すること
35
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
● 優れた教育や研究、訓練や文化、雇用機会を提供することを通して地域
社会に貢献すること
● 他の高等教育機関や学校、あるいはその他の営利・非営利のパートナー
との共同や連携の機会を開拓すること
● 高品質で刺激的な大学教育を、そこから利益を得ることのできる者に
対して提供する政策を継続すること
このように目指されているのは、
「世界的リーダー」になり、「最高レベル」の
教育を提供する大学であるとともに、多様な学生層に教育機会を提供し、地域
社会への貢献や学外との連携によって、いわば役に立つ大学になろうとするこ
とである。とくに後者の点はウォリック大学が創設後の早い時期から目指して
きたことであり、とりわけ 80 年代以降に力をいれてきた目標であった 3。
3.教育プログラムの構造と特色
学部と学位
ウォリック大学の教育プログラムは、人文 arts、科学 science、社会科学
social studies、医学 medicine の 4 つの「学部」faculty に分類されている。
「学部」は学科departmentが提供する教育プログラムの比較的ゆるやかな集
合体であり、また学士課程と大学院課程の両者をそこに含んでいる点で、日
本の大学の「学部」とはかなり異なる。それぞれの「学部」には表 1 に示し
たような教育プログラムが設けられている 4。
これらのプログラムはもちろん単独でとることもできるが、複数の領域に
表1 学部 faculty とプログラムの種類
Faculties
Programmes
Social Studies
Economics, Law, Philosophy, Politics and International
Studies, Health and Social Studies, Sociology, Warwick Institute of Education, Warwick Business School.
Science
Biological Sciences, Chemistry, Computer Science, Engineering, Mathematics,Physics, Psychology, Statistics, Postgraduate Medical Education
Arts
Comparative American Studies, Classics, English, Film and
TV, French, German,History, History of Art, Italian, Theatre
Studies
Medicine
Health in the Community, Clinical Sciences, Medical Education
36
ウォリック大学における教育活動の特色と現状
またがるジョイント・ディグリーも数多く用意されており、たとえば 「哲学、
政治学、経済学」
「歴史と社会学」
「数学と物理学」といった学位を取ること
が可能である。したがって学位の種類は 100 種以上に及ぶ 5。
学士課程の修業年限は多くのプログラムで 3 年であるが、一部 4 年のもの
もある。いうまでもないことだが、イギリスの大学には、日本のように教養
教育と専門教育の区分はなく、学士課程は基本的に専門教育を中心に構成さ
れている。
特徴
ウォリック大学は自らの教育プログラムの特徴として以下の諸点をあげて
いる 6。
1. カリキュラムの柔軟性。学位プログラムに多数の選択科目が存在し、ま
た他学科科目の選択も可能であり、学生の関心にそった科目選択がで
きる。
2. カリキュラム内容のユニークさ。「社会的・政治的文脈における法」
「哲
学と文学」といった他にはみられない融合的な学位コースが存在する。
3. 教育と研究との結びつきの強さ。一流の研究大学であることを活かし
て、最先端の研究内容を教育に反映させている。長期休暇中に学生が研
究チームに参加する Undergraduate Research Fellowship Scheme も
設けられている。
4. 実業界とのコラボレーション。イギリスの大学として最も早い時期か
ら実業界との関係を重視しており、すべての学生はビジネス・スクール
の授業を履修することができるし、企業での実習もおこなわれている。
5. 社会人に必要なスキル養成。Warwick Skills Certificate と呼ばれる学
士課程学生対象の無料プログラムが設けられており、そこではコミュ
ニケーションスキル、情報技術、創造性や個人開発といったテーマの授
業が開講されている。
6. Study Abroadプログラムの充実。いくつかのプログラムでは留学が必
修となっている。またEUのソクラテス・エラスムス計画や大学独自の
制度を利用しての留学も可能である。
7. 社会人学生への幅広い入学機会の提供。パートタイム学生制度が設け
られているほかに、正規の入学資格を持たない学生には 2+2 Degree
Programme とよばれる近郊のカレッジと連携しての学位プログラム
37
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
も実施している。さらに Foundation Degree とよばれる有職パートタ
イム学生対象の学位も用意されている。
8. オープンスタディコースの提供。市民向けに地域のさまざまな場所で、
多様なトピックに関して開催されている。コースの履修歴は後にパー
トタイム学位プログラムに入学した場合に単位として利用できる。
2004 年に QAA(Quality Assurance Agency)がウォリック大学を対象に
実施した評価報告書では、教育にかかわる次の 3 点が“Good Practice”と評
価されている 7。
1. 2 + 2 Degree Programme
2. Warwick Skills Certificate
3. Warwick Teaching Certificate Programme
これらのうち最初の 2 点についてはすでにふれている。3 の Warwick
Teaching Certificate Programme は、日本でいう Faculty Development に
相当するものであるが、はるかに組織化されており、ほぼ修士レベルのプロ
グラム内容をもつ。ウォリック大学では新任教員は最初の4年間が仮任用期
間とされており、その期間にこのプログラムが提供する研修に参加すること
になる 8。なお、このプログラムは 2005 年に Postgraduate Certificate in
Academic and Professional Practice (PCAPP)に改組され、教育活動に
とどまらないより幅広い内容を扱うものに改められた。
学生数
学生の分布について概略だけふれておく。全学生 1 万 6 千人の約 7 割にあ
たる 1 万 1 千人が学士課程の学生である。彼らがどの「学部」faculty に属し
ているかを図1に示した。科学が最も多く、社会科学、人文、医学と続いて
いる。ついでながら大学院レベルの学生の所属「学部」は社会科学が飛び抜
けて多く、科学、人文、医学と続く(図2)。大学院での社会科学のシェアの
大きさはビジネス・スクールなどの規模の大きさが反映しているのであろ
う。ちなみにウォリック大学は 1990 年代に全学レベルでアメリカ型の
“graduate school”を設けたイギリスで最初の大学であり、意識的に大学院
重視の戦略をとってきた 9。そのことが同国の大学のなかでは比較的高い大
学院生比率に影響していると思われる。
38
ウォリック大学における教育活動の特色と現状
Medicine
13%
Social
Studies
32%
Medicine Arts
4%
5%
Arts
19%
Science
36%
図 1 学士課程学生の所属 faculty
Science
31%
Social Studies
60%
図 2 大学院学生の所属 faculty
なお、学士課程入学の選抜度は、志願者約 3 万人に対して合格者が 3 千 5
百人、競争率は 8.6 倍であり、イギリスの大学のなかでもかなり高い部類に
属する。また、学士課程の卒業後の進路は 63 パーセントが就職、23 パーセ
ントが進学である 10。
以下では専門分野の事例として社会学科のカリキュラムをみていきたい。
4.カリキュラム ― 社会学科の事例
ウォリック大学の社会学科は、学士課程学生数は400人を越え、大学院生
は約 120 人、教員は約 30 人と、社会学科としてはイギリスでも有数の規模
を誇る。2001 年度の RAE(Research Assessment Exercise)では7段階中
の上位から 2 番目の「5」評価であった 11。社会学の学士課程では社会学の単
独の学位だけでなく、フランス研究、ジェンダー研究、ジェンダーとカルチ
ュラル・スタディーズ、歴史学、法律学、政治学、社会施策などの領域との
ジョイント・ディグリーも取得可能である。ここでは社会学単独の学位取得
コースのカリキュラムを見ていくことにする。
社会学科の修学年限は 3 年(法律学とのジョイント・ディグリーのみは 4
年)である。ウォリック大学ではモジュールmodules制度が導入されており、
社会学科では 1 年間で 4 つのモジュール(それぞれ授業科目に相当)を履修
するのが標準的とされている。
提供されているモジュールの一覧を表 2 に示している。1 年目は基礎的プ
ログラム foundation programme と位置づけられ、必修の“Sociological
Imagination and Investigation”を含む 4 モジュールの履修が求められる。
それらの基礎プログラムをパスしなければ上級のモジュールに進めない。2
年目では選択必修モジュール群から最低ひとつとその他の選択モジュール群
からの合計 4 モジュールの履修が必要とされる。3 年目は教員からの指導を
39
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
表2 社会学科の学士課程カリキュラムにおけるモジュール一覧
第 1 学年
Module 1:(必修)
・Sociological Imagination and Investigation.
第 2 学年
Modules 1-4:(以下から選択)
少なくとも以下から1モジュー
ル
・Surveys, Secondary Analysis
Modules 2 and 3:
and Social Statistics,
(以下から選択)
・Field Studies in Social Research,
・Modernity and Globali・Theoretical Ideas in Sociolsation;
ogy.
・Gender, Class and Em加えて以下から選択
pire;
・State, Society and Work; ・Creating Social Europe;
・Social Welfare in Brit- ・Cultural Regimes of Gender;
・Contemporary Health Issues;
ain;
・International Perspec- ・The Sociology of Health and
Illness;
tives on Gender;
・Sociology of Knowledge,
・Births of Feminisms.
・Science and Intellectuals;
Module 4:(以下から選択) ・Narratives of Disease, Death
and Difference:
上のリストで選択してい
ないもの、ないしは選択科 ・The Sociology of Story;
目リスト(社会科学学部・ ・Sociology of Crime and Deviance;
人文学部の他学科・語学セ
ンター等が提供する科目か ・Sociology of the Modern
State;
らなる)から選ぶこと
・The Social Construction of
Masculinities;
・Marx’s Social Theory;
・Work and Employment in
Contemporary Society;
・Visual Sociology;
・Social Welfare in Britain;
・Migration and Identity;
・Transformations: Gender,
Reproduction and Contemporary Society;
・P o p u l a t i o n a n d S o c i a l
Change;
・Politics of Food and Nutrition:
・National and International
Perspectives;
・Gender and Work Worldwide;
・Social Theory of Law
第 3 学年
論文:( 必修)
10,000 字
Modules 1-3:(以下から選択)
・The Sociology of Health
and Illness;
・Sociology of Knowledge,
Science and Intellectuals;
・Narratives of Disease,
Death and Difference: The
Sociology of Story;
・Contemporary Health Issues;
・Creating Social Europe;
・‘Race’, Difference and the
Inclusive Society;
・Sociology of Crime and Deviance;
・Sociology of the Modern
State;
・The Social Construction of
Masculinities;
・Marx’s Social Theory;
・Work and Employment in
Contemporary Society;
・Sociology of Education;
・Migration and Identity;
・Sexuality and Society;
・Collective Behaviour and
Social Movements;
・Population and Social
Change;
・Youth and Society;
・Political Sociology;
・C o n t e m p o r a r y S o c i a l
Theory;
・Money, Sex and Power in a
Global Context;
・Politics of Food and Nutrition: National and International Perspectives;
・Sociology of Developing
Societies.
出典:http://www2.warwick.ac.uk/fac/soc/sociology/undergrad/modules/ をもとに作成
40
ウォリック大学における教育活動の特色と現状
うけながらの論文(1 モジュールに相当)の執筆と選択モジュール群からの
3 モジュールの履修が必要である。これら以外に、語学センターの提供する
語学コースの履修も可能である。
なお、これらの選択モジュールの履修の際に、学生はいくつかの「専攻」
Specialisms を選択することもできる。専攻には Cultural Studies、Gender
Studies、Research Methods、 Social Policy の4 種があり、以下の3 条件を
みたせば、たとえば“BA Sociology with Specialism in Cultural Studies”
のように専攻名を付した学位が授与される。その条件とは、専攻に関連する
モジュールを最低 3 つ履修すること、そのうちの 2 つは 2 年目ないしは 3 年
目に履修すること、そして3年目に執筆する論文のテーマがその専攻にかか
わることである。ただしこれらの専攻を選ばないでも卒業は可能である。
社会学科のモジュールの多くは 2 学期間を通して開講される 12。たとえば
1年目の必修である“Sociological Imagination and Investigation”では、毎
週、レクチャー 1 時間、セミナー 1 時間半の授業が 2 学期間、すなわちレク
チャー、セミナーとも各20回行われる。日本の大学の授業科目のおおよそ2
つ分強に相当する程度の授業時間である。各モジュールは教員が個人で担当
する場合も、複数で担当する場合もある。
なお、モジュールの運営については、担当教員向けの詳細なマニュアルが
準備されており、そこでモジュールのデザインの仕方や評価法のガイドライ
ンが示されているほか、モジュールに関する実績報告を学科の品質保証小委
員会 Quality Assurance Sub-Committee に毎年提出することが求められる
など、細部にわたる支援と評価のシステムがつくられている 13。
5.教育の品質維持
いうまでもなく教育の品質維持のためにはさまざまなメカニズムが存在す
る。そのメカニズムは大学の内部でおこなわれるものと外部からおこなわれ
るものと大きく 2 種に分けられる。
大学内の品質維持メカニズム
イギリスでは各大学内でおこなわれる主要な品質の維持メカニズムとし
て、毎年の評価と数年ごとに 1 度行われる評価の 2 種がある 14。ウォリック
大学においても同様であり、毎年行われる評価(Annual Review)と 5 年に
一度おこなわれる評価がある。前者は各学科の教育活動を対象とし、当該学
科が行う自己評価を主体とするものであり、後者はさらに2種類に分けられ、
41
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
ひとつはPeriodic Review of Courses of Studyとよばれ、各学科が提供する
教育について評価をおこなうものであり、もうひとつは Quinquennial Departmental Reviewsとよばれ、学科がおこなう教育・研究・管理運営の全体
的な評価をおこなうものである。
毎年の評価(Annual Review)は、前述のように学科自身による教育の自
己評価であるが、そこにおいてどのような内容が対象とされるのかを知るた
めに、評価の際に各学科が準備を求められている資料の一覧を次に挙げてお
く 15。
●
A summary of student feedback/module questionnaires;
●
Examination results;
●
External Examiners’ reports;
●
Recent Subject Review or external PSB (Professional and Statutory
Bodies) accreditation reports;
●
SSLC (The Staff-Student Liaison Committee) minutes and/or annual reports;
●
Module documentation for students (e.g. student handbooks, module handouts, reading lists);
●
Previous year’s Annual Course Review report;
●
Data, including extracts from the Academic Statistics publication,
on applications and registrations; information on non-completion
and cohort analysis conducted at departmental level to identify
reasons for non-completion and potential implications for departmental support mechanisms; degree classifications and first destination of students, for the last academic year;
●
Feedback from employers and/or other stakeholders periodically
involved in curriculum design and review, where applicable;
●
The Course Specification(s) for the degree course(s);
●
Relevant QAA Subject Benchmark Statements.
