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援助行動における自己決定感が見返り期待に及ぼす影響

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援助行動における自己決定感が見返り期待に及ぼす影響
援助行動における自己決定感が見返り期待に及ぼす影響
Influence of self-determination in helping behaviors on reward expectancy
武田 菜生
TAKEDA,Nau
キーワード:自己決定感 援助規範意識 見返り期待 援助行動 認知的評価理論
1.問題
1-1 自己決定感
そして Deci と Ryan(1985)の認知的評価理論
勉強においても仕事においても、教師や親に
では、自己決定感と有能感を求める欲求が内発
やれと言われてやる作業は、どうもはかどらな
的動機づけであると述べている。つまり、自己
い。一方、自分自身がやりたくてする仕事や勉
の行動がコントロールされている(自らの行為
強であれば、知らぬ間に没頭していることも多
が外的な要因によって引き起こされている)と
い。この差をもたらしたものは、この行動の原
感じている場合、自己決定感を失い、その課題
因がどこにあるのか、という点である。それに
に対する内発的動機づけが低下するということ
は自分自身の決定であるという感覚、すなわち
である。
今回は、特に Deci と Ryan(1985)の認知的
自己決定感が大きな影響力を持っており、他者
によって駆動された行動ではなく、自身の決定
評価理論をもとに研究を進めていく。
が行動の起源となることは、後の遂行に影響す
1-2 見返り期待
る。
この点に関して、deCharms(1968)は、私
自分の行動に対する報酬として、他者から
たちは「自分が行動の原因であること」に動機
どのようなものを得たいと思うか、周囲の自分
づけられるとして、自己原因性という概念を提
に対する評価がどのように変化してほしいと思
唱した。これは、自分自身がやろうと思ったこ
うかを指す。本研究では、友人に頼みごとをさ
とをする場合、つまり自己決定が行動の起源で
れ、それを引き受けたという場面を想定しても
ある(自らが行為の原因として感じている)場
らい、自分が友達の頼みを引き受けたことに対
合をオリジンといい、内発的に動機づけられる
する報酬をどの程度求めるかを測る。
が、一方、外的な環境
(他者や社会的条件など)
見返りの種類を、他者からもたらされる個別
に強いられて行為をしている(自分の行為の原
的な報酬として、物質的見返り・精神的見返
因が自分の外にあると感じている)場合をポー
り・社会的見返りに分類し、調査を行った。
ンといい、外発的に動機づけられるというもの
物質的見返りは援助をした相手から直接、物
である。
質的な報酬(金銭・品物)をもらいたいと期待
また、自己決定感と内発的動機づけの関係を
すること、精神的見返りは援助をした相手から
示した研究として、Deci(1971,1972)のア
直接、感謝・ほめ言葉などをもらいたいと期待
ンダーマイニング効果の実験がある。報酬によ
すること、社会的見返りは自分が行動をしたこ
り外発的に動機づけられるとパズルを解こうと
とで、周囲の人からの評価が上がることを期待
しなくなるという結果は、自己決定の重要さを
することである。
示すものである。この結果により、ほかならぬ
自分自身の決定であるか否かは、その行動への
1-3
関与度に大きな影響を及ぼすことが分かる。
ついて
1
自己決定感と見返り期待の関係に
Deci と Ryan
(1985)
の認知的評価理論では、
検討する。
フィードバックを含むすべての外的報酬には、
1-5 援助規範意識
情緒的側面と制御的側面があるということが述
べられている。
他者を援助することに関する規範意識の個
情報的側面が強い場合には、報酬は情報的
人差のことである。本調査では、援助規範意識
に働き、有能感が高まることによって内発的動
尺度(箱井・高木,1987)を使用する。
機付けが高まり、一方で制御的側面が強い場合
本研究では「どんなときでも他者には援助す
には、報酬は制御的に働き、自己決定感が低下
るべきだ」と思っている人でも、自己決定感の
することによって、内発的動機付けは減少する
