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AIにおけるポジティブデザイン

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AIにおけるポジティブデザイン
関東学院大学『経済系』第 252 集(2012 年 7 月)
論 説
AI におけるポジティブデザイン*
Positive Design in Appreciative Inquiry
大 住 莊四郎
Soshiro Ohsumi
要旨 ポストモダンの組織・地域開発の有効なアプローチとして,AI(Appreciative Inquiry)の
適用が検討されるようになっている。しかしながら,AI はポジティブサイクルを創る上での思想的
な背景と基本的なプロセスの構造があるものの,個々のケースの目的やコンテクストに応じたカス
タマイズによる工夫が不可欠であり,その適用は必ずしも容易ではない。本論は,
「ポジティブ心理
学」「社会構成主義」など思想的な背景をもとに,4D サイクルを基本にした AI のポジティブデザ
インの核心と各プロセスの達成状況を定義することで,AI の具体的な適用モデルを提示した。
キーワード
AI(Appreciative Inquiry)
,ポジティブアプローチ,ポジティブデザイン,ポジティ
ブサイクル,4D サイクル
1.
2.
3.
4.
5.
6.
はじめに
AI の思想・背景
AI で描く未来
AI のプロセスデザイン
ポジティブデザイン
AI の可能性
1. はじめに
ありたいすがたをもとにした「ビジョン」
「戦略的
計画」づくりなどさまざまな活用方法と実践事例
1)
AI(Appreciative Inquiry) は,組織・チーム・
がある。ポジティブアプローチ2) は,ギャップア
個人の強み・良さ・潜在的価値にフォーカスし,そ
プローチ3) で進められるテーマや対象のほとんど
れらを活かして成長を促すアプローチである。AI
すべてで適用可能であろう。
の適用にあたっては,組織や地域の重大な課題解
日本でも,AI の組織・地域開発への応用事例が
決,顧客/地域価値の発見・明確化,組織や地域の
みられるが,必ずしもポジティブアプローチで想定
∗
本研究は,平成 23 年度「関東学院大学戦略的プロ
ジェクト研究:ポストモダンのもとでの新たな公共
による地域政策に関する研究」の研究成果の一部で
ある。
〔注〕
1)ケース・ウェスタン・リザーブ大学のディビッド・
クーパーライダー(David Cooperrrider)教授が提
唱した,人や組織の潜在力や強みにフォーカスし,
それらを最大限活かした人や組織の成長や発展を促
すアプローチである。一般的には組織開発で活用さ
れるが,個人やチームビルディングでも同様の効果
がある。
2)ポジティブアプローチ:組織や人の潜在的価値や強
みにフォーカスし,それらの連携により新たな成果
を生み出し,ありたい姿を描き共有することを通じ
て,新たな価値,目標,アクションを導く方法論を
いう。組織開発では,参加型アプローチをとるので,
ホールシステムアプローチでもある。
3)ギャップアプローチ:伝統的な問題解決型のアプロー
チ。問題が発生するとその問題の原因を分析する。
原因がわかれば解決策は見いだせるはずなので,そ
れをもとに行動計画を立てる。しかしながら,問題
が複雑になると原因がただちに究明できるとは限ら
ないし,前例のない問題となると,原因がわかって
も解決策は容易に見いだせないことも少なくない。
— 32 —
AI におけるポジティブデザイン
表 1 AI の 8 つの原理の要約
原理
定義
1. 構成主義の原理
言葉が世界を創造する
2. 同時性の原理
インクワイアリー(質問)が変化を起こす
3. 詩的暗喩の原理
私たちは何を検討するかを選ぶことができる
4. 予定成就の原理
イメージがアクションを刺激する
5. ポジティブの原理
ポジティブな質問がポジティブ・チェンジへと導く
6. 全体性の原理
全体性は,最善を引き出す
7. 体現の原理
8. 選択自由の原理
「望む変化のように」行動することが,自己実現を可能にする
自由な選択がパワーを解き放つ
(備考)Whitney & Trosten-Bloom (2003), pp.65–66 により作成。
されている成果が達成できているとは言えない4) 。
ンテクストに応じたカスタマイズの幅が広い。こ
組織開発や地域開発のプログラムでは,ホールシス
のため,標準的な進め方はあるものの,実際の適
5)
テムアプローチ でデザインする場合でも,同種の
用に当たってはカスタマイズの必要からさまざま
アプローチは,組み合わせてプログラム全体をデザ
なプロセス上の工夫を行うことが通例である。そ
インすることが通例である。そのため,AI/OST/
の際,カスタマイズによるプロセスの修正や変更
フューチャーサーチなどの個々の手法の適用方法
を誤れば,プログラムを実践するうえで致命的と
とプログラム全体のデザインの二つの観点に留意
なる。つまり,ポジティブデザインを進めるうえ
する必要があろう。つまり,個々の手法と組織・
で核となる思想やアプローチがあり,それは尊重
地域開発プログラムのデザインという二つの点を
されなければならないのである。
整合的に進める必要があるのである。
このような観点から,本論では,第一に,AI の背
その中で本稿は,前者の観点で AI のプロセスデ
景にある思想や考え方を整理し,AI の核心にある
ザインにフォーカスした。そもそも組織開発の手
手法を導く。第二に,AI を実施するにあたっての
法は,機械的に適用できるものではなく,個々の
標準的なプロセスデザインについて整理する。第
ケースの目的やコンテクストにあわせたカスタマ
三に,AI を,4D サイクルを基本にしながら,そ
イズが必要であるが,AI の場合は,実施目的やコ
の実現できるであろう状態について,個々のプロ
4)地域開発のケースは,例えば,大住(2010,2011)
を参照されたい。
5)ホールシステムアプローチ:特定の課題やテーマに
関わるすべてのステイクホルダーまたはその代表者
たちが一堂に集まって話し合い,全体のコンテクス
トを共有しながら,創造的な意思決定やアクション
プランを生成する方法論を総称している。伝統的な
組織開発では,個人への働きかけやチームビルディ
ングを通じて組織の成長を促すことが主であったが,
OST をはじめとしたホールシステムアプローチは
組織全体(システム全体)への働きかけを行う(数十
人から数百人が一堂に話し合うことができる)とい
う意味で組織開発アプローチにおけるイノベーショ
ンということができる。
セスの活動を参照しながら抽出する。最後に,組
織・地域開発における AI の可能性について総括
する。
2.