このように、試験結果も含むモジュールに関する諸資料、学生や学外試験
委員External examinersの意見、過去の諸評価の結果、学生の追跡調査を含
む調査データ、雇用者の意見など、相当に多様な資料が求められており、教
育活動の状況が細かくチェックされていることがわかる。
42
ウォリック大学における教育活動の特色と現状
5 年に一度おこなわれる Periodic Review of Courses of Study は、学部委
員会 Faculty Board が組織する評価チームが、対象となる学科が作成した自
己評価資料をもとに、部外者(学外試験委員等)の意見を取り入れながら教
育活動についての評価をすすめる。そのプロセスでは評価ミーティングが行
われ当該学科の代表者やスタッフ、学生などからの意見聴取も行われる 16。
Periodic Review についてもそのために準備すべきとされている資料の一覧
を掲げておく。
●
Self-evaluation document (including statistical data from Academic
Statistics);
●
The previous Periodic Review report(s);
●
External assessment (TQA/Subject Review or OFSTED) and any professional or statutory body accreditation reports and any follow-up
conducted by Academic Quality and Standards Committee;
●
All Annual Course Review reports produced for the relevant courses
since the last Periodic Review;
●
External Examiners’ reports for the last three years;
●
Detailed comments from the external member (if s/he is not to be
present at the review meeting);
●
Student handbooks and a sample of promotional literature;
●
SSLC Annual Reports and, at the discretion of the review group, a
small sample of SSLC minutes/student feedback forms/module
questionnaires and analysis of these forms;
●
Course Specification for each degree course;
●
Relevant Subject Benchmark Statements
さらに Quinquennial Departmental Reviews は、学科の活動全般につい
て評議会(Senate)が主体となっておこなう評価である。学科提出の自己評
価書等の資料と、学科スタッフや学生との面談などに基づき評価が実施され
る。学長 Vice-Chancellor が評価対象学科と相談のうえ選任する 5 名の評価
チームのうち 3 名は学外者で構成することとされている 17。
なお、すでに名前のでてきた学外試験委員による教育プログラムの水準や
学生の達成度、試験のプロセスや結果などに関する評価、これまた先述の
Warwick Teaching Certificate Programme などによる教員を対象とするス
43
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
タッフ・ディベロップメントの諸活動、さらにここでは十分に触れられなか
ったが、コースやモジュールを新設する際の審査プロセス18なども教育の品
質維持メカニズムとしてあげることができる。
学外機関による品質維持メカニズム
学外機関による教育評価としてもっとも重要なのはQAA(高等教育水準保
証機構)によるものである。教育に関する QAA の評価は高等教育財政機関
(Higher Education Funding Council)の委託をうけて実施されている。大
学はこの評価への対応に膨大なエネルギーを注いでいる。すでにみた学内で
の品質管理のメカニズムの大半は、このQAAの評価への対応であるといって
も過言ではない。
1993 年に創設された QAA の評価方式は何度か変更されたが、2002 年以
降は「機関監査(Institutional Audit, Institutional Review)
、学科レベル監
査(Discipline Audits Trails, DATs)、そして学科レベル評価(Subject
reviews)の 3 段階に構造化」されている 19。すなわち「機関監査において
質と水準の保証システムをチェックし、それが実際に正しく機能している
かどうかを学科レベルでのいくつかの例で確認し、そこで問題があった場
合について全面的な学科レベル評価を実施するという方式」
(同前)である。
評価方法は、大学が提出する自己評価報告書にもとづき、訪問調査を含めて
審査チームがその内容をチェックし、判定をくだす。なお、2002年以降は、
以前おこなわれていた評点によってランクづける方式は変更され、適切で
あるか、そうでないかといった定性的な表現で評価結果が述べられるよう
になった。
2002年から2005年の間にすべてのイギリスの大学がこの評価をうけ、ウ
ォリック大学への評価結果は 2004 年 3 月に報告書がだされている。そこで
の機関監査の結果は、教育プログラムや学位の質のマネジメントについては
「広く信頼できる」broad confidence というものであった 20。また、学科レ
ベル監査の対象となった社会学、機械工学、コンピュータサイエンス、ドイ
ツ語、演劇の5学科の評価の結果も、学位コースにおける学生の達成度は「適
切」であり、学生に提供される学習機会の質も当該の学位にとって「ふさわ
しい」とされている 21。
なお、参考までに 1995 年から 2001 年に実施された旧方式による QAA の
評価結果を示しておく(表 3)。合計得点が満点の 24 点であった専門分野が
17領域中7領域を占める成果をあげている。ただし、満点をとった大学が対
44
ウォリック大学における教育活動の特色と現状
象大学の相当数を占める専門分野もみられ、満点を獲得することが一握りの
上位ランクへの位置づけを意味するわけでは必ずしもない 22。
表3 QAA による教育評価(プログラム別、1995 ∼ 2001 年の実施分)
カリキュラム
学生の
教授・学習
のデザイン、
進歩と
と評価
内容、組織
達成
学生支援と
質の維持
学習資源
ガイダンス
と促進
2001RAE
計 (研究評価)
の結果
Politics and
International
Studies
(December 2001)
4
4
4
4
4
4
24
5
Philosophy
(October 2001)
4
4
4
4
4
4
24
5
Classics
(February 2001)
4
4
4
4
4
3
23
5
Economics
(January 2001)
4
4
4
4
4
4
24
5*
Education
(November 2000)
4
4
4
4
4
4
24
4
Mathematics and
Statistics
(November 2000)
4
3
4
4
4
3
22
5*
Physics
(November 1999)
4
4
4
4
4
4
24
5
Psychology
(March 1999)
4
3
3
4
4
3
21
5
Biological
Sciences
(January 1999)
4
4
4
4
4
3
23
5
Engineering
(March 1998)
4
3
3
4
4
3
21
5
Film and
Television Studies
(October 1996)
4
3
4
4
4
4
23
5
French Studies
(February 1996)
3
3
4
4
3
4
21
5
German Studies
(February 1996)
4
3
4
4
4
4
23
5
History of Art
(January 1998)
3
3
4
4
4
3
21
5
Italian
(October 1995)
3
3
4
4
3
4
21
5
Sociology
(January 1996)
4
4
4
4
4
4
24
5
Theatre Studies
(November 1996)
4
4
4
4
4
4
24
5*
出典:http://www2.warwick.ac.uk/study/tqa/results/
注:各小項目は 4 点満点、計は 24 点満点。
45
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
マスメディアによるランキング
さいごに学外からの評価の一種として、マスメディアによる大学ランキン
グについても簡単にふれておく。ここではサンデータイムズとガーディアン
の 2 つの主要新聞による評価をとりあげよう。
まずサンデータイムズの 2005 年版の大学ランキングによれば、119 大学
のなかでウォリック大学は総合得点では6位を占めるが、教育関連の項目を
個別に見れば、学生の教育への満足度では12位、中等学校校長による学士課
程教育の評価では7位であった 23。またガーディアン誌における 2005 年度
の教育ランキング調査では、ウォリック大学は9位についている。ここでの
得点は、教員、入学資格、学生あたりの支出、教員・学生比率、就職率、学
生層の多様性等の各指標を総合したものである。
いずれにおいてもウォリック大学の教育の質はイギリスの全大学中で 10
位前後にあるとみられており、その評価はかなり高いといえる。
表4 Guardian 誌による教育ランキング
Institution
Average Guardian teaching score/100
Oxford
83.96
2
Cambridge
82.96
3
Imperial College
81.26
4
Schl of Oriental & African Studies
79.38
5
London Schl of Economics
79.32
6
King’s Col, London
77.48
7
University College London
076.4
1
8
York
73.15
9
Warwick
072.9
10
Edinburgh
72.85
出典:
http://education.guardian.co.uk/universityguide2005/table/0,,-5163901,00.html?index=3
6.おわりに
以上ウォリック大学の教育活動を概観してきた。印象に残ったのは、イギ
リス有数の研究大学であり、厳しい入学者選抜を経てきた高いレベルの学生
に教育をおこないつつも、同時に職業をもった成人などの多様な学生を対象
とした、各種の学位プログラムを用意していること、そして、多方面にわた
46
ウォリック大学における教育活動の特色と現状
る品質維持メカニズムが構築され、また教師や学生に対するきめ細かな教
授・学習のガイドラインと支援体制が整備されていることであり、それらは
日本の大学教育にも示唆する点が少なくないように思える。
いうまでもなく本稿はウォリック大学の教育活動の一部分にしか触れられ
ず、しかも資料的制約から制度的側面にもっぱら焦点を当て、その実態には
十分に踏み込めていないという大きな限界をもっている。たとえば上述のよ
うな教育支援の「きめ細やかさ」は利点でもあろうが、反面での弊害をもと
もなってはいないだろうか。こうした点の解明にはさらなる実地調査が必要
となろう。
註
11
Burton R. Clark, Creating Entrepreneurial Universities: Organizational Pathways of Transformation (Oxford: Elsevier Science, 1998).
12
http://www2.warwick.ac.uk/insite/info/gov/corporateplan/cps05.pdf(2006 年
3 月 22 日アクセス)。
13
Clark, Creating Entrepreneurial Universities.
14
http://www2.warwick.ac.uk/about/profile/depts/(2006 年 3 月 22 日アクセス)。
15
60年代に当時の新構想大学として創設された 「新大学」
は、伝統的な専門分野を
中心とした構造ではなく、学際性の強いカリキュラム構造をもっていた。ここでみ
たウォリック大学のカリキュラムの特徴も、その流れをくむものといえるかもしれ
ない。
16
http://www2.warwick.ac.uk/study/undergraduate/courses/options/(2006 年 3
月 22 日アクセス)。
17
http://www.qaa.ac.uk/reviews/reports/institutional/Warwick04/main.asp
(2006 年 3 月 22 日アクセス)。
18
イギリスの大学では新任教員の仮任用期間が一律に定められており、そうした仮任
用者を主たる対象とするこのプログラムと同種の研修が各大学で実施されている。
19
Clark, Creating Entrepreneurial Universities.
10
http://www2.warwick.ac.uk/about/profile/people/(2006 年 3 月 22 日アクセス)。
11
2001 年の RAE の社会学分野の評価では、ランクの上位2階層(5 *と 5)に対象校
の約 3 分の 1 が含まれており、上位ランクに属する大学数はかなり多い。(http://
www.hero.ac.uk/rae/Results/,2006 年 3 月 25 日アクセス)。
12
ウォリック大学では秋(9 月∼ 12 月)・春(1 月∼ 3 月)・夏(4 月∼ 6 月)の 3 学
期制がとられている。各学期は10週間であるが、夏学期の後半は試験期間に当てら
れることが多い。
13
http://www2.warwick.ac.uk/fac/soc/sociology/staffinfo/web2.pdf(2006 年 3 月
25 日アクセス)。
14
QAA,“A brief guide to quality assurance in UK higher education”(http://www.
qaa.ac.uk/aboutus/heGuide/guide.asp, 2006 年 3 月 25 日アクセス)。
47
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅱ.ウォリック大学
15
16
Academic Quality and Standards Committee, “Information Pack on Procedures
for the Review of Courses of Study 2003-04,” University of Warwick(http://
www2.warwick.ac.uk/insite/info/quality/review/notesofguidance.rtf, 2006 年 3
月 25 日アクセス)。
http://www2.warwick.ac.uk/insite/info/quality/review/section3.rtf(2006年3月
30 日アクセス)。
17
http://www2.warwick.ac.uk/insite/info/quality/Departmental Review
Guidelines.doc(2006 年 3 月 30 日アクセス)。
18
http://www2.warwick.ac.uk/insite/info/quality/courseapproval/(2006 年 3 月
30 日アクセス)。
19
安原義仁「イギリス高等教育の質的保証システム」広島大学高等教育研究開発セン
ター編『高等教育の質的保証に関する国際比較研究』広島大学高等教育研究開発セ
ンター 2005 年、p.157。
20
http://www.qaa.ac.uk/reviews/reports/institutional/Warwick04/summary.asp
(2006 年 3 月 30 日アクセス)。
21
http://www.qaa.ac.uk/reviews/reports/institutional/Warwick04/summary.asp
(2006 年 3 月 30 日アクセス)。なお、この他にも教育の品質維持については、第三
者機関への情報提供やQAAによるその他の評価、学内でのスタッフ・デベロップメ
ント等、学内外でいくつかの活動がなされているが、それらについては、QAA の
“A brief guide to quality assurance in UK higher education”(http://www.qaa.
