...

TAT 物語における人称性と時間性の探索的検討: 図版 1 の

by user

on
Category: Documents
11

views

Report

Comments

Transcript

TAT 物語における人称性と時間性の探索的検討: 図版 1 の
Kobe University Repository : Kernel
Title
TAT物語における人称性と時間性の探索的検討 : 図版1
の分析(Heuristic research of person and temporality in
TAT story, analysis of TAT card 1)
Author(s)
田淵, 和歌子
Citation
神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要,5(2):2737
Issue date
2012-03
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81003901
Create Date: 2017-03-30
(199)
神戸大学大学院人間発達環境学研究科 研究紀要第 5 巻第 2 号 2012 Bulletin of Graduate School of Human Development and Environment Kobe University, Vol.5 No.2 2012
研究論文
TAT 物語における人称性と時間性の探索的検討
―図版 1 の分析―
Heuristic research of person and temporality in TAT story,
TAT 物語における人称性と時間性の探索的検討
analysis of TAT card 1
―図版 1 の分析―
Heuristic research of person and temporality
in TAT story,
田淵 和歌子*
analysis of TAT card* 1
Wakako TABUCHI
田淵 和歌子*
Wakako TABUCHI*
要約:近年の TAT 研究では,検査者の「主観的解釈」
(海本,2004)が重視されているが,中でも TAT が“物語”作成課題で
あることに注目し,物語すなわちナラティヴ(narrative)の枠組みから研究する動きが盛んになっている(Cramer,1996;
大山,2004;海本,2005;草島,2005;粟村,2007;西河,2009)
。ナラティヴの枠組みとは,TAT プロトコルを(1)視点
の二重性,
(2)出来事の時間的構造化,
(3)他者への志向,という3点によって特徴づけられる物語として理解することを意
味する。本論では,
(1)
(2)に着目し,基礎研究及び仮説生成研究という位置づけのもとに,図版 1 における人称性と時間性
に関わる仮説生成を行った。成人 29 名に対して TAT を施行した結果,①TAT 物語は主人公の一人称と三人称で区分される,
②TAT 物語の時間的構造は,単純な過去・現在・未来の出来事だけでなく,過去から現在までの持続や現在から未来への志向
といった出来事も含まれる,③三人称よりも一人称で主人公を語る方が,語り手との心理的距離が近く,自己物語の「非線条的」(森
岡,2002)な時間的構造との斉一性が見られる,等の仮説を得た。最後に,TAT における“時間”について再定義する必要があるこ
とを今後の課題として挙げた。
域を映し出すものと考えられている。とりわけ投影法の中でも,無
意識的イメージの表現に必ずしも言語的媒介を必要とはしない描画
1. 問題
法や箱庭とは違って,TAT は心に浮かんできたイメージを言葉にし
て“語る”技法である点が特徴である。
1-1.TAT とは
TAT (Thematic Apperception Test;絵画統覚検査法)は,ア
メリカの Murray, H.A.によって 1943 年に発表された心理検査であ
1-2.TAT の問題点
る。TAT には様々な種類があるが,最もよく使われている Harvard
現在 TAT は,イメージを“語る”技法においてロールシャッハ・
版は,
「
“現実”のコピー」
(安香・藤田,1997)と言われるような,
テストと並ぶ代表的な投影法として位置づけられている。それにも
様々な人物や場面が描かれた図版 31 枚から成る。各図版は,どれ
関わらず,使用頻度はロールシャッハ・テストと比べると低い。そ
も人生の決定的な場面における決断や葛藤を思わせるような絵であ
の理由として,一つ目に,標準的な分析・解釈法が確立されていな
り,この中から被検者の年齢や性別に合わせて 20 枚の図版を選択
いことが挙げられる。検査者の拠って立つ理論的立場によって,
し,一枚ずつに過去・現在・未来にわたる物語をつくってもらうと
TAT 物語の解釈やそこから導き出されるパーソナリティ理解が多
いう施行方法をとる。TAT は,
「今どういう状況で,これまで何が
様となるため,共通の理解を得るには,それぞれの理論を学ぶ必要
あって,これからどうなるかということを一つの簡単なお話にして
がある。また,多様な分析・解釈法があるということは,同じ一つ
話してください」という教示が課せられた物語作成課題であり,過
の反応に対しても,多様,もしくは相互に矛盾するような意味づけ
去・現在・未来という時間性を有する唯一の心理検査である。すな
がなされる場合があると言える。そのため,特に初心者は,どの分
わち時間概念は,TAT が TAT たるための本質的特徴の一つである
析・解釈法を選択すべきか迷い,習得のための負担が大きいと考え
と言える。
られる(草島,2005)
。
また TAT は,図版に描かれた場面(すなわち刺激)の曖昧さ故に
二つ目に,TAT の解釈は誰もができるようなものではなく,よ
投影法に位置付けられており,心理検査の中では比較的無意識の領
く訓練された直感が必要であり(Murray,1943)
,経験を積んだ
*
神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士後期課程
*
神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士後期課程
2011年 9 月 30 日 受付
年1月 16 日 受理 )
( 2012
− 27 −
-1-
(200)
臨床家でないと使いこなせないことが挙げられる(山本,1992)
。
況のコピー」である図版をどう処理するかというところに「現実対
Murray(1938)自身も,自らの考案した欲求-圧力構造による分
処能力」が表れる(安香・藤田,1997)
,というように,人,物,
析・解釈法を一応は提示しながらもそれにこだわることをせず,被
現実に対する被検者の“かかわり方”が表れているというのが共通
検者の語りを中心においた各検査者の直感的・統合的な解釈を推奨
見解である。
している。そのため,TAT を解釈するには,豊かな臨床経験や,
1-3.TAT 研究の現状
人間を理解するための共感性や直感の訓練が必要となり,厳密な記
研究領域において,TAT は導入当時は盛んに研究されていたの
号化が可能で初心者でもそれなりに施行可能なロールシャッハ・テ
だが,その後上記のような理由からあまり研究されなくなっていた。
ストと比べると,使用頻度が低くなるのは当然と考えられる。
三つ目に,テスト実施に多くの時間と労力を要することが挙げら
しかし近年,
「TAT が再評価されつつある」
(粟村,2007)
。2000
れる。
20 枚のTAT を実施するだけで1 時間~1時間半はかかる上,
年以降の研究には,TAT は標準化された分析・解釈法が“確立さ
被検者の心理的,身体的負担は大きく,尚且つ検査者がプロトコル
れていない”のではなく,そのような分析・解釈法が“馴染まない”
を起こすだけでも膨大な時間を要する。
テストであることを指摘するものが多い(大山,2004;海本,2004;
TAT の使用頻度が低い四つ目の理由として,
「テストとしての基
藤本,2006;粟村,2007)
。その理由として,TAT が“物語”であ
本的性格が多義的」
(安香,1990)
,即ち,TAT 物語が何を意味す
ること,そのため記号化によって切断することのできない“物語の
るのかについて多様な見方があることが挙げられる。これが,
「TAT
流れ”があること,その流れを読むためには必然的に検査者の「主
を使用・理解する上で TAT を不可解で困難なものにし,最も検査
観的解釈」
(海本,2004)を要することが挙げられている。
者を悩ませ」
(草島,2005)ている。創始者である Murray(1938)
藤本(2006)によると,TAT は「テスト性・客観性」
(査定的な
は,TAT の目的として「文学的創造力を刺激し,隠されたコンプ
文脈の中で,集団の中に個人を位置づけ,テストの特徴に従って物
レックスや,無意識のコンプレックスを暴露するような空想をおこ
語を意味づける側面)と,
「物語性・主観性」
