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危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制
生命保険論集第 163 号 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 ―生命保険会社における責任準備金規制のあり方について― 宇野 典明 (中央大学商学部教授) はじめに 本稿は、先に私が書いた論文1)に引き続き、危険団体概念の見直しに伴う生命 保険会社における規制のあり方を検討するものである。先の論文で、私は、保険 業法の基礎に置くべき新たな概念として、危険団体概念に替えて資産負債最適配 分概念を提言し、この概念に基づき、契約条件の遡及変更にかかる規制のあり方 を検討した。 本稿においては、まず、わが国および主要な諸外国の現行の責任準備金2)にか かる規制等を概観した上で、それらが危険団体概念に基づいているか否かについ ての検討を行い、それらの規制および新たに資産負債最適配分概念に基づき考え た方式について、どの方式が責任準備金にかかる規制として適切かについての検 討を行う。その上で、責任準備金規制のあり方について提言を行う。 なお、本稿では一般勘定の死亡保険の場合に限定して検討を行い、その他の保 険種類、特別勘定等については、原則的に言及しない。 注1)拙稿「危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制―契約条件の遡及変更にかかる規制 のあり方を中心として―」 『生命保険論集』№162 2)わが国の保険業法では、生命保険会社における責任準備金は、保険料積立金、未経過 保険料、払戻積立金、危険準備金からなるとされている(保険業法施行規則第69条第1 項)。しかし、後述のとおり、諸外国においては、保険料積立金と危険準備金の区分は、 必ずしもわが国のようにはなっていない。また、本稿での結論もこの区分に従ったもの ではない。このため、わが国の保険業法についての解説等に関しては、責任準備金と保 険料積立金を使い分け、諸外国の規制については、当該の国で使われている用語を用い、 ―1― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 それ以外の場合は、責任準備金の用語で統一することとする。なお、わが国の保険業法 においては、標準責任準備金のように、責任準備金と称しながら、その内容は保険業法 施行規則第69条第1項にいう責任準備金とは異なったものもあり、語法としては問題が あるが、この点に関しては、保険業法等の規制に従った表現を用いることとする。 Ⅰ.危険団体概念のあり方と資産負債最適配分概念3) 保険業法上の規制は、危険団体概念の存在が前提になっていると解されるもの が相当数ある。このため、こうした危険団体概念は、保険業法の諸規制を検討し ていく上で、見逃すことのできない重要なものとなっている。ところが、保険業 法の規制にとって大変大きな意味を持つ危険団体概念ではあるが、今日的に見る と、保険業法の基礎に危険団体概念を置くことには、次のような問題点がある。 ① 危険団体の存在を前提としていない事業を規制できないこと ② 実際の保険会社には多数の危険団体が存在していること、危険団体概念は、保 険リスクしか考慮しておらず、資産運用リスク等、他の保険会社のリスクが 含まれていないことなど、実際の保険会社と相当乖離したものになっている こと そこで、危険団体概念に代わる新たな概念として私が考えたのが、保険の引き 受けという行為を現代ポートフォリオ理論に組み入れるというものであり、これ を資産負債最適配分概念と名付けた。具体的には、保険の引き受けは、たとえば、 生命保険の場合、保険料の収入に対して死差益、費差益を生み出すものであり4)、 貸借対照表上は負債でありながら、資産と同様に期待収益率を有し、それが変動 するというリスクを有している5)。このため、保険会社においては、現代ポート フォリオ理論の適用に当たって、これまでのように資産だけを対象に検証しても 必ずしも意味がなく、保険の引き受けも含めて検証を行うことで、はじめて最適 な資産、負債の配分を決定することができると考えられる6)7)。具体的には、資産 と負債を合わせた現代ポートフォリオ理論を用いれば、資産負債を合わせて、期 待収益率をある水準で維持しながら、リスクを減少させることができるようにな るばかりではなく、リスクをある水準で維持しながら、期待収益率を高める等の 対応が可能になる8)。つまり、危険団体を構成しなくても、より合理的なリスク の管理が可能になるのである。 なお、極めて大きな危険団体が存在するということは、死差益の分散が相対的 に小さくなることを意味し、団体とはいえないような数の生命保険契約者しか存 ―2― 生命保険論集第 163 号 在しないということは、死差益の分散が相対的に大きくなることを意味する。後 者の場合であっても、他の保険リスクや資産運用に係るリスクと上手に組み合わ せることによって、かえって全体としてのリスクを軽減することも可能である。 このため、保険制度において、危険団体の存在が必要不可欠であるとはいえない。 注3)危険団体概念のあり方と資産負債最適配分概念の詳細については、前掲拙稿「危険団 体概念の見直しと保険業法の諸規制―契約条件の遡及変更にかかる規制のあり方を中 心として―」および拙稿「大数の法則と収支相等の原則の現代的な意義について―生命 保険の場合を中心として―」 『商学論纂』第46巻第3号を参照のこと。 4)もちろん、保険料の収入は、利差損益、価格変動損益等も生み出すが、この源泉は負 債にあるのではなく、資産にあるため、資産側の問題として捉える方がより適切である。 5)保険の持つリスクと期待収益率に着目して、生損保の兼営について分析したものとし て、拙稿「生損保兼営禁止について」『保険学雑誌』 (第558号)、p.68以下がある。 6)前掲拙稿「大数の法則と収支相等の原則の現代的な意義について―生命保険の場合を 中心として―」、pp.212-213 7)保険の引き受けも含めて検証を行うことで、はじめて最適な資産、負債の配分が可能 になると考えることができることを指摘したものとして、前掲拙稿「生損保兼営禁止に ついて」がある。 8)前掲拙稿「大数の法則と収支相等の原則の現代的な意義について―生命保険の場合を 中心として―」では、資産、負債の実際のデータを当てはめて現代ポートフォリオ理論 に基づく計算を行っている。 Ⅱ.保険業法の責任準備金規制 1.生命保険会社の責任準備金 (1) 標準責任準備金制度の導入 1995年に行われた保険業法の改正によって、責任準備金にかかる規制も大きく 改正された。その一つが標準責任準備金制度の導入である。まず、これまでなか った責任準備金積み立てについて、保険会社は、毎決算期において、保険契約に 基づく将来における債務の履行に備えるため、責任準備金を積み立てなければな らない(保険業法第116条第1項)と定められ、標準責任準備金の対象契約、積立 方式、予定死亡率、予定利率について、内閣総理大臣は必要な定めをすることが できるとした(保険業法第116条第2項)。 標準責任準備金の対象契約は、保険会社が2005年4月1日以降に締結する保険 契約については、次に掲げるものに該当しないもの(保険業法施行規則第68条第 3項、金融庁告示第59号、金融庁告示第24号)である。 ―3― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 ⅰ)責任準備金が特別勘定に属する財産の価額により変動する保険契約であっ て、保険金等の額を最低保証していない保険契約 ⅱ)保険料積立金および払戻積立金を積み立てない保険契約並びに保険料積立 金を計算しない保険契約 ⅲ)保険約款において、保険会社が責任準備金および保険料の計算の基礎とな る予定利率を変更できる旨を約してある保険契約 ⅳ)損害保険契約 ⅴ)保険期間が1年以下の保険契約 ⅵ)外国通貨をもって保険金、返戻金その他給付金の額を表示する保険契約 ここで、標準責任準備金の積立方式および予定死亡率その他の責任準備金の計 算の基礎となるべき係数の水準は次のとおりとされている(大蔵省告示第48号)。 具体的には、積立方式は、平準純保険料式保険料積立金とする。予定死亡率は、 2007年4月1日以降に締結する保険契約については、生保標準生命表2007(死亡保 険用)、生保標準生命表2007(年金開始後用)または第三分野標準生命表2007の死亡 率の欄に掲げる率とする。予定利率は、1999年4月1日以降については、毎年10 月1日を基準日として、基準日の属する月の前月から過去3年間に発行された利 付国庫債券(10年)の応募者利回りの平均値、または基準日の属する月の前月から 過去10年間に発行された利付国庫債券(10年)の応募者利回りの平均値のいずれか 低い方のもの(以下、 「対象利率」という。)を次の表の対象利率に区分してそれぞ れの数値に同表の安全率係数を乗じて得られた数値の合計値(以下、「基準利率」 という。)が、基準日時点で適用されている予定利率と比較して0.5%以上乖離し ている場合には、基準利率に最も近い0.25%の整数倍の利率(基準利率が0.25%の 整数倍の利率と0.125%乖離している場合は、基準利率を超えず、かつ、基準利率 に最も近い0.25%の整数倍の利率とする。)を予定利率とし、基準日の翌年の4月1 日以降締結する保険契約に適用することとする。 対象利率 安全率係数 0%を超え、1.0%以下の部分 0.9 1.0%を超え、2.0%以下の部分 0.75 2.0%を超え、6.0%以下の部分 0.5 6.0%を超える部分 0.25 ―4― 生命保険論集第 163 号 なお、前述の予定死亡率以外の予定死亡率を責任準備金の計算の基礎として用 いることが適当であると認められる保険契約にあっては、前述の予定死亡率、予 定利率は適用しない。また、以上に基づき計算した保険料積立金または払戻積立 金の額がそれぞれの契約者価額を下回る場合には、当該契約者価額をもって保険 料積立金とする。 生保標準生命表2007(死亡保険用)については、 「将来経験する死亡率が変動予 測を超える確率を約2.28%(2σ水準)におさえるように補整した。(男女各々400 万件を想定した変動予測)ただし、補整幅に年齢間で極端な差異が生じるのを避け るため、粗死亡率の130%を上限として補整した。」9)とされている。 こうした標準責任準備金制度が導入された背景には、 「今後、規制緩和、自由化 等の流れの中で保険商品が多様化、複雑化する一方、資産運用リスク等が増大し ていくものと見込まれる。他方、これまでの保険料率、配当に関する規制は順次 緩和する必要がある。このように変化する環境の中で、これまで負債の大宗を占 め、保険金等の支払いに充当されてきた保険会社の責任準備金についてもその在 り方を再検討する必要がある。」10)という問題意識があった。さらに、「具体的 には、これまで生命保険会社については健全性を最も重視した純保険料式(平準 式)による責任準備金の積立てが中心となっている。しかしながら、純保険料式 による積立てであっても、例えば評価利率が高い場合には責任準備金の積立ては 薄くなることから、ソルベンシー・マージンの充実と併せて健全性を維持する必 要があるとの指摘がある。」11)とし、「このため、今後は、責任準備金の積立方 式のみならず、計算基礎率(評価利率、予定事業賃率、予定死亡率)やソルベン シー・マージンの水準等を視野に入れ、総合的に生命保険会社の健全性の維持を 図っていく必要がある。」12)と考えられたのである。 ところが、純保険料式保険料積立金による積み立てについては、もともと論理 的に見て万全のものではなく、その当時も、事業費の支出実態を必ずしも反映し ておらず、状況によっては必要以上に社内に利益を留保することになる、新規参 入会社にとっては参入障壁となる可能性がある等13)の問題点が指摘されていた。 こうした反論があったにもかかわらず、標準責任準備金が純保険料式保険料積 立金による積み立てを原則としたのは、従来から純保険料式保険料積立金による 積み立てを行政当局が推進してきたからばかりではなく、責任準備金繰入額の法 人税法上の損金算入限度額が、純保険料式保険料積立金によるとされているこ と14)が大きな理由になっていたことは疑いない。つまり、標準責任準備金の積立 方式がチルメル式保険料積立金等になると、損金算入限度額が引下げられるおそ ―5― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 れがあると考えられたことが大きい。その一方で、前述のような反論に考慮して、 純保険料式保険料積立金による積み立てを標準とし、標準以外の積み立ても認め ることとしたのである。 (2) 生命保険会社の責任準備金 生命保険会社は、毎決算期において、次に掲げる区分に応じ、当該決算期以前 に収入した保険料を基礎として、保険料及び責任準備金の算出方法書に記載され た方法に従って計算し、責任準備金として積み立てなければならない(保険業法 施行規則第69条第1項)。 ① 保険料積立金 保険契約に基づく将来の債務の履行に備えるため、保険数理に基づき計算 した金額 ② 未経過保険料 未経過期間に対応する責任に相当する額として計算した金額 ③ 払戻積立金 保険料または保険料として収受する金銭を運用することによって得られる 収益の全部または一部の金額の払戻しを約した保険契約における当該払戻し に充てる金額 ④ 危険準備金 保険契約に基づく将来の債務を確実に履行するため、将来発生が見込まれ る危険に備えて計算した金額 なお、決算期までに収入されなかった保険料は、貸借対照表の資産の部に計上し てはならない(保険業法施行規則第69条第3項)。 (3) 未経過保険料 決算期以前に保険料が収入されなかった当該決算期において有効に成立してい る保険契約のうち、当該決算期から当該保険契約が効力を失う日までの間に保険 料の収入が見込めないものについては、当該決算期から当該保険契約が効力を失 う日までの間における死亡保険金等の支払のために必要なものとして計算した金 額は、未経過保険料として積み立てるものとする(保険業法施行規則第69条第2 項)。 (4) 保険料積立金および払戻積立金 ―6― 生命保険論集第 163 号 保険料積立金および払戻積立金は、次に定めるところにより積み立てることと する(保険業法施行規則第69条第4項)。 ⅰ) 標準責任準備金の対象契約に係る保険料積立金および払戻積立金について は、前述した大蔵省告示第48号により計算した金額を下回ることができな い。 ⅱ) 標準責任準備金の対象契約外の保険契約(特別勘定を設けた保険契約を除 く。)に係る保険料積立金および払戻積立金については、平準純保険料式 により計算した金額を下回ることができない。 ⅲ) 標準責任準備金の対象契約以外の保険契約のうち特別勘定を設けた保険契 約に係る保険料積立金および払戻積立金については、当該特別勘定におけ る収支の残高を積み立てなければならない。 ⅳ) 生命保険会社の業務または財産の状況および保険契約の特性等に照らし特 別な事情がある場合には、標準責任準備金の対象契約については、上記ⅰ) の規定を適用せず、標準責任準備金の対象契約以外の保険契約(特別勘定 を設けた保険契約を除く。)については、上記ⅱ)の規定を適用しない。た だし、この場合においても、保険料積立金および払戻積立金の額は保険数 理に基づき、合理的かつ妥当なものでなければならない。 これらの規制のため、保険料積立金については、標準責任準備金対象契約(特 別勘定を設けた保険契約であって、保険金等の額を最低保証している保険契約を 除く。)および標準責任準備金対象契約以外の保険契約(特別勘定を設けた保険契 約を除く。)ともに、平準純保険料式保険料積立金により計算した金額を原則とす るものの、生命保険会社の業務または財産の状況および保険契約の特性等に照ら し特別な事情がある場合には、チルメル式保険料積立金等を採用できることとな っている。つまり、平準純保険料式保険料積立金は、標準でしかなく、最低では ないことになる。このため、平準純保険料式保険料積立金を積み立てていること は、保険契約者保護のための機能としては、限界があることになる。実際に、平 成に入って破綻したわが国の生命保険会社は、破綻の直前に平準純保険料式保険 料積立金を全期チルメル式保険料積立金に変更し、差額を利益または剰余金とし て認識している。 なお、実質的な最低保険料積立金は、保険会社向けの総合的な監督指針に、 「チ ルメル式責任準備金の積立てを行っている場合には、新契約費水準に照らしチル メル歩合が妥当なものとなっているか」15)とあることから、少なくとも監督当局 は、新契約費水準に照らして妥当なチルメル歩合の全期チルメル式保険料積立金 ―7― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 であると考えているものと想定される。 (5) 危険準備金 危険準備金は、次に掲げるものに区分して積み立てなければならない(保険業 法施行規則第69条第6項)16)。 ⅰ)保険リスクに備える危険準備金(危険準備金Ⅰ) ⅱ)第三分野保険の保険リスクに備える危険準備金(危険準備金Ⅳ) ⅲ)予定利率リスクに備える危険準備金(危険準備金Ⅱ) ⅳ)最低保証リスクに備える危険準備金(危険準備金Ⅲ) 危険準備金の積み立ては、金融庁長官が定める積み立ておよび取り崩しに関す る基準によるものとする。ただし、生命保険会社の業務または財産の状況等に照 らし、やむを得ない事情がある場合には、金融庁長官が定める積み立てに関する 基準によらない積み立てまたは取り崩しに関する基準によらない取り崩しを行う ことができる(保険業法施行規則第69条第7項)。 金融庁長官が定める危険準備金Ⅰの積立基準および積立限度額は次の表のとお りである(大蔵省告示第231号第2条、第4条第1項第1号)。 リスクの区分 普通死亡リスク 生存保障リスク その他のリスク 積立基準 当該事業年度末の普通死亡に係る 危険保険金額が前事業年度末より 増加している場合における当該増 加金額に0.6/1000を乗じて得た額 当該事業年度末の個人年金に係る 責任準備金の金額が前事業年度末 より増加している場合における当 該増加金額に10/1000を乗じて得た 額 保険料及び責任準備金の算出方法 書により定める額 積立限度額 危険保険金額に0.6/1000 を乗じて得た額 個人年金の責任準備金 の金額に10/1000を乗 じて得た額 保険料及び責任準備金 の算出方法書により定 める額 これらの保険リスクは、 「リスク集中や伝染病の流行など極めて大きなリスクを 想定し、信頼水準は99%を超えるものとなっている。」17)とされている。 危険準備金Ⅰおよび危険準備金Ⅳは、それぞれ死差損がある場合において、当 ―8― 生命保険論集第 163 号 該死差損の塡補に充てるときを除くほか、取り崩してはならない。危険準備金Ⅱ は、利差損がある場合において、当該利差損の塡補に充てるときを除くほか、取 り崩してはならない。危険準備金Ⅲは、最低保証に係る収支残が負の場合におい て、当該収支残の塡補に充てるときを除くほか、取り崩してはならない。その他、 危険準備金ⅠからⅣに共通する取崩基準として、前事業年度末の積立残高の額が 当該事業年度末の積立限度額を超える場合は、当該超える額を取り崩さなければ ならない(大蔵省告示第231号第6条)がある。 (6) 追加責任準備金 以上により積み立てられた責任準備金では、将来の債務の履行に支障を来すお それがあると認められる場合には、保険料及び責任準備金の算出方法書を変更す ることにより、追加して保険料積立金および払戻積立金を積み立てなければなら ない(保険業法施行規則第69条第5項)。ここでいう「以上により積み立てられた 責任準備金では、将来の債務の履行に支障を来すおそれがある」か否かの判断は、 次に述べる保険計理人による1号収支分析によって行われる。 (7) 1号収支分析 保険計理人は、毎決算期において、次に掲げる事項について確認し、その結果 を記載した意見書を取締役会に提出しなければならない(保険業法第121条第1項、 保険業法施行規則第79条の2、保険業法施行規則第81条)。 ⅰ)生命保険会社の場合、当該生命保険会社が引き受けているすべての保険 契約に係る責任準備金が健全な保険数理に基づいて積み立てられてい るかどうか。 ⅱ)生命保険会社の場合、将来の収支を保険数理に基づき合理的に予測した 結果に照らし、保険業の継続が困難であるかどうか。 保険計理人が、毎決算期において行う上記確認の基準は、次のとおりで(保険 業法施行規則第80条)、これらの基準は、日本アクチュアリー会が作成し、金融庁 長官が認定した基準とされ(金融監督庁・大蔵省告示第22号第2条)、「生命保険 会社の保険計理人の実務基準」と呼ばれている。 ⅰ)責任準備金が保険業法施行規則第69条(生命保険会社の責任準備金)ま たは第70条(損害保険会社の責任準備金)に規定するところにより適正 に積み立てられていること。これを1号収支分析という。 ⅱ)将来の時点における資産の額として合理的な予測に基づき算定される額 ―9― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 が、当該将来の時点における負債の額として合理的な予測に基づき算定 される額に照らして、保険業の継続の観点から適正な水準に満たないと 見込まれること。これを3号収支分析という。 3号収支分析は、上述のとおり、責任準備金の評価に直接かかわるものでない ため、本稿での検討は、1号収支分析についてのみ行う。1号収支分析は、(1) と(2)に分かれ、1号収支分析(1)は、 「経済環境、経営環境、販売・投資などの経 営政策ならびにそれらの相関性を考慮し、確率論的に作成したシナリオのもとに 将来の収支を予測することによって、会社が将来の保険金などの支払能力を維持 し得るかどうかを判断するもの」(「生命保険会社の保険計理人の実務基準」第12 条第1項)をいい、いわゆる確率論的シナリオ法によるものである。 保険計理人は、1号収支分析(1)の結果、以下に該当する場合には現在の責任準 備金の水準は十分であると判断することができる(「生命保険会社の保険計理人の 実務基準」第12条第3項)。 