AI の思想・背景
AI はポジティブアプローチの核になると同時に,
ポジティブアプローチをマネジメントの具体的な
フェーズで活用する際,基本的な手法として活用さ
れる。AI の 8 つの原理は,表 1 のように要約され
る(Whitney & Trosten-Bloom, 2003: pp.65–66)
。
— 33 —
経
済 系
ここでは,Hammond(1996: pp.20–21)6) の 8 つ
第
252 集
5 人々は,
(すでに知られている)過去の情動的記
の仮説から考える。
憶を(まだ知らない)未来の旅へと運ぶことが
1 すべての社会,組織,グループにおいて,なに
できれば,
「ありたいすがた」を創ることにより
かが機能している。
大きな自信と満足感が得られる。
いかなる組織,グループであってもすばらし
組織やグループの最高の状態(ハイポイント)
く機能する(よいパフォーマンスをもたらす)要
にある時は,プラスの情動(うれしい・楽しい・
素がある。どのようにすればすばらしい状態が
誇らしい・すがすがしいなど)を伴う。プラスの
もたらされ,よりそれらのすばらしさが発揮さ
情動がありたい未来の状態の情動になれば,あ
れるのか,探求することが重要である。
りたい未来を実現するトリガーとなる。
2 われわれがフォーカスすることがわれわれの現
6 もし,かりにある時点の過去の記憶を未来へ運
実となる。
ぶことができるなら,過去のベストな状態にな
すべての情報は,われわれに認知されるわけ
ることができる。
ではなく,一定のフィルターをへて認知される。
組織やグループの最高の状態(ハイポイント)
旧くは,ハロー効果(Halo Effect)やピグマリオ
の情動記憶をありたいすがたに結びつけること
ン効果(Pygmalion Effect)などでも知られてお
ができれば,その状態へ向かう心理的なベクト
り,後に,メンタルモデルとして定義づけられ
ルが形成され,過去の最高の状態を再現するこ
るようになったが,メンタルモデルと矛盾する
情報は容易には認知されない。また,われわれ
とができる。
7「個性」や「違い」に価値を見出すことがだいじ
である。
にとって重要な情報は容易に認知されるが,し
競合や他の団体とのベンチマーキングによっ
ばしば重要ではない情報はスルーされてしまう。
過去から現在までのタイムラインを未来に延長
てわれわれの組織やグループを評価するのでは
(Status Quo)するのではなく,新たなタイムラ
なく,われわれの個性や潜在的な価値を見出す
イン上の未来を創造するなら,新たなタイムラ
ことでありたいすがたが創られる。これこそ,
イン上の「ありたいすがた」にフォーカスする
AI インタビューとその共有によって発見される
ための工夫が必要となる。そのために,「質問」
であろう「ポジティブコア7) 」である。
8 われわれが使う言葉によってわれわれの現実が
を活用する。
3 新たな現実は創られ,それに基づきより重層的
創られる。
な現実がかたちづくられる。
言葉の中には,
「それ」
,
「上」のように中立的
ポジティブな問いにより,問題解決型やネガ
なものもあるが,多くの言葉は,「ポジティブ」
ティブなメンタルモデルが壊され,新たなリア
であるか,
「ネガティブ」であるかなどの意味づ
リティを構成するメンタルモデルが創られるが,
けがなされていることが多い。例えば,
「相互依
旧いメンタルモデルによる世界観を包摂した,よ
存」
「中毒」
「ストレス」
「機能不全」
「意気消沈し
りレイヤーの高い現実が重層的に創られていく。
た」などネガティブな意味づけによって,われ
4 組織やグループへの問いかけを行うことを通じ
われの現実を語ることにより,それぞれの言葉
て影響を与えることができる。
のもつ意味づけによってネガティブな現実の認
AI では,ポジティブな問いかけにより,組織
知がなされる。問題や課題に直面した際,しば
のメンタルモデルをポジティブなメンタルモデ
しばわれわれが行うことは,問題そのものをネ
ルへと転換することができる。
ガティブな言葉を用いることで現実をネガティ
6)個人的には,Whitney, Diana & Amanda TrostenBloom (2003) よりも,Hammond (1996) による整
理のほうが伝えやすいと考えている。
ブなものとして捉えてしまうことである。AI な
7)人や組織に生命を吹き込む源泉となる,強み,すば
らしさ,潜在的な価値をいう。
— 34 —
AI におけるポジティブデザイン
どポジティブアプローチでは,現実の意味づけ
人間の認知のメカニズムは,既知のことしか認
をポジティブに変えることを重視する。そのた
識できない。未知のことも既知の事柄に関連づけ
めにポジティブな未来を自由に想像することで,
て認識することで理解する。そのメカニズムを活
ポジティブコアを通じてポジティブに捉えるこ
用したメタファーやストーリーテリングは未知の
とにより,それらを実現できる。
ことを既知の概念を活用して理解するための手法
である。AI では,AI インタビューをもとに,メン
3. AI で描く未来
バー一人ひとりのストーリーを共有する。自分自
身のストーリーテリングとインタビューを行った
ポジティブアプローチの代表例が AI である。AI
メンバーによるリストーリーを行うことでストー
がうまく機能したかどうかを振り返り,それを検
リーを聞いたメンバーが自分自身のコンテクスト
証する際,AI の本来の目的が達成されているかど
の中でそれを位置づけ理解する。メンバー間でス
うかという基準で現実をみていく必要がある。
トーリーテリング及びリストーリーを行うことでス
AI は,組織や地域の課題や戦略策定を契機に,
トーリーテリングを行ったメンバーすべてのストー
ポジティブサイクルを創ることによって,イノベィ
リーをもとにしたコンテクストが形成される10) 。
ティブな「ありたいすがた」
「課題解決のためのア
