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2.成体脳の内在性神経前駆細胞・グリア前駆細胞を応用した 虚血性

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2.成体脳の内在性神経前駆細胞・グリア前駆細胞を応用した 虚血性
● 新評議員
2.成体脳の内在性神経前駆細胞・グリア前駆細胞を応用した
虚血性神経疾患の治療
田中 亮太
要 旨
成体の中枢神経組織には,ニューロン,グリアを新たに生み出す能力を持った神経幹細胞 neural stem cells
(NSCs)の存在が近年の研究で明らかにされている.この神経幹細胞を利用した中枢神経系の再生医療が注目
され,脳梗塞,パーキンソン病,頭部外傷,脊髄損傷など克服困難とされてきた中枢神経系疾患への新たな治
療法として期待が寄せられている.現在神経細胞の元となる神経幹細胞,ES 細胞,さらには iPS 細胞など新
たな組織を脳障害部位に移植し機能を回復させる試みと,もともと成体脳に内在する内在性神経前駆細胞を応
用した治療法の確立が世界中で試みられている.我々はこれまで内在性神経幹細胞,神経・グリア前駆細胞を
応用した脳梗塞や虚血性白質障害の治療の可能性について検討を行ってきており,その内容を概説する.
(脳循環代謝 24:89∼93,2013)
キーワード:神経幹細胞 , 神経前駆細胞,オリゴデンドロサイト前駆細胞,脳卒中,再生医療
は,成体においても神経組織が持続的に新生している
はじめに
ことが明らかにされ,そこにはニューロンやグリアの
元となる神経幹細胞の存在が確認されている3).これ
脳卒中は血管の閉塞に伴う脳梗塞と血管の破錠に伴
までも神経幹細胞を利用した中枢神経系の再生医療を
う脳出血・くも膜下出血に大別される.近年血圧管理
視野に入れた研究が精力的に行われてきた.我々は成
レベルの上昇と共に脳出血罹患率は減少してきている
体の内在性神経・グリア前駆細胞に注目し,脳梗塞や
ものの,生活スタイルの欧米化に伴い動脈硬化に伴う
虚血性白質病変の病態と新たな治療法の可能性につい
脳梗塞の頻度が増し,脳卒中全体としては現在でも死
て検討を行ってきた.
因の主要な疾患である1).脳梗塞を発症すると高度の
1.成体脳における神経幹細胞
運動機能障害,感覚障害,嚥下障害,言語障害など
様々な後遺症を残すことが多く,慢性期において自立
した生活が困難となり,医療経済学の面からも多くの
スペインの神経解剖学者 S. Ramon y Cajal 以来,神
問題点が指摘されている .本邦における脳梗塞の治
経科学の領域ではヒトを含めた成体哺乳動物の中枢神
2)
療は従来の抗血栓療法や抗凝固療法に加え,超急性期
経組織においてニューロンの新生は起こらず,自己再
(発症 4.5 時間以内)の血栓溶解療法やカテーテルによ
生能力が欠如していると信じられてきた.しかしなが
る血栓除去など新しい治療が臨床の場に登場してきて
ら近年の研究成果から,哺乳動物の成体脳でもある特
いる.しかしこれら新しい治療法にもかかわらず,重
定の領域では神経組織の新生が続いていることがわ
度の機能障害を残す脳梗塞患者は依然として多く,機
かってきた4).成体脳におけるニューロンの新生は線
能回復のための新しい治療法の開発が待たれるところ
状体の側脳室周囲にある脳室下帯 subventricular zone
である.以前より成体中枢神経系のある特定の領域で
(SVZ)と海馬歯状回 dentate gyrus(DG)で起こっている
順天堂大学医学部脳神経内科
〒 113-0033 東京都文京区本郷 2-1-1
TEL: 03-3813-3111 FAX: 03-5800-0547
E-mail: [email protected]
ことが確認されており,そこにはニューロンやグリア
の元となる神経幹細胞 neural stem cells(NSCs)・前駆
細胞 neural progenitor cells(NPCs)が存在している.
SVZ から新生した細胞は rostral migratory stream(RMS)
─ 89 ─
脳循環代謝 第 24 巻 第 2 号
を移動し,嗅球 olfactory bulb(OB)まで遊走し,そこ
で interneurons に 成 熟・ 分 化 す る. 遊 走 し た 新 生
ニューロンは機能的に olfactory discrimination 等に関
与しているとされている5, 6).一方海馬歯状回では,
subgranular layer
(SGL)でニューロンの新生が起こり,
顆粒細胞層に移動しながら成熟した顆粒細胞に分化す
る.この DG で再生したニューロンも記憶などの機能
に関与しているとされている7, 8).これら神経再生は
種々の周囲環境,運動などの負荷,また虚血やけいれ
んなどの脳に対するストレスなどによって修飾を受け
ることがわかっており,これら種々の因子が神経再生
を誘導し,脳損傷に対してもなんらかの影響を与えて
いると考えられている9, 10).このような成体哺乳動物
において確認されている神経新生は,ヒトの成体脳で
も同様の現象が報告されている11, 12).