ⅰ)標準責任準備金を基準とする保険契約については、90%以上のシナリオに おいて、分析期間中の最初の5年間の事業年度末において標準責任準備金 の積み立てが可能である場合 ⅱ)金融庁長官の認可に基づく責任準備金を基準とする保険契約については、 90%以上のシナリオにおいて分析期間中の最初の5年間の事業年度末にお いて金融庁長官の認可に基づく責任準備金(ただし、特別の事情により、 特定の事業年度だけ積み立てることが認可された責任準備金を除く。)の積 み立てが可能である場合 これに対して、1号収支分析(2)に用いられる1号基本シナリオは、「複数のシ ナリオのもとに将来の収支を予測することによって、会社が将来の保険金などの 支払能力を維持し得るかどうかを判断するもの」(「生命保険会社の保険計理人の 実務基準」第13条第1項)をいう。この1号基本シナリオは、次の各号に定める シナリオをすべて適用した場合とされており(「生命保険会社の保険計理人の実務 基準」第13条の2)、いわゆる決定論的シナリオ法である。 ⅰ)金利は、過去の実績などから予測される合理的な金利変動リスクを反映し たものでなくてはならないが、1号基本シナリオの金利については、少な くとも、以下の金利シナリオを含まなければならない。 イ.直近の長期国債応募者利回りからスタートし、5年間にわたり、毎年 X/5%ずつ低下し、以降は一定で推移 ロ.直近の長期国債応募者利回りからスタートし、翌事業年度始にX/2% ―10― 生命保険論集第 163 号 低下し、以降は一定で推移 ここで、Xは、 「直近の長期国債応募者利回り-分析期間期初の標準利率」 とゼロのいずれか大きい方である。 ⅱ)評価差額金のうち、株式に係るものの取り崩しによる責任準備金積立財源 への充当は、原則として行わない。ただし、健全性の維持に問題がないと 判断される場合には、直近の株式に係る評価差額金のうち、以下のイまた はロのいずれかを上限として、継続的に株式に係る評価差額金を取り崩し、 これを責任準備金積立財源に充当することとして、 1号収支分析(2)を行う ことができる。 イ.株式の帳簿価額×直近の長期国債応募者利回り-当該株式の株主配当 ロ.株式の帳簿価額×分析期間期初の標準利率-当該株式の株主配当 また、株式以外の資産に係る評価差額金の取り崩しおよび含み益の実現に よる責任準備金積立財源への充当は、一切行わない。 ⅲ)将来の株式・不動産の価格、為替レートなどの変動による損益の発生につ いては考慮しない。また、債券等の資産については、金利シナリオによる 増減を見込まないものとする。すなわち、債券等については原価法を適用 するものとする。 ⅳ)特別勘定に属する資産の残高および資産運用収益については、ⅰ)および ⅲ) に定めたシナリオを使用するものとする。すなわち、ⅰ)で定める金 利シナリオを使用し、将来の株式・外国証券・国内債券等の時価変動によ る評価損益を見込まないものとする。 ⅴ)外貨建資産の資産運用収益については、以下の通りとする(為替レートは、 直近のものを使用)。 イ.ニューマネーについては、すべて、長期国債(国内)に投資したもの とし、オールドマネーについては、直近の長期国債応募者利回りで運用 収益が得られるものとする方法 ロ.その他、合理的な方法 ⅵ)新契約高は、オープン型の1号収支分析を行う場合は、以下のイまたはロ のいずれかとする。 イ.直近年度(「直近年度」とは、意見書の対象となる事業年度をいう。以 下同じ。)の新契約高 ロ.直近年度を含む過去3年間の新契約高の平均値 また、新契約の商品構成比も、原則として、上記のイまたはロのいずれかとす ―11― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 る。 一方、クローズド型の1号収支分析を行う場合は、直近年度の翌年度以 降の新契約高をゼロとする。 ⅶ)保険契約継続率は、原則として、商品および経過年数ごとに、直近年度ま たは直近年度を含む過去3年間の保険契約継続率の平均値とする。 ⅷ)死亡率など保険事故発生率は、原則として、商品および経過年数ごとに、 直近年度または直近年度を含む過去3年間の死亡率など保険事故発生率の 平均値とする。 ⅸ)事業費については、 オープン型の1号収支分析を行う場合は、 原則とし て、直近年度の事業費、または、直近年度を含む過去3年間の事業費の平 均値とする(新契約高シナリオにおいて、直近年度の新契約高を採用した 場合は、直近年度の事業費、新契約高シナリオにおいて、直近年度を含む 過去3年間の新契約高の平均値を採用した場合は、直近年度を含む過去3 年間の事業費の平均値とする)。 ⅹ)一方、クローズド型の1号収支分析を行う場合は、原則として、直近年度 の事業費のうち、新契約締結に係る事業費を除いた額が、そのまま維持さ れるものとする。 ⅹⅰ)資産配分および資産構成比については、直近年度における資産配分およ び直近の資産構成比等をもとに、合理的なシナリオを設定する。 ⅹⅱ)配当金は、原則として、直近年度の配当率が据え置かれるものとする。 ⅹⅲ) 価格変動準備金、危険準備金Ⅰおよび危険準備金Ⅱの繰入については、 原則として、それぞれのリスク量に応じて、法定最低繰入基準を下回らない 範囲で、計画的に繰り入れることとし、危険準備金Ⅲについては最低保証に 係る収支残(収支残の算出にあっては、最低保証リスクに対応する保険料積 立金の積増額(あるいは取崩額)を含める。)を繰り入れることとする。 ⅹⅳ) ⅰ)からⅹⅱ)までのほか、分析期間の期初においてすでに実施している 経営政策の変更および法令の改正についても、これを反映することとする。 保険計理人は、1号収支分析(2)の結果、以下に該当する場合には現在の責任準 備金の水準は十分であると判断することができる(「生命保険会社の保険計理人の 実務基準」第13条第3項)。 ⅰ)標準責任準備金を基準とする保険契約については、分析期間中の最初の5 年間の事業年度末において標準責任準備金の積み立てがすべてのシナリ オで可能である場合 ―12― 生命保険論集第 163 号 ⅱ)金融庁長官の認可に基づく責任準備金を基準とする保険契約については、 分析期間中の最初の5年間の事業年度末において金融庁長官の認可に基 づく責任準備金(ただし、特別の事情により、特定の事業年度だけ積み立 てることが認可された責任準備金を除く。)の積み立てがすべてのシナリ オで可能である場合 1号収支分析(1)の10%を超えるシナリオにおいて、または、1号収支分析(2) のいずれかのシナリオにおいて、分析期間中の最初の5年間の事業年度末に必要 な責任準備金の積み立てが不可能となった場合、保険計理人は、現状の責任準備 金では不足していると判断し、会社がその責任準備金不足相当額の解消に必要な 額を積み立てる必要があることを、意見書に示さなければならない(「生命保険 会社の保険計理人の実務基準」第14条第1項前段)。 ここで、責任準備金不足相当額は、以下の通り計算する(「生命保険会社の保 険計理人の実務基準」第14条第2項)。 ⅰ)1号収支分析(1)においては、各シナリオについて、分析期間中の最初の 5年間の事業年度末に生じた責任準備金の不足額の現価の最大値を計算 し、その値の上位10%を除いたもののうち最大値を責任準備金不足相当額 とする。 ⅱ)1号収支分析(2)においては、すべてのシナリオの、分析期間中の最初の 5年間の事業年度末に生じた責任準備金の不足額の現価の最大値を、責任 準備金不足相当額とする。 1号収支分析の結果、責任準備金不足相当額が発生した場合において、保険計 理人は、以下の経営政策の変更により、責任準備金不足相当額の一部または全部 を積み立てなくてもよいことを、意見書に示すことができる。ただし、これらの 経営政策の変更は、ただちに行われるものでなくてはならない(「生命保険会社 の保険計理人の実務基準」第14条第3項)。 ⅰ)一部または全部の保険種類の配当率の引き下げ ⅱ)実現可能と判断できる事業費の抑制 ⅲ)資産運用方針(ポートフォリオ)の見直し ⅳ)一部または全部の保険種類の新契約募集の抑制 ⅴ)今後締結する保険契約の営業保険料の引き上げ 上記によらず、責任準備金不足相当額の一部または全部の積み立てを、ソルベ ンシー・マージン基準を維持できる範囲内での内部留保等の取り崩しにより行う 場合においては、ただちに、当該取り崩しを行い、これを責任準備金に繰り入れ ―13― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 なくてはならない。ただし、将来の内部留保等の繰入を法定下限未満とすること により責任準備金不足相当額を解消できる場合は、内部留保等を取り崩さないこ とができるものとする(「生命保険会社の保険計理人の実務基準」第14条第4項) 。 2.少額短期保険業者の責任準備金規制 少額短期保険業者は、毎決算期において、保険契約に基づく将来における債務 の履行に備えるため、責任準備金を積み立てなければならない(保険業法第272 条の18で準用する保険業法第116条第1項)。少額短期保険業者は、毎決算期にお いて、普通責任準備金については、次に掲げる金額のうちいずれか大きい金額を 保険料及び責任準備金の算出方法書に記載された方法等に従って計算し、責任準 備金として積み立てなければならない(保険業法施行規則第211条の46第1項)。 ① 未経過保険料 ② 当該事業年度における収入保険料の額から、当該事業年度に保険料を収入 した保険契約のために支出した保険金、返戻金、支払備金(既発生未報告 備金を除く。)および当該事業年度の事業費を控除した金額 このように、少額短期保険業者の場合には、引き受ける保険の保険期間が、生 命保険の場合には1年間以内(保険業法第2条第17項、保険業法施行令第1条の 5)とされているため、保険料積立金の計上は求められず、損害保険会社と同様 な規制になっている。 3.危険団体概念の存在の有無 危険団体とは、 「保険制度は、ほぼ同質のリスクを有する多数の保険契約者が保 険料を拠出して共同的備蓄を形成し、そのリスクが実現した場合にその共同的備 蓄から保険給付を行うものといえる。このため、保険契約者全体が団体を構成す るとみなすことができ、この団体が危険団体と呼ばれてきた。 」18)というものであ る。これを保険数理の観点から見ると、責任準備金の計算に、分散が小さいこと を前提とした死亡率を用いていれば、ほぼ同質のリスクを有する多数の保険契約 者が存在することになる。そして、多数の保険契約者が存在することを前提とし て、責任準備金の計算に収支相等の原則を用いていれば、多数の保険契約者が保 険料を拠出して共同的備蓄を形成し、そのリスクが実現した場合にその共同的備 蓄から保険給付を行うことになる。 なお、現在の保険数理の実務においては、保険料積立金の計算ばかりではなく、 純保険料の計算にも、この一般的な収支相等の原則に、予定利率の概念を採り入 ―14― 生命保険論集第 163 号 れたものが用いられている。そこで、以下本稿では、一般的な収支相等の原則を 狭義の収支相等の原則、予定利率の概念を採り入れたものを広義の収支相等の原 則ということとする。 つまり、生命保険会社の責任準備金についての規制が危険団体概念に基づいて いるか否かを検証するには、死亡率の分散が小さく、広義の収支相等の原則が働 くことを前提にしているか否かを確認すればよいことになる。 (1) 標準責任準備金 前述のとおり、標準責任準備金の積立方式は、平準純保険料式保険料積立金と され、例外的に、全期チルメル式保険料積立金等の積み立てが認められている。 平準純保険料式保険料積立金またはチルメル式保険料積立金にあっては、将来 法と過去法の計算結果が一致する。そこで、将来法保険料積立金の計算式におい て、契約がなされるものの、保険料の支払いがなされていない状況を考えると、 将来の保険金の支出額の現在価値の総額-将来の純保険料の収入額の現在価値の総額 =0 となる。これを書き換えると、 将来の保険金の支出額の現在価値の総額=将来の純保険料の収入額の現在価値の総額 ……(1) となり、広義の収支相等の原則にほかならないことが判る。つまり、平準純保険 料式保険料積立金およびチルメル式保険料積立金は、広義の収支相等の原則を前 提においているということができる。当然のことながら、他の積立方式、たとえ ば営業保険料式保険料積立金の場合も、(1)式の左辺の保険金の支出額が、保険金 および事業費の支出額に、右辺の将来の純保険料の収入額が、将来の営業保険料 の収入額に変わるだけで、同様に広義の収支相等の原則を前提においていること が説明できる。 広義の収支相等の原則の場合、単に金利で割り引いているが、資産負債最適配 分概念の下では、その性格上、単に金利で割り引くということはありえない。こ のため、金利で割り引くというのは、資産負債最適配分概念から見た危険団体概 念の特徴ということができる。そこで、金利で割り引くことを採用している危険 団体概念を、広義の危険団体概念ということにする。 ―15― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 また、予定死亡率に関しては、生保標準生命表2007(死亡保険用)が、生命保 険会社全社の過去のデータをもとに作成されたものであり、民間生命保険会社の 生命保険の世帯加入率が、2006年において76.4%である19)ことからすると、その 分散は相当小さいことが想定される。このため、 「ほぼ同質のリスクを有する多数 の保険契約者」の存在を前提としているものと考えられる。 このように、保険業法における標準責任準備金は、 「多数の保険契約者が保険料 を拠出して共同的備蓄を形成し、そのリスクが実現した場合にその共同的備蓄か ら保険給付を行うこと」とする危険団体の定義に当てはまり、さらに金利によっ て割り引いていることから、広義の危険団体の存在を前提にした制度であるとい うことができる。 (2) 1号収支分析 1号収支分析は、前述のとおり、生命保険会社の場合、当該生命保険会社が引 き受けているすべての保険契約に係る責任準備金が健全な保険数理に基づいて積 み立てられているかどうかを確認するためのものである。このため、前述のよう に、もともと広義の危険団体概念に基づいて計算されている責任準備金について、 たとえば、1号収支分析(1)は、標準責任準備金を基準とする保険契約にあっては、 90%以上のシナリオにおいて、分析期間中の最初の5年間の事業年度末において 標準責任準備金の積み立てが可能であることを確認するためのものである。また、 1号収支分析(2)の1号基本シナリオのうち、金利については、十分か否かの議論 はありえるものの、複数のシナリオを求めている。これに対して、将来の株式・ 不動産の価格、為替レートなどの変動による損益の発生については考慮しないと されている。 また、死亡率など保険事故発生率は、原則として、商品および経過年数ごとに、 直近年度または直近年度を含む過去3年間の死亡率など保険事故発生率の平均値 とするとされている。しかし、標準責任準備金対象契約については、死亡率は、 原則として生保標準生命表2007(死亡保険用)に基づくのであり、ここでいう過 去3年間の死亡率など保険事故発生率の平均値も生保標準生命表ほどではないに せよ、分散が少ないことが前提になっているといえよう。 このため、1号収支分析による追加責任準備金も、広義の危険団体概念に基づ いているということができる。 (3) 少額短期保険業者の責任準備金 ―16― 生命保険論集第 163 号 前述のとおり、少額短期保険業者は、未経過保険料と当該事業年度における収 入保険料の額から、当該事業年度に保険料を収入した保険契約のために支出した 保険金、返戻金、支払備金(既発生未報告備金を除く。)および当該事業年度の事 業費を控除した金額の大きい金額を責任準備金として計上することが求められて いる。一般的な保険数理の実務では、純保険料は、広義の危険団体概念に基づい て計算されているため、未経過保険料も同様に広義の危険団体概念に基づいてい るといえる。また、当該事業年度に保険料を収入した保険契約のために支出した 保険金、返戻金、支払備金(既発生未報告備金を除く。)および当該事業年度の事 業費を控除した金額は、広義の危険団体概念に基づいて計算された保険料から、 保険金等を控除したものであり、これも同様に広義の危険団体概念に基づいてい るといえる。しかし、少額短期保険業者がどのように保険料の計算をしているの かは、明らかではない。また、少額短期保険業者には、ソルベンシー・マージン 基準も準用されている(保険業法第272条の28で準用する保険業法第130条)。ソル ベンシー・マージン基準は、もともと大規模な生命保険会社をモデルとして開発 されたものであり、その意味では、広義の危険団体概念と整合的であると考えら れる。 このように、少額短期保険業者の責任準備金も、広義の危険団体概念に基づい ている可能性が高いと判断される。もちろん、少額短期保険業者が、事故率の分 散を小さくできるほどの数の保険契約者を集められるかということについては疑 問の残るところである。 注9)日本アクチュアリー会『標準生命表の改定案および作成方法』、別紙2-② 10)『新しい事業の在り方―保険審議会答申―』 、1992年6月17日、pp.63-64 11)前掲『新しい事業の在り方―保険審議会答申―』 、p.64 12)前掲『新しい事業の在り方―保険審議会答申―』 、p.64 13)前掲『新しい事業の在り方―保険審議会答申―』 、p.64 14)直審(法)46「生命保険会社の所得計算等に関する取扱いについて」1962年8月16日 15)金融庁『保険会社向けの総合的な監督指針』 、2006年6月、Ⅱ-2-1-2 16)危険準備金Ⅳは、2006年4月28日内閣府令第61号により追加されたものである。これ に伴い、危険準備金Ⅰの内容も改正されている。ここでの説明は、内閣府令第61号を反 映させている。なお、この府令は、2007年4月1日から施行された(附則(2006年4月 28日内閣府令第61号) )。 17)ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チーム「ソルベンシー・マー ジン比率の算出基準等について」2007年4月3日、p.6 18)前掲拙稿「危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制―契約条件の遡及変更にかかる 規制のあり方を中心として―」、p.3 19)生命保険文化センター『平成18年度生命保険に関する全国実態調査〈速報版〉』、2006 ―17― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 年9月、p.10 Ⅲ.諸外国の責任準備金規制 本節では、カナダ、ニューヨーク州、EUにおける生命保険監督会計における責 任準備金規制について検討を行う。なお、EU各国の規制は、EUの指令をもとに作 られていることから、これらの個別の国の規制についての検討は行わない。また、 一 般 に 公 正 妥 当 と 認 め ら れ た 会 計 原 則 ( Generally Accepted Accounting Principal, 以下、GAAPという。)における責任準備金にかかる規制については、 その目的が生命保険監督会計とは大きく異なることに加え、これらの規制等は、 実質的に危険団体概念を前提にしたものと考えられるため、ここでは検討を行わ ない20)。 1.カナダの保険契約準備金規制 (1) 保険契約準備金の評価 保険会社のアクチュアリーは、会計年度末における保険会社の保険数理および その他の保険契約準備金を評価しなければならない(カナダ保険会社法第365条 (1))。保険会社のアクチュアリーによる評価は、一般に認められた保険数理の実 務(Generally Accepted Actuarial Practice)に従わなければならないとされて いる(カナダ保険会社法第365条(2))。これを受けて、カナダ・アクチュアリー会 の実務基準委員会は、一般に認められた保険数理の実務として、Standards of Practice - Practice-Specific Standards for Insurers(2007年11月、以下、SOP という。)を定めている21)。 (2) SOPの適用される範囲 SOPの基準は、GAAPに従って作成される場合の保険者の財務諸表における保険契 約準備金の評価に適用されるが(SOP 2110.01)、SOPの基準は、異なった会計基準 に従った評価に対しても手引きとなる。たとえば、GAAPとは異なった、法令に従 って計算された保険契約準備金にも適用される(SOP 2120.04)22)。このため、本 稿で検討する保険監督法における保険契約準備金についての基準にもなっている。 (3) カナダ資産負債法 ① カナダ資産負債法 ―18― 生命保険論集第 163 号 保険会社のアクチュアリーは、カナダ資産負債法(Canadian asset liability method、以下、CALMという。)に従って、保険契約準備金を計算しなければなら ない(SOP 2320.01)。 特定のシナリオに基づくCALMによる保険契約準備金の額は、当該シナリオの 最後の負債のキャッシュ・フローによってゼロになると見込まれる貸借対照表 作成日における対応する資産の額に等しくなければならない (SOP 2320.02)。 負債の価額には、すべての更新23)または更新と実質的に変わらないすべての調 。保険契約準備金が包含するキ 整24)を反映しなければならない(SOP 2320.03) ャッシュ・フローを推測する場合には、保険会社のアクチュアリーは、保険契 約者の合理的な期待を考慮するとともに、構成員に対する配当以外の保険契約 者配当を含めなければならない(SOP 2320.04)。 ② 仮定 保険会社のアクチュアリーは、複数のシナリオに基づいて保険契約準備金を 計算しなければならず、保険契約準備金が担保する契約に関しては、保険者の 債務から見て十分ではあるが、過大ではないシナリオを採用しなければならな い(SOP 2320.05)。特定のシナリオによる仮定は、シナリオで検証された仮定 とその他の仮定からなる。 シナリオで検証された仮定は、逆偏差のためのマージン(margin for adverse deviations)を明示的に含んでいてはならない。また、その他の仮定の最良推 定(best estimate)は、シナリオで検証された仮定と整合的でなければならず、 逆偏差のためのマージンを含んでいなければならない(SOP 2320.06)。 ③ シナリオで検証された仮定 シナリオで検証された仮定には、少なくとも金利の仮定を含まなければなら ず(SOP 2320.07)、金利の仮定のシナリオは、次のものを含んでいなければな らない(SOP 2320.08)。 ¾ 基本シナリオ ¾ 決定論的な手法に基づく各々の指定シナリオ ¾ 確率論的な手法に基づく各々の指定シナリオを包含する範囲 ¾ 保険者の置かれた状況からして適切と認められるその他のシナリオ 選択されたシナリオが決定論的なものである場合には、保険会社のアクチュ アリーは、選択されたシナリオ用の保険契約準備金の範囲の上部に入る保険契 約準備金を採用しなければならない。ただし、当該保険契約準備金が、最大の 保険契約準備金を求める指定シナリオによる保険契約準備金を下回らないこと ―19― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 を条件とする(SOP 2320.50)。 また、選択されたシナリオが確率論的なものである場合には、保険会社のア クチュアリーは、保険契約準備金が、選択されたシナリオ群の保険契約準備金 の60パーセンタイル値以上の保険契約準備金の平均から、同じく80パーセンタ イル値以上の保険契約準備金の平均の範囲に入るシナリオを採用しなければな らない(SOP 2320.51)。 多数のシナリオによって保険契約準備金を計算し、保険契約準備金が相対的 に多額になるシナリオを採用することによって、検証された仮定についての逆 偏差の準備は求められることになる(SOP 2320.52)。 ④ その他の仮定 その他の仮定は、最良推定と逆偏差のためのマージンからなり、最良推定は、 シナリオで検証された仮定と矛盾するものであってはならない(SOP 2320.06)。 シナリオで検証された仮定以外の各々の仮定(その他の仮定)に関する逆偏 差のための準備は、当該仮定に含まれる逆偏差のためのマージンから求められ る(SOP 2320.53)。特定のシナリオ独自の仮定は、シナリオで検証された仮定 および各々のその他の仮定であり、両者は相互に関連する。たとえば、保険契 約者配当および借り手と保険者のオプションの行使は、金利と強く関連する (SOP 2320.54)。 ⑤ 負債(保険契約準備金)の期間 保険契約準備金の期間は、必ずしも約定された保険の期間と一致しなくても 構わない(SOP 2320.17)。保険契約準備金の期間は、貸借対照表作成日以前に 行われたすべての更新と調整を反映しなければならない(SOP 2320.19)。 ⑥ 保険契約者の合理的期待 契約の条項は、保険契約者配当の決定、経験率による返還、遡及的なコミッ ションの調整、保険料を調整する権利等を、保険者の裁量に任せることができ るとしている(SOP 2320.28)。保険者のこうした条項に対する裁量の実行につ いての仮定を選択する場合には、保険会社のアクチュアリーは、保険契約者の 合理的な期待を考慮に入れなければならない(SOP 2320.31)。 ⑦ 保険契約者配当 保険契約者配当から生ずると仮定されたキャッシュ・フローは、通常配当と 消滅時配当からなるものでなければならない。ただし、剰余から株式保険者の 株主勘定への移転に類したものから生ずるキャッシュ・フローを除く(SOP 2320.35)。保険契約者配当から生ずると仮定されたキャッシュ・フローは除き、 ―20― 生命保険論集第 163 号 または保険契約準備金の他の構成要素や保険契約準備金以外の負債と重複して 計上してはならない(SOP 2320.36)。 特定のシナリオで選択された保険契約者に対する配当率は、当該シナリオの 他の構成要素と矛盾するものであってはならない(SOP 2320.37)。現行の配当 率が、経験的に見て将来低下すると想定される場合には、保険会社のアクチュ アリーは、その低下に応じて、低下後の配当率を維持すると想定しなければな らない。現行の配当率が経験的に見て最近の低下を反映しておらず、保険者は 低下させようとする方針であり、そして、低下させることが遅れると保険契約 者の合理的期待に反することが惹き起こされる場合、保険会社のアクチュアリ ーは、当該反応を仮定しなければならない(SOP 2320.38)。 ⑥ キャッシュ・フローの予測 保険契約準備金の計算に当たっては、保険会社のアクチュアリーは、貸借対 照表作成日現在の準備金に対して資産を割り当て、当該作成日以降の資産のキ ャッシュ・フローを予測し、試行錯誤の過程を経て、最終的なキャッシュ・フ ローがゼロになるよう資産を調整しなければならない(SOP 2320.40)。不動産 のような特定の資産のキャッシュ・フローを予測する場合には、第三者の業務 の成果を利用することも適切とされる(SOP 2320.41) ⑦ 所得税 所得を基礎に課せられる税(以下、所得税という。)から生ずるキャッシュ・ フローは、関連する契約と当該契約の保険契約準備金に対応する資産に関する キャッシュ・フローに限定される(SOP 2320.42-43)。 (4) 金利の仮定 ① 金利シナリオ シナリオで検証された仮定における金利シナリオは、貸借対照表作成日から 最後のキャッシュ・フローのときまでの予測期間について、投資戦略およびデ フォルト・フリーの資産の金利と信用リスク・プレミアムから構成される(SOP 2330.01)。各々の金利シナリオは、当該シナリオと整合的なインフレ率に関す る仮定を含まなければならない(SOP 2330.02)。 投資戦略は、デフォルト・リスクの格付けと保険契約準備金に対応する投資 された資産の期間の各々のタイプに対して、再投資するのか否かを明らかにす る。保険者の現在の投資戦略の仮定は、当該投資戦略および当該投資戦略固有 のリスクに従って、再投資するのか否かについての投資判断を黙示的に示す ―21― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 (SOP 2330.04)。各々のシナリオに対する投資戦略は、保険者の現在の投資方 針と整合的でなければならない。そのため、保険契約準備金は、当該方針を変 更することによって生じうるすべての増加するリスクに対して何ら準備をする 必要はない(SOP 2330.05)。 債券以外の資産で運用する場合、債券以外の資産の割合は、 (当該期間のネッ ト・キャッシュ・フローが正負いずれかであるかにかかわらず)各々の期間ご とに、当該保険者の現在の投資方針に従わなければならないことを、保険会社 のアクチュアリーは確保しなければならない(SOP 2330.06)。資産について仮 定される期間の数は、イールドカーブの形状および勾配に関する仮定の変更を 許容するに十分多数でなければならない。このことは、最低限、短期、中期、 長期からなることを示唆している(SOP 2330.07)。外国の金利についてのシナ リオは、これまでの正の相関が続くと期待される場合を除いて、カナダの金利 から独立して公式化しなければならない(SOP 2330.08)。 ② 基本シナリオ 売買される資産の金利は、当該保険者の現在の投資方針を用いた次のような 金利シナリオに基づく。 ¾ 貸借対照表作成日から20年間における貸借対照表作成日以降に有効と なるリスク・フリー金利は、貸借対照表作成日における均衡市場のリス ク・フリー市場金利によって示唆されるフォワード・レートに等しい。 ¾ 貸借対照表作成日から40年以降におけるリスク・フリー金利は、過去に おけるカナダの長期リスク・フリー債券の利回りの60ヶ月および120ヶ 月の移動平均の和半とする。 ¾ 貸借対照表作成日から20年目ないし40年目までの間におけるフォワー ド・リスク・フリー金利は、毎年同じ割合で逓減または逓増させる手法 を用いて、決定する。かつ、 すべての期間のデフォルト・リスク・プレミアムは、現在の投資戦略および貸 借対照表作成日現在、市場で有効なリスク・プレミアムと整合的でなければな らない(SOP 2330.09.1)。 金利リスクに関する逆偏差の準備は、決定論的、確率論的手法ともに、貸借 対照表上の保険契約準備金と基本シナリオを適用して求められた保険契約準備 金との差額として求められる(SOP 2330.09.2)。 ③ 指定シナリオ 将来の投資収益やインフレ率は非常に不確定であるため、すべての保険者の ―22― 生命保険論集第 163 号 保険契約準備金の計算においては、ある共通の仮定を考慮することが望ましい。 それは、後述の9つの指定シナリオである(SOP 2330.10)。指定シナリオは、 貸借対照表作成日以降に取得または売却された債券の投資に適用される(SOP 2330.11)。 ある会計期間における予測されたネット・キャッシュ・フローが正の場合に は、保険会社のアクチュアリーは、借入金がもしあれば、その未払残高を返済 することに使用しなければならず、債券投資のすべての残余を再投資すると仮 定しなければならない(SOP 2330.12)。債券以外の資産に再投資する場合の限 度は、増加する債券以外の資産の運用が保険契約準備金を減少させるような状 況において適用される(SOP 2330.13)。指定シナリオにあっては、ある会計期 間のキャッシュ・フローが負である場合には、保険会社のアクチュアリーは、 投資を行わないことによって負のキャッシュ・フローを相殺するか、または借 入れを行わなければならない。保険者が、投資判断を管理するためには、すべ ての借入れは、投資方針に沿って行われ、短期でなければならず、実質的に正 の予測ネット・キャッシュ・フローによってすみやかに返済されるものでなけ ればならない(SOP 2330.14)。 指定シナリオは、資産の売買および買い入れられた資産のタイプ、期間のた めの金利についてガイダンスを示すが、商品として売却された資産のタイプ、 期間については、ガイダンスを示さない(SOP 2330.15)。 予測期間に対する短期のカナダのリスク・フリー金利の指定範囲は、次のよ うに計算される。 ¾ 短期金利の下限は、91日カナダ・リスク・フリー金利の過去60ヶ月 と120ヶ月の移動平均の和半の90%と3%の少ない方の金利 ¾ 短期金利の上限は、91日カナダ・リスク・フリー金利の過去60ヶ月 と120ヶ月の移動平均の和半の110%と10%の大きい方の金利 ここで、91日間カナダ・リスク・フリー金利は、カナダ政府91日財務省短期証 券金利に等しい年利として定義される(SOP 2330.15.1)。予測期間に対する長 期のカナダのリスク・フリー金利の指定範囲は、次のように計算される(SOP 2330.15.2)。 ¾ 長期金利の下限は、長期カナダ・リスク・フリー債券金利(償還ま での期間が10年超のもの)の過去60ヶ月と120ヶ月の移動平均の和半 の90%と5%の少ない方の金利 ¾ 長期金利の上限は、長期カナダ・リスク・フリー債券金利(償還ま ―23― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 での期間が10年超のもの)の過去60ヶ月と120ヶ月の移動平均の和半 の110%と12%の大きい方の金利 金利の指定範囲の幅は、7%とする。このため、金利の範囲の下限が3%(短 期金利の場合)または5%(長期金利の場合)を下回る場合、範囲の上限は、 当該下限金利に7%を加えたものとなり、10%(短期金利の場合)または12% (長期金利の場合)とはならない。金利の範囲の上限が10%(短期金利の場合) または12%(長期金利の場合)を上回る場合、範囲の下限は、当該上限金利か ら7%を減じたものとなり、3%(短期金利の場合)または5%(長期金利の 場合)とはならない(SOP 2330.15.3)。 指定シナリオにおけるパラメーターは、カナダ・ドルで表示される投資に適 用される。各々の指定シナリオのために、保険会社のアクチュアリーは、もし、 外国通貨で表示される投資とカナダ・ドルで表示される投資の間の過去の相関 が続くと想定できるのであれば、当該相関に基づいて、外国通貨で表示される 投資についての相当するパラメーターを決めなければならない。それができな い場合には、保険会社のアクチュアリーは、当該外国通貨で表示されている投 資に対する独立したシナリオを準備しなければならない(SOP 2330.16)。 各々の指定シナリオ1から6のための、保険者の種類、期間別の債券投資の 再投資戦略は、 ¾ 貸借対照表作成日現在にあっては、当該保険者が現在買い入れてい る配分による ¾ 貸借対照表作成日から20年経過以降は、20年以下のリスク・フリー の債券とする ¾ 貸借対照表作成日から20年の間は、貸借対照表作成日現在の配分か ら20年以下のリスク・フリーの債券へ、毎年同じ割合で逓減または 逓増させた結果 とする(SOP 2330.17)。 ⅰ 指定シナリオ1 売買した資産のリスク・フリー金利は、 ¾ 貸借対照表作成日現在にあっては、当該保険者が行っている投資 の配分における金利とする。 ¾ 貸借対照表作成日からの1年間は、貸借対照表作成日におけるリ スク・フリー金利の90%とする。 ¾ 貸 借 対 照 表 作 成 日 か ら 20 年 経 過 以 降 は 、 SOP 2330.15.1 か ら ―24― 生命保険論集第 163 号 2330.15.3で定められた短期金利の下限金利と長期金利の下限金 利とする。 ¾ 貸借対照表作成日1年目から20年の間は、貸借対照表作成日以降 1年間の金利から当該下限金利へ、毎年同じ割合で逓減または逓 増させた結果とする。 ¾ 短期と長期の境界の金利は、当該資産の利回りと短期、長期金利 の間の過去の相関に従って、当該資産の期間に応じて適切な収益 率を用いて決定する(SOP 2330.18)。 ⅱ 指定シナリオ2 指定シナリオ1の90%を110%に、短期金利の下限を短期金利の上限に、長 期金利の下限を長期金利の上限に置き換える以外は、指定シナリオ1と変わ らない(SOP 2330.19)。 ⅲ 指定シナリオ3 長期のリスク・フリー金利は、上述の長期の指定範囲の下限と上限の間を 1%ずつ周期的に変動する。その第一周期は不規則である。貸借対照表作成 日から1年経過した時点の金利は、 ¾ もし、貸借対照表作成日現在の金利が長期の上限に満たない場合に は、その金利が当該範囲の境界から整数分の差異であるような貸借 対照表作成日現在の金利より大きい次の数値となる。その後は、毎 年1%ずつ、長期の上限に至るまで増加し、その時点からは、 (下限 から上限までの)周期は規則的に続く。たとえば、貸借対照表作成 日現在の金利が6%、長期の上限が11.5%であったとすると、1年 経過時点では、6.5%、2年経過時点では、7.5%、以下1年経過ご とに1%ずつ加算される。 ¾ もし、貸借対照表作成日現在の金利が長期の上限以上である場合に は、その金利が当該範囲の境界から整数分の差異であるような貸借 対照表作成日現在の金利より小さい次の数値となる。その後は、毎 年1%ずつ、長期の上限に至るまで減少し、その時点からは、 (下限 から上限までの)周期は規則的に続く。たとえば、貸借対照表作成 日現在の金利が13.5%、長期の上限が12%であったとすると、1年 経過時点では、13%、2年経過時点では、12%、以下1年経過ごと に1%ずつ減ぜられる(SOP 2330.20)。 短期のリスク・フリー金利は、1期以上、通常は3年以内にわたって、貸 ―25― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 借対照表作成日現在の金利から対応する長期金利の60%までで、不規則に変 化する。その後は、対応する長期金利の60%を維持する(SOP 2330.21)。 ⅳ 指定シナリオ4 不規則な第一周期において、長期の上限に向かって増加するのではなく、 長期の下限に向かって減少することを除けば、指定シナリオ3と変わらない (SOP 2330.23) 。 ⅴ 指定シナリオ5 貸借対照表作成日以降毎年の短期金利は、対応する長期金利の一定割合と することを除き、指定シナリオ3と変わらない。その割合は、40%から120% までの間を周期的に毎年20%きざみで変動する。第一周期だけは不規則で、 1年目の割合は、実際の割合が120%以下である場合には、貸借対照表作成日 現在の実際の割合より大きい20%きざみの割合とし、そうでない場合には 120%として、その後は周期的に変動する(SOP 2330.24)。 ⅵ 指定シナリオ6 長期の金利に関しては、指定シナリオ4と同じである(SOP 2330.25)。短 期金利に関しては、貸借対照表作成日から1年目を除き、指定シナリオ5と 同じである。1年目の割合は、実際の割合が40%以上である場合には、貸借 対照表作成日現在の実際の割合より小さい20%きざみの割合とし、そうでな い場合には40%として、その後は周期的に変動する(SOP 2330.26)。 ⅶ 指定シナリオ7 売買された投資の金利は、貸借対照表作成日においては、基本シナリオの 100%とする。また、貸借対照表作成日から1年目以降は、基本シナリオの90% とする(SOP 2330.27)。 ⅷ 指定シナリオ8 売買された投資の金利は、貸借対照表作成日においては、基本シナリオの 100%とする。また、貸借対照表作成日から1年目以降は、基本シナリオの 110%とする(SOP 2330.28)。 ⅸ 指定シナリオ9 現在の投資戦略および貸借対照表作成日における市場で実現可能な信用リ スク・プレミアムと整合的なリスク・フリー金利と信用リスク・プレミアム が継続することを想定している(SOP 2330.29)。 ④ その他のシナリオ 指定シナリオに加えて、置かれた環境に適切な他のシナリオを選択すること ―26― 生命保険論集第 163 号 ができる。もし、現在の金利が指定範囲の限界に近いか、限界の外にある場合 には、指定範囲外にある金利を、当面いくつかのシナリオに含めることができ る。金利の変化の程度の合理性は、考慮すべき期間に大きく依存している。他 の妥当なシナリオは、イールドカーブが平坦になり、または、勾配が急になる のに合わせて、平行にシフトするものを含める。その他のシナリオには、信用 リスク・プレミアムの範囲が、貸借対照表作成日現在の実際のプレミアムの50% から200%までのものを含めることができる(SOP 2330.30)。 (5) その他の仮定 ① 経済的仮定 ⅰ)確定利付き資産の投資収益 確定利付きの資産の収益から生ずるキャッシュ・フローの予測は、資産価格 の下落および借手と発行者のオプションによって修正された、資産の期間にわ たる約定のキャッシュ・フローでなければならない(SOP 2340.01)。 ⅱ)確定利付き資産の価格の下落 保険会社のアクチュアリーの資産価格の下落の最良推定は、次のものに依存 する(SOP 2340.02)。 ¾ 資産の種類、信用格付け、流動性、期間、発行からの経過期間 (duration) ¾ 他の債券に対する劣後性 ¾ 当該保険者の信用リスクを取る基準、特定のタイプの投資における 多様性 ¾ 将来を示唆している限度において、当該保険者(insurer)の経験 ¾ 保険業界(insurance industry)の経験 ¾ 保証付きモーゲージにあるような価格の下落に対する保証、および ¾ 借手および発行者による逆選択の可能性 資産価格の下落は、貸借対照表作成日現在に毀損している資産および貸借対 照表作成日以降に毀損することになる資産、および、金利の減損、元本の毀損、 経営破綻の費用を含む資産価格の下落から構成される(SOP 2340.03)。 シナリオに対する逆偏差のマージンは、低いものが当該シナリオの最良推定 の 25 % 、 高 い も の が 同 じ く 当 該 シ ナ リ オ の 最 良推定の100%である(SOP 2340.06)。 ⅲ)確定利付き資産における借手および発行者によるオプションの行使 ―27― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 借手および発行者によるオプションの例としては、モーゲージローンの期日 前弁済、ローン期間の延長、債券の繰上げ償還がある(SOP 2340.08)。仮定さ れる行使は、当該シナリオの金利に依存する。商業的借手および発行者による 逆選択は、通常激しい(SOP 2340.09)。予測キャッシュ・フローには、オプシ ョンの行使によるすべての違約金を含む(SOP 2340.10)。 ⅳ)変動利付き資産等の投資収益 保険会社のアクチュアリーによる変動金利付き資産の投資収益に関する最良 推定としては、過去の当該資産クラス、指標の過去のパフォーマンスに基づく ベンチマークを用いることが望ましい(SOP 2340.11)。普通株式の配当および 不動産の賃貸収入の仮定における逆偏差のマージンは、低いもので5%、高い もので20%とする(SOP 2340.12)。普通株式および不動産のキャピタル・ゲイ ンの仮定における逆偏差のマージンは、最良推定の20%に、変動がもっとも不 利なときの価格の変動の仮定を加えたものとする。その時期は、検証によって 決定されなければならないが、通常、簿価が最大のときとなる。仮定された変 動の時価に対する割合は、次のとおりである(SOP 2340.13)。 ¾ 北アメリカの普通株式に対して分散投資されているポートフォリオの 場合、30% ¾ 他のポートフォリオの場合、二つのポートフォリオの相対的なボラテ ィリティに依存する25%から40%の範囲 ⅴ)税制 最良推定が、税制改正について明示的な、または、実質的に明示的な決定を 予想しなければならない場合を除き、最良推定は、貸借対照表作成日現在の税 制が続くものとし、逆偏差のマージンは、ゼロとする(SOP 2340.15)。 ⅵ)外国為替 保険契約準備金およびそれに対応する資産が外国の通貨で表示されている場 合には、必要な仮定には、外国為替レートを含まなければならない(SOP 2340.16)。切迫した不利な通貨切下げを予想しなければならない場合を除き、 最良推定は、貸借対照表作成日現在の外国為替レートが続くものとする。また、 通貨のミスマッチに関する逆偏差のための準備がなければならない(SOP 2340.17)。 ② 非経済的仮定 ⅰ)逆偏差のマージン 保険会社のアクチュアリーは、後述する各々の最良推定の仮定で特定され、 ―28― 生命保険論集第 163 号 かつ、お互いの最良推定の仮定の各々5%および20%(または、-5%および -20%)である低マージンと高マージンの間で、逆偏差に対するマージンを選 択しなければならない(SOP 2350.01)。 