こうして,ストーリーを共有できるメンバー間での
クション」
「戦略」などを導き,それらを実現する
コモングラウンド(共通の基盤)が形づくられる。
ことを意図している。ポジティブアプローチは,
AI のプロセスでは,4D サイクルを選択した場合,
イノベィティブなありたいすがた(ゴール)にリ
最初の 2D を中心にストーリーテリングによるコ
アリティ(臨場感)を創る。
モングラウンドが形成される。とくに,Discover
1 メタファー,
2ス
AI でいう特徴的なのは,
では,ポジティブコアを発見し共有するが,ここで
トーリーテリングという二つ有用なアプローチを
しばしば活用されるのがメタファーである。これ
8)
組み込んでいることである 。いずれも,未知の
は,コモングラウンドとして共有されたコンテク
意味・事柄・想いを伝え,理解し,共有し,さら
ストをメンバー間で定着させるために活用される。
には創造するためのアプローチである。
しかしながら,各メンバーが形成しているコン
メタファーとは,類似性に基づく,より抽象的
テクストはそれぞれ異なっている。ストーリーテ
でわかりにくい対象を,より具体的でわかりやす
リングからメタファーを共有することにより,コ
い対象に「見立て」ること(瀬戸,1995: p.204)
モングラウンドをトリガーとするメンバー一人ひ
とされる。したがって,抽象的な概念や考えを既
とりのコンテクストが形成され,未来へのストー
知の具体的な言葉を通じて理解し,共有すること
リーが創られる。これが,自己組織化であり,同
ができる。
時に各メンバーの個性に応じた役割分担とそれに
組織開発でいうストーリーテリングとは,伝え
基づくそれぞれの自律的な行動へと発展する。
たい思いや考え・コンセプトなどを,それらを思
い起こさせる物語(実体験であることが多い)を
通じて伝えることをいう。ストーリーを聞いたメ
ンバーは,ストーリーテラーの語りにあるコンテ
クストを自分のコンテクストに置き換えて理解し,
結果として思い,考え,コンセプトが伝わり,そ
れぞれのメンバーで一定程度の共有が図られる9) 。
8)メタファー及びストーリーテリングについては,別
途論じることとする。
9)ストーリーによって共有されるのは,ストーリーテ
ラーのストーリーそのものではなく,ストーリーを
共有したメンバー間で共通する思いやコンセプトだ
けである。
10)ストーリーテリングを通じて形成されるのは,各メ
ンバーのもつリアリティのある自分の経験(リアル
な現実の体験だけでなく,抽象空間におけるバーチャ
ルな疑似体験も含む)から創られるコンテクストで
あろう。
— 35 —
経
済 系
第
252 集
(備考)筆者作成。
図 1 コアチームの活動
4. AI のプロセスデザイン
の起点を決定づける重要なプロセスと位置づけら
れる。
AI のプロセスデザインは,つぎの 5 つのプロセ
スから構成される。
AI の企画・運営を行う「コアチーム」を編成す
る。「コアチーム」は,数名から 20 名程度で,AI
を実施する組織(コミュニティ)の小宇宙(マイク
4.1 コアチームの準備活動
ロコズモ)となるように配慮する。これは,各階
コアチーム(企画運営チーム)の活動は,主に
層・年齢・性別の構成はもちろん,組織(コミュニ
つぎの三つに集約される。
ティ)内での立場や一般的な評価なども考慮に入
1 アファーマティブ・トピックの選択
れた縮図となっているのが望ましい。ダイアログ
2 インタビューガイドの作成
を中心に進めていくこともできるし,プロトタイ
3 AI のプロセスデザインの検討
プのインタビューシートを用いて,コアチームの
そもそも,AI は実施にあたってかなりの時間と
メンバーでアファーマティブ・トピックを選択し,
労力を必要とする。組織や地域(コミュニティ)で
インタビューガイドを作成する基本的なコンテク
AI を実施するのは,重要な問題や経営課題を解決
ストづくりを行っても良い。時間に余裕があれば,
するためである。それが未来づくりのための活動,
AI の全体のプロセス,とくにディスカバリーから
例えば将来のビジョンやイノベィティブな製品コ
ドリームのプロセスをメンバーで疑似体験するの
ンセプトであっても,それらが課題として認識さ
も良いだろう。
れることにはかわりない。そのためのアプローチ
として,問題解決型(ギャップ)アプローチでは
4.2
アファーマティブ・トピックの選択
なくポジティブアプローチを用いるのである。準
AI のトピックの選択は,仮説 2 からも明らかな
備のプロセスは,そのためのポジティブサイクル
ように AI プロセスの中でも最も重要である。こ
— 36 —
AI におけるポジティブデザイン
表 2 AI の基本的な質問(1)
1
あなたの組織(企業・団体・コミュニティ)でピークの最高の経験(ハイポイン
ト)の状態を思い起こしてください。あなたが,いきいきとして充実していた時
のことです。その状況をお話ください。
2
謙遜することなくお話しください。あなたご自身,あなたの仕事,そしてあなた
の組織について,あなたがもっとも価値があると思われることは何でしょうか。
3
あなたの組織に活力の源泉となっていて,それがないとあなたの組織が存立でき
ない中核的な要素は何でしょうか。
4
あなたの組織の健全性や活力を高めるために必要な三つの願いが叶えられるとし
たら,それは何ですか?
(備考)Cooperrrider, Whitney & Stavros (2005), p.321 による。
表 3 AI の基本的な質問(2)
1
あなたが,チーム/グループで本当にすばらしいパフォーマンスを達成していた時
のことをお話ししてください。それはどのような状況でしたか。
2
あなたがチーム/グループのメンバーとして誇らしく思えた当時の状況をお話して
ください。なぜ,あなたは誇らしく思えたのでしょう。
3
あなたがこのチーム/グループのメンバーであることについて,あなたが最も価値
があると思えることは何ですか?
