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美術館内部と外部の相互浸透 - DSpace at Waseda University

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美術館内部と外部の相互浸透 - DSpace at Waseda University
早稲田大学大学院教育学研究科紀要 別冊 18 号―1 2010 年9月
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
225
美術館内部と外部の相互浸透
周辺環境との連関から―
―
藤 澤 まどか
1.はじめに
本研究では,美術館内部と外部の相互浸透について,周辺環境との連関に注目して考察することを
目的とする。特に,美術館建築を中心とするが,美術館建築の工夫によって美術館が開放的な空間と
なることは,様々な人々が利用しやすく感じる契機に結び付いていくため,美術館の公共性の保障に
も寄与すると考える。また,美術館内部に外部の様子を取り入れたり,美術館外部から内部の様子を
認識できたりすることは,人々が立ち寄りやすく,身近に感じられるような機関として活動するうえ
で重要な要素になると言える。このようなことから,美術館内部と外部の関係に焦点を絞り,美術館
建築に美術館内部と外部の相互の関わりを取り入れることで生み出される開放性を明らかにしていき
たい。
また,美術館建築に関しては様々な研究があり(1),美術館建築を考えるうえで非常に重要である
が,本研究では,特に美術館の公共性の保障について,美術館建築による開放性を中心としながら,
美術館建築の役割や機能を分析していく。さらに,建築物の内部と外部の関係に触れた先行研究も
(2)
あり
,非常に示唆に富むものの美術館建築に視点を絞ったものではないと考えられる。そのため,
本研究では,ナッシャー彫刻センター(Nasher Sculpture Center,以下 NSC)
,地中美術館,フォー
トワース現代美術館(Modern Art Museum of Fort Worth)等を中心に,美術館建築を媒介として,
美術館内部と外部がどのように影響し合っているのかを考えていく。特に,上記の美術館は,周辺環
境との関係を視野に入れており,美術館建築の側面からみても,注目に値すると考えられる。
そのさい,美術館内部と外部の相互浸透による効果を明らかにする視点として,第 1 に,美術館の
敷地内のデザインも含めて周辺環境に注目し,その周辺環境が美術館内部に与える影響について考え
る。それは,美術館内部にいながら,外部を感じられる建築的な配慮があることで,美術館の印象も
開放的なものとなり,美術館の居心地も良くなっていくと思われるからである。
第 2 に,美術館内部と外部の相互浸透をもたらす要因に着目するが,景観としての周辺環境の取り
入れ方,作品と周辺環境との関わり,美術館内部と外部の行き来の 3 点から考えていく。そのさい,
展示室や通路等の窓・扉・壁面といった箇所にガラスに代表される透明な素材を使用すること,作品
の一部として周辺環境を取り入れること,美術館内部と外部を連続的に動くこと,に注目して考える
が,これらの具体的な方法を採ることによって,美術館内部と外部の相互浸透が実現される要因を明
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
226
らかにしていく。
第 3 に,美術館建築のあり方に注目するが,美術館建築と周辺環境との関係の捉え方によって,美
術館活動にどのような影響を与えるのかについて考える。前述のように,周辺環境を美術館内部に取
り入れるということも,建築的な工夫や配慮によって実現する側面が多々ある。そのため,美術館活
動を円滑に行っていくさいに必要な開放性の実現を分析するとともに,美術館建築を単に外部に開放
するというだけでなく,ガラス等を使用して自然光や周辺環境を取り入れる部分と外界からの影響を
受けないように作品や資料を保護する部分とのバランスにも留意しながら考えていく。
このように,美術館内部と外部の相互の関係に注目することで,双方のつながりが生じ,美術館内
部にいながら外部を感じ,美術館外部にいながら内部の活動に触れられるような効果を生み出してい
くと言える。そのため,上記の観点を踏まえながら,美術館内部と外部の相互浸透について,周辺環
境との連関に注目して考察していきたい。
2.美術館と周辺環境の関係
以上のことから,美術館内部と外部の相互浸透について考えるが,美術館の敷地内のデザインも含
めて周辺環境との関係を捉えていく。そのさい,美術館と周辺環境の関係を明らかにすることが必要
になるが,美術館内部から外部,美術館外部から内部を感じられることで,双方の境界線が曖昧にな
り,内部と外部がつながっているような感覚をもたらすきっかけとなる。
しかしながら,実際に内部と外部が接続し
ているのではなく,ランドスケープ・デザイ