操作によって、見返りを多く求めてしまうよう
のである。物質的報酬は制御的側面が強い報酬
になるのかという点から、自己決定感と見返り
であり、精神的・社会的報酬は情報的側面の強
期待度との関連を、仮説と併せて検討する。
い報酬であると考えられる。
そしてアンダーマイニング効果の現象は外
2.方法
的拘束によっても見られるため(鹿毛,2006)、
調査方法
本研究では、外的報酬の事前の提示によって自
2010 年 10 月 16 日から 2010 年 11 月 6 日
己決定感を低下させるのではなく、外的拘束に
までの期間、関西の大学生102 人を対象に、
より自己決定感を低下させるという方法をとる。
質問紙調査を行った。そのうち、男性 2 人の
そして、外的拘束によって自己決定感が低下し
データに不備があったため、それを除いた
た状態で、外的報酬を提示された場合、どの程
100 人(男性 51 人、女性 49 人、平均年齢
度の見返りを求めるのかを調べる。
20.61 歳)を分析に用いた。
外的拘束により自己決定感を低められた群
は、行動に対する外発的動機づけが高くなり
質問紙の構成
「この行動は自分で決めたのではなく、他者か
①フェース項目
らコントロールされたからだ」と感じながら行
性別、年齢。
動するため、行動後に制御的側面が高い物質的
報酬を提示されても、報酬を受け取ることに抵
②自己決定感操作のための提示文
抗を感じないと考えられる。
自己決定感の操作として、①頼みごとを
また逆に、自己決定感を低められず、自分
引き受ける際、友達 A からの頼みごとを「断
の意志で行動した群においては、その行動に対
れず、強く頼まれたから引き受けた」という
する内発的動機づけが高いため、情報的側面が
状況と②「断りやすく、自分が引き受けたい
強い賞賛や感謝の言葉などの報酬は素直に受け
と思ったから引き受けた」という状況の 2 種
取れるが、制御的側面が強い物質的報酬を受け
類の提示文を独自で作成した。
取ることには抵抗があると考えられる。
自分が友達Aから「アルバイトを代わって
以上のことから、次の仮説を立てる。
ほしい」と頼まれるやりとりを提示し、最終
仮説:自己決定感を低める操作を行った群は、
的には「私(あなた)はその頼みごとを引き
自己決定感を低める操作を行わなかった群より
受けることにし、友達 A の代わりにアルバ
も、物質的見返り期待度が高くなるだろう。
イトに行きました」と想定して、次の質問に
本研究では、頼みごとを引き受ける際の自
答えてもらった。
己決定感が、援助行動の報酬としての見返りの
大きさにどのような影響を及ぼすのかを調査す
③見返り期待を測る質問項目
る。その際、見返りの種類を物質的・精神的・
提示文を読んだ後、自分が友達Aからの
社会的の3つに分けて、自己決定感との関係を
頼みを引き受けたことに対し、その見返り
2
をどのくらい求めるかを測るもの。物質的
見返り・精神的見返り・社会的見返りの各
表1 見返り期待尺度 因子分析
3項目ずつ計9項目を、独自で作成した。
提示文を読んでもらったあと「頼みを引き
受けたことに対して以下のような出来事が
起こったら、あなたはどうしますか」と問い、
項目ごとに「素直に受け取る・受け取る・受
Ⅰ
Ⅱ
友達Aから、ちょっと高級な食事をごちそうになる
.891
-.233
友達Aから自分がほしかった本をお礼としてプレゼントされる
.761
-.034
友達Aからジュースをおごってもらう
.496
.276
「やっぱりあなたは信頼できる人だね」と友達Aから評価される
.454
.275
アルバイトの仲間から信頼されるようになる
.430
.206
.806
店長から「Aの代わりに来てくれて、助かったよ」と評価の言葉
-.086
け取ることに少し抵抗がある・遠慮する」の
友達Aから直接「助かった、ありがとう」とお礼を言われる
-.085
.621
友達Aが「アルバイトを代わってもらって助かったんだよ」と人前で評価
.174
.563
4件法で評定した。
友達Aから「助かった、ありがとう」とお礼のメールをもらう
.013
.535
因子間相関
.552
④援助規範意識尺度
箱井・高木(1987)が作成した、他者を援助
援助規範意識尺度の因子分析
援助規範意識尺度全 29 項目について、因子
することに関する規範意識の個人差を測定する
尺度。全 29 項目。5 件法で評定。
分析