(備考)Hammond (1996), p.34 による。
れは,選択するテーマは,参加メンバーのリアリ
容を全体で共有する。その上で,ダイアログを通
ティを形成するトリガーになるからである。経営
じて,ポジティブコア(エナジャイザー)を発見
課題や重要な問題を直視しつつも,それをすばら
し,アファーマティブ・トピックを考える。
しい未来を創るエネルギーを大切にするために,
肯定的なトピックへ転換する。提示されたアジェ
アファーマティブ・トピックが満たすべき要件は,
つぎのように示されている(Cooperrrider, Whit-
ンダ(チェンジ・アジェンダ)をもとに,参加者
ney & Stavros, 2005, p.41)。
にとって望ましいトピックに転換していく。その
1 肯定的でポジティブな記述である。
際,どんなに多くの参加者が予定されていても,最
2 メンバーにとって望ましいものであり,メンバー
大 5 つ程度のトピックスまでとする。その際,コ
アチームのダイアログで進めても良いが,時間に
の意思を明確に記述している。
3 参加メンバーは,純粋に関心を持ち,学びを促
し,刺激する記述になっている。
余裕があれば,定型的なインタビューシートをも
4 望ましい未来(ありたいすがた)へのダイアロ
とに素材(キー・ワード)を共有してもよい。
グを刺激する記述になっている。
プロトタイプのインタビューシートは,例えば,
11)
表 2 及び表 3 で示される
。
例えば,英国航空(北米)の場合,「バゲッジ」
表 2 及び表 3 のような簡易な質問を,チェンジ
の紛失や遅れが問題とされた。これを従来型の問
アジェンダに応じて修正し,片道 20∼40 分程度の
題解決アプローチではなく,ポジティブアプロー
インタビューシートをもとに,ペア・インタビュー
チを活用し,イノベィティブな方法で対処しよう
(またはグループインタビュー)を実施し,その内
とした(図 2)
。バゲッジが遅れないようにするこ
11)戦略策定のためのインタビューシートは,Stavros
& Hinrichs (2009),大住 (2012) を参考にされたい。
とは,地上職員の「サービスレベルの回復」を目
指すことである。それをさらに発展させて,
「あり
— 37 —
経
済 系
第
252 集
(備考)筆者作成。
図 2 アファーマティブ・トピックへの転換例
えないような到着体験を実現」するといった抽象
12)
度の高いトピックへと転換させたのである
。
そもそも,AI はその準備に時間と労力がかかる
ジティブコアを発見し,これを最大限活かした「あ
りたいすがた」を描くことである。ありたいすが
たをメンバー間で共有することができれば,それ
方法であり,他の方法でうまく進まない場合への
を実現するためのプロセスを描くことができるし,
対応である。「ありえないような到着体験を実現」
そのための内発的な行動を促すこともできる。
というトピックを選択することによって,乗客が
本章のインタビューガイドの作成については,
うける到着体験を自由に想像し,その状況をメン
Whitney, Cooperrider, Tosten-Bloom & Kaplin
バー一人ひとりがリアルに感じる(地上職員とし
(2005) に依拠している。インタビューガイドの核
て,乗客の喜びをリアルに感じる)ことができる。
となるポジティブな AI の質問については,準備会
ありえないような到着体験ってどのようなものか
合で選択されたアファーマティブ・トピックスを
というイメージを自由にふくらませることができ
質問に転換する。ポジティブな AI の質問は,一
るのである。
般的には,つぎのように構成される。
1 アファーマティブ・トピックの表題
2 リードイン,トピックを紹介し,トピックが示
4.3 インタビューガイド
す状態がすでに存在しているかのように表現
アファーマティブ・トピックスを選択した後,
インタビューガイドを作成する。これは,プロト
3 通例は 2∼4 程度のトピックごとに異なる内容
タイプのインタビューシートを参考にしても良い
を探求するためのサブ質問
し,コアチームの中でのダイアログを通じて作成
一般的には,ポジティブな質問の質を確保する
しても良い。時間が取れるなら,作成したインタ
質問自体の構造がある。しかしながら,ポジティ
ビューシートをもとに,試験的にメンバー間でペ
ブな質問は,通常構造以上のものがある。以下は,
アインタビューを行ってみるのも良いだろう。
ポジティブな質問を作成し,インタビューガイド
基本的な流れは,個人/チーム/組織におけるポ
を創り上げる際,AI プラクティショナーは,イン
タビューガイドの品質を確保するために,つぎの
12)最終的に,つぎの 4 つのトピックスが選択された。
1 Happiness at Work 2 Continuous People de3 Harmony among Work Groups 4
velopment ような事柄に留意すべきであろう。
Exceptional Arrival Experience
— 38 —
AI におけるポジティブデザイン
4.3.1
リード・イン
いてより実践的戦略的に考えることを妨げるであ
リード・インは,トピックについて,インタビュー
ろう。
の受け手にとっての導入になる。そのため,リー
最上のリードインは,質問に対するホール・プレ
ドインは,質問と応答のやりとりを進める上で極
イン(全脳)的な応答へのステージを用意する。す
めてだいじである。
ばらしいリードインは,良い思考と良い感情との関
インタビューの受け手がリラックスすればする
係性やバランスにフォーカスする。インタビュー
ほど,かれらの質問に対してより深い応答が期待
の受け手が,可能な限り最も創造的で意味のある
できる。良いリードインは,参加者をリラックス
応答を行うことを期待するなら,良い思考と良い
させるとともに,トピックにリアリティを生み出
感情との関係性やバランスは,インタビューの受
すし,トピックをさまざまな角度から考えるよう
け手の内面で確保されている必要がある。
に促すであろう。いくつかのケースでは,リード
インによって,トピックを定義することで参加者
4.3.2
サブ・クウェスチョン
個々のサブ・クウェスチョンは,
「ポジティブな
がトピックそのものについて深く考える機会を提
質問」としてリードインの後に置かれ,一般的に
供することもある。
最もすばらしいケースでは,リードインによっ
は 3 つの時間軸:過去,現在,そして未来につい
て,インタビューの受け手はインタビューに引き
て作成される。質問を作成する際,しばしば 3 つ
込まれる感覚をもつ。リードインは,質問によっ
の時間軸すべてを含むことになるが,そのうちの
て探求されるトピックについてインタビューを行
1 ないし 2 にフォーカスした質問とすることもあ
うメリットをインタビューの受け手に理解を促す
る。異なる時間軸について探求することによって,
ことができるだろうし,時として,ポジティブな
インタビューの受け手が彼らの経験とイマジネー
成果についてのイメージを描くことも可能になる。
ション両面で,トピックにリアリティをもちやす
高いレベルのリードインは,ビジネス向けに作成
くなる。
されていたとしても,ビジネスだけではなく人間の
良いサブ・クウェスチョンは,人々を探求と創
レベルでインタビューの受け手に訴えかける。個
造いずれのプロセスにおいてもアクティブな参加
人的な経験への意味づけ,高い感情を呼び起こす。
を促す。例えば,インタビューの受け手に,トピッ
多くの堅いビジネス上のトピック— 例えば,ファ
クに関する過去の経験(しばしば,ハイポイント)
イナンス,戦略,そして品質—であっても,リード
について質問し,そして未来のありたいすがたに
インは,人間的な視点でこれらのトピックについ
自身を置き,その後,ありたいすがたへ至るプロ
て探求することを可能にする。仕事において,感
セスを描く。すばらしいサブ・クウェスチョンは,