ac.uk/aboutus/heGuide/guide.asp)、ないしはウォリック大学の“The Warwick
Quality Assurance Framework: An Overview”(http://www2.warwick.ac.uk/
insite/info/quality/teachingquality.doc)を参照されたい。
22
http://www.qaa.ac.uk/reviews/reports/subjectlevel/qo1_01_textonly.htm#aims
(2006 年 3 月 30 日アクセス)。
23
http://www.timesonline.co.uk/section/0,,8403,00.html(2006年3月30日アクセ
ス)。
48
1
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
楊 頡(上海交通大学・高等教育研究所・副教授)
1、上海交通大学の歴史と沿革
上海交通大学は中国の沿海部の大都市である上海にあり、中国で二番目に
古い歴史をもつ大学である。1896 年(清・光緒 22 年)に、清王朝政府は西
洋の知識を身につけた官僚を育成するため、上海交通大学の前身である「南
洋公学」を創設し、師範院、外院(初等教育機関)、中院(中等教育機関)と
上院(高等教育機関)を設置した。優秀な上院卒業生は国費留学生として選
ばれた。1899年に、訳書院と東文学堂が設置され、翻訳者を育成し始め、数
多くの日本語による著作および日本語に翻訳された西洋の著作を中国語に訳
した。
1905年に、学校は実業人材の育成へと方向性を転換した。1907年には、工
学を中心とする指針が定められ、鉄道専科と電機専科が設置された。ここに
工学の専門教育を特徴とする近代高等教育機関は発足した。
1920年12月には、上海工業専門学校(南洋公学)、唐山工業専門学校、北
京鉄路管理学校、北京郵電学校が統合されて「交通大学」となった。交通大
学はMITとハーバード大学のカリキュラムと教科書を導入し、アメリカ大学
をモデルとした近代大学として発展することを求めた。
1930年代に、電機工程学院、機械工程学院、土木工程学院、科学学院、管
理学院、中国文学系1と外国語系2が相次いで設置され、交通大学は単なる技
術者育成のための大学モデルを越えて、科学研究に取り組む大学へと発展し
はじめた。1943 年には、電信研究所を創設し、大学院教育も開始した。
1949年以降、中国政府は旧ソ連の高等教育システムをモデルとして、大規
模な学科組織調整を行った。50年代を通じて、交通大学は数回の調整を経て
「学院システム」を廃止し、工学を中心とする「学系システム」を確立した。
1955年には、交通大学の一部が西安に移転した。1959年に、交通大学の
上海キャンパス地域と西安キャンパス地域を中心にして、それぞれ「上海交
通大学」と「西安交通大学」へと再編された。
1980年代から、上海交通大学は理学と人文・社会科学分野の発展にも取り
組み、工学を特徴としながらも総合高等教育機関へと変容を遂げることをめ
49
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
ざしはじめた。80 年代中期以降には、上海交通大学ではふたたび「学院」に
基づいた組織システムが回復された。
1982年に、上海交通大学は「全国重点大学」に指定され、1993年に「211
プロジェクト」3 の 100 校のひとつに選ばれ、1998 年には、「985 プロジェ
クト」4のトップ7校に指定された。それらの機会に乗じて、上海交通大学は
ワールドクラスの研究大学として急速に発展してきた。
1999 年と 2005 年に、上海交通大学は上海農学院と上海第二医科大学を相
次いで統合し、理・工・医科学を中心とした総合大学へと変貌を遂げつつある。
2005年末までに、上海交通大学には19の学院、二つの学系と一つの研究
院が設置された。2005 年現在では、大学本体の学生が 33,459 名(専修科を
含む学部生 20,720 名、大学院生 12,739 名)、その他の学生 33,934 名(夜間
学生10,998名、インターネット通信学生 20,690名、留学予科生2,246名)、
あわせて 67,393 名の学生が在籍している。教員は 2,886 名である。
国際化は、上海交通大学の開学以来の一貫した政策である。「南洋公学」
時代の訳文館は近代中国最初の翻訳人材を育成する機関である。そこでは、
1930 年代にアメリカ大学のカリキュラムを導入した。70 年代末の「改革開
放」後、中国初の訪米大学考察団を派遣した。現在でも、上海交通大学は中
国大学の国際化の担い手として活躍している。世界各地の100以上の大学と
表1.上海交通大学の歴史的変遷略表
期間
50
校名
所属
1896 ∼ 1904
南洋公学
招商局、電報局
1905 ∼ 1906
商部高等実業学堂
商部
1906 ∼ 1911
郵伝部上海高等実業学堂
郵伝部
1911 ∼ 1912
南洋大学堂
郵伝部
1912 ∼ 1920
交通部上海工業専門学堂
交通部
1920 ∼ 1922
交通大学
交通部
1922 ∼ 1928
交通部南洋大学
交通部
1928 ∼ 1949
国立交通大学
鉄道部(1928 ∼ 1938)
教育部(1938 ∼ 1949)
1949 ∼ 1959
交通大学
高等教育部
1959 ∼ 1999
上海交通大学
高等教育部(1959 ∼ 1960)
国防技術委員会(1961 ∼ 1981)
教育部(1982 以降)
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
学術交流協定を結び、教育と研究の両面において活発な国際交流連携活動を
展開している。90年代以降、上海交通大学はより広い領域において国際連携
を求め、大学運営の国際化にも活躍している。
1994 年、中欧国際工商学院を創設し、EU(ヨーロッパ連合)諸国の大学
との交流を深め、世界に知られるビジネス・スクールへと急速に成長した。イ
ギリスの Financial Times 誌における世界ビジネス・スクールの年次評価に
よって、中欧国際工商学院の MBA プログラムと EMBA プログラムは連続 3
年(2004 ∼ 2006)でアジアの大学のなかでは 1 位にランクされ、世界のト
ップクラスに選ばれた。
2001 年に、上海交通大学機械学院と動力工学院はミシガン大学機械工学
院と全面的な連携を開始し、大学間共同教育プログラムが開設された。この
共同教育プログラムでは、学生交換と単位認定に基づいて、相互の学位授与
をめざす国際共同教育を開始した。2005 年に、両校の連携をさらに一歩進
め、上海で連合学院を創設することに合意した。
上海交通大学は、海外にも積極的に進出している。90年代には、シンガポ
ールの南洋理工大学と交流を深め、シンガポールで大学院教育を展開してい
る。2002年には、シンガポールで海外大学院を設置し、東南アジアにも大学
教育の市場を拡大している。
2、組織構造
創立以来、上海交通大学は中国における「国立大学」としての特徴をもつ
ため、中央政府の直接的な管理下に置かれてきた。そのため、政府は大学の
運営経費を保証してきた。大学の教職員は「教師法」によって、特別公共事
業従業員として公務員と同じ処遇が施されてきた。1990 年代の教育行政改
革以降、「高等教育法」が規定されたことによって、中国の大学は一般的には
民法上の法人へと変容された。そのため、教育、研究、学術交流、人事異動、
財産処置など自主裁量の権利が認められた。1998年以降には、中央政府は上
海地方政府とともに上海交通大学に運営資金を提供することになった。これ
によって、上海交通大学は中央教育部と上海市地方教育委員会の双方の二重
管理によって監督されることになった。
上海交通大学の管理システムは、図1に示されるように、意思決定機関、行
政管理機関、諮問機関、監督機関から構成され、中央集権的な行政管理の傾
向が顕著である。
51
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
共産党委員
党務機関
政治指導
校務委員会
校長行政会議
役員会
校長
各種委員会
諮
問 副校長、校長補佐
中心組会議
政策作成
各
機
関
長
事務機関
監督
教
職
員
代
表
委
員
会
行政執行
各学院、研究所、直轄機関
代表
図 1.上海交通大学のガバナンス構造
1)意思決定機関
上海交通大学の意思決定機関は共産党委員会である。この委員会は、共産
党教職員の代表によって構成され、書記は共産党員会の長として中国共産党
中央組織部によって任命される。常務委員会は、共産党委員会の常設機関と
して実際の意思決定機関である。常務委員会は、党の書記、副書記(現在 4
名)、共産党員の校長と副校長(現在 6 名)、紀律委員会書記、組織部長でも
って構成される。共産党委員会の下には、日常事務を処理するいくつかの機
関が設置されている。
共産党委員会の機能は以下のように規定されている。
1、 社会主義路線及び党の指針、綱領を貫徹と維持すること。
表2.上海交通大学党務機関一覧
党委員会オフィス
統戦部
改革・発展オフィス
組織部
紀律検査委員会
宣伝部
言語・文字委員会
学生指導委員会
学校労働組合
女性委員会
老年(定年者)委員会
52
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
2、 大学基本制度及び基本組織構造を定めること。
3、 大学の重大な改革事項を決断すること。
4、 幹部の育成、選出、監督、評価に関すること。
5、 教職員労働組合、学生団体、教職員代表大会に政治的指導すること。
6、 党の人事と政治連盟と連携すること。
2)行政管理機関
上海交通大学は、校長
(学長)を中心とする強力な行政システムをもつ。校
長は大学の法人代表であり、行政の最高責任者でもある。校長は党委員会が
決定した指針や理念によって、具体的な政策の計画、執行および大学の日常
的運営の維持などの役割を担っている。行政上の責任が上層部に集中するた
め、校長は協力者が必要となった。そして、副校長と校長補佐のポストが設
置された。中央集権の行政システムが改善されていないため、学校の規模お
よび機能の拡張にともなって、行政中枢の業務は膨張してきた。現在、上海
交通大学の副校長は 7 名、校長補佐は 3 名いる。重大な行政事項を審議する
時、校長は副校長、校長補佐および審議事項に関わる機関長が出席する校長
行政会議を開く。
上海交通大学の校長の役割は、次のように規定されている。
1、学校の中長期計画、年度事業計画、学内規則の起草及び執行に関すること。
2、大学教育、研究活動を実行すること。
3、学内機関の設置と調整を立案すること。
4、副校長の推薦と機関長の任命すること。
5、教師の任命、審査、昇進に関すること。
6、予算、決算、資産運営など大学財産の経営に関すること。
表3.上海交通大学行政事務機関一覧
校長オフィス
人事処
大学院オフィス
教務処
科学技術発展研究院
保安処
財務処
学生処
国際合作と交流処
規劃発展処(高等教育所)
学科発展・建設処
文科建設処
実験室と設備処
サービス保障所
基本建設処
閔行キャンバス 2 期建設オフィス
211、985 オフィス
情報化オフィス
基金オフィス
資産管理処
53
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
大学学術事項の審査は、各委員会によって行う。主な委員会は、学術委員
会、教学委員会、学位授与委員会、教職招聘委員会 5 などである。委員会メ
ンバーは、行政管理の関連者、各学術機関長、教員、および学生の代表で構
成される。
行政事務機関は行政執行、行政管理およびサービス提供などの機能をもっ
ている。
3)諮問機関
上海交通大学は、校務委員会、役員会、中枢組織会議の三つの諮問機関が
設置されている。校務委員会は現職教職員代表、元教職員代表および学外有
識者で構成され、大学の教育、研究、社会サービスなどの事項に関する諮問
に対応する。役員会は、上海交通大学への高額寄付者、著名な同窓生、社会
的に著名な人物、有名な専門家で構成され、資金調達、広報活動、社会連携
など大学経営事項に関する諮問に対応する。中枢組織会議、すなわち学校管
理幹部会議は、各機関長で構成され、大学の行政事務に関する諮問に対応す
る。
4)監督機関
教職員代表大会は、学校労働組合の大会として年に一回開かれる。その機
能は次のように規定されている。
1、大学の年度報告書、中長期計画、学校規則、大学改革案などを審議する
こと。
2、大学管理の幹部について審議し推薦すること。
3、教職員の福祉を審議すること。
5)その他の機関
教育研究活動をサポートするため、上海交通大学は学院(学系)や研究院
(所)などの教育研究の基本的な組織以外、表 4 に示す組織が設置されてい
る。
表4.上海交通大学その他の機組織一覧
ファイル館
図書館
出版社
教育技術センター
工学訓練センター
分析検定センター
54
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
3、上海交通大学の教育
上海交通大学の使命は、
「世界一流大学を目指して、人類文明の伝承および
真理の探究によって、人類の福祉と中華民族の振興に努めること」と明記さ
れている。「上海交通大学 2010 年人材育成計画」では、「道徳・知力・体力・
美的感性にわたって全面的な発展を遂げ、知識・能力・教養の調和をめざし、
堅実な基礎知識と広い学際的な領域の知識を持ち、開かれた意識と創造の精
神を備えた国際的人材を育成すること」を教育目標に定めている。
このような教育目標の実現を目指して、上海交通大学は次の五つ教育観を
掲げている。
1)エリート教育
強烈な民族振興の責任感と使命感を育成し、堅実かつ広い知識の修
養、専門的な研究能力、卓越した社会活動力およびリーダーシップを身
につけること。
2)リベラル(学際的総合)教育
自然科学と人文社会科学の教育を融合させ、広い分野の知識と能力を
つなぐような学部教育を行い、学生の未来の職業および人生に向けて優
れた基礎を身につけること。
3)創造教育
伝統的な教育様式と教育内容を改善し、学生を中心とする探求学習を
促進し、優れた学術研究の雰囲気を確立し、学生の創造的な精神・意識・
能力を育成すること。
4)実践教育
技術訓練、社会実践および企業でのインターシップによって学習意欲
を高め、学習効果を改善し、知識の活用能力を向上させこと。
5)素質(教養)教育
教育の過程に教養教育を組み入れ、学生の全面的な素質をのばし、人
間倫理を重んじ、社会通則を守り、他人を尊び、信頼される、自主・自
信・自尊・自己努力の性格を持つ人材を育成すること。
上海交通大学の母体では、学部教育と大学院教育を行う。学部教育修業期
間は4年間、学院単位で教育活動が展開される。必要な場合には、学院の中
で専攻別に学系が設置されている。大学院教育は修士課程と博士課程が設
置されていて、修士課程の修業期間は2年半、博士課程は3年間となってい
る。
上海交通大学は、母体以外にもいくつかの附属教育機関を設置している。
55
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
それらは、(表 5 のように)生涯教育、国際教育、専門職教育、初等・中等教
育などの幅広い教育領域で活動を展開している。
表5.上海交通大学付属機関一覧
中欧国際工商学院
海洋科学院
技術学院(専修科)
ネットワーク教育学院(通信教育)
成人教育学院
国際教育学院(留学予科)
附属病院
附属高校
附属中学校
附属小学校
附属幼児園
6%
12%
12%
9%
29%
32%
■人文素質科目
■実践科目
■自然科学基礎科目 ■専門科目
■卒業論文
■自由選択科目
図 2.上海交通大学学部教育の科目別単位の割合
上海交通大学の教育には次のような特徴がある。
1)工学重視の教育
上海交通大学は、中国理工系の名門校として創設以来工学を中心に発展し
てきた。最近、総合大学へと変容しつつあるが、現在の段階ではまだ理工系
中心大学のイメージが強い。表6に示したように、理工系学部の学生は7割
以上を占めている。
2)専門を中心とする教育
第二次世界大戦以後、中国の高等教育は旧ソ連をモデルとして専門化の構
造改革を行った。各分野における専門的人材の育成を目的とする教育が展開
された。学院も狭い専門分野ごとに設置され、そこでは学生が入学の時点で
専攻分野がすでに決められ、すぐに専門教育段階に入る。そのため、上海交
通大学は入学選抜を重視し、優秀な学生を募集するようにしている。
56
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
表6.上海交通大学教育状況一覧
教育組織
学問分野
博士課程 修士課程
学部生
船舶海洋と建築工程学院
06
04.86%
05.62%
05.93%
機械と動力工程学院
05
16.54%
14.36%
10.31%
電子情報と電気工程学院
05
24.10%
29.45%
22.82%
化学化工学院
03
03.39%
02.22%
02.92%
材料科学と工程学院
02
06.41%
01.39%
01.16%
情報安全工程学院
00
00.00%
03.39%
01.55%
環境科学と工程学院
02
01.50%
01.39%
01.16%
コンピューターソフト学院
00
00.00%
00.36%
02.12%
可塑性造形(鍛造)系
00
01.62%
00.90%
00.33%
合計
19
58.42%
59.08%
48.30%
理学院
02
03.74%
02.93%
03.72%
ライフサイエンス技術学院
03
04.84%
03.21%
03.95%
ナノ科学研究院
00
01.40%
01.43%
00.37%
合計
05
09.98%
07.57%
08.04%
医学院
15
16.03%
17.71%
20.65%
薬学院
00
00.52%
00.98%
00.81%
合計
15
16.55%
18.69%
21.46%
人文学院
04
00.39%
00.67%
00.39%
外国語学院
02
01.62%
02.00%
02.01%
国際と公共行政学院
03
00.66%
00.70%
00.98%
法学院
00
00.37%
01.64%
01.46%
メディアとデザイン学院
04
01.25%
02.79%
合計
13
06.26%