ⅱ)保険死亡率 保険会社のアクチュアリーの保険死亡率についての最良推定は、次のものに 依存する。 ¾ 被齢、性別、喫煙習慣、健康およびライフ・スタイル ¾ 契約の経過期間 ¾ 保険のプランおよび支払われた給付金 ¾ 当該保険者の引き受けに関する慣習(再保険者へ任意再保険を出再 するか否かの慣習等) ¾ 保険金額の大きさ ¾ 当該保険者の販売システムおよび販売慣行 さらに、すべての逆選択の効果を含めなければならない(SOP 2350.05)。対千 死亡率についての逆偏差マージンの低いものと高いものは、各々3.75および15 の加算である(SOP 2350.07)。 ⅲ)引出しおよび一部引出し 引出し率に関する保険会社のアクチュアリーの最良推定は、次のものに依存 する。 ¾ 契約のプランおよびオプション ¾ 生命保険の被保険者の到達年齢 ¾ 契約の経過年数 ¾ 保険料の支払い方法と払い方 ¾ 保険料の支払い状態 ¾ 保険金額の大きさ ¾ 契約の競争力、解約手数料、継続ボーナス、引出しに関する税制、 引出しに対するその他の誘因と否定的な誘因 ¾ 当該保険者の販売システム、手数料、転換、乗換えおよびその他の 販売慣行 ¾ 金利シナリオ さらに、すべての逆選択の効果を含めなければならない(SOP 2350.19)。 保険者の引出しに関する経験は、適切かつ通常信頼できる。新しい商品や最 近の商品で期間の長いものについては、役立たない。それらの商品の保険契約 ―29― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 準備金が引出し率に容易に反応する場合には、保険会社のアクチュアリーにと って大きな問題である(SOP 2350.20)。 逆偏差のマージンの低いものは、引出率の最良推定の5%、高いものは、引出 率の最良推定の20%を、状況に応じて加減算する。逆偏差のマージンが保険契 約準備金を増加させることを確実にするためには、加算と減算の選択が、金利 シナリオ、年齢、保険期間、その他のパラメーターによって変化することが必 要である。一部引出しの場合には、引出額と一部引出率についての仮定が必要 とされる(SOP 2350.25)。 次の追加的で重要な事項は、失効率の減少が保険契約準備金を増加させるよ うな状況の下で、逆偏差のマージンの水準を決定する際に考慮される(SOP 2350.26)。 ¾ (エージェントの)報酬契約が(保険契約の)継続を促進する、ま たは、 ¾ 契約の解約が明らかに保険契約者にとって不利益である 次の追加的で重要な事項は、失効率の増加が保険契約準備金を増加させるよ うな状況の下で、逆偏差のマージンの水準を決定する際に、考慮される(SOP 2350.261)。 ¾ (エージェントの)報酬契約が(保険契約の)終了を促進する ¾ 契約の解約が明らかに保険契約者にとって利益である ¾ 引出率の減少がさらなる引出しの引き金となる条項を当該会社の契 約が有している ⅳ)逆選択失効 厳密に言うと、失効は、権利喪失による契約の終了を意味するが、逆選択の 状況においては、不没収給付オプションにおけるすべての契約の終了または延 長保険の選択を含む。逆選択失効(Anti-selective lapse)は、当該保険者の 死亡率、罹患率における経験を付随的に悪化させるもので、健康な保険契約者 が保険契約を失効させ、不健康な保険契約者が保険契約を失効させない傾向で ある(SOP 2350.27)。 逆選択失効の程度を自信を持って評価することは、困難である。逆選択失効 の程度が、保険契約者が認識した利益の程度に比例するとすることは妥当であ る。しかし、逆選択失効は、保険契約者の認識された利益によって惹き起こさ れた傾向に過ぎない。保険契約者は、自己の健康の正しい状態について知らな いかもしれない。保険契約者は、長期的な損失を伴う短期的な利益を選ぶこと ―30― 生命保険論集第 163 号 を軽率に望むか、財務的な圧力によって余儀なくされるかもしれない。たとえ ば、不健康な保険契約者は、保険料が増額された場合、もはや保険料を支払う 余裕がないと思って、失効させるかもしれない。不案内または怠慢によって、 健康な保険契約者は、よりよい保険契約に乗り換えることができる保険契約を 継続するかもしれない。さらに、逆選択失効は、保険契約者が認識した利益に かかる判断の効果を変えないかもしれない。たとえば、不健康な保険契約者は、 健康な保険契約者が継続する必要性を認識している保険契約を、もはや不要で あるとして、失効させるかもしれない。適切で信頼できる経験がなければ、保 険会社のアクチュアリーは、健康な保険契約者が契約を失効させないことが、 継続する保険契約者の最良推定に望ましい影響を与えることを想定できない (SOP 2350.28)。 健康な保険契約者が認識した利益が契約を失効させる事例は、以下のとおり である(SOP 2350.30)。 ¾ 定期保険の更新時における保険料の増加 ¾ 再加入方式の定期保険の更新における好ましくない引受判断 ¾ アジャスタブル保険における給付の減額または保険料の増額 ¾ ユニバーサル保険の期間終了を避けるために必要な保険料で、積立 金を減少させるもの ¾ 保険契約者配当率の減少 ¾ 優先引受クラスの導入のように、よりよい保険契約への乗換の提供 または入手の可能性 ¾ 保険者の信用格付けの低下 ⅴ)費用 保険会社のアクチュアリーは、関連する保険契約および契約に対応する資産 にかかる費用を配賦する最良推定の仮定を選択しなければならない。当該保険 者のその他の費用は、保険契約準備金の評価にはかかわらない。その他の費用 には次のものが含まれる(SOP 2350.31)。 ¾ 貸借対照表作成日以前に発生した契約にかかわる、マーケティング および新契約のための費用で、関連する保険契約のためのもの ¾ 関連する保険契約および対応する資産にかかわらない費用。たとえ ば、資本に対応する資産の投資費用 仮定は、金利シナリオと整合的な将来の費用のインフレーションに備えるも のでなければならない(SOP 2350.32)。安定した保険者の費用に関する経験は、 ―31― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 費用の配賦が保険契約準備金の評価に割り当てられるのであれば、適切である (SOP 2350.33)。 ⅵ)保険契約者の有するオプション 保険契約者の有するオプションには、次のようなものがある(SOP 2350.40)。 ¾ 追加的な保険を購入する ¾ 定期保険から終身保険に転換する ¾ 延長定期保険の不没収オプションを選択する ¾ ユニバーサル保険の一部引出しを行う 保険会社のアクチュアリーは、法的なオプションと保険契約者が有する合理 的な期待である超法規的なオプションに関する保険契約者の経験について、最 良推定の仮定を選択しなければならない(SOP 2350.41)。 保険会社のアクチュアリーの最良推定は、次のものに依存する。 ¾ 被保険者の到達年齢 ¾ 契約の経過年数 ¾ 保険のプランおよび支払われた給付 ¾ 過去の保険料の支払いパターン ¾ 保険料支払い方法 加えて、逆選択について仮定しなければならない(SOP 2350.42)。 保険会社のアクチュアリーは、保険契約者のオプションの行使についての合 理的で、代替的な仮定が保険契約準備金に与える影響を検証し、相対的に高い 保険契約準備金を採用することによって、逆偏差に対する準備をしなければな らない(SOP 2350.43)。 (6) CALMの特徴と危険団体概念の存在の有無 このように、カナダ保険会社法およびSOPは、特定のシナリオに基づくCALMによ る保険契約準備金の額は、当該シナリオの最後の負債のキャッシュ・フローによ ってゼロになると見込まれる貸借対照表作成日における対応する資産の額に等し くなければならないとしている。加えて、従来の考え方に基づくような保険契約 準備金の積み立てを求めず、主として金利リスクについては、決定論的シナリオ 法または確率論的シナリオ法により、直接的に逆偏差のための準備が可能な保険 契約準備金の額を求め、価格変動リスク、保険リスク等のリスクについては、最 良推定に逆偏差のためのマージンを加算することを原則としている。また、保険 会社のアクチュアリーに広範な裁量の余地を与えている。 ―32― 生命保険論集第 163 号 死亡率について分散が少ないことを前提としているという明確な根拠は見当た らないが、収支相等の原則を前提とし、金利についてだけは詳細なシナリオによ るなど、広義の危険団体概念の色彩を色濃く残す一方、価格変動等のリスクも考 慮しており、一般的な広義の危険団体概念から一歩踏出しているといえよう。 なお、カナダ保険会社法およびオンタリオ州保険法を見ると、わが国の保険業 法のように危険団体概念に基づくと考えられる規制がほとんどなく、私が見た範 囲では、オンタリオ州保険法に、何人も一切の不当なまたは人を欺くような行動 または業務に携わってはならない(オンタリオ州保険法第439条)とされている。 さらに、不当なまたは人を欺くような行動または業務とは、不当なまたは人を欺 くような行動または業務として長年の慣行で認められた(prescribed)すべての 行動または行動をしないことをいうとするオンタリオ州保険法第438条を受け、オ ンタリオ州保険法規則に、不当なまたは人を欺くような行動または業務の例示と して、同一の危険群団(class)および同一の平均余命の個人間で、保険料の額、 払込み、無事故払戻し、または、生命保険、年金契約の料率、もしくは、当該契 約の支払われるべき配当または給付金、当該契約の条件に関して、不当な差別を 行うことが挙げられている(オンタリオ州保険法規則 7/00第1条第2項)に過ぎ ない。契約の条件に関して不当な差別を行うことを禁止するということは、狭義 の危険団体の概念を基礎に置く保険契約者平等待遇原則が働いているものと考え られる25)からである。 こうしたことからすると、カナダ保険会社法は、必ずしも危険団体概念を重視 しているとはいいがたく、他の国の保険監督法とは大きく異なっている点が注目 される。 2.ニューヨーク州の責任準備金規制 (1) 責任準備金の積み立て 生命保険、年金保険、傷害医療保険の事業を営む認可を受けているすべての保 険者は、次の準備金を維持しなければならない。ただし、特段の定めがある場合 は、この限りではない(ニューヨーク州保険法第1304条、第1113条(a) (1), (2), (3))として、生命保険会社における責任準備金(valuation reserve)の積み立 てを要求している。 (a) その契約に適用される本章に定められた生命表および利率に基づいて計算 した生命保険または年金保険のすべての有効な証券または契約にかかる責任 準備金 ―33― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 (b) 通知の有無を問わず就業不能者に対する責任準備金を含む就業不能給付お よび災害死亡給付にかかる責任準備金 (c) 監督官によって、当該保険者の保有証券、被保険者証(certificates)お よび契約のために必要と認められる追加責任準備金 監督官は、外国保険会社を除くニューヨーク州内で事業を営むすべての生命保 険会社が保有する発行済みの生命保険証券および契約にかかるすべての責任準備 金を毎年評価し、または評価させなければならない。監督官はその責任準備金の 計算に使用された生命表、利率および方式を特定して責任準備金の額を確認する ことができる。責任準備金の算出にあたり、監督官は、群団方式(group method)、 および1年未満等の端数に対して近似的な平均値を用いることができる(ニュー ヨーク州保険法第4217条(a)(1))としている。 (2) 評価の基礎 責任準備金の評価の基礎については、(3)のように定められているが、監督官は、 自己の裁量によって、ニューヨーク州で事業を営むすべての生命保険会社によっ て 発 行 さ れ た 、 条 件 体 ( substandard lives ) お よ び そ の 他 の 危 険 体 (extra-hazardous lives)の生命保険証券に適用される死亡率の基準を変更する ことができる(ニューヨーク州保険法第4217条(a)(3)(A))として、監督官の裁量 を認めている。 また、ニューヨーク州で事業を営むすべての生命保険会社で、保険証券および 契約の評価の基礎として、責任準備金の最低基準を総額で上回る責任準備金の評 価の基礎を採用してきた者は、引き続き当該基礎を責任準備金の評価の基礎とし て使用することができる(ニューヨーク州保険法第4217条(a)(4)(A))として、評 価の基礎についての幅を持たせている。 1940年1月1日以降、ニューヨーク州で事業を営むすべての生命保険会社は、 より低い予定利率による責任準備金の評価に関する規制(ニューヨーク州保険法 第4217条(c)(8))を充たしていたことを条件として、いつでも、責任準備金の最 低基準を総額で上回る責任準備金の評価の基礎をその保険証券および契約の評価 の基礎として採用することができる。また、当該高い基準を採用した会社は、監 督官の承認があれば、より低い評価基準を採用できる(ニューヨーク州保険法第 4217条(a)(4)(B))。ただし、いかなる場合にも本項所定の最低基準を下回っては ならない。なお、責任準備金についてのアクチュアリー意見書を提出するために 有資格アクチュアリー(qualified actuary)が必要であると決定した追加責任準 ―34― 生命保険論集第 163 号 備金の積み立ては、より高い評価基準の採用とみなされてはならない(ニューヨ ーク州保険法第4217条(a)(4)(B))としている。 監督官は、当該変更が当該会社の保険契約者および年金受取人の最良の利益に なると認められた場合には、当該変更を承認することができる(ニューヨーク州 保険法第4217条(a)(4)(C))。 (3) 最低責任準備金の積立方式、予定利率、予定死亡率 ① 最低責任準備金の積立方式 最低責任準備金の積立方式、予定利率、予定死亡率についての規制は、標準 不没収法(第4221条)の施行日より前に発行された団体年金および純粋養老保 険の契約について別段の定めのある場合を除き、当該施行日以降に発行された 保険証券および契約に限って適用される(ニューヨーク州保険法第4217条 (c)(1))。また、別段の定めのある場合を除き、保険証券および契約の評価の最 低基準は、監督官式責任準備金評価法(the commissioners reserve valuation method)によるものとする(ニューヨーク州保険法第4217条(c)(2))。 監督官式責任準備金評価法は、以下のように定義される。本節第4218条に別 段の定めのある場合を除き、監督官式責任準備金評価法による定額の保険金を 給付し、定額の保険料の支払いを求める生命保険、養老保険契約の責任準備金 は、もしあれば、当該保険契約によって給付される将来の保証された保険金額 の評価時点における現在価値が、すべての将来の修正純保険料の評価時点にお ける現在価値を超過する額でなければならない。すべての当該契約における修 正純保険料は、当該給付金額に対する個々の契約の保険料の一定割合でなけれ ばならず、証券の発行日におけるすべての当該修正純保険料の現在価値が、契 約によって給付される当該保険金額の証券の発行日における現在価値および次 の(ⅰ)が(ⅱ)を超過する額の合計額に等しくなければならない(ニューヨーク 州保険法第4217条(c)(6)(A))。 (ⅰ) 第1保険年度以降に給付される当該保険金額の発行日における現在価 値を、発行日における最初の契約応答日以降、当該契約が毎年の契約応 答日に、1年につき支払われる年金の現在価値で除したものに等しい平 準年払純保険料。当該平準年払純保険料は、当該証券発行時の年齢より も年齢が1歳高い、 (保険金額が)同額の保険料払込期間19年の終身生命 保険の平準年払純保険料を超えてはならない。 (ⅱ) 第1保険年度に給付される保険金額に対する一年定期純保険料 ―35― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 ここで、第4218条の別段の定めは、次のようになっている。本州で保険事業 を営むすべての保険会社が発行するすべての生命保険契約の対価である実際の 保険料、または年金保険料(consideration)が、監督官式責任準備金評価法に 基づいて計算された修正純保険料ならびに最低評価基準に含まれる金利および 生命表を用いて計算された修正純保険料、または、標準不没収法(第4221条(k)) の施行日より前に発行された更新可能定期保険契約に基づく将来の更新の場合 に 、 ア ク チ ュ ア リ ー 会 会 報 Vol.XXVII(1975) に 掲載 さ れた 現 代 CSO 表 ( the Modern CSO Mortality Table)に基づいて計算された修正純保険料より少ない 場合には、当該契約に求められる最低責任準備金は、当該契約について実際に 用いられている生命表、金利および方式に従って計算された責任準備金と、監 督官式責任準備金評価法および監督官式責任準備金評価法の修正純保険料の計 算のために定められた生命表および金利を用い、当該修正純保険料が実際の保 険料を超える各々の契約年度において、契約の対価である実際の保険料によっ て置き換えられる当該修正純保険料を用いて計算された責任準備金のいずれか 大きい方でなければならない(ニューヨーク州保険法第4218条(a)(1))。 ② 予定利率 適用される予定利率については、次の表のとおりとする(ニューヨーク州保険 法第4217条(c)(2))。 保険証券等の種類 予定 利率 1966年1月1日より前に発行されたすべての生命保険証券 1960年1月1日より前に発行されたすべての個人年金および純粋養老保険の契約 3.0% 1966年1月1日以降、1974年6月13日より前に発行されたすべての生命保険証券 1960年1月1日以降、本項3号施行日より前に発行されたすべての個人年金および純 粋養老保険の契約 3.5% 1974年6月13日以降、1979年1月1日より前に発行されたすべての生命保険証券 4.0% 1979年1月1日以降発行されたすべての生命保険証券 4.5% 団体年金契約にもとづいて購入されたもしくは購入されるすべての年金 5.0% 以下の責任準備金の評価の最低基準を決定する際に用いる利率は、暦年法定 評価用利率(the calendar year statutory valuation interest rates) 、また は当該証券、契約、もしくは年金について監督官が適宜承認する利率より高い 利率でなければならない(ニューヨーク州保険法第4217条(c)(4)(A))。 ―36― 生命保険論集第 163 号 (ⅰ) 1982年1月1日以降の特定の暦年に発行されるすべての生命保険証券 (ⅱ) 1982年1月1日以降の特定の暦年に発行されるすべての個人年金契約 および純粋養老保険契約、および、会社の選択権行使によって、当該日 以前に発行された個人据置年金契約に基づいて、当該日以降の特定の暦 年に購入されたすべての年金 (ⅲ) 団体年金および純粋養老保険契約に基づいて、1982年1月1日以降の特 定の暦年に購入されるすべての年金および純粋養老保険契約 (ⅳ) もしあれば、1982年1月1日以降の特定の暦年に、GIC(guaranteed interest contracts)によって保有される金額の純増加 ここで、暦年法定評価用利率とは、別段の定めのある場合を除いて、生命保 険については次の公式によって求めるものとする。その結果は、概ね0.25%で 切り捨てるものとする(ニューヨーク州保険法第4217条(c)(4)(B)(i))。 Ⅰ=0.03+W*(R1-0.03)+W*(R2-0.09)/2 W : 加重要素 R1: 基準利率Rと0.09のうちいずれか小さい方 R2: 基準利率Rと0.09のうちいずれか大きい方 加重要素は、次のように定められている(ニューヨーク州保険法第4217条(c)(4) (D))。 保証期間 加重要素 10年以下 0.50 10年超20年以下 0.45 20年超 0.35 また、基準利率は、すべての生命保険について、ムーディーズ・インヴェスタ ー・サービス社が公表するムーディーズ月次平均社債利回りの、証券が発行さ れる年の直前の暦年の6月30日に終了する36ヶ月の平均と、12カ月の平均のい ずれか低い方と定義される(ニューヨーク州保険法第4217条(c)(4)(F)(i))。万 が一ムーディーズ月次平均社債利回りがムーディーズ・インヴェスター・サー ビス社からもはや公表されなくなった場合、または、全米保険監督官協会 (National Association of Insurance Commissioners, NAIC)がムーディーズ ―37― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 月次平均社債利回りをもはや基準利率の決定に適当でないと決定した場合には、 全米保険監督官協会によって採択され、かつ監督官によって認められた代替基 準利率決定方法を代わりに用いることができる(ニューヨーク州保険法第4217 条(c)(4)(G))。 (4)で触れなかったすべての暦年に発行されたすべての生命保険証券の暦年 法定評価用利率が、直前の暦年に発行された同様の生命保険証券の同時期の実 際利率と0.5%以下しか乖離していない場合には、当該生命保険証券の暦年法定 評価用利率は、直前の暦年の実際の利率に等しいものとする。この規定を適用 するために、ある暦年に発行された生命保険証券の暦年法定評価用利率は、 (1979年について定義される基準利率を用いて)1980年について決定されるも のとする。さらに、標準不没収法(第4221条(k))の施行日とは無関係に、以降 の各暦年について決定されるものとする(ニューヨーク州保険法第4217条(c) (4)(C))。 ③ 予定死亡率 生命表については、次に定めるところによる(ニューヨーク州保険法第4217 条(c)(2)(A))。就業不能・災害死亡給付に対するものを除く、標準体として発 行されたすべての普通生命保険証券で、標準不没収法(第4221条(h))の施行 日より前に発行されたものについては、1941年監督官標準普通保険生命表(the Commissioners 1941 Standard Ordinary Mortality Table)。