(主因子法、プロマックス回転)
を行った。
箱井・高木(1987)の作成した尺度では 4 因
⑤自己決定感操作確認尺度
子構造となっていたが、4 因子構造と仮定して
提示文を用いた自己決定感の操作が行わ
の因子分析やスクリープロットより、3 因子構
れたかを確認するための項目で、独自で作成。
造の方が適切であると判断した。どの因子にお
「提示文の状況で友達Aの頼みを引き受け
いても因子負荷量が低かった 5 項目は、その後
たのは、頼みごとを『引き受けたい』と思っ
の分析から削除した。第 1 因子は、弱者困窮者
たからではなく、頼みごとを『断れない』と
援助規範因子、第 2 因子は、愛他的援助規範因
思ったからである」など 5 項目を、5 件法で
子、第 3 因子は、互恵的・補償的援助規範因子
評定した。
と命名した。
そして、各因子の信頼性を検討するために
Cronbach の α 係数を算出した結果、第 1 因子
⑥自由記述
は α=.818、第 2 因子は α=.713、第 3 因子は α
本研究での疑問点を問うもの
=.678 の値を得た。信頼性がやや低いものも
3.結果
あるが、ある程度の信頼性は認められたとして、
3-1 尺度の検討
その後の分析を行った。
見返り期待尺度の因子分析
見返り期待度を測定する 9 項目について、因
自己決定感操作確認尺度の因子分析
子分析(主因子法、プロマックス回転)を行っ
自己決定感操作の確認のための 5 項目につい
た。仮説では、物質的・社会的・精神的見返り
て因子分析(主因子法、プロマックス回転)を
にしたがって 3 因子構造になると想定していた
行ったところ、固有値 1 以上で 1 因子が抽出さ
が、2 因子構造のほうが適当だと判断した。固
れた。この 1 因子について Cronbach の α 係数
有値は 1.336 であった(表1)。
を算出した結果、信頼性は α=.700 であった。
第1因子を制御的見返り期待因子、第 2 因子
1 因子を抽出したこと、やや低いものの、あ
を情報的見返り期待因子と命名した。そして、
る程度の信頼性が認められたことにより、自己
Cronbach の α 係数を算出した結果、第 1 因子
決定感の操作の確認を行う尺度として適切であ
は α=.792、第 2 因子は α=.689 の値を得た。
ると判断し、この 5 項目を自己決定感操作確認
信頼性はやや低いものの、ある程度の信頼性は
尺度として使用した。
認められるとし、その後の分析を行った。
3
3-2 操作の確認に関する分析
自己決定感操作の確認
操作と制御的・情報的見返り期待度との関係
自己決定感操作確認尺度の 5 項目の合成変数
見返り期待尺度について、因子分析で抽出
を作成し、操作を独立変数、操作チェック項目
された 2 因子にしたがって合成変数を作成した。
の合成変数を従属変数として、独立したサンプ
これらの合成変数を、それぞれ制御的見返り期
ルの t 検定を行った。その結果、1%水準で有
待度、情報的見返り期待度とする。
意であった(t=3.150,df=98,p<.01)。
操作有無を独立変数、制御的見返り期待度
次に、項目ごとでも t 検定を行ったところ、
を従属変数として独立したサンプルの t 検定を
「提示文の状況で友達Aの頼みを引き受けたの
行ったところ、1%水準で有意であった
は、頼みごとを『断れない』と思ったからであ
(t=2.964,df=98,p<.01)。制御的見返り期
る」の項目において 5%水準で有意であり
待度の平均値は、自己決定感を低める操作をし
(t=3.510,df=98,p<.05)、「自分の意思と
た群が 14.92、低める操作をしなかった群が
は関係なく、友達Aに
『頼みごとを引き受ける』
12.96 であった。
という意思決定をさせられたと感じる」の項目
同様に、操作を独立変数、情報的見返り期待
においては 0.1%水準で有意であった(t=4.022,
度を従属変数として t 検定を行ったところ、有
df=89.948,p<.001)。
意ではなかった(t=.000,df=86.206,n.s.)。
いずれの項目も、自己決定感を低める操作
以上の結果より、自己決定感を低める操作
を行った群のほうが平均値が高かったことから、
を行った群は、操作を行わなかった群よりも、
提示文を用いた自己決定感の操作は行われたと
制御的見返り期待度が高かったといえる。
いえる。