(治療的な文脈の中で,
させようとするものである」と述べ,被検者が「必然的に自分自身
個人の物語を唯一独自のものとし,唯一独自の関係性や検査者の直
の空想を材料(絵)の中に投影」
(Murray,1938)すると考えた。
観などに従って物語を意味づける側面)の二つを併せ持つ心理検査
つまり彼は,TAT 物語を被検者の空想の産物とし,その中に無意
である。田淵(2011)は国内の先行研究をレビューし,TAT 研究
識的な葛藤があらわれると考えたのである。しかし,このような当
は「テスト性・客観性」
「物語性・主観性」のどちらかを強調した
初の Murray(1938)の構想に対しては多くの議論がある。例えば,
立場で行われることが多いと指摘しているが,近年の「主観的解釈」
Bellak,L.を中心とする攻撃欲求の投影,McClelland を中心とする
(海本,2004)重視は後者の側面を強調した立場と言える。
食欲,成就欲求の投影に関する研究から,現在では Murray の基本
「主観的解釈」の方法の一つとして,TAT が“物語”作成課題で
的な投影仮説は単純には受け入れがたいとされている(佐治,
あることに注目し,
物語の視点から TAT 課題をとらえる試みがある。
1963;山本,1966)
。また Holt(1961)は,TAT 物語が空想と同
物語,すなわちナラティヴ(narrative)の枠組みを中心において分
じではないことを強調し,自我の統制が関与した十分目覚めた意識
析・解釈しようとする動きが近年盛んになっている(Cramer.,
の産物であると述べている。Rapaport(1968)は,精神分析理論
1996;大山,2004;海本,2005;草島,2005;粟村,2007;西河,
の発展,つまり無意識的欲動の内容や欲求の探究から,自我の防衛
2009)
。従来の解釈枠組みとは異なるナラティヴの枠組みは,
「人生
機制の在り方を重視する自我心理学の流れを考慮し,TAT 物語を
の決定的な場面においてその被検者が図らずも自ら毎回選びとり,
想像過程というより課題解決過程と見なし,自我の防衛の在り方,
自らが構成してしまうパターン」
(大山,2004)が TAT の物語構成
その人の思考過程を重視している。このように,TAT 物語が無意
にも表れることや,
「時間的な流れを含む TAT 物語をきっかけにす
識的な葛藤や欲求の投影なのか,意識的な産物なのかさえ意見は分
ることで,過去・現在・未来を有機的に結び,自分自身に関係し,
かれており,TAT 物語の意味するものについて一致した見解が得
かつ時制を含む物語を引き出すことが可能である」
(草島,2005)
られていない(草島,2005)
。
という新たな解釈可能性をもたらす。しかし,ナラティヴ概念の整
このような問題点をもつ TAT に関して,我が国では,いくつか
理がなされていない現状にあり,新たな解釈可能性が「主観的解釈」
の代表的な分析・解釈法が考案されてきた。坪内(1984)
,安香
の実践的な側面にどのような知見を提供できるか,統一した見解は
(1990)
,山本(1992)は,図版ごとの刺激特性の違いを重視し,
得られていない。そこで本論は,TAT の基礎的研究として,ナラテ
それぞれの反応特徴をまとめている。また,鈴木(1997)は,TAT
ィヴ・アプローチ(narrative approach; 物語的アプローチ)が TAT
が心理検査であることを重視して,多く見られる一般的な反応と特
の
「主観的解釈」
に与える解釈可能性を検討することを目的とする。
異的・例外的な反応を分類した図版ごとの分類枠をもとに分析・解
まず,次項で TAT におけるナラティヴ構造について整理を行う。
釈する方法を考案している。これらは,主に一つ目の問題点を考慮
したものであるが,四つ目の TAT 物語が何を意味するのかという
1-4.TAT のナラティヴ構造
点に関しては,その後あまり検討されておらず,統一した見解は得
“ナラティヴ(narrative)
”とは通常“物語”と訳されるが,物
られていないのが現状である(草島,2005)
。ただ,
「被検者自身
語と言っても様々なものがある。昔話や民話のように昔から伝承さ
の人や物とのかかわり方」
(鈴木,2002)や「主体が自己の直面す
れてきた物語もあれば,小説やテレビドラマ,映画のストーリーな
る状況に対してどのようにとりくんでいるのか」といった「かかわ
ど多岐に渡る。物語というときには,それらの物語すべてに同じ形
り方」
(山本,1992)
,
「現実生活における具体的諸条件ないしは状
式と構造が含まれている。TAT をナラティヴの枠組みから理解する
-2− 28 −
(201)
立場(Cramer,1996;大山,2004;海本,2005;草島,2005)
どれほど詳細に語られたものであろうとも,単なる事実の羅列は物
では,TAT プロトコルも同様の物語構造を有していることが指摘さ
語ではあり得ない。どのような物語も,特定の視点からなされる出
れている。TAT プロトコルを一つの物語と捉えるとき,どのような
来事の選択・配列によって成立するのであり,翻せば,語り手の視
構造の特徴があるのだろうか。ここで,社会学的立場から自己物語
点が異なれば,出来事の選択や配列も異なったものとなり,異なっ
(self –narrative;人が自分自身について語る物語)について考察
た物語が産み出されるのである。つまり,ナラティヴ・アプローチ
した浅野(2001)は,自己物語を,
(1)視点の二重性,
(2)出来事
が重視するのは,時間的流れを生み出す出来事の配列順序は,計測
の時間的構造化,
(3)他者への志向,という3点によって特徴づけ
的で直線的な時間軸に必ずしも従うわけではなく,
「語り手の視点か
られる語りと定義している。
先行研究で指摘される TAT のナラティ
ら出来事の間に意味的な関連付けが行われた」
(大山,2004)配列
ヴ構造は,この3点と共通しているため,本論では,浅野(2001)
順序もありうるという点である。
出来事の時間的構造化を要する
“物
を引用しながら以下に概念整理を行う。
語”では,どのような配列順序で,どのよう意味連関で語られるか
(1)視点の二重性
に,語り手が構成する意味世界が反映されている。
....
では,出来事を時間的に選択し配列するとはどういうことなのだ
TAT のナラティヴ構造の第一の特徴は,それが視点を二重化させ
ろうか。或いは,先述した“時間的流れ”とは何を意味するのだろ
るような語りだということである。すなわち,TAT 物語を語るとい
うか。土居(1977)は,精神科の面接で患者の話を聞くとき,患者
うことは,語り手(被検者)の視点とは別に,図版の登場人物(多
の話すままを聞いてさえいればよいというものではない,
「時間的前
くは主人公)
をもう一つの視点として創り出すことを意味する。
TAT
後関係におかまいなしに話をすること」が患者にはまま見られる中
では,自分について語ってもらうのではなく,図版に描かれている
で,
「聞いたことを時間の中に配列し直して,それをストーリとして
絵の中の主人公について語ってもらう。そのため,物語られた内容
聞かなければならない」と述べている。彼は,ストーリのことを「何
の主体は自ならぬ他者(絵の中の主人公)であると同時に,物語を
かある人物や事柄の時間的経過を追ってのべたまとまった話」であ
作る行為の主体は他ならぬ自分である,という二重の主体を生む構
り,
「時間的経過はストーリの本質的要素」だとしている。これは,
造になっている。
「自分についての物語ではない,でも他ならぬ自分
「出来事を時間軸に従い,どちらかと言えば客観的に記述していく
の物語だ,というこの両者の間での微妙なバランスを物語が持って
もの」という大山(2004)のストーリーの定義と同義である。この
いることが TAT の醍醐味」
(海本,2005)なのだが,これは,
「物
時間的経過が計測的で直線的な時間軸であることは疑いようがない
語行為は,
自己を作者と主人公に二分することが自然に行われ」
「語
,
が,
ここで重要なのは,
そのような一定の基準に従って出来事を
“前”
っている本人と話題の人物はもちろん同一であるが,そこに二重の
と“後”に分ける作業,すなわち出来事の選択と配列における“順
視点を宿す」
(森岡,2002)というナラティヴ構造として捉えられ
序づけ”が時間の本質だということである。計測的で直線的な時間
る。一方には,語り手(被検者)が聴き手(検査者)に向けて語り
軸は,順序づけを行う基準の一つに過ぎない。
ナラティヴの枠組みから TAT を“物語”として捉えるときも,こ
かけている世界があり,他方にはそこで語られた主人公が活躍する
世界がある。物語を語るということは,この二つの世界を連関させ
の理解は共通である。ただし TAT の場合,配列順序は因果関係に基
ることを意味するのである(浅野,2001)
。
づく論理的筋立てが中心となる。すなわち,図版という目の前にあ
(2)出来事の時間的構造化
を推測したり,
「目の前にあるものごと」がある経過ののちに到達す