上記施行日以後か つ標準不没収法(第4221条(k))の施行日より前に発行された証券については、 1958年監督官標準普通保険生命表。ただし、女性のリスクについて発行された すべての種類の証券については、修正純保険料および現価のすべてを、被保険 者の実年齢より6歳以内若い年齢で計算することができる。標準不没収法(第 4221条(k)項)の施行日以後に発行された証券、および会社の選択により1981年 以後かつ標準不没収法(第4221条(k)項)の施行日より前に発行された不没収給 付を規定しない証券については、 (ⅰ)1980年監督官標準普通保険生命表、また は(ⅱ)会社の選択により、一以上の特定の生命保険種類については10年間選 択生命表付1980年監督官標準普通保険生命表、または(ⅲ)全米保険監督官協 会によって1980年以後採択され、かつ当該証券の評価の最低基準の決定に際し て使用することを監督官が認めたすべての普通保険生命表、または(ⅳ)特定 の保険リスクのグループに対して監督官が認めたその他の普通保険生命表、も しくは当該生命表の修正表。 ―38― 生命保険論集第 163 号 (4) 最低責任準備金 いかなる場合も、すべての生命保険証券の会社の責任準備金の総額は、就業不 能および災害死亡給付を除き、監督官式責任準備金評価法、ならびに当該証券に 対する不没収給付算出の際に用いられる生命表または死亡率、および利率または 金利に従って計算された責任準備金の総額ならびに本節第4218条に従って計算さ れた責任準備金の総額を下回ってはならない(ニューヨーク州保険法第4217条 (c)(7))。 (5) 危険団体概念の存在の有無 このように、ニューヨーク州保険法は、監督官式責任準備金評価法を採用し、 修正純保険料という他には見られない特別な考え方を用いてはいるものの、定額 の保険金を給付し、定額の保険料の支払いを求める生命保険、養老保険契約の責 任準備金は、もしあれば、当該保険契約によって給付される将来の保証された保 険金額の評価時点における現在価値が、すべての将来の修正純保険料の評価時点 における現在価値を超過する額とされている。また、死亡率については、監督官 標準普通保険生命表を用い、予定利率についても、インカム・ゲインをもとにし たものが用いられている。このように、ニューヨーク州保険法においては、責任 準備金は、広義の危険団体概念に基づいているといえる26)。 3.EUの技術的準備金規制 (1) 技術的準備金の積み立て 本店所在の加盟国は、すべての保険会社に対し、そのすべての保険事業につい て、数理的準備金を含む十分な技術的準備金を積み立てることを求めなければな らない(生命保険第3次指令第18条によって読替える生命保険第1次指令第17条 第1項)。 (2) 積立方式 生命保険の技術的準備金の額は、各々の既契約の契約条項によって決まるすべ ての将来の債務および将来収入されるべき保険料を考慮して、十分に慎重な将来 法によるアクチュアリアルな評価によって計算されなければならない。この契約 条項には、次のものが含まれる(生命保険第3次指令第18条によって読替える生 命保険第1次指令第17条第1項A (i))。 ¾ 保証された解約価格を含むすべての保証された給付 ―39― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 ¾ 保険契約者がすでに団体として、または個人として権利を有している、 受給権を付与され、配当率が発表され、または、割り当てられた配当。 ¾ 契約条項に従って保険契約者が行使できるオプション ¾ 募集人に対する手数料を含む費用 このように、将来法による計算を原則としているが、その結果として求められ る技術的準備金が、十分に慎重な将来法の計算によって求められるものよりも多 い場合、または、将来法が保険契約の種類によって用いることができない場合に は、過去法の使用が認められる(生命保険第3次指令第18条によって読替える生 命保険第1次指令第17条第1項A (ⅱ))として、例外も認めている。ここで、慎 重な評価は、最良推定評価ではなく、関連する要素の逆偏差に対する適切なマー ジンを含まなければならない(生命保険第3次指令第18条によって読替える生命 保険第1次指令第17条第1項A (ⅲ))とされている。さらに、技術的準備金の評 価方法は、慎重であるばかりでなく、対応する資産の評価方法も考慮する必要が ある(生命保険第3次指令第18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第 1項A (ⅳ))とする。 また、計算の方法については、技術的準備金は、各契約について、個々の契約 ごとに計算されなければならない。個々の契約ごとの計算結果と大差ないと見込 まれる場合には、適切な近似計算または概算が許容される。個々の契約ごとに計 算するという原則は、個々の契約ごとに計算することのできない一般的なリスク に対する追加的な準備を積み立てることを、決して妨げてはならない(生命保険 第3次指令第18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第1項A (ⅴ))と して、保険数理の実務に配慮している。 契約の解約価格が保証されている場合、当該契約の数理的準備金は、常時計算 時点における保証額よりも少なくとも大きくなければならない(生命保険第3次 指令第18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第1項A (ⅵ))ともして いる。 (3) 予定利率 用いられる金利は、慎重に選択されなければならず、次の原則を適用して、本 店所在加盟国の監督当局の規則に従って決められなければならない(生命保険第 3次指令第18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第1項B)。 原則の第一として、すべての契約について、当該会社の本店所在加盟国の監督 当局は、とりわけ以下の規則に従って、一または一以上の金利の上限を決定しな ―40― 生命保険論集第 163 号 ければならない(生命保険第3次指令第18条によって読替える生命保険第1次指 令第17条第1項B (a))とする。 (ⅰ) 契約が金利の保証を行う場合には、本店所在加盟国の監督当局は、一の 金利の下限を決めなければならない。当該金利の下限は、当該契約が用い ている通貨で表示された国債の金利の60%を超えないことを条件として、 当該契約が用いている通貨によって異なることが認められる。契約がエキ ュを用いている場合には、共同体によって発行され、エキュで表示された 債券を参考にして、この限度は決められなければならない。加盟国が、先 の段落の後段の文章によって、他の加盟国の通貨によって表示された契約 の金利の上限を決める場合には、まず当該通貨を発行する加盟国の監督当 局に助言を求めなければならない。 (ⅱ) しかし、当該保険会社の資産が買入価格で評価されていない場合には、 加盟国は、一または一以上の金利の上限が、現在対応している資産の利回 りを考慮し、慎重なマージン(a prudential margin)を控除し、とりわけ 定期的払込保険料の契約については、さらに将来の資産の期待収益を考慮 して計算されることを認めると規定することが認められる。慎重なマージ ンおよび将来の資産の期待収益に適用される金利の上限は、本店所在加盟 国の監督当局によって、確定されなければならない。 さらに、原則の第二として、金利の上限を規制することは、保険会社に当該上 限金利を使用させることを意味するものであってはならない(生命保険第3次指 令第18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第1項B (b))として、加 盟国に注意を促している。 上記のような予定利率についての規制の適用範囲については、本店所在加盟国 は、次の種類の契約に適用しないことができる(生命保険第3次指令第18条によ って読替える生命保険第1次指令第17条第1項B (c))として、原則の例外を認 めている。 ¾ ユニット・リンク保険契約 ¾ 保険期間8年以下の一時払保険契約 ¾ 無配当保険契約、および解約価格のない年金保険契約 また、上記(ⅰ)および(ⅱ)において、慎重な金利を選定する場合には、契約が 表示されており、その時点で対応する資産が保有されている通貨を、当該保険会 社の資産が現在価値で評価されている場合には、将来の資産にかかる期待収益を 考慮することが認められる。いかなる場合であっても、本店所在加盟国における ―41― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 会計原則に従って計算された資産の収益から、適切な減算を行ったもの以上に高 い金利の使用は認められない(生命保険第3次指令第18条によって読替える生命 保険第1次指令第17条第1項B (c))としている。 保険会社の資産にかかる現在の収益または予見できる収益が、個々の契約者に 対する金利履行の義務を果たすのに十分でない場合には、加盟国は、保険会社に 対して、当該義務を果たすための準備金を、決算において積み立てることを求め ることができる(生命保険第3次指令第18条によって読替える生命保険第1次指 令第17条第1項B (d))として、加盟国に追加して技術的準備金を積み立てるこ とについての命令を出すことを認めている。この場合、欧州委員会および準備金 を積み立てることを求める加盟国の監督当局は、当該保険会社が(a)に基づいて 設定された金利の上限を報告させることができる(生命保険第3次指令第18条に よって読替える生命保険第1次指令第17条第1項B (e))。 (4) その他 費用の評価および割り当てにかかる統計的要素については、引受国、保険種類、 発生することが予想される管理費および手数料を考慮して、慎重に選択されなけ ればならない(生命保険第3次指令第18条によって読替える生命保険第1次指令 第17条第1項C)としている。将来の費用の引き当ては、たとえば、管理運営費 を控除した将来の保険料を用いるなど、黙示的になされることができる。引き当 ての総額は、黙示的であるか否かを問わず、当該将来の費用の慎重な推定以上で なければならない(生命保険第3次指令第18条によって読替える生命保険第1次 指令第17条第1項E) 。 また、有配当契約にあっては、技術的準備金の計算方法は、黙示的であるか否 かにかかわらず、その他の将来の経験に関する仮定および現時点における配当の 割当方法と整合性のある方法で、将来のすべての種類の配当を考慮するものとす る(生命保険第3次指令第18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第1 項D)として、配当を考慮することを定めている。 技術的準備金の計算方法は、毎年生ずる計算の方法または基礎にかかる任意の 変更による不連続性に依存してはならず、個々の契約の期間全体に、適切な方法 で利益を配分することを認識するようなものでなければならない(生命保険第3 次指令第18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第1項F)として、利 益の配分について考慮する姿勢が示されている。 保険会社は、配当準備金を含む技術的準備金の計算に用いられる基礎および方 ―42― 生命保険論集第 163 号 法を公衆が容易に入手できるようにしなければならない(生命保険第3次指令第 18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第2項)とする。 資産の域内保有については、本店所在加盟国は、すべての保険会社に生命保険 第3次指令第24条(資産のマッチング・ルール)に従って、資産をマッチングさ せることによって、すべての保険種類の技術的準備金を担保できるよう求めなけ ればならない。EU域内において引き受けられた保険種類については、これらの資 産は、EU域内で保有されなければならない。加盟国は、保険会社に対し、当該保 険会社の資産をことに加盟国だけで保有するように求めることはできない(生命 保険第3次指令第18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第3項)。本 店所在加盟国が再保険会社に対する出再によって技術的準備金を担保すること を認める場合には、当該認められる割合を固定しなければならない。その場合、 当該出再に対応する資産の域内保有を求めてはならない(生命保険第3次指令第 18条によって読替える生命保険第1次指令第17条第4項)としている。 (5) 危険団体概念の存在の有無 このように、EUの技術的準備金は、死亡率についての規制は存在しないが、将 来法を原則とし、将来の債務として募集人に対する手数料を含む費用を入れてい ることから、将来法による営業保険料式保険料積立金を原則としていることが判 る。このため、収支相等の原則を前提としているといえる。また、金利で割り引 くことを求めている。ただ、特徴的なのは、他の国で見られる無リスクの債券の 金利やインデックスだけに限定せず、他の資産の収益も予定利率に反映させるこ とが認められている。しかし、このことは、株式や不動産等の価格変動のある資 産のキャピタル・ゲインを反映させることを認めるものではなく、価格変動のあ る資産のインカム・ゲインを反映させることを認めるものでしかない27)。このた め、広義の危険団体概念を金利について修正しているものであると考えることが できる。 注 20)この典型的なものとしては、アメリカの GAAP がある。しかし、アメリカの GAAP は、 責任準備金として純保険料式保険料積立金の計上を求める一方で、新契約費の繰延べを 求めるなど、典型的な繰延法であり、危険団体概念に基づくものである。このように、 これらの規制は、黙示的に危険団体概念を前提においており、本稿の検討において省略 しても、実質的に問題にはならないと考えられる。なお、アメリカの GAAP については、 トーマス・ハーゲット他著、社団法人日本アクチュアリー会国際関係委員会訳『生命保 険会社の米国会計基準 第2版』 、丸善プラネット、2008 年1月、原著 R. Thomas Herget et al., US GAAP for Life Insurers 2nd edition を参照のこと。 ―43― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 21)SOPは、当初2003年1月から用いられるようになり、2006年10月に大幅な改定が施さ れ、現在に至っている。SOPの2002年版については、荻原邦男「諸外国における生命保 険負債評価の変貌(その1)」 『ニッセイ基礎研究所所報』Vol.140, 2005年、pp98-110 を参照のこと。また、2002年版の邦訳としては、日本アクチュアリー会 保険会計部会 訳「生命保険会社の契約負債評価に関する実務基準」 『日本アクチュアリー会会報別冊』、 2003年1月がある。 22)カナダでは、GAAPと保険監督法の会計基準が一致しており、両者に同一のSOPが適用 されても、実際上の問題は生じない。 23)更新は、保険者が新たな保険期間に対し、保険料または給付金額を調整する裁量を持 って、保険期間の最後に契約を更新することを意味する(SOP 2320.18) 。 24)調整は、更新におけるのと同様に、保険者の給付金額または保険料を調整することを 意味する(SOP 2320.18) 。 25)保険契約者平等待遇原則と危険団体の関係については、前掲拙稿「危険団体の見直し と保険業法の諸規制―契約条件の遡及変更にかかる規制のあり方を中心として―」 pp.22-23を参照のこと。 26)これらの規制とは別に、ニューヨーク州保険法においては、特別な定期保険契約にか かる責任準備金について規制する、いわゆるXXX規制(ニューヨーク州保険法規則第147 号)と、アクチュアリーの意見書およびメモランダムについてのガイドラインと基準を 定めるニューヨーク州保険法規則第126号が定められている。前者は、責任準備金規制 のループホールを狙った新型の定期保険に対する規制であり、従来型の規制の延長線上 にあるものでしかないこと、後者は、本稿で触れた責任準備金規制の範囲内でのもので しかないこと、決定論的な金利シナリオを前提におくことから、本稿では検討を行わな かった。 27)たとえば、イギリスの場合、予定利率について次のように定められている。長期保険 の負債の現在価値を計算するために保険会社によって用いられる金利は、当該負債に割 り当てられた資産、再投資の額および将来の保険料収入からの投資から得ることが期待 されるリスク調整済み利回りの97.5%を超えてはならない(Prudential sourcebook for Insurers 3.1.28R)。リスク調整済み利回りは、株式および不動産においては、実質利 回り(running yield) 、その他の資産においては、内部収益率(internal rate of return) とする(Prudential sourcebook for Insurers 3.1.34R) 。複数の資産からなる場合の リスク調整済み利回りは、各々の資産のリスク調整済み利回りを当該資産の市場価値に よって加重平均したものとする(Prudential sourcebook for Insurers 3.1.35R) 。不 動産のリスク調整済み利回りは、過去12ヶ月の間に生じた賃料収入を不動産の市場価値 で除した割合とする(Prudential sourcebook for Insurers 3.1.36R) 。株式のリスク 調整済み利回りは、配当利回りが株式益利回り(earnings yield)を超える場合には配 当利回り、 そうでない場合は、株式益利回りおよび配当利回りの平均とする(Prudential sourcebook for Insurers 3.1.37R)。 ―44― 生命保険論集第 163 号 Ⅳ.規制見直しの動き 近年、保険会社のソルベンシー等の規制について、世界的に保険監督サイドに おける検討が行われてきている。その第一が、保険監督者国際機構(International Association of Insurance Supervisors、以下、IAISという。)が、保険会社のソ ルベンシーに関して2007年2月に公表したTHE IAIS COMMON STRUCTURE FOR THE ASSESSMENT OF INSURER SOLVENCYである28)。それに続いて2007年10月に公表され たのが、欧州委員会による生命保険指令案29)であり、さらに、2008年2月には、 当該指令案の修正案30)が公表されている。このうちの技術的準備金および資本要 件にかかる部分をソルベンシーⅡという。また、これらの動きと相前後して、わ が国でも、ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チームが、金 融庁監督局保険課を事務局として作られ、2006年11月20日に第1回会合を開催し、 その後全11回の検討を経て、2007年4月3日に、 「ソルベンシー・マージン比率の 算出基準等について」とする報告書を作成した。この報告書は、主としてソルベ ンシー・マージン比率について検討したものであるが、責任準備金についても検 討を行っている31)。 なお、これらは、まだ検討途中のものであり、最終的な段階まではしばらく時 間がかかることから、詳細な検討は行わない。また、GAAPにおける責任準備金の 見直しについては、規制の場合と同様に、その目的が生命保険監督会計とは大き く異なるため、ここでは検討を行わない32)33)。 1.IAISによる検討 (1) 検討の概要 IAISは、保険債務の評価については、原則的には市場価格によるべきであると するが、 「保険債務について十分ロバストな価格を提供する、奥行きのある流動性 の高い流通市場が存在しないため、保険債務の要素は、キャッシュ・フロー・モ デルや、保険債務の支払いを反映し、市場が利用すると期待される原則、方法、 パラメーターと調和しているその他の方法に従って評価されるべきである。この ような評価が、市場整合的とみなされる。」34)としている。 さらに、IAISは、こうした方法を採用する場合、 「技術的準備金について、保険 債務における本来的な不確実性を与件とすると、技術的準備金は保険債務を支払 うための費用の現在推定(current estimate)を超えるリスク・マージンを含む 必要がある」35)とする。ここで、現在推定とは、いわゆる最良推定をいう。最良 ―45― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 推定とは、統計的にもっとも起こりうる可能性の高い負債を意味する。その計算 は、保険債務のポートフォリオから生ずる保険債務の支払いのコストを、金融市 場におけるリスク・フリー金利によって割り引いて求める36)とされている。また、 将来のキャッシュ・アウト・フローには、費用が含まれている37)。 死亡率については、(1) 最新の観察期間の期待死亡率を示す水準と、(2) 保険 期間における期待死亡率の変化を示す傾向の両者を別々に議論しなければならな い38)とする。適切な被保険者の経験が入手できない場合、または十分な大きさで ない場合には、国民生命表(population table)を修正して用いる39)としている ことから、死亡率については、分散が小さいことを前提にしているといえる。 リスク・マージンについては、 「評価される保険債務に内在するリスクのみを反 映すべきである。しかしながら、このことは、保険引受リスクに内在するすべて の当該不確実性が、技術的準備金に反映することを意味するものではない。当該 不確実性は、所要資本(required capital)にも反映される。技術的準備金の決 定は、保険債務の性格および市場全体で適切とされるリスク・フリー金利によっ て決定されるもので、保険会社固有のALM戦略に依存するものではない。このこと は、技術的準備金と所要資本にリスクを配賦する場合、保険の引き受けと保険会 社による任意の投資リスクのエクスポージャーを、当然にして分けることを可能 にする。」40)としている。