操作と見返り期待尺度の各項目との関係
3-3 仮説の検証に関する分析
本研究では、見返り期待尺度を項目ごと
仮説について
に「素直に受け取る・受け取る・受け取るこ
仮説では、物質的・社会的・精神的の 3 種類
とに少し抵抗がある・遠慮する」の 4 件法で
の見返り期待度によって検証を行うとしていた
評定したのだが、得られたデータに大きく
が、因子分析の結果、2 因子構造のほうが適当
偏りがあり、正規分布しなかった。そのた
であると判断し、それぞれを「制御的見返り期
め、項目ごとの分析では質的データとして
待因子、情報的見返り期待因子とした。
扱うことにした。なお分析の際には、以下
の 2 つの基準で見返り期待の大きさを分類し、
このことにより、
「自己決定感を低める操作を
2 群に分けて行った。
行った群は、自己決定感を低める操作を行わな
かった群よりも、物質的見返り期待度が高くな
るだろう」
という仮説の検証はできなくなった。
①「素直に受け取る」という回答を基準とし
しかし、仮説は、物質的報酬の持つ制御的
ての分析
側面に基づいた考えによって立てたものである
因子の特徴や各項目の度数分布を見ると、情
こと、物質的見返りの項目はすべて制御的見返
報的見返り期待因子の項目は、ほとんどの人に
り期待因子に属していたことから、ここからは
おいて「受け取って当たり前である報酬」と「受
次の作業仮説を立て、検証を行うことにする。
け取ることに何の抵抗も感じない報酬」といっ
た意味合いが強いといえる。そのため、「素直
作業仮説:自己決定感を低める操作を行った群
に受け取る」という回答をした人と「受け取る」
は、自己決定感を低める操作を行わなかった群
という回答をした人との間には、大きな違いが
よりも、制御的見返り期待度が高くなるだろ
あると解釈した。
う。
よって、まずは「素直に受け取る」と回答し
4
た人と、それ以外の回答をした人との 2 群に分
また、「『あなたに頼んでよかった。やっぱ
け、分析を行った。なお、上記の基準で分けた
りあなたは信頼できる人だね』と友達 A から評
際、1 群あたりの人数が 20 を切る項目は、分
価される」と操作有無においても、5%水準で
析から除いた。
有意であった(χ²=6.139,df=1,p<.05)。
以上の基準で項目ごとに分類した 2 群におい
これらの結果により(表3、表4)、自己決
て、自己決定感操作と回答との連関を見るため
定感を低める操作を行った群のほうが、操作を
に、カイ二乗検定を行った。その結果、「友達
行わなかった群よりも「受け取る」という回答
A から『助かった、ありがとう』とお礼のメー
をした人が多いといえる。
ルをもらう」と操作有無において、5%水準で
有意であった(χ²=4.32,df=1,p<.05)。
表3「本をプレゼントされる」と回答のクロス表
この結果により(表2)、自己決定感を低め
友達Aから自分がほしかった
本をお礼としてプレゼント
される
る操作を行わなかった群のほうが、操作を行っ
た群よりも「素直に受け取る」という回答をし
あり
表2「お礼のメールをもらう」と回答のクロス表
友達Aから「助かった、ありがと
う」とお礼のメールをもらう
「 素直に 受け 取
る 」とい う回 答
操
作
あ
り
な
し
合計
度数
%
度数
%
%
33
44
42
56
100
操作
なし
合計
(度数)
合計
それ 以外の 回答
17
68
8
32
100
受け取らな
い
受け取る
た人が多いといえる。
合計
(度数)
度数
27
23
%
61
41
度数
17
33
%
39
59
%
100
100
50
50
100
表4「信頼できると友達 A から評価」と回答のクロス表
50
[頼んでよかった。やっぱり
あなたは信頼できる人だ
ね」と友達Aから評価される
50
受け取らな
い
受け取る
100
あり
操作
②「受け取る」
「受け取らない」を基準としての
なし
分析
次に、「素直に受け取る・受け取る」と回答
合計
した人と「受け取ることに少し抵抗がある・遠
合計
(度数)
度数
42
8
%
58
30
度数
31
19
%
42
70
%
100
100
50
50
100
慮する」と回答した人の 2 群に分け、「受け取
る」
「受け取らない」の 2 種類の回答として解
3-4 援助規範意識に関する分析
釈した場合も検討した。なお、上記の基準で分
