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論文要旨・審査の要旨

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論文要旨・審査の要旨
学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
論文審査担当者
萬井
主
査
下門
顕太郎
副
査
槇田
浩史、井上
千賀子
芳徳
Vascular complications and coagulation-related changes in the
論
文
題
目
perioperative period in Japanese patients undergoing non-cardiac
surgery
(論文内容の要旨)
〈要旨〉
非心臓手術を受けた日本人患者を対象に、周術期における血管合併症(血栓性及び出血性合併
症)の発症頻度と危険因子を評価する目的で臨床疫学コホート研究を行った。研究は二部構成と
した。第一部では、周術期における血管合併症の発症の有無と危険因子を、連続的に登録した
2,654 症例について評価した。第二部では、凝固関連検査値の周術期における変化を、第一部の
対象患者から無作為に選出した 82 症例を対象に評価した。周術期における血管合併症の発症頻度
は、脳梗塞 0.21%、静脈血栓症 0.21%、重症出血 1.0%であった。トロンビン-アンチトロンビン複
合体(TAT)は、著明且つ長期にわたり凝固能が促進していることを示した。一方、プロトロンビ
ン時間(PT)などの一般的な凝固検査は、術後直ちに凝固能が低下する傾向を示した。本研究は、
日本人では、非心臓手術での周術期における血栓性合併症の発症頻度は低いという以前の報告を
概ね支持するものであった。凝固関連検査値の周術期における変化は複雑であり、凝固能の促進・
低下のいずれの傾向も認めた。血栓形成と出血の絶妙なバランスを考えると、対象患者のベース
ラインでの危険因子と血管合併症との関係を総合的に理解することが、効果的な周術期管理にお
いて重要である。
〈緒言〉
周術期は、血管合併症の発症の可能性があり、凝固能は絶妙なバランスをとっている。術後は
過凝固状態になることが知られており、高侵襲な手術の後は血栓性合併症を発症する可能性があ
る。非心臓手術後の血栓性合併症の発症頻度は高くないが、高齢者や心血管疾患の危険因子をも
つ患者では重篤な転帰となる可能性がある。周術期における血栓性合併症について、ヨーロッパ
で多くの疫学調査が行われており、その発症頻度は、術式、併存症、手術の結果に関係している。
一方、周術期における出血性合併症の危険因子のデータは殆どない。出血性合併症は、凝固の均
衡が血栓症と逆のバランスとなることでおこり、再手術の増加、入院期間の延長などに繋がり得
る。術式の選択や周術期管理を考えるにあたり、これら術後の血管合併症の発症頻度や危険因子
について知ることは重要である。周術期の凝固関連検査は血栓性合併症のマーカーとして非心臓
手術を受けた患者で評価されてきた。多くの研究で、周術期の凝固関連検査値の変化は、アジア
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人と西洋人で差があることが示されている。したがって、これまでヨーロッパ人で示された結果
をそのまま日本人に当てはめてよいかは疑問が残る。以上から、私たちは、非心臓手術を受けた
日本人患者について、周術期における血管合併症の発症頻度と危険因子を調査することとした。
さらに、周術期における凝固関連検査値の変化を評価することで、術後の過凝固状態を、血液学
的に明示することを試みた。
〈方法〉
対象
本研究は二部に別れている。第一部では、非心臓手術を受けた患者の周術期の血管合併症
の発症頻度と危険因子を調査した。全身麻酔下に手術を受けた患者を二つの期間で連続的に登録
した。第一期間を 2009 年 11 月から 2010 年 10 月、第二期間を 2003 年 1 月から 9 月とした。第二
期間は、心血管疾患の危険性があるにも拘らず抗血小板薬が二次予防のために一般的に投与され
ていなかった時期であり、そのような患者を調べる目的で設定した。第二部では、第一部の調査