る「ものごとの結果(現在)
」から逆に「目の前にない原因(過去)
」
TAT のナラティヴ構造の第二の特徴は,それが「諸々の出来事を
る「結果(未来)
」を予想したりする因果関係による構造が中心にな
時間軸に沿って構造化する語り」
(浅野,2001)だということであ
るのである(守屋,1994)
。従って,TAT の持つナラティヴ構造と
る。構造化とは,無数の出来事の中から意味のあるものだけを選び
は“出来事の論理的構造化”であると言える。ここで,ストーリー
だして相互に関連づけるという作業を意味している。すなわち,一
化(出来事の論理的構造化)された物語の典型例を表 1 に示す。
定の視覚(先述した語り手の視点)から行為や体験を取捨選択し,
且つそれらを一定の筋に沿って配列していくという「選択と配列」
表 1 ストーリー化(出来事の論理的構造化)された物語の典型例
の作業なのである。この作業によって,語られた世界(語られた主
図版
体としての自分が活躍する世界)は,意味と方向性を持った時間的
1
流れを生み出すものとなる(浅野,2001)
。
TAT プロトコル
R.T. 10″
T.T. 1′08″
…これは今,えっと…この少年は,あのーまあちょっと後悔という
ここで注意したいのは,行為や体験を取捨選択する作業や一定の
か落ち込んでいる状況です。で,なぜ落ち込んだかというと,その
筋に沿って配列していく作業は,一定の基準がなければ行うことが
前にえっと何かピアノ,ピアノじゃない,バイオリンの発表会があ
できないということである。なぜなら,無数の出来事の中からある
って,でちょっとバイオリンの発表会でうまく発表できなくて,そ
出来事だけが選び出され,多数の並べ方の中で特定の並べ方が採用
れをちょっとあのー,もうちょっと練習したらよかったなと落ち込
されるには,
その採用基準が必要だからである。
そのための基準は,
んでいる状況です。んー,でこの…もうおそらくこの次は,もうち
物語の結末によって与えられる。すなわち,結末が納得の行くもの
ょっと練習して上手くなるように,えっと,まあおじいちゃんとか
になるかどうかを基準にして,どのような出来事をどのように関連
家族とかに褒められたいなっていう気持ちでたぶん練習をすると思
づけて語ればいいかが決まってくるのである。
います。
従って,物語は出来事をありのままに描くものではないし,また
-3− 29 −
(202)
4
R.T. 22″
T.T. 2′06″
が聴き手に受け入れられるということは,その評価を共有するとい
……これはえっと,この男の人が浮気をしてて,これが愛人ってい
うことである。それは,自分が正当化され,伝達され,共有されて
う設定で。今ドアを開けて…子どもが入ってきました。そして,
「何
いく過程とも言える。すなわち自己を物語る行為は,その構造化に
やってんだお父さん!」っていうことで息子が問い詰めまして,お
よって結末を正当化させ聴き手
(他者)
に納得させることによって,
父さんはかなりうろたえています。ところがこの愛人の方は,んー
語られた自分(過去から今に至るまでの自分)を他者との間で共有
…「行かないで」っていうことで,私の方が大事なんじゃないのっ
された現実として確定させる作業なのである(浅野,2001)
。
ていうことで,引き止めようとしています。…ただ,えー,お父さ
大山(2004)によると,TAT の物語は「被検者と検査者の関係性
んの威厳というのがあるので,子どもにはうろたえた姿も見せられ
において,間主観的に布置され」
,
「両者の共同の結果生まれてくる
ないし,かなり焦ってるんですけど,頑張って今考えています。…
もの」であり,
「語り手が,聴き手に向けて語ることが,表現の仕方
この人はもう,女の人は「あなたが行くなら私はもう自殺してしま
やプロットに影響を与え,語りの生成に制約を加えている」という
う」という脅しをかけているのですが,どうしても子どもの方に気
特徴がある。そして,
「イメージと言語が緊密に結びつき相互規定し
持ちがとられて,今までしたことの後悔をちょっとしているようで
あっている」ために,イメージを言葉にして聴き手に伝えることで
す。結局この男の人は,この女の人を置いて出て行ってしまいます。
物語は生まれていき,語っている最中に刻一刻と物語は新たな展開
をし続けていくのである。そのため,TAT 物語は,語り手だけでは
*出来事と出来事の連結部分に下線を引いている。
なく聴き手,TAT 図版が存在してこそ生まれ得るのであり,この三
者の相互作用によってその場で生成していく動的な側面を持った物
#1(一人の少年がバイオリンを前にして考えている絵)では,
“少
語と考えることができる。
年が落ち込んでいる”という現在の出来事から,
“発表会でうまくで
きなかった”という目の前にない出来事(原因としての過去)を推
以上,浅野(2001)の述べる自己物語の定義を引用しながら,TAT
測し,
“家族に褒められたいから”という理由に言及した上で“練習
におけるナラティヴ構造を整理した。本論では浅野(2001)の定義
する”という出来事(結果としての未来)を選択・配列している。
を採用し,“TAT 課題において(1)視点の二重性,
(2)出来事
#4(異様な視線の男性に女性が手をかけている絵)では,
“父親と
の時間的構造化,
(3)他者への志向,という3点によって特徴づけ
愛人が浮気をしている”という現在の出来事から物語が始まる。そ
られる語り”を“TAT 物語”とする。中でも,本論では(1)視点
して,
“息子が入ってきて父親を問い詰める”
,
“父親はうろたえる”
,
の二重性,
(2)出来事の時間的構造化に着目する。
“愛人は父親を引き止める”
,
“父親は焦りながら考える”
,
“愛人は
これまで TAT 物語の時間性に関しては,アセスメント時の分析・
脅しをかける”
,
“父親は浮気を後悔する”
,
“父親は愛人を置いて息
解釈においては,
“時間的な流れのある物語をつくる被検者には時間
子と出て行く”というように物語が展開する。このように,TAT に
展望がある”
,
“現在しか語らない被検者は時間展望が乏しい”とい
おける典型的なナラティヴ構造とは,
“因果関係に基づく出来事の選
ったように,時間展望との関連で述べられることが多かった(安香・
択と配列”である。加えて,物語が展開するプロット(plot; 筋)1は,
藤田,1997;藤田,2002)
。しかし,TAT 物語の時間性が語り手の
語り手によって構成された意味世界の反映である点が特徴である。
時間展望の投影であるという前提に対して検討した研究は見られな
(3)他者への志向
的に使用する立場においては,TAT 物語は過去・現在・未来という
い。また,近年盛んになっているナラティヴの視点から TAT を治療
TAT のナラティヴ構造の第三の特徴は,それが本質的に他者に向
時間軸を有するために,
語り手は TAT 物語をきっかけにすることで
けられた語りだということである。前項で,物語はその結末を納得
自分の人生の過去・現在・未来を有機的に結んだ物語を引き出しや
のいくものにする方向で構造化されると述べたが,この「納得の行
すくなる,という指摘がある(草島,2005)
。従来から,TAT 物語
く」という表現は既に他者の存在を含意している。なぜなら,出来
と自己物語との間にはテーマやプロットに一致が見られることが指
事を納得の行くように語るということは,語り手の物語に対して,
摘されている(大山,2004;海本,2005)が,時制に関しては未だ
語り手とは異なった視点からの評価を受けるということを意味して
検討されていない。そのため,なぜ TAT 物語の時間軸が自己物語の
いるからである。異なった視点というのは,語り手と同じ意見を持
時制を引き出し,ひいてはそれが治療促進的に働くかというプロセ
つこともできるが,異なる意見をも持ちうるような偶有的な視点,
スについては曖昧なままである。
そこで本論では,ナラティヴの視点から時間の問題について検討
すなわち他者の視点のことであり,
「納得」というのはそのような視
を行う。ナラティヴの視点から見た時間とは出来事の選択・配列で
点を前提にして初めて意味を持つものである。
従って,納得の行くように構造化して語るというのは,聴き手(他
あり,選択・配列の構造には語り手の視点が大きく関与しているこ
者)を納得させるように構造化して語るということに他ならない。
とは先述した通りである。視点の問題については,自己物語では語
る主体も語られる主体も共に同一の“私”であるのに対し,TAT 物
そして,納得とは出来事の受けとめ方への評価であるために,物語
語の場合は,語られる主体が“私”ではなく“主人公”であるとい
う独自性を持つ。これは,主人公の人称性の違いによって,語り手
1
海本(2005),大山(2004)によると,「選択と配列」の作業を「包括
的でかつ焦点を絞る方向」
(海本,2005)で表現したものが“テーマ(主題)”
であり,「時間的,空間的な広がりを持ち,物語のつながりや流れに視点」