援助規範意識と制御的・情報的見返り期待度の
けた際、1 群あたりの人数が 20 を切ったため、
関係
分析から除いた。
援助規範意識尺度の因子ごとに合成変数を作
以上の基準で項目ごとに分類した 2 群におい
成し、制御的見返り期待度・情報的見返り期待
て、自己決定感操作と回答の連関を見るために、
度への影響について分析を行った。
カイ二乗検定を行った。その結果、「友達 A か
まずそれぞれの中央値を基準として高群・
ら自分がほしかった本をお礼としてプレゼント
低群に分け、これを独立変数、制御的見返り期
される」と操作有無において、5%水準で有意
待度を従属変数としてそれぞれ t 検定を行った
であった(χ²=4.058,df=1,p<.05)。
ところ、愛他的援助規範意識高群・低群と制御
的見返り期待度において、5%水準で有意であ
5
った(t=-2.713,df=98,p<0.5)。平均値は高
きないデータを数多く作ってしまった。
群が 13.0、低群が 14.8 であった。
また、物質的見返り、社会的見返り、精
また、情報的見返り期待度を従属変数とし
神的見返りの 3 カテゴリにしたがって 3 因子
て同様に t 検定を行ったが、いずれも有意では
構造になると想定していたが、因子分析の
なかった。以上の結果より、愛他的援助規範意
結果、2 因子構造になった。これらの問題点
識が低い人は、高い人よりも制御的見返り期待
は、予備調査をしっかりと行っていれば対
度を多く求めたといえる。
応できたことであろう。先行研究がほとん
ど見られないからこそ、見返り期待に関す
4.考察
るより深い検討が必要であったといえる。
4-1 仮説の検証に関する考察
4-3 制御的見返り期待に関する考察
作業仮説である「自己決定感を低める操作を
行った群は、自己決定感を低める操作を行わな
因子分析の結果、第 1 章の問題で述べたとお
かった群よりも、制御的見返り期待度が高くな
り、物質的見返りはすべて同じ因子に属してい
る」についてだが、操作と制御的見返り期待度
たのだが、社会的見返りと精神的見返りにおい
の t 検定において、自己決定感を低める操作を
ては、項目によって属する因子が異なってい
行った群のほうが、操作を行わなかった群より
た。
も、制御的見返り期待度が大きいという結果が
その結果を見ると、「助かった」や「ありが
得られたことから、これを支持する結果になっ
とう」という言葉による報酬は本人から言われ
たといえる。
なくとも情報的見返り期待因子に属していたこ
また、見返り期待の項目別に行った分析に
と、そして「信頼」という言葉のつく項目は、
ついても、制御的見返り期待である「友達 A か
すべて制御的見返り期待因子に属していたこと
ら自分がほしかった本をお礼としてプレゼント
がわかった。
される」と操作において、自己決定感が低める
この理由として「信頼できる」という評価は、
操作を行った群のほうが、操作を行わなかった
有能さを表す「正のフィードバックの要素」を
群よりも見返り期待度が大きかったことからも、
含んでいるということが考えられる。
支持する結果になったといえる。
自己決定感とフィードバックに関する研究
これは、外的拘束により自己決定感を低め
を行った碓井(1992)は、自身の実験結果より、
られたことによって、友達Aへの援助行動に対
自己決定感が高いと、正のフィードバックは情
する外発的動機づけが高くなり「この行動は自
報的に受け取られるため自己有能感に影響を及
分で決めたのではなく、友達Aから強く頼まれ
ぼすが、自己決定感が低いと、正のフィードバ
たからだ」と感じながら行動するため、制御的
ックでさえ制御的に受け取ってしまうと述べて
側面が強い報酬を提示された際、受け取ること
いた。このことから、本来は情報的側面を持つ
に抵抗を感じなかったからだと考えられる。
報酬である「信頼できる人だ」という言葉にお
いても、自己決定感の低下によって報酬の制御
4-2 見返り期待度についての考察
的側面が強くなり、物質的見返りと同様に、自
本研究での大きな失敗は、見返り期待尺
己決定感が低い群の人は受け取ることに抵抗を
度の項目の不備である。
感じなかったのではないかと考えられる。
見返り期待尺度を項目ごとに「素直に受け
見返り期待の項目別に行った分析について
取る・受け取る・受け取ることに少し抵抗
も、
「
『あなたに頼んでよかった。やっぱりあな