2.脳虚血環境における神経前駆細胞の生存,
分化能
げっ歯類を用いた検討では,SVZ の神経幹細胞・前
駆細胞は低酸素 / 脳虚血状態において増幅,分化が促
進されることが報告されている13, 14).我々は cAMP
response element-binding protein(CREB)の活性化に着目
し,低酸素 / 脳虚血状態における SVZ-OB 系の再生・
分化能について検討を行った.CREB は細胞外の種々
の刺激によって活性化される転写因子であり,細胞の
図 1.DCX(+)NPCs は虚血後 SVZ において一過性に増加
しているが,PDE3I を投与した群では徐々に増加してい
た(A,B)
. 一 方 で RMS-OB に お い て は 虚 血 後 DCX(+)
NPCs は有意に減少しているが,PDE3I の投与はこれらの
減少を抑えた(A,C,D)
.OB における MAP-2(+) 神経細
胞は虚血群で有意に減少していた(A,E)
.
増殖,分化などの過程において重要な役割を果たす.
また,げっ歯類の海馬歯状回においても CREB のリン
酸化が神経前駆細胞の増殖・分化・生存に影響するこ
によってラベルされた SVZ の神経幹細胞 / 神経前駆細
とが報告されている15, 16).一方で Giachino らはリン酸
胞(NSCs/NPCs)の survival rate を解析したところ,
化 CREB が SVZ の神経前駆細胞の生存と分化を制御し
SVZ での NSCs/NPCs は増幅していたが,逆に RMS,
ていることを報告している .これらの事実から脳虚
OB では有意に減少しており,NSCs/NPCs の生存率も
血環境における神経新生に CREB のリン酸化の制御に
有意に減少していた.一方 PDE3I を投与した群では
17)
ついて,ラットを用いた慢性脳低灌流モデル
(両側総頸
RMS,OB での BrdU 陽性細胞が有意に増え,その生
動脈永久閉塞)
を用い,SVZ-OB 系での神経新生との関
存率も有意に増加した.これら SVZ-OB システムにお
係について検討した.虚血後 SVZ における Doublecortin
いては虚血後 CREB のリン酸化が抑制されており,
(DCX)(+)NPCs は増加していたが(図 1A,B),RMS
PDE3I の投与は CREB のリン酸化を増強した.これら
や OB では減少していた(図 1A,C,D).また OB に
リン酸化 CREB 陽性細胞はそのほとんどが DCX(+)
おける Map-2 陽性成熟神経細胞は虚血後一定して減少
NPCs であり,PDE3I 投与したラットに PKA/PKC 阻
していた(図 1A,E).この結果は慢性脳虚血によって
害 剤 を 脳 室 内 投 与 し た と こ ろ(図 2A), リ ン 酸 化
SVZ における神経新生は一過性に増強していたが,
CREB の抑制とともに DCX(+)NPCs が有意に減少して
RMS-OB システムにおいては虚血群において有意に減
いた(図 2C,D,G).これらの事実から慢性脳虚血下
少しており,結果として OB の体積減少に影響したと
においては CREB のリン酸化が抑制され,その結果内
推測できる.一方 CREB のリン酸化を促進する type
在性神経前駆細胞の生存と分化能が抑制され,神経新
III phosphodiesterase inhibitor(PDE3I)
であるシロスタ
生が阻害されることを確認できた18).次に急性期モデ
ゾールを投与したところ RMS,OB の DCX(+)NPCs は
ルにおいて同様の検討を行った.マウスの一過性虚血
有意に増加した(図 1A,B).同様に BrdU 腹腔内投与
再灌流モデル(tMCAO)を用い,急性期脳虚血再灌流
─ 90 ─
成体脳の内在性神経前駆細胞・グリア前駆細胞を応用した虚血性神経疾患の治療
図 2.慢性脳虚血後 PDE3I 投与したラットに PKA/PKC
inhibitor である H7 を脳室内投与(A).H7 の脳室内投与は
RMS-OB で の DCX(+)NPCs を 有 意 に 減 少 さ せ(B,C,
D),OB での MPA-2(+) ニューロンを有意に減少させた
(C,E).H7 の投与は NPCs における CREB のリン酸化
を有意に減少させた.
図 3.マウスの局所脳虚血再灌流モデルでは PDE3I の腹
腔内投与によって SVZ の DCX(+)NPCs の有意な増幅が認
め ら れ た(A,C)
. 一 方 で 虚 血 周 辺 部 に お け る DCX(+)
NPCs は虚血後 3 日より認められ,PDE3I の投与による有
意な増幅効果が確認できた(B,D).