(3)
ン
の視点を取り入れたり,美術館建築の構
造や工夫を行ったりすることによって,境界
線が解かれていくような効果が表れる場合が
多い。例えば,地中美術館(安藤忠雄(1941−)
設計/ 2004 年開館)
【写真 1】やベネッセハウ
ス ミュージアム(安藤忠雄設計/ 1992 年開館)
(4)
のように
,直島を囲んでいる瀬戸内海や植
物等の周辺環境に包まれて美術館建築が存在
写真 1 地中美術館(撮影:藤塚光政)
することから,作品鑑賞の過程でも周囲の景
色を眺めることができる。そのため,美術館と周辺環境が分離しているというよりは,周囲の景観と
調和することになり,美術館建築を介して双方が作用し合って,その関係性を基礎としつつ美術館内
部からも外部からも新たな景観が立ち現れることになる。したがって,美術館建築は地域の一部とし
て,その地域の環境を形成する要素の一つに位置付けられるだけでなく,美術館内部と外部の関係性
を捉え直し,開放的な空間を創出する端緒になると言える。
これに加えて,周辺環境を美術館内部にどのように取り入れるのかということを考える必要もある
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
227
が,美術館建築とそれ以外の敷地内の関係性を表現するさいには,美術館建築を取り巻く環境をデザ
インする視点が必要になる。具体的には,美術館建築の周囲に配置する植物や水等の素材の選択や美
術館から見える空や海や山等の要素の活用方法が挙げられる。それは,周辺環境の取り入れ方によっ
て,美術館建築のあり方や美術館自体の雰囲気も変容することから,美術館建築に関する配慮を行う
だけでなく,美術館の敷地内のデザインや周辺環境との関わりを考慮に入れる姿勢が欠かせないから
である。
特に,美術館建築は,人々が作品鑑賞を行う空間を創出するため,人々の美術館での体験に直接関
わる要素を物理的に構成することになるが,開放的な空間となるか,閉鎖的な空間となるかに大きな
影響をもたらす要因となり,人々の美術館イメージの形成に深く関与することになる。そのさい,美
術館建築は,開放的な空間を創出する具体的な要素の一つとして,周辺環境との一体感や周辺環境と
の関係性を取り入れて,美術館内部と外部を同時に捉える視点を示唆することも可能である。換言す
れば,美術館内部と外部の相互の関係性を美術館建築として表現することによって,その表現の中に
開放性の創出に寄与する要素が含まれるようになる。このようなことから,美術館内部と外部の相互
浸透によって見出される表現に着目することで,美術館の開放性に関わる側面も明らかになると言え
よう。
3.美術館内部と外部の相互浸透をもたらす要因
(1)景観としての周辺環境
まず,美術館の周辺環境を景観として捉えている場合を取り上げるが,なかでも,美術館の敷地の
デザインに注目する。特に,ランドスケープ・デザインの手法を取り入れている場合,美術館内部か
ら見渡せる景色にも美術館のコンセプトが反映されたり,美術館と周辺地域の関わりを体現できたり
する契機となる。
例えば,フォートワース現代美術館(安藤
忠雄設計/ 2002 年完成(5))
【写真 2】は,長
棟 2 棟,短棟 3 棟が並列した構成であり,コ
ンクリートの箱をガラスで包みこんだ「二重
(6)
皮膜構造」 を採っていることに加えて,長
棟 2 棟の奥から短棟 3 棟を囲い込むように水
庭が広がっていることが特徴として挙げられ
(7)
る
。そのため,水面にさざ波が立っている
様子や周囲の景色といった美術館外部の様子
が外観を構成するガラスに映り込み,美術館
写真2 Modern Art Museum of Fort Worth(撮影:筆者)
内部からはガラスを介して外部の水へと融和
していく。そのさい,ガラスと水の保持する
228
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
透明性という共通項を基軸に親和性が生じ,内部と外部がつながっていくことになる。さらに,エン
トランスから短棟の連なりに目を向けるとガラスが幾層にも重なる様子に気付くが,ガラスという素
材を利用することで,人々の視線が別の空間にまで届くため,現在立っている場所と別の空間との結
び付きを感じさせることになる。
(8)
【写真 3】のように,庭園
また,NSC(レンゾ・ピアノ(Renzo Piano, 1937−)設計/ 2003 年開館)
や周囲の地域との関わりを視野に入れたり,群馬県立館林美術館(以下,GMAT)
(第一工房〔高橋
一(1924−)〕設計/ 2001 年開館)【写真 4】のように,美術館の周辺が芝生等の植物で囲まれた
りしている場合には(9),庭園や植物を介して美術館内部と外部がつながっていくことになる。この
場合も,庭園や芝生に接する部分にガラスといった透明な素材を使用して,景観として周辺環境を取
り込んでいると言える。
写真 3 Nasher Sculpture Center(撮影:筆者)