さらに、リスク・マージンは、「保険者が快く当該負債 を継承し、または保有するために、最良推定に加えるべきものと定義される。最 良推定を超えるリスク・マージンは、契約のポートフォリオおよび資本を保有す るためのリスクを取るコストから生ずるキャッシュ・フローについての不確実性 に関する複合的なリスクとリターンについての観察に基づいている。このため、 リスクを取るための資本が利用できるものであれば、リスク・マージンは、概念 的にマーケット・バリュー・マージンに等しくなる。マーケット・バリュー・マ ージンの代替となるリスク・マージンの計算方法は、市場参加者の方法(たとえ ば、企業や保険数理の基準)に関連して決定されるべきである」41)とする。 IAIS は 、 リ ス ク ・ マ ー ジ ン の 算 出 方 法 に つ い て、国際アクチュアリー会 (International Actuarial Association, 以下、IAAという。)に検討を依頼し、 IAAからは、2007年2月にその草案42)が公開されている。草案では、リスク・マー ジンの算出方法として、明示的想定法(explicit assumption approaches)、変位 値法(quantile methods)および資本コスト法(cost of capital method)が挙 げられている。明示的想定法とは、現実的な現在推定(最良推定)の想定に逆偏 差の適切なマージンを加えて計算したものである43)。変位値法は、パーセンタイ ―46― 生命保険論集第 163 号 ル法とも呼ばれ、所与の期間に対する期待値を超える所与の信頼水準のパーセン タイルの超過額によって、不確実性を表すもので、所与のパーセンタイルを超え る破綻確率の推定に基づいて決定される44)。資本コスト法は、負債を引き受ける ために必要とされる資本を維持するためのコストに基づいて、リスク・マージン を決定するものである45)。IAAは、これらの方法を比較し、今後も検討を続けると はしているものの、現段階では資本コスト法がより実際的であると評価してい る46)。 (2) IAISの考え方の特徴と危険団体概念の存在の有無 このように、IAISは、技術的準備金については、保険債務のポートフォリオか ら生ずる保険債務の支払いのコストおよび費用を、金融市場におけるリスク・フ リー金利によって割り引いて求める営業保険料式保険料積立金による最良推定お よび現段階ではより実際であるとされる資本コスト法により求めるリスク・マー ジンからなるとしている。つまり、最良推定には、資産の価格変動等のリスクを 担保するという機能は求められていないということである。このようにして求め られた技術的準備金は、原則的に市場価格によるべきとする基本的な考え方を反 映したものである。ただ、ここで注意をしておかなければならないのは、当該生 命保険会社の技術的準備金だけを第三者が引き受けることを前提にしており、保 険業法が定めるような資産と負債を合わせて移転する包括移転を前提にしていな いということである47)。リスク・マージンについても、上記のような最良推定を 前提にして資本コスト法により算出するので、価格変動等のリスクへの担保とい う観点からは、必ずしも十分ではない。 また、死亡率については、前述のとおり、十分な大きさでない場合には、国民 生命表を修正して用いるとしていることから、分散が小さいことを前提としてい る。このため、IAISの技術的準備金は、広義の危険団体概念を前提に置いている といえる。 2.ソルベンシーⅡ (1) 検討の概要 ソルベンシーⅡの修正案によれば、技術的準備金の額は、最良推定とリスク・ マージンの合計額に等しくなければならない48)とされている。ここで、最良推定 とは、適切な期間構造を持つリスク・フリー金利を用いて、金銭の時間価値(将 来キャッシュ・フローの期待現在価値)を考慮に入れ、確率でウェイトづけられ ―47― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 た将来キャッシュ・フローの平均値である49)。加えて、保険会社および再保険会 社は、技術的準備金を計算する際には、保険および再保険の債務を果たすにあた って生ずるすべての費用、費用および保険金額のインフレーションを含むインフ レーションなどを考慮しなければならない50)とされている。また、期待キャッシ ュ・フローは、死亡率、保険金請求率、解約率などについての、保有契約の状況 から可能性が高いと想定されるアクチュアリアルな推定に基づいて求められる必 要がある。キャッシュ・フローの予測には、人口的、法律的、医学的、技術的、 社会的、経済的に期待される発展が反映されなければならない。たとえば、平均 寿命の予測可能な傾向は、考慮に入れなければならない51)。 また、リスク・マージンとは、保険会社および再保険会社が、保険債務および 再保険債務を継承し、それを支払うために必要であると期待される金額と等しく なるように、最良推定の額に加算すべき金額をいう52)。リスク・マージンは、資 本コスト法によって求められる必要があり、資本コスト率として用いられるもの は、保険会社が自己資本を保有することができるために必要な、期間が対応する リスク・フリー金利に上乗せして追加される金利に等しいものである53)とされた。 保険会社は、自社の実際の死亡率の経験を公表された生命表と比較しなければな らず、技術的準備金に含まれるリスク・マージンは、死亡率のリスクについて適 切に考慮していることを、自社の最近の実際の経験を参考にして、明らかにしな ければならない54)。 (2) ソルベンシーⅡの特徴と危険団体概念の存在の有無 EUのソルベンシーⅡでは、技術的準備金は、IAISと同様に、期待キャッシュ・ フローをリスク・フリー金利で割り引いた最良推定と資本コスト法によって求め られるリスク・マージンからなるとしている。また、IAISと同様に、最良推定は、 営業保険料式保険料積立金で求め、資産の価格変動等のリスクを担保するという 機能は求められておらず、このようして求められた技術的準備金は、原則的に、 第三者が当該生命保険会社の負債だけを引き受けることを前提にした市場価格に よるべきとする基本的な考え方を反映している。しかし、前述のとおり、リスク・ マージンとは、保険会社および再保険会社が、保険債務および再保険債務を継承 し、それを支払うために必要であると期待される金額と等しくなるように、最良 推定の額に加算すべき金額としており、生命保険契約の市場価格をこうした価格 と考えることも可能かもしれない。しかし、他の保険会社または再保険会社が保 険債務を引き受ける場合、対応する資産も合わせて引き受けるのか否かという問 ―48― 生命保険論集第 163 号 題がある。たとえば、再保険会社が受再をする場合には、通常現金だけで対価、 つまり保険料を領収する。これに対して、保険契約の包括移転の場合であれば、 対応する資産も合わせて移転され、さらにリスク・マージンないしそれに類した 金額が加算されることになる。しかし、資本コスト法によって、最良推定を基礎 にリスク・マージンを求める限りにおいて、他の生命保険会社に包括移転するよ うな状況は考えられていないと解される。 死亡率については、前述のとおり、保険会社は、自社の実際の死亡率の経験を 公表された生命表と比較しなければならず、技術的準備金に含まれるリスク・マ ージンは、死亡率のリスクについて適切に考慮していることを、自社の最近の実 際の経験を参考にして、明らかにしなければならないとしていることは、分散が 小さいことを前提にしていると考えられる。このため、ソルベンシーⅡの技術的 準備金は、広義の危険団体概念を前提に置いているといえる。 3.ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チーム (1) 検討の概要 ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チームの報告書では、 「保険会社のソルベンシー評価を行う際には、企業価値を示す指標が重視されて いるとの観点から、経済価値ベースでの資産価値と負債価値の差額(純資産)自体 の変動をリスク量として認識し、その変動を適切に管理する経済価値ベースでの ソルベンシー評価を行うことが、計測手法として整合的であると考えられる。」55) として、基本的な考え方について、IAISの示した経済価値ベースの評価を是認し た。 さらに、責任準備金については、 「特に現在の基準では、低金利の下で発生した 逆ざやによる将来にわたる含み損失の評価が十分ではないのではないか、との懸 念があり得る。他方で、特に生命保険会社の場合には、現行の平準純保険料方式 の責任準備金の積立てでは、経済価値ベースで評価した場合に比べて保守的な積 立てになっているとの指摘があった。また損害保険会社においても、現行制度に おける未経過保険料の計算は経済価値ベースで評価した場合、保守的であるとの 指摘があった。これらの課題を解決するためには、経済価値ベースでの負債評価 を行う必要がある。」とした。しかし、「経済価値ベースでの負債評価を直ちに導 「経済価 入することは、検討作業に時間を要することから、困難と考えられ」56)、 値ベースでの負債評価の手法の導入は、中期的な課題とすることが適当であ る。」57)とされた。 ―49― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 (2) 危険団体概念の存在の有無 このように、ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チームの 報告書における責任準備金についての考え方は、基本的に、IAISを参考にしたも のであり、IAISの技術的準備金が広義の危険団体概念に基づいている以上、ソル ベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チームの報告書も同様に広義 の危険団体概念に基づいていることになる。 注28)INTERNATIONAL ASSOCIATION OF INSURANCE SUPERVISORS, THE IAIS COMMON STRUCTURE FOR THE ASSESSMENT OF INSURER SOLVENCY, February 2007 29)COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES, Directive of the European Parliament and of the Council on the taking-up and pursuit of the business of Insurance and Reinsurance, July 2007 30)COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES, Amended Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on the taking-up and pursuit of the business of Insurance and Reinsurance, February 2008 31)当検討チームにおける検討の経緯、報告書の概要等については、米山高生「ソルベン シー規制の転換点―相互会社の根拠と規制の対応―」 『生命保険論集』 、No.161、pp.1-32 を参照のこと。 32)この典型的なものとしては、IASBにおける検討がある。なお、最新の検討状況につい ては、International Accounting Standard Board, Discussion Paper: Preliminary Views on Insurance Contracts Insurance Part 1, May 2007、 International Accounting Standard Board, Discussion Paper Preliminary Views on Insurance Contracts Insurance Part 2, May 2007を参照のこと。 33)IAISおよびEUのソルベンシーⅡの検討状況については、大久保亮「IAIS(保険監督者 国際機構)の最近の動向について―保険基本原則と主要3分野を中心に―」 『生命保険経 営』 (2005年3月、第73巻第2号) 、大久保亮「保険会社のリスク管理の国際的動向につ いて」『生命保険経営』(2007年3月、第75巻第2号) 、大久保亮「銀行・保険・証券の 監督とリスク管理」 『生命保険経営』 (2007年11月、第75巻第6号) 、河野年洋「ソルベ ンシー評価の世界的枠組みの検討状況」『アクチュアリージャーナル』(第53号、2004 年7月、vol.15) 、河野年洋「ソルベンシー規制の国際的動向とEUソルベンシーⅡ」 『リ スクと保険』 (2005年3月) 、パネルディスカッション「リスクマージンとソルベンシー の国際的動向」 『アクチュアリージャーナル』(第62号、2007年3月、vol.18) 、小松原 章「EU生保のソルベンシー・マージン規制改正動向」 『ニッセイ基礎研レポート』 (2002 年7月) 、川崎 智久「EU新ソルベンシー規制導入に向けた定量的影響調査の動向」 『生 命保険経営』(2007年7月、第75巻第4号)、大坪 護「ソルベンシー国際基準検討の動 向」 『損害保険研究』 (2007年8月、第69巻第2号) 、河合 美宏「国際保険監督規制の最 近の進展」 『損害保険研究』 (2007年11月、第69巻第3号)を参照のこと。 34)INTERNATIONAL ASSOCIATION OF INSURANCE SUPERVISORS, ibid., p.20 35)INTERNATIONAL ASSOCIATION OF INSURANCE SUPERVISORS, ibid., p.25。なお、その 概要を記したものとしては、金融庁「IAIS ストラクチャー・ペーパーの概要」を参照 のこと。 ―50― 生命保険論集第 163 号 36)INTERNATIONAL ASSOCIATION OF INSURANCE SUPERVISORS, ibid., p.23 37)INTERNATIONAL ACTUARIAL ASSOCIATION, Exposure Draft Measurement of Liabilities for Insurance Contacts: Current Estimates and Risk Margins, February 2007, p.132 を参照のこと。 38)INTERNATIONAL ACTUARIAL ASSOCIATION, ibid., p.119 39)INTERNATIONAL ACTUARIAL ASSOCIATION, ibid., p.119 40)INTERNATIONAL ASSOCIATION OF INSURANCE SUPERVISORS, ibid., pp.25-26 41)INTERNATIONAL ASSOCIATION OF INSURANCE SUPERVISORS, ibid., p.21 42)INTERNATIONAL ACTUARIAL ASSOCIATION, ibid. 43)INTERNATIONAL ACTUARIAL ASSOCIATION, ibid. p.42 44)INTERNATIONAL ACTUARIAL ASSOCIATION, ibid. p.43 45)INTERNATIONAL ACTUARIAL ASSOCIATION, ibid. p.43 46)INTERNATIONAL ACTUARIAL ASSOCIATION, ibid. p.72 47)一般的な負債、たとえば社債の市場価格とは、第三者が社債を買い入れる場合の価格 にほかならない。社債の場合とパラレルに生命保険契約の市場価格を考えると、生命保 険契約の権利を購入する場合の価格、言い換えれば、生命保険契約について、契約者変 更を行う場合に、新しい生命保険契約者が、旧の生命保険契約者に対して支払うべき対 価となる。このようにして求められた生命保険契約の市場価格(に準じた価格)は、生 命保険契約の契約者、つまり債権者にとっての将来の収入の現在価値とみなすことがで き、生命保険契約者にとっての将来の収入の最良推定であるといえる。ところが、IAIS は、本文中に述べたとおり、責任準備金の市場価格を第三者が責任準備金だけを引受け る場合の価格としているわけで、整合性に欠ける面がある。 48)COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES, February 2008, ibid., Article 76(1) 49)COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES, February 2008, ibid., Article 76(2) 50)COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES, February 2008, ibid., Article 77 51)Committee of European Insurance and Occupational Pensions Supervisors, Answers to the European Commission on the second wave of Calls for Advice in the framework of the Solvency II project, October 2005、7.36 52)COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES, February 2008, ibid., Article 76(3) 53)COMMISSION OF THE EUROPEAN COMMUNITIES, February 2008, ibid., Article 76(5) 54)Committee of European Insurance and Occupational Pensions Supervisors, ibid., 7.48 55)前掲ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チーム、p.5 56)前掲ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チーム、p.9 57)前掲ソルベンシー・マージン比率の算出基準等に関する検討チーム、p.10 Ⅴ.資産負債最適配分概念に基づく責任準備金規制のあり方 1.現行の責任準備金積立方式 以上のように、現在、生命保険会社の責任準備金規制では、黙示的に危険団体 の存在を前提として、次のような手法が用いられていることが判る。 ―51― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 ⅰ)伝統的な保険数理の手法によるもの 純保険料式保険料積立金(平準純保険料式保険料積立金、チルメル式保 険料積立金等) 営業保険料式保険料積立金 ⅱ)決定論的シナリオ法によるもの シナリオに組み込むリスクを限定するもの シナリオに組み込むリスクを限定し、リスク・マージンを加えるもの ⅲ)確率論的シナリオ法によるもの シナリオに組み込むリスクを限定するもの シナリオに組み込むリスクを限定し、リスク・マージンを加えるもの 2.資産負債最適配分概念の下での責任準備金積立方式 これに対して、資産負債最適配分概念の下では、生命保険会社は、資産と負債 の最適な配分を行い、その資産と負債の生む総合収益によって、現在保有する資 産と将来収入される保険料を増加させ、将来発生する保険金等の支出に充てるこ とになる。これを、責任準備金に関連させて書き直すと、次のようになる。 すべての死亡保険の保有契約について ¾ 責任準備金対応資産が生む将来のキャッシュ・イン・フロー(インカ ¾ 責任準備金が生む将来のキャッシュ・イン・フロー(総合収益、保険 ム・ゲイン、キャピタル・ゲイン、キャピタル・ロスを含む。) 料収入) が、 ¾ 将来のキャッシュ・アウト・フロー(保険金、事業費等の支出) を一定の信頼水準でまかなえるように、責任準備金を積み立てればよい。 これを簡単な形に書き換えれば、一定の信頼水準で、 責任準備金対応資産が生む将来のキャッシュ・イン・フロー +責任準備金が生む将来のキャッシュ・イン・フロー -将来のキャッシュ・アウト・フロー =0 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥(2) ―52― 生命保険論集第 163 号 となるように、責任準備金を積み立てればよい。こうした将来のキャッシュ・フ ローは、確率変数として捉えることが適切であるため、責任準備金の計算方式と しては、将来のキャッシュ・フローをモンテカルロ方式によって発生させ、分散 可能リスクを対象とする確率論的シナリオ法による責任準備金の計算の方法が望 ましいといえる58)。また、この考え方は、そのまま分散可能リスクを対象とする 決定論的シナリオ法にも当てはめることができる。 さらに、この考え方を、将来のキャッシュ・フローのように終価とみなされる ものではなく現在価値にする方法もありえる。(2)式を現在価値に書き直すと、 責任準備金対応資産 +将来の営業保険料収入を自社の資産・負債の総合収益率により割り引いた現 在価値 -将来の保険金、事業費等の支出額を自社の資産・負債の総合収益率により割 り引いた現在価値 =0 となる。ここで、責任準備金対応資産の額は責任準備金の額に等しいとすれば、 責任準備金 =将来の保険金、事業費等の支出額を自社の資産・負債の総合収益率により割 り引いた現在価値 -将来の営業保険料収入を自社の資産・負債の総合収益率により割り引いた現 在価値‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥(3) と書き換えることができる。(3)式は、営業保険料式保険料積立金の予定利率を総 合収益率に置き換えたものにほかならない。また、純保険料式保険料積立金とパ ラレルに考えると、(3)式は、次のように書き換えられる。 