集団から無作為に選出した患者について、凝固能検査もしくは血小板機能検査を行った。本研究
は国立国際医療研究センターの倫理委員会の承認を得て実施した。
データ収集
患者の情報は診療録から収集した。出血性合併症は RE-LY trial の基準で評価した。
血栓性合併症は、動脈血栓症として脳梗塞・虚血性心疾患・その他の動脈の血栓症を、静脈血栓
症として肺静脈血栓症・深部静脈血栓症を調査した。術後フォローアップ期間を 30 日間とした。
血液凝固検査
血液検体は手術の当日もしくは手術の数日前(ベースライン)及び、術後 1 日・3
日・5 日目に採取した。PT、活性化部分トロンボプラスチン時間(aPTT)、アンチトロンビン III
(AT)、プロテイン C 活性(PC)、プロテイン S 遊離型抗原量(PS)、TAT を検査した。
血小板凝集能検査
統計
血液検体は手術の当日もしくは数日前、及び術後 1 日に採取した。
スチューデントの t 検定、カイ二乗テストを用い 2 群間を比較した。変数の相関をスピア
マンの順位相関係数で評価した。全ての統計解析で有意水準 P < 0.05 を有意とした。
〈結果〉
血管合併症とその関連因子
2,654 症例(第一期間で 1,599 症例、第二期間で 1,055 症例)を連続的に登録した。二つの期
間で年齢・手術時間などに違いが見られたが、血管合併症の発症頻度に違いは認められなかった
ため、二つの期間を併せて解析することとした。出血性合併症の解析で、20 歳未満の 113 症例、
凝固異常を伴う基礎疾患をもつ 4 症例、心臓血管手術の 153 症例を除外した。出血性合併症を 51
症例(2.1%。重症出血 23 症例と軽症出血 28 症例)に認め、うち 75%は術後 7 日以内に発症した。
緊急手術、術前の抗凝固薬の使用、高齢、脳血管疾患・心臓血管疾患の既往、高血圧が、重症出
血の発症と関係していた。血栓性合併症の解析では、さらに、周術期に抗血小板薬を休薬してい
なかった 8 症例、くも膜下出血の 50 症例を除外した。動脈血栓症を 5 名に、静脈血栓症を 5 名
(0.21%)に認めた。動脈血栓症は全て脳梗塞で、1 症例を除き術後 3 日以内に発症した。静脈血
栓症は肺塞栓症と深部静脈血栓症が発症し、1 症例を除き術後 8 日から 30 日に発症した。動脈血
栓症と年齢に、そして静脈血栓症と手術中の出血量、脳血管疾患・心血管疾患の既往に有意な関
連を認めた。
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凝固能検査と血小板凝集能の、周術期の変化
第一部の抗血小板薬や抗凝固薬が投与されていない患者の一部に対し、周術期における凝固関
連検査値の変化を調査した。凝固能検査を 80 症例に、血小板凝集能検査を 43 症例に施行した。
AT・PC・PS(AT 群)は術後に低下した。血栓症のマーカーである TAT は術後に上昇し凝固能促進
の傾向を示した。PT・aPTT(PT 群)は増加し、凝固能低下の傾向を認めた。凝固検査値の変化は
TAT を除いて術後 1 日で顕著であった。TAT は術後の 5 日間、術前の 2 倍以上の値を認めた。血小
板凝集能は術後 1 日に低下を認めた。ベースラインと術後 1 日目の変化について、凝固関連検査
値同士の関係を調べたところ、PT 群と AT 群は負の相関を認めた。凝固関連検査値と患者背景の
関係を調べたところ、血小板凝集能と年齢に、TAT・PT・PC と手術時間に相関を認めた。血小板
凝集能は、70 歳より高齢な患者で術後 1 日目に亢進していた。
〈考察〉
本研究は、日本人を対象とした病院ベースの臨床疫学コホート研究で、非心臓手術の周術期に
おける静脈血栓症の発症頻度を報告した最初の研究である。周術期における脳梗塞・静脈血栓症
の発症頻度はともに 0.21%であり、これまでの報告と概ね合致した。明らかな心筋梗塞の発症は
見られなかった。周術期における脳梗塞は術後 3 日目までに発症する傾向があった。一方、静脈
血栓症は、術後に時間が経って(術後 8〜28 日)から発症する傾向があった。
周術期には凝固関連検査値が変化することを示した。血小板凝集能の周術期変化は患者の年齢
と関係しており、70 歳より高齢な患者で術後 1 日目に亢進することを見いだした。これは、本研
究の第一部で示した、周術期における脳梗塞の発症が高齢者に多いことと合致する。一般に、心