写真 4 群馬県立館林美術館(撮影:筆者)
つまり,ガラスには空間と空間の連関を生じさせたり,美術館内部と外部の関係を指し示したりす
る等の様々な特性があると言える。特に,「各種ガラス使用手法の効果」としては,
「ガラスの透明
感を利用した内外空間」,「ガラスの壁面構成による反射性の効果」
,
「構造体やガラスを支える骨組み
の強調の効果」等があるとされており(10),上記の美術館に関しても,ガラスを利用することで,美
術館内部と外部の結び付きが明確になり,美術館建築の構造体や周囲の景観とが相互に影響し合って
いた。
このように,景観として周辺環境が認識されるさいには,美術館建築によって示される風景の捉え
方や建築的要素が密接に関係しており,美術館と周辺環境とのつながりが強化されるだけでなく,美
術館内部から外部,美術館外部から内部を感じることができるため,閉鎖的な印象を払拭する役割を
担うようになる。
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
229
(2)作品と周辺環境との関わり
次に,美術館に展示されている作品と周辺環境との関わりに注目する。例えば,ベネッセハウス
ミュージアムのテラスに展示されている杉本博司〈タイム・エクスポーズド| Time exposed〉
(1980
−1997)は,作品の中に映し出された空と海からなる水平線と目の前に広がる空と瀬戸内海とがリ
ンクしており,ジェニファー・バートレット(Jennifer Bar tlett)
〈黄色と黒のボート| Yellow and
Black Boar ts〉(1985)は,美術館内部に設置された作品(キャンバスに描かれた海辺の風景と黄色
と黒のボートとキャンバスの前に置かれた黄色と黒のボート)と美術館から下方に見える浜辺に置
かれた黄色と黒のボートが反復している(11)。つまり,美術館に展示されている作品を鑑賞しながら,
美術館外部に視点が向かうことに関しても,美術館建築による空間構成が関与している側面がある。
特に,テラスやガラスの扉・窓の配置を工夫することによって,美術館内部から外部へと視線も移動
しやすくなる。さらに,ベネッセハウス ミュージアムの周囲には,屋外作品が設置されていること
もあり,美術館内部から外部,美術館外部から内部へと視線だけでなく実際の鑑賞行為にも動きが伴
うことになる。
また,ジェームズ・タレル(James Turrell)
の〈 オ ー プ ン・ ス カ イ | Open Sky〉
(2004)
【写真 5】は地中美術館(12),
〈Tending,(Blue)
〉
(2003)は NSC に設置されており(13),作品上
部にある開口部から自然光が直接降り注いで
いる。このように,作品の中に空や光を取り
入れることで,普遍的な要素を感じさせると
ともに,開口部を覆うものがないことから,
写真 5 ジェームズ・タレル「オープン・スカイ」2004
(撮影:藤塚光政) 作品が設置されている周囲の場所に特有の匂
いや音を感じることもできる。そのため,作
品の成立に空や自然光といった自然的条件が
含まれている場合には,どこに作品が設置されるかによって鑑賞体験も異なり,作品の固有性が同時
に発生することになる。つまり,サイトスペシフィックな作品の特性を感じさせるとともに,時間や
場所によって様々な表情を見せる作品の特質から,周辺環境との関わりを指し示すことになる。
さらに,自然光を取り入れている作品としては,地中美術館のウォルター・デ・マリア(Walter
De Maria)〈タイム/タイムレス/ノー・タイム| Time/Timeless/No Time〉
(2004)もあるが,上
記の作品と同様に,作品鑑賞を契機として,美術館内部と外部のつながりを体感することができる。
特に,地中美術館の場合,タレルは前述の〈オープン・スカイ〉
(2004)以外にも作品を展示してい
るが,「それぞれの部屋のサイズ,材質などは,タレル本人が作品の状況を検討して決定」し,デ・
マリアの作品に関しても,「空間全体を作品と考えるデ・マリアの指示によって,部屋のサイズ,高
さ,天井の採光などが決められた」とされることから(14),作品・作家と美術館建築が深く関わって
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
230
いることが読み取れる。
その結果,作品鑑賞を起点として周辺環境との関わりを認識したり,美術館外部に意識が向かった
りするため,美術館内部と外部の相互作用を体感するきっかけが生じることになるが,このような空
間構成にも,建築的要素が深く関与していると言える。
(3)美術館内部と外部の行き来
そして,美術館建築の構造に,美術館内部と外部の行き来が含まれていることがあるが,地中美術
(15)
館では,美術館内部に「四角コート」や「三角コート」 といった外気に触れられる中庭のような空
間を設けたり,外気の入る通路やスロープを取り入れたりしている。その結果,来館者は美術館内部