責任準備金 =将来の保険金等の支出額を自社の資産・負債の総合収益率により割り引いた 現在価値 -将来の純保険料収入を自社の資産・負債の総合収益率により割り引いた現在 価値‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥(4) ―53― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 なお、ここで留意しなければならないのは、(3)(4)式は、すべての死亡保険の保 有契約について合算して計算するということである。すべての死亡保険の保有契 約についてとしたのは、死差損益の増加率や費差損益の増加率に関するリスクと リターンについても、最適な配分を行うのであり、それを反映させるには、個々 の保険リスクだけを採り上げて計算しても、意味がなく、すべての保有契約をま とめて計算する必要があるからである。 3.各種方式の比較 そこで、現行の責任準備金積立方式と資産負債最適配分概念の下での責任準備 金積立方式を各々比較し、望ましい責任準備金の積立方式とは何かを検討する。 なお、IAISとソルベンシーⅡの積立方式も比較の対象に加える59)60)61)。 (1) 現行方式 ① 純保険料式保険料積立金・営業保険料式保険料積立金 純保険料式保険料積立金は、平準純保険料式保険料積立金、チルメル式保険 料積立金、ニューヨーク州の監督官式責任準備金評価法等62)を含むもので、わ が国の保険業法の標準責任準備金やニューヨーク州保険法の最低責任準備金の 積立方式として用いられている63)。また、営業保険料式保険料積立金は、わが 国の標準責任準備金における平準純保険料式保険料積立金の例外として認めら れていると解される64)方式で、EUの技術的準備金として認められている方式で もある。 これらの方式の責任準備金の場合、再投資を想定できず、保険契約者の合理 的期待、保険契約者配当、法人税、逆選択失効等をキャッシュ・フローに反映さ せることも、決算年度ごとのキャッシュ・フローの状況の確認もできない。この ように、将来のキャッシュ・フローについては、責任準備金に適切に反映させる ことはできない。 また、予定死亡率リスク、予定利率リスク(営業保険料式保険料積立金の場 合には、予定事業費リスクを含む。 )以外のリスクへの対応もできず、他の準備 金で対応するしかない。しかし、まったく別々の論理で出来上がった保険料積 立金と危険準備金等の準備金を積み立てるため、合成の誤謬が生ずるおそれが ある。このため、わが国の保険業法における規制のように、保険料積立金で担 保する以外のリスクについて、なおざりになりがちであり65)、また、全体の整 合性が取れなくなりがちである66)。分散不能リスクへの対応もできない。リス ク・マージンに関しても、予定死亡率リスク、予定利率リスク(営業保険料式 ―54― 生命保険論集第 163 号 保険料積立金の場合には、予定事業費リスクを含む。)についてのリスク・マー ジンは含むが、両者は、なかなか信頼水準についての整合性が取りにくい。平 準純保険料式保険料積立金の場合には、新契約費相当額がリスク・マージンにな っているといえる。また、リスク間の相関を考慮することもできず、個々の会 社の状況を反映したものにはできない。このため、リスク・マージンとして合理 的であるとはいえない。 この方法に基づく責任準備金は何を担保するのかについては、予定死亡率リ スクと予定利率リスク(営業保険料式保険料積立金の場合には、予定事業費リ スクを含む。)を一部担保するものであるが、株式の価格変動等が起こらず、予 定死亡率リスクと予定利率リスク(営業保険料式保険料積立金の場合には、予 定事業費リスクを含む。)だけが悪化するという状況は、ありえないわけではな いが、可能性としては相当少ないと考えられ、現実感がないといわざるを得な い。また、純資産も、わが国の保険業法における資産の評価のように、取得原 価主義または低価主義を原則とし、一部の金融資産に時価評価を導入している 資産と、純保険料式保険料積立金で評価される負債の差額である純資産は、資 産は、将来のキャッシュ・イン・フローとは相当かけ離れているし、責任準備金 は、第三者が責任準備金だけを引き受ける場合に用いられる無リスクの金利を 基礎としたもので割り引いており、その意味するところは、不明である67)。な お、期間損益に関しては、平準純保険料式保険料積立金を採用していると、期 間損益はまったく意味のないものになっており、時価で評価されている金融資 産のキャピタル・ゲインやキャピタル・ロスが発生すると、期間損益も意味が 解らなくなる。後者に関しては、チルメル式保険料積立金や営業保険料式保険 料積立金の場合にも変わらない。 もちろん、第三者による検証は相対的に容易であるし、現状の方式であるの で、コスト上の問題も少ない。しかし、上記のように、さまざまな問題があり、 責任準備金の評価方式としては適切とはいいがたい。 ② 営業保険料式保険料積立金で最良推定を求め、リスク・マージンを付加する 方式 この方式は、営業保険料式保険料積立金の予定利率を無リスクの債券の金利 を基礎としたものとして最良推定を求め、資本コスト法によってリスク・マー ジンを加える方式で、IAISやソルベンシーⅡで採用されたものである。 IAISは、責任準備金を原則的に市場価格によるべきであるとし、ソルベンシ ーⅡにおいては、リスク・マージンを含む技術的準備金は、保険者が(実質的 ―55― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 に)変更される場合に、新しい保険者が、当該保険債務を引き受けるために必 要とされる金額であるとしており、この方式による責任準備金は、新しい保険 者が責任準備金だけを引き受けるために必要な資産の額を示すためのものであ る。新しい保険者が、責任準備金だけを引き受ける場合には、将来のキャッシ ュ・アウト・フローを無リスクの金利で割り引いた額の責任準備金に対応する 資産を用意すればよいと考えられることから、こうした評価が出来上がってい るものといえる。 しかし、再投資を想定できず、保険契約者の合理的期待、保険契約者配当、 法人税、逆選択失効等をキャッシュ・フローに反映させることも、決算年度ごと のキャッシュ・フローの状況の確認もできない。このように、将来のキャッシュ・ フローについては、必ずしも責任準備金に適切に反映させることはできないと いえる。 これに対して、予定死亡率、予定利率、予定事業費率以外のリスクへの対応 については、資本コスト法でリスク・マージンを積み立てることによって対応す る。資本コスト法は、前述のとおり、負債を引き受けるために必要とされる資 本を維持するためのコストに基づいて、リスク・マージンを決定するものであ る。このため、必要とされる資本の額がどのようなものであるのかによって、 大きくその答えが変わる。たとえば、現行のEUのソルベンシー・マージン規制 のように、内容的に大きな問題を抱えた資本をもとに計算すれば、リスク・マー ジンの額も同様に問題が残ることになる。また、この方式では、リスク間の相 関を考慮していない営業保険料式保険料積立金に、たとえリスク間の相関を考 慮した資本要件をもとに計算したリスク・マージンを加えても、結果的にはリ スク間の相関を考慮したことにはならない、リスク・マージンとしては現行よ りもかなり少なくなるなどの批判もある68)。このため、責任準備金として必ず しも合理的であるとはいえない。 純資産に関しても、資産について、原則として将来のキャッシュ・イン・フ ローの現在価値とされる時価評価を採用する。時価が付されていない場合には、 公正価値評価を行う。また、満期まで保有する意図が明らかな債券のように、 時価に黙示的に示された将来のキャッシュ・イン・フローを実現しない場合に は、実際に想定されるキャッシュ・イン・フローの現在価値を評価額とするこ とが考えられる。たとえば、満期まで保有している意思のある債券の評価を、 アモチゼーションまたはアキュムレーションで行うことが考えられる。このよ うにして資産を評価するのであれば、資産は、当該生命保険会社の将来のキャ ―56― 生命保険論集第 163 号 ッシュ・イン・フローの現在価値を表すことになる。これに対して、先に述べた とおり、責任準備金は、新しい保険者が、責任準備金だけを引き受けた場合に 用意すべき資産の額を示す。このため、これらの差額である純資産は、何を意 味するのか不明である。 もちろん、第三者による検証は相対的に容易であるし、コスト上の問題も少 ない。しかし、上記のように、さまざまな問題があり、責任準備金の評価方式 としては必ずしも適切とはいいがたい。 ③ シナリオに組み込むリスクを予定利率リスクに限定する決定論的シナリオ法 決定論的なシナリオに組み込むリスクを予定利率リスクに限定する方式で、 わが国の保険計理人による1号収支分析(2)で採用されている。 この方式の責任準備金は、①の純保険料式保険料積立金と、再投資に関する 部分と将来の収入と支出を金利で割り引くのか、シナリオで想定するのかとい うことを除いて、基本的には変わるところはない。再投資については、インカ ムのみを生む資産については想定できる。結局のところ、純保険料式保険料積 立金とほぼ同様の問題点があり、責任準備金の評価方式としては適切とはいい がたい。 ④ シナリオに組み入れるリスクを予定利率リスクに限定し、リスク・マージンを 付加した決定論的シナリオ法 決定論的シナリオに組み込むリスクを予定利率リスクに限定し、その他のリ スクへの担保は、明示的想定法によってリスク・マージンを積み立てる方式で、 カナダのCALMで採用されている。 この方式による責任準備金は、当該生命保険会社が保有する生命保険契約に ついて、ある一定の信頼水準で,対応する資産を用いて資産運用を行い、死差益、 費差益を生むことによって、保険債務を支払うことができる責任準備金を表す。 ただし、シナリオとリスク・マージンの内容如何によることなどの限界がある。 また、各リスクを一定の信頼水準にそろえることの難しさもある。言い換えれ ば、将来のキャッシュ・フローは、当該生命保険会社の責任準備金に対応する資 産と責任準備金から生ずるものであり、②で述べたのと同様に、資産が原則と して時価で評価されていれば、当該生命保険会社にとって、将来の給付をまか なうために必要な責任準備金を表す69)。 また、第三者である生命保険会社が、当該生命保険会社の責任準備金に対応 する資産と責任準備金を合わせて引き受ける場合(保険契約の包括移転など) に必要とされる責任準備金を示すことにもなる。また、インカムのみを生む資 ―57― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 産については、再投資を想定できるが、保険契約者の合理的期待、保険契約者 配当、法人税、逆選択失効等をキャッシュ・フローに反映させることも、決算年 度ごとのキャッシュ・フローの状況の確認もできない。このように、将来のキャ ッシュ・フローについては、責任準備金にある程度反映させることはできている といえる。 また、予定利率リスク以外のリスクへの対応については、リスク・マージンを 積み立てることによって対応ができる。しかし、分散不能リスクへの対応はで きない。リスク・マージンに関しては、個々のリスクについてのリスク・マージ ンは、概ね適切に計算できるが、個々の会社の状況を反映したものにはできな い。また、決定論的シナリオ法で採用したリスクとリスク・マージンで担保す るリスクとの間の信頼水準についての整合性は取りにくい。このため、リスク・ マージンとして必ずしも合理的であるとはいえない。 純資産に関しては、②で述べたのと同様に、資産を原則として時価で評価す るのであれば、資産は、当該生命保険会社の将来のキャッシュ・イン・フローの 現在価値を表すことになる。これに対して、先に述べたとおり、責任準備金は、 当該生命保険会社が保有する生命保険契約について、ある一定の信頼水準で対 応する資産を用いて資産運用を行い、死差益、費差益を生むことによって、将 来のキャッシュ・アウト・フローである保険債務を支払うことができる責任準 備金を表している。このため、これらの差額である純資産は、ある一定の信頼 水準で将来の利益の現在価値に近似するものを表しているといえる。 第三者による検証は相対的に容易であるし、コスト上の問題も少ない。しか し、上記のような問題点があり、責任準備金の評価方式としては必ずしも適切 とはいいがたい。 ⑤ シナリオに組み込むリスクを予定利率リスクなどに限定する確率論的シナリ オ法 わが国の1号収支分析(1)は、確率論的シナリオ法であるが、明文でシナリオ に組み込むリスクを限定するとはされていない。しかし、1号収支分析が「当 該生命保険会社が引き受けているすべての保険契約に係る責任準備金が健全な 保険数理に基づいて積み立てられているかどうか」を確認するものであり、責 任準備金が担保しているリスクは、予定死亡率リスク、予定利率リスクと予定 事業費リスクであることを考えると、この1号収支分析(1)も、これらのリスク だけを対象としているものと解される。 この方式の責任準備金は、③と基本的に変わらず、決定論的シナリオによる ―58― 生命保険論集第 163 号 のか、確率論的シナリオによるのかの相違とそれに伴ういくつかの相違しかな い。具体的には、シナリオの精度が相当上がる結果、検証の精度が高まること が期待される。また、第三者による検証はやや難しく、コスト上の問題もある。 ③で述べたような問題点があり、責任準備金の評価方式としては必ずしも適切 とはいいがたい。 ⑥ シナリオに組み込むリスクを予定利率リスクに限定し、リスク・マージンを付 加する確率論的シナリオ法 確率論的シナリオに組み込むリスクを、予定利率リスクに限定し、その他の リスクへの担保は、明示的想定法によるリスク・マージンを積み立てるもので、 カナダのCALMで採用されている。 この方式による責任準備金は、④のシナリオに入れるリスクを予定利率に限 定し、リスク・マージンを付加した決定論的シナリオ法のシナリオの作成を、確 率論的にしたもので、シナリオの精度が相当上がることが期待されるが、第三 者による検証はやや難しく、コスト上の問題もある。また、④で述べたような 問題点があり、責任準備金の評価方式としては必ずしも適切とはいいがたい。 (2) 資産負債最適配分概念の下での方式 ① 営業保険料式保険料積立金の予定利率を資産、負債の総合収益率に変えた方 式 この方式は、前述の(3)式に基づいて責任準備金を求める方式である。総合収 益率としては、第三者が当該生命保険会社の責任準備金に対応する資産および 責任準備金を包括移転等によって引き受ける場合に必要とされるリスク・マー ジンを責任準備金が含むように、当該生命保険会社の総合収益率の標準偏差の 一定割合を期待総合収益率に加算したものを用いることが考えられる。 この方式による責任準備金は、当該生命保険会社が保有する生命保険契約に ついて、対応する資産を用いて資産運用をする前提で、ある一定の信頼水準で、 保険債務を支払うことができる責任準備金を表す。ただし、死亡率と予定事業 費率が与件であることから、限界はある。言い換えれば、将来のキャッシュ・ フローは、当該生命保険会社の責任準備金に対応する資産と責任準備金から生 ずるものであり、(1) ②で述べたのと同様に、資産が原則として時価評価であ れば、当該生命保険会社にとって必要な責任準備金といえる。また、第三者で ある生命保険会社が、当該生命保険会社の責任準備金に対応する資産と責任準 備金を合わせて引き受ける場合(保険契約の包括移転など)に必要とされる責 ―59― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 任準備金を示すことになる。ただ、再投資は想定することができず、保険契約 者の合理的期待、保険契約者配当、法人税、逆選択失効等をキャッシュ・フロー に反映させること、決算年度ごとのキャッシュ・フローの状況の確認もできない。 このように、将来のキャッシュ・フローについては、責任準備金に相当程度反映 させることはできているといえる。 また、死亡率、金利、事業費率以外のリスクへの対応については、すべての 分散可能リスクへの対応ができる。この一方で、分散不能リスクへの対応はで きない。リスク・マージンに関しては、死亡率と事業費率では、なかなか信頼 水準についての整合性が取りにくい。総合収益率で担保するリスクとの間は、 さらに整合性が取りにくい。総合収益率を算出する過程で、リスク間の相関を 考慮することは、費差損益にかかる部分を除き可能である。しかし、リスク間 の相関を計算する際には、死亡率と事業費率だけは、計算の仕組み上与件とな るので、問題は残る。また、個々の会社の状況を反映したものにはできない。 このため、リスク・マージンとして合理的であるとはいえない。 純資産に関しては、(1) ②で述べたのと同様に、資産を原則として時価で評 価するのであれば、資産は、当該生命保険会社の将来のキャッシュ・イン・フロ ーの現在価値を表すことになる。これに対して、先に述べたとおり、責任準備 金は、当該生命保険会社が、保有する生命保険契約について、対応する資産を 用いて資産運用をする前提で、ある一定の信頼水準で、保険債務を支払うこと ができる責任準備金を表す。ただし、費差損益が対象外であること、死亡率と 事業費率が与件であることから、限界がある。このため、これらの差額である 純資産は、こうした限界はあるものの、ある一定の信頼水準で将来の利益の現 在価値に近似するものを表しているといえる。 第三者による検証は相対的に容易であるし、コスト上の問題も少ない。しか し、上記のような問題点があり、責任準備金の評価方式としては必ずしも適切 とはいいがたい。 ② すべての分散可能リスクを対象とした決定論的シナリオ法 この方式は、(1)③のシナリオに組み込むリスクを限定せず、分散可能リスク とするもので、前述の(2)式をそのまま責任準備金の評価方式としたものである。 わが国および主要諸外国では採用されていない。 この方式の責任準備金は、当該生命保険会社が保有する生命保険契約につい て、対応する資産を用いて資産運用をする前提で、ある一定の信頼水準で保険 債務を支払うことができる責任準備金を表すことになる。ただし、シナリオの ―60― 生命保険論集第 163 号 でき如何による限界がある。言い換えれば、将来のキャッシュ・フローは、当該 生命保険会社の責任準備金に対応する資産と責任準備金から生ずるものであり、 (1) ②で述べたのと同様に、資産が原則として時価評価であれば、第三者であ る生命保険会社が、当該生命保険会社の責任準備金に対応する資産と責任準備 金を合わせて引き受ける場合(保険契約の包括移転など)に必要とされる責任 準備金を示すことになる。再投資は想定できるが、保険契約者の合理的期待、 保険契約者配当、法人税、逆選択失効等をキャッシュ・フローに反映させること、 決算年度ごとのキャッシュ・フローの状況の確認はできない。 当然のことながら、すべての分散可能リスクを対象とするが、分散不能リス クへの対応はできない。リスク・マージンに関しては、すべての分散可能リス クついてのリスク・マージンを含むが、各リスク間の信頼水準についての整合性 を確保することもできる可能性がある。しかし、リスク間の相関を考慮するこ とはできない。また、個々の会社の状況を反映したものにはできない。さらに、 シナリオ次第では、適切な数値とすることは難しい。このため、リスク・マージ ンとして合理的であるとはいえない。 純資産も、(1) ②で述べたのと同様に、資産を原則として時価で評価するの であれば、資産は、当該生命保険会社の将来のキャッシュ・イン・フローの現在 価値を表すことになる。これに対して、先に述べたとおり、責任準備金は、当 該生命保険会社が、保有する生命保険契約について、対応する資産を用いて資 産運用をする前提で、ある一定の信頼水準で、保険債務を支払うことができる 責任準備金を表す。ただし、シナリオのでき如何による限界がある。このため、 これらの差額である純資産は、こうした限界はあるものの、ある一定の信頼水 準で将来の利益の現在価値に近似するものを表しているといえる。 第三者による検証は相対的に容易であるし、コストも相対的には安価ですむ。 しかし、上記のような問題点が残されており、責任準備金の評価方式としては 必ずしも適切とはいいがたい。 ③ すべての分散可能リスクを対象とした確率論的シナリオ法 この方式は、②のすべての分散可能リスクを対象とした決定論的シナリオ法 のシナリオを、確率論的シナリオに変えたものであり、②と同様、前述の(2) 式をそのまま責任準備金の評価方式としたものである。その意味では、資産負 債最適配分概念に基づく責任準備金の評価方式としては、もっとも典型的なも のといえる。わが国および主要諸外国では明示的に採用する事例はない 70)。 基本的な評価は、②と変わらないが、確率論的シナリオを採用することによ ―61― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 って、シナリオを適切に設定できるか否かについて疑問が残るという決定論的 シナリオの問題点が解消されることになる。その結果、責任準備金は、より適 切なものになるし、リスクに関しても、リスク間の相関を考慮することもでき、 個々の生命保険会社の状況を反映することもできるようになる。責任準備金も、 当該生命保険会社が、保有する生命保険契約について、対応する資産を用いて 資産運用をする前提で、ある一定の信頼水準で、保険債務を支払うことができ る責任準備金をより適切に表す。また、純資産についても、ある一定の信頼水 準で将来の利益の現在価値に近似するものをより適切に表すことになる。 しかし、第三者による検証は決して容易ではなく、コストも相当かかること が想定される。しかし、上記のように、責任準備金の評価方式としての問題点 は少なく、適切な評価方式であるといえる。 2.望ましい責任準備金規制 (1) 規制の概要 以上述べてきたとおり、望ましい責任準備金規制としては、資産負債最適配分 概念の下で考えられる確率論的シナリオ法に基づき、基本的にすべての分散可能 リスクを対象とするものが望ましいと、私は考える。これを具体的な規制として どのようなものにするのかについて以下述べる。 ① 評価方式 確率論的シナリオ法により、一定の信頼水準で前述の(2)式が充たされるよう な責任準備金を積み立てなければならない。