情的で精神的な関わりや関心をリアルにもつこと
これらを自身で見,においを嗅ぎ,味わい,あた
ができれば,ポジティブなパフォーマンスへのわ
かも五感で感じるように詳細を描写させるもので
れわれの大きな可能性は大きく広がっていく。
ある。体感的,感情的な描写を求めることによっ
組織において,「生命の息吹」をもたらすもの
て,参加者にそのような体験を促すことができる。
(ポジティブコア)を探求するには,われわれは,
個人的で,体感的な描写は,インタビューの受
さまざまな角度からものごとを考えなければなら
け手の論理的分析脳をしばし休止させる。右脳の
ない。われわれの目標が,かれらの仕事としての
機能とされる創造的知性がより活性化するように
サービスへ人々の心・魂・スピリットを奮い立た
なると,イマジネーションと現実感が一体となる
せることであれば,ビジネスの世界での「成功」の
だろう。このことによって,具体的な過去の経験
ための伝統的な方法(手段)のみに関心をもつだ
にとらわれるのではなく,ポジティブな可能性の
けでは不十分だ。同様に,人々の感情的な特性だ
新しい全体像を生み出すことができるようになる。
けにフォーカスすると,かれらの仕事や組織につ
良い AI インタビューでは,われわれは語られ
— 39 —
経
済 系
第
252 集
るデータのみに関心があるのではなく,むしろス
ニングの質問は,意味のあり鼓舞する会話を始め,
トーリーの中の経験や関係性そのものに関心があ
参加者をそのプロセスに引き込み,肯定的な評価
るのである。良いポジティブな質問は,人々にス
の扉を開く。パート 1 では,インタビューを行う
トーリーを語らせ,非常に人間的なレベルで参加
人と受ける人との相互の信頼を築く質問も企画さ
を誘う。
れる。AI で共通しているのは,AI の場を設定す
最後に,良いポジティブな質問は,かれらの過
る質問により,ストーリーテリングを誘導するこ
去の経験とありたい未来への理想的な計画から学
とである。その質問は,インタビューの受け手に
び,意味を見出すことに誘う。われわれは,過去
直接的な個人的経験を引き出す。質問がうまく機
の記憶の中に飛び込み,細かく分析する。意味付
能するように,場の設定を意図する質問として,次
けに関する質問は,しばしば,最高の状態(ハイ
の内容を含む。
ポイント)を生み出した,環境だけでなく自分自
1 あなたの組織に対するあなたが感じられた魅力
身についての価値を考えさせる。
についてお話しください。
ポジティブな質問は人々に多くの多様な声(例
2 最高の体験— あなたの組織で最も活き活きとし
えば,彼ら自身,お客様やサプライヤー,彼らのコ
た充実した時のことを思い出してください— そ
ミュニティなど)について考え,耳を傾けるように
の時の体験はどのようなものでしたか。
勇気づける。ときおり,質問に応えるまえに,異
3 あなた自身,あなたの仕事,そしてあなたの組
なる立場の意見や想いを理解するように促すだろ
織について,あなたが最も価値を置いているも
う。考え方や感じ方についての相違に共感し尊重
のはなんですか。
することはだいじであるが,同時に,インタビュー
4 この組織に活力をもたらしているコアファク
の受け手は,変革はメンタルモデルだけではなく
ター—それがなくては,この組織が同じように
イマジネーションにまで広がっていく。
存続しない— はなんでしょうか。
4.3.3
(2)ミドルセクション:トピックに関する質問
インタビューガイドの作成
イ
トピックスを決定し,リードイン及びポジティ
ンタビューのミドルセクションは,トピックスに
ブな質問を作成した後,インタビューガイドを作成
ついてわれわれが真に関心を持ち,組織の中で成
する。典型的なインタビューガイドは三つのパー
長させたいことについて探求する機会を提供する。
ツから構成される。
インタビューガイドの二番目のパートは,トピッ
1 オープニングセクション:導入の質問 “Stage-
クについての質問を扱う。インタビューガイドの
当セクションでは,通常,3∼5 つのトピックに関
Setting Questions”,
2 ミドルセクション:トピックスについての質問
する質問を含む13) 。
3∼5 のトピックスは,探求の核心的なテーマや
“Topic Questions”,
3 クロージングセクション:総括する質問 “Con-
目的の周辺で作成されている。例えば,探求の目
clusion Questions”
的が戦略策定であれば,トピックスは,例えば戦
しかし,AI は,オープンソースであり,常によ
略的優位性,業界でのベスト,そして戦略的機会
りよい方法を見出し,進化し続けるものであるこ
などが選択されるであろう。探求の目的が組織文
とが原則である。その意味で,インタビューガイ
ドの一般的なパターンも一成功事例であり,うま
く活用できたという意味での一つのモデルに過ぎ
ないが,典型的なパターンは以下のとおりである。
(1)パート 1:オープニングセクション
オープ
13)Whitney, Cooperrider, Tosten-Bloom & Kaplin
(2005), Whitney, Diana, Amanda Trosten-Bloom,
Jay Cherney & Ron Fry (2004) のようなテキスト
からトピックにあわせて,サブ・クウェスチョンを
テーマに応じて選び,コンテクストに応じて修正し
ていくのもよい方法である。
— 40 —
AI におけるポジティブデザイン
化の変革であれば,トピックスは,例えばわくわ
われわれが達成することが決まる。
くするコミュニケーション,すばらしい仕事ぶり
インタビューガイドを創造する際,以下のこと
の喜び,チームワーク,承認などが選択されるで
を考慮すべきである。
あろう。リーダーシップの探求の場合,啓示的な
1 あなたの質問は適切か— あなたの組織にとって
十分手が届く範囲なのか?
リーダーシップ,参加型の意志決定,行動におけ
2 あなたは純粋に応えを聞くことに好奇心をもっ
る誠実さなどが選択されよう。
ているか?
(3)クロージングセクション:総括する質問
イ
3 質問が,インタビューの受け手にとって歌声の
ンタビューガイドの第 3 パートは,総括である。
総括的質問は,その組織のポジティブな歴史から
ように響くか?
4 質問によってあなたが行きたいところ(ありた
未来へのビジョンへの要約と学びの場を提供する。
い未来)へ連れて行ってくれるのか?
このパートとして適切な質問としては,つぎのよ
4.4
うなものが含まれる。
1 われわれの未来に目をやると,われわれはどの
ようになっていますか。
AI のプロセスデザイン
AI のプロセスデザインで重要なことは,AI を
実施する対象とどのようなかたちで各プロセスを
2 その組織の健全性やバイタリティを高めるため
実施するかを決めることである。AI の進め方は,
に 3 つの願いがかなうとすればどのようなこと
4D(または 4I/5I)サイクルをメンバーが一堂に会
ですか。
して実施する「AI サミット」がよく知られている
3 もし,あなたの願いがかない,状況がすばらし
が,グローバルな組織などでは,分散的に進める
いものとなるなら,今日,この組織ではなにが
こともできるし,AI インタビューをつなげて,途
起きているでしょうか。
中のサイクルからサミット形式をとることもある。
4 今日の世界で,ポジティブなマクロトレンドを
AI の具体的な進め方は,表 4 に示されるように,8
三つあげてください。この組織にとってかれら
つのアプローチがあることがわかっている14) 。そ
が創造できる新たな可能性はなんですか。
れぞれ独立しているわけでは必ずしもなく,個々
5 20 ○○年になり,われわれは 6 年の眠りから目
覚めたところを創造してみてください。そして,
のケースでは,目的に応じて組み合わせて活用さ
れることも多い。
驚いたことにその組織はわれわれがいつも望ん
でいたとおりになっています。なにが違ってい
5.