07.63%
体育系
00
高等教育研究所
00
00.10%
00.55%
合計
00
00.10%
00.77%
経 営
管理学院
04
11.71%
06.16%
10.08%
農 学
農業と生物学院
05
00.20%
01.47%
04.49%
工 学
自然科学
医 学
人文社会
教 育
学院名
学生割合
学系数
03.04%
00.22%
57
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
3)専門領域のランキングが高い
2006 年の中国大学ランキングにおいて、上海交通大学の総合指標は 4 位、
工学が 2 位、医学 5 位、管理学 4 位、理学 13 位、社会科学 23 位、農学 28 位
と評価された。船舶と海洋工学、材料工学、機械工学、情報工学、エネルギ
ー工学、バイオ科学技術、バイオ医療工学、臨床医学、歯学、工業管理、企
業管理、人的資源管理、マーケット運営などの学科は中国トップクラスのレ
ベルであると評価されている。
4、研究
1980年代まで、中国の大学は教育機関とみなされ、科学研究の機能は重視
されてこなかった。政府は、大学の外部に独立の科学研究機関を設置して、政
府主導の科学研究と技術開発を行った。80年代中頃以降、一部の大学におい
て科学研究の意思が強まり、積極的に研究活動を展開し始めた。90年代には、
中国産業構造の転換によって、中国政府は科学技術の創造力および国際競争
力をアップさせることを狙い、研究開発経費を増加させた。それと同時に、政
府は大学の研究力を重視し、高等教育機関に対して「211 プロジェクト」と
「985プロジェクト」を相次ぎ実施し、高レベルの研究力をもつ学科と世界一
流大学をめざしはじめた。
上海交通大学は、1926年に研究所を設置し、科学研究活動を開始した。30
年代には、科学学院が設置され、機械と電信に関する工学の研究に取り組ん
だ。第二次大戦後、大学の研究機関が一旦廃止されたが、1978年以降再び研
究所と実験室などの研究組織を設置し、科学研究が再開された。80年代を通
じて、上海交通大学は実用的な学問を重視して、工学や新技術の開発に関す
る研究活動が展開されたが、90年代以降は、それまでの功利的な研究志向を
反省してより広い分野に進出することになった。
上海交通大学の研究機関は、学内行政マネジメント関係によって大学直轄
機関(表 7)と学院所属機関(付表 1)とに分かれる。大学直轄研究機関は通
常「研究院」と呼ばれ、複数の学科による総合研究あるいは共同研究を行う
場所である。組織構造も多様である。例えば、「海洋水下工程科学研究院」と
「ナノ科学技術研究院」には専任の研究人員とスタッフがいて、科学研究を主
要任務として、大学院生の教育も行っている。
「汽車科学と工程研究院」
、
「コ
ンピューター科学技術研究院」、「先端制造技術研究院」などは研究事務管理
の機関として研究活動を組織するが、研究プロジェクトに応じて学内あるい
は学外の各研究機関から研究者を集め、研究プロジェクト終了後は各自の所
58
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
表7.大学直轄研究機関一覧
属機関に戻るようにしている。「生物医学工程及び器械研究院」や「システム
生物学研究所」などは、学内外共同利用の研究機関である。学院所属研究機
関の人員構成はさらに小規模であり、より狭い研究分野に限られ、学院や学
系での研究活動と一体化されている研究施設である。
研究活動への財政的支援のあり方によって、研究機関は政府関係の研究施
設、企業との共同研究施設、学内研究施設とに分かれる。政府関係の研究施
設というのは、「重点実験室」や「重点基地」など各政府部門によって設置さ
れた施設、あるいは指定された研究施設である。企業との共同研究施設は、企
業の寄付により設置された研究施設である。学内研究施設というのは、大学
の自己判断によって設置された研究施設である。
上海交通大学は積極的な研究推進政策によって、研究のアウトプットが著
しく伸びている。特に、国際学会での発表や国際的なジャーナルへの論文投
稿など、国際的な学界への進出が目立っている。
中国大学における研究活動の経費は、外部資金に大いに依存している。特
に、民間資金は50%以上のシェアを占めている。政府による補助は研究事業
補助金と特別研究補助以外に、各種の政府系研究資金によって研究プロジェ
クトが助成されている。研究のための人件費は、研究活動経費の2割ぐらい
を占めている。
59
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
表8.研究アウトプット(2004 年)
自然科学
1800
1600
1400
1200
1000
800
600
400
200
0
合計
教員一人当たり発表数
0037
092
0129
0.06
総計
6671
879
7550
3.35
海外発表
2863
07
2870
1.27
著作出版
論文発表
人文社会
1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004
図 3.SCI 論文データベース掲載論文数
8%
6%
4%
12 %
43 %
27 %
■研究事業補助金(研究費以外) ■大学一般会計
■特別研究補助
■政府系研究助成費
■企業、民間などの受託研究費 ■海外共同研究費
図 4.上海交通大学の研究ファンディング(2004 年)
60
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
基礎研究
0%
10%
応用研究
20%
30%
40%
50%
実験開発
60%
70%
80%
90%
100%
図5.研究費の性格別構成比
四分の三以上の研究経費は競争的資金に頼っているため、上海交通大学の
研究活動は政府と企業の意思を最大限に反映するようにしている。つまり、
応用志向の研究活動がその特徴となっている。それに対して、基礎研究に関
しては資金投入不足の問題がある。
上海交通大学は、知識の活用および社会への還元を図り、積極的に産学連
携と技術移転事業を展開している。2004 年に獲得した特許数は 760 件、特
許申請数は 863 件である。また、同年におけるライセンス数は 10 件、その
他の技術移転契約数は 179 件、特許権使用料の収入は 9,019 万人民元(約
1,091 万ドル)である。
まとめ―世界的な総合研究大学を目指して
上海交通大学は、1998年1月に世界一流大学を目指す目標を立て、大学の
発展を「総合性、研究型、国際化」と方向付け、主に 6 つの面で大きな発展
を遂げてきた。
1)専攻分布の拡張と学科水準の向上。上海農学院と上海第二医科大学な
どを吸収し、総合的かつ融合的学科と専攻を新設することによって、上
海交通大学の専攻分布は、歴史学をのぞいて全分野まで拡張し、総合的
な学科分布の構造を整えた。また、既存の学科建設については、その水
準を引き上げることに力を注ぎ、一級学科の博士授与拠点は1998年の
8 から 2005 年の 18 になり、二級学科の博士授与拠点は 42 から 96 に
増え、国家重点学科は 1998 年の 2 倍の 16 に達した。
2)学部教育の充実と大学院教育の拡充。カリキュラム、単位制度、授業評
価などの面における改革を通じて、学部教育の内容が大幅に改善され、
2000年から教育部の学部教育評価では
「優秀」との成績を得ている。一
方、大学院教育では、その量的拡大が目立っている。在学の大学院生数
は 1998 年の 3,300 人から現在の 14,000 人に増加し、院生:学部生の
比率は 1:1 に達した。量的拡大とともに、大学院教育でも教育の質的
保障システムを確立し、大学院教育のレベルを着実に引き上げている。
61
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
3)研究水準の向上と社会貢献の増加。ここ数年、科研費、特許取得数、SCI
の収録論文数などの指標から見れば、上海交通大学は年々その順位を
上げ、中国では常に上位に名を連ねており、「研究型」大学としての研
究重視の傾向がますます強くなってきた。社会貢献の面では、上海交通
大学はその優れた研究成果を社会に還元し、政府部門および多くの企
業のシンクタンクとなり、地域社会の発展に貢献している。
4)教員構造の改善と学術水準の向上。教員の質はその大学の発展に大き
くかかわっていると認識しているため、上海交通大学は労働人事制度
および配置制度などの改革によって優秀な人材を採り入れることに努
力した。現在、上海交通大学では中国アカデミーメンバーが23名の他、
「長江学者」特聘教授 23 名、国家卓越青年科学基金獲得者 24 名など数
多くの有望な研究者を擁している。教員の構造には、若年化や高学歴化
などの変化が現れ、海外で博士号を取得した者の割合も大きく上昇し
た。
5)国際協力の多様化と国際共同プログラムの充実。1998年以降、上海交
通大学は多様な形で国際交流活動を展開し、海外からの著名な学者の
招へい、大規模な国際シンポジウムの開催、海外との共同研究の推進な
どを通じて、大学の国際化を積極的に推進してきた。その結果として、
海外から多数のファンドを取り入れることができ、世界的な知名度を
上げることができた。また、海外の大学と協力して、国際共同教育プロ
グラムを開発し、海外で大学院を新設し、グロバール・スタンダードを
目指して、教育プログラムをより魅力的なものに充実させている。
6)閔行キャンパスの建設と一流の設備。上海市政府の支持のもとで、閔行
地区で3,333,500 m2の土地を購入し、一流の設備を投資することによ
って上海交通大学は新しい発展を求めている。閔行キャンパスがほぼ
竣工し、2006年内に、成人教育および留学生教育以外はすべて閔行キ
ャンパスに移転する予定である。閔行キャンパスでは、従来の教育・研
究などの機能以外に、地域経済の振興やサイエンス・パークの開発など
の機能も期待されている。
しかし、上海交通大学はその成績と成果に甘えず、国内外の競争を十分に
認識し、『2005-2010年発展戦略計画』を策定した。その中で,「総合性、研
究型、国際化」という目標の中身をよりよく実現できるように、①人材の強
化、②全面的な国際化、③学科の再分化と再融合、④積極的な社会貢献、⑤
閔行キャンパスの建設の 5 つの重点戦略を提案した。
62
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
これまでの上海交通大学は、急激な量的な拡大とともに、市場化・グロー
バル化という現代の高等教育の国際的な趨勢を先取りした構造的な変革を重
視した点に特徴がある。市場原理に基づく激しい競争メカニズムはダイナミ
ックに行動する大学組織を形成し、さらに教職員の間での活力を生み出して
きたことは明らかである。こうしたメカニズムによって、中国の高等教育の
トップレベルに位置している上海交通大学が、教育研究の両面において近い
将来に、高い水準を達成することは間違いないであろう。総合的な研究大学
として、上海交通大学が 2010 年までに達成するであろう教育・研究・社会
的サービスの面での成果に期待したい。
参考文献
・『上海交通大学 2004』
・『上海交通大学 2005』
・ http://www.sjtu.edu.cn/
註
1
「中国文学系」とは、「中国文学学部」を意味している。
「外国語系」とは、「外国語学部」を意味している。
3
「211 プロジェクト」:21 世紀に向ける 100 校高レベル大学建設計画。
4
「985 プロジェクト」
:中国教育部が 1998 年 5 月に公表した世界一流大学建設計画。
5
「教職招聘委員会」とは、大学における教員人事を審議する委員会のこと。
2
63
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
<付録>
64
付表1.所属研究機関一覧
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
65
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
66
世界一流大学の構築 ―上海交通大学の飛躍
67
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
68
2
中国における「中外合作弁学」展開の事例
―東工大−清華大、SJTU-UM のプログラムの比較―
沈 晶晶(国際企画室・研究員)
1.「中外合作弁学」の概要と特徴
「中外合作弁学」とは、中国と外国の教育機関が協力し、中国国内で教育を
実施する教育形態 (義務教育課程や軍事、警察、政治などの特殊教育を除く)
であり、1980年代に開始され、1990年代後半から盛んに展開されているも
のである。2001 年 12 月 11 日、中国は WTO に正式に加盟し、教育市場を海
外機関へと本格的に開放する姿勢も示された。2003 年に国務院の朱鎔基総
理が国務院第 372 号令に署名したことにより、「中華人民共和国中外合作弁
学条例」 が公布され、2003年9 月1 日から施行された。この条例は、外国の
教育機関との協力を推進し、学校経営の規範化、法律に基づいた管理を推し
進めることを目的としている。すなわち、国は高等教育や職業教育分野で、国
内の大学と外国の有名大学などとの協力を奨励していくことを意味してい
る。外国教育機関と協力する場合には、合同方式により各種教育を行なうこ
とができ、外国と協力して設立する合同教育機関は中国の法律で保護され、
国の優遇政策が適用される。条例では、法律に基づき外国の高等教育機関が
自由に教育事業を行うことができるとも規定されている。
法的に制度として確立されたため、「中外合作弁学」 プログラムが2000年
代に入ってから急増してきた。2004年末までに、中国政府から設置認可をう
けた「中外合作弁学」としては 800 件あまりが確認されており、1994 年末
の70件と比べ約10倍の伸び率である1。そのうち、国務院学位委員会
(Office
of Academic Degrees Committee of the State Council)から認可された外
国の学位を授与できるプログラムは1990年代後半から急速に増加し、1995
年の 2 件であったものが 2004 年には 164 件までに達した。
2004 年 6 月までに国務院学位委員会が公布した 「外国および香港の学位
を授与できるプログラム一覧表」2では、外国の学位授与プログラムは164件
存在し、その教育レベルから 3 つのタイプに分けることができる(図 1)。そ
のうち、約 3 分の 1 のプログラムは学士課程プログラムであり、最も多く見
られるのは修士課程レベルの専門分野を限定したプログラムであり、67%の
69
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
合作プログラムがこのタイプに属している。そのほか、博士課程レベルの専
門分野を限定したプログラムとその他の専門職プログラムもみられるが、そ
れらの数はまだわずかである。また、協力対象国の内訳を見ると、オースト
ラリアが 47 件で一番多く、次いでアメリカの 44 件、香港の 22 件となって
いるが、日本の大学は 1 件もなかった(図 2)。
博士 その他
3
3
2%
2%
学士
48
29%
修士
112
67%
■学士 ■修士 ■博士 ■その他
図 1 教育レベル別にみた合同プログラム
France
11
7%
UK
9
5%
その他
19
12%
Australia
47
29%
Canada
13
8%
Hong Kong
22
13%
USA
43
26%
■Australia
■USA
■Hong Kong
■France
■UK
■その他
■Canada
図 2 協力対象国別にみた合同教育プログラム
他国の大学が積極的に中国市場に進出しているのに比較して、日本の高等
教育機関は中国で教育プログラムを展開するケースはまだ数少ない。しか
し、最近では国際化において先進的な取り組みを行っている早稲田大学はい
ち早く中国に進出してその名を上げており、国立の東京工業大学も中国の清
華大学と連携して日本で初めての大学院ダブルディグリー・プログラム (以
下 「東工大−清華大合同プログラム」
と略す)
を作った。そこで、東工大−清
華大合同プログラムはいかに成立したのか、またいかに運営されているのか
70
中国における「中外合作弁学」展開の事例
について考察するため、2005年9月に東京工業大学本部を訪問して国際関係
担当者にインタビュー調査を行い、2006年2月に北京の清華大学にある同プ
ログラム事務所をたずね、駐在教職員および学生を対象に聞き取り調査を行
なった。また、中国における「中外合作弁学」の実態についてさらに理解を
深めるために、2001 年に始まった上海交通大学(SJTU)とミシガン大学
(UM)の共同建設プログラム(以下は「SJTU-UM 共建プログラム」と略す)
の事例調査にも取り組んだ。ここでは、東工大−清華大合同プログラムと
SJTU-UM共建プログラムを比較分析することによって、中国の大学との共
同教育プログラム開発についての意義や示唆を検討してみたい。
2.東京工業大学−清華大学大学院合同プログラム
東工大−清華大合同プログラムとは、日本の東京工業大学と中国の清華大
学が、合同で大学院の教育を行い、学生に両大学の学位を授与するプログラ
ムである。このプログラムは、2004年9月に開始された日本で最初の大学院
デュアル・ディグリー(中国語では「双方学位」)プログラムである。
● 目 的
このプログラムの目的は「日本語・中国語・英語を基礎に、ナノテク・バ
イオ・社会理工学の、先端的な分野で国際的リーダーシップを発揮する若い
人材を育成しよう」 とし、「日中両国の学術・産業界の将来に大きく寄与す
る」ことをめざしている 3 ことである。
● 経 緯
清華大学と東工大は、1986年に学術交流協定を結んでから、さまざまな研
究室間で交流や共同研究を深めてきた。2002年、東工大が国際室を設けたの
を機会に、清華大学との間で大学院合同プログラムの計画がもちあがり、2年
の準備を経て、2004年9月からナノテク、バイオの両コースがスタートした。
2005年9月からは、社会理工学コースが加わった。今後は、博士課程にも拡
大される予定である。
● 学位の取得