(海本,2005)を置いて表現したものが“プロット(筋書き)”である。す
なわち,出来事の構造化とは選択と配列の作業であり,その作業の表現が
“テーマ(主題)”及び“プロット(筋書き)”であると言える。
の主人公に対する同一化の程度が異なることを意味する。
そのため,
TAT 物語においては,主人公の人称性の差異が,出来事の選択・配
列構造に影響を及ぼすと考えられる。その根拠を,
「線条性・非線条
性(linearity/non- linearity)
」
(森岡,2002)の概念を基に述べた
-4− 30 −
(203)
い。森岡(2002)によると,
「ことばは一つの口からは線条的,継
る)によって構成された語り”であるのか,
“主観的・内的なもの(こ
起的に発さねばならない制約がある」が,
「心的現実の論理」や「感
れは意識の主体としての語り手が自覚していない,無意識的な内容
情の生活」は相反するものの同時併存といった「非線条的な性質を
も含有している)が表された語り”であるのかという点で大きく異
もっている」
。TAT 物語では,主人公の人称性によって同一化の程
なっている。端的に言えば,投影という無意識の過程を想定しない
度が異なるが,その差異は語り手の心的現実や感情の投影の程度に
物語の視点と,その過程を前提とする従来の TAT 理解には,大きな
影響する。そしてそれは,出来事が線条的な構造に寄っているか,
開きがあるということである。これは,TAT 研究にナラティヴの視
非線条的な構造に寄っているかという差異を生むのである。主人公
点を導入するにあたっては必ず検討しておかなければならない点で
の人称性によって,TAT の教示に示される“これまで,今,これか
ある。
この点を検討するにあたって,投影概念についてもう少し考察を
ら”という時間的構成の仕方がどのように異なるか,その質的差異
すすめたい。小此木・馬場(1972)は,次のように述べている。
「正
を探索的に検討することが本論の目的である。
常者が一般に行う投影は防衛機制とは言いがたい。例えば投影法検
査による投影は,
当然その中に防衛としての投影を含んではいるが,
1-5.主人公への投影と視点の二重性
ここで疑問になるのは,
先に述べた定義から TAT を一つの
“物語”
基本的にはより正常な心理機能としての投影,すなわち外界に関す
として理解する視点は,従来から行われている投影仮説に基づく
る特定の知覚に託して自己の内的な思想,願望,気分などを表現す
TAT 理解と比較してどのような相違があるのか,ということである。
る機制である」
。さらに,
「これらの正常な投影で,常にその主体は,
この点について,赤塚(2008)を引用しながら以下に考察する。
投影する内的なものの自己所属性を認めることができる。投影する
TAT を使用する心理臨床場面では,クライエント一人ひとりの
時点では無意識であっても,何らかの形でその自己所属性を自覚す
「自己についての物語」
(赤塚,2008)を扱う。TAT を使用する場
る可能性をもっている(つまり前意識である)
。ところが防衛機制と
合も,心理臨床の場でクライエントが語るという文脈は自己物語と
しての投影の場合には,これらの内的なものの抑圧や否認が前提と
共通である。さらに言えば,TAT を通して自分自身について語って
なる。従って,本人の内面と投影されたものとの間には連続性が見
いると考えることもできる。さもなければ,パーソナリティのアセ
失われ,外界の認知や知覚の形をとって意識の中に体験されるよう
スメントなど不可能であろう。このような TAT 物語について赤塚
になる」と説明している。そして,これら二つの投影の間には微妙
(2008)は,
「TAT 物語とは,二人の関係性の中で TAT 図版という
な推移の段階があると考えられている。
刺激を媒介にして,クライエント(被検者)が自分の未だ語られて
このように,“投影法検査における投影”と“防衛機制としての
いない物語,今まさに生きている物語を,あるいは生きてきた自分
投影”は区別する必要があるという立場があり,
筆者も同感である。
の物語を語ったもの」であり,
「TAT 物語は一つの物語自己」であ
そのため,両者を区別した上で,TAT において前提となっているの
ると述べている。そして,TAT 物語とは「刺激図版のもつ客観的・
は“投影法検査における投影”であるという立場に立って論をすす
外的刺激と物語を語る人の主観的・内的事実との二つの間に存在す
める。
る空間において創られるもの」であり,それは「TAT 図版の客観的
赤塚(2008)によると,Bellak(1971)は,この“投影法検査に
な刺激特性に被検査者の物語自己を背景においた主観的な体験を重
おける投影”のことを統覚的歪曲(apperceptive distortion)とい
ね合わせていく」
作業である,
と。
「客観と主観が重なり合った世界,
う用語で概念化しており,その歪曲の程度の強いものを投影
図版という客観的世界を,主観的な体験というフィルターですくい
(projection)
,弱いものを客観的知覚(objective perception)と呼
上げたのが TAT プロトコルという形で表現された語り手の投映の
んでいる。投影と客観的知覚が両極にある軸の間にある推移可能な
世界である」
。この投映(影)のメカニズムを通して,TAT プロト
ものが統覚的歪曲であり,TAT における投影もこれであると述べて
コルは主観的な色彩を帯びた物語となることを赤塚(2008)は主張
いる。
では,物語論においては,物語が主観的か客観的かということは
している。
ここで押さえておきたいのは,TAT を一つの“物語”として理解す
どのように扱われているのだろうか。河合(1996)は,一方の極に
る視点では,
語り手の語った TAT プロトコルが主観的か客観的かと
自然科学的方法で捉える客観的・外的事実を,その対極に主観的・
いうことは重視されないこと,或いはその問いに応えるならば,語
内的事実の究極的なものである「妄想」を置き,その中間領域にで
り手独自の時間的構造化が行われるという意味で TAT プロトコル
きるのが「物語」であるとしている。“物語”は,客観的・外的事
は主観的な語りでしかあり得ないということである。
それに対して,
実の極に近づくと単なる“報告”や“話し”になるし,主観的・内
TAT を投影仮説に基づいて理解する従来の視点では,
TAT 図版とい
的事実の極に近づくと“妄想”や“騙り(かたり)”になる。その
う客観的な刺激によって,被検者の無意識的・内的な何か(それが
.
何であるかは前項で述べたように諸説あるが,無意識的・内的な何
.
かが投影されているという見解は一致している)が投影されたもの
間の領域を微妙に推移している限りにおいて“物語”として成立す
が TAT プロトコルである,という見方に立つ。両者は,TAT プロ
るわけである。このように,物語を両極の間を微妙なバランスで推
移している語りとして位置づける時,それは Bellak(1971)の考え
る軸上における統覚的歪曲(apperceptive distortion)と近い位置
関係にあるものであると考えられる。このことを踏まえると,先ほ
トコルが“主観的・内的な語り”であるという点では一致している
ど,投影という無意識の過程を想定しない物語の視点と,その過程
が,
“主観的・内的な視点(これは意識の主体としての語り手の視点
を前提とする従来の TAT 理解には大きな開きがあると指摘した点
を指しているため,通常我々が「私」として自覚している視点であ
が,次のように理解できる。すなわち,主観的・内的事実と客観的・
-5− 31 −
(204)
外的事実の中間領域で生まれる物語と,無意識的知覚と意識的知覚
素を持っている。そのため,過去に対する言及がなされやすいの
の中間領域が表される TAT 課題には,
共通項が見出されるのである。
ではないかという予想から選定した。加えて,TAT 体験における
以上の考察から,本論では,
「TAT 物語は,統覚的歪曲(apperceptive
心的動揺を落ち着かせ,体験を心に収めやすくなるよう,通常の
distortion)
の結果として創りあげられる自己の物語である」
(赤塚,
TAT 施行でも最終図版として使用されているこの図版を選定し
2008)と捉えることとする。
た。なお,図版を 4 枚としたのは,予備調査において 5 枚以上の
実施は協力者の心的負担,身体疲労が大きかったためである。
(5)調査用具:TAT 図版 4 枚,記録用紙,IC レコーダー,筆記
2. 目的
用具を用いた。
本論は,TAT に関する基礎研究,及び仮説生成研究という位置づ
(6)施行の手続き:まず,調査内容を口頭で説明し,同意が得ら
けのもと,TAT 物語における人称性と時間性の関連について探索的
れた者のみを対象とした。次に,TAT 施行のために協力者に 3 名
に検討を行う。具体的には,①まず,TAT プロトコル(以下,TAT
ずつのグループになってもらい(知人同士が同じグループになら
物語)を主人公の人称の違いで区分する作業を行い,その特徴を明