にいるにもかかわらず,美術館外部に出る機会を得ることになるため,前述の“作品と周辺環境との
関わり”でも触れたが,美術館を取り巻く周辺環境を肌で感じ,周辺環境の匂いや音,自然光との関
係を含みながら,作品鑑賞を行うことになる。
さらに,
「四角コート」や「三角コート」には,それに沿って階段や通路もあり,
「四角コート」や「三
角コート」を上から見下ろしたり,「四角コート」や「三角コート」の下から空を見上げたりするこ
とによって,視線が様々な方向から入り交じ
ることになる。特に,
「三角コート」の側面に
は,半屋外の階段も含まれているため,美術
館内部と外部の中間領域のような空間が形成
されている。これに加えて,
「三角コート」に
沿ったスロープの部分には,スリットが設け
られており,その隙間から「三角コート」の
様子を見たり,光によって生み出される陰影
写真 6 地中美術館(撮影:松岡満男)
の対比を感じたりすることになる【写真 6】
。
また,美術館内部と外部を行き来することで,
美術館内部と外部の違いを気温の変化から感じる側面もあり,作品鑑賞の空間とそれ以外の空間との
組み合わせによって,感覚に刺激を与え続ける効果がある。つまり,作品鑑賞の過程で,美術館建築
を通して人々の感覚が研ぎ澄まされていくことになる。
このように,美術館建築を媒介に,来館者は美術館内部と外部を行ったり来たりすることになるが,
NSC の場合にも,美術館内部の作品を見るだけでなく,庭園に展示されている作品を鑑賞するため
に野外に出て,そこから,美術館の外観を見ることもできる。したがって,美術館内部と外部を行き
来することで,一つの美術館でありながらも,様々な角度から見ることができるようになり,美術館
内部からの視点だけでなく,美術館内部と外部の関係性を体感する契機になると言える。このような
効果は,GMAT にも当てはまるが,芝生広場を媒介に内部と外部を行ったり来たりして,多様な角
度から美術館を認識するきっかけとなる。
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
231
また,NSC の庭園のように,野外に作品が展示されたり,庭園を囲む壁にガラスのスリットが設
けられたりすることによって,そこから見える他の施設・機関や周囲のまちとの関係が示されるとと
もに,来館者以外の人々にとっても美術館の活動を知る糸口になる。そのため,美術館内部と外部の
行き来がスムーズであることによって,美術館内部と外部の境界線が解かれて,美術館に対する人々
の心理的な壁を消すことに寄与すると考えられる。
4.美術館建築のあり方
(1)美術館建築の消失
上記のように,美術館内部と外部が相互に影響し合うことで,開放的な空間の創出に貢献すると理
解できるが,美術館内部と外部の相互浸透をもたらす条件の一つとして,美術館建築が内部と外部を
遮断するのではなく,双方の連結を促す機能が挙げられる。そのため,美術館建築のあり方に照らし
合わせてみると,美術館建築がまるで消失してしまったかのように機能することが考えられる。
例えば,NSC のように,都市と美術館と庭園とがガラスを介してつながるのは,ガラスが保持す
る透明性(transparency)に起因するが(16),それは,ガラス等の素材が保持する透明性によって視線
の通過が生じ,美術館内部と外部の境界線があたかも消えてしまったかのように感じさせる効果を生
み出すからである(17)。したがって,ガラス等の透明な素材は,美術館建築の一つの要素として外界
との境目を構成していても,その透明性によって,美術館内部の活動を外部にまで届けると同時に,
美術館外部の様子を内部に引き入れる作用を生む。そのため,美術館建築を構成する素材を工夫する
ことで,建築的要素が遮蔽物とならずに,美術館内部と外部の一連のまとまりを生じさせる機能を保
持するようになる。
また,地中美術館の場合は,外観が周囲の環境と溶け込むことで,建築物という構造体が一見,消
えたように感じられ,周辺環境自体が際立つ作用が見出せる(18)。この場合,ガラス等の保持する透
明性の機能とは異なり,建築物の遮断機能を取り払うというよりは,美術館と周辺環境との見分けを
付きにくくして,周辺環境との統一感を生み出す効果が見出せる。
つまり,ガラス等の透明な素材の使用や周囲の環境の活用によって,美術館建築としての素材や構
造体が存在していても,それらの要素を前面に押し出さずに美術館内部と外部の関係性を示し,作品
そのものや光や空気や周辺の景色を強調することになる。言い換えれば,美術館建築が“無”の存在
となり(19),その結果,美術館と周辺環境とがつながっていくのである。このようなことから,美術
館建築として存在しながらも,周辺環境との調和を実現したり,閉鎖感を和らげたりする効果が生み
出されることになる。したがって,建築物としての構造体はあっても,建築的要素を柔軟に利用する
ことで,周辺環境・周辺地域との関係をかたちづくる契機となり,開放的な空間の創出に結び付いて
いくと言える。
232