学生は両大学で授業を受け、両大学の教員の指導を受けながら、研究を行
い、両大学の卒業要件を満たすことができれば、両大学から修士号を授与さ
れる。
● 専攻設置
前述した通り、東工大−清華大プログラムには三つのコースがある。それ
ぞれのコースに対応する両大学の専攻は、図 3 のとおりである。
71
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
物質化学専攻
材料工学専攻
東工大
ナ
ノ
テ
ク
コ
ー
ス
理工学研究科
有機・高分子物質専攻
電気・電子、電子物工学専攻
材料工程系
清華大
化学工程系の高分子研究所
分子生命科学専攻
生体システム専攻
東工大
生命情報専攻
生命理工学研究科
生物プロセス専攻
バ
イ
オ
コ
ー
ス
生体分子機能工学専攻
生命科学與技術系
Department of Biological Science and Biotechnology
化学工程系
清華大
Department of Chemical Engineering
医学院
Department of Medical Science
人間行動システム専攻
東工大
社
会
理
工
学
コ
ー
ス
社会理工学研究科
価値システム専攻
経営工学専攻
社会工学専攻
公共管理学院
School of Public Policy and Management
清華大
法学院
School of Law
人文社会科学学院
School of Humanities and Social Sciences
東京工業大学−清華大学大学院合同プログラムホームページより整理。
http://ttjp.ipo.titech.ac.jp
図 3 東工大−清華大合同プログラムの専攻設置図
72
中国における「中外合作弁学」展開の事例
● カリキュラム
両大学では、それぞれほぼ従来どおりのカリキュラムを実施しているた
め、カリキュラム間の整合性は低い。
● 履修スケジュール
入学から卒業までの履修スケジュールのモデルは、表 1 のように公表され
ている 4。
表 1 東工大−清華大合同プログラム履修スケジュール
東工大学生
清華大学生
3月
入学試験(清華大)
8月
9月
入学試験(東工大)
*3
入学式(清華大)
講議・研究の開始
1
年
目
6月
願書受付(東工大)
8月
入学試験(東工大)
*1
2
年
目
4月
入学式(東工大)
講議・研究の開始
8月
清華大へ移動 *2
講議・研究の開始
4月
東工大へ移動
講議・研究の継続
4月
東工大へ移動
講議・研究の継続
2月
修士論文発表会(東工大)
2月
修士論文発表会(東工大)
4月
6ー7月
清華大へ移動.講議・研究の継続
修士論文発表会(清華大)
4月
6ー7月
清華大へ移動.講議・研究の継続
修士論文発表会(清華大)
7月
学位授与(清華大)
7月
学位授与(清華大)
9月
学位授与(東工大)
9月
学位授与(東工大)
3
年
目
4
年
目
中国滞在期間
日本滞在期間
*1:入学試験は東工大大学院の願書を提出した専攻が実施する試験を受験する。
5月初旬に募集要項を公表します。詳細は http://www.titech.ac.jp/a.htmlを参照下さい。
*2:清華大へ移動後、面接試験を実施する。
*3:清華大学生の入試は国際大学院の入試要項に準ずる。
73
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
● 教 職 員
このプログラムは、基本的には両大学の既存の教員によって指導される
が、東工大から常時2、3 名の教員を派遣し、半年間から一年間清華大学に常
駐させ、日本語による授業を行なっている。
また、日本人留学生のケアや中国人学生の来日時のビザ取得などの業務を
円滑に進めるために、北京事務所に事務職員を 1 名常駐させている。
● 学生と定員
東工大からは主に日本人の学生が、清華大学からは主に中国人の学生が入
学し、両大学の修士課程に在籍する。各コースの修士課程の入学定員は表 2
のようになっているが、2005年の2 期生から応募者数は定員枠の1.5倍にな
ったようである。
表2 東工大−清華大合同プログラムの学生定員
東 工 大 学
清 華 大 学
ナ ノ テ ク
5名
5名
バ イ オ
5名
5名
社会理工学
2名
2名
● 使用言語
東工大の学生が合同プログラムで受ける授業は、原則として日本語であ
り、必要に応じて英語も用いられる。なお清華大の中国語で行なわれる講義
を何科目か取得することが、清華大卒業のための履修条件にもなっているた
め、中国語を学習することも必要である。
清華大学の学生が合同プログラムで受ける授業は、基本として中国語と英
語が使用されている。しかし同様に、東工大で授業と研究指導を受けるため
に、来日する前に日本語の勉強も必要とされている。
● 費用と奨学金
東工大と清華大学の両方の大学に在籍して卒業するため、合同プログラム
は通常より費用がかかる。特に、清華大学からの学生には負担が大きいので、
東工大が独自に奨学金を用意している。清華大学から合同プログラムに参加
する学生には、日本で研究する約 1 年の間、授業料・住居費・生活費をまか
なうだけの十分な額の奨学金が給付される。
合同プログラムによって東工大から清華大学に参加する学生の負担は、清
華大学の授業料が修士課程で年間 3 万人民元(約 45 万円)、博士課程で年間
74
中国における「中外合作弁学」展開の事例
4 万人民元(約 60 万円)、寮費(個室)は 1 日あたり 65 人民元(約 1,000 円)
となっている。東工大の学生は、清華大学に滞在する期間(およそ1年間)だ
け清華大学の授業料を支払えばよいことになっている。
● 運営体制
ナノテクコースは理工学研究科(大岡山)の 5 専攻、バイオコースは生命
理工学研究科(すずかけ台)の 4 専攻、社会理工学コースは社会理工学研究
科の4専攻が、それぞれコース会議を設けて、カリキュラムやコースの運営
にあたっている。すべてのコースに共通する管理運営事項については、国際
室の下に設置されている運営委員会が担当している。また、清華大学には、東
工大の合同プログラム北京事務所が置かれている。
● スポンサー企業
あり。(東レ株式会社など)
3.上海交通大学(SJTU)とミシガン大学(UM)の 「上海交通大学School
of Mechanical Engineering 共同建設」プログラム
2000 年 8 月 21 日に、上海交通大学 School of Mechanical Engineering を
共同建設することについて、上海交通大学はミシガン大学と協議を締結し
た。2001 年から、新体制の School of Mechanical Engineering(原語では
「機械與動力工程学院」)
が正式にスタートし、「中外合作弁学」 の優れた事例
として国内外から注目されている。
● 目 的
SJTUは、世界一流大学実現を目指すため、教育・研究を世界的に通用する
レベルに引き上げなければならないと認識している。そのため、とりわけ工
学領域が世界的に有名な UM の教育・研究および経営体制を採り入れること
により、SJTU の国際化を促進し、教育や研究の改善を図ろうとしている。
● 経 緯
両大学には工学を強みとしている共通点があり、SJTUの同窓生がUWに
留学し優秀な学者になった例も少なくない。1999 年、SJTU の代表団は 3
回UWを訪問し、UWと協定を締結し、長期的に協力していく意向を表明し
た。その後、倪軍教授(“長江学者”5 招聘教授、UM の教授)が 6ヶ月間精
力的に活動したことによって、中国国家教育部の支持を得ることができた。
その結果、SJTU は UM とともに SJTU 上海 School of Mechanical Engineering を共同建設することで合意に達し、2000 年 8 月上海にて調印を行
った。
75
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
● 学位の取得
学士学位。学部段階において、SJTU-UMプログラムのパイロットクラス
の学生は基本的に SJTUの学位を取得できるが、第 8 学期(一年は 2 学期)か
らUWで留学したもののうち、UMの履修要件を満たせれば、SJTUとUMの
ダブル・ディグリーを取得することができる。
修士学位。大学院修士段階において、2 年目から一部の学生が選抜され、
UW に留学する。そのうち、成績優秀なものは SJTU と UM のダブル・ディ
グリーを取得することができる。
博士学位。大学院博士段階において、一部の学生は、SJTUおよびUMから
2 名の指導教官を自由に希望することができ、両大学からの研究指導を受け
られる。両大学の論文審査において博士論文が合格すれば、SJTUとUMのダ
ブル・ディグリーを取得することができる。
● 専攻設置
School of Mechanical Engineeringには、Dept. of Mechanical Engineering and Automation (
「機械工程及自動化系」
)
、Dept. of Industry Engineering and Management (「工業工程與管理系」)、Dept. of Nuclear Science
and System Engineering (「核科学與系統工程系」)、Dept. of Aeronautic
and Astronautic Engineering (「航空航天工程系」)、Dept. of Power and
Energy Engineering (「動力與能源工程系」) の 5 つの専攻が設置されてい
る。
● カリキュラムと教材と教育形態
UM アメリカ本校のカリキュラム体系や教材を参考にし、教育内容を更新
している。UW の教員が SJTU で行なっている授業もあり、遠隔教育の形で
UW の教員がアメリカで教えている授業形態もある。
● 教 職 員
授業担当する教員は SJTU の教員が中心となっている。UW は基本的に教
員をSJTUに常駐させないが、毎年8―10人の教員をSJTUに派遣して授業と
研究指導を担当している。学部の 10 コースは UM の教授が SJTU で教え、5
コースはUMの教授が遠隔授業で教え、残りのコースはSJTUの教授がSJTU
で教える。
● 履修スケジュール
学部課程、修士課程、博士課程の履修スケジュールは、それぞれ表 3、
表 4、表 5 でまとめたとおりである。なお、学部段階については、英語によ
る授業を中心にまとめた。
76
中国における「中外合作弁学」展開の事例
● 学生と定員
当初は中国と米国の双方の学生を募集対象としたが、現在は中国人学生し
か在籍していない。
学士段階では、毎年 200 名の学生を募集しているが、その上位 60 名が
SJTU- UM 共建プログラムのパイロットクラスの学生となる。第 8 学期に、
パイロットクラスからおよそ12名の優秀な学生がUMに留学でき、UMにも
SJTU にも進学する資格を有している。
表3 SJTU- UM 共建プログラム学部段階のスケジュール(2000 年9月から実施)
実 施 内 容
主 要 内 容
1. SJTU-UM School of Mechanical Engineering が毎年募集した 200 名の学生すべてがパ
イロットクラスに志願することができ、試験
の結果に基づいて 60 名を選抜する。
2. パイロットクラスの選抜基準:英語の面接と
筆記試験、入学点数。
3. 継続淘汰制:毎年度学習成績により、10%の
学生を一般クラスへと淘汰し、空きは一般ク
ラスの優秀学生によって補充される。
入 学
パイロットクラスの設立
4年学習
1. S J T U 現在の学制をもとに、 英語授業
SJTU 担当部分
UM 担当部分
UM の教育システムを参考に
高等数学、大学物理 (1)、
し、新しい教育計画を作る。
英語会話(1)
〈ネイティ
第一学期
ブ・スピーカー教師に
2. 学生の英語応用能力を高める
よる授業〉
ため、30 コースは英語によっ
高等数学、大学物理 (2
て授業を行なう。
&3)、英語会話(2)
〈ネ Mechanical
3. 学生の実践能力を養うため、 第二学期 イティブ・スピーカー Engineering
教師による授業〉
、工程 導入
実験の部分を強化する。
数学(1&2)
4. イ ノ ベ ー シ ョ ン 能 力 を 育 て
る。
実践的コースを強める。
「本科教育指導教官制」を実施
し、研究プロジェクトに参加
させる。
全国のイノベーションカップ・
コンテストへの参加を奨励す
る。
第三学期
第四学期
第五学期
第六学期
第七学期
第八学期
48 名は SJTU にて学習 12 名は UM
する
にて学習する
1. パイロットクラスの成績上位 30 名が SJTU の大学院に無試験で進学できる。
卒 業 後
2. UW は、パイロットクラスから 2―4 名の学生を選抜し UW の大学院に入学させる
ことができる。そのとき、UW は奨学金を提供する場合もある。
77
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
表4 SJTU-UM 共建プログラム修士段階のスケジュール(2001 年9月から実施)
実 施 内 容
入 学
2.5 年学習
主 要 内 容
1. SJTU-UW Mechanical Engineering 学院が毎年 100 名の修士大学院生を募集
する。
2. そのうち、30 名は同学院テスト班の本科生、残りの 70 名は一般募集。
1.SJTU と UW のカリキュラムシステム双方
を検討した上、新しい教育計画を作成す
る:中国の学位規定に従うことと同時に、 1―3学期
UW が認める 15 単位を別途設置する。
2.10―15 の授業は UW のカリキュラムを取り
入れ、そのうちの 7―8 授業は UW の教授に
よって行われる。
3.最初の 1 年半は、100 名の学生がすべて
SJTU で勉強する。次の 1 年は、20 名の学
4―5学期
生を選抜して UW で勉強させ、そのうち両
大学の学位授与の条件をすべて満たす者に
対して、両大学の修士学位を授与すること
ができる。
SJTU において中国学
位条例の規定した 32
単位の学習を終える。
80名の学生はSJTUで
学位論文を完成する。
20 名の学生は UW で
15 単位の授業を取得
する(6単位の授業、9
単位の論文)
。
1.SJTU の奨学金で留学する場合、まず『UW 留学後に帰国する契約』を承諾しな
ければならない。
2.100 名のうちの 20―30 名は修士学位論文を完成した後に、無試験で SJTU の博
卒 業 後
士課程に進学することができる(マスター・ドクター一貫コースを含む)。
3.UW の修士学位を取得できた学生の一部は、直接 UW の博士コースに進学する
ことができる。
大学院修士段階では、毎年100名の入学者を募集している。そのうちの20
名が UM に留学することができる。
大学院博士段階では、毎年75名の入学者を募集している。そのうちから15
名∼ 20 名の学生が、SJTU と UM の共同指導対象として選抜される。
● 使用言語
専門コースは中国語と英語によって教えられる。中心となるコースのいく
つかは英語によって教えられる。
● 費用と奨学金
SJTUに在籍している間、SJTUにおける他の専攻の授業料と同じ金額を納
めることになっている。学生が UW に留学している間、UM にも授業料を納
付しなければならず、その金額は一年間3万USドルである。基本的には、学
生が自己負担するが、UW側はとりわけ優秀な学生に対して奨学金を提供す
る。その枠は毎年 2 ∼ 5 名である。
● 運営体制
SJTU と UM の幹部によって構成された学院(School)校務委員会を設置
78
中国における「中外合作弁学」展開の事例
表5 SJTU-UM 共建プログラム博士段階のスケジュール(2001 年9月実施)
主 要 内 容
入 学
3年学習
卒 業 後
実 施
1. SJTU-UM School of Mechanical Engineering 毎年 75 名の学生を募集する。
2. その内の20―30名は、マスターコースからの推薦進学者、その他はドクター入
学試験に合格したもの。
1. 新しいドクター教育計画:中国の学位条例
に従うと同時に、UM の履修条件およびカ
リキュラムも参考にする。
2. 5コースはUWのカリキュラムに基づいて、 第1学年
UW の教授あるいは SJTU の教授が英語で
授業をする。
3. 毎年15―20名の学生を共同育成のドクター
とし、SJTUとUWで指導教員を一人ずつ定
め(二人指導教員制)。研究テーマによっ
て、双方の大学のどちらでも博士論文を完
成することができる。
4. ドクター段階の課程は主に SJTU で修了す
る。UWで学位論文を完成するものは、UW 第2―3 のドクター資格試験に合格し、その学位論 学年 文が双方の学位条例の条件を満たすことな
らば、双方の博士学位を申請することがで
きる。
中国学位条例が規定
した 17 単位の取得 学位論文の完成
SJTUの援助によって留学するものは、出国する前に必ず『SJTUに帰って論文の面
接試験をうける契約』および『UW を卒業した後に帰国する契約』を承諾しなけれ
ばならない。
し、学院の運営・発展戦略を策定し、年度評価を行なう。UM から 2 名のベ
テラン教授が派遣され、学院の副院長を担当して日常の運営に協力しなが
ら、新しいカリキュラムなどを作成し、UMのそれに近づけるように教育・研
究環境を改善していく。学術委員会および教授委員会は SJTU と UM の教授
によって構成され、教員の人事採用・昇進・評価および学院の業務評価につ
いて審議する。同様に、両大学のメンバーから構成される学位委員会は、修
士および博士の学士授与について審議する。
● スポンサー企業
なし。
4.おわりに
上述の 2事例、東工大−清華大合同プログラムおよびSJTU-UM 共建プロ
グラムは、いずれもいわば国境を越える高等教育プログラムの展開として注
目される。しかし、教育内容にしても、運営体制にしても、両プログラムが
79
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)/Ⅲ.上海交通大学
それぞれ異なった方式で展開されている。それぞれのプログラムの性格を左
右する相違点は、次の 3 点にまとめることができる。
第一に、スターターの違いがプログラムの特徴を方向づける。大学間でこ