ないよう配慮を行った)
,検査者,被検者,記録者の役割を交替
らかにする。
②次に,
人称の違いに応じて TAT の教示に示される
“こ
して行ってもらった。検査者となった協力者には,教示として「こ
れまで,今,これから”という時間的構成の仕方が異なるのではな
れから,1 枚ずつ絵をお渡しします。その絵を見て,簡単なお話
いかという見通しのもとに,物語構成の整理を行う。③その上で,
をつくってください。その絵がどういう状況で,その前にどうい
時間性と人称性に関わる探索的検討を行う。以上の作業を通して,
うことがあり,これからどういう風になっていくか,ということ
人称性と時間性に関わる仮説生成を行うことを本論の目的とする。
を,1 つの簡単なお話にして,私に話してください。お話は,長
くても短くても結構ですし,正しいお話や間違ったお話というも
3. 方法
のはありませんので,自由に,気楽に話してください。絵は,全
(1)協力者:A 大学主催の市民講座受講者のうち,調査協力に同
中,筆者が各グループを見て回る形で関わり,図版の呈示順序は,
部で 4 枚あります。
」と被検者に伝えるよう指示した。TAT 施行
意が得られた 29 名(男性 3 名,女性 26 名で,いずれも中高年を
心的負担を最小限にするという観点から,図版 1,3BM ,2,20
中心とした成人2)であった。事前の説明で同意を得られた者のみ
とした。課題終了後は,グループ毎に TAT 体験の振り返りと感想
であるため,協力者の多くが TAT 課題に対して意欲的,積極的で
の共有を行い,最後に全員で体験を共有する時間をもった。調査
あった。全員 TAT は今回が初めてであり,TAT に関する知識も
内容の記録は,協力者の承諾を得た上で IC レコーダーによって
ほとんどなかった。また,協力者は調査実施まで調査者との関わ
録音した。実施時間は 1 時間~1 時間半程度であった。
なお,グループ実施による関係要因が物語に影響を与える可能
りはなかった。
(2)実施時期:2010 年 11 月上旬であった。
性も考えられるが,今回は全員が TAT 初心者であり,施行に対し
(3)実施場所:A 大学内の講義室にて,市民講座の講義中に実施
てニュートラルな態度であったため,臨床のテスト場面のように
対人関係の動的なプロセスが生まれるとは考えにくいと判断し
した。
(4)心理検査:Harvard 版 TAT 図版のうち,協力者の負担と人
た。
称性の立ち現れやすさを考慮して,図版 1(バイオリンを前にし
(7)結果の整理:まず,録音した音声データを文字に変換したプロト
て考えている一人の少年の絵)
,図版 2(畑を背景にして,若い女
コルデータを作成した。次に,人称性の観点から物語を区分する作業
性,年老いた女性,男性が立っている絵)
,図版 3BM(ソファに
を行った。そして,人称の違いに応じて物語の時間的構造の分類を行
もたれて後ろ向きでうずくまっている人物の絵)
,図版 20(暗い
った。詳細は,次節の結果・考察において述べる。
画面に,
ぼんやりした灯と一人の男性がいる絵)
の 4 枚を用いた。
この 4 枚を選んだ理由を以下に述べる。図版 1 は,導入として重
4.結果・考察
要と考えたためである。本調査の協力者は,初めて投映法検査を
体験する一般の方々であった。そこで,課題に対するショックや
本論では,人称性と時間性の関連を検討するにあたって,図版規定
抵抗感を最小限にするために,
通常の TAT 施行でも導入として使
性を考慮し,TAT 図版 4 枚のうち,図版 1 を中心に分析を行う。仮説生
用されているこの図版を選定した。図版 2 は,TAT 図版の中で登
成の第一歩として,TAT 研究において最も選定されやすい図版 1 の反
場人物が三人描かれている唯一の図版である。人称性に対する知
応を詳細に分析する。それによって仮説を提示し,今後の研究におい
見を得るために,登場人物の多いこの図版を選んだ。次に,誰も
て,他の図版の分析によってその仮説を磨き上げることをめざしたい。
が悲嘆や苦悩を見るような図版 3BM は主人公との同一化が行わ
れやすいため,人称性に影響を与えると予想して選定した。図版
4-1.人称性による分類
20 は,協力者を内省的な気持ちにさせ,自分の人生を振り返る要
図版1 における 29 名の TAT 物語を人称性の観点から区分した結果,
主人公を“僕”,“私”といった一人称で語る群(以下,一人称群),“彼”,
“この人”といった三人称で語る群(以下,三人称群)の 2 群に分かれた。
2 本調査では,協力者のプライバシー保護のために,年齢については同意が
図版 1 については,一人称群が 13 名,三人称群が 16 名であった。
得られた者のみ回答してもらった。回答が得られなかった協力者も数名存在
するため,今回は年齢を記載しないこととした。
表 2 に,両群の代表的な物語例を示す。
-6− 32 −
(205)
表 2 人称性によって区分した TAT 物語の代表例
*主人公の人称部分に下線を引いている。
TAT プロトコル
R.T. 14″
T.T. 1′37″
心理臨床場面において,TAT 物語は三人称で語られることが多いが,
一人称群①
…さーあ,困ったぞ。僕は,このバイオリンとどうやって付き合っ
今回の調査では一人称で語る者も多数存在した。主人公を“私”“僕”と
ていったらいいんだろう。お母さんに「習え!」って言われて,こ
いう一人称で語る場合は,語る主体(語り手)と語られる主体(主人公)が
れをクリスマスプレゼントにくれたんだけど,僕はこれから上手に
“私-私”という関係で繋がれ,語り手の主人公に対する同一化の程度
やっていけるかな?…うーん,いつか,上手になってみんなに気持
が強くなるため,視点の二重化が起きやすくなる。一方で,“彼”“この
ちのいい曲が弾けるようになったらいいな。でも,どんなにかかる
人”という三人称で語る場合は,両者の関係が“私-彼”となり,同一化
んだろう。頑張ってみよ。おしまい。
の程度は弱くなる。この場合,語り手は主人公を外在化した対象として
R.T. 12″
捉えるため,視点の二重化は起こりにくいと考えられる。もちろん,同一
T.T. 3′22″
化の程度が弱いからと言って,そこに語り手の内面が投影されていな
…僕はジョンです。ちょっと悩んでます。このバイオリンは,お父
一人称群②
さんの大事なバイオリンなんです。お父さんの部屋から持ち出して
いわけではない。1-5.で述べたように,投影法である TAT 物語は,
きちゃって,ちょっと弾いてみようかなって思って弾いてみたんで
客観的・外的事実や意識的知覚と,主観的・内的事実や無意識的知
すけど,うっかり落としてしまって,バイオリンの先が欠けちゃっ
覚の中間領域にできる物語であり,両極の間を微妙なバランスで推
たんです。で,自分では直せないし,誰に直してもらったらいいの
移している点が特徴である。人称性の観点からみると,三人称群は
かも分からないし,でも早く直さないとね,いけないんですよ。実
前者の,一人称群は後者の極に寄った物語として理解することがで
は,お父さんがこのバイオリンで一週間後に演奏会があるんです。
きよう。三人称群に比べて一人称群の方が語り手との心理的距離が
だから,何としても直さないと,お父さん困るから。でどうしよう
近く,視点の二重化を生みやすいという特徴は,物語の時間的構成
かと悩んでいます。正直に言って,お父さんに言って直したらいい
の仕方にどのような影響を与えるのだろうか。
のかと思うんだけど,日頃からとても大事なものだから触らないよ
4-2.時間性による分類
うにって言われてたから,それがあるので叱られるんだろうなーっ
て思うのと。お父さんとってもね,このバイオリン大事にしてたの
前項において一人称群と三人称群に区分した物語を,時間的構成
を知ってるから,それを壊したことに対してすごく罪悪感があるか
の仕方によって分類した。方法は,まず従来の分析・解釈法による分
なと思って,悩んでます。うーん,どうしようかなあ。お母さんに
類行った。現在,TAT の分析・解釈時に使用される主要なテキスト
相談してみよっかなあ。以上。
は,坪内(1984)の『TAT アナリシス』
,鈴木(1997)の『TAT
R.T. 14″
の世界―物語分析の実際―』
,安香・藤田(1997)の『臨床事例から
T.T. 1′01″
三人称群①
…今は,この絵は,バイオリンを前にちょっと憂鬱そうな子がいて。
学ぶ TAT 解釈の実際』の三冊である。この中でも具体的な分析・解
なんか憂鬱そう。この前にはどういうことがあったんだろう?…今
釈手順については安香・藤田(1997)が詳しいが,その分析・解釈
はバイオリンのお稽古をしないといけないんだけど,したくなくて
をさらに発展させたものが藤田(2002)の「情報分析枠」である。
憂鬱な感じ。この前に,お友達と喧嘩して,
「今はバイオリンを練
これは,
「初発反応時間」
,
「感情」
,
「人間関係」など 10 の分析項目
習する気分じゃないんだよっ」と思っている。これからどういう風