がある・遠慮する」の 4 件法で評定するよう
たは信頼できる人だね』と友達 A から評価され
質問紙を作成したのだが、得られたデータ
る」において、自己決定感を低める操作を行っ
が極端に偏ってしまい、分析として使用で
た群のほうが、操作を行わなかった群よりも
6
「受け取る」という回答をした人が多い結果に
返り期待の大きさの関係について、作業仮説を
なったことも、同様の結果を表している。
立証できたといえるが、自己決定感以外の様々
な要因が関わって、今回のような結果になった
4-4 自己決定感高群で大きかった見返りに
可能性も否めない。
関する考察
なぜなら、独自で作成した状況提示文を用い
見返り期待の項目別に行った分析で、「友達
て自己決定感操作を行ったため、提示文中に、
A から『助かった、ありがとう』とお礼のメー
見返り期待に影響を及ぼす要因が増えてしまっ
ルをもらう」という項目において、自己決定感
た可能性があるからである。
が高い群のほうが、自己決定感が低い群よりも
しかし、自己決定感操作確認項目における
「素直に受け取る」という回答をした人が多い
分析で有意であったことから「断れない」とい
という結果が得られた。
う気持ちを喚起できたこと、「自分の意志では
このような結果になった原因として考えら
なく他者の意志で行動の決定をさせられた」と
れるのは、
「メール」
というお礼の方法である。
いう意識が生じたことは確かであるので、今回
このことは、この項目と同様に情報的見返りで
の結果を、自己決定感が及ぼしたものであると
ある「友達Aから直接『助かった、ありがとう』
解釈したことに問題はないといえよう。
とお礼を言われる」という項目では、操作と回
今回の研究によって、自己決定感の減少は、
答の間に有意差が見られなかったことから説明
より多くの外的報酬に依存してしまうだけでな
できる。
く、報酬のとらえ方さえも変えてしまうという
自己決定感を低められた群は、友達Aの頼み
ことがわかった。この結果は、教育など、さま
を「断れないから引き受けた」という状態であ
ざまな分野などにも通じるものであろう。
る。しかし、友達Aからの報酬がメールでのお
今後は、本研究で生じた不備などを改善し
礼ということで、
「文字だけのやりとりで簡単に
たうえで新たに調査をし、この結果がより確か
お礼を済まされた」と腹立たしく感じたからで
なものになることを願いたい。
はないかと考えられる。メールによるお礼は、
自己決定感の違いによって制御的にも情報的に
引用・参考文献
もとらえ方が変わってしまうのだといえよう。
Deci , E.L. 1980
self-determination.
The psychology of
D.C.
Heath
and
4-4 援助規範意識と見返り期待度に関係につ
company. 安藤延男・石田梅男 訳 1985 自
いての考察
己決定の心理学 誠信書房
愛他的援助規範意識の高群・低群と見返り期
宮本美沙子・奈須正裕(編著)1995 達成動機
待1の間に有意差があったことから、愛他的援
の理論と展開
助規範意識の高い人においては、低い人に比べ
金子書房
-続・達成動機の心理学-
て制御的見返り期待度をあまり求めなくなると
森敏昭・秋田喜代美(編)2006 教育心理学キ
いえる。これは、愛他的援助規範意識が、自己
ーワード 有斐閣双書
犠牲を含む愛他的行動を指示する規範への意識
堀洋道(監修)・吉田富二雄(編)2001 心
を特徴としているため、これが高い人は他者か
理尺度集Ⅱ 人間と社会のつながりをとら
ら援助行動を押し付けられたと感じても、相手
える〈対人関係・価値観〉サイエンス社
からの見返りを求めずに援助を行わなければな
碓井真史
らないと考えるからだといえる。
1988
内発的動機づけに及ぼす正
のフィードバックの効果
日本大学心理学
研究,9,12-18.
4-5 本研究の今後の展望
高木修(著)1998 人を助ける心-援助行動
本研究の結果より、自己決定感の操作と見
の社会心理学- サイエンス社
7
―――――――――――――――――――――
転載・引用をご希望の場合は必ず事前に下記までご連絡ください。]
掲載責任者: 土田昭司
連絡先: [email protected]
最終更新日: 2011 年 4 月 5 日
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