うした合同プログラムを始動するにあたって、必ず積極的に提案し、精力的
にコーディネートするスターターが存在している。スターターの違いは、そ
のプログラムの目的、運営体制、投入の程度などに反映されている。東工大
−清華大合同プログラムにおいては、東京工業大学がそのスターターである
ため、優秀な留学生の惹きつけを主要目的としており、プログラムに多くの
資金・モノ・人を投入している。一方で、SJTU-UM 共建プログラムは、先
進的な教育システムおよび実践を取り入れることから出発したものであるた
め、運営体制にしても、モノの投入にしても、SJTU側がメイン、UM側がサ
ブという形で展開されている。
第二に、在籍する対象者の違いが生み出すプログラムの特徴が指摘でき
る。東工大−清華大合同プログラムの対象者は、日本人学生も中国人学生も
含めており、受け入れと送り出しをほぼ同じ学生数が占めており、
「双方向的
な性格」をもっている。それに比べると、SJTU-UM 共建プログラムは中国
人学生を主なる対象にして設計されたものであるため、「一方向的」 に展開
されている。
第三に、奨学金の有無がプログラムの展開に影響を与えている。外国の大
学が優秀な中国人留学生を惹き付ける場合、奨学金の有無がその結果に大き
な影響を与える。東工大−清華大合同プログラムは、東京工業大学が手厚い
奨学金を提供しているため、中国人学生にとって非常に魅力的なプログラム
となっており、「第 2 期に入学した学生の質はより優秀になった」という成
果も指摘されている6。それとは対照的に、SJTU-UM共建プログラムにおい
ては、中国大学の授業料の40倍に相当するUMの授業料が、多くの中国人学
生にとって極めて大きな負担になっていることは容易に想像できる。その
奨学金枠が少ないため、優秀な学生を送り出す 「ネック」 が存在してい
る 7。
今後、中国における「中外合作弁学」は、品質保証を前提にした上で、ま
すます柔軟かつ広範に展開されていくであろう。日本の高等教育機関にとっ
て、このことは二つの課題を提起することになる。すなわち、この制度の拡
大にともなって、第一に、中国の高等教育市場に進出するチャンスをいかに
して獲得するか、第二に、成熟しつつある中国高等教育市場においていかに
して日本の大学のブランド力を打ち出すか、という課題に取り組むことが求
80
中国における「中外合作弁学」展開の事例
められる。これらの課題に取り組むことは、日本の大学が中国の高等教育市
場で成功を収めるか否かの鍵となるであろう。東工大−清華大合同プログラ
ムおよびSJTU-UM共建プログラムを比較考察することによって、中国高等
教育市場で国際戦略を策定するさいの示唆を垣間見ることができた。日中大
学間の共同教育プログラムの開発においては、日本の大学側の国際戦略展開
が大いに期待される。今回考察した共同教育プログラムを含め、今後の展開
を見守りたい。
参考資料
・『東京工業大学−清華大学大学院合同プログラム』国立大学法人東京工業大学国際
室、2005 年 3 月。
・『上海交通大学 2004』および『上海交通大学 2005』。
・ 叶林「『中外合作弁学』の展開」、黄福濤 編『1990 年代以降の中国高等教育の改革
と課題』第 5 章、45-66 頁『高等教育研究叢書』81 号、広島高等教育研究開発セン
ター、2005 年 3 月。
・ 東京工業大学−清華大学大学院合同プログラム HP http://ttjp.ipo.titech.ac.jp/
・ 上海交通大学 School of Mechanical Engineering HP http://me.sutu.edu.en
・ 中国教育部 HP http://www.edu.cn
・ 中国教育部教育渉外監管信息網 HP http://www.jsj.edu.cn/
註
1
http://www.edu.cn/20040824/3113733.shtml(ダウンロード年月日:2006年4月
2 日)
2
http://www.jsj.edu.cn/mingdan/002.html(ダウンロード年月日:2006年4月4日)
3
http://ttjp.ipo.titech.ac.jp/ (ダウンロード年月日:2005 年 11 月 15 日)
4
http://ttjp.ipo.titech.ac.jp/Link%20files/schedule.html(ダウンロード年月日:
2005 年 9 月 8 日)
5
「長江学者」(Cheung Kong Chair Professor of Ministry of Education, China)と
は、中堅・若手研究者を対象とする国際級人材養成計画のこと。海外からの招聘策
(呼び戻し策)も含まれている。
6
2006年2月27日に、東工大−清華大合同プログラム北京事務所を訪問する時に、駐
在教員によるコメントである。
7
2006年3月30日に、SJTU-UM共建プログラム責任者をインタビュー調査した時に
得られたコメントである。
81
参考資料 1
英国シェフィールド大学の学生授業評価
森 由香子(国際企画室・研究員)
2006 年 1 月に英国のシェフィールド大学において、学生による授業評価
および留学生獲得政策に関するインタビュー調査を実施した。この調査の目
的は、次のとおりである。
1. シェフィールド大学における学生授業評価の実施方法およびその意義を
調査するため、当該活動における全学的組織の役割を把握するととも
に、各学部での実施の様子を理解する。
2. 留学生の積極的な獲得のストラテジーと、彼らに対する授業の質の維
持・向上のバランスをどのように統制しているかという点について調
査する。
以下において、上記の調査についての結果を述べてみたい。
Ⅰ.シェフィールド大学におけるインタビュー調査結果
1.授業評価について
1-1.授業評価に関する支援および開発スキーム ― Teaching and Learning
Support Unit(TLSU)
( 1 )TLSU のスタッフ数
27 名(うち、フルタイム 21 名、パートタイム 6 名)。主な任務は、大学内
の7つのFacultiesで行われている活動の統合調整、大学レベルでの教育およ
び学習に関するポリシー策定、Senate、Council および Court に対する秘書
業務 等がある。TLSU を中心とした学内および学外の関連組織との関係を
Appendix 1 に示す。
( 2 )教育および学習の評価システム
・ 授業評価活動における学内組織間の関係性
TLSU は各学部に対して、学生の授業評価や教育の質向上に関する支援お
よび助言を行う。各学部は毎年、学生の授業評価結果を含む評価レビューを
the Quality and Standards Committee へ提出する。Committee は各学部の
レビューにより全般的な報告をまとめ、それを Senate へ提出する。
TLSU はまた、教育の質に関する QAA や HEFCE 等の政府機関におけるデ
83
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ) 参考資料 1 /シェフィールド大学
ィスカッションから生ずる重要な関連事項を、各学部へ周知する。TLSU は
HEFCEによって毎年まとめられるNational Student Surveyのプロセスおよ
び結果についても注意を払う。
TLSU はその他にも、Pro Vice-Chancellor(Learning and Teaching)が
National Student Survey のための準備や分析を行い、各学部が調査結果を
受けて取らなければならない行動を決定するにあたり、PVCに対する全面的
な支援を行う。
・ ベンチマーキングについて
シェフィールド大学では Russell Group*1 メンバー校とのベンチマーキン
グを行っている学部もあるが、その取り組み方は、学部によって様々である。
Russell Group以外にも、White Rose Partnershipというヨークシャー地方
近隣大学のグループや、Worldwide Universities Network*2においても共同
調査等を行っている。
・ 評価活動への積極参加を各学部に呼びかける仕組み作り
評価の実施方法についての全学的な基準はなく、また、TLSU は評価活動
への高いレスポンスを求めるための方法等について、特に定めてはいない。
( 3 )その他
・ 授業評価実施における課題
学生や学部から、いかにして評価に対する最大の反応を得るかという点が
最も難しいところである。
・ 授業評価における「戦略」の必要性
高等教育機関はビジネス界と強固な関連を持ちつつある。競争的世界にお
いて生き残るためには、質の向上における戦略策定は高等教育への出資者に
対する説明責任からも重要である。
また、将来入学する可能性のある学生や卒業生を雇用する企業は、学位や
卒業生の質についての明確な情報を求めているということも把握しておく必
要がある。
1-2.学部における授業評価実施例
事例1:MA in Education Policy and Practice, Department of Educational
Studies
( 1 )当該コースの学生数 ― 22 名
( 2 )当該コースにおける学生授業評価の実施例
学生による授業評価は以下の 6 つのステップによって行われる。
84
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ) 参考資料 1 /シェフィールド大学
これらの3つの方法により収集された学生評価は、次のコース計画の
参考となる。
( 3 )その他
・ 学生による授業評価の重要性
学生の授業評価は、この10年間に年々その重要性を増してきている。学生
評価は、外部の利害関係者へ向け、学部の重要性を示すものとしてはたらく。
その他にも近年重要と認められつつある点として、学生評価の結果は担当教
員の昇進審査においても、その機能を発揮しつつある。
・ 学生による授業評価における困難な点および課題
学生を評価活動へと促進させる方法に課題が見出せる。評価を質問紙で実
施する場合は、質問項目の構成のみならず、評価を実施するタイミングや雰
囲気も結果に影響する。
・ 学生の国際的多様性は、意外にも評価結果に影響しないようである。
・ ベンチマーキング実施の様子について
当コースにおいてベンチマークは行っていない。コース構成および評価に
は標準はなく、これらの活動は各大学の基準に基づいて行われるべきであ
る。
2.留学生獲得と授業評価の関係について
― International Office, Department of Student Recruitment, Admissions & Marketing
2-1.International Office の概要
・ スタッフ数および職務内容
11 名のフルタイム職員と 1 名のパートタイム職員。世界の各地域に 2 ∼ 3
名の職員を充当させ、留学生獲得において責任をもつ。
・ Office 内部および外部との関係性
当オフィスは各学部および学生から、彼らのニーズについて情報を収集す
る。スタッフはこのデータを分析し、留学生獲得に向けての戦略を策定する。
通常、典型的な大学はマーケット調査を独自に行うことはしないため、大
学間で関連情報を共有している。Russell Group のメンバー大学は定期的に
会合の機会をもち、政府政策、ロビー活動、Aレベルカリキュラム、授業料、
学生サービス、宿舎などについてベンチマークを実施して情報を共有してい
る。
86
英国シェフィールド大学の学生授業評価
2-2.その他
・ 留学生の積極的な獲得方策と質の維持・向上との調和における困難な点お
よび課題
留学生の獲得には外部要因と内部要因が関係する。外部要因としては、
「世
界規模の経済市場」、「政策の変動」、「テロ活動」、「米ドルの強み」などが挙
げられる。内部要因としては、
「留学生についての明確で公平な理解を各学部
からいかに得るか」という点がまず挙げられる。そのため、当 Office が全学
レベルで各教員とのコミュニケーションをいかに図るかという点が大変重要
である。
次に考えられる要因は、現代のIT社会において「本学への入学について真
に熱意のある学生をいかに見定めるか」というところに困難を感じている。
現在では、彼らはインターネットを通して容易に情報にアクセスでき、複数
の大学から入学許可を得ることができる。そのため、どの大学に最終的に入
学するのかということが分かりにくくなっている。
Ⅱ.まとめ ― 学生による授業評価について
1.授業評価における学内および学外関連組織とその機能の発展
Ⅰで詳述したとおり、シェフィールド大学における学生による授業評価
は、各学部の主導により実施されている。例として調査したDepartment of
Educational StudiesおよびSchool of East Asian Studiesでは、両学部とも
質問紙法を主な方策として用いていたが、その内容、構成および実施方法に
ついては、学部におけるコースディレクターが責任をもち、学部内の関連委
員会において審議がなされているために多様化している。しかし、これらの
学生による授業評価は、毎年提出が義務付けられている学部報告書の重要な
インディケーターとなり、この報告書が全学的な報告書としてまとめられ、
HEFCE が実施する National Student Survey における一つの指標となるた
め、その実施結果は学部内や学内にとどまらず、全国レベルでも重要な意味を
もつ。
本学が全学レベルで授業評価を行う際に、シェフィールド大学の事例から
参考とすべき点は、各学部の自律性と全学での統括のバランスをどのように
構築するかというところである。シェフィールド大学と同様、本学において
も学部で行われる授業評価は学部ごとに行われている。しかし、シェフィー
ルド大学では、これらの評価が収集され、その結果が大学としての報告書に
反映される仕組みができているところが、本学と異なる点である。シェフィー
87
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ) 参考資料 1 /シェフィールド大学
ルドの事例は、National Student Survey という年に一度の全国統一調査の
ために、各学部の授業評価が効率的に全学レベルに吸い上げられる仕組みが
構築されるという、政府関連機関(HEFCE)による調査をうまく利用した例
である。このため、シェフィールド大学にはTLSUという全学組織があり、各
学部の評価の統括、外部の政府機関の動向調査、そして教育担当副学長のサ
ポート等の責任を負い、各学部と全学的な運営組織との間の調整を図ってい
る。翻って日本においては、National Student Survey に相当する年 1 回の
政府調査は現在のところ実施されていないため、本学においても、全学的に
実施される教養科目を除けば、各学部授業評価を全学レベルでまとめる動機
付けが弱く、関連する全学レベルでの組織機能も強化しにくい状況にある。
2.授業評価に関するベンチマーキング
シェフィールド大学では、授業評価についてのベンチマーキングを実施す
るか、またどの大学とどのような指標を用いて行うかということは各学部に
任されている。事例調査を行った2 学部では、他大学とのベンチマーキング
は特に行っていなかったが、他の学部では Russell Group や White Rose
Partnership、またWorldwide Universities Networkなどの協会メンバーと
一緒に授業評価についてのベンチマークを行っている例があるようである。
比較的高名なイギリスの研究重点大学を集めた Russell Group、そして
シェフィールドが含まれるヨークシャー地域に存在する大学群をまとめた
White Rose Partnershipを日本の本学の文脈に当てはめてみれば、前者が旧
国立大学群に歴史と知名度をもつ一部の私立大学を併せたグループ、そして
後者が愛知学長懇話会の構成大学に相当するであろうか。これらのグループに
おいて授業評価に関するベンチマーキングを実施する気運が今後高まるか、
またその意義は、という点について議論することは、イギリスの当該例と比
較する際に有益であろう。
また、授業評価に関する国際的なベンチマーキングについては、シェフィー
ルド大学では一部の学部で Worldwide Universities Network を通じて行わ
れているという例を間接的に聞いたのみであった。本学において AC21 を通
じて全学的に国際的な授業評価のベンチマーク計画を考慮する際、国内での
同様のベンチマーキングを全国的、地域的に行う前にそれを計画・実施する
ことの意義を、実施前に議論することは有効と思われる。
留学生獲得における戦略策定と教育内容の質保証のバランスに関しても、
シェフィールド大学 International Office での聞き取り調査で挙げられた重
88
英国シェフィールド大学の学生授業評価
要項目は、留学生獲得において中心的役割を担うInternational Officeと各学
部との活発なコミュニケーション、および Russell Group での幅広い項目に
関するベンチマーキングであった。このように、各学部の取り組みを尊重す
る一方、TLSUやInternational Officeなどの全学組織の機能を強化し、本部
と学部のコミュニケーションを向上させるとともに、これらの全学組織が政
府政策や他大学の事例に常に目を配り、外部の情報を学内に取り入れている
シェフィールドの仕組みから本学が学ぶ点は、決して少なくない。AC21 に
おいて授業評価に関するベンチマーキングを行う際、その取り組みに本学の
どの組織がどのように関わり、その結果を将来の本学のカリキュラム計画に
どのように反映させるかという議論は、早急に行われるべき事項ではないか
と思われる。
註
*1 Russell Groupとは、英国内の19の研究重点大学によって構成される団体のことで
ある。1994年、ロンドンのthe Hotel Russellにおいて結成されたこのグループは、
メンバー機関の連携によって、研究の卓越性を重んじる文化において実施される教
育と学習における各大学の関心を促進し、メンバー機関の組織やマネジメントにつ
いての新しい概念や考えを見極め、普及させることを目的としている。http://www.