を設定し,図版毎に反応をチェックするというものである。この分
になっていくか,ですけど…喧嘩してたお友達から連絡があって,
析項目の一つに「時間的流れ」がある。本論では,この項目を従来
遊びに行って,で,仲直り。で,バイオリンも楽しくなって,また
の分析・解釈による時間の分析基準として採用し,TAT 物語の分類
練習できる。以上(笑)
。
を行った。
R.T. 5″
ここで注意したいのは,藤田(2002)の精緻な情報分析枠におい
T.T. 1′48″
ても,時間の分析基準は「過去,現在,未来が語られているか」と
…っと,これは今,えーと,そうですね。この子が,バイオリンを
いう説明のみで,過去・現在・未来の定義が不明確だということで
習ってるんだけれど,こう,今,こうちょっと行き詰って,うまく
ある。安香・藤田(1997)も,「提示された絵の情景を現在場面」
いかなくって,悩んで,バイオリンを見つめているところで。えー
としているが,過去や未来については明確に述べていない。そのた
と,その前には,バイオリンのレッスンがあって,そこで自分が思
め,従来の分析・解釈においては過去・現在・未来の分析基準は個々
三人称群②
い通りに弾けなくって,すごく辛い気持ちになって。で,えーと終
の検査者の判断に委ねられている現状にある。これは,検査者の「主
わった後,すごく,こう,どうしたらいいんだろうとか,どうしよ
うとかっていうふうに悩んでいるところですね。で,そうですね。
観的解釈」(海本,2004)の柔軟性というよりも,我々が通常意識
するところの時間と物語的時間を混同して分析・解釈してしまう危
この後は,しばらく彼は,えー,レッスンで聞いたことをもう一度
険性として捉えるべき問題である。そもそも TAT は,投影法の中
思い出したり,こう自分が,えーどうしようと思いながら,そうで
でも唯一過去・現在・未来という時間性が教示に課せられた心理検
すね,彼は,だからどうするかと言うと,えー自分の,好きな,バ
イオリニストの,あの,CD を聞くと思います。はい。で,それで,
それを聞いて,自分を,こう,もう一度リフレッシュして,また,
査であり,時間性は TAT の本質的特徴であると言える。そのため,
TAT における過去・現在・未来が何を意味するのか,今後明確に定
義せねばならないであろう。
えーと,練習に励む…励みます。というお話です。はい。で,終わ
この危険性を踏まえた上で,本論における従来の分析基準として
りです。
は,藤田(2002)の分析・解釈例を参考にして,図版の状況に関す
-7− 33 −
(206)
4-3.人称性による時間性の質的差異
る語りを“現在”とし,それ以前とそれ以後の行動レベルでの出来
三人称群は“未来”の出来事を,一人称群は“未来に向けた心情”
事を語った場合を“過去”
,
“未来”として分類した。一例を挙げる
と,“現在”:「10 歳ぐらいの男の子が,バイオリンを前にして考えてい
を語るという特徴について考察するために,まず自己物語における
る」,“過去”: 「お父さんの大事なバイオリンを誤って落としてしまった」,
時間構造の特徴について坂部(1990)の論を概観する。
自己物語,すなわち,人が自分自身について語るという“語り”
“未来”:「喧嘩してたお友達から連絡があって,遊びに行く」である。こ
の時間構造について,坂部(1990)は“話し”の時間構造と対比さ
の基準に従って分類した結果,該当しない語りが多数見られた。
その後,ナラティヴの視点による時間の分類法として河野(1998),坂
せながら次のように論じている。我々は普段,時間が関与する発話
部(1990)を参考に,“背景”“未来に向けた心情”“その他”[現在の明細
内容に関して,
「先週の出来事を話す」
「明日のスケジュールについ
化,語り手の視点(例:「この前にはどういうことがあったんだろう?」)]の
て話し合う」
,
「友人と子ども時代の思い出を語り合う」
「今までの人
分類を追加した。紙面に限りがあるので,一人称群 13 名,三人称群 16
生を振り返って語る」というように“話す”と“語る”の表現を日
名のうち各10 名の分類結果を表3,表4 に示す。その結果,一人称群
常的に使い分けている。両者の時間構造は,主に 2 つの点で異なっ
では“現在”中心の物語構成が多く,“未来”の出来事は語らないものの,
ている。
現在時点における“未来に向けた心情”を語る特徴が見られた。一方,
まず一点目は,“話す”行為と違って,“語る”行為において対
三人称群の時間構造は,
“過去”
“現在”
“未来”の出来事を選択・配
象となるのは,主として過去の出来事だということである。しかも
列しやすいという特徴があった。本論では未来の時間構造に着目し
“語り”が関わる過去は,
「単なる過去一般ではなくて,ある独特の
て,三人称群は“未来”の出来事を,一人称群は“現在”において“未来
様相を帯びた過去である」
(坂部,1990)
。すなわち,過去の一時点
に向けた心情”を語るという特徴について以下に考察をすすめる。
における出来事ではなく,
持続を持った過去の事態を表すのである。
表 3 一人称群の分類結果
表3 一人称群の分類結果
1
主人公の命名
自分
主人公の
命名
1
2
3
過去
過去
自分
背景
現在
現在の明細化
未来に向けた心情
・親からはバイオリン ・バイオリンを前に考 ・父とか母にどういう
未来に向けた
いいか悩
を や ん な さ い と 言背景
わ れ え込んでいる
現在 ふ う に 言 え ば
現在の明細化
・ ほ ん と に 自 分 が バ イ んでいる
ている
心情
オリンをしたいかどう
かが分からない
・親からはバイ
(少年),私
・バイオリンを
未来
未来
語り手の視点
・ ど う い語り手の
うふうになっ
ていくか…まだ悩み中
で,そこまでいってま
視点
せんゆう感じ
・父とか母にど
・どういう
・「今日は,バイオリ
オリンをやんな
前に考え込んで
ンの練習にあまり行き
・「友達と遊びたい」
ういうふうに言
ふうになっ
たくない。何とかして
さいと言われて
いる
さぼりたい。」
えばいいか悩ん
ていくか…
・ 小 さ い 時 か ら バ イ オ ・ 最 近 , ちいる
ょ っ と 憂 鬱 ・ バ イ オ リ・ほんとに自分
ン を 目 の 前 ・ も う す ぐでいる
発表会なの ・できたら今日のレッ ・もうすぐ発表会があ
(男の子),
僕
リ ン の お 稽 古 を し て き になってきた
た
・その時はとっても楽
しかった
4
命名なし
2
(少年)
,
私
5
自分
3
( 男
お
え!」って,これをク
てきた
リスマス
プレゼントに
くれた
と憂鬱になって
・ 僕 は , こ目の前にして悩
のバイオリ
きた
・その時はとっても
7
僕
・お母さ
んにお願いし
楽しかった
て,お父さんがバイオ
リンを買ってくれた
でいってま
・
「友達と遊びた
オリンの練習に
オリンのお稽古をし
母
さ ん が 「 習
で,そこま
・ 小 させんゆう感
い頃の思い出
を,思い出が夢の中に
出 て きじ
ました。という
オチにしましょう
・バイオリンを続けよ
うかなあ,スポーツも
続けようかなあ,そん
なことを,毎日考えて
やっている
い」
・バイオリンは子ども ・お父さんも,その前 ・バイオリンを前にす ・バイオリニストとし ・ほんとはやりたい。
の時から習っている
の お じ い さ ん も 有 名 な ごく悩んでいる
て や っ て い け る や ろ ほんとは続けてやりた
あまり行きたく
バイオリニストだった
かってすごく不安
い。お父さんのように
・ 何 と か う ま く な る に うまくなりたい。
ない。何とかし
はどうしたらいいか。
でも,才能がないよう
てさぼりたい。
な 気」
持ちもしてる。心
が二つに,すごく大き
く分かれいる。
の ・小さい時からバイ ・最近,ちょっ ・バイオリンを
・もうすぐ発表 ・できたら今日
子)
,僕・
僕
6
に , 十 分 な お 稽 古 が で スンは休みたい
る
がバイオリンを
きていない
・ バ イ オ リ ン が 好 き な ・今日レッスンがある
ので,頑張らなくちゃ
いけないと思っている
したいかどうか
・ 今 バ イ オが分からない
リンについ ・スポーツも僕は非常
ては伸び悩んでいる
に好きだったんで,ス
ポーツもいっぱいし
てって思うけれど,バ
イオリンもやっていき
・
「今日は,バイ
たい
・小さいうちからバイ
オリンを始めた
・始めた頃は非常に楽
しかった。
まだ悩み中
にして悩んでいる
会なのに,十分
のレッスンは休
・いつか,
上手になっ
ンとどうやって付き
合 っ て い っんでいる
たらいいん
だろう
てみんなに気持ちのい
なお稽古ができ
い 曲 が 弾みたい
けるように
なったらいいな
ていない ・頑張ってみよ
・バイオリンが
・今日踏んづけて壊し
てしまった
・僕は負け
ないで,明
好きなので,頑
日も明るく生活できる
ように強くなるんだ
張らなくちゃい
・バイオリンを壊した
ことなんて小さなこと
けないと思って
だと思えるような自分
になろう
・もうすぐ発表
会がある