筋梗塞と脳梗塞は、その高い死亡率と重篤な後遺症から特に注意が払われている。非心臓手術の
周術期における、これらの発症頻度は相対的に低いが、心血管疾患の危険因子を有する患者群で
は増加することが報告されている。日本で行われた 16 年間の観察研究で、非心臓手術の周術期に
おける心筋梗塞と脳梗塞の発症頻度はそれぞれ 0.33%と 0.34%であった。本研究では、脳梗塞の発
症頻度は 0.21%と低く、発症時期は中央値が術後 3 日で、これまでの研究の術後 9 日と異なって
いた。また静脈血栓症は、日本人では他人種と比較して、発症頻度が相対的に低いことが知られ
ているが、コホート調査は殆ど行われていない。2008 年 4 月から 2010 年 3 月の期間の 260 病院
の約 100 万件の手術患者を対象とした研究では、静脈血栓症の発症頻度は 0.24%(深部静脈血栓
症 0.19%、肺血栓塞栓症 0.05%)であった。本研究の静脈血栓症の発症頻度(0.21%)はこの報告
と合致するが、そのなかで肺静脈血栓症の発症頻度(0.13%)は同程度かやや高頻度であった。
過凝固状態は、手術そのものの急性反応により引き起こされている可能性がある。ヨーロッパ
人を対象とした研究で術後 2 日目からはじまる過凝固状態が報告されている。本研究で、私たち
は、周術期における凝固関連検査値の変化は複雑であり、術直後の時期に凝固能の平衡を保って
いることを新たに見いだした。
〈結論〉
本研究は、日本人の、非心臓手術での周術期における血栓性合併症の発症頻度は非常に低いと
いう、以前の報告を支持するものであった。静脈血栓症の危険が高い患者での、術後長期にわた
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る静脈血栓症予防の必要性を新たに示した。患者の危険因子と血栓性合併症発症の関係を理解し、
術後の凝固関連データを解釈することが、効果的な周術期管理において重要である。
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論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号 甲 第
論文審査担当者
萬井
4 6 0 5 号
主
査
下門
顕太郎
副
査
槇田
浩史、井上
千賀子
芳徳
(論文審査の要旨)
患者の高齢化にともない、手術後の血栓性合併症や出血性合併症は増加していると思われるが、
我が国におけるこれらの血管合併症の頻度や、寄与する因子についての研究は少ない。申請者は、
非心臓手術を対象に血管合併症の出現頻度および関与する因子を調べるとともに、周術期の血小
板凝集能や凝固因子の変化を調べた。
国立国際医療センターにおいて全身麻酔下で行われた非心臓手術 2,654 例につき、出血性素因
や凝固異常を持つ例等を除外し、有症状の動脈および静脈血栓症、RE-LY trial の基準を満たす
出血性合併症の頻度を診療録に基づき検索した。脳梗塞 0.21%、静脈血栓症 0.21%、重症出血 1.0%
で、血管合併症が欧米人に比較して頻度が低いというこれまでの知見と一致していた。脳梗塞は
術後 3 日目まで生じることが多く高齢であることと関係しており、静脈血栓は術後 8~30 日に発
生することが多く、術中の出血量、脳心血管疾患の既往が関係していた。出血性合併症は 7 日以
内に生じることが多く、緊急手術、術前の抗凝固薬の使用、高齢、脳心血管疾患の既往が関係し
ていた。
無作為の抽出した 80 名の患者の術前および術後に凝固能を、43 名につき血小板凝集
能を調べた。トロンビンーアンチトロンビン複合体は増加し血栓形成傾向が示唆されたが、ポル
トロンビン時間が部分トロンボプラスチン時間は延長しており、複雑な術後の凝固機能制御が示
唆された。70 歳以上の高齢者では術後の血小板凝集能が亢進しており、脳梗塞の発症との関連す
る可能性がある。
術後の血管合併症に関する本邦の報告は少なく、本研究は注意深く遂行された貴重な臨床疫学
研究であると評価できる。血管合併症は定義や検出法により頻度が大きく異なるので、この点に
ついては今後慎重な検討を要する。
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