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
(2)美術館建築の保護機能と開放性のバランス
また,美術館内部と外部の相互浸透がもたらされるさいに,ガラス等の透明な素材の使用や美術
館外部との直接的なつながりがある場合には,外界からの影響を受けやすい空間でもあると考えられ
る。特に,美術館では,様々な作品や資料を取り扱うことになるため,展示方法や空間構成を一律に
定められるわけではない。そのため,作品や資料によっては,展示室に自然光を取り入れたり,外気
に直接触れたりするような構造を避けなければならないこともあるが,展示室以外のスペースを工夫
することで,開放的な空間を創出することも可能となる。したがって,美術館活動を行うさいに,作
品や資料の保管の側面から閉鎖的にならざるを得ない側面を保有しつつも,美術館の構成要素を柔軟
に活用することによって,開かれた空間構成を実現する端緒になると考える。
例えば,GMAT では,東面が全面ガラス(高透過複層合わせガラス)になっている展示室 1,光天
井やスポットライト等を使用した展示室 2 と展示室 4,また,展示室 4 は自然光と人工光を併用でき
る構造を採用し,展示室 3 はデリケートな作品展示も可能なように(20),様々な作品や資料の性質に
合わせて展示室を選択することができる。そして,フォートワース現代美術館も,前述の「二重皮膜
構造」を採ることによって,コンクリートとガラスの間に「縁側のような空間」ができ(21),このガ
ラスで囲まれた展示空間とその奥の展示室が併存することになるため,GMAT と同様に,作品や資
料の性質によって展示する場所を選べると考えられる。
また,上記の美術館とは対照的であるが,NSC のように,彫刻に特化している美術館の場合,展
示する作品や資料の種類が比較的限定されているため(22),彫刻作品の保持する性質を生かして,自
然光が降り注ぐ(23),明るく開かれた展示空間や野外にも展示が可能となる。このように,所蔵作品
の性質をうまく取り入れて,開放的な展示空間を創出していることは注目に値する。したがって,美
術館建築の保護機能と開放性のバランスをとることが重要であり,作品や資料の性質を見極めなが
ら,空間的な工夫を行うことが必要となる。
5.おわりに
以上のことを受け,美術館内部と外部の相互浸透について,周辺環境との連関に注目すると,以下
の 3 点が重要であると考える。
第 1 に,美術館とその敷地内のデザインも含めた周辺環境を総合的に捉える視点の必要性である。
そのさい,美術館内部から外部,美術館外部から内部を感じられるということによって,美術館内部
と外部が相互に影響し合って開かれた空間が生じ,美術館に普段訪れない人々にとっても,行きやす
い場所として認識されるきっかけになる。
第 2 に,美術館内部と外部の相互浸透をもたらす要因として,景観としての周辺環境,作品と周辺
環境との関わり,美術館内部と外部の行き来が挙げられるが,これらの要素を土台として,美術館内
部から外部,美術館外部から内部という双方向の関係性を認識する糸口となる。特に,美術館建築に
よって,周辺環境の取り入れ方や作品や資料の展示方法や鑑賞行為が限定される側面があるため,開
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
233
放性に留意しながら,様々な人々が利用しやすい空間づくりを行うことが重要になる。
そのため,美術館と周辺環境とを結び付ける物理的側面として,美術館建築の役割は大きいと言え,
美術館内部と外部を相互に意識できるような構成や内部と外部を自由に行ったり来たりできるような
仕組みの構築を行うことで,美術館内部と外部の境界線が解かれて,開放的な雰囲気を生み出すこと
に直接関わると考えられる。
第 3 に,美術館建築のあり方として,まるで建築物が消失したかのように機能したり,建築物によ
る保護機能と開放性とのバランスをとったりする視点を取り入れることが挙げられる。なかでも,美
術館建築が“無”の存在かのように機能することで,美術館と周辺環境との境目も認識しづらくなり,
美術館と周辺環境・周辺地域との関係が強調されていく。したがって,美術館建築による工夫を行う
ことで,開放的な空間の創出と作品や資料等の保護機能を同時に実現し,美術館活動を支えながらも,
美術館建築によって生み出される閉鎖感や威圧感を取り払い,様々な人々が訪れやすい開放的な空間
を形成することになる。
このようなことから,美術館建築の工夫によって,美術館内部と外部の境界線を解くような作用が
生まれ,開放的な活動を行う基礎をかたちづくることになると考えられる。つまり,美術館の周辺環
境・周辺地域に目を向けるということは,美術館を取り巻く人々の存在にも気付くことになるため,
美術館と美術館の周辺地域との関係をどのようにかたちづくっていくのかということにも密接につ
ながっていく。特に,フォートワースのカルチュラル・ディストリクト(Cultural district)やダラス
(24)