・今日レッスン
がある
いる
8
4
命名なし
僕
・小さいうちからバ
・バイオリンを
・ 無 理 や り お 父 さ ん や ・ 僕 は ち ょ・今バイオリン
っ と 困 っ て ・ き っ ち り・スポーツも僕
した練習が ・明日先生
のレッスン
お母さんからバイオリ る
ンの練習を言われてる
イオリンを始めた
・始めた頃は非常に
9
10
僕,ジョン
僕,
嫌い
があるんだけど,先生
・小さい頃
については伸び
がお休みだといいな。
は非常に好きだ
続けようかな
の思い出
悩んでいる
・やめたいけどちょっ
と言いにくい
ったんで,スポ
あ,スポーツも
を,思い出
・お母さん
相談
てか
・お
ーツもいっぱい
続にけ
よしう
な父 さ ん が こ の バ イ
が夢の中に
してって思うけ
あ,そんなこと
出てきまし
れど,バイオリ
を,毎日考えて
た。という
ンもやっていき
やっている
オチにしま
・バイオ
リンをお父さ
楽しかった。
んの部屋から持ち出し
た
・弾いてみたけど,
うっかり落としてし
まって,バイオリンの
先が欠けた
・ちょっと悩んでいる
・先日お母さんに買っ
てもらったばかりのバ
イオリンを,もう既に
壊してしまった
・今,究極に悩んでい ・お母さんに正直に言 ・何とか自分で直せる
る
うべきか,たい
ものなら自分で直した
い。もらったお年玉で
直せるか
みようかな
-8− 34 −
オリンで一週間後に演
奏会がある
しょう
(207)
表4 三人称群の分類結果
主人公の命名
過去
憂鬱そうな子 ・この前にお友達と喧嘩した
背景
1
男の子
・自分だけ家に残っている時に,
こっそり忍び込んで触ってみた
・お父さんの大事なバイオリンを
誤って落としてしまった
2
男の子
4
5
未来に向けた心情
未来
・喧嘩してたお友達から連絡がある
・遊びに行って仲直りする
・バイオリンも楽しくなって,また
練習できる
・遊びに行って仲直りする
・この後こっそり戻して,何食わぬ
顔をして過ごす
・しばらくは何もないように過ぎて
いく
・ある日その箱を開けた時に傷がつ
いているのに気づく
・息子がやったんかなと思うけど,
きつくは咎めないでおこうかとお父
さんは思う
・バイオリンを前にして考 ・何を弾こうか,曲が浮か ・気持ちが安らぐ音楽にし
たいなあと思っている
えている
んでこない
・今の気持ちでは,晴れや
かな音楽にはほど遠い
・小さい時から,両親に言われてバ ・バイオリンの練習をしな ・気持ちがのらないでいる ・遊びたい気持ちと,練習
イオリンを練習してきた
いといけないという状況に
をしなければいけない気持
ある
ちの中で揺れ動いている
少年,その子 ・バイオリンがたまたま楽器店に置 ・その子はバイオリンを
いてあった
習っている
・「あっこのバイオリン弾きたい
な」と直観的に思った
・お父さんとお母さんに買っても
らった
・自分でバイオリンを習おうと決め
た
・練習に疲れてしまって休
憩をしている
・これからもこういうふうな状況
で,自分の心の中で両方の気持ちが
揺れ動いたまま,当分過ごしていく
・「ちゃんとやらないと
な」って思うけど,まだそ
の気になれない。
男の子,彼
・おばあちゃんは,重い病気にか
かってコンサート目前に旅立った
男の子,彼
・今ここに来るまでに,この曲をど
ういうふうにしたらよいのかなあっ
て思いながら,少し悩んでしていた
・今机に座って,どういう
ふうに弾けばいいのか,そ
してこの音楽について悩ん
でいます。
彼,自分
・その前に,バイオリンのレッスン
があった
・そこで自分が思い通りに弾けな
かった
・すごく辛い気持ちになった
・うまくいかなくて,悩ん
でバイオリンを見つめてい
る
・この後は自分の好きなバイオリニ
ストのCDを聞く
・それを聞いてもう一度リフレッ
シュして,また練習に励む
男の子
・今悩み始めたというより,少し前
からずっとそれを見つめていた
・バイオリンを目の前にし ・深く悩んでどうしようか
て,じっとそのバイオリン と思っている
を見つめている
・何か答えを導き出そうとしてい
る,していく
男の子
・最近バイオリンが前ほど楽しくな
い,前ほど楽しめていない
・男の子が悩んでいる
6
7
8
9
10
現在の明細化
・お父さんが大事にしてる ・どうしようかなと,傷が ・バイオリンのことをお父
バイオリン
ついたバイオリンを眺めて さんに言おうかどうしよう
・触ってはいけないって言 すごく困っている
かって迷っている
われてたバイオリン
・昔から興味があった
3
少年,僕,
この子
現在
・今はバイオリンのお稽古
をしないといけないんだけ
ど,したくなくて憂鬱
・「今はバイオリンを練習
する気分じゃないんだ
よっ」と思っている。
・バイオリンは,亡くなっ ・バイオリンを目の前にし ・喪失感に苛まれている
たおばあちゃんが大切にし て物思いにふけって悩んで
ていた
いる
・おばあちゃんが大好き
だった
・おばあちゃんの死が
ショックでバイオリンを手
にすることができない
− 35 −
・今後自分が,どんなふう
にチャンスが,才能がある
んだろうか,ほんとに僕は
このままやっていけるんだ
ろうかと,悩んでいる
・バイオリンの練習をしよ
うとして,先生の要求する
弾き方ができない
・ある時彼は決心した
・「よしっ,僕がこのバイオリン
で,おばあちゃんの実現できなかっ
た夢を実現するぞっ!」と,前向き
に考えられるようになった
・悩みながらも,頑張っていきたい
と,うん頑張って弾くと思います。
・そして彼は,きっと自分がその悩
んでいたことを一つの自分のエネル
ギーとして,将来きっと彼は音楽の
道で大成していく
(208)
“語り”において過去が扱われる際には“昔のことを語る”という
来事を選択・配列しやすいという特徴がある。これは,坂部(1990)
表現が使われるが,この表現に示されているように,“語り”は
の述べる“話し”の時間構造や,森岡(2002)の指摘する「線条的」
“昔”という独特の位相の過去にかかわる。換言すれば,“昔”と
構造と近い。三人称での命名によって語り手は主人公との間に心理的
いう独特の位相の過去にかかわることが,“語り”という言語行為
距離を保つことができるため,主人公を対象化しやすくなり,その結果
をそれとして特徴づけ,あるいは特殊化するのである。
“未来”にまつわる出来事を選択・配列しやすくなったのではないかと
二点目は,“話す”行為において“過去”と対比されるのは“未
推測される。また,対象化によって,図版という「ものごとの結果(現
来”であるが,“語る”行為において“昔”に対比されるのは
在)
」から逆に「目の前にない原因(過去)
」を推測したり,
「目の前
“今”だということである。坂部(1990)によると,“今”は,通
にあるものごと」がある経過ののちに到達する「結果(未来)
」を予
常の常識的とされる時間理解において過去・現在・未来と言うとき
想したりする因果関係による構造の色合いが強くなっていると考え
のような,過去と未来の持続に対比されるいわば点的な現在時点で
られる。
はない。<来し方>から<行く末>までをも含めた幅をもった,一
一方で,一人称群の時間構造は,坂部(1990)の述べる“語り”
種の体験流として理解されている。<来し方>から<行く末>へと
の時間構造,すなわち語り手の生きる“今”の時点を結末として語
向かい,<来し方>を振り返りつつ<行く末>を見定め,<来し方
る自己物語の時間構造と近い。一人称群では未来の出来事は明確に
>から<行く末>までをも自らの幅のうちに含みこむものが“今”
は語られず,未来に向けた心情(願望,意図など)が多くなってい
である。これは,日常の生活世界の時間であり,“話し”の時制で
るのは,図版の中の主人公との視点の距離が近いために,出来事が
ある。人は常に歴史的背景を担った存在であり,同時に未来志向性
完了形にならないためだと推測できる。この構造には,自己物語の
をもつが,それらを含みこんだものが“今”なのである。“話し”
「非線条的」(森岡,2002)な時間的構造との斉一性が認められる。
の時間においては,この幅を持った“今”を起点にして,自己連続
性という点で“今”と水平方向に関わる“過去”や“未来”につい
4-4.TAT 物語と自己物語の関連
TAT 物語の人称性の問題は,視点の二重性に関わって心理療法場
ての発話が行なわれる。一方で,“語り”の時間においては,この
幅を持った“今”の 語り手が,
“昔”を起点として物を語る
(坂部,
面でどのような意味を持つのだろうか。
1990)
。自己物語において,語る主体(
“今”の語り手)と語られる
坂部(1990)は,“話し”と“語り”の時間構造について,前者
主体(
“昔”の語り手)の属する時間次元が異なるという指摘は,
は「目前の行動状況にかかわって聴き手を<緊張>に誘うという意
TAT 物語の時間構造を理解する上で非常に重要である。なぜなら,
図を含めて発話される」のに対して,後者は「目前の行動状況や利
それが“未来”の出来事の構造化に影響を及ぼすからである。
害関心から離れた<緊張緩和>の発話状況である」と述べている。
筆者は,1-4.