russellgroup.ac.uk/index1.html
*2 Worldwide Universities Network(WUN)は、世界の主要な高等教育機関によっ
て構成される国際団体である。WUNは、世界的にその重要性が認められている学際
的共同研究を展開するため、研究における卓越性と革新に向けたパートナー機関の
参画を進めること、同じ関心をもつ学問コミュニティを結びつけること、国際的プ
ロジェクトを促進させるのに求められる、仲介支援と知的資本の提供、メンバー機
関や共同体との学生および教員の交流、大学院レベルでの共同学習、および、学習
資料や専門知識の共有、質保証と評価に関する枠組の開発による学生選定や教授法
の実効性を高めることを活動内容としている。http://www.wun.ac.uk/
89
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ) 参考資料 1 /シェフィールド大学
<付 記>
以下において、2006 年 1 月に実施したシェフィールド大学における聞き取り調査
の内容について述べる。
調査概要
<1> 調査の目的
本文中に記載。
<2> 関心領域
1. 授業評価について
( 1 )授業評価に関する資源とそのシステム
( 2 )授業評価におけるベンチマーキング
( 3 )授業評価に対する教職員および学生への積極的参画を促進させるためのスト
ラテジー
( 4 )その他、授業評価における課題等
2. 留学生獲得と授業評価の関係について
( 1 )留学生獲得計画策定の仕組み
( 2 )その他、留学生獲得における課題等
<3> インタビュイー
1. 授業評価について
1-1. 授業評価に関する支援および開発スキーム
Mr. Richard Ward, Quality Assurance Administrator, Teaching and Learning Support Unit(TLSU)
1-2. 2 つの学部における授業評価実施例
Dr. Chris Winter, Lecturer in Education, Department of Educational Studies
Dr. Hugo Dobson, Senior Lecturer in Japan’s International Relations, School
of East Asian Studies
2. 留学生獲得と授業評価の関係について
Department of Student Recruitment, Admissions & Marketing (SRAM)
Ms. Gosia Wells, Director of the International Office
Ms. Sarah Bramall, Recruitment Development Service, Departmental Office
Ms. Elisabeth Whiting, Marketing and Communications
<4> タイムスケジュール
10.00–11.00 Mr. Richard Ward, TLSU
Ms. Sarah Bramall and Ms. Elisabeth Whiting,
1 月 11日
(水) 14.30–15.00
SRAM
15.00–16.00 Ms. Gosia Wells, International Office
2006 年
1 月 12日
(木) 10.00–11.00
Dr. Chris Winter, Department of Educational
Studies
1 月 13日
(金) 16.00–17.00 Dr. Hugo Dobson, School of East Asian Studies
90
Students
Student
Evaluation
Department
Students
The University of Sheffield
Students
・・・
Student
Evaluation
Department
Student
Evaluation
Department
Pro-Vice
Chancellor (L&T)
Annual Rept. of
Teaching quality
The Quality and Standards
Committee
The Senate
TLSU
HEFCE
シェフィールド大学の授業評価に関する学内組織および外部機関との関係図
QAA
DfES
National Student
Survey
英国シェフィールド大学の学生授業評価
Appendix 1
91
92
Mission
沿 革
2
項 目
1
No.
参考資料 2
上 海 交 通 大 学
シドニー大学は、オーストラリア初の高等教
育組織として、1850年に設立された。1852年
より、ギリシャ語、ラテン語、数学及び科学を
専門とするFaculty of Artsにおける3年間の
教育課程が開始した。1855年には、政府から
土地の提供を受けた。その後、長年にかけて学
部組織を拡大してきた。
シドニー大学は、教職員、学生、政府からの出
向職員で構成する、評議会制度に基づく自治
組織である。法的にはその州に対する責任を
負っているが、連邦政府からも資金援助を受
けている。したがって、州及び連邦政府レベル
での決定事項が、大学の政策決定に大きな影
響をもたらしている。
・コミュニティに対する責任と大学主導の活
動を通じてのコミュニティに対するサービ
ス
・大学のあらゆる関係者のニーズを満たすた
めの質の保証
・学生に対するメリットと公平性、及び多様
性・教職員の健全性、専門性、及び共同性
・卒業生の生涯を通じての関係構築
(Strategic Directions 2006-2010)
1896年に南洋公学として創設された上海交通
大学は、中国における最も古い大学の一つで
ある。その創設以来、先端的な研究を推進し、
優れた人材を輩出することにより、科学技術
の発展に貢献をしてきた。上海交通大学は、現
在、8名の中国科学院(Chinese Academy of
Science)院士と 13 名の中国工程院(Chinese
Academy of Engineering)
の院士をはじめ、と
りわけ自然科学分野において評価の高い教授
陣を揃えている。
抱負(Aspiration)として「1:5:40」1:
研究、教育学習、及び学生生活において、オー
ストラリアのトップ大学としての地位を明確
にすること/5:地域におけるトップ5大学
の一つとしての地位を確立すること/ 40:世
界のランキングにおいて 40 位以内に入るこ
と)
上記目標を達成するために、研究開発、学習教
育、学生生活、コミュニティとの連携及びアウ
トリーチの4分野における改革をすすめるべ
「自然科学とリベラル・アーツのそれぞれの分
く、リーダーシップを強化するとしている。
野において、創造性と知性を備えた質の高い
Our Valueとして、以下の項目を挙げており、
人材を育成する」
上記活動を通じてこれらの価値を広めて行き
総合大学としての役割を強調している。
たいとしている。
シ ド ニ ー 大 学
1965 年に設立されたウォリック大学は、40
年の歴史ながら、英国内で総合6位にランク
されるトップレベルの大学(The Times Good
University Guide)。ほとんどの学部が高い評
価を得ており、特にビジネス、経済、社会学、
数学、コンピューターサイエンスといった分
野はトップクラスに属している。 特にビジネ
ス面において産学連携が活発である。
・研究と教育において世界のリーダーとなる
こと
・国際的な舞台での研究により幅広い知識を
得ること
・経済と社会に貢献できる学生の育成をする
こと
・地域社会への貢献ができる大学になること
・どのような生活・社会環境の人でも学ぶこ
とのできる大学になること
ウ ォ リ ッ ク 大 学
名 古 屋 大 学
名古屋大学は1939年、医学部と理工学部の2
学部により、我が国最後の帝国大学として創
設された。1947 年に名古屋大学(旧制)と改
称、1949年には6学部からなる新制名古屋大
学となる。その後総合大学としての整備を進
め、現在では9学部が設置されている。
一方、1953 年には新制大学院が設置され、
2003 年までに 13 の研究科が配置されてい
る。
2004 年からは国立大学法人名古屋大学とな
る。
名古屋大学は「研究」
「教育」
「社会貢献」
「国
際交流」の4分野におけるミッションを以下
のように掲げている。
1.人文・社会・自然の学問の壁を越えた研究
のコミュニティを創出し、世界屈指の知的
成果を産み出す。
2.基幹的総合大学にふさわしい学術と文化
の薫り高きキャンパスを実現し、豊かな人
間性を持つ、勇気ある知識人の育成に努め
る。
3.先端的および多面的な学術研究活動と、国
内外で指導的役割を果たしうる人材の養
成を通じて、地域および産業の発展に貢献
する。
4.国際的な学術連携および留学生教育の一
層の充実を図り、世界とりわけアジア諸国
との交流に貢献する。
(国立大学法人名古屋大学 中期目標・中期計画)
名古屋大学・シドニー大学・ウォリック大学・上海交通大学の概要比較図
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ) 参考資料 2 / 4 大学の比較
学部構成
教職員数
学 生 数
4-1
4-2
項 目
3
No.
47,296(2004)
(学部生 30,306、大学院生 14,401)
http://www.planning.usyd.edu.au/
snapshot/enr_6.htm
5,989
(教員 2,585、職員 3,404)
(1) College of Humanities and Social
Sciences: Arts, Economics and Business,
Education and Social Work, Graduate
School of Government, Law, Sydney
College of the Arts, Sydney
Conservatorium of Music
(2) College of Health Sciences: Dentistry,
Health Sciences, Medicine, Nursing and
Midwifery, Pharmacy
(3) College of Sciences and Technology:
Agriculture, Food and Natural
Resources, Architecture, Engineering,
Science, Veterinary Sciences
シ ド ニ ー 大 学
36,100
(学部生 18,000、大学院生 18,100 名)
http://www.sjtu.edu.cn/english/about/
index.htm
15,536
(学部生 10,346、大学院生 3,962、
(留学生 3,528)
職員 4,354、教員 824、研究員 728
(1) Arts and Humanities
Classics and Ancient History
Comparative American Studies
English and Comparative Literary studies
Film and Television Studies
French Studies
German Studies
History
History of Art/Italian
Theater studies
(2) Sciences
Biological Sciences
Chemistry
Computer Science
Engineering
Mathematics
MORSE (Mathematics, Operational Research, Statistics and Economics)
Physics/Psychology/Statistics
(3) Medicine
Warwick Medical School
(4) Social Studies
Economics
約 1,200 名の教授・副教授が在籍
ウ ォ リ ッ ク 大 学
上 海 交 通 大 学
20 学部
Naval Architecture and Ocean Engineering
Mechanical & Power Engineering
Electronics & Electric Engineering
Material Science and Engineering
Sciences
Life Science and Technology
Humanities and Social Science
Civil Engineering and Mechanics
Chemistry and Chemical Engineering
Management
International and Public Affairs
Foreign Languages
Agriculture and Biology
Environmental Science and Engineering
Pharmaceutics
Medical
Law
Media & Design
Micro-electronics
Information Security
Software
大学院プログラムでは、152の修士課程プログ
ラム、93の博士課程プログラム、16のポスト・
ドクトラル・プログラムが提供されている。さ
らに、8つの国家重点学科(national key
disciplines)と4つの国家重点実験室(national key laboratories)と2つの国家工程研究中
心(national engineering research centers)
が設置されている。
16,497(2005 年5月現在)
(学部生 10,165、大学院生 6,332)
3,320
(教員 1,812、職員 1,508)
9学部 13 大学院研究科
文学部
教育学部
法学部
経済学部
情報文化学部
理学部
医学部
工学部
農学部
文学研究科
教育発達科学研究科
法学研究科
経済学研究科
理学研究科
医学系研究科
工学研究科
生命農学研究科
国際開発研究科
多元数理科学研究科
国際言語文化研究科
環境学研究科
情報科学研究科
名 古 屋 大 学
名古屋大学・シドニー大学・ウォリック大学・上海交通大学の概要比較図
93
94
5
No.