ポジティブデザイン
ますか。その違いを知らしめるためになにが起
AI の基本は,ポジティブサイクルを創ることに
きていますか。
良い総括的質問は,創造的でイマジネーション
ある。これは,望ましい未来(ありたいすがた)へ
に富む応答を触発し,未来へのリアリティの高い
のタイムラインを描くこととして捉えることがで
可能性を追求する。
きる。これは,現状維持を前提としたタイムライ
ンとはまったく異なるので,ありたいすがたへの
インタビューガイドの創造は,実に魅力的なタ
タイムラインと現状維持型のタイムラインとはべ
スクである。われわれが問いかけることによって
つに描かれるであろう。AI は,ありたいすがたへ
われわれが発見することが決まる。われわれが発
のタイムラインを描くプロセスとして捉えられる。
見したことによってわれわれがどのように話し合
ここでは,4D サイクルを前提に,タイムラインと
うか決まる。われわれがどのように話し合うかに
の対応関係を整理してみよう。
よりわれわれがともにどのように想像するかが決
まる。われわれがどのように想像するかによって
14)詳細は,Whitney & Trosten-Bloom (2003) などを
参照されたい。
— 41 —
経
表 4
済 系
第
252 集
AI の多様な実施形態
ホールシステム 4D ダ 組織全メンバーと,ステークホルダーが AI4D サイクルのプロセスに参
イアログ
加,多くの場所で長期間にわたり実施
AI サミット
大規模な人数がいっせいに,2 日から 4 日間の AI4D のプロセスに参加
マス・モービライズド・ 社会的責任が問われるトピックについて,数千から数百万ものインタ
インクワイアリー
ビューを都市,コミュニティ,もしくは世界規模で実施
コア・グループ・イン 小人数でのトピックの選出,質問の作成,インタビューの実施
クワイアリー
ポジティブ・チェンジ・ AI のトレーニングを受けた組織メンバーが,資源の提供を受け,素材,
ネットワーク
ストーリー,ベスト・プラクティスを共有し,プロジェクトを開始
ポジティブ・チェンジ・ 多くの組織が,共通した関心分野を探求し発見するために,協働して AI4D
コンソーシアム
プロセスに参加
AI ラーニング・チーム 具体的なプロジェクト(評価チーム,プロセス改善チーム,カスタマー・
フォーカス・グループ,ベンチマーキング・チーム,もしくは学生のグ
ループなど)を抱えている少数の人々が AI4D プロセスを実施
プ ロ グ レ ッ シ ブ AI 組織,小人数のグループやチームが,2 時間から 4 時間ほどのミーティ
ミーティング
ングを,10 回から 12 回行い,AI4D プロセスを経験
(備考)Whitney & Trosten-Bloom (2003), p.46 による。
(備考)筆者作成。
図 3 「ありたいすがた」へのタイムライン
AI のプロセスデインについて,ここでは,もっと
15)
も一般的である 4D サイクルをもとに整理する
4D サイクル(図 3)は,ディスカバリー(Discov-
。
15)AI のプロセスデザインには,4D(本文中にある最後
— 42 —
の D は,AI の初期では “Delivery” となっていた)
サイクル,5D(準備会合のプロセスとして “Define”
を追加)サイクル,4I(Initiate, Inquire, Imagine,
AI におけるポジティブデザイン
アファーマティ
ブ・トピック
(備考)Whitney & Trosten-Bloom (2003) から作成。
図 4 4D サイクル
ery)
,ドリーム(Dream)
,デザイン(Design)
,デ
カバリーのプロセスには,つぎのいくつかの重要
スティニィ(Destiny)の 4 つのプロセスから構成
な側面がある。第一に,ストーリーの重要性であ
される16) 。
る。参加者の最高の体験をもたらしたものに対す
る考えや信念について触れることができるストー
5.1 ディスカバリー(Discovery)
リーをシェアすることを通じてである。最近の脳
ディスカバリーでは,
「ありたいすがた」を導く
科学によれば言語野をもつ左脳と芸術性・イメー
前提となる「ポジティブコア」を見いだし,メン
ジ・ゲシュタルト機能などを司る右脳を連携させ
バー間で共有する。
る機能をもつとされる。全能をタッピングするこ
ディスカバリー・フェーズでのタスクは,個人・
とによって,すべての領域のアイディアと感性に
チーム・組織の最高の状態について質問し,学び,
アクセスすることができるし,われわれの理想の
評価することにある。ディスカバリー・フェーズ
状態についてのイメージの基礎を形づくることが
の鍵は,強み・潜在的価値に基礎を置き,生命に
できる。
活力を与え,ありたい未来創りのためのデータを
収集することにある。
このフェーズでは,ペアインタビューを行った
後,通常 2∼3 のペアが集まりストーリーを共有す
このフェーズでは,最初に,インタビューシー
る。それぞれのメンバーは,インタビューで聞い
トをもとにしたペアインタビューを行う。ディス
たストーリーを他のメンバーに語り直し(リストー
リー)
,重要なテーマ,ストーリーのなかで語られ
Innovate)サイクル,5I(Initiate, Inquire, Imagine,
Innovate, Inspire to Implement)サイクルなどが
提示されている。
16)以下の 4D サイクルの各プロセスの解説は,主に
Watkin & Stavros (2000) による。
た想いや考えを伝える。それぞれのストーリーが
シェアされた後で,それぞれのメンバーが語られ
たストーリーのなかで,ストーリーを語った本人
にとって重要と思われるテーマやアイディアにつ
— 43 —
経
済 系
第
252 集
いてのリストを作成する。この活動(アクティビ
ルなイメージを創作した後,グループではイメージ
ティ)は,しばしばグループにとっての意味づけ
を言葉に転換する作業を進めていく。これは,AI
(meaning-making)と呼ばれる。これは,それぞ
では,挑戦的宣言文(provocative propositions)と
れのストーリーで重要なアイディアを明確にする
呼ばれている18) 。
ドリーム・フェーズは,組織の真の可能性を広げ
とともに,グループ全体のキーとなるアイディア
ることを追求する。ドリームは現状維持的なタイ
を見出すためのプラットフォームを提供する。
その後,サークルになり,各メンバーがストー
ムラインから理想の未来を創るタイムラインへと
リーを共有し,テーマを確認したあとで,グルー
大きくシフトするフェーズである。参加メンバー
プ全体で,共通のリストを作成し,ストーリーか
の間で,未来の可能性について勢い,シナジー,そ
ら現れるいくつかのキーとなるテーマを確認する
して興奮を生み出していく。
ためのダイアログを行う。このダイアログを通じ