モデルにおける神経再生,CREB リン酸化の影響につ
いて検討した.脳虚血後 PDE3I の腹腔内投与は梗塞巣
を有意に縮小させることを確認し,これは過去の報告
髄性病変が強いうえに,GST-π(+) 成熟オリゴデンドロ
と同様の結果であった.さらに NPCs の CREB のリン
サイト(OLG)が減少していた.一方で,PDGFR-α 陽
酸化を増強し,虚血同側の SVZ と虚血周辺部線条体
性のオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)が有意に増
の DCX(+)NPCs が有意に増加させた(図 3A∼C).さ
加し,増殖細胞のマーカーである PCNA も増加してい
らに PDE3I は虚血周辺部のアストロサイトの活動を増
た.これらのことからヒトの慢性脳虚血に伴う白質病
強し,BDNF など栄養因子を誘導し神経再生に影響し
変では何らかの再生機序が働いている可能性が推測さ
ている可能性を指摘し,CREB のリン酸化が脳虚血環
れる(図 4).これらの現象は ラットの慢性脳低灌流モ
境下での神経再生に強く影響することを確認した .
デル(両側総頸動脈永久閉塞)を用いた解析においても
19)
同様の所見が確認され,慢性脳虚血後一過性に OPC
3.虚血性白質病変における再生能
が増加し,白質の修復機転が働くが,正常な成熟分化
を遂げることができず最終的には脱髄性変化を免れる
人における虚血性白質病変には多発性脳梗塞や
ことができなかったと考えられる.脳内の OPC の分
Binswanger 病に代表されるような脱髄性病変により白
化・成熟能,生存能を高めることによって脳白質での
質の髄鞘の淡明化,オリゴデンドロサイトの減少,軸
組織再生能を応用した新しい治療の可能性を示唆する
索変性などの病理学的変化が認められる.これら虚血
知見を得ることができた20).
性白質障害の病態として,慢性脳灌流低下に伴う組織
4.今後の展開
障害,オリゴデンドロサイトの消失などが原因とされ
ていた.我々はこの病態にオリゴデンドロサイト前駆
細胞(OPC)の再生障害が影響している可能性を指摘
脳卒中後の再生医療に関しては,神経幹細胞や ES
し,解析を行ってきた.まずヒトの剖検脳を使用し検
細胞に変わり iPS 細胞を応用した治療に期待が集まっ
討したところ,虚血性白質病変の脳組織では白質の脱
ている.一方,内在性神経幹細胞や内在性グリア細胞
─ 91 ─
脳循環代謝 第 24 巻 第 2 号
図 4. ヒ ト の 慢 性 脳 虚 血(多 発 性 脳 梗 塞,Binswanger 病)に 伴 う 白 質 病 変 で は
GST-π(+)OLG が有意に減少している一方で,PDGFR-α(+)OPCs がコントロールに
比し有意に増加していた(B,C).さらに虚血性白質病変の脳では PCNA(+) 細胞
が有意に増加しており,これらの多くは PDGFR-α(+)OPCs であることが確認され
た(B,C,D).これらの結果からヒトの慢性白質障害部位においても OPCs によ
る再生が生じていることが確認できた.
の虚血脳における動態はまだ不明な部分も多く,これ
9) Jin K, Minami M, Lan JQ, Mao XO, Batteur S, Simon RP,
らを解明することにより内在性前駆細胞を応用した新
Greenberg DA: Neurogenesis in dentate subgranular zone
たな治療の確立が期待される.
and rostral subventricular zone after focal cerebral ischemia in the rat. Proc Natl Acad Sci USA 98: 4710–4715,
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文 献
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phosphorylated form of cyclic AMP-responsive element
Abstract
Feasibility of endogenous adult neural and oligodendrocyte progenitors as a possible future
therapy in cerebrovascular disease
Ryota Tanaka
Department of Neurology, Juntendo University School of Medicine, Tokyo, Japan
Research on neural stem cells has developed as one of the most promising areas of neurobiology.
Neural stem cells as well as embryonic stem cell (ES), are considered as a possible source of neural cells
of replacement therapy for neurodegenerative disease such as stroke, parkinson’s disease, spinal cord
injury, and the discovery of induced pluripotend stem cells (iPS) helps us to generate neurons directly
from patient’s somatic cells. Another possible strategy for regeneration of damaged neural tissue is
mobilizing endogenous neural (NPCs) and glial progenitors (OPCs). We focused on the endogenous
repair system by stimulating the progenitors in ischemic brain and analyzed the association between
cAMP response element-binding protein (CREB) mediated signaling and adult neurogenesis or
oligodendrogenesis in the adult central nervous systems. Mobilizing the adult neural and
oligodendroglial progenitors could be one of the possible options to regenerate the damaged brain that
lead to functional recovery. We discuss this issue and review the literature.
Key words:neural stem cell, neural progenitors, oligodendrocyte progenitors, stroke, regenerative
medicine
─ 93 ─
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