ここで、一定の信頼水準について は、第三者である生命保険会社が、評価の対象となる生命保険会社の責任準備 金を対応する資産とともに包括移転し、引き受けるために必要な責任準備金を 示す信頼水準とし、具体的な水準については、過去の破綻した生命保険会社の 経験などをもとに決定する。この信頼水準を超える部分および分散不能リスク について担保する部分71)については、責任準備金以外の準備金とする。 なお、この準備金については、次の理由から資本の部ではなく、負債の部に 計上することが適切であると考える。すなわち、商法上、資産の評価が時価以 下であった時代には、 「一切の積極財産の過小評価又は債務の過大評価を違法と することも行きすぎであって、税法上の問題は別として、商法上は企業経営上 の合理的考慮にもとづいて相当とみとめられる限度においては、かかる評価も 許されるものと解すべきである。」72)とする考え方が、通説であるといってよい とされていた。このため、生命保険監督会計においては、生命保険会社のリス ―62― 生命保険論集第 163 号 クが実現した場合の損失を塡補するための財源については、特段商法と異なる 考え方を採用する必要もないと判断されることから73)、少なくとも資産が時価 で評価されるのであれば、合理的な限度までは負債として計上することが認め られるものと解されるからである74)。ここで、合理的な限度とは、たとえば、 99.5%の信頼水準および一般的に生命保険約款で保険金等の支払いを約してい る大地震、鳥インフルエンザ等のリスクを担保する範囲が考えられる75)。 ② シナリオの対象となるリスク 金利、債権の貸倒れ、有価証券の価格変動、不動産の価格変動、外国為替、 死亡率、解約、失効、事業費、契約者の持つ約款上の権利の行使、逆選択失効、 新契約高の各リスクとする。なお、契約者の持つ約款上の権利の行使について は、保険契約者の合理的期待を考慮する。 ③ 考慮すべきキャッシュ・フロー 保険契約者配当については、剰余から保険契約者配当に回す率を定めるなど して、そのルールに従って保険契約者配当が行われるようにする。また、法人 税等の税金については、現行の法人税法等が基本的に続くと想定して計算をす る。また、資産の再評価と再保険に関する方針を定める。再保険は、資産負債 最適配分概念の下で保険リスクを制御するためには、大きな意味を持つからで ある。 ④ 資産の評価 (1)②で述べたように、原則として将来のキャッシュ・イン・フローの現在価 値とされる時価評価を採用する。時価が付されていない場合には、適切な公正 価値評価を行う。また、満期まで保有する意図が明らかな債券のように、時価 によって黙示的に示されている将来のキャッシュ・イン・フローが実現されな い場合には、実際に想定されるキャッシュ・イン・フローの現在価値を評価額 とすることが考えられる。たとえば、満期まで保有している意思のある債券に ついては、その評価をアモチゼーションまたはアキュムレーションで行うこと が考えられる。このように資産を原則として時価で評価するのであれば、資産 は、当該生命保険会社の将来のキャッシュ・イン・フローの現在価値を表すこと になる。 ⑤ 保険計理人の裁量 カナダのCALMは、保険会社のアクチュアリーに相当の裁量の余地を与えてい る。保険契約者の合理的期待の考慮については、相当程度保険計理人に裁量の 余地を与えざるをえないが、それ以上の点については、必ずしも与える必要が ―63― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 ないのではないかと考えられる。 ⑥ 最低責任準備金 別途定める早期是正措置が機能せず、生命保険会社の破綻処理を開始せざる をえない段階を、最低責任準備金によって示すことにする。具体的には、生命 保険会社が破綻した場合、その生命保険契約を継続させることが重要であるこ とから、①の責任準備金の額を最低責任準備金と位置づけ、責任準備金に対応 する上記④に基づく資産の評価額が下回った場合、例外なく強制的な破綻処理 を開始することとする。 ⑦ 外部検査 確率論的シナリオ法の最大の問題の一つは、適切に計算がなされているかに ついて確認することが困難なことである。実際に保険計理人が決算担当部門の 計算した結果を確認したとしても、監査役、監査法人は実質的には確認ができ るとは思いがたい。そうなると、カナダ金融機関監督局(Office of the Superintendent of Institutions Canada, OSFI)が定めるアクチュアリー業務 についての外部のアクチュアリーによる外部検査(external reviews)76)のよ うな制度を導入する必要があるだろう。 (2) 生命保険会社の破綻防止に役立つか こうした責任準備金は、生命保険会社の破綻を防止することについて、役立つ かという点も重要である。生命保険監督会計にあっては、保険契約者等の保護を 図ることが最重要の課題であることは言うまでもない。その保険契約者等の保護 を果たすには、究極的には生命保険会社の破綻を回避することが求められる。生 命保険会社破綻の直接的な引き金は、一般的に、次のような状態になることによ って引かれることが多いと考えられる77)78)。 ① 財務状態の悪化している会社に取り付けないしそれに準じた状態が起こる こと アメリカのミューチュアル・ベネフィット・ライフ、日本の千代田生命、 協栄生命等が当てはまる79)。 ② 債務超過ないしそれに準じた状態になったこと これは、債務超過ないしそれに準じた状態になったことを契機に、保険監 督官が破綻処理を開始することを決定し、または、当該生命保険会社自らが 破綻処理開始を申し出るものである。たとえば、アメリカのエグゼクティブ・ ライフ・イン・カリフォルニア、日本の日産生命、東邦生命等が当てはまる。 ―64― 生命保険論集第 163 号 資産や負債の評価方法によって、債務超過の意味は異なり、解約返戻金債務 の総額に対応した資産がないこと、将来の保険金債務を支払えなくなるおそ れが相当程度あること等が考えられる80)。 つまり、①、②とも将来保険金債務を支払えなくなるおそれがたかまったこと を意味しており、こうしたおそれの高まりが生命保険会社破綻の直接的なきっか けになったといえる。こうしたおそれは、ソルベンシー維持に関する規制が不十 分な状態のもとで、生命保険会社のリスクが実現し、ソルベンシー維持に関する 規制では対応できないような多額の損失が発生し、早期是正措置等の保険監督も 機能しなかったことが原因になっていたといえる81)。 このように考えると、生命保険会社の将来のキャッシュ・イン・フローで、将 来のキャッシュ・アウト・フローをまかなえることを確認できることが望ましい。 この意味からも、すべての分散可能リスクを対象とした確率論的シナリオ法に基 づく責任準備金の計算が望ましいことが判る。 また、フィージビリティ・スタディーが大事なことは言うまでもない。過去破 綻した生命保険会社の実際の数値を当てはめて、当時の数値で確率論的シナリオ 法を試行し、EUのソルベンシーⅡで行われているQIS82)のように現存の生命保険会 社に当てはめ、その結果を求めるなどの検証を行う必要があることはいうまでも ない。 注58)資産負債最適配分概念の下では、保険料の計算においても、一定の信頼水準で(2)式 を充たすような営業保険料を確率論的シナリオ法によって求めることが望ましい。この ため、予定死亡率、予定利率、予定事業費率という概念は、(3)式における予定死亡率、 予定事業費率を除き、なくなる。黙示的に総合収益率という概念が存在するともいえる が、予定利率のように明示的なものではないこと、また、総合収益率という概念を用い ると、かえってリスク管理上問題が生じうることから用いないこととし、リスクについ ては、死亡率リスク、価格変動リスク、信用リスクのように、個々のリスクとして捉え ることとする。 59)これらの技法以外にも、自己資本要件として、オーストラリア、カナダ、シンガポー ル、スイス等では保険会社の内部モデルを認める動きがあり、EUのソルベンシーⅡや IAISも内部モデルの適切性を判断する基準の策定をめざしている(前掲大久保 亮「保 険会社のリスク管理の国際的動向について」 、pp.65-66)とされ、それを保険料積立金 ないし責任準備金の計算にも適用するということはありえよう。しかし、それを生命保 険会社の負債の中核をなす責任準備金にまで適用することは、第三者によるその計算の 検証等に大きな課題が残されている現状では、慎重に取扱うべきであろう。 60)純保険料式保険料積立金には過去法と将来法があるが、本稿での議論は生命保険会社 のソルベンシーを維持するための責任準備金についてのものであり、将来に起こりうる さまざまなリスクにどのように対処するのかということが問題であることから、将来法 を前提に議論を進める。 ―65― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 61)理論的には、純保険料式保険料積立金の場合にも、この方式で最良推定を求め、リス ク・マージンを加算することが考えられるが、最良推定の営業保険料式保険料積立金に リスク・マージンを加える方式との差異は、保険料積立金に付加保険料と事業費等の支 出を含むか否かでしかないため、ここでの検討からは省略する。 62)他にも、初年度定期式保険料積立金、充足保険料式保険料積立金などが存在するが、 いずれも純保険料式保険料積立金または営業保険料式保険料積立金に含まれるもので あり、ここでは触れない。 63)純保険料式保険料積立金に含まれる平準純保険料式保険料積立金、チルメル式保険料 積立金等の方式の差異によって、以下の議論は影響されるところがないと考えられるた め、ここでは、これらの方式をまとめて検討することとした。 64)1939年保険業法施行規則第31条第2項においては、保険会社ハ保険業法第百条ノ規定 ニ依ル業務及財産ノ管理又ハ契約ノ移転ノ命令アリタル場合其ノ他特別ノ事情アル場 合ニ於テハ前項ノ規定二拘ラズ保険数理上支障ナキ範囲内ニ於テ大蔵大臣ノ認可ヲ受 ケ営業保険料式其ノ他ノ方式ニ依リ保険料積立金ノ計算ヲ為スコトヲ得として、営業保 険料式保険料積立金の積立てを例外的に認めていた。これに対して、1995年保険業法は、 前述のとおり、生命保険会社の保険料積立金の積立方式の例外として、保険数理に基づ き、合理的かつ妥当なものを認めており、営業保険料式保険料積立金は、この要件を充 たすと解される。また、上記の1939年保険業法施行規則の第31条第2項の規定もこの解 釈を補強しているといえる。 65)予定死亡率リスクについて、保険料積立金では原則として死亡率の2標準偏差分のリ スクを担保している。これに対して、価格変動準備金が担保するリスクの信頼水準は明 らかではないが、1949年末から2007年末までの間のTOPIXの年間増加率の平均と標準偏 差を見ると、各々11.5%と27.2%であり、価格変動準備金の国内株式の積立基準が 1.5/1000、積立限度が50/1000しかない(保険業法施行規則第66条)ことを考えると、 相当少ないことは明白である。 66)ソルベンシー・マージン比率は、通常想定される範囲を超えるリスクを担保し、通常 想定されるリスクを担保するのは、責任準備金とされている。このため、責任準備金が 担保する予定死亡率リスク、予定利率リスク以外の通常想定される範囲の価格変動リス ク等は、通常想定される範囲を超えたリスクとされ、保険料積立金が通常の想定の範囲 内のリスクを考慮する保険リスクとの整合性はない。 67)前述のとおり、ニューヨーク州の監督官式責任準備金評価法における暦年法定評価用 利率の計算に用いられる基準利率は、ムーディーズ・インヴェスター・サービス社が公 表するムーディーズ月次平均社債利回りを基礎としている。また、EUの技術的準備金の 予定利率については、無リスクの債券の金利やインデックスだけに限定せず、他の資産 の収益も予定利率に反映させることが認められている。ニューヨーク州の場合は、第三 者が信用リスク・プレミアムも含めて債券で運用できる利回りを示していると考えられ るが、EUの場合は、その意味するところは不明である。 68)前掲パネルディスカッション「リスクマージンとソルベンシーの国際的動向」pp.33-34 69)カナダの生命保険会社の資産の評価は、次のようになっている。値上がりを予想して 保有する投資(investments)については、生命保険会社は市場価格を付する必要があ る。市場価格は、毎年または毎期末の報告日に、GAAP に基づいて決定されなければな らない。取引されない、または、市場価格をすでに付している証券については、市場価 格は、同様の特徴(nature)と質を有する資産に用いられる金利で割り引いた将来のキ ャッシュ・フローの現在価値を求めて決定されなければならない(General, Office of Superintendent of Financial Institutions Canada, LIFE-1 Annual Return ―66― 生命保険論集第 163 号 Instructions, 2007.10.05, p.7)。不動産のポートフォリオの場合、市場価格の変化の 衝撃は、評価が行われたときに認識される。GAAP に従えば、生命保険会社は、移動平 均市場法(the moving average market adjustment)を反映した不動産の市場価格が、 評価が行われていない年の市場価格のおおむね等しくすることを求められる(General, 。移動平 Office of Superintendent of Financial Institutions Canada, ibid., p.7) 均市場法とは、不動産のポートフォリオにおいては、四半期末の市場価格の概算値と四 半期末にアモチゼーションまたはアキュムレーションされた価格の差額の 3%が認識 され、アモチゼーションまたはアキュムレーションされなければならないとするもので あり(General, Office of Superintendent of Financial Institutions Canada, ibid., pp.7-8) 、原則として時価評価になっていることが判る。 70)これまでに、こうした確率論的シナリオ法を提唱したものとして、浅谷輝雄「ALMに よる責任準備金の評価」 『インシュアランス』 (1990年9月6日、第3429号) 、浅谷輝雄 監修、拙稿「生命保険監督会計の基本的枠組みのあり方」 『生命保険再生の指針―生命 保険規制体系のあり方―』 (金融財政事情研究会、2004年3月)がある。危険団体概念 に基づいても、生命保険会社のソルベンシーを適切に維持しようとすると、資産負債最 適配分概念に基づくこうした確率論的なシナリオ法にまで至るということは大変興味 深い。 71)オペレーショナル・リスク等の分散不能リスクについては、リスク・マージン法によ り、大地震、鳥インフルエンザ等の巨大リスクについては、ストレス・テストまたはテ ール・バリュー・アット・リスクによって、リスク・マージンを求めることが考えられ る。 72)大隅健一郎『商法総則』、1957年2月、有斐閣、p.238 73)生命保険会社の責任準備金の負債は、商法上の負債に含まれる条件付債務に該当す る。また、商法計算規定は、配当可能限度額の適正な算定と利害関係者への適切な情報 開示が目的とされ、配当限度額には、会社債権者保護を目的とする会社財産の維持が期 待されているといわれる(弥永真生「商法計算規定と企業会計」2000年3月、中央経済 社、p.31、33)。これに対して、生命保険監督会計は、上記のとおり、保険契約者等の 保護を主たる目的としており、債権者保護と保険契約者等の保護に求められるものは、 会計上実質的に変わるところがない。このため、商法の計算規定における負債の考え方 を、 生命保険監督会計に当てはめることに何ら問題はないものと解される(前掲拙稿「生 命保険監督会計における貸借対照表のあり方について―責任準備金等を中心にして―」 、 p.13)。 74)前掲拙稿「生命保険監督会計の基本的枠組みのあり方」、p.59 75)オペレーショナル・リスク等の分散不能リスクについてどのように取り扱うかについ ては、さらに検討の必要があろう。 76)Office of the Superintendent of Institutions Canada, Guideline, Appointed Actuary: Legal Requirements, Qualifications and External Review, Revised: November 2006, pp.7-12 77)前掲浅谷輝雄監修、拙稿「生命保険監督会計の基本的枠組みのあり方」、pp.57-58。 一般的な生命保険会社の破綻の事例については、 『諸外国における生命保険会社の破綻 事例にみる法的諸問題―保険監督法研究会報告書[Ⅴ] 』 (1996年1月、生命保険文化研 究所)を参照のこと。 78)生命保険会社破綻の要因について、原因、遠因、きっかけに分けて説明したものとし て、田村祐一郎編、拙稿「生命保険企業をめぐる環境の変化と生命保険企業の対応」 『保 険の産業分水嶺』 (2002年9月、千倉書房) 、pp.72-76。その他にも、破綻原因について ―67― 危険団体概念の見直しと保険業法の諸規制 触れたものとして、石名坂邦昭「金融システム改革と生保の方向性」安井信夫先生古希 記念論文集刊行委員会編『変化の時代のリスクと保険』 (2000年3月、文眞堂)、恩蔵三 穂「生命保険会社と破綻要因」『現代保険論集 鈴木辰紀先生古稀記念』(2001年5月、 成文堂) 、小藤康夫『生保危機の本質』(2001年6月、東洋経済新報社)、株式会社日経 リサーチ『金融機関の破綻事例に関する調査報告書』 (2007年3月)、武田久義『生命保 険会社の経営破綻』 (2008年1月、成文堂)がある。 79)ミューチュアル・ベネフィット・ライフの破綻に関しては、小西修「米国生保の破綻 処理―MBLにみる具体的事例―」『生命保険経営』(第63巻第5号)、p.117を、千代田生 命、協栄生命の破綻に関しては、拙稿「生命保険企業をめぐる環境の変化と生命保険企 業の対応」 『保険の産業分水嶺』(2002年9月、千倉書房) 、pp.72-77を参照のこと。財 務状態に問題のない会社に取り付けが起き、資金がショートして破綻するおそれもある が、そうした場合に対する対応としては、別途積極的な開示等を行うこととし、ここで の検討の対象とはしない。 80)エグゼクティブ・ライフ・イン・カリフォルニアの破綻に関しては、拙稿「エグゼク ティブ・ライフの事例」前掲『諸外国における生命保険会社の破綻事例にみる法的諸問 題――保険監督法研究会報告書[Ⅴ] 』、pp.49-50を、日産生命、東邦生命の破綻に関し ては、前掲拙稿「生命保険企業をめぐる環境の変化と生命保険企業の対応」 、pp.72-77 を参照のこと。 81)前掲拙稿「生命保険監督会計の基本的枠組みのあり方」、p.58 82)Committee of European Insurance and Occupational Pensions Supervisors, QIS3 Technical Specifications PART I: INSTRUCTIONS, April 2007 終わりに 資産負債最適配分概念は、私にとってはコロンブスの卵のようなものである。 以前、どういう経緯かは忘れたが、私が当時某大学の土木工学科に通う私の息子 から、今どんな論文を書いているのかと聞かれ、資産負債最適配分概念について 簡単に説明をしたことがあった。息子の反応は、何でこれまで誰もそんなことに 気がつかなかったのというものであった。確かに私にもそう思われてならない。 しかし、私が調べた限りでは、同様の考え方を述べた人はいない。その意味で、 まさにコロンブスの卵である。 本稿で述べてきたように責任準備金規制を改正すると、他の規制にもさまざま な影響が出てくる。その最たるものが、ソルベンシー・マージン比率である。ま た、早期是正措置も見直す必要が出てこよう。責任準備金規制の改正とは直接は 関わらないが、他にも黙示的に危険団体概念を前提とした規制は多い。しかし、 資産負債最適配分概念は、こうした規制にだけ影響を与えるものではなく、生命 保険の本質的な考え方にも大きく影響する。また、保険数理や保険契約法、生命 ―68― 生命保険論集第 163 号 保険会社のリスク管理にもその影響は及んでしかるべきである。私自身は非才に して、こうした分野すべてについて提言をすることはできないが、少なくとも、 保険業法の関連するいくつかの残された規制については、今後検討を行いたいと 考えている。 また、生命保険会社のリスク管理に関連して、最近では、世界同時株安のよう に、資産の種類ごとの相関に大きな変化が見られるようになってき、適切な資産 配分を行うことが難しくなってきている。このため、これまでの金融資産のリス クとの相関の低い資産に注目が集まっている。しかし、生命保険会社の場合には、 従来からの金融資産のリスクとは相関の低い責任準備金という資産的な性格を持 つ負債を有しており、責任準備金も含める資産負債最適配分概念に基づけば、そ うした懸念は相当程度排除されることになる。このように、この概念は、生命保 険会社の経営にも大きな影響を与えるものである。 なお、本稿では、生命保険、ことに死亡保険についての検討を行ってきた。こ の内容は、基本的に生存保険、疾病保険、長期の傷害保険にも適用できると考え ている。また、損害保険、短期の傷害保険については、未経過保険料の計上を与 件として考えるのであれば、資産負債最適配分概念に基づく責任準備金、ことに 保険料積立金の計上は必要ない。しかし、本稿では触れなかったが、資産負債最 適配分概念は、責任準備金だけでなく、保険料の計算にも用いるべきものと考え られ、損害保険、短期の傷害保険についても、より適切にリスクを制御できるの であり、資産負債最適配分概念を保険料に適用することを排除すべき理由は見つ からない。そうなると、未経過保険料に資産負債最適配分概念を用いて計算され た保険料が計上されることになる。このため、損害保険、短期の傷害保険の責任 準備金についても、資産負債最適配分概念を援用することができるものと考えら れる。 この資産負債最適配分概念が、保険業法の規制をより合理的かつ適切なものと し、生命保険会社の経営をもさらにすばらしいものにすることを祈念してやまな い。 以上 ―69―