ドリームは,組織の未来に向けてより高いレベ
て,ほとんどすべてのケースで,比較的早くストー
ルの創造性・関与・情熱を導く重要な活動であり,
リーで語られるいくつかの共通の重要なアイディ
デザイン・フェーズにおいて特定のタスクや活動
アやテーマ,そして「ポジティブコア」を発見す
を認識し形づくるためのアイディアやエネルギー
ることができる。
を解放することができる。
一旦,ラージグループがそれらのテーマについ
て認識,共有,分類すれば,ストーリーを共有し
5.3
デザイン(Design)
たグループは,質問の対象(例えば,チーム)に
デザインでは,
「ありたいすがた」を実現するた
ついての望ましい状態,最高の状態のイメージか
めの構図を創り出す。デザイン・フェーズは,継
らコア・バリューとしてそれらのテーマにフォー
続的なストーリーから発見された過去のベストの
カスしていく。
状態にフォーカスし,未来への可能性を活かして,
ドリーム・フェーズで形づくられた望ましい状態
5.2 ドリーム(Dream)
を実現するための変革プロセスである。
ドリームでは,
「ポジティブコア」を活かした「あ
デザイン・フェーズは,当該プロジェクトの内
りたいすがた」をメンバー間で創出し共有する。ド
容によってそのデザインは大きく変わるが,一般
リームのフェーズは,未来の可能性をイメージす
的には,二つのステップが含まれている。
ることによって,参加メンバーにテーマに沿った
第一のステップ:理想的な組織として,ドリー
ポジティブコアの可能性を思い描く。ディスカバ
ム・フェーズで創造した「ありたいすがた」を実現
リー・フェーズで導かれたテーマのリストに基づ
するために,メンバーが創造したいと考える活動
き,すばらしいチーム,組織,産業,コミュニティ
のリストやアイディアについてのブレーンストー
とはどのようなものなのかにフォーカスしてダイ
ミングを行う。ブレーンストーミングで得られた
アログが進められる。ドリームでは,イメージを
エレメント(具体的なテーマ)が提示されれば,
かたちにするために絵(ポジティブ・マップなど)
メンバーはそれぞれの関心に沿ってテーマごとに
や工芸(オブジェ)を創作したり,スキット(即興
ワーキンググループにわかれる。
17)
劇)などを演じたりすることが多い
。ビジュア
17)ポジティブコアを形にするアクティビティは,ディ
スカバリー・フェーズの中に位置づけることも一般
的である。しかし,ポジティブコアを発見・共有す
るプロセスとしてのポジティブマップやオブジェ創
りにも「ありたいすがた」の要素も入り込むことが
多い。つまり,過去・現在・未来はすべて一体であ
第二のステップ:ワーキンググループは,選択
るので,ポジティブコアを描きながらポジティブコ
アを活かしたありたいすがたも自然に表現される。
このため,厳密には,4D サイクルとしてプロセス
を厳格に区切ることはできない。
18)挑戦的宣言文の作成は,つぎのデザイン・フェーズ
の起点として整理されることも多い。
— 44 —
AI におけるポジティブデザイン
されたテーマにフォーカスし,タスクにしたがっ
一人ひとりが取り組み,関係部署の承認を得,計
て,
「われわれは,ドリームを実現するためになに
画を遂行するのに必要な資源を獲得し,計画の実
をどのようにすればよいのか」という質問を自問
行にあわせてそのゴールやプロセスの絶え間ない
自答する。
検証のためになにをどのように行っていくか,な
つぎのようなステップは,計画策定のプロセス
どを確認する。
でよく活用される。
1 テーマ,ビジュアルイメージ,挑戦的宣言文
5.4
(provocative propositions)のレビューを行う。
デスティニィ(Destiny)
ディティニィでは,
「ありたいすがた」を実現す
2 グループで得たい成果を明確化するために取り
るために現在のメンバーの意識と行動の変革を促
組む目標やタスクについて記述した可能な声明
す。このフェーズでは,参加者一人ひとりが,ディ
文(possibility statement)をまとめる。個々のタ
スカバリーやダイアログに基づきドリームやデザ
スクでの可能な声明文とラージグループによっ
インをどのように実践していくかについての会話
て作成された全体の声明文との連携が確保され
を進めていく。
るように留意する。
以前の 3 つのフェーズと同様に,デスティニィ・
3 可能な声明文をガイドとして活用し,それを実
フェーズでもダイアログを継続する。挑戦的宣言
現するための方法についてブレーンストーミン
文は改訂され,更新されることもあろう。追加的な
グを行う。
インタビューも実施されるかもしれない。定期的
4 実行するにあたっての許可や必要な資源をどの
なインターバルをおいて,そのグループで集まり,
ように確保すればよいのかなども含め,具体的
4D サイクルを活用した全体のインクヮイアリーを
なプランを作成する。
実施し,プロジェクトの進展状況をアセスすると
コンサルタントやファシリテータは,一貫して
ともに,どのようにして前進させていくのかなど
計画策定チームに対して彼ら自身がやりたいこと
機会をもってもよい。このレビューは,グループ
についての計画づくりであることを想起させる必
への「われわれがプロジェクトを始めて起こった
要がある。これは,彼らのアイディアを他のメン
すばらしい体験についてのストーリーを語ってく
バーに実施させるというような伝統的な組織開発
ださい」のような問いかけも含まれる。しばしば,
のプロセスではない。ヒエラルキー的な組織構造
計画策定チームが小人数であれば,そのグループ
を前提にすれば,それぞれの計画策定グループが
はサークルを創り,単純にストーリーをシェアし,
具体的な提案を行うには,関係部署の許可と必要
かれらが実施したプロセスの何について評価する
な資源を確保することについての調整プロセスが
のか,そしてプロジェクトのつぎのステップ,さ
必要になる。それぞれのグループが継続的な変革
らには長期的に望むことはなにかについて話し合
を実現するためには,メンバー一人ひとりが本当
いを行う。このレビュープロセスは評価プロセス
に望ましいと考えていることについての計画づく
としても機能する。豊富なデータが明らかになる
りであることを共有していることが非常に重要で
であろうし,利害関係者には,プロジェクトにつ
ある。
いての情報や評価として提示されるであろう。
伝統的な組織開発プロセスでは,ラージグルー
人間の創出したシステムで継続的に迅速な変革
プの計画は,その成果として,ボードメンバーや
を進めていくためには,プロジェクトの進捗状況
執行責任者などシニアレベルの期待について,そ
をアセスするためのデータ収集は,レポートとし
のグループで対処したいと考えている事柄のリス
てまとめられるより早く陳腐化することがしばし
トとなりがちである。AI では,この点が根本的に