のアーツ・ディストリクト(Arts district) ,直島(地中美術館,ベネッセハウス ミュージアム等)
のように,近隣に文化施設・機関が集まることで,相乗効果をもたらすことも見逃せない。そのため,
美術館建築に関しても,周辺環境を視野に入れることで,様々な施設・機関や周辺地域との関係性を
指し示したり,それぞれの美術館の特性を表したりする機能を果たすことになる。
また,美術館建築による開放性だけが重要なのではなく,人々が美術館活動に参加することによっ
て生み出される美術館への親近感の形成も開放性の創出には欠かせない。例えば,NSC では,パブ
リック・プログラム(Public Programs)の一環として,
「Target First Saturdays」のように無料の日
時を設け,ヨガやファミリー・ツアー(Family Tours)等のイベントを行って(25),様々な人々が楽し
める機会を設定している。そのため,NSC では,様々な人々に開放することで,美術館の教育的作
用を人々に還元したり,身近な機関として働きかけを行ったりしていると考えられる。
したがって,美術館の役割や活動を考えるさいには,美術館を単体で活動している機関として捉え
るのでなく,周辺環境や近隣の施設・機関,来館者や地域住民や他の人々といった様々な関係性の中
で成立していることを理解する必要がある。そのため,美術館内部と外部の相互浸透に留意すること
で,美術館を広がりのある視点で捉えながら,その姿勢を美術館活動にも反映させていくことが可能
になり,開放的な空間の創出に寄与するのではないかと考える。
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
234
【謝辞】
本研究の調査にご協力頂きました,Nasher Sculpture Center, Acting Chief Curator, Jed Morse 氏,
ベネッセアートサイト直島キュレイター・徳田佳世氏,群馬県立館林美術館教育普及係主任・古屋達
夫氏,また,調査にさいしてご協力頂きました方々に感謝申し上げます。
注⑴
例えば,並木誠士・中川理『美術館の可能性』学芸出版社,2006 年や Victoria Newhouse, Towards a New
Museum, Expanded Edition, New York: The Monacelli Press, 2006 等が挙げられる。
⑵
例えば,Bruno Zevi,栗田勇訳『空間としての建築』(上),SD 選書 124,鹿島出版会,1977 年,及び,
Bruno Zevi,栗田勇訳『空間としての建築』(下),SD 選書 125,鹿島出版会,1977 年等がある。
⑶
ランドスケープとは,「①風景。景色。②風景画」を意味している(新村出編『広辞苑』(第 6 版・机上版
た−ん),岩波書店,2008 年,p. 2935。)。そのため,ランドスケープ・デザインの分野では,ランドスケー
プに関しては,「人々の生活行為や環境とのかかわりからうみだされる場面の集積であり,自然と人間との相
互関係のうちにつくられた空間」とされ,ランドスケープ・デザインは,「この風景の中の人間と自然や環境
との『関係』を読み取り,それを『かたち』として空間に表現する分野である」と述べられている。(佐々木
葉二「近代ランドスケープ・デザインの理論と手法」佐々木葉二他『ランドスケープ・デザイン』ベーシッ
ク・スタディ,昭和堂,1998 年,p. 4。)
⑷
地中美術館,ベネッセハウス ミュージアムの美術館建築の用語に関しては,安藤忠雄『安藤忠雄の建築 3
Inside Japan』TOTO 出版,2008 年,pp. 184–203, 378–399,及び,徳田佳世・逸見陽子編,木下哲夫・森夏樹
訳『地中美術館』地中美術館,2005 年,及び,秋元雄史・江原久美子・逸見陽子編『直島コンテンポラリーアー
トミュージアムコレクションカタログ Remain in Naoshima』株式会社ベネッセコーポレーション コーポレー
トコミュニケーション室,2000 年,及び,ベネッセアートサイト直島キュレイター・徳田佳世,インタビュー,
2009.8.18 を参照した。
⑸
フォートワース現代美術館は 1892 年に設立され,テキサス州で最も古い美術館であり,アメリカ合衆国西
部の中でも最も古い美術館の一つとされる。(Marla Price,“Foreword / Acknowledgments”
, Michael Auping,
General Editor, with commentaries by Michael Auping, Andrea Karnes, and Mark Thistlethwaite, Modern Art
Museum of Fort Worth 110, [Fort Worth] & London: Modern Art Museum of Fort Worth & Third Millennium
Publishing, 2002, p. 7.)