(2)において,自己物語における出来事の時間
つまり,“昔”という独特の位相の時間は,“今”の時間とは次元
的構造化,すなわち“順序づけ”の基準となるのは,物語の結末で
が異なるために,語り手・聴き手を緊張から解放する役割を持って
あると述べた。すなわち,結末が納得の行くものになるかどうかを
いるのである。このことは,森岡(2002)も指摘している。物語は
基準にして,
選択したある出来事を,
どの出来事の“前”に配列し,
構造として,出来事を二つ以上必要とし,必ず始めと中ほど,そし
どの出来事の“後”に配列するかが決まってくる,と。人が自分自
て終わりがある。この構造によって出来事は経験として区切りとら
身について語る自己物語の場合,“結末”とは“今・ここの自分”
れ,心におさめることができる。経験をひとまとまりのものとして
を意味する。そのため,自己物語は必ず,“今・ここの自分(語る
掴めると,問題をいったん外において眺めることが可能となる,と
主体としての自分)”に説得的なやり方で構造化される。語られる
いうのである。これは,“語り”が“昔”を起点としているために
出来事はすべて,今の自分(結末)をどのようなものと考えるかに
<緊張緩和>の性質を持っていることと同義である。この<緊張緩
したがって,またその結末を納得のいくものとするように順序づけ
和>を生み出す自己物語の構造とは,すなわち視点の二重性を意味
られるのである。自己物語が,自己連続性を持った“今・ここの自
している。語る主体と語られる主体という二重の視点を有し,語り
分”を結末とする構造であることは,
“未来”の出来事を完了形とし
手が聴き手に向けて語りかけている世界での時間次元と,そこで語
ては組み込めないことを意味する。
当たり前と言えば当たり前だが,
られる主体が活躍する世界での時間次元
(“昔”という独特の位相)
我々は自分が生きている“今”の時点より先のことは分からない。
とに時間を二分する構造が,語る主体と語られる主体の間に距離を
自己物語は,必ず“今”の時点から振り返った形でしか語ることが
生む。この距離が,語り手の感情,情動のコントロールを可能にす
できないのである。すなわち,自己物語は常に終わらない,完了形に
るために,心理療法においては語る行為が治療促進的に働くのであ
ならない物語であり,未完の可能性を含んでいる。“今”の 語り手が,
る。
“昔”を起点として物を語る限り,
“未来”は可能性としてしか組み
TAT において視点の二重性というナラティヴの枠組みを導入す
込まれず,それは“現在”の記述の中に内包されるしかない。<来し
ることは,
心理療法場面で使用される TAT が治療促進的に働く一因
方>から<行く末>までをも自らの幅のうちに含みこむものが
として,語る主体と語られる主体の距離が情動コントロールを可能
“今”であるが,自己物語の場合は“今”と水平方向に関わる“未
にするという示唆を与える。ただし,TAT 課題の場合は,主人公の
来”を語ることはできず,
“今”に内容されている <来し方>しか
人称性によってその距離に質的差異が生まれること,その質的差異
語り得ないということである。
によって物語の時間構造が異なるという仮説が本論では示された。
自己物語における時間構造の特徴を踏まえて,分類結果の考察に
この仮説は,従来の分析・解釈枠組みによる過去・現在・未来の分
立ち返る。まず三人称群の時間構造は,
“過去”
“現在”
“未来”の出
類に留まることなく,TAT における“時間”の再定義の必要性を今
- 12 − 36 −
(209)
佐治守夫 (1963). TAT 井村恒郎(編) 臨床心理検査法 医学書
後の課題として提供するものである。
院 pp.198-235.
坂部 恵 (1990). かたり 弘文堂.
引用文献
草島弘典 (2005). TATの使用に関する新たな一提案――自己の物
語という視点から 中京大学心理学研究科・心理学部紀要, 4,
赤塚大樹 (2008). TAT解釈論入門講義 培風館.
安香 宏 (1990). TAT 異常心理学講座Ⅷ テストと診断 みす
95-107.
ず書房 pp.119-169.
鈴木睦夫 (1997). TAT の世界―物語分析の実際― 誠信書房.
安香 宏・藤田宗和 (1997). 臨床事例から学ぶTAT解釈の実際
鈴木睦夫 (2002). TATの基本 臨床心理学, 2, 547-554.
田淵和歌子 (2011). TATに関する国内研究の文献展望―ナラティ
新曜社.
浅野智彦 (2001). 自己への物語論的接近――家族療法から社会学
ヴの視点から― 神戸大学発達・臨床心理学研究, 10,31-39
坪内順子 (1984). TAT アナリシス 垣内出版.
へ 勁草書房.
粟村昭子 (2007). TAT (主題統覚検査) についての一考察 関西
海本理恵子 (2004). TAT再考 京都大学大学院教育学研究科紀要,
福祉科学大学紀要, 10, 55-62.
Bellak, L. (1971). The TAT & CAT in clinical use. New York:
50, 386-398.
海本理恵子 (2005). TAT(Thematic Apperception Test)に表され
Grune&Stratton.
るプロットについて――ナラティブの観点から
Cramer,P. (1996). Storytelling,narrative, and the Thematic
院教育学研究科紀要, 51, 153-166.
Apperception Test. Guilford.
土居健郎 (1977).
京都大学大学
山本和郎 (1966). TAT―かかわり分析法― 異常心理学講座Ⅱ
新訂 方法としての面接――臨床家のために
心理テスト みすず書房.
山本和郎 (1992). TATかかわり分析――豊かな人間理解の方法
医学書院.
藤本麻起子 (2006). TATの分析・解釈について 京都大学大学院
東京大学出版会.
教育学研究科紀要, 52, 174-186.
藤田宗和 (2002). 情報分析枠(FIA)による解釈 臨床心理学, 2,
付記
650-655.
Holt,R.R. (1961). The nature of TAT stories as cognitive
本論文の一部は,日本心理臨床学会第 30 回大会(2011 年)にて
products: a psychoanalytic approach. Kagan,J. &
発表致しました。本論文の作成にあたりご指導を賜りました森岡正
Lesser,G.S.(eds), Contemporary issues in Thematic
apperception methods. Spring-field.Ⅲ. Charles C Thomas,
芳教授に深く御礼申し上げます。
pp3-41.
河合隼雄 (1996). 物語とふしぎ 岩波書店.
河野荘子 (1998). 非行少年の「語り」の様式からみた時間的展望
―バイク窃盗を主訴に来談した高校生の事例を通して― 青年
心理学研究, 10, 48-58.
Murray, H. A. (1938). Explorations in personality . Oxford
University Press.(マレー 外林大作(訳編) パーソナリティ
Ⅰ,Ⅱ 誠信書房 1961,1962)
Murray, H. A. (1943). Thematic Apperception Test Manual.
Harvard college.
森岡正芳 (2002). 物語としての面接――ミメーシスと自己の変容
新曜社.
守屋慶子 (1994). 子どもとファンタジー―絵本による子どもの
「自己」の発見― 新曜社.
西河正行 (2009). Thematic Apperception Test (主題統覚検査)の
施行法の意味――CramerのTAT理論を用いた批判的検討を通し
て 大妻女子大学人間関係学部紀要 (人間関係学研究 社会学社
会心理学人間福祉学), 11, 1-15.
小此木啓吾・馬場禮子 (1972). 精神力動論 医学書院.
大山泰宏 (2004). 第2章 イメージを語る技法 皆藤章(編) 臨床
心理査定技法2 誠信書房 pp. 51-100.
Rapaport,D. (1968). Diagnostic Psychological Test.
International Universities Press.
- 13 − 37 −
Fly UP