ばである。AI では,そのサイクル的な特徴から継
異なっている。それぞれのグループが,
「ありたい
続的なプロセスとして評価を捉えることがだいじ
すがた(理想的な状態)
」の実現に向けてメンバー
である。デスティニィ・フェーズは,組織文化を
— 45 —
経
済 系
第
252 集
的に陥りやすい罠があり,成果の乏しい事例も散見
される。その典型的なパターンを整理してみよう。
図 6 では,現状維持のタイムラインが継続して
いるケースである。ありたいすがたが描かれるが,
これよりありたいすがたに連続性のあるタイムラ
インが形成されることはない。あくまで存在する
のは,現状維持型(status quo)のタイムラインの
みである。このようなケースは,つぎの二つの事
象が起きている可能性がある。
第一は,
「ありたいすがた」は共有されるが,そ
(備考)筆者作成。
れらにリアリティがなく,
「こうなればすばらしい
図 5 AI からの「想定」
げれど」というただの「夢」に過ぎない場合であ
る。このような場合,つぎのような現象を生みや
すい。
肯定的な学習文化へ転換させ,そのサイクルを継
1 夢を追い求めるが,実現しないと認知している
続させる意味で非常に重要である。
2 夢をみることで「エネルギーを補充」
,暗い現実
5.5
3「現在の」自分・チーム・組織の意識と行動は変
へ戻る
AI からの「想定」
4D サイクルによって,AI では,
「ありたいすが
わらない
た」へのタイムラインが形成される。これはつぎ
ただ,AI により,「夢」に共感し共有すること
の三点の変革が同時に起きていることである。
自体は楽しいので,AI 自体の満足度はそれなりに
1「連続性」
:個人・チーム・組織のリアルなすが
高い19) 。
第二は,
「ありたいすがた」ではなく「あるべき
たが「今の状態」から「ありたいすがた」とし
すがた」を想定する場合である。これは,伝統的
て一体となっている。
2「想定」
:
「ありたいすがた」が実現している状態
な組織開発アプローチがしばしばそうであるよう
に,参加者が「内発的」
「自律的」に描く未来ではな
を自然に想定できている。
3「現在の変革」
:現在の個人・チーム・組織の意
く,ボードメンバーや上司の期待や「顧客」
「市民
識と行動がすでに変革している。
のニーズ」などの要請をどのように扱うかといっ
これらの 3 点は,現状維持型(status quo)タ
た外発的要因にフォーカスしたゴール設定に陥っ
イムラインと比較しても同等以上の臨場感の高い
てしまう場合である。この場合は,
「ギャップアプ
「ありたいすがた」のタイムラインが形成されてい
ローチ」になりがちで,AI 的な情熱や創造性が発
ることの要件である。二つのタイムラインが形成
揮されない。
されていても,メンバーは「ありたいすがた」へ
これらは,いわゆる「失敗事例」のパターンで
のタイムラインを望んでいるので,「ありたいす
あるが,このようなパターンでは,4D サイクル
がた」の実現へと自然とドライブがかかるはずで
の各プロセスで,想定された状態に至っていない。
ある。
図 7 は,4D サイクルにおけるチェックリストであ
る。各プロセスのチェック項目を確認すれば,想
5.6 陥りやすい罠
定される AI の効果が発揮されているかどうか理
AI のケースをみると,これまでみたような理想
的なプロセスデザインをもとに,すばらしい成果
を導いているケースは必ずしも多くはない。一般
19)ただし,このような場合,AI そのものの成果が「見
える化」されないことが多いので,経営サイドから
継続的なサポートを得られないだろう。
— 46 —
AI におけるポジティブデザイン
(備考)筆者作成。
図 6 陥りやすい罠
(備考)筆者作成。
図 7 4D サイクルのチェックポイント
解できるはずである。
たポジティブコアを最大限発揮して実現される
1 ディスカバリー:参加メンバーにとって心から
「ありたいすがた」なのか。「ありたいすがた」の
充実した体験に基づいているか?
形成が必ずしも内発的ではなく,組織内の期待
「ハイポイント」の状態を通じて,「ポジティ
(経営サイドの期待)やステイクホルダーや顧客
ブコア」を発見・共有するのであるが,
「ハイポ
(公共サービスの場合は市民の場合も)の要求を
イント」の状態が内発的な充実感に基づくもの
そのまま受け入れるケースなどが想定される。
であるかどうかである。組織の同調性が強い場
3 デザイン:
「ありたいすがた」は「未来∼現在」
合,同調的な行動をとった時の状態がハイポイ
と一体になっているか?
ントとして引き出されることも少なくない。そ
前半の 2D において,内発的プロセスが形成
のような場合,ポジティブコアが,同調的なコ
されなければ,
「ありたいすがた」ではなく「あ
ンセプトとして創られることが多いであろう。
るべきすがた」となり,ギャップアプローチに
2 ドリーム:一人一人にとっての「ありたいすが
転化してしまうことも少なくない。ポジティブ
た」なのか?
コアの発見・共有が不十分で,ドリームがポジ
ディスカバリー・フェーズで発見・共有され
— 47 —
ティブコアを最大限発揮した未来ではなく,単
経
済 系
なる願望にすぎない場合,
「ありたいすがた」か
ら「現在」までのタイムラインは描けないであ
ろう。
4 デスティニィ:一人一人の意識と行動が変革し
たか?
前段階の 3D において,
「ありたいすがた」へ
のタイムラインが描ければ,すでに現在の「個
人」「チーム」「組織」の変革が意識と行動で起
きているはずなので,これらを確認すればよい。
6. AI の可能性
ポストモダン型の組織開発の可能性をその代表
的な手法である AI のプロセスデザインを中心に
整理した。AI 自体は,その背景に,社会構成主義
やポジティブ心理学があるとされ,具体的なプロ
セスデザインそのものには,NLP(Nero-linguistic
Programming)20) やコーチングプログラムなどで
展開されている個人レベルのプログラムの組織開
発への応用とみることもできる。同時に,個人レ
ベルのプログラムとは異なり,組織開発への応用
という意味での工夫や難しさも AI には含まれてい
る。このような観点から,AI そのもののプロセス
デザイン上のポジティブなプログラムとしての要
素と組織開発としての要件をあわせて,その構造
からみた特徴と実施上の留意点について検討した。
近年,日本でも AI を組織や地域開発プログラム
として実践する事例が次第に増えているが,同時
に本来のポジティブ/ホールシステムアプローチの
特徴が十分活かされないケースも少なくない。本
論で示したプロセスデザインからみた AI の核と
なる要素は尊重しつつ,個々のケースのコンテク
ストに適応するようにデザインすることが期待さ
れる。
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