⑹
安藤忠雄『安藤忠雄の建築 2 Outside Japan』TOTO 出版,2008 年,p. 86。
⑺
この一文に関しては,同前,pp. 86–117,及び,二川幸夫(企画・編集)『安藤忠雄ディテール集 3』エー
ディーエー・エディタ・トーキョー,2003 年,pp. 50–61 を参照した。
⑻
NSC の庭園は,ピーター・ウォーカー(Peter Walker)が設計を行った。(Mimi Zeiger, New Museum
Architecture: Innovative Buildings from around the World, London: Thames & Hudson, 2005, p. 160.)
⑼ 「群馬県立館林美術館」リーフレット,及び,群馬県立館林美術館教育普及係主任・古屋達夫,インタ
ビュー,2009.8.26。なお,GMAT のランドスケープ・デザインは,オンサイト計画設計事務所が行った。(中
田宏明「当館前庭等のランドスケープデザイン」
「GMAT News」No.27,群馬県立館林美術館,2008 年,
[p. 4],
及び,第一工房ホームページ,http://www.daiichi-kobo.co.jp/projects_select.php?cid=20,2009.10.28 閲覧,及
び,「館林美術館の景観が受賞」『上毛新聞』(第 38831 号),上毛新聞社,2003.5.27,15 面参照。)これに関
しては,第一工房・オンサイト計画設計事務所とするものもある。
(『新建築』Vol.77 No.1,新建築社,2002 年,
p. 107,及び,『日経アーキテクチュア』No.708,日経 BP 社,2001 年,p. 14 等。)また,GMAT の美術館建
築等の用語に関しては,前掲「群馬県立館林美術館」リーフレット,及び,前掲『新建築』Vol.77 No.1,p. 104,
及び,前掲『日経アーキテクチュア』No.708,p. 15 を参照した。
⑽
社団法人 日本建築学会編『ガラスの建築学 光と熱と快適環境の知識』学芸出版社,2004 年,pp. 50–52。
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
⑾
235
ベネッセハウス ミュージアムに関する作家・作品等については,前掲『直島コンテンポラリーアート
ミュージアムコレクションカタログ Remain in Naoshima』,及び,「Benesse House Museum ミュージアム
ギャラリー作品」リスト,及び,前掲,ベネッセアートサイト直島キュレイター・徳田佳世,インタビュー,
2009.8.18 を参照した。
⑿
地中美術館に関する作家・作品等については,[Planning Yuji Akimoto, Kayo Tokuda, Translations from
Japanese, Noriko Umemiya, Yoko Iida, Brian Hart], [Color Photographs by Naoya Hatakeyama, Black and White
Photographs by Ryuji Miyamoto], Chichu Art Museum: Tadao Ando Builds for Walter De Maria, James Turrell,
and Claude Monet, Ostfildern-Ruit: Hatje Cantz Verlag, c2005,及び,前掲『地中美術館』
,及び,
「地中美術館」リー
フレット,及び,地中美術館ホームページ,http://www.chichu.jp/j/works/,http://www.chichu.jp/e/works/,
2009.10.31 閲覧,及び,徳田佳世・逸見陽子編,秋元雄二(作品解説)『地中ハンドブック』地中美術館・財
団法人 直島福武美術館財団,2005 年を参照した。
⒀
NSC に関する作家・作品等については,
“NasherMap: Guide to Outdoor Sculpture”
, Nasher Sculpture
Center,リーフレット,NSC の美術館建築については,
“Nasher Introduction”Nasher Sculpture Center,リー
フレット,及び,ed. Steven A. Nash with essays by Steven A. Nash and Mark Thistlethwaite, Nasher Sculpture
Center Handbook, Dallas: Nasher Sculpture Center, 2003 を参照した。
⒁
前掲『地中ハンドブック』p. 23, 33。
⒂
これらの名称に関しては,前掲『安藤忠雄の建築 3 Inside Japan』pp. 378–399,及び,前掲,ベネッセアー
トサイト直島キュレイター・徳田佳世,インタビュー,2009.8.18 を引用・参照した。しかしながら,これら