産学連携
項 目
上 海 交 通 大 学
自然科学分野における研究水準の高さを生か
し、上海交通大学は産業界との連携を深めて
いる。とくに、IT系の上海慧谷テクノロジー・
パーク、工業系の上海紫竹テクノロジー・パー
ク、知識集積型の交大上穣テクノロジー・パー
クと、それぞれ関連をもちながら産学連携を
進めている。また、上海交通大学も自身のテク
ノロジー・パークを運営している。その上海交
通大学テクノロジー・パークは、次の4つの形
態から構成されている。
① international technology transfer center
② venture capital investment fund
③ high and new technology incubation base
④ development base of science and technology industry
ちなみに、この上海交通大学テクノロジー・パ
ークは、科技部と教育部によって認可された
最初の大学テクノロジー・パークの一つであ
る。
こうしたテクノロジー・パークなどの場を利
用しながら、これまでにさまざまな科学技術
の開発が行われてきており、多くの特許など
を取得している。また、property right exchange, technological shareholding, patent
authorization などによって、30 以上のプロ
ジェクトが商業化されている。そのような商
業化は、主に次の4つの分野で行われている。
① information technology
② biomedicine
③ new energy sources
④ modern manufacturing
さらに、上海交通大学は、50以上の多国籍企
業とともに共同研究・共同事業を行ってきて
いる。とりわけ、IT産業、自動車産業、生命
科学、マテリアル・サイエンス、ナノ・テクノ
ロジーなどの分野で、産学連携を進めている。
こうした産学連携の基礎となる研究活動につ
いては、「重点実験室」などに指定されること
で、公共性の高い研究を重点的に行っている。
シ ド ニ ー 大 学
Business Liaison Office:シドニー大学におけ
る産学連携業務はすべて BLO(Business Liaison Office)を通じて行われ、産学連携のため
の唯一の窓口として機能している。BLO のミ
ッションは、
「シドニー大学の開発する技術や
研究成果、専門知識等を産業界やその他外部
の組織に有効に利用してもらうことを促進す
ること。また、それによって社会的経済的利益
を生み出し、一方で外部資金の獲得にもつな
げること」とされている。BLO は the Deputy
Vice Chancellor(Research and Innovation)
のもとに設置されている。活動内容には、次の
ものが含まれる。
共同研究(collaborative research)
契約に基づく共同研究(contract research)
コンサルティングconsulting)
ジョイントベンチャーの立ち上げ(Formation of joint ventures)
新規事業の立ち上げ支援(facilitation of the formation of start-up companies)
ライセンスを伴う技術の移転(technology transfer under licensing)
知的財産のライセンス化(Licensing of intellectual property)
商業化支援
(commercialization services)
Exchange of confidential information 等
外部資金の獲得に関しては、Research Office
と共同で事業を行っており、資金源に応じて
事業を分担している。原則として、知的財産や
所有権、機密性、出版権が関わるような事業に
関する交渉段階には BLO が関与することとな
っているが、事情によってはROの責任業務範
囲と重なる場合もある。
BLOのHP(http://www.usyd.edu.au/blo/index.
shtml)には、オフィスの紹介の他、産業界向
けの案内も充実しており、technology showcase や investment opportunity といったペー
ジも用意されている。
BLOのスタッフは20名のスタッフ(知的財産・
ライセンス部門5名、契約部門7名、新規ベン
チャー部門3名、管理部門5名)の他 Acting
Director(及び秘書)で構成されている。
各種大学内基金:シドニー大学では、大学と産
業界及びその他の専門家を結びつけ、世界レ
ベルの結果を導くことを目的とし、様々な分
野における研究開発支援のための基金が設立
されている。
これらの基金は、新規事業の立ち上げにおい
て有用なだけでなく、政府からの資金援助が
年々減少している中で重要な資金源となって
いる。大学全体の専門分野と関連し、基金の数
は全部で 46 にのぼる。
http://www.usyd.edu.au/about/research/pub/foundations.shtml
その他、以下のPDF に142ページにわたる産
学連携レポート、寄付など詳細:
http://mms.warwick.ac.uk/mms/getMedia/
2E341CA689CDC058013DF2A2B444C2EF.pdf
ウォリック大学では 企業提携、産学連携に非
常に力を入れており、大学内だけでも以下の
ビジネスが行われている。
Warwick Accommodation(学内)
Warwick Conferences(会議の招聘)
Warwick Hospitality(ケータリング、ホテル
の紹介、レストランなど)
WarwickPrint(印刷、出版)
Warwick Retail(スーパーや学生対象の様々
なサービス業務)
ウ ォ リ ッ ク 大 学
民間等との共同研究実施件数
(2005 年度:% は比率)
ライフサイエンス
67 (24.9%)
情 報 通 信
31 (11.5%)
環 境
28 (10.4%)
ナノテクノロジー・材料
65 (24.2%)
エ ネ ル ギ ー
26 (9.7%)
製 造 技 術
36 (13.4%)
社 会 基 盤
14 (5.2%)
フ ロ ン テ ィ ア
2 (0.7%)
合 計
269(100.0%)
名 古 屋 大 学
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ) 参考資料 2 / 4 大学の比較
寄 付 等
収支額と内訳
外部資金の割合
ランキング
7-1
7-2
8
項 目
6
No.
収支額の内訳は、大学のパンフレットならび
にホームページからは情報を入手することが
できなかった。
不 明
・2006 年 The Times イギリス大学トップ
10 ランキング8位
・2006 年 The Times Top University by Subject(学科別トップランキング)3位
・学科個別ランキング結果
TIMES 169位(2005年)
(アジア・ランク45位)
Accounting and Finance(2位)
SJTU 301-400 位(2005 年)
Business Studies(2位)
地域ランク 37-65 位;国内ランク 3-7 位
Politics(2位)/Economics(2位)
Sociology(2位)
Communications and Media(4位)
Drama, Dance and Cinematics(2位)
Philosophy(5位)
8.4%
THES: 38
SJTU: 101-152
不 明
£77.6m of the University’s total income is
currently derived from “earning” activities
such as self-financing short courses, research contracts, management training centers, vacation conferences, retail and catering.
Total University Income: £240.4m
HEFCE Grants: £54.9m
Tuition Fees: £64.3m
Research Grants and Contracts: £40m
収入:$940.0 million
1. Pursuant to the Higher Education Funding
Act: 359,535 (38.2%)
2. Higher Education Contribution Scheme/
Commonwealth Loan Programs: Subtotal
135,559 (14.4%)
HECS – from trust fund 83,450
HECS – upfront 30,374
Commonwealth Loan Programs 21,735
3. Other: Subtotal 444,930 (47.4%)
Fees and charges 197,472
Investment income 58,548
(Contributions to superannuation 14,394)
Consulting & Contract Research 78,012 (8.3%)
Royalties Trademarks Licenses 1,044 (0.1%)
State 7,996
Other 116,252
支出:$862.0 million
1. Employee benefits: Subtotal 508,452
Academic 275,515 (32.0%)
Non-academic 247,331 (28.7%)
Deferred superannuation (14,394)
2. Depreciation and amortisation 41,909 (4.9%)
Building and ground expenses 23,722 (2.8%)
Bad and doubtful debts 5,045
3. Other expenses: Subtotal 353,596
Consultants and contractors 25,196 (2.9%)
Scholarships, grants & prizes 39,946 (4.6%)
Teaching & research grants, contracts-external organisations 65,891 (7.6%)
Other 151,887 (16.5%)
不 明
ウ ォ リ ッ ク 大 学
不 明
上 海 交 通 大 学
9 donations, 14 funds for awarding faculties,
and 3 funds for international exchanges
シ ド ニ ー 大 学
名 古 屋 大 学
THES: 129 (2005 rank), 167 (2004 rank)
SJTU: 101-152 (2005)
(Regional Rank: 9-19)
不 明
支出:76,199 (単位:百万円)
内訳 (単位:百万円)
業務費
58,445
教育研究経費
35,595
診療経費
17,482
一般管理費
5,368
施設整備費
7,804
産学連携等研究費・寄附金事業費等 5,877
長期借入金償還経費
4,073
収入:77,958(単位:百万円)
内訳 (単位:百万円)
運営費交付金
36,195
施設整備費補助金
749
施設整備資金貸付金償還時補助金
29
国立大学財務・経営センター施設費交付金 1,162
自己収入
27,738
授業料・入学金・検定料収入
7,909
附属病院収入
19,483
雑収入
346
産学連携等研究収入・寄附金収入等 6,192
長期借入金収入
5,893
寄附金 19.2 億円(1,730 件)
受託研究経費 23.3 億円(457 件)、
民間等との共同研究 6.5 億円(269 件)
名古屋大学・シドニー大学・ウォリック大学・上海交通大学の概要比較図
95
96
コメント
11
Warwick 大学のホームページのいたるとこ
ろに書かれている entrepreneurial spirit が
大学の大きな一つのモットーであるように、
上海交通大学は、自然科学分野
(とくに工学と すべてがビジネスにつながっている印象をう
医学)において研究実績を積んできており、テ ける。ファンディング、奨学金、予算などは膨
クノロジー・パークなどを活用することによ 大な枚数のPDFに収められてホームページに
って産学連携にも積極的に取り組んでいる。 記載されている。
(他の教育などに関するペー
財務状況に関する資料がパンフレットやホー ジはそれほど充実していないが。)2月に訪れ
ムページでは公開されていないため詳しいこ た際も、大学内で2つの大きなコンベンショ
とは分からないが、外部資金なども東アジア ンが開催されており、さらに住宅展示場の会
の企業などを中心として獲得している様子が 場としてもグラウンドが使用されていた。会
伺える。
議などを催すのも大学の1つの収入方法であ
り、また、大学内に映画館、本格的な郵便局、
スーパーなどもあり、大学が一つの町となっ
ている印象を受けた。
学術交流
10
シドニー大学は、イギリスの高等教育文化の
流れを受けながらもアジア太平洋地域におけ
るトップ大学を目指している。欧米ではなく
アジア太平洋地域に対するアイデンティティ
は、AC21やAPRUへの参加からも伺える。ま
た、研究系大学であるとの意識も強く、教員が
研究成果をあげることに対するチェックがあ
るだけでなく、教育においてもresearch-ledの
要素を重視している。
州や政府からの収入が全体の約半分をしめて
おり、政策決定において政府の影響が強いこ
とはまちがいないが、一方、産業界との連携強
化に力を入れており、影響力を増している。こ
の動向は、公的基金が減少傾向にあることと
も関連している。産学連携への組織的対応に
も特徴がある。
専門分野は多様であるが、概して専門職に直
結したものが多い。
AC21にとっては、その大学としての特徴や位
置づけにおいても、またコンソーシアム内の
役割においても、最も重要なメンバーの一つ
と思われる。
上海交通大学は、100 以上の大学と学術交流
協定を結んでいる。
Warwickコンソーシアムを運営しており、こ
早稲田大学/東京大学/大阪大学/横浜国立 こには多数の企業、地元自治体も参加してい
(2005 年6月現在)
大学/昭和女子大学/北海道大学/拓殖大学 る。大学が、町全体を運営しているような印象
大学間協定:054 機関
/東京工業大学/名古屋大学/立命館大学/ を受ける。
部局間協定:139 機関
法政大学/愛知大学/電気通信大学/宮崎大 (日本の大学との学術交流協定については不
(明。)
学/神戸学院大学/大坂産業大学
(上海交通大学 2005)
オーストラリア国内コンソーシアム:Group
of 8
アジア太平洋地域コンソーシアム:APRU
日本の大学との協定:
Aoyaka Gakuin / Chiba / Doshisha /
Hosei / Kobe / Kwansei Gakuin /
Kyoto / Niigata / Shonan Institute of
Technology / Tohoku / Tokyo Geidai
文部科学省関連事業の被採択状況などの実績
から、「研究」
「教育」
「社会貢献」
「国際交流」
の4分野において、名古屋大学は研究重点大
学としての包括的な取り組みを全国的に示す
ことに成功している。特に、国際交流の面で
は、AC21の事務局を学内に設置することによ
って、国際的なネットワーキングのかなめと
して世界中のコンソーシアム・メンバーとの
連携を図るとともに、名古屋大学国際フォー
ラム(平成 14 年)および第 1 回 AC21 学生世
界フォーラム(平成 17 年)を主催するなど、
AC21 の中心的存在として積極的な活動を推
進している。名古屋大学は、引き続きAC21に
おける中心的役割を維持発展させつつ、この
国際ネットワークを活用したベンチマーキン
グ活動などを通じて、世界的な視野の下での
研究・教育・社会貢献の取り組みを展開するた
めの示唆を得ることをめざしている。
Dr. Ryoji Noyori, University Professor,
Winner of the 2001 Nobel Prize in
Chemistry for the work on ‘Chirally
Catalysed Hydrogenation Reactions’
Dr. Isamu Akasaki, Emeritus Professor,
Research on Blue Light Emitting Diode
(Blue LED)
9
名 古 屋 大 学
上海交通大学の教授陣のなかで、8名の教授
が中国科学院(Chinese Academy of Science) Young Researcher of the Year 2005 in the
院士に、13 名の教授が中国工程院(Chinese Times Higher Awards(科学)
Academy of Engineering)の院士に任命され Dr. Julie Macpherson
ている。
ウ ォ リ ッ ク 大 学
ノーベル賞受賞
者及び著名研究
者
上 海 交 通 大 学
シ ド ニ ー 大 学
(1) Sir Robert Robinson: Sydney’s first Professor of Pure and Applied Organic Chemistry 1912 – Nobel Prize for Chemistry 1947
(2) Sir John Cornforth: Graduated with BSc
1938 and University Medal and MSc 1939
– Nobel Prize for Chemistry 1975
(3) John Harsanyi: Graduated with Masters in
Economics 1966 – Nobel Prize in Economics 1994
項 目
No.
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ) 参考資料 2 / 4 大学の比較
英国シェフィールド大学の学生授業評価
① 1 年に 2 回の各モジュール最終授業における、モジュール評価(質問
紙方式)
② 9 月に行われるコース全体の評価(email を通じて)
③ 11 月に行われるコースおよび学部全体の評価(郵送)
④ 1 年の後半に行われる外部評価者(External Examiner)による評価
(学生とのディスカッションの実施)
⑤ 学生代表(Student Representatives)を通じた、学生からのコメント
の収集とコースディレクターへの通知(1 年のコースを通じて全 6 回
実施)
⑥ 学部内教育・学習委員会(Teaching and Learning Committee)に
おける、学生代表によるレポート発表
これらの評価の企画・実施は各コースディレクターが責任を持つ。
( 3 )その他
・ 学生による授業評価の重要性
学生からの意見はコース計画の向上のために必要である。彼らの意見や関
心は、翌年度のためのフィードバックとして機能する。
効果的な結果を得るために、学生からの評価を集める際に考慮すべき点は
「教員と学生との関係性」「守秘義務」「匿名性」の 3 点である。
・ 学生による授業評価における困難な点および課題
時に、学生は自由記述の質問項目(open questions)において困難を感ず
ることがある。
・ 留学生を多く受け入れている場合、評価という行為における異文化間格差
の有無
(文化の多様性はネガティブに作用することがある。異なる文化環境にお
いては、学生は授業評価という行為に違和感を覚えるかもしれない。)
事例2:School of East Asian Studies
( 1 )当該コースの学生数 ― 18 名
( 2 )当該コースにおける学生授業評価の実施例
授業評価は次の 3 つの機会に行われる。
①質問紙:各セメスターの最終クラスにおいて、最後の 10 分間に学生
による質問紙票を使った授業評価が行われる。質問紙は School 内の
教授委員会(Teaching Committee)が議論・構成する。
②質問紙の自由記述欄に記載された事項の分析
③数名の学生に対する非公式なインタビュー(コース終了後)
85
AC21 ベンチマーキング報告書(Ⅰ)
シドニー大学・ウォリック大学・上海交通大学の教育・研究
2006 年 3 月 31 日 発行
発行者 名古屋大学国際学術コンソーシアム推進室
〒 464-8601 名古屋市千種区不老町
TEL: 052-789-5684/5686 FAX: 052-789-4999
E-mail: [email protected]
URL: http://www.ac21.org
印刷所 ニッコアイエム
© 名古屋大学国際学術コンソーシアム推進室 2006
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