の名称の他に,「四角形の中庭」「三角形の中庭」(前掲『地中ハンドブック』p. 43, 45。)や「四角コートヤー
ド」
「三角コートヤード」
(『美術手帖』Vol.56 No.854,美術出版社,2004 年,p. 20, 22, 24。)とするものもある。
⒃
Nasher Sculpture Center, Acting Chief Curator, Jed Morse,インタビュー,2009.10.2(現地時間)参照。さ
らに,街路から庭園にかけての透明性は,実際に NSC に入る前でさえも来館者を NSC に引き込んだり,首
尾一貫して相互に連結した統一体としての建築物と庭園のコンセプトを促進させたりすると考えられている。
(Mark Thistlethwaite,“The Art of Designing the Nasher Sculpture Center”
, ed. Steven A. Nash with essays by
Steven A. Nash and Mark Thistlethwaite, op. cit., p. 46.)
⒄
これに関して,「事実上,透明性は,内部領域と外部領域の区別を弱めることを意味する」と指摘されて
いる。(Thierry Greub,“Museums at the Beginning of the 21st Century: Speculations”
, eds. Suzanne Greub
& Thierry Greub, with essays by Thierry Greub, et al., and contributions by Shozo Baba, et al., Museums in the
21st Century: Concepts Projects Buildings, 2nd, revised and expanded edition, Munich & Berlin & London & New
York: Prestel, 2008, p. 11.)
⒅
特に,同美術館内部で作品鑑賞を行っている間は,瀬戸内海等の周辺環境を景色として認識することはあ
まり容易ではないが,地中カフェからの瀬戸内海の風景を眺めることによって,人々が美術館内部に入るま
でに目にしていた風景と美術館との関係がつながっていることを意識することができる。
⒆
例えば,ジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel)は,透明性に関して興味深い点として,
「消え去るという概念」
を挙げている。(Jean Baudrillard & Jean Nouvel,塚原史訳『les objets singuliers ―建築と哲学』鹿島出版会,
2005 年,p. 126。)
⒇
布施茂(タイトル不明)前掲『新建築』Vol. 77 No.1,p. 107,及び,前掲,群馬県立館林美術館教育普及
係主任・古屋達夫,インタビュー,2009.8.26 参照。
前掲『安藤忠雄の建築 2 Outside Japan』p. 86。
しかしながら,NSC では「The art of architecture: Foster + Partners」(2009.9.26–2010.1.10)のような企
画展示も行われているため,彫刻作品の展示ばかりではないと言える。(
“The ar t of architecture: Foster+
Partners”
, Nasher Sculpture Center,リーフレット参照。)
特に,1 階展示室の上部のアルミニウムの日除け格子は北向きに開いており,直射日光を避けるという工夫
がなされている。(前掲,Nasher Sculpture Center, Acting Chief Curator, Jed Morse,インタビュー,2009.10.2
美術館内部と外部の相互浸透(藤澤)
236
(現地時間)。Mark Thistlethwaite,“The Art of Designing the Nasher Sculpture Center”
, op. cit., p. 46 参照。)
カルチュラル・ディストリクトには,キンベル美術館(Kimbell Art Museum)やエーモン・カーター美術
館(Amon Carter Museum)等が含まれ,アーツ・ディストリクトには,ダラス美術館(Dallas Museum of
Art)等が含まれている。(
“Cultural District Walking Map”
,リーフレット,及び,
“Dallas Arts District”
,パン
フレット参照。)
“Nasher Calender Fall 2009”
, Nasher Sculpture Center,リーフレット。
〈付記〉
本研究は,科学研究費補助金(若手研究(B)課題番号:20730514)
「美術館と公共性に関する研
究―美術館建築による開放性の創出に着目して―